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ロスト・スペラー 16

1 :創る名無しに見る名無し:2017/04/25(火) 19:09:41.75 ID:FlBlLxh2.net
日常系の様な、そうでもない様な。


過去スレ
ロスト・スペラー 15
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
ロスト・スペラー 14
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
ロスト・スペラー 13
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
ロスト・スペラー 12
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
ロスト・スペラー 11
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
ロスト・スペラー 10
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

433 :創る名無しに見る名無し:2017/09/08(金) 18:59:46.83 ID:H6JpkGvQ.net
その内、バレーナは周辺に落ちている赤い欠片を拾い集め始めた。

 「何をしているんだ?」

コバルトゥスが尋ねると、彼女は淡々と答える。

 「証拠品集めです。
  魔剣の欠片なら、持って帰って成分分析しないと」

 「こんな所に落ちている物を、よく触れるな」

皮肉を込めてコバルトゥスは言ったが、バレーナは気にしない。

 「手袋をしていますから。
  素手で触る訳じゃないので、別に何とも」

口の減らない女だと、コバルトゥスは閉口する。
尤もバレーナ自身には嫌味を言った覚えは無く、全て天然の発言なのだが……。

 「蟻さん、蟻さん、砂糖の粒を数えましょう。
  1粒、2粒、3粒、4粒、塵も積もれば山となる」

彼女は奇妙な歌を口遊みながら欠片を拾って、小さな袋に収める。
手持ち無沙汰なコバルトゥスは手伝いを申し出た。

 「手伝おうか?」

 「いえ、結構。
  もう終わります。
  本当に手伝う積もりなら、もっと早く、無言で始めてくれると嬉しいですね」

本当にバレーナは一言多い。

434 :創る名無しに見る名無し:2017/09/08(金) 19:01:57.12 ID:H6JpkGvQ.net
欠片を拾い終えた彼女は、再び周囲を見回した。

 「……他に大した物は無さそうですね。
  帰りましょう。
  所でコバルトゥスさん、本当に魔剣を壊したんですよね?」

 「ああ、とにかく核は破壊した。
  魔力も失われた事を確認したんだが」

僅かな時間に何があったのかと、コバルトゥスは落ち着かない気持ちになる。
もし仕留め損ねていたのだとしたら……。
「核」以外に、剣の命とでも言うべき部分があったのだとしたら……。
可能性を考えている内に、表情は自然と険しくなる。
そんな彼を慮ってか、バレーナは慰めの言葉を掛けた。

 「大丈夫です、貴方を疑ってはいません。
  嘘なんか吐いても、意味無いですからね。
  確かに、核は破壊したんでしょう。
  どうして剣が消えたのか、詳細は調査をすれば判ります。
  魔導師会の調査能力なら、楽勝で真実を暴けますよ」

魔導師会には「過去を見る」心測法がある。
それでも訳の解らない事象はあるが、「事実」だけは確実に判明する。
その後、彼女は礑(はた)と思い至り、コバルトゥスに尋ねた。

 「この後、コバルトゥスさんは、どうしますか?
  直ぐに街を離れます?」

 「あぁ、そうだな。
  余り長居をする積もりは無い」

 「魔剣に何が起こったのか、その報告は、どうしましょう?
  こちらからストラドさんを介して伝えましょうか?」

コバルトゥスは暫し間を置いて答える。

 「……頼む」

435 :創る名無しに見る名無し:2017/09/08(金) 19:03:47.90 ID:H6JpkGvQ.net
バレーナは快く頷いた。

 「了解しました。
  後でストラドさんから、何等かの形で報告されるでしょう。
  2、3日後?
  直ぐに解明されると思うんですけど、何か手間取る様な事があれば、1週、2週……。
  しかし、遅くとも1月の間には。
  長くとも2月は掛からないと思います」

相変わらずの早口で、お喋りな女だとコバルトゥスは思いながら出口へ向かう。
2人はマンホールから出て、その場で別れた。

 「それではコバルトゥスさん、又縁がありましたら」

 「ああ」

内心では別の女に縁がある様にと願いつつ、コバルトゥスは空返事する。
お喋りな女性が嫌いな訳では無かったが、どうにもバレーナとは相性が悪い気がしていた。
それとも単に、予想外の事態に驚いて、神経質になっているだけだろうか?
心に透(す)っきりしない靄を抱えて、コバルトゥスは宿に戻った。
宿にリベラの姿は無い。

 (一人で出歩くなと言ったのに。
  いや、ビシャラバンガが一緒だったか……。
  奴と居るなら、心配は無かろうが……、何だかなぁ……)

どうにも気分が倦んでいると感じ、コバルトゥスは宿の窓を開け放って、風を受け入れる。
そして、愛用の短剣を取り出して、研き始めた。
彼は師の言葉を思い出す。

 「剣を研いていると、心まで磨かれる様だろう。
  錆び付くのは、何も刃物だけではない。
  人の心も同じだ。
  この手間を惜しむ様では、未だ剣士とは呼べない」

436 :創る名無しに見る名無し:2017/09/09(土) 19:29:02.31 ID:7z0HHPbZ.net
 「私は剣を研く時に、何時も思うのだ。
  この剣で何を斬ったのか、何を斬ろうと言うのか……。
  何も斬っていない、何を斬ろうと言うのでも無い。
  そんな時は、唯剣を愛惜しむ。
  コバルトゥス、お前も剣を研く時は、剣に思いを馳せよ。
  何を斬ったのか、何を斬ろうと言うのか、剣は何と応えているか」

コバルトゥスは無心に剣を研いた。
その最中、魔剣の核を破壊した感触を思い出し、手を止める。
魔剣の命が失われる感覚が、確かにあった。
刃の輝きは失われ、古錆びた残骸だけが残った。

 (……擬死だったと言うのか?)

事実として「核は破壊した」。
それだけは確実に言える。
だが、核を破壊しただけで安心してしまった。
それで終わったと誤認してしまった。
彼は師の言葉を回想する。

 「止めを見誤ってはならない。
  殺すなら殺す、生かすなら生かすと、自分の意志で確り決めろ。
  それが勝者の条件だ。
  殺した積もりで生き延びられる、生かした積もりで殺してしまう、これが最も不味い。
  相手の生殺与奪も握らぬ内に、勝者を気取る奴は、只の間抜けだ」

 (未熟だったか)

戦乱の時代を生きた師の言葉は重く、コバルトゥスは深く自省した。

437 :創る名無しに見る名無し:2017/09/09(土) 19:29:57.56 ID:7z0HHPbZ.net
――

438 :創る名無しに見る名無し:2017/09/09(土) 19:33:28.11 ID:7z0HHPbZ.net
その後、ブリンガー市内で「呪いの魔剣」事件が起こる事は無かった。
魔導師会がコバルトゥスに、下水道で起きた事の詳細を伝えたのは、あれから1週後。
コバルトゥスとリベラ、ビシャラバンガの3人は未だブリンガー市内に留まっていた。
コバルトゥスはバレーナに対して、街を離れる積もりだと答えながら、やはり魔剣の事が気懸かりで、
再び事件を起こされないか、警戒していた。
コバルトゥスはリベラから魔力通信機を借りて、ストラドの報告を聞く。

 「コバルトゥス、君が魔剣の核を破壊したのは、こちらでも確認した。
  問題は、その後の事だが……」

 「ああ」

彼は固唾を飲んで、相槌を打った。
ストラドは続ける。

 「魔剣は緩っくりと溶けて、下水に落ちた。
  その時に、微かな魔力の反応があった。
  どうやら柄の中に、あの目立つ核とは別の、予備の核が仕込まれていた様だ」

 「予備の核!?」

 「『核』と決まった訳では無いんだが、それに近い機能を持つ物が柄に備わっていたと、
  見るべきだろう」

 「それで、魔剣は今どこに?」

 「判らない。
  下水の流れに入ってしまったら、追跡は困難だ。
  どこかで水から上がっていないか、念の為に下水道から浄化施設まで全て調べてみたが、
  手掛かりは得られなかった。
  浄化施設は通らずに、海まで流れてしまったのかも知れない。
  下水道には分岐流路が幾つもある」

