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レレ、中国系に貸付したら、潰れちゃったよSVBの不満

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/14(火) 21:25:35.41 ID:sVIo68/rT
https://www.msn.com/ja-jp/money/other/
%E7%B1%B3%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%BC%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%81%8C%E7%A0%B4%E7%B6%BB-%E5%8D%B1%E6%A9%9F-%E5%86%8D%E6%9D%A5%E3%81%AE%E4%BA%88%E5%85%86%E3%81%8B-%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2/
ar-AA18B2Op?ocid=hpmsn&cvid=8ff8246967e94ff4942ecfd61b149ec6&ei=13

87 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 15:03:20.54 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・52

 クレディ・スイスとUBSは米政府が送付した召喚状に含まれていた。召喚状は経営
不安を背景とした、UBSによるクレディ・スイス買収前に送付されていた。という。
また、司法省は一部の「米大手銀行の従業員」にも召喚状を送付したという。司法省の
調査は、過去数年間に、どの銀行の従業員が 制裁対象となった顧客と。取引を行い、
顧客を、どのように審査していたか。を特定する内容という。クレディ・スイスは、こ
の事にコメントの要請に応じていない。UBS、司法省、双方からも、コメントは得ら
れていない。・・・「誰も危険で口出さない闇の支配の証拠か」・・・DSとロシアの
戦いか。トランプにも、司法省から訴追の可能性が出て来て、大陪審で討議中という・
・秘密の密会さながらに、全く不明一方で、スエーデンでは、ノルドー2の付近での
大きな筒状のものが発見され ロシアに引き揚げを頼んだそうだ。これは一体何なんだ
。ちなみに、米国巨大軍需産業は、すでに約5000億j(約60兆円)の武器を、両陣営に
供給し、かなりの利益を得ようとしている。と聞く。アメリカはウクライナに90d以上
の軍事物資と、昨年だけでも6億5000万j(約780億円)の援助をしたが、さらに追加し
3億5000万j(その後5億jと発表)の軍事支援を約束した。EUは4億5000万ユーロの、
武器供給を約束し購入し、ウクライナに輸送している。アメリカ産業は、経済活況で、
失業率は上がらず利上げし放題と、ユダヤオルガルヒとも言えるエスタブリッシュ層は
喜んでいた筈だが、ここにきて独立系オルタナティブの新興工業株の銀行家はへばって
しまったのだ。英国では、このSVBでほぼ先端技術工業系の工場や起業や企業の95
%が預金していると、慌ててイングランド銀行に支社を買収させている。アメリカと、
NATOは、ウクライナに1万7000発の対戦車兵器と、2000発の 対空ミサイル「スティ
ンガー」を供給してがロシアの専制武器庫攻撃で、半数を失ったとも言われる。がそれ
でもロシアが勝つことは無いだろう。イギリス、オーストラリア、トルコ、カナダを含
め、世界的な国家連合が、ウクライナに、積極的に武器を供給しているからだ。

88 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 15:09:05.47 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・53

 ロシアから欧州に天然ガスを送る海底パイプライン「ノルドストリーム1」と「ノル
ドストリーム2」で発見されたガス漏れについて、ドイツ、デンマーク、スウェーデン
は27日、破壊された可能性に言及した。ただ、不明な点が多く、欧州は原因究明を急
いでいる。・・・としている。デンマーク・グリーンランド地質調査所(GEUS)は
地震とは異なる活動が検知され、爆発で通常記録される活動に類似していると分析した
スウェーデンのウプサラ大学国立地震学センター(SNSN)は、2回目の大きな爆発
が「100キログラム以上のダイナマイトに相当する」とし、爆発は海底下ではなく、
水中で起きたと説明した。デンマーク軍によると、最も大きな漏えいがある場所では、
直径1キロメートル以上の泡が海面が発生したという。ここに、過激なウクライナ併合
主義者達がいる。一方はロシアとウクライナの併合である。一方は自由主義連合での、
EU加盟の強行者である。2022年02月24日には、ロシアのウクライナ侵攻が始まった。
ロシアのプーチン大統領に大きな影響を与えた人物として、アレクサンドル・ドゥーギ
ンが注目された。「プーチンの頭脳」とも称されるドゥーギンの思想とはかなりに異常
である。2022年のロシアのウクライナ侵攻後も、ドゥーギンによって代表される「ユー
ラシア主義」の思想の影響が取りざたされている。ドゥーギンは、そもそもが、過激な
ウクライナ併合主義者である。ユーラシア主義の思想によれば、ユーラシア大陸の中央
部に、共通の文化的紐帯を持つ共同体が存在する。と仮定している。ユーラシア大陸の
中央に、ロシアを中心とする、広域政治共同体が存在がロシア語住民の連帯とされる。
この信念にしたがうと、中央アジア諸国やコーカサス地方の諸国のみならず、ウクライ
ナのような、東欧の旧ソ連圏の諸国は、ロシアを盟主とするユーラシア主義の運動に、
参加しなければならない。あるいは参加するのが本来の自然な姿だ、ということになる
。(『戦争の地政学』より)

89 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:37:16.09 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・54

ウクライナはロシアの一部であるべきだというプーチンの論文が話題になったことを、
記憶している方もいるだろう。その背景には何があるのか。戦争の原因は欧米諸国側に
ある。と批判するプーチンの頭の中は、冷戦後、ロシアは(地政学用語で言うところの
)生存圏を失った。だから、取り戻そうとしているだけだ。と言う理屈だ。そうした中
で、欧米諸国などが、ロシアの生存圏や、勢力圏の回復を認めないのであれば、不当で
ある。とプーチン始めやロシア人の多くが考えている。と言った環境だ。プーチンは、
ここでその理由で、「戦争の原因は欧米諸国側にある。」と繰り返し述べてアピールし
ている。確立された国際秩序に反した世界観を振り回し、その世界観を認めない諸国は
ロシアに対して、罪深いことをしている。と主張しているのである。それは、これまで
に、確立された国際秩序を維持する側から見れば、身勝手なわがままでしかなく、認め
るわけにはいかないものだ。(『戦争の地政学』より)更に言えば、ウクライナーロシ
アの構図は、パワハラの社内構図が、そのまま国際社会に移った構図である。事実戦後
ウクライナのポグロムは異常なものだった。ロシア語で「破滅」を意味する言葉である
。加害者の如何を問わず行われ、ウクライナユダヤ人に対し行なわれた集団的迫害行為
(殺戮・略奪・破壊・差別)であり歴史的は、ユダヤ人や農奴に対して、自発的計画的
に広範囲に渡って行われた暴力行為であった。ポグロムでは標的とされた人々に対する
物理的な暴力と殺戮を伴った。そもそも、13世紀のカリシュの法令によって権利および
安全をシュラフタ(ポーランド貴族)およびポーランド王の庇護のもとに、保障された
ことから、ユダヤ人はポーランドに集まり生活していた。そもそもの「ロシア」という
地域名が最初に文献に登場するのは15世紀末だが、当初から、大陸との攻防でルーシ族
と言うのは、モスクワでなくポーランドからカザフ辺りまで、混在して存在していた。

90 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:37:44.25 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・55

 そもそも、ロシアなどと言う国は存在しなかった。『原初年代記』によると、伝説上
の人物であるリューリク(在位〜879)が出て来て歴史が書かれれいる。内紛に悩む地
として描かれ、ロシアに秩序をもたらすために、2人の弟とともに「海のかなた」から
招かれた人物という。伝説上の人物であるリューリクは 9世紀〜1598年のロシアの王朝
を築いた。とされる。元祖リューリクの死後、882年その子イーゴリ(913ころ〜945)
が、一族のオレーグに助けられてキエフ(キーウ)に君臨して統治し、王朝の基礎を、
築き固まった。その後、16世紀末に至るキエフ、ウラジーミル・スズダリが、モスクワ
公国と名乗りを上げて、その他の諸公国の公位にすべてその子孫が占めることとなった
。政略結婚で基盤を広げたのだ。時とともに複雑に分岐した王朝の各系統は、それぞれ
の始祖の名をとって、モノマフ一門とかオレーグ一門とかよばれる。モスクワ公国家は
、ウラジーミル・スズダリのモノマフ一門に発する。それは15世紀中ごろには実質的に
北東ロシアで唯一の支配公家となり、1547年にはモスクワ大公イワン4世が雷帝とまで
(1533〜1584)呼ばれてツァーリを名のるまで続いた。このイワンの子のフョードルが
暗殺され、この死により王朝は断絶し、動乱時代を経て、ロシアは1613年ロマノフ朝の
時代を迎えている。リューイイク王朝時代には、ブルガールとハザールが繁栄していた
。ここに交易に来ていたのがリトアニア人とバイキングである。ブルガールはブルガリ
ア帝国とされ、現在のブルガリアを中心にバルカン半島の東部を支配したブルガリア人
の帝国とされるが、実は少し違う。原住地の中央アジア西部を経てアゾフ海沿岸付近の
広大な草原地帯から移住してきたテュルク系遊牧民がブルガール人であった。彼らによ
る建設された国家を第一次ブルガリア帝国(681年 - 1018年)でキリスト教を受け入れ
、支配者のブルガール人と現地の南スラヴ人とが一体化してブルガリア人を形成した。
とされている。だから西カザフやロシアのクズネク辺りにいた。と思われる。

91 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:38:17.82 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・56

 又、ハザール帝国も伝説の ユダヤ教を国家宗教とした帝国で有名である。ハザール
は、7世紀から10世紀にかけて カスピ海の北からコーカサス、黒海沿いに栄えた遊牧
民族およびその国家。とされている。支配者層はテュルク系民族と、推測されており、
支配者層が9世紀頃にユダヤ教に改宗したことは有名で、交易活動を通じて繁栄した。
日本語ではハザル、ハザリア、ホザールあるいはカザールと表記されることもあった。
ハザールは謎の多い遊牧民であり、起源はもとより系統もはっきりしないが、おそらく
テュルク系と考えられている。中国の歴史書である『旧唐書』,『新唐書』に出てくる
波斯(ペルシア)国(サーサーン朝)に北隣する「突厥可薩部」がこの「ハザール」の
ことと考えられている。『戦史』の著者プロコピオスによれば、「サビルはフンの一族
であり、カフカスあたりに居住し、多数の首長のもとに適当に分かれている」という。
このサビルとハザールがまったく同一の民族であったか否かは確定できないが、少なく
とも10世紀のアラブの歴史家マスウーディーは『黄金の牧場』の中で、ハザールを、テ
ュルク系サビルとしている。また、サビルの名が6世紀末からほとんど現れなくなるの
は、サビルと呼ばれる部族連合の中にハザールが含まれていたことを示すからであろう
。としてる。7世紀の中頃に、この西突厥で衰退し、ハザールはその後継国家ハザール
・カガン国を形成して独立を果たした。一方で、南ロシアのステップ草原では、オノグ
ル・ブルガールの部族連合の「古き大ブルガリア」が成立した(635年)としている。ア
ラブ・ハザール戦争(642年〜799年)が始まり、ハザールが西進すると、古き大ブルガ
リアは尽く崩壊し(653年)、一部はハザールにとりこまれ(黒ブルガール)、残りは
各地に散らばってヴォルガ・ブルガール,ドナウ・ブルガールを形成した。と言われる

92 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:38:44.46 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・57

 ハザールはカフカス草原をめぐって、サーサーン朝ペルシアと対立していた。が、サ
ーサーン朝が、新興のイスラーム共同体(ウンマ)によって滅ぼされ(651年)、代わっ
てイスラーム共同体と、カフカスをめぐって争う。イスラーム共同体は 654年に南カフ
カスのアルメニア,グルジア,アルバニアを占領して行き、カフカス山脈を越えハザー
ルの領有する北カフカスに侵入、カスピ海沿岸の要塞デルベントを陥落させ、ハザール
の中心都市ベレンジェルに迫る。ハザールはベレンジェルでイスラーム軍を追い返した
が、しばらく一進一退の攻防が続きイスラーム共同体で内紛が起こったため、一時は、
その侵攻が止んだ。しかしすぐに、661年に ウマイヤ朝が成立し、再びハザールが攻撃
がされている。735年、ウマイヤ朝のカリフ、 ヒシャーム・イブン・アブドゥルマリク
は従兄弟のマルワーン・イブン・ムハンマド(のちのマルワーン2世)を派遣し、麾下
のウマイヤ朝軍1万5千が、逆にヴォルガ河畔まで進撃した。これに窮したカガン軍は、
司令官マルワーンに和睦を申し入れ、イスラーム改宗を約束する。この遠征を受けて、
ハザールはウマイヤ朝カリフの宗主権を一時的に認めさせられるが、属国にはならなか
った。とされる。ハザールのユダヤ教受容は非常に有名であるが、改宗に関する史料は
少なく、その時期と実態は謎である。色んな論争を呼んでいる。西欧ではアクイタニア
(アキテーヌ)のドルトマルが 864年に書いたマタイ伝の注釈で、ハザールの改宗に、
ふれているので、864年以前 であることは確実という。アラブのマスウーディーでは、
ハザールの王(ベク)がハールーン・アッ=ラシード(786年〜809年)の時代、ユダヤ
教を受け入れ、ビザンツ帝国やムスリム諸国から迫害を受けて逃れてきたユダヤ教徒が
ハザール国に集まった。と記している。しかし、「ブラン・カガンが、夢の中で天使に
会ってユダヤ教に改宗したが、民衆が新しい宗教を信じなかったので、ベクが尽力して
ユダヤ教の普及をはかった。」という記述がある様に、あまり普及しなかったようだ。

