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ロスト・スペラー 10
- 1 :創る名無しに見る名無し:2014/12/10(水) 18:25:08.91 ID:BmNqdeNl.net
- やっと二桁に到達
過去スレ
ロスト・スペラー 9
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ロスト・スペラー 8
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ロスト・スペラー 6
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ロスト・スペラー 5
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ロスト・スペラー 4
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ロスト・スペラー 3
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ロスト・スペラー 2
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ロスト・スペラー
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- 383 :創る名無しに見る名無し:2015/04/06(月) 18:35:40.22 ID:dPCK90el.net
- ラビゾーは徹底的に根競べに付き合う気だったが、女の方は予想外と言う風でもなく、
余裕を持って応じる。
「中々の強情っ張りだね。
構わないけど。
1月位、この儘で居てみるかい?」
相手は不死の魔法使いだと理解し、ラビゾーは溜め息を吐く。
真面な生物ではないから、飲まず食わずの上に眠らずでも平気なのだ。
「何の意味があって、こんな事をするんです?」
「意味も何も、趣味だからさ。
私は人が困っている姿を見るのが大好きでね!」
どうした物かとラビゾーが困っていると、そこに1組の少年少女が通り掛かる。
「おや?
ラヴィゾール、そんな所で何を?」
「ラヴィゾール?」
先に声を上げたのは魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディー。
それに反応して、言葉の魔法使いワーズ・ワースも顔を向ける。
レノックはラビゾーの腕を掴んでいる女に気付き、「あっ」と小さな声を上げて、にやにや笑った。
「お邪魔したかなぁ……?」
「いや、お邪魔じゃないです!
助けて下さい!」
ラビゾーは慌てて呼び止め、助けを求める。
- 384 :創る名無しに見る名無し:2015/04/06(月) 18:44:29.32 ID:dPCK90el.net
- 女は見知らぬ少年少女が自分を認識している事に、動揺していた。
「な、何故、私が見える?」
レノックとワーズは迷い無く歩み寄って来る。
女の顔を覗き込んで、レノックは大声で言った。
「何だ、『女好き<レズ>』のエピレクティカじゃないか!
ハルピュイア・エピレクティカ!」
「違うっ、女好きじゃない――って言うか、あんた誰なの!?
私をエピレクティカと呼ぶな!」
「悪かったよ、『小煩い小鳥ちゃん<ピッキー・バーディー>』、エピレクティカ」
忽ち余裕を失って声を荒げる女に、レノックは嫌味で返す。
エピレクティカと呼ばれた女は目を見張って、レノックを指差した。
「あぁーっ!!
あんたは……!!
その憎たらしい笑い方、人を小馬鹿にした態度……間違い無い!
笛吹きのレノック!!」
「思い出してくれた様だね。
所で、何をしているのかな?
女好きの君が、暗い路地裏に男を誘い込むなんて……。
いやはや、長生きはしてみる物だ」
「女好きじゃないって言ってるだろう!!」
先までの人形の様な顔は見る影も無く、エピレクティカは感情を露にする。
- 385 :創る名無しに見る名無し:2015/04/06(月) 18:52:42.68 ID:dPCK90el.net
- レノックは彼女を無視して、ラビゾーに尋ねた。
「ラヴィゾール、何をしているんだ?」
レノックとエピレクティカの間の抜けた遣り取りに、呆気に取られていたラビゾーは、
我に返って答える。
「何って……。
彼女が僕を放してくれなくて困っているんです」
エピレクティカの腕は、未だラビゾーを掴んだ儘だ。
レノックは苦笑する。
「惚気?
自慢?」
「いや、本気で」
「大の男が何を馬鹿な……。
振り解こうと思えば、簡単だろう」
「それが出来ないから、困っているんです」
ラビゾーの訴えを聞き入れ、やれやれとレノックは小さな横笛を取り出す。
エピレクティカは元から白い顔を一層蒼白にして、ラビゾーの腕を掴んでいた手を放して、
両耳を塞ぎ、ローブの下に隠していた背中の黒い翼を、大きく広げた。
翼開長3身はあろうか。
翼の先端を狭い路地裏の壁に擦り付けながら、彼女は羽撃き、飛翔する。
そして、ラビゾーとレノックの頭上を飛び越え、怯える様に背を屈めて、ワーズの後ろに隠れた。
- 386 :創る名無しに見る名無し:2015/04/06(月) 19:07:44.63 ID:SqaWZDd0.net
- レズキマシタワー
- 387 :創る名無しに見る名無し:2015/04/07(火) 19:33:54.93 ID:lChSqVis.net
- 何なのだとラビゾーとワーズは呆れ顔になり、レノックは嫌らしく笑う。
ともあれ助かったと、ラビゾーはレノックに礼を言った。
「有り難う御座います、レノックさん」
「軟弱だぞ、ラヴィゾール。
紳士的である事と、臆病は違う。
女の言い成りで、情け無いとは思わないのかい?
僕等が通り掛からなかったら、どうする積もりだった?」
レノックに窘められたラビゾーは、反論出来ずに俯いた。
一方で、ワーズはエピレクティカに声を掛けた。
「あいつに酷い目に遭わされでもしたの?」
ワーズは明らかに自分より大きいエピレクティカの頭を撫で、良し良しと慰める。
それを見て、レノックは彼女を咎めた。
「気を付けろ、ワーズ・ワース。
そいつはレズだぞ」
「私は同性愛に偏見を持っていない」
ワーズはエピレクティカを庇う様に位置取りした。
レノックは眉を顰めて、少々不機嫌な様子。
「レズは扨置いても、性悪だ」
「人の事を言えた性格か?
私は基本的に中立だ。
誰の味方と言う訳でもない」
「だったら、そいつを庇うのは止めなよ」
「私の勝手だろう。
指図されたくは無い」
レノックとワーズは仲が悪く、一寸した事で直ぐに対立する。
毎度の事なので、困った物だと、ラビゾーは小さく息を吐く。
- 388 :創る名無しに見る名無し:2015/04/07(火) 19:36:36.65 ID:lChSqVis.net
- 庇って貰えたエピレクティカは、これ幸いとワーズに泣き付こうとしたが……、
「わぁーん、怖いよぉー!」
「止めてくれ。
同性愛に偏見は無いと言ったが、その気は無いんだ」
ワーズは軽い身の熟しで、ひらりと避ける。
「ぐへーっ!」
抱擁は空振りして、エピレクティカは地面に倒れ伏す。
土埃と共に、黒い羽根が舞い散る。
「何なのさぁ……」
弱々しく零して、涙目で起き上がる彼女に、ワーズは手を差し伸べつつ言った。
「下手な演技をしなければ、普通に接して上げるよ」
エピレクティカは悄気て、大人しく再びワーズの背後に下がる。
ワーズが何故エピレクティカを庇うのかと言えば、大きな理由はレノックへの対抗心から。
他には何も無いだろう。
その事にレノックは呆れ返って、彼女に尋ねた。
「君はハルピュイア・エピレクティカを知らないのか?」
「知らないね。
私が知らないと言う事は、大した魔法使いじゃないんだろう?」
「確かに、フーヴランと言う辺鄙な田舎の害鳥だったけどさ……」
2人が話している間、エピレクティカは何時でも逃げ出せる様に、周囲に気を配って、構えている。
隙を見て逃げる気だなと、ラビゾーとレノックは察していた。
- 389 :創る名無しに見る名無し:2015/04/07(火) 19:52:57.87 ID:lChSqVis.net
- その通り、エピレクティカは直ぐに飛翔した。
但し、全員にとって予想外だった事が1つだけ。
エピレクティカは猛禽の如き趾で、ワーズの両肩を掴み、持ち上げたのだ。
不意の事に、ワーズは狼狽する。
「何、何、何!?」
エピレクティカは疑問に答えず、羽撃きで激しい風を起こし、ワーズを連れた儘で飛び去った。
ラビゾーとレノックは土埃が目に入らない様に、腕で顔を覆って防御する。
エピレクティカは瞬く間に高度を上げ、数極後には小さな点になる。
取り残された2人は風が収まった後も、暫し呆然としていたが、ワーロックが先に正気に返って、
レノックに言った。
「あ、あの……、追い駆けなくて良いんですか?」
何を思って、エピレクティカがワーズを連れ去ったのかは不明だが、ラビゾーは悪い予感がしていた。
レノックは同じ旧い魔法使い達からも、『小賢人<リトル・セージ>』と呼ばれる程の知恵者である。
その彼が害鳥だの性悪だの言うのだから、それは相当だろうと考える。
「魔法使いとしての実力なら、ワーズ・ワースの方が上だから、心配は要らないと思うんだけど……。
面白そうだし、追ってみるかい?」
「そんな理由で?」とラビゾーは内心で思ったが、旧い魔法使いとは大体自分の興味が向く事でしか、
働こうとしないので、動機は何であれ、一緒に行ってくれるなら、それで良いと問題にしなかった。
或いは、普段仲の悪いワーズを助けに行くのに、照れがあるのかも知れない。
巫山戯ている様に見えて、レノックは親切な所がある。
人の助けになるからこその、『小賢人<リトル・セージ>』の称号だ。
2人はエピレクティカを見失わない様に、そして、通行人に打つからない様に、追走する。
ティナー市街の高層建築が、地上から見上げられる空間を狭めている。
急がなければ、直ぐにエピレクティカを見失ってしまう。
- 390 :創る名無しに見る名無し:2015/04/07(火) 20:00:21.15 ID:lChSqVis.net
- エピレクティカは付近で最も高い建物の屋上に着地した。
ラビゾーとレノックは、そこを目指して走りながら、話を続ける。
「ハルピュイア・エピ何とかって、何なんですか?」
「旧暦の魔物さ。
屍食鳥の一が魔性と知性を得た存在。
悪魔の肉を食らったとも、魔法使いの肉を食らったとも言われる」
「魔物?
