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架空の車両形式・番台スレ・懐鉄編

1 :回想774列車:2018/02/10(土) 20:45:27.06 ID:k3EMH0qH.net
路車板だと、どうしても現行やJR化以降の架空車両が中心になってしまうような気が。

なので、もっと前の時代・・・まだ国鉄があった時代とかに、
国鉄でも私鉄でも海外でも、こんな車両があったらなあと妄想するスレッド的な。

【関連スレ】
架空の車両形式・番台スレ 23次車
http://mevius.2ch.net/test/read.cgi/rail/1481344289/

49 :回想774列車:2018/11/21(水) 20:35:56.94 ID:oDQe35jH.net
名鉄が高度成長期に通勤車製造したら
名鉄4000系(初代)
高度成長期名古屋圏の人口増加に名鉄も1967年
昭和42年から犬山線で8両編成していたがパノラマカー一辺倒に流石に問題があり一部社内と
日本車輌から長野電鉄OSカーの足回り1100形
の車体全長18600mm、幅2740mm前面は名鉄3780系の前面を採用
、側面は1D3D3D1、通勤車でコストカットの
為非冷房、窓は二段上昇式でOSカーと同じ
通風器もOSカーと同じ押し込み式
座席もOSカーと同じロングシート採用
とパノラマカーと比べコスト削減
台車はOSカーのNA18 NA18Tを名鉄向きにした
NA19電動車用 910mm車輪主電動機135kw4個
モ4200中間電動車 モ4300制御電動車
NA20制御車 付随車用 860mm車輪
ク4000制御車 サ4100付随車
編成4両 モ4300 サ4100 モ4200 ク4000
編成2両 モ4300 ク4000
1968年昭和43年犬山線でラッシュ8両編成の
運用でデビューしたが社長のパノラマカー優先により1968年〜1975年迄の8年間で
4両編成10編成40両 2両編成10編成20両の
計60両に止まる
1976年3扉の後継車6000系が登場すると6000系とも連結運用開始したが6000系と比べ
非冷房、ペデスタル軸バネ式コイルバネ台車
主電動機出力135kwと性能が見劣りするなど
遜色が目立ち、一時1500V昇圧した瀬戸線転属案も出されたがラッシュ時3扉で輸送力あるため残り1985年から冷房改造開始されたが
10500kcalのRPU3004A MGは40kvaのCLG367
と6000系中期車に準じた節約仕様
ロスナイ省略
最高速度100km/hしか出ず名鉄高速化に対応出来なかった事から冷房装置増強からも外され
1998年〜2000年にかけて全車60両廃車解体され
薄幸な車生を終えた。

50 :回想774列車:2018/12/29(土) 07:32:48.55 ID:q/yE2EPS.net
大井川鐵道(←鉄道) スロ54

昭和56〜57年頃、大井川鉄道のSL列車は順調に利用客を伸ばしていたが、一方で旅行代理店等から冷房車の導入を求められていた。
折しも、上越新幹線開業の57年11月ダイヤ改正で事実上引退した名古屋客車区所属のスロ54形2両(2041,2047)を58年7月に譲り受けて整備し、翌59年3月から運用入りした。

大井川入線に際してはグリーン帯を復活させ、2041は車体色をぶどう色2号に塗り換えた。
料金は、既存のハザを『SL2等』、スロ54を『SL1等』に設定。

30年余り大井川鐵道で活躍してきたが、JRから譲り受けた12・14系客車により今後の動向が注目されている。

51 :回想774列車:2018/12/29(土) 08:22:07.77 ID:uCN4AwlZ.net
大井川鐵道スロ81 スロフ81
JR東日本水戸支社がリゾートエクスプレスゆうを登場した際に廃車になったお座敷客車の
スロ81系「ミト座」を大井川鐵道が3両購入したもの。
SL急行としてではなく団体臨時列車やビール列車などの臨時列車用として使われた。
冷房とディーゼル発電機があって重量が重いためこの車両連結時は両数 蒸気機関車形式に問わず
E10型の後補機が必要。
SL検査時はE10型牽引になることが多く、岳南鉄道からED402を購入も一時期検討されていた。
原則臨時列車と団体臨時列車用だが突発的にかわね路に連結される場合もあったため、お座敷車だけあって喜ばれた。
しかし老朽化によりJR西日本よりやまぐち号の12系及びJR北海道より14系を購入した他にこの代替として
JR西日本よりサロンなにわ4両の購入を決定したため、去就が注目されている。

52 :回想774列車:2019/01/02(水) 11:34:51.94 ID:dI9B9c5L.net
JR西日本 クハ103 5000番台

片町線木津電化により13両が改造され、偶数向き専用で付属編成に用いられた。
後に電気連結器を撤去し2000番台に改番された。
2000番台は先にクハ100改造車があったがこの時点で全車廃車されていたため、二代目として2001から付番された。

207系投入による片町線からの撤退後は13両全てが森ノ宮に移り、同区既存編成の
偶数向き新製冷房車クハとの差し替えを行った。
ここで捻出した新製冷房車クハのうち7両を奇数向きに方転し、経年の高い初期0番台クハの置き換えに用いた。

53 :回想774列車:2019/01/27(日) 20:05:22.38 ID:gl3Snotk.net
JR西日本・JR東日本 201系電車
車両交換(相互譲受)

