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【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ3

1 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/08(金) 04:36:31.50 ID:Qk6jaXPx.net
 ロールプレイ(=想像上のある役柄を演じる事)によりストーリーを進める一種のリレー小説です。
(スレッドタイトルにTRPGとありますが、ダイスを振る本来のテーブルトークRPGとは異なります)
文章表現にはこだわりません。台本風(台詞とト書きによるもの)も可。重要なのは臨場感……かと。
なな板時代の過去スレが存在しますが、ここは創作板。なりきるのはストーリー内のみとします。
プレイヤー(=PL)はここが全年齢対象板であることを意識してください。過度な残虐表現も控えること。

過去スレ
【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ
http://tamae.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1454123717/

【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ2
http://tamae.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1457645564/

2 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/08(金) 04:40:23.05 ID:Qk6jaXPx.net
新規参入者はここで参加の意志を伝え、投下順の指示を受けてからプロフ(以下参照)とロールを投下して下さい。
基本的にレス順を守ること。
○日ルール(※)は3日とします。
※レス順が回ってから連絡なく○日経過した場合、次のレス番に投下権利が移行すること。
(その場合一時的にNPC(他PLが動かすキャラクター)扱いとなる事もあります)
挨拶、連絡、相談事は【 】でくくること。


名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
長所:
短所:
武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


スレタイの通り、要塞を敵から守るという主旨のもと、ストーリーを展開していきます。
名無しの方の介入もありです。
第1部は完結済、第2部は進行中。以下、1部のあらすじを投下、2部を再現します。

3 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/08(金) 04:41:44.51 ID:Qk6jaXPx.net
【第1部あらすじ】

王国の辺境……深い森の中にひっそりと屹立するベスマ要塞。
かつて帝国との大戦において重要拠点であったこの要塞はいつしか廃棄され、今やならず者達の住処と化していた。
ベスマ要塞にはいくつかの噂があった。
秘宝が眠る、亡霊が彷徨う、秘密の地下研究錬に……黒い頭陀袋を被った正体不明の怪人が棲んでいる……
噂の一部は真実だった。怪人とは死者を操る屍術師であり、亡霊とは彼が作り出したアンデッドだったのだ。
ある嵐の夜、弓使いの少女が要塞に逃げ込んだ。
ここはならず者の巣窟、と彼女の身を案じた死術師は傀儡のスケルトンを介し明日には要塞を出るよう説得する。
そんな彼に好意を持った少女はすぐにでも会いたいと言い出す。彼女は名をイルマといった。
怪人は自らを賢者――ワイズマンと名乗った。
彼はイルマに一夜の安息を約束するが、ワーデルロー・ドゥガーチ率いる帝国の軍勢はすでに迫っていた。
ワイズマンは中庭で人形の制作に没頭していた人形使い(=クレイトン)とイルマとの3人で帝国軍に立ち向かう事を決意。
運悪く立ち寄った行商のエルフ(=シャドウ)を匿いつつ、戦いの火蓋は切って落とされた。
イルマの射的の腕は確かだった。火矢を用いた作戦も功を奏し、多くの重騎兵達を殺傷し敵に打撃を与える。
クレイトンの鉄人形もその巨体と腕力で敵兵を捌くが……多勢に無勢。人形は壊され、イルマは敵矢を受け倒れてしまう。
そんなイルマをシャドウが一蹴した。彼は帝国の密偵だったのだ。
彼は何故かイルマを治癒の魔法で回復させ、秘宝を求め地下研究棟へと向かっていった。
劣勢に傾いたと思われた要塞側だったが、ワイズマンの大魔術が形勢を一気に逆転させる。
巨大な魔法陣を天に具現、死者をゾンビと化して従え、さらに死体の集合体=レギオンを作り出し、敵を蹂躙したのだ。
指揮官のワーデルローは悪魔との契約によって魔に変化するも、イルマの矢に倒れ消滅、要塞側が勝利したかに思われた。
しかしシャドウは地下通路へ続く扉の封を解き、地下研究棟へ続く回廊にまで到達していた。
イルマはワイズマンを助けようと彼を追うが、疲れ果てた上に死霊にとりつかれ気を失ってしまう。
シャドウはイルマから死霊を取り払い、その上でワイズマンを研究棟から出てくるよう挑発。
それに応じたワイズマンはその正体を現した。その身を死そのものと化した強力無比のアンデッドだったのだ。
要塞に眠る秘宝も、最高の叡智と秘術を身に付けたワイズマン自身であった。
ワイズマンの容赦ない攻撃呪文に対し、シャドウも古代エルフの魔法を用いて応戦する。
両者の戦いは熾烈を極め、それを目の当たりにしたイルマは自分のせいだと自身を責める。
ついにイルマはワイズマンの最後の攻撃魔法(帝国軍をも一瞬で滅ぼす威力をもつ)の只中に身を投じ、その威力を相殺。
息絶えたイルマの気丈さに心を打たれたシャドウは自らの命を引き換えに蘇生の呪文を唱え、倒れるが……。
 時は流れ、帝国は崩壊した。ベスマ要塞は未だその姿を留めている。
ベスマ要塞にはいくつかの噂があった。
秘宝が眠る、亡霊が彷徨う、秘密の地下研究錬に、黒い頭陀袋を被った正体不明の怪人が棲んでいる。
そして……その怪人は美しい眠り姫を守っている、という――

4 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 04:56:26.20 ID:Qk6jaXPx.net
名前: シャドウ・ヴェルハーレン
年齢: 310(外見は18歳前後)
性別: 男
身長: 185
体重: 85
種族:エルフ
職業:帝国皇帝直属の騎士だったが、現在は要塞を警護する門番
性格:計算高く疑り深い、敵には容赦しない
長所:話せば解る奴、かも知れない
短所:火炎系魔法は苦手
特技:上級魔法が使える
武器:短剣、鞭
防具:なし
所持品:魔法関連の薬草
容姿の特徴・風貌:金色の長髪を後ろで束ねる。額には五芒星の印。
簡単なキャラ解説:「この世の叡智=賢者」守るため、要塞上部で番人をしている。