魔法使いではない?」
「どっちでも似た様な物だよ」
レノックは物知りなのだが、これと言った確定的な事は余り喋りたがらない。
これは彼に限った事ではなく、殆どの旧い魔法使いに言えるのだが……。
「知り合いなんですか?」
「僕が退治した。
正確には、村人の依頼で退治に協力した。
僕の演奏で、動きを封じてね」
「退治って事は、何か悪さを?」
「人を食っていた。
比喩じゃなくて、文字通りの意味で。
特に女子を狙って」
「それでレズ……」
「ああ、所謂『女食い<ウーマン・イーター>』って奴だ」
人を食うのであれば、ワーズも危ないのではと、ラビゾーは勘を働かせる。
「では、ワーズさんを連れ去ったのは――!」
- 391 :創る名無しに見る名無し:2015/04/08(水) 18:57:00.83 ID:80EjBe5A.net
- レノックは至って冷静に頷いた。
「『食う』積もりだろうね。
魔法使いだろうが、何だろうが、奴には関係無いだろう」
「急いで助けないと!」
ラビゾーはレノックを急かしたが、彼は気が進まない様子。
「そう慌てなくても、ワーズの奴なら、大丈夫だと思うけどなぁ……。
あんな形(なり)だけど、中身は婆さんだし。
いや、でも、そう言えばエピレクティカの奴も、封魔の声を持ってたんだった」
「大丈夫じゃないじゃないですか!」
独りで唸るレノックを、ラビゾーは抱え上げて、全力で駆け出す。
レノックは全く構わず、腕を組んで唸り続けていた。
「しかし、旧暦の時は、もっと魔物魔物していたんだけどなぁ……?
魔法使いの真似事でも始めたのかな。
そう言えば、ラヴィゾール!
エピレクティカの奴は、君に何を?」
「はぁ、獲物が何とか……。
願いを叶えてやるとか、そんな事を言ってました」
「何か願ったのかい?」
「いいえ、余りに怪しかったので……」
「フム、賢明な判断だ」
そんな話をしている場合ではないと、ラビゾーは内心焦っていたが、知恵者のレノックの事、
何か対策を考えている可能性もあるので、余計な事は言わない様にしていた。
- 392 :創る名無しに見る名無し:2015/04/08(水) 19:05:39.56 ID:80EjBe5A.net
- だが、そこで話は終わってしまい、ラビゾーは慌てる。
「その、エピレティカに弱点とか無いんですか?」
「エピレクティカな。
あいつの弱点は『男』だ」
「男?」
「男と言うか、男性に弱いんだな」
「僕も男ですけど……?」
男に弱いと言うなら、何故エピレクティカは自分に強気に出たのか、ラビゾーは不思議がった。
そんな彼を見て、レノックは鼻で笑う。
「男らしくないんじゃないの?」
確かに、普段のラビゾーは弱気で、余り男らしいとは言えない。
痛い所を突かれて、彼は口を閉ざす。
「『男性<マスキュリニティ>』とは、野蛮であり、勇猛であり、武力であり、支配であり、征服であり、
恫喝であり、厳格であり、筋肉であり、理性に拠らない粗暴さなのだ」
レノックに男性の負の面ばかり並べ立てられ、ラビゾーは眉を顰めずには居られない。
「それが『男』だと言うのは、余りに極端です」
「ああ、君の言う通り、先に述べた物は、男性の一面でしかない。
しかし、エピレクティカが苦手とする物は、その様な『男の男性』なのだよ」
「……脅して押し切れば、何とかなると?」
「やれやれ、そんな風に理性で物を考えている内は駄目だ。
唯一つ、有無を言わせぬ男性さえあれば、あの様な物は取るに足らない。
だからこそ、奴は『男嫌い<アンドロフォビア>』なんだ」
レノックは解る様な解らない様な事を言う。
(話し合いには応じるな言う事か?)
ラビゾーは理解に苦しむ。
- 393 :創る名無しに見る名無し:2015/04/08(水) 19:09:07.30 ID:80EjBe5A.net
- ワーズが連れ去られたのは、オフィス・ビルの屋上だった。
こうした建物には大抵真面目な警備員が居り、部外者は容易に侵入出来ない。
ラビゾーとレノックはビルの前で立ち尽くす。
「これは参りましたね……。
確り警備員が居ます」
「裏口とか無い?」
「非常階段を使えば、人と会わずに行けるでしょうが……。
その非常階段も、敷地内では……」
ビルの周りは高さ2身半程の塀で囲われており、乗り越えるのは困難。
魔法を使って飛んでも、警備員に察知されてしまう。
それに不法侵入は立派な犯罪だ。
共通魔法を犯罪に利用しては、魔導師会を呼び込んでしまう。
「仕方無いね。
諦めよう。
ワーズの奴なら、多分大丈夫さ」
レノックが何の未練も無く言い切ったので、ラビゾーは慌てて引き止めた。
「待って下さい!
レノックさんの魔法で、どうにか出来ないんですか?」
「出来ない事も無いが……」
嫌に渋るレノックに、どうした事だろうと、ラビゾーは不信感を持つ。
- 394 :創る名無しに見る名無し:2015/04/08(水) 19:12:49.67 ID:80EjBe5A.net
- 語尾を濁した儘で、レノックは続きを言おうとせず、煮え切らない態度。
そんなにワーズと関わるのが嫌なのかと、ラビゾーは彼の薄情さが腹立たしくなって来た。
「何が嫌なんです?
ワーズさんはレノックさんと同じ、旧い魔法使いの仲間でしょう!」
「同類だとしても、仲間とは限らないさ。
ワーズの奴だって、自分で言ってただろう?