ストラドの報告に、コバルトゥスは俯いた。
魔剣は生きていた。
取り逃したのは、他の誰でも無く、自分自身の責任だ。

439 :創る名無しに見る名無し:2017/09/09(土) 19:37:34.71 ID:7z0HHPbZ.net
――

440 :創る名無しに見る名無し:2017/09/09(土) 19:38:24.70 ID:7z0HHPbZ.net
ストラドは彼を慰める様に言った。

 「核を破壊された魔剣は、明らかに弱っていた。
  直ぐに次の事件を起こす事は出来ないだろう。
  あれが反逆同盟絡みならば、回収されて、修復されるかも知れないが……。
  当面の脅威は去った。
  その点に関しては、君に感謝しなければならない」

しかし、コバルトゥスは気落ちして、感謝を拒否する。

 「止してくれ」

ストラドは気弱な彼の声を聞いて、励ましの言葉を掛けた。

 「余り気に病むな。
  本来、共通魔法社会の秩序は、魔導師会が守るべき物。
  俺達の腑甲斐無さが悪いのさ。
  独りで責任を背負い込むなよ」

慰められる程、コバルトゥスは惨めな気持ちになって、これ以上は堪えられないと通話を打ち切る。
リベラは心配そうにコバルトゥスに尋ねた。

 「魔剣は、どうなったんですか?」

 「未だ生きていて、逃げられてしまった。
  どこへ行ったか判らないそうだ」

不安を顔に表すリベラに、コバルトゥスは言い訳をする事も出来ない。

 「俺が仕留め損なった所為だ」

彼にしては珍しく、自分を責める言葉を吐く。

441 :創る名無しに見る名無し:2017/09/10(日) 20:08:06.43 ID:bu9XZcKq.net
それを見ていたビシャラバンガは、態と聞こえよがしに大きな溜め息を漏らした。

 「後ろばかり見ていても始まるまい。
  過ぎた事は、どうにもならん」

 「気安く言うな」

コバルトゥスはリベラに通信機を返しつつ、ビシャラバンガの慰めを拒絶する。
その冷淡な言い方が癇に障って、リベラは声を上げた。

 「コバルトゥスさん、そんな言い方って!」

所が、彼女を止めたのはビシャラバンガ当人。

 「お前が怒る事は無い。
  下手な慰めをした己に非がある」

彼の聖人振りが、コバルトゥスは益々気に入らなかった。

 「随分と達観した物だな。
  仙人にでもなった積もりか」

話を拗らせる積もりは無いのに、勢いで憎まれ口を叩いてしまう。
それでもビシャラバンガは怒りもしなければ、理由を問う事もしない。
唯、口を閉ざして心配そうな顔をしている。
コバルトゥスは苛立ちを抑えられず、舌打ちをして軽く地面を蹴り、その場から去った。

 「あっ、コバルトゥスさん、どこへ!?」

リベラが呼び止めるも、彼は振り向きもせずに答える。

 「今日は気分が腐っている。
  少し街の風に当たって、頭を冷やして来る」

そう自己分析が出来る位には冷静だった。

442 :創る名無しに見る名無し:2017/09/10(日) 20:10:02.11 ID:bu9XZcKq.net
ビシャラバンガは難しい顔をして唸る。

 「困った物だ」

 「ええ、本当に。
  コバルトゥスさん、普段あんな感じじゃないんですけど」

それにリベラが同意すると、彼は苦笑して否定した。

 「いや、奴の話ではない。
  己の事だ。
  未だに人の心が読めないで、こんな事になる」

 「ビシャラバンガさんは悪くないですよ。
  コバルトゥスさんが大人気無いんです」

少し剥れてビシャラバンガを庇うリベラだが、当の彼はコバルトゥスを擁護する。

 「コバルトゥスの気持ちは解らんでも無い。
  同格以下の男に慰められるのは、『自尊心<プライド>』が傷付くのだ」

 「格?」

 「犬の様に、人間も社会の中で格付けをする。
  こいつは上、こいつは下とな。
  彼我の社会的地位に固執し、その秩序が狂うと自己が否定されたと感じて怒る。
  『甘える』のは格下のする事、『許す』のは格上のする事。
  故に、格下に慰められたり、許されたりするのは屈辱なのだ」

 「コ、コバルトゥスさんは、そんな人じゃありませんよ!」

ビシャラバンガの分析をリベラは否定した。
コバルトゥスは共通魔法社会の外で生きる存在だ。
社会的な地位には興味を持たないし、基本的に一匹狼だから群れる事も無い。
そんな彼だから、格付けをする必要は無いと。

443 :創る名無しに見る名無し:2017/09/10(日) 20:20:01.29 ID:bu9XZcKq.net
ビシャラバンガは疑いを持って、リベラに尋ねる。

 「では、何故コバルトゥスは怒ったのか?
  余り親しくない人間が、触れて欲しくない部分に踏み込んだからか?」

 「そ、そうなんじゃないですか?
  それに元から機嫌が悪そうでしたし」

不機嫌な時には、他者に対する反応も刺々しくなる物だ。
相手が誰でも当り散らしてしまう。
そう言う経験は誰にでもある。

 「では、慰める相手が違えば、どうだったか?
  例えば、リベラ、お前なら?」

ビシャラバンガの問いを受け、リベラは真剣に考える。

 「……私だったら、多分、コバルトゥスさんは怒らなかったと……」

コバルトゥスは彼女には妙に優しい。
自分がコバルトゥスを慰めて、怒りを買う所が、リベラには想像出来なかった。
ビシャラバンガは更に問う。

 「では、お前の父、ワーロックの場合だったら?」

 「多分、怒らなかったと思います……」

コバルトゥスはワーロックを尊敬していると語った。
それが嘘でない事は、接し方を見ていれば分かる。

 「では、何故己には怒りの感情を露にしたのか」

 「ムム、それは……。
  遠慮しなくて良いから?
  コバルトゥスさんは、お養父さんや私には、気を遣ってくれていると言うか、そんな所があるので」

ビシャラバンガは予想外の答に、小さく笑う。

 「『遠慮が要らない』か……。
  成る程、それは良い表現だ。
  確かに、そうかも知れん。
  気が置けない関係になった積もりは無いが、『だからこそ』と言うのはあるだろうな」

コバルトゥスが相手の「格」を気にすると考えたのは、そうした性質が彼自身にあるからに他ならない。
何でも自分に当て嵌めようとするのは良くないと、ビシャラバンガは内心で少し自省しながらも、
やはりコバルトゥスの態度の根底には、格の上下を意識する心があるに違い無いと確信していた。

444 :創る名無しに見る名無し:2017/09/10(日) 20:21:48.45 ID:bu9XZcKq.net
親しき仲にも礼儀ありと言うが、コバルトゥスの場合は「親しくしたい」人間に、配慮する傾向がある。
逆に、どうでも良い相手に対しては、冷淡で粗雑な扱いをする。
本音が出易いのは後者だが、それは気を許しているのではない。
リベラがコバルトゥスに対して不満に思うのは、彼の振る舞いの端々に「配慮」が見られる所。
コバルトゥスにとってリベラは庇護の対象であり、対等に本音を言い合える存在ではないのだ。

 「コバルトゥスさんは『自分だけの秘密』を持っていて、完全には心を開いてくれないんです。
  口では親しくなりたいと言いながら、肝心な所で気を置かれるのは好い気分じゃないですよ」

彼への小さな不満を漏らすリベラに対し、ビシャラバンガは自分の見解を述べる。

 「それは……長らく精神が孤独だった所為だろう。
  裸の付き合いに慣れていないのだ。
  仕方が無いのかも知れん。
  奴は共通魔法社会では、精霊魔法使いである事を隠して生きねばならなかったのだからな」

ビシャラバンガの含蓄のある言葉を受け、これは根が深い問題なのかと、リベラは感じた。

 「ビシャラバンガさんも、同じだったんですか?
  だから、コバルトゥスさんの気持ちが解ると……」

彼女の問い掛けに、ビシャラバンガは自嘲気味に笑う。

 「フッ、似た者同士だと感じる時はある。
  嘗ての己ならば、同じ態度を取ったかも知れん。
  いや、取っただろうな
  孤独な人間は弱味を見せたがらない。
  付け入られる隙になる。
  他人に『頼る』と言う事は、弱さの証明に他ならない。
  それに――」

 「それに?」

 「コバルトゥスは、お前の見ている所では、頼り甲斐のある人間を演じたがっている」

445 :創る名無しに見る名無し:2017/09/10(日) 20:53:47.44 ID:bu9XZcKq.net
ビシャラバンガの指摘に、リベラは両腕を組んで小さく唸った。

