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TRPG系実験室 2

344 ::2019/06/23(日) 22:37:02.29 ID:R1O+aIlC.net
これは雑記です
ニューロAI搭載型パワードスーツ『FRAME(Flexibly-Raiding-And-Machine-with-Emotion)』の運用理念は
簡易的に説明するならば『状況に応じて戦車のような振る舞いが可能な歩兵』です

FRAMEは基本的に人型なので、戦車や歩兵戦闘車などよりも小回りが利きます
市街戦ではよほど狭くなければ路地を利用する事も出来ますし
建築物の中に踏み込んでいく事も可能です
そりゃもちろん、まったくの無策ではまずいですけども
ともあれ一方でFRAMEは、戦車の砲弾を防御したり、逆に戦車を単機で撃破する事も可能です

ですが彼らがその性能をフルに活用するには、パートナーであるパイロットとの連携が不可欠です
FRAMEはパイロットと合体する事でより力強く、俊敏で、有機的な動きが可能になります
またAIが電子戦術面に専念出来るのでセンサーなどの精度も上昇します

加えて、連携とは単に合体して機体の性能を高める事のみを指しません
例えば市街地や屋内戦に臨む際、FRAMEが完全に歩兵と同様の振る舞いをしていては、機材の無駄遣いです
時に壁を破り、時には銃弾を遮り、逆にパイロットが斥候を務める事で敵の位置を共有する
要するに、Flexibly-Raiding(柔軟な襲撃法)です。それこそがFRAMEの真価なのです

熟練のFRAMEとパイロットは、いかなる状況でも一心同体の振る舞いが可能です
彼らはMechane-with-Emotion(感情ある機械)です
あなたはきっと、彼らと心を通わせる事が出来るはずですし、それは生き残る為の秘訣でもあります


>>343
合理的な(ように見える)理由があればデザインは問わないという例です
ドローンやその材料を格納して活動するには布のような柔軟性を持つ装甲が最適だとか、そういう感じです

質問への回答は後者です
彼らに搭載されたニューロコンピュータは人間の脳に似た振る舞いをします
つまり学習によって成長し、その過程で人格を得ます

345 :創る名無しに見る名無し:2020/02/14(金) 23:54:09.00 ID:301l2G6v.net
原案だけ放置しても良いスレって聞いてさぁ!!!
キャラを大事にしないのが好きでさぁ!!!!!

【TRPG】異界探索

2月29日

私達がこのホテルから出られなくなってもう10日が経った
相変わらず救助部隊はやって来る事は無く、たくさん居た生徒や教師も、今では14人しか残っていない
その生き残りも、殆どがこの町の異常な環境に精神をやられてしまっている
私も今は日記で考えを纏める事で何とか正気を保っているが、このままの状況が続けば彼らの様になってしまうかもしれない
……いや、弱気になってはダメだ
残った数少ない大人として、教師として。私には生徒たちを無事に家に帰す義務がある
幸い、4階に安全そうな空間を見つけた
調べた限り異常に汚染されておらず、奴らの姿も見当たらない
今日はこの部屋で生徒たちに休んで貰うとしよう

3月1日
(血液と思わしき茶色い染みがこびり付いている)

3月2日
……最悪だ。私の考えが甘かった
このホテルに安全な空間があるだなんて、楽観的になり過ぎた
あの部屋のルールは年齢だったんだ
大人は皆、崩れてしまった。教頭先生も、学年主任も、みんなみんな崩れてしまった
もう大人は私1人しかいない
なんでこんな事に……いや、ダメだ。弱気になってはダメだ
子供たちが頼れる大人は私だけなんだ。私が頑張らないと。頑張って生徒たちを生かして帰さないと
とりあえず、生徒たちには自衛の為に武器になるモノを持って貰おう
私が何とかするんだ。頑張るんだ

3月9日
まだ助けは来ない
今回は2人死んだ。何故ルールを守らない。
死に掛けの生徒は探索の囮にすると決めたのに、それを連れて逃げて奴らに掴まるなんて、これだから子供は
私のいう事を聞いていれば1人は生き残れた、無駄死にを選ぶなんて馬鹿げてる
残った生徒には服従を徹底させなければならない。生きて帰る為に

3月11日
助けはjlこない
なんで何でなんでこない!生徒はも う少なくなてしまったんだ!!
早く助けに来い!ああクソ!肉ばかり食べるのはもうたくさんだ!たくさんだ!あああああ!!!!

□□□□□□

【あなた】が拾った日記はここで終わっている
コンクリ貼りの部屋には、目の前の大人のミイラと散らばる骨以外の情報はもうない
【あなた】この部屋でこれ以上何かを得る事は出来ないだろう
窓ガラスにはなまめかしい一つ目が張り付き、じっとあなたをみつめている


どうしますか?

ニア 探索を続行する
  この部屋で休む
  目玉を攻撃する

346 :創る名無しに見る名無し:2020/02/14(金) 23:54:29.23 ID:301l2G6v.net
ジャンル:サバイバルホラー
コンセプト:異界と化したホテルで生き残れ
期間(目安):未定
GM:なし
決定リール:なし
○日ルール:未定
版権・越境:なし
敵役参加:なし
避難所の有無:なし
特記事項:PCロストリスク高

【テンプレート】

名前:木乃 伊代(キノ イヨ)
年齢:22歳
性別:女
身長:161cm
体重:42kg
職業:教育実習生
性格:真面目
装備:化粧品セット 駄菓子 筆記用具 包丁
容姿の特徴・風貌:銀縁眼鏡を掛けた女性。髪型は肩口でそろえたショートヘアー。地味な顔立ち
簡単なキャラ解説:修学旅行で泊まったホテルが異界に飲み込まれ、生徒や同僚と一緒にサバイバルに挑む事となった
         責任感が強く、何とか生徒を無事に帰そうと努力したが、失敗し死亡。ホテルの一室でミイラになっている

347 :創る名無しに見る名無し:2020/02/15(土) 00:01:44.86 ID:EbMJ9i5q.net
面白そうやん
支援

348 :創る名無しに見る名無し:2020/02/15(土) 06:28:47.53 ID:v4LVApik.net
舞台
刀葉林お願い

349 :創る名無しに見る名無し:2020/02/16(日) 10:28:03.66 ID:SkLCYIVL.net
>>346 ノリで作った こんな感じだよね?探索者
名前:須賀 見舞(スガ ミマ)
年齢:16歳
性別:女
身長:170cm
体重:59kg
職業:学生
性格:好奇心旺盛
装備:生徒手帳 テッシュ 蛇
容姿の特徴・風貌:平均的な顔立ち まだ無垢な所がある
簡単なキャラ解説:高校生。好奇心の思うままにこんな怪しいホテルに
肝試しにやってきた。表と裏の違いが激しい。

350 :創る名無しに見る名無し:2020/02/16(日) 18:54:24.94 ID:voSodkPU.net
>>349
はいそんな感じです探索者。多分、恐らく、きっと。
そして再びテンプレ投下

名前:九辺 津夜子 (クベ ツヤコ)
年齢:16歳
性別:女
身長:161cm
体重:49kg
職業:学生[新聞部]
性格:打算的
装備:ポラロイドカメラ、財布、菓子、ガラケー
容姿の特徴・風貌:サイドテールの黒髪。そこそこ整った顔立ち。
簡単なキャラ解説:高校生で写真部の部長。心霊スポット巡りをして写真を撮るのが趣味。
オカルトマニアの知人からホテルの噂を辿ってやってきた。

351 :341:2020/02/25(火) 18:52:51.47 ID:3roytp2J.net
TRPGはやってみたいが敷居が高いからな
こういうアライさんマンションみたいなやつでやってみたい
>>346と物好きな探索者が同意してくれたなら、新スレ建てたいんだがどうだ?

352 :創る名無しに見る名無し:2020/02/25(火) 22:18:24 ID:LhWXxNoa.net
いやいや、敷居高いのがイヤならここでやれよと

353 :338:2020/02/25(火) 23:08:53 ID:ZboBqhyA.net
>>351
いいよこいよ
アライさんマンションいいよね

354 :創る名無しに見る名無し:2020/02/26(水) 17:01:27 ID:I7/jSnKc.net
>>352
それもそうだな。338さんは同意してくれたっぽいし
自分が製作したキャラやテンプレキャラ使って軽くTRPGしてみるか
途中参戦可で様子見しよう。

355 :創る名無しに見る名無し:2020/02/26(水) 17:18:26.11 ID:I7/jSnKc.net
こういうスレでのTRPGはあまりしたことないから多少下手でも目を瞑ってくれ

見舞「崩れるとか書いてあるから、やっぱ30代以上だと探索すらできないのかな?ま、私には関係ないからいいか〜」
コンクリ貼りの壁ってことは空間があるか叩いてわかるよな
コンコン…ビンゴ!空間らしきものがありそうだな。それに入ってきた廊下では扉のなかった所だ
見舞「はぁ」
それにしても医療用医薬品は副作用が強いって聞いていたけど強すぎだろ…
壁に目玉が付いてる幻覚って…ホラゲやってなかったら発狂してたな…
いやまさかね、そうじゃなきゃ赤い影や血肉を啜る植物なんているわけないよね…


こんな感じでいいかな

356 :創る名無しに見る名無し:2020/02/26(水) 21:41:17 ID:0BCmoVl+.net
1回1レスでもでいいなら俺も参加できそう

357 :九辺 津夜子 ◆C1C0iyWcug :2020/02/26(水) 23:16:43 ID:az1oIH21.net
幽霊なんて居ないと思うし、妖怪なんて笑い話だと思ってきた
居ないからこそ、心霊スポット巡りをするのも怖くなかったし、祟りなんてものを恐れずにいられた
だからこそ、今になって思う。『なんて自分は浅はかだったんだろう』と

「ここもハズレ……本当、どうなってるのよ、このホテルは」

手に持ったポラトイドカメラをのファインダー越しに世界を眺めながら、私は反対側に在る扉を目指して部屋を進む
一歩一歩、警戒しながら。物音を立てない様に、慎重に。
多分、今の私の姿を肉眼で見る人が居たら笑う事だろう。「何も無い部屋で、何をおっかなびっくり進んでいるのか」と
だが、私から言わせれば、そんな風に決めつけてかかる奴らこそが嘲笑の対象だ

だって、私の様に進まなければ、部屋の中を這い回る無数の顔の無い白い影に掴まってしまうのだろうから
『肉眼では見えない』この世ならざる彼らに掴まってしまえば、何をされるか判ったものじゃないのだから

そのままなんとか部屋を横切った私は、元から開いていた扉を潜りゆっくりと閉じる
パタリ、と。僅かな軋みと共に扉は完全に閉まり

「ひっ!?」

直後に鳴り響いた、閉まったドアの向こう側から沢山の何かがぶつかってきた音。それに思わず声を漏らしそうになる
音は暫く鳴り続け、その間私は息を潜めていたが、どうやら彼らはドアを開く事は出来ないらしい
息を吐き、胸に手を当てて鳴り響く心臓を落ち着けながら、私は薄暗いホテルの廊下を歩き出す

「……ここから脱出できたら、もう二度とホラースポットなんて行かないわ」

そう吐き捨てながら、私は次の部屋の扉を開く。次こそは出口である事を祈って。どうか生きて帰れるように願いつつ

358 ::2020/02/26(水) 23:20:06.80 ID:az1oIH21.net
最初のレスだから長めに書いたけど多分次はどちゃくそ短く書く

>>355
良いと思うぜい。でもコテ付けようぜコテ
>>356
参加してモリモリ逝こうず

359 :須賀 見舞  ◆J1Bja7ezw7s5 :2020/02/27(木) 16:57:32 ID:b4woqmg5.net
>>356 探索者が増えるのは喜ばしいことだ。

近くにある扉が開いた音がする。
慌てて廊下に出るも何もおらずゲンナリした瞬間。何かが扉か壁にぶつかったような音がした
その音でハッとした。不用意に出たら危ない。頭で理解したくなかったが、認めざるを得ない。
人ならざるもの達の蔓延るこの廃ビル
「なんなんだよ…」私は思ったより冷静だった。いや冷静になっていると無意識的な自己暗示をかけた
少なくとも何かが襲ってくるわけではない元の部屋に戻った。
テッシュで顔を拭き、体液を取り除く。肩に何か当たる。まるで古屋の雨宿りのような感触に
幾分か安心感を覚える…いや違う。これは水じゃない。それは
目玉であった。上を見ると赤黒き血肉が目玉を排出している
「っ!」謎の目眩に耐えながら残りの力を振り絞り廊下に出た。
そこで意識が消える。


良さげだな。これなら単独スレ作っても、いけるか?
疑問も払拭されたしキャラテンプレでも作って置いておくか

360 :久城 隼人 ◆ZqEfuUDy4w :2020/02/27(木) 22:23:58 ID:fO1Q4ysD.net
名前:久城 隼人 (クジョウ ハヤト)
年齢:19歳
性別:男
身長:175cm
体重:67kg
職業:大学生
性格:冷静でもの静か
装備:ヴァイオリン、スマホ、現金約3万、タロットカード
容姿の特徴・風貌:黒髪 アンダーリムの眼鏡
簡単なキャラ解説:音大生、学内の交響楽団にヴァイオリン奏者として所属している。
            たまたま見かけた怪しい外観のホテルに、つい足を踏み入れてしまう。


338だがとりあえずテンプレだけ投下してみた。
導入は作成中だけど、投下はここでいいの?

361 :久城 隼人 ◆ZqEfuUDy4w :2020/02/27(木) 22:26:04 ID:fO1Q4ysD.net
338じゃなくて348ですた…

362 :久城 隼人 :2020/02/28(金) 06:17:17.11 ID:fyyYRT1j.net
【導入投下です。どうぞよろしく】


「どなたか……いらっしゃいませんかぁ……」

カウンターの向こう側に、そっと声をかけてみる。
やっぱり……誰も居ない? 居ないよなあ……これじゃあ……

高そうな石で出来たカウンターには白い埃が積もってるし、ロビーの椅子もテーブルもボロボロ。
床の絨毯も、毛羽だったり穴が空いたりで見る影もない。

どうしてこんな事になったんだろう?
僕が家族とここに泊ったのはつい2週間前だ。
経営破綻したのか何だか知らないけど、でも急にこんなになるかなあ……

僕はエントランスに向かって歩き出した。
さっき女子高生(?)がここに入ってくのが見えたのも、きっと見間違えだ。
こんなお化け屋敷みたいな廃ビルにわざわざやってくる物好きなんて僕くらいだろう。
いや、でも……せっかく来たんだから……いいかな?

ケースから取り出したヴァイオリンを構えてみる。
赤い陽が照らす無人のロビー、すっかり枯れてしまった観葉植物の鉢。
こんな場所で一度弾いてみたいと思ってたんだ。

……ギィ……と弓を当てた弦が、いつもと違う音を鳴らした。
変な空気を感じて見回すして……え……うそ……窓の外に……街が無い……!?

ドシン、と上の方で物音がした。
エレベータのドアは半分開いたまま動きそうにない。
非常口の表示があるドアを開けると、上に続く螺旋の階段。
迷わず駆け上がる。さっきの女の子は見間違いなんかじゃなかったんだ。

すぐに2階に着いた。
客室が並ぶ長い廊下をの真ん中に、誰かが倒れている。

「君、大丈夫!?」

ゆすって見ても反応がない。ここは……救急車を呼ぶところかも。
でも取り出したスマホの表示は圏外……って……嘘でしょ!?

363 :須賀 見舞  :2020/02/28(金) 14:25:49.58 ID:U6uizLNJ.net
目が覚める。目の前で私より一回り大きい男子があたふたしている。
とりあえず声をかけようとするが、声が出ない。いや、声だけじゃない腕や足・指先・目蓋さえ動かない
目は半開きで眼球運動ができず、男子になにか伝えることも叶わなかった。
あの男子は携帯の電波でも探しているのか螺旋階段の方へ向かって行った。
視界から男子が消える。脳と感覚器は正常に働いているのになぜか体のみが動かなかった。
いや考えろ私、この状況最悪だぞ。もし何か迫ってきても逃げられないし、丸呑みでもされれば
感覚は生きているから地獄のような苦しみが待っている。状況最悪だ。
落ち着け私、まず、あの男子に助けてもらうのがいいかもな。いやもしかしたらあの男子も化け物の類で
私に危害を加えるかもしれない。となると、今すべきことは【あの男子に気づかれずこの場から逃走する事】かな
モゾモゾと懐で何かが動く。蛇だ。小型で制服の裏に入っては私を驚かす愛蛇だ。その蛇が私の手のひらに乗る。
蛇に気づいた男子が蛇を掴んだ。その瞬間触れ合った皮膚の感触を感じると共に私の固まった体が動くようになった
「あ、あの…」私は愛蛇を取り返し、いつでもジャブを繰り出して逃げれるように、身構えながら数歩男子から離れた
単独スレ建てようと思ったら何故かエラー出たんですよね。はい…

364 ::2020/02/28(金) 14:27:46.61 ID:U6uizLNJ.net
あ、改行できてませんね。
「単独スレ建てようと思ったら何故かエラー出たんですよね。はい…」のところは
本文ではないのですいません…

365 :九辺 津夜子 ◆C1C0iyWcug :2020/02/28(金) 23:41:10 ID:WPTt6l6H.net
>「どなたか……いらっしゃいませんかぁ……」
「っ!!?」
壁に手を当てながら廊下を歩いていると、曲がり角の先から突然男性の声が聞こえた
このホテルを彷徨ってもう2日。警戒をし続けたうえに長い間まともな人間の声なんて聞かなかったせいで、私の体は反射的に身を隠そうとしてしまう
廊下には隠れる場所なんてないというのに……滑稽な行動を取る自分を情けなく思いつつ、そのまま暫しの時間が過ぎた
……。………。
何も起きない。ならば、もしかして、ひょっとして
【自分以外に生きた人間が居る】のだろうか
警戒と僅かな期待を胸に秘め、恐る恐る曲がり角の先を覗き見る
そこに見えるのは、相変わらず長い廊下と無数の扉
けれど、一つだけこれまでの景色と変わっている点があった
並ぶ扉の一つが、開いていたのだ
恐怖が半分、期待がもう半分。私はそっと扉の中を覗き見る

>「君、大丈夫!?」
>「あ、あの…」

――――人だ!部屋の中には、二人の人間がいた!
男女が一人づつ。見たところ、男性の方は大学生くらいの年だろうか。ギターケースの様な物を手に持ち、女性へと手を伸ばしている
女性の方は、倒れた体勢で男性の手を取るか悩んでいるように見える
確かな人間の姿に私は駆け出そうとし……だけど、部屋に入る一歩手前で足を止めてしまった
何故だろう。手を伸ばせば助かるかもしれないのに、声を掛ければ救われるかもしれないのに
自分の行動への疑問を抱きつつ、私は室内の二人のやりとりを眺め
【それ】に気付いた
あれだけ会話を交わしているのに―――彼等は口を全く動かしていなかった。口を開いてすらいないのに、部屋には声が響いていた
背中に氷を入れられたような悪寒を覚えつつ、私は扉の前から後ずさる
ゆっくりと何歩か下がり、やがて逃げる為に走り出す

「どなたか……いらっしゃいませんかぁ……」「君、大丈夫!?」「あ、あの…」
「どなたか……いらっしゃいませんかぁ……」「君、大丈夫!?」「あ、あの…」
「どなたか……いらっしゃいませんかぁ……」「君、大丈夫!?」「あ、あの…」

遠く後ろから聞こえてくる声は、同じ会話を何度も繰り返している
きっと【アレ】は罠だったんだろう
まるでDVDを繰り返し再生するように、このホテルで何時か起きた出来事を再生し、それに惹かれる人間を待っているんだ
……恐怖と怒りを感じながら、私は乱れた呼吸と精神を整える為に歩を進める
目的地は6階――といっても本当に6階なのかは判らないのだけれども、とにかくそこに存在している自販機コーナー
このホテルの中で見つけた、現状私が唯一安全に過ごせているセーフゾーンだ

366 :久城 隼人 :2020/02/29(土) 06:52:58.39 ID:xfdA8BfN.net
僕はすぐに立ち上がり、スマホを上にかざしながらゆっくりと歩いてみた。
ホテルって、場所によって繋がる場所とそうでない場所があったりするよね?
でも……駄目だ。階段も何処も駄目。
廊下の突き当りも駄目だ。
すりガラスの窓を開けてみようかと思ったけど、エントランスから見えた景色を思い出してやめた。
あれは見渡す限りの荒野だった。赤い砂だけが延々と広がる砂漠に似た荒野。
……信じられないことに、このホテルは僕達の住む世界とは違う場所に存在しているんだ。
過去か、未来か、この世でもない異界なのかどうかは分からないけど。
もしそうなら携帯の電波なんかある筈がない。

仕方なく少女のところに戻る。
やっぱりピクリともしない。眼は少し開いてるのに、こっちを見ようともしない。
だけど微かに胴体が上下してる。
息をしてるなら死体じゃない。たぶん気を失っているだけだ。
学校でやらされた救命の実習を思い出す。
たしか仰向けにして……人工呼吸と心臓マッサージ。
……でもこの女子は実習用の人形じゃない、本物だ。触ったりして大丈夫か?
もし彼女にちゃんと意識があって、僕のやったことを見られていたら、後で問題が起こるかも?
いやいや、そんな事を心配してる場合じゃない。
ここは異界で、外には助けてくれる大人は居ない。僕がどうにかするしかない、そうだろ?
命が大事だ。言い訳は後でいくらでも出来る。

そんなこんなでやっと決意を固めた僕は、彼女の肩に手をかけた。
そこはべっとりとした何かで濡れていた。

――血? 怪我してるのか?

でも傷らしいものは見当たらない。
手についたぬるぬるを絨毯で拭いながら、僕は彼女の胸の辺りがもぞもぞ動いてるのに気付いた。
動くそれがにゅっとその首を出した時、その正体に気付いた。

「ぅわ……!」

飛び退いた弾みで内ポケットのカードの一枚が、零れて落ちる。
スルスルと彼女の胴体を横切って、その掌に乗る生き物は小さな一匹の蛇。
蛇だよ蛇。
不吉の象徴。
こんなのが女の子の身体に纏わりついて、いい事がある訳がない。

僕は咄嗟に蛇を掴んだ。その瞬間に驚くべきことが起きた。女の子が身体を起こしたんだ。
茫然と見守る僕の手から、彼女が蛇をひったくる。
蛇は彼女に甘えるようにその手に絡まっている。

「あ、あの…」

僕の呼びかけに彼女は答えない。何故か両手を拳にして構えつつ、後退る。
警戒されたんだ。当然だ。彼女はやっぱり僕の行動を全部見ていたんだ。

立ち上がろうとして、でも床に落ちていたタロットカードに気付いた。

このカードは――

僕は絵柄を彼女に見えるようにして突き出した。

「愚者のカード。その意味は『今はあれこれ考えず行動すべし』。まずは話を聞かせて? ここで何があったんだ?」

367 :須賀 見舞  ◆J1Bja7ezw7s5 :2020/02/29(土) 09:48:47 ID:5q18N/5q.net
体が動かなくなったのはおそらく肩に当たったあの目玉のせいだろう。
病気は感染力だったりが高いものほど治せるものはすぐ治るらしい。今回は治す条件が
『人と素肌で触れる』ということだったと思われる。肩に手を当ててみるとニョロニョロ
としたものが付いている。おそらく目玉関連のものだろう。私は目の前の現状に目を向けた

あの男子の今までの行動から怪異とかではなさそうだが、警戒することで損はないだろう
「話を聞くならまず自分から話すのが筋じゃないの」
一度言ってみたかったこのセリフ。互いに軽い自己紹介を終えた所で、これからどうするか
を考えた。こんな状況になっている時にいつもの、まぁ表の顔?をしている余裕はない。

幸いにも近くには螺旋階段がある。階段の入り口には謎の監視カメラが付いているが下手に
手を出すわけにもいかない。とても小さな人の声がどこかから反響している。
がすぐに消えた。「とりあえず上の階に上がろう」久城 隼人に呼びかける。
階段があるはずの部屋に入ると、久城 隼人はこちらに何か伝えようとしていた
…がなにも聞こえなかった。

そして扉が閉まった時に気づく、非常口のドアはこんなのじゃない。
この部屋は明らかに【エレベーター】だ。そんな、入る前は絶対に階段だったのに。
いや落ち着け、『開』のボタンを押せば…いやボタンがない。ボタンは一つとしてない
エレベーターは無慈悲にも動き出す。階を示すはずの液晶には『↑пять』と出ていた

途中エレベーターが止まる。扉が開き太った灰色の肌をしていて手には缶詰が大量に入っ
た袋をさげている、頭のない人型のナニカが入ってくる。出ようとしても大きい体に阻まれ
て出られない。一度こちらを見るような動きをし粘液に塗れた手で頭を掴んでくる。
こっちもアッパーをかけるとなにもしてこなくなった。
エレベーターが止まり、扉が開くとヤツは出て行った。
この階はさっきいた所と違う雰囲気で、なんというか孤独を感じた。ヤツは右の手前から
3番目の部屋に入って行った。緊張が解けガクっと膝から崩れ落ちた。

368 :九辺 津夜子 :2020/03/01(日) 17:26:33.27 ID:Vq0NgAY3.net
6階。私が安全地帯と認識しているそのフロアは、一片が20m程の正方形の一室で形作られている
打ちっぱなしのコンクリ部屋で、天井に電灯はなく四方にびっしりと自動販売機が並べられているのが特徴だ
自販機の種類は様々で、よく見知った飲み物やファーストフードを始めとして、御菓子、野菜など、様々なものが売られている
この部屋を見つけられた事は不幸中の幸いだった
怪異は現れず、食糧も確保できる
正直、このフロアを見つけられなければ私はとっくの昔に命を落としていただろう
もっとも、知らない文字で書かれた気味の悪い缶が売っているあたり、ここもまともとは程遠いのだけれど……
気を取り直し、先程の階から走って逃げてきた事で乾いた喉を潤すために、私は手近な販売機でお茶のペットボトルの購入ボタンを押す
お金も入れていないのにガタンと音が鳴り、商品が出てきて

すると、いつもの通り【ルーレット】が始まった

部屋に並んだ自販機の一つが赤く光る
光は直ぐに消え、次はその右隣の自販機が赤く光る
次の自販機も同じように光り、赤い明滅は繰り返されていく
それは十数秒ほども続き――――不意に、私の2つ隣の自販機で光は止まった
その直後、光が止まった自販機はブザーの様な音を鳴らし、点っていた明かりを消す
天井にライトがないので、電気が消えた自販機の前は暗闇になる

その暗闇の中で何が起きているのかは私にはわからないし、解りたくもない
一つ言えるのは、ライトが消えた自販機は再点灯した後、その形状も商品も全く別の物になっているという事だ

多分だけど、もしもルーレットに当たってしまえば、きっとロクでもない結果になるのだろう
リスクは高い。だけど、それでも生き残るうえではこの部屋の機能を活用しなくてはならない
当たらなかった事に感謝しながら私はペットボトルのお茶を口に含み

「……ぬるいわね、これ」

常温だった事に眉を潜めるのだった

369 :久城 隼人 :2020/03/01(日) 22:10:19.76 ID:wMdkOCEG.net
>「話を聞くならまず自分から話すのが筋じゃないの」

澄んだ眼をじっとこちらに向けたままの少女。その表情は相変わらず硬い。
……考えが甘かった。女子は占い事が好きだから、こういうカードに興味を持つんじゃないかって期待したんだ。
でも彼女の主張も当然だ。名乗るときは自分から。そりゃそうだよね。

「僕は久城隼人。歳は19。ヴァイオリンぐらいしか能の無い音大生さ。趣味はタロット占い」

すると、少しは心を許してくれたのか。
彼女も手短に答えてくれた。須賀、見舞という名前だという事と、16歳だって事。蛇は彼女のペットだとも。
でもそれ以上の事は話してくれなかった。まだ警戒されているのか、元々殻に閉じこもるタイプなのか。
まあ……僕もあまり社交的とは言えないけど……この非常事態。
せめて何があったのかだけでも聞いておきたい。彼女はここでは先輩なんだし。

そう思って口を開きかけた僕は上を見上げた。
音がする。
これは……声だ。ボソボソとくぐもった……低い男の声。変だ。聞き覚えがあるような? 上の階に誰か居る?
須賀さんにも聴こえたんだろう。とりあえず上の階に上がろうと僕を促し駆け出した。
素早い身のこなしだった。
あっと言う間に非常口に向かい、重そうな音を立てて押し開けられた扉の向こう側に姿が消えるまで、ほんの数秒。

あわてて続こうとした僕は足を止めた。いつの間にか扉が引き戸になっていたんだ。
隙間から見える空間も階段なんかじゃない、縦長の狭い個室。
縦一列に並ぶ、各階のボタン……これはエレベータ? 
上を見れば、確かに「非常口」の表示。その下には監視カメラ。

「変だ、階段じゃない。戻った方がいいんじゃない?」

呼びかけてみたけど、須賀さんは「何を言ってるんだろう」的な顔して振り向いただけ。
仕方ない、と乗り込んで……あれ?

そこはやっぱり階段だった。須賀さんの姿は消えている。
トントンと音がしたから振り向けば、客室ドアのひとつが音を立てている。
内側から誰かが叩いている!? 閉じ込められた人間が!?

ノブを回してグッと引くと、ドアは意外にも簡単に開いた。
でも誰も居ない。
ずるっと足が滑って、足元を見た僕は飛び上がった。ピンポン大の「目玉」がたくさん落ちていたんだ!
ぬるぬるした気味の悪い粘液に塗れた生々しい目玉。
そういえば須賀さんの肩はこれで濡れてなかったか? 彼女が動けなくなっていたのと、この目玉には関係が?
そう思い至った時、僕は咄嗟にヴァイオリンケースを盾にした。
同時にぶち当たる柔らかい無数のそれ。
――理解した。このフロアの客室には入ってはいけない!

無我夢中でドアを閉じる。
ケースにひっついた目玉を振り落とし、強い視線を感じて見上げれば、さっきのカメラがじっとこちらを見つめている。
僕を――僕達を監視している誰かがいる。
入り込んだ人間を狙う誰か。間取りを自在に変える事の出来る誰か。

そう思ったとき、ぞっとしたんだ。
このホテルそのものが、その「誰か」なんじゃないかと。
古びた館が、突然新築のように新しく生まれ変わる。住んでいた人間を食い、その命を糧として。
そんな映画を見たのはいつだったか。
僕は走った。階段でも、エレベータでも何でもいい。このフロア(2階)から移動する為に。

再度飛び込んだ階段は階段のまま。
一足飛びに駆け上がる。
須賀さんが上に居る。さっき聞こえた声の主もいる筈だ。
とにかく誰かと合流する必要がある。協力してこのホテルから逃れる術を見つけるんだ。
でなければみんな死ぬ。

370 :須賀 見舞  ◆J1Bja7ezw7s5 :2020/03/02(月) 09:41:54 ID:5C8Mfttv.net
しばらく経って膝が動くようになってから立ち上がる。
まずここはどの階なのかそれが知りたい。確か、もといた階が2階で上昇したように見えたから
4〜5階か?とにかく人と離れてしまった。
…お腹が減った。ここに入ってきてから色々な最悪な目に遭って消耗したんだろう。
すると左の5番目の扉から、楽しそうな声と美味しそうな匂いが漏れてくる。
多分…いや絶対罠だろう。しかしうまく行けば罠をかい潜り、食べ物を手に入れれるだろう
頭が熱かった。だからなのかこんな甘い思考をして、まんまと扉を開いた。
「すいませ〜ん食べ物少し分けてください」しかも自分から呼びかける。食欲に抗えない異常だ。 
アパートの一室のようなところに出るとカップラーメンと割り箸、お湯がが置いてある。
体が勝手に動き、3分も待たずに食べ始める。
7杯目に入ったところで気持ち悪くなり、やめようとしても体が反応しない。
頭が痛い、熱い。けれども食べる。愛蛇が異常を察しているのか腕らへんを噛み続ける。
しばらくして吐き気と共に半分くらい食べたもの吐いた。体も動かない
幸いにも吐物は服にはかからず、体も強く意識すれば動く。多分私の愛蛇の毒かもしれない
愛蛇が毒蛇だったことに驚きつつまた違う所で吐いた。出ようとするも、[ノコスナ]と赤い字のプレートが
かかっていて出られない。また頭が熱くなり異常な食欲が出始める。横を見ると洗面台、
望みに掛けて頭を洗う。水は血を混ぜたような薄い赤色だったが頭の熱は取れた。ついでに髪も少し赤くなった
もしかしたらと思い、蛇口を全開にする。しばらく経ってカチャっと音がする扉を開けて
出てみると、壁一面に許さないの赤い文字。横を見るとエレベーターの所から
太った灰色の首のない奴らが迫ってくる。一部の扉も勝手に開く。
どうやら、機嫌をこの階全体の機嫌を損ねてしまったらしい。ヤバイと思い、
反対側の方面の扉に走り入り込み逃げ込む。

371 :九辺 津夜子 ◆C1C0iyWcug :2020/03/03(火) 23:26:28 ID:SwarbSLm.net
「さて、と。食糧も飲み物も十分……気は乗らないけど、そろそろ探索を再開しようかしら」

自販機から補充した食糧を鞄に入れて背負う
鞄の紐が肩に食い込み若干痛いけれど、背に腹は代えられない
食糧が得られるフロアが他に有るとは限らないのだから
そのまま大きく深呼吸をして階段へと向かうが

「……? 何か、様子がおかしいわね」

どうにも騒がしい
私が居た6階の下のフロアには、文字通り何もない筈だ
入口と思わしき非常ドアは有るけど、開いてもコンクリの壁があるだけ
叩いても蹴っても何も起きなかった
だというのに、今はその非常ドアの向こうから音がする
大勢の人間が走り回っているような、そんな音

予感めいた何かを感じて、階段を数歩上へと上がる
そして鞄から自販機で手に入れた【マグロの刺身】の缶詰を取り出して構えた
缶詰に生魚なんて怖くて食べられたものじゃなかったけれど、この重量は投げれば武器になるだろう

案の状、数秒後に先が無かった非常口が開かれた
それと同時に私は缶詰を力いっぱい投擲して―――――え!?

「に、人間!?」

扉から飛び出して来たのは女の子だった
髪から赤い液体を垂らして蛇を伴うという妙な姿だったけれど、確かに生きた人間の女の子……に見える
私と同じくらいの年齢だろうか、どこか切羽詰まった様子で――あ、マズい!

とっさに投擲する手を止めたが、缶詰は慣性の法則に従って私の手をするりと抜けだしていってしまった
缶詰はカランカランと音を鳴らして階段を転がり、そのまま非常口の扉の中へと吸い込まれていった
その瞬間、先程まで聞こえていた奇妙なざわめきがパタりと止んだ
私は状況が理解出来ないまま、階段をまた一歩上がってから飛び出して来た女の子に尋ねる

「……。はじめまして、私は九辺津夜子。荒井高校の学生で新聞部よ」
「それで、一応聞くけど貴女は人間でいいのかしら?」

おでん缶を鞄から取り出し、女の子に向けて投擲の姿勢で構えながら尋ねてみる
この子の様子が奇妙であれば投げて攻撃しよう。おかしな行動をしても投げる
まだ、眼前の存在が人間と決まった訳じゃない。だから、警戒は緩めない

372 :久城 隼人 :2020/03/04(水) 06:49:11.16 ID:41RcuCBt.net
このホテルには意思がある。
人間同士を引き離し、孤立させ、その様子を眺めほくそ笑む……そんな悪意が。

それを実感したのは駆け上がってすぐの事だった。
見上げた先のプレートの表示は3F。上に続く階段がない。
まさか。
さっき見たエレベータのボタンは6〜7Fまであった。非常階段が3Fまでというのは有り得ない。
幻覚でもなさそうだ。
行く手を塞ぐコンクリの壁は……冷たい……確かな質量を持った壁だ。先へを進めない。
ここで降りろという事か? 
もしそうなら須賀さんらがここに居る可能性は低いがしかし……戻っても仕方がない。
少しでも合流の可能性がある方へ行くしかない。

防火扉なんだろう、やたらと思いドアを引いて開ければ、そこはやはり3階。仕様は2階と同じ。
注意深く歩を進めると、扉のひとつが勝手に開いた。順路はこっちだと言わんばかりだ。
ドアには31Rのプレート。Rってなんだろう?
まあいいさ。
入れと言うなら見てやろう。何かヒントがあるのかも知れない。

目玉の飛来に警戒しつつ、部屋の中を覗き込む。
打ちっ放しのコンクリートで覆われた……ダンジョンの一室を思わせる空間。
部屋一面に散らばっている白いこれは……骨か。人間の骨。つまり、ここに入ればこうなる……と。

普通に考えれば引き返すところだ。中に入るなんてとんでもない。
でも数秒後、僕は部屋の奥に座り込んでいた。
勝手に身体が動いたわけじゃない。夢中で飛び込んだんだ。
だってそこには……一冊のダイヤリーブックが落ちていたんだ!

趣味のいい革張りのカバー、そこに貼られた肉球のシール。
半年前に猫カフェで知り合った彼女からもらったものと同じ。
極めつけはカバー裏に書かれたネーム。
だからこれは……壁に寄り掛かって座っているこの一体のミイラは……彼女だ。
木乃、伊代。
母校の修学旅行に同伴すると言ったきり、連絡が取れなくなった。
まさかこのホテルに……泊まってたなんて……

カサカサに乾いた手足にそっと触れる。
長い髪も、銀縁の眼鏡も、確かに伊代だ。3つ年上の……僕の彼女。どうして……何故こんなことに…………

日記に眼を通し終わったその時、ザワリと空間が震えた。身体を蝕む何かが……満ちるのが解る。
ドアが音を立てて閉じる。散らばる骨が……ひとつ、ふたつと崩れていく。
もう逃げ場がない事を実感する。助からないなら……せめてと、彼女の隣に並んで座る。
ここに案内するなんて、ホテルも粋なことをする、なんて能天気に思いながらね。

キン、と何かが音を立てた。
見れば彼女の眼鏡が床に落ちている。
その音に答えるようにピン、と震えたのはケースの中の楽器だ。促されるようにその楽器を取り出す。
ここで奏でるべき曲なら決まってる。レクイエムだ。モーツァルトがいいだろう。

ヴァイオリン特有の音の広がりが、部屋を空気を震わせた。
突き抜けるような悲しみと、決然とした意思を併せ持つ彼のレクイエム。
まさか僕自身の鎮魂歌になるなんて。
不思議だね、渇いていた部屋の空気が……変わっていく。まるで森のせせらぎだ。

ふと目を開けると、部屋には僕一人だけ。
散らばる骨も、彼女のミイラも消えている。開いた日記表だけがポツンと床に落ちている。
僕はそのノートにそっと礼をして、部屋を出た。

非常口のドアが開く。4階へと続く階段が見える。
なるほど、このヴァイオリンも少しは役に立つらしい。

373 :須賀 見舞  :2020/03/04(水) 10:31:57.36 ID:cKkRGfKW.net
扉を開けた先は思い描いていたほど最悪なところではなかった。
それどころか、大変な収穫である。

「……。はじめまして、私は九辺津夜子。荒井高校の学生で新聞部よ」
「それで、一応聞くけど貴女は人間でいいのかしら?」

彼女…九辺さんは缶詰を投げる構えをとりながらこう聞いてきた

「私はちゃんとした人間よ…それにほら」
私は生徒手帳を見せる。すると少しは信用してくれたのか缶詰を鞄の中に入れ警戒を解いてくれた
いや安心している場合じゃない。追ってきたあの怪物達が…音は全くしない
どうやら非常口を超えたら追ってこなくなるのかも
非常口はいつのまにかしまっているし、違うエリアには基本入ってこれないのか?
それか入った瞬間私を襲った忌まわしき呪いの缶詰が効いたのかもしれない
おそらくあの缶詰は九辺さんが投げたものなのだろう
そりゃ扉の向こうから何かが迫ってきたら迎撃するよな、私だってそうする
あの缶詰はこれから聖なる缶詰と呼ぶことにしよう。
九辺さんはおもむろに缶詰を手に取り私に渡してきた。

「食べるか?」
「ありがとうございます」

おでん缶を手に入れた
だけれどさっきの件で食欲は消え去ってしまったのでポケットに入れておく
それにしてもこの部屋は自動販売機が大量にある部屋だ。
自動販売機を見つけたらすることといえば、そうだね小銭漁りだね
愛蛇には自販機の下あたりを漁ってもらう、私はお釣りが出るところを漁っておく
九辺さんはため息を吐きながら階段に座ってこちらを観察している
しばらくすると愛蛇が口に何か咥えて持ってきた。
それを受け取って見ると、どうやら薬莢のようだ。もしかしたら拳銃も落ちているかもしれない
九辺さんにそれを伝えるとなんでも『がん』という怪しげ缶詰が売っていたと話す。
もしそれが銃の方のgunならかなりの助けになる。
かなり探したががんの缶詰は見つからず手に入れたのは愛蛇が持ってきた
何も書かれていない小さなノートだった。
あれか、さっきいたミイラの人みたいな遺留品か?それとも山とかにある誰が登ったかノートみたいなのか?
「ロクでもない結果にあったのかもしれないな」
九辺さんはそういうと私がきた方じゃない扉をくぐっていった
私はあの久城だったかな、に伝えるためにノートに『この先に行ってます。by須賀 見舞』
と扉の前に置いておいた。

374 :九辺 津夜子 ◆C1C0iyWcug :2020/03/05(木) 22:11:16 ID:wy+SJLjt.net
人に会えた事は素直に嬉しい
残念なのは目の前のこの子……須賀見舞さんが、ホテルからの脱出経路を知らなかった事
所詮ははおでん缶を通貨代わりにした交渉だから、彼女が話してくれた事が全て真実だとは限らないけど、それでも出入り口の有無で嘘を付く理由はないと思う
だって、それを知っているのならもっと私に食料品を要求する事が出来るのだから

「その……ガンは癌の可能性も有るから、危険だと思うわよ?」

ともかく、降って沸いた安息と他人が居るというこの安心感
異常な空間でささくれ立った精神を落ち着ける為に、私は暫くのあいだ、動画サイトで見た蛇使いよりも器用に蛇と交流する須賀さんを温いお茶を飲みながら眺めていたのだけれど、彼女の飼い蛇が持ってきたノートを見て我に返る
……そうだ。いつまでもこうしている訳にはいかない。
だって、このホテルの中にいる以上は、本当の安全なんて無いに等しいのだから
ノートの持ち主のようになりたくなければ、歩みを止める訳にはいかない

「須賀さん。私はそろそろ探索に出るけれど、貴女はどうするの?もちろん、付いてきてくれるのならその方が助かるのだけれど」

一応、彼女に声を掛けてから私は扉を潜り、今度は階段を下では無く上へと登る
緑色の非常灯で薄ぼんやりと照らされた非常階段は不気味な事このうえないけれど、それでも進まないといけない
そしてやけに長い階段を登り切ると、次のフロアへとつながる窓付きの扉が有った。警戒しつつもガラス窓から部屋の中を覗きこむと

「えっ、屋上………?」

まだ上に続く階段はあるというのに、窓の外に見える風景はどう見ても建物の屋上だった
困惑しつつもドアの取っ手を握りつつ、須賀さんへと振り向く

「本当に屋上に繋がってるのなら脱出の手掛かりになるかもしれないけど……貴女はどう思う?」

375 :久城 隼人 ◆ZqEfuUDy4w :2020/03/06(金) 06:55:48 ID:cyC5uOVd.net
上に続く階段を登り始めて数十分。一向に上のフロアに辿り着く気配がない。
階段の折り返しはすべてが只の踊り場だ。出るドアが無いんだ。
一旦登るのを止め、階段のひとつに腰かける。
汗ばむシャツのボタンを外して体温を逃がしながら……ふと見ると踊り場の窓に黒い影が映ってる。
スリガラスだからはっきりとは見えないけど、間違いなく鳥だ。
窓枠に止まり、餌を探すカラスか、鳩か。
ってことは……エントランスから見えた荒野は単なる幻。
一歩出れば、そこは荒野じゃない。外に出られさえすれば助かるって事だ。

窓をコツンと叩いてみる。鳥はすぐに居なくなった。
強く叩いてみる。相当厚いガラス……だね、びくともしない。
このハードケースを投げつけて見ようかとも思ったけど……やめた。
一応カーボンファイバー素材ではあるけど、あれをぶち破るほど頑丈とは思えない。
楽器ごと台無しになってしまえば後々困るだろう。さっきはこれのお陰で助かったんだ。

「喉が……乾いたな」

思わず出た呟き。化け物よりも、そっちの方が問題かも。
このまま何処にも出られなかったその時は、餓死か、渇いて死ぬかだ。
人間は水無しでどれくらい生きられる……?
でも立ち止まって考えたって仕方がない。無駄でもいい、とにかく上に向かって歩こうと振り向いた。

「――――イタ(痛)ッ!!!」

突然の落石。
額を押さえて蹲る。床にゴロリと転がる缶詰の缶。
マグロの……刺身……? 誰かが上から投げつけた!?
そうか、今だ! 今登ればきっと――

予想通り、フロアに続く扉があった。迷わず開ける。プレートの表示は「6F」。
そこは廊下の無い、だだっ広い四角い空間。ずらりと並ぶ自販機の群。
人の気配は……無い。
ため息をつきながら、でもこの事態は最悪なんかじゃないと思い直す。水分補給のチャンスだと。

財布を覗けば万札が3枚だけ。小銭もない。
自販機はすべて……カードが使えないタイプ。いやいや、このホテルでそんな常識!

イチバチで「美味しい水」のボタンを押す。ごとッと音がして、見ればちゃんとボトルが出ている。
とたん、すべての機体が順繰りに光り出した。
何事かと見るうちに、その光がいまボタンを押した自販機で止まり――
何も起きない。
僕は水のペットボトルを取り出して、渇いた喉に流し込み……

「――アツ(熱)ッ!!!」

たまらずボトルを放り出す。
掴んだボトルはキンキンなのに、口に入れたそれは煮え立つお湯だったんだ。

しばらく苦痛にのたうち回り、四方を彷徨ううちに反対側に扉があるのに気付いた。
扉の足元に置かれた一冊のノートにも。

「あ!!」

感激のあまり叫んでしまう。開きっぱなしのそのノートには、こう書かれていたんだ。

『この先に行ってます。by須賀 見舞』

僕は扉を開けた。今度の今度こそ会える、そんな期待を込めて。

376 :須賀 見舞 :2020/03/06(金) 18:38:29.09 ID:deb6SjxG.net
…貴女はどう思う?」
外が屋上の可能性があるとのことだがもしそうなら脱出の可能性があるということ
脱出できるならそれに越したことはない。しかし、この異界がそう簡単に脱出させてくれるか?
いやここ以外に可能性のある所はない。
私は「少なくとも脱出できる可能性があるなら出る価値はある」
そういうと九辺さんは覚悟を決めたようで扉を開いた…
…外に出ることはできた、だが何か妙だ。高度はかなりある筈なのに風ひとつ吹かない。
どうやら九辺さんも違和感を感じていたようであたりを警戒している。
空は気持ち悪いほどに青々しい。
九辺さんはガラケーを取り出して、電話をかけようとしているが電波は全くないようだ
しばらく探索していると、手記を見つけた。乱雑な字でこう書いてある
『ずいぶん繰り返してきた。この手記を読んでいる人がいるのなら一つ頼みがある。
屋上にしばらくいたら、巨大な手が現れてその手に触れたら1階に飛ばされる。そのたびに
このホテル…くたばっちまった俺の仲間はビルだか廃墟だか言ってたがこの世界はクソッタレ
な環境になっていく段々と異形や怪異が現れるようになってきた。俺の仲間もそいつらに全員
やられた何回も繰り返してどうやら俺はおかしくなっちまったみたいだ。次目覚めるのが天国
だと信じて俺はここから飛び降りる。
…さて頼みだが…このホテルの4階に秘密があると仲間が口走っていた。
ただ俺らではそこに行く術は知らないし知りたくもない。俺が死んでその先が四階かもしれない
仲間は四階らしきところの壁から人の声が聞こえたらしいんだ。それが死んだ仲間に似ていたんだとよ
…四階に行って欲しいんだ…もしそこから出ていけるなら脱出してくれ…
私達のかわりに生きてくれ…』
急に扉が開く。中から久城 隼人が飛び出して来る。なかなかに汗だくな姿をしている。
私は九辺さんにこの久城隼人の説明をしつつ、この手記を見ながらこれからどうするかを
話し合う事にした。

377 :創る名無しに見る名無し:2020/07/24(金) 18:35:33.46 ID:1jLUhCGN.net
てすと

378 :創る名無しに見る名無し:2020/07/24(金) 18:36:53.07 ID:1jLUhCGN.net
夏の勢いで考えた実験室企画。
ロボット版ガルパンみたいなのがやりたくて……。

【ロボットスクール・ライフ!】
西暦2100年。
ロボット工学は隆盛を極め、人型機動兵器『テクターフレーム』を生み出した。
軍事兵器として開発されたこのロボットは瞬く間に一般社会にも浸透。
組み換え・改造容易なこの兵器は遂に学校にも姿を現した。

今や高等学校にロボット部があるのは珍しくない――。
パイロットを目指す者、ロボットが好きな者、部活動推薦が欲しい者。
理由は様々だが、とにかく彼らはロボットを愛し、ロボットに乗って戦う!
さぁ、青春をロボットで燃やせ!


ジャンル:SFロボットアクション
コンセプト:機動兵器青春群像劇
期間(目安):短い
GM:なし
決定リール:なし
○日ルール:一週間(宣言すれば延長も可)
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

379 :創る名無しに見る名無し:2020/07/24(金) 18:38:08.95 ID:1jLUhCGN.net
【キャラクターテンプレート】

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
性格:
特技:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


【ロボットテンプレート】

機体名:
機体タイプ:
装備:
機能:
解説:


【テンプレ記入例】

名前:空島碧(そらしまあおい)
年齢:15
性別:女
身長:160
体重:50
性格:元気満点かっとびガール
特技:天然
所属:清涼高校1年A組
所持品:操縦桿(本物)、学校の鞄
容姿の特徴・風貌:亜麻色の髪に碧眼。
簡単なキャラ解説:
ロボットが大好きな高校1年生!
胸に燃え上がるロボット魂を「かっとび」と形容する。
操縦技術は天才と下手の紙一重だが、天然でえらいことをする。
コールサインはソラリス(あまり呼んでくれないらしい)。


機体名:VTF-02(愛称:アマルフィ)
機体タイプ:可変式小型機体
全高:6メートル
装備:
・ガンキャリバー/銃剣つき突撃銃。
・サブマシンガン/予備の携行用短銃。
・マルチミサイルポッド/全20発の対地対空ミサイル。
・アサルトナイフ/二本内蔵。緊急用近接装備。
機能:航空形態への可変機構
解説:
型式はやや古いが、対地対空戦闘に優れた可変式機動兵器。
飛行機型に変形することで長距離高速移動を可能としており、
この形態は他の小型機体を乗せて運搬する能力も有している。
反面火力に乏しく、重装甲機や大型機に対して決定打を持たないという弱点を持つ。
パーソナルカラーは空色。

380 :創る名無しに見る名無し:2020/07/24(金) 18:39:21.60 ID:1jLUhCGN.net
2100年。ロボット工学が隆盛を極めた熱い時代。
一方で少子化による人口減少でゴーストタウンが増えた日本には、機動兵器の演習場が多く存在する。
東京にほど近いこの第七演習場もそうである。

演習場外周にある観客席のモニターに映るは、火花を散らすロボットたち。
快晴を切り裂いてVTF-02が空を舞い、その形を徐々に人型へと変えていく。
パイロットはスラスターを吹かして急降下。眼下のロボットにガンキャリバーの銃剣を突き立てる。
動力を貫かれた切り裂かれたロボットは機能を停止。脱出機構が働いて撃墜された。

「すごい!すごい!かっこいいーっ!私も動かしたい!」

「そうだね。高校生になってロボット部に入れば、碧も動かせるかも知れないな」

興奮しテンション爆上げの娘を宥めるように、父は頭を撫でた。
忘れもしない。両親に連れて行ってもらった12歳の思い出。
あの時胸に灯ったかっとぶような魂の衝動を忘れられない!
空島碧は、この時を今か今かと待っていた……。
高校に入学する、この時を!

「なのに、なんでロボットがないわけぇぇぇーーーーっっ!!!!??」

「いやぁ、ごめんなさい。全国大会で大鳳学園にボコボコにされちゃって。
 負けるだけなら良いんだけど保有機体がスクラップになるくらい完膚無きまでに負けちゃったの」

桜吹雪が舞い散る春に、碧は絶句した。
あの時のかっとびを胸に、頑張って勉強してロボット部の強豪、清涼高校に入学したというのに。
顧問の第一発声はその要たるロボット、肝要たる機動兵器、『テクターフレーム』がないと言うのだ。
清涼vs大鳳はテレビで中継されず結果だけが報道されたが、裏でそんな激戦があったとは!
つくづくチケットを買い損ねた自分が恨めしい。

「いや〜そういう訳で悪いんだけど、ロボット動かすのはしばらく我慢して。
 予算はあるから冬には最新機体が揃うかな。あとうちに残ってるのなんて――……」

「そんなに待てませんっ!!!!」

冷房の効いた部屋に碧の怒声がこだました。情熱が暴発した。
顧問は一瞬呆気に取られたが、何かを思いついたらしく、愉快な顔をした。

381 :創る名無しに見る名無し:2020/07/24(金) 18:40:24.45 ID:1jLUhCGN.net
清涼高校は某県の山奥に存在する学校で、ロボット部の練習場も近くに存在する。
山を降りればスクラップ屋もあり、まさにロボット・マニアに向けた仕様と言える。
山奥の練習場、森の外れに、苔むした鉄塊の上半身が埋まっていた。
空色をした鉄に繁茂する植物を顧問はさっさっと払う。

「先生、これって……!」

「たぶんVTF-02ね。私の代から結構管理が杜撰でさぁ……。
 昔の機体とかその辺に結構転がしちゃったままなのよね……。
 同じ型式の機体、まだどっかにあるんじゃないかな」

碧の瞳がぱっと輝いた。ロボットに乗れる!あの憧れのVTF-02に!
VTF-02といえば、稀代の天才パイロットと呼ばれた出雲あい選手の愛機なのだ!
学生時代に彼女が使っていたという操縦桿を、碧は宝物としていつも持ち歩いている。

「あの……!これってレストアするってことですよね!」

「うん、まぁ、そんな感じ。貴女も部員だから手伝ってもらうけどね〜」

「勿論ですっ!!あの、これって頑張れば頭数とか揃う感じですか!?」

顧問の青葉はえ、と変な声を出してしまった。
妙なことを言う生徒だ――。と思考で嫌な予感を拭った。

「えっと……どうする気かしら?」

「大鳳学園にリベンジしましょう!……練習試合で!!」

輝く青の瞳はどこまでも純粋で眩しかった。
アホなことを……。言い掛けたが頑張って黙った。いや言って良かった。
けれどその無謀とも言える愚直なまでの一途な心を妨害するほど、青葉は荒んでいなかった。

「えーっと……機体が揃えばね?機体が揃えば……あはは」

――この後、どんな機体を揃え、どのように戦ったか……。
それは清涼高校と大鳳学園のみぞ知る。

382 :創る名無しに見る名無し:2020/09/09(水) 14:00:39.35 ID:0WDHzyNd.net
外部TRPG系スレッド総合雑談スレ 6
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/net/1580555662/

383 ::2020/10/19(月) 18:34:48.01 ID:TTZPWC6Y.net
【レトロファンタジー番外編:紅炎の神殿】

サマリア王国。勇者発祥の地として知られるイース大陸の国。
その東西南北には、火水風土を司る四神を祀る神殿が存在している。
四神殿のひとつ、南の『紅炎の神殿』――……そこには未だ見ぬ伝説の装備が眠っている。

その噂を耳にした一人の少年が、深い森をかき分けて訪れたのはいつだったか。
蔦が絡みつき苔むした神殿の柱を手でなぞって、そこが伝説の神殿だと確信する。

ありふれた旅装姿に栗色の髪。青い双眸には強い意志を漲らせている。
彼の名はレイン。どこにでもいる冒険者の一人である。

「よっ……と」

崩落した階段を跳躍で飛び降りて着地。
まるで玉座へと続くような長い広間が伸びている。
その終点には老朽化していささか見るに堪えない罅割れた祭壇。

祭壇に刻まれた神代文字は円環を描いて配され、魔法陣であることを示している。
神代文字には疎いが、それが魔法陣であるならば魔力で動くのが道理。
学校では危険な仕掛けや罠の恐れもあるため、分からないものを無闇に動かすなと教えられたが……。

ここは無鉄砲で行くことを選んだ。
魔力を送ると、ごごん、と作動する音がして、地下へ続く階段が現れた。
予想的中。レインはよしよしと頷いて階段を降りていく。

地下はありていに言ってダンジョンになっているようだ。
石壁で作られた神代の迷宮。まだ地上に神々がいた時代に造られたもの。
なぜそんなものを造るのだろうか、とは愚にもつかぬ思考だ。
答えは大事な財宝を隠すためである。

バインダーに挟んだ無地の羊皮紙に地図を描きながら、着実に道を把握していく。
魔物らしい魔物はいない。神殿に魔物がいるとするなら、それは侵入者を追い払うためのもの。

384 ::2020/10/19(月) 18:36:02.46 ID:TTZPWC6Y.net
迷路に一角に入った瞬間、一筋の光が閃いた。
反射的にスウェーで回避するも、空間に数本ぱらぱらと栗色の前髪が舞う。
ぎらり。灯りに照らされて薄闇で鈍く光るのは錆びれたはがねの剣だ。

「ひぇぇ……っ」

レインの頭の中で記憶のページがぱらぱらと捲れていく。
やや錆びた鎧、生気を感じない挙動、しかし周囲に瘴気はなし。
以上三点から洞察するに、リビングアーマーのようなアンデッドではない。

長きに渡りこの神殿を守護する騎士の魔物――。
侵入者を追い払うテンプルガーディアン。
死霊の怨念ではなく魔法で動く鎧だ。

羊皮紙を素早くしまうと腰から同じくはがねの剣を抜いた。
テンプルガーディアンが剣を大きく振り下ろす。
剣と剣が何度も鍔迫り合い、大きくかち合う。

「ふっ!」

攻撃と攻撃の間隙を見逃さず、刺突を繰り出す。
頭と胴を繋ぐ箇所に刺した剣をてこの原理で跳ね上げる。
テンプルガーディアンの"目"を司る兜が宙を舞う。

「今だっっ!」

渾身の力をこめて唐竹割り。
振り下ろされた必殺の一撃は動く鎧の肩口を裂いた。
からん……と錆びれた剣を落として、神殿の守護者は静止する。
危なかった。逆説的に、この先には大事なものが眠っているに違いない。

剣を鞘に収めると慎重に歩を進めていく。
道の左右には壁龕が設けられており、火がくべられている。
煌々と燃ゆる火は浄化を象徴し、神殿に祀られる炎神を意味する。

385 ::2020/10/19(月) 18:37:45.12 ID:TTZPWC6Y.net
近い。この先には自分が求めてやまないものがある。
伝説の魔法武器、紅炎の剣『スヴァローグ』……あらゆるものを燃やし尽くす炎の剣。
まだ神々が地上にいた時代、炎神を信仰する者達が奉納のため生み出したという一振り。
祭具として扱われていたそうだが、ひとたび剣を振るえば炎が舞い、あらゆる魔を浄化したとも。

レインはそれがどうしても欲しい。
自身の目的のため。友との約束を果たすため。

やがて大広間に辿り着くと、レインの額に汗が滲んだ。
中央には紅の剣が突き立っていて、防具が共に祀られている。
広間に感じるこの熱気は、祀られている紅の剣と防具によるものか。
伝説の剣を引き抜こうと近づくと、空間から声が響いてきた。

「……――汝、炎神フラマルスを信奉する者か。答えよ」

全てを見通すかのような厳かな声。
信心深い方でないのもきっとばれているのだろう。
けど臆していては武器を手に入れることなど出来はしない。

「我が名はレイン!魔王を倒すため力を集める者!
 この神殿に眠る紅炎の剣をどうか頂戴したい!」

正直すぎたか。
祀られている防具の隙間から紅炎が噴出し、人の形を成していく。
紅炎は民族衣装のような防具を身に纏って眼前に突き立つ大剣を引き抜いた。

「神殿に足を踏み入れし者よ、なれば『紅炎の剣士』に示してみよ!
 その身に宿りし勇気が、どれほどの強さであるかをッ!」

紅炎の剣士が『スヴァローグ』を構えると、刀身が灼熱を帯びた。
これはやばい。レインは咄嗟にはがねの剣を抜いたが、これではどうにもならない。
空間に向かってぶん、と灼熱の剣を振るえば、剣先から炎の刃が飛来した。

「……――避けるしか、ないっ!」

慌てて左斜め前方へ大跳躍。片手で受け身をとりつつ、紅炎の剣士に肉薄する。
袈裟斬りを浴びせようと剣を振り下ろすが、籠手を纏った腕で強引に振り払われた。

386 ::2020/10/19(月) 18:39:00.05 ID:TTZPWC6Y.net
大きく弾き飛ばされて壁面近くまで吹っ飛んだ。
じん、と手が痺れるのを感じる。なんて馬鹿力だ……。

籠手で振り払われただけで剣が刃毀れしている。
"炎の刃"と"籠手"。迂闊に近づくのが危険なのは誰でも分かる。

「此れは『豪腕の籠手』。真正面から挑むのは愚か者と心得よ」

噂にはない情報だ、とレインは思った。
ここにきて一層欲しくなってしまう自分は馬鹿なのか。
だが、こんな強い相手、何の旨味もないのに戦いたくはない。

「愚かでも……やるしかない時もあるっ!」

立ち上がると、刃毀れした剣が虚空に消えた。
次の瞬間、魔法陣が浮かび上がると、燐光を散らせて武器が出現する。
これはレインが唯一使える魔法。武器や道具を呼び出す召喚魔法だ。

重量感をもって石畳に落下した武器は、鉄球。ただの鉄球ではない。
鎖に繋がれた先に柄があり、レインはそれを握っている。
モーニングスター。高い破壊力をもつ打撃武器。

「こいつでどついてどついて……どつきまくる!」

鎖を掴んでぶん、と鉄球を振り回すや高速で投擲。
が、紅炎の剣士が首を少し横にずらすと、鉄の塊は後方に猛進した。
剣士は走るでもなく悠々と大剣を携えて近づいてくる。

「まだまだ!モーニングスター・リバースブレイク!」

鎖を横に引っ張ると鎖を伝って遠心力が働く。
レインの一回転と共に、鉄球もまた円軌道を描いて――……。
再度、横薙ぎの一閃として紅炎の剣士へと迫る。

「むうっ……!」

質量を秘めた鉄塊を防御すべく空いている掌で受け止めた。
流石は『豪腕の籠手』といったところだろうか。
並みの人間では腕を折る芸当を平気でやってのける。

387 ::2020/10/19(月) 18:40:41.60 ID:TTZPWC6Y.net
がっちり掴んだ鉄球を『紅炎の剣士』は離さない。
――意志を持った炎の化身は、瞳のない瞳で目を細めた。
眼前の対戦者から目を離したつもりはなかったのだが。

気づけばレインは二つ目のモーニングスターを召喚。
左手で鎖を手繰り、こちらへ鉄球を放っているではないか。

"鉄球を防御する時"は誰もが意識を本体から鉄球へ僅かにズラす。
その盲点を突いたミスディレクション。レインの巧妙な罠だった。

結果。第二の鉄球が紅炎の剣士のどてっぱらに命中。
怯んだ隙をついて二撃、三撃、四撃と連続で叩き込んでいく。
これで倒せねば勝機はないと踏んだレインは一気呵成に攻め立てる。

「舐……めるなぁぁぁぁぁぁっ!!」

怒号と共に全身から大量に炎が噴き出た。
その勢いで鉄球の勢いは殺され、弾き返されてしまう。
慌てて鉄球を召喚魔法で転送して消すと、鉄の盾を召喚。
噴き出た炎を盾で受け止めながら、レインは再度肉薄した。

「自害する気か!なれば介錯仕る!」

「いいや!俺は……あなたを倒して先へ進む!」

振り下ろされた『スヴァローグ』を鉄の盾で受け止め――られない。
触れた途端、雪のように溶解してしまうのだ。それでも構わない。
レインは再び盾を召喚した。溶解。召喚。溶解。召喚。溶解。召喚。

「俺には負けられない理由がある!どうしても……負ける訳にはいかない!」

鉄球で散々与えたダメージのようなものは確実に累積しているはず。
最後の一撃を食らわせる隙だけでいい。どうか俺よ耐えてくれ。
紅炎の剣『スヴァローグ』の炎がやがてレインを焼き始めた。

「約束したんだ!強くなって……必ず使命を果たすって!
 だから俺は!絶対に負けられないんだっ!!」

388 ::2020/10/19(月) 18:42:44.56 ID:TTZPWC6Y.net
外套を焼き、防具を焼き、肌を焼く。それでもレインは止まらない。
『スヴァローグ』の刀身がレインの身体に達したと同時。
レインは紅炎の剣士のある箇所にはがねの剣の一太刀を命中させていた。

それはモーニングスターでも狙い続けていた箇所――。
防具と防具の結び目。炎の化身の肉体を繋ぐ結節点だ。

相手は防具を纏った炎だが、物理攻撃が意味を為さない炎がなぜ防具を纏う。
つまり、こうだ。炎は紅炎の剣士の意識。防具は肉体。剣は武器。

結び目が解けた今、紅炎の剣士はどうなるか。
肉体を維持できず、消滅するしかない!

「……見事なり……汝、紅炎の剣に相応しき心と力を持つ者。
 魔王を打倒するために新たな『紅炎の剣士』を名乗るがよい……」

「……ありがとう……死にそうだけどね……」

「……ふ。運命が汝をまだ殺さぬ。
 勇者よ、炎神の加護があらんことを……!」

ふっと炎が消え失せ、防具が周囲に散乱した。
残されたのは地面に突き立った紅炎の剣『スヴァローグ』と。
大火傷を負い、薬草を食んで傷を癒そうとするレインだけだった。

……――"召喚の勇者"の切り札に三つの魔法武器がある。
『紅炎の剣』『清冽の槍』『天空の聖弓』。
これはそれを手に入れるための短い冒険譚である。


【本編でできない話をやってみたかった……という感じです】
【ついでに本スレの宣伝も兼ねて出張ということで、失礼しました】

389 :創る名無しに見る名無し:2020/11/06(金) 21:08:28.18 ID:g/mrV6CI.net
はい実験失敗

390 :創る名無しに見る名無し:2021/03/16(火) 22:07:07.42 ID:0h9IyE2I.net
これなんか成功した例だよな
【近世ファンタジー世界】銃と巨乳 TRPG
https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1510937481/

391 ::2021/04/05(月) 17:57:45.17 ID:tVUiwe7N.net
ロールの練習がてら、実験室をお借りします
ちょっとしたロールや手軽に遊びたい人向けの企画だよ
1レスだけ落とすとかそんなスタイルでもおkだよ

【企画:無限迷宮へようこそ】

無限迷宮――――。
それはかつて存在した魔王が創ったという伝説のダンジョン。
次元の狭間にあり、あらゆる世界から人や、財宝や、資源が漂着する。
迷宮は階層と魔物を増やしながら侵入者を阻む。

入り口や出口、階層から階層へは『ポータル』と呼ばれる転移装置で繋がっている。
ただし、ポータルの転移先は不定期で変わるためどこへ移動するかわからない。
そのため、迷宮に入るのは簡単だが脱出は容易ではないとよく言われている。
低階層ほど魔物は弱いので、勝手に集落や国を作る者もいる。

冒険者たちは様々な思惑を抱えて迷宮へとやってくる。
巨万の富を求める者、下界にいられなくなった者、好奇心だけで来た者など。
君もまた、その一人なのである。


ジャンル:ファンタジー
コンセプト:ロールの練習やお手軽に遊びたい人向けに
期間(目安):未定
GM:なし
決定リール:なし
○日ルール:7日(宣言すれば延長可)
      なお参加者が一人の場合は不定期とする
版権・越境:なし
敵役参加:あり
名無し参加:あり
避難所の有無:なし
参加人数:1人以上

392 ::2021/04/05(月) 18:02:51.69 ID:tVUiwe7N.net
【テンプレート】

名前:
種族:
年齢:
性別:
身長:
体重:
性格:
職業:
目標:
能力:(A〜Eで評価)
装備:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:



【テンプレート記入例】

名前:エール・ミストルテイン
種族:人間
年齢:16
性別:女
身長:152
体重:49
性格:大らか。正義感は人並み
職業:銃士
目標:姉を見つけ出す
能力:
砲術B……砲や銃を操る能力。高いほど正確に狙える。
体術C……徒手空拳の能力。平均的軍人と同じ能力をもつ。
魔力C……潜在する魔力量。生まれつき人並みの魔力をもつ。
算盤D……お金を回す能力。無駄遣いはしないが根っからの貧乏。

装備:
携行魔導砲『アルヴィス』
魔力をプラズマなどの攻撃魔法に変換する投射武器。
小さい臼砲に持ち手と引き金をつけたような見た目で色は青。
意外と軽い。

容姿の特徴・風貌:
白金の髪に空色の隊服。顔立ちにはまだ幼さが残る。

簡単なキャラ解説:
北方大陸出身の銃士。無限迷宮で失踪した姉を探してやってきた。
銃士になった理由は実家が貧乏のため、軍属なら食いっぱぐれないと思ったから。
雪国育ちで寒いのには慣れているが都会をよく知らない田舎者。
冒険者としても完全に初心者。右も左も分からない。

393 ::2021/04/05(月) 18:06:30.20 ID:tVUiwe7N.net
見渡す限りの草原が広がっていた。
そよ風が草木を優しく揺らし、頬を撫でる。

風があたたかい――後ろを振り返ると、石造りの社がある。
社の中では魔法陣がきらきらと碧い光を放っていた。
転移の魔法陣だ。もう何度もあの社を見たが、間違いない。

牧歌的かつ草木以外何もない空間に拍子抜けしたが、ここが『無限迷宮』らしい。
かのダンジョンは、一度入ると出られない、伝説の迷宮として有名だ。
魔王が創ったこの広大な空間には、巨万の富が眠っているという。
すこし歩くと、崖下に町並みが広がっているのが見えた。

「うわ、うわぁ。町だ。ここって本当に迷宮なのかな?」

自問の答えはない。
目指す当てもなし、とりあえずはあの崖下の町へ行くことにした。
と、いって、このままロッククライミングで降りるわけにもいくまい。
大きく迂回する形になるが遠目に見えるあの斜面を下っていくべきだろう。

何時間かかるのやら……。
道らしきところを進んでいると、どこからかゴトゴトと音がする。
町の方角からだが――しめた。あれは荷車の音に違いない。
全力で飛び跳ねながら手を振って、あらん限りの声で叫んだ。

「おーい!おーい!乗せてくださぁい!」

瞬間、矢が肩を掠めた。身体が凍りつく。
荷車は商人や羊飼い辺りが曳いているのかと思ったが、全然違った。
その矮躯に、緑っぽい体色、下賤な笑い声。ゴブリンだ。

なんと荷車には蓑巻きにした人間が乗せてある。
少女は不幸にも人攫いの途中を目撃してしまったのだ。
ゴブリン達は荷車から飛び降りると、棍棒や弓矢を構えて襲い掛かってきた!

