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ロスト・スペラー 12

1 :創る名無しに見る名無し:2015/09/17(木) 19:54:10.42 ID:K+Pc126m.net
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

2 :創る名無しに見る名無し:2015/09/17(木) 19:55:16.67 ID:K+Pc126m.net
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

3 :創る名無しに見る名無し:2015/09/17(木) 19:56:04.23 ID:K+Pc126m.net
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
規制に巻き込まれた時は、裏2ちゃんねるの創作発表板で遊んでいるかも知れません。

4 :創る名無しに見る名無し:2015/09/17(木) 19:56:34.89 ID:K+Pc126m.net
過去スレ
ロスト・スペラー 11
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
ロスト・スペラー 10
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

5 :創る名無しに見る名無し:2015/09/17(木) 20:00:21.93 ID:K+Pc126m.net
テンプレの順番を弄ってみました。

6 :創る名無しに見る名無し:2015/09/18(金) 18:37:25.55 ID:gadevMCe.net
旧暦の魔法勢力


神聖魔法使い


神聖魔法使いは、旧暦の最大勢力である。
旧暦の共通魔法使い達は、神を信じて祈る者が起こす奇跡を「神聖魔法」と呼んだ。
一方、神聖魔法使い自体は、神の奇跡を魔法とは言わず、『聖なる祝福<ホーリー・ブレス>』、
或いは単に『祝福<ブレス/ブレッシング>』と称した。
神聖魔法使いは『聖なる祈り子<ホーリー・プレアー>』だが、『祈る者<プレイヤー>』とは違い、
そこに神聖魔法使いの本質が表れている。
即ち、真の神聖魔法使いは『祈る者』ではなく、『祈り<プレアー>』その物なのだ。
人々の祈りの体現者が、神聖魔法使いの指導者、即ち『聖君<ホリヨン>』となって、人々を従える。
しかし、祈る対象は誰でも良いらしく、非道を行う偽聖君も度々登場している。
その理屈で言えば、より多数の祈りを集めた方が、強い聖君となるのが道理だが、
祈りの加護が無い者に一騎討ちで負ける等、現実は違った様だ。
真の聖君となる条件に就いては、「正義を愛する心を持つ」や「人を愛する心を持つ」等、
複数の曖昧な伝説があり、謎が多い。
神聖魔法使い達は、神聖魔法以外の魔法を忌避し、他の魔法勢力を排撃した。
魔法大戦以後、魔導師会には確認されていない。

7 :創る名無しに見る名無し:2015/09/18(金) 18:44:39.61 ID:gadevMCe.net
呪詛魔法使い


呪詛魔法使いは、旧暦の全勢力、全存在への対抗勢力である。
他人の恨みを代行する形で、相手に呪詛を投じる。
「名明かしの禁止」、「自発的投呪の禁止」、「仇討返しの禁止」、「復代行の禁止」等、
幾つもの厳しい制約を自らに課し、その性質上、絶対に権力者にはなれないと言う、奇妙な集団。
暗殺組織の様な物だが、「正当な手続」で依頼を受ければ敵も味方も無い。
中には権力者に取り入って、政敵を呪う者もあった様だが、そうした者達は悉く破滅の道を歩み、
「掟を破った者の末路」と言われた。
必ず呪った相手を殺すとは限らず、体調を崩させるだけに止める他、人間関係を悪化させる等、
間接的に苦しめる事もある。
恐るべき事に、魔法暦になっても活動を続けており、根絶には至っていない。


精霊魔法使い


精霊魔法使いは、旧暦では主に辺境で活動していた。
過去には大勢力を築いた時代もあった様だが、魔法大戦が起こるまでの数十年間は、
他の魔法勢力の影響が及ばない、小国を治める程度だった。
精霊魔法使いは精霊言語で精霊に命じる、或いは、願う事で魔法を使うが、
「精霊」とは如何なる物なのか、真の精霊魔法使いにしか解らないと言う。
精霊魔法は精霊言語を通じて、火、風、水、土の『元素<エレメント>』を制御し、自然現象を起こす。
魔法大戦では独自勢力と、共通魔法使いと共闘した勢力、大戦に参加しなかった勢力の、
3勢に分かれる。
魔法大戦後も、共通魔法使いに混じったり、独自に活動したり、隠遁したりと様々。

8 :創る名無しに見る名無し:2015/09/18(金) 18:47:39.08 ID:gadevMCe.net
予知魔法使い


予知魔法使いは、旧暦では聖君に対抗する者達に、重臣として召し抱えられていた。
神聖魔法使いは大勢力ではあったが、聖君に祈りが集中する事を快く思わない者も多かった。
偽聖君なる者が存在するなら、尚更である。
中には野心を持って、聖君に成り代わろうとする者もあった。
予知魔法使いは、そうした者達に取り入り、権力を得た。
予知魔法使いは単独では実力を十分に発揮出来ず、大抵は『顕現士<インプレメンター>』と呼ばれる、
「駒」を使って予言の実現を確実にする。
魔法大戦後、魔導師会に確認されているのは、マキリニテアトー1人のみ。
マキリニテアトーは開花期、騒乱罪の首謀者として魔導師会に逮捕された後、禁固千年を科され、
現在もグラマー市の魔法刑務所の地下に収監されている。


召喚魔法使い


聖君に対抗する為に、魔法で悪魔を召喚し、その能力を借りた者達が、召喚魔法使いである。
召喚された悪魔は召喚者と契約を結び、それに従ったと言う。
基本的には悪魔が優位で、贄や代償の内容、召喚に応じるか否か、契約を結ぶか否かも、
悪魔の気紛れだったらしい。
召喚者は契約によって、魔法を使える様にして貰ったり、命令に従って貰ったり、
願いを叶えて貰ったりするが、必ず望み通りになるとは限らなかった。
旧暦の一般人には、神の奇跡も悪魔の魔法も、その他の魔法も区別が付かなかった様で、
権力者が政敵を倒す為に、「悪魔使い」の濡れ衣を着せる事例が多発した。
神聖魔法使いにとっては、精霊魔法も呪詛魔法も、一様に「悪魔の業」である。
その為、信用に足る記述が少なく、召喚魔法は存在その物が疑問視されている。

9 :創る名無しに見る名無し:2015/09/18(金) 18:49:40.49 ID:gadevMCe.net
共通魔法使い


魔法大戦の勝者にして、戦後、唯一大陸を支配している勢力。
魔法暦以後は魔導師会を結成して、魔法秩序の維持に努めている。
旧暦では新興の弱小勢力。
共通魔法は精霊魔法を科学的に解析する事で誕生した、人工魔法と言う扱い。
故に、精霊言語を基礎とする。
精霊魔法の火の魔法を電光、風の魔法を気体、水の魔法を液体、土の魔法を固体の操作として、
多くの現象を魔法で起こせる様にした。
他、精霊魔法以外の魔法にも呪文を与え、誰でも扱える様にした。
この偉業は多くの魔法勢力に敵視され、魔法大戦を引き起こす切っ掛けとなった。

10 :創る名無しに見る名無し:2015/09/19(土) 19:57:04.67 ID:FF8G+zlw.net
処刑人


魔法暦472年3月11日付ティナー市民新聞社発行「週刊プロット」
「特集」処刑人――魔導師会法務執行部刑事部捜査第四課――より


「魔法に関する法律」に違反した重犯罪人の処分を担当する、法務執行部刑事部捜査第四課。
そこに所属する「処刑人」は『死の呪文<デス・スペル>』の使用を許可されている。
一般市民には畏怖の対象である、その処刑人の素顔に迫る。


処刑人は性質上、報復や復讐を避ける為に、素性を明かさない。
しかし、我々は幸運にも元処刑人を名乗る男性A氏(仮称)と接触する事が出来た。
個人情報を伏せる事を条件に、A氏は取材に応じてくれた。
以下は質問と回答。

11 :創る名無しに見る名無し:2015/09/19(土) 20:01:29.27 ID:FF8G+zlw.net
(前略……型通りの挨拶の言葉が並ぶ)


死の呪文に就いて

――処刑人と言えば「死の呪文」だが、どの様な場合に、どう使用するのか?
A氏:処刑人が派遣される時は、既に対象の命は考慮されていない。
   処刑人は対象の事情を知らないし、死の呪文を使うのか、使わないのかも判断しない。
   指示は最初から与えられている。
   狩人が獲物を狩るのと同様に、淡々と実行する。
――「死の呪文」専用の魔導機があると言うのは、本当か?
A氏:本当だ。
   呪文の拡散を防ぐ為に、処刑人は呪文を知らされない。
   銃を撃つ様に、対象を捉えて魔導機を起動する。
   それで全て終わる。
――仕留め損ねる事は?
A氏:無かった。
   先ず、「外す」と言う事が無い。
   「躱される」とか、「耐えられる」と言う事も無い。
   防御が不可能なのだと思う。
――魔力の流れから先読みされないのか?
A氏:効果が出るまで、魔力が乱れない。
   発動した時は死んでいるので、気付く暇は無い。

12 :創る名無しに見る名無し:2015/09/19(土) 20:04:05.19 ID:FF8G+zlw.net
――そんな呪文を使うのに、恐怖心は?
A氏:当然ある。
   間違って発動しないか、何時も怯えていた。
――それは仲間への信頼の問題か、それとも機械への信頼の問題か?
A氏:両方ある。
   だが、何より自分への信頼が問われる。
   魔導機はトリガー1つで起動する。
   安全装置を解除するのも自分の手で。
   本当に安全装置が掛かっているか、何度も確認してしまう。
   味方には冗談でも絶対に向けない。
――相手を殺したくないと言う思いは?
A氏:処刑人が出動する時は、対象を処分する時。
   状況によって、現場で複雑な判断をしなければならない、他の執行者に比べれば、
   割り切れる分だけ楽だと思う。
――次は、その部分を掘り下げて聞きたい。

13 :創る名無しに見る名無し:2015/09/19(土) 20:12:46.35 ID:FF8G+zlw.net
処刑人の使命

――処刑人の仕事は「殺す事」なのか?
A氏:何が何でも殺す訳ではなく、「与えられた任務を如何に熟すか」と言う事だと理解している。
   抹殺せよと命令されたら、それに従う。
   制圧任務ならば、殺害に拘る事は無い。
   尤も、制圧任務で処刑人が動く事は滅多に無いが……。
――例えば、凶悪な魔法犯罪者が人質を取って立て篭もった場合、処刑人が優先するのは?
A氏:他の課や、同じ課の制圧班との共同作戦になると思う。
   その場合、処刑人の役割は犯人の処分になる。
――やはり、「殺す事」が仕事では?
A氏:……言ってしまえば、そうなるかも知れない。
   少なくとも私は、他の任務で出動した事は無い訳で。
   「処刑人」なのだから。
――質問を変える。
   処分命令が下された時、それは何よりも優先される?
A氏:基本的には、現場の長の判断に従う。
   決死の命令が下れば、何を引き換えにしても、任務を遂行する。
   それが対象の抹殺であれば、刺し違えてでも。
   勿論、無闇に命を投げ出す事はしないが……。
   処刑人の命は自分の物ではない。

14 :創る名無しに見る名無し:2015/09/19(土) 20:17:30.45 ID:FF8G+zlw.net
――では、現場の長が不在の場合、どうなるか?
   任務の遂行が困難な状況では、独自判断で撤退も可能?
A氏:そう言う状況では撤退せざるを得ない。
   任務に当たる際、目標が定められているので、失敗すれば撤退する。
   上司から新しい任務を与えられない限り。
――任務失敗と判断する具体例を、差し支え無い範囲で。
A氏:主に想定されているのは、任務達成に必要な条件を欠いた時。
   作戦を遂行するだけの人員や物資が不足した、或いは、不足と推測される場合。
   制限時間のある任務では、時間切れでも失敗扱いになる。
   それでも上司と連絡が取れるなら、必ず判断を仰ぐ。
   良い結果に繋がったとしても、勝手な行動は許されない。
――「命令以外の事は出来ない」と言う訳か?
   重罪人を追っている最中に、重傷者を発見したとしても、命令が無ければ救助しない?
A氏:その通りだ。
   処刑人は命を斟酌してはならない。
   何故なら、命を奪う職業だから。
   新たに命令が下れば、話は別だが……。
――全ては上司の判断次第と。
A氏:そうだ。
――では、追跡中の重罪人が、人質を取った場合は?
   上司の判断を仰ぐ時間は無いとして。
A氏:可能であれば、対象のみを仕留める。
   対象外の者を殺すのは、処刑人の仕事ではない。
――可能でなければ?
A氏:対象外の者を、積極的に殺す事は無い。
   負傷していれば、任務達成後に手当て位はする。
――投降した者への対応は?
A氏:上司の判断に任せる。
   連絡が取れない場合は、当初の任務を優先して処分する。
   但し、処刑人が出動する時は、対象に「慈悲を掛ける必要は無い」と判断された時。
   余程の事でなければ、指示の変更は無い。

15 :創る名無しに見る名無し:2015/09/20(日) 20:41:42.80 ID:W8Q32PKs.net
処刑人の価値観

――先程、「処刑人の命は自分の物ではない」と言ったが、その真意は?
A氏:その儘の意味だ。
   処刑人は任務中に負傷したり、或いは、敵に捕らわれたりしても、救助を期待しない。
   上司の判断に依るが、任務の遂行に支障が出るならば、基本的に見捨てられる。
   逆に言えば、そうでなければ助けると言う事でもあるが……。
   「処刑人の命は自分の物ではない」とは、責任逃れの方便でもある。
――「見捨てる」と判断した上司を、恨みはしないのか?
A氏:「処刑人は命を斟酌しない」。
   他人の命を平然と奪える者が、自分だけ例外的に救われる道理は無い。
――全員が全員、そう悟っているのか?
A氏:そんな事は無いが、長らく処刑人をしてると、命に対する感覚が狂って来る。
   特に「死の呪文」での殺人経験がある者は、人死にを何とも思わないか、死に囚われるかの、
   両極端に分かれる。
   それは処刑人の特殊な職場環境も影響しているだろう。
   実は、処刑人同士の仲間意識は薄い。
   互いに番号で呼び合い、素性は疎か本名さえ知らない者ばかり。
   顔も判らない者と、共同で作戦に当たる。
   配置転換も頻繁で、ある日突然番号違いの人員が配置される。
   そんな生活を続けていると、自分も含めて、命に価値が無い様な錯覚に陥る。
――連携に支障は無いのか?
A氏:無い様に教育される。
   処刑人は「自分の役割」だけを考え、それを果たす為の最低限の事が出来れば良い。
   命令されて動く処刑人に、優劣は無い。
   数月の訓練で身に付けられる程度の、体力と知識さえあれば困らない。
   内容だけ見れば、10人が受ければ、9人は合格する様な代物だ。
――どんな教育なのか?
A氏:余りに静かで、穏やかだ。
   徹底的に管理されて、簡単な命令を淡々と熟すだけ。
   都市警察や他の刑事執行者の訓練より緩いと思う。
   褒められもしなければ、貶されもしない。
   不向きと判断されたら、もう来なくて良いと言われる。
   行動の自由と感情の起伏を、可能な限り排除された生活を続けている内に、自我を失う。

16 :創る名無しに見る名無し:2015/09/20(日) 20:45:52.15 ID:W8Q32PKs.net
――本当に、それだけなのか?
   簡単な訓練だけで、命の遣り取りをする恐怖を打ち消せるのか?
A氏:詳細は機密に触れるので語れないが、訓練自体は本当に簡単な物だ。
   後は、「研修」がある位。
   死への恐怖を打ち消す為に、研修で死の記録を繰り返し見せられる。
   絞首刑とか、安楽死とか、抗争の様子とか、災害や疫病で死んだ人達とか……。
   散々そう言うのを見せ付けられた後、訓練で死の呪文を実際に、動物相手に使うのだが、
   そこまでしても最初は震えてしまう。
   誰でもだ。
   体調を崩して、直ぐに辞職する者も珍しくなかった。
   慣れるまで個人差はあるが、元狩人で動物を殺すのは慣れていると豪語する者でも、
   耐えられずに辞めた例がある。
   理由は解らないが、脊髄から全身の神経が凍り付く様な、恐ろしさがある。
   私の場合は、震えと眩暈が止まらなくなって、数日は真面に動けなかった。
   死の呪文は禁呪だから、本能的な物なのかも知れない。
――そこを乗り越えれば、殺される覚悟も出来るのか?
A氏:「乗り越える」と言うより、「蓋をする」と言った感覚だ。
   心を閉ざして、気付かない振りをする。
   一々受け止めていたら、狂ってしまう。
   状況的に、処刑人は対象より優位な事が殆どだ。
   殺される覚悟までしている者は少ないだろう。
   だが、死の呪文を「経験」すると、命の軽さが誤魔化せなくなる。
――どう言う意味か?
A氏:処刑人は自分の心を殺して、何も感じない振りをする。
   「どんな重罪人を処刑する時でも、一々怒りや憎しみを抱きはしない」
   「自分も含めて、全ての命を物の様に、機械的に扱う」
   それは飽くまで理想論。
   人間である限り、感情を完全に排除する事は難しい。
   死への恐怖、殺人に対する嫌悪、理不尽な命令に対する反発、命を奪う優越感、
   失われる命への憐れみ、自由を封じられる抑圧……。
   感情を剥き出しにこそしないが、実際には色々な思いが、処刑人の中に潜んでいる。
   そう言うのを上手く捌ける者だけが、処刑人を続けられる。
――快楽殺人者や英雄願望を持つ者は?
A氏:ハハッ、死の呪文を経験しても、人格や思考が変わらないなら大した物だ。
   いや、経験したからこそ、殺人の快楽や英雄願望に目覚めるのか?
   有り得ない事ではないが、どちらにせよ不適格だ。
   私情を挟めば、そこに隙が生じる。
   処刑人とは死の呪文を運ぶだけの存在。
   任務の意味を考えては行けない。
   任務を果たす主は「死の呪文」で、処刑人は謂わば『死神の馬<ペール・ホース>』だ。

17 :創る名無しに見る名無し:2015/09/20(日) 20:48:17.24 ID:W8Q32PKs.net
退職後の生活

――それで日常生活に支障は無いのか?
A氏:人に依る。
   影響が出るのは、退職後が多い。
   何とも無く社会復帰する者もあれば、酷い鬱になる者もある。
   処刑人以外に生きる道が無く、年老いるまで処刑人を辞められない者もある。
――貴方(A氏)は大丈夫なのか?
A氏:時々死の呪文の魔導機が、自分に向けられる夢を見る位だ。
   それと、不意に視線を感じて、誰かに狙われていると妄想する事がある。
   何かの拍子に死の呪文を思い出して、震えが止まらなくなる……。
   後遺症としては軽い方だと思う。
――処刑人は魔導師会法務執行部の所属だが、本当に全て魔導師なのか?
A氏:処刑人の採用試験に合格すれば、特例第6種魔導師として扱われる。
   身元の不確かな者や、思想・人格に問題のある者は、試験以前に弾かれる。
   私も処刑人の採用試験に合格して、魔導師になった。
――扱いは他の魔導師と一緒なのか?
A氏:各種手当や補償は一般より充実しているが、活動を制限される。
   総合的に見れば、そんなには違わない筈だが……、特例魔導師と言う事で、
   引け目の様な物がある。
   一般の魔導師は難しい試験を突破しているので。

18 :創る名無しに見る名無し:2015/09/20(日) 20:53:07.49 ID:W8Q32PKs.net
――家族や友人は処刑人になる事を、どう思っていたのか?
A氏:私は既に成人していたので、親には相談しなかった。
   事前に打ち明けていたら、多分反対されていただろう。
   「処刑人になった」と言って、喜んで貰える様な職業ではないと思う。
   友人達にも話してはいない。
――処刑人になった後で、打ち明けたのか?
A氏:在職中は身分を明かしてはならないと言う、規約がある。
   それでも気付く者は気付くらしいが、家の場合は違った。
   一応、退職後に両親だけには処刑人だった事を告白したが……。
――その時の反応は?
A氏:特には……。
   「そうだったの?」と、驚いた様子ではあったが、意外に軽い反応で。
   良いとも悪いとも言われなかった。
   気を遣われたのかも知れない。
――退職後、家族や友人との付き合いは?
A氏:普通にある。
――結婚は?
A氏:処刑人を辞めた後に。
   処刑人の仕事をしながら、家庭を持てる者は少ないと思う。
   私は十数年勤めた分の蓄えがあるので、趣味で農業をしながら静かに暮らしている。
   贅沢をしなければ、生活に困る事は無い。
   処刑人を辞めて、心を病む者も多い中で、私は幸せな方だと思う。

19 :創る名無しに見る名無し:2015/09/21(月) 08:31:07.64 ID:t7SL8+Ip.net
(喋り過ぎると消されるぞ……)

20 :創る名無しに見る名無し:2015/09/21(月) 21:07:30.62 ID:Qgr+Ebwo.net
最後に

――元処刑人として、何か人々に伝えたい事は?
A氏:私は取材に応じているだけで、伝えたいと言う程の事は……。
   市民に恐れられているとは聞くが、そんな物だと思う。
   理解や感謝を求める事は無い。
――何故?
A氏:処刑人は捜査第四課の他に、魔法刑務所で刑罰を執行する者も存在するが、何に就いて、
   どう感謝すべきだと言うのか?
   「犯罪者を殺してくれて有り難う」?
   「汚れ仕事をさせて御免なさい」?
   私は元同業者として、「大変だな」と同情は出来るが、感謝は違うと思う。
   必要な仕事ではあるが、褒められる様な物ではない。
   結局の所、処刑人は「魔導師会」と言う大きな組織の不始末を片付けているだけ。
――そんな発言をして大丈夫なのか?
A氏:事実だ。
   魔導師会は魔法秩序維持の為に存在する。
   法務執行部内で治安維持部と刑事部が分かれているのは、治安が維持出来なくなった時に、
   刑事部が出動する為だ。
   その刑事部でも手に負えない「危機」の為に、捜査第四課、処刑人は存在する。
   それ以前に、魔法を悪用しない為の教育は、教職員連合の仕事だ。
   法律を整備し、人々の生活を安定させて、社会不安を減らすのは、運営部と都市議の仕事だ。
   処刑人が動くのは、最後の最後。
   引退した私が言うのも何だが、処刑人は冷徹な暗殺者で結構だと思う。
   恐れられるのも、仕事の内。
   処刑人の存在に感謝する位なら、本を糺す事を意識して貰いたい。
――在職中から、その様な不満を持っていたのか?
A氏:不満ではない。
   魔導師ならば、誰でも同じ認識だと信じている。


(後略……型通りの挨拶の言葉が並ぶ)

21 :創る名無しに見る名無し:2015/09/21(月) 21:13:21.61 ID:Qgr+Ebwo.net
Off The Record


――処刑人は同僚の素性を知らないのでは?
A氏:最初の内は軽口を叩く者も多い。
   採用試験や初歩の訓練、研修では顔まで隠さないから、人恋しくて口が滑らかになる奴も出る。
   日毎に無口になって行くがな。
――そうではなくて、退職後の様子をどうやって知るのか?
A氏:長らく続けていると、何と無く判るんだ。
   駄目になる奴と、そうじゃない奴。
   退職間際に浮かれて、「これから」を語る奴。
   何も言わずに去る奴。
   明らかに不穏な空気を漂わせて消えた奴。
   配置転換は頻繁でも、単なる異動とは何か違うと判る。
   無駄な勘が働くんだ。
――本当に、それだけなのか?
A氏:「元処刑人は処刑人じゃない」。
   そう言う事だ。

22 :創る名無しに見る名無し:2015/09/21(月) 21:33:47.61 ID:Qgr+Ebwo.net
死の呪文には複数あるが、何れも禁呪である。
一般には解呪方法も対抗呪文も知られていない。


即死魔法

窒息死や毒殺、臓器破壊、生理機能停止とは異なり、対象の精霊(精力と精神)を消失させる、
最も確実に対象を殺す魔法。
対象は外傷を受けないが、肉体の機能を回復させても、蘇生は不可能。
精霊を狙う為、所謂「憑依」や「霊体」にも有効。
精を残して霊だけを殺す物や、肉体まで消し去る物もある。
上記の効果は一般には知られていない為、処刑人や「死の呪文」には様々な噂が付き纏う。
精霊の消失現象は対象のみならず、使用者や目撃者、近傍の者にも重大な影響を与える。
それは魔法が余りに強力な為に、呪文の効果を余波として受ける事で起こる。


時限式即死魔法

上述の魔法と仕組みは同じだが、発動までに時間差がある。
遠隔操作で任意に発動出来る物も。
連鎖式で周囲を巻き込む物は、イラディケーターと呼ばれる。
「呪文を掛けた者を生かして本拠地に返す」と言えば、名前の由来が分かるだろう。
余りに凶悪なので、イラディケーターが使用された例は少ない。
時限式だろうと、連鎖式だろうと、死の呪文には違い無いと言う事で、魔導師会の公式発表では、
一々死の呪文を区別しない。


漸死魔法

徐々に精霊を削って、死に至らしめる魔法。
対象は時間の経過と伴に活力と思考力を失って行き、衰弱死する。
痛みも苦しみも無いが、時限式の即死魔法が開発されて以降、殆ど利用されなくなった。
「殆ど」と言うのは、即死が通用しない物でも、漸死ならば通用する事がある為。

23 :創る名無しに見る名無し:2015/09/21(月) 21:43:02.99 ID:Qgr+Ebwo.net
特例魔導師


高度な専門知識や特殊な訓練を要する、魔法関連の職業に対応する人員を確保する為に、
魔法学校上級課程卒業か、それと同難度の採用試験に合格して成る一般の魔導師の他に、
特別な条件で採用される魔導師の事。
全8種。
特例第1種は医療魔導師。
特例第2種は魔法研究者(禁呪を含む)。
特例第3種は魔法道具技術士。
特例第4種は緊急登用及び一時雇用。
特例第5種は他の特殊技能者及び高難度魔法使用者。
特例第6種は特定禁呪使用者。
特例第7種は準魔導師。
特例第8種は魔法競技者。
第5種は優秀な才能や特異な能力の持ち主を採用する為の物。
第7種は人員が不足した場合を想定して、魔法学校中級課程卒業か、同程度の能力を持ち、
魔導師の資格を持たない者に、特別に魔導師に準ずる地位を与える物。
第4種との違いは、雇用期間にある。
その為、長期に亘って雇用する時は、特例第4種から特例第7種に変更する。
特例魔導師の扱いは一般の魔導師と粗略同じだが、共通して魔導師会内では被選挙権が無い。
特例魔導師であっても、正規の魔導師採用試験を受ける事は出来る。
合格すれば当然、一般の魔導師になる。
全体で見れば、特例魔導師の割合は一般に比べて少ない。
この他に魔導師ではないが、特別な魔法を使用する為の取扱資格もある。

24 :創る名無しに見る名無し:2015/09/22(火) 19:59:05.52 ID:6R0l8o/A.net
災厄の種


ボルガ地方北西部の町ロンウェイバーにて


ロンウェイバー町はボルガ地方の北西部に位置する、大きな町。
市と言う程ではないが、下手な都市より人口は多い。
しかし、この町はエグゼラ地方に近い為、魔法暦40年頃まで極北人の侵攻に悩まされていた。
その為に、周辺一帯を治めていた地方豪族によって、略奪する価値も無い小さな村落である事を、
余儀無くされ、時には戦場として扱われ、発展を阻害され続けて来た歴史がある。
それが現在の様に大きな町になったのは、魔導師会が到着して、極北人の脅威が去り、
更に3番ハイウェイが開通した後の事。
こうした歴史から、古くからのロンウェイバーの住民は旅人には優しいが、近隣市町村に対しては、
良くない感情を抱いている者が多い。

25 :創る名無しに見る名無し:2015/09/22(火) 20:08:57.01 ID:6R0l8o/A.net
旅商の男ラビゾーは、この町で自称冒険者の青年精霊魔法使いコバルトゥスと再会した。
両者は特に示し合わせている訳ではないが、不思議と顔を合わせる事が多い。
行動パターンが似ているのか、大陸は広いと言うのに、年に一度は出会っている。
そして、必ず先に声を掛けるのは、コバルトゥスの方だ。
ラビゾーはコバルトゥスに余り良い感情を持っていないので、偶々見掛けても無視するのだが、
逆にコバルトゥスは彼を先輩と呼んで慕い、積極的に関わろうとして来るので、
成り行きで付き合う事になる。
今回もラビゾーが「エグゼラへ向かう」と告げると、彼は「奇遇ッスね」等と調子の良い事を言って、
旅路に同行しようとした。
コバルトゥスの本音は、特に目的も無く浮ら浮らしている所に、顔見知りと出会ったので、
面白半分で付いて行くのだ。
だからと言って、ラビゾーが断る理由にはならず、結局はコバルトゥスの押しの強さに負けて、
簡単に同行を許してしまうのだが……。

26 :創る名無しに見る名無し:2015/09/22(火) 20:15:18.09 ID:6R0l8o/A.net
ラビゾーとコバルトゥスが、3番ハイウェイに沿う小道を歩いていると、道脇の草叢で、
蹲っている女性の姿があった。
ラビゾーはコバルトゥスより先に、彼女の存在に気付いた物の、ローブ姿の背中しか見えず、
性別は疎か、何をしているのかも判らなかったので、暫し訝し気な目付きで見詰めていた。
遅れて反応したコバルトゥスが、慌てた様子で駆け出した所で、漸く女性が何らかの不調で、
道端に蹲っているのではないかと感付く。
コバルトゥスは人命が懸かっているが如く真剣な声で、女性に近寄った。

 「大丈夫ですか、お嬢さん?」

 「ええ、少し気分が悪くなって……。
  体を擦って貰えませんか?」

「女の事になると手が早いな」とラビゾーは感心と呆れ半々で、バックパックを漁って、
形態救急箱を探した。
コバルトゥスは女性の背中を優しく撫で、彼女に問い掛ける。

 「どの辺りですか?」

女性はコバルトゥスが背中を擦っている手とは、逆の手を取って、自らの胸の下に持って行く。
そうすると、自然に体が密着する形になる。
コバルトゥスは表面上は紳士振って、女性の体を撫で回す。

 「どう?
  楽になった?」

 「ええ、でも、未だ少し気分が悪いみたい……。
  離れないで……」

女性は艶っぽく吐息を漏らし、コバルトゥスに獅噛み付いた。

27 :創る名無しに見る名無し:2015/09/23(水) 19:25:11.90 ID:j/RsOC7w.net
2人の様子を見て、ラビゾーは眉を顰める。

 (何やってんだか……)

本当に具合が悪いなら、急いで助けなければならないが、擦って治まる程度なら、
コバルトゥス共々放って行こうかと彼は考えた。

 (馬鹿馬鹿しい。
  心配して損した)

見切りを付けて、その場を離れようとした時、コバルトゥスが声を上げる。

 「どわっ!?」

何事かとラビゾーが目を向けると、コバルトゥスが黒い塊に覆われている。

 「どうした、コバギ!?」

黒い塊は、よく見ると巨大な翼だった。
先程まで蹲っていた女性が、黒い翼を生やして、コバルトゥスを連れ去ろうとしている。
ラビゾーは女性の顔に覚えがあった。

 「待てっ!
  お前は――」

女性もラビゾーに気付いて、目を見開く。
2人は過去に面識があった。

 「あっ!
  お前は……ラ、ラ……ラヴ……ラビ?」

 「ええと、エピ……ピエ……?」

しかし、お互いに自己紹介した訳ではないので、名前は空覚え。

28 :創る名無しに見る名無し:2015/09/23(水) 19:27:10.43 ID:j/RsOC7w.net
黒い翼を生やした彼女の名は、ハルピュイア・エピレクティカ。
人を食う魔性の怪鳥だ。
以前ラビゾーに会った時より、髪の毛が伸びている。
結局、彼女の名前が思い出せなかったラビゾーは、啖呵を切って誤魔化した。

 「レズのピッキー!
  未だ悪さをしているのか!」

ラビゾーがロッドを手に取って伸ばすと、エピレクティカは身構えて反論する。

 「レズもピッキーも止めろ!!
  私には『漆黒の翼<フテラ・マブラ>』と言う新しい名前がある!」

 「新しい……?」

 「お前の所為で、食人を禁じられ、どれだけ私が苦労した事か……。
  これ以上、邪魔されて堪るか!
  追って来るなよ!
  キィイイイイーーーーッ!!!」

エピレクティカは耳を劈く様な金切り声を上げると、趾でコバルトゥスを掴み、羽撃いて飛翔した。
ラビゾーは堪らず耳を塞ぎ、コバルトゥスに呼び掛ける。

 「コバギ、何をしている!?
  魔法を使えば、そんな奴どうとでも出来るだろう!」

コバルトゥスは焦りを顔に表して、魚の様に口を開閉する。

 (何を訴えたいんだ……?)

少し間を置いて、ラビゾーは理解した。

 (――封魔の声か!)

エピレクティカは魔法的な効果を持つ、呪縛の声を持っている。
恐らくは、それでコバルトゥスの声を封じたのだろうと、ラビゾーは予想した。

29 :創る名無しに見る名無し:2015/09/23(水) 19:37:29.31 ID:j/RsOC7w.net
エピレクティカは風を起こし、瞬く間に高度を上げて、飛び去る。
ラビゾーは周囲を見回したが、近くに頼れる人は居ない。
3番ハイウェイの警備員を呼ぶ事も考えたが、その間に2人を見失いそうだった。
数極の逡巡後、ラビゾーはエピレクティカを追って駆け出す。
エピレクティカはラビゾーの追跡に気付いていない様子だが、どんどん道を外れて、
木々の生い茂る山を越えて行く。

 (どこまで行く気だ……?)

ラビゾーは山に分け入り、道無き道を走って、彼女を追い続けた。
やがて、エピレクティカは山を2つ越えた先にある、小さな滝の付近に降り立つ。
エピレクティカが何の為にコバルトゥスを連れ去ったのか、ラビゾーには分からないが、
彼女は凶悪な屍食鳥である。
ある出来事で、人を食らう事を禁じられたが、その口振りから察するに、人肉食を諦めて、
大人しく過ごしていた訳では無さそう。
手遅れになっては行けないと、ラビゾーは小さな滝に向かった。

30 :創る名無しに見る名無し:2015/09/24(木) 20:05:14.29 ID:ZbItblNb.net
エピレクティカに連れ去られたコバルトゥスは、3身程の小高い滝の下流にある沢辺の、
大岩の上に転がされた。
彼が抵抗しなかったのは、魔法が使えないのに空中で暴れると、墜落死すると考えた為だ。
しかし、地上に降りたら、その心配は無い。
コバルトゥスは2本1組の短剣を抜くと、エピレクティカに刃を向ける。
警戒する彼に、別の人物が声を掛けた。

 「手荒な真似をして済まなかった。
  先ずは話を聞いてくれ、精霊魔法使いの裔よ」

コバルトゥスが声の主を探して左右を窺うと、背後の川の中から別の女性が姿を現す。

 「こっちだよ」

彼が振り向くと、そこには下半身魚の女性。
近代的なカミシアを着ており、長い黒髪から水を滴らせつつ、水辺から大岩に這い上がる。
コバルトゥスが「人魚」に目を奪われていると、又別の女性の声がする。

 「精霊魔法使い?」

大岩の陰から飛び出して、コバルトゥスの前に姿を現したのは、狼とも山猫とも付かない、
獣の顔を持つ黒毛の女性。
ローブを着ている物の、鼻が突き出ており、顔の横の高い位置には大きな耳、
そして腰の後ろには太い尻尾が付いている。
鳥人に人魚に獣人、3人の女性に囲まれたコバルトゥスは、獣人を正面に捉え、
左右の2人に1本ずつ短剣を向けて、牽制する。

31 :創る名無しに見る名無し:2015/09/24(木) 20:07:47.84 ID:ZbItblNb.net
そこへ彼の頭上に4人目が登場する。
同じくローブを着た、蜂の様な姿の女性だ。
大きな羽音を響かせながら、コバルトゥスの背後を取る。
コバルトゥスは愈々追い詰められた。
寄らば斬らん勢いの殺気を発する彼を見て、獣人がエピレクティカに問い掛ける。

 「一寸、フテラ、どう言う事?
  獲物じゃないの?」

 「し、知るか!
  ネーラに聞いて!」

エピレクティカは人魚に話を振る。
視線が人魚のネーラに集まる。
ネーラは呆れた様に溜め息を吐いた。

 「主等は揃いも揃って……。
  魔力の流れが共通魔法使いと違うだろう?」

彼女が同意を求めても、他の3人は顔を見合わせて惚けている。
獣人はコバルトゥスの臭いを嗅ぎながら、首を傾げた。

 「臭いが少し違うかなー?
  でも、そんなに違わないかも?
  よく分かんないや」

 「……当てにならな過ぎる。
  エピレクティカ、呪縛を解いて、口を利ける様にして上げな」

ネーラは呆れ果て、エピレクティカに命じた。

32 :創る名無しに見る名無し:2015/09/24(木) 20:10:46.42 ID:ZbItblNb.net
命令口調が気に入らず、エピレクティカは高い声で反発する。

 「エピレクティカって言うな!」

 「はいはい、悪かったよ。
  『鳥頭<バードブレイン>』のフテラちゃん」

 「私等より少し頭が良いからって、調子に乗るなよ!
  『溝川の水<ネーラ・リュマートナ>』!」

 「溝川ではない!
  『淵<アビス>』だ!
  『深淵の水<ネーラ・アビス>』!」

行き成り目の前で言い争いが始まり、コバルトゥスは困惑した。
そこへ獣人が近寄り、話し掛ける。

 「御免ね、お兄さん。
  フテラが共通魔法使いだって勘違いしたみたいで。
  危うく食べちゃう所だったよ。
  私は闇の獣人テリア。
  そんで、啀み合ってるのが、鳥人のフテラと魚人のネーラ。
  あっちの無口が虫人のスフィカ」

唐突に慣れ慣れしい態度で自己紹介を始められ、コバルトゥスは益々困惑する。
虫人のスフィカは羽音をさせて、カチッと大顎を鳴らし、テリアに注意した。

 「未だ仲間と決まった訳じゃない。
  余り箆々(べらべら)と喋るな」

スフィカは取っ付き難そうだと、コバルトゥスは思ったが、逆にテリアは出し抜き易そうだと感じた。
彼は一息吐いて短剣を収めると、自らの唇を指して罰点を作り、テリアに口が利けない事を、
身振り手振りで示す。

33 :創る名無しに見る名無し:2015/09/24(木) 20:13:38.91 ID:ZbItblNb.net
それをどう理解したのか、テリアはコバルトゥスに近寄ると、舌を伸ばして彼の唇を舐めた。
これをキスと判定して良いかは不明だが、不意打ちに慌てたコバルトゥスは唇を拭う。

 「ワァップ、何を!?」

テリアは舌舐め擦りをしながら、牙を剥いて笑う。
コバルトゥスは遅れて、口が利ける様になっていると気付いた。

 「あ、有り難う」

少し気不味そうに礼を言うコバルトゥス。
そこでスフィカが釘を刺す。

 「妙な気は起こすな。
  魔力の流れは『観えて』いる」

鋭い殺気。
コバルトゥスはスフィカに愛想笑いを向けると、未だ睨み合っているエピレクティカとネーラに対して、
声を掛けた。

 「お嬢さん方、顔を顰めてばかりでは、折角の美しさが台無しですよ」

エピレクティカとネーラは鬼の形相で振り向いた。
先に冷静になったのはネーラ。
エピレクティカを無視して、岩の上を滑りつつ、コバルトゥスに這い寄る。
コバルトゥスは動じずに迎えた。

 「フフン、中々面白い男だ。
  臆さないのだな」

 「『女性に優しく』が私の『信条<クレード>』なので」

 「気に入ったよ」

ネーラは科を作って、コバルトゥスに寄り掛かる。
一方、彼女に逃げられたエピレクティカは、外方を向いていた。

34 :創る名無しに見る名無し:2015/09/25(金) 19:59:31.46 ID:w25JABk0.net
ネーラは甘えた声で、コバルトゥスを誘惑する。

 「精霊魔法使いよ、名前を教えてくれないか?」

 「私の名はコバルトゥス。
  土の精霊に由来します」

 「敬語は止めよう。
  私達は『同じ』共通魔法社会の外の存在だ」

どう言う意味かと、コバルトゥスが視線でネーラに訴え掛けると、彼女は突然抱き付いて、
耳元で妖しく囁く。

 「私達の仲間になってくれ。
  共通魔法使いを打ち倒す為の」

 「何だって……?」

動揺するコバルトゥスを、ネーラは一層強く抱き締める。
人外の腕力は大人の男のコバルトゥスでも解けない程。
ネーラは彼を逃がさない積もりだ。
コバルトゥスは他の3人に目を遣った。
……3人共、不気味な笑みを浮かべている。

 「断っても良いんだよ?」

テリアが逃げ道を用意して、優しく微笑む。
いや、違う。
それは自己の欲求が満たされる事を希望しての、邪悪な微笑だ。
彼女等はコバルトゥスが断ったら、この場で殺して食う積もりなのだ。

35 :創る名無しに見る名無し:2015/09/25(金) 20:00:59.02 ID:w25JABk0.net
コバルトゥスは困り顔で、大胆にもネーラを抱き締め返した。

 「一寸、待ってくれないか?
  事情が分からないと何とも言えないな。
  ……君、冷たいね」

 「変温動物だからな。
  それは扨措き、話を逸らして時間を稼ごうとしても無駄だ。
  私は気が長くない」

ネーラは力を込めて、徐々にコバルトゥスを締め上げる。
息苦しさを感じて、コバルトゥスは少し蒼褪める。

 「そんな風にされたら、益々素直に頷けない」

 「応じるも断るも、主の自由だが」

 「……何の為に、共通魔法使いを倒す?」

 「奴等に外道と呼ばれた者達は、少なからず恨みを持っている。
  共通魔法使いが支配する現状は余りに窮屈だ。
  我々は旧暦の『本来あるべき世界』を取り戻す」

さて、自分には当て嵌まらないぞとコバルトゥスは眉を顰めた。
根無し草で奔放な彼は、共通魔法社会の規範に囚われないが、無益な衝突も好まない。
思案している間も、ネーラがコバルトゥスを締め上げる力は、益々強くなって行く。
コバルトゥスに余裕は無いが、平静を装う。

 「それだけなのか?
  大義名分も結構だけど、何か個人的な『見返り』が無いとなぁ……」

 「肝が据わっているな。
  良いぞ、要求を言ってみろ」

話に応じながらも、ネーラは全く力を弱めない。

36 :創る名無しに見る名無し:2015/09/25(金) 20:03:51.16 ID:w25JABk0.net
コバルトゥスの肋骨と背骨が、呻く様に軋む。
如何に女好きの彼でも限界で、ネーラを抱き締める手を自ら離した。
ここで下手な回答は出来ない。
懸命に頭を働かせ、彼が出した答は……。

 「……俺を世界の王にしろ」

 「は?」

ネーラは呆気に取られ、一瞬思考が停止する。
その上、有ろう事か彼女は、一考の余地有りと思ってしまった。
上手く抱き込めるかも知れないと、計算したのだ。

 「ネーラ!」

スフィカが声を上げるが、時既に遅し。
コバルトゥスは2本の短剣を、ネーラの上腕と肩の境目、烏口の辺りに突き立てる。

 「ギャッ!!」

ネーラは悲鳴を上げて、拘束を緩める。
その隙に、コバルトゥスは彼女を振り解いて蹴り飛ばし、距離を取った。

37 :創る名無しに見る名無し:2015/09/25(金) 20:07:24.17 ID:w25JABk0.net
テリアとスフィカとエピレクティカは同時にコバルトゥスに襲い掛かる。

 「食って良いな!?」

 「ああ、仕留める」

嬉々として両目を輝かせながら問い掛けるテリアに、スフィカは淡々と応じる。

 「巧々(まんま)と注意を逸らされたな、馬鹿め」

エピレクティカはネーラを一瞥して、吐き捨てた。
コバルトゥスは高い魔法資質を持つが、それでも謎の怪人を相手に、3対1は不利。
逃げの一手しか無い。
しかし、コバルトゥスが逃げ出そうとした気配を敏く察して、スフィカが妨害する。

 「行け、虫達」

羽の生えた川辺の小虫が集まって、コバルトゥスに纏わり付く。
それを火の魔法で排除しようとした矢先に、エピレクティカが喉を震わせ、魔力を乱す。

 「Ahーーーーーーーー!」

その隙に、テリアが鋭い爪を伸ばし、コバルトゥスに飛び掛かる。
コバルトゥスは辛うじて短剣で防御したが、腕力で押し負け、組み伏せられた。

 (ここまでか……)

38 :創る名無しに見る名無し:2015/09/26(土) 19:35:59.15 ID:Y/ZkV9xb.net
コバルトゥスが諦め掛けた時、急にテリアが顔を上げ、周囲を警戒し始めた。

 「どうした、テリア?」

エピレクティカが尋ねると、テリアは神妙な面持ちで答える。

 「川上から誰か来る」

 「こんな山の中に?
  誰が――」

何者だろうと考えたエピレクティカは、思い当たって歯噛みした。

 「――って、奴かっ!?
  又してもっ、忌々しい!」

 「フテラ?」

スフィカが声を掛けると、エピレクティカは憎々し気に応える。

 「恐らく、私の知っている奴だ。
  男だろう?」

静かに頷いたテリアを見て、エピレクティカは確信し、舌打ちする。

 「弱い癖に手強い、厄介な奴だよ。
  単独とは限らない。
  何か味方に付けているかも知れない」

矛盾した彼女の発言に、ネーラとスフィカは顔を見合わせて呆れた。
テリアはコバルトゥスを押さえ付けた儘、小首を傾げてエピレクティカに言う。

 「脅威は感じないけどなぁ?
  魔法を使ってる様子は無いし、気配は1つだけ。
  それも普通の人間の臭いしかしないよ。
  獲物が増えて好都合だと思うけど?」

 「本当か?」

エピレクティカが確認すると、テリアは頷く。

 「肉の臭いがする。
  魔力の少ない、良い肉の臭い。
  こいつよりは食い出がありそう」

4人は顔色を窺い合って、互いの意思を確認する。

39 :創る名無しに見る名無し:2015/09/26(土) 19:42:43.92 ID:Y/ZkV9xb.net
一方、ラビゾーは上流から川を下って、コバルトゥスの姿を探していた。
そして、滝の先に4人の怪人とコバルトゥスの姿を発見する。
コバルトゥスが尻尾の生えた怪人に押さえ付けられいるのを、遠目で確認したラビゾーは、
即座に行動に移った。
全員エピレクティカと同類の人肉食の魔物ならば、迷っている間に殺されてしまう。
彼は手近な石を拾い集め、滝の上から4人に向かって投げ付ける。

 「ワーーーーッ!!!」

同時に大声を張り上げて威嚇した。
それは丸で鳥獣を追い払うかの様に。
石は当たらなかった物の、4人は不意打ちに慌てる。
特にテリアは怯んで、コバルトゥスを押さえ付ける力を緩めてしまった。
コバルトゥスはテリアを押し退けて、脱兎の如く滝ヘ向かって駆け出す。

 「テリア、何やってんの!?
  逃げられたじゃないのさ!」

エピレクティカが声を上げると、テリアは悄気て言い訳する。

 「こ、こんな直ぐ近くに来てるとは思わなくて……」

スフィカが真っ先に反応してコバルトゥスを追うも、ラビゾーが滝の上から投石で援護するので、
思った様に追い込めない。

40 :創る名無しに見る名無し:2015/09/26(土) 19:45:37.51 ID:Y/ZkV9xb.net
コバルトゥスは得意の精霊魔法で、滝の上に向かって大跳躍。
そして、ラビゾーの隣に着地して、先ず感謝の言葉を述べた。

 「先輩、助かりました!」

 「話は後だ!
  逃げるぞ!」

ラビゾーとコバルトゥスは上流へ向かって駆け出そうとしたが、直ぐにスフィカとエピレクティカが、
滝の上に飛来する。

 「来たっ!
  あいつ等、危(ヤバ)いッスよ!
  片方は虫使い、鳥の方は魔性の声を持ってます!
  振り切るのは難しいかも」

コバルトゥスが説明すると、ラビゾーはバックパックを漁って、蝋燭の様に紐の芯が付いた、
緑色の筒を取り出した。

 「何スか、それ?」

 「火を点けろ!」

ラビゾーはコバルトゥスの疑問に応えるより先に、強い口調で命令する。
コバルトゥスは取り敢えず従った。

 「火よ!」

緑色の筒に火が灯ると、濛々と白い煙が立ち込める。

 「コバギ、煙を吸わない様にしろ!」

少し煙を吸い込んでしまったコバルトゥスは、噎せて咳き込む。

 「ゴホッ、ゴホッ、こ、これは……?」

 「旅の必需品、殺虫香だ」

ラビゾーは白煙を吐き続ける筒を片手に答えた。

41 :創る名無しに見る名無し:2015/09/27(日) 19:06:39.59 ID:nhK3ie2Y.net
殺虫香は徐々に煙を細くして行き、その代わりに香木の匂いを漂わせる。
この匂いは殺虫効果が継続している事を示す物で、それ自体に毒性は無い。
殺虫香の有効成分は、人や家畜には余り効果が無く、虫には高い効果があると言う物だ。
その為、エピレクティカは平気だったが、スフィカは触角を曲げて苦悶した。

 「フテラ、毒だ」

 「毒!?」

 「殺虫剤……」

スフィカは堪らず地上に降りて、弊(へた)り込む。
先ず1人片付いた事に、ラビゾーは安堵した。

 「虫除けの積もりだったけど、ラッキーだ」

 「先輩、油断しないで下さい。
  後2人、近付いてます」

コバルトゥスが忠告すると、その通り、獣人のテリアが崖を登って追い着く。

 「何、この臭い……?」

『檀<サンサラム>』の香りに顔を顰めた彼女は、弱り切って這い蹲るスフィカを認めると、逆上した。

 「スフィカ!!
  くっ、お前達、楽に死ねると思うな!
  フテラ、『あれ』をやるぞ!」

テリアは牙を剥いて、天に向かって吠える。

 「Gwooーーーーーーーーーー」

 「Pheeーーーーーーーーーー」

それに合わせて、エピレクティカも高音で唱和した。
ラビゾーの体が動かなくなる。
強力な金縛りの呪いだ。

42 :創る名無しに見る名無し:2015/09/27(日) 19:14:06.30 ID:nhK3ie2Y.net
そうそう何度も同じ手は食わないと、コバルトゥスが精霊魔法で対抗する。

 「I3DL2N5・NH5C1C2A6!
  J56H1N5・B2MG46!!」

風の魔法で空気の振動が変わり、音を打ち消す。
ラビゾーの呪縛は一瞬にして解けるが、エピレクティカとテリアは予測していたかの様に、
素早く次の行動に移った。
エピレクティカはコバルトゥスに、テリアはラビゾーに、それぞれ向かって行く。
コバルトゥスは2人の行動には何らかの意図があると直感し、両手に短剣を持って、
自らテリアに斬り掛かった。
テリアは応戦せざるを得ない。
彼女とコバルトゥスは、お互い雷火の如き身の熟しで、息も吐かせぬ攻防を展開する。

 「テリア!」

加勢しようとするエピレクティカを、テリアは制した。

 「フテラ、こいつは私に任せて、あいつを先に殺れ!」

コバルトゥスとテリアの戦いは、下手に横槍を入れられない程の烈しさ。
エピレクティカは言われた通り、ラビゾーに標的を変えた。
ラビゾーは殺虫香を左手に持ち替え、右手にロッドを構える。
降下して来るエピレクティカを迎撃すべく、ラビゾーはロッドを振り下ろすが、簡単に躱されてしまい、
交錯の瞬間に左手の殺虫香を弾き落とされた。
苦し紛れにラビゾーはロッドを闇雲に振り回すが、エピレクティカは的確なヒット・アンド・アウェイで、
彼を後退させる。

43 :創る名無しに見る名無し:2015/09/27(日) 19:20:14.66 ID:nhK3ie2Y.net
ラビゾーは武術の心得はあったが、普通の人間は格闘で、態々不慣れな空中戦を挑みはしない。
飛行する敵と戦うのは初めてだった。
彼はエピテクティカを組み伏せた事があったが、その時は不意打ちに近かった。
エピレクティカはラビゾーのロッドを蹴り落とすと、両腕で彼の首を掴み、吊り上げて絞める。

 「追って来るなと言ったのになァ!
  人肉は食べられなくなったが、殺すだけなら簡単だぞ!
  恨むなら愚かな自分を恨め!」

エピレクティカの腕力は人間の女性の比ではなく、ラビゾーでも外せない。
人外の握力が、彼の軌道を押し潰す。
窒息と鬱血でラビゾーの顔が赤くなって行くのを見て、エピレクティカは嘲笑した。

 「アハハ、無様だな!
  醜く死ね!!」

ラビゾーの窮地を察したコバルトゥスは、テリアと格闘戦中にも拘らず、右手の短剣を投げ付ける。

 「先輩、これを!」

短剣はダートの様に、真っ直ぐラビゾー目掛けて飛んで行く。

 (止めろ、馬鹿っ!!)

ラビゾーは抗議したかったが、首を絞められているので、声が出ない。
当のコバルトゥスとしては、ラビゾーに短剣を投げ渡した積もりだった。
しかし、ラビゾーには飛来する短剣を器用に受け取る技量等ありはしない。
この儘では顔面に短剣が突き刺さって、即死するとまでは行かなくとも重傷を負う。

44 :創る名無しに見る名無し:2015/09/27(日) 19:23:22.99 ID:nhK3ie2Y.net
ラビゾーは何とか間抜けな死に様を防ぐ為に、左腕を短剣の前に翳した。
短剣の刃は深々と腕に突き刺さり、真っ赤な血を飛び散らせるも、そこで止まる。
途端にエピレクティカは腕の力を抜いて、その場に蹲り、嘔吐(えづ)き始めた。

 「うっ……ぐぐっ、うぇっ……!
  くっ、忌々しい……」

血飛沫がエピレクティカの顔に掛かっている。
人肉食を禁じた呪いが発動したのだ。
それは「血肉を味わうと吐き戻す」と言う物。
ラビゾーは解放されたが、酸欠と貧血で目を回しており、直ぐには動けない。
エピレクティカが倒れたのを見て、テリアは焦りを露にする。

 「フテラ!!」

直後、俄かに霧が立ち込めた。

 「テリア、撤退だ!
  フテラは任せた!」

川の中からスフィカを抱えたネーラが現れ、テリアに指示を出す。
テリアは素直に彼女に従い、稲妻の様な迅さでエピレクティカを回収した。
ネーラはスフィカと共に水中に消え、テリアはエピレクティカを担いで滝の下に飛び降りる。
取り敢えず、危機は去った。

45 :創る名無しに見る名無し:2015/09/28(月) 19:47:00.50 ID:EoaF420o.net
コバルトゥスは短剣を鞘に納めると、ラビゾーに駆け寄る。

 「先輩、大丈夫ッスか?」

ラビゾーは深呼吸を繰り返して息を整えながら、短剣の刺さった腕を見せ付けて、彼に訴えた。

 「迚(とて)も痛い。
  凄く痛い」

 「あー、先輩、剣を受け取るの失敗してましたね。
  折角、投げたのに」

コバルトゥスが「仕方の無い人だ」とでも言う様に呆れ笑ったので、ラビゾーは怒り出す。

 「失敗じゃないっ!
  取れる訳無いだろうが!
  殺す気か!!」

 「あれ、先輩は出来ないんスか?」

 「お前は出来るのかよ!?」

 「出来ますけど」

コバルトゥスは然も当然の如く答えると、何の警告もせずに、ラビゾーの腕に刺さった短剣を抜いた。

 「痛ーっ!!」

ラビゾーが叫ぶと同時に、栓を抜いた様に血が噴き出すも、コバルトゥスは殆ど関心を持たず、
直ぐに彼の腕を掴んで傷口を押さえ、魔法で治療する。
コバルトゥスの回復魔法は効果が高く、ラビゾーの傷は数極で塞がった。

46 :創る名無しに見る名無し:2015/09/28(月) 19:50:15.68 ID:EoaF420o.net
ラビゾーの治療を終えたコバルトゥスは、短剣で軽く空を切り、その刃に付いた血糊を綺麗に払うと、
鞘に納める。
そして、抗議の眼差しを向け続けるラビゾーに対して、決まり悪そうに言った。

 「そんな睨まないで下さいよ。
  先輩には感謝してますって。
  実際、助けられたのは俺の方なんスから」

ラビゾーは視線を逸らすと、小さく息を吐いて怒りを抑え、コバルトゥスに尋ねた。

 「何とも無いか?」

 「お蔭様で。
  所で、先輩は……鳥の女と知り合いだったんスか?」

 「知り合いって程じゃないんだが、どう言えば良いのか……。
  因縁があったんだ」

 「男と女の?」

 「違う。
  相手は人を食う魔物だぞ」

 「女は魔物って言うじゃないッスか」

どうしても色事の方面に持って行こうとするコバルトゥスに、ラビゾーは不快感を露にして閉口する。

47 :創る名無しに見る名無し:2015/09/28(月) 19:53:57.88 ID:EoaF420o.net
彼は未だ細い煙を吐き続ける殺虫香を回収して、コバルトゥスに皮肉を言った。

 「お前こそ女に囲まれて、満更でも無かったんじゃないか?」

コバルトゥスは苦笑して否定する。

 「連中が自然の存在じゃないって事は、魂の形で判りますよ。
  見て呉れに騙されはしないッス」

 「だったら、何で連れ去られたんだよ」

ラビゾーが突っ込むと、コバルトゥスは早口で言い訳した。

 「い、いや、それは油断したと言うか……。
  苦しんでる人を助けたいと思うのは、人間として当然っしょ?
  それに、『魔物』なんて見た事も聞いた事も無かったし……」

 「知らなかったのか……。
  知らなかったんなら……仕方無いのかな」

 「寧ろ、何で先輩は知ってるんスか?
  もしかして、全部知ってて黙ってた?」

 「僕だって最初から見抜いてた訳じゃない。
  止めようにも、お前が独りで勝手に行ったんじゃないか……」

他愛無い話をしながら、ラビゾーは胸騒ぎを感じていた。
エピレクティカと共に居た、3人の怪人。
彼女等は何者なのか……。
徒党を組んで人を襲う事を学んだと言うのか……。

48 :創る名無しに見る名無し:2015/09/29(火) 19:58:36.72 ID:JwFSjtsR.net
コバルトゥスの「コバルト」に就いて、少し余談を。


16世紀のヨーロッパでは、コバルトは銀の紛い物とされ、鉱業の厄介物でした。
これは土の妖精コボルトが、銀を食べて腐らせる為とされています。
時にノームやドワーフ、ノッカー、レプラコーンとも混同される、この悪戯好きの妖精の大元は、
ギリシア神話のコバロス(複数形コバイロイ)だそうです。
コバイロイは悪戯好きの妖精であり、男根崇拝に関連します。
又、ディオニュソスの仲間で、Choroimanes-Aiolomorphosを装って、ディオニュソスに変身します。
Choroimanes-Aiolomorphosの意味は分かりません。
Choroimanesは「踊りの熱狂」と言う意味で、「動きのリズムと神の繋がりの例示」。
Χοροι(dances)μανησ(mad?/mania?)。
Aiolomorphosは「アイオロス(風の神)の形の」で、「急な或いは容易な変化の例示」、又は、
「(光沢や多彩な斑点がある)デュオニュソスの肌や服の」と言う、2つの意味があります。
Αιολο(aeolos)μορφοσ(form)。
検索した結果、英語に直訳すると「"Mad-after dancing" - "of plastic form"」になる様ですが、
適切な訳が分かりません。
英語ウィキペディア編集者は、ギリシア語を固有名詞扱いせず、真面目に翻訳して欲しいです。
さて、話をコバイロイに戻すと、どうやらケルコペスやカベイロイと関連がある様です。
コバイロイとケルコペスは共に、ヘラクレスの物を盗んで捕まり、一度は許された物の、
その後にゼウスに悪戯をして猿にされたと言う、共通した神話を持ちます。
カベイロイは「大きな男根の小人」、ケルコペスは「尻尾のある男」を意味するそうです。
これは「尻尾」を「男性器」と混同したか、両者が暗示的に同じ意味を持つのだと思います
(『第三の足』や『男の尻尾』と同類)。
神話のケルコペスの元になったのは、現地のオナガザル属だろうとされています。

49 :創る名無しに見る名無し:2015/09/29(火) 20:00:44.02 ID:JwFSjtsR.net
どうしてコバイロイがコボルトになったのかは不明です。
ドイツ語ウィキペディアでは、koboldを「kobe(小屋、納屋)」と「hold(良い、高貴な、"鬼"や
"ホレの小母さん"の様な)」、又は「walten(ルール、所有)」の組み合わせと考えています。
「kobe-walten」は「執事、留守番」を意味するそうです。
kobe-hold、kobe-waltenがkoboldのイメージを作ったと言う事でしょうか?
コボルトは家の守り神であったり、座敷童の様な物だったり、嚔(くしゃみ)や寝坊の原因になったり、
お金を盗んだり、良い所も悪い所もあります。
コボルトは「家や自然の霊」として、エルフ(小さな妖精)やゴブリン、インプ、ニクス(水の妖精)、
小人等の多くの民話と合体して、時に妖精の総称としても扱われます。
四大精霊の土はノームから時々コボルトに置き換えられます。
ゲーム由来と言われる「犬の頭」は、「洞窟で暮らす狼」から来たのかも知れません。
ドイツの鉱業の歴史は古く、その興りは10世紀からで、16世紀には最盛期を迎えます。
コバルト元素の由来では、悪戯妖精のコボルトが、銀を食べてコバルトを排出したのだと言います。
ニッケル元素も「銅の悪魔(kupfer-nickel:現代英語訳copper-nick)」で類似の語源だとか。
悪魔を意味するnick(ニック)はニコラスの愛称でもあり、copper-nicolausと言えば、
地動説のニコラウス・コペルニクス(Copernicus/Kopernik:銅屋のニコラウス)。
彼も近い年代の人物なのは、偶然の一致でしょうか?