JR西日本のサハ201とJR東日本のクハ201・クハ200を交換した。京阪神緩行からの201系
転出で、JR西日本で短編成化によりクハが多く必要になった理由による。
E233系による201系淘汰がJR東日本で進むなか、主に10連の中間に封じ込められて運用されていたクハを
JR西日本で譲受した。
帳簿上それぞれの対価を設定し、JR貨物への双方への甲種車両輸送費をJR西日本が受け持つ形で考慮することで、
実態は物々交換となるよう調節、相殺された。

54 :回想774列車:2019/02/14(木) 18:25:43.54 ID:M8AmKMk+.net
国鉄211系(モハ213 0番台)

横須賀線に投入し、全ての113系1000・1500(・2000)番台を置き換えた。
捻出された車両は東海道(東京口)用との玉突き転属を伴い、
房総ローカル、静岡ローカル、福知山線電化用、広島、岡山、下関、四国などに回り、
高経年の非冷房車淘汰に多大な貢献をした。

55 :回想774列車:2019/03/03(日) 19:37:15.24 ID:Pq3gF6Xm.net
形式ではなく列車だが・・・。

1961年、特急『白鳥』のデビューと共に、急行『日本海』が特急に格上げされた。
(従来の急行『日本海』は『きたぐに』に改称)

『白鳥』と同様、西日本〜北海道の輸送と東京〜北陸と兼ねるが、座席需要も配慮され緩急車は座席車となった。
編成は以下の通り。

カニ21−ナロネ21−ナシ20−ナハネ20×3−ナハフ21・ナロネ21−ナシ20−ナハネ20×3−ナハフ20

なお上野〜直江津間は大阪〜青森間とは別の電源車を連結。

56 :回想774列車:2019/03/03(日) 19:40:08.45 ID:Pq3gF6Xm.net
>>55
訂正
誤:西日本〜北海道の輸送と東京〜北陸と兼ねるが、
正:西日本〜北海道の輸送と東京〜北陸の輸送と兼ねるが、

57 :回想774列車:2019/03/04(月) 16:13:50.08 ID:Gmq+14s/.net
鹿島鉄道・茨城交通キハ5500
南海の南紀直通「きのくに」号廃止に伴い、同社所有のキハ5500系8両は余剰となったが、
製造歴が比較的新しいことから、両運転台キハ5551のみ鹿島鉄道に2両、茨城交通に2両ずつ譲渡され、
両社の元国鉄気動車が置き換えられた

58 :回想774列車:2019/03/04(月) 20:02:36.90 ID:SbvuYyyt.net
115系4000番台

身延線の62系を115系に新性能化した番台。
1986年に改造され引き続き身延線で使用された。
改造当初は身延色を纏っていたが民営化後は湘南色に変更された。

59 :回想774列車:2019/03/15(金) 02:18:47.18 ID:DOkHMm6B.net
国鉄 オロ12形
余剰となった急行型電車のサロ165・サロ455から改造編入。電車を客車として改造編入するにあたり、運輸省から特認を受けた。
元々新製車として存在しなかった形式であり、種車に関係なく0番台として区分した。
急行「八甲田」に用いられた。

60 :回想774列車:2019/03/24(日) 07:48:57.62 ID:ABVNTWDM.net
国鉄 115系2200番台

481系・483系廃車で発生した機器類を再用し、廃車が進められていた111系の車体に取り付けたもので、
改造名義ではなく新車名義ではあったが、屋根上の冷房装置AU12から機器流用車であることが一目瞭然であった。
車体新製した方が手っ取り早いのではないかと思われるほど徹底的な保全工事を行った※が、
これは施工を担当させた各工場社員の技術力向上を主眼に置いたものとされる。


※但し投入日程との関係から全ての車両ではなく、実際に一部は富士重工業や新潟鉄工所で台枠から含めて車体新製し、
各国鉄工場ではその艤装作業を行った(ノックダウン生産)と言われている

61 :回想774列車:2019/03/30(土) 06:30:46.36 ID:3BLjFne5.net
国鉄サハ103 750番台増備車

片町線の103系を6→7両編成にする段階でいきなり8両化するにはサハが足りず、101系からの改造が発生した。
改造は1986〜1987年頃に行われ、101系の淘汰、201系の製造が終わり205系の製造が始められていた
時期であったため、101系のうち車齢の新しいサハ101を中心に種車に選び、改造工程削減のため
AU711※による冷房改造を施工した。

※日立製作所が原設計を行った集約分散型の冷房装置で、屋根構体の補強を不要としている。
2台使用で従来のAU75と同等能力とされた。

62 :回想774列車:2019/03/31(日) 00:27:03.29 ID:E3LpiZ7p.net
>>61
国鉄サハ103-791〜794
同様に作られたものだが初のモハ101からの電装解除車。電動車機器を取り外してMGも撤去。
台車はDT21TからTR62又はTR212に履き替えた車もある。
AU75に冷房改造済車が種車に選ばれ、中野と津田沼の車が選ばれた。
特別保全工事車が多かった中でも791・794はなんと延命NA工事を施工された。
片町線から阪和と大阪環状線へと移動し、2013年に廃車された。

63 :回想774列車:2019/03/31(日) 09:53:04.16 ID:nNQ3Bio5.net
東武鉄道1900系:
東上線有料特急「フライング東上」の為に1800系をベースに1720系の簡易リクライニングシートを搭載。
特急という特性上、4M2Tの6両編成で落成(1800系は3M3T)。
1910-1920-1930-1940-1950-1960の組成で、FS356Dにキノコ形クーラー。
1911F〜1915Fが落成。


8連化:
東上線の8連化に伴い1970-1980をモハ1930とモハ1940の間に増結。
変更点は
・FS356台車→FS396台車への変更
・CPのC-2000→HB-2000への変更
MGの60kVA(1800系同等)→75kVA(8000系2連同等)