飽くまで『中立』ってね。
そんな奴を助ける義理は無いんだ」
「じゃあ、本気で面白半分で、付いて来たんですか!?」
「『本気で面白半分』とは、中々奇妙な言い回しだなぁ……ハハハ」
「笑い事じゃないですよ!」
ラビゾーに怒られて、レノックは漸く真面目な顔になった。
「君は勘違いしてるんじゃないか?」
「……勘違いって何です?」
ワーズは仲間でも何でも無い、或いは、自分は正義の味方ではないと言いたいのかと、
ラビゾーは一層鋭い目でレノックを睨む。
レノックは彼を試す様に睨み返して、こう言った。
「どうして君は自力で助けに行かない?」
「どうしてって……僕の力だけでは、ここの警備を突破出来ませんし……。
魔法を使って強引に突破に成功しても、魔導師会に追われる事になってしまいます」
ラビゾーが答えると、レノックは大きな溜め息を吐く。
- 395 :創る名無しに見る名無し:2015/04/09(木) 18:14:10.88 ID:WmMwaxwJ.net
- 「それは僕も同じなんだ。
僕だって万能じゃないんだよ。
物知りではあるけどね。
何のリスクも負わないと、勘違いされては困る。
僕だって、魔導師会は怖いんだ」
彼の言う事は、果たして本当だろうかと、ラビゾーは怪しんだ。
レノックはラビゾーの疑う様な眼差しに気付いて、不快そうに言う。
「買い被られては困るな」
嘘か真かは置いて、ここで言い合いしても始まらないと、ラビゾーはレノックに構わない事にした。
ワーズの無事を願うなら、今は一点一極を争うのだ。
「分かりました」
「おいおい、何が分かったって言うんだい?」
レノックは呆れてラビゾーに問い掛ける。
ラビゾーは不機嫌な顔で言った。
「僕は正面から行ってみます。
レノックさん、ここまで有り難う御座いました」
「こらこら、短気は良くない」
レノックはラビゾーを宥めるも、彼は聞かなかった。
「でも、レノックさんはリスクは負いたくないし、やれないと言うんでしょう?」
「いや、それは……そうなんだが……」
レノックは言い淀んだ。
今更、実は何でも出来るとは言えない。
ラビゾーは完全に臍を曲げている。
- 396 :創る名無しに見る名無し:2015/04/09(木) 18:15:41.68 ID:WmMwaxwJ.net
- レノックは少し思案して、知恵を働かせる。
「落ち着き給え、落ち着き給え。
魔法を使わなくても、僕に良い考えがある」
ラビゾーは不信の眼差しをレノックに向けた。
「本当ですか?」
「まあ、聞いてくれよ。
要は、合法的に進入出来れば、良い訳だ」
「ええ、そうです」
「その為の、上手い言い訳が欲しいんだろう?」
「はい」
「耳を貸してくれ」
レノックはラビゾーに耳打ちして、作戦を説明する。
聞き終えたラビゾーは、それで本当に大丈夫かと、不安を顔に表した。
レノックは彼の心内を察して、口を開く前に言い添える。
「確実とは言えないが……。
やるだけ、やってみようじゃないか?」
他に妙案がある訳でもないので、ラビゾーはレノックの言う通りにすると決めた。
- 397 :創る名無しに見る名無し:2015/04/09(木) 18:20:11.08 ID:WmMwaxwJ.net
- ラビゾーとレノックは偶然を装い、ビルの前を横切った。
レノックの肩には、1羽の野鳩が止まっている。
丁度、ビルの真正面で、野鳩がレノックの肩から飛び立ち、ビルの屋上へと消えてしまう。
ラビゾーとレノックは互いに見合って、揃ってビルの警備員に近付いた。
「済みません、少し良いですか?」
「はぁ、はい、何でしょう」
ラビゾーが警備員に話し掛けると、彼は面倒そうに応じた。
先の展開を予想しているのだ。
「この子の鳩がビルの屋上に逃げてしまって……。
鳶や鷹に襲われでもしたら、大変です。
どうにか入れて貰えませんか?」
「駄目ですよ、困ります」
警備員は取り敢えず断った。
特に許可の無い者を、敷地内に入らせる訳には行かない。
それが彼の仕事なのだから。
ラビゾーは一旦、隣のレノックに視線を落とす。
警備員も釣られて、レノックに目を遣る。
レノックは涙目になって、上手い具合に、今にも泣き出しそうな演技をしている。
高いビルを見上げれば、屋上の角に、非常に小さくではあるが、野鳩の姿が見えている。
- 398 :創る名無しに見る名無し:2015/04/09(木) 18:24:13.47 ID:WmMwaxwJ.net
- ラビゾーは警備員に交渉を持ち掛けた。
「お願いします、屋上に行ければ良いんです。
本の数点で片付く事です。
荷物は預けて行きますから」
ラビゾーに続いて、レノックも頭を下げる。
「お願いします……」
警備員は難しい顔をして、少し考え込んだ後、承諾した。
「じゃあ、記録簿に名前を書いて貰えます?
用件の欄は、ペットが逃げ込んだとか、そう言うので結構です。
大きな荷物は警備室に預けて行って下さい。
帰り際に返すので、その時に声を掛けて頂ければ」
「はい」
ラビゾーは素直に応じ、記録簿に「ワーロック・アイスロン」と書き込む。
それを確認して、警備員は小さく頷いた。
「はい、良いですよ。
一応、ゲスト・バッジを渡すんで、敷地内では身に着けて下さい。
後で返して貰うので、失くさない様に。
屋上に行くには、非常階段を使って下さい。
建物左側に回り込んで頂くと、直ぐ見えるんで……」
「有り難う御座います」
ラビゾーが頭を下げると、レノックも倣う。
「有り難う、小父さん」
未だ若い警備員は、小父さんと言われて、苦笑いした。
- 399 :創る名無しに見る名無し:2015/04/10(金) 19:34:32.52 ID:CCOUs/lx.net
- 長い非常階段を上りながら、人目が無い事を確認して、ラビゾーはレノックに話し掛ける。
「上手く行きましたね」
「僕は無力な子供の姿で、君は魔法資質が低いから、脅威にはならないと思われたんだ。
伊達に賢者と呼ばれている訳ではないよ」
ラビゾーは複雑な気持ちだったが、結果として上手く行ったので、適当に頷くだけに止めた。
ビルの屋上に止まっている野鳩は、レノックが演奏魔法で飼い馴らした物。
街中を群れで歩いていた所を、適当に1羽だけ選んで、ペットに見せ掛けた。
屋上へ飛んだのも、偶然ではなく、レノックが指示したのだ。
「所で、レノックさんは何でワーズさんと一緒に居たんです?」
「一緒に居ちゃ悪いかい?」
唐突なラビゾーの問い掛けに、レノックは剥れ顔で返す。
「悪くは無いですけど……、寧ろ、良い事だと思いますけど、仲悪かったじゃないですか」
「そう見えるかい?」
「見えるって言うか……、実は仲が良かったりするんです?」
「どうだろうな」
「……何で一緒に居たんです?」
「偶々だよ。
街中で目が合って、無視するのも何だったから、他愛(たわい)も無い話をした。
ワーズの奴は嫌そうにしてたけど、僕は別に彼女を嫌っている訳じゃないんだ」
レノックは迷惑そうにするワーズを面白がって、揶揄いに纏わり付いたのだろう。
その姿が容易に想像出来て、ラビゾーは呆れた。
- 400 :創る名無しに見る名無し:2015/04/10(金) 19:39:53.09 ID:CCOUs/lx.net
- ビルの屋上が近くなると、レノックは足を止める。
「どうしたんですか?」
ラビゾーが尋ねると、レノックは言った。
「僕が行くと、話が拗れるだろう」
「いや、戦いになったら困るんで、一緒に来て貰えた方が、有り難いんですけど……」
ラビゾーは過去にエピレクティカを退治した、レノックの魔法を頼りにしていた。
「だが、エピレクティカは僕を恐れている。
僕の姿を見た途端、又しても飛んで逃げられては困るだろう。
空が飛べる分、追い駆けっこでは、あっちが有利だ。
心配しなくても、危なくなったら助けるよ。
僕は陰で見守っている」
本当に、それだけの理由なのか、ラビゾーは怪しんだ。
或いは、レノックが嫌に及び腰なのは、ワーズに嫌われている自覚があるからなのかも知れないと、
ラビゾーは推察する。
ワーズに恩を着せる絶好の機会なのだが、逆に、それが嫌なのかも知れない。
彼に頼り切りも悪いと思い、ラビゾーは決断した。
「解りました。
危なくなったら、頼みますよ」
ラビゾーはレノックを置いて、ビルの屋上に出る。
- 401 :創る名無しに見る名無し:2015/04/10(金) 19:43:27.49 ID:CCOUs/lx.net
- 青空の下、強い風が吹く、ビルの屋上。
その真ん中で、黒い翼を広げている、エピレクティカ。
彼女の足元には六芒星の魔法陣が描いてあり、その中心にワーズが俯せで転がっていた。
(手遅れだったか!?)
