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【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】

1 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/02/18(土) 20:57:49.42 ID:2sQnY1SN.net
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。

漂白者たちと鞍馬山から盗まれた呪詛兵器『コトリバコ』との戦いは、佳境を迎えようとしていた。



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)
避難所:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1483045822/

147 :創る名無しに見る名無し:2017/05/13(土) 17:54:19.09 ID:sKNY349x.net
ポチや
自画自賛もたいがいにせーよ

148 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/05/14(日) 02:42:21.35 ID:jBD5Cp58.net
銃弾が、脇腹を掠め喪服を裂く。
背後から放たれた斬撃は尾弐の腕を奔り、赤い飛沫を中空へと散らす。

ライフル弾ですら弾き、日本刀ですら受け止める『鬼』という種族の強靭な肉体。
それが今や見る影も無く、只の人間と同じように容易く削り取られていた。

「こうも相性が悪ぃとな……っ!!」

クリスが祭神簿と國魂神鏡によって呼び出した英霊群。
彼等は、尾弐にとって最悪の敵であった。
恐るべきは尾弐の防御を容易く貫く神としての属性と、不滅の肉体。
身体能力こそ凡百ではあるものの、二つの特性と数多の物量が合わさる事により、
もはや彼等は尾弐の手に負えない脅威と化していた。
しかも、現状は尾弐自身の力にも著しく制限がかかっているという『おまけ』付きだ。

この条件下では、防御に徹しても己が身を護る事さえおぼつかない。
それでも現状、尾弐が絶命を免れ生存しているのは……尾弐を護る様に立つ彼――否、『彼女』のお蔭であろう

>「何、そなたが当たり判定で一番不利ゆえ来ただけのことだ」
「……っ」

かつてノエルと呼ばれていた器の下より現れた、ノエルの前人格と思わしき存在。
彼女の繰る力が、英霊たちの攻撃とクリスの冷気から尾弐を庇っていた。
……だが。
そうして命を護られているにも関わらず、尾弐の表情は硬い。
その背に向ける視線は、敵である存在を――――八尺様を、コトリバコを見た時と同質のものが含まれていた。

>『でも。その前に教えてやろう、その子とアタシの身に起こったことを。この世界でアタシたち姉妹にしか共有できない話を』
(ノエルは、感情に狂って人間を殺めた妖壊……その成れの果て)

>『みんな……突然だけどお別れみたいだ。
>ほんの少しの間だったけど御幸乃恵瑠という青年がいたこと、覚えててくれると嬉しいな。今までありがとう、さよなら……』
(この女は、ノエルの奴の殻を食い殺して湧き出た残滓)

尾弐の脳裏に浮かぶのは、先ほどまでクリスとブリーチャーズの面々によって交わされていた会話。
妖壊と化し人に死を与えた、とある雪女の話
隣人である前に、ノエルの監視者であった那須野の隠し事
そして、消えてしまったノエルという青年の決意

その会話を聞いてしまった今
ノエルの過去を知ってしまった今
知ってしまった真実を前に、尾弐は――――祈のように“ノエルを大事な友人として想っている”と断ずる事が出来なかった。
ポチの様に、過去など関係ないと無制限の愛と信頼を向ける事が出来なかった。

尾弐という妖怪の矜持……自らの意志で人を殺した『化物』に一切の慈悲を与えない。
魂にこびり付いたそれが、それをする事を許さなかったのだ。
ノエルが消え去る時にすら言葉を発さぬ程に硬く根付いた、錆びて動かぬ歯車の様な歪んだ矜持。

拭えぬ罪を犯したという過去も
利用される痛み、利用する痛みも
あらゆる手段を用いても何かを守りたいという意志でさえも、尾弐は知っている

知っているにも関わらず……いや、知っているからこそ、尾弐は心を動かせない。
友と。弟分と。そう呼んだにも関わらず慈愛を向けられない。
血が流れる程に拳を強く握っても、信頼の言葉を吐き出せない。
この場にいる誰より……狂ってしまったクリスよりも、尾弐という男の心は醜悪であった。

149 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/05/14(日) 02:43:17.95 ID:jBD5Cp58.net
だが、時間はその愚かな男を待つ訳はなく。
戦況は刻一刻と悪化を見せる。
英霊の集団は、ブリーチャーズの面々を消耗させ、ノエルという青年人格の消失が与えた衝撃は各々の判断を鈍らせる
数と質。両方で劣勢を強いられ、すわ、このまま押し潰されるかと思われたその時

>「そしてみっつ!探偵として――人にカッコ悪い姿を見せること!です!!」
>「シンキング・ターイム!ってことで、皆さん!ボクに考える時間をください……、この状況を打破できる方法を考える時間を!」

クリスの言葉を受けた、那須野がノエった。

……いや、ノエるというには知性が見え隠れしている為に本家には及ばないのだが、とのにかくノエった発言をしたのである。
あまりに状況にそぐわない挙動は、一瞬場が沈黙に包むが……しかし、
どうやらその沈黙こそが、ブリーチャーズの面々を動かすにたりえる起爆剤であったらしい。

>「今クリスが持っているのは『神体』と『神宝』――もしかしたら『神器』があればこやつらに対抗できるかもしれぬな」
>「ねんがんのアイスソードを手に入れるぞ!」

御幸が、クリスの持つ2つの秘法の攻略手段を考察する。

>「念願の……アイスソードだっ!!」
祈が、血に塗れながらもその意志を繋ぎ、神殿の奥から宝剣の類を持ち出す事に成功する

>「あぁそうだ。コイツをぶっ壊すのは簡単だ、だっけ」
狼と化したポチは、祈の意図を汲み、更に祭神簿を狙うという奇策を打つ。

そうして、各々が那須野が状況打開の策を考える時間を稼ぎながら、更に各自でクリス撃破の策を巡らせる。

だが、その最中でも尾弐はただ一人、前に向けて動く事が出来なかった。
せめてもの役目だとばかりに、御幸の生み出した雪の人形と共に英霊群が那須野へと近づく事を阻止するが、それだけだ。
彼はただただ沈黙を続けたまま、思考だけを巡らせ続ける。

(神剣に宝剣……確かに強い武器だが、あれだけじゃあの化物は倒し切れねぇ。下手すりゃ3年前の焼き直しになっちまう。
 ……手段は有るんだ。一つだけだが、クリスを確実に葬る為の手段は。だが)

尾弐の視線の先には、今まさに宝剣を手に取らんとする、かつてノエルという青年であった御幸という女。
その目に映る姿は白磁の如く白く透明で、嫋やかな女性の体。
力を込めて触れば、折れてしまいそうなか弱い肉体。尾弐が知る一人の青年と、まるで異なってしまった姿。

(それは最悪の外法だ。八大地獄に叩き落されるのすら生温い最低の選択だ。
 だが……神剣なんていう不確定なモンに頼るより、クリスを確実に仕留められる手段でもある)

顔に向けて放たれた英霊の剣を歯で咥え受け止め、そのまま噛み砕き、
次いで心臓部へと向かう銃弾を右腕で受け止め赤い花を咲かせながら、
尾弐は心のなかで、己に言い聞かせる様にして思考を絞り出す

(――――『俺がクリスの目の前で、ノエルだったあの女を殺せば』クリスを殺す為の隙は必ず生まれる)

150 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/05/14(日) 02:44:02.62 ID:jBD5Cp58.net
思った瞬間、強く噛みしめた尾弐の奥歯が割れた。
それは、誰も犠牲にしないと言った自分自身の言葉と、仲間たちの決意すらも裏切る劣悪な選択肢。
仲間であり友人であると思った存在を斬り捨てるという、下衆にも劣る最低な思考。

……尾弐の脳裏に、これまでノエルと送った馬鹿馬鹿しくも光り輝く日常の光景が想起される。
例えノエルという妖怪が、尾弐にとって禁忌である罪を犯した過去があるとすれど、
その日々の尊さは変わらない。尾弐という妖怪の送った生の中での、穢したくない白雪の様な思い出である。
尾弐が想定しているのは、その思い出すらも殺してしまう、決して取ってはならない手段だ。
今までと、これから。積み重ねた全てを壊してしまう最悪の選択なのだ。

……だが。ノエルと過ごした日々と同時に、記憶の底から浮かんだ別の光景が、その手段に手を伸ばさせる。
それは、平安の時代に丹波国の大江山に積み重なった女子供の骸の山の記憶。
そして、鎖に繋がれ光の刺さない牢獄に居る自身に差し伸べられた、小さな腕と笑顔。
何をしてでもその笑顔を守ろうと思った原初の誓い。
それが、尾弐を禁忌へと誘う。

身を引き裂く様に、2つの情景はそれぞれが尾弐の精神を責め苛み……結果として尾弐に絞り出すような言葉を吐かせた。

「……那須野。俺の血でも骨でも臓物でも、必要なら何でもくれてやるから、急いで打開策を考えてくれ」

この言葉こそが、尾弐の妥協点。
声色こそ常の通りだが、その言葉には多分の懇願が込められていた。
もしも、那須野が状況の打開策を思い浮かべられなければ――――尾弐は、この状況を自身で『何とかしようとしてしまう』だろう。
大切な物を最小限の犠牲とする事で、守るべきものを守る為に。

151 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/16(火) 18:43:30.10 ID:bZGeEOgc.net
「次の女王候補を、東京に住まわせるですって?」

東京で起こった大霊災の直後。人が踏み込むことも滅多にない雪深い山の奥にある、雪女の里。
そこにある豪奢な屋敷の大広間で、橘音は上座に端坐する雪の女王を前に不可解そうな声を上げた。
雪女はメジャーな妖怪だが、知名度の割に他の妖怪との交流は少ない。
基本的に雪女たちは自らの生まれた山で生活し、自らの定めた掟を厳守し、自らの生まれた山で消滅する。
近年は掟がやや緩和され、山を下りて他の地方で生活する雪女も現れてきたが、それでも下山者はごく僅かだ。
女王の後継者ともなれば、その存在は一族の宝。女王としては、当然手許に置いておきたいものであろう。
というのに、女王はその大事な後継者を自らの目の届かないところに住まわせるという。

「なぜ、そのようなことを?アナタのお膝元に置いておいた方が安全では?」

「いいえ。今となっては、貴方が結界を張った東京の方が安全でしょう。わたくしにはもう、あれと戦う力はありません」

「……六華紅璃栖、ですか」

「そう――。先の大霊災では、一族の者が貴方がたに多大な迷惑をかけました。お仲間の命まで……それは、心から謝罪します」

「いいえ。……仕事ですから」

橘音は軽く俯いた。そして、小さく唇を噛む。
東京でのクリスとの戦いは熾烈を極め、お互いに痛み分けという結果に終わった。
が、被害としてはこちらの方が上だ。妖力の使いすぎでケ枯れを起こしたクリスに対し、こちらは仲間が五人死んでいる。
もし、クリスが怒りに任せて妖力を使いすぎ自爆しなければ、こちらは確実に全滅していた。
女王は自分にもうクリスに対抗できる力はないと言ったが、それはこちらも同様である。
もし、クリスが橘音の張った結界をすり抜け、再び東京に舞い戻るようなことがあれば、今度こそ終わりだ。
現在の東京ブリーチャーズの戦力をすべてかき集めたとしても、クリスに勝つことはできない。
『雪の女王』の妖力とは、それほど恐るべきものなのだ。
橘音の上司である白面金毛九尾の狐や、天狗の総帥魔王尊。鬼神王温羅などの伝説クラスならば勝機もあるだろうが――。
そんなレジェンド妖怪を、橘音の都合で呼び出すことなど当然できない。

「心配せずとも、貴方たちに迷惑はかけません。……いいえ、むしろ。あの子は貴方たちの力になることでしょう」

「どういうことですか?」

雪の女王の後継者のことなら、知っている。
かつて幼いころに《妖壊》と化したこと。その記憶と力を女王が剥奪したこと。
今は『乃恵瑠』という人格を与えられ、幼いころとは別の存在として過ごしているということ。
今までに起こった一部始終を、橘音は大霊災の前に女王から直接聞かされていた。
が、力になるとはどういうことか。彼女は本来持っているはずの力を喪失したのではないのか?

「――あの子に新たな力を与えました。おそらく、凡百の化生には負けないでしょう」
「そして……心を決して乱さない術も施しました。あの子はもう二度と心を壊すことはありません」

「……力を……与えた……?」

「ええ」

女王が荘重に頷く。
乃恵瑠が女王によって奪われた力は、現在彼女の姉であるクリスが持っている。
クリスを倒さない限り、乃恵瑠本来の力は戻らないはずだ。
ならば、女王はその『凡百の化生には負けない力』を、どこから持ってきたのか?
答えは簡単だった。

「……女王。アナタの力を、譲渡したんですね」

152 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/16(火) 18:46:18.47 ID:bZGeEOgc.net
橘音は顔を上げ、女王の端正な顔を見つめた。それならば、すべて納得がいく。
乃恵瑠が力を有しているということも。女王が自分にはもうクリスに抗う力はないと言ったことも。

「三尾の狐に力を貸し、百と八つの穢れた魂を浄化するようにと、あの子に命じました」

「……ボクに?」

「ええ。それから、再度の記憶の封印を。あの子はもう、みゆきでも乃恵瑠でもありません」
「そう――いずれでもなく、同時にそのどちらでもある存在。名を、御幸乃恵瑠」
「貴方は『何も知らないふりをして』『偶然出会ったように』あの子を導き、手を取って進んでください」

「……でも、ボクは……」

「あの子のことは。決して三尾、貴方にとっても無関係ではないはず。いいえ、寧ろ――」

「その話はやめてください!」

雪の女王が何事かを言いかけたのを、橘音は鋭い語勢で制した。
その強い言葉に、雪の女王がぴくりと一瞬身じろぎする。橘音の触れられたくない場所に触れたのだと察したらしい。

「……言葉が過ぎました。謝ります」

「いいえ。ボクも女王に無礼を。……お詫びします」

「ともかく。貴方には、あの子を導いてもらいたいのです。あの子が、自らの因縁に決着をつけられるように」
「頼めるのは、貴方以外にはいません。あの子のことをよく知る貴方しか――」

雪の女王が静かに橘音を見、一拍を置いて頭を下げる。矜持高い大妖怪が頭を下げるなど、滅多にないことだ。
そんな女王の姿を視界に収めた後、仮面の奥で目を瞑ると、橘音はしばし黙考した。
他種族との交わりを良しとしない、雪女の里の掟が生み出した因縁。
乃恵瑠改めノエルとクリスの姉妹が持つ、ゆがんだ絆の鎖。
複雑に絡まり合ったえにしの結ぼれを解きほぐすことができるのは当事者だけであり、雪女でない自分の出る幕はない。
そう、思っていたのだけれど。

『きっちゃん!あそぼ!』
『いこ!きっちゃん!』

閉じた瞼の裏に、白く丈の短い着物を着た少女の姿がちらつく。
忘れ得ぬ、懐かしい姿。愛らしいその声。
あの子が呼んでいる。こちらへ向けて、キラキラと眩しい笑顔で。紅葉のように小さな手を差しのべている。

――ああ。そうだ、そうだね。
――キミが望むのなら、望んだ数だけ。願ったのなら、願った数だけ。ボクはずっとそれを叶えてきたんだ。
――どれほどの年月が経っても。姿や魂が変わってしまっても。それは、それだけは変わらない。
――キミとボクは、ともだちだってこと……。
――それで。いいんだよね、みゆきちゃん。

橘音はゆっくり目を開いた。そして雪の女王へと深々とこうべを垂れ、

「……ご依頼、お受けします」

そう、静かな声で告げた。

153 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/16(火) 18:51:30.38 ID:bZGeEOgc.net
>痴れ者が! 何ゆえ野蛮な西欧妖怪などに魂を売った!? もう少しの間だけ大人しくしておれば妾が……救ってやれたというのに!

乃恵瑠の怒声が境内に響く。
変貌した乃恵瑠の姿を見、その声を聞くと、クリスは小さく笑った。

「里の掟に雁字搦めになったアンタに何ができる?アタシにはこの方法しかなかったんだ……今は感謝してるよ、あの御方に」
「アンタを救ってやれるのは、雪の女王でも糞狐でもない。姉ちゃんだけだ……このアタシだけなんだ」
「アタシの歩みは、もう誰にだって止められない――止めさせやしない!目的のためには、アタシの魂なんざ安いもんさ!」

ビュオッ!