10連化:
更に東上線の10連化に伴い1990-1900をモハ1980とモハ1940の間に増結。
変更点は
・FS529台車への変更
・MGのブラシレス化(10000系2連同等)
・CPのHS-20への変更
・クーラーを1819F同等に変更・簡易リクライニングシートからフリーストップリクライニングシートへ変更


改番及び台車・MG・CP振り替え:
1800系同様に、現場からの要望で編成番号の改番と、台車及びMG及びCPの統一が行われた。
但し、屋根上のクーラーは構造上そのままになった。
・編成番号は1910〜1900まで通し番号に変更。
・1911F〜1913F:FS356/C-2000/60kVA MG
・1914F:FS396/HB-2000/75kVA MG
・1915F:FS529/HS-20/75kVA BLMG
に統一されたが、1911F〜1912Fは台車振替の段階でクハ1914/クハ1904/クハ1915/クハ1905のFS056の台車振替で8M2T→6M4Tになる。
その為、4両分のFS029を発注して、クハ1915とクハ1905のFS529を捻出して、1913FからFS356を更に1911F及び1912Fに振替。
1913Fのうち1923-1933と1983-1993がFS529台車に変更される。
台車振替の時に車内内装のリニューアルが行われ、6号車と7号車のフリーストップリクライニングシートを1911Fに転用して、同等品を他編成に新規製造。
また、車内内装のリニューアルと同時にMGの140kVASIVへの変更が行われ、1編成4基→2基に半減。
また、リニューアル時に車内通路を自動ドアに変更。

また、機器更新も行われ、200系同等の添加励磁に改造された。

64 :回想774列車:2019/03/31(日) 10:36:26.40 ID:E3LpiZ7p.net
東武鉄道 6000系 6131〜6146F
東上線の快速急行「さだみね」「みつみね」に投入された6000系。塗装と車内は本線仕様と変わらない。
晩年まで非冷房車で一部は6050系の6181〜6190Fに更新された。
なお6050系に更新時塗装は本線と異なり、8000系と同じ塗装になっている。
更新された車両以外は本線の6050系のパーツ取りドナーとして9000系に置き換えられて廃車。
池袋の乗り入れはなくなり、越生線と小川町〜寄居間のみとなった。
2017年には6183Fが南栗橋の乗務員教習用車両となるために廃車。6185F〜6188Fが本線に転籍している。
本線に転籍された車両は鬼怒川線のSL大樹のアシスト客車用とする予定で、これにより下今市から
SL牽引を栃木や東武動物公園始発等も可能となり、電車機能は殺さないため、浅草や北千住始発も可能になる。
これにより今までの浅草や北千住駅からは特急で下今市から乗り換え必須だったのが、浅草又は
北千住駅から乗り換えなしでSL大樹に乗れるようになる。
定期運用がない634系も大樹の客車化する予定で特別展望車両化する。

65 :回想774列車:2019/03/31(日) 14:09:41.57 ID:M7PDSSSZ.net
なるほどね

66 :回想774列車:2019/03/31(日) 15:39:55.34 ID:nNQ3Bio5.net
西武鉄道901系:
西武鉄道が西武有楽町線計画(8号線計画)で製造した車両。
西武池袋線系統初の4ドア車で、電機子チョッパ制御。
主電動機と台車は101系と同一。
但し、西武有楽町線の開通と西武池袋線との直通運転が遅れ、地下鉄直通に使われずに、6000系が登場した為、西武有楽町線〜営団有楽町線・営団副都心線での運転に至らなかった。

運用は西武池袋線準急限定運用とした。
理由は快速や急行などの優等運用をすると、電機子チョッパの消費電力が高くなり、各駅停車では池袋〜練馬の中間駅の有効長が8両までという制約もあった。

101系の廃車発生品を流用した9000系同様に、車体更新が行われ、9050系となる。

西武9050系:
前述の901系を2000系同等に改造した車両。
相違点として、
・日立製作所製(所沢工場閉鎖後の為)
・車体はアルミ製で内装は6000系最終増備車に準ずる。
・最初からVVVF制御で、東武30000系や京王1000系同等の日立IGBT-VVVF。
・台車はNRA同様に積層ゴムに改造(6000系同等の主電動機載せ換えで)。
それらの改造で準急限定運用から、10連運用全般に利用される。

67 :回想774列車:2019/03/31(日) 22:18:34.94 ID:nNQ3Bio5.net
国鉄487系電車:
185系の交直流版として製造。
東北方面急行の451/453/455/457系急行及び、北陸方面急行の471/473/475/457系の特急格上げ名目。
制御機器は485系1000番台をベースに無接点化したものを採用。

分割民営化後はJR東日本とJR西日本に承継される。

JR東日本承継編成:
リニューアル工事で185系同様にリクライニングシートに改造される。更に、IGR/青い森/しなの/トキ鉄に譲渡される。

JR西日本承継編成:
転換クロスのまま延命N40体質改善工事が行われ、サハ487・サロ487は保留車として疎開留置される。
主に北陸本線の普通列車で運用される。更にトキ鉄/あいの風/IRいしかわに譲渡される。
なお、保留車となったサロとサハは485系の廃車発生品で電装化され、ジョイフルトレインに転用。
サハを電装化したジョイフルトレインは、瀬戸大橋線のイベント車両に使われる。
サロを電装化したジョイフルトレインは主に団臨や多客臨に使われる。

