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ロスト・スペラー 17

1 :創る名無しに見る名無し:2017/09/20(水) 19:39:30.53 ID:RxuePOP2.net
やっぱり容量制限は512KBから変わっていませんでした。
表示が実際と違うみたいです。


過去スレ
ロスト・スペラー 16
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
ロスト・スペラー 15
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ロスト・スペラー 14
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ロスト・スペラー 13
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ロスト・スペラー 12
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ロスト・スペラー 11
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ロスト・スペラー 10
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ロスト・スペラー 9
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ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー 6
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ロスト・スペラー 5
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ロスト・スペラー 4
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ロスト・スペラー 3
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ロスト・スペラー 2
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ロスト・スペラー
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411 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:00:55.86 ID:l+MMbhIf.net
cutaway

412 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:08:55.30 ID:l+MMbhIf.net
その後、事件は益々闇を深めて行った。
ファラドの秘書である、サディカとクータは事件当日の夜に行方不明になった。
両者共、家族にも連絡せずに失踪。
後にサディカは、「目撃証言」から少年の殺人未遂罪で指名手配される事となった。
ファラドの事務所が強制捜査の対象となったが、それは指名手配犯を取り逃してから2日後の事で、
ファラドとトレンカントが繋がっていると言う、明確な証拠は見付からなかった。
危機を感じ取って事前に情報を隠したか、それとも飽くまで秘書とトレンカントとの遣り取りだけで、
ファラドは無関係だったのかは判らず終い。
過去を見る心測法の結果、トレンカントとソルートが間違い無く本人だった事は確認済みであり、
これでファラドを誘(しょ)っ引ければ、心測法なり自白魔法なりで、簡単に解決するのだが……。
中央運営委員会が、それを許さないだろう事は明白だった。
委員がファラドを切り離せば良いのだが、そうすると間接的な証拠だけで、委員を取り調べられる、
前例を作ってしまう。
これが出来たから、あれが出来ない道理は無いと、法務執行部の権限が強くなる。
中央運営委員会は、それを好ましく思っていなかった。
単純に、後ろ暗い所のある委員が多いのも事実だ。
特にファラドと交流のある委員は、余罪を追及されはしないかと、兢々としている事だろう。
しかし、そうした態度は市民の魔導師会への信頼を失わせてしまう。
我が身可愛さに、ファラドを庇い続ける委員達が、どの様に世間に見られるか……。

413 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:10:30.54 ID:l+MMbhIf.net
一方で、法務執行部はファラドに対する捜査協力請求状を中央運営委員会に提出するか、
悩みに悩んだ。
先述の様に、これを提出してしまえば、委員は反対して、結果的に魔導師会と言う組織全体の、
信用性を損ねる事となる。
「反逆同盟」なる組織が各地で問題を起こしていると言う大変な時期に、身内の権力闘争と見られ、
法務執行部の信用まで失墜させる結果になりはしないか?
議論に議論を重ねた結果、法務執行部は請求状を提出する。
この事に委員会は大きな衝撃を受けた。
確かに、指名手配犯がファラドの事務所の人間と接触していた事実は、到底見過ごせる物ではない。
だが、通例では事前に委員会の反応を探り、請求状が通るか通らないかを確かめる。
確実に通ると言う手応えが無ければ、法務執行部は請求状を提出しない。
何故なら、中央運営委員会も法務執行部も同じ魔導師会と言う組織であり、互いに叩き合い、
足を引っ張り合っても、市民からの印象が悪化するだけで、何も良い事は無い為だ。
今回の請求状提出では、それが無かった。
委員会内では当然、その事に対して反発が起こった。
これは法務執行部の不手際であり、捜査協力請求状を通さない口実に出来るのではないか、
或いは、それを見越した法務執行部側からの救いの手ではないかと捉える者もあった。
要するに、形だけでも「法務執行部は仕事をした」事にして、実は穏便に事を済ませたいのではと。

414 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:12:53.09 ID:l+MMbhIf.net
実際どうだったかと言うと、これは司法総長官の決断だった。
グラマー地方の司法長官は、委員会にファラドに対する捜査協力請求状を提出した際の反応を、
反対と賛成が五分五分程度と見込んでおり、提出には余り乗り気では無かった。
委員会と法務執行部で対立が深まるだけでなく、委員会内部にも痼りを残すかも知れない。
それを司法総長官が自らの権限で押し切ったのだ。
そもそも今代の司法総長官は、委員会に伺いを立て、確実に通る気配が無ければ、
請求状を提出しないと言う「慣例」を好ましくない、廃絶すべきと考えていた。
法務執行部と中央運営委員会は狎れ合うべきでないと言う建て前通り、仮令後に委員会の決議で、
罷免されようとも構わない覚悟だった。
この話は司法長官の関係者から人伝に人伝に洩れ始め、「噂」として事情通の間で広まり、
委員達の耳にも入る様になった。
司法総長官の真意は別にして、独断であれば、後々の処理も容易いと、一部の委員達は楽観した。
所が、若い委員達が捜査協力請求状に応じる空気となり、委員会は再び動揺する。
背景には若手を率いるオーラファン委員の影響があった。
40代にして既に20年近く委員を務めているオーラファンは、血統書付きのエリートであり、
年齢的には若手ながら、実力は中堅以上と言う別格の存在。
自分と10や20も年上の委員達とも対等に口が利ける。
オーラファンはファラドとは距離を置いており、この機会にファラドに絡んだ一派を一掃して、
勢力拡大を狙うかの様だった。

415 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:14:41.00 ID:l+MMbhIf.net
提出された捜査協力請求状に応じるべきか、応じざるべきか、中央運営委員会では侃々諤々の、
大論争となる。
守勢に回ると弱いファラドは、若手委員が議論を吹っ掛ける格好の的になっていた。
援護無く吊し上げられ、苦しい言い訳を繰り返しては追い詰められ、答に窮する彼の姿は、
哀れと言う他に無い。
自業自得ではあるが、これまでの過激な主張が、全て自分に返って来るのだ。
ファラドの窮状を目の当たりにした委員達の中には、これを庇い立てすれば支援者を失うと見て、
請求状に応じる事に賛成こそ出来ない物の、採決を棄権する考えの者も現れ始めた。
法務執行部の権限強化を嫌う守旧派と、ファラドと関わった者達(便宜的にファラド派と呼ぶ)が、
合わせて3割強に対し、オーラファン率いる若手と、その同調者が4割強、棄権が1〜2割と、
推測されており、残りは態度を決め兼ねている。
成り行きに任せていては、捜査協力請求状が通ってしまうので、守旧派とファラド派(仮称)は、
若手を切り崩し、態度を決め兼ねている者を味方に引き込む必要がある。
ファラド派は実際にはファラドと縁を切りたいと考えており、こちらから棄権に転じる者も防がねば、
請求状が通ってしまう。
実質、守旧派は単独で戦わなくてはならない。
しかし、委員の票の買収は重罪。
何等かの政治的な取引までは禁じられていないので、そちらで手を打つ他に無い。
若手を率いているオーラファンを取り込めば手っ取り早いし、それを実際に守旧派は企んだが、
既に強い力を持つ彼を翻意させる事は困難だった。

