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【悲報】 アメリカのインフレ、限界突破 [541495517]

238 :番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です (ワッチョイ 2e8f-Gre+):2022/07/21(木) 13:42:43 ID:uxjOGox70.net
>>229
政治情勢は、1979年2月にイラン革命が成立した後、1979年末にソ連のアフガニスタン侵攻というさらなる不安定要因が加わった。
日米欧の消費者物価は、輸入物価インフレを基点にして1979年に入ると急上昇をはじめ、
先進各国の中央銀行は79年春から利上げに動いた。

この利上げの影響が最も顕著に表れたのは米国であった。1979年からボルカーFRB議長によって行われた高金利政策は、
一時的にFFレートが20%以上になることも容認する一種のショック療法だったからだ。
70年代の米国は、労働組合の力が強く、インフレに反応して賃上げを要求する行動が、
根強いインフレ体質をつくっていた。ボルカーは、この物価上昇トレンドを止めるに、
断固たる引き締めが必要と考えていたのだろう。

もうひとつ、米国には1978年のドル防衛策以来、ドル高のために高金利政策を維持しなければならない
という引き締めバイアスもあった。ドル高は、輸入インフレが抑制されるので、
高金利政策はドル高・インフレ抑制の双方の作用を狙っていたと考えられる。

一方、日本は米国に比べると、第二次オイルショックの悪影響は軽微に済んだ。
消費者物価の上昇は一時的に終わり、公定歩合の引き上げも短期間に済んだ。
第一次オイルショックの教訓から、日本の労働組合は生活防衛的な賃上げ要求を控え、
賃金が上昇しなかったことが、輸入インフレをホームメイド・インフレ(需要インフレ)に展開させなかった背景にある。
企業も減量経営に努めて、第二次オイルショックではスタグフレーションに陥ることなく、乗り切ったとされる。

https://www.dlri.co.jp/pdf/macro/04-14/k_0805e.pdf

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