それを認めたラビゾーは、エピレクティカに近付き、問い掛けた。
「何をした!!」
俯せなので、前面の状態は判らないが、一見してワーズに外傷は無く、流血も見られない。
未だ彼女は生きていると信じて、ラビゾーは更にエピレクティカに詰め寄る。
エピレクティカはラビゾーを牽制する様に、ワーズを踏み付け、趾で彼女の胴体を掴んだ。
ここで飛び去られたら、後を追うのに又一苦労。
逃がして堪るかと、ラビゾーが駆け出そうとすると、エピレクティカは高い声で言った。
「寄るな!」
途端に、ラビゾーの体が動かなくなり、声も出せなくなる。
魔法資質の低いラビゾーは、それが魔力の篭もった、金縛りの声だと気付くのに、
少し時間が掛かった。
(しまった……!)
今更、後悔しても遅い。
彼はエピレクティカが単なる有翼人ではなく、旧い魔法使いだと言う事を失念していた。
「願いを叶える」と言う、回り諄い遣り口は、単なる遊戯。
魔法暦まで生き残っている、多くの旧い魔法使い達は、その気になれば、普通の人間等、
どうとでも出来るのだ。
- 402 :創る名無しに見る名無し:2015/04/10(金) 19:47:21.51 ID:CCOUs/lx.net
- エピレクティカは満足気に笑う。
「ここまで追って来るとは、御苦労な事だ。
レノックの奴は居ないのか?
これは重畳」
彼女はワーズを踏み付けていた趾を退け、代わりに頭を鷲掴みにして持ち上げた。
「お前に良い物を見せてやろう。
魔法使いの死に様をな!」
エピレクティカは鉤爪を長く伸ばすと、ワーズの鳩尾に突き立て、緩やかに深く沈めて行く。
見るからに痛そうだが、ワーズは全く反応しないし、流血も無い。
(死に様……と言う事は、未だ生きているんだな。
しかし、どうにかしなければ、この儘では……)
エピレクティカは指を捻って、ワーズの体を内側から抉りながら弄る。
「フフン、巧く化けているな。
全く人間の様だ。
成る程、霊体は心臓の位置か……」
彼女が何をしているのか、ラビゾーには解らないが、危機的状況と言う事だけは確かだ。
だが、相変わらず体は動かない。
- 403 :創る名無しに見る名無し:2015/04/11(土) 18:19:49.13 ID:k8rtbu0r.net
- その時、ラビゾーの頭にレノックの声が届いた。
(油断したな、ワーズの奴め。
眠りの呪いを掛けられている。
エピレクティカは彼女の霊を食らって、更なる力を得る積もりだ)
冷静に解説する彼に、ラビゾーは心の中で問い掛ける。
(レノックさん、どうにかならないんですか!?
出て来て下さいよ!)
(駄目だ。
言っただろう?
僕が出て行っては、エピレクティカを取り逃がしてしまう。
奴の性根は邪悪だ。
ここらで一度、痛い目に遭わせておく必要がある)
(それって、僕が奴を倒すって事ですか?)
(その通りだ。
人間も馬鹿にした物ではない事を、思い知らせてやれ)
(でも、どうやって?)
ラビゾーとレノックが話している間に、エピレクティカはワーズの体から、手に収まる位の赤い塊を、
抉り出していた。
エピレクティカは長い鉤爪で、それを確り掴み、ラビゾーに見せ付ける。
「これが魔法使いの魂さ。
美しいだろう?」
彼女は宝玉の様な赤い塊を掲げ、恍惚の眼差しで見詰めた。
それは陽光に照らされて、赤、黄、白と脈打ちながら揺らめき、変色を繰り返している。
- 404 :創る名無しに見る名無し:2015/04/11(土) 18:22:06.32 ID:k8rtbu0r.net
- 「良い魔力に満ちている……」
エピレクティカはラビゾーが見ている前で、それを丸呑みにした。
(ああーーーーっ!!
レノックさん、間に合わないですよ!!)
(落ち着いてくれ。
今、呪いを解くから)
(早く!!)
ラビゾーが急かすと、爽やかな音楽が聞こえて来る。
レノックが音楽をテレパシーの様に、彼の頭の中に送り込んでいるのだ。
(これで少しは動く様になるだろう)
(……あの、未だ動かないんですけど!)
音楽で呪縛は完全に解けていると思っていたラビゾーだったが、いざ走り出そうとしても、
一歩も踏み出せない。
痙攣する様に、腕や脚が小刻みに震える程度だ。
(動こうと言う意志が無ければ、そりゃ動かないさ。
もっと気合を入れて!)
(気合って……。
うぉおおおおおお!!!!)
(未だ未だ!)
(ぐぁああああああ!!!!)
- 405 :創る名無しに見る名無し:2015/04/11(土) 18:24:55.41 ID:k8rtbu0r.net
- レノックの声援を受けて、ラビゾーが苦心している間にも、時は刻々と流れ続けている。
「中々美味だったぞ。
この様にして、霊も肉も我が糧となるのだ」
エピレクティカは艶のある声で満足気に言うと、ワーズの喉笛に食らい付き、肉を噛み千切った。
彼女は鳥の如く、殆ど咀嚼せずに嚥下する。
(ギャーーッ!?
何て事を!!)
残酷なエピレクティカの本性に、ラビゾーは恐怖する。
レノックの言う通り、彼女は魔性を得た屍食鳥なのだ。
しかし、幾ら恐ろしくても、ここで退く訳には行かない。
(旧い魔法使い達の本質は、肉には無い。
霊を吸収するのにだって、時間が掛かる筈……。
完全に消化される前に、取り戻さなくては!)
ラビゾーの強い意志が、エピレクティカの呪縛を破る。
少しだけ足が動いて、ラビゾーは前方に倒れ込んだ。
- 406 :創る名無しに見る名無し:2015/04/12(日) 17:23:38.49 ID:P0kbmA4t.net
- それに反応して、エピレクティカはワーズの体を啄食むのを、一旦止める。
「ん?
私の魔法を破ったのか?
魔力は全く感じなかったが……、はぁ、未だ満足に動けない様だな。
今は食事中なのだ。
邪魔をしないでくれ」
彼女は一層強力な呪縛の魔法で、ラビゾーの行動を完全に封じに掛かった。
ラビゾーの体は強い力で押さえ付けられた様に、動かなくなる。
(畜生、侮るなよ!
こっちにはレノックさんの音楽があるんだ!)
ラビゾーは諦めずに足掻いた。
頭の中では音楽が続いている。
それに魔を打ち破る力があると信じて。
(負けて堪るか!
動けっ、這ってでも!!)
強く念じれば、指先が動く。
音楽に乗って、レノックの助言が聞こえる。
(戦え、ラヴィゾール。
君の名前が持つ意味を思い出すんだ)
「あ゛……、ラ゛……、ラ゛……」
(叫べ、君の名を!
奴を倒せ!)