 「それは何と無く分かります……。
  でも、もっと、こう、お互いに支え合える関係にはなれないでしょうか?」

彼女は腕を解くと、両手の人差し指の先を合わせて、∧を作る。
それが理想だと示す様に。
コバルトゥスの「頼られる人間になりたい」と言う願望は、彼の男性的な庇護欲と自尊心に由来する。
「父親」の様に、「師」の様に、「先輩」の様に、愛する者に敬意を払われる側の人間になりたいと、
深層心理では願っている。
自分と近い『性質<キャラクター>』で、その立場を脅かすビシャラバンガは、潜在的な敵。
コバルトゥスはリベラの庇護者であり続ける為に、敵であれ味方であれ、それを脅かす存在を、
排除しようとする。
究極的には、彼はリベラと対等な関係になる事を望んでいないのだ。
そんな複雑な事情に薄々感付きつつあるリベラの若い問い掛けに、ビシャラバンガは苦笑した。

 「そうなるには、お前は未だ未だ頼り無い。
  身体能力、魔法資質、魔法の1つ1つを取っても、お前がコバルトゥスに勝る部分があるか?」

対等を目指すには実力不足だと、彼は遠慮無く言い切る。
そう言われては、リベラは沈黙するしか無い。

 「リベラよ、お前とコバルトゥスの関係を外と内、上と下で表せば、お前は内の下だ。
  奴にとっては『守るべき対象』。
  『近付きたい』と願うならば、頼られる位の実力が無ければならん」

 「頼られる……」

悩む彼女を見て、ビシャラバンガは小さく息を吐いた。

 「しかし、他人を完全に解ろうと言うのも、難しい話だ。
  どんなに親しくなろうとも、知られたくない部分はあろう」

 「それは、そうでしょうけど……」

 「人の事で悩むのも結構だが、そんな余裕があるのか?
  例えば、今回の魔剣の騒動。
  お前ならば、どう解決した?」

 「えっ……。
  私、魔剣は専門外なので……」

 「何も分からないから、何もしないと言うのか?
  それは賢明かも知れんがな。
  守られる立場に甘んじながら、対等になりたいと言うのは、虫の好い話だと思わんか?」

 「そっ、そんな事はっ……!」

ビシャラバンガの意地の悪い言い方に、そこまで自分に都合の好い事は求めていないと、
リベラは慌てて否定するも、彼の眼差しは真剣だ。

 「お前にも出来る事があった筈だ。
  お前の父ならば、こんな時に何をしたか、よく考えてみると良い」

ビシャラバンガの忠告は耳に痛いが、それだけ価値のある言葉だった。
リベラは反逆同盟との戦いに身を投じる中で、自分の役割に就いて思い悩む事になる。

446 :創る名無しに見る名無し:2017/09/11(月) 18:49:30.13 ID:EBC25fhE.net
――

447 :創る名無しに見る名無し:2017/09/11(月) 18:50:37.76 ID:EBC25fhE.net
時は遡り、ブリンガー市内で「呪いの魔剣」騒動が発生する直前。
ディスクリムはマトラに経過を報告する為、自身の体を構成する影の一部を、
魔剣グールムデヴィの影に取り付かせて、観察していた。
自分は一切手を出さず、グールムデヴィが何を起こすのか見届けるだけ。
退屈だとは思わない。
ディスクリムはマトラの下僕として生み出された存在。
その役割を果たせる事は喜び――否、より正確には「安堵」である。
魔導師会が動き出し、その後にグールムデヴィの核がコバルトゥスに破壊されると言う時でも、
指示通り観察に徹し続けた。

 (所詮こんな物か……。
  やはり無闇に暴れるだけの物には、限界があるな。
  幾度と無く試された事だと言うのに)

コバルトゥスが立ち去っても、未だディスクリムは観察を続ける。
どうなるかを見届ける為に。
救助や回収はしない。
そんな事は命じられていないから。
やがてグールムデヴィは溶けて、下水の流れに落ちる。

 (未だ生きているとは!
  最強の武器を自称するだけはあると言う事か?)

ディスクリムは驚きながらも、グールムデヴィを追う。
魔力の反応は幽かで、気を付けなければ見失ってしまう程だが、「影」であるディスクリムは、
その性質で容易に追跡が可能。
「影は本体から離れない」。
グールムデヴィは自らの意志で、「明るい方向」を目指していた。
下水道の汚水の中では、新たな獲物は得られない。
光を追って、グールムデヴィは海に出る。
溶けた剣身は流れの中で散り散りになり、柄だけが実体化する。
その柄も原形を留めていない。

448 :創る名無しに見る名無し:2017/09/11(月) 18:51:55.60 ID:EBC25fhE.net
――

449 :創る名無しに見る名無し:2017/09/11(月) 18:54:03.93 ID:EBC25fhE.net
これでは使い物にならないと、ディスクリムは見限ろうとしていた。
この魔剣も人間と同じく、肉、精、霊の3つで構成されているが、どれも大半を失って瀕死の状態だ。
特に、悪魔の魂を材料に造られた「核」を失った事が痛い。
膨大な魔力を蓄えるのは「核」の機能だ。
辛うじて霊の重要な部分を柄に残してはいる物の、魔力を蓄えられなくては、刃の形成も儘ならない。
別に拾って帰っても良いのだが、マトラに塵扱いされるのは目に見えている。

 (誰か、誰か……)

グールムデヴィは海底から必死に呼び掛けているが、もう人を取り込む事も出来ないのでは、
幸運にも人に拾われた所で、何も出来はしない。
魔導師会に届けられて、その後は完全に破壊されるだろう。
解析されて、主であるマトラの存在が明るみになるなら、この場で破壊した方が良いとも考える。
しかし、ディスクリムは命令に忠実な下僕。
独断で勝手には動けない。
分身を残して帰還し、主の判断を仰ごうとした所で、その主から命令が下る。

 (ディスクリム、それを回収しろ)

 (えっ、はい)

ディスクリムを生み出したマトラは、任意でディスクリムを通じて情報を得られる。
丁度、ディスクリムが影の分身を介して様々な物を見る事が出来る様に。
だが、主が見るも無残なグールムデヴィの、どこに価値を見出して回収を命じたのか、
ディスクリムには理解が及ばなかった。
それでも主命に逆らう事はしないのが、忠実な従僕。
命じられる儘に、柄の残骸を回収し、影を伝う空間移動で拠点に戻る。

450 :創る名無しに見る名無し:2017/09/11(月) 18:59:19.46 ID:EBC25fhE.net
ディスクリムはマトラの影から出現すると、グールムデヴィの残骸を献上する様に差し出した。

 「これに御座います」

マトラは呆れ顔で溜め息を吐く。

 「物の見事に、やられたなぁ……」

 「はい、奇妙な技を使う男が居まして。
  彼に核を砕かれ、この有様です」

 「奇妙な技とな?」

興味を持った風な主の反応を受けて、ディスクリムは少し得意になった。
主の役に立てると言う事実が嬉しいのだ。

 「確か、コバルトゥスと言う男です。
  トロウィヤウィッチの知り合いだったと記憶しています」

 「フム、コバルトゥスか……。
  聞いた事があるぞ、確か精霊魔法使いだったな。
  奴の精霊魔法には気を付けろ」

 「いえ、それが、魔剣を破壊したのは精霊魔法では無く……。
  魔力を纏わず、触れずに物を切る、奇妙な、真に奇妙な技なのです。
  原理が判らず、そうとしか表現の仕様がありません」

 「それは困ったなぁ……」

余り困っていなさそうに、マトラは零した。
既に彼女の関心はグールムデヴィに移っている。
丸でコバルトゥスを問題にしていない。
柄の残骸を手にして、マトラは大袈裟に嘆く。

 「しかし、何と言う為体(ていたらく)!
  これが最強の剣、最高の武器か!
  所詮は聖君に敗れる程度の物、口ばかり大きく中身が空とは、枯れ木の枝の様な奴よ」

451 :創る名無しに見る名無し:2017/09/12(火) 19:11:26.56 ID:WTAOxCUm.net
侮辱されてもグールムデヴィは沈黙した儘だ。
マトラは柄の内部に隠してある、第二の「核」に向けて呼び掛ける。

 「聞こえておろう、何とか言え」

嘲笑する彼女に、グールムデヴィは弱い声で応えた。

 「魄を封じた核を失い、我は最早、最強も最高も名乗る事が出来ぬ。
  ここに在る物は刃を失った握(にぎり)のみ。
  剣と名乗るも痴囂(おこがま)しい」

どうやら完全に自信を喪失している様子。
嘗て、聖君との戦いで刃を折られたが、核は何とか残ったので再起出来た。
それが粉々に砕かれてしまっては……。

 「斯(か)ァ、情け無い事を言う!
  そなたは執念までも刃と共に失ったのか?」

 (……では、刃を失った剣を何と呼ぶ?)