50 :創る名無しに見る名無し:2015/09/29(火) 20:01:44.92 ID:JwFSjtsR.net
序でに、悪魔ニックに就いても調べてみました。
ニックはゲルマン神話や民間伝承に登場する、ニクシーやニッカー、ネッキ、ネックとも呼ばれる、
水の精霊であり、他の生き物の姿を借りて現れます。
人魚だったり、竜だったり、男性だったり、女性だったりと、地域や伝承によって様々です。
これはゲルマン祖語のnikwus(ニクヴス)、nikwis(ニクヴィス)が由来で、更に印欧祖語neig
(洗う事)から来ているそうです。
サンスクリット語のニーニークティ、ギリシア語のνιζω(ニゾー)、νιπτω(ニプトー)、
アイルランド語のnigh(ニー)は、何れも「洗う事、洗われた」と言う意味を持ち、
neigに関連していると言います。
neig由来のneck(ネック)は英語とスウェーデン語では裸を意味するnek(ネク)、naeck(ネック)に、
古期スイス語ではneker(ネカー)、古期アイスランド語ではnykr(ニークル)、
ノルウェー語ではnykk(ニッキ)、フィンランド語ではnaekki(ニッキ)、古期デンマーク語ではnikke
(ニケ)へと変わりました。
アイスランドのnykur(ニークル)は馬の様な生き物だと言います。
低地ドイツ語ではnecker(ネッカー)、中期オランダ語ではnicker(ニッカー)と呼ばれ、
これはnickelやnikkelとコボルトを足した物です。
高地ドイツ語では鰐を意味するnihhus(ニフス)、古期英語では水の怪物、
河馬を意味するnicor(ニッカー)になりました。
ノルウェーのフォッセグリムや、スウェーデンのストレムカルレンとも関連しているらしいです。
スカンジナビアではベッカヘステン(小川の馬)と呼ばれるケルピー(馬の姿をした幻獣)は、
ウェールズではケフィル・ドゥール(水の馬)と呼ばれます。
イギリスの民間伝承では、古期英語nicorを由来とする水竜のknucker(ナッカー)の他に、
ジェニー・グリーンティース、シェリーコート、ペグ・パウラー、ベッカヘステンに似たブラグ、
グリンディローがあります。
以上、英語ウィキペディアを斜め読み。
ニコラスは関係無さそうです。

51 :創る名無しに見る名無し:2015/09/29(火) 20:09:24.20 ID:JwFSjtsR.net
「洗う」や「裸」を意味する単語が、悪魔全般を指す物になった経緯は不明です。
ローマ神話のネプトゥーヌスや、ケルト神話のネフタン、ペルシア神話のアパム・ナパート、
エトルリア神話のネスンス等、水の神と関連している可能性があります。
もしかしたら、ギリシア神話のニュクスやナウプリオスとも関連しているかも知れません。
スカンジナビアではネッケン、ネッカー、ネッキ、ネックは、バイオリンで魔法の音楽を演奏し、
女性や子供を誘って、水に溺れさせる男性の水の精霊でした。
しかし、必ずしも悪意があるとは限らず、無害な物語や、悲恋の物語もありました。
これ等はローレライや人魚の伝説とも重なります。
水は定型を持たないので、水の精霊であるネックも真実の姿は不明です。
ニックは「水の精霊」なのですが、低地ドイツ語では何故かコボルトと関連するとされています。
しかし、ドイツ語でニクス、ニクシーと言えば、男の人魚と女の人魚の事です。
ケルト神話のメリュジーヌやギリシア神話のサイレンの様に、男性を誘惑して溺れさせます。
ニーベルンゲンの歌では、ドナウ川との関連でニクスに言及しています。
コボルトとの関連は見られません。

52 :創る名無しに見る名無し:2015/09/30(水) 19:31:13.65 ID:I0q0eu20.net
翼の生えた女性のフィギュアヘッド(船首像)は、ギリシア神話のニーケー(勝利の女神)ですが、
同様に人魚のフィギュアヘッドも多数あり、その中には「翼の生えた人魚」もあります。
ニーケーとニックの混同も有り得ない事ではないかも知れません。

53 :創る名無しに見る名無し:2015/09/30(水) 19:33:44.19 ID:I0q0eu20.net
ニッケル(nickel)を調べてみると、「daemon subterraneus(地下の鬼)や、daemon metallicus
(鉱山の鬼)」と言われる山や鉱山に関連する、伝説上の生き物の総称として、
berggeist(ベルクガイスト:山の霊)なる概念があり、その中の一つだそうです。
ベルクガイストには他に、スカルプニク(宝の守護者、シュレジア山脈の頂)や、
ギュービッヒ(ハルツ山地)、ガンガール(ブートヴァイス周辺)等があります。
1487年のシュネーベルクにはBergmaennlein(ベルクメンライン:山の小人)の伝説がありました。
それは性的特徴の無い、3人の裸の子供の様なイラストで、鉱山の守護者と解釈されています。
家財を守るローマ神話のペナーテースの影響を受けた物らしいです。
他にもニアフィスの報告書では、シュネーベルクの鉱夫は「『人々に暴力を振るう』、
危険な地下の鬼」を知っていました。
ゲオルギウス・アグリコーラによると、ベルクガイスター(山の霊)の系統は、2つに分けられます。
暗く、乱暴で野蛮な、「残忍な地下の鬼」――bergteufel「ベルクトイフェル(山の悪魔)」。
穏やかで、友好的な、「小さな地下の鬼」――bergmennel「ベルクメンネル」、kobel「コーベル」、
guttel「グーテル」。
「小さな地下の鬼」のコーベルは、恐らくはコボルトの元になった物です。
アグリコーラの言うベルクトイフェルの例として、Annaberg(アンベルク)で12人の労働者を、
毒の息で殺した、怒りの目と(馬の様な)細長い首を持ったGeist(ガイスト:霊)があります。
アンベルクでは高い等級の銀が採れましたが、この為に放棄されました。
この霊に名前はありません。
別の例では、Schwarzen Kutte(シュバルツェン・クーテ:黒い修道服)の霊があります。
シュネーベルクのセント・ジョージの鉱穴で、労働者を持ち上げて、悪巧みをしない様に、
銀の豊富な洞窟へ置いて行くと言います。
特に後者の、ハルツ山地、エルツ山地、ザクセン地方、トランシルバニア(ジーベンビュルゲン)の、
鉱夫武勇談で見られる、これ等の霊を、アグリコーラは明らかに悪質なBergmoench
(ベルクメンヒ:moench=英語monk、山の僧)とは、呼んでいません。

54 :創る名無しに見る名無し:2015/09/30(水) 19:40:49.86 ID:I0q0eu20.net
この危険で、悪質で、孤独な者達の反対が、陽気なBergmaennchen(ベルクメンヒェン:山の人)です。
ベルクメンヒェンはコボルトの特徴的な挙動を示しています。
あちこちで陽気にクスクスと笑ったり、物を叩いて雑音を出したり、目立つ所に石を投げたり、
労働者の真似をしたりします。
彼等は通常、目には見えませんが、3スパン(27インチ=約70cm)の大年寄りの姿で、
Kapuzenkittel(カプーツェンキッテル:フードが付いたコート)とArschleder(アルシュレーダー:
革の尻当て)と言う、典型的な鉱夫の格好をしています。
「作業服を着た老人」と言う、Zwerg(ツヴェルク:ドワーフ)の一般的なイメージは、
これを基に作られました。
ベルクメンヒェンは時々鉱夫を虐めますが、大笑いや汚い言葉で気分を害さない限り、
傷付ける事はありません。
鉱夫はベルクメンヒェンの存在を何とも思わず、寧ろGuttel(グーテル)等は名前(gut=good、
良い)の通り、豊富な採集物の良い前兆と見做します。
アグリコーラはベルクメンヒェンと地上の家の霊、家庭や家畜を世話する者達(Wichtel「ヴィヒテル」、
Heinzelmaennchen「ハインツェルメンヒェン」)、スカンジナビアのTrollen(トロール)と比較して、
後者は無害で「家庭的に飼い馴らされた」形だとしました。
アグリコーラは「ベルクメンヒェン」を家庭的にした物が、所謂「家の霊」だとした様です。
ドイツ語に自信が無いので、詳しく知りたい人は、ドイツ語ウィキペディアのBerggeistを読んで下さい。
適当に翻訳に突っ込んで、分からない所は飛ばしたので、上述の内容は不正確な意訳です。
全体的に見ると、ニッケルとニクスは関係が薄そうですが……。

55 :創る名無しに見る名無し:2015/09/30(水) 19:45:52.24 ID:I0q0eu20.net
Skarbnik(スカルプニク)の様に、スラブ民族語系のnik(英語の「-er」、「-man」に相当する)が、
悪魔のnickと関連付けられた可能性もあります。
スカルプニクはドイツ語では、Schatzhueter(シャッツヒューター:schatz「treasure」+hueter
「guardian」=宝の守護者)と言いますが、元はポーランド語で「Skarb(宝)」+「-nik」の形です。
Copernicus(コペルニクス)を彼の母国ポーランド語で表記すると、Kopernik(コーペルニク)、
「Koper(銅)」+「-nik」で、銅屋になるのと同じです。
又、オーストリアの言語はドイツ語ですが、ドイツ語の単語の後に「-el」を付けて、小さい物、
可愛い物、親しみを表します。
これはドイツ語の「-chen」、「-lein」に相当する物です。
詰まり、先述のBergmaennchen、Bergmaennlein、Bergmennelは、何れも「山の小さな人」と言う、
殆ど同じ意味になります(ドイツ語で「お嬢さん」を意味する、fraeulein「フロイライン」、
maedchen「メトヒェン」、maedel「メーデル」と同じです)。
Heinzelmaennchenは「Heinzel(家の)」+「maennchen(小人)」となります。
ベルクガイストのguttel(グーテル)、kobel(コーベル)、nickel(ニッケル)、wichtel(ヴィヒテル)、
bergmennel(ベルクメンネル)、bergteufel(ベルクトイフェル)の何れも、語尾に「el」が付きます。
「teufel(トイフェル)」は単独で「悪魔」を指します。
これ等はラテン語の「-el」とも関連しているかも知れません。
故に、コボルトの語源にコバロイは関係無く、単に「kobe(小屋)」に「el」を付けて、
「小屋の霊」コーベルからコボルトが誕生したとも考えられます。
ニッケルは「nik」+「el」の可能性も無いとは言えません。
ベルクガイストの逸話がある地域を見ると、現在のドイツ国内だけでなく、チェコ、オーストリア等、
ドイツの南東方面にも広がっている事が分かります。
或いは、英語「nick」がドイツ語「knick(クニック)」に関連している事が、由来かも知れません。
英語nickの「傷を付ける」と言う意味に加え、ドイツ語knickは「駄目にする」と言う意味も持ちます。


※:aeはアーウムラウト(アとエの中間発音)、ueはウーウムラウト(ウとイの中間発音)、
  oeはオーウムラウト(オとエの中間発音)。

56 :創る名無しに見る名無し:2015/09/30(水) 19:52:42.69 ID:I0q0eu20.net
随分と話が逸れてしまいましたが、以下が本題です。
翻って、現実の物とは別の、ファイセアルス(或いは旧暦)のコボルトに纏わる伝説を、
創作しらなければならない訳ですが、「旧暦の土精の伝説」までは良いとして、
これまでの設定との整合性も加味した上で、語源にも触れなければならないでしょう。
今更ですが、一応ファイセアルスの各地方の言語は、現代の世界各地の言語に、
便宜的に当て嵌めている設定です。
日本語で解り易くする為に、一部のキャラクターには国内の方言と組み合わせて喋らせています
(英語を基礎に、訛り程度の違いが、各地にあると言う感じで)。
現実のコボルトはコバロス、更にはケルコペス、カベイロイから来ていると予想されますが、
ファイセアルスの土精も同語源とすれば、「尻尾のある男」になります。
尻尾から男根崇拝と言う背景を考えれば、男の名前にコバルト、コボルトを付けるのは、
不自然ではないでしょう(逆に女の名前には向きません)。
精霊が無邪気な子供、又は好色な男性のイメージで語られると言う、ファイセアルスの精霊像にも、
合致すると思います。
一応、コバルト鉱石と言う物は登場していないので、コバルト=青色とするには、
未だ一捻り加えなければならない訳ですが……。
悪戯好きな有尾亜人種コボルト(例えばキツネザルの様な生物)が、土に由来する物になるには、
やはり洞窟で暮らしていると設定するのが自然でしょう。
有尾亜人種が実在しなくとも、それに似た生物が旧暦に存在したと設定すれば、
それをモデルにして「コボルトと言う精霊が創られた」と考えられます。
「コボルトの暮らす洞窟で青い鉱石が採れる」とすれば、コバルトと青を関連付けられます。
設定は自由なので、コボルトの体色を青くしても、「kobe」語源を採用しても良いのですが……。
余談ですが、現実のコバルトは混合によって、青赤緑黄と多彩に変色するので、青とは限りません。
それぞれ、コバルトブルーやコバルトグリーン等と言います。
不純物を多く含んだ自然の状態では、赤い鉱石になる物もあります。

57 :創る名無しに見る名無し:2015/09/30(水) 20:00:12.86 ID:I0q0eu20.net
>>48-49でコバイロイと言っていますが、正しくはコバロイです。

58 :創る名無しに見る名無し:2015/10/01(木) 19:28:23.86 ID:ewo1pwWp.net
妖獣事件前日譚


ティナー地方北部の都市ラサーラにて


未だ寒さの残る頃、ニャンダコラスの子孫を名乗る化猫ニャンダコーレは、
偶々訪れたラサーラ市にて、飼い化猫の一匹から奇妙な噂を聞いた。

 「ニャンダコーレしゃん!
  久ゃし振りゃーニャァ!」

元気良く声を掛けて来た飼い化猫に、ニャンダコーレは戸惑う。

 「コレ、済みません、どちら様でしたかな、コレ……?」

 「憶えてニャーきゃや?
  ニャーに、気にすー事ぁニャーよ!
  あん時ゃー、ニャっちたァ余(あんみ)ゃ話ャしちニャきゃっちゃし、
  よー思い返(きゃー)してみちゃー、
  わっちゃ名乗(ニャニョ)ってニャきゃったわ!
  わっちゃ『ブルー』っちゅーよ!
  改めて宜しゅう!」

 「ニャァ……」

一人で陽気に捲くし立てる飼い化猫に、ニャンダコーレは閉口した。
飼い化猫のブルーは、構わず話を続ける。

 「所で、ニャンダコーレしゃん、ニャっちも北ゃへ行くんきゃ?」

 「北?
  コレ、北に何が?」

ニャンダコーレが興味を示すと、ブルーは勘違いを恥じて釈明した。

 「へゃー、違ゃーたきゃ……。
  いゃーニャ、妖獣ん『楽園』ぎゃあーっちゅー話ャしでゃニャ……」

 「楽園……とは、コレ?」

 「わっちも詳(かぁ)しい事ぁ知らニャーでゃも、妖獣ん国ぎゃ有ーっちゅーでゃ。
  野良ん奴(やっち)ゃ大勢、楽園行くっちゅーち出てったんゃ」

59 :創る名無しに見る名無し:2015/10/01(木) 19:30:07.71 ID:ewo1pwWp.net
ニャンダコーレは不吉な予感がして、髭をそわそわ動かした。

 「コレ、貴方は何故、行かなかったのですかな、コレ?」

 「ニャー、わっちゃ今(いみ)ゃん儘(まんみゃ)で不満(みゃん)はニャーし!
  行ったんは宿ニャしん連中ばっきゃでゃ」

 「野良の化猫が、コレ、揃って?」

 「ニャーニャー、『妖獣ん国』ャーで!
  犬(わん)も猫(にゃーこ)も行きょっちゃ!」

野良の犬と猫が馴れ合わない様に、魔犬と化猫も基本的には連まない。
それが共に楽園を目指すと言う事があるだろうか?

 「その楽園とやらは、コレ、どこに?」

 「そかぁ辺に未(みゃ)だ案内(にゃー)ぎゃ居(お)ーと思うでゃ。
  頼みゃー連れちっちくれんじゃにゃーきゃや?」

 「案内ですか……」

 「わっちゃ怪しいっち疑っちょーけどニャー。
  旨(んみゃ)い話にゃ裏ぎゃ有ーっち物よ」

ブルーの忠告に、ニャンダコーレは苦笑して断りを入れた。

 「コレ、私とて本気ではありませぬ。
  妖獣を騙しているなら、コレ放っては置けぬでしょう。
  コレ、楽園の正体とやらを、コレ暴いてやろうと思いましてな、コレ」

60 :創る名無しに見る名無し:2015/10/01(木) 19:32:44.61 ID:ewo1pwWp.net
ニャンダコーレは早速、楽園への案内を探して、街を彷徨う。
そこらの妖獣に話を聞いて回っていると、直ぐに案内は見付かった。
街角でニャンダコーレと対面した案内猫は、彼を路地裏へと誘う。

 「貴方が、コレ、楽園への案内役なのですかな?」

 「そうだ。
  楽園に行きたいのか?」

 「興味はありますな、コレ」

案内役を自称する化猫は、普通の化猫と変わらない4足歩行。
強いて違う所を取り上げるとするならば、人語が流暢な位。
案内猫はニャンダコーレを観察して、何度も頷いた。

 「楽園ってのは、妖獣の妖獣による妖獣の為の国だ。
  あんたなら、結構良い地位が貰えるかもよ」

 「コレ、どう言う意味ですか?」

 「そりゃ『国』だからさ、纏める奴が必要な訳。
  楽園は未だ新しい、生まれたばかりの国なんだ。
  有能な奴は大歓迎だよ」

真面目に国を作る気なのかと、ニャンダコーレは訝る。
妖獣と言っても様々だ。
群れる物、群れない物、喋る物、喋れない物、大きい物、小さい物、捕食と被食の関係もある。
それ等を纏めて、1つの国に出来るのだろうか?
妖獣は妖獣、人間とは違うと言うのに。

61 :創る名無しに見る名無し:2015/10/02(金) 19:36:00.96 ID:uVUz9AWn.net
ニャンダコーレが考え込んでいると、案内猫は不思議そうに問い掛ける。

 「何が心配なんだ?
  使い魔として人間に扱き使われる事は無くなるんだぞ」

暫しの沈黙後、ニャンダコーレは尋ねる。

 「コレ、国と言うからには、指導者が必要でしょう、コレ。
  どんな国なのですかな、コレ?」

 「どんな?」

 「共和制とか、王制とか、コレ」

案内猫は難しい概念が解らなかったので、知っている事だけ答えた。

 「この世界でニャンダカ王国を再建するんだ」

 「コレ、その王の名は?」

ニャンダカニャンダカと聞いて、ニャンダコーレの目付きが険しくなる。
しかし、案内猫は全く気付かず、得意になって答えた。

 「ナハトガーブ様だ。
  亜熊より巨大な、妖獣の王。
  地上を支配するのに相応しい方」

 「地上を支配?」

 「おっと、喋り過ぎた。
  興味があるなら、楽園に来なよ。
  早い内に、『こっち』に付いた方が得だぜ」

それで隠している積もりなのだろうかと、ニャンダコーレは呆れる。

62 :創る名無しに見る名無し:2015/10/02(金) 19:38:39.35 ID:uVUz9AWn.net
妖獣達の良からぬ企みを察し、ニャンダコーレは楽園に行ってみる事にした。

 「それでは、コレ、案内をお願い出来ますか?」

 「分かった。
  だが、他にも楽園に行きたい奴が居るかも知れない。
  週末まで待ってくれ」

 「コレ、構いませんよ」

ニャンダコーレは案内猫の言う通り、週末までラサーラ市に滞在して、時を待った。
妖獣神話――全ての妖獣は、同じ神話を語ると言う。
全ての妖獣はニャンダカニャンダカの子孫で、ニャンダカニャンダカV世の時代に、
逆臣ニャンダコラスの謀反に遭い、追放された。
それから何だ彼だで、辿り着いたのが魔法大戦の最中のファイセアルス。
この世界でニャンダカニャンダカの子孫達は、同属で戦い続け、種を鍛え上げた。
そうして行く内に、肉を食らう妖獣と、争いを厭う霊獣に分かれ、この地で静かに生きる事を決意した、
霊獣達とは対照的に、未だ妖獣達は帰郷を諦めていないと言う。
ニャンダコラスの子孫を自称するニャンダコーレは、妖獣達の動向を監視している。
ニャンダカニャンダカの子孫達が帰郷を諦めて、この世界に新たなニャンダカ国を築く事は、
ニャンダコラスの子孫としては喜ぶべき事かも知れない。
飽くまで、この地で満足すると言うのなら……。
しかし、地上を支配した野心が、そこで収まるとは限らない。

63 :創る名無しに見る名無し:2015/10/02(金) 19:42:24.40 ID:uVUz9AWn.net
そして、週末の朝……。
ニャンダコーレは十余の野良化猫達と共に、案内猫に付いて、北へ北へと移動する。
野良化猫達は揃って、薄汚れて見窄らしい姿。
夢も希望も無いのか、目が死んでいる。
もう楽園しか、縋る物が無いのだろうか……。
ニャンダコーレは道々、1匹の野良化猫に、話を聞いてみた。

 「コレ、そこの御仁、お伺いしたい事があるのですが、コレ?」

 「何ニャ……」

余り気乗りしない様子で、野良化猫は返事をする。
ニャンダコーレは少し申し訳無さそうに、声を落として尋ねた。

 「貴方はコレ、楽園が本当にあると、コレ、お思いですか?」

 「……しゃーニャァ。
  有っちも、ニャっちも、構(きゃま)わニャーでゃ。
  野良ん儘、街(みゃち)に居っち、腐っちみゃーよりゃ……。
  食い物と寝(にぇ)床しゃえ有りゃ……」

随分と消極的な理由で行くのだなと、ニャンダコーレは意外に思う。
野心を持って行く物は少数で、食い詰めて仕方無く楽園を目指す者が、大半を占めているのではと、
彼は予想した。
或いは、地域的な性質と言う物もあるかも知れないが……。

64 :創る名無しに見る名無し:2015/10/03(土) 20:25:09.22 ID:9xscMZ4M.net
楽園への道程は、決して楽ではなかった。
向かう方角は北。
案内猫が言うには、1日や2日では到底辿り着けない所にあると言うのだ。
よって、各々の食べ物は自力で確保しなければならなかった。
幸い、季節は既に春を迎えて、様々な生き物(主に虫)が活発になる頃。
逞しい物達は、蛙や蚯蚓、芋虫、飛蝗等を取って、己の腹を満たした。
しかし――……。

 「コレ、貴方は食べなくても、コレ良いのですかな?」

ニャンダコーレは弱り切った様子の、1匹の野良化猫に話し掛けた。
その野良化猫は、静かに首を横に振る。
肯定なのか、否定なのか判らない。
ニャンダコーレは外気を取り入れて、内気に変換する、吸精の法を心得ているので、
食事を必要としないが、他の物には不可能な芸当である。

 「そんな様子では、コレ楽園に辿り着く前に、コレ、倒れてしまいますよ」

ニャンダコーレは世話を焼いて、そこ等に居た蛙を捕まえ、野良化猫の前に投げた。
だが、その野良化猫は視線を落として見詰めるだけで、食べる所か、捕らえようともしない。
蛙は跳ねて逃げ出し、別の野良化猫に食べられてしまう。

65 :創る名無しに見る名無し:2015/10/03(土) 20:27:26.17 ID:9xscMZ4M.net
自然に適応出来ない化猫なのだ。
野生に帰るには、この化猫は余りに飼い馴らされ過ぎた。
元は随分と良い暮らしをしていたのだろう。
この化猫は楽園に着く前に、餓死するだろうと、ニャンダコーレは予感した。
それを気に掛ける物は、この場には存在しない。
弱い物は死んで行くのが、野生の掟。
ニャンダコーレも、この化猫を見限る積もりだった。
その翌日こそ脱落者は出なかった物の、3日、4日と経つに連れて、置いて行かれる物が出始める。
北へ、北へと進むので、徐々に寒くなり、食べる物も無くなって来る。
丸で死へと向かっている様だった。
初めは脱落して行った物達を、野生に適応出来ない弱者と嘲っていた生き残りの野良化猫達も、
そろそろ自分の命も危ういと気付いて、狼狽え始めた。
8日目の夜、雪の残る森の中で、遂に仲間割れが始まった。
生き残りの野良化猫達が怒りの矛先を向けた相手は、当然ながら案内猫だった。

 「何時んニャったぁ、楽園っち所に着くんゃ?
  寒(しゃみ)ぃ上に、食う物もニャー!」

 「もう直ぐだ」

案内猫は全く疲弊している様子が無い。
慣れているにしても、奇妙だった。
野良化猫は一層声高に不満を吐く。

 「『直ぐ』じゃニャーよ!
  後何日ゃ!?」

 「呟々(ぶつぶつ)言わずに、黙って付いて来な。
  言い争うだけ労力の無駄だ。
  あんた等は、街の片隅で屑の様に死んで行くか、楽園を目指すかで、後者を選んだ。
  今更こんな所で離反して、どこへ帰るってんだ?」

案内猫の言う通りなのだが、それで納得する野良化猫達ではない。

66 :創る名無しに見る名無し:2015/10/03(土) 20:29:28.04 ID:9xscMZ4M.net
反発の原因は、案内猫の高圧的な物言いにもある。

 「ニャっちゃ偉しょうやニャァ!!
  そーぎゃ気に食わニャー!」

 「幾ら喚き散らそうが、疲れるだけだってのに。
  帰りたいなら、勝手にすれば良いさ。
  楽園に行きたい物だけ、付いて来い」

案内猫は突き放した態度で、不貞寝した。
腹の虫が治まらない野良化猫達は、とにかく痛い目に遭わせなければ気が済まないと、
案内猫を取り囲む。
ニャンダコーレは遠巻きに、事の成り行きを観察していた。
案内猫は、これをどう乗り切る積もりなのか……?
殺気立つ野良化猫達に苛立ったのか、案内猫は舌打ちをする。
同時に、1匹の野良化猫が額を押さえて蹲った。
その野良化猫の額からは、赤い血が溢れ出している。
野良化猫達は初め何が起こったのか理解出来ずに、数極の間、呆然としていたが、
案内猫が獣魔法を使ったのだと感付くと、動揺して距離を取った。

 「身の程を知ったろ?
  大人しくしてな」

案内猫は野良化猫達を見下して毒吐く。
最早逆らう事は許されない様な、重苦しい空気が辺りを支配していた。

67 :創る名無しに見る名無し:2015/10/04(日) 19:43:40.97 ID:XlV8U3mw.net
ニャンダコーレは徐に案内猫に近付き、問い掛けた。

 「今のはコレ、何ですか?」

 「……魔法だよ、魔法」

案内猫は面倒臭そうに答える。

 「貴方は、コレ何物なのですか?
  楽園は本当にあるのですか、コレ?」

 「あんたまで、諄々(くどくど)言うのか?
  他の連中とは違うと思ってたんだがな……」

失望を露にする案内猫だが、ニャンダコーレは怯まない。

 「答えて貰えますかな、コレ?」

ニャンダコーレが食い下がると、案内猫は舌打ちした。
魔力の流れを感じて、ニャンダコーレは横に跳び、見えない斬撃を避ける。
更に、両手を合わせて、拝む様にニャゴニャゴと呪文を唱え、己の獣魔法を使って反撃した。
案内猫は謎の圧力で地面に押し付けられる。

 「ギ、ギニャ……!
  あ、あんた、何物だ……?」

 「コレ、私の質問が先でしたよ」

ニャンダコーレは圧力を強めて、案内猫に抗弁を許さない。

68 :創る名無しに見る名無し:2015/10/04(日) 19:46:49.48 ID:XlV8U3mw.net
野良化猫達は、案内猫に復讐する好機にも拘らず、ニャンダコーレを恐れて手が出せなかった。
案内猫は観念して、素直に答える。

 「楽園はあるさ……。
  ナハトガーブ様が支配する、妖獣の国が……」

 「そこは本当に、コレ楽園なのですか?」

鋭いニャンダコーレの問いに、案内猫は言い淀む。

 「……楽園は道半ば。
  真の楽園を築く為には……、未だ……」

 「未だ?」

 「に、人間に戦いを……」

 「コレ、戦い……?
  成る程、コレ、人間に下克上を仕掛けると言うのですな、コレ。
  ……余りに馬鹿気ている」

ニャンダコーレは一言で切り捨てたが、案内猫は笑って反論した。

 「出来るさ、ナハトガーブ様なら……!
  あの方は強い!
  あの方の前では、あんたでさえも虫螻だ……!」

そんなにナハトガーブは強いのかと、ニャンダコーレは不安になるより、疑う気持ちが勝る。

69 :創る名無しに見る名無し:2015/10/04(日) 19:52:53.96 ID:XlV8U3mw.net
ここでニャンダコーレは自らの正体を明かした。

 「この私がコレ、その程度の脅しに怯むとでも思っているのか、コレ!
  我輩はニャンダコォーレッ!!
  コレ、貴様等ニャンダカニャンダカの子孫共の仇敵、コレ、ニャンダコラスの血を引く物!
  ニャンダカ国の再建と言う、コレ、貴様等の下らない野望も、コレ私が終わらせる!!」

何の冗談かと、案内猫も野良化猫達も、呆気に取られて動けなかった。

 「ニャンダコラスの……?」

 「コレ、その通り!」

ニャンダコーレは堂々と言い切ったが、案内猫や野良化猫達は、恐れ戦くと言うよりは、
俄かには信じ難いと言った目付き。
冷ややかな眼差しを受けて、ニャンダコーレは逆に冷笑する。

 「コレ、ニャンダカ神話を信じる癖に、コレ、自らをニャンダカニャンダカの子孫と言い張る癖に、
  ニャンダコラスの子孫の存在は、コレ信じないのか?」

案内猫は冷静になって、言い返した。

 「仮に、あんたがニャンダコラスの子孫だとして……?
  ナハトガーブ様に遠く及ばない事実は変わらない……」

ニャンダコーレは鼻で笑って相手にせず、野良化猫達に呼び掛ける。

 「コレ、皆も聞いたであろう?
  奴等は人間に、コレ戦いを挑む気だ。
  勝ち目があると思うか、コレ?」

野良化猫達は右顧左眄し、互いに顔を見合わせるばかりで、何も答えなかった。
所詮使い魔の妖獣が、人間と戦って勝てる訳が無いのだ。

70 :創る名無しに見る名無し:2015/10/05(月) 19:32:47.21 ID:Fztu+u93.net
ニャンダコーレは声を張って、尻込みしてばかりで、態度を明確にしない野良化猫達を一喝する。

 「お前達はコレ、奴等と共に、コレ人間と戦いたいと言うのか、コレ!!」

野良化猫達は怯んだが、内の1匹が反論した。

 「……んにゃら、どうしぇーっちゅーんゃ?
  こっきゃら戻れっちゅーんゃきゃや?
  捨(し)て猫みてーに、塵(ごみ)漁っち生きれっちゅーんきゃ?」

それは純粋な疑問だった。
街中の化猫は山野で生きられる程、強くはない。
自然の山野には、妖狐や魔犬と言った、化猫の脅威になる妖獣が棲息している。
野生に帰ると言っても、人里から離れる事は出来ない。
化猫とは半端な生き物なのだ。
安寧を求めるなら、街中で塵を漁っていた方が良い。
しかし、そんな生活が嫌で、野良化猫達は楽園を目指した。
普通の妖獣なら、そんな事は考えない。
使い魔として育てられたが為に、そこらの獣と自分は違うと信じたくて、悪い誘いに乗ってしまう。
ニャンダコーレは一層声を荒げた。

 「ならば、コレ人間と戦う覚悟があると言うのか!
  人間と戦うと言う事の意味を、コレ解っているのか!
  コレ、人間に害を為した妖獣の末路を、コレ知らぬ訳ではあるまい!」

熱り立つニャンダコーレに、野良化猫達は恐れ戸惑う。

71 :創る名無しに見る名無し:2015/10/05(月) 19:42:36.36 ID:Fztu+u93.net
やがて、野良化猫の1匹が仲間に呼び掛けた。

 「帰(きゃえ)らあや……。
  楽園にゃんじょ、ニャきゃっちゃんゃ……。
  わっちゃ戻ーでゃ。
  皆(みにゃ)ぁ思い思いにしぇーば良(え)えよ」

彼が去ると、皆々俯いて、疎らに後に続いた。
案内猫は身動きが取れない儘、暴言を吐く。

 「待てっ……、こんな得体の知れない奴に諭されるのか!?
  ニャンダコラス等と……!
  戦う気概も無いのかっ、人間の奴隷の屑共め!
  だから、お前達は進歩しないんだ!!
  惨めったらしく、乞食みたいに残飯を貪ってろ!!」

だが、野良化猫達は振り向きはしても、一匹として止まろうとはしない。
ニャンダコーレは案内猫を黙らせるべく、踏み付けて詰問した。

 「コレ、貴様には未だ役目がある。
  私を楽園まで案内して貰うぞ、コレ」

案内猫は悔しそうに歯噛みしたが、考えを改めて不敵に笑った。

 「……良いだろう。
  あんたもナハトガーブ様に会えば、考えが変わるさ……」

そこまで自信を持って言い切れるとは、ナハトガーブとは亜熊か、鬼熊か、それとも……。
ニャンダコーレとて不安に思わない訳ではなかったが、ニャンダコラスの子孫として、
ニャンダカ国の再建等と言う愚行を前に、引く事は出来なかった。

72 :創る名無しに見る名無し:2015/10/05(月) 20:00:55.19 ID:Fztu+u93.net
夜更け、ニャンダコーレは両目を閉じて体を休めながら、案内猫を監視し続けていた。
一見隙だらけだが、案内猫には逆襲する素振りも、逃げ出す素振りも無い。

 (……諦めが良いのか、コレ?)

睡眠も食事も殆ど必要としない程、ニャンダコーレは生物から遠ざかっている。
その事に最初は気付かなかった案内猫も、2匹切りになって数日過ごし、やっと違和感を覚えた。

 「あんた、何も食わなくて良いのか?」

 「食べないなら食べないで、コレ、どうとでもなる」

 「な、何で……?」

 「私はコレ、ニャンダコラスの子孫。
  ニャンダカニャンダカの子孫とは、出来が違うのだ、コレ」

差別的な物言いだが、案内猫は動揺した。
妖獣神話を信じ、ニャンダカニャンダカの子孫を自称する妖獣達にとって、ニャンダコラスとは、
得体の知れない仇敵。
重臣の身分ながら反逆して、ニャンダカニャンダカV世を追放したと言う事しか語られていないが、
不明な部分が多いが故に、増す恐ろしさもある。
ニャンダコラスは具体的に、どの位の強さで、どうやって反逆を成功させたのか?
妖獣は復讐の為に、爪と牙を研ぎ続けなければならない。
神話が口伝で受け継がれる度に、ニャンダコラスの「恐ろしさ」と「強大さ」は、膨れ上がり続ける。
案内猫はニャンダコーレを、危険な存在ではないかと、感じ始めていた。
それでも――いや、だからこそ、ニャンダコーレを味方に出来れば、純粋な力で劣るが故に、
妖獣軍の中では地位が低い化猫でも、発言力を強く出来るのではと考える。
化猫は決して、諂媚するばかりの生き物ではないのだ。

73 :創る名無しに見る名無し:2015/10/06(火) 19:38:37.78 ID:POz2Cig3.net
案内猫は丸で鉱山の様な、複数の洞窟が掘られた雪山に、ニャンダコーレを連れて行った。
そこでは、何匹もの魔犬が番をしており、ニャンダコーレを認めるや威嚇する。
ニャンダコーレは戦いになる事を覚悟していたが、案内猫が執り成した。

 「こいつは敵じゃない。
  新入りだ」

どう言う積もりかと、ニャンダコーレは不審の眼差しを案内猫に向ける。
しかし、案内猫の方は、彼を気にする素振りを見せない。
魔犬は唸るのを止めて、道を開ける。
だが、疑う様な目でニャンダコーレを睨み続けており、気を許した訳ではない事は明らかだ。

 「中に入れ」

案内猫は強気にニャンダコーレを洞窟内に誘った。
洞窟は嫌に広く、巨人でも住んでいるのかと思う程。
ニャンダコーレは案内猫の後に続きながら、問い掛ける。

 「コレ、正(まさ)か本気でナハトガーブに引き会わせる気なのか、コレ?」

 「……ああ」

案内猫は静かに頷く。
敵地の真ん中で、大将首を獲る事等出来やしないと、高を括っているのか、それとも、
ナハトガーブへの絶大な信頼が故なのか、ニャンダコーレは不気味に思いながら、
決戦に備え秘(ひそ)かに気を高める。

74 :創る名無しに見る名無し:2015/10/06(火) 19:40:02.09 ID:POz2Cig3.net
幾本にも枝分かれした洞窟を、案内猫とニャンダコーレは歩き続ける。
案内猫が素直にニャンダコーレを、ナハトガーブの元へ連れて行くとは限らない。
それを心配して、ニャンダコーレは道に迷わない様、獣魔法で記憶した。
洞窟の所々で、魔犬や化狸、妖狐、化猫の姿が見られる。
しかし、楽園と言うイメージは欠片も無い。
丸で戦を控えた砦の様に、張り詰めた空気が漂っている。
野良化猫共は逃げて正解だったなと、ニャンダコーレは思った。
洞窟に入ってから数点後、案内猫とニャンダコーレは広い空間に出る。
その中央には、直径2身程の巨大な金色の毛玉が眠っていた。
巨大な動物が、寝滑(そべ)り、丸くなっている。
これがナハトガーブ……。
ニャンダコーレは気圧されて、息を呑んだ。
人と比較しても倍以上の大きさなのだから、化猫にとっては正に「巨大」……とは言え、
鬼熊や亜熊ならば、この位の個体は稀に見られる。
ニャンダコーレが恐れたのは、その体躯よりも、空間を支配している強大な魔法資質だ。
並の妖獣の比ではなく、ニャンダコーレをも大きく上回る。
案内猫の態度も理解出来ると、ニャンダコーレは納得する。

75 :創る名無しに見る名無し:2015/10/06(火) 19:44:39.86 ID:POz2Cig3.net
案内猫はナハトガーブの前で、動かずに固まっていた。
余りに畏れ多く、声を掛ける事が出来ないのだ。
だが、ニャンダコーレも迂闊に動けない。
寝込みを襲った所で、これと戦って勝てる気はしなかった。
出来る事なら、穏便に話を進められないかと引け腰にもなる。
2匹が沈黙していると、ナハトガーブは目を覚まして、自ら問う。

 「何用カ?」

 「は……はい、新入りを連れて参りました。
  ニャンダコラスの子孫を名乗る物で……」

重く響く声に、案内猫は緊張の余り、震えながら応える。
ニャンダコーレは臆さず、案内猫の後に続けて、自ら名乗った。

 「我輩はニャンダコーレ。
  コレ、妖獣の仇敵ニャンダコラスの子孫だ、コレ」

 「……ソレデ?」

ニャンダコーレの隣で、案内猫は正に開いた口が塞がらない顔で驚愕しているのだが、
ナハトガーブはニャンダコラスの名に反応せず、興味無さそうに流す。
妖獣神話を知っているなら、ニャンダコラスに反応しない筈は無いのだが……。
案内猫は慌てて、ナハトガーブに事情を説明した。

 「この物が、ニャンダカニャンダカの子孫の野望を止めて見せると、息巻くので……」

 「コレガ?
  我ガ野望ヲ?」

ナハトガーブは徐に埋(うず)めていた首を起こし、案内猫とニャンダコーレを睨んだ。
その顔は鬼熊でも亜熊でもない。
況して、犬猫でもない。
角と牙を持った、得体の知れない、悪魔の様な怪物だった。

76 :創る名無しに見る名無し:2015/10/07(水) 19:41:55.21 ID:scVmcU+J.net
蛇に睨まれた蛙の様に、全く動けない案内猫とニャンダコーレを、ナハトガーブは暫し見詰める。
そして、鼻で笑うと再び丸くなった。

 「愚カナ……。
  コノ程度ノ物ガ騒イダ所デ、一々報告セズトモ良イ。
  勝手ニ始末シロ」

 「は、はい……」

案内猫は只管に畏まって、頷く事しか出来ない。
全く相手にされていない事に、ニャンダコーレは安堵したい所だったが、妖獣の仇敵である、
ニャンダコラスの子孫を自称する以上は、黙っている訳には行かなかった。

 「コレ、待つのだ!
  貴様はコレ妖獣を利用して、何をコレ企んでいる!」

ナハトガーブは耳を貸さず、無視を決め込んでいたが、ニャンダコーレの一言で、
そうも行かなくなった。

 「その魔力はコレ、妖獣の物ではないな!
  貴様は何物なのだ、コレ?
  答えよ、コレ『旧い魔法使い<オールド・マジシャン>』!」

 「今、何ト言ッタ?」

ナハトガーブは怒りの篭もった眼差しを、ニャンダコーレに向ける。

77 :創る名無しに見る名無し:2015/10/07(水) 19:43:22.23 ID:scVmcU+J.net
その殺気に中てられ、案内猫は気絶しそうだった。
ナハトガーブは案内猫に厳かな声で命令する。

 「貴様ハ下ガッテイロ」

 「は、はいっ、失礼しました!」

案内猫は腰を抜かして転げながら、吹き飛ばされる様に一目散に逃げ、あっと言う間に姿を消す。
ニャンダコーレは一対一でナハトガーブと対峙した。
彼は恐れを感じながらも、そこに急所があると感付き、ナハトガーブの弱点を探りに踏み込んだ。

 「コレ、何を恐れている?
  妖獣ではないと知られると、コレ都合が悪いのか?」

ナハトガーブは一旦両目を閉じると、落ち着きを取り戻し、澄んだ瞳でニャンダコーレに尋ねる。

 「何故、私ガ妖獣デナイト思ッタ?」

その目には奇びと驚嘆の感情が隠れていた。
ニャンダコーレは態度を急変させたナハトガーブに戸惑うも、平静を装って答える。

 「魔力の質が違うのだ、コレ。
  コレ、野生の妖獣の物でも、コレ、使い魔の物でもない……」

ナハトガーブは頷き、口の端を少し歪めて、自嘲気味に笑った。

78 :創る名無しに見る名無し:2015/10/07(水) 19:46:37.88 ID:scVmcU+J.net
そして、ニャンダコーレに問い掛ける。

 「貴様ハ何物ダ?」

 「コレ、先程名乗った筈。
  我輩はニャンダコーレ、コレ、ニャンダコラスの子孫」

 「『妖獣神話』カ……、フフフ」

 「コレ、何が可笑しい?」

 「否(イヤ)、馬鹿ニシテイルノデハナイ。
  偉大ナル祖ヲ持ツト、苦労スル物ヨナァ。
  何物モ血ノ宿命カラハ、逃レラレヌト言ウノカ……」

ナハトガーブはニャンダコーレとの対話を、楽しんでいる様だった。
しかし、当のニャンダコーレには楽しむ余裕は無い。
彼はナハトガーブに言う。

 「妖獣共を利用して、コレ、馬鹿な夢を見させるのは、コレ止めるのだ」

 「ソウハ行カヌ……。
  祖ノ仇ヲ討ツト言ウ点デ、私ト奴等ハ一致シテイル。
  ソノ相手コソ違エドナ」

 「やはり、コレ、旧い魔法使いの裔か!
  その目、コレ変身魔法使いだな?」

79 :創る名無しに見る名無し:2015/10/08(木) 19:12:41.50 ID:llxacaxz.net
ナハトガーブは虚を衝かれて、目を剥いた。

 「……何故、判ル?」

 「変身魔法使いは、コレ何に姿を似せられても、一つだけ変えられない物があると、コレ聞く。
  コレ、それは瞳!」

ニャンダコーレに指摘され、ナハトガーブは内心大いに焦った。
最早手心は不要と、強引に話を打ち切って、魔法を使う。

 「……オ喋リガ過ギタ様ダナ。
  霊ヲ残シ、物言ワヌ立像ト化セ!
  其ハ生ケル屍ナリ!」

魔力がニャンダコーレに集まり、その体を変質させて行く。
全身が石の様に硬く、重くなって、動けなくなる。
体だけではない。
身に付けている物までも。
徐々に感覚が失われ、意識だけが残る。

 「魔犬共!」

ナハトガーブが叫ぶと、直ぐに2匹の魔犬が駆け付けた。

 「コレヲ片付ケテ置ケ」

魔犬は命令通り、ニャンダコーレの形をした像を、2匹で協力して屑々(せっせ)と背に乗せ、
外に運び出す。
続けて、ナハトガーブはテレパシーで洞窟に居る全妖獣に伝えた。

 「妖獣達ヨ、今日限リデ、コノ塒ハ放棄スル!
  新タナ拠点ハ、人間ノ集落ダ!
  長キ雌伏ノ時ニ終ワリヲ告ゲヨウ、愈々我等妖獣軍ハ進撃ヲ開始スル!」

妖獣達は色めき立った。
長らく地上を支配して来た人間を駆逐し、地上に理想の楽園、ニャンダカ国を築くのだ。

80 :創る名無しに見る名無し:2015/10/08(木) 19:15:21.31 ID:llxacaxz.net
ニャンダコーレは洞窟の外の針葉樹林に投げ捨てられた。
立像と化したニャンダコーレは、雪に埋もれても、寒さを感じないが、意識だけは確りしている。

 (愚かな妖獣共……。
  コレ、利用されているだけとも知らず……)

彼は妖獣達を憐れみながら、どうにか出来ない物かと、考え続けた。
妖獣達を助けたいと考えている訳ではないが、無益な――本当に「無益な」殺し合いが、
今将に行われようとしている。
ニャンダコーレはニャンダカニャンダカやニャンダコラス以前に、「当然の正義」として、
それを止めなければならない。
日没前に、妖獣達は林の中に捨て置かれたニャンダコーレには目も呉れず、大軍勢を成して、
洞窟から出て行く。
犬、猫、熊、鼬、狐狸……様々な妖獣に混じって、猿や鼠の霊獣も見られる。

 (どうにか動けないか、コレ……)

『立像化<スタチュワイズ>』の魔法は何とか自力で解除出来そうな感じだが、時間が掛かる。
どの程度の距離に人里があるか知れないが、新たな拠点とすると言うからには、そう遠くない筈。
どちらが勝つにせよ、戦いが始まってしまえば、悲惨な結果になる。
妖獣達は人間に復讐する積もりで容赦しないだろうし、人間も妖獣を徹底的に駆除するだろう。
日が暮れ、徐々に辺りは暗んで行く。
ニャンダコーレは寒さを感じ始めていた。
魔法が解けつつある証拠だ。

81 :創る名無しに見る名無し:2015/10/08(木) 19:26:15.76 ID:llxacaxz.net
体の自由を取り戻したニャンダコーレは、寒さに震えながら、夜の針葉樹林を歩き始めた。
体調は万全とは言い難いが、今は何より時間が惜しい。
移動しながら魔法を使って、回復する。
多数の妖獣が歩いた後には、最早獣道とは言えない位の、大きな道が出来ている。
追跡は容易だった。
数角歩いた所で、ニャンダコーレは人里の明かりを発見する。
……驚く程に静かで、物音一つしない。
幾ら田舎と言っても、鳥や獣の夜鳴き位は聞こえる筈だ。
それを不気味に思ったニャンダコーレは、獣魔法で気配を探った。
両目を閉じれば、魔法資質が妖獣の気配を察知する。

 (遅かったか、コレ……)

ニャンダコーレは落胆した。
集落の方々に、妖獣の気配が感じられる。
人の気配は全くしない。
既に制圧が完了した後なのだ。
ここから妖獣達は、次々と人間の集落を襲って行く積もりなのだろう。
何としても、この時点で妖獣達を止めなければならないと、ニャンダコーレは駆け出す。
妖獣達を率いる王、ナハトガーブが実はニャンダカニャンダカとは無縁な物だと知れば、
この凶行を止められるかも知れない。
ニャンダカ国の王は、ニャンダカニャンダカの血を引く物以外に考えられないのだ。
正統性の無い王を認める度量は、妖獣達には無い筈。
何故なら、妖獣達はニャンダカ神話を信じて、今日まで生きて来たのだから……。

82 :創る名無しに見る名無し:2015/10/09(金) 19:40:42.00 ID:Hud1UA7r.net
妖獣達が制圧したのは、人口が1万にも満たない小村。
ニャンダコーレは見た目、普通の化猫なので、怪しまれずに潜入出来た。
敵味方の確認はされなかった――と言うか、そもそも妖獣達は人が通る道以外を警戒していない。
勝利の後で浮かれているのか……。
疎らに人家が配された村の中で、見掛けるのは妖獣ばかり。
ニャンダコーレは先ず目に付いた、大きな一軒家を訪ねた。
田舎村に特有の、広い個人所有の庭と畑は、無残に荒らされていた。
屋外だけではない。
屋内も泥だらけで、物が散乱し、酷く汚れている。
家の中では、妖獣達が我が物顔で屯していた。
やはり、ニャンダコーレが部外者だと気付く様子は無い。
ニャンダコーレは問い掛ける。

 「……コレ、ここの住人は?」

口の利ける魔犬が答えた。

 「大人は抵抗したから殺した。
  子供は王の所へ預けた」

 「殺したのか、コレ!?」

ニャンダコーレが声を荒げると、魔犬は吃驚して狼狽える。

 「も、問題は無い筈だ。
  抵抗する奴は殺せと、そう言う指示だった」

命令に忠実な魔犬らしく、反論は整然とした物。

83 :創る名無しに見る名無し:2015/10/09(金) 19:44:13.54 ID:Hud1UA7r.net
魔犬の価値は、命令を愚直に実行する所にある。
末端に怒っても仕方が無いと、ニャンダコーレは気を落ち着けた。

 「コレ、王の居場所は?」

 「村の広場だ。
  そこで勝利の宴を開く」

情報を得たニャンダコーレは、広場に向かう前に、魔犬に尋ねた。

 「……人間を殺したなら、コレ、もう戻れないぞ。
  今更降伏した所で、コレ人間は妖獣を許しはしない。
  解っているのか、コレ?」

 「……私に命令してくれる人間は、私を捨てた。
  今は唯、新たな主の命に従うのみ」

その答を聞いて、これに王の正統性を訴えても無駄だろうと、ニャンダコーレは確信する。

 「コレ、相解った。
  ならば、コレ何も言うまい」

彼は空き家を出て、広場へ向かって走る。
勝利の宴が開かれている場所――……そこは遠目でも直ぐに判った。
多くの妖獣が炎を囲んで犇き、歌う様に不気味な鳴き声を上げている。

84 :創る名無しに見る名無し:2015/10/09(金) 19:47:37.74 ID:Hud1UA7r.net
何百何千と言う妖獣達の中心には、ナハトガーブが居た。
――同属で争い合う内に、ニャンダカニャンダカの子孫は、霊獣と妖獣に分かれた。
角と牙を持つ『有り得ない動物<アンティテータ>』は、それ等の統合の象徴。
『異様<グロテスク>』さと美しさを併せ持つ。
洞窟の中でニャンダコーレが見た物より、倍は大きく、正に妖獣の王に相応しい偉容。
魔法資質の差によって生じる威圧感が、そう感じさせるのか……。

 「ココニ、我等妖獣ノ最初ノ勝利ヲ宣言シヨウ!
  今ハ只酔イ痴レルガ良イ。
  コレカラノ戦イハ、熾烈ヲ極メル」

ナハトガーブが演説する前には、人の死体が並べられている。

 「サア、勝者ノ権利ダ!
  美肉ヲ食ラエ!」

ナハトガーブが命じると、数匹の魔犬が死体を運んで、妖獣達の前を歩く。
妖獣達は、ある物は厳かに、ある物は貪欲に、人の死体から肉を剥ぐ。
遠慮勝ちに含む物、嬉々として齧り付く物、その姿は様々ながらも、誰もが肉を口にする。
家畜や食料を差し置いて、態々人を食らうのは、その覚悟を確かな物にする為だ。
これは儀式なのである。

85 :創る名無しに見る名無し:2015/10/10(土) 18:32:18.94 ID:N2ypJ6Vl.net
ニャンダコーレは雷火の如き身の熟しで、群集の間を駆け抜け、ナハトガーブの前に躍り出た。

 「待つのだ!!
  皆、コレ聞けっ!!」

何事かと、妖獣達は儀式を中断して、面を上げる。
ニャンダコーレはナハトガーブの正体を暴露した。

 「奴はコレ妖獣ではないっ!
  コレ、妖獣の王を騙る、悪の魔法使いだ、コレ!
  皆々、コレ、奴に都合好く利用されているに過ぎぬ!!」

しかし、妖獣の多くは事情を呑み込めていない。
行き成り現れた物に、そんな事を言われても信じられない。
ナハトガーブはニャンダコーレを見下して、含み笑った。

 「グフフ、何ヲ言ッテオルノダ?」

ナハトガーブが惚けると、妖獣達の群れの中から、老虎が現れて進言する。

 「不埒物ノ始末ハ、オ任セヲ……」

 「否、ソノ必要ハ無イ。
  丁度、物足リヌ戦イデ、退屈シテイタ所ダ。
  オ前達ハ、手ヲ出スナ」

ナハトガーブは老虎を制し、悠然たる歩みでニャンダコーレに迫る。

86 :創る名無しに見る名無し:2015/10/10(土) 18:34:35.79 ID:N2ypJ6Vl.net
妖獣達は物見に集まり、壁を作って、ニャンダコーレの逃げ場を封じた。
ナハトガーブはニャンダコーレに話し掛ける。

 「殺サズニ置イテヤッタト言ウノニ、愚カナ奴ダ。
  何故、再ビ我ガ前ニ現レタ?」

 「それはコレ、こちらの台詞だ!
  こうなる事は、コレ分かっていたであろうに、何故コレ、私を見逃した?」

 「オ前ハ妖獣デモ、人間デモ無イガ故ニ……」

ニャンダコーレが逆に問うと、ナハトガーブは一瞬だけ寂しそうな目をした。
意外な反応に、ニャンダコーレは気を取られる。
その隙を衝いて、ナハトガーブは前足の太く鋭い大爪を振り下ろした。
固い地面に深々と5本の爪痕が残る。

 「くっ、コレッ!!」

ニャンダコーレは辛うじて避け、獣魔法で反撃した。
魔力の爪が伸び、ナハトガーブの前腕部を切り裂くも、肉まで届かない。
魔力、毛皮、皮膚の壁が厚い。

 「ドウシタ、ソンナ程度デ私ヲ止メヨウトシテイタノカ?
  勇気ト無謀ハ異ナル物ダゾ!」

ナハトガーブが高い声で吠えると、大気が震えて、ニャンダコーレの動きが封じられる。

87 :創る名無しに見る名無し:2015/10/10(土) 18:38:28.32 ID:N2ypJ6Vl.net
余りに能力が違い過ぎる。
腕力、体格、魔法資質、全てに於いて、ニャンダコーレがナハトガーブに勝る所は無い。
大人と子供、虎と猫……いや、それ以上だ。
ナハトガーブは動けないニャンダコーレを握り締めると、高く掲げた。

 「扨、ドウシテ呉レヨウカ……?
  一思イニ頭蓋ヲ噛ミ砕クガ良イカ?
  ソレトモ生キタ儘デ丸呑ミガ良イカ?」

余裕の笑みを浮かべるナハトガーブだが、ニャンダコーレは怒りでも、憎しみでも、恐怖でもない、
純粋な憐れみの目で見詰め返す。

 「何故抵抗シナイ?
  ……ソノ目ハ何ダ!」

 「コレ、貴様の目こそ、何なのだ、コレ……?
  殺意が感じられぬ……」

ナハトガーブとニャンダコーレは暫し睨み合う。
数極後、ナハトガーブは口の端を少し歪めて、又も自嘲気味に笑った。

 「余計ナ口は利ケナクシタ方ガ良イ様ダナ。
  猫ハ猫ラシク、黙ッテオレバ可愛イ物ヲ」

ナハトガーブは魔法を使い、ニャンダコーレを普通の猫にする。
彼の体は縮み、喉は変質して、口が利けなくなる。

88 :創る名無しに見る名無し:2015/10/11(日) 19:51:03.18 ID:r2fRqZgk.net
ナハトガーブはニャンダコーレを空中で解放した。
ニャンダコーレは四足で着地し、喋ろうとするが……、

 「ニュー、ニャー!」

真面な言葉にならない。
知能まで後退しているのか、言語的な思考まで鈍っている。
その姿は全く仇気無い仔猫。
ナハトガーブは馬鹿にする様に大笑いした。

 「ハハハハハハ、何ヲ言ッテオルノヤラ!
  全ク猫畜生デハナイカ!
  貴様ニトッテ、コレ程ノ屈辱ハ有ルマイ!」

それに倣って、他の妖獣達も一斉に笑い出す。

 「己ガ無力ヲ悔イルガ良イ!
  誰ゾ、此奴ヲ人質ノ人間共ト一緒ニ、閉ジ込メテ置ケ!」

ナハトガーブが命じると、数匹の将軍虎がニャンダコーレを取り囲んだ。
ニャンダコーレは小さい体を活かして、包囲を脱しようとしたが、一匹の将軍虎に押さえ込まれ、
母猫に運ばれる様に首の後ろを咥えて持ち上げられる。
獣魔法を使おうと思っても、やはり唱えられない。
抵抗するだけ無駄と悟ったニャンダコーレは、妖獣達の嘲笑を受けながら、連行されるのだった。

89 :創る名無しに見る名無し:2015/10/11(日) 19:53:09.01 ID:r2fRqZgk.net
ニャンダコーレを咥えた大虎が広場から離れると、老虎が2匹の将軍虎を伴って、追って来た。

 「1体デハ不意ヲ衝カレヌトモ限ラヌ。
  念ニハ念ヲ入レ、3体デ行動セヨ。
  決シテ逃スデナイゾ」

老虎は万一の事態を想定していた。
相手が1匹なら、どうにかなるかも知れないと考えていたニャンダコーレは、内心で悔しがる。
広場へ戻ろうとする老虎を、若い将軍虎が呼び止めた。

 「老師、ナハトガーブ様ハ本当ニ妖獣ノ王……ナノデスカ?」

老虎は若虎に問い掛ける。

 「此奴(キャツ)ノ言ウ事ヲ真ニ受ケ、ナハトガーブ様ヲ疑ウテオルノカ?」

 「ソ、ソノ様ナ事ハ……」

若虎が言い淀むと、老虎は牙を剥いて、不気味に笑った。

 「ドウデモ良イデハナイカ?
  儂ハ、アノ強大ナ能力ヲ信ジル。
  妖獣ノ王デモ、悪ノ魔法使イデモ、ドチラデモ構ワヌ。
  利用スルト言ウナラ、コチラモ利用サセテ貰ウマデヨ」

老虎は広場の賑わいの中へ戻って行く。
3匹の将軍虎達は、不安を感じながらも、何も言わずに村の集会所へ移動した。

90 :創る名無しに見る名無し:2015/10/11(日) 19:56:16.71 ID:r2fRqZgk.net
村の集会所には大勢の村人が閉じ込められており、外では鬼熊と魔犬が番をしている。
将軍虎はニャンダコーレを集会所の敷地内に放り込むと、鬼熊と魔犬に命じる。

 「ナハトガーブ様ノ命令ダ。
  仔猫一匹逃ガスナヨ」

こうなっては、ニャンダコーレに為す術は無い。
魔法を失い、知能まで低下した、今の彼は少し賢いだけの猫。
ニャンダコーレは仕方無く、集会所に入ろうとしたが、中から鍵が掛けられていた。
妖獣の侵入を恐れて、入り口を閉めたのだろう。
未だ村人達は「避難している」と言う意識で、「計画的に生き残らされている」とは、
考えていないかも知れない。
ニャンダコーレは集会所の縁の下に入り込み、丸くなって体を休めた。
魔法の力を失った彼は、腹も空くし、眠くもなる。
その内、深く寝入ってしまった。
目が覚めた時には、ニャンダコーレは殆ど真面な思考が出来なくなっていた。
辺りは未だ暗い物の、仄かに明るんでいる。
先ず、空腹を満たそうと、ニャンダコーレは餌を探しに縁の下から這い出した。
魔犬をも恐れる様になって、忍び足で慎重に、慎重に。
そんな彼の前に、例の案内猫が現れた。
ニャンダコーレは案内猫に就いても、複雑な情報を記憶していなかった。
単に「敵とも味方とも言えない関係だった」事だけ認識しており、警戒する。

91 :創る名無しに見る名無し:2015/10/12(月) 19:30:38.56 ID:QY3Aj1A+.net
案内猫は威嚇の姿勢を取るニャンダコーレを宥めた。

 「……安心してくれ、危害を加える気は無い」

ニャンダコーレは案内猫の言葉は理解出来ずとも、雰囲気から敵意が無い事を察して、
警戒を緩める。
案内猫は周囲を確認すると、声を潜めてニャンダコーレに尋ねた。

 「あんたの話、本当なのか?
  ナハトガーブ様が妖獣じゃないってのは……」

言葉を理解出来ないニャンダコーレは、真っ直ぐな瞳で案内猫を見詰めるだけ。
しかし、それを勝手に解釈した案内猫は、独り頷いた。

 「『楽園』は実現しないんだな……。
  村を制圧する時の戦いで、漸く解ったよ。
  あいつ等の望む世界は、暴力と理不尽が支配する世界なんだ。
  ナハトガーブ様を頂点に、強い物が幅を利かせて、弱い物を押し潰す……」

戸惑うニャンダコーレに構わず、案内猫は尚も語り続ける。

 「人間の奴隷が良いとは思わないけど……、こんなのは御免だよ。
  でも、誰も俺の話なんか聞いちゃくれない。
  どいつも、こいつも、勝者の気分に酔っている。
  ……俺の能力じゃ、あんたに掛けられた魔法を完全には解けないけれど、
  弱める位なら出来ると思う。
  今更勝手な言い分なのは分かってるが……頼む、皆を止めてくれ。
  屹度、あんたにしか出来ない」

案内猫はニャンダコーレに手を翳すと、呟々と獣魔法を唱え始めた。

92 :創る名無しに見る名無し:2015/10/12(月) 19:33:11.24 ID:QY3Aj1A+.net
だが、唱え終えても変化は表れない。
案内猫は落胆した様子で、深い溜め息を吐いた。

 「あのナハトガーブ様の魔法だから、そう簡単には戻らないか……。
  俺は同じ化猫達だけでも説得してみる。
  望み薄だけどな。
  あんたが元に戻ったら、一緒に戦おう」

去り行く案内猫を見送りながら、ニャンダコーレは餌の事ばかり考えていた。
集会所の周囲を彷徨き、彼は花畑を発見する。
そこに土竜が居る事を察したニャンダコーレは、土を掘り返して捕獲し、その場で食べる。
普段のニャンダコーレが食べる物ではないが、汚いとも臭いとも思わなかった。
取り敢えず、1匹の土竜だけで空腹を紛らわした彼は、再び縁の下に潜って眠った。
それから、どれ程の時間が経過したのだろう……。
目を覚ましたニャンダコーレは、少しだけ元の意識を取り戻していた。
彼は縁の下から這い出し、周囲を窺ったが、鬼熊も魔犬も居なくなっている。
集会所の中も人の気配がしない。

 (コレ、奴等は一体どこへ……?)

完全に猫だった間の記憶は曖昧で、思い出そうにも、霞が掛かった様。
それに、未だ体は猫の儘。
不完全な状態では、妖獣達に追い着いた所で、何も出来ない。
先ずは変身魔法を解こうと、ニャンダコーレは懸命に獣魔法を使った。
ナハトガーブの変身魔法は強力で、只の猫の体では、獣魔法を上手く使えない。
時々休憩しながら、ニャンダコーレは半日以上を掛けて、漸く元の姿に戻る事が出来た。

93 :創る名無しに見る名無し:2015/10/12(月) 19:36:34.10 ID:QY3Aj1A+.net
ニャンダコーレは重い足取りで、村中を回ったが、目立つ所には誰も居ない。
もう次の集落へ侵攻したのだろうかと、ニャンダコーレは焦った。
普通の猫だった間に、どれだけ事態が進行してしまったのだろうか?
いや、そうではない。
ニャンダコーレは知らないが、既に事件は解決した後なのだ。
ナハトガーブは共通魔法使いに倒され、妖獣軍は敗走したのである。
妖獣の撤退から、人間達が村を取り戻すまでの、空白の時間――それが今。
不気味な静けさの中で、ニャンダコーレは生き残りを探した。
もしかしたら、妖獣軍が見落とした人間や、ナハトガーブに付いて行けなかった妖獣が、
ここに留まっているかも知れない。
案内猫と交わした約束は憶えていなかったが、妖獣達を説得して戦いを止めさせる事も、
ナハトガーブを倒す事も不可能となれば、生存者や脱落者を逃がす位しか出来ない。
僅かな希望を求め、一軒一軒家屋を調べていたニャンダコーレは、突然背後から殴られて、
地面に倒れ伏した。

 「妖獣め!
  よくも、よくも……!」

その間際に聞こえたのは、怒りと憎しみと悲しみが綯い交ぜとなった男の声。
肉体の変質に伴う体力の消耗で、ニャンダコーレは疲れ切っていた。
本来ならば気付ける筈の、人の気配も見落とす程に。
ニャンダコーレは筋違いの暴行に対する怒りよりも、無常を感じていた。
何と命の儚き事、自分の無力な事……。
生存者が居た事を、喜ぶべきか……。
彼は抵抗する気力も無く、簡単に意識を手放した。

94 :創る名無しに見る名無し:2015/10/13(火) 19:48:02.43 ID:bFQ5hd97.net
三人虎を成す


第一魔法都市グラマー ランダーラ地区ランダーラ魔法刑務所地下留置場にて


魔導師会の八導師親衛隊ジラ・アルベラ・レバルトは、この日、同じ所属の先輩である、
クァイーダ・シャジャーラにランダーラ地区の魔法刑務所の地下へ連れて行かれた。
クァイーダ曰く、親衛隊になったなら、「会っておかなければならない人」が居ると。
魔法刑務所の地下と言えば、強力な魔法封印が施され、凶悪な魔法犯罪者が収容される事で、
知られている。
八導師の親衛隊が、態々魔法刑務所の地下で会わねばならぬ程の人物とは一体?
ジラの尤もな疑問にも、クァイーダは「会えば分かる」としか答えなかった。
ジラとクァイーダは刑務所の地下4階に着く。
先ず目にしたのは、厳重にロックされた鉄の扉。
通常の犯罪者の留置場とは、全く異なる仕様。
それは即ち、収監者が余程の危険人物だと言う事に他ならない。
クァイーダは解除紋章に触れて、魔法封印錠を解く。
ジラは心配になって、彼女に尋ねた。

 「だ、大丈夫なんですか?
  中の人物は、凶悪犯罪者では……」

 「そう、凶悪犯罪者。
  貴女も聞いた事があるんじゃない?
  予知魔法使い『マキリニテアトー』」

 「マキリニテアトーが?」

 「これから私達が会うのは、『マキリニテアトー』その人」

クァイーダの発言に、ジラは動揺を露にする。

 「えっ……?
  あの、だって、マキニテアトーは開花期の人物で……」

 「生きているんだ。
  『古の賢者達<オールド・ウィザーズ>』は」

 「古の賢者達……。
  ま、待って下さい、心の準備が……」

 「ここまで来て、何言ってるの?」

クァイーダは構わず、鉄扉の向こうに踏み込む。
ジラは慌てて、その後を追った。

95 :創る名無しに見る名無し:2015/10/13(火) 19:52:44.95 ID:bFQ5hd97.net
鉄扉を隔てた空間は、「無駄に広い」と形容するのが相応しい所だった。
丸で立派な屋敷の様に、煌々と明かる長い廊下があり、それに沿って幾つもの部屋がある。
刑務所の地下に、これ程の施設がある事に、ジラは驚嘆の息を吐くばかりだった。

 「これが収監所……?」

 「ええ、それも唯一人の為の」

 「『特待』って訳ですか……」

 「復興期の偉人、イコノスの名言にもある。
  才傑殺すべからず。
  優れた人物を活躍させたくば、投資と報酬を惜しんではならない」

クァイーダの言葉に、ジラは引っ掛かる所があった。

 「それはマキリニテアトーが……?」

 「ええ、彼は価値のある人物。
  過去に何度も難事件を解決に導いた。
  今の待遇は、その成果あっての物」

 「良いんですか?
  魔導師会が外道魔法使いを頼りにする様な……」

それは魔導師として当然の疑問だった。
そもそも魔導師会とは魔法秩序維持の為の組織ではなかったのか?
外道魔法を認めて利用しているなら、他の魔法を禁じる理由は?