「う、うわぁーーーーっ!?」

少女の名はエール・ミストルテイン。どこにでもいるちょっと運のない女の子だ。
エールは予想と反した結果に驚きの叫び声を上げるのであった。

394 ::2021/04/10(土) 02:43:26.94 ID:vQqn2pYW.net
襲ってきたゴブリンの数は実に三体。
めいめい武装して、いたいけな少女へと殺到する。
つい驚いて叫んでしまったがダンジョンに魔物がいるのは当然だ。

(やるしか……ないっ!)

エールは覚悟を決めて、飛び掛かってきた一体を見据える。
そしてタイミングを合わせて――棍棒が振り下ろされるや、それより早く。
エールが放った蹴りがジャストで顔面を捉えた。

「ゴブぅーっ!?」

奇怪な叫び声を上げつつ、蹴られた一体が紙屑みたいに吹っ飛んでいく。
だいたいのゴブリンは一メートルにも満たないことが多く、体格も良くない。
そんな小型の魔物が人間様の蹴りを食えばこうなるのは当然の帰結だ。

だが、彼らは概して悪知恵が働き、冒険者を困らせるもの。
残りの二体のうち片割れは草の長い草原に紛れて背後に回り込んでいた。
そして今度こそ後頭部に棍棒を打ち付けんと奇襲をかけ――

「せぇい!」

――られなかった。
想定内とでも言わんばかりに、左腕の肘打ちがゴブリンの胴を射抜く。
そして怯んだところでゴブリンの胸倉を掴んで、弓を慌てて構えた最後の一匹へ投擲!
ゴブリン二体の額と額が激突し、二体の意識は途絶した。

「大丈夫ですか、いま解きますねっ!」

ゴブリン三体を見事な体術で撃破したエールは、蓑巻きにされた人の救助に向かう。
縄を解いてあげると、「ありがとう、助かったよ」とお礼を言われた。
ちょっと照れくさいが、嫌々受けた戦闘訓練が役に立ったようで嬉しい。

395 :エール :2021/04/10(土) 02:49:57.64 ID:vQqn2pYW.net
――荷車をゴトゴト揺らしながら、舗装もされていない道を往く。
感謝の印とばかりにちゃっかり荷車に乗せてもらい、町までの道程は随分楽だ。

「君は探索にきた冒険者なのかい?あまり見ない顔だね」

「あ……はい。銃士のエールと申します」

「だから強いのかぁ。若いのに凄いなぁ」

助けた人は背負っている筒状の物体を一瞥してそう言った。
エールは駆け出しの冒険者だと謙遜する。話を聞くとその人は崖下の町に住んでいて、
放牧していた家畜を守ろうとしたところ、返り討ちにあい攫われたらしい。
そのどうにも生活感溢れる話に、エールはここが本当にダンジョンなのかと疑った。

「あの……迷宮内に住んでるんですか?」

「まぁね。この無限迷宮はとにかく広大で、何でもあるからね。
 外には簡単に出られないから自然と町やら集落やらの拠点ができるんだよ」

助けた人は故郷を失った流浪の民で、迷宮に流れ着いてもう五年になるのだとか。
曰く、ここは迷宮の一階にあたる草原エリアで、エールのような冒険者がよく訪れるという。

「本格的に探索を始める前に町で準備するといいよ。
 階層によっては拠点がないところもあるからね」

やがて崖下に辿り着くと、乗せてくれたことに感謝し、町の門を潜った。

「無限迷宮1F、緑の町エヴァーグリーンへようこそ。
 何もないところだけど、ゆっくりしていってね」

助けた人はそう言うと、荷車を引っ張って去っていった。
さっそく冒険者が集まりそうな場所を探しはじめる。たぶん酒場あたりだろう。
エールはこんな拠点が迷宮内にあるなら、案外早く見つかるかもしれないな、と思った。

彼女の目的は一獲千金でもなければ冒険心でもない。
この無限迷宮に挑んだきり行方不明になった姉を探しに来たのだ。


【エール:無限迷宮1Fの拠点に辿り着く】
【ぼちぼちやりますのでいつでも気軽にご参加ください!】

396 :エール :2021/04/17(土) 00:05:36.91 ID:0rg5Zhao.net
迷宮内に築かれた冒険者たちの拠点、エヴァーグリーン。
のどかな町の風景は外の世界とそう変わらず、木造の家々が立ち並ぶ。

酒場は探せばすぐに見つかった。外からでも喧騒が漏れてくる。
扉を開けるとギィ、と古びた音が鳴って視線が一気に集まるのを感じた。
エールは気にした様子もなく、空いているカウンターの一角に座る。

「お嬢さん、見かけない顔だね。冒険者の方かい?」

「はい。銃士のエールと申します」

店主に尋ねられ、定型句を述べると、飲み物でも注文して情報収集をはじめようと思った。
中には十数人程度の武装した人たち――おそらく冒険者――がいる。

「おーい。レオン、あんたの出番だ。新顔の冒険者だってさぁ」

いざ注文しようとすると、店主が人の名前を呼んだので出鼻を挫かれた。
するとそそくさと帽子を被った紳士が店の奥から姿を現す。
若い男性だ。頬に切り傷があって、精悍な顔立ちをしている。

「おおっと、はじめまして。俺はレオン!しがない情報屋さぁ。
 ここで冒険者の面倒も見てるがね。無限迷宮にははじめて来たのかい?」

渡りに船だ。肯定すると情報屋に姉を探すためやってきたのだと言った。
姉の名はカノン。故郷を守る元銃士で、今は冒険者として国々を転々と旅している。
そしてこの無限迷宮に挑んだきり行方不明になったのだ。

「難儀な話だねぇ。その姉さんに関する情報、あるけど聞くかい?
 お金はかかるけどね。まぁ、その辺の問題もあって俺が来たんだがな」

「……どういうことですか?」

エールは小首を傾げた。

397 :エール :2021/04/17(土) 00:07:55.19 ID:0rg5Zhao.net
ごほん、と情報屋のレオンは咳ばらいをする。

「この無限迷宮では専用の通貨しか流通してねぇんだ。色々な世界の住人が集まるからな。
 多元世界共通の金なんて無いし、不便だから統一しようってんで『メロ』って金貨しか使えねーのよ」

レオンは懐から金貨をひとつ取り出した。表面には迷宮のような独特の紋様が彫られている。
通貨単位『メロ』は迷路が訛ったものが由来だと説明してくれたが、そんなことはどうでもいい。
問題はエールは故郷の世界のお金しかもっていないということだ。
換金所などはないそうで、金が欲しければ働くか商売でもはじめるしかないらしい。

「迷宮と名はついているがこのダンジョンは一個の世界並みに広大だぜ。
 何をするにしても資金は必要になってくる……そこでだ。
 俺は冒険者向けの依頼も斡旋してるんだが、受けてみないかい?」

「……報酬額はいくらなんですか?」

「毎度あり。報酬額は2000メロだよ」

姉の情報は500メロで構わないと言われた。つまり1500メロ手に入る計算だ。
お釣りがもらえるならそんなに悪い話ではないだろうと考え、気軽に引き受けた。

「もうじき魔王の創った疑似太陽が別の階層を照らす時間になる……。
 そうすりゃこの階層は夜だ。魔物の活動も活発になるだろう。
 嬢ちゃんの仕事は夜に紛れて町に侵入しようとする魔物の撃退だ」

次の朝までこの町の警護をすること。それが依頼内容らしい。
引き受けるのは一人ではなく、冒険者何名かで守ることになるだろうと言われた。
話を聞くと冒険者の中には探索に来たのはいいが、迷宮を脱出できず、
仕方なく魔物退治で金を稼ぎ、糊口を凌ぐ者も多いらしい。

(待っててねお姉ちゃん……!今すぐに見つけ出すから!)

無論、エールにその気は微塵もなかった。

398 :創る名無しに見る名無し:2021/04/17(土) 01:58:02.50 ID:1SBOZoCa.net
支援

399 :エール :2021/04/23(金) 22:51:55.32 ID:Adet2WPB.net
無限迷宮1F、草原エリアに夜が訪れた。
疑似太陽が沈むと同時、月のような衛星が階層を微かに照らしはじめる。

屈強な男達に混じって、エールは町の外のだだっ広い夜の草原を眺めていた。
町は四方を木の柵で囲っていて、一応これが魔物除けになっているらしい。
ないよりはマシだろうが防備としてあまりに薄弱である。
だから冒険者たちは柵に沿って何名かずつに別れ、魔物の侵入を防ぐ算段だ。

「もう遭遇してるだろうが、主な魔物はゴブリンやスライムだな。
 弱いが数だけは多い。うっかり町に侵入させねぇように気をつけるんだぞ」

冒険者の一人に説明を受けてエールは静かに頷いた。
背負っていた巨大な筒をずん、と地面に立てかけ、柵にもたれ掛かる。
この仕事は長丁場になる。ずっと気を張っていても仕方ない。
故郷で警邏や見張りの仕事は何度も経験しているので慣れっこだった。


……一方、ゴブリンの集落では。

小鬼たちに取り囲まれた、略奪品の戦槌と円盾を装備せし緑肌の怪物が一匹――。
体躯は成人男性ほど。筋肉は隆々としている。彼もまたゴブリンである。
ゴブリンの上位種、群れを率いるゴブリンキングという種だ。

人間程度の体格を有し人語を話せる程度に知能が高い。
まだどこか愛嬌のあったゴブリンの面影は最早ない。
凶悪な貌を際立たせるかのように、配下の小鬼たちに向かって叫ぶ。

「機は熟した!今は亡き魔王様の迷宮に巣食う、
 塵人間共を一掃する好機が遂に訪れたでゴブ!」

ゴブリンたちの拍手と歓声が上がる。
波がひくように静寂が訪れたところでゴブリンキングは再び叫んだ。

「今宵の我らはただの小鬼ではない!何故なら――……。
 魔王様が遺した秘宝、『闇の欠片』が加護を与えてくれるからゴブ!」

闇色に輝く水晶が埋め込まれた戦槌を掲げると、地面に向かって振り下ろす。
暗黒の波動がゴブリンの集落を駆け巡り、小鬼たちの目が爛々と妖しく輝きだす。
矮躯は膨れ上がっていき、ゴブリンキングと相違ない体格へと急成長していく。

「ククク……素晴らしい力よ。全員ホブゴブリンに進化しやがったゴブ。
 これさえあれば負けは無し!さぁーッ、いざエヴァーグリーンを滅ぼしに!」

宵闇の草原に紛れて武装したホブゴブリンの一団は緑の町へと向かう。
遥か過去、魔王に仕えていた記憶を頼りに、自分たちの領土を奪回すべく。

400 :創る名無しに見る名無し:2021/04/23(金) 23:29:16.96 ID:1Ix7eiR5.net
見てる
頑張れ

401 :ダヤン:2021/04/28(水) 23:43:09.62 ID:4N2Hidz1.net
名前:ダヤン
種族:獣人族(猫種)
年齢:11
性別:男
身長:145
体重:45
性格:猫っぽい
職業:冒険者(能力的にはスカウト)
目標:地上に憧れている
能力:
短剣術C:ダガー二刀流で戦う
軽業C:猫なので
魔力C:目くらまし、鍵開け等の便利魔法を少々
装備:
容姿の特徴・風貌:灰色の毛並みの猫耳猫尻尾、銀髪の少年
簡単なキャラ解説:
物心ついた時から迷宮にいた。
冒険者として生計を立てているが、地上に憧れている。

>「もう遭遇してるだろうが、主な魔物はゴブリンやスライムだな。
 弱いが数だけは多い。うっかり町に侵入させねぇように気をつけるんだぞ」

屈強な冒険者達に混ざって、明らかに場違いな者がいる。
猫耳猫尻尾が生えたまだ幼いと言っていい少年だ。
獣人族猫種。見た目はファンシーだが生まれつき高い身体能力を持つ。

「ははは、楽勝楽勝! おねーちゃんは新入り?
なーに、この階層に出てくるのは雑魚ばっかだから心配することないって!」

そんな風に呑気に喋っていたが突然ぴくっと耳を動かし、目を細める。

「来たにゃ……!」

草原の向こうから、無数の光が見える。怪しく光るホブゴブリンの目だ。

「つーか、でかくね!?」

それは見慣れたゴブリンではなくホブゴブリンだからだ。

402 :エール :2021/04/29(木) 10:04:45.44 ID:SsznVNM0.net
草原を吹き抜ける風が、途端に厳しくなった気がする。
夜は魔物の姿をくらます帳となり、静かにその魔手を伸ばしてくる。
姉のように木々や動物と会話できるわけではないが、何か――嫌な予感がする。

>「ははは、楽勝楽勝! おねーちゃんは新入り?
>なーに、この階層に出てくるのは雑魚ばっかだから心配することないって!」

警護に集まった冒険者といっても、種族は様々である。
わざわざ列挙はしないが、人間の方が珍しいと感じたくらいだ。
中でも自分より背丈の低い、獣人の少年が冒険者なのには驚いた。
もっとも華奢なのはエールとて同じことなのだが……。

「うん、エールって言うんだよ。よろしくね」

不安を掻き消す少年の明るい声が、エールを元気づけた。
迷宮内という環境ゆえか必要以上に臆病になっていたのかもしれない。
低階層で出現する魔物が弱いのは散々聞いた話であり、心配することなど何もない。
と、思った矢先。獣人の少年が突然耳をぴくりと動かし、目を細めて言う。

>「来たにゃ……!」

「な、何も見えないよ……!?」

無理もない。
据えつけてあるランタンは町内を照らすだけで、周囲は完全なる闇。
警護用に置いている焚き火も遠くまでは照らせない。
猫の獣人ゆえ夜目が効くのか、少年はいち早く魔物を捉えた。

>「つーか、でかくね!?」

「ただのゴブリンとかスライムじゃないの……?」

いわく、敵は見慣れたゴブリンではなく上位種のホブゴブリンらしい。
知能はゴブリンと同程度だが、人間ほどの体格を持ち、ゴブリンと同じく数で攻めてくる。
装備品の多くは略奪品であり、接近中のホブゴブリンは腰蓑に刀剣類や棍棒といった出で立ちだ。
風に混じって土を踏む音が聞こえてくる。50か?100か?相当な数がいると考えるべきだろう。

「まずいよ……ホブゴブリンの強さは武装した人間の成人男性くらいって話だよ。
 そんな魔物に大挙して攻め込まれたら防衛ラインが崩壊しちゃう」

対してこちらは十数名程度しかいない。
しかも分散して町の周囲に配置しているから、防備はかなり手薄。
もし一点突破で攻め込まれてしまったら敗北は自明の理だ。
エールは焚き火の前でじっと思案していたが、やがて静かに口を開いた。

「敵の正確な数と位置って分かりませんか?後はなるべく足止めしてほしいかも……。
 そうすれば、私の支援砲撃でなんとかできるよ。偵察とか斥候の得意な人がいればだけど……」

そう言って、地面に立てかけている魔導砲にぽん、と触れた。
エールは銃士として今まで強力な竜や魔物と戦ってきた経験がある。
剣や魔法は得意でないけれども、『火力』の一点においては見劣りしない自信がある。

ただ、全ては敵の状況次第だ。
魔物が纏まった集団で行動しているのか。軍隊のように部隊を組んでいるのか。
それとも散開してエヴァーグリーンを取り囲もうとでもしているのか。
いくら力を持とうとも、闇の中で敵を知る術がなければ役に立たない。


【わーい。参加してくれてありがとー】
【魔物は基本的にNPCってやつだから自由に描写して大丈夫だよ】

403 :ダヤン:2021/04/29(木) 18:27:58.22 ID:ojZUX94l.net
>「ただのゴブリンとかスライムじゃないの……?」

「あの大きさはホブゴブリン……ゴブリンの上位種だ!
群れの中に何匹かいることはあってもあの数で攻めてくるなんて!」

>「まずいよ……ホブゴブリンの強さは武装した人間の成人男性くらいって話だよ。
 そんな魔物に大挙して攻め込まれたら防衛ラインが崩壊しちゃう」

“武装した人間の成人男性くらい”と言えば魔物としては大したことはないのではないかと一瞬思ってしまうが、それが数え切れないほどいる。
対するこちらはたったの十数名、しかも冒険者とは言っても普段ザコしか相手にしない低階層の冒険者、実態は街の警備集団のようなものだ。

>「敵の正確な数と位置って分かりませんか?後はなるべく足止めしてほしいかも……。
 そうすれば、私の支援砲撃でなんとかできるよ。偵察とか斥候の得意な人がいればだけど……」

「斥候か……ダヤン、行ってくれるか?」

「任せろにゃ!」

冒険者、と呼ばれる者の中には文字通りに色んなエリアを渡り歩いて冒険している者もいるが、特定の街の冒険者ギルドに所属し依頼を受けて生活している者も多い。
よって同じ街の冒険者同士は依頼で一緒になる時も多く、必然的に顔見知りになるのだった。
ダヤンと呼ばれた少年は、冒険者パーティに例えるとスカウトに近い技能を持つ。
ダヤンは、足音を立てずに街の外に駆けて言った。
徒党を組んで攻めてきているゴブリンの群れから気付かれない程度の距離を保ちながら、敵の全貌を探るべく迂回する。
今までに遭遇したゴブリンの群れとは明らかに違うことがすぐに分かった。
各自好き勝手に突撃するのではなく、軍隊のように隊列を組んでいるのだ。
群れの最後部では、おそらく略奪品だろう他とは一閃を画す立派な戦槌と円盾を装備した貫禄あるゴブリンが、数体のホブゴブリンに守られるように囲まれている。
その時だった。

「……ネズミが紛れ込んでいるようだなゴブ。皆の衆、行けーっ!」

充分な距離を保ち一切足音を立てていないはずなのに、気付かれた。
『闇の欠片』の加護は戦闘能力以外の感知能力等にも及ぶのかもしれない。
取り巻きのホブゴブリンが2体ほど襲い掛かってきた。
寸前で頭上高くジャンプして避けたため、ホブゴブリン同士が頭をぶつける。

404 :ダヤン:2021/04/29(木) 18:29:07.66 ID:ojZUX94l.net
「いてえっ! やりやがったなゴブ……!」

「ネズミじゃなくて猫です!」

「なんだ猫か……って言うと思ったかゴブ! 『闇の欠片』の秘密を知られたからには生かしてはおけんゴブ!」

「闇の欠片ってにゃんだ?」

ホブゴブリンがキングのようなゴブリンの戦鎚の先を指さしながら熱弁をふるう。

「見よ、あのご威光! 聞いて驚け、魔王様が遺した秘宝で我らに力を「コラ! ペラペラ喋るんじゃないゴブ!」

闇の欠片の加護を受けても、知能にはゴブリンの面影が残っている模様。

「スモーク・ボム!!」

「わっ、なんだゴブ!」「ゲホゲホ! 待てーゴブ!」

ダヤンが目くらましの呪文を唱えると、辺りに煙幕が立ち込める。その隙に猫ダッシュで走り去った。

「あちゃー、急がなきゃ!」

街に戻ると、すでに交戦が始まっていた。
その中でも、大きな魔導砲を抱えたエールは割とすぐに見つかった。

「分かったことは……まともに相手して勝てる数じゃない。
部隊後方にキングっぽいのが控えてる。『闇の欠片』っていうのを持っててそれでみんなを強化してるんだってさ。さ、行くにゃ」

ダヤンはニヤリと笑った。

「どこへって? もちろんキングのところさ。道中の敵はオイラが適当にあしらうにゃ。
キング一匹倒せば勝ちなら……その魔導砲があればいけるんじゃニャい!?」

【よろしくにゃ】

405 :エール :2021/05/01(土) 14:13:41.01 ID:YvCTkQi5.net
敵の位置と数さえわかれば接敵前に魔導砲で一網打尽にできる――。
というのがエールの考えだったが、周囲は素直に受け入れてくれたようで、
獣人の少年、もといダヤンが斥候として様子を見にいってくれる運びとなった。

しかし、しょせんは付け焼刃的な対応策である。
そう上手くいくはずもなく、ダヤンが戻る前に敵が町に攻め込んでくる。
他の冒険者同様、エールもまた応戦することとなった。

(暗闇で遠くは見えないから……。
 町に侵入しようとする奴を片端から撃ち抜く!)

柵の上に乗ると巨大な筒を構えてホブゴブリンの一匹に照準を合わせる。
魔力を充填してトリガーを引くと、青白い閃光が筒先から放たれた。
――プラズマ弾。高威力の雷系魔法を投射する、携行魔導砲の基本攻撃である。
閃光はホブゴブリンの身体を貫き、瞬く間に消し炭に変えてしまう。

「こうなったらグミ撃ちだよ!町には指一本触れさせないからね!」

意を決してそう叫ぶが、はっきりいって自棄の部類に入る。
敵の全容は分からないしどれだけ倒せばいいか分からない。
『何も分からない』という暗闇の荒野を突き進んでも待つのは敗北。
ダヤンが戻ってきたのはそんな時である。

「ダヤン!敵のことは分かったの……!?」

忍びの者の遅い到着に思わず声を張り上げた。

>「分かったことは……まともに相手して勝てる数じゃない。
>部隊後方にキングっぽいのが控えてる。『闇の欠片』っていうのを持っててそれでみんなを強化してるんだってさ。さ、行くにゃ」

「行くって……どこへ?」

疑問符を浮かべるエールとは対照的に、ダヤンは不敵に微笑んで答えた。

>「どこへって? もちろんキングのところさ。道中の敵はオイラが適当にあしらうにゃ。
>キング一匹倒せば勝ちなら……その魔導砲があればいけるんじゃニャい!?」

406 :エール :2021/05/01(土) 14:15:57.73 ID:YvCTkQi5.net
話を整理すると、こういうことらしい。敵を率いているのはゴブリンの上位種、ゴブリンキング。
ゴブリンキングは『闇の欠片』というアイテムでゴブリン達をホブゴブリンに変えてしまった。
ならば一か八か、群れを率いるキングを倒して強化を解こうという考えなのだろう。

ゴブリンキングの強さは成人男性数人分程度と聞いたことがある。
魔導砲を携えたエールであれば、なるほど確かに倒せないことはないだろう。
だが、倒したとて強化が解ける保証はなし、分の悪い賭けには違いない。

「……分かった。この状況を打開するにはそうするしかないね。
 ダヤン、案内して!ゴブリンキングは私が倒すよ!」

魔導砲を担いで柵から飛び降りると、獣人の少年と共に暗い草原へ駆け出した。
――ホブゴブリンの一団まで近づくと、確かに戦槌を持ったゴブリンキングが確認できる。

「……さっきの猫かゴブ。味方を連れてきたのか?
 ゴーブゴブゴブ、面白いことになってきたなぁ……!」

目を瞑ったままゴブリンキングが呟く。
静かに瞼を開くと、護衛のホブゴブリンを退けて跳躍した。
ざざぁ!と草原を踏みしめて着地すると、エールを指差す。

「その武器、貴様銃士だろう。銃士とは因縁があってな……。
 かつてカノンとかいう女に同胞を殲滅されかけた恨みがあるんだゴブ。
 ホブゴブリン程度では相手になるまい。この俺自らが片付けてやろう……!」

戦槌を教鞭のようにパシパシと片手に打ち付ける。
エールはその名に目を見開く。間違いなく姉の名だった。

「貴方は姉さんのことを知ってるの……!?教えて!姉さんはどこにいるの!?
 私はここで行方不明になった姉さんを探してやって来たの!」

「そうか……通りで面影があるゴブ。ククク……奴の居場所など知らんが……。
 このゴブリンキング様が貴様を地獄へ送ってやるゴブ!!!!」

407 :エール :2021/05/01(土) 14:19:32.85 ID:YvCTkQi5.net
ゴブリンキングが戦槌をエール目掛けて勢いよく振り下ろす。
大振りだが威力のある一撃!それを咄嗟にスウェーで躱してバックステップ。
視認できるギリギリまで距離を取ると、魔導砲を構えて照準をゴブリンキングへと合わせる。

「これでも食らえっ!」

青白い閃光が尾を引いて敵へ迫る。
必殺の弾丸は過たずキングを消し炭に変えんとして――。
――なんとキングは円盾を軽く振って、プラズマを弾き飛ばした!

「ククク……今何かしたか?」

戦槌に宿した『闇の欠片』は、ゴブリンキングの力を何倍にも高めていた。
知覚もさることながら、身体能力も通常の種を遥かに超えている。
今やトロールやオーガにも匹敵する能力を有していると考えていいだろう。

「っ……プラズマ弾が効かないなら――……」

「フン、銃士の手の内などお見通しゴブ……!」

キングが大きく後退すると闇に溶けるように姿をくらましてしまう。
思わず目を細めて照準器から目を離す。どこからともなくキングの声が響いた。

「あーあぁ。残念ゴブなぁ。その型の魔導砲に暗視スコープなんてないもんなぁ。
 さぁどうする。どう出る。どう対処する。何もなければ楽に殺してやるぞ……?」

「……位置さえ分かれば『あれ』で仕留められるのに……!」

月明かりが微かに照らすだけの暗い夜。
周囲は何も見えず、エールは夜目が効かない。
キングは背後から笑みを浮かべて戦槌を勢いよく振り下ろす。
――地面へ。そのインパクトは衝撃波となってエールとダヤンに迫る。

「『あれ』を使わせる暇なんてくれてやる訳ねぇだろッ!
 砕けろ、粉微塵に!微粒子ほどに細かくしてやるゴブッ!!」

攻撃の方向が分からないエールには回避の術もない。
ただ闇の中で動揺することしかできなかった。


【ゴブリンキング:闇に紛れて衝撃波を不意打ち】
【エール:敵の居場所が分からずおろおろしています】

408 :ダヤン:2021/05/02(日) 21:54:59.80 ID:91VyBvmf.net
>「……分かった。この状況を打開するにはそうするしかないね。
 ダヤン、案内して!ゴブリンキングは私が倒すよ!」

ダヤンの分の悪い賭けに対して、エールは頼もしい答えを返した。
ダヤンは足場の悪いフィールドを踏破したり襲い掛かってくる雑魚をあしらったりは得意だが、強敵を倒すだけの火力はない。
反面、大型の魔導砲を扱う銃士のエールは、強力な火力を持つと思われる。

「こっちにゃ!」

二人は夜の草原を駆ける。
幸い道中でホブゴブリンに気付かれることもなく、ゴブリンキングのところまでたどり着いた。

>「……さっきの猫かゴブ。味方を連れてきたのか?
 ゴーブゴブゴブ、面白いことになってきたなぁ……!」

「流石、気付くのが早いにゃ……ライト!」

道中でホブゴブリンに気付かれては面倒ということで使わずにいた明かりの呪文を唱える。
ダヤンを中心に半径2〜3メートルほどが魔法の明かりで照らされた。

「今すぐみんなの強化を解いて進軍をやめにゃ! そうすれば命だけは助けてやらないこともにゃい!」

>「その武器、貴様銃士だろう。銃士とは因縁があってな……。
 かつてカノンとかいう女に同胞を殲滅されかけた恨みがあるんだゴブ。
 ホブゴブリン程度では相手になるまい。この俺自らが片付けてやろう……!」

>「貴方は姉さんのことを知ってるの……!?教えて!姉さんはどこにいるの!?
 私はここで行方不明になった姉さんを探してやって来たの!」

思わぬところで姉の名が出たことで、エールは思わずゴブリンキングに歩み寄る。
銃使いということで接近戦は得意ではないと思っているダヤンは、注意を促す。

「エール、近付きすぎだにゃ……! 下がって!」

>「そうか……通りで面影があるゴブ。ククク……奴の居場所など知らんが……。
 このゴブリンキング様が貴様を地獄へ送ってやるゴブ!!!!」

戦槌が近くに来ていたエールに向かって振り下ろされるが、エールはそれを難なく避けた。
どうやら銃の扱いだけではなくかなりの戦闘訓練を積んでいるようだ。
更にプラズマ弾の一撃を放った。

>「これでも食らえっ!」

が、ゴブリンキングは盾を軽く振るだけでそれを弾き飛ばした。

>「ククク……今何かしたか?」

>「っ……プラズマ弾が効かないなら――……」

>「フン、銃士の手の内などお見通しゴブ……!」

409 :ダヤン:2021/05/02(日) 21:56:49.66 ID:91VyBvmf.net
このゴブリンキングは以前銃士のカノンに群れを殲滅させられかけた経験がある。
銃士の戦闘スタイルは知っているということだろう。
キングは大きく後退し、ライトの効果範囲から出てしまった。これではエールから見れば、全く視認できない。

>「あーあぁ。残念ゴブなぁ。その型の魔導砲に暗視スコープなんてないもんなぁ。
 さぁどうする。どう出る。どう対処する。何もなければ楽に殺してやるぞ……?」

>「……位置さえ分かれば『あれ』で仕留められるのに……!」

『あれ』が何なのかはダヤンには分からないが、エールはプラズマ弾以上に強力な技を持っているようだ。

>「『あれ』を使わせる暇なんてくれてやる訳ねぇだろッ!
 砕けろ、粉微塵に!微粒子ほどに細かくしてやるゴブッ!!」

キングが戦槌を地面に叩きつけると、衝撃派が地面を走る。

「あぶにゃい!!」

ダヤンはエールに体当たりして一緒に地面に転がった。

「無事かにゃ!? アイツ、遠距離攻撃も出来るのか……!
見えさえすれば仕留められるんだにゃ!? なら任せにゃ!」

ダヤンはキングのところまで駆け寄ると、2本のダガーを抜き放ち果敢に切りかかる。
が、闇の欠片によって強化されたゴブリンキングの皮膚は固く、ほぼ攻撃は通らない。
キングは余裕をぶっこいて避ける素振りすら見せない。

「どうしたどうしたぁ、蚊でも止まったかぁゴブ!」

容赦なく振り下ろされる戦槌。
ダヤンはゴブリンキングの足元を駆けずり回り、連撃で振り下ろされる槌を何とか避ける。

「にぎゃっ!」

途中でバランスを崩して転び、それでも転がって避ける。

410 :ダヤン:2021/05/02(日) 21:58:41.36 ID:91VyBvmf.net
「なかなかしぶといなゴブ……だがそろそろ終わりだゴブ!」

「スモーク・ボム!」

ひときわ大きく戦槌を振り上げた瞬間、ダヤンは煙幕の呪文を唱えた。
キングはそのままお構い無しに戦槌を振り下ろすが、獲物を仕留めた感触はない。

「む、外したか……だが無駄無駄ァ! その辺にいるのは分かっているゴブ!」

戦槌をそこら中に振り下ろしまくる。
小さい者が体格差のある相手と戦う時は、足元を駆けずり回るのがセオリーらしい。
丁度先ほど、この猫がやっていたように。
と、不意に、頭の上に何かが乗った感触がした。

「どこにいるって?」

ダヤンがキングの頭の上に両足キックしつつ着地。
煙幕に紛れて、まず攻撃を転がって避け、猫ジャンプして頭の上に乗ったという単純明快な経緯だ。

「なぬぅ!? どこに乗ってるゴブ! 降りろゴブ!」

頭上というのは意外と死角である。
焦ったキングはなんとか振り払おうと戦槌を普段とは逆方向に下から上方向に振るおうとしてバランスを崩し……

「あばばばばばばゴブ!」

そんな中で、煙幕の効果が切れた。ライトの効果は継続しているので、この光景はエールから丸見えだ。
腕をぐるぐる回して転倒するかしないか瀬戸際のキング。ダヤンはその頭上からひらりと飛び降りながら叫んだ。

「今だにゃ!」

411 :エール :2021/05/03(月) 00:38:27.59 ID:BLAEYhjy.net
闇の中から放たれた衝撃波が駆け抜けていく――!
草原を掻き分け、地を走ってエールとダヤン目掛けて襲い掛かる。

>「あぶにゃい!!」

間一髪、ダヤンがエールに体当たり。
二人は一緒にゴロゴロと草原を転がり難を逃れる。

>「無事かにゃ!? アイツ、遠距離攻撃も出来るのか……!
>見えさえすれば仕留められるんだにゃ!? なら任せにゃ!」

「な、なんとか……でもどうする気なの……!?」

ダヤンはキングがいると思しき暗闇へ疾走して、二本のダガーを抜き放つ。
現在、彼を中心として半径二、三メートル程は魔法の光で照らされている。
よって二人の攻防は夜目の効かないエールにも容易に視認できた。

『闇の欠片』の力で防御力も強化されているのか、キングはダガーを躱しもしない。
対してダヤンは小柄を活かして足下を俊敏に駆け回り、なんとか戦槌を回避し続けている。
あの体格差だ。一発でも当たれば致命傷だろう。エールは気が気でない。

(……けど今は、ダヤンの力を信じるしかない!)

そして魔導砲を構え直したエールは、魔力の充填を開始する。
エールの『あれ』、銃士共通の必殺技は、溜めに時間がかかるのだ。

>「なかなかしぶといなゴブ……だがそろそろ終わりだゴブ!」

一方、ダヤンとゴブリンキングの攻防も佳境を迎えていた。
とどめとばかりに戦槌を振りかぶった瞬間、魔法で煙幕が焚かれる。
出鱈目に戦槌を振り下ろしまくるが、ダヤンはそこにおらず――。

412 :エール :2021/05/03(月) 00:42:00.91 ID:BLAEYhjy.net
>「なぬぅ!? どこに乗ってるゴブ! 降りろゴブ!」

そう、ダヤンはキングの頭上にいた。
慌てて戦槌を振り上げ、攻撃を仕掛けるも重心が崩れてキングはバランスを崩す。
ちょうど良いタイミングで煙幕の効果が終了すると、エールの目には見えた。
ダヤンが頭からひらりと飛び降りる瞬間を。

>「今だにゃ!」

猫の俊敏性を活かして上手く翻弄することに成功。
ライトの効果のおかげで位置も丸わかりだ。

「ありがとうダヤン!ここからでもよーく見えるよ!」

魔力の充填は完了している。後は魔導砲の筒先をキングへと向けて照準を合わせるだけだ。
ようやくバランスを持ち直したのか、こちらの発射準備に気づいたキングが驚く。

「なぬっ、あああああぁぁぁぁぁ!?しまったああぁぁぁぁ!!」

「行っけぇぇぇぇっ!ハイペリオンバスターーーーッ!!!!」

叫んだ名は、銃士の必殺の一撃。竜鱗さえ破壊する特大の荷電粒子砲だ。
どおっ!と膨大な奔流が放たれると、狙い過たずキングへと迫る。
やけくそで戦槌を地面に振り下ろして衝撃波を放つも、ビームは易々とそれを飲み込んだ。

「これでは七賢者に『闇の欠片』を貰った意味が……!
 たかが猫と子供風情に……!こんなはずでは、こんなはずでは〜〜〜〜っ!!」

キングもまたビームに飲み込まれると、肉体が微粒子レベルで消し飛んでいく。
光の奔流は煌々と周囲を照らしてホブゴブリン達に本能的に敗北を報せた。

「ゴ、ゴブ……今から敵討ちに切り替えるゴブ……?」

「い、いや……あんなビーム出す奴と戦うのは嫌ゴブ……」

413 :エール :2021/05/03(月) 00:44:19.01 ID:BLAEYhjy.net
……――草原の外れ。
光の奔流に吹き飛ばされ、肉体の大部分が消滅したゴブリンキング。
すでに意識はなく、その傍らには武器であった戦槌が横たわるのみ。

ふわりと草原に降り立ったのは一人の若い男性。
顔の半分を仮面で覆い、真っ白なローブを纏っている。

「何をするかと思えば拠点の襲撃とは……懲りない奴だ。
 君も魔王に憑りつかれた一人だったのかもしれないな……」

男は最後に「回収」と呟いて手を翳す。
戦槌に埋め込まれた欠片が宙に浮き、男の手に吸い込まれる。
欠片が手品のように消え去ると、『白衣の男』はローブを翻して去っていく。
まるで誰かに見られるのを好まぬかのように。

「……もう夜明けか。一刻も早く彼女を見つけなければ」

見上げた空は段々と白んでいき、地平線の彼方から太陽が顔を覗かせていた。
他の階層を照らし終えた偽の太陽は、再びこの階層を照らしはじめるのだ――。
それは依頼の終了をも告げていた。

「見てダヤン、太陽だよ。終わったんだね……」

地平線を指差すとその場にへたりこむ。
『ハイペリオンバスター』は全魔力を要する一度きりの技。エールは疲労していた。
日の出と一緒にホブゴブリンが姿を元に戻していくのを見て安心したのもあるのだろう。
ゴブリンへと退化した魔物達は敵わないと判断して三々五々に逃げていく。

「おーい!お前さん達、大変だったみたいだな。
 依頼完了だ、今日も町を守ってくれてありがとよ!」

町の方角から小走りでやって来たのは情報屋のレオンだ。
感謝を手短に述べると、情報代を差っ引いた1500メロを手渡してくれた。

414 :エール :2021/05/03(月) 00:46:20.15 ID:BLAEYhjy.net
再び立ち上がって魔導砲を担ぎ、レオンに詰め寄る。
姉に関することも知りたいが『闇の欠片』というアイテムのことも引っ掛かった。
レオンなら何か分かるかもしれない、とエールは問い詰める。

「キングは『闇の欠片』というアイテムを持っていたそうです。
 情報屋さん、何か知りませんか?なんだか気になって」

「うん?……うーむ。この迷宮で時折見つかるアイテムって聞いたことがあるな。
 なんでもそいつは魔王の力の残滓で、持つ者にとんでもねぇ力を与えるとか……」

だが、とレオンは言葉を付け足す。
欠片は所持者に力を与えるが精神を汚染する。
最後に待っているのは破滅だけだと聞いた記憶があるという。

「危ない代物に関わるのはやめとこーぜ。
 欠片を集めてる集団もいるらしいが、胡散臭いだけだしな。
 特に君の場合、必要な情報は姉さんの居場所だろう?」

「ま、まぁ……確かにそうですけど」

「それで本題だが。君の姉さんは冒険者の中でも腕利きでな。
 知ってる奴はちゃんと知ってるのさ。俺は前に9Fの城下町エリアで彼女と話した。
 それが俺の持ってる情報だよ……他の階層に行ってなきゃ、すぐ会えるかもしれないな」

「城下町エリアですね……!わかりました」

姉の生存が確定したことをエールは喜んだ。
レオンとの話を終えると、ダヤンの方へ振り向く。

「一緒に戦ってくれてありがとう。でも私……もう行かないと。
 お姉ちゃんを見つけて元の世界に帰らないといけないんだ」

自由を好む姉は嫌がるかもしれないが。
この迷宮で彷徨い続けるくらいなら、故郷で姉と暮らしたい。
雪が降り積もる、あの何もない村へと帰るべきなのだ。

「……それじゃあ、ね」

二人に手を振ると、崖上のポータルへ歩き出した。


【1F攻略完了!物語の舞台は次の階層に移ります】

415 :ダヤン:2021/05/03(月) 22:56:10.86 ID:qw1QqNov.net
>「行っけぇぇぇぇっ!ハイペリオンバスターーーーッ!!!!」

エールの必殺の一撃が放たれ、膨大な光の奔流にキングは跡形もなく飲み込まれた。

「すっげぇえええ! かっけぇえええええ!」

>「これでは七賢者に『闇の欠片』を貰った意味が……!
 たかが猫と子供風情に……!こんなはずでは、こんなはずでは〜〜〜〜っ!!」

キングは意味深な言葉を残して息絶えた。

「さてと、闇の欠片とやらを……」

あとは闇の欠片に働きかけるなり破壊するなりして、ゴブリン達の強化の解除をしなければ。
と思ったが、見る限りキングのいた場所には何も残ってはいない。

「……全部消し飛んだか」

実際には少し離れた場所に吹き飛ばされていたのだが、ダヤンもエールも気が付かなかった。

>「見てダヤン、太陽だよ。終わったんだね……」

朝日に照らされた草原に、散り散りに逃げていくゴブリン達の姿が見える。

「ホブゴブリンもゴブリンに戻ってるみたい、もう安心にゃ……!」

>「おーい!お前さん達、大変だったみたいだな。
 依頼完了だ、今日も町を守ってくれてありがとよ!」

情報屋のレオンがやってくる。

>「キングは『闇の欠片』というアイテムを持っていたそうです。
 情報屋さん、何か知りませんか?なんだか気になって」

>「うん?……うーむ。この迷宮で時折見つかるアイテムって聞いたことがあるな。
 なんでもそいつは魔王の力の残滓で、持つ者にとんでもねぇ力を与えるとか……」

「アイツ、死に際に七賢者がどうとかって言ってた……! バックでヤバい奴らが動いてるんじゃニャい!?」

>「危ない代物に関わるのはやめとこーぜ。
 欠片を集めてる集団もいるらしいが、胡散臭いだけだしな。
 特に君の場合、必要な情報は姉さんの居場所だろう?」

>「ま、まぁ……確かにそうですけど」

>「それで本題だが。君の姉さんは冒険者の中でも腕利きでな。
 知ってる奴はちゃんと知ってるのさ。俺は前に9Fの城下町エリアで彼女と話した。
 それが俺の持ってる情報だよ……他の階層に行ってなきゃ、すぐ会えるかもしれないな」

>「城下町エリアですね……!わかりました」

>「一緒に戦ってくれてありがとう。でも私……もう行かないと。
 お姉ちゃんを見つけて元の世界に帰らないといけないんだ」
>「……それじゃあ、ね」

416 :ダヤン:2021/05/03(月) 23:01:56.46 ID:qw1QqNov.net
エールはそのまま次の階層へ行こうとする。必殺技を撃ってフラフラだったはずだ。
ダヤンは両手を広げて通せんぼした。

「ちょーっと待ったー! そのままじゃ野垂れ死ぬのがオチだにゃ。
町に戻って今貰ったお金で準備を整えてから行くにゃ」

エヴァ―グリーンは最低階層の町ということで、迷宮新参者が最初に立ち寄って準備を整える拠点にもなっているのだ。
最初の町だけあって大した物は売ってないのだが、緑の町、の名に違わず薬草は各種揃っている。

「ただいまにゃー」

酒場兼冒険者の店に帰ると、マスターが出迎えた。

「おお、無事だったか。聞いたぞ、今回大変だったようだな……。はいよ、今回の報酬だ」

ダヤンはマスターから報酬を受けとり、宿屋になっている2階の一室に入っていく。

「オイラと同室で良ければ今夜はここで休むといいにゃ。お代はタダにゃ」

ダヤンは物心ついた時にはマスターに拾われていたため、必然的に冒険者となった。
宿屋の一室を自室としてあてがわれており、常に依頼を受けては家賃を差っ引いた報酬を受け取っているというわけだ。
最初から迷宮で生まれたのか、物心付く前に迷宮に連れて来られたのかは分からない。

「……エールはお姉ちゃんを探してるんだね。お姉ちゃんってどんな感じかにゃあ」

ダヤンには兄弟はいない。正確には存在はする可能性はあるが、少なくとも面識はない。
それどころか、両親も記憶にない。

「それでお姉ちゃんを見つけたら元の世界……地上に帰るんだにゃ……。
本物の太陽、どんなのかにゃあ……」

次の日、出発するエールを見送りにダヤンは付いてきていた。
町の入口まで来たところで見送るかと思いきや……たたっと先に走り出てエールを振り返る。

「さ、行くにゃ!」

エールが戸惑う暇もなく、どこからともなく酒場のマスターが登場して言う。

「どうか連れて行ってやってくれ。そいつは昔から地上に憧れていてな……。
ここでお前さんが現れたのも何かの縁だろう」

「にゃにゃ!? バレてた!?」

「そりゃお前、その大荷物を見たら丸わかりだ。……ついにこの時が来たんだな」

「マスター……、元気でにゃ!」

ちなみにダヤンが背負っている袋には、エヴァ―グリーン名物の薬草とかがたくさん詰まっている。
こうして頼もしい(?)仲間が加わったのであった。

417 :エール :2021/05/04(火) 12:59:21.93 ID:LCPbQzh5.net
>「ちょーっと待ったー! そのままじゃ野垂れ死ぬのがオチだにゃ。
>町に戻って今貰ったお金で準備を整えてから行くにゃ」

たしかに、今は魔力もゼロだし所持品もお金と魔導砲しかない。
これから先、待ち受ける罠や魔物のことを考えれば準備は不十分といえる。
年若いが冒険者として無限迷宮を生き抜いてきた者の言葉だ。
耳を傾ける価値はあるだろう。

「う、うん……そうするよ」

そうしてとぼとぼとダヤンの後ろをついていく。
到着したのは酒場を兼ねた冒険者の店だ。
マスターが気前よく出迎えてくれる。

>「オイラと同室で良ければ今夜はここで休むといいにゃ。お代はタダにゃ」

「ありがとう。ダヤンは優しいんだね」

椅子に座り込むと、エールとダヤンはお互いの身の上話を交わした。
ダヤンは物心ついた頃から迷宮にいるらしく、兄弟はおろか両親の顔も知らないらしい。
マスターが後見人のようなものなのだろう、と納得して、エールは自分のことを話す。

>「……エールはお姉ちゃんを探してるんだね。お姉ちゃんってどんな感じかにゃあ」

「お姉ちゃんは優しくて繊細で……自由を愛する人だった。
 何を考えているか分からない時もあるけれど、私のために色々なことをしてくれるんだ」

家は貧乏で共働きだったから姉が親代わりだった。
そういえば、姉はエールの我儘をよく聞いてくれたものだ。
海に行きたいといえば一緒に行き、星が見たいといえば一緒に天体観測へ出掛けた。
二人はいつも一緒で、エールのやりたいことは何でもしてくれた。

「だから今度は私がお姉ちゃんを助ける番!
 お姉ちゃんはきっと迷宮を抜け出せなくて困ってるはずだもの」

>「それでお姉ちゃんを見つけたら元の世界……地上に帰るんだにゃ……。
>本物の太陽、どんなのかにゃあ……」

呟いた憧憬は間違いなくダヤンにとって大切なものだった。

418 :エール :2021/05/04(火) 13:03:15.22 ID:LCPbQzh5.net
次の日――有り金はたいて整えた装備を身につけ、酒場を出る。
見送りにダヤンもついてきてくれたが、なんだか大荷物だ。
町の入り口まで来ると足取り軽やかにエールを追い抜いて振り返る。

>「さ、行くにゃ!」

あえて言及は避けていたが、ダヤンもまた自分の目的のため進むことを選んだのだ。
どこからともなく酒場のマスターが登場して、エールにこう言った。

>「どうか連れて行ってやってくれ。そいつは昔から地上に憧れていてな……。
>ここでお前さんが現れたのも何かの縁だろう」

「分かったよ、ダヤン。お姉ちゃんを見つけて一緒に地上へ行こう!」

こうして猫の獣人ダヤンが仲間に加わり、二人は崖上にあるポータルまで歩きはじめた。
そこはエールが迷宮へ来るときに使ったものだが、ポータルの転移先は不定期で変わるものだ。
ここへ来てもう数日経つため、さすがに地上へは繋がっていないだろう。

「ポータルの転移先はランダムだから……。
 もしかしたらこの転移で9Fまで行けちゃうかもしれないんだね」

裏を返せばいつまでたっても9Fに着かない、という可能性もある。
全ては運命の女神の悪戯次第。エールは意を決してポータルへ飛び込んだ。


――――――…………。

身体がふわっと軽くなったかと思うと、身体が浮き、目の前の景色が一瞬にして変わる。
緩やかに着地してポータルから出ると、そこには見渡す限りの森が広がっている。

「……ここは何階なんだろう……?城下町って雰囲気じゃないけど……」

生い茂る樹々を掻き分けて辺りを軽く確かめる。
何も分からないので諦めて迷宮の地図を取り出す。
エヴァーグリーンで売っていたもので、踏破済みエリアの詳細が記載されている。

419 :エール :2021/05/04(火) 13:07:08.75 ID:LCPbQzh5.net
地図を読むかぎり2Fの森林エリア……だと思われる。
草原エリアと同じで強い魔物はおらず、踏破は容易とのこと。

「ここのポータルはしばらく1Fに繋がったままだろうし……。
 他のポータルがないか探してみようかな……?」

ダヤンの方を向くと同時。どこからともなく悲鳴が聴こえてくる。
女性の声だ。「助けて」としきりに叫んでいる。

「あっちから声がするよ。見過ごすわけにはいかない、行ってみよう!」

声のする方へ走り出すと、樹々の景色がどんどんと変わっていく。
瑞々しく生気を保っていた木はだんだんと薄暗く、枯れ木が混じり出す。
すると視界に白っぽい糸が見えて、エールは慌てて立ち止まる。

糸がバリケードのように張り巡らされていた。
不用意に触ろうとした時、また女性の声がして頭上を向く。

「た、助けてください!お願いです!」

見れば、僧侶服を着た金髪の女性が樹上の蜘蛛の巣に吊るされている。
その光景を目の当たりにしてエールはようやく合点がいった。

「もしかして影蜘蛛の巣……!?」

影蜘蛛。枯れ果てた森や洞窟に巣食う巨大な蜘蛛の魔物だ。
顎に毒をもっており、熟練の冒険者でも足元を掬われることがあるという。
また粘性のある糸は捕獲、逃走、罠など多様な用途をもっている。

やがて侵入者に気づいた影蜘蛛たちが木々の隙間から姿を現し始めた。
一、二、たくさん。しかもめちゃくちゃでかい。3メートル以上は余裕である。

「うわ……ど、どうしよう?すごい数だよ……!」

などと呑気なことを言っていると、
大量の影蜘蛛が木々から急降下し強襲してきた――!


【2Fの森林エリアに到着】
【蜘蛛魔物に囚われた僧侶を救出せよ】

420 :ダヤン:2021/05/05(水) 20:14:08.53 ID:NslIdS1N.net
道中で薬草の解説等をしながらポータルに向かう。

「これ? エヴァーグリーン名物の薬草だにゃ。
傷を治すキュアハーブ、毒消しのデトックスハーブ、魔力回復のマジカルハーブ、
それから…… 一時的に能力値を上昇させるブーストハーブなんてのもあるよ」

最後のは安全性は大丈夫なのだろうか。……地上だったら規制されそうな気がしなくもない。
何はともあれ、崖上にあるポータルには、何事もなく辿り着いた。

>「ポータルの転移先はランダムだから……。
 もしかしたらこの転移で9Fまで行けちゃうかもしれないんだね」

「にゃはは、そうなったらラッキーだにゃあ」

今までの冒険者達の経験から、ランダムとはいってもその確率には偏りがあると考えられている。
近い階層ほど繋がりやすく、離れた階層ほど繋がりにくいらしい。
しかし出口だけはこの法則にあてはまらず、エヴァーグリーンのある1Fはしばしば地上から人が来るが、別に脱出しやすいわけではない。
かつて多くの冒険者が地上から人が来た直後を狙ってポータルに入ってみたが、地上にはつながっていなかったらしい。
この迷宮が脱出は大変難しいと言われる所以だ。
尚、階層には1F、2Fのように便宜上数字が振られているが、実際には物理的に上に積み重なったり
あるいは下に潜ったりしているわけではなく、イメージ的に浅い順に数字が振られているようだ。
ポータルに入ると、着いた先は、見渡す限りの森だった。

>「……ここは何階なんだろう……?城下町って雰囲気じゃないけど……」

「……多分2Fかあ。まあ現実はそんにゃもんか。9Fに一歩近づいただけでもよしとするにゃ」

>「ここのポータルはしばらく1Fに繋がったままだろうし……。
 他のポータルがないか探してみようかな……?」

「それがいい……にゃにゃ!?」

>「あっちから声がするよ。見過ごすわけにはいかない、行ってみよう!」

駆けつけてみると、糸がバリケードのように張り巡らされており、僧侶と思しき女性が蜘蛛の糸に吊るされていた。

421 :ダヤン:2021/05/05(水) 20:16:00.18 ID:NslIdS1N.net
>「た、助けてください!お願いです!」

「今助けるにゃ!」

目の前の糸をダガーで切断しながら女性の方に近づいていく。

>「もしかして影蜘蛛の巣……!?」

「どこから出てくるか分からにゃい。噛まれないように気を付けるにゃ……!」

と言った矢先、木々の隙間から影蜘蛛が姿を現し始めた。

>「うわ……ど、どうしよう?すごい数だよ……!」

「これは……まずいにゃあ」

更に、大量の影蜘蛛が上から急降下してくる。

「エール、砲撃で糸を片っ端から焼き切るにゃ!」

影蜘蛛が生息する森や洞窟、これらの場所の共通点は、樹や天井、壁面に糸が張れるということだ。
影蜘蛛の機動力の要は糸を駆使したワイヤーアクションにあり、
足で地面を這う速度自体はあまり早くはない、というより普段糸に頼っているので遅い。
糸を全て焼き切ってしまえば人間の足でも逃げ切ることは可能だろう。
ダヤンは糸を切断されて機動力を失った蜘蛛を踏み台にし、僧侶が吊るされている場所の近くの木に飛び乗る。
そして枝を伝って僧侶の元へ行き、ダガーで彼女を吊るしている蜘蛛の糸を切断しようとして……はたと気付く。
糸を切ったら落下するという当然の事実に!

「えーと、着地できるにゃ……?」

幸い簀巻きになっていたり意識不明というわけではなく、何か所かを吊るされているだけなので、着地の動作自体は可能だろう。
それに、多少体術の心得がある者なら無事に着地できそうな高さではある。
あとは本人にその心得があるかどうかだが……。
大丈夫そうならこのまま糸を切断。無理と言われたらその時考えよう。

422 :エール :2021/05/10(月) 22:28:16.24 ID:MkpI7M1T.net
脚がうじゃうじゃしたでかい怪物が大量に落下してくるという恐怖!
魔物退治に慣れた冒険者でも思考停止しかねないシチュエーション。

>「エール、砲撃で糸を片っ端から焼き切るにゃ!」

「りょ、りょーかい!」

ダヤンのアドバイスにはっと我を取り戻す。
背負っていた魔導砲を構えてプラズマ弾を発射する。
青白い光が尾を引いて次々と蜘蛛の糸を焼き切っていく。

ぼとん、と次々に地面に落下する影蜘蛛。
ひとたび糸から離れてしまえばあの巨体だ。
森の中で俊敏に動くのは難しいだろう。

>「えーと、着地できるにゃ……?」

「だだだ、大丈夫です……お願いしますっ」

僧侶の女性は十字を切ってそう答えた。
神に祈りを捧げているあたり大丈夫ではなさそうだが……。
四の五の言っている暇はない。足が遅いとはいえ地面は影蜘蛛だらけだ。

ダガーで太い蜘蛛の糸が切断されると、僧侶の女性が落下していく。
着地の拍子にしりもちをついたみたいだが大事には至っていない。

「よーし。今の内に逃げるよ!」

「……そ、その……無闇に逃げてはだめです。
 この枯れた森の木々はみんな意地悪なんです……!」

423 :エール :2021/05/10(月) 22:29:44.93 ID:MkpI7M1T.net
僧侶の女性はおどおどした様子で立ち上がると、話を続ける。

「この森は侵入者を迷わせようとするんです。
 さらに魔物をけしかけて、じわじわと弱らせていく」

背後の空を指差すと、その先には天を衝く巨大な樹があった。
この森の枯れた木々とは違い、遠目でも分かるほど瑞々しく生気に満ち溢れている。

「あれを目指してください。そうすれば麓の拠点……。
 世界樹の町ウッドベリーに辿り着けるはずです」

「あの樹を目指せばいいんですね!?」

この階層は道なき道も多い。
森で迷う冒険者は後を絶たず、そんな時目印になるのが世界樹だ。
空を見上げればどこを目指すと拠点に帰れるのか一目瞭然だからである。

一同はひたすら逃げる。鈍くも追跡してくる蜘蛛達は、
景色が生気ある木々に変わるとともに追いかけてこなくなった。
町に到着して一息ついたところで、僧侶の女性は深々と頭を下げて感謝を述べる。

「……申し遅れました。私、ドルイド僧のアイリスと申します。
 お二人は冒険者の方ですか?助けて頂いてありがとうございます」

「いえいえ。私は銃士のエールです。困った時は助け合いですよっ!」

アイリスはこの町の住民らしく、お礼に家に泊めてくれると言った。
ちょうど今は所持金がない。宿代がかからなくて助かった。

ウッドベリーの一角にある僧侶アイリスの家にて。
夕食をとりながら、彼女は色々なことを語ってくれた。

424 :エール :2021/05/10(月) 22:30:54.88 ID:MkpI7M1T.net
ウッドベリーの住民の多くはドルイドであり、自然を崇拝している。
ドルイドとは自然との交感能力をもつ特殊な僧侶のことである。
元々は地上に住んでいたのだが、環境破壊が進み、故郷を追われてしまった。
そして各地を転々とした結果この無限迷宮に流れ着いたらしい。

「ここは我々にとって最後の安息の地なのです。
 ですが、今は2階の森すらも急速に朽ちつつあります……。
 お二人も見たでしょう。影蜘蛛の住処となった『枯れた森』を」

原因を調査していた友人も行方不明になってしまったという。
アイリスは友人を探して枯れた森に入ったところを影蜘蛛に襲われたのだ。

「あの……お二人は腕が立つと見えます。
 よろしければ友人の捜索を手伝ってくれないでしょうか?
 報酬は出します。その……2000メロくらいなら用意できるかと」

思いがけない頼みにエールはどうしようか思案する。
姉探しには関係ないがどうにも見過ごしておけない。
大切な人を心配する気持ちはエールにも分かる。

「……分かりました。一緒にご友人を探しましょう!」

こうして『枯れた森』の調査をする運びとなったのである。
次の日、早速件の森へ向かうと、薄暗い朽ちた木々の中へ分け入っていく。

「奥を目指して進みましょう。何かあるかもしれません。
 私が言うのもなんですが、影蜘蛛の巣には注意してください」

425 :エール :2021/05/10(月) 22:32:41.99 ID:MkpI7M1T.net
枯れた森の奥を目指して進むと、がさがさと大きな音が響く。
樹木だ。森の樹木が一様に動きだしている。
エールは反射的に魔導砲を構えて周囲を警戒する。

「これは……木の魔物(トレント)の群れです!」

アイリスが叫ぶ。そう、周囲の木々はすべて魔物だったのだ。
幹が目を見開き、太い枝は手に、根は足となる。
ざわめきのような音は魔物の呻き声だ。

「……また森に侵入してきたのね。
 一度は上手く逃げたようだけど、もう逃がさない」

不意に女性の声がした。
見ればトレントの太い木の枝に、僧侶風の出で立ちの女性が座っている。
顔はどこか青白く生気を感じさせない。服装から察するにドルイドだ。
アイリスは顔を綻ばせて、女性の下へと駆け寄る。

「アネモネ、無事だったのね!あれは私の友人です。
 お二人とも……少しだけ待ってください!」

「……寄るなっ!私はもう今までの弱い私じゃない。
 そう、私は『枯れた森』の支配者。気安く話しかけないでっ」

「な……何を言ってるの……?」

アネモネと呼ばれた女性が森の奥へ消えていくと、トレント達が立ち塞がる。
そして巨大な枝の腕を振りかぶってダヤン目掛けて振り下ろす!

「……世界樹も、森も、全て腐蝕して滅ぼす。
 アイリス……せめて貴女だけは優しく殺してあげる」

枯れた森に響く声は、どこまでも冷徹で残忍だった。


【僧侶アイリスと共に友人を捜索する】
【友人を発見するも木の魔物トレントに襲われる】

426 :ダヤン:2021/05/12(水) 22:02:45.48 ID:xkqLBMOG.net
>「だだだ、大丈夫です……お願いしますっ」

あまり大丈夫ではなさそうだが、ダヤンに人一人引っ張り上げて担いで降りられるほどの膂力はないので、他に手段もない。
まあ、下は石畳等の固い地面ではなく土なので、なんとかなるだろう。

「じゃあいくにゃ!」

ダガーで一気に糸を切断する。幸い女性は大きな怪我もなく着地することができた。
ダヤンも続いて飛び降りる。こんな物騒な場所からは早いところおさらばだ。

>「よーし。今の内に逃げるよ!」

>「……そ、その……無闇に逃げてはだめです。
 この枯れた森の木々はみんな意地悪なんです……!」
>「この森は侵入者を迷わせようとするんです。
 さらに魔物をけしかけて、じわじわと弱らせていく」

「にゃんと……! ただの森じゃないんだな……」

>「あれを目指してください。そうすれば麓の拠点……。
 世界樹の町ウッドベリーに辿り着けるはずです」

>「あの樹を目指せばいいんですね!?」

「にゃるほど! 確かにそれなら迷わない!」

それからひたすら巨大な樹を目指して逃げ、気が付けば蜘蛛たちは追いかけてこなくなっていた。
もしも女性の助言がなくやみくもに逃げていたら危なかったかもしれない。

「ここまで来ればもう大丈夫かにゃ……?」

>「……申し遅れました。私、ドルイド僧のアイリスと申します。
 お二人は冒険者の方ですか?助けて頂いてありがとうございます」

>「いえいえ。私は銃士のエールです。困った時は助け合いですよっ!」

「ダヤンにゃ。冒険者の分類でいうとスカウトってやつに近いらしいにゃ。
こっちこそ森の危険性を教えてくれて助かったよ!」

アイリスが泊めてくれるということで、家に案内される。
泊めてくれるのみならず、夕食もご馳走になった。

「うわぁ、美味しそうにゃ! いただきまーす!」

夕食をとりながら、アイリスは色々なことを語ってくれた。

「地上も色々大変なんだにゃあ……」

アイリスが迷宮に来た経緯を聞き、地上に憧れるダヤンは複雑な気持ちになった。
人々が迷宮に来る経緯は本当に様々である。
元々は魔王が作ったダンジョンではあるが、もはやダンジョンというより
地上とは異なる位相に存在するもう一つの世界と言った方が近いのかもしれない。

427 :ダヤン:2021/05/12(水) 22:03:52.92 ID:xkqLBMOG.net
>「ここは我々にとって最後の安息の地なのです。
 ですが、今は2階の森すらも急速に朽ちつつあります……。
 お二人も見たでしょう。影蜘蛛の住処となった『枯れた森』を」

「うーん……でもこの感じだと地上みたいな環境破壊ってわけでもなさそうにゃ……
何か犯人がいるんじゃないかにゃ!?」

同じようなことは皆考えているようで、原因の調査に乗り出す者もいるという。
そんな中、原因を調査していた友人が行方不明になってしまったらしい。

>「あの……お二人は腕が立つと見えます。
 よろしければ友人の捜索を手伝ってくれないでしょうか?
 報酬は出します。その……2000メロくらいなら用意できるかと」

「それは……」

予想外の依頼の申し出に、暫し逡巡する。
ダヤンの最終的な目的は地上に行くことだが、脱出できるかは運によるところが大きいので、先を急いだところで早く脱出できるわけでもない。
付いていったらいつか地上に行けそうという漠然とした直感で、エールに付いてきたのだった。
つまりダヤンには特に先を急ぐ理由は無い。
しかし、エールには姉を探すという明確な目的があり、今この時にも姉が窮地に陥っているかもしれないのだ。
ダヤンはエールの様子を伺った。

>「……分かりました。一緒にご友人を探しましょう!」

「さっすがエールにゃ……!
そういえば頼まれた依頼は受けてみるのがいいっていつもマスター言ってたにゃ。
一見本来の目的に関係なくてもどこで繋がるか分からないんだって」

ところで本人は気付いていないが、ダヤンは地上に行くのが目的なら、わざわざ姉探しが目的のエールに付いてこずとも、
今までにたくさんいたであろう単純に脱出を目指す冒険者に付いていく方が良かったはずだ。
マスターの言葉に影響されているのか、冒険そのものに憧れているのか、はたまた姉探しを手伝いたいと思ったのか。

こうして次の日、三人は森へ向かう。

>「奥を目指して進みましょう。何かあるかもしれません。
 私が言うのもなんですが、影蜘蛛の巣には注意してください」

しばらく進むと、木々が一斉に動き出した。

「うわわ!?」

>「これは……木の魔物(トレント)の群れです!」

>「……また森に侵入してきたのね。
 一度は上手く逃げたようだけど、もう逃がさない」

不意に聞こえてきた女性の声。
見たところ僧侶風の出で立ちの人間の女性だが、顔は青白く生気がないように見える。
ダヤンは警戒を強めるが、アイリスが女性のもとへ駆け寄る。

428 :ダヤン:2021/05/12(水) 22:05:25.79 ID:xkqLBMOG.net
>「アネモネ、無事だったのね!あれは私の友人です。
 お二人とも……少しだけ待ってください!」

「危にゃい! 普通じゃない雰囲気がするにゃ!」

>「……寄るなっ!私はもう今までの弱い私じゃない。
 そう、私は『枯れた森』の支配者。気安く話しかけないでっ」

>「な……何を言ってるの……?」

森の奥へと消えていく女性。追おうとするも、トレント達が立ちふさがり行く手を阻む。
トレントの一体が巨大な枝の腕を振り下ろしてきた。
直撃すれば軽く叩きつぶされてしまうだろうその一撃を、素早くサイドステップで避けるが――

「にゃんっ!!」

避けた場所に他のトレントの枝が薙ぎ払われ、吹っ飛ばされた。
2,3回転転がって、ようやく起き上がる。

「あいたたにゃ……」

どこからともなく、女性の声が響いてきた。

>「……世界樹も、森も、全て腐蝕して滅ぼす。
 アイリス……せめて貴女だけは優しく殺してあげる」

この森は最後の安息の地で、アイリスは大事な友達のはず。

「放っておけにゃい……もしかしたら闇の欠片が関わっているのかも!」

所持者に強大な力を与えるが精神を汚染し、最後には破滅に誘うという闇の欠片。
まだこの件に関与しているかは分からないが、状況としては闇の欠片の特徴に当てはまる。
が、今はこの状況を打破するのが最優先だ。トレント達が一行を亡き者にせんと迫ってくる。

「エール、相手は木だから火とか雷が弱点にゃ! 魔導砲で強行突破……の前に」

ダヤンは、ふと昨晩のアイリスの話を思い出した。

「アイリスにゃん、自然との交感能力があるんだったにゃ!? アイツらと話せるにゃ!?」

とはいってもこの状況なので交感自体できるか分からないし
出来たとしても話が通じないかもしれないが、試してみるに越したことはないだろう。
最終的に強行突破になるにしても、何らかの情報が手に入るかもしれない。

429 :エール :2021/05/16(日) 23:37:11.61 ID:wsY5LhaD.net
振るわれたトレント達の攻撃が被弾して、ダヤンが吹っ飛んでいく。
にも関わらず大きな怪我を免れたのは威力を上手く殺していたからか。

>「放っておけにゃい……もしかしたら闇の欠片が関わっているのかも!」

「レオンさんが言っていた精神汚染ってやつだね。
 欠片が原因で人格が変わってしまったのかも……」

実際のところどうなっているのかは依然として不明だ。
だが、欠片を持っているとなれば、もう弱い自分ではないという言葉にも当てはまる。
今は立ち塞がるトレント達をなんとか対処しなくては。

>「エール、相手は木だから火とか雷が弱点にゃ! 魔導砲で強行突破……の前に」

ダヤンはアイリスの方を振り向いた。

>「アイリスにゃん、自然との交感能力があるんだったにゃ!? アイツらと話せるにゃ!?」

トレント達の精神に干渉することで情報収集しようという魂胆なのだろう。
ただし、相手は普通の自然ではなく魔物化した木々だ。
心身に何らかの負担がかかることをアイリスは知っていた。

「……わ、わかりました。魔物相手に能力を使うのは未経験ですが、やってみます。
 もしかしたらアネモネのことも何か分かるかもしれません……!」

目を閉じて杖を構え、意識を集中させはじめた。
放出された魔力が微かに光を帯びてアイリスの周囲をぼうと照らす。
交感に成功すると、聴こえてきたのはトレント達が唱える歌のような言葉だった。

『えんや!こらや!"森の支配者"の意のままに!森は我らのものだ!』

『そうだ!そうだ!"大老の魔樹(エルダートレント)"がやがて目を覚ます!』

『おいしょ!こらしょ!"闇の欠片"は我ら魔樹(トレント)に味方する!』

「――ちょっ、ちょっと……アイリスさんの様子が変だよっ!」

どんどん生気を失い、がくがくと身体を痙攣させ始めるアイリス。
エールは交感を打ち切るため魔導砲の筒先をトレント達へ向けた。

430 :エール :2021/05/16(日) 23:39:20.47 ID:wsY5LhaD.net
魔力を充填して、砲に刻まれた術式を起動。
ただし、今回使用するのはいつものプラズマ弾ではない。
放たれたのは火炎。紅蓮の炎が勢いよくトレントへ放出された。
――――魔導砲の機能のひとつ。火炎放射である。

「ギャアアアーッ!」

火はあっという間にトレント達に燃え広がる。
断末魔のような叫び声を上げて魔物の木々はその場に沈んでいった。

「……はっ。た、助かりました……ありがとうございます」

交感を打ち切られたアイリスは安堵した様子で目を覚ました。
胸に手を当てて気を落ちつけてから、再び話を続ける。

「……さきほどの交感で分かったことがあります。
 お二人とも、急いでアネモネを追いましょう。そして目を覚まさせなければ。
 このまま放置しておけば2階の森すべてが枯れてしまう……それだけは防ぎたいのです」

アイリスはトレント達が交感で話した言葉をそのまま二人に伝えた。
ダヤンの読み通り、闇の欠片が裏で関わっているのは間違いないようだ。
そして、トレントの上位種たるエルダートレントという魔物の存在。

「よもや、かの魔物がこの階に眠っていたとは……言うなれば奴は森の暴君です。
 どこまでも地中に根を張り巡らせて養分を吸い、他の木々を枯らしていく。
 さらに全身から瘴気を放ち瞬く間にトレントを増やすのです」

『枯れた森』が急速に拡がっていたのもエルダートレントが原因だろう。
残された問題は誰が『闇の欠片』を所持しているかということだ。

「……『闇の欠片』が危険な代物だというのは、私もアネモネも聞いたことがあります。
 アネモネ自ら欠片に手を出したとは考えられません。きっと何か理由があるはずです……!」

431 :エール :2021/05/16(日) 23:45:36.15 ID:wsY5LhaD.net
一同はアネモネが消えた方向へと歩を進める。
奇しくもそれは『枯れた森』の奥へと続いていた。
そして森の最深部に辿り着いた頃――……。

「……なに?貴女達まだ生きてたの?まぁいいわ。
 もっと養分を吸わせたかったけど……先にこいつを覚醒させましょうか」

太い木の枝に生気のない僧侶の女性が座る。アネモネだ。
座っている大樹は、おそらく件のエルダートレントだろう。
森の養分を吸っているのか幹がどくん、どくん、と脈打っている。
そして木の幹の中央には『闇の欠片』が埋め込まれていた。

――三人は知らないことだが、アネモネは調査で『枯れた森』と何度も交感していた。
交感能力で心を通わせるということは、すなわち心を無防備にすることであり、悪影響も大きい。
不用意にエルダートレントに交感したとき、アネモネは『闇の欠片』の精神汚染をモロに受けた。
そして精神の均衡を崩し、破滅を望む人間になってしまった。

「ふふふ……刺激的な接触だったわ。おかげで自分の気持ちに気づけた……。
 私はこの樹と共に忌まわしいドルイドを滅ぼす。それが望みなの。
 交感能力の低い私を迫害した屈辱、まだ忘れていないわ」

「うそよっ!貴女を虐めてた人達とは森を出る時に別れたもの!
 アネモネは……罪のない人達に怒りをぶつけるような性格じゃない!」

「さぁ……?元の私ってどんな性格だっけ……?忘れちゃった……」

呆けたような顔でアイリスを見つめる。その表情にやっぱり生気はなくて。
トレント達を操るため交感を続けるアネモネに、まともな思考能力はなかった。
あるのは『闇の欠片』を持つエルダートレントに植えられた悪意だけだ。
アネモネは支配者を自称して魔物を操っているようで、逆に操られているのだ。

杖でエルダートレントの根をとん、と突くと、静かに幹の目が開かれる。
目覚めた大木は木の葉をざわざわと動かし、ゆっくりと屹立していく。
少なくとも20メートルはあろうか。その威容はエールを驚かせるのに十分だった。

「で、でかい……!正攻法で倒せるのこれ……!?」

目を丸くして思わず二、三歩あとずさる。

「矮小な貴女達では無理でしょうね。蟻が巨象に挑むようなものよ。
 大人しく殺されてしまう方がいいわ……そして次は世界樹の町を滅ぼすのよ!」

アネモネが杖を指揮棒のように振り回せば、エルダートレントが木の葉を飛ばした。
はらはらと舞い散るのではなく、矢のように鋭く、直線に三人目掛けて。
木の葉はまさしく鋭利な刃物だった。


【『枯れた森』に到着するもエルダートレントに襲われる】
【エルダートレントの幹に『闇の欠片』が埋められている】
【自身の木の葉を鋭利な刃物のように射出して攻撃】

432 :エール :2021/05/16(日) 23:48:08.59 ID:wsY5LhaD.net
おまけ:無限迷宮の構造について(設定案)

無限迷宮の各エリアは階層と呼ばれているが、実際に階層構造というわけでない。
構造としては螺旋階段に近く、中心には『天の柱』と呼ばれる支柱が建っている。
このため外側から迷宮を見た場合、塔のように見えるようだ。

そして塔の周囲には疑似太陽と月に似た衛星が公転している。
各階ごとと外界とは空間魔法によって隔絶されており、
現段階ではポータルでのみ移動可能らしい。

433 :エール:2021/05/17(月) 00:47:49.29 ID:Z6xrAJ0o.net
×枯れた森に到着
◯枯れた森の奥に到着
失礼しました

434 :ダヤン:2021/05/19(水) 23:15:46.19 ID:rpTQhLP2.net
>「……わ、わかりました。魔物相手に能力を使うのは未経験ですが、やってみます。
 もしかしたらアネモネのことも何か分かるかもしれません……!」

トレント達との交信を試みるアイリス。
しかし、魔物との交信は危険が伴う。尋常ではない様子で痙攣しはじめた。

>「――ちょっ、ちょっと……アイリスさんの様子が変だよっ!」

「アイリスにゃん!? もういいにゃ!」

アイリスの肩を揺さぶるが、元に戻る気配はない。
自分の意思では交信を断ち切れないのかもしれない。

「エール、魔導砲発射にゃーっ!!」

ダヤンが叫ぶのとほぼ同時に、エールが火炎放射を放つ。
効果はてきめんで、トレント達はあっという間に燃え尽きた。

>「……はっ。た、助かりました……ありがとうございます」

「大丈夫だったにゃ!? 危ないことを頼んじゃったにゃあ……」

危ないところだったが、冒した危険に見合う収穫はあったようだ。

>「……さきほどの交感で分かったことがあります。
 お二人とも、急いでアネモネを追いましょう。そして目を覚まさせなければ。
 このまま放置しておけば2階の森すべてが枯れてしまう……それだけは防ぎたいのです」

「にゃに!?」

この階にはエルダートレントというトレントの上位種がおり、やはり闇の欠片がかかわっているという。

「アネモネにゃんが闇の欠片を使ってエルダートレントを操っているのにゃ……!?」

>「……『闇の欠片』が危険な代物だというのは、私もアネモネも聞いたことがあります。
 アネモネ自ら欠片に手を出したとは考えられません。きっと何か理由があるはずです……!」

一行はアネモネが消えた方向へと歩みを進める。
トレント達はエールの火炎放射を恐れているのか、何事もなく最深部へとたどり着く。
そこでは、エルダートレントと思われる大樹に腰かけ、アネモネが待ち構えていた。

>「……なに?貴女達まだ生きてたの?まぁいいわ。
 もっと養分を吸わせたかったけど……先にこいつを覚醒させましょうか」

ダヤンは、大樹の幹に埋まっているものに見覚えがあった。
ゴブリンキングの戦槌の先に付いていたものと一緒だ。

「闇の欠片……!」

435 :ダヤン:2021/05/19(水) 23:17:39.40 ID:rpTQhLP2.net
>「ふふふ……刺激的な接触だったわ。おかげで自分の気持ちに気づけた……。
 私はこの樹と共に忌まわしいドルイドを滅ぼす。それが望みなの。
 交感能力の低い私を迫害した屈辱、まだ忘れていないわ」

この言葉から、アネモネはエルダートレントと交信したことでこうなったと考えられる。
アイリス曰く、アネモネ自ら欠片に手を出したとは考えられない、とのこと。
すでに闇の欠片に汚染されたエルダートレントと交信したことでアネモネもその影響を受けたと考えるのが妥当だろう。

>「うそよっ!貴女を虐めてた人達とは森を出る時に別れたもの!
 アネモネは……罪のない人達に怒りをぶつけるような性格じゃない!」

>「さぁ……?元の私ってどんな性格だっけ……?忘れちゃった……」

「アネモネにゃん! 君はその闇の欠片の影響を受けてるんだにゃ!
それは持ち主に強大な力を与えるけど最後には破滅するらしいにゃ!」

アネモネに軽く突かれ、エルダートレントが目を覚まし静かに動き始める。

>「で、でかい……!正攻法で倒せるのこれ……!?」

エルダートレントから鋭い刃のような木の葉が一直線に飛んでくる。

「二人とも伏せにゃっ!!」

ダヤンは叫びながら地面に伏せた。風切り音をたてて頭上を木の葉がかすめていく。
人間を超える動体視力で、木の葉の動線をいちはやく見抜いたのだ。
幸い、まだエルダートレントからある程度距離があったのと足元を狙われなかったのでこの避け方が通用した。
が、そう何度もは通用しないだろう。
今度は地面すれすれを狙ってくるかもしれないし、
弧を描いたり普通に木の葉が舞い落ちるような不規則な動きなど、直線以外の動線で仕掛けてくるかもしれない。

「正攻法では勝ち目がないなら……闇の欠片を狙うにゃッ!!」

エルダートレントは少なくとも20メートルはあり、闇の欠片はその中ほどに埋まっているため、
ダヤンでは狙うことが難しいが、エールの砲撃ならそれが可能であろう。
ダヤンはというと、根を小突くときに地上に降りてきていたアネモネに向かっていく。

「必殺! 猫パーンチ!」

と、猫パンチを撃つと見せかけて寸前で手を引っ込め、代わりにアネモネの杖を掴んで奪おうとする。

「と見せかけて杖ボッシュートにゃー!」

本当は逆かもしれないが、表向きはアネモネがトレント達を操っているように見えている。
そして、これも深い意味はないのかもしれないが、杖を使って操っているようにも見える。
同じドルイドであるアイリスは特に杖を使っている様子は無いが、
アネモネは一般的なドルイドより交感能力が低いらしく、杖を使うことでそれを補っているとも考えられる。
そこで、杖を奪うことでいくらか状況が好転しないかと考えたのだった。

436 :ダヤン(舞台裏):2021/05/19(水) 23:23:02.35 ID:rpTQhLP2.net
>432
おおっ、かっけーにゃ!
ダンジョンでありながら中に街もあって人が生活してる感じ
ダンジョンRPGと普通のRPGのいいとこ取りみたいで好きだにゃー

437 :エール :2021/05/23(日) 22:31:58.96 ID:sCVuNb1n.net
>「二人とも伏せにゃっ!!」

叫び声を聞いて、アイリスを庇うようにその場に伏せる。
エルダートレントが放った鋭利な木の葉は頭上を通過していった。
ダヤンの優れた反射神経がなければ、今頃切り刻まれていただろう。

>「正攻法では勝ち目がないなら……闇の欠片を狙うにゃッ!!」

と、ダヤンは言ってエルダートレント目掛けて疾駆する。
狙うは地面に降り立ったアネモネのようだ。

「援護するよ!」

接近戦を仕掛けるダヤンを守るべく、プラズマ弾を何度も投射。
エルダートレントは怯みこそすれど大したダメージはないらしい。
巨木は鬱陶しそうに枝葉をゆさゆさと揺らすだけだ。

>「必殺! 猫パーンチ!」

「ちっ、私を狙ってるの?無駄なことを……」

とはいえ、小兵の大して痛くなさそうなパンチである。
アネモネは油断した。杖で適当に追い払おうとした瞬間。

>「と見せかけて杖ボッシュートにゃー!」

猫パンチの手がひょいと引っ込み杖を引っ掴んだ。
咄嗟に力を入れて抵抗するが、しょせん非力な僧侶である。
ダヤンは見事、交感に用いている杖をスティールすることに成功した!