93 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:39:13.24 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・58

 つまり、これがロシア人やウクライナ人の祖先であるのだ。この後フン族の中心の、
キブチャク・ハン国、すなわち、タタール人の侵入や侵略戦争がある。モンゴルの平和
とか、タタールのくびきと言われる時代だ。13世紀前半に始まったモンゴルの、ルーシ
侵攻とそれにつづくモンゴル人(モンゴル=タタール)によるルーシ(現在のロシア・
ウクライナ・ベラルーシ)支配を、ロシア側から表現した用語だが。現在のロシア人の
祖先とするルーシ人の、その後250年 およそ2世紀半にわたるモンゴル=タタールへの
臣従を意味するロシア史上の概念である。ところが、ポロヴェツ人(キプチャク族)と
ルーシ諸公とのあいだは平穏なものとなっており、両者のあいだには婚姻関係も結ばれ
て互いに親族となっていた。ポロヴェツの首長は、モンゴルの襲来を予見し正教に改宗
して、南ルーシの諸公に対して援軍を要請した程の仲で、ジョチ・ウルスの中央権力機
構は、ベクリャリベク(長老エミール)をリーダーとして軍事指揮権・対外交渉権をも
つ系列とヴィジール(宰相)をリーダーとして財政・徴税部門を管轄する系列とに二分
されて、征服国家としての性格を反映して前者の権威の方が高かった事を見抜き仲介し
て話し合いが持たれた。ジョチ・ウルスでは、モンゴル帝国同様、宗教上の寛容さが認
められていた中で、14世紀のウズベク・ハンの時代にイスラームがハン国の公式の宗教
となっていた関係だった。イスラームを受け入れなかったタタール人はルーシに流れ、
公に仕える者も現れた。その結果、タタール出自のロシア人の姓が多数生まれている。
一方で、モンゴル人はルーシ族の、旧来の慣行・習慣を重んじて、教会や修道院からは
貢税を徴収しなかったし、納税と共に安全や平和を約束した。モンゴル支配下の正教会
はむしろ勢力を拡大し、経済的にも富裕となって、ルーシの人びとの精神生活に深く入
り込み、寸断されたルーシの人びとを結びつける役割を果たす。

94 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:39:40.51 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・59

、13世紀から14世紀に渡りユーラシア大陸を支配したモンゴル帝国の覇権による平和で
安定した時代をパクス・モンゴリアなどと言われる。いずれもパクス・ロマーナからの
派生した言葉である。パクス・シニカ=中華覇権とは区別される。同様に、世界全域の
平和が、保持された訳ではないが、ユーラシア大陸の大部分はモンゴル帝国によって、
統一され陸路による物流が活発になった。帝国領土内の人々が自由に行き交う時代が、
到来。モンゴルは関税を撤廃して、商業を振興した。その結果において、モンゴルに、
征服されなかった地域(日本、東南アジア、インド、中東、北アフリカ、ヨーロッパ)
も、交易ネットワークに取り込まれて品々は行き交っている。こうして経済は更に発展
をみた。被支配民族にとっては、自国を滅ぼされ、従属を強いられた苦難の時代でもあ
った。と言う。14世紀のペストの大流行は、モンゴル帝国の時代にユーラシア大陸の、
横断ネットワーク形成の影響もあって起こった。ブルガール人もハザール人も追われ、
ルーシには、サライに定住し貢納を受け取るだけの単なる貴族となったモンゴル人が住
み着いた。ジョチ・ウルスに属する遊牧民がルーシ辺境にあるかぎり、ルーシの人びと
は、遊牧民の侵入や略奪から完全に免れることはできない。侵入は実際には頻繁ではな
かった。が、ひとたび侵入が起こると、おびただしい数の犠牲者が出て、土地は荒廃し
、疫病や飢餓も蔓延する。ルーシ諸国は、南方のステップからの遊牧民の襲撃に対する
防衛のため国費の多くを割かざるを得なかった。ルーシの人は、固定額の貢納(人頭税
)を賦課され、当初モンゴルは全ての人や物の一割を要求した。といわれる。これが、
実施されたかどうかは定かでない。ジョチ・ウルスの初期、ルーシ各地にモンゴル代官
がやってきて、人びとから概算額を徴収しただけで、1257年、クビライの女婿キタトが
ルーシ方面のダルーガに任命されて区域での人口調査(チスロ)や徴兵、課税と徴税、
駅伝制の確保、法の執行と秩序維持の任務にあたった。同年、ルーシでは、人口調査が
おこなわれ、ノヴゴロド周辺と教会関係者を除いて、10戸、100戸、1,000戸、10,000戸
の行政単位に区分されて「納税者名簿」に登録された。

95 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/30(木) 19:40:02.18 ID:iuziDlUKT
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・60

 実は、この時の平和が、今のロシアの文化である。だが古くからロシアでは、モンゴ
ル支配を悪影響として伝える。モンゴルがキエフ・ルーシの伝統を断絶させ、古代から
中世にかけルーシ族の、民族的一体性を崩壊させロシアやウクライナなどを分立させた
。あるいは東洋的専制主義の概念をルーシにもたらした。などだ。この批判を続けてき
た。しかしキエフ・ルーシにおいては、モンゴル侵攻以前の段階において、既に文化的
にも民族的にも一体の存在でなく闘争や紛争の時代だった。キエフ・ルーシは、すでに
分裂を始めて、見方を変えれば、モンゴルのキエフ・ルーシの征服によって、進行して
いた分裂を鎮たのである。そして一方で、モンゴルの支配があって、モスクワ大公国の
勃興や、ロシア正教での国家体制の整備に、強い影響を与えたとも言える。モスクワの
大公国は、貴族の封建的階層制度である門地制度を学習し受け継ぎ、広い国土に命令や
通信を行き渡らせた、駅伝制、人口調査、財政制度、軍事組織などをモンゴル帝国時代
の支配システムを、伝統として受け継いだのであった。しかし、多くの歴史家は、この
モンゴルによるルーシ支配が、ロシア史を特徴づける「西洋と東洋の狭間」という性格
が形作られる要因になった。と指摘してやまない。200年以上におよぶ モンゴルの支配
は、それなりにロシアに東洋的な要素を注入した事は確かだろう。西ヨーロッパ諸国で
は、「ロシア人の皮をはぐと、タルタル人が出てくる」という皮肉がある。また、モン
ゴル支配の影響で、ルーシ族は、ヨーロッパの伝統から離れてしまい、その後の歴史で
西ヨーロッパで起こる大きな変革、政治的・社会的・経済的な諸改革や、科学発展から
取り残された。という意識がある。そこにあるのは「遅れた国ロシア」「後進国ロシア
」の、元凶になったというマイナス評価の見方でしかない。言い換えれば、西洋からの
隔絶によって、ロシアはルネサンスや宗教改革から何ら影響を受けず、さらにその後の
中産階級の形成にも失敗した。と言う「タタールのくびき」との結びつけである。この
人のせいだと考える くだらない民族的性格が、ここにある。

96 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 09:34:23.24 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・61

 中世欧州世界は、ゲルマン人(民族)の大移動から始まる。ゲルマン人がヨーロッパ
へ、大挙して大移動してきた事件だが、ここからいよいよヨーロッパは、いきなり中世
に入っていく。ゲルマン人とは、ドイツのGermanの語源ともなっていますが、ほぼほぼ
イランやトルコの草原やカザフ草原などの南部からの、今のヨーロッパ人の源流(ルー
ツ)となっている民族だ。つまり、ゲルマン人がヨーロッパで拡散したことが、今のヨ
ーロッパを作っている。と言われている。事の発端は 376年、ゲルマン人の一派である
西ゴート人が、ドナウ川を越えてローマ帝国領内に侵入した。395年 にテオドシウス帝
が東西の帝国を再統一しますが、ゲルマン人たちの侵入を止めることができませんでし
た。正直なところ、ある日突然知らない人が近所中にいるようになったら、どこの民族
でもビビります。徐々にでなくいきなりゲルマン人が、大量にきますから。当時の人に
とって、相当な困惑社会になったもの。と思われる。ちなみに、ゲルマン民族について
、カエサルの『ガリア戦記』や、タキトゥスの『ゲルマニア』に記載が一番古いと思わ
れる。それによると最初、ケルト人を圧迫していき、徐々にローマにまで範囲を広げて
いった。そこでは、西ゴート族は、遊牧民フン族たちも、東ゴート族を征服したので、
西ゴート族はフン族から逃れるために、移動した。というのがきっかけだったと言われ
ている。また、ゲルマン民族の人口が、爆発的に増えて耕作地が少なくなってきたので
、肥沃な農耕地帯であるヨーロッパに、移住せざるを得なかったという実質的な理由も
あったようだ。フン族は匈奴の一派だと言われており、中華だけでなくヨーロッパにま
で征服を企む民族であった。詳しいことは中国の歴史を読んでください。そしてその後
は、西ゴート人だけではなく、サクソン人やフランク人、東ゴート人やヴァンダル人な
ど多種のゲルマン民族が、国境を越えてローマ帝国領内に侵入していった。

97 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 09:34:50.87 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・62

 ビザンツ帝国とは東ローマ帝国の別名である。ローマ帝国は知ってのように、地中海
の覇者として、ローマを中心に、海洋都市国家を強制的に集合させた、中央集権国家の
体制を敷いて、皇帝が君臨する絶対封建制を敷いて統治していた。しかし、イスラム教
が勃興しムスリム国家がアフリカに精力を持ち、アジアにフン族とされる騎馬民族が、
勢力を広げていった。こうして戦ううちに、スペインやフランスなどは陥落していく。
この頃、ローマ帝国も幾つかに分裂していて、スペイン地方のイベリア半島は西ゴート
族、イタリアの中央部では東ゴート族、北アフリカは、ヴァンダル族、ガリア北部地域
ではフランスがフランク公国に、イタリアは、神聖ローマ帝国に分裂したりしていた。
ブリテン島では、逃げこんだバイキングやケルト人がイギリスの母体になっていったが
、この時ムスリムによって、一度は陥落してしまい、330年、ローマ帝国を 再統一した
コンスタンティヌス帝は、首都をローマから東方のビザンティウムに移し、都市の名を
コンスタンティノープルと改めた。395年 ローマ帝国を最後に統一したテオドシウス帝
が死ぬと、帝国は、東西に分裂した。こうしてビザンツ帝国は縮小しつつも、1000年に
わたってビザンツ帝国の首都であるコンスタンティノープルを中心に繁栄していたのだ
。このビザンツ帝国の、民族大移動でローマ帝国が分裂再統一そ誕生してから、滅亡の
すぐそばの頃まで、ローマ帝国の東半分を受け継いだため、東方の帝国は東ローマ帝国
という。しかし、それでも、イスラームによる勢力拡大を防ぎきれず、エジプトを失い
防戦に防戦を重ねている。ギリシア語が公用語とされたのもヘラクレイオス1世のころ
である。もはや、ビザンツ帝国はローマ帝国というよりギリシア人の帝国といったほう
が実態に即している。6世紀前半、こうした時、農家の出身から皇帝にまで上り詰めた
人物がいた。彼の名はユスティニアヌス。ビザンツ帝国最大の領土を築いた皇帝である


98 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 09:35:20.65 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・63

 ユスティニアヌス帝は西ローマ帝国滅亡後、ゲルマン人諸国家が乱立していた西方に
軍を派遣。東ゴート王国やヴァンダル王国を滅ぼし、一時的にローマ帝国の地中海支配
を再現する。ちなみに、ユスティニアヌス帝時代の東ローマの版図は拡大した。また、
東方のササン朝ペルシアとはたびたび交戦した。シルクロードの派遣をめぐって争い、
国力の消耗に至っている。ユスティニアヌスの死後、ビザンツ帝国は領土を縮小した。
その後7世紀初めに在位したヘラクレイオス1世は軍管区(テマ)制と屯田兵制を採用し
軍備の強化を図って国内の改革に挑む。テマ制とは、装備を自分で用意できる自由農民
を兵士とし、国土の防衛に当たらせる制度を指す。日本で言う自警団や開拓農民或いは
屯田兵の様なものだ。また、屯田兵制とは兵士に土地を与えて耕作させ、生産物を地代
としてとる土地政策をいう。どちらも兵農一致の政策で、農民を外敵の最前線に立たせ
て防衛を担わせた。しかし、それでも、東方のササン朝ペルシアとはたびたび交戦し、
シルクロードの派遣をめぐって争いながらも、ロシア皇帝には輝ける都市だった様だ。
千年帝国ともたたえられたビザンツ帝国は、徐々にギリシア化しつつも長期間にわたっ
て小アジアやバルカン半島を支配しました。しかし、イスラーム勢力の台頭により主要
な領土を次々と奪われ、最後は首都コンスタンティノープルのほか、ほんのわずかな、
土地を残すのみの小さな国家になってしまいました。コンスタンティヌスの陥落により
、多くの知識人が西欧に亡命。ルネサンスの原動力の一つとなりました。10世紀以前か
らも既に、ドニエプル川流域にはキリスト教や正教会の伝道は行われていた。が、988
年に、ロシア皇帝ウラジーミル1世によって、ルーシ人の集団洗礼が行われ、これが、
ロシア正教会の起点となった。ウラジーミルは、家臣を外国に派遣して信仰の実状を探
らせ、家臣は正教の儀式に対し賞賛した報告し、正教を国教として、ビザンツ帝国から
導入した。