レノックの命令が引き鉄となって、遂に、その呪文が飛び出す。
- 407 :創る名無しに見る名無し:2015/04/12(日) 17:36:38.71 ID:P0kbmA4t.net
- 「ラ゛ァア゛ア゛ア゛、ヴィ、ゾォオ゛オ゛オ゛」
無理に搾り出した声は、嗄れて濁った物だったが、それは確かに彼の名前だった。
不可視の力に逆らい続けて、何とか背を起こし、片膝を突く所まで漕ぎ着けると、
今まで押さえ付けられていたのが嘘の様に、体が軽くなる。
ラビゾーは敢然と立ち上がって、エピレクティカを睨み付けた。
(ラヴィゾール、解っているな?
エピレクティカの言葉には、耳を傾けるな。
問答無用で叩き伏せるんだ。
今、この場では、暴力こそが正義。
話を聞くのは、奴の抵抗力を奪ってからにしろ!)
「な、何故動ける!?
魔力は少しも――」
驚愕するエピレクティカに構わず、レノックの助言に従って、ラビゾーは全力で突進する。
エピレクティカは回避を試みたが、ラビゾーは彼女の大きな翼を掴んで、逃がさなかった。
「痛い、痛い、折れる!!」
エピレクティカの悲痛な叫び声に、彼が怯み掛けても、透かさずレノックが喝破する。
(怯むな、良心を殺せ!
奴の魔法は、その隙を突いて来るぞ!)
ラビゾーは握力を込め、エピレクティカの翼を引っ張って、暴れる彼女を手繰り寄せると、
手羽先の関節を、曲がらない方向に折った。
- 408 :創る名無しに見る名無し:2015/04/12(日) 17:46:22.86 ID:P0kbmA4t.net
- 「いっ、あぁっ……!」
エピレクティカの顔が恐怖の色に染まる。
一瞬の隙に、ラビゾーは体術を駆使して、エピレクティカを屋上に転がした。
彼女は見る見る力を失い、簡単に組み伏せられる。
ラビゾーはエピレクティカを俯せの状態で取り押さえ、漸く一息吐いた。
彼の頭の中で続いていた音楽は、何時の間にか止んでいた。
格闘が終わったのを見計らって、レノックが屋上に姿を現す。
エピレクティカは彼を認めて、忌々しさを露に言った。
「お前が裏で手を回していたのか!」
「馬鹿だなぁ。
姿が見えないから、居ないと思っていたのかい?
魔性と知性を得ても、『鳥頭<バードブレイン>』は治らない様だね」
「このっ……くっ……!」
皮肉を言われて、エピレクティカが暴れ出そうとすると、ラビゾーが力を入れて締め付ける。
エピレクティカは反抗的な態度を、直ぐに引っ込めて大人しくなった。
レノックはエピレクティカの前に屈み込んで、顔を上げさせる。
「取り敢えず、あれだ、ワーズ・ワースの魂を返して貰おう」
「無理だね!
一度呑み込んだ物を、吐き出せるか!」
「あっ、そう言う事を言うんだ?
ラヴィゾール、吐き出させてやってくれ」
「……えっ、僕が?
どうやって?」
ラビゾーが困り顔で尋ねると、レノックは呆れて溜め息を吐く。
「腹を殴るとか、咽喉に手を突っ込むとか、方法は決まっているだろう」
- 409 :創る名無しに見る名無し:2015/04/13(月) 19:38:49.75 ID:fbinUY3Q.net
- しかし、抵抗しない相手を痛め付けるのは、ラビゾーの良心が咎めた。
「いや、一寸、それは……」
「嫌々言ってる場合か!
ワーズの命が懸かっているんだぞ!
どうせ、こいつは簡単には死なない。
医療行為だと思って、遠慮無くやれ!」
レノックに叱咤され、やっとラビゾーは思い直して覚悟を決める。
「解りましたよ……」
「な、何が解った――!?
や、止めろ!!」
エピレクティカは恐怖で戦慄くが、ラビゾーは心を鬼にした。
下手に躊躇ったり、手加減したりすると、余計に相手を苦しめる事になるのだ。
彼は馬乗りの儘、エピレクティカの首に腕を回して顔を固定した後、背面に膝を入れて腹部を圧迫。
反射で開いた口に手を突っ込む。
「うぇえええ!」
エピレクティカの胃から、半分消化された生温かい肉片が吐き戻される。
それをラビゾーは掻き出して、レノックに確認を求めた。
「これは違います?」
「違うね」
レノックは吐瀉物の悪臭に顔を顰めて、首を横に振る。
ラビゾーは肉片を投げ捨て、とても嫌そうな顔をした。
- 410 :創る名無しに見る名無し:2015/04/13(月) 19:40:30.69 ID:fbinUY3Q.net
- エピレクティカは完全に怯えて、抵抗する気力を失っている。
「うぅ、止めて……止めてぇ……」
ラビゾーは哀れに思ったが、ワーズを死なせる訳には行かなかった。
レノックは冷淡に、エピレクティカに言う。
「仕方無いだろう。
君が魔法使いの魂を食ってしまったんだから。
自分で吐き出せるか?」
「無理ぃ……」
そんな訳で、同じ事を3度は繰り返したが、エピレクティカが何も吐かなくなっても、
ワーズの魂は返って来なかった。
三者は三様に絶望する。
レノックは見限った様に、外方を向いた。
「これが長らく生きた魔法使いの最期か……。
呆気無い物だな」
「そんな!!
何か方法は無いんですか!?」
「もう嫌ぁ、許してぇ……」
諦め切れないラビゾーが、縋る思いでレノックに尋ねると、これ以上は耐えられないと、
エピレクティカは泣きを入れる。
- 411 :創る名無しに見る名無し:2015/04/13(月) 19:46:22.53 ID:fbinUY3Q.net
- レノックは最早完全にワーズが死んだ物と扱って、小さな竪琴を取り出しつつ独り言つ。
「歌にして語り継ごう。
間抜けな魔法使いの最期を、末々まで永久(とこしえ)に」
彼は竪琴を弾いて歌い始めた。
「ああ、言葉の魔法使い、永遠の命も一呑みか……。
ああ、哀しき魔法使い、許多の力も役立たず……」
本気で悲しんでいるのか、それとも貶しているのか、何とも言えない歌詞に、抗議の声が上がる。
「ええい、馬鹿な歌は止めろ!!
