2ちゃんねる スマホ用 ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

THE IDOLM@STER アイドルマスター part8

1 :創る名無しに見る名無し:2012/05/20(日) 21:05:13.00 ID:NrondMdg.net
アイドル育成シミュレーションゲーム「アイドルマスター」の創作発表スレです。
○基本的になんでもありな感じで。SSでなくてもOKです。
○原作ワールドが多岐にわたっています。「無印ベース」「アイマス2世界」、
 「漫画Relations設定」「シンデレラガールズ」などと前置きがあると親切。
○エロ/百合/グロは専用スレがあります。そちらへどうぞ。
○「鬱展開」「春閣下」「961美希」「ジュピター」などのデリケートな題材は、
 可能な限り事前に提示しましょう。
○クロスSSも合流中ですが、同様になるべく注意書きをお願いします。




前スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part7
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1316595000/


過去スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part6
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1286371943/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part5 (dat落ち)
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1270993757/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part4
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1257120948/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part3
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1246267539/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1241275941/


THE IDOLM@STER アイドルマスター
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221366384/


アイドルマスタークロスSSスレ
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1228997816/




まとめサイト
THE IDOLM@STER 創作発表まとめWiki
ttp://www43.atwiki.jp/imassousaku


2 :創る名無しに見る名無し:2012/05/20(日) 21:06:57.33 ID:NrondMdg.net
          ┏  ━ゝヽ''人∧━∧从━〆A!゚━━┓。
╋┓“〓┃  < ゝ\',冫。’  ,。、_,。、     △│,'´.ゝ'┃.      ●┃┃ ┃
┃┃_.━┛ヤ━━━━━━ .く/!j´⌒ヾゝ━━━━━━━━━━ ━┛ ・ ・
       ∇  ┠──Σ   ん'ィハハハj'〉 T冫そ '´; ┨'゚,。
          .。冫▽ ,゚' <   ゝ嫂ヮ゚ノ)   乙 /  ≧   ▽
        。 ┃ ◇ Σ  人`rォt、   、'’ │   て く
          ┠──ム┼. f'くん'i〉)   ’ 》┼刄、┨ ミo'’`
        。、゚`。、     i/    `し'   o。了 、'' × 个o
       ○  ┃    `、,~´+   ▽ ' ,!ヽ◇ ノ 。o┃
           ┗〆━┷ Z,' /┷━'o/ヾ。┷+\━┛,゛;
話は聞かせてもらいました! つまり皆さんは私が大好きなんですね!!


公式サイト
ttp://www.idolmaster.jp/


【アイドル】★THE iDOLM@STERでエロパロ34★【マスター】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1337160182/
【アイドル】■シンデレラガールズでエロパロ■【マスター】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1327062064/
【デュオで】アイドルマスターで百合 その41【トリオで】
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/lesbian/1335677924/
SSとか妄想とかを書き綴るスレ8 (したらば)
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/13954/1221389795/


アイマスUploader(一気投下したい人やイラストなどにご利用ください)
ttp://imasupd.ddo.jp/~imas/cgi-bin/pages.html




マナー的ななにか
○投下宣言・終了宣言をすると親切。「これから投下します」「以上です」程度でも
充分です。
○一行には最大全角128文字書けますが、比較的多数の人が1行あたり30〜50文字で
手動改行しています。ご参考まで。
○「アドバイスください」等と書き添えておくと、目に留めた読み手さんが批評・指摘を
含んだ感想レスを投下することがあります。ただし転んでも泣かないこと。
○(注:読み手の皆さんへ)批評OKの作品が来ても大切なのは思いやりですよ、思いやりっ!


3 :創る名無しに見る名無し:2012/05/20(日) 21:08:07.02 ID:NrondMdg.net
知っていると便利なSS執筆ひとくちメモ


このスレの1レスあたりの容量制限
○総容量4096バイト(全角約2000文字)
○改行数60行
○1行制限256バイト(全角128文字)


バイバイさるさん規制について
短時間での連続投下は10レスまで、11レス目はエラーが返され書き込めません。
アクセスしなおしてIDを変えるか、時間を置いて投下再開してください。
(検証したところ毎時0分に解除されるという噂はどうやら本当。タイミングはかるべし)


その他の連投規制
○さるさん回避してもtimecount/timeclose規制があります。「板内(他スレを含む)直近
 □□レス内に、同一IDのレスは■■件まで」(setting.txtでは空欄なので実際の数値は
 現状不明)というもので、同一板で他所のスレがにぎわっていれば気にする必要は
 ありません。とは言え創発は過疎気味ですのであまり頼ってもいられませんが。
 上記のさるさん回避後合計12レスあたりで規制にかかった事例がありました。
○あちこちの板で一時騒がれた『忍法帖規制』は、創作発表板では解除となっています。


4 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/20(日) 21:13:20.99 ID:NrondMdg.net
ハイ。という訳で新スレ立ちました。最初の1本投下したいと思います。
登場するのは貴音さん1人で、特に注意事項は無し。
タイトルは You Make Me Smile

5 :You Make Me Smile:2012/05/20(日) 21:15:34.04 ID:NrondMdg.net
四条貴音。

長い手足を活かしたダンスであったり、
日本人離れした容姿であったり、
大抵の曲は歌いこなせる安定感のある歌声であったり、
端的に言ってしまえば極めて高い水準でバランスの取れたアイドルと言えるだろう。

そんな貴音に最近増えてきた仕事として、グルメ番組のリポーターがある。
最初の頃は本人の好物でもあるラーメン関係のオファーがたまに来る程度だったのだが、
ある時貴音の評価を大きく上げる出来事が起きた。
グルメ番組なんてのは料理が運ばれて来たらまず薀蓄やら御託を並べるのが通例となっているのだが、
その時の貴音は料理が出された瞬間間髪入れず食べ始めてしまった。
当然慌てた番組スタッフが打ち合わせと違うと止めに入ろうとした所を逆に、

「風味の損なわれぬ内に食す事こそ料理人に対する礼儀と知りなさい!」

と一喝。しかも生放送だったおかげでその模様が全国に放送されてしまった。
……のだが、この発言が各方面の料理人の琴線に触れたらしくオファーの数は倍率ドンさらに倍。
以降の貴音の活躍へと繋がっていく事となる。

ちなみに、キチンと残さず平らげるのに食べる姿が大層上品でテーブルマナーも完璧だというのも評判の理由である。


閑話休題。

その日もまたいつものように収録を終えた帰りの車の中。
窓の外を流れていく街の夜景を見ながら、今回の店は収録の合間に自分や番組スタッフのような裏方にも軽食を出してくれたりと店主の人柄も良かった事を思い返す。
不満と言えば仕事である以上酒が飲めなかった事ぐらいである。
そんな事を考えていると、ふと後部座席に座る貴音が溜息をついた。
「どうした? 疲れたのか?」
「そうですね……少し、飽いているのかもしれません」
何に対して向けられた物か。次の言葉を待つ。
「ここの所高級な料理が続きましたので……素朴な味が恋しく思えてきます」
思い返してみれば確かに最近は競争率が低いのを良い事に似たような仕事を入れ過ぎてしまったかもしれない。
いくら美味しい料理でも続けば食べ飽きるのは当然だろう。
知名度の向上ばかり考えて貴音本人の意思を蔑ろにした事を反省する。
「確かにそうだな……すまなかった」
「お気になさらず。どうしても耐えられぬようであれば言います故」
「もっと気軽に何でも言ってくれていいんだけどな」
担当するようになってそれなりに経つが、まだ距離を感じる。
別に近づき過ぎる必要は無いが、もう少しどうにかしたいと思っているのは事実だ。
そうしてしばらくの無言の後、申し訳無さそうに貴音が、
「それでは……申し訳ありませんが、事務所に寄っては頂けませんか」
と言って来た。
「それは構わないが、何か忘れ物でもしたのか?」
「いえ……少々体を動かさねば流石に体が重くなりそうで」
「ああ成程ね」
流石の貴音と言えども、連日続く高カロリーの連続には危機感を覚えるらしい。
頭の中でルートを検索しながら、事務所の方向へとハンドルを切った。


6 :You Make Me Smile:2012/05/20(日) 21:17:41.24 ID:NrondMdg.net
「それでは、申し訳ありませんが暫くお待ち下さいますよう」
事務所に戻ると、そう言って貴音はトレーニングルームに入っていった。
さて、終わるまで自分はここで何をするべきだろうか。
幸か不幸か書類伝票等の事務処理は綺麗さっぱり片づいていて残った仕事は何も無い。
せっかくの浮いた時間ならば担当アイドルの為に使いたいものだが。
と、さっき車の中で交わした言葉が思い出される。

『ここの所高級な料理が続きましたので……素朴な味が恋しく思えてきます』

……ふと思いついた案にないわーと自分でツッコミを入れるが、ちょっとはエエカッコしいな根性が勝って結局その案を実行に移すことにした。

765プロの事務所は移転した際、給湯室もそれなりに豪華になっている。
尤も、仮眠室(睡眠)とシャワールーム(風呂)に加えて自炊も可能になってしまっては本気で事務所に住み着く人間が出るかも知れないという危険性が指摘されたが、
料理好きなスタッフ数名の懸命な説得により設備増強が決定された。

そんな経緯を思い出しながら冷蔵庫の中を確かみてみる。今から作ろうとしているのは残り物の野菜で充分なので大概何とかなるが。
必要な物が揃っているのを確認すると、ジャケットとネクタイを脱いで腕まくり。共有のエプロンをつける。
ふと備えつけの鏡で自分の姿を見てみる。おお。なんだかデキる男の休日料理みたいで格好だけは一人前だ。
そんなたわけた感想を持ちながら準備を始める。

にんにくを微塵切りに、玉葱、人参、ジャガイモ、トマトは賽の目切りに。
オリーブオイルでニンニクを炒め、香りが移ったら玉葱と人参を投入。
同様に火が通ったらジャガイモとトマトを入れ、ついでに適当な大きさに切ったキャベツも投入。
同時に野菜が浸かるくらいまで水を入れ、市販のスープの素を少なめに入れて強火にかける。
沸騰する直前で弱火にして時々アクを取りながら塩コショウで味つけをすれば完成。
今回は塩を控えめに、逆にコショウを少し強めに効かせる。
ちょいと味見。まあ、こんなものだろう。
あとはたまに出てくるアクを取りながら味が染みるのを待つ。

7 :You Make Me Smile:2012/05/20(日) 21:19:08.97 ID:NrondMdg.net
そうこうしているうちに、「お待たせいたしました」の声とともに貴音が戻ってきた。
シャワーで汗を流してきたのかうっすらと頬が赤い。

「お疲れさま。野菜スープ作ったけど食べるか?」
そう声をかけると貴音は指を頬に当てしばし黙考したのち、

きゅるるるという可愛らしい音が聞こえてきたがお互いの今後の為に黙殺する。

「折角作って下さったのです。いただくことにしましょう」
との返事が返ってきた。
食器棚から大き目のマグカップを取り出してよそり木製のスプーンを添える。
わざわざこんなモノが用意されているあたりウチの料理好き達は本当に侮れない。
「どうぞ。ご所望の素朴な味で御座います」
「……覚えていて下さったのですか」
冗談めかして言った台詞の内容に少し驚いた様子でカップを受け取った貴音は適当な椅子に腰を下ろす。
向かい合う形で自分も座る。
貴音は温もりを確かめるように両手で持ちながらゆっくりとした動作でカップの中身を口に運ぶ。
勢いでしてしまった事だが余計なお世話だったろうか。
今更になって不安になる。

まずマグカップから直接スープを一口。続いてスプーンですくって中の野菜を一口。
学生時代のテスト結果を聞かされる瞬間のようで思わず緊張する。
形の良い喉がこくんと鳴る。
緩やかに息を吐く。
「とても優しい味がします。普段食べている物よりずっと薄い味付けですが、それが今の私には丁度良い」
とりあえず合格点は貰えたようで、安堵の溜息を漏らす。
「口にあってよかったよ。正直な所、不安だったんだ」
安心した所で冷めないうちにと自分の分も食べ始める。
最低限に抑えられた薄めの味付けのスープに野菜の甘味が溶け込んでいる。
キャベツの緑、ニンジンの紅、トマトの赤、ジャガイモの白。それらを口に運ぶ。
火が通って柔らかくなった野菜達が口の中で崩れていく。
パン、それも出来ればバターロールかクロワッサンが欲しくなった。
きっとよく合うことだろう。

8 :You Make Me Smile:2012/05/20(日) 21:20:22.40 ID:NrondMdg.net
「そういえば、プロデュサー殿に料理を作っていただくのはこれが初めてですね」
「担当アイドルに手料理を振舞うプロデューサーってのは中々居ないと思うぞ」
「そのようなものですか……ではもう一つ、この様子ですとそれなりに慣れているようですが、普段料理はされるのですか?」
「大体は面倒くさくて出来合いのものばっかりだけど、野菜は自分でどうにかしないとどうしても不足しがちになるからな。そういう時だけかな。んで、そういう貴音は自分で料理は作らないのか?」
「たまには作るのですが……その、少々凝り過ぎてしまうようで出来上がるまでに時間がかかってしまうのです」

成程。普段の食に対する拘りを見ているとそれも納得できる。
それにしても、一緒に食事をするというのは意外と大事なのかもしれない。
さっきまで感じていた二人の距離が縮んでいくのを感じながら他愛の無い会話を重ねていく。
それが心地よくて、思わずこんな事を口走ってしまった。

「まあ、今日のお店で食べたようなのには遠く及ばないけどさ」
そんな無神経な言葉に貴音はゆっくりと頭を振って
「それは違います」
「貴音?」
「確かに、このスープは今日お店で頂いたようなお金を取れる料理ではありません。しかし、本来お店で出すような料理と一人のために作られた料理、あるいは家庭での料理は比べられるようなものではないのです」
一呼吸置いて、大切な事だからと言い聞かせるように、
「私を思って、私の為に作ってくださった、ただそれだけで嬉しいのですよ」

そう言って、柔らかく微笑む。
その笑顔があまりにも自然で、こちらもつられて笑顔になる。
そうやって暫くの間、二人でずっと笑っていた。

9 :創る名無しに見る名無し:2012/05/20(日) 21:24:00.00 ID:NrondMdg.net
以上投下終了。今回のタイトルはHeartlandのアルバム、As It Comesの中から拝借。
この曲、最初はタイトルとか雰囲気的にやよい向きの曲かなーとか思ってたんだけどコッチにも合うなと思ったので。
ちなみに劇中のスープはこのまま作るとちょっとあっさりし過ぎてるのでベーコンとかウインナーとか足すとコクが出ます。
キャベツの代わりにセロリを入れて最後にトマト缶を入れるとミネストローネになります。
自分はそれに更に缶入りのコーンとショートパスタも入れます。
ミネストローネの場合、小麦よりライ麦系のパンに合います。

今スレは完走できますように。それではこれにて失礼。

10 :創る名無しに見る名無し:2012/05/20(日) 21:27:22.11 ID:NrondMdg.net
おまけのNGシーン。

「お疲れさま。野菜スープ作ったけど食べるか?」

その言葉と共に差し出されたカップを奪い取るようにして手に取った貴音は、
幽鬼の如き表情で力なくひざまずき震える手で口元へ運ぶ。
だが、カップの縁が口に触れる寸前で思いとどまり、
ニヒルな笑みを口元に浮かべながら、
「……そのお気持ちだけ受け取っておきましょう」
そう言って中身を鍋に戻した。

「……で、済んだかね?」
「……やりとげました」
一体何処でこーゆーネタを仕入れてくるのかなこの娘は。
それやったらお前さん、
最後はステージの上でライバルと握手しようとしてそのまま死ぬ破目になるんだけどなー。


11 :創る名無しに見る名無し:2012/05/21(月) 21:55:34.24 ID:xw3LyE+c.net
>>10
「あ……あれは、ダブル――いやッ!」
「……そう、トリプルだ……」
「トリプル・クロス・ハーモニー……だと……?」

スレ立て・投下・おまけのトリプルクロスGJ!
あしたの四条もおもしろく妄想いたしましたが本編のほっこり感が実によい食感でした
メシまだなんで腹減ってきた

12 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/24(木) 01:11:36.52 ID:TEfucl8g.net
あーテステス。ちょっと容量不安なので軽いの1個投下します。
シンデレラガールズ物で千川ちひろと小日向美穂登場。

13 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/24(木) 01:13:36.93 ID:TEfucl8g.net
とある雑居ビルの2階にある芸能事務所の1室。
普段は少女達の声で賑わうこの空間だが、今はまだ朝も早くアイドル達の姿は見当たらない。
そんな中、皆よりも先に出社して準備を行う女性の姿があった。
彼女の名は千川ちひろ。この事務所のお手伝いである。

1通りの準備を終えてお茶で休息を入れながら、アイドル、あるいはプロデューサー達の到着を待つ。
そうして聞こえてきた足音に耳を傾ける。
柔らかく、ゆっくりとした静かな足音。
その音とスケジュールを照らし合わせて来ようとしている人物の見等をつける。
(多分美穂ちゃんね)
その予想通り、入り口のドアを開けて所属アイドルの一人である小日向美穂が顔を出した。

「おはようございますちひろさん」
「おはよう。美穂ちゃん」

そう挨拶を交わしたところで美穂の姿にどこか違和感を覚える。
服装に変わったところは見あたらないだろうかと、原因を探すべく足下から順に観察していく。

焦げ茶色のローファー。
太股まで覆うサイハイソックス。
チェック柄のミニ丈プリーツスカート。
パステルカラーのブラウス。
ブラウスと色調を合わせたカーディガン。
黒い髪に映えるカチューシャ。
更に視線を腕の方へ向けて手首まで行った先にようやく違和感の正体を見つけた。
腕時計だった。
携帯電話で代用できるだろうと言う意見もあるが、携帯電話を取り出すことが許されない状況というのも確実に存在する。
そういった時のため、あるいは単なるファッションの一部として腕時計を付けること自体は別に珍しいことではない。
ただ、今現在美穂が付けている時計は少々彼女には異質だった。
なんというか、全体的に厳めしい。
ベルトに至るまで色は艶消しの黒で統一されており、
その中で文字盤の中の蛍光オレンジが強く自己主張している。
フェイス部分も大きく、そこだけで細い美穂の手首を覆い隠してしまう程。
ゴツゴツとした外観からは、ちょっとやそっと落としたりぶつけたり水に濡れた程度では何事も問題なく動くだろう事が容易に想像できる。

と、そこまで観察しているとちひろの視線に気づいたのか、美穂は手首に目をやり、
「あの……やっぱり変ですか?」
と少々不安げに聞いてきた。
確かに不釣り合いではあるが、それがおかしいかと問われればそうでもない気がする。
なんといえばいいのだろう、ミスマッチの妙とでも言えばいいのだろうか。
例えばこれが松永涼や木村夏樹であれば素直に似合っている、雰囲気とマッチしているといえる。
しかし、女の子らしい女の子である美穂にあのような腕時計はどうかと問われれば、決して合わないとは言い切れない。
アンバランスではあるが、かえってそれが強烈なアクセントになっているといえなくもない。
時折、女の子に銃火器や武器等を持たせたイラストを見かけるが、あれと似たような物だろうか。
いわゆる一つのギャップ萌え。

14 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/24(木) 01:15:49.84 ID:TEfucl8g.net
「あの……ちひろさん……?」
少々考え事に没頭していたようで、美穂の声で現実に引き戻される。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと意外だったから。でもその時計どうしたの?」
「えっと、この間腕時計もあった方がいいからってプロデューサーさんと一緒に見に行ったんです」
「その時に買ってきたの?」
「いえ、その時は色々見てたら迷ちゃって結局買わなかったんですけどプロデューサーさんが……」

そう言われて彼女のプロデューサーの姿を思い出してみる。
プロデューサーなどと言っても結局はサラリーマンでありビジネスマンでありすなわち彼らが付ける腕時計もTPOに合わせたものとなる。
事実彼がつけているのも無難なメタルバンドの物だった筈だ。

「でも確かプロデューサーさんが付けてるのって普通のだったような気がするんだけど」
「確かにお仕事の時はお仕事用のを付けてるんですけど、ホントはコッチの方が丈夫で気を使わなくていいから好きなんだって」
そう言って美穂は腕の時計をこちらに見えるように差し出す。
「ははあ、それで美穂ちゃんは憧れのプロデユーサーさんが好きな時計を買ってきたと」

「え……あ……その……えへへ……」

口を滑らせてしまったと少しだけ慌てるが否定はせずに、緩む口元を隠すようにして手を持ち上げる。
それでも隠しきれない笑顔は照れくさそうで、幸せそうで、見ているちひろの口元も綻ぶ。
「それで、肝心のプロデューサーさんには見せたの?」
「いえ、昨日買ったばかりだからまだなんです」

そうして会話を続けているうちに、階段を上る規則的な足音と少し慌てたような男性の声が聞こえてきた。
その声を聞いた美穂がそわそわし始める。
さて、美穂の腕を見て彼は一体どんな反応を見せてくれるだろう。
ちひろはその反応を特等席で見られる事の幸運に感謝しながら開かれたドアに向かって声をかけた。


「おはようございますプロデューサーさん。美穂ちゃんはもう来てますよ」

15 :創る名無しに見る名無し:2012/05/24(木) 01:20:37.75 ID:TEfucl8g.net
以上投下終了。劇中で美穂がつけてるのはカシオ、GショックのGW-3000Bのつもり。
可愛い女の子がゴツい腕時計つけてるってのも良くない? というただそれだけの話でした。
それではこれにて失礼。

16 :創る名無しに見る名無し:2012/05/24(木) 02:21:01.09 ID:Tuhi250A.net
>>15
GJ。
服装の描写の流れがいいですね。
確かにかわいい子にゴツい時計ってのはファッションとしてはアリだと思うけど、
それだとせめて色が白とかのベビーGに行くよなとか思ったり。
黒い、ノーマルのGショックってところが「にやり」ときますね。

17 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/05/31(木) 23:46:00.39 ID:lgV8MvJ7.net
あーテステス。軽いネタ投下します。シンデレラガールズの和久井さん中心。

18 :すごいよ! わくわくさん!:2012/05/31(木) 23:47:11.41 ID:lgV8MvJ7.net
事務所に顔を出したら、アイドルの一人とプロデューサーが鬼ごっこをしていた。
もっとも、普通の鬼ごっこならば
「やろう、ぶっ殺してやる!!」
なんて台詞は中々出てはこないだろうが。
「おはよう。で、一体あれは何の騒ぎ?」
「あ、おはようございます和久井さん。いつもの通りプロデューサーさんが向井さんにパイタッチしただけなんですけどね」
「飽きないわねあの二人も。一々必死になって反応を返すから面白がって手を出される事をいい加減学習してもよさそうなものだけど」
「いやあでも向井さんのあのバストは女の私でもちょっと触ってみたくなる何かがありますよ」
そう会話を続ける二人の横ではまだ追いかけっこが続いている。
とはいえ今までの事を思い返せばそろそろ
「破壊力ぅー!」
の声と共に渾身の右ストレートを炸裂させる事だろう。
そこまでされると後々面倒なので(プロデューサーの蘇生とか)程々の所で止めるべく動き出す。
狭い事務所の中をどたばた走り回るプロデューサーの前に立ち、
「おはようございます和久井さ」という挨拶も聞かずに天井ギリギリまで放り投げ、
背中を下に落下してきた所を両肩でキャッチして首、背、腰を極める。
これぞ某軍隊直伝スーパーアルゼンチンバックブリーカーである。
もちろん地面に叩きつけた後エルボーを決めるのも忘れない。

「楽しい追いかけっこもいいけど、程々にしておきなさいね」
「あースンマセンでした……ところでソレはドコで覚えたんすか?」
「秘書なんてやってるとね、セクハラに対抗する手段も色々覚えるのよ」

19 :すごいよ! わくわくさん!:2012/05/31(木) 23:48:45.38 ID:lgV8MvJ7.net
事務所に顔を出したら、同年代のアイドルの一人である木場真奈美がなにやら難しい顔をしていた。
普段は不敵な笑顔が多い彼女にしてはこの表情は珍しい。
「おはよう。どうしたのそんな難しい顔をして」
「ああ留美か、おはよう。今度撮影に使うから慣れておけとスタッフからコレを渡されたんだが……」
そう言って手元の銃を持ち上げるが、その眉は訝しげに潜められている。
「こいつをどう思う?」
そう言って渡された銃を一瞥して受け取る。少し手の中で弄んでいたがふと何かに気づいたようで
マガジンを外し、スライドを引いて薬室に残っていた弾丸を取り出す。
そうして取り出した弾丸を観察して、
「銃自体はモデルガンだけど、少し弄れば普通に撃てるようになってるわね。で、弾は本物」
と結論付けた。
「やっぱりそうか……」
「貴方なら向こうで見たことあるんじゃないの?」
「いくら向こうに居たからといってそうホイホイ見られる訳が無いだろう。無いとは言わないが片手で数えられる程度だよ」
此処は法治国家日本である。持っているだけでも違法であり、
然るべき所に届け出るだけでもかなり面倒な事になるのは想像に難くない。
「さてこれをどうしたものかな……」
解決策も思い浮かばずに頭を抱えていると意外な所から救いの手が差し伸べられた。
「昔の知り合いにこのテの事に詳しい人が居るから聞いてみましょうか?」
「そうしてもらえると助かる。どうしていいかわからなくて途方にくれてたんだ」
物が物だけに会話を聞かれたくはないのか、隅の方に移動して懐から携帯を取り出しアドレス帳から目的の番号を呼び出す。
「携帯取り出しポパピプペと……繋がれば良いけど」
どうやら目的の相手には繋がったようで話し声が聞こえてくる。
「どうも和久井と申します。…ええ、お久しぶりですねオールドギース……」
しばらく何事か話していたようだが断片的に聞こえてくる会話からは想像しようが無かった。
やがて話はついたのかこちらへ向かってくる。
「話はついたわ。これから橿原さんという人の使いがくるからその人に渡してちょうだい。後は向こうがうまくやってくれるから」
「ありがとう。しかしいろんな人と知り合いなんだな君は」
「秘書なんてやってると色々知り合いは増えるものよ」

20 :すごいよ! わくわくさん!:2012/05/31(木) 23:50:33.54 ID:lgV8MvJ7.net
事務所に顔を出したら、お手伝いの人が受話器を手にして困っていた。
「おはよう。いったいどうしたの?」
「おはようございます和久井さん。どうも間違い電話らしいんですけど海外の方らしくて話が通じないんです」
「英語なら貴方も出来ると思ったけど」
「私だって簡単な英語くらいならできますけど、どうも英語じゃないみたいなんです。というかヨーロッパ圏じゃないかも」
それは確かに難題かもしれない。ジェスチャで代わるように指示してとりえず受話器に向かって呼びかけてみる。
「hello?」
そうして聞こえてきた相手の言葉に耳を傾ける。幸運なことにその言語には聞き覚えがあった。確かにこの言語は普通の人にはわからないだろう。
記憶の中から言葉を掘り返してなんとか間違い電話である旨を伝えると
ようやく相手は納得したのか謝罪の言葉を言いながら電話を切ってくれた。
「凄いですね和久井さん」
「秘書なんてやってるといろんな言葉も覚えなきゃいけなくてね」
「ところで今のってどこの言葉なんですか?」
「ナメック語よ。久しぶりだから思い出すのに時間がかかったわ」

21 :すごいよ! わくわくさん!:2012/05/31(木) 23:52:24.05 ID:lgV8MvJ7.net
事務所に行ったら、車関係のイベントにコンパニオンとして参加したアイドルを迎えに行くよう頼まれた。
久しぶりにMT車を運転する。やはりATよりこっちの方が楽しい。
イベント会場の出口で目的の人物を探す。
丁度良く会場を出てきたばかりの姿を見つけてクラクションを軽く鳴らしこちらの存在を伝えると、
助手席にアイドルの原田美世が滑り込んでくる。
「あれ? 和久井さん?」
「連絡、行ってなかったかしら。プロデューサーが別件で動けないから私が迎えに来たの」
「ごめんなさい。着替えに忙しくて」
「まあいいわ。出るわよ」
走り始めてしばらくは順調に走っていたが、少し声のトーンを落として運転席から声がかけられる。
「ごめんなさい。頭動かさないでミラーで確認して欲しいんだけど、後ろの車、運転手とかに見覚えある?」
「……いえ、ありませんけど……もしかして尾けられてるんですか?」
「会場出てからずっとだからそう考えるのが自然でしょうね。
逆に考えればこういうのが付くぐらい有名になったとも言えるけど、面倒だから振り切るわ。シートベルトして頂戴」
「え? シートベルトはもうしてますけど」
「そっちじゃないわ。四点式の方」
「は? え?」
「少し揺れるけど我慢して頂戴」
「いやちょっと待っ」
ギアを落とした車はその声を最後まで聞かずして甲高いスキール音を響かせながら急加速する。
それからの後ろの車を振り切るまでの僅かな時間は、遊園地の絶叫マシンなど比べ物にならない程の衝撃だった。
助手席に座る美世は果たして気づいただろうか。運転中タコメータの針がパワーバンドから動かなかった事に。
そして数十分後。
「はい到着」
何も無かったかのように涼しい顔をして運転手は告げる。
「疲れてるところ悪いんだけど1つ頼み事いいかしら」
「なんでしょうか……」
「もうちょっとサス硬く出来ないかしら」
「小さい子も乗るんです。私はしませんからね」
「そう。残念だわ」
言葉とは裏腹にその呟きにはさして落胆した様子は見受けられない。
「それにしても、一体どこでこんな運転覚えたんですか」
「秘書なんてやってると車の運転もしなきゃいけなくてね」

22 :創る名無しに見る名無し:2012/06/01(金) 00:02:20.22 ID:N0JSXYn6.net
以上投下終了。
最初に1レス1話の連作短編って言うの忘れてましたすいません。
変なキャラ付けして和久井さんファンの皆様すいません。

>>11 言われるまであしたのシジョーの語呂の良さに気づかなかった……不覚。
>>16 いや「にやり」としてもらえてよかったです。ちょっと限定過ぎかなと不安だったので。
ちなみに私はMTG-1500BとG-7700を使っております。


23 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/06/01(金) 00:05:48.03 ID:N0JSXYn6.net
あら、日付跨いでたからID変わってた。
いちおー本人証明。ついでにage。

24 :創る名無しに見る名無し:2012/06/02(土) 08:36:51.53 ID:ynYaMaoH.net
>>23
乙。
……和久井さん。それ、秘書ってよりSPの行動です。
しかし、コレでなぞが解けた気が。
なんで失職したか判らなかったけど、
きっと警護対象の社長に「何、おばさん」とつい言ってしまったんだなと納得。


あと、自分の好みで言うと、たまにセリフが誰の物か判りにくい所があるのが気になります。
具体的には以下の2つ。

>「おはよう。で、一体あれは何の騒ぎ?」
>「あ、おはようございます和久井さん。いつもの通りプロデューサーさんが向井さんにパイタッチしただけなんですけどね」

>「さてこれをどうしたものかな……」
>解決策も思い浮かばずに頭を抱えていると意外な所から救いの手が差し伸べられた。

前者は別に誰でも良かったかもしれませんが、事務所スタッフなのか、名前が出て無い他のアイドルなのか、
そこら辺がイメージ出来なかったんで初見の時にちょいと躓きました。

後者の方は何度か読み返せば木場さんのセリフだと判りますけど、ここも初見じゃ躓きました。


あと、アイマスCGのメンツはプレイでちゃんと育ててないとなかなかイメージ湧きませんね。
まだ、手元に来た事無いキャラだと、有名キャラでもかなり印象薄い(^ ^;;。

25 :創る名無しに見る名無し:2012/06/06(水) 01:11:59.58 ID:C39DHeXO.net
>>23
今回も乙でしたー。
超必の〆の掛け声は「ゎくわーくスパーク!」っていっちゃうんですか、わかりません!
とりあえずあれだ、レオナかバイスのコスプ…じゃなくて次の仕事の衣装について
どっちがいいかちょっと和久井さんに聞いてくる!

あと>>24さんと似た内容になってしまいますが、
地の文章が和久井さん視点と第三者視点が混ざっているように
感じる部分が少しだけあり、そこでちょっと流れが止まってしまうのが気になりました。

色々と書いちゃいましたけど、個人的には
ジーザスネタもあって嬉しかったですw
次作も楽しみにしてます。

26 :レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/06(水) 19:40:03.26 ID:Xk0gNuE/.net
ごぶさたさまでございます。あらためて新スレおめ。
一本書きあがりましたので投下しにまいりました。

美希で『金色のHEARTACHE』、本文4レスお借りします。

はじまりはじまり〜。

27 :金色のHEARTACHE(1/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/06(水) 19:40:29.67 ID:Xk0gNuE/.net
 同級生の星井が……星井美希が髪を切ってきたときのクラスの動揺といったら、
並大抵のものではなかった。

 その朝、星井のいつもと同じ「おっはよーなの」という声に返されたのは
おおよそひとクラス分の「ええええっ!?」というどよめきだった。おおよそ、
と言ったのは、僕を含めてひと声も出せなかった奴らがいたからだ。
 いつもと同じに始業ギリギリでやってきたので彼女に質問をする時間はまったく
なく、10秒後に始業のチャイムと一緒にホームルームを始めようと入ってきた
担任が一瞬の絶句のあと、「おぉ、すっきりしたな、星井」と言い、「えへへ
先生、似合う?」と答えたのが唯一のプライベートトークだった。ホームルームの
あとの休み時間はもちろん女子による囲み取材で、星井の左斜め後ろの席にいる
僕は気弱でバカ正直な自分の習慣にこっそり感謝しつつ、次の現国の予習を
するフリをしながら星井の声に耳を大きくしていた。
──美希、いったいどうしたの?その髪!
──うん、ちょっとイメチェン。どうかな。
──かわいいよ、すっごく!……でも、ほんとにそれだけ?
──なんで?
──ほら、美希こないだも休んでたじゃん。まさか、失恋、とか?
──きゃははは!ないない、ないよぉ!
 星井の声はいつものように光り輝くみたいに明るくて、本人が言ってるとおり
漫画やドラマで見たみたいな『失恋して髪を切った』とかじゃないのは本当
だろうと思えた。この日の星井は一日中女子に囲まれていて、僕だけじゃなく
男子は一人として彼女とまともに話すチャンスをもらえなかった。

 星井美希は、今やもう結構有名なアイドル歌手だ。春にデビューしてから
ずっと同期のアイドルたちから頭ひとつ抜き出していて、歌やドラマやCMで
たくさんのファンを集めた。僕やクラスメートたちは言うに及ばずってやつで
みんな我先にファンクラブに入ったし、夏休みのコンサートにはでかい旗を
クラスで作って会場に行った。星井はどんどん有名になっていってもちゃんと
学校に来ていたし(中学は義務教育だから、さすがのアイドルも授業には出な
ければならないのだそうだ)、授業中はいつも眠そうで先生たちも容赦なく
チョークを投げたりしていて、教室にいるときの星井はアイドルになる前の
星井と全然変わらなかった。
 それが、その星井が、急に変わった。
 いつもなら授業中はもちろん休み時間だって眠そうで、昼休みの半分は目を
閉じている奴だったのに、今日は仲良しの何人かとどこかへ遊びに行った。その
授業にしたって自分から手を挙げて、黒板の前で問題を解いたりしていた。もともと
テストの点も悪くない星井が、鉛筆ころがし以外でも勉強ができると証明した
形になったわけだ。
 5時間目の英語は出席番号順で星井が教科書を朗読する番で、2ページびっしり
書いてある英語詩を見事に読みこなして先生に誉められ、実は来月から始まる
舞台のセリフにここんとこが丸々あるの、みんなもせんせーも観に来てねっ、と
ちゃっかり宣伝までしてのけた。
 授業が終わると一緒に帰ろうと誘う友達を断って、図書室で調べたいことが
あるからと一人で意気揚々と教室を出て行った。

28 :金色のHEARTACHE(2/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/06(水) 19:40:52.44 ID:Xk0gNuE/.net
──どうしたんだろ、美希。すっごいジュージツしてる感じ。
──でも、あそこまで変わるとちょっとリカイシガタイーって思うけど。
──うーん。実はほんとに失恋だったり?
──この前なんとかいう人と雑誌載ってたよね、アレ?それで仕事に打ち込んでるの?
──えー美希かわいそー。
 口々に勝手なことを言いながら帰ってゆく女子を見送り、僕はため息をついて
立ち上がった。その雑誌に載ってたのは同じ事務所の、しかも同じ女の子のアイドルだ。
 話題の中心人物がいなくなってぱらぱらと人の減ってゆく教室を出て、僕は
屋上に向かった。コミュニケーションホールが新校舎にできてからは、屋上は
ほぼ僕の独占地帯になっていた。
 カバンから読みかけの本を出して、いつもの段差に腰を下ろした。読書という
より、星井のことを考えたかった。
 本を開くことさえせず、ぼんやりと宙を見上げてため息をついた。
「はあ」
「あふぅ」
「えっ」
 すると、それに応えるみたいに声が聞こえた。驚いてあたりを見回すと……。
「星井?」
「アタリなの」
 貯水タンクの隣の管理小屋、その屋根の上から彼女が顔を出していた。
「え、なにしてんだよ。図書室行くってさっき」
「えへー。ウソでしたー」
「なんだよそれ」
 こっち来なよ、と誘われて、裏のはしごを使った。屋上のそのまた屋上で
腹ばいに寝そべる星井は靴と靴下を脱いでいて、制服のスカートから伸びる
素足にどきりとした。
「他にここに来る奴なんていないって思ってたから、びっくりした」
「ミキもー。知らない子だったら黙って寝てよって思ったんだけどね。なに
してたの?」
「時間つぶし。親が帰るまで1時間くらい暇なんだ」
 もともと人混みは得意じゃないし、友達と遊ぶには半端な時間ができた時は
ここか図書室で本を読んでいるんだ、と説明した。
「あれ、ミキが図書室行くって言ったから、みんな来ちゃって混んでるって
思った?ごめんね」
「いや、まあ天気よかったしこっちに来るつもりだったけど。それより星井は、
いいの?」
「いいもなにも、まいて逃げて来たんだもん」
「ええ?」
「もー、みんな取材攻勢キビしすぎるよー。雑誌の人とかよりスルドく突っ込んで
くるしさ」
 図書室うんぬんは口実で、教室を出たあと猛ダッシュで後続の友達をぶっちぎり、
ここまで逃げたのだそうだ。レッスンより疲れたよーお腹すいたよー、文句を言う
星井に苦笑しながら、ふと思い立ってポケットを探った。
「のど飴あった。食べる?」
「スースーするやつ?」
「しないやつだけど、ライム味だからちょっとすっぱいかも」
「食べる。ありがと」

29 :金色のHEARTACHE(3/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/06(水) 19:41:13.23 ID:Xk0gNuE/.net
 くるりと包み紙をむいて、ぱくりと口に投げ込んで、にこりと僕に笑う顔。
 いや、飴に、かな。
「星井は、人気者だからさ」
「ん?」
「みんな、星井のこと興味あって、その星井が急にイメチェンして、しかも
授業とかでもいつもと全然ちがってさ。だからどうしたのかって思って追いかける
んだよ」
「えへへ、ミキ、前と変わった?変わって見えた?」
 僕の言葉のどこかが気に入ったみたいで、嬉しそうにそう聞き返してきた。だって
今日は一度も寝なかったじゃん、と言ったらますます笑い顔が大きくなる。
「でもねー、ミキ一日で疲れちゃった」
 その笑顔を急降下させてそう続ける。
「今までラクして生きてきたけど、やっぱり急に変わるのは大変なの」
「変わる……?」
「ほら、ミキいまアイドルしてるでしょ。やっぱ、どうせやるならイチバンって
思ったんだ」
 星井は芸能人になってから、いろいろな出会いがあったと言った。その出会いを
大切にするには、アイドルとしての成功で恩返しするのがいいと考えたのだそうだ。
「週末に『今から変わる』って宣言して昨日カミ切ってきて、アイドルも学校もチョー
頑張ろうって決めて。えっとね、頑張るのは楽しいし全然いいんだよ、でもね」
「今日みたいに、友達とか?」
「んー……うん。そかな」
 ホントはそれもカンシャしなきゃなんだけどね、と、いたずらがばれたみたいな
顔で笑う。
 その笑顔を見ていたらたまらなくなり、つい言っていた。
「……変わらなくたって、いいのに」
「え?」
「……僕はさ」
 僕は星井に、へとへとになるようなファンサービスをして欲しいわけじゃなかった。
「今の席になってから、星井の斜め後ろから、星井を見てるのが楽しかった。いつも
授業中でも堂々と寝てて、それでもテストでは僕よりいい点取る星井がすごいなって
ずっと思ってた」
 相当ユルい学校で髪の色変えてる奴はいっぱいいたけど、星井くらい気合いの
入った金髪はさすがにいなかった。もちろん当初は先生たちの目の敵で、特に
担任や生徒指導は星井がなにかしでかすに違いないっていう目をしていたのが
許せなかった。
「体育の授業だって平均よりよっぽどいい成績だし、それでもお高くとまったり
しないでみんなと楽しくふざけてる星井のこと、すごいって思ってた」
 アイドルになるって決まったときもお父さんお母さんと、担当の事務所の人が
みんなで学校に来て、かなり長い時間先生たちと話していた。
「その上、アイドルだなんて。星井は、もう充分頑張ってるじゃないか。だから
これ以上変わるなんて、必要ないって思うんだ」
 自分の選んだ道とは言え、辛い苦しい思いまでして、必死になる彼女を見るのは
耐えられなかった。
 僕はただ、好きなことをやって楽しそうにしている星井を見ていたかったのだ。
 そこまで一気にしゃべって、息をついだ。

30 :金色のHEARTACHE(4/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/06(水) 19:42:10.73 ID:Xk0gNuE/.net
「ふうん」
 星井は黙って聞いていてくれて、そのあと僕に向き直って、目を弓なりに細めた。
「ありがと。ミキね、そう言ってくれて嬉しいな。でも」
 ……『でも』。
「でもミキね、見たいって思っちゃったんだ。アイドルのトップってどんな
なのかな、って」
 星井は、どんどん有名なアイドルになってきている。歌やドラマでテレビに
も出ているし、この前はなんとかいう賞を受賞していた。
 でももちろん、まだまだ上がいる。
「プロデューサーとね、いっぱい話し合ったんだ。ミキならできるって言って
くれたし、プロデューサーもそこまで連れて行ってくれるって約束してくれたの」
「プロデューサー……デビューするとき学校に来た人?」
「うん。だからね」
 その、プロデューサーの顔を思い浮かべているのだろう、星井のその顔はとても
楽しそうで、とても嬉しそうで。
「だからミキね、もっともっと頑張りたいなって思うんだ」
 とても、とても幸せそうだった。
「そうなんだ……ああ、そうか」
 そうか。本当に、失恋じゃなかったんだ。
「そうなら、さ。そうなら僕は星井のこと、応援するよ。星井がいつの日にか、
トップアイドルになれるように」
 僕は、その笑顔に負けないくらい明るい笑顔を浮かべ、そんな風に星井を励ました。
「えへへ、ありがとなのっ」
 星井は嬉しそうに笑って、そろそろ事務所行くね、と言った。収録?と聞くと、
今晩の生放送で新曲を発表するのだと答えて、サビのところを聞かせてくれた。
「……あのさ」
「ん、なに?」
 素足のままで靴を履いて、靴下はどうするのかと思ったら鞄に突っ込んで、
屋上から降りようとする星井に声をかけた。
「あの……今の歌、CD出たら買うよ。タイトル、なんていうの?」
「まいどありー、なのっ。『思い出をありがとう』だよ」
 元気に降りてゆく星井に手を振って、僕はまた屋上に腰を下ろした。星井が
振り返らないでよかった、と思いながらポケットをまさぐり、ハンカチを取り出した。
 ぼんやり下を見ていたら、茶色いショートカットが校門へまっしぐらに
駆けて行くのが見えた。少し離れた路上に車が停まっていて、星井の顔は
そちらを向いていて。それ以上は視界がぼやけてよくわからなくなり、手探りで
ハンカチを丁寧に折りたたんだ。

 記憶の中の長い金色の髪を思い出しながら、僕はハンカチを目に押し当てた。





おわり

31 :金色のHEARTACHE(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/06(水) 19:42:49.17 ID:Xk0gNuE/.net
以上です。ご笑覧いただければ幸いにて。

>メグレスP
大活躍ですね、楽しい話山盛りでありがとうございます。読めばのめり込めるんですが
シンデレラガールズは声が当たってようやく妄想開始、的なスタンスから踏み出せずに
おります。
メグレスPやら各所の書き手さん、絵師さん方による補完ストーリーを読んでじわじわと
勉強のただ中、いずれは彼女らでもなんか考えたいもんです。

ではまた。

32 :レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/17(日) 16:03:19.85 ID:HpjK2FBz.net
みなさんご機嫌うるわしゅう。レシPでございます。
楓さんに対する亭主持ち子持ち妄想の呪縛から最近解き放たれましたので、
普通の恋愛もの考えました。
誕生日ネタを誕生日当日に思いつく悪い癖のためいっつも遅刻orz

楓さんで『メイプル・フレーバー』、本文4レスお借りします。
連投ですいません。

33 :メイプル・フレーバー(1/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/17(日) 16:04:06.10 ID:HpjK2FBz.net
 事務所の給茶室、安いテーブルの上に置かれた細長い瓶。持ち主の
気持ちを無視できるのなら、このような場所には瓶も中身も似つかわしくない、
危険なものだとはっきり言える。
 だが俺は、そんな第一印象と無縁の賞賛を口にした。
「へえ、これは綺麗だ。初めて見ましたよ」
「日本では販売代理店も少ないそうなんです。最近は通販もありますけど」
「これでウイスキーですか。瓶の形だけ見ていたら、メイプルシロップか蜂蜜
だと思い込みそうだ」
「私も時々そう思います」
 そう、これは酒だ。
 テーブルの向こう側でそう微笑む彼女、高垣楓はこの酒の持ち主であり、
俺の担当タレントの一人である。
 同世代でありながら俺よりはるかに大人びて見える彼女に、俺は初対面の
時からずっと敬語で接していた。
「しかし、いいんですか。楓さんにとっても貴重ものなのでは?」
「いいんです。今日は特別ですから」
 90cm角のテーブルの向こう側で、楓さんは楽しそうに微笑んだ。
「まあ、いいバトルだった……と言ったら頑張ってくれたみんなに悪いですが、
正直そう思いました」
「まさにこの瓶は、いいバトルだった記念のボトルというわけです」
「さほどかかってません、楓さん」
 親交の深い事務所とライブバトルを行なった。営業的にも双方に満足のいく
成果だったし、我が事務所にとっては勝利を収めたことがさらに喜びを重ねて
くれる。
 さっきまでのライバルたちと意気投合し、カラオケで打ち上げだとはしゃぐ
年少組を現地解散させて、一人で事務所に戻ろうとしたところで彼女に呼び止め
られた。こっそり祝勝会、しませんか?と。
「特別と言うのは、今日という記念日に勝てたからですか?」
 そうたずねてみると、おやという表情をする。
「誕生日ですよね。おめでとうございます」
「あら。プロデューサーって、なんでもお見通しなんですね」
「いやいや、アイドルのプロフィールくらいは押さえてますよ、いくらなんでも」
 まだまだ駆け出しのプロデューサーとしては大したこともできず、精一杯奮発
したスカーフを差し出した。ラッピングを開け、笑顔をほころばせながら食器棚へ
向かい、ショットグラス代わりにと小ぶりのコップを二つ取り出す。
「ありがとうございます。でもこの年齢だともうあまり嬉しくないです」
「いくつになっても記念日は記念日ですよ」
「このウイスキーもいちばん初めは、二十歳の誕生日にいただいたんです。『カエデ』
つながりだ、って」
 カナダで作られているというメイプルウイスキー。よく見るダルマ型ではなく
細身のストレート瓶で、中の琥珀色もかなり淡い。
「今年が5本目ですか?」
「お上手ですね」
 封を切り、グラスに細く注ぎ入れる様はまさに蜂蜜のようだ。二つのグラスに
酒を満たし、その片方をこちらへ滑らせる。どちらからともなく杯を持ち上げ、
かちりと鳴らした。
「……甘い」
「おいしいでしょう?」
 この酒は、日本の法律では厳密にはウイスキーには当たらない。フレーバーで
味付けされているため、カクテルの色味づけや製菓材料と同列なのだ。まあ
なるほど、女性好みの飲み口であると言えよう。