96 :創る名無しに見る名無し:2015/10/13(火) 19:59:16.60 ID:bFQ5hd97.net
クァイーダは真面目に答える。

 「魔法に関する法律は、外道魔法の存在その物までは禁じていない。
  限定的な状況では、外道魔法の使用は許可されている。
  元執行者なら、その位は知ってるよね?」

 「……宣伝、公布等を目的とする、大々的な、衆目に付く形での使用禁止。
  同、技術、術理の公開、出版の禁止。
  他、特に許可や届出が無い状態で、緊急性も要さない、業務での使用禁止。
  後は共通魔法と同じで、人を害したり、社会を混乱させたりしなければ良い筈です」

 「どの法律に基づいて、『駄目』と言うの?」

 「『業務での使用禁止』に該当するのでは?」

 「許可は取ってあるよ」

それで良いのかと、ジラは腑に落ちない気持ちで、黙り込んだ。
クァイーダは大きな声で、マキリニテアトーを呼ぶ。

 「『先生<キュリオス>』、クァイーダです!
  先生!」

数極の間を置いて、廊下に並んだ1室のドアが開き、黒いローブ姿の中年の男性が姿を現した。

 「そろそろ来る頃だと思っていた。
  後ろの彼女が新人か?」

 「はい」

 「立ち話も何だ、応接間で待っててくれ」

クァイーダとマキリニテアトーは、慣れた様子で会話する。
外見は普通の中年の小父さんだったので、ジラは本当に彼がマキリニテアトーなのか疑った。
言葉遣いが古めかしいと言う事も無い。

97 :創る名無しに見る名無し:2015/10/14(水) 02:17:45.50 ID:ZKD6YsMn.net
にゃんこぉぉぉ

98 :創る名無しに見る名無し:2015/10/14(水) 20:25:56.02 ID:YJw39UaW.net
クァイーダとジラは、先に応接間で待った。
こちらも4身平方と広いが、飾り気が全く無く、殺風景にも程がある。
お負けに窓が無い。
遅れて来たマキリニテアトーは、気削に笑う。

 「待たせてしまったかな?
  初めまして、ジラ君。
  私がマキリニテアトーだ」

唐突に名前を呼ばれて、ジラは驚いた。

 「何故、私の名前を?」

 「私は予知魔法使いだから……と言って、納得して貰えるかな?
  他に説明の仕様が無い」

苦笑するマキニテアトー。
ジラはクァイーダに横目で視線を送った。
事前に自分を紹介していたのではないかと、勘繰ったのだ。

 「私は何も話してないよ」

しかし、クァイーダは否定する。

99 :創る名無しに見る名無し:2015/10/14(水) 20:28:09.87 ID:YJw39UaW.net
疑り深いジラを、マキリニテアトーは不快には思わない。
寧ろ、余裕を持って微笑ましく見ている。
その態度に、ジラは益々疑念を深める。

 「俄かには信じられないだろう。
  無理に信じろとも言わない。
  その内、嫌でも信じる様になるよ」

そう言うと、マキリニテアトーは徐に立ち上がり、お茶の用意を始めた。
ジラは声を潜めて、クァイーダに尋ねる。

 「あの、顔合わせは分かるんですけど、何を話せば良いんですか?
  何か話さないと行けない事、あります?」

 「それを本人に聞けば?」

 「えっ……」

クァイーダの返しに、ジラは戸惑う。
2人が話している間に、茶を淹れたマキリニテアトーは、それを『盆<トレー>』に載せて彼女等に配った。

 「あ、どうも」

ジラが愛想笑いで礼をすると、マキリニテアトーは自ら話を振る。

 「何の話をしてたの?」

 「ああ、いえ、その――」

口篭るジラに代わって、クァイーダが答えた。

 「彼女は貴方と何を話せば良いのか、分からないんだそうです」

100 :創る名無しに見る名無し:2015/10/14(水) 20:34:58.81 ID:YJw39UaW.net
それを聞いて、マキリニテアトーは深く頷く。

 「成る程、知らない小父さんと会わせられても、話題に困ると言う訳だな」

 「いえ、あの……」

 「私は予知魔法使いだからね。
  人が何を考えているか、大体分かる。
  君は外道魔法使いと関わる事自体、気が乗らないんだろう?」

 「そんな事は――」

 「清濁併せ呑む度量が無いと、親衛隊の仕事は務まらないよ」

マキリニテアトーの言い分が、ジラは無性に癪に障った。
彼の「予知」が正しいかは措いて、何でも知った顔をして決め付けられ、諭されるのが、
気に入らないのだ。
それを表情に出すジラを、マキリニテアトーは諌める。

 「感情的になるのは良くない。
  私は魔導師会に請われて、協力している立場なのだ。
  例えば、君が私の機嫌を損ねて、今後の協力が望めないとなった時、責任を取れるのかな?」

正論振って挑発する様な彼の物言いに、ジラは堂々と反論する。

 「『威圧行為<ハラスメント>』は犯罪です。
  魔導師会が外道魔法使いに屈するとでも?
  クァイーダさん、今の発言を記録して下さい」

クァイーダはマキリニテアトーを窘めた。

 「失言でしたね、先生」

 「……随分確りした新人だな」

 「彼女は元執行者なので」

マキリニテアトーは負けを認めて、ジラに謝罪する。

 「済まない、悪かった。
  新しい親衛隊員が、どの程度の者か、少し試してみたかったんだ。
  頼むから、訴えないでくれ」

101 :創る名無しに見る名無し:2015/10/15(木) 19:34:30.13 ID:2e5jYwv3.net
ジラは不機嫌な様子で、冷淡に視線を逸らした。
魔導師を「試す」とは、何様の積もりなのかと、彼女は激憤していた。
一般的に、人を試す行為は傲慢であるとされ、嫌われる物だ。
特に対等な立場の個人間では。
マキリニテアトーは弱った顔で、ジラに言う。

 「冗談の積もりだった。
  水に流してくれないか?」

ジラは膠も無い態度で、マキリニテアトーに問い掛けた。

 「本当に冗談ですか?
  何か意図がある様に思えましたが」

マキリニテアトーは僅かに目を見張った後、にやりと笑う。

 「成る程、親衛隊に選ばれる訳だ」

彼は相変わらず厳しい目付きのジラに対して、語り始めた。

 「私達、予知魔法使いと言う物は、『攻城棋<シャトランズ>』の棋士なのだ。
  生きている人間を駒として、現実を『思い通りに展開する』」

ジラの目付きが一層険しくなるも、マキリニテアトーは敢えて告げた。

 「君は魔導師と言う職業に、誇りを持っている。
  魔導師会を信頼し、その秩序を守る事が正義だと固く信じている。
  そう言った君の『性格』を把握する必要があった。
  ――『駒』として使役する為に。
  嘗て、大聖フリックジバントルフが顕現士を率いた様に」

ジラはクァイーダを一瞥したが、彼女は特に反応しない。
落ち着き払って、マキリニテアトーが淹れた茶を飲んでいる。
詰まりは、クァイーダも承知している事なのだ。

102 :創る名無しに見る名無し:2015/10/15(木) 19:38:19.56 ID:2e5jYwv3.net
ジラは視線をマキリニテアトーに戻して確認する。

 「マキリニテアトーさんが、私達を駒として動かし、難事件を解決すると」

 「そうだな」

 「本来の指揮官を差し置いて?」

 「君達だけで解決出来ると言うなら、私の出番は無いのだがね」

マキリニテアトーは当て付ける様に言った。
ジラは不満と不審を露に、彼に改めて尋ねる。

 「予知魔法とは、もっと神秘的な物だと思っていましたが」

 「『予知するだけ』ならばな。
  そこから先、『未来を選択する』為には、情報と駒が必要になる。
  シャトランズと同じだ。
  動かせる駒が無ければ、勝負にならない」

一々盤上遊戯を引き合いに出すマキリニテアトーを、ジラは快く思わなかった。

 「人は駒ではありません。
  全てが貴方の思い通りにはなりませんよ」

 「それで困るのは君達の方なんだけどな……。
  取り敢えず、君の性格は解った。
  然るべき時には、確り働いて貰う」

強気に言い切るマキリニテアトーに対して、不服そうな顔をするジラを、クァイーダが宥める。

 「そう頑なにならないで。
  彼は仲間――とは言えないけど、一応味方だから」

103 :創る名無しに見る名無し:2015/10/15(木) 19:41:01.26 ID:2e5jYwv3.net
その後、大した話もせず、ジラとクァイーダは帰る事になった。
ジラはマキリニテアトーの用意した茶や菓子には、殆ど手を付けていない。
マキリニテアトーは少し残念がる素振りを見せ、ジラとクァイーダに言う。

 「又、何時でも来ると良い」

クァイーダは愛想笑いで遠回しに断った。

 「フフ、そんなに暇ではありませんよ」

ジラとクァイーダは退室して、収監所にロックを掛ける。
施錠を確認したクァイーダは、小さく溜め息を吐いて、ジラに言った。

 「マッキー可哀想だと思わない?」

 「マッキーって……、マキリニテアトーの事ですか?」

思い掛けない愛称呼びに、ジラは目を丸くする。
クァイーダは歩きながら話を続けた。

 「何百年も地下に閉じ込められて、結構人恋しいみたい」

 「同情は禁物ですよ」

ジラが釘を刺すと、クァイーダは頷く。

 「解ってる。
  可哀想だとは思うけど、それだけ。
  マッキーは『外道魔法使い』だからね。
  私達の常識は通じない」

彼女も引くべき線は弁えているらしく、浅りと切り捨てた。

104 :創る名無しに見る名無し:2015/10/15(木) 19:45:12.84 ID:2e5jYwv3.net
それでも「マッキー」と渾名で呼んだり、「可哀想」と言ってみたり、幾らか情が移っているのは確か。
ジラはクァイーダを怪しみ、問い掛ける。

 「クァイーダさん、マキリニテアトーに心を許し過ぎでは?」

先輩に対して些か礼を欠いた口の利き方だったが、クァイーダは然して気にしない。

 「そう見える?
  私自身は冷静な積もりだけど。
  マッキーとは数年来の付き合いだから、情が無いと言えば嘘になる。
  でも、私は多分貴女が思っているより冷たい女だよ。
  マッキーとも友達と使い魔の中間みたいな距離感」

 「使い魔?」

 「そう、それも他人の。
  色々思う所はあるけど、『私の物』ではないから。
  動物を憐れむ様な感じ。
  ……私の事は別に良いでしょう。
  それより、貴女は?」

 「私が……何か?」

クァイーダに問い返されたジラは、訝る様に更に問い返す。
クァイーダは真顔で告げた。

 「これから先、私達は必ずマッキーの能力を頼る。
  その時、貴女は蟠りを捨てて、彼に協力出来る?」

ジラも真顔で応える。

 「公私を混同したりはしません。
  仕事は仕事と割り切れます」

 「それなら良いんだけど」

 「それに……『私達がマキリニテアトーに協力する』のではなく、彼が私達に――魔導師会に、
  協力するのでしょう?」

 「飽くまで、そこに拘るんだ?
  意外に頑固なんだね」

クァイーダの言う通り、ジラはマキリニテアトーと協力して捜査をする事になる。
だが、それは今暫く先の話。

105 :創る名無しに見る名無し:2015/10/15(木) 19:50:32.56 ID:2e5jYwv3.net
「所で、マキリニテアトーは男だった訳ですが……」

「それが?」

「いえ、グラマー地方では男女が……」

「ああ……でも、マッキーは人間じゃないし」

「えっ」

「普通の人間が何百年も生きれる?」

「そうですけど、普通の人間じゃなくても、男は男では?」

「もしかして、私とマッキーが男女の仲だと思ってるとか?」

「そこまでは言いませんけど」

「マッキーは予知以外は、普通の人と変わらないよ。魔法資質は高いけど、予知しか出来ないし」

「所謂、制約のある外道魔法ですか?」

「そう、それ。後、一対一では会わない様にしてるから。問題無いよ。貴女をマッキーと会わせるのに、
 女女男と女男男、どっちの組み合わせにしても大して変わらないじゃない?」

「はぁ、確かに」

「大勢で連れ立って行くのも変だし。グラマー地方は堅い堅いと言われてるけど、融通が利く所は、
 普通に利くから」

106 :創る名無しに見る名無し:2015/10/16(金) 19:44:43.94 ID:wV8yb7S7.net
秘境探検隊


秘境探検隊とは毎週第5日目、休日の昼に放送される、ブリンガー地方のラジオ・ドラマ・
シリーズである。
放送は魔力ラジオウェーブで行われており、ブリンガー全土でテレビジョンの様に受信出来る。
受信者は主に公学校生で、完全な娯楽番組だが、中々評判は良い。
放送時間は1角。

 「ブリンガー秘境探検隊!
  今週の冒険は、大陸最大の湖、インベル湖!
  湖の底に潜むと噂されている、怪獣ベラック・モンスターの謎に迫る、シーズン14後編!
  初めての潜水に挑戦する新人のエレヴィー隊員だったが、途中で『引き揚げ<リティラーレ>』!
  エレヴィー隊員に代わって、クハスタ隊員が深部に挑む!
  先輩の意地を見せるのか!?」

 「それでは、クハスタ隊員、行きます!」

毎度お馴染みのイントロダクションと共に、前回の内容を編集して纏めた物を流し、
その続きから始まる。

107 :創る名無しに見る名無し:2015/10/16(金) 19:47:13.92 ID:wV8yb7S7.net
クハスタはタレント揃いの探険隊員の中では、最強の肉体派。
知識の方は少し残念だが、運動神経は抜群で、水泳も得意、潜水の経験もある。
慎重に、だが、速やかに、クハスタはガイド・ロープを伝って、インベル湖の底を目指す。
彼は潜水士と言う訳ではないが、丸で熟達した専門職の様。
黙々と潜行するクハスタに、船上から隊長が魔力通信で声を掛ける。

 「おーい、何か喋れー!
  放送事故になるぞー!」

 「あ、済みません。
  現在、30身地点です。
  取り敢えず、エレヴィー隊員が潜行した50身地点まで、さっさと行きます。
  画(え)も要りませんよね?」

冷静に返すクハスタ隊員に、隊長は困惑しつつ回答する。

 「お、おう……。
  いや、画は必要だよ。
  喋らなくても良いから、水深の報告だけしてくれ。
  何か言わないと不安になるからな」

 「了解、現在33身です。
  34…………35……」

クハスタは淡々と現在の水深を告げる。
それを放送しても面白くないので、船上の様子を交えながら編集して、尺を稼ぐ。
50身を迎えた所で、一旦コマーシャル・メッセージ。
内容は先週と同じなので省略。

108 :創る名無しに見る名無し:2015/10/16(金) 19:52:17.11 ID:wV8yb7S7.net
水深50身を越えて60身が近付いた所で、クハスタはエレヴィーと同様に大鯰の奇襲を受けた。
背後から、ドンと体当たりの一撃を食らう。

 「オフッ」

クハスタは吃驚した物の、パニックにはならない。

 「どうした、クハスタ隊員?」

 「いや、何でもありません。
  鯰が打付かって来ただけです」

隊長の問い掛けにも、落ち着いて返事する。
クハスタは接近する鯰を優しく押して受け流し、上手く遣り過ごした。
更に10身以上潜ると、鯰は姿を見せなくなる。
そして、徐々に水が澄んで行き、深い闇が現れる。

 「えー、そろそろ真面目に実況します。
  現在、水深70身を越えた所です。
  視界は物凄く悪いです。
  真っ暗で何も見えないので、ライト点けます。
  よっと。
  …………魚一匹、泳いでいません」

インベル湖は大陸最大の湖。
太陽光が届かない深部では、生物は呼吸が出来なくなる。
それは植物が生息出来ず、『気素<スピラゲン>』が不足する為だ。
深く広いインベル湖では、異相交換流によって植物の生息限界より下でも、魚類が確認出来るが、
水深50〜80身が限界とされる。
理屈で考えるなら、それより深い所では大型生物は生息出来ない筈。
故に、ベラック・モンスターの存在は否定される。

109 :創る名無しに見る名無し:2015/10/17(土) 18:53:45.50 ID:O0RqaFQe.net
クハスタは更に潜り続ける。
深海探査用の潜水服は、水深1000身まで耐えられるので、未だ未だ余裕はあるのだが、
魔法を使う為の集中力の持続を考えると、余り長時間の潜水は好ましくない。
1回の潜水で、湖全体を調べる事は不可能。
適当な所で引き揚げる事になるだろうと、彼は考えていた。

 「79…………80身まで来ました。
  変化はありません。
  相変わらず真っ暗。
  丸で死の世界です」

時々小さな虫とも塵とも付かない物が、視界を過ぎる以外は、完全な闇。
全く生命の気配が無い事に、クハスタは油断していた。
インベル湖の最大水深は312身。
そこに着くまで、延々と静寂が支配する死の世界が続く筈だ。

 「97身……。
  もう直ぐ、100身になります。
  インベル湖は深さ300身位……だったかな?
  底は未だ未だ先ですね……」

船上の隊長から数点毎に、無事を確認する為に、魔力通信で声が掛けられる。

 「クハスタ隊員、大丈夫かー?」

 「はい、大丈夫です。
  現在、106身。
  100身を越えました。
  湖の中は暗くて静かですよ」

 「どうだ、何か居そうか?」

 「いいえ、ベラック・モンスター所か、小魚一匹居ません」

今年も何も見付からないのだろうか……と言う所で、2度目のコマーシャル・メッセージを挟む。

110 :創る名無しに見る名無し:2015/10/17(土) 18:56:21.27 ID:O0RqaFQe.net
クハスタから届けられる船室内の映像にも、相変わらず変化は現れない。

 「あっ、今何か……。
  あ……あれ?
  済みません、見間違いでした」

 「おいおい、気を持たせる様な事、言うんじゃないよ」

船上で隊長と隊員達は、真剣な眼差しでモニターを睨み、あれこれ言い合う。
これも間を持たせる為だ。
実際の放送では、更に編集で解説や注釈を入れて、引き延ばす。

 「150身まで来ました。
  底が見えません。
  隊長ー、未だ潜りますか?」

ここで初めて、クハスタは隊長に指示を仰いだ。
長らく日の届かない中を下り続けて、不安になって来たのだ。
隊長は腕を組み、神妙な面持ちで答える。

 「取り敢えず、200身まで行ってみてくれ。
  駄目そうだったら、直ぐに言うんだぞ」

 「了解」

本当は隊長の独断ではなく、同行している専門家に、助言して貰っている。
番組の構成上、隊長が判断している様に見せ掛けているのだ。

111 :創る名無しに見る名無し:2015/10/17(土) 19:10:43.15 ID:O0RqaFQe.net
解説する事も無くなり、尺が稼げないので、水深200身付近まで一気に編集で飛ばされる。

 「198…………199…………200身到達。
  んー、何も無いです……。
  本っ当に何も無い……。
  おっ?」

クハスタが声を上げると、暇を持て余していた船上の隊長は、直ぐに反応した。

 「何事だ!?」

 「いや、大した事ではありません。
  底が見えました。
  只今202……203身。
  一寸、安心しています。
  今まで真っ暗で何も無かったので」

インベル湖の最大水深は312身だが、湖底の地形は平坦ではない為、どこも同じ水深ではない。

 「底まで行けそうか?」

 「はい、もう見えているので」

クハスタは慎重に湖底に足を着ける。

 「着きました。
  219身。
  足場は緩くて、安定しません」

湖底は柔らかく、彼の足は埋まって行くが、ロープがあるので、嵌まって抜け出せなくなる事は無い。
歩く度に堆積した泥が舞い上がる。
隊長はクハスタに尋ねた。

 「何か生き物は居るか?」

 「えー……と、居ません。
  あ、小さな蝦みたいなのが1匹……。
  それだけです」

湖底は本当に何も無い死の世界なのか……と言う所で、3度目のコマーシャル・メッセージ。

112 :創る名無しに見る名無し:2015/10/17(土) 21:47:04.24 ID:Wc8cIb+X.net
むしろ、コマーシャルの方を楽しむ勢

113 :創る名無しに見る名無し:2015/10/18(日) 19:44:10.79 ID:cxD8Z//5.net
クハスタは泥を噴き上げながら、湖底を散策する。

 「……何も無くて、砂漠みたいです。
  只今、222身。
  隊長、一番深い所まで行くんですか?」

クハスタに問われた隊長は、逆に問い返した。

 「行けそうか?
  結構長く潜っているだろう?」

 「そうですねー。
  引き返した方が良いかも知れません。
  取り敢えず、220身まで何も無かったと言う事で」

 「解った。
  回収する」

隊長が決断すると、ガイド・ロープが巻き上げられる。
クハスタはロープに掴まり、緩やかに浮上した。
今年のベラック・モンスター捜索は、これで終わりかと誰もが思った時、突如として、
湖底の砂泥が噴き上がり、クハスタ隊員の視界を奪った。

 「な、何だ何だ!?」

クハスタだけでなく、映像を見ていた船上の隊員達も動揺する。

114 :創る名無しに見る名無し:2015/10/18(日) 19:49:32.66 ID:cxD8Z//5.net
隊長は慌ててクハスタに呼び掛けた。

 「無事か、クハスタ隊員!?」

 「だ、大丈夫です、今の所は……。
  凄い音がしてます。
  雷が轟く様な……。
  酷く水が濁って……」

クハスタは興奮しながらも、言葉を慎重に選んで、伝わり易い様に実況する。

 「何が起こっている!?」

 「……分かりません。
  何なんでしょう?
  水流が変わった?
  本物のベラック・モンスターって事は……」

 「取り敢えず、無事なんだな?
  引き揚げても良いか?」

 「あ、ええ、はい。
  その儘、緩くり回収して下さい」

水深200身まで戻ると、漸く視界が晴れて来た。
一体何だったのだろうかと、クハスタは不思議がる。
一度に大量の砂泥が舞うとは、水流の急激な変化か、地震でも起きたのか、
地形が大きく変わったのか……?
怪現象を目の当たりにして、クハスタは肝を潰していた。

115 :創る名無しに見る名無し:2015/10/18(日) 19:52:20.99 ID:cxD8Z//5.net
船上に引き揚げられたクハスタは、スタッフに手伝って貰いながら、潜水服の頭部分を外す。
探険隊員達が心配そうに見ている前で、彼は蒼い顔をして言った。

 「本気で吃驚した。
  未だ心臓がバクバク言ってる。
  行き成りブワワーーと砂が舞い上がって、ゴゴゴゴゴーって音と、バリバリ振動が伝わって来て。
  よく分かんなかったけど、あれは普通じゃなかった」

早口で捲くし立てるクハスタの様子から、他の隊員達にも緊張が伝わる。

 「とにかく、無事で良かったなー」

ソレジャートが声を掛けると、エレヴィーも頷く。
最後は隊長が締めた。

 「これは来年、本格的に調査しなければならんな」

謎の現象は何だったのか?
来年こそ、秘境探検隊はベラック・モンスターを発見出来るのか?
ここで今回の秘境探検隊は終わり。
本物のベラック・モンスターが存在する可能性に、スタッフを含めて、全員の思いは様々。
種(ネタ)が確保出来たと喜ぶ者、冒険心を刺激された者、未知の怪物を恐れる者、
自然現象に過ぎないと冷静な者……。
ベラック・モンスターの捜索は来年に持ち越される。

116 :創る名無しに見る名無し:2015/10/19(月) 19:16:12.72 ID:OyihqawH.net
絶滅危惧種


10月 第三魔法都市エグゼラ ドロート地区にて


エグゼラ地方の10月は既に冬。
自称冒険者の青年コバルトゥスは、粉雪が散る中、ドロート地区の北端にあるアリグラ森林公園で、
散歩をしていた。
アリグラ森林公園は市街地に隣接した針葉樹林である。
その為、危険な大型生物が棲息していない、定期的に人間の手が入る等の理由で、
独特の生態系が築かれている。
冒険者であると同時に精霊魔法使いでもあるコバルトゥスは、アリグラ森林公園に精霊の気配を、
感じていた。
大抵、精霊と言う物は共通魔法と共通魔法使いの気配を嫌い、特に魔法都市には現れない。
アリグラ森林公園は、例外的な場所だった。
勿論、理由はある。
アリグラ森林公園は魔法都市の中にありながら、滅多に人が出入りしない。
共通魔法使いが近寄らなければ、そこに精霊が集まるのだ。

117 :創る名無しに見る名無し:2015/10/19(月) 19:18:29.54 ID:OyihqawH.net
コバルトゥスはアリグラ森林公園を散歩している最中に、若い女性を見掛けた。
厚手の防寒装備で身を固め、順路から外れて木々の間を歩いている。
先述の通り、滅多に人が出入りしない場所なので、何をしているのだろうと思い、彼は声を掛ける。

 「『お嬢さん<ラディ>』、こんな所で何を?」

 「……貴方は?」

問い返されたコバルトゥスは、笑顔で応えた。

 「俺はコバルトゥス。
  単なる通行人だけど、ここは滅多に人が来ないんで、何してるのかなと思ってさ」

 「私はブラガダーテ。
  『滅多に人が来ない』って、貴方はドロートに住んでる人?」

 「いや、違うけど。
  この街に寄った時は、何時も来てるから」

ブラガダーテはコバルトゥスを怪しむが、何も後ろ目痛い事は無いと、堂々に答えた。

 「私はドロート環境専門学校の生物生態学の教授」

 「へー、生物学者?」

 「主に絶滅危惧種の生態を調査している」

 「――と言う事は、滅多に人が立ち入らない、危険な所にも行く訳だ」

 「偶にはね」

ブラガダーテの口が滑らかになったので、コバルトゥスも合わせて身分を明かす。

 「俺と一緒だ。
  俺は冒険者」

118 :創る名無しに見る名無し:2015/10/19(月) 19:21:02.59 ID:OyihqawH.net
ブラガダーテは半笑いで眉を顰め、呆れた様に言った。

 「この御時世に冒険者?
  絶滅危惧種だね」

 「貴重な存在だろう?
  君に保護して貰いたいな」

 「お生憎様、人間は専門外」

 「だったら、獣になれば良いのかな?
  ぐへへへ……」

 「人を害した獣は処分されるけど」

 「君の手に掛かるなら、それも悪くない」

 「私は嫌だから。
  ……フフッ、面白い人ね」

彼女はコバルトゥスの軽口にも、嫌悪を示さず付き合う。
その態度に、コバルトゥスは好感を抱いた。

 「冗談は措いといて、この森に絶滅危惧種が?」

 「ええ、ここは特殊な場所だから。
  都市に近くて、自然が豊か。
  特殊な環境では、特殊な生態系が築かれる」

 「何か探してるなら、手伝おうか?
  この森の事なら、大体知ってるぜ。
  もしかしたら、君が知らない事だってあるかも」

自信に満ちたコバルトゥスに対して、ブラガダーテは少し困った様子で両腕を組んだ。

119 :創る名無しに見る名無し:2015/10/20(火) 19:34:52.77 ID:m9LbWBy7.net
彼女は暫し思案した後、コバルトゥスに問い掛ける。

 「ワタユキソウ、知ってる?
  真っ白な綿毛に覆われた草なんだけど」

 「ああ、知ってる。
  薄い紫色の花を付ける草だろう?
  冬になると綿毛に覆われる。
  確か、雪に覆われて凍ってしまうのを防ぐ為に、そんな風になるんだったかな」

 「その綿毛を集める、綿雪の生き物達は?
  ワタユキドリに、ワタユキネズミ、ワタユキハムシ」

 「そう言う生き物が居るって事は知ってるけど……」

コバルトゥスは言葉尻を濁した。
知識不足から、記憶にある姿形と種名が一致しないので、明確には答え難いのだ。
しかし、ブラガダーテは彼には十分な経験があると理解して、語り始める。

 「エグゼラ地方の生態系は、魔導師会の到着から大きく変化した。
  大型肉食獣は駆逐され、平地は拓かれた。
  その結果、大型草食獣と中型肉食獣が勢力を広げて、小型の動物を追い遣った。
  ワタユキソウは人の手が入らない、山地と平地の中間地に育つ。
  草食獣の増加で、ワタユキソウは減りつつあった物の、捕食者である魔犬や狼の増加で、
  何とか均衡が取れている。
  一方で小型の動物は、主に人間が持ち込んだ使い魔の放置飼育と野生化で、
  大きく数を減らした。
  外来種と在来種との交雑も問題になっている」

 「それで……?」

何が言いたいのかと、コバルトゥスは結論を急かした。

120 :創る名無しに見る名無し:2015/10/20(火) 19:37:17.67 ID:m9LbWBy7.net
ブラガダーテは意味深に彼を一瞥した後、何事も無かったかの様に続ける。

 「この森には化猫が近付かないから、小動物が集まって来るの。
  冬の蓄えになる、『山毛欅<ブァゴ>』や『椿<ティアス>』と言った、実の生る木も豊富。
  だから、ワタユキネズミやヒメユキテンの『生息密度が高い』」

 「そりゃ主(ぬし)が居るしなぁ」

コバルトゥスの発言に、ブラガダーテは興味を惹かれて反応した。

 「主?」

 「知らないのかい?
  この森を研究して、何年?」

意外そうな声でコバルトゥスが問い掛けると、ブラガダーテは怯んだ。

 「……5年位」

 「その間、一度も主を見た事が無いのか……?」

 「な、何よ?
  主って、どんな生き物?」

彼女は5年間、アリグラ森林公園を調査して来た。
それで大凡の事は知っている積もりだったので、見た事も聞いた事も無い主の存在を、
簡単に認める訳には行かなかった。
5年間も研究対象地域の「主」なる存在を見落としていたのだとしたら、途んでもない間抜けである。
コバルトゥスは焦るブラガダーテを可愛いと思いながら、格好付けて答える。

 「一角獣さ」

 「一角……?」

ブラガダーテは懸命に該当する動物を想像した。
主と言うからには、この森を縄張りにしているのだろう。
猫を追い払える、それなりの大きさの動物に違い無い。

121 :創る名無しに見る名無し:2015/10/20(火) 20:02:30.86 ID:m9LbWBy7.net
ブラガダーテは自信無さそうに、コバルトゥスに言う。

 「それって……『犀<ヒポパノプリアス>』?
  でも、こんな寒い所に犀は……」

唯一大陸で一角獣と言えば、海潮馬(アシホ)と犀(サイ)。
アシホは海の生き物だから除外するとして、サイは別名を鎧馬(がいば)と言う。
全身の皮膚が角質化しており、鎧を纏った様に見える事から、その名が付いた。
体高が低い代わりに、全身が太く、鈍重そうな外見で、雄は有角。
流星の皮膚と体毛が変質した角で、剣戟を交わす様に競り合う。
魔法暦ではカターナ地方で極小数しか確認されていない、知る人ぞ知る珍獣だ。
群れは作らないが、そんな物が雪の積もる森に棲息しているとは、考えられなかった。

 「見れば解るさ」

コバルトゥスは答を逸らかす。
専門外の人間が、適当な事を言っているのではと、ブラガダーテは疑った。

 「見れば……って?」

 「付いて来なよ。
  会わせて上げるから」

ブラガダーテは躊躇ったが、本当に主が存在するなら大発見なので、コバルトゥスの誘いに、
乗る事にした。
学者の本質は探究心の塊であり、自らの知識欲には勝てないのだ。

122 :創る名無しに見る名無し:2015/10/21(水) 20:27:52.46 ID:L8NFKr1n.net
森に分け入り、少し進んだ所で、コバルトゥスはブラガダーテに言う。

 「共通魔法は使わないで」

ブラガダーテは探知魔法を使っていた。
探知魔法は探索には欠かせない物である。
危険な生物との不意の接触を避けたり、標的を探し当て、監視したりと、これが無ければ、
『野外活動<フィールドワーク>』は儘ならない。

 「どうして?」

 「主は共通魔法の気配を嫌う」

 「主は霊獣なの?」

 「ああ」

霊獣とは高い魔法資質を持つ草食や雑食の動物を言う。
魔法資質を持つ肉食動物を指す「妖獣」とは、対になる概念。
妖獣も霊獣も一部は獣魔法と言う魔法を使う為、共通魔法の気配に敏感になる。
主と遭遇する為に、コバルトゥスに付いて行っているのに、魔法を使って逃げられては仕様も無い。
ブラガダーテは素直に、探知魔法を使うのを止めた。
それから数点後に、コバルトゥスは立ち止まり、声を抑えてブラガダーテに告げる。

 「……近くに居るよ。
  こっちに気付いてる」

 「どうすれば良いの?」

ブラガダーテも声を潜めて、訊ねる。

123 :創る名無しに見る名無し:2015/10/21(水) 20:30:04.42 ID:L8NFKr1n.net
コバルトゥスは何も無い森の闇を見詰めて、静かに答えた。

 「決して魔法は使わないでくれ」

 「え、ええ、それは先(さっき)も……」

 「俺達は『主<ロード>』の前に立つんだ。
  人間の主――『市長<マイスター>』や『議員<ミトグリート>』に対するのと同様に、礼を失さないでくれ。
  そうすれば、向こうも俺達を認めてくれる」

丸で、伝承に登場する『酋長<ホイプトリンク>』――旧い迷信を口にする長老――の様な、
コバルトゥスの態度を、ブラガダーテは奇妙に思った。
直後、彼女は急に雑音が消えて、空気が冷え込んだと錯覚する。
肌が粟立ち、感覚が研ぎ澄まされる。

 「待って、何なの、これは……?」

ブラガダーテは頻りに周囲を警戒し始めた。
魔力の流れが変わって行くのを、魔法資質で感じ取っているのだ。
そんな彼女の肩に手を回して抱き寄せ、コバルトゥスは優しく囁く。

 「怖がらないで。
  主が近付いている証拠だ。
  君は主の魔法資質を感じて、それを脅威に思ってる。
  力を抜いて。
  怖い相手じゃない」

そう言われても、ブラガダーテは安心出来ない。
今まで、これ程の能力を持つ霊獣の存在に気付かなかったのかと、彼女は戦慄していた。

124 :創る名無しに見る名無し:2015/10/21(水) 20:32:49.30 ID:L8NFKr1n.net
木々の間から、慎重な足取りで、2人の前に「主」が現れる。
それは頭頂部に弓形に反り返った大きな一本角を持つ、白い馴鹿(となかい)の姿をしていた。

 (奇形?)

普通、鹿の仲間は2本角である。
突然変異なのだろうが、確かに一角獣は一角獣。
どうして、その可能性を思い付かなかったのだろうかと、ブラガダーテは自省した。
奇形であれば、通常群れを成す物が逸れて存在する事も有り得る。
コバルトゥスは一言も発さず、数歩進み出て、主と対峙する。
静寂と緊張が支配する時間。
ブラガダーテは約束通り、魔法を使わずに成り行きを見守っていた。
主は悠然と歩いて、森の中へ消えて行く。
それを見送った後、コバルトゥスはブラガダーテに言った。

 「お許しが出たよ」

 「お許し?」

 「森を歩き回っても良いってさ。
  但し、出来るだけ魔法は使わない様にね」

 「そんな事を言ったの?
  馴鹿が?」

 「心を通わせたのさ」

どこまで本当なのかと、ブラガダーテは訝り、肩に置かれた手をそっと払った。
今時、調査に魔法を使わない訳には行かない。
追跡、探索、探知、記録、あらゆる場面で、調査に魔法は欠かせない。
それが使えないとなると、相当な不便を強いられる。

125 :創る名無しに見る名無し:2015/10/22(木) 19:59:07.64 ID:fRWO1oWz.net
ブラガダーテはコバルトゥスの言う事を、単純に鵜呑みにして信じる訳には行かなかったが、
万に一つも、この森の生態系を破壊したくなかったので、共通魔法は使わない事にした。
霊獣や妖獣は魔法に関して繊細で、土地の魔力が荒らされる事を酷く嫌う。
故に、霊獣や妖獣の生態を調査する学者は、魔法を一切使わずに、地道な作業を、
辛抱強く続けると言う。
それを思えば、既に大凡の地理を把握しているアリグラ森林公園では、魔法を使わずとも、
そう苦労はしない。
ブラガダーテは早速、ワタユキソウの群生地に向かった。
彼女は後を付いて来るコバルトゥスに、注意を促す。

 「足音を立てないで。
  小さな動物は、直ぐに感付いて逃げてしまうから」

 「了解」

コバルトゥスは真面目な顔で答え、彼女に従った。
やがて、一面厚く綿雪が積もった様な場所に出る。
幾ら寒いエグゼラ地方とは言え、今年は未だ本格的な降雪は無い。
よって、雪が厚く積もる筈も無い。
これは雪ではなく、ワタユキソウの綿毛だ。

126 :創る名無しに見る名無し:2015/10/22(木) 20:02:50.49 ID:fRWO1oWz.net
ブラガダーテはコバルトゥスに振り向き、人差し指を立てると、姿勢を低くした。
注意しろと言う合図だ。
コバルトゥスも蹲(しゃが)み込んで、息を潜める。
綿毛の一部が蠢いて、灰色の小鼠を咥えた真っ白な貂が姿を現した。
ブラガダーテは小声で解説する。

 「あれがヒメユキテン。
  俗称『白雪<シュニーヴァイス>』。
  咥えているのは、ワタユキネズミ」

 「そう言う名前だったのか」

コバルトゥスは彼女と同じく小声で応えた。
ヒメユキテンは周囲を窺うも、2人には気付かず、小走りでワタユキソウの群生地から出て行く。
ブラガダーテは徐に立ち上がり、ワタユキソウの群生地に、静かに踏み入った。

 「踏み荒らさない様に気を付けて」

彼女はコバルトゥスに言うと、屈み込んで地面を調べ出した。

 「何してるの?」

コバルトゥスが近寄って尋ねると、ブラガダーテは綿毛の詰まった小さな穴を指す。

 「これがワタユキネズミの巣穴。
  ワタユキソウの綿を取って、巣に詰めるの。
  今は冬眠の準備で忙しい時期。
  外敵にも狙われ易い」

127 :創る名無しに見る名無し:2015/10/22(木) 20:09:43.16 ID:fRWO1oWz.net
ブラガダーテは数歩移動すると、手袋を嵌めて、土を掘り返し始めた。

 「今度は何を?」

 「廃棄されたワタユキネズミの巣穴を掘ってる。
  巣の入り口から綿が食み出していたら、それは中に鼠が居る穴。
  綿が穴の中に引っ込んでいたら、廃棄された巣穴」

彼女は穴から何かを取り出すと、手の平に乗せて、コバルトゥスに向けた。
それは甲虫の幼虫だった。
コバルトゥスは気持ち悪いと感じ、身を引く。
ブラガダーテは小さく笑いながら言った。

 「ヤツレジ。
  窶れた地虫で、ヤツレジ。
  顎の力が弱くて、細い根しか食べられない。
  土の中で3〜5年暮らして、漸く成虫になる。
  固い土の中では動けなくなる、可哀想な生き物。
  だから、他の動物が掘った穴を借りて、そこから蚯蚓や蛆が解した土を掘り進む」

彼女はヤツレジを土の中に埋め戻す。
そんな調子で、約6身平方を調べ終えると、ブラガダーテはワタユキソウの群生地から抜け出た。
コバルトゥスはブラガダーテの邪魔をしては悪いと、一足先にワタユキソウの群生地から離れて、
近くの大樹に寄り掛かり、遠巻きに彼女を眺めながら待っていた。

128 :創る名無しに見る名無し:2015/10/23(金) 19:48:23.92 ID:z8WIJCwR.net
コバルトゥスは近付いて来る彼女を迎え、問い掛ける。

 「もう終わって良いの?
  隅の方しか調べてないけど」

ブラガダーテは頷いた。

 「ええ、一定範囲内の生息数さえ判明すれば、後は統計で導き出すから。
  今日は他に4箇所、調べようと思ってるんだけど、未だ付き合う?」

 「ああ、勿論」

 「そう、じゃ、行きましょう」

ブラガダーテは次のワタユキソウの群生地に向かって歩きながら、鳥の声を聞き、種を確認する。
その途中で、彼女は礑と足を止めて、簡易双眼鏡を取り出し、天を仰いだ。

 「鳥かい?」

コバルトゥスが声を掛けると、ブラガダーテは彼に双眼鏡を差し出す。

 「見てみる?」

 「ああ」

 「枝の叉に白い綿毛が見えるかな?
  ワタユキドリの巣」

コバルトゥスはブラガダーテの指す先に、双眼鏡を向けた。

129 :創る名無しに見る名無し:2015/10/23(金) 19:54:22.54 ID:z8WIJCwR.net
未だ青い葉を付けている、大きなブァゴの枝叉に、白い塊が見える。
それも1つや2つではない。
ぱっと見ただけでも、十はある。

 「何か沢山あるんだけど……」

 「ワタユキドリは離れ過ぎず、近過ぎず、適当な密度で巣を作る。
  営巣するのは主に、ブァゴ科の高木。
  木の高さと大きさによって、巣の数も決まる」

個々の巣の上には、小さな白い鳥が座っている。

 「寒くなるって言うのに、今から子育て?」

 「いいえ、今の内から番(つがい)を作って、夫婦で冬篭り。
  春に交尾をして卵を産み、夏に子育て」

 「――って事は、番を作れないと?」
 
 「凍え死ぬ。
  完全な一夫一妻制で、雄は立派な巣を作って、良い雌を選ぶ。
  雄雌は大体半々で、どっちが溢(あぶ)れるかは年毎に違うけど」

 「これだけあると、絶滅危惧って感じはしないなぁ……」

コバルトゥスはブラガダーテに双眼鏡を返しながら言った。

 「でも、こんなに棲んでるのは、この森だけ。
  巣の材料になるワタユキソウ自体が少ないから」

130 :創る名無しに見る名無し:2015/10/23(金) 19:55:20.78 ID:z8WIJCwR.net
更に数角、ブラガダーテはアリグラ森林公園を調査し続けた。
日が暮れ始めて、彼女は漸く調査を打ち切り、後日に回す。

 「今日は有り難う。
  主の存在、初めて知ったわ。
  貴方と会わなければ、気付かない儘だったかも」

別れ際に礼を言われたコバルトゥスは、真面目な顔で尋ねた。

 「どう致しまして。
  所で、主の事は公にするの?」

 「……秘密にして欲しい?」

ブラガダーテは不安気に問う。
コバルトゥスが小さく頷くと、彼女は暫し逡巡して答えた。

 「私は学者だから、新しい発見があったら公表しない訳には行かない」

 「そう……なら、仕方無い」

コバルトゥスは残念に思った。
一角獣の主が居るとなれば、物見に人が集まるだろう。
そうなれば精霊も主も、この土地には居辛くなる。
ブラガダーテは悲しそうな表情のコバルトゥスを慰める様に言った。

 「安心して。
  私は学者として、絶滅危惧種が多く棲息する、この森の環境を守る義務がある。
  馴鹿の霊獣だけど、突然変異の一角獣と言う事は伏せるから。
  学会の人達は、妖獣や霊獣の生態に、理解があるし……」

 「俺は来年、同じ時期に、ここを訪れる。
  その時――」

 「ええ、森が今の環境を保ち続けている事を約束する。
  必ず」

 「有り難う」

コバルトゥスはブラガダーテを抱き締めて、感謝の言葉を口にし、お互いに爽やかな気分で、
別れたのだった。

131 :創る名無しに見る名無し:2015/10/24(土) 19:35:46.51 ID:4t6rKrHd.net
エティーのフィッグ


異空デーモテールの小世界エティーにて


大世界マクナクからエティーに来たフィッグは、ここの環境にも慣れて、大分落ち着いていた。
フィッグは侯爵級の能力を持ちながら、ある事情により制限され、弱き物と戯れている内に、
これまで全く気に掛けもしなかった、様々な小さき物に興味を持った。
先ず、エティーには明らかに別世界の存在が、多数混じっている。
それ等はエティーの物とは容姿が大きく異なるので、一見しただけで判る。
目耳鼻口を持たないマクナクのフィッグも、人間と殆ど同じ容姿のエティーの物とは異なるが、
人型と言う点では共通している。
だが、それより更に人から掛け離れた容姿をした、どこの世界の物とも判らない様な生命が、
エティーには多数存在しているのだ。

132 :創る名無しに見る名無し:2015/10/24(土) 19:38:49.00 ID:4t6rKrHd.net
その一が、這う物である。
平たい蜥蜴の様な体で、普段は狭い隙間に潜み、地面から僅かに浮いて移動する。
エティーの物と会うと上体を起こし、縮めていた首を、にゅーっと伸び出して、同じ目線で会話する。
一応、話が出来る程度の知能はあるのだが、自身の出自は理解していない。
気付いたらエティーに居た様だ。
又、前後の無い物もある。
2体が背中合わせになっている様な格好で、両面に顔があり、前後どちらにも進める。
アットン・ラハグなる世界から来たと言うが、どこに在るのか定かでない。
他に、逆立ちする物もある。
手を離すと浮いてしまうので、地面に掴まって歩く。
これの故郷、ジャジャブムは大地の無い世界で、その代わりに天蓋があり、奈落に落ちない様、
常に振ら下がって暮らすらしい。
何れも奇妙な存在だが、エティーでは許容されている。
そうした極端な対比の中に埋もれ勝ちだが、フィッグはサティを含むファイセアルス由来の存在と、
純粋なエティー育ちの存在の違いにも、感付いていた。

133 :創る名無しに見る名無し:2015/10/24(土) 19:40:35.96 ID:4t6rKrHd.net
フィッグはファイセアルスを知らなかったが、それでもサティやウェイルと、
マティアバハラズールやデラゼナバラドーテスの違いが判る。
ファイセアルスに生まれた物は情動が複雑なのだ。
時と場合によって、感情を切り替える。
エティーで生まれ育った物は、殆ど感情の揺らぎを見せないか、思うが儘に振る舞うかの、
極端に分かれる。
前者は成熟した個体で、後者は未熟な個体。
精神が単純で、内に秘めた熱意や執念が無いのだ。
成体は自らの役割に固執するが、それは習性として行っているに過ぎない。
この違いに気付いたフィッグは、日見塔のサティに直接尋ねずには居られなかった。

 「サティ、貴様はエティーの存在ではないのか?
  ウェイルやギルフートも同じだ。
  一体何物なのだ?」

行き成りの事に、サティは反応に困った。
ファイセアルス出身であると、正直に答えるのは躊躇われた。

 「どうした?
  教えてやれば良いではないか」

サティが答え倦ねていると、どこで様子を窺っていたのか、影も無く、バニェスが現れる。
サティは益々答え難くなった。

134 :創る名無しに見る名無し:2015/10/25(日) 19:53:13.56 ID:86dukZGb.net
それは何故かと言えば、迂闊に異空の物にファイセアルスの事を教えて、興味を持たれると、
旧暦の様に悪魔が降臨し跋扈する世界になるかも知れない為だ。
しかし、彼女が隠したら隠したで、それを暴こうと、この2体は探り始めるだろう。
異空の物は基本的に退屈で、暇を持て余している。
サティが答えなければ、ウェイルやギルフートを問い詰めるかも知れない。
サティは思案した末に答えた。

 「私達はファイセアルスと言う世界から来た」

 「ファイセアルス?」

鸚鵡返しするフィッグとは対照的に、バニェスは澄ましている。
訳知りの様に振る舞うバニェスを、サティとフィッグは怪しんだ。
フィッグはバニェスからサティに顔を向け、質問を続ける。

 「どんな世界なのだ?」

好奇心を抑え切れない様子のフィッグを、サティは宥めるが如く落ち着いた声で言う。
成るべく、興味を惹かない様に。

 「エティーと然して変わらないよ。
  強大な力の持ち主が君臨している訳ではないし」

 「それは大変だな。
  公爵級が現れたら、滅亡してしまうのではないか?
  ……もしや、ファイセアルスは既に亡んでしまった後か?
  貴様は故郷を失ってエティーに?」

フィッグに心配され、サティは複雑な気持ちだった。

135 :創る名無しに見る名無し:2015/10/25(日) 19:56:45.99 ID:86dukZGb.net
誤解された儘では気分が好くないので、彼女は否定する。

 「ファイセアルスは簡単には亡びない。
  あちらの世界では、飛び抜けて能力のある物は誕生しない。
  こちらで言う所の、無能の世界だ」

 「しかし、貴様は向こうの生まれではないのか?」

フィッグの尤もな疑問に、サティは遠い目をした。

 「生まれはエティー、育ちはファイセアルス。
  私達はファイセアルスに生まれ落ちる」

 「フム、興味がある。
  なぁ、バニェス」

フィッグが話を振ると、バニェスは頷いた。

 「それは私も知りたい。
  どうやって行ったのだ?」

サティは難しい顔をする。

 「分からない。
  その様な仕組みになっているとしか……。
  私にはエティーとファイセアルスの間にある、次元の壁を超える能力は無い。
  それが出来るのは、少なくとも侯爵以上……」

バニェスとフィッグは互いに顔を合わせ、同時に頷いた。

 「残念だな」

 「無理と言うなら仕方が無い」

2体が嫌に簡単に引き下がった事を、サティは怪しむも、仮に本来の能力を取り戻しても、
次元の壁は超えられないだろうと、見過ごした。

136 :創る名無しに見る名無し:2015/10/25(日) 19:59:07.51 ID:86dukZGb.net
バニェスとフィッグは同じ事を考えていた。
「侯爵級ならばファイセアルスに行けるかも知れない」――。
エティーに滞在している侯爵級は、能力を封じられたフィッグの他に、もう1体、バーティ侯爵が居る。
それもフィッグの様に「少」が付かない、本物の悪魔侯爵だ。
バーティを焚き付ければ、ファイセアルスへ行けるかも知れない。
2体は、そう考えていた。
何も悪さをしようと言うのではない。
唯、少し物見に出掛けるだけ。
バーティはファイセアルスの片隅、レトの果てに、エティーと繋がる領地を持っている。
2体はバーティと面会しに、レトの果てに建てられた出城へと向かった。
入城前に、2体は薄桃色の肌をした、翅の生えた衛兵に止められる。

 「お前達、何用だ?
  ここがバーティ侯爵の枝城と知っての狼藉か?」

フィッグは不機嫌そうに、衛兵に言った。

 「私は大世界マクナクの元侯爵フィッグだ。
  バーティ侯爵に用がある」

フィッグの名乗りにも怯まず、衛兵は強気に返す。

 「どんな用だ?」

 「一々言わねばならぬのか?」

 「疚しい所が無ければ、言えようが」

異空の物は普通、階級が上の存在には逆らえないが、今のフィッグは能力を封じられているので、
侯爵級とは名ばかり。
衛兵を退ける事も出来ない。

137 :創る名無しに見る名無し:2015/10/26(月) 19:27:56.81 ID:Tw/I+UGl.net
バニェスは苦笑して、フィッグの肩を叩き、その代わりに前に出た。

 「ここは私に任せろ」

フィッグの返事も聞かずに、バニェスは衛兵と交渉する。

 「然して、重要な話ではない。
  ある事柄に就いて、バーティ侯爵の知見を伺いに参ったのだ」

衛兵はバニェスの言葉に反応した。

 「ある事柄とは?」

 「『ファイセアルス』だ」

 「ファイセアルス?」

 「貴様では話にならぬ。
  バーティ侯爵は何をしている」

 「我等が主は只今お休み中だ」

 「起きて貰う訳には行かぬのか?」

 「……時を改めよ」

一応話には応じてくれた物の、衛兵の態度は頑な。
バーティは侯爵で、エティーに滞在している物の中では、最も階級が高い。
その強大な能力は、エティーにとって相当な脅威なのだが、どう言う訳か制限もされずに、
見過ごされている。
故に、バニェスもフィッグも余り強気には出られない。

138 :創る名無しに見る名無し:2015/10/26(月) 19:29:46.20 ID:Tw/I+UGl.net
間を置いて再訪すべきかと、バニェスが考えていた時、城のバルコニーからバーティが声を掛けた。

 「何を話している?」

衛兵は畏まって応えた。

 「我等が主!
  この物達が、ファイセアルスとやらに就いて、伺いたい事があると……」

 「ファイセアルス?
  フム……」

バーティは少し思案すると、バニェスとフィッグに向かって言う。

 「分かった、上がって来い。
  聞くだけ聞こうじゃないか」

その言葉に従い、2体は虹色の巻貝に似た構造の城を上った。
虹色に揺らめく豪奢な一室で、バーティは2体を迎える。

 「ようこそ、我が枝城へ。
  狭い所だが、緩(ゆっ)くりして行ってくれ」

フィッグは単刀直入に話を始めた。

 「不躾で済まぬが、本題に入りたい。
  本日、貴公の元を訪ねた理由だが……」

フィッグが断りを入れると、バーティは声を抑えて含み笑いした。

139 :創る名無しに見る名無し:2015/10/26(月) 19:41:20.13 ID:Tw/I+UGl.net
何が可笑しいのかと訝るフィッグに、バーティは嫌らしい笑みを浮かべて応える。

 「『不躾』とは、それが無礼な振る舞いだと理解しているのだな?
  私とて自ら慇懃な挨拶を求めはしないが」

 「だから、『済まぬ』と詫びただろう!」

 「何を急いておるのだ?
  高位貴族ともあろう物が、余裕を欠いて、見っ度も無い。
  この異空で貴婦人の扱いが望めぬ事は理解しているが……。
  それでも最低限の礼は忘れないで貰いたい物よな。
  礼儀を要さぬ程、気心の知れた間柄ではあるまいに」

法がエティーに準じており、加えて「地続き」だったので、この場がエティーではなく、
バーティの飛び地だと言う事を、フィッグは失念していた。
基本的に異空の貴族は、気位が高く、気紛れで、気難しい。
バーティが本気で無礼と感じているかは怪しいが、下手に逆らうのは得策ではない。

 「それは失礼した……」

フィッグが悄気ると、バーティは頷く。

 「私も平民や無能を相手には一々煩く言わぬが、流石に侯爵や伯爵にまで、
  無礼(なめ)た振る舞いは許さぬよ。
  エティーの中では、ともかく……。
  それで、何用なのだ?
  態々私の元を訪ねる程の大事か?」

謹慎するフィッグに代わって、バニェスが答えた。

 「そう言う訳ではないが、好奇の心を抑えられなくてな」

 「ははは、丸で子供ではないか」

バニェスの正直さに、バーティは鷹揚に笑う。

140 :創る名無しに見る名無し:2015/10/27(火) 19:31:47.64 ID:HrvKLn3J.net
これを侮辱とは捉えず、バニェスも笑って話を合わせた。

 「フフフ、私達はマクナク公爵の下を離れ、初めて自立性を獲得しつつあるのだ。
  子供と言えば、そうかも知れぬ」

バーティは意味深に2体を見詰めると、自ら切り出した。

 「察するに、君等はファイセアルスに興味を持ったのだな」

 「ああ。
  侯爵級の能力の持ち主ならば、ファイセアルスへ飛べると聞いた」

 「サティから?」

 「そうだ」

バーティの問い掛けに、バニェスは頷く。
少し間を置いて、バーティは2体それぞれに目を遣った後、再び問い掛けた。

 「ファイセアルスに行きたいのか?」

 「ああ、行ける物なら。
  ……いや、行き成りは不安だな。
  先ずは視察出来ると良いのだが」

冷静に返したバニェスに、バーティは難色を示す。

 「容易な話ではない。
  向こうには『神』が居る」

 「神?」

フィッグが反応すると、バーティは意外そうな顔で問うた。

 「サティは話さなかったのか?」

141 :創る名無しに見る名無し:2015/10/27(火) 19:34:27.08 ID:HrvKLn3J.net
バーティは暫し思案して、呆れた様に息を吐く。

 「ははーん、成る程……。
  君等は未だサティに信用されていない様だなー」

 「どう言う意味だ?」

不機嫌そうに訊ねるフィッグを、バニェスが抑えた。

 「私は『神』を知っているぞ。
  ウェイルが言っていた。
  神とはファイセアルスのある宇宙を創った存在なのだ。
  即ち、ファイセアルスを含む大世界の領主」

バニェスは暗に自分はフィッグの様に無知ではない主張したのだが、バーティは一笑に付した。

 「両君共、ファイセアルスの事を余り知らないのだな。
  私もファイセアルスで育った故、サティやウェイルが君等をファイセアルスに、
  関わらせたくないと言う気持ちは、よく解るよ」

自らが信用されていない事に、バニェスは少しショックを受ける。

 「ファイセアルスを荒らされると思ったのか?」

 「まあ、そう言う事だな。
  ファイセアルスが誕生する以前から、向こうの世界は何度と無く異空からの侵攻を受けていた。
  向こうには向こうの法がある。
  能力の高い物が降臨すれば、荒らす積もりは無くとも荒れてしまう」

それは花壇に踏み込むが如し。
花を踏み潰さぬ様に注意して立ち入らねば、花壇は無残に蹂躙される。

142 :創る名無しに見る名無し:2015/10/27(火) 19:40:23.19 ID:HrvKLn3J.net
バーティは2体に向かって言った。

 「私の能力があれば、ファイセアルスに渉る事は出来る。
  しかし、それは邪魔が入らない事が前提だ。
  神の許しを得なければ、あの世界には行けない。
  神は公爵級の配下を持っている。
  それを何とかしない限り、ファイセアルスには渉れない」

バニェスとフィッグは「公爵級の配下」に反応し、同時に声を上げる。

 「神とは皇帝級なのか?」

バーティは首を振り、神妙な声で2体を諭す。

 「神は『神』だ。
  皇帝より更に上……。
  いや、比較する事さえ痴(おこ)がましい。
  こちらには『未だ神が生まれていない』だけ。
  もし神が生まれたら、混沌の海は消え去り、大いなる宇宙が誕生するだろう。
  神とは、その様な存在なのだ」

バニェスとフィッグは唯々茫然とするより他に無かった。
マクナク公爵より上の物と出会った事が無い2体には、想像も付かない話である。
だが、同時に2体は一層ファイセアルスと神に興味を持った。
フィッグはバーティに頼み込んだ。

 「会わせてくれ、神に」

エティーでの暮らしが長く、タイミングと言う物を心得ていたバニェスは、フィッグの唐突な申し出が、
簡単には受け容れられる物ではない事を理解していた。

 「止せ、フィッグ。
  迷惑だろう」

熱病に浮かされた様なフィッグを、バニェスは諌める。

143 :創る名無しに見る名無し:2015/10/28(水) 01:50:48.29 ID:WyfMGQs/.net
ほー

144 :創る名無しに見る名無し:2015/10/28(水) 19:55:05.17 ID:BR4HljTu.net
バニェスの予想通り、バーティは困った顔をした。

 「会わせてやる事は出来るかも知れないが、徒に向こうへ通じる穴を開けると、
  間(はざま)の世界の管理者である公爵級が嫌がる。
  残念ながら、奴は私に良い印象を持っていないので、気分が乗らない」

バニェスも同調して、フィッグを思い止まらせようと試みる。

 「バーティも気が進まぬと言っているではないか……。
  急くな、急くな。
  何れ機会が訪れよう」

しかし、フィッグは沈黙した儘、納得行かない様子。
バーティは少し思案し、フィッグに対して真剣に問い掛けた。

 「どうしてもと言うなら、間の世界に連れて行っても良いが、その身を捨てる覚悟があるのか?
  神に必ず会える確証も無いが……」

フィッグは返事をする前に、疑問を差し挟む。

 「一つ訊きたい。
  間の世界とは?
  ファイセアルスではないのか?」

 「ファイセアルスへ飛ぶ為には、同じく神の創った、間の世界を経由せねばならぬ。
  ファイセアルス自体は表立って支配する物の無い世界だが、間の世界には管理者が存在する。
  先に言った公爵級がな。
  抜け道が無い訳ではないが、間の世界はファイセアルスに通じる正門の様な物。
  こそこそと裏から入る、不法侵入者の覚えが良くないのは、どこでも同じだ」

145 :創る名無しに見る名無し:2015/10/28(水) 19:56:30.27 ID:BR4HljTu.net
フィッグは更に問う。

 「正面から訪ねるのに、何故身を捨てる覚悟まで?」

 「『エティー』、『間の世界』、『ファイセアルス』は、そもそも隔絶した世界同士なのだ。
  特に、エティーと間の世界の乖離は大きい。
  神と間の世界の公爵は、それぞれを繋ぐ能力を持っているが、管理権限の無い物は、
  能力に任せて、強引に抉じ開けて渉るしか無い。
  それが歓迎される行為でない事は、幾ら君等でも理解出来るだろう?」

バーティの話を聞いたバニェスは、不満を露にした。

 「神とエティーは直接関係無い筈だ。
  それなのに、あちらからの干渉は許されて、こちらからの干渉は許されないと言うのか?」

バーティは溜め息を吐く。

 「色々と事情があるのだ。
  そもそもファイセアルスに、エティーその他、異空の物が存在している事が異常なのだよ。
  それが皆、正式に許可された物であれば、話は違ったのだろうがな……。
  言っただろう?
  『向こうの世界は何度と無く異空からの侵攻を受けていた』と」

その後、誰も次の一言を発しようとしない。
奇妙な沈黙が訪れる。

146 :創る名無しに見る名無し:2015/10/28(水) 19:57:46.39 ID:BR4HljTu.net
バーティは再度、フィッグに問い掛けた。

 「それで、間の世界に行くか?
  安全は保障出来ないし、ファイセアルスに行けるとも限らないが」

 「……行く。
  行ってみたい」

迷いを見せた末のフィッグの答に、バニェスは焦った。
身の安全が保障されないならば、流石に引くと思っていた。

 「正気か?」

 「バニェス、貴様は行かないのか?」

フィッグに挑発の意図は無かったが、バニェスは臆病者だと思われるのが嫌で、反発する。

 「冷静になれ。
  今、急ぐ事ではなかろう。
  自殺願望でもあるのか?
  マクナク公様に捨てられたからと言って、自棄になるな」

説得しながらも、フィッグの態度にバニェスは心当たりがあった。
バニェスにも気分が高揚して、衝動的な好奇心を抑えられなくなる時期があったのだ。
今でこそバニェスは落ち着いているので、フィッグを止める側に回っているが、傍から見て、
この様に危ない状態だったのかと、独り複雑な思いで焼き揉きしていた。
しかし、フィッグはバニェスの言葉にも耳を貸さない。

 「そうではない。
  私は生まれて初めて、この様な感情を持った。
  未知なる世界を求めて、心が震えている。
  今は、この気が向く儘に従いたいのだ」

最早どう説得すれば良いのか、バニェスには分からなかった。

147 :創る名無しに見る名無し:2015/10/29(木) 20:19:25.93 ID:sN3pzcaw.net
バーティはバニェスとフィッグに確認する。

 「では、フィッグだけで良いのだな?
  バニェス、君は残ると」

バニェスは直ぐには頷かなかった。
同行すべきか、残るべきか、迷ったのだ。
止めに掛かった手前、一緒に行って良い物か悩むが、フィッグに先を越されるのも癪。

 「……待て、私も行く」

バニェスは搾り出す様に答えた。
主張が一貫しない事よりも、駭(びび)っていると思われるのが、我慢ならなかった。
付け足す様に、バニェスは言う。

 「今のフィッグだけでは何かと心配だ」

それは本心でもあるし、誤魔化しでもある。
一方で、バーティもフィッグも特にバニェスに関心を払わず、嫌味を言ったりもしない。

 「解った。
  先ず、サティの所へ一言断りを入れに行こう。
  黙って出掛けたとなると、後で煩いからな」

バーティの提案に従い、バニェスとフィッグはサティの居る日見塔へと折り返す。

148 :創る名無しに見る名無し:2015/10/29(木) 20:21:47.71 ID:sN3pzcaw.net
日見塔で3体はサティに面会した。
先ずバーティが代表して、彼女に言う。

 「これからファイセアルスに行こうと思うのだが」

 「……え?」

唐突な申し出に、サティは困惑する。
彼女は引き攣った顔で問い掛けた。

 「何をしに?」

 「この2体が行ってみたいと言う物でな」

バーティがバニェスとフィッグを指すと、サティは2体を睨んだ。

 「何をしに?」

繰り返して問い掛けるサティに、フィッグは何食わぬ様子で答える。

 「何と言う訳ではなく、行ってみたいと思った。
  未知なる世界に興味を持つのは、そんなに不思議な事か?」

フィッグの言う事は、サティにも解る。
サティ自身も「未知なる世界」に惹かれて、このエティーに来たのだから。
フィッグの言葉を疑っている訳ではないのだが、サティの懸念は別の所にあった。
彼女はバーティに視線を戻す。
バーティはサティが声を発する前に、自ら彼女の懸念を解消すべく告げた。

 「安心しろ、私が付いている限り、暴走はさせぬ」

 「そうじゃなくて――いや、それもあるんだけど……。
  デューサーの許可は取れるの?」

ファイセアルスに行くには、間の世界を経由しなくてはならない。
間の世界を通して貰えるかは、その管理者であるデューサー次第だ。

149 :創る名無しに見る名無し:2015/10/29(木) 20:27:45.49 ID:sN3pzcaw.net
バーティは浅(あっさ)り答える。

 「駄目なら帰って来るさ。
  何時かの様に、強引に通り抜けようとは考えていない」

 「それなら良いんだけど……」

 「良いのか?」

それは黙認すると言う事かとバーティが問うと、サティは遠慮勝ちに頷いた。
3体を送り出すのに、積極的でも肯定的でもないのだ。

 「無理しないでね」

 「ああ、引き際は心得ているよ」

この台詞は互いに親愛の情から、相手を気遣って口にしているのではない。
サティは厄介事を起こしてくれるなと注意し、バーティは承知していると応えたに過ぎないのだ。
エティーの管理主であるサティに話を通したと言う事で、3体は間の世界へ向かう。
バーティは虹色の二枚貝を模した箱舟形態になり、その中にバニェスとフィッグを格納した。
そして、青いエティーの空高く浮遊すると、耳鳴りの様な怪音を伴って、空間が戦慄き、歪み出す。
歪みはバーティの上の一点に集中して行き、灰色の濁りを青空に滲み出しながら、
小さな黒い虫食い穴を生じさせる。
虫食い穴は静かに拡がって、間の世界とエティーを繋いだ。
バーティは緩やかに上昇して、虫食い穴の中へ突入する。

150 :創る名無しに見る名無し:2015/10/30(金) 19:07:18.96 ID:SJYBP6ow.net
その向こう側は、無限に広がる暗黒の宇宙だった。
初めて見る景色に、バニェスとフィッグは驚愕する。

 「な、何だ、これは……!?
  混沌の海が存在しない!
  広大な無の空間に、巨大な物が点在している……。
  これが神の世界なのか?
  どこまで続いているのだ……」

バーティの箱舟の内部で、動揺を声に出して表すバニェス。
一方フィッグは呆然として、唯々果て無き宇宙の果てを、眼無き顔で見詰めていた。
2体にとっては初めての、超常の世界。
これまで2体は不可解な法の世界や、そこに生まれた奇怪な物なら、幾らでも見て来た。
しかし、混沌の海が干上がった世界は知らなかった。
間も無く、箱舟形態のバーティの前に、ローブを纏った、幽霊の様に半透明の物が、忽然と現れる。

 「貴様っ、今度は何をしに来た!」

それはバーティに対して敵意を剥き出しにしていた。

 「相変わらず、忠実(まめ)な事だ。
  落ち着いてくれ、今日は客人を連れて来た」

 「客人だと?」

バーティは二枚貝を半開きにし、透明な薄い膜越しに、バニェスとフィッグを紹介する。

 「デーモテールのマクナクと言う世界から来た物達だ」

151 :創る名無しに見る名無し:2015/10/30(金) 19:09:29.36 ID:SJYBP6ow.net
行き成りの事に2体は戸惑うが、黙った儘では失礼だと、先ずはバニェスが挨拶をする。

 「初めまして。
  私は大世界マクナクの元伯爵バニェス。
  伯爵級の中でも上位の大伯爵である」

続けて名乗る筈のフィッグが呆っとしていたので、慌てたバニェスは当人に代わり、続けて紹介した。

 「『これ』は同じく大世界マクナクの元侯爵フィッグ。
  侯爵級の中では下位の少侯爵だ」

それを受けて、半透明の物は恭しく首を垂れた。

 「御丁寧に、どうも。
  私は『導く物<デューサー>』と呼ばれている。
  この空間の管理者だ」

この物が本当にバーティの言う公爵級なのかと、バニェスは怪しんだ。
能力の差から来る圧迫感が無いのだ。
無闇に能力を誇示しないだけなのかも知れないので、侮る事は出来ないが……。
疑念を抱くバニェスを余所に、バーティはデューサーに話し掛ける。

 「この物達がファイセアルスに行きたいと言うのだ」

 「成らぬ!」

デューサーは即座に強い口調で断じた。

152 :創る名無しに見る名無し:2015/10/30(金) 19:11:11.52 ID:SJYBP6ow.net
デューサーの静かな喝破は、3体に衝撃を与えた。
特に、フィッグとバニェスは身震いする程の強大な能力を感じる。
心ここに在らずだったフィッグは正気に返り、バニェスはデューサーが公爵級だと確信した。
バーティは怯みながらも、フィッグとバニェスに交渉を促す。

 「君等、デューサーに何か言う事は無いのか?
  ファイセアルスに行きたいんだろう?
  それとも、只で帰って良いのか?」

バニェスは無手で帰るのも間抜けだと思い、説得を試みた。

 「デューサー、私達は純粋に好奇心で、ファイセアルスに行ってみたいのだ。
  決して、騒動は起こさないと約束しよう。
  大世界マクナクの元伯爵の位と、この伯爵級の能力に懸けて」

 「成らぬ物は成らぬ!
  即刻退散せよ!」

だが、デューサーは頑なに拒絶し、取り付く島も無い。
バニェスは困り、先程から沈黙した儘のフィッグを小突いた。

 「おい、フィッグ、貴様も何とか言え」

フィッグは短い間を置いて、デューサーに訊ねる。

 「貴方が、この世界の管理主なのか?」

 「『主』と言うのは適切ではない。
  私は飽くまで委託管理者だ」

 「委託……と言う事は、主は『神』なのだな?」

 「それが何か?」

デューサーは淡々と返しているが、少々刺々しく、中々引き下がらない3体に苛付いているのが判る。

153 :創る名無しに見る名無し:2015/10/31(土) 19:43:02.13 ID:stWfsHx+.net
フィッグの興味はファイセアルスから、間の世界に移っていた。

 「この世界は何なのだ?
  どこまで続いている?
  『神』が単独で創ったのか?
  どうやって?
  貴方は最初から管理者として存在していたのか?」

丸で幼子の様な移り気。
質問攻めにデューサーは何から答えて良いか分からず、取り敢えずフィッグを落ち着かせる。

 「一遍に質問するな。
  ファイセアルスに行きたいと言う話は、どうなった?」

 「そうだぞ、フィッグ。
  ファイセアルス行きは諦めたのか?」

バニェスもデューサーに続いて問う。
フィッグは平然と答えた。

 「ファイセアルスも気になるが、この世界も気になる。
  ファイセアルスに行けないのなら、この世界の事を教えて貰う」

図々しい言い分だが、バーティはフィッグの案に乗って後押しする。

 「それも良いかも知れんなー。
  デューサーよ、この辺りで手を打たないか?」

154 :創る名無しに見る名無し:2015/10/31(土) 19:44:38.82 ID:stWfsHx+.net
当然、デューサーは反発した。

 「手前勝手な理屈を吐かすな!
  私が譲る道理は、どこにも無いではないか!
  そもそも、お前達デーモテールの存在が、この世界に来る事自体、許し難い!」

バーティは堅物なデューサーに呆れる。

 「多少は融通を利かせてくれ。
  隣り合う世界同士なのだから、偶には近所付き合いも良いだろう?」

 「隣は隣でも、デーモテール内の世界同士とは訳が違う!」

 「随分と傲慢だなー」

 「傲慢も何も、そちら(デーモテール)側からの訪問者を通す権限は、私には無い!
  今直ぐ帰るか、強制退去させられるか、好きな方を選べ!」

強硬手段に出ようするデューサーに、バーティは柔軟に対応した。

 「あー、そう言う事か……。
  解った。
  神に許可を取れば良いのだな」

 「うわ、止めろ!
  面倒を増やすな!」

 「面倒とは何だい?
  私は『正しい手順』を踏もうとしているだけなのに。
  何も問題は無いだろう」

バニェスとフィッグは、デューサーとバーティの遣り取りを傍で見ながら、どうやって神を呼ぶのかと、
緊張して待っていた。

155 :創る名無しに見る名無し:2015/10/31(土) 19:48:22.52 ID:stWfsHx+.net
デューサーは嫌に慌てた様子。

 「問題有りだ!
  濫りに『我が主<アドナイ>』を呼ぶな!
  あの方は――って、ああーー……」

急にデューサーは脱力した声を出して項垂れた。
一体どうした事かと、3体が不審に思っていると、宇宙の彼方から超光速で、眩い雲を纏った、
彗星が飛んで来た。
それが神である事を、バーティは直ぐに理解出来た。
彗星は月の様に、4体から大分離れた位置で止まる。

 「『神<エルダート>』!」

彗星の大きさは推定約2旅。
高位貴族に相応しい巨大さだが、それでも下位侯爵級。
本当に神なのかと、バニェスとフィッグは訝る。
神は明滅を繰り返しながら、その場の全員に働き掛けた。

 「永遠の一瞬振りだね、バーティ君。
  あっ、何も言わずとも結構、事情は理解している。
  そちらの2方は、初めまして。
  フィッグ君に、バニェス君。
  『私の世界』へ、ようこそ……」

先ず挨拶をした神に、デューサーは横槍を入れる。

 「お待ち下さい、我が主!
  この物達を通してはなりません!」

 「未だ何も言っていないではないか……」

神は不機嫌そうに零した。
神が公爵級に諌められている事が、バニェスとフィッグは不思議でならない。

156 :創る名無しに見る名無し:2015/11/01(日) 18:51:23.62 ID:KHLIQDou.net
異空の常識で考えれば、余りに差し出がましい行為なのだ。
神は皇帝級とは比較にならない存在だとバーティが言った物だから、それは想像も付かない位、
途方も無く遥か遠大で絶対的な支配者に違い無いと、2体は思い込んでいた。
デューサーは尚も神に諫言する。

 「主は何事にも興味を持ち過ぎです。
  如何に分け身とは言え、軽々に御身を現さないで下さい……。
  今、この物達を追い返す所です。
  態々お出で頂くまでもありません」

事は解決済みだと主張するデューサー。
神は残念がった。

 「『お出で頂く』とは大仰な。
  私にとって私の宇宙とは、人にとっての己が爪の先に等しい。
  それに、私が観測している内は、あらゆる現象が私の希望に適う。
  主たる私の意が酌めない君ではないだろう?」

 「だからこそ、『お出で頂くまでもありません』と申し上げたのです」

 「解った、解った。
  ここは君を立てて、私は帰るとしよう。
  後は宜しく。
  皆さん、御機嫌よう」

そう言うと、神は蒸発して消えた。
現れるのも唐突なら、消えるのも唐突で、正に神出鬼没。
デューサーは深い深い溜め息を吐くと、バニェスとフィッグに自ら話し掛ける。

 「そこの2体は、フィッグにバニェスと言ったな?
  『この世界』の事なら、多少教えてやっても良い。
  但し、話が済んだら、帰って貰うぞ」

157 :創る名無しに見る名無し:2015/11/01(日) 18:55:35.63 ID:KHLIQDou.net
態度が急変したデューサーを、バーティは怪しんだ。

 「一体どうした心変わりだ?」

 「我が主の御意思だ」

 「何か言ったのか?」

 「我が主と私は一体。
  故に我が主と私の間に言葉は不要。
  しかし、私は管理者として、主より用心深く、警戒心の強い性質を賜ったが故に、
  意見が違うのは当然なのだ」

何の事やらと、理解を放棄したバーティに、デューサーは続けて言う。

 「バーティ、お前は帰れ。
  我が主より許可が下りたのは、フィッグとバニェスのみ」

 「私を追い返せと命じられた訳でもあるまいに」

バーティは抗弁したが、デューサーは突き放した。

 「『特に言及が無かった』。
  追い返す理由は、それだけで十分だ」

公爵級と伯爵級では、能力の差は明らか。
バーティは反論を諦めて、バニェスとフィッグに問い掛ける。

 「――と言う訳で、私は帰るが……。
  君等は2体だけで平気か?」

2体が応える前に、デューサーが割り込んだ。

 「2体の安全は私が保証する。
  余程の無礼を働かなければ、無事にエティーに帰そう」

それを受けて、フィッグはバーティに言った。

 「私達の事は気にしないでくれ」

 「はぁ、では、帰る……」

バーティは詰まらなそうに零すと、空間を震わせて穴を開けようとする。

158 :創る名無しに見る名無し:2015/11/01(日) 19:00:43.38 ID:KHLIQDou.net
その気配を察して、デューサーは先に自らエティーに繋がる穴を開けた。
特に派手な現象を引き起こす事も無く、それは虚空が溶解する様に。

 「能力に任せて、空間の壁を抉じ開けるのは止めろ。
  フィッグとバニェスは預かるぞ」

デューサーはバーティに注意した後、半開きのバーティの箱舟の隙間から、
不可視の力でバニェスとフィッグを引っ張り出す。
2体は異空間に対応する為に、それぞれ赤蝋色と濃藍色の小さな球体に変形した。
バーティは完全に気が失せて、箱舟を閉ざし、エティーに帰還する。
バーティがエティーに繋がる穴を通り抜けると、それは再び溶ける様に自然に消えた。
余程の能力を持つ物か、「法」に干渉出来る物にしか成し得ぬ業に、バニェスとフィッグは、
デューサーが真の意味で、間の世界の管理者である事を実感した。
その場には、デューサーとバニェスとフィッグの3体だけになる。
先ず、デューサーが口を開いた。

 「最初に、この世界に就いて、一通り説明させて貰う。
  質問は都度受け付ける」

デューサーは球体となったバニェスとフィッグを連れて、緩やかに宇宙を泳いだ。

 「ここは世界と世界の狭間にして、一つの宇宙を記録し続ける所」

そうデューサーが言うと、星の巡りが早くなった。

 「時間の前後は私の思うが儘。
  しかし、干渉する事は出来ない。
  私は飽くまで『管理者』に過ぎないのでな」

宇宙全体が変化した事で、バニェスとフィッグはデューサーを改めて公爵級の能力者と認める。
果て無き宇宙の果てに瞬く星にまで、同時に、そして瞬時に干渉する能力は、侯爵級とは桁が違う。
公爵級でも上位なのではないかと、2体は畏怖した。

159 :創る名無しに見る名無し:2015/11/02(月) 19:41:32.79 ID:2zVLADR1.net
デューサーは沈黙した2体を気遣う。

 「あの世界、この世界では、伝わり難いかも知れんな。
  仮の名前を付けよう。
  ファイセアルスのある宇宙、それをXとする。
  この世界はXの過去を留めた場所。
  詰まり、X(A)と言う訳だ。
  正確には、Xの前身であるWも含んでいるのだが、そこはW(B)をX(−A)とすれば良いだろう。
  Xとデーモテールの間に、この世界――X(A)は存在するのだが、その理由はWの時代に遡る。
  ――君達の故郷である混沌の宇宙が、私達にデーモテールと呼ばれている事は知っているな?」

しかし、2体は話を聞いてはいた物の、内容が理解出来ずに、呆っとしていた。
デューサーは思案した後、2体に質問を促す。

 「何か聞きたい事は?」

バニェスは部分的に理解出来た箇所だけ切り出して、デューサーに尋ねた。

 「この世界がファイセアルスのあるXの過去ならば、ファイセアルスを見る事も出来るか?」

 「当然だ」

デューサーが答えると、星々が高速で移動し、ファイセアルスのある母星が現れた。
青い海に囲まれて、緑の大陸が1つだけ浮かんでいる、奇妙な星。

 「嘗て、この星の住人は、自らが生まれた大地をムームランと呼んだ。
  母なる地、ムームラン……。
  今はファイセアルス、唯一の大陸が残るのみ」

 「成る程、エティーに似ている」

独り呟いたフィッグに、バニェスは無言で同意した。

160 :創る名無しに見る名無し:2015/11/02(月) 19:43:35.31 ID:2zVLADR1.net
デューサーは2体に告げる。

 「そんなに興味があるのなら、この星の歴史を辿って見せよう。
  ファイセアルス、唯一大陸、魔法大戦、旧暦――聖君の時代、母の涙、太陽と月……。
  序でに、Wの時代も見て行くと良い。
  デーモテールの物達が、XとWで何をしたのか……」

母星は高速で逆回転を始め、時を遡って行く。
バニェスとフィッグはデューサーの案内で、長い歴史の旅に出た。
ファイセアルスの発展、唯一大陸浮上、魔法の世界、歴代聖君の統治、海が生まれた日、
太陽と月の誕生、人の誕生、母星の誕生、Xの誕生、世界の終焉と創造、邪神の侵攻、
神が隠れた時、神の子の戦争、有能と無能、Wの誕生。
バニェスとフィッグは長い長い時を掛けて、飽き足りるまで2つの宇宙の真実を知らされた。

161 :創る名無しに見る名無し:2015/11/02(月) 19:47:19.52 ID:2zVLADR1.net
……2体がエティーに戻って来たのは、大砂時計が9回引っ繰り返された後の事だった。
遅い帰りを心配していたサティは、エティーの空に放り出された2体を真っ先に迎える。
2体は共に消耗した様子で、何があったのかと問うサティには応じず、只「休ませてくれ」としか、
言わなかった。
エティーの大地に、揃って仰向けに倒れ込んだ2体は、間の世界で体験した事を、反芻した。
未知の想像を超えた物に、理解が追い付かず、少しずつ消化せざるを得なかったのだ。
2体は4回太陽が巡るまで、その場を動かなかった。
その代わり、あちらで体験した事を語り合った。

 「私は今までの無知な己を恨む」

 「私も同じだ。
  己の卑小さを思い知らされた。
  ……良い体験だったと思う」

 「確かに」

 「少侯爵だの大伯爵だの、詰まらぬ事だった」

 「……認めよう、愚かだった」

 「今もマクナク公様を尊敬しているか?」

 「敬意は変わらぬ……。
  だが、只管に敬服するより他に無かった嘗てとは、異なる感情を抱いている」

 「それを上手く言葉には出来ないが……」

 「解る。
  同じ物を体験したのだから」

2体は互いの想いが一致する瞬間を知る。
バニェスの言葉はフィッグの言葉であり、バニェスの想いはフィッグの想いであり、その逆も又然り。
再び起き上がった時、2体は謙虚な心で、エティーや多くの命と向き合う気持ちになっていた。

162 :創る名無しに見る名無し:2015/11/02(月) 21:02:15.68 ID:HTk+r0h1.net
良いですねぇ

163 :創る名無しに見る名無し:2015/11/03(火) 18:19:02.37 ID:NwdfR9Zi.net
The bigger, the better.