5 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 04:57:49.65 ID:Qk6jaXPx.net
肌を刺す氷のような感触に「彼」は思わず顔をしかめた。しかし手元が狂わぬよう‥ゆっくりと刃を頬に滑らせる。
『行商が来たら純銀製の剃刀を手に入れよう』
いつも思うのだが「ここ」には滅多に客は来ない。
この要塞にまつわる「噂」がそうさせているのだろうが、今の彼にとってはあまり重要な事では無かった。
要塞の最上階、「医務室」と呼ばれる場で生活する彼にとっては。

あの要塞の一夜からどれほどの時が経ったのだろう。
気がついたら「地下研究棟への扉」の前に倒れていた。
少女に蘇生術を施したその後に何が起こったのか‥知るは賢者のみだが‥彼は何も語らない。
兎にも角にも彼はここに存在し、それが意味するのは‥術が失敗したという事だ。「彼女」はもうこの世に居ない。
帝国が崩壊したという情報がもたらされたのはそのすぐ後のこと。
帰る場もないが追手の心配もない。それならいっそ居座ってしまおうか、そんな軽い気持ちでここに居る。

【亜人、客だ】

いきなり声をかけられ剃刀を落とした。頬にうっすらと赤い筋が走る。
人が入って来たのではない。魔法による伝令だ。
一体いつになったら名で呼んでくれるのだろうとため息をつく。ま‥‥ネズミか蠅、よりはマシか‥?

外套を羽織り中庭に出た。春の陽気が鼻をくすぐる。
外壁の向こう側に人が居る気配。むせかえる花の香りが邪魔をして‥人間なのかどうかすら解らない。
いっそ門を叩いてくれればいい、その方が対応しやすい。

6 :創る名無しに見る名無し:2016/04/08(金) 04:59:19.96 ID:Qk6jaXPx.net
エルフの旦那、銀のナイフは要らんかね?

7 :マキアーチャ ◇hsZ84b.sAE:2016/04/08(金) 05:01:27.36 ID:Qk6jaXPx.net
名前:マキアーチャ
年齢:20
性別:女
身長:165
体重:50
種族:人間
職業:ハンター
性格:淡々としている、ツンデレ
長所:射撃の腕がまあまあ
短所:あまり頭で考える方ではない
特技:二本射ち
武器:ロングボウ、クロスボウ
防具:皮の胸当て
所持品:矢等
容姿の特徴・風貌:髪を三つ編みにした、細身のアーチャー
簡単なキャラ解説:平凡な冒険者生活に嫌気がさしている、女ハンター。
ここに来た目的:何も考えずに歩いていたらたまたま要塞にたどり着き、遺跡・廃墟マニアなので興味を持った。


私はマキアーチャだ。そこの男、お邪魔するぞ。
ところでここは何だ? あなたはここに住んでいるのか?

8 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:03:34.80 ID:Qk6jaXPx.net
>6
姿の見えぬ客。その第一声に、門を押し開けようとした腕の動きが止まる。
こちらをエルフの男と言い当てたその力強い声音はドワーフのものだった。
ドワーフの5感は鋭敏だ。花の匂いに微かに混じるエルフの匂いを嗅ぎあてるとは流石‥と言おうか。
「エルフの旦那」は首を軽く振ると、門を開けた。ドワーフは信じられる。
少なくとも人間よりは。
はたしてそこには、およそ想像した通りの男が立っていた。
背丈はエルフの半分ほど、鍛冶職人を思わせる革服を身に付けたその男は、人の良さそうな赤ら顔をこちらに向けた。
手早く敷物を敷き、自慢の商品を並べ始める。

思わず唸った。
ドワーフの手による品の何と美しいことか。装飾もそうだが、その重厚さ、心に響くものがある。
鉄の品は無かった。おそらく相手がエルフと知り、あえてその場に出さないのだろう。
日用品は無いのかと尋ねると、お安いご用と云った風に荷を解き始める。
銀の皿にフォーク、スプーン、燭台に柄の長い剃刀。
ひと揃い選び、懐の薬草を手渡した。
明らかに不審の色を浮かべたドワーフに、
これはエルフの聖地にしか生えぬ貴重なもので、魔力と生命力を引き出す薬草だと説明すると、とたんに顔をほころばせた。

取引成立。
これでもう‥食事と身支度の度に嫌な思いをせずに済む。

9 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:05:52.20 ID:Qk6jaXPx.net
>7
ふと見上げると、人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
ドワーフと入れ替わるように門の前で足を止め、じっとこちらを見つめるそれは‥人間の女だった。
イルマより歳は少し上だろうか‥などとつい思い、首を振る。
あらためて彼女を観察した。
彼の背丈とさほど変わらぬ長さの縦弓の他、横弓を装備している。
小娘の持つ弓よりいくらか上等な得物だ、と感心し‥‥ハッと我に返る。意図せず彼女と比べている自分に舌打ちする。
女はニコリともせず、マキアーチャと名乗った。警戒を少し緩める。名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀だ。

「私はシャドウ(影)と呼ばれている」

君は・と言いかけるが矢継ぎ早に質問を浴びた。ここは何か、ここに住んで居るのかと。
彼女は彼は日用品を買うところを見ていたはずだ。つまり「何故住んでいるのか」と聞きたいのだろう、と勝手に解釈する。
ふう‥‥‥っと長いため息が出た。しばし思案し口を開く。

「ここは王国の領地内。つまりここは王国の要塞」
一陣の風が吹き、咲き誇る花の花弁を吹き散らした。額に降りかかる花を手の甲で振り払う。

「この額の印は帝国騎士の証。帝国の者が王国の要塞に居る。‥故にその疑問はもっともだが‥話せば長くなる」
外套が煽られ、彼の服装が露わになる。騎士とは言うが、鎧の類を一切つけず、長剣も帯かず。

「見ての通り、私はエルフ。故に魔法が使えるが‥案ずるな。行使時はこの印が光る」
今は光を帯びていない印に軽く触れる。

「こちらの問いにも答えてもらおう。ベスマ要塞。この名を聞いたことがあるか。その名にまつわる噂も」

獅子に似た金色の眼を細め、じっとマキアーチャを見つめた。
敵なのか否か、彼女の貌(かお)から読み取る事が出来ないでいる。

10 :マキアーチャ ◇hsZ84b.sAE:2016/04/08(金) 05:06:59.37 ID:Qk6jaXPx.net
エルフの男に挨拶すると、シャドウ、と名乗られた。
ここは王国の領地内で要塞だという答えに、マキアーチャはほっとした。