99 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 09:35:44.93 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・64

 ウラジーミル1世は、955年頃に キエフ大公だったスヴャトスラフ1世の子として生
まれている。母は、オリガ(スヴャトスラフの母、ウラジーミルの祖母)に仕えた鍵番
のマルーシャであった。つまりご落胤、お手付きの子であった。正嫡の兄として、長兄
ヤロポルク1世と、次兄オレーグがいた。殆ど期待されずに育っていた。ウラジーミル
は、父スヴャトスラフ1世が存命中から、辺地ノヴゴロドの土地が与えられノヴゴロド
公に任じられた。これは、結局後継者として目されていたためである。この都市は、ノ
ヴゴロド公国以前の旧名は『ホルムガルド』(Holmgard、ノルド語:「川の島の城」)と
呼ばれていたといわれている。ノヴゴルドそのものが北の城と言う意味である。この時
ルーシ人によって建国され「ルーシ・カガン国」の中心的都市であった。この都市は、
考古学調査により、860年代か870年代に火災によって焼失しておりその後再建された。
という。現実には、都市が開かれたのか正確には分かっていない。『原初年代記』では
854年か859年といわれている。862年 スウェーデン・ヴァイキング(ヴァリャーグ)の
ノルマン人・ルス族が首長リューリク(?〜879年)に率いられて ノヴゴロドを占領し
、スラヴ人を征服してロシア最初の国家を建設した。としている。リューイク朝を始め
たオレグ公は息子イーゴリによって建国となったが、その息子スヴャトスラフ1世が、
彼の父、キエフ大公一世であった。父の死後の 975年に、長兄ヤロポルクが、次男オレ
ーグと争い、殺害にい至った。これは、領地で言えばベラルーシとウクライナが戦う様
なものだった。しかし、戦火モスクワまで飛び、977年 ウラジーミルはスカンディナビ
ア半島、つまりアイスランド付近まで逃亡したのだ。37歳の時、ノルマン人であるバイ
キング(ヴァリャーグ)人と共に、兵を率いて帰還、ヤロポルクを破り、キエフ大公に
即位した。

100 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 09:36:07.21 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・65

 この奪還のキエフ進撃の途上で、他のヴァリャーグ系の国家であるポロツク公国など
を滅ぼし、ログヴォロド公と息子たちを殺害した上、かつて自身を「奴隷の子」と呼ん
で侮辱した公女ログネダを略奪して妻としている。さらに南方や北東地域にも進出して
キエフ大公国の領土を、父の代から倍増させた。981年にヴャチチ族、984年にラヂミチ
族を従属させた。このラヂミチ族らの地が、ウクライナ南部とされている。モスクワの
さらに東に位置するウラジーミルの町や、ヴォルィニ地方のウラジーミルは、彼が建設
したとされる。内政において、ノルマン系のルーシ族の植民を奨励する一方で 980年頃
、ルーシ族には、伝統的な異教信仰(ドイルド教)を基盤に据えた国制改革を行った。
とされる。伝統的なルーシの異教信仰に近隣諸民族の神を加えた大規模な祭祀を行った
が失敗した。ドルイド教については、英国、アイルランド、フランスにあたる地域に暮
らした古代ケルト人の宗教だった。ドルイドとは、その社会の有力な階級の人々の階級
名を付けてだけで、本来の名称ではない。彼らは、平和的な司祭だったのか、それとも
危険な預言者だったのか? 自然を崇拝していただけなのか、反乱を扇動したのか?
ドルイドについては、あまり多くのことはわかっていない。だからこそ、彼らに関して
さまざまな憶測がある。古代ケルト人は文字を持たなかったため、ドルイドについての
説明は、すべて外部の者、特にローマ人によるものだ。ドルイドという言葉も、予言や
儀式に携わる社会階級を指す古代ケルト語を表したラテン語、つまり古代ローマ人の、
言葉である。最も古いドルイドについての詳しい記述は、紀元前1世紀にさかのぼる。
しかし、ドルイドの特殊な役割が確立されたのは、それよりはるか前だった可能性が高
い。

101 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 10:42:23.25 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・66

 紀元前50年代、ローマがガリア(ドイツ・フランス)を侵攻した後、共和政ローマの
軍人で政治家のユリウス・カエサルは、ドルイドのことを「祭事に従事し、公的および
私的な生贄の儀式を行い、宗教に関するあらゆる物事を解釈する人々だ。」と書き残し
ている。彼らは天文学や教育、武勇に関心があり、神の恩恵を受けるために、仲間の、
ガリア人を生贄として捧げる習慣があった。とカエサルは述べている。更に編み細工で
作った巨大な人型の檻「ウィッカーマン」の中に生きている人間を閉じ込めて、火をつ
けた祭りを行っていた。という習慣があったようだ。17世紀に描かれた、巨大な人型の
檻「ウィッカーマン」が描かれている。ドルイド教が血を好む宗教とした 古代ローマ
人は、他にもいる。博物学者であり軍人の大プリニウスは、ドルイドがヤドリギと人間
の生贄の両方を神聖視しており、「人を殺すことは、最も信心深い行為であり、その肉
を食べることは、最高の健康の祝福を得ることだった。」と書き記した。さらに歴史家
で政治家のタキトゥスは、ウェールズでの戦いで、ドルイドが「祭壇に捕虜の血をかけ
て内臓を捧げ、神々に祈っていた。」と述べている。ドルイドは、宗教的指導のほか、
政治的指導、公私の争い事の調停と、ケルト社会に重要な役割を果たしていたとされる
。カエサルの『ガリア戦記』によれば、ドルイドの 社会的影響力はかなり大きかった
ようである。争い事の調停あるいは裁決をし、必要があれば当事者に賠償や罰金を課し
た。ドルイドの裁決を不服とした者は、社会的地位や信用を失った。ほかに、ドルイド
は兵役や納税を免除される特権的地位にあった。ドルイドが珍重したのはヤドリギの中
でもロブル(オーク)に寄生した物だけで、彼らはオークの森を聖なる地とした。彼ら
はヤドリギを飲み物にするとどんな動物も多産となり、あらゆる毒の解毒剤になると信
じた。近代になって発掘された古代ガリアの奉納物には、オークで作られた物が多い。
また、ドルイドが四葉のクローバーなどの希少な植物を崇拝していたということが伝え
られている。なお、神木の概念自体はケルト人に留まらず世界中に存在する。

102 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 11:19:20.28 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・67

 このバイキングが発展・発達したのは、幾つかの理由があったようだ。一つは、この
宗教の流れである。インド近郊のバビロン宗教の拝火教を、早くから受け入れ、多神教
を堅持していたのだ。拝火教=ゾロアスター教と捉えがちだが、ヒンズー教や仏教すら
内包するバラモン教である。狭義では入らないものの、バラモンカーストを取り入れて
、異教徒間の婚姻や仕来りを組入れないとした、今の世俗宗教のような様態のドイルド
教であったのだ。だから逆に、最下層の奴隷を拘束することなく一緒に暮らし、自分や
妻の性のはけ口まで相手させていた。この宗教や民族による階級は絶対であったようだ
。また夫が死んだら、妻も又葬られるか、集団を出るかが求められ、奴隷と共に集団か
ら離脱して行ったようだ。二つ目は金属の鉄の発見である。寒いスカンジナビアでは、
鉄鉱石は豊富であり、恐らく何かのきっかけで鉄器文化であり、探検やハンマーは世界
最古のものが出土している。三つ目は、硝酸ナトリウムの使用である。吊りがね茸を、
栽培し、それを小便で煮込んで日干しした。これは火打ち石の立派な導火線になった。
こうした事は、宗教的光の柱、善神群(アムシャ・スプンタ)と悪神群(ダエーワ)の
両勢が戦い、善の霊(知恵の主アフラ・マズダー)が生命・真理などを選び、それに対
してもう一方の対立霊(アンラ・マンユ)は死・虚偽を選ぶと言う、聖典『アヴェスタ
ー』教示とおなじで、多神教を基に、ザラスシュトラ(ゾロアスター、ツァラトゥスト
ラ)がアフラ・マズダーを信仰対象にゾロアスター教=拝火教=けん教のルーツである
。ストール(奴隷)社会であったが、アングロサクソン、ケルト人、スラブ人は、金で
売買した。しかし、食べる為にストールになったり、ストール身分の子供だったりする
。女性は比較的自由であり、それと共にあった身分で奴隷も自由だったと言える。主人
というのは戦士であらねばならず、戦士は剣を持ち戦士は壮麗な天国に行くと信じられ
ていた。日本で明治天皇が死んで、全国で100人以上が殉死したと言われるが、妻や
奴隷もそうした宗教観であったのだろう。

103 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 11:20:24.70 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・68

 元々、この宗教的国威発揚には無理があった。というのも、我々はいまでこそ簡単に
バイキングと称しているが、このバイキングには、サーミ人ノルド人エスキモー人更に
英国領のブリテン人と幾つもの人種がいた。だからこそ、ドルイド教の夏至の祭では、
犠牲の供物(くぶつ)として、人の血肉を捧げ、ドイルドを頂点としたピラミッド型の
カースト制を持っていたのだ。この事で平和が維持され、そこで人口爆発が起こり世界
に向けて、海商を行い海賊の様に見られたのである。複数の古典文献においてドルイド
が、人身御供の儀式に関わっていたことが記されてはいるものの。しかし、ドルイドが
自身の教義を残さなかった以上、人身御供の儀式を裏付ける考古学的な根拠を発見する
のは困難である。一見当時の生贄と思われる遺体が、多数発見されても、それが本当に
生贄なのか、罪人への処罰だったのか、判断するのは難しい。さらにいえば罪人の処罰
を 生贄の儀式に利用した可能性や、戦死などの理由で死亡した遺体を 宗教的儀式に
利用した可能性もある。今以てその真実や正体は不明のままなのである。アイルランド
のケルトでは、ガリアやブリタンニアには遅れるものの、4世紀末にオガム文字を使用
していたと言われる。ドルイドはケルト社会における知識層なので、当然、識字能力が
あったと言われる。更にこの宗教は男性だけの物だったらしい。又、戦争捕虜は彼らの
奴隷であった。ケルトとは古代ローマで「未知の人」を意味し、もともとは民族を示す
言葉ではない。多くはガリア人とされていた。つまり「敵対人種」と言う訳だ。ノルマ
ン・クエストでは、ケルト社会に於いて、奴隷は船の漕ぎ手や戦士として、欠かせない
存在だった。バイキング社会ではスレールと呼ばれる奴隷で、雑用全般をこなす家畜と
しての存在だった。それでも、一緒に家族の様に過ごし、一緒の食事をし、時には主人
や、妻の夜の相手もやっていて、言葉が繋がらない鎖もない緩い奴隷だったようだ。年
代記によれば、ルーシの戦争は、使者を多くの国々に送って「汝らと戦いたいと思う」
と告げ、従士団(ドルジーナ)を率いて、次々に国に侵攻したというので、常に戦国の
恐怖がある世界だったのだろう。

104 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 11:20:58.61 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・69

 こうして、リューリク王朝時代は、ウラジーミルが帝位についての数年後、キリスト
教導入を探り、国教をドイルド教的宗教儀式を残して、キリスト教に至る。それまでも
バイキングの奴隷集団からの革命軍だったので、キリスト教が無かった訳ではなかった
。が改めて、正式に洗礼を受ける事にしたのである。 ロシアの古典『原初年代記』に
よると、彼がギリシア正教会に改宗するには、いきさつがあった。ウラディミル公は、
始めは従来通り偶像を作り、生け贄をささげた生活だった。5人の妻と800人もの妾
がいた。伝統的ハーレム社会である。ハーレムは酒池肉林の世界に思われるが、実は大
きな嘘であり、意味は「特別の部屋」と言う意味で、ある意味江戸期の大奥と同じに、
王権継続の為に、妾を選ぶために作られた制度でセキュリティーの強い場所と言う意味
である。各国から貢がれる奴隷や王家の娘が、それなりに大事に生活させられていた。
イスラーム教を信仰するブルガール人が、イスラーム教を勧め「マホメットは、割礼を
せよ、豚肉を食べるな、酒を飲むな、その代わりに死後には、女たちと淫行をすること
が満足にできると言っています」と進言した。ウラディミルは淫行の話は、楽しげに聞
いていたが、「ルーシ人は、呑むことだけが楽しみなので、それなしではとても生きて
いけない。」と答え国教にする事を断った。また近郊の、ユダヤ人集団が来てユダヤ教
を勧めた。「我々の掟は、割礼をし、豚肉・兎肉を食べず、また安息日を守ることです
。」と言う。ウラディミルは、「お前たちの国はどこにあるのか。」と、訪ねると、「
イエルサレムにあります。しかし、我々の罪のために追い出され、今はキリスト教徒の
ものになっています。」との答えたと言われる。それを聞いたウラディミルは、「自分
たちの国を追い出されているのに、どうして自分の信仰を勧めることができるのだ。」
と問うて彼らを退けた。ウラディミルは、今度は家臣をギリシア人の所に送った。その
使いの者が言うには「コンスタンティノープルの教会は天上にいるような心地でした。
地上にはこれ以上の栄光も美しさもありません・・・」と報告した。