 「それでも未だ、そなたには魂が残っていよう。
  刃なら私が付けてやる」

マトラがグールムデヴィを掲げると、彼女の影から黒い塊が幾つも浮き上がる。
それはグールムデヴィの真っ赤な核があった場所に集まって、新たに黒い核を形成する。

 「これからはグールムデヴィではなく、ディオンブラと名乗るが良い」

影の剣ディオンブラ。
傍で見ていたディスクリムには分かった。
マトラが生み出した新しい核は、無数の悪魔の魂を詰め込んだ物。
悪魔公爵であるマトラだからこそ可能な業。

452 :創る名無しに見る名無し:2017/09/12(火) 19:13:55.93 ID:WTAOxCUm.net
刃を取り戻したグールムデヴィは喜ぶより困惑する。
製造者が違うので、新しい核に馴染めないのだ。

 (心遣いは有難いが……)

燃え滾る様な核の力に惹かれこそするが、それ以上に違和感と不安感が強い。
黒い核には強引に凝縮された生の魂が未だ残っており、怨嗟の声が聞こえる様。
この力を扱えるのか、逆に呑まれはしないか……。
躊躇う魔剣をマトラは挑発する。

 「そなたの存在意義は何だったのか、今一度思い出すが良い。
  用を為さぬ道具は塵同然。
  塵は塵らしく捨て置かれるか?」

そうまで言われては、グールムデヴィも黙っては居られない。

 (ぐっ……、では、我は『ディオンブラ』として甦ろう。
  再び最強の剣となる為に、名も姿も変えて存えよう)

柄から核に向かって数本、糸蚯蚓の様な赤く細い紐状の物が伸びる。
それが核に触れると、逆に核の方からも無数の黒い紐状の物が伸びる。
勢いは明らかに黒い方が勝っており、忽ち赤は黒に埋まって見えなくなった。
暫し後に、黒い核が脈動する様に、黒い輝きを放ち始め、漆黒の邪気を放つ刃を形成する。

 「気分は如何かな、『ディオンブラ』?」

マトラは尋ねたが、剣からの返事は無い。

453 :創る名無しに見る名無し:2017/09/12(火) 19:17:11.93 ID:WTAOxCUm.net
彼女は残念そうに溜め息を吐く。

 「呑まれてしまったか?
  最強の剣に相応しい『核』を用意してやったと言うに、それが仇となったか……。
  どこまでも情け無い。
  斯様に軟弱な魂では、最強の剣等、夢の又夢。
  道具は道具らしく、黙って使われておれば良いのかも知れんな」

そして、ディスクリムを一瞥して一言。

 「なぁ、ディスクリム。
  そうは思わぬか?」

 「えっ」

ディスクリムはマトラの従僕として生み出された存在。
彼女の道具に等しい。
マトラの問い掛けが、深い意味を持っているのではと勘繰り、ディスクリムは硬直して沈黙する。

 「ええ、それは……、お、仰る通り」

取り敢えず同意する事しか出来ない、哀れな下僕は眼中に無く、彼女は独り得意気な顔で言った。

 「ディスクリム、この剣を使う者が同盟の中に居ないか訪ねて回れ」

 「は、はい。
  しかし、剣の腕に覚えのある者が居たでしょうか?」

ディスクリムの問い掛けをマトラは下らない事だと切り捨てる。

 「これを扱うのに、剣の腕は然して関係あるまい。
  使い熟せる者が居なくても構わん。
  欲しい者に呉れてやれば良い」

手を掛けた割に、扱いは投げ遣りだ。
主の気紛れにもディスクリムは文句を言わない。
不満を抱く様には出来ていないのだ。
道具は道具らしく……。
強大な力を持つマトラに傅き、彼女を前にしては跪くのみ。

454 :創る名無しに見る名無し:2017/09/13(水) 19:17:31.60 ID:NeAie/mB.net
――

455 :創る名無しに見る名無し:2017/09/13(水) 19:29:01.00 ID:NeAie/mB.net
魔法法律学


魔法法律学とは、魔法に関する法律や都市法に関する諸法律を学ぶ学問である。
魔法学校上級課程で教わる事になる科目で、代論士や執行者、魔導師会裁判の判事、
都市法廷の裁判官や検事を志す者は、必修であると言って良い。
魔法学校の上級課程では基本的な事しか教えられないので、代論士や判事を目指す者は、
部活動で法学部を選択する。
それでも未だ不十分な場合は、魔法学校の更に上の教育機関である魔法法科大学院や、
民間の専門学校に行く。
魔導師会法務執行部の裁判部の各部署でも、法律に関する勉強会が開かれている。

456 :創る名無しに見る名無し:2017/09/13(水) 19:33:56.68 ID:NeAie/mB.net
魔法法科大学院


魔法法科大学院は大陸全土で10校しか存在しない、魔導師会裁判の判事を志す者の為にある、
魔法学校より上位の唯一の教育機関である。
6地方に1校ずつに加えて、更にグラマー地方に1校、ブリンガー地方に1校、ティナー地方に2校。
各校1学年40〜80人の定員で、全国で毎年500人弱の入学生が居る。
卒業率は5割弱。
余りに狭き門だが、志望者も然程多くは無い。
入試倍率は毎年3倍未満。
合格基準が厳しく、卒業試験は更に厳しく、魔法学校を卒業した上で、更に検事や判事になる為に、
勉強を続けようと言う者は少ない。
但し、ここを卒業した者はエリート中のエリート、真のエリートとして扱われる。
魔導師会裁判の判事は法に則り、法に反した有りと有らゆる者を裁く権限を持つ為だ。
魔導師も、執行者も、代議士も、中央運営委員も、法務執行部の司法長官も、八導師でさえも、
法を犯せば魔導師会裁判から逃れられない。
他に、法務執行部の各部には必ず、魔法法科大学院を卒業した、法律の専門家が居る。

457 :創る名無しに見る名無し:2017/09/13(水) 19:36:29.01 ID:NeAie/mB.net
授業の一例


魔法に関する法律の条文を読んでいると、幾つかの定型がある事に気付くでしょう。
先ず、「○○してはならない」と言う「禁止」の定型。
「○○を禁ず」、「○○は出来ない」と言う文も同様です。
これが一番多いでしょう。
次に、「○○しなければならない」と言う「義務」の定型。
「○○の義務を負う」、「○○する必要がある」と言う文も同様です。
これも高い頻度で見掛けます。
そして、「○○の権利を持つ」と言う「認定」の定型。
「○○と同様に扱う」、「○○と見做す」、「○○として扱う」と言う文も同様です。
場合によっては、「○○して良い」、「○○を許す」の様に「許可」を表す事もあります。
基本的には、この3つを記憶しておけば良いでしょう。
例外も幾つかありますが、これは又の機会に説明します。

458 :創る名無しに見る名無し:2017/09/13(水) 19:37:10.69 ID:NeAie/mB.net
大体の条文は素直に読めば良いのですが、読み方には注意が必要です。
条件を付けている場合があるからです。
例えば、「特別な事情がある場合を除き、魔法を使ってはならない」と言う条文があるとします。
これは逆に言えば、「特別な事情があれば、魔法を使っても良い」と言う事になります。
「以下の場合は、魔法を使ってはならない」とある時は、その後の文章で判断しなければなりません。
各条件は必ず指定されているので、よく条文を読み込まなくてはなりません。
しかし、別の項目で条件が指定されている事もあるので、注意しなければなりません。
何項にも跨って、条件が指定されている事もあります。
一字の見落としが、条文の解釈を大きく変えてしまうので、間違いの無い様にしなくてはなりません。

459 :創る名無しに見る名無し:2017/09/14(木) 18:52:56.73 ID:15zN8OQA.net
魔法に関する法律を読んで、最初に目にする事になるのは「義務」です。
魔法に関する法律の序文には、こうあります。