8月15日 第四魔法都市ティナー 繁華街にて


毎年この日、ティナー市では恒例の行事がある。
それは『乱投祭<スローウィング・フェスティバル>』。
名前の通り、物を投げ散らかす祭りである。
始まりは、商人街での乱闘騒ぎだと言う。
時は魔法暦200年頃、既に商都として隆盛を極めていた、ティナー市の商人街で、
ウェスター商会とグットマン商会の業者2人が露店の配置で衝突した。
商人街とは、商人が品物を仕入れる為に集まる、卸市場の事。
売り手も買い手も、良い場所を巡って小競り合いを起こすのは、日常茶飯事だった。
しかし、積もりに積もった因縁でもあったのか、2人の喧嘩は中々収まらず、それ所か益々加熱して、
手当たり次第に辺りの商品を掴み取り、相手に向かって投げ付けた。
やがて周辺の商人を巻き込んで、大乱闘に発展。
以後、ウェスターとグットマンが近くに配置される時、商人達は安物や見本を表に並べて、
大事な商品は隠し、乱闘騒ぎに備えた。
これが慣習化して、恒例行事になったと伝えられている。
尚、ウェスター商会とグットマン商会は、所謂「よくある商社の名前」であり、実際に何と言う業者か、
正確な所は不明である。

164 :創る名無しに見る名無し:2015/11/03(火) 18:19:56.26 ID:NwdfR9Zi.net
乱投祭は賑やかな祭りだが、同時に事故も多い。
近年では対策として、投げる物を限定し、都市が柔らかい素材のボールやキューブを配布している。
老若男女を問わず、その場に居合わせた者は、全て標的になり得る。
服装の汚れを気にしてはならない。
巻き込まれたくなければ、祭り中の地区には近寄らない事だ。
最後は都市警察や消防隊が放水して終わる。
地元の人々には、夏の暑さと日頃の憂さを晴らす、大イベントと認識されている。

165 :創る名無しに見る名無し:2015/11/03(火) 18:21:04.61 ID:NwdfR9Zi.net
旅商の男ラビゾーは、こう言う乱痴気騒ぎが苦手で、夏のティナー市街を避けていたのだが、
この日ばかりは、そうも行かなかった。
知り合いの舞踊魔法使い、バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディアから、
誘いを受けていたのである。
元より頼み事を断れない性質のラビゾーは、開き直って祭りに参加した。
服は安い軽易な物に着替え、汚れても良い様にはする。
乱投祭では、果物や野菜、色水の入った水風船が飛び交う。
汚れない様にしようと言うのは、土台無理なのだ。
四方八方から物を投げられる上に、服が汚れていない者の方が狙われ易い。
故に、汚れている様に見える柄の服や、撥水性の高い服が、祭りの前日当日には、よく売れる。
この日は誰も彼も、礼儀作法や日常の柵を忘れて、泥田で遊ぶ子供の様に振る舞う。
ラビゾーも生来の几帳面さを忘れて、見知らぬ人に物を投げたり、投げられたりで、祭りに興じた。
祭りが終わる頃には、ラビゾーもバーティフューラーも、全身水に濡れて、散々な格好だった。

166 :創る名無しに見る名無し:2015/11/04(水) 19:39:41.55 ID:pALnHJsA.net
ラビゾーとバーティフューラーは、お互いに無様に濡れた姿を見て、苦笑いした。

 「酷い有様。
  でも、何時もよりは少し男前に見えるよ」

バーティフューラーが揶揄(からか)うと、ラビゾーは顔を赤くして俯く。
彼女の服は濡れて透け、鮮やかな赤の下着と、美しい体の線を浮き上がらせていた。
乱投祭に誘ったのはバーティフューラーの方なのだから、当然こうなる事は予想出来るので、
見られても良い物を着用している筈。
そう解っていても、ラビゾーは直視を躊躇う。
そこへ、背後から声を掛けて来る者があった。

 「ラヴィゾール!」

2人が目を向けると、グラマラスな黒髪の美女を連れた、同じく黒髪の中年男性が歩み寄って来る。
美女の方は全身を色水で濡らしているが、男性は全く濡れても汚れてもいない。
ラビゾーは名前を呼ばれた物の、男性が誰だか判らず、不審の目で彼を睨んだ。
乱投祭の直後で服が綺麗な儘と言う不自然さが、怪しさと不気味さを増している。
祭りの最後に放水する、都市警察や消防隊でさえ、只では済まないのが乱投祭だ。
中年の男性は困った顔で、肩を竦める。

 「僕が誰だか判らないのかい?
  幾ら久し振りだからって、忘れるなんて……。
  あ、バーティフューラーのカローディアも久し振り。
  君は僕を覚えてくれてるかな?」

 「ええ、久し振り」

一方で、バーティフューラーは彼の正体に気付いていた。
一体誰なのかと、ラビゾーがバーティフューラーに疑問の眼差しを向けると、彼女は小声で言った。

 「あの魔楽器演奏家の……」

 「もしかして、レノックさん!?」

ラビゾーは目を剥いて、中年の男性に向き直る。

167 :創る名無しに見る名無し:2015/11/04(水) 19:44:12.86 ID:pALnHJsA.net
彼は意地悪く笑って応えた。

 「漸く気付いてくれたかい?
  見た目に惑わされては行けないよ」

 「確かに、俤はありますけど……」

レノック・ダッバーディーは魔楽器演奏家である。
普段は子供の姿をしており、それしか知らなかったラビゾーは吃驚して、暫し彼を凝視した。
端整な顔立ち、嫌らしい笑みを浮かべる口元、半開きの目、ウェーブの掛かった髪、無精髭。
斜に構えた皮肉屋を絵にした様な風貌に、ラビゾーは独り小さく笑った。
子供の内は可愛らしいが、あの性格の儘で大人になると、この様な顔付きになるのだなと、
妙に納得出来て、それが可笑しかったのだ。

 「何だい、行き成り笑い出して……。
  失礼じゃないか」

唇を尖らせるレノックを、ラビゾーは宥める。

 「済みません、何でも無いんです。
  所で、隣の方は?」

ラビゾーが話を変えると、レノックは未だ物言いた気にしながらも、拘らずに、女性の肩を抱いて、
少し前に移動させた。

 「今日偶々知り合った娘(こ)。
  可愛いだろう?」

ラビゾーは旧い魔法使いのレノックも女性に興味を持つのだなと、意外に思っていた。

168 :創る名無しに見る名無し:2015/11/04(水) 19:45:37.13 ID:pALnHJsA.net
旧い魔法使いの多くは、既に人間を辞めているか、人外の存在で、そうした者達には、
生理的な欲求は殆ど無い物と、ラビゾーは理解していた。
或いは、レノックが女性を連れているのは、性欲とは全く無関係なのかも知れないが、
彼が連れている女性の容姿を見ていると、そうとは思えなかった。
背丈は8分5身、肌はミルクチェリー、瞳は濃い緑、大人しそうな顔で、黒髪を真っ直ぐ伸ばし……
何より、胸が大きい。
この「8分5身」が絶妙な数値なのだ。
唯一大陸で身長を計る時、「1身(いっしん)」は男性なら平均以上、女性ならモデル並みの長身。
「9分5身(くぶごしん)」は「0.95身」、男性なら最低でも欲しい身長で、女性にしては「高い」。
ラビゾーとバーティフューラーは、共に9分5身に近い。
「9分身(くぶしん)」は「0.9身」、これより低い男性は「小さい」、女性なら平均的な身長。
「8分5身(はちぶごしん)」は「0.85身」、唯一大陸に於いて最も女性が「可愛い」とされる高さだ
(女性週刊誌ティナリア調べ)。
これに豊満な肉体が加わる所を想像して欲しい。
程好く男性の庇護欲を掻き立てる上に、性的な魅力を備えている。
背の低さで一層豊満な体が映える、相乗効果。
所謂「buxom and petite」。
そんな女性を隣に置いて、性的な事に興味が無いとは考え難い。

169 :創る名無しに見る名無し:2015/11/05(木) 19:43:09.07 ID:Gr6rBBj1.net
ラビゾーも一人(いちにん)の男であるからして、どうしても視線は女性の胸に行ってしまう。
小柄な体格の所為で、狭い服の中に詰め込まれた胸は、寄せ上げられて如何にも窮屈そう。
加えて、身長差から見下ろす形になるので、必然的に胸の『峡谷<クレバス>』が目に入ると言う罠。
見るまい見るまいと思っていると、余計に意識して、そちらに目が行く。
不自然に視線を泳がせるラビゾーを、バーティフューラーは咎めた。

 「どこ見てるの?」

 「いや、その……」

ラビゾーが俯くと、バーティフューラーは蔑む様な目をして、小声で囁く。

 「ああ言う娘が好みなんだ?」

 「そうじゃなくて……」

バーティフューラーは魅了の魔法を使うだけあって、確かに美人だ。
しかし、それは万人受けする平均的な美しさ。
モデルと言うには低目だが、女性全体では高い部類に入る身長。
肩に掛かる程度の長さの髪は、薄い亜麻色で、緩やかな癖っ毛。
自在に変化する魔法資質によって、思う儘の色に染まる。
痩せ過ぎず、太過ぎず、だが、女性らしい体の線は、少女性と女性を兼ね備える。
整った顔は、特徴を捉え難く、誰にも似ており、故に、誰にも似ていない。
「均整の取れた体」では、バーティフューラーに敵う者は無いだろう。
故に、個別の部位では後れを取る事もある。
その点はバーティフューラー自身も気にしていた所。
彼女は自分の胸に手を添え、レノックが連れている女性の胸と見比べて、不服気な表情をする。

170 :創る名無しに見る名無し:2015/11/05(木) 19:45:56.91 ID:Gr6rBBj1.net
2人の遣り取りを、レノックは愉しそうに眺めていた。

 「そんなに気になるんだったら、触ってみるかい?」

唐突な提案に、ラビゾーは吃驚して拒否する。

 「誰も触りたいなんて言ってませんよ!」

レノックは大袈裟に目を丸くして、意外そうに返した。

 「触りたくないの?
  本気で?」

 「えっ……」

彼の気遣う様な声音に、ラビゾーは戸惑う。
健全な男性なら、魅力的な女性を前に、然るべき反応があろうと言う物。
触りたくないと言うのは、確かに異常だろう。
愚かなラビゾーは、焦って不必要な言い訳をする。

 「さ、触りたいとか、触りたくないとか……。
  当人を差し置いて、そんな話は失礼でしょう?」

ラビゾーはレノックの隣の女性に目を遣った。
彼女は恥ずかしいのか、赤くなって俯いている。
今まで一言も発していない事から、内気で中々断れない性格なのではと、ラビゾーは案じた。

171 :創る名無しに見る名無し:2015/11/05(木) 19:46:58.89 ID:Gr6rBBj1.net
その一方で、バーティフーラーは相変わらず、ラビゾーに不信の眼差しを向けている。

 「触りたいんだ?」

横合いからの不意打ちに、ラビゾーは引き攣った顔で答える。

 「な、何を馬鹿な……」

視線を逸らした彼の視界の隅に、バーティフューラーの胸が映った。
決して小さいとは言えない、形が良くて、張りのある魅力的な……。
しかし、レノックの隣の女性が備えている物と比較して、どちらに目が向くかと言えば、それは後者。
見るからに重そうで、思わず支えたくなる。
詰まる所、ラビゾーも触れる物なら触りたいのだが、社会的な体面と、周囲の目と、
小さな自尊心が許さなかった。
初心な彼は、胸に触ると言った性的な行為が許されるのは、恋人か夫婦か、然もなくば、
乳幼児と母親、医者と患者の間柄に限ると思っている。
バーティフューラーはラビゾーからレノックへ視線を移した。

 「アタシ、触っても良い?」

 「どうぞ」

バーティフューラーの問い掛けに、レノックは快諾する。
ラビゾーはレノックの隣の女性が、どんな表情をしているか窺った。
彼女は相変わらず、顔を赤らめて俯いている。

 「ま、待って下さい」

ラビゾーは堪らず止めに入った。

172 :創る名無しに見る名無し:2015/11/06(金) 20:17:21.92 ID:wgGqpBIj.net
これでは強制猥褻。
幾ら祭りの雰囲気で浮かれているとは言え、物事には限度がある。
女性を庇いに出たラビゾーを、バーティフューラーは訝し気な目付きで睨んだ。

 「どうしたの?」

 「彼女の意思を確かめないと……」

そう訴えたラビゾーは、小声で女性に対して、窘める様に言う。

 「貴女も嫌なら嫌だと断るべきです」

紳士的に振る舞うラビゾーを、レノックは嘲笑い、女性に問い掛けた。

 「嫌かい?」

ラビゾーが注視している前で、女性は俯いた儘、小さく首を横に振る。
ラビゾーは彼女を一層気遣い、心配そうに尋ねる。

 「本当に?」

 「……わ、私は平気です……。
  あの、心配して頂かなくても、結構ですから……」

女性が苦笑いで答えたので、ラビゾーは酷くショックを受けた。

173 :創る名無しに見る名無し:2015/11/06(金) 20:19:25.89 ID:wgGqpBIj.net
 「じゃあ、一寸失礼するわね」

バーティフューラーは女性の背後に回り、自然な動作で腋の下から腕を通し、
両手の平で優しく下から乳房を持ち上げる。
その時、女性が恍惚の表情を浮かべていた事から、ラビゾーは彼女が魅了されていると、
漸く気付いた。
美女が絡み合う様は、淫靡で蠱惑的。
ラビゾーが愕然としていると、バーティフューラーは彼に挑発的な視線を送った。
「一緒に愉しもうよ」と暗に囁き掛ける、甘い誘惑。
だが、ラビゾーの中では性衝動を上回る勢いで、更なる自制心と自尊心が起き上がった。
徒(ただ)、乳房に触れる位の事を、大袈裟に捉えているのは、彼だけかも知れない。
それでもラビゾーには、流されて行為に及ぶ事を忌避する、病的な妄執とでも呼ぶべき情念がある。
煩悶する彼を余所に、バーティフューラーは妖しい笑みを浮かべて、女性の体を撫で擦る。

 「羨ましいわ」

 「そ、そんな事は……。
  貴女の方が……」

女性も感じ入って、艶のある吐息を漏らす。
バーティフューラーは再度ラビゾーに悪戯っぽい視線を送って、誘い掛けた。

 「ラヴィゾール、意地を張っても良い事無いわよ?」

それが彼の逆鱗に触れた。

174 :創る名無しに見る名無し:2015/11/06(金) 20:20:58.58 ID:wgGqpBIj.net
人には誰しも、理想とする人間像がある。
精神の成長と人格の形成は、「こうなりたい」、「こうあるべきだ」と言う具体的な目標を掲げ、
それを目指す事から始まる。
情欲に溺れて、理性を失う者は男ではない。
丸で、性に潔癖な公学校生の様な貞操観念!
しかし、少なくとも偏固なラビゾーは、そう信じていた。
バーティフューラーの誘いは、そんな彼の価値観を否定して、惰弱になれと命じたに等しい。
それは侮辱である。
当然、ラビゾーは受け容れ難く、拒絶の意思を明確にする。

 「勝手にやってれば良いでしょう。
  僕は付き合えません。
  インモラルだ!」

 「インモラルって……」

怒気を露にし、背を向けて去るラビゾーに、バーティフューラーは面食らった。
レノックは口笛を吹いて、冷やかしにバーティフューラーに声を掛ける。

 「フーム、本当に彼には魅了の魔法が効かないんだね……。
  修行僧かな?」

……単純な話、ラビゾーは一度理性的に振る舞った手前、目の前に吊るされた餌に飛び付く様に、
安易に翻意するのが格好悪過ぎて、下らない意地を張ったに過ぎない。
好色な軟派者と思われたくもなかった。
だが、この余りに卑小な誇りが、彼の全てなのだと言う事を、レノックもバーティフューラーも、
理解しなかった。

175 :創る名無しに見る名無し:2015/11/07(土) 19:34:37.69 ID:jRULQnZc.net
バーティフューラーは急に虚しくなって、女性を解放した。
女性は物足りなさ気な顔をして惜しんだが、魅了の魔法は既に切れており、尾を引く事は無い。
我に返った彼女は、痴態を晒していた先程までの自分を、恥じる気持ちになっていた。
バーティフューラーは溜め息を吐いて、レノックを睨む。

 「折角のデートだったのに、飛んだ邪魔が入ったわ」

 「元はと言えば、君が見当違いな嫉妬心を起こした所為だろう」

レノックは余裕のある態度で言い返した。

 「ラヴィゾールに罪は無い。
  大きな胸に目が行くのは、仕方の無い事なんだ。
  これだけ立派な物なら、男でなくとも、反応するなと言う方が無理だよ」

彼はラビゾーを擁護したが、バーティフューラーは外方を向いて剥れる。

 「アタシが傍に居ながら?
  本当、度し難いわ。
  その癖、紳士振るんだから、嫌んなっちゃう。
  自制出来るんだか、出来ないんだか」

不機嫌そうに零すバーティフューラを見て、レノックは声を殺して笑った。
バーティフューラーは眉を顰めて訝る。

 「何?
  感じ悪い」

 「フフフ、だって、トロウィヤウィッチともあろう者が……。
  胸が大きい普通の娘に負けるってさ……」

可笑しさの余り、腹を抱えて身を屈め、クックッと声を漏らすレノック。

176 :創る名無しに見る名無し:2015/11/07(土) 19:36:39.46 ID:jRULQnZc.net
バーティフューラーは言い訳しない。
魅了の魔法が効かなければ、彼女は平均的な美人。
何か一つ秀でた所のある者に敵わないのは道理。
言い様の無い寂しさを覚えて俯くバーティフューラーに、レノックは言う。

 「彼を追い駆けなくて良いの?」

 「言われなくても」

バーティフューラーはラビゾーを追って走り出した。
共通魔法使いではない彼女には、探知魔法は使えない。
更に、ラビゾーは魔法資質が低い為に、魔法資質による簡易探知にも掛からない。
それでもバーティフューラーは性を司る舞踊魔法使い。
ラビゾーの残り香を辿って行けば、探し当てられる。

 「ラヴィゾール!」

ラビゾーは別れた場所から余り離れていない、街角のベンチに腰掛けていた。
バーティフューラーは呆れ声で、彼に話し掛ける。

 「一体どうしたって言うの?」

謝罪するか、何も無かった様に振る舞うか、素っ惚けるか、この3択でバーティフューラーは、
素っ惚ける事を選んだ。
ラビゾーが眉を顰めたので、選択を間違えたと感じたが、もう取り返しは付かない。
それに、本心からの疑問だった。

177 :創る名無しに見る名無し:2015/11/07(土) 19:45:33.50 ID:jRULQnZc.net
ラビゾーは小さく溜め息を吐き、困り顔で言う。

 「ここは禁断の地の村とは違うんですよ……」

あの時、バーティフューラーがラビゾーを引き離そうとしていれば、好い雰囲気でデートを続けられた。
しかし、実際には彼女はラビゾーを一層扇情する行動に出た。
共通魔法社会では、「淫奔」、「猥りがわしい」とされる物だが、それをバーティフューラーは、
何も悪いとは思っていない。
彼女はラビゾーを悦ばせると同時に、性的な接触への抵抗感を奪う積もりだった。
どれだけ晩熟(おくて)でも、口先では断れても、「『そう言う事』を本心から嫌がる男は居ない」、
「心の中では望んでいる筈」と、思い込んでいた。

 「村の中なら良かった訳?
  魔法を使ったのが悪かった?
  でも、無意識だったの。
  態とじゃない。
  それは解って……」

 「そうじゃない、そうじゃないんです」

ラビゾーは悲し気に俯いた。
両者の価値観は根本から違う。
今の気持ちを、どう説明すれば解って貰えるのか、ラビゾーは内観して、考えに考える。
そして、出した答は……。

 「僕は貴女の思い通りにはなりません」

 「はぁ……?」

予想外の言い訳に、バーティフューラーは気の抜けた声を出した。

178 :創る名無しに見る名無し:2015/11/07(土) 19:55:13.11 ID:jRULQnZc.net
暫し沈黙の時が訪れる。
バーティフューラーはラビゾーの真意を探るべく問い掛けた。

 「えーと……?
  詰まり、何?
  アタシが誘い掛けたから駄目だったの?」

 「いや、誘わなくても駄目でしたけど。
  僕は触らないって言ったんですから、放っといて下されば良かったんです」

 「でも、アンタ触りたそうにしてたじゃない」

 「違います!」

 「違わないー!
  アタシの目は誤魔化せないんだから!
  アンタ絶対群々(むらむら)来て、発情してたでしょう!?」

 「群々って……。
  僕に彼女の胸を触って欲しかったんですか?」

言い合いの中で、ラビゾーは奇妙な引っ掛かりを覚えて尋ねた。
想定外の角度からの質問に、虚を衝かれたバーティフューラーは押し黙る。
話を逸らす好機と、ラビゾーは畳み掛けた。

 「そんなに触らせたかったんです?
  どうして?」

バーティフューラーは何も答えられない。
彼女はラビゾーが自分を差し置いて、他の女性に発情した事が許せなかったので、
魅了の魔法使いの意地を懸けて、所詮男は性欲に勝てない物と証明したかったのだが、
それを正直に告白する訳には行かなかった。
言ってしまえば、それこそ恥。
2人の間の沈黙は、一極毎に気不味い物になって行く。

179 :創る名無しに見る名無し:2015/11/07(土) 20:17:25.94 ID:jRULQnZc.net
雲行きが怪しいと感じたラビゾーは、自ら口を利いた。

 「あ、あの……、大きな胸に目が行くのは本能と言うか……、誰だって見てしまう物でしょう?
  その事と、触りたいって気持ちと、実際に触るかは別問題なんですよ。
  そう言うのは恋人とか、特別な仲でないと許されない物です。
  触れるから触ってしまえ等とは思い切れません。
  況して、バーティフューラーさんの魔法が効いているとなれば……。
  あの人は、僕達とは今日偶々会っただけの人。
  そうでしょう?」

バーティフューラーは無言の儘、両手でラビゾーの右手を持ち、マッサージする様に、
指先で捏ね繰り始めた。
可愛い萎縮(いじ)け方をすると思い、ラビゾーが油断していると、彼女は手を自分の胸に当てる。
ラビゾーは綿の様な柔らかさを、確り味わってしまった後で、慌てて手を引っ込めた。

 「ヒャッ!?
  何するんですか!」

 「普通、反応が逆でしょうに」

バーティフューラーは勝ち誇った笑みを浮かべている。

 「アンタの言う通りなら、これでアタシ達は『特別な仲』よね?」

 「えっ、いや、今のは無しでしょう……」

 「だったら、胸を触る位、何て事は無いじゃないの。
  『変態<ラーカー>』(※)」

 「ム、ムム……」

ラビゾーが黙り込むと、バーティフューラーは機嫌を好くして、彼の腕を引いた。

 「さー、デートの続き続き!」

ラビゾーは胸に靄々した物を抱えながら、しかし、ここで話を蒸し返す事も躊躇われ、
有耶無耶で良しとする。
彼の右手には忘れ難い感触が何時までも残り続けた。


※:lurker=潜む者、むっつり助平の意。

180 :創る名無しに見る名無し:2015/11/07(土) 21:43:37.90 ID:YxpEO2Na.net
かわいいw

181 :創る名無しに見る名無し:2015/11/08(日) 19:19:31.72 ID:zOts85F2.net
共通魔法教書 勇気の章


恐怖と言う感情は、我々が生き延びる上で、重要な役割を持っている。
故に人の中には、恐怖に逆らう事を禁忌と感じる者がいる。
しかし、我々は幸福な事に、強靭な意志と確固たる理性によって、それを克服する事が出来る。
恐怖の向こうにある物を知るには、相当の勇気が要る。
恐怖の正体が、本当に我々の手に負えない物である可能性も、忘れてはならない。
それでも理性的に物事を分析し、恐怖に挑む者は称えられるべきである。
無知なる臆病者は恐怖に対し、逃走するか平伏するより他に無い。
それは惨めな敗北である。
怪異や鬼神に縋ってはならない。
我々は祈る事を止めたのだ。

182 :創る名無しに見る名無し:2015/11/08(日) 19:20:49.61 ID:zOts85F2.net
勇気の章は、今まで畏怖と崇拝の対象であった「魔法」を、解明しようとする精神を謳った物である。
共通魔法の精神は、ここから始まったと言っても良い。
長らく一部の魔法使いが支配を続けて来た歴史の中で、共通魔法使いの出現は必然でもあった。
それは旧暦の最大勢力、神聖魔法使いを崇める神聖教会が、人間の理性と勇気を尊重して、
「正しい道」を歩む様に指導していた為である。
神聖教会は「問答」を重視し、良き指導者とは、良い回答をする者だった。
教義の下、あらゆる疑問は許され、王や神を疑う事もあった。
これによって、偽聖君や悪い魔法使いを排除出来ると考えていたのである。
無闇に褒め称し煽る者は謀人、唯々諾々と従う者は愚人とされた。
だが、忠言耳に逆らう様に、自分を認めてくれる方向に流れ易いのも人情。
王侯貴族のみならず、神聖教会の中にも、活発で率直な議論を嫌う者は多かった。
こうした姿勢が巡り巡って、共通魔法使いが神聖魔法使いを打ち倒す結果になったのは、
歴史の皮肉である。
後に勇気の章はルソンによって、旧暦の魔法勢力に戦いを挑む際の演説に流用された。

183 :創る名無しに見る名無し:2015/11/08(日) 19:22:36.43 ID:zOts85F2.net
「祈る事を止めた」と言う『小節<フレーズ>』は、共通魔法教書の中で、よく用いられる。
『神聖魔法使い<ホーリー・プレアー>』が意識されているのは、間違い無い。
白暦の小歌にも「苦難の中で/祈りを止めよ/崇めるものは無し」とある。
しかし、人の及ばない領域は確かに存在し、祈る事しか出来ない時があるのも実情。
人々は勇気の精神と、小さな神や精霊と折り合いを付けて、日々を暮らしている。

184 :創る名無しに見る名無し:2015/11/08(日) 19:24:25.63 ID:zOts85F2.net
精霊祭


旧暦が終わり、科学が進んでも、唯一大陸の各地には、精霊に関する祭りが残っている。
エグゼラ地方には雪精(ゆきせい)祭、陽精(ようせい)祭、狩猟祭、冬精(とうせい)祭、暖炉祭。
ティナー地方には童(わらし)祭。
ボルガ地方には竜神祭、竈神祭、山精(さんせい)祭、田畑土精(でんばたどせい)祭。
カターナ地方には海神祭、果実祭、嵐精(らんせい)祭、太陽祭。
ブリンガー地方の収穫祭も、元は神や精霊に感謝する祭りだったと言われる。
殆ど精霊に縁が無いグラマー地方でも、辺境の小町村では精霊を信仰していたりする。

185 :創る名無しに見る名無し:2015/11/09(月) 19:09:33.04 ID:ittPPHra.net
12月20日 ボルガ地方の小都市アルトリューにて


ボルガ地方の山間の小都市アルトリューでは、冬の晴れた日に不要な物を焼く、
大浄祭と言う物が行われる。
これは何もアルトリューに限った事ではなく、ボルガ地方全般で普通に行われている物であり、
ティナー地方やエグゼラ地方の一部にも類似した習慣が伝わっている。
大抵は年末、具体的には12月の15日、20日、25日、30日の4日の内で、
晴天の日を選んで行う。
終末週や翌年にまで持ち込まない。
この祭りは人々が集まって催される物ではなく、家々が別個に行う。
民家の庭で、農家では田畑で、集合住宅では共用の空き地を利用して、不要物を燃やす。
勿論、日常生活で出る塵は、業者が回収している。
大浄祭で燃やされる物は、再利用も出来ない古着、箪笥、机、椅子、その他木片や雑草等。
ボルガ地方の冬は乾燥しているので、よく燃える為に、偶に延焼して火事が起きたりもする。
この様に、基本的には家々が別個に行う物だが、都市化が進んだ区画では、大きな祭りとして、
公園を利用して行われる。
各々が不要な物を持ち寄り、燃え盛る炎に投じて、願い事をするのだ。
街中が煙たくなるのは、御愛嬌。

186 :創る名無しに見る名無し:2015/11/09(月) 19:11:02.24 ID:ittPPHra.net
この大浄祭、元は火の精霊を祭った物と言う。
復興期のボルガ地方民は、冬を前に火に薪を奉げる事で、寒さが和らぐ、或いは、
冬場の火事を防げると信じていた。
勿論、そんな事は全く無いのだが、やがて不要物を燃やす祭りとなり、開花期には、
炎を囲んで踊り、病魔や不運を祓って、健康や開運を祈願する物へと変遷した。
大浄祭と名付けられたのは、これ以降と伝えられており、それ以前は火邑祭と呼ばれていた。
こうした「祈祷」を魔導師会は好ましい物とは捉えていなかったが、特に害悪となる物でもないので、
「民族的文化」として見過ごしていた。

187 :創る名無しに見る名無し:2015/11/09(月) 19:13:01.03 ID:ittPPHra.net
自称冒険者の青年精霊魔法使いコバルトゥス・ギーダフィは、アルトリュー市を訪れた時、
精霊の息吹を感じて、少し嬉しくなった。
唯一大陸は共通魔法の支配下にあるとは言え、都会から離れた規模の小さい地方都市では、
未だ人と精霊が結び付いている。
それは原始的な崇拝や依存、或いは封建的な抑圧や強制とも異なり、程好い距離感で、
人と精霊が付き合っている、理想的な環境。
精霊と心を通わせる彼にとって、精霊の喜びは、自身の喜びと連動しているのだ。
だが、街を歩いていたコバルトゥスは急に不安になる。
彼は火の気が満ちて行くのを感じていた。
古来から、火の精霊は烈しい気性とされる。
火とは竈や暖炉と言った「家庭」の象徴であると共に、火攻めや火器と言った「戦」の象徴でもある。
火を扱うには加減が肝要。
制御を第一とし、「駭(おそ)れず然れど慣れず」の精神を忘れてはならない。
度が過ぎれば火傷する。
人も自然も、火の気が満ちるは、大事の前触れ。
コバルトゥスは火の元へ走った。

188 :創る名無しに見る名無し:2015/11/10(火) 20:28:54.31 ID:yC1XJOe/.net
街の中心部では、不要物を燃やす大浄祭の炎が、高さ5身まで上っている。
異常な火柱の大きさだが、それは炎が燃え移らない様に、風の魔法で意図的に、
熱気を上空に吹き上げている為だ。
しかし、今回は何時にも増して火勢が強いと、祭りの関係者は思っていた。
例年ならば、火柱の高さは3身程度。
「祭り」なので、炎が大きければ大きい程、喜ばれる訳だが、火と風を制御している者達、
所謂、『営火者<ファイア・キーパー>』、『火の番』達は、「少々の危うさ」を感じていた。
時折強風が吹いて、火柱が上空で大きく曲がる。
幸い、毎年安全には配慮されているので、周辺に燃え移る様な物は無い。
過去に大浄祭が大火災に発展してしまった事は、一度や二度ではない。
祭りの主催は市だが、一部の住民や周辺町村から、中止を要請された事もある。
伝統を絶やしたくない、祭りを続けたいと言う思いで、その度に対策を強化して来た。
甲斐あって、ここ十数年は火災とは無縁だった。
祭りは今や重要な観光資源でもある。

189 :創る名無しに見る名無し:2015/11/10(火) 20:30:30.72 ID:yC1XJOe/.net
気象条件は例年通りだった。
やや乾燥気味で、風が少し強い位。
過去にも、同じ様な条件下で、大浄祭を行った経験があった。
違いを挙げるとするならば、祭りの最中に条件が変化した事だろう。
途中から、空気が一層乾燥し始めた。
だが、強風で祭りを中止した事はあっても、乾燥で祭りを中止した事は無かった。
そして、ファイセアルスに於ける肝心な要素が、もう一つ……。
大浄祭中のアルトリュー市内には、魔力が集まって来ていた。
火元の公園に着いたコバルトゥスは、先ず祭りの責任者を探したが、人が多過ぎて、
どこに居るのか判らない。
そこで、ファイア・キーパーの中から『営火長<ファイア・チーフ>』に話し掛ける。

 「一寸、良いか?
  今直ぐ、火を止めてくれ」

営火長は門前払いにはせず、応じた。

 「どうした?
  いや、その前に、あんたは?
  何か問題でも?」

それは彼自身も「何と無く」異変を感じ取っていた為だ。
どんなに小さな事でも、具体的な問題や危機があれば、現場の責任者として、
迅速に対応する積もりだった。

 「俺が誰でも良いだろう。
  とにかく、火を止めてくれ。
  余りに火の気が強過ぎる」

しかし、コバルトゥスは自らの「勘」に頼った物言いしか出来ない。

190 :創る名無しに見る名無し:2015/11/10(火) 20:32:45.47 ID:yC1XJOe/.net
営火長は、そんな好い加減な言葉で動く訳には行かなかった。

 「何か問題が起きた訳じゃないのか?
  あんたは何者なんだ?
  魔導師、学者、それとも何かの専門家?
  答え次第では、忠告を受け入れる用意がある」

コバルトゥスは小さく溜め息を吐いた。
所詮は共通魔法社会の中で起こる事。
それに状況からして、どんなに大事になっても、見物人が犠牲になる位で済む。
我関せずで、見過ごしても良い……が、何もしないのも寝覚めが悪い。
そう言う気持ちで、彼は営火長を説得する。

 「専門家だよ」

 「何の?」

魔力の流れから、下手な嘘は見抜かれる予感があったコバルトゥスは、正直に答えた。

 「……精霊魔法」

「精霊魔法使い」と明言する事は避けたが、白状したも同然。
共通魔法使いにも精霊魔法の研究者は居るので、それと勘違いしてくれる可能性に甘える。
営火長は眉を潜めて声を落とし、真面目に問い掛ける。

 「精霊……って、精霊の声でも聞こえるのか?
  火を止めろって?」

 「そうじゃない」

 「じゃあ、何なんだ?」

共通魔法使いが精霊に就いて、殆ど関心を持たず、無知な事をコバルトゥスは恨んだ。

191 :創る名無しに見る名無し:2015/11/11(水) 19:34:59.51 ID:Z0V7Rdk4.net
彼は営火長に、精霊に就いて、懇切丁寧に解説しても良いのだが、今は時間が惜しい。
コバルトゥスは苛立ちを露にして言う。

 「火の精霊が活発になっている。
  火の精霊の仕事は、火を起こす事だ。
  早く火を止めないと、火災を招く」

 「そう言われてもなぁ……。
  火の勢いが強いのは解ってる。
  十分気を付けてる積もりだが」

 「積もりじゃ駄目だ。
  あんた等じゃ制御し切れないと感じたから、こうして止めに来た」

それは共通魔法の魔力の流れと、自然の魔力の流れの兼ね合いの話だ。
魔力の流れを制御して、魔法を発動させる共通魔法は、場の魔力が豊かな程、
高い効果の魔法を使える。
一方で、自然の中にも魔力の流れがあり、時に共通魔法の発動を妨げる。
複数人で協力して、魔力の流れを整えても、どうしても限界は生じる。
不幸な事に、この場には広範囲の魔力の流れを読める、高い魔法資質の持ち主が居なかった。
もし、区単位で魔力を感知出来る魔法資質の持ち主が居れば、現状が如何に危険か、
直観出来ただろう。
営火長はコバルトゥスを暫し睨み、自ら折れた。

 「解った。
  祭りに水を差す様だが、火の勢いを弱めよう」

ファイア・キーパーの中でも、魔法資質の高い者が営火長に選ばれる。
彼はコバルトゥスの魔法資質が、自分より優れている事を覚ったのだ。

192 :創る名無しに見る名無し:2015/11/11(水) 19:44:06.11 ID:Z0V7Rdk4.net
営火長の指示で、大浄祭の火は抑えられる。
火柱の高さは、徐々に低くなって行った。
だが、魔法を変えている最中は、魔力の制御も不安定になり易い。
強い火の勢いを抑える不自然な方向への働き掛けならば、尚の事。
ファイア・キーパー達は何れもアルトリュー市出身の男衆で、特別な資格がある訳ではないし、
魔導師でもない。
共通魔法の心得があり、毎年祭りに参加して、火の扱いに慣れているだけの一般人だ。
高度な技術を求めるのは酷と言う物。

 (下手だな……。
  もっと自然に出来ないのか?)

コバルトゥスはファイア・キーパー達の拙い魔力の扱い方を、傍ら痛い思いで見守っていた。
しかし、精霊魔法使いである彼は、共通魔法使いと協力して、魔法を唱える事は出来ない。
共通魔法自体は精霊魔法から発展した物だが、魔力の扱い方は少々異なる。
その「少々」が埋めがたい差であるが故に、精霊魔法使いは共通魔法を使えないのだ。
そして、コバルトゥスの懸念通り、「災い」は起こった。
炎を抑えようとする共通魔法の働きに、反抗する様に、上空から突風が吹き下りて、
火柱を薙ぎ倒した。
ファイア・キーパー達の反応も間に合わない。
見物人は火柱を取り囲む様に集まっていたので、その一角が炎に襲われる。

 「I3DL2!」

コバルトゥスは透かさず、風の魔法を発動させて、見物人たちを守った。
炎は上昇気流によって、不自然なV字を描き、既の所で逸れて行く。
炎に巻き込まれた者も、熱風による火傷を負った者も無かった。

193 :創る名無しに見る名無し:2015/11/11(水) 19:45:35.67 ID:Z0V7Rdk4.net
危うく大事になる所だったにも拘らず、大半の見物人は状況を理解しておらず、
大騒動にこそならなかったが、大浄祭は急遽中止となった。
何も語らず去ろうとするコバルトゥスを、営火長は呼び止めた。

 「待ってくれ、あんたが守ってくれたんだろう?
  どこの誰かは知らないが、助かった。
  名前を聞きたい。
  礼を言わせてくれ」

コバルトゥスは俯き加減で小さく笑う。

 「俺は旅の冒険者。
  名乗る程の者じゃないさ。
  お礼は現金が良いな」

 「ん?」

聞き間違いではないかと、営火長は耳を疑った。
コバルトゥスは平然と言い訳する。

 「謝礼を目当てにやった事じゃない。
  でも、どうしても礼がしたいと言うなら、現金で頼む。
  幾らとは言わないが、あんたの手持ちで十分だ」

 「手持ちの現金……」

 「嫌なら別に構わない。
  謝礼が目当てじゃないからな」

 「待ってくれ」

営火長は自分の財布の中を検めた。
今の彼が個人的に渡せるのは現金、数万のMG紙幣とW紙幣のみ。

 「この位しか無いが……」

営火長は5万MGと3万Wを取り出した。

194 :創る名無しに見る名無し:2015/11/11(水) 19:47:00.29 ID:Z0V7Rdk4.net
コバルトゥスは満足気に頷き、それを受け取って、雑に鞄に押し込んだ。

 「十分だ。
  冬場、この辺りには火の精霊が集まり易い。
  元々ボルガ地方は火山帯と言う事もあるが。
  火の扱いには気を付けなよ。
  それじゃ」

最後に助言をして、コバルトゥスは背を向ける。
営火長は呆然と、去り行く彼を見送った。
もしコバルトゥスが居なければ、火災は大勢の見物人を巻き込んで、祭りは廃止に追い込まれ、
そればかりか関係者には処罰が下されただろう。
特に営火長は責任が重い。
数万の礼で満足して貰えるなら、安いと言えば安いのだが……。

 (冒険者……?
  彼は一体……)

何とも不思議な人物だったと、営火長は首を捻る。

 (精霊魔法の専門家と言ってたな。
  本当に精霊の使いだったり……。
  そんな訳無いか)

彼自身は精霊を信仰している訳ではないが、一瞬だけ神秘的な物に触れた気がした。
その後、大浄祭は一層の安全強化を求められた物の、廃止されずに続けられている。

195 :創る名無しに見る名無し:2015/11/12(木) 19:39:54.00 ID:0SjZMGcm.net
ヨハドとタロス


9月14日 ティナー地方モーン市エンドロール探偵事務所にて


夏も盛りを過ぎて、過ごし易い日も増えて来た頃、時刻は南東の時、エンドロール探偵事務所に、
如何にも怪しい風体の男が現れた。
『視線隠し<ブリンカー>』に、金煌(きんきら)のローブ、革靴、そして装飾過多な程の腕輪や指輪、首輪。
髪は白金に脱色している。
金煌、過度な装飾、視線隠しは、「悪人」を表す3点。
男はマフィアの幹部だった。
応対に出た女性従業員ソファーレ・レフォロスに対して、彼は馴れ馴れしく言う。

 「オォ、姉ちゃん、儂ゃあ所長に用があんのじゃ。
  会わしちゃくれんかのォ?」

中央訛りとカターナ訛りが混じった、東山脈訛り(※)を隠そうともせず。

 「ど、どの様な御用でしょう……?
  お名前を伺っても宜しいですか?」

怯えながらも、業務を全うしようとするソファーレに、男は威圧的な態度を取る。

 「先生に紹介された言(ゆ)えば解るけぇ、早うしとくれや。
  こっちも暇じゃないんじゃ」

 「は、はい……、少々お待ち下さい」

 「なる早で頼むで」

ソファーレは急いで所長のヨハド・ブレッド・マレッド・ブルーターを呼びに行った。


※:シェルフ山脈東側周辺の訛り。

196 :創る名無しに見る名無し:2015/11/12(木) 19:44:15.99 ID:0SjZMGcm.net
彼女から話を聞いたヨハドは、彼にしては珍しく嫌気を顔に表した。
普段から余り感情を表に出さない鉄仮面なのだが、今回は眼を見開き、口を固く結んで、
何時にも増して、他人を拒絶する様な迫力に満ちていた。
ヨハドは視線隠しを装着して、巨漢の助手タロスを呼び付け、2人で男に会いに行く。
ソファーレも後に続いて、物陰から密かに様子を窺った。
ヨハドはタロスを傍に控えさせ、男の正面に立つ。

 「何の用だ?」

 「おぉ、お客様に対して、そげな口を利くんかい」

男は軽口を叩いたが、ヨハドが警戒を解かないので、眉を潜め、視線隠しの下で困り顔になった。

 「誤解せんでくれな、厄介事持ち込もうっちゅうんじゃないけぇ。
  真っ当な依頼をしに来たんじゃ」

男が態度を軟化させたので、ヨハドはタロスに命じる。

 「タロス、相談室に案内してやれ」

 「了解。
  どうぞ、こちらです」

男はタロスの威容にも臆さず、素直に従って相談室に入った。

197 :創る名無しに見る名無し:2015/11/12(木) 19:46:41.78 ID:0SjZMGcm.net
ヨハドは自分も相談室に入る前に、ソファーレに言い付ける。

 「『あれ』には、お茶も菓子も必要無いから。
  相談室には近付くな。
  私達だけで話を付ける」

 「は、はい……」

ソファーレは唯頷く他に無かった。
相談室にはヨハドとタロスと客の男の3人。
先ず、ヨハドが話を始める。

 「名前を聞こう」

男は数極思案した後、答えた。

 「ほうじゃ、『ゴルドマン』で頼むわ」

明らかな偽名に、ヨハドは冷たい声で返す。

 「本名を」

 「そう固い事、言うなや。
  マーセン・ゴルドマン。
  金(かね)、金男(きんお)じゃ。
  これで良えじゃろが?」

マーセンと名乗った男とヨハドは、親しい仲ではない。
今日、初めて出会った。
もしかしたら、マーセンの方はヨハドと会った記憶があるかも知れないが、少なくともヨハドは、
彼と真面に挨拶をした覚えは無かった。

198 :創る名無しに見る名無し:2015/11/13(金) 19:45:21.67 ID:g9fxHAhm.net
ヨハドは声を低く重くして凄み、マーセンに尋ねる。

 「どこの『組<クラン>』の者だ?」

明らかに堅気ではない者に、所属組織を名乗らせるのは、藪蛇になる可能性が高い。
今回限りの付き合いにするなら、知らない振りをするのが正しいが、ヨハドは敢えて問うた。

 「余(あんま)し言いたくないのぉ……。
  いや、言(ゆ)っても良えんじゃけど……」

マーセンは決して、組織に迷惑が掛かるから渋っているのではない。
どちらかと言えば、ヨハドを気遣っている。
それは仲介者の「先生」なる代論士から、ヨハドが筋者を嫌うと聞いていた為だ。
深く係わり合いになるのを避けたいなら、依頼人と請負人の間柄で済ませるべき。
そうした堅気相手の礼儀を、幹部であるマーセンは心得ていた。

 「構わん、言え」

 「……『鹿<ルサ>』じゃ」

 「正式な名前か?」

 「おう」

彼が名乗ったのは、それなりに裏社会の知識があるヨハドでも、聞いた事が無い組織名だった。
伝統的で形式的な地下組織は、小洒落た名前を付ける。
例えば、『黒蠍』や『虎の牙』、『獅子の子』、『巨人の拳』等、厳つい名で威を示す。
一つの短い単語から成る名前は、多くの場合、大組織の下にある小組織を意味する。
同盟や協力関係ではない、完全な下部組織だ。

199 :創る名無しに見る名無し:2015/11/13(金) 19:47:46.47 ID:g9fxHAhm.net
モーン市で大組織と言えば、ルキウェーヌしか無い。
ティナー地方四大地下組織の一、東のルキウェーヌは、昔ながらの侠義者の集団。
「ティナーの東に無法無し」と言われる程だが、近年は勢力に翳りも見られる。

 「……それで、依頼とは?」

ヨハドが切り出した言葉に、マーセンは相好を崩した。

 「請ける気んなったか」

 「内容を聞かなければ何とも言えない」

 「心配せんでも良え言うに。
  ペット探しじゃ。
  ニャン子よ、ニャン子」

 「本当に普通のペットなんだろうな?」

疑り深いヨハドに、マーセンは苦笑しつつ、呆れた様に俯いて溜め息を吐き、答える。

 「本真、本真」

彼は写真を差し出した。
そこに写っていたのは、やたら毛並みの良い、凛々しい顔の1匹の黒猫。

 「アイラナック言う猫でな、可愛い子じゃろー?
  バイモン言う、高級品種じゃ」

200 :創る名無しに見る名無し:2015/11/13(金) 20:00:31.99 ID:g9fxHAhm.net
マーセンの問い掛けには応じず、ヨハドは話を続けた。

 「あんたの猫なのか?」

 「……まあの」

 「何時から行方不明なんだ?」

 「3日位前から……かのぉ」

 「中飼い?」

 「見りゃ判ろうが、中飼いよ」

 「中飼いで、行方不明に?」

 「どっか隙見て、逃げ出したんじゃろう。
  猫はワン公みたいに繋ぐ訳にも、ネズ公みたいに篭に入れる訳にも行かんけぇな」

 「雄、雌?」

 「雌」

 「住所は?」

 「市内、トンダーバック町ビグボッグ村」

 「この猫、他の猫と判別出来る特徴は?」

 「金の留め具が付いた、赤い首輪をしとる。
  ほいとアニマルスター(※)言う所の、牛干し肉が大好物じゃ。
  持って来るだけで、腹を見せて甘えよる。
  あ、使い魔じゃのうて、普通の猫よ」

 「報酬は?」

 「見付かれば5万払う。
  当然、早い方が良えな。
  見付からんでも、最低限の費用は出す」

 「分かった。
  所で、猫は好きか?」

 「何、言いよる。
  嫌いなら態々頼みに来る訳無かろうが」

 「そうだな。
  契約書を用意する」

ヨハドは席を立って、契約書を取りに一旦退室した。


※:ティナー市のペット用食品メーカー(スター財閥系)

201 :創る名無しに見る名無し:2015/11/14(土) 19:27:21.36 ID:eAWGbSqA.net
結局、ヨハドはマーセンの依頼を請け負った。
マーセンが去った後、コートを着込んで、外出の準備をするヨハドに、タロスは声を掛ける。

 「ペット探しなら、兄貴――じゃないや、所長が行かなくても、俺が――」

 「いや、お前は留守を頼む」

普段は敬遠している、視線隠しや魔除けのアクセサリーを身に着けている事から、
徒事ではない雰囲気を、タロスは感じ取っていた。

 「あの男の依頼、普通じゃないんですか?」

 「ああ」

 「どうして判るんです?
  何か暗号みたいな物でも?」

勘の鈍いタロスに、ヨハドは呆れて溜め息を吐く。

 「その様子じゃあ、未だ未だ仕事は任せられんな。
  ペット探しを依頼する人間にしては、どこか他人事っぽいと思わなかったか?」

 「俺、ペット飼った事無いんで……」

 「はぁ……、とにかく、写真の猫は奴のペットじゃない」

 「へぇ、それじゃ誰の?」

小首を傾げるタロスに、ヨハドは答える。

 「連中の『大事な物』には違い無い」

202 :創る名無しに見る名無し:2015/11/14(土) 19:31:20.60 ID:eAWGbSqA.net
連中とは即ち組織の事。
タロスは心配そうに問い掛けた。

 「大丈夫なんですかい?」

 「厄介事じゃないと、あの男は言った。
  信じてやるさ。
  それに筋者の依頼は、断ると後が面倒だからな」

ヨハドは事務所を出て、モーン市の南部、トンダーバック町ビグボッグ村へと向かう。
乗合馬車でビグボッグ村に着いたヨハドの後を、何時の間にか、見知らぬ男達が尾行していた。
揃って黒系統の服を着た、如何にも「普通でない」連中。
それに気付いたヨハドは、自ら彼等に話し掛ける。

 「何か用か?」

 「あんた、見慣れんが、どこの者だ?
  そんな格好で彷徨(うろうろ)されちゃあ困る」

「そんな格好」とは、コートを着込んで、視線を隠した、如何にもな服装の事である。
恐らく男達の正体は、この近辺を管轄している地下組織の構成員。
彼等がマーセンの関係者である事を願って、ヨハドは答える。

 「探偵だ。
  あんた等こそ、何者なんだ?」

 「探偵が?
  何の用で?」

 「こちらの質問に、先に答えて貰おう。
  私の予想通りなら、その方が手間も誤解も無くして話せる」

堂々としたヨハドの態度に、男達は顔を見合わせた。

203 :創る名無しに見る名無し:2015/11/14(土) 19:34:01.11 ID:eAWGbSqA.net
中々次の言葉を告げない彼等の先を制し、ヨハドは問い掛ける。

 「『鹿』なんだろう?
  そうであってくれ」

答え倦ねている男達を見て、ヨハドは言う。

 「あんた等の仲間に頼まれて、『探し物』をする所だ」

 「仲間だと?
  誰だ?」

 「マーセン・ゴルドマン」

男達は誰の事か全く分からず、再び顔を見合わせる。

 「知ってるか?」

 「いいや……誰?」

彼等は小声で言い合い、困った顔をした。
偽名なのだから、知らなくて当然ではある。
ヨハドは焦らず、聞こえよがしに溜め息を吐き、呆れて見せる。

 「事前に話を通して貰わないと困る。
  誰だか『困り事』で、探偵に依頼すると言う話をしていなかったか?」

ヨハドの言葉に、男達の内の1人が反応した。
彼は小声で仲間に言う。

 「あー、もしかして……。
  あれじゃないか?
  今朝ドラグルドさんが言ってた……」

 「俺、知らんわ。
  言ってたか?」

 「どうだったかな……」

どうやら心当たりがある様で、ヨハドは安堵した。

204 :創る名無しに見る名無し:2015/11/15(日) 18:21:26.49 ID:S98b2mka.net
彼は男達に声を掛ける。

 「もう良いか?
  そろそろ仕事に戻らせて欲しい」

しかし、男達はヨハドを解放して良いか、迷っている様だった。
ヨハドを措いて、未だ仲間内で相談している。

 「ドラグルドさんに連絡取れるか?」

 「あの人、呼び出されると超機嫌悪いんだよなぁ……。
  後で確認すれば良いんじゃない?」

 「だな、そうしよう」

男達は結論を出して、漸くヨハドに向き直った。

 「一つ訊かせてくれ、『探し物』って何だ?」

 「『動物』だ」

ヨハドが答えると、男達の態度が急変する。

 「あっ……、悪かったな。
  『探し物』、頑張って見付けてくれ。
  解っちゃいると思うが、揉め事は起こしてくれるなよ」

浅り見逃して貰えた事がヨハドには意外だったが、騒動を望んでいた訳ではないので、
余計な事を言わずに、彼は猫探しを始めた。

205 :創る名無しに見る名無し:2015/11/15(日) 18:27:53.72 ID:S98b2mka.net
ヨハドは先ず、保健所に立ち寄った。
その際、もう視線隠しは必要無いだろうと外す。
彼は職員に写真を見せて、「こんな猫が捕まったら教えて欲しい」と、探偵事務所の住所と、
通信番号を伝えた。
その次は、「怪しい家」の近所での聞き込み。
ビグボッグ村には、1軒だけ場違いに豪奢な家があった。
立派な門構え、高い塀、広い敷地、如何にもな風体の警護……。
恐らくは、これこそが猫の飼い主の家だろうと、ヨハドは当たりを付ける。
ペット探しで近所を頼るのは、極自然な発想。
だが、こう言う事は態々探偵に頼まなくても、飼い主が自分で行った方が安上がりだし、確実だ。
特に近所から孤立している訳でもなければ、見知った人の方が協力を得易い。
そう出来ないのは、飼い主の事情。
だから、探偵事務所を利用したのだろうと、ヨハドは予想する。
筋者が揃って猫探しと言うのも、間抜けな話だ。
最後に、ヨハドは牛干し肉の匂いを振り撒きながら一帯を歩き回って、念の為に、
猫が隠れられそうな溝や狭い隙間を探す。
努力の甲斐無く、成果が無い儘、夕方になり、この日の捜索は打ち切り。
翌日からは範囲を広げ、捕獲罠も使う事を考えて、ヨハドは事務所に戻った。

206 :創る名無しに見る名無し:2015/11/15(日) 18:32:13.11 ID:S98b2mka.net
事務所では、タロスとソファーレが茶を飲みながら待っていた。
ヨハドの帰還に、2人は直ぐ立ち上がって反応する。

 「あ、お帰りなさい、所長!」

 「随分、早かったですね」

ヨハドはコートを脱ぎながら答える。

 「相手は動物だ。
  気張っても仕方が無いしな」

一息吐いて、彼は2人に言う。

 「そっちは変わった事は無かったか?」

それにタロスが応えた。

 「ええ、客の一人も無しです」

 「フム……。
  もしかしたら、私の留守中に保健所から連絡があるかも知れない。
  その時はタロス、お前が代わりに引き取ってくれ」

 「あい、了解です」

ヨハドとタロスが業務の話をしている間、ソファーレが新しく茶を淹れて来る。

 「所長、どうぞ」

 「ああ、有り難う。
  そろそろ時間だし、上がって良いよ。
  タロス、送ってやって」

何時も通り、和やかに、事務所の一日が終わる。

207 :創る名無しに見る名無し:2015/11/16(月) 19:46:45.16 ID:reuEEzQP.net
ペット探し2日目。
ヨハドは早朝から、板状の魔法書(※)と魔力石を持って、外出した。
魔法書には精密な探知魔法が記してある。
これで猫を探そうと言う訳だ。
嘗て取り立て屋をしていたヨハドは、居留守を見抜く為に、人間を探知する魔法なら使えたが、
小動物の有無を確認出来る様な、細かい判別が可能な物は使えなかった。
しかし、直接呪文を憶えなくとも、該当する魔法書と魔力石さえあれば、魔法を使えるのが、
共通魔法社会の長所。
今度はビグボッグ村の隣村まで探しに歩く。
その前に、市の保健所に捕獲罠の設置許可を申請。
猫が見付からなかった場合に備えて、公有地に罠を仕掛ける。


※:一般的には書物の形を取るが、紙片や札の様に、綴じてなくとも「魔法書」と呼び、
  必ずしも書物とは限らない。
  魔力石の多くが、小瓶や小箱の形状を採用しているのと同じ。

208 :創る名無しに見る名無し:2015/11/16(月) 19:47:57.91 ID:reuEEzQP.net
ヨハドは「怪しい家」から徒歩2針以内の距離を、虱潰しに魔法で調べた。
トンダーバック町はモーン市内の小さな町であり、トンダーバック町と5つの小村の集合でもある。
ビグボッグ村はトンダーバック町の南東端であり、モーン市の南東端でもある。
徒歩で2針も歩けば、小さな村の外に出てしまうが、モーン市の南東側はタンク湖なので、
それ以上は捜索範囲が広がる事は無い。
ヨハドは村の北側から東側へ移動しながら探したが、結局猫は発見出来なかった。
南側を捜索している途中で、日没を迎えてしまい、残りは翌日に回す事に。
事務所に戻ると、ソファーレは帰宅した後で、タロスだけが残っていた。

 「お戻りなすって、兄……所長。
  今日は少し遅かったですね。
  ソファーレさんは先に帰しときましたぜ」

 「丁(ちゃん)と送ってやったか?」

 「そりゃ勿論。
  あぁ、そう言えば、この前のマーセンって奴でしたか?
  今日事務所に来やしたよ」

タロスの言葉に、ヨハドは表情を硬くし、一瞬動きを止めた。

209 :創る名無しに見る名無し:2015/11/16(月) 19:49:17.06 ID:reuEEzQP.net
しかし、タロスの様子から、問題は起こらなかったのだろうと推察して、話を続ける。

 「どうしたって?
  文句でも言いに来たか?」

 「文句とは違いますけど、『未だ見付からんか』って。
  催促って感じでもなくて、様子見に来たって所ですかねェ……。
  仕事振りを確かめるって言うか……」

 「それで、大人しく帰ったのか?」

 「まぁ……色々言われましたけど」

歯切れの悪い答え方をするタロスを見て、ヨハドは心配になった。

 「何を?」

 「『所長1人に任せて良いのか』とか」

 「何て答えた?」

 「『所長を信頼してます』って」

 「それで?」

 「……普通に帰って貰えましたけど」

タロスの反応を見るに、揉め事には発展せずに済んだ様。
ヨハドは大きく溜め息を吐いて、これは早く解決しないと厄介な事になりそうだと思うのだった。

210 :創る名無しに見る名無し:2015/11/17(火) 20:12:14.07 ID:16X8Xc3Z.net
ペット探し3日目。
今日、依頼の猫を発見出来なければ、野外での捜索は打ち切った方が良いと、ヨハドは考えていた。
内飼いの猫が好奇心で飛び出した結果、道に迷ってしまう事は間々ある。
だが、もう5日目だ。
外の世界を知らない猫は、野生で長く生きられない。
ペット用の高級品種で、甘やかして育てられたのなら、尚の事。
それに「高級品種」ならば、邪な者が売却目的で捕獲しているかも知れない。
徒に捜索期間を長引かせて、依頼主に思わせ振りな態度を続け、金だけを毟り取るのは、
誠実でない。
昨日の続きで、ビグボッグ村の南側と西側を捜索し、更に罠に掛かっていないかも確かめたが、
残念ながら、罠に掛かっていたのは、野良の狸が1匹だけ。
ヨハドは溜め息を吐く。
普通、警戒心の強い野生動物は、見え透いた捕獲罠には掛からないのだが、
余程腹が減っていたのか……。

 「馬鹿な奴だな。
  そんなんじゃ生きて行けないぞ」

ヨハドは狸を哀れみながら、解放する。
念の為、彼は市内のペット・ショップにも行ってみた。
心無い者に捕まり、売却されたのなら、店頭に並んでいる可能性もある。

211 :創る名無しに見る名無し:2015/11/17(火) 20:15:11.74 ID:16X8Xc3Z.net
ヨハドは特に期待していなかったのだが、ペット・ショップの店員は存外に有益な情報を齎した。

 「あー、この猫なら……」

 「御存知ですか?」

 「3日位、前ですかね……。
  店に来た女の子が連れてましたよ。
  珍しい猫だったんで、どうしたのかって聞いたら、拾ったとか言ってましたね。
  多分、この猫じゃないかと」

 「その子の住所は判りますか?」

 「んー、いいえ、判りませんね。
  区内だとは思うんですけど」

 「そうですか……。
  彼女が店に来たら、ここに連絡する様に言ってくれませんか?」

ヨハドは店員に事務所の住所と通信番号を教える。
店員は内心面倒臭いと思っているのか、乗り気でない様子で答えた。

 「良いですよ。
  忘れてなければね」

 「御協力、有り難う御座います」

手掛かりを得たヨハドは、早速ペット・ショップの近所を回って聞き込みを始める。

212 :創る名無しに見る名無し:2015/11/17(火) 20:20:16.01 ID:16X8Xc3Z.net
猫を拾った子の家は、案外直ぐに見付かった。
市内の住宅街にある極々普通の一軒家。
独立家屋ではあるが、余り広くはない。
成る程、猫を飼い始めれば、近所の人間は気付くかも知れないと、ヨハドは納得する。
玄関の呼び鈴を鳴らすと、応じたのは老年の男性。

 「どちら様ですか?」

 「私、エンドロール探偵事務所のヨハドと言います。
  『猫』の事で、お話を伺いに参りました」

 「あ、あぁ、はぁ、猫……ですか……」

老翁の表情と声からは動揺が窺える。
ヨハドは話を続けた。

 「実は、ある方から行方不明になった猫を探して欲しいと依頼がありまして、
  方々探し回っている所です。
  その猫の特徴が、そちらで飼われている猫と似ていると聞いた物ですから。
  何でも拾った猫だそうで、もしかしたらと……」

 「依頼人の方が、本来の飼い主なのですね?」

 「恐らく。
  確認させて下さい」

 「分かりました」

老翁は見ず知らずの他人を家に上げる事に抵抗があるのか、余り気が進まない様子ながら、
ヨハドを招き入れた。

213 :創る名無しに見る名無し:2015/11/18(水) 19:10:08.46 ID:6jp+sRFS.net
老翁はヨハドを居間に通すと、妻であろう老婆を伴い、猫を抱いて出て来た。
ヨハドは老翁から猫を受け取り、特徴を確かめる。
猫は穢れを知らない無垢な子供の様に、警戒心が薄く、簡単にヨハドに抱かれる。
外見は写真通り。
体毛に埋もれているが、金の留め具が付いた、上等な赤い首輪をしている。
首輪には名が刻まれている……。

 (アイラナック、この猫で間違い無いな)

ヨハドは独り頷いて、老翁に言った。

 「確かに、依頼人の猫です」

老婆は皺だらけの顔に一層皺を寄せて、ヨハドに尋ねた。

 「もうブラッシュは御主人様の元に帰されるのですか?」

「ブラッシュ」とは、この家の者が勝手に付けた名だろうと、ヨハドは察する。

 「はい、依頼人は一日でも早い解決を望んでいます」

それを聞いて、老婆は老翁に無言で訴えた。

214 :創る名無しに見る名無し:2015/11/18(水) 19:14:05.25 ID:6jp+sRFS.net
老翁は老婆を窘める。

 「しゃあない。
  首輪付きやった、判っとった事や」

 「けど……、お別れ位……」

 「駄々捏ねられても困るで」

ヨハドは事態を複雑にするだけと知りながら、敢えて問い掛けた。

 「どうなさいました?」

老翁は気不味そうに話し始める。

 「いや、この猫を拾って来たのは、孫な物で……。
  寂しがるだろうと言う話です。
  こちらの問題ですから、お気になさらず」

機転の利く者なら、ここで妙案を閃くのだろうが、ヨハドは老翁の言う通り、気にしない事にした。
本来ならば、こうした偶然が人の縁を繋ぐ事もあるのだが、相手が筋者では逆に迷惑。