416 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:26:56.35 ID:l+MMbhIf.net
余りオーラファンに近くない若手を、守旧派は切り崩しに掛かるも、成果は捗々しく無かった。
威し掛けようにも、背後に居るのがオーラファンでは、それも儘ならない。
やはりオーラファンを封じなければならず、それに守旧派は大きな犠牲を払う事になる。
その「犠牲」とは、守旧派を率いるアイルティス、ボンド、ドラゴツェン、ウェイフーと言う4人の、
大物委員の引退だった。
彼等は長らく中央運営委員会の決定を左右する、重要な役割を果たしていたが、その年月と同じく、
贈収賄の罪を積み重ねていた。
未だ地位に執着心はある物の、法務執行部の権限が強くなる気配を感じ、これを機に引退して、
汚職絡みの追及を避けようと言うのだ。
採決の前々日、4人は翌年の選挙で立候補しない事を公言したが、大人しく降った訳では無い。
もし、オーラファンが少しでも弱味を見せよう物なら、報復する心構え。
そして、捜査協力請求状に関する採決は、5.5対4.5と言う絶妙な割合で否決された。
オーラファン自身は「応」に投じたが、否決された事を悔しがる様子は無く、批判も控え目だった。
それは彼の同意の下で、裏取引があった事の証左。
こうしてオーラファンと彼に同調した者達は、事実上守旧派を打ち倒し、委員会の大勢を占めた。
法務執行部としては、大きな獲物を逃した事になるが、委員会は大きく変動したのである。
ファラドは委員会の取引で守られた物の、請求状が退けられた後に入院した。
理由は「心因反応」との事で、要するに議会で追い詰められて精神を病んだと言うのだ。
しかし、ファラドが守られるのは委員である間だけ。
法務執行部は彼の逮捕を諦めた訳ではない。
法の番人たる執行者は、執念深いのだ。
次の選挙までにファラドが回復するかは不明だが、どちらにせよ名誉が深く傷付いた儘で、
再選は不可能であろう。

417 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:27:21.33 ID:l+MMbhIf.net
cutaway

418 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:30:47.62 ID:l+MMbhIf.net
親衛隊内部調査班は、ファラドが共謀した証拠を押えられなかった事を口惜しく思ったが、
取り敢えず彼の動きを封じられたので、それで良しとした。
執行者の監視も厳しくなるので、入院中でも迂闊な事は出来なくなる。
清掃員に扮した班員は、魔導師会の会報を読み込んでいるエイムラクに話し掛ける。
彼が広げているのは、ファラドが委員会を欠席して入院した事が書いてある一面。

 「お偉いさんは狡いねぇ……。
  そう思わないかい、エイムラクさん」

横から記事を覗き込んで来る班員に、エイムラクは驚いて眉を顰めた。

 「な、何でぃ、行き成り話し掛けねぇでくれよ」

 「最近、豪く会報を読む様になったじゃないかい。
  あんたにしては珍しい」

 「いや、一魔導師として『会<オーガナイゼーション>』の動向位は知っとかねえとなっと……」

 「熱でもあるのかい?
  アハハ、何時まで保(も)つかね」

班員が揶揄うと、エイムラクは会報を畳んでしまう。

 「ハァ、止めた止めた、やっぱり柄じゃねえんだな」

班員は慌てて謝った。

 「あらら、御免よ。
  臍を曲げないどいとくれ」

419 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:35:27.35 ID:l+MMbhIf.net
filler

420 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:35:53.88 ID:l+MMbhIf.net
エイムラクは小さな溜め息を吐き、爽(さっぱ)りした態度で彼女に言う。

 「小母ちゃんが悪いんじゃねえよ。
  少し気になる事があってな。
  でも、今日で終いだ」

 「気になる事って?
  漫画(※)?」

見当外れの反応に、彼は大きな溜め息を吐いた。

 「俺を何だと思ってんだぃ……。
  もう良いよ、『巡回<パトロール>』行って来らぁ」

そう言って上着を肩に掛けて出て行くエイムラクを、班員は罪悪感を込めて見送る。

 (御免なさい、エイムラクさん。
  貴方の気持ちは解るけど、私は何も話せない。
  慰められるのも嫌でしょう)

彼女は事情を知っているが、それを明かす事は出来ない。
内部調査班は辛い仕事だ。


※:魔導師会会報には魔導師会の情報とは別に、連載漫画と連載小説がある。
  漫画は紙面の4分の1程度を使って、主に時事種(ネタ)を扱う。
  4齣と3齣のパターンがあり、どちらかは作者によって違う。
  小説は紙面の3分の1程度を使って、主に魔導師を主人公とした日常を描く。
  話が長期化し過ぎない様に、2〜4箇月で区切りを付けなければならない。

421 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:36:30.30 ID:l+MMbhIf.net
breather

422 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:37:18.84 ID:l+MMbhIf.net
驀(まっしぐ)ら


中国語で「驀地」と書いてある物に、「まっしぐら」と当てて読んだのが語源だそうです。
古くは「ましぐら」、「まっしくら」。
「坐倉(ましくら)」と当て字された事もある様です。
「驀」は元は馬に関係する漢字であり、そこから「一直線に」、「勢い良く」と言う意味が生まれました。
他に「俄かに」の意味もあります。
上述の様に「驀」だけで「まっしぐら」であり、「地」は中国語で副詞を作る物です。
詰まり、「驀地」とは日本語にすれば「まっしぐら『に』」で、「地」は「に」に相当する言葉です。
「白地」と書いて「あからさま」と読むのも、似た様な成り立ちと思われます。
こちらも「白」だけで「正直」、「何も無い」の意味があり、「地」は副詞を作る物でしょう。
「白地」は「あからさまに」であり、実際に中国語で「白地」は「率直に」、「正直に」の意味があります。
(これとは別に、名詞の「白地」もあり、当然意味が変わります)
日本語の「白地(あからさま)」は複雑な経緯を辿って変化しています。
「急に」、「俄かに」、「忽ち」から「一時的に」、「仮初めに」、「本の少し」、それが否定を伴って、
「少しも(無い)」、「全く(無い)」と変化しており、当て字の「白」の意味は「虚しい」か、
「全く無い」だと思われます。
これを「白=明らか」と誤解したのが、「明から様」の意味を持つ、今日の「あからさま」でしょう。
日本語の「白地〔しらじ〕」は、「未だ染めていない白い布」の事で、「処女」の婉曲表現でもありますが、
どちらの「あからさま」にも通じる意味がありません。
「白い布は後で染められるから『一時的』である」と言えない事も無いですが、牽強付会に感じます。

423 :創る名無しに見る名無し:2018/01/20(土) 18:39:09.17 ID:l+MMbhIf.net
惑々(まごまご)


戸惑う様子の「まごまご」は、恐らく「まどまど」の変化ではないかと推測します。
「ぶつぶつ言う」の「ぶつぶつ」は、古くは「つぶつぶ」と言い、これは「呟く」の「つぶ」で、
どこかの時点で「つぶつぶ」が逆転して「ぶつぶつ」になったと言われています。
それの類推で、困惑する「どぎまぎ」と同じ意味で、「どまどま」と言う言葉があり、
これは「惑う」の「まど」の逆転ではないかと思うのです。
しかし、そうなると「まどまど」が無いと行けない訳ですが、それが見付かりません。
所詮は素人の思い付きでしょうか……。
調べてみても、「まどふまどふ」位しかありませんが、逆に「まごまご」も見当たりませんので、
「まごまご」は新しい言葉と言う事になりそうです。
当て字として、そう意味が外れている訳では無いので、「まごつく」や「まごまご」には、
「惑」の字を当てたいと思います。


爽(さっぱ)り/洒(さっぱ)り


爽然、洒然とも当てる様です。
「爽」と「洒」には実は使い分けがあり、前者は「爽やか」、後者は「垢抜けた」と言う意味。
気分が「さっぱりした」と言う時は「爽」、容姿が「さっぱりした」と言う時は「洒」。
しかし、最近では「垢抜けた」、「身形が整った」の意味で、「さっぱりした」と言う事は少なくなりました。
都会に出て身形を整える様になった人に向かって、「小ざっぱりしやがって」と言う時の「さっぱり」は、
「洒り」となります。
「清々しい容貌になった」と言う意味では、「爽」も使えるでしょう。
「洒り」は「お洒落」の「洒」であり、「酒」ではありません。