「な……なんてことを。杖がないと交感が途切れてしまう……!
 エルダートレントを操れなくなる!そんなことをしたら……」

杖を奪われ、戦闘能力を喪失したアネモネは地に這いつくばる。
エルダートレントとの交感が途切れたことで、『闇の欠片』の精神汚染も無くなった。
その影響なのか、生気が少しずつ戻り始めているように見えた。

438 :エール :2021/05/23(日) 22:34:10.49 ID:sCVuNb1n.net
どこか冷静さを取り戻した顔で、ぽつりと呟く。

「……『力の暴走』が、始まる……」

アネモネの背後でエルダートレントが蠢きはじめる。
がさがさと枝葉を揺らして、その幹を急激に太くしていく。
『生長』している。足から伸びる根が、際限なく森の養分を吸っている。
こうなっては止まらない。森の暴君という異称通り、土地の養分が枯渇するまで。

「……皆、この階から逃げるのよ。
 交感能力でなんとか制御していたけど、もう駄目……。
 『闇の欠片』で強化されたあいつは誰にも止められない……」

「……アネモネ、正気に戻ったの……?」

アイリスの問いかけにアネモネは静かに頷いた。
杖を失い交感が解けたことで、欠片の呪縛から解き放たれたのだろう。

「ミイラ取りがミイラになるとはこの事ね……自分が嫌になるわ。
 私の力量では魔物の制御も不十分だったし、欠片の影響も跳ね返せなか……」

そこまで話したところで、アイリスはひしっとアネモネを抱き寄せた。
ただ「良かった」と。ぼろぼろと涙を流しながらそう言った。

「……嬉しいけれど、喜んでる場合じゃないよアイリス……。
 また安息の場所を追われてしまうのよ……」

「いいもん!アネモネが無事ならそれでもいい!」

暴走し生長し続けるエルダートレントを無視して、喜び合う二人……。
エールは咳払いをして、アネモネとアイリスに話しかける。

「おっほん。逃げる必要はないですよ、二人とも!
 状況は厳しいですが、私の魔導砲でなんとかなります!」

そう。最後の切り札――荷電粒子砲『ハイペリオンバスター』なら。
『闇の欠片』ごとエルダートレントを吹き飛ばす事も不可能ではない。
だが、エール一人分の魔力ではそれほどの出力を賄うことは不可能だろう。

439 :エール :2021/05/23(日) 22:36:31.96 ID:sCVuNb1n.net
「三人分!最低で三人分の全魔力があればきっと倒せるはず……!」

「なるほどね……けど、そういう魔法って"溜め"に時間がかかるんじゃないかしら?
 今は無視してくれてるけど、攻撃の気配を察したらあいつも先手を打ってくると思うわ」

「でも……それしかないよ。アネモネ……」

アネモネは指を顎に添えて思案すると静かに口を開いた。

「……一人、陽動がいるわね。相手の目を欺く"忍びの者"が必要だわ。
 さっき私から杖を奪った猫ちゃんなんて適任じゃないかしら」

「確かにダヤンなら出来るかもしれない。けど……」

エールは躊躇いから言葉を濁したが、それは仲間の実力を疑うということでもある。
だからアネモネの案を否定せず、最後にはこう言うことにした。

「ダヤン……お願い。1分!1分だけ時間を稼いで……!」

こうして作戦の段取りは決まった。
ダヤンが陽動としてエルダートレントを引きつけている間に、
アイリス、アネモネ、エール三人分の魔力で『ハイペリオンバスター』を放つ。

「魔力、充填開始!」

魔導砲に魔力を充填し始めるとエルダートレントが気づいたらしい。
幹の節々から瘴気を放ち始め、周囲の木々が俄かに魔樹(トレント)化していく。

「キェェェェ……!クキキキッ!!」

奇怪な声を発して誕生したトレントたちは、立ち塞がるダヤンを包囲し始める。
エルダートレントは瘴気を振り撒きながら哄笑した。
最早我が生長を止める者はいないと。

木の魔物たるトレント達から見ればダヤンなど矮小な障害物に過ぎない。
魔物化して間もないということもあって完全に舐め切っていた。
トレントのうち一体が大股で接近すると、無造作に蹴り飛ばそうと根の足を突き出した。


【アネモネが正気に戻るも、エルダートレントが暴走する】
【三人で『ハイペリオンバスター』を放つべく魔力充填開始】
【エルダートレントの能力で周囲の木々がトレント化しダヤンに襲い掛かる】

440 :ダヤン:2021/05/27(木) 22:51:18.42 ID:7pupviQs.net
ダヤンは杖のスティールに成功した。
スティールといったら盗みを本業とするシーフのイメージが強いが、
このように武器奪いが出来ると戦いにおいても大変役に立つ。
そもそも、スカウトは斥候、シーフは盗賊で本来の意味は全然違うはずなのだが、
冒険者の技能名としては、往々にして同じ技能をどっちで呼ぶかの違いだけだったりする。
そして杖を奪ったのは結果的には大正解であったようだ。

>「な……なんてことを。杖がないと交感が途切れてしまう……!
 エルダートレントを操れなくなる!そんなことをしたら……」

ここまでは単にエルダートレントの操作権を失って悔しがっているようにも解釈できるが……
徐々に生気を取り戻しているようにも見える。
そして、決定的な一言を呟いた。

>「……『力の暴走』が、始まる……」

「力の……暴走!?」

エルダートレントが不気味に成長を始める。

「にゃにゃ!? これ以上成長してどうするつもりにゃ!」

>「……皆、この階から逃げるのよ。
 交感能力でなんとか制御していたけど、もう駄目……。
 『闇の欠片』で強化されたあいつは誰にも止められない……」

>「……アネモネ、正気に戻ったの……?」

>「ミイラ取りがミイラになるとはこの事ね……自分が嫌になるわ。
 私の力量では魔物の制御も不十分だったし、欠片の影響も跳ね返せなか……」

みなまで言わせず、アイリスがアネモネを抱き寄せる。
アネモネは確かに正気を失っていたが、ただ一方的に操られていただけではない。
交感が途切れた途端にエルダートレントが暴走を始めたということは、
闇の欠片の影響を受けて洗脳されたような言動をしながらも、
心のどこかに正気の部分が残っていて同時にエルダートレントの暴走を抑えてもいたのだろう。

>「……嬉しいけれど、喜んでる場合じゃないよアイリス……。
 また安息の場所を追われてしまうのよ……」

>「いいもん!アネモネが無事ならそれでもいい!」

アネモネが闇の欠片の影響を受けながらも、今まで必死にエルダートレントの暴走を抑え守っていた森だ。
このままエルダートレントの暴走を許せば、ウッドベリーもどうなるかは分からない。
しかし、暴走したエルダートレントをどうにかできるとも思えない。
諦めて逃げるしかないのだろうか。
ダヤンが逡巡していると、エールが力強く言い放った。

441 :ダヤン:2021/05/27(木) 22:52:42.43 ID:7pupviQs.net
>「おっほん。逃げる必要はないですよ、二人とも!
 状況は厳しいですが、私の魔導砲でなんとかなります!」

「にゃんだって!?」

『ハイペリオンバスター』の強力さはダヤンも見ていたので知っている。
が、単純に大きさから考えても、今回のエルダートレントは前回のゴブリンキングとは桁違いに思える。

>「三人分!最低で三人分の全魔力があればきっと倒せるはず……!」

「そういうことも出来るんだにゃ……。じゃあ三人と言わず四人でいけばいいにゃ!」

ドルイドのアイリスアネモネに加え、ダヤンもスカウト魔法が使える。
魔力を充填するには悪くないメンバーが揃っている。
しかし、アネモネが懸念事項を口にする。

>「なるほどね……けど、そういう魔法って"溜め"に時間がかかるんじゃないかしら?
 今は無視してくれてるけど、攻撃の気配を察したらあいつも先手を打ってくると思うわ」

>「でも……それしかないよ。アネモネ……」

>「……一人、陽動がいるわね。相手の目を欺く"忍びの者"が必要だわ。
 さっき私から杖を奪った猫ちゃんなんて適任じゃないかしら」

>「確かにダヤンなら出来るかもしれない。けど……」

失敗すれば確実に森はエルダートレントの支配下、下手すりゃ全員この場でお陀仏なので
慎重になるのは当たり前だが、優しいエールのこと、純粋にダヤンの身を案じてもいるのだろう。

「エール、オイラなら大丈夫だにゃ」

>「ダヤン……お願い。1分!1分だけ時間を稼いで……!」

「任せろにゃん!」

ダヤンは自分の胸をどんっと叩いて力強く請け負った。
根拠のない自信ではなく、勝算はある。
ついに、最初の町から持ってきた薬草が役に立つ時が来た。
ダヤンは袋の中から薬草を一枚取り出し、ぱくっと食べた。

442 :ダヤン:2021/05/27(木) 22:54:06.47 ID:7pupviQs.net
「いつ使う? 今だにゃ!」

食べたのは、ブーストハーブ。
名前の通り、全能力値を一定時間ブーストさせる薬草である。
が、効果が切れた後はしばらくヘロヘロになってしまうので、使いどころはかなり限られている。
具体的には、普通のままでは勝てない強敵を倒さなければならず、
その強敵さえ倒せばその探索では以後大した戦闘はないと思われる場合だ。
少しだけ時間を稼げばよく、
エルダートレントを倒せばトレント達も大人しくなると思わる今の状況はまさに使いどころであった。

>「魔力、充填開始!」

エール達が魔力を充填し始めると同時に、ダヤンはエルダートレントの前にわざと派手に飛び出した。

「闇の欠片はいただくにゃ! それが嫌ならかかって……こいにゃぁああああああああ!!」

>「キェェェェ……!クキキキッ!!」

トレント達がダヤンを包囲する。
ということは、陽動としては今のところうまくいっているということだ。
トレントの一体が接近し、根の足で蹴り飛ばさんとする。
ブースト中のダヤンはそれを難なくジャンプで避け、その根を足場に更に飛ぶ。

「にゃあっ!」

空中でダガーを振るいトレントの枝を切り落とす。
更に他のトレントが振るってきた枝を足場にし、縦横無尽に跳び回りながら枝を切り飛ばし気を引く。
この調子なら割と楽勝かと思われたが、それは最初トレント達がダヤンを舐めきっていたため。
トレント達が次第に本気になるにしたがって、苦戦を強いられる。

「にゃ!?」

トレントの根に足を引っかけて転んだ。
起き上がろうとするも、次々と伸びてくる根に身動きを阻まれる。
ついに、トレントの一体が魔力の充填をしている3人の方に向かう。

「シャドウ・スティッチ!」

ダヤンはダガーを投げつけるも、トレントには届かず手前の地面に刺さった。
しかし、それこそが狙いだった。
3人に襲い掛かる寸前で、トレントはその場に縫いつけられたように、足(根)を止める。
相手の影に刃を突きさし動きを止める、スカウト魔法の一種だ。
敵の抵抗が勝ってしまえば効果を発揮しないので、効いたのは今がブースト状態だからこそと思われる。
が、これも一度きり。ダヤンは完全に根や枝に包囲され身動きが取れなくなってしまった。
一方トレントは無数にいる。
一体動けなくなったところで関係ないとばかりに、次のトレントが3人に迫る――

443 :エール :2021/05/29(土) 21:34:20.69 ID:qGT1fiN4.net
エヴァーグリーン名産品のひとつ、その名もブーストハーブ。
ダヤンが食んだそれは一時的に各種能力を向上する効果があるという。
その効果によって力を漲らせると、トレントを縦横無尽に翻弄しはじめた。

「いいよぉ……!ダヤン、もうちょっとだけ待ってて!」

魔導砲を構えて照準をエルダートレントに合わせる。
その手にはアイリスとアネモネの手が添えられており、三人分の魔力が籠っている。
充填率は半分といったところか。あと30秒程度ダヤンは耐えなければならならい。

>「にゃ!?」

その時だった。ダヤンがトレントの根に躓き転倒してしまった。
さらに根が伸びてきて起き上がるのを防ぐ徹底ぶりだ。

「やばいっ……!気づかれた!」

トレント達も流石に気づいたらしい。
ダヤンと戦っていた一体がこちらにやってくる。

>「シャドウ・スティッチ!」

ダヤンはすかさずダガーを投擲すると、トレントの影に刃が突き立つ。
いわゆる影縫いと呼ばれるものだ。影を縛ることで相手の動きを封じる魔法である。
だがその安心も束の間。トレントは無数に存在し、たった一体が動けなくなったに過ぎない。
焼け石に水に過ぎず、また新たな一体がエール達目掛けて突進してくる。

「あと10秒で充填完了するのにぃぃぃ!?」

魔力の充填中は無防備な状態だ。選択肢は二つ。
充填を止めて逃げるか、このままぶっ放してしまうか。
どちらにせよ成功の確率は限りなく低い。

444 :エール :2021/05/29(土) 21:36:42.38 ID:qGT1fiN4.net
「ど、どうしますエールさん!?」

「貴女の決断に任せるわ……!」

アイリスとアネモネの声に押されて、決心を固める。
エールは冷静に照準を合わせ直した。

「こうなったらだめでもともと!やってやるんだからっ!」

トリガーを引くと魔導砲から夥しい光の奔流が放たれた。
接近するトレントを飲み込み、エルダートレントへ迫る。
やや弧を描いた軌道で直撃したそれを大老の魔樹はモロに食らった。

「ハイペリオンバスターッ!!いっけぇぇぇぇーーーーっ!」

閃光、爆発……炎と共にもうもうと立ち昇る煙。
固唾を飲んで様子を見守っていると、視界が徐々に晴れていく。

「ご、ごめん皆……やっぱりだめみたい……っ」

現れたのは闇の欠片が怪しく輝きを放ちつつ、回復する姿。
エルダートレントは幹の半身が吹き飛び、燃え盛りながらも未だ健在!
充填が不十分のままでは、やはり倒し切ることは不可能だった。

「闇の欠片の力で回復しているの……!?」

「まずいわ……退路も断たれたようね」

アネモネが諦念を込めてそう言った。まずい。
充填中の間にトレント達の包囲網が完成してしまっている。
エールは作戦失敗を悟り思わず目を瞑る。

445 :エール :2021/05/29(土) 21:40:18.14 ID:qGT1fiN4.net
――その時だった。空から一人の人間が舞い降りたのは。
顔の右半分を仮面で覆った、白衣姿の若い男だった。
男はエール達を守るようにエルダートレントを阻んだ。

「一部始終見ていたが、この戦いは君の負けでいいだろう。
 エルダートレント……その『闇の欠片』は回収させてもらうよ」

男が手を翳すと、エルダートレントが苦しみの奇声を発しはじめる。
やがて幹に埋め込まれていた欠片がひとりでに動きだし、男の手に吸い込まれていく。
欠片を失い回復が不可能になったことでエルダートレントは断末魔の叫びを上げて焼失した。

「主は死んだ。魔樹達よ、早く散るがいい」

白衣の男がそう言い放つと、エール達を囲っていたトレント達が三々五々に去っていく。
助かったのだろうか。警戒を解かないままお互い様子を窺っていると、
沈黙に耐え切れずエールが口を開くことにした。

「助けてくださってありがとうございます。
 あの……貴方は冒険者なんですか?」

「勘違いしないでくれ。君達を助けたつもりはないし、私は冒険者じゃない。
 命が惜しければ……『闇の欠片』には関わらないことだ」

冷たい語調で言うなり、白衣の男はその場からまやかしのように消えた。
――おそらくは任意の座標へ瞬間移動する転移魔法だろう。
どこへ去ったのかは分からないが、これで戦いは終わったのだ。

「……とにかく、助かって良かったよ。
 皆ごめん……私のせいで危うく死ぬところだった」

意気消沈した様子だった。だがアイリスは首を横に振る。
ダヤンとエールがいなければアネモネを助けられなかったと。
アネモネもまた、二人のおかげで正気を取り戻せたと感謝した。

446 :エール :2021/05/29(土) 21:42:57.47 ID:qGT1fiN4.net
ふと焼け死んだエルダートレントを見ると、その奥に石造りの社があった。
ポータルだ。まさか枯れた森の奥地にも存在しているとは。
依頼が完了した今、この階での用も済んだ。次のステージへ進むべきだろう。

「あ……!ポータルだよ!ダヤン、次の階へ行こう!」

とりあえず元気を取り戻したエールは、ポータルへと走っていく。
報酬の2000メロが入った袋を携えて待ち受けるのは如何なる階層か。
アイリスとアネモネの二人に手を振ると、二人もまた手を振った。

「エールさん、ダヤンさん、お気をつけて!
 お二人に幸運があらんことを!」

「無茶はしないでね!
 気が向いたらいつでも帰って来なさい!」

社の中できらきらと光る魔法陣へ飛び込む。
姉であるカノンを見つけ出すため、9階の城下町を目指して。


――――――…………。

浮遊感を伴って地面に着地すると、目の前には広大な湖が広がっていた。
地図で確認すればそこが4階の湖沼エリアであることがわかる。

「湖の外周をぐるっと回ろう。そうすれば町に辿り着けるはずだよ」

喜び勇んでやって来たはいいが、まだ戦闘の疲労が抜けていない。
日が落ちるまでに宿でもとって十分に休息するべきだろう、とエールは思った。
目指すは4階の拠点、水の町ローレライだ。


【エルダートレントを倒し損ねるも謎の男に助けられる】
【舞台は2階の森林エリアから4階の湖沼エリアへと移ります】

447 :ダヤン:2021/05/31(月) 21:32:43.03 ID:4+Gungr1.net
>「ハイペリオンバスターッ!!いっけぇぇぇぇーーーーっ!」

エール達が、ハイペリオンバスターを発射する。
充填が完了していたのかはダヤンには分からないが、完了していなくてもそうするしかない状況。
凄まじい爆発が巻き起こり、エルダートレントは煙に包まれる。

「やったかにゃ!?」

晴れていく煙の中から現れたのは、闇の欠片によって回復しつつあるエルダートレント。
典型的な、”敵に大技を放って大爆発が起こるもやれてない状況”が再現されてしまった。

「そんにゃ……っ」

自分がもっと上手く陽動できていればあるいは、と思うと、悔やんでも悔やみきれない。
万事休すと思われたその時だった。
空から白衣姿の若い人間の男性が舞い降りる。
見る限りではそうだが、正確には本当に若いのかも、本当に人間かどうかすらも分からない。
何しろ顔の右半分を仮面で覆っており、只物ではない雰囲気を纏っているのだ。
そしてこの世界には見た目通りの年齢ではない人間(例:高位の魔術師)やら、人間そっくりな外見の異種族も存在する。

>「一部始終見ていたが、この戦いは君の負けでいいだろう。
 エルダートレント……その『闇の欠片』は回収させてもらうよ」

地面に這いつくばったまま様子を見ていると、闇の欠片が謎の男の手に吸い込まれたではないか。
エルダートレントは今までのしぶとさが嘘のように、あっさりと焼失した。

>「主は死んだ。魔樹達よ、早く散るがいい」

トレント達が解散し、ダヤンはようやく動けるようになった。
男の意図は分からないが、とりあえず絶体絶命の状況から助けられたことになる。
しかしまだ安心はできない。この男、身も蓋もなく言ってしまえば見るからに怪しい。
一同を助けたのは何らかの目的のために生け捕りにするため、なんてこともあり得なくは無い。

>「助けてくださってありがとうございます。
 あの……貴方は冒険者なんですか?」

>「勘違いしないでくれ。君達を助けたつもりはないし、私は冒険者じゃない。
 命が惜しければ……『闇の欠片』には関わらないことだ」

結果的に危惧していたようなことは起こらず、男はそのまま姿をかき消した。

「た、助かったにゃ……」

ダヤンはのろのろと立ち上がり、地面に突き刺さっているダガーを回収し、
ついでにその辺に放り投げていた薬草の袋を拾い上げる。

448 :ダヤン:2021/05/31(月) 21:34:38.95 ID:4+Gungr1.net
>「……とにかく、助かって良かったよ。
 皆ごめん……私のせいで危うく死ぬところだった」

「エールのせいじゃにゃい! オイラがこけなきゃよかったんだにゃ!」

そんな二人を遮るように、アイリスとアネモネは二人に感謝を告げる。
依頼達成となったので、報酬の2000メロも受け取った。
焼け死んだエルダートレントの奥に、ポータルがあった。

>「あ……!ポータルだよ!ダヤン、次の階へ行こう!」

エールにとっては先を急ぐ旅だ。
ポータルを見つけたとなれば、すぐに次の階層に行きたいだろう。

>「エールさん、ダヤンさん、お気をつけて!
 お二人に幸運があらんことを!」

>「無茶はしないでね!
 気が向いたらいつでも帰って来なさい!」

「二人とも、ありがとにゃー!」

アイリスとアネモネに手を振って、二人は魔法陣へ飛び込んだ。

「ここは……?」

目の前に広がるのは海……じゃなくて、よく見るとぐるりと陸で囲まれている。
広大な湖のようだった。

「4階……3階じゃなかった分ちょっとラッキーだにゃ」

>「湖の外周をぐるっと回ろう。そうすれば町に辿り着けるはずだよ」

「見たところモンスターも出て来にゃさそうで良かった」

エールはハイペリオンバスターを使った直後、ダヤンはブーストハーブの反動でヘロヘロである。
モンスターが活発になる夜になる前には町についてしまうのが得策だろう。
取り留めもない会話をしながら湖畔を行く。

449 :ダヤン:2021/05/31(月) 21:36:56.96 ID:4+Gungr1.net
「あの半仮面、何だったのかにゃあ。黒幕にも思えるけど……」

“これでは七賢者に『闇の欠片』を貰った意味が”とのゴブリンキングの死に際の言葉
“欠片を集めてる集団もいるらしい”との情報屋レオンの言葉が思い出される。
そして“一部始終見ていたが、この戦いは君の負けでいいだろう。エルダートレント……その『闇の欠片』は回収させてもらうよ”との半仮面の男の言葉。
この言葉から考察する限り、闇の欠片を持つエルダートレントを監視していたものの、期待外れだったから見限ったように思える。
更には、エルダートレントに闇の欠片を与えた張本人という可能性すらある。
しかし、この推理でいくと一つの大きな疑問が浮上する。

「そうだとしたら何のためにゃ……?」

単純に破壊を撒き散らしたいのであれば、こちらを助けるようなことはせずに
エルダートレントに加勢しておけばよかったはずだ。
それに結果的に助けられている以上、悪い奴と断定するのも気が引けた。

「考えても仕方にゃいか。闇の欠片には色んな意味で関わらにゃい方がよさそう」

色んな意味でというのは、単純に闇の欠片に強化されたモンスターが強すぎてヤバいのと、
七賢者やら闇の欠片を集めている組織やらのなんやかんやに巻き込まれてもヤバい、の両方の意味である。

「ま、心配しなくてもそんな立て続けに出くわすことなんてにゃいか。にゃはは!」

なんか盛大にフラグを立てた気がしたが、そんなことにはダヤンは気付いていないのであった。
そうこうしているうちに、前方に街が見えてきた。

450 :エール :2021/06/07(月) 00:06:28.86 ID:pEemHxp1.net
白い霧がうっすらと視界を覆う中を二人はとぼとぼと歩いていく。
取り留めない会話を続けていると、そのうち『白衣の男』や『闇の欠片』の話になった。
ここに来たばかりのエールにとって、どちらも分からないことだらけだった。
迷宮で暮らしているダヤンが知らない素振りなのだから曖昧な返事しかできない。

>「あの半仮面、何だったのかにゃあ。黒幕にも思えるけど……」

「それは分からないけど……闇の欠片の事を、何か知ってるのかもしれない。
 でないと"関わるな"なんて忠告は言えない……と思う。たぶん……」

>「考えても仕方にゃいか。闇の欠片には色んな意味で関わらにゃい方がよさそう」

ダヤンの言っていることはもっともだった。
依頼の都合上戦っただけで、本来は姉探しに何ら関係のないことだ。
だから今後は無関係だとスルーできるし、エールも基本そのスタンスだ。

「でも……もし。もしだよダヤン。これはちょっとした可能性の話だよ。
 目の前に『闇の欠片』のせいで傷ついている人がいたら……私は助けたいと思う」

何のために辛い思いをして銃士になったのか。
問われたら『お金』と答えるが、きつい訓練を乗り越えられたのはそれだけじゃない。
それはきっと大切な人を。苦しんでいる人を助けられるからだ。理不尽な破壊に立ち向かえるからだ。
銃士で良かったと思えるのはそれくらいではあるが……。

>「ま、心配しなくてもそんな立て続けに出くわすことなんてにゃいか。にゃはは!」

「えへ。そうだよね。そんな偶然あるわけないよ」

そして辿り着いたのが4階の拠点、水の町ローレライである。
湖畔にある静かな町で、門を潜るとすぐ宿屋が見えた。
疲労が溜まった重い足取りで宿の扉を開けると、店の主人と手続きを済ませる。

451 :エール :2021/06/07(月) 00:08:19.21 ID:pEemHxp1.net
「ご夕食の準備を致しますので、それまでお部屋か大広間でお待ちください。
 準備ができましたら係の者が案内します……。これが部屋の鍵です」

鍵を受け取ると、エールは店の主人に大広間で待つと言っておいた。
部屋の方が断然リラックスできるが、公共の空間を選んだのは情報収集のためだ。

「えへへ。こういう時は他の冒険者と交流するといいって聞いたことあるんだ。
 他愛ない雑談の中に思いがけない情報があるかもしれないんだって」

姉の情報を求めているというより、『冒険者らしさ』に憧れているだけである。
大広間に向かうと、予想通り何名かの宿泊客がくつろいでいた。
賭けに興じる者やただ座って休んでいる者、ひそひそと会話をする者。
何をしているかは様々だが、ともかくエールは空いているソファに腰かけた。

「君達は冒険者かな?若いのにやるねぇ〜。こっちに来なよ、ポーカーやろうぜ」

「やめとけやめとけ!そいつはイカサマが得意でよぉ、カモを探してるだけだよ」

「何階からきたんだ?あまり見ない顔だね。迷宮には来たばかりかい?」

思ったより積極的にアクションがあった。
年若いことと、冒険者というと男性が多い(偏見)からか。
エールがみんなとの会話から得た情報はこの階に関するエピソードだ。

4階はかつて地上の西方大陸に存在していた。
かの土地は古くから聖剣を守る『湖の乙女』の伝説が眠っており、
その力を恐れた魔王が誰にも渡すまいとして土地ごと無限迷宮に閉じ込めたという。
――そして伝説は伝説のまま湖で眠り続けることになった。

「あそこに座ってる奴を見てみろよ。騎士のウォドレーってんだが……可哀想に。
 湖の聖剣伝説を聞いて最近来たらしいが、湖の主が凶暴になっててよ。
 まともに探索なんて出来ねぇんだわ。主の退治も任されてるようだが十中八九死ぬぜ」

「主はきっと『闇の欠片』の影響を受けているのだろう。
 怪しい魔法使いが湖に何かを落としていたという目撃証言もある」

――宿泊客達は命が惜しいならあれには関わらないこった、と締めくくって去っていく。
どうやらダヤンと同じ考えの者は多いらしい。それが普通であり当然とも言える。
だが……エールはダヤンに目配せした。「あの騎士さんにお節介焼いてもいいかな?」みたいな目だ。


【4階の拠点に到着。情報収集を行う】

452 :ダヤン:2021/06/10(木) 23:55:32.95 ID:xYCqX0sS.net
>「でも……もし。もしだよダヤン。これはちょっとした可能性の話だよ。
 目の前に『闇の欠片』のせいで傷ついている人がいたら……私は助けたいと思う」

「エール……」

例えば、エヴァ―グリーンで依頼を受けたのはもちろん迷宮での路銀を稼ぐために違いないだろうが、あんなに大変なことになるとは思っていなかったはず。
それなのに、必死に街の人々を守ろうとしていて、ダヤンのうまくいく保証のない賭けにもついてきてくれた。
姉を探す先を急ぐ旅であるにもかかわらず、アイリスの依頼も迷わず受けた。
強大な力を持つエルダートレントにも、逃げずに立ち向かう道を選んだ――
根底に誰かを助けたいという想いがなければ出来ないことだ。
それは、何かと物騒なこの迷宮においては、命知らずで危険な傾向なのかもしれない。
現に、枯れた森では白衣の男が現れなければどうなっていたか分からないというのに。
でも、ダヤンの目にはエールがキラキラして見えた。
ああ、そうか――だから自分はこの少女に付いてきたのかもしれない。
なんていうことに本人が気付いたのかは定かではないが。

「ま、心配しなくてもそんな立て続けに出くわすことなんてにゃいか。にゃはは!」

そう言って笑う様は見ようによっては照れ隠しのように見えなくも無かった。

>「えへ。そうだよね。そんな偶然あるわけないよ」

そんなこんなで、二人して盛大にフラグを立てつつ、水の町にたどりつく。

「ついたにゃー!」

>「ご夕食の準備を致しますので、それまでお部屋か大広間でお待ちください。
 準備ができましたら係の者が案内します……。これが部屋の鍵です」

>「えへへ。こういう時は他の冒険者と交流するといいって聞いたことあるんだ。
 他愛ない雑談の中に思いがけない情報があるかもしれないんだって」

「おおっ、リアルに冒険する方の冒険者っぽいにゃー!」

ダヤンは物心ついた時から冒険者とはいっても特定の町に身を置いて依頼を受けるタイプの冒険者。
リアルに冒険する方の冒険者らしさに大喜びしていた。

>「君達は冒険者かな?若いのにやるねぇ〜。こっちに来なよ、ポーカーやろうぜ」
>「やめとけやめとけ!そいつはイカサマが得意でよぉ、カモを探してるだけだよ」
>「何階からきたんだ?あまり見ない顔だね。迷宮には来たばかりかい?」

「にゃは。可愛いからってナンパは禁止にゃ!
そりゃあエールはピカピカの新米だけどベテラン冒険者のオイラがついてるんだにゃ!」

尚、少なくともダヤン目線ではエールは美少女であり、よってこの”可愛い”は事実を述べているだけなので全く深い意味はない。
こんな感じでワイワイしつつ、情報も集まってきた。

453 :ダヤン:2021/06/10(木) 23:57:37.85 ID:xYCqX0sS.net
「聖剣……めっちゃ冒険者っぽい響き……!
土地ごと封じ込めるなんて魔王ってやっぱりすごいんだにゃ〜」

>「あそこに座ってる奴を見てみろよ。騎士のウォドレーってんだが……可哀想に。
 湖の聖剣伝説を聞いて最近来たらしいが、湖の主が凶暴になっててよ。
 まともに探索なんて出来ねぇんだわ。主の退治も任されてるようだが十中八九死ぬぜ」

「うーん、何も死ぬまで頑張らにゃくても無理そうなら諦めたらいいんじゃないかにゃ……?
命あってのものだねにゃ」

騎士という立場上何の成果もあげずにのこのこ帰るわけにはいかないのかもしれないが、
その手のしがらみとは無縁のダヤンは首をかしげた。
あるいは、単に我が身を顧みないお人よしの超重症バージョンなのかもしれないが。

>「主はきっと『闇の欠片』の影響を受けているのだろう。
 怪しい魔法使いが湖に何かを落としていたという目撃証言もある」

「出た――! 闇の欠片!」

エールがお節介を焼きたそうな目でこちらを見ている……!
それに、いくらなんでも死ぬのはかわいそうだ。
皆、命が惜しいなら関わらない方がいいと思っているようで、騎士に話しかける者は誰もいない。

「えぇっ!? 誰も止めてあげないのにゃ!?」

ダヤンは騎士に歩み寄り、死なないように引き留めにかかる。

「湖の主の退治に来たんだってにゃ?
もしも噂が本当なら主はとても普通の冒険者には太刀打ちできにゃいから無理しにゃいほうがいいと思うにゃ。
オイラたち、森林エリアで危うく死にかけたにゃ」

ミイラ取りがミイラになる予感しかしない。

454 :エール :2021/06/16(水) 20:25:57.44 ID:pQWQTuOM.net
大広間の一角に座っている騎士の下へダヤンが歩み寄っていく。

>「湖の主の退治に来たんだってにゃ?
>もしも噂が本当なら主はとても普通の冒険者には太刀打ちできにゃいから無理しにゃいほうがいいと思うにゃ。
>オイラたち、森林エリアで危うく死にかけたにゃ」

「むぅ……君は冒険者か。確かに私は湖のヌシを退治するつもりだが……。
 心配は無用だよ、剣の腕には自信がある。誰かに聖剣を渡したくないしな」

名をウォドレーと言ったその騎士は腕を組みつつ返答した。
まるで聞く耳をもたないといった感じだ。

「申し遅れました。私はエール、こちらはダヤンです。
 考え直した方がいいと思います。今の主はとても危険ですよ……!」

「闇の欠片とやらか。見たことがないのでよく知らないが……。
 まぁ、君達が生き残っているなら私はもっと大丈夫さ……ははは!」

などと失礼なことを言いながらウォドレーは去っていった。
どうやら騎士の夕食の支度ができたらしい。

「どうしよう……無益な血が流れるかも……っ」

大広間の椅子に座り込んで頭を抱えた。騎士にまるで危機感が足りていない……。
武勲や幻の武器を求めてここまでやって来たのだから、自信があるのは当然だろう。
だがしかし。闇の欠片を持つ魔物と二度交戦したから分かる。
彼はおおよそ無事ではいられないだろう。

「……こうなったら仕方ない……」

エールはそう言って椅子に座り込んだ。
その表情は何かの覚悟を決めた様子であった。

455 :エール :2021/06/16(水) 20:30:02.83 ID:pQWQTuOM.net
次の日。
湖の主を倒し、聖剣を手に入れるためウォドレーは小舟に乗って岸を離れた。
その様子を部屋の窓から眺めていたエールは装備を整えて宿屋を飛び出す。

「私……ウォドレーさんの後を追うよ。気になって仕方なくて。
 無事ならそれで良いんだけど……なんだか心配なの!」

姉に会った最後の日、家を去る後ろ姿と妙に重なってしまう。
それっきりどこかに消えてしまうみたいで、気が気でないのだ。
重症のお節介にでも罹患したのかな――とふと思いながら、湖へと駆けた。

誰も使ってなさそうな小舟を一艘無断で拝借すると、エールもまた舟を漕ぎ出す。
4階の湖は広大だ。海と見紛うかのようなそれは600平方キロメートル超に及ぶらしい。

時刻はまだ早朝。湖沼全体は白い霧で覆われている。
視界が悪くウォドレーを乗せた小舟はすぐに見えなくなってしまった。

「あわわっ、見失っちゃった。どこにいるんだろ……」

不穏な気配や瘴気は感じない。いたって平穏だ。
だが、もしかしたら水棲魔物が突然襲ってくるかもしれない。
エールは周囲の警戒を怠らず、慎重に舟を漕いでいた。

しばらくしてである。風もないのに舟が大きく揺れはじめた。
ゴトゴトと船体が音を鳴らし、エールは驚いて漕ぐのを止めた。

「……うん?」

舟の縁に掴まって水面を覗き見ると、水底で巨大な影が動いているのが分かった。
こんな小舟など容易に丸呑みできそうなほどの、あまりに大きな影……!

「そういえば……湖の主のことをよく聞いてなかったよ……」

巨大な影が徐々に大きくなってくる。水面へ向かって上昇しているのだ。
その背びれが水面から勢いよく顔を覗かせ、水が盛り上がるとエールの舟はあっさり転覆した。

「うわあぁぁぁぁぁーっ!!!?」

――なぜこんな寄り道をしてしまったのか。さすがに内心で後悔する。
水中へ無造作にダイブしながら、エールはその魔物と目が合った。
あまりに巨大で鋭い瞳に、七色に鈍く光る鱗。悠々と水中を掻く刃のごとき鰭。
魚だ。全長百メートルの巨大な魚の魔物。それが湖の主の正体なのである。


【騎士ウォドレーに説得を試みるも失敗】
【心配になって追いかけるが湖の主と遭遇して舟が転覆する】

456 :ダヤン:2021/06/21(月) 21:38:53.50 ID:63fSKHHl.net
>「闇の欠片とやらか。見たことがないのでよく知らないが……。
 まぁ、君達が生き残っているなら私はもっと大丈夫さ……ははは!」

「生き残れたのは運が良かっただけにゃよ!?」

騎士のしがらみや崇高な使命感などではなく超ポジティブ(?)なだけだった。
他の誰かに聖剣を渡したくないということで、一緒に行く誰かを見繕ってパーティを組む気もなさそうだ。
仮に心配だから一緒に行くと申し出たところで「そんな事を言って分け前狙いだろう」と断られるのがオチだろう。

>「どうしよう……無益な血が流れるかも……っ」

「あれ、誰が何を言っても聞きそうににゃいぞ……。
まあ、あの騎士さん実際に超強いのかもしれにゃいし……
もしそうだったらこんなペーペーが下手に首を突っ込んだら
逆に足を引っ張ったりしてそれこそ余計なおせっかいになるにゃ」

>「……こうなったら仕方ない……」

何かを決意したようなエールに禄でもない予感がしたダヤンだったが、
幸いその夜は大人しく床に就いたのであった。
しかし安心したのもつかの間、次の日。何やらエールが早朝からごそごそしている。

>「私……ウォドレーさんの後を追うよ。気になって仕方なくて。
 無事ならそれで良いんだけど……なんだか心配なの!」

「エール、待てにゃ!」

ダヤンの制止もお構いなしに湖へと駆けていくエール。
冒険者の依頼には通常、危険度に見合った報酬額が設定されている。
正式に依頼を受けていても報酬以上の危険を冒すことは並大抵ではないが
今回は依頼も受けていないのに何の見返りもなく危険に飛び込もうとしている!
エールが船をこぎ出そうとしたとき、とんっと軽やかに船に着地する者があった。

「一人は危ないにゃ」

「待てにゃ」は一人では行くなという意味だったらしい。
二人で船をこぐも、すぐにウォドレーの小舟をすぐに見失ってしまった。

>「あわわっ、見失っちゃった。どこにいるんだろ……」

エールは湖の中央部に向かって船をこぎ進めていく。

「あんまり岸から離れたらあぶにゃいよ……」

>「……うん?」

気付けば巨大な魚の真上にいた。

457 :ダヤン:2021/06/21(月) 21:41:35.27 ID:63fSKHHl.net
>「そういえば……湖の主のことをよく聞いてなかったよ……」

「言わんこっちゃにゃい! はやく逃げるにゃ!」

必死に船をこぐも、今更無駄な抵抗。

>「うわあぁぁぁぁぁーっ!!!?」

二人は船から湖に投げ出され……

「うにゃあああああああああ!?」

その次の瞬間には、魚の巨大な口に飲み込まれたのであった!
暫し意識は暗転する。

「う、うーん……。エール、大丈夫にゃ!?」

目を覚ましてみると、何やら不気味な薄暗い洞窟のような場所だった。
幸い即刻胃酸で溶かされてゲームオーバーにはならなかったようだが……。

「ここは……魚のおなかの中にゃ? オイラ達湖の主に飲み込まれたみたいだにゃ」

魚のおなかの中といっても、聖剣の伝説が伝わる湖の主。
おそらく普通の消化器官のようなものではなく一種のダンジョンのようになっているのだろう。
と、どこからか人間の呻き声のようなものが聞こえる。

「誰かいるにゃ? ……ウォドレーさんかもしれにゃい! 行ってみるにゃ!」

458 :エール :2021/06/28(月) 18:45:13.34 ID:a/3zZtdc.net
水中に没していく……。
身動きのとれない水の中で見たのは、巨大魚が開いた口だった。
いくら藻掻いても逃げ道はなく、エールたちはそのまま飲み込まれてしまう。
やがて息が続かなくなり意識は暗い底へと沈んでいった。

>「う、うーん……。エール、大丈夫にゃ!?」

気がついた時にはその薄暗い場所にいた。
洞窟のように感じるが……自分たちは巨大魚に食われたのではなかったか。
とにかく、うつ伏せの状態から起き上がると、自身とダヤンの無事を確認した。

「大丈夫……怪我とかはないみたい」

>「ここは……魚のおなかの中にゃ? オイラ達湖の主に飲み込まれたみたいだにゃ」

ダヤン曰く、湖の主の腹はダンジョンのような作りになっているのではないかということ。
確かにここがただの胃の中だとは思えない。おかげで九死に一生を得たわけだ。

「ごめんね、私のせいでこんな事になっちゃって……。
 でもどうしよう……どうやって脱出すればいいのかな」

奥まで進めば出口(この魚の口?)になっているのだろうか。
例えできたとして外は水の中だ。上手く水面まで泳げるのだろうか。
そんな答えのない問題を考え続けていると、ダヤンの耳がぴくっと反応した。
エールには何も聞こえなかったが、どうやらどこかから呻き声がするらしい。

>「誰かいるにゃ? ……ウォドレーさんかもしれにゃい! 行ってみるにゃ!」

「……そうだね!いってみよう!」

ぐしょ濡れの身体を動かして声のする方へ歩みだす。
奇遇とでも言うべきか、声の主はやはりウォドレーだった。
どうやら足を怪我しているらしい。

「ウォドレーさん!大丈夫ですか!?」

「君達は昨日の……!なぜここに!?」

459 :エール :2021/06/28(月) 18:47:48.44 ID:a/3zZtdc.net
嘘をついても仕方ないので本当のことを話す。

「その……心配だったので追いかけてきたんです」

「……人が好過ぎるな君達は……ありがとう。
 その気持ち、受け取っておくよ……」

飲み込まれた時の衝撃か、右足を骨折しているらしい。
呻き声を上げていたのは骨折が原因なのだろう。痛そうだ。
エールはひっくり返っていた小舟の木片を添え木にするとウォドレーの足を固定する。

「ダヤン、ハーブはある?骨折がすぐ治るわけじゃないと思うけど
 痛み止めと体力回復にはなると思うから……」

そうして応急処置が完了するとやはりどうやって脱出するかが話題になった。

「こんなでかい魔物、剣ではどうにもならん。
 早く脱出したいところだが私には方法がまるで思いつかない」

「……とりあえずは探索してみた方がいいですね……。
 脱出後の問題はともかく、出口はすぐに見つかるかもしれません」

見たところ魚の体内は入り組んでいるわけではなさそうだ。
歩き続ければどこかには行き着くはずである。

「私とダヤンで調べますから、ウォドレーさんはここに居てください。
 ここがダンジョンなら魔物を体内に飼ってる可能性もあります」

そう言ってエールは魔導砲を担ぎ、
まずダヤンと二人で調査することを提案した。


【足を骨折しているウォドレー発見。応急処置を施す】
【魚の体内を調査することを提案する】

460 :ダヤン:2021/07/02(金) 23:48:15.23 ID:IRBwhzoD.net
>「ウォドレーさん!大丈夫ですか!?」

怪我をしているウォドレーが発見された。言わんこっちゃない。

>「君達は昨日の……!なぜここに!?」

「お、お宝を独り占めさせるわけにはいかにゃいからにゃ!
べ、別にお前のためじゃないんだにゃ!」

ダヤンが唐突に古式ゆかしきツンデレを発動するも、エールがすぐに翻訳した。

>「その……心配だったので追いかけてきたんです」

>「……人が好過ぎるな君達は……ありがとう。
 その気持ち、受け取っておくよ……」

「……まあそのにゃんだ、エールに感謝することだにゃあ」

素直に感謝されたダヤンは素直に照れている。割とチョロい。

>「ダヤン、ハーブはある?骨折がすぐ治るわけじゃないと思うけど
 痛み止めと体力回復にはなると思うから……」

薬草が詰め込んでいる袋は背負い袋になっているので幸い流されてはおらず、
ハーブは濡れてしわしわになっているものの効果は消えてはいない。
ダヤンはウォドレーにキュアハーブを一枚渡した。

「これを食べにゃ。エヴァ―グリーン名産キュアハーブ。別に怪しい草ではないから安心してにゃ」

世の中には物理法則無視して骨折も瞬時に治るようなすごい回復アイテムもあるらしいが、
少なくともこのキュアハーブにはそこまでの効果は無い。
それでも無いよりはかなりいいだろう。

>「こんなでかい魔物、剣ではどうにもならん。
 早く脱出したいところだが私には方法がまるで思いつかない」

「うにゃ、この感じだと内側からぶち破る……のは難しそうにゃ」

>「……とりあえずは探索してみた方がいいですね……。
 脱出後の問題はともかく、出口はすぐに見つかるかもしれません」

461 :ダヤン:2021/07/02(金) 23:49:33.98 ID:IRBwhzoD.net
普通の消化器官と同じように考えれば出口は口とその反対側(あんまりこっちからは出たくないけど)の2か所だが、
ここは明らかに普通の消化器官ではないので、例えばポータルのようなそれ以外の脱出口がある可能性も考えられる。

>「私とダヤンで調べますから、ウォドレーさんはここに居てください。
 ここがダンジョンなら魔物を体内に飼ってる可能性もあります」

「必ず迎えに来るから心配しないでにゃ」

ウォドレーといったん別れ、二人は奥に進んでいく。ほどなくして、少し開けた場所に出た。
祭壇のような場所に一振りの剣が突き刺さっている。

「あれ、もしかして湖の聖剣ってやつじゃないかにゃ!? 選ばれし者だけが抜ける剣、みたいな絵面だにゃ〜」

興味の赴くままでに剣に駆け寄ろうとしたダヤンは、しかし障壁のようなものに弾き飛ばされた。

「にゃん!?」

それがセンサーとなったかのように、モンスターが出現した。その数は4,5匹というところ。
空魚(スカイフィッシュ)――
このような魔法的な水中空間で出現する、空中を泳ぐ(?)魚型モンスターだ。

「にゃんだにゃんだ……!?」

こちらの混乱もお構いなしに、スカイフィッシュ達は鋭い歯が並ぶ口を開け、二人に襲い掛かってきた!

462 :エール :2021/07/05(月) 00:33:25.66 ID:VQXlAGxg.net
洞窟の奥に向かって進めば辿り着いたのは祭壇が置かれた場所。
その上には剣が鎮座しており、まるで古から伝わる聖剣伝説のようだ。
湖には聖剣が眠っているという触れ込みだったが、この剣がそうなのだろうか。

>「あれ、もしかして湖の聖剣ってやつじゃないかにゃ!? 選ばれし者だけが抜ける剣、みたいな絵面だにゃ〜」

かもしれない。
だがエールは別に聖剣が欲しくてここまで来たわけじゃない。
ウォドレーが死ぬかもしれないと思ったからお節介を焼いただけだ。
剣士としての技能があるわけでもなし、さほど興味もない。

「あっ……待ってダヤン。聖剣はたしか『湖の乙女』が守ってるって話だよ。
 もしかしたら何かの仕掛けとか罠があるのかもしれない。不用意に近づくのは――」

>「にゃん!?」

ダヤンが聖剣に近づいた途端、何かの障壁に弾かれた。
すると、祭壇を守るように複数の魔物が虚空から出現する。
空魚(スカイフィッシュ)と言うらしい。空中を泳ぐ魚のような魔物だ。

>「にゃんだにゃんだ……!?」

「んもー!こうなったら迎撃するしかないよ!」

空魚は鋭い歯を剥き出しにしてこちらへ突撃してくる!
エールは横っ飛びで回避しながら魔導砲を構えて狙いをつける。
……が、存外すばしっこく照準を合わせまいと動き回っている。

「ふふん、それで銃士の狙いから逃れたつもりかな!甘いよ!」

射撃には『偏差撃ち』というテクニックがある。
動き回る敵に対して、動く少し前を狙って撃つという技術だ。
空中を自在に泳ぐ空魚に対しても同様のテクが通じる。

463 :エール :2021/07/05(月) 00:36:02.48 ID:VQXlAGxg.net
だが一匹に狙いをつけた瞬間、今度は撃たせまいと他の空魚が襲い掛かってきた。
そりゃそうか。向うは複数体いるのだから他の個体がカバーすればいい。
エールは紙一重で空魚の噛みつき攻撃を躱すと、再び魔導砲を構えた。

「なるほどね……!」

攻撃パターンは突撃のみ。戦術ドクトリンもそう厄介ではない。
エールは落ち着き払ったまま空魚の分析を終え、再び偏差撃ちで照準を合わせる。
すると、他の空魚がまたもや突っ込んできた。

「狙い通りだよ……!」

ガコン!と魔導砲の筒先が素早く突っ込んできた個体に向いた。
同時、エールは素早く後方へ飛び退き、回避行動にも入っている。

『引き撃ち』だ。
後退しながら撃つことで、敵の攻撃を避けつつ砲撃を浴びせることができる。
つまり、最初の偏差撃ちはブラフであり、本命はこっちだったわけだ。
そしてプラズマ弾を三発、素早く迫ってくる空魚目掛けて発射。

「さぁ、これでも食らいなさいっ!」

青白い尾を引いて三つの閃光が空魚に襲い掛かる。
全弾命中しても二匹余るが、それはダヤンに任せるとしよう。
どちらにせよ偏差撃ちで狙った個体は作戦上倒せない。
最後の詰めは信頼する仲間に任せようという考えである。

仮に外したとしても、エールには空魚の突撃は当たらないし手痛くない。
もう一度狙いをつけ直してリトライすればいいだけだ。


【空魚と応戦。三匹目掛けてプラズマ弾発射!】

464 :ダヤン:2021/07/07(水) 00:42:10.68 ID:6t3EVPH5.net
>「さぁ、これでも食らいなさいっ!」

砲術といっても、専ら後衛職というわけではないらしい。
敵の攻撃を避けながら仕留める接近戦の技もお手の物だ。
閃光に撃ち抜かれ、三匹の空魚が一網打尽に光の粒と化して消えた。

「おおっ……!」

残った二匹が同時に襲い掛かってくる。
が、空魚は群れるとそこそこの強敵だが数が減った今ではすでに脅威ではない。
はずだが、ダヤンは避ける様子はない。
反応が出来なくて避けられない、というわけではなく……
ギリギリまで引き付けてから、両手に持ったダガーを空魚達の口の奥狙って同時に投げつけた。

「魚が猫を食べるんじゃなくて猫が魚を食べる方にゃ」

空魚達は声無き断末魔をあげ、やはり光の粒となって消えた。
魔物の中でも、魔力的要素が強い魔物特有の消え方だ。

「これじゃあ食べられないにゃあ」

仮に死体が残ったところで、あまりおいしそうではないので食べたくは無いが。
何はともあれ、空魚達との戦いに勝利した。

「エール、ごめんにゃあ、防御装置だったのかにゃ……にゃにゃ!?」

聖剣があった方をみやると、聖剣は祭壇ごとなくなっており、周囲と変わらない洞窟の壁面があるだけだった。

「じゃあさっきのは幻影……? 単なる聖剣を狙う者をホイホイするための罠だったのかにゃあ」

そこに、走ってくる者があった。

「ごめんなさーい! お怪我は無いですか?」

それは、水色の長い髪を持つ、水の精霊のようなイメージの女性。
頭の横にはひれのような飾りがついており、魚モチーフのようにも見える。

465 :ダヤン:2021/07/07(水) 00:43:53.23 ID:6t3EVPH5.net
「大丈夫だにゃ、あなたは……? まさか”湖の乙女”……なーんてにゃ!」

「ん、もしかしたら陸地の人たちにはそう呼ばれてるかも」

「にゃんだって!?」

想像していたのより妙にノリが軽い。

「訳あって聖剣が悪い奴に持っていかれないように守りつつ
ここの管理人?のようなことしてるんだけどー、最近妙なことが多いのよねー。
水生モンスター食べちゃったり。挙句の果てには人間食べちゃったり」

「じゃあさっきの罠も意図せずして……?」

「そうなのよ。空間が勝手に。勝手によく分かんないモンスターもでてくるし困ってるのよ」

湖の主は湖の乙女の使い魔のような存在なのか、
はたまた湖の主と湖の乙女は元々同一存在で、今目の前にいる湖の乙女は湖の主の精神の核のようなものなのか。
どちらにせよ、今の湖の乙女は湖の主を制御しかねているらしい。

『主はきっと『闇の欠片』の影響を受けているのだろう。
 怪しい魔法使いが湖に何かを落としていたという目撃証言もある』

ダヤンは宿で聞いた話を思い出し、おそらく湖の主が闇の欠片を食べてしまったからだろうと直感した。
が、これ以上首を突っ込んだらこの広い巨大魚の体内で、闇の欠片探しをする羽目になってしまうかもしれない。
脱出が目的なら「出口は知りませんか」と聞くのが得策なのは言うまでも無いだろう。

466 :エール :2021/07/10(土) 22:39:24.78 ID:YYA/PdSJ.net
空魚の群れをやっつけると、聖剣は幻のように消えてしまった。
すると今度は水色の長い髪をもつ、精霊を思わせる女性がやってきた。
気さくなダヤンは早速女性と会話を繰り広げる。

>「訳あって聖剣が悪い奴に持っていかれないように守りつつ
>ここの管理人?のようなことしてるんだけどー、最近妙なことが多いのよねー。
>水生モンスター食べちゃったり。挙句の果てには人間食べちゃったり」

全然管理できてないじゃん……。と率直に思ってしまった。
湖のヌシは『闇の欠片』の影響下にあるのだろうが気づいていないのか。
ならば念のために教えてあげた方がいいのかもしれない。

>「そうなのよ。空間が勝手に。勝手によく分かんないモンスターもでてくるし困ってるのよ」

「あ……それはきっと『闇の欠片』というアイテムの悪影響です。
 持っていると精神が汚染されるそうで、湖の主が誤って飲み込んだのかもしれません。
 宿屋で何かを落としている不審者を見かけた人もいるそうなので、欠片が原因なんだと思います」

見つけてうっかり触ると今度は彼女が精神汚染を受けかねない。
そのため、発見したら破壊するのが望ましいと注釈をつけて説明する。
このダンジョンに管理人がいてよかった。説明だけしておけば後は大丈夫だろう。
何せ、闇の欠片自体を取り除かなければ根本的な解決にはならないのだから。

懸念は管理人もまた欠片の影響を受けているかどうかだ。
……が、あのフランクな感じからしてその様子は今のところない。
アネモネの時のような危うさは感じない。

ならば余計な首を突っ込む必要はないように思える。
怪我人を抱えてもいるし今は脱出を優先すべきだろう。

「ところで管理人さん、このダンジョンの出口は知りませんか?
 怪我人がいるんです。早くお医者さんに見せてあげないと……」

放置されているウォドレーの身を案じながら、エールはそう言った。


【エール、ダンジョンの脱出方法を管理人に聞く】
【こう言ってはいますが頼まれれば闇の欠片捜索を引き受けます】

467 :エール :2021/07/10(土) 22:44:27.55 ID:YYA/PdSJ.net
【×宿屋で何かを落としている 〇湖に何かを落としている でした。失礼しました】

468 :ダヤン:2021/07/13(火) 22:59:35.21 ID:sxJFm0rD.net
>「あ……それはきっと『闇の欠片』というアイテムの悪影響です。
 持っていると精神が汚染されるそうで、湖の主が誤って飲み込んだのかもしれません。
 湖に何かを落としている不審者を見かけた人もいるそうなので、欠片が原因なんだと思います」

エールは闇の欠片について、湖の乙女?に教える。
が、流石のエールも今回はそれ以上のお人よしは踏みとどまったようで、サクッと出口を尋ねる。

>「ところで管理人さん、このダンジョンの出口は知りませんか?
 怪我人がいるんです。早くお医者さんに見せてあげないと……」

「それは大変ね……! 出口まで案内するわ、着いてきて」

闇の欠片探しを頼まれるのではないかとヒヤヒヤしたが、あっさり出口を教えてくれるらしい。
なにせ、この謎の空間の中で小さな宝石サイズの闇の欠片を探すのは並大抵ではない。

「ウォドレーさんを連れてから行くにゃ〜」

幸い出口はウォドレーを待たせている場所の近くだそうで。
考えてみれば魚に飲み込まれて目が覚めた時にいたのがその辺りだったので、
その近くに入口(つまり出口)があるのは至極当然かもしれない。
管理人に連れられ、その場所まで戻る。が、ウォドレーは忽然と姿を消していた。

「ウォドレーさん!? どこにゃー!?」

そして、都合の悪い事はそれだけではない。

「あら……? この辺に出口があったはずなんだけど……」

管理人は壁をぺたぺた触って首をかしげている。

「もしかして出口がなくなったにゃ!?」

最初から出口らしき道は見当たらなかったので、二人が探索している間に消えたのではなく、
魚に飲み込まれ目覚めた時からすでに無かったのかもしれない。
そして、ウォドレーは大怪我で歩けなかったはずである。明らかに何かが起こっている。
まずはウォドレーを探し、その後に出口を探す必要がありそうだが……
その過程のどこかで闇の欠片と出くわす予感しかしない。

469 :エール :2021/07/16(金) 01:59:24.62 ID:HeDYEUvX.net
余談だがエールは水色の長い髪の女性を会話から『湖の乙女』だと決めつけていた。
――が。もしかしたらそれも罠で嘘であるという可能性も実は捨てきれない。
もっとも、エールにそのような考えは一切なかったが……。

>「それは大変ね……! 出口まで案内するわ、着いてきて」

事実、目の前の女性は気さくで善良な人のように思えた。
女性の案内でウォドレーを置いてきた場所まで戻る。
どうやら彼がいる近くにこそ出口が存在していたようで。

「……あれ、ウォドレーさんは……?」

足を骨折して歩けないはずなのに何処にもいない。
ダヤンと一緒に周囲を探してみるが、騎士の姿はどこにもなかった。

>「ウォドレーさん!? どこにゃー!?」

そして状況の悪い方向へとばかり傾いていく。
管理人の女性がぺたぺたと壁を触ると不思議そうに顔を傾げた。

>「あら……? この辺に出口があったはずなんだけど……」

何の力が働いたのか出口も消えているというのだ。
話は振り出しに戻り、このダンジョンを探索するしかないようだ。
といってもエールには冒険者としてのキャリアが無い。
こんな時どうすればいいのかさっぱり分からなかった。

「……あっ。あんなところに白い石が落ちてる!
 きっとウォドレーさんが落としていったに違いないよ!」

指差した場所にはこのダンジョン内において異質な質感をした白い石が落ちていた。
それはひよっこ冒険者のエールも知っている探索法のひとつだった。
道に迷うのを避けるため目印となるものを地面に落とすというやり方だ。

470 :エール :2021/07/16(金) 02:02:25.96 ID:HeDYEUvX.net
そしてよく目を凝らすと、何かを引き摺ったような跡も見つかった。
ウォドレーは自発的に動いたのではない。何者かに攫われたのだ。
白い石はぽつんぽつんと足跡のように道の奥へと続いている。

「ウォドレーさんが抜け目ない人で良かった。
 行こう、この石を辿っていけば見つかるはずだよ!」

エールは魔導砲を構えて石を目印に慎重に進んでいった。
誰がこんなことをしたかはまだ分からない。
だが善良な人の仕業じゃないのは確かだ。

……そして辿り着いたのは神殿のような場所である。
エールは直感的に大きな柱のひとつに身を隠す。
すると神殿の中から声が響いてきた。

「……お主はなんだ?我が体内に侵入して何をするつもりだった?」

「……何度も言っただろう。この地に伝わる聖剣を探していたのだ。
 だが、その最中に湖の主に飲み込まれてしまってこの次第だ」

「はん、そうであろうな。ここに来る人間はいつもそうだ。
 我が湖を好き放題荒らす――忌々しい冒険者が!」

一人はウォドレーのようだが、もう一人の女性の声は誰だろうか。
中の様子を見たいが今飛び込んでも碌な目に遭わなさそうだ。

「この湖に伝わる聖剣は勇者様の手中に収まるべきもの。
 魔王が余計なことをしたせいで、今も眠ったままではあるが……。
 本来ならあの御方の武器として振るわれ、伝説を残していたはずなのだ!」

ドスの効いた怒声が響く。かなりの剣幕なのは容易に想像がついた。
エールは故郷にいた頃、隊長に怒鳴られたことを思い出して嫌な気分になった。

471 :エール :2021/07/16(金) 02:04:38.43 ID:HeDYEUvX.net
顔をげんなりさせつつ、エールは引き続いて聞き耳を立てる。

「ところで体内をうろうろしている二人はどうなっている?
 罠にでも掛かって死んだか?それとも捕まえたのか」

「罠を攻略したのち『湖の乙女』と遭遇したようです」

「ふん……あやつを『湖の乙女』などと呼ぶな。
 奴には最早なんの権能もない。今は私が『湖の乙女』……。
 あの無能はここに神殿が建てられたことすら知らないだろうよ」

エールは怪訝な表情で一緒にいる管理人の顔を見る。
湖の乙女が二人いる?一体何が起こっているのだ。

「あ……あのぉ〜。管理人さんって『湖の乙女』なんですよね?
 神殿の中にもう一人いるみたいですけれど……」

小声でぼそぼそ確認してみるエール。
だがこの管理人、まぁなんとなく分かってはいたが……。
体内で起きている異変については何も知らなさそうなのだ。

「まぁよいわ。判決を下す。中央大陸の騎士ウォドレーよ。
 貴様は死刑だ。土足で我が湖を荒らした罪は重い。
 処刑方法はマーマンに一任するとしよう」

「ははっ。仰せの通りに。串刺しにしてやりましょう」

「や、やめろ……誰か助けてくれぇぇぇ!!!!」

ウォドレーの悲痛な声が神殿中に響いた。
いかん、このまま放置していては騎士が串刺しになってしまう。
救出の機会を窺っていたがもう飛び出すしかない!

