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死がテーマの小説を作るスレ 2

1 :創る名無しに見る名無し:2010/08/03(火) 18:39:00 ID:M0C6y4DZ.net
・題名通り
・前スレ落ちちゃったみたいなので

263 :435201:2015/09/24(木) 06:03:16.40 ID:froNlSAL.net
犬は孟然と共に日々を送り務めを果たしていたが、やがて主人より先にその命を
落とす時がやって来た。
彭陵候が延文王に叛旗をひるがえし、黄河下流と徐湖に面する諸城を占領した
東徐の乱が起きたのである。
緒戦は舟を用いた水上での戦さとなり、数に劣る北周軍は苦戦を強いられた。
北周の戦舟は陣形を失って崩れたつうち次々と沈んでいき、孟然が乗り込んで
指揮する一隻も敵の苛烈な攻撃にさらされて浸水が始まった。
矢が雨のように降り注ぐ中 孟然も犬も身に数条の傷を負いながらお互いを
かばいつつ戦うが、敵の優勢をくつがえすことがどうしてもできない。
やがて犬の悲痛な一声に耳を打たれた孟然が振り返ると、片は一本の矢に首の
中心を貫かれて、もはや起き上がる事もかなわない姿に成り果てていた。
孟然は愛犬の血だまりにひざまづいたまま天を仰いで嘆き、失われた多くの
仲間と、最後のその時まで自分に付き従った片の復讐を誓って乱戦を落ち延びた。


孟然は岸にたどり着くと敗走する自軍の残兵を自分の元にまとめたが、その数は
百人にも満たない。集まった者たちは口々に、ひとまず戴了を目指し本軍と合流
するべきだと言い騒いで逃げ腰になる意見が多かったが、孟然だけは
「 これは準備なく起きたにわかな叛乱であり、賊は指揮を下す将を欠いたまま
大勢だけを頼んでいる。叛主に心服する兵は少なく、彭陵候一人を討てば敵は
四散するに違いない 」と叱咤して奇襲を主張した。それに同調して踏みとどまろうと
決めた者はわずか四、五十人であり、他は戴了へと逃げた。

孟然は上陸した敵が伸びきって行軍するのを見越して曄山の隘路で待ち受け、
不意を突いて彭陵候の軍勢に挑みかかったが、あまりにも味方の数が少ない。
彭陵候はあざけって、自身の在る中軍を後方に動かす手配りを怠ったままで
孟然たちを迎え撃とうとした。
前進する孟然一行はあっという間に敵の取り囲むところとなって容赦なく弓矢
を浴びせ掛けられたが、その時不可思議な事が起こった。

虚空に、聞く者を総毛立たせる犬の唸り声が突如湧き起こって孟然の周りを巻くように
鳴り響いたかと思う間に、飛び来る矢がことごとく空中で割れ砕けてぽとぽとと
力無く地へと落ち始めたのである。
見えない力の幕は他の北周兵にも及んで、敵があっけに取られる中を孟然たちは
一人も傷付くこと無しに彭陵候の前面へと肉薄していく。
その間にも唸り声は北周兵の側だけでなく戦場と空の全体に満ちて、はるか遠くから
こだまの届くが如くに感じ取れる一方で、各人の耳のすぐ後ろから聞こえても来る。
そのため彭陵兵の一人ひとりが、自分だけが真っ先に不気味な声に狙われたと
錯覚して怪異にひるみ始めた。

「 片の霊魂が邪魔する者を取り殺すぞ 」 一人の北周兵が叫ぶと、それをきっかけに
彭陵の者どもはさらに怖れて包囲を弱め、中にはこらえきれず耳をふさいで逃げ出す
兵まで現われた。賊は勇将孟然と常にその側にある片の話を聞き知っていたので、
孟然の矢だけでなく死した犬の祟りからも身を避けようとしたのである。
孟然はまばらになった敵陣の兵列越しに、強弓をもって彭陵候を射た。
矢は候の鎧を貫いて脇腹を深く傷つけ、自領へと退却した彭陵候はやがてその傷が
もとで死んだ。

264 :435201:2015/09/24(木) 14:02:11.05 ID:froNlSAL.net
幽霊となった飼い犬の加護を得て叛乱を鎮圧したというので、孟然と片の活躍は
戴了で大きな評判となった。 孟然は王宮から召喚を受け、延文王直々の沙汰によって
特別な昇位を果たして奮遠将軍の貴職を授けられることが決まった。
延文王は数ある趣味の中でも特に狩猟と弓を愛し、また無類の犬好きでも
あったので、孟然の勇敢さと秀れた弓術だけでなく、片がその死後も己れの主人を
守り続けたという話のくだりを大そう気に入ったのである。