「なるほど、そういうことか…
ベスマ要塞だと…?ここが!噂では地下に宝がある、ということぐらいだ。
どうせ王国が棄てたほどの要塞だ。もうとうの昔にそんなもの、無いんだろう」

シャドウに見つめられる。どうやら敵意はなさそうだ。
マキアーチャは、弓を下ろすと、その近くに腰掛けた。
「少しの間だ。弓の練習場にでもさせてもらおう。
大丈夫、気が済んだら帰るから。食料も心許ないんでね。
それにしても、この近くは甲冑やら武器やらの破片を多く見る。
この近くで少し前に戦争でもあったのか?」

11 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:08:07.53 ID:Qk6jaXPx.net
驚いた。
ベスマ要塞の宝の噂を耳にしていながら、どうせ無いのだろうと一笑に付したのだ。
冒険者はたいがい宝という言葉に弱いものだが‥‥この女、ぶっきら棒だが邪気がない。
シャドウの視線から目を逸らし、外壁に立てかけた弓の傍らに腰かけたマキアーチャを眼で追う。
印象としては悪くない。さばさばとしていて言葉の澱みもない。
が‥かといって簡単に信用は出来ない。

>「少しの間だ。弓の練習場にでもさせてもらおう。
大丈夫、気が済んだら帰るから。食料も心許ないんでね。
それにしても、この近くは甲冑やら武器やらの破片を多く見る。
この近くで少し前に戦争でもあったのか?」

ああ、と答えて要塞の周辺を見渡した。多少草木に紛れているが、かつての戦いの跡は手つかずのままだった。
無論片づける気はさらさら無い。
骨が折れるという事以前に、鉄に触れたくなかった。焼けたそれを触った時と同じ衝撃を受けるからだ。
エルフ特有の‥一種のアレルギーなのだろう。実際に火傷を負う訳ではないが。

「かつての帝国がここに攻め入った。その数は‥これを見れば想像に難くないだろう」
半分土に埋もれた鉄製の剣を足で小突いた。錆びた破片が風で巻き上がる。

「それが‥‥一夜にして全滅した。ただの3名の手によってだ。信じられるか?」
瞼を閉じる。その時の様相がまざまざと浮かび‥たまらず目を開く。
何事も無かったように歩き出した。彼女の「得物」の方へ。

「素晴らしい長弓だ。確かにここは‥練習には持ってこいだな」
長弓の例に漏れず、その長さは彼女の背丈を超えている。材質は‥骨‥或いは象牙だろうか。
主に馬上で弓を引いていた彼は、この長さの弓を扱ったことが無かった。触れてみたい。何かを射ってみたい。

要塞を取り囲む森に目を向けた。陽は高いが、鬱蒼と茂る森の中は薄暗い。
鹿がいる、と直感的に感じ取る。
軽く指笛を鳴らす。
‥3頭がこちらに注意を向けている。距離は‥320フィート(約100m)。この弓なら届くだろう。

咄嗟に長弓と矢を取り上げた。彼女が取り返す暇も与えず、矢を放つ。
横合いの風を計算に入れたつもりが‥大きく逸れ、しかも飛距離が及ばなかった。
やれやれ、といった体で弓を返した。
おそらく怒るだろう。大事な得物を取られたのだ。殺されても文句は言えない所だ。

鹿の鋭い鳴き声。
まだ1頭、こちらを見ている。今がチャンス、とばかりに顎をしゃくった。

12 :マキアーチャ ◇hsZ84b.sAE:2016/04/08(金) 05:09:05.61 ID:Qk6jaXPx.net
「かつての帝国がここに攻め入った。その数は‥これを見れば想像に難くないだろう」
半分土に埋もれた鉄製の剣を足で小突いた。錆びた破片が風で巻き上がる。
「それが‥‥一夜にして全滅した。ただの3名の手によってだ。信じられるか?」

シャドウからの説明が入る。
「なるほど。あちこちにあった白い粉のようなもの、その塊、人の骨ということか。
これは…相当の人数だな。三人で、などは不可能だろう。私は何度も戦場で撤退を経験している」

話している間にもシャドウが長弓について誉め、さらに勝手に手に取って外にいる鹿を狙い撃った。
こちらにはクロスボウがある。もしこちらを狙うなら先に撃つことなどは容易い。

外の鹿に矢を放って落胆するシャドウを見て、マキアーチャは僅かに笑った。
「あなたは見たところ弓使いではないようだな。エルフの割に、他の文化に精通し過ぎている」

「長弓の軌道は慣れていなければそれを読むのは難しい。ましてや動く動物ならな」
そう言うとマキアーチャはクロスボウを構え、クォレルを鹿に向けては発射した。
外れた、かに見えたが鹿の尻尾付近に一本が刺さっている。鹿は動きを封じられ、
他の仲間は少し離れた位置で遠巻きにしてそれを心配するように眺めている。

「このとおり、クロスボウの射線は直線。それも二本撃つことで的中率は上がる。
しかし裸の鹿を狙ってこの程度だ。これが鎧を着た人間なら相当の力と精密さが要るだろうな」

クロスボウを下ろし、窓から空を見上げた。雨が降っている。
どうやらこの晩はこの要塞で過ごすことになりそうだ。
「ついていないようだ。シャドウ、今夜はここに泊まらせてもらう。
…「死の賢者」とやらが出なければいいものだな」

13 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:10:29.08 ID:Qk6jaXPx.net
>「三人で、などは不可能だろう。私は何度も戦場で撤退を経験している」

信じられぬのも無理はない。
だがあえてそれ以上の説明はしなかった。賢者の存在を知られたくは無い。

>「あなたは見たところ弓使いではないようだな。エルフの割に、他の文化に精通し過ぎている」

マキアーチャが微かに笑う。
人の失敗がそんなに面白いか、と睨み返すが‥ついつられて苦笑した。不思議な女だ。
彼女はクロスボウを構え、2本の矢を放った。そんな短い弓で飛距離が出るものだろうか‥?
予想に反した重い発射音とともに、矢の1本が鹿に命中する。思わず漏れる感嘆の口笛。