巫山戯ているのか!」
ラビゾーは驚いて周囲を見回し、声の主の姿を探した。
彼が目にした物は、死んだ筈のワーズ・ワース。
衣服は引き裂かれ、体には穴が開いた儘だが、両の目には生気があり、2本の足で立っている。
「何だ、生きていたのか……」
レノックは詰まらなそうに、竪琴の弦を撫でながら言った。
ラビゾーは安堵の息を吐き、エピレクティカは驚愕して目を剥く。
三者三様の反応に、やれやれとワーズは自身の秘密を明かした。
「私は言葉の魔法使い。
言葉の魔法を極め、既に概念的な存在だ。
諱を知る者が居る限り、死にはしない」
彼女は続けて、ラビゾーを見ながら言う。
「心配してくれたのは、有り難いけどね。
悪いが、無用な手間だった訳だ。
その子は放してやってくれ」
危害を加えられたにも拘らず、エピレクティカの解放を願う……。
真っ当な手段では死なないワーズにとっては、猫に引っ掛かれた程度の認識なのだ。
- 412 :創る名無しに見る名無し:2015/04/14(火) 18:15:55.94 ID:nREbWSnq.net
- しかし、ラビゾーは素直に頷けなかった。
今までエピレクティカは、どれだけの人間を毒牙に掛けて来たか知れない。
ラビゾーもレノックとワーズが通り掛からなければ、今頃どうなっていたか分からないのだ。
これで懲りてくれるなら良いが、逆恨みで逆襲しないとも限らない。
そんなラビゾーの心中を察して、レノックが代わりにワーズに口を利く。
「死なない君は良いかも知れないが、人間達にとっては彼女は脅威なんだよ」
「もう十分に痛め付けただろう?」
「こいつは鳥頭だから、直ぐに忘れるさ」
「分かった。
2度と悪事を働けない様に、私が呪言を掛けよう」
ワーズはエピレクティカに歩み寄ると、その目を見て言った。
「お前が人間を襲う度に、その苦しみを思い出すが良い。
悪辣な企みは悉く暴かれ、人の血肉を味わえば、吐き戻さずにはいられない」
彼女の呪言はエピレクティカの魂に、消えないトラウマとして刻み込まれる。
だが、外見に表出する変化は無く、ラビゾーは魔法が効いたのか、そもそも先の言葉が、
魔法だったのかも解らない。
一仕事終えた感じのワーズに対して、難しい顔をするラビゾーに、レノックは助言する。
「大丈夫、効いているよ。
当分は人を襲おうともしないだろう」
ラビゾーはレノックを信じ、エピレクティカの上から降りて、彼女を解放した。
- 413 :創る名無しに見る名無し:2015/04/14(火) 18:18:32.53 ID:nREbWSnq.net
- エピレクティカは直ぐに駆け出し、嗄れた声で小鳥の様にヒーヒー鳴きながら、バタバタ羽撃いて、
大空へと消えて行った。
それを見送り、3人は非常階段から地上に戻る。
レノックは何時の間にか、野鳩を回収して肩に止めていた。
警備員にワーズの事を、どう説明しようかと思っていたラビゾーだったが、彼女は警備員には、
存在しない物として扱われた。
目の前を通っても、ワーズは完全に無視されている。
「遅かったですね」
「はい、少々手間取りまして……」
時間が掛かった事を警備員に指摘され、ラビゾーは苦笑いで返す。
幸いにも、屋上での騒ぎは聞こえていなかった様子。
「クルックは無事だったよ、小父さん!」
レノックは子供の演技で、警備員に勝手に名付けた野鳩を見せた。
ラビゾーとレノックが警備員に礼を言っている間に、他人に認識されないワーズは、
何食わぬ顔で敷地の外に出る。
これにて一件落着。
オフィス・ビルから離れて、ラビゾーは大きく息を吐く。
レノックは得意顔で、彼に言った。
「勉強になっただろう。
共通魔法使いに好意的じゃない、外道魔法使いだって多いんだ。
特に、ああ言う、隠れて悪事を働く、『悪質な悪戯者<メリシャス・ミスチフ>』がね」
「肝に銘じます……」
疲れた様に応じるラビゾーを見て、レノックは嫌らしく笑う。
「今後は気を付ける事だ。
なあ、ワーズ・ワース」
彼に話を振られたワーズは、解っていると言う様に、剥れて外方を向いた。
- 414 :創る名無しに見る名無し:2015/04/14(火) 18:57:51.88 ID:nREbWSnq.net
- Q.走りながら会話してラビゾーは疲れないの?
A.命のスカーフの効果(4スレ目参照)。
Q.霊(魂)を食われたのにワーズ・ワースは平気なの?
A.概念化した魂が本体なので、精があれば霊は復活するが、全然平気と言う訳ではない。
精の浪費で霊が消耗すれば復活には時間が掛かる。
Q.屋上であれだけ騒いで聞こえない訳が無い。
A.レノックの魔法で防音していた。
Q.レノックは何がしたかったの?
A.相手の強い希望があり、序でに自分の気が向けば、取り敢えず協力はするが、
自分は本気じゃないので、結果どうなっても構わないと言う、嫌らしく卑怯な態度を、
取り続けるのが旧い魔法使い。
Q.吐瀉物の処理は?
A.ワーズの肉片以外は水みたいな物だったので放置。
ラビゾーの手に付いた吐瀉物は塵紙で拭いて、消臭魔法で元通り。
- 415 :創る名無しに見る名無し:2015/04/15(水) 19:39:24.91 ID:OPxRHuNr.net
- インベル湖
インベル湖はブリンガー地方にある大陸最大の湖である。
ブリンガー地方西部にあるソーダ山脈から流れる水が集まり、平地に溜まって湖となった物。
第二魔法都市ブリンガーの北に位置し、複数の市町を跨ぐ。
水温は低く保たれ、夏には遊泳する者も多い。
ブリンガー地方民の多くは海水浴をしないが、その代わりにインベル湖に出掛ける。
この湖の水はベル川を伝って南下し、海へと流れる。
ベル川は夏期には降雨による大氾濫が、秋期には母川回帰魚による大溯上が起こるが、
何れもインベル湖と深く関わっている。
- 416 :創る名無しに見る名無し:2015/04/15(水) 19:42:39.21 ID:OPxRHuNr.net
- 秘境探検隊
秘境探検隊とは毎週第5日目、休日の昼に放送されるラジオ・ドラマ・シリーズである。
唯一大陸には電気を利用したテレビジョンこそ無い物の、魔力ラジオウェーブを受信する事で、
脳内に映像が送り込まれる。
これは魔力通信を利用した、長距離テレパシーや感覚共有の応用で、優れた魔法資質を持つ者は、
特に道具を使わなくても、魔力ラジオウェーブを受信する事が出来る。
魔法資質が低い者でも、魔導機を使えば容易に受信して番組を楽しめる。
そうした魔導機の中には、一般に言うラジオやテレビと類似した物もある。
秘境探検隊の内容は、ブリンガー地方内の秘境に、探検隊員が体を張って潜入し、
その様子を実況すると言う物。
1角の放送時間を存分に使い、出来るだけ編集は入れずに、受信者に冒険を疑似体験させる。
同様の番組は他地方にもある。
「ブリンガー秘境探検隊!
今週の冒険は、大陸最大の湖、インベル湖!
湖の底に潜むと噂されている、怪獣ベラック・モンスターの謎に迫る、シーズン14!
去年は惜しくもベラック・モンスターを捉えられなかったが、今年こそは!?」
番組は毎度お馴染みのイントロダクションで始まり、次は隊員の紹介だ。
「今回は探検隊の新人、エレヴィー・ドージュ隊員が潜水に初挑戦!
毎年毎年今年こそと言っているが、本当に今年こそ探検隊はベラック・モンスターを、
発見できるのか!?」
- 417 :創る名無しに見る名無し:2015/04/15(水) 19:45:09.50 ID:OPxRHuNr.net
- 秘境探検隊は結構な長寿番組で、種(ネタ)に苦しみながらも、手を変え品を変え、
今日まで続いている。
ベラック・モンスターの調査は夏の恒例行事の様な物で、成果は全く上がっていないのだが、
実際は滅多に見られない湖底の映像が主体で、ベラック・モンスターは序での様な物だ。
人によっては、水浴びに来ている一般人や、探険隊員の水着の方に目が行くかも知れないが……。
エレヴィー・ドージュは2枚目タレントとして有名な、金髪の好青年。
3人の水着姿の若い女性隊員に、黄色い声援を送られて、彼はボートに乗り込む。
さて、ここまでの展開から、お察しの通り、これは純粋な娯楽番組だ。
受信者は主に公学校生で、記録映像的な側面はある物の、とても教養番組とは言えない。
インベル湖にベラック・モンスターは存在しないし、他の怪物が棲息している訳でもしない。
真面な大人なら、皆知っている事だ。
ベラック・モンスターを調査する等と言う行為は、金の掛かった茶番以外の何物でも無い。
それでも人気は衰えず、他の番組は疎か、同番組の他の回よりも好評と言うのだから、
世の中は解らない物である。
- 418 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 19:24:28.64 ID:tfiQPz2W.net
- 探検隊の面々とアシスタント達を乗せたボートは、1角掛けて湖の中央へ。
インベル湖の広さは、水平線が出来て、対岸が見えない程だ。
流石に、放送時間を丸々単なる移動で潰す事は出来ないので、大部分は編集でカット。
天気が云々、気温が云々と、他愛無い話をした後に、ウェットスーツに着替えたエレヴィーは、
記録用の魔導機を持って、湖に飛び込む。
水中に垂らされた長いロープを伝い、エレヴィーは沈んで行く。
インベル湖の水は綺麗に澄んでおり、水深十数身までは湖中を泳ぐ小魚まで、明確に見える。
潜水中は喋れないが、エレヴィーはテレパシーを利用して、実況する。
(綺麗な小魚が群れを成して泳いでいます。
あぁー、綺麗だなぁ……。
何て言う魚なんだろう?)