34 :メイプル・フレーバー(2/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/17(日) 16:05:06.54 ID:HpjK2FBz.net
「牛乳で割ってもいいんですよ」
「カルーアみたいなもんですか。しかしこの口当たりは危険だな、飲みすぎて
しまいそうだ」
「普通のウイスキーほどではないですけど、30度ありますからね」
「……まるで、楓さんのようですね」
「?」
 小首をかしげてこちらを見つめる瞳に、幾分減ったボトルを掲げた。
「透き通るようなおもかげに、甘くすべらかな口当たり。しかして深く味わえば、
夜明けとともに大いなる悔やみを抱いて目を覚ます」
 まるで口説いているようだ、と自分でも思ったが、徹夜がちの脳味噌に糖分
多めのアルコールが悪さをしたに違いない。何を言い始めたか、という表情で
こちらを見つめていた顔が、不意に真っ赤になった。
「……え」
「ああ、しまった」
 長風呂でものぼせない、と豪語していた白い肌に朱を注した失策を悔いた。
これは、ちょっとやりすぎだろう。
「いけない、久しぶりのいい酒で舌が回りすぎました」
「ぷ、プロデューサー……」
「気に障りましたか?ですよね、すみません。まったく、俺ときたらつい
調子に――」
「あの」
「――はい?」
「あの」
 彼女はテーブルの向こう側で、小さなグラスを抱きしめるようにしてこちらを
上目遣いで見つめている。その赤い唇が動くのが判ったが、声が小さくて
よくわからない。
「どうしました」
「い、今の、って」
「今の?」
「私を」
 そこまで聞き取り、埒が明かないと判断した。テーブルを回って近づき、
あらためて謝罪しようと顔を近づけた、……その時。
「んっ」
「んむ?」
 両肩に手を回された。力をかけられ、彼女の体がぐっと伸び上がるのを感じた。
 次の瞬間、キス、されていた。
「か!楓さんっ?」
 慌てて顔を引き、問いただそうとする。が、彼女の顔が俺に追いすがる。首を
強くかき抱かれ、たまらず腰を屈めた。
「楓さん?な、何を」
「我慢、できないです。そんなこと、言われたら」
「が……我慢?」
「言うまいと、決めていたのに」
 胸元に顔をうずめた彼女は、か細い声でそう呟いた。甘いメイプルのフレーバー
に混じって、彼女の香りが鼻腔をくすぐった。
「プロデューサーは……プロデューサーですから、私たちみんなのプロデューサー
なのですから、私がこんな……っ」
「か……」
「こんなこと、思ってはいけないのに」

35 :メイプル・フレーバー(3/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/17(日) 16:05:39.90 ID:HpjK2FBz.net
 嗚咽をこらえてか、途切れ途切れになされる打ち明けは、確かに。
 確かに、プロデューサーとタレントの関係では決して許されるべきでない
ものだった。
 それでも、彼女はそれを……言ってはならない一言を口にしようとしている。
 それがわかった時、俺はそれを止めねばならないのだと思った。
「プロデューサー……私は、あなたのことを」
「楓……さん」
「好――」
「いや、か、楓ッ!」
「――っ」
 宙をかいていた両手を彼女の胴に回し、力いっぱい抱き締める。小さく吐息を
漏らし戸惑う表情を俺に向ける。その唇を……俺から、キスで塞いだ。
「ん……ん、んんっ」
「っむ……っ、う、ん」
 彼女の可憐な桜花、ふたひらの唇をむさぼるように覆い、強く吸った。彼女が
言おうとした言葉を俺の肺に閉じ込められるものなら、そう念じながら彼女の
口を、舌を、息を封じ続けた。
 そんな激情の中ぼんやりと、このままでは彼女が呼吸できないことに思い
当たり、そっと唇を離す。
「ん……は、ぁ、っ……はあ、っ、プ」
「楓」
「プロ……デューサー」
 荒く吐息をつきながら、すこし潤んだ目を上げて、彼女が俺に問いかける。
「今、の」
「楓……俺は、楓が、好きだ」
 女性から、タレントから、アイドルの身分で、彼女が誰かに恋を打ち明ける
ことは許されない。
 しかし一介の芸能プロデューサーであれば。
「いつの間にだったか、楓のことをタレントとして見ていられなくなっていた。
ファンに笑顔や、握手をふるまう姿に嫉妬していた」
 バラエティ番組や写真集での水着姿。スポーツイベントで弾ける肌の汗。仕事
とは言え、いや、仕事であってさえファン全員に本心からの感謝をささげる彼女を、
俺はいつの間にか独り占めしたい欲求に駆られていた。
「今まで、必死でそれを押し殺して仕事をしていたが……もう耐えられなかった」
「プロデューサー」
「すまない。俺はプロデューサー失格だ」
 こんな場面ですら俺がしているのは自己弁護だ。彼女の不適切な言動を押し
とどめながら、それでも自分の保身をも図らずにはおれない。
 彼女とともにいたい、そのためだけに。
「プロデューサー。プロデューサー」
 俺に呼び掛ける声で我に返った。
「それでは、こうしましょう」
「え……」
 す、と腕の中から身を抜いて、俺の手を両手でとって見つめてくる。長身の彼女と
あまり背の高くない俺、至近で並ぶとなんとか体裁が保てる程度の差しかない。
「私の言葉を遮ったのは、私がアイドルだからですか?」
「え?ええ、そうです」
「ありがとうございます。誰も見ていない場所でも心構えを忘れてはならない
ということですね」

36 :メイプル・フレーバー(4/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/17(日) 16:06:23.52 ID:HpjK2FBz.net
「俺と違って、状況にかかわらず大勢に見つめられる立場です。安心できる場所で
あればなおさら、用心するチャンスですから」
「よくわかりました。明日から肝に命じますね」
「……明日」
 明日から、と彼女が言い、見えなかった会話の着地点が見えた。
「ですから今日のうちだけは、私の想いを……いえ、あなたの想いを、遂げては
いただけませんか」
「楓……さん」
「プロデューサー」
 とん、とその身を再び俺の胸に預け、目を閉じる。
「もう、呼び捨ててはくれないのですか?」
「……楓っ!」
 俺はその細身の体を、力一杯抱き締めた。
 たとえ翌朝消えてなくなる夢であっても、今このひとときだけは逃すまい、と。

****

 翌日は別の事務所とのライブバトルを予定していた。現地集合となった会場前で、
昨日と同じスーツ姿の俺を皆がからかった。
「すみませんプロデューサー」
 それをかばったのが、彼女だ。
「私を励ましてくれて、プロデューサーだけ終電を逃しちゃったんですよね。
だから、みんなも笑わないであげて?」
「い、いやまあ、そのまま仕事してたもんで。ちゃんと中は変えてるから大丈夫
ですよ、楓さん」
「あっ、昨日の約束!」
 どきっ、とする。
「私のことオバサン扱いしないって約束しましたよね?プロデューサー」
 なにごとなのだと興味津々の少女たちに、立て板に水で説明する。
「みんなのことは呼び捨てなのに、私だけさん付けなのはプロデューサーにも
遠慮があるからだ、って言ったじゃありませんか」
 ……と、いう約束をしたのだ。今日からまたアイドルとプロデューサーに戻る
について、彼女からのひとつだけのおねだりだった。
「あ、ああ、そうでした」
「ほらまた!みんなと同じように私にも敬語は禁止です。ちゃんとリーダーシップを
とってくれないと」
 ゆっくり俺に指を差し、片目をつぶった。
「めっ、ですよ」
「……わ、わかったよ……か、楓」
 きゃあっ、とアイドルたちのはしゃぎ声が大きくなる中、思った。翌朝俺に
もたらされたものが後悔でこそなかったが、……。

 あのメイプルの香りは、やはり危険なものだったのだ、と。




おわり

37 :メイプル・フレーバー(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2012/06/17(日) 16:06:58.33 ID:HpjK2FBz.net
以上です。初デレラ、元ネタ少ないだけにキャラ固めるの難しい。
メイプルウイスキーっての見つけたらネタが降りてきたって感じです。
朝チュンについては全年齢対象ですしこんなもんってとこでムニャムニャ

ではまた。

38 :創る名無しに見る名無し:2012/06/20(水) 21:45:58.01 ID:LnUuOCHa.net
はじめまして。こういう場もあることを最近知ったので、枯れ木も山の賑わいになればと
いうことで、一作投下させていただきます。
本分2レス、お借りします。

千早のSS タイトルは「未来の足跡」です。

39 :未来の足跡:2012/06/20(水) 21:46:39.62 ID:LnUuOCHa.net
 私が知っている世界は、本当にこんな形をしていたのだろうか。雪の降る空を見上
げながら、そんな柄にもないことを考えている。地面には新雪が積もっていた。人気
はなく、そして、その新雪の上には、足跡はひとつしか残っていない。ここまで歩い
てきた、私の足跡だった。ライブが終わった後買い物に行こうと言った春香と美希と、
それからプロデューサーに、それを断ったことへの不審さを感じ取られてはいなかっ
ただろうか。そんなことばかり気にしている私は、きっと、意固地か、あるいは頭が
悪いのだろう。
 不審さから、感づかれるのが、怖い。
 感づかれて、舞台を降ろされてしまうのは、もっと怖い。
 公園のベンチに積もった雪を、手袋をした手でそっと払った。そこに腰を下ろすと、
凍りつくような冷たさがお尻から這い上がってきて、そして、すぐに気にならなくな
っていった。その間私は自分が雪の上に残してきた足跡をじっと眺めていた。私が通
った後には、私の足跡が残る。雪の上にだって、足跡は残すことができる。
 けれど、その足跡だって、どこまで続くのかは、わからない。
 次のライブも、がんばろう――。
 私は右の手袋を外して、喉に触れる。
 そんな意図なんてまったくない言葉ほど、鋭く胸を突き刺す言葉はない。
 はあ、と吐いた息は白い。だんだんと、どうやって他人と会話していたのかよくわ
からなくなっていく。ずきり、と頭に疼痛が残る。その頭を軽く振ると、髪にしがみ
付いていた雪がふわりと散った。
 寒さなんて。
 雪なんて。
 緩やかに落ちてくる雪は、辺り全部を灰色に濁らせていく。時折その役目を思い出
してはすぐ忘れるようにして吹いている風は、舞い落ちた新雪の、その中でもさらに
表面に積もったものを薙ぎ払うように攫っていた。

40 :未来の足跡:2012/06/20(水) 21:47:30.88 ID:LnUuOCHa.net
 眠れなくて、叫びだしたくなって、膝を抱えたままただ朝を待つ間に考えるような
ことを、私は今考えている。朝を待つ時間は長い。考える時間だけは嫌になるほどあっ
た。
 作品とは。
 結局のところ、作品とは二つに分けられるのだ。利己的な救済を保障する息工と、
何かを遺す機構。その二つ。
 遺す。
 物語は、楽曲だって、絵画だって、みんなみんな、そんな叫びを持っている。想い
を詰め込み時には構造化して普遍化して、そして、誰もが受け取れる、誰もがたどり
着ける場所へ導こうとしている。学問だって、結局はそうなのだろう。
 大切な想いを、たくさんの人に伝えたくて。
 そのために、自分を削り、あらゆるものを犠牲にすることを厭わずに。
 どんな作品だって、そんな声を発している。そんなことに、こうなるまで私は気づ
いていなかったのだ。もっと歌えたらいいのに。もっと上手く、強く、歌うことがで
きたらいいのに。もっともっと、たくさんの曲に出会いたいのに。
 そう、思う。
 本当に、心から、そう思う。
 そう思う時間だけは、無限と思えるくらいにある。
 喉を押す。指先に拍動を感じる。それが失われてしまうものであることを、感じて
いる。
 コートのポケットの中で、携帯電話が震えた。取り出してみると、メールの着信だ
った。差出人は春香。千早ちゃん抜きなの申し訳ないからそろそろ戻るね、いろいろ
食べ物買ったからみんなで食べよう。私はそのメールを読んで、ひとつ息を吐くと、
立ち上がった。ホテルに戻らなければならない。そうやって歩き出そうとしたときに、
目の前には自分が来るときにつけてきた足跡があった。ほんの軽い思いつきで、私は、
その足跡の上に自分の足を重ねた。ブーツのつま先とかかとの幅の違いで、そのまま
ぴったりと収まらずに、微妙にずれてしまう。二歩目はつま先を浮かせて、かかとだ
けをすでについている足跡に重ねた。そうしたら、元の足跡が崩れずにきれいに残った。

そうやって何歩か歩いてから振り返ると、雪の上にはひとつの足跡だけが残った。そ
のことにどこかで満足して、私はそのままそれを繰り返して公園の入り口まで歩いた。
私は今、痕跡を消しながら前に歩いている。何かをここに遺そうとしている。この足跡を

見た人はどう思うだろうか。そんなことを考えた。ここを通りかかった誰か。その
中の何人かは、帰る足跡がないことに気づいてくれるだろうか。ベンチまで歩いてい
った誰かがそれっきりどうしたのか、不思議に思ってくれたりすることもあるだろうか。
 そうだったら、いいのに。
 私は、私のそんなささやかなたくらみに、少しだけ唇の両端を上げた。
 そうして、ゆっくりと、春香たちが帰ってくるホテルに向かって歩き始めた。

41 :創る名無しに見る名無し:2012/06/20(水) 21:49:10.51 ID:LnUuOCHa.net
コピペミスでずれてる……申し訳ありませんでした……

42 :創る名無しに見る名無し:2012/06/23(土) 14:49:39.85 ID:x5xMW4Ft.net
>>41
GJ
いたずらっ子ちーちゃんかわいい
千早は放っておくと勝手にスパイラルダウンしそうで怖いけれど、
春香がいるとそれをまた勝手に補正してくれますね
よろしゅうございました

43 :96:2012/06/23(土) 20:35:43.46 ID:3XBCE1BJ.net
久々の投稿です。去年のクリスマスSSを読んで下さった方、
感想の書き込みをして下さった方に感謝いたします。ありがとうございました。
依然として1とかSPとかそのあたりの設定のままです。4分割になります。

44 :96:2012/06/23(土) 20:36:27.28 ID:3XBCE1BJ.net
open face

 水瀬伊織は怒ったような表情で、となりに座っているプロデューサーの顔をじっと
見つめていた。
「どうした?」プロデューサーが訊く。
「リラックスしなさい」
「は?」彼はなんのことやら、頭の上にはてなマークを浮かべている。
「いいから、リラックスしなさいってば」
「リラックスねえ…こうか?」プロデューサーは不思議そうな顔をしながらも、伊織の
要求に応えるべく、座っていたソファの上で、体重を背もたれにかけ、伸びをするような
格好で足をテーブルの下へ投げ出した。伊織は彼の顔をじっと見ていたが、
「リラックスしてないじゃない」と不満げに言った。プロデューサーはよいしょ、と
体を起こした。
「なんだかよくわからないけど、時間があんまりないんだから、ちゃんと資料に目を
通してくれ」
 ここは765プロダクションの応接室。これから伊織のスタジオ収録に出かけるため、
二人は打ち合わせの最中だ。あいにく会議室は使用中だったので、客のいない応接室で
資料を広げている。
 伊織は、元の姿勢に戻ってしまったプロデューサーを険しい目つきでにらみつけたが、
彼はその視線に全く気づかない様子で、彼女にスタジオでの注意点を細かく説明している。
伊織は両ひじをひざに突き、背中を丸めて両手でほおづえをついた。手のひらで隠れている
彼女の口元は思い切り「へ」の字型をし、まゆはスキーの描くシュプールのように
曲がっている。普段なら彼に対して、弾丸のように文句の数々を言いかねないところだが、
彼女にしては珍しく、沈黙を守っている。
 伊織はゆうべ、参考用にと渡されたテレビドラマの映像を事務所から持ち帰った。
内容はありきたりのラブストーリーだったが、伊織はいつもしているように、これが
自分とプロデューサーだったら、とドラマを見ながら考えていた。いったいそんなことを
考え始めるようになったのは、いつぐらいのことだったろうか。
 ドラマや映画に出てくる恋人たちの会話を、「こういうところはアイツに似てるかも」
とか、「自分ならこんなこと絶対言わないわ」とか考えているうちに、画面の中の
俳優たちを自分とプロデューサーの姿に移し換える、そんな作業を彼女はもう幾度となく
行なってきた。
 ゆうべも伊織は、自分とプロデューサーを、モニターの中の主人公たちに投影して
いたのだが、そのドラマの中で、恋人同士の会話シーンに、こんなのがあった。
『あなたって、いつでもマジメな顔しかしてないような気がする』とヒロインが言うと、
『そんなことないさ。自分の部屋でくつろいでいるときは、無防備な顔になってると思うよ』
『無防備?』
『うん、自分のお気に入りとか、大事なものばっかりに囲まれてると、すごくリラックス
できるしね』
『大事なものかあ…その中に私も入りたいな』
 伊織はその「無防備な顔」というものにいたく興味を持った。思い起こしてみれば、もう
半年以上も一緒に仕事をしているというのに、プロデューサーのそんな「無防備な顔」
とやらにお目にかかったことは一度もない。自分が普段見ているプロデューサーの顔とは、
真剣に仕事をしている顔、バカみたいに笑っている顔、困ったようにこっちを見ている顔、
だいたいそんなものだ。
 ゆうべのドラマを参考にするならば、「無防備な顔」というのは、自分の大事なものが
すぐそばにあって、心配事のない状態でなければできないものなのだろう。自分は
プロデューサーとしょっちゅう一緒にいる。一番多くの時間を過ごしていて、現在の
彼にとっては一番大事な存在のはずなのに、その無防備な顔を、今まで自分が見たことない
だなんて、どうしようもなくくやしくて腹立たしかった。まるで自分は別に大事じゃない、
とプロデューサーに言われているような気持ちだった。


45 :96:2012/06/23(土) 20:37:38.28 ID:3XBCE1BJ.net
 今日は朝から打ち合わせということで、応接室に二人きり、じゃまはいない。自分と
二人きりで部屋にいる時にリラックスしたなら無防備な顔を見られるかと思って、いつもの
口数をがまんしているというのに、そのプロデューサーは、来客用の柔らかなソファに
もたれかかるということもせず、資料の束を手に、体を前方へ折りたたむようにして
仕事の話ばかりしている。この男はいったい、いつ、どこで、どんな状況なら無防備な顔に
なるのだろう?
『自分の部屋でくつろいでいるときは、無防備な顔になってると思うよ』
 ドラマのセリフが頭の中にリフレインされた。
「そうだ、アンタの部屋よ!」伊織は目を輝かせて立ち上がった。
「は?」説明を中断され、プロデューサーはぽかんとした。
「アンタの部屋へ行くって言ったの。ほら、早く!」
「なんでオレの部屋へ?これから仕事って言ってるだろ?」
「仕事なんか後回しでいいわよ」
「そんなわけにいかないだろ。むこうでスタッフ待たせてるんだから」
 時間がなくなってきたのか、プロデューサーは少しいらだちながら、さっきからしていた
説明を手短かにもう一度くり返すと、伊織を追い立てるようにして事務所を出た。
 伊織は、プロデューサーが運転する車の助手席に座ったまま、しばらく無言のまま
腕組みをしていた。プロデューサーは、伊織の様子をうかがいながら話しかけた。
「急がせて悪かったな」
「ふん」伊織は顔をそむけた。
「なんかあったのか?」
「なんかってなによ」伊織は彼の顔を見ずに返事をする。
「おれの部屋見たいとか言い出すし」
 伊織は無言だった。
「今日はこの仕事終わったら事務所に戻ってくるだけだから、少しくらいなら寄り道できるぞ」
「寄り道…」伊織は彼の方へ顔を向けた。
「何が楽しいのかよくわからないけどさ、おれの部屋見て気がまぎれるんなら別にいいぞ」
「ほんとに?」
「ああ」
 伊織の表情がみるみる回復していく。
「じゃあ、仕事を早く終わらせるわよ!ほら、急いで!」
「はいはい」

 ところが運悪く、スタジオでは時間が少々押し気味になり、終わったのは予定より1時間も
遅かった。もちろん伊織はとってもご機嫌ななめだ。
「まったく、なんであんなに時間かけなきゃいけないのよ」伊織は助手席のシートベルトを
締めながら言った。
「そういうなよ。みんながんばったんだからさ」
「そりゃそうかも知れないけど…」
「で、ホントにおれの部屋見たいのか?」
 伊織は今日の最大目的はそれだと言わんばかりに、「もちろんよ」と答えた。どうしても
プロデューサーの「無防備な顔」というのを見てみたい。しかも自分だけがそばにいる
時に、だ。せっかちな彼女は、それを『いつか』見てみたいのではなく、『今』見たいのだ。
 プロデューサーの運転する車は、午後の日差しを避けるように、しばらく日陰を選んで
走っていたが、やがてスピードをゆるめ始め、彼の住むアパートのすぐ隣にある、砂利の
敷かれた駐車場で停まった。

46 :96:2012/06/23(土) 20:39:15.77 ID:3XBCE1BJ.net
 プロデューサーは伊織の先に立って、アパートの階段をのぼっていく。伊織は
「エレベーターもないところによく住めるわね」とぶつぶついいながら、彼の後から
ついていった。プロデューサーは3階の一室の前で立ち止まり、ドアのカギを開けた。
「はい、どうぞ。きたないとこだけど」
「ほんとにきたないわね」
 ふた間しかない部屋の中は雑然としていて、薄暗かった。プロデューサーはいつも自分が
使っているのだろう、部屋の真ん中に置いてある、少しすすけたアームチェアを伊織に勧め、
自分は毛布の積み重なったベッドに腰掛けた。
「どうだ、満足したか?」
「アンタはそこで寝てるのよね」
「ああ」プロデューサーはベッドの上であぐらをかいた。
「それじゃ、そこでくつろぐといいわ。私はここで見てるから」伊織は彼の方を向いて
ニヤリと笑い、腕組みをする。
「くつろぐ?」
「ええ、だって自分の部屋でしょ?」
「くつろげって言われてもなあ…これから事務所に帰ってまだ仕事あるし」
「明日にしなさいよ」
「そうもいかないよ」
 言うことをきかないプロデューサーにじれてきたのか、伊織の口調が少し荒くなった。
「いいから、少しはゆったりしなさいよ!アンタが一番リラックスできる場所なんでしょ?」
「どうかなあ。最近は寝に帰ってくるだけの小屋みたいな感じになってるし」
 伊織は眉を寄せ、彼の顔に射るような視線を浴びせた。この男は自分の部屋を
ビジネスホテルみたいに思ってるわけ?
「アンタは自分の部屋でゆっくりくつろいだりしないの?」
 プロデューサーは時計をちらりと見てから、自嘲気味に笑った。
「夏休みとか、長いオフがあったらできるかも知れないけどさ。今の仕事を始めてからは
そんな余裕ないよ。帰る時には結構疲れてるし、そのままベッドにバタン、って感じだ。
最近じゃ土日も事務所詰めてるしな」
 伊織のこめかみがぴくぴくと動く。どうも今すぐこの男の無防備な顔を見ることは
難しいらしい。結局、仕事に追われている限り、この男が自室でリラックスすることは
ないのかも知れない。それなら、いっそのこと、手を回して会社をクビに…。いや、それは
ダメ。へたをすると、事務所を辞めた後、二度と顔を見ることができなくなってしまうかも。
伊織はその想像に、少し背筋が冷たくなった。
「それじゃ、アンタがリラックスできるのはどこなのよ」
「…特にここ、ってのはないかなあ」
 伊織はむむむ、と今にも爆発しそうになった。今朝からのがまんがもう限界近い。
「あ、風呂につかってる時は気持ちいいなあ、とは思うけど」
「お風呂?」伊織は目を丸くした。
「ああ、遅出の日の朝とか、ゆっくり風呂に入ってると結構ほっとするよな」
 伊織は恨めしげにぼそぼそとつぶやいた。
「…お風呂じゃ一緒にいられないじゃない。…ぜ、絶対ってわけじゃないけど」
「ん、なんか言ったか?」
「言ってないわよ!」伊織は顔をそむけた。
「まあでも、そのうちひまができたら、どこかでゆっくり息抜きしたいなあ」
「どこかってどこよ」伊織は彼が『温泉』と言うのかと、内心はらはらした。


47 :96:2012/06/23(土) 20:40:19.74 ID:3XBCE1BJ.net
「そうだなあ…」彼は首をひねりながら考えていたが、急に明るい表情になり、
「ああ、前に大学の友達と郊外の自然公園へ行ったときは気持ちよかったなあ。
空がほんっとに晴れてて、あったかくて、それでいて木陰はひんやり涼しくてさ。
乾いた芝生の上でずーっと寝ころんでたなあ。うん、あそこならまた行きたいなあ」
「ふーん。…友達って、男?」
「ん?ああ、そうだけど?」
「…自然公園の芝生ね」伊織は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「さ、そろそろ戻ろうか」プロデューサーは腰を上げた。

 プロデューサーと伊織はまた車に戻り、事務所へと向かった。伊織はまた無言のまま
助手席に座っている。しかし今度は朝とは違い、機嫌を損ねているのではなく、さっきの
話に出た、自然公園へプロデューサーと二人きりで行く方法を思案していたのだ。
「おい、重いぞ」
 考え込んでいるうちに、知らずにプロデューサーの方へ体を近づけていた伊織は、
自分の頭が、彼の左腕にもたれかかっているのにようやく気づいた。
「うるさいわね。ちょっと考え事してるんだから、静かにしてなさいよ」
 プロデューサーはやれやれと肩をすくめ、運転に集中した。伊織は目を閉じて、懸命に
考えている。
 えーと、私の休みがこの日とこの日だから、コイツにもどっちかを無理やり
休ませておいて…そうそう、私がオフにはそこへ行ってみたい、って言えばいいのよね。
なんで、って言われたら…この前きいたから興味があって、ってことにすればいいわ。
私のいうことなら聞くはずだし。…でも、他の人間は一緒に行ったりしないように
きっちり言っておかないと。家にも行き先は内緒にしておいた方がいいわね。
オフじゃなくて仕事、って言っておけば完璧ね。
 着ていくものは…この間買ってもらった白のワンピースなんかどうかしら。私の
そういう姿を見たら、きっとこの男もいっそうドキドキして…それじゃダメだわ。
落ち着かないと意味がないのよ。白いブラウスにロングスカートの方がいいかしら。
 でも、その日が晴れじゃなかったら困るわね。ううん、私が出かける日なんだから、
晴れるに決まってるわ。うん、絶対そうよ。よし、これでオッケーだわ。
 でも、どうして私がこんなに苦労しなくちゃいけないのよ、まったく。無防備な顔を
見たい、っていうだけなのに。私がそばにいる時は、いつでもああ、幸せだなあ、って
顔をしてたらいいじゃない。まったくニブいんだからもう…。

 雲一つない青空の下、伊織は大きな木の下で、乾いた芝生の上にひざを崩して座っていた。
少し暑い日差しをさえぎる木陰のひんやりした空気が、薄手の半袖のブラウスから伸びる、
ほてった腕を心地よく冷ましていた。
 彼女のひざの上には、芝生に寝転がったプロデューサーの頭が載っていた。プロデューサーは
伊織の顔を下から見上げ、くったくや警戒心のかけらもないような、自然で穏やかな笑顔を
見せていた。伊織は彼の顔を見て、自分も同じように笑う。二人ともなにも言葉をかわさず、
じっと見つめ合っているだけだ。
 都会の喧噪はおろか、遠くで鳥のさえずるかすかな音くらいしか聞こえるものはなく、
この世でたった二人しかいないような、そんな空間の中に彼女たちは存在していた。
 伊織の手がプロデューサーの頬にそっと触れる。彼は静かに目をつむる。伊織は満足そうに
微笑み、少しだけ背を丸めると、顔を彼に近づけた。

「よし、着いたぞ。…なんだ、寝ちゃってるのか」
 事務所の前で車を停めたプロデューサーは、自分の左腕にもたれかかったまま眠っている
伊織の顔を見ながら言った。
「まったく、起こすのがかわいそうなくらい、無防備な寝顔だな」プロデューサーは、自分に
よりかかっている伊織の頭をのけようともせず、笑いながら静かに右手を彼女に伸ばした。
 伊織は夢の中で、ゆるやかな風が、まるで自分の髪をやさしくなでつけるようにして
吹いていくのを感じていた。


end.

48 :創る名無しに見る名無し:2012/06/25(月) 08:04:20.21 ID:PYSLkaVT.net
>>43
GJ!
朝から良いもの見させてもらいました。

しかし、背伸びしてても伊織nはまだまだ子供だなぁw

49 :創る名無しに見る名無し:2012/07/04(水) 09:14:33.67 ID:OBxgSwe2.net
鯖落ちてた?
確認age

50 :レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/07/15(日) 00:37:30.64 ID:vZBsBTic.net
7月もすでに半ば、暑くなってまいりましたが皆様いかがお過ごしでしょうかレシでございます。
本日は皆様にちょっとした涼をお届けに上がりました次第で。
主役は夢子ちゃん、『love telepathy』で本文2レスお借りします。

51 :love telepathy(1/2) ◆KSbwPZKdBcln :2012/07/15(日) 00:38:11.69 ID:vZBsBTic.net
 最近、私に秘密の趣味ができた。
 人にはちょっと言えないその名は、ずばり『テレパシー』。そう、超能力の、人の心が
わかったりする奴。
 まあ、別にほんとに信じているわけではないけれど、面白いことに気づいたのだ。これ、
ある特定の人物には、けっこう有効なんじゃないかな、って。
「あ」
 うわさをすればなんとやらで、その『特定の人物』が現れた。私はすかさず物陰に隠れる。
 今日はラジオの収録で来たのだけれど、この多目的スタジオは簡単に言えばアイドル向け
便利スペースで、知り合いにもよく会う。廊下の奥からこちらに歩いて来るのは誰あろう、
秋月涼だった。
「んー……ふぅ」
 ひとつ深呼吸して、胸の鼓動を落ち着けて、タイミングを測って、そ知らぬふりでまた
歩き出した。
「あれっ、夢子ちゃん?」
「え?あら、涼じゃない」
 なるべく自然に見えるように、さも今気づいたかのように。肩越しに振り返って挨拶する。
「夢子ちゃんもここだったの」
「いつもの収録。涼は?」
「僕もレギュラーの録りだったんだ、いま終わったところだよ」
「そう、お疲れ様。私も今日はおしまいなの」
 そう言いながら、彼の顔をちらちら盗み見た。この顔は……、うん。
「久しぶりにいい時間に体が空いてホッとしたわ」
「あれ、夢子ちゃんもこの後時間あるの?」
「え?ええ、そうよ」
「僕も今日はもう終わりなんだよね。お茶でも、いかが?」
 ね。
 どうやら彼は夜はスケジュールが空いていて、せっかく私と会ったのにハイサヨナラって
いうのもちょっと、って思っていた。そこで私が、隙のあるそぶりを見せて彼にお茶を
誘わせた……そんな展開。
 これが私の『テレパシー』。
 涼の考えていることは、私にはけっこうわかるかも、っていう話。

「どこ行こっか、夢子ちゃん」
「涼はどうしたいの?」
「うーん、こないだ夢子ちゃんが言ってた喫茶店なんか、どう?」
「うん、いいわよ」
「へへ、実は来がけに新作ケーキのポスター、貼ってるの見ちゃって。おいしそうだったん
だよね」

「最近調子いいわね。男性タレントの仕事も増えてるし」
「一時期大変だったけどね。あ、実はね夢子ちゃん、それで女の子目線の意見聞きたいことが
あって」

「そういえば最近私、ホットヨガ始めたのよ。夏に向けてって言うより、コンディション
維持のためなんだけど」
「うわ、ほんと?僕いま興味あってさ、身近でやってる人探してたんだ。男の人もいたり
する?」

 喫茶店で紅茶をお代わりしながら、あれこれ話をした。私のテレパシーは今日はことさら
調子が良くて、彼の目を見ているだけでどんな話題が欲しいかピンとわかる。このセンスに
磨きがかかれば、トーク番組なんかでもゲストの喋りたいことを引き出せるかも、なーんて。

52 :love telepathy(2/2) ◆KSbwPZKdBcln :2012/07/15(日) 00:38:50.30 ID:vZBsBTic.net
「……っていうことがあってね、まったくあの日はサイテーだったわ」
「うわぁ、大変だったね。でも、大事に至らなくて良かったんじゃないかな」
「そうは言うけどね。なんか私だけ貧乏くじみたいじゃない」
「夢子ちゃんがやさしい人だって、見てる人はちゃんと気付いてるよ」
 いつの間にか話題は私の愚痴になっていて。いつものことなんだけど、結局こいつには
いろいろしゃべりやすいのだ。
 けど、喫茶店で声を抑えて気の滅入る話をしてるのもそろそろ飽きてきた。どうせなら
大きな声を出して、すかっとしたい感じ。
 そしたら。涼が、こう言った。
「夢子ちゃん、まだ時間だいじょぶ?」
「え?うん」
「よかったら、カラオケとか、どうかな。なんか、大声出したくない?」
「行く行く!ちょうどそんなこと思ってたの!」
 あまりのグッドタイミングな提案に、二つ返事で反応しちゃって、はっとして浮かした
腰を落ち着けて。
「あ、あんたにしちゃいいアイデアじゃない、よく思いついたわね」
 かなんか言ってみたけど、顔が赤くなってるのに気づかれてやしないかな。
「あはは、実は社長から、市場調査を仰せつかっててさ」
 なんでも繁盛してるカラオケ屋で他の部屋の歌やリクエスト端末の履歴を探って、リアリティ
のあるトレンドを感じて来いっていうことらしい。
「場所柄、ヒトカラじゃかえって目立つんで、一緒に行ってくれる人探してたんだ」
「なあんだ」
「あ、でもね」
 涼が続ける。ちょっと上目遣いで、私の様子をうかがいながら。
「……あの、ヘンな意味じゃないんだけど」
「?どうしたのよ」
「いまこうして話しててね、その、ひょっとしたら」
「えっ」
「夢子ちゃん、カラオケ行きたいんじゃないかな、って感じ、したんだよね」
「……は」
「き、気を悪くしたらごめんね、なんか、今日は夢子ちゃんの思ってること……」

 結局。

「なんとなくわかるって言うかさ。ほら、会った時とか、この喫茶店の話とか」
 考えてることがわかる、って思ってたのは私だけじゃなくって。
 彼は彼でおなじこと……その、つまり、『私の思ってること、顔に書いてあるみたい』
って、考えてたそうで。
 もうそれを聞いてから、私はなんにも喋れなくなってしまって。
 ますます顔を赤くして黙り込んだのを機嫌でも損ねたか、と慌てて会計に行く彼の背中を
見送りながら。

 ……あ、でも、涼より私のほうが、ちょっとだけ『能力』が高いかも。
 だって彼は、まだ私の本心に気づいてないみたいだから。
 それがわかっていれば、このくらいのことであんなに慌てなくたって大丈夫だもの、ね。

 なんて思いなおして、さらにも少し考えて、安心というよりちょっぴりムカッとしながら。
 急いで荷物をまとめて、彼のと一緒に持ち上げて、席を立って彼に向かって歩き出した。




おわり

53 :love telepathy(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2012/07/15(日) 00:39:31.89 ID:vZBsBTic.net
以上でございます。よい風のひとつでも吹けば幸い。

>>43
計画倒れ(物理的な意味で)するいおりんかわゆすGJ!
目覚めたときの彼女の動向を固唾を呑んで見守るといたしましょうw



ではまた。

54 :Insertシリーズ2 2/2:2012/07/16(月) 23:57:14.28 ID:4a60P6Xw.net
だけど今夜、僕には思惑があった。
暗闇の中、彼女の体を手でなぞっていくといつものように両の手がしっかりと顔を覆い、
口から零れる艶かしくも可愛らしい喘ぎ声を懸命に押さえようとしているのがわかる。
手首を握り、強引にその手を顔の脇に押し付けた。
とっさに唇を噛んで喘ぎ声を殺し、顔を背けた様子が闇に馴染んだ視界に写る。
罪悪感が心に浮かびそうになったのを打ち消すように。
僕は外した片手を伸ばして障子を勢いよくスライドさせる。

窓の外、中天に輝く満月が彼女の上半身を銀色に照らし上げる。

「あ、あなた様……そのようなこと、いけませぬ、閉めてくださいまし……」
「見てみたいんだ、貴音がどんな顔で僕に応えてくれているのか」
「あぁ……あなた様はいけずです……このようにはしたなき姿を見たいなどと」
「違うよ貴音、今の君は凄く魅力的だ……だからもっと乱れてくれないか?」

真顔で言い募る僕を見て、彼女はそれ以上の抵抗を諦めたのか
眩しそうな顔でまっすぐ僕を見上げながら、薄っすらと微笑んでいった。

「あなた様……おなごの本性をみて後悔なさらぬように……」
「後悔などするわけがない。さあ貴音、僕と一緒に」
「では……あの月が姿を隠すまであなた様を離しせぬ、お覚悟召され」

そういって貴音は僕の腰にしっかりと足を絡ませると、僕の顔を掴んで引き寄せ
たっぷり深い接吻をひとつ、ふたつ。そして三つ目、口の中にもあのぬめった生き物が
侵入してきて、僕の舌にからみつくと膣内に棲む生き物と同調した動きで
口の中を滅茶苦茶にかき回して僕の理性をそぎ落としていく。
ぴちゃぴちゃという水音は脳内に直接響き渡り
ぐちゅぬちゅと粘液をお互いの性器でこねまわしながら
初めて味わう刺激に耐え切れず、貴音の子宮に向けてたっぷり射精を……
いや、正確には降りてきた子宮に先端をくわえこまれ、吸い出されるように射精していた。

貪欲に精液を飲み込む子宮、それこそあの生き物の本体なのかもしれない。
その証拠に、あのからみつく生き物は僕が抜け出ることを許さないとばかり
いっそう激しくペニスにからみつき、その刺激で僕は萎えることを許してもらえず
さらなる射精に向けての奉仕を強要される。

そして貴音が宣言した通り、月が堕ち夜が明けてしまうまでの間。
僕は彼女の子宮に5度以上の射精を注ぎ込み、最後に飲み込む余地がなくなっても
精液と愛液が入り混じった粘液を潤滑油にして、僕の激しい抽送はとまらなかった。


おしまい

55 :54:2012/07/17(火) 00:00:01.75 ID:cwSdrzHL.net
創発板の皆様にお詫びと謝罪


ごらんのとおり、>54は他スレへの誤爆です。

そうならないよう、該当スレだけを開いて作業していたはずが
操作ミスでこのようなご迷惑をおかけすることになり
お詫びもしようがありません。

本当にごめんなさい。
申し訳ありません。

56 :創る名無しに見る名無し:2012/07/20(金) 22:04:28.24 ID:eISgbg7q.net
>>55 よーしじゃあ1本なんか書いて投下してもらおうか(ゲス顔)

57 :創る名無しに見る名無し:2012/07/22(日) 03:44:35.98 ID:+XGZdMJ0.net
>>55
ドジッ子さんめ!チンチンイライラさせやがって

58 :創る名無しに見る名無し:2012/07/23(月) 22:48:42.89 ID:p+nrhYgZ.net
>56 できばれいずれお目にかかりましょう

59 :創る名無しに見る名無し:2012/07/24(火) 01:25:26.82 ID:KoNl52BT.net
アイマスシンデレラガールズもののSSを投下します。内容はパッションP×小関麗奈です。
注意点は特にありません。ただ伊織が登場し、トップアイドルとして扱われています。

60 :女王と駒(P×小関麗奈)@:2012/07/24(火) 01:26:57.60 ID:KoNl52BT.net
「番組降板ってどういう事ですか!?」
俺はテーブルを挟んで向かい合っている番組プロデューサーに問いかけた。
「確か一年契約という約束です。それにこちらに落ち度はないはず……」
番組プロデューサーであるS氏はこっちの切迫した心境を知ってか知らずか
煙草を口に咥えて目を閉じ、煙を吸っている。
「……視聴率が取れないんだよね、彼女が出ると」
彼が鼻から吐いた煙は拡散しながら、この空間に立ち込め、溶け込んでいった。
「特に若年層の女性視聴者からは反発の声も強くてね。見てごらん、これを」
彼は一枚の紙を俺に提示した。見てみると番組放送日と折れ線グラフが記入されている。
山と谷にはその時の番組収録における詳細が記載されていた。
「最近の視聴率をグラフ化したものだが、検挙に下がっている所があるだろう?
 そのほとんどがね、麗奈ちゃんが映ったシーンなんだよね。
 うちは若い女性層をターゲットにしているからさ……
 彼女は目に見えて番組の足引っ張っている訳よ。
 番組出演者たちも我の強い彼女と絡むのに困っているし
 これ以上アイドル・小関麗奈を続投させるメリットはないと判断してもおかしくないよね?」
「し、しかし……っ! 彼女は男性受けはいいですよ!
 これからは若い女性層だけでなく、男性層も視野に入れていくとおっしゃっていたじゃないですか!」
明確な結果を示す統計を見せられても俺はS氏に食い下がった。
現在、麗奈の仕事状況は芳しくない。事務所の同期アイドルたちと比べても大分少ないのだ。
おまけに最近では打ち切りになる出演番組も重なり
このレギュラーを務める番組は彼女の生命線と言っても良かった。
「そうは言ってもねぇ……、ウエの命令なんだよこれ。
 そっちが残念なのは分かるけどさ、スポンサーの意見も考慮しなければいけないし
 俺ではどうにも出来ないな。
 それに……実は秋の改変期に合わせてさ、代わりに伊織ちゃんが入る予定なんだ」
「……水瀬伊織が?」
同事務所所属アイドルの名前を聞いて、俺は目を見開いた。
「そう。確か君、彼女を担当していた時期もあったよね。
 元々この番組は彼女をレギュラーに据えるつもりだったんだよ。
 彼女は女性層の人気はそこそこで、おまけに圧倒的な男性ファン数を抱えているからね。
 しかし相談した当時はスケジュールに空きがないと君の社長に言われてさ。
 代わりとして麗奈ちゃんを紹介してもらったという訳」
社長から回されてきたこの仕事にそういう事情があった事を、俺は初めて聞かされた。
確かにこれまでの番組でも、麗奈は伊織の代替アイドルとして見られる事が多かった。
二人は年も近く、容姿もキャラ立ちも似ている部分が多い。
ギャラが比較的安いため、資金繰りに悩む所がしばしば取引先だったりする。
ただ俺は、今でこそ「安価伊織」という立ち位置に甘んじているものの
いつか麗奈自身の魅力だけで売り出していけたらと思っていた。
「まあ、でも小麦粉アイドルはここまでが限界だよね。
 やっぱりギャラが高いだけあって実力も人気も、本物は違うよ。
 偽物や紛い物じゃあ、まず、勝てない。勝てない……」
麗奈が単なるツナギ役、しかも伊織の偽物扱いされた事に酷く憤慨したが
事を荒立てると業界における麗奈の評判や立場が悪くなると思い、俺はぐっと堪えた。
「本物って……麗奈は、麗奈で……」
「話はこれだけだ。もう帰っていいよ」
「あっ……あの……っ」
俺にはもっと言い分が残っていたが、S氏は要件を終えるとさっさとこの応接間を出て行った。

61 :女王と駒(P×小関麗奈)A:2012/07/24(火) 01:27:48.04 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

「おい、プロデューサー! 最近レイナサマの仕事が少ないぞ!」
事務所に帰ると、他の娘と遊んでいた麗奈が俺に寄ってきて訴えた。
「しっかりしろ! このままじゃ、アタシの世界的なアイドルになる偉大な計画が
 全く進まないじゃないかっ!」
「うん……ごめんな……」
「な、何だよ……その覇気のない返事はっ!」
俺は麗奈に番組降板の事をどう切り出そうかと頭を抱えた。
出演者との折り合いはともかく、彼女はあの番組が好きだったからショックを受けるに違いない。
「プロデューサーさん」
「あっ、小鳥さん……」
「社長がお呼びですよ」
事務員の小鳥さんがそう教えてくれたので、俺は社長室に行った。
しかしそこでも景気のいい話を聞く事はできなかった。

62 :女王と駒(P×小関麗奈)B:2012/07/24(火) 01:28:56.29 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

「……麗奈の、引退!?」
聞き間違いであって欲しかったが、社長は渋い顔をして重々しく首を縦に振った。
「そうだ。君や小関君の勤労ぶりは知っている。
 しかしそれだけでは渡っていけない所が、この業界の厳しい所でね……。
 多少なりとも結果を出せなければ、身内であれ非情な対応を取らざるを得ないのだよ」
俺はがっくりと項垂れて、自分の足を見つめた。
「……俺の、力が足りないばかりに……申し訳ございません」
「いや、君の実力は本物だ。少なくとも私はそう思っている」
社長は続けた。
「事実、君が以前担当していた水瀬君や萩原君は立派に第一線で活躍しているじゃないか。
 彼女たちは今、私が付けた若手プロデューサーを育てるくらいにまでなっている。
 私は君の手腕を買って、『あの』小関君を任せた。
 前担当のいい加減な仕事を君に引き継がせてしまって、済まないと思う。
 だがそれは、君なら彼の尻拭い以上の働きをしてくれるとの期待があっての事だ」
「恐れ入ります……」
「しかし今回ばかりはどうも荷が重過ぎたようだな。
 彼女は頑張っているようだが、現状、同期のアイドルたちの中で
 かなり見劣りのする部分があるからね。
 私としても、才覚ある君をいつまでも低所で燻らせておく事は勿体無いと思うのだ。
 将来有望なアイドル候補生たちはまだ沢山いる。
 君には彼女らをこれから担当してもらいたい」

63 :女王と駒(P×小関麗奈)C:2012/07/24(火) 01:30:18.71 ID:KoNl52BT.net
「社長」
俺は我慢出来ずに社長へ懇願した。
「お言葉を返すようで、申し訳ございません。
 ですが……麗奈を引退させるのは早計だと思うんです。
 確かに麗奈は協調性の面で、やや扱い辛い所があります。
 アイドルとしての能力も、他の娘たちに比べて劣っているかもしれません。
 ですが、彼女は大きな目標を捧げてそれに向かって一生懸命邁進出来る娘なんです。
 俺はそんな彼女の夢をもう少し追わせてあげたい……
 そして出来る限り手助けしてあげたいんです。
 お願いします、どうか俺に時間を下さい。麗奈は伸びしろの多い、素晴らしい娘なんです!」
社長は俺の熱のこもった話にじっと耳を傾けてくれていた。
「ふむ……君がそこまで熱心に彼女の事を考えているのなら……
 私も今後の彼女の身の振りを考え直す必要があるようだ」
「あ、ありがとうございます!」
俺は深く一礼して、社長に感謝の意を伝えた。
首の皮が一枚つながっている状況とはこの事だろう。
「では、このオーディションに目を通したまえ」
社長はそう言って書類の山から一枚を抜き出して、俺の前にを示した。
俺はそれを社長から受け取り、その内容を一読した。
「この、オーディションは……」
「小関君の可能性を見る判断材料として君に見せた。
 このミュージカルの役に合格すれば、彼女のアイドル活動存続を認めよう」
社長の提示したミュージカルの仕事はファンタジーのジャンルで
内容を見る限り、ヒーロー側よりもカリスマ性のある少女の悪役がメインのようだ。
これなら麗奈のキャラと親和性が高いし、彼女も喜ぶに違いない。
しかしコアな人気の脚本家が在籍しており、競争率は一般のものより高く感じられた。
麗奈の実力や知名度を考慮して、合格出来るかどうかは四割がいい所だ。
それより気になったのは、エントリーしたアイドルたちの中に
俺の育てた水瀬伊織の名も存在しているという事だ。
麗奈が嵌る役なら、伊織にだって充分な資格がある。
むしろ客寄せや知名度の点を審査員が考えるとすれば
このオーディションは伊織の一人勝ちでもう決まったようなものだ。
「この役に合格すれば当たり役となり、一気に小関君の評価を覆す事も可能だ。
 そう私は考えている。先に言っておくが、水瀬君をエントリーからはずす事はしない。
 現状、小関君は水瀬君の陰、嫌な言い方になってしまうが
 おこぼれを受ける身に甘んじている。
 だから水瀬君の仕事を実力でもぎ取り、十二分にこなせる事を示さなければ
 彼女はいつまで経っても、水瀬君の補欠扱いだ。
 彼女の実力的に、このレベルのオーディションは厳しいかもしれない。
 だがこれに合格出来なければ、今後の活動には不安が付きまとうのも事実なんだよ」
「……」
「やれるかね? 私としては強制はしないつもりだが……」
「いえ……ありがとうございます……」
俺はその書類を手にして社長室を出た。

64 :女王と駒(P×小関麗奈)D:2012/07/24(火) 01:31:00.59 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