 「そうですか……。
  迷子の猫を保護して頂き、お礼申し上げます。
  これで依頼人に良い報告が出来ます」

ヨハドは猫を捕獲篭に入れて、家を出る。
去り際に猫は不安気な声で鳴いたが、彼は敢えて無視した。

215 :創る名無しに見る名無し:2015/11/18(水) 19:16:41.38 ID:6jp+sRFS.net
ヨハドが事務所に戻る頃には、日が暮れていた。

 「あ……所長、お帰りなすって」

彼を出迎えたタロスは、猫の入った篭に気付いて、問い掛ける。

 「猫、見付かったんですかい?」

 「見ての通りだ。
  依頼人は今日も来たのか?」

 「ええ。
  そんなに猫が大事なんですかねェ……?」

 「何にせよ、これで煩く言われる事は無くなった」

ヨハドはタロスに牛干し肉を渡す。
猫は篭の中で仰向けになり、ニャーと可愛く鳴いて、餌を強請(ねだ)るのだった。
その日の内に、ヨハドは魔力通信で、マーセンに連絡した。

 「誰じゃ、こげな時間に。
  常識で物を考えーよ」

声を聞いただけで、明らかに不機嫌と判るマーセンにも、ヨハドは億さず告げる。

 「エンドロール探偵事務所だ」

マーセンは咳払いを一つして、急に態度を改めた。

 「あ、こりゃ失礼……。
  何じゃ、そっちから連絡寄越すってこたぁ、見付かったんかい」

 「ああ。
  今から引き取りに来るか?
  それとも――」

 「直ぐ行く!
  待っとれ!」

ヨハドの言葉を待たず、マーセンは自ら答えて、通信を切る。
やれやれとヨハドは溜め息を吐いて、猫を見詰めた。

 「召し使いが参上するとさ、『お嬢様』」

牛干し肉を舐りながら、猫はニャーと鳴く。

216 :創る名無しに見る名無し:2015/11/19(木) 19:26:28.26 ID:8C86dH+3.net
それから2点と経たない内に、数名の部下を引き連れたマーセンが息を切らして、
事務所に飛び込んで来た。

 「ね、猫は?」

ヨハドは床に置いた篭を指す。

 「そこだ」

マーセンは篭の中の猫を真面真面(まじまじ)と見詰めた後、安堵の息を吐いた。

 「あー、これじゃ、こいつじゃ、助かったわ!
  本真、有り難うな!
  お前等、猫持って先帰っとれ!
  儂ゃ探偵さんと話があるけぇ」

マーセンの部下は猫の入った篭を持って、事務所を後にする。
そして、独り残ったマーセンはヨハドに向き直った。

 「世話んなったの。
  休日使うてまで」

そう言って彼は、趣味の悪い金銀の財布を開き、札束をヨハドに渡す。

 「まあ受け取ってくれや」

見ただけで、10万MG以上はあると判る厚さだ。

217 :創る名無しに見る名無し:2015/11/19(木) 19:28:07.54 ID:8C86dH+3.net
ヨハドは困った顔をして、受け取りを拒んだ。

 「待て、未だ請求書と領収書が用意出来ない」

 「足らんのか?」

怪訝な顔をするマーセンに、ヨハドは言い訳する。

 「そうじゃない。
  これは正式な依頼だ。
  好い加減な処理は出来ない」

マフィア相手に妙な借りは作りたくなかった。

 「渋ちんじゃのぉ。
  無粋な奴(やっち)ゃ」

 「今、清算する。
  そこで待っててくれ。
  タロス、お茶を」

ヨハドはマーセンの目の前で、捜索に際して使用、又は購入した物品の値段を計算した。
自動繰上げ式の算盤を弾くヨハドに、マーセンは問い掛ける。

 「ほぅ言やぁ、猫、どこん居(お)ったんじゃ?」

 「親切な人に拾われていた」

 「おー、そりゃ礼をせにゃならんの。
  どこの誰じゃ?」

マーセンは煙草を吸おうとしたが、ヨハドは止めた。

 「ここは禁煙だ」

 「おぉ、済まんな。
  あんたは恩人じゃけぇ、言う事は聞きますよ、はい」

マーセンは当て付ける様に言って、煙草を仕舞う。
詰まり、恩人でなければ許さない所だと、暗に脅しているのだ。

218 :創る名無しに見る名無し:2015/11/19(木) 19:32:11.10 ID:8C86dH+3.net
ヨハドは相変わらずの無表情で、黙々と計算を続ける。
事務所の中では、算盤を弾く音だけが響く。
マーセンは話の続きを始めた。

 「――で、どこの誰なんじゃ?
  猫を拾ったんは」

 「普通の家庭だ。
  礼をしに行くのは止めておいた方が良い」

 「ほうは成らん。
  礼と仁を欠いては『組織<クラン>』の恥じゃ」

マフィアは面子に拘るが故に、恩も仇も必ず返す。
それが出来なければ、組織の名折れと言う訳だ。
邪悪な連中ではないのだが、都市法に従わないので、無法者と謗られる。
ヨハドは鉄仮面の内で、どうした物かと考え、提案した。

 「どうしてもと言うなら、私が代行しよう」

 「ン、あんたが?」

 「信用出来ないか?」

 「ほうじゃないが……。
  んなら、頼めるかのぉ……」

 「ああ」

マーセンは遠慮勝ちに代行を頼み、ヨハドは小さく頷く。
マフィアが堅気の者の前に現れると、脅威にしかならないと言う事は、マーセンも理解していた。

219 :創る名無しに見る名無し:2015/11/19(木) 19:34:54.92 ID:8C86dH+3.net
例の財布を取り出したマーセンは、10万MGを白紙に包んでヨハドに渡した。

 「こいつは拾った人の分。
  良えな?」

ペットを拾った謝礼としては多い方だが、高級品種と言う事を加味すれば、常識的な範囲内である。

 「住所だけでも教えてくれりゃあ、もっと増しな礼が出来るにのぉ」

マーセンが零すも、ヨハドは無視して、請求書を差し出した。
金額を見て、マーセンは直ぐに支払いをする。

 「ほれ、釣りは要らんけえの」

 「釣りを抜いても、5万多いが」

ヨハドが釣りにしても多い余剰分を指摘すると、マーセンは呆れた声を出した。

 「成功報酬は5万と言うたろうが。
  こうは譲れん。
  一気(ちんけ)な額では面子が立たんのじゃ。
  少なくとも契約違反じゃなかろうが!
  オォン?」

マーセンが凄むので、ヨハドは口約束に従って、成功報酬を受け取る。

220 :創る名無しに見る名無し:2015/11/20(金) 19:18:42.04 ID:7w7u7xQ5.net
ヨハドは新しい領収書を作成し、成功報酬の項目を書き加え、雑費も含めて修正した。
マーセンは最後に、猫を拾った家に必ず謝礼金を届ける様にと念を押して、事務所から出て行く。
遅れて茶を持って来たタロスは、残念そうに言った。

 「ありゃ、もう帰っちまったんですかい?
  折角淹れたのに」

 「入れ違いだったな」

 「済んません。
  ここん所、茶汲みはソファーレさんに任せてた物で、準備に手間取っちまって」

悄気るタロスを、ヨハドは慰める。

 「別に良いだろう」

タロスは決まり悪そうに頭を掻き、話題を変えた。

 「しかし、何だって態々『普通の猫』を飼うんでしょうね?
  高い銭を払ってまで」

 「ペット位、誰だって飼うだろう?」

 「同じ飼うなら、役に立つ使い魔が良いと思いやせんか?
  猫も化猫も、そう変わらんでしょう」

育ちの良くないタロスは即物的で、人の心の機微を捉えるのが苦手だ。

221 :創る名無しに見る名無し:2015/11/20(金) 19:22:11.76 ID:7w7u7xQ5.net
ヨハドは遠い目をして答える。

 「下僕じゃなくて、ペットが欲しいんだろうよ」

 「よく意味が解りませんね。
  寂しいのを紛らわすにしても、話せる化猫の方が良いでしょうに」

 「口賢しさが煩わしくなる時もあるのさ」

タロスは納得し兼ね、顔を顰めるのだった。
妖獣は賢いが故に、積極的に人と話そうとしたり、人に気に入られようとしたりする。
憖、口が利けるだけに、その欲求は明から様で、直接的になる。
気分を害せば悪口だって飛んで来る。
それが気に入らないと言うのは、心が弱い証なのかも知れない。
明くる朝、ヨハドは猫を拾った家に、マーセンからの謝礼金を渡しに出掛けた。
道中、彼は追跡者が居ないか用心深く移動したが、思い過ごしに終わった。
ヨハドが猫を拾った家を訪ねると、老婆が応対する。

 「お早う御座います」

 「ああ、これは探偵さん……。
  ブラッシュは無事に御主人様の元に届けられましたか?」

 「はい、お蔭様で」

 「それで何の御用でしょう?
  未だ何か……」

不安そうな声を出す老婆に、ヨハドは謝礼金の入った包みを渡した。

 「猫の飼い主が、お礼をしたいと言う事で、こちらを」

 「お金……ですか?」

 「はい」

包みを受け取った老婆は、困り顔で暫し沈黙していた。

222 :創る名無しに見る名無し:2015/11/20(金) 19:26:21.69 ID:7w7u7xQ5.net
初め、老婆は遠慮して、包みを突き返す。

 「お金は頂けません。
  そう言う積もりで拾った訳ではないですから」

先ず断るのは、大陸東方住民独特の礼儀である。
元はボルガ地方の物で、それがティナー地方の一部にも伝わっている。
「良い物」や「望外の報酬」を受け取る時は、最大で2度まで断るのだ。
よって、3度目の返事まで待たねばならない。

 「いえ、依頼人の気持ちですので」

 「頂けません」

2度目。

 「そう仰らず。
  猫の世話にも、色々と入り用だった事でしょう」

 「では、有り難く頂戴致します」

3度目に老婆は深く礼をして受け取った。
ヨハドは3度目に断られても、あれこれと言葉巧みに説得して、押し付ける積もりだったが、
老婆が浅り引いたので安心する。
受け取って貰えなければ、マフィアの面子を潰す事になる。
厄介事は御免だった。

 「有り難う御座います。
  それでは、失礼します」

用は済んだので、ヨハドが帰ろうとすると、老婆が引き止めた。

 「待って下さい」

223 :創る名無しに見る名無し:2015/11/20(金) 19:27:23.80 ID:7w7u7xQ5.net
ヨハドは嫌な予感がした物の、無視する訳にも行かずに反応する。

 「何でしょう?」

 「ブラッシュの御主人様の事を、お伺いしても宜しいですか?」

それは気になるだろうと、ヨハドは老婆の心情を理解するも、マフィアに依頼されたとは言えず、
誤魔化した。

 「守秘義務に関わるので」

 「お金持ちの方だったんでしょうね……。
  ブラッシュにとっても、家みたいな所より、元の家の方が幸せでしょう」

金持ちは金持ちなのだろうが……。
自らを卑下する老婆に、ヨハドは何とも答えられず、静かに家を後にするのだった。
これで全ては解決したのだが、どうにも彼の気分は晴れない。
人は様々、その暮らしも様々で、世の中は思うに任せぬ事が多い物だ。

224 :創る名無しに見る名無し:2015/11/20(金) 19:29:04.53 ID:7w7u7xQ5.net
PCの調子が悪いので、少し休みます。

225 :創る名無しに見る名無し:2015/11/21(土) 21:06:00.75 ID:QrbkJ9Dq.net
お待ちしてますっ

226 :創る名無しに見る名無し:2015/11/27(金) 21:07:05.60 ID:476gZfOG.net
取り敢えず、急場は凌げたので続けます。

227 :創る名無しに見る名無し:2015/11/27(金) 21:08:32.84 ID:476gZfOG.net
失敗談


共通魔法は応用範囲が広く、それを利用した機構や機関が多くある。
しかし、何でも出来る訳ではない。
利便性故の失敗も少なくない。
復興期の間は、未だ共通魔法は日常の中の小さな魔法に過ぎず、重大事故は起きなかった。
だが、開花期になって、多くの魔法が開発されると同時に、それを社会に組み込んで行く中で、
技術の進歩と扱う人間の間に「歪」が生じれば、災いは避けられない物。
共通魔法社会500年の歴史の中で起きた、数々の事故例を挙げて行こう。

228 :創る名無しに見る名無し:2015/11/27(金) 21:12:16.22 ID:476gZfOG.net
先ずは、馬車関連の事故。
一般道路を走る乗合馬車の時代から、転倒や衝突、暴走事故は絶えなかった物だが、
馬車鉄道の登場によって、事故が発生した際の悲惨さは比較にならなくなった。
高速馬車鉄道、新高速馬車鉄道ともなれば、尚の事。
脱線事故では十人、百人単位で死傷者が出る。
脱線の主な理由は、馬車を牽引する鉄道馬の暴走、速度超過、線路上の障害物、線路の破損、
御者の不注意や体調不良。
事故発生の度に、安全対策の見直しや、技術改革が進んで、ここ十数年、小さな事故はあっても、
重大事故は無い。
馬車鉄道の線路には、絶対に立ち入らない様に。
馬車に乗る際は、急発進、急加速、急停車に御注意を。

229 :創る名無しに見る名無し:2015/11/27(金) 21:21:29.40 ID:476gZfOG.net
次に、自然災害。
例えば、ボルガ地方の火山。
魔導師会はボルガ地方の火山に噴火の兆候があれば、C級禁呪の研究者を派遣して、
そのエネルギーを分散させ、噴火を抑えているが、一度だけ大失敗した事がある。
噴火のエネルギーが、優秀な魔導師を何人集めても、到底抑えられる物ではなかったのだ。
それまでも小さな失敗は何度かあったのだが、完全に制御を失ったのは初めてだった。
時代的には未だ開花期の中頃、禁呪にA、B、C、Dの区別も無く、多分野の研究者が混在し、
安全なマグマ抜きの技術も確立されておらず、今となっては未開で未発達、不完全で疎雑だった、
遠い過去の出来事だが、被災地であるオノワ山の麓には、現在も訓戒の碑が残されている。

――大自然力是超越人類的想像力。
――我們不驕、知道是有可能和不可能的。

だが、肝心の禁呪の研究者達は余り気にしていない。
禁呪の研究者達の出動を依頼する、地方魔導師会や都市議会、都市警察の方が神経を使って、
毎年訓戒の碑に作業の安全を宣誓している。

230 :創る名無しに見る名無し:2015/11/27(金) 22:20:24.29 ID:QnrPrXyR.net
乙です!!!!

231 :創る名無しに見る名無し:2015/11/28(土) 17:24:04.85 ID:RXX+Olbw.net
他には雪の被害。
これも復興期から開花期に掛けて起こった事で、共通魔法の利便性を過信して、
村落が壊滅の危機に陥った例である。
エグゼラ地方とボルガ地方で、雪崩被害と冠雪被害が、共に数件ずつ。
前者は、雪崩が発生すると判っていながら、共通魔法のみで対応しようとして失敗した例が多い。
後者は、火を扱う魔法さえあれば、雪害恐るるに足らずと慢心した結果、想定を上回る規模の、
長時間の大吹雪に見舞われ、村落が埋没。
共通魔法の発達で、嘗ては誰もが行っていた、非常時の備えも忘れていた。
失敗談の多くは、共通魔法が発達段階にあった、開花期に集中している。
妖獣の脅威が去り、人々が共通魔法の便利さに慣れて来た頃で、大抵は共通魔法を過信していた。
大雨にも拘わらず船を出したり、洪水対策を怠ったり、旱魃を水の魔法だけで凌ごうとしたり、
何れの場合も、共通魔法が通用しなかった後の真面な対策を立てていなかった。
直接的な魔法の失敗ではないが、鉱毒事件等の環境問題も、急激な社会の発展が生み出した、
歪みと言える。
根底には、「何か問題が起こっても、魔導師会と共通魔法が解決してくれる」と思考を放棄した、
「甘え」があったのだ。
こうした恥ずべき驕慢を乗り越えて、現在の共通魔法社会がある。

232 :創る名無しに見る名無し:2015/11/28(土) 17:26:44.76 ID:RXX+Olbw.net
「失敗の歴史」は、一般常識として、公学校の歴史の授業で必ず学ぶ。
義務教育の段階で、「共通魔法は必ずしも万能ではない」、「魔法を過信してはならない」と教わる。
しかし、「組織単位」で大失態を演じる事は少なくなった物の、相変わらず「個人単位」では、
無知から来る自信過剰や、増上慢によって、度々大きな事故や事件が発生している……。
高い魔法資質を持つ者は、個人でも強力な魔法を扱える。
故に、その者は殊、魔法の扱いに関しては、平均的、或いは平均以下の魔法資質を持つ者より、
一層気を付けて魔力を行使せねばならない。

233 :創る名無しに見る名無し:2015/11/28(土) 17:34:27.13 ID:RXX+Olbw.net
ワーロック先生の授業


新しい魔法使いワーロック・アイスロンは、養娘リベラの教育の為に、公学校で採用されている、
教科書を購入して、毎日短時間の授業をしていた。
語学、初級・中級数学、理科、社会科、初級魔法、芸術、工作、家庭科。
共通魔法の教師を志していた過去があるワーロックの教え方は、それなりに解り易く、
ワーロックと共に各地を旅をしていた事もあり、リベラは共通魔法社会の「常識」を早くから、
身に付けていた。
こうした「必要な教育」が、リベラの中でワーロックの存在を徐々に大きな物にして行った事は、
ワーロック自身にとっては計算外だった。
彼はリベラにとって、唯一と言って良い、「頼れる大人」だったのだ。
所が、大抵の事は教えられるワーロックにも、幾つか例外があった。
その一が「魔力の扱い方」である。
ワーロックが共通魔法の教師――魔導師になれなかったのは、偏に魔法資質が低かった故に、
高等魔法技術の習得が困難だった為であり、決して知識が不足していた訳ではなかった。
リベラはワーロックより優れた魔法資質を持っていたので、彼女の魔法技術の上達は目覚ましく、
直ぐに教師であるワーロックを上回った。
ワーロックは補助道具を使って、リベラの魔法資質に合わせるのが、精一杯だった。
これを鼻に掛けて、リベラはワーロックを露骨に見下したりはしなかったが、優越を覚えると同時に、
彼への保護欲求を膨らませていた。
「極端に低い魔法資質」と言う、ワーロックの大きく深く欠けた部分を、己が埋める事に、
自身の役割と価値を見出したのである。

234 :創る名無しに見る名無し:2015/11/29(日) 17:38:09.62 ID:ByQvpRhO.net
親子でありながら、血が繋がっていない事を、リベラは何時も不安に思っていた。
ワーロックがカローディアを妻として迎え、息子ラントロックを儲けると、それは一層強まった。
血で繋がった一家の中で、自分だけが除け者の様に感じたのだ。
彼女は度々、家族の中で孤立する夢を見て、魘された。
ワーロックの「役に立つ」事が、リベラの精神の安定には絶対不可欠だった。
無償の愛を信じ切れず、庇護者を自ら補完する事によって、益々依存を強める傾向を「喜ばしい」、
「歓迎すべき」と思う者は無いだろう。
何れリベラは一人の人間として、独立しなければならない。
精神の自立が必要なのだ。
この時点では、ワーロックは未だ、その内に反抗期が来るだろうと、呑気に構えていたのだが。

235 :創る名無しに見る名無し:2015/11/29(日) 17:42:56.14 ID:ByQvpRhO.net
ワーロックは魔法の補助の為に、よく魔力可視化機能を備えたバイザーを装着した。
これは普通の『視線隠し<ブリンカー>』やサングラスと比較して、可視化機能の分だけ、縁や弦、
或いはレンズが厚くなる為に、一見して「補助器具」だと判る。
直観で魔力を空間的に捉えられる魔法資質には劣る上に、可視化範囲も然程広くないが、
魔法資質の低い者にとっては非常に便利な道具でありながら、着用者が増えないのは、
それが外貌からは判り難い魔法資質(※)を、自ら低いと明かしているも同然な為である。
魔法資質が低いと言う事は、呪文が発動するまで気付かないと言う事。
如何に魔力を可視化して、魔力の流れを視覚的に捉えられる様になっても、
それは「視える」範囲に留まるので、悪意を持った攻撃には弱い。
特に魔法資質が低い者は、魔力の流れと魔法の発動を即座に結び付けられないので、
幾ら魔力の流れが目に見えていても、注意して観察しなければ、見過ごしてしまう。
この様なワーロックの「共通魔法使いとしての欠陥」を補う事で、リベラは彼に取り入ろうとしたのだ。


※:魔法資質が高い者は、自然と魔力を纏う様になり、魔法資質が低い者を威圧するが、
  意図して抑える事も出来る。
  共通魔法社会では、日常で徒に他人を威圧する事は好ましくないとされているので、
  普通ならば抑えるが、成らず者は寧ろ好んで周囲を威圧する。

236 :創る名無しに見る名無し:2015/11/29(日) 17:43:44.79 ID:ByQvpRhO.net
共通魔法に不慣れだったリベラは、禁断の地の魔力を余り脅威に感じなかった。
共通魔法社会と禁断の地、どちらにも寄らない彼女は、共通魔法を使う際も、
一般の共通魔法使いとは異なり、独自の魔力の流れを視る様になっていた。
それは魔法資質の低いワーロックが、「共通魔法の魔力の流れ」を理解出来ない為に起きた、
奇妙な偶然だった。
その為に、リベラはワーロックよりも高いレベルで、共通魔法と外道魔法の間に立っていた。
それでも禁断の地は恐ろしい場所である。
ワーロックはリベラを禁断の地の深部には行かない様に、強く言い聞かせていた。
リベラもワーロックを困らせてはならないと、無意味に逆らう事は無かったのだが……。

237 :創る名無しに見る名無し:2015/11/30(月) 19:42:04.55 ID:62PFdw9D.net
禁断の地にて


ワーロックは禁断の地の村人達と、普通に交流がある。
その繋がりで、彼の養娘であるリベラも、禁断の地の人々と顔見知りだった。
しかし、森の外の人間と言う事で、彼女は村の子供達とは距離を置かれていた。
それは何も、子供達が差別意識を持っていたと言う訳ではない。
子供達がリベラの影響を受けて、外の世界に憧れる事を、村の大人達が嫌ったのだ。
リベラと子供達が遊ぶ時は、必ず親の監視が付いた。
それをワーロックもリベラも「悪い事」とは思わなかった。
禁断の地の村人達は、多くが魔法とは無縁で、殆どを村の中だけで完結させ、細々と暮らしていた。
リベラは子供達と遊ぶ時に、無闇に共通魔法社会の話をしなかったし、共通魔法も使わなかった。
やがて、親達はリベラを信用して、監視しなくなった。
そんな或る時、リベラは村の子供達に問われた。

 「なー、リベラ。
  お前、魔法使えるのか?」

リベラは返答に迷い、惚けて問い返す。

 「どうして、そんな事?」

子供達の視線が、1人の男の子に集中する。
彼はリベラに言った。

 「見たんだ。
  ラビゾーと魔法の練習してた」

リベラが暮らすワーロックの家は、村の外れにある。
ワーロックの妻バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディアは、魅了の魔法使いとして、
村人に恐れられているので、大人達は子供達に絶対に近付かない様に言っていた。
だが、素直に聞かないのが子供と言う物。
その男の子は言い付けを破ったのだ。

238 :創る名無しに見る名無し:2015/11/30(月) 19:42:55.19 ID:62PFdw9D.net
見られたなら誤魔化しても無駄と思ったリベラは、正直に答えた。

 「使えるけど」

子供達は再び顔を見合わせて、その後、今度は1人の女の子が興奮気味に言う。

 「見せて、見せて!」

 「……駄目」

リベラは養父の忠告通り断った。
禁断の地の村人は、飼羊の様に、禁断の地の旧い魔法使いに囲われている。
村人達が共通魔法を学び、共通魔法使いとなる事を、この地の旧い魔法使い達は望んでいない。
「誰もが使える」魔法、共通魔法を知れば、それを身に付けようとするのは、当然の事。

 「何だよ、ケチー」

 「ねー、どうしても駄目?」

子供達は口々にリベラを責める。
それでも彼女は譲らない。

 「だ、駄目な物は駄目だよ」

 「何で?」

 「お養父さんに言われてるの。
  『ここ』では使うなって」

その意味は大人達なら理解しただろう。
しかし、子供達は魔法に関して全くの無知である。
リベラも同様に、「養父が駄目と言うから」以外に、明確に拒否する理由を持たなかった。
だが、「それだけ」で彼女には十分だったのだ。

239 :創る名無しに見る名無し:2015/11/30(月) 19:46:29.95 ID:62PFdw9D.net
魔法に無知な子供達は、リベラの魔法が、禁断の地の旧い魔法使い達が使う魔法と、
どう違うのか分からなかった。
故に、魔法が使えるリベラは、不可思議で奇妙奇怪な旧い魔法使い達に対抗出来ると、
子供達は思い込んでいた。
それはワーロックが、旧い魔法使い達と対等に遣り取りしていた事もある。
ワーロックは偉大なるアラ・マハラータ・マハマハリトの弟子であり、トロウィヤウィッチの主人であり、
夢の魔法使いソームから子供達を救い出した者であり、雷と話が出来る。
村人達のワーロックに対する認識は、大凡その様な物であった。
そして、リベラはワーロックの養娘で、彼から直々に魔法を教わっている――となれば、
子供達が好奇と期待の眼差しで見るのも解るだろう。

 「ラビゾーが言うなら……」

ワーロック・「ラヴィゾール」・アイスロン事、ラビゾーは、一応は村の一員である。
旧い魔法使い達と向き合い、トロウィヤウィッチを引き取り、何度も子供達を危険から助けた。
そうした事が評価されて、彼は村の子供達にも、ある程度は尊敬されている。
ラビゾーが駄目と言うなら、子供達は食い下がる訳には行かなかった。

240 :創る名無しに見る名無し:2015/12/01(火) 19:41:28.62 ID:HLnII4hN.net
だからと言って、簡単に諦める子供達ではない。
数人の子供等は、リベラが居れば、禁断の地の森に入れるのではないかと考えた。
禁断の地の森は余りに危険なので、大人達は子供達に森への進入を禁じているが、
遊び盛りの子には、禁断の地の村は余りに狭く、退屈なのだ。
後日、村の子供達はリベラに、森へ行こうと誘い掛けた。

 「よー、リベラ。
  森の中を探検しようぜ。
  一緒に来てくれよ」

当然リベラは難色を示す。

 「森を?
  危ないよ」

 「でも、リベラは魔法使えるじゃん」

リベラの共通魔法は、旧い魔法使い達の物とは比較にならない。
彼女の魔法では、禁断の地の怪物共を退ける事は出来ない。
しかし、リベラは子供達の言う事に一理あると思った。
彼女の魔法資質は、ワーロックの物を大きく上回る。
そのワーロックが「危険」だと言う禁断の地の森は、果たしてリベラにとっても危険なのか?
村の者達も魔法が使えない。
他方、魅了の魔法が使えるリベラの義母は、森を恐れない。

241 :創る名無しに見る名無し:2015/12/01(火) 19:44:17.73 ID:HLnII4hN.net
リベラは己の魔法の才能を過信して、慢心していた。
彼女は「村の外で」なら、魔法を使っても問題無いだろうと、ワーロックの忠告を勝手に解釈する。

 「探検って、目的地は?
  無計画に遠くに行くのは駄目」

 「目的地……?
  んーー――」

 「村から余り離れてない所なら良いかも」

養父と旅をした経験のある彼女は、計画を主導した。
子供達も知恵を絞る。

 「ソームの屋敷は?」

 「リベラでもソームには勝てないって」

 「団栗広場とか」

 「近過ぎるよ。
  面白くない」

 「3番基地」

 「そこなら良いかも。
  3番基地にしよう」

あれこれ言い合い、子供達は結論を出したが、リベラには3番基地が分からない。

 「基地って?」

リベラが問うと、男の子が答えた。

 「何だよ、知らないのか?
  猟師のホンダさん家が、遠出の狩りに使ってる基地さ」

ホンダ家は禁断の地の中では、数少ない猟師。
銃や弾丸、魔導機が手に入らない禁断の地では、罠や弓矢で獲物を仕留める。
狩猟対象は小動物や鳥が主で、森を徘徊する怪物を態々狩る様な事はしない。
大型動物は運良く死体が見付かった時に、回収するだけ。
獲物が取れない時期、禁断の地の猟師は、森の見回りと屠畜をしている。

242 :創る名無しに見る名無し:2015/12/01(火) 19:48:10.07 ID:HLnII4hN.net
リベラは心配そうに、男の子に尋ねた。

 「勝手に基地を使って怒られない?」

 「大丈夫。
  今の時期は、誰も使ってないし」

 「皆で行くの?」

この場に禁断の地の子供達は8人。
リベラを合わせて全員で9人だ。
揃って出掛けるには人数が多過ぎるし、幼い子には危険過ぎる。
リベラ自身も正確な年齢は不明だが、恐らく10歳に満たないので、幼いと言えば幼い。
しかし、流石に7歳以下の子と比較すれば、身体能力では大きく上回る。
男の子は仲間を一覧して答えた。

 「勿論、足の速い奴だけで行く。
  逃げ足が遅い奴は足手纏いだからな。
  俺とハルバーとジェブとヴァーラの4人」

 「えぇー、俺も行きたいよぉ、兄ちゃん!」

彼の弟が抗議するも、男の子は気に留めない。

 「お前には未だ早い!
  危ないんだぞ、大人しく待ってろ。
  拗ねて告げ口したりするなよ」

そう言う訳で、リベラは4人と森の中の3番基地に向かう事になった。

243 :創る名無しに見る名無し:2015/12/02(水) 19:32:13.79 ID:EnAwJdSn.net
話を進めるに当たって、リベラと同行する4人を紹介しておこう。
一人はハルバー、10歳、村の樵の息子だ。
もう一人、ジェブも同じく10歳、村の中では一般的な農家の息子。
一人はヴァーラ、12歳、村の石工の娘。
手捷い女の子。
最後の一人はタクス、村の牧場を経営しているゴーパー家の息子で11歳。
活動的で実行力のある、若い子等のリーダーだ。
リベラを含めた5人は、密かに村を出た。
リベラ以外の4人は、各々子供らしい武装をしている。
タクスが先頭を歩いて、基地まで案内する。
彼は鉈を振り回し、雑草を薙ぎ払いながら、リベラに言った。

 「村から出るな、森には入るなって、親には何度も言われてるけどさ、怖がらせる為の文句で、
  実際それ程でもないと思うんだ。
  確かに、森は危険だろうさ。
  でも、ホンダさんやジャガーさんは森に入って狩りをするし、トラーダさんやデハイリさんは、
  外から物を仕入れてる。
  ラビゾーだって村と森と外を行ったり来たり。
  本当に誰も入れない位、危ないって訳じゃない。
  俺達だって、何時までも子供じゃない」

タクスの言葉に、リベラは思う所があり、特に反論はしなかった。
寧ろ、彼の主張を認めて、一部共感していた。

244 :創る名無しに見る名無し:2015/12/02(水) 19:34:55.18 ID:EnAwJdSn.net
タクス、ハルバー、ジェブの男子3人は、それぞれ武器を構えて警戒し、気分は冒険者。
それを最年長のヴァーラが冷ややかな目で見ている。

 「子供じゃないって言いながら、子供っぽいんだから」

彼女は少し表情が晴れない。
リベラは緊張しているのかなと思って、問い掛けた。

 「ヴァーラは不安?」

 「少しね。
  怖い怪物の話は、散々聞かされて来たし。
  大人達が大袈裟に言ってるだけかも知れないけど、現に怪物は居る訳でしょう?
  慎重になるべきだと思うんだけど」

不満気に剥れるヴァーラに、リベラは更に問い掛ける。

 「タクスに提案しないの?」

 「どうせ臆病者って笑われるのが落ちだし」

最年長だけあって、ヴァーラは達観している。
長らく男子と一緒に遊んで来た活発な彼女も、好い加減に男女の別を知る年なのだ。
その複雑な表情には、他にも色々な要因が絡んでいるのだが、今は措こう。
ヴァーラの不安を解消しようと、リベラは探知魔法を試みた。

245 :創る名無しに見る名無し:2015/12/02(水) 19:39:39.74 ID:EnAwJdSn.net
所が、何故か探知魔法は広がりを見せない。
森の中の魔力は流れが歪(いびつ)で、意思を持って共通魔法を掻き消している様だった。
村から離れる毎に、探知範囲が狭まるのを感じて、リベラは恐怖した。
これまでリベラは禁断の地を、特に恐ろしい所だと思わなかったが、それは大人達によって、
意識的に「危険」から遠ざけられている為だったと言う事を、後に彼女は知る様になる。
蒼褪めるリベラに、ヴァーラが気付いて、顔を覗き込む。

 「リベラ?
  気分が悪い?」

 「そうじゃなくて……。
  今、探知魔法を使ってるんだけど、魔力を上手く捉えられてないって言うか……」

ヴァーラは驚いて、リベラに尋ねた。

 「魔法が使えないの?」

 「違う、使えてるんだけど、どう言えば良いのかな……。
  雑音が混じってるって言うか、邪魔されてるみたいな……」

リベラは己の感覚が伝わらない事を、歯痒く思った。
村の者達の多くは、魔法資質を持っていない。
それは子供達も同様だ。

246 :創る名無しに見る名無し:2015/12/03(木) 19:24:18.86 ID:2io/Dxin.net
この場に居る全員を守れるのは、自分だけだと言う責任感を、リベラは持っていた。
彼女は探知魔法の効きが悪いと知りながら、尚も探知魔法の試行を止めようとはせず、
一層神経を研ぎ澄まして、より魔力の流れを読む事に集中した。
不規則に蠢く魔力が、共通魔法の発動を阻害している。
揺らぎの正体を探ろうと、リベラは焦る心を落ち着け、濁水の中で目を凝らす様に、魔力を観察する。
そこで彼女は、恐るべき物を感じ取った。
森の中から沸々と湧き出る、羽虫の様な魔力の小塊が、統一された意思を持つかの様に、
リベラが生み出す魔力の流れを妨害しているのだ。
彼女には強大な魔法資質の持ち主が、森の魔力を操って魔法を「邪魔」している様にも思えた。
どちらにせよ、リベラが感じたのは、「単なる偶然の魔力の乱れではない」と言う事。

 (視られてる……?
  誰に?
  どこから?)

漠然とした「脅威」を覚えたリベラは、湧き上がる胸騒ぎに責付かれ、浮き足立った。
怪物が潜んでいる訳ではない。
命の危機が迫っている訳でもない。
それなのに、得体の知れない恐怖だけが増大して行くのだ。

247 :創る名無しに見る名無し:2015/12/03(木) 19:26:26.33 ID:2io/Dxin.net
リベラは勇気を振り絞って、ヴァーラに言った。

 「ヴァーラ、怖い……」

 「怖い?
  リベラ?」

顔面蒼白で冷や汗を流すリベラに、ヴァーラは徒事ではないと感じた。

 「何が怖いの?
  森の中に何か居る?」

しかし、ヴァーラの問いにリベラは答えられない。
具体的な脅威ではないのだ。
ヴァーラは後ろを顧みないタクスを呼び止める。

 「一寸待ってよ、タクス!
  リベラが……」

3人の男子は同時に足を止めて振り返った。
ジェブが小走りで寄って、ヴァーラに問う。

 「どうしたの?」

 「分からないけど、リベラが怖いって……」

ジェブの目にも、リベラの様子が尋常でない事は明らかだった。
だが、彼は集団の中で決定権を持たない。
無為に困った顔をするだけ。

 「おいおい、どうしたってんだよー?
  こっからって時にさぁ……。
  未だ、そんな村から離れてないのに、もう怖じ気付いたのか?」

タクスとハルバーも、仕方無いと言った風に、歩いて引き返した。

248 :創る名無しに見る名無し:2015/12/03(木) 19:28:14.62 ID:2io/Dxin.net
全員が揃って、リベラの言葉を待っている。
彼女は何か言わなければと思い、重い口を開いた。

 「ここだと魔法が上手く使えないみたい……。
  森全体の魔力の流れが変なの。
  恐ろしい物を感じる……。
  それが何かは判らないけど……」

必死の訴えでも、全員を説得は出来なかったが、ジェブとヴァーラの考えを変える事には成功した。

 「リベラが言うんだから、止めとこうよ」

ヴァーラが進言すると、ジェブも続く。

 「やっぱり良くないって」

ジェブは小心な性格で、故に男子の中では発言力が無かった。
彼は元々、この探検に不安を感じていたのだが、傍からは臆病風に吹かれた様に見える。
ハルバーはジェブを小突いて、非難する。

 「お前、女の味方するのかよ」

 「男とか女とかじゃなくてさ……」

彼の言い訳をタクスは聞かない。

 「ジェブは駭(びび)りだからなー」

それは事実だ。
ジェブは決して勇敢と言える性質ではない。

249 :創る名無しに見る名無し:2015/12/04(金) 19:53:20.61 ID:uyn/o0Cb.net
臆病者の言う事は説得力を持たない。
少々の危険でも過大に捉えて、消極的な選択をする。
ジェブは侮られるのが嫌で、反論した。

 「別に怖い訳じゃない!」

 「怖くないなら行けるだろー?」

 「でも、リベラが……」

 「女を言い訳に使うのかよ。
  恥ずかしくねーの?」

こう言う手合いに、理屈で諭すのは難しい。
子供であれば尚の事。
ジェブが普段から勇気ある所を見せているか、腕力が優れている等の、「男らしい」素養があれば、
多少は説得力を持ったのだろうが、残念ながら、そうではなかった。
分裂しそうな状態の4人だったが、リベラの一言で状況が変わった。

 「……待って、向こうから何か来る!
  犬?」

タクスは真っ先に武器を構えて、彼女が指した先を睨む。

250 :創る名無しに見る名無し:2015/12/04(金) 19:54:34.55 ID:uyn/o0Cb.net
森の中は木々が生い茂っており、遠くを見通す事が出来ない。
勇むタクスとハルバーとは対照的に、ジェブとヴァーラは不安気な顔付き。

 「引き返そう、タクス」

ヴァーラが呼び掛けるも、タクスは聞き入れない。

 「高が犬だろ?」

彼は鉈を振り回し、叩き付ける真似をして強がる。
リベラは真剣な声で警告した。

 「駄目っ、1匹じゃない!
  何匹も……。
  それに、変なのが混じってる」

 「変なの?」

タクスだけではなく、他の全員も気に掛かる。
「変なの」とは一体?
注目されている中で、リベラは答えた。

 「人間みたいな……。
  人型をしてるけど、人間じゃない何か……。
  皆、村に逃げて!
  この儘だと囲まれる!」

そうは言われても、リベラ以外の全員には何も分からない。
敵の姿が見えないので、切迫した危機を感じ難いのだ。
子供達は誰も自分だけ先に逃げる事が出来ずに、戸惑うばかり。
この状況で逃げ出せば、臆病者と笑われる事は目に見えている。

251 :創る名無しに見る名無し:2015/12/04(金) 19:55:07.16 ID:uyn/o0Cb.net
最初に行動に出たのは、年長者であるヴァーラだった。
彼女は男子とは違い、意地を張る事は無かった。
リベラの肩を抱いて、男子3人に堂々と宣言する。

 「私はリベラを信じる。
  帰ろう、リベラ。
  皆も引き返そう」

タクスは慌てた。

 「待てよ、ヴァーラ!
  リベラが帰ったら、探検は?」

 「そんな場合じゃないでしょう!
  そのリベラが『怖い』って言ってるんだから!
  女の子に無理させる気!?」

普段、余り「女子」を主張しないヴァーラだったが、この時は全員を守るのに必死だった。

 「鵝鳴(がな)るなよ……」

タクスは不快を顔に表して零す。
彼とヴェーラの間で、ハルバーとジェブは狼狽えた。
ジェブは恐れを露に、小声でタクスに訴える。

 「帰ろうよ、タクス。
  リベラの言う事が本当だったら大変だ」

ハルバーもヴァーラの側に付いて、説得に回る。

 「ここは大人しくヴァーラの言う通りにしといた方が良いんじゃね?
  どっち道、リベラが居ないと駄目な訳だし」

しかし、タクスは孤立して意固地になっている。
素直に頷くと、リーダーとしての威厳を保てないと思っているのだ。
ヴァーラの意見が通るのが気に入らないと言う、下らない自尊心が判断を誤らせている。

252 :創る名無しに見る名無し:2015/12/04(金) 19:58:52.03 ID:uyn/o0Cb.net
タクスの心情をリベラは鋭い観察眼で見抜いていた。
対立の兆候を黙って見過ごせば、彼は独りになってしまう。
どうすればタクスを説得出来るか、リベラは知っていた。
彼女は弱々しい声で哀願する。

 「タクス、皆を守って」

 「……誰も戻らないとは言ってないだろ」

タクスは不機嫌に言うと、指示を出した。

 「ハルバーは右、ジェブは左を固めろ。
  俺が殿だ。
  駭って一人で逃げ出すんじゃねーぞ」

5人は十字に陣形を組んで、早足で引き返す。
リベラは探知魔法を継続して、周囲を警戒し続けた。

 「……追って来てる。
  段々速くなってるよ。
  回り込もうとしてる!
  皆、急いで」

彼女に急かされて、4人は駆け足になる。
それと同時に、3身程度離れた場所の茂みが揺れた。
追跡者の存在を認めて、4人は全力で駆け出す。
直後、ハルバーが木の根に引っ掛かって転んだ。

 「わっ」

揺れる茂みに気を取られた、一瞬の出来事。
起き上がろうとするハルバーの背後に、黒い影が迫る。

253 :創る名無しに見る名無し:2015/12/05(土) 17:49:22.63 ID:YsDxc7u/.net
茂みから飛び出したのは、1匹の魔犬。

 「ハルバー!!」

ヴァーラが悲鳴に近い声を上げるも、ハルバーは咄嗟に事に反応出来ない。
唯一動けたのは、探知魔法を使っていたリベラだけ。

 「A17、BG4CC4!!」

彼女は魔犬に向かって、火炎球を撃ち出した。
魔法攻撃に驚いた魔犬は、狂乱して転げ回り、体毛に燃え移った炎を消そうとする。

 「ハルバー、今の内に!」

リベラの呼び掛けに、ハルバーは何とか立ち上がって、再び駆け出した。

 「皆、早く逃げて!
  追い付かれる!」

その呼び掛けで、自然に殿がタクスからリベラへと入れ替わる。
彼女は先行する4人の後を追いながら、茂みの中を並走する魔犬を狙って、魔力の矢を連射した。

 「BG4C、BG4C、BG4C、BG4CC4!」

百発百中とは行かないが、魔犬を牽制するのには役立っている。
だが、息が続かない。
共通魔法の発動には、呪文の描文か詠唱が必要。
それを走りながら続けるのは難しい。

254 :創る名無しに見る名無し:2015/12/05(土) 17:51:43.03 ID:YsDxc7u/.net
魔力の流れにばかり気を取られていると、肝心な物を見落とす。
リベラは道端の窪みに足を取られて、捻挫してしまった。

 「つっ!!」

片足で跳ね、体勢を立て直すも、元の様には走れない。
村まで後少しと言う所なのに……。

 「リベラ!!」

タクスが気付いて足を止めるが、リベラは気丈に振る舞った。

 「早く村に戻って、誰か呼んで来て!」

所が、タクスは聞かず、鉈を片手にリベラに駆け寄る。

 「何してるの!?」

 「何じゃねーよ!
  村は直ぐ近くじゃねーか!
  全然走れないのか?」

リベラは気不味い表情で頷いた。
タクスは鉈を握り締めると、リベラを庇う様に立つ。

 「早く逃げて!」

 「馬鹿言うな!
  女を置いて逃げるなんて、恥知らずだ!
  犬如きが怖くて、大将が務まるか!」

タクスは大見得を切ったが、問題は魔犬ではない。

255 :創る名無しに見る名無し:2015/12/05(土) 17:52:39.85 ID:YsDxc7u/.net
リベラの魔法攻撃で、殆どの魔犬は既に追走を諦めていた。
それにも拘らず、追跡を諦めない物がある。
探知魔法で捉えた影は、「犬」ではなく「人」の形をしている。

 「犬じゃないよ……」

 「あ?」

タクスが問い返す様に声を上げると、茂みが揺れて、不気味な緑の塊が姿を現した。
見た事の無い怪物に、大将気取りのタクスも流石に肝を潰して、引け腰になる。

 「何だよ、あれ……」

 「し、知らないよぉ……」

正体不明の人型の怪物が、茂みの中から次々と現れる。
大きさは約1.2身で、全身に絡まった緑の蔦の様な物を畝らせている。
怪物は焦り焦りと2人に躙り寄る。

 「E16H1F4、E16H1F4――」

リベラが撃退しようと詠唱を始めると、怪物は怒り狂った様に猛然と突進して来た。
それも数体が同時に。
発動が間に合わない。
タクスは鉈を振り回したが、全く相手にされず、弾き飛ばされる。
怪物達はリベラを取り囲んで、蔦の様な物を彼女の体に絡ませた。

256 :創る名無しに見る名無し:2015/12/06(日) 19:20:28.26 ID:cWCbJqGR.net
蔦はリベラの腕や脚に絡み付くと、スルスルと体を這って、締め上げる。

 「な、何!?
  痛いっ!!
  助けて、お養父さん!!」

窮地に陥った彼女は、この場に居ない養父の名を呼んだ。
蔦はリベラの全身に巻き付いて、遂には彼女を絡め取り、1体の怪物の胴に磔る。

 「苦しい……助けて……」

リベラの訴えを聞いて、タクスは直ぐに起き上がり、彼女を拘束している怪物に、
背後から飛び掛かった。

 「化け物め、リベラを放せっ!」

そして、肩車の状態から、鉈で怪物の頭を叩き割る。
所が、全くダメージを受けた様子が無い。
鉈は怪物の頭部に深々と食い込んで、銀色の刃を完全に埋めているが、それだけだ。
緑の畝りは収まる所か、タクスまで絡め取ろうとして来る。
慌てたタクスが飛び降りると、蔦は簡単に彼を解放し、怪物は見向きもせずに、
森の中へと歩いて行く。

 「最初からリベラだけ狙ってた……?
  俺を無視するのか!」

怪物を逃がしてなるかと、タクスは懸命に追撃した。
彼は悠然と歩き去る怪物の足を狙うが、どれだけ攻撃しても、蔦の一部が切れるだけで、
どうにもならない。

257 :創る名無しに見る名無し:2015/12/06(日) 19:25:04.01 ID:cWCbJqGR.net
タクスが無力感に負け、泣きそうになっていると、大人の男の声がした。

 「タクス、離れろっ!」

大きな影が怪物の足元に高速で突撃する。
然しもの怪物も堪らず蹌踉めいて、不恰好に倒れ込んだ。
タクスは希望を得て、顔を綻ばせる。

 「ラビゾー!」

ワーロックは彼の声には反応せず、鬼気迫る表情で小刀を抜き、倒れた怪物に圧し掛かると、
リベラに絡み付いている蔦を切って、怪物から引き剥がそうとする。

 「リベラ、起きろ!」

彼の呼び掛けにも、リベラは反応しない。
蔦は切れた先から、再びリベラに伸びて絡み付き、限が無い。
そうこうしている間に、他の怪物が集まって来る。

 「このっ、えぇい!」

ワーロックは苛立ちを露に、怪物とリベラの体の僅かな隙間に左腕を差し込んで、
引き剥がす様に抱き寄せた。
同時に右手の小刀を捨て、魔力石を取り出して、高く掲げる。

 「F37BG4、AG46A5B4!」

彼が呪文を唱えると、周辺の魔力が魔力石に集中した。
怪物共はリベラを放置して、魔力石に吸い込まれる様に、それに向かって蔦を伸ばす。
ワーロックはリベラを怪物から引き剥がす事には成功したが、代わりに魔力石を持っていた腕を、
蔦に絡め取られていた。
これでは身動きが取れない。

258 :創る名無しに見る名無し:2015/12/06(日) 19:34:44.67 ID:cWCbJqGR.net
ワーロックは左腕で抱えたリベラを体の陰に隠して庇いつつ、更に呪文を唱える。

 「A1C21、BG4J4I17!」

魔力石に込められていた魔力が解放された、その直後。

 「N16D7!!」

発動詩と共に大爆発が起こって、ワーロックとリベラは怪物の包囲から弾き出された。
ワーロックの右腕は、爆炎と爆風の直撃を受けて、寸々(ずたずた)になっている。
彼の右半身と背中側も、爆発の影響で煤けている。
怪物も爆発に巻き込まれて、人の形を失っていた。
ワーロックは直ぐに起き上がって、怪物を振り返りもせず、逃走する。

 「タクス、帰るぞ!」

 「ラビゾー、腕が……」

タクスは恐る恐る指摘した。
ワーロックの右腕は真っ赤で、所々深い裂傷を負っており、血が滲んでいた。
肘から先が動かない様で、手首は力無く垂れ下がり、上腕部だけでリベラを抱き留めている。

 「気にするな!
  今は逃げるのが先だ、走れ!」

ワーロックとタクスは這う這うの体で、村に帰還した。
村外れの小川に辿り着いた2人は、安全を確かめて座り込む。
リベラはワーロックの腕の中で、気を失った儘、目を覚まさない。
タクスは不安になって、ワーロックに問い掛けた。

 「リベラは?
  生きてる?」

 「ああ、心臓は動いているし、息もしている。
  気を失ってるだけだ」

先程まで真剣だったワーロックの表情が緩む。
タクスは安堵して、大泣きを始めた。

 「くっ、ぐぐっ、うっ……ご、御免なさい……。
  うぅ、うわ゛ぁああああーーーーーーーー!!」

 「泣くな、泣くな。
  村中に聞こえてしまうぞ。
  皆に泣き顔を見られたくないだろう」

ワーロックは落ち着いた声で窘める。

259 :創る名無しに見る名無し:2015/12/06(日) 19:48:23.35 ID:cWCbJqGR.net
タクスはワーロックの脇腹に縋り付いて、声を殺した。
ワーロックは眉を顰め、仕方無いなと小さく息を吐いて、好きにさせておく。
彼は小声で共通魔法の呪文を唱えて、リベラの回復を優先した。

 「C5D1O1H1、C5D1O1H1、I1EE1・I3L4、J3H5L1D1・H3N1O1H1、J1JJ16・G32H4MG・A4E3F1……。
  H3J1A4・J1IE1、H3J1A4・J1IE1、H3J1A4・J1IE1」

魔力が生命力となって、リベラの体に漲る。
目を覚ましたリベラは、ワーロックと目を合わせて、一瞬喜びを見せた物の、直ぐに悄気て俯いた。
彼女の心は罪悪感で一杯。
一方でタクスは漸く泣き止み、ワーロックから離れる。
女子の前で恥ずかしい姿は見せられないと思ったのだ。
ワーロックは先に、タクスに言った。

 「皆の所に戻って、安心させて上げなさい」

タクスは無言で、時間の経過で傷口が黒化した、ワーロックの腕を見詰める。

 「私の事は心配要らない。
  この位なら治る。
  ははは、私は魔法が下手だから、この程度で済んだんだ」

本当は結構な重傷で、痛みも酷いのだが、ワーロックは強気に振る舞った。
作り笑いをする彼に、タクスは俯き加減で感謝の言葉を述べた。

 「有り難う、ラビゾー」

 「ああ、もう危険な事は止すんだぞ」

タクスが去ると、ワーロックはリベラに目を遣る。

260 :創る名無しに見る名無し:2015/12/06(日) 19:50:46.48 ID:cWCbJqGR.net
リベラは怯えた顔で、涙ぐんでいた。
彼女は怒られるのが怖いのではない。
ワーロックの言い付けを破った事で、見限られるのが怖いのだ。
所が、そんな事は全く知らないワーロックは、泣きそうなリベラを見て慌てる。

 「ど、どうした?
  おお、良し良し、怖かったなぁ」

彼はリベラを軽く抱き止めて、優しい声を掛ける。
リベラの中で、内に渦巻く様々な感情が混ざり合って……とにかく彼女は泣いた。
言葉にならない声を上げて、喚き散らした。
ワーロックはリベラを愛(あや)しながら、黙って付き合った。
リベラは2針もの間、泣き喚いた末に、漸く涙が枯れて、泣き飽き、落ち着く。
そこでワーロックは、リベラに自分の右腕の治療を依頼した。

 「これ、治してくれないか?
  魔法はリベラの方が上手だから」

断る訳も無く、リベラは進んで治療する。
傷だらけのワーロックの腕を見て、リベラは再び泣きそうになったが、治療に影響しては行けないと、
何とか堪えた。
ワーロックはリベラに助言する。

 「私は魔法資質が低いから、魔力変換系の治癒魔法は効き難い。
  F1D5O1H1をC5D1O1H1の呪文に置き換えて使うんだ」

 「I1EE1・I3L4、C5D1O1H1、A4E3F1、J1JJ16」

 「そうそう」

ワーロックの役に立てる事を、リベラは無上の喜びとしている。
だが、ワーロックは未だ歪な愛情に気付いておらず、リベラも又、自覚には至っていない。

261 :創る名無しに見る名無し:2015/12/06(日) 19:54:26.81 ID:cWCbJqGR.net
治療の途中で、リベラはワーロックに尋ねた。

 「お養父さんが、私を助けてくれたの?」

 「ああ。
  他の子達が知らせてくれて、何とか間に合った。
  どこも怪我はしてないか?」

ワーロックの問い掛けに、リベラは袖や裾を捲って見る。
蔦に締め付けられた跡は、ワーロックの治癒魔法によって、殆ど消えていた。
唯一、右足首の捻挫だけが痛む。

 「……足を捻ったの」

ワーロックは怪訝な顔をする。

 「歩ける?」

 「分かんない」

リベラは共通魔法での治療を続けながら、器用に右足の靴を脱いで、ワーロックに向けて、
素足を放り出した。
赤く腫れた彼女の右足首を見て、ワーロックは呟く。

 「腫れてるな」

 「お養父さん、治して。
  私、お養父さんの腕を治してるから」

リベラはワーロックに依願した。
怪我の程度と、両者の魔法資質の差を考えれば、軽傷のリベラをワーロックが治し、
重傷のワーロックをリベラが治すのは、理に適っている。
賢明な判断と言えるが、リベラにとっては、「ワーロックに」治して貰える事が重要だった。

262 :創る名無しに見る名無し:2015/12/07(月) 20:08:00.79 ID:VkHTnLIK.net
ワーロックとリベラは向かい合って座り、ワーロックの右腕をリベラが、リベラの右足をワーロックが、
それぞれ治療する。
2人は描文と詠唱に専念し、言葉を交わす事もしない。
互いの作る魔力の流れが、影響し合って魔法の効果を高める。
リベラは治療中、養父と共同で作り出す魔力の流れを見詰めて、多幸感に溺れていた。
今の彼女には、ワーロックの全てが愛おしくて堪らない。
窮地に駆け付けてくれた事、大怪我を負ってまで助けてくれた事、こうして優しく寄り添ってくれる事。
共通魔法による治療は温かく、罪悪感さえ心地好く、自らを戒めては悦に浸る。
自然に笑顔が零れそうになるのを堪えて、リベラは会話を再開する。

 「傷、中々治らないね……」

 「完璧に治せなくても良いよ。
  取り敢えず、痛みが無くなって、普通に動く様になれば」

 (治らなきゃ良いのに……)

リベラは内心で恐ろしい事を考えていた。
養父が自分を守ってくれた証拠を、消したくない、残しておきたいと、思っているのだ。
無論、そんな事は口に出せず、心の中で思うだけに留めておく。
傍から見れば、微笑ましい父娘の姿。
何時まで、その関係が続くだろうか……。

263 :創る名無しに見る名無し:2015/12/07(月) 20:09:05.40 ID:VkHTnLIK.net
後日、ワーロックとリベラの元に、村の大人達が揃って、我が子を伴い、謝罪に訪れた。
誰も彼も申し訳無さそうに、2人に対して、我が子の頭を下げさせる。
皆の前で拳骨を落とされる子もあり、ワーロックは親を宥めて必死に止めた。
訪問者が去った後、リベラは物言いた気にワーロックを見詰めていた。

 「リベラ、何か?」

視線に気付いたワーロックが問うと、リベラは小声で訴える。

 「お養父さんは、私を怒らないの?」

ワーロックは呆れて半笑いになる。

 「怒って欲しかったのか?」

 「そうじゃないけど、でも、言い付けを破ったんだし……」

 「昨日、散々泣いたじゃないか。
  あんな姿を見せられた後じゃ、とても怒る気にはなれないよ。
  それに子供は大人が決めた枠を越えて、危険な事をしたがる物だ。
  恥ずかしながら、私にも覚えがある。
  お前が反省しているなら、諄くは言わない」

リベラは拗ねて、外方を向いて剥れて見せた。
ワーロックは眉を潜める。

 「何が不満なんだ?」

 「何でも無い……」

子供達の親は、言い付けを守らなかった我が子を叱った。
子供達は泣いて謝った。
そんな親子の姿が、リベラは羨ましかった。
口では否定したが、彼女も本心では叱って欲しかったのだ。
他ならぬ、ワーロックに。

264 :創る名無しに見る名無し:2015/12/07(月) 20:11:53.64 ID:VkHTnLIK.net
明らかに不機嫌なリベラの反応を受けて、ワーロックは彼女に言った。

 「私にも落ち度が無かったとは言えない。
  今回の件は決して、予測出来ない事ではなかった。
  万一の事態に備えて、お前には禁断の地の事を、詳しく話しておくべきだった。
  少し、私の話を聞いてくれ」

ワーロックの真面目な声を聞いて、リベラは振り向く。
彼はリベラに、澄んだ緑色の拳大の球体を渡した。

 「これは魔力石。
  高い物だから、大事に使う様に」

物珍し気に魔力石を見詰めるリベラに、ワーロックは続けて言う。

 「今から、禁断の地と、怪物達の特別な性質に就いて、話をする。
  ノートを取りなさい、リベラ」

リベラは懐から小さなノートを取り出して、空白のページを開き、ペンを構えた。
ノートを取る習慣は、ワーロックとの旅に同行する際、「旅の心得」を記憶する為に、
彼の奨めで始めた事。

 「禁断の地は、共通魔法とは異なる魔力の流れに満ちている。
  その為に、共通魔法を使おうとしても、発動に失敗したり、効果が落ちたりする。
  魔法資質が高い人は、異質な魔力の流れに不快感を覚えたりもする」

リベラは一所懸命、ワーロックの言葉をノートに書き残す。

265 :創る名無しに見る名無し:2015/12/07(月) 20:15:32.79 ID:VkHTnLIK.net
リベラが書き終えるのを待って、ワーロックは続けた。

 「それだけなら未だしも、禁断の地には、恐ろしい怪物達が居る。
  魔法大戦の遺物と呼ばれる魔法生命体や、禁断の地の魔力に侵された動物。
  これ等は並の共通魔法で対抗出来る物じゃない。
  お負けに、森の深くに行く程、魔力の乱れは激しくなり、怪物は強力で凶悪になって行く。
  村は旧い魔法使い達に守られているから大丈夫だけど、森に踏み込めば怪物の領域だ。
  その危険さは……今更、言うまでもないな」

ペンを走らせるリベラの手が、一瞬止まる。
緑の怪物の事を思い出したのだ。
蔦に締め付けられた痕は、微かではあるが、未だ彼女の体中に残っている。
刻み込まれた恐怖に、リベラは震えた。
彼女の異変に気付いたワーロックは、安らぎの呪文を唱える。

 「E46I1、E5C5D6……。
  落ち着け、大丈夫だ」

養父の言葉で、リベラは正気を取り戻した。
ワーロックはリベラの瞳を覗き込んで、精神が安定している事を確かめる。

 「続けるぞ?」

リベラが頷いたのを認めて、ワーロックは再開した。

 「禁断の地の怪物は、多くが魔力の流れに反応する。
  だから、禁断の地で魔法を使っては行けない。
  迂闊に魔法を使うと、怪物を呼び寄せる事になる」

それを聞いて、リベラの手が又も止まる。

266 :創る名無しに見る名無し:2015/12/07(月) 20:16:45.76 ID:VkHTnLIK.net
ここで初めて、彼女は自身の失策に気付いたのだ。
怪物が集まって来たのは、リベラが探知魔法を使った所為。

 「魔法を使わなければ安全って訳でもないんだけどな。
  お前達が見た緑色の怪物は、パラサイト・ゴーレムと言う。
  禁断の地には魔力の流れに反応して攻撃して来る、土のゴーレムが徘徊している。
  そのゴーレムに、禁断の地の寄生植物が宿ったのが、パラサイト・ゴーレムだ。
  ゴーレムは寄生植物の足代わりになっている。
  主体は寄生植物で、こいつはゴーレムが探し当てた魔法資質の持ち主を、新しい寄生体にする。
  そう言う訳で、危ない所だったな」

 「ど、どうすれば良かったの?」

リベラの問いに、ワーロックは難しい顔をする。

 「魔法資質を抑えれば、奴等は獲物を感知出来なくなる。
  だが、禁断の地には、魔力の流れだけに反応する物以外に、魔犬や鬼熊の様な、
  普通の妖獣も多く生息している。
  魔法を使えないだけで、人間は不利な戦いを強いられる。
  だから、大人も安易に森には立ち入らない。
  もし、戦う事になってしまったら……」

 「戦う事になったら?」

 「出来るだけ魔法は使わずに戦う事だ。
  仕留める時は、時間を掛けずに、一発で。
  しかし、子供の内は無理だろう。
  魔力の精密な制御が出来る様になれば、魔力に反応する性質を逆手に取って、
  上手く遇う事も出来るが……。
  そこまでの技術は私には教えられないしな……。
  魔力石を囮にして逃げるのが、最も確実だろう。
  とにかく、今後は勝手に森の中に入らない様に」

リベラは頷く他に無い。
彼女はワーロックの腕の傷痕を見詰めながら、自らを戒めて、悦に浸る。
ワーロックの腕の傷が完全に消えるまで、丸3月の時を要したが、その間、
治療を任せられていたリベラは幸せだった。

267 :創る名無しに見る名無し:2015/12/08(火) 19:44:04.02 ID:JsL0wohG.net
「確か、この辺りだったと思うんだが……」

「お、お養父さん、今……何か聞こえなかった?」

「んー……何も聞こえないぞ。怖がり過ぎじゃないか? 無理に付いて来なくても、良かったのに」

「でも――」

「魔法資質を封じている所為かな? やっぱり魔法資質があると、魔法に頼り過ぎてしまうんだなー。
 誰かに師事させた方が良いのか……」

「えっ、何の話?」

「他の人の所で修行して、魔法に頼らない技術を身に付けるか、共通魔法を極めるかって話。
 ゲントさんに剣術を習うとか、共通魔法を極めるとなると……誰だ? コバギの精霊魔法か?」

「い、嫌だよ、私……知らない人の所に行きたくない!」

「だがなー、私の指導では、中途半端な物にしかならないしなー。……はぁ、改めて考えると、
 私は先生に向いてなかったんだなぁ……」

「お義母さんに教わるのは?」

「お母さんの魔法は、完全に生まれ付きの物だから、人には教えられないと思う。
 あー、そうだ。ラントの事も、どうにかしないとなぁ……」

268 :創る名無しに見る名無し:2015/12/08(火) 19:46:23.14 ID:JsL0wohG.net
「お養父さんの魔法は?」

「……私の魔法?」

「お養父さん、共通魔法じゃない魔法も使えるよね」

「使える事は使えるけど……。あれは本当の意味で、『私の魔法』だからな……」

「私も『私の魔法』が欲しい!」

「残念だけど、人に『教えられる』様な物じゃないんだ。修行の話は、後にしよう。
 ――――あっ、あれかな?」

「待って、お養父さん!」

「これだ、魔力石。よく無事に残っていた。魔力が空になったから、持って行かれずに済んだのか」

「良かったね」

「ああ、良かった。魔力を込め直せば、何回でも使える型だから、買うと高いんだよ」

269 :創る名無しに見る名無し:2015/12/08(火) 19:50:42.34 ID:JsL0wohG.net
「ねーねー、お養父さん。お養父さんも子供の時は危ない事したの? 何か、そんな事言ってたけど」

「ああ。子供の時って言うか、子供って言う様な年でもなかったんだが……。今でも後悔している。
 だけど、それが無ければ、今の私も無くて……。良くも悪くも、私の人生は大きく変わった」

「何があったの?」

「大切な人を巻き込んでしまった。リベラと同じ様に、この森で……」

「大切な人って、お義母さんじゃなくて?」

「ああ、お母さんじゃなくて――」

「お義母さんじゃないんだ!」

「そんなに驚く事かい? 長く生きてると、色々あるんだよ」

「どう言う事なの?」

「どう言う事って……」

「お養父さんの大切な人で、お義母さんじゃない人だよね? 誰? お義祖父ちゃんとか、
 お義祖母ちゃんでもないんだよね?」

「……ある意味、親にも悪い事はしたけど……」

「誰なの?」

「大切な人だよ」

「お義母さんよりも?」

「……今は違うかな……」

270 :創る名無しに見る名無し:2015/12/08(火) 19:52:20.00 ID:JsL0wohG.net
「『今は』? 大切な人って変わるんだ!」

「嫌らしい言い方をするなぁ……。今でも、大切な人には変わり無いんだけど……」

「お義母さんの方が、大切になったの?」

「そう言う事かなぁ……」

「へー、そうなんだ。じゃあ、お義母さんよりも、大切な人が出来るかも知れないんだ」

「……それは無いかな」

「本当に?」

「お母さんと同じ意味で大切な人は、多分出来ないと思う」

「その人は、お義母さんと同じ意味で大切な人だったんだ?」

「……どうかな? そうだったかも知れないし、そうじゃなかったかも知れない」

「どう言う事?」

「大人になれば解るよ」

271 :創る名無しに見る名無し:2015/12/09(水) 19:33:21.48 ID:t6zug3CB.net
逆襲の外道魔法使い編 幕間


リベラとコバルトゥス


第二魔法都市ブリンガー フェストゥカ地区にて


若き旅商リベラ・エルバ・アイスロンは、義弟ラントロックを探して各地を放浪中。
これと言った手掛かりも無く、外道魔法使いの噂を耳にしては、義弟ではないかと駆け回る日々。
今日もラントロックを見付けられず、リベラは独り、フェストゥスカ地区の寂れた酒場で、
薄い酒を吝嗇に飲んで微酔いする。
貧乏臭い飲み方は養父の真似事なのだが、彼女自身は気に入っている。
魔力ラジオウェーブ放送を拾って、小洒落た音楽を聞きながら、旅の疲れを癒す、安らぎの一時。
それを邪魔する者があった。

 「やあ、リベラちゃん。
  久し振りだね」

嫌に馴れ馴れしく声を掛けて来たのは、自称冒険者の精霊魔法使いコバルトゥス・ギーダフィ。
リベラにとっては叔父の様な存在だ。

 「『ちゃん』って年でもないですけど」

リベラが苦笑して返すと、コバルトゥスも小さく笑った。

 「おっと、これは失礼、『お嬢さん<ラディ>』。
  確かに、『ちゃん』は似合わない。
  又一段と綺麗になった」

272 :創る名無しに見る名無し:2015/12/09(水) 19:34:53.16 ID:t6zug3CB.net
彼はリベラと出会う度に、歯の浮く様な世辞を言う。

 「それ、この間も言ってましたけど」

 「嘘じゃないさ。
  君は日毎に美しくなって行く様だ」

コバルトゥスの目は真剣で、どうして恥ずかし気も無く、こんな事が言えるのかと、
リベラは疑問だった。
彼女とて内心悪い気はしないのだが、態とらしいと感じて警戒する。

 「益々嘘臭いですよ……」

 「ははは、参ったなあ。
  おっと、そうだ。
  お探しの弟君(おとうとくん)に会ったよ」

 「本当ですか!?」

コバルトゥスが然り気無く零した一言に、リベラは耳聡く反応した。
彼は呆れた様に眉を顰めて、彼女に問う。

 「そんなにラントが大事なのかい?」

 「当たり前です!
  姉弟(きょうだい)なんですよ!」

 「『姉弟』か……」

 「それで、ラントは今どこに?」

伏し目になるコバルトゥスに構わず、リベラは更に問うた。

273 :創る名無しに見る名無し:2015/12/09(水) 19:36:28.56 ID:t6zug3CB.net
コバルトゥスは大きく溜め息を吐く。

 「さあ、分からない。
  何日も前の話だ。
  同じ場所に留まっているとは思えない」

 「構いません、どこで会ったのか、教えて下さい」

 「ティナー地方の西、デュラー市の辺りだったかな。
  あそこは危ないと言っといたから、多分余所に移ってるよ」

 「どんな様子でしたか?
  元気でした?」

 「親元を離れて放っ付き回ってる位だから、そりゃ元気さ。
  マスター、適当に強いのをくれないか」

どうも真剣でない様子のコバルトゥスに、リベラは苛立った。
普通ならば、リベラを褒め称す時と、ラントロックに就いて話す時の態度が、
逆ではないかと彼女は思うのだ。

 「何なんですか?
  私は真面目に聞いてるんですよ!
  コバルトゥスさんも真面目になって下さい!」

 「俺は何時だって真面目だよ」

 「どこがっ!?」

声を荒げるリベラの口先に、コバルトゥスは人差し指を立てる。

 「『淑女<ラディ>』が人前で大きな声を出す物じゃない」

274 :創る名無しに見る名無し:2015/12/09(水) 19:43:37.99 ID:t6zug3CB.net
彼の静かな忠告は、奇妙な色香と説得力を持っていた。
気圧されて口を噤むリベラに、コバルトゥスは言う。

