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お腹ぽっこりおじさんの魅力 [223065233]

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です:2019/05/30(木) 08:06:57.70 ● ?2BP(2000).net
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https://www.asahi.com/sp/articles/ASM5P772YM5PUNHB00V.html

強制不妊、傷ついた義妹の人生「バカにするにもほどが」

 障害者らへの強制不妊手術を認めた旧優生保護法の違憲性が問われた訴訟で、全国初の判決が28日、仙台地裁で言い渡される。原告の一人になった宮城県の60代の女性は、知的障害があり手術のことを理解できない。代わりに闘ってきた義姉は、差別のない社会への願いを司法に託す。

 自宅のソファに腰かけた女性が器用に編み棒を操ると、カラフルなひざ掛けができあがっていく。「止めないと永遠に編み続けてるの」。隣で義姉が笑う。

 「どうして裁判を闘ってるのかわかる?」

 そう義姉が聞くと、女性は照れ臭そうに下を向き、編み物を続けた。

 女性は幼い頃に受けた麻酔治療の後遺症で、重い知的障害が残る。女性の兄と結婚した義姉はほどなく、女性のおなかにある20センチ近い傷に気付いた。母親は「不妊手術をした」と言い、うつむいた。女性は中学3年のとき、県内の病院で手術を受けた記録が残る。ただ、手術に至った経緯ははっきりしない。
母親は女性が自立できるよう、養護学校で裁縫を学ばせた。たんすにはきれいな晴れ着がしまってあった。「いつか誰かと一緒になれれば」と一人娘の将来を案じていたという。女性には20代で縁談もあったが、子どもを産めないことが原因で破談。晴れ姿を見ることなく、母親は数年前に亡くなった。

 「娘の手術を止められなかった自分を責めていたのでは」。母親の思いをくんで、義姉は厚生労働省に謝罪と補償を直訴したが、「当時は合法で、必要ない」と突き返された。「声を上げられるのは私しかいない」。手術を受けた別の女性が国に補償を求めているのをニュースで知り、宮城県から手術記録の開示を受けて、提訴に踏み切った。

 裁判で、国側は違憲かどうかの認否を拒み、当時から被害者に補償する国家賠償法の制度があったと反論。手術から20年以上がたって「除斥期間」が過ぎ、賠償を求める権利が消えたとも主張した。早く裁判を起こせばよかったと言われたように感じ、「人をバカにするのにもほどがある」と怒りがこみ上げた。

 今年2月の口頭弁論で、義姉は証言台に立った。裁判長から「手術から20年の間に国を訴えることが、現実的に可能だったんでしょうか」と問われた。「できるはずはないと思います」と断言した。

 罪悪感を抱えた家族が、公開の法廷で被害を訴えるには、どれほどの勇気が必要だったか。「役所に行くたび『今度は何がほしくてきたんだ』と言われる」。生前、こう嘆いていた母親の姿が浮かんだ。

 4月、被害者に一時金320万円を支給する法律ができた。ただ、女性はおなかの傷も、法律の意味もわからない。義姉は「本人が理解できず、支える家族もいない被害者はどうなるのか」と心配する。
 女性は今、地元のグループホームで暮らす。休日にはいっしょに買い物をしたり、美容室に行ったりして過ごす。自宅に飾られた義姉の子どもや孫の写真を指さし、「かーわいいんだぁ」と無邪気に笑う。

 「障害者は劣っている」という優生思想を、孫たちの代に残してはならないと、義姉は強く思う。28日の判決が、その出発点になると信じている。
旧優生保護法と強制不妊手術
「不良な子孫の出生防止」を目的に、現憲法施行後の1948年に成立。知的障害者や精神病患者らに対し、本人の同意なく不妊手術をすることを認めていた。旧厚生省は、身体拘束やだますことも許されると都道府県に通知し、手術を推進。法改正までの約50年間に約2万5千人が手術を受け、うち約1万6千人が強制だった。

48 :番組の途中ですがアフィサイトへの\(^o^)/です :2019/05/30(木) 11:06:11.74 ID:uJX03o4h0.net
パルプフィクションでブルースウイリスの相方の女が腹が出てるほうがセクシーだって言ってたからな

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