105 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 11:21:25.79 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・70

 ウラディミルは、987年、内訌(ないこう:内輪揉め)のため、助けを求めてきた
ビザンツ皇帝に、援軍を送ったが、その代償として皇帝の妹を妻にほしいと要求した。
皇帝は承諾したが、実行をしぶったと言う。そこで、ウラディミルはビザンツ領だった
クリミア半島の砦ケルソネソスを占領して、約束の履行を迫った。妹アンアは、いっそ
死んだ方がいいと抵抗したが、兄からビザンツ帝国を救うことになる。と説得されて、
泣く泣くウラディミルと結婚を承諾した。約束どおりにウラディミルはケルソネソスを
ビザンツ帝国に返還して、キエフに帰ってゆく。既にに10人の家来たちに各宗教を調査
させた報告を聞き、また祖母オリガの洗礼に続き、988年に 彼も洗礼を受けた。そして
異教の偶像を破壊するよう命じた。5人の妻と800人の妾との縁を切って、異教の神
々の偶像を川に投げ捨て、洗礼を受けた後に、新妻へのプレゼントとしての、家臣団や
その他を引き連れて、強制的にドニェプル川に連れて行き、集団で洗礼を受けさせた。
のである。こうして、10世紀末から11世紀初めのキエフ公国(キエフ=ルーシ)の
大公となり公国の領土を拡張し、ビザンツ帝国と結んでその皇女を后として迎え、ギリ
シア正教会に改宗した。ロシア国家発展の基礎を作った。ロシア語ではヴラジーミル、
ウラジミール、ウクライナ語ではヴォロディーミルなどとも表記する。キエフ大公は、
キエフ公国の領土拡大を進め、ビザンツ帝国の皇帝(マケドニア朝)バシレイオス2世
から、ブルガリア王国攻撃の支援を条件に、皇帝の妹アンナを妃とすることとなった。
ビザンツ皇帝と親戚関係となったウラディミル1世は、988年にギリシア正教に改宗
し、990年にはギリシア正教を国教とし、敬虔な信者となったのである。

106 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 11:26:17.49 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・71

 作家フョードル・ドストエフスキーによれは、西ローマ帝国、東ローマ帝国は信仰が
足りないために滅亡したが、聖ロシアは第三のローマ帝国とならなければならない。と
論じている。ドストエフスキーのこうした思想はドイツのドストエフスキー研究者への
、多大な影響を与え、ドイツでの『第三帝国』論が高まった。ナチス政権で国民啓蒙・
宣伝大臣を務めたヨーゼフ・ゲッベルスもドストエフスキーから深い影響を受けていた
。ヘンリック・イプセンは1873年の戯曲「皇帝とガリラヤ人」において、中世キリスト
教文明を「霊の帝国」、古代ギリシア思想文明を「肉の帝国」とし、この二つをあわせ
もった理想国家を「第三の帝国」と称したのであった。イプセンによれば、ヘレニズム
段階、キリスト教段階を総合する皇帝ユリアヌスにおいて実現される「貴族的人間」の
第三帝国が出現すると予言し、ドイツの劇作家・ナチ党政治家ディートリヒ・エッカー
トは、更にこのイプセンの影響を受ける。ドストエフスキーの第三帝国論は、単に昔の
ローマ帝国がキリリスト社会の第一帝国であり、ビザンチン帝国が、第二の継承帝国で
、だからロシアは第三の正統な継承帝国にあらねばならない。と、国民に敬虔な信者と
なる事を勧めただけの本だったのだが。影響を受けたドイツ保守革命の思想家ファン・
デン・ブルックは、1923年に著した『第三帝国論』を書き、第一のライヒである 神聖
ローマ帝国と、第二のライヒであるドイツ帝国の、正統性を受け継ぐ「第三のライヒ(
第三帝国)」の創設を唱えた。当時、ドイツ人の多く、特に右派はヴァイマル共和政を
正統な国家と見なしておらず、右派思想家達はドイツ帝国を継承する新たな「ライヒ」
の出現を期待していた。ライヒとは、ドイツ語で大きな領域を持つ国を表す。「国家」
を表す言葉として「シュタート」もあるがが、微妙に用法は異なって地域、や圏を意味
する。こうして東方生存圏や、シュリーフェン・プランなど影響を与えた。

107 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 11:29:10.12 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・72

 ファン・デン・ブルックの著書は民族共同体を破壊する自由主義への大きな嫌悪があ
り、政治指導者による独裁の「指導者原理」など後のナチズムと共通する部分が多い。
ナチ党自体はファン・デン・ブルックの「第三帝国」とナチ党の「第三帝国」は無関係
であるとしている。メラーの「第三帝国論」の理念は、結局のところ神秘的で漠然とし
た思想であり、メラー自身、こうした第三帝国の曖昧な思想は問題的である。と感じて
いた。彼によれば、この思想は「不思議な雲のごときもの」であり、全く彼岸の存在で
あった。と書く。テオドシウスの死後、ローマ帝国は東西に分裂し、コンスタンティノ
ープルを首都とする東ローマ帝国は、のちにビザンツ帝国と呼ばれたキリスト国教の、
大帝国であったのには違いないが、西ローマ帝国が、宿敵ゲルマン人の侵入によって、
ボロボロになった過去を忘れた論拠である。さらに 451年にはアッティラ率いるフン族
が西ローマ帝国に侵入し、フン族とは宿敵だったゲルマン民族の西ゴートの助けを借り
て、かろうじて退けますが、西ローマ帝国は瀕死状態となり、東ローマも同じ運命を、
歩いている。古代ローマ、特に共和政ローマ時代に 地中海全体を支配するローマも、
はじめは小さな都市国家で、巨大帝国に成長した理由を、イスラムなどなかった頃に、
さもイスラム社会を排除して出来上がった様に語り、ビザンチン帝国もフン族の襲撃の
前に、既にオスマン帝国に圧迫されて、領土の大半を失っていた。ビザンツ帝国の生き
残りがニケーア帝国を建国しラテン帝国に抵抗し1261年にラテン帝国を滅ぼし、ビザン
ツ帝国を復興させたが。しかし、このころ小アジアでは新興勢力であるオスマン帝国が
力を増し、十字軍を西ヨーロッパから呼び込んでも、イスラーム勢力を食い止めること
は不可能で、それどころか、味方の筈の、1204年の第四次十字軍は帝国首都のコンスタ
ンティノープルを占拠しラテン帝国を立てて滅ぼしたのである。つまりキリスト教信者
やロシア正教会などは、醜悪な教示によって、仲間から滅ばされた歴史を学んでいない

108 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 16:21:26.50 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・73

 ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、ピョートル1世(ピョートル大帝)が大
好きで、崇敬し崇拝しているようだ。しかし、プーチン氏は今、その「偉大さ」を自分
自身にも見出している。としたら、その悪を知らせるべきだろう。公然と、自分を皇帝
ピョートル1世になぞらえ、現在のウクライナ侵攻を 約300年前の膨張主義と同一視し
、この戦争は領土収奪のためのものだと、これまでで、最もはっきり認めた。とされる
。ピョートル1世時代は、17世紀末〜18世紀で、ロシア皇帝で、ロシア近代化幕開けに
失敗した大帝である。確かに、ロシアをヨーロッパ列強の一員に押し上げ、スウェーデ
ンからバルト海海域世界の覇権を奪取して、バルト海交易ルートを確保し、黒海海域を
ロシアの影響下に置くことを目標とした。しかし、これらを達成するために治世の半ば
を捨てて、大北方戦争に費やし、戦争遂行するため行政改革、海軍創設を断行。さらに
貴族に国家奉仕義務を負わせ、正教会を国家の管理下に据え、帝国における全勢力を、
自分の下に一元化した。大国化を推進し大北方戦争でスウェーデンと長年にわたり領土
戦争を繰り広げた。闘う相手は、英仏列強と手を組んだオスマン帝国だが、1699年カル
ロヴィッツ条約を締結して大トルコ戦争を終結させた。すると今度はスエーデン側の、
フランスカール12世である。兵を解体して国内を固め、ポーランド及び、デンマーク=
ノルウェーと交渉を重ね、対スウェーデン戦争に向けて準備を整えて行き、ロシア領に
侵攻したスエーデン王と大祖国戦争とされる、大北方戦争を行った。ところが、惨敗に
継ぐ惨敗で、敗走してモスクワに立て籠る事を決め、敗走時は、殆どの村と農民を虐殺
と火で、焦土作戦をした。追いかけるスエーデン軍は、食糧・水さえままならず餓死と
病死が蔓延した。その為双方共に半数以上が病死して、飢えて死んで行く者も多数であ
った。奇跡的に助かったのは、モスクワ以北もしくは東が遊牧民のツングースの森であ
った事で、密かに食糧調達が出来たと言われている。

109 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 16:21:58.78 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・74

 帝国づくりを目指すプーチン氏の、このあからさまな野望は、ウクライナには凶報だ
し、他の近隣諸国にとっても不穏な、大きな迷惑な話だ。エストニアは、プーチン氏の
発言を「全く受け入れられない。」と述べて、大いに危険視して批判している。プーチ
ン大統領が、ピョートル大帝に言及したのは、若い起業家や科学者との集まりだった。
大統領は、この場でITやテクノロジーの発展について言及する前に、政治と、権力に
ついて、地政学的な支配をめぐる 新たな戦いについて語った。そして、その中で、ピ
ョートル大帝がロールモデル(模範)だ。と述べたのだった。のである。プーチン氏は
18世紀の大北方戦争を取り上げ、「皆さんは、ピョートル大帝はスウェーデンと戦い、
土地を奪ったのだ。と、考えているかもしれない。」と語った。だが、その地域には、
何世紀にもわたって、スラヴ系民族が住んでいた。と主張し、「大帝は何も奪っていな
い。奪い返したのだ!」と続けたのである。その上で、「今の私たちにも、奪い返して
強化する責任がある。」と述べて、にやりと笑った。と言ってもいいような表情だった
。現在の、ウクライナ情勢とウクライナでの目標に、言及した発言だというのは、疑い
ようもない発言である。ロシアは拡大することで強くなったと、ピョートル大帝の治世
は証明している。少なくともプーチン氏は、そう示唆したのだ。プーチン氏は、最近、
ロシアの過去を引き合いに出すことが多い。それは常に、自分が掲げる今の大義に見合
うよう、内容を慎重に取捨選択したものになっている。大統領は、ウクライナ侵攻の、
数ヶ月前には 長大な文章を書き上げて発表している。その主な内容は、ウクライナに
歴史的に存在する権利などないのだ。といういう、極めて高慢な強権の論考だったのだ
。02月24日に隣国への侵攻を開始した当初、プーチンはその前に海外の記者団の、ウク
ライナへの、軍事侵攻を行いますか。との問いに、「ない。ない。全くやるつもりも、
計画もない。」と虚偽の主張をした。そうした中でも、既にウクライナ占領を狙う為に
ベラルーシの合同軍事演習後に「極秘裏」に、弾すら不足の疲弊兵員や戦車を侵攻させ
いた。

110 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 16:22:38.47 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・75

 その後、開戦があからさまのなった後でも、プーチン氏は、これは「特別作戦だ。」
と虚偽の主張をした。ウクライナを「脱ナチス化」させ、ロシアへの脅威を減らすため
、ドンバス東部に限定した作戦なのだ。と声明を発している。しかしその実、大統領が
そう口にしている間にも、ロシア軍は、ウクライナの首都キーウへ進み、ロケット弾を
無作為に打ち込んでいた。さらに西の土地を爆撃していて、それから 僅か100日後には
、ウクライナの領土の5分の1が、方々でロシア軍の占領下に入り、各地で傀儡(かい
らい)政権を打ち立て、当局がロシアへの編入を求める、住民投票を呼び掛けている。
そして、プーチン氏は今や、「作戦」は実は占領なのだ。と認められるほど大胆になっ
ている。さらには、ロシア軍が、ウクライナで自国領を、作り出そうと戦っている現実
を、なし崩し的に西側諸国が最終的には受け入れるはずだ。と信じてやまない様子だ。
プーチン氏は、ピョートル大帝が、サンクトペテルブルクに、ロシアの新しい首都を置
いた時、その領有権を認めた国は、「欧州にひとつもなかった」と指摘した。だが今は
、誰もがサンクトペテルブルクをロシアだと認めている。こうしたプーチン氏の発言は
、バルト諸国もざわついた。エストニアの外務省はロシア大使を呼び出し、プーチン氏
がピョートル大帝の、ナルヴァ(エストニアの都市)侵攻を「ロシアによる領土の奪還
と強化」と述べたことに、抗議した。プーチン氏はしばしば、自分に都合良く、歴史に
言及する。ピョートル大帝は、非情な専制君主だったが、同時に西側諸国の考え方や、
科学、文化を敬愛していた。ヨーロッパを眺めるための「窓」としての、サンクトペテ
ルブルク建設を行ったのは有名で、ロシア近代化のための知識を希求して、欧州大陸の
各地を旅し続けて学習し、自国の遅れを思い知ったからであった。しかし、今回は、全
く逆で、ロシアから欧州を眺めるための「窓」を、徐々に閉ざし、抑圧の度合いを増し
続けている。