424 :創る名無しに見る名無し:2018/01/22(月) 19:57:13.89 ID:CS6OdmzR.net
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425 :創る名無しに見る名無し:2018/01/22(月) 19:57:50.56 ID:CS6OdmzR.net
ボルガ地方 山間の町セッカにて


古代魔法研究所の研究員サティ・クゥワーヴァと、その護衛兼監視役のジラ・アルベラ・レバルトは、
この時期に行われると言う伝統的な夏祭りを見物に、セッカ町を訪れていた。
それは山の精霊に捧げ物をして、作物の順調な生育と来る秋の豊作を祈願する「精霊祭」の一種で、
町の若い男衆が1体半の人形(ヒトガタ)を背負って、セッカの大山と呼ばれるタイセ山を登る。
この祭りは人形の呼び名を取って、「背負子(しょいご)祭」と呼ばれる。
由来は、復興期、旱魃に悩まされていた所、ある男が山の精霊に生け贄を捧げに行った事と言う。
先述した様に、タイセ山は「セッカの大山」とも呼ばれる程、高く大きい山である。
標高は5通弱。
天にも届く様な、その頂には神聖な物が住まうと考えられていたのだ。
タイセ山は「女人の立入を禁ず」と言い伝えられており、女子供は山に入れない。
山の精霊が怒る為だと言う。
この事からタイセ山の精霊は女性的な性格を持つと考えられている。
サティは「調査研究」の名目で、山での祭りを見学しようと考えていたが、当然主催に却下された。
彼女は剥れて、ジラに愚痴を零す。

 「ボルガ地方民は確たる由も知れない因習や迷信に固執して、困った物です」

ジラは苦笑しつつ、サティを宥めた。

 「仕様が無いじゃん。
  そう言う決まりなんだから。
  郷に入っては郷に従えってね」

それでもサティは納得出来ず、愚痴愚痴と言い続ける。

 「大体、『山の精霊』なんて実在する訳無いでしょう。
  そんなの皆解っているんですから、既に形骸化しているんですよ。
  形骸化し過ぎて、形(かた)を保つ事が優先され、益々中身が虚(うつろ)になる。
  伝統なんて、そんな物です」

今日は自棄に機嫌が悪いなと、ジラは彼女の態度を怪しんだ。
何時もは、もう少し「伝統」や「文化」に理解を示すのだが……。
女人禁制が癇に障ったのだろうか?
それとも、そう言う日なのか?

426 :創る名無しに見る名無し:2018/01/22(月) 20:03:15.92 ID:CS6OdmzR.net
祭りが行われるのは、夕方から夜に掛けて。
朝陽が完全に現れる前に、若い男衆は重い「背負子」を背負って、山を登り切らねばならない。
季節は夏ではあるが、高山の夜は冷える。
中には登り切れずに朝を迎えて、脱落する者も出て来る。
魔法を使えれば、2体重を背負っても山道を楽々進めるのだが、魔法の使用は禁じられている。
これも山の精霊を怒らせない様にする為だと言う。
旧暦のボルガ地方では、共通魔法は邪法とされていたので、その名残であろう。
祭りの由来となった「生け贄」は、男の妻子だったと言う。
集落が旱魃で危機に陥った際、この男は天の声を聞き、妻子を背負ってタイセ山の頂を目指した。
1体半とは、妻子の重さ。
朝までと言う期限は、妻子が目覚めるまでの間。
男はタイセ山の頂に到達したと言われているが、その後に山から下りたと言う話は無い。
後日、集落に2月振りの雨が降った事を以って、人々は「儀式」が成功したと見做した。
この話は「セッカの大山」として、ボルガ地方伝説話集にも収められている。
今でこそ血腥い雰囲気は無いが、実は魔導師会が止めさせるまで、贄を捧げ続けていたと言う。
集落に災いある度に、この儀式は行われ、次第に災いを防ぐ為に毎年続ける様になったらしい。
毎年夏に一家が選ばれ、妻子を生け贄に捧げに行く。
妻子が無ければ、働き盛りの若い男を残して、爺婆を捧げる事もあった。
身内を「山の精霊」に捧げて、集落に帰って来る男は少なかったとも言われる。
女人禁制の山に妻や娘、母を運び込んで良い物かは疑問だが、生け贄は例外だった様だ。
女が自ら立ち入るのではなく、「男が背負っているから問題無い」とする理屈だったとも言う。
こうした血腥い歴史に蓋をして、しかし、丸で呪いの様に、その労苦は引き継がれ、
祭りは今も続いている。
現代の男達は人形を背負って山を登り切る事を、名誉な事だと信じている。
確かに、十分な体力のある丈夫の証にはなるだろう。
セッカ町の人々も、事を成し遂げた男達を称える。
祭りの由来は扨措き、今では完全に試練の様な物だ。
仮令一人の達成者も出なくとも、それは残念な事ではあるが、後に凶事が起こるとまでは、
誰も考えてはいない。

427 :創る名無しに見る名無し:2018/01/22(月) 20:05:16.97 ID:CS6OdmzR.net
辺りが暗み始める西の時3針に、男達は重い人形を背負って、山頂に向け歩き始める。
老人や女子供はタイセ山の麓で、それを見送る。
山頂に着いたら松明を灯して、麓で待つ人々に達成を伝える。
魔法が使えないと言うのは厳しく、健康な成人男性でも、1通も歩けば足が止まる。
山頂までの距離は最短で1区5通。
人形を背負った儘では、恐ろしく長く遠い。
サティとジラは大人しく山の麓で、登頂に挑む男達の後姿を眺めていた。
男達の中には、数歩も歩かない内から倒れてしまう者、動けなくなってしまう者も居る。
こうした者達は、物笑いの種だ。
後々まで、あの男は軟弱で情け無いと言われ続ける。
この不名誉な評判を回復する方法は、翌年以降の祭りにて良い所を見せる他に無い。
年頃の男なのに参加しない者は、腰抜けである。
祭りに備えて、地道に鍛え続けて来た者達だけが、タイセ山の高みに到れる。
数針も経てば、男達は山林の闇の中に姿を消す。
闇の中で何が起ころうと、外からは判らない。
倒れても朝まで救助は来ない。
人に害を及ぼす野生動物の類は出現しないが、稀に死者や行方不明者が出る。
負傷者は初中(しょっちゅう)。
登山道を外れたり、転げ落ちたり、足を挫いたり。
危険なので廃止しようと言う動きもあったのだが、伝統と文化の名の下に未だ続けられている。
山道は幾らか整備されているが、万全とは言い難く、魔法を解禁する気配も無い。
登山道の要所要所には監視員が居て、不正が出来ない様になっているが、この監視員も、
魔法は使えない。
仮令、緊急時であっても魔法を使ってはならないと言う、奇妙な徹底振り。
生け贄を捧げる事は出来なくとも構わないが、魔法の使用だけは許されない。
伝統や文化と言う形式的な物ではなく、人々の心には未だ「精霊への畏れ」が残っているのか……。

428 :創る名無しに見る名無し:2018/01/23(火) 18:07:34.06 ID:yOFdYi8h.net
男達の姿が山林の闇に消えると、もう見物していても仕方が無いと、帰り始める者が疎らに現れる。
登頂して下山して来るまで、早くとも3角。
それまで呆っと山を眺めていても何にもならないので、その間に夕食にしたりする。
ジラもサティに呼び掛けた。

 「暗い山を凝(じっ)と見てても詰まんないし、私達も一旦戻って晩御飯食べない?」

彼女はジラに対して、今思い浮かんだ疑問を打付ける。

 「山に登っている人達は、何時御飯を食べるんでしょう?」

 「お弁当を持ってるんじゃないの?
  それか食べて登ってるか?
  毎年やってるんだから、何か考えてあるよ」

 「そうですよね」

サティは浅りと納得して、ジラと一緒に町中に戻った。
ジラはサティの詰まらない疑問と、嫌に素直な反応が気に掛かった物の、行動を共にしていれば、
無理はしないだろうと一々指摘せずに過ごす。
食事中も、サティは些細な疑問をジラに投げ掛け続けた。