>「これが鎧を着た人間なら相当の力と精密さが要るだろうな」

「だろうな」などと他人事のように言っているが‥‥戦場を生き抜いてきた女だ。
実際に鎧を着た人間を射った事があるのだろう。「相当の力と精密さ」によって。
あれが自分に向けられていたらと思うと背筋が寒くなる。

鹿は後ろ脚をクタリと曲げ、その場に蹲った。致命傷ではないが森で生きていく事は出来まい。ならば。
懐から短剣を取り出し、木の鞘を抜いた。銀色に鈍く光る切っ先を鹿に向ける。

【風の御使い 荒ぶる御霊よ 諸刃の剣に纏いて我が意志に答えよ】

エルフ語のスペルと共に額の印が青白く輝いた。空を裂く音を立て、短剣はまっすぐに森に飛んで行く。
意志を持つかのように獲物の周囲を旋回、その首筋を斜めに深く切り裂いた。
血飛沫を上げ倒れる鹿に驚き、仲間の鹿が森の奥へ消えた。

走れば20秒たらずの距離を【転移】の魔法を使って移動した。
たった20秒が惜しかった。急がねば死体は他の肉食獣に奪われてしまう。
まだ唸りを上げ旋回する剣を横薙ぎに掴み、鹿の「あばら」周辺だけを切り取る。
風を纏わせた刃は切れ味が良く、血糊もつかない。
刀身を鞘に納める。パチンという音が心地良く響いた。この音は好きだ。事の終わりを告げる音だ。

鹿肉の包みを下げて戻ってくるまでこの間1分足らず。
‥ふと空を見上げる。額に降りかかる雨が数滴。嵐の訪れを告げる遠雷の音。

>「ついていないようだ。シャドウ、今夜はここに泊まらせてもらう。
>…「死の賢者」とやらが出なければいいものだな」

一瞬耳を疑った。泊る事なら問題ない。むしろ大変結構。しかしその後‥彼女は何と‥‥‥?

シャドウは無言でマキアーチャを要塞内部に招き入れた。地下への階段を降り、地下食料倉庫につき当たる。
レディーファースト、とばかりに開けた扉の横に立つ。

重い扉を後ろ手で閉めた。先を行く彼女の足が止まる。
暗闇の中スペルを紡ぐと、白々とした魔法の明かりがゆらりと二人の影を作りだした。
数百の人員を賄う食料倉庫はただの広さでは無い。天井は高く、ひしめき合う棚にはおびただしい食料が備蓄されている。
相当古いものの筈だが‥どれも痛んではいない。保存に関する魔法が施されているのかも知れない。
倉庫の一角のワインセラーに足を運ぶ。

「鹿肉のソテーに合うと思わないか?」
ヴィンテージものの赤を一本彼女に差し出し‥受け取ろうとした彼女の腕を掴んだ。
ゆっくりと、しかし強引に壁際に追い詰め‥‥耳元に口を近づける。

「ディナーの後‥‥二人きりで夜を明かそう」
低い‥吐息に近い声音で囁く。宮廷時代、これで落ちなかった女はいない。
「その最中(さなか)で聞かせてくれ。‥‥死の賢者とは何か‥‥君の本当の目的とは‥何か」

彼の眼に殺気の色が浮かんで消えたのを彼女が気づいたかどうか。これを挑発と受け取れば、ここで一戦交えることになる。

14 :マキアーチャ ◇hsZ84b.sAE:2016/04/08(金) 05:11:34.90 ID:Qk6jaXPx.net
シャドウがスペルを唱えると、マキアーチャが弱らせた鹿に止めを刺した。

「あ…」
そこまでするつもりはなかったのだが、もう起こってしまったことは仕方が無い。

転移魔法らしきものを使い、気がつけばシャドウは鹿肉を持ってこちらに来ていた。
「そこまでしなくとも…まあ、感謝しよう」
腹が減っていたのは確かだ。礼が自然に出た。

シャドウは無言で地下へと来るよう促す。
「賢者」とやらが眠りを覚ますかもしれない。マキアーチャの足はゆっくりとシャドウとつけた。
しかし…

そこは食料庫のようだった。
>「鹿肉のソテーに合うと思わないか?」
マキアーチャにシャドウが迫り、耳元へと近づく。ドキリとしていくのが分かった。
>「ディナーの後‥‥二人きりで夜を明かそう」
「その最中(さなか)で聞かせてくれ。‥‥死の賢者とは何か‥‥君の本当の目的とは‥何か」

「あ…その、だな」
マキアーチャはすっかりとシャドウの仕草にうっとりとしていた。
一晩の間、男に守って貰えるのならば、それも悪くはない。元々そういう性格だ。
ワインを飲み、食事を口に入れながら久々に落ち着いた気分になっていた。
ただ、「死の賢者」というたまたま口から出た言葉にそこまで拘る理由については聞かないが。

マキアーチャがやがて、弓を置いた。
「良いだろう。共に夜を明かすことを…歓迎する。戦うつもりはない。一晩限りならな…
目的など初めからない。だが…「死の賢者」がここに居るという噂ぐらいなら知っている。これだけだ、さぁ、夜に感謝すればいい…」
食事を終え、体を横たえる。顔が紅潮し、脈が速くなっていた。

15 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:12:52.11 ID:Qk6jaXPx.net
>「あ…その、だな」

意外にも、マキアーチャは抵抗しなかった。むしろうっとりと自分を見つめ‥その眼に敵意の色はない。
知らずに【魅了(チャーム)】のスペルでも使ってしまったのだろうかと疑うほどだ。
種族は違えど所詮は雄と雌。身体を求めあうは自然の摂理か‥
マキアーチャの顎に手をかけ、唇に自分のそれを重ね合わせようと近づき‥‥寸前で止めた。愉しみは後だ。

赤ワインを数本、食材をいくつか籠に取り、最上階の医務室に向かった。
続き部屋になっている厨房兼食堂のテーブルに籠を置く。手伝おうとするマキアーチャを手で制し、準備に取りかかる。
まずは‥‥暖炉の火を厨房の炉辺に移す事からだ。