 「弟君を無理に連れ帰っても、何も解決しない。
  力尽くで収められる物事は、力の理論で動いている物だけだ。
  人間には心がある」

 「力尽くじゃありません。
  ラントは何も言わずに飛び出したんです。
  心配して追い掛けるのは、当たり前じゃないですか」

リベラは落ち着いた声で言い返した。
コバルトゥスは席に着き、マスターから受け取った、透明な酒の注がれたグラスの縁を撫でる。

 「そうじゃない。
  君になら、ラントの気持ちが解ると思うけどな。
  その『当たり前』が嫌だって言うの」

一体この人は何を言っているのだろうと、リベラは怪訝な顔付きになった。
そんな彼女を一瞥して、コバルトゥスは呟く様に言う。

 「お養父さんの事、好きなんだろう?」

 「だっ!?
  誰にっ、どうしてっ……ゴホッ、ゴホッ……か、関係無いでしょう、今は!」

 「否定しないんだ」

目を剥いて、噎せ込むリベラの背を、コバルトゥスは優しく擦りながら、鋭く指摘した。

 「ちっ、違いますっ!
  唐突に関係無い話を始めないで下さいっ!」

 「ハイハイ、声が高いよ」

コバルトゥスに軽く窘められて、リベラは周囲を窺う。
幸い、酒場に他の客は居ないが、マスターは吃驚した顔。

275 :創る名無しに見る名無し:2015/12/10(木) 19:24:41.48 ID:wh4Nx5IE.net
リベラは恥じ入って小さくなる。
コバルトゥスはグラスを傾けて続けた。

 「関係有るか無いかは措いといて……。
  リベラちゃんは先輩――ワーロックさんと、どうなりたいんだい?」

 「知りません。
  関係無い話には応じません」

気分を害したリベラは、冷淡に切り捨てて取り合わない。
コバルトゥスは苦笑する。

 「隠さなくても良いじゃないか……。
  そう言う関係になる、ならないは別にして、自分の心に嘘を吐く事は無い。
  俺で良ければ、相談に乗るよ」

リベラは沈黙を貫いた。
彼女はコバルトゥスを信用出来なかったし、何より他人に個人的な領域に踏み込んで欲しくなかった。
養父への想いは、リベラにとって他者の干渉を許容出来ない神聖な物だった。
何を思って、コバルトゥスはリベラの内心に踏み込む様な真似をしたのか?
彼の様子から、全くの無神経に、無配慮に言い出したのではなさそうだとは判る。
……リベラは瞳を閉じて、思考を放棄する。
何時も養父への想いを押し殺している様に。
だが、コバルトゥスは未だ続けた。

 「……言いたくないなら、何も言わなくて良い。
  でも、何時かは正面から向き合う時が来る。
  相槌も返事もしなくても良いから、聞くだけ俺の話を聞いてくれ」

一呼吸置いて、彼はグラスを揺らしながら、話し始めた。

276 :創る名無しに見る名無し:2015/12/10(木) 19:27:19.56 ID:wh4Nx5IE.net
 「既に知ってる事だとは思うけど、俺はワーロックさんとは長い付き合いだから、
  あの人の為人(ひととなり)は誰よりも知っている……積もりだ。
  それでリベラちゃんが、どんな思いをしているのかも……。
  ラントの事もだけど、何一つとして関係無いって事は無いんだ。
  皆が皆、他人には言えない悩みを抱えていて、それが今に繋がっている」

コバルトゥスはリベラの表情を瞥見した。
彼女は気不味そうに俯いている。
お喋りで軽薄な男と思われていないだろうかと、コバルトゥスは少し心配になった。

 「全ては一つなんだ。
  俺はワーロックさんや、リベラちゃん、それにラントが抱えている問題を一つ一つ解いて、
  最後には大団円を迎えられる様にして上げたい」

コバルトゥスの口振りから、彼はリベラには知り得ない裏事情を知っていると、推察出来る。
それを明確に告げないのは、問題を解く順序が見えているから。
当事者達に問題の全貌を明かす前に、個々人の問題に区切りを付けさせるのが重要だと、
コバルトゥスは考えていた。
各々の性格を考慮して、複雑な問題を最適解へと導こうとしているのだ。
そうした深謀に気付けないリベラではないが、やはり隠し事をされるのは気分が良くなかった。
無視し続けるのが申し訳無くなって来た事もあって、彼女は口を開く。

 「『皆が他人には言えない悩みを抱えている』って、コバルトゥスさんは何を知っているんですか?」

 「俺は何でも知ってるよ」

気取って誤魔化すコバルトゥスに、リベラは更に問う。

 「今は言えないって事ですか?」

コバルトゥスは静かに頷いた。
それは余計な弁解をするよりも遥かに、説得力を持っていた。

277 :創る名無しに見る名無し:2015/12/10(木) 19:30:31.55 ID:wh4Nx5IE.net
リベラは話題を変える。

 「……コバルトゥスさんは、どうして『私達』に干渉するんですか?」

彼女は自分と養父がラントロックを追うのは、「家族」の問題だと考えていた。
故に、コバルトゥスが求められてもいないのに、積極的に介入しようとするのが疑問だった。

 「ワーロックさんには若い頃、大分お世話になったからね。
  俺なりの恩返しって奴さ」

コバルトゥスがワーロックと親しい間柄にある事は、リベラも既知の所。
養父との旅で、何度も顔を合わせていたので、どんな人物かも承知していた積もりだった。
女好きで、方々を気儘に浮ら浮ら、腰が定まらず、未だ独身と言う、風来振り。
そうした軽薄なイメージとは裏腹に、実は義理堅い男なのだろうかと、彼女は認識を改める。
しかし、コバルトゥスの次の言葉は、呑気なリベラの思考を吹き飛ばした。

 「所でさ、リベラちゃん、俺と付き合わない?」

 「なっ!?」

 「未だ決まった人、居ないんだろう?
  リベラちゃん、綺麗なんだから、そう言うのは勿体無いと思うんだ。
  年齢的にも、男を知って良い――」

 「待って下さい、コバルトゥスさん」

 「嫌かな?」

コバルトゥスは真剣な瞳で、リベラを見詰める。
リベラもコバルトゥスを見詰め返す。
端整な顔立ち、緑掛かった青の瞳、無精髭……。
幾多の女を堕として来た自慢の容貌は、年を経ても衰えず、益々磨きが掛かる様。
リベラは彼が発する男の色香に戸惑い、視線を外して、何とか逸らかそうとする。

 「嫌って言うか……。
  どうして私なんですか?」

コバルトゥスは身を乗り出して、リベラに迫る。

 「君が綺麗だから。
  他に理由は要らないだろう?」

リベラは身を引いて、彼の瞳を覗き返す。

 「……嘘です」

 「嘘じゃないさ」

 「それは半分」

 「半分?」

コバルトゥスは眉を顰めて、更にリベラに迫った。

278 :創る名無しに見る名無し:2015/12/11(金) 19:43:20.49 ID:OYQd4bgn.net
リベラの心臓は早鐘を打つ。
それを恋心の芽生えと呼んで良いのか、彼女には分からない。
力尽くで組み伏せられそうな雰囲気に、恐怖しているだけなのかも知れない。

 「綺麗な人なら、他にも――」

女好きのコバルトゥスは何時も、若い女性と一緒だった。
リベラより肉感的で、性的魅力に溢れた女性を、彼は何人も知っている。

 「君は特別なんだ」

だが、コバルトゥスは臆面も無く言って退ける。

 「何が特別……?」

 「俺にも解らない……けど、他の女(ひと)とは違うんだ。
  堪らなく魅力的に映る瞬間がある。
  今も……」

これは不味い流れだと感じたリベラは、両手でコバルトゥスの胸板を押し返した。
そこでリベラは、彼も又、胸を高鳴らせていると知る。

 「御免なさい、私には分かりません……」

明確な拒絶の意思にも拘らず、コバルトゥスは簡単には引き下がらない。
リベラの両手を掴んで、逆に引き寄せる。

 「お養父さんと、こんな関係になるって、考えた事ある?」

彼はリベラの耳元で囁くと、徐に項(うなじ)に口付けした。

279 :創る名無しに見る名無し:2015/12/11(金) 19:49:43.81 ID:OYQd4bgn.net
前戯と言うよりは、その真似事。
軽く触れただけで、直ぐに唇を離す。
初心なリベラに性的な快感は無く、驚きと擽ったさが先に表れて、総毛立つ。

 「ひゃっ!?」

彼女が首を傾けた拍子に、お互いの側頭部が搗ち合う。
油断していたコバルトゥスは、直撃を受けて、動きを止めた。
彼はリベラの腕を掴む手を緩めて、顔を伏せた儘、小刻みに震えている。

 「あっ、御免なさい……」

反射的に謝りつつも、コバルトゥスの手を振り解くリベラ。
コバルトゥスは強がって見せる。

 「平気、平気。
  でも、リベラちゃん、そろそろ慣れとかないとさ。
  ベッドの上での作法なんて、お養父さんは教えてくれないだろう?」

懲りない彼に、リベラは不快感を露にした。

 「コバルトゥスさんに教わろうとは思いません」

コバルトゥスは苦笑いしながら、リベラに言う。

 「何時までも『女の子<メトヒェン>』では居られないよ。
  君は少女の殻を破って、『女<フラオ>』になる。
  『少年<ユンゲ>』が『男<マン>』になる様に、それは避けられない定めなんだ。
  時間は誰にも等しく流れ続けていて、一瞬たりとも君だけを待ってはくれない。
  解っている筈だよ。
  先輩――ワーロックさんは、何時までも君を『娘』として、『女の子』として扱う。
  それはワーロックさんが君の『父親』だから……。
  その心地好さに甘えていちゃ行けない」

彼が何を言っているのか、リベラは理解したくなかった。
しかし、拒もうと思っても、それは出来ない。
理解したくなくても、理解してしまうのだ。
養父の態度は、リベラが成長しても変わらなかった。
彼女の「女性」を意識していない訳ではないのだろうが、父親であり続けようとした。

280 :創る名無しに見る名無し:2015/12/11(金) 19:52:22.62 ID:OYQd4bgn.net
リベラは再び沈黙し、そして義母の言葉を思い出した。

 (貴女も誰かを好きになる。
  その為に、貴女は大人になるのよ)

その「誰か」とは「養父ではない」誰かの事だ。
身体が成長して、大人の女になるのは、知らない誰かの為なのだ。
義母はリベラの成長を喜んでいたが、当の彼女は嬉しくなかった覚えがある。
それは何故か……。

 「憶えておいてくれ。
  俺は本気だよ、リベラちゃん。
  こんな気持ちになったのは、初めてなんだ」

そう言うと、コバルトゥスは漸くリベラから離れた。
彼は1000MG紙幣を3枚、カウンター・テーブルの上に置くと、マスターに向けて2本の指を立て、
リベラの分の代金も支払う。

 「マスター、2人分だ。
  釣りは要らないよ」

最後に、コバルトゥスはリベラに視線を送って告げた。

 「又、会おう」

コバルトゥスが酒場を出た後、残されたリベラは大きな溜め息を吐いた。
彼女も理解はしているのだ。
自分は養父から離れて大人になる。
世の誰もが、そうである様に、少女から大人の女へと。
だが、リベラの中では、養父への恋慕の感情を捨てる事と、大人になる事が一体で、
不可分の物になっている。
その事を彼女は今、コバルトゥスに教えられた。
それが義弟ラントロックの家出と、どう繋がっているのかは分からないが……。

281 :創る名無しに見る名無し:2015/12/12(土) 17:57:20.28 ID:f85I5Gjx.net
「先輩、リベラちゃん、俺が貰っても良いッスか?」

「えっ、何を行き成り……」

「例えばの話、俺とリベラちゃんが両想いになったとして、先輩は結婚に反対します?」

「…………えぇー……」

「気が進まないみたいッスね」

「だって、お前……」

「ああ、皆まで言わなくても解ります。俺は精霊魔法使いッスから、共通魔法使いじゃないのが――」

「いや、そこは大した問題じゃない」

「ん? だったら何が問題なんスか?」

「いやいや、方々で女作って遊んでる奴には、娘を任せられんよ……。養子でもな。
 お前とは年齢差もあるし。未だビシャラバンガ君の方が安心出来そうだ」

「え゛っ、俺、あの筋肉野郎以下ッスか……」

「筋肉野郎って。確かに、ビシャラバンガ君は筋骨隆々の巨漢だけど」

282 :創る名無しに見る名無し:2015/12/12(土) 17:58:29.37 ID:f85I5Gjx.net
「俺、本気(マジ)ッスよ。リベラちゃんの為なら、女遊び止めても良いと思ってます」

「……あぁ、はい、そう」

「嘘じゃないッスよ。魔法使ってみますか?」

「『今は』嘘じゃなくてもなー」

「浮気もしません! 絶対に!」

「そこまで? そんなに?」

「そこまで! そんなに!」

「……相思相愛なら、私が一々許可する必要は無いと思うが」

「言質取りましたよ! 良いッスね!」

「本当に相思相愛ならな……」

283 :創る名無しに見る名無し:2015/12/12(土) 18:00:31.88 ID:f85I5Gjx.net
「反応薄いッスね。先輩、油断してるっしょ? リベラちゃんが自分に惚れてる物だから、
 余所の男に靡く事は無いと、高を括ってる。違いますか?」

「止めてくれよ……」

「あら? 先輩の事だから、慌てるか驚くと思ってたんスけど」

「血の繋がりは無くても、親子は駄目だろう……」

「ああ、そう言うの気にするんスか?」

「当たり前だ」

「任せて下さい。先輩の悩み、俺が解決して上げますよ」

「お前、その積もりでリベラと?」

「さーて、どうでしょう」

「それなら、絶対に許可は出来ない」

「相思相愛なら良いって言ったじゃないッスか」

「『相思相愛』だろう? お前が心からリベラを愛していないなら論外だ」

284 :創る名無しに見る名無し:2015/12/12(土) 18:04:57.35 ID:f85I5Gjx.net
「先輩、意外とロマンティシストなんスね……。意外でもないか」

「全ての夫婦が、理想の恋愛を経て生涯を共に出来る訳じゃない位、私とて知っている。
 だからと言って、未だ若いリベラに、妥協の様な結婚をさせる訳には行かない」

「それは良い相手が見付からなかったら、先輩がリベラちゃんと結婚するって意味ッスか?」

「何故、そうなる? あの子だって、外に目を向ければ、『運命の人』が見付かるさ」

「俺みたいな」

「……リベラは賢い。お前が本気なのか、自分に相応しい相手なのか、確り考えられるよ」

「ヘヘ、良いッスねェ。そう簡単に落ちない方が、燃えますよ」

「お前の趣味なんか知らん。そんな話を義理の父親に――」

「あれ、どうしたんスか? 先輩?」

「お前が義理の息子になるのか……」

「そうッスよ、『お義父さん』」

「止めろ、止めてくれ……」

285 :創る名無しに見る名無し:2015/12/12(土) 22:43:15.48 ID:ZzTQlxG2.net
いいコンビすなぁw

286 :創る名無しに見る名無し:2015/12/13(日) 18:18:59.69 ID:EQOF7+gf.net
北の酒場


エグゼラ地方西部の都市ヨクンクンにて


旅商の男ラビゾーは、エグゼラ地方を東から西へと移動中、ここで一晩休もうと、
ヨクンクン市に立ち寄った。
夕食の付かない安宿を予約して、腹を満たしに手近な酒場に入る。
そこは貧相な外観に反して、中は人で一杯だった。
選べる程も空席が無いので、ラビゾーは偶々目に付いた、カウンター・テーブルに腰掛ける。
その隣には、酒を飲んで大笑いする大男が先に座っていた。
小心なラビゾーは彼の様な人物が苦手だったので、小さくなっていた。

287 :創る名無しに見る名無し:2015/12/13(日) 18:21:27.82 ID:EQOF7+gf.net
酒場のマスターが、席に着いたラビゾーに、陽気に尋ねる。

 「お客さん、御注文は?」

 「……えーと、何があります?」

 「そこ等のバーにある物は大抵あるよ」

 「メニューは?」

ラビゾーが尋ねると、その直後に他の客から注文が入った。

 「マスター、こっち、もう1本空けてくれ!」

 「こっちも!」

 「はいはい」

マスターは先に他の客の所へ行ってしまい、ラビゾーは放置される。
ラビゾーは仕方無く、周囲を見回してメニューを探した。
しかし、それらしき物は見当たらない。
メニューが無い酒場なのかも知れないと、彼は思った。
腹を満たせる物が欲しいのだが、何が注文出来るのか分からない。
マスターに尋ねたいが、他の客の相手をしている。
では、ウェイトレスに尋ねようと思ったが、こちらも忙しそう。

288 :創る名無しに見る名無し:2015/12/13(日) 18:24:29.18 ID:EQOF7+gf.net
ラビゾーが困っていると、隣の大男が話し掛けて来た。

 「あんた、飲まんのか?」

 「いや、その……」

彼が返答に詰まっていると、大男は舌打ちして顔を逸らし、無視する。

 (何だ、こいつ……)

ラビゾーは気分を害して、黙り込んだ。
暫くすると、マスターが再びラビゾーの前に立つ。

 「あー、済みません。
  御注文は?」

 「腹を満たせる物が欲しいんですけど、何かあります?」

 「ありますよ。
  肉に魚、焼いても良いし、揚げても良い。
  『野菜<ザラート>』もあります」

 「定食は?」

 「ありますよ。
  何にします?」

一向にメニューが出て来ないので、ラビゾーは困った。

 「あの……メニューは無いんですか?」

 「適当に注文して下さい。
  無い物は無いと言います」

面倒な仕組みだなと、ラビゾーは小さく息を吐く。

289 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2015/12/14(月) 19:31:19.34 ID:nsPj2KVP.net
その瞬間、隣の大男がラビゾーの胸座を掴んだ。

 「おい、好い加減にしな。
  注文するなら、さっさとしろ。
  客は手前だけじゃねえんだ」

メニューが無い酒場は珍しいが、あり得ない訳ではない。
傍には不慣れなラビゾーの態度が、マスターに難癖を付けている様に感じられたのだろう。
だが、当のラビゾー自身は意味が解らず、困惑していた。

 「な、何を……?
  僕は別に――」

 「ぐだぐだ言い訳すんな!
  その態度が気に食わねえ!」

大男は理不尽にも、ラビゾーを吊り上げて、酒場の床に叩き付けた。
ラビゾーは床を転がって、酒場の真ん中に放り出される。
それで大男は容赦する所か、倒れたラビゾーに詰め寄って、再び胸座を掴み、引き上げた。
彼は額が搗ち合う程に顔を寄せて、凄んで見せる。

 「おう、男なら遣り返して見せい!」

ラビゾーは何が何だか解らない。
こんな理不尽な目に遭った事は、そう無かった。
やたら機嫌が悪く、初対面から威圧的な態度を取る者は知っているのだが、
これ程までに絡まれるのは初めて。

290 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2015/12/14(月) 19:35:19.50 ID:nsPj2KVP.net
大男はラビゾーが無抵抗なのを良い事に、更なる暴行を加えようとする。
彼は再び、この哀れな男を放り投げようとしていた。
しかし、流石にラビゾーとて衆前で嬲り者にされる事は、許容出来なかった。
大男が腕を振り被った瞬間に、体術を駆使して投げ返し、床に転ばせる。
手心を加えたので、大男は体を痛める事も無く、直ぐに立ち上がる。
それで少しは警戒してくれると、ラビゾーは考えていたのだが、甘かった。
大男は実に嬉しそうな表情で、ラビゾーに向かって言う。

 「やるじゃねえか!
  そう来ねえとなァ!」

他の客達も喧嘩を止める所か、やいのやいのと盛り上がり、囃し立てる。
これがエグゼラ地方民の標準的な性質である。
蛮勇を是とし、何事も腕力で解決しようとする。
戦う者が正義で、戦わない者は侮られ、笑われる。
ラビゾーは愕然として、両肩を落とした。
大男とは体格が違い過ぎるので、真面に勝負しては結果が見えている。
多少体術の心得があっても、生まれ付いての素質は覆し難いのだ。
相手が喧嘩慣れしている事、格闘術の経験者を相手にしても引かない事、闘争を好んでいる事、
全てを考慮して、ラビゾーは大男との勝負を諦めた。
下手に付き合うと、痛み分けでは済まない予感があった。

291 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2015/12/14(月) 19:39:58.91 ID:nsPj2KVP.net
ラビゾーは殴り掛かって来る大男に対し、防御に専念した。
逃げていると思われない様に、適度に距離を保ち、大振りの攻撃は確実に避ける。
自分からの攻撃は隙の少ない軽打に徹し、取り敢えず当てるだけ。
そして、自然に酒場の入り口を背にする様に位置取った。
中々攻撃が当たらない大男は、苛立って一撃を重くしようと、益々大振りになる。
それを狙って、ラビゾーは態と一発食らい、酒場の外に殴り飛ばされる計算をしていた。
大男の大振りの一撃に合わせて、少し跳ね、地面から足を離す。
彼の拳はラビゾーの胴を捉えるが、腕で確り防御。
だが、ラビゾーは思いの外、遠くまで飛ばされた。
予想外の浮遊感に、彼は大いに慌てる。
着地までの間、大男の得意気な顔が、強く印象に残っている。
ラビゾーは酒場から道路に放り出され、背中から落ちた。
後頭部を打たない様に、顎を引いて、後ろ受け身。
道路を数身滑って、漸く止まる。
流石に外までは追撃して来ないだろうと、彼は気絶した振りで、場を乗り切ろうとした。

292 :創る名無しに見る名無し:2015/12/15(火) 20:42:35.09 ID:pz0OW3cJ.net
数極待って、様子を窺っていたが、誰も酒場から出て来る気配は無い。
ラビゾーは安堵して、体を起こそうとした。
節々が痛むも、正面から殴り合って凹々にされるよりは増しと、前向きに捉える。
その時、倒れた彼の顔を逆様に覗き込む者があった。

 「小っ酷くやられたのォ……」

白い髭を蓄えた老人を認め、ラビゾーは目を丸くする。

 「師匠?
  見ていらしたんですか……」

それは彼の師、アラ・マハラータ・マハマハリトだった。
師を前に寝た儘で応答するのは失礼だと、慌てて痛む体を起こそうとするラビゾーに、
マハマハリトは無言で手の平を向け、静かに制する。

 「ラヴィソール、どうして戦わなかった?
  その気になれば、勝てない事も無かっただろうに」

呆れた顔をする師に、ラビゾーは苦笑した。

 「買い被り過ぎですよ。
  負ける可能性の方が高かった。
  どちらかが動けなくなるまで殴り合っても、お互い何の得にもならないでしょう。
  無駄な労力を避けたんです」

 「成る程の……」

 「賢明な判断でしょう?」

彼は得意気に、口の端に笑みを浮かべる。

293 :創る名無しに見る名無し:2015/12/15(火) 20:44:59.94 ID:pz0OW3cJ.net
マハマハリトは常々、冷静であれ、賢明であれと、ラビゾーを諭して来た。
故に、この判断を咎められる事は無いと、彼は思っていた。
寧ろ、「よく耐えた」と褒めて貰っても良い位だと、自惚れていた。
しかし、マハマハリトは思いも掛けない言葉を、ラビゾーに投げる。

 「それは『負け惜しみ』ではないのかな?
  本当は勝ちたかったんじゃろう?」

 「そう言われると……」

ラビゾーは参ったなと、軽い気持ちで弱々しく笑った。
彼は師の発言の真意を読み取れていなかった。
マハマハリトは鋭く問い質す。

 「君は『勝てる可能性が高い』時でも、同じ事が出来たか?
  相手が弱い者なら、あの男の様に腕力に任せて勝ち誇ったのではないか?」

ラビゾーの顔から笑みが消える。
師に窘められているのだと、彼は漸く気付いた。

 「お前さんは強者に阿っただけじゃ。
  それを儂は褒めたりせんよ。
  今回の対応は『正しい』。
  立派な処世術と言えよう。
  じゃが、心根が曲がっとっては台無しじゃな」

冷水を浴びせられた気分になり、ラビゾーは落胆を隠せない。

294 :創る名無しに見る名無し:2015/12/15(火) 20:47:00.03 ID:pz0OW3cJ.net
彼は徐に体を起こすと、マハマハリトに力の無い笑みを向ける。

 「何じゃ、気持ち悪い」

怪訝な顔をするマハマハリトに、ラビゾーは告げる。

 「初めて、師匠らしい事を言われた様な気がします」

 「世は教示に満ちておる。
  態々儂が教えずとも、学ぶ事は多いよ」

 「はい」

 「返事だけは良いんじゃがのォ……」

最後にマハマハリトは苦笑して皮肉を言うと、その場から立ち去った。
その姿が消えた後で、ラビゾーは兼ねてより師に訊ねたい事があったと、思い出す。
だが、既に手遅れだ。
ラビゾーは暫し呆然と虚空を見詰めていたが、やがて心を決めて立ち上がる。
その足は前述の酒場へと向いていた。
エグゼラ地方の夜は静かに更けて行く。

295 :創る名無しに見る名無し:2015/12/16(水) 19:57:03.84 ID:UoHygPhC.net
願い、叶えます


第四魔法都市ティナー中央区 ティナー中央魔法学校近くの喫茶店タインズにて


ティナー中央魔法学校の中級課程で、魔導師を目指して日々勉学に励んでいる生徒達は、
下校時よく学校近くの喫茶店に屯している。
タインズは、その一。
ここに集まるのは、殆どが中級課程の学生。
初級課程の生徒は、その日の授業が終わると、寄り道せずに家に帰ってから遊びに出掛けるし、
上級課程の学生は好い年なので集団行動をしない。
よって、タインズの窓際の席は、授業が終わる西南西の時から西北西の時に掛けて、
ティナー中央魔法学校の中級課程の女子学生に、占拠されてしまう。
今日も今日とて、喫茶店タインズはティナー中央魔法学校中級課程の女子学生に占拠されていた。

296 :創る名無しに見る名無し:2015/12/16(水) 19:58:51.84 ID:UoHygPhC.net
その1人、アッセリアは仲の良い友人達に、今日あった不思議な出来事を話した。

 「今日、変な事があったんだけどさ。
  これ見てくれる?」

そう言って彼女が友人達に見せたのは、直径1節程の水色のガラス玉。
真っ先に反応したのは、アッセリアとは幼馴染みの女子、ロードナ。

 「何それ?」

 「まあ落ち着いて、先ずは私の話を聞いて頂戴な。
  実は、ここに来る前に、怪しい小父さんに会ったの。
  見窄らしい格好で、『あなたの願いを叶えさせて下さい』とか」

 「うわ、怪しいわ!」

声を上げたのはロードナだけだが、それ以外の女子も彼女と同じく、驚いた顔をしている。
アッセリアは苦笑いして続けた。

 「怪しいでしょう?
  だから私、相手にしなかったの。
  『御免なさい、さようなら』って。
  所が、その小父さん、私の手を取って、これを握らせたの!
  『この水晶を握って念じれば、私に代わって、これが願いを叶います』ってさ!」

興奮気味に捲くし立てる彼女に、忠告したのは生真面目な性格のグージフフォディクス。

 「捨てた方が良いんじゃない?」

至極真っ当な意見に、アッセリアは眉を顰めた。

297 :創る名無しに見る名無し:2015/12/16(水) 20:00:10.20 ID:UoHygPhC.net
 「でもでも、勿体無くない?
  何か意味あり気って言うか」

焦りを露に彼女は抗弁したが、皆の反応は好意的ではない。
グージフフォディクスに続いて、チーカが突っ込む。

 「絶対怪しいって!
  先生(せんせ)も言うてたやん。
  ここん所、変な人が多いから気ぃ付けなって!」

大都会ティナー市は人口が密集しているだけに、それに比例して犯罪も多い。
少女を狙う不埒な輩のみならず、奇妙珍妙な事件が絶えないのが、このティナー市だ。
しかし、アッセリアは未だ引かない。

 「それはエレジェアの事でしょう?
  お嬢様学校なんだから」

ティナー市でエレジェアと言えば、「エレジェア女子魔法学校」を指す。
未だ魔導師の大半を男子が占めていた時代、女性魔導師を増やす目的で創設されたのが、
エレジェア女子魔法学校だ。
伝統と格式ではティナー中央魔法学校には及ばないが、女子限定ながら成績評価は高く、
中央に次いで歴史の古い東西南北の魔法学校に並ぶ、ファースト・クラス(※)扱い。
そこに通う生徒や学生、教師は特別な目で見られる。


※:学校の成績によって、ファースト、セカンド、サードに分かれる。
  元は設立順で、東西南北と中央をファースト、北東北西南東南西をセカンド、
  その他をサードと言ったが、何時の間にかランク付けに利用された。

298 :創る名無しに見る名無し:2015/12/17(木) 19:39:11.18 ID:xwv7jyI1.net
変態が付け狙うのは、エレジェアの女子生徒や女子学生で、付加価値の無い中央の女子学生は、
そうそう標的にはならないだろうと、アッセリアは言いたかったのだが、チーカに突っ込まれた。

 「いやいや、家等の学校も結構な物やん。
  中校(なかこう)言ったら、ザ・ファースト・オブ・ザ・ファースト、ファーステストや。
  庶民の皆様からは羨望の眼差しで見られんねんで?」

 「庶民の皆様て、私等は貴族かいな」

ロードナがチーカに突っ込むと、席を囲む仲間の内で、小さな笑いが起こる。
一拍間を置いて、ジュディクスがアッセリアに言った。

 「その水晶、魔法色素で色が変わる奴やない?」

 「え?」

 「アッちゃんの魔法色素、水色やん。
  そう言う玩具、有んねん。
  普通に売ってるで」

アッセリアは「魔法の水晶」を暫く見詰めた後、大きく溜め息を吐く。

 「はぁーーーー、阿呆らしい。
  担がれたって事?」

 「そやね」

ロードナが頷くと、彼女は肩を落とした。
最後にグージフフォディクスが締める。

 「そう旨い話は無いって事だね」

騙されていた友人が正気に返ったと、その場では皆喜んでいた。

299 :創る名無しに見る名無し:2015/12/17(木) 19:41:34.62 ID:xwv7jyI1.net
だが、アッセリアは友人達と別れて帰宅した後も、魔法の水晶を捨てなかった。
彼女は就寝前に、魔法の水晶を取り出して、布団の中で握り締める。

 (偽物の可能性が高いけど、効果は無いかも知れないけど、夢を見るのは自由だよね。
  元々そんなに期待してないし。
  願うだけなら只だから)

万に一つ、否、億に一つ、魔法の水晶が本物である可能性に賭けて、アッセリアは願ってみた。
両手で大事に握り締め、頭の中でイメージを膨らませる。

 (えーと、何を願おうかな……。
  行き成り大逸れた願いが叶っちゃうと困るから、小さな願い事から始めようかな?
  学校が休みに――なったら困るか。
  皺寄せが後に来るだけだし。
  勉強が出来る様になるとか……?
  でも、急に成績が上がったら怪しまれるかな?
  男子――アーリオ君と仲良くなれる様にとか……。
  あー、駄目駄目、人の気持ちを操るのは駄目。
  使い魔を買って貰うって言うのは……。
  世話が大変かな?
  ムー、何が良いか、悩んじゃうなー)

アッセリアは布団の中で、楽しい空想に耽った。
何時の間にか、彼女は眠りに落ちており、目覚めると既に周囲は明るくなっていた。

300 :創る名無しに見る名無し:2015/12/17(木) 19:50:06.30 ID:xwv7jyI1.net
家族と一緒に朝食を取ったアッセリアは、制服に着替え、乗合馬車で中央魔法学校へ。
昨日までと特に変わらない一日の始まり。
アッセリアは制服のローブのポケットに収めた、魔法の水晶を意識する。

 (昨夜は何を願ったっけ……?
  特に何って決めない内に、眠っちゃった?
  ムムー、願い事、願い事……何が良いかなー?)

魔法の水晶が本物にしろ偽物にしろ、願ってみないと判らない。
しかし、これと言う願い事が思い浮かばず、アッセリアは授業中も上の空。
何を願うかと言う事ばかり考えていた。
昼休憩でも呆っとしている彼女に、ロードナが話し掛ける。

 「どしたん?
  何か考え込んでるみたいやけど。
  悩み事でもあるん?
  あれか、今日も昨日の変な小父さんに会ったとか?」

 「そうじゃなくて、大した事じゃないんだけどさ……。
  ロードナは何か欲しい物ってある?」

ロードナの意見を参考にしようと、アッセリアは尋ねた。

 「欲しい物?
  くれんの?
  そうなー、行き成り言われてもなー。
  意地汚い思われるかも知れへんけど、お金かなぁ……。
  お金があれば、大抵の事は何とでもなるやんな」

 「お金かー……。
  でも、行き成り100万MGとか貰っても困らない?」

 「100万て、1万でも吃驚するわ。
  プレゼントでもすんの?
  欲しい物は一杯あんねんけど、人に上げるとなるとなぁ……。
  服なんかはセンスが問われるし、お金じゃないなら、小物かな。
  アクセサリーとか?
  リボン、スカーフ、ブローチ、バレッタ、この辺で」

 「はー、成る程……。
  有り難う、ロードナ」

 「どう致しまして……で、何の話なん?」

 「あー、いや、大した事じゃないから」

ロードナは不思議そうな目でアッセリアを見るも、特に突っ込んだ質問はしなかった。

301 :創る名無しに見る名無し:2015/12/18(金) 21:15:12.53 ID:XeU2fe5c.net
そして、昼休憩が終わった後……。
午後の講義で、アッセリアは強い眠気に襲われた。

 (ヤバい、眠い……。
  寝たら駄目、寝たら駄目……)

程好く腹が満たされた後の授業は、誰でも眠くなる。
しかし、この時間の担当教師は、通称「鬼教官」のハーディスト・カイロマンサー。
眠ったら怒られるのは、目に見えている。
睡魔に負ける物かと、アッセリアが空ら空ら舟を漕いでいると、バキッと何かが砕ける音がした。
吃驚した彼女は、何事かと周囲を窺うも、特に誰も反応していない。
気の所為だったかなと、アッセリアは焦りを静める。

 「この場合、理論上の魔力効率は約――……?
  どうした、アッセリア君」

彼女の不審な挙動に気付き、ハーディストが声を掛けた。

 「あっ、い、いいえ、何でもありません!」

急に指名されたアッセリアは、身を竦めて、姿勢を正す。

302 :創る名無しに見る名無し:2015/12/18(金) 21:22:07.96 ID:XeU2fe5c.net
友人達の失笑を買いそうな場面だが、誰一人として声を立てたりしない。
厳しい「鬼教官」を恐れている証拠だ。
ハーディストは意地の悪い笑みを浮かべて、アッセリアに言う。

 「丁度良い。
  前に出て、この問題を解いて貰おう」

 「問題……?」

 「私の話を聞いていなかったと言う事は無いだろうね?」

 「は、はい」

 「板書してある通りだ。
  魔力効率を求めよ」

 「はい……」

運が無いなと、アッセリアは重い足取りで、ハーディストの問題を解きに向かうのだった。
ハーディストの授業が終わった後、彼女は魔法の水晶が気になって、ローブのポケットを漁った。
願いを叶える物の癖に、御利益が無いので不満に思ったのだ。
所が、魔法の水晶はポケットの中で、粉々に砕けていた。

 (えっ、何これ……?
  どうして?)

授業中に聞いた、何かが砕ける音の正体は、これだったのではとアッセリアは感付く。

 (寝惚けて壊した?
  でも、そんなに簡単に粉々になる様な物じゃないと思うけど……)

彼女は混乱し、腑に落ちない気持ちで、一日を過ごした。

303 :創る名無しに見る名無し:2015/12/18(金) 21:26:15.63 ID:XeU2fe5c.net
放課後、場所は移って、喫茶店タインズ。
窓際の隅の席では、アッセリア、ロードナ、グージフフォディクス、チーカ、ジュディクス、
何時もの女子5人が屯している。
アッセリアは友人達に、今日あった不思議な出来事を話した。

 「今日、変な事があったんだけどさ。
  これ見てくれる?」

そう言って彼女が取り出したのは、砕けた透明な水晶の欠片。

 「何それ?
  昨日の奴?」

ロードナが反応すると、アッセリアは頷く。

 「そう、何でか知らないけど、砕けちゃったの」

 「未ーだ持ってたん?
  昨日、皆に捨てろ捨てろ言われてたやん」

 「うん、そうだけど……害になる物でもないから、別に捨てなくても良いかなって」

彼女は言い訳したが、ロードナを初め、他の友人達も呆れていた。

304 :創る名無しに見る名無し:2015/12/19(土) 16:26:28.31 ID:gbl6jnm5.net
アッセリアは誤魔化す様に、自ら話し始める。

 「そんな事より、聞いてよ。
  これ今日突然砕けちゃったの!
  しかも、選りに選って、ハーディスト先生の授業の時に」

 「あっ、だから、何か様子が変だったんだ。
  眠そうにしてたのに、急に辺りを見回して。
  それでハーディスト先生に当てられてたよね。
  寝惚けてたんだと思ってたけど」

グージフフォディクスの冷静な考察に、彼女は恥ずかしくなって、眉を潜める。

 「確かに、あの時の私は睡魔に負けそうだったけど!
  でも、これが砕ける音で眠気が飛んだの」

 「寝惚けて自分で壊したんと違う?」

ロードナが冷笑すると、アッセリアは真面目に自説を披露した。

 「その可能性も考えた。
  でも、こうも考えられない?
  『私の願いを叶えたから砕けてしまった』って」

しかし、誰一人として同意する者は無い。
困った顔をする皆に構わず、アッセリアは更に続ける。

 「あの時、私は寝たら駄目、寝たら駄目って、必死に耐えてたの。
  だから、その願いが叶ったのかなって。
  目は覚めたけど、勿体無い事したなぁ……」

 「えっ、本気で信じてんの?」

冗談ではないのかとロードナが問い掛けると、アッセリアは剥れっ面になった。

 「良いじゃん、夢見させてくれたって」

305 :創る名無しに見る名無し:2015/12/19(土) 16:28:01.68 ID:gbl6jnm5.net
彼女は真偽は別として、日常に潤いが欲しいのだ。
そうそう都合の好い奇跡は起こらないと解っているからこそ、不思議な話に惹かれる。
だが、それは魔導師を志す者の姿勢ではない。

 「気持ちは解るけどな、都合の好い物に縋っちゃ、あかんて」

ジュディクスは同情しつつも、柔(やんわ)りと窘めた。
アッセリア以外の皆、その通りと頷く。
アッセリアは唇を尖らせて、不満を零した。

 「そうは言うけど、皆は実際、魔法の水晶手に入れたら、どうすんの?」

チーカとロードナは「あはは」と笑い飛ばす。

 「無い無い」

 「もし貰っても捨てるわ」

2人は揃って断言した。
アッセリアは不機嫌になり、黙り込む。

 「まあまあ、この話は終わりにしよう」

不味い流れを感じ取ったグージフフォディクスが場を執り成して、次の話題へ。
特に何と言う事は無い、彼女達の日常である。

306 :創る名無しに見る名無し:2015/12/19(土) 16:29:08.08 ID:gbl6jnm5.net
所が、これで話は終わらない。
更に翌日の放課後、同じく喫茶店タインズにて、今度はロードナが切り出す。

 「昨日、変な事があってん。
  これ見てくれる?」

そう言って彼女が何時ものメンバーに見せたのは、直径1節程の薄い赤色のガラス玉。
アッセリアは目を見張って、声を上げた。

 「それ、あれじゃん!
  どこで貰ったの!?」

 「どこって……実は、昨日の帰りな、アッちゃんの言う変な人に会って……」

チーカが呆れて問う。

 「貰ったん……?」

ロードナは恥ずかしそうに俯いて、小さく頷いた。
ジュディクスは疑いの眼差しを、彼女に向ける。

 「私等を担ごうとしてるんやないの?
  そんな昨日の今日で、話が出来過ぎやん。
  なあ、アッちゃん」

唐突に同意を求められて、アッセリアは困惑した。
ジュディクスは彼女に、当事者としてロードナの話が信用出来るか、尋ねているのだ。

307 :創る名無しに見る名無し:2015/12/20(日) 19:44:28.04 ID:e2FyWAlp.net
アッセリアにロードナを疑う気持ちは、初めから無かった。
彼女を疑う事は、自分を疑う事でもあるが故に。

 「私は信じるよ。
  それで、ロードナは何か、お願いしたの?」

ロードナは顔を上げて、皆の反応を窺いながら、困った表情をして答える。

 「いや、それが、なぁ……。
  どうしよっか思て……」

チーカは冷淡に切り捨てた。

 「捨てれば良えやん」

続けて、アッセリアがロードナに詰め寄る。

 「要らないなら、頂戴」

 「誰も要らんとは言うてへんし!
  万が一、万が一やで?
  本真に願いを叶える力があったら、大変やん?」

大事そうに魔法の水晶を持つロードナを見て、チーカは疑いの眼差しを向けた。

 「ドナまで、ンな怪しい物を信じんの?」

 「いや、全部信じてる訳やないよ?
  でも、先も言ったけど、万が一って事があるやん。
  半信半疑やなくて、三信七疑、一信九疑って所?」

何の彼の言いながら、ロードナは魔法の水晶の力を信じているのだ。
先日までの発言は何だったのかと、アッセリア以外の3人は呆れ果てた。

308 :創る名無しに見る名無し:2015/12/20(日) 19:46:47.61 ID:e2FyWAlp.net
それから他愛も無い話をして、5人はタインズを出る。
一度解散した後、ジュディクスはチーカとグージフフォディクスを呼び止めた。

 「待って、チーちゃん、グーちゃん」

チーカとグージフフォディクスは何事かと振り返る。

 「どうしたの、ジュディ?」

 「2人共、怪しいと思わへん?
  この短期間って言うか、3日で2人も私等の友人が、怪しい人間から変な物、貰てる。
  これは大変な事や思うよ」

ジュディクスの意見に、チーカとグージフフォディクスも頷いた。

 「そやね、警戒心が無いと言うか、本真に学校で何を教わってんのって話やね」

 「『狙われてる』って言いたいの?」

ジュディクスは頷き返して、2人に言う。

 「何考えてんのか、よう解らんけど、不審者は私等を狙ってる。
  しかも、この近くに居(お)る」

グージフフォディクスは嫌な予感がして、彼女に尋ねた。

 「正可(まさか)、私達で捕まえようって言うんじゃ……」

 「その正可や。
  2人共、協力してんか?」

ジュディクスは真剣な様で、至って真面目に2人に依願する。

309 :創る名無しに見る名無し:2015/12/20(日) 19:51:37.41 ID:e2FyWAlp.net
チーカは拳を握り締め、威勢良く応じた。

 「面白そうやないの。
  乗ったるわ」

グージフフォディクスは慌てて、彼女を制す。

 「一寸、危ないよ、私達だけでなんて」

しかし、ジュディクスは強気に言い返した。

 「何の為に、学校で魔法習ってん?
  誰が相手でも、私等3人には敵わんよ」

共通魔法の利点とは、何も汎用性ばかりではない。
連携する事が出来るのも、重要な特徴だ。
1人よりは2人、2人よりは3人の方が、強力な魔法を使える。
魔法資質は成長しないので、基本を押さえていれば、素質と知識、共に余程の差が無い限り、
数が多い方が有利になる。
魔法学校の中級課程の学生ともなれば、既に簡単な連携技術も学んでいる。
並の魔導師では、彼女等と3対1で戦うのは厳しいだろう。
それでも、グージフフォディクスは慎重だった。

 「大体、捕まえた所で、どうする気なの?
  交番に突き出す?」

ジュディクスは頷く。

 「そら不審者や物な。
  グーちゃん、嫌なら付いて来んでも良えよ。
  只、2人より3人が確実やんな」

彼女は少し惜しそうに言った。
ジュディクスとチーカだけでは不安だと思ったグージフフォディクスは、仕方無く同行する事にした。

 「解った、私も行く。
  2人だけだと、不安だから」

 「有り難うな。
  本真、持つべき物は友達や。
  そうと決まったら、早速行こか」

3人は揃って、夕方のティナー市街へと繰り出す。

310 :創る名無しに見る名無し:2015/12/21(月) 20:02:56.89 ID:5vVpdv1N.net
街中を歩きながら、チーカがジュディクスに問う。

 「……なあ、疑問やねんけど、どこ行ったら例の不審者に会えんの?
  当ても無く歩き回る気?
  制服着て彷徨(うろつ)いてる所、執行者や都市警察に見付かったら、補導されんで」

 「当ては付いてる。
  中校、タインズ、ドナん家、この3点を繋げば、三角が出来るやん?
  その範囲内やと思う」

ジュディクスの推理に、チーカとグージフフォディクスは納得した。

 「ドナん家は中校の近くやし、この辺歩いとっても、家等は別に怪しまれへんか……」

チーカは感心して頷く。
所が、空が暗むまで歩き回っても、不審者は現れなかった。
そこでグージフフォディクスが、チーカとジュディクスに意見する。

 「あのさ、思ったんだけど……私達3人一緒だと、不審者は手を出し難いんじゃない?」

2人も中々不審者が現れないと思っていた所だったので、そうかも知れないと感じる。

 「成る程、グーちゃん囮になってくれんねんな?」

唐突なジュディクスの発言に、グージフフォディクスは焦った。

 「えっ、そんな事は言ってないよ!」

 「でも、誰か1人囮にならな、不審者は出て来んって事やん?」

誰が囮になるのか、3人は互いに見合って牽制する。

311 :創る名無しに見る名無し:2015/12/21(月) 20:04:29.37 ID:5vVpdv1N.net
本音を言えば、誰も囮になるのは嫌だった。
重苦しい雰囲気の中、長い沈黙を破って、チーカが提案する。

 「不審者捕まえよう言い出したんは、ジュディやねんから……」

チーカとグージフフォディクスの視線が、ジュディクスに集中した。

 「わ、私か……」

彼女は暫し思案した後、渋々ではあるが頷いた。

 「……解った。
  私、やる。
  本真に不審者が出たら、2人共頼むで」

覚悟を決めたジュディクスに、チーカとグージフフォディクスも真顔で頷く。
ジュディクスが独りに見える様に、2人は距離を取った上で、物陰に隠れて移動した。

 (2人共、居る?
  居るよね?)

 (居る、居る。
  安心し)

 (グーちゃんは?)

 (私も居るよ)

不安がるジュディクスの為に、2人はテレパシーで会話を続ける。

312 :創る名無しに見る名無し:2015/12/21(月) 20:07:26.82 ID:5vVpdv1N.net
数点後、人気の無い暗い路地で、ジュディクスは進行方向に待ち構えている人影を発見した。
彼女は息を呑んで、後方の2人に呼び掛ける。

 (……チーちゃん、グーちゃん、準備しといて)

 (やっと出て来よったか)

 (解った)

チーカとグージフフォディクスは神経を研ぎ澄ませ、謎の人影の出方を窺った。
ジュディクスが人影に近付くと、それは自ら動き出す。
体格からして男性だと思われるが、暗い色のフードを被っており、表情は隠れている。
ジュディクスは身構え、チーカとグージフフォディクスは密かに詠唱を開始する。
人影はジュディクスに話し掛けて来た。

 「お嬢さん、叶えたい願いはありませんか?」

如何にも怪しい質問だが、爽やかな若い男の声だったので、ジュディクスは少し心が揺れた。
それでも、油断してアッセリアやロードナの覆轍を踏むまいと、彼女が警戒し続けていると、
男は透明なガラス玉を手の平に乗せて差し出す。

 「これを……」

ジュディクスは未だ動かない。
疑いの眼差しを、男に対して向け続ける。

 「1個、100MGです。
  手に持って強く念じれば、私に代わって、これが願いを叶えます」

その台詞で、アッセリアやロードナが会ったのは、彼で間違い無いとジュディクスは確信した。

313 :創る名無しに見る名無し:2015/12/22(火) 19:14:39.68 ID:8nw5jUwe.net
チーカとグージフフォディクスも、テレパシーでジュディクスと男の遣り取りを聞いていた。

 「大当たりや。
  グー、捕縛魔法」

 「了解。
  チーカに合わせるから」

2人は頷き合うと、協力して呪文の完成を急ぐ。
一方で、そんな事は知らない男は、未だジュディクスに魔法の水晶を売り付けようとしていた。

 「何も危ない物ではありません。
  願うだけ、ノー・リスクです。
  リターンを得られるかは、あなたの願い次第ですが……。
  100MGも勿体無いと仰るなら、お試しに無料で1個差し上げます。
  効果があったら、又お求め下さい」

当初は疑っていたジュディクスだが、男の丁寧な物腰に、少しずつ心を動かされていた。
怪しい事この上無いが、只なら貰っても良いかな等と考えている内に、背後から発動詩が聞こえる。

 「K56M17!」

チーカとグージフフォディクスが捕縛魔法を発動させたのだ。
男は金縛りの如く、身動きが取れなくなる。

314 :創る名無しに見る名無し:2015/12/22(火) 19:15:53.57 ID:8nw5jUwe.net
魔法を発動させた直後、チーカとグージフフォディクスは飛び出して、ジュディクスに駆け寄った。
2人はジュディクスと三角陣を組んで、男を取り囲み、魔法の拘束をより強める。

 「もう逃げられへんで!
  観念しい!」

チーカが威勢良く宣告すると、グージフフォディクスも続けて言う。

 「何が目的で、こんな事をしているの?」

男は弱々しく零した。

 「これは参りました。
  油断がありました、失策です」

女子3人に睨まれ、彼は観念した様子だが、どこと無く淡白で、嫌に諦めが早いと、
ジュディクスとグージフフォディクスは感じた。
チーカはジュディクスに目を向ける。

 「御尊顔、拝ませて貰おか?」

自分がフードを取るのかと、ジュディクスは戸惑う。
しかし、不審者を捕まえると言い出したのは、彼女自身である為、退く訳にも行かず、小さく頷いて、
恐る恐る男に近付いた。
捕縛魔法が働いている間、男は指一本動かせない筈だと、ジュディクスは自分に言い聞かせる。

315 :創る名無しに見る名無し:2015/12/22(火) 19:21:08.45 ID:8nw5jUwe.net
ジュディクスの安全を確保する為に、チーカとグージフフォディクスは男の口をも封じた。

 「D7D67!」

これで彼は意識的な動作は、何も出来ない。
ジュディクスは男のフードに指を掛けると、恐ろしい物、汚い物を扱う様に、一思いに剥いで、
直ぐに離れた。
しかし、男はフードの下に、頭部の前面を覆う、黒い仮面を付けていた。
目の部分に細い切れ込みがあり、口と耳の辺りに小さな穴が開いているだけで、
完全に顔が分からない。
チーカが呟く。

 「悪い奴(やっち)ゃなぁ。
  面隠すんは、後ろ暗い証拠や」

ジュディクスが弱気な視線をチーカに送ると、彼女は真剣な表情で頷いて返した。
それは仮面も取ってしまえと言う意味だ。
どうもチーカはジュディクスが乗り気だと思っている。

 (言い出すんやなかったなぁ……)

ジュディクスは内心後悔しながら、男の仮面を剥ごうと、再び近付いた。

 (どうなってん??)

どこで留められているのか、仮面には紐が無く、丸で男の顔に貼り付いている様。

 「失礼します……」

引っ張れば剥がれるだろうかと、ジュディクスは仮面に手を掛けたが、全く外れる気配が無い。

316 :創る名無しに見る名無し:2015/12/23(水) 19:38:17.28 ID:UjC9hVjN.net
ジュディクスはチーカに向かって言った。

 「あかん、外れん」

 「ンな阿呆な……」

チーカとジュディクスは互いに身振りして、入れ替わった。
ジュディクスが捕縛魔法を継続し、チーカが男の仮面を剥ぎに行く。
だが――、

 「本真や……。
  どないなってんの……。
  気持ち悪……」

やはり外れない。
どう言う仕組みかと不思議がる2人に、グージフフォディクスは提案する。

 「本人に訊いてみようよ」

3人の女子は互いに頷き合って、慎重に噤口の呪縛を解いた。
ジュディクスが先ず警告する。

 「あんた、妙な考えは起こさん事や。
  私等の質問にだけ答えれば良え。
  その仮面、どうなってるん?」

 「済みません、人に見せられる顔ではない物で……」

男は申し訳無さそうな声で謝った。

317 :創る名無しに見る名無し:2015/12/23(水) 19:40:14.96 ID:UjC9hVjN.net
それを受けて、チーカは眉を顰め、問い質す。

 「冗談吐かす余裕があるんかい。
  巫山戯てる場合と違うで。
  あんたは何者や」

男は危機感無く、こう答えた。

 「名も無き外道魔法使いです」

その瞬間、3人の女子は身構える。
外道魔法使いが魔導師の卵を狙ったのだ。
テロリズムか、大いなる陰謀か、何にせよ、これは徒事ではない。
チーカは一段と声を屹(きつ)くして、攻撃魔法の発動準備をしながら、男を問い詰める。

 「外道魔法?
  本真に冗談では済まされへんで。
  何が狙いや?
  何の目的で、家等に近付いた?」

 「狙いと言われても困ります。
  私は人の願いに触れたかった。
  それには、あなた方の様な若い女性に接触するのが、最も都合が良かったのです」

 「何やて?」

 「若い女性は、とかく夢見勝ちで、私の様な得体の知れない者の言う事でも、聞いてくれます」

女子3人は、淡々と話す男が不気味だった。
人間らしい感情が欠片も窺えないのだ。

318 :創る名無しに見る名無し:2015/12/23(水) 19:45:38.25 ID:UjC9hVjN.net
この儘では執行者に引き渡される状況。
共通魔法社会の秩序の番人たる執行者は、外道魔法使いの天敵である。
普通は、焦ったり動揺したりする筈。
それが無いと言う事は、未だ手を隠しているのではと、3人共予想した。
ジュディクスはチーカに続いて、男に問う。

 「願いに触れるて、どう言う意味?」

 「私は人間になり切れていないので、人の願いに触れる事で、人に近付きたいのです」

 「意味が解らん……。
  どう言う事?」

グージフフォディクスは警戒心を露に、ジュディクスの問いを遮った。

 「ジュディ、真面に相手したら駄目だよ、多分。
  この人、普通じゃない……」

しかし、ジュディクスは男との問答で、何かを企んでいるにしては、余りに稚拙だと思った。
グージフフォディクスの言う通り、確かに男は「普通」ではない。
裏があると勘繰られる様な、不自然な態度を取る意味とは?
怪しさ満点過ぎて、逆に怪しくないと思えて来る程。
ジュディクスは今少し男の話を聞いてから、判断しても良いのではと考える。
彼女はチーカとグージフフォディクスにテレパシーを送った。

 (愚者の魔法、頼む)

2人が頷いたのを確認して、ジュディクスは質問を続ける。

 「あんた、誰かと組んでる訳やないんやな?」

 「ええ、助言は貰いましたが」

 「助言?」

 「元々は、ガラス玉を渡すのではなく、その場で願いを言って貰って、それを叶えていました。
  しかし、中々願い事をする人は無く、困っていた所、旅の方が相談に乗って下さったのです。
  彼に悩みを打ち明けると、ガラス玉を『願いを叶える水晶』として、安値で売れば良いと……」

 「ガラス玉!?」

ジュディクスとチーカは同時に声を上げた。
やはり、『魔法の水晶』等と言う、都合の好い物は存在しなかったのだ。

319 :創る名無しに見る名無し:2015/12/24(木) 19:54:34.52 ID:S6AlHv1f.net
ジュディクスは男を責める。

 「今、ガラス玉って……詐欺やんか、そんなん!」

だが、彼は動じない。

 「詐欺ではありません。
  願いは叶います。
  余り大逸れた物、複雑な物は無理ですが……」

 「だったら――あんた、自分で使えば良えやん。
  今の話が嘘やなかったら、私等の魔法解いて逃げる位、大した事やないんやないの?」

ジュディクスの指摘は、尤もな物だった。
願いを叶える力があるのなら、自分の願いを叶えれば良いではないかと言うのは、
誰もが考える事だ。
態々他人の願いを叶えてやる必要は無い。
そうした「人間の理屈」に囚われないのか、男は平然と言って退ける。

 「出来ません。
  私の願いを叶える為には、人の願いが必要なのです」

 「又、訳の解らん事を……。
  ンなら、私の願い、叶えて貰おうやないの」

 「結構ですよ。
  何でも仰って下さい」

ジュディクスが何を願うかも判らないのに、男は安請け合いする。

320 :創る名無しに見る名無し:2015/12/24(木) 20:00:57.85 ID:S6AlHv1f.net
その遣り取りを聞いて、グージフフォディクスは危うさを感じた。

 「ジュディ、怪しい話に乗らないで」

 「心配性やな、グーちゃん。
  こいつの言う事が本当か嘘か、確かめるだけや」

 「本当だったら、どうするの?」

 「そうやなぁ……。
  害にならんなら、見逃したっても良えわ。
  但し、私等の前からは消えて貰うけどな」

中々横暴な言い分だが、男は気にしない。

 「共通魔法社会に於いて、外道魔法使いが目障りだと言うのは、解らなくもありません。
  あなたの願いを聞かせて頂ける上に、見逃して貰えるなら、大変有り難い事です。
  では、願いを仰って下さい」

ジュディクスは暫し思案する。
男の意味不明な態度に、業を煮やして啖呵を切った物の、彼女は何を願うか深く考えていなかった。

 「えー、それじゃあ……」

ジュディクスはチーカとグージフフォディクスの目を気にする。
本音の願い事を、他人の前で告白するのは、誰でも抵抗がある。
余りに俗だと人間性を疑われるかも知れない。
逆に、無欲だと気取っていると思われるかも知れない。

321 :創る名無しに見る名無し:2015/12/24(木) 20:03:26.72 ID:S6AlHv1f.net
彼女が悩んでいると、急に周囲が闇に落ちた。
真っ暗闇の中に、ジュディクスと男だけが浮かんでいる。

 「な、何したん!?」

ジュディクスが焦りを露に男に問うと、彼は相変わらず動けないのか、直立した儘で答える。

 「あなたが願ったのです。
  他の2人が邪魔だなと」

 「なっ――」

愕然とするジュディクスだが、男の声は優しい。

 「御友人は無事ですので、御安心を。
  あなたが願いを言い易い様にしただけです。
  人前で願い事を口にするのは、憚られる物……。
  私がガラス玉を渡す方法を選んだ理由、お解り頂けましたか?」

彼の言う事を、ジュディクスは渋々ながら信用する事にした。
信用する他に無かったのだ。
動けない男と2人切りの空間で、ジュディクスは本心からの願いを口にする。

 「私の願いは……――」

322 :創る名無しに見る名無し:2015/12/25(金) 21:30:43.68 ID:BBeR50ju.net
ジュディクスの願いが聞き届けられると、彼女は元の空間に戻された。
そこには確り、チーカとグージフフォディクスも居る。
安堵したジュディクスだが、男の姿は既に無かった。
チーカが頓狂な声を上げる。

 「あっ、消えよった!?」

2人はジュディクスを心配する振りも、何があったかと問う振りも無く、どうやら本当に、
暗闇での話は聞こえていなかった様。
こんな不思議な事がある物だろうかと、暫し呆っと立ち尽くしていたジュディクスを、
グージフフォディクスが気遣う。

 「ジュディ?」

ジュディクスは不意の呼び掛けに吃驚して、振り返った。

 「おっ、あ、ああ、私は何とも無いよ……」

慌てる彼女をグージフフォディクスは不審がるも、追及しない。
男が消えた後には、数個のガラス玉が転がっていた。
3人の女子はガラス玉に近寄り、蹲み込んで、それ等を繁々と見詰める。

323 :創る名無しに見る名無し:2015/12/25(金) 21:34:12.93 ID:BBeR50ju.net
先ずチーカが1個のガラス玉に手を伸ばし、拾い上げて、点々と明かり始めた街灯に透かした。

 「ムーー……、どう見ても、只のガラス玉やんな。
  重さからして、中身は空か?」

魔法資質で魔力を観察しながら、彼女は呟く。
約半点掛けて調べた後、チーカはグージフフォディクスに向けて、ガラス玉を差し出した。

 「グーちゃん、要る?」

グージフフォディクスは苦笑いして、断る。

 「要らないよ……」

怪しい物を欲しがる程、グージフフォディクスは無用心ではなかった。
ジュディクスは無言でチーカに近付き、横合いから奪う様に、彼女の手からガラス玉を取り上げる。

 「あっ、一寸――」

チーカが抗議しようとした所、ジュディクスはガラス玉を地面に叩き付けて、靴の踵で踏み付けた。
ガラス玉は元から脆かったのか、飴細工の様に、簡単に粉々になる。

 「わぉ、大胆」

チーカが冷やかすと、ジュディクスは強い口調で断じる。

 「こんな物、無い方が良えんや」

ジュディクスは次々と、ガラス玉を踏み砕く。
願いが本当に叶うなら、勿体無いとチーカは思ったが、ジュディクスの気迫に何も言えなかった。

324 :創る名無しに見る名無し:2015/12/25(金) 21:41:55.87 ID:BBeR50ju.net
改めて周囲を探っても、やはり男の気配は無い。
これ以上、留まっていても仕方が無いので、3人は家路に就いた。
日は完全に落ちて、真っ暗な空には無数の星が瞬いている。
チーカはジュディクスに問う。

 「交番、寄らへんのん?
  あの男ん事、誰か大人に話さんで良えんかな?」

 「あんだけ脅したんや。
  もう出て来ーへんよ」

如何な心境の変化か、彼女は不審者への執着心を失くしていた。
それから3人は何時も通り家に帰って、何時も通りに過ごす。
何時も通りに眠って、翌朝からも何時も通り、魔法学校に行って、授業を受けて、そして、
喫茶店タインズに集まる。
チーカはロードナに尋ねた。

 「ドナ、あれから『魔法の水晶』、どうしたん?」

 「よう考えたら、阿呆らしいなってな。
  捨てたったわ」

 「本当かいな」

疑いの目を向けるチーカ。
ロードナは惚けて、アッセリアに目を遣る。

 「大体、願うだけで叶うなんて……、なあ?」

行き成り話を振られたアッセリアは、目を瞬かせながらも、落ち着いた声で返す。

 「ん、まあ、都合の好い話は無いよね」

325 :創る名無しに見る名無し:2015/12/25(金) 21:43:20.98 ID:BBeR50ju.net
チーカは目を丸くした。

 「2人共、昨日と言うてる事、違うやん!
  何、どう言う事?」

訝る彼女を宥める様に、ジュディクスが話に割って入る。

 「別に良えやないの。
  変な呪(まじな)いに嵌まった儘よりは……」

グージフフォディクスも頷いて同意するので、チーカは追及を諦めた。
以後、怪しい男の目撃情報は礑(ぱった)り絶え、魔法の水晶の噂話も立ち消えた。
ジュディクスの願いは、確かに叶ったのである。

326 :創る名無しに見る名無し:2015/12/25(金) 21:53:49.02 ID:BBeR50ju.net
切りが良いので、今日から十日ぐらい休みます。
少し早いですが、良い年をお迎えください。

327 :創る名無しに見る名無し:2015/12/25(金) 23:03:57.00 ID:MwJia/bH.net
お疲れさまでした
また来年、お待ちしております!

328 :創る名無しに見る名無し:2016/01/04(月) 19:14:38.73 ID:8kN+anPa.net
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくおねがいします。

329 :創る名無しに見る名無し:2016/01/04(月) 19:19:59.14 ID:8kN+anPa.net
勇無き者達


エグゼラ地方北東部の小村ベリズヴェにて


エグゼラ地方北東部にあるベリズヴェ村は、山間にある寂れた孤立集落である。
ガンガー山脈の東端の稜線が村の北に、ボルガ環状連山の西端が村の南にまで伸びて、
高い山に包囲される格好になっている。
その所為で、夏でも雪が解け切らず、冬は一層雪が積もる。
当然、真面に作物が育たない。
西の果てレフト村にさえある、魔法道具店すら、この村には無く、年に数度、魔導師が訪れて、
異変が起きていないか調査する程度。
それでも知恵を頼りに、人は生きて行けるのだから、逞しい物である。
この村の成り立ちは、復興期の極北人から逃れる為だと伝えられている。
南部の豊かな土地が、極北人の略奪の対象になるならば、極北人でさえ居着けない、
不毛の地に暮らそう。
そんな考えで、村人達は厳しい寒さと戦い続けた。
魔導師会が到着して以後も、暫くは極北人の脅威が去ったと信じられず、自ら閉鎖的な生活を、
選んでいたと言う。
開花期も終わりに近付いて、漸く共通魔法の技術を受け容れ、幾らか生活の質は改善したが、
未だに村人達は中々他人を信用しようとしない……。

330 :創る名無しに見る名無し:2016/01/04(月) 19:27:43.28 ID:8kN+anPa.net
旅商の男ラビゾーは、ベリズヴェ村で商品を仕入れる序でに、村の北の雪山に住む、
外道魔法使いを訪ねる所だった。
彼の名は氷の魔法使いザムラザック。
吹雪の中、氷の城に住んでいる、恐ろしい「氷の王」で、その氷の瞳を見た者は、
凍り付いて死ぬと言われている。
ガンガー山脈には所謂「雪男」、「雪女」の伝説がある物の、「氷の王」との関連は薄い。
氷の王の伝承は、ベリズヴェ村の人々が外敵の侵入を拒む為に、意図して流布した噂なのか、
ザムラザックの事を誇張して伝えた結果なのか、定かではない。
ここは魔力ラジオウェーブ放送さえ、真面に届かない鄙びた土地。

 「――それで……後のニュー……す。
  エグゼ……市警察は、ニーズ……ド商会……ょう制捜査に踏み切……した。
  ……ズベッド商会は地下……きウーサの実質……な下部組織と見ら……おり、
  今回の強制……査は、昨年12月か……づく、ウーサのエグ……地方支部……滅作戦の、
  一環……ると――」

ラビゾーは雑音混じりの放送を流し続ける、魔力ラジオウェーブ受信機を切って、懐に仕舞う。
向かうはベリズヴェ村の北にある小山、通称「ガンガーの尾鰭」。

331 :創る名無しに見る名無し:2016/01/04(月) 19:32:15.82 ID:8kN+anPa.net
ラビゾーは梟の鳴き声に導かれて、吹雪の雪山を歩き、牙の様に氷柱を垂らした、
大きな洞窟に辿り着いた。
彼は内部に踏み入って、大声で呼び掛ける。

 「ザムラザックさん!
  ラビゾー!」

洞窟の暗がりから、揺らりと姿を現したのは、青い瞳で白髪白髭の老翁。
一見した所、ラビゾーの師、マハマハリトに似ているが、柔和な彼とは違い、冬の寒さの様に、鋭く、
冷たい印象がある。

 「喧しい。
  大声を出さずとも、聞こえとる。
  今日こそは無事に辿り着けた様じゃな。
  して、何用じゃ」

ザムラザックは突き放した態度だが、それが普通だとラビゾーは知っているので、怯みはしない。

 「今日は良い物を持って来ました」

ラビゾーはバックパックを下ろすと、中を漁って拳大の石を取り出した。
石の表面は黒炭の様だが、所々に青い苔の様な物が煌めいている。

 「えーと、藍苔岩(らんたいがん)……とか言う……。
  鉱石の一種です」

 「成る程」

ザムラザックは旧い魔法使いらしく、珍しい物を集める習性がある。
特に、雪や氷を思わせる、白い物、青い物、輝く物、透き通った物が好きで、それ等を渡すと、
頼み事を聞いてくれたり、所有物と交換してくれたりする。
ラビゾーと旧い魔法使いとの取引は、この様に物々交換を基本とする。

332 :創る名無しに見る名無し:2016/01/04(月) 21:52:00.07 ID:7zUBC+ev.net
乙です!!!

