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八千代松陰高校から東大理Vに合格

22 :名無しさん@おだいじに:2010/10/14(木) 20:52:37 ID:???.net
金沢大学医学部にもいた超人

生まれは横浜市だが、中学の頃は町田市にいて、裏山から高尾山まで歩いたという。
高校では山岳部に入ったものの、トレーニングばかりなのに嫌気がさし退部している。
そして金沢大学医学部に入学、大学では何故か水泳部に所属している。
しかし山も半端ではなく、彼の言によれば、山には年間200日は入っていたと、
そして特に倉ヶ岳の岩場にはよく通い、ソロクライミングの練習に徹したとも。
無雪期は主に剱岳、70回ほど頂を踏んだという。
「晴れた日に家にいるのは罪悪と思っていた」という。
一方で「技術的には自分は絶対に落ちないという自信を持っていて、
落ちなければ確保者は不要なわけだから、山へは独りで十分である」と。
そして更に高じて「山登りとは、冬季単独行のことだとしか頭になかった」とも、
でも今では当時は自惚れていたと述懐している。
 彼のビッグな山行をみると、
大学2年の正月には三伏峠から北岳への厳冬期単独縦走、
大学3年の正月には光岳から北岳への厳冬期単独縦走、
同年3月には槍ヶ岳北鎌尾根冬季単独縦走をしている。
また大学4年の夏には剱岳八ツ峰の完全フリーソロを、
そして翌年3月には、単独で杓子尾根から白馬岳、鹿島槍ヶ岳、烏帽子岳、
槍ヶ岳、南岳西尾根を計画し実行に移したが、
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鹿島槍ヶ岳北峰頂上直下で雪庇を踏み抜き、カクネ里まで約1000mも滑落
したものの軽傷で、そこから天狗尾根を登り返して幕営し、翌日大川沢沿いに
鹿島まで戻り、信濃大町へ。ここで必要部品を調達して休息し、
行動日の制約もあったことから、鹿島槍ヶ岳と烏帽子岳の間は割愛して、
烏帽子岳以降を再開し、踏破して新穂高温泉に下りたという。

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