ほどなくしてテーブルには宮廷料理と見紛う出来栄えの皿が並べられていた。
メインはもちろん獲りたてのジビエだ。ローストした鹿肉のオレンジソースかけ。骨付きの赤ワイン煮込み。
付け合わせは香草のサラダ、パセリを散らしたポタージュ。
デザートは中庭の百合根を使ったオリジナルのターキッシュ・ディライト(=トルコのロクムに相当)。
どれも皇帝付きのシェフ直伝だ。
初めて人間の料理を口にしたときの感動が忘れられず、頭を下げ頼み込み仕込んでもらった結果だ。
見事な細工の銀の燭台と食器がテーブルの料理を引き立てている。
あのドワーフに感謝しなければ、と胸で十字を切る。
「聖なる糧に大いなる喜びと感謝を」
ナイフを手に取った。彼女の口に合うといいのだが。

グラスを触れ合わす音。ナイフを入れる金属音。燭台の蝋燭の‥ゆらめく炎の音。
普段の食事ではあり得ない音の数々を彼は愉しんでいた。窓を打ちつける雨音までも二人を祝福しているように感じる。
ワインが1本、2本と空くにつれ‥二人の距離が狭まる。当たり障りのない会話。こんな夜もあっていい。

食事が済み、皿を水場に運ぶ。またしても手伝おうとするマキアーチャを止め、皿を四角い箱のようなものに押し込める。
【水魔法】を用いる食洗器だ。皿の数が多い時は便利だ。
額の五芒星から放たれる光が黄色に変わる。これが赤くなった時‥魔力は底をつく。今日は少々使いすぎた。


ゴトリ‥と弓を置く音。‥つまり、そういう事だ。
目的など初めから無い、という彼女の言葉は本当ならば‥友に夜の帳(とばり)に感謝するべきだ。
寝台に横たえる身体に蝋燭の明かりが艶めかしく映る。手首を掴み、優しく組み敷く.。ギシリ‥と寝台が軋む。
そっと唇を合わせた、その時。

【亜人、客だ】

――――――いいところで‥‥!!と言いかけて全身の力が抜けた。賢者の辞書に「気遣い」という言葉は無いのだろうか?
ぐっと壁の一角を睨みつつ寝台から離れた。長いため息が出る。
賢者の声は彼女にも届いている筈。だが説明は後になりそうだ。

「共に来るか?招かれざる客かも知れないが」
腰のベルトに鞭の束を差し込みながらマキアーチャを促した。

16 :ワイズマン ◇YXzbg2XOTI:2016/04/08(金) 05:14:57.32 ID:Qk6jaXPx.net
>>15
【思考が漏れ出ているぞ、亜人。
なぜ、このわたしが君の交尾の機会に配慮しなければならないのかね?

自身を以ってベスマ要塞の門番を任ずるなら、役目を何より優先して果たせ。
わたしは忙しい。わざわざ客の相手をする時間はない。

さあ、往きたまえ。敵ならば殲滅し、流れ者ならば適当にいなせ。
誰一人として、わたしの研究棟には近づけさせないように……】

地の底から響くような、低い声。
それは、要塞の遥か最下層に居を構える『死の賢者』のもの。
一夜の宿を望む娘には取り合わず、シャドウへ一方的に用件を告げると、それはほどなく絶えた。

【当PCのご愛顧ありがとうございます。楽しそうなのでちょっとお邪魔を。失礼致しました】

17 :オーク氏族『オド・オ・オボシュ』 ◇QHUMtA89T.:2016/04/08(金) 05:16:03.75 ID:Qk6jaXPx.net
オーク、という種族がいる。
豚面の亜人種(デミ・ヒューマン)である。
古文書に曰く、その性、凶暴にして貪婪。怠惰にして狡猾。
略奪をもって是とし、姦淫をもって善とす。

かつては神代の時代に豚頭の魔王オルクスの眷属として武勇を揮ったとされるが、今やその面影は微塵もない。
森や渓谷、人里離れた迷宮など、どこにでも群れを作っては血の繋がりの濃い『氏族』を形成する。
氏族は一匹の『族長(チーフ)』を頂点とし、上意下達の一枚岩となってしばしば人里に下り、略奪行為を働く。
その文化程度は甚だ低く、精神的にも愚劣極まりないものであり、人間やエルフ等とは基本的に相容れない。
畢竟、国や地域を問わず討伐すべき対象とみなされている存在である。

そして。

「ブッヒヒ……ここがメグマ要塞かァ。なかなか立派なところじゃねェか」
「バカ、メグマ要塞じゃねエよ。ベクダ要塞だって、族長が言ってたろォ?」
「そうだったか?忘れちまったよ、ブヒヒヒ!」
「まあ、どっちでもいいやな!とにかく要塞の場所はわかったんだし!おい、族長にご報告だァ!」
「ブヒーッ!」
「ブヒヒ!」

今、ベスマ要塞は新たな侵略者を迎えようとしていた。

18 :オーク氏族『オド・オ・オボシュ』 ◇QHUMtA89T.:2016/04/08(金) 05:17:08.82 ID:Qk6jaXPx.net
名前:オーク氏族『オド・オ・オボシュ』
年齢:まちまち
性別:全員男
身長:1m程度から2m越えまで様々
体重:総じて肥満
種族:オーク
職業:蛮族
性格:凶暴、強欲、性欲旺盛
長所:戦闘慣れしており、筋力ならびに防御力は人間やエルフを上回る
短所:基本バカである。魔法は知らない
特技:どんな種族の女でも妊娠させることが可能
武器:棍棒、錆びた剣、古びた槍など様々
防具:腰ミノ(基本裸)
所持品:特になし
容姿の特徴・風貌:豚面の亜人種。
簡単なキャラ解説:50匹程度で群れを形成しているオークの氏族
ここに来た目的:ベスマ要塞を新たな根城とし、近隣の町や村を襲おうと画策している

【よろしくお願い致します。なお、やられ役ですので勝つ気は微塵もありません】

19 :マキアーチャ ◇hsZ84b.sAE:2016/04/08(金) 05:18:02.28 ID:Qk6jaXPx.net
「ん…」
シャドウの体がのしかかり、接吻が始まった。
男女のシルエットが一つになろうとしている。

しかし…
>【亜人、客だ】

どうやら妙な声が響いた、これが「死の賢者」だろうか?
マキアーチャは先ほどのことは成り行きに過ぎないので、シャドウに対して気を使ったが、

>「共に来るか?招かれざる客かも知れないが」

という言葉に即答し、向かった。
と、シャドウの足が止まる。何者かと会話をしているようだ。


「で?結局のところ、私は眠れないようだな」
不機嫌そうにマキアーチャが要塞の下を見下ろしながら言った。

どうもオークの一団がここベスマ要塞に近づいてきている。
オークというのは与しがたい相手だ。人間のように整然と攻めてはこない。
ましてやこの人数だ。かつてここに居たという伝説の戦士達のようにはいかないだろう。