「共通魔法社会の平和と秩序を維持する為、共通魔法を用いる者、共通魔法社会で生きる者、
 その恩恵に与る者、それ等に関係する者は全て、魔法に関する法律を遵守する義務を負う」

単純に「全ての共通魔法使い」としていないのは、共通魔法使い以外の魔法使いの存在を、
考慮しての事です。
現在の法解釈では、共通魔法使いが支配的な地位にある事が重要とされています。
共通魔法社会の領域に踏み込む者は、誰でも必ず魔法に関する法律を守らなければなりません。
逆に言えば、共通魔法社会の領域外では、魔法に関する法律を守る必要は無いと言う事……には、
残念ながらなりません。
注意して見ましょう。
よく読んでみれば判りますが、序文には地理的な要因や時間的な要因は、何も書かれていません。
即ち、「何時」、「どこ」であろうとも、共通魔法や共通魔法社会に少しでも関わりがある者は、
魔法に関する法律を守れと書いてあるのです。

460 :創る名無しに見る名無し:2017/09/14(木) 18:54:19.86 ID:15zN8OQA.net
これは共通魔法使いにとっては、非常に重要な事です。
見知らぬ土地だからと言って、恐ろしい魔法を試したり、魔法を悪用したりする事を、
魔法に関する法律は許さないのです。
魔法に関する法律は、共通魔法使いの矜持その物だと言って良いでしょう。
極端な話になりますが、新大陸が発見されたとして、そこは当然共通魔法社会ではないでしょう。
共通魔法社会ではないから、魔法に関する法律の適用外で、魔法を自由に使える……等と考える、
悪人が居ないとは限りません。
魔法を知らない人にとって、共通魔法は恐ろしい物です。
武器を持たずとも容易に人を傷付けられ、人を操ったり従わせたりする事も出来ます。
こうした事が発覚した場合、仮令外地であろうと、魔導師会の法務執行部に逮捕されます。
現地で許されているからと言い訳しても通じません。
魔法に関する法律は、他の如何なる法律よりも優先されます。
丁度、魔法に関する法律に違反する都市法が無効となる様に。
この魔法に関する法律は、共通魔法を用いる者、共通魔法社会で生きる者、その恩恵に与る者、
それ等に関係する者の全てに適用されるからです。

461 :創る名無しに見る名無し:2017/09/14(木) 19:00:21.70 ID:15zN8OQA.net
魔法に関する法律は、三段構成になっています。
第一段は序文、「法律の趣旨」に関する記述です。
第二段は総則、法律を運用する上での「重要な規定」に関する記述です。
身体刑、自由刑、財産刑、名誉刑と言った各種刑罰の形態や、法律用語の定義、解説を含みます。
第三段は違反行為や罰則を記した、具体的な「違反条項」です。
これによって、どんな行為が罪に当たるのかを規定しています。
それぞれの段には別々に条項が振られています。
第一段を「魔法に関する法律の趣旨」、第二段を「魔法に関する法律の規定」、
第三段を「魔法に関する法律の違反条項」と言います。
通常、注目されるのは第三段の「違反条項」ですが、第一段や第二段の内容も重要です。

462 :創る名無しに見る名無し:2017/09/14(木) 19:04:37.45 ID:15zN8OQA.net
実際に、「魔法に関する法律の違反条項」第三条「危険行為」の条文を見て行きましょう。
見出しには、こうあります。

「魔法を使用した危険な行為は違法である事を、ここに記す」

この文言によって、法律の性格が決まります。
そして個々の項目で、具体的な違反行為を指定します。
危険行為には5つの項目があります。

・第一項 人の心身に危害を加える行為
・第二項 人の心身に危害を加え兼ねない行為
・第三項 器物破損
・第四項 迷惑行為
・第五項 例外規定

第一項は魔法による暴行罪、(心的外傷を含む)傷害罪、傷害致死罪、過失傷害罪、過失致死罪、
殺人罪に相当する罪を認定して、禁じています。
ここでは実際に相手に危害を加えた事が重視されます。
暴行罪と傷害罪の区別は、目立った外傷の有無で判断されます。
第二項は魔法による暴行未遂罪、傷害未遂罪、傷害予備罪、過失傷害未遂罪、殺人未遂罪、
殺人予備罪に相当する罪を認定して、禁じています。
魔法による判定で、暴行未遂や傷害予備が認められる等、相当厳しい物です。
悪意を持って魔法を使う事は許されないのです。
暴行未遂罪と傷害未遂罪の区別は、行使された場合に予想される被害の程度や、
悪質さで判断されます。
暴行予備は暴行未遂に含まれます。
現実に暴行未遂罪が適用される事は、滅多にありませんが……。
第三項は魔法による器物損壊罪、建造物等損壊罪、文書等毀棄罪、境界損壊罪、
野生動物傷害罪、占有動物傷害罪等に相当する罪を認定して、禁じています。
第四項は軽犯罪法に相当する罪を認定して、禁じています。
第五項は「特別に危険行為が許される例外」を規定しています。
正当防衛や緊急回避の類です。
こんな感じで、「魔法に関する法律法律の違反条項」には全部で十二の条目があります。

463 :創る名無しに見る名無し:2017/09/14(木) 19:09:10.84 ID:15zN8OQA.net
「……アドレージ先生」

「どうしました、デシジョール先生」

「私の授業の時間なのですが」

「えっ、そんな時間ですか? あぁ、これは行けない、休憩時間まで使ってしまったか」

「私は構わないのですが、学生が可哀想です」

「しかし、学生達が何も言わなかった物で」

「そう言う問題では無いでしょう……」

「今日の授業は、これまで! それでは失礼します、デシジョール先生」

「全く困った物です……。それでは授業を始める前に、2点だけ休憩時間を取ります。
 皆さんは、その間に準備を済ませて下さい。アドレージ先生は優秀な法律の専門家ですが、
 時間に好い加減な所は見習っては行けませんよ」

464 :創る名無しに見る名無し:2017/09/15(金) 18:34:48.38 ID:DCkJEdIK.net
――

465 :創る名無しに見る名無し:2017/09/15(金) 18:43:25.26 ID:DCkJEdIK.net
師の師


ブリンガー地方の小村サブレの外れにて


サブレ村の外れで密かに暮らしている緑の魔法使い、ルヴァート・ジューク・ハーフィードの元を、
1人の女が訪ねた。
ルヴァートは元共通魔法使いで、緑の魔法使いの師と出会って、彼に弟子入りした過去を持つ。
その師は老衰で倒れ、ルヴァートは彼の後継者として、共通魔法使いの弟子を育てながら、
静かに暮らしている。
しかし、その弟子達も成人して、それぞれの生活が忙しい。
メルベーは村から都会に出てしまい、ルーウィーは地元で庭師として活躍しているが、
中々ルヴァートに挨拶をする機会も無い。
年齢的に老境に入りつつあるルヴァートは、山中にある広大な植物園を独りで管理している。
世界中の珍しい植物を集めた、植物の楽園だ。
さて、話を女の客人に戻そう。
彼女は弟子のメルベーではない。
全くルヴァートの知らない人物だった。
晴天の下で切々(せっせ)と植物の世話をしているルヴァートに、彼女は声を掛ける。

 「これ、そこの、お前がヴェルド坊やの弟子とやらか?」

横柄な口の利き方に、ルヴァートは反感を覚えるよりも先に、危機感を抱いて身構えた。
女は長い金緑色の髪を腰まで垂らしており、その体形は全体的に細く、肌の色は白樺の様な、
少し燻んだ不自然な白色。
鍔広の藁編み帽子で顔を隠し、足元まで隠れるマントと、草を編んだ草履の様な履物を着用する等、
服装も奇抜。
何より、声を掛けられるまで人の気配がしなかった。
人外の者だとルヴァートは直感した。

466 :創る名無しに見る名無し:2017/09/15(金) 18:47:06.19 ID:DCkJEdIK.net
彼は女の様子を窺いながら、慎重に答える。

 「ヴェルドとは、ヴェルダール・ブロト・マイヨールの事ですか?」

「ヴェルダール・ブロト・マイヨール」とは師のフルネームだが、女は惚けた。

 「さて、そんな名前じゃったかのう?
  とにかく、ヴェルドはヴェルドじゃ。
  お前はヴェルドの弟子なんじゃろう?」

共通魔法社会の破壊を目論む「反逆同盟」が、今世間を騒がせていると、ルヴァートは聞いていた。
この女は反逆同盟の一員の可能性がある。
ルヴァートを「外道魔法使い」と知って、何を目的に訪れたのか……。