333 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 00:07:50.06 ID:vubAs/Z8.net
待ってた

334 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 05:42:13.36 ID:Cc3I6Uty.net
このスレは生きてたようだ。

335 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 19:22:11.86 ID:aXpQxPXi.net
ザムラザックは急かす様に、ラビゾーに問い掛けた。

 「――で、何が欲しいんじゃい」

 「や、や、そう言う訳じゃなくて、お礼です。
  ザムラザックさんには何度も助けて貰ってますし。
  言いましたよね?
  感謝しているなら、何か寄越せって」

ラビゾーがザムラザックを訪ねるのは、今回で4度目だが、過去の3度は何れも吹雪の中で、
遭難してしまった。
最初は雪の中でザムラザック本人に助けられ、その次は彼の使い魔である狼に迎えられ、
3度目は同じく使い魔の梟に案内された。
流石にラビゾーは申し訳無く思って、4度目にして手土産を持参したのである。
ザムラザックは「フン」と小馬鹿にした様に鼻を鳴らすと、藍苔岩を受け取った。
余りに無愛想だが、ラビゾーは安堵する。
気難しいザムラザックの事だから、受け取らずに突き返される可能性もあった。

 「それで、何も要らんのか?」

ザムラザックは改めてラビゾーに問い掛ける。
ラビゾーも改まって交渉を開始した。

 「要ります、要ります。
  交換する物は、別に用意してありますから」

彼は再びバックパックを漁る。

336 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 19:26:34.68 ID:aXpQxPXi.net
それから何品か取引をして、ラビゾーが去ろうとすると、珍しくザムラザックが呼び止めた。

 「待て、ラビゾー。
  序でに、此奴(こやつ)等を引き取ってくれんか」

ザムラザックが杖で洞窟の地面を叩くと、冷たい霧と共に、2体の真っ白な人型の氷像が出現する。
これを運ぶのは手間だとラビゾーは思ったので、初め遠慮しようとしていたのだが、よく観察して、
彼は顔色を変えた。

 「ビシャラバンガ?
  ……それに、コバギ?」

それは彼の知り合いの姿と酷似していた。
巨人魔法使いのビシャラバンガと、精霊魔法使いのコバルトゥス。

 「どうしたんですか、これは?」

ラビゾーが驚愕してザムラザックに尋ねると、彼は不機嫌な様子で返した。

 「お前の知り合いか?」

 「え、ええ、知り合い……、まあ、知り合い……ですね。
  これ、生きてるんですか?
  本物?」

ラビゾーは氷像の表面を叩いてみる。
完全に氷で出来ているかの様に、硬く、冷たい。

337 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 19:29:46.14 ID:aXpQxPXi.net
ザムザラックはラビゾーに、簡単に経緯を説明した。

 「こっちの巨漢は何の積もりか、俺に喧嘩を売って来よったんで……。
  こっちの優男は、無礼な物言いをしよったんで、取り敢えず、懲らしめてやった所じゃ」

何と無く、その場面が想像出来たラビゾーは、困り顔でザムラザックに頼み込んだ。

 「……わ、悪気は無かったと思うので、許してやって下さい」

 「別に、俺は構わんが。
  許さん等と狭量な事を言う積もりは無い。
  お前の好きにせい」

 「しかし、これは氷の魔法……?
  解いてやってくれませんか?
  流石に、雪の中、これを持って帰るのは中々骨が折れます」

 「帰りは下りじゃ、転がして帰れば良かろう。
  どうせ、氷っとるんじゃ。
  文句の一つも言えやせん。
  ここから離れりゃ、魔法は自然に解けるわい」

ザムラザックは、それ以上協力する積もりは無い様だった。
ラビゾーは仕方無く、2体の氷像を洞窟から運び出して、雪の上を橇の様に滑らせながら帰る。

338 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 19:34:27.04 ID:aXpQxPXi.net
ベリズヴェ村に下りた所で、2人を封じていた氷の魔法は、漸く解けた。
先に意識を取り戻したのは、ビシャラバンガ。
彼は素早く身を起こして、ラビゾーを認めると、不可解そうな顔をする。

 「ここは……?
  貴様はラヴィゾール……。
  己は一体どうなった?」

ラビゾーは氷像の時に多少雑に扱った事が、知られていないだろうかと緊張していたが、
ビシャラバンガは何も知らない様子だったので、安堵して言った。

 「誰彼構わず、喧嘩を売るのは、どうかと思いますよ」

 「人を狂犬みたいに言うな。
  己とて分別は持っている」

 「ザムラザックさんは、貴方が行き成り喧嘩を吹っ掛けた様に言っていましたが……」

 「先に仕掛けて来たのは、向こうだ」

強情を張るビシャラバンガに、ラビゾーは呆れた。
ザムラザックが友好的でなかったのは事実としても、だからと言って敵対的な反応をすれば、
衝突するのは明らかだ。

 「相手が喧嘩腰だからと言って、こちらも応じてしまえば、戦いになってしまいます。
  もっと慎重になるべきです。
  力の理論に身を任せていると、今回の様な事になり兼ねません。
  偶々僕が来なければ、貴方は一生氷り付いた儘だったかも知れない」

ビシャラバンガは説教を厭う様に、無言で外方を向いた。

339 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 19:36:44.39 ID:aXpQxPXi.net
その内に、コバルトゥスも目を覚ます。

 「はっ!?
  ここは……。
  先輩!」

 「お前も起きたか、コバギ。
  取り敢えず、元気そうだな」

 「先輩が助けてくれたんスか?」

 「助けたと言うか、見逃されたと言うか、押し付けられたと言うか……。
  お前、ザムラザックさんに失礼な事を言ったんだって?」

ラビゾーが追及すると、コバルトゥスは首を横に振った。

 「そんな失礼な事は言ってないッスよ。
  俺は雪の精霊と対話しに、ここに来たんスけど、そのザムラザックって人なんスか?
  変な爺さんが出て来て、やたら凄んで帰れ帰れ言うから……」

ラビゾーは再び大きな溜め息を吐く。

 「ザムラザックさんは気難しい人なんだ。
  でも、大人しくしてれば、危害を加えられる事は無い筈なんだが……」

 「えぇ……俺、悪くないッスよ」

若いコバルトゥスは、年寄りに黙って従う事が出来ないのだろうと、彼は考えた。
寧ろ、ラビゾーの様に初対面から威圧されて下手に出る人間の方が、珍しいのかも知れない。
ザムラザックの態度に問題が無かったとは、決して断言出来ない。

340 :創る名無しに見る名無し:2016/01/05(火) 19:40:32.04 ID:aXpQxPXi.net
ラビゾーは両腕を組んで唸る。

 「2人共、困った物だなぁ……」

彼の一言で、ビシャラバンガとコバルトゥスは改めて、お互いを意識した。

 「所で、こいつ誰ッスか?」

コバルトゥスは声を潜めて、ビシャラバンガを指しながら、ラビゾーに尋ねる。
「こいつ」呼ばわりされたビシャラバンガは、不快そうに表情を強張らせるも、気に留めない振り。
それに気付いていたラビゾーだったが、彼は敢えて2人を知り合いにしようと試みた。

 「丁度良い、お互いに自己紹介でもしたら、どうでしょう?」

ラビゾーが間に立つ形で誘導するも、ビシャラバンガは誰とも目を合わそうとせず、
乗り気ではない様子。
ラビゾーは眉を顰め、小声でビシャラバンガに忠告する。

 「2人共、外道魔法使い同士、知り合っておいて損は無いでしょう。
  困った時には、協力出来る下地を作っておくべきです」

無言で難色を示すビシャラバンガに、彼は畳み掛ける。

 「今回みたいな事が、再び起こらないとは限りません。
  『顔見知りになる』だけで良いですから。
  『仲良くなれ』とか、『味方になれ』とまでは言いません」

そう言うと、ラビゾーはコバルトゥスにビシャラバンガを紹介した。

 「コバギ、彼は巨人魔法使いのビシャラバンガ……さん……?」

ラビゾーがビシャラバンガの顔色を窺うと、彼は眉間に皺を寄せて返す。

 「呼び捨てで構わん。
  敬語も止めろ。
  虫酸が走る」

 「わ、解った。
  ビシャラバンガ……君」

意外な反応にラビゾーが狼狽する一方で、コバルトゥスは物珍し気にビシャラバンガを見上げた。

 「へー、巨人魔法使い……」

341 :創る名無しに見る名無し:2016/01/06(水) 19:23:38.04 ID:2lNmTyA0.net
ややして、彼は一つ咳払いをし、自ら名乗った。

 「俺は精霊魔法使い、コバルトゥス・ギーダフィ。
  宜しく、『巨人<ギガント>』君」

同時に握手を求め、右手を差し出す。
ビシャラバンガは数極の間を置いて、握手に応じた。
ラビゾーは満足気に頷いていたのだが、直後にビシャラバンガが低い声で、コバルトゥスに対し、
脅しを掛ける。

 「巫山戯た真似をするな」

魔法資質の低いラビゾーは気付かなかったが、コバルトゥスは握手の際に魔法を仕込んでいた。
それをビシャラバンガは見切って、掻き消した上で怒ったのである。
完全に挑発行為と受け取っていたビシャラバンガは、コバルトゥスの手を握り潰そうとする。

 「痛い痛い、先輩、助けて!」

ラビゾーは慌てて、ビシャラバンガの手を解こうとした。

 「止めるんだ、ビシャラバンガ君!」

彼が間に入ると、ビシャラバンガは睨みを利かせて、自ら手を離す。

 「一体どうしたって言うんだ?
  コバギ、お前、何した?」

 「いや、俺は何もしてないッスよ」

コバルトゥスは惚けるが、ビシャラバンガの目付きは厳しい。

342 :創る名無しに見る名無し:2016/01/06(水) 19:27:04.61 ID:2lNmTyA0.net
ラビゾーはコバルトゥスが悪巫山戯をしたのだと思い、特にビシャラバンガを咎めなかった。
ビシャラバンガは愚直で裏表の無い人物だと、彼は解っている。
一方で、ビシャラバンガはコバルトゥスを小人物に過ぎないと見限り、背を向ける。

 「待ってくれ、ビシャラバンガ君」

去ろうとするビシャラバンガを、ラビゾーは呼び止めた。

 「今から山を越えるのは、厳しいだろう。
  今日は、この村に泊まった方が良い。
  宿を探す積もりなら、一緒に来ないかい?
  当てがあるんだ」

時刻は南西の時を回っている。
山に囲まれたベリズヴェ村を出るには、具合が悪い。
ビシャラバンガは足を止め、少し思案してから頷いた。

 「そうだな。
  世話になろう」

ラビゾーが彼に同行を呼び掛けたのは、問題を起こさせない為でもあったのだが、
何故かコバルトゥスが難色を示す。

 「こいつと一緒に行動するんスか?
  先輩、止めといた方が……。
  俺、嫌ッスよ」

 「お前も付いて来る気なのか……」

 「そんな連れ無い事言わないで。
  俺と先輩の仲じゃないッスか」

調子の良いコバルトゥスは、戯けて擦り寄った。
こうして、男3人で村の宿へと向かう事になったのである。

343 :創る名無しに見る名無し:2016/01/06(水) 19:39:35.92 ID:2lNmTyA0.net
ベリズヴェは小さな村で、真面な宿泊施設は無い。
排他的な性質から、民宿と言う形態も取らない。
村で外客が泊まれる「宿」と言える物は、村外れの詰所(つめしょ)と呼ばれる小屋のみである。
お負けに、使用には村長の許可が必要と来ている。
貸馬屋も無く、村全体が貧しく寂れた儘なのも宜なるかな。
ラビゾーは村長の許可を得て、詰所を借りた。

 「ビシャラバンガ君には少々狭いかも知れないが……。
  野宿よりは増しだと思って、我慢してくれ」

小屋は約4身平方、床から天井までは1身半。
隙間風こそ入らない物の、中には囲炉裏の他には殆ど何も無い。

 「男だけで貪(むさ)苦しいッスね」

早速囲炉裏に火を点しながら、コバルトゥスは零す。

 「ここに女が加わっても、気不味くなるだけだと思うが」

ラビゾーの尤もな突っ込みに、彼は小さく笑った。
エグゼラ地方の昼は短く、西の時を前に、既に日は沈んでいる。
男3人、狭細(※せせこま)しく火を囲んで、暖を取る。


※:語源は「迫(せこ)し」+「細(こま)し」=せせこまし?
  余裕が無い状態を迫(せこ)と言い、今日の「せこい」の語源と思われる。
  「迫(せこ)」の漢字と読みは、人名に見られる「迫(さこ)」と関連か。
  「せせこまし」に関しては、単に「狭し」+「細し」とも考えられる。

344 :創る名無しに見る名無し:2016/01/06(水) 19:43:45.12 ID:2lNmTyA0.net
ラビゾーはバックパックを漁ると、保存食を2人に分け与えた。

 「君達、食べ物を持っていないだろう。
  大の男には質的にも量的にも、物足りないかも知れないが……」

乾団子を数個、ゼリー飲料を1パック、水筒の水を1杯ずつ。

 「あ、悪いッスね」

 「忝い」

コバルトゥスもビシャラバンガも食料を持っておらず、そこは素直に礼を言う。
そして、銘々に黙々と食べ始める。
静寂の中、罅焼きの音と、食物を咀嚼嚥下する音だけが響く。
雑談をしようにも、コバルトゥスとビシャラバンガは初対面なので、互いを気にして話が始まらない。
何とも微妙な空気。
沈黙に耐え兼ねて、コバルトゥスがラビゾーに話し掛けた。

 「そう言や、先輩は前にも、この村に来た事があるんスか?」

 「ああ」

ラビゾーが頷くと、彼は続ける。

 「ははぁ、それで妙に慣れた様子だったんスね。
  ここに泊まるのも初めてじゃないと」

 「……ああ」

ラビゾーは生返事を繰り返す。
コバルトゥスは気になって尋ねた。

 「どうかしたんスか?」

 「村長が替わっていた」

 「そりゃ就任から何年か経てば、代替わりする物じゃないッスか?
  何時までも1人が村長続けられる訳でもなし……。
  先輩、顔見知りを当てにする積もりだったのに、知らない人が出て来て吃驚したとか?」

コバルトゥスは揶揄い半分で言ったが、ラビゾーは深刻な表情の儘、俯き加減で炎を睨んでいる。

345 :創る名無しに見る名無し:2016/01/07(木) 19:53:23.59 ID:jW6z3mm6.net
彼と話していても詰まらないと思ったコバルトゥスは、ビシャラバンガに声を掛けてみた。

 「所で、巨人君」

 「名前で呼べ」

ビシャラバンガはコバルトゥスを睨み、冷淡に返す。
コバルトゥスは両肩を竦めた。

 「悪かったよ、小さい事を根に持つ野郎は器が小さいと思われるぜ。
  『ビシャラバンガ』だったな。
  あんたは俺の名前、憶えてるかい?」

 「コバルトゥス」

 「へー、意外だな。
  大男総身に知恵が回り兼ねと言うから、木偶の坊かと思っていたが――」

彼は態と挑発する様な言動で、ビシャラバンガの出方を窺う。
しかし、即座にラビゾーに咎められた。

 「コバギ、口が過ぎるぞ。
  こんな所で喧嘩は止してくれ」

 「ああ、済んません」

 「僕に謝るんじゃなくて……。
  お前、一体どう言う積もりなんだ?」

ラビゾーは不信感を露に問い詰めるも、コバルトゥスは真面に取り合わない。

346 :創る名無しに見る名無し:2016/01/07(木) 19:56:37.44 ID:jW6z3mm6.net
コバルトゥスが最初に握手を求めた時、魔法を仕込んでいたのは、見た儘の優男ではないと、
ビシャラバンガに解って貰う為だった。
それをビシャラバンガは挑発と捉えて、威圧した。
些細な行き違いではあるが、これでコバルトゥスはビシャラバンガを警戒した。
ビシャラバンガは根本で他人を信用していない。
隙が少ないと言えば聞こえは良いが、愛想が無く、洒落や風流も解さない。
言葉の挑発に乗らないのは、口下手なのを自覚しているからなのか、それとも、
口巧者を軽蔑しているからなのか……。
一連の遣り取りで、恐らくは後者だろうと、コバルトゥスは感じた。
即ち、ビシャラバンガは何事にも腕力を以って当たり、同時に、腕力こそが至上と考えている、
脳筋野郎なのだ。
コバルトゥスは敏感にも、そうしたビシャラバンガの本音の部分を見抜いていた。
そして、その思想を嫌気していた。
単純に身体能力や魔法資質で、自分を上回っている相手への、対抗心もあるかも知れないが、
とにかくコバルトゥスはビシャラバンガが気に入らなかった。

347 :創る名無しに見る名無し:2016/01/07(木) 19:59:22.42 ID:jW6z3mm6.net
再び3人を気不味い静寂が包み込む。
寒さの所為か、誰も中々眠らない。
北西の時を過ぎた辺りで、詰所の戸を叩く者があった。
全員が同時に反応して、伏せていた顔を上げる。
先ずラビゾーが体を起こそうとしたが、コバルトゥスが無言で彼の肩を引き押さえて、留めた。
丸で、暗黙の了解の様に、代わりにビシャラバンガが立ち上がる。
ビシャラバンガが引き戸を開けると、そこには長物や刃物を持って、武装した集団が居た。

 「何用だ?」

巨漢の登場に、武装集団は得物を構えた儘、怯んでしまう。
背が高いばかりでなく、筋骨隆々で、更に魔法資質まで高いビシャラバンガは、常人にとっては、
そこに立っているだけで、恐怖の対象になり得るのだ。

 「あ、いや、その……」

互いに見合って、小突き合い、尻込みする武装集団に、ビシャラバンガは苛立つ。

 「何用だと聞いている!」

 「は、いえ、失礼しました……!」

ビシャラバンガの一喝で、武装集団は疎らに退散して行った。

348 :創る名無しに見る名無し:2016/01/07(木) 20:01:31.68 ID:jW6z3mm6.net
険しい表情で、戸を閉めて戻って来るビシャラバンガに、ラビゾーは尋ねる。

 「何だって?」

 「知らん。
  武器を持って、物々しい雰囲気の連中だったが」

ラビゾーの目付きが険しくなったのを、コバルトゥスは見逃さなかった。

 「先輩?」

ラビゾーは静かな声で言う。

 「寝ずの番を立てた方が良い。
  嫌な予感がする。
  武装していたって事は、妖獣でも出たのかも知れないが――」

それを途中でビシャラバンガが遮った。

 「そんな感じでは無かったぞ。
  奴等の狙いは、小屋の『中』にあった様だが」

鋭い考察に、ラビゾーは一層表情を険しくして、沈黙する。
ビシャラバンガはラビゾーに質問した。

 「この村の連中は、追い剥ぎを生業としているのか?」

単刀直入な物言いに、ラビゾーは虚を衝かれて驚くも、首を横に振る。

 「確かに、村は外界から隔離されていて貧しいし、村民は排他的で閉鎖的だ。
  でも、村包みの強盗なんて……」

349 :創る名無しに見る名無し:2016/01/07(木) 20:04:37.24 ID:jW6z3mm6.net
何故、村人が武器を持って集まったのか?
少し間を置いて、コバルトゥスが何の気無しに言った。

 「村長が代替わりした事と、関係あるんスかね?
  それとも偶然?」

 「関係無い……とは、言えないかも知れないな……」

 「厄介事になりそうッスね。
  朝になったら、さっさと村を出てった方が良いんじゃ……」

コバルトゥスの意見に、ビシャラバンガも無言で肯く。
しかし、ラビゾーだけは俯き加減で曖昧な返事をした。

 「……そうかもな……」

直後、再び詰所の引き戸が叩かれる。
今度は嫌に激しく、打ち壊さんばかりに。
3人共、警戒して戸に近付こうとはしない。
彼等の予想通り、直ぐに戸は破られた。
冷気と共に詰所に乗り込んで来たのは、ビシャラバンガに優るとも劣らない立派な体躯の男。

 「卦(ケ)ッ、こんな輩に駭(びび)ってたのか?
  使えねえ屑共だ」

巨漢は独り言の様に呟くと、徐に右手に持った手斧を振り上げて、ビシャラバンガに斬り掛かった。

350 :創る名無しに見る名無し:2016/01/08(金) 20:35:52.12 ID:O6ArI9uS.net
正しく凶行としか言い様が無い。
対話の意思は疎か、相手の都合を一切無視した一撃、その躊躇いの無さ。
真面な人間が相手だったなら、確実に先制の一撃を加えて負傷させ、戦意を挫き、
以後の交渉を有利に運べただろう。
「先ず腕力に訴える」、これは無法者の常套手段である。
自分は「法の外にある者だ」との宣言と証明を同時に行う、効率の良い脅迫。
だが、この凶漢にとって計算外だったのは、ビシャラバンガを初め、コバルトゥスもラビゾーも、
法の外の存在だったと言う事。
ビシャラバンガは振り下ろされた斧の刃を、冷静に片手の指だけで抓み止めた。
彼に不意打ちは通用しない。
反撃も迅(はや)い。
驚愕する凶漢の両頬を空いた手で鷲掴みにすると、何の忠告も宣言もせず、宙に浮かせて、
握り潰しに掛かる。

 「あがががが……」

凶漢は真面に声を発せず、ビシャラバンガの手を離させようと藻掻いた。
凶漢の右手は斧を掴んだ儘なので、左手と足を必死に動かして、逃れようとする。
彼の後ろには、恐らく仲間であろう、武器を持った男達が控えていたが、誰も救助しようとはしない。
この状態でも手出しを躊躇う程、ビシャラバンガが恐ろしいのだ。
やがて凶漢は疲れたのか、抵抗を止めて、呻き声を上げるだけになった。

351 :創る名無しに見る名無し:2016/01/08(金) 20:36:59.12 ID:O6ArI9uS.net
ビシャラバンガは凶漢を地面に叩き付けると、馬乗りになって、殴打し始めた。
凶漢は叩き付けられた衝撃で、斧を手放してしまい、最早抵抗する術が無い。
顔の形が変わるまで、ビシャラバンガは無言で殴り続ける。
未だ、武器を持った男達が控えていると言うのに、そちらには全く目も呉れず。
凶漢は意識を失っていたが、それでもビシャラバンガは手を緩めなかった。
文字通り、「完膚」が無くなるまで、凶漢を打ち続ける。
悪鬼にも増して恐ろしい所業に、誰もが言葉を失っていた。
流石に、やり過ぎではと思ったラビゾーが、止めに入る。

 「ビシャラバンガ君!
  もう十分だろう!」

彼の一言で、ビシャラバンガは漸く手を止めたが、その目は武器を持って控えている男達に、
向けられる。
次の獲物を探して、狙いを定めようとしているかの様な、彼の瞳の動きに、男達は震え上がって、
我先にと逃走した。
取り残された凶漢と、打ち壊された引き戸を見て、3人は大きな溜め息を吐く。

352 :創る名無しに見る名無し:2016/01/08(金) 20:38:54.03 ID:O6ArI9uS.net
ラビゾーが外れた引き戸を、粘着テープで補強し、付け直してみた所、意外と隙間風を防げた。
戸を直した彼は、転がっている凶漢を指して、囲炉裏の火に当たっているコバルトゥスに依頼する。

 「彼を手当してやってくれないか?」

 「何で俺が?」

不満を零すコバルトゥスに、ラビゾーは真剣な顔付きで言った。

 「この村に何が起こっているのか、教えて貰う」

 「そう言う事なら……。
  その前に、縛り付けた方が良いんじゃないッスか?」

コバルトゥスの提案に従い、ラビゾーはバックパックを漁って、縄を取り出し、気絶している凶漢の、
両腕と両脚を縛った。
その後、コバルトゥスは渋々と言った様子で、凶漢の治療を始めた。
ビシャラバンガは全く興味が無いと言った風に、彼等に背を向けて火に当たっている。
意識を取り戻した凶漢は、先ず手足が縛られている事を察し、次いでコバルトゥスに問い掛けた。

 「何の積もりだ?」

 「それは、こっちの旦那に聞くんだな」

コバルトゥスはラビゾーを指して言う。
自分が聞き出さねばならないのかと、ラビゾーは驚いた顔をしたが、直ぐに覚悟を決めて、
身動きの取れない凶漢に近付く。

353 :創る名無しに見る名無し:2016/01/08(金) 20:40:39.99 ID:O6ArI9uS.net
ラビゾーは自分を睨み付けて来る凶漢に、静かな落ち着いた声で話し掛けた。

 「この村で、何が起きたのか聞きたい。
  君は村の人間じゃないな……?」

 「ああ、そうだよ。
  俺はウーサの一員さ。
  この村はウーサが占拠した」

凶漢は不敵に笑い、白状する。

 「ウーサって、ティナーの四大地下勢力の?」

 「他に何があるってんだ。
  手前等、ウーサに歯向かって、只で帰れるとは思わない事だな」

 「何故、この村なんだ?」

 「何故?
  理由なんぞ、ある物か!
  無防備な村がある、それだけで十分だ」

凶漢は堂々と言って退けたが、そこに真実は無いと、ラビゾーもコバルトゥスも判っていた。

 「そいつ、嘘吐いてますよ」

コバルトゥスの指摘に、ラビゾーは頷いて、再び凶漢に問う。

 「本当の理由を教えてくれないか?」

だが、凶漢は口を閉ざして答えない。

354 :創る名無しに見る名無し:2016/01/08(金) 20:42:12.47 ID:O6ArI9uS.net
ベリズヴェは小さな村……、余りに小さな村なのだ。
侵略する価値も無い程の。
村人は自分の食い扶持を稼ぐのに精一杯で、生活に必要以上の物は持たないし、持てない。
こんな村を支配しても利益は無い所か、自分達まで額に汗して働かなくては、生きて行けない。
他の集落を狙う拠点にするにしても、山に囲まれているので、移動さえ一苦労。
ラビゾーは魔力ラジオウェーブ放送の、ニュースの内容を思い出していた。

 「確か、エグゼラ地方では去年から都市警察主導で、ウーサの排除が続けられていると……」

 「先輩、物知りッスね」

感心するコバルトゥスに、彼は眉を潜める。

 「旅をするなら、情報収集は必須だ。
  天気だけじゃなくて、事件や事故に巻き込まれない様にする為にも」

ラビゾーは改めて、凶漢に尋ねた。

 「都市警察に追われて、この村に逃げ込んだのか?」

凶漢は彼の問いには答えず、吐き捨てる。

 「俺達は絶対に捕まらない」

しかし、この村は余りに貧しい。
立て篭もった所で、焦り貧になるのは目に見えている。

355 :創る名無しに見る名無し:2016/01/08(金) 20:44:01.26 ID:O6ArI9uS.net
ラビゾーは冷静に告げた。

 「僕達は村を出る。
  都市警察に通報すれば、君達は終わりだ」

だが、凶漢は強気に言い返す。

 「ハハッ、只では帰さねえっつっただろうが!
  仮に都市警察に報せた所で、魔導師会頼みの腑抜け共なんぞ、恐るるに足らん」

 「その魔導師会が出て来たら……?」

 「何故、魔導師会が来てくれる等と思う?
  どんな言い訳で都市警察は、魔導師会に泣き付くんだ?
  俺達は魔法を使ったか?
  こんな小さな村さえ自力で解放出来ないんじゃ、都市警察の信頼は地に落ちるだろうよ。
  さーて、都市警察に名を捨てて実を取る真似が出来るかな?
  奴等が強気に出られるのは都市部だけ。
  都市なら、魔導師会の後ろ盾を無条件で得られるからな」

エグゼラ地方民は都市警察よりも、魔導師会を頼りにしており、故に都市警察は軽んじられている。
それが理由で、本来は協力し合うべき治安維持組織同士ながら、都市警察は魔導師会に、
対抗意識と依存心を同時に持っている。
ウーサの残党は、この「隙」を利用しているのだ。
全くの考え無しではない様だが……、それでも焦り貧には変わり無い。
村と外との交通を封鎖するだけで、忽ちウーサの残党は干上がるだろう。
問題は村人が、ウーサの残党の支配に耐え切れるかと言う所だ。
ラビゾーは両腕を組んで、どうした物かと低く唸る。
その時、ビシャラバンガが不機嫌な声で言う。

 「喧しいぞ」

 「あ、済まない、ビシャラバンガ君。
  もう北の時が近いか……」

ラビゾーが謝ると、ビシャラバンガは大きな溜め息を吐いて、徐に立ち上がった。
何か失言でもしたのかと、ラビゾーが身構えると、彼は凶漢の腹を殴って、再度気絶させる。
ビシャラバンガが「喧しい」と言ったのは、凶漢の事だった。

356 :創る名無しに見る名無し:2016/01/09(土) 17:47:03.66 ID:25IHZ/wO.net
彼は大きな溜め息を吐くと、再び囲炉裏の火に当たりに戻る。
ラビゾーは改めて、深刻な面持ちで唸り始めた。
コバルトゥスは唸ってばかりのラビゾーに声を掛ける。

 「どうしたんスか?
  何か心配事でも?」

 「いや、村人が……。
  どうなるかと思ってな……」

 「そんなん俺達には関係無いっしょ。
  魔導師会か都市警察に任しとけば良いんじゃないッスか?」

 「その通りなんだが……」

中々決断出来ないラビゾーに、ビシャラバンガは冷たく言い放った。

 「村の事は、村の連中が決めるだろう。
  頼まれもせぬ事をしてやる道理は無い。
  要らぬ節介と言う奴だ」

それでもラビゾーは煮え切らない態度で、唸り続けている。
その時、外から詰所の戸を叩く者があった。
懲りずに又来たのかと、3人が身構えていると、立て付けの悪い引き戸をガタガタと揺らして、
狭い隙間から身窄らしい男が、詰所の中に転がり込んだ。
3人共、未だ警戒は解かない。
男は3人の顔を、それぞれ認めると、その場に蹲った。

 「夜分に行き成り、お訪ねして申し訳御座いません。
  あ、貴方々の実力を見込んで、お願いがあります。
  どうか、どうか、この村を救って下さい」

357 :創る名無しに見る名無し:2016/01/09(土) 17:49:39.65 ID:25IHZ/wO.net
必死の嘆願を受けて、ラビゾーはコバルトゥスとビシャラバンガに目を遣る。
しかし、2人は眉一つ動かさない。
男は嘆願を続ける。

 「この村は今、ウーサと言う無法者の集団に支配されています。
  奴等は1月程前、突然村に襲って来ました。
  それからと言う物、私達は奴等の横暴に苦しめられています。
  村の者が貴方々を襲ったのも、本意ではありません。
  奴等に脅されて仕方無く……」

ラビゾーは再度、コバルトゥスとビシャラバンガを窺った。
だが、やはり2人の表情に変化は見られず、本気で聞いていないと判る。
ラビゾーは男に言った。

 「事情は解りました。
  面を上げて下さい」

そして、コバルトゥスとビシャラバンガに言う。

 「僕は協力しても良いと思っている」

コバルトゥスは困った顔をし、ビシャラバンガは溜め息を吐いてラビゾーに告げた。

 「勝手にすれば良い。
  己は知らん」

ラビゾーはコバルトゥスを見るが、彼も気が進まない様子。

358 :創る名無しに見る名無し:2016/01/09(土) 17:52:35.27 ID:25IHZ/wO.net
コバルトゥスは苦笑いして、ラビゾーに言った。

 「俺も協力して上げたい所なんスけど……。
  こいつ等、どこまで本気か判んないじゃないッスか」

ラビゾーが眉を顰めると、彼は俯いて視線を逸らし、続ける。

 「助けた後で、知らん顔されても困りますし。
  大体、こいつ等、自分達では何もしないんスか?
  俺達に戦わせといて?」

普段の軟派な姿から掛け離れた、そのシビアな思想に、ラビゾーは驚いた。
男は身を震わせて、声を絞り出す。

 「お礼なら致します。
  何分、貧しい村なので、大した事は出来ませんが……」

ビシャラバンガは不機嫌を露に、厳しい顔付きになり、コバルトゥスは乾いた笑みを浮かべて、
首を横に振る。

 「そうじゃない。
  あんた等は戦わないのかと聞いてるんだ」

コバルトゥスの問いに、男は唇を噛み締めた。

 「私達は無力なのです……」

コバルトゥスは呆れた様に両肩を竦めて、溜め息を吐く。

 「俺達は村を出て行く。
  そんで都市警察を呼んでやるから、それで良いだろう?」

 「……有り難う御座います」

男は弱々しい声で感謝の言葉を述べ、帰って行った。
彼の本音としては、不満な対応だっただろう。
危険な事を頼む立場だったので、多くを望めなかっただけだ。

359 :創る名無しに見る名無し:2016/01/09(土) 17:56:12.60 ID:25IHZ/wO.net
男が去った後で、ラビゾーはコバルトゥスとビシャラバンガを咎めた。

 「何故、そんなに渋るんだ。
  君達の実力なら、大して苦戦しないだろうに」

ビシャラバンガは反論する。

 「雑魚を相手にしても面白くない。
  それに、貴様自身、言ったではないか」

 「何を?」

 「『力の理論に身を任せるな』と」

 「相手は無法者だ」

 「強者と事を構えるのは『良くない』のだろう?
  弱者には怯えて過ごすのが、似合いだ。
  それが戦わぬ者の在るべき姿」

彼の理論に、コバルトゥスも頷いた。

 「俺も同意します。
  厄介事は御免なんで。
  他人の力を当てにするのは、良くないッスよ」

それは村人の事なのか、それともラビゾーの事なのか……。
コバルトゥスは先までビシャラバンガが気に入らない様子だったのに、ここでは妙に同調する。
ラビゾーは俯いて両目を閉じ、暫し思案すると、決意を表明した。

 「僕は彼等を助ける」

 「正気ッスか?
  先輩の実力では、一寸厳しいんじゃないッスかね……」

 「一応考えはある」

 「はぁ、止めはしませんけど」

お手並み拝見とでも言う様に、コバルトゥスは突き放した態度を取った。
少し位は協力してくれないかと思っていたラビゾーは、落胆こそする物の、先の言葉を撤回しない。
これにて意見は完全に決別したのだった。

360 :創る名無しに見る名無し:2016/01/10(日) 18:07:46.80 ID:BUen1/7X.net
その後、再度の襲撃は無かった物の、ラビゾーは睡眠不足気味。
重い足取りで独り村へ向かおうとする彼の意志を、ビシャラバンガは改めて確認する。

 「ラヴィゾール、本当に戦う気なのか?」

 「村人達が何もしないからと言って、見捨てて良いとは思わない。
  皆同じなんだ。
  誰もが『正しい事』をしたいと思っている。
  唯、少し勇気が足りないだけ」

 「それを勇気と言うのか?」

 「ああ、勇気と無謀は違う」

 「己には貴様が無謀に見えるぞ」

 「そうかも知れない。
  どう転ぶかは、やってみないと分からない」

 「……精々上手くやる事だな」

そう最後に言うと、ビシャラバンガはラビゾーとは反対方向に歩き出した。
その後で、コバルトゥスもラビゾーに問い掛ける。

 「先輩、マジ独りで戦う積もりなんスか?
  幾ら旅の縁、宿の恩でも、高く付き過ぎじゃないッスかね……。
  止めた方が良いッスよ。
  冗談でも何でも無くて、本気の忠告ッス」

 「お前が手伝ってくれるなら、有り難いが……」

ラビゾーは期待を込めて言ったが、コバルトゥスは困った顔をして断った。

 「いや、駄目ッス。
  俺にも『引くべき一線』があるんで」

ラビゾーは彼等への依存を断ち切る意味で、敢えて力強く頷いた。

 「ああ、仕方が無いな。
  そっちも気を付けてくれ。
  詰まらない事で、ビシャラバンガ君と喧嘩するんじゃないぞ。
  危ない時は、2人で協力するんだ」

最後の言葉には答えず、コバルトゥスも反対方向へと歩いて行く。

361 :創る名無しに見る名無し:2016/01/10(日) 18:09:27.52 ID:BUen1/7X.net
ラビゾーは村長宅へ向かう前に、再度山に登って、ザムラザックに会いに行った。
彼の「考え」とは、ザムラザックに協力して貰う事だった。

 「ザムラザックさん、ラビゾー!」

ザムラザックは迷惑そうな顔をして、冷気と共に、洞窟の暗闇から現れる。

 「どうした、忘れ物か?」

 「いえ、今日は折り入って、お願いしたい事がありまして……」

 「何じゃい」

 「実は――」

ラビゾーは斯々然々此々云々と丁寧に事情を説明するも、ザムラザックは興味無さそうに、
冷めた視線を向け続けていた。
不安気な目をするラビゾーに、ザムラザックは冷淡に問う。

 「それで?」

 「協力して貰えませんか?
  お礼はします」

だが、ザムラザックは中々頷かない。
ラビゾーは更に付け加える。

 「ウーサの残党が手強ければ、魔導師会の介入があるかも知れません。
  余所者が入り込むのは、ザムラザックさんにとっても、避けたい所でしょう?」

 「そうじゃな」

ザムラザックが頷いたので、ラビゾーは安堵した。

 「では――」

 「俺に人里に下りて、力を行使しろと言いたいのか?」

所が、雲行きが怪しい。
ザムラザックの声は静かな怒気を孕んでいる。

 「え……、ええ、はい」

 「それは出来ん」

案の定、ザムラザックに断られて、ラビゾーは焦る。

362 :創る名無しに見る名無し:2016/01/10(日) 18:12:19.03 ID:BUen1/7X.net
ラビゾーの計画には、ザムラザックの協力が不可欠だった。
ウーサの残党が何人居るか判らないが、少なくとも10人以上は確実だろう。
加えて、都市警察に対抗出来る程度には、武装していると思われる。
ラビゾー独りで戦うのは、本当の意味で自殺行為だ。

 「な、何故ですか?」

 「何故?
  俺の正体が人に知れては、ここに留まれなくなる。
  魔導師会が出て来ようが、出て来まいが、それに拘らず。
  そんな簡単な事も解らんのか?」

 「村人達に他言するなと約束させれば――」

 「無理じゃな。
  人の口に戸は立てられんよ。
  『氷の王』が実在したとなれば……。
  それに、俺は人に頼られたくない。
  里の人間が、どうなろうと俺には関係無い」

人間でないザムラザックに、協力を期待するのは間違いだったかと、ラビゾーは思った。
しかし、引き下がる訳には行かなかった。
昨晩の件で、既にウーサの残党とは敵対している。
ビシャラバンガやコバルトゥスと別行動を取った以上、諦める事は死を意味する。

 「では、村に下りなければ良い訳ですね?」

 「お前が囮になるのか?
  上手く誘き出せると言うなら、やってやらん事も無いが」

 「お願いします」

 「良かろう」

ラビゾーは何とか、ザムラザックの協力を取り付ける事に成功した。
後は彼自身が上手く熟せるか……。

363 :創る名無しに見る名無し:2016/01/11(月) 18:07:31.59 ID:xRynvGVx.net
ラビゾーは山を下りている途中で、武装した大柄な男達を発見した。
全員腰に大鉈を帯び、1人だけ弩を持っている。
草木の分布は疎らで、動物も余り棲息していない雪山に、武装した男達……。
先ず間違い無く、ウーサの残党。
それも自分を追って来たのだと、ラビゾーは直ぐに理解した。
彼が恐れたのは、1人が担いでいる機巧式の弩。
よく出来た弩は、連射が利く上に、威力が高く、射程も長い。
普通は特別な許可が無ければ所持出来ないが、無法者が法に囚われる訳も無し。
違法な改造を施しているかも知れない。
それでも高い魔法資質を持つ者には、通用しない兵器なのだが、生憎と魔法資質の低い、
ラビゾーには十分過ぎる脅威だった。
都合の悪い事に、一面雪なので隠れる場所は無く、男達も既にラビゾーを認識している。

 (不意打ちされるよりは増しか……)

ラビゾーは姿勢を低くして、交戦距離に入る前に、バックパックを漁った。

 (これは好機かも知れない。
  上手くザムラザックさんの所に誘導出来れば、早速奴等の戦力を削げる)

彼は逞しく戦う決意をした。
最初に取り出したのは、体力を回復させる効果を持つ、魔法のスカーフ。
素早く首に巻いて、疲労で倒れない様にする。

364 :創る名無しに見る名無し:2016/01/11(月) 18:10:09.24 ID:xRynvGVx.net
次に円盤状の盾を取り出した所で、行き成り弩の矢が、ラビゾーの横を掠めた。
彼我の距離は未だ2巨程度離れており、普通の弩が確実に当てられる射程の外。
それだけの精度があるのか、それとも偶然なのかは判らないが、既に「安全ではない」のは確か。
ラビゾーが顔を上げると、男達は巫山戯て笑い合っている。
恐怖と怒りが、ラビゾーの中で鬩ぎ合い、絶妙な平衡状態を作り出す。
恐れに駆られて逃げ出すのではなく、怒りに任せて攻撃するのでもなく、冷静な対処を可能にする。
ラビゾーは盾を構えて、後退した。
弩から放たれる矢は、やはり射程外なのか、刺さると無事では済まないだろう物の、
何とか「見て」避けられる。
盾を貫く威力も無く、弾く事さえ可能。
緩りと山を登りながら、後退し続けるラビゾーを、男達は追撃する。

 (良し、追って来い!)

雪の上を歩くのは体力を消耗し易い。
追われる側は気を張っているので、やがて疲弊すると、男達は高を括っている。
彼が首に巻いているスカーフの効果も知らず。

365 :創る名無しに見る名無し:2016/01/11(月) 18:12:51.12 ID:xRynvGVx.net
暫くすると、弩の矢は飛んで来なくなった。
矢の本数も無限ではないのだ。
だが、男達は痺れを切らして突撃したりせず、早足で着実にラビゾーとの距離を詰め続ける。
雪の上には足跡が残るので、見失う心配は無いし、銘々に追って各個撃破されるより、
集団で仕留める方が確実だと解っている。
実に手慣れた物だが、これは相手を警戒している証でもあった。
纏まって行動してくれるのは、ラビゾーにとって好都合なのだが、その慎重さに不気味な物を、
感じないでもなかった。
幸いにも、男達は途中で足を止めたり、追跡を諦めたりする素振りを見せない。
遠くから梟の鳴き声が木霊して、ラビゾーを呼んでいる。
ラビゾーは梟の声の方へと、男達を誘導する。
散ら散らと粉雪が降り始めた。
それは何時の間にか、激しい吹雪へと変わる。
山の天気は変わり易いと言うが、そんな物ではない。
男達が気付いた時には、もう遅い。
氷の魔法使いザムラザックの魔法に囚われた者は、吹雪の中で氷り付く。

366 :創る名無しに見る名無し:2016/01/11(月) 18:15:28.04 ID:xRynvGVx.net
何とか最初の難関を切り抜けたラビゾーは、改めて村に下りた。
彼は頭の中でシミュレーションを重ねる。

 (とにかく飛び道具と、包囲には気を付けよう。
  奴等は既に、こちらの動向を掴んでいる。
  少しずつ誘い出せれば良いんだが……)

コバルトゥスとビシャラバンガを止める為に、幾許かは戦力を割いているとして、
問題は残り全部をラビゾーが引き受けなければならない事。

 (何人居るんだろう……。
  10人、20人程度なら……。
  100人以上だと厳しいな……。
  そんなに居る訳が無いと思いたいけど……)

先の心配をしながら、ラビゾーが歩いていると、丁度村の外れに見張りらしき人物を発見した。
一見した所、武装しておらず、身形は如何にも貧しそう。
普通の村人なのかも知れないと、ラビゾーは思う。
ラビゾーを追跡して山に登った連中の帰りを、待たされているのだろう。
何とか話が出来ないかと、彼は周囲を警戒しながら、村人に近付いた。

 「今日は」

 「お、おう、どうも、今日は……」

ラビゾーが挨拶すると、村人は驚いた様に、小声で返す。

 「何をしているんですか?」

 「何って……、その……」

彼は目を泳がせて、口篭もる。

367 :創る名無しに見る名無し:2016/01/11(月) 18:19:39.06 ID:xRynvGVx.net
村人は答える前に、ラビゾーに尋ねた。

 「あの、あんた、男達に会わんかったか?
  山狩りに行くみてえな格好した……」

 「ええ、会いましたよ」

平然と答えるラビゾーに、村人は又も驚いた顔をする。

 「……何とも無かったんか?」

彼に協力を頼めないかと、ラビゾーは俄かに表情を引き締めて言った。

 「村の事情は知っています。
  ウーサの残党を追い出しましょう」

 「は?
  何を言って……。
  いや、あんた、正か……倒したんか?
  あの男達を、無傷で?
  あんたが噂に聞く、魔導師?」

困惑する村人に、ラビゾーは困り顔で応じる。

 「魔導師ではありませんが、僕が無事に村を出るには、この村を支配している連中を、
  片付けるしか無いんです。
  情報を下さい。
  奴等の人数とか、武装とか」

必死に懇願するラビゾーを見て、村人は答に詰まった。
彼は考えているのだ。
どちらに付いた方が得なのかを。
安易にラビゾーに協力すれば、彼が失敗した後、ウーサの報復が怖い。
だが、何時までも村にウーサが留まっているのも困るので、協力出来る物ならしたい。

368 :創る名無しに見る名無し:2016/01/11(月) 18:23:22.56 ID:xRynvGVx.net
そんな村人の内心を察して、ラビゾーは声を落ち着ける。

 「何も一緒に戦ってくれとは言いません。
  敵の情報だけでも」

村人は悩みに悩んだ後、目を伏せて答えた。

 「奴等……、正確には判んねえけど……30、40人位かなぁ……。
  どいつも大男でよ、機械の弓も10張位持ってやがる。
  あんた……、いや、『あんた等』か、昨夜、奴等の仲間を返り討ちにしたんだろう?
  そんで奴等焦ってんだ。
  他の2人は村を出てったな?
  そっちを止めんのに、大勢出掛けたんで、残ってんのは10人も居ねえんじゃねえかな……」

 「それなら、何とか出来るかも知れない」

ラビゾーが力強く頷くと、村人は目を瞬かせる。

 「いや、相手は強(こえ)え北戎(ほくじゅう)だよ」

「北戎」とは極北人の旧い呼び名だ。
北方の好戦的な部族と言う意味で、『北戎<ノルディー>』。
彼は油断するなと言いたかったのだろうか、しかし、その後の言葉は続けられない。
ウーサの者が新たに1人現れたのだ。
ラビゾーに気付いたウーサの者は、刃の長い鉈を抜いて、歩み寄って来る。
村人は慌てて、ウーサの者と擦れ違わない様に、道を外れて逃げ出した。

369 :創る名無しに見る名無し:2016/01/12(火) 20:34:45.43 ID:kxzOCGnv.net
ラビゾーは盾を構え、袖に伸縮式のロッドを忍ばせて、自らもウーサの者に向かって歩き出す。
2人は互いに4身程度の距離で、自然に足を止める。
ウーサの者は鉈を肩に担いで、ラビゾーに尋ねた。

 「手前は一体何者だ?
  村の者じゃねえな」

 「徒の旅人だ」

 「……俺達の仲間に会った筈だ。
  どうした?」

 「動けない様にさせて貰った」

淡々と答えるラビゾーを、ウーサの者は相当警戒している。
武器を持っている物の、直ぐに襲い掛かって来る気配は無い。
ラビゾーは主導権を握る為に、敢えて切り出した。

 「お前達の自由にはさせない。
  今直ぐ、この村から出て行くんだ。
  然もないと……」

 「然もないと?」

 「後悔する事になる。
  仲間は残り何人だ?」

コバルトゥスとビシャラバンガが多数を引き付けているが、2人の実力なら難無く返り討ちに出来ると、
ラビゾーは確信していた。
彼の計算ではウーサの残党は、総戦力の3分の1以上を欠いている状態。
都市警察が乗り込めば、簡単に制圧出来るだろう。
自分が残る必要は無かったのではとも思ったが、今は措く事にした。

370 :創る名無しに見る名無し:2016/01/12(火) 20:36:51.38 ID:kxzOCGnv.net
ウーサの者はラビゾーを睨み付けた儘、少しも動こうとしない。
逃げるべきか、戦うべきか、ラビゾーは迷った。
それはウーサの者も同様なのだろう。
何時までも睨み合っていても仕方が無いので、ラビゾーは彼に尋ねる。

 「『首魁<ボス>』の居場所は、どこだ?」

 「そんな事を聞いて、どうする?」

 「決着を付ける」

ウーサの者は驚きを顔に表しながらも、虚勢を張って強気に笑った。

 「へー、そりゃ面白い。
  やれる物なら、やってみろよ。
  案内してやる」

意外にも、彼はラビゾーをボスと引き合わせようとした。
ラビゾーはウーサの者を信用している訳ではないが、黙って従う。
どうせ卑怯にも取り囲んで叩く積もりなのだろうから、包囲される直前に逃走する事で、
出来るだけ多くの者を引き付けて、山に誘い込もうと、彼は考えていた。
ウーサの者は素直にラビゾーを村に入れる。
村は不気味に静まり返っており、人の気配が殆ど無い。

371 :創る名無しに見る名無し:2016/01/12(火) 20:38:22.11 ID:kxzOCGnv.net
ウーサの者はラビゾーを、村長宅まで連れて行った。
村長宅は門の内に庭と蔵付きの古めかしい家だが、周囲の他の家屋と比較して、
何倍もある様な物ではない。
村の貧しさの象徴の様でもある。
包囲される事を心配したラビゾーが、村長宅の門の前で足を止めると、ウーサの者は言う。

 「心配すんな。
  手前を始末するのはボスだ」

ラビゾーは村長宅の庭で待つように、ウーサの者に指示された。
その間、彼は風の魔法を応用した間接探知魔法を使ったが、少なくとも屋外に待機している者は、
居ないと判る。
どう言う積もりかと、ラビゾーは訝った。
余程ボスを信頼しているのか、それとも人員に余裕が無いのか……。
約1点後、3人の男が家の中から出て来る。
1人はラビゾーを案内した者、1人はラビゾーが昨日会った「村長」、最後の1人は小柄な男。
身形や所作から、3人共ウーサの者だと判るが、小柄な男が他の2人を従えている様だったのが、
ラビゾーは意外だった。
小柄と言っても、正確にはラビゾーと同程度の体格はあり、飽くまで他の2人と比しての話だが、
それにしても……。
小柄な男は凄んで、ラビゾーに声を掛ける。

 「やってくれたな。
  あんた一体何者だ?」

ラビゾーは何も答えない。
緊張して、答える所ではないのだ。
苛付いた偽村長が、大声を出す。

 「おう、お尋ねだ!
  答えれや!!」

それと同時に、偽村長は背に負って隠していた銃器を取り出した。
銃身の長い、所謂『長筒<ハークエバス>』である。

372 :創る名無しに見る名無し:2016/01/12(火) 20:40:44.48 ID:kxzOCGnv.net
偽村長が構える前に、ラビゾーは反射的に動いていた。

 「A17!!」

射殺す様な鋭い目で偽村長の手元を睨み、握った拳を突き出しながら開くと、爆音と共に、
偽村長が爆ぜる。
発火魔法を応用した、弾薬を一斉に暴発させる、爆発魔法である。
傍に居た2人の内、小柄な男は煙や破片を物ともせず、平然と立っていたが、
ラビゾーを案内した男の方は身を屈め、腕で頭部を覆って保護した。
小柄な男はラビゾーを睨んで、問い掛ける。

 「火薬兵器への対処法を心得ているな。
  魔導師か?」

殆ど全ての魔導師は、魔法学校時代から、火薬兵器への対処法を教えられる。
旧暦には宗教や治安の面(※)から、小銃の類こそ未発達だった物の、大国ならば大砲程度は、
当たり前に所有していた。
今でも無法者は密造銃器を所持している。
治安維持を預かる者には、それ等への対策が欠かせないのだ。
発火は短い呪文で済むし、暴発で銃の所持者を負傷させられるかも知れない、攻防一体の技術。
故に、不意打ち以外で、魔導師に火薬兵器で挑む者は居ない。
ラビゾーは小柄な男を睨み、静かに答える。

 「違う」

 「じゃあ、本当に一体何者なんだ、あんた。
  俺は恐ろしい。
  あんたは独りで村に入ったかと思えば、何時の間にか2人の男を従えている。
  そいつ等には、俺の部下を何十と当てたが、未だ誰一人帰って来ない。
  あんたを追わせた奴等もだ。
  残った部下は、この2人だけ……否、既に1人か」

偽村長は真面に爆発を受けて気絶している。
成る程と、ラビゾーは納得した。
確かに、傍から見れば、ラビゾーは全く理解不能な怪人だろう。


※:殺傷能力が高い為、対人で火薬兵器の使用を禁じた。
  その代わり、攻城戦や橋落とし等、「物」を対象とすれば使用出来た。

373 :創る名無しに見る名無し:2016/01/12(火) 20:42:32.17 ID:kxzOCGnv.net
小柄な男は態度や話の内容からして、この集団のボスだと判る。
彼はラビゾーに不満を打付ける。

 「熱りが冷めるまで、辺鄙な田舎村で隠れ過ごす積もりが、あんたの登場で何も彼も御破算だ」

ラビゾーは激昂して反論した。

 「だったら、大人しく隠れていれば良かっただろうに!
  村を支配しようなんて思うから!」

 「ハァ、正論だ。
  だがな、俺達はウーサだ。
  『北の凶賊<ノルデンブリガンテ>』の魂を継ぐ、真の極北人。
  弱者には死んでも諂わねえし、略奪も死ぬまで止められねえ!」

ボスは逆切れして、呪文を唱え始める。
余程魔法資質に自信があるのだろう。
銃が暴発した時も、直ぐに魔法の防壁を張って、自分の身を守っていた。
その高い魔法資質で、彼は組織内で地位を築いて行ったのだ。
犯罪行為に魔法を使えなくても、身内の争いでは魔法の使用は制限されない。

 「俺達は終わりだ……が、手前だけでも殺す!!」

ウーサの残党が逃げ延びる道は、最早無い。
正体不明の怪人に、一矢でも報いるべく、ボスは自棄になって宣言し、発動詩を口にする。

 「M1D7!!」

 「J7D1M!」

それと同時に、ラビゾーは逆詠唱を行った。
発動詩は無効化され、魔力の流れが寸断される。

 「な、何故……」

374 :創る名無しに見る名無し:2016/01/12(火) 20:44:38.43 ID:kxzOCGnv.net
驚愕するボスに、ラビゾーは淡々と告げる。

 「逆詠唱を知らないのか?
  詠唱技術が甘い。
  共通魔法を嘗めるな」

共通魔法の発動は、最終的には発動詩の完成を必要とする。
それに合わせて、逆詠唱を行えば魔法は発動しない。
呪文が長ければ長い程、効果は増すが、同時に先を読まれ易くなり、妨害される可能性が高まる。
基本的な知識ではあるが、それを狙って実行するには熟練が必要。
普通は魔力の流れを読まれない様に、多種多様な偽装工作をする。
不必要な詠唱を混ぜたり、態と自ら魔力の流れを乱したり。
上級者ともなれば、相手の妨害を利用して、瞬時に別の魔法を発動させる。
そうした工夫が、ボスには見られなかった。
他者を威圧する高い魔法資質に、頼り切っているのだ。

 「手前、やっぱり魔導師か!」

 「違うな!
  魔導師でなくても、この位は出来ると言う事だ!」

ラビゾーは盾とロッドを構えて、戦闘態勢に入った。
共通魔法が通用しないと見るや、ボスは剣を抜いて、唯一残った部下に視線を送り、共に仕掛ける。
2対1では不利と思ったラビゾーは、防御に専念して、2人を外に誘い出した。
迂闊に共通魔法で応戦すれば、魔力の扱いの下手さが露になり、魔法資質が低い事を見抜かれる。
逃げ腰のラビゾーに引っ掛かりを覚えたボスは、彼を挑発する。

 「どうした、あんた、共通魔法を使わないのか?
  ……ハハッ、そう言う事か、分かったぞ!
  使いたくても使えないのか!
  あんた、魔導師崩れだな」

ボスは魔法資質に由来する威圧感や緊張感の様な物が、ラビゾーには無いと感付いた。
確証こそ持てない物の、ラビゾーには共通魔法を使えない事情があると、彼は推し量る。

 「そうかもな!」

ラビゾーは胸に靄々とした物が溜まって行くのを感じつつ、強気に言い返した。
何故に、自分は共通魔法の知識が豊富なのか?
何時、どこでの事だか、名前と共に忘れてしまっているが、魔法学校に通っていた覚えはある。
もしかしたら、嘗て自分は魔導師を志していたのかも知れない。
だが、今は気にしている余裕は無かった。

375 :創る名無しに見る名無し:2016/01/13(水) 20:09:56.09 ID:pYypMK/f.net
ウーサの残党の2人は、逃げるラビゾーの追撃を躊躇わない。
ラビゾーが時々足を止めて、接近戦に付き合っている事もあるが、村の外れまでは付いて来た。
しかし、大柄な部下には疲れが見え始めている。
魔法資質の高いボスや、魔法のスカーフを巻いているラビゾーとは違い、体力を消耗すると、
回復が遅いのだ。
ボスは足が前に進まなくなっている部下を、苛立たし気に見限った。
ラビゾーはボスと一対一になる様に、雪山に誘導したが、ここで一つ誤算があった。
雪山に入ると、ボスは別人の様に、動きが身軽になったのだ。
それは寒冷地に慣れている事や、部下と歩調を揃えなくても良くなった事もあるが、
そもそも彼は得意な魔法の種類が偏っていた。
ボスは一部の身体能力強化魔法だけは、ラビゾーが妨害する隙を見出せないレベルで、
熟達している。
元々他者に掛ける魔法より、自分に掛ける魔法の方が、妨害され難いとは言え、
それだけは魔導師と比べても、遜色が無い。
恐らくは、自分より体格の良い荒くれ共に嘗められない様に、訓練したのだろう。
特定の魔法だけ使い慣れて得意になる傾向は、魔法資質が高く、魔法知識が乏しい者に多い。
厚く積もった雪の上で、動きの鈍いラビゾーを見て、ボスは勝ち誇る。

 「一対一(サシ)なら勝てるとでも思ったか?
  向か付くんだよなぁ!
  どいつも、こいつも、体が小さいと侮りやがる!
  そう言う連中を、俺は何時も打ち伸めして来た!」

ボスが振るう剣を、ラビゾーは盾で受け流し、山を登る方向へ後退する。
武術の心得がある彼でも、流石に刃物は怖い。
防御重視で、どうにか剣を落とせないかと隙を窺うが、ボスは時々思い出した様に、
共通魔法での攻撃を織り交ぜる。
ラビゾーは全てに対応しなければならず、防戦一方だ。
魔法資質の低いラビゾーは、描文動作と詠唱からしか、魔法を見切れない。

376 :創る名無しに見る名無し:2016/01/13(水) 20:12:40.82 ID:pYypMK/f.net
ボスは息も吐かせぬ怒涛の連撃で、ラビゾーのロッドを叩き切った。
ラビゾーの伸縮式ロッドは長さが半分になり、益々不利になる。

 「弱い者から奪って何が悪い!
  それが自然の摂理だ!」

ボスはラビゾーに向かって吠えた。
生まれ育ったエグゼラ地方では、体格が小さい事で不利益を被って来たのだろう。
そして、その度に高い魔法資質に物を言わせて、解決して来た……。
そうした過去が透けて見えるかの様な態度に、ラビゾーは少し同情した。
彼も魔法資質が低い事で侮られ勝ちである。

 「何が悪いだと……?
  何も彼も悪いに決まっている!」

ラビゾーは後退を止めた。
ボスは流石に頭を張っているだけあって、勘が良い。
退がり続ければ怪しまれる可能性が高いと、ラビゾーは予想した。
それに加えて、雪上では逃げ切るのは難しいとも感じていた。
……何より、他人より劣る部分がある事で、捻くれた男を許す訳には行かなかった。
ラビゾーは表の詠唱に加えて、密かに描文と裏詠唱を始めた。

 「I1EE1・AI16H4、J1JE1・AI16H4――」

ボスは共通魔法の知識が十分ではない。
高い魔法資質で、魔力の流れは読めても、知らない魔法は防げない。
全ての魔法知識を駆使して、ラビゾーは共通魔法を使う。

 「何を唱えている……?
  その魔法は何だ!?」

未知の魔力の流れに、ボスは動揺した。

377 :創る名無しに見る名無し:2016/01/13(水) 20:24:54.39 ID:pYypMK/f.net
それはラビゾーの秘密のノートに書かれていた、「究極魔法」。
魔力の流れが見えないのに、長い描文や詠唱を行う事は大きな賭けだが、それも考慮してある。

 「G4L7CC1・L2F――」

 「悪足掻きは止めろ!
  さっさと斃(くたば)れ!」

ボスは魔力の変化を感じて、ラビゾーの呪文完成動作を妨害しようと、一層苛烈な攻撃を仕掛けた。
一つ一つの攻撃を、ラビゾーは冷静に捌きながら、自身の周囲の魔力の流れに気を配る。
焦ったボスは、無関係な魔法を発動させる事で、魔力場を乱して、魔法を妨害しようとした。

 「I3DL2!!」

適当な風の魔法。
風が乱雑に吹き荒れて、空気と共に魔力を掻き混ぜる。
通常なら有効な手段だが、ラビゾーが採っている方法には通じない。
魔法資質の低いラビゾーは、魔力を感知出来る範囲が狭く、自身の周囲、本の数節程度でしか、
魔力の流れを捉えられない。
だが、逆に言えば、その範囲では彼の魔法資質が有効に働く。
魔力を乱そうとする動きにも、ある程度対抗出来るのだ。
即ち、ラビゾーが採っている呪文完成方法は、自身の周囲の魔力のみを利用する物。
丸で、魔力を自らの体に、呪文の形にして纏う様に。
それは必然的に、魔法の規模が小さい事を意味する……。
よって、ラビゾーの究極魔法には、発動条件が付く。
一つは、他の多くの魔法と同じく、場に十分な魔力がある事。
屋外であれば、魔力が即座に尽きる心配は殆ど無い。
一つは、対象との距離が離れていない事。
相手と離れていると、この魔法は届かないが、幸いボスは何の魔法か判別出来ていないので、
必死に接近戦を仕掛けて、妨害しようとしている。
一つは、相手が自分を認識している事。
この魔法は高度な「相互認識魔法」であり、不意打ちは難しいが、通常の方法では防御不可能。

 「――C26D77!!」

ボスが斬り掛かって来るタイミングで、ラビゾーは彼の究極魔法を発動させた。

378 :創る名無しに見る名無し:2016/01/14(木) 19:43:36.93 ID:499zfLeY.net
魔力の流れが突然自分に向かって来た事で、ボスは反射的に身構え、爆風を防いだ時の様に、
簡易発動で障壁を作り出す。
魔力が体を貫く感覚に襲われるも……何も起こらない。
爆発が起こる訳でも、不可視の力で弾き飛ばされる訳でもない。
彼は一旦距離を取って、自身の体に変化が無いが確認する。

 「……不発?
  虚仮威しか。
  無駄に魔力を浪費しただけの様だな」

ダメージが無い事に、ボスは安堵した。
周囲の魔力は幽かにしか感じられず、ラビゾーが纏っていた魔力の流れも無くなっている。
場の魔力を大きく消費したのだろうと、推察した。
しかし、やり切った表情のラビゾーを見て、怒りを湧き上がらせる。

 「何だ、その顔は?
  何をしたってんだ!」

激昂したボスは剣を構えて、踏み込んだ。
そこで初めて、違和感に気付く。

 (体が重い……?)