吹雪が一層強くなる。ブリーチャーズの足元を、白雪が覆いつくしてゆく。
もはや、クリスには乃恵瑠しか見えていない。どうすれば乃恵瑠を自分の許に取り戻せるのか。
妹の心をふたたび取り返すことができるのか――。それしか考えていないという様子だ。
神体『國魂神鏡』と神宝『祭神簿』を手中に収めた者は、護国の英霊を自在に使役できる。
本来は国難に際して無辜の民を守護する英霊だが、ことこの状況においては東京ブリーチャーズの最大の障害と化している。
ブリーチャーズに対抗手段はない。つまりクリスにとってもはやブリーチャーズは脅威でも何でもないということだ。

>力尽くで奪う

そんな、現状打破の鍵となるふたつの祭器を、乃恵瑠が奪うと言う。
クリスはせせら笑った。

「あはン、アタシに逆らうってのかい?勝てると思ってるのか……姉ちゃんに!」
「あんまりおいたをするんじゃないよ。仕方ない、かわいい妹だが――時にはお灸を据えることも必要さね!」

乃恵瑠が両手に氷の刃を出現させるのを見届けると、クリスもまた祭器を懐にしまい、自らの手に武器を生成する。
が、乃恵瑠のような氷の刃ではない。クリスが作り出したのは、全長二メートルを超える氷の薙刀だった。
柄を頭上へ水平に掲げ、乃恵瑠の斬撃を受けとめる。そして次の瞬間には衝撃を受け流し、攻勢に転じる。
長大な薙刀による攻撃は一見して懐に入られれば脆いように見えるが、クリスの攻撃には隙がない。
クリスは単に膨大な氷雪の妖力を振り回すだけの化生ではない。戦闘者としても一流の使い手なのだ。

「アッハハハハハハッ! みゆき、アンタにゃまだ包丁は早い。おままごとにゃ茶碗を使いな!」

本気の乃恵瑠の攻撃を、クリスはまるで幼子と戯れてでもいるかのように受け流す。
一方で、クリスの攻撃は的確に乃恵瑠の死角を攻め、急所に炸裂する。
と言っても、本気の攻撃ではない。クリスは明らかに手を抜いている。
『乃恵瑠が必要以上に傷つかないように、薙刀の峰で攻撃している』のだ。

>ねんがんのアイスソードを手に入れるぞ!

「アイスソード、だぁ?何だか知らないが、そんなチンケなモンで姉ちゃんに勝とうってんなら認識を改めな!」
「そのアンタの力も……元はと言えば女王の力だろう?確かに桁外れの力だが、アタシにゃ通じやしない!」
「三年前の戦いでは、アタシの力は明らかに女王の力を上回ってた!衰えた女王の力なんざ、アタシの敵じゃないんだよ!」
「さあ――悪い友達に付き合って、夜遊び三昧する時間は終わりだ!姉ちゃんがアンタを――どうでも、連れ戻す!」

クリスの薙刀が確実に乃恵瑠の妖気を削ってゆく。
が、乃恵瑠の狙いが仲間に神器を取ってこさせるための時間稼ぎと囮なら、それはこの上なく計画通りに行っている。
邪魔者は英霊たちが片付けてくれる。ならば、自分が意識を向ける必要などない。クリスはそう思っている。
大切なのは妹。必要なのも、注目すべきなのも、対処すべきなのも妹。
ゆえに。
神器を取りに本殿へと駆け出した祈へ、クリスは一瞥さえも向けることはなかった。

154 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/16(火) 18:54:46.97 ID:bZGeEOgc.net
第三分隊はただ、本殿に向けて走ってゆく祈の姿を佇立して見送った。
國魂神鏡と祭神簿によって神霊となった軍人たちは、言うなればクリスに心臓を握られた状態にある。
よって、クリスの意向に従う。その思うままに動く。
だが、他の分隊と違い、祈の殺害を命じられた第三分隊がクリスの指示に従うことはなかった。
理由は明白である。――それは、祈が半妖であるから。人間の血を引く、皇国の子であるから。
かつて自分たちが人間であった頃、命を捨ててまで守護せんとした者の末裔であるから――。
軍人たちの高潔な精神が、自らの心臓を握られていてもなお、理不尽な命令に従うことを拒絶したのだ。
やがて、第三分隊の姿が朧になってゆき、吹きすさぶ風雪の中に消えてゆく。
その姿は、まるで祈にこの国の行く末を。未来を託しているかのようにも見えた。

祈の飛び込んだ本殿の最奥には祭壇があり、そこにはふた振りの剣が刀架に掛けられて鎮座していた。
そのうちの一本は大戦期にこの神社の中で鍛造された、通称九段刀と呼ばれる軍刀である。
九段刀自体は戦争末期までに八千余が鍛造されたが、祈が発見したのはその中でも傑出した一振り。
戦勝祈願のために神前に奉納することを目的として造られた、すべての九段刀の頂に君臨する刀だった。
もう一振りは日本刀の形状をしていない、直刀なりの剣である。
それが果たして何なのか、祈には知る由もない。が、半妖で感覚の鈍い祈にもその神気の凄まじさが分かるほどだ。
九段刀と共に神社の祭壇に奉納されるに相応しい力を秘めているというのは、間違いないだろう。

>御幸ーーーッ!!
>念願の……アイスソードだっ!!

本殿から飛び出した祈が、二振りの剣を乃恵瑠へと投げつける。
が、その目算は狂っている。ひとつは乃恵瑠の手前に、そしてもうひとつは乃恵瑠の頭上へ。
どちらにせよ、クリスと熾烈な戦闘を繰り広げている乃恵瑠の手にそれが渡るのは困難かと思われた。

しかし。

>貰った!

まるで、飼い主の投げたフリスビーをキャッチするかのように。
巨大な狼が跳躍し、九段刀の柄を銜えていた。
一度の首振りで、音もなく鞘から刀が抜ける。白刃が煌めく。クリスの首へと斬撃が迅る。

「ち……」

さすがにそれは看過できない。クリスは忌々しそうに身を仰け反らせた。
けれど、それは囮。ポチの口からすっぽ抜けた刀が、乃恵瑠の足元にざくりと突き立つ。

>なんだっけ、さっきすごく興味深い事言ってたよね。ええと、確か……
>あぁそうだ。コイツをぶっ壊すのは簡単だ、だっけ

クリスは今まで、完全に乃恵瑠ひとりだけに注視してきた。他の妖怪には見向きもしなかった。
従って、反応がほんの数瞬遅れた。
ポチが九段刀を放り捨てたことにも。鋭利な爪を、祭神簿へ向けて振り下ろすことにも。
だから。

「ぐ……ぁ!しまった……!」

クリスの手の中――いや、今は懐の中にしまわれた祭神簿が、ポチの渾身の一撃を喰らう。
英霊たちの名を記した神宝といえど、もの自体は一般にある紙に過ぎない。クリスの着物の胸元ごと、表紙が引き裂かれる。
だが、クリスが身を仰け反らせたお蔭で、中身までをズタズタにすることはできなかった。

155 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/16(火) 19:00:18.73 ID:bZGeEOgc.net
「この……糞犬がァァァァァァァッ!!!」

クリスが怒罵と共に至近距離のポチへ猛烈な吹雪を見舞う。弾丸なみの威力と貫通力を持った雹の混じった吹雪だ。

「さっきからキャンキャンとうるさく吼えやがって、やかましいったらない!英霊ども、この犬畜生から鍋にしちまいな!」

乃恵瑠に集中し聞かないようにしていたが、先刻からのポチの言葉による挑発はじわじわとダメージになっていたらしい。
破れた胸元をかき合わせ、零れそうになる豊満な乳房を隠すと、クリスはすぐに英霊へとポチの殲滅を命じた。
だが、それまで理路整然とした制圧行動を繰り返してきた英霊たちの動きが、目に見えて鈍くなっている。
長期の戦闘で疲労したとか、深く積もった雪に足を取られた――ということではない。
ポチの爪による一撃が功を奏し、祭神簿の支配力が弱まったのだ。

「クソ……!役立たずのボケ軍人どもがぁ……!」

思うように動かなくなってしまった英霊たちを一瞥し、クリスが舌打ちする。
とはいえ、英霊たちは無力化したわけではない。多少動きが鈍くなったというだけで、攻撃が苛烈なことに変わりはないのだ。
敵と認識されなくなった祈や、持久力ではブリーチャーズ随一のポチはともかく、特に尾弐にとって依然英霊は脅威のままだった。

>こうも相性が悪ぃとな……っ!!

尾弐のぼやきと共に、純白の雪が紅く染まってゆく。
神社は穢れを取り除く聖域。護国の英霊たちは、日本を汚染しようとする穢れを排除すべく神になった者たち。
そして、鬼とは穢れそのもの。
この場所が、地形が、祀られた者たちが、有形無形を問わず尾弐を責め立て、苛むこの状況。
まさに絶望的と言うべき環境――。
そんな中で橘音は雪の巨人と尾弐に守られながら、相変わらず仁王立ちの姿で腕組みし瞑目していたが、

「……ひらめいた!」

豁然と仮面の奥の双眸を見開くと、やおらそう言い放った。
この神社に祀られている英霊は、246万6500人余。そのすべてが余すところなく祭神簿に記名されている。
つまり、クリスには総勢246万人もの手駒がいる、ということになる。数ではまるで相手にならない。
『この神社に祀られている、すべての軍人』が、クリスの支配下にある。ならば――

こちらは『この神社に祀られている、軍人でないもの』を味方にすればよい。

「さあ――、おいでませ!この神社に祀られた『ヒトでないもの』たちよ!」

橘音は芝居がかった様子でくるりと踊るように身体を半回転させると、召怪銘板の音声入力にそう告げた。
途端に銘板の液晶ディスプレイがまばゆい光を放ち、それに呼応するように橘音と尾弐の周囲が輝き始める。
召喚に応じ、境内に姿を現したのは――

夥しい数の犬、馬、そして鳩だった。

「な……、なぁ……ッ!?」

驚愕にクリスが目を見開き、絶句する。
そう。この神社に祀られているのは、何も軍人だけではない。
戦争によって犠牲になった軍犬、軍馬。伝書鳩。その他大勢の動物たちも、同地には祀られているのだ。
彼らは人間ではないため、祭神簿には記載されていない。――が、間違いなく英霊ではある。
橘音が着目したのは、この『クリスに支配されない英霊たち』だった。
軍馬の群れが高らかに嘶いては軍人たちめがけて突進し、軍犬たちが一斉に兵士へ飛びかかる。
無数の鳩たちが乱舞し、クリスの手駒の視界を覆い、軍隊行動を妨げる。
境内の中は人間の英霊と動物の英霊による一大戦闘の様相を呈し、今やブリーチャーズに注目する者は誰もいない。
すかさず、橘音は右手の親指と人差し指を輪にすると、ピィーッと甲高く指笛を吹いた。
ポチへの合図だ。戻ってこい、と言っている。

156 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/16(火) 19:07:06.17 ID:bZGeEOgc.net
「ポチさん、祈ちゃんを回収してきてください。もう、ボクたちにできることは何もありません」

ポチに対してそう言うと、橘音は召怪銘板をマントの内側にしまった。
英霊大隊と英霊動物ランドの戦力は、今のところ拮抗している。時間稼ぎにはもってこいだ。
戦闘のとばっちりを受けないように、そして拝殿の上の戦いがよく見られるように。
尾弐の手を引っ張って境内の隅へと移動した橘音は、そこで力尽きたようにぐらりと身体を傾がせ、尾弐に凭れ掛かった。
狐面探偵七つ道具のひとつ、召怪銘板は、いかなる化生でもたちどころに呼び寄せることのできる万能妖具だ。
しかし、ノーリスクで召喚できるというわけではない。召喚の際には、喚び出す対象に見合った妖気を消費しなければならない。
人間や普通の妖怪よりも霊格の落ちる獣の霊とはいえ、これほどの数を一度に喚び出せば、尋常でない妖気を消費する。
先程のぬりかべを召喚した分も含めて、橘音の妖力はこの召喚でほぼゼロになってしまった。
身体がケ枯れを起こしている。もはや、立っていることさえ覚束ない。意識を保っているのが精一杯といった様子だ。

>……那須野。俺の血でも骨でも臓物でも、必要なら何でもくれてやるから、急いで打開策を考えてくれ

尾弐が言う。それは、尾弐にとって自らの課した戒めと現在置かれている状況との、せめてもの妥協点。
焦燥と懊悩が、日頃あまり感情を表に出さない尾弐の顔にありありと浮き出ている。
それだけ、尾弐の内心には激しい葛藤があるのだろう。譲れるものと、譲れないもの。その狭間で揺れ動いているのだろう。
しかし、橘音は尾弐の胸板に寄りかかりながら一度かぶりを振り、

「……言ったでしょ。ボクたちにできることは、もう……何もありませんよ」

と、言った。
橘音は雪の女王から、乃恵瑠を導いてほしいと頼まれた。
乃恵瑠と紅璃栖、ふたりの姉妹だけが共有する因縁――それに決着をつけられるよう、導いてほしいと。
そして乃恵瑠と紅璃栖はこの神社で対峙し、そして今、ゆがんだ愛に区切りをつけようとしている。
英霊たちは互いの相手にかかりきりだし、他のドミネーターズの乱入もない。
となれば。いったい誰が、どんな色彩が、あの真っ白なふたりの間に割り込めるというのだろう?
橘音が今まで考えていたのは、あくまで英霊の出現という予想外の事態への対策であって、対クリスではない。
最初から、橘音はノエルとクリスを一騎打ちさせることだけを考えていた。邪魔者がいれば排除する、ただそれだけを。
そして、計は成った。雪の姉妹の戦いを妨げる者は、もう誰もいない。
約定は果たされたのだ。

「ボクたちが取るべき行動は、『何もしないこと』。『ノエルさんの戦いを見届けること』そして――」
「……『ノエルさんを信じること』。楽なミッションでしょう……それとも難しいですか?クロオさん」

からかうように言うと、橘音はちらりとポチの方を見た。祈を救助に行ったポチがまだこちらへ戻ってこないことを確認する。
そして、ぽつ、ぽつ、と、囁くような声音で告げる。

「クロオさんが何を考えてるかくらい、わかりますよ……。ボクたち、何年コンビを組んでると思ってるんです?」

乃恵瑠を、殺す。
その手段は橘音も考えた。クリスを呆然自失に追い込み、千載一遇の勝機を確実に呼び込む手段。
きっと、その手を打てば乃恵瑠は橘音や尾弐の意図を察し、それを受け入れることだろう。
クリスを止めるための犠牲となる道を選ぶだろう。あの優しい雪妖なら、きっと――いいや、必ず。そこまで読んだ。
だが、できなかった。目的のために外道に堕す――そこまでの覚悟を持つことなど、橘音にはできなかったのだ。

……ひとりでは。
けれど、ふたりなら。

「……でも。もしも、もしも……万が一、億が一。ノエルさんの敗色が濃厚になった、そのときは――」

ケ枯れが近い。妖力と体力の消耗が、橘音の意識を明滅させる。
しかし、それでも橘音は力を振り絞り、尾弐の右頬へ白手袋に包んだ手を伸ばすと、


「……一緒に。地獄へ堕ちましょう」


そう言って、かすかに笑った。

157 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/20(土) 04:18:13.72 ID:nf/+Icmj.net
>「さあ――悪い友達に付き合って、夜遊び三昧する時間は終わりだ!姉ちゃんがアンタを――どうでも、連れ戻す!」

「諦めよ、もう昔には戻れぬ。化け物と成り果てたのだ、そなたも妾も――」

クリスと立ち回りながら、殺意の混じったような尾弐の視線を感じ、最悪だ、と乃恵瑠は思う。
ただし"戦略上"最悪、というだけだ。
それはむしろクリスにとって乃恵瑠を引き込むにあたっては願ってもない好都合な展開。
起き得る事態の一つとして想定に入っていても不思議はない。
もしも乃恵瑠を首尾よくしとめる事に成功したとして、クリスをしとめ損ねたらそれこそ最悪の事態だ。
東京どころか日本終了のお知らせになりかねない。
彼の中で守るべき存在から憎むべき化け物へと転落したとて今更それがなんだというのだ。
もとより自分は人とは相容れぬ存在。
雪山とは本来、ひとたび人が足を踏み入れれば容赦なく命を奪う死の領域。
雪女をはじめとする雪妖は人が踏み込んではならぬ領域を守るために生み出された凍てつく恐怖の象徴。
自分はその恐ろしい化け物集団の次期頭領だ。
ただ、意外には思う。
その昔妖怪が強い力を持っていた時代は、妖怪が人間を殺した、死に追いやった等という話は日常茶飯事であった。
乃恵瑠は、抗えざる大きな流れのようなものとして世界を捉えている。
人間が踏み込んではいけない領域を侵した果てに行き着くのは破滅だ。
妖怪がその領域を守る存在で、妖壊すらも大局的な破滅を防ぐために生まれる存在だとしたら。
それはきっと、世界の歪みの投影。その個体の是非を越えた一つの現象。
数百年を生きる彼ほどの強大な妖怪ならば人間レベルの善悪など超越した尺度を持っているものかと思ったが……
今の彼はまるでちっぽけで無力な一人の人間のようだ。そこまで考えて一つに仮説に思い至る。
あやつ、まさか――人間、だったのか? 例えば、妖壊に大切な者を奪われた無力な人間が鬼に転化した……?