 「貴女は誰ですか?」

警戒する彼に、女は帽子の鍔を少し押し上げて、緑の瞳を見せた。

 「リーラ・ゼレーナ。
  ヴェルドの師じゃ」

ルヴァートは眉を顰め、リーラ・ゼレーナに告げる。

 「『ヴェルダールさん』は死にましたよ。
  もう何十年も前に」

 「知っておる」

 「今頃、何の用なんですか?」

彼は暗に薄情なリーラ・ゼレーナを責めていた。
存命で且つ壮健でありながら、何故師の死の瞬間に立ち会わなかったのか?
何等かの事情で、それが叶わなかったと言うなら、遅くとも数年の内に来るべきでは無いのか!
ルヴァートは師からリーラ・ゼレーナの話を聞いた事が無かった。
当然、彼は師に「師の師」、所謂「大師匠」に就いて、尋ねた事がある。
だが、師は深くは語りたがらず、その存在を認めるのみだった。

467 :創る名無しに見る名無し:2017/09/15(金) 18:51:37.28 ID:DCkJEdIK.net
睨み付けて来るルヴァートに、リーラ・ゼレーナは参ったなと言う顔をする。

 「儂にとって、お前は孫弟子。
  お前にとって、儂は大師匠じゃ。
  それなりの敬意を払って貰いたいんじゃがのう……」

 「私は貴女を知りません。
  師匠から話を伺ってもいません。
  貴女は師匠の師匠だったかも知れませんが、私にとっては知らない人です。
  何の用なんですか?」

改めて問い掛ける彼に、リーラ・ゼレーナは不機嫌な顔をした。

 「色気の無い奴よのう。
  真(まこと)、詰まらん人間じゃ。
  どうして人間とは、こうなのか」

 「持て成して欲しければ、相応の態度があるでしょう」

 「全く、口の減らぬ……」

 「それで、何の用なんですか?」

再三のルヴァートの問い掛けに、リーラ・ゼレーナは漸く答える。

 「孫弟子の様子が気になってな」

 「何故、今?」

師を弔いに来た訳では無い事に、ルヴァートは落胆した。
少なくともルヴァートが知っている限り、彼の師とリーラ・ゼレーナは会っていない。
長い間顔も合わせず、弟子の死後になって孫弟子の様子を見に来ると言う事は……、
余程酷い仲違いでもしたのだろうか?
ルヴァートの知る師は、性格的に問題のある人物では無かった。
穏和で優しい人柄の上に、争い事を厭う性質で、後ろ暗い過去を持っていたと言う事も無い。
そうなれば、非があるのはリーラ・ゼレーナの方と、自然に導かれる。

468 :創る名無しに見る名無し:2017/09/16(土) 19:21:32.96 ID:kqEXZExu.net
リーラ・ゼレーナは徐に帽子を取ると、鋭い眼差しを向けて意外な答を返した。

 「お前、共通魔法社会を憎んどったじゃろう?」

 「……誰から、そんな話を?」

ルヴァートは元共通魔法使いである。
それも落ち零れて腐っていた所を、師に拾われた。
故に、師に対する感謝と尊敬の念は強い。
その師が外道魔法使いと呼ばれ迫害されて来た事を知った彼は、共通魔法社会への復讐を企てた。
しかし、それは何十年も昔の話。
若かりし日の過ちだ。
執行者に逮捕され、師に諭されて以降、ルヴァートは静かに暮らしている。
その事をどうやってリーラ・ゼレーナが知ったのか……。

 「風の噂でな。
  木々や草花の語りを聞いたんじゃよ」

彼女は飄々と答えつつ、髪を掻き上げて耳に掛けた。
旧い魔法使いは動物や植物の話を聞けると言う事を、ルヴァートは知っていたので驚かない。
未だ、その仕組みや感覚を理解する事は出来ないが、そうした技術があると言う事実は認めている。
それよりも、彼はリーラ・ゼレーナの仕草に動揺した。
その耳には耳朶が無く、先端が尖った木の葉の形をしており、人の物ではないと一目で判る。
耳は再び長い髪で隠れるが、態と見せ付けたのかと疑いたくなる。

 「……昔の話です」

彼は今の自分とは関係の無い事だと切り捨てた。
反逆同盟に活動に対して、思う所が無い訳ではない。
共通魔法社会に恨みを抱く心は十分に理解出来る。
だが、加担する積もりは無い。
リーラ・ゼレーナは神妙な眼差しでルヴァートを見詰め、彼の内心を見透かそうとしているかの様に、
暫し無言の儘で居た。

469 :創る名無しに見る名無し:2017/09/16(土) 19:24:21.55 ID:kqEXZExu.net
やがて、彼女は帽子を被り直して、小さな溜め息を漏らす。

 「『昔の話』か……。
  そう割り切っとるなら良えんじゃが」

ここで初めてルヴァートは、リーラ・ゼレーナが「勧誘」に来たのではないかも知れないと思った。

 「私が奴等と手を組むのではないかと、心配して来たのですか?」

 「……そんな所じゃな」

明言すれば良い物を、リーラ・ゼレーナは逸らかす。
それが師との因縁の為なのか、或いは、同盟の一員である事を覚られまいとしての事なのか、
ルヴァートには判別が付かない。
そこで彼は決意して質問する。

 「貴女は奴等の仲間ではない?」

リーラ・ゼレーナは目を見開き、唖然とした表情を見せた後、声を抑えて笑い出した。

 「……フッ、ククク……、そうじゃったか、そう言う事か!
  嫌に警戒されとると思ったら!」

 「違うんですね?」

念を押すルヴァートに対して、彼女は正直に答える。

 「少なくとも、今の所は。
  人間は好かぬ……が、連中と手を組もうとも思わぬ。
  儂は独り静かに暮らす方が、性に合っておる」

安堵の息を吐くルヴァートに、リーラ・ゼレーナは意地悪く言った。

 「奴等が頭を下げて頼み込んで来るのであれば、分からぬがのう……」

470 :創る名無しに見る名無し:2017/09/16(土) 19:26:19.95 ID:kqEXZExu.net
これが揶揄(からか)いであり、本心からの言葉では無いと見切ったルヴァートは、
反応せずに話題を変える。

 「……過去に師匠と何があったんですか?
  今の今まで会わなかったと言う事は、相応の事があったからなのでは?」

リーラ・ゼレーナは遠い目をして答えた。

 「『昔の話』じゃよ。
  それに大樹は自ら動かぬ物、並び立たぬ物。
  ヴェルドも儂もな」

余り気軽に他人に話せる内容ではないのだろうとルヴァートは察して、深くは追究しなかった。
その代わりに、それと無く言う。

 「師の追悼に植樹した『楡<ウルム>』の木があります。
  御覧になって行って下さい」

リーラ・ゼレーナは静かに頷き、ルヴァートの案内を受ける。
花畑から少し離れた所にある、周辺の木々より一際高く真っ直ぐ伸びた楡の根元に、2人は立った。
2巨はあろうかと言う大木に育った楡の幹に、リーラ・ゼレーナは優しく手を添えて両目を閉じる。

 「見事な物じゃな」

 「はい。
  どの木よりも成長が早く、千年の大樹にも劣らない位、立派に育ちました。
  在りし日の師の姿を見る様です」

幹は堂々と直立し、枝葉の広がりは傘の如く。
ルヴァートは先の見えない楡の幹を仰ぎ見る。
リーラ・ゼレーナは逆に俯いて小さく笑う。

 「世話が良いんじゃろう」

 「いえ、そんな……。
  私は殆ど手を掛けていません」

この楡には師の魂が宿っていると、ルヴァートは勝手に信じていた。
リーラ・ゼレーナも「特別な物」を感じているが、それを口にはしない。

471 :創る名無しに見る名無し:2017/09/17(日) 18:42:57.07 ID:RtZq08eO.net
――

472 :創る名無しに見る名無し:2017/09/17(日) 18:43:12.08 ID:RtZq08eO.net
彼女は楡の木から静かに手を離し、小声で呟く。