68 :回想774列車:2019/04/01(月) 09:50:32.30 ID:bR4xf4xo.net
117系1000番台

国鉄が東武への日光対抗策として登場。
基本番台との違いは、耐寒耐雪構造と横軽対策(185系200番台に準じた設計)
さらに中央線乗り入れを考慮して集電装置にPS24が施されている。
塗色は185系200番台と同じ塗り分けである。(クリーム10号に緑14号の帯)
編成は6両1編成で、通常は12両で運用された

1985年田町電車区に配置され快速「日光」として新宿・上野〜日光としてデビュー
快速「日光」以外にも臨時で伊豆方面や山梨、上越方面でも使用された。

2006年に東武との相互乗り入れにより快速「日光」は廃止され、それに伴い配置を高崎車両センターに転配。
現在は短編成になり一部ロングシート化され高崎ローカルで使用されており、今後の行く末が注目されている。

69 :回想774列車:2019/04/01(月) 20:59:31.50 ID:k0IbouS2.net
国鉄459系電車:
457系をベースに167系同等の車内設備を持つ修学旅行用急行型電車。

国鉄469系電車:
169系同様に横軽でのEF63協調運転に対応した急行型電車で、457系及び489系をベースにしている。

国鉄キハ381系気動車:
ガスタービンのキハ391系の失敗を生かし、ディーゼル機関に変更された振り子式気動車。
エンジンは前期車がDMF15HSA、後期車がDMF13Sを搭載。
性能はDML30系より低下するが、車体の軽量化の為の措置である。
前期車は「くろしお」に投入され、キハ37系のエンジンで性能向上させた後期車は「やくも」に投入されたが、いずれも電化されて、北海道や東北や四国や九州に転属になるが、
北海道転属編成や東北転属編成は雪害で振り子まで作動せず、四国や九州に転属になる。

四国では大活躍して、分割民営化後にTSE2000系にフィードバックされる。
九州ではそこそこ活躍したものの、電化に伴い、振り子機能を停止して、ローカル線急行などに転用されるが、
分割民営化後に「おらんだ」(大村線周遊特急)「ゆふ」「あそ」「九州横断特急」「はやとの風」「いざぶろう・しんぺい」などで振り子機能を復活させて特急運用に返り咲く。
北海道では雪害対策が確立しない為、分割民営化後に北海道で保留車になっていた編成を苗穂工場で雪害対策改造をして、キハ281系にフィードバックされる。
四国では2000系気動車の投入により置き換えられ、元「やくも」編成を九州に譲渡した。
九州では四国から譲受した編成は、元「くろしお」編成を元「やくも」編成に置き換え。
四国・九州共に元「くろしお」編成は全車廃車された。

70 :回想774列車:2019/04/05(金) 04:13:25.06 ID:Q8lgJs0a.net
定山渓鉄道キハ7000形4両が譲渡されたら
定山渓鉄道キハ700形 7500形→関東鉄道キハ720形→鹿島鉄道キハ720形
1969年定山渓鉄道廃線後、まだ12年と若いキハ7000形を
関東鉄道が譲受、改造内容は右側運転台を左側運転台に移す、
定山渓鉄道キハ7000形 7001 7002 7003 キハ7500形7501
→関東鉄道でキハ720形に改番
721 722 723(元キハ7000形) 724(キハ7501)
翌1970年から運用開始、これによりキハ42503、42504が常総線に転属
(史実キハ600形は無く代わりにキハ610形が7両に増える)
1979年関東鉄道鉾田線が鹿島鉄道で分離すると
そのまま鹿島鉄道キハ720形721-724となり引き続き活躍を続けた。
1985-1986年に車体修繕行う
やがて1989年 1992年にKR500形が4両新造された際、本形式は在来車で一番車齢若く
かつ台車もキハ710形711-715のTR29系じゃなくDT22系だったため
窓扉配置異なるキハ720(元キハ7501)含め4両全て、元加越能鉄道キハ431、432
と共にワンマン化改造が行われた。更に1994年には4両全て冷房化改造が行われ。
引き続き活躍続けるも2007年4月1日鹿島鉄道廃止と共に全車廃車された。

71 :回想774列車:2019/04/05(金) 04:15:53.95 ID:Q8lgJs0a.net
14系「みやび」リニューアル車

機関士の機転により余部鉄橋前ギリギリで停車して転落を免れ、その後も団体列車等に活躍したが、
車内外の老朽・陳腐化が目立ってきたため、1995年に鷹取工場で大規模なリニューアル工事が施工された。
主要な工事内容は、
・両端スロフ14の連結位置を入れ替えて便洗面所を撤去し、展望室を設置
・雨樋一体化
・多客臨での使用を考慮し、座席配置を通路を挟んだ2+1列配置に変更
・車端部壁面に大型テレビを設置し、テーブルごとの小型テレビは撤去
・各車格子等の木製内装の更新
・外板塗装の茶色帯に金の縁取を追加

出場後は以前よりも勢力的に運用されるようになり、1997年からは「ホリデーパル」から抜かれた
オハ14 701を食堂車に復元し和風内装に改造したオシ14 801を組み込んで8両編成となった。
しかし、大口団体輸送の減少や車両自体の老朽化が進み、2005年にはオシが廃車、
翌年オロ1両が抜かれて6両に減車されてしまった。
その後は大きな動きもなく宮原に健在だが、ここ数年はまったく営業運転に就いておらず、動向が注目されている。