エレヴィーは然程魚類に詳しい訳ではない。
語彙も乏しく、感想は子供の様になってしまう。
「群れて泳いでいるのは、パッセロペッシェ。
『デイス』、『ダーチェ』と呼ばれる、石斑魚の仲間だ」
ナレーションが後付けでフォローする為、問題無いとは言え、これでは役者にはなれない。
(あっ、大きな魚!
1身近くあるかも知れません……。
こっちに来る?
……逃げて行きました)
呑気な感想を述べつつ、水深20身まで潜行。
徐々に視界が暗んで行く。
ここで一旦、2点程のコマーシャル・メッセージ。
- 419 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 19:47:14.90 ID:tfiQPz2W.net
- 何にでもスラスラ書ける!
消す時はスッキリ綺麗!
これが最新のマジカル・ペン!
薄ぅ〜く、濃ゆ〜く、濃淡も自在!
文房具はパルカ、パルカ・カルトレリア。
喉が渇いたら……アクア・オー!
運動の後に……アクア・オー!
勉強で疲れたら……アクア・オー!
仕事帰りにも……アクア・オー!
手軽に水分補給、沁み渡ぁ〜る!
清涼飲料水アクア・オー!
オーユ・ビバレッジ。
ベコさぁ〜牽いて〜行くべぇさ〜。
空のぉ〜山のぉ〜丘までぇ〜。
「はぁ、遠いなぁ……」
お疲れさん。
放牧は放牧地で。
ブリンガー農協。
夏野菜と言えば?
ズッカ、シトマ、ポルク、クルカ、ファジャ、ペンカル、ドルカ!
来たれ、夏野菜コンテスト!
今年も大物が揃っているー!
中には、驚きの珍品も!?
寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
特売会も行われているぞ!
試食してみる?
ここでしか手に入らない物だって!
さあ、皆で出掛けよう、夏野菜コンクール!
ブリンガー農協。
早い、速い!
お急ぎなら、レンタ・エクース!
旅行にも、本の少しの外出にも、お気軽に!
カンパニエ、コーサモンターニ、シュヴァラピード、ノーブル、ロワイヤル!
馬種も色々取り揃え、あなたの側に、全国2万店が付いています!
人の営みは馬とあり、レンタ・エクース!
魔力ラジオウェーブ放送は公共の福祉です。
嘘や誤解を招く表現、放送の乗っ取り、その他、番組や広告の内容に問題があった場合は、
ブリンガー魔導師会運営部公共放送課放送審査委員会へ、お知らせ下さい。
共通魔法は人々の為に。
魔導師会。
- 420 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 19:50:10.38 ID:tfiQPz2W.net
- CM明け、水深30身が近付いた所で、エレヴィーは息苦しさを感じ始めた。
(そろそろ、息が続きません。
未だ底は見えないですね……。
一旦、浮上します)
エレヴィーは潜行を止めて、緩やかに浮上する。
魔法で身体能力を強化した状態でも、無理な物は無理なのだ。
水から上がった彼は、ボートに上がって体を温める。
「どうだ、エレヴィー隊員。
何か見付かったか?」
探検隊の先輩隊員に声を掛けられ、エレヴィーは首を横に振る。
「いいえ、怪物は見付かりませんでした。
素潜りじゃ、底まで行けませんよ。
全然駄目です」
それを聞いて、探検隊の隊長は腕組みしながら、含み笑いした。
「フッフッフッ、そうだろうと思って、良い物を用意してある。
ソレジャート隊員、例の物を!」
「了解しました!」
先輩隊員は敬礼をして、隊長の指示に従い、大きなトランクを持って来る。
一体何なのかと、エレヴィーは不安と期待の混じった面持ち。
隊長はエレヴィーに命じた。
「開けてみ給え」
- 421 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 19:52:15.32 ID:tfiQPz2W.net
- エレヴィーは戸惑いながら応じる。
「は、はい」
中を確認して、エレヴィーは大袈裟に驚く。
「こ、これは……!?」
隊長は得意気に解説した。
「フッフッフッ、潜水服――それも深海探査に使われる、本格的な奴だ。
高かったんだぞぉ……。
ボートのレンタル料と合わせて、予算が半分以上飛んでしまった。
大切に使えよ!」
「うぅ、プレッシャーが……」
エレヴィーは隊長に肩を叩かれ、苦笑いで応じる。
アシスタントに手伝って貰い、潜水服を着た彼は、再度湖底へ挑む。
前半の素潜りは全く無意味に思われるだろうが、一種の様式だ。
「頼んだぞ、エレヴィー隊員!」
エレヴィーは親指を立て、潜水服の重みに任せて、静かに潜行する。
ここで2度目のCM。
- 422 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 20:01:01.96 ID:rpIMTx32.net
- 受信者「またCMか……これ、長いんだよな」
- 423 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 20:03:10.08 ID:tfiQPz2W.net
- ブリンガーの名所は大体知ってるしぃ……。
やっぱり他の地方に行ってみたいよね。
グラマー、エグゼラ、ティナー、ボルガ、カターナ。
今度の休みは、どこに行こうかな〜?
良し、夏はエグゼラ!
そうと決まったら、あれも、これも……。
あぁ、どうすれば良いの!?
そんな時は、お任せ下さい!
ブリンガー旅行代理店。
日程の調整も、移動手段も、宿の手配も、お食事処まで、計画は完璧!
旅行するなら、先ずは相談、ブリンガー旅行代理店。
夏はぁ……暑いぃ……。
暑過ぎて暑過ぎて、やる気が起こらない、そんな君に問題だ!
暑い夏を涼しくするには?
ピシーナ!
ジェラート!
お化け屋敷だぁ!
夏は夏のイベント盛り沢山!
皆で行こう、ブリンガー・マーベラス・ランド!
賭ける、一戦。
夏の暑さをも吹き飛ばす、熱い勝負の季節がやって来る!
栄冠を手にするのは誰か!?
向日葵賞、芙蓉賞が迫る!!
ブリンガー競馬会。
可愛い仔馬さんとの、触れ合い広場もやってるよ!
く、空調が壊れたぁー!!
夏だって言うのに、最悪だぁー!!
しかも、西北西の時じゃないかぁー!
どこの店も閉まってるよぉー!
何て時には、お呼び下さい、ヴェル・コンストルトーレ。
魔導師会認可、魔導機だって大丈夫!
修理、買い替え、お見積もり、何時でも御相談頂けます!
法人、個人、どなたでも!
ヴェル・コンストルトーレ!
虫……虫……虫、虫、虫!
「ギャーッ、もう嫌だー!!」
虫退治にはルコル・フロリストのアルモワズ・ヴァポリゼ!
除虫成分が霧状に拡がり、置いておくだけで、虫が寄り付かない。
虫には効果絶大、人体には無害で、爽やかな香り。
これで虫の羽音に悩まされずに済む!
ルコル・フロリストのアルモワズ・ヴァポリゼ!
はぁ……御主人様は、どうして僕を捨てたんだろう……。
御主事様、どうして……?
あなたに心当たりはありませんか?
最近、使い魔を捨てる心無い主人が増えています。
使い魔を捨てる行為は、法律により厳しく罰せられます。
困った時は素直に、最寄の魔導師会に相談しましょう。
使い魔は大切な家族の一員。
魔導師会僕の会。
- 424 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 20:04:32.14 ID:oQbdeUbP.net
- CMまでとは細かいw
- 425 :創る名無しに見る名無し:2015/04/16(木) 20:11:42.00 ID:tfiQPz2W.net
- >>419
1箇所、間違えました。
夏野菜コンクールが正式です。
ブリンガー内ではコンテストじゃなくてコンクール。
- 426 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:02:41.01 ID:cWEv46qX.net
- 水深20身から、エレヴィーは潜行速度を落として、一層慎重に進んで行く。
潜水服の内側には魔法陣が刻まれており、空気が自動的に供給されるので、溺れる心配は無い。
エレヴィーは腕部に備え付けてある、圧力計を確かめながら実況した。
「水深30身です。
大分、暗んで来ました。
ここからは、僕にとっては完全に未知の世界……。
小魚は殆ど居ません。
時々見掛ける、大きな魚は何でしょう?