既に門は閉めてある。
オークたちは草原や木のあるあたりをうろうろとしており、まだこちらを攻撃する様子はない。

マキアーチャはもしもの場合は撤退することも考え、このまま眠ることよりも撃退するという選択をした。
「シャドウ、とりあえず数発撃って様子を見る」

マキアーチャは射程の長い長弓を構え、一発を一番手前で見張りをするオークに向け放った。
しかし、その攻撃は風などで思い通りには飛ばない。オークのだいぶ手前で矢が落ちた。
やがてオークたちは仲間を呼び、矢の飛んできた方向を見た。
マキアーチャはそれに呼応し、矢を三本番え、近くの様子を見にきたオークたちに放った。

ギェェエ!という声が嫌でも要塞の屋上まで聞こえる。どうやらオークの一人の肩あたりに刺さったようで、
悲鳴を上げてのたうちまわっている。
オークたちが武器を構えはじめた。襲う算段だろう。
「シャドウ、やったぞ。ここは死の賢者とやらの加護があるんだろう?
とりあえずあいつらと一戦交えよう。無理そうだったら私は一人でも引き揚げる」

かくして、一斉に50匹程度のオークたちが要塞に近づいてきた。

【マキアーチャの宣戦布告により戦闘開始】

20 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:19:10.09 ID:Qk6jaXPx.net
>「で?結局のところ、私は眠れないようだな」

食堂の窓から外をうかがうマキアーチャの声には苛立ちが混じっている。
文句はあちらさんに、といった風に外を眼で差し、肩をすくめて見せた。
客はオークの群れ。
知性は無い、と侮りがちだが中々どうして。
「街」を作らぬエルフに取っては厄介な相手だった。
騒ぎに駆けつけたあの時も‥尻から顎にかけて杭を穿たれた同胞の姿が今でも眼に焼き付いている。
男は殺す、女は犯してから殺す。人が戦場の狂気を借りて行う行為を当然のこととする連中だ。

「こっちへ」
屋上へは向かわず、マキアーチャを銃眼(=矢を射るための狭間)のある場所へと案内した。
見晴らしは相当悪いが、春を迎えたばかりの雨はまだ冷たい。体力を消耗するのは避けたい所だ。
この要塞に設えられた銃眼は縦に長く、長弓の射手には有利だ。反面、横弓であるクロスボウには不向きとされる。
マキアーチャが弓を引き絞り、第一矢を放つ。
案の上、暴風に煽られうまく飛ばない。が、すぐにコツを掴んだらしい。非人間的な動物の悲鳴が耳に届く。

>「シャドウ、やったぞ。ここは死の賢者とやらの加護があるんだろう?」

「‥加護?」
思わず問い返した。言われて見て初めて気づいた。自分はまだ「加護」を受けていない。
もうひとつ。魔力を消耗した今‥使える呪文は一度が限度。
「容易には門の扉は破れまい。しばしここを頼む」
そう言い残し、【転移】のスペルを唱え、その場から消えた。

21 :シャドウ ◇ELFzN7l8oo:2016/04/08(金) 05:20:22.65 ID:Qk6jaXPx.net
移動先は賢者の住まう研究棟のひとつ手前、あの一夜の決戦が行われた回廊内。
座標を把握しているからこそ転移可能な場ではあるが‥‥来ていいと許された場でも無い。
こめかみに浮かんだ玉の汗が頬を滑る。手の震えが止まらない。言葉を発しようと口を開くが‥かすれ声すら出ない。
これが‥‥一夜にして身体に植えつけられた恐怖という名の呪縛。
膝を折り、両の腕を左右に広げた。深く息を吸い‥‥吐きだす。

「賢者よ!!崇高にして偉大なる我が主(あるじ)よ!!」

返事はない。回廊を漂う死霊の群れが、まるで主人の代わりを務めるかの如く引き攣った叫びを上げる。
「今一度その御姿を拝顔したく参上した非礼、お詫びいたします」
「未だ契約による加護を受けぬこの身、過分なる命を受けるに及ばぬ身なれば」
「その御身を以て我が額(ぬか)に契約の印(しるし)を授けたもう‥」

魔術のスペルにも似るシャドウの言葉は、略式ながら主との契約を結ぶ形式、儀式に乗っ取ったものだった。
いま額にある正五芒星は帝国の印、以前はこれを介して本国より魔力の供給を得ていたのだ。
だからこそ死霊を従えるという大技も使えた。
だが、失われた帝国はもはやその役を為さない。彼自身の魔力では到底門番の任など負える筈もない。
賢者と契約を結ぶことは、彼自身には必要なことだったのだ。

「賢者よ!ご返答を!!」哀願の叫びが虚しく響く。

「よもや‥こうお考えか!?この額にある‥帝国の印が邪魔だと!!?」
シャドウは短剣の鞘を抜いた。眉間に切っ先を当て、一息に額を薙ぐ。
両手の平を床につき、深く首(こうべ)を垂れた。ポタリ‥‥緋色の雫が白い大理石に新たな彩りを与える。

「帝国の犬は‥今ここに‥ただの犬となり果てて御座います‥」
彼はそのまま動かなかった。ひたすら賢者の返答を待つつもりである。


「我が真(まこと)の名はヴェルハルレン。主を裏切らぬ印なれば、お受け取りを」

22 :マキアーチャ ◇hsZ84b.sAE:2016/04/08(金) 05:21:24.98 ID:Qk6jaXPx.net
>「こっちへ」

「こんなものが…あったとはな」
銃眼。こちらからの攻撃はきわめて容易だが、向こうからこちらを狙うのは至難をきわめる。
はっきり言ってたいした腕ではないが、矢もふんだんにあるようだ。