「かはっ……」

クリスの薙刀が脇腹に直撃し、片膝をつく。しかし相手が使っているのは相変わらず薙刀の峰だ。
思い知らされる、圧倒的な力の差。
自分が死んで相手に隙を作る――確かに最悪の策だが。
どうせ負けたら全員死ぬのだ、万策尽きた後の最後の賭けとしてやってみるのは悪くない。
ただしやるならもう少し成功率が高い方法でだ。仲間達の手を汚す必要などない。
自分が自ら刃で心臓を貫いた方がより意表を突けるだろう。だけど……

――本当にそれでいいの?

冷静な思考に混じり込む雑音に、乃恵瑠は戸惑う。
この数百年、いつだって感情を抑え合理的な判断をしてきたのだ。

――君は知っているだろう? 置いて行かれる者の痛みを。

「いや…だ……」

思わず唇からこぼれ落ちた本心に、乃恵瑠は悟る。
自分が御幸乃恵瑠として生きたのはたったの三年、妖怪にとっては刹那にも等しい時間。
だけどそれは、仮初だったはずの人格が真実になるには、十分過ぎた。
いや、むしろあれこそが真実だったのかもしれない。
あれはみゆきが望んだ姿。もしも何の因果も背負わずに成長していたらなっていたかもしれない姿――

158 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/20(土) 04:34:20.20 ID:nf/+Icmj.net
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
僕は乃恵瑠の目を通して分厚い氷越しに、世界を見ていた。

「みゆき、ずっとそこにいたんだね……」

「ずっといたよ。乃恵瑠は童をずっと守ってくれたんだよ」

クリスの最初の反逆の時、本当は記憶の返還は為されていた。
乃恵瑠は無意識のうちにみゆきを心の奥底に封じ込め、自分でもその存在に気づかずに数百年の時を生きた。
掟を守り、感情を律し、次代の女王としてふさわしい姿を演じているうちに
笑うことも、涙を流すことも出来なくなっていた。
僕の割には相当無理してよく頑張ったと思う。
今の僕と混ざったらとんでもないことになるぞ、と我ながら思う。
でも、雪女の業界もそろそろ変わるべき時に来ているのかもしれない。

「怖がることなんてない、君はみゆきでも乃恵瑠でもあるんだから。
乃恵瑠の知恵と君の心があればきっと大丈夫」

「そうだね、僕はみゆきでも乃恵瑠でもあるんだ」

僕と世界を隔てていた分厚い氷が砕け散る。
みゆきとして生きた時、乃恵瑠として生きた時の記憶が実感を持って蘇る。
雪の中をきっちゃんと駆け回った日々。
陰踏みと称した追いかけっこしたり、枝で雪にお絵かきしたり、毎日いろんなことをして遊んだ。
クリス――お姉ちゃんと手をつないで歩いた家路。
妖壊と化した自分を鎮めるために命を捧げた少年の願い――
そして乃恵瑠として生きた数百年だって、決して不幸ではなかった。
雪の女王――母上に確かに愛されていた。
ただ心を凍らせていたからそのときは気付くことが出来なかったのだ。
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

159 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/20(土) 04:39:36.10 ID:XOB7yKDH.net
「嫌だーッ! 死にたくないッ!!」

乃恵瑠は力一杯叫びながら立ち上がった。
姿形こそそのままだが、オーラのようなものが先程までとがらりと変わっている。
作画上はアホ毛が立ったという微妙な変化が生じた。ぶっちゃけ姿は乃恵瑠だが中身はどう見てもノエルだ。
というかよりにもよって気高き英霊達を祀る神社でこのTPOをわきまえない発言、ノエルしかあり得ない。
正確にはノエルをベースにノエルと乃恵瑠とみゆきが統合された人格なのだが、まあ似たようなものである。

>「御幸ーーーッ!!」
>「念願の……アイスソードだっ!!」

聞き慣れた少女の声が響く。
乃恵瑠の指示とも言えないたった一言だけで、祈は本殿の奥にある神器を取ってくるという凄技をやってのけたのだ。
考えるよりも先に体が動いていた。
ジャンプして剣の方をキャッチし、そのままの勢いで頭上を一閃する。
閃光が走り、吹雪の結界の一部が裂けてその隙間から日の光が差し込む。
着地して剣をクリスに突きつけて宣言する。

「僕は御幸乃恵瑠! きっちゃんの友達で! 新時代の雪の女王になるおとこ?で! ブリーチャーズ最強のノエリストだああああ!」

>「貰った!」
>「……なーんてね」

ポチがパスした九段刀を受け取り、左手に構える。
更にポチは祭神簿の表紙を爪で引き裂いた。

「あ、うっかり名前言っちゃったけどノートに名前書かないでね!」

右手に神剣、左手に九段刀を構え、仕切り直しとばかりに斬りかかる。
ちなみにそれは死んだ人の名前が書いてあるノートであって、名前かかれたら死ぬ系のノートではない。
頼んでも書いてもらえないので安心しよう。

「というか!誰ももう!そのノートに名前を書かれちゃいけないんだ!」

相変わらず祭神簿を狙う振りをしつつ、好機を伺う。

「いい加減離してやれよ! 今でこそ英霊なんて祀られてるけど!
本当は普通の人間だった! きっと出来るなら死にたくなんて無かったよ!」

戦いつつ、結界が裂けて光が指している場所に誘導する。

「その人達の犠牲のおかげでこんなにいい時代になったんだから……
壊しちゃ駄目だ……!」

確かに現代にはたくさんの歪みがあり、妖壊化する者も増えている。
だけど、それでも、今まで人間界を見てきて今ほど命が大切にされる時代はない。
些細なことで切り捨てられてしまう時代があった。
生きたいと声に出して言うことすら許されなかった時代があった。
自由に思ったことが言える時代、死にたくないと声を大にして言える時代
、それって当たり前のようで、凄く素晴らしいことなんだ。
戦いの果てに――幸い乃恵瑠が力尽きるより少し前に、好機は訪れた。

160 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/20(土) 04:45:23.18 ID:XOB7yKDH.net
「僕の……勝ちだ!」

左手を一閃し、九段刀を投擲する。それはクリスの少し後ろの雪に突き刺さった。
狙いが外れたわけではない。狙ったのはクリスの影。
霊力を持つ刃を影に突き立て相手の動きを封じる影縫いの呪法、それを神器級の刀で行ったのだ。
付与した氷雪の霊力も相まって、暫しクリスをその場に縫い止めることに成功する。
続いて、神剣の柄を両手で持ち、走りながら雪上に文様を描く。
円をゆるいS状の曲線で分割したような、魚が二匹組み合わさっているようにも見える文様。
クリスもその範囲内に入っている。
文様を描き終わった乃恵瑠は剣を振り上げ――

「終わりだ! "ジャックフロストのクリス"!」

それを自分の目の前に突き立てた。その瞬間、魔法陣は完成し、円全体がまばゆい光を放つ。
九段刀と神剣が突き刺さっている場所がそれぞれ魚の目の部分となっている。
陰陽太極図――世界の成り立ち、森羅万象を陰と陽で表現する図式。
力の収束と発散を司り、偏った力の流れを調和へと導く――
クリスの力は、彼女が本来持っておくべき力ではない。
本来持つべきではない大きな力を持った事も、歪みの一因となってしまったのだろう。
強大な力とは、祝いであり同時に呪いでもある。
力を持つばかりに妖怪大統領にも付け入られてしまったのかもしれない。

「力は返して貰う……!"ドミネーターズのクリス"は討ち死に!
妖怪大統領との契約は本人の意思によらない突発的事象により履行不能!そういうことだ!」

その時、急に目線が低くなったのを感じた。
両手を見てみるとやはり小さい。慌てて自分の体を見下ろしてみると――

「あ……」

やはりというべきか、みゆきになっていた。妖力の使いすぎで省エネエコ運転モードに突入したのである。
そのことを認識してしまった瞬間、今まで辛うじて凛とした口調を保っていた緊張の糸が切れた。

「お姉ちゃん……」

しかしある意味好都合かもしれない。スッカラカンの状態の方が力が流れ込みやすそうだ。
みゆきはダイレクトに力の移転を受けるべく、クリスの胸に思いっきり飛び込んだ。

「みゆきは、ここにいるよ……!」

161 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/05/21(日) 02:35:34.42 ID:wFHX8iP4.net
那須野の機転により召喚された霊獣とも言うべき存在の群れ。
彼等が英霊の部隊の部隊と衝突した事により、一時とはいえ尾弐は危機から脱する事が叶った。

未だ緊迫した状況であるとはいえ、絶命必至の状況から退避が叶う状態にまで持ってこれたのは大きい。
本来ならば、それを成し遂げた那須野に礼の一つでも言わねばならぬ場面なのであるが、
尾弐がその言葉を口に出す事は叶わなかった。何故ならば

「っ!? おい、どうした那須野――――!」

尾弐の眼前で那須野橘音が……常に飄々とした態度を崩さぬ東京ブリーチャーズのリーダーが、
糸の切れた人形の様に崩れ落ち、尾弐へと凭れ掛かってきたからである。
とっさの事に驚愕しつつも、その身体を取りこぼさない様に血まみれの右腕で抱え込んだ尾弐は、
触れた那須野の体温が尋常ではなく低下している事と、その身体を構成する妖気が枯渇しかけている事を感じ取り、顔面を蒼白にする。

>「……言ったでしょ。ボクたちにできることは、もう……何もありませんよ」
「喋るんじゃねぇ……お前さんは妖気の使い過ぎでケ枯れかけてんだ。無茶すると――――」

険しい表情でそう言い、那須野の発現を制止しようとする尾弐。
だが、那須野はその尾弐の制止を振り切り尚も言葉を紡ぐ。

>「ボクたちが取るべき行動は、『何もしないこと』。『ノエルさんの戦いを見届けること』そして――」
>「……『ノエルさんを信じること』。楽なミッションでしょう……それとも難しいですか?クロオさん」

そして、無理を押して紡がれたその言葉は、今の尾弐にとって最も簡単で……けれども難しい問いであった。

「那須野、俺は……」

口にしようとした言葉は途中で止まり、その先が繰り出せない。
……恐らくは『当たり前だ。俺はノエルを信じてる』と。そう答える事こそが正解なのだろう。
その言葉は決して嘘ではない。尾弐黒雄は、これまでも、そして今でも御幸乃恵瑠を……あの白雪の様な青年の事を疑った事など無い。
だが、それでも……その正解を形にする事が尾弐には出来ない。
赤錆色の鎖で首を締められたかの様に苦しげに眉を潜める事しか、尾弐黒雄という男には出来なかった。

そして、そんな尾弐の懊悩を見透かしたかの様に那須野は言葉を続ける。

>「クロオさんが何を考えてるかくらい、わかりますよ……。ボクたち、何年コンビを組んでると思ってるんです?」
>「……でも。もしも、もしも……万が一、億が一。ノエルさんの敗色が濃厚になった、そのときは――」
>「……一緒に。地獄へ堕ちましょう」

その言葉を投げかけられた尾弐は、まるで氷水でも掛けられたかの様に固まってしまう。
那須野と尾弐は長い付き合いである。那須野が観察力に優れている事も知っている。
だが……己の薄汚れた考えを見透かされ、尚且つそれを共に背負う事まで考えさせてしまったとは思っていなかった。
そして、力尽き倒れているというのに尚も他者の事を気遣うその強さを、見誤っていた。
懊悩に精一杯であった自分を、恥じた。
故に……尾弐は口を開く。

「ああ――――そんときゃ一緒に、死が別つまで苦しみ続けようぜ」

那須野から視線を逸らし、口を開いて嘘混じりの言葉を吐く。
……そして、その直後の事であった

162 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/05/21(日) 02:36:48.00 ID:wFHX8iP4.net
>「嫌だーッ! 死にたくないッ!!」

場の空気を押しのける『聞きなれた』声が聞こえた。
声色こそ別人であるが、そのテンションはまさに東京ブリーチャーズのメンバーである美麗の青年のもの

>「僕は御幸乃恵瑠! きっちゃんの友達で! 新時代の雪の女王になるおとこ?で! ブリーチャーズ最強のノエリストだああああ!」

「……はは、あの色男が。相変わらず、相変わらずだな」

消えたかと思った――――塗りつぶされたかと思った、尾弐の良く知る青年。
東京ブリーチャーズの一員であるノエルの復活宣言。
それを聞いた尾弐は、己でも意識せずにその口元に小さな笑みを浮かべていた。

>「終わりだ! "ジャックフロストのクリス"!」

そして、白雪が陽光を反射し白亜に染まった境内で、ノエルがクリスの影に刀を突き刺し縫いとめる最中。
尾弐は脱いだ自身の喪服をシーツ代わりに敷き、その上に寝かせた那須野の口元へと己の右手……英霊の刀から受けた傷より赤く染まったソレを近づける。

「……まあ、なんだ。嫌だろうが無理にでも飲んで妖気補給しとけ、大将。
 鬼の血なんてロクなもんじゃねぇが……今回は英霊の付けた傷だからな。浄化されてちったぁはマシな味の筈だ」

言葉を放った姿勢のまま、尾弐は建物の影となっている場所の中からクリスを抱きしめるノエルの姿を見つめる。
ポチの足音が響く中で繰り広げられる光景を、眩しそうに。本当に、眩しそうに見つめる。

163 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g :2017/05/21(日) 17:38:44.48 ID:qwJBIhxG.net
 本殿前にて。
祈の体はぐらりと揺らいで、雪でできたカーペットの上に仰向けに倒れた。
 びゅうと吹きすさぶ冷たい風。雪が周囲に積もって視界は白一色に塗りつぶされていく。
これがかつてブリーチャーズを5人をも倒した力、その一端。
その地獄のような寒さの前には、祈など一溜りもないのだった。
 思ったよりも固い、雪に埋もれる感触を味わいながら、祈は思う。

(寒くなると眠くなるって本当だったんだな……。
まるで雪山で遭難したみたいだ……神社なのに……)

 フィクションの中だと、雪山で遭難してしまった人物が、
眠くなったと宣う相方に『寝ると死ぬぞ!』などと声を掛けて揺り起こそうとする類のシーンがあるが、
本当に眠くなるのかと祈は今まで半信半疑だった。だがどうやら本当だったようである。
 雪山などで眠くなるのは、低体温症という症状によるものだ。
猛烈な寒さに晒されると、人体はそれに抗い、熱を生み出すために全身の筋肉を激しく収縮させる。
それが体の震えだ。しかし震えを起こしても体温が上がらないような危機的な寒さである場合、
体は更に熱を生もうと筋肉への血流を増やし、筋肉をより動かそうと躍起になる。
体に流れる血液の量はほぼ一定に保たれている為、
熱を生み出そうと筋肉に血流を回してしまうと、脳へ送られる血流が減り、脳は貧血を起こす。
その脳貧血こそが雪山などで遭難した際に眠くなる、意識を失う、という現象の正体である。
 筋肉が震え始めるのが人間の体温で35度を下回った辺りであり、
34度を下回ると眠気を覚えたり意識が薄れ始め、命の危険もあるという。
 そして祈の体温はつい先ほど、34度を下回ったところであった。
しかしこの危機的な状況にあっても、祈に不安はなかった。

(だって、渡したんだもんな。ちょっとすっぽ抜けちゃったけど……)