 「もし不正があったら、どうするんでしょう?」

 「監視員が居るから、不正は出来ない筈だよ。
  それとも不正があった時の対処?
  普通に失格になるんじゃないの?」

 「そうでは無くて……、監視員も最初から最後まで付き添っている訳では無いんですから、
  どこかで不正を働こうと思えば、出来ない訳では無いでしょう」

 「そこは良心に委ねられているんじゃ?
  大体さ、達成した所で、どうなるって言う物じゃないし」

429 :創る名無しに見る名無し:2018/01/23(火) 18:08:58.98 ID:yOFdYi8h.net
filler

430 :創る名無しに見る名無し:2018/01/23(火) 18:09:48.87 ID:yOFdYi8h.net
これは罠だと、ジラは直感した。
サティはジラが疑問に付き合い切れなくなって、「自分の目で確かめれば?」と言って来るのを、
待っているのだと。

 「言っとくけど、山には入らないでよ」

ジラが先を制して釘を刺すと、サティは意地の悪い笑みを浮かべる。

 「ジラさん、山の精霊を信じている訳では無いですよね?」

ジラは眉を顰めた。

 「災いとか罰とか、どうでも良いけど、揉め事は起こしたくないじゃん……」

 「はぁ、そうですか」

サティは呆れた風に溜め息を吐いた。
そして、先の話の続きをする。

 「ここの人達は、本当に魔法を使わないんでしょうか?」

 「嫌に疑るのねぇ」

今度はジラが呆れた顔をする。
そこまで人が信じられないのかと。
サティは又も意地悪く笑った。

 「どこにでも心の貧しい人は居る物です。
  良心に委ねると言えば聞こえは良いですが、それは責任放棄の言葉でもあります。
  不心得者が現れない様にするのも、管理者の責任だと思うのですが」

431 :創る名無しに見る名無し:2018/01/23(火) 18:10:45.08 ID:yOFdYi8h.net
ジラは一層眉を顰めて彼女に反論する。

 「『昔からの風習』って、大体そんな物じゃない?
  何と無く続いてて、何と無く従ってる。
  それが当然だから、疑問も抱かない。
  そんなに貴女は人が信じられないの?」

 「信じられないと言うより、単純に何を担保に戒律を守っているのか疑問なのです。
  背負子は1体半、とても重たいですよね。
  『体積』の1体半だとしても、邪魔な荷物に変わりはありません。
  山頂まで運ぶのに、それは苦労する事でしょう。
  そう言う時に、何とか狡が出来ないか、楽が出来ないかと考えるのは人の性です。
  そうして人間社会は発展して来ました。
  監視員の居ない所で少し魔法を使っても、罰は当たるまいと考えるのは自然でしょう」

サティの言い分に、ジラは軽蔑の眼差しを向けた。

 「貴女が、そんなに心の貧しい人だとは思わなかった」

非難されたサティは少し動揺した物の、強弁する。

 「信用で成り立つ物には、担保が必要です。
  共通魔法が使えないのであれば、尚の事。
  全員の人格を明らかにする事は出来ないのですから」

ジラは深い溜め息を吐いた。

 「それで?
  監視員の居ない所で?
  少し魔法を使って?
  戒律を破った人が居た所で、何だって言うの?」

サティの言う通り、そう言う事はあるかも知れないが、あったとして、だから何なのだと。
所詮は地方の余り規模の大きくない祭りなのだから、不正があった所で大きな問題になるとは、
彼女には思えなかった。

432 :創る名無しに見る名無し:2018/01/24(水) 18:30:05.31 ID:udpUyVCv.net
ジラの問い掛けに、サティは少し考え込む。

 「この町の人々は、本当に精霊を信じているのでしょうか?」

彼女が何を言いたいのか、ジラは真意を量り兼ねて困惑した。

 「どうだって良いじゃない、そんな事……。
  サティ、貴女こそ精霊を信じてるんじゃないの?」

 「どうでも良くはありませんよ。
  祭りが単なる形式的な物に過ぎないのか、それとも真摯な信仰心を以って行われているのか、
  民俗学的には重要な事です」

それを聞いて、意外に真面目な事を考えていたんだなと、ジラは感心する。

 「どの程度精霊を信じてるかは、人それぞれじゃない?
  真面目にやってる人も居るだろうし、全然信じてない人だって居るかも知れない」

 「その『信じていない人』は、確実に狡をしますよね。
  寧ろ、しない理由が無いでしょう」

 「何で、そう言う考え方するの……」

サティの思考が、ジラは恐ろしくなった。
彼女は再びサティの意図が解らなくなる。

 「必ず狡をするとは限らないじゃない。
  狡が嫌いな人も居るよ」

 「同じ位、狡が好きな人も居ますよ」

433 :創る名無しに見る名無し:2018/01/24(水) 18:30:34.65 ID:udpUyVCv.net
ジラは嫌な顔をして、サティを睨む。

 「お祭りとは言え、本質は試練とか競技みたいな物だと思うよ。
  だから、狡をする人は嫌われるんじゃないかな」

 「そこは暴(ば)れない様にすると思います。
  堂々と狡をする人は、流石に居ないでしょう」

 「何で先から狡をする事が前提なのか、私には本気で解らないんだけど……」

誤解されていると感じたサティは、憤然として反論した。

 「必ず狡をする何て、そんな事は言っていませんが?」

 「いや、そう聞こえたよ」

 「そうでは無くてですね……。
  狡をする人が居れば、それは信仰心が然程の物では無かった事を意味します。
  儀式とは形式的な物――いえ、『形(かた)』その物と言えるでしょう。
  『如何に形を再現するか』、『前例に倣う』事が儀式なのです。
  神聖な儀式で、『決まり』を破る事は重罪で、到底許される物ではありません」

ジラは暫し考え込み、サティの思惑を推察する。

 「……詰まり、誰か狡をしてないか見張りたいと?」

サティは無言で少し後ろ目痛そうに頷いたが、ジラは許可しなかった。

 「どんな理由があっても、山に入らせる訳には行かないよ」

434 :創る名無しに見る名無し:2018/01/24(水) 18:31:20.48 ID:udpUyVCv.net
 「私的好奇心では無く、飽くまで研究に資する目的です。
  それに山に入る訳ではありません」

サティは弁解するも、ジラは簡単には納得しない。

 「どうせ空から見物する積もりでしょう?
  それで『踏み入る訳じゃないから大丈夫』だって?」

甚も容易く考えを読まれたサティは、己の短慮を自覚して赤面した。

 「だ、駄目でしょうか……?」

 「駄目」

ジラは無情にも切り捨てたが、サティは諦めが悪い。

 「どうしてジラさんは駄目と決め付けるのですか?
  その権限は祭りの主催である町長にしか無いのでは?」

正論を吐く彼女に、ジラは堂々と言う。

 「私が付き添えないから」

ジラはサティが無謀な事をしない様に、監視する役目も負っている。
サティは暫し両目を閉じて思考した後に、こう言った。

 「では、一緒に飛びましょう。
  人一人運ぶ位、訳無いですよ」

435 :創る名無しに見る名無し:2018/01/25(木) 18:33:11.05 ID:+LgIw5UR.net
結局ジラは押し負けて、サティと共に空から祭りの様子を観察する事になった。
町長はサティの頼みを聞いて、最初は渋っていたが、「魔導師会」の名前を出された上に、
正当な「研究目的」だと告げられて、「山に降りない事」と「祭りの邪魔をしない事」を条件に、
タイセ山の上空に進入する事を許可した。
事情を知らない他者に、空を飛んで山に向かう所を目撃されて、騒ぎになっては行けないので、
サティとジラは町外れの人目に付かない場所へ移動する。
飛び立つ前に、サティはジラに尋ねた。