「私が注意を引くからダヤンはウォドレーさんを助けてあげて!
 ……今から使う『弾』が命中するのがベストなんだけど、
 たぶん陽動で精一杯だと思うから……お願いね!」

472 :エール :2021/07/16(金) 02:07:01.51 ID:HeDYEUvX.net
そうして魔導砲を構える。今回投射する魔法は『誘導弾』だ。
感知した魔力源めがけて飛翔する爆裂魔法のことである。
自動追尾(ホーミング)で狙ってくれるので便利だがデコイに弱い欠点がある。

例えば魔法などを使われるだけですぐそっちに誘導されてしまう。
それならまだいいが、昔は発射した銃士の魔力を自動感知して
飛翔するとかいうとんでもない欠陥魔法ぶりだった。

流石にその点については改善されているらしいが……。
ポンコツエピソードが多いのであまり使いたくない。

「……いくよっ!」

柱の影から神殿内にある三つの魔力源を捕捉する。
出会った時ウォドレーに魔力は感じなかったので全部敵だ。
そして発射。三発の緑の光が弧を描いて、神殿の中へ吸い込まれていく。

「待て……あれは何だ?」

今まさにウォドレーを槍で串刺しにしようとしていたマーマンが上空を仰いだ。
三つの輝く緑の光が自分たちと『湖の乙女』目掛けて飛んでくるではないか。
『湖の乙女』は手から魔力の塊を三つほど浮かべると、空中に放り投げた。

魔力の囮(デコイ)だ。誘導弾はそちらに標的を変えて激突。
上空で激しく爆発する。すると閃光が神殿内に広がる。
神殿内の『湖の乙女』は動揺する様子もなく、こう言った。

「爆裂魔法か。マーマン、敵襲だ。処刑は後にしてなんとかしろ」

「は、ははっ。申し訳ありません……少々お待ちください」

どうやら目が眩んでいるらしい。ウォドレーを助けるならこのどさくさしかない。
ダヤンが神殿内へ飛び込めば二匹の槍もつ人魚、マーマンと美しい女性を見るだろう。
その女性は灰色の長い髪に鰭のような飾りをつけており、神殿の玉座に腰かけていた。
そして胸元に埋め込まれる形できらりと『闇の欠片』を光らせていたのだ。


【ウォドレーが残した白い石を頼りに神殿まで到着】
【騎士が串刺しにされる寸前に『誘導弾』を発射し敵を混乱させる】
【神殿内にはもう一人の『湖の乙女(?)』がいる様子】

473 :ダヤン:2021/07/19(月) 22:01:08.21 ID:FNM8Uf45.net
>「……あっ。あんなところに白い石が落ちてる!
 きっとウォドレーさんが落としていったに違いないよ!」
>「ウォドレーさんが抜け目ない人で良かった。
 行こう、この石を辿っていけば見つかるはずだよ!」

ウォドレーが落としたのがパンの欠片じゃなくて石で良かった。
パンだったら魚のエサになって消えていたかもしれない。
やがて、神殿のような場所に辿り着く。

>「……お主はなんだ?我が体内に侵入して何をするつもりだった?」

>「……何度も言っただろう。この地に伝わる聖剣を探していたのだ。
 だが、その最中に湖の主に飲み込まれてしまってこの次第だ」

どうやらウォドレーは女性と思われる何者かに捕らわれているようだ。

「”我が”体内……。ってことは女性の声の主は湖の主自身……?」

>「はん、そうであろうな。ここに来る人間はいつもそうだ。
 我が湖を好き放題荒らす――忌々しい冒険者が!」
>「この湖に伝わる聖剣は勇者様の手中に収まるべきもの。
 魔王が余計なことをしたせいで、今も眠ったままではあるが……。
 本来ならあの御方の武器として振るわれ、伝説を残していたはずなのだ!」

「おっかないにゃ……」

これにはエールもげんなりした表情をしている。

>「ところで体内をうろうろしている二人はどうなっている?
 罠にでも掛かって死んだか?それとも捕まえたのか」

>「罠を攻略したのち『湖の乙女』と遭遇したようです」

>「ふん……あやつを『湖の乙女』などと呼ぶな。
 奴には最早なんの権能もない。今は私が『湖の乙女』……。
 あの無能はここに神殿が建てられたことすら知らないだろうよ」

今度は女性の部下らしき者も登場している。
そしてこの女性もまた、湖の乙女を名乗っている。

>「あ……あのぉ〜。管理人さんって『湖の乙女』なんですよね?
 神殿の中にもう一人いるみたいですけれど……」

「もしかして乗っ取られたにゃ……?」

湖の乙女(2人目)の言葉が真実だとすると、
湖の乙女(1人目)は昔はそれなりに力を持っていたが、今は2人目に実権を奪われたようだ。
真相は現時点では分からず、一人目あるいは二人目、もっと言えば両方が嘘をついている可能性もある。
あるいは二人とも嘘は言っていないとすれば……
長年来ることのない勇者を待ち焦がれるあまり闇の側面が分離してしまったのだろうか。
尚、そういう場合は闇の方にごっそり力を持っていかれるのは鉄板だ。
1人目から詳しく情報を聞いている暇などあるはずもなく、事態は進む。

474 :ダヤン:2021/07/19(月) 22:04:32.59 ID:FNM8Uf45.net
>「まぁよいわ。判決を下す。中央大陸の騎士ウォドレーよ。
 貴様は死刑だ。土足で我が湖を荒らした罪は重い。
 処刑方法はマーマンに一任するとしよう」

>「ははっ。仰せの通りに。串刺しにしてやりましょう」

>「や、やめろ……誰か助けてくれぇぇぇ!!!!」

「死刑!? 厳しすぎるにゃ!!」

>「私が注意を引くからダヤンはウォドレーさんを助けてあげて!
 ……今から使う『弾』が命中するのがベストなんだけど、
 たぶん陽動で精一杯だと思うから……お願いね!」

「分かったにゃ!」

>「……いくよっ!」

エールが魔導弾を撃つ。
自動追尾(ホーミング)機能の付いた技とのことで、それだけ聞くと超便利そうだ。

>「待て……あれは何だ?」

湖の乙女(二人目)は、3つの魔力の塊を空中に放つ。
誘導弾はあっさりそちらに標的を変えて激突した。
湖の乙女(2人目)は瞬時に状況を判断し、最適な対処法を繰り出したことになる。
かなりの手練れと思われるが、こちらもそこまで想定しており、陽動としては充分だ。
閃光が炸裂し、構えていない相手方は目がくらむことだろう。

>「爆裂魔法か。マーマン、敵襲だ。処刑は後にしてなんとかしろ」

>「は、ははっ。申し訳ありません……少々お待ちください」

乙女(2人目)が部下に命じた時には、ダヤンはすでにウォドレーの方に向かって飛び出していた。
足音を消して駆け寄り、すぐにウォドレーのもとに辿り着く。しかしそこではたと気付く。
辿り着いたところでそれなりに重装備の騎士を連れてどうやって逃げるのかということに!

「えいにゃー!」

駄目元で担ぎ上げてみると、ラッキーなことに意外にも軽く持ち上がった。
魔力的な水中だけあって、浮力が働いているらしい。

「何をやっておる、捕まえろ!」

「た、ただ今!!」

鬼上司、もとい乙女(2人目)の怒声が飛び、慌ててダヤンを捕まえようとする二人のマーマン。
しかしまだ目がくらんでいるらしく、微かな音を頼りになかなかいい線までいったものの
一瞬前までダヤンがいた場所で互いに衝突して目を回した。

475 :ダヤン:2021/07/19(月) 22:05:59.52 ID:FNM8Uf45.net
「この役立たずどもがぁ!」

お局、もとい乙女(2人目)の怒鳴り声が響く。
一方のウォドレーをかついだダヤンはすたこらさっさとエールのもとまで退却。

「アイツ、闇の欠片持ってた……!」

ダヤンは乙女(2人目)の胸元に光る欠片を見逃していなかった。
ゴブリンキングの時は運よく勝てたものの、エルダートレントの時は謎の仮面男の介入がなければ負けていた。
そして当然、元が強いモンスターであるほど、闇の欠片によって強化された時の危険度も上がる。
仮に湖の乙女(1人目)が加勢してくれるとしても、このまま戦って勝てる保証はない。
しかし、闇の欠片を放置しておけば例えば湖の主が積極的に人を襲うようになったり、
今以上の被害が出るようになるかもしれない。
逡巡していると、湖の乙女(1人目)が口を開いた。

「通りで以前とは段違いの力を感じるわ……! 大変、破壊しなければ……!」

当然そういう展開になるよな、と思うダヤン。しかしその言葉には続きがあった。

「ここはあちらが作った神殿……。ここで戦えばあちらの有利になってしまうかも……」

向こうのホームグラウンドだから向こうに有利という可能性はあるだろう。
その上、ここは戦いやすい広い空間になっているが、道中はそうでもなかった。
“我が体内”と言っていたのを鑑みるに、狭い場所では自分の体が傷つきそうな大暴れはしにくいかもしれない。

476 :エール :2021/07/22(木) 12:52:26.82 ID:ltznPIoQ.net
救出に向かったダヤンがウォドレーを担いで戻ってきた。
正直後先考えずに助けたわけで、この後どうするかは考えてない。
どこへ逃げれば出口があるのか……エール達はそれすら知らないのだ。
このままでは捕まるのも時間の問題と言えよう。

>「アイツ、闇の欠片持ってた……!」

「え……?向こうの『湖の乙女』が闇の欠片を……!?」

『湖の乙女』の正体の謎が深まるばかりである。
憶測で語るのは可能だが、今ここで論じても仕方ない。
今の問題はどうやってこの局面を生き残るかだ。

>「通りで以前とは段違いの力を感じるわ……! 大変、破壊しなければ……!」

以前という呟きにエールは引っ掛かりを覚えた。
魔物を引き連れ自分と同じ『湖の乙女』を名乗る存在を知っていながら放置していたのか。
この人……やっぱ全然管理の仕事をしていない。というより権能を失って何もできないのか。

出口も分からず、逃げ場所もない。
ウォドレーを助けたいなら戦うしかない状況だ。
いや……同じく湖に無断で踏み入ったエールとダヤンだ。
もう一人の『湖の乙女』から言わせれば判決は死刑に違いない。

>「ここはあちらが作った神殿……。ここで戦えばあちらの有利になってしまうかも……」

「地の利ってやつですね。あ……そうだ。
 ここに来る前に丁度良さそうな場所があったはず……!」

エールの発案により『ある場所』まで後退する一同。
先細りした巨大な柱がいくつも並ぶ、鍾乳洞のような場所である。
ここなら柱に身を隠せるのでダヤンの斥候としての特性も活かせる。
戦いのステージには申し分ないだろう。

「やばっ……もう追手が来たよ。作戦会議の時間もないみたい……!」

手持ちの双眼鏡(※エヴァーグリーンで揃えた持ち物のひとつ)で確認する。
神殿内にいた二匹の魔物、マーマンだ。後方には『湖の乙女』まで控えている。
まずは数の不利をひっくり返さなければどうにもならない。

「管理人さんと私でウォドレーさんを守りましょう。
 ダヤンは柱の陰に隠れていて。不意をついて敵を仕留めるポジションね!」

短い時間内ではそれぐらいしか思いつかなかった。
管理人はどこまで戦えるか未知数なので当てにできない。
ここは自分とダヤンでなんとかしなければ、と覚悟を決める。

477 :エール :2021/07/22(木) 12:54:18.55 ID:ltznPIoQ.net
先細りした巨大な柱の陰で張っているとまずマーマンが先行して泳いでやってきた。
ここは息のできる魔法的な水中空間だ。ダヤンがウォドレーを担いだ時のように浮力が働く。
だから普通に歩くこともできればああいう風に泳いで移動もできるのか、とエールは納得した。

(もう一人の『湖の乙女』は遥か後方……まずはマーマンから仕留める!)

水中と同じ挙動ができるという事はマーマン本来の力が発揮できるということ。
素早く、獰猛で、武器を持ち、時には魔法さえも行使してくる厄介な敵ということ。
だが運の良いことにマーマンはまだこちらには気づいていない。チャンスだ。

(そこっ!)

容赦なくプラズマ弾を二発撃ち込む。
上手く不意を突けたらしい。青白い光が尾を引いて閃光走る!

「ギャァァァァーーーーッ!!」

断末魔の叫びを上げるマーマン二匹が地面に落下していく。
だがもう一人の『湖の乙女』にはこちらの位置を気づかれた。

「役立たずのマーマンが……まぁよいわ」

「残念ながらね!出口はどこっ!?
 教えてくれないとマーマンと同じ目に遭うんだからね!」

エールは精一杯厳しい口調で脅してみた。
だがクスクスと意地悪く笑いながら無視されてしまう。

「そこにいたのか。もう一人の私もいるのか?
 ……面白い、良い機会だ。隠している『聖剣』を私に寄越すがいい。
 湖の伝説を守る役割……完全に引き継いでやろう。お前はもう終わりなのだ」

灰色の髪をなびかせながら闇の欠片を持つ『湖の乙女』がそう言った。
彼女達の存在にはまだ謎が多い。だから口を挟まずにはいられない。

「もう一人の私……!?聖剣を守る『湖の乙女』が何で二人いるの!?
 それにその胸元の『闇の欠片』は一体なんなの……!?」

478 :エール :2021/07/22(木) 13:01:41.03 ID:ltznPIoQ.net
もう一人の『湖の乙女』はエールを鋭く睨む。
ゴミを見るような冷たい目つきだ……。

「ふん、うるさい奴だ……貴様も死刑だな。
 見てなんとなく分からないのか?想像力の足りない奴め……。
 『闇の欠片』の力で分離こそしたが……私達は元々ひとつの存在だった」

もう一人の『湖の乙女』は語る。
『湖の乙女』とはこの湖に住まう巨大魚『アスピドケロン』の精神体。
聖剣を守る番人の魔物として生み出された彼女は心優しく穏やかな気性をしていた。

だが知的生命体ならそうであるように、良い心があれば悪い心もある。
最早現れることのない勇者のために聖剣を守り続けるという無意味な役割。
神聖な湖を穢す不届き者の冒険者達。負の情念は澱のように溜まっていく。

そしてある時『闇の欠片』をうっかり飲み込んでしまう。
負の情念は欠片の力で膨らみ、無理に負の側面を排出しようとした結果――。
『闇の欠片』を核としてもうひとつ人格が誕生した。
それが目の前にいる『湖の乙女』の正体である。

「ところでもう一人の体内をうろついていた奴はどこだ?
 どうせどこかに隠れているんだろう。まぁ……関係ないがな」

話を終えたもう一人の『湖の乙女』の目の前に魔法陣が浮かぶ。
推察するに水魔法だろう。エールは反射的に柱の陰に隠れた。

「無駄だ。全員まとめて溺死するがいい」

そして魔法陣から放たれたのは圧倒的な大量の水――!
それが波濤となって一気に押し寄せてきたのだ。
エールも最初のうちはなんとか柱に掴まっていたが……。

「うわ――……!?」

引き剥がされてどこかへと流されてしまう。
放水が止む気配はなくどんどんと水位が上昇していく。
この鍾乳洞のような場所が『本当の水』で沈むまで終わることはないだろう。

だが、今こそ攻撃のチャンスでもある。
なぜならもう一人の『湖の乙女』がこんなことをするのは、
隠れていたダヤンの居場所が分からなかったからに違いないのだから。


【な、なんともう一人の『湖の乙女』の正体は巨大魚の悪い人格だった!】
【ダヤン達をまとめて殺すため水魔法によって放水を開始する】
【エールは波濤に飲み込まれてどこかへ流されてしまう】

479 :ダヤン:2021/07/29(木) 23:28:37.42 ID:BUIwxvcQ.net
相手の地の利を避けるため、鍾乳洞のような場所まで撤退する一同。
しかし、部下のマーマンたちがすぐに追いついてくる。

>「やばっ……もう追手が来たよ。作戦会議の時間もないみたい……!」
>「管理人さんと私でウォドレーさんを守りましょう。
 ダヤンは柱の陰に隠れていて。不意をついて敵を仕留めるポジションね!」

「にゃん!」

マーマンは決して油断していい相手ではない。
ダヤンは柱の陰で、いつでも飛び出せるように身構える。

>「ギャァァァァーーーーッ!!」

が、うまく不意を突いたエールが魔導弾で難なく撃沈。エールは居場所を気付かれた。
前座は終わり、ついに真打との対決、となりそうだが、
別の柱の陰に隠れているダヤンにはまだ気づいていないようなので、もう少し隠れておくことにする。

>「役立たずのマーマンが……まぁよいわ」

>「残念ながらね!出口はどこっ!?
 教えてくれないとマーマンと同じ目に遭うんだからね!」

精いっぱい強がって凄んでみせるエールだが、まったく相手にされなかった。

>「そこにいたのか。もう一人の私もいるのか?
 ……面白い、良い機会だ。隠している『聖剣』を私に寄越すがいい。
 湖の伝説を守る役割……完全に引き継いでやろう。お前はもう終わりなのだ」

>「もう一人の私……!?聖剣を守る『湖の乙女』が何で二人いるの!?
 それにその胸元の『闇の欠片』は一体なんなの……!?」

>「ふん、うるさい奴だ……貴様も死刑だな。
 見てなんとなく分からないのか?想像力の足りない奴め……。
 『闇の欠片』の力で分離こそしたが……私達は元々ひとつの存在だった」

改めて二人の湖の乙女を見比べるダヤン。
言われてみれば、あまりに雰囲気が違い過ぎて気が付かなかったが、
ベースの外見自体はなんとなく似ている気がする。
そして、湖の乙女(怖い方)は、自分達の境遇を語り始めた。
勝利を確信した敵が、何故か自発的に自らの境遇を語りだすことは珍しい事ではないという。
しかし、そんな時こそ逆転のチャンスだと以前マスターが言っていた。
勝利を確信して油断しているのと、話に夢中になっているので、隙が出来るからだ。
斥候技能の一つである隠密行動で、ダヤンは柱の陰から陰へと素早く移動し、
背後から不意打ちできそうな位置を陣取る。

480 :ダヤン:2021/07/29(木) 23:29:49.41 ID:BUIwxvcQ.net
>「ところでもう一人の体内をうろついていた奴はどこだ?
 どうせどこかに隠れているんだろう。まぁ……関係ないがな」
>「無駄だ。全員まとめて溺死するがいい」

>「うわ――……!?」

魔法陣から大量の水が放たれたかと思うと、エールはあっという間に流されてしまった。
ダヤンは猫っぽく柱を登り、流されるのを回避する。

「にゃん!!」

そして柱から飛び降り様に湖の乙女(怖い方)に飛びつき、猫っぽく顔をひっかきまくる。

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃッ!!」

「ぎゃあああああ! やめぬか糞猫!」

文字通りのキャットファイトが始まった。
湖の乙女(怖い方)の正体は闇の欠片によって強化された巨大魚の精神体。
本来敵う相手ではないはずだが、今のところはなんとかなっているのは魚に対する猫の相性補正なのかもしれない。

「にゃあ!」

隙をついて、闇の欠片をダガーで攻撃。しかし、傷一つ付かない。

「やっぱりそう簡単にはいかないにゃあ……何か凄い武器でもあれば……ん? 凄い武器?」

一計を案じたダヤンは湖の乙女(ポンコツの方)に声をかける。

「相手は自分自身だから戦えないんじゃないかにゃ?
代わりにエールとウォドレーさんを頼むにゃ!」

どこまで役に立つか分からない戦闘の加勢よりも、エール達の救出を要請した。
いくら権能を奪われたとはいえ、たとえ水の中であろうが自らの体内を自由に動き回ることは造作もないだろう。

481 :ダヤン:2021/07/29(木) 23:38:58.88 ID:BUIwxvcQ.net
「でも……」

「オイラは魚に対する猫だから大丈夫にゃ!
それにエールなら……もしかしたら聖剣が使えるかもしれないにゃ!」

「なんですって……!? 嘘よ! 聖剣が使えるのはもう来るはずの無い勇者だけ……」

「じゃあ、勇者の定義って何にゃ?」

「それは……邪悪なる野望から世界を救う者、みたいな……?」

湖の乙女(ポンコツ)はふわっとした答えを返した。ダヤンの狙い通りである。

「どうも今この迷宮内は闇の欠片っていうのが散らばってヤバイことが起こってるみたいだにゃ。
エールは闇の欠片絡みの事件をもう二回も解決してるんだにゃ! もしかして勇者かもしれないにゃ!」

これは別に深い意味は無く、聖剣があれば闇の欠片を破壊するのも簡単だろうな、
と思ったのでエールにダシになってもらっただけである。が、満更嘘でもない。
エールは決して迷宮を救おうとか思っているわけではなく、目的は飽くまでも姉を探すことなのだが。

「……分かったわ!」

湖の乙女(ポンコツの方)はうまく乗せられ、エールが流された方に勢いよく泳いでいった。
怖い方の口ぶりによると、聖剣の所有権はまだポンコツの方の手中にあり、
持ってこようと思えばすぐに持ってこられる状態なのだろう。
エールが救出された暁には聖剣の在り処に案内されるかもしれないし、
もしかしたらその場ですぐに出してくれるかもしれない。
ダヤンはそれからしばらくキャットファイトを続けていたが、やはりそう長くは続かない。

「散々手こずらせてくれたな、猫。だがそろそろ終わりぞ!」

「にぎゃ!!」

柱に叩きつけられてずるずるずり落ちて水に着水するダヤン。

「残念だったな……仲間はこぬ。とっくに溺れ死んでおるわ!」

「それはどうかにゃ……?」

ダヤンは猫だけど犬かきしてなんとか顔を水上に出す。そう、水から顔を出せるのだ。
途中で攻撃されて集中が途切れたためか、息が出来るスペースが残っているうちに魔法陣からの放水は途絶えたようだった。

482 :エール :2021/08/02(月) 23:52:44.67 ID:X0hTfFkE.net
波濤の勢いに押し流され、エールはどんどんとダヤンや『湖の乙女』達から離される。
すると眼前に巨大な岩壁が現れた。このスピードで激突したら負傷は免れない。

「きゃぁーっ!」

エールは思わず悲鳴を上げた。
だが次の瞬間、柱から伸びた手がエールの身体を抱き寄せ事なきを得る。
おそるおそる目を開けると、そこにはウォドレーがいた。

「大丈夫か?助けてもらった借りを返しにきた」

「ウォドレー、さん……」

窮地を救ってくれたのは聖剣を求めし騎士、ウォドレーだった。
右足を骨折しているにも関わらず、流されたエールを助けに来てくれたのだ。
エールは騎士に抱き寄せられたまま柱に掴まると、何度か深呼吸した。
自分が思っている以上に水に恐怖していたのだろう。心臓は早鐘を打っていた。

「大丈夫!?助けに来たわ!」

少し遅れて『湖の乙女』がやって来る。
すると、ちょうど水位の上昇も止まったようだった。
この場にいないのはダヤンだけ……もしかしたらダヤンのおかげかもしれない。

「聞いて。新時代の勇者、エール。今からあなたに聖剣を託します」

「えーっ。どういう……ことですか?」

「どういう……ことだ。話が飛躍していないか」

困惑するエールとウォドレーの反応を見て、
決め顔だった『湖の乙女』も若干困惑した表情に変わる。

「そんなこと……私に言われても……。
 猫ちゃんが貴女を勇者かもしれないって言うから……つい……」

話を聞くと、どうやらダヤンが聖剣の力を借りて現状の打破を図ろうとしたようだ。
エールもその場の人情や依頼という形で『闇の欠片』に関わっているだけなのだが……。
世界の危機がどうこうとかで戦っているわけではない。

483 :エール :2021/08/02(月) 23:54:35.36 ID:X0hTfFkE.net
だがしかし、と『湖の乙女』は困惑した表情を張り詰めたものに戻す。
どちらにせよ今もう一人の『湖の乙女』を倒せる可能性があるのは聖剣だけだ。
なにせエールの必殺技『ハイペリオンバスター』は水中だと威力が減衰する欠点がある。

「『闇の欠片』のせいでもう一人の私が皆に迷惑をかけているのも事実。
 エール、やはり貴女に聖剣を一時的に託そうと思います」

『湖の乙女』が両手を差し出すと、空間が徐々に形を成して剣が出現する。
それは透き通った水のような水晶質の剣だった。ウォドレーは思わず息を飲む。
欲していた聖剣が今目の前にあるのだから。

「これが……あらゆる世界に散らばるという五聖剣のひとつか……!
 伝説に違わぬ美しさだ……しかし……かの剣は振るい手を自らの意思で決めると聞く。
 聖剣が勇者ではなくエール殿に使われてくれるとよいのだが……!」

興奮した様子のウォドレーは早口でそう話した。
『湖の乙女』は静かにこう返す。

「大丈夫です。聖剣も貴女になら使われてもいいと言っています。
 さぁ、エール。この剣を手に取り、戦いに終止符を打つのです……!」

「で、でも……私、銃士だよ。剣なんて使ったことないよ……。
 たしかに棍棒みたいに適当に振り回すことはできるかもしれないけれど……」

「大丈夫だよエール殿。聖剣が認めてくれたのなら、持てば使い方は剣が教えてくれる。
 きっと今まで使ってきた魔導砲のように自然と使いこなせるはずだ。私は剣マニアだから間違いない。
 君にはその資格がある。誰でも選ばれるわけではないのだ。さぁ、迷わずに剣を取って」

エールを肩に抱くウォドレーが力強くそう言った。
そうだ。本来ならかの騎士こそが聖剣を振るいたいだろうに。

だが、一時的とはいえ聖剣が選んだのはエールだ。理由は分からないが……。
だから覚悟を決めた。この剣を探し求めたウォドレーのためにも、戦いを終わらせてみせる!
エールは乙女の差し出した手に収まる剣を取り、天高く掲げた。

484 :エール :2021/08/02(月) 23:57:51.13 ID:X0hTfFkE.net
一方。犬かきで水面から顔を出したダヤンを、闇人格の『湖の乙女』はクスクスと笑い飛ばした。
奴が時間稼ぎをしているのは分かる。そしてまるでゴミは見るかのような目でこう言うのだ。

「それはどうかにゃ?だと……?笑わせるな。
 貴様らごときの力では私には傷一つつけられんわ……!
 それともなんだ。来ても役に立たない援軍を信じて延々と時間を稼ぐつもりか?」

再び空間に新たな魔法陣が浮かぶ。
集中力が途切れて放水は止まってしまったが、ここまで水位が上がれば動きを封じたも同然。
後はゆっくりと料理すればいい。『水』を使った拷問でじわじわと苦めて殺してやろう――。
そう思った時。

「なんだ……?水位が下がっている?」

闇人格の『湖の乙女』が驚いた様子で周囲を見る。
目に見える勢いで嵩増した水位が下がっていくではないか。
渦を巻いて水が減っていく、その中心を凝視する。
そこには天高く水晶の剣を掲げたエールがいた。

「あれは湖の聖剣オードリュクス……!?なぜあの小娘がっ!?」

呟いたのは、魔王の手から多元世界を救った勇者が振るうはずだった聖剣の名。
その力は聖剣共通の能力である『浄化』――特に、水の浄化を得意とする。

あらゆる汚水もオードリュクスの力があれば真水へと浄化できる。
さらに水を自在に操り、水を集めて凝縮することで力に変換する。
すなわち――。

「これが湖の聖剣オードリュクス、そのファーストステージの能力。
 周囲が水で満たされているほど……この剣は水を集めて強くなる……!
 悪い『湖の乙女』さん!貴女の放水のおかげで湖の聖剣は力を発揮できるんだよっ!」

放水された水全てを収束して練り上げられたのは一本の長大な刀身だった。
聖剣はこの鍾乳洞のような場所を貫き、天を衝かんばかりの剣へと姿を変える。
ガードせねば――!エールがその剣を振り下ろすと同時に闇人格の乙女は魔法障壁を張った。
障壁と剣が激突する。胸元の『闇の欠片』が妖しく光り、障壁をより強固にする。

(いけない、魔力が足りない……!)

水の刀身の形成は聖剣の能力だが、それを制御するのはエール自身の魔力だ。
障壁と水の剣が激突する影響で刀身の水がどんどん散っていく。
このままでは刃が闇人格の『湖の乙女』に届くまでに刀身を維持できない。
誰か……魔力を有する者が共に剣を握り、刀身を形成しなければ勝機はない。


【湖の聖剣を乙女から一時的に借りることに成功】
【長大な水の剣で闇人格の『湖の乙女』へ攻撃するが防御される】
【水の剣の維持に魔力が必要。誰か手伝ってくれー!】

485 :エール :2021/08/03(火) 00:01:03.98 ID:zsnwl2e8.net
湖の聖剣オードリュクスについて:

かつて湖に住んでいたという水神が勇者のために創った聖なる剣。
水神は体内にダンジョンを持つ巨大魚『アスピドケロン』を生み出し、巨大魚に聖剣を守らせる。
だがその力を恐れた魔王が土地ごと無限迷宮に封印したことで誰の手にも渡ることなく眠り続けることになる。

柄から刀身に至るまで透き通った水のような水晶で出来ており、硝子細工にも似た美しさをもつ。
脆そうな反面非常に頑丈でその強度は伝説の金属オリハルコンやミスリルにも遜色しない。

聖剣の共通能力である魔物や魔族、アンデッドといった闇の存在が嫌がる『浄化』の力を持つ。
加えてオードリュクスはあらゆる水をも浄化でき、汚水も瞬時に真水へ変える。
その真の力は三段階に別れ、聖剣に深く認められるほどに力を解放できる。

【1st stage】
周辺の水を操ることができ、水を集めて力を向上させられる。

【2nd stage】
周辺に存在する魔力を集めて水に変換することができる。

【3rd stage】
生成した水、操る水を『聖水』に変化させる。
聖水の効力は強大で、魔物・魔族・アンデッドの類は触れるだけで消滅する。


……なお、一時的に聖剣を借りたエールは共通能力とファーストステージの能力のみ行使できるようだ。

486 :ダヤン:2021/08/08(日) 08:55:46.90 ID:N/PJkU/Y.net
>「それはどうかにゃ?だと……?笑わせるな。
 貴様らごときの力では私には傷一つつけられんわ……!
 それともなんだ。来ても役に立たない援軍を信じて延々と時間を稼ぐつもりか?」

「来ても役に立たない? そんなことにゃい!」

精いっぱい強気に振る舞うも、同じ空間に再び魔法陣が浮かぶ。

「お助けにゃーーーーー! 早く来てにゃーーーーー!」

このままでは万事急すと思われたが……

>「なんだ……?水位が下がっている?」

見る見るうちに水位が下がっていく。
その中心には、美しい剣を掲げたエールがいた。

>「あれは湖の聖剣オードリュクス……!?なぜあの小娘がっ!?」

「エール……!」

ダヤンの作戦が見事に当たった形になる。
エールは銃士なので剣術の心得はないだろうというのは分かってはいたが、
伝説レベルの武器というのは、その武器自体の技能はあまり関係がない場合も往々にしてあるのだ。

>「これが湖の聖剣オードリュクス、そのファーストステージの能力。
 周囲が水で満たされているほど……この剣は水を集めて強くなる……!
 悪い『湖の乙女』さん!貴女の放水のおかげで湖の聖剣は力を発揮できるんだよっ!」

水を集めて出来あがった長大な刀身と湖の乙女(闇人格)の作り出した魔法障壁がぶつかりあう。

「やっちゃえにゃーーーーー!」

このまま押し切れるかとも思われたが、
湖の乙女(闇)もさるもので、刀身の水がどんどん散っていく。

「これは……まずいんじゃないかにゃ……?」

「なにぶん刀身の制御自体は使い手自身の魔力で行うから……手伝ってあげて!」

487 :ダヤン:2021/08/08(日) 08:57:05.45 ID:N/PJkU/Y.net
と、湖の乙女(光)が解説する。
これだけの刀身を制御するのだ。きっと並大抵ではない魔力を消費するのだろう。
湖の乙女(光)が手伝ってやれよとも思うが、ダヤンが予測したとおり、自分自身とは戦えない仕様なのかもしれない。
これだけでは手伝わない理由はないが、湖の乙女(闇)が解説を追加する。

「良いのか? あの聖剣は気難しくてのう、誰にでも扱えるわけではない。
あの小娘はたまたま認められたようだが、気に入らない者が振れれば即刻ヘソを曲げるだろうよ」

「そんにゃ……!」

湖の乙女(闇)が言っていることはまるっきりの嘘ではないのかもしれないが、
わざわざそれを言ったのは、手伝われてうまくいかれたら分が悪いとからという面もあるだろう。
なにより、刀身はどんどん短くなっており、このままでは負けてしまう。

「……手伝うにゃ!」

ダヤンは一瞬の逡巡の後に、エールの隣に駆け寄り、ともに剣を握った。

「聖剣にゃん、気に入らにゃくても今は力を貸してにゃ……!」

刀身が、再び勢いを盛り返す。

「小癪な……。だがッ! 虫けらが何匹束になろうが同じことよ!」

忌々し気に吐き捨て、更に障壁を強化する湖の乙女(闇)。
暫く拮抗していたが、次第に障壁にひびが入っていく。

「なん……だと……!?」

「観念して一人に戻るにゃああああああああああああ!!」

ついに魔法障壁が決壊し、巨大な水の刀身が浄化の激流となり、湖の乙女(闇)に押し寄せる。

488 :エール :2021/08/09(月) 00:19:49.38 ID:Yp4OLotB.net
【いま742KBかぁ……創作発表板の容量って何KBまでなんだっけ……?】
【もしそろそろ容量いっぱいなら新スレ立てた方がいいよね……(私が立てていいのかな)】

489 :ダヤン:2021/08/09(月) 01:31:39.94 ID:lsANG6yb.net
【750kbぐらいだった気がするにゃ
でも不思議なことにこちらでは今の容量が1050KBと表示されてるんだにゃー
(おそらく閲覧環境の違いによるもの?)
もしここが落ちてから新スレでも迷子にはならないから大丈夫にゃよ】

490 :エール :2021/08/09(月) 15:43:52.54 ID:Yp4OLotB.net
>>489
【そうなのっ?専ブラ(Live5ch)からだと742KBって表示されてるんだよね……】
【じゃあ板のルール的に残すのも良くないしここが落ちてからスレ立てするね】

491 :エール :2021/08/09(月) 15:46:18.33 ID:Yp4OLotB.net
あれほど長大だった水の剣が障壁に弾かれて見る見るか細くなっていく。
上手く魔力制御できていれば水が散ることはないのだが、何せメートル単位の巨大な長剣だ。
エールの魔力量では隅々まで行き届かない。ゆえにすぐ『ただの水』に戻ってしまう。

>「……手伝うにゃ!」

そんな時、ダヤンが駆けつけて共に剣を握ってくれた。
魔力が水晶の刀身に流れ、水の剣へと伝わっていく。

>「聖剣にゃん、気に入らにゃくても今は力を貸してにゃ……!」

「大丈夫だよ、一緒にやろう!私たち仲間だもん!」

散った水を集め直し、再び元の姿を取り戻した水の剣が再び障壁を削りはじめる。
闇人格の『湖の乙女』は魔法障壁をより強固なものにして対抗する。
純粋な力と力の比べ合い。聖剣と闇の欠片の正面衝突。

>「なん……だと……!?」

暫くの拮抗を見せた二つの力の衝突はしかし聖剣側に傾きつつあった。
魔法障壁に少しずつ罅が入り、次第に壊れていく。

>「観念して一人に戻るにゃああああああああああああ!!」

ダヤンの咆哮に呼応するように水の剣が瑞々しく光を放った。
この光はただの反射光なんかじゃない。剣が二人の使い手を深く認めた証。
剣がサードステージの力を解放したことによる覚醒の光だ!

障壁は遂に決壊し、遂に水の剣が『聖水』の奔流となって押し寄せる。
『聖水』が持つ浄化の力。その激流に飲み込まれ、闇人格の乙女の身体が消滅していく。

「ぎぎぎぎぃぃぃ!!ば、馬鹿なぁ……!!ゆくゆくは聖剣をも穢し、
 世界を混沌に導く魔剣を生むはずだった我が計画がこんなところで……!」

顔の半分を消失し、美しい顔立ちが見る影もない醜いものとなってなお、
闇人格の乙女は無念だったのか、声のあらん限りに言葉を紡ぐ。

「なぜ『聖剣』が貴様らごときを認めたのだぁぁ!分からぬ……私には分からぬぅぅぅーっ!
 嫌だ、消えたくない……せっかくこの湖を支配できるはずだったのに!消えたくないぃぃーーっ!!」

身体が粉々に砕け散ると、胸元で輝いていた闇の欠片も光を失い滅び去った。
後に残ったのはぐしょ濡れの猫獣人と、銃士と……片足の折れた騎士だけだ。

492 :エール :2021/08/09(月) 15:48:30.71 ID:Yp4OLotB.net
……戦いが終わり、たたたっと『湖の乙女』が駆け寄ると、ダヤンとエールの肩を組んだ。
聖剣を貸した後も最後まで見守ってくれていたようだ。

「やったわね!このこのー!最後に水の剣が光ったのは闇人格の私を『浄化』した証拠よ!
 それってつまりは聖剣がサードステージの力を解放して、真水を『聖水』に変えたってことなの!
 勇者以外にもそんな事できる人物が現れるなんて快挙だわ!守り続けてきた甲斐があった!」

聖剣の持つ『浄化』の力は刀身で斬った対象にしか発揮できない。
ほんらい真水の塊のはずである水の剣で斬っただけでは闇人格の乙女はあんな風に消滅しない。
だから最後の現象は聖剣がダヤンとエールを本当の意味で認めてくれたという証明。
ニコイチという形ではあるが、それは……聖剣が真に選ぶのは何も勇者だけではないということ。

「……何だか、『聖剣』が二人を選んだ理由が分かった気がするよ。
 ダヤン殿とエール殿は私の身を案じて助けに来てくれたのだ。ただの他人の私を……。
 その優しい心に聖剣もきっと心打たれたのだろう。そんな気がする」

自前の剣を杖替わりにしながらウォドレーはそう言ってくれた。
正直弾みのようなところもあるが、『湖の乙女』が深く頷いたので多分そうなのだろう。
聖剣はその刀身をきらりと光らせると空間に溶けて真っ青な光と化した。
そして『湖の乙女』の胸元まで吸い込まれて消えていく。

「……一時的、というのは変わらないみたいだけどね。でも私は嬉しいわ。
 だってこの湖で聖剣を守る意味がちゃんとあったってことなんだもの」

そして闇人格の乙女の消滅は奪われた権能が戻ったことも意味する。
『湖の乙女』が手を翳すと、光の穴のようなものが出現した。

「私の『本体』の外へ続くゲートを開けたわ。三人はここから無限迷宮に戻りなさい。
 あっ、口とかお尻から出す訳じゃないから大丈夫。転移魔法で移動する感じのヤツだから」

「『湖の乙女』さん……ありがとう!お世話になりました!」

エールは頭を下げると、二人と共に光の穴へと消えていく。
『湖の乙女』は三人の転移が終わるまでいつまでも手を振っていた。

「三人ともお元気で!私は聖剣の持ち主が現れるまで、またここで待ち続けるわ!
 いつまでもね!だから忘れないわ!貴女達みたいな人がいたってことーっ!」

493 :エール :2021/08/09(月) 15:54:28.20 ID:Yp4OLotB.net
景色が真っ白になると、次の瞬間にはふわっとした感覚がやって来た。
すると白い薄霧が覆う町が眼前に現れる。水の町ローレライだ。
転移魔法独特の浮遊感を伴ってエールは砂浜に着地した。
波が寄せては返る音が静かに響いている。時刻はすでに夜。

「依頼は失敗だったな……湖の主は退治すべき対象ではなかった。
 それに、もう人を襲うこともない。依頼主にはそう報告するとしよう」

怪我のせいだろう。着地に失敗したウォドレーは座り込んだまま一人頷く。
エールは魔導砲を担ぎなおして近づくと、何気なく尋ねた。

「あの……良かったんですか?ウォドレーさんは聖剣が欲しかったんじゃ?」

「うん……まぁそうなんだが、まぁいいのさ。私のような物欲だらけの騎士を認めてはくれんだろうしな。
 力で奪うほど私は強引じゃない。それに、この無限迷宮にはまだまだ眠っている名剣がある。
 足の怪我を治したらそいつを探しに行くよ。私の冒険も終わったわけじゃないのさ」

そんな風にウォドレーと話していると上空から何かが降り立った。
顔の右半分を仮面で覆った、特徴的な白衣姿。それは2階で出会った謎の若い男だった。
白衣の男は砂浜に着地すると一同を見渡し、表情をぴくりとも動かさずこう言った。

「また君達か。関わるなと言ったはずだが。
 ところで……この湖にあるはずの『闇の欠片』の反応が消えた。
 ……何があったんだ?君達が壊したのか。通常手段では破壊不能のはずだが」

「貴方は……2階で会った……!」

「質問に答えてくれ。それを確認しにきたんだ。とても重要なことだ」

何を話しても同じ事を返されそうな圧力にエールは屈した。
数々の疑問を投げる前に、男の質問に答えることにした。

「『闇の欠片』はこの湖に眠る伝説の聖剣が浄化してくれました。
 もう跡形も残っていません。……これで良いですか?」

白衣の男は表情筋を動かすことなく数瞬の沈黙を保った。
そして独白のように呟く。

「誰かを助けたいという純粋で清らかな想い……か。
 だが君達は聖剣を持っていない。ならば一時的なもの……ということか」

白衣の男は三人のことなど既に眼中になかった。
だが一点。気になる事があったらしい。

494 :エール :2021/08/09(月) 15:59:49.01 ID:Yp4OLotB.net
白衣の男は座り込んでいるウォドレーを見つめると、しゃがんで折れている足に触れた。
すると患部に触れた手が温かな光を放ちはじめる。エールはそれに見覚えがあった。
僧侶やお医者さんが使う治癒魔法の光だ。

「足は第二の心臓だ。冒険者とはいえ無理はしないことだな。
 ……少しリハビリすればすぐ歩けるようになる。以後は気をつけるといい」

それだけ言い放つと、白衣の男は空高く舞い上がった。
きっとまたどこかへ転移する気だろう。
エールは慌てて駆け出すとその後を追った。

「待ってください!貴方は……何者なんですか!?」

「……私の名前はアスクレピオス。でもあまり言いふらさないでくれ。
 君達はなんだかそそっかしい……放ってはおけないから名乗っただけだ。
 『闇の欠片』絡みで何かあったら私の名を使え。相手次第では命を拾えるかもしれない」

それだけ言い残すと、アスクレピオスは以前のように消え去ってしまった。
蝋燭の灯火が無くなるように、ふっ……と何処かへと転移したのだ。
後に残されたのは砂浜に響く波の音だけ……。

「……何者なんだろう……悪い人じゃないのかな」

白衣の男の名前は判ったが、分からないことだらけなのに違いはない。
そういえば湖に『闇の欠片』を落とした謎の人物のことも結局分からずじまいだ。
ダヤンが以前行った推理でいけば、彼こそが犯人という可能性が濃厚だが……?

「……考えても仕方ないか。もう無関係とはいえないけど……。
 くよくよ悩んでも仕方ないよね、ダヤン。それより今日の晩ご飯の方が重要だよ!」

気を取り直すと、エールはダヤンの方へと振り向いて、その表情を朗らかなものに戻した。
聖剣のおかげとはいえ自分達は『闇の欠片』に打ち勝てた。その自信もあった。

「後はどうする?今ならポータルも2階以外に繋がってると思うけど……。
 もう夜だし宿屋で休む?私は元気だからどっちでも大丈夫だよ」


【闇人格の『湖の乙女』撃破!水の町ローレライまで戻ることに成功】
【外で半仮面を被った白衣の男と再び出会い、名前を教えてもらう】

495 :ダヤン:2021/08/15(日) 17:22:25.67 ID:rXiv7wP3.net
>「ぎぎぎぎぃぃぃ!!ば、馬鹿なぁ……!!ゆくゆくは聖剣をも穢し、
 世界を混沌に導く魔剣を生むはずだった我が計画がこんなところで……!」
>「なぜ『聖剣』が貴様らごときを認めたのだぁぁ!分からぬ……私には分からぬぅぅぅーっ!
 嫌だ、消えたくない……せっかくこの湖を支配できるはずだったのに!消えたくないぃぃーーっ!!」

闇人格の湖の乙女は、声の限りに無念を叫びながら滅び去った。
それを見て、ほんの少しだけ、本当にこれで良かったのだろうかと思うダヤン。
闇人格の乙女が生まれたのは、来ぬ勇者を待ち続ける悲哀からだったのだ。
しかし、かけよってきた湖の乙女に嬉しそうに肩を組まれ、そんな思考はどこかに吹き飛んだ。

>「やったわね!このこのー!最後に水の剣が光ったのは闇人格の私を『浄化』した証拠よ!
 それってつまりは聖剣がサードステージの力を解放して、真水を『聖水』に変えたってことなの!
 勇者以外にもそんな事できる人物が現れるなんて快挙だわ!守り続けてきた甲斐があった!」

エールとダヤンが一時的とはいえ聖剣の力を借りられたことは、彼女にとって確かな希望になったのだ。

>「……何だか、『聖剣』が二人を選んだ理由が分かった気がするよ。
 ダヤン殿とエール殿は私の身を案じて助けに来てくれたのだ。ただの他人の私を……。
 その優しい心に聖剣もきっと心打たれたのだろう。そんな気がする」

「ウォドレーにゃん……その大怪我なのにエールが流された時
迷わず助けに行ってくれてたの、見えたにゃ。流石騎士にゃ!
何かすぐ治る方法があればいいんにゃけど……」

>「……一時的、というのは変わらないみたいだけどね。でも私は嬉しいわ。
 だってこの湖で聖剣を守る意味がちゃんとあったってことなんだもの」
>「私の『本体』の外へ続くゲートを開けたわ。三人はここから無限迷宮に戻りなさい。
 あっ、口とかお尻から出す訳じゃないから大丈夫。転移魔法で移動する感じのヤツだから」

湖の乙女が光のゲートが出現させる。
闇人格を倒したことで権能が戻り、ゲートも自由に開けるようになったということだろう。

>「三人ともお元気で!私は聖剣の持ち主が現れるまで、またここで待ち続けるわ!
 いつまでもね!だから忘れないわ!貴女達みたいな人がいたってことーっ!」

「ありがとにゃん! 聖剣の持ち主……きっと現れるにゃ!」

一瞬の浮遊感の後、気付けば3人はローレライの砂浜にいた。

>「依頼は失敗だったな……湖の主は退治すべき対象ではなかった。
 それに、もう人を襲うこともない。依頼主にはそう報告するとしよう」

>「あの……良かったんですか?ウォドレーさんは聖剣が欲しかったんじゃ?」

>「うん……まぁそうなんだが、まぁいいのさ。私のような物欲だらけの騎士を認めてはくれんだろうしな。
 力で奪うほど私は強引じゃない。それに、この無限迷宮にはまだまだ眠っている名剣がある。
 足の怪我を治したらそいつを探しに行くよ。私の冒険も終わったわけじゃないのさ」

「名剣集めの旅……かっこいいにゃ〜……にゃにゃ!?」

496 :ダヤン:2021/08/15(日) 17:23:59.51 ID:rXiv7wP3.net
緩い空気で話していたダヤンだったが、上空から何者かが降りてくるのに気づき警戒態勢に入る。

>「また君達か。関わるなと言ったはずだが。
 ところで……この湖にあるはずの『闇の欠片』の反応が消えた。
 ……何があったんだ?君達が壊したのか。通常手段では破壊不能のはずだが」

>「貴方は……2階で会った……!」

「いろいろ聞きたいのはこっちだにゃ」

>「質問に答えてくれ。それを確認しにきたんだ。とても重要なことだ」

>「『闇の欠片』はこの湖に眠る伝説の聖剣が浄化してくれました。
 もう跡形も残っていません。……これで良いですか?」

現時点では、この男の目的も敵なのか味方なのかも全く分からないので、どう反応するか全くの未知数。
最悪の場合、「やはり君達は泳がせておいたら危険だ」とか何とか言って襲い掛かってくる展開すらあり得る。
ダヤンはドキドキしながら男の反応を待った。

>「誰かを助けたいという純粋で清らかな想い……か。
 だが君達は聖剣を持っていない。ならば一時的なもの……ということか」

ひとまず納得してくれたようなので胸をなでおろす。
と、男はおもむろにウォドレーの足に手を触れた。

「にゃにゃ!?」

>「足は第二の心臓だ。冒険者とはいえ無理はしないことだな。
 ……少しリハビリすればすぐ歩けるようになる。以後は気をつけるといい」

治癒魔法を使ったと思われる。
それも、即全回復まではいかないものの、それに近い程の効果があるなら、かなり高位の治癒魔法だろう。

>「待ってください!貴方は……何者なんですか!?」

>「……私の名前はアスクレピオス。でもあまり言いふらさないでくれ。
 君達はなんだかそそっかしい……放ってはおけないから名乗っただけだ。
 『闇の欠片』絡みで何かあったら私の名を使え。相手次第では命を拾えるかもしれない」

「いろいろ聞きたいこと満載だけどとりあえずありがとにゃー!」

ダヤンが言い終わらないううちに、アスクレピアスと名乗った男は姿を消した。

>「……何者なんだろう……悪い人じゃないのかな」

「……悪い人じゃにゃいどころかかなりいい人感滲み出てにゃかった!?」

といっても相変わらず素性不明の正体不明には変わりはないのだが
黒幕疑惑寄りの正体不明だったのが、訳アリいい人っぽい正体不明に一気に昇格した。
いい人感を出して油断させる作戦、という可能性ももちろんあり得るのだが、ダヤンは単純なのだ。

>「……考えても仕方ないか。もう無関係とはいえないけど……。
 くよくよ悩んでも仕方ないよね、ダヤン。それより今日の晩ご飯の方が重要だよ!」
>「後はどうする?今ならポータルも2階以外に繋がってると思うけど……。
 もう夜だし宿屋で休む?私は元気だからどっちでも大丈夫だよ」

497 :ダヤン:2021/08/15(日) 17:27:03.23 ID:rXiv7wP3.net
大魚に食べられて激流に流されたり聖剣をぶん回したりしたにも拘わらず元気とは、流石のバイタリティだ。
やはり、今回は自分達で闇の欠片に打ち勝てたのが大きいのだろう。

「転移したら転移先が街の近くとは限らないにゃ。今日の晩御飯のためにもいったん宿屋に帰るにゃ」

宿屋に帰ると、たむろっている冒険者達が謎の盛り上がりを見せた。

「よっしゃあああああ! 俺の独り勝ち!」

「嘘だろ……!? 生きて帰ってきやがった!」

どうやら、不謹慎にもウォドレーが生きて帰ってくるかで賭けをしていたようだ。

「晩飯まだなんだろ? 奢らせてくれよ」

大金を手に入れ気をよくした賭けに勝った冒険者が寄ってきた。
生きて帰ってくる方に賭けてくれていたのでそこまで悪い気はしない。
お言葉に甘えて奢ってもらうことにした。

「それで聖剣は見つかったのか? ……いや冗談だ。生きて帰ってきただけでもすげーよ。
勝ってきたってことはまさか湖の主は退治できたのか!?」

「信じられないかもしれないが見つけた。確かにこの目で見た。
しかし私などに手の届くものではなかったのだよ。
湖の主は……もう人を襲うことはないだろう。
来ぬ勇者を待ち続ける湖の主の絶望を払ってくれたからな……この二人が」

「買いかぶりすぎだにゃ。騎士ウォドレーの勇気が湖の主の怒りを鎮めたんだにゃん」

ダヤンはそう言ってウォドレーに悪戯っぽくウィンクした。

「剣マニアなら湖の聖剣は”五聖剣”の一つってのは知ってるよな?
湖の聖剣の他にもこの迷宮に来てるのがあるみたいだぜ?
……おっと、お代ならもうたんまり頂いてるから心配無用……」

「いや、いいんだ。聞いたらつい行きたくなってしまうだろう?
意思を持つ聖剣は私には荷が勝ちすぎる」

どうやら男は情報屋でもあったらしく、賭けに勝たせてくれたお礼に
ウォドレーに他の聖剣の情報を教えようとしていたが、やんわり断られていた。

「それじゃあ代わりに、ちょっとだけ情報いいかにゃ?
オイラ達湖沿いのポータルから少し歩いて来たけど、もっと近いポータルはあるかにゃ?」

次の日――二人は街のはずれに来ていた。
普通なら入らないであろう茂みの中に分け入っていくと、昨日教えてもらったポータルが確かにあった。
街の中にポータルがあっても別に何も不思議は無いのだが、なんだか新鮮である。

「おおっ、本当にあったにゃ〜、灯台もと暗しだにゃー」

こうして二人はポータルへ――次のステージへと飛び込んだ。

498 :エール :2021/08/17(火) 00:39:37.71 ID:mmfmasVn.net
>「転移したら転移先が街の近くとは限らないにゃ。今日の晩御飯のためにもいったん宿屋に帰るにゃ」

「それもそうだね……よし、宿屋へ戻ろう!」

エールは方向転換すると、町の方角へと歩き出した。
宿屋へ帰ると待ち受けていたのは同業者たちの歓声だった。
ウォドレーが生きて帰ってくるかどうかで賭けをしていたらしい。
賭けは情報屋らしい冒険者のひとり勝ちらしく、気を良くしてこう言った。

>「晩飯まだなんだろ? 奢らせてくれよ」

「えっ!いいんですかぁ!?えへへ……じゃあお言葉に甘えて」

他人のお金で食べるはご飯は美味しい。とても美味しいです。
エールは食堂で夢中になってタダ飯にありついた。
料理はフルコース料理だったがエールの皿だけ尋常ではない速さで消えていく。

皆は『五聖剣』と呼ばれる、あらゆる世界に散らばる五つしかない聖剣の話をしていた。
だが――エールだけは奢りを良いことに食欲を満たすことに熱中していたのだった。
気がついたら話はポータルの場所に変わっていた。

>「それじゃあ代わりに、ちょっとだけ情報いいかにゃ?
>オイラ達湖沿いのポータルから少し歩いて来たけど、もっと近いポータルはあるかにゃ?」

町の外に出るということは魔物と遭遇するリスクを背負うということ。
少しでも快適な旅をしたいと考えるなら、ダヤンの質問ももっともだろう。
エール達はローレライに着いて町中や周辺を散策したわけではないので地理に疎い。

次の日、町の一角、とある茂みを分け入っていくと教えてもらった通りポータルがあった。
まさか町中にポータルが存在しているとは。石造りの社を眺めて心の準備を整える。

>「おおっ、本当にあったにゃ〜、灯台もと暗しだにゃー」

ダヤンと共にポータルの中へ飛び込み、次の階層へと転移する。
待ち受けているのは如何なる階層か。二人は次のステージへと足を踏み入れる。

499 :エール :2021/08/17(火) 00:45:48.52 ID:clGmXVnz.net
――――――…………。

浮遊感が消えて地面に着地すると、エールは社からそろそろと出た。
周囲には見渡す限り墓が並んでいる。遠目にはうっすらと町が見えていた。
懐から地図を取り出すと似た地形が無いかページを捲りながら照らし合わせる。

「5階の墓場エリア……みたいだね」

遠目に見えている町がこの階の拠点、鎮魂の町ネクログラードである。
この階は志半ばにして亡くなった冒険者や死んだ流浪の民を弔う場所だとされている。
だが未練を残した死者の魂や、土葬された死体が瘴気の影響で魔物と化すようになり――。

「きゃぁぁぁぁっ!!ゆ、ゆ、幽霊っ!?」

――死霊系およびアンデッド系魔物の棲家となってしまった。
エールは墓のひとつからすぅっと現れた、宙を漂う半透明の人間を見て腰を抜かした。
死霊系魔物のゴーストだ。戦闘力は低いが実体がないので倒す手段も限られる。
祈りを捧げて成仏してもらうかそれこそ『聖水』をぶっかけたり僧侶の力に頼らねばなるまい。

「町まで走ろう!オバケは倒せないもん!」

エールは立ち上がるとダヤンの手を掴んで問答無用でダッシュする。
墓という墓から雨後のタケノコのごとく姿を現すゴースト達を見て絶叫する。
見た目から察するに、その大半は無念の死を遂げた冒険者といったところだろう。

「…………!!!!…………!!!!」

ゴーストは何かを喋っているようだが何を言っているかまるで分からない。
分かるのはとにかく生きている冒険者が妬ましくて仕方ないということ。
時には腕に、時には足にしがみついて邪魔しようと半透明の手を伸ばしてくる。

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

さらに驚きの声を上げると、急ブレーキして魔導砲をぶっ放した。
墓から這い出てきた数体の骸骨、いわゆるスケルトンが行く手を阻んだからだ。
プラズマ弾はスケルトンの一体の胸骨あたりに命中して上半身を吹き飛ばす。
いや、正確に表現すれば『自分からわざと弾けた』というのが近いか。

バラバラになった上半身の骨がひとつひとつ、丁寧に組み合わさっていく。
十秒もせぬうちにスケルトンの身体は復活して骨を鳴らしながら再び立ち上がる。
そう、粉々に砕きでもしない限りスケルトンなどのアンデッドは魔力ある限り復活してしまうのだ。

「ど、どうしよう。どうすればいいのっ!?」

スケルトンはアンデッドなだけあって耐久力は高いがそれほど強い魔物じゃない。
逃げるだけなら手段はいくらでもある。だがエールはオバケとの戦闘という未経験の領域に驚き焦っていた。


【舞台は5階の墓場エリアに移ります】
【ゴースト&スケルトンに襲われエールは動揺しまくる】

500 :ダヤン:2021/08/20(金) 20:40:01.97 ID:sEwwQO29.net
到着した場所は、一面に墓が並んでいた。

「いきなり墓場にゃ!?」

>「5階の墓場エリア……みたいだね」

>「きゃぁぁぁぁっ!!ゆ、ゆ、幽霊っ!?」
>「町まで走ろう!オバケは倒せないもん!」

実体のないゴーストには通常の物理攻撃はほぼ効かず、魔法に頼るしかない。
倒すには僧侶や対アンデッドに特化した退魔師が弱点を突くか、
そうでなければ強力な魔法でゴリ押しするかのどちらかになる。
エールに手を掴まれ、猛スピードでダッシュする。
まるで人が通るのを待ち構えていたかのように、墓から次々とゴースト達が姿を現す。

>「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

エールが絶叫しながら魔導砲をぶっ放すが、十秒もしないうちに元に戻ってしまった。
しかしこれは裏を返せば、十秒弱は時間が稼げるということでもある。

>「ど、どうしよう。どうすればいいのっ!?」

「目を瞑るにゃ! フラッシュ・ボム!」

一瞬、強烈な閃光が炸裂し、アンデッド達が暫しひるむ。
何の変哲もない目くらまし用の閃光魔法だが、お化けは夜に出るというイメージに違わず強い光は苦手だ。

「今のうちにゃー!」

今度はダヤンがエールの手を引いて駆ける。

「追いつかれそうになったらさっきみたいに魔導砲を撃つにゃ。
少しは時間が稼げるにゃ……!」

向こうに見えている街まで逃げ込めば、とりあえずの安全は確保されるだろう。
そうして街の目前まできたときだった。

「もう一息にゃ!」

地面に散らばる骨達が、今までとは違う動きを見せる。

「……またスケルトンの群れにゃ? いや……」

骨達は見慣れた(?)人型の群れにはならずに猛スピードで一つに組み合わさっていき、巨大なドラゴンのような形になった。

「キシャァアアアアアアアアア!!」

骨ドラゴンはどこから発せられているのかは分からない咆哮をあげ、巨大な前足を振り上げ襲い掛かってきた。
いきなりのピンチだ!

501 :エール :2021/08/21(土) 20:57:38.90 ID:CBW2MAGI.net
>「目を瞑るにゃ! フラッシュ・ボム!」

目の前のスケルトン相手にまごついていると、ダヤンがフラッシュを焚いた。
強烈な閃光に怯んだ様子を見せたので今の内とばかりに道を駆け抜ける。

>「追いつかれそうになったらさっきみたいに魔導砲を撃つにゃ。
>少しは時間が稼げるにゃ……!」

エールは怖いので追ってくるスケルトン目掛けて片端からプラズマ弾を投射する。
そのせいで周囲には人骨が散乱する、別の意味で恐ろしい光景が出来上がっていた。
あと一息で町に着くというところでその散乱する人骨の動きが変わる。

>「……またスケルトンの群れにゃ? いや……」

ただ復活するのではなく、スケルトン達は自らの骨をもって新たな姿を構築していく。
雄々しく広がる一対の巨翼。全てを噛み砕く鋭利な牙。太く強靭な四肢。
その姿はまるで――。

>「キシャァアアアアアアアアア!!」

――骨で組み上げられた竜そのもの。
咆哮を発しながら前足を振り上げ攻撃を仕掛けてくる。
エールは咄嗟に後方へ跳躍して攻撃を避けると、魔導砲を構え直して狙いをつける。

正直なところ、竜の姿を模ったのはありがたかった。
能力的にはスケルトン以上なのだろうが、今の姿はオバケの神秘性が薄れたところがある。
アンデッドとしての特性が無くなった訳ではないだろう。しかしエールの中の恐怖心は消えつつあった。

「骨の塊なら"これ"は弱点のはずだよ……!」

魔導砲の投射できる魔法のひとつ、火炎放射を勢いよく放つ。
筒先が文字通り火を吹くと骨の竜は避けようとしたがでかい図体だ。
瞬く間に右前足に燃え移り、苦しんでいるような怒っているような咆哮を発する。

エールは単純に火葬の連想ゲームでこの攻撃法を選んだが、結果的には当たっている。
灰になって燃え尽きればさしものスケルトンでも復活は困難だ。

502 :エール :2021/08/21(土) 21:00:05.92 ID:CBW2MAGI.net
右前足が燃え尽きて、バランスを失った骨の竜はその場に倒れ込む。
エールは好機と判断して振り返り、町まで走り出す。
もう町まで目前だ。完全に倒すまで戦う必要もあるまい。

「おおい!あんたら、こっちだ!早く逃げ込めー!」

町の方角から呼ぶ声がする。
よく見れば町の見張り台から手を振っている人がいるではないか。
おそらくはこの階を拠点に活動している冒険者といったところだろう。

「町は教会の僧侶が張った結界で守られてる!
 魔物はここまで入って来れねぇから安全だ!急げー!」

「あ、ありがとうございまぁす!ダヤン、急ごう。町までもうすぐだよ!」

エールは町の冒険者に手を振り返すと、逃げ足を早めた。
全力疾走だ。だが徐々にエール達を巨大な影が覆っていく。
その『影』の正体はエール達の遥か上空にいる存在のものだ。
巨大な骨でできた翼を羽ばたかせ、空を舞う骨の竜こそがその正体。

「ええっ!あんな骨の翼で飛べるの……!?飾りだと思ってた……!」

喉もないのに咆哮できるのだから構造的に納得がいかないのは今更だが……。
恐らくは骨の翼で飛んでいるというよりは魔法の力で飛行していると考えるべきだ。
骨の竜になったことで魔力も合体した個体の合算値になっているのだろう。
であれば飛翔魔法の類が使えてもおかしくはない。

「ということは……!」

エールは反転して魔導砲を構えると、魔力の充填を開始する。
やや遅れて、骨の竜の口部に魔法陣が浮かび魔力が溜められていく。
――骨の竜が姿を模っただけでないなら、竜固有の技を使ってくるのは予想できる。
エールはそれを見越して『ハイペリオンバスター』の発射準備に入ったのだ。

「真っ向勝負だよ!相手にとって不足なし!!」

魔導砲の筒先から荷電粒子砲が放たれると同時、骨の竜の口部からも光線が放たれる。
竜の固有能力、『竜の吐息(ドラゴンブレス)』を模したものだろう。
眩いふたつの光が激突して拮抗している。

いや、骨の竜がやや有利か。エールの方が押し負けてしまいそうだ。
なぜなら――敵は周囲の墓場に眠る死霊達から少しずつ魔力を受け取っていたからだ。
さしもの本物の竜鱗さえ穿つ銃士の必殺技でも多勢に無勢だった。


【骨の竜の右前足を火炎放射で焼き尽くす】
【ハイペリオンバスターと骨の竜の光線が激突。押し負けそう】

503 :ダヤン:2021/08/23(月) 20:52:17.73 ID:1ejJnQWZ.net
>「骨の塊なら"これ"は弱点のはずだよ……!」

敵がパワーアップしてピンチになったはずが
逆に威勢がよくなったように見えるエールが火炎放射を放つ。
炎は聖属性に次ぐアンデッドの弱点属性だ。
骨の竜は右足を焼き尽くされ倒れ込んだ。

>「おおい!あんたら、こっちだ!早く逃げ込めー!」
>「町は教会の僧侶が張った結界で守られてる!
 魔物はここまで入って来れねぇから安全だ!急げー!」

>「あ、ありがとうございまぁす!ダヤン、急ごう。町までもうすぐだよ!」

町に向かって全速力で走る。このまま行けば逃げ込めるかと思われたが……
辺りが巨大な影で覆われていく。

「にゃ!?」

>「ええっ!あんな骨の翼で飛べるの……!?飾りだと思ってた……!」
>「ということは……!」

「遠距離攻撃は任せたにゃ!」

ダヤンにはこれだけ離れた距離の攻撃手段はない。
エールの砲撃ならば、倒すまではいかなくとも
少なくともスケルトンにやったように時間を稼ぐことはできるだろう。

>「真っ向勝負だよ!相手にとって不足なし!!」

しかし骨の竜も、黙って攻撃を受けてくれるわけはなく。
ハイペリオンバスターを迎撃するように、『竜の吐息(ドラゴンブレス)』が放たれる。
眩い二つの光が激突する。

「所詮竜を模しただけの仮初の力……きっとすぐ魔力切れになるはずにゃ!」

これだけの巨大な竜の形を保ち、統制を取るだけでも莫大な魔力を消費するはず。
ゆえに、強力な攻撃は長くは続かないと考えたのだ。
が、その予想は外れ思いのほか持ち堪えている。
それどころかエールの方が押し負けてしまいそうだ。

「アイツ……無尽蔵にゃ!? いや……」

よく見ると周囲から骨のドラゴンに黒いもやのようなものが吸収されている。

504 :ダヤン:2021/08/23(月) 20:53:54.79 ID:1ejJnQWZ.net
「フラッシュボム・エクスプロージョン!」

周囲のあらゆる方面で閃光が炸裂する。フラッシュボムの全方位版だ。
幸い狙いは当たり、周囲からの魔力の供給が一時絶たれ、ようやくドラゴンブレスが収束していく。
ほぼ同時、エールのハイペリオンバスターの方も魔力切れで途絶えた。
間一髪で消し飛んでいたということらしい。
首の皮は繋がったものの、相変わらずピンチには違いない。
どころか、エールの魔力が無くなったのみならず、ダヤンも今のでかなりの魔力を消費してしまった。
圧倒的不利である。

「とりあえず……逃げるにゃああああああああ!」

逃げたところで次にドラゴンブレスを放たれれば万事休す。
そう思われたが、轟音と共に骨の竜の頭部が吹き飛んだ。大砲の類が撃ち込まれたようだ。

「何とか間に合ったが連射はできねえ! 復活する前に逃げ込むんだ!」

先ほどよりも少し近くなった見張り台から声。
エールがハイペリオンバスターで攻防している間に発射準備が間に合ったのだろう、
町の防衛用の大砲で砲撃してくれたらしい。

「恩に着るにゃあ!」

町に向かって必死に走ると、結界の境目がうっすら光の壁のように見えている。

「にゃん!!」

二人はその中に、文字通り転がり込んだ。

505 :エール :2021/08/30(月) 22:10:45.49 ID:TBHsgiIR.net
『ハイペリオンバスター』と骨の竜の光線の激突が終了する。
エールは魔力を使い切った疲労で片膝をつきかけた。

>「とりあえず……逃げるにゃああああああああ!」

情けない話だが、やれる事もなくなった以上は逃げるしかない。
よろよろと町へ向かって駆けだすと、轟くような音が周囲に響いた。
二人の援護射撃のために町の防衛用の大砲が発射されたらしい。
砲弾は骨の竜の頭部を見事に撃ち抜いた。

>「恩に着るにゃあ!」

張られている結界が目視できるまで町に近づく。
エールはその中に入る瞬間に疲労で躓き、ごろごろと転がりこんだ。
後ろを振り返ると頭部を失った骨の竜は何もできずに彷徨っている。

「よかった、助かった……」

「災難だったな。ようこそ鎮魂の町ネクログラードへ!
 いまこの町はちっと危ない状況でな……酒場へ来な、そこで説明してやるよ」

見張り台からおっさんの冒険者が滑り降りてくる。
たしかに町の外はあまりにもデンジャラスな状況だ。
命からがら逃げてきたのはいいが、これでは他の階へ移動できない。

酒場に着くと、片隅のテーブル席に座る。すると飲み物が運ばれてくる。
おっさんは昼間にも関わらず酒を注文したようだが、エールはまだ未成年。
いや、実はちょっと飲んだことあるが、味が苦いから好きじゃない。

「あいよ、メロンクリームソーダ」

気の利く店のマスターがジュースにしてくれたようだ。
そうして準備が整ったところでいよいよおっさんが口を開いた。

「この5階は昔からアンデッドや死霊の棲家だったんだが、
 近年低階層に見合わない強さの個体が現れ始めてな……ずっとこんな調子さ」

酒を一口飲むと、一息ついた様子でおっさんが尋ねてくる。

「お嬢ちゃん達は何しにこの階まで?何か探してるのかい」

「9階にいる姉を探してるんです。4階から転移してここに来ました」

506 :エール :2021/08/30(月) 22:12:05.73 ID:TBHsgiIR.net
この階に長居するのは危険だと察したエールは単刀直入に質問する。

「あの……この町にはポータルってあるんですか?」

「残念だがないな。外には幾つかあるんだが。移動するなら町を出るしかない」

「そんなぁ……」

落ち込むエールを励ますように話を続ける。

「まぁそう落ち込むなよ。今依頼を受けた冒険者達が原因を探ってるところさ。
 それに……こいつは眉唾だが、町の地下墓地にもポータルがあるって聞いたことがある。
 ただそこには女の死霊術師(ネクロマンサー)が住んでいて、何か怪しい研究をしてるって噂だ……」