111 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 16:27:08.84 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・76

 プーチン氏の旧ソ体制回顧の抑圧的な支配が理想であろうし、ウクライナ侵攻でその
「窓」はぴしゃりと閉ざされてしまった。かつて、ピョートル大帝がそうしたように、
プーチン大統領が、知識やひらめきを求めてオランダや英グリニッジを訪れるなど、今
では、国際的犯罪人になり、到底不可能に思える。先の会合でプーチン氏が若い起業家
たちに、18世紀の本物のツァーリ(ロシア皇帝)について講義している間、その背後に
は「未来」「自信」「勝利」といった文字が次々と映し出された。ロシアは、西側諸国
の、怒号の非難と制裁を前に、断固として対決姿勢を示している。プーチン氏自身も、
苦境に立たされている。というよりはむしろ、すっかり、この狂気の殺人対決に喜々と
挑み、リラックスしているように見える。しかし、ここにもう一つ、歴史から学ぶべき
ことがあるかもしれない。ピョートル大帝は確かに最終的に、バルト地域や黒海につな
がるアゾフを占領した。しかし、そのための大北方戦争でロシアは21年間、戦い続けた
のだし、その後の疫病で、カール大帝のスエーデン軍は南下し続け、オスマン軍の中に
消えて行くが、同時に、ロシア国内の住民も7割が黒死病で、死んで行ったのである。
更に、ロシアは虚を突きリトアニアに進軍し退去するのだが、その通った後の村は焼か
れ惨殺され、焦土作戦で100%廃村になって行っていて、大きな恨みを買って籠城に
なっているのだ。元々ツァーリとは名ばかりで、幼帝で内容はナルイシキン一族の政権
であったので、欧州の旅が出来ていた。露土戦争の一環としてオスマン帝国の従属国で
あったクリミア・ハン国に対して、くびきが取れず1687年と1689年に行われたクリミア
遠征は失敗し、不満が高まり、ピョートル成長でもナルイシキン家に親政を頼んでいた
。ソフィアの摂政政府と対立、ピョートルは聖セルギイ大修道院への避難し、1689年、
中国大陸を統治していた清の画定したネルチンスク条約締結によって、姉ソフィアは、
官僚、軍人、教会の支持を失い放り出され、ピョートルへ政府を明け渡たされた状況が
あったのだ。

112 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 17:43:21.48 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・77

 ロシア人もよーく考えるべきだ。そもそもが、かつては、バルカンの荒野は、欧州の
開拓民にも、北方の遊牧民にも、スラブの支配者にも、平和な時代には、ちゃんと食卓
を賑やかにしてくれたはずだ。わざわざ領土争いしなかったらオーストリア=ハンガリ
ー帝国のままで、今の東欧体制の様な事だったのだ。皇位継承者のフランツ・フェルデ
ィナント大公を暗殺して、第一次世界大戦の引き金となるサラエボ事件を起こした理由
は、圧政でも、憎しみでもなかった。唯々セルビア正教会主教の愛国心の教えである。
これで起こった事が、ドイツの擁護干渉とロシアの強がりである。結果、今の独立した
東欧の諸国もウクライナも、ベラルーシも実は領土として捨てているのだ。そしてソ連
邦が出来たものの、結局は100年も保たずに終わった。第一次大戦であれだけ残虐に
人殺しの戦争しても、結果はプレスト=リトフスクでの講和交渉で、01月19日にドイツ
が起こした最終要求として、ポーランド、リトアニア、西ラトビアを放棄するよう求め
られ、ロシア代表レフ・トロツキーは講和交渉の一時中断を求めながらも了承されて、
。ペトログラードで交渉を提案したトロツキーに対し、政府と中央委員会は、西欧での
プロレタリアート蜂起を期待して提案を受け入れたのである。こうして非ボルシェヴィ
キのウクライナ中央ラーダはウクライナの独立を宣言し、中央同盟国がウクライナ人民
共和国と単独講和したブレスト=リトフスク条約によって、ロシアは次々と領土は失い
存続したのである。つまり、もともと、超大国にならずに緩やかな連帯によって、進展
していたなら、もっと発展しもっと強大国になっていたのである。技術も発展も国民の
幸福な生活を奪っての覇権国家の地位が、果たしてどこに価値があるのだろうか。

113 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 17:43:48.78 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・78

 この現実を見せていたのが、日本の歴史である。元々日本は、独自文化を持ち独自の
外交と独自の経済があって、大陸進出などには、興味はなく、唯々朝鮮半島からの中華
や共産の進出を恐れて、日本の文化ないし、生活の毀損に慄いていた。しかし朝鮮半島
は、三国干渉でも見るように、何回も自立を促しても自立しなくて、宗主国中国やら、
南下政策のロシアに同化され恥辱され、他の西洋諸国に侮辱される有様だった。ある時
大きく世界情勢が動き、日本は大陸に橋頭堡を築き、そして中国に駐留し、大陸に国を
創ることまで至った。それでも、実際の内情は、アメリカや西洋世界に対立するなどは
、毛頭なく、軍縮交渉にも素直に応じている。ところが、戦争の悲惨さや巨額の出費も
ものともせず民衆の勇ましい愛国心と軍部応援の声があがる。折しも技術革新の新石油
世界が訪れてきていた時代で、資源需要に南方進出するのに英米は拒否した。つまり、
南半球の、国連委託の南洋諸島から、ベルサユ条約規定のミャンマーまでを、日本領域
としてあったので、その確保に動いた。しかし、結果は敗戦国として第二次対戦前の、
朝鮮半島も台湾島も、千島列島も樺太も、極東の共同統治権の ウラジオストックも、
満州国も、民間のフィリッピンやタイなどのバナナ農園なども、みんな失ってしまって
、明治以下の、小さな島国となって、開国以来の独立自治や国連常任理事国の席すら、
失ってしまったのである。しかし、そうしたおかげで、ベトナム戦争の出兵もなく中東
戦争のしがらみもなく、国際協調のみ専念すれば、国内に規制も敷かずに発展したのだ
。それは、中国や韓国も同じで、北朝鮮やロシアの様に 反抗と闘争心では国は発展は
おろか、衰退するのみなのである。イランも米国も、全く同じなのである。

114 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 17:57:21.79 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・79

 この愛国心と言う問題は、中東の贋ユダヤ問題に、大きくあって、いわゆる母国回帰
のユダヤのシオニズム運動などは、世界はかなりに懐疑的である。アラブ世界などでは
特に、反シオニズム主義者、反ユダヤ主義者たちの間における、ユダヤへの拒否やこの
理論への支持は高い。こうした賛同者たちの議論では、もしも、アシュケナジーたちが
、かつてのハザール人であってセム系の起源を持たないのであれば、イスラエルの歴史
的権利もなくなるし、パレスチナ人への暴虐は 更に罪が深い神への反逆である。神に
よる聖書や、クルアーンに見えるイスラエル人への、カナンの地の約束の主体でもなく
ただ語られる物語でしかないからだ。それゆえ、宗教的シオニストとキリスト教シオニ
ストの、双方の理論的基盤は、簡単に母国だからと言う主張は、葬りさられるという。
1970年代〜80年代において、ハザール人理論は、ロシアの排外的反ユダヤ主義者たちに
まで広がり、とくに歴史家レフ・グミリョフは「ユダヤ系ハザール人」を、7世紀以来
、ロシアの発展を繰り返し妨害してきた精神として描き出している。バーナード・ルイ
スは1999年に述べている。「この理論では、いかなる証拠からも 支持されていない。
根拠ない主張であって、専門分野において、すべてのまじめな学者たちから放棄されて
久しい。それは、ハザール人理論が、ときおり、政治的な論争において 用いられてき
たアラブ諸国においても、全く同じである。アシュケナジーのユダヤ人の全体が、必ず
ハザール人の子孫に違いない。と主張するのは、まさに荒唐無稽な証拠も事実もない。
この中断のない系譜を、無批判に主張することであり、ザンドは、ユダヤ人の歴史の、
より広い文脈にこのんで逆らおうとしている。」と。つまりユダヤ人特有の詐欺行為と
断罪されてしかるべきで、ドイツの避難民としての哀れさと、正統なユダヤ人で母国だ
とイスラエルでパレスチナ人を排除してる事は、全く相容れない様態である。

115 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 21:11:35.14 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・80

 当初からキエフ府主教座は、北東ルーシをも管轄していた。キエフ・ルーシ時代での
正教会とロシア正教会の歴史とは、いびつな関係を維持して来た。この2つの正教会の
間にどこまで連続性を認めるかは難しい。キブチャク・ハン国の下で栄えたロシア正教
と、純真に正統な総主教が移転する前から、ずっーと成立しハーリチ・ボォルニチ公国
の独立を支え闘ってきたリトアニア・ポーランド王国の末裔としてのウクライナ国民。
なかなかの議論となり、決着はつかない。これは特にウクライナにおいて、政治的立場
と相俟って熱い論争となる歴史認識問題である。3世紀までは、ルーシの一体性が崩れ
去ることを恐れたために、避けるための効果的な対策を打ってきたコンスタンティノー
プル総主教庁も、14世紀頃には、政策の一貫性を欠き、ルーシに関する裁定は、およそ
玉虫色のものとなっていき、場合によってはリトアニアとの妥協も行うことがあった。
1543年に、プロテスタント運動の創始者の一人であるマルティン・ルターが、著書で『
ユダヤ人と彼らの嘘について』においてを書き、ユダヤ人への 激しい迫害及び暴力を
理論化し 熱心に提唱した。17世紀ウクライナ・コサックのフメリニツキーの乱で起こ
ったポグロムはその犠牲者の数で最悪のものとなったのだが、ここで唱えられたユダヤ
の悪質論は徘徊する。1795年の、第三次ポーランド分割によりポーランド・リトアニア
共和国は、完全に消滅してしまい、その東部(旧リトアニア公国領)がロシアに併合さ
れた。もはや、この消滅したポーランド国家による庇護を受けることができなくなった
のである。ポーランドやリトアニアのユダヤ人達は、ハプスブルク家を頼って、庇護を
求めて、交渉に行ったが、ウクライナ人・ベラルーシ人には この単独行動では裏切り
行為と受け取られたのだった。1819年、ドイツのヴュルツブルクでポグロムが発生する
と瞬く間にドイツ文化圏の全域に大規模な反ユダヤ暴動が広まった(ヘプヘプ・ポグロ
ム。

116 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/03/31(金) 21:12:11.58 ID:dSQrWbk1u
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・81

 しかし、基本的にこうしたポグロムは、なにもユダヤ人に限ったものではない。ロマ
人やロマニー人キンシャ人と、食べる為に、旅しながら芸や技術を売って暮らしてた、
ボヘミアン達の全てであった。1821年以降から、1905年まで複数回、波の様にその流行
は襲ってくる。ロシアのオデッサで勃発した(オデッサ・ポグロム)に至っては、酷い
物であった猟師の手伝い者が多くいたからだ。19世紀後半に、主に、旧リトアニア公国
の領域(ベラルーシ・ウクライナ・モルドヴァ)などで、ウクライナ人・ベラルーシ人
の農奴に、コサックの一揆がユダヤ人を相手にし襲撃を巻きおこしている事になった。
不作による借金の多くを、貸し付けていたからだ。1881年に、アレクサンドル2世が、
暗殺されると、ロシア各地で 反ユダヤ主義のポグロム(1881年〜1884年)が続けて起
きる。先のコサックの借金帳消しに味をしめて噂が流れ、誰も正義を行おうとする取締
りが無かったからだ。そもそもが、このポグロムを起こしているのが地主であり貴族の
官僚であり、税金の徴収官であったからだ。このポグロムは数年に渡たって続き、大き
く多くなり主に、ユダヤ系の町人、商人などの下層民が被害にあう事になっていく。後
には、ロシア帝国をはじめ、各国でのユダヤ人殺戮のポグロムが盛んに行われた。帝政
ロシアの政府は、この社会的な不満の解決をユダヤ人排斥主義に誘導したからだ。そこ
で大きく助長されることになる。1903年から1906年にかけての、度重なるユダヤ人襲撃
はユダヤ人の国外脱出の引きがねとなるが、これがシオニズム主義の大運動を招くこと
になった。第二次世界大戦で、ポーランド東北部の村落を中心にユダヤ人がソ連および
赤軍と密通している。との声がフェイクニュースとなって、大きく疑いを掛けられて、
時にはポーランド人やウクライナ人などを標的に、ナチス・ドイツの支配下に置かれた
民族の手によってポグロムが起こされた。その代表的なものに、イェドヴァブネ事件が
挙げられる。数百人のユダヤ教村人たちが、近隣のキリスト教徒に惨殺されたのである
。ユダヤ教徒の住民の一部は、実際にソ連側と密通しスパイをていたとされているが、
罪のない住民も同様の疑いを掛けられて、レッテルが独り歩きし巻き添えとなった。

117 :アポーン王子:2023/04/07(金) 20:02:34.75 ID:KzMXWcQC8
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・83