72 :回想774列車:2019/04/05(金) 04:16:43.84 ID:Q8lgJs0a.net
定山渓鉄道キハ7000形4両が譲渡されたら
定山渓鉄道キハ700形 7500形→関東鉄道キハ720形→鹿島鉄道キハ720形
1969年定山渓鉄道廃線後、まだ12年と若いキハ7000形を
関東鉄道が譲受、改造内容は右側運転台を左側運転台に移す、
定山渓鉄道キハ7000形 7001 7002 7003 キハ7500形7501
→関東鉄道でキハ720形に改番
721 722 723(元キハ7000形) 724(キハ7501)
翌1970年から運用開始、これによりキハ42503、42504が常総線に転属
(史実キハ600形は無く代わりにキハ610形が7両に増える)
1979年関東鉄道鉾田線が鹿島鉄道で分離すると
そのまま鹿島鉄道キハ720形721-724となり引き続き活躍を続けた。
1985-1986年に車体修繕行う
やがて1989年 1992年にKR500形が4両新造された際、本形式は在来車で一番車齢若く
かつ台車もキハ710形711-715のTR29系じゃなくDT22系だったため
窓扉配置異なるキハ720(元キハ7501)含め4両全て、元加越能鉄道キハ431、432
と共にワンマン化改造が行われた。更に1994年には4両全て冷房化改造が行われ。
引き続き活躍続けるも2007年4月1日鹿島鉄道廃止と共に全車廃車された。

73 :回想774列車:2019/04/06(土) 03:34:59.64 ID:Vwk/BBnO.net
越後交通栃尾線 モハ212 213 214 215 216 217 クハ102 103 104
→近鉄モ250系251形251〜254 255形255 256 ク171形171〜173
栃尾電鉄→越後交通栃尾線が昭和48年 昭和50年の2段階に渡り全廃になったが
垂直カルダンモ4401系を上手く使いこなした近鉄が北勢線 内部八王子線の近代化を計画した際
自社の新車の前のリリーフ役として車齢若い全金属製近代13m車体750Vの上記車両を譲受た形式
250系に纏められモハ212〜215垂直カルダン車がモ251〜254
吊り掛け車216 217が255形255 256 クハ102 103 104がク171〜173
になり北勢線に255-171 256-173 の2両固定編成
内部八王子線に在来の旧松坂鉄道車や他雑多形式置き換えで垂直カルダン駆動の
モ251形251〜254とサ代用でク171が配属、在来のサ150形やサ131形を総括制御改造して
近鉄ナロー線区では元三重交通4401系〜モ200形初の総括制御車として一躍看板車両になったが
1977年昭和52年新車北勢線271系導入により改造改番転属により数奇な運命辿る事になる

74 :回想774列車:2019/04/06(土) 15:07:11.81 ID:E6XRl4OZ.net
国鉄195系:
東京〜日光で国鉄と東武で競争していたが、
国鉄がDT24/DT32系ウイングバネで、
東武がFS334系アルストムやFS356/357系ミンデン
やFS370系Sミンデンを採用しているが、
国鉄と東武で台車性能試験で2M2T。
モハユニットにはMT58(モハ195)

194)を試用。
・クハ195-1編成:DT24(157系同様)
・クハ195-2編成:DT32(165系同様)
・クハ195-3編成:FS334(1720系)
・クハ195-4編成:FS356(東武標準)
・クハ195-5編成:FS357(6000系)
・クハ195-6編成:FS370(1720系後期及び台車交
換)
ちなみに、国鉄のCS型から東武のMMC/VMC型カム
軸制御器に試験的に交換。
で日光線及び東北本線で試験して、日光号の速度や
乗り心地を比較。
比較している矢先に日光号の多客期臨時格下げが決
定して一般公募乗車試験の打ち切りが決まり、訓練
車や新幹線IS台車へのフィードバック試験など、晩
年は試験車として余生を送り、廃車。

75 :回想774列車:2019/04/06(土) 23:27:36.44 ID:9rydZcUT.net
旧栃尾線から譲渡車はHL手動加速関節制御 AMM自動ブレーキで
従来のKR-8直接制御 SME直通ブレーキに比べ格段に近代化され
更に入線したが入籍しなかった車両 モハ205 207 209 211が部品取りとして
更に電機ED51も近鉄在来デ45 46に比べやや非力な事から部品取りに
在来車の中ではサ141〜サ143がモ251形251〜254と連結する為
ATA自動ブレーキに変更 旧クハ104→近鉄ク104含み
モ251-サ141-142-モ252 モ253-ク104-サ143-モ254と
サ130形134〜137からサ134 136がクハ化ク134 136
となりACA自動ブレーキに変更 サ135 137はATA自動ブレーキに変更
其々貫通化され、吊り掛け駆動のモ255-ク102 モ256-ク103の増結編成と
なった。

76 :回想774列車:2019/04/06(土) 23:49:30.40 ID:Fys8GEtL.net
国鉄117系3000番台・3100番台

153系・165系からの改造。クモハ117・モハ116・クハ116の3型式からなる。
117系の区分番台だが新製車との混結は出来ない。
あくまで同様の車体構造と接客設備を備えた機器流用車に同じ系列名を付与したものであるが、
車端部は当初からロングシートとした。台車の歯車装置は111系からの廃車発生品で、
種車が153系となる3000番台では改造時に主電動機がMT46AからMT54へ振り替えられている。
モハ116にPS24パンタグラフを備え、身延線入線を考慮して取り付け部を低屋根構造としている。
静岡地区に投入され、119系に代わり「するがシャトル」として運用された。

77 :回想774列車:2019/04/12(金) 22:39:36.06 ID:DC6SyI61.net
国鉄201系300番台
203系100番台に準じた仕様変更を行った
京阪神緩行に投入され103系を捻出した