まぁ無理をせず待つ方が得策だがな、とおっさんは締めくくった。
確かにそうかもしれない。だがそんなに待っていられない事情がある。
いくら9階に姉がいたからといって、いつまでも留まっているとは限らない。
つまりこの階に長く滞在することは現実的ではないと言えるのだ。

「ダヤン……どうする?魔力切れだし今日はもう休んだ方が良いと思うけれど……」

問題は明日以降の予定だ。
危険を承知で元来た道を戻るか。だがまたあの骨の竜に襲われるのは確実だ。
はたまた、おっさんの情報を信じて町の地下墓地を探索してみるか。
いずれにせよ危ない橋を渡ることになるだろう。


【鎮魂の町ネクログラードに到着する】
【見張り台にいたおっさんから話を聞く】

507 :ダヤン:2021/09/06(月) 20:59:29.06 ID:f1+J8hYv.net
>「よかった、助かった……」

>「災難だったな。ようこそ鎮魂の町ネクログラードへ!
 いまこの町はちっと危ない状況でな……酒場へ来な、そこで説明してやるよ」

見張りのおっさんが酒場へ案内してくれた。

>「あいよ、メロンクリームソーダ」

「ありがとにゃ」

メロンクリームソーダが二つ運ばれてくる。
この世界では子どもが平然と酒を飲んでいることもよくあるが、ここは品行方正な酒場のようだ。

>「この5階は昔からアンデッドや死霊の棲家だったんだが、
 近年低階層に見合わない強さの個体が現れ始めてな……ずっとこんな調子さ」

「通る階通る階最近治安が悪いみたいで……。この階もにゃんだね……」

>「お嬢ちゃん達は何しにこの階まで?何か探してるのかい」

>「9階にいる姉を探してるんです。4階から転移してここに来ました」
>「あの……この町にはポータルってあるんですか?」

>「残念だがないな。外には幾つかあるんだが。移動するなら町を出るしかない」

>「そんなぁ……」

「ちょっと外に出るのは現実的じゃないにゃ……」

一歩間違えれば今頃骨ドラゴンの餌食だっただろう。
今になって冷静に考えればどう考えても最初に幽霊に襲われた時に元のポータルに逃げ帰るのが正解だったと思われたが、
焦ったあまりつい遠目に見えている街を目指して突っ走ってしまったのだ。

>「まぁそう落ち込むなよ。今依頼を受けた冒険者達が原因を探ってるところさ。
 それに……こいつは眉唾だが、町の地下墓地にもポータルがあるって聞いたことがある。
 ただそこには女の死霊術師(ネクロマンサー)が住んでいて、何か怪しい研究をしてるって噂だ……」

>「ダヤン……どうする?魔力切れだし今日はもう休んだ方が良いと思うけれど……」

「うにゃ。とりあえず部屋をとるにゃ」

508 :ダヤン:2021/09/06(月) 21:00:34.13 ID:f1+J8hYv.net
夜――それぞれのベッドに腰かけて今後の方針を話す。

「すぐ原因が分かる保証もないし原因が分かっても解決できる保証もにゃい。
それに、同じ場所に留まってポータルが目的地に繋がるのを待つよりも
少しでも次の階層に進んでいった方が早く着く場合が多いってマスターが言ってたにゃ」

これは、ポータルの繋がる先はランダムといえども近くの階層に繋がりやすいことに由来する。
もし階が戻ったり、目的地を通り過ぎてあまりに遠くに飛んでしまった時にはいったん元の階に戻って
ポータルの接続先が切り替わるまで待てばいい。
この方法で、かかる時間はかなりランダムではあるものの地道に目的の階層を目指すことは可能だ。

「かといって外はいやにゃからとりあえず地下墓地を覗いてみるにゃ……?
仮に死霊術士が住んでても別に襲い掛かってくるとも限らにゃいし危なそうだったらすぐ逃げ帰ればいいにゃ」

次の日。二人はおっさんに教えてもらった地下墓地へと続く階段を降りていく。
中はそのままだと真っ暗なので、魔法の明かりを頼りに進んでいく。

「町の地下墓地ってこの町の人達が使う地下墓地ってことにゃよね……?
まさか外みたいにアンデッドがうようよなんてことは無いとは思うにゃけど……
警戒は怠らずにいくにゃ」

等と言いながらすすんでいくと、明かりの魔法の範囲外の暗がりからガサッと音がした。
慌てて目を凝らすと……

「ニャー」

猫が猫が目撃したらしく、お決まりの台詞を言った。

「にゃんだ、猫か……。黒猫っぽかったにゃ」

なんとなく猫のいたあたりを見てみると、地面に紙切れが落ちている。

「あっ、にゃんか書いてある……。なににゃに、『命が惜しければ引き返せ』……
……うにゃぁああああああ!? さっきの猫、使い魔だったにゃぁあああああ!?」

黒猫は魔法使いの使い魔としては一般的である。
死霊術士も魔法使いの一種であることを考えれば、黒猫を使い魔している者がいても不思議はないだろう。
生きている猫なのか死んでいる猫なのかは定かではないが。
進むべきか退くべきか。ダヤンはとりあえずエールに相談した。

「どうするにゃ? 歓迎されてにゃいみたいにゃ……」

509 :ダヤン:2021/09/06(月) 23:33:50.27 ID:f1+J8hYv.net
【ありゃりゃ、「猫が猫が目撃」ってなんだにゃ〜。正しくは「猫が猫を目撃」だにゃ】

510 :エール :2021/09/08(水) 22:20:32.68 ID:iNWlkt+K.net
地下墓地を探索して見る方針で意見が固まった二人は、翌日、町の地下へ続く階段を降る。
魔法の明かりで周囲を照らしながら注意深く地下墓地を進んでいく。

>「町の地下墓地ってこの町の人達が使う地下墓地ってことにゃよね……?
>まさか外みたいにアンデッドがうようよなんてことは無いとは思うにゃけど……
>警戒は怠らずにいくにゃ」

スケルトンのような魔物はおおむね人間などの死体が瘴気の影響でアンデッド化すると言われている。
ただ、この町には結界が張られているので通常は瘴気もシャットアウトしているはずだ。
なので意図的にアンデッドを生み出しでもしないかぎり、魔物は現れないと考えられる。
だからおかしいのだ。闇に紛れてうっすらと瘴気が漂っているのは。

>「ニャー」

そうして思案しているうちにふと黒猫が横切っていった。
エールは魔物かと思って警戒したので緊張がゆるむ。

>「あっ、にゃんか書いてある……。なににゃに、『命が惜しければ引き返せ』……
>……うにゃぁああああああ!? さっきの猫、使い魔だったにゃぁあああああ!?」

黒猫はただの猫ではなく使い魔だったようだ。
情報にあった「怪しい研究をしている死霊術師」の仕業だろう。
撤退という選択肢を与えてくれるだけまだ優しい人物かもしれない。

>「どうするにゃ? 歓迎されてにゃいみたいにゃ……」

「そうだね……でもこの地下墓地、何かおかしいよ。町の中なのに瘴気が漂ってる。
 もしかしたら町の外で強いアンデッドが現れていることと関係してるのかも……」

だとすればなおさら一度引き返すべきだとエールは言いながら思った。
他の冒険者とパーティーを編成して大掛かりな探索を行った方がいい。
無理をして二人で挑む道理はない。

「……よし、一度引き返そう!」

元を正せばこの町に来たのもオバケ相手でパニックに陥っていたエールのせいだ。
冷静な思考をしていれば、ポータルに戻れば安全な4階に逃げられたものを。

まぁ恐ろしいほどに運が悪ければすでに転移先が変わっていて
更に状況の悪い場所に飛ばされる可能性も……あり得るといえばあり得る。
なにせ実際に転移してみなければ転移先が変わっているかどうかなんて分からない。

ともかく過ちを繰り返すわけにはいかない。
ここは臆病者と言われようとクレバーに撤退を選択すべきだ。

511 :エール :2021/09/08(水) 22:23:23.63 ID:iNWlkt+K.net
そうして戻ろうとすると、入り口から松明を持った屈強そうな冒険者の集団がやって来る。
見るからにこの低階層で入り浸っているとは思えない、歴戦のつわものと言った風貌の男達だ。

「よぉ、同業者さんか?」

大剣を背負った、髭面の男が一歩前に進み出てそう問われた。
エールはびっくりして思わず警戒しながらおずおずと返答した。

「あ……はい。銃士のエールと申します。彼は仲間のダヤンです」

「そうか……俺は冒険者協会のサイフォスだ。20階の『城砦エリア』から来た。
 この階を取り仕切っている拠点のリーダーの依頼でな。
 えらく強い魔物が出現するって聞いて原因を調査しに来たのさ」

「冒険者協会……?って何ですか?」

聞き慣れない単語にエールは目を丸くすると、
サイフォスとその仲間たちは愉快そうに笑い始めた。

「ああ、すまんすまん。まぁ、この辺じゃ聞き慣れないか。
 平たく言えば無限迷宮を攻略するために結成された冒険者のギルドのことさ。
 こうやって魔物退治のために他の階に冒険者を派遣することもある」

言葉を一度切ってサイフォスは話を続ける。

「この地下墓地から最近瘴気が漏れてるって噂を聞いて調査に来た。
 で、お嬢さんたちは何をしにこんなところにいるのかな?」

エールは姉を探して9階を目指していること、ここにポータルがある噂を聞いて来たことを話す。
髭を撫でつけながらサイフォスは話を聞き終えて、こう口を開いた。

「なるほどなぁ。だったら俺達と一緒に来るかい?
 俺達は一度行った階に転移できるアイテムを持っていてな。
 ここの調査を手伝ってくれたら9階まで連れて行ってあげてもいい」

サイフォスが懐から取り出したのは、てのひらサイズの光を発する鉱物質の球体だった。
『ポータルストーン』と呼ばれる無限迷宮の一部で手に入る貴重なアイテムだ。
魔法の術式で刻んだ座標に転移ができるという優れた品である。

512 :エール :2021/09/08(水) 22:25:42.66 ID:iNWlkt+K.net
サイフォスの提案にエールは飛びついた。

「い……いいんですか!?」

「ああ。この地下墓地は入り組んでいるみたいでな。人手が欲しかったんだ」

でも、とエールは黒猫の件とここで謎の研究をしている死霊術師のことも伝えた。
だがそんなことで動じる冒険者協会ではない。
彼らは常に虎穴に入らずんば虎子を得ずというスタンスだ。

「そういう忠告が逆に匂うんだよなぁ。
 その死霊術師の研究が魔物に影響を与えてる可能性もある」

「行きましょうサイフォスさん。時間が惜しいです」

「それもそうだな。ちょっくら探索と洒落込もうじゃねぇか」

僧侶の風体をした男に催促されてサイフォス達は先へ進んでいく。
エールはちょっと迷ったが、このまま逃げ帰ったところでやる事は何もない。
二人だけの時とは状況が違う。今は彼らについて行くべき……と考えた。

「さっきは引き返そうって言ったけれど、サイフォスさん達について行こう。
 20階から来たってことはかなりの実力者……なんとかなるかもしれないよ!」

そう楽天的に思考してエールはサイフォス達の後を追いかけていく。
松明の光で周囲を照らしながら進んでいくと周囲から声が響いてきた。

「忠告を聞かぬ愚かな冒険者達よ……馬鹿につける薬はないわ。
 この地下墓地に眠る狂気に触れて存分に苦しんで死に絶えればいい!!」

「ひぇっ……女の人の声だ」

「怖がるなお嬢さん。相手の思うつぼにしかならん。
 皆、戦闘準備だ。おいでなすったようだぜ!」

サイフォスが背中の大剣を引き抜く。
暗闇の向こうから骨が軋む音を響かせながら骸骨の騎士達が姿を現す。
その後方にはローブを纏った魔法使いの骸骨――の姿。
スケルトンの上位個体、スケルトンナイトにスケルトンメイジ達だ。

埋葬品の剣と鎧で武装した骸骨に魔法を使う骸骨。その能力は生前の実力を強く受け継いでいる。
つまり……強さは個体にムラがあるものの、基本的に弱いスケルトンより厄介な相手ということだ。
さらにつけ加えておくと、町の外で出会った骨の竜のように合体されるリスクもある。
戦う時はその辺りを考慮しなければならないだろう。


【地下墓地にて20階からやってきた冒険者達と遭遇】
【調査を手伝ったら9階まで連れて行ってくれると言われ同行することに】

513 :ダヤン:2021/09/12(日) 22:41:21.45 ID:nhCgBh4R.net
>「そうだね……でもこの地下墓地、何かおかしいよ。町の中なのに瘴気が漂ってる。
 もしかしたら町の外で強いアンデッドが現れていることと関係してるのかも……」

「やっぱりそう思うにゃ……?」

もしそうだとしたら。
見張りのおっさんは、”依頼を受けた冒険者達が原因を探ってる”と言っていた。
その冒険者達が外を探索しているのだとしたら、今のままでは原因は一向に見つからないことになる。

>「……よし、一度引き返そう!」

「それがいいにゃね」

こうして入口近くまで戻ってきた二人だったが、
見るからに強そうな冒険者の集団が入ってきたところだった。

>「よぉ、同業者さんか?」
>「あ……はい。銃士のエールと申します。彼は仲間のダヤンです」
>「そうか……俺は冒険者協会のサイフォスだ。20階の『城砦エリア』から来た。
 この階を取り仕切っている拠点のリーダーの依頼でな。
 えらく強い魔物が出現するって聞いて原因を調査しに来たのさ」

「20階……! 随分遠くから来たんだにゃ〜」

>「冒険者協会……?って何ですか?」
>「ああ、すまんすまん。まぁ、この辺じゃ聞き慣れないか。
 平たく言えば無限迷宮を攻略するために結成された冒険者のギルドのことさ。
 こうやって魔物退治のために他の階に冒険者を派遣することもある」

冒険者協会といえば、言わば無限迷宮攻略の冒険者のエリート集団。
同じ冒険者でも、低階層に留まり依頼を受けて日銭を稼いでいる実質街の自警団とは格が違うのだ。

>「この地下墓地から最近瘴気が漏れてるって噂を聞いて調査に来た。
 で、お嬢さんたちは何をしにこんなところにいるのかな?」
>「なるほどなぁ。だったら俺達と一緒に来るかい?
 俺達は一度行った階に転移できるアイテムを持っていてな。
 ここの調査を手伝ってくれたら9階まで連れて行ってあげてもいい」

サイフォスは、光を発する鉱物質の球体をとりだした。

「まさかポータルストーン……!? 良かったにゃね、すぐ9階まで行けるにゃ!」

冒険者協会をはじめとして、いくつか所有している団体があると聞いてはいたが、見たのはこれがはじめてだ。
先ほどの黒猫と脅迫文のことを伝えるエール達だったが、それで怯むサイフォス達ではない。

>「そういう忠告が逆に匂うんだよなぁ。
 その死霊術師の研究が魔物に影響を与えてる可能性もある」
>「行きましょうサイフォスさん。時間が惜しいです」
>「それもそうだな。ちょっくら探索と洒落込もうじゃねぇか」

>「さっきは引き返そうって言ったけれど、サイフォスさん達について行こう。
 20階から来たってことはかなりの実力者……なんとかなるかもしれないよ!」

単純に人数だけでも二人だけとは大違いの上に、20階から来た実力者集団。
余程の事が無い限りは大丈夫だろう。ということで、同行する二人。

514 :ダヤン:2021/09/12(日) 22:42:47.45 ID:nhCgBh4R.net
>「忠告を聞かぬ愚かな冒険者達よ……馬鹿につける薬はないわ。
 この地下墓地に眠る狂気に触れて存分に苦しんで死に絶えればいい!!」

>「ひぇっ……女の人の声だ」

>「怖がるなお嬢さん。相手の思うつぼにしかならん。
 皆、戦闘準備だ。おいでなすったようだぜ!」

暗闇の中から骸骨の一個小隊が姿を現す。
スケルトンナイトにスケルトンメイジ――スケルトンの上位種だ。

「にゃにゃ!? 外にいたのより強いやつにゃ!?」

まず、最前列のスケルトンナイト達が突撃してくる。

「行くぞ者どもぉ!」

サイフォスが雄たけびをあげながら大剣を薙ぎ払い、最前列部隊を迎え撃つ。
その隙に、後ろのスケルトンメイジ達が一斉に詠唱を始めている。

「あ! まずいにゃ……」

とりあえずフラッシュボムでひるませようかと思うが、それより早く。

「ホーリィ・ライト!」

僧侶っぽい男の僧侶魔法が炸裂し、メイジ達の呪文詠唱が止まる。

「これは……聖なる光によって相手の行動を阻害する僧侶魔法!
のみならずアンデッド相手に使えばダメージを与えることもできるにゃ……!」

「ファイア・ボール!」

一方、第二波で突撃してきたスケルトンナイトの一団を迎え撃つのは、
とんがり帽子をかぶった典型的な魔術師っぽい女。
火炎球が炸裂し、倒すまではいかないものの見るからに黒こげ状態になるスケルトンナイト達。

「効いてる……効いてるにゃ!
一般的には聖属性じゃないと効かないと言われるアンデッドだが
魔力が高ければ火属性でゴリ押してダメージを与えることも可能ッ……!」

ダヤンは善戦するベテラン冒険者達の背景で、すっかり解説役と化していた。

515 :エール :2021/09/19(日) 22:00:58.59 ID:Ni2CBdVr.net
【ごめん!ちょっと忙しくて期限には間に合いそうにないです!】
【明日には投下できるからもうちょっとだけ猶予をください!すみません!】

516 :エール :2021/09/20(月) 18:56:40.35 ID:YJtn7Buh.net
サイフォスたち冒険者協会の練度は高く、いかにスケルトンの上位種であろうと敵ではなかった。
阿吽の呼吸で生み出されるコンビネーションで瞬く間にアンデッドたちを倒していく。
エールも魔導砲の『弾』のひとつである火炎放射で援護しようとしたが、その必要はなかった。

「……ざっとこんなもんか。周辺にはもう魔物はいねぇようだな。
 よーし皆、戦闘終了だ。お疲れでわるいが次は女死霊術師を見つけ出すとしよう!」

大剣を背に収めるとサイフォスたちは本格的に地下墓地の探索に移るようだった。
三人から四人一組に別れ、各々灯りを片手に周囲へと散っていく。
エールとダヤンはサイフォスと組むことになり、三人は地下墓地の奥へと進む。

パーティーの隊列は魔法で光を灯せるダヤンが前衛、
サイフォスが中衛(遊撃)、銃士のエールが後衛(援護)という順番だ。

「ところでお嬢ちゃん、姉さんはなんて名前なんだい?
 冒険者協会は顔が広いからもしかしたら俺も何か力になれるかもしれん」

髭面を気さくに動かしながらエールに問う。
エールは姉を慕っていたが、実のところカノンの冒険者としての顔はあまり知らない。
風のように気まぐれで長い間家から離れていたと思ったらひょっこり戻ってくる。そんな人だった。

「……名前はカノンです。カノン・ミストルテイン。
 冒険者になる前は銃士をしていました。すぐ辞めちゃったけど……」

エールはおずおずと答えると、サイフォスはびっくりして目を大きく見開いた。

「……もしかしてその人は"あの"熾天使のカノンか?
 光の翼を持ちて幾多の戦場に降り立ち、魔導砲の火で全てを清めるという……!」

「えっ……?お姉ちゃんにそんな二つ名があるんですか……?よく知らないですけど……」

「でも元銃士なんだろ?なら間違いねぇ……!外の世界じゃあとても有名な冒険者だ。
 たしかに、ちょいと昔に『無限迷宮』を攻略するためやってきたって噂を聞いたが……妹さんがいたとは!」

突然興奮した様子で捲し立てるサイフォスにエールは驚いたが、姉の良い評判を聞いて悪い気はしない。
もし銃士を辞めた時のように事あるごとにバックれて逃げ足のカノンとか呼ばれてたら普通にショックだ。
ともあれ姉はエールが思っていた以上にすごい冒険者として活躍しているようだ。
なにせ故郷は田舎なのでそういう情報もあまり入ってこない。

517 :エール :2021/09/20(月) 18:59:10.86 ID:YJtn7Buh.net
そうして地下墓地の深くへと進むたびに瘴気が濃くなっていく。
三人は開けた場所へ出たかと思うと、周囲に設置されたランプにひとつずつ灯が燈る。
待ち受けていたのは一人の女性だ。目には深い隈が刻まれており、顔色はどこか青ざめている。

「どこまでも私の努力を裏切る連中……嫌いだわ。忠告したし、おどかして追い払おうとしたのに。
 どうなっても知らないわよ……"こいつ"は私の言うことをきかないからね……」

女性の背後には濃い瘴気がまるで霧のように漂っている。
中に何かがいる。そう感じることはできるが、目で視ることは不可能だった。

「貴女が噂の死霊術師さん……!?ここで何の研究をしてるんですか?
 町の外では強力なアンデッドが次々と現れています。その事と何か関係が……!?」

「アクリーナよ……私の名前は。確かに関係してるわ。私はここでずっと死者蘇生の研究をしていた……。
 魔物化せず、完全に死ぬ以前の状態に蘇らせる方法を。冒険者の恋人を生き返らせたくてね……」

エールは背後の瘴気の濃霧で輝く三つの光を目にした。
それは何度も目にしたことがある、暗い闇の光。『闇の欠片』の光だ。

「この『無限迷宮』に挑んだきり帰らぬ人となって、私は必死に彼を探したわ。
 見つけた時にはこの階層で土葬されていた。必死で墓を掘り返したら骨になって朽ち果てていたの……」

つう、とアクリーナの頬に涙が伝った。
サイフォスは真顔で話を聞いていたが、エールは感情移入してしまっていた。
もし姉がそうなってしまっていたらどれだけ耐え難いことだろうと。

「……優しかったアンドレイ……貴方のためにも。研究を重ねたけれど失敗続きだった……。
 遺体が骨しかなかったのも致命的。完全な状態に戻すのははっきり言って不可能だった……不可能なのよ。
 どれだけ研究を続けてもあの人は帰ってこない。どう頑張っても!頑張っても!!骨の怪物にしかならないの!!!」

アクリーナの背後、瘴気の濃霧から現れたのは巨大なスケルトンの怪物。
骨の竜のように、他の骸骨を組み合わせて生まれたキマイラ。

「どれだけ頑張ってもアンドレイは魔物のスケルトンキングにしかならないのよ!!
 『闇の欠片』を使えば人格はある程度戻せる!でも精神汚染と魔物化は避けられなくなるわ!!
 欠片を増やすほど瘴気が増加して周囲にも悪影響が出るし!!完成しないパズル遊びをしている気分だわッ!!」

スケルトンキングを核とした怪物、スケルトンキマイラは腕を振り上げ三人を襲う。
サイフォスは「散開」のジェスチャーをダヤンとエールに送ると大剣を抜き放って回避行動に移った。

「やべぇなこれは……20メートル近くはあるうえに『闇の欠片』を三つも取り込んでやがる!
 ここはいったん撤退するしかないかもしれん。二人とも――――」

サイフォスが言い終わらないうちにスケルトンキマイラの腕が分解してスケルトンへと再構築される。
そのスケルトン達が逃げ道を塞いでしまう。これでは容易には逃げられない。


【地下墓地で研究をしている女死霊術師アクリーナと出会う】
【巨大な骸骨の魔物スケルトンキマイラに襲われて戦闘になる】

518 :ダヤン:2021/09/26(日) 20:38:39.20 ID:97Ju9Y8J.net
>「……ざっとこんなもんか。周辺にはもう魔物はいねぇようだな。
 よーし皆、戦闘終了だ。お疲れでわるいが次は女死霊術師を見つけ出すとしよう!」

手分けして探索することになり、二人はサイフォスと行くことになった。
もしも次に戦闘になったらいくらサイフォスが手練れとはいえ、この人数では流石に解説役というわけにはいかない。

>「ところでお嬢ちゃん、姉さんはなんて名前なんだい?
 冒険者協会は顔が広いからもしかしたら俺も何か力になれるかもしれん」

>「……名前はカノンです。カノン・ミストルテイン。
 冒険者になる前は銃士をしていました。すぐ辞めちゃったけど……」

>「……もしかしてその人は"あの"熾天使のカノンか?
 光の翼を持ちて幾多の戦場に降り立ち、魔導砲の火で全てを清めるという……!」

「すごいにゃー! かっこいいにゃー! 
“光の翼を持ちて”……。もしかしてお姉さん、飛行魔法が使えるのかにゃ?」

エールの姉の話題で盛り上がりつつ奥へと進んでいく。
盛り上がりつつも、奥へ進むほどに瘴気が濃くなっていくのには気付いている。
開けた場所へ出たかと思うと、周囲のランプにひとつずつ火が灯っていく。
そして、ついに死霊術士らしき女が姿を現した。

>「どこまでも私の努力を裏切る連中……嫌いだわ。忠告したし、おどかして追い払おうとしたのに。
 どうなっても知らないわよ……"こいつ"は私の言うことをきかないからね……」

「”こいつ”って……?」

女性の背後にある瘴気の中に何かがいるのだろう。
目を凝らしてみるも、何がいるのかは分からない。ただ、闇の欠片らしきものが見える。

>「貴女が噂の死霊術師さん……!?ここで何の研究をしてるんですか?
 町の外では強力なアンデッドが次々と現れています。その事と何か関係が……!?」

女性の名はアクリーナといい、死んだ恋人を生き返らせるためにここで研究を重ねていたらしい。
背後にいる何かは、その恋人の成れの果てのようだ。

>「どれだけ頑張ってもアンドレイは魔物のスケルトンキングにしかならないのよ!!
 『闇の欠片』を使えば人格はある程度戻せる!でも精神汚染と魔物化は避けられなくなるわ!!
 欠片を増やすほど瘴気が増加して周囲にも悪影響が出るし!!完成しないパズル遊びをしている気分だわッ!!」

大切な者を生き返らせたい一心で闇の欠片に手を出し、制御不能になってしまったようだ。
しかし、近付く者は脅して引き返らせようとし、周囲への被害も気にしている。
大抵このパターンは完全に正気を失って闇落ちしていることが多いが、彼女の場合はそうではないようだ。
が、このまま闇の欠片を使っての実験を続けていたら、そうなるのは時間の問題だったかもしれない。
アクリーナの恋人の成れの果て、巨大な骨の怪物――スケルトンキマイラが動き出す。

>「やべぇなこれは……20メートル近くはあるうえに『闇の欠片』を三つも取り込んでやがる!
 ここはいったん撤退するしかないかもしれん。二人とも――――」

519 :ダヤン:2021/09/26(日) 20:40:59.40 ID:97Ju9Y8J.net
サイフォスは身振りで散開を指示し、回避行動に移る。
一つでも十分過ぎるほど脅威なものが、三つ。
いくら今回はベテラン冒険者が一緒とはいえ、戦うのは無謀過ぎる。
しかし、スケルトンキマイラの腕から分離したスケルトン達が立ちはだかる。

「フラッシュボム! 今のうち……にゃあ!?」

フラッシュボムでひるませて退路を確保しようとするも、口から吐き出された業火の息で退路を塞がれる。
そんなことをしたら自らから分離したスケルトンも火に巻き込まれるが、多少はお構いなしらしい。
キマイラといえば火炎を吐くライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾が基本形だが、
このスケルトンキマイラも大体そんな感じの形のようだ。
といっても骨なので詳細は分からず、飽くまでもそんな感じだが。
ともあれ、入ってきた道は火が鎮火するまではしばらく通れそうにない。

「きゃぁあっ!?」

悲鳴が聞こえた方を見ると、なんとこの怪物を作り出した張本人であるアクリーナまでも襲われている。
サイフォスが間一髪で攻撃を大剣で弾き飛ばし、事なきを得た。
闇の欠片の精神汚染により、恋人までも認識できなくなるほど暴走しているのだろう。

『みんな、こっち! アクリーナ……逃げよう』

と、頭の中に直接響くような声を聞いた。
アクリーナの使い魔らしき黒猫が、一見何も無さそうな壁面へと駆けていく。
どうやら声の主はこの黒猫らしい。
化け猫か妖精猫か、はたまたアンデッドの猫か、少なくとも普通の猫ではないことは確かなようだ。

「お前……」

アクリーナが戸惑っている間にも、黒猫の意図を察したサイフォスが大剣で壁を叩く。
すると、人間なら通れるぐらいの道が現れた。
もちろん20メートル級の怪物は入る事すら出来ない。

「みんな急ぐにゃああああああ!!」

火炎の息は次を吐くまでは若干チャージ時間が要るようで、なんとか抜け道に駆け込むことが出来た。

「やっぱり私はここに残るわ……!」

『君だって本当は分かってるでしょ? そんなことをしたら死んでしまう』

成り行きで通路に入ったアクリーナと使い魔らしき黒猫が言い合っている。
が、今はそんな場合ではない。

「話は後、急ぐにゃああああああ!!」

何故なら、怪物が抜け道の入口部分に体当たりし始めたらしく、激しい振動と共に壁や天井がパラパラと落ちてくる。
抜け道の作りは綺麗に加工されておらずゆるいようで、いつ崩落するか分からない。
崩落したら全員生き埋めだ。

【気にしにゃい気にしにゃい、のんびりいくにゃ〜】
【ひとまず抜け道に逃げ込むが崩落の危機】

520 :エール :2021/10/02(土) 20:54:33.95 ID:IbcoN//r.net
退路をスケルトンで塞がれてしまったおかげで、撤退することが出来ない。

>「フラッシュボム! 今のうち……にゃあ!?」

ダヤンが今までと同じく強い閃光でスケルトンを怯ませようとする。
しかし、ほぼ同時に退路目掛けてスケルトンキマイラが炎を口部から放射。
一本しかない逃げ道だ。逃げるのを阻止する手段はいくらでもある。

「これじゃあ逃げようがないよ……!」

燃え盛る通路を眺めながらエールは悲痛な声で言った。
瞬間、スケルトンキマイラの大振りなステゴロ攻撃を躱す。
だが拳の軌道上にはアクリーナもおり、拳は彼女をも襲う。

>「きゃぁあっ!?」

「あぶねぇっ!」

サイフォスが反射的にアクリーナの身を庇う。大剣を盾代わりにして巨大な拳を防御。
ただし真正面から受ければ大剣が折れかねないので、斜めにすることで軌道を逸らす。
最愛の人を危険に晒す行動。アクリーナの恋人は完全に暴走している。

>『みんな、こっち! アクリーナ……逃げよう』

八方塞がりの状況を破ったのは脳内に直接響くような不思議な声だった。
するとどこからか黒猫が現れ、壁際に一角まで駆けていく。
この地下墓地に入る時「引き返せ」の紙切れを落としていったのと同じ黒猫だ。

秒でその意図を察したサイフォスは大剣で壁を叩く。
すると壁の一部がせり上がって狭い通路が現れた。
お誂え向きにスケルトンキマイラは通れそうにない広さだ。

「ここは危ないよ、アクリーナさんも一緒に来て!
 元はアクリーナさんの恋人かもしれないけれど……ここに留まるのは危険だよ!」

「でも……」

>「みんな急ぐにゃああああああ!!」

ダヤンの叫び声が聞こえる。
恋人すら襲うような見境なしの魔物だ。彼女だけ置いていくわけにはいかないだろう。
エールはアクリーナも連れて抜け道へ逃げ込むと、未練があるのだろう。踵を返そうとする。

>「やっぱり私はここに残るわ……!」

黒猫がアクリーナに近寄ると不思議な声が響く。

>『君だって本当は分かってるでしょ? そんなことをしたら死んでしまう』

アクリーナと黒猫が言い合っていると激しい振動が抜け道を揺らしはじめた。
目を凝らして入り口を見れば一目瞭然だ。スケルトンキマイラが通路の入り口を体当たりしているのだ。
崩落する前にこの通路を抜けてしまわなければ生き埋めもあり得る。

521 :エール :2021/10/02(土) 20:57:34.68 ID:IbcoN//r.net
「使い魔風情が……訳知り顔で喋らないで!そういうのが一番ムカつくのよ!」

「どうどう!アクリーナさん落ち着いて!今は逃げるのが先決だよ!」

最後尾のエールがアクリーナを後ろからぐいぐい押して前進させる。
抜け道を進んでしばらくすると激しい振動はなりを潜めてやがて静かになった。

「あれ……サイフォスさんじゃありませんか。なぜこんなところに?」

抜け道は別の通路に繋がっており、そこにはサイフォスの仲間である僧侶の男が偶然いた。
サイフォスは全ての原因が死んだ死霊術師の恋人であることを仲間たちに話す。
そして一丸となって戦わねば勝てない相手だろうということも。

「ふっ……馬鹿ね。多少頭数が増えたところでどうにもならないわ。
 闇の欠片のせいで無闇に強くなってしまった怪物よ……貴方達じゃ倒せないわよ」

アクリーナが自嘲気味に呟く。怪物を作りたくて研究を行っていたわけじゃない。
だからスケルトンキマイラがどうなっても構わない。だが恋人への未練は未だ燻っていた。
最愛の人を喪った悲しみをまだ捨て切れていないのだ。

「倒すさ。それが仕事だからな。危険な死者蘇生の研究も金輪際辞めてもらうぞ。
 続ける気なら17階の監獄エリア送りにさせてもらうからな……返事は後で聞く。
 それまでに頭を冷やしてじっくり考えることだ。賢明な判断を期待する」

サイフォスはそう言い放つとアクリーナは今にも呪い殺しそうな形相で睨んだ。
大切な人を喪った悲しみをどう癒せばいいか。エールには分からない。
その悲しみを知る者ではない以上、迂闊に口を出してはいけない気がする。

「そんなことさせるわけにはいかないなぁ……僕の最愛の人だからね。
 返してもらうよ、アクリーナを」

通ってきた抜け道から不意に声が響く。
エールは反射的に魔導砲を構え、その筒先を敵に向ける。
そこには一体のスケルトンがいた。だが、放たれる殺気は尋常じゃない。

「貴方は……スケルトンキング!スケルトンキマイラから分離して追ってきたの!?」

「嫌だなぁ、名前で呼んでよアクリーナ。僕は君の恋人じゃないか……?」

伸ばした手からずず、と瘴気が生じるとまるで腕のように伸ばす。
瘴気の腕はアクリーナを掴むと自分の手元まで引き寄せる。
どうやら三つの『闇の欠片』の力で瘴気を自在に生み出し操れるようだ。

「さぁ帰ろう。僕と君の居場所に。そして冒険者達には死を与えよう」

「馬鹿が!自分から弱体化して現れやがった。ここで決着をつけてやる!」

サイフォスは威勢よく大剣を抜き放ち臨戦態勢に入った。


【抜け道を通過して他の仲間たちと合流する】
【スケルトンキマイラはスケルトンキングに分離して追ってくる】

522 :エール :2021/10/02(土) 21:17:49.33 ID:IbcoN//r.net
>>518
>“光の翼を持ちて”……。もしかしてお姉さん、飛行魔法が使えるのかにゃ?

サイフォス「俺も詳しくは知らないが、魔法の類ではないらしい。
      『一定値を超えた余剰魔力がなぜか光の翼に変形する』んだそうだ。
      その翼で飛行はもちろん防御や攻撃もできるんだってよ。すごい便利だな」

523 :ダヤン:2021/10/08(金) 23:44:04.23 ID:Yi1PPmoj.net
>「あれ……サイフォスさんじゃありませんか。なぜこんなところに?」

なんとか無事に抜け道を抜けると、ラッキーなことに先ほどパーティー分割した片割れのチームがいた。
サイフォスがかくかくしかじかと現状を説明する。

>「ふっ……馬鹿ね。多少頭数が増えたところでどうにもならないわ。
 闇の欠片のせいで無闇に強くなってしまった怪物よ……貴方達じゃ倒せないわよ」

>「倒すさ。それが仕事だからな。危険な死者蘇生の研究も金輪際辞めてもらうぞ。
 続ける気なら17階の監獄エリア送りにさせてもらうからな……返事は後で聞く。
 それまでに頭を冷やしてじっくり考えることだ。賢明な判断を期待する」

サイフォスがアクリーナに、研究を辞めなければ監獄送りと言い渡す。
しかしそれは裏を返せば、すぐにやめればお咎めなしということだ。
この階の異変が本人の言う通り本当にアクリーナの研究のせいだとしたら、
階を混乱に陥れた戦犯として即刻監獄送りにもなりかねないところ。
お咎めなしで済むのはアクリーナにとってかなり悪くない条件といえる。
とはいえ、そう簡単に諦めもつかないようで、アクリーナはサイフォスを睨みつける。

「そうはいっても、相手は闇の欠片三つにゃ……。
サイフォスさん達は闇の欠片を持った相手と交戦したことはあるにゃ?
いったん街に戻って増援の冒険者を集めてもらったほうがいいのかも……」

アクリーナの処遇については何と言っていいか分からず、今後の行動方針に話を進めるダヤン。
が、そんなことを話し合っている暇もなかった。
抜け道から、一体のスケルトンキングが現れる。

>「そんなことさせるわけにはいかないなぁ……僕の最愛の人だからね。
 返してもらうよ、アクリーナを」

>「貴方は……スケルトンキング!スケルトンキマイラから分離して追ってきたの!?」

>「嫌だなぁ、名前で呼んでよアクリーナ。僕は君の恋人じゃないか……?」

アクリーナは、抵抗する様子もなく瘴気の腕に引き寄せられる。

>「さぁ帰ろう。僕と君の居場所に。そして冒険者達には死を与えよう」

>「馬鹿が!自分から弱体化して現れやがった。ここで決着をつけてやる!」

「ここで戦うしかないようにゃね……!」

524 :ダヤン:2021/10/08(金) 23:45:37.47 ID:Yi1PPmoj.net
相手がこちらを殺そうとしてくる以上、迎え撃つ以外の選択肢はない。
サイフォスの言う通り、ここで決着を付けるしかないようだが
まるで勝てる気がしなかった先ほどとは、随分状況が違う。
サイフォスの仲間とも合流し、相手は自ら分離してくれたぶん、
巨大なスケルトンキマイラよりはかなり勝ち目があるような気がする。
とにもかくにも、戦いの火蓋は切って落とされた。
無数の瘴気の腕が襲い掛かってくる。
サイフォスは、剣を一閃し瘴気の腕を振り払いながらスケルトンキングに肉薄する。

「くそっ、そいつを離さんか!」

が、スケルトンキングに寄り添うような位置にいるアクリーナを真っ二つにするわけにもいかず、思うように攻撃できない様子。
スケルトンキングがアクリーナを盾にしている……のではなく、
アクリーナがスケルトンキングを自ら庇っているようにもみえる。

『アクリーナ! そいつから離れて!』

使い魔の猫が諭すも、もちろんアクリーナは聞く耳持たない。それどころか……

「嫌よ、絶対離れない! アンドレイを傷つけるなら許さないわ!」

そう強い口調で叫ぶが、目は虚ろ。
今まではギリギリ正気を保っていたようにみえたアクリーナだったが
スケルトンキングに抱き寄せられ闇の欠片3つの影響を至近距離でくらったことをきっかけに、
ついに闇の欠片の精神汚染の餌食になってしまったようだ。

「よく言ったアクリーナ。さあまずは共に、邪魔な冒険者どもを屠ろうじゃないか!」

アクリーナが両手を広げると、どこからともなくスケルトン種のモンスターがわらわら集まってきて、一行を取り囲む。

「やっておしまいなさい!」

味方との合流と相手の弱体化によって勝機が見えた気がしたのもつかの間、
アクリーナの闇落ちによって再び大ピンチに陥った。

525 :エール :2021/10/10(日) 00:25:28.88 ID:kPBcUHOw.net
サイフォスは持ち前の力で重い大剣を振り回しながら瘴気の腕を切り払う。
『瘴気の腕』と便宜的に呼称しているが、闇の欠片の力なのか気体ではなく実体があるらしい。
それはアクリーナを掴み引き寄せたことからも分かる。

問題は――その瘴気の腕が無数に襲い掛かってくることだ。
いくら冒険者協会がベテランの集まりといってもこれではキリがない。

つけ加えて、アクリーナがスケルトンキングを守るようにくっつているのが問題だ。
あれでは冒険者たちが思うように魔物を攻撃できない。

>『アクリーナ! そいつから離れて!』

黒猫が不思議な声を発するが、アクリーナは聞く耳を持たない。
どうやら正気を失っているようだ。なぜ正気を失ってしまったのか?
考えられる要因は『闇の欠片』以外に無いだろう。

通常、持ち主にしか現れないはずの精神汚染の影響をなぜか彼女までが受けている。
スケルトンキングが意図的にそういう力を発揮しているのか。
欠片が三つ集まったことで影響範囲が拡大したのか。

それは戦闘中の冒険者達で解き明かせるものではないし、今はそこまで重要ではない。
だが事実として彼女は精神汚染を受けていて、死霊術師の力を発揮してスケルトンを大量に呼び寄せてしまった。

「くぉんのぉ〜っ!」

エールは自棄気味に魔導砲から火炎放射を放ち火を点ける。
前衛のスケルトン達は瞬く間に燃え尽きるが、雲霞の如くまた現れる。

「これじゃあキリがないよ……!」

ここは地下墓地のため遺骨には困らない。
棺に納めている死体の数は100じゃきかないはずだ。

「……いただき。僕の攻撃が止んだわけじゃないよ……?」

エールは周囲のスケルトンに注意を引っ張られたせいで
スケルトンキングの攻撃を見逃してしまった。
死角から『瘴気の腕』が襲い掛かる。

「嬢ちゃんを傷つけさせるかよ!うぉぉぉぉっ!!」

サイフォスが雄叫びを上げてエールの背中をカバーし『瘴気の腕』を切り払う。
その様子を見てスケルトンキングは鬱陶しそうに言葉を発する。

526 :エール :2021/10/10(日) 00:26:46.29 ID:kPBcUHOw.net
「さっきから面倒なんだよおっさん……アンタの活躍が見たいわけじゃない。
 もういいからさっさと死んでよ……!はぁぁぁっ……!!」

切り払って拡散した『瘴気の腕』が空中で集合し、再びひとつとなりサイフォスに迫る。
大剣の大振りでは反応できないスピードだ。避ければエールに当たる。
よってサイフォスが出来た行動はひとつ。大剣を盾のようにして防ぐことだけ。

「ぐぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

だが到底防ぎ切れる規模の攻撃ではなく、肩や腕、足といった末端に瘴気が命中する。
高濃度の瘴気を浴びたサイフォスの身体は命中箇所が焼け爛れたように腐っている。

「ははっ、いいぞ。それだ。その苦しみ悶える声が聴きたかったんだ!!」

子供のような声できゃっきゃと喜ぶスケルトンキングをよそに、エールは倒れたサイフォスを守る。
追撃してくる『瘴気の腕』を魔導砲のプラズマ弾で撃ち落としていく。
前衛を張ってパーティーを支えていたサイフォスが崩れた今、数の不利もあって形勢は悪い。
冒険者協会のメンバーたちが一人、また一人と『瘴気の腕』の餌食になっていく。

「後は君達しか残ってないよ。どうする?僕の仲間になりたいならしてあげてもいいよ。
 アンデッドとしてだけどねぇ。スケルトンがいいかい。ゾンビがいいかい。それともマミー……?」

周囲はスケルトンの群れ。冒険者協会のメンバーも壊滅状態。
立っているのはエールとダヤンだけだった。

「返事がないなぁ。怖くて喋れないのかい。不死の世界はいいよぉ。下らない悩みも死の恐怖もない。
 あるのは素晴らしい『永遠』だけだ……僕が君達の魂に安らぎを与えてあげよう」

最早個人の実力でひっくり返せる戦況じゃない。
この窮地を脱する策はひとつしかなかった。

「……待って!私達はアスクレピオスさんの知り合いで、頼まれてここまで来たんだよ!
 私達を殺しちゃうとアクリーナさんとアンドレイさんに凄く良くないことが起きると思うけど……!?」

これは本当に賭けだ。闇の欠片を回収する謎の男、アスクレピオスは4階でこう言った。
『もし闇の欠片絡みで何かあれば自分の名前を使え』と。
闇の欠片を研究に使っていたなら知り合いの可能性がある。多少話を盛ったが今使うしかない。

「……誰そいつ。変な名前だね。僕は知らないなぁ……興味もないし……」

だが当てが外れたようだ。スケルトンキングはアスクレピオスを知らないらしい。
エールはいよいよ死を覚悟したが、抱き寄せられているアクリーナがそわそわしはじめた。

527 :エール :2021/10/10(日) 00:30:07.83 ID:kPBcUHOw.net
「まずいかも……アンドレイ。七賢者のアグリッパが言っていたわ。
 『闇の欠片』を研究に使うのは良いけれど面倒事を起こしたら同じ七賢者のアスクレピオスが回収に来るって。
 彼らには貴方を蘇生するため色々と手を貸してもらったの。お礼に少し研究を手伝ったりもしたけど……」

元はと言えば使い魔の黒猫は『闇の欠片』の研究データを七賢者に渡すため飼いはじめたもの。
死者蘇生の研究を続けていると色々なことが煩わしくなり、外に出るのも億劫だったからだ。
そのお使い程度の目的で飼った黒猫が今や自分を諫めるほどまでになっているとは。

「へぇ……それは知らなかった。七賢者ってのはどんな連中なんだい。多少の魔法使いなら僕がやっつけて――――」

「駄目よ!七賢者はこの"無限迷宮の主"に仕える最強の魔法使い達なのよ!
 その辺の冒険者とは格が違い過ぎる……!きっと『闇の欠片』が十個あったって勝てないわ……!」

「そ、そうだったのか……ごめんよアクリーナ。軽率な発言だった」

「七賢者の存在は一部の人間しか知らない。だからあの発言は無視できない!
 闇の欠片を奪われたら貴方は死体に戻ってしまう……!」

アクリーナは両手で顔を抑えると、手の隙間から目を見開いてエールとダヤンに問う。

「……何が目的なの。本当にアスクレピオスの使いなの?
 5階の連中を『多少』危険に晒してしまったのは悪いと思ってるわ。
 でも私はそれ以外のことは何もしてない!お願い、『闇の欠片』を私から奪わないで!」

懇願するアクリーナを見て、嘘をついてしまったことに罪悪感を覚えた。
アスクレピオスの印籠は確かに効果があったようだが良心が痛む。
だがこれ以外に状況を打開する方法はなかった。このまま上手く嘘を通すしかない。

「目的は……その……アクリーナさんを心配していたからだよ。
 アクリーナさんはよく知らないだろうけど、アスクレピオスさんは優しい人なの。
 研究が上手く行ってるか様子を見てきてほしいって頼まれたんだよ」

「……そう。それは良かった。じゃあこの冒険者の連中は何!?
 護衛というには随分と物々しいじゃないっ!?なぜこんな連中とつるんでたの!!?
 しかもそいつらはあの『冒険者協会』の所属メンバーじゃないの!それはどう説明するの!」

冒険者協会といえば無限迷宮攻略のため、あらゆる世界に存在する冒険者ギルドを取り纏める巨大組織。
無限迷宮の主とやらに仕える七賢者とはどちらかといえば相反する組織だ。
その連中とねんごろなのは何故なのか……もっともらしい嘘をつくしかない。

もしアクリーナが嘘だとみなしたら、その時二人の命はないだろう。


【冒険者協会のメンバー全滅(一応まだ生きてる)。エールとダヤンだけ生き残る】
【アスクレピオスの名前を使うが冒険者協会とつるんでいた理由を問われる】

528 :ダヤン:2021/10/15(金) 23:55:33.40 ID:fQHX8Vg5.net
>「これじゃあキリがないよ……!」

ここは地下墓地のため、遺骨は無尽蔵。
無数のスケルトンに取り囲まれながら、スケルトンキングの相手もしないといけない状況になってしまった。

>「……いただき。僕の攻撃が止んだわけじゃないよ……?」

>「嬢ちゃんを傷つけさせるかよ!うぉぉぉぉっ!!」

サイフォスが、エールを狙った攻撃を防ぐ。
先ほどからの活躍ぶりを考えると相当な高レベルな戦士かと思われるが、
有能過ぎて敵に目をつけられてしまったようだ。

>「さっきから面倒なんだよおっさん……アンタの活躍が見たいわけじゃない。
 もういいからさっさと死んでよ……!はぁぁぁっ……!!」

>「ぐぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」

瘴気の腕の攻撃を受け倒れるサイフォス。

「サイフォスさん……!」

ダヤンは、倒れたサイフォスに群がってくるスケルトン達をフラッシュボムで追い払うことぐらいしかできない。

「サイフォスさん、今回復を……」

僧侶がサイフォスの回復にかかろうとするも、あっという間にスケルトン達に取り囲まれた。

「きゃぁああああああああ!!」

一方では、魔法使いの悲鳴があがる。
ベテラン揃いの冒険者協会の面々のはずだが、強力な前衛であるサイフォスが倒れたことで、総崩れになってしまった。

>「後は君達しか残ってないよ。どうする?僕の仲間になりたいならしてあげてもいいよ。
 アンデッドとしてだけどねぇ。スケルトンがいいかい。ゾンビがいいかい。それともマミー……?」

気付けば、二人より遥かに強いはずの冒険者協会のメンバー達が全員戦闘不能となり、
何故かエールとダヤンだけ残っていた。
弱い者をいたぶって遊ぶために、敢えて残したのかもしれない。
普通に戦っても勝ち目はなさそうだ。

>「返事がないなぁ。怖くて喋れないのかい。不死の世界はいいよぉ。下らない悩みも死の恐怖もない。
 あるのは素晴らしい『永遠』だけだ……僕が君達の魂に安らぎを与えてあげよう」

>「……待って!私達はアスクレピオスさんの知り合いで、頼まれてここまで来たんだよ!
 私達を殺しちゃうとアクリーナさんとアンドレイさんに凄く良くないことが起きると思うけど……!?」

エールはアスクレピオスの名前を使い、交渉に打って出た。

529 :ダヤン:2021/10/15(金) 23:56:29.39 ID:fQHX8Vg5.net
>「……誰そいつ。変な名前だね。僕は知らないなぁ……興味もないし……」

>「まずいかも……アンドレイ。七賢者のアグリッパが言っていたわ。
 『闇の欠片』を研究に使うのは良いけれど面倒事を起こしたら同じ七賢者のアスクレピオスが回収に来るって。
 彼らには貴方を蘇生するため色々と手を貸してもらったの。お礼に少し研究を手伝ったりもしたけど……」

スケルトンキングはアスクレピオスを知らないらしいが、アクリーナは知っているらしく。
アクリーナの言葉から推測するに、闇の欠片はアグリッパという名の七賢者から渡されたらしい。
アスクレピオスは実際に暴走したモンスターから闇の欠片を回収していたこともあり、アクリーナの発言と合致している。
七賢者は闇の欠片の研究をしており、その一環として研究を外注してみたりモンスターに与えてみたりもしている、
そして闇の欠片を与えた者が暴走する等して研究失敗とみなした場合は没収している、というところだろうか。

>「七賢者の存在は一部の人間しか知らない。だからあの発言は無視できない!
 闇の欠片を奪われたら貴方は死体に戻ってしまう……!」
>「……何が目的なの。本当にアスクレピオスの使いなの?
 5階の連中を『多少』危険に晒してしまったのは悪いと思ってるわ。
 でも私はそれ以外のことは何もしてない!お願い、『闇の欠片』を私から奪わないで!」

アクリーナは交渉に乗ってきた。
首の皮一枚繋がったが、飽くまでも首の皮一枚である。

>「目的は……その……アクリーナさんを心配していたからだよ。
 アクリーナさんはよく知らないだろうけど、アスクレピオスさんは優しい人なの。
 研究が上手く行ってるか様子を見てきてほしいって頼まれたんだよ」

>「……そう。それは良かった。じゃあこの冒険者の連中は何!?
 護衛というには随分と物々しいじゃないっ!?なぜこんな連中とつるんでたの!!?
 しかもそいつらはあの『冒険者協会』の所属メンバーじゃないの!それはどう説明するの!」

エールが機転を利かせて応答するも、やはり無理がある。
“無限迷宮の主"に仕える七賢者と、無限迷宮の攻略を目的とした冒険者協会。
双方は、どちらかというと敵対する組織なのかもしれない。
一触即発――ここで嘘を見破られれば命はない。しかし、生半可な嘘は通用しそうにない。
ならば……

「オイラ達、駆け出し冒険者で冒険者協会がどんな組織かも詳しくは知らなくて……。
冒険者協会の人達とは、最初からつるんできたわけじゃなくて入口あたりでたまたま会ったんだにゃ。
ここの調査に来てたみたいで、二人だけじゃ危ないから一緒に行こうって言われて……」

ここまでほぼ事実通りで、嘘はついていない。
嘘を見破られれば終わりなら、嘘をつかなければいい。
アクリーナの逆鱗に触れない範囲で出来る限り本当のことを言う作戦に賭けることにしたのだ。

530 :ダヤン:2021/10/15(金) 23:57:52.90 ID:fQHX8Vg5.net
「もしも実験がうまくいかなかったら……
アンドレイさんの意識も持たない単なる強力なアンデッドが生まれるだけ、の可能性もあったんだってにゃ。
アンドレイさんが突然襲い掛かってきたから、きっとみんな、そうなったと思って駆け出しのオイラ達を守るために応戦してくれたんだにゃ。
でも……アンドレイさんも討伐隊が来たと思って身を守るために襲い掛かってきたんにゃね……」

討伐する気満々だったわけではなく正当防衛だったと主張しつつ、
実験は完全に失敗ではなくこのスケルトンキングがアンドレイであることを認める姿勢を見せる。
スケルトンキマイラの時もスケルトンキングの時も、先に襲ってきたのは向こうなので、一応理屈としては成立している。

「でも……町でもこの地下墓地が怪しいって噂になってるにゃ。
大規模な調査隊が送り込まれるのも時間の問題にゃ。
このままこのエリアにいたらきっといつかは討伐されてしまうにゃ……。
いったん……二人が追われずに暮らせる場所……そうにゃ、“無法エリア”に身を隠すのはどうかにゃ……?」

64階に存在するという無法エリア。
名前からしていかにも物騒そうで実際物騒なのだが、
様々な理由で追われる身や迫害される立場になり他のエリアにいられなくなった者達が暮らせる場所、という側面もあるらしい。
もちろんこんなのを他の階に放てば他の階が大迷惑したり更なる被害が出かねないのだが、
生き残るためにもはや後先考える余裕をなくしているのが半分、ダヤンもまたアクリーナに感情移入してしまっているのが半分というところだ。
そして、倒れて気を失っているサイフォスの横には懐から転がり落ちたポータルストーンが転がっている。
幸か不幸か、もしもアクリーナが交渉に乗ってきた場合、実際に彼らを他の階に送り届けることも可能な状況であった。

531 :エール :2021/10/17(日) 21:06:55.95 ID:BxV0wPwo.net
冒険者協会の面々に守られたおかげで辛くも生き残った二人。
エールはいちかばちかでアスクレピオスの名前を使ったが、果たして上手くいくか……?

>「でも……町でもこの地下墓地が怪しいって噂になってるにゃ。
>大規模な調査隊が送り込まれるのも時間の問題にゃ。
>このままこのエリアにいたらきっといつかは討伐されてしまうにゃ……。
>いったん……二人が追われずに暮らせる場所……そうにゃ、“無法エリア”に身を隠すのはどうかにゃ……?」

どぎつい剣幕でアクリーナに迫られ、驚いたエールは言葉を失っていた。
そこで上手く話を繋いでくれたのはダヤンだった。彼の語った無法エリアとは、
無限迷宮の地図によれば64階にあるという名通りの無法地帯の階。

だが例え無法地帯だろうと良識あるものならば危険な魔物を野に放つなどという暴挙には出ない。
おそらくダヤンにもその気はないはずだ。アドリブで口裏を合わせた結果そうなったと言うしかない。

「なるほど……でも移動手段はどうするの?普通のポータルで転移するには遠すぎるわ」

アクリーナの言い分はもっともだった。
エールは何かを思い出した様子で自分の後ろに倒れていたサイフォスに視線を移す。
見れば気を失った彼の懐からポータルストーンが零れ落ちていた。

「それなら……このポータルストーンを使って。アクリーナさん」

エールは無造作に落ちていた光る鉱物質の球を拾い、アクリーナに見せる。
ポータルストーンは刻まれた座標地点に転移するアイテムであるため、
サイフォスの所持している石で64階に飛べるかは不明なのだが――今はそれでいい。
狙いはそこにあるのではない。

「それはポータルストーン!心配は無用だったかしら……準備がいいわね」

そう言ってアクリーナはスケルトンキングから離れ、エールに近寄っていく。
これだ。ポータルストーンを渡す素振りをしたのはこの瞬間のため。
さり気なくアクリーナの名前だけ呼んで彼女に取らせるよう仕向けたのだ。

アクリーナが慎重ならエールに『渡させる』だろう。
スケルトンキングが慎重なら『抱き寄せたまま取りに行く』だろう。
でもそうしなかった。殺してはいけない相手だがいつでも殺せる相手だと油断したからだ。
闇の欠片が齎す精神的優越感が思考を鈍らせてしまった。

これでスケルトンキングはアクリーナを盾にできない。
いつでも直接攻撃を叩き込める。問題はどうやってあのアンデッドを倒すか。
肝心の倒す方法まではエールも考えてない。『闇の欠片』が無ければ死体に戻ると言っていたが……。

その『闇の欠片』は分厚い胸骨の内側にある。
しかも三個あるうえ『闇の欠片』は物理手段では破壊できない。

532 :エール :2021/10/17(日) 21:11:13.65 ID:BxV0wPwo.net
冒険者協会の面々が戦闘不能である以上、逃げるという選択肢はない。
ここでどうにかして倒す!最早自棄だがダヤンと二人がかりで何とかするしかない。

『……よく聞いて。この声は二人にしか聞こえない。
 今からスケルトンキングの弱点を君達に教えるよ……』

不思議な声と共にエールの傍に黒猫が寄ってくる。アクリーナの使い魔だ。
ちょくちょく喋っていたが、今から話す声はエールとダヤンの二人にしか聞こえないようだ。

『アクリーナが言っていたんだ。恋人のアンドレイは生前、
 探索中に高所から落下して、折れた肋骨が肺に刺さって死んだみたいだって。
 遺骨を組み合わせた時に折れた箇所も接着したみたいだけど、その部分は脆いままみたいだ……』

確かによく見ると、対面から見て右側の肋骨。そのうちの一本に亀裂が走っている。
そこが折れた箇所なのだろう。多少の衝撃があれば簡単に外れそうだ。

『折れた肋骨の箇所から――短剣とかを差し込んで――闇の欠片を抉り出すんだ。
 一撃につき一個抉れるとして……最低三回攻撃すれば奴を死体に戻すことができる!』

ダヤンは短剣二刀流なので上手くやれば二回のアクションで肋骨を外しつつ三個抉れるだろう。
(※短剣を使って肋骨を外さずとも他に有効な魔法があればそれでも可能)
相手も棒立ちではあるまいが、『瘴気の腕』にさえ気をつけていればなんとかなるかもしれない。
だがなぜそうまでして使い魔が助け舟を出してくれるのか。エールは疑問だった。

『……母猫に見捨てられて、死ぬのを待つだけだった子猫の僕をアクリーナは救ってくれた。
 彼女にとっては大した理由じゃなかったのかもしれない。でも僕にとっては大切な恩人なんだ……。
 たとえ……ご主人に嫌われてもいい……前を向いて生きてほしい……それが僕のたったひとつの願いだ』

黒猫の願いを聞き届けたエールは深く頷いてポータルストーンを手渡そうとする。
アクリーナが手の中の石を掴んだ瞬間、エールは彼女の手首を捻り上げてハンマーロックの姿勢に持ち込んだ。
銃士は一般的な軍人レベルではあるが体術にも長けているのだ。

「あああああああ!!!?貴女、だまっ……騙したわね!!?」

「アクリーナさん確保ーーーーっ!!!!!!ダヤン、今だよ今!!!!!」

アクリーナの後ろ手を掴んで地面に抑え込みつつ、エールは叫ぶ。
関節を極められた痛みで掴んだポータルストーンはカランカランと地面に転がっていった。


【ポータルストーンを渡す瞬間に関節技を極めてアクリーナを拘束する】
【スケルトンキングの古傷から短剣を差し込み『闇の欠片』を抉り取れ!!】

533 :エール :2021/10/18(月) 21:01:58.12 ID:YMpZN00r.net
【この呟きは本編と関係ないけどこの歌の歌詞みたいなストーリーに出来たらいいなぁ……】
【ナムナム……上手くいくように祈願(というより自分に言い聞かせてる?)で貼るね!えへへ!】
https://www.youtube.com/watch?v=62MrBZTKJFc

534 :ダヤン:2021/10/22(金) 21:49:47.57 ID:XFx7rPjo.net
>「なるほど……でも移動手段はどうするの?普通のポータルで転移するには遠すぎるわ」

ダヤンがとっさに繋いだ話を、再びエールが引き継ぐ。

>「それなら……このポータルストーンを使って。アクリーナさん」

エールはポータルストーンを拾い、差し出すようにアクリーナに見せる。

>「それはポータルストーン!心配は無用だったかしら……準備がいいわね」

アクリーナはあっさりとスケルトンキングから離れ、エールに近寄ってきた。
これがエールの狙いだったのだ。
ダヤンとて、もちろん本気で彼らを他の階に放逐するつもりではなかったが、
かといって後先考える余裕もなくとにかく話を繋いだだけであったのも確か。
本当にギリギリの綱渡りのようなリレーだ。
またもやなんとか次に繋がったが、肝心の倒す方法まではエールも考えていない。
そこで思わぬ助け船を出す者があった。アクリーナの使い魔の黒猫だ。

>『……よく聞いて。この声は二人にしか聞こえない。
 今からスケルトンキングの弱点を君達に教えるよ……』

>『アクリーナが言っていたんだ。恋人のアンドレイは生前、
 探索中に高所から落下して、折れた肋骨が肺に刺さって死んだみたいだって。
 遺骨を組み合わせた時に折れた箇所も接着したみたいだけど、その部分は脆いままみたいだ……』

>『折れた肋骨の箇所から――短剣とかを差し込んで――闇の欠片を抉り出すんだ。
 一撃につき一個抉れるとして……最低三回攻撃すれば奴を死体に戻すことができる!』

>『……母猫に見捨てられて、死ぬのを待つだけだった子猫の僕をアクリーナは救ってくれた。
 彼女にとっては大した理由じゃなかったのかもしれない。でも僕にとっては大切な恩人なんだ……。
 たとえ……ご主人に嫌われてもいい……前を向いて生きてほしい……それが僕のたったひとつの願いだ』

アクリーナ達に気取られてはいけないので返事をするわけにはいかないが、代わりに深く頷いた。
ダヤンも気付けばマスターに拾われていた境遇であり、また、猫シンパシーもあって共感するところがある。
何の恩返しも出来ないまま出てきてしまったけど……などと頭の片隅で思いつつ、素早くブーストハーブを食べる。
スケルトンキングもアクリーナもポータルストーンの方に注目しているし、
見た目は普通の回復系アイテムのキュアハーブなどと遠目には見分けがつかないので、そこまで怪しい行動でもない。
アクリーナが最接近した瞬間、エールはアクリーナを捕らえるつもりであろう。
その瞬間が最初で最後のチャンスだ。
ブーストハーブは反動が凄まじいがここで失敗すればどちらにせよ終わりなのだから、ドーピングしない手はなかった。

535 :ダヤン:2021/10/22(金) 21:54:38.83 ID:XFx7rPjo.net
>「あああああああ!!!?貴女、だまっ……騙したわね!!?」

>「アクリーナさん確保ーーーーっ!!!!!!ダヤン、今だよ今!!!!!」

そして――エールは体術でアクリーナを拘束してみせた。
銃士は遠距離攻撃クラスとはいっても一般的な軍人レベルの体術は習得しており、
アクリーナは高レベルとはいえど術士だ。
しかしもしも最接近する前に気取られれば、アクリーナにはいくらでも攻撃手段はあった。
拘束できたのは見事という他はないだろう。次はダヤンの番だ。
当然、ダヤンとスケルトンキングの間には圧倒的な能力差があるが……

「あ……アクリーナ!?」

油断しきっていたスケルトンキングは、ほんの少し反応が遅れる。
通常なら取るに足らないほどの遅延だが、それが大きな意味を持つ。
何故なら一方のダヤンは、ブーストハーブの効果により、暫しの間だけ時の流れを遅く感じるようになっている
――つまり反応速度が飛躍的に上がっている。

「そこにゃ!!」

ダヤンは目にもとまらぬ速さでスケルトンキングに接近し、まず右手の一閃で肋骨の亀裂部分に攻撃を叩きこむ。
その肋骨は亀裂部分で綺麗に折れ、外れ落ちた。
これにより闇の欠片に至る隙間が出来、続く左手の一閃で闇の欠片を一つ弾き飛ばす。
しかし、流石に連続攻撃を許してくれるほどスケルトンキングは甘くはない。
瘴気の腕が迫り、いったん飛びのいて着地する。

「……まず一つっ!」

「なかなかやるね……でもそこまでだ」

今度は不意打ちのアドバンテージもなく、明確に脅威と認識された状態で、
残り二つの闇の欠片を弾き飛ばさなければならない。
希望があるとすれば、一つ闇の欠片を失って少しは弱体化していることであろうか――

「いざ勝負っ!」

戦闘が長引くほどこちらが不利になる。地面を蹴って飛び掛かる。
瘴気の腕が振るわれ、幸い直撃はしなかったものの掠って軌道がずれた。

――ふたつめっ!!