 「ジラさん、空を飛ぶ体勢は、どうしましょうか?
  私が背負いましょうか?」

 「それは悪いよ」

 「では、振ら下がりますか?
  手繋ぎと、足に掴まるのと、どちらが良いですか?」

その場面を想像して、ジラは小さく唸る。
どうしても幾らか間抜けに見えてしまう。
どうせ誰も見やしないのだから、格好を気にする必要は無いのだが……。
そう頭では理解していても、見栄えを気にする自分が居るのだ。
悩む彼女を、サティは早く決めてくれないかと冷ややかな目で見る。
そしてジラが出した結論は……。

 「お姫様抱っ子……とか、出来る?」

 「地上を観察する時に邪魔になるので却下です。
  やっぱり背負いましょう。
  その方が私も楽です」

サティは合理性を重視して断った。

436 :創る名無しに見る名無し:2018/01/25(木) 18:34:23.23 ID:+LgIw5UR.net
ジラは自分より小さいサティの背に、覆い被さる様に体を預け、腕を前に回す。
体重が掛かった所でサティが小さく呻いたので、ジラは彼女を心配した。

 「だ、大丈夫?
  飛べそう?」

 「行けます、大丈夫です。
  予想より、少し……あ、いえ、何でもありません」

気遣いの積もりだろうが、そこまで言ってしまったら、誤魔化す方が嫌らしいとジラは思いつつ、
自分の体重を気にした。
長身で魅力的な体の持ち主である彼女は、体重も相応である。
単に整っているだけでなく、格闘を熟せる筋力もある。
小柄で細身なサティが魔法や他の助けを借りずに、ジラを運搬する事は不可能であろう。

 「重力を軽減する魔法なら、私も使えるから」

 「ええ、そうして貰えると助かります」

サティは何槽もある物体を、楽々魔法で浮かせられる程の、高い魔法資質を持っているのだが、
そんな彼女でも飛行に苦労する程、自分は重たいのかとジラは少しショックだった。
実の所、サティが本気になれば、単独でもジラを連れて飛行する位は訳無い。
彼女は複雑な魔法であっても、幾つかを同時に扱える程の熟練者だ。
しかし、単独で複数の魔法を同時に使うと魔力効率が悪くなり、隠密行動が取れなくなる。
多量の魔力を消費して、祭りの参加者や見物人に存在を知られてしまう訳には行かないので、
少々手間取っているのだ。
互いの魔法が干渉しない様に、サティとジラは協調して魔法を使う。

 「それでは、飛びますよ」

サティの呼び掛けに、ジラは頷く。

 「良いよ」

サティの体が少しずつ浮いて、ジラの体を押し上げる。

437 :創る名無しに見る名無し:2018/01/25(木) 18:40:31.85 ID:+LgIw5UR.net
地上が遠ざかり、やがて2人は夜空に溶け込む。
上空に吹く冷たい夜風が心地好く感じられる。
地上から1通の所で、サティは上昇を止める。

 「さて、人々は本当に真面目に祭りに取り組んでいるでしょうか?」

そう言って、彼女は山肌に沿って1通の距離を保ちつつ移動した。
ジラは山を見下ろして呟く。

 「真っ暗で何も見えない……」

山頂に向かう男達は、山林の中を歩いている。
肉眼では何も見えないのは当然だ。
魔法資質が優れているとは言え、飽くまで常人の域に留まるジラでは、魔法を使っていない人を、
発見する事は出来ない。
探知魔法を使えば良いのだが、そうすると祭りに参加している男達に、感付かれる可能性がある。
一方で、サティの方は山林を歩く男達が判る様子。

 「ジラさん、あれを見て下さい」

彼女が指差した先では、小さな灯りが点いたり消えたりしている。
ジラにも、それは見えた。
正確には明滅しているのではなく、木々の隙間から僅かに灯りが洩れているのだ。
山林を歩く男達は、余程夜目が利く者以外は、灯りを提げている。
魔法の明かりでは無く、油を燃やす型の物。
やはり神聖な「祭り」と言う事で、この辺りも徹底している。

 (誰も狡なんかしそうに無いけどなぁ……)

この儘、祭りが終わるまで誰かが違反しないか、上空で見張り続ける積もりではないかと、
ジラは今更になって心配した。
何角も飛行した儘では、ジラの方が辛い。
彼女は飽くまで常人なのだ。

438 :創る名無しに見る名無し:2018/01/25(木) 18:44:17.90 ID:+LgIw5UR.net
標高5通弱の山頂へ到る1区5通の道程は、普通に歩いても3角は掛かる。
確り体を鍛えた、山登りに慣れた者であれば、2角弱で登頂出来るかも知れない。
しかし、重い荷物を背負っていれば、倍は優に掛かるであろう。
時間制限が夜明けまでと、やたら長いのも頷ける。
サティとジラが食事を取っている間に、麓での登頂開始から1角半は過ぎていたのだが、
最初の登頂者が出るまでは、未だ時間がありそうだった。
呆っと地上を眺めるジラとは対照的に、サティの目は鷹の様に鋭い。
そして、サティは遂に不正の瞬間を目撃した。

 「あっ」

サティが小さな声を上げて、指を差すと、それにジラが反応する。
しかし、ジラには何も見えない。
サティの指が示す先では、鬱蒼と木々が茂っているのみ。

 「何、何、何があったの?」

ジラが尋ねると、サティは低く落ち着いた真面目な声で答えた。

 「2人、近道しました。
  順路では無い急峻な斜面を、魔法を使った跳躍で登ったんです」

 「えー、本当?
  見えないから判んない」

 「先頭を走っていると言う訳ではありませんね。
  誰かに追い付こうとする意図も窺えません。
  人が見ていない所で楽しようとしただけですね、これは」

名誉も何もあった物じゃないと、ジラは呆れた。
所詮は地方の祭りで、規律も何も緩々なのだ。

439 :創る名無しに見る名無し:2018/01/26(金) 18:29:33.59 ID:jbYjR/b5.net
filler

440 :創る名無しに見る名無し:2018/01/26(金) 18:30:28.46 ID:jbYjR/b5.net
サティは山全体を見渡し、細かい魔力の流れを拾って行く。

 「他の人に気付かれない程度に、身体能力を強化して走っている人も居ます。
  『先頭<トップ>』を走っている人も……」

些細な違反をも見過ごさない彼女の魔法資質の鋭さに、ジラは感服するばかり。
それと同時に、男達の小狡さには辟易する。

 「はぁ、魔法を使ってない人の方が少ないんじゃないの?
  伝統も何もあった物じゃない。
  サティ、貴女は何とも思わない?」

サティは平然と答えた。

 「人間、大体そんな物でしょう。
  それに仮に私が参加者だったとして、魔法無しで人形を山頂まで運べる気はしないので、
  どうこう言える立場ではありません。
  寧ろ、私は誇らしい気持ちですよ。
  魔法を使っている人達は、必ずしも全員が意図して違反している訳では無いと思います。
  よく魔法に慣れた人は、日常の些細な動作にも、無意識に魔法を使っているのですから、
  もしかしたら反則をしたと言う意識は全く無いのかも知れません。
  共通魔法は、そこまで浸透しているのです」

ジラは不満気な目で、森林限界を越えて山頂に近付く灯りを見詰めている。
サティは小声で言った。

 「ジラさんは真面目ですね」

それを素直に褒め言葉とは受け取れず、ジラは眉を顰める。
サティは弁解した。

 「真面目なのは良い事です。
  言っておきますが、全員が全員、魔法を使っている訳ではありませんよ。
  魔法を一切使わない人も、それなりに居ます。
  未だ山の中腹辺りで苦労していますが」