 指示された通り、武器を調達して投げ渡すことができたのだから。
 祈には神剣や九段刀の使い方は分からない。
恐るべき力を秘めていることは理解できても、それを用いて神霊やクリスに対抗する為にどうすればいいかは分からない。
力任せに振り回すのが精々で、その力を引き出すには至らなかっただろう。
 だが仲間達は違う。ポチはどうか知らないが、アイスソードと称して力ある刀剣を欲したノエル自身や、
ブリーチャーズの頭脳たる橘音、その補佐を務める尾弐ならば、きっとなんらかの方策を思いついてくれると信じられる。
その仲間達に投げて、託すことができた。だからその心に不安はない。
きっと上手く行くのだという確信が祈にはある。

164 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g :2017/05/21(日) 18:03:07.05 ID:qwJBIhxG.net
 薄く開いたままの瞳で、祈は拝殿の上で踊る影達をぼんやり眺めていた。
その片方、乃恵瑠と思しき影の動きが、シリアスなものから急にコミカルな動きに変わったのを見て、
ノエルが生きていたのだと、そんな風に思う。

(寒い中、頑張った甲斐があったかな……)

 祈としては乃恵瑠という女性のことを嫌っていた訳ではないから、
消えて欲しいなどとは微塵も思わなかった。
それにノエルは正確に言えば死んだのではなく、みゆきも乃恵瑠もノエルも、その魂は同じ。
思考パターンや姿形が違うだけで同一人物なのだと、頭で理解はしていた。
そして、ノエルがかつてはみゆきとして生き、感情を抑えきれず人里に被害を齎した存在だと言う事も知った。
それでももう一度あの笑顔に会いたい、話したいと願う気持ちは、理屈ではないのだった。
 ノエルが戻ってきた。生きていた。その事実は、どうしようもなく祈を安堵させる。
またノエルとバカみたいな話をできることが、笑い合えるのだということがたまらなく嬉しかった。
 そしてそのコミカルな動きの影は、祈の投げた神剣を見事に受け取り、
その超絶の力で天をも裂いて見せた。
更に、やや角度のズレた方向に投げてしまった九段刀はポチがキャッチし、
器用に首を振って鞘から抜き放った後、ノエルへと投げ渡した。
これによって完成する。ノエルの二刀流。
 それを合図にしたように、ノエルとクリスの苛烈を極める戦いが始まる。
その光景は、意識が朦朧としている祈の目には早送りの、華麗な舞のように映った。
 遠くから何故か聞こえてくる、動物達の声は、あの嘶きはなんだろう?
そんな事を考えながら影達の舞を見つめている内に、

>「終わりだ! "ジャックフロストのクリス"!」

 勝負は決したようであった。
乃恵瑠とも、ノエルともつかぬ声による勝利の叫びを聞いた時。

(……ああ、勝ったんだ……おめ……でと、御幸……)

 祈の体温は33度以下になり、ついにその瞼が落ち、意識は暗闇の底へと沈んでいく。
その体はこれ以上熱を逃がすまいと、仰向けから横向きになり、無意識に胎児のように丸まった姿勢を取った。
 祈はただ、誰も死なぬ、ハッピーエンドを迎えた幻を見ながら眠る。
また事務所でみんな笑い合う、そんな結末を夢に見て。
 祈の体温は33度以下という普通の人間ならば死の危機というところまで下がっているが、
幸いにも彼女には妖怪の血が流れており、普通の人間ではない。
意識を失ってはいるが、これ以上寒くなったり、余程のことがなければ死ぬことはないだろう。
寒さで肩の出血も抑えられていることもあり、暖かくなれば、普通に目を覚ますに違いなかった。

165 :ポチ ◆xueb7POxEZTT :2017/05/25(木) 02:59:59.87 ID:gVTm1HD2.net
振り下ろした爪が、何かを引き裂いた。
クリスの着物と、その更に奥にあった、薄っぺらく脆い何かを。

「手応え、あり……」

>「この……糞犬がァァァァァァァッ!!!」

次の瞬間、クリスが送り狼へと吹雪を放つ。
体温を奪う為のものではない、雹混じりの、命を断ち切る為の吹雪。
クリスに飛び付く形で空中にいたポチにそれを躱す術はない。
吹雪をまともに食らい、吹き飛び……拝殿の屋根の下にまで落下する。

「ち……」

血を止めてくれるなんてありがたいなあ。
そう言おうとして、しかしポチは言葉を紡げなかった。
大量の失血による酸欠に、極寒の吹雪の中で走り続けた事で喉が凍り付いたのだ。
自分の体が壊れつつある事を自覚したその瞬間、無視し続けてきた負担がポチに襲いかかる。
膝が震え、立ち上がれない。目が霞み、耳鳴りがする。
その耳鳴りに紛れて聞こえてくる、足音。
視線を向ければ、目に映るのは軍刀を掲げた英霊の姿。
送り狼の爪は祭神簿を引き裂いたが……完全には破壊出来ていなかった。
彼らの歩みは緩慢で、しかし身動きの取れない送り狼との距離は着実に縮まっていく。

「これ……は……ヤバい……かも……」

とうとう英霊は、軍刀で送り狼の首を刎ねられる距離にまで近付いて……

>「さあ――、おいでませ!この神社に祀られた『ヒトでないもの』たちよ!」

まず始めに、声が響いた。
続いて、吹雪の奥で光が溢れた。
そして……その方角から駆け寄った影が、まさに今軍刀を振り下ろさんとする英霊を、強烈に足蹴にした。
影は送り狼を見下ろして、わん、と吠えた。

「……分かってるよ。まだ立てるさ……」

影の正体は……軍犬だ。かつて日本兵と共に戦い、パートナーと共に死んでいった者達。
国の為などという大義はなく、ただ家族の為に戦い命を散らした、名も無き……しかし確かな英雄。
その英霊が、送り狼に吠える。まるで俺達はもっとやれた、と言わんばかりに。
先達の檄に、送り狼が震える脚に力を込め、立ち上がる。
同時に響く指笛……橘音からの合図だ。
送り狼がゆっくりと歩き出す。
そして吹雪の奥に橘音と尾弐の輪郭が見えると、自分の存在を知らせる為に一度吠えた。

>「■■さん、祈ちゃんを回収してきてください。もう、ボクたちにできることは何もありません」

今や送り狼には、言葉を発するほどの余裕もない。
ただもう一度吠えて返事の代わりとして、彼は祈の方へと歩き出す。
鼻孔も奥まで凍り付いて、鼻も殆ど利かない。
ただ最後に見た、祈の倒れた場所を目指して、送り狼は吹雪の中を暫し彷徨う。

「……祈ちゃん」

ようやく見つけた祈は、やはり倒れたままで、やまない吹雪によって、雪に埋もれつつあった。
その頬に、送り狼は自分の頬を擦り寄せる。

166 :ポチ ◆xueb7POxEZTT :2017/05/25(木) 03:02:45.03 ID:gVTm1HD2.net
「冷たい……」

彼には、人が……半妖がどれほど体温を失ったら死ぬのかなど分からない。
どれほどの出血があれば人が生命を失うのかも分からない。
分かるのはただ、祈がいつもよりもずっと、死に近い状態にある事だけだ。
衣服の襟を咥えて引っ張る……降り積もった雪の中を、祈を引き摺るだけの力が、送り狼にはもうなかった。
うつ伏せに倒れた祈の腹の下に、雪を掘るように頭を潜らせ、背中へ持ち上げる。
ふらりとよろめきながらも、送り狼は橘音達の元へと歩き出す。
雪に絡め取られ、脚が思うように動かない。ただ歩いているだけなのに呼吸がもたない。
足を止め、息を整え……送り狼は拝殿の屋根を見上げた。

>「僕の……勝ちだ!」

まさにその瞬間、ノエルが高らかに勝利を宣言する。
乃恵留ではなく、ノエルが……だが送り狼は彼を見てはいなかった。
ノエルはそこにいて、帰ってくると、信じていたからだ。
送り狼が見つめるのは彼、だけではなく……ノエルとクリスの二人だ。
二人は互いに互いを愛している。限りなく深く、強い愛で、お互いを手に入れようとしている。
……凍り付いた鼻孔に、それでも感じ取れるほどの、においが届いた。
愛のにおいだ。他のどんな感情も、存在をも呑み込んでしまうような、強い愛のにおい。
その中核にあるのは……橘音と、尾弐のにおいだ。

「……家族って、いいなぁ」

歩みを再会した送り狼が小さく呟く。

「祈ちゃん……寒いよね……。ごめんね、僕が人に化けられたら良かったのに……。
 だけど、駄目なんだ……それだけは、どうしても……出来ない……」

彼が人に化けられれば、彼女をもっと早く運ぶ事も、少しでも寒さから庇う事も出来る。
そしてそれは、能力的には決して不可能な事ではない。

「……僕はさ、この国で最後の狼なんだ。もう、どこにも、僕の本当の家族になれる狼は、いないんだ」

それでも、彼には出来ないのだ。

「だけど……本当はそうじゃないかもしれない。
 本当はどこかにまだ狼は生きていて、僕と同じように、家族になれる相手を探してるかもしれない。
 だから……だから、僕は……」

……送り狼は、人に化けられない。
自分が人に化けていたら、他に生き残った狼が、自分を見つけられないかもしれない。
そんな可能性が殆どゼロに等しい事は分かっていても……彼は狼の姿を、ほんの一瞬でも捨てられない。
命すら擲てると謳っておきながら……その実、命よりも大事な、その一抹の可能性を、仲間の為に捨てられない。

かつての自分を捨て、愛玩犬としての名に甘んじていながら、狼を気取り。
しかし狼であろうとするあまり、狼が最も重んじる仲間を、最後の最後で重んじられない。

「……狼に、なりたいなぁ」

深い自嘲を込めてそう呟き、それから数歩、歩いて……送り狼は力なく倒れ込んだ。
橘音と尾弐のもとに辿り着いたのだ。

167 :創る名無しに見る名無し:2017/05/26(金) 09:02:07.21 ID:PI0eAO5y.net
タマァ撃ちてえ…




パン!

【ポチの金玉を撃ち抜く】

168 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/28(日) 09:06:01.73 ID:yHnumZee.net
>嫌だーッ! 死にたくないッ!!

「……なに!?」

突然の乃恵瑠の絶叫に、クリスは瞠目した。
それまで雪女らしい冷徹さで戦闘を継続していた乃恵瑠が、何を思ったかそんなことを言い出すとは。
そも、クリスに乃恵瑠を殺す気はない。ただ、ケ枯れを起こさせ戦う力を奪い取ろうとしていただけだ。
クリスは乃恵瑠の中で三つの人格が語り合い、融和し、統合されたという事実を察することができなかった。
ただ、目の前の乃恵瑠が今までの乃恵瑠でなくなった、ということだけを朧げに感じたのみである。

「なにが起こった……!?」

戸惑うクリスを前に乃恵瑠は祈が投擲した神剣を跳躍して受け取ると、それで空を一閃した。
重苦しく頭上に垂れ込めていた雪雲が、まるで薄紙を両断したかのように斬り裂かれ、日の光が差し込む。
それはクリスの張った氷の結界が破られたことの証左だった。
乃恵瑠がクリスへと神剣の切っ先を突きつける。

>僕は御幸乃恵瑠! きっちゃんの友達で! 新時代の雪の女王になるおとこ?で! ブリーチャーズ最強のノエリストだああああ!

「この期に及んで、まだそんなことを!」

ギリ、とクリスは奥歯を強く噛みしめた。
ここまで圧倒的な力の差を見せつけてやったというのに、なおもそんな世迷言を言うとは。
ならば、と氷の薙刀を構え、神剣と軍刀を携えた乃恵瑠――いや、ノエルを迎え撃つ。
しかし。

「く……!?みゆきの力が増している!?アタシの妖力は完全にみゆきの力を上回っているはずなのに……!?」

怒涛の攻勢を仕掛けてくるノエルの太刀筋が読めない。祭神簿と國魂神鏡を奪われないようにするのが精一杯だ。
クリスは初めて守勢に回った。防戦一方で、なんとか薙刀を取り回しノエルの攻撃を凌いでゆく。
そして、クリスが再度イニシアチブを握るべく体勢を整えようとしたとき。

>僕の……勝ちだ!

ノエルの声が境内に響き渡る。その自信に満ちた迷いのない言葉を、ブリーチャーズの誰もが聞いた。
クリスの影にノエルの投げつけた軍刀が突き立つ。相手の影を地面に縫いとめ、その場に縛り付ける影縫いの呪法だ。
これは完全に予想外だったらしく、一瞬クリスの動きが止まる。

「ぐっ!こんな……ものォ……!」

クリスの全身から蒼白い妖気が迸る。膨大な妖力をもって、影縫いを力ずくで打ち破ろうと試みる。
その身体が自由を奪われていたのはほんの僅かな時間のことだったが、それでもノエルが次の手を打つには充分だった。
ノエルが神剣を用いて地面に描いた、太極図。
陰陽二極の調和を示したそれは、正式な術式を用いればきわめて強力な魔法陣となる。
そして、その中心に立つノエルとクリス、ふたりの雪女の姉妹。

>力は返して貰う……!"ドミネーターズのクリス"は討ち死に!
>妖怪大統領との契約は本人の意思によらない突発的事象により履行不能!そういうことだ!

ギュオッ!!

ノエルの言葉に応じるように神剣と軍刀が輝き、それに伴って太極図も発光を始める。
陣図がその場にいる者を“本来あるべき姿”へと戻そうと発動する。

「ぅ……、ぐ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

クリスの全身から陽炎のように立ちのぼる妖気が、その身体を離れてぐるぐると陣の内部で渦を巻く。
雪山の霊気と冷気、その強力無比な力が行き場を失って、吹雪のように荒れ狂う。
大きく身体を仰け反らせ、両手で頭を抱えて、クリスは自らの肉体からみゆきの妖力が失われていく感覚に絶叫した。

169 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/28(日) 09:08:15.08 ID:yHnumZee.net
「力……が……!みゆきの力が、みゆきが……いなくなる……!みゆ……き……!!」

雪の女王からみゆきを奪還しようと決意してから、以来数百年。
身体の中に宿るみゆきの妖力だけが、クリスにとって自分と妹とを繋ぐ唯一の『絆』だった。
この力があるから。みゆきを胸の奥底に感じることができたから。クリスは長年の孤独に耐え忍ぶことができたのだ。
しかし、その力が。クリスにとってはみゆきそのものとも言える妖力が、自分から離れてゆく。
みゆきが遠ざかってゆく。いなくなってしまう。自分の許から立ち去ってしまう――。
そう、思ったけれど。

>お姉ちゃん……
>みゆきは、ここにいるよ……!