俺はその翌日から麗奈と猛レッスンを開始した。
身の丈以上の困難なオーディションには頭を抱えてしまうが、
ここで諦めたら引退しかないのだから必死だ。

「もぉ、疲れたぁ……」
「麗奈、まだ二セット残っているぞ! ほら立って!」

連日のスパルタレッスンにより、麗奈の体力はゴリゴリと削られていく。
そして床でへばった彼女に対する俺の喝も、自然と怒気を帯びた。
普段の倍のレッスン量を注ぎ込んでいるのだから、へたり込んでしまうのは当然の事だ。
だが、最有力候補の伊織に勝つには、運だけでなく審査員の関心を奪う程の実力が必要になる。
その実力を手に入れるのに、近道などない。
効率良いレッスンを続け、少しでも実力を塗り重ねて挑む他ないのだ。
伊織の実力は彼女を育てた俺が一番良く知っている。
麗奈にはこのオーディションを何としても勝ってもらわなければいけない。

65 :女王と駒(P×小関麗奈)E:2012/07/24(火) 01:31:41.53 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

だがある日、麗奈は事務所に来なかった。
休みの連絡は来ていないし、レッスン場にもいない。家に連絡してみても朝出て行ったという。

(麗奈……)

俺は麗奈を探すために都内中を走り回った。
恐らく彼女は無茶なレッスンスケジュールに音を上げ逃避したのだろう。
生意気な口をきく事が多い彼女だが、レッスンへの遅刻やサボりは全くしなかった。
そんな彼女が逃げたのだから、よほど辛かったのだろう。 

(……)

引退の件を、俺は未だに彼女へ切り出せないでいる。
早く言った方がいいのだが、彼女の一生懸命な表情を見るとどうしても喉から言葉が出ない。
彼女は上昇思考の娘だ。それゆえに、引退の話をしたら酷くショックを受けるに違いない。
そしてオーディションへのプレッシャーが彼女を追いつめて
押し潰してしまうのではないかと危惧していた。
しかし結局、他ならぬ俺自身が彼女を追いつめてしまったのだ。

(麗奈に謝りたい……)

途中から雨がしとしとと降ってきた。それはやがてざあざあと本降りになったが
俺は傘を買う時間を惜しみ、ずぶ濡れになりながらも彼女の捜索を続けた。

66 :女王と駒(P×小関麗奈)F:2012/07/24(火) 01:32:24.72 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

「麗奈」
麗奈は郊外の公園で、雨の当たらない滑り台の下でじっと膝を折って座っていた。
俺の姿を見ると彼女は頭を手で隠して身を竦ませた。 怒られると思ったのだろう。
「……。怒らないから待っていてくれ。傘、買ってくるから……」
安心させるため彼女の頭をそっと撫で、俺は近くのコンビニに足を運び
安いビニール傘を一本買って来た。
既にずぶ濡れである自分の分は不要と思い、それだけ買って麗奈の元に戻る。
傘を差し出すと麗奈は黙ってそれを受け取り、俺の隣にくっついて歩き始めた。
「疲れていたんだな……。気がつかなくて……ごめんな」
「……」
「だから、今日はもう休もう。麗奈が壊れてしまったら、本末転倒だし……
 それで、いいか……?」
「……」
「……。次のオーディションは、麗奈にどうしても勝って欲しいんだ……。
 だから俺も焦っていてな。……明日から無理のないレッスンに切り替えるから、許してくれ」
そんな事を話しながら帰ったが、結局引退の事は大分ぼかしてしまった。
帰りにどこか美味しいものでも食べていこうと提案し
途中の喫茶店で軽食を取ったが、その時も麗奈は黙ったままだった。

67 :女王と駒(P×小関麗奈)G:2012/07/24(火) 01:33:24.46 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

翌日、俺は情けない事に風邪を引いてしまった。
雨の中で走り回ったのが災いしたのだ。
熱が高く、寝床から起き上がるのも辛い。
仕方ないが溜まっていた有給を使って休む事を事務所に伝え、麗奈には休暇と告げた。
彼女にはちょうど良い休みになるかもしれない。
そう思っているとインターホンが鳴った。
NHKの集金人なら居留守を使おうと思ったが、あまりに何度もなるので
俺は仕方なくふらつきながら玄関先に赴き、郵便受けから外を覗いた。
「来てやったぞ」
開けるとすぐ女の子の視線とぶつかった。来客は麗奈だった。
大きなリュックサックを背負った彼女を、とりあえず家の中に招き入れた。
「麗奈……今日は休みだよ。俺はこんなだからレッスン、見れないんだ。
 だから、ゆっくり休んで……」
咳が出てゴホゴホと喉を痛めつける。
「休むのはアンタだ。いいから、大人しく寝ていろ!」
麗奈は俺の体をグイグイ押してベッドに押し倒した。
「コマが役に立たないで、不安にならない女王がいるか!」
彼女はキッチンに赴き、持参の可愛らしいエプロンを羽織ると
カバンから人参やジャガイモ、ピーマン、トマト、キャベツ、もやし、ナス、ニラ
と統一性のない様々な食材を出し始めた。
何か作ってくれるのかと俺は最初期待していた。
しかし、スイッチのひねりが不十分でキッチンをガスで充満させたり
キッチンの戸棚の中にあったものを全部ひっくり返したりして全く目が離せない。
一体何の料理を作ろうとしているのかと聞くと、

「女王は生まれながらにして全ての調理に秀でているのだ」

と虚勢を張っている。しかし鍋敷きを焦がしている所を見ると
料理すらやった事がないのではないかという不安が、段々揺らぎないものとなっていった。

結局大騒ぎしてやっと出来たのは、レトルトのお粥一品だけだった。
ちなみにそのレトルト食品は、俺が数ヶ月前に買い置きしていたものと付け加えておく。
「さあ、存分に食え。レイナサマお手製だから、よく味わえよ」
麗奈はベッドの脇に座ると、その小さな口を窄ませてふうふうと冷ましてから俺の口に運んだ。
気恥ずかしかったが、親鳥から餌をもらうように俺はそれを啄んだ。
「どうだ?」
正直味は全くわからなかったが、麗奈が覗いて聞いてくるので、
「ああ……上手いよ……」
と答えた。
それを聞くと、彼女は満足げに天使のような微笑を漏らした。

68 :女王と駒(P×小関麗奈)H:2012/07/24(火) 01:34:54.62 ID:KoNl52BT.net
   #  #  #

「麗奈……」
「何だよ」
「役立たずの駒で……本当に、ごめんな」
俺はボソっとそう呟いて、首をうなだれた。
「プロデューサー……」
「最初会った時はな、正直言って態度と夢だけ大きい娘だなって思っていた。
 けど……実際は、麗奈は自分の掲げた大きな目標に対して怯まずに頑張っているんだ。
 お前は隠していただろうが、俺は、お前が内緒で時間外のレッスンをしていた事も知っている」
「あ、あれは……!」
俺は彼女を制して続けた。
「俺はな……そんなお前を見て、ああ、この娘をプロデュースしたいと本気で思った。
 この娘は口だけじゃない、自分の実力を見据えた努力の出来る娘だって分かったから……。
 この娘はきっと輝く事が出来るって……信じる事が出来た」
首は決して上がらず、俺は自分の手ばかり見ている。
「お前の頑張りに比べて、俺の方は全く駄目だったよ……。
 満足に良い仕事を持ってくる事が出来なくて……
 せっかく手に入れた仕事も他の娘に取られてな……。
 昨日だって、アイドルのお前を追いつめてしまった。
 本当、プロデューサー……失格だ……」
「……馬鹿野郎」
途中、麗奈の押し殺したような声が気になり、俺は横を向いた。
「役立たずは……アタシだよ……っ!」
彼女は今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。

69 :女王と駒(P×小関麗奈)I:2012/07/24(火) 02:42:03.31 ID:KoNl52BT.net
麗奈はポツリポツリと前担当の事を話し始めた。
彼女はその男性の事を今まで話したがらず、話そうともしなかった。
俺自身も、彼が彼女の担当をしていて他の会社に移籍したという事実しか知らなかった。
詳細を聞くと、彼女は信じられないくらい粗末な扱いをされていたようだ。
仕事は俺よりも多く取ってきたらしいが
彼は他のアイドルに付きっきりで麗奈の面倒をほとんど見なかった。
レッスンにも不真面目で、彼女はほとんど教えられないまま
一人ほぼ独学で歌やダンスの練習をしていたらしい。
麗奈のプライドや性格から、他のアイドルにレッスンを聞くような事は
しなかっただろうから、本当に孤立していたに違いない。
そのくせ、麗奈がそれで仕事をミスするとクズだのクソだのと散々罵倒したという。
こんな無責任な育て方で、アイドルが好ましい成長を遂げる訳がない。
俺が担当した時、彼女の実力が他の娘よりも低いのはこういう訳だったのだ。

「でも、アンタは違ったんだ……アンタはいつも親身になって
 アタシに基礎からレッスンを教えてくれたし
 頑張ったら頑張った分だけ褒めてくれた……。
 一度は嫌でたまらなかったこの仕事だったけど、アンタとなら何だってやっていける気がした。
 夢だって、アンタとならいつか絶対に掴めるって思った……」
「麗奈……」
「……知ってるんだぞ、アタシ。引退……させられそうなんだろう」
彼女は知っていた。話を聞くと、俺と社長の会話を盗み聞きしていたらしい。
じゃあレッスンの時のプレッシャーも相当だっただろう。
「仕方ないよな……アタシ、……どうしようもない、雑魚だから……っ」
「麗奈、そんな事を言っちゃ駄目だ……!」
俺は慰めようとしたが、既に彼女は大粒の涙滴を次々と頬に垂らしていた。
小さな膝に添えられた拳にギュッと力を入れながら、彼女は言う。

70 :女王と駒(P×小関麗奈)J:2012/07/24(火) 02:42:58.61 ID:KoNl52BT.net
「社長の話を聞いてさ……『ああ、また捨てられるな』って思った……。
 でも、アンタは捨てなかった……!
 さ、最後までアタシと一緒に頑張ると言ってくれた……っ。
 ……どんなに嬉しかったか、上手く言えない!
 けれど……すごく胸が熱くなって……それでっ……ううぅ……っっ!」
嗚咽の混じり始めた彼女の言葉を俺はうなづきながら、耳を傾けていた。
「だからっ……アタシよりも……アタシのために頑張ってきたアンタがっ……
 役立たずなんて、簡単に言うなよ……っっ!!」
「うん……。分かったよ……麗奈……」
「きっ、昨日はぁっ……ううっ……! 逃げて、ごめん……。
 でも、アタシ……怖くてぇっ……合格、出来なければっ……プロデューサーと……
 アンタと一緒に仕事できない……、ひくっ……そ、そう考えるとぉ……っ!
 上手く踊れない……声が、出せない……! ううっ……! 頑張るしかないのに……
 レッスンが上手くいかなくてぇっ……っ、それで……それでぇ……っっ!!」
「うん……大丈夫。大丈夫だから……、また一緒に頑張ってくれるか?」
嗚咽で呂律の回らない彼女に言い聞かすように、俺はしきりにうなづいて見せた。
顔をクシャクシャにして泣きじゃくっている彼女を、俺は何度もあやすように背中を撫でた。

71 :女王と駒(P×小関麗奈)K:2012/07/24(火) 02:44:05.12 ID:KoNl52BT.net

   #  #  #

数週間後、俺は麗奈のオーディション結果を控え室で聞いていた。
発表が終わり、しばらくしてから麗奈は帰ってきた。
彼女は極度の緊張で神経を摩耗しているらしく、いつもと違って至って静かだ。
「おめでとう、麗奈」
俺は込み上げてくるものを抑えてそれだけ言った。
「合格だったな。良く頑張った」
実際、この結果は頑張ったどころの騒ぎではない。
トップアイドルクラスの伊織を差し置いて見事ミュージカルの花形を手にしたのだ。
下馬評では九割方伊織の合格と予想されていた。
だから、奇跡の女神が俺たちに微笑みかけた時には目と耳を疑ったものだ。
「ま、まあなっ! 女王のアタシが本気を出せばこんなもんだっ……!」
麗奈はふんぞり返ってその可愛らしい小胸をぐっと反らせた。
その様は背伸びした園児のように微笑ましかった。

「失礼します」
喜びを分かち合おうとしたその時、控え室のドアをノックしてくる者がいた。
招き入れると、小柄の美少女とスーツ姿の男性だった。
それは俺の育てた水瀬伊織と、彼女を今担当している後輩プロデューサーの二人だった。
「おめでとうございます。いやぁ、やっぱり先輩には適いませんね」
彼は俺と麗奈の健闘を讃えた。入社一年目の彼だが
俺と伊織が一緒に教え込んだノウハウで仕事をしっかりこなす有望な若者だ。
「そんな事ないよ」と言いつつ、俺は心中で自慢したい気持ちと葛藤していた。
「伊織、ほら、何か麗奈ちゃんに言いたい事があるんだろ?」
伊織は麗奈の側に足早に近づいた。
滅多に落ち込まないものの、プライドの高く負ける事が嫌いな伊織が
自分を打ち負かした麗奈に何の用だろうか。

「アンタ」

伊織は麗奈を見据えて言った。
先輩に当たる彼女のオーラに圧倒されたのか、麗奈は顔を引きつらせて半身を後方に引いた。

「……今日の所は勝ちを譲ってあげる。だからこの役、絶対成功させなさいよ!
 これから私の劣化コピー扱いされたら、ただじゃ置かないからねっ!」
「あ、え、……」
「分かったっ!? 返事はっ!」
「は、はいぃっっ!!」

伊織なりの激励に、麗奈は背筋と指先をしゃんと伸ばして答えた。
普段の大きな態度との落差に、俺と伊織Pの口元は緩んだ。

72 :女王と駒(P×小関麗奈)ラスト:2012/07/24(火) 02:44:52.74 ID:KoNl52BT.net
「私が言いたいのはそれだけよ。さ、行きましょう」
「おい! それだけって……」
伊織はさっさと部屋を出ていった。きっと照れくさかったのだろう。
勝ちを譲るという言葉から、彼女が本気で麗奈とぶつかった事が伺えた。
それに元々伊織は相手に手心を加える事をしない性格だ。
以前火蓋を散らした水谷絵理とのオーディションバトルでもそうだった。
「ははは、ではこれで……」
伊織Pは彼女の跡を追うようにして部屋から出ていった。
俺は立ち上がって荷物を整えながら麗奈に言った。
「じゃあ、事務所に帰ろうか。麗奈……」
「……っ、ちょっと待てっ! プロデューサー!」
麗奈は言うが早いか俺の袖を掴む。
そしてそのまま俺に抱きつき、胸板にその顔をうずめた。
「麗奈……」
見ると彼女の方は小さく震えている。

「うっ……ううっ……! ……うわあああああっっ……!」

堰を切ったような勢いで、麗奈は大声で泣き始めた。
余程嬉しく、そして緊張していたのだろう。
本当は伊織が入ってきた時でも泣きたかったに違いない。

「プロデューサー、アタシやったぞ! アタシ……アタシ……!」
「うん、うん……」
「また一緒に……、一緒に居られるんだあぁっっ!!
 一緒にぃ……! 一緒にぃ……っっ!!」
「ああ。麗奈……。これからも……よろしくな……」
目尻が熱くなっていくのを感じながら、俺は泣き止むまでずっと彼女の体を抱いていた。

73 :創る名無しに見る名無し:2012/07/24(火) 02:48:12.60 ID:KoNl52BT.net
途中さるさんに引っかかりましたが、以上です

74 :創る名無しに見る名無し:2012/07/25(水) 02:16:28.52 ID:7mfltNFF.net
>>73
乙〜。
やっぱみんな思うよなぁ。あれだけ似てると。
CV:藤村歩では有るまいかと。

1つだけ気になるのは、もうちょっと言葉を大事にした方がよいかと。
社長のセリフ回しとか、地の文の表現があっさりしてるかなぁと思います。
それに、「火蓋」ってのは切るもんで、散らすもんじゃないぜ。

75 :創る名無しに見る名無し:2012/07/25(水) 20:57:39.48 ID:MM/HDfUW.net
>>74
火蓋の指摘ありがとう! 非常に助かる

あと見直して思ったんだが……伊織、カマセに見えてしまうだろうか
俺はいおりんも麗奈も好き(というか最初麗奈を好きになった理由が伊織に似ているから)
だから、そう見られると辛いんだ

76 :創る名無しに見る名無し:2012/07/25(水) 21:37:03.42 ID:Tawm7674.net
GJ、面白かった。麗奈サマは実に小者かわいいな
でも実際はいおりんが破格なだけで、あの子はむしろよくやってると思う

>>75
むしろそこに注意して書いてたんだろうなと強く感じた
水谷絵理戦を思い起こさせるフレーズや現時点での伊織や麗奈の
立ち位置、前半からずっと付きまとう伊織の影、などなど
物語の目的地が『打倒・水瀬伊織』なんだからばっちりかと

少しガチャガチャした部分を感じたのは実は74と一緒なのだが、
たぶんちゃんとつたわってるからなんくるない

77 :創る名無しに見る名無し:2012/08/05(日) 21:53:59.90 ID:QLx8Hgjk.net
暑くて書けません。集中力がありません。(挨拶)
久しぶりに保管庫更新。作者諸氏は確認お願いします。
>>38 の未来の足跡の作者様へ。申し訳ありませんが私個人の判断で改行の部分訂正させて頂きました。ご了承下さい。
wikiの編集はどなたでも可能ですので、もし間違いを発見した場合お知らせ下さるなり御自分で訂正されるなりどうぞご自由に。
それではこれにて失礼。


78 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/09/01(土) 23:06:18.01 ID:DZTbP8HH.net
あーテステス。お久しぶりです。1本投下します。
以前言ってたシンデレラガールズで地元紹介ネタ。
今回は自分が住んでいる山形県ではなくお隣の新潟県でございます。

79 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/09/01(土) 23:07:50.62 ID:DZTbP8HH.net
うだるような夏の暑さから逃れようと事務所のあるビルへと入り、いつも通りに軋む音を立てるドアを開けて中にに入った瞬間空気がいつもと違う事に気づいた。
その違いを感じ取ったのは視覚ではなく嗅覚。
辺りには本能に訴える芳しい香りが漂っている。
原因を探るべく弱小アイドルプロダクションらしくこじんまりとした給湯室を覗き込む。
コンロの上には見覚えのない土鍋。
中には既に炊きあがった白米が湯気を立てている。

そして傍らには所属アイドルの一人である江上椿が立っていて、その長い髪を邪魔にならないよう首の後ろで纏めエプロンを付けている。

「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おにぎりを作ってます」
少し悪戯っぽいニュアンスを含ませた返答が返ってくる。
「いやそれは見ればわかるんですが俺が聞きたいのは何で事務所でおにぎり作ってるのかという事でですね」

微笑みながら、わかってますよ。と前置きをしてから彼女は語り始める。
やはりからかわれていたらしい。

「最近運動会とか水泳大会とかイベントが多いじゃないですか。そしたら育ち盛りの子達が配られるお弁当じゃ足りないって言い出して」
考え直してみれば、確かにウチの事務所に支給される弁当は最低限の質素な物だ。
もう少し経営状態が良くなればもう少しまともな弁当を発注できるのだが。
「それに、参加してるアイドルには出ても応援席にまでは行きませんしね」
「それでおにぎりを」
「ええ。丁度予定も空いてましたから」
納得して机の上を見てみるが、そこにはあるべきものが足りないように見えた。
「中の具は何を入れるんですか?」
「何も入れない塩にぎりを作るんです。タイミングよく良いお米と塩が実家から送られて来たのでシンプルにいこうかと」

80 :シンデレラガールズの地元紹介新潟編:2012/09/01(土) 23:09:11.02 ID:DZTbP8HH.net
米は彼女の出身地である新潟を考えればコシヒカリだろうというのは容易に想像がつくが、良い塩とは一体どんな物だろうか。
彼女の傍らに置いてある茶褐色の粉末に目を向ける。
塩といえば白色をしているという固定観念があったので気づかなかったがこれがそうなのだろうか。
「この茶色いのが塩ですか?」
「ええ。藻塩っていうんです。よかったら舐めてみますか?」
差し出された小皿に乗っている塩をひとつまみ口の中に入れてみる。
当然しょっぱい。が、それだけではない複雑な風味を感じる。それでいて切れ上がりはあっさりとして舌の上に残るようなしつこさは無い。
成程。確かにこの味ならば塩だけで行こうと思ったのも頷ける。
と一人納得して何をするでもなく彼女の動作を観察する。

片手に塩を散らし、しゃもじで掬った米を塩の付いた方の手に乗せる。
手首のスナップを利かせながら軽く握って一口大の俵型に形を整えたら海苔を巻いて完成。
机に置いた皿の上に並べていく。
サイズが小振りなのは食べるのが年頃の少女達のためか。
淀みの無い動きに少々意外な物を感じてつい呟きが漏れる。
「結構慣れてるんですね」
その言葉に軽い苦笑を声に滲ませながら、
「写真を取りに出かけた時にお店の中に入るのがもったいないくらいの天気だったり、
撮影のチャンスをずっと待ってる時とか、そういった時の為にこういう片手で摘めるようなのをよく作るんです。
もちろんせっかく遠くまで出かけたんだから有名なお店に行くのも好きなんですけどね」

故郷を、あるいは今まで写真に収めた場所を思い出しているのか彼女は優しげに語り始める。

この塩、笹川流れっていう所で作ってるんです。
新潟から海沿いにずっと北上していって、もう山形県との県境に近い所ですね。
波の荒い日本海の海とちょっと変わった形の岩が多い所で良い景色が一杯見える場所です。夕日が沈むところなんか何度も撮りに行きました。
この塩を作ってるところにも行きましたけど凄いんですよ。
薪で釜を炊いて海水を煮詰めて作る本当に昔ながらのシンプルな作り方で。
それを塩を売ってるすぐ傍でやってるんです。
勿論仕切りなんて無いから夏なんかもう本当に暑くて長くいられないくらい。
隣に小さなカフェもあってそこに塩ソフトクリームなんてのもあるんですけど、早く食べないとどんどん溶けちゃって。

81 :シンデレラガールズの地元紹介新潟編:2012/09/01(土) 23:10:11.35 ID:DZTbP8HH.net
言葉を続けながらも手は動きを止めることなく一定のリズムでおにぎりが作られては皿に並べられてゆく。
その動きを見ていたプロデューサーはふとある事を疑問に思う。
背後からでも訝しげなプロデユーサーの視線に気づいたのか、
「あの、どうかしたんですか?」
と聞いてきた。
「いえ、なんだか右利きの人と同じようにするんだなって思ったので。確か椿さん左利きでしたよね」
ああ、と思い当たる事があるのか納得したように声を上げて、
「カメラいじってるうちに慣れちゃったみたいです。ほら、左利き用のカメラなんて無いじゃないですか」
右手の指で軽くシャッターを押すジェスチャをする。
「そんなものですか」
「そんなものです」
深い意味など無い緩やかな言葉のやりとり。それが何故だか妙に心地よい。

いつしか皿の上がおにぎりで一杯になる頃、丁度土鍋の中も空になった。
手を洗ってタオルで水分をふき取り、バッグの中から愛用のカメラと色の並べられたパネルを取り出し出来上がったおにぎりの隣に置いて写真に収める。
「今置いたパネルは?」
「カラーチェッカーです。これがあると後で色補正するのが便利なんですよ」
設定を変え、アングルを変え、何度もシャッターを切る。
その表情は真剣そのものだが、プロデューサーの意識は別の所へ向いていた。
彼女もそれに気づいているのか物欲しげなプロデューサーの姿を見て、
「よろしければお一つどうぞ」
「……やっぱりわかります?」
「あんなに真剣に見てたら誰だってわかりますよ」
「それじゃあ遠慮無く頂きます」

小さめに作られたおにぎりは一口で丁度半分になる。
米の甘さと塩のしょっぱさがお互いを引き立てる。微かに感じる潮の香り。
少し時間を置いた事であら熱も取れて、米の香りが鼻につくような事もない。冷めても美味しく食べられるだろう。
余計な物など何も無い、昔ながらのシンプルな日本の味である。

82 :シンデレラガールズの地元紹介新潟編:2012/09/01(土) 23:11:43.02 ID:DZTbP8HH.net
密かな感動に打ち震えながらおにぎりを食べていると、パチリというシャッター音で無防備な自分の姿が撮られた事にようやく気づいて、
「ちょっと恥ずかしいですね」
と言ってはみるがその言葉に責めるようなニュアンスは無く、あくまでも照れ隠し程度のものだ。。

「すみません。あんまりおいしそうに食べてくれるものですからつい」
「実際美味しいですよこれ。ちょっとびっくりしました」
「でも嬉しいです。おいしいって言ってもらえて」

そう言う彼女が口に運んでいるのはおにぎりではなくパリパリとした板状の物。
鍋肌に張り付いたそれをしゃもじでこそげ落としながら食べているそれは、

おこげ。

炊飯器では出来ない、土鍋で炊きあげるからこそ出来るもう一つの楽しみ。
手渡されたそれの香りを嗅いでみるとなんとも言えない香ばしさが立ち上る。
そのままでも十分美味しいが、先程の藻塩をふりかけて食べるとまた違った味わいが出てくる。
それこそ言葉を忘れるほどに。

しばし二人とも無言で食べ続けようやく人心地ついた頃、時計のアラーム音と共に談笑の時間は終わりを告げる。
エアコンの効いた部屋から出てまた灼熱の炎天下に出るのは億劫だが仕事なのでしょうがない。
窓の外に視線を向ければ雲一つ無い青空で見ているだけで汗が出てきそうだ。
そんなプロデューサーのげんなりとした顔を見て椿は思いついたように、
「これも持っていってください」
ガサゴソとバッグの中からフィルムに包装された四角い飴をいくつか取り出して手渡す。
「これは?」
「塩飴です。これもさっきの塩と同じ笹川流れで作ってるんですよ。これからどんどん暑くなりますからこれでちゃんと塩分と糖分を補給してくださいね」

外に出て、強い日ざしに顔をしかめながら貰ったばかりの飴を一つ口の中に放り込む。

塩と水飴だけで作られた余分な物の無い味はどこか懐かしい味がした。

さて、今日も1日頑張るとしますか。

83 :NGシーン:2012/09/01(土) 23:14:00.23 ID:DZTbP8HH.net
「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おむすびを作ってます」
「おむすび? おにぎりじゃなくてですか」
「握るんじゃなくてこうやってシャリとシャリを結ぶのよぉ」
「……椿さんそれ誰に言われました?」
「この間佃島のお店で会った初対面のお爺さんに。結構背は小さかったですけど随分と迫力がありました」

うーむ噂には聞いていたが鮨の鬼神……実在していたのか……

84 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2012/09/01(土) 23:16:08.13 ID:DZTbP8HH.net
以上投下終了。私はツーリングで近くに行った時、大抵ここの塩を買って帰ります。
文の中で紹介した藻塩の他、普通の塩、粒の大きい塩の花、色の付いた塩なんかも取り扱っております。
せっかく出身地が設定されているのだからこういった観光案内なんかもありだと思うのです。
それでは、他にもこのネタが増えればいいなーと思いながらこれにて失礼。

85 :創る名無しに見る名無し:2012/09/17(月) 23:19:08.22 ID:ReOTpWHs.net
はじめまして、秋月涼の誕生日に向けて書いたのを投下します。(一度ツイッターで投げたのを改訂してます)
内容はりょうゆめ。DSのスタートから3年後、漫画版のエンドから2年後という設定です。
注意事項は特に無し、2年も経ってるので鈴木とロン毛が本編ほど険悪じゃ無いですって位。
12レス使わせていただきます


86 :18歳のプレゼント 1/12:2012/09/17(月) 23:20:20.26 ID:ReOTpWHs.net
9月15日(土) 昼
「「「ハッピバースデートゥーユーー!!!」」」
876プロの主なメンバーが集い催されたパーティ。
事務所内・関係者のみで行われているため、
参加人数はそれほど多くはないが賑やかな宴となりそうだった。
「さあ、涼さんっ!!ふーーっと、やっちゃってください!!」
ケーキに立てられた18本のロウソクをパーティの主賓である秋月涼は一息で吹き消し、
宴は始まりを告げた。

おめでとうのラッシュが終わり、めいめいの歓談へと移ってきた頃、
愛と絵理の二人がプレゼントを渡しにやってきた。
皆が直接渡すと大変だろうからと基本的にプレゼントは別室に固めて置いてあるが、
この二人だけは特別というのが社長の采配であった。
「涼さん、プレゼント、どうぞ?」
「はいっ、涼さんっ!プレゼントですっ!」
二人からプレゼントボックスを受け取り、大事そうに抱える涼。
「ありがとう、愛ちゃん、絵理ちゃん。ここで開けちゃってもいいかな。」
「開けると、袋が邪魔になるし、中、教えてあげる?わたしのは、
前に涼さんが欲しいけど絶版になってるって言ってたの?」
「わざわざ探してくれたんだ……」
「あたしのは、涼さんのステージ衣装にも合いそうなアクセサリーです!」
「二人ともありがとう、ずっと、大切にするね!」
二人のプレゼントに感謝の言葉を返す涼。
一度ボックスに視線を落とすとえへへ、と照れくさそうに笑った。
「喜んで貰えてあたしも嬉しいです!……そういえば、
最初は涼さんと夢子さんのお二人がお気に入りって言ってた、
ちょっと大きい人形にしようかなと思ってたんでけど、
ママが『大きい物より、小物の方が良いと思うわよ』って。
そういえば、夢子さん来てないですね。」
何気ない会話の中で、この場に居る筈だった人物が一人居ない事に愛が気付いた。
「うん、用事が入っちゃったみたいで。」
「涼さん……いいの?」
涼の答えに、絵理が心配そうに声をかける。
既に二人の間柄は周囲が認めるものになっていた。
「そうですよ、折角のお誕生日なのに」
「うん、仕事の事だから。それに、後で会う約束してるから。」
大丈夫、と事も無げに答えた涼の背後に急に気配が現れた。

87 :18歳のプレゼント 2/12:2012/09/17(月) 23:20:50.76 ID:ReOTpWHs.net
「あーら、面白そうな事聞いちゃった♪」
「えっ、ま、舞さむがっ?!」
気配の主は涼の首に腕を回しヘッドロック状態に移行、
えいえいと涼を小突きながら心底楽しそうに話し始める。
「夜の密会とは隅に置けないわねー、涼ちゃんもついに
オオカミさんになっちゃうのかしら?」
「ママー!こっちが恥ずかしくなるからやめてよー!」
「記念日的に考えると……十分ありえる?」
「いやいや、無いから、そんな予定じゃ無いかりゃっ?!」
愛と対照的にニヤニヤした顔を見せる絵理に慌てて反論する涼だったが、
「……等と供述しており」
更に別方向、脇腹の辺りを急に現れたサイネリアに突っつかれて悲鳴を上げる。
「全く、何いい子ちゃんぶってんですか、ほれ、
ロン毛がなにかいいたそうにこちらを見てマス」
「涼……貴男に行っておく事があるわ」
「尾崎さん……何でしょうか。」
更に現れた尾崎が神妙な顔をしている為、
体勢に問題がありながらもしっかりと向き合う涼。だが、
「避妊はシッカリしなさい!」
「貴方がしっかりしてくださいよ!」
相手の口から出てきたのはまるで駄目な発言だった。頭を抱えたくなる。
「尾崎さん、サイネリア……酔ってる?」
「こっちはセンパイのアルバム初週一位記念も兼ねてますカラ!」
「うぅ、お祝いしてくれるのは嬉しいけど……結局わたしが
二人の面倒見ないといけない……」
その後の事を考えて絵理も頭を抱えだした。
まあこちらは876では見慣れた光景ではあるのだが。
「あーっ!ママもどれだけ飲んでるの!?」
「あ・た・し・は、これくらい平気よー♪」
そう言いながら涼を離し、手に持った一升瓶を呷る。
……どこまでも規格外、世間よ、これが伝説だ。
そんな何とも言い難い感想を抱きつつ、立ち上がり視線を回してゆく。

88 :18歳のプレゼント 3/12:2012/09/17(月) 23:21:23.90 ID:ReOTpWHs.net
喧噪から少し離れた所に社長とまなみが、
愛や絵理達を挟んだ向かい側にはマネージャーや、
自分たちに憧れてこの世界へと飛び込んできた後輩たちが居る。
――この876プロという風景を、
――この幸せな時間を、
――この別れ難い人々を、
かけがえの無い思い出として心に焼き付けてゆく。
一度、大きく深呼吸をする。覚悟は出来ている。後は歩を進めるだけ。
その最初の一歩を、秋月涼は事も無げに踏み出した。

「皆さん、宴もたけなわといったところですが」
壇上、と言うわけでは無いが事務所内を一望出来る場所に立ち、注目を集める。
「僕から一つ、ご報告があります。」
この言葉に事情を知っている尾崎やマネージャーがざわめく。
社長も反応していたが、溜息をついただけでその場を動かず、
それにマネージャーも倣う。唯一尾崎だけは何かを言いかけていたが
舞によって止められており、他の皆は、涼が何を喋るのか期待の目で見つめている。
――夢を語る君の言葉は銃弾となる。
――聞いた者の心に届き、力を与える、そんな銃弾だ。
ある楽曲を提供してくれた時に武田さんが言った事を思い出す。
ならば今から紡ぐ言葉は、
この宴を撃ち砕き、
彼女たちの期待を撃ち抜き、
混乱と困惑を生み出す
そんな銃弾になるのだろう。
「僕は、秋月涼は、」
ごくりと喉が鳴る。
大丈夫、あの時万の視線を前にやった事を、この事務所でもう一度やるだけだ。
最後の逡巡を終え、周りの視線を受け止めて涼はその銃弾を放った。
「876プロを去ることになりました。」


89 :18歳のプレゼント 4/12:2012/09/17(月) 23:22:01.40 ID:ReOTpWHs.net
8月中旬(金)
876プロ社長室にて――
『貴方本気……なのよね、そういう子だもの。
あの件以来、貴方はどんなに無茶に思える事も成し遂げて来たわ。
私が何を言ったって聞きやしない……』
『本当に、済みません。』
『謝る時の表情も随分変わったわね。
三年前、ぴーぴー泣いてたあの子と同じだとはとても……思えないわよ?』
『あまりしみじみと思い出されるのも恥ずかしいですけれど……
でも、あれから全てが始まって今の僕がここに在るんです。
社長には感謝しています、本当に、言葉だけでは言い表せない位。』
降参ねと、石川社長は心の中で両手を挙げる。
どれ程成長して強くなっても、芯の部分は同じ、
普段愛や絵理が当時のことを話題に出すだけでもっと慌てた反応を見せている。
そういう部分も持ち合わせているのが秋月涼だ。
それがここまで動じないというのは、
今この場にそれだけの覚悟を決めて来たという事だろう。
『わかりました。……元々我が876プロは自主性を重んじる気風を持っているわ。
それは昔も今も一緒。そして、進退に関してもそれは同じ……良いでしょう。
秋月涼、貴方と876プロとの契約は現在交わしている来期分で打切りとします。』
凛とした声が社長室に響き、涼は深々と頭を下げる。
『ありがとうございます。……お世話に、なりました』
『馬鹿ね。まだ気が早いわよ。』
書類等は週明けまでに用意するから今日の所はここまでと涼を退室させ、
社長は椅子にもたれかかる。
『礼を言うのはこっちの方よ、涼。
この業界に生きていて貴方に出会えた事、本当に感謝しているわ。愛や絵理にもね』
しばし目を閉じ、これまでの事を思い起こす。
実は目尻を拭うと身を起こし、さしあたっての難題について思案を巡らせる
『愛や絵理にどう説明した物かしらね……』

90 :18歳のプレゼント 5/12:2012/09/17(月) 23:22:39.63 ID:ReOTpWHs.net
9月15日(土) 夜
九月の夕闇も深くなり、街灯に照らされたベンチに腰掛ける夢子の元に
涼が駆けつけたのは当初の約束から15分程過ぎた頃、
30分遅れと言っていた割には上出来だろうに、余程急いで来たのか息を切らせている。
「ごめん、お待たせ、予定よりちょっと、時間、かかっちゃって」
「連絡くれてたし、別にいいわよ。それよりまず息整えなさい、ほら」
肩で息をしながら話す涼を制し、深い呼吸をする。スー、ハー。
それに促され涼も呼吸を深くする。

 スゥゥ……ハァァ
 スー、ハー
 スゥゥ……ハァァ
 スー、ハー
 スゥゥ、ハァァ
 スーー、ハーー
 スゥー、ハァー
 スーー、ハーー

どちらからともなく呼吸を合わせる。
ただ息をするだけの合奏が、夜の色を濃くしてゆく公園に響き、
一緒に息を合わせている夢子の心にあたたかな気持ちが湧き上がってくる。

スー、ハー
スゥ、ハー

同じように息を吸って、吐いて、たったそれだけの事がこんなにも――。
動揺から呼吸に乱れが生じ始め、それがあからさまになる直前の
危ういタイミングで漸く涼が呼吸を整え終えた。
「はーー。改めて、お待たせ夢子ちゃん」
「さっきも言ったけど、連絡貰ってたしそんなに待ってないから別にいいわよ。」
若干素っ気なく答える夢子。視線を逸らしている姿は
"気にしてないようには見えない"といった風だが、その内心は
(助かった……もうちょっと続いてたら絶対変になってたわ)
というものだったが、幸いボロが出るより先に落ち着きを取り戻し
自然に話を繋げることができた。
「こっちこそゴメンね、パーティ出られなくて。」
「武田さんからの依頼だし。うん。仕方ないよ、それに。
丁度夢子ちゃんだけに話があったから、丁度良かったよ」
そして涼がここで立ってるのも、と促し
二人は普段通るトレーニングコースを歩いて進む事となった。

91 :18歳のプレゼント 6/12:2012/09/17(月) 23:23:39.12 ID:ReOTpWHs.net
「そうだこれプレゼント」
「わ、ありがとう夢子ちゃん!」
「中身は開けてのお楽しみよ」
「何だろう?わぁ、これ前に」
「欲しがってたでしょ?喜んでくれて嬉しいわ」
「うん。ひょっとしてこれ手作り?」
「そうよ、お菓子以外だって頑張れば作れるんだから」
「うわぁ……ありがとう!大事に使うね!」

会話を弾ませながら、勝手知ったるトレーニングコースを進んでゆく。
普段走り込みで折り返す地点を素通りし、
階段を登り終える頃に話題が仕事の事へ移った。
「武田さんの話って何だったの?」
「オールドホイッスルへの出演を果たした今、これから目指す物は何かって。
曲作りの為には必要な事なんですって、
これって武田さんが私に曲を作ってくださるって事かしら!」
少し前のめりに、近づいて興奮気味に話す夢子に涼は
顔だけ少し距離をおいて考えを述べる。
「武田さん、曲作りはインスピレーションだって言ってたから
すぐに作ってくれる訳じゃないと思うけど、前向きに考えてくれてるんじゃないかな」
そう思う?と言いながら更に身を乗り出すかのように、
涼の瞳を覗くようにして近づく夢子に対し、一歩距離を置こうとした涼の肩に
手が置かれ――いや、涼の肩は夢子の手に掴まれる。
「夢――」
「もう一つあったわ。涼と私の、私たちのユニットをどうするのか。」
「――っ!」
涼の表情が固まった。肩を掴む手を外そうとしていた動きが止まり、
石化の呪いでも受けたかのように硬直する。
両の瞳だけが、揺らぎながら夢子の視線を受けている。
この機を逃がすかとばかりに夢子は畳み掛ける。
ここ数週間、はぐらかされ続けていた、二人にとって大事な話を。
「もうすぐ一年になる、私たちのユニット。
涼はどうしたいの?続けたいの?それとも解散したいの?」
夢子の瞳が涼の瞳を射貫く。あえてこの質問をしたのだろう武田に対し
やられた、との思いを抱きつつ、観念して答えを発する。
それを聞いた夢子は目を見開き、そして悲しそうに表情を変えた。
「何それ……?涼の考えてる事が、分からないわよ……」

92 :18歳のプレゼント 7/12:2012/09/17(月) 23:24:11.12 ID:ReOTpWHs.net
8月下旬(水)
小さな事務所の会議室にて――
『最近、涼が何考えてるかわかんなくって。』
夢子ともう一人だけが会議室の中に居て、向かい合って座っている。
『ユニットももうすぐ活動期間の終わりが来るし次どうするのか、
って話しようとしてもはぐらかされるばっかりで……。
別にそのまま解散したいってのでも構わないんですよ、
愛や絵理とユニット組みたいねって話もしてるし。
今更言い出しにくいって事もないでしょうに、ホントどうしたいのかしら……。』
『君たちの担当は律子なんだし、彼女に聞いてみた方がいいんじゃないか?』
夢子が話している相手は、秋月律子が立ち上げた“秋月企画”の社長であり
彼女のパートナーでもある人物で、一時期夢子のプロデュースも
受け持っていた事がある。まだ若い風貌もあり、彼のプロデュースから離れた後
夢子は私的な場所では「お兄さん」と呼び慕っていた。
『涼が変な態度とってて、プロデューサーが噛んでない
って考える程お気楽じゃ無いし、そういうもんだって分かってます。』
『それだったら、僕も一緒だと思うんだけど。』
『お兄さんなら、まだ話聞いて貰えるじゃないですか。』
『おいおい、社長を捕まえておいて愚痴を聞かせるのが目的だったのか?』
彼としては軽く言ったつもりだったが、続けていいのか
夢子は少し考えてしまったようだ。冗談さと言って続きを促す。
『私より信頼してるんですよね、きっと。そりゃ私よりずっと
長いつき合いなんだからってのは判るんですけど、でも……悔しいですよ。
今は私と付き合ってるのに。』
肩を落として寂しそうに話す彼女に、
若干もどかしさを覚えながらも軽く指摘を飛ばす。
『まあ、涼くんにもそれなりの考えがあるのさ。
桜井も、それを信じてみたらいいんじゃないかな。』
その言葉に夢子は涼を信頼し切れなくなっている事に気付かされる。
少なくとも涼は、この件以外ではずっと誠実なままだというのに。
また同時に、その"考え"を社長が知っていて話さないようにしているのだ
とも夢子には思えた。ならおそらく、話す機会はまだある筈だ。
『そうする事にします。やっぱり、話して良かったです。』
そういった夢子の顔は、先程までより随分明るいものになっていた


93 :18歳のプレゼント 8/12:2012/09/18(火) 00:00:08.49 ID:1sc5M4rJ.net
9月15日(土) 夜
力の抜けた夢子の手から肩を解放し、一歩後ろに下がる涼。
一瞬身を震わせた夢子に逃げないから、と手を握り伝える。
そしてもう少し先へと促し、止めていた歩を進める。
先には街を望める高台があり、そこに彼らは
ちょっとしたデートの際よく訪れていたものだった。
――そしてそこは、大抵の場合その日の、終着点でもある場所だった。
「最近は、あまり来てなかったね」
すっかり夜になり、街の夜景を見下ろすこの場所へ来ても夢子の表情は悲しげなままで
「ええ、そうね」
答える声はまだ上の空といった感じで、涼の隣で力ない視線を街へ落としている。
涼が繋いだ手を離せば、その場に崩れ落ちそうに思える程の彼女だったが、
やにわに視線を上に上げると涼に向き合った。
繋いだままの手から、先程まで失われていた熱が伝わる。
「ちゃんと、話してくれるんでしょうね、今ここで。
さっきの言葉の意味、どうして876プロを辞める事になったのか、
あんたが何を考えているのか。」
交叉する視線のやりとり、頷いて握った手を一度離し、涼は空を仰ぐ。
ややあって視線を戻し、真剣な眼差しで話し始める。
「まず、“涼しい夢”は61週を以て活動を終了。
これは姉…プロデューサーと話し合ってもう決まってる話なんだ。」
「随分、一方的じゃない。私に確認すら取ってないわよね。」
夢子の抗議を受けるも、それには答えずに続ける。
「……プロデュース計画上の事もあるから、この予定は変わらない。
次に876プロを辞める理由だけど、これは次の計画が大きく関係してるんだ。」
そう言うと再び街の方へ向き、空を見上げる。
「夢子ちゃんも一度は聞いてた筈なんだけど、律子姉ちゃんがアイドルを引退して
プロデューサーになった時に、もう一つ迷っていた道があるんだ。
アイドルを辞めずに、海外へ打って出る。結局選ばなかった道だけど、いずれ
プロデューサーとしてそこへ行ってみたい。それが姉ちゃんの夢。」
「涼しい夢のプロデュースが始まった頃に、一度話して貰ったわね。
日高舞を越えられたらこのユニットで海外へ行くわよって。」
もう一年前にもなろうかという頃、社長と律子P、涼とで食事に行った時の事を
夢子は思い出す。どちらかというとこの後の惚気話の印象が非常に強く、
この話の方はあまりはっきりとは記憶していなかったが、
日高舞の事については普段からユニットの目標にしていたので覚えていた。
「うん。でも結局、舞さんを越える事は叶わなかった。
だから、涼しい夢はこのまま解散になる。そして姉ちゃんの次のプロデュースは」
夢子が首を向け、涼の視線の先を見る。
「まさか。」
言葉の続きを察しながらもそう言わずには居られなかった。
今の話に上った出来事だけ組み合わせて考えれば、そうなる筈がないのだ。
しかし、視線を戻し見た涼の眼はまっすぐに、強固な意志を灯している。
「海外へ、打って出る。765プロの子会社的な秋月企画じゃなく、
新プロダクションの社長兼プロデューサーとして。そして……」
涼が夢子に向き直る。再び交叉した視線が、
咄嗟に逃げ出したい衝動にかられた夢子を射貫き、縫い止める。
「僕は876プロからそこへ移籍する。そして姉ちゃんの夢を叶えたい。」

94 :18歳のプレゼント 9/12:2012/09/18(火) 00:03:10.26 ID:ReOTpWHs.net
秋月涼の宣言。つまりこれは止めようのないことで、
涼がここから居なくなるという未来を夢子は突きつけられたという事になる。
「……どうしてよ。」
それでも、抗う。もう昔のように、突きつけられた事実に悲嘆し、
誰かに助けて貰うまで鬱ぎ込んだ私じゃない。今ここで、全てを、ぶつけてやる。
止められないなら、ひっくり返してしまえばいい!
「納得行かないわよ!日高舞に勝ったらって言ってて、勝てないまま
ユニットを解散して、それで何であんた一人を伴って行くってなるのよ!
私が足手まといだったとでもいうつもり!?」
「オールドホイッスルにまで出た夢子ちゃんが足手まといなんてあるわけ無い!
そういう事じゃなくて、今この時期がチャンスなんだ。
僕達が向かう先で、ある大物が引退することになって、
そこの市場が戦国時代みたいな状態になるって予想されているんだ。」
「こっちで言えば、日高舞がまた引退したら次の暗黒…IUは
誰が取るか分からないっていうみたいな状態ね。
……でも、そこに行って一から始めて、やっていけるっていうの?」
「実は既にネットをうまく使ってある程度のファンを確保してるそうなんだ。
だから一からじゃなくって、それで姉ちゃんはやっていけるって。」
「くっ……さっきから姉ちゃん姉ちゃんって、あんたはそれでいいの?
一歩間違えれば、あの女の夢と一緒にあんたも潰れるかもしれないのよ?」
「姉ちゃんはこうも言ってた、『あんたが成長を止めない限りは』って。
僕はその信頼に応えたい。それに色々あったけれど、始まりの時も、
オールドホイッスルでの発表の時も、僕を助けてくれたんだ。
今僕がこうしてアイドルをやって、だれかの夢へのひと押しを続けていられるのも、
姉ちゃんのおかげだから。借りた恩は返さなくちゃいけない、今がその機会なんだ!」
「じゃあ、じゃあっ!」
3戦3敗、涼は止まらない。夢子も止まらない。
まだもう一つ残っている、自らも身を切るような諸刃の剣が。夢子はそれを握りしめ
「どうして私には何の相談も無かったの!」
振りかぶり
「私の事はどうだっていいって言うの!」
血を流しながら打ち下ろした。
「涼は私を、どう思っているの!?」

95 :18歳のプレゼント 10/12:2012/09/18(火) 00:04:37.23 ID:1sc5M4rJ.net
振るわれた剣を受けた涼が表情を変える。だがそれは
夢子が予想していたような表情とは違った。夢子の言葉に怯んだ表情ではなく、
夢を語る表情とも、
先を見据える表情とも違う、
夢子が見た事のない表情。
それは過去、男性への転向を諫めに来た律子と石川社長にしか見せたことのない、
決意と題された表情だった。
「さっき夢子ちゃんは、僕の考えが分からないって言っていたけれど、
僕も夢子ちゃんの考えが分からなくなった時期があるんだ」
一見関係のない話、だが初めて見る涼の表情に射竦められた夢子は
黙って話を聞いていた。聞くしかなかった。
「武田さんから貰った、オールドホイッスルへの僕との出演オファーを君が断った時、
それがどうしてか僕には解らなかった。一緒に夢を叶えてあげられると信じてたから。
もしかして、僕と一緒っていうのが気に入らなかったのかって、落ち込んだりもした。
考えても、悩んでも分からなくって、義従兄さんにも相談したりして。
正直、涼しい夢をやってる間も、付き合いだしてからも、ずっと引っかかっていて。
結局自分の間違いに気付いたのは、6月にオールドホイッスルの話を聞いた時だった。
君は、引き上げようとする僕の手を取らずに自分で上っていく事を選んだんだって。
そうして、僕を追いかけてくれて、隣に居てくれてるんだって、
その時漸く分かったんだ。」
「その少し後に、姉ちゃんから今度の話を出された時に僕がお願いしたんだ。
夢子ちゃんには教えないでって。この話をしたら、きっとユニットとして
一緒に行ってくれる、だけどもう君は僕と一緒にいないでもやっていける、
それを知っていたから、あえて僕だけの話として進めたんだ。」
「理由に、なってないわよ……」
夢子は涼がつい最近までそんな悩みを抱いていたなど、当然知る由もなかった。
そしてそれを打ち明けてくれなかった事に、酷く落胆していた。
私は結局、信頼されていなかったという事?諸刃の剣が、自らに突き立っていた。
それでも絞り出すように反論する。彼女にも意地があった。
どんなになろうと、全てをぶつけ、全てを吐き出させる。
そこまでやらなければきっと後悔する。
「私に一言も言わない理由にはならないわよ!」
一息に呼気と共に吐き出す。どうであろうとも、その理由を言わせなくてはならない。
怒りや寂しさをない交ぜにした感情を乗せて、渾身の一撃とする。
それを受けた涼は、理由を、言葉にした。
「君に、来て欲しくなかったんだ。」

96 :18歳のプレゼント 11/12:2012/09/18(火) 00:06:47.75 ID:1sc5M4rJ.net
夢子の思考が止まる。額を銃弾に打ち抜かれた上に、
身動きを取れなくされたかのようだった。
「どう……して……」
真っ黒になった思考で理解が追いつかず、反射的に口から零れ出た言葉に涼が答える。
「僕が……」
決意の表情に、少しだけいつもの気弱そうな表情を覗かせて、涼は、
今日一番の勇気を振り絞って、本当に言いたいただ一言の為に言葉を綴る。
「僕が!君を連れて行きたいからっ!」
「アイドルユニットとしてじゃなく」
「アイドル仲間としてでもなく」
「ただ僕が、僕の為に」
「君と一緒に行きたいんだ!」
「だから、今日になったから言います!」

「桜井夢子さん。僕と、秋月涼と一緒になって――僕に君を下さいっ!」

97 :18歳のプレゼント 12/12:2012/09/18(火) 00:09:57.33 ID:1sc5M4rJ.net
一気に捲し立てられた夢子の思考は、今度は真っ白に染まっていた。
涼が何を言ってるのか、理解も咀嚼もできず、マイナスのどん底に沈みかけた感情を
制御できる理性は最早残っておらず、哀しさを主成分にした涙が流れ落ちる。
その涙を、こちらも余裕のない涼は推し測る事が出来ず、
ただ夢子が口を開くのを待っている。
――しばしの沈黙
漸く、涼が何を言っていたのか理解が追いついてきた夢子は
次々と湧き上がる様々な感情を整理する必要にかられ、即座にそれを放棄した。もう、こんなバカな事に真面目につきあっていられなかった。

パアァァァン!