もう数針で先頭は山頂に着きそうだと言うのに、魔法を使わない者は未だ中腹の辺り。
正直者が馬鹿を見る世の中なのかなと、ジラは心(うら)寂しく思った。

441 :創る名無しに見る名無し:2018/01/26(金) 18:33:20.49 ID:jbYjR/b5.net
小さな灯りが山頂に到達すると、そこで小さな花火が打ち上げられる。
花火の明かりと音で、最初の登頂者が現れた事を知り、山の麓では歓声が上がる。
掛かった時間は2角弱。
魔法を使わない、それも重荷を背負っての登山にしては、明らかに早い。
腑に落ちない心持ちで、ジラは言った。

 「もう十分だよね?
  そろそろ降りよう」

 「分かりました」

サティは素直に彼女を地上に降ろす。
地に足を着けたジラは、大きな溜め息を吐き、落ち込んだ気分でサティに問う。

 「貴女は未だ見物するの?」

 「はい、折角ですから最後まで。
  あっ、ジラさん、私を見ていなくて良いんですか?」

サティは態と意地の悪い事を言ったが、ジラは言い返す気力も失せていた。

 「良いよ、そんな変な事はしないって、信じてるから」

ジラは悄々(しょうしょう)とした足取りで宿に向う。
投げ遣りな態度だなと思いつつ、彼女の背を見送った後、サティは上空からの観察を続けた。
最初の登頂者が出た後、体力と気力の無い者は山の中腹にも到らず、続々と背負子を下ろす。

 (最初の登頂者が現れるまでは、脱落が認められないのかな?
  こう言う暗黙の了解は説明されないから困る)

夜明けまでには未だ未だ時間がある。
山頂に行く事を諦めていない者も多い。
彼等の直向きな姿に少しではあるが感心し、確り見届けようと、サティは思った。

442 :創る名無しに見る名無し:2018/01/26(金) 18:34:54.19 ID:jbYjR/b5.net
filler

443 :創る名無しに見る名無し:2018/01/26(金) 18:35:48.87 ID:jbYjR/b5.net
2番目の登頂者も窃(こっそ)り魔法を使っていた者。
花火を打ち上げて貰えるのは、最初の登頂者のみの様である。
参加者全員分の花火がある訳も無く、登頂した証の襷だけを貰って下山する。
下山中の登頂者の襷を奪う様な不正は無いかなと、サティは見守っていたが、流石に無かった。
そこまで悪辣な者は居ないのだなと、彼女は安堵する。
時刻が北の時を回ると、山頂で登頂者を迎える役の監視員が、居眠りを始めた。
襷を数人分纏めて持ち去る者が現れないかと、サティは見守っていたが、これも無かった。
登頂者は監視員の肩を叩いて起こし、襷を貰って素直に帰る。
山頂の監視員は真面に起きていようと言う気が無いらしく、眠りを堪えようとする振りは見られない。
北の時になって半角が過ぎようと言う頃、漸く魔法を全く使わない登頂者の第1号が現れる。
特に変わった事は無く、普通に襷を貰って下山する。
魔法を使ったか、使わなかったかは、本当に問題とされていない様だった。
毎年こんな物なのかと、サティはジラと同じ様な気持ちになる。
努力が報われない姿は、傍から見ていても虚しい物だ。
頑張った人間には、相応の物を与えて欲しいと思うのは、人の性である。
狡猾な者だけが報われるのでは、世の中は荒んでしまう。

 (高が地方の祭りに、それを求めるのも変な話か……)

深刻に考え過ぎだなと、サティは自嘲した。
魔法を使うなと言うのも、程度の問題であろう。
一気に山を駆け上がる様な不正は、誰も行っていない。
中には不正を働いたのに、登頂を諦める者まで居る。

 (取り敢えず、「山の精霊」は居ないみたい)

それだけは確かな事だと、サティは独り内心で認めた。

444 :創る名無しに見る名無し:2018/01/26(金) 20:49:05.87 ID:47GRpfSN.net
このコンビかわいい

445 :創る名無しに見る名無し:2018/01/27(土) 17:45:52.39 ID:rZ8F9WGJ.net
山の麓に目を遣ると、既に登頂した者や途中で諦めた者が、疎らに戻って来ている。
皆一様に土塗れだ。
誰一人として綺麗な格好の者は居ない。
山道を重い荷を背負って歩くので、どこで転んでも不思議は無いのだが――、

 (ん、あの人は……。
  山頂で見た時は、そんなに汚れてなかったのにな?
  帰りで転んだ?)

その中には殆ど衣服を汚さずに登頂した者の姿もあった。
サティは風の魔法で会話を拾い聞きする。

 「いや〜、背負子捨てた帰りで油断しとったちゃ」

 「凄かったっちゃよ!
  皆して駄弁り糅(が)つら下っとったら、一斉に素っ転んで。
  こうドドドドドーッと雪崩みてえに」

 「そやそや、『押されて』やの『巻き込まれて』じゃねぇっちゃよ!」

 「皆一緒に滑って転(こ)けて!」

男達は突然の事故を面白可笑しく、麓で待っていた女達に語って聞かせる。

 「嘘やぁ〜、毎年言っとる物」

 「嘘やねぇって、本真やち」

 「学習せんのけ?」

それなりに整備されている山道で、一斉に転ぶ等と言う事があるだろうかと、サティは訝った。
悪巫山戯で、態と道を外れたと言うなら、未だ解るが……。
重い荷物を運んで、足腰が疲労で弱っていたのだろうか?

446 :創る名無しに見る名無し:2018/01/27(土) 17:48:40.73 ID:rZ8F9WGJ.net
先述した様に、彼等だけでなく、他の者達も同様である。
衣服が土に塗れていない者が居ない。

 (後で町長に聞いてみようかな)

「不文律」にこそ、その地方の文化が表れる。
それは言葉にしなくても守られるべき「当然の事」であり、規則として明記するまでも無いからこそ、
不文律たり得る。
謂わば、人々の精神性その物なのだ。
登山で密かに魔法を使う者が居ても、山頂で悪さをする者が居ない様に。
それから数角、東の空が白み始め、朝が来ようとしている。
男達の内、数人は未だ登頂を諦めていない。
眠気や疲労と戦いながら、一歩ずつ高みを目指している。
狡賢い人達よりは、こう言う人達の方が好感を持てると、サティは思った。
徐々に東の空が明るくなり、やがて太陽が顔を出す。
制限時間まで、後1角半と言った所。
残るは2人。
内、1人は何とか朝陽が地平線から離れるまでに登頂出来たが、もう1人は全く間に合わなかった。
監視員も山を下り始め、脱落者を回収する。
祭りは終わった。
山頂では人形が置き去りにされている。
誰も片付ける様子は無く、この儘風雨に曝されて、翌年の今頃には土に還るのであろう。

447 :創る名無しに見る名無し:2018/01/27(土) 17:50:26.10 ID:rZ8F9WGJ.net
皆が山から下りたのを見届けてサティが宿に戻ると、ジラは既に起きていた。

 「お早う、サティ。
  今帰った?
  朝まで起きてたの?」

 「ええ、興味深く見物させて貰いました」

 「何か面白い事とか、変わった事でもあった?」

 「言う程の事はありませんでしたが」

 「退屈しなかったの?」

呆れ半分で嘆息するジラに、サティは告げる。

 「南東の時になったら、役所に行って、町長に話を伺いたいと思います」

彼女の発言に、ジラは少し驚いた。

 「南東の時まで、2角も無いけど。
  もっと寝とかなくて良いの?」

2角弱の睡眠では、夜通し起きていた疲れは取れないだろうと。
それに対するサティの回答は、意外な物だった。

 「眠る訳ではありません。
  諸々の準備をする時間に、少し余裕を持たせての、『南東の時』です。
  その気になれば、私は半月は寝なくても大丈夫です」

ジラは絶句する。
時々サティは冗談なのか本気なのか判別し難い事を言うが、これは突っ込んで良い物なのか……。

 「……そ、それは幾ら何でも――」

恐る恐る言ってみたジラに、サティは淡々と補足説明をする。

 「全く眠らないと言う訳ではありませんが、例えば歩くだけなら半分寝ながらでも出来ますし。
  そう言う風に空いた時間を睡眠に充てて過ごせば、纏まった睡眠時間が取れなくても平気です」