力をなくす喪失感の代わりに、胸の中に飛び込んできたもの。
柔らかな感触。耳を擽る声。小さなその姿。
それは、この数百年。いかなる孤独と苦境の中にあっても、決して忘れなかったもの。
クリスが全身全霊で慈しみ、大切に育て、愛し守ってきたもの――

「……み……」

みゆき。
最初の言葉は掠れて、声にならなかった。みるみる双眸に涙が溢れ、身体の芯が痛いほど熱くなる。
クリスは自らの胸に飛び込んできたノエル――みゆきをぎゅっと強く両腕で抱きしめると、日なたのにおいのする幼髪に鼻先を埋めた。

「あぁ……、みゆき!みゆきみゆきみゆき……みゆきぃ……!!」

ぼろぼろと、とめどなく涙が零れる。
どれだけこの時を待っただろう。どれほどこの瞬間を望んだことだろう。
もう一度、たった一度だけでいい。みゆきをこの腕に抱くことができたなら。
ただそれだけを願って、故郷に喧嘩を打った。一族に、女王に――いや。現存するすべての妖怪に牙を剥いた。
妖怪指名手配犯となり、日本を追放されて、世界中を彷徨した。
自分はどうなってもいい。願いが叶うなら、悪魔にだって魂を売ってもいい。ただ、もう一度みゆきに会いたい。

『お姉ちゃん』と。あの懐かしい声で呼ばれたい……。

「……みゆき……よかった……。やっと……会えたね……」

クリスは嬉しそうに笑った。その面貌には、かつて東京で大雪害を巻き起こした妖壊の面影は微塵もない。
その身体から膨大な妖力が抜け出し、みゆきの中へと流れ込んでゆく。
借り物の力でない、みゆき本来の次期雪の女王としての力だ。
数百年の間正しくない形に分かたれていたものが、今。本来あるべき姿へと戻った。
眩しいほどに光り輝く太極図の中で、純白の姉妹が抱擁を交わす。
そして、陣の放つ光が徐々に弱くなってゆき、淡い残光だけになったとき。
クリスは力の全てをなくし、元の非力な雪女へと戻っていた。

「…………」

体力の消耗が著しい。元々、妖力の少ない一介の雪妖にすぎなかったクリスだ。
早くもケ枯れを起こしかけている。先程まで持っていた氷の薙刀も既になく、もはや戦闘の継続は不可能だろう。
クリスはこれからどうなるのだろうか。
妖怪の世界にも法がある。帝都を騒擾し、妖怪大統領の手先となった妖怪指名手配犯のクリスは普通なら逮捕されるだろう。
その後妖怪裁判にかけられ、よくて封印。最悪の場合、元の雪山の霊気として消滅させられるかもしれない。
もしくは――

「クカカカカカカッ!案の定というべきか、やっぱり負けてしまったねエ……クリスくん?」

それら以外の結末も。

170 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/28(日) 09:11:34.71 ID:yHnumZee.net
>……まあ、なんだ。嫌だろうが無理にでも飲んで妖気補給しとけ、大将。

尾弐が血にまみれた右手を伸ばす。
唇に指先が降れる感触。そこから滴る鮮血を、橘音は半ば無意識に舐めた。
血は生命そのもの。妖怪の血ともなれば、当然妖力も含まれている。
中でも鬼の血は強力なものだ。普段血を飲む習慣のない橘音の身体にも、覿面で効果が染み渡ってゆくのが分かる。

「げほッ、ごほ……!血を啜る妖怪たちの趣味が理解できませんね……。ボクはこの味、苦手です……」
「どうせご馳走してくれるなら、クロオさんの手料理の方が何倍もマシってもんです……。げほッ」

唇を開いて舌を伸ばし、尾弐の指を丁寧にしゃぶって血を飲むと、いくらか妖力が回復したのか噎せながらそんなことを言う。
だが、のんびりしてもいられない。橘音はゆっくり身を起こすと、雪に覆われた地面に片膝をついた。
あれだけ積もっていた雪が、今は随分少なくなっている。吹雪もほとんど止んでしまった。
それは、ノエルとクリスの戦いに決着がついたということの証左であろう。
実際、見上げた先にいるクリスからはもうほとんど妖気を感じない。それどころかケ枯れしかけている。
ノエルが見事、仲間たちの期待と信頼に応えてくれた――ということだろう。
作戦はうまくいった。東京ブリーチャーズは東京ドミネーターズの一角、ジャック・フロストのクリスを撃破したのだ。

「どうやら……今回の賭けも、ボクらの勝ちということのようですね」

――よかった、ノエルさん。

やはり、ノエルはブリーチャーズの頼れる仲間だ。橘音は仮面の奥で目を細めた。
それから、こちらへ向かって歩いてくるポチを見る。
ポチの背には気絶した祈が乗せられている。ふたりとも、出血と冷気によってボロボロのひどい状態だ。
が、確かな妖気を感じる。消耗しきってはいるものの、ふたりとも無事だ。

「……ポチさん。祈ちゃん」

尾弐と橘音の目の前で、ポチが力尽きたようにどっと倒れる。
橘音は立ち上がるとふたりに近付き、自分のマントを脱ぐと祈に羽織らせた。
狐面探偵七つ道具のひとつ迷い家外套は、その名が示す通りマヨイガの回復能力を有する。低下した体温もすぐに戻ることだろう。
それから尾弐に目配せし、ポチの介抱を頼む。
結局、ノエルを除く東京ブリーチャーズの面々は三年前と同じくクリスに対してほとんど抗うことができなかった。
クリスに何らの有効打を見舞うこともできず、満身創痍の状況へと追い込まれた。
が、勝った。ただひとりの犠牲を出すこともなく生き残り、クリスの無力化に成功したのだ。
むろんそれはノエルの功績だが、ノエルがクリスを打ち破るまで、よくも全員もってくれたものだと思う。
まさに紙一重、薄氷を踏むかの如き勝利だった。

しかし、クリスとの戦いを終えたからと言って、安心してはいられない。
クリスの妖気が激減するとほぼ同時、境内の中に出現した新たな妖気に、橘音は険しい表情を浮かべた。

ドカカカカッ!!

「……ご、ふ……!」

妖力を失ったクリスの無防備な背中に、鈍くきらめく何かが幾本も突き立つ。クリスは目を見開いた。
それは『楔』だった。妖怪や人間の道士、術者が結界を構築する際によく用いられる呪具である。
いつの間にか、ブリーチャーズたちのいる境内の大鳥居の上に何者かが立っている。
シルクハットをかぶり、道化めいた仮面で素顔をすっぽりと覆い隠した、血色の外套の怪人――

「……赤……マント……!?」

クリスが驚愕に声を漏らす。

「イヤハヤ、キミほどの力を持った化生がこんな下等妖怪どもに負けるなんて情けない!まさに宝の持ち腐れというヤツだねエ!」
「ま……そんな素敵な力ももう、君は手放してしまったようだがネ。度し難い!我輩には理解しかねるよ、まったくネ!」

にんまりと弧を描いて裂けた口。嘲る顔の意匠をした仮面そのまま、赤マントはゲタゲタと嗤った。

171 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/28(日) 09:16:44.36 ID:yHnumZee.net
深紅の瞳で、クリスが赤マントをねめあげる。

「ぐ……、なぜここに……!アタシの雪の結界に、外部から干渉する手段なんて……」

「クカカカカ……さっき、キミ自身が説明してくれたじゃァないか。『大統領には結界破りの得意な配下がいる』ってネ」

「く……そ……!アタシを……始末しに来たのか……!」

「キミは下等妖怪に敗北した。支配者たるべき東京ドミネーターズが逆に支配されてしまっては、もう存在価値はないのだヨ」

頭部以外をすっぽりと覆ったマントの内側から白手袋に包んだ右手を出すと、赤マントは長い人差し指でクリスを示した。
そして無情に言い放つ。仮にも同じ東京ドミネーターズであったはずだが、赤マントに仲間意識などというものは皆無らしい。

「ほざけ!」

か、とクリスが双眸を見開き、赤マントへ向けて吹雪を放つ。
ただ、その威力はつい先刻とは比べ物にならないほど弱まってしまっている。赤マントはそれを微風のように受け止め、

「ふん!」

大きく右手を振った。
ドッ!ドドッ!と音を立て、赤マントの投擲した何本もの楔がクリスの四肢を貫く。
クリスはうめき声を上げることも叶わず、拝殿の屋根から転げ落ちた。

「やれやれ、勘違いしてもらっては困るネ……。吾輩は別にキミを処刑しに来たわけじゃないヨ」
「知っての通り吾輩は頭脳労働者で、非戦闘員なのだからネ。クカカカカカッ!」

非戦闘員という言葉の通り、赤マントの纏う妖気は先程までのクリスや今のノエルほど強いものではない。
しかしその投擲する呪具の楔は強力なものらしく、瞬く間にクリスを無力化させてしまった。

「吾輩はソレに用があって来たのサ……渡してもらうヨ?」

赤マントがそう言った途端、クリスが胸元にしまっていたものがふわり、と浮き上がる。
ポチによって表紙の引き裂かれた祭神簿と、國魂神鏡。
ふたつの祭器はまるで吸い寄せられるように赤マントの許へと飛んでゆくと、その手の中に納まった。

「これがこの日本を守護する英霊の『神宝』と『神体』か……。なるほど、すごい力だネ」
「国難に際して、帝都を守護する英霊たち……むろん大統領の敵ではないだろうが、反抗の芽は摘んでおくに限る」

赤マントが手に力を入れると、ビキッ!という音を立ててたちまち鏡にヒビが入る。
英霊たちの名前を記した祭神簿の端に、黒い炎が灯る。

「これで、オシマイ……だネ」

英霊を神霊へと昇華させていた神鏡が砕け散る。英霊の名簿である祭神簿が黒い炭へ変わってゆく。
境内の中で所狭しと戦闘をしていた兵士の亡霊たちが、霞のように消えてゆく。

「さて、クリスくん。キミの任務は祭神簿と國魂神鏡の破壊だった。最後は吾輩がやる羽目になったが――」
「キミ単独の働きでも、概ね任務は達成されていた。その功績をもって、我らが偉大なる大統領がお慈悲をかけてくださるそうだ」
「クリスくん。今この瞬間をもって、キミを東京ドミネーターズから除名するヨ」
「キミは自由だ……好きなだけ、念願の愛する妹さんとの時間を楽しむといい。……もっとも……」
「あまり長い時間ではないと思うが……ネ」

作りもののはずの赤マントの仮面に浮かんだ笑みが、一際深くなったように見える。そして――

ぴしり。

澄んだ音を立てて、クリスの美しい顔に一筋の亀裂が入った。

172 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/05/28(日) 09:20:42.30 ID:yHnumZee.net
「……赤マント!」

橘音は大鳥居の上に佇む真紅の影を睨むと、絞り出すような声でその名を告げた。
赤マントはやっと再会した雪女の姉妹へ向け、なおも酷薄な言葉を投げかける。

「クリスくん。今までのキミは、言うなればガラスの器がプール一杯分もの水を溜め込んでいたようなものだヨ」
「脆弱なキミの身体には、雪の女王の妖力の受け皿になるキャパシティなどなかった。その身体には絶えず大きな負荷がかかっていた」
「しかし、キミは雪の女王の莫大な妖力を用いて、全身に入ったヒビを無理矢理繋ぎ合わせていた――」
「となれば。雪の女王の妖力を失ったキミがどうなるかは、火を見るより明らか……だよねエ?」

ぱきっ。ぱきき、ぴき。

クリスの身体のあちこちに入った亀裂が、徐々に深くなってゆく。
しみひとつなかった肌がくすんでゆき、ボロボロと粉雪に変わり始める。

「……そんなことは、百も承知だったよ」

ふ、とクリスが小さく笑う。

「それでも、アタシはやらなくちゃならなかった。みゆきともう一度会うために、どんなことでもすると誓ったんだ」
「後悔はしちゃいない……アタシはアタシの意思でこの道を選んだ。たくさん間違いも犯したけれど――」
「こうして、また会えたんだ……やっと……。やっと、やっとやっと……アタシの、みゆきに……」
「……『お姉ちゃん』って……呼んでもらえたんだ……」

雪の上にあおむけに横たわったまま、崩れてゆく肉体を一顧だにせず、クリスは満足げにそう言った。
それを目の当たりにして、赤マントが再びゲタゲタと嗤う。

「クカカカカッ!お涙頂戴の三文芝居だネ。所詮は低級な雪妖の眷属……最初からドミネーターズの器ではなかったのサ」
「妖怪大統領閣下も、それはとっくにお見通しだったみたいだがネ。キミは所詮捨て後までしかなかったということだヨ」

「……捨て駒……か……」

クリスがごぽ、と血を吐く。

「その通り!……まあいい、ともかく残った時間はキミのものだヨ……好きに使えばいい」
「いずれにせよ、これで東京の結界はガタガタ!閣下をお迎えする下地も整うというものだネ!」
「では、我輩は次の仕事があるからネ……これで失礼するヨ?」
「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

任務完了で満足したとばかり、赤マントは外套を翻すと音もなく姿を消した。

「……みゆ……き……」

クリスがノエルを呼ぶ。――もう、クリスには自力で起き上がる力さえない。
震える手が、ノエルを求めるように伸ばされる。その指先が崩れ落ち、雪と化してゆく。

「……み……ゆ……」

ケ枯れの最終点。不可逆な死、滅びの兆し――

「ぉ……わかれ、の……時間……だ……」


……別離のとき。

173 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/29(月) 01:36:34.27 ID:cwbKcPCT.net
>「あぁ……、みゆき!みゆきみゆきみゆき……みゆきぃ……!!」

「お姉ちゃん……お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」

みゆきはクリスの胸に顔をうずめ、姉の呼びかけに応える。
歪む視界に、自分が数百年ぶりに涙を流していることに気付く。思えばみゆきは泣き虫だった。
かつて乃恵瑠となった時に感情を抑える事を無意識のうちに自分に課し、笑顔も涙も封じた。
ノエルになって笑顔を取り戻してからも涙を流す事は無く、不必要な機能として無くなったものと思っていたのに。
昨日のことのように思い出す、純白の日々。吹雪の夜。陽だまりの昼下がり。いつも一緒だった。
自分は決していい妹ではなかった。それどころか最悪の妹だった。
人間界を見に行きたいと駄々をこねてはまだ若かった姉を困らせた。
言いつけをちっとも守らず、挙句の果てには感情を爆発させて妖壊と化した。

>「……みゆき……よかった……。やっと……会えたね……」

次期雪の女王としての膨大な力が流れ込んでくる。呪われた力。厄災の元凶。
この力が無ければ人里に被害を齎さずに済んだ。姉が暴走することもなかった。
されど、この力があればこそ出来ることもある。
――陣の放つ光がおさまった時。
いつもの青年の姿に戻ったノエルが、クリスを抱きしめていた。

「ごめん……今はこっちの姿でいさせて」

もう本来の女性の姿に戻ってもいいはずなのに、この姿を取ったのは、自らの意思だ。
いつか雪の女王として立つ日が来るとしても、今はブリーチャーズのノエル。
橘音と、皆と共に東京漂白計画完遂まで走るという意思表示だった。
だけどクリスももう分かっているだろう。どんな姿であろうと、みゆきはここにいる。

「……108体。"ジャックフロストのクリス"で108体目だ」

そう、耳元で呟いた。

「クリスは表向きここで死んだことにすればいい。
僕がやったみたいに名前と姿を変えて生きるんだ。これからはずっと一緒だ。
何も心配しなくていい。今度は僕があなたを守る。それで全てが終わったら、今度こそ……」

しかしその言葉の続きを言う事はかなわなかった。
突然、クリスの背中に何本もの楔が突き立つ。大鳥居の上に現れた血のように赤い影――

>「……ご、ふ……!」
>「……赤……マント……!?」

>「イヤハヤ、キミほどの力を持った化生がこんな下等妖怪どもに負けるなんて情けない!まさに宝の持ち腐れというヤツだねエ!」
「ま……そんな素敵な力ももう、君は手放してしまったようだがネ。度し難い!我輩には理解しかねるよ、まったくネ!」

「貴様ァ!!」

ノエルは雪の上に刺したままになっていた神剣を抜き放った。
しかしその重さを支えきれずに膝をつく。
本来の力を取り戻し普段の姿を取れる程度には回復したとはいえ、先刻までの激戦の消耗が著しい。

>「ぐ……、なぜここに……!アタシの雪の結界に、外部から干渉する手段なんて……」
>「クカカカカ……さっき、キミ自身が説明してくれたじゃァないか。『大統領には結界破りの得意な配下がいる』ってネ」
>「く……そ……!アタシを……始末しに来たのか……!」
>「キミは下等妖怪に敗北した。支配者たるべき東京ドミネーターズが逆に支配されてしまっては、もう存在価値はないのだヨ」

怪人赤マントは、強力な呪具の楔を用いクリスを瞬く間に無力化した。

174 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/29(月) 01:39:50.12 ID:cwbKcPCT.net
「姉上!」

ノエルは拝殿の上から飛び降り、クリスを守るように立つ。

「させない! 姉上には指一本触れさせない!」

しかし赤マントの目的はクリスの処分ではなかったようで、祭神簿と國魂神鏡が、あっさりと奪われ破壊された。
彼は分かっていたのだ、クリスはわざわざ手を下さずともここで終わりだということを。

>「さて、クリスくん。キミの任務は祭神簿と國魂神鏡の破壊だった。最後は吾輩がやる羽目になったが――」
>「キミ単独の働きでも、概ね任務は達成されていた。その功績をもって、我らが偉大なる大統領がお慈悲をかけてくださるそうだ」
>「クリスくん。今この瞬間をもって、キミを東京ドミネーターズから除名するヨ」
>「キミは自由だ……好きなだけ、念願の愛する妹さんとの時間を楽しむといい。……もっとも……」
>「あまり長い時間ではないと思うが……ネ」

氷が割れるように、クリスの顔にひびが入る。表情の見えない赤マントが、どこか楽しげに語る。

>「クリスくん。今までのキミは、言うなればガラスの器がプール一杯分もの水を溜め込んでいたようなものだヨ」
>「脆弱なキミの身体には、雪の女王の妖力の受け皿になるキャパシティなどなかった。その身体には絶えず大きな負荷がかかっていた」
>「しかし、キミは雪の女王の莫大な妖力を用いて、全身に入ったヒビを無理矢理繋ぎ合わせていた――」
>「となれば。雪の女王の妖力を失ったキミがどうなるかは、火を見るより明らか……だよねエ?」