『鯉<キャルパ>』かな?」
1身以上ある大きな魚が、群れを成しているのが見える。
魚は見慣れない物を警戒している様子で、やや離れた位置から、エレヴィーを取り巻いている。
「何か、怖いですね……。
襲われたりしない?」
彼の不安は思い過ごしに終わり、何事も無く沈み続けた。
沈黙と静寂が、不気味な緊張感を演出する。
水深50身が近付くと、俄かに視界が悪くなった。
「うわー……、これ、どうなってるんでしょう?
凄く濁っています。
何なんでしょう?
沈み続けて良いんですか?
引き返さなくても大丈夫?
隊長ー!」
エレヴィーは魔力通信で水上の隊長に指示を仰ぐ。
- 427 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:03:23.21 ID:cWEv46qX.net
- 隊長は緊張感の無い声で返した。
「どうしたー?」
「濁ってます!
何か細かい泥みたいなのが浮いてて、凄く視界が悪いです!
これ大丈夫ですかー!?」
危機感を露に訴えるエレヴィーに、隊長は言う。
「大丈夫、大丈夫、落ち着けー。
今、水深何身?」
「えーと、51身です!」
「了解、その儘、ゆーっくり降りてー。
60身位から、少しずつ晴れる筈だー」
「本当ですかー!?」
「本当だー。
隊長を信じろー」
この企画は十年以上続いているので、先輩タレントの隊長は、この現象が何なのか知っている。
インベル湖の底は綺麗な椀型の地形をしていない。
湖底は階段状に、幾つかの棚を形成している。
湖から川に繋がる水の流れが、その棚の上に積もった泥を吹き上げているのだ。
- 428 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:05:10.83 ID:cWEv46qX.net
- エレヴィーが泥の中を進んでいると、背中に強い衝撃があった。
「うわっ、何だぁ!?
た、隊長ーー!!」
エレヴィーの叫び声に、隊長は直ぐに反応する。
「どうした!?」
エレヴィーの横を、2身はあろうかと言う、巨大な鯰が通り過ぎる。
これが彼に体当たりを食らわせたのだ。
濁水の中から、突如出現した巨大生物。
潜水服は高い水圧に耐えられる様、頑丈に作られているので、ダメージは余り無かったが、
未知の恐怖に、エレヴィーは半狂乱になる。
「でっかい魚が、襲って来て……!」
巨大鯰はエレヴィーに対して、急接近と急旋回を繰り返す。
激しい水流に煽られ、彼は命の危機を感じた。
「うわ、うわ、無理無理、限界です!
一旦、浮上します!!
浮上、浮上ー!
引き上げて下さい!!」
「落ち着けー!
今、引き上げる!」
エレヴィーは引き上げられる前に、自らロープを伝って浮上する。
濁水の中を抜けても、彼は安心出来なかった。
「水面は未だかよぉ……!
こんなに深く潜ってたのか!?」
エレヴィー隊員は無事なのか、探検隊は調査を続けられるのか?
気になる所で、CM。
- 429 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:06:32.30 ID:cWEv46qX.net
- 何もせずに、暈んやり雨音を聞きながら、滴る雨水を眺めて……。
偶には休みたい時もある。
頑張ってばっかりじゃ、疲れる物ね。
確り息抜き。
テ・ド・バカンス。
オーユ・ビバレッジ。
薬缶、お鍋、水筒、包丁、下ろし金、皮剥き器、金束子。
あれも、これも、アズマ・ウージン。
釘、金槌、針金、鑢、鋏、螺子、トルネヴィス。
どれも、これも、アズマ・ウージン。
金物ならアズマ・ウージン。
「引っ越したいけど……、どこが良いかしら?」
物件探しなら、メゾン・デ・トワソンに、お任せ下さい!
「引っ越したいけど……、荷物が多過ぎる!」
荷物運びも、メゾン・デ・トワソンに、お任せ下さい!
引っ越し、引っ越し、引っ越しなーらー、メゾン・デ・トワソン。
引っ越し、引っ越し、引っ越しなーらー、メゾン・デ・トワソン!
サルト・モデラート、夏の大特売!
夏服上下で1万MG!
ヴェスティーティ、ローブ・ド・ソワレが8千MG!
正装トーガが7千MG!
スティヴァーレが5千MG!
オーラ・エ・ウン・カーゾ!
正装、礼装はサルト・モデラートで!
入社して、結婚して、子供も生まれて、人生順風満帆だなぁ……。
これからも幸せな毎日が続くと良いなぁ……。
良し、今日も頑張って行くぞ!
「……あ、あれ、皆どうしたの?」
「課長が今朝、事故に……」
あの元気な課長が!?
「全治10箇月の重傷だってさ」
ああ、こんな事って……。
人生、何が起こるか分からない。
万一の為に、備えあれば憂い無し。
トレディヴィータ保険会社。
「水道の水は、どこから来るの?」
雨が降って、川に流れて、貯水池に溜まって、水道局の浄化槽へ……。
濾過装置で汚れを取り除き、消毒して黴菌を取り除き、綺麗になった水が配水管を通って、
皆さんの元に届きます。
「水を飲める様にするのって、大変なんだね」
水は大切に。
ブリンガー水道局。
- 430 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:07:49.10 ID:cWEv46qX.net
- ボートに引き上げられたエレヴィーは、アシスタントにダイビング・ヘルメットを外されると、
恐怖に蒼褪めた顔で、肩で息をする。
隊長は半笑いで心配そうに声を掛けた。
「エ、エレヴィー隊員、大丈夫か?」
「ハァー、ハァー、いや、危ないッス!
こう、背中から、ドンッって来て!」
「どう?
もう1回行ける?」
「危ないって言ってるじゃないですか!
無理、無ぅー理ぃー!!」
必死に首を横に振って、情け無い姿を見せるエレヴィーを見て、先輩のソレジャートは言う。
「トラウマになった?」
「トラウマって物じゃないですよ!」
こうなっては美形も台無しだ。
隊長は溜め息を吐いて、他の隊員を見渡す。
「仕様が無いなぁー……」
- 431 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:09:16.42 ID:cWEv46qX.net
- 準備運動をして、何時でも行けるアピールをするソレジャートを、隊長は暫く見詰めて、決意した。
「良し、クハスタ隊員、君に行って貰おう!」
指名したのは、ソレジャートの隣の隊員。
ソレジャートは肩を落として、恨みがましい目を隊長に向けるが、全く意に介されない。
こう言う役回りなのだ。
色黒で筋肉質なクハスタは、エレヴィーの代わりに潜水服を着込む。
やや落ち着きを取り戻したエレヴィーは、クハスタに声を掛けた。
「大丈夫ですか、クハスタ先輩。
危ないですよ」
「大丈夫、大丈夫、毎年なんだから」
クハスタは心配無用と、エレヴィーの肩に手を置く。
ソレジャートはエレヴィーを揶揄った。
「あの位で参ってたら、この先どうするよ?
エレヴィー君は、来年再挑戦だな」
「うわー……」
露骨に嫌な顔をするエレヴィー。
2人が遣り取りしている間に、クハスタは準備を終えていた。
「それでは、クハスタ隊員、行きます!」
クハスタ隊員は、どこまで潜れるのか……と言った所で、放送時間は終了。
秘境探検隊は次回に続く。
- 432 :創る名無しに見る名無し:2015/04/17(金) 13:09:53.57 ID:cWEv46qX.net
- このスレは、ここまで。
また次スレで。
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