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明星なは彗星あかつきの時代

74 :名無しさん@名無し変更議論中:2008/09/11(木) 10:24:50 ID:9maTSR2m.net
>>70
まあ「名車」とは言いましたが、両用というのはやはり無理があったと思われ…。
悪い言い方をすれば、「アブハチ(ry」とか「二兎を追うものは(ry」…orz

<二等車・普通車・B寝台車★★>
寝台車として使う以上座席車をボックス構造にせざるを得なかった
→昼間の特急用としては、はっきり申し上げて「落第点」
寝台車⇔座席車の切換に手間がかかる
→「寝るだけの寝台車」以外の運用は困難

<一等車・グリーン車・A寝台車>
日中に一等車(グリーン車)としてのサービスを提供するためには、
A寝台車を設定することができなかった。
当時の国鉄は、「グリーン車⇔A寝台車」ができる車両も検討したそうだが、
流石に両者の構造が違いすぎて両用車にはできなかったという経緯があるそうな。

どっちにしても、昼間は485系に比べたらやっぱり×ですし、
A寝台の連結されない寝台車ではやはり半端ですし…。

583系は、新幹線開業前の山陽本線、東北本線の
どうしようもない車両のやりくりを助けるために登場した車両で、
その後新幹線の開業や全国的な夜行需要の減少に伴い、
このような車両は必要なくなったといってよいでしょう。
見た目が美しいのでwktkしてしまうのですが、
まあ新大阪〜博多間8時間を
ボックスシートの583で乗りとおすのはやはりしんどいものが…。

>>66
「あかつき」が、九州の人にとって関西だけでなく東京に出かける手段として、
かつては常用されていたという時代があったのですよね。
翌朝新大阪や岡山などで新幹線に乗り継げばれば、
「さくら」より遅く出て「さくら」より早く東京につけました。
飛行機という手段がそれほどメジャーになっていなかったころは、
こういう使い方が割と当たり前になされていたそうな。

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