 SpaceKnowは、正体不明船を特定した後、「ノルドストリーム」のガス漏れについて
調査を続けている北大西洋条約機構(NATO)の当局者らに対し、すぐにその旨を 報告
した。ジャヴォルニキーによると、NATOの当局者らはSpaceKnowに対し、さらなる情報
の提供を求めたという。NATOの報道官は、NATOは 「機構からの支援や情報源について
の詳細」についてはコメントできないとしている。その上で、NATO は今回の事象が、
「意図的かつ無責任な破壊行為」だった。と考えていると説明し、バルト海と北海に、
さらに積極的に部隊を展開していることを、認めるにとどめた。一方で、公に話す権限
のない、NATO当局者のひとりは、取材に対し、NATO が SpaceKnow データを受け取った
ことを認めた上で、NATO による調査では衛星画像が役立つ可能性がある。と 説明して
いる。ジャヴォルニキーによると、SpaceKnow は、問題の海域の90日分の衛星画像の、
アーカイブを精査したという。SpaceKnow は、有料か無料かを問わず複数の衛星システ
ムからの画像を分析し、機械学習を用いて、写っている物体を検出している。例えば、
道路や建物、風景の変化などをモニタリングできるわけだ。「わたしたちには軍事装備
の検出に特化した38種類のアルゴリズムがあります」と、ジャヴォルニキーは説明する
。SpaceKnow のシステムなら、滑走路上の航空機の具体的なモデルまで識別できる。と
いう。識別装置を切っていた大型船2隻の存在・・・

118 :アポーン王子:2023/04/07(金) 20:03:04.87 ID:KzMXWcQC8
4月2日、ロシア西部にあるサンク
トペテルブルクのカフェで爆発があり、ロシアのウクライナ侵略を支持する、評論家・
マクシム・フォミン氏が死亡、30人以上が負傷するテロが発生した。テロ当日の様子は
、当日会場にいた人物が撮影していた動画に収められており、SNS で拡散している。フ
ォミン氏が登壇する集会で、1人の女性が、フォミン氏をモデルにした。という像を、
プレゼント。これに喜んだフォミン氏は、近くに座るよう声をかけたが、女性は拒否。
その5分後に、胸像が爆発した。しかしこのフォミン氏はユーチューバ的記者で巧妙な
ロシア批判者でもある。ウクライナにとっては、正義の思考の擁護者的で損失だろう。
どうも解らんのは、「ロシア国民共和国軍」「ロシア義勇軍」「ロシアの正義」「ナワ
ルヌイ帝国解放軍」「ロシアQアノン」戦争推進団体「サイバーフロントZ」と不明
だらけだ。

119 :アポーン王子:2023/04/08(土) 01:55:37.82 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・84

 SpaceKnow は問題の海域のアーカイブ画像を収集し、ガス漏れ地点を取り囲むように
多角形の区画を設定した。最小の区画は400平方メートルほどで、爆発が発生した まさ
にその地点に設定されている。さらに数キロメートルにわたって関心領域が設定された
。これにより SpaceKnowは、「貨物船からより大型の多目的船」まで25隻が、爆発まで
の数週間でこの海域を、通過していたことを検出したという。これらのうち合計23隻は
、自動船舶識別装置(AIS)のトランスポンダー(無線中継機)が オンになっていた。
ところが、残り2隻は、AIS のデータを切った状態であり、ガス漏れが検知される直前
の数日に、問題の海域を通過していた。大型船は AISを取り付けて、使用することが、
国際法により義務づけられている。このように船舶をトラッキングするシステムが生み
出されたのは、船舶による航行を助けるための事だ。そして、船舶同士の衝突の危険を
回避する。AIS はオンになると、船舶の名称や位置情報、進行方向、速度、そして、そ
の他の情報を発信する。船舶が AIS の トランスポンダーをオフにすることは、比較的
珍しい事になる。「正体不明」となっている船舶では、違法な漁業を手がけているので
はないか、と憶測を呼ぶからだ。または現代の“奴隷船”ではないかと疑われることも
多く、実際に欧州の当局者は、AIS のトランスポンダーをオフにしていたと考えられる
船舶を、調査していたことがある。「(AISをオフにする行為は)一般的ではありません
。オフにしたとすれば、秘密の軍事作戦に関与している船か、何らかの 秘密の目的を
もった船でしょう。なぜなら、バルト海は商業船の数は世界で最も船が多い海域の一つ
で、大変な危険な事なのですから」とバルト海域で活動しているNGO「Baltic Security
 Foundation」のディレクターのオットー・タブンスは指摘する。難民船が小さな ゴム
ボートにひしめき合ってやって来るのには、こうした事情があるからだ。

120 :アポーン王子:2023/04/08(土) 01:56:28.82 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・85

 タブンスによると、バルト海には船舶の航路となる複数の「海の大通り」が設定され
ていると言う。この海域を通る船は、AIS のトラッカーをオンにすることが「責任ある
行為だ。」という。船舶同士が衝突すると死者が出たり、環境に大きなダメージが生じ
たりする可能性があるからだ。「(バルト)海には、大型船が航行できない場所は、け
っこうたくさんあります。」と、タブンスは言う。「それに、第二次世界大戦の遺構や
沈没船があるので、船舶の航行が推奨されない場所や禁止されている場所もあります。
」バルト海の海底には、かつての戦争のときの潜水艦や弾薬が、あちこちに眠っている
のである。また、仮に AIS が オフになっている船舶でも、SpaceKnow は衛星からの、
合成開口レーダー(SAR)の 画像を使って検出できる。地球を観測しているほとんどの
衛星は、地球から放たれる光を写真に収める。これに対して SAR のように、衛星から
発した電磁波を、地球に反射させて画像化するシステムでは、画像は雲さえ透けて観れ
るのだ。プリマス海洋研究所のアンドレイ・クレキンは、SAR 技術は船舶の検出に役立
つことがあると言う。なぜなら、金属からの反射を捉えることができるからだ。「船舶
は SAR 画像では明るい物体として写ります。」と、クレキンは説明する。クレキンは
沿岸地帯や大洋の色彩を研究し、衛星画像の分析を通して海の物体を検出する取り組み
の経験もある人物だ。クレキンによると、SAR の画像からは、船舶の緯度と経度を特定
するだけでなく、進行方向や潜在的には推定速度まで割り出せる。という「SAR が光学
センサーより優れている主な点として、電磁波は雲を通り抜けられることが挙げられま
す。」と胸を張る。SAR の画像は天候に左右されることが少なく、夜でも撮影が可能だ
。「船舶をSARのセンサーから隠すことはかなり困難なのです」

121 :アポーン王子:2023/04/08(土) 01:56:51.77 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・86

 今回の取材で、『WIRED』が提供を受けた 正体不明船 の SAR 画像では、ノルドス
トリーム2の爆発地点から、そう遠くない位置に複数の明るい船影が確認できている。
「わたしたちは、これは当社が検出した2隻の正体不明船のうちの1隻だったと考えて
いるが、一切の断定は避けています。」と、SpaceKnow の、ジャヴォルニキーは言う。
現場で何が起きたのか、誰が黒幕なのかを特定することにhは、SpaceKnowは踏み込んで
いかないのだ。単に当局にデータを提出しただけである。と、ジャヴォルニキーは説明
した。プリマス海洋研究所のクレキンによると、船舶に搭載された AIS システムは 故
障することもあるので、早計な判断は避けるべきであるという。AIS から衛星や地上の
受信機への通信が途絶えてしまうこともあるといい、信号が天候の影響を受ける可能性
もあるとクレキンは付け加える。つまり、短なる誤作動や作動ミスも考えられるという
ことである「SAR の画像で船影が見えても AIS のシステムで 報告されていない場合、
その船舶に何か怪しい点があることを、必ずしも意味するわけではありません。」と、
クレキンは念を指す。また、AIS のトランスポンダーからの信号は、改ざんすることも
できる。実際に戦艦の AIS データが 書き換えられたこともあり、ロシアや、黒海周辺
では過去数年でトラッカーが船舶を検出できなくなった事例もある。という。ノルドス
トリームでの爆発に関しては、複数の調査が進行している。しかし、何が起きたのか、
全貌が明らかになるには、少し時間がかかる可能性がある。コペンハーゲン警察による
と、初期段階の調査によって「強力な爆発」がパイプラインに「広範な損傷」を与えた
ことが判明したという。パイプラインの爆発箇所の付近で撮影された画像からは、爆発
によって少なくとも50mのパイプラインが破壊されたらしいことがうかがえる。

122 :アポーン王子:2023/04/08(土) 01:57:14.83 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・87

 スウェーデンの公安機関である国家安全警察はメールでの取材に対し、捜査の内容は
「秘密」であり、どんな調査を進めているのか、衛星データを調査しているかどうかは
明かせないとしている。だが、国家安全警察の報道官によると、ノルドストリーム1と
2のパイプラインの、両方に関して、国家安全警察では「大規模な破壊行為についての
犯罪捜査」を実施しているという。「現場の調査でも特定の押収物があり、分析を進め
ているところです。」と、報道官は説明している。国家安全警察では、一般に公開され
た「複数の声明」において、パイプラインでは爆発が起きたこと、そしてスウェーデン
軍が捜査に加わっていること、を認めている。このように今回の事象についての調査は
進められているものの、調査を進めている国同士での連携には問題があるように見受け
られる。このため、調査が遅れる可能性もある。スウェーデンは、ドイツとデンマーク
の捜査当局と協力していると発表しているが、捜査を指揮する当局者は合同捜査の実施
案を拒否している。Baltic Security Foundationのタブンスは今回の事象を受けて、特
にスウェーデンとフィンランドが、NATOへの加盟を申請していることからも、国同士で
より優れた情報共有の仕組みを 構築する動きが出ることを望んでいる。という。タブ
ンスによると、それぞれの国にはそれぞれの情報の分類レベルがあり、それぞれの情報
の収集システムがあり、こうしたものは、国同士で互換性がないことが、しばしば起こ
る事ある。だが、今回の事象を受けて各国は「それぞれの既存の国内システムを統合し
、リアルタイムに情報を共有できるようにして、どんな対応でも可能にすべき」である
と、タブンスは指摘する。ノルドストリームは、欧州のバルト海の下をロシアからドイ
ツまで走る「海底天然ガスパイプライン」のシステムで、ロシアの企業が運営している
。それぞれ2本のパイプラインからなる「ノルドストリーム1」と 「ノルドストリーム
2」からなります。

123 :アポーン王子:2023/04/08(土) 01:57:43.58 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・88

 ノルドストリーム1は2012年に全面開通し、年間総ガス容量は550億m3を供給してきま
した。但し、欧米諸国のロシア制裁に反発し、ロシアはノルドストリーム1によるガス
供給を大幅に削減して、保守点検を理由として8月に停止した状態となっていました。
ノルドストリーム2についても、2021年9月に全面開通したものの、ウクライナ侵攻を受
けて、ドイツが、2022年2月22日にノルドストリーム2の認証作業を停止したため、稼働
していません。ノルドストリームの建設に当たっては、EUの盟主ドイツがシュレッダ
ー、メルケル政権時に価値観の違うロシアに、安全保障上の問題があるとの国内外の声
を抑えて、あえて ロシアのエネルギー依存に大きく舵を切った。という経緯がある。
何故か。じつは、プーチンは価値観が違ったが、ロシア国民は既にヨーロッパの一部と
して人的交流も深め、東ドイツの苦悩と同じ様態を成し、価値観の共有は成していたの
であった。後は田舎の商店と同じに、買う方も売る方も商売が途切れて事を心配させ、
NATOやEUの仲間に採り込んでそうした絆で平和を維持する。それが未来ある世界
。と言う物だ。と確信をもっていたのである。決して疑心暗鬼を生じさせ戦争させては
いけない。そういう固い意思がそこにあった。そこにトランプは、米国のDSお決まり
の、「エネルギーを乗っ取られるぞ。アメリカは応援しないぞ。反対だ。」と脅しを入
れた。トランプお得意のディール(取引)である。当初は「エネルギー全部取り入れ訳
じゃない。他の資源をアメリカだって買っているでしょ。」と言うものの、議論は白熱
し罵り会いに近い形で、「ドイツの事はドイツで決める。どうせ自国のガスを売りたい
んでしょ。ロシアから買おうが、米国から買おうが同じなのよドイツにとっては、内政
干渉しないで頂戴。」と言い出し、「まあまあ、お互いそう興奮せず、此処は西側会議
なんだから。」と、安倍晋三が仲に入った。とされている。

124 :アポーン王子:2023/04/08(土) 02:14:16.06 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・89

 2022年09月26日午後、バルト海のボーンホルム島近くの パイプラインでガス漏れが
発生し、海面上に大量のガスが漏出した。ノルドストリーム1と2の計4本のパイプラ
インのうち3本が損壊し、現場では地震学者によって爆発が観測されており、何者かに
よる破壊工作の可能性が疑われている。調査したスウェーデンによれば、パイプライン
2本の損壊は「爆発」で生じたもので、「重大な破壊工作への疑いが強い」とされてい
る。破壊工作により、最大の損失を被り、なんの利益もないドイツを初めとする、EU
諸国は混迷の度を深めた、まず5つの犯人説について考える。
1、ロシア犯人説
 ドイツなどEU諸国は、今後冬になり、さらに天然ガスの供給が必要な時期である、
これを狙って、ガス高騰を狙って、ロシアが破壊工作をしたという説が、まず浮上した
。理由は、@工作を仕掛けられる能力を持つ。A電気代が値上がって冬場が近づけば、
欧州諸国の住民は苦境に陥り、Aロシアを経済的に孤立させる西側の戦略に異議を唱え
始めるはず。⇒ウクライナ支援で欧州諸国が背負う負担が大きくなることを狙う。これ
までも、こうした嫌がらせや、似たような脅迫は行われていた。とするものだ。しかし
、こんな金を掛けずとも、インフラに損害を与えず、ガスの供給をストップさせるだけ
で事は足りる。さらに、わざわざ、数十億ドル規模の自国の資産を破壊することになる
。又、ここで永久に供給網がストップすれば、EUやドイツへの交渉手段を失うことに
にもなる。ノルドストリームのやパイプライン1本は破壊されず残された形であるので
そうした憶測が流れ、ノルドストリーム2供給開始のプレッシャーをかけることができ
るとの反論はある。更に、欧州のエネルギー供給の脆弱性を改めて、強調できロシアの
資源供給の大きさを見せつけ、ロシアの権威の見せしめだろう。とも言われる。しかし
爆発地域の位置や、深さからみても、到底、ロシア艦が自由に修復作業に入る場所でも
なく、ドイツとの敵対よりは、信頼関係を結んだほうが、EU分断に遥かに得策である
。そう考えれば、少なくとも、政府筋や軍部ではありえない話である。