残酷な事実を聞いたノエルの表情が絶望に彩られる。
母上よ、なんということをしてくれたのだ。いや、その時はそこまで分からなかったのだろう。
姉を残酷な運命に陥れたのも、とどめを刺したのも自分。
そんな自分は今の今まで全てを忘れて手厚い庇護の元にのうのうと生きていた。

>「……そんなことは、百も承知だったよ」
>「それでも、アタシはやらなくちゃならなかった。みゆきともう一度会うために、どんなことでもすると誓ったんだ」
>「後悔はしちゃいない……アタシはアタシの意思でこの道を選んだ。たくさん間違いも犯したけれど――」
>「こうして、また会えたんだ……やっと……。やっと、やっとやっと……アタシの、みゆきに……」
>「……『お姉ちゃん』って……呼んでもらえたんだ……」

「そんな……何納得してるんだよ! やっと会えたのに! 妖怪は受けた恩は返さなきゃいけないんだ。
たくさん愛してもらったのに迷惑かけただけで……何も恩返し出来てない!」

>「クカカカカッ!お涙頂戴の三文芝居だネ。所詮は低級な雪妖の眷属……最初からドミネーターズの器ではなかったのサ」
「妖怪大統領閣下も、それはとっくにお見通しだったみたいだがネ。キミは所詮捨て後までしかなかったということだヨ」
>「……捨て駒……か……」

「よくも……最初から分かってて利用したな! 姉上は……利用されながらも妖怪大統領に感謝してた! それなのに!!
殺してやる……呪ってやる祟ってやる! 妖怪大統領もろとも皆殺しだ!」

憎しみに心が塗りつぶされ、鳥居の上に立つ怪人に向かって身を切り刻むブリザードを放つ。

>「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

しかし怪人は外套を翻したかと思うと、忽然と姿を消した。
しばらくその空間を見つめて呆然としながら、己の中に芽生えた昏い感情に、恐怖を覚える。
一度壊れた魂はずっと壊れたまま、という説を唱える者もいる。
それを裏付けるように、一度妖壊化して鎮まった者が再び妖壊化する確率は通常に比べ高い。
妖壊化した雪ん娘が間引かれることの本当の意味を、次期女王としての教育を受けたノエルは知っている。
精霊に近い存在である雪ん娘はまだ自我が確立していないので、消滅することへの絶望や恐怖はない。
それは断罪ではなく、救済だ。壊れた魂で永遠にも近い時を生きるのは残酷過ぎるから――

175 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/29(月) 01:44:23.73 ID:cwbKcPCT.net
「い……やだ……。もうあんなのは嫌だ。怖い、怖いよ……!」

次代の雪の女王として生まれてしまった自分は、その救済を受けることは許されなかった。
力を取り戻した今、また同じ轍を踏んでしまうのではないかという考えが頭をよぎる。
一度その可能性に思い至ってしまうと、恐怖が際限なく膨らんでいき、震えが止まらない。

>「……みゆ……き……」

息も絶え絶えのクリスに呼ばれ、はっとする。ブリーチャーズの仲間達が見ている。
みゆきも、乃恵瑠も、ノエルになってからも、たくさん愛された。
間引かれていればよかったなんて思うのは、愛してくれた人達に対する侮辱だ。

「ありがとう、ずっと忘れない」

クリスが伸ばした手を握り、感謝を伝える。
クリスがみゆきの力で生き長らえて来たのなら、取り戻した力を使い延命してやる事も出来た。
が、ノエルはそれをしようとしなかった。クリスはずっと前から死んでいるようなものだったのだ。
ずっと走り続けてきたんだ。そろそろ休ませてあげよう。もう大丈夫、思い出せたのだから。

>「ぉ……わかれ、の……時間……だ……」

「お別れ? 何を言っているんだ? "ずっと忘れない"って言っただろう?
たとえ全世界の人にとって恐ろしい化け物でも、僕だけはそうじゃないって知ってる。
姉上は悪い夢を見ていたんだ――次に起きた時には、全てが元通り。……いや、違うな。
雪女の里は今みたいに閉鎖的じゃなくなってて、姉上が笑って暮らせる世界になってる。
僕がそうしてみせる。今度こそ一緒に暮らそう」

ノエルはそう言って笑ってみせた。
妖怪にとって、死は終わりではない。誰かが覚えている限り、いつかは復活は叶う。
そして極刑が消滅――死刑であることからして、一度死ねば法律的には罪は消える。
次に目覚めた時には今度こそ自由だ。
それがいつになるかは分からない、とてつもない長い時間かもしれないけれど――
それを認識するのは待っている側だけ。本人にとっては一瞬だ。
クリスはこっちを数百年の間ずっと思い続けたのに、こちらは忘れていた。つまり、これでおあいこだ。

「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」

指先から粉雪となって崩れていくクリスの上半身を抱き起して抱きしめる。
クリスはノエルの胸の中で、雪となってノエルの体に吸収されるように消えた。

「だけど……必ず帰ってきてね!」

姉上が次に目覚めるのは、2100年? 3000年? 
その頃にはきっと、雪は完全に恐怖の対象ではなくなっている。
雪だけではない、きっと人間が踏み込んでいない領域なんてなくなって、恐怖の対象は限りなく少なくなっている。
その時人と妖はどのような関係性を築いているのだろう。
古い慣習に凝り固まったままでは時代に置いて行かれて忘れ去られて絶滅。
かといって本来の役割を忘れ人間の暴走を許せば人間もろとも破滅。
――これ、なんて無理ゲー? でもやるしかない。帰る場所になると、約束したのだから。
いつの間にか、自分がまた壊れるのではないかという恐怖は跡形もなく消えていた。壊れている場合じゃないのだ。

176 :御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc :2017/05/29(月) 01:49:04.06 ID:cwbKcPCT.net
「……」

暫く無言で立ち尽くしてから、仲間達の方に向き直るノエル。これは一人で掴んだ勝利ではない。

「祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう」

満身創痍になりながらも切り札の剣を送り届けてくれた祈とポチ。
妖壊と化した過去を知っても、変わらず大切な友人だと思ってくれた二人。
更にポチは、3年前の時点でブリーチャーズにいたにも拘わらず、クリスを殺さないように動いてくれた。

「橘音くん……全部、知ってたんだね。ここまで導いてくれてありがとう」

妖力のほぼすべてを使って動物軍団を召喚し、クリスとの戦いに邪魔が入らないようにしてくれた橘音。
彼は途中でポチに下がれと言っていた。最初から全てを知った上でノエルを導き、因縁に決着を付けさせたのだ。

「クロちゃん……」

尾弐に向かって、意地悪げな笑みを浮かべる。

「うわこいつ女装しやがったよドン引きって失礼過ぎるでしょ! 一応あっちが本来なんだからね!?
でもおかげで帰ってこれて感謝してる!」

殺意を向けられ、乃恵瑠としては今更どうしたという感じだったが、ノエルとしては正直滅茶苦茶傷ついた。
だけどあれがあったからこそ、乃恵瑠は本当の気持ちに気付き、ノエルを真実として受け入れることが出来た。
そして思い至った一つの仮説。
彼と橘音の仲はお互い知らぬ事などない間柄だと思っていたが、もしかして彼の過去には橘音すら知らぬ何かがあるのだろうか。
彼は他の3人と違って自分の事を今までと同じようには思ってくれないのかもしれないけれど。
それでももしも彼が己の過去と対峙する時が来たなら、その時は力になりたい。そう思う。
そして全員に向けて。

「こんなにたくさん愛されているのに自分の事しか考えてなくて……
一度は嫌われるのが怖すぎて消えようとしたのに……、信じてくれてありがとう」

少しだけ不安げな顔をして告げる。自分が今までとは同じようで違うことを。

「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」

そう言って自分の胸に手を当て、問いかける。

「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」

ノエルだけではなく、乃恵瑠としてもみゆきとしてもそう思っている。
それはきっと、次代の雪の女王としての第一歩。
そして――"今度こそ友達を守りたい"というみゆきの願い。
橘音がかつての友達であろうとなかろうと。
その出会いにどんな思惑があったとしても。全てが仕組まれた事であったとしても。
二人がともだちであることは揺らがない。
橘音だけではない、みんな大切な友達だ。誰も死なせない。この力があれば、きっとそれが出来る。
今度こそ――この力を傷つけるのではく守るために使って見せる。

「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」

177 :創る名無しに見る名無し:2017/05/30(火) 15:56:24.64 ID:aOlQREFW.net
>>176


お前に
ぶっかけしたい

178 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/06/02(金) 00:34:02.97 ID:XQYt9oD9.net
>「どうせご馳走してくれるなら、クロオさんの手料理の方が何倍もマシってもんです……。げほッ」

「いいから黙って飲め……今度、鰤大根とか作ってやるからよ」

そうして、武骨な指の表面を柔らかな舌先が擦るむず痒い感触に眉を顰めながら
尾弐は暫くの間、血と共に妖気を供給していたが……やがて、体温と妖気が一定の回復を見せたのだろう。
那須野はその身を起こし、ノエルとクリス。二人の方へと視線を向けた。
その動きに合わせるようにして、尾弐もまた視線を動かして見れば――――

>「お姉ちゃん……お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」
>「……みゆき……よかった……。やっと……会えたね……」

そこには、互いが互いを求めるかの様に抱きしめあう、二つで一つの人影が在った。
東京ドミネーターズ、ジャックフロストのクリス。
死と破壊と暴虐をまき散らした妖壊には、だが、もはや禍々しい力も悍ましい妄念も残っておらず。
ただ、普通の少女の様な……玉雪の様な笑顔だけがそこに残っていた。

>「どうやら……今回の賭けも、ボクらの勝ちということのようですね」

「ああ、そうだな……本当にすげぇよ。お前達は」

雪解けの中で芽吹いた新芽の様に暖かな光景と、安堵を感じさせる那須野の声。
尾弐は、それらを真っ直ぐ受け止める事が出来ずに困った様に視線を斜めに逸らす。

……と。逸らした視線の先、尾弐は祈を背負いこちらへと歩を進めるポチの姿を捕えた。
銃創に刀傷、満身創痍ともいうべき状態のポチは、それでも祈を落とす事無く尾弐達の前まで歩を進め

>「……狼に、なりたいなぁ」

恐らくは朦朧とした意識の中で思い浮かべた言葉なのだろう、そう一言呟いてドサリと倒れ込んだ。
その様子を見た尾弐は慌てて、那須野と共にその状態を確認をし……二人が消耗こそしているもの、
那須野の所持品である珍妙な探偵七つなにがしを使えば命に別状は無い事が判ると、安堵の息を吐いた。

そのまま、那須野の目配せに左腕を軽く挙げる事で返事をし、二人の介抱を引き受けた尾弐は、
寝かされた二人の後ろへ座り込むと、掌に妖気を集め二人の頭をゆっくりと撫で始める。
すると……ほんの僅かではあるが、迷い家外套による治癒効果が増加した。

――――傷口に気を当て、回復を促進させる術。所謂ハンドヒーリングの真似事だ。

先の那須野へ行ったように血液を与えなかったのは、人間でもある祈に鬼の血は却って毒であるし、
獣としての属性を強く持つポチに関しては、余計な事をすればかえってその高い生命力による回復の
邪魔をしかねないからだ。

179 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/06/02(金) 00:34:33.32 ID:XQYt9oD9.net
そうしてそのまま、見よう見まねの拙い術を用いながら二人を撫でていた尾弐は、
まだ治り切っていない二人の傷に視線を移し……ふと、零れたかの様に言葉を漏らす。

「そうか……いつの間にかお前達は、俺の予測なんて超えちまうくらいに強くなってたんだな……」

尾弐が、最低の手段を用いる事でしか解決出来ないと決め込んでいたクリスとの戦い。
けれど眼前の一人と一匹は、そんな尾弐の考えを易々と越えて、傷だらけになりながらも最良の道を切り開いた。
初めて会った時とは比べ物にならない二人の成長を前にして尾弐は……


・・・・・

『クリス』との戦闘は終わった。

だが――――その余韻は長くは続かない。
起点となり神社の静寂を破ったのは、突如として出現した妖気と、土嚢に刃物を突き立てたかのような音。

>「……赤……マント……!?」

那須野の声に異常を察知した尾弐は、即座に境内から飛び出したが
……けれどもその時には全てが手遅れであった。

>「これで、オシマイ……だネ」

いつの間にか現出した、道化の仮面を被り鮮血を思わせる外套を纏った怪人の手により、
楔によって妖力の大半を失ったクリスは無力化し、祭神簿と國魂神鏡は破壊されてしまっていたのだ。
赤マントの言葉を事実とするのであれば、ドミネーターズの……妖怪大統領とやらの思惑通りに。

つまり、今回の戦闘において東京ブリーチャーズは――――戦術で勝ち、戦略で敗北を喫したという訳である。

>「その通り!……まあいい、ともかく残った時間はキミのものだヨ……好きに使えばいい」
>「いずれにせよ、これで東京の結界はガタガタ!閣下をお迎えする下地も整うというものだネ!」
>「では、我輩は次の仕事があるからネ……これで失礼するヨ?」
>「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

「……次に会う時はもう少しセンスのいい服装にしとけ。それがお前の死装束になるんだからな」

尾弐は、嘲笑しながら去って行く赤マントに対し、舌打ちをしながら言葉を吐くが、それを追う事はしなかった。
いや、出来なかった。
それは、今回の戦闘で受けたダメージが大きすぎる事もあるが……それよりも、
赤マントと名乗る妖怪から漂う、きな臭い気配に尾弐の直感が警鐘を鳴らしたからだ。

結局、そのまま赤マントが立ち去るのを見過ごした尾弐は……一度目を閉じてから視線を動かす。
雪の上に倒れ込んだ人影と、その手を握る人影に。

180 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/06/02(金) 00:35:02.83 ID:XQYt9oD9.net
>「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
>100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」

繰り広げられるのは、幾百の時を越えてようやくの再開を果たした姉妹に訪れた、無情な別れの光景。
膨大な妖気を無理をして使用し続けた反動により自壊していくクリスの身体と、
粉雪と化し消えていくクリスの手を握り、悲しげな笑顔で彼女を見送るノエルの姿。

尾弐は……その二人に対して何も声を掛ける事が出来なかった。

尾弐にとって、クリスは滅ぼすべき敵であった。
それは、仮に彼女が無事に生き残っていたとしても尾弐自身がクリスを滅ぼしたであろうと思う程の。
だが今、視線の先で消えて行っている女に……尾弐は悪意を向ける事が出来ないでいる。

あらゆる物を、それこそ己の命ですらも使い、大切な物を守り抜こうと考えた女。
尾弐には、その気持ちが痛い程判ってしまうからだ。

故に尾弐は、目を瞑り二人の別れをただ沈黙を以って見守る。
それは今の尾弐の『妖壊』に対する最大限の譲歩で、そして冥福への祈りの様なものであった。


そして、クリスが消え去った後、暫し無言で立ち尽くしていたノエルがぽつぽつと……ブリーチャーズの面々に声をかける。
祈、ポチ、那須野……そして尾弐へも

>「クロちゃん……」
「……なんだ」

声を掛けられた尾弐は、腕を組み極力感情を殺した声色で返事をする。
一方的に殺意を向けてしまった間柄である。恐らくはこれまでの様な気安い会話は出来まい。
続くであろう疑問、悲しみ、怒りの言葉を受け止める覚悟をしていたが。

>「うわこいつ女装しやがったよドン引きって失礼過ぎるでしょ! 一応あっちが本来なんだからね!?
>でもおかげで帰ってこれて感謝してる!」

「いや、本体が女なら男装の露出狂って事になるからそれはそれで引くぞ……って、そうじゃねぇ。
 お前な、こういう時はもっとこう、あるだろ……」

尾弐は、予想外なノエルの反応に素で突っ込んでしまった自身に更に突っ込み、それから困った様に頭を掻く。
ノエルのいつも通りのあんまりな反応に毒気を抜かれてしまい、反応に窮してしまったらしい。
そんな尾弐へ意地悪気な笑みを浮かべた後……ノエルは真剣な表情へと切り替え、
東京ブリーチャーズのメンバーへと視線を走らせてから、口を開く。

>「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
>有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
>かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」
>「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」
>「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」