 「結局、魔法使いには成り切れんかったか……」

完全な魔法使いになれば、不老不死になれるのだが、ヴェルダールは死んだ。
旧暦から生きて来たと言うのに、魔法暦になって斃れたのは何故なのか?
恐らくは、人間性を捨て切れなかったのだろうと、リーラ・ゼレーナは思う。
ヴェルダールは元人間で、リーラ・ゼレーナに弟子入りし、緑の魔法使いとなった。
……魔法使いになったは良いが、心が揺れ動いてしまったのだ。
元人間の魔法使いには、よくある事。
よくある事……と、聞いている。
仲違いの原因は何だったのか、彼女は回想した。
森林の開拓に来た人間を皆殺しにした事だったか、盗伐の戒めに子供を殺した事だったか、
それとも寂れた村を侵略した事だったか……。
2人の対立には何時も、人間と植物の対立があった。
『蒲桃<ミルタレス>』の化身であるリーラ・ゼレーナは、人間よりも植物を大事にした。
森を拓く人間を退治し、無闇に草木を傷付ける人間を戒め、時には人里を植物で埋め尽くした。
人間の都合を考える事は無く、植物が大地を覆う事を良しとした。
人間以外の動物、鳥や虫が植物を食べても、余程の事でない限りは、それを問題にはしなかった。
人間に対する敵愾心の根源は、大規模な開墾にある。
社会の発展と林野の開墾は切っても切り離せない。
人を街に住まわせるには、住宅地が必要である。
大量の人口を養うには、大規模な農地が必要である。
流通を速やかにするには、道路が必要である。
住宅地も農地も道路も、開墾せずには造れない。
草原や森林を拓いて、人間社会は発展して来たのだ。
それに伴い、人の手が及ばない所は無くなって行く。
リーラ・ゼレーナの行動は、人間の侵略に対する抵抗だった。
一方、ヴェルダールは人間の側に立った。

 (『昔の話』か……)

千年近く昔の事で、一体どちらから袂を別ったのか、今となっては思い出せない。
人間に味方するヴェルダールに、リーラ・ゼレーナが愛想を尽かしたのか、それとも逆に、
躊躇無く人間を殺すリーラ・ゼレーナに、ヴェルダールが付き合い切れなくなったのか……。

473 :創る名無しに見る名無し:2017/09/17(日) 18:45:45.27 ID:RtZq08eO.net
リーラ・ゼレーナも開花期の一頃には、他の外道魔法使い達と同じく、共通魔法使いと敵対した。
結局、彼女は敗れて人の手の届かない秘境に隠れ棲む事になった。
風の噂では、ヴェルダールも似た様な物だったと聞く。
それでも2人は協力する所か、顔を合わせる事もしなかったが……。
リーラ・ゼレーナは今になって虚しさを覚え、これまで気にしない様にしていた「己の最期」に就いても、
考え始めた。
彼女は独り言の様に零す。

 「ヴェルドは幸せじゃのう。
  弟子に看取られ、死後も想われる。
  しかし、儂より先に逝くとは、不孝者め」

魔法使いは不老不死である。
それが死す時は、魔法を失う時、後継を得た時、生に飽きた時とされる。
だが、魔法使いの死には、もう1つ大きな理由がある事を、リーラ・ゼレーナは知っている。
「人間に憧れた時」だ。
ヴェルダールは生まれ故に、人間を捨て切れなかった。
では、リーラ・ゼレーナが死す時とは……?
彼女が人間の弟子を取った理由を考えれば、それは自明だろう。
堂々たる楡の木は、この場所を守っている様に見える。
リーラ・ゼレーナはルヴァートに問うた。

 「お前、儂の弟子にならぬか?」

突然の事に、ルヴァートは当惑する。
「大師匠」が孫弟子を直弟子に迎える訳を、彼は訝って警戒した。
それを見た彼女は、小さく笑って誤魔化す。

 「フッ、冗談じゃよ。
  人間の弟子は懲り懲りじゃ」

先の発言には冗談には聞こえない真剣さがあったのだが、ルヴァートは深く追及しなかった。
彼の師はヴェルダール唯一人。
不老不死ではないので、「魔法使い」としては半端者だが、特に不足は感じていない。
魔法を継いでくれる弟子も居るので、人と同じく老いて死ぬ事に抵抗は無い。

474 :創る名無しに見る名無し:2017/09/17(日) 18:47:15.49 ID:RtZq08eO.net
リーラ・ゼレーナは去り際に、植物園に咲く花々を眺めて溜め息を吐いた。
物を語らず、動けもしない植物は、孤独に強そうに見えて、その実は寂しがりである。
必死に種を撒き、同じ種で群れ、一帯を占めようとする。
驚く程に排他的で利己的で侵略的だ。
それは植物の化身であるリーラ・ゼレーナも同じ……。
遠からず、自分は再び人間の弟子を取るだろうと、彼女は予感していた。
何時か自分が死ぬ時は、ヴェルダールの様に弟子に慕われ、安らかに眠りたい。
そう思う様になっていた。

 (今日は孫弟子の様子を窺いに来ただけの積もりじゃったが……。
  余計な事を考えさせられてしまったのう)

再び大きな溜め息を吐いたリーラ・ゼレーナは、次回ここに来る為の口実を考え始める。

 (手土産でも持参してやるかの。
  物を貰えば、無下には扱えまい)

世間の騒動を余所に、彼女の心は浮かれていた。

475 :創る名無しに見る名無し:2017/09/18(月) 20:08:31.37 ID:7wKep91I.net
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476 :創る名無しに見る名無し:2017/09/18(月) 20:14:36.71 ID:7wKep91I.net
沈み行く世界


異空デーモテール 名も無き放棄された地にて


小世界エティーの管理主であるサティと、悪魔大伯爵バニェスは、混沌の海を旅している。
終末の時に備え、異空にてエティーと似た世界を探しているのだ。
他世界と協力して、週末の時を乗り越える、遠大な計画の為に。
サティはエティーを代表する使者であり、バニェスは旅の友。
エティーを管理する「管理主」としての仕事は、マティアバハラズールに任せている。
今回サティとバニェスが発見した世界は、既に管理主が居なくなった、無主の地だった。
この世界には海と陸がある物の、陸地は面積数区平方程度の小島が点在するのみで、
海は混沌に呑まれつつある。
しかし、未だ住民は残っていた。
住民は高脚蟹の様な姿をしており、体高は6〜7分身程。
呆っと海を眺めている物もあれば、貝や海胆の様な物を突いて食事をしている物もある。
話が通じるかは判らないが、取り敢えずサティは手近な所に居る蟹に話し掛けてみた。

 「今日は」

異空では世界が違っても、意思の疎通で擬似会話が出来る。
言語の違いは問題にならず、挨拶と言う習慣を持っていれば、挨拶が通じるのだ。
サティの呼び掛けに、蟹は距離を取ってから振り向く。

 「な、何だ、あんたは?」

容姿の異なる相手に、蟹は動揺している。
長い髭の忙しない動きに、それが表れている。

 「私はエティーと言う世界から、混沌の海を渡って来ました」

 「あぁ、別世界の人か……。
  こんな終わり掛けの世界に何の用だい?
  出来れば静かに放って置いて欲しいんだが……」

477 :創る名無しに見る名無し:2017/09/18(月) 20:19:47.52 ID:7wKep91I.net
蟹には人間並みの知能がある様で、自分達が住んでいる世界の他にも「別の」世界がある事を、
理解しており、外界人との接触も初めてでは無さそうな風。
この世界が滅亡の危機に瀕している事も既に理解していた。
それにしては無気力で、どうにかしようと言う考えも無い様だが……。

 「『終わり掛け』とは?」

 「見ての通りだよ。
  そう遠くない内に、この世界は混沌に沈む。
  俺達も皆、消えちまう運命なのさ」

 「何とかしようとは思わないんですか?」

 「どうしろっての?
  大した力も無い俺達には、現実を受け容れる以外の選択は無いってのに」

この蟹は全てを諦めて投げ遣りになっている。
他の蟹も同じ様で、現状を何とかしようとしている物は1体も居ない。
足掻き疲れてしまったのだろうか……。
サティは肝心な質問をした。

 「この世界の管理主は?」

 「王様なら居ないよ、もう大分昔から。
  俺は会った事も無いけどね。
  爺婆(じじばば)の話だと、飽きて出て行ったとか何とか……。
  勝手だよなぁ。
  王様の気紛れで、俺達は絶滅するしか無いんだ」