改心の一撃。芸能人にとってタブーである顔への一撃を躊躇なく入れる。
後ろに転びそうになった涼の襟を掴み、引き寄せる。
「何それ!そんなこと言いたい為にこんな事して、
私だけじゃなくてこれ絶対律子さんやお兄さんにも心配とかかけてるわよ!
結局あんたの我が儘で皆振り回してるんじゃない!
何が『来て欲しくない、連れて行きたい、君を下さい』よ!
それがあんたの中でのイケメン?自分の言葉に酔ってるだけじゃない!
あんたみたいな残念イケメンに誰がついていくもんですか!」
先程の涼など及びもしない勢いで、襟を掴んで前後に揺らしながら捲し立てる。
「あんたなんかに、あんたなんかに私はあげない!」
揺れ動かしていた手を止める。ブンブン振られていた涼が顔を向けるのを待つ
「あんたは私に、一生貰われてなさい!!」
涼の顔が夢子に向き、目と目が合う瞬間、夢子の唇が涼の唇に重ねられる。
湧き上がる怒りを放出し終えた夢子の瞼から、漸く嬉しさの涙が溢れてきた。



98 :創る名無しに見る名無し:2012/09/18(火) 00:10:42.97 ID:1sc5M4rJ.net
途中規制に引っかかり時間が空いてしまいましたが、以上で投下を終了させていただきます。
まともにSS書くの初めてなので、宜しければ気になった所などご指摘いただければ幸いです。

99 :創る名無しに見る名無し:2012/09/27(木) 23:41:52.91 ID:p8Jy3yPG.net
>>84
ほかほかSSごちそうさまです。美希の中の人あたりもよだれをたらしていることでしょうw
新潟は親戚筋がおりまして、コメと酒ではたいそうお世話になっております。
うまいごはんを作る土地は、きっとそいつをさらに旨く食うための工夫ももりだくさんなのでしょうな。
シンデレラの皆さんは日本全国に散ってますから、いろいろと工夫のしがいはありそうです。
地元でも故郷でもないですが一時期住んでた北海道大好きなので
北国アイドルでなにか考えてみようかな、などと。


>>98
グッドりょうゆめ!爆発したらいい。
初SSとは思えないお腕前、うらやましいですw
涼は確かに気遣い優先で策略巡らして結果的に誰も得しなかったみたいな役回りが似合います
(損する人もいないのですが)。この辺も秋月の血なのでしょうかね。
そんな不甲斐ない相手に業を煮やしてやっぱり自分で動いてしまう夢子ちゃん。
ぶっちゃけこんな女の子に想いを寄せられたい。
いいお話をありがとうございました。ごらんのとおりの閑古ど……お、落ち着いたスレですが
よろしければまたいらしてくださいまし。

100 :96p:2012/09/28(金) 16:17:05.26 ID:U5//mQAj.net
遅まきながら前回のssを読んで下さった方々に感謝いたします。
メグレスPを始めとして書き手のみなさんが、シンデレラガールズの
ssを書いているのを見て、1やSPなどから比べれば、あまりに少ない
セリフやシナリオを元に、よく話を作れるものだなあ、と感心している
ばかりだったのですでが、ちょっと気になるキャラがいましたので、
一度挑戦してみることにしました。6分割になります。

101 :[1/6]:2012/09/28(金) 16:17:57.55 ID:U5//mQAj.net
What training?

 ティーンエイジのアイドルをたくさん抱えるうちのプロダクションは、事務所の外に
レッスンスタジオを借りている。そこにはうちと契約した、レッスンを専門に受け持って
くれる人たちがいて、アイドルたちの能力や基礎体力、つまり持久力だの瞬発力だの、
腹筋だの背筋だのを鍛えてくれるというわけだ。なにしろ、歌うにしても踊るにしても、
今のアイドルは相当の体力を要求されるのだから、歌唱力とか演技力とか、そういう
ものの他にも、こういった力をつけておくのは、重要というか必要だ。
 おれがプロデュースしているアイドルたちを鍛えてくれるのは、そのうちの一人で、
みんなは彼女をたんに「トレーナーさん」と呼んでいる。
 今のプロダクションに入って少し経ったころ、おれは社長にこう言われたことがある。
「君が担当するアイドルたちと、恋愛関係になってやしないかね」
 さも心配そうに訊くので、おれはなんの冗談ですか、というように笑って答えた。
「年の差だってあるし、こんなの向こうで遠慮しますよ」
「それがそうでもなかったりする。それほど広くないこの業界の中で、一緒にいる
時間の一番長い人間に好意を持つのはきわめて自然なことだしね」
 そういうものだろうか。おれはヘタな冗談を続けるつもりで訊いてみた。
「別なプロダクションのアイドルとかはどうなんです?可能性は低いでしょうけど、
会社には迷惑かからないんじゃないですか?」
「ところが、それで移籍騒ぎになることもあってね。あまり好ましくない」
「つまり社内も社外も恋愛沙汰は禁止というわけですね」おれには別に関係ないですよ、
という口ぶりで言った。
「そこまでは言わないが、うちの会社のマイナスにならないと判断できるようになるまで、
できれば控えてくれるとありがたい」
「とすると、プロダクションとは関係ないところで彼女を作らないといけないことに
なりますね」おれは笑って肩をすくめた。
「まあそういうことだ。もっとも、君の相手がうちのアイドルたちと顔見知りだったり
すると、困ったことになる可能性もあるがね。まあ、気をつけてくれ」
 困ったこと?…どういうことだかさっぱり意味がわからない。要するに、くだくだしく
説明しているようだが、社長の言わんとしているのはこういうことなんじゃないのか。
『ばれないようにやってくれ』
 そういう意味に理解したおれは、だから、今付き合っている彼女のことを誰にも
教えたことはない。彼女とは、さっき説明した、うちのアイドルたちがお世話に
なっているトレーナーさんだ。
 彼女と付き合い出したのはそれほど前じゃない。彼女が仕事以外にも、アイドルたちに
なにかと世話をやいてくれるものだから、お礼にお昼をごちそうしたり、どこかへ遠征に
行った時にはおみやげを買ってきたりとか、まあそんなところから、ぽつりぽつりと
始まって、まだ数ヶ月というところだ。
 おれたちはおたがいに、普段名前を呼んだりしていない。あくまでトレーナーと
プロデューサーの付き合いでしかないように見せかけている。だから、レッスン中は
もちろん、日中どこかでばったり会ったとしても、おれは「トレーナーさん」としか
呼ばないし、彼女も「プロデューサーさん」と呼ぶ。こうやっていれば、誰もおれたちが
付き合っているだなんて思わないだろう。

102 :[2/6]:2012/09/28(金) 16:18:50.60 ID:U5//mQAj.net
 付き合い始めのころ、彼女が「私も同じ事務所に通ってたらもっと顔を見られるのに」
と冗談めかして話すので、うちは社内恋愛御法度だよ、と社長の話を面白おかしく
説明した。すると彼女は「じゃあ、私も協力しないといけませんね」と笑いながら
言ってくれた。おたがい気をつけているおかげで、今のところ気づいた人間のいる
様子はない。ただ、同じようにトレーナーをしている彼女の姉妹は、おれたちのことを
それとなく知っているのかも知れないが。
 彼女は、アイドルたちがレッスンをしていると、「ほら、プロデューサーさんも
一緒にやった方が、みんなのやる気もアップしますから」と言って、おれにも
トレーニングを半ば強制する。背広を脱いで、しぶしぶ運動しているおれにやる気を
おこさせようとでも思ったのか、ある時、彼女はトレーニングウェアをプレゼント
してくれた。
 ねまき代わりの安いジャージしか着たことのなかったおれは、彼女の用意してくれた
ものを着てみてびっくりした。軽くて汗がむれなくて、しかもいろんなところが
やすやすと伸び縮みして、まさにジャージではなく、トレーニングウェアという感じだ。
 彼女は「安物ですから」と奥ゆかしそうに笑っていたが、そうでないのは確実だ。
そのお礼に、また今度はこっそりと、時間の遅いディナーをごちそうしたり、その後で
酒を飲みにいったりと、まあそうやって、人目を忍んで付き合いを続けている。
 しかし、そういうことを人に言わずにいたり、知り合いに見つからないようにすると
いうのは、なかなかにストレスのたまるものらしく、酒が入ると、少し眠たげに見える
切れ長の目をさらに細めて、「彼氏がいる、って友達に自慢したいなあ…」
とか言ってくる。そんなところを見ていると、可愛いなあと思ってしまう。
「話しちゃったら?」酒の席ではなかったが、彼女が同じ話をした何度目かの時、
おれはそう答えた。
「え?」彼女はきょとんとした。
「いや、おれたちのことをさ。うちの社長に気がねするのもいいかげん面倒だしね」
おれは本音を言った。はっきり言って社長は心配のしすぎなんだ。現実的に考えて、
プロダクションのプロデューサーが、会社と契約しているトレーナーと付き合って
たって、なんの問題もないはずだ。
 ところが彼女は、おれの顔をじっと見つめたあげくに、
「やっぱり黙ってることにします」と首を振った。
「どうして?」
 彼女はちょっぴりすねたような表情をした。
「みんなが知ったら、がっかりしちゃいますから」
「みんな?…ああ、うちのアイドルたち、ってこと?いや、別に誰もがっかりなんか
しないと思うけど」
「そんなことないです。みんなが『プロデューサーさん』って呼ぶときの顔見たら
わかりますよ」
「そうかなあ。おれのことはみんな、たんなる世話係くらいにしか思ってないよ」
「…鈍感」そう言いながら、彼女は人さし指でおれの左胸をぐっ、と押した。
こころなしか、指先の温度がいつもより高いような気がした。
「やっぱり、私はみんなのマイナスになることはしたくないんです。社長さんが
おっしゃったのも、たぶんそういうことなんだと思いますし」
「まあ、黙ってる方がいい、っていうならそうするけど…」
 なんだか秘密を守る立場が逆になってしまったようだが、結局、今までと変わらず
内緒にすることにした。彼女もちょっと考えすぎだと思うけど、それで本人が
納得するなら構わない。

103 :[3/6]:2012/09/28(金) 16:19:36.19 ID:U5//mQAj.net
 もらったトレーニングウェアを着て、みんなと一緒にレッスンするようになっても、
さすがに現役のアイドルたちと同じメニューはしんどいので、簡単なストレッチとか、
そんなのでお茶をにごしていたら、トレーナーさんににらまれてしまった。
 彼女はアイドルたちにいろいろ指示を出しながら、合間を見ておれの方へ
やってくると、「じゃあ、前屈運動してみましょうか」ときた。床に座って足を
伸ばすと、トレーナーさんはおれの肩に両手を当てて、ぐっと押した。ところが
おれの体はなにしろかたいので、彼女が押してきても45度くらいしか曲がらない。
「プロデューサーさん、体がかたいですね」
「それには自信があります」
 彼女の手がゆるむと、おれの体の角度が90度に戻った。
「もう少しがんばってみましょうか」
 もう一度肩に手をかけ、彼女は自分の体重をおれにあずけるようにして、ゆっくりと
のしかかってくる。次第に強くなる脚の痛みとともに、さっきより自分の体が
曲がっていくのを感じたが、彼女の上半身がおれの背中に密着しているせいで、
そんなことどうでもよくなってしまう。
「はい、よくがんばりました」と言って彼女が離れたので、おれは痛む脚をさすりながら
立ち上がった。
「見ててくださいね」
 トレーナーさんは床に座り、足を伸ばして、ぐーっと前屈をした。彼女の上半身と
下半身は、時計の長針と短針が重なったときのように、腰を軸にしてぴったりと
くっついた。
 おれは彼女の体の柔らかさに感心して、思わず手をたたいた。それに気づいたのか、
「すごーい」とみんなの声が聞こえた。
「これを目標にしましょう」そう言いながらトレーナーさんは上半身を起こした。
みんなはレッスンの途中だったが、トレーナーさんのまわりに集まってきて、どうすれば
そんなに柔らかくなるんですか、と質問を始めた。
「それはですね…」トレーナーさんは家で簡単にできる柔軟ストレッチの方法を、
実技を交えてていねいに説明していく。それが終わると、他の子が別な質問をする、
というようになり、いつの間にか、運動関連はもちろん、健康面の質問もプラスされ、
先生と生徒の相談室みたいになってしまった。
 本当はおれが注意してレッスンを続けさせるべきなんだろうが、まあ、こういう
息抜きもたまには必要だろう。

104 :[4/6]:2012/09/28(金) 16:20:25.67 ID:U5//mQAj.net
 こんなふうに、普段はレッスンスタジオでしか顔を合わせることのない彼女だが、
何かの用事で、うちの事務所に顔をだすこともある。その日、おれはちょうど
事務所にいて、みんなから相談を受けていた。
「…それはやっぱりすいている時間帯を選んでもらうしかないなあ。さすがに
通学の時だけは、全員を送っていったりするわけにいかないしな」おれは自分の
イスにかけたまま、ソファに並んで座っているみんなへ向かって言った。
「なるべく車両を選んで乗ったりするようにはしてるんですけど」
「そうだな。まあ、どうしても安心できないようなら、その時はこっちで車を出すから
携帯に電話してくれ」
「おはようございます!」その時、トレーナーさんが元気よくドアを開けて入ってきた。
みんないっせいに「おはようございまーす!」と彼女に頭を下げた。おれも彼女に
あいさつする。
 顔を上げた一人が、いきなりトレーナーさんに話しかけた。
「ねえねえ、トレーナーさんて、胸とかお尻とか、さわられたことあります?」
「えっ?」彼女はびっくりして硬直した。
「あります?」
「え、え、えーと、その」彼女はおれの方をちらりと見てから、小さな声で言った。
「あ、あるっていうか…その…」彼女の顔はまっ赤だ。
「やっぱりあるんだ…」
「変な気持ちしませんでした?」
「へ、変な気持ち?」トレーナーさんは体を少しよじった。
「やっぱりイヤですよね、そういうのって」他の子も訊く。
「え、えーと、なんていうか、その、へ、変な、って言えば変だけど…別に
イヤっていうか…」彼女の声はだんだん小さくなり、男の子に初めて手を握られた
中学生の女の子みたいに、耳までまっ赤になっていた。
「私の友達、この間も電車でさわられたんですよ」
「あ…ち、痴漢の話…ですか」トレーナーさんは肩を落とし、息を大きくついた。
 おれは笑いをこらえるのにひと苦労だった。トレーナーさんはおれの表情に気づき、
口をきゅっ、と尖らせてから、「そういう時はですね…」と痴漢対策の話をし始めた。
顔の赤いのはすっかり元通りになり、アイドルたちを大事にしてくれる、頼れる
お姉さんの表情だ。おれはなんだかとてもうれしい気持ちになった。
 しかし、それで話を終わらせるほど、トレーナーさんは甘くなかった。彼女が用事を
すませてうちの事務所から帰る時、ついでにちょっと外で立ち話でもしようと思い、
一緒にドアから出たが、そのとたん脇腹を思い切りつねられた。
「あいたっ!」
「どうしたんです、プロデューサーさん。筋肉痛ですか?」
 彼女は眉をVの字型にしながら、楽しそうに笑顔を浮かべている。さっきおれが
笑った敵討ちのつもりだ。きっと後で、思い出し笑いをしていたことだろう。
 まあ、そんなこともあったりする毎日で、アイドルたちはトレーナーさんのおかげで
次第にスキルアップしていくし、トレーナーさんとの付き合いもだれにも知られず、
万事順調というところだ。

105 :[5/6]:2012/09/28(金) 16:21:09.66 ID:U5//mQAj.net
 うちのアイドルたちが次第に有名になってくると、それに従って、取材の件数も
増えてくる。その日も、雑誌社から『アイドルたちの一日』みたいなタイトルでの
取材申し込みがあった。「一日」といっても、朝来て取材して夜帰る、というわけじゃ
なくて、朝に仕事がある日は朝の分を、夜に仕事がある時は夜の分を、というふうに、
何日かの仕事やレッスンを切り貼りして、一日相当の分量を作っていくという
企画らしい。
 当日取材にやってきたのは、以前顔を合わせたことのあったフリーのライターで、
どうにもいけすかない人間だった。おれに権限があったら出禁にしたいくらいイヤな
やつなのだが、今回はフリーの立場を利用し、出版社の委託ということで、カメラマン
兼任でやってきた。なので、そいつが来るとは直前まで知らなくて、取材を断わることも
できなかった。
 ヤツは出版社の下請けの他にも、ゴシップ雑誌にいろんなネタを売るのを得意と
しており、うちのアイドルと誰かが付き合ってるだの、誰と誰が仲が悪いだの、
そういう方向の話を根掘り葉掘り訊いてくる。確かに、こういうやつがいるんじゃ、
社長の心配もあながち的外れではないのかも知れない。
 ヤツはやってきた時に、開口一番、ごていねいにも
「プロデューサーさんは、歌手やアイドルのみなさんとさぞかし仲がよろしいと
思いますが、どなたか特別に親しい方はいらっしゃいますか?」ときやがった。
「もちろんみんなとは仲良しですけど、それは仕事仲間というだけのことですよ」
 ヤツはふむふむとわざとらしく小刻みにあいづちを打ちながら、誰かこちらを
見ているアイドルがいないかどうか、目だけきょろきょろと、いやらしそうな視線を
事務所のあちこちに走らせた。はなからこちらの言い分なんか信じちゃいないようだ。
 むかつくやつだが、どんな場合でもメディアのゴシップネタになるのは得策じゃない。
たとえおれがうちのアイドルたちと付き合っていないとはいえ、ヤツにはどんな些細な
疑惑も与えないようにしなければならない。
 おれが非協力的だったこともあってか、ヤツは思ったようなゴシップを嗅ぎ取れず、
イライラした態度を見せるようになった。取材の合間に、おれにもいろいろと話を
訊いてくる。訊いてくるというより、おれを怒らせようとしてつっかかってくる感じだ。
 なにかトラブルのニオイでもあったら、全部おれのせいにして『このプロダクションの
プロデューサーは手腕に疑問あり。これではアイドルが気の毒だ』みたいな記事を
こしらえるつもりなのかも知れない。おれがのらりくらりと話をかわすと、今度は
社長や会社の同僚、果ては出入りしている取引先の人間にまで、おれの失敗談みたいな
ものをききやがる。
「いやあ、そういうちょっと笑えるようなネタも、読者には楽しいものなんですよ」
 プロデューサーのネタなんか楽しいわけがあるか、チクショウめ。
 取材も3日めになり、もう今日の午後の分で、はいさようなら、というところまで
やってきた。ヤツはますますいらだっているように見えた。ゴシップはもちろん、
思うようにおれの悪口のウラが取れないせいだろう。ざまをみろ。
 最後の取材記事であるアイドルたちのレッスンももう終了時刻が近く、ヤツの取材も
じき終わりだ。ようやくこれでおれもホッとできる。
「はい、では今日のレッスンはここまでです」
 トレーナーさんが手を打って終わりの合図をする。うちのアイドルたちは、はああ、
と大きな深呼吸をしたあとで、「ありがとうございました」と彼女に頭を下げ、更衣室へ
入っていった。

106 :[6/6]:2012/09/28(金) 16:23:08.90 ID:U5//mQAj.net
 まさか更衣室の盗撮はしまいと思いつつ、ヤツの姿が見えないので、心配になって
探してみると、スタジオの隅でトレーナーさんと話をしている。おれは頭に血が
上りそうになった。自分の彼女が、あんなやつに話しかけられているのを見るだけでも、
無性に腹が立つ。
 しかしトレーナーさんの立場にしたら、うちのアイドルたちの取材をしている記者とも
なれば、ぞんざいには扱えない。へたな態度をとったら、おれに迷惑がかかるかも、
という配慮を彼女はするはずなのだ。
 まあ、それにおれのことじゃなく、普通は取材先のアイドルのことを訊いていると
思うし。
「…そ、それはよくわかりませんが」
「そんなことないでしょう。しょっちゅうここへ来て、みんなを監督している人
なんですから、あなただって何度か話をしたことくらいあるはずでは?」
 違った。やっぱりおれのことを訊いてやがる。しかし、もうここで今回の取材は
最後なんだから、ヘタに騒いでもプラスにはならない。
「どうかされましたか?うちの子の取材はもういいんですか?」
 トレーナーさんは、『私、何も言ってませんからね』とおれにアイコンタクトを
よこした。むろんそれはよくわかっている。
「いやあ、アイドルをたくさん抱えているプロデューサーさんの武勇伝なんか
ないものかと、伺っていたところです」
「武勇伝なんかありませんよ。おれはただのぼんくらプロデューサーですから」
「残念ながらそうなりますかねえ」いやみたっぷりの記者の言葉に、そんなこと
ないです、と言いたかったのか、トレーナーさんは、むう、と口をとがらせた。
普段からおれとの付き合いを隠しているストレスに加え、こんな妙な人間におれの
悪口を言われて、頭にきているのだろう。
 今まで誰にも内緒にしていた彼女との付き合いを、こいつに知られるのもしゃくだし、
ヤツのことだから、「アイドルのめんどうを見ないで女と遊んでいるプロデューサー」
みたいな話をでっちあげる可能性もある。そんなことで事務所やアイドルたち、
それにトレーナーさんの評判が落ちてもつまらない。万一、社長や会社の人間に
知られたとしても、こいつにだけは悟られてなるものか。ヤツはおれから反論が
なかったことに調子づいて、話を続けた。
「プロデューサーさんは、今日は見ているだけみたいでしたが、普段はみんなと一緒に
運動なんかもするらしいですねえ」
「運動不足にならない程度にですよ」おれは片手を振った。
「まあ、若い子とおんなじ運動量だと息切れしますかね」あはは、と笑いやがる。
ヤツの後ろでは、トレーナーさんがぷるぷる震えながら、唇をぎりりと噛んでいる。
ヤツはますます調子に乗ってくる。
「瞬発力はともかくとして、持久力はなかなかつきにくいですから、過度の運動で
心臓発作になったりしないよう、気を付けられた方がよろしいのでは?」
 おれがその話をかわそうと口を開きかけた時、いいかげん、がまんの限界だった
トレーナーさんは、ぐっと拳を握りしめて叫んだ。
「そんなことないです!プロデューサーさんは、すっごくスタミナあるんですから!」
 そう言った後で、彼女が耳までまっ赤になったのを、ヤツに気づかれてないといいんだが。



end.

107 :レシP ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/20(土) 15:24:07.85 ID:nl1oLDXd.net
>>100
いいお話ゴチであります。トレーナーさんは一部の層に不思議な人気がありますな。

この人に限らずシンデレラーズはそれまでのアイドルより年齢層が幅広いのが魅力的であります。
酒の香る話やオトナの恋愛トークなんぞも楽しめるようになり、アイマス二次の可能性は
ますます広がった感じです(あ、今まで以上にちいちゃい子も多いのでそっち方面も楽しみです)。

それはそれとしてなんですかこの大人かわいいトレーナーさんは! 俺にも股割りお願いしますw



そして新しいのできました。
あずささんとやよいで本文4レス、タイトルは

 ‖

です。
いや文字化けじゃないですよ。

 ‖

なんです。
えーその、はじまりはじまりー。

108 :‖ (1/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/20(土) 15:25:01.46 ID:nl1oLDXd.net
 三浦あずさが事務所に着くと、応接セットのソファに先客がいるのを見つけ
た。タレント仲間の高槻やよいである。
 いつもならドアを開けて挨拶をすればまっさきに元気な声を聞かせてくれる
可愛らしい同僚であるが、今日はなにやら他のことに気を取られているようだ。
深く腰かけて前屈みになり、束ねたプリントアウトに見入っている。
 きわめつけは眉間のシワである。やよいの両の眉の間に、見事な縦線が刻まれて
いるのだ。
 あずさはつとめて明るく、話しかけながら向かいのソファに腰を下ろした。
「おはようございます、やよいちゃん。外はいいお天気ね」
「はわっ、あずささん!おはようございますっ」
 声を聞いてようやく気付いてくれたようだ。バネ仕掛けのおもちゃのように
飛び上がると席を立ち、深々と頭を下げてくれた。
「ごめんなさいね、驚かせちゃった?ずいぶん夢中だったのね」
「あ……すみませんあずささん。来たの気付かなくて」
「いいのよ。学校の宿題?」
「これですか?いえ、学校じゃなくて、プロデューサーっていうか」
「プロデューサーさん?」
 差し出された紙束を見せてもらい、なるほどと思った。譜面と歌詞……彼女が
新しく歌う歌の資料だった。
「あ、今度の特番で歌う曲ね。聞いたわ、やよいちゃん大物歌うのよね」
「ええ、そうなんです」
 765プロが手がけているスペシャル番組で、やよいをはじめ事務所のアイドル
たちが歌を披露することになっていた。選曲は宣伝の際に発表されており、
あずさももう自分の分をもらって練習に入っている。
「やよいちゃんがカバーする歌の原曲、私もCD持ってるのよ。素敵な楽曲に
出会えるのは嬉しいものよね」
「わたしもプロデューサーに借りて聞きました。最後のほうなんか泣いちゃい
そうになっちゃいました」
 やよいが手がける曲は、あるシンガーソングライターが自伝的に作ったもの
だった。長尺の歌だがテレビでもフルコーラスで放送され、国民的な知名度がある。
「やよいちゃんが歌い上げるの、私も楽しみにしているわ」
「はっ……は、はい」
 あずさにとってやよいは妹のような存在だ。小さな体で元気一杯に走り回る
ステージングは心が浮き立つし、舌足らずながら観客に向けてまっすぐに響く
歌唱スタイルは聴く者の心を力強く握り締め、一緒にどこまででも行ける勇気と
エネルギーを貰った気分になる。
 ところが今日は、そのやよいの様子が変だった。あずさは先の苦悩の表情を
思い出した。
「もしかして……うまくイメージ、できないでいるの?」
「あうぅ」
 どうやら、これだ。小さくうなずくやよいを見てあずさは理解した。彼女は
この曲を、どうやって歌ったらいいか思い考えあぐねていたのだ。
「あらあら。やよいちゃんがこんなに悩むなんて珍しいわね」
「あ、でもでも、これすっごく素敵な歌だなーって思うんですよ?小さな頃の
思い出や、大人になってからのいろいろがぎっしり詰まってて、この曲を選んで
もらえてすっごく嬉しいんです。でっ、でも」
「でも?」
「でも……わ、わたしなんかがみんなの前で歌っていいのかな、って、ちょっと
思っちゃって」
 彼女が悩んでいたのは、こういうことだった。
 生まれた環境も人となりも違う人物が、自分の経験をもとに半生をかけて
作り上げた曲。その中には歌い手の本人にしかわからない人生の機微や、その
当人同士でしか伝わらない細かな関係性が込められている筈だ。
 そして言うまでもなく高槻やよいの半生にはそれらが、ない。
「そんな大事な歌なのに、そういう経験のないわたしがこの歌を歌ったら……
この歌のファンの人たちがガッカリするんじゃ、って」
「そう」

109 :‖ (2/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/20(土) 15:26:00.42 ID:nl1oLDXd.net
「せっかく選んでもらった歌だから頑張って歌おうって思うんですけど、その
ことを考えると、どうしてもうまい歌いかたが思い浮かばなくて」
 あずさにも覚えがあった。歌を職業とすることを目指すとその最初のレッスンで、
カラオケとの心構えの違いを教わるのだ。普通の人がカラオケ店で、伴奏に
合わせて気軽に歌を歌えるのなら、歌手たる彼女らはどう歌えばよいのか、と。
「やよいちゃんのおうちは、おばあちゃんは?」
「あ、いえ、いないです」
 一人っ子のあずさにとってやよいが話してくれる大家族の暮らしはとても楽しい
ものだったが、思い返してみれば祖父母の話題は上ったことがなかった。
「ふうん、やよいちゃんひょっとして、原曲のエピソードと共通点が」
「……そう言えば、お掃除もいやじゃないですし、家族と別れて暮らしたことも
ありませんし、関西弁もわかんないです」
「五目並べ、したことある?」
「オセロなら大好きですよ?」
「鴨南蛮は……」
「あの、お蕎麦屋さんのちょーこーきゅーメニューですよね、し、知ってます!」
「……いっそすがすがしいわね。うふふふ」
「あずささあん」
 きっと彼女は大人になっても独り暮らしなどせず、よしんば恋人が出来ても
家族を大切にし、素直な明るい娘のままなのだろう。目の前で眉間のシワを再び
刻み、困った顔ですがるような眼をしているやよいに悪いと思いながらも、
あずさは頬がほころぶのを止められなかった。
「……でも」
「はい?」
 もちろんあずさにも、このまま彼女をからかって終わるつもりはなかった。
額の縦線はアイドルとしてそぐわしくない表情だし、なにより困っているやよいを
放ってはおけない。笑顔のニュアンスを変え、目をすがめてやよいににじり寄る。
「やよいちゃんもなかなか隅に置けないわね」
「え?なにがですか?」
「だって、少し前に私の『9:02PM』をカバーしてくれてるわよね。ということは
今回の曲はむつかしいけれど、会いたいけど会えない、忍ぶ切ない恋心なら解って
歌える、っていうことじゃない」
「え……えええっ?」
 765プロでは、タレント同士が持ち歌をカバーし合うプロモーションを採用して
いる。規模の大きくない事務所の資産を効率よく活用するための苦肉の策だった
が、本来のアイドルのイメージと違う曲を歌う面白みが評価されている。その曲は
あずさの持ち歌で、一人寝の夜に恋しい人を思って切なさを募らせる女性の
心もちを綴る内容の歌詞だった。
「一緒に練習もしたもの、私もよく憶えているわ。サビの『逢いたい』からの
あふれ出る思いなんか、私より感情が押し出されていて迫力があったし」
「そ、そ、そそんな、あずささんっ!」
 案の定やよいはあわてている。実際のところ、歌唱スタイルの大きく違う二人の
カバーはお互い、その『面白み』ばかりが取り沙汰されることのほうが多いのだ。
「真ちゃんのエージェントや美希ちゃんのrelations、あのあたりも難しい曲
よね。そんな歌も歌っているやよいちゃんは、さぞ色々な恋を経験しているので
しょうね」
「ええええっ?そんなことないですよう」
「うふふ。あのね、やよいちゃん」
 さらにふたつばかり、大人の恋愛を取り上げたカバー曲の話も重ねてみる。額の
縦線はなくなったが、むしろ顔いっぱいに渋面を作っているやよいに、いつもの
笑顔に戻して優しく語りかけた。
「歌を歌うということはその歌の心を届けることだ、ってヴォーカルの先生に
習ったわよね」
「……は、はい」

110 :‖ (3/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/20(土) 15:27:02.91 ID:nl1oLDXd.net
「私はこう思っているの。歌の心というものは、歌の歌詞そのものとは限らない、
って」
 一般の人々がカラオケで好きな歌を歌えるこの国で、歌でお金をもらっている
職業歌手の仕事とは何なのか。それは歌の心を聴き手に伝えることである、
彼女らの歌唱トレーナーはそう説明していた。
「歌を、聴いてくれる人たちの胸の奥に届くように歌うことは、例えば自分が
経験している内容の歌ならうまくできるかも知れない。でも私たちは、いただく
歌のすべてをわかっているとは限らないわ。そうでしょう?」
「は、はい」
 カバー曲の話ばかりではない。年若い彼女たちにとってはほとんどの楽曲が
そうだし、時には動物の視点や宇宙人の歌さえある。
「その歌を歌うのに、わざわざ叶わぬ恋を選んでするというのも変な話よね」
「……あずささんはそういうとき、どうしてるんですか?」
「私は、歌の心にいちばん近く寄り添えるように、言葉を置き換えたりして
考えているの」
「置き換えて、ですか?」
「たとえば、『9:02PM』だけれど」
 あずさがこの歌を歌うことになった時、彼女は大いに悩んだ。その当時の
彼女は忍ぶ恋どころか、恋愛らしい恋愛すら経験していなかったのだ。
「あの歌の心にあたるものは、想う相手に逢えないもどかしさと切なさ、なんじゃ
ないかしら。だから私は、郷里の家族を思い浮かべたの」
「あずささんは、家族と離れてこっちで暮らしてるんでしたよね」
「恋愛と家族愛はもちろん違うけれど、似通っている部分もあるわ。そういう
ところはプロデューサーさんやトレーナーさんと研究しながら、感情表現のしかたを
教えていただいたりしたのよ」
「そうだったんですか」
 やよいがカバーを歌う時も、自分が得た事柄を参考にアドバイスをした。たしか
彼女はちょうど泊まりのロケを経験したところで、その話になぞらえたのでは
なかったか。
「やよいちゃんも、歌詞そのものを捉えるのが難しければ自分に近しい感覚を
探すのが先かも知れないわね」
「自分に近い感覚、ですか……」
 やよいはそう呟いて考え始めた。再び眉間のシワが現れたが、なんとなく
さっきとは固さが違う。
「あの、あずささん。たとえばこの最後の『ありがとう』とかは、わたしがお母さんに
ありがとうって思う感じと近いんでしょうか」
「あら、いいんじゃないかしら」
 そう、言うなればまるで答えの見えない煩悶から、見え始めた答えに向かって
ゆく思索へ。歌詞の一つひとつを自分の経験になぞらえるやよいに応じ、助言
しながら、あずさは可愛らしい後輩の進歩を頼もしく感じていた。

****

 そして本番の日。
 先に出番を終えたあずさは衣装を着替えたあと、ステージ脇のやよいを激励に
行った。
「じゃああずささん、わたし行ってきますね」
「行ってらっしゃいやよいちゃん。やよいちゃんの歌、私も楽しみにしてるわ」
「はいっ」
 やよいとはあの日以来、スケジュールの関係で今日まで顔を合わせていない。
ただ、プロデューサーからは彼女の努力をいくつも耳にしていた。なんでも
児童福祉施設や老人ホームの慰問営業を買って出たそうで、今しがたも『すごく
がんばっている子に会った』『すてきなおばあちゃんと知り合えた』などの話を
目を輝かせてしてくれたところだ。
 舞台袖で並んで、収録に立ち会っているプロデューサーが言う。
「やよい、いい出来ですよ。あいつの精一杯をあの歌に込めたみたいだ」

111 :‖ (4/4) ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/20(土) 15:28:46.16 ID:nl1oLDXd.net
「ええ、本当に」
 いま、ステージで前奏から歌唱に入ったやよいを見て、あずさもそれを感じた。
 歌の解釈が原曲とは違っても、その根底に流れるものを聴き手に伝えることは
可能だ。やよいはそれを、やよいにしかできない方法で完成させたのだろうと思う。
 オリジナルではギターを抱え、直立不動で語りだす歌を、やよいは舞台上を
ゆっくりと歩きながら朗々と歌っている。まるで散歩の道すがら、相手に『あのね、
こんなことがあったんだよ』と話すかのようなテンポで、やよいは観客一人ずつに
それを語っていた。
「すてきですね。やよいちゃんが歌うと、クラスのお友達への打ち明け話みたい」
「俺もそう思いました。原曲のトレースが聴けると思った客がいたら面食らってる
かもしれませんが」
 思い出話は全身を使ってエピソードをイメージさせ、サビでは立ち止まって
歌詞の言葉を聴かせる。はじめ戸惑ったらしい観客も今はやよいの歌に聞き入って
いるようだ。
「……実はですね」
 舞台を見つめたまま、プロデューサーが呟いた。
「やよいの弟が、クラスメートの兄貴ってのから選曲にケチつけられたのを
聞いてケンカして帰ったらしいんです」
「まあ」
「あずささんにいろいろ聞いて、あらためて頑張らなきゃって思ったそう
ですよ。ありがとうございます」
 やよいは家族思いな子だ。あの時の苦悩の原因はそれだったのだろう。
「お役に立てたのならよかったです。やよいちゃんは、ああして笑顔で歌って
いるのが一番似合うから……あ、あら?」
 メインフレーズを歌い上げるやよいを見つめるうち、あずさは気付いた。

 眉間の縦線が、また浮かんでいるではないか。

「……やっぱり気付きました?たはは」
 プロデューサーが頭を掻いた。
「練習しているうちにクセになっちゃったみたいなんですよね……まあ、あの
フレーズのところだけですし、あれはあれで妙にかわいらしいんでOKかな、と
トレーナーたちとも話したんですけど」
「あららぁ」
 例の、前向きな方の皺ではあるし、やよいの表情は確かに満足げだ。事務所的
にも許容範囲ならかまわないだろう。それに。
「……でも、そうですね。あの顔のやよいちゃんも、とってもかわいいわね」
 それに、実際、不思議と愛らしいのだ。
 これもまたやよいちゃんの新しい魅力なのかしら。そう思いながら、あずさは
にこにこと微笑みながらステージを見守った。





おわり

112 :‖ (あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/20(土) 15:30:12.32 ID:nl1oLDXd.net
   _, ._
ζ*^ヮ^)ζ < といれ〜にわぁ



以上でございます。タイトルの文字、変換元の読みは「たて」ですが、タイトル
としては『たてせん』とご発声ねがいます。

生っすか03でやよいがカバーした『トイレの神様』ですが、キャラスレで一切
話題が出てこないという気の使われようwww
なもんで、ちょっとネタにしてみました。
わたくしは原曲もやよいのカバーも好きですし、以前のチキンライスだって
どっちも好きなのです。

ではまた。

113 :創る名無しに見る名無し:2012/10/21(日) 00:13:40.56 ID:NSGitCo3.net
乙です。

早速で悪いのですが、タイトルに使っている「‖」ですが、
環境によっては文字化けしてしまうようです。
#コード外の機種依存文字か?

ちなみに、自分の読んでる環境では「//」と言った感じの記号が
表示されており、「たて」で変換かけてもそれらしい物は候補に挙がりません。
読み方の希望もあるようでしたら、(たてせん)と後に繋げた方がよろしいかと。

「トイレの神様」は自分はそんなに気にせず、
「良い歌もらったな〜」程度に思ってましたが、何やら揶揄する人もいたようですね。
しかし、眉間にしわを寄せながら歌うやよいですか。思いつかなかったなぁ。


114 : ◆KSbwPZKdBcln :2012/10/21(日) 05:56:05.16 ID:8O/JxgVS.net
>>113
マジすか>環境依存 つかまだあったんか環境依存文字
AAに使われることもあるから少なくとも2ちゃん絡みでは
大丈夫かと思っておりました

ご助言頂戴いたします。まとめサイトはタイトル修正できないし
熟慮のうえ時間見つけてセルフで転載しますね

感想もありがとうございます
やよいが歌うとどんな歌もかわいくなれぅ

高槻揶揄い なんつって

115 : ◆zQem3.9.vI :2012/10/21(日) 13:36:14.47 ID:OuwKfrKT.net
>>108
 発売当初、うちの母が大好きでよくハミングしてたことを思い出しました。つい最近と思えるのに
カバーされるのも早いものだ…(しみじみ) しんみり系はやよいが歌うとせつなさがいい感じに和らぐような
イメージが個人的にあります。
 今規制に巻き込まれ色んなとこの書き込みが出来なくなっているので、こっち方面はどうかと
久方ぶりに現れましたがまだ投下の予定は当方御座いません。(それ以前にこちらを覚えてらっしゃる方いるでしょうか…(汗))

116 :創る名無しに見る名無し:2012/12/13(木) 14:53:17.53 ID:toNM9kSS.net
>>19
このわくわくさんは楯雁人とも面識有りそうで怖い…

117 :創る名無しに見る名無し:2012/12/19(水) 19:07:57.33 ID:gb9qaJ7v.net
復帰

118 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/02/07(木) 01:10:49.26 ID:lf2S5m+1.net
あーテステス。お久しぶりです。クロスオーバー短編1本投下します。
アイマスからは四条貴音さん登場。クロス作品はばりごく麺。
……知ってる人いるのかな

119 :アイマス×ばりごく麺:2013/02/07(木) 01:13:35.58 ID:lf2S5m+1.net
そう、あれは確か二週間……いえ、十日程前の話でしょうか。
その日、私はあてもなく気ままな散歩の最中でございました。
ところがお昼近くになった頃に前触れ無く雨が降り始め、やり過ごせるところはないかと探してみたものの生憎とそのような場所は見つけられず困り果てていた時あるものを発見致しました。

中華そばと書かれた古びたのれん。

そう、らぁめん屋でございました。
えてしてこのような住宅街に昔からあるようなお店はいわゆる当たり外れの差が激しく以前はそれも一興と楽しんでおりましたが
ここのところはアイドルとしての活動が忙しくこのような未知の期待に胸を膨らませて店を訪れる事などとんとご無沙汰でした。

のれんをくぐり中に入ると、私の他にお客様の姿は見えず厨房の中には眼鏡をかけた若い……ちょうど私達のプロデューサーと同じぐらいでしょうか。そのぐらいの男性が一人で鍋の様子を見ておりました。
よほど集中しているのか私が入ってきたことにも気づかぬ様子でしたので、
「もし……」
と声をかけたところようやく気づいてくださったようで、
「あーっ! いらっしゃいませー!」
中々に元気のよい声を返してくださいました。
さて、席に着きたいのはやまやまだったのですが濡れたまま席に着くのは少々躊躇われましたので、
「申し訳ありませんがタオルを一枚貸していただけないでしょうか」
「あーっ雨降ってきたんですねーっ今お持ちしまーす」
お借りしたタオルで髪や服についた水分を拭き取るとようやく品書きを見る余裕がでて参りました。
とはいってもあまり数は多くありません。痛快ラーメンなるものにも興味を引かれましたがここはやはり基本に立ち返るのがよろしいでしょう。
「では、このしょうゆらぁめんを一つ」
「はいーっかしこまりましたぁーっ」
お水は自分で用意するせるふさぁびすのようです。
折角ですのでかうんたぁ席に座り厨房の様子を眺める事に致しました。

120 :アイマス×ばりごく麺:2013/02/07(木) 01:18:02.69 ID:lf2S5m+1.net
沸かした湯の中に麺を入れ、上に載せる具を用意し、丼にタレを流し、一旦手を止め湯の中で踊る麺の具合を観察する一連の動作に淀みはなく集中しているのが見て取れます。
ふむ。これは中々に期待しても良さそうですね。

丼の中にスープを入れると、香しい香りが一気に広がりそれだけで胃袋を刺激されます。
そして仕上げの麺を入れるべくテボを湯の中から引き上げ、湯きりをする時にそれは起きました。
軽く一切り二切りした後に大きく振りかぶり、今までに見たことのないような激しい動作でテボを振りまわしたではありませんか。

果たしてこの面妖な動作が見掛け倒しのものか、はたまた何か意味が込められているのか、私の舌で確かめる事と致しましょう。

そしてスープの中に麺を入れ、予め用意しておいた具を乗せてらぁめんは私の前に出されました。
「醤油ラーメンおまちどうさまです!」
上に乗った具はネギ、メンマ、海苔、卵、ちゃぁしゅうといったありふれたもの。
私は万が一にも髪がかからぬよう、用意していたゴムで髪を首の後ろで一括りに結びますと、
はやる気持ちを抑えながら澄み切ったスープの中にレンゲを沈め一口飲んでみます。
ああ。その時胸に広がる喜びをなんと表現すればよいのでしょう。

丁寧にダシを取ったのが伝わってくる全く臭みも雑味も無いスープと醤油の香り。
恐らくですがこれはタレのベースに普通の醤油ではなく生醤油を使用しているものと思われます。

そして麺を一口すすり上げ口の中に入れた瞬間、私の意識は綺麗さっり消え失せて気がついた次の時には目の前には空になった丼のみが残されておりました。
あまりのおいしさに我を忘れるなどいつ以来の事でしょうか。
口の中に残る風味と胃の中に感じる心地よい重みが夢ではなかった唯一の証拠。
スープが残っていたのならば替え玉を頼むのですがスープまでも綺麗に飲み干したとあってはそういう訳にもいかず、かくして
「同じものをもう一杯頂けますか」
「はいーっもうひとつですねーっ」
となる事は必然と言ってもよいでしょう。

さほどの間を置かずして出された醤油らぁめんを再度堪能いたします。
先程とは違い適度にお腹も満たされた事でしっかりと味わう余裕が出てまいりました。
しかしこのおいしさの正体は一体何なのでしょうか。丁寧に作られたスープも絶品なのですがやはりこの麺が気にかかります。
微かな甘みを感じるこの麺は口の中へ入れる度に多量のスープを伴って参ります。この一体感は一体何を持って成し遂げられるものか。
少々行儀はよろしくありませんが、麺を一本だけ手に取り目を凝らして観察を続けようやくそれに気づいた時は知らずのうちに麺を持つ手が震えておりました。
まさか、これがそうだというのですか。
時折同好の士の間で話には出るもののその実在を確認した者は数えるほどにしか居ないあの、
伝説の、

121 :アイマス×ばりごく麺:2013/02/07(木) 01:20:59.42 ID:lf2S5m+1.net
「龍鱗麺……」
まさかこのような場所で出会えるとは。