「……」

尾弐黒雄は、自らの意志で人を殺めた妖壊の存在を許さない。
償えぬ罪を負った者は、後悔も贖罪も許されず地獄の底まで落ち込み苦しむべきだと考えている。
故に、ノエルの『みゆき』としての過去を知ってしまった今は、彼に対して親愛の情を向ける事を、尾弐自身の矜持は許さない。
だから、尾弐は

181 :尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE :2017/06/02(金) 00:36:56.38 ID:XQYt9oD9.net
「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」

大袈裟に額に手を当てると、棒読みの台詞を吐き出し

「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」

――――何も見ず、何も聞かなかった事にした。
それは、酷い選択なのだろう。
過去も今も受け入れて認める事こそが『仲間』の定義であるとするならば、
見なかった事にして今のみを受け入れるという事は、ノエルを否定しているに等しい薄汚れた大人の選択だ。
だが、これが。この酷い解答が今の尾弐の精いっぱいだった。
……認められないが、認めたい。揺らぐ想いの中でかろうじで絞り出せた、妥協点であった。
ノエルから視線を逸らし

「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」

辛そうにそう答えた尾弐は、ブリーチャーズの仲間から距離を取るようにして一歩、後ろへと下がった。

182 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g :2017/06/06(火) 20:48:19.27 ID:y9a++CW6.net
 そこはいつもの事務所だった。
橘音が所長用の椅子に座っていて、ノエルが来客用のソファに腰かけ、尾弐が棚の前で何らかの資料を調べている。
品岡がドアの外でタバコを吸っており、ポチが床に寝そべっていた。
 仕事が来ていないらしく、事務所には暇で退屈な、のほほんとした雰囲気が流れている。
 祈はソファの空いているところに腰を下ろし、皆が話している適当な話題に混じった。
ノエルが変なことを宣ったので手厳しいツッコミを入れてやると、そこでふと、体感温度が低い事に気付く。
 暖房入れたいなと祈は思ったが、ここにはノエルがいるし、そう言えば今日はノエルの姉が遊びに来るという話だった。
部屋の中を暖める訳にもいかないと、祈が震える腕をさすりながら我慢していると、
黒い毛玉が髪の毛を伸ばして祈の袖を引っ張った。
どこかに連れて行こうとしているらしい。しかし祈が動かないので、
諦めたその黒い毛玉は今度は祈の膝の上に飛び乗ってきた。
あったかい、などと思ったのも束の間、毛玉はモコモコと大きくなると、やがて祈を持ち上げた。
オマケコーナーがどうのと言って祈を運ぼうとする毛玉に、まだ早いだろとツッコミの膝蹴りをかましてやろうと思っていると。

>「祈ちゃん……寒いよね……。ごめんね、僕が人に化けられたら良かったのに……。
>だけど、駄目なんだ……それだけは、どうしても……出来ない……」
 声が聞こえて、祈はぼんやりと目を覚ました。
祈を背負って運んでいるのが毛玉ではなくて毛皮、否、狼であったことで、
先程まで見ていた映像が夢だと気付く。
 ポチの体温が移ったことで僅かに回復した程度の、
まどろみの中にいるような思考能力であったが、状況は理解できた。
倒れていた祈を、ポチがどこか安全な場所に運んでくれているようだった。
記憶よりも少し大きなその狼に、“寒くないよ、大丈夫だよ”と、祈はそう言おうと口を開いたが、
声帯はまともに震えず、掠れ声が雪景色に消えていった。
>「……僕はさ、この国で最後の狼なんだ。もう、どこにも、僕の本当の家族になれる狼は、いないんだ」
 “そうなんだ。それは悲しいね。独りぼっちなんだ”。
そう言ったつもりだったが、それは呼吸音にしかならない。
>「だけど……本当はそうじゃないかもしれない。
>本当はどこかにまだ狼は生きていて、僕と同じように、家族になれる相手を探してるかもしれない。
>だから……だから、僕は……」
 言葉は途切れてしまったが、『だから僕は人間の姿になれない』というような言葉が続くのは祈にもわかった。
感覚がない為、動いているのだかよくわからない手で、
“いいよ、無理しないで”とその背をぽんぽんと叩きながら、
ポチの胸中は何かと複雑なのかもしれないなと、祈はその背に揺られつつ、思う。
というのも、ポチは確かに送り狼ではあるが、その血には犬妖と思われる『すねこすりの血も流れているから』だ。

 狼は犬の祖先と言われている。
それ故、狼と犬は外見のみならずDNA的にも非常に近く、子を為すこともできるという。
それは送り狼とすねこすりという別種の妖怪を父母に持つポチ自身も良く知っていることだろう。
つまり彼が家族を求めるのであれば、狼でなくとも良いのである。それこそすねこすりや他の犬妖でも。
もっと踏み込めば、子ができなくとも心や魂で繋がる関係を家族と呼んだっていいだろう。
多種多様な価値観を内包する現代社会において、
高齢や病気等の理由で子ができなくとも愛し合い、家族になる人ぐらいザラにいるのだから。
しかしポチの言い回しは、まるで狼だけを自身の家族になれる存在と認識しているかのようだった。
そこに祈は、狼の――とりわけニホンオオカミという種に対する特別な思い入れ、
並々ならぬ憧憬やコンプレックスめいたものを見た気がしたのだった。

183 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g :2017/06/06(火) 20:59:40.09 ID:y9a++CW6.net
 山に住む狼が神の使いとして考えられたこと等で妖怪化した説のある送り狼と、
犬妖説が濃厚なすねこすりという妖怪の間に生まれながら、ポチの生き方の理想は送り狼だったのだろう。
 しかし、生まれは誰にも選べない。
狼の生き方を望んでも、己の半分がすねこすりであるという事実は決して動かすことはできない。
そこには現実の理不尽さや、一種の絶望がある。
 せめて知性を持つ妖怪でなくただの獣に生まれていれば、
あるいは送り狼同士の子として生まれていれば、そんなことを考えることもなかっただろう。
しかし彼は考えた。そして己にない物をねだってしまったのかもしれなかった。
 その結果行き着いた答えが、恐らくは『家族』なのだ。
他でもない狼に。この世にいるかどうかすら分からぬ彼や彼女に同胞と認められ、
深く愛され、家族になる。群れをなす。同化する。属する。
それによってようやく己は狼になれるのだと、そう考えたのかもしれない。
余りにも強いその願い故に。ただのひと時であっても、狼の姿を捨てられないのだと。

>「……狼に、なりたいなぁ」
 ポチが力尽きたように倒れ、祈もまたその背から投げ出されて、雪の上に転がった。
ポチが倒れる寸前に吐いた言葉は、裏返してみれば悲しくも、己が狼ではないと認める言葉で。
祈は雪の降る空を見上げながら、寝ぼけた頭でポチに伝えるべきことを考えた。
 ポチに比べて祈はいくらかお姉さんであるし、言ってやらねばならぬ言葉があると思ったのだった。
 倒れたままのポチの背に祈はなんとか顔を向け、語りかける。
「……――――――ポチ」
 祈の推測が正しければ、
ポチは他の狼の承認を得る事によって狼になろうとしていることになる。
しかし、誰にどう言って貰えた所で、ポチの体は魔法で完全な狼に生まれ変わったりはしないのだ。
 故にその道の先に待つのは絶望かもしれない。
たとえ運よく狼に出会い承認を得られたとしても、体の模様、大きさ。仕草、遠吠えの仕方、匂い。
自分と狼との僅かな違いにすら傷付いて、やはり自分は狼とは違うんだと涙するかもしれない。
それでも自身を狼だと思い込もうと必死に取り繕ったり、
彼が目指す狼像からかけ離れた行動を起こして、ますます傷付くことだって考えられた。
「見つかると……いいな。狼……」
 だが、祈は止めることをしなかった。
 憧れかコンプレックスか、ポチが狼に対して抱いているものがなんであれ、
それは祈がどんな言葉で止めようと思った所で、きっと止められるような衝動ではないから。
どう諭したところで実際に狼に出会ってみるまではポチも納得などしまいし、
それに、全身でぶつかることでしか分からないこともある。
 だから今やるべきは、姉貴分としてフォローしてやることであり、
上手く行かなかった時の為に道を残しておいてやることだと、祈には思えた。
「でも……自分を、嫌いに、なんて……なるなよ……。あたしはポチのこと、嫌いじゃないから、さ……」
 戻れる道を。戻れる場所を。
 もし狼になれないことに絶望しても、
今の自分を好きになり、自信と誇りを持てたならば、またきっと歩き出せる。
だから仲間である自分達が、狼でなくともありのままのポチを受け入れられることや、
支えてやれることを伝えておけば、きっと安全策として働くと、祈はそう考えたのだった。
「例え狼じゃなくても、どんな姿であっても……ポチは……あたしの、あたし達の、仲間…………だから……」
 段々と瞼が重くなり、祈はもう言葉を紡げなくなってきた。
 これらの言葉は勿論、祈の思い違いから出たもので、的外れなものであるかもしれない。
それに、合っていたところで、その言葉や意図、気持ちがポチの心に届くかなどわからない。
根が深ければ深いほど、きっと祈の言葉は届かない。それどころか、ふざけるなだとか、そんな風に思うかもしれない。
また、これをポチが聞いている保証もない。気を失っていたりすれば、当然聞こえていないだろう。
 ゆっくり閉じていく祈の意識。橘音が狐面探偵七つ道具の一つ、迷い家外套を祈に被せて、
尾弐が自分の頭を撫でている様をかろうじて視界に収める。
(なんかこの二人、母さんと父さんみたいだな……)
 毛布を被せてくれる母と、寝付くまで頭を撫でてくれる父。そんな風に見えた。
温かい掌は、いつまでも祈の頭を撫でている。

184 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g :2017/06/06(火) 21:05:45.82 ID:y9a++CW6.net
「むが……」
 祈が次に目を覚ましたのは、クリスがノエルに別れを告げている時だった。
女王の力がノエルに譲渡されたことで、周囲の気温が正常な値に戻りつつあることと、
橘音の被せた迷い家外套や、尾弐のハンドヒーリングが祈の回復を促したのだった。
 覚醒した祈の意識が、今は寝ている場合ではないと警鐘を鳴らし、
祈はがばっと上半身を起こす。
撃たれた右肩がちくりと痛み、溶けた雪でびしょびしょの制服が気持ち悪かったが、
それらに構っている暇はなかった。
 祈は神剣を投げ渡した後、ノエルが「終わりだ」と言って剣を振り上げたところまでは記憶にある。
ノエルとクリスの決着はどうなったのかと拝殿を仰ぎ見るが、そこに二人の姿はなかった。
拝殿の上は戦場として狭すぎたのか、二人の姿はそこから視線を下げて、祈達と同じ大地の上にあった。
ノエルが倒れるクリスを大事そうに抱きしめていた。
(勝ったんだな……御幸……でも)
 ノエルに抱きしめられたクリスが、粉雪のように砕けていく。
 砕け散る彼女の残滓は、それでも愛おし気にノエルの頬を撫で、抱きしめ、ノエルの胸に溶けるように消えていった。
祈が見た夢のように、誰もが生きたままのハッピーエンドとは行かなかった、ということだ。
 ノエルとて好きでその結末を選んだわけではないだろうし、
>「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
>100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」
 それに、妖怪には“次”がある。
魂ごと滅した訳ではないから、何年先かは知らないが、きっといつかノエルとクリスは巡り合えるだろう。
戦いの終わった平和な世界で。そう思うと、全てが悪い結末ではないように思えた。
子ぎつねの死を発端に始まり、数百年もの間続いた哀しいクリスの戦いや、
それを妖怪大統領に利用され、姉妹で戦い合ってしまったことは確かに不幸だったけれど、それももう終わったのだと考えれば。

 無言で立ち尽くしていたノエルだったが、やがてブリーチャーズへと向き直った。
何か言いたげな雰囲気だったので、祈も橘音から渡された迷い家外套を羽織りながら立ち上がって、その言葉を待つ。
ややあって、ノエルは口を開いた。
>「祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう」
 まず声を掛けられたのは祈とポチだった。
「……別に、お礼を言われるようなことしてねーし」
 それに、祈は視線を逸らしながら答えた。
 祈は神剣を見つけ出して投げ渡した訳だが、祈が思うに、きっとそんなことしなくてもノエルはクリスに勝てた。
それを考慮すれば、祈がやったことはと言えば、
クリスと祈とでは戦闘における相性が悪かったとは言え、雪の上にぶっ倒れてポチに運んで貰っただけであり、
はっきり言って役に立った記憶がなく、どうにもバツが悪いのだった。
それとは逆に、ポチの方は大活躍だったと言えるだろう。この神社にやってきた客を遠吠えで逃がし、
英霊達を相手に大立ち回りを演じ、更には剣を投げ渡すと同時にクリスに攻撃も仕掛けているのだから。
 祈とポチに続いて橘音と、次々に仲間へと声を掛けていくノエル。
特に尾弐とは、祈が拝殿付近から離れている間に何かあったようで、
>「うわこいつ女装しやがったよドン引きって失礼過ぎるでしょ! 一応あっちが本来なんだからね!?
>でもおかげで帰ってこれて感謝してる!」
 などと、ノエルは意地悪い笑みで尾弐に言って見せる。
その笑みが少しだけ、強張っているように祈には見えた。
>「いや、本体が女なら男装の露出狂って事になるからそれはそれで引くぞ……って、そうじゃねぇ。
>お前な、こういう時はもっとこう、あるだろ……」
 それに応える尾弐は、困ったように頭を掻いていた。
祈が倒れて拝殿を見上げていた時、拝殿の上に立つ乃恵瑠の影が急にコミカルな動きに変わった瞬間がある。
その直前には尾弐が『ドン引きだぜこの女装野郎!』とでも言ったのだろうか。
それについついノエルがツッコんでしまう、という形でノエルが戻ってきたのかもしれない、などと祈は感想を抱いた。

185 :多甫 祈 ◆MJjxToab/g :2017/06/06(火) 21:22:43.11 ID:y9a++CW6.net
 そうして仲間への礼を述べ終えると、ノエルは今度は全員に向けて言葉を紡いだ。
>「こんなにたくさん愛されているのに自分の事しか考えてなくて……
>一度は嫌われるのが怖すぎて消えようとしたのに……、信じてくれてありがとう」
>「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
>有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
>かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」
>「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」
>「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」
 ノエっていない、シリアスな声色だった。
胸に当てた手は、これが心からの言葉だと示しているように。
決意を込めた瞳。しかしどこか不安げな、確かめるような表情で。
>「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」
 それに最初に答えたのは、先程からノエルと微妙な雰囲気になっている尾弐であった。
>「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」
>「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」
 尾弐は、祈が知る限りとても優しい鬼だ。
しかし、自分の意志で誰かを傷付ける《妖壊》などに対してはどうにも厳しい姿勢を見せる。
八尺様戦などではその圧倒的な力で、八尺様の噂の元となった快楽殺人鬼の魂を文字通り砕いている。
そんな男が、かつて人間に害を齎した《妖壊》を内に秘めたノエルを仲間として受け入れるには、
『保留』しかなかったのだろう。殺すか、赦すか。その選択を、忘れたことにして保留するしか。

 辛そうに一歩下がった尾弐の背中を励ますようにぽんと叩いて、
祈は下がった尾弐の代わりとばかりに一歩、二歩と前に出た。
勢いそのままノエルの前までやって来、そして祈の右つま先が、
まるでそこにあるのが自然とでも言うかのように、ノエルの脛――弁慶の泣き所にめり込んだ。
祈のつま先がノエルの脛に吸い込まれたと錯覚するような、あまりに自然な動作。
 ノエルはノエルで辛いことがあっただろうからと、祈なりの加減をしてあるが、それでもそれなりの痛みがあるだろう。
更に祈は、ノエルの襟首を引っ掴んで己に引き寄せた。
「おうコラアホ御幸。あたしがあんたのこと、そんぐらいで嫌いになる訳ないだろ」
 視線を合わせてメンチを切る。
 かつて雪ん子みゆきが引き起こした災害。それは言わば、子どもだったから起こってしまった不幸だ。
友達を人間に殺され、溢れ出す怒りと悲しみを抑えることができなかった。
子ども故に、持っている力が引き起こす結果だって予測できなかったに違いない。致し方のない事だ。
そしてその行為を掟とやらで断罪するくらいならば、
被害が出る前に周りの大人が、特に力を持った雪の女王が止めてやるべきだった。
それを怠って出来上がった結末は決してみゆきだけの所為ではないのだし、子ぎつねを殺した人間だって悪い、とも思うのだ。
「それでもいい? じゃないっての。いいに決まってんだろ。
つーかあたしに断りなくまた勝手に消えようとしたら、次はこんなもんじゃ済まさねーから。わかったか?」
 言外に『次はボコボコにしてやる』と物騒に言って、ようやく手を襟首から離してノエルを解放する。
 踵を返して、自分が先程立っていた場所まで歩いていこうとしながら、
祈は途中で思い出したように振り返り、
「計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!」
 そう言って、べ、と軽く舌を出して見せる。
そうして祈は元いた位置まで下がっていった。
ノエルはブリーチャーズ全員へ、返答を求めている。
尾弐も祈も、言いたい事をぶつけたことだ。次はポチや橘音の番だと思って、場所を空けたのだった。