それでも一撃は手を伸ばしてなんとかあてるも、もう片方の手でもう一つは叶わない。

536 :ダヤン:2021/10/22(金) 22:08:46.45 ID:XFx7rPjo.net
「散々手こずらせやがって……終わりだ!!」

バランスを崩して着地したときには、今にも瘴気の腕が叩きつけられようとしていた。

「エール! 逃げてにゃ……!」

万事休すと思われた瞬間……
跳躍した黒い小柄な何かが目にもとまらぬスピードで空中を横切り、最後の闇の欠片に体当たりして弾き飛ばす――
もちろん、その正体は使い魔の黒猫だ。
無論、スケルトンキングが使い魔の猫を少しでも警戒していればこれは叶わなかっただろう。
エールとダヤンを取るに足らない者達だと油断しきった結果不覚を取られ、
二人を脅威と認識した後、今度は、戦闘においては無力だと眼中になかった使い魔の猫にまたもや出し抜かれたのだった。
あるいは、黒猫はアクリーナの使い魔なので自分達に攻撃するはずは無いと思い込んでいたのかもしれない。
なんにせよ、奇跡の猫コンビネーションがここに成立したのだった。

【>533
いい曲おしえてくれてありがとにゃー!
重すぎず基本明るくて、でも程よく切ないようなほっこりするような……このスレにぴったりなんじゃないかにゃ?
遠く向こうにあるはずの背中→お姉ちゃん? ゴールへの地図が無い→無限迷宮? って思ったにゃ!
微力ながら最後までお供する所存にゃ】

537 :エール :2021/10/25(月) 00:36:23.07 ID:Oft1/VE/.net
危ない綱渡りの末にアクリーナの拘束に成功したエール。
地面に抑え込んで前へ視線を向けると、ダヤンが攻撃を叩き込む瞬間が見えた。
右手の一撃でスケルトンキングの肋骨の一本を外し、左手で『闇の欠片』を弾き飛ばす。

人骨の中で妖しく光を放つ『闇の欠片』は、固定されたり埋め込まれている訳ではない。
不思議な力で宙に浮いている状態に近いだろう。あるいは纏っている実体ある瘴気が支えているのか。
使い魔の作戦通りスケルトンキングからあっけなく分離させることができた。

>「いざ勝負っ!」

『瘴気の腕』を警戒して一度後方へ退避したダヤンが再度飛びかかる。
ここからが勝負だ。望みはある。敵は欠片を一つ失っただけ弱体化しているはず。
そこに賭けるしかない。

振るわれる『瘴気の腕』を避けて再攻撃。
ダヤンの放った二つの剣閃は確かに『闇の欠片』を弾き飛ばした。
ただし抉り出せたのは一つだけ。まだ一つ残っている。

>「散々手こずらせやがって……終わりだ!!」

スケルトンキングが吼えると『瘴気の腕』がダヤンを襲う。
欠片を二つ失ったことで瘴気の勢いが衰え、小規模になっている。
だが『瘴気の腕』は当たれば命中箇所を腐らせる必殺の一撃。

エールはアクリーナから飛び退いて駆けだした。
魔導砲で撃ち落とす時間はない。走っても助けは間に合わない。
だが仲間のピンチを前にして何かしなくては――と発作的に走った。

>「エール! 逃げてにゃ……!」

作戦失敗かと思われた時、目の端から何かが飛び出す。
黒い塊のようなものがスケルトンキングの胸目掛けてダイブしたのだ。
アクリーナの使い魔だ。そして猫の手を肋骨の隙間に突っ込んで最後の『闇の欠片』を弾き飛ばす。

「うっ、うぉぉぉぉ…………貴様ぁ……使い魔ぁぁぁぁ……!?」

スケルトンキングは呻き声を漏らしながら急激にその身体をバラバラと崩していく。
『闇の欠片』を失ってアンデッドとして生きる力を喪失した。骨の身体を構築する力はもうない。
そして力の根源が消えたことでコントロールを失った『瘴気の腕』はダヤンに当たる直前で霧散する。

「こ……こんな馬鹿なことがあっていいのか……。
 アンデッドを増やして……増やして……増やす……それがもう果たせない……!」

ざざざ……と骨が流砂となって崩れていく。
助かろうと藻掻いて手を伸ばしても助けてくれる手は、ない。

「あぁぁぁ……ぁぁぁぁ…………」

断末魔と共にスケルトンキングは完全に消滅した。
そうする事でアンデッドとして縛られていたアンドレイの魂も解き放たれたのだ。

538 :エール :2021/10/25(月) 00:39:31.73 ID:Oft1/VE/.net
スケルトンキングの消滅を見届けると、エールはダヤンと黒猫の下へ駆け寄る。

「ダヤン!使い魔さんも……大丈夫!?」

ブーストハーブを食べていたので少しすれば反動がくるはずだ。
それに黒猫も、直接『闇の欠片』を弾き飛ばしていた。何か悪影響があるかもしれない。
だが、エールに専門知識があるわけでもなく、ただオロオロとすることしかできない。
そうしているとふと自分達が温かな光に包まていくのが分かった。その光は徐々に人の形を為していく。

「彼と猫ちゃんなら大丈夫……心配いらないよ……」

光は角がない丸みを帯びた声を発した。なんだかほわほわする。
うっすらと映る姿は端正な顔立ちの好青年だ。

「アンドレイ……なの……?」

うつ伏せになったままの姿勢でアクリーナは人の形を為した光を見る。
見間違えようがあろうはずもない。それは生前のアンドレイの姿そのものだ。
いや……姿だけじゃない。その意識も。性格も。ありのままの魂の姿で。

死霊術を使えば魔物のゴーストやアンデッドとして復活させることはできた……。
だが、アクリーナの技術では生前のまま蘇生することも、生前のままの幽霊を呼び寄せることもできなかった。
奇跡だ。自分の力では到底成し得ない現象。ならば奇跡が起きたと言うしかない。

「アクリーナ……君を置いて旅に出てすまなかった。
 君を危険な目に遭わせたく無かったんだ……それに必ず戻るつもりだった……」

「そうよ……なんで……なんで私を置いていったの?
 私……寂しかった。ずっと貴方に会いたかった……」

恋人の魂が発する温かな光。それが『闇の欠片』の精神汚染を浄化していく。
ぼろぼろと大粒の涙を零しながら彼と話してるうち、アクリーナはすっかり正気を取り戻していた。

アンドレイが『無限迷宮』に挑んだのは友人の冒険者が『無限迷宮』に挑み、帰らぬ人となったからだった。
友人には妻がおり、妻に捜索を懇願されて彼もまた『無限迷宮』を潜ることになり――その後を追うことになる。

「だからといって彼らを責めないであげてほしい。アクリーナ……勝手かもしれないけれど。
 ……これからは前を向いて。僕のことを忘れてもいい。君の幸せのために……生きるんだ……」

アクリーナが光に手を伸ばす。だが、その手はすり抜けてしまう。
アンドレイの姿が徐々に薄れていく。天へと昇っていく。再び召される時が来たのだ。

「僕はずっと見守っているから。遠い遠いところで……ずっと……」

539 :エール :2021/10/25(月) 00:41:12.18 ID:Oft1/VE/.net
やがて温かな光は粒となってアクリーナにきらきらと降り注ぐ。
奇跡の時間は過ぎてしまった。彼女の頬には涙が伝っていた。
だが、その顔は悲しみを振り払った穏やかな顔だった。

「……愛の力だな」

こつ、と硬質な地面を踏む音が届く。
背後を見ると、顔の右半分を仮面で覆った白衣の男が立っていた。

「君の死霊術と愛の力が合わさった奇跡だと私は解釈する。
 魔法とは必ずしも理論化されておらず、魔法使い達の感覚によるところも大きい」

七賢者の一人アスクレピオスだ。
エールはその存在に気づくと、彼の語りを静かに聞く。

「魔力を源にして森羅万象を引き起こす力……その深奥は深く、限界もない。
 ……君の話を思い出してここに来た。これからどうする。死者蘇生の研究を続けるのか」

「……嘘じゃなかったの。……私……これからも研究を続けるわ。
 ただ……それは死者蘇生の方法じゃない。死者の声を正しく届けるための研究をする。
 この階に来る人は皆、死の悲しみを断ち切れない人ばかり……私のようにね」

アクリーナは目の涙を拭って立ち上がる。

「でも私はもう大丈夫。冥界から引きずり出さなくても、アンドレイは私を見守ってくれる。
 だから悲しみを癒す手伝いをしてあげたいの。もう『闇の欠片』にも頼らない。
 私の死霊術ならそれが出来る……そんな気がするから……」

そして地面にいた使い魔を抱き寄せてアクリーナは頭を垂れた。

「……今まで……ごめんなさい。言い訳はしない。私はあなたを軽く見てた。
 でも……もしも。もしも許してくれるなら……私の研究を手伝ってくれる?
 私、研究に没頭すると外出しないもの……あなたの力が必要だわ」

その様子を見届けて、今まで一切表情筋を動かさなかったアスクレピオスの顔が。
エールはそれを見逃さなかった。望んだ答えを聞いたような満足感で、確かに微笑んでいたのだ。
やがて転がっている三個の『闇の欠片』まで近寄って手を翳すと、手の中へ吸い込まれていく。

540 :エール :2021/10/25(月) 00:43:09.02 ID:Oft1/VE/.net
次に倒れている冒険者協会の面々のところまで近寄っていく。
アスクレピオスはまずサイフォスの容態を診るためしゃがみこんだ。

「お……俺なら大丈夫だ……さっきのあったけぇ光で随分マシになった……。
 何か……暗くて恐ろしい闇の力を和らげてくれたような……そんな感じだ……」

「そのようだな。だが高濃度の瘴気を浴びて身体の一部が腐り落ちている。
 治癒魔法で再生させるが完治まで一週間程度。しばらく安静にしておくことだ」

治癒魔法の光がサイフォスの患部を包みこむ。
だが流石にここで即座に治せるものではないのか、痛み止めの応急処置だ。

「そりゃいけねぇ……次の依頼が待ってるんだ。俺達には時間が……」

サイフォスは起き上がろうとするが激痛で呻き声を漏らす。
身体が腐り落ちているのに完治すると断言したのだから、凄い治癒の力だ。
だがサイフォスはなぜか余裕のない焦った様子ではぁはぁと息を荒げている。

「あまり興奮しない方がいい。治療が遅れるだけだ」

「すまねぇ……お医者さん。嬢ちゃんとダヤンを……呼んでくれ……」

アスクレピオスの視線がエールとダヤンに向く。
エールは今際の時を見守るような気持ちでサイフォスの元へ近寄る。

「……わりぃ……こいつは泣き落としだ。約束を先延ばしさせてくれ。
 二人とも9階へ行く前にポータルストーンで6階に行っちゃくれねぇか……?」

その辺に落ちていたポータルストーンを拾い上げてサイフォスに見せる。
この球があれば他の階に少々寄り道したところですぐ9階へ行けるだろうが……なぜだろうか。

「今……6階の拠点は魔物の襲撃を何度も受けてる。
 理由は分からんが……過去に熾天使のカノンが倒した魔物のボスが復活したらしい。
 お礼参りのつもりらしいがしつこくて犠牲者が多数出てる。俺達はすぐに加勢に行かなきゃならない」

だが、それは無理な話だ。この階へ調査に来た冒険者協会は全員『瘴気の腕』を食らって重傷。
完治までサイフォスと同程度か、下手をすればもっと時間がかかるだろう。
しかも患者は十数人ほどいる。アスクレピオスもつきっきりで治す必要があるはず。

541 :エール :2021/10/25(月) 00:45:37.03 ID:Oft1/VE/.net
「あの……協会所属の他の冒険者を派遣することはできないんですか?」

「そうしたいところだが……そいつには時間が要る。それに復活したボスは『闇の欠片』を5個所持してるそうだ……。
 俺達は3個持ってるスケルトンキング風情にこのザマだぜ……信頼できる奴を送り込まなきゃ意味がない。
 お嬢ちゃんとダヤンの戦い……ちゃんと見てたよ……あれだけ出来ればもう一人前さ」

重傷で長い台詞を喋ったのが堪えたのか顔色を悪くして呼吸を荒げる。

「無理を承知で……頼む。二人の力を6階の連中に貸してやってくれねぇか……?」

サイフォスが申し訳なさそうに言う。エールはぶるぶると震える彼の手を両手で握った。
何の心配もいらない。自分にできることがあればいくらでも協力すると。

「もちろんです。私に出来ることなんて限られてるけど……頑張ってみます」

アスクレピオスはその様子を眺めながら応急処置を終えて立ち上がる。
次の倒れている冒険者の元へ行く前に――立ち止まってエールとダヤンを見つめる。

「6階……いや、その復活した魔物には私も用がある。
 ……だが……この冒険者達を治す間はこの階から動けない」

おそらく『闇の欠片』を回収するつもりなのだろう。だが言いたいのはそれだけでは無かった。
気がつけば無言でダヤンが所持しているダガーの一本をなぜか握っている。
そしてダガーが光を纏ったかと思うと緩やかに刃に収束していく。

「私の『浄化の力』を込めておいた。
 一時的な効力だがしばらく魔物やアンデッドに対して特効を得られる」

ダガーをダヤンに返し、アスクレピオスは後ろを振り向いて他の冒険者の元へ歩いていく。
浄化の力。聖剣などが持つ聖なる力だ。表現を変えれば一時的に聖属性のダガーになったということか。
聖剣ほどの効力ではないだろうが護身用には使える。これからの戦いを心配してくれたのだろうか。

するとエールははっと気づいた。ここで倒れている冒険者協会の人達を運び出した方が良いことに。
ネクログラードには診療所がない。代わりに教会が建っていてそこの僧侶が怪我人の面倒を見ていたはず。

「ダヤン、町で人を集めて怪我してる人達を運ぼう!ここじゃあ治療できないよ!」

エールはそう言ってたたたっと出口目指して走り出した。
アスクレピオスに色々なことを聞きたい気もしたが今は怪我人の治療が最優先だ。


【スケルトンキング消滅。闇の欠片に縛られていた恋人の魂も解放される】
【アスクレピオスが『闇の欠片』を回収して冒険者協会の人達の治療を開始】
【重傷で動けないサイフォス達に代わって6階の人達を助けてほしいと頼まれる】

542 :エール :2021/10/25(月) 00:46:23.16 ID:Oft1/VE/.net
>>536
【聴いてくれたのっ!?ありがとう!まぁ遊戯王観てて知った曲なんだけどね……えへへ】
【1番の歌詞がエールがダヤンと出会って目標目指して冒険を続けていく感じに聴こえちゃって……】
【私も話の全体像はふわっとしてるけど……これからもよろしくね!えへへ!】

543 :エール:2021/10/27(水) 19:48:03.25 ID:uumbpMDw.net
【あ……サイフォスさんがちゃんと見てたよって言ってたけどあの人気絶してた……】
【えーとえーと……ちょうどダヤンがかっこよく闇の欠片を弾き飛ばしてる辺りから起きてたってことにしてて!お願いします!】

544 :ダヤン:2021/10/29(金) 00:52:51.36 ID:DHKMGxne.net
>542
【ガール・ミーツ・キャットにゃね! こちらこそこれからもよろしくにゃ!】
>543
【了解にゃ、全然問題ないにゃ! “かっこよく”!? 照れちゃうにゃー!】
【明日(今日?)の夜には投下できそうにゃ】

545 :ダヤン:2021/10/30(土) 03:55:13.08 ID:mYOSejhx.net
>「うっ、うぉぉぉぉ…………貴様ぁ……使い魔ぁぁぁぁ……!?」

瘴気の腕の衝撃は来ず――代わりに聞こえてきたのはスケルトンキングの呻き声だった。
飛び出した黒猫が、最後の欠片を弾き飛ばしてくれたようだ。

>「こ……こんな馬鹿なことがあっていいのか……。
 アンデッドを増やして……増やして……増やす……それがもう果たせない……!」

>「ダヤン!使い魔さんも……大丈夫!?」

「使い魔にゃんのお陰でオイラは大丈夫にゃけど……」

武器を介したダヤンはともかく、使い魔の猫は、闇の欠片を素手で触ったのだろう。
悪い影響がなければいいのだが……。
などと思っていると、一同は温かな光に包まれていく。光はやがて人の形を成した。

>「彼と猫ちゃんなら大丈夫……心配いらないよ……」

「あなたは……!?」

>「アンドレイ……なの……?」

さっきまでのスケルトンキングとは似ても似つかない、端正な顔立ちの好青年だ。
もちろん見た目だけではなく、滲み出るオーラが全く違う。
これが、アンドレイの本来の姿なのだろう。

>「アクリーナ……君を置いて旅に出てすまなかった。
 君を危険な目に遭わせたく無かったんだ……それに必ず戻るつもりだった……」

>「そうよ……なんで……なんで私を置いていったの?
 私……寂しかった。ずっと貴方に会いたかった……」

アンドレイが無限迷宮に挑んだのは、友人の捜索を頼まれたためのようだ。
悲しいことだが、このように知人の捜索のために無限迷宮に入って
ミイラ取りがミイラになってしまう例は、後を絶たない。

>「だからといって彼らを責めないであげてほしい。アクリーナ……勝手かもしれないけれど。
 ……これからは前を向いて。僕のことを忘れてもいい。君の幸せのために……生きるんだ……」
>「僕はずっと見守っているから。遠い遠いところで……ずっと……」

アンドレイの姿は徐々に薄れていき、光の粒となって消えてしまった。
それを見届けたアクリーナは、涙を流しながらも穏やかな顔をしていた。
もうすっかり正気に戻っているのだろう。
そんな彼女をしばらくそっと見守っていると――

>「……愛の力だな」

「あ、アスクレピオスにゃん……!」

突然、アスクレピオスが現れる。毎度のごとく神出鬼没である。
さっきはアクリーナとの交渉のためにとっさに彼の名前を出したが、
ご本人登場でなんだか本当っぽくなった。

>「君の死霊術と愛の力が合わさった奇跡だと私は解釈する。
 魔法とは必ずしも理論化されておらず、魔法使い達の感覚によるところも大きい」
>「魔力を源にして森羅万象を引き起こす力……その深奥は深く、限界もない。
 ……君の話を思い出してここに来た。これからどうする。死者蘇生の研究を続けるのか」

546 :ダヤン:2021/10/30(土) 03:57:58.30 ID:mYOSejhx.net
>「……嘘じゃなかったの。……私……これからも研究を続けるわ。
 ただ……それは死者蘇生の方法じゃない。死者の声を正しく届けるための研究をする。
 この階に来る人は皆、死の悲しみを断ち切れない人ばかり……私のようにね」
>「でも私はもう大丈夫。冥界から引きずり出さなくても、アンドレイは私を見守ってくれる。
 だから悲しみを癒す手伝いをしてあげたいの。もう『闇の欠片』にも頼らない。
 私の死霊術ならそれが出来る……そんな気がするから……」

「アクリーナにゃん……」

>「……今まで……ごめんなさい。言い訳はしない。私はあなたを軽く見てた。
 でも……もしも。もしも許してくれるなら……私の研究を手伝ってくれる?
 私、研究に没頭すると外出しないもの……あなたの力が必要だわ」

アクリーナは使い魔の黒猫に許しを乞い、黒猫はもちろんというようにアクリーナにすり寄る。
闇の欠片を回収するアスクレピオスは――

(にゃにゃ!? 今一瞬笑った……!?)

今まで表情一つ動かさなかった人がほんの少しでも微笑むと、印象に残るものである。
続いて、アスクレピオスはサイフォス達の治療にあたる。
アスクレピオスが来なかったらどうなっていたか分からない重傷だが、
幸い彼の治癒魔法なら1週間程度で治るようだ。
しかし、サイフォス達は先を急いでいるようで。

>「……わりぃ……こいつは泣き落としだ。約束を先延ばしさせてくれ。
 二人とも9階へ行く前にポータルストーンで6階に行っちゃくれねぇか……?」

「6階!? にゃにがあるんだにゃ……?」

>「今……6階の拠点は魔物の襲撃を何度も受けてる。
 理由は分からんが……過去に熾天使のカノンが倒した魔物のボスが復活したらしい。
 お礼参りのつもりらしいがしつこくて犠牲者が多数出てる。俺達はすぐに加勢に行かなきゃならない」

「そんにゃあ!?」

力になりたいのは山々だが、ベテラン冒険者集団の代わりに二人がいったところで大して役に立つとは思えない。
エールも似たようなことを思ったようで。

>「あの……協会所属の他の冒険者を派遣することはできないんですか?」

>「そうしたいところだが……そいつには時間が要る。それに復活したボスは『闇の欠片』を5個所持してるそうだ……。
 俺達は3個持ってるスケルトンキング風情にこのザマだぜ……信頼できる奴を送り込まなきゃ意味がない。
 お嬢ちゃんとダヤンの戦い……ちゃんと見てたよ……あれだけ出来ればもう一人前さ」

「オイラ達だけじゃ無理だったにゃ。
サイフォスにゃん達が身を呈して守ってくれたからにゃ……」

>「無理を承知で……頼む。二人の力を6階の連中に貸してやってくれねぇか……?」

二人を庇って重傷を負った者の頼みを、無碍にするわけにはいかない。
そして、今6階で起きている騒動はエールの姉が以前倒した魔物のお礼参りときた。

547 :ダヤン:2021/10/30(土) 03:59:37.97 ID:mYOSejhx.net
>「もちろんです。私に出来ることなんて限られてるけど……頑張ってみます」

「オイラ達に任せて、早く怪我を治してにゃ……!」

>「6階……いや、その復活した魔物には私も用がある。
 ……だが……この冒険者達を治す間はこの階から動けない」

いつの間にやら、ダガーの1本がアスクレピオスの手の中にある。

「いつの間に!?」

もちろん、かすめ取られた覚えはない。物体を瞬間移動させる魔法でも使ったのだろうか。
ダヤンが驚いている間に、アスクレピオスはダガーに付与魔法のようなものをかける。

>「私の『浄化の力』を込めておいた。
 一時的な効力だがしばらく魔物やアンデッドに対して特効を得られる」

「あ、ありがとにゃ……!」

アスクレピオスはダガーをダヤンに返すと、他の冒険者たちを診始める。

>「ダヤン、町で人を集めて怪我してる人達を運ぼう!ここじゃあ治療できないよ!」

「にゃん!」

エールの後を追いかけようとして、いったん立ち止まってアクリーナを振り返る。

「ここには死者達の無念から生まれた恐ろしいモンスターが巣くってて、
アクリーナにゃんはそれを抑えようとしていたんだにゃ。そういうことにするにゃ。
アクリーナにゃんはこれからみんなの哀しみを癒していくんにゃから……」

応援を読んでくる際には必然的に、怪我人がたくさん出た経緯を話すことになるが、
全てを正直に言ってはアクリーナは危険人物として即刻監獄送りになりかねない。
死者蘇生の研究を辞めるなら監獄送りにはしないというのが、当初からの冒険者協会の決定だ。
大怪我を負ってしまったサイフォス達だが、幸いアスクレピオスの登場により全員完治が見込める。
当初の決定のとおり、彼らもまた、正気を取り戻したアクリーナが監獄送りになるのは望まないだろう。
ダヤンは再び踵を返し、エールの後を追いかけた。

そして、エール達が呼んだ応援によって冒険者達は教会に運び込まれ、
アスクレピオスはそこで暫く治療にあたることになった。
アクリーナは彼の計らいで、研究場所として教会の一室をあてがってもらえることになったようだ。
尚、すぐにブーストハーブの反動がきてヘロヘロになるかと思われていたが、何故かそうならなかった。
『彼と猫ちゃんなら大丈夫』と言っていた、アンドレイの光の効果なのかもしれない。
なので、二人は先を急ぐことになった。
サイフォスの口ぶりから、6階の事態は一刻を争うと思われるのだ。

「お世話になりましたにゃ。6階の皆の役に立てるよう頑張ってくるにゃ……!」

アスクレピオス達が見守る中、ポータルストーンの効果が発動し、エールとダヤンの姿がその場から消える。
二人はポータルに飛び込んだ時と同じような感覚に包まれた。

548 :エール :2021/10/31(日) 01:07:39.48 ID:r3LNuOzs.net
町の外へ出て教会へ行くと事情を話して町の人達を集めてもらう。
モタついている暇はないので説明はある程度端折った。ちょっと上手く言ったのだ。

女死霊術師が抑えていたアンデッドが暴れ出し、地下墓地に踏み入った多数の冒険者が負傷したのだと。
実際、最初アクリーナは被害を恐れて人を近づけまいとしていたのだから嘘は言っていない。
そして担架を持って地下墓地へ行くと、アスクレピオスが外で待っていた。

「応急処置は済んでいる……全員命に別状はない。瘴気による汚染の心配もないのでそのまま入って構わない。
 これから本格的な治療のため教会を借りさせてもらう。彼らの腐り落ちた人体を完全に再生させたい」

これもアンドレイの魂が発した温かな光の力か。
高濃度の瘴気は時として感染症など様々な悪影響を及ぼすのだが、その心配はないようだ。
エールは担架を持って人を運ぶのを手伝う。教会までは少し距離があった。

「ああは言ったけど……別に構わないのに。虫が良いのは理解してるわ」

教会の前でアクリーナはばつが悪そうに言った。
死者蘇生の研究によって地下から漏れ出した瘴気がこの階のアンデッドを強化し迷惑を掛けたこと。
自身が作り上げた怪物、スケルトンキングが冒険者協会の人達を傷つけてしまったこと。
そして自身も『闇の欠片』の精神汚染でスケルトンキングに与したこと。

その全てが許されることではない。
確かにサイフォスは死者蘇生の研究さえ辞めればお咎めなしだと言ってくれていた。
だが人の目というのは厳しい。全てが明るみに出た時、他の人達から非難されないとは限らない。
その意見が膨らめば何らかの罰を受けさせたりこの階から追放すべきだと動く者もいるだろう。

この迷宮には明確な『法律』がない。
国を築く者もいるが、おおよそは流浪の民や冒険者が集まってできた拠点があるだけ。
秩序を守る手段は人々の意見と良識のみ。だから非難が集中する状況は非常にまずい。
この無限迷宮で行われる処罰が公正であるかなど誰にも分からない。ならば丸く収めた方がいい。

「……君はこれから教会で暮らせ。墓地は死者が眠る場所であって生者が住む所ではない」

アスクレピオスは数瞬の時を置いてアクリーナにそう告げた。
教会の僧侶が言っていたのだ。地下墓地で病的な研究を続ける彼女の噂を聞いて心配していたと。
何かしてあげられることはないかと話していて、アスクレピオスはただ部屋を貸してあげればいいと言っただけだ。
そしてアクリーナはますます申し訳なさそうに縮こまった。

「死霊術師の寝床なんて墓地でいいのに……。なぜそこまでしてくれるの?」

その問いに対してしばらくの沈黙を保っていた。
やがて顔の右半分を覆う仮面に触れると静かに外す。
――アクリーナは驚いたが、咄嗟に隠していた顔を見せてくれた意味を考えた。

きっと何か自分に伝えたいことがあったのだ、と。自分はそれを受け止めなければならない。
死霊術師柄、時に惨い亡骸を見かけることがあって良かったと思った。
その耐性が無ければきっと目を背けるくらいはしていただろう。

「……君はこれから生者と死者の仲立ちをする。それには生きている人達との交流が不可欠だ。
 誰かの助けになりたいと願うなら決して孤立するな。全ては他者の理解なくして始まりはしないのだから」

不気味な地下墓地にいたままでは5階の人達とは打ち解けられない。
たとえ研究が完成してもアクリーナ自身が敬遠される存在では悲しみに寄り添うことなどできない。
それでは意味がないのだ。仮面をつけ直すと、冒険者協会の人達を運び終えたエール達がやってくる。

549 :エール :2021/10/31(日) 01:25:36.94 ID:r3LNuOzs.net
視線を手に移せばサイフォスから借りたポータルストーンを握りしめている。
これからいよいよ6階へと行く気なのだろう。エールはアスクレピオスに色々質問したかった。
なぜ『闇の欠片』を集めているのか、とか。七賢者とは何なのか、とか。単純なことばかりではあるが。

特に七賢者というワード。かつて1階で倒したゴブリンキングも口にしていた。七賢者から『闇の欠片』を貰ったと。
アクリーナもはっきり言っていた。七賢者は『闇の欠片』を回収するだけではなく配りもしている……。
この迷宮に、混乱と悲しみを振り撒いている可能性がある。

それとどう向き合えばいいか……人を救おうとしている彼に今、聞いていいのか。迷った。
結局のところエールは心の中で握り潰したが、意外なことに質問をぶつけてきたのはアスクレピオスの方だった。

「……一つ聞きたいのだが」

「……なんですか?」

「君達は何か目的があって9階を目指しているんじゃないか。なのになぜ寄り道をする。
 『闇の欠片』にも関わるなと忠告したはずだ。なぜ……無関係なことに顔を突っ込むんだ」

1階と2階では依頼を通して偶然遭遇しただけで、当初はあくまで無関係というスタンスだった。
だが4階では自分から関わってしまったし、この5階でも一度撤退こそしたが決して逃げる気はなかった。
『闇の欠片』が原因で困ってる人達とたびたび関わってしまう理由。助けたいと思う根源の理由とはなにか。

「私……お姉ちゃんを探して無限迷宮に来たんです。お姉ちゃんは誰かに手を差し伸べられる人でした。
 だから私もそうでありたい……のかも。私が誰かの助けになれているのか分からないけれど……」

「……そうか。無用な質問をしてすまなかった。だが無理はしない方が良い。
 私も人を探している。見つかるといいな、君のお姉さん」

「……お姉ちゃんはカノンって言うんです。アスクレピオスさんも……見つかるといいですね」

エールが不意に姉の名を口にした途端、アスクレピオスは怪訝な顔をした。
だがこの場でそのことを深く話す暇はなかった。話したところで彼女達は6階へ行かねばならない。

>「お世話になりましたにゃ。6階の皆の役に立てるよう頑張ってくるにゃ……!」

「それじゃあ行ってきます!アスクレピオスさん……皆さんをよろしくお願いします」

ポータルストーンが起動して足元に見慣れた転移の魔法陣が浮かぶ。
待ち受けているのは魔物がはびこる6階。二人は次なるステージへと足を踏み入れる。


――――――…………。

身体がふわっと浮いたかと思うと目の前の景色が一瞬で変わり、緩やかに地面に着地する。
ポータルストーンになってもこの感覚は変わらない。周囲を見渡せば民家が目立つ。
どうやら6階の拠点の中にいるようだ。変な場所に転移しなくてよかった。

「あ、貴方がたは……!冒険者協会の人達ですわん!?」

転移の瞬間を見ていたのか、恐れおののいた様子で幼い獣人の少年が路地から飛び出してくる。
頭から垂れ下がった大きな耳に、くりくりの大きな瞳。つんと立った鼻。犬種の獣人だ。
キャソックを身に纏っていて小さな手で聖書を握りしめている。まるで神父である。

「あ……その……冒険者協会の代わりに来た、銃士のエールです」

「そ、そうでしたか!失礼しましたっ!こちらへどうぞ!案内致しますわん!」

幼き犬の獣人は慌てた様子で頭を下げた。
二人を連れて、尻尾を激しく左右に振りつつ町中を駆けていく。

550 :エール :2021/10/31(日) 01:28:19.99 ID:r3LNuOzs.net
――6階。砂漠エリアの拠点、砂の町サンドローズ。
果てなき熱砂の癒しオアシスに咲いた一輪の薔薇である。

その一角にある酒場に案内され入っていくと、中には冒険者達が滞在していた。
皆、どこか殺気立っており何かが来るのを常に警戒している様子だ。
その証拠に誰もが手元に武器を持ったまま、いつでも戦える状態でいる。

「隊長っ、冒険者協会より加勢に参じてくれた二人をお連れしましたわん!」

尻尾をぱたぱた振りながら犬の少年が高らかにそう報告する。
すると窓際の席に座っていた一人の獣人が立ち上がった。
20歳くらいの狐の獣人だ。白い軍服風の装いで腰にはサーベルを帯びている。

「案内ご苦労。まぁこちらへ掛けたまえ」

狐の獣人は着席を促すと、エールは頭を下げて椅子に座る。
何も頼んでもないのに店員が席にやって来て飲み物を三つ置いてくれた。
ガラスのコップの中にはキンキンに冷えた氷に紅茶が香っている。
アイスティーだ。コップの中でカラン、と氷が鳴った。

「私は冒険者ギルド『砂漠の狐』のギルドマスター、ロンメルだ。協力感謝する」

『砂漠の狐』は外の世界から財宝発掘の夢を追ってやってきた冒険者の集団だ。
主にこの6階を中心に活動しており、冒険者協会の傘下にも入っている。
もちろん拠点であるサンドローズの維持も彼らの仕事だ。
元軍人のロンメルは同じギルドの冒険者からは隊長と呼び親しまれている。

「私は銃士のエールです。よろしくお願いします」

「うむ。来るのはサイフォスだと思っていたが、何かあったのかな」

ロンメルの鋭い嗅覚にエールは「それが……」と切り出す。
5階で依頼をこなしていたところ魔物相手に重傷を負いしばらく動けなくなった。
代わりに頼まれてやって来たのが自分と仲間のダヤンなのだと。

「詳細は分かったよ。彼が信用したのだから私も信用するとしよう。
 話は聞いているだろうがこの拠点は連日魔物の群れに襲撃されていてね……。
 猫の手も借りたい状況なのだよ。不幸中の幸いと言うべきか、死者は出ていないがね……」

5階の拠点、ネクログラードには結界が張られていたがここにはない。その意味がないからだ。
襲ってくる主な魔物はマミーで、つまりアンデッドである。その不死性を活かして延々と襲ってくる。
怪我人が続出しておりそれを率いる魔物のボスもまたアンデッドなのだと説明を受ける。

551 :エール :2021/10/31(日) 01:31:12.26 ID:r3LNuOzs.net
ロンメルは肘を机に乗せて手を組む。

「マミーを率いる"やつ"は高位のアンデッドでね。
 スケルトンなどのように粉々にして破壊したり火で焼いても死なない。
 『死』という概念自体が無いんだ。どれだけ倒しても復活する……厄介な奴さ」

今は『闇の欠片』を5個所持しているから、そもそも倒すのが困難なのだがとも言った。
ただ一度倒しさえすれば復活を阻止する方法もあるのだとも話す。

「さっき君達を案内した子がいただろう?グデーリアンというんだが。
 彼は見習いの僧侶で、倒すことができればエクソシズムってヤツで成仏させられる」

「は、はい!頑張りますわん!」

ガタガタッと物音がしたかと思うと再び犬獣人の少年が酒場に入ってくる。
外から聞き耳を立てていたらしい。用が済むとスタタッと素早く酒場の扉を出ていく。
扉に備えつけてある鈴の音をチリンチリンと取り残して。

魔物のボスは高位のアンデッドゆえにそんじょそこらの僧侶の力では昇天させられない。
他のアンデッドにも言えるが、生への未練から魂が天に召されることを酷く拒絶するのだ。
そこで一度倒して物質世界との繋がりを弱め、その隙に聖なる力で強制的にあの世に帰ってもらう寸法だ。

グデーリアンはその僧侶としての能力でマミーの退治や怪我人の治癒にも貢献してくれているという。
まだ12歳という若さだが『砂漠の狐』に欠かせない仲間だとロンメルは言った。

「……その……マミーを率いている魔物を倒す方法なんですが……。
 私が考えた作戦で何とか倒せないでしょうか……?」

「うむ?詳しく聞かせてくれたまえ」

サイフォスから頼まれた時点で、エールも考えなしに承諾したわけではない。
『闇の欠片』5個ぐらいなら『ハイペリオンバスター』で理論上は倒せるはずなのだ。
ただし、エール一人の魔力で倒すだけの威力は出せない。それこそ10人、20人集める必要がある。

そう。2階の時のように冒険者みんなの魔力を集めて『ハイペリオンバスター』を撃つのだ。
それこそがエールの作戦だ。ただこれはあまりに大掛かりで、準備中隙だらけだ。
魔力の充填にも時間がかかる。2階で実行した時は失敗してしまった。
5階では提案する暇も無く冒険者協会の面々が全滅した。

「ど、どうでしょうか……?」

「なるほど。大掛かりなのは考え物だね。あまりに目立つから待ち伏せることも難しい。
 奴も必ずここに顔を出す訳ではないし……正直おびき出せるかも分からん」

だが、とロンメルは不敵に笑った。

「……いっそこちらから仕掛けてみるか。動ける冒険者でかつ魔力を有する者がギルドに20人はいる。
 皆であいつの寝床まで乗り込んで荷電粒子砲をぶち込むんだ。もう一度成仏してもらおうじゃないか」

マミーを率いる魔物のボスは普段、町の外にある一番大きなピラミッドにいるという。
問題は20人で乗り込めばサンドローズの防備が手薄になるざるを得ない点。
つまりこれは失敗すれば拠点が壊滅しかねない起死回生の大勝負。

552 :エール :2021/10/31(日) 01:33:08.13 ID:r3LNuOzs.net
エールも正直そこまで考えていなかったので、大丈夫なのかと心配し始める。
するとロンメルは爽やかに笑って「作戦の立案者なら自信を持つことだ」と言った。

「今のはちょっとした思いつきだよ。具体的な作戦はちゃんと皆で考えよう。
 ……だが、現状の戦力で奴を倒すには君の魔導砲に頼るのが一番かもしれないな」

話が一段落してエールはほっとすると途端にとても暑いことに気づいた。
ここは砂漠だ。気候も乾燥していて非常に暑い……温度計は40度をオーバーしている。
エールは寒い寒い北方大陸の出身だ。よって寒冷地には慣れているが暑さはてんでダメなのだ。
着ている銃士の隊服も長袖かつ分厚いので汗ばむ。だが隊服を脱ぐのは乙女の恥じらいが拒否する。

下には黒のタンクトップを着ているがそんな大胆な真似できるわけがない。
エールはさり気なくハンカチで汗を拭うと結露したアイスティーを一気に飲み干した。
少しだけ暑さが和らぐと、ロンメルが飲み干した分のおかわりを頼みながらこう話す。

「……流石はカノン君の妹だね。この戦いに希望が見えたよ」

「あの……私のお姉ちゃんがカノンだって、何で……」

「顔を見ればすぐに判るよ。君には面影がある」

すると再びグデーリアンがガタガタッと物音を立てて酒場に入ってきた。
外から聞き耳を立てていたわけではない。血相を変えてぜぇぜぇと息を切らしている。

「た、隊長っ!敵襲です!町にマミーが現れましたですわん!!」

がたがたっと酒場の冒険者達が一斉に立ち上がった。
ロンメルもまた動揺することなく席を離れて皆に命令を飛ばす。

「出撃するぞ!各員は必ず小隊を組んで退治にあたれ!
 火は持ったか!?マミーには有効だ、隙があれば燃やしてしまえ!」

『砂漠の狐』の冒険者達が駆け足で酒場を飛び出していく。
エールはその様子を故郷で銃士として軍属をしていた頃を思い出した。
懐かしい……良い思い出はひとつもないけど。

かつて所属していた部隊の隊長は怖いしすぐ怒鳴るし、人の命を軽く見ている節があった。
だがロンメルという人物は信頼できる人の気がした。元軍人っぽいのに人柄が優しい。
――この人になら命を預けられる!直感的にそう思った。

「た、隊長ぉ!私達は如何すればよろしいでしょうか!?」

ひしっとロンメルの背後にひっついてエールは命令を待った。
グデーリアンが隊長と呼ぶのでついつい自分もそう呼んでしまった。

「うむ、君達二人には広場に現れるマミーを任せる!
 広場にはオベリスクという石柱が建っているからすぐ分かるだろう」

553 :エール :2021/10/31(日) 01:34:45.32 ID:r3LNuOzs.net
『砂漠の狐』の冒険者達は組織だって行動している。
三人程度で小隊を組み、それぞれ割り振られた担当地区へと即座に向かう。
拠点はここ連日ずっと魔物に襲われているので、非戦闘員はうろついていない。
ロンメルもまた自分の担当する場所へと歩きながら振り返って二人を一瞥する。

「民家を襲うマミーは優先的に倒すこと!ただし自分の命を守るのも忘れるな!
 マミーを率いている魔物が現れたら深追いせず撤退したまえ!見た目は黄金の棺だ、一目で分かる!
 それと……なるべく『ハイペリオンバスター』の使用は控えてほしい。奴らに作戦を悟られたくないからね」

「はいっ!了解です!」

ロンメルと別れるとエールは背負っていた魔導砲を構えて路地を突っ走る。
サンドローズの地理は分からないが、民家の屋根の上にちらちらと見える石柱を目指せばいい。
そして広場に到着すると、ざざざっと砂埃を巻き上げながら停止して周囲を見渡す。

魔物はいない。一体どこから襲ってくるのか。
ふと足元が気になる。広場は舗装されているがところどころ捲れていた。
砂地の露出している箇所がいくつもあるのだ。なぜだ。

じっと警戒していると突然舗装されている地面がぼこっと膨れ上がった。
次に砂を噴水みたいに飛び散らせて腕が現れた。身体を乗り出し、地面から這い出てくる。
現れたのは全身を包帯で巻いた魔物。アンデッドのマミーだ。この拠点に結界のない理由が分かった。
結界は地上に張るものだから、下から現れる魔物には意味がないのだ。

「オオッ……ヨウヤク到着シタ〜……」

「イツモ遠イヨネ……早ク人間ヲ襲ワナイトネ……」

「ヤベッ……ピラミッドデ出勤ノタイムカード切ルノ忘レテタ……」

しかも喋る。5階で遭遇したスケルトンやゴーストはそんな能力なかった。
階が1つ上がったぶんだけ魔物も強くなっているということか。

マミー達は続々と下から現れる。瞬く間に十数匹程度がうろうろと広場を彷徨う。
エールとダヤンは眼中にない。不死だからだ。やれるもんならやってみろということだろう。
構わず民家を襲うため散っていこうとする。それが冒険者の嫌がる行動だと知っている。
拠点を守るための戦いの幕はとっくに上がっているのだ。


【舞台は6階の砂漠エリアに移ります】
【ギルド『砂漠の狐』のロンメルから説明を受けて戦闘に突入する】

554 :エール :2021/11/02(火) 23:27:02.08 ID:yddZBxMJ.net
>>548
【×町の外へ出て教会へ行くと 〇地下墓地の外へ出て教会へ行くと でした。失礼しました】

555 :ダヤン:2021/11/05(金) 23:02:34.68 ID:lD8+0N2t.net
>「それじゃあ行ってきます!アスクレピオスさん……皆さんをよろしくお願いします」

転移中の束の間の間、ダヤンは先ほどアスクレピオスがアクリーナに素顔を見せた時のことを思い出していた。
ダヤン達からは素顔は見えなかったが、それを見たアクリーナは一瞬驚いているように見えた。
ということは、単なる趣味等ではなく、意味があって――
おそらく、何かを隠すために仮面を付けているということだろう。
傷を隠しているのだとしたら余程酷いか、あるいは普通は無い異様な何かがあるのかは分からないが……
そんなことを思っている間に、周囲の風景が変わり、地面に着地する。

>「あ、貴方がたは……!冒険者協会の人達ですわん!?」

現れたのは、犬種の獣人の少年。
ダヤンと同じぐらいの背格好だが、神父のような服装をしている。
ところで、獣人族には種によって特徴的な訛りがある。
それは特に語尾に強く表れ、猫種なら「にゃ」犬種なら「わん」が代表的だ。

>「あ……その……冒険者協会の代わりに来た、銃士のエールです」

>「そ、そうでしたか!失礼しましたっ!こちらへどうぞ!案内致しますわん!」

「よろしくお願いしますにゃん」

二人は、冒険者達が滞在してる酒場に案内された。

>「隊長っ、冒険者協会より加勢に参じてくれた二人をお連れしましたわん!」

隊長と呼ばれたのは、まだ年若く見える狐の獣人だ。

>「案内ご苦労。まぁこちらへ掛けたまえ」

狐種の特徴的な語尾は「こん」だが、彼は標準語を習得しているのだと思われる。
同じ田舎出身でも、方言丸出しの者とそうでない者がいるのと似たようなものだろう。
席に着くと、店員がアイスティーを持ってきてくれた。

>「私は冒険者ギルド『砂漠の狐』のギルドマスター、ロンメルだ。協力感謝する」

(ギルドマスター!? 若いのに凄いにゃ〜)

若いといってもダヤンよりはかなり年上なのだが、
ギルドマスターといえばおっさんというイメージがあったのだ。

>「私は銃士のエールです。よろしくお願いします」

「オイラはダヤン。冒険者としてのクラスは一応スカウトにゃ。よろしくお願いしますにゃん」

>「うむ。来るのはサイフォスだと思っていたが、何かあったのかな」

>「それが……」

ベテラン冒険者集団の代わりに来たのが駆け出し2人ではどう思われるだろうか、
と一瞬心配になったが……

556 :ダヤン:2021/11/05(金) 23:03:53.83 ID:lD8+0N2t.net
>「詳細は分かったよ。彼が信用したのだから私も信用するとしよう。
 話は聞いているだろうがこの拠点は連日魔物の群れに襲撃されていてね……。
 猫の手も借りたい状況なのだよ。不幸中の幸いと言うべきか、死者は出ていないがね……」

「猫の手ならあります! 頑張りますにゃ!」

この”猫の手も借りたい”は単なる慣用句だと思われるが、
何にせよ猫の手を借りたいと言われて気合が入るダヤンであった。

>「マミーを率いる"やつ"は高位のアンデッドでね。
 スケルトンなどのように粉々にして破壊したり火で焼いても死なない。
 『死』という概念自体が無いんだ。どれだけ倒しても復活する……厄介な奴さ」

>「さっき君達を案内した子がいただろう?グデーリアンというんだが。
 彼は見習いの僧侶で、倒すことができればエクソシズムってヤツで成仏させられる」

>「は、はい!頑張りますわん!」

「へぇ〜、君って凄いんにゃね……! あ、行っちゃった……」

グデーリアンというらしいワンコ少年は、入ってきたと思ったらすぐに出て行った。
まるでちょこまかした小型犬のようだ。

>「……その……マミーを率いている魔物を倒す方法なんですが……。
 私が考えた作戦で何とか倒せないでしょうか……?」

>「うむ?詳しく聞かせてくれたまえ」

エールが考えた作戦は、人をたくさん集めてハイペリオンバスターを撃つというものだった。
ハイペリオンバスターはたくさん魔力を集めれば集めるほど強くなるらしく、
上限があるのかは分からないが、少なくとも10人分や20人分の魔力は集められるようだ。

>「ど、どうでしょうか……?」

>「なるほど。大掛かりなのは考え物だね。あまりに目立つから待ち伏せることも難しい。
 奴も必ずここに顔を出す訳ではないし……正直おびき出せるかも分からん」

>「……いっそこちらから仕掛けてみるか。動ける冒険者でかつ魔力を有する者がギルドに20人はいる。
 皆であいつの寝床まで乗り込んで荷電粒子砲をぶち込むんだ。もう一度成仏してもらおうじゃないか」

「にゃんと大胆な……!」

>「今のはちょっとした思いつきだよ。具体的な作戦はちゃんと皆で考えよう。
 ……だが、現状の戦力で奴を倒すには君の魔導砲に頼るのが一番かもしれないな」

「作戦の要だって!? すごいにゃね、エール……!
……この階は熱いにゃね……」

ダヤンは猫なので熱いのも寒いのも苦手だ。
そういえばエールは、この階には暑そうな服を着ている。
隊服は戦うための服なので、防御力の観点でいくと、
長袖である程度の分厚さがあるのは当たり前といえば当たり前なのだが。
軽装且つ防御力が高いという装備もなくはないが、
必然的に魔力が付与されているマジックアイテムとなるのでどうしてもお高くついてしまう。

557 :ダヤン:2021/11/05(金) 23:05:06.57 ID:lD8+0N2t.net
>「……流石はカノン君の妹だね。この戦いに希望が見えたよ」

>「あの……私のお姉ちゃんがカノンだって、何で……」

>「顔を見ればすぐに判るよ。君には面影がある」

「エールとお姉ちゃんは似てるんにゃね……!」

と、少しほっこりした会話を繰り広げていたが、グデーリアンが息を切らしながら入ってきた。

>「た、隊長っ!敵襲です!町にマミーが現れましたですわん!!」

>「出撃するぞ!各員は必ず小隊を組んで退治にあたれ!
 火は持ったか!?マミーには有効だ、隙があれば燃やしてしまえ!」

冒険者達は一瞬にして戦闘態勢になり、出撃していく。

>「た、隊長ぉ!私達は如何すればよろしいでしょうか!?」

>「うむ、君達二人には広場に現れるマミーを任せる!
 広場にはオベリスクという石柱が建っているからすぐ分かるだろう」

遠くからでも見える石柱を目指して駆ける。

>「民家を襲うマミーは優先的に倒すこと!ただし自分の命を守るのも忘れるな!
 マミーを率いている魔物が現れたら深追いせず撤退したまえ!見た目は黄金の棺だ、一目で分かる!
 それと……なるべく『ハイペリオンバスター』の使用は控えてほしい。奴らに作戦を悟られたくないからね」

「了解ですにゃ!」

広場に到着する。
特に変わったことはなさそうだ……と思いきや、不自然に舗装が捲れているところがある。
と思っていたら、突然地面が膨れ上がり、腕が出てきた!

「ぎにゃあああああああ!?」

現れたのは全身包帯ぐるぐる巻きアンデッド、つまりマミーだ。

558 :ダヤン:2021/11/05(金) 23:07:14.93 ID:lD8+0N2t.net
>「オオッ……ヨウヤク到着シタ〜……」

>「イツモ遠イヨネ……早ク人間ヲ襲ワナイトネ……」

>「ヤベッ……ピラミッドデ出勤ノタイムカード切ルノ忘レテタ……」

(喋った……!? しかも出勤制!? こいつら仕事で人襲ってるのにゃ……!?)

アンデッドといえば大した知性も残っておらず、本能や生前の執着に従って人を襲う、
というイメージだったが、このマミーたちはそうではなさそうだ。
情報量が多すぎて暫し混乱するダヤン。
マミーは雨後のたけのこのごとく現れ、瞬く間に十数匹程度が広場をうろつく地獄絵図となった。
意外なことに、エールやダヤンはスルーして、さっさと散っていこうとする。
ダヤンは思わずツッコんだ。

「襲わないのにゃ!?」

「コッチハ忙シインダカラ……オ前ラノ相手シテのるま達成出来ナクナッタラ困ルノダ」

これも、単に目の前にいる生物に反応して襲い掛かる等というわけではなく、戦略的に行動しているからなのだろう。
もちろん、このまま民家を襲いに行かせるわけにはいかない。
アスクレピオスに強化してもらったダガーの威力を試すときがきたようだ。

「聞いて驚け、今このダガーにはアンデッド特攻の魔力がかかってるにゃ。
切り捨て御免にゃ!」

「ナニ!?」

意気揚々と切りかかるダヤン。――が、ダガーは表面の包帯を薄く削いだだけで、何も起こらない。

「あれ」「アレ」

一瞬の微妙な空気の後。

「ギャハハハハハ! 間抜ケメェ! 死ネェ! ……イテッ」

マミーは体当たりを仕掛けようと突進してきて……途中でこけた。
実は、先刻のダヤンの攻撃で包帯が一か所切れてぴろっとほどけており、それを自分で踏んで転んだのだ。

559 :ダヤン:2021/11/05(金) 23:08:46.55 ID:lD8+0N2t.net
「隙ありっ!」

ダヤンはすかさず包帯の端を掴み、思いっきり引っ張った。

「えいにゃああああああああ! 丸裸にしてやるにゃあああああ!」

「ゴ無体ナアアアアアアアアア!!」

包帯が面白いようにほどけていく。
普通はぐるぐる巻きになっているものを引っ張ってもそんなに簡単にはほどけないが、
これもアンデッド特攻の強化がされたダガーで切りつけた効果なのかもしれない。
格好よく表現すれば存在に出来た綻びが包帯の綻びとして表れている、とか……。
ついに包帯が全部ほどけ……

「何もいないにゃ!? マミーに中の人はいないんだにゃ?」

包帯の中にはゾンビのようなものがいるのかと思いきや、そこには何も存在しなかった。
よく分からないがとりあえず倒せたということらしい。
あるいは消滅はしていなくて、裸を見せるのが恥ずかしすぎて(?)
とりあえずダヤン達の目の前からは消えただけかもしれないが。
もちろんこの間に他のマミーに攻撃されずに済んだのは、エールの援護があってこそだろう。

「よく分からないけど包帯全部引っぺがしたら倒せるみたいにゃ! この調子でいくにゃ!」

尚、マミーが消えてもほどけた包帯はその場に残っている。
いわゆるドロップ品ということだろうか。
そんなものを手に入れたところで不気味なだけで使い道はなさそうだが……

(もしかして、これを全身に巻き付ければマミーに変装できるにゃ……!?)

ダヤンは珍アイディアを思いついてしまった。
それはそうと、仲間の一人が包帯を引っぺがされたことで、マミーたちに動揺が広がる。

「早ク行コウ! 引ッペガサレルノハゴメンダ!」

「イヤ……コイツラ新顔ダシ、泳ガセテ万ガ一後ノ支障ニナッタラ困ル。
今ノウチに潰シテオイタ方ガイインジャナイカ!?」

最初は完全無関心だったが、少し興味を持たれてしまったようだ。
ある者は逃げようとし、ある者は襲い掛かかってくる。

560 :創る名無しに見る名無し:2021/11/06(土) 03:07:01.61 ID:S/0rQkY5.net
ヘッポコ「ボッシュート!」
マミー達は殲滅された。
ヘッポコ「危ないところだったな、もう大丈夫だ」

561 :エール :2021/11/06(土) 18:38:40.14 ID:aCuJezpM.net
マミー。包帯を全身に纏ったアンデッド。
中身はミイラであり、包帯を巻いているのは肉体の腐敗防止のためだ。
肉体が乾燥することで死体の原型を留めているという性質上、火が有効だと言われている。

エールはマミー達を広場から出さないようにプラズマ弾を敵の足元に発射し牽制を行う。
魔導砲の『弾』のひとつである火炎放射を使ってもいいのだが、火炎は射程距離が短いのだ。
広場に散らばっているマミー全てを足止めするためあえてプラズマ弾を選んでいた。

>「聞いて驚け、今このダガーにはアンデッド特攻の魔力がかかってるにゃ。
>切り捨て御免にゃ!」

一方ダヤンは『浄化の力』が込められた短剣を見せつけてマミーの一体と対峙している。
早速その効果を確かめるためマミーを斬りつけたが、包帯を切り裂いただけのように見える。
マミーは構わずダヤンに攻撃を仕掛けるが転倒。うっかり切れてほどけた包帯に足を引っかけたらしい。

>「えいにゃああああああああ! 丸裸にしてやるにゃあああああ!」

そして何を思ったのか更に相手の包帯をほどきはじめたのだ。
魔物とじゃれあっている場合ではないが、エールに忠告する暇はない。

>「何もいないにゃ!? マミーに中の人はいないんだにゃ?」

普通はいる。
だが実際に包帯の中には何もなかった――それをどう説明すればいいか。
エールはダヤンの短剣に宿った『浄化の力』が効力を発揮したとのだと勝手に解釈した。
最初は平然としていたことから、毒のように徐々にマミーの肉体と魂を清めて消滅させたのだろう。

>「よく分からないけど包帯全部引っぺがしたら倒せるみたいにゃ! この調子でいくにゃ!」

「そうなのかな……何かおかしい気が……」

とはいえ包帯を引き剥がすという行動も無駄だったわけではない。
さっきまでは完全無視だったが、二人を襲うマミーが現れはじめていた。
マミーだって魔物と化す前は人間。服の代わりの包帯を剥がされるのは嫌なのだろうか。

マミーの思考回路はさておき拠点を守るという目的を考えればかえって好都合。
投射する魔法を火炎放射に切り替えて襲ってくるマミーを燃やす。
乾燥しているだけあって効果覿面。瞬く間に広場のマミーの半数を倒した。

「私達がいる限りこの広場からは出さないよ……!覚悟してっ!」

魔導砲を構えた状態で広場から民家のある大通りへ続く一本道を陣取る。
だがその時、マミー達は交戦の姿勢を見せることなくなぜか道の左右にバラけはじめた。
まるで馬車が通る時のように。あるいは貴族や王族に平伏す時のように。

舗装されていた地面が派手に膨れ上がると何かが徐々にせり上がってくる。
それは全てが黄金で出来ており、顔と腕の装飾があって、両腕を×印に組んでいる。

「黄金の……棺……?」

死者を埋葬する棺というには、あまりに豪奢。
だが目の前に現れた物体に一番近いのは間違いなく『棺』だ。
ロンメルが言っていたことを即座に思い出す。黄金の棺はマミーを率いる魔物だと。

562 :エール :2021/11/06(土) 18:42:25.38 ID:aCuJezpM.net
まだ広場のマミーを全て倒したわけではないが、黄金の棺が現れたら深追いするなと言われている。
ここは一度撤退するしかない。ダヤンに向けて「すぐに逃げよう」とアイコンタクトを送る。

「運命か……これは……まさか……君は……」

黄金の棺の中からくぐもった声が響く。
マミーより流暢に喋ることからも上位の魔物であるのが窺える。
エールは魔物の言葉に耳を傾けることなく火炎放射で牽制を仕掛けながら後ろへ下がっていく。
見たところマミーの足はそう速くないうえ、棺も形状の問題から機動力は低いはずだ。

「……待つんだ……!……逃がさない……!」

すると黄金の棺が左右に勢いよく開いた。中身は真っ暗な深淵で何も見えない。
声がする以上は棺の中に何かが存在するはずだ。あるいは棺そのものが魔物なのか。
答えは出ないまま大通り目指して走ろうとして――同時、棺から複数の何かが飛び出した。

『包帯』だ。無数の包帯が素早く伸びてきて襲いかかってくる。
エールは横っ飛びで回避を試みるが、回避動作中に新たな包帯が伸びて腕に絡まる。
――それは魔導砲を持っている利き腕だった。すごい力で縛られ、反撃しようにも狙いが定まらない。

「……こっちへおいで……悪いようにはしないさ……」

本能的に危機を察して包帯を引き千切ろうとしたが、新たに包帯が伸びて足や身体に絡みつく。
たとえダガーなどで断ち切っても同じだ。やがて包帯はエールを完全に拘束する。

「うわっ……引っ張られる……!?」

伸びた包帯が今度は逆回しに動きはじめた。身体が黄金の棺へと引っ張られていく。
力が違い過ぎて抵抗の意味がない。一気に引き寄せられるとエールは黄金の棺の中に飲み込まれた。
左右の扉が厳かに閉じて黄金の棺はダヤンにこう言い放つ。

「……良いことを思いついた。最早この拠点を襲う理由はない。
 熾天使のカノンに伝えろ……お前の妹はカースドファラオの手中にあると」

黄金の棺が地面に沈んでいく。
そして完全に流砂の中へ消えるとマミー達もまた喜びながら地面の中へ。

「……ヤッタ……今日ハモウ……退勤シテイイラシイゾ……!」

「……撤収ダッテ皆ニ伝エナイトネ……オ家ニ帰レルヨ……!」

時を同じくして、サンドローズの各地区に現われていたマミー達も撤収をはじめる。
広場とは少し離れた路地で戦っていたロンメルはその様子を怪訝に思った。
今まで現れたマミー達はとてもしぶとく、最後の一体が昇天するその時まで戦いを辞めなかった。
だが、今日に限っては不自然なほど引き際が良すぎる。何かあったとしか考えられない。

「アッ……ロンメルダ……帰ル前ニヤッチマオウゼ……!」

「ソウダナ……アイツニハ何体モ仲間ガヤラレテルンダ……!」

563 :エール :2021/11/06(土) 18:52:29.61 ID:aCuJezpM.net
どうやらロンメルはマミー達の目の敵にされているらしい。
二体のマミーが獰猛に襲い掛かる。対してロンメルはそれを最小限の動きで躱してすり抜ける。
そして背後をとると握っていたサーベルを鞘に収めて一瞥した。

「……何ヲ余裕ソウニシテルンダ……!マダ戦イハ終ワッテナイゾ……!」

「……いや。もう終わっているよ」

ロンメルの言葉と共に、マミーの身体が崩れていく。
胴が、腕が、足が。輪切りにされて音もなく地面に落下する。
一瞬。すれ違いざまの一瞬に目にも留まらぬ速さでマミーを切り刻んだのだ。

しかし相手はアンデッド。ちょっと輪切りになる程度ではすぐにくっついて復活する。
そこで、路地に隠れていたグデーリアンが飛び出してきて十字を切った。
近寄ってしゃがみこみ、祈りを捧げればマミーの肉体が包帯を残して光の粒となり消滅していく。

やがてマミー達が完全に撤収すると戦いの喧騒はすっかり消えて、サンドローズは静寂に包まれた。
空を見上げれば、疑似太陽が他の階を照らすため6階を去ろうとしている。
それは暗く冷える砂漠の夜の到来を意味していた。


――――――…………。

右も左も。上も下も。どこに何があるのか分からない。身体の感覚さえも。
一切が闇で覆われた謎の空間の中にエールはいた。あるいは死んでしまったのかとさえ疑った。
しばらくすると何かが開く音がして、自分の身体は勢いよくどこかへ飛び出した。

「……あいたっ!」

硬質な床に身体を打ち付けると、エールはゆっくりと身体を起こす。
薄暗いが先程までの空間よりはずっとまともだ。自分は石材でできた何処かの部屋にいるらしい。
少なくともここはサンドローズではないのだろう。きっと魔物の棲家に違いない。

「ようこそピラミッドへ。手荒な真似をしてすまなかったね」

振り返るとそこには黄金の棺が立っていた。
左右の扉を開いているおかげか、くぐもった声が多少はっきり聞こえる。
本能的に魔導砲で身を守ろうと周囲を探るが――ない。魔導砲が見当たらない。

「余はカースドファラオ。アンデッドになってからはそう呼ばれている。
 気軽にファラオと呼んでくれると嬉しいな……君の名前は?」

「……エールです」

エールは致し方なく名乗ると、座り込んだまま黄金の棺を睨む。
ず……と棺の中の闇から一体の魔物が姿を現した。全身に包帯を巻いたマミーだ。
だが、棺の本体だけあってその雰囲気や佇まいは明らかにただのマミーとは異なっている。

カースドファラオと名乗ったそのマミーはおもむろに顔の包帯を解き始めた。
エールは干からびたミイラの顔を想像して緊張したが――現れた素顔は褐色肌の美形。
ふうと一息ついて、ファラオはエールに告げる。

「エールか。ではエール……君を客人として迎えよう。
 かつて私を葬った熾天使のカノンがやって来るその時までね」


【拠点にマミーを率いる魔物カースドファラオが現れる】
【エールがピラミッドへと連れ去られてしまう】

564 :創る名無しに見る名無し:2021/11/06(土) 19:26:02.89 ID:ucZ7EinB.net
『やんごとなき駄目ドラゴン』#1

「……と、言うわけで一部の気の荒い個体や血気盛んな若い者を除いて、基本的に竜族はテリトリーやタブーを
侵されない限り進んで他者を襲わない。古竜と呼ばれる格の高い竜ともなればその特徴は尚、顕著となる」

王国大学。竜人リューコを講師として招いての集中講義だ。

「よって切羽詰まった冒険の時には、刺激せずに通り過ぎる事をお勧めする。しかし多くの竜が財宝や伝説級の
武具を保持している為に、それを目当てに戦いを挑む冒険者も多くいる。心当たりがあるだろう?」
会場にクスクスと笑いが漏れる。大いに心当たりがあるのだから仕方が無い。

「先程竜族は無闇に戦わないと言ったが、覚悟して挑んでくる挑戦者は大歓迎だ。強者に戦いを挑まれ、それを
斥ける事、斥けられる事は最大の誉れだからな。むしろその為に日頃から宝物を溜め込んでると言っても良い。
これらのものは身も蓋も無い言い方をすれば餌なんだが、竜族側の真意は自らを退治する勇者には最大限の
寿ぎを持って応えたい。その褒賞がショボかったら自らの沽券に関わる、ぶっちゃけると見得だな。」
竜視点の戦いの論理。他ならぬ竜人からの言葉ゆえに説得力はいや増す。

「よって、竜族相手には十分に備えて、容赦無く、精一杯戦って貰いたい。そして勝ったなら、その事を大いに誇って
吹聴して欲しい。諸君らの今後の新たな竜退治伝説に期待する。御静聴ありがとう」
大きな拍手が沸き起こる。名高い竜人によるカリスマ溢れる講義であった。


その後は参加者各人に軽食や飲み物が配られ、幾分気楽な空気の中での質疑応答タイムとなった。

「竜と竜人はどう違うんですか?」
王国に来る前までJKだった雪乃は往年の勘を取り戻し真っ先に質問する

「竜人族は意外と種の歴史が浅い。発生条件に天然タイプと合成タイプとが存在する。
天然タイプは、人語を解する温厚な竜が人間と懇ろになってイタしたり、神として崇められた古竜が人身御供で
捧げられた娘と、折角だからとヨロシクやってしまった結果生まれた者だ。」

「……壊れてしまわないのでしょうか。竜とイタして……妄想が捗ります」
誰かが小声で呟いていたが、皆聞こえないフリをした。

「そして合成タイプは、少し昔にどこぞの神々がやたらと竜と多種族とを掛け合わせる実験に奔走した時期があ
って、少なくない竜人が生み出され放逐された。結果、従来稀にしか生まれず、互いに出会う事がなかった竜人が、
集まり、竜人同士の交配が進み、今では小さいながらコミュニティを形成するまでになった。この合成タイプの出現
が竜人族の発生の契機と言えるだろう。」

生命の創造。普段は様々な雑務に勤しむ神々も、偶には神ならではの仕事をこなすようだ。
余談だがハムスターも、ごく最近、とある森に番が目撃されたのを皮切りに、以後世界に広がっていったと言う。
閑話休題。

「竜人族の家格はどのようにして定まっておりますの?本人の実力?先祖の功績かしら?」
ヴォルケッタ子爵(笑)が扇子で口元を隠しつつ質問する。
主催者のマリーは、「はいはい、貴女はどっちもありますね……」といった様子で溜息をつく。

リューコはやや苦笑しつつ、
「強い先祖を持つ家の竜人は地力がそもそも高い。よって次代が受け継ぐ財産も多くなる。その財産を有意義に
用いて更に強くなる。結果、その竜人は発言権も強くなる。これが人間の言う家格というのかどうか……」

「しかし、やはり実力至上主義だな。どんなに金持ちでも弱ければ多種族に退治されて、ハイ、それまでだ。
むしろ……私やこどらのように偉大な古竜を先祖を持つ家系の者は、簡単に負けたりしたら、受け継いだ力
を生かせなかった愚か者と一般(竜)人以上の誹りを受ける。これが家格というならば難儀なものだな」

「ほう、ほう……ほへっ?」

ヴォルケッタを含む全員の視線が、軽食を食べてお腹がくちくなり、涎を垂らして午睡を満喫するこどらに注がれる。

続く

565 :ダヤン:2021/11/07(日) 20:31:34.52 ID:giwfZlm0.net
>「そうなのかな……何かおかしい気が……」

エールは、ダヤンの提唱した包帯引っぺがしたら倒せる説に疑問を持っている様子。
アンデッドというのは大きく分けて死体系と幽体系があり、
例えば鎧の見た目をしたアンデッド等は中身がない幽体系の場合も多いのだが……。
後から聞いた話によると、マミーは通常死体系、中身がある方そうだ。
一般的に包帯ぐるぐる巻きアンデッドのことを差すマミーだが、
もともとの意味は乾燥した遺体であることを考えればそりゃそうだろう。
よって今回中身が無かったのは、包帯をほどいている間に運よく中身が朽ち果てたと考えられる。
あるいは、ごくまれに幽体が包帯を纏っているタイプのマミーもいるのかもしれないが。
――閑話休題。とにかく、二人を襲うマミーが出始めた。
ダヤンの包帯を引っぺがすという珍戦術はその意味では結果オーライだったようだ。
エールが火炎放射で、襲ってくるマミーを一気に燃やす。
ダヤンが、辛うじて火炎に耐えて立っているマミーに駄目押しの一撃を加える。

>「私達がいる限りこの広場からは出さないよ……!覚悟してっ!」

その時、マミー達がまるで偉い人が通る時のように、道の左右にバラける。

「にゃんだ!?」

マミーの登場経路の例に漏れず、やはり地面から、それは現れた。

>「黄金の……棺……?」

ロンメルが言っていた、マミー達のボスと特徴が一致している。早く撤退しなければ!

>「運命か……これは……まさか……君は……」

黄金の棺が、思わせぶりな言葉を漏らす。
その声はくぐもってはいるものの、モンスターとは思えないほど流暢だ。
幸いエールは惑わされずに、撤退行動に移った。火炎放射で牽制しながら後退していく。

「フラッシュ・ボム!」

ダヤンも、目くらましの閃光魔法を放つ。
そもそも目で状況を知覚していなさそうな相手に効くのかどうかは分からないが、
一瞬、棺の動きが止まったように見えた。

「今にゃ!」

ダヤンはエールの手を取り、ダッシュで逃げようとする。

>「……待つんだ……!……逃がさない……!」

棺が開いたかと思うと、中から大量の包帯が飛び出してきた。

566 :ダヤン:2021/11/07(日) 20:33:07.26 ID:giwfZlm0.net
>「……こっちへおいで……悪いようにはしないさ……」

エールの腕に包帯が巻き付く。

「何するにゃ!」

ダガーで切断するも、すぐに新たな包帯が伸びてきて、やがてエールは全身を拘束された。
不思議なことに、ダヤンを拘束しようとする様子は特にない。
興味の対象はエールだけのようだ。

>「うわっ……引っ張られる……!?」

「エール!!」

凄いスピードで棺に引き寄せられるエールを、走って追いかける。

「にゃん!!」

ジャンプして飛びつこうとするも、目の前で閉まった扉に弾かれて地面に転がった。

「んにゃ……。待ってにゃあ! エールをどこに連れていくにゃ……!」

>「……良いことを思いついた。最早この拠点を襲う理由はない。
 熾天使のカノンに伝えろ……お前の妹はカースドファラオの手中にあると」

「ど……どういう意味にゃ!? エールを返せにゃ!」

>「……ヤッタ……今日ハモウ……退勤シテイイラシイゾ……!」
>「……撤収ダッテ皆ニ伝エナイトネ……オ家ニ帰レルヨ……!」

成す術もなく、黄金の棺が地面に沈んでいくのを見送る。
マミー達もそれに続き、広場にさっきまでの激しい戦闘が嘘のように静寂が戻った。
しかし、エールはそこにいない。

「う、嘘にゃ……」

がっくりと膝をついて座り込み、暫し呆然とするダヤン。
どれぐらいの時間そうしていただろうか。

「良かった、いましたわん! 凍えてしまうから帰りましょうわん!」

――凍える? こんなに暑い階で、凍えるだって?
ふと我に返ってみると、もう疑似太陽が沈みつつあった。
そういえば、随分涼しくなってきている。
顔を上げると、グデーリアンがいた。心配して探しに来たらしい。

567 :ダヤン:2021/11/07(日) 20:33:59.19 ID:giwfZlm0.net
「……あれ? エールさんは一緒じゃないわん?」

「それが……」

エールは敵の親玉に攫われてしまったと手短に告げ、詳しい話は拠点でということでとりあえず拠点の酒場に帰る。
帰ってみると、ロンメル達は、マミー達の不自然な撤退についての話題でもちきりだったようだ。

「ただいま戻りましたわん」

ロンメルはダヤンの姿を認めると、一瞬安堵したような表情を浮かべ、
しかしエールがいないことにすぐに気付いて表情を曇らせる。

「良かった、無事だったか――エール君はどうした?」

ダヤンはエールが攫われた経緯を説明する。
黄金の棺が現れたこと。そこから包帯が出てきて抵抗虚しく連れ去られてしまったこと。
それから……カノンへの伝言として告げられた言葉も。

「あいつ、「妹はカースドファラオの手中にある」と熾天使のカノンに伝えろって言ってたにゃ……。
エールはカノンさんをおびき寄せるための人質ってことにゃ……?」

人間の冒険者集団という漠然としたものを対象とみなしてお礼参りしていたのかと思いきや、それもカノンをおびき寄せるためだったというのか。
あるいは、単なる仕返し以外にカノンをおびき寄せたい理由があるのかもしれない。
どちらにせよ、敵の目的は、とりあえず人間を苦しめてやろうという
漠然としたものではなく、カノン個人に執着しているようだ。
ダヤンは、ファラオが“最早この拠点を襲う理由はない”と言ったことは意識してかせずか伝えてはいないのだが。
冒険者達の中に、先刻の不自然な撤退と相まって、マミー達はもうこの町を襲わないのではないかという推論に至る者が出始める。
これはダヤンにとってはよくない流れだ。
彼らの役目は街の防衛で、こちらから仕掛けなければもう向こうから襲ってくることはない、ということになれば。
果たしてピンチヒッターで派遣されてきたばかりのエールを助けるために、
わざわざこちら側から攻め込むという危険を冒してくれるだろうか。
かといって、ダヤン一人では救出は不可能だ。救出には彼らの協力が必要不可欠だろう。

「お願いしますにゃ! どうかエールを救出するために力を貸して欲しいにゃ……!」

ダヤンはロンメル達に深々と頭を下げた。

568 :創る名無しに見る名無し:2021/11/07(日) 20:48:42.44 ID:Y1WaMzyx.net
婆「たけし、たけしや、どうかしたかい?大きな声が聞こえたけど…」

俺「あ、婆ちゃん!起きちゃった?」

婆「ちょっと眠れなくてね、元々起きてたから大丈夫さね。
たけしが台所から玄関に言ってるのが見えたからねぇ、その後大きな声がしたもんだから…」

俺「ああ、今のはお隣さんの怒鳴り声だよ、ほらあの金髪でムキムキの…」

婆「ああ、多田さんかえ、普段は優しい人の筈なんだけど、何かあったのかしらねぇ」

俺「え?あ、ああ…さっき宗教の勧誘の人来てたから、多分その人関係なんじゃないかな?」(あの人が優しい…?人は見かけによらない…のか?)