この世界では管理主を「王」と言うらしい。
蟹に同情するサティに、バニェスは囁き掛ける。

 「これが力無き物の宿命だ。
  こんな世界では、強者が絶対と言うのも解ろう」

サティは眉を顰めたが、事実は事実。
支える存在があってこその「世界」なのだ。

478 :創る名無しに見る名無し:2017/09/18(月) 20:21:43.74 ID:7wKep91I.net
この世界の事を詳しく知りたいと思ったサティは、蟹に尋ねた。

 「長老……と言うか、年長の方と、お話をしたいのですが……」

蟹は一回り大きい別の蟹を、鋏の手で指して言う。

 「あれが一番長生きしてる爺ちゃんだよ」

 「有り難う御座います」

サティは蟹に礼を言って、バニェスと共に長老の元へ向かった。
長老は体高1身程で、背には苔の様な、藻の様な物を生やしている。
魔力は然程感じられないが、中々の風格だ。

 「済みません、少々お話を伺っても宜しいでしょうか?」

サティが声を掛けると、長老蟹は緩慢な動作で振り向いた。

 「何かな?」

非常に緩やかな返答。
真面に話が出来るのかと、サティは少し不安になるも、取り敢えず聞きたい事を聞く。

 「この世界の名前は、何と言うのでしょうか?」

 「さあ、分からんね……」

 「この世界の王は、どんな方でしたか?」

 「さあ、分からんね……」

長老でも分からないのかと、サティは落胆した。

479 :創る名無しに見る名無し:2017/09/19(火) 18:58:02.83 ID:Eh+D20ta.net
それと同時に失礼ながらも、この長老が惚けているのではないかと疑う。
……2つの意味で。
彼女は長老に改めて質問した。

 「『貴方の』、お名前を教えて頂けませんか?」

長老は相変わらずの暢(のん)びりした調子で答える。

 「そんな物は無いよ。
  王は私達に名前を下さらなかった。
  私は王に対し、自ら『王の僕<リテイナー>』を名乗った。
  王は何も仰らず、何の感情も表されなかった。
  しかし、拒みもされなかったので、私は自らを王の僕とした。
  ……王無き今、私は王の僕でも無い」

高齢ながら思考は確りしている様なので、サティは安堵して、続けて問うた。

 「王とは御面識が?」

 「面識と言って良いかは分からぬ。
  王は私を認識してすらいなかったのかも知れぬ……。
  私は天から降りるとも、地から湧き上がるとも知れぬ、御託宣を受けるのみだった」

長老蟹の言葉には、悲哀が篭もっていた。

 「御託宣とは、どの様な物ですか?」

 「……王の言葉だが、私に語り掛けた物ではない。
  自然に聞こえる独り言の様な物。
  思念が通じるとでも言うべきか」

 「それが、ある時に『飽きた』と?」

サティの無遠慮な言葉に、長老蟹は長い脚を畳んで跪く。

 「最初は意味が解らなかった。
  以後は御託宣を聞けなくなり、世界が少しずつ狭まって行った。
  そして理解した。
  王は、『この世界に』飽きてしまったのだと」

480 :創る名無しに見る名無し:2017/09/19(火) 19:03:14.73 ID:Eh+D20ta.net
この世界の主だった人物の無責任さに、サティは義憤を抱いたが、ここに居ない人物に怒っても、
無意味な事。
それより彼女は救済案を申し出た。

 「私達の世界に来ませんか?
  土地には余裕があります。
  多少空気は合わないかも知れませんが、その内に慣れるでしょう。
  ここに留まって滅亡を待つよりは、希望がある筈です」

所が、長老蟹は乗り気でない。

 「提案は有り難いが、この世界に生まれた私は、この世界と運命を共にする積もりだ。
  若い者達の中には、移住を検討する物も居るかも知れぬ。
  行きたいと言う物まで止めはせぬよ」

長老が音頭を取れば、多くの物が移住を始めるだろうにと、サティは歯痒く思った。
しかし、当人に気が無いのでは、どうにも出来ない。
「長老」が住民の尊敬を集める様な存在かも分からないのだ。
もしかしたら、長生きをしていると言うだけで、住民を動かす力は無いのかも知れない。
彼女は一体一体に声を掛けて、移住の意志を確かめて行った。
結局、応じたのは100体余りの内、10体のみだった。
移住しない理由は「サティを信用出来ない」、「新しい世界に不安がある」、「どうでも良い」等、様々。
サティとバニェスは色合いも大きさも区々の10体の蟹を箱舟に乗せて、エティーへと帰還する。

 「どうした、サティ?
  気分が沈んでいる様だが」

混沌の海を渡っている道中、バニェスはサティを気遣って尋ねた。

 「分かるの?」

 「私もエティーに滞在して、それなりに長い。
  エティーの物に特有の、感情の変化に伴う魔力の変化は学習済みだ」

嘗ての他者を慮る事をしない、尊大だったバニェスからは想像も出来なかった台詞。
サティは時の流れに想いを馳せ、それは遠からず失われるであろう、蟹達の故郷にも及んだ。

481 :創る名無しに見る名無し:2017/09/19(火) 19:32:29.91 ID:Eh+D20ta.net
バニェスはサティの内心を推量して言う。

 「全員助けたかったのか?」

 「メトルラみたいに管理主が居れば、それも出来たけど……」

無限に拡大して消滅する未来だったメトルラと言う中世界は、縮小してエティーの一部となりながらも、
存在し続けている。
蟹の世界も管理主が存在していれば、エティーの一部になれたかも知れない。
否、管理主が居れば、そもそもエティーの一部になる必要は無いのだから、これは無意味な想像だ。
その事実に気付いたサティは、大きな溜め息を漏らした。
間抜けな発言をバニェスに笑われる事を覚悟していた彼女だが、反応は以外な物だった。

 「それよりも、これ等がエティーで暮らして行けるのか心配した方が良いのではないか?
  折角連れて来たのに、倒れられては徒労だろう」

 「あぁ、それなら多分大丈夫。
  あっちの海は、エティーの海と似た様な感じだったし。
  空気もエティーと大差無かったよ」

 「物を『食らう』習慣がある様だが?」

 「……気を付けておく」

サティはバニェスの忠告を受けて、少々不安になって来た。
エティーの物は基本的に食事をせず、吸気と同時に直接魔力を吸収する機能がある為に、
食料の心配をしなくて良い。
外洋である混沌の海から魔力を抽出して、全体に満たす機能を持つエティーだから可能な事。
サティやバニェス程の実力者になると、単体で混沌から魔力を抽出して、外洋を渡る事も出来る。
故に、『食事』をする物への配慮が欠けていた。
蟹の世界では、貝や海胆の様な物があったが、どう言った仕組みで誕生しているか分からない。
ファイセアルスの様な微粒子や微生物まで含めた、完全な循環が出来上がっているのか、
それとも単に世界の維持に用いる魔力の余剰分を、弱小生物の生産に当てているのか……。

482 :創る名無しに見る名無し:2017/09/20(水) 19:04:09.15 ID:RxuePOP2.net
エティーにも知能が高くない、貝や魚に似た生物は居るが、それが蟹の様な外見の物達の、
口に合うかは判らない。
とにかく成り行きに任せて、サティとバニェスは蟹に似た物達をエティーに降ろした。
ロフの果てを守護するロフヴァルデが一団を迎える。

 「サティ様、バニェス様、お帰りなさいませ。
  この物達は一体?」

ロフヴァルデは蟹に似た物達を見て、サティに問う。

 「沈み行く世界の難民だ。
  エティーで受け容れたいと思う」

 「では、住民登録が必要です」

 「こちらで済ませておくから心配しないで」

 「了解しました」

外界からエティーに移住する物は珍しくない。
サティは慣れた遣り取りで、ロフヴァルデから一団の通行許可を得た。
いざエティーに入る前に、彼女は蟹に似た物達に言う。

 「私達の世界に入る前に、皆さん名前を決めて下さい」

蟹に似た物達は困惑した。
それまで名前が無くとも普通に過ごして来たのに、急に決めろと言われても……。
そんな感じで、仲間と顔を見合わせている。

 「取り敢えず、貴方々の一族を表す為に『グランキ』の姓を与えます。
  名前は自由に決めて下さい」

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