湯切りの段階であえて細かな傷をつけ、その傷にスープがからまる事で一体感を出す。
その傷がさながら龍の鱗に見える事から付いた名が龍鱗麺。言い伝えはまことでございました。
完全に技術によってのみ成されるこの奇跡を見た限りまだ30にも届かぬこのような方が会得しているのです。
その影に一体どれほどの時間と情熱を捧げてきたことでしょうか。

しかしながらいつまでも感激に打ち震えている訳にもまいりません。
いかようなラーメン、いえ、料理であろうとも冷めきる前に食すのは作ってくれた方への礼儀と存じます。
延びる前に、このおいしさが損なわれぬうちに食べなければ失礼というもの。
なのですが、
「不覚……」
想像以上に長く思案に沈んでいたようでスープは少しばかりぬるくなっておりました。
これしきの事で味が落ちる程度でもないのですがやはり不覚を取った事は否めません。
「どうぞ。これサービスです」
密かに落胆する私の目の前に差し出されたのは熱せられた鉄串に刺さったひとかけらの鶏肉。
それを青年は丼の中へと沈めました。
ああ、なんということでしょう。
熱せられた鉄串の温度と鶏肉によって冷めかけていたスープが新たな風味を伴って蘇ったではありませんか。
「かたじけのうございます」
肉の脂と醤油の焦げる香りがまた新たな食欲を呼び覚まします。
この香りに惹かれない日本人などおらぬ事でしょう。
ひとかけらの鶏肉も噛むほどに心地よい弾力と味の染み出してくる逸品。
二杯目も最後まで心置きなく堪能し、手を合わせて心より感謝の意を伝えます。

「大変おいしゅうございました」

お会計を済ませ外を見れば、雨はすっかりあがって太陽が顔を覗かせています。
外に足を踏み出した私と入れ替わるようにして一人の男性が店内に駆け込んで行き、続いて聞こえてくる威勢の良い声。
「イヨース朗馬! 腹減った! 痛快ラーメン食わせろーっ!」
「お久しぶりです麺太さん!」

はて、あの顔、麺太という名前。どこかで覚えがあるような……
はたと思い至りました。
榊原麺太。
ああ、成る程。彼がそうなのですね。
今すぐ取って帰ってお話をしたい衝動にも駆られましたががそれは野暮というもの。
もしも再度会う時が来たならばその時にお話をする事と致しましょう。

私は軽い足取りで散歩の続きを再開することにしました。

122 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/02/07(木) 01:26:44.99 ID:lf2S5m+1.net
以上投下終了。クロスオーバーもOKってんだからこーゆーのもいいかなーと。
1個だけ補足説明しておくとテボっていうのは麺を茹でる時に使う持ち手の付いた小さなザルです。
あれで一食分ずつ茹でるわけです。

次はもうちょっと速く投下できるよう頑張りますので。
それではこれにて失礼。

123 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/02/15(金) 00:46:29.94 ID:AexlMTxg.net
あーテステス。宣言通り早めに来ました。1レスで終わるの2つの短いやつですが。
以前、春香さんがプロデューサーさんと一緒の布団で寝ちゃう話を書きましたがアレをシンデレラガールズでやっってみようかなと。
そんな話です。

124 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/02/15(金) 00:51:10.76 ID:AexlMTxg.net
水の底から水面に浮かび上がってくるように、ゆっくりとした早さで意識が覚醒していく。
自分を、渋谷凛を思い出す。
飼い犬のハナコがエサを催促しようと吠える声も聞こえないし、シーツの肌触りも、枕の固さも、布団の重さもいつも感じている物とは違うことに気づいてようやく自分の居る場所が事務所の仮眠室であることを思い出す。

最近アイドルとしての活動は順調で仕事が増えてきたのは良い事だけど事務所の方針で成績上位とは言わないまでも勉強もある程度はこなすように言われていて、
仕事が増えた分学校にいられる時間は減ってきて、その分の遅れもどこかで取り戻さなければいけないわけで、
つまりは最近少しばかり寝不足気味だった。

バレンタインのイベントを終えて事務所に戻ってきたのがつい先程。時間を確認すると少し中途半端に時間が空いていて、
いつもなら近くまで買い物にでも出かけてみようとか考えたかもしれないけど今ばかりは睡眠を優先したのは仕方のないことだろう。
なんといっても人間の三大欲求の一つだし。
なんて誰も聞いてない言い訳をしながら仮眠室の布団を被ったのが最後の記憶。
自分の状態を思い出していると少しだけ機能するようになった頭がようやくそれに気づいた。

あれ。
おかしいな。
なんで、
プロデューサーの顔が目の前にあるんだろ。

わざわざ確認なんてしてなかったけど少なくとも自分が布団に入る前は誰も居なかったはずだから、つまりは自分が寝ている事にも気づかずこの人は布団に潜り込んでしまったのだろう。

(ホントに鈍いなぁ……色々と)

でも、考えてみればアイドルの活動が順調ということはそれだけプロデューサーが頑張っているからな訳であまり責める気にもならない。
それによく見れば目の下には隈が出来ているし髭も少し目立ち始めていた。
もう少しこのままでもいいかな。ただ見ているだけなのに不思議と退屈はしない。

やっぱり前言撤回。
ちょっとだけ悪戯でもしてみよう。
右手を布団の中から出して手を伸ばす。
頬に、肌に、髪にそっと触れる。
閉じられたまま瞼の下で眼球が動く。もうすぐ目が覚めるかな。

緩慢な動作で目が開かれて、結構長く固まった後、慌ててなにか言う前にその顔に触れて動きを止める。
「静かに。大声出したら皆来ちゃうよ」
驚きの声の代わりに深く息を吐き出して、色々考えてるのが丸解りの表情をコロコロ変えて音量を潜めて出てきた言葉は、
「悪い。眠たくて全然気づかなかった」
なんて台詞だった。もうちょっと気の利いたことが言えないのかな。
「別に気にしてないからいいよ」
そう、本当に気にしていないのだ。一緒の布団で眠った事なんて。
世間はバレンタイン一色で、つまりは季節は冬なわけで、そうすると外は寒くて布団から出るのが億劫で。
布団から出して冷たくなった右手をプロデューサーの手に握らせる。

「冷えちゃったから暖めてよ」

初めて繋ぐプロデューサーの手はあたりまえだけどやっぱり男の人の手で、時々繋ぐ加連や奈緒の手とは違うけれど優しい事に変わりはなくて、だから、
「時間までもう少しあるからさ、一緒にいようよ」

この優しい温もりに包まれて。
このまま、もう少しだけ。

125 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/02/15(金) 00:53:45.63 ID:AexlMTxg.net
比較的浅い眠りから木場真奈美は目覚めた。
ソファに座ったまま知らずのうちに眠っていたらしい。
目を開けず、とりあえず体に異常が無いことを確認する。
膝の上に重さを感じる。
その時点になってようやく目を開けその正体を確認する。

一人の男が自分の膝を枕にして眠りこけていた。
というか自分の担当プロデューサーなのだが。
並んで座っていたのが覚えている最後の記憶だったから、恐らくはもたれ掛かって眠っていた所でさらに膝の上に倒れ込んできたものと考えられた。
それだけの衝撃でお互いによく目を覚まさなかったものだと妙な所で感心する。

起きる気配のない無防備な姿に少々呆れもするが、大体のところは仕方ないかという感想だった。
体力に自信のある木場でさえうたた寝をする程度には疲れていたのだ。見るからに線の細いこのプロデューサーがこうなってしまうのも無理は無い。
生き馬の目を抜くこの業界で活躍のチャンスを見かけたら逃すまいと奮闘し続けるのは当然の話だが、今回はそれが続いてしまったのだ。
無論、その疲労と労力に見合っただけの見返りは得られたが少しばかり無理をしたかなとも思う。

もう一度その無防備な寝顔を見つめる。
頼りないという感想は初対面から今に至るまで変わることはなかったが、仕事と人格双方において信頼出来る事はこれまで共にした経験で十分に知っていた。

ともあれ大きな山場は越えたのだ。しばらくはゆっくり出来るだろう。
落ち着いたら最近台所に立っていないことを思い出して手が疼いてきた。

ああそうだ。今度予定を合わせて彼に手料理を振る舞ってやることにしよう。
なるべく栄養価の高くて美味しい物にしよう。
流石に今回ぐらいは健康的な生活の事についての小言は言わないでおこう。
誰にも気取られぬよう一人考えをめぐらせる。
きっと彼は喜んでくれるだろう。今からその時が楽しみだ。

「あら?」
近くを通りがかった千川ちひろがこちらの様子に気づいてプロデューサーを指差し声を潜めて聞いてくる。
「こんな所で寝てると風邪ひきますよ。起こしましょうか?」
その言葉に木場はゆっくりと頭を振ってちひろに告げた。

「彼を起こさないでくれ。死ぬほど疲れてる」

126 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/02/15(金) 00:56:01.13 ID:AexlMTxg.net
以上投下終了。バレンタイン? ん〜何の事かなフフフ……
冗談はさておき毎度の事ながら少しでもクスッとでもしていただければ幸いです。
それではこれにて失礼。

127 :創る名無しに見る名無し:2013/02/15(金) 02:23:10.92 ID:gHVV93M+.net
>>126
短いながらも、それぞれのキャラがにじみ出るSSお見事です。

つ〜か、そこで木場さんですか。レアですねぇ。

128 :創る名無しに見る名無し:2013/02/28(木) 01:32:12.67 ID:ekezQWHR.net
>>125 この木場さん声が玄田哲章じゃないですかやだー

129 :96:2013/03/01(金) 23:33:32.95 ID:vgk3liQJ.net
前回の話を読んでいただきありがとうございました。
懲りずにまたシンデレラガールズで書いてみました。
少しでもお気に召せば幸いです。
4分割です。

130 :1/4:2013/03/01(金) 23:35:09.74 ID:vgk3liQJ.net
秘湯

 プロデューサーは悩みを抱えていた。それは自分の担当しているアイドル、高垣楓に
関してだ。
 彼女は最近、どこか元気がないように見えた。ぼんやり考えごとをしていたり、彼の
方を見ては何度もため息をついたりしている。本人にそれとなく訊いてみても、
「いつもと変わらないですよ」という答えが返ってくるだけだった。
 デビューして一年近く、人気もそれなりに出て、仕事は順調に増えているし、人に
見られることにも慣れ、ステージでストレスをためているような気配もなかったので、
彼はいったい何が彼女をそうさせているのか、さっぱりわからなかった。
 以前は、彼女独特の子供っぽさの残るあどけない表情で、期待に満ちた目の輝きを
いつでも彼に見せてくれた。きっとそのまなざしは、この世界で上を目指していくんだと
いう気持ちの表われなのだろう、とプロデューサーはいつも思っていた。
 25歳という、アイドルとしては遅めのスタートを切った彼女は、最初から
とらえどころがないというか、何を考えているのか、あまりよくわからないキャラクターを
持っていた。よく言えば落ち着いた雰囲気、別な言葉ならたいていのことには動じない、
というタイプだったので、プロデューサーの彼はそれに翻弄され続けてきた。
 たとえば、プロデューサーが早出をして事務所で仕事をしていると、楓がやってくる。
彼はそれに気づいて声をかける。
「おはようございます、楓さん」
「おはようございます。プロデューサーって、早いんですね…ごめんなさい、男の方に
こういう言い方は失礼でしたね」
とまあ、こういう感じだったので、プロデューサーは彼女の話をどこまで本気にして
いいのかわからなくなることがよくあった。そんな我が道をゆく彼女の様子がおかしいと
いうのに、彼は担当プロデューサーとして、原因を特定することがどうしてもできなかった。
 だが原因がわからなくても、彼女の気分を楽しくさせることで、症状が改善できるかも
知れない。そう考えた彼は、お酒が好きな楓のために、旨い酒を置いているという、
評判の居酒屋に招待してみることにした。しかも、二日酔いになってもいいよう、彼女の
オフの前日を選ぶという周到さだ。
「プロデューサーが誘ってくれるなんて珍しいですね。とってもうれしいです。
…こっちの腕、貸してくれます?」
 楓は、彼の腕を引きながら、地面から足を浮かせるようにして歩いていく。居酒屋に
入ってからも、彼女の機嫌はとてもよかった。
「お酒って、一緒に飲んでいるのが、好きでもなんでもない人なら、ちっともおいしく
ないものですよね。ああ、おいしい…」とか、
「楽しいお酒って大好き…ねえ、プロデューサー、朝まで一緒にいてくれます?」と、
杯をかたむけるたびに彼女は饒舌になり、態度は柔和になっていく。
 彼の見る限り、作戦は成功しているようだった。ところが、さらに酒が進んでくると、
彼女の態度に変化が現われた。
「…プロデューサーは、私のことをちゃんと見てくれているんですか?」
「毎日見てるじゃないですか。朝から晩まで、仕事中ずうっと」
「そういうことを言ってるんじゃないんです。仕事は仕事、プライベートは
プライベートですよ?」
「今はプライベートじゃないですか。ちゃんと目の前にいますよ?」
「プロデューサーはちっともわかってません」と楓は言うと、またもやぐいっ、きゅー
と杯を空ける。続けて何杯か飲んだ彼女は、さらにプロデューサーを問い詰める。
「このままずるずるとアイドル業を続けていて、人生をしくじったら、プロデューサーの
せいですからね。ちゃんと賠償してもらいますよ」
「いや、そういうのは会社に言っていただけないでしょうか」思いもよらない攻撃に、
彼は及び腰になった。
「私の担当プロデューサーはあなたなんですから、ご自身で責任をとらないといけません」
「えーと、それはまた後日検討させてください」彼は話をかわそうとする。
「人の話をちゃんと聞いてます?」ぐいっ、きゅー。

131 :2/4:2013/03/01(金) 23:36:00.44 ID:vgk3liQJ.net
 そして看板になると、彼女はふらふらしながら、
「…ここからだとプロデューサーの部屋の方が近いですよね。帰るのめんどうなので
泊めてください」
「なにを言ってるんですか。ほら、タクシー来ましたよ」
 タクシーの窓から、不満そうな顔をこちらに向けて突き出している楓を見て、彼は
自分の試みが失敗に終わったことを悟った。
 次に彼は、彼女のもう一つの趣味、温泉の方から攻めることにした。
 楓の温泉好きは、酒以上かも知れなかった。なにしろ、自分の手帳の中に、数多くの
温泉の名前を書き込み、行きたいところのランク付けをしているというのだから。手帳の
中身をちゃんと見せてもらったことはなかったが、楓が楽しそうに手帳をながめたり、
なにか書いたりしているのを、プロデューサーは事務所で何度も見かけていた。恐らく
行ったところを線で消したり、感想や印象を書きこんでいるのだろう。
「日本のは、ほとんどリストアップしてるんですよ」
というので、彼自身もPCで検索してみたが、あるわあるわ、まあよくもこれだけ日本に
温泉があると思うくらい、鉄道の駅なみに多かった。
 そのことを彼女に言うと、なになに温泉とか、なんとかの湯とかだけではなく、
細かいところだと、観光地の単なるわかしたお風呂とか、足湯しかないところとか、
そんなのまでいれてあるんです、と答えが返ってきた。ひょっとしたら、彼が
検索した数よりも手帳に書かれている方が多いのかも知れない。
「露天はもちろん大好きですけど、ひなびた観光地のなんでもないお風呂とかも
好きなんです」
 彼はそんな彼女の温泉好きを利用しようと考えた。最近では、地方からの仕事の依頼も
来るようになってきている。現地に温泉があるなら、そういうホテルや旅館を宿泊所に
選べば、きっと気に入ってくれるに違いない。
 遠征の当日、行く前に彼女にその話をすると、とてもよろこんでくれたので、彼は
今度こそうまくいくかと期待した。
「プロデューサー、そのホテルって、混浴のお風呂はあるんですか?」
「ないですよ。あっても現役アイドルが混浴の風呂になんか入ったらダメです」
「えー、つまんないです」
「つまんないとかそういう問題じゃないです!ファンに知れたらどうするんですか?」
「…人はファンのみにて生くるにあらず」
「は?」
「…なんでもありません」
 それでも彼女は現地に着くと、「温泉、楽しみですね」とうれしそうに彼に言ってくれた。
 仕事は昼前から夕方まで休みなしでずっと続いたが、楓はそれをなんのトラブルもなく
完了させた。ほっとしたプロデューサーは、楓を旅館の部屋に案内すると、隣合わせに
取った自分の部屋へ戻ってきた。ネクタイをゆるめ、座布団に腰を降ろして間もなく、
浴衣姿の楓が部屋のドアを開けて顔を出した。
「プロデューサー、お風呂ご一緒しませんか」
「ああ、楓さん、どうぞ行ってらして下さい。おれはここでまだ仕事が残ってますので」
 プロデューサーの目の前のテーブルには、すでに書類やノートが広がっている。
「お仕事は後まわしにしませんか?ほら、おたがい男湯と女湯に入って、仕切りごしに
お話でもしましょうよ。
『プロデューサー、そちらの湯かげんはいかがです?』
『気持ちいいですよ。そちらはどうですか?』…なんて、楽しくないですか?」
 楓は浴衣のたもとを口元に当て、面白そうに体を左右に揺すった。
「すみません、ちょっとこれだけやっておきたいので」
 楓の表情はとたんにつまらなさそうになり、ぱたりとドアが閉められた。温泉から
上がった後、楓は彼に顔を見せることなく自分の部屋にこもったままで、次の日
帰るときも、またぼんやりした表情のままだった。彼はまたも失敗を痛感した。

132 :3/4:2013/03/01(金) 23:36:45.47 ID:vgk3liQJ.net
「どうしたらいいんだろうか…」
 プロデューサーは事務所の机に向かい、一人でぼうっとしていた。外はすでに暗く、
みんなはもうとっくに帰ってしまっている。仕事はたまっていたが、それを片付ける
気にもなれなかった。
 結局、お酒を飲んでも、温泉に入っても楓の元気が戻ってくることはなかった。彼は
途方に暮れていた。今はまだ仕事に影響は出ていないものの、この状態が続けば
それもどうなることか。
 プロデューサーは、イスからのろのろと立ち上がり、そばにあったソファに、どさりと
体を投げ出した。いまだに何の解決策も思い浮かばず、精神的にも疲れ切っていた。
 もう今日は帰って寝てしまおうか、それともどこかで酒でも飲んで帰ろうか…。彼は
この間、楓を連れて行った居酒屋へでもまた寄っていこうかと思った。
『帰るのめんどうなので泊めてください』
 あの夜の、冗談めいた彼女の言葉が思い出された。ちょうどタクシーが来たから
そのまま無事に帰ってもらうことができたが、もし彼女の言うとおり、自分の部屋へ
泊めていたらどうなっていただろうか。
「ここがプロデューサーのお部屋ですか。わりあいかたづいているんですね。
え?私がベッドを使ってもいいんですか?そんな、悪いです。…あの、もしよかったら、
プロデューサーもご一緒に…」
 彼はそこで想像をやめ、寝転がったままで頭を小さく横に振った。こんなことを考える
ようではダメだ。彼女は人気上昇中のアイドルで、自分はその担当プロデューサーなのだ。
きちんと線引きができなくてはいけない。
 だが彼にそんな想像をさせてしまうほど、楓には魅力があった。常識的な部分からは
少しはずれたところもあるが、そこもまた彼女の抗しがたい魅力の一つになっている。
 泊めるというのは極端にしても、もし自分の部屋に彼女が訪ねてでも来たら?
彼はその状況を頭の中でシミュレーションしてみた。情けない話だが、彼女に部屋へ
一歩でも踏み込まれたら、そのまま無事に帰す自信がまったくなかった。
 いや、要は彼女を自分の部屋に入れなければいいだけの話だ。それさえ肝に銘じて
守っていれば、どうということはない。第一、彼女が部屋へやってくる機会がそうそう
あるわけもない。
 大きく息を吸って目をつむり、彼は落ち着きを取り戻そうとした。やはり、彼女の
元気を回復させるには、これまで以上に酒の美味しい居酒屋を見つけるか、一般には
知られていない秘湯にでも連れていってあげないといけないのかも知れない。しかし、
今までの策が不発に終わっている以上、それは相当難しそうに思えた。
 温泉のことを考えた彼は、人知れずひっそりと、しかしこんこんと湧く露天風呂と、
そこでお湯につかっている楓の姿をつい連想してしまった。髪をアップにした彼女の
肌は上気してピンク色に染まり、彼が最近ずっと見ていない、あの子供のような
あどけない表情をたたえている。
 彼は渇望していた。彼女のあの表情がまた見たい。自分の心をうずかせる、あの
あどけない表情と、期待に満ちた目の輝きを。
 プロデューサーはしばらく思い出をなつかしむように、ぼんやりとその想像に
ひたっていたが、その想像の中の楓が、いきなり彼に話しかけた。
「まだお帰りじゃなかったんですか?」
 目を開けると、楓の顔がすぐ前にあった。彼は驚いてソファからころげ落ちそうになった。
「顔が赤いですよ。なにかよからぬことでも考えてたんですか?」
 ソファに向かってかがんでいた楓はふふふ、と微笑んで体を起こした。
「い、いえ、なんでもありません。ちょっと仕事のことを…それより、楓さんは
どうしてここへ?」
 彼はいそいでソファに座りなおした。

133 :4/4:2013/03/01(金) 23:37:26.14 ID:vgk3liQJ.net
「通りがかりに灯りが見えたので、どなたかまだいらっしゃるのかと思って」
「そ、そうですか。じゃあ、ついでに来週の予定の確認でも…」
 彼はすばやく仕事モードにシフトチェンジした。楓も彼の隣にかけ、予定をメモする
ため、持っていたポーチから自分の手帳を取り出した。180度近くに開かれたその手帳の
中が、ちらりと彼の目に映った。
「へえ、おれの名前と一緒の温泉なんてあるんですね」
「え?」楓はびっくりした顔になった。
「あ、いや、すいません、今ちらっと見えちゃったんです。どこどこの湯、とかいろいろ
書いてあったのが」
「…」楓は無言で手帳の角度を少しせばめた。
「けど、赤丸でぐるぐる印をつけてたところをみると、行ってみたいランクのかなり
上位にくる温泉ですか?」
 楓は手帳を閉じた。
「…そうですね、ぜひ泊まりがけで行ってみたいところです」
「遠いんですか?」
 楓は少し上目づかいになって、彼の顔を見た。
「…そうでもないです。ただ、なかなか行く機会に恵まれなくて…温泉っていうより、
お風呂なんですけど」
 その瞬間、彼の頭の中に電光がひらめいた。これだ。行きたくてもなかなか行けない
場所なら、それこそ本人にとっては秘湯と言えるのではないか。そこへ連れて行って
あげたらどうだろう。
 それほど遠くないということだし、オフの日を利用し、車で送って、彼女には一晩そこで泊まって
もらい、次の日また迎えに行けばいい。彼女と一緒に泊まる訳じゃないし、単なる
往復の運転手としてなら、なんの問題もないだろう。うん、これならいける。幸い、
来月のスケジュールなら、今から二日くらいの休みを組むことができるはず。
「よし、じゃあ次のライブでいい成績をとれたら、ごほうびとして、オフの日におれが
そこへ連れていってあげる、っていうのはどうです?」
 こんな時にも彼は仕事をからめるのを忘れなかったが、それを聞いた楓の目の中に、
みるみる精気が満ちてきた。
「いいんですか?」
 以前よく見せてくれた、あの子供のようなあどけない表情と、期待に満ちた目の輝きが
彼女によみがえった。仕事へのやる気も、今まで以上に感じられる。彼の心は再び
うずき始めた。渇きも急激に満たされていく。
「ええ、もちろんです。まかせてください!」彼は満足げに自分の胸をたたいたが、
誤解のないようにと、すぐに付け加えた。
「えーと、おれはそこへの送り迎えだけですけど、問題ないですよね?」
 なにがおもしろかったのか、楓はくすくす笑いながら答えた。
「はい、私がお風呂につかっている間は、どうぞご自分のベッドで待っ…お休みに
なっていて下さい」
「おれもその時は休みを取りますから、ゆっくりさせてもらいますよ」
彼は安心してほっと息をついた。
 楓は小指を彼に向けて差し出し、例のあどけない表情に、いたずらっぽい笑みを
加えたまま「約束ですよ?」と言った。



end.

134 :レシP ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:01:54.27 ID:vomf1IoT.net
規制解除ー!……は少々以前だったのですが書き上げるのにいささか時間が。

こんばんわレシPでございます。
ひさしぶりに書きあがりましたので投下しにまいりました。
今回は律子で『FIVE DOORS』というタイトルです。本文6レス。

ぷちますCDの『WEDDING BELL』を聴いてちょっと切なくなってしまいました。
みなさまが幸せのベルを鳴らせること、お祈りしております。

ではまいります。

135 :FIVE DOORS(1/6) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:02:34.94 ID:vomf1IoT.net
「みんな、おはよう。だいたい揃ってるわね」
「えっ?」
「り、律子!」
 朝から今しがたまで飛び回っていて、部屋らしい部屋でひとところに落ち着く
チャンスがなかった。
 ある意味本日一枚目となる、招待客控え室のドアを開けると、アイドル仲間
たちが一斉にこちらを見た。みんなそれぞれにおめかしをして、ふだん事務所で
見るより何歳か大人びて見える。
 私はここに現れない……そうみんな思っていたみたいで、全員の目が丸く
なるのに少しだけ複雑な満足感を覚えた。
「……律子あなた、ここでなにをしているの?」
「なにって千早、そんなの決まってるでしょ?」
 どんな顔をしていいかわからないという表情のまま質問された。
「私はプロデューサーなんですからね、『うちのプロデューサー殿の結婚式』の。
参列者の状況を確認しにきたのよ」
「プロデュースって……冗談だとばかり思ってたわよ。あんたってば正気?
ここに来ていよいよおかしくなっちゃったんじゃないの?」
「ふむ、すばらしいツッコミだわ伊織。でも今あんたの相手をしてる暇はない
のよね。ここにいない人たちは?」
「……連絡は貰ってるわ。ともかく全員到着してる」
「そう、ありがと」
 みんなも不安げな顔を見合わせている。それはまあそうだろう、でも、詳しく
説明するだけの時間がないのも本当。
「まあ、とにかく来てくれてありがとうね。私、披露宴と式場のセッティング
見てこなくちゃならないから、またあとで」
「律子、わたくしも解せません」
「なによ、貴音」
「式のプロデュースなどしている場合なのですか?あなたは、その当の
プロデューサー殿に」
「そこまで。お願いね」
 食い下がる言葉を、あくまで冷静にとどめた。
「これは、あくまでビジネスよ。プロデューサー殿の一世一代の晴れ舞台を、
私の手で最高の思い出にしてあげる。これまで私を育ててくれた恩返しも込めて、
いわば私のプロデューサーとしてのデビュー戦なんだから」
 周囲を見渡しながら、精一杯の笑顔を見せる。
「普段裏方でいる彼が生涯最大の幸せを手にする瞬間くらい、あの人を表舞台に
立たせてあげたいじゃない?いいからまあ、黙って見ててよ」
「あふぅ」
 人垣の向こうから、気の抜けた吐息が聞こえた。それでも立ち上がって顔を
見せるのだから、彼女にしては良くやっているのではないか。
「ハニーのウエディングをプロデュースなんてすごく楽しそうだよね。ミキは
いいんじゃないかって思うな。こんなの考えること自体が、実に律子らしいの」
「こーら、美希。目上の人には?」
「うっ……律子、さん、らしい、の、ですっ」
「よろしい。それから『ハニー』も、さすがにもう封印しなさいよね」
 実は美希にはプロデュースの件を伝えていた。正確にはつきまとわれすぎて
バレた、というのが本当なのだけれど、その時にも援護を約束してくれた。いつもの
ままの言動にしては幾分赤くなっている目に、心がちくりと痛んだ。
「律ちゃあん……ホントにムリしてない?」
「真美も心配だよぉ」
 今度は鏡写しの同じ顔だ。

136 :FIVE DOORS(2/6) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:04:04.25 ID:vomf1IoT.net
「亜美、真美、私は大丈夫。むしろあんたたちが勤めるブライズメイドは頭に
入ってるの?」
「それは大丈夫だよ。亜美たちレッスン時間も使ってモートックンしたんだから」
「それならいいけど……ん?レッスン時間ですってえ?」
「うあうあ亜美のバカっ」
「ぎゃーヤブヘビだったああっ」
 こんなときだからこそ公私はちゃんと分けろとあれほど言ったのに。とはいえ、
本当に時間が厳しい。
「まーいいでしょう。その代わりこの先のレッスンが予定通りになってなかったら
覚えてなさいよ?」
 言い捨てて部屋を駆け足で出た……出ようとした。
「あ、あのっ!律子さん!」
 その背中に、元気な声が追いすがってくる。
「やよい……」
「わたし、こういうときのことよくわからないですけど……あの、頑張って
くださいねっ!わたしたちも、みんな応援してますから!」
 ぎゅっと握った両手が、彼女なりの戸惑いなのだろう。こちらを見つめる瞳が、
それを乗り越えて今の言葉を発したのだろう。
 やよいだけでなく、みんな似たような心もちなのだろう。だからこそ私も、
ぼんやりしているわけにはいかないのだ。
「ありがとう。披露宴ではおおいに盛り上げてね」
「はいっ!」
 いつものように掲げてくれる右手には逆らえない。走り出したがる足を止めて
振り返り、大きなモーションでぱちん、と手を合わせた。

****

 本当は呼ぶべき人間は山ほどいたけれど、予算や立場や事務所の格的にも
あまり大仰なことはできなかった。控え室から宴会場まで駆け足で移動しながら、
でもこの短距離走で済む規模のハコでよかったかな、とひとりごちた。
 結婚式には、両家からトータル50人くらいの招待をすることになった。社長は
もっとたくさん呼びたかったようだけれど、逆に縁故者や取引先をリストに
入れ始めるとその人数は倍やそこらでは済まなくなってしまう。
 腰に下げた携帯が鳴り、相手も見ずに耳に当てる。
「はいプロデューサー、準備はできてますか?」
『あ、ああ。こっちはOKだ、律子』
「そうですか、よかった。この先の段取りは式場の方が説明してくださいます
から、ちゃんと聞いておいてくださいね」
『おう、了解。それより律子、お前』
「私の方は大丈夫です。どうかご心配なく」
 それ以上なにか言われてもこちらが困る。私は電話を切り、先ほどから数えて
二枚目の大きなドアを開けた。
 ホテルの宴会場はもちろんパーティのセッティングが終わっていて、真っ白な
テーブルが料理とお皿、グラスたちの並ぶ瞬間を待っている。会場の真ん中、
いちばん奥に高砂の席、そこからこちらに向かって扇型に参加者の丸テーブルが
広がり、座席も極力高砂に向くよう配置した。主役とはいえあまり派手派手しい
のを好まない新郎新婦は、スモークやゴンドラなど使わずオーソドックスに
後ろの扉から登場する算段だ。
「律子!」
「うわ、ホントに来たっ?」

137 :FIVE DOORS(3/6) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:05:30.79 ID:vomf1IoT.net
 控え室の誰かと電話で話をしていたのだろう、驚いたような声は真と響だ。
二人とも普段は活動的ないでたちだけれど、今日ばかりは可愛らしいきらびやかな
装いを競っている。
「わあ、二人とも見違えたわね。まるで女の子みたいよ」
「む、いきなりシツレーだな」
「もうっ、余計なお世話だよっ」
「あはは、冗談よ。二人とも素敵なプリンセスになったわね」
「それはどうも。それより、律子、あの」
 真の視線が揺らいでいる。
「今日は……その、なんと言っていいか」
「おめでとう、でいいじゃない」
「だって律子、結婚式のプロデュースなんてやってて……いいの?ほんとに」
「そうだぞ!律子ほんとはそれどころじゃないはずだし!」
「まあ……確かに、体がもう一つくらいあればよかったのに、とは思ってるけど」
 今回のプロジェクトをほぼ秘密にしていたのは現場の、もっと正確に言えば
アイドル仲間の混乱を避けるためだった。こうして式当日になってしまえば
今さらどうしようもない。
 結局、その方がみんなを心配させるリスクも減らせるし……私自身も、予定が
詰まっていれば気が紛れる。
「でもね、このくらいじゃないと『仕事してる』って感じもしないのよね」
「それはもうビョーキの域だぞー」
「……まったく、律子はしょうがないな」
 響はまだ心配そうだけど、真はなんとなくわかってくれたようだった。
「いいよ、律子がそれでいいんなら」
「真?」
「大丈夫だよ響、きみも感じてはいるんだろ?律子が楽しそうなの」
「う、うん」
「結局こうしないと気が済まない人なんだよ。自分できっちり決着をつける、
それが律子の流儀なのさ」
 説明するその声音も温かく、聞いている響だけでなく私の胸にも沁みてくる。
不覚にもウルっと来そうなのを抑えているうちに、響が大きくうなずいた。
「ん、わかった!自分、律子を応援するぞ!」
「ありがと。やっぱりあんたたちは話が早いわね」
「でも、なにか大変だったらなんでもするから、すぐ言ってね?」
「うん、ボクも協力する!」
 二人だけでなく、みんなをずいぶんやきもきさせた自覚はある。今日のこの件
にしても、自分自身ずいぶん悩んだ。
 それでも、この仕事だけは誰かに譲る気になれなかった。
 プロデューサーの結婚式。他の誰でもない、私が彼を祝福してあげずに、
どうして二人が幸せをつかめるというのか。これは私の責任であり、プライド
であり、願いなのだ。
 この気持ちのいくばくかでも伝わって欲しいと願いつつ、二人に言う。
「助かるわ、最高の援軍ね。……じゃあ、さっそくだけど」
「えっ?」
「さ、さっそくって……あ」
 ちょうど、横から足音が聞こえてきたのだ。今でなければいくらでも相手して
やるけど、私は打ち合わせをこなさなければならない。
「いた!律子さん!」
「り、律子さぁんっ!」
 そちらに顔を向けると、泣き出しそうな不安顔が二つ。

138 :FIVE DOORS(4/6) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:07:23.81 ID:vomf1IoT.net
「春香も雪歩も、ドレスで走り回ったらはしたないわよ。真、響、この二人の
相手をお願いね」
「それより大変なんです、律子さん!」
 他の子たちと似た状況だと思い、こう言ってかわそうとしたけれど、どうも
春香の必死さが違う。
「……なにかあったの?」
「あずささんが、行方不明なんですっ!」
「なぁんですってっ?」
「ひぃっ、ごめんなさぁいっ」
「……あ、いやいや、雪歩が謝ることないじゃない」
 そういえばここまでのどこでも見かけなかった。
「何日か前のメールでは仕事の関係で、少し早く式場入りしているということだった
けど……そうね、まず敷地内を捜索して、式場のスタッフの手も借りられれば」
「律子、ストップ」
 反射的に重要案件に取り組み始めたら、真が言った。
「律子には大事な仕事があるでしょ?あずささんのことは、ボクたちにまかせてよ」
「うん、そうだぞ。自分たちだけでなんくるないさ」
 響がさらに言葉をつなぐ。
「春香、雪歩、みんなで探そ?」
「あ……うん、そうだね、そうだよね」
「こんな時まで律子さんに頼っちゃダメですよね」
 四人の笑顔が、私の背を押す。私も、みんなに負けないように笑顔を浮かべた。
「ありがとう、あずささんをお願いね。私も、移動中は気をつけておくから」

****

 式まではあと少しだ、電池ももつだろうとグループトーク回線を開きっぱなし
にしてイヤホンマイクをつけた。披露宴の最終確認を終え、チャペルへ向かう。
『こちら中庭、やっぱりみつかりませえん』
『1時間くらい前に地下のショッピングモールで目撃されてたぞ』
『それだとまた移動しちゃってるな。春香、そっちは?』
『うん、ついさっき他の式の参加者の方が、見かけてサインもらったんだって。
ねえねえ聞いてよ真、私もサインさせてもらっちゃったっ』
『どうでもいいわよっ!だいたい当のあずさが圏外ってどういうわけなのよ!』
 おっと。
 控え室にいた面々も捜索に参加してくれているようだ。がやがやと会話が錯綜
するのを、少し前の事務所のようだと懐かしく思いながら三つめの、チャペルの
重厚なドアを押し開ける。
「……あ」
 高い天井の静謐の奥は、あたたかい陽の光を受け入れる全面窓だ。逆光になった
祭壇と十字架、その下にたたずむ影は手を前に組み、宙空に吊るされた博愛の象徴を
静かに仰ぎ見ている。
 一瞬その絵画のような風景に気圧されるが、思い直して声をかけた。
「……あずささん」
「あら、律子さん」
 ゆっくりと振り向き、天真爛漫な笑顔を私に咲かせる。
「やっぱり、教会って神聖な雰囲気になるわねー」
「なあに言ってるんですかっ!みんなで探してたんですからねっ」
「あ、あらぁ」
 この一喝で、みんなにも発見の報が伝わったようだ。アプリを閉じ、ゆっくり
彼女に歩み寄る。

139 :FIVE DOORS(5/6) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:09:04.64 ID:vomf1IoT.net
「勘弁してくださいよ、あずささん。ご招待客が先に祭壇に上がってるとか、
神様びっくりしますよ?」
「それもそうね、ごめんなさい律子さん。神様に、わたしにも早く運命の人が
現れますようにってお願いしたかったの」
「ちゃんと聞いてくださってますよ、きっと。今じゃないってだけです」
「そう願っているわ。ありがとう、律子さん」
「携帯はどうしたんですか?」
「ああ、チャペルに入るから切っちゃってたわ……と、わ、あらら」
 電源を入れたとたんに怒涛の着信が入る。彼女にはチャペルから動かないように
身振りで伝え、迎えを待たせて私はスタッフと話をしに行った。ここの従業員は
優秀だ、希望していたことのほとんどが準備完了しており、理想的なタイムワークが
できそうだ。
「ん、チャペルもOK、っと。……これで」
 これで、私のブライダルプロデューサーとしての仕事はほぼ完了。内心の動揺を
隠しつつ独り言。ついでに、小さく深呼吸した。
「あと一カ所か。ふうっ」
「律子さん」
 通り過ぎしな、人待ちをしているあずささんに声をかけられた。……この人は
こういうところがすごい。
「大変な仕事を、お疲れ様。あとは最後の仕上げね」
「……ええ、あずささん」
「頑張ってね。わたしもみんなと応援しているわ」
 チャペルを出て、そこからほど近い場所へ通路を進む。最後の仕事は、もちろん
ここだ。
 ……新婦控え室。

****

 おごそかに本日四枚目のドアを開け、入室した。
 両親と話していた小鳥さんがこちらを向く。影のように付き添っていた社長も
気づいた。
「律子さん。準備、終わりましたか」
「はい。これで、もう思い残すことはないです」
 その言葉で、小鳥さんの表情が和らいだ。
「……よかった。じゃあ、あとは本来のお役目を全うしてくださいね」
 本来の役目とは、もちろん。
 小鳥さんの後ろで、両親も……私の父と母も、静かに頷いた。
「あらためて言わせてください。おめでとうございます、律子さん。どうか
プロデューサーさんとお幸せに」
 本来の役目とは、そう……プロデューサーと並んで永遠の愛を誓う、彼の花嫁。
「私のわがままでいろいろご迷惑おかけしました。私の両親、変なこと言いません
でしたか?」
「そんなこと。あ、それより聞いてください律子さん、こんど商工会青年部の
決起大会にわたし、呼んでいただけるんですっ!」
「はあ?」
「名目上は受付事務と司会進行のお仕事なんですけど、その後の懇親会でわたしの
こと紹介していただけるんですって!仕事に一途なイケメン揃いだって聞いて
もう夢が広がりまくりんぐなんです律子さんっ!」
「ああ……それは……よかったですね」

140 :FIVE DOORS(6/6) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:10:52.34 ID:vomf1IoT.net
 呆れたような顔をしてみせたけれど、内心はいつも通りの彼女を頼もしく感じた。
 あまりの大舞台に不安のあまり、ただでさえやることの多い新婦の身でありながら
体を動かさずにいられなかった私なんかとは肝の座り方が違う。おかげで私の到着
まで、両親の話し相手を勤めてくれた。
 私はこうして、みんなの支えがあってようやく立っているありさまだ。
プロデューサーもこんな女のどこがよかったのかといまだに思うが……迷うの
だけはもうやめた。
 携帯の着信に気づくと、伊織からのメッセージだった。『直接言いたいことが
あるから、もう一度グループトークに入れ』と言う。
「さあ、律子さん」
 液晶を覗き込んでいた小鳥さんに促され、おずおずとアプリを操作し、耳に当てた。
『来たわね律子。もう気は済んだ?』
「はいはい、お騒がせしたわね」
『まったくよ。花嫁が自分の結婚式プロデュースするなんて前代未聞だわ。でも』
 伊織はそこで一息ついた。
『あんまりびっくりしたから、肝心なことを言い忘れちゃったのよ。みんなもね』
『ええ。ねえ、律子』
 普段のクールさを押さえきれない、興奮まじりのビブラートが。
『律子』
 カッコよく決めたつもりでも、語尾の震えている強気な呼びかけが。
『律子』
 一見ミステリアスな、それでいて確かに温かな思いやりが。
『律子、さんっ』
 無邪気でいながら思慮を重ねてきた天性の力強さが。
『律ちゃん』
『律ちゃんっ』
 息の合った、でも最近はわずかに個性の垣間見えるユニゾンが。
『律子さんっ!』
 パワフルでまっすぐな、太陽のような元気のかたまりが。
『律子っ』
 何事にも全力で取り組むエネルギーの結晶が。
『律子ぉ!』
 困難も苦境もものともしない、生命力のほとばしりが。
『律子さんっ』
 春の太陽のように体を温めてくれるぬくもりが。
『律子さん』
 さながら冬を乗り越える雪割草の可憐さと芯の通った強い意思が。
『律子さん』
 不安や心の揺らぎをやさしく包み込んでくれる、柔らかく大きな心が。

『ご結婚、おめでとう』

 私の背中を押してくれる。
 ここで微笑んでくれる小鳥さんや、社長もそうだ。
 私は、この人たちの想いとともに、次の扉を開くのだ。

「うん。ありがとう、みんな」

 プロデューサーと二人で、未来への扉を開くのだ。五枚目の……幸せに続く扉を。
 涙がこぼれないように、このぬくもりを取り落とさぬように。
 大きく目を見開いて上を向き、そうして私はみんなにお礼を言った。





end

141 :FIVE DOORS(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln :2013/03/13(水) 20:13:33.26 ID:vomf1IoT.net
以上です。ありがとうございました。
ちょっとした叙述トリックに挑戦してみました。言うだけならタダだw
だいぶ以前、春香の結婚ネタでどんでん返しを見事に決めておられた作品が
ありましたので、つたないながらリスペクトさせていただきました。



と、気づけばシンデレラの面々が百花繚乱じゃないですか。

>>126
凜ちゃんはいたずらっ子ですなあ。その振る舞いから年に似合わず落ち着いて
いるとみんなに思われてる彼女ですが(ラジオでもそんな感じですね)
ほんとのほんとのたとえばこーいう時なんかはどーなのよ、と思ってしまいます。
独白にすら現れない、意識もしていない鼓動の高まりなど期待してしまったり。

そして木場さんは な ぜ 殺 た し

クスッどころか盛大に吹きましてございます。



>>129
もう3年も前ですよ!いや閑話休題。
楓さん、いいっすなあ。
シンデレラガールズのおかげでオトナなアイドルが大量加入しておっさんご満悦
でございます。
Pのすっとぼけっぷりは王道ながら、コレ完全に既成事実狙いじゃないですかやだー。
これは後日談が楽しみですねw



お騒がせしました。
それではまた。

142 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/03/26(火) 02:36:46.58 ID:+rhti03Q.net
あーテステス。また来ました。上で凛の書いたから奈緒と加蓮も書いた方がいいかなー
とかで似たようなネタで書きました。短いのでお気軽にどうぞ。

143 :奈緒編:2013/03/26(火) 02:43:25.64 ID:+rhti03Q.net
神谷奈緒は困っていた。
非常に困っていた。
今現在自身の置かれた状況から抜け出す術が思い浮かばず、散々悩んだ末に結局、隣の部屋に居るはずの友人に助けを求めるべく手元の携帯でメールを送ることにした。



「おりょ、奈緒からメールだ」
「加蓮にも来たの?」
「ってことは凛にも?」
はて、と二人は顔を見合わせる。
共通の友人である神谷奈緒が怪しげな足取りで隣の仮眠室に入っていったのがつい先ほど。
そんなに眠いのならさっさと家に帰ってから寝たらいいのにと言ってみたところ、返ってきた返答は、
「少し仮眠取らないと絶対電車の中で寝過ごすから」
であった。
この後は特に予定も無く、先に帰っても良かったのだが誰も居ない中一人で帰るのは寂しかろうと二人時間をつぶしている最中の事。
さて何事かと携帯を開いてみれば文面にはシンプルな「たすけて」の4文字のみ。
けれども二人は文面の切実さとは裏腹にやれやれとでも言いたげに立ち上がると隣の仮眠室へと足を踏み入れた。



電気の落とされた暗い室内を見渡すべく薄明かりをつけて二人は部屋の中に入ると、ベッドの中で頬を赤く染めたままんじりともせずにこちらを見つめる奈緒が自分の腰の辺りを指さしていた。
かけ布団を少しばかりめくってみると、奈緒の腰に誰かの手が回されている。
大体想像はつくが、この手の持ち主が誰なのか確認すべく布団をはぎ取る。
「「あー」」
思わず声が漏れる。
二人の予想した通り、奈緒の担当プロデューサーが彼女を後ろから抱きしめるようにして安らかな寝息をたてていた。
わかりやすく言えば、抱き枕状態である。
「なんでこんなことになってるわけ?」
「アタシもプロデューサーがいるなんて気づかないまま布団に入ってさ、そのまま寝てたらこうなってた」
布団の中に誰か入っていたら普通気づく物ではないのだろうか。いやしかし眠気も限界に近ければ見落として仕舞うこともあるかもしれない。
前例もあることだし。
加蓮は少しばかり呆れたように奈緒を詰問する。
「で、助けてほしいってのは何?」
「いやだからさすがにこれは色々まずいからどうにかしてくれないかなと」
「起こせばいいじゃん」
「いやだって疲れて寝てるのに起こすのもちょっと気の毒じゃないか」
「じゃあそのまま一緒に寝てればいいんじゃない? 別に変な事はしないんでしょ」
「変な事って……確かににそうだけどさぁ……」
そこで見物人と化していた凛が一言。
「てゆーかさ、こんなに近くで話してたらプロデューサー起きてるでしょ」
「えっ」
口をパクパクさせながらゆっくりと奈緒が後ろを振り返る。
プロデューサーはしっかり目を開けてからからと笑っていた。

144 :奈緒編:2013/03/26(火) 02:45:20.01 ID:+rhti03Q.net
*ソレカラドウシタ*

「もーいい。寝る」
ひとしきり謎の言語を叫びながら枕を叩きつけてようやく落ち着いたのか布団をすっぽり被って不機嫌を隠そうともせずに奈緒は呟く。
ちなみにいつ起きるかなんてどうでもよくなったので凛と加蓮には先に帰って貰った。
「ゴメン。少しからかい過ぎた」
そう言い残して去ろうとするプロデューサーの服を掴んで引き留める。
「奈緒?」
「何日、家に帰ってないんだよ」
「ちょっと数えてないなぁ。まだ話せないけど結構大きい話があってそっちにかかりっきりでさ」
薄暗かったから解らなかったが、明るい場所で見るプロデューサーの顔は漂白されたように真っ白だった。
どれだけ疲れていたのだろう。少なくとも、自分が入ってきた事にも気づかない程には熟睡していたはずなのだ。
「いいよ。眠いなら寝てて」
怒ったのは、からかわれたからであって、抱き枕に代わりされたからじゃない。
だから、
「アタシはこっち、プロデューサーはそっち、ただし、こっちは向かないようにな」
二人背中合わせになって横になる。
一緒の布団で眠るくらいは別に構わないのだ。
体は正直なもので、あれだけ騒いでも直ぐに眠気が押し寄せてくる。
ただ、やっぱり顔を合わせるのは照れくさいから、
今はまだ、
背中に体温を感じるぐらいで、
背中が暖かいぐらいで丁度いい。
でも、
いつか、ちゃんと正面から見る事が出来ますように。

145 :加蓮編:2013/03/26(火) 02:47:32.54 ID:+rhti03Q.net
ピピピピッ。
聞き慣れた電子音と共に取り出した体温計の表示は37.5度。
幾らか症状は治まってきたとはいえまだまだ立派に風邪の真っ最中だった。
(最近は調子よかったから油断してたなぁ……)
実際に数字として見てしまうと体調も幾分悪化したような気がしてしまい、見慣れた天井を見上げてため息をつく。
昨日からずっと横になっていたので眠気もすっかり無くなっていたが、かといって何が出来るわけでもなく結局おとなしくしているしかないと観念して再度の眠りについた。