婆「宗教ねぇ…この前行ったゲートボールでそんな感じの人にあった、って話をトメさんから聞いたけど…」

569 :エール :2021/11/10(水) 23:06:50.90 ID:l3Rm0y+Y.net
砂漠の夜は寒い。乾燥した地帯のため水分が少なく、熱しやすく冷めやすい環境だからだ。
そのために寒暖の差が激しくなり、太陽が沈むと一気に氷点下まで冷えることもあるという。

グデーリアンに連れられてダヤンが酒場に戻ってくると、ロンメルは安堵した。
だがそこにエールがいないことを気づいて、若きギルドマスターは表情を曇らせる。
ダヤンから告げられたのはエールがマミーを率いる魔物――カースドファラオに攫われたということ。

>「あいつ、「妹はカースドファラオの手中にある」と熾天使のカノンに伝えろって言ってたにゃ……。
>エールはカノンさんをおびき寄せるための人質ってことにゃ……?」

「……その可能性が高いだろうね。私としたことが……なんということだ。
 なぜ真綿で首を絞めるような襲撃を繰り返していたのか……ようやく理解できたよ」

「ファラオはカノンさんに復讐がしたいということですわん……?」

「現段階ではカノン君に執着している以上のことは憶測に過ぎないな。
 人質を不用意に傷つけるタイプではないと思うが……このままにはしておけん」

ぎり、と拳を握りしめてロンメルは己の不甲斐なさを呪った。
ファラオ討伐作戦の鍵を握る重要人物を、自分の目の届かないところに配置する痛恨のミス。
カノンは今6階にはいない。でもサンドローズが壊滅的な被害を受ければ、
他の階を行き来する冒険者の噂になって様々な階で話題になるはずだ。

噂が広まれば9階にいるはずのカノンの耳にも届くはず。
かつて自分が倒した魔物が復活して再び暴れているという話を。
そうすれば自分を倒すため再び彼女に会えるとファラオは考えていたのだろう。
そして妹のエールという人質を手に入れた今、拠点を襲う必要も無くなった――とロンメルは推測した。

>「お願いしますにゃ! どうかエールを救出するために力を貸して欲しいにゃ……!」

ダヤンは酒場に集まっている『砂漠の狐』の面々に深く頭を下げた。
一瞬の静寂の後、ロンメルは片膝をついてしゃがむとダヤンの肩をポンと叩く。

「もちろんだとも。皆でエール君を助けにいこう。
 だが砂漠の夜は冷えるよ……その軽装では風邪をひいてしまう」

グデーリアンがどこからともなく持ってきた防塵用マントをダヤンに手渡す。
他の『砂漠の狐』の冒険者達も無言でいそいそとエール救出の準備をはじめた。

『砂漠の狐』はしょせん財宝探しで迷宮にやって来たギルドだ。国民を守る軍隊でもなければ自警団でもない。
エールが人質という犠牲になることで拠点に平和が訪れるならそれで良いという考えもできるだろう。
だが――ロンメルとその仲間たちは、一度でも関わった同業者を見捨てられるほど利口ではない。

「諸君。これより行う救出作戦は我らの宿敵カースドファラオの討伐作戦も兼ねる!
 『砂漠の狐』の全戦力でエール君を救い出し……そのまま奴を冥界へと送り返すのだ!!」

カースドファラオは普段、砂漠に鎮座する一番大きなピラミッドにいる。
今からそこに乗り込みエールを救出する。ただの救出作戦なら少人数でも構わない。
しかしカースドファラオからエールを取り返すだけでは再び拠点を襲われることになるだけだ。
さいわいエールが人質でいる間はサンドローズを襲うことはないはずである。安心して全ての戦力を投入できる。

カースドファラオを倒す方法に関しては、以前エールが語った通りのことを実行する。
魔力を有する20人の冒険者で『ハイペリオンバスター』を発射して倒し、エクソシズムで昇天させる。
つまり作戦の流れとしてはエール救出→ファラオ討伐という順番になる。

準備が整うと『砂漠の狐』の冒険者達はダヤンと共に拠点を後にした。
目指すは王の墓たる金字塔。一同は夜の砂漠を進んでいく……。


――――――…………。

570 :エール :2021/11/10(水) 23:09:36.92 ID:l3Rm0y+Y.net
石材を積み上げて作られた広い一室。
無骨な巨大な石室には不釣り合いなほど豪奢な調度品が並んでいる。
部屋の中央にある長机に置かれているのは贅を尽くした数々の料理だ。

「……離してくださいっ、自分で歩けます……っ!」

「丁重ニ扱エト言ワレテマスノデ……コレガ仕事デスノデ……」

二体のマミーはエールの両脇をがっちり固め、二の腕を掴んで部屋の中へ踏み入る。
美味しい料理の香りが漂っていても、魔物に囚われている今は食欲をそそられない。

ファラオに攫われた後、何があったかというとまず風呂に入れられた。
どこから調達したのやら猫足のついた綺麗なバスタブだった。
外は砂埃がよく舞うのでさっぱりして気持ち良かった――なんてそれどころじゃない。

次は着替えだ。ドレスコードがあるのでと言われドレスを渡された。
これもどこから調達したのやら貴族が着るような瀟洒なものだ。
慣れないハイヒールも履いて気分はまるでお姫様――なんてそれどころじゃない。

そういうわけで所持していたポータルストーンも入浴前に奪われてしまった。
隙を見て他の階へ転移して脱出するといった逃げ方はできないという訳だ。

「やぁエール。待ちくたびれたよ……私の恰好は似合っているかな?」

瑞々しい褐色肌の青年が振り向くと、エールは思わず顔を強張らせる。
どこから調達したのかカースドファラオはタキシード姿でそう語りかけた。
注意深く観察すると、服の下には依然包帯を纏っているようだ。

「……似合うと思います……」

生殺与奪の権を握られている身分だ。迂闊な発言はできない。
ファラオは少しはにかんでエールに着席を促す。

「良かった。余が治めていた国には無い文化だからね。こういう服装は。
 エールがそう言ってくれると自信がつく……おっとすまない、そろそろ食事にしよう」

ファラオの席には皿も無ければナイフもフォークもない。
不死であるアンデッドには食事も必要ないということか……。
まばたきもせず、じっとこちらを見つめているので緊張する。

残念なことにエールにはフォーマルな場所での食事作法の経験がてんで欠けていた。
果たしてこれで正しかったのか……脳内であやふやなテーブルマナー情報が飛び交う。

「エール……もしかして君は」

しまった、テーブルマナーが適当なことがバレてしまったか。
魔物と化す前は人間とはいえやっぱり相手は魔物だ。何がトリガーで危害が及ぶか分からない。
下手に刺激するのはマズイのに早速その愚を犯してしまったか。

「……私のもてなしが気に入っていないようだね。ずっとぎこちないな……。
 何がいけなかったか正直に話してごらん。世話を命じたマミーか?それとも料理人のマミーか?」

571 :エール :2021/11/10(水) 23:11:39.49 ID:l3Rm0y+Y.net
ファラオはエールの背後で待機していた世話係のマミー二体を睨みつけた。
魔力を漲らせ、ざわざわとタキシードの下の包帯が蠢いて袖から這い出てくる。
明らかに機嫌を悪くしている。女性型である二人は慌てた様子で弁解した。

「エ……エール様ノオ気ニ障ルコトハシテイマセン……本当デス……」

「客人だからな。当然だよ。余は丁重に扱えと言った」

厳しい口調でそう言い放つと、二体のマミーは恐怖しきった様子で震えていた。
このままにしておくと何かマミー達に危害が及ぶかもしれない。
魔物を助けるなんて冗談みたいな話だが、エールは咄嗟に助け舟を出した。

「わ……私は大丈夫だよっ。お風呂気持ち良かったよ!湯加減が丁度良かったなぁ!えへへ……!」

「……そうか……ならいいんだ。では料理人のマミー、お前の腕は確かだろうな。
 余は食事が不要となって久しい。味の機微も忘れてしまったが……実はお前もそうなんじゃないのか?」

ファラオの後ろに控えていたマミーがギクッとした様子で動揺する。
長いコック帽を被ったその個体はあまりにもか細い弱々しい声でこう返す。

「オ……オ客様ニ楽シンデモラエルヨウ腕ニヨリヲカケマシタ……」

「ほう……?その割には随分と自信がないようだが?」

ファラオのプレッシャーは有無を言わせない、人を圧倒する何かがある。
傍目から見ているだけでもぞっとする恐ろしさを感じる。エールは再び助け舟を出した。

「りょ、料理も美味しいよ!だってもうこんなに食べちゃったもん!えへへ……ほらっ」

食べ始めてそんなに時間は経ってない。せいぜい10分くらいだろうか。
にも関わらず、エールは大量にあった料理の数々をすでに半分は平らげていた。
早食いが得意で良かった。家が貧乏だったからか結構食い意地が張っていたりするのだ。

それにしても、自分が危険に晒されるのは嫌だが、他人が責められている姿はもっと見ていられない。
たとえ相手が魔物でも。エールは話を変えるためファラオに疑問をぶつけることにした。

「あの……なんでこんなに私をもてなしてくれるんですか……?
 お姉ちゃんはファラオさんを倒した……いわば敵のはず……なのに、どうして?」

ファラオはきょとんした顔をすると、すぐに元の微笑を湛えた表情に戻す。
何かおかしなことを言ってしまったのだろうか。

「確かに……余はカノンの手で一度完全に消滅した。勝負は一瞬だった……。
 光の翼を広げた彼女は魔導砲を構え、浄化の光を余に放った。とても温かで安らぎすら感じたよ。
 だが同時にこう思ったんだ……『欲しい』と。あの母なる光が、あの聖なる力が欲しいと強く願った……」

ファラオはいったん言葉を切って、こう続けた。

「……惚れてしまったんだよ。熾天使のカノンに。彼女を……愛してしまったんだ」

思い掛けない告白だった。エールは言葉を失った。そんなことがあるのか。
いや――よくよく考えてみれば人間の男性が女性の魔物に恋する逸話を何度か聞いたことがある。
美しい人魚と人間の男性との悲恋などがそうだ。人間と魔物の恋愛はあり得ない話ではない。

572 :エール :2021/11/10(水) 23:14:55.82 ID:l3Rm0y+Y.net
……でもだからって自分のお姉ちゃんがそうならなくても!とエールは思った。
それも拠点を襲い、人を平気で傷つけるアンデッドの魔物の告白を。
妹としてどう受け止めればいいのだろうか。

「思えば君が現れるまで本当に回りくどいことをしたな。なにせ余は他の階に移動できない身分でね。
 この無限迷宮の力で産まれた魔物は、担当している階から移動できない決まりなんだ」

ファラオが言うには、迷宮産の魔物には常に「担当の階を守れ」という命令が送られてくるそうだ。
魔物達はその強制力に逆らえない。自分の意思で別階層に移動するのは不可能だという。
人為的に魔物化したり、外の世界からやって来た魔物だけがその命令に縛られないらしい。

また、ビーストテイマー(魔物使い)が迷宮内の魔物を飼い慣らした場合もその限りではない。
自分の意思ではなく主人の命令に従い階層を移動するから、命令の強制力をすり抜けられるのだろう。

「……余は欲しいものは全て手に入れてきた。国も。金も。煌びやかな財宝も。永遠の命さえ。
 何もかも思うがままだ……。愛する女性だって手に入れてみせるよ。絶対にね」

ファラオの決意表明を聞いて、エールは何も答えなかった。

「だからエール……君には余に協力してほしいんだ。カノンは何が好きなのか、とか。
 逆に何が嫌いなのか、とか。彼女のことをよく知りたいんだ。プロポーズするには重要なことだ。
 ……今日のもてなしはカノンも気に入ってくれそうかな?もちろん本番はもっと趣向を凝らすけどね……」

なぜわざわざタキシード姿になっていたのか理解した。
カノンにお披露目する前の予行演習のつもりだったらしい。
ファラオはさらにこう付け足した。

「カノンを余の妃にしたら……望むならばだが、君もここに住んで良いんだよ。
 悪いようにはしない。余は君も気に入っている。姉妹で一緒の方が寂しくないだろう」

ファラオは器の広さを見せたつもりなのだろう。だがエールには何の効果もない。
姉と一番長く過ごしてきた妹だから、姉の気持ちはなんとなく分かってしまうのだ。
例えファラオがどれだけ情熱的にプロポーズしても、姉は優しく断るだろう。

その時ファラオがどんな行動に移るかは誰にも分からない。
力ずくで手に入れようとするのか。はたまた素直に諦めてしまうのか。
もし前者の場合、『闇の欠片』5個持ってるぐらいで姉の脅威にはならないだろうが――。
――それでもエールは妹として決意を固めた。お姉ちゃんは絶対に私が守る!と。

「……ファラオさんの気持ちは分かりました。
 でも……お姉ちゃんは貴方を好きにはならないと思います」

エールの一言に、ファラオは余裕ぶった微笑を湛えた表情を険しくする。

「……エール。それは……どういうことかな……?」

タキシードの下に纏った包帯が激しく蠢き、袖や裾から伸びはじめた。
ざわざわと髪の毛のように、意思を持った触手のようにエールに這い寄る。
努めて冷静に吐き出した言葉は、明確に殺気を孕んだものだった。


――――――…………。

573 :エール :2021/11/10(水) 23:18:42.26 ID:l3Rm0y+Y.net
『砂漠の狐』の冒険者達はカースドファラオの根城たるピラミッドの前まで来ると、
それぞれ松明やランタンを装備して一丸となって真っ暗な中へと入っていく。

「皆、単独行動は絶対に避けるよう注意したまえ。
 今回のファラオ討伐作戦を考えれば戦力の分散は避けたい」

ロンメルは一同にそう伝えて、先陣を切ってピラミッドの中を進む。
小隊ごとに別れて内部を探索した方がエール救出作戦の効率は良いだろう。
だが別れた後また全員合流できるか分からない。負傷や思わぬ罠はつきものだ。
分散した戦力では『ハイペリオンバスター』の威力が落ちてしまう。

「ファラオは普段ピラミッドの『王の間』にいるはずだ。
 そこに踏み入らなければエール君を救出する前にやつと遭遇する心配はない……はずだ」

少なくとも、ロンメルがカノンと一緒にカースドファラオと戦った時はそうだった。
配下の魔物と一緒に迎撃に来るようなフットワークの軽いタイプじゃないはずである。

「ダヤンさん、心配しなくても大丈夫ですわん。
 隊長がいる限りエールさんはきっと無事に救出できますわん」

グデーリアンはランタンで周囲を照らしながらダヤンを励ます。
種類は違えど同じ獣人同士、シンパシーのようなものがあるのだろう。

「グデーリアン、エール君の『匂い』はどうなっている?」

「この辺りにはエールさんの匂いがしないですわん……。
 きっと地中を移動しているせいですわん。匂いで追跡するのは難しいですわん」

ロンメルの問いにグデーリアンはかぶりを振った。
犬種の獣人は嗅覚に優れるが、匂いを追跡する場合は地面などに付着した微量の匂いを足跡のように辿る。
ファラオもマミーも地中を移動するので、ピラミッドに入ってもエールの匂いを感知できない。
匂いを追えれば救出も楽だったのだが――これでは地道に探していくしかない。

一同は開けた空間に足を踏み入れると、そこに何かがいることに気づく。
しかも複数体だ。ロンメルはゆっくりとサーベルを抜き放って闇の中に切っ先を向ける。
ランタンで闇を照らしても何も見えない。だが、場数を踏んだ冒険者なら気配は感じ取れるはずだ。

「何かいますわん、匂いで分かりますわん」

「うむ……迷彩蠍だな。おそらく。
 カメレオンのように周辺の風景に同化できる魔物だ」

迷彩蠍。全長3メートルから5メートル程度で、鉄すら切断する鋏と猛毒の尻尾を有する。
攻撃的というわけではないが、静かに獲物に近寄り捕食する、おそろしい砂漠の魔物である。
それが実に5匹も部屋にいる。侵入者を排除するために放たれているのだろう。

「目に見えない以上、気配を頼りに戦うしかない。私は問題ないが皆は大丈夫か?
 ……むっ。ダヤン君、右側に気をつけろ。そっちに一体移動しはじめている……!」

迷彩蠍の1匹がダヤンに狙いを定めたようだ。
音も無く忍び寄り、そして――両腕に備えた鉄をも両断する鋏がダヤンを襲う!


【『砂漠の狐』がエール救出に同意。ファラオのいるピラミッドへ乗り込む】
【ピラミッド内部にて侵入者を迎撃するために放たれた魔物、迷彩蠍と遭遇】

574 :ダヤン:2021/11/16(火) 01:25:57.28 ID:2l5sG1t3.net
一瞬、静寂が場を支配する。この迷宮では皆自らが生き抜くのに必死。
絶え間なく行われる襲撃を止めるためならいざ知らず、
知り合ったばかりの者の救出のために敵の本拠地に乗り込む――
生半可な覚悟では出来ない事だ。
が、ロンメルはダヤンの肩を叩き、当然のように答えた。

>「もちろんだとも。皆でエール君を助けにいこう。
 だが砂漠の夜は冷えるよ……その軽装では風邪をひいてしまう」

砂漠の狐の冒険者達も、無言で肯定を示しているように見える。

「ロンメルにゃん……みんにゃ……」

更に、グデーリアンが防塵用マントを手渡してくれる。

「あ……ありがとにゃ……!」

ダヤンは深く感謝すると同時に、一瞬でも彼らがエールを見捨てるのではないかと疑った自分を恥じた。

>「諸君。これより行う救出作戦は我らの宿敵カースドファラオの討伐作戦も兼ねる!
 『砂漠の狐』の全戦力でエール君を救い出し……そのまま奴を冥界へと送り返すのだ!!」

エールの救出だけなら目立たないように少数精鋭で忍び込む、という作戦もあるだろうが、
全員で突撃してそのまま討伐作戦に移行するという。
エールが人質になっている今なら、逆に街の心配をせずに全戦力を投入できる――
ピンチをチャンスに変える発想だ。
エール救出後の流れは、当初エールが発案した通り。
『ハイペリオンバスター』を要としたその作戦は、
エールが意識を失っていたりせずにすぐ戦闘に参加できる状態であることが条件だが、
そこは人質なので手荒な扱いはされていないだろう、と信じるしかない。
目まぐるしく救出作戦準備にいそしむ一同。
そのどさくさに紛れて、ダヤンは酒場の前の通りに落ちていたマミーの包帯を拾ってきた。
一人分ぐらいなら大した重さではないので道具袋に入れた。
不気味だが、もしかしたら救出作戦において役に立つかもしれない。
程なくして、敵の本拠地のピラミッド目指して出発する一同。
昼間とはうって変わって、極寒となった夜の砂漠を進む。
目的地に到着すると、ロンメルは分散しないように指示を出した。

>「皆、単独行動は絶対に避けるよう注意したまえ。
 今回のファラオ討伐作戦を考えれば戦力の分散は避けたい」

ピラミッドの中がどのぐらい複雑な構造になっているかは分からないが、
少なくとも一本道ではないだろう。
どこにエールが捕らわれているか分からない現状、手分けして探したほうが早いかもしれないが、危険も大きくなる。
それなりに強いモンスターがエールを見張っている可能性もあるのだ。

575 :ダヤン:2021/11/16(火) 01:27:13.79 ID:2l5sG1t3.net
>「ファラオは普段ピラミッドの『王の間』にいるはずだ。
 そこに踏み入らなければエール君を救出する前にやつと遭遇する心配はない……はずだ」

なるほど、それならエールを救出する前に遭遇することはない。
もしもファラオがエールを自らのお膝元に置いていたら、
他の場所にエールがいないのを確認した後に最後に突入するだけの話だ。

「エール……どうか無事で待っててにゃ……」

>「ダヤンさん、心配しなくても大丈夫ですわん。
 隊長がいる限りエールさんはきっと無事に救出できますわん」

ダヤンの不安を察したのであろうグデーリアンが励ます。

「ロンメルにゃんはみんなに慕われてるんにゃね。
会ったばかりだけどにゃんとなく分かるにゃ」

>「グデーリアン、エール君の『匂い』はどうなっている?」

>「この辺りにはエールさんの匂いがしないですわん……。
 きっと地中を移動しているせいですわん。匂いで追跡するのは難しいですわん」

そう簡単には辿り着かせてはくれないということか。
地道に捜索していると、開けた空間に出た。
猫の夜目は月明りや星明りといった微かな光を有効活用できるが、ここは建造物の中。
よってどちらかというと犬の嗅覚の方が有効となる。
狭い通路を進む間は、ランタンで周囲だけは照らせていたのだが……。

>「何かいますわん、匂いで分かりますわん」

>「うむ……迷彩蠍だな。おそらく。
 カメレオンのように周辺の風景に同化できる魔物だ」

ただでさえ暗いうえにこれでは、ますます視認は難しい。
グデーリアンによると、それが1匹ではなく、5匹ぐらいいそうだという。

>「目に見えない以上、気配を頼りに戦うしかない。私は問題ないが皆は大丈夫か?
 ……むっ。ダヤン君、右側に気をつけろ。そっちに一体移動しはじめている……!」

ロンメルも獣人だけあって、匂い等で敵の気配を察知できるようだが
通常の人間のメンバーには相当厳しい状況ではないだろうか。

「頑張るにゃ……ライト!」

ランタンを持ったままでは戦いにくいということで、明かりの魔法を使う。
自分の周囲しか照らせないという点ではランタンと大差はないのだが。
ロンメルの言った通り、ダヤンから見て右側のライトの視認範囲内に突然何かが現れた。
背景と同じような色をしているが近距離で動いていると浮き上がってみえるので分かる。
それが、鋏二刀流で襲いかかってきた!

(一人挟み撃ちにゃ!?)

576 :ダヤン:2021/11/16(火) 01:28:04.19 ID:2l5sG1t3.net
二刀流なので、右に避けても左によけてもはさまれてしまう。
そこでジャンプして上に避ける。
着地ついでに蹴りを入れたが、致命的なダメージは無い様子。
それもそのはず、相手は蠍なので固い甲殻に覆われている。
重戦士なら構わず重量級の武器でガンガン叩くのであろうが、ダヤンはスカウト。
そこで、鋏の攻撃を避けながら攻撃後の隙を狙って、甲殻の隙間を狙って斬りつける。
迷彩ゆえに目視では分かりにくいが、脊椎動物でいえば関節――
体の曲がるようになっている部分がそれだ。
そうして攻防が暫く続いた。しかし、脅威なのは、鋏だけではない。

「尻尾に気を付けてください、猛毒です!」

グデーリアンの忠告のとおり、迷彩蠍は尻尾を大きくうねらせて突き刺そうとしてきた。

「にゃ!?」

間一髪で飛び退ると、目の前の床に尻尾の先が突き立てられた。
床の突き刺さった部分からしゅう…と音がして少し溶けている感じがする。
分かりやすく猛毒っぽい。

「にゃわわわわわ……」

ビビりまくっているダヤンだったが、迷彩蠍はそのままぐったりと動かなくなった。
幸いというべきか、断末魔の最後の一撃だったらしい。

「た、助かったにゃ……」

が、安心している場合ではない、グデーリアン達の見立てによると、最初の時点であと4匹はいたのだ。
通常の意味でも犠牲者を出すわけにはいかないのに加えて、
エールを救出してハイペリオンバスターで敵の親玉を倒すことを考えれば猶更、一人たりとも欠けさせるわけにはいかない。
それに、自分を救出するための道中で犠牲者が出たとなれば、エールはとても悲しむだろう。

「こうしちゃいられにゃい。みんにゃー、無事にゃ!?」

即刻、まだ戦っている者の加勢に向かう。

577 :エール :2021/11/20(土) 18:44:01.98 ID:G76et4zt.net
ダヤンが迷彩蠍を倒すのを横目で確認して、ロンメルは考えを改める必要性を感じた。
想像以上に彼の実力を低く見積もっていたと。あの若さでここまで戦えるなら、十分な強さだ。
自分が同じ年齢だった頃にダヤンと同じくらい戦えたかと問われれば、正直微妙なところだ。

成長すればもっと優秀な冒険者になるだろう――ダヤンには無限の伸びしろがある。
そう考えながら、相対する迷彩蠍の鋏と尻尾の毒針による同時攻撃を躱す。

「……これで残り3匹だっ!」

サーベルを巧みに振るって節と節の間を狙い、迷彩蠍の鋏と尻尾を斬り飛ばす。
切断された部位が宙を舞い、攻撃能力を失ったところで顔らしき部位にとどめの突き。
素早く剣を引き抜けば紫色の毒々しい液体が噴き出し、迷彩蠍は風景に同化した身体を体液で染める。
ロンメルは体液で汚れないように後退すると、反転して仲間たちの方へ意識を向ける。

他の『砂漠の狐』の面々は残り3匹を相手に戦闘を繰り広げていた。
目には見えない相手に致命的な攻撃を与えられず、戦闘が長引いている様子。

冒険者達はひとかたまりになって応戦していて、
集団の一番外側にいる冒険者達は各々身を隠せるほどの大きな盾で攻撃を凌いでいる。
盾のサイズからいって迷彩蠍の鋏では挟みずらい。だいたいの攻撃が防げるというわけだ。

>「こうしちゃいられにゃい。みんにゃー、無事にゃ!?」

ちょうどダヤンが加勢にきてくれたので、冒険者の一人がそれに応じる。
構えていた大きな盾と迷彩蠍の鋏が擦れて独特の金属音を奏でた。

「全員無事さ!だけどちょっと防戦一方でな……!
 俺達が引きつけておくからダヤンは背後に回って攻撃を頼むよ!」

幸運なことに残りの迷彩蠍は全て大きな盾の攻略に夢中だ。
この隙に背後から攻撃を加えることは難しくないだろう。
ちょうど自分を襲った個体を倒したロンメルもフォローに回るようだ。
背後から一撃で倒すため、そろりそろりと残りの迷彩蠍へと近寄っていく。

「よし……ダヤン君、せーので行くぞ……!」

ロンメルが声量を抑えてダヤンに声を掛ける。
迷彩蠍は奇襲されることにも気づかずに一心不乱に盾持ちに攻撃を加えている。
そして時は訪れた。背後から虚を衝く攻撃が迷彩蠍に迫る――!


――――――…………。

ファラオが纏う包帯が触手のようにエールの身体に伸びてくる。
だが動じることなく、ファラオを真正面から見据える。

「例え白かろうが、余が黒といえば黒なのだ。全ては余の意思が優越する。
 それが『王』というものだ。エール……カノンが余の妃にならないという未来は『あり得ない』んだよ」

先程まで浮かべていた柔和な表情は消え失せ、殺気を孕んだものに変わっている。
これがファラオの本性なのだろうか。怖くないと言えば嘘だが心は不自然なほど落ち着いている。
銃士という戦闘職としての心構えを叩き込まれているおかげだろう。

「それでも……お姉ちゃんはファラオさんのものにはならないと思う。
 お姉ちゃんは優しいけど……誰かを傷つける人も、束縛する人も好きじゃないんです」

578 :エール :2021/11/20(土) 18:48:03.74 ID:G76et4zt.net
「……なるほどな……だがそればかりは容赦して欲しいな。魔王様には永遠の命を与えてもらった恩がある。
 だから無限迷宮を守る役割、それには余とて忠実だよ。冒険者達は排除すべき敵なんだ……」

「ファラオさん。もし……お姉ちゃんが告白を断ったらどうするんですか?」

「先程も言った通り、それはあり得ないよ。そのために君がいるのだから。
 だがそれでも断ったとしたら……その時は……『力』で余のものにするしかない」

ファラオはふぅと一息ついて答えた。伸びてきた包帯が逆回しで戻っていく。
いったんは一触即発の雰囲気は落ち着きを取り戻した。思ったことを正直に口にしすぎてしまった。
だがおかげで分かったこともある。やはりファラオはカノンの気持ちなど考慮していない。
紳士ぶっているが、妹という人質を使えば自分の言う通り従うと考えている。それでも無理なら力ずくだ。

そういえば5階で戦ったスケルトンキングは、『闇の欠片』の影響で生前からかけ離れた人格をしていた。
ファラオもまたその欠片を所持している。手段を選ばない暴走した恋心も、欠片の精神汚染の影響かもしれない。

とにかく、カノンのためにもファラオの思い通りにはさせない。
5階では自分が原因でサイフォスを負傷させ、結果として冒険者協会の面々は総崩れとなった。
そしてこの6階ではあろうことか人質になってしまった。このままでは探しているカノンに迷惑をかけてしまう。

これ以上、足を引っ張るのは嫌だ。ダヤンもきっと心配しているだろう。
自力でここから脱出しなくては。奪われた魔導砲も回収する必要がある。

「……世話係、エールを客室まで案内しろ。私も『王の間』で休むことにする」

ファラオはそれだけ告げて部屋を去った。エールもまた世話係のマミー二体に連行される。
客室まで案内されると、すぐさまネグリジェを渡され暗に「今日はとっとと寝ろ」と言われる。
ベッドは天蓋のついたふかふかのベッドで、拠点の宿屋にあるベッドより明らかに高級だ。

「何カアレバスグ仰ッテクダサイ。対応シマスノデ」

エールはネグリジェを脇において、ベッドに腰かけて客室の入り口をちらりと見る。
やはりと言うべきか。世話係のマミー二体がガードを固めて立っている。

「あのぉ〜……マミーさん、私の隊服はないんですか?」

「エール様ノオ召シ物ハ洗濯中デス……ランドリールームニアリマス」

「……マミーさん、私の魔導砲は知りませんか?」

「エエト……アッ……ソノ手ニハ乗リマセンヨ……内緒デス!」

やっぱり引っ掛からなかったか。エールは内心で残念がったが引っ掛かる訳がない。
それにしてもこの客室にいても何も分からない。ならば出たとこ勝負だ。
意を決してマミーにこう話しかけた。

「マミーさん……私、お手洗いに行きたいなぁ。
 この部屋って『お手洗い』ないですよね……!?」

こうして世話係マミー二体の案内のもと、お花摘みへと向かうこととなった。
もちろん本当にお手洗いがしたいわけではない。逃げ出す隙を探すための口実だ。
だがやはりと言うべきか、移動時には両脇を固めており容易に逃げ出せないようになっている。

579 :エール :2021/11/20(土) 18:52:12.58 ID:G76et4zt.net
加えてどこが出口かも分からない。もし世話係を倒して逃げてもですぐ捕まるのがオチだろう。
突破口を見出すことのできないままお手洗いに到着した時、マミーが突然驚いた。

「ヒェッ……ナンデコンナトコロニ……」

分かれ道になっている通路から歩いてくる『それ』にマミーは反応した。
真っ白な頭巾を被り、その下に二本の足を生やし、落書きみたいな二つの目をした謎の存在に。
不用意に近づいてくる上になにひとつ怖い感じがしないのでエールはペット感覚で頭をなでなでした。

「……見かけん顔だな。侵入者か」

しかも喋った。見かけによらないとても厳かな声で。
世話係マミー二体は白い頭巾に平伏した様子で震えつつこう答える。

「ファラオ様ノオ客人デス……侵入者デハアリマセン!」

「そうか……ここに多数の侵入者がやって来ている。気をつけるがいい」

白い頭巾はマミーにそう忠告すると立ち去っていった。それにしても気になるワードがある。
『多数の侵入者』と話していたが、もしやダヤンが助けに来てくれたのだろうか。

「さっきの人は何者なんですか……?魔物……?」

「ア……イエ……アノ御方ハ気マグレナ『神』デス」

「えっ……神様……?さっきの人が……?」


――――――…………。

ダヤンと『砂漠の狐』の一同は迷彩蠍を片付けると、エール救出の地道な探索を続けていた。
その結果、ピラミッドの1階にあたる場所にはいないことが判明した。
階段を登って2階へ行くと、開けた空間へ出る。そこで一同が遭遇したもの。それは――……。

「侵入者か。我の名はメジェド。『神』だ」

白い頭巾を被り、そこから二本の足を生やしたゆるキャラみたいな何かだった。
神と言い張っているが、しかし魔物とも言いずらい、可愛げのある見た目だ。

「なんだ……あれは……私も初めて見るな……」

謎の存在にロンメルも動揺する。このピラミッドの全貌を把握しているわけではないが、
少なくとも以前カノンと共にここに踏み入った時には遭遇しなかった。

「隊長、ダヤンさん、あの人からエールさんの『匂い』がしますわん!」

グデーリアンが告げた意外な事実。エールの居場所について何か知っている可能性がある。
だが話を聞くより早く、メジェドと名乗る白頭巾はこう宣言した。

「侵入者は排除する……ここは我の家だ。メジェドビームッ!!」

落書きみたいな二つの目が光を帯びるとそこから光線が放たれた。
ビームといっても原理が色々あるわけだが、はっきり言ってこれの原理は不明だ。
怪光線としか言いようがない。とりあえず浴びたらやばそうだ。避けるのが得策だろう。


【無事に迷彩蠍を倒し一同はピラミッドの2階へ】
【2階にて自称『神』のメジェドと遭遇。魔物じゃないかもしれない】

580 :エール :2021/11/21(日) 20:11:14.54 ID:MaLmoFTc.net
>>577
【×優越する 〇優先される でした。失礼しました】

581 :ダヤン:2021/11/23(火) 20:20:11.27 ID:0gw1kxAZ.net
>「全員無事さ!だけどちょっと防戦一方でな……!
 俺達が引きつけておくからダヤンは背後に回って攻撃を頼むよ!」

冒険者達は隊列を組み、一番外側の列の者達は大きな盾で攻撃を防いでいた。
いつも一緒に戦っているだけあって、流石の連携だ。
ロンメルは、一匹見事に倒したようだ。

>「よし……ダヤン君、せーので行くぞ……!」

迷彩蠍達は、大きな盾意外眼中にない。不意打ちのチャンスだ。
ダヤンはロンメルと共に、迷彩蠍の背後目掛けて飛び出した。
一匹に狙いを定め、右手で右の鋏、左手で左の鋏の根元部分を狙う。
不意打ちだっただけあってうまく命中し、鋏での攻撃能力が無力化される。

「やった……にゃ!?」

隣の迷彩蠍の鋏が目の前に迫っていた。
が、ロンメルの白刃が閃き鋏が見事に切り飛ばされる。
一匹を瞬く間に無力化したらしく早くも二匹目に取り掛かったロンメルであった。
その手腕はなんとも鮮やかである。

「す、すごいにゃ……」

こうして、あれよあれよという間に迷彩蠍達は鋏を無力化されると、
他の冒険者達によって即刻仕留められた。
そして地道な探索を再開し、一階を踏破し、二階へと進む。
そこで、思わぬものに遭遇するのだった。

582 :ダヤン:2021/11/23(火) 20:21:47.26 ID:0gw1kxAZ.net
>「侵入者か。我の名はメジェド。『神』だ」

「にゃ、にゃんですと……!?」

白い頭巾を被り、そこから二本の足を生やしたなんとも愛嬌のある姿。
誰か知ってる? という風に冒険者達の方を見るダヤン。
しかし、誰も知らないようだった。

>「なんだ……あれは……私も初めて見るな……」

>「隊長、ダヤンさん、あの人からエールさんの『匂い』がしますわん!」

「にゃんと!」

見たところ、マミーの仲間というわけでもなさそうだ。
ならば、話が通じるかも……なんてことはなかった。

>「侵入者は排除する……ここは我の家だ。メジェドビームッ!!」

「そんにゃあ!?」

メジェドと名乗る自称神は、問答無用でビームを撃ってきた。
一番前にいたダヤンとロンメルは、左右に飛びのいて避ける。
後ろにいた他の冒険者達も、なんとか避けるか大きな盾で防いだりして事なきを得たようだ。
あまり話が通じそうにないということは分かったが、それでも交渉の余地はありそうだ。
メシェドは“ここは我の家”と言ったが、ファラオも多分そう思っていそうだ。
ということは、ファラオとはどちらかといえばピラミッドの所有権?を巡って対立する関係なのでは? という推測が立つ。

「怪しい者じゃないにゃ。仲間が攫われたから助けに来たんだにゃ!
エールを知ってるにゃ!? 最近ファラオに攫われてきた女の子がいたらその子にゃ!」

怪しい者じゃないという者は大体怪しいと相場が決まっているのだが、
とりあえず直球でエールの情報を聞いてみた。

583 :エール :2021/11/26(金) 23:51:48.71 ID:Q6SmEsNR.net
ロンメルはメジェドの両の瞳から放たれた光線を間一髪回避する。
後方にいた『砂漠の狐』の仲間達も裂けるようにして通路の両脇へと身を躱す。

>「怪しい者じゃないにゃ。仲間が攫われたから助けに来たんだにゃ!
>エールを知ってるにゃ!? 最近ファラオに攫われてきた女の子がいたらその子にゃ!」

光線を回避いたダヤンは白頭巾にそう言い放った。ロンメルとダヤンは同じことを考えていた。
本当に神なのかはさておきメジェドはエール救出に役立つ可能性があると。
先制攻撃されたことは水に流すとして、話し合えば協力してくれるかもしれない。

「エール……?あの少女のことか。
 なるほど、お前達はただの侵入者ではないのか」

「無断で侵入した無礼を謝罪する。だが私達はこのピラミッドを荒らしにきたわけではない。
 先程ダヤン君が言ったように、ファラオを倒して仲間を助けたいだけなんだ」

「ふむ……そういうことか。もっと早く言うがよい」

メジェドは厳かな声でそう言い放った。
結構簡単に納得してくれたようなのでロンメルは話を切り出す。

「……メジェド神、貴方がよければだが……。
 私達にエール君の居場所を教えてはくれないだろうか」

「あの少女の?道案内だけなら構わぬが……私は貴様らを助けはせぬぞ。
 『神』は不必要に手を差し伸べはしない。運命とは自らの手で切り開くものだからだ」

「助かるよ。それで構わない」

道案内だけでも十分すぎるほどだ。ロンメルは明るい声で返事をした。
何があるか分からない魔物の腹の中、探索が長引けば消耗しこちらの不利になる。
メジェドと出会えたのはまさしく天が味方してくれたとしか思えない。

「むむむ……メジェドマッピングッ!!」

白頭巾の両目が光ると宙に立体的な地図が投影された。
どうやらこのピラミッドのものらしい。赤いマーカーで現在地が示されている。

「件の少女は客室にいる。だがここへ辿り着くにはマミー達の厳重な警備を抜けねばならぬ。
 貴様ら全員で向かった場合、正面衝突は避けられぬだろう。推定で敵は100を超える」

赤いマーカーから点線が伸びて通路を進み、北端の部屋で停止する。
その部屋で明滅する青いマーカーがエールを指しているのだろう。

「ちょっと待った。メジェド神、エール君の武器や所持品はどこにあるかは分かるか?」

「我は『神』だ。このピラミッドのことなら全て把握している。どうせ物置部屋だろう。
 マミー共が冒険者や無辜の民から掠奪した、価値の低いものは大抵ここにある」

赤いマーカーから新たな点線が伸びると南端の部屋で停止する。
その部屋で今度は緑色のマーカーが明滅している。魔導砲をはじめとした所持品を指すのだろう。

584 :エール :2021/11/26(金) 23:56:36.16 ID:Q6SmEsNR.net
ロンメルはそれを見て顎を撫でながら思案する。
エール自身と魔導砲が正反対の位置にあるのは単純に面倒だ。
どちらも回収しなくては例の作戦でファラオを倒すことができない。

そして――ここが肝心だが、全員で乗り込んで救出しに行くにはエールの警備が厳重すぎる。
どちらかというと盗賊とか忍者といった冒険者が魔物の目を掻い潜って救出に向かう方が効率が良い。

「……そういえばダヤン君。君は斥候(スカウト)型の冒険者だったね」

ロンメルはダヤンに視線を送る。
当初は戦力の分散を避けるため単独行動を控えろと言ったが、ここは柔軟に考えるべきだろう。
つまりこれからの作戦はこうだ。斥候の能力を持つダヤンが魔物の目を盗んでエールを救出する。
その間にロンメル達『砂漠の狐』は魔導砲を取りに行く、といった具合に。

「難易度の高い作戦だが……君にしか頼めないことだ。
 メジェドと共にエール君を救出してくれ。『王の間』の前で合流しよう」

「話は済んだか。そろそろ行くぞ」

メジェドの催促をよそにロンメルは映されている立体の地図を頭に叩き込む。
そして記憶を終えるとロンメル達とダヤンは一度別れることになり、それぞれの道を進んでいく。

「……これからマミーの警備が厳重になってくる。気をつけろ。
 何かあっても自分の力で対処することだ。我は何もしないし手伝わない」

メジェドはぼそりとダヤンに告げて通路を右に曲がった。
ダヤンもメジェドの道案内に従って進めば三体のマミーに遭遇するだろう。
三体とも通路の端っこでたむろしており、なんと煙草を吸っているではないか。

「ハァー……ヤッテランネーワマジデ……24時間交代ナシノ警備体制トカブラック過ギナイ……?」

「ショウガナイデショ……人質ガイナイト惚レタ女ガ来テクレナインダカラ……」

「ファラオ何考エテルンダロ……翼トカ生ヤシテル変ナ人ナンデショ……?」

お行儀の悪いことに吸い殻を平然と通路に落っことしながらだべっているようだ。
働きアリの2割は働かないアリというが、マミーにもサボりを実行する個体がいるらしい。

「ヒェッ……メジェド様ダ……仕事ニ戻ロウゼ……」

メジェドの存在に気づいたサボり魔マミー三体は慌てた様子で煙草を通路に落とす。
そしてぐりぐりっと踏み潰して火を消すと、担当の場所へと去ろうとする。

ダヤンの存在に気づく可能性があるのはその瞬間だ。
もし何の策も無くメジェドと共に歩いていればマミー達は仲間を呼び寄せるだろう。
そうなれば大量のマミーとの戦闘が始まることになる。それはダヤンが力尽きるまで続くだろう。

だが何か策を講じていればマミーは気づかずにスルーして事なきを得るに違いない。
とはいえマミーとて元人間。知能は生前と同様であり不自然なら探りを入れるだろう。
いずれにせよ――全てはダヤンの作戦次第ということになる。


【メジェドがエールの居場所まで案内してくれることに】
【ロンメル達『砂漠の狐』の面々は魔導砲を取りに行く】

585 :ダヤン:2021/12/01(水) 00:38:41.37 ID:iW7a3qXw.net
>「エール……?あの少女のことか。
 なるほど、お前達はただの侵入者ではないのか」

>「無断で侵入した無礼を謝罪する。だが私達はこのピラミッドを荒らしにきたわけではない。
 先程ダヤン君が言ったように、ファラオを倒して仲間を助けたいだけなんだ」

>「ふむ……そういうことか。もっと早く言うがよい」

こっちが何か言う前にビーム撃ってきたじゃん!とダヤンは心の中でツッコんだ。
とはいえ、とりあえず戦闘続行は避けられそうで良かった。

>「……メジェド神、貴方がよければだが……。
 私達にエール君の居場所を教えてはくれないだろうか」

>「あの少女の?道案内だけなら構わぬが……私は貴様らを助けはせぬぞ。
 『神』は不必要に手を差し伸べはしない。運命とは自らの手で切り開くものだからだ」

>「助かるよ。それで構わない」

助けはせぬと言いながら、道案内だけでもかなりの手助けなので、
やはり少なくともファラオと一枚岩ではないのだろう。
が、ファラオと明確に敵対している立場ならもっと積極的に手助けしても良さそうでもある。
果たして彼(?)はこのピラミッドにおいてどういう立ち位置なのだろうか、気になるところだ。

>「むむむ……メジェドマッピングッ!!」

>「件の少女は客室にいる。だがここへ辿り着くにはマミー達の厳重な警備を抜けねばならぬ。
 貴様ら全員で向かった場合、正面衝突は避けられぬだろう。推定で敵は100を超える」

「100……! まともに戦ったら流石に厳しそうにゃね……」

全員で突撃したところで数で惜し負けてしまう。ならばどうするか。

>「ちょっと待った。メジェド神、エール君の武器や所持品はどこにあるかは分かるか?」

>「我は『神』だ。このピラミッドのことなら全て把握している。どうせ物置部屋だろう。
 マミー共が冒険者や無辜の民から掠奪した、価値の低いものは大抵ここにある」

>「……そういえばダヤン君。君は斥候(スカウト)型の冒険者だったね」

魔物の目をかいくぐってエールを救出するという重要任務がもちかけられる。
会って間もないが、ロンメルはダヤンの能力を高く買っているようだ。

>「難易度の高い作戦だが……君にしか頼めないことだ。
 メジェドと共にエール君を救出してくれ。『王の間』の前で合流しよう」

「了解ですにゃ隊長! かにゃらずやエールを救出してみせましょうにゃ!」

ダヤンは、とても危険と思われる任務をあっさり引き受けた。
というのも、運よく勝算があるからだ。
このような状況で役立つ斥候の技能の一つに、変装というのがある。
単独行動している警備を適当に一人ボコって、その装備を引っぺがして拝借するのが定石だ。
幸い、今回の警備員の装備はすでに持っている。そう、マミーの包帯だ。

586 :ダヤン:2021/12/01(水) 00:40:49.65 ID:iW7a3qXw.net
(ラッキーにゃ〜。やっぱりタダで拾えるものは貰っとくもんだにゃ〜)

時にはタダほど怖いものはない、というパターンもあるが(タダだからと拾ったら呪いのアイテムだったとか)
少なくとも今回は、タダのものは拾っておいて正解パターンだったようだ。

>「……これからマミーの警備が厳重になってくる。気をつけろ。
 何かあっても自分の力で対処することだ。我は何もしないし手伝わない」

「……メジェドにゃんは普通に行っても大丈夫なんだにゃ……?
迷惑かけないように気を付けるにゃね」

メジェドはここの住人として市民権を得ているということだろうか。
そうだとしても、もし何かあったら”お前何怪しい奴を手引きしてんの!?”
みたいに困ったことになる可能性もある。
と、今は他人の心配をしている場合では無いのだが。
というわけで、ダヤンは変装技能を駆使してマミーの包帯で器用に全身をぐるぐる巻きにした。
これで見た目上は小柄なマミーそのものだ。耳は寝かせ、ちなみに尻尾は背中にくっつけてある。
通路を曲がると、早速マミーがたむろしていた。

>「ハァー……ヤッテランネーワマジデ……24時間交代ナシノ警備体制トカブラック過ギナイ……?」
>「ショウガナイデショ……人質ガイナイト惚レタ女ガ来テクレナインダカラ……」
>「ファラオ何考エテルンダロ……翼トカ生ヤシテル変ナ人ナンデショ……?」

タバコの吸い殻を平然とポイ捨てしており、火事にならないかとヒヤヒヤする。
マミー達はメジェドの姿に気付くと、慌てている様子だった。

>「ヒェッ……メジェド様ダ……仕事ニ戻ロウゼ……」

(”様”ってことは…… 一応敬われてるポジションなんだにゃ……!?)

持ち場に戻ろうとするマミーとすれ違う。緊張の一瞬だ。
もしも、『アレ、オ前、見ナイ顔ダナ……サテハ……』などと言われたら
『ソウナンデス、新人デス! ヨロシクオネガイシマス先輩!』
などとぎこちない標準語で返すだろう。
通常のマミー達はカタコトなので、ぎこちないぐらいで丁度いいのだ。

587 :エール :2021/12/05(日) 17:51:42.58 ID:xxCpkUZM.net
メジェドはダヤンが如何にしてマミーの目を掻い潜るかと見守っていたが、
なんと先んじて手に入れていた包帯を使ってマミーに変装するという手段に打って出た。
猫耳も尻尾も畳んで誤魔化しており、外見上は小柄なマミーにしか見えないというわけである。

「悪くないアイデアだな。その調子でマミーの目を欺くのだ」

頻繁に警備のマミーと出会うが、彼らは気にした様子もなくスルーしている。
もし話しかけられてもダヤンはマミーに似たぎこちない標準語で対処していく。
時にはメジェドの姿に怯えてそもそも近寄ってこないのもダヤンの有利に働いた点だろう。

「……思っていたよりあっさり着いたな。ここに件の少女がいる。
 だが気をつけることだ。見張りのマミーが二人いる……上手く言いくるめるのだ」

メジェドが視線を動かした先の部屋の前に、女性型のマミー二人が立っている。
二人のマミーはメジェドの存在に気づくと「ヒェッ……また現れた」と言って慄いている。
ダヤンに言いくるめられると二人のマミーはすんなり部屋へと通した。

するとダヤンは天蓋つきのベッドに座って足をプラプラさせているエールを見つけるだろう。
なぜか貴族が着てそうな豪奢なドレスに身を包んでいる。

「だ……」

ダヤン、何でそんな恰好してるの……?と思わず言い掛けてエールは口を噤んだ。
経緯はよく知らないが変装してここまで来てくれたのは一目瞭然だったので空気は読める。

「暇だろうから我がピラミッドを案内しよう。
 客人をもてなすのは『神』の義務だ。来るがいい」

メジェドはそういって見張りのマミーを強引に納得させ、部屋から連れて行く。
そしてダヤンの活躍によって数々の監視の目を潜り抜け――。
『王の間』の近くまで到着するとメジェドがこう告げる。

「もう自由に喋っても構わぬぞ。周辺にマミーはいない」

するとエールはぷはぁ、と大きく息を吐きだすとダヤンの両肩を掴む。
そしてゆさゆさと揺らしながらこう捲し立て始めたのだった……。

「ダヤン、助けてくれてありがとう!でも私、武器も所持品も取り上げられちゃってるの……!
 ファラオはお姉ちゃんを好きになったらしくて妃にするのが目的らしいんだけど……。
 でもそんなことさせる訳にはいかないよ!お姉ちゃんはそんなこと望んでないもの!
 私は……ファラオを倒す。ここで倒さないとまた拠点が襲われるだけだもん!
 ダヤンは一人で来たの?もし他にも仲間がいるなら合流しなきゃ!」

「思ってたより長く喋ったな……」

メジェドは静かにそう呟くと、エールとダヤンはそれぞれ情報共有を行う。
エールはファラオの目的が姉のカノンを嫁にすることという事実を伝えた。
今まで拠点を襲っていたのは姉が6階に来るのを誘うためであり、
自分を人質にすればすんなり言う事を聞いて婚姻を結んでくれると考えているのだと。

588 :エール :2021/12/05(日) 17:53:46.07 ID:xxCpkUZM.net
そうこうしているうちに『砂漠の狐』の面々も『王の間』の近くまでやって来る。
無事に合流を果たすとエールの所持品が入った道具袋と武器である魔導砲を渡してくれた。

「エール君が無事で良かったよ。しかし……いやすまない、君の隊服までは見つからなかった」

「大丈夫です!戦いが終わった後探せばいいだけですから!」

エールはハイヒールを脱ぎ捨てつつロンメルにそう返した。
石材のひんやりした感触が直に伝わってくる。
だが戦闘で動き難くなるよりはずっとましだ。

「よし……では準備は整った。これよりカースドファラオ討伐作戦を開始するぞ!」

ロンメルの声に応じて一同おーっとやる気を漲らせると『王の間』へと踏み入る。
荒涼とした石材で覆われた広い部屋の最も奥。そこに黄金の棺が鎮座している。
黄金の棺は厳かに90度立ち上がると、くぐもった声が響いていくる。

「……誰を討伐するって?ロンメル……貴様如きが余を倒せるなどと思いあがるな」

ロンメルからの答えはこうだ。サーベルを引き抜き、静かに戦闘態勢に入るのみ。
棺の奥でファラオがくっくっくっと笑いを零すのが聞こえてくる。

「面白い冗談だ。余には滑稽にしか見えないが?貴様を殺すなど造作もないんだが……。
 その前にエール、君のことだ。いけない子だね全く……部屋から抜け出すなんていけない子だ」

「そうだよっ!私は銃士だもん……魔物は倒す!お姉ちゃんは貴方に渡さないっ!」

「……それが君の答えか。残念だよ。悪い子には……躾が必要だな」

ファラオがそう宣告すると、黄金の棺の扉が左右に勢いよく開け放たれた。
エールは一度この攻撃を見ている。この後包帯を伸ばしてきて、それに掴まってしまったのだ。
もしかしたら包帯以外の『何か』を出してくるのかもしれないが、ならば猶更何らかの方法で防御した方が良い。

「『盾持ち』は前に出ろ!全隊は防御態勢に入り、敵の攻撃に備えるのだ!!」

ロンメルがそう叫ぶと、迷彩蠍戦で大盾を持っていた冒険者達が前に飛び出して盾を構える。
身の丈ほどのサイズの盾だ。これでだいたいの攻撃は防げるはずである。
――直後、黄金の棺から何かが大量に飛んできて盾に激突する。

「た、隊長っ!なんですかこの衝撃はっ!?」

「うろたえるな!これは『投石』だっ!鉄の大盾なら防げる!!」

ファラオが潜む黄金の棺から放たれたもの。それは大量の『石』だ。
石が矢のようなスピードで飛来してきているのだ。

589 :エール :2021/12/05(日) 17:57:16.15 ID:xxCpkUZM.net
投石はもっとも原始的で効果的な遠距離攻撃である。
巨人ゴリアテが羊飼いの少年に倒された逸話の原因も、少年が投石器から放った石を額に受けたからだった。
ファラオが放つ大量の投石はその比ではない。食らえば骨を砕き肉は削げるだろう。
迂闊に大盾の外に飛び出しても待っているのは確実な『死』のみ。

「呪われし砂漠の王は少女もろとも貴様らを殺す気か……。遠慮がないな」

メジェドは盾の隅っこで三角座りしながら呑気に呟いた。
エールの救出は手助けしてくれたのだから、ビーム一発くらい撃ってくれないだろうか?
ロンメルは脳の片隅でそう考えたが、『手助けはしない』と言われているので期待はしないことにした。

「ふっ、メジェドか。ロンメル……そいつに頼るのは間違いだよ。
 余が無限迷宮に来る以前から、稀にこのピラミッドを徘徊しているようだが……。
 はっきり言って何の役にも立たん。どうでもいいから余が捨て置いているだけの存在だ」

ロンメルの心を見透かすようにファラオはくぐもった声を響かせる。
その隙に、ロンメルは小声でエールに『ハイペリオンバスター』の準備を指示した。
投石をなんとかしなければ反撃できないが、膠着状態の今こそ切り札を用意するチャンスでもある。

エールは大盾の背後で魔導砲を構えて魔力の充填を開始した。
そして、魔力を有する他の冒険者達も魔導砲から伸ばしたケーブルを掴んで共に魔力を充填する。

「それはこちらの台詞だ。呪われし砂漠の王よ。このピラミッドは元を正せば外の世界のもの。
 魔王がこの迷宮に閉じ込めただけで我の所有物なのだ……断じて貴様のものではない」

メジェドはファラオにそう反論したがファラオからの返答は特にない。
本当にどうでもいい存在だと思われているようで、完全に無視された。

「お前達を全員殺す気はない。適度に生かしてやろう。カノンが来なければ意味がないからね。
 エール、もし死んだとしてもマミーとして蘇生してあげるから気にしないでくれ……」

ファラオは何が来ても対処できるという余裕をもってそう言い放った。
『闇の欠片』を5個所有しておりパワーアップしている事実がまずひとつにあるだろう。
そして、ファラオの身を隠している黄金の棺――『防御外装棺』で自身を守っているのがふたつめの理由。

この棺は、カノンと戦った当時は本当にただの棺だったが、闇の欠片を得てある魔法が追加されている。
それはファラオをはじめとするあらゆる物質を四次元空間に収納する能力。いわゆる空間魔法だ。
この棺の中に隠れている限り、ファラオにあらゆる攻撃は届かない。

「っ……準備できるのは良いけど、今のままだとファラオにはどんな攻撃も通じない……!」

エールは魔力を充填しながらダヤンにそう言った。
何度もファラオと交戦している『砂漠の狐』も、一度は棺の中に入ったエールも状況は理解している。
だから『ハイペリオンバスター』を準備してはいるものの、どうやって攻撃を当てるかは悩んでいるのだ。
だが、長々と悩んでいる時間はない。投石の効き目が薄いと判断すればファラオも攻撃方法を切り替えてくるだろう。

その間に――何かしらの手段でファラオを棺から引きずり出す必要がある。
棺自体をぶっ壊すのも手だが、それに魔導砲を使えば今度はファラオ自体を倒せない。
冒険者達の次なる一手や如何に?


【ファラオと交戦開始。黄金の棺から大量の投石。大盾で防御するが膠着状態に】
【ファラオは棺の中の四次元空間に隠れており、引きずり出さなければどんな攻撃も無意味】

590 :エール :2021/12/11(土) 19:09:00.11 ID:o3QNRsAB.net
これは本編とちょっと関係あることなんだけど……。

1エリアの広さについて……なんとなく考えていたことを文章にしてみるよ。
本編中の言及として4階の湖の広さが600平方キロメートル超だったよね。
仮に形状が四角形(そんなわけないけど)として20キロ×30キロくらいの大きさだね。

当時は100メートルのアスピドケロンが泳ぐくらいだから大きくしたいと思っていて……。
聖剣を守る魚だし迷宮産の魔物じゃないからちょっと強めにしとこぐらいの軽い気持ちで設定したんだけど……。
だから4階の湖も100メートルの魚が暮らせそうなイメージで琵琶湖と同じくらいのサイズにしたよ。

滋賀県の面積が4017平方キロメートル。でもこれをそのまま1エリアのサイズとするのはどうかなぁ。
そのままの広さだと陸地の面積がだいぶ広いよ……あたりまえだけど……。
あわわっ湖沼エリアなのに転移先しだいでほぼ陸地だけを探索するハメになるよっ。

ちょっとダウンサイズして……だいたい1000平方キロメートルぐらいが適正かな?(20キロ×50キロ)
参考までにイタリアのローマが1285平方キロメートルくらいみたいだから近いサイズだね。
東京23区が627.6平方キロメートル。23区は湖と同じくらいなんだね。
でもどれも行ったことないからよく分からない……。

中の人の地元ならイメージつきやすいかな。
で、面積調べたら約500平方キロメートルだったよ……。
あわわっインドアのせいか1エリアがめちゃくちゃ広大に感じるよっ!?

スレ開始当初の無限迷宮のビジュアルイメージは設定案(>>432)とおおよそ同じで
巨大な塔の中に同程度の広さの異空間が階層状に広がってる想定だったから……(実際は謎)
あわわっどのエリアも私の地元の倍くらいでかい。

どのぐらいの時間で探索できるかもちょっとだけ考えてみる。
不動産屋では80メートルが徒歩1分の計算らしいから1キロ歩いたら12分30秒。
10キロなら120分くらいだから2時間程度。50キロなら10時間程度?

あれっ……不思議なことに時間だけ読むとなんか狭く感じてきたよ……。
実際には地形や魔物の問題、休憩時間も含むから移動はもっと時間がかかるだろうけど。
それにこの広さでも拠点から遠く離れた位置に飛ばされたら野宿になりそう……。

とりあえず1エリアの平均的広さは約1000平方キロメートルって感じかなぁ。
もしかしたら、今後もっと面積の広いエリアが登場するかもだけどね!

だって1エリア探索するのに迷ったり休んだりしてもそんなに日数かからない面積だからね。
私が持ってる通り、踏破済みエリアは地図になってるからもっと短くなるよ。
地図ありなら次の階まで1日あれば十分なんじゃないかなぁ。

ザルすぎる計算だけど100階まで地図ありなら移動するのに最短で100日……?1年かからないんだね。
実際のところポータルの転移はランダムだからもっとかかるだろうけど。
本編中は順調に階を進めていたけれど、下の階にバックして時間がかかる可能性もあるからね……。
あと階が上がれば魔物も強くなる。強い魔物との戦闘を回避して移動しようとするともっと時間がかかる……?

忘れちゃいけないのがダヤンが無限迷宮生まれだってことね!
ということはこの迷宮、少なくとも魔王に創られて11年くらいは存在してるんだよね。
それだけ時間があったらさすがに100階くらいまでは攻略済みなのかなぁ……。
数字がインフレしまくって1億階まで目指そうぜ!みたいなことにならないといいけど……。

余談だけど開始当初に、私がエヴァーグリーンへ着くまで「何時間かかるのやら」って言及してたなぁ。
あわわっ深く考えてない象徴みたいな台詞……!「どれだけかかるのやら」でいいでしょ私〜!
これじゃあ崖上から数キロくらい離れたところにあるみたい……すごい遠い……。
た、たぶん冒険慣れしてないから軟弱なこと言っちゃっただけだよね。きっとそうだよ……!

私ってとんでもなく大雑把だね……。
設定とか考えるの苦手だし。うーん気をつけたい。

591 :ダヤン:2021/12/12(日) 21:05:56.10 ID:kF0lVykw.net
変装作戦は功を奏した。
もしもマミーの知覚が視覚以外を主としていたら、成立しない作戦であった。
変装が通用したということは、普通に視覚に頼っている部分が大きいのだろう。
それに、マミー達は結構ガチでメジェドにビビっているようだ。
そんな存在が多少怪しい者と連れ立っていたところで、そうそうツッコめないのかもしれない。

>「……思っていたよりあっさり着いたな。ここに件の少女がいる。
 だが気をつけることだ。見張りのマミーが二人いる……上手く言いくるめるのだ」

とはいうものの、見張りのマミーはメジェドにやはりビビりまくっている。

「通シテクダサイ。メジェド様ガ例ノ少女ニ挨拶シタイノコトデス」

と適当にメジェドをダシにしてみると、触らぬ神に祟りなしとばかりに案の定すんなりと通してくれた。
そこにいたのは、豪奢なドレスに身を包み、天蓋つきのベッドに座っているエールだった。
こちらはこちらで“エール、にゃんでそんな格好してるの……?”状態であった。
このような状況を抜きにして絵面だけ見れば、プリンセス系ディ〇ニー映画の1シーンのような光景だ。
今まで隊服姿しか見ていなかったので、その破壊力は凄まじい。

(か、かわいいにゃ……!)

>「暇だろうから我がピラミッドを案内しよう。
 客人をもてなすのは『神』の義務だ。来るがいい」

ダヤンがエールに見とれている間に、メジェドが話を進める。
手助けはしないと言いつつも、普通に手助けしている。
というかここまでの道中、神として恐れられているっぽいメジェドが一緒にいるだけでも
莫大な手助けだったので、今更だろう。
道中でも何人かのマミーと出くわしたものの、メジェドが連れているからと深追いはしてこなかった。
『王の間』の近くまで到着すると、もう喋って大丈夫だとメジェドが告げる。
いわゆる感動の再会シーンである。

>「ダヤン、助けてくれてありがとう!」

「エール……」

>「でも私、武器も所持品も取り上げられちゃってるの……!
 ファラオはお姉ちゃんを好きになったらしくて妃にするのが目的らしいんだけど……。
 でもそんなことさせる訳にはいかないよ!お姉ちゃんはそんなこと望んでないもの!
 私は……ファラオを倒す。ここで倒さないとまた拠点が襲われるだけだもん!
 ダヤンは一人で来たの?もし他にも仲間がいるなら合流しなきゃ!」

(情報量多ッ!! 妃にするのが目的!? 復讐じゃなくて!?)

>「思ってたより長く喋ったな……」

王道の感動の再会シーンとは少し違ったが、冷静に今の状況を考えると
まだ感動の再会シーンをしている場合ではないわけで。
二人は情報共有を行った。

592 :ダヤン:2021/12/12(日) 21:08:17.49 ID:kF0lVykw.net
「ロンメルさんがみんなを総動員してくれたにゃ……!
こっちもこのままファラオを討伐する作戦で来たにゃ。もうすぐみんなも来るはずにゃ」

噂をすれば、『砂漠の狐』の面々がやってきた。
無事に魔導砲などを取り返しすことが出来たようだ。

>「エール君が無事で良かったよ。しかし……いやすまない、君の隊服までは見つからなかった」

>「大丈夫です!戦いが終わった後探せばいいだけですから!」

(えっ、ということは少なくともこの戦いはお姫様風ドレスのまま……!?)

これは多分、別に「このままだと見た目的に可愛すぎて困る」などという意味ではなく
防御力的な面を心配しているのである。

>「よし……では準備は整った。これよりカースドファラオ討伐作戦を開始するぞ!」

ロンメルの音頭で、気合十分に王の間に突入した。
そこには黄金の棺が待ち構えていたのだった。

>「……誰を討伐するって?ロンメル……貴様如きが余を倒せるなどと思いあがるな」

ロンメルは無言で戦闘態勢に入る。

>「面白い冗談だ。余には滑稽にしか見えないが?貴様を殺すなど造作もないんだが……。
 その前にエール、君のことだ。いけない子だね全く……部屋から抜け出すなんていけない子だ」

>「そうだよっ!私は銃士だもん……魔物は倒す!お姉ちゃんは貴方に渡さないっ!」

>「……それが君の答えか。残念だよ。悪い子には……躾が必要だな」

黄金の棺の扉が左右に開け放たれる。

「あ、何か出てくるにゃ……!」

>「『盾持ち』は前に出ろ!全隊は防御態勢に入り、敵の攻撃に備えるのだ!!」

出てきたのは包帯ではなく、大量の投石だった。
盾の防御部隊がいなかったらと思うと、ぞっとする。

>「呪われし砂漠の王は少女もろとも貴様らを殺す気か……。遠慮がないな」

と、盾の隅っこでちゃっかり盾の防御の恩恵に与っているメジェド。

「そんにゃ他人事みたいに……!」

593 :ダヤン:2021/12/12(日) 21:11:12.28 ID:kF0lVykw.net
>「ふっ、メジェドか。ロンメル……そいつに頼るのは間違いだよ。
 余が無限迷宮に来る以前から、稀にこのピラミッドを徘徊しているようだが……。
 はっきり言って何の役にも立たん。どうでもいいから余が捨て置いているだけの存在だ」

>「それはこちらの台詞だ。呪われし砂漠の王よ。このピラミッドは元を正せば外の世界のもの。
 魔王がこの迷宮に閉じ込めただけで我の所有物なのだ……断じて貴様のものではない」

二人はやはりピラミッドの所有権を巡って対立しているが、
お互いに取るに足りないと思っているのでお互いに放置している関係性だということが発覚した。
しかし道中で部下のマミー達は、メジェドの姿に結構ビビっている様子だった。
本当に捨て置いていて大丈夫なのだろうか。
二人のやり取りの間に、エールはハイペリオンバスターの準備を始める。

>「お前達を全員殺す気はない。適度に生かしてやろう。カノンが来なければ意味がないからね。
 エール、もし死んだとしてもマミーとして蘇生してあげるから気にしないでくれ……」

盾の裏でハイペリオンバスターの充填が始まったのを知ってか知らずか、ファラオは余裕綽綽だ。

>「っ……準備できるのは良いけど、今のままだとファラオにはどんな攻撃も通じない……!」

棺から引きずり出すか棺を破壊するかしなければ、攻撃は通用しない。
引きずり出そうにも盾の後ろから出れば投石の餌食になるし、
破壊するのにハイペリオンバスターをつかってしまえばファラオ本体を倒す切り札が無くなる。
状況は八方ふさがりに思えた。
が、ファラオの投石は無尽蔵だが、こちらはいつかは盾が破壊されてしまうだろう。
このままではジリ貧。そうなる前にとにかく状況を動かさなければ。
ただ唯一幸いというべきなのが、盾の裏で即席の作戦会議が出来るような状況だ。
投石の音で話声は向こうまで聞こえないし、そもそもファラオは余裕綽綽なので、
こちらが何を企んでいようと多分そんなに興味がない。
ダヤンは冒険者達に声をかけた。

「魔力強化の魔法をかけられる人はいるにゃ? いたらオイラにかけてほしいにゃ。
もしかしたら少しだけアイツの動きを止められるかもしれないにゃ。
もしうまくいったら……その隙に棺の扉を閉めてほしいにゃ」

594 :ダヤン:2021/12/12(日) 21:13:12.10 ID:kF0lVykw.net
引きずり出さなければいけないのに閉めてどうするんだという感じだが。
作戦の下準備が終わると、ダヤンは一瞬だけ盾の横から身を乗り出してダガーを投擲した。
ダガーにかけられた聖属性強化の効果はまだ続いていることだろう。
放たれたダガーは、黄金の棺の中に飛び込……まずに地面に突き立った。
普通に外したように見える。
一瞬「ダメじゃん!」みたいな雰囲気が流れかけたが、にわかに投石が止まる――
ファラオの動きが止まったのだ。
これは最初から投擲による本体攻撃を狙ったわけではなく、【シャドウ・スティッチ】。
真っ暗だった1階とは違って、この辺りは照度こそ薄暗くはあるものの魔法照明で照らされている。
そのためうっすらではあるものの、影が出来ていたのだ。
(そういえば、この階の警備はマミーが担っているのに対して、1階で現れた敵はマミーではないモンスターだった。
マミーの知覚が視覚に重きを置いているのだとしたら、マミー的にも真っ暗は困るのかもしれない)
尤も、効果は持って数秒だろうが、その隙にダヤンは棺へと猛ダッシュして駆けつけた数名の冒険者達と共に棺の扉を閉める。
(魔力を持たない筋力特化系冒険者は、魔力の充填に参加出来ないので手が空いていたのだ)
ファラオにしてみれば数秒経ってシャドウスティッチの効果が切れれば
すぐに開けることが出来るので、だからどうしたという感じだが。
そこでダヤンはこんなことを叫んだ。

「みんな今にゃ! 封印の術式を……!」

本当は、ファラオを棺から引きずり出して倒す作戦に見せかけて、棺に閉じ込めて封印してしまおうという作戦だった――
というわけではない。
盾の裏で封印の術式なんてものは準備されていない。
少なくともこのメンバーではそんなことは出来ないし、このメンバーじゃなくても多分出来ない。
「“棺から引きずり出して倒す作戦に見せかけた、棺に閉じ込めて封印してしまおうという作戦”に見せかけて、自主的に出てきてもらおう作戦」
――長いので略して”北風と太陽作戦”とでも言おうか。いやちょっと違うか。
要するに禁止されるとやりたくなる的な人間心理(マミー心理?)を利用した、
「出られなくなると思うと焦って飛び出してきてくれたらいいな」という希望的観測に基づく作戦であった。

595 :ダヤンPL:2021/12/12(日) 21:59:24.17 ID:kF0lVykw.net
>590
お待たせしたにゃー。
にゃにゃっ!? すごい考察! 面白いにゃ〜!

>各エリアの広さ

>1エリアの平均的広さは約1000平方キロメートルって感じかなぁ
そんな気がするにゃ
異空間だから階層によって広さが違うのも全然アリだし
たまにすごく広い階層や逆にすごく狭い階層があっても面白いかもしれないにゃね
余談だけどオイラの中の人の地元も約500平方キロメートルだったにゃ〜、
大体それぐらいの面積の市って多いのかにゃ?

>探索にかかる時間
綺麗に舗装された道は時速5キロでも登山の平均速度は時速1.5km前後らしいから
足場の状況によってはかなーり時間がかかるにゃね
だから1000平方キロメートルで狭すぎるってことは全然にゃいと思うにゃ

>ダンジョンの創設時期
オイラの勝手なイメージだと
「かつて存在した魔王が創ったという伝説のダンジョン」だから
勇者が魔王を倒したのがすでに伝説になってるような時代で、
今の時代の人から見れば無限迷宮はずっと昔からあるような存在で誰にもその始まりの真実は分からない……
ぐらいのかなり昔に出来てるイメージで迷宮生まれ設定にしたにゃ

でも例えば「実は最近出来た振興ダンジョンだけど迷宮に入った瞬間に自動的に記憶操作がかかる仕様で
迷宮内の人には伝説のダンジョンと思われてる!?」みたいな衝撃設定が投入されてもオイラは全然大丈夫にゃよ!

>それだけ時間があったらさすがに100階くらいまでは攻略済み?
この無限迷宮の面白いところはダンジョンでありながら中に拠点(町)が出来て人が生活してるところにゃよね〜。
普通のダンジョンと違っていちいち地上に戻らなくてよくて(地上に戻ろうと思っても戻れないんだけど)
拠点を足掛かりに次の階層に行けるから開拓していく意欲があればいくらでもいけそうにゃね。
ただ一定の階層に定住する人も多くてしかも階層が増えるほどモンスターが強くなっていくからある程度以上の階層は未開の地になってそうにゃ
果たしてどのぐらいの階層まで拠点が出来てるんだろうにゃ

>1億階まで目指そうぜ!
よく知らないけど昔の西洋のダンジョンRPGがそんなノリだったらしいにゃね
(流石に1億階は無いと思うけど)
そういえばポータルの転移先ってランダムだから……
うっかりとんでもない高階層に飛ばされる→速攻で超強いモンスターに襲われて終了
なんてことも時々起こってるのかにゃ? おっかいないにゃ〜!