孟然は栄進し、王都戴了で大きな屋敷を構えて軍務に励む毎日を送ることとなった。

ある日、はるか西域から北周を訪れていた異国のまじない士が孟然の屋敷の門前で
足を止め、 「 ここには悪い霊気が漂っておる。なぜであろう 」 と不思議そうに
幾度もつぶやいた。 不審に思った家人が孟然に取り次ぐと、孟然の姿を見るやいなや
まじない士は告げた。
「 わかった。 霊気は将軍の周りに凝っている。 急ぎ払い去るがよろしかろう 」

孟然は笑って打ち消した。 「 客よ、それは私の犬なのだ。 片と名付け飼っていた犬が、
忠なる心で今もこの世に残っている。 私はその魂の働きによって命を救われた。
悪い霊のはずがあろうか 」
まじない士は重々しく首を振った。
「 違う。 死せる者がこの世に留まろうと欲することは、命の理 ( ことわり ) を踏み外す
ものである。 将軍よ、あなたの犬はすでに十分あなたに尽くした。 命を投げ出すまで
尽くした。 死したる後もなお天理へと収まらず、天に帰するを拒む魂は
現世にあり続ける限り存在そのものが削られ続けて、最後には一切が消え果ててしまう。
あなたはあなたの犬が二度も死ぬことを望まれるのか 」

孟然はひどく腹を立てて、まじない士を追い出した。
まじない士は嘆息して 「 この犬は舟上で命を落とした。負うは溺禍の縁 ( えにし ) である。
再び水難に遭う時その魂はたちどころに弱まり、永遠に失われるであろう 」 と
寂しげに言い残し去って行った。

265 :435201:2015/09/24(木) 16:01:10.33 ID:froNlSAL.net
その後しばらくして、北辺の太守 陳緯が王室を軽んじて不穏な振舞いを見せたので
討伐することが決まり、孟然自身も一軍を率いて征旅に加わった。

陳緯は兵数が少ない事を悩みとしていたため、思い余って外境に威を張る異民族の
遂戎を手を結びその兵を招き入れたが、北周軍は礫原の野でその連合軍を大いに
破って陳緯を虜にした。 危機に陥った遂戎の単宇 ( 部族の長 ) 参址被は偽って
降伏の意と条件を伝え、使者を往復させて時をかせぎつつ少数の部下を迂回させて
礫河の堤を数里にわたって決壊させ、北周軍を水攻めにした。

北周兵は上・中軍もろともなす術もなく激しい水流に呑まれ、下流で待ち受ける
遂戎の者たちにその多くが捕らえられたり打ち殺されたりしてしまった。

孟然も濁流に翻弄されながら必死に戦ううち配下ともはぐれただ一人となっていたが、
体が泥水の渦に引き寄せられ沈みかけたその刹那、鎧の腰に巻いた戦帯が上からの
何かに支えられて冷たい水の中で浮き上がるのを覚えた。

片が来たのである。
「 片よ、私を救うか 」 孟然はにわかに力を得て喜んだが、すぐに表情を曇らせた。
風に漂う犬の息吹きにはかつてのような力強さや猛々しさがない。 流れに逆らって
孟然を水面に保とうとする見えない顎の力も、徐々に失われていくようであった。

戦帯と鎧越しに伝わってくる犬の苦しみと震えを察するうち、孟然は以前に屋敷を
訪れたまじない士の残した言葉を思い出し悟った。

これは水難が今まさに片の魂を蝕んでいるのであろう、と。

「 もう良い 」 犬と過ごした想い出が孟然の心にあふれた。
「 片よ、もう良い 」
孟然は穏やかに語りかけて、何もない宙に手を伸ばして決して触れることの
できない犬を撫でた。
「おまえはここに居てはならない。 すぐに私から離れよ。 ここを離れ、天へと
帰るがよい。 このまま流れの中にあるとおまえは消えてしまうぞ 」

その言葉に応えて、迷うような、あるいは別れを告げるような一筋の物悲しい遠吠えが
地から天へと向って伸び、やがて溶けるように静まった。

孟然の体はあっという間に泥でにごった奔流の中に沈み、気を失って下流の岸に
至るとそのまま遂戎の捕虜となった。

266 :435201:2015/09/24(木) 18:16:48.99 ID:froNlSAL.net
数年の時を経て、北周と遂戎の間に和議がととのって双方の捕虜が交換される
取り決めが定められた。
孟然もその中の一人として辺境の果てから都へと生きて帰ることがかなったが、
北周の法では異民族に捕らえられたことのある将軍は兵権を失ない、兵士の衣食を
世話するだけの無官の者として軍に留まるか、一介の平民へと身分が落とされる。

孟然は身辺を整理すると軍を退き、以後は市井で人々に弓を教えて暮らそうと考えて
帰郷を願い出た。

この時分、宮中の一高官に張公朔という待中の者があって、かつて孟然が将軍職に
あった頃に賄賂と不正を糾弾され恥をかいたことから強く憎んでいた。
当時の恨みを今こそ晴らしてやろうと目論んだ張公朔は延文王に孟然の無事を
隠したまま孟然を死罪人の表に書き加え、市中にて斬首するよう画策した。 敵の
虜囚となった科により死罪を言い渡される不名誉と曲解された法の不可解さに
孟然は内心疑いを持ったが、王威を振りかざして臨んで来る張公朔の配下と争えば
謀叛の罪まで加わってしまうため、抗う道はなかった。