何度目かの緩い覚醒。
ふと、視線を感じて首だけを動かしその方へ向ける。
プロデューサーが椅子に座ってこちらを見ていた。
「……変態」
「酷い言いぐさだ」
「女の子の寝顔をずっと見てるなんて変態以外の何者でもないじゃない」
来てくれた事は嬉しいと思うけれどこれぐらいの憎まれ口は許して欲しい。寝顔を見つめられるなんて男の人が思っている以上に恥ずかしい事なのだ。

「どれぐらい前に来たの?」
「今来たばかりだ。ひょっとして起こしたか」
「ううん、大丈夫。昨日からずっとベッドの中であんまり眠くないから」
寝ていた体をを起こしてもまだ少しふわふわしてる感じがする。
「そっか。体の調子はどうだ」
「退屈に思えるくらいには回復してきたよ」
「なら良かった。そうだ、後で凛と奈緒も来るって言ってたぞ」
「来なくてもいいってメールで言ったのにみんな大袈裟過ぎ。もし風邪が移ったりしたらそっちのほうが大変なのに」
とは言ってみたものの加蓮自身にも仕方のない事だという自覚はある。
「加蓮の場合は昔の事があるからな」
「おかげ自分の心配する分が無くなっちゃいそう」
「2人とも、それだけ心配してるんだよ」
「プロデューサーも心配した?」
「俺は昔の加蓮を聞いた話でしか知らないからな。それでも、もしかしたらってのは少しあった」
「ふふっ。ありがと」
家族以外にも心配してくれる人が居る。その事実は少しだけ申し訳ない気持ちと、それ以上の嬉しさがある。
「さてと。そろそろ行くよ」
「もう行っちゃうの?」

146 :加蓮編:2013/03/26(火) 02:49:18.91 ID:+rhti03Q.net
あれ、
普段はこんな事言わないのに、やっぱり私弱ってるのかな。
そういえば、アイドル始めてからはいつも誰かと一緒だったから一人っきりって久しぶりかも。
「年頃の女の子の部屋に二人っきりってのはあまりよくないだろ」
なるほど確かにその通りではある。その通りではあるのだがつい今し方弱っている事を自覚した加蓮としてはもう少し甘えても許されるのではないだろうかと思う訳で。
「じゃちょっとこっち来て」
ベッドの中から手招き。
「ハイハイ」
って呆れながらでも律儀に頼み事を聞いてくれるのは嬉しい。
「もうちょい近く」
「これ以上ってお前無理──」
「ていっ」

腕を掴んでベッドの中へ引きずり込む。
バランスを崩した体は案外簡単に動かせた。
ご丁寧にちゃんとかけ布団までかけてあげるおまけつきだ。

息がかかるぐらいの近い距離にお互いの顔がある。
口を開く前に言葉を被せて何も言わせない。

「ねえ」

これは、熱で少しぼやけた頭だから出来る事だ。
いつもならこんな事は出来ない。
いつもならこんな事は言えない。

「私は、ずっとここにいたんだよ」
残された時間を数えながら、不安に押しつぶされそうになりながら、冷たいベッドの中で震えていたんだよ。

体を治してくれた訳ではないけれど、
新しい世界を教えてくれた貴方の事が、
私を想ってくれる貴方の事がこんなにも愛おしい。
この言葉はまだ口にはしないけれど、
ただ、今だけは。
小さな不安の欠片がどうしても消えない今だけは。

「眠るまででいいから、ここにいて」

一人ではないと信じさせて。
人が温かい事を確かめさせて。
どうか、そばにいて。

147 :創る名無しに見る名無し:2013/03/26(火) 02:52:00.51 ID:+rhti03Q.net
以上投下終了。改行多過ぎとか表示されてちょっとgdgdになったけど見逃して。
時間が時間なのでレス返しはまた後ほど。それではこれにて一旦失礼。

148 :創る名無しに見る名無し:2013/03/26(火) 23:42:18.24 ID:+rhti03Q.net
>>127 レアってーか木場さんわりかし大概の事には対応してくれるんで個人的にはかなり扱いやすい部類に入ります。

>>128 いやあ気づいてくれる人が居てよかったよかった。

>>129 アチャー。プロデューサーさん言質取られちゃったかー。
この後が楽しみのような怖いような。

>>134 なんといいますかこのキャラならこういう行動になるよねてな所にストンと落ち着いてくれる安心感とか、
タイトルにもあるドアの使い方とか最後の皆からの呼びかけとかスイスイ読み進められるテンポの良さに毎回感心させられております。

それから保管庫更新しましたので皆様確認お願いいたします。
それではこれにて失礼。

149 :創る名無しに見る名無し:2013/03/27(水) 06:33:02.70 ID:mExzCzM6.net
 この冬一番の寒波が街を襲っていた。早足で暖の取れる家へと急ぐ人々と心持ち重い足取りで寒さに耐えながら歩を進める人々に分かたれた雑沓というにはまばらな人影、その後者の中に二人のアイドルの姿があった。
ずびっ
「ちょっと涼、さっきから鼻、大丈夫?」
「熱はなかったし、駅まで我慢すれば大丈夫だよ」
 その内の一人、桜井夢子は隣に居るもう一人、秋月涼に心配半分呆れ半分の表情を向けている。
「何が“大丈夫”よ、まだ鼻水出てるわよ。ほら……はい、全く世話焼けるんだから。」
 取り出したティッシュで涼の鼻先に残っていた分を拭き取ると、窘めるように言った。
「こんな所撮られてごらんなさい、鼻水垂らしたトップアイドルなんてファンが見たら嘆くわよ」
「ははは……うん、ありがとね。」
 そんな事より、それを夢子ちゃんに拭いて貰ってた事の方が問題じゃないかなと考えながら礼を返す涼。その顔に浮かんだ軽い笑みに分かってるのかしらと訝しく思いながら夢子は言葉を繋げる。
「予報見ずにマフラーしてこないなんて、ちゃんと喉を守らないなんてアイドル失格よ全く。私には伝染さないでよね、明日収ろ」
ふあ…ックシュン!
 喋っている最中、涼のくしゃみが夢子の言葉を断ち切ってしまう。
「ごめん、離れてるね」
 距離を取ろうとする涼。その腕を抱えるように夢子は密着する。
「離れるより、こうした方が暖かいでしょ。」
 思い掛けない積極的な行動、伝わる体温に甘えそうになった涼だがやはり夢子に風邪をひかせてしまうかも、と身を離そうとする。
「動いちゃ駄目よ、こうして……。ほら、このマフラー短いから離れないでね」
 その機先を制し巻いていたマフラーを涼の首へと回す。ふわり、生地と共に夢子の香りが纏わるのを感じ動きを止めた涼に、夢子がぴったりと寄り添う。
「さ、行きましょ」
 あまり長くないマフラーでは互いの首を覆い隠すには至らず、時折強く吹く風が首筋を冷たく撫でる。それでも二人の体温は互いを守り――
「えっクション!」
 ビュウと一際強い風に涼は身を震わせると咄嗟に逆を向いてくしゃみをする。振り向くと夢子の諦めたような視線が突き刺さった
「ムードもへったくれもないわね。もう、駅まで急ぐわよ!」
 言うや、首ごとマフラーを引っ張り歩を早める。向かい風の吹く寒さを受け止めながら、二人は足音を重ね歩いて行った。

クシュン「夢子ちゃん、やっぱり僕」「いいからちゃっちゃと歩く!」

150 :創る名無しに見る名無し:2013/03/27(水) 06:42:17.33 ID:mExzCzM6.net
あ、順番間違えて前置きする前に本文投稿してしまった(汗

えー、 >>86 書いてた者です、今度もりょうゆめです。
書いてた時は冬だったんです……

151 :創る名無しに見る名無し:2013/03/29(金) 11:50:09.09 ID:xGy6cSVe.net
>>148 作業ご苦労さまです。
このシリーズ結構キャラごとの反応が効いてて面白いですね。

152 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/04/29(月) 21:15:02.38 ID:lO96hsj3.net
あーテステス。久しぶりです。短編1本投下します。
今回は秋月律子さんの話。
注意点て程でもないのですが、初代というか無印の頃をイメージしていただければ幸いです。

153 :When The Sun Meets The Sky:2013/04/29(月) 21:16:42.45 ID:lO96hsj3.net
時刻はようやく朝日が昇り始めた頃。
海岸沿いの道を空冷エンジン独特の音を響かせながら一台の車が走っている。
運転席に座っているのは眼鏡をかけて髪を緩い三つ編みにした若い女性。

バックミラーで後方を確認してからウインカーを出して路肩に寄せながらブレーキをゆっくりと踏む。
タイミングを合わせてクラッチを切る。
停止したことを確認してギアをニュートラルに入れてサイドブレーキをかける。
ようやくこういった一連の動作を意識せずともできるようになってきた。
周囲に誰も居ないことを確認してから降りて、大きく伸びをしたり肩を回したり軽いストレッチをする。固まっていた筋肉がほぐれてゆく感触。
いくらか慣れたつもりでもやっぱり一人での運転は緊張していたらしい。
大きな深呼吸をして一息。夜明けの冷たい空気が心地よい。

秋月律子18歳。只今人生初の車で一人旅の真っ最中である。

154 :When The Sun Meets The Sky:2013/04/29(月) 21:18:36.57 ID:lO96hsj3.net
実の所、免許を取った理由なんていつか必要になるかもしれないとか、手っとり早い身分証代わりだとか、
他にはブログやトークのネタになるかもとか、有り体に言うならば無いよりはあったほうが良い程度の物だった訳で、
当然免許を取っても車そのものを買うつもりなんてこれっぽっちも無かった。
第一、アイドルなんてやっている身の上としては万が一事故でも起こそうものならそこでアイドル生命が終わってしまうわけで、当然周囲の反対も多かった。
じゃあ何故買ったのかと問われればこれはもう一目惚れとしか答えようが無い。

そのお相手の名は2代目フィアット500。
どんな姿かわからない人でもカリオストロの城でルパン3世が乗っていたと言えば大体想像はつくだろう。その程度には有名で少しばかり古い車である。

「せっかく免許取ったんだから少しぐらい車に興味持ってもいいんじゃないか」
なんてプロデューサーの一人に言われて車を少し観察するようになった。
相変わらず詳しいことは何もわからなかったけど。
そんな中、街中で何気なく見かけた一台の車。
その時は気にも留めずに通り過ぎたが、そのうちチラチラとあの丸っこいフォルムが頭に焼き付いて離れなくなって、
こういった方面に詳しい件のプロデューサーの首根っこ掴まえて根掘り葉掘り聞いてその時になってようやく名前を知って、
中古車しかも一昔前の車にかかる手間と金額とリスクとオススメ出来ない理由を懇切丁寧に説明してもらってそれでも諦めきれなくて、
信頼できる店を紹介してもらってそれまでアイドル稼業で稼いだ貯金を幾らか崩してもしもの為に保険もキッチリかけてようやく購入と相成った。

そんなすったもんだを乗り越えて迎えた待望の納車の日には、
「正直、自分でも驚いてますよ。免許取った時はもし買うなら流行のハイブリッドとかコンパクトみたいな無難なのだろうなって思ってましたから」
「利便性考えたら迷う余地なくそっちなんだがな。でも、何となくらしいとは思ってるよ」
「何でです?」
「いやあ、お前さん何だかんだいって世話焼きだもの。手間はかかるけどかけただけ応えてくれるこいつはピッタリだと思うよ俺は」
そんなやりとりがあったとか。

さて、納車されたはいいが律子はそれなりに売れているアイドルな訳で、あまり自由に時間を使える訳ではない。
それでもなんとか合間を見つけてはハンドルを握り、一人でも大丈夫だろうとお墨付きをもらったのがつい先日の事。
これ幸いと丸々一週間のオフを作り、行き先を決めないまま長いドライブに出かけることにした。

155 :When The Sun Meets The Sky:2013/04/29(月) 21:20:43.69 ID:lO96hsj3.net
東京から遠く離れた地方でも自分の事を知っている人がいた。
アイドルをしているから当たり前の話だけどやっぱり嬉しい。オマケなんてしてもらえると特に。

すっかり缶コーヒーの味を覚えてしまった。暖かくなってきたとはいえ日が沈めばまだまだ冷える。
年期が入って貧弱なエアコンでは物足りない時のカイロ代わりに丁度いい。ちょっと糖分が心配だけど。

泊まるだけで食事さえ気にしなければラブホテル(最近は違う呼び方もするらしいが)が割と便利だと知った。あまり詮索もされないし面倒もない。……ただ仕事の時に使うかといえば怪しいところだが。

単純に車を運転するだけで、ハンドルを握っているだけでこんなにも楽しいと知った。
ドライブなんてガソリンの無駄だと思っていたけどその考えを改めなければいけない。

車の運転は楽しい。しかし、基本的にずっと座りっぱなしなので運動不足には気をつけなければいけない。
色々な所をまわっていると地方の名産品なんてついつい食べてしまうものだから体重計に乗って表示された数字を見て思わず目眩がした。
その夜からは周りの迷惑にならない程度に自主的にダンスレッスンをすることにした。何事にも復習は大事である。

普段騒がしく思っていても離れるとつい寂しくなってしまうものらしい。一日に一度事務所に連絡を入れることにした。けっして言わないけれど、電話をかけて最初に誰が出るのかが少し楽しみだった。

時折、風景と共に愛車の姿を携帯のカメラに収めるが少々物足りない。
帰ったらデジカメでも買うべきだろうか。
多分買う事になるだろう。

スケジュール帳を見て改めて確認する。帰らなければいけない時が来ていた。

156 :When The Sun Meets The Sky:2013/04/29(月) 21:22:37.17 ID:lO96hsj3.net
自販機で買った缶コーヒーを適度に温くなるまで手の中でカイロ代わりに弄ぶ。
もう一方の手でエンジンルームにそっと触れる。少しずつ缶コーヒーと同じように熱が冷めていく。
重いステアリングにも、独特のエンジン音にも、硬いサスペンションの感覚にも大分慣れてきた。
髪を解いて、風に遊ばせるままにする。
海沿いの道をずっと走ってきた。飽きることのない波の音と、潮の香り。
大きく息を吸い込む。少し前に比べると空気がどこか甘くなってきた。季節が変わろうとしている。

愛車に体重を預けて、時折コーヒーを飲みながら何をするでもなくじっと日が昇る姿を見つめている。
あと少しでこのドライブも終わる。
また、あの騒がしくて忙しい日常に戻る時が近づいている。
それが嫌になった訳ではない。でも、この時間が終わってしまう事が名残惜しい。
コーヒーをまた一口飲んでそれっきり何も考えないようにする。エアポケットのような時間。

「まあ、それでもいっか」

ふとこぼれた呟きが虚空に溶けていった。
口に出してみると、すんなりと納得できてしまった。
別にこれが最後という訳でもない。これから先に幾らでも機会はあるのだから。
わざわざこんな事を考えてしまうのは夜明けの海などというシチュエーションだからだろうか。
ついでだからもうしばらくセンチメンタリズムに浸ってもいいだろう。

太陽が顔を出す。
目を閉じて全身で光を浴びる。
腕を伸ばして手を開いて、出来るだけ多くの光に触れようとする。
細胞のひとつひとつが柔らかい熱を帯びていく。
体が目覚めていく瞬間をはっきりと自覚する。
目を開いて、入ってきた光の強い刺激に少しだけ視界が滲む。
きっと、こんなふうにして世界も目を覚ます。

丁度缶の中身も空になった。空き缶をゴミ箱に放り込んで運転席へ座る。
エンジンに火を入れる。暖まるまで少しの暖気。
もどかしいとは思わない。
普段の仕事は時間に追われているのだ。一人の時間くらいこの程度の猶予はあってもいいだろう。

「さて、帰りますか」
そう声に出して、頭の中で思い描いた光景に苦笑する。自宅よりも先に765プロの事務所が浮かんできてしまうあたり割と重症かもしれない。

トランクに放り込んだお土産の数々を思い出す。
それなりに絞ったつもりでも、各地を転々と回ってきたからそれなりの量になっていた。
素直に渡してもいいけれど、わざと忘れたフリをして「私の無事な姿が何よりのお土産でしょう」と言ってやったらどんな顔をするだろうか。
きっともっと騒がしくなるに違いない。
こんなセンチメンタリズムなんて跡形も無く吹き飛ばしてしまうだろう。
ああ、どうしよう。
どっちを選んでも楽しい事になるのが容易に想像できてしまって緩む頬を押さえきれない。
とてもささやかで幸せな悩みを抱えて帰路につく。


朝の光の中、海岸沿いの道を一台の車が走っていく。

157 :創る名無しに見る名無し:2013/04/29(月) 21:24:36.11 ID:lO96hsj3.net
以上投下終了。
今回のタイトルはEric Johnsonというギタリストのアルバム『Venus Isle』に収録されている曲から拝借しました。
実のところを申しますとこの話2の発表前に大体のラインは頭の中にあったのですがこの度ようやく表にだせたとゆー……
結局私の遅筆と動き出すのが遅いのが原因なのですが。
曲を聞いている時にふと朝焼けの中を走る車の映像が浮かんできまして、
じゃあアイマスの面子の中で車の運転が出来そうなのと考えた時に、無印の段階だと律子さんぐらいしかいない。
じゃあ律子でいこう(あずささんはコミュの中で免許取れなかったって話があったはず)
そんな感じで出来た話です。
車はあんまり詳しくないのでメジャーなところ+あえて律子らしくない車種って考えてこうなりました。
詳しい人ならもうちょっとピッタリな選び方をするのかなーなんて思ったりしましたが。
それではこれにて失礼。

158 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/05/13(月) 01:16:11.89 ID:o28WevF4.net
あーテステス。また投下に来ました。
今回は雪歩とちょこっと舞さんの話。
特に注意事項は無いと思います。

159 :sometimes:2013/05/13(月) 01:18:20.37 ID:o28WevF4.net
腕時計に目を落として時間を確認する。只今の時刻午前10時半。予定の時間を大幅に過ぎているが未だ待ち人来たらず。
レッスンスタジオの前で待ちぼうけを食らっていたプロデューサーははて、と首を傾げる。
今日ここに来るはずだった雪歩はどれだけ気の進まない仕事であったとしても体調不良以外で休んだことは無いし、
仮に休まなければならない事情があった場合は必ず連絡を入れてきたのだからその疑問は当然でもある。
考えたくはないが連絡の入れられない状況にあるのだろうか、事故にでも会ったのだろうかと不安が頭をよぎり、
何か知っていることはないかと事務所に居る音無小鳥嬢へと電話をかけた。
「すみません小鳥さん。まだ雪歩がこっちに来ないんですが何か連絡は来てませんか?」
「ああそのことでしたら昨日の夜に雪歩ちゃんから電話がありまして」
「ええ」
「今日のレッスンはドタキャンするそうです」
「……はい?」
今しがた耳に入ってきた言葉の意味を理解するまでに少々の時間を要した。その程度には不可思議な言葉を聞いた。
「…………」
「もしもーし。プロデューサーさん?」
「ちょいと聞きたいことがあるんですが」
「はい何でしょう?」
「前日に連絡を入れるのはドタキャンっていうんですかね」
「普通は言いませんねぇ」
「何で今の今まで小鳥さんは教えてくれなかったんですかね」
「それはやっぱり前もって教えたらドタキャンにならないからじゃないですか」
「じゃあドタキャンしたスタジオとトレーナーさんに頭を下げるのは誰のお仕事でしょうかね」
「それはやっぱりプロデューサーさんのお仕事じゃないですか」
「ですよねぇ」
こやつめハハハ。覚えていろよこのぴよ助め。
ひとしきり頭の中で悪態を並べ立てた所で、さて、わざわざ予告までしてドタキャンなぞした当の雪歩は今一体何をしているのだろうかと意味もなく空を見上げた。

160 :sometimes:2013/05/13(月) 01:20:03.70 ID:o28WevF4.net


で、当の雪歩はといえば奇しくもプロデューサーと同じように空を見上げて深いため息をついていた。
雲一つ無い青空とは裏腹に心の中はどんよりと重たく曇っている。
その胸中を一言で表すならば後ろめたい。こうして歩いていてる最中に知っている誰かと鉢合わせて、
「今何してるの?」
なんて聞かれたらどう答えればいいのかと不安になる。
もし聞かれたとしても今日はオフなのと平気な顔をしていればいいだけなのにそれも出来そうにない。
ああ。なんでこんなことしちゃったんだろう。今すぐ昨日に戻ってやりなおしたい。
そもそも今日のレッスンにしたってどうしても嫌だった訳じゃなくてほんのちょっと魔が差しただけなのに。

再度のため息をついて、ウインドゥに写った自分の服装を確認してみる。
いつもと気分を変えたくて服装もプリントTシャツの上に薄手のブルゾン、下はジーンズとスニーカー。、頭には野球帽といつもはしないような組み合わせだ。
思い切ってしてみた服装だけど動きやすくてこれはこれでありかな。なんて思ったのは小さな収穫だけど。

とりたてて予定は無かったし、家の中に篭っていても気が滅入るだけだから外に出てきたけどそれも間違いだった気がしてきた。
それでも、体を動かしていれば気持ちも変わるかと期待して街をぶらついてみることにした。
最近仕事ばっかりだから服の新作もぜんぜんチェックできていなかったし。なんて無理やり考えた理由を自分に言い聞かせて。



結論からいうと駄目でした。
リップやマニキュアの新色も、お気に入りのブランドの新作も、雑誌も、お茶も、お菓子も、どの店に行っても何を見ても集中しきれない。
まるで楽しんではいけないとでも言いたげに心のどこかでブレーキがかかる。
もう諦めて家に帰ろう。そして明日怒られてまた元の生活に戻ればいい。
そう思って踵を返したところで予想外の声が聞こえてきた。
「やっほー久しぶりじゃないゆっきー」
「えひゃい!」
日高舞である。
雪歩の姿を確認するやいなや一片の遠慮も無く肩に手を回して顔を覗き込んでくる。
「なーによー変な声出してー。そんなに私の事が嫌?」
「いえ……そんな事ないですぅ」
「ふーん」
日常的に顔を会わせている訳ではないが、それでも一目で雪歩の様子がいつもと違う事には感づいたようで、
「ちょっと歩きっぱなしで疲れたから休憩したいんだけど、一人ってのもなんだからつきあって」
返答も聞かずに雪歩の手を引いて歩き出す。

連れて来られた先は落ち着いた雰囲気の日本家屋を改装した喫茶店だった。
店の周りを木に囲まれ都会の喧噪とは隔絶されており、店内の天井も高く席同士も離れているためゆったりと過ごすことが出来る。
都内にこんな場所があったのかと物珍しげにそれとなく店内を見渡す。
「ゆっきーお茶好きだからここにしたんだけどもし気に入らなかったらその時はゴメンなさいね」
「いえっ、そんなこと無いですとっっても素敵なお店です」

テーブルの上に目を落とす。
舞さんの手元には、クリームをたっぷりと添えたシフォンケーキと素焼きのカップの中で湯気を立てているコーヒー。
雪歩の手元には、軽く表面を炙った最中と湯呑みの中で香ばしい香りを立てている煎り番茶。

161 :sometimes:2013/05/13(月) 01:22:29.18 ID:o28WevF4.net
一口口をつけただけでそれっきり手を伸ばそうとしない雪歩を見て、
「ね、ちょっと当ててみよっか?」
「?」
「ゆっきーが元気無い訳」
雪歩の返答も待たずに推論を並べ始める。
「うーん、誰かと喧嘩したって風でもなさそうだし、周りを気にしてるみたいだから……ひょっとしてドタキャンでもした?」
しかも的確に当ててきた。細かいところまで気にしないようでいてよく見ている。
「はい……その通りですぅ……」
「そ。私の勘もまだまだ捨てたもんじゃ無いわね」
それっきり何か言うわけでもなく、中断していたケーキにまた手を伸ばし始めた。
「あのう……」
「どうしたの? そっちの最中要らないなら私が食べるわよ?」
「いえっ、そうじゃなくて、何も言わないんですか」
「何に?」
「だからその……ドタキャンしちゃったんですけど……」
「やーねぇ私別に765の人間じゃないもの。ファンを蔑ろにでもしない限り何してよーが口出す筋合いじゃないわよ。
今だって知った顔を見つけたからお茶に誘っただけだし……でもね」
「?」
「そうやって俯いてばっかりってのはちょっともったいないかな」
「もったいない……ですか」
「そ。休む事も外に出かける事も、いつもはしないようなその服だって自分で決めてきたんでしょ。だったら折角の空いた時間胸張って楽しまないと損じゃない。それに」
雪歩の髪に手を突っ込んでわしわしとかき回す。

「こんなに天気も良いんだしね」

そのちょっとだけ悪戯を含んだ笑顔はとても快活で魅力的で、ああ、やっぱりこの人は愛ちゃんのお母さんなんだな。なんて思ったりして。
その時になってようやく雪歩はこの日初めて笑って、その顔を見た舞さんは満足げに「よろしい」といって額を近づけてまた笑った。

会計は雪歩が財布を取りだそうとする前に、
「私が誘ったんだしこれぐらいはお姉さんっぽい事するわよ」
といって口を挟む間もなく支払ってしまった。
「じゃ、私は夕食の準備があるからここでお別れね」
スタスタと歩き出す背中に向かって、
「ありがとうございました」
そう言って深く礼をする。
舞さんは振り返る事無く手を振って去っていった。

さて、と気を取り直して振り返り、もう一度歩いてきた道を遡る。
まだ時刻は昼を過ぎたばかりで今日という日ははまだ十分に残っているのだから。

162 :sometimes:2013/05/13(月) 01:24:34.00 ID:o28WevF4.net


小物入れのつもりでボディバッグを買ってみた。自分のイメージと合わないような気がしてなかなか手が出せなかったけど使ってみれば結構便利だった、
なんといっても両手が自由に使えるのが一番いい。

思い切って偶然見かけた洋食屋さんに入ってみた。興味本位で生姜ご飯のあんかけオムライスを頼んでみたけど凄く優しい味わいで大当たりだった。また今度来よう。

お気に入りのブランドのお店で新作を色々試着させてもらって、スカートを一着だけ買った。どんな上を合わせようか楽しみだ。

歩き疲れて入ったチェーン店のコーヒー屋さんでクリームたっぷりのカプチーノとケーキのセットを食べた。今日ぐらいカロリーは気にしない。
何気に今日はずいぶん食べている気がするけど甘いものは別腹だからいいのだ。それにしても体に悪い食べ物ってなんでこんなにおいしいんだろう。



目的も無く歩く。
気の向くまま行き先も知らず歩く。
歩く行為に没頭する。
心配、後ろめたさ、感謝、楽しさ、頭の中で渦巻いていた様々な感情や言葉が一歩ごとに息を潜めていく。

水の流れる音が聞こえてきて耳を澄ませる。
こんなところに川が流れていたことを今日初めて知った。
立ち止まって水面を見つめる。ようやく思考が活動を再開する。
少し、足がくたびれていた。

舗装されたコンクリートを越えて様々な大きさの石が敷き詰められた川辺に立つ。石の隙間から延びた雑草を踏みしめながら。
足下の石を一つ拾ってみる。
思い切って放り投げてみる。
石は緩やかな放物線を描いた後に僅かな水飛沫を上げて水面に消えていった。

163 :sometimes:2013/05/13(月) 01:29:31.28 ID:o28WevF4.net
携帯が震えて着信を告げる。
ディスプレイに表示された名前はプロデューサー。
少しだけの逡巡の後、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
「あー雪歩か。俺だ」
少しの沈黙。個人の携帯なのだから本人が出るのは当然なのだが、
どうやら向こうもなんと言えばいいのか考えあぐねているようだった。
結局、出てきた言葉は、
「初めてドタキャンしてみてどうだった?」
どう答えるべきだろう。少し考えて、
「あんまり、楽しくはなかったです」
半分の本当と半分の嘘を告げる。
だがプロデューサーは雪歩の言葉には応えずに話し始めた。
「知らなかったかもしれないけどさ、うちの中でドタキャンしたこと無いの雪歩だけだったんだよ。
だから小鳥さんから聞いた時、ちゃんと雪歩もわがまま言えるんだなって少し安心した」
てっきりこういった事からは縁遠いと思っていた他の皆もドタキャンしているのだと、そんな事実を初めて知った。
「最初だから多めに見るけど次からはちゃんと注意するからな。それで、
今度から休みたくなったら前もって言ってくれれば少しぐらいなら融通するから。それじゃあまた明日」

きっと、プロデューサーも雪歩の言葉が嘘だと気づいている。
それでもあっさりと嘘を見抜かれていた事が少しだけ面白くなくて、通話を終えて何も表示していないディスプレイに向かって届くはずのないアカンベーをしてみせた。

少しまだ物足りない気がして、
キョロキョロと周りに人が居ないことを確認してから大きく振り被って足下の小石を蹴りとばしてみる。
石がさっきより高く空に舞い上がって水の中へ落ちていく。
水面に吸い込まれて落ちていく。
波紋が浮かんで消えていく。

これで最後にしよう。
ふう、と、軽く息を吐いてから助走をつけて、不愉快なもの全部蹴り飛ばすつもりで足を振りぬく。
石が高く遠く飛んでいく。
大きな水飛沫が上がって消えていった。

164 :創る名無しに見る名無し:2013/05/13(月) 01:34:29.12 ID:o28WevF4.net
以上投下終了。今回のタイトルはaquilaというバンドの同名の曲から。
歌詞が、「たまには何か蹴っ飛ばしたくなるのさ」みたいな内容なんで、
あんまりそういう事しなさそうな雪歩にしてもらおう。
そういや初代で唯一ドタキャンしないキャラだったっけ?
みたいな感じでこの話が出来上がりました。
それではこれにて失礼。

165 :創る名無しに見る名無し:2013/05/13(月) 14:15:55.29 ID:xIcyJDkh.net
かわいい

166 :小ネタ(ミリオンキャラ注意):2013/06/15(土) 18:33:56.79 ID:Rd6Tjst0.net
「最上静香……そう名乗ったのか、遊びやがって」
「遊ぶ?」
「二重の言葉遊びだ……いや、三重かな」
「言葉遊び……偽名を使っているっていうことですか?」
「芸能人だ、芸名ってことにしてやろう。最上……モガミは『喪神』だ」
「喪神?ああ、付喪神とかって言いますよね」
「ツクモの別字を知ってるか?同じ読みで、違う当て字を使うことだ」
「有名なのは九十九ですよね、って!そのツクモは」
「そう。付喪神とは『九十九神』だよ。修羅の道を歩いて神を破り、その拳の最強を証明しようとした、
あの男の名だ」
「まさか……いや、まさか、あんな女の子が」
「三重の言葉遊びと言ったろう。奴の系譜をたどった者が行き当たる女性の一人に、その名がある。
そうでなきゃ、俺だって偶然で済ませてた」
「静香……まさか……静御前……ですか?」
「静御前は舞の名手だったそうだよ。今で言うトップアイドルだ。あの子はあくまで、格闘技ではなく
アイドルで最強を証明しようとしているってわけだ」
「いやイミあるんすかそれ!」
「バカヤロウ。格闘技ライターがアイドルのことなぞわかるか」



「ええ?『あの人』に格闘技でかなうわけないじゃないですか。私はそもそも、跡継ぎでもなんでも
ないんですから。
 でも『あの人』も知らない、というか、興味がないんですよ。この体さばきや、突きも蹴りも……
相手の肉体を砕くためだけに練られた技ではないって。
 空気を振動させる技もあるでしょう?ええ、相手の心を揺るがすことだって容易いんですよ。
 『あの人』は、どんな闘いでも最強を証明すると言っています。いつ、この舞台に気づくか知れません。
 私は、芸能界を戦場にしたくないんです。私が頂点に君臨していれば、このステージは『あの人』に
とっては価値がなくなる……それが私の狙いです。
 えへへ、バレちゃいましたから、教えました。
 わかったらどいてください。はじめに言ったでしょう?
 私には時間がないんです」



 ……ニィッ。



「邪魔だけは、しないでくださいね」





続かない。
久しぶりに義経編読み返してたら感情が昂ぶってしまいました。


>>164
よかったです
雪歩って一人遊びがなぜこうハマるのだろう

またちゃんと書いたら来ます

167 :創る名無しに見る名無し:2013/06/15(土) 19:56:15.40 ID:syNhHcue.net
>>164 ほんとそんなときあるんだよな

168 :1レスネタ『ふたりの食卓』:2013/07/04(木) NY:AN:NY.AN ID:wMmaAXcQ.net
「そうなんだ。それでどうなったの?響」
 フライパンの温度を探り探りしながら、ソファにあぐらをかいてる響に訊ねる。響がボクの家に来るのももう3度目か4度目で、勝手知ったるなんとやらって感じ。
「いやー危機一髪だったさー。ねこ吉が気づいてくれて、こっち帰ってきてくれたんだ」
「そう、よかったぁ」
 今日は二人でスポーツ特番の収録だった。まだまだ駆け出しのアイドルとなると収録現場もなかなかハードで、なんかめちゃくちゃお腹へったねって話になって。
 ちょうどボクの家のほうが近くて、父さんも母さんもいなかったから都合いいやって思って、誘ってみた。
「まったくさー。ネコのくせに落ちて怪我でもしたら一大事だったよ」
「ボクが言ってるのは響のことだよ」
「え、自分?」
「きみのネコ吉ももちろん心配だけど、響が怪我したらそれこそ大変じゃない」
「え……真、きみ自分のこと心配してくれてるのか?」
「そりゃそうだろ」
「……」
「?」
「えへへ。ありがと、真」
 ヘンな間。まあ、ボクもだけど響も野生の勘で動いてるトコあるし。
 冷やごはんと玉子、野菜がいろいろあったから、ちょっと遅めの昼食は『菊地家特製・全部入りチャーハン・真風』。もともと母さんが得意で、ボクも手伝いしてるうちに憶えたスペシャルメニュー……って言えば、聞こえはいい、かな。
「自分もなんか手伝おうか?」
「ん、だいじょぶ。切ったら炒めるだけだしね」
「ふえ、そんなに野菜入れるんだ?」
「キライなもの、ある?響」
 肩越しに聞くと首を振って、興味深げに手元を見つめてる。
「細かく切っちゃえば全部食べられるし、野菜で分量稼げるから、炭水化物も抑え目にできるんだ」
「彩りもよさそうだ。こんなのできるなんてすごいな、真」
「へへっ、そう?」
 注意するのは固いものから先に火を通すことくらいで、実際難しい料理じゃない。それでも一人暮らししてる響から『すごい』って言われると、なんか嬉しい。
「すぐできるからテーブルで待っててよ」
「ん、そしたら準備してるね」
「ああ、ありがと」
 フライパンをあおりながら、お皿やスプーンの場所を教えた。
 そうして、やがて料理が完成。食卓で取り分けるので、フライパンのままキッチンを回って……絶句した。
「うわ?」
「おお!おいしそうだな、真。びっくりしたぞ」
「……びっくりしたのはこっちだよ」
 振り返った景色は、見慣れたボクの家のダイニングではなかったのだ。ふだんはシンプルな白いテーブルと木の椅子の食卓が、響の手で魔法のように飾り付けられていた。
 カウンターの端に置いたままになっていたランチョンマットの色を組み合わせて、センタークロスとディッシュスペースに。同じく使い途を失っていた紙ナプキンはカトラリーレストに仕立ててある。
 よく見れば大げさなことはしていないのがわかる。でも、ごくごく簡単な工夫で、あちこちにツボを押さえたドレスアップを施してあった。父さんがときどき使ってるワインクーラーにはワインボトルではなく、帰りがけに買ったペットボトルの水。
 その隣にはガラスのボウルに浮かべた、庭のガーベラ。
「きれいだったから、2輪だけもらっちゃった。可哀想だったかな?」
「そんなことないよ。それならボクたちでたっくさん見て褒めてあげればいい」
 用意されていたお皿に盛り付けながら聞くと、響は自宅でもけっこう、こんなことをしているそうだ。
「こっち来たときはバタバタしてて、ハム蔵たちといっしょにごはんかき込んでレッスン行ったりしてたけどね。しばらくするうちになんか、これじゃ違うーっ!ってなってきて」
 彼女にとっては友達で、仲間で、家族でも、その動物たちと同じレベルで食事のしていてはいけない、と感じたのだそうだ。響は続ける。
「それにね」
「うん?」
「食事することって、ヌチグスイだからな」
「ヌチグスイ?」
「ん、島ではそう言うんだ。なんだろ、生命の源とか、生きてくパワーとか、そんな感じ」
 だから、ただ栄養を補給するんじゃなくて、居心地のいい場所で、浮き立つような心持ちで、美味しいものを笑いながら食べられれば、それだけで元気は倍増するのだと。
「なるほど、なんか、わかる。一人で黙って食べるより、二人でおしゃべりしながら食事したほうが、楽しい」
「うん、そういうこと!」
 はじけるような響の笑顔。うん、そうだね。やっぱり二人のほうが楽しいや。
 いつの間にかセロリの葉と中華だしで響が作ってくれてたスープと並べて、そうして二人で食卓について。
「「いただきまーす」」

 生きてくパワーの源に、二人で一緒に手を合わせた。


おわり

169 :創る名無しに見る名無し:2013/07/23(火) NY:AN:NY.AN ID:T4mb1jkO.net
http://xn--ss-x93azb8f1byc.com/

170 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2013/10/20(日) 22:14:51.42 ID:MErqohHV.net
あーテステスお久しぶりです。
また投下に来ました。
今回は黒川千秋さんの話です。
喫煙シーンあるのでそのあたりだけ苦手な人は御注意下さい。

171 :Anytime Anywhere:2013/10/20(日) 22:17:34.33 ID:MErqohHV.net
ところどころクラックの入った壁に手をつきながら電灯の切れた中月明かりだけを頼りに階段を上る。
突き当たりの耳障りな音を立てる立て付けの悪い金属性のドアを開いて屋上へ出る。
緩やかな夜の風が頬を撫でる。
遠くから街の雑踏が聞こえてくる。
周りに同じ様な高さの建物が建ち並ぶ雑居ビルの屋上からの風景を見おろす。

街の生きている気配をフィルタ一枚隔てて感じられるようなこの距離が好きだった。

フェンスに体重を預け胸ポケットから煙草とライターと携帯灰皿を取り出す。
火をつけて紫煙を深く肺の中に行き渡らせる。
たかだか煙草一本吸うためにわざわざここまで出てこなければならないが、未成年の集団であるアイドル達に気を使うのは当然の事だから別段苦にはならない。
むしろ一人だけの時間、静かな時間、何も考えない時間、そういった物は何かと賑やかな日常の中では貴重でもある。
最早屋上への移動も含めて気分転換のための儀式にもなりかけていた。
(ありえない話だが)仮に事務所に喫煙コーナーが出来たとしても自分はここへ来る事を選択するだろう。

頭の中を空にして何をするでもなく夜空を見上げる。
揺らめいて消えて行く煙の行方を見つめる。
徐々に短くなっていく煙草のチリチリと焼ける音を聞く。
タールとニコチンが僅かずつ舌を麻痺させていく。

さほど遠くない所から聞こえるヘリの音で意識が現実に引き戻される。
無駄とは知りつつも試しに探してみるが当然ヘリの姿は見えない。
そういえば今日はこの近くで人気グループの生中継をしているんだったか。
恐らくはそのために駆り出されたであろうヘリのローター音を聞きながらそんな事を思い出す。

軋んだ音を立てて背後のドアが開く。
誰かと確認するよりも早く不機嫌である事を隠そうともしない声が耳を打つ。
「ここに居たのね」
振り向くと声の主である黒川千秋が想像通り不機嫌そうな顔をして立っていた。
元々つり目で人によっては少々キツめの印象を与える顔立ちだが今は一段と目つきが険しくなっている。風になびく長い黒髪と相まって中々の迫力だ。
こちらが何をしているのか一目瞭然のようで、
「またそんな物吸ってる」
と咎めるように言ってくるがこちらとしても毎度の事なのでさして気にする事もなく、
「あんまりホタル族を苛めてくれるなよ。一日に一本程度なんだから多めに見てくれても良いじゃないか」
と返す。
世間では何故か煙草を吸っている=ヘビィスモーカのイメージが強いが自分は今言ったように一日一本で十分だし、
毎日必ず吸うわけでもないから大体一月で一箱程度が大体の消費量だった。
それにマナーは守っているし少なくとも他人の居る場所で吸った事は無いのだから咎められるいわれは無いと思うのだが。

172 :Anytime Anywhere:2013/10/20(日) 22:20:09.00 ID:MErqohHV.net
「今日の仕事はどうだった?」
ともあれあまり続けたい話でもないので話題を切り替えることにする。
今日の彼女の仕事はPVの撮影だったはずだ。
尤も彼女の曲ではなく別のアーティストの物だったし、
少し流し見た程度だが企画書に書かれていた衣装は中々に扇情的な格好だったはずでそのあたりが少し気になっていた。
「あまり長い間着ていたい衣装でもなかったから一発で終わらせてやったわ」
「さよですか」
なんとも頼もしい台詞である。
このやりとりでわかるように自分は黒川千秋の担当プロデューサーではない。
ただ同じ事務所である以上それなりに挨拶ぐらいはする訳で、そんなこんなを繰り返していたらこんな感じに軽口を叩き合う程度の仲にはなっていた。

ふと、ちょっとした悪戯心が働いた。指に挟んだ煙草を軽く持ち上げて聞いてみる。
「吸ってみるか?」
「正気?」
本気を通り越して正気ときたか。
「いや、おまえさんも二十歳なんだし法律上は何も問題無いぞ」
「遠慮しておくわ。体の害にしかならない物をわざわざ摂りたくないもの」
「年とってからハマると後々抜け出すのが大変だぞ。どんなに酷い物か実際に知っておいても損は無いと思うがね」
「未来永劫そんな予定は無いから無用な心遣いよ」
「いやいや、反動かは知らんが経験上吸わないって頑なに言ってた奴ほど後々危ないんだよ。お前さんもそうならない保障はどこにも無いだろう?」
「……そんなに言うならさっさと寄越しなさい」

自分から持ちかけた話でこんな事を考えるのはかなりアレであるという自覚はあるのだがどうしても言わせて欲しい。
プライドが高いのは結構だが少しそのあたりを突いただけでこうも簡単に乗せられてしまうのはいささか問題ではなかろうか。

173 :Anytime Anywhere:2013/10/20(日) 22:22:02.70 ID:MErqohHV.net
くすんだワインレッドのパッケージから真っ白の煙草を一本取り出して千秋に渡す。
個人的には昔のグラデーションが綺麗だった頃の方が好きだったが、それはまあ関係無い事だろう。
「フィルタの方、そう、そっちを咥えて」
火をつけるためにライターを取りだそうとして止める。
代わりに短くなった自分の煙草を近づける。
「息を吸って。空気を通さないと火がつかない」
先端同士を触れ合わせる。
相手の息づかいを感じる。
すぐ近くにお互いの顔がある。
一筋の髪が落ちて目にかかる。
千秋は真っ直ぐにこちらを見据えたまま瞬きもせず目を逸らさない。
端から見ればまるでキスをしているようにも見えるだろうか。
今この瞬間を上空のヘリが撮ってくれないだろうかと一瞬だけ考える。
どうでもいいことだ。

火が灯る。
同時にこちらの火が消える。

「いきなり肺に入れるとむせる。最初は口の中に含む程度でいい」
煙草の先端の小さな明かりが呼吸に合わせて明滅する。
一呼吸置いて紫煙を吐き出す。
そんな姿でも品を感じるのは育ちの良さ故か。こちらの勝手な思いこみか。
千秋は己の吐き出した紫煙が消える様を見届けてから僅かに眉をしかめて、
「酷い味ね。返すわ」
一息吸っただけで長く残った煙草をこちらに手渡す。
「確かに貴方の言う通り何事も経験ね。少なくともこれからの人生で二度と吸う事は無いと確信出来たもの」
「そう言って貰えるならまあまあかな」
「まあまあ、ね」
胡散臭い物を見るような視線が突き刺さってくる。

しかしこの残った煙草をどうしたものか。
火を付けたばかりで捨ててしまうのはいささか勿体無いような気もする。
しばし黙考した後に、たまには余分に吸うのも悪くは無いだろうと再び口に咥える。
それを見た千秋の目が凶悪と言っていいレベルに細められる。
慣れていない者ならこの視線だけで腰を抜かすかもしれないとかそういう次元の話だ。
思わず寒気を感じて背筋がゾクゾクしてくる。
てっきりダース単位の文句ぐらいは言われるかと身構えていたが、
こちらの予想に反して何も言わずに踵を返して走り去っていった。
凄まじい音を立てて閉まる扉と、階段を駆け下りる乱暴な靴音が暫く耳に残り消えていく。

静寂の戻った屋上で一人煙草をふかす。
夜空を見上げる。
ヘリの赤い確認灯が視界の端に写る。
眼を閉じる。
瞼の裏の暗闇に黒川千秋の残像が残って、消えた。

174 :創る名無しに見る名無し:2013/10/20(日) 22:26:06.45 ID:MErqohHV.net
以上投下終了。
今回のタイトルはGotthardってバンドのLipServiceってアルバムに収録されてる曲から拝借しました。
20歳なら酒も煙草もOKだよねとかなんとかそんな感じで。
それではこれにて失礼。

175 :創る名無しに見る名無し:2013/10/24(木) 23:37:43.22 ID:Qo4Y2KqR.net
まとめwiki更新してきました。作者の皆様確認お願いします。
……しかし半年近く放置してたのね。
もっとこまめに更新できますよーに。

176 :創る名無しに見る名無し:2013/11/01(金) 19:58:13.24 ID:o0A/I+rd.net
チャンピオンソフト(現アリスソフト)が1980年代に
AKB48総選挙システムと同じアイドル投票コンテストシステムを採用した
画期的なパソコンソフト ゼータZETA

PC88用ソフト ZETA創刊号 チャンピオンソフト #PART1
http://ameblo.jp/koorogiyousyoku/entry-11455444674.html#main
PC88用ソフト ZETA創刊号 チャンピオンソフト #PART2
http://ameblo.jp/koorogiyousyoku/entry-11456139670.html#main
PC88用ソフト ZETA創刊号 チャンピオンソフト #PART3
http://ameblo.jp/koorogiyousyoku/entry-11456710904.html#main
PC88用ソフト ZETA創刊号 チャンピオンソフト #PART4
http://ameblo.jp/koorogiyousyoku/entry-11457369591.html#main

177 :創る名無しに見る名無し:2013/12/09(月) 11:33:59.28 ID:6MvbOL1z.net
モバマスの酒飲みネタだと志乃さん礼子さん楓さんあたりのアラサー中心が多いけど
逆に20、21歳組のちょっと慣れない感じの飲み会なんてのも面白いかもしれない

178 :創る名無しに見る名無し:2014/02/09(日) 22:14:09.09 ID:gAIU+Bg6.net
映画に一部のキャラが出た事だしそろそろミリオン勢のお話があってもいいかもね

179 :創る名無しに見る名無し:2014/03/09(日) 20:46:35.06 ID:ukXEpkFa.net
3/8現在atwikiのユーザー情報流出で第三者にどんなマルウェア仕込まれているかわからない状態。
なのでしばらく保管庫にはアクセスしないほうが良いです。
あと管理人さんいらっしゃいましたらお気をつけて。

180 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2014/04/06(日) 20:33:35.70 ID:8NeWrHGp.net
あーテステスお久しぶりです。短いの1本投下します。
ミリオンライブでキャラは百瀬莉緒さん。
タイトルはThats Not Love。

181 :Thats Not Love:2014/04/06(日) 20:36:14.53 ID:8NeWrHGp.net
右手にコンビニのコーヒーを、左手にはペットボトルのミネラルウォーターを。
これが彼女を迎えに行く時の正装。
いつものコンビニから少し歩いた小さな公園の街灯の下、ベンチで横になっている彼女を見つける。
今日の服は少し短めのタイトスカートに胸の谷間も見えるジャケット。黙ってさえいれば十分に美人なのにいつもこの人は張り切り過ぎて自分で台無しにする。

無防備な頬にミネラルウォーターを押しつけて目を覚ましてやる。
「おはようございます莉緒さん」
「あ、おはよー」
寝ぼけ眼のままペットボトルを受け取ってキャップを捻ると500mlを一気飲み。おっさんくさい息をついて備え付けのゴミ箱へと放り投げる。
命中。
ここまでの動作に一切の途切れはなく最早習慣として体に染み着いている滑らかさだった。