596 :エール :2021/12/19(日) 23:45:07.25 ID:iQ22/EH6.net
石の驟雨が横殴りに降り注ぐ中、鉄の盾の内側で冒険者達はじっと息を潜めていた。
ロンメルは盾と盾のわずかな隙間から様子を覗いてじっと機を窺っている。

ハイペリオンバスターを命中させる作戦がないわけではない。
ファラオの黄金の棺は鉄壁の守りだが、その構造上どうしても弱点が生じる。
それは『攻撃時に必ず棺を開ける必要性がある』ということだ。

何らかの方法で棺を閉じた場合、ファラオは一切外部に干渉できなくなる。
つまり、棺を閉じられてしまうとロンメル達を殺すにはファラオ自身が外に出る必要が生じる。
そして外に出てきた瞬間に不意打ちでこちらの切り札を放てば倒せるかもしれないとロンメルは考えているのだ。

駆け引きが重要になるし、勘づかれて引きこもられると長期戦になるだろう。
作戦の成功率を上げる鍵は『ファラオを倒す切り札が知られていないこと』が前提だ。
その点に関しては上手くクリアされているが――肝心の閉じる隙が見当たらない。

あるいは成功率はより低いがこういう方法もある。
ファラオの攻撃手段のひとつとして包帯を伸ばして敵を拘束する技がある。
その包帯を逆手にとって綱引きのように引っ張り出してやるのだ。

マミーはアンデッドのためしぶといが身体能力は人間並み。
だがファラオに関しては『闇の欠片』があるのできっとその力で抵抗するだろう。
『砂漠の狐』のメンバーの腕力を総動員しても力負けする可能性が高い。
どちらにせよ、今はチャンスが巡ってこない。耐えるしかないのだ。

「メジェド様、この戦いの勝利を祈らせて欲しいですわん」

戦いとは概してそういうものだが、それでも不確定要素の多いこの戦いを憂いたのだろう。
グデーリアンは持っていた聖書を床に置き、隅っこに座る白頭巾に祈りを捧げる。

「神も多種多様だぞ。我はその書に記されている存在とは違うが、いいのか」

「構いませんわん。祈ることが大事なんですわん。僕にはそれしか出来ませんわん」

グデーリアンの役目はファラオを倒した後にその魂を冥界に送り帰すことだ。
でなければ倒しても高位のアンデッドであるファラオは肉体を再構築させ復活してしまう。
だからグデーリアンだけは魔力を持ちながらもエールの充填役からは外されている。
充填で魔力を使い果たしてしまったら最後の成仏を果たせなくなるためだ。

>「魔力強化の魔法をかけられる人はいるにゃ? いたらオイラにかけてほしいにゃ。
>もしかしたら少しだけアイツの動きを止められるかもしれないにゃ。
>もしうまくいったら……その隙に棺の扉を閉めてほしいにゃ」

膠着状態の中で何かを思いついたダヤンが作戦を提案してきた。ちょうどロンメルの考えと似ている。
ダヤンは更にその先の駆け引きをも考えているのだが、とにかく。乗らない手はない。

「うむ、早速やろう。グデーリアン……その魔法は使えるかな?」

「はい隊長!やるのは初めてですが、なんとかなりますわん。
 ダヤンさん……お受け取りくださいですわん!」

グデーリアンが手を組んでダヤンに祈りを捧げはじめる。
すると、周囲にぽわわと温かい光が粉雪のように舞い降りた。
ダヤンは徐々に魔力の高ぶりを感じることだろう。魔力の強化が成功した証だ。

597 :エール :2021/12/19(日) 23:49:01.32 ID:iQ22/EH6.net
魔力を高めたダヤンが行ったのはダガーの投擲だった。
それも黄金の棺には当たらず、王の間の硬質な床に突き立っただけである。

「……これはまぁ……儚い抵抗だ。何がしたかったんだ?」

見下した様子でそう呟いたが、すぐさま異変に気づく。
棺内の四次元空間に収納している石礫をなぜか飛ばせなくなったのだ。
『防御外装棺』に付与している魔法の力が急停止した感じだ。

そして間髪を入れずダヤンと『砂漠の狐』の冒険者数名が飛び出し、棺の扉を閉じる。
ファラオはそこまで来てようやく相手の魔法の効力で棺が止まったのを理解した。

「さっきの投擲が原因か……まったく小賢しい魔法だ!
 効果が何秒持続するのか知らんが『闇の欠片』の力を使えばこんなもの……!」

シャドウ・スティッチ――相手の影に刃を突き立て動きを封じる魔法。いわゆる影縫いだ。
今回の場合、棺にできた影にダガーを刺し『防御外装棺』の機能をも止めてしまったというわけだ。
便利な魔法ではあるが、対象の抵抗が勝てば拘束が外れるという特徴も持っている。

ファラオの言う通り『闇の欠片』5個の力を使いフルパワーで抵抗すれば拘束なんて簡単に外せる。
攻撃を再開するためダヤンの影縫いから抵抗をはじめた瞬間、不意打ちのような言葉が耳に飛び込む。

>「みんな今にゃ! 封印の術式を……!」

――封印!?ファラオは驚きのあまり天と地がひっくり返ったのかと思った。
熾天使のカノンの手で一度消滅した彼はアンデッドも完璧ではないことを理解している。
『浄化の力』のような悪しき存在を滅ぼす力の前には不死さえ無力だと知ってしまった。
カノンが持っている聖なる力に惚れる反面、ファラオは恐れも抱いているのだ。

もし彼女と再び戦うことになった時、単純に力が強いだけでは絶対に勝てないと。
だから編み出したのだ。彼女の力をも防ぐ鉄壁の守りである『防御外装棺』を。
『闇の欠片』5個のリソースを全てつぎ込んで高等な空間魔法を実現させたのはそういう背景がある。
しかし完璧な対策と自惚れる反面、封印されるなどという可能性は微塵も考えていなかった。

「ばっ……馬鹿なッ!貴様らにそんな真似できるはずがない!!」

閉じられた棺の中で思わず怒声を飛ばす。それは100%動揺によるものだったが、同時に違和感を覚えた。
本当に自分を封印できるとして、なぜその指示をロンメルではない冒険者が行ったのだ。
ギルドマスターでありながら常に自ら前線に出て戦う勇猛なあの男が、なぜ棺の閉じ込めに参加していない?

「そうだ……これは貴様らのハッタリだ!そうに違いない!
 そこまでして余の攻撃を止めたかったのか!?それとも余を棺の外に――」

言葉を言い終えるより早く、隊列を組んだ大盾から人影が飛び出す。
四人。黒いローブを纏った『砂漠の狐』所属の魔法使い達だ。
絶妙なタイミングでエールの魔力充填が終わったらしい。

魔法使い四人は黄金の棺を中心にして四隅に立ち、杖を強く床に叩きつけると何かを刻みはじめた。
それが何かは一目瞭然だった。『魔法陣』だ。四人でひとつの魔法陣を描こうとしている。
本物の封印術式というわけではない。即興で考えたてんでデタラメな魔法陣だ。
残念だが完成したところで何の効力も発揮できないだろう。

ダヤンがブラフを使ってファラオを引きずり出そうとしているのは理解できたので、
手の空いている冒険者はそれに乗っかることにしたのだ。

598 :エール :2021/12/19(日) 23:55:36.05 ID:iQ22/EH6.net
ファラオは『闇の欠片』5個の力で高等な空間魔法が使える。
ならばその魔法陣が偽物であることなどすぐ見抜けると思うかもしれない。

だが決してそうとも限らないのが魔法というものなのだ。
一般的に魔法とは、『魔力によって森羅万象を引き起こす力』だと説明されている。

魔力は万物に時折宿るとされる特殊なエネルギーだ。『想い』に反応してあらゆる現象や物質の素になる。
より詳しく魔法を説明するならば『想いに反応する性質を利用し、魔力を自在に操る技術』とも言えるだろう。
全ての魔法の発動条件は高度な知的生命体が有する『想い』の力。つまり想像力(イマジネーション)だ。

極端な話、どんな高等な魔法も想像するだけで使うことができる。必要なのはただそれだけだ。
ただし――ちょっと火を出すだけの簡単な魔法でも、相当な想像力と集中力が要求される。
いくら魔力があろうと常人の想像力では、一歩も動けないほど集中したところで何の魔法も使えないと言われている。
この『想像力』を養い、並みの魔法使いを育成するには厳しく長い修練を必要とする。

高等な魔法ほど要求される想像力は跳ね上がっていく。
そこで重要視されるのが想像力を補強する『理論化』という概念である。

漠然と『火を出す』と想像するのではなく、『魔力を燃料に周囲の酸素と摩擦で火を発生させる』と理屈をつける。
理屈をつけることでより具体的に想像力を働かせることができ、スムーズに魔力を操れるという方法だ。
この『理論化』は必ずしも物理法則通りでなくてもいい。自分が納得できる理論というのが条件だ。

そのため、魔法の理論はとても細分化している。なんなら理論は破綻していてもいい。
だが破綻した理論はその間違いに気づいた時、魔法が途端に発動しなくなるという欠陥も抱える。
魔法使い達はそれを避けるため日夜『理論化』の議論を繰り広げている。

そして、この理論化をさらに発展させたのが『術式』や『魔法陣』なのである。
必要量の魔力を消費するだけで勝手に魔力が変化する(=魔法が発動する)という画期的な発明だ。
この発明によって魔法使いのように長い修練を積まなくても、誰でも魔法が使えるようになった。
たとえば『術式』を刻むことで、魔力さえあれば誰でも攻撃魔法を投射できる武器がエールの魔導砲である。

長くなってしまったがようやく本題に入る。
この話を踏まえると、魔法を扱う者には二種類のタイプが生まれることになる。
それは『感覚派』と『理論派』だ。想像だけで何とかしてしまう者と、理屈を捏ね続ける者がいる。

――魔法とは必ずしも理論化されておらず、魔法使い達の感覚によるところも大きい。
感覚派であった場合、小難しい魔法の理論や知識など一切なくても魔法が使えてしまうのだ。

ファラオがどちらかといえば、彼は完全に『感覚派』だった。
アンデッドになる以前は多元世界で砂漠の国を統治していたがそれだけだ。
臣下には専門知識豊富な宮廷魔道士もいただろう。だがファラオ本人に魔法の知識は一切ない。
あくまで『闇の欠片』から得た魔力と、強化された想像力で魔法を行使しているだけなのだ。

だからダヤンの封印の術式という言葉にも動揺した。
実際に魔法陣なんて描かれ始めたら疑う余裕など無くなってくる。
それが真実かどうかなどファラオに知る術はないのだから。

599 :エール :2021/12/19(日) 23:59:37.37 ID:iQ22/EH6.net
魔法陣が構築されていく光景を目にしただけでも十分だが、ここで更に動揺が広がる。
思考が脱出しなければ――と傾きつつあった時に、いきなり黄金の棺がうつ伏せに倒れたのだ。
砂埃を巻き上げつつ、棺の扉を下にして倒れたことで抑えていた冒険者達が数歩後ろへと離れる。
これなら手で扉を閉めるより楽にファラオを閉じ込められる。

「な……何も見えん。何も見えんぞ……!誰だ!余の棺を後ろから倒したのはぁ!!」

「ああ……それって前からしか視界を確保できてなかったのか?知らなかったよ。
 だが君を閉じ込めるなら『これだな』と考えていた。どうかな、これから封印される気分は?」

それはファラオのよく知る声だった。
倒れた棺に片足を乗せて、サーベルを持った手をだらんと下げる。
人知れず背後から回り込んで棺を蹴り倒したのはまさしくその人物だった。

「きっ……貴様ぁぁぁぁぁ!!ロンメルぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

「うむ、私が無策で挑むと思うかね。倒すってわけじゃないが……君にはお似合いの最期だ。
 よく知らんがカノン君を思い通りにはさせない。ここで永遠の孤独を味わいたまえ!」

「余は……余は……カノンを愛して……!」

「すまない、声が小さくてよく聞こえない」

サーベルの切っ先でコンコンと棺の背を叩いて煽る。
閉じ込め、知識不足を逆手にとって動揺させ、最後には怒らせる。
ダヤン達の作戦によってファラオは極度の動揺で棺からの脱出を決意した。
それは見下していたロンメルへの怒りも加わった衝動的なものだった。

「舐め……るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

怒号と共に棺が爆ぜるように飛び上がった。
ロンメルは素早く横へ飛び退くと、棺が床に落ちて扉が勢いよく開く。
タキシードに身を包んだ褐色肌の美形が、怒りを漲らせた形相で姿を現す。

その衣服の下からざわざわと不気味に包帯を伸ばして、鞭のように無造作に振るった。
風が巻き起こったかと思うと、床に大きな亀裂が走り周囲の冒険者やロンメルが木の葉のように吹き飛ぶ。

「ぐうっ……!なんという力だ……まさに荒れ狂う暴風……!」

「ああそうだロンメル!これが今の余の力だ!そっちのクソ猫が封印の合図を出した奴か!?
 余を怒らせるとどうなるか教えてやるぞ!五体をズタズタに引き裂いて念入りに殺してやるッ!!」

怒り狂った様子でロンメルとダヤンに接近しようとして――大盾の隊列が左右に開いた。
ファラオは反射的にそちらに視線を向けると、そこには魔導砲を構えたドレス姿のエールがいた。

「ファラオさん……私達の勝ち……だよ!」

「あ……エール……何を言ってるんだ……?」

呆けたような顔でその様子を眺めていると、ファラオはようやく自分が騙されたことに気づいた。
射線上に味方はいない。エールは迷わずトリガーを引き、砲口に煌々と灯る光が放たれる。
膨大な光の奔流は回避も許さずファラオを瞬く間に飲み込んだ。

600 :エール :2021/12/20(月) 00:02:40.07 ID:pKs3dbnp.net
勝負は一瞬だった。浄化の力によって不死の肉体は消滅し魂も洗い清められた。
無垢になった魂はどこかへと運ばれていくように流れていくのを感じていた。
どこに辿り着くのかは分からないが、それは安息の世界に違いないだろうと思った。

だが、ある時から何かが呼ぶ声が聞こえてくる。甘い誘いのように語り掛けてくる。
未練はないかと。もし未練があれば不死の肉体と更なる力を与えてやろうと。

未練。魂は最期に見た光景を思い出す。魔物にすら慈愛を向ける、優しさに満ちたあの顔を。
許されるならあの女性ともう一度会いたい。会ってちゃんと話してみたいと思った。
なぜ自分を救ってくれたのか。魔物の自分をなぜ安らかな世界へと導いてくれたのかと。

そう思った途端、何かの力に引っ張られて魂は下降をはじめた。引き戻される。どこかへ。
戻りたくない。せっかく魂を洗われたのに。もうあの何も満たされない生き地獄を味わいたくない。

気がついたら景色は暗転して真っ暗闇になっていた。意識だけが残っていた状態じゃない。実体がある。
光を求めて前を進むと、扉になっていたようだ。左右に開く。それは使い慣れた自身の棺だった。

「おお。興味本位で聞き齧った死霊術を試してみたんだが……いや本当に成功するとはな!」

喜色ばんだ声で迎えてくれたのは一人の大男だった。
かといって筋骨隆々というわけではなく、体型はスマートな方だ。
鷲鼻で、青い魔導衣を身に纏っているところから魔法使いだと分かる。

「……貴様か?余を迷宮に引き戻したのは。何者だ?
 余計な真似を……本当に余計な真似をしてくれたな……余はもう疲れたというのに」

「疲れた?いやいや、何か未練があったんだろう?未練が何も無ければ跳ね除けられたと思うがね。
 まぁ……優れた死霊術師は強制的に連れてこれるらしいが、私の専門は死霊術じゃないんでね」

「知るか……!詐欺師染みたことを抜かすな魔法使い。
 貴様は人の心につけ込んで魂を弄んだんだ。それは許し難い卑劣な行為だ……!」

死霊術によってアンデッドとして舞い戻った元砂漠の王は容赦なく大男をなじった。
すると大男は少しだけ悲しそうな顔をして頭を下げた。

「それはすまんな。だがそう言わないでくれ……私も人間だから批判されると傷つくよ。
 アンデッドになるような奴なら別にいいかと思ったんだがね。あ、私は七賢者のアグリッパだ。よろしく」

「七賢者……?貴様があの。この無限迷宮の主に仕えることになったという……魔法使いか」

「その通り。でもあんまり言いふらすなよ。目立つのは好きじゃない」

アグリッパと名乗った大男は懐から5個の黒っぽい欠片を取り出した。
闇色と言えばいいか。微かに発光している――それは魔王の力の残滓。『闇の欠片』だ。

「さぁて約束を履行するとしよう。不死の肉体と更なる力を与えると言っただろ。
 お前の未練は知らんがアンデッドになった時点で精神は徐々に歪む。こいつで更に精神は変容する。
 個体によっちゃあ1個で暴走する奴もいるが……お前はどうなるかな。そのデータを取らせてもらうとしよう」

元砂漠の王は抵抗しようとしたが無意味だった。
アグリッパは有無を言わさず不死の肉体に5個の欠片を投げ入れる。
水面に石を投げ入れた時のように、それは彼の身体深くへと沈んでいった……。

601 :エール :2021/12/20(月) 00:06:35.57 ID:pKs3dbnp.net
皆の想いを乗せたハイペリオンバスターがファラオの肉体を微粒子レベルで消し飛ばしていく。
いや、これは最早ただの荷電粒子砲ではない。最強の合体技、その名もユナイト・ハイペリオンバスターだ。

リソースをつぎ込んで生み出した防御外装棺から外に出たことで、ファラオの能力は限定されている。
それでも体内に眠る『闇の欠片』5個はまだ力を発揮できる。その気になれば、即席の魔法障壁くらい張れるだろう。
だがそうはしなかった。なんだか急に、七賢者の手で復活した時のことを思い出していたのだ。

(そうだ……余は……もう……疲れていた。満足していたのに。
 ふと頭を過ったカノンに会いたくて……感謝したくて。なのに……!)

手がボロボロと灼き消えていく。頭が。胴が。やがて足が。
心のどこかでそれでいいと思っている自分がいる。そして気づいたのだ。
魔導砲を構えるエールの姿が、あの時のカノンの姿に重なって見えていたことに。

「ふっ……ああ……だからか……思い……出した……のは……!」

流砂よりなお細かくなってファラオの肉体は完全に吹き飛んでしまった。
荷電粒子砲の奔流が収まると、からん、ころん、と、5個の『闇の欠片』が床に落下していく。
欠片は物理手段では破壊できない。五聖剣並みの『浄化』の力があれば消滅させられるが、今そんな力はない。

そして戦いはまだ終わりではない。ファラオは高位のアンデッドだ。
『死』という概念がないため、肉体が無くなろうといずれ復活してしまう。
微粒子となって周囲に散ったファラオの肉体だったものがにわかに集まっていく。
本心では生に執着などないのに死ねない。ファラオにとってその不死性はまさしく呪いだった。

「ファラオ……もういいんだ。安らかに眠りたまえ」

ロンメルは目を細めてその光景を眺めていた。
盾持ち冒険者達の背後からグデーリアンがやって来ると十字を切ってしゃがみ込む。
そうして手を組んで祈りを捧げた。霧のようなそれは、光の粒となって静かに消えていく。
グデーリアンの最後の役目。エクソシズムによって魂は天へと還ったのだ。

「……終わりましたわん。ファラオは無事に昇天したと思いますわん」

グデーリアンがそう告げると『砂漠の狐』の間に勝利の喜びが徐々に浸透していく。
お互いに声を掛け合って肩を叩いたり、男同士で抱擁したり、形はそれぞれだったが。

「見事なり。偉大なる太陽神の末裔とも言われた、呪われし砂漠の王をよく解き放ったな。
 このメジェドも『神』の端くれとして貴様らの勝利を讃えよう。これはオマケだ、メジェドフラッシュ!」

メジェドの目から閃光が迸ると落ちていた『闇の欠片』が跡形も無く消滅した。
そして『王の間』の中央までてくてく歩くとダヤン達にこう告げた。

「実を言うと我は砂漠の王を心配していたのだ。『神』ゆえに手を出す気は無かったがな。
 それゆえ我もついつい仏心を出してしまったかもしれん。まぁ奴は太陽神の末裔ゆえに我を侮っていたが。
 ともかくこれで無事に解決だ……そろそろ夜明けゆえ、用が済んだなら少女の服を回収してもう出ていけ……では」

メジェドが大気に溶けていくように消えていく。そして完全にいなくなってしまった。
なにはともあれ、戦いは無事に終わった。冒険者達の完全勝利だ。


【ダヤンの作戦に乗っかる形でファラオを棺の外に出すことに成功】
【ハイペリオンバスターを直撃させた後にファラオを昇天させて戦いに勝利する】

602 :エール :2021/12/20(月) 00:24:09.01 ID:pKs3dbnp.net
危なかった……ギリギリセーフだね……。もう駄目かと思ったけどなんとかなったよ。

>>595
私のざっくりした考えを補足してくれてありがとう!
もっと色々細かく返したかったけれど……時間の関係で簡単に。

……伝説って?ああ!……ごめんなさい言いたかっただけなの。
その……伝説のダンジョンってところは深く触れる気が無かったから忘れちゃってた……。
誰が創ったかってところは「おおっと……危ない危ない……魔王だった」ってかろうじて記憶してたけど!
ダヤンのおかげで首の皮一枚繋がったぁ。気をつけていきたい。

603 :ダヤン:2021/12/25(土) 00:03:07.26 ID:2blBGcPU.net
>「ばっ……馬鹿なッ!貴様らにそんな真似できるはずがない!!」
>「そうだ……これは貴様らのハッタリだ!そうに違いない!
 そこまでして余の攻撃を止めたかったのか!?それとも余を棺の外に――」

ファラオはかなり焦りながらも、ダヤンの作戦に思い至ったようだ。

(バレてるにゃ!? やっぱりそう簡単にはいかないにゃ……!?)

が、その時ナイスなタイミングで魔法使い達が出てきてくれて、それっぽい魔法陣を描き始めた。
即席の簡単な作戦伝達で、とっさに4人がかりのこの連携。
やはり、砂漠の狐は単に一人一人の戦闘力が高いだけの集団ではないということだろう。
更に、ロンメルが後ろに回り込んで棺を倒す。
ダヤンは他の冒険者達と共に後ろに飛び退った。

>「な……何も見えん。何も見えんぞ……!誰だ!余の棺を後ろから倒したのはぁ!!」

(ロンメルにゃん、ニャイス……!)

ファラオがなんか間抜けな絵面になっている。
例えるなら、頑強な鎧を纏ったはいいものの転んで身動き取れないのと似たような感じだ。
まあ、普段ならそう簡単には倒されないのだろうが
動揺している上に、前から扉を閉めている者達に気を取られていたためだろう。

>「きっ……貴様ぁぁぁぁぁ!!ロンメルぅぅぅぅぅぅっ!!!!」

>「うむ、私が無策で挑むと思うかね。倒すってわけじゃないが……君にはお似合いの最期だ。
 よく知らんがカノン君を思い通りにはさせない。ここで永遠の孤独を味わいたまえ!」

もはや封印することが前提であるかのように煽るロンメル。
ここまで来ればファラオが出てくるのは時間の問題だろう。

>「余は……余は……カノンを愛して……!」

>「すまない、声が小さくてよく聞こえない」

>「舐め……るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

棺が爆ぜるように飛び上がり、中から褐色肌の美男子が現れた。
微笑でも浮かべればさぞかし甘いマスクであろうが、今は激しく怒りを滾らせている。
その衣服の下から、鞭のような包帯が縦横無尽に振るわれる。

「うにゃあああああああ!?」

足元に亀裂が走って慌てて飛び退いたダヤンは、そのまま暴風で吹っ飛ばされた。
これは半分はハイペリオンバスターの軌道を確保するためにわざとだ。
まあ半分は素で吹っ飛ばされたのもあるのだが。

604 :ダヤン:2021/12/25(土) 00:06:05.17 ID:2blBGcPU.net
>「ぐうっ……!なんという力だ……まさに荒れ狂う暴風……!」

ロンメルもまた、ファラオの力に慄いてる感を出しつつ、自然にハイペリオンバスターの射線から外れる。

>「ああそうだロンメル!これが今の余の力だ!そっちのクソ猫が封印の合図を出した奴か!?
 余を怒らせるとどうなるか教えてやるぞ!五体をズタズタに引き裂いて念入りに殺してやるッ!!」

怒り狂ったファラオが憎き二人に襲い掛かろうとしたところで、大盾の隊列が左右に開く。
その先にいるのは、もちろん魔導砲を構えたエールだ。

>「ファラオさん……私達の勝ち……だよ!」

>「あ……エール……何を言ってるんだ……?」

神々しさすら感じる光の奔流が、ファラオの体を消し飛ばしていく。
それを放つエールはドレス姿、普通に考えれば戦いの場にそぐわない格好だが、
今この時ばかりはその服装も相まって気高き戦乙女のように見えた。

(エール、綺麗だにゃ……)

場違いなことを思うダヤンだが、無理もないのかもしれない。
エールは、魔物の心すら掴んだ姉のカノンとよく似ているのだから。
光の奔流を受けながら、ファラオは意味ありげなことを呟いた。

>「ふっ……ああ……だからか……思い……出した……のは……!」

「何を思い出したんだにゃ……!?」

ダヤンが問いかけるも、答えが返ってくるはずもない。
次の瞬間には、ファラオの肉体は粉々に消し飛んでいた。
しかしまだ気は抜けない。粉々の粒子がにわかに集まってくる。
ダヤンは後ろに控えているグデーリアンに声をかけた。

「グデーリにゃん……!」

グデーリアンには先ほど強化魔法をかけてもらったが、
ダヤンの拘束魔法が短い時間にせよ闇の欠片を5個も持つ魔物に効いたことを考えると、かなり強力な強化魔法をかけてくれたのだと思われる。
この最後にして最大の重要な役目に影響がなければいいのだが……。
意味はないと分かりつつも、ダヤンも手を組んで共に祈った。

>「……終わりましたわん。ファラオは無事に昇天したと思いますわん」

結果的に、ダヤンの心配は杞憂だったようだ。
集まりつつあった粒子は、光の粒となって消えていく。本当に今度こそ、終わったのだ。
勝利の喜びが皆に浸透していく中で、ダヤンはエールにひしっと抱き着いた。

605 :ダヤン:2021/12/25(土) 00:07:33.25 ID:2blBGcPU.net
「エール……無事で良かった、良かったにゃ……! それに……すっごくかっこよかったにゃ!」

そこでどことなく出番を見計らっているかのようなメジェドの視線を感じ、はっとしたように離れる。
メジェドはこんなことを言う。

>「見事なり。偉大なる太陽神の末裔とも言われた、呪われし砂漠の王をよく解き放ったな。」

「どういうことにゃ……? ところであれ、どうしようにゃ……」

そう、まだ闇の欠片をどうするかという問題が残っている。
破壊するのは難しいし、放置して誰かが拾って精神汚染を受けたら大変だ。
かといって持っていくのも物騒過ぎる。
そんなことを考えていると……

>「このメジェドも『神』の端くれとして貴様らの勝利を讃えよう。これはオマケだ、メジェドフラッシュ!」

懸念材料だった闇の欠片を、謎のフラッシュで消してくれた。

>「実を言うと我は砂漠の王を心配していたのだ。『神』ゆえに手を出す気は無かったがな。
 それゆえ我もついつい仏心を出してしまったかもしれん。まぁ奴は太陽神の末裔ゆえに我を侮っていたが」

「そうだったんだにゃ!?」

>「ともかくこれで無事に解決だ……そろそろ夜明けゆえ、用が済んだなら少女の服を回収してもう出ていけ……では」

「お世話になりましたにゃ……!」

メジェドは大気に溶けていくかのように姿を消した。
見た目こそゆるキャラだが、その力を鑑みると、やはり神なのだろう。

「とりあえず隊服を回収するにゃ」

エールによると、部下のマミーが隊服はランドリールームにあると言っていたという。
そこに、部下のマミーが入ってきた。騒がしいので様子を見に来たらしい。

「ファラオ様、騒ガシイデスガドウサレマシタ……ナンテコトダ!」

「あ……ファラオ様は昇天したにゃ。ところでランドリールームってどこにゃ?」

普通に聞いてみた。
彼らはファラオに雇われているという何ともサラリーマン的なノリで人を襲っていた様子だったので、
ファラオ亡き今となっては、特に襲い掛かってくる理由もないと思われる。
ところで、ファラオの配下だったマミー達はどうなるのだろうか。
主の昇天と共に昇天するのか、新たな人生ならぬマミー生(?)を歩み始めるのかは分からないが、
とにかくブラックな労働環境から解き放たれることは確かだろう。

606 :ダヤンPL:2021/12/25(土) 00:31:43.85 ID:2blBGcPU.net
メリークリスマスにゃ☆

>602
今のところ参加者2人だけでそんなに間延びもしないし
もし多少遅れても気長に待ってるから大丈夫にゃよ!

607 :エール :2021/12/29(水) 13:37:28.44 ID:k+mw2J9r.net
全員のファインプレーが重なって無事に呪われし砂漠の王、カースドファラオを冥界へ送り返せた。
勝利を実感した途端、魔力切れもあってエールは全身の力が抜けていくのを感じた。

眼前の『王の間』の壁には大穴が穿たれている。20人分の魔力で撃つとあれほどの威力になるのか。
『複数人の魔力で魔導砲を撃てば絶対凄い威力になる』と冗談で話す銃士は少なくない。
しかし、そんな実用性皆無のアイデアを二度も試す銃士もそういないだろう。

――それにしてもファラオがどうやって『闇の欠片』を所持して再び蘇ったのかは謎のままだ。
4階の時もそうだった。湖に欠片を落とした怪しい人物の正体は未だに不明である。
やはり背後には七賢者なる集団が関わっているのだろうか。

>「エール……無事で良かった、良かったにゃ……! それに……すっごくかっこよかったにゃ!」

一息ついているとダヤンが急に抱き着いてきた。
まだ子供ゆえか。とはいえ突然のスキンシップに驚きを隠せない。
エールはそれほど心配をかけてしまったのだろうと思った。
囚われの身と言っても風呂に入って豪勢な食事を振る舞われただけだが……。

「心配させてごめんね、でも大丈夫だよ。
 狙いが外れなくてよかった……緊張しちゃった」

メジェドの視線に気づいたダヤンは気恥ずかしくなったのか素早く離れる。
白頭巾の瞳から閃光が放たれると、落ちていた5個の『闇の欠片』が消滅する。
服を探してさっさと帰れと言い残すと、メジェドは大気に溶けるようにいなくなった。

>「とりあえず隊服を回収するにゃ」

「お世話係のマミーさんがランドリールームにあるって言ってたよ。
 どこにその部屋があるんだろう……服が乾いてるといいんだけどなぁ……」

そんな話をしているうちにファラオの配下らしきマミーがやって来た。
広いとはいえ室内で特大の荷電粒子砲をぶっ放したのだ。騒ぎがばれてしまったのだろう。

>「ファラオ様、騒ガシイデスガドウサレマシタ……ナンテコトダ!」

激しい戦闘の痕ともぬけの殻となった黄金の棺を見て、マミーは愕然とした。
ダヤンは妙なところで肝が据わってるのかマミーに平然と質問を投げかける。

>「あ……ファラオ様は昇天したにゃ。ところでランドリールームってどこにゃ?」

マミーは怒りで身体を震わせた。
確かにマミーの上位種であるファラオは天に還り、彼らを統率する者は消えた。
だが、全ての迷宮産魔物は無限迷宮が発する「担当の階を守れ」という命令に逆らえない。
よってこれからは上司不在のストレスフリーな労働環境の中、各々が独自の判断で人間を襲うのだろう。

「馬鹿ニシテルノカ……!獣人如キガ調子ニ乗ルナ!
 今日ノトコロハ見逃スケド……今度会ッタラ覚悟シテオケ……!」

マミーは人間だった頃と遜色ない知能を有している。
単体で挑んでもファラオを倒した冒険者達には敵わない事を理解している。
これが迷彩蠍なら問答無用で襲ってきただろうが、マミーは捨て台詞を残して逃げた。

608 :エール :2021/12/29(水) 13:41:09.48 ID:k+mw2J9r.net
ロンメルがグデーリアンを連れてエールとダヤンの下にやって来る。
暴風のような衝撃波を浴びたロンメル達だが運良く大怪我はしていないらしい。
5階における『闇の欠片』持ちとの戦いに比べれば、負傷者が少ないのは誇っていい戦果だ。
攻撃的だった骸の王(スケルトンキング)と違って、呪われし砂漠の王(カースドファラオ)が防御特化だったおかげもあるだろう。

「服の回収ならグデーリアンが適任だ。優れた嗅覚ですぐに見つけられるはずだよ。
 メジェド神のおかげでこのピラミッドの構造も概ね把握しているからね。問題ないだろう」

「エールさん、お任せくださいですわん。必ずや見つけ出しますわん!」

何だか重大な任務のような言い回しにエールは少し面白さを感じた。
さいわいな事にピラミッドの中を探すとすぐに洗濯室は見つかったのだ。
洗濯された隊服はちゃんと乾いていたが、その場で着替えるのは恥ずかしいのでブーツだけ履く。

そうしてピラミッドに用も無くなり一同は帰途に着くことになった。
6階の拠点を守るという依頼が1日で終わったのは意外だが、それでも休みなしの丸1日戦い漬けだ。
エールとダヤンはロンメルに勧められて宿屋でゆっくり休んだ方が良いと言われた。
宿代は『砂漠の狐』の奢りである。疲労が蓄積されていたのだろう。エールは泥のように眠った。

――深い眠りに落ちて、エールは幼い頃の夢を見た。
故郷は北方大陸にある小さな村で一年のほとんどが雪で覆われている。
春から徐々に雪が解けて、短い夏が訪れる。あれはそんな時期だった。

夜に何か物音がして目を覚ますと姉のカノンがいた。
両親の言いつけを破ってなぜ夜遅くに自分の部屋にいるのか聞こうとしたが、
カノンは人差し指を立てて静かに「しーっ」と言って、エールを連れて家を出た。

家から程近い丘の上で、夜空のキャンバスに煌めく星の海を見る。
エールは目を輝かせて「凄い」としきりに言いながら飛んだり跳ねたりした。
二人は丘の草原に寝そべるときらきらの夜空をずっと眺めていた。

「お姉ちゃん、あのお星さまはなに?」

「北極星さ。彷徨える旅人の道標になってくれるんだよ」

エールはいつもカノンと一緒だった。
村に同年代の子が少なかったのでカノンの行く所にずっと着いていった。
両親は農家で、春から秋まで農業を営んで冬は出稼ぎに行く。
そして故郷の冬はとても長かった。だから両親と過ごす時間は短い。

「ありがとうお姉ちゃん。一緒にお星さまが見たいって言ったこと……覚えててくれて」

カノンは何も言わずにエールの方に顔を向けて微笑んだ。
そして語りはじめる。その内容はエールにとって衝撃的なことだった。

「エール、私は銃士になるよ。12歳なら入隊の訓練を受けられるからね」

何も言えなかった。少し前、出稼ぎに出ていた父が村に帰る途中、魔物に襲われて腕を負傷した。
怪我が祟って今年はまともに農作業ができず生活に困窮していたところだったのだ。
カノンが銃士隊に志願すれば口減らしになる。そして入隊訓練中は手当も支給されるのだ。
訓練を終えて正式な銃士になれば、それなりの給料が約束されている。

609 :エール :2021/12/29(水) 13:45:09.71 ID:k+mw2J9r.net
行かないでほしい。そう思ったけれども、すでにそんな我儘を素直に言える年齢ではなかった。
カノンの現実的な選択を受け入れるしかなかった。代わりに黙ってカノンの手を握りしめ続ける。
いつも自分の手を引いてくれた姉がいなくなる。その事実が、エールを不安で押し潰す。

「エール、北極星を探すんだよ。寂しくなった時、進むべき道が分からない時……。
 そんな時は……あの星が教えてくれる。エールの未来を導いてくれるよ」

カノンはそう言い残して幼いエールの下を去る。
姉の後ろ姿に手を伸ばそうと思った瞬間、目が覚めてしまった。

ベッドを抜け出すと部屋の窓から外を覗く。
無限迷宮の夜は暗い。月に似た衛星が空に浮かんでいるだけだ。
北極星なんてないけれど、姉と再会できれば故郷で平和に暮らせるはず。
それが自分にとっての道標だと信じて漆黒の夜空を見上げた。

朝になっていつもの隊服に着替えると朝食を摂るべく食堂まで降りる。
得意の早食いによって超速で食べ終えた頃、ロンメルが何かの袋を持ってやってくる。

「おはよう。エール君、ダヤン君、疲労は癒えたかい?改めて礼が言いたくて来たんだ。
 ……カースドファラオの討伐を手伝ってくれてありがとう。君達がいなければ絶対に倒せなかった」

ロンメルが頭を下げるとエールは慌てた様子で椅子から立ち上がった。
結果的に倒せはしたがファラオに捕まったり足を引っ張ってもいるわけで。
丁寧に感謝されるほどのことはしていない。

「隊長、顔を上げてください。私はそんな……何も……大したことなんて」

「謙遜はいらないよ。君達がファラオを不死の呪縛から解き放ったんだ。
 私は奴と何度も交戦したから分かるが……奴は迷宮の力で魔物としてずっと囚われていたんだ。
 カノン君が一度はその魂を浄化したが、誰かの手で舞い戻ってきた……その犯人は私にも分からないが」

言葉を一度切って、ロンメルは話を続ける。

「それでも今度こそ安息の世界へと還れたはずだ。もう誰にも邪魔されないことを願うよ。
 あと……これは私達『砂漠の狐』からのささやかな報酬だ。受け取ってほしい」

ロンメルが手渡してくれた袋を開けてみると、中には金貨が入っていた。
『メロ』だ。この無限迷宮内でのみ流通している専用の通貨である。
数えると1万メロもある。今までの報酬額はせいぜい2000メロだったのに。

「後で冒険者協会からちゃんと報酬が出るだろうが、サイフォス達はまだ療養中だろうからね。
 協会の支払いは少し遅くなるだろう。拠点ひとつ救ったことを考えれば少額だが路銀の足しにしてくれ」

「あ、ありがとうございます……いいのかな……こんなに貰っちゃって……」

実を言うと旅の資金が底を尽きかけていたので嬉しい臨時収入である。
なにせ、2階の依頼で2000メロを貰ったきり何の金策もしていない。
エールは空っぽの革袋に5000メロ分の金貨を入れるとダヤンに手渡した。
仲間同士でも報酬はきちんと山分けしておくべきだ。

610 :エール :2021/12/29(水) 13:51:23.76 ID:k+mw2J9r.net
砂の町サンドローズの防衛が1日で終わって休息に1日費やした。
アスクレピオスは冒険者協会の人達を治すのに7日かかると言っていたので、
ポータルストーンをサイフォスに返すまで後5日間の猶予がある。その間に何をするべきか。

言うまでもなく9階へ転移してカノンを探すべきである。
時間が経つほど気まぐれな姉が他の階へ移動する可能性が高くなるからだ。

「あ、あの……!私こそ隊長と一緒に戦えて光栄でした。
 ファラオさんに捕まった時、ダヤンと一緒に助けに来てくれて嬉しかったです」

「うむ、冒険者は助け合いだよ。これはカノン君がファラオ討伐に協力してくれた時の言葉だがね。
 もしカノン君と会うことがあれば……『砂漠の狐』一同が感謝していたと伝えてほしい」

「もちろんです!私はお姉ちゃんを探してこの迷宮に来たんです。
 情報屋さんが言うには9階にいたって。今もいるといいんですけど……」

「きっと会えるさ。もし何かあれば6階に来たまえ。私に出来ることがあれば協力するよ」

いよいよロンメルとも別れる時が来た。
エールは魔導砲を背負うと宿屋を出てポータルストーンを取り出す。
すると酒場からどたどた『砂漠の狐』の面々がやって来てエールとダヤンを取り囲む。

「もう行ってしまうんですかわん!?寂しいですわん!」

グデーリアンをはじめとした冒険者達の熱い見送りにエールはなんだか照れくさくなった。
右も左も分からない初心者ではあるけれど、今は自分も立派な冒険者になれた気がした。

「皆さん……ありがとうございますっ!失礼しました!」

ポータルストーンが起動して足下に転移の魔法陣が浮かぶ。
行先は目的地たる9階。二人は新たなステージへと足を踏み入れる。


――――――…………。

浮遊感と共に景色が一瞬で変わり、緩やかに地面に着地する。
目の前には快晴の空の下、市壁に囲まれた大きな町がずっと広がっている。
町の奥ほどなだらかに標高が高くなっていて一番高い所に壮麗な城が聳え立っている。

「す、凄い……ここが9階の城下町エリアなんだ……!」

他の階とは比べ物にならないほど巨大な拠点にエールは圧倒された。
なにせ9階の拠点は町でなく『国』なのだ。地図で確認すると調和の国アクシズと言うらしい。
地上の中央大陸から流れ着いたとある王家の落胤がこの9階を開拓したのが始まりなのだそうだ。

拠点の外には農村が点在しておりアクシズの食料生産を担っている。もちろん魔物もいる。
エールは田舎者なので都会に怖気づきそうになったが、ここにカノンがいるなら頑張って探さねば。

城下町の門を潜ると衛兵らしき人が挨拶してくれた。エールは頭を下げて挨拶を返す。
しかし困った。9階へ行けばすぐ会えると思っていたのに、あまりに広いからすぐに見つからなさそうだ。
冒険者の定番といえば宿屋か酒場だが、それだって今までの拠点と違い何件もあるだろう。

「お姉ちゃん、どこにいるんだろう……」

エールは若干おろおろした様子で賑やかな城下町の中を進んでいく。


【6階の拠点で一日休んでいよいよ9階の城下町エリアに到着する】
【今回は戦闘とかあんまり無いかも……そんな感じでよろしくね】

611 :エール :2021/12/29(水) 14:22:03.57 ID:k+mw2J9r.net
この投下が今年最後になるのかな?ようやくここまで来れたよ。長いようで短かったなぁ。
……あ!まだ終わりじゃないよ!ターニングポイントなだけだよ!まだ拾えてない要素がたくさんあるもん!

ちなみにスルーした階層だけど、3階は洞窟エリアだよ。拠点は岩屋の町ローリングストーン。
生息してる魔物も一応考えてはいたけど、話作りに使えるネタが思い浮かばなくて飛ばしちゃった……。
7階と8階には関しては完全に空白かな。案はいくつかあったけどしっくり来るのがなくて……。

これからどうなっていくのか……私にも分からないからドキドキするよ。
もし読んでくれている人がいたら最後までお付き合い頂ければ幸いです。ではよいお年を!

612 :ダヤン:2022/01/05(水) 01:37:34.90 ID:pdgl6Syx.net
>「馬鹿ニシテルノカ……!獣人如キガ調子ニ乗ルナ!
 今日ノトコロハ見逃スケド……今度会ッタラ覚悟シテオケ……!」

ファラオ支配下での彼らはあまり働きたくなさそうな感じではあったが、普通に怒られた。
どうやら迷宮産の魔物というものは、上位魔物の支配下という命令系統と並行して
全ての魔物各々に「担当の階を守れ」という命令が組み込まれているらしい。
しかしマミーに人間並みの知能があることが幸いし、分かりやすい捨て台詞を残しつつ一目散に逃げて行った。
もしも他のマミーに出くわしても、ファラオを倒した一行を襲ってくることはないだろう。

「ありゃりゃ、教えてくれそうににゃいね……」

>「服の回収ならグデーリアンが適任だ。優れた嗅覚ですぐに見つけられるはずだよ。
 メジェド神のおかげでこのピラミッドの構造も概ね把握しているからね。問題ないだろう」

>「エールさん、お任せくださいですわん。必ずや見つけ出しますわん!」

グデーリアンの嗅覚が冴えわたり、隊服はすぐに見つかり、帰途につくことになった。
街に帰ると、『砂漠の狐』が宿をとってくれ、そこで休むことになった。
物音がして目を覚ますと、エールが窓から空を見上げている。
起き上がって、トコトコとエールの隣に行く。

「あれは疑似衛星にゃね。地上には本物があるんにゃよね。
見てみたいにゃ、きっと綺麗なんだろうにゃ〜」

次の日、エールと共に食堂で朝食をとる。エールはやたら早食いだ。

「にゃはは、そんにゃに急いで食べなくていいにゃよ〜。もう魔物は襲撃してこないんにゃから」

そんな平和な会話をしていると、ロンメルがやってきた。

>「おはよう。エール君、ダヤン君、疲労は癒えたかい?改めて礼が言いたくて来たんだ。
 ……カースドファラオの討伐を手伝ってくれてありがとう。君達がいなければ絶対に倒せなかった」

「こちらこそありがとうございましたにゃ! 大変助けてもらいましたにゃ!」

エールはダヤン以上に恐縮しているようで。

>「隊長、顔を上げてください。私はそんな……何も……大したことなんて」

>「謙遜はいらないよ。君達がファラオを不死の呪縛から解き放ったんだ。
 私は奴と何度も交戦したから分かるが……奴は迷宮の力で魔物としてずっと囚われていたんだ。
 カノン君が一度はその魂を浄化したが、誰かの手で舞い戻ってきた……その犯人は私にも分からないが」
>「それでも今度こそ安息の世界へと還れたはずだ。もう誰にも邪魔されないことを願うよ。
 あと……これは私達『砂漠の狐』からのささやかな報酬だ。受け取ってほしい」

ロンメルが手渡してくれた袋の中には、なんと1万メロもあった。全然ささやかじゃない!

613 :ダヤン:2022/01/05(水) 01:39:34.23 ID:pdgl6Syx.net
>「後で冒険者協会からちゃんと報酬が出るだろうが、サイフォス達はまだ療養中だろうからね。
 協会の支払いは少し遅くなるだろう。拠点ひとつ救ったことを考えれば少額だが路銀の足しにしてくれ」

>「あ、ありがとうございます……いいのかな……こんなに貰っちゃって……」

「ありがたく有意義に使わせてもらいますにゃ……!」

エールが、半分の5000メロ渡してくれた。
ポータルストーンをサイフォスに返すまでにまだ時間があるので、9階に行ってカノンを探すこととなった。

>「きっと会えるさ。もし何かあれば6階に来たまえ。私に出来ることがあれば協力するよ」

>「もう行ってしまうんですかわん!?寂しいですわん!」

「グデーリにゃん、君って本当にすごい術士だにゃ」

グデーリアンの手を握って上下にぶんぶんするダヤン。

「ロンメルにゃん、グデーリにゃん、みんにゃ……ありがとにゃ!」

>「皆さん……ありがとうございますっ!失礼しました!」

ポータルストーンが発動し、二人はいよいよ9階へ赴く。

>「す、凄い……ここが9階の城下町エリアなんだ……!」

気付けば、目の前にはさっきまでとは全く違う景色が広がっていた。
調和の国アクシズというらしく、エリアの広さも今までとは段違いに広いのだろう。

>「お姉ちゃん、どこにいるんだろう……」

今までのようなエリアなら、拠点は街一つでそこに主要な宿屋兼酒場が一つという感じであり、
少し情報収集すればすぐに見つかりそうだが、ここではそうはいかない。

「とりあえず聞き込みしてみるにゃ」

というわけで目についた店に入って主にマスター等に聞き込みしてみることとする。
が、何件か入ってみても特に情報は得られない。
カノンはある程度名の通った冒険者とはいえ、これだけ街が大きくなると難しいのだろう。
そんな中、道端に座っている人が声をかけてきた。

614 :ダヤン:2022/01/05(水) 01:41:37.05 ID:pdgl6Syx.net
「お二人さん、似顔絵どうだい?」

観光地でよくありがちな似顔絵書きのようだ。

「生憎観光というわけじゃにゃく人探しで急いでるので……
……にゃにゃ? もしかして目の前にいなくても特徴を聞けば書けるにゃ?」

「もちろんだよ。特徴を詳しく教えてくれればね」

「書いて貰おうにゃ。きっと捜索に役に立つにゃ!」

ダヤンはエールに無茶振りした。
捜索のためといいつつも、どんなものが出来るのかと期待して目をキラキラさせているようだ。
良く知っている人でも、顔の特徴を口で説明するというのはかなり難しいものである。
が、もしも実物に近いものが出来れば、少しは捜索に役立つのも事実だろう。

615 :ダヤンPL:2022/01/05(水) 01:57:05.44 ID:pdgl6Syx.net
あけましておめでとうにゃ! 今年もよろしくにゃ〜!
ついに城下町エリアにゃね! 3階も設定が存在するとは……!
1F:草原 2F:森林 3階:洞窟 4階:湖畔 5階:墓場 6階:砂漠 9階:城下町
まだ出てなくてRPGにありそうなフィールドといえば……山岳とか湿地とか!?
……う〜ん、そうだとしたら歩くの大変そうだから飛ばしてラッキーにゃね!

616 :エール :2022/01/06(木) 21:01:13.23 ID:f5w4/hr0.net
いざ9階に着いたのはいいが、広すぎてどこを探せばいいのか分からない。
ダヤンと共に酒場や宿屋の店主に聞き込みしてみたが、全て空振りに終わってしまった。
途方に暮れた様子で歩いていると、露天商のごとく道端に座っていた画家に声を掛けられる。

>「お二人さん、似顔絵どうだい?」

画家はイーゼルに置かれたキャンバスの横からひょいっと顔を覗かせていた。
陳列している作品を見ながら、迷宮内で画家として生計を立てるのは大変そうだとエールは思った。
この観光業めいた似顔絵描きも日銭を稼ぐ手段のひとつなのだろう。

9階の拠点は単位が『国』なのでひょっとしてサロンでも開かれていたりするのだろうか。
サロンとは国が民衆向けに開く展覧会のことで、出展されると国が絵を買い取ってくれる。
その影響力は計り知れず、サロンで評価されれば画家として名声を得ることができるそうだ。
もっとも、ここでは無限迷宮という閉じた世界の名声でしかないだろうが。

>「生憎観光というわけじゃにゃく人探しで急いでるので……
>……にゃにゃ? もしかして目の前にいなくても特徴を聞けば書けるにゃ?」

ダヤンは何かを思いついたらしい。エールもなんとなく理解した。
たしかにカノンの似顔絵を何処かに張っておけば探すのも楽かもしれない。

>「書いて貰おうにゃ。きっと捜索に役に立つにゃ!」

「え、えぇ〜。大丈夫かなぁ……ちゃんと伝えられるか不安だよ」

そうしてエールは拙い言葉で姉の特徴を話しはじめる。
大人っぽくてややつり目で、鼻筋が通っていて、綺麗な銀灰色の長髪をしている。
あとその人物は自分のお姉ちゃんでよく似ていると言われる、と話した。

「……完成だよ。こんな感じでどうかな?」

画家が出来上がった鉛筆画の似顔絵を見せると、それをまじまじと見つめる。
結構似ている気がする。姉妹で顔立ちが似ていたのが決め手か。

また、画風が写実的だったのも良かった。
もしデフォルメしているタイプの似顔絵だったら姉探しに使い難い。
なんだか犯人の捜査染みてきた気もするがこれもカノンを見つけるためである。

「お値段200メロになります」

高いのか安いのかよく分からないものの、とにかく200メロ支払って似顔絵を受け取る。
エールの残金4800メロ。後はこの似顔絵を掲示板にでも張り付けておけばいい。
掲示板は酒場や宿屋などに置いてある。冒険者なら何らかの情報を期待して目を通すことも多い。

「よしっ。後は見つけてくれた人に報酬を渡すことにしようよ。
 1000メロくらいでいいかなぁ。連絡先は宿屋にしておくとして……」

お金があれば人は動く。
能動的に探してくれる人が増えれば見つかる可能性もアップだ。

617 :エール :2022/01/06(木) 21:04:33.51 ID:f5w4/hr0.net
まずは手頃な宿屋を見つけて部屋を借りることにした。
『夜明けの鐘亭』という宿だ。ここを姉探しの拠点とする。
格安なので数日間は余裕で滞在できるだろう。

次に、とある酒場の掲示板に似顔絵が描かれた紙を張らせてもらった。
紙には『姉を探しています。見つけた方には1000メロの報酬あり。連絡は夜明けの鐘亭まで』と書いた。
小さくカノンの名前もつけ加えると、酒場のマスターが不意に話しかけてくる。

「探しているお姉さんってのは、あの熾天使のカノンさんのことかい?妹さんがいたんだねぇ」

小太りの店主がテーブルを拭きながら、のんびりした様子で言った。
まだ朝なので忙しい昼食の時間には早い。店主も暇だったのだろう。

「お姉ちゃんのことを知ってるんですか?」

「ちょっと前まで一人でうちに来てたよ。最近は見なくなったねぇ。
 風の吹くまま、気の向くままって感じの人だから、別の階層へ行ったのかもねぇ」

「そうなんですかぁ……」

エールはがっくりした様子で酒場を出ていった。
どれだけ手を尽くして城下町を探しても、この階にいないなら意味がない。
いやいや、まだ9階にいる可能性だってゼロじゃない。そうやって自分を鼓舞した。
準備は整えた。後は地道な聞き込みを続けるのみだ。宿屋や酒場以外にも探すべき場所はあるはず。

そんなことを考えながら大通りを歩いていると、一人の少女が目に映る。
いかにも町娘といった服装の少女で、艶のあるミディアムショートの黒髪に幼さの残る顔立ちをしている。
エールと同じくらいの年齢だろう。おろおろした様子で、大通りを横切るように何かを探している。

すると急ぎの馬車が走ってきた。城下町エリアは広い。
馬車ぐらい走っているだろう。少女は慌てた様子で道の端に退避する。

――安心したのも束の間。馬車は水溜まりを踏み、激しい水しぶきが少女を襲う。
洗いたての服は飛び跳ねた泥水でぐしょぐしょに汚れ、妖精のように柔和な顔が嘆きに沈んでいく。
少女は身体を震わせ、何かの限界を迎えたらしくその場にしゃがみこんだ。

「う、うぅ……だめ……私なんて……私なんて……」

最後には俯きぽろぽろと涙を零しはじめる。
不幸の一瞬を目撃してしまったエールはスルーできずに少女へ駆け寄った。
どうせ当てのない聞き込みをするだけだったので、お節介を焼く方が有益だ。

「大丈夫……?立てる?」

エールはハンカチを取り出して顔に跳ねた泥水を拭った。
服は多量の泥水を吸っており、少々拭いたぐらいでは汚れが落ちそうにない。

「えぐ……そ……その……知り合いとはぐれて迷子になってしまい……。
 持ってきたお金もどこかに落としてしまい……うぅ……うぇぇぇ〜〜ん……」

少女は一生懸命な様子で状況を語ると本格的に心が決壊したらしい。
人目もはばからず全力で泣きはじめた。エールは少女を抱いてよしよしと背中をさする。

618 :エール :2022/01/06(木) 21:09:37.33 ID:f5w4/hr0.net
少女もまたエールと同じように人を探していたのだ。
落としたお金はともかく、服と迷子くらいはなんとかしてあげられるかもしれない。

「……落ち着いた?私はエールだよ。こっちの子は仲間のダヤン。
 私達は冒険者で……人を探してこの階まで来たの。貴女の名前は?」

エールは新しいハンカチを取り出して少女に渡すと、涙で濡れた頬を拭った。
泣くだけ泣いたら落ち着きを取り戻したのか、少女はたどたどしく喋りはじめる。

「私の名前はルシア……です。あ、あの……ありがとうございます……。
 もう大丈夫です……私……もういきます。きっと……知り合いの人が心配しています」

「あっ……待って。全然大丈夫じゃないよっ。
 迷子のうえにお金も無くして服も汚れちゃってるんだよっ!ピンチは続いてるよ……!」

エールは真剣味を帯びた声でそう言うと、ルシアは両手で服の裾をぎゅっと握った。
迷惑をかけまいと咄嗟に話したものの、正論を言われて何も返せなくなってしまったのだ。

「まずは服をなんとかしなきゃだね。
 さっき通った道に仕立て屋さんがあったからそこで服を買おう!」

エールもこの階に来て間もない身分だが、迷子の少女よりはマシだ。
ルシアと名乗った少女は俯いたまま小さな声で呟く。

「あ……あの……でも私、お金が……」

「えへへ。いいよいいよ!私のおごりだよっ!気にしないで!」

そうして少女と共に仕立て屋へ行くと、似た服があったのでそれを購入する。
お値段500メロ。エールの残金はこれで4300メロとなったのだった。
そうこうしていると昼を迎えたので、エール達は昼食を摂ることにした。

いつもの選択肢は酒場か宿屋しかないが、この城下町には数多くの飲食店が存在する。
上流階級の人間が出入りするようなレストランから、うさんくさい露店まで様々だ。
エールは通りがかりに発見した小洒落ているカフェに入った。

「ルシアはいくつなの?知り合いの人と何処ではぐれたかは分かる?」

注文した料理が運ばれてくるまでの間、エールはルシアの話を聞くことにした。
知り合いの人物もきっと迷子のルシアを探しているだろうが、見つけるには情報が必要だ。
この城下町、広い上に路地が入り組んだ所も多い。闇雲に探し回ったところで簡単には見つからないだろう。

「16歳です。えっと……その、はぐれた場所は分かりません。人混みに流されてしまって……。
 知り合いは……男の人でシュタインって言います。一緒にサーカスを見に来たんです」

今日9階に来たエールは知らなかったことだが、丁度この階でサーカスが開かれるらしい。
ルシアいわく、冒険者協会傘下のギルドが主催だ。冒険者の中には芸の一つや二つ身に着けている者も多い。

盗賊が披露する百発百中のナイフ投げ。魔物使いが相棒の魔物を巧みに操って火の輪潜りを成功させるなど。
そういう一芸を身に着けた冒険者の集まりが、主催のギルド『シルク・ド・エトワール』なのだ。
彼らは各階の拠点で芸を披露して路銀を稼ぎつつ、低階層を転々としているらしい。
そして、今日はちょうど9階で公演が開かれる日だったのだ。

「サーカスかぁ……私も見たことないなぁ」

田舎の村に住んでいたエールには縁のない話だ。
ちょっと見てみたい気がしていると、注文した料理が運ばれてきた。


【似顔絵の作成に成功。酒場の掲示板に張る。迷子の少女ルシアと出会う】

619 :エール :2022/01/06(木) 21:25:37.84 ID:f5w4/hr0.net
>>615
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね!えへへ!
ところで相談だけど、今回登場したルシアと今後登場する予定のお姉ちゃん(カノン)は専用NPCにしたいの。

前者は後で共有NPCとして解放できると思うけれど……。
今後のシナリオを大きく左右するキャラ(のはず)だからいったん様子見させてほしいんだ。
いいかな……?

620 :ダヤン:2022/01/08(土) 23:36:57.83 ID:gkyZkg3D.net
>「え、えぇ〜。大丈夫かなぁ……ちゃんと伝えられるか不安だよ」

エールはたどたどしくながらも姉の特徴を伝え始め、程なくして似顔絵が完成した。

>「……完成だよ。こんな感じでどうかな?」

エールによく似た美人の似顔絵が出来上がっていた。
もしも特徴を極端に誇張してコミカルに描くタイプの似顔絵だったら微妙な空気になったかもしれないが、
幸いそうではなく、鉛筆画ながらも写実的で本格的な絵柄だ。
エールによると、結構実物に近いそうだ。

「うわぁ、すごいにゃあ!」

>「お値段200メロになります」

200メロを払って似顔絵を受け取るエール。ダヤンは半分の100メロをエールに渡した。

「ここは半分持つにゃ。お姉ちゃんの顔、実物より一足早く見てみたかったんにゃよね〜」

>「よしっ。後は見つけてくれた人に報酬を渡すことにしようよ。
 1000メロくらいでいいかなぁ。連絡先は宿屋にしておくとして……」

格安の宿を見繕ってカノン探しの拠点とする。
そして客足が多そうな酒場の掲示板に、似顔絵を掲示した。
特徴を伝えて似顔絵を描いてもらうところからして犯人捜しっぽかったが……

「にゃんか何かに似てるにゃ……」

似顔絵が掲示板に貼ってあるという状況。
姉を探していますと書いてあるのでもちろん近くで見れば普通の人探しだと分かるのだが、
ぱっと見、遠目に見ると賞金首っぽい感じになってしまった。
が、それが目を引くので功を奏したのかもしれない。早速酒場のマスターが話しかけてきた。

>「探しているお姉さんってのは、あの熾天使のカノンさんのことかい?妹さんがいたんだねぇ」

>「お姉ちゃんのことを知ってるんですか?」

>「ちょっと前まで一人でうちに来てたよ。最近は見なくなったねぇ。
 風の吹くまま、気の向くままって感じの人だから、別の階層へ行ったのかもねぇ」

>「そうなんですかぁ……」

有力な情報が手に入るかと思いきや、最近は見なくなったとのことでエールはがっかりした様子だ。

「まだ分かんないにゃよ……!
この拠点の宿を移しただけかもしれにゃいし……!」

そんなことを言っていると、馬車が水たまりを踏み、水しぶきが少女に直撃した。

621 :ダヤン:2022/01/08(土) 23:38:06.35 ID:gkyZkg3D.net
>「う、うぅ……だめ……私なんて……私なんて……」

「にゃにゃ!?」

確かに不幸だけどオーバーリアクション過ぎじゃあ!?
いやでもお気に入りの服なのかも……などと思っている間に、気付けばエールは少女に駆け寄って声をかけていた。

>「大丈夫……?立てる?」

>「えぐ……そ……その……知り合いとはぐれて迷子になってしまい……。
 持ってきたお金もどこかに落としてしまい……うぅ……うぇぇぇ〜〜ん……」

ただでさえ踏んだり蹴ったりな状況に馬車の泥はねが駄目押しとなったということだろう。
まさに泣きっ面に蜂というやつだ。

>「……落ち着いた?私はエールだよ。こっちの子は仲間のダヤン。
 私達は冒険者で……人を探してこの階まで来たの。貴女の名前は?」

>「私の名前はルシア……です。あ、あの……ありがとうございます……。
 もう大丈夫です……私……もういきます。きっと……知り合いの人が心配しています」

ルシアと名乗った少女は立ち去ろうとするが、ここで引き下がるエールではない。

>「あっ……待って。全然大丈夫じゃないよっ。
 迷子のうえにお金も無くして服も汚れちゃってるんだよっ!ピンチは続いてるよ……!」

「知り合いの人の居場所の当てもないんにゃよね?
オイラ達も丁度人探しをしてるから一緒に探した方がきっと早いにゃ」

>「あ……あの……でも私、お金が……」

>「えへへ。いいよいいよ!私のおごりだよっ!気にしないで!」

ルシアに服を買ってあげるエール。
昼食を摂ることになり、お洒落なカフェに入る。
先ほどの服はエールのおごりだったので、ダヤンは今度は自分とばかりに立候補した。

「ここはオイラのおごりにゃ〜」

料理が運ばれてくるのを待つ間、早速情報収集を開始する。

>「ルシアはいくつなの?知り合いの人と何処ではぐれたかは分かる?」

>「16歳です。えっと……その、はぐれた場所は分かりません。人混みに流されてしまって……。
 知り合いは……男の人でシュタインって言います。一緒にサーカスを見に来たんです」

>「サーカスかぁ……私も見たことないなぁ」

エールがちょっとサーカスを見てみたいオーラを出している。
ダヤンも同感だが、今はそれどころではない。
シュタインというらしいルシアの連れを探す手段を考えねば。
そうこうしている間に、料理が運ばれてきた。

622 :ダヤン:2022/01/08(土) 23:39:42.66 ID:gkyZkg3D.net
「網焼きニワトリスホットサンドと城ノワールでございまーす」

「でかっ!」

想像していたよりかなり立派なサイズの料理が運ばれてきた。
お洒落な喫茶店というのは料理も可愛らしいサイズの場合が多いが、ここではそんなことはなかった。

「そうなんですよ〜。巷ではよく逆詐欺とか言われます」

ちなみに店名を見てみると、ライスフィールド・カフェ。
拠点の周囲に点在している農村から食材を仕入れているそうだ。

「にゃはは、いいことにゃ。随分にぎわってるみたいにゃ」

「今日はサーカスがあるみたいですからね」

「サーカスは定期的に来るんだにゃ?」

「いえ、各階を点々としていてそんなにしょっちゅうは来ないみたいですよ〜」

「そうにゃんだ、情報ありがとにゃー」

良心的なサイズの料理は、皆でシェアして美味しくいただくことにした。
それはいいとして、ルシアの連れを探す糸口はみつかりそうにない。
そんな中、ダヤンはこんなことを言いだした。

「ルシアにゃん、予定通りサーカスを見に行くのはどうにゃ?」

これは別に、単にサーカスを見てみたいからではない。

「シュタインにゃんも来るかもしれないにゃ」

探すあてがないのなら、闇雲に探すよりも
最初から行く予定だった場所に行った方が、落ちあえる確率は高い。
そう考えたのだった。

「人気のイベントならもしかしたらエールのお姉ちゃんも見に来るかもしれにゃいしね」

当初から行く予定の場所だったシュタインが来る確率は割と高い、
人がたくさん集まるイベントならもしかしたらカノンも来るかもしれない、
ついでにサーカスが見れる、という一石二鳥ならぬ三鳥が狙える作戦だった!

623 :ダヤンPL:2022/01/08(土) 23:44:23.02 ID:gkyZkg3D.net
>619
もちろんOKにゃよ!
むしろGMなし形式なのにほぼリードしてもらってるコバンザメ状態で逆に申し訳ないんだにゃ〜
お姉ちゃんが出てくるの楽しみだにゃ!

624 :エール :2022/01/10(月) 22:41:03.73 ID:bv8kkCon.net
運ばれてきた料理はなんとも立派な量だった。ダヤンも思わず「でかっ!」とリアクション。
店員いわく、洒落た雰囲気に反したガッツリした料理から逆詐欺と言われるらしい。
なんと懐に優しい店だろうか。

>「ルシアにゃん、予定通りサーカスを見に行くのはどうにゃ?」

三人で料理を平らげたあたりでダヤンはそう提案してきた。
エールとルシアは食後の紅茶を飲みながら話を聞く。

>「シュタインにゃんも来るかもしれないにゃ」

「たしかに。はぐれたらまず目的地を目指すかも。
 他のどこかを当てもなく探すよりは合流できる可能性が高そうだよ」

そう言ってアールグレイの芳香を楽しみながら紅茶を飲み干す。
ルシアはストレートで紅茶を飲むエールにそれとない大人っぽさを感じた。
自分の紅茶といえば砂糖も牛乳もたっぷり入れて、とっくにミルクティーになっている。

>「人気のイベントならもしかしたらエールのお姉ちゃんも見に来るかもしれにゃいしね」

「そうだったらいいけど……でもそればかりは分からないかな。
 お姉ちゃん気まぐれだもん。気分が乗らないから行かないとか平気であるよ」

カノンのことはさておき、ルシアの知り合いは見つけられるかもしれない。
支払いをダヤンに任せて店を出るとピエロの扮装をした人がビラを配っていた。

「10番区の広場で楽しいサーカスの公演が始まるヨー。
 子供も大人もご年配の方も、気軽にみんなよっといでなんだヨー」

年少の子に風船をあげたりしながら、ピエロが宣伝を繰り返している。
場所が分からなかったのでちょうどいい。エールは脳裏で9階の地図を思い出す。
このアクシズは標高のもっとも高い王城を1番区として、標高が下がるごとに2番、3番と区切っていく。
1〜3番区あたりまではアクシズを統治する王族、貴族の居住区となっているらしい。

そして10番区は標高が最も低いこの城下町の入り口。冒険者が頻繁に出入りする区域だ。
飲食店や宿屋、武器屋などが軒を連ねる。つまりエール達の今いる場所こそが10番区なのだ。

「広場でやってるんだ。よーし二人とも、サーカスまでレッツラゴーだよ!」

そして少し歩いた後、サーカスが公演される広場まで到着する。
広場には赤と白の縞模様の天幕があり、人々は行列をつくって中へ入っていく。
なるほど盛況だ。そしてとてつもない人混みである。チケットを売るピエロも大変そうだ。

「これじゃあ探すのも一苦労だね……とりあえずチケット買おっか」

チケットを買わねば話にならない。
販売しているピエロの前にも長蛇の列ができている。
待つこと一時間、ようやく三人分のチケットを購入することができた。

625 :エール :2022/01/10(月) 22:43:22.13 ID:bv8kkCon.net
チケットの買う間もルシアはしきりに周囲を探していたが、知り合いは見つからないようだ。
この人混みでは探すどころではない。そう簡単に見つかるわけがないのだ。
だが良いこともあって、一時間もあれば雑談ぐらいする。ルシアとの仲も多少は解れてきた。

「想像以上に人が多いね……ここは切り替えてサーカスを楽しもうよ!ねっ!」

「すみません……エールさん、ダヤンさん。ご迷惑をお掛けしてしまって」

「えへへっ、エールでいいよ。私達同い年なんだよ」

そうしてサーカスの天幕の中に入っていくとチケットに書かれた席に座る。
しばらくすると公演が始まり、サーカスの団長が照明を浴びて天幕の中心に立つ。

「皆さんお待ちかねェェェッ!我らが『シルク・ド・エトワール』の公演を開始させて頂きますゥッ!
 夜空に煌めく星のような迫力のエンターテイメントをぜひ!ぜひ!最後まで刮目くださいィィィッ!!」

小太りの団長はそう言ってパチン!と指を鳴らすと煙と共に消えてしまった。
どのようなタネがあるのか――あるいは手品ではなく本当に魔法なのか、判別はつかない。
そして演目が静かに開始された。まずはジャグリングのようだ。

「うわっうわっ。あんなに沢山大丈夫なのっ!?観てよダヤン、ルシア。凄いよ!」

次は手品師のマジックショー、魔物使いの火の輪潜り、空中ブランコに道化師のコミカルな大道芸。
どこかよそよそしかったルシアも次第に演者達の最高のパフォーマンスに心を奪われていく。
そしてエールは、最初から最後までうるさいぐらい高揚していた。

「えへへ〜。どの演目も凄かったね。すっかり楽しんじゃったよ」

「はいっ、とても楽しかったです。空中ブランコにはドキドキしました!」

エールが無邪気にはしゃぎまくったおかげ(?)かもしれない。
ルシアも二人に遠慮することなくサーカスを楽しむことができたようだ。
ただ、肝心の知り合いが見つかることは無かった。

広場を中心に探し回ったのだが、見つからないまま疑似太陽が沈む時間を迎えてしまう。
人混みもすっかり減って日が暮れる中を三人はとぼとぼ歩いた。

「……ごめんルシア、力になれなくて。どこにいるんだろうね……」

「あ……いえっ……いいんです。運が悪かったんだと思います……」

そんな話をしていると、金髪を腰ほどまでに伸ばした、灰色の魔導衣の男が目に映った。
いかにも魔法使いのような出で立ちの優男である。ゆっくりとエール達の方へ歩いてくる。
ルシアはその顔を見た途端、驚いた様子でわずかに男へ近寄ってこう言った。

「シュタイン……!今まで……どこにいたんですか?」

その男こそはぐれてしまった知り合いだったのだ。
シュタインはルシアの前で跪いてこう言った。

「姫様、大変申し訳ございませんでした。
 よもや人混みに流されてしまうとは……このシュタイン一生の不覚です。
 広場に来てからの一部始終は把握しております。いつでも合流は出来たのですが……!」

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