 (この子は又、怖い事を平然と言うなぁ……。
  詰まり、睡眠時間を自在に決められるって事じゃないの)

予め決めておいた時間通りに起きる事は難しい。
況して、深い眠りを小分けにして、睡眠時間を分割調整する事は不可能だ。
しかし、人間離れしたサティの数々の行動を見て来たジラには、そう断言する事が出来ない。

448 :創る名無しに見る名無し:2018/01/28(日) 16:59:50.72 ID:ACU/lphq.net
サティは宣言通り、南東の時には旅立ちの準備を済ませて、ジラと共に町長の元へ向かった。
役所の町長室で、2人は町長と対面する。

 「これは、これは。
  ようこそ入らっしゃいました。
  どうぞ、お掛けになって。
  昨夜の祭りは如何でしたか?」

気削(きさく)な口振りの町長に、サティは愛想笑いで応じる。

 「大変興味深く見学させて頂きました。
  その祭りに関して、二三お伺いしたい事があるのですが」

町長は表情を強張らせた。

 「な、何ですか?」

魔導師会は過去に、地方の伝統的な祭りを廃止させようとした事があった。
神霊を頼みにし、呪いや祟りを信じていては、何時までも科学的思考が育たないと言う理由で。
特に、ボルガ地方とカターナ地方は精霊や祖神を敬う気持ちが強く、何をするにも祟りを恐れて、
一々霊を祀らねばならず、魔導師会は度々これを問題視していた。
サティは誤解の無い様に言う。

 「いえ、問題があったと言う訳では無くて。
  祭りの様子を見ていて、単純に疑問に思った事があるのです。
  確か、祭りで魔法を使う事は禁じられている筈でしたよね?」

町長は緊張した儘で応じた。

 「は、はい」

 「しかし、祭りの参加者の内、結構な数の人が魔法を使っていましたが、これは良いのですか?」

 「よ、良いとは?」

 「伝統的な祭りで、魔法を使う事を認めて良いのでしょうかと……」

サティの問に、町長は暫し呆けた顔をしていたが、やがて真面目に答える。

 「いえ、認めてはおりませんが」

449 :創る名無しに見る名無し:2018/01/28(日) 17:05:36.64 ID:ACU/lphq.net
 「何か違反に対する罰則等は無いのですか?」

 「私共は神でも精霊でもありませんので」

サティは意味が解らず、目を瞬かせて町長の顔を見詰める。
町長は苦笑した。

 「人間が神霊に代わって罰を下そう等とは、傲慢な話です。
  もし何者かの行いが神霊の不興を買ったのであれば、その者には相応の罰が下るでしょう。
  それが無いと言う事は、お目溢しされたのでしょう」

そう言う考え方をするのかと、サティもジラも感心した。
確かに、罰は山の精霊が下す物で、人間が下すのであれば、それは刑だ。
だが、そうなると別の疑問が生じる。
サティは町長に問う。

 「それでは実質、決まり事に意味は無いのでは?
  女人禁制と言うのも、そこまで厳しく守る必要があるのか疑問になるのですが」

 「まぁ、意味の有無は扨措き、そうと昔から決まっている物でして。
  禁を冒しても良いかと問われたならば、良くないと答えるより他にありません」

 「詰まり、勝手にする分には問題無いと?」

 「問題が無い訳ではありません。
  見掛ければ止めます――が、私共の与り知らぬ所で行われる事は、止め様がありません」

何とも無責任な言い分だなと、傍で聞いていたジラは思った。

450 :創る名無しに見る名無し:2018/01/28(日) 17:12:47.18 ID:ACU/lphq.net
filler

451 :創る名無しに見る名無し:2018/01/28(日) 17:13:04.90 ID:ACU/lphq.net
ここでサティは鋭い質問をする。

 「所で、貴方御自身は『山の精霊』をどこまで信じていますか?」

町長は困った笑みを浮かべるだけで、何も答えなかった。
サティは更に言う。

 「建て前は抜きにして」

町長は少し考えて、こう答える。

 「……『存在を信じて疑わない』と言う事はありません。
  かと言って、信じないと言うのも違う気しますね。
  精霊の存在を信じたい――否(いや)、居たら良いなと言う願望の様な物があるのでしょう。
  私に限らず、町の者の多くにも」

 「願望?」

 「ええ、私達の営みを見守り、加護を授けて下さる存在」

 「そんな物が実在したら良いなと?」

 「大昔から、ここで暮らしていた私達の祖先は、そう思っていたのでは無いでしょうか……」

 「『労苦に苛まれし者にこそ神霊の加護あらん』ですか」

サティが旧い信仰の一節を唱えると、町長は気恥ずかしくなり、少し俯き加減になった。

 「魔法が無かった当時、人の力で何ともならない事は皆、神頼みだったのです。
  文明が進んだ今でも、人は万能ではありません。
  誰にも明日の事は分からないのです」

452 :創る名無しに見る名無し:2018/01/29(月) 18:24:46.15 ID:Xu8QihHm.net
サティは町長の話を手帳に書き留めると、次の質問をした。

 「次に……、脱落や棄権に関する、特別な決まりがあるのでしょうか?」

町長は意外そうな顔をする。

 「そんな特別な事は無い筈ですが……。
  夜明けまでに登頂出来なければ、自然に脱落扱いになります」

 「最初の登頂者が出るまでは、山を下りられないのでは?」

サティに指摘されて、漸く町長は頷いた。

 「あ、その事ですか!
  決まりと言う程の決まりでは無いのですが、『祭り』ですからね。
  登頂者が一人も出ないと言うのでは困ります。
  誰も登頂出来なかったとしても、責めて挑戦する心意気は見せて欲しいと言う訳で、
  自然に今の形に落ち着きました。
  義理と言うか、礼儀と言うか、格好付けと言うか、そんな感じの物です」

 「誰に対しての『義理』、『礼儀』なのでしょうか?」

 「それは勿論、山の精霊です」

信じて疑わない訳では無いと言いながら、その裏では罰を恐れているのかと、サティは思う。
或いは、返答は建て前に過ぎず、昔からの形式に則っているだけなのか?
果たして、義理立ては山の精霊に対しての物か、古より伝わる「祭り」自体に対しての物か……。
恐らく町の人々は、町長も含めて、その区別をしていない。

453 :創る名無しに見る名無し:2018/01/29(月) 18:32:16.55 ID:Xu8QihHm.net
サティは最後の質問をする。

 「最後に、お聞きしたいのですが……。
  祭りの後、山から下りて来た人達は皆、衣服が土塗れだったのですが、これには何か理由が?」

町長は彼女が何を言っているか分からず、思わず鸚鵡返し。

 「……理由が?」

 「あぁ、誰も彼も衣服が汚れていたので、そう言う決まりでもあるのかと」

 「否、ありませんよ……」

町長が困惑を露にしたので、サティは間違った推理をしたのかと思い内心焦る。

 「で、でも、奇怪しくありませんか?
  大して疲れていない様な人まで、土塗れになっているのですよ。
  泥祭りの様に、汚れていないと格好が付かないとか、そう言う見栄みたいな物があるのでは?」

 「若い人達の流行りに詳しい訳ではありませんが、そんな話は聞いた事が無いですねぇ……。
  単に、転んで土が付いただけでは?
  私が若い頃も、祭りで土塗れになった人は大勢居ましたし、私も転んで土塗れになりましたが、
  汚れずに済むなら、それに越した事は無いと思っていましたよ」