一息ついたのを確認してコーヒーを手渡す。
ぼんやりとした笑顔で受け取ると「ありがとう」とお礼を言ってくる。
最早何に対してのお礼なのかもハッキリしないけれどとりあえずこちらも素直に「どういたしまして」と返す。

まだ湯気の立つコーヒーを少しずつ流し込む。
こちらも彼女の隣に腰を下ろし二人並んでコーヒーを飲む。
しばらくの間言葉が途切れる。
いちいち合コンの結果など聞かない。
こうして彼女が一人で居るのが何よりの証拠だし、もしも上手くいっていたらわざわざこちらに連絡を寄越す事など無いだろう。
尤も、自分の知る限り彼女が合コンに参加して成功した事は一度も無かった。回数は両手の指を越えてからはもう数えていない。

ふと肩に重さを感じる。彼女が頭をもたれかけるようにして体を預けてきていた。
触れるほど近くにあって、香水と、酒の残り香と、コーヒーの香りが静かな夜の香りと混ざりあって溶ける。

「ねえ」
「なんでしょう」
「私達付き合わない?」
「付き合うってどんな事をするんです?」
「そりゃあ、一緒に食事したり買い物したり映画見たり、セックスしたり色々」
特に理由は無いけれど何故だか無性に可笑しくなって笑いを堪えきれないまま言葉を返す。
「嫌ですよめんどくさい」
「そこで『貴方はアイドルなんだから駄目じゃないですか』とかじゃなくて心の底から嫌って言うのよねぇこの子は」
「一人で合コン行って公園のベンチでふて寝するような人にアイドルがどうのこうの言われても説得力ありませんよ」
それきり二人とも黙ると時折コーヒーを啜る音だけが聞こえる。

ふと魔が差して空いた方の手を彼女の髪に滑り込ませる。
よく手入れのされた髪は一度も引っかかること無く指の間をすり抜けていく。
一度、二度と繰り返しても彼女は僅かな抵抗もせずされるがままにしていた。
頭を撫でる。親が子をあやすように出来る限り優しく。

連絡が来る度にこうして迎えに来ては話し相手になっているのは何故だろうと久しぶりに考える。
別に結論を出すつもりは無かった。
ただの暇つぶしのように疑問の表面を軽く触れるに留める。
嫌っている訳ではない相手からの頼み事をされて、その要求に応えてもいいと思えるだけの余裕がある。
それだけでいいと思う。
いつのまにか生活の中に組み込まれていた習慣をこれからも続けるだろう。
いつの日か彼女からの連絡が途絶えるまで。

触れ合っていた肩が少しだけ熱を持つ。
コーヒーを飲み終えるまではまだ時間がかかりそうで、もう少しの間だけこうしていたいと思った。

形の無いものに無理に名前をつける必要は無い筈だ。
他人が何と言おうとも。

だから、
これは愛じゃない。

182 :創る名無しに見る名無し:2014/04/06(日) 20:42:37.09 ID:8NeWrHGp.net
以上投下終了。
今回のタイトルはボウズ&モーリーというアーティストのモーズ・バーベキューに収録されてる曲から拝借しました。
私がミリオン勢書くのはは初めてですね。
映画、モバマスのアニメ化、サービス止まってるけどサイドMとキャラが増えてまだまだアイマスはまだまだ賑やかです。
そのうち来ますのでまたいずれ。それではこれにて失礼。

183 :創る名無しに見る名無し:2014/04/06(日) 20:54:06.25 ID:RmQnhAo9.net
おつ

184 :創る名無しに見る名無し:2014/04/07(月) 21:03:16.39 ID:7lpDdL9u.net
>>182
面白かったです
莉緒さん気になってるんだけどCDしか聴いてないから
自分の中ではまだちょっと固まってないんだよな
こんな感じ可愛いね

このスレ歩みはのろいけどホント落ちなくてありがたい
ゆっくりのんびり楽しませていただいてます

185 :四条貴音のラーメン探訪番外編その2夏の山形編:2014/09/03(水) 23:29:54.25 ID:ws4aj2x8.net
山形新幹線つばさのドアが開き駅のホームに降り立ったその瞬間から全身に纏わりついてくる夏の熱気に思わず顔をしかめてしまう。
そんな自分とは対照的に暑さなど全く意に介さず四条貴音は大きく両手を広げると感極まったようにその声を発した。

「ああ、どれ程この日を待ち望んだ事でしょう。山形よ、私は帰ってまいりました!」

それはいいんだがお前さんもうちょっと自分が売れっ子アイドルだって自覚持ってくれないかな。
いきなり大きい声出すもんだから結構な人数の注目集めてるんだけど。



さて、貴音がわざわざこんな東北の田舎にやって来た理由は割合単純な物である。

・貴音は麺類、特にラーメンに目が無い。
・あまり知られていないが山形は全国有数のラーメン消費量であり店の質、数共にかなりの物である。
・ついでに貴音のプロデューサーである自分の出身地もここ山形である。

という凄まじく単純な論法によって以前貴音に地元の名店の一つを紹介した所大層気に入ったようで、
それ以来虎視眈々と伺っていた次の機会が遂にやって来たとそういう訳である。
ちなみに日帰りの強行軍であることも付け加えておこう。
今回は事前に貴音も調べてきたようで目的の店があるようだった。
「で、今回はどこにするんだ?」
「やはり折角ですのでこの季節にしか味わえない冷やしらぁめんを」
「だとするとあそこか」
「ご存知でしたか」
「そりゃまあ有名な店だしな」
しかし、と辺りを見回しながら頭を捻る。地方都市の常としてここも普段は割と閑散としている筈なのだが随分と人の数が多い。
帰省ラッシュにはまだ早いしはて何があったかと頭を捻っていたが構内に貼られたポスターを見てその疑問は氷解した。

花笠祭り。

8月の頭に3日間行われる山形県内で最も規模の大きな祭りだ。恐らくこの人だかりの大半はそれ目的の観光客だろう。
とすれば今日は祭り当日ではないものの余裕を持って少し前から宿を取る観光客も少なからず居るはずだった。
これは少し急いだほうがいいかもしれない。
観光客にも知れたの有名店はどこも混みあうのは用意に想像できた。

186 :四条貴音のラーメン探訪番外編その2夏の山形編:2014/09/03(水) 23:31:41.99 ID:ws4aj2x8.net
人でごった返す駅の構内を抜けて東側の出口から大通りへと出る。
そのまま少し歩いてミスド、モス、ファミマ等のどこにでもある店を通り過ぎ幾つめかの信号で左側へ曲がると市内では比較的活気のある繁華街に差し掛かる。
が、今日は道の入り口に車両通行止めの標識が立てかけられ道の両脇にはずらりと屋台が並んでいた。

ああそうか今日はこれがあったか。
タイミングがいいのやら悪いのやら。
「プロデューサー殿、これは一体……」
「うーん、とりあえず歩きながら説明するから先にラーメン屋済ませてもいいか? この分だと結構込混んでると思うから」
「そうですね。地元の方であるプロデューサー殿が言うのでしたらそうした方が良いのでしょう」

様々な屋台を後目に歩きながら説明を始める。

山形では花笠祭りって大きな祭りががあるんだけど、その前日、つまり今日は観光物産市っていうのがあるんだ。
これは県内の各市町村が名産品を持ってきて屋台で売る観光客向けのイベントで有名な土産は大体ここに揃うから今日来られたのは運がいいかもしれないな。

「成る程そのような……」
と自分の言葉に頷きつつも歩く度に通り過ぎる屋台にもの凄い勢いで後ろ髪を引かれている貴音がおかしくもあり少々気の毒でもあるが仕方ない。
これから行こうとしている店はガイドブックにもよく載るために昼のピーク時ともなれば店の外にまで行列が出来る程の有名店なのだ。
(念のため断っておくが田舎ではどんな店だろうと行列が出来る事自体滅多に無い)
そのまましばらく歩いてこの辺りでは比較的大きな書店を通り過ぎた所で石畳風に舗装された脇道に入る。
更に歩くと目的の店に到着する。店名の漢字が書かれた大きな暖簾が目印になっている店だ。幸いな事に混んではいるがまだ待たなくても入れそうだった。

店の中に入り中央に置いてある楕円を描くカウンター席に二人並んで座る。
注文を聞きに来たバイトらしき若い店員さんに「冷やしラーメン2つ」と告げてようやく落ち着く。
大した距離を歩いたわけでもないのに既にシャツには汗が滲んでいた。隣の貴音は見る限りあまり変わりないように見えるが。
「貴音はどうやってここの事を知ったんだ?」
「前回の時以来山形の事を調べておりましたら冷やしらぁめんなる単語を見つけまして……」
そう、冷やしラーメンである。断じて冷やし中華ではない。
京都程有名ではないが山形も四方を山に囲まれた盆地であり夏の暑さはかなりのものとなる。
そんなさなかに夏でも食べられるラーメンはないかと言うことで冷たいラーメンを考案したのがここの店で、それ以来各地に広まっていくこととなる。
つまりこの店は冷やしラーメン発祥の地という訳なのである。
今でこそそれなりの知名度を得て少し探せばどこでも食べられる冷やしラーメンだがやはりラーメン好きの貴音にとっては元祖ともいえるこの店の味に興味を持つのは当然の事と言えた。

187 :四条貴音のラーメン探訪番外編その2夏の山形編:2014/09/03(水) 23:32:59.54 ID:ws4aj2x8.net
さして待つこともなく注文の品が目の前に置かれる。
見た目は普通の醤油ラーメンで上にはは海苔、メンマ、チャーシューとスタンダードな物の他にもやしがタップリと乗っている。
まずはスープを一口。よく冷えてサッパリした味わいの澄み切ったスープが熱を持った体に染み渡っていく。
隣からは、
「ほう……」
と感心したような声。どうやらお気に召したらしい。
思わず続けて飲んでしまいそうになるところにブレーキをかけて麺に取りかかる。
麺は中太のストレートでこの辺りのスタンダードな麺だ。
冷やされたことでコシを増した麺が心地よい歯ごたえを返してくる。
続いて再度スープを一口。
鰹節と昆布をベースに牛のダシも加え冷やした時に一番美味くなるようバランスを整えられ、
スッキリとした味わいのスープはそのままでも十分に美味いが、どうしても足りなくなるコクをうっすらと引かれた胡麻油が補って物足りなさを感じることは無いのも特筆すべきだろう。
麺を啜り、スープを飲み、モヤシとメンマので口の中をリセットする。
チャーシューは牛の赤身のみを使用しているので冷えた脂の心配をしなくてもいい。

いくら名物といっても冷たくしても良いようにアレンジされてはいるが基本は奇をてらわないシンプルなラーメンである以上味もいわゆる日常の味だ。だからこそ安心して食べられる。
一口食べ進めるごとに腹が満たされ体に溜めこまれた熱が引いていく。
満足感と共に箸を置いて貴音の方を見れば彼女も食べ終えたようでその丼の中には一滴のスープも残ってはいない。

備え付けのティッシュで口を拭き少し腹を落ち着ける。
唯一の難点を挙げるとすれば胡麻油で少し口の周りがベタついてしまう事ぐらいだろうか。今のように拭いてしまえば気にもならなくなるのだが。
「そろそろお暇するとしましょう」
てっきりおかわりをするかと思っていただけに少し拍子抜けした顔になっていたらしい。
「待ち人も増えてきたようですし、あまり長居をしても迷惑になりましょう」
入り口に目を向ければ貴音の言うとおり順番待ちの列が店の外にまで延びていた。

会計を済ませて店の外へ出るとつい今し方まで引いていた筈の汗が一歩踏み出した途端に吹き出てくる。

しかし一杯で足りるのだろうかという疑問は大通りに出ている屋台の方を指さし、
「ではプロデューサー殿、案内してくださいますね?」
そう言って微笑む貴音の言葉で氷解する。
こっちも忘れてなかったわけだ。

通りは市町村の出店の他にも通常のお祭りと同じような出店も出ているから結構なにぎわいを見せている。
歩きながら一つ一つ記憶を頼りに解説していく。

188 :四条貴音のラーメン探訪番外編その2夏の山形編:2014/09/03(水) 23:35:24.17 ID:ws4aj2x8.net

それでは山形の名物と言えばはらぁめん以外にはどのようなものが。
基本田畑が多いから農作物が多いかな。米なら数年前に出たつや姫とかが有名だな。
あとは果樹も豊富だからそこら辺の加工品も結構あるぞ。
今の時期だと桃、スイカ、ピークはちょっと過ぎたがさくらんぼも幾らか残りがでてるかもな。今は夏用の紅姫なんてのもあるか。
成る程。大いに期待が膨らみます。

とりもつらぁめんとは。
新庄市名物、その名の通りに鳥のモツをつかったラーメン。仲を取り持つとかけた単なる語呂合わせだが味は結構侮れないぞ。
ふむ、初めてですがなかなかに滋味深い味わい。たとえ屋台とあっても手を抜くことのない姿勢。まこと見事でありましょう。

この冷やし肉そばは。
河北町名物、かけそばの上に薄切りの鶏肉を乗せた肉そばを夏向けにアレンジしたやつ。その名の通りこれも冷たいやつだな。
ほう。冷たくありながらかけとももりとも違うこの味わいもなかなかに美味。

ぱいんさいだぁに、すいかさいだぁですか。
パインの方は昔からあるローカル飲料。スイカは初めてみるから最近出来たのかな?
ではこちらのすいかさいだぁを試してみる事と致しましょう。
……何かを口にして微妙な顔をする貴音を初めて見た気がする。そんなに酷いのか。
酷い訳ではないのですが……なんとも言えず面妖な味わいとしかいえません。このような味は初めてです。

ワインですか。
県内に11箇所あるワイナリーでも一番規模の大きい高畠ワイナリーが有名だな。
高畠駅は駅構内に温泉があるからその趣味の人の間では結構有名らしい。さすがに貴音は成人してないからワインはまた今度だな。
お酒を嗜むようにならなくてはいけませんね。来年が楽しみです。

どんどん焼きとは。
小麦粉を薄くのばして焼いて割り箸に巻いてソースとか青海苔をかけた山形のローカル食品。
思いっ切り簡素にしたお好み焼きと言えなくもない。餅とかチーズ入りはここ数年で出た新商品だな。
この気取らぬなんとも親しみのある味わい。小腹を満たすのに丁度よい大きさとも相まって癖になりそうです。

この玉こんとは。
何故か山形はこんにゃく消費量日本一でな。そんな訳で一口大の丸いこんにゃくを醤油で煮て味を染み込ませた昔からの名物。
食べる時は串に刺す。温かいほうは辛子、冷たいほうは酢味噌をつけるのが一般的だな。
では両方頂くとしましょう。おお……しっかりと中まで染みたシンプルな味わい。何よりも適度な口の中が喜んでおります。

トマトジュース?
これは俺も初めて見るな。うわ、値段も半端ないな。最近出たのかな? 
これは……何と。一切甘味料を加えずにこれほどの甘みを出せるというのですか……見事というより他にありませんね……

だだちゃ豆ですか。最近よく名前を耳にするようになりましたが如何程のものか試してみると致しましょう。
最近PR$頑張ってるみたいだからなぁ。ブランド化狙ってるんだろうな。
ほう……この濃密で香ばしい味わい。確かに全国へ広めるだけの価値はありましょう。

りんごのパイ、とれたての桃、米沢牛のコロッケ。
どれも収穫してからすぐにここへ運ばれてくるため文字通り新鮮な物ばかりだ。
貴音は一つ一つに足を止めてじっくりと眺め、味わっていく。

189 :四条貴音のラーメン探訪番外編その2夏の山形編:2014/09/03(水) 23:38:06.93 ID:ws4aj2x8.net
屋台が途切れた少し大きな十字路の真ん中で花笠踊りの実演をしている。
踊り自体は単純な物だから見てすぐの観光客も見よう見まねで何人か参加している。
止める間もなくその輪の中に貴音も入って踊り出す。
さすがに周囲も気づいたようでちょっとした騒ぎになったりした。
プライベートで来ている事を説明してあまり大事にならないようにして貰う。
「やっぱり冷やしラーメン食べにきたんですか?」
貴音。行動読まれてるぞ。

そんな小さなアクシデントはあったが、自分の故郷を楽しんでくれている事が素直に嬉しいと思った。


「一つ、頼みごとをしてもよろしいでしょうか」
「とりあえず聞くだけは聞いておこうかな」
臆病と言うなかれ。この業界軽々しくハイと頷くと後が怖いのだ。
「来年、私に花笠祭りの仕事を取ってきて下さいますか」
少し間抜けな顔をしていたと思う。確かに花笠祭りはゲストを呼ぶがまさか自分から希望するとは思っていなかった。
「あまり面白い顔をなさらないで下さい。この空気に触れてこの町の事がもう少し知りたくなったのです。何もおかしくはないでしょう」
その言葉を聞いた時胸に広がる喜びをどう表現すればいいだろう。思わず大声で笑い出したくなる衝動を抑えながら慎重に言葉を選んでいく。
「一年も先の話だ。確約はできないけど覚えておく。それでいいかな」
「楽しみに待っております」
とんでもないプレッシャーををかけられてしまった。だが、決して負担ではない丁度よい重さだった。

冷房の利いた新幹線の座席に深く身を沈めると思わず疲労の息が漏れた。
炎天下の下を歩き回るのは予想した以上に体力を消耗したようだった。
向かいに座る貴音の足下には紙袋が一つ。
他の持ちきれない土産と一緒に宅急便で送ったらどうかと提案したが自分の手で持ち帰りたいと言った花笠が入っている。
花笠音頭をアレンジしたメロディが鳴り止んで新幹線は静かに走り出す。
お互いに何も言わずに過ぎ去っていく風景を見つめている。
振動と共に紙袋の中の花笠が揺れて、小さくチリンと鈴の音を鳴らした。

190 :創る名無しに見る名無し:2014/09/03(水) 23:42:36.67 ID:ws4aj2x8.net
以上投下終了。
話自体は以前から考えていたんですがものがものだけに今まで時期をうかがっていたらPCがお亡くなりになりまして。
そしたらなんかこないだ冷やしラーメンがテレビ番組で紹介されたようで結果オーライ。
ついでに祭りと地元名産も一緒にぶち込んでみました。
少しでも皆様の食欲を刺激できれば幸いです。それではこれにて失礼。

191 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2014/09/12(金) 23:37:54.90 ID:ODGwNAxo.net
あーテステス。また来ました。
今回は鷺沢さんの軽いお話。

192 :創る名無しに見る名無し:2014/09/12(金) 23:39:21.34 ID:ODGwNAxo.net
「おはようございます……」
その日、いつものごとく鷺沢文香は控えめな声量で挨拶をしながら事務所の中へとその身を滑り込ませた。
と、普段であれば誰かが返してくる筈の挨拶が聞こえない。少しばかり不思議に思って部屋の中を見回してみればその原因はすぐに知れた。
二人の人間が一つだけ用意された机を挟んでお互いの手を握りしめながら向かい合っている。
どこからどう見ても腕相撲であった。

近くのソファにバッグを置きながら近くに居た多田李衣菜に声をかけてみる。
「あの……」
「あ、鷺沢さんお早う」
「皆さん一体何を……」
「腕相撲。やったこと無い?」
それは見ればわかる。文香が聞きたいのは何故腕相撲などをしているかの理由であるのだがそのあたりが伝わらなかったようだ。
目を離した隙にどうやら決着がついたらしく控えめな歓声と共に悔しげに頭をかく木村夏樹とガッツポーズをしてみせる松永涼の姿が見えた。
さあ次は誰だ、言葉にこそ出ないがそんな空気が漂う中皆近くに居る面々の顔を見回すと李衣菜と目が合ってしまった。
「そうだ、鷺沢さんもやろうよ」
「え……いえ私は……」
だが最後まで返事を聞かずに「はーい次あたしー!」と大きな声を出しながら文香の手を引いて机の前まで連れて来てしまう。

193 :創る名無しに見る名無し:2014/09/12(金) 23:40:20.31 ID:ODGwNAxo.net
机の前に立った二人に視線が集まる。アイドルを始めてからは他人の視線にも幾分慣れてきて緊張はしなくなったがそれとこれとはまた別問題のような気もする。
もはや逃げ道は無いらしい。
ため息をついて覚悟を決めると近くに立っていた相川千夏にストールを預かってもらう。
軽く腰を屈め肘をついてお互いの手を握る。
左手は机の角に添える。
対する李衣菜の目は期待で爛々と輝いている。己の勝利を一部も疑っていない顔だ。
審判を勤める木村夏樹が二人の手を押さえ、
「レディ……」
静寂。
一拍の間を置いて、
「GO\ガターン!/

決着は開始の合図とほぼ同時であった。
「……へ?」
李衣菜は間の抜けた顔で倒された己の手を見つめて目を白黒させているが周りの皆もそれは同じらしく目を見開いたまま二の句を告げないでいる。
ようやくショックから立ち直った李衣菜が往生際悪く手を振り回しながら
「も、もっかい! 今のは油断しただけだから!」
と返答も聞かず再度の挑戦。しかし、

\ガターン!/

結果は同じであった。

「アイエエエエ! ナンデ!? フミカ=サンナンデ!?」
最早錯乱状態に近いテンションで謎の言語を口走る李衣菜を姉貴分の木村夏樹が苦笑混じりに宥める。
「落ち着けだりー。言葉遣いが変になってるぞ」
「なつきち! 強い! 敵! 取る! 」
「だからおまえはどこの先住民族だっつーの」
のたうち回る李衣菜をアイアンクローで沈めながら文香へと向きなおり手を差し出す。
「そんなわけでこいつが納得してないみたいだからさ。悪いけどアタシともお願いできるかな」
お願いと言ってはいるがどうも断れる雰囲気ではないらしい。口元は笑っているがその目は鋭く細められている。
「ついでにさ。アタシ左利きなんだけど大丈夫?」
頷いて差し出された左手を掴む。
手に返ってくる力は先程の李衣菜よりもずっと強い。
軽く息を吐いて脇を締める。
なんだかんだで文香も染まってきているようだった。

そして。

194 :創る名無しに見る名無し:2014/09/12(金) 23:41:12.38 ID:ODGwNAxo.net
「いやーまいったまいった。利き腕だからいけるかと思ったんだけど文香さんほんとに強いね?」
叩きつけられた左手をブラブラさせながら感心した様子で呟く夏樹とは対照的に未だに納得がいかないのか李衣菜はしきりに頭をひねっている。
「いっつも本読んでるからなんて言うか、か弱いイメージあったんだけどなぁ」
その言葉を聞いてそれまで見物人となっていた相川千夏が呆れ混じりの声を出した。
「そんな訳無いでしょ」
「知っているのかちなったん!」
「その呼び方やめてくれる? 軽く殺意が沸いてくるから」
なにげに物騒な事を口走りながら文香のバッグが置かれたソファへと近づいてバッグを持ち上げると、
「文香ちゃんちょっとこのバッグ借りるわね」
そう断りを入れてから李衣菜へと差し出す。
「ちょっと持ってごらんなさい。落とさないように気をつけてね」
そんなに危ない物が入っているわけでもあるまいし、一体何に気をつけろというのかと訝りながら受け取った瞬間、
「ぐぎぇ」
予想外の重量に手から落ちそうになるぎりぎりのところでかろうじて踏みとどまる。
「何これすごく重いよ? 一体何が入ってるの?」
その声は殆ど悲鳴のようなニュアンスで文香へと向ける視線も助けを求める物が混じっている。
「本……ですけど……」
「本でコレってどんだけ入ってるの!?」
「ええと……」
そうして中から取り出して並べられた雑誌、文庫、新書、ハードカバー等の数々。
「うぇええぇ」
「まあこれはちょっと入れ過ぎの気もするけど」
「すみません……手元に本がないと落ち着かなくて」
少なくともこのぐらいの量は文香にとっては普通の範疇に収まっているのだが。

「新聞の束を考えてみなさい。紙って重いのよ。書店員が体力仕事なんて有名な話なんだから。文香ちゃん読むだけならともかく地元じゃ古書店で働いてたんでしょ? そりゃ結構力あるわよ」
確かに思い返してみれば本の山を抱えながらすいすいと動いている姿をよく見かける。
今まで気にかけていなかったがあれだけの数ともなれば重さもそれなりになる訳で、つまりそれを軽々と持ち上げられるということは……
これからは皆の文香を見る目が少しだけ変わりそうだった。

195 :創る名無しに見る名無し:2014/09/12(金) 23:42:49.10 ID:ODGwNAxo.net
「おはようございまーす」
明るい挨拶の声と共にプロデューサーが入ってくる。
「どうした、皆集まって何してたんだ?」
「ええと……腕相撲を……」
「腕相撲? なんでまた」
プロデューサーは心底不思議そうな声を出すが文香自信にもよくわかっていないのだから聞かないで欲しい。
「そうだ、プロデューサーさんもやろうよ」
「俺もか? まあ、たまにはこういうのもいいか」
そこで李衣菜はイタズラっぽい笑みを浮かべて、
「ただし、文香さんと!」
急に話を降られて文香は思わず眼をぱちくりと見開いてしまう。
「俺は別にいいけど文香はいいのか?」
しばしの空白。しかしこの間に文香の脳裏を駆け巡った単語と思考は膨大な量に上る。そして出た結論。
「ええと……よろしくお願いします」

なんだか妙な流れになってしまった。
というかしっかりと手を握りあって顔もこんなに近いのにこの絶望的なまでの色気の無さは一体なんなのだろう。
しかもプロデューサーの方には全く気にしたような様子が見られないのが何となく面白くない。

「レディ……」
G\ガターン!/

「アーハハハハ弱えー! 瞬殺とかプロデューサー超弱えー!」
「えー? いやちょっと待って文香なんでこんなに強いの!?」

本日も平和である。

196 :創る名無しに見る名無し:2014/09/12(金) 23:45:36.14 ID:ODGwNAxo.net
以上投下終了。
貧弱な者に書店員は務まらぬのだ。とかそんな感じで。
そろそろサイドMも書いてみようかなーなどとつらつら考えたり。
ではこれにて失礼。

197 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:30:35.77 ID:G18n2ui3.net
初投稿・初創作です

「よつばと!」とのクロスオーバー
よつばが主役です
アイマス側の登場人物は春香(Pが少し)
ジャンル:ifモノ?

198 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:35:15.26 ID:G18n2ui3.net
― 東京のどこか とあるビル

とーちゃん「よつばはこの辺に来るのは初めてだったな」

よつば「なー!でっけーたてものばっか!きょうはここで かいもの?」

とーちゃん「買い物はあとで、今からとーちゃんは仕事だ」

よつば「そーだった!きょうのとーちゃんはいつもよりちゃんとしてる」

とーちゃん「ちゃんとって…スーツ着てるだけなんだけどな」

よつば「とーちゃんがしごとのとき よつばは?」

とーちゃん「ん?ああ、この会社は託児所があって」

よつば「たくじゅしゅ」

とーちゃん「託児所。まぁ、行けば分かる。とーちゃんの仕事が終わるまで、遊んで待ってろ」

よつば「よつばはあそびだったかー」

とーちゃん「…いいか、よつば。たとえ遊びでも全力を出すんだ。全力を出してこそ、見えてくるものがあるはずだ」

よつば「わからんけど わかっぱー!よつば はっしんします!」ダッ

とーちゃん「よつば!そっちじゃない!」


― 同ビル 会議室前

春香「今回のオーディションも不合格…」

P「すまん、春香。俺の指示ミスのせいだ」

春香「そんな!私の実力がまだまだだったんですよ。やっぱり私、アイドルとして個性がないから…」

P「何言ってるんだ、まっすぐでどこまでも頑張れるところが春香の個性であり長所だ。何にも代えがたい才能だと思うぞ」

春香「…」

P「もうこんな時間か…ワルい!俺はこのまま次の現場に行くから、ここで解散ということで!」

春香「あ、はい!お疲れさまでしたー」

春香「(プロデューサーさんはああ言ってくれたけど…)」



審査員A「素朴といえば聞こえはいいけど、どこにでもいる子的な?」

審査員B「振付け通りに踊れればいいってわけじゃないんだよ」

審査員C「彼女の歌には訴えてくるものがない」



春香「(アイドル、向いてないのかなぁ…)」

199 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:36:45.23 ID:G18n2ui3.net
― 託児所

よつば「ぜんりょくであそぶのもあきたなー」
 
よつば「おばちゃーん」

保母「どうしたの、よつばちゃん」

よつば「とーちゃん、いつしごとおわる?」

保母「そうねぇ、3時くらいに終わるって聞いてるけど」

よつば「はー、たいへんなー」

よつば「トイレにいってきます!」

保母「あらあら。おトイレは少し遠いから、ついてってあげるね」



<ウワーン ソレトモチャンノー!

保母「あっ大変!よつばちゃん、おトイレ終わったらそのまま待ってて!」

よつば「わかっぱー!」



よつば「まつのもたいへんなー。あっ とけいだ」
 
よつば「ながいはりが、3、! さんじなった!」

よつば「でもとーちゃんこない…しかたないなー よつばがむかえにいくか!」

ボタンポチー エレベーターパカー

よつば「これにのろう!これのったほうがちかみち!」


― エレベーター前


春香「(今日の自主レッスン、どうしよう。このまま帰ろうかな…)」

エレベーターパカー トテテテー

「(ん?子供が出てきた。外国の子…?)」

エレベータートジー

「あーーーっ!」

春香「!?」開ポチポチィ

200 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:37:24.53 ID:G18n2ui3.net
よつば「みずがー!とまらない!すごくでる!」

春香「うわわ!」ダッシュ! アーンド ドンガラガッシャーン

よつば「! ねーちゃんだいじょーぶ? あ みずとまった」

春香「イテテ…私は平気だけどトホホ…それより、どうしたの?」

よつば「あはは!これなー ボタンおしたらなー みずがすごくでた」

春香「ん?この水飲み器、故障中って書いてるよ。壊れてるみたい」

よつば「そーだったか どーりでな」

マジマジー

春香「なあに?私の顔、何かついてる?」

よつば「ねーちゃんかわいい!」ビシッ

春香「えぇ?!そう?あ、ありがとエヘヘ… お嬢ちゃんもすごくかわいいよ」

よつば「よくいわれる よつばそーいうとこあるから」

春香「あは、よく言われるんだー。よつばちゃんっていうの?」

よつば「うん!こいわいよつば!5さい!ねーちゃんはー?」

春香「私は、、オホン 天海春香!16歳です!」

よつば「はるか、ふーかとおなじだ!よつばのおとなりさんの ふーかもなー16さいだった」

春香「へー、そうなんだー。それよりよつばちゃん、服ビショビショだよ?」

よつば「…はっ!なんてことを…ちょっとかわかしてくるな?」ダッ

春香「えっ、乾かすって、ちょ、どこ行くの―?!」

ピタッ

よつば「そと でも、でかた しらない」

春香「…いっしょに行こっか」

201 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:39:36.96 ID:G18n2ui3.net
― ビルのそばの公園

よつば「そうだ!」

ヨーイヤサー ヨーイヤサー

よつば「いっぱいうごけば はやくかわく」

ヨーイヤサー ヨーイヤサー

よつば「あ!これ おまつりのとき みうらがおどってたおどり!」
 「ほんとはみうらだけなんだけど、ちょっとおしえてくれた!」

春香「へー、上手だね。よつばちゃん、踊るの好き?」

よつば「すきー!あと、おうたも!はるかはー?」

春香「私も、踊りも歌も好きだよ!」

よつば「はるかー!はるかもおどれー!」

春香「…。いっちょやりますか!」


♪追いかけて 逃げるふりをして そっと潜る私マーメイド


よつば「おー!はるかもうまいなぁ!」

春香「ウフフ♪ありがと!」


♪そうよ永遠の夏 きっときっとドラマが始まる


よつば「はー、かわいた!」

春香「…」

よつば「はるか?どうしたー?」

春香「…ちょっとね。よつばちゃん、どんなに踊っても、どんなに歌っても、
誰からも上手だねって言われなかったら、よつばちゃんならどうする?」

よつば「そんなことかんがえもしなかった…よつばはただおどってうたってるだけだからなー」

よつば「はるか、だれからもじょうずだねっていってもらえないの?」

春香「…うん」

よつば「あんなにおどりうまいのにか」

よつば「でも、うたはあんまし」


春香「 (のヮの;) 」

202 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:40:41.72 ID:G18n2ui3.net
よつば「はるかも、ただおどってうたえばいい それがいい」

春香「…」

よつば「はるか、げんきないな?よし、よつばのとっておきをやろう」ゴソゴソ

春香「?」

よつば「はい!」

春香「…リボン?」

よつば「このリボンはすごいぞ かっこいいとらがかわいくなった あさぎもいってたから、まちがいない!」

よつば「だから、はるかもこれをつけて もっとかわいくなるといい!」


よつば「あ!いまなんじ?」

春香「え?今、三時過ぎだけど…」

よつば「さんじなってる?とーちゃんしごとおわった?!」

春香「え?え?」

とーちゃん「よつばー!」

よつば「あ!とーちゃんだ!とーちゃーん!」

とーちゃん「お前、こんなとこにいたのか。おばちゃんすごく困ってたぞ。ほら、謝りにいくぞ」

よつば「とーちゃん、はるかだよ! よつばといっしょにおどってくれたー」

春香「よつばちゃんのお父さんですか?すみません、私が連れ出したんです」

とーちゃん「あ、いやむしろ見ていてくださったようで助かりました。こいつ、よく勝手にどっか行くもんで。なにかご迷惑を…」

春香「いえ、とんでもないです。それに、助けてもらったのは私の方ですから」

とーちゃん「?」

春香「よつばちゃん、ありがとう!いろんな人に上手だねって言われるように、私ガンバるから!」

よつば「おー!ガンバれー!」

203 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:41:34.26 ID:G18n2ui3.net
…しばらく経ち

― 小岩井家

TV♪追いかけて 逃げるふりをして そっと潜る私マーメイド

ジャンボ「やっぱ、はるるん可愛いよなー」

とーちゃん「はるるん?」

ジャンボ「天海春香。知らねーのかよ、大人気のトップアイドルを」

とーちゃん「知らん。つかお前、この前はしんかんナントカがいいとか言ってなかったっけ」

よつば「♪あたしまーめ」

ジャンボ「お、よつばもはるるん好きか。それに引きかえ、とーちゃんはダメだなー!」

よつば「なー!とーちゃんはダメだー!」

とーちゃん「…」

end

204 :創る名無しに見る名無し:2014/12/02(火) 15:42:03.37 ID:G18n2ui3.net
以上です

ご意見ご感想お待ちしてます

205 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2014/12/20(土) 02:04:24.61 ID:eri9ab3b.net
あーテステスお久しぶりです。
ちょっと短いの投下します。
アイマスシリーズも色々増えてきたのでここらで全部ぶちこんだのを書いてみようかなと。
軽く読める短いのを書いてみました。

206 :混ぜm@sその1:2014/12/20(土) 02:08:02.03 ID:eri9ab3b.net
事務所に入ったらカエルの着ぐるみが踊っとった。しかもニ体仲良く。
やたらと楽しそうにしとるけど表情が無いのでちょっと怖い。
動きそのものは達者と言ってもええレベルやけど一言も発しないために中身がだれだかさっぱり見当がつかない。
というかさして広くもない事務所の仲で踊るな。
いや確かに視界の狭い着ぐるみのまま備品や家具に一切触れずに踊りきるその実力は大したものだとは思うけどなあ。

あ、動きが止まった。
ピシ
ガシ
グッグッ
(ジョジョ三部のアレ)
意気投合したみたい。
あ、アカン目が合うてしもうた。
当然近づいてくるわな。中身が泥棒やったりしたらどないしよ。

片っぽのカエルが頭を外して中から出てきたのは……
「貴音さん!?」
765プロの先輩四条貴音さん。この人やったらまあ納得できてしまう。なんでかは自分でもようわからんけど。
じゃあもう片方は響さんやろか。亜美真美ちゃんやとちっとばかり背が足りひんもんなぁ。
ほんで出てきたのは……
「誰!?」
いや私の記憶にないでこんな顔、こんな言うたら失礼やけど。
どっちかっていうと可愛い系のめっちゃ美形の顔と金髪碧眼にボブカット、肌も白い。
明らかにこの国の人や無い。ていうか、
「男やないですか!?」
一応ここは年頃の女の子が集まる765の事務所や。そこに謎の男の人とかちょっと考えてしまう。
けどもそこはやっぱり貴音さんやった。動じた様子も無く手を差し出す。
「初めまして。私は四条貴音と申します」
ちょお待った貴音さん、初めましてって相手の事何も知らんと一緒に事務所の中で踊とったんですか。
「ボクはピエールだよー」
着ぐるみの手が固い握手を交わす。うわぁ……めっさシュールや……
ようやく名前の判明したピエールさんは未だに着ぐるみを脱ごうとしない。
もしかしてあの下は裸やなかろうか。あかん一瞬想像してしもた。
「すいませんけどその着ぐるみ脱いでもらってええですか?」
「いいよー」
ああよかったちゃんと服着とった。いや普通の服やなくまるでお話の中の王子様が着るようなのやったけど全裸よりはよっぽどマシやからこの際気にせえへん。
てゆうかよく見たら多分ステージ衣装や。ステージ衣装着たまんま着ぐるみに入っとったんか。勇気あるなぁ……

207 :混ぜm@sその1:2014/12/20(土) 02:09:46.41 ID:eri9ab3b.net
しかしどこから聞いたものかなぁ。どうやって知り合ったんとか、何で踊っとったんとか、
色々気になることが多過ぎて逆に何から聞いたものかさっぱりわからへん。
ポン、と肩に手が置かれる。貴音さんがめっちゃ悟った顔でこっちを見とる。
「奈緒。よいではありませんか」
「アッハイ」
どうせ聞いたところでわかるはずもないし。そんなわけで現実逃避バンザイ。

「さてピエール。お近づきの印に何か共に食べようではありませんか。何か所望の物はありますか?」
「コナモノ!」
即答かい。しかもその王子様みたいな面で粉モノて。
粉モノってあれやろか。お好み焼きとかその類の。
あ、なんか嫌な予感してきた。
貴音さんがじーっとこっちを見てる。
ついでに隣のピエールさんもこっちを見てる。めっちゃワクワクした顔で。
いや確かに私はこっちに来る時家からたこ焼き用の分厚い鉄板を持ってきたけど。
ちょっと前にここで披露してそのまま置きっぱなしになってるのがあるけど。
作れとおっしゃいますか。
今この場で。

参ったなぁ。あーこれはNOとは言えんわ。
「わかりました。不肖ながらこの横山奈緒、精魂込めてたこ焼き作らして貰います」
よっぽど嬉しいのか二人で踊りだした。
そこまで喜んでもらえるならこっちも手ぇ抜いたのは作れんわな。
どうせそのうち他のメンツも帰ってくるだろうし、久しぶりに関西人の誇り見せつけてやろうじゃないですか。

208 :創る名無しに見る名無し:2014/12/20(土) 02:13:43.18 ID:eri9ab3b.net
以上投下終了。
てなわけで765の四条貴音さんとミリオンの横山奈緒さん、
そしてsideMのピエールさんでした。
これからこんな感じで軽いのをちょくちょく投下していけたらなと思ってますのでコンゴトモヨロシク
>>204 ようこそいらっしゃいませ。肩の力抜けてて良い感じですね。
よろしければこれからもよろしくお願いします。
それではこれにて失礼。

209 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2014/12/31(水) 14:53:13.73 ID:5OI/qDnw.net
あーテステス。また来ました。
今回も気軽なごちゃ混ぜシリーズです。

210 :混ぜm@sその2:2014/12/31(水) 14:55:43.50 ID:5OI/qDnw.net
その惨状を目にした瞬間に木場真奈美は己に課せられた使命をはっきりと理解した。
すなわち、この音楽以外の能力が欠如した集団に数日間人間らしい生活を行わせること。
目の前にはグランドピアノと適当に毛布を敷いただけの床に着の身着のままで眠りこけている数名の男女。
文字だけならばもしかしたら色気の欠片も期待するかもしれないがその様なものは一片たりとて存在しないことを木場はよく知っている。
カーテンを全開にすれば既に日は頂点へとさしかかる頃であるにもかかわらず誰一人として全くこれっぽちも起きる気配が無いのが木場の推測を裏付けている。
どれ、と気を取り直し大きく息を吸い込むと、
「総員起床!!」
と叫んだ。
元々ボーカルトレーナーの予定で帰国した木場である。
その恵まれた体躯と常人離れした肺活量をフルに使用した声は文字通り空間そのものを震わせ全員の目を強制的に覚ますことに成功した。
飛び起きる者、のろのろと体を動かす者、この後に及んで寝っころがったまま視線だけを向ける者と反応は様々だ。
「お早う諸君。目は覚めたかな?」
「「あ゛〜〜い」」
とりあえず声を出しただけというのが丸わかりの合唱が帰ってきた。
およそアイドルが出していい声ではなかったがこの程度いちいち気にしない。



事の発端は誰だったか。
確か如月千早がたまには音楽に集中したいと言い出したのが始まりだったように思う。
続いて同事務所に所属する最上静香が便乗し、他に誰か候補はいないのかとプロデューサーが聞いたところ、
両親をクラシック奏者に持つ梅木音葉、
海外で既にプロとして活動していた木場真奈美、
幼少よりヴァイオリン一筋で何の因果かこの業界に入ってきた神楽麗、
現代アマデウスとも呼ばれる都築圭の名を挙げ、
駄目で元々と連絡を取ってみたところ奇跡的な確率でスケジュールの空きが合致しこの合宿が実現したという事である。
街より少し離れた合宿所を手配した時点で男女を一所に押し込めて何か間違いがあったらどうするという意見も無いではなかったが、都築と神楽両名を実際に見た瞬間に周囲のその疑念は払拭された。
大丈夫だ。こいつらならばありえないとその場に居た全員が確信したのは本人達の名誉のために伏せておく。 
ところがいざ出発となった段階で木場に急な仕事が入り一人だけ遅れての参加となってしまった。
その間木場の頭の片隅には不安が残っていた。
最初に述べたように男女のどうこうではない。
問題はわずか一日の間とて彼女らが人間らしい生活をしているかどうかである。
音楽に限らず何か一つの才に恵まれた人間というのはえてして日常生活を送る普通の能力に乏しいところがある。
久々の音楽に没頭できる環境に文字通り寝食を忘れたりしてはいないだろうかという不安だ。
何度も繰り返すが彼女達はアイドルである。下手を打ってニキビや吹き出物など作ったりしたら目も当てられないのだ。
そしてその懸念は正しかった。

211 :混ぜm@sその2:2014/12/31(水) 14:58:35.51 ID:5OI/qDnw.net
「まずシャワーでも浴びて目を覚ましてくるといい。その間に食事は私が作っておく」
既にブランチの時間すら過ぎ去っているので朝食などとは間違っても言えない。
「一通りの物は作れるが何かリクエストあるかな?」
「できれば……うどん以外の物で……」
千早がおずおずと手を挙げながら呟くいた言葉に他の面々も同様に頷く。
「承知した。しかし何故」
「昨日は3食うどんだったので」
そこで不服そうな声を上げたのは先ほど頷かなかった一名。
「私は別にかまいませんけど」
そうかおまえが犯人か。
いや、この面子であれば食事を作っただけでも大したものかもしれないが。
「ところでシャワーの順番はどうしましょう?」
「女性陣が先に入ればいいい。すまないが男性陣は少し待っててもらおう」
男性陣の方を見ると特に気にした様子も無い返答が返ってきた。
「どうぞお気遣い無く」
「えー……一日くらいいじゃないかめんどうくさい」
「都築さんそれはさすがにどうかと」
木場はスタスタと歩み寄ると浜辺に打ち上げられた海藻の如く未だ床にのびたままの都築を片手で持ち上げ、
「一つ言っておくがご婦人方の前で清潔にしておくのはアイドル関係なく人として最低限の礼節だ。もしそれすらできないと言うのであれば」
「どうなるんだい?」
「私が丁寧に隅々まで洗ってやろう。何、気にすることはない。男性の裸を見たところでうろたえるような年でもないからね」
表情こそ笑顔ではあるが有無を言わせぬ凄みがある。そしてやると言ったら躊躇無く実行に移すだろう。
「わかったよ。ちゃんとするよだからこの手を離してくれないかい」
「よろしい」
木場は手を離す。放り投げるのではなくちゃんと軟着陸させるのは流石だ。
「音葉で幾らか慣れていたつもりだがこれは一筋縄では済まないな」
と、そこでなにかに気づいたようで動きが止まる。
「ちょっと失礼」
そう言うやいなや神楽の体を持ち上げる。
「うわっ」
何かを確かめたようでふむ、と一人納得すると、
「不躾な質問ですまないが神楽君、体重は?」
「この間計った時は52だったように記憶しているが」
「そうか」
再度床に寝転がったままの都築の元へ、一応気遣ったのか腰のベルトをつかみ持ち上げ2、3度と上下に動かす。
ちなみにこの間も都築はされるがままだった。
ふーっと長いため息を吐いて、
「どうして20cm近くも身長が違うのに体重がさして変わらないんだ!?」
と叫んだ。
それは神楽も思う。というか315プロの面々は皆思っている。ついでに初対面の人間からはまず例外無く心配される。
神楽の名誉の為に断っておくが断じて神楽が重い訳ではない。都築が軽すぎるのだ。
「そんな事私に聞かれても知らないよ。ずっとこうだったんだから別にいいじゃないか」
「そうはいかない。別にオペラ歌手のようになれとは言わないが、ステージに立つ以上最低限の体と体力は必要だ。ある程度は体を鍛えないと満足に声も出せないぞ」
既にプロとして活動していた者の言葉は重みが違う。
「佐竹さんに頼んでみましょうか」
「そうね。そのくらいは必要かも」
どうやら彼女らにも何か案があるらしい。
「まあ、おいおい考えていくさ。とりあえずは今の食事からだ」
木場は愛用のエプロンを身につけてキッチンへと動き出した。

212 :創る名無しに見る名無し:2014/12/31(水) 15:01:45.06 ID:5OI/qDnw.net
以上投下終了。
いやー木場さん書きやすい。
またそのうち来ますので。それではこれにて失礼。皆様良いお年を。

213 : ◆zQem3.9.vI :2015/01/29(木) 11:39:54.14 ID:LmiY0vkj.net
>>210
千早を筆頭に音楽ジャンキー(?)な面子ばかり一同に会すると
こうなるのか的な様子が何とも……
あ、あと覚えている方いらっしゃれば幸いですが、三年くらい前にここでim@s&amp;#9747;テイルズの
クロスの『TOWもどきim@s異聞』を書いていた者です。きつい治療のストレスを発散する意味も兼ね、書きためた
続きを投下しようかと思っているのですが、ここ最近感想を書く方がいらっしゃらないように
見えるのが気になっているのですが……。

214 :創る名無しに見る名無し:2015/01/29(木) 12:25:18.99 ID:Kj5F4z3E.net
ミテマスヨーミテマスヨー
具体的な感想とか書けないので読むばかりですが…

215 : ◆zQem3.9.vI :2015/01/29(木) 12:39:37.77 ID:LmiY0vkj.net
>>214さん
読み手が過疎ってるという訳でもないようで良かったです。
実は半端に書きましたけど、今ある病気で入院中で、きつい治療でややストレスが
たまってせん妄状態なんですよね(いや、来週退院ですけど)
それで書きためてたの少し投下して、この『感想ほしい症候群』をどうにかしようと
思ったんですが、どうしたものか……

216 :創る名無しに見る名無し:2015/02/01(日) 23:57:35.73 ID:66Cfklbb.net
http://asdlkj43.blog.fc2.com/

217 : ◆zQem3.9.vI :2015/02/02(月) 17:22:11.53 ID:ypQQHkBX.net
3年ぶりの長編投下致します。
・テイルズオブザワールド×アイドルマスターのクロスオーバー
・文章に大いに厨二要素(多分)がある可能性大。
・テイルズサイドの世界設定が独自のもの。
・アイマスサイドの出番は現時点で春香のみ。 (あともう一人の存在を最後に匂わせます)

