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「ロック」 が反体制文化から生まれた左翼的な音楽だとすると、日本における保守派の音楽は何なのか? [324064431]

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です :2018/09/10(月) 16:52:50.41 ID:A5e2+8RnH●.net ?2BP(2000)
http://img.5ch.net/ico/nida.gif
『週刊プレイボーイ』本誌で「モーリー・ロバートソンの挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、
モーリー・ロバートソンが、ソーシャルメディア時代の“言論の自由”について語る!

* * *

1989年、チェコスロバキアで「ビロード革命(Velvet Revolution)」を成し遂げた民主化運動の
中心だったヴァーツラフ・ハヴェル(後の大統領)によると、革命にはある音楽が大きな影響を与えたそうです―
64年にアメリカで結成された「ヴェルヴェット・アンダーグラウンド(The Velvet Underground)」。
なぜ、アメリカの前衛的ロックバンドが、遠い東欧の国の民主化と関係があるのでしょうか。

60年代当時、チェコスロバキアでは共産体制からの解放運動「プラハの春」が盛り上がりを見せるも、
68年に旧ソ連を中心とした軍事介入で鎮圧されると、言論は統制され、以前にも増して自由を奪われることになりました。
そんな折、30代前半の劇作家だったハヴェルは、自身の戯曲がニューヨークで上演されることになり渡米。母国で禁止されていた
ロックのレコードを買い漁(あさ)り、隠し持ったまま帰国します。

こうして“密輸”されたレコードは、瞬く間にコピーされ首都プラハのミュージシャンたちに浸透。
なかでも彼らが心を揺さぶられ、こぞってカバーしたのがヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲でした。

米ニューヨークにおいてさえ“前衛”であった音楽・表現を、厳しい言論統制下の社会でプレイする。
そこには計り知れない自由への希求、そして人々のパワーがあったことでしょう。多くのアーティストが逮捕されても、
演奏活動は地下で繰り広げられたといいます。

そして77年、同国で人権擁護を掲げる反体制派運動「憲章77」が誕生。リーダーを務めたのがハヴェルでした。
彼が持ち込んだ自由を希求するロックが、若者の行動を促し、12年後に民主化を実現したのです。

http://news.ameba.jp/

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