78 :回想774列車:2019/04/13(土) 09:02:21.27 ID:HtJxzVLoh
>>12
561系登場当初は寝台車と食堂車のみだったが、直後にサロ561形が登場。
565系の登場直前の1966年には普通座席車も登場。

79 :回想774列車:2019/04/13(土) 09:04:20.72 ID:HtJxzVLoh
>>67は561・563・565系座席車で1両当たりの長さは21.3m、出入口はステップ付きで開口幅は700mm。

80 :回想774列車:2019/04/13(土) 09:10:14.50 ID:HtJxzVLoh
>>69
459系→457系800番台
469系→459系

81 :回想774列車:2019/04/14(日) 20:31:01.49 ID:/CvJIMMb.net
711系500番台

711系の本州版。塗色は国鉄時代は北海道と同じ赤一色にクリームの警戒色であり
窓がユニットサッシで外観は900番台に似ている。
車体は455系ベースで断熱材等は省略されているが、前面は711系をベースにタイフォンは下に位置しているが頭上のライトは省略された。
編成は北海道と違い2M方式でありクハ・モハ・クモハの3両を基本としている。
制御方式は北海道と同じサイリスタ位相制御である。
一番の違いは、当系列は抑速発電ブレーキを装備しており、それに伴い床下に抵抗器を設置している。
台車も北海道版とは違いDT32・TR69が採用された。

旧客の置き換えを50系ではなく当形式で置き換えようと1980年に青森運転所に配置され
東北本線の普通列車で使用され、また快速くりこまにも使用され仙台にも顔を出した。

東北新幹線新青森開業まで701系に混じり走っていたが、1編成を残して廃車され1編成は青い森鉄道に譲渡された。
青い森鉄道では限定的に使用されていたが、703系投入と同時に定期運用を離脱。
現在は車籍はあるものの使用されておらず動向が注目されている。

82 :回想774列車:2019/04/15(月) 21:51:59.78 ID:5BRbdjIx.net
国鉄203系900/910番台:
国鉄では営団で試作された4象減チョッパを203系で試用。
900番台(A編成)にはMT60型主電動機を分巻に改造したもの。
910番台(B編成)にはMT61型主電動機の分巻仕様(713系と同等)
制御装置や主電動機を除くと、100番台と変わらない。
しかし低圧素子の為(01系同等)、1C2Mで1500V→600V降圧DC-DCコンバータが必要になった。
600V降圧DC-DCコンバータはクハとサハに搭載。

分割民営化後:
900番台も910番台も高圧素子に機器更新して(03/05系同等)にして性能向上。DC-DCコンバーターは撤去。

試運転は東西線と千代田線で国鉄時代及びJR東日本時代に行われた。
特に珍車揃いの松戸に配置(東西線では中野に貸出)。

晩年はE233系2000番台に置き換えられる。

83 :回想774列車:2019/04/15(月) 22:09:04.79 ID:5BRbdjIx.net
>>74
195系補足:
M-M'でM車にMT58・M'車にMT61で試験したが、
DT24/32編成はCS型制御器にMT58
FS334編成はMMC型制御器にMT58
FS356編成はVMC型制御器にMT61
FS357/FS370編成はMMC型制御器にMT61
と、制御器と主電動機を入れ替え。
その後小山電車区試験線で新幹線台車開発試験車に至る。
バーニヤ制御器は珍車揃いの松戸でしか受け入れられない為、バーニヤ制御器だけが松戸電車区の試験車に転用される。

84 :回想774列車:2019/04/16(火) 18:07:21.76 ID:yEA3rymj.net
>>83より補足
国鉄149系電車:
195系電車でバーニヤ制御器は珍車揃いの松戸電車区でしか受け入れられない為、また、FS356は新幹線台車試験に供出。
そこで、201系のDT46にMT61を組み合わせた車両。
車体は195系からの流用だが、車内の客席をの大半撤去して、訓練車兼藤代セクション救援車で、藤代セクション救援車として用いる場合のDD51/DE10との協調運転に対応。
松戸電車区に常備され、民営化後に廃車。

85 :回想774列車:2019/04/20(土) 23:36:25.89 ID:DFodX/N3.net
EF72

国鉄が交流機のF級の標準版として登場し、青森機関区に配置。
機器はほとんどED75と共通であり見た目もED75のロング版みたいな感じであるが
歯車比は3.83で高速使用になっている。

客貨両用として登場したが、運用は専ら寝台特急ゆうづるメインで運用されていた。
国鉄末期、やはりED75の使い勝手の良さから運用を持て余し気味になり
一部が青函トンネル用に改造された500番台が出現。
民営化後はJR北海道とJR東日本の両会社に継承された。

JR東日本は96年3月、東北地区の電車化によって運用を離脱し
そのまま全機廃車となった。(1号機は利府に保存された)
JR北海道の500番台も2002年、快速海峡廃止を機に全機廃車となった。

86 :回想774列車:2019/04/22(月) 00:41:11.85 ID:5k262Zxy.net
>>85
EF73
>>85の九州専用機。この車両は重連総括も可能な他EF65-500と同等の装備を行っている。
旅客用のブルトレだけでなく貨物用として10000系貨車の連結にも対応した。出力2900Kwは交流機では最強である。
主に特急牽引機としてブルートレイン牽引の任にあたり、ED72 73から引き継いだ。
しかしF型機の九州島内の路線に限りがあり、使われたのは「あさかぜ」の門司〜博多 「はやぶさ」「みずほ」が門司〜熊本
(はやぶさの熊本〜西鹿児島はED76)「富士」の門司〜大分「なは」の門司〜熊本などで、
熊本 大分以南 長崎線には充当されなかった。