125 :アポーン王子:2023/04/08(土) 02:37:48.85 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・90

2、米国犯人説
 次に有力なのは、同じに工作を仕掛けられる能力を持つ米国である。ロシア犯人説に
より有力で、優位性とより利益となるのが米国である。欧州が団結して、ロシアに対抗
する為にも丁度良い機会、と診た節さえ感じる。しかし、米国が仕掛けたことが明るみ
に出れば、当然、欧州との信頼関係はなくなり、対ロシアでの対応に致命的な損失を与
えると言う大きなリスクを背負うし、そうでなくとも、この爆破のみでも欧州社会では
米国を憎んでいる。わざわざ戦争介入をもたらし、紛争拡大し、今になってウクライナ
に武器支援してるからだ。政権が大きな混乱が見られたら、ウクライナの為の迂回支援
として、モルドバとかドイツとかポーランドとか、平和発注も出来たはずだ。という、
米国の的外れな行動に批判は高い。又、天然ガスのさらなる高騰は、米国の輸出にとっ
ての利益となる。ここにきてエネルギー団体の欲得心は高い批判はあるし、米国が民主
主義や自由主義の名の衣を着て、エスタブリッシュメント層、つまりユダヤDSといっ
た者達の存在が、トランプ政権によってあぶりだされて、彼らの暗躍が有り余る行動に
過去の戦争があった事が明るみに出ている。それでも、こうした異常行動で、米国内の
インフレをさらに加速させ、中間選挙に影響を与えるような資本活動をするだろうか。
と言う疑問も多い。更に、今回の事件でのロシアやアメリカ説の中で、最も危惧される
のは、2つの事だ。一つは軍部よろず請負いと言う形態である。ロシア政府やアメリカ
政府が直接手を下さなくとも、金で請け負う輩や企業が、沢山いて、多国籍の無税企業
としてひしめいている事である。その量の多さは、米国拠点のフロント企業は、遥かに
米国が多い。という点だ。2つ目は、その双方に反政府主義者がいる点だ。ロシアでも
ロシア自由主義同盟、ロシア義勇兵軍、ロシアの正義、ロシア民主同盟・・・といった
知らない部隊が多いが、アメリカも遥かに多くの団体があるし、遥かに資金量を持つ。

126 :アポーン王子:2023/04/08(土) 03:02:15.97 ID:F7k+3DAkq
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・91

3、ウクライナ犯人説
 当然ながら、最有力視されるのは、ウクライナであろう。ウクライナ支援の欧州を、
ロシアの脅威をあおり、より結束させる為に、支援疲れや、電気代高騰による政権批判
が国民の間に高まっている国がぽつぽつと出始めたので、勢い更なるアピールをする。
と言う行動である。更に、これまでのロシアとの戦いでも石油タンク爆破、鉄道輸送の
爆破、など工作部隊は多く活動する。死を恐れない活動が知られている。ところが彼ら
には船や潜水艦の類の活動はないし機具もない。あくまでランドミニタリーに留まって
いるのが現状である。海底での破壊工作の能力はないだろうというのが、一般的見方で
、否定する一番の理由である。しかし、クリミアでの破壊工作がウクライナによるもの
だとすれば、全く可能性がないわけではなく、戦争資金での呼びかけがあって、直接手
を下さなくても、反ロシアのテロ集団や米国軍事下請け企業に、依頼することがあり得
るかもしれない。と言う意見もある。更にロシアのガス供給網は、ウクライナにとって
一種のカネヅルであり、ウクライナの地下を通っている。老朽化した中で、毎年莫大な
予算をもって補修部隊を繰り出し、保守整備を行ってきたのだった。その為その保守や
点検作業の請求と、ロシア側の供給ガスの材料代に 毎年ズレがあって代金支払いに、
揉めていたのだ。そしてノルド1が出来た後、決定的な事が起こった。それはガス供給
のストップである。強制的支払い義務の行使である。今の日本のNHK的強制徴収であ
る。こうなると、ウクライナの問題でなく、このガス供給を受けていた受益者欧州諸国
の特に東欧やイタリアの人々の死活問題となった。そこで欧州が乗り出し直接払いにし
て供給する。すると、ウクライナの収入が無くなりポロシェンコは倒閣運動に見舞われ
たのである。しかしこの過程を見ても爆破を頼むリスクは俄然大きく、ウクライナ関与
が明るみにでたとなると、欧米の支援は一度に消失するという負い目を受ける。それを
ウクライナが行うなどとは、非現実的論理で、支援がなければ戦えないのだ。

127 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/11(火) 00:03:44.85 ID:hBrT+DQfd
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・92

4、欧州勢の軍部暴走説
 少なくとも、EUを護るNATOは、米国にとってお客様であるし、NATOにとっ
ての後部の支援団体である。しかしながらNATOと米国には隔たりがある。連絡協議
には、日本の日米安保よりも事細かに齟齬がある。EU諸国の思惑がバラバラだからだ
。日本の安保の国内論戦の様に違う。そこでNATO軍の中には、先に言った様な外国
人部隊のOB兵や、外部雇用兵のシステムも、幾らかある。その中てウクライナに近い
、すなわち旧ソ連に憎しみの高い民族ないし部族や縁故がいる。いわゆるブラハの春や
チェコ動乱、北方の内戦などから逃げて来た兵士達である。今でもベラルーシ他での、
強権化独裁化するルカシェンコなどの、自由主義として政権の長に着いたものの、独裁
が過ぎて、長期政権をまだ維持しようとして、デモが起きてその鎮圧に、ロシアの手を
借り、その上、自由主義や民主主義を叫んだ人達が六千〜1万人規模で投獄している。
更に、進歩党のアレクセイ・アナトーリエヴィチ・ナワリヌイが戦闘機によってベラル
ーシ軍に捕らえられて、ロシアに引き渡されている。このナヴァリヌィ派なども海外に
逃避して新たな新軍団を作っているだろうとされる。基本的に、2009年以降プーチンや
メドヴェージェフへの政権批判活動は大きい為、そことの付き合いを辞めたオルガルヒ
などもいて、何らかの繋がりで、どこかの国が、日本の満州事変の関東軍の柳条湖事件
のように軍部が暴走した様な事が起こってないとも限らない。ロシア側の、プーチンの
統制が効かなくなっている可能性やウクライナ支援側の民兵の独走、更には他国軍部の
工作など、ドイツ〜ロシア間の食いつき経済に許せないとした意見の他の国の犯人説で
である。見つからない海の事故と思って安易に行い、見つかっても失うものは、自身の
安全を別にすれば、全くない。ここに事件の特徴があるので、あながち無いとも言い切
れない。

128 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/11(火) 00:42:02.62 ID:TJ2l/eHN0
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・92

5、第三国介入説
 実はこの事件を、東西冷戦と同じ、東西対立と見立てて観れば解る事だが、ロシア圏
と米国圏の2つの勢力のみとは、限らない。双方がより対立したり、ロシアやドイツの
困る事で大助かりする第三国国家群である。例えばロシアに欧州のガス代金が入らない
事は、中国向けのガスを安く出来たり、中国元の拡張に恩恵がある。かつてもこうした
同じ共産国としてロシア虐めや脚引きに工作が行われてきた経緯もある。冷戦構造時代
のダマンスキー島事件でも、実はロシアの食糧供給に関わらず、領地拡張する中国との
紛争が知らぬ間に大きくなっていた事が挙げられる。北朝鮮の核開発やミサイル打ち上
げも、実は国際社会での地位や自分の国のアピールでの国内宣伝用から始まった。こう
した中間国は他にもある。例えばトルコなどは、武器購入と共に穀物輸送の、黒海と外
海の関所のボスポラス海峡の通行規制の国である。それと共に穀物の輸入小麦の大消費
国でもある。つまりロシアとの交易国で、ロシアがのさばる事も、ドイツに主にガスや
小麦が流れる事も嫌う国である。ドイツの買い付けガスが高くなれば、結果的にも同じ
単価が用意されて売りつけられる。その意味では、第三者に発注しても爆破の旨味は、
ある。特に最近ではガスパイプラインは開通して、ロシアのお得意さんになっている。
更に、エルドワン政権は、国民に不評で高圧的政治で、クルド人社会とも対峙している
。クルド人側にもトルコ政府側にも、その爆破用意の意思はあろう。又中東やアフリカ
でも同じである。エネルギー価格低調な中で、いがみ合って増産しての出荷競争をし、
日本他の西側消費国のエネルギーの調達コストが安価で恩恵を受けていた。その意味で
は、高くありたい原産国は、供給ルートの閉鎖は、更に高値がやり易い。現にOPEC
プラスは、結構たかい6〜70$でも減産合意を決めて、エネルギーの高価を狙うのだ
。そこにはアメリカ政府の思惑とアメリカのメジャー資本とのすれ違いもある。

129 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/11(火) 02:07:22.09 ID:hBrT+DQfd
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・94

6、突発事故説
 環境負荷の低さや埋蔵量の多さなどから天然ガスは昨今では大きな注目を集めていた
。その輸入の実情を、国際石油資本BP社が毎年発行しているエネルギー白書の公開を
基に確認しても、かなり需要は伸びている。天然ガスは、格段に環境負荷が小さく石油
と比べて、埋蔵場所が広い地域に分散している。技術の進歩でこれまでは「採掘困難、
採算が取れない。」とされていた、例えばシェールガスの泥岩の一種である頁岩(シェ
ール)に含まれる天然ガスなど「非在来型ガス」の多くが採掘可能となり「確認埋蔵量
」が増えてきている。現在の技術で経済的に採掘できる量の増加していることからも、
大いに注目を集めている。アメリカ合衆国は、天然ガスのほとんどをカナダからのパイ
プライン経由で輸入している。地の利を活かした輸入である。一方、ドイツはロシア・
ノルウェー・オランダからの3ヶ国からの輸入となる。「パイプライン経由」天然ガス
輸入だが、近辺に天然ガスの輸出国を持つ国の場合、その国からの輸入が多くなる。パ
イプライン経由の輸入第1位ドイツ第2位アメリカ合衆国がダントツである。そして他の
西ヨーロッパ諸国全体における、輸入元の内情を見てもドイツはロシア・ノルウェー・
オランダから分散する形で輸入を受けている一方で輸出もしている。又アメリカ合衆国
もカナダ一国に頼っていて、アメリカ合衆国におけるメキシコからの輸入は端数程度で
計算上、割合はゼロ%となってしまっている。輸出では、圧倒的にロシアが40%を占め
残りの半分を、オランダ13%とノルウェー25%で二分するのが世界的シェアで、ドイツ
ではロシア半分オランダノルウェーで残り半分である。アメリカ合衆国がその輸入量の
多くをパイプライン経由でまかなっているので、LNG輸入量掲載には至っていない。

130 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/11(火) 02:07:47.43 ID:hBrT+DQfd
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・95

 しかし、シェールガス生産で、そのパイプライン経由も漸減している。消費量は増加
を示し、自国内で生産できるガスが増加しているため、輸入量を減らせるようになりつ
つある。日本は、主用な天然ガス(LNG)輸入元で一位だが、これだけ大量のガス(パイプ
ライン経由のドイツ総量より多い)をまかなうため、液化ターミナルをかなり確保して
多様な国からの船で搬入している。無論、リスク分散の観点によるところも大きいのだ
が、基本的に陸続きのガス生産ヶ所を持たない事による。近年は中国がドイツを上回る
量がロシアから受け取られるだろうとみられる。その海のパイプラインに、ノルウェー
からデンマーク経由でポーランドへ北海ガスを輸送する「バルティック・パイプライン
」が完成し、新しい輸送路が開いた。ポーランド北西部のゴレニウフで2022年9月27日、
開通記念式典が行われ、このパイプラインにより、北海のノルウェー大陸棚にあるガス
鉱床から、ポーランドへのガス輸送(年間最大100億立方メートル)が可能になる。との
広報である。加えて、同パイプラインはガス供給ルート複線化のため、ポーランドから
デンマークへのガス輸送(年間30億立方メートル)も可能とされる。実は大きな要因に
、このスエーデンからの送路管の敷設工事がある。欧州のガスの海底パイプラインは、
常にドイツに向かって幾つも敷設されるのだが、被害の「ノルドストリーム1・2」の
両方の発生場所はバルト海上にあるボーンホルム島東の2ヶ所の比較的近い場所であり
、それぞれスウェーデンとデンマークの排他的経済水域(EEZ)内と特定されている。複雑
なパイプライン構成上、ガス送り圧力をロシア側で止めた事で、異常がでたのではない
か。と言う思惑と単価競争を嫌がった結果と言う意見だ。現地時間の9月26日夜に発見、
翌日、2022年9月27日に式典である。と言うのも、ガス圧力のないパイプラインは水圧で
軽くなる。海に沈むとは言え、軽く、海流に流されて他を異常にさせる恐れもある。更
に、工事業者も、ロシア人と同じ強権排他的考えがあったようだ。