全身の動きが鈍く、先程まで軽々と振り回していた剣まで、重く感じられる。
雪を足で踏むと嫌に深く沈み、足を引き抜くのにも体力を使う。

 「脱力の魔法か!?」

単に体力を奪うだけの魔法なら、身体能力強化で簡単に打ち消せる筈なのだが、
何時もの様に魔法を使おうにも、場の魔力が感じ取れない。
ボスは混乱する思考を必死に冷まそうと努めた。

379 :創る名無しに見る名無し:2016/01/14(木) 19:46:39.50 ID:499zfLeY.net
ラビゾーは口の端に微笑を浮かべて呟く。

 「転写の魔法……」

 「何だ、それは!?
  答えろ、何をしやがった!」

ボスは熱り立って剣を振り回すが、最早勢いは無い。
魔法の補助を失った斬撃は、空振りする度、ラビゾーの円盾を叩く度、一層彼の体力を奪う。

 「僕の魔法資質を転写した。
  お前が見ている世界は、僕が見ている世界」

 「魔法資質を……?
  そんな魔法がっ……」

ボスは俄かには信じられなかったが、ある事実に思い至った。
魔法を食らった直後、場の魔力が減少したと彼は理解したが、そうではなかった。
ラビゾーの魔法は自然界の魔力を使い尽くす程、大規模な物ではない。
魔法資質が低くなった事で、魔力が尽きたと勘違いしたのだ。
宜なるかな、「魔法資質の転写」は、殆ど使い道の無いロスト・スペルなので、魔導師であっても、
その存在を知っているかは怪しい。
相手に魔法を使わせたくないなら、もっと簡単な捕縛魔法や封印魔法がある。
お負けに呪文が長い(=妨害され易い)ので、実用性に乏しい。
最大の欠点として、魔法資質の高い者が、低い者に使用しても、能力の底上げが出来ない。
驚愕するボスに、ラビゾーは静かに問い掛けた。

 「『勝てる』と思っただろう?
  僕が魔法を使わないから。
  僕の魔法資質が低いと思って」

ボスはラビゾーの魔法資質が低いと見て、楽に勝てると侮っていた。
自らより劣る者に対する、油断、慢心、侮蔑。
意趣返しをされたと感じ、ボスは顔を真っ赤にして、激怒する。

 「だから、何だ!?
  魔法資質を写して、この有様なら、手前も真面に魔法が使えねえって証拠だろうが!
  これで条件は同じ、やっと互角になったんだ!」

彼は闘志を燃やして、闇雲に剣を振り回すが、魔法での身体強化を封じられた後では、
余力の配分が完全に狂って、直ぐに息が上がってしまう。
そこを冷気が襲い、更に体力を奪う。

380 :創る名無しに見る名無し:2016/01/14(木) 19:51:22.09 ID:499zfLeY.net
ラビゾーは防御に専念しているだけなのに、ボスは気迫で立っている状態だった。
最後の気力を振り絞って剣を掲げるも、ラビゾーの盾を叩くと、握力の限界が来て、落としてしまう。
ボスは冷気に震え、雪の中に膝を突いた。

 「……この魔法は、何時解ける……?」

 「教える義理は無い」

ラビゾーは冷徹に返す。
魔法資質を失った儘、生きなければならないのかと、ボスは絶望した。

 「俺の負けだ、殺せ……。
  魔法資質の無い俺に、存在価値は無い……」

ラビゾーは驚くと同時に、憤慨する。

 「そんな理由で殺せるか!
  魔法資質が無い位で、何だってんだ」

ここでボスを殺す事は、自己の否定に繋がる。
故に、ラビゾーは彼を殺さない。
元より殺す度胸も無いのだが、都市警察が村に到着するまでは、ボスを無力化しておく必要がある。
転写の魔法の効力は、短くて数角、長くても1日は持たない。
魔法資質の低いラビゾーには、そこまで強力な魔法は掛けられない。
だからと言って、雪の中に放置しては、凍死し兼ねないので、彼は冬眠の魔法を掛ける。
冷気から身を守る結界を張ると同時に、深く長い眠りに落として、体力の消耗を抑えさせる。
これは約1週間(※)効果が持続する。
ボスは魔法の温かさを感じながら、気を失った。
ラビゾーは最後に残った1人を片付けに、山を下りる。


※:ファイセアルスの1週は5日。

381 :創る名無しに見る名無し:2016/01/14(木) 19:55:24.40 ID:499zfLeY.net
山の麓で、ラビゾーはウーサの最後の1人に出会した。
遅れても加勢しようと、徒歩で体力を温存しながら、ボスを追って来たのだ。
彼は驚愕した顔で、ラビゾーと相対する。

 「ボスは……?」

 「片付けた。
  後は、お前だけだ」

 「畜生!!」

自棄になって鉈を振り被るウーサの男に、ラビゾーは問う。

 「どうしても、戦うのか?
  大人しく村を出て行く気は無いのか」

 「巫山戯るな!
  俺とてウーサの一員だ!
  這い蹲って命乞いをする位なら、勇ましく戦って死を選ぶ!」

 「……仕様も無い」

堂々と宣言した彼に、ラビゾーは呆れて溜め息を吐くと、背を向けて雪山を駆け上った。

 「あっ、待て、このっ!
  俺を置いて行くな!
  俺と戦えーー!!」

最後に残ったウーサの男は、剣を高く掲げて、恐ろしい形相でラビゾーを追う。
その内に、激しい吹雪に襲われて、彼はラビゾーを見失った。

 「どこへ行った!?
  出て来て、俺と戦え!
  この野郎ーーーーっ!!」

幾ら叫べど、ラビゾーは姿を現さない。
右も左も判らない猛吹雪の中で、ウーサの男は立ち尽くし、やがて氷付けになった。

382 :創る名無しに見る名無し:2016/01/15(金) 20:25:39.06 ID:yUap5SXG.net
村の脅威が去った後、ラビゾーはザムラザックに礼を言いに、三度洞窟を訪れた。

 「ザムラザックさん、御協力有り難う御座いました」

ザムラザックは相変わらず険しい表情で、突っ慳貪な態度を取る。

 「詰まらぬ辞儀は要らん、物(ぶつ)を寄越せ」

 「今直ぐにと言う訳には……」

 「なら、用意してから来んかい」

参ったなとラビゾーは眉を顰めた。

 「は、はぁ、その通りなんですけど、言っておかなければならない事がありまして……」

 「何じゃ」

 「多分明日か明後日にでも、都市警察が来ると思うんですけど、その人達が山に入っても、
  絶対に手を出さないで下さい」

 「解っとるわい。
  俺を何じゃと思っとるんじゃ」

 「あ、それなら良いんですけど……」

 「用が済んだら帰れ」

ザムラザックは終始冷淡。
ラビゾーは半ば追い返される様に、ザムラザックの住居を後にする。
次に彼は詰所の鍵を返しに、村長宅に寄った。
方々で見掛ける村人達は、ウーサの残党が姿を消した事に、不安と戸惑いを感じている様子で、
とても安堵している風ではない。
それはラビゾーが見知っている、「本物の」村長も同様だった。

383 :創る名無しに見る名無し:2016/01/15(金) 20:28:35.51 ID:yUap5SXG.net
彼は鍵を返しに来たラビゾーに問う。

 「北戎の奴等が姿を消しとる。
  儂等の知らん間に、一体何が起こった?」

ラビゾーは村長の疑問には答えず、進言した。

 「連中、村の入り口と、山の辺りで伸びてるんで。
  今の内に武器を押収して、都市警察に通報を」

 「――てぇ事は、全部やったんか!?
  あんたが?」

 「いや、僕だけじゃないんですけど……。
  どう言えば良いのか……」

村長は訝し気な目付きで、ラビゾーを見詰め、こう尋ねた。

 「何故……?
  村の為に?」

 「何故って……。
  村から安全に出る為に、仕方が無くと言うか……」

嘘ではないのだが、村長は未だラビゾーを睨む様に見詰め続けている。
何か良い話を期待されているのではと思い、ラビゾーは格好付けた言い回しが出来ないか、
知恵を絞った。

 「感謝の言葉は、僕達に村を救ってくれと頼みに来た、勇気ある人に。
  そう、彼の依頼が無ければ――」

 「本当に、それだけなんか?」

村長は未だ疑う様な目をしている。
ラビゾーは最早何を言うべきか分からず、困り果てた。
もしかしたら下心があると勘繰られているのではと感じ、彼は毅然と言い切る。

 「お礼は要りません。
  何時も詰所を借りていた恩がありますし、連中が村に居座っても困りますし……。
  何より、僕が独力で成し遂げた訳ではないので……。
  寧ろ、僕は大した役割は果たしていないと言うか……」

村長の反応が無いので、ラビゾーの声は段々小さくなって行った。
黙って村を出て行った方が、未だ格好が付いたのではと、彼は後悔し始めていた。
どうせ村を出るのだから、都市警察を呼ぶのも、自分で通報した方が早いと気付く。

 「えー、あ、あの、詰所の鍵、お返ししますね……」

村長は尚も暫く黙ってラビゾーを見詰めていたが、やがて小さく頷き、鍵を受け取る。

 「何も無い村だが、詰所を貸す位なら、幾らでも……」

それを聞いて、ラビゾーは大いに安堵した。

384 :創る名無しに見る名無し:2016/01/15(金) 20:32:08.97 ID:yUap5SXG.net
村長に鍵を返したラビゾーは、直ぐに村を出た。
あれこれ詮索されるのも、恩人として扱われるのも、彼は望まなかった。
村と街道を繋ぐ木立の小路には、何十人と言うウーサの残党の男達が転がっていた。
方々から呻き声が上がっている所を見ると、死んではいない様だが、起き上がって襲って来ないかと、
ラビゾーは兢々としながら道を歩く。
木立の小路の中程では、コバルトゥスとビシャラバンガが揃って道端に座っていた。
ラビゾーは2人に話し掛ける。

 「2人共、大丈夫か?」

コバルトゥスが返事をした。

 「あー、大丈夫ッス。
  流石に数が多くて、少し疲れたんで、休んでるだけッス。
  所で、先輩の方は……、どうだったんスか?
  諦めた?」

 「いや、一応片は付いたよ。
  大多数は、そっちに行ったみたいで、僕は5、6……10人弱を相手するだけで済んだ。
  君達にばかり負担を掛けて悪かった」

ラビゾーが謝ると、ビシャラバンガが舌打ちする。

 「気にするな。
  己は降り掛かる火の粉を払ったに過ぎぬ」

そうは言っても、倒れているウーサの残党の武器は、どれも徹底的に破壊されている。
倒すだけなら、武器まで壊す必要は無い。
2人が無力化に努めた証拠である。
コバルトゥスはラビゾーに恩を着せようとしていたのだが、ビシャラバンガが浅り切り捨てたので、
自分だけ威張るのは気が引けて、不満そうに口を噤んだ。

 「2人共、怪我とかしてないか?
  痛む所は?」

ラビゾーが改めて問い掛けると、2人は無言で頷き、立ち上がる。
3人は揃って、木立の小路を抜けた。

385 :創る名無しに見る名無し:2016/01/15(金) 20:36:50.40 ID:yUap5SXG.net
それから少し間を置いて、コバルトゥスは嫌らしい笑みを浮かべ、ラビゾーに尋ねた。

 「先輩、村人に謝礼とか貰ったんスか?」

 「いいや」

ラビゾーが首を横に振ると、コバルトゥスは呆気に取られた顔で、訳を問う。

 「……何で?」

 「何でって……。
  僕は大した事してないし――って、あぁ、解った、君達にも何か礼をしないと行けないな」

結果的にとは言え、コバルトゥスとビシャラバンガがウーサの残党の大半を片付けたのは、
事実である。
彼等の働きが無ければ、ラビゾーの命は無かったかも知れない。
形だけでも感謝の印が必要だと思い、ラビゾーはバックパックを漁った。
コバルトゥスは違うと言いたかったが、貰える物は貰っておこうと、期待して黙る。
ラビゾーはバックパックから萎びた茸が入った袋を取り出した。

 「あの村の特産品……みたいな物?
  乾燥茸だ。
  スープの出汁に使うと良い」

余りにも見窄らしい物に、コバルトゥスは失望を隠そうともせず、肩を落とした。

 「要らないッス」

ラビゾーは困り顔で、別の袋を取り出す。
中には白い枯れ枝の様な物が。

 「これなら、どうだろう?
  白粉苔(おしろいごけ)と言う物だ。
  薬になるらしい」

 「……いや、要らないッス」

2度断られたラビゾーは、ビシャラバンガにも差し出してみた。

 「ビシャラバンガ君は、要るかい?」

しかし、ビシャラバンガは無言で外方を向く。

386 :創る名無しに見る名無し:2016/01/15(金) 20:41:39.81 ID:yUap5SXG.net
ラビゾーは躍起になってバックパックを漁ったが、
どれも貧相な物ばかりで、コバルトゥスの気に入る物は無かった。

 「もう良いッスよ、無いなら無いで。
  別に欲しい物があった訳じゃなし」

終いにはコバルトゥスが諦めてしまう。
ビシャラバンガの方は、元から謝礼には興味が無かったが、腹の足しになると言って、
乾燥茸だけ受け取った。
大きな街道に出た所で、3人は別れて、それぞれの道を行く。
最後にラビゾーは最寄の交番を探し、ウーサの残党の事を報告した。
――何故、ラビゾーはウーサの残党を退治したのか?
村長にもコバルトゥスにも、恥ずかしくて言わなかったが、彼は正義を信じていたのだ。
自己満足、独善でしかない事は承知の上。
他の人の手を借りると言う、余りに彼方任せの方法も、堂々と正義を名乗れない理由の一つ。
それでもラビゾーは己が信じる所を貫けた事に、概ね満足していた。

387 :創る名無しに見る名無し:2016/01/16(土) 19:26:21.87 ID:MGMRLibn.net
ラントロック


第四魔法都市ティナー 繁華街にて


家出少年バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックは、そこらの人間に魅了の魔法を使い、
各地を放浪しながら、その日暮らしをしていた。
人を魅了して金品を要求したり、提供させたりする行為は、「魔法に関する法律」違反なのだが、
不良少年ラントロックは気にしない。
彼は「悪い外道魔法使い」なのだ。
いや、正確には悪い外道魔法使いに憧れていると言うべきか。
バーティフューラーの一族を母に持つラントロックは、魅了の魔法使いの血脈を誇りに思っており、
自らも外道魔法使いたらんとしていた。
しかし、悪行に走ろうにもラントロックには、この程度の事しか思い付かない。
幾ら悪振っても、根は小心の小物。
人を魅了して宿飯に与る位が、精々なのだ。

388 :創る名無しに見る名無し:2016/01/16(土) 19:34:55.80 ID:MGMRLibn.net
ラントロックが魅了する対象は、専ら金に余裕のありそうな、年上の女性だった。
魅了すると言っても、性的な関係に持ち込む事は無く、飽くまで言う事を聞いて貰うだけ。
数日世話になると、他の女を探した。
本当に全ての状況で、彼の魔法の働きで、女性を魅了していたかは、実は定かではない。
ラントロックは魅了の魔法が有効だと思い込んでいるが、実際の所、魅了の魔法が無くても、
彼は美少年に分類される容貌だった。
美貌の母と、柔和な容貌の父の間に生まれた子は、確り長所だけを受け継いでいた。

389 :創る名無しに見る名無し:2016/01/16(土) 19:36:18.15 ID:MGMRLibn.net
ある日の夕方、ラントロックは独りティナーの街を彷徨きながら、今日の「宿」を探していた。
街角で道行く人を物色していた彼は、不意に横合いから声を掛けられる。

 「君、そんな所で何をしている?」

大人の男の声に、ラントロックは身を竦めて振り返った。
男はラントロックの顔を認めて、笑顔を見せる。

 「ラント!
  ラントロック・アイスロンだよな?」

覚えが無かったラントロックは、馴れ馴れしい態度の男を警戒した。

 「違う、俺はアイスロンじゃない……」

 「……違うのか?」

 「俺はバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロック。
  アンタは?」

男の正体は不明だが、纏わり付かれたくないと、彼は魅了を試みる。
妖しい輝きを持つ瞳の、不可思議な魔力から逃れられた者は――結構多い。
父に、母に、義姉に……。
効かない者には効かないのだ
ラントロックは男と見詰め合っている内に、段々自信が無くなって来た。

390 :創る名無しに見る名無し:2016/01/16(土) 19:38:20.72 ID:MGMRLibn.net
男の瞳は青く、自信に満ちている。
年齢は30〜40才台。
背丈は1身より高く、未成熟なラントロックと比較して、実に堂々とした佇まい。
ラントロックが弱気になると、男は急に顔を綻ばせる。

 「やっぱり、ラントじゃないか!
  俺はコバルトゥス、――コバルトゥス・ギーダフィ。
  君とは会った事があるんだけどな。
  未だ小さい頃だったから、忘れちゃったかな?
  こんな所で何を?
  お父さんは?」

 「関係無いだろ」

ラントロックは外方を向いて吐き捨てるも、コバルトゥスと名乗った男は離れようとしなかった。

 「関係無い事は無いさ。
  知り合いの子が街中で1人立ち尽くしているのに。
  迷子になったとか?」

心配するコバルトゥスが鬱陶しく、ラントロックは目を合わせない儘に答える。

 「……何時までも親の世話にはならない」

コバルトゥスは目を瞬かせ、真顔で問い掛けた。

 「黙って親元を離れたんじゃないだろうな?
  ラント……今、何歳(いくつ)だ?
  15にもなってないだろう。
  その年齢(とし)で独立しようってのか?」

 「もう1人で暮らせてるんだ。
  他人に心配される筋合いは無い」

彼は真剣だったが、ラントロックは強気に突っ撥ねた。

391 :創る名無しに見る名無し:2016/01/17(日) 17:43:01.17 ID:OodUmn1G.net
コバルトゥスは益々驚き、ラントロックを問い詰める。

 「1人で、どうやって?
  金も物も要るだろうに」

 「煩いな。
  こうやってだよ」

苛立ちを募らせたラントロックは、偶々近くを歩いていた女性に声を掛けた。

 「済みません、お姉さん」

彼は強引に手を引いて女性を止めると、瞳を覗き込む。

 「今晩、泊めて欲しいんですけど」

 「えっ、何……?
  貴方誰?
  そんな事、急に――……あ、あぁ、うん、良いよ」

行き成りの事に、女性は大いに戸惑ったが、暫くラントロックと目を合わせていると、
瞳から意志の輝きが失せて行き、やがて力無く頷く。
コバルトゥスは驚愕して、ラントロックを女性から引き離す。

 「止めろ、そんな事に能力(ちから)を使うな」

そして、女性の前で指を鳴らし、魔力の流れを断ち切った。
正気に返った彼女は、困惑してコバルトゥスに問い掛ける。

 「あ、あの、私……?」

 「ああ、済みません、この子が変な事を言って」

コバルトゥスはラントロックを押さえ付け、女性に愛想笑いした。
そこで彼女は、ラントロックが「泊めて欲しい」と頼んで来た事を思い出す。

 「あ、あぁ……。
  はい、失礼します」

女性は気味悪がって、足早に去って行った。

392 :創る名無しに見る名無し:2016/01/17(日) 17:46:02.86 ID:OodUmn1G.net
ラントロックは不満気にコバルトゥスを睨む。

 「邪魔すんなよ、小父さん」

コバルトゥスはラントロックを睨み返した後、不敵な笑みを浮かべて言った。

 「魔法を使うのは卑怯だろう」

 「俺はバーティフューラーの一族だ。
  魅了の魔法使いが、魅了の魔法を使って、何が悪いんだよ」

小生意気なラントロックを、コバルトゥスは鼻で笑う。

 「何を偉そうに。
  大方魅了の魔法が無けりゃ、女を落とせる自信が無いんだろう。
  魔法で女を操るなんざ、無粋過ぎる、下卑た野郎のする事だ。
  良いか、女を落とすってのは……。
  今から手本を見せてやる」

そう宣言すると、彼は街行く女性を物色し始めた。
ある女性に狙いを定めたコバルトゥスは、ラントロックを置いて、口説きに行く。
コバルトゥスに声を掛けられた女性は、初め戸惑っていたが、何度かの遣り取りの後、
彼に肩を抱かれて、ラントロックの元まで連れて来られた。
コバルトゥスは得意気に、ラントロックに言う。

 「俺も若い頃は、1人で方々を旅した物さ。
  お前とは年季が違う」

女性はラントロックを指して、コバルトゥスに尋ねた。

 「この子、誰?
  息子さん?」

年齢的に、親子でも不思議は無いのだが、コバルトゥスは笑って否定する。

 「ハハハ、冗談は止してくれ。
  そうだな、『後輩』って所かなー。
  序でだから、こいつも泊めてやってくれないか?
  嫌なら無理にとは言わないけど、独り置いてくのは可哀想だ」

 「んーー、別に良いけど?」

女性は少し悩む素振りを見せた後、快諾した。
ラントロックは言葉を失い、立ち尽くす。
彼は常識破りな性格のコバルトゥスに呆れるのではなく、寧ろ感心していた。

393 :創る名無しに見る名無し:2016/01/17(日) 17:49:51.12 ID:OodUmn1G.net
コバルトゥスが口説いた女性は、B&Bのオーナーだった。
彼女はコバルトゥスとラントロックを、自分が経営する宿泊施設に案内する。
単なる客として扱われているのではと、ラントロックは疑ったが、コバルトゥスと彼女の間で、
金銭を遣り取りする様子は無い。
しかし、どうも初対面にしては、お互いに馴れている。
ラントロックはコバルトゥスに尋ねる。

 「小父さん、もしかして、あの人と知り合いだったの?」

 「ああ、そうだよ。
  今頃気付いたのか」

彼が浅り種を明かしたので、ラントロックは驚いた。

 「口説くとか関係無いじゃん」

 「馬鹿だな。
  最初から知り合いの人間なんて居ない。
  知り合う為には、先ず口説かないと行けないだろう」

コバルトゥスの言い訳に、ラントロックは狡いと思う物の、嫌悪感は抱かない。
逆に、その捉え所の無い、飄々とした態度を羨ましく思っていた。
ラントロックは今までコバルトゥスの様な男と会った事が無かった。

 「旅には宿が要る。
  だから、あちこちで知り合いを作っておくんだ。
  俺は一度会った女の顔は忘れない」

 「……小父さん、俺を連れ戻すんじゃないの?」

 「出て行ったからには、理由があるんだろう?
  無理に連れ戻したって、又出て行くだけじゃないか」

ラントロックは自分に理解を示してくれる、大人の男の存在が嬉しかった。

394 :創る名無しに見る名無し:2016/01/18(月) 20:42:26.86 ID:9q/5fRaq.net
その後、ラントロックはとバルトゥスは、1つの部屋に通された。

 「相部屋か……」

コバルトゥスが不満気に零すと、オーナーは胸の前で両腕を組み、溜め息を吐く。

 「只で泊めて貰う分際で、贅沢言えると思ってるの?」

 「そうだけどさ、彼は年頃だから」

コバルトゥスはラントロックを指して言ったが、オーナーは取り合わない。

 「嫌なら良いのよ?」

オーナーは2人を見て、反応を待つ。
ラントロックは相部屋を受け入れた。

 「僕は構いませんよ」

 「はい、決まり」

オーナーは部屋の鍵をコバルトゥスに預けると、その場を去る。
本当に口説いたのかなと、ラントロックは疑いの眼差しで、コバルトゥスを見詰めた。
彼の視線に気付いたコバルトゥスは、笑って誤魔化した。

 「……好き嫌いでは、どうにもならない事があるんだ。
  金にルーズな女は信用ならないから、この位で良いんだよ」

そう嘯いて、コバルトゥスは部屋で寛ぎ始める。

395 :創る名無しに見る名無し:2016/01/18(月) 20:45:43.64 ID:9q/5fRaq.net
暫くして、コバルトゥスは自らラントロックに尋ねた。

 「ラント、どうして独立しようなんて思ったんだ?
  何か嫌な事でもあったのか」

ラントロックは答える前に、コバルトゥスに尋ね返す。

 「小父さんは、何者なのさ。
  親父の知り合い?」

コバルトゥスは素直に答えた。

 「そうだな、君の親父さんには世話になった」

 「俺、小父さんの事、全然知らないんだけど。
  それって『公平<フェア>』じゃないよね。
  何してるの?
  普段の生活とか、仕事とか」

 「言わなかったか?
  各地を旅していると。
  俺は精霊魔法使いで、風来の冒険者」

 「冒険者!?
  精霊魔法使い!?」

聞き慣れない2つの単語に、ラントロックは驚嘆と好奇心の混じった、頓狂な声を上げる。

 「声が大きい。
  一応、精霊魔法使いって事は秘密なんだ」

コバルトゥスに注意され、ラントロックは慌てて口を塞いだ。

396 :創る名無しに見る名無し:2016/01/18(月) 20:51:18.11 ID:9q/5fRaq.net
共通魔法は精霊魔法の亜種の様な物だが、共通魔法使いは精霊の存在を認めず、
精霊魔法使いは共通魔法社会と、一定の距離を置いている。
そうした裏事情を知らないラントロックは、共通魔法以外の魔法は、一様に外道魔法だと思っていた。
彼はコバルトゥスに対して、微かな同属意識を持つ。

 「小父さん、外道魔法使い?」

 「外道と言えば、外道かな。
  共通魔法を学ぶ気は無いし。
  それより、俺の質問には答えてくれない?」

コバルトゥスの物言いに、ラントロックは何の事だと目を丸くしたが、先に彼が問い掛けた内容を、
思い出して俯いた。

 「どうして独立しようと思った?
  言いたくないか?」

コバルトゥスが改めて尋ねると、ラントロックは小声で答える。

 「……嫌だったんだ。
  親父の下で暮らすのが」

 「そりゃ又どうして?
  そんなに悪い親じゃないだろう?」

 「親父の所じゃ、何でも親父の物なんだ。
  俺は親父の物じゃない」

 「反抗期か?」

コバルトゥスの言う通り、ラントロックの父親への対抗心は、反抗期の一言で片付くのだが、
それをラントロックは嫌った。
自分の心の働きが、誰にでもある単なる成長過程の生理現象に過ぎないと、認めたくなかったのだ。
ラントロックは何も答えず、不貞寝する。

397 :創る名無しに見る名無し:2016/01/18(月) 21:01:27.00 ID:9q/5fRaq.net
だが、コバルトゥスは尚も、彼に話し掛けるのを止めなかった。

 「お父さん、心配するぞ」

魔法で人を魅了し続けていれば、何れ魔導師会に目を付けられるが、ラントロックは事態を、
甘く見ていた。

 「知らないよ。
  俺は俺で、やって行ける。
  小父さんだって、若い頃は1人で旅してたって――」

 「俺には精霊魔法使いの使命があったからな。
  それに……親元で暮らせる物なら、暮らしていたかったさ」

 「追い出されたの?」

ラントロックが小馬鹿にした様に尋ねると、コバルトゥスは真顔で答えた。

 「俺の両親は早死にした」

ラントロックは気不味くなり、沈黙する。
コバルトゥスは静かな声で、彼を諭した。

 「親は大事にしろよ。
  後悔しない様にな」

暫く間を置いて、ラントロックはコバルトゥスに告白した。

 「……母さんは死んだ」

 「知っている」

コバルトゥスは短く答えた。
諄く言わない分、深い含蓄がある様に、ラントロックには思われる。
コバルトゥスはラントロックの父と知り合いなのだから、同じ様に彼の母の事を知っていても、
不思議は無い。
父とは違うコバルトゥスに対して、ラントロックは一方的なシンパシーを感じていた。
自分と彼には共通点が多く、解り合えると思った。

398 :創る名無しに見る名無し:2016/01/19(火) 20:12:33.78 ID:vb+uDNSX.net
コバルトゥスの前で、ラントロックは父を腐す。

 「親父は薄情なんだ。
  母さんが死んでも泣かなかった」

 「そうなのか……」

 「魅了の魔法も『使うな』って。
  母さんの魔法なのに」

ラントロックの言動の端々から、母への愛執が感じられる。
それをコバルトゥスは窘めもせず、只聞いていた。

 「小父さんも解るでしょ?
  自分の魔法を使うなって言われたら……」

 「そうだな……。
  自分の魔法だからな……」

実の所、コバルトゥスはラントロックの話を聞いている内に、別の事を考え始めていた。
それは両親を失くした彼を引き取った、剣の師でもあるゲントレンの事。
精霊魔法使いのコバルトゥスは己の使命を果たす為に、何時か旅立つのだろうと、
ゲントレンは理解しており、万一の時には魔法が使えずとも戦える様にと、剣技を教えた。
その甲斐あって、コバルトゥスは短剣術を身に付けたが……、

 (ゲンさん、実の親じゃないけど……。
  俺も結構な不孝者だったな……)

修行の日々に厭きて出奔した事を、今頃になって彼は悪いと思った。

399 :創る名無しに見る名無し:2016/01/19(火) 20:14:16.09 ID:vb+uDNSX.net
又少し間を置いて、コバルトゥスはラントロックに尋ねた。

 「お父さん、お母さんの話は分かった。
  それで、お姉さんは?」

ラントロックは虚を衝かれて、目が点になる。

 「お姉さん……?」

 「姉が居るだろう?
  お姉さんの事は、どう思ってるんだ?」

 「いや、義姉さんは……別に……」

視線を逸らした彼は、明らかに動揺していた。
父親に対抗心を抱く理由の一つに、姉の存在があった事は否定出来ないのだ。
分かり易い反応に、コバルトゥスは察した。

 「『別に』か……。
  フーム」

その場では深く追及せず、彼は意味深に唸る。
ラントロックは内心を隠す様に、コバルトゥスに背を向けた。
コバルトゥスの方も、それ以上は話を続けない。

 (中々複雑そうだな)

彼は知らん振りして、その後は「家族の話」には一切触れなかった。

400 :創る名無しに見る名無し:2016/01/19(火) 20:15:25.71 ID:vb+uDNSX.net
翌朝、ラントロックとコバルトゥスは共にB&Bを出て別れる。
別れ際に、コバルトゥスはラントロックに声を掛けた。

 「俺は行くけど、大丈夫か?
  悪い奴等には気を付けろよ、ラント。
  家族を悲しませるんじゃないぞ」

 「……分かってるよ」

忠告には倦んざりしながらも、ラントロックは引き止められない事が意外だった。

 「じゃあな、ラント。
  元気でな」

コバルトゥスは片手を額に添え、軽い敬礼の仕草をする。
自分も何か言わなければと、ラントロックは懸命に台詞を考えた。

 「小父さんも気を付けて、お元気で」

 「ははは、有り難う」

彼の不器用な気遣いが可笑しくて、コバルトゥスは爽やかな笑顔で応える。
ラントロックは据わりの悪さを感じながらも、不快な気分ではなく、どこか寂しく思っていた。
――ラントロックの姿が見えなくなった後で、コバルトゥスは真顔に戻る。

 (さて、どうした物かな?
  俺は先輩みたいに、人の架け橋になれるだろうか……)

内心では、どうやって父子の仲を取り持とうかと、思案していた。

401 :創る名無しに見る名無し:2016/01/20(水) 19:31:07.94 ID:y8VgrW6Y.net
楽園島


カターナ地方の小島フィルダースにて


カターナ地方周辺小島群から、更に南に行った所に、共通魔法社会とは隔絶した島がある。
その名はフィルダース島。
島民の人口は約700。
年中気温は高目だが、荒天が少なく、絶えず穏やかな風が吹く、過ごし易い気候。
天然の果物が豊富で、どれも手の届く所にあり、取り放題。
近海には魚も多く、釣りをすれば入れ食い状態。
喉が渇けば清らかな川の水を飲み、腹が減れば、その辺の物を取って食べる。
特に懸命に働かなくても生きて行ける、通称は楽園島。
共通魔法社会に影響されず、独自の文化を持っている島は珍しくないが、その殆どは、
幾らか近代的な思想や文明が持ち込まれている。
しかし、フィルダース島だけは「全く」影響を受けなかった。

402 :創る名無しに見る名無し:2016/01/20(水) 19:36:57.78 ID:y8VgrW6Y.net
フィルダース島民は言語を持たず、身振り手振りのみで遣り取りをする。
島民の性格は怠惰であり、熱情が無く、1日の大半を寝て過ごす。
島民は他の多くの地域で行われている、農耕や牧畜をしない。
鍛冶や狩猟もしない。
大陸や周辺小島群との交易もしない。
大きく葉を広げる樹木の下で暮らす為、家を持たないので、大工も要らない。
日常生活には不便が多いが、近代文明を取り入れようとする気配も無い。
島の集落は殆どが河口付近にあり、島の中心部には誰も住まない。
それは「不便だから」との事らしいので、閉口するより他に無い。
進化や進歩と言った物は、フィルダース島民には無縁なのだ。
何も彼も偏に、島には天敵も天災も無いが故。
正に楽園。
だが、外から島を訪問した人間は、余りに何も無い生活に耐えられず、島を離れると言う。
この島は文化保護の名目で、有らゆる物の持ち込みが制限されているのだ。
それでも偶に、楽園での生活が気に入って、永住する者が現れる。
文明社会に疲れたら、楽園島に行ってみよう。
嘘か真か、ここには現代人が忘れて久しい、本物の「豊かさ」があると言う……。

403 :創る名無しに見る名無し:2016/01/20(水) 19:48:23.73 ID:y8VgrW6Y.net
古代魔法研究所に所属している、魔導師サティ・クゥワーヴァと、彼女の護衛兼監視役の、
執行者ジラ・アルベラ・レバルトは、小型船に乗ってフィルダース島へ向かう所だった。
海には凶悪な生物が多数棲息しており、滅多に船は出せないのだが、この時は偶々運が良かった。
カターナ地方周辺の海棲生物は、縄張りを周期的に変更する習性があり、これによって、
異種或いは同種間の不必要な衝突を避けている。
その隙間を縫って航行する事で、危険と言われている海域へも出掛けられるのだ。
周期が突然変わる事もあるので、絶対に安全と言う訳ではないのだが……。
お負けに航行期間が限られているので、楽園島に滞在出来るのは数日だけ。
今回は3日間。
一度時期を逃すと、何月も滞在する破目になる。
それでも楽園島に行きたがる者は絶えない。
しかし、楽園島に行けるのは、一度に10人程度。
多数の希望者にも拘らず、魔導師会が規制を掛けている。
これも文化保護が理由と言う。
サティは研究の名目で、ジラと共に特別な許可を受けて、フィルダース島行きの船に乗っていた。
彼女は展望室の椅子の上で、島での注意事項が書かれた小冊子を熱心に読み込んでいる。

 「サティ、そろそろ島に着くよ」

 「……ええ、はい」

ジラが声を掛けると、サティは振り向きもせず、生返事をする。
彼女は呆れて問い掛けた。

 「何回読めば気が済むの?」

 「島で無礼を働く事になっては行けませんから。
  ジラさんは内容を全部記憶しているのですか?」

 「してないけど、私は船酔いしたくないから。
  サティは平気――みたいだね」

サティは船上でも、何時も通り浮遊している。
船体の揺れに合わせて、波間に浮かぶ様に、微かに上下しながら。
これも酔いそうな物だが、サティは慣れているのか、澄ました顔。
船に乗らなくても、飛んで島に行けるのではと、ジラは感心するやら呆れるやら。

404 :創る名無しに見る名無し:2016/01/21(木) 19:27:39.07 ID:ibfDhBG0.net
船が島に着くと、2人は直ぐに上陸した。
日差しは強い物の、穏やかな風が絶えず吹いているので、暑過ぎると言う事は無い。
極一般的にイメージされる、南国の島その物。
そこらで疎らに島民の姿が見られる。
島民と擦れ違う時は、無言で会釈。
誰も彼も裸に近い格好をしているので、サティとジラは目の遣り場に困った。
中には、どこも全く隠そうともしない者もある。
島民の様子を見ている内に、この島は実は無人島なのではと、サティとジラは思い始めた。
島民は人語を話さないし、他のコミュニケーションも必要最小限しか取らない。
彼女達と共に船で来た、他の訪問客が話し掛けても、首を傾げるだけ。
見た目が人に似ているに過ぎない、別の生き物ではないかと……。
何故、そんな事を思うのだろうか?
文化が違うから?
サティは溜め息を吐く。

 「この島では、人から話を聞く事は出来なさそうですね……。
  集団の『長』と言う概念も持たない様ですし……。
  島の人々は一体何の為に生きているんでしょう?」

その疑問は余りに失礼ではと、ジラが咎めた。

 「そこまで言わなくても。
  普通の人は、普通に生きるだけで、色々大変なのに」

 「そうでしょうか?
  少なくとも、この島では……」

サティが全て言わずとも、ジラには彼女の考えが伝わった。
この島では誰も生きるのに苦労しているとは思えない。

405 :創る名無しに見る名無し:2016/01/21(木) 19:31:07.70 ID:ibfDhBG0.net
サティは港で船長に島の話を聞く事にした。
他に、真面に島の話が出来る人は、居ないと思ったのだ。

 「船長、お話を伺っても宜しいでしょうか?」

サティの問い掛けに、船長は姿勢を正して応じる。

 「何でしょう、魔導師さん」

 「この島の事を、教えて欲しいのですが……」

 「私の知っている範囲で良ければ、お答えします」

快諾した船長に、サティは早速問い掛けた。

 「有り難う御座います。
  では先ず……、船長は何時から、この島への航路を担当しているのですか?」

 「今年で3年目になります」

 「意外に最近ですね」

立派な髭を蓄えた、50代前後の船長の風貌から、結構な実績がある物と彼女は予想していたが、
どうやら違う様子。
船長は少し顔を顰めた。

 「前任の船長の船が海獣に襲われて沈んだので、仕方無く私が後任を引き受けたのです。
  前任の船長とは知り合いだったので」

 「それは……失礼しました。
  お悔やみ申し上げます」

サティが謝ると、船長は一層不快そうな顔をする。

 「死んだ訳ではないのですが……」

 「す、済みません」

早合点だったとサティは赤面した。

406 :創る名無しに見る名無し:2016/01/21(木) 19:35:50.98 ID:ibfDhBG0.net
船長は小さく笑うと、遠い目をして零す。

 「いや、死んだも同然か……。
  貴女の言う通り、たった3年ですから、この島の事には、そんなに詳しい訳じゃありません。
  だけど――……」

 「だけど?」

 「この島を、私は好きになれそうに無い……。
  嫌な所ですよ」

彼は態々言い直した。
サティが理由を問う前に、船長は背を向けて、船に戻ってしまう。
意味深な態度に、サティが首を傾げていると、話を聞いていた乗組員が、彼女に声を掛ける。

 「魔導師さん、前任の船長は、この島に住んでるんです」

サティは吃驚して、尋ねた。

 「海に投げ出されて、流れ着いたのですか?」

 「多分、そうなんでしょう。
  運良く……と言って良いのかは分かりませんが……」

素直に喜べない事情でもあるのかと、訝る彼女を見て、乗組員は苦笑いした。

 「お解りでしょう。
  『この島の住民になる』って事が、どう言う意味か……」

サティは愕然として、目を瞬かせる。
乗組員は俯いた。

 「1人だけ生き残って……。
  お喋り野郎は嫌われますかね」

そう最後に呟いて、彼は船長の後を追う様に去って行く。

407 :創る名無しに見る名無し:2016/01/22(金) 20:23:26.60 ID:6iG/XIGg.net
後で、サティは再び船長に話を聞きに行ったが、結局大した事は分からなかった。
徒に時だけが過ぎて、夕方を迎える。
フィルダース島に滞在する期間は3日。
3日経たなければ、唯一大陸に帰る事は出来ない。
しかし、ここは楽園島。
誰も家を持たないので、当然宿も無い。
船員達は船で眠れるが、乗客は適当な木陰を見付けて、そこで休むのだ。
丸で原始生活――否、原始人でも未だ家を建てる等して、文明的な生活をするだろう。
やや高目の気温は夜も然程変わらず、島民は衣服を必要としない。
寝ている間に人を襲う動物や虫も居ない。
サティとジラは他の乗客達と同じく、落ち着かない気分で、星空の下、一夜を過ごした。
翌朝、サティは明るさを感じて、目を覚ます。
未だ辺りは薄暗く、空の片側だけ淡い赤に明るんでいる、薄明の時間帯。
島民も他の訪問者達も、今は夢の中なのか、人っ子一人出歩いていない。
小腹が空いたと思ってサティが辺りを見ると、少し離れた所に『野苺<ワイルド・ベリー>』が目に入る。
1つ摘まんで食べると、仄かな甘味と程好い酸味が、口の中に広がる。
何気無く視線を上に遣ると、『桃<ファルー>』の仲間の木が小さな実を付けていた。
こちらも、よく熟れていて甘い。
傍の小川を流れる冷水は澄んで清く、煮沸消毒せずとも害は無い。
夢でも見ているのかと、サティは自分を疑った。
余りに都合が好くて、気味が悪かった。

 (だからこそ、楽園島なのか……)

これが幻覚でなければ良いがと、サティは独り膝を抱えて、昇る太陽を見届けた。

408 :創る名無しに見る名無し:2016/01/22(金) 20:26:44.51 ID:6iG/XIGg.net
サティから遅れる事、数角……。
南東の時が近くなって漸く、ジラが目を覚ます。
彼女は大きな伸びをした後、サティに挨拶した。

 「んーー、お早う、サティ」

 「お早う御座います、ジラさん。
  随分遅い目覚めですね」

呆れた風に言うサティを余所に、ジラは欠伸をして、寝惚け眼で乱れた髪を弄る。

 「何故だか、よく眠れちゃって」

彼女は目覚ましに、小川で顔を洗いに行った。
サティの元に戻って来たジラは、徐に魔導師のローブを脱ぎ始める。
下には服を着ているのだが、サティは吃驚した。

 「な、何をしているんですか、ジラさん!」

 「いや、暑いからさ……。
  島に居る間はローブ着なくても良いかなって。
  周りも皆、薄着だし」

ジラは辺りを歩いている人々に目を遣った。
島民だけでなく、サティやジラと共に来た訪問者達も、軽装で彷徨いている。

 「身分を明らかにする為に、公務中の魔導師は『制服』の着用を義務付けられています。
  私の護衛は仕事ではないのですか?」

 「良いじゃない、固い事言わないで」

平気で薄着になるジラに、グラマー地方民のサティは閉口した。

409 :創る名無しに見る名無し:2016/01/22(金) 20:33:53.39 ID:6iG/XIGg.net
その辺で取った果物を、腕に抱えて食べながら、ジラは大きな溜め息を吐く。

 「はぁ……、腑抜けになっちゃいそう」

 「もう十分腑抜けていますよ」

 「あはは、確かに。
  楽園島ねー。
  永住するとなると退屈だろうけど、偶の息抜きには丁度良いかな」

呑気なジラの横で、サティは神妙な面持ち。

 「どうしたの、サティ?
  お腹空いた?
  食べる?」

ジラが桃の実を差し出しながら尋ねた所、サティは柔(やんわ)りと受け取りを拒否して、
逆に尋ね返した。

 「ジラさんは、おかしいと思いませんか?」

 「何が?」

 「この島には子供が居ません。
  人口約700の孤島ですよ?
  これは異常です」

島民の平均寿命が70歳前後だとして、0〜70歳まで各年齢10人弱、島に住んでいる計算。
多少の偏りや差異はあるにしても、少なくとも100人は子供が居る筈。

 「家の中に――って、この島には家が無いか……。
  実は限界集落?」

サティの指摘で、ジラも不審に思った。
全く子供の姿が見えない理由とは?

410 :創る名無しに見る名無し:2016/01/23(土) 19:40:55.61 ID:EHn/oG0s.net
子供が居ない他に、もう1つサティは気付いた事がある。

 「それと、この島の人達……人種が違います。
  単一の民族ではなく、どうやら外からの人が――」

ジラは頷く。

 「あー、それは思った。
  結構、島の外から移住する人が多いみたい?
  カターナ地方だけじゃなくて、他の地方からも」

彼女の考えを、サティは否定した。

 「そうではありません。
  この島は多分、移民だけの島」

 「飛躍し過ぎじゃない?
  若い人は島が退屈で出て行っただけとか……」

 「言葉も喋れないのに、月に数回しか来ない船に乗って島から出て?
  とても真面な社会生活が送れるとは思えません」

ジラは沈黙する。
では、この島の人達は単に日々を安楽に過ごしていると言うのか……。
仕事をしている所か、趣味に没頭している様子も無い。
食事と睡眠だけをして、他には何もせず?
サティはジラに言う。

 「船長が、この島を『嫌な所』だと言った意味、私には解ります」

眩い日差しと、穏やかな風、心地の好い空気とは裏腹に、不気味な物が潜んでいる。
それをサティは強く感じていた。

411 :創る名無しに見る名無し:2016/01/23(土) 19:44:13.06 ID:EHn/oG0s.net
この不気味な物の根源を突き止めようと、サティは考えた。
フィルダース島は自然に恵まれた豊かな土地ながら、余りに不自然。
勝手に育ち、撓わに実る果樹には、害虫が付かない。
人に集る、鬱陶しい蝿や蚊が存在しないと言うのも、異常だ。
魔力の流れに、特に変わった所は無いが、それは人が住んでいる河口付近だけの話。
島の中央の森は調べていない。
サティはジラに呼び掛けた。

 「島の森を調べたいと思います。
  ジラさん、付いて来て下さい」

所が、ジラは明から様に嫌な顔をする。

 「ええー、森の中に入るの?
  虫とか出そう……」

 「魔導師のローブを着ていれば、大丈夫でしょう。
  正か、そんな軽装で行く気ではありませんよね?」

ジラの服装はカミシアに、レギンスのみ。
靴も脱いで裸足だ。
彼女は自身の魔法色素で薄く紫掛かった、美しい黒髪を掻き上げ、気怠そうに言う。

 「ローブ着たら暑いし……。
  それにさ、『小冊子<パンフレット>』に書いてあったじゃない」

 「何が?」

 「共通魔法は使うなって。
  この島には、大陸の文明を持ち込んだら駄目なのよ。
  常識や思想もね」

ジラは溜め息を吐いて、側に生えているルブリカの木に撓垂れ掛かった。

412 :創る名無しに見る名無し:2016/01/23(土) 19:48:48.22 ID:EHn/oG0s.net
やる気の無い彼女に、サティは苛立って告げた。

 「私は独りでも行きますよ!」

 「そう向きにならないで。
  急がなくても良いじゃない。
  午後からにしようよ」

ジラまで島の影響で無気力になったのかと、サティは危機感を覚えた。
もう何を言っても無駄だと見限り、彼女は独り島の森へ侵入する。
小冊子には、「港や集落から余り離れないで下さい」とも書いてあったのだが、この期に及んで、
観光客向けの注意を守る積もりは無かった。
サティが森に踏み入ると、急に悪寒が走る。
彼女は身震いして、一旦足を止めた。

 (やはり何かある……)

サティは確信して、注意深く森を進む。
少し歩くと、頭上に架かっている枝から、小さな蛇が何匹も降って来た。
気配を察知したサティは、素早く後退する。
蛇は毒々しい配色をしており、一見しただけで毒持ちを疑う。
それはサティの行く手を塞ぐ様に、その場を動かない。

 (この蛇は一体?)

蛇如きに魔法を使うのも何だと思い、サティは仕方無く、回り道をする事にした。

413 :創る名無しに見る名無し:2016/01/24(日) 20:19:49.59 ID:ZcWNrJJ1.net
彼女が他に通れそうな所を見付けて、進もうとすると、今度は黒い雨粒の様な物が降って来る。
慌てて避けた後、落ち着いて確認してみると、それは小さな蛭だった。

 (吸血蛭……。
  こいつ等は何を餌に……?)

蛭が南国の孤島に棲息している事自体は、何ら不思議でも不自然でもないが、
この島には人間以外の哺乳類は疎か、鳥類さえ見掛けない。
明らかにサティを感知して降って来たのだから、地上の動物の血を吸って生きている筈だが、
人間は森に近付かない。
詰まり、人間以外に蛭が吸血する動物が、森に棲息していると言う事になる。
蛭も他の動物も、森から出ないのか?
何故?
人間を恐れているから?

 (作為的な物を感じる……)

この調子では、どこでも同じ事が起こるだろうと予想し、サティは魔法を使う決意をした。
彼女は『球状防壁<スフィア・バリアー>』を張って、蛭が肌に接触しない様に前進する。
森の深く深くへ行くに連れて、バリアーに次々と小虫が集り始める。
蛭ばかりではなく、虻や蚋まで。
その数たるや、バリアーを覆い尽くす程だ。
サティは度々バリアーに電気を流し、纏めて虫を片付けた。

414 :創る名無しに見る名無し:2016/01/24(日) 20:25:56.75 ID:ZcWNrJJ1.net
島の中心部は小さな山になっている。
迷ってしまいそうな程、鬱蒼と茂る木々の間を抜けて、サティは山の頂上に着いた。
山頂は禿頭の様に、不自然に木が少なく、開けている。
そこで彼女は1匹の白毛の猿と出会(でくわ)した。
白猿は巨大なルブリカの木の枝に座って、サティを見下ろしている。

 「悪魔の子よ、神域を汚すでない」

人語を喋った猿に、サティは驚く。

 「人の言葉が話せる……。
  霊獣か?」

 「その様な物と一緒にするな。
  私は人の弟」

猿の尊大な物言いに、サティは眉を顰めた。

 「お前が、この島を管理しているのか?」

 「如何にも」

 「人を無気力にして……。
  一体何の為に!」

 「この島は人の目指した楽園である。
  無限の命こそ無い物の、人は穏やかに暮らせる」

 「楽園?
  神様気取りか!」

サティが怒鳴り付けると、猿は小さく首を横に振った。

415 :創る名無しに見る名無し:2016/01/24(日) 20:28:01.62 ID:ZcWNrJJ1.net
この白猿は、そこらの霊獣、妖獣とは異なる。
邪気や敵意が感じられない。
しかし、サティに対して余り良い感情を抱いていない事は確か。

 「ここは楽園島。
  現世に疲れた者が、迷い込む所。
  招かれざる者よ、往(い)ね」

 「私の問いに答えろ!
  人を無気力にして、何の積もりだと訊いている!」

サティは魔法資質で白猿を威圧した。
弱小な獣では、竦み上がって動けなくなる程の気迫。
所が、この猿は全く意に介さない。

 「落ち着き給え。
  能力で脅し掛けるのが、君の正当な方法か?」

猿に正論で返されて、サティは歯噛みした。

 「……私の問いに答えろ」

彼女は威圧を解き、再度問い掛ける。
猿は頷いて、静かに答えた。

 「この島は楽園である。
  現世に疲れた者が、迷い込む所」

大人しく矛を収めたのに、答は同じ言葉。
サティは激昂して、再び威圧する。

 「好い加減にしろ!
  こんな所が楽園だと?」

416 :創る名無しに見る名無し:2016/01/25(月) 19:04:33.38 ID:8My76m48.net
それにも拘らず、白猿は尚も冷静だった。

 「楽園だとも。
  この島には苦痛も悩みも無い」

 「それで、『生きている』と言えるのか!」

 「では、問おう。
  人は何の為に生きる?」

 「明日を、より良く生きる為だ!」

迷い無くサティは言い切るサティに、白猿は感嘆の息を吐くも、問いは止めない。

 「では、再び問おう。
  君の世界は、より良くなっているか?
  文明が進歩して、利便性を極めて、今日の君は、昨日の君より、よく生きているか?
  10年後、20年後の君は、今より良く生きているかな?」

 「未来の事は分からない。
  だが、希望はある!」

 「では、往ぬるが良い。
  この島は生存競争に疲れた者達の楽園だ。
  生き急ぐ事も無く、人は静かに死へと向かう。
  安楽の国」

 「巫山戯るな!
  生きる意志を無くして、死を待つばかりでは、動物以下だ!
  この島の人々を解放しろ!」

サティが強い口調で迫ると、猿は悲しそうな顔をした。

417 :創る名無しに見る名無し:2016/01/25(月) 19:07:28.25 ID:8My76m48.net
猿の口から出たのは、意外な言葉。

 「君は何と残酷な事を言うのだ……。
  生きる事に疲れた者達に、鞭打つ様な真似を」

 「それでも人は生きなければならない!」

 「何故、放っておけぬ?
  今も昔も、人の世で生きると言う事は、他者を蹴落とし、勝ち上がる事だ。
  誰もが理想を掴む事は出来ない。
  故に、人の世は野心や野望が強く、無慈悲な者程、伸さ張る様になっている。
  希望と言えば聞こえは良いが、裏を返せば、強欲、俗悪の事。
  安心し給え、欲の強い者は、この地には住めぬ様になっている」

サティは島民の暮らしを思い返した。
淡々と日々を過ごすし、本当に「生きているだけ」の人々。

 「……強欲な者は、この島では飽き足りないと」

 「よく解っているではないか。
  寝食さえ儘ならぬ者が、世に幾らでも居ると言うのに、他者の何千何万倍もの富を集め、
  贅の限りを尽くしても、未だ飽き足りぬ者が居る。
  そんな人間にとっては、この島は退屈だろう。
  ここでは誰も殺さなくて良い、誰からも奪わなくて良い」

誰を害する事も無く、誰から害される事も無く、平穏に暮らす。
それは確かに理想なのだろうが、サティは認められなかった。

 「そして、何も成さず死ぬと言うのか!
  安楽死と何が違う!」

 「何も違わぬ。
  積極的に死ぬか、消極的に生きるか、その位だな」

白猿は溜め息を吐く。
丸で猿自身も、人間社会に疲れているかの様に。

418 :創る名無しに見る名無し:2016/01/25(月) 19:17:02.26 ID:8My76m48.net
サティは不可解に思い、改めて問い掛けた。

 「お前の正体は何なのだ?」

 「私は人の弟。
  人より後に創られた存在。
  君達が『動物』と呼ぶ生き物」

 「どこで、そんな知識を得た?」

 「『天より授かった』と言えば、信じて貰えるかな?」

サティは無言で猿を睨む。
全く信じていない様子の彼女に、猿は言う。

 「……どう思ってくれようと勝手だが、この島は旧暦から私の管理地。
  魔導師会も手を出さぬと約束してくれた。
  それに、君は誤解しているが、私は人の精神を弄ったりしていない。
  島民は皆、自ら望んで島に滞在している」

 「服を着ないのも、言葉を失ったのも、望んだ事だと?」

出任せではないかとサティは疑った。
「人の意志」を重んじる魔導師会なら、この島の存在自体を許さない筈だと、彼女は考える。
神に祈る事を止めて、前に進む決意をしたのが、現人類なのだ。
神の奇跡や救済に頼らず、人の意志で生きて行くと、強く立ち上がった。
それこそが魔法大戦。

 「この島は嘗て聖君が目指した、楽園の雛形なのだ。
  飢えも不安も無ければ、争いは起こり様が無い。
  島民の暮らしを見ただろう。
  皆、不幸だったか?」

 「そんな事は聞いていない!
  魔導師会が手を出さないと約束しただと?
  本当なら、どんな理由で?」

 「この島は戒めであると同時に、自らの姿を映す鏡でもある。
  ここが楽園に見えると言う事は、現世は地獄なのだろう。
  君には、どう見えている?」

猿の問い掛けに、サティは暫し沈黙した。
競争社会では、必ず勝者と敗者が生まれる。
魔導師会が目指す世界から、零れ落ちた人々の事を、今までサティは考えなかった。
成功を掴む人が居る一方で、何も成せずに落ちて行く人も居る。
身分制度は形を変えて残り、やはり富める者と貧しい者を生み出す。
サティ自身は成功者と言えるだろうが……。

419 :創る名無しに見る名無し:2016/01/26(火) 19:52:40.98 ID:pHf+62Y1.net
猿は続けて語り掛ける。

 「私が島の管理を放棄しても、島民は君の様に『幸せ』にはなれぬ。
  帰る場所を失くして、辿り着いた者達なのだから。
  生きるだけでも苦労するだろう」

 「それでも――」

 「『無為に生きるだけの生き方よりは増し』かな?
  本当に、そうなのだろうか?
  拝金主義に呑まれ、只管に富を追い求める事が?
  他者から蹴落とされない様に、役職や権威に縋り付く事が?
  自らを殺して、世の為人の為と言いながら、働く為に働く事が?
  安い金で扱き使われ、貧しい日々を耐えて凌ぐ事が?
  それこそ、『生きる為に生きている』のではないか」

超然とした猿の態度に、これを言い負かす事は出来ないと悟ったサティは、口を噤んだ。
一部ではあるが、そうした人々が存在するのは事実。
彼女には社会を大きく変える様な力は無い。
言葉も失った島民は、島を出ては生きて行けない。
そうジラに言ったのは、サティ自身だった。

 「今一度問おう。
  この島……君には、どう見える?」

サティは白猿が島を「鏡」だと言った意味を理解した。
人間社会が幸せなら、この島に永住しようと考える人は少なくなるのだ。
明日への希望に満ちた人にとっては、退屈で不便な小島に過ぎないのだから。
逆に、明日に不安や絶望を感じている人には、この島が楽園に思える……。

 「……少なくとも、『人間』が住む所ではない」

苦々しくサティは断じた。
自分が今生きている世界は、他の誰かにとって不幸な物であると、認めたくはなかったが、
認めざるを得なかった。

420 :創る名無しに見る名無し:2016/01/26(火) 19:55:54.79 ID:pHf+62Y1.net
「戒め」とは、人間社会に対する「戒め」である。
この島に憧れを持つ人が増えるならば、人間社会は悪い方向へ進んでいる。
必要な事は、弱者や敗者を叱咤し、鞭打つのではなく、より魅力的で良い社会へと変える事。
一時の勝利を得る為に、穏やかで優しい人々を殺してはならない。
楽園島を「人間が住む所ではない」と言い切ったサティに、白猿は肯く。

 「そう思うならば、早々に立ち去るべきだ」

 「言われずとも、明日には発つ」

 「人間を辞めたくなったら、又来ると良い」

 「もう二度と来る事は無いだろう。
  ……失礼した」

サティは冷たく言い放つと、白猿に背を向けた。
島の現状が好ましいとは思えなかったが、魔導師会が「保護」を決めて規制している以上、
自分勝手な行動は取れない。

 「それが良い。
  真面な人間は、こんな所には関わらぬ方が……」

白猿は苦笑してサティを見送る。
行きと同じく、森の中を歩いて帰るサティだったが、今度は虫が出なかった。
しかし、彼女は完全に白猿を信用していた訳ではなく、翌日に島を出るまで、
不測の事態を警戒し続けた。
浜辺に戻って来たサティを、魔導師のローブを着たジラが出迎える。

 「サティ、独りで勝手に行かないでよ」

 「ジラさん……大丈夫ですか?」

この島は人間の社会や生活に絶望している者の楽園。
無気力に見えたジラは、島の人間と同化するかも知れないと、サティは危機感を抱いていた。

421 :創る名無しに見る名無し:2016/01/26(火) 19:57:51.77 ID:pHf+62Y1.net
そんな事等、全く知らないジラは、眉を顰める。

 「何……?
  何の話?
  独りで森に入った貴女を、探しに行く所だったんだけど。
  貴女こそ大丈夫?」

サティは安堵の息を吐いた。

 「大丈夫そうですね」

 「私は貴女の事を聞いてるんだけど?」

 「あぁ、私の事は御心配無く」

 「それで、森の中に何かあった?
  古代の遺跡とか」

 「何も無かったですよ。
  只、森の中は虫が沢山居るので、迂闊に入らない方が良いですね……」

 「だから私、言ったじゃない。
  虫が出そうだって」

 「はぁ、そうでしたね……」

サティは怪しい白猿の事は伏せて、ジラに話を合わせた。
白猿の存在を明かしても、無用な混乱を招くだけだと思ったのだ。

422 :創る名無しに見る名無し:2016/01/26(火) 19:59:51.33 ID:pHf+62Y1.net
サティは島を発つまで、島民達の暮らしを静かに観察した。
楽園、フィルダース島……。
島民達は原始的な生活に満足して、争い合ったり、奪い合ったり、傷付け合ったりしない。
木陰で呆っと座っていたり、砂浜で肌を焼いたり、海で泳いだり、散歩をしたり、気が向いた時に、
それぞれ思い思いの事をする。
基本的に単独行動だが、集団から付かず離れずの微妙な距離を保つ。
誰も彼も気が抜けた様に、穏やかで大人しく、争いが起こらない。
擦れ違い様には会釈をし、見知らぬ人でも困った顔をしていると、無言で食べ物を差し出す。
拒否されると少し悄気て、自分で食べる。
裸ん坊だが、皆々良い人で――サティは物悲しくなった。
ここには現代人が忘れて久しい、本物の「豊かさ」があると言う。
だが、その正体は元々普通に社会生活を営んでいたのに、競争社会から落ち零れた者達なのだ。
楽園とは悲しき敗者達の島。
勝者には決して辿り着けない境地。
どちらが天国で、どちらが地獄なのか……。
島を発つ時になって、船上から物憂気な顔で島を見詰めるサティを、ジラは揶揄した。

 「もう少し『楽園』に滞在していたかった?」

サティは静かに首を横に振る。

 「いいえ、もう十分です。
  私達は人間の世界で生きて行かなければならないのですから」

あれだけ恐ろしかった島が、今は美しく見えていた。
幸いにも、帰りの船に乗り損ねた者は居ない……否、1人増えている。
船員の格好で紛れていた「増分」に、サティは気付いた。
話を聞くと、数月近く島民として暮らしていたが、虚しさに耐え切れなくなったと言う。
服は船員に借りたらしい。
人とは業の深い生き物である。

423 :創る名無しに見る名無し:2016/01/27(水) 19:14:46.48 ID:CdkNavHq.net
ラントロック誕生!


禁断の地にて


ある秋の深夜、禁断の地の村外れにある魔法使いの家で、新しい命が生まれようとしていた。
もう直ぐ父親となるワーロックは、どうか無事に我が子が生まれる様にと願いながら、
息む妻カローディアの手を取って、励まし続ける。

 「頑張れ、頑張れ」

言うだけで意味があるのかと、彼は内心効果を疑問に思っていたが、他に出来る事は無い。
狭い村の事、助産行為が出来る人間は限られている。
一時的に分娩室へと変わった寝室の中には、妊婦のカローディアと、夫のワーロックと、
カローディアの実妹で既に出産を経験しているルミーナ、そして助産経験豊富な村の産婆ベルベ、
以上4人だけ。
ワーロックは出産予定日を前以って知らされていながら、夜中にカローディアが突然産気付いたので、
慌てて義妹のルミーナを頼り、そのルミーナはベルベを呼んだ。
そして、ベルベの指示でワーロックとルミーナは準備を進め、後は生まれて来るのを待つだけと言う、
この状況である。

424 :創る名無しに見る名無し:2016/01/27(水) 19:19:58.62 ID:CdkNavHq.net
ベルベは夫婦に聞こえる様に、出産の様子を大声で実況する。

 「ほーら、頭が出て来たよ!
  お母さん頑張って!
  もう少し、もう少し!
  1、2、はい息んで!
  1、2、はい!」

彼女の号令に合わせて、カローディアは懸命に息む。

 「はぁっ、はぁっ、ン゛ン゛ン゛……。
  フゥー、はぁっ、はぁっ、ン゛ン゛ン゛……」

息を荒くし、辛そうに顔を顰める妻を見て、彼女の顔の汗を拭うワーロックも、
自然に呼吸を合わていた。

 「はっ、はっ、フーー。
  はっ、はっ、フーー」

その内に、ポンと赤子が飛び出して、オギャーと大きな産声を上げる。

 「おー、おー、出て来たー」

赤子を取り上げたベルベは、一際大きな声で無事に産まれた事を報せた。
出産の苦しみを耐え抜いたカローディアは安堵して、大きな息を吐く。
文字通り真っ赤な子を、ベルベは毛布に包みながら、早口で言う。

 「はー、生まれた、生まれた。
  元気な男の子だよ。
  魔法使いの子でも、赤ん坊は赤ん坊、何も変わらないね」

彼女は濡れた赤子の体を軽く拭いた後、臍の緒を鋏で切り落とすと、呆然としているワーロックに、
赤子を押し付けた。

 「お父さん、お母さんに見せてやりなさい」

 「は、はぁ」

 「呆っとしてないで、確り持ちな!
  あんたの子だよ!」

ワーロックはカローディアの手を放して、我が子を受け取った。
彼は真面真面と、赤子の顔を見詰めて、自分と類似した所が無いか探す。
濃い黒髪はワーロックの影響が強いだろう。
カローディアからの遺伝ならば、幾らか髪色が薄くなる。
しかし、生まれたばかりで目が開いておらず、しかも泣き通しだったので、他の特徴は、
よく分からなかった。

425 :創る名無しに見る名無し:2016/01/27(水) 19:24:00.83 ID:CdkNavHq.net
これが自分達の子なのかと、ワーロックは生命の神秘を前に、何とも不思議な気持ちで、
赤子を抱えた儘、カローディアの前に屈み込んだ。

 「カリー、私達の子だ!」

カローディアは薄目を開けて、赤子の頬を人差し指で撫でると、安心した様に微笑む。
生まれた子はカローディアの希望で「美しさを表し」、ワーロックの希望で「ロックの名を含む」、
ラント(輝きの)ロックと決まった。
2人にとっては、正に幸福の絶頂。
しかし、これが同時に苦悩の始まりでもあったとは、知る由も無かった……。
最初の異変は、誰も気付かない小さな所から始まっていた。
産後のカローディアの体調回復が捗々しくない……。
それは普通の産褥病の様に思われたが違った。
バーティフューラーの一族の運命は、カローディアにも静かに忍び寄っていたのである。
そうとも知らず、ある程度カローディアの体調が回復した時点で、ワーロックは再び旅商に出掛け、
家を留守にする事が多くなった

426 :創る名無しに見る名無し:2016/01/28(木) 02:29:52.04 ID:sUPOct2j.net
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/natsudora/1392245588/172
        ↑  ↑  ↑  ↑  ↑

427 :創る名無しに見る名無し:2016/01/28(木) 19:23:47.19 ID:WGXUAupU.net
ラントロック4歳


長男ラントロックの誕生から、4年。
そろそろ我等が息子ラントロックも、家の周りから離れて、村の子供達と遊ばせるべき年頃だと、
ワーロックとカローディアは考えていた。
だが、ラントロックは母親の元から離れたがらなかった。
ワーロックが外に出ようと誘っても、全く効果が無い。
家を空け勝ちなワーロックではなく、何時も傍に居てくれるカローディアに、ラントロックは懐いていた。
これは夫婦にとっては不都合だった。
カローディアは未だ魅了の魔法使いの能力を具えているので、村に出掛ける訳には行かない。
そこでワーロックとカローディアは、リベラにラントロックを外に連れ出す様に依頼した。
ラントロックの「親しみ」の序列は、一に母、二に義姉であり、ワーロックは実の父親ながら、
家庭内では最下位だった。

428 :創る名無しに見る名無し:2016/01/28(木) 19:25:54.00 ID:WGXUAupU.net
養娘であるリベラは、家庭内で役割を持つ事に拘った。
平時はカローディアの家事を手伝い、ワーロックと共に旅に出る時は商いを手伝い、
よく養父と義母を真似て助けた。
彼女のラントロックに対する態度は、「第二の母」であった。
ラントロックをよく守り、そして、彼の規範になろうとした。
今回のワーロックとカローディアの依頼は、リベラにとっては嬉しい物だった。
2人はリベラを家族として、ラントロックの姉として、認めているのだ。
外出を愚図って嫌がるラントロックを、リベラは優しく抱き締めて囁いた。

 「大丈夫、お姉ちゃんが付いてるから。
  怖くないよ」

ラントロックは「第二の母」を信頼し、泣き止んだ。
ワーロックとカローディアも、忠実忠実しいリベラを信頼しており、特に問題となる事は無いだろうと、
安心していた。

429 :創る名無しに見る名無し:2016/01/28(木) 19:30:08.75 ID:WGXUAupU.net
村の子供達は初めて見る「魔法使いの子」ラントロックに、興味津々だった。

 「リベラ、その子は?」

 「私の弟。
  ラントロック」

 「へー、余りラビゾーと似てないね。
  お母さん似なのかな」

見知らぬ人を前に、ラントロックはリベラの陰に隠れる。
その様子を見た村の女の子達は、面白がってラントロックに群がった。

 「可愛いね」

 「喋れる?
  今日は、ラントロック。
  私はイバーラ」

 「あ、あたし、キスミ。
  宜しく」

わいわいと押し掛ける女の子達に、ラントロックは吃驚して気圧される。
リベラは慌ててラントロックを保護した。

 「一遍に話し掛けないで。
  落ち着いてよ。
  ラント、怖がってる」

しかし、彼女達は聞く耳を持たない。

430 :創る名無しに見る名無し:2016/01/29(金) 20:20:24.11 ID:bpyoP+41.net
 「私も弟が欲しいなー」

 「お菓子食べる?」

 「頬っ辺、触っても良い?」

姦しくラントロックに集る女の子達に、リベラは不気味な物を感じた。
彼女はラントロックを抱いて、女の子達から引き離す。

 「どうしたの?
  皆、何か変だよ!」

女の子達は揃って、不満気に剥れた。

 「良いじゃない、構わせてくれたって」

 「そうそう」

 「悪い事は何にもしないよぉ」

一方で男の子達は、女の子達の突飛な行動に、呆気に取られるばかり。

431 :創る名無しに見る名無し:2016/01/29(金) 20:25:02.65 ID:bpyoP+41.net
怯えて自らに獅噛み付くラントロックに、リベラは保護者の精神を発揮した。
彼女は村の女の子達に、嘘を吐く。

 「ラント、少し具合が悪いみたい。
  今日は帰らせるね」

リベラはラントロックの手を引き、早足で家路に就いた。

 「あ、待ってよ、リベラ!」

所が、女の子達はリベラを追い掛ける。
何事かと、その後を男の子達も付いて行く。
結局全員揃って、村外れの家の前まで来てしまった。

 「お養父さん、お義母さん!」

リベラが切迫した声で呼ぶので、ワーロックとカローディアは揃って出迎える。

 「一体どうした?
  皆、揃って……」

事情を問うワーロックに、リベラは蒼い顔で言う。

 「皆、おかしいの!
  ラントに何か……」

村の女の子が我も我もと、ラントを抱えたリベラを取り囲んでいる様に、ワーロックも蒼褪めた。

 「魅了の魔法か!?」

432 :創る名無しに見る名無し:2016/01/29(金) 20:30:06.33 ID:bpyoP+41.net
彼の絶望たるや、天地が返る程の衝撃。
バーティフューラーの一族、トロウィヤウィッチの宿命は、男児のラントロックが生まれた事で、
断ち切られた筈だった。
しかし、その能力は受け継がれていたのだ。
愕然として立ち呆けるワーロックの後ろから、無言でカローディアが進み出る。
彼女の登場で、村の子供達の動きが止まった。
誰も彼も視線はカローディアに釘付けになっている。
リベラもラントロックも、唯1人ワーロックを除いて。
カローディアはリベラからラントロックの手を取ると、静かに家の中へと戻った。
パタンと戸が閉まる音で、皆々我に返る。

 「……なぁ、おい、帰ろうぜ」

男の子達の呼び掛けで、女の子達は先程までラントロックに執心していた事に対し、
不可解さを感じながら、村へと戻って行った。
リベラは未だ立ち尽くしているワーロックを気遣い、その場に残った。
少しの間を置いて、ワーロックは深い溜め息を吐く。

 「どうした物か……。
  困った事になったな……」

気弱に零すワーロックと共に、リベラは家の中に入った。

433 :創る名無しに見る名無し:2016/01/29(金) 20:32:03.95 ID:bpyoP+41.net
ワーロックとカローディアは、ラントロックとリベラを部屋に追い遣って、台所で夫婦会議を始める。

 「ラントに魅了の能力が受け継がれていたなんて……。
  カリー、君は気付いていたのか?」

ラントロックが魅了の魔法を使った事にも、大きな動揺を表さなかった妻に、ワーロックは問う。
カローディアは小さく頷いた。

 「確証があった訳じゃないけど……」

魔法資質が低いばかりに、それまで大事にも無関心で、呑気に過ごしていた事を、
ワーロックは後悔した。

 「ラントもトロウィヤウィッチの宿命からは逃れられないのか……」

深刻な面持ちで呟く彼に、カローディアは言う。

 「それは……未だ判らない。
  アタシの能力と、あの子の能力は違う気がする。
  確かに、アタシの魔法なんだけど……。
  御免なさい、上手く言えない」

それは高い魔法資質を持つ者の感覚なのか、それとも母子間に通じる特別な感覚なのか、
どちらにせよワーロックには解らない。

434 :創る名無しに見る名無し:2016/01/29(金) 20:33:36.57 ID:bpyoP+41.net
不安がるワーロックに、何とか真実を伝えようと、カローディアは誠意を尽くした。

 「アタシと母さんの時は、お互いに通じ合う物があったって言うか……。
  ラントには、それが無くて……。
  だから、ラントは自分に欠けた何かを、アタシに求めている様な目をする。
  そんな感じがするの……」

それでも今一つ伝わらず、ワーロックは難しい顔をする。
自然に受け継がれる筈の物を、無理に断ち切ったのが悪かったのだろうかと、
彼は沈んだ気分になった。
そんなワーロックを、カローディアは元気付ける。

 「多分、大丈夫。
  そう信じよう?」

ワーロックは小さく頷き、話を変えた。

 「ともかく、能力の制御が出来る様になるまで、ラントは村の子達とは遊ばせられない……」

 「その事なら任せて。
  能力の加減、アタシなら教えられる」

 「頼む、君にしか出来ない。
  僕も可能な限り協力するから」

夫婦は手を取り合い、今後の教育方針を固めた。
――突如発覚したラントロックの魅了の能力。
それは平和だった家族の間に、小さな歪(ひずみ)を齎す。
10年後、その小さな歪は大きく表出する。
「家族」に降り掛かる大きな試練として。


――逆襲の外道魔法使い編に続く

435 :創る名無しに見る名無し:2016/01/29(金) 20:42:12.62 ID:bpyoP+41.net
このスレは、ここで終わります。
次スレで会いましょう。

436 :創る名無しに見る名無し:2016/02/01(月) 19:00:52.22 ID:McEgaHmd.net
桐光学園中学校女子部を受験希望する子の保護者です。

先輩生徒の問題ですが、出身校は稲城市立向陽台小学校の女子。

検索したら

稲城市立向陽台小学校について教えて下さい。 - 教えて!Goo

今現在もご家庭で桐光学園中学校女子にあらざる

問題を抱えてるようです。

お父さんとの不適切な関係の画像を公開の異常者一家。

★検索ワード「 稲城市立向陽台小学校評判Y子 」★

転校を希望します。

437 :リリナ:2016/02/01(月) 22:25:40.72 ID:CgPPho7e.net
はずゅいデス〜

http://piy.pw/qEDQ4

438 :創る名無しに見る名無し:2016/02/03(水) 10:04:34.15 ID:2IRUTj7Q.net
 
お世話になります。
私、責任者の加茂と申します。以後、宜しくお願い致します。
http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ays.html
 
 http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/SW-pos.html
 http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/SW-sp.html
 http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/SW-BB8.html
 
浪速建設様の見解と致しましては、メールによる対応に関しましては
受付しないということで、当初より返信を行っていないようで、今後につい
てもメールや書面での対応は致しかねるというお答えでした。
 http://www.o-naniwa.com/
このように現在まで6通のメールを送られたとのことですが、結果一度も
返信がないとう状況になっています。
 
 http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ia-1-3.html
 http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ia-2-1.html
 http://homepage2.nifty.com/e-d-a/scurl/ia-3-1.html
 
私どものほうでも現在までのメール履歴は随時削除を致しております
ので実際に11通のメールを頂戴しているか不明なところであります。
 
●クリスタル通り122号室入居者
●浪速建設 女事務員 南野 東条  ●アパマンショップ八尾店 加茂正樹
 
!!!!!!!!!!!!!!!

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