>「容易には門の扉は破れまい。しばしここを頼む」
そう言ってシャドウはその場を離れる。その瞬間マキアーチャの胸に不安がよぎった。

「さびしくなるな」
シャドウの背中にそう声をかけると、オークの軍勢に向き直る。

迫り来るオークに次々と長弓から矢を浴びせかける。
攻撃は外れが7割だが、速射と敵が殆ど飛び道具を持っていないこと、銃眼のおかげで
門に辿りつくまでに5、6人のオークを戦闘不能にし、10人程度を負傷させた。
長弓はボロボロになり、途中からはクロスボウを隙間から撃ち込んだ。
倒れたオークのうち何人が死んだかは不明だ。生命力のある生物だ。なかなか死ぬとも考えられない。

さて、残った40程度のオークが門に様々な武器をもって攻撃を仕掛ける。
その中には破壊槌もあった。近いうちに破られるだろう。

「くっ、どうしたらいい?」
そうは言っても一人では限度がある。撤退するか…
そこまで考え、屋上があることに気付いた。
クロスボウを持ち、屋上の門の真上の位置に陣取る。そこには大小の石が用意されていた。

石を転がしながら、破壊寸前の門を見、さらに周囲を見回す。もし進入されたらどちらから脱出しよう。
よく見ると先ほど上がった場所以外にも梯子が用意さえている。

マキアーチャは決して強くない腕力で必死に投石を続け、さらに数人のオークを頭から潰し戦闘不能にした。
しかし、その攻撃は同時に門の耐久度も減退させ、ついに門が大きな音を立てて外れる。

マキアーチャは攻撃をやめ、慌てて昇ってきた梯子まで言って一言叫ぶ。
「シャドウ! オークの進入を許した!! 早く援護を!!」

それだけ言うと、別の梯子まで走り、急いでそこから降りた。
どうか、オークと鉢合わせにならぬよう祈りながら…

23 :オーク氏族『オド・オ・オボシュ』 ◇QHUMtA89T.:2016/04/08(金) 05:22:15.92 ID:Qk6jaXPx.net
「ブヒッ!?な、なんだ!?」
「矢だ!要塞から攻撃されてるぞオ!」
「この要塞は廃墟なんじゃなかったのかよゥ!?ブヒーッ!」

マキアーチャの示威行動に対し、斥候として要塞に近付いていた数匹のオークが喚く。
数発当たりはしたものの、殺傷可能射程の範囲外だ。致命傷には程遠い。
無抵抗とばかり思っていた要塞からの、思いもよらぬ先制攻撃。
オークたちはしばらくブーブー、ブヒブヒと鼻息荒く吼え立てたが、ほどなくそれぞれ武器を構えた。
――尤も、戦術や組織だった行動といったものは無い。そこまで上等な脳味噌など持たない生物である。

矢を警戒し、おっかなびっくりといった様子で要塞に接近しかけていたオークたちであったが、そのうちの一匹が不意に鼻をひくつかせる。

「どォした?」
「におう、ニオうぜえ……。こりゃ、メスのニオイだァ」
「……本当だ。メスのニオイだ。こりゃ、人間のメスのニオイじゃねエか。ブヒヒ、要塞にメスがいるのかァ?」

オークは聴覚と嗅覚が非常に発達しており、目よりもにおいで物事を把握する。
要塞に近付いたことで、マキアーチャの僅かな体臭を嗅ぎ当てたのだ。
それまで矢の洗礼にやや怯えていたオークたちは、俄然いきり立った。

「ブヒヒヒッ!メスは族長に献上だァ!さぞかし喜んでくださるだろォぜ!」
「バカ野郎!どこのメスとも知れねェメスを、いきなり族長に差し出しちゃヤベェだろォが!?」
「あぁ〜?ってことは……」
「まずは、俺たちで2〜3回毒見してからに決まってンだろォ!?ブヒヒヒヒッ!」
「ブヒーッ!俺が一番な!」
「オ、オデも、メズと犯りだぁぁい゛!」

下劣な連中である。また、清潔にするという習慣がないため、その身体は常に悪臭を纏っている。
オークどもが要塞に接近したなら、生臭いにおいがマキアーチャとシャドウの嗅覚を刺激するだろう。
具体的に言えばイカのにおいだ。栗の花でもよい。

余談だが、彼らの氏族名『オド・オ・オボシュ』はオーク語(九割がスラングである)で『半端なく臭い俺ら』を意味する。
褒め言葉である。

24 :ワイズマン ◇YXzbg2XOTI:2016/04/08(金) 05:23:08.99 ID:Qk6jaXPx.net
ベスマ要塞の隠された地下への入り口、その先にある螺旋階段を下った果て。
神殿のような静寂に包まれた地下回廊に、シャドウの声が響く。

>賢者よ!!崇高にして偉大なる我が主(あるじ)よ!!
>帝国の犬は‥今ここに‥ただの犬となり果てて御座います‥

哀願するその声が、回廊の高い天井に木霊する。
どれほど時間が経過しただろうか、薄暗い回廊のどこからか、不意にゆっくりと低い声が響いた。

「……君の主になった覚えはない。わたしが生者を好まないということ……知っていると思ったがね」

声はすれども、姿はない。シャドウの前方には、研究棟への扉を封印した七つの結界がほの白い光を放っている。

「わたしは本来、ここには存在しないことになっている者だ。いない者の力を当てにしてどうする?
地上のことは、地上で勝手にやればいい。わたしは、ここへ誰も近付いてほしくないだけだ。
そして、それは君も例外ではない」

>我が真(まこと)の名はヴェルハルレン。主を裏切らぬ印なれば、お受け取りを

「契約だと。主だと。わたしから平穏を奪い、あの子を奪い、そしてその上魔力まで吸い上げようというのか。
勘違いするな……わたしはまだ、君を許したわけではない。
わたしにとっては、君もまだ気を許すに足る存在ではない――それを忘れるな。
君が要塞から去らないから、スケルトン代わりに歩哨として使っているだけなのだ。君はあくまで、死体の代わりでしかない」

辛辣な言葉を投げかける。

「……そんなに、わたしと契約がしたいのか?わたしが何者か知った上で、そんなことを言っているのか?
死そのものであるわたしに対して。ならば――」

幾許かの静寂。少しの間を置くと、ワイズマンはシャドウの前に姿を見せぬまま、

「君が死体になったら、考えるよ」

と、言った。

25 :オーク氏族『オド・オ・オボシュ』 ◇QHUMtA89T.:2016/04/08(金) 05:23:51.58 ID:Qk6jaXPx.net
「ブッ!ブヒッ!矢ァばっかり撃ってきやがってェ!」
「怯むな!門に取り付いちまえばこっちのもんだぜ、ブヒヒッ!」
「畜生、痛ェじゃねエか!あのメス、とっ捕まえて気が狂うまで犯してやるぜェェ!」
 
