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誰も興味ないけどアニメ版「シェンムー」 ひっそりと始まっていた。 [566475398]

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です (ワッチョイ 7fc8-Wwpt):2022/04/15(金) 03:20:04 ID:ndueSfby0.net ?2BP
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原作に人生を捧げたファンがアニメ版『シェンムー』第2話「彼誰」を見た感想――アニメらしく生まれ変わった涼とは?

『Shenmue the Animation』(以下、アニメ版)の第2話「彼誰」は第1話と同様、ヒロインである莎花の故郷・白鹿村から始まる。
幼い鹿と共に山道を下り、葉ばあさんに薬草を届けにいく。村には蘇自雄や雷名洋に周凛ちゃんといった
『シェンムーIII』でお馴染みのキャラクターが生活している。子供たちに、村に古くから伝わる詩(うた)を聞かせる葉ばあさんを見て、
莎花も子供の頃に聞かされたことを思い出す。そして、凛ちゃんの「ねえ、その者ってなぁに?」という質問が
第2話のタイトル「彼誰」にそのまま繋がる。『シェンムーIII』が存在しなければできなかった、詩的な導入と言えるだろう。

同時刻の横須賀へ戻ると、涼は朱元達から届いた、中国語による謎の手紙を眺めている。机の上には「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の
相棒であるテイルスのガチャガチャが置かれている。ゲーム内でガチャガチャを回せることで知られる「シェンムー」だが、
アニメ版はこうしたゲームへの細かい言及も丁寧である。ほとんどのファンが喜ぶ演出に違いないが、個人的には疑問に思う部分もある。

自由に探索できる箱庭のゲームを提示するとき、プレイヤーを楽しませるための要素がたくさん必要になってくる。
「ガチャガチャを回す」もその1つとして盛り込まれたのだろう。物語やキャラクターの設定から少し乖離した要素であっても、
ゲームデザインは自由度やリプレイ性を優先する場合が多々あるのだ。ストーリーに焦点を当てたアニメにフォーマットを変えた途端に、
そうした乖離は起きる必要がなくなる。すると「涼は親父の死んだ数日後に、ガチャガチャを回すのか?」という問いが
重要になってくるはずだ。もちろん、割り切ってファンサービスとして楽しむことは容易だが、
筆者はそもそもファンサービスにはあまり興味がないタイプだ。いずれにしても、
背景に映る細かなディテールに過ぎないので、もちろん些細な問題でしかないのだが……。

ゲームからアニメへの「翻訳」がより巧妙な点を挙げると、「中国語の読める人」や「チャーリー」を探すといったおつかいの落とし込み方だ。
ゲームではたくさんの人に訪ねて、やっと次へ進めるようになるが、アニメ版では涼が街で聞き込みをしている姿が台詞なしで見せられる。
相手が口を開けてしゃべったり、首を振ったりするだけで状況が伝わり、ゲーム版の流れの悪さ(ストーリー主体の作品として見た場合)を
よりスムーズにしつつ、聞き込みをしている相手や場所などでファンを唸らせることに成功している。原崎が手伝ってくれることも印象的だ。
ゲームであれば「相手にお使いを任せる」となると遊びが成立しなくなるが、アニメでは涼と原崎の関係を掘り下げる描写として機能している。
https://jp.ign.com/shenmue-anime/58971/preview/2
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