人々の行き交う戴了の広場に曳き出された孟然がすべてを諦めて刑台の刃座へと首を
差し伸べようとしたその時である。

突如として、百雷の轟きにも匹敵する、怒りの念が音に変じた犬の咆哮が空から降り落ちて、
全天にこだました。

戴了の犬という犬もまた、その変事に感応して狂ったように吠えはじめた。
それは岩積みで組まれた衛門の大柱が震動し続けた末にその位置をずらすほどの
すさまじい音量であって、史書殿の竜額に用いられていた縁飾りの白玉細工に
ひびが入ったのはこの時のことであったとも伝わる。

首斬り役人たちはそれでも蛮勇を奮って孟然の首を打ち落とそうとしたが、自身の
握る大鉞が、犬の噛み跡そのままのへこみを幾重にも刻み込みながらメキメキと音を
立てて歪みねじれていくのを目のあたりにすると、皆たまらず逃げ散ってしまった。

267 :435201:2015/09/24(木) 20:33:22.48 ID:froNlSAL.net
混乱の中、何者かが人ごみのどこかで大声を発した。
「 罪無き者の首が断たれようとしているぞ 」
人々は孟然の評判を改めて思い起こしてざわめいた。
「 奸計奸計、これは小人の奸計なり 」 義憤を感じつつも手を出しかねて
刑を見守っていた民の中から孟然の人となりを良く知る数人が語らって出て、一人
刑台にたたずむ孟然の縛めを解いた。

孟然は急転した己の命運と耳を圧して吠え猛り続ける空のありさまにしばらく絶句
していたが、やがて息を整えると自分を助け出した人々に再拝した。
「 将軍、災難でございましたな 」
その声は最前の大声の主である。 見ると、それはかつて孟然の元を訪ねた西域のまじない士
であった。

孟然は犬の姿を求めるように空を視線を注いだまま、異国のまじない士へ語りかけた。
「 あなたは正しかった。 あの時の教えと言葉がなければ、私はきっと片の霊魂を
ただ便利な物であるとのみ考えて、ついにはそれが消え去るまでこき使い続けたに
違いない 」 孟然が自由の身になったことに満足したものか、空の声は潮が引くように
ゆっくりと小さくなっていく。 「 だがなぜ、私はまた救われることを得たのだろうか。
あの声は片のものだ。 すると、片は未だこの世をさまよっているのだろうか 」

「 あなたの犬は 」 まじない士は軽い仕草で上を示した。 「 すでに天へとその処を
定めておる。 きっと先ほどは、かつての主の難儀をうち払うため天帝に許しを乞うて
ひとときの間だけここに降りてきたのであろう。 あの声の遠さから察するに、もはや地を
離れて天に帰らんとしておるのではなかろうか 」
さらに何事かを尋ねようとする孟然を手で制して、まじない士は人ごみの中に身を没した。
「 わしも帰るとしよう 」
まじない士は二度と姿を見せなかった。


市中の大騒ぎは当然王宮にも達したので、事情を調べさせた延文王はすぐに
一部始終を知った。 孟然が存命しているとの報を得ると大いに喜び、張待中を
叱り飛ばして死罪を取り消すとともに、孟然を近衛部隊付きの弓術師範として
礼を尽くして迎えよとその場で厳命した。

孟然は王の望みを奉じてその後長く近衛の兵に弓術の奥義を惜しむことなく伝え、
すぐれた射手を多く育てたのでその徳と人柄を称えられて最後には公の位を得るに
至り、弘農に九百戸の封地をたまわった。

弘農から世に出て公となった孟姓の者は幾人かいるが、北周弘農の孟公といえば
この孟然を指す。


片は、その後も気が向くとしばしば孟然の元を訪れたようである。 というのも、
一頭だけで飼われている孟家の雌犬がいつの間にか右の牙だけが長い仔犬を
産み落としたり、孟然の弟子が放った矢が狙いを定めた的 ( まと ) の手前で
突然に折れたり跳ね返ったりする出来事があり、それを見た孟然が
「 ああ、片よ、いたずらをしに来たか 」 と笑いながら見えない犬を叱ることが
一度ならずあったからである。
戴了から洛陽へと都が戻って孟家の場所が移り変わっても犬の幽霊がもたらすそれらの
怪異は時おり思い出したかのように起きることがあったが、孟然が寿命を全うして
世を去るとぴたりと収まった。

戴了の町では今も片目の周りに白斑を持って産まれてくる犬を 「 片雪相 」 と呼んで
珍重している。


終わり

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