87 :回想774列車:2019/05/03(金) 00:46:47.53 ID:Vd0LBRd9.net
北海道拓殖鉄道キハ301が譲渡されたら
北海道拓殖鉄道が1968年廃線後泰和車両に引き取られ
同じく廃止になった
定山渓鉄道キハ7001 7002 7003 7501を関東鉄道鉾田線に
譲渡改造を泰和車両が受け持った後、キハ301を本州の
私鉄に売り込みに行った時、加悦鉄道に譲渡が
成功、1970年2月から加悦鉄道でキハ301の名前もそのままに運用開始した
キハ101が運用から外れ、キハ40900形が予備に退いた
その直後1972年2月キハ08形3が入線した際
客車のサハ3104を中間に挟んで
キハ301=サハ3104=キハ083の3両総括制御で朝ラッシュ時使用しようと
したが断念、キハ301=キハ083の2両連結を朝ラッシュ時運用
しかし元は木造客車台枠利用台車中古TR29の狭幅車で車齢は1968年
泰和車両製と若かったが1980年国鉄からキハ1018が譲渡されると
2両連結運用をキハ10形18に譲って予備車に1985年5月1日
加悦鉄道廃線と共に廃車以後加悦S L広場で保存だが北近畿タンゴ鉄道ね
手によりキハ083 キハ1018共にキハ301動態復活保存の
計画があったとか。

88 :回想774列車:2019/05/03(金) 21:56:44.43 ID:W5OjktCH.net
20系の次(つまり14系)に求められた仕様が不可解
パズルのような581・583系の寝台・座席転換に比べて14系はボタンで簡素化されたものの、車掌補→作業員は必要なまま
寝台特急車両なのに寝台の真下に発電装置を設置


幅52cmのままで固定2段
食堂車は作らず、1/3ずつグリーン席・ビュフェ・発電室(自車を入れて当初7両・のち8両給電)、それ以外には身障者設備を設置
→なので、7両のうち1両は必ずこの車両が連結される
オハネ14 10区画40床
オハネフ14 9区画36床
オロネフ14 12区画24床
マロシ(フ)14 2+2席4列とビュフェ
(スハフ12 北陸トンネル火災事故による一時的処置)
しかし、北陸トンネル火災事故があっても、比較的集中配置そして水タンクを床上配置(置く場所がなかったため)していたこともあり、
さらに消火能力を高めて増備された

1972年寝台特急登場時の編成
オロネフ−オハネ×5−マロシ+マロシ−オハネ×5−オハネフ
マロシ2両連結の非効率さが問題となったものの、解決方法はなく、そのままの運用が続いた

89 :回想774列車:2019/05/03(金) 21:58:30.67 ID:W5OjktCH.net
1975年の新幹線博多開業に伴う在来線効率化のため、車掌補を全面廃止する必要に迫られた
しかし、これから置き換える寝台特急から14系への置き換えは寝台定員の大幅減少が伴い、かつと食堂車が必要なこともあり、集中電源方式に戻した

24系
集中電源方式
とにかく寝台数減少割合を減らすため、新聞輸送もしない
食堂車は経年が浅いナシ20を改造して流用。そのため、電源車に食堂車従業員用寝台を設置
A寝台は編成端への設置が困難になるため、固定ルーメット(下段座席、上段固定寝台)
カヤ24 発電装置と食堂車従業員用寝台3段3組設置
オハネ24 10区画40床
オハネフ24 9区画36床
オロネ24 18個室18床
オシ24 ナシ20の昭和43年以後製造分から改造
オロネシ24 8個室8床とビュフェ

90 :回想774列車:2019/05/03(金) 22:00:01.36 ID:W5OjktCH.net
食堂車スレでもよかったのだが、架空車ばかりなのでこちらへ
【シ,ハシ,Td,Tb】食堂車・ビュフェ【35,36,37,168】4レ
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/jnr/1505541400/852の続き

(サハシ188 189系。計画されたものの、乗車人数と所要時間から作られず)
サハシ481 481・483・485系
サロシ581 581・583系
キハシ180 キハ181系
スハシ14 14系・20系用。14系のみ自車を入れて5両給電可能。20系600Vは通し回路のみ。※ばったんこシートではない
スハシ12 10系・12系用。自車を入れて5両給電可能。急行用なので身障者設備なし

37 車販基地&売店
サハシ180 181系・183系用 元サハシ153。1972年改造。181・183系対応化工事(台車・座席交換など※身障者設備なし)
サシ481 700番台 元サシ581
サロ481 700番台 元サロ581
オシ24 200番台 元ナシ20。24系対応(440V化、窓ガラス構造変更など)
 24〜29→206〜211(1970年度製) 1973年改造
 19〜23→201〜205(1968.8.4製) 1975年改造
 結局、オシ24は新製されず
オハネフ12 3000番台 12系併結対応車。冷房用発電機撤去、自動ドア化、車端貫通路に引き戸設置
モハネ583 200番台 三相切替スイッチを設置
モハ183 1200番台 車販基地のみ設置

91 :回想774列車:2019/05/10(金) 11:32:24.17 ID:HEy7ciU5.net
国鉄サハ103形700番台

103系の新製費抑制のため、サハ101だけでなくサハ100からも103系への編入改造が実施されることになり登場した。
種車はサハ100としての最終増備車である100番以降の車両から選ばれ、改造時に冷房と電動方向幕をを設置した車両の他に、
101系当時に冷房改造した車両を編入した車両もあり、後者の車両は電動方向幕の設置がない。
1979年から1980年にかけて5両が改造され、中央快速線や中央総武緩行線で活躍した後、最後は南武線で活躍した。
1993年までに全車廃車となった。