131 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/11(火) 02:08:08.65 ID:hBrT+DQfd
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・96

 スウェーデン当局の調査により、「ノルド・ストリーム」で起こったガス漏れは工作
活動によるものだった可能性が高まった。付近でも爆発の痕跡が見られたという。これ
について公式発表では、「野蛮なサボタージュ」という言葉が使われた。これに対し、
ザハロワ報道官はテレグラムのページに投稿した中で次のように記した。「教えてくだ
さい。いつから我々は、天然ガスパイプラインの爆破をサボタージュと呼ぶようになっ
たのでしょう。工作活動、過激主義、テロ行為と呼んだほうがシンプルでしょう。スト
ックホルムは、事実をありのままに言うのを恐れているのでしょうか。何故そのような
デリカシーが必要なのでしょうか。新たな発見を恐れているのでしょうか。」と声明を
発している。バルティック・パイプは、ポーランドのガス・システム(GAZ-SYSTEM)と
、デンマークのエネルギネット(Energinet)の、共同投資プロジェクトであり、操業開
始は10月01日。EUのエネルギー関連インフラ事業の支援枠組みの入っての事業である
。つまり環欧州エネルギー・ネットワークに組み込まれて、ガスの供給を開始するのだ
。つまりは、この供給には、ドイツ一国ではない。という事になる。開通記念式典には
、ポーランドのドゥダ大統領とモラビエツキ首相、モスクバ気候・環境相のほか、デン
マークのフレデリクセン首相とヨルゲンセン気候・エネルギー・供給相、ノルウェーの
テリエ・アースランド石油・エネルギー相らが出席した。モラビエツキ首相は「ロシア
が天然ガス市場を支配し、われわれが脅迫や不当な要求にさらされる時代は終わる。」
と強きの発言を述べた。また、モスクバ気候・環境相は、「バルティック・パイプは、
ポーランド西部シフィノウイシチェ港の液化天然ガス(LNG)ターミナル、ポーランドと
リトアニア間のガス・インターコネクション・ポーランド・リトアニア(GIPL)と並び
、最も重要なインフラ投資の1つだったのだ。これによってポーランドのガスシステム
は、ロシアからのガス供給から完全に独立する。ポーランドのみならず、欧州地域全体
のエネルギー安全保障にも貢献することができる。」と強調した。

132 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/13(木) 11:36:41.37 ID:djCHuzWka
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・97

 ここに、国が一個の人間仕様で様変わりしてる様態を見る。オバマは恐らくDS幹部
に忖度したのだろう。軍需産業側は、恐ろしく厄介なネットワークを持っている。米国
の大統領暗殺も、中央政府が幾ら規制しても、州政府つまり中国の地方政府に当る議会
や首長の暴走は止まる事はない。日本も正に米国の準州として機能してる様は情けない
限りである。ロシアも同じであった。一応大統領職を辞して、これまでの旧ソ連構成国
の結束に向かう事を決め整理しようとしていた節がある。一度禅譲した政権だったが、
NATOやEU或いはG8の会合に、ロシアの意見は通る事はなく、チェチェンのカデ
ィロフ将軍をして、ジョージア紛争を起こしている。ジョージア当時グルジアの名を冠
した中部都市ゴリは、ソ連の独裁者スターリンの生地として知られるロシアの聖地であ
る。08年8月のロシア軍が、戦闘機と戦車を送り込み、突然侵攻してきたのだ。砲撃音
が聞こえ、塹壕(ざんごう)の中に装甲車を隠すジョージア軍部隊。遠く離れた北京で
は、五輪が開幕した。その日のうちに、ジョージア軍は、分離独立派が決起した北部の
自国領・南オセチアを攻撃し占領を果たしたのである。これがロシアプーチンが仕込ん
だ戦争であるは間違いない。世界中が中国の記事やら映像で埋まる中で、勿論ロシアの
記者の独立系新聞社とされる反戦の反体制新聞でさえも報道が抑えられる日を選んだの
だ。この独立派の後ろ盾のロシア軍が介入。ジョージア首都トビリシ近郊やゴリ、黒海
沿岸を空爆し、両国の軍事衝突に発展するのだった。ウクライナと同じく1991年のソ連
崩壊で独立したジョージアは、政府は一貫して親欧米路線でロシアと対立した。これに
対しロシアは90年代初めから民族の違いなどを理由にジョージアからの独立を宣言した
。南オセチア地域紛争に介入して、分離独立派を支え、ジョージア政府に圧力をかけ続
ける。ところがこのロシア人って言うのは、旧ソ連時代ジョージア制圧に派遣された、
スパイ工作員としての軍人たちだったのである。

133 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/13(木) 11:37:05.94 ID:djCHuzWka
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・98

 ロシア軍はその日の夜に、トビリシの数十キロ手前まで迫っていた。ゴリは占領され
、トビリシと黒海沿岸を結ぶ大動脈の幹線道路は遮断。ロシア軍は停戦が発効した後も
撤退せず、一方的に「緩衝地帯」と宣言した地域に10月まで駐留した。「ロシア軍が、
トビリシに突入したら、どうやって娘を逃がすか相談している。」と言った。10代の娘
がロシア兵にレイプされると本気で信じ恐れていたのである。ロシアは侵攻後には、南
オセチアと、同様に、ジョージアから事実上の分離独立状態にあった アブハジア自治
共和国を、それぞれ「独立国」として承認。ロシアはソ連崩壊後、ロシアの影響下から
逃れようとする旧ソ連国に対して、その国の親ロシア的な分離独立派を支援して揺さぶ
る。そして地域紛争に介入する。ただ、この時まで紛争当事国の主権を無視してまで、
特定の地域を「国家承認」することはなかった。ジョージアの街は反ロシア一色に染ま
り、当時ロシアのプーチン氏は憲法上の任期制限のために大統領から首相職に回ってい
た為、その手腕はドミトリーメドベージェフにあったのだ。トビリシ中心部の歩道には
プーチン氏の顔が多数描かれ、通行人が踏みつけて歩く。北大西洋条約機構(NATO)は
ロシア軍侵攻前の4月に首脳会議でジョージアとウクライナを「加盟候補国」とするの
を見送っていた。9月、トビリシの大学で講演したデホープスヘッフェルNATO事務
総長は、学生らから「加盟候補国になっていれば侵攻は起きなかった」と激しく詰め寄
られているのが印象に残るシーンであった。しかしNATOは、一方でジョージアとウ
クライナを「将来の有望な加盟国」と位置づけ合意に至っている。ただちに両国を加盟
交渉開始を意味する候補国とするよう主張した米国に、ロシアの反発を恐れる独仏など
が抵抗した結果。妥協の末の見合わせだった。それでもプーチンは「ロシアの利益が、
無視されている。NATOは自らの安全保障のためにロシアの安全保障を危険に晒させ
ている。」と怒りをあらわにした。

134 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/13(木) 11:37:37.19 ID:djCHuzWka
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・100

 いま、米国に起こってる事は、2023年の今、深刻な時代の切れ目を意味するものだ。
欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁も、理事会後連邦準備理事会(FRB)のパウ
エル議長も、「利上げ決定について、メンバーから力強い同意を得た。」として、全く
間違った理論と間違える手当てに、変更の気はない。国際通貨基金(IMF)のゲオル
ギエワ専務理事も、米国イエレン米財務長官も記者会見し、アメリカの銀行の破綻を受
け金融市場の混乱の景気後退について「予想していない」と強調する。「アメリカの金
融システムは引き続き強固で回復力があります。ですので、景気後退は予想していませ
ん。もちろんリスクは残りますが」と、述べて、金融市場の混乱の影響は落ち着いてき
ているとの見方を強調。そのうえで、景気の減速が指摘されるアメリカ経済については
「インフレ率は徐々に低下し、個人消費も強い」などとして「明らかに非常に好調だ」
と説明する。しかし、辞任した世界銀行マルパス氏は世界の2023年の実質経済成長率の
見通しが22年の3.1%から2.0%に鈍る。と明らかにし、途上国の資本流出など今後の下方
修正のリスクについて「黄信号というより赤信号といったほうがよい。」と言及した。
世銀の経済見通しでは、中国が「ゼロコロナ政策」を解除した影響を反映して1月での
1.7%から引き上げてはいる。新たな経済率見通しを公表する国際通貨基金(IMF)は、
すでに中国経済の再開で成長率を上方修正をしていたが、又下方修正に転じた。最近の
金融不安について、金融機関が持つ資産問題が解消するのは時間がかかると説明した。
金融機関は、超低金利時代に利回りを求めて償還までの期間が長い債券を資産として、
保有し、それが急速な利上げで含み損を生んでいるからだ。「世界中の銀行システム、
とりわけ、国際資本市場の見直しでの流れの逆転は、途上国からの資本流出が懸念され
る。」と指摘した。つまり、中国・ロシア等は、欧州よりも酷い金融逆ザヤで負債が、
天然資源で支払われる有様であろう。と予想され、その分途上国は干しあがると言う。

135 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/13(木) 11:38:00.09 ID:djCHuzWka
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・101

 また、イエレン長官は、自らの中国訪問の可能性に「バイデン大統領は対話の窓口を
維持することが重要だと強調している」として「適切な時期に実現することを期待する
。」と話した。もう一つの流れは、このしたたかな米国の中国政策である。表向きは、
こうした中国vs米国が際立っているが、中国政府が批判する程の対抗軸は出ていない
し、米国が他国を制して同盟国は虐めるが、口で言うほどの、国内で中国排除には決し
て至っていない。例えば、ロシアからの鉱物資源の輸入は100%そのままで、高騰し
ただけで済み、ロシアのミサイルの77%は、アメリカ製LSIが、中国香港経由での
調達であり、残り23%もイランやトルコが欧州から仕入れたもので、100%西側の
器機に頼って制作しているのだ。こうした事を見ると、バイデンの胸先三寸で戦争は、
ミサイルさえ作られないロシアが見えてくる。が、同時に、ラガルド総裁も、パウエル
議長も、イエレンも解っているのだろうか。つまり世界平和は、アメリカの不況である
。と言う実態だ。今回の西側決済システムのスイフト(SWIFT)からの ロシア排除は、
かなりのインパクトはあったが、実効と言えば全くなかった。むしろ、それ以外での、
兵員要請の反発の方が、影響は高く、むしろ何もやらなかった方が、反発と公開情報に
おいて自由度が高かったであろう。つまり正常な生産ではないにしろ、反対運動が強く
でただろう。株式市場に与える影響についても、売り上げに占めるロシアの占有率は、
尤も低い。従ってなんら影響がない。あるのは日本やドイツの様に、ロシア資源に頼る
リスクヘッジを敷いた国がリスクに出会ったのである。全くバイデンは、表向き核戦争
や第三次世界大戦の危惧を装うが、その実、こうしたインパクトの強い、影響のない、
と言った政策や方針を選んでやってる コスタレなのだ。

136 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2023/04/13(木) 11:38:24.23 ID:djCHuzWka
 テーマ:ウクライナ戦争  (ロシア・プーチンの心情)・・・・・・・・・102

 実はその二つ目の流れの トランプとバイデンの大統領選の流れなのである。今下流
で起こっているのは、ダウンメンタル ダウンスキル、ダウンリクルートである。総じ
てダウン・シフトの動きである。米金融当局は連邦公開市場委員会(FOMC)会合で
利上げを継続する方向に変りがないと発表する。インフレ抑制に金融引き締めが当局の
スタンスでリセッション(景気後退)の警告より物価対策や雇用状況を優先すると見込
まれた。FOMC会合で、当局者はどこまで金利を引き上げるかについて予想を後退さ
せてはいる。12日に公表された議事要旨で明らかになった。しかし、今回発表された、
雇用統計では、非農業部門雇用者数が予想は18万5000人増。12万5000人増
から30万5000人増まで幅があった。1月の雇用の伸びは、22年の月間平均だっ
た昨月より40万1000人増も上回った。つまり、非農業部門雇用者数は予想よりは
、はるかに良かったのだ。インフレにとっては最良のニュースではないが、経済にとっ
ては、かなり良いニュースと取られ、今週の米連邦公開市場委員会(FOMC)を受け
、一部ではあと1回の利上げが実施されるとの見方が出ていたが、その他の大勢は(引
き締めは)もう終了したとの見方を示していたのが変わって来た。それは今回の雇用統
計を受け、見方を再調整しなければならない。この結果が出た後は、多くの人が少なく
とも、あと1回(の利上げが)実施される予想をを持った。とされる事だろう。しかし
これは、ダウンシフトの典型例で、高給のゴールドカラーは減り続け、移民層が居なく
なり、人手不足の農業部門には、大きく流れてきている。と言われている。正常化標準
化現象がおこっているのである。

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