以上の要素に抵抗及び拒否感を覚える方はスルー推奨。

218 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 27:2015/02/02(月) 17:24:49.18 ID:ypQQHkBX.net
「よし、じゃあお前は今日と明日はしっかり休め」
「――えぇっ!?だってこの後も約束あるし・・・・・・」
 懲りるということを知らないのか、コイツは。
 いつの間にやら、呼吸するように他人を手伝うことが当たり前になっている幼なじみの悪癖に、リッドは内心嘆息する。
「モンデンキント――っていうか、ロア達も久々に顔出してきたみたいだしよ。
 お前一人がそこまで気張る必要はないって」
「えっ、ロア達が!?」
 慣れ親しんだ名前に、ファラはガバッとベッドから飛び上がった。
 狩人と農婦という牧歌的な肩書きがデフォルトの筈のこの少年少女二人は、その実フロランタン村においては比肩しうる者なしと評判の腕っ節自慢である。
 自らそれを標榜していたという訳ではないにせよ、彼らがいつの間にか村の用心棒的な役割を担うようになったのは、ある意味当然の帰結だった。
 そんな感じである時、村の家畜や畑を襲う魔物退治に(独断で)赴いた際、別口の依頼で現場でかち合い合流したのが彼ら『モンデンキント』の若手三人衆だった訳で、
年が近いこともありお互い打ち解けるのにそう時間は掛からず、今では互いに何くれとなく農作業だったり魔物退治だったり、とにかく色々協力し合っている。
 古代神官語で『月の子』を意味する名を持つそのギルドは、発足して一年足らずにも関わらず既に村へやって来た時点でヴォルフィアナ中に名を馳せていたらしい。
 当初こそ何処かからフラリと現れた富豪の男性が立ち上げた道楽ギルドだのと好き勝手言われていたものの、記憶喪失だというあの万能イエスマンことロアを引き入れた時から
流れは一変した。
 彼と、桃色の髪に快活な笑顔がよく似合う魔法剣士カノンノ、そして負けん気が強く高飛車ではあるがプロ意識の高い僧侶ロッタのスリーマンセルは、採取や護衛、魔物討伐に
至るまであらゆる依頼をこなしてギルドの評判を跳ね上げている。
「まあ仕事中みてえだけど、こっちが困ってるっていや少しぐらい手伝ってくれるだろ。『うん』っていつもみたいにな」
 アニーから又聞きした、春香と彼らのいざこざのくだりには敢えて触れずに一応釘を刺す。
「・・・・・・でも、いつも助けてもらってるけど、ロア達が優しいのにつけ込んでるみたいで気が引けるよ」
 彼らには魔物退治を始め色々手伝ってもらうことも多いが、その殆どが依頼としてではなくなあなあに近い形になる上に、村全体の資産もそこまで潤ってはいないので、結果満足な
報酬も支払えないことがままあった。何だかんだ言いつつも彼らのリーダーというかギルドマスターも別に催促する訳でもないのが、ファラとしてはかえって心苦しい状態なのだろう。
 しかし、彼女とは真逆に程々に図太くラフな生き方をしている幼なじみはとえいば、その言葉をちょっと違った角度で捉えているようだった。
「・・・・・・『優しい』ねぇ」
呟かれた言葉にはどこか奥歯に物が引っかかったような、むずがゆい何かを堪えるような響きがあった。
 ほんの微かではあるものの、長い付き合いの幼なじみのそれを見逃すファラではない。
「・・・・・・私、何か変なこと言った?」
「へ。――いやちょっと待て、何でそうなるんだよ。別にまだ何も」
 言い訳めいた口調で弁明しようとするリッドだったが、生まれてこの方カーブを知らないような真っ直ぐなその視線には耐えられなかった。

219 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 28:2015/02/02(月) 17:28:43.58 ID:ypQQHkBX.net
 しばしの沈黙の後、ポリポリと頭を掻いて、
「・・・・・・あいつ、前に騒がれてたろ。記憶喪失のせいか知らないけど、本当に怖いもの知らずな上に普通なら無理だって言われることも本気でやろうとするもんだから。
――ディセンダーの再来なんじゃないか、って」
 脈絡なく出てきたそのキーワードに、ファラは眉をひそめる。
 ディセンダー。世界が危機に瀕した時に現れる世界樹の申し子。
 あらゆる人間を超越した可能性の塊であり、無知にして無垢なその魂はやがて種が芽吹くかの如き緩やかさで、人々に希望をもたらす救世主たる大器となっていくという。
 多分言っている連中は面白半分なのかも知れないが、リッド自身が段々ロアという人間を知っていくにつれ、その噂に見出したのは希望なんて甘い無責任な期待でなく――
 
――仮にも背中を預けあった人間に向けるものとしては、あまりにも――

「・・・・・・あの、お二人の時間を邪魔してしまうようで申し訳ないんですが」

 家主にして今この場で一番世話になっている相手であるアニー女史の存在で、直前までの空気が思い切り固まった。
「お、おおどうした? 今になって診察結果に異常あったとかはナシだぜ?」
「いえ、先程も太鼓判を押しましたけど回復さえすればファラさんは全くの健康体ですが・・・・・・」
 戸惑うように間を置いてから、彼女は躊躇いがちに窓を指さし――

「この村に来て日は浅いんですけど――お祭りに歌唱会なんて予定してましたか?」
「「へ?」」

220 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 29:2015/02/02(月) 17:34:29.35 ID:ypQQHkBX.net
          ※※※※※※※※※※※※※※

唐突だが、今し方診療所の二人に噂されたばかりのロア・ナシオンは、珍しく困っていた。
 村長を筆頭によく仕事を回してもらう関係からすっかり馴染みのスポットとなっているここフロランタン村は、今日も変わらず平和だ。
 そよそよと吹き抜ける風によってゆるやかに回る風車、放牧された羊達を追う牧羊犬といった肩の力の抜けるような緩やかな景観に、『祭りの準備』という非日常要素も加わって、
どこかそわそわと落ち着かない空気も添えられる。最近頼まれる前に「やる」という気の回し方をようやっと覚えてきたロアとしては、祭りの準備でも手伝ってみようかなと先程までは
思っていたのだが。

「・・・・・・あー、あー♪ ドーレーミーレードー♪」

 ・・・・・・隣で発せられる、全身の力が抜ける怪音波により、彼を始め仲間二名はヘナヘナとくずおれる寸前だった。
「・・・・・・ロア君、今何か失礼なこと考えなかった?」
「とりあえずこのまま君が発声練習し続けてるとその内力抜けて倒れそうだなとは思ったけど、それが失礼なのかまでは」
「うわぁ、悪気ないんだろうけどすっごい暴言」
「・・・・・・ねぇ、私達いつまでこの拷問に耐えなきゃいけないのかしら?」
 地面に膝をつきながらも、疲れたように言葉を絞り出すロッタが、発声練習に精を出す春香にそう問いかけた。
「あー、うん。そろそろいいかな。喉の調子も何とか整ってきたし・・・・・・」

221 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 30:2015/02/02(月) 17:39:28.51 ID:ypQQHkBX.net
 春香の歌を聞いてみたい――
歌い手と踊り子を合わせた職(多分)だというアイドルの役職を説明されて、何気なくそう呟いたカノンノに罪はない。
 ただ、そんな風に後押しされて発声練習を始めた春香が――実に生き生きとした表情で口を開いた瞬間、意識は白くなり遠いどこかで『ズコー』とか『音程さん仕事して』という
訳のわからない単語が脳裏を飛び交い、全身の筋肉から力が抜けるような心地を味あわされた。全く訳がわからないが、ある種の呪文攻撃だったのだろうか。
「やってくれるじゃない・・・・・・雰囲気だけは人畜無害そーな感じになった途端、今度はこんな怪呪文を」
「いやロッタちゃんも! これ、一応呪文とかじゃないんだよ!? というか、そんなに言われるほどヒドいかなぁ!?」
「悪意がないつもりなら申し訳ないけど、発声練習段階でここまで人を腰砕けに出来るなら立派に兵器よ」
「ま、まあまあ・・・・・・た、楽しみだなー、春香の歌」
 言いながら草むらにへたり込んでいるカノンノの顔と声は、あからさまに引き攣っている。
 彼女自身あれだけ気力を根こそぎ奪われたのだ、こんな流れを導いた己の言動を思い切り後悔しているのは、人生経験の少ないロアでもハッキリわかった。

「・・・・・・何か釈然としないというか凹むけど、それじゃあいっくよーっ・・・・・・」

 バッとスカートの裾を束ねると、膝の辺りくらいまで上げて結び合わせてみる。多少不格好だが、『踊るのにこの丈では絶対に転ぶから』のことらしい。

「――何の茶番なのかしらね、これ」
 ため息をついて春香を見つめるロッタの目は相変わらず険しい。それを見かねたようにカノンノがやんわりと、
「もう、だからロッタ・・・・・・」
「別に意地悪とか仕返しのつもりで言ってる訳じゃないわよ。――貴女だって覚えてるでしょ?」
 ほんの少し戸惑いの色を見せたのも一瞬だった。
 思い当たったからだ、茶番と言い切るまた別の理由に。 
 
「あれと同じ顔が、歌なんて下らないって平然と言ってた筈なのにね」

 呆れ混じりに呟いてみても、それがいつものロッタの不平にしてはらしくない密やかなものであったのは、春香の耳に
届かないようにという配慮だったのか。

222 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 31:2015/02/02(月) 17:46:31.57 ID:ypQQHkBX.net
「・・・・・・色々言いたいことはあるだろうけど。やっとさっきよりは楽しそうな顔してくれてるんだし、あんまり虐めないであげてよ?」 
「ちゃんと聴かない内からケチをつける程狭量じゃないわよ」
 その一言で胸を撫で下ろせる程カノンノもバカではない。このロッタという少女の場合、聴いた後なら遠慮なくグサグサ言ってやるという言外の意思表示だというのが、
長年の付き合いでよくわかる。
「でも歌なんて久しぶりだな。――って言っても、パニールが歌ってくれた子守唄ぐらいしか知らないけどね。ロッタの方が歌には詳しいんじゃない? ――譜歌(スコア)だっけ、
教会の人がよく歌ってるのって」
「――畏れ多い間違いをしないで頂戴。賛美歌と一緒にしたら、枢機卿猊下辺りに怒られるわ」


 二人が呑気なやり取りをしていられたのもそこまでだった。
 ごうっ、と吹き荒れる一陣の風。草むらを踏む軽いステップ。そして、春香がそこにいるだけで作られた草原という『舞台(ステージ)』。
 次の風鳴りを合図にして、見えざる波が燎原に広がっていくなんて、誰も思っていなかった。


「―――いっくよー! 765プロ、ファイトーッ!!」



       ※※※※※※※※※※※※※※



 理由もわからず走り出し、こちらのコントロールも受け付けなくなった愛馬(近くの牧場から借りてきただけだが)に這々の体でしがみ着いて、ようやっと馬が足を止めた時に
クレス・アルベインが目にしたのは、自分の村とも懇意にしているフロランタン村の門前だった。額に巻いた赤いバンダナとハシバミ色の髪は汗に濡れ、平素より剣士らしからぬ
温厚さと精悍さが同居したような顔つきには、疲れの色が濃く滲んでいた。
「・・・・・・やっと、止まったか・・・・・・。おーいクレス、大丈夫か?」
 息をせき切らして追いついてきた、水色の長髪を低い位置で結った、どこか斜に構えたような顔つきの幼なじみ――チェスター・バークライトが、ちょっと気遣わしげに告げてきた。
 背中の矢筒を背負い直し、いきなり走り出した幼馴染みの愛馬を不可解な物でも見るように、しかし丁寧にその鬣を撫でてやる。
「あ、ああ・・・・・・にしてもどうしたんだろう?この子、さっきまで大人しかったのに・・・・・・」
「・・・・・・さっき魔物に襲われて鬣ちぎれた時の、『怪我はないけど、毛が無くなっちゃったね』にイラッときたんじゃねえの?」
「い、いやだってバッサリ切れた訳じゃないけど毛並みが不揃いになっちゃったし。それにチェスター、ちゃんと僕は『毛が』の前に『ちょっと』って入れたよ!?」
「そういう問題じゃねえよ! お前のダジャレ喜ぶのなんて何処かのまな板位なんだから少しは自重しろって――」
 そこで一瞬、チェスターが言葉を詰まらせたのがわかった。気づきながらも、クレスは敢えて微笑みながら指摘せずにそのまま、
「・・・・・・通じちゃう僕も同罪かも知れないけど、それ聞かれてたらもう二度と口利いてもらえなくなると思うよ」
 そんな風に締め括ってから、ふと村の様子がいつもと違うことに気づく。
 『いつも』と言えるほど頻繁に足を運んでいる訳ではないのだが、この時期なら村のそこかしこに散らばって祭の設営に精を出しているであろう村人達の姿が、今日に限って
入り口はおろか周囲の家々にも見当たらない。
「・・・・・・何だろう、まさか魔物か盗賊に襲われた訳じゃないよね?」
「いや、そんなんだったらもっと荒れ放題だろ。・・・・・・まあとりあえず、目的の村長のじーさん家にでも行けば」
「――あれ、クレスにチェスターじゃん!」

223 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 32:2015/02/02(月) 18:45:49.33 ID:ypQQHkBX.net
 ててて、と耳が小さな足音を捉えると同時に、マントをグイッと引っ張る微かな引力。
 見下ろしてみれば、そこでは泥だらけの格好になりながら笑顔で手を繋いだ子供達が、きらきらとした笑顔を向けていた。
「久しぶりー! なあなあクレス、時空剣士ごっこしよーぜー! チェスターは勿論魔王役ー!」
「あははは、勿論って何だこのジャリガキども」
「こらこら大人気ないってチェスター・・・・・・」
 ぶらーんと子供達の一人の襟首を持ち上げるチェスターに、しかし彼らはきゃーきゃー騒ぐばかりだ。やれやれと肩を竦めると、クレスは残る子供達に視線を合わせるように身を屈めて、
「やぁ、みんな元気そうだね。・・・・・・村の人達の姿が見えないけど、どうしたんだい?」
「あ、そうだ!」
 クレスの言葉で大事な何かを思い出したように、少年はパッと顔にひらめきを走らせた。
「こんなことしてる場合じゃなかった! 早く戻んねーと終わっちまう!」
「クレス達も! 早く広場へ急がないと見逃しちゃうよ!」
 誘導するように手招きする子供達に引っ張られる形で村の奥へと入っていくと、やがて二人の耳にさざ波のような音が響き渡ってくる。
 だが、近くに海もない村でそんな音が聞こえるわけもなく、奥へ足を踏み入れるにつれそれが人の声だと気づいた二人は、揃って首を傾げた。
 段々それが大きくなっていることに気づき、二人が顔を見合わせ首を傾いだ瞬間――



「・・・・・・すごいっ、凄いよ頑張れーっ、春香ーっ!!」
「お、おいこらあんまはしゃぐなよ! また倒れるぞ!」
「そんな野暮なこと言ってないで、ほらリッドも! さっき教えてもらった奴!」
「え、えーと・・・・・・な、765プロ、ふぁいとーっ・・・・・・?」
 テンションが真逆な聞き覚えのある声が2つ、耳に飛び込んできてクレスとチェスターは顔を見合わせた。
「・・・・・・リッド、ファラ!?」
「あ、クレス久しぶり! 今日は千客万来だね!」
「い、いやまあ久しぶり・・・・・・ていうか、この騒ぎって一体何が」
「凄いんだよ、春香! 伴奏もないのに皆がもうあんなにはしゃいじゃって・・・・・・」
 全くもって説明は期待出来そうになかった。渋面を作るクレス達の心情を察したように、リッドがクイッと顎で村の奥にある一点を示す。
「まあ、こーやって難しい単語使うのは柄じゃねーんだけどさ・・・・・・百聞は一見にしかず、ってやつだ。――聴き逃したら、絶対後悔すると思うぜ」
 人垣が円形を作った空白地帯で、一人の少女がいた。簡素な修道服の裾を膝辺りで縛り、軽やかなリズムで踊っている。
 露わになった脚のラインが視界に入って、反射的に(隣のチェスターはしれっとした顔で真っ直ぐに脚を凝視していたが)顔を背けそうになったが、それも少女の様子を
観察―――いや、歓声に紛れるその『声』が聴こえるにつれてその表情は次第に真摯なものへと変化していった。

224 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 33:2015/02/02(月) 19:09:07.91 ID:ypQQHkBX.net
 歌声が、少女の周りをきらめいて舞っていた。


 歌の名は、『ストレートラブ!』というらしいと村人から聞いた。もう恋なんてしないと思っていたはずなのにまた恋をして、その気持ちの素晴らしさと二度目の想い人への
真っ直ぐな恋心を歌っている、要約してみればそういう他愛のない歌。なのに、目も耳も離せない。身体が、その場に縫い止められる。


 その声は耳と、それ以外の体の大事などこかに染み込んでいくようだった。

「・・・・・・クレス、チェスター」
 何を言えばいいのか――いや、そもそも目の前で起こっているこの歓声の坩堝に圧倒されている二人に、再び声をかけてきたのはやはりまた顔見知りだった。
「お、ロア、久しぶり・・・・・・って、ココナッツ娘と女王サマはどうした?」
「・・・・・・それ、カノンノとロッタのこと言ってるんだったら失礼だと思うよ」
「お前も段々わかってきてるじゃねえか――って、二人は二人で盛り上がってるみてえだな」
 片やきらきらという擬音が似合いそうな程の輝きを湛える瞳で、片や口を半開きにしたいとけない姿で、歌っている少女を見つめている。
「不思議だね。――普通に知ってる言葉の筈なのに、知らない国の言葉みたいに聞こえる」 
 それはいつもと変わらない、抑揚のない彼らしいトーンの台詞。正直、ちゃんと感動してるのかも怪しいその姿につい苦笑するけど、でもすぐに気づいた。

 この少年は、胸を弾ませている。自分達と同じ物を見て、感動して、心を躍らせているのだと。

「――うん、そうだね」
 昴揚し、鼓動も高鳴っている。それでも穏やかに声を返す余裕があるのは、クレスもチェスターも知っていたからだ。いつか見た、これと同じ光景を。
 楽器による伴奏も、きらびやかな衣装もないのに、高らかに村中を満たす声とリズム。
 それだけで、歌っている少女だけでなく、周りの見えない筈の空気までもがきらめいて見えるようなえもいわれぬ感覚。
(ああ、そうか)
 覚えてる。背を向けていたけど、あの時の少女が己が目に映る世界全てに向けていた歌は、確かに自分達の心を揺り動かした。
 今ではもう、研ぎ澄まされすぎて悲鳴にも聞こえてしまう、彼女の歌は――。

225 :TOWもどきim@s異聞〜第一章〜春香編 34:2015/02/02(月) 20:23:05.64 ID:ypQQHkBX.net
  ――眩しくて逃げた いつだって弱くて あの日から――


「――ありがとう、ございましたーっ!」
 割れるような拍手と、地鳴りのような足踏みが土を揺るがす感触により、クレスは過去の記憶から回帰する。
「いいぞー春香ちゃーん!」
「アンコール!アンコール!」
「ねー、他にはどんなお歌知ってるのー!? もっともっとー!」
「さっき歌ってた『ごまえー』ももっかいやってー!」
「・・・・・・ち・・・・・・ちょっと、待っ・・・・・・て・・・・・・流石に何曲連続もやると、声が・・・・・・」 

 蝶々のような赤いリボンにシスター服。優しげな碧色の瞳にはどこか困ったような、けど確かな喜びが浮かんでいた。髪の色も長さも、陽だまりのようなその笑顔も、
似ても似つかない――でも確かに重なるのだ。

 胸が、もっと言うなら心臓の深い部分が痛む。マトモに『歌』を聞いたこと自体、久しぶりだったからだろうか。日数的にはまだ一年にも満たない、あの時の記憶が蘇る。

 「・・・・・・いい歌だな。まあ、ちぃの奴には負けるけど」
 
 あっさりと、最近は口に出すことを躊躇っていたその名前を耳が捉えたこと、そしてその主がチェスターだったことに純粋に驚く。
 でも、細められた瞳の奥を見てすぐにわかった。――敢えて、チェスターだって本当は、彼女を――千早のことを『思い出』という言葉の中に封じ込めたりしていない。
 忘れたりしないから、平気なフリを必死で装ってでも名前を出したんだと。さっきとは違って。

 あの、歌を誰よりも愛し、世界で一番歌に愛されていた筈で。
 もういない義弟との約束を守れずに、クレスがその手を離してしまった少女の名を。

 手甲に包まれた手を、ギュッと血が滲みそうな程握り締め、幼馴染みに告げる。

「チェスター」
「何だよ」
「明日の入団試験、絶対受かってみせる。そうでなきゃ、ここまで骨を折ってくれたマルスさんに合わせる顔がない」
 病床にありながら、義娘を自由にする唯一の希望を託してくれた、その想いを無駄にしない為にも。
「・・・・・・そうか」
 それきり、何も言わない。励ましの言葉なんてかけなくても、口に出した以上きっとクレスは頑張るだろうし、騎士団にだって入れる。
 そして会いに行くのだ。
 世界に歌を捧げ続けることを『誓わされ』、本来滅びるしか道のなかった筈の自分達の故郷を救った彼女に。

 不器用で努力家で、でも誰より歌を愛していた『妹』に。


(――待っててくれるかな……千早)

226 : ◆zQem3.9.vI :2015/02/02(月) 20:26:01.33 ID:ypQQHkBX.net
投下終了。
実に3年ぶりの投下となりました・・・・・・覚えてらっしゃる方はどれほどいらっしゃるでしょうか?こちらは相変わらず2chに慣れてないせいで
8回の連続投稿エラーを忘れて引っかかり、ようやく続きを投下出来た間抜けなSS書きです。
初めての方に向けて注釈をしておくと、以前の話は前スレの>>20から始まっており、まとめwikiと前スレに前回までの話が載っています。更に言うならミリマス・シンデレラ・Mマス以外
全部登場予定、要するに961・ジュピターも出ている無印・2・OFAがごっちゃになった世界観になってます。(765側の容姿は無印準拠、響と貴音は『現実』で961所属設定)
とりあえずこれからアイドルは色んな国や場所で色んなテイルズキャラと絡みつつ登場する予定です。自分に動画作成技術があればニコニコで、と思ったりもしますが、
感想なかろうとテイルズファンがいなかろうと初志貫徹でここのスレで頑張ろうと思います。(テイルズサイドがわからない方には酷ですが)
因みに筆者もテイルズの古参ファンという訳でなく、マトモに知ってるのはレディマイ2ぐらいです。(ぉい)

227 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2015/02/05(木) 22:36:54.01 ID:Y4GHyQKA.net
あーテステス。また来ました。
短いごちゃ混ぜシリーズ投下します。
今回は医療関係の皆さんのお話。

228 :混ぜm@sその3:2015/02/05(木) 22:39:03.79 ID:Y4GHyQKA.net
程度の違いこそあれ基本的には懐かしい人との再会は大体嬉しいものだ。
ただ、その場所がテレビ局のロビーともなると意外過ぎて少しばかりフリーズしてしまうのも仕方のない事だろう。
もし人違いだったらどうしようかとついて回る僅かな不安を押さえ込んで声をかける。
覚えていなかったら思い出してもらえばいいいだけの話だし。なんて我ながら図太くなったと考えながら。
「桜庭せーんせ」
気難しそうな顔をして考え込んでいた顔がこちらを向いて驚きに変わるのを見た。
よかった。その様子だとちゃんと覚えていてくれたらしい。
「加蓮……か?」
「そ、綺麗でかわいい北条加蓮さんですよー」
笑顔でひらひらと手を振るが目の前の人は顔を押さえて再び考え込んでしまう。
なにその反応。ちょっと傷つくんですけど。軽く蹴っとばしてやろうかな。
「いや、まさかこんな所で知り合いに会うとは思わなかったからどうすればいいかわからないんだ」
「それはこっちの台詞だよ。一体何してるの?」
とは言ってみるが衣装を見れば出演者の1人だろうというのは簡単にわかる。
事前に渡されていた台本に「元医者の異色男性アイドル」なんて文字が踊っていたけどそれが知り合いだなんて一欠片程も想像していなかった。
「見てわからないか?」
「冗談だよ」
「その様子だと君も出演者か?」
「もう。私はれっきとしたトップ集団の1人です」
私と奈緒と凛のトライアドプリムスはトップグループの中の一角に食い込むほどの人気を得ている。
文字通り今回の番組の目玉だ。
「済まない。まだ業界に入って日が浅いものでな」

昔まだ私が入院していた時に医師免許を取得したばかりの研修医の1人として赴任してきたのが目の前に居る桜庭薫先生だった。
割合年齢も近かったこともあってかそれなりに会話を交わす程度には仲が良かったんだけど、
私の病気も完治して退院すればそれっきりだと思っていたのに人の縁なんてどこで繋がるかわからないものである。

「でも偶然って怖いね。医者と患者がこうして再会するなんて。これで清良さんまでいたら何かのドラマみたい」
「清良さん?」
「うちの事務所のアイドルで元看護士さん。怒ると怖いよ?」
「……」
「何その沈黙」
「……さっき会ったが……居るんだ。僕たちが居た病院のじゃないがれっきとした元看護士が。さっき挨拶をしてきた」
「マジ?」
わざわざ苦労して取った資格を放り出して芸能界なんてヤクザな職場に来るなんて物好きもそんなに何人も居るんだろうか。話には聞くけどもしかしたら医療業界って想像以上にブラックなのかも。
しかし医者、看護士、患者と勢ぞろいになっちゃうとなるともう少し進行とか台詞考えたほうがいいのかなぁ。きっと司会の人もそのあたりは突っついてくるだろうし。

229 :混ぜm@sその3:2015/02/05(木) 22:41:20.88 ID:Y4GHyQKA.net
「おはようございます」
ステージ衣装を着た女の人が挨拶をしながらやってきた。なんかふわふわした感じの人だ。
パーマのかかった髪とか全体的な雰囲気がそんな感じ。
あと凄くおっきい。どこがってそりゃあ……
さすがに及川さんとまではいかないけど(あれはもう規格外だ)うちの事務所の中でもこれを越えるのはそうそう居ないんじゃないだろうか。
「ああ丁度よかった。今貴方の事を話していたんです」
先生が女の人へと話しかける。と、いう事はこの人が。
「彼女が豊川風花さん。今話していた元看護士の人だ」
あ、ちょっと頭の上に?マークが見える。これは説明しておいた方がいいかも。
「あ、どうも北条加蓮です。桜庭先生が居た病院に入院してた時期がありました」
「ああ、そういうことでしたか」
なんか話し方も結構穏やかな感じできっと見た目通りの人なんだろうなぁ。
しばらく3人で病院あるあるネタで盛り上がった後、ちょっとさっきから浮かんでいた疑問を聞いてみることにした。
「そういえばまだ聞いてなかったんだけど、なんでアイドルになろうなんて思ったの?」
「……」
「ちょっとその沈黙怖いんだけど」
「いや、よく思い出せない。確かに契約書に判を押したのは自分の意志なんだが、どうしてその決心をしたのかがよく……ひょっとして僕は口車に乗せられたのだろうか……」
「待って。ちょっと待って」
これはちょっとマズい流れかもしんない。隣の風花さんに話題を向けて方向転換を計らないと。
「でも、風花さんもアイドルの仕事は楽しんでるでしょ?」
「え……と……」
「ねえ風花さん待って。そこで考え込まれると私どうしていいかわかんない」
「確かに胸がおっきいからそういうお仕事が取りやすいのもわかるんだけどプロデューサーさんわざとじゃないかって時がいっぱい……
ちゃんとした普通のお仕事もあるんだけどやっぱり時々だしもしかして私の反応見て楽しんでるだけなのかしら……」

何コノ状況。16歳の女の子そっちのけで大の大人2人がウンウン唸ってるとかどうしていいかわかんない。

「ごめん30分くらい前からやりなおしていい? 桜庭先生に声かけるところあたりから」
さすがにちょっと泣きたくなってきた。藪をつついて蛇を出すってこういう事なんだろうか。
と思ったら2人ともあっさり立ち直って、
「いや大丈夫だ。どんな過程であれ自分で選んだ仕事である以上全力は尽くす」
「なんだかんだ言っても楽しいもの。私も行くわ。それじゃあ本番でね」
なんて言い残して2人とも行っちゃった。
なんだかんだ言っても切り替えが早いのはやっぱり私より大人なんだなぁとかよくわかんない感心したりして。

確かに私もそろそろ準備しないと。丁度頼りになる仲間も来たことだしね。
「ここに居たんだ加蓮。そろそろ本番始まるよ」
「何だニヤニヤして。なんかおもしろいことでもあったのか?」
「ううん、なんでもない」
「嘘付け、それがなんでもない顔かよ」
「まあ、ね。芸能界の先輩としては新人さんに恥ずかしいとこは見せられないなって」
やっぱりトップアイドルとしての実力ってのをちゃんと見せつけてあげようじゃない。

230 :創る名無しに見る名無し:2015/02/05(木) 22:49:49.33 ID:Y4GHyQKA.net
以上投下終了。まあ定番といえば定番の組み合わせ。
このシリーず全体的にキャラに興味持ってもらえればいいなーとか
世界観が広がればいいなーぐらいの気持ちなんで割りとさっくりした感じで書いてます。
とりあえずキャラだけでも調べてみようかな。とか思って頂ければ幸いです。

>>226 お久しぶりでございます。入院しておりましたか。お大事になさってください。
自分以外の書き手さんがいらして喜んでおります。
テイルズはPSで出た3作しかプレイしておりませんが両方のキャラが違和感なく共存しているので
安心して読んでいられます。
感想が欲しいのでしたら確実とはいえませんがピクシブなどに投稿するのも一つの手かと思います。
それでは今回はこれにて失礼。

231 : ◆zQem3.9.vI :2015/02/06(金) 14:57:38.28 ID:Zgvt9VNn.net
>>228
成る程、言われてみれば凄い縁のある三人が見事にシンデレラ・Mマス・ミリマスから
選出されましたね(笑)経歴聞いたら通りすがりの監督が医療ドラマでも書き上げてきそうです。
感想については、前スレでそのことについて相談してみたら
マルチ投稿みたいで歓迎されないかもという意見もあるので悩んでるところです。
此処では8レス位でしばらく投稿出来なくなるのがネックとは思っているのですが……
まだ完結までは程遠いし、定期的に更新出来るかもわからないけど、
少なくとも今までの分をpixivとかに投稿してみたいなー、という気持ちがムクムク
育っていて……あれだけ大口叩いておきながら、自分が情けないです(涙)

232 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2015/05/12(火) 08:11:56.48 ID:rWhRD36P.net
ども、お久しぶりです。
ごちゃ混ぜシリーズ投下しますです。今回はメイド服の4人のお話です。

233 :混ぜm@sその4:2015/05/12(火) 08:13:14.41 ID:rWhRD36P.net
「またお越しくださいませご主人さまー!」
遠くなる客の後ろ姿を見送りそれが最後の一人であることを確認して心地よい疲れと共に手近な椅子に腰を下ろす。
「休憩入りまーす!」
一人のスタッフの声と同時に周りを囲んでいた他のスタッフも散り散りになり張りつめていた空気が緩む。
今までカメラを向けられていた中心となる人物達も思い思いの行動に移る。。
満足げな水嶋咲と、対照的にどんよりとした重いものを背負ってテーブルに突っ伏す秋月涼と阿部菜々、
そしてまだ元気満々といった風情で不適な笑顔のまま立っている朝比奈りん。
以上の4名である。
ここは都内のメイド喫茶。
とある番組でさまざまな事務所からアイドルを出してメイド喫茶のウェイトレスをしようという企画が持ち上がり、
その舞台として選ばれたのが何の因果か阿部菜々さんの元職場であるこのメイドカフェだった。
ちなみに制服のメイド服は首までしっかりとボタンで止められたブラウスと膝下までのスカートと、
オーセンティックなものでいかがわしさは微塵も感じられない事は追記しておく。

「ぼくは何でここにいるんだろう……」
最早抜け殻といった体でつぶやくのは秋月涼。
「ちゃんと男だって世間に発表したはずなのに何で普通に女の子向けの仕事が入ってくるんだろう……」
衣装が似合っててなんだかんだいいつつもしっかり仕事はこなして
更に現場とファンの評判も良いのだからオファーの途切れる理由が無いのだが本人にその自覚は無い。

その反対側同じように机に突っ伏すもう一名。
「おかしい……このお仕事ってこんなに疲れるっけ……」
やはり寄る年並には勝てないのか……といった呟きは幸いにして周囲に聞かれることはなかった。
どうやら旧知の仲らしいチーフらしきスタッフが笑いながらたしなめる。
「なーに情けないこと言ってんの。ステージの上じゃ歌って踊って笑顔振りまいてるんだからこれ以上の重労働やってんでしょ」
「確かに理屈はそうだけどしばらく離れてたからカンを取り戻すのに時間がかかりそう……」
何気にタメ口を利く奈々さんというのはレアである。
以前は動けていたのにというギャップも疲労の原因にあるのかもしれない。

そんな二人の様子を少し離れて見ていた咲の背中に重みがかかる。
「咲ちゃんは大丈夫かなー?」
今回のメンバーの中では一番キャリアの短い咲に小悪魔然とした笑顔で近づいてきたのは朝比奈りん。
トップグループの一つである魔王エンジェルの一人だ。
首元までキッチリとボタンで止められているにもかかわらずその豊かな二つの膨らみは強く自己主張する。
小さな背丈と相まってトランジスタグラマと呼ぶにふさわしい体つきだった。

234 :混ぜm@sその4:2015/05/12(火) 08:14:47.76 ID:rWhRD36P.net
「うーん仕事自体はこないだまでやってたのと大して変わりないから大丈夫かな。
制服も違うお店のだと新鮮で気持ちいいし。ただケーキのつまみ食いができないのはちょっと不満かも」
開店前にアスランの作る料理や東雲のケーキを食べるのは咲と同僚である巻緒の楽しみだった。
今思い返してみれば仲間意識でもあったし疑似家族のような雰囲気すらあったように思う。
撮影とはいえ、見ず知らずの他の店に入って改めて再確認する。
少し甘やかされていたと言われても仕方のない環境だったのだろう。
あそこはもうもう一つの家といっても過言ではない場所だったとそんな事を考える。
「で、ぶっちゃけどーよ。憧れの秋月涼くんと実際に競演してみたとりあえずの感想は」
「まだちょっとわかんないかな」
「およ、お話とかしてないの?」
「挨拶はしたけど涼くん楽屋でもちょっと落ち込んでたし、あんまり親しげに声かけるのもなんだかって感じだったから」
「涼くんも男の子のお仕事だってちゃんと来てるんだしそろそろ割り切ってもいいんだけどねぇ」
「そういえばえっと……」
「りんちゃんでいいよ〜。咲ちゃんは特別待遇」
「んじゃお言葉に甘えて。りんちゃんはどうしてこのお仕事受けたの? なんか飛び入りで入ってきたって聞いたけど」
咲の言葉にりんの眼が細められる。その眼光の鋭さは猛禽類のそれだ。
「そんなの」
空気が変わる。
「面白そうだったからに決まってるじゃない」
あらゆる手段を使って上り詰め、更にその後もずっとその座を維持してきたトップアイドルの一人が持つ気配だ。
まるで野生の猛獣が傍にいるかのような錯覚すら覚える。

『撮影入りまーす』
再開を告げるスタッフの声が響きわたる。

ぱしん、と背を叩かれる。
「さて休憩終わり。そろそろ次のお客さんが来るよ」
その声からは先程の気配は霧散していた。
思わず息を吐いて二人の方を見る。
そこには先ほどまで机に突っ伏していた気配など微塵も無い。
背筋は伸び、顔は引き締められ、指先まで神経を行き渡らせてすでに次のご主人様を迎えるべく所定の位置に着いている。
「どう。あれがプロよ」
りんの声には軽く挑発するような、試すような色が見える。
たとえどのような状況でも瞬時に意識を切り替える。
口にするのは容易いが自分はあそこまで行けるだろうか。あの高みへと手が届くのだろうか。
憧れや、慣れだけでどうにか出来るほど甘くはないのだ。
思い通りになんてならない。
でも、
だからこそ楽しい。
「アタシもばびっと気合い入れて頑張らないとねっ」

235 :創る名無しに見る名無し:2015/05/12(火) 08:18:26.19 ID:rWhRD36P.net
以上投下終了。
いやあウダウダやってたらSideM本編に涼くん来ちゃいましたよ。
どこも今後が楽しみです。
今回はシリーズ全部入れますのとおり漫画のリレからも一人入れてみました。
もっとこう垣根を取っ払ったお話が増えればいいなーなどと思いつつ今回はこれにて失礼。

236 :メグレス ◆gjBWM0nMpY :2016/02/27(土) 12:39:22.71 ID:jiYh/s83.net
どうもお久しぶりです。メグレスです。
また投下しに来ました。
いつも通りのごちゃ混ぜシリーズ。
今回の面子は握野英雄さん、西園寺琴歌さん、箱崎星梨花さんとなっております。

237 :混ぜm@sその5:2016/02/27(土) 12:41:11.48 ID:jiYh/s83.net
「握野、英雄さまですわね?」
収録も無事終わりさて帰ろうかと歩きだした矢先にかけられた、
ひとつひとつの音を丁寧に発したその声は握野の耳によく届いた。
「確かに俺がそうだけどアンタは?」
向きなおり声の主を確かめる。
目に入ってきたのは声を二人組の少女。
「失礼いたしました。私、西音寺琴歌と申します」
「箱崎星梨花です」
ぺこりとお辞儀をするその少女の姿をそれとなく観察する。薄い桃色をしたロングの髪と好奇心旺盛な瞳。
口調や物腰からして育ちの良さを感じさせる。
後ろに立つ灰に近い色の髪をツインテールにした少女も小さく同じよう丁寧なお辞儀をする。
自己主張はそれほど強くはなさそうだがこちらも同じように育ちは良さそうな空気を纏っていた。
二人ともここに居るということは同業者だろうと見当をつけて名前を必死に頭の中で検索してようやくその名前に思い至る。
別事務所の女性アイドルだった。
「で、俺になんか用かい?」
用が無ければ声などかける必要もないのだろうが生憎と共演した経験もなければこれといった接点すら思いつかない相手の用件は見当すらつかなかった。
「その、折り入って一つ頼みごとがございまして……」
もじもじと言いにくそうに口をどもらせる。
これが例えば数年前で放課後の学校の教室だったりしたらもしかしたらと勘違いしたかもしれないが生憎とそんな年でもない。
思わず辺りを見回すがドッキリの札を持った輩が隠れている気配もなさそうだった。
やがて意を決したように一言。
「私達と牛丼屋さんに行って頂きたいのです」
「……ハ?」
思わず、それまでの緊張した空気を無に返す間抜けな声が漏れた。

238 :混ぜm@sその5:2016/02/27(土) 12:42:19.85 ID:jiYh/s83.net
牛丼屋。
早い、安い、美味いを看板に掲げたすっかり日本にとってお馴染みとなったこの存在は警官時代の握野も夜勤明けでまともな店は開いていない時などよくお世話になったものだ。
(そーいや最近行ってなかったな)
ここのところは食事は現場で出てくる弁当だったりユニットのメンバーである信玄誠司の作る料理だったりで外食からはすっかり足が遠のいていたのは事実だ。
(さーてどこにすっかな)
一口に牛丼のチェーン店と言っても出始めた頃とは違って今はいくつかの種類がある。どれも大して違いは無いが結局スタンダードなところがよかろうと判断して吉○屋へと足を進めた。

大した距離でもないのでのんびりと三人連れ立って歩く。
「以前から行ってみたかったとは思っていたのですけれど……」
「それこそ君らのプロデューサーにでも連れていって貰えばよかったんじゃないか?」
わざわざ面識の無い人間に同行を頼むよりはそちらのほうがよっぽど気軽に思えるのだが。
だがしかし琴歌ははにかんだ顔をして、
「少しばかりはしたないところをお見せしてしまいそうで……」
成る程その表情は年頃の少女である。
納得はしたが新たな疑問が頭をもたげる。
「しかしなんで俺なんだ? これまで直接会った事はなかったはずだけどな」
「片桐早苗様からお聞きしまして」
「またあの人か……」
思わず握野の口から恨みがましげな声が漏れた。元婦警である片桐早苗とは現役警官時代の交流は無かったがこの業界に入ってから珍しい職業同士で何かと(一方的に)絡まれる機会も多かった。
どうやら今回もそのツテらしい。
ほぼ確実に後でからかわれる電話がかかってきそうだと軽いため息をつく。と、そこで先程より気になっていた事を口にする。
「そういや二人とも俺の顔は大丈夫なんだな」
握野の顔は整ってこそいるが鋭い目つきに三白眼とかなり強面の部類に入る。
怖がらないだけで十分だと冗談めかして言うこともあるが半ば本心だった。初対面の子供に泣かれたのも二度や三度ではきかない。
初対面でもそんな様子も見せずに接してくる二人にひょっとして顔つきも変わってきたのかと密かに淡い期待を抱いたりもしたのだが帰ってきた答えは、
「お屋敷にはもっと怖い顔の人も沢山しましたから」
との事である。
(確かにそりゃ慣れるよなあ)
察するにボディガードとかそれに類する職種だろう。そんなものが普通にに居るだけで相当なお屋敷であり二人共かなりのお嬢様であろう事は容易に察する事ができた。
自分にとってはごくありふれた牛丼屋でもそういったお嬢様からしてみれば珍しいものに見えるのかもしれない。

239 :混ぜm@sその5:2016/02/27(土) 12:43:49.62 ID:jiYh/s83.net
店内はさして混んでもいない。お嬢様二人はおそらくメニューで悩むだろうと踏んでいたので逆にありがたかった。
握野、琴歌、星梨花の順番でカウンターに並んで腰をおろす。
「ほいメニュー」
「ありがとうございます」
「わ、こんなにいっぱいあるんですね」
星梨花の驚いた声にもう一度メニューを見てああと納得した。メインの種類は大したことがなくてもサイドや時間限定の朝食まで含めると結構な量になるからだ。
二人はあーでもないこーでもないと楽しそうにしているのでわざわざ水を差すこともない。申し訳ないがバイトの店員さんにはもう少し待っていて貰おう。
軽く右手で「悪いな」の意味を込めて礼をするとそれに気づいた店員も頷き返す。

「つゆだくやねぎだく等の呪文があるとお聞きしましたが……」
「そういうのは慣れてからでもいいと思うけどな」
「確かに仰るとおりですわね」
それから更に悩むこと数分。
「並3つにA定一つB定二つ」
「少々お待ちくださーい」



「はいお待ちどう」
予想以上の早さに二人とも目を白黒させている。時計を確認するが頼んでからまだ三分もたっていない。
基本あらかじめ準備されていた物を出すだけだからこその早さなのだがそれすらも驚きのタネのようだ。

「忘れるところでしたわ」
そう呟くと琴歌は握野へと自分のスマホを手渡す。
意図を察して牛丼と二人の姿を写真に収める。二人並んで笑顔、琴歌はまたドヤ顔である。ひょっとして気に入っているのかこれが素なのか。

「いただきます」
三人一緒に手を合わせて仲良く挨拶。
久しぶりに食べたが以前と何が変わったという事もなく、取り立ててうまい訳でもないが不味くもないごく普通の味だった。
ちらりと横目でお嬢様二人の様子を観察してみるとそれなりにお気に召したようだ。
どちらかと言えば味よりもその物珍しさからだろうが楽しんでいるならそれにこしたことはない。
最悪最初の一口に手をつけただけでギブアップなどという事態も想像していただけにそうならずに済んで安堵しているのも事実だ。

ふと横に目を向けると星梨花が半分ほど残った丼を前に手が止まっていた。
「星梨花さん?」
「ちょっと多いみたいです」
握野にしてみれば普通の量でも少女にとっては少し多かったらしい。もしくは続く同じ味に飽きてきたか。
「そういうときはこうして」
自分の分の半分ほどになった牛丼に別注文の半熟卵を乗せて黄身を崩す。トロリと流れ出る黄身の上に備え付けの七味をパラリ。
「こうやって味を変えるといいぞ」
「まあ、私もやってみましょう」
琴歌もいそいそと自分の丼に同じ細工をして食べ始める。
二人の食べる姿を見てこんなチェーン展開の牛丼屋でも食べ方で品の良さは出るものだと妙な感心をする。

240 :混ぜm@sその5:2016/02/27(土) 12:45:24.14 ID:jiYh/s83.net
「「ごちそうさまでした」」
結局三人とも綺麗に完食できました。
完食したとはいえ星梨花も少しお腹をさすって苦しそうにしているので落ち着くまでしばし待つことにする。
デザートを入れる余裕は無さそうだ。
こういった時は何か会話でもすればいいのだろうが生憎とどんな話題を切り出せばよいものか。出会って数時間もたっていない相手では何を話したものか見当もつかない。
そんな悩みをよそに会話を切り出したのは琴歌だった。
「握野さまも犬の躾は得意とお聞きしましたけれど」
「よく警察犬の訓練にも顔出したりしてたからな。なんか知らないけどあいつら俺の言うことよく聞いてくれるんだよな。でも一番得意なのは犬だけど大抵の動物なら大丈夫だぞ」
「星梨花さんも犬の訓練をなさっているのでしたわよね?」
「アジリティ(犬の障害物走競技)のハンドラー(指導手)を少々」
「おお。そりゃ凄いな」
素直に感嘆の声が漏れた。
同時に星梨花の顔にも驚きと喜びが広がる。
あまり日常的に聞くでもない単語に即座に反応してきたからだ。
「そんなに凄いのですか?」
「文字通り犬と人間が一体にならないと上は狙えない競技だからなぁ。リードをつける躾とはまた違った難しさがあるぞあれ」
「もしよかったら今度見て貰ってもいいですか」
「俺でよければ喜んで。ちなみ犬種は」
「ボーダーコリーです」
「そりゃあ元気がよさそうだ」
「ハイ。とってもいい子です」
本当に彼女の犬を見ることになるかどうかはわからない。
ただ、口約束でも今は別に構わない。
目を輝かせる星梨花の顔を見ていい笑顔だと本心からそう思う。

「本日はどうもありがとうございました」
「いや、お礼を言われるほどの事はなにもしてねえんだけどな」
ただ牛丼のチェーン店に連れてきただけだ。
「何かお礼をしなくては」
「いや別にそれほどの事でも」
とは言ったがおそらくこのお嬢様はこちらが要求するまで引き下がることはないだろう。
ほんの短い時間の付き合いでもその程度はわかる。
しかし牛丼屋に連れてきただけに見合うだけの丁度いいお礼などすぐには思いつきそうもない。
(食い物だしこっちも食い物でか? いやいやそんなのすぐには……)
いや、ひとつおあつらえ向きのがあった。
「……パンケーキ」
「?」
「じゃあパンケーキの美味い店、今度教えてくれないか。好物なんだ」

241 :創る名無しに見る名無し:2016/02/27(土) 12:48:46.87 ID:jiYh/s83.net
以上投下終了。
握野君と星梨花さんの犬繋がりはあったんだけどどう始めたもんか考えてたら
お嬢様仲間の琴歌さんがやってくれました。
これから先だとパンケーキ繋がりで周防桃子さんが来ても面白くなるかも。
それではまたいつか。これにて失礼。

242 :創る名無しに見る名無し:2016/08/31(水) 04:56:18.56 ID:cOHXDcjI.net
.

243 :創る名無しに見る名無し:2016/09/24(土) 15:24:43.69 ID:G6Bsg/Qb.net
ぷちます sideM

244 :創る名無しに見る名無し:2017/07/25(火) 19:23:47.46 ID:TJT0HKS2.net
お久しぶりです、気づけば一番下だったので慌ててageました。その内何か投稿出来ればと思ってはいるのですが……。

245 : ◆zQem3.9.vI :2017/07/25(火) 21:44:05.89 ID:TJT0HKS2.net
↑お久しぶりです、◆zQem3.9.vIでした。

久々だったのでうっかりトリップの記入欄を間違えてしまっておりました。

246 :北総社員:2017/07/26(水) 21:15:31.76 ID:K0519EM7.net
25歳看護師です、女性の友達がほしいのですが。暇の方連絡まってます。good-par.shiina@docomo.ne.jp千葉県八街市八街ほ973-13椎名 教泰043-442-1501、090-3202-8219

247 :創る名無しに見る名無し:2017/12/27(水) 10:12:51.44 ID:C1Z7QFDy.net
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

22BDR4XKOK

248 :創る名無しに見る名無し:2018/05/21(月) 08:54:08.62 ID:tRZnwP6O.net
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

L6IXC

249 :創る名無しに見る名無し:2018/05/22(火) 17:13:32.04 ID:jK7bNdUS.net
https://www.youtube.com/watch?v=ZuBrP_dcEug
平日13時15分に公開なのに14時半の時点でもう視聴回数2600回かよ。
みんな昼休みにでも聞いてたんだな。

250 :創る名無しに見る名無し:2018/07/03(火) 18:37:29.23 ID:f1dClnnX.net
1NY

251 :創る名無しに見る名無し:2018/10/17(水) 19:51:43.99 ID:ZU7x6aHX.net
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

O2R

総レス数 251
339 KB
掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
read.cgi ver 2014.07.20.01.SC 2014/07/20 D ★