186 :ポチ ◆xueb7POxEZTT :2017/06/10(土) 05:01:00.62 ID:/AECbmd8.net
送り狼は、暗闇の中にいた。
大量の失血と体温の低下は、彼の意識に微睡みをもたらしていた。
だが、彼はこのまま意識を手放してもいいと思っていた。
自分は既に役目を果たした。
心の内まで狼にはなれずとも、仲間に尽くし、頼みをやり遂げ、狼としての行為は果たせた、と。

>「……――――――■■」

けれども不意に、声が聞こえた。
送り狼ではない、しかし「居心地のいい自分」の名を呼ぶ声が。
祈の声……寒さも失血も彼女の命には届いていなかった。
送り狼はその事実に喜びを覚え、

>「見つかると……いいな。狼……」

しかし続けて紡がれた言葉を聞いた瞬間、彼は自分の弱った体の中で、心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。
聞かれていた。自分の狼らしからぬ、女々しい泣き言が。
無意味な願望を捨てられない、仲間への不義が。
その事実が、彼の朦朧とする意識を更に遠のかせる。
いよいよ、彼は意識を手放して、楽になってしまおうと目を閉じかけて……

>「でも……自分を、嫌いに、なんて……なるなよ……。あたしは■■のこと、嫌いじゃないから、さ……」

しかし、思い留まった。
嫌いじゃない……たった今、祈は確かにそう言った。
彼女が血を流し、吹雪に蝕まれていても、あり得る筈のない可能性を手放せなかった送り狼を。
それでも嫌いじゃない、と。
その理由が、彼には分からなかった。
分かるのはただ……彼女は自分よりもずっと狼のようだという事だけ。
仲間の為に何もかもを投げ出す事が出来なかった自分よりも、
そんな自分をも嫌いじゃないと言ってのけた彼女は、ずっと狼に近かった。

>「例え狼じゃなくても、どんな姿であっても……ポチは……あたしの、あたし達の、仲間…………だから……」

祈の言葉が、送り狼に染み入る。
劣等感に突き刺さり、自身の情けなさを思い知らされるその言葉は……しかしそれでも、嬉しかった。
だから彼は……もう暫くの間、その嬉しさに溺れていたいと、願った。
同時に彼の首元に黒い首輪が現れる。
送り狼という妖怪を、飼い犬の姿に定義付けるその名前が、首輪という形を取って彼の体を縮ませ……「送り狼」が「ポチ」へと戻る。

「ごめんね、祈ちゃん……嬉しいよ……」

橘音に迷い家外套を被せられ、尾弐の手に撫でられながら、ポチはうわ言のように呟く。

「嬉しいのに……なんで……ぼくは……」

その言葉の最後は、声にはならない。
こんなにも温かい愛を受けてなおも、あり得もしない夢物語を捨てられない、愚かな自分を呪う言葉は。
……もう、考えるのはやめよう。ただ、このぬくもりの中で眠ってしまおうと、ポチは目を閉じて……
不意に彼の鼻腔に、新たなにおいが、妖気が届いた。
ポチには、そのにおいが誰のものなのかは分からない。
だが、一つだけ、すぐに分かる事があった。
その何者かは、邪悪さと、愉悦のにおいを纏っていた。
疲弊も負傷も忘れ、ポチは跳ね起きる。
……そして、胸から何本もの楔を生やしたクリスと、その後方に立つ赤マントを目にした。
それから先は、雪崩れるように状況が動いた。
楔に四肢を貫かれ、屋根から転げ落ちるクリス。奪い取られ、破壊された神宝と神体。
だが……その光景を目にしても、ポチは冷静だった。
声一つ上げず、赤マントと、未だ目を覚まさない祈の間を遮るように、体を動かす。
ポチは、まだ、この時点では冷静だった。

187 :ポチ ◆xueb7POxEZTT :2017/06/10(土) 05:02:58.74 ID:/AECbmd8.net
>「クカカカカッ!お涙頂戴の三文芝居だネ。所詮は低級な雪妖の眷属……最初からドミネーターズの器ではなかったのサ」
>「妖怪大統領閣下も、それはとっくにお見通しだったみたいだがネ。キミは所詮捨て後までしかなかったということだヨ」

「っ、この野郎!よくも、よくもこんな事を!」

だがクリスの死が明確になった瞬間、ポチは吠えた。
彼女はたった今さっきまで敵だった。しかしだとしても、ノエルの家族なのだ。
彼女を失う事が、ノエルにどれほどの悲しみと苦痛をもたらすのか……。
想像せずとも分かる。そしてポチは地を蹴っていた。
……しかし、その体は前へとは運ばれない。
膝が折れ、彼はその場に倒れ込むのみに終わった。

>「その通り!……まあいい、ともかく残った時間はキミのものだヨ……好きに使えばいい」
>「いずれにせよ、これで東京の結界はガタガタ!閣下をお迎えする下地も整うというものだネ!」
>「では、我輩は次の仕事があるからネ……これで失礼するヨ?」
>「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

>「……次に会う時はもう少しセンスのいい服装にしとけ。それがお前の死装束になるんだからな」

「なにを着てきたって、むださ。おまえは、ぼくがずたずたに引き裂いてやる」

ポチは赤マントから目を逸らさず、牙を剥き出しにして、そう言った。
それだけしか出来なかった。

「……くそっ!」

赤マントの憎らしい笑い声の余韻を掻き消すように、何も出来なかった自分を罵るように、ポチは頭を振り、叫ぶ。
……しかしすぐに、ノエルへと視線を向けた。
最愛の姉の死を目前にした彼に、ポチが出来る事など何もない。
それでも……彼を案じずにはいられなかった。

>「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
  100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」

……だがそれは、無用な心配だった。
彼は消え行く姉を、揺るがない愛をもって見送った。
その光景はポチに大きな安堵と……小さな嫉妬をもたらした。
彼は憎しみも悲しみも跳ね除けて、自分の愛を貫いた。
クリスとの戦いの中で、ノエルが消えてしまったあの時、怒りに支配されたポチには出来なかった事。
……自分が、混じり気なしの狼だったなら、出来ていたのかと、考えてしまう。

>「祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう」

暫しの沈黙の後……ノエルはブリーチャーズの皆に向き直り、そう言った。

>「……別に、お礼を言われるようなことしてねーし」

「……そうだよ。いつもどーりのおつかいをしただけさ」

仲間の為にする、どんな事でも、それはポチにとって大した事ではない。それは本心からの言葉。
……だが、どうしてもしたくない事が、出来なかった。
その事実が、ポチの声色にほんの少しだけ……疲れに紛れて見分けなど付かないであろう、陰りをもたらす。

>「こんなにたくさん愛されているのに自分の事しか考えてなくて……
>一度は嫌われるのが怖すぎて消えようとしたのに……、信じてくれてありがとう」

……ポチは何も言葉を紡げない。
皆の優しさに包まれ、なおも我欲を捨てられないのは、彼も同じなのだ。
ノエルはその自分の臆病さを乗り越え、帰ってきたが……ポチは違う。
今も捨てられない幻想に囚われたまま……そんな彼には、ノエルを責める事は言うまでもなく、肯定する事さえも、出来る訳がなかった。

188 :ポチ ◆xueb7POxEZTT :2017/06/10(土) 05:05:04.42 ID:/AECbmd8.net
>「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
>有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
>かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」
>「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」
>「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」

>「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」
>「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」
>「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」

尾弐にもまた、彼にとって譲れぬはずのものがある。
人を傷つける妖壊と対峙した時、彼が纏う深い怒りのにおいを、ポチは知っている。
彼はそれに嘘を吐いてでも、ノエルを仲間として受け入れた。
……その様が、ポチには眩しかった。

>「おうコラアホ御幸。あたしがあんたのこと、そんぐらいで嫌いになる訳ないだろ」
>「それでもいい? じゃないっての。いいに決まってんだろ。
  つーかあたしに断りなくまた勝手に消えようとしたら、次はこんなもんじゃ済まさねーから。わかったか?」
  
祈も、ノエルも、尾弐も……皆がポチにとっては眩しかった。
狼でもない彼らが、しかし自分よりもずっと狼らしく、気高い愛を秘めているのが、眩しくて……悔しかった。

>「計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!」

……ポチは言葉を伴わないままノエルに歩み寄り、祈に蹴られた脛に体をすり付ける。
いつもよりもずっと執拗に、何度も、何度も。
すねこすりの習性……それを幾度となく繰り返す事で、彼は自分の中の狼を塗り潰す。眠りに就かせる。
……こんな事をしなければ、僕達は仲間だと、言う事すら出来ない自分が嫌だ。
そんな思いすらもやがて、すねこすりの、無害で人懐っこい気質の中に沈んでいった。

「……えへへ、言いたいことぜんぶ、祈ちゃんが言ってくれちゃった。
 ぼくらは、ずっと仲間だよ。でしょ?ノエっち」

そして、ポチはいつも通りの愛嬌でノエルを見上げた。
それから再び彼の脛をこする。
今度はそこにいる彼の存在を、仲間の存在を、確かめるように。

「もう、勝手にどっか行っちゃだめだよ、ノエっち。
 もし次おんなじ事をしたら……きみが転ぶまで、追っかけまわしちゃうかもね」

悪戯っぽくそう言うと、ポチは橘音へと振り返り……その場を譲る。

189 :那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI :2017/06/11(日) 18:21:00.65 ID:ycCk1rqw.net
次スレ

【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1496836696/

190 :創る名無しに見る名無し:2017/12/27(水) 11:46:40.25 ID:C1Z7QFDy.net
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

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191 :第伍話ダイジェスト:2018/01/08(月) 19:50:43.15 ID:QkeqILld.net
11月のある日、橘音は事務所にメンバーを集め、妖怪大統領の正体はバックベアードということが分かったと告げる。
その頃、祈は学校でレディベアに、今夜ブリーチャーズに刺客を差し向けると予告されていた。
その夜、それぞれ就寝した一同は気付くと電車の中にいた。橘音は眠っており、起きる気配がない。
ディスプレイに、人間が猿によって虐殺される映像が映し出され、一人の女性が猿に追われて助けを求めて来る。
猿を蹴散らしたところで、レディベアと謎の青年(自称イケメン騎士R)が入ってきた。
レディベアは一行に、これは夢の中で猿によって殺されて現実でも死ぬ猿夢という怪異だと告げる。
そして安全地帯から観戦すべく隣の車両に移ろうとするが、ドアが開かない。
怪人赤マントに嵌められたと察したレディベアとRに、ポチとノエルが共闘を持ち掛ける。
紆余曲折の末、Rは中立を保ち、レディベアは共闘することとなる。
猿を撃破しながら先頭車両を目指す一行だが、無限に強くなる猿達に次第に追い詰められていく。
その上、寝ていたはずの橘音の姿がいつの間にか消えてしまうのであった。
いよいよ危なくなった時に、橘音の声のアナウンスが、間もなくきさらぎ駅に停車するので降りるようにと告げる。
一行がきさらぎ駅に降りると、橘音も先頭車両から降りてきた。
橘音はここで猿夢を漂白してしまおうと言い出し、犯人探しが始まる。
祈が最初に一行に助けを求めてきた女性に詰め寄ると女性は猿夢としての正体を現し、駅員の服を着た猿の姿になった。
尾弐に今すぐ漂白するように促す橘音だったが、尾弐はこの橘音が偽物だということを見抜く。
偽橘音の正体は怪人赤マントであった。
唐突に祈に目を付けた赤マントは、祈に、両親を殺したのは橘音と尾弐だと告げる。
動揺する一行を前に、怪人赤マントは、猿夢に術をかけ巨大化させ、巨大化した猿夢は一行に襲い掛かる。
絶望的な戦いに思われたが、怪人赤マントとイケメン騎士Rは険悪な仲らしく、イケメン騎士Rが一撃で猿夢を葬り去った。
ドミネーターズは去ってゆき、ブリーチャーズの一行だけがその場に残された。
一刻も早く脱出しなければならないが、尾弐と同じ場にいられなくなった祈はトイレに引きこもってしまう。
そこに謎の駅員らしき男が現れ、祈にきさらぎ駅からの脱出方法を教えるのであった。
その後ノエルに連れ戻された祈は、男から聞いた脱出方法を皆に伝え、その方針で行動することとなる。
坂を上がっていくと、無数のくねくね達が櫓の周囲で踊っていた。
事を荒立てぬように静かに通り過ぎていく一行だったが、前方から来たくねくねに見つかってしまい
無数のくねくねや巨頭達の群れが襲い掛かってきた。
なんとか坂を登りきるも、トンネルの入り口が大岩に塞がれており、更にこの妖怪達の首領らしきヤマノケが姿を現した。
間一髪で岩を退けることに成功し、トンネルの中に逃げ込む一行だったが、ヤマノケが祈に狙いを定めて執拗に追ってくる。
捕まりかけた時、先刻祈に脱出方法を教えた謎の駅員が現れ、ヤマノケ達を食い止める。
駅員は祈や尾弐に意味ありげな言葉を投げかけ、ここは自分が食い止めておくから行けと告げた。
辿り着いたトンネルの出口は、入り口にあったよりも大きい岩で塞がれていた。
途方に暮れる一同だったが、大岩の向こうから橘音の声が聞こえたかと思うと、岩が砕け散った。
気付くと一同は、それぞれ前夜眠った場所で何事も無かったかのように目覚めているのであった。
しかし橘音は忽然と姿を消しており、事務所を家探しする一同。
そこには、皆への別れとブリーチャーズ解散を告げる置手紙だけが残されていた。

192 :創る名無しに見る名無し:2018/02/05(月) 07:31:55.30 ID:BULrpx1i.net
なんのこっちゃ

193 :創る名無しに見る名無し:2018/05/21(月) 06:25:50.92 ID:tRZnwP6O.net
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

N56RB

194 :創る名無しに見る名無し:2018/07/03(火) 21:22:03.01 ID:f1dClnnX.net
72K

195 :創る名無しに見る名無し:2018/10/17(水) 15:59:10.59 ID:ZU7x6aHX.net
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

FGO

196 :創る名無しに見る名無し:2023/07/29(土) 22:30:39.66 ID:vH7c1mjAR
未成年者の犯罪や自殺か゛急増してるー方.保育園カ゛―だの学童ガ━だの子育て罰た゛のほさ゛いてる恥知らす゛か゛騷いでるあたり明らかに因果関係
があるよな.制服代か゛高いた゛の制服のデサ゛インで学校を選んでもおかしくないくらいなものだろうに.親としての資格のなさに唖然とするわ
こうした不幸な子を減らすために少子化は有効だし.出産─時金だの児童手当だの全廃して,ひとり産み落とすこ゛と5千万は課税すべきた゛し
分割て゛も払える見込みがなけれは゛遺棄罪て゛懲役にして支払わせるべきだし.孑か゛親といるへ゛きとか思い込みた゛し、鳥の托卵に学ぶべきた゛し、
惡法極まりない親権など廃止すべきだし.特別に親権が欲しいというなら刑法に連帯責任条項を作って親としての責任を自覚させるべきだろ
他人の子と接しなか゛ら直接給付したい大人なんていくらて゛もいる中,社會的分断惹起してて゛も赤の他人から金銭強奪しようという税金泥棒に
育てられたらクソ航空関係者のように私権侵害して地球破壊して災害連発させて人を殺して私腹を肥やす強盗殺人て゛私腹を肥やすクズが増殖
するだけで國土に国力にと破壊され治安惡化して莫大な税金注入で年金受給してる老人の次に狙われるのは孑育てしてる裕福そうな家た゛わな

創価学会員は、何百萬人も殺傷して損害を与えて私腹を肥やし続けて逮捕者まて゛出てる世界最惡の殺人腐敗組織公明党を
池田センセ─が□をきけて容認するとか本気で思ってるとしたら侮辱にもほと゛があるぞ!
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