92 :回想774列車:2019/05/11(土) 10:02:03.35 ID:Ch3P2NHq.net
103系1800番台

1984年越後線・弥彦線電化に伴い電車化するにあたって
当時財政難だった国鉄は何を思ったか、首都圏の103系を新潟地区に転配することにした。

改造内容は雪国の新潟地区用に、仙石線並の耐寒耐雪構造に加え
グローブベンチレータを押込式に交換し、制御車には排雪器を装備した。

運用は越後線や弥彦線の他に、早朝や夜間には新潟〜長岡や新潟〜村上等にも充当された。
民営化後は115系に準じた一次新潟色になり、いろんな意味で注目を浴びた。
1995年E127系投入により運用を離脱、そのまま廃車となった。

93 :回想774列車:2019/05/11(土) 15:02:18.17 ID:yLacGZyZ.net
>>92
209系6000番台
2009年に103系に代わって配備された209系。京浜東北線の車を種車にしたものとりんかい線の
余剰車を改造したものとがある。
クモハ209-モハ208-クハ209の3両編成とクモハ209-クモハ208の2両編成があり、2連は弥彦線ワンマン用。
半自動ドア装置とドアレールにヒーターを入れるなどが改造の主なものでトイレも追加された。
原則新潟県内だけで弥彦 越後線を中心に使われた。
2016年にE129系に置き換えられて3両編成が一部富士急に 2連が南武支線用になった編成以外は廃車された。
なおラストランでは70系時代の新潟色ラッピングをまとい信越線や羽越線など他線でもイベント運転し、
ファイナルランだった上越線では上越国境越えて水上にも入線を果たした。

94 :回想774列車:2019/05/15(水) 00:31:15.03 ID:BOTL18Lg.net
国鉄405系/115系700番台/165系1000番台:
奥羽本線の福島〜米沢間が直流電化されていた当時、交流電化の東北本線からの乗り入れや、奥羽本線内区間運用で投入。
福島〜米沢間の交流電化で特急型を除いて新潟地区に転属して、
特に405系は村上〜酒田運用に充当されたり、425系に改造されて糸魚川〜直江津運用に転用された。

95 :回想774列車:2019/05/18(土) 15:58:07.38 ID:pMp1A3+D.net
国鉄105系(史実の105系→107系、107系→109系)

京阪神緩行線の旧型を置き換えるにあたって、国鉄本社は103系を投入しようとしたが
大鉄局が不向きと判断し断固拒否、このような経緯で当路線に向いた新形式が造られた。

当105系は車体は103系と変わらない外観をしているが、主電動機がMT54を採用しており
歯車比は5.6で、中身は完全に101系の後継であると言える。

全車スカイブルーで明石電車区に投入された。
201系投入頃から転配が始まり、国鉄時代には名古屋の神領や、武蔵野線増発用に豊田に転属した車両もあった。
民営化後は、JR西日本、JR東海、JR東日本に継承された。

JR東海車、JR東日本車は持ち場がほぼ変わらずにいたが
唯一JR西日本は207系投入後、京阪神地区を離脱し広島へ転配
山陽路を第二の職場とし2015年まで活躍した。

96 :回想774列車:2019/05/25(土) 10:47:47.48 ID:8lCqWoBz.net
サロ110-601

80年代12系客車が余剰になり、鈍行化やジョイフルトレインに変化したが
その余波は東海道線のグリーン車にも訪れた。

オハ12をサロ110-601に改造編入した。
座席をリクライニングシートに変え、塗色も湘南色になった。

結局1両しか改造されなかったため、化けサロの中でも珍車中の珍車となった。

97 :回想774列車:2019/06/03(月) 22:56:16.33 ID:wTp9VSKU.net
105系1000番台
111・113・115系の改造により、越後・弥彦線電化のために投入された。

98 :回想774列車:2019/06/13(木) 16:21:45.95 ID:D0Y9EkrP.net
サロ88形
80系湘南形電車にはサロ85形も製造されたが、準急にも使用されるようになったことから、
オロ41形のような転換クロスシート車も必要となったために製造された形式である。
車体はオロ41形のように座席ごとに窓が1つという外観で、オロ41形を電車にしたような外観であるが、
新たに専務車掌室と車内販売用控室も設置されたというのもサロ85形との相違点である。
1951年に0番台が10両製造され、翌年に修善寺乗り入れ編成用として3両が増備された。
台車は1951年製がTR45で、1952年製はTR48である。
さらに1957年の東名・名阪準急用として全金属製の300番台が製造された。
車内は転換クロスシートのままであるが、外観は裾絞りの有無以外はナロ10形に準じたものとなった。
153系の登場後は湘南・東名・名阪準急の運用からは次々に離れ、上野−横川の準急「軽井沢」、
上野−長岡の準急「ゆきぐに」などに転用されていったが、それも165系の登場で準急としての運用はなくなり、
その後は私鉄との競合が激しい関西地区の快速電車の1等車に転用されたものの、
それも113系に置き換えられたため、1965年〜1968年にかけてクハ85形500番台・550番台に改造されて形式消滅した。
クハ85となったあとも転換クロスシートを向かい合わせにした状態で活躍していたが、
1970年代後半に115系などへの置き換えが進み、1978年にすべて廃車となった。

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