 「どうして、転ぶんでしょう?」

 「それは山道ですから、斜面で足が滑る事もあるのでは無いでしょうか?
  どうして汚れるのかと、疑問に思った事は無かったですねぇ。
  毎年山道を整備して安全には気を遣っているのですが、屹(キツ)い坂道もありますので、
  滑ったり転んだりで土が付くのでしょう」

 「そ、そうですか……。
  有り難う御座いました」

結局、土塗れの謎は解けなかった儘、サティとジラは役所を後にした。

454 :創る名無しに見る名無し:2018/01/29(月) 18:32:55.17 ID:Xu8QihHm.net
ジラは先程の質問の意味をサティに尋ねる。

 「ねぇ、サティ。
  最後の質問は何だったの?
  土塗れって?」

 「山から下りて来た男の人達は、皆土塗れだったのです。
  流石に監視員は違いましたが」

どこが奇怪しいのかと、ジラは不思議がった。

 「重い荷物を背負って山を登る祭りなんだから、普通なんじゃないの?
  寧ろ、汚れない方が奇怪しいんじゃない?」

 「服に土埃が付着するとか、足元が汚れるとか、その程度なら何も奇怪しくはありません。
  でも、どこかで転んだみたいに全身に土が付くのは、奇怪しいでしょう」

 「何が?」

理解の遅いジラに、サティは少し苛立つ。

 「祭りに参加していた人達、全員ですよ、全員!
  中腹以下で早々に登頂を諦めて休んでいた人の服まで汚れますか?」

 「そう言う事もあるんじゃない?」

 「あるかも知れませんが……!」

未だ何か奇怪しいのか、ジラには解っていない様だったので、これ以上言っても無駄だと思い、
サティは溜め息を吐いて説得を諦めた。

455 :創る名無しに見る名無し:2018/01/30(火) 18:24:06.62 ID:vcFSaK19.net
無言で移動速度を上げたサティを、ジラは早足で追う。

 「どうしたの、サティ?
  何怒ってるの?」

 「怒ってなんかいません」

 「怒ってるじゃん」

 「違います」

どう見ても怒っているのに、分からない子だとジラは呆れた。
時は東南東。
タイセ山の頂に太陽が重なる姿は、丸で後光を負う様で神々しさを感じさせる。
山の精霊の実在は不明だが、この景色を目にして、神聖な物を想像する気持ちは解らなくも無いと、
サティは内心で密かに思った。

456 :創る名無しに見る名無し:2018/01/30(火) 18:25:45.65 ID:vcFSaK19.net
さて、そろそろ容量の限界が近付いて参りました。

457 :創る名無しに見る名無し:2018/01/30(火) 18:26:31.76 ID:vcFSaK19.net
「ボルガ地方伝説集、『セッカの大山』……。ああ、これが祭りの元なんだ〜。フムフム?」

「後で丁(ちゃん)と返して下さい、ジラさん。大切な資料なので、紛失されては困ります」

「分かってる、分かってる。……って、これ中々刳(えご)い由来なのね。生け贄って」

「あぁ、それは多分嘘ですよ」

「嘘? 本当は生け贄なんてしてなかったって事?」

「いえ、生け贄は捧げていました。『セッカの大山』の話が実際には無かった事と言う意味です」

「何で判るの?」

「幾ら『天啓』でも、自分の妻子を捧げますか?」

「昔の人なら信じたかも……」

「しかし、直ぐに棄民の様になっています。集落に不要となった者を山に捨てる。こちらが本命と、
 私は推測します。信仰の名を借りた殺人です」

「殺人って……」

「語弊がありました。生活に余裕の無い時代、養えなくなった者を已む無く捨てたと言う事です。
 遺体を遺棄する場所だったのかも知れません」

458 :創る名無しに見る名無し:2018/01/30(火) 18:27:12.90 ID:vcFSaK19.net
「それなら食料の不安が現実になる、秋や冬にやるんじゃない?」

「元々生け贄を捧げたのは、集落を困難が襲った時です。毎年捧げていた訳ではありません」

「あぁ、それなら……。でも……」

「真実は誰にも分かりません。今の住民も伝説しか知らないのです。山全体を掘り返して、
 大量の人骨でも見付かれば、話は別ですが……。そんな事に、お金も時間も掛けられません」

「まあ、そうだよね」

「何にせよ、祭りが今の形になって良かったです。後は愚かな揺り戻しが無い様にしなければ」

「揺り戻し?」

「大きな災害が発生した時に、『真面目に祭りをしなかった罰が当たった』と言わせない事です。
 どこでも災害は起こり得るのに、その原因や解決を神秘に求めるのは愚かでしょう」

「思わず天を仰ぐ事は、誰にでもあるよ。運命を呪うしか無い事も」

「全てを委ねられる絶対的な物を人は求めたがりますが、それは幻想です。幻想は何も救いません」

459 :創る名無しに見る名無し:2018/01/30(火) 18:29:19.24 ID:vcFSaK19.net
that time


(柔らかい。大きいな。羨ましい)

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。……どうして、ジラさんは体が大きいんですか?」

「そんなの貴女なら判るでしょう。至って単純な理由。半分は遺伝、半分は栄養状態」

「遺伝は仕方が無い物として、現代では栄養状態は然程変わらない筈ですが」

「よく食べ、よく動き、よく眠る。食事だけでも倍は違うよ。それとサティは運動不足じゃないの?」

「運動不足……」

「魔法で楽してるから」

「別に楽をしている訳では……! 日常的に魔法を使う事で、魔法資質を鍛えているんです!」

「あら、そう」

460 :創る名無しに見る名無し:2018/01/30(火) 18:30:57.41 ID:vcFSaK19.net
刳(えぐ/えご)い


喉に刺さる様な刺激を言う、「えぐい」に由来する表現です。
「えぐる」と同じ語源。
「いがらっぽい」と言う表現も、この「えぐい」の変化とされています。
味覚表現としての「えぐい」には「灰汁が強い」、「渋味がある」、「苦味がある」、「酸味がある」等、
感情表現としての「えぐい」には「酷い」、「辛(つら)い」、「厳しい」、「きつい」等の複数の意味があり、
使う人や文脈によって変化します。
江戸時代には既に、感情表現としての「えぐい」が見られるとの事です。
「エゴノキ」の「エゴ」も、その実が「えぐい」事から来ています。
他に、草冠に「斂(レン)」、或いは酉偏に「僉(ケン)」で、「えぐい」と読ませる様です。
残念ながらコードの関係で表示出来ません。
草冠に「斂」の方は、日本ではヤブガラシの意味。
ヤブガラシの根は薬になり、これが「えぐい」事から、漢字を当てたと思われます。
酉偏に「僉」の方は、日本では「酸」と殆ど同じ意味。
恐らく「喉に来る苦味や酸味」を「えぐい」と表現した物でしょう。
「えぐい」の語源となったともされる古語の「ヱグ」は「恵具」と書かれ、どうやらクログワイの様です。
ヤブガラシとは全く違う種。
茎を煮て食しますが、生食も可能で、甘味があり、菓子にもなるとの事。
水辺に生えるので、今では田圃の雑草扱いですが、嘗ては救荒作物だったそうです。
これが「えぐ」かったかは不明です。
クログワイには「えぐみ」が無く、寧ろ類似のシログワイに「えぐみ」があるとの事で、何が何やら。
「ヱグ」と「えぐい」には関連が無いのか、それともクログワイとシログワイを混同したのか……。
何と無く前者の様な気がします。
渋柿に当たるからと言って、柿を渋の代名詞にする事は無いので。
全くの余談ですが、現在売られている「黒慈姑(クログワイ)」は、シログワイの養殖変種で、
主に中国や東南アジアで食されているそうです。

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