一旦女が絡むと、オークの士気は高い。食欲と性欲を原動力として動いているような連中である。
負傷によってオークの兵力は若干低下したが、それでも一旦ついた勢いは留まるところを知らない。
マキアーチャの矢雨を潜り抜け、降り注ぐ岩を避けて正門に到達する。
ここまでで落石を受け十数匹が負傷、または脳天に直撃を受けて死んだが、オークにとっては些細な出来事である。
オークは共食いさえ厭わない。死んだ時点でそれは仲間ではなく単なる肉塊であり、食料としか見なされなくなるのだ。

「破城槌の用意だ!」
「ブーッ!」

オークのひとりが叫ぶと、後続の数人が破城槌――という名の単なる丸太――を抱えてくる。
最初から要塞を攻略するという目的の元、用意されていたものだ。
その辺の木を伐っただけの丸太でも、あるだけマシというものであろう。オークの分際で準備がいい。

ドォォンッ!ドガァァァッ!

「ブーッ!」
「ブヒッ!ブヒヒッ!」
「ブッヒヒヒーッ!」

幾度かの破城槌による吶喊により、門を閉ざしていた閂がへし折れる。
オークたち20匹ほどが、野蛮な雄叫びをあげながらベスマ要塞になだれ込む。
まだマキアーチャとは鉢合わせしないだろうが、嗅覚の発達しているオークのことだ。遭遇するのは時間の問題だろう。
そうなれば、オークたちは寄ってたかってマキアーチャを辱めようとするに違いない。
オークにとっては、とにかく相手が女であれば何でもよいのである。
――なお、穴があれば男でもよしとするオークも相当数いる。

26 :ワイズマン ◇YXzbg2XOTI:2016/04/08(金) 05:24:39.34 ID:Qk6jaXPx.net
「……騒がしいな」

上層の戦いを水晶球で確認しながら、ワイズマンは呟いた。
シャドウはまだ、回廊でひれ伏しているのだろうか?そんなことをしても、何の意味もないというのに。

しかし。

「上にいるのは、射手の娘か……。ああ、人間の、射手の娘。なんと奇遇なことだろう。
あの子を思い出す。わたしのことを大好きと言ってくれた……わたしの大切なあの子に」

そう昔語りするように言うと、研究棟の一角に視線を向ける。
愛用の安楽椅子に座し、眠るように瞼を閉じた、年若い少女の亡骸へ。
まるで生きているかのような、その亡骸の髪に一度触れると、ワイズマンは小さく息を吐いた。
そして、短く詠唱を唱える。

「君に力を貸すわけではない。上にいる娘を死なせたくないだけだ。
いいかね……敵を完全に撃退しろ。そして、あの娘を護れ。絶対に死なせるな。
あの娘に、わたしの愛しい眠り姫の二の轍を踏ませてはならない」

そんな言葉と共に、シャドウの前に一枚の小さな護符が現れる。
特徴的なワイズマンの魔術紋様が描かれた、手のひら大の護符だ。

「それを丸めて飲み下せ。君に魔力を与えてくれるだろう。――だが、注意したまえ。
それは『生命力を魔力に変換する護符』だ。使い過ぎれば命にかかわる。
強力な魔法を使えば、それだけ体力の消耗も激しい。使い終わったらすぐ吐き出すがよかろう。
尤も、君が死のうがわたしには何の問題もないがね」

そんなことを言って、水晶球越しにシャドウを見る。

「いつまでわたしの聖域にいるつもりだ?さっさと出ていくがいい。
わたしは忙しいと言ったはずだ……この子を蘇らせる方法を探すのに、一分一秒でも無駄にしたくない。
話は以上だ」

水晶球の中の映像を消すと、ワイズマンは再び安楽椅子へと向き直った。
そして、穏やかな表情を浮かべている少女の亡骸に対して覆面越しに微笑むと、

「これで。良かったかね?……イルマ」

そう、寂しげな声で告げた。



返事は、ない。

27 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/08(金) 05:41:24.46 ID:Qk6jaXPx.net
……長い……時。

いつしか額から流れる血は止まり、大理石を染めた朱色の血がどす黒くその色を変える頃、ようやく返事は返ってきた。

>契約だと。主だと。わたしから平穏を奪い、あの子を奪い、そしてその上魔力まで吸い上げようというのか
>勘違いするな……わたしはまだ、君を許したわけではない

地を震わすようなワイズマンの声。言葉尻こそ柔らかいが、その実は冷たく素っ気ないものだった。
思わず顔を上げ眼を見開く。
「そんな……」
予想はしていた。一蹴される覚悟はあった。
だが一方で期待もしていたのだ。手前勝手とはいえ露払いをかって出た自分を、少しは認めてくれるのではないかと。
唇を噛みしめ、しかし彼はそこを動かなかった。どの道後がないのだ。魔力を持たぬ魔導師はネズミ一匹に劣る。
打算が彼をここに導いた。しかし彼は気づいていない。
秘宝すなわち最高の叡智を求めるが故に……いつしか賢者そのものを求める自分の気持ちに。
先に仕えていた帝国の王以上に……心から賢者を主としたい、そんな思いが実際に芽生えていた事を。
次なるワイズマンの言葉が、それを思い知らせることになる。

>君が死体になったら、考えるよ

「死体になったら……考える……?」
賢者の言葉をゆっくりと反芻する。血ではない何かが両の頬を伝い、床に落ちてピシャリと跳ねた。
手で頬をぬぐい、それが涙だと気づくのにしばらくかかった。
彼は今まで泣いたことがない。どういう時に人が泣くのか良く解らない。
「死体になったら……考える……」
震える手が床に転がる短剣を拾い上げた。切っ先を喉元に押し当て、力を込めるが……

キンッ!という冷たい音を立て、剣が石床に転がった。
はははは……
乾いた笑い。高い天井に描かれた紋様がじわりと滲む。
一体自分は何をしている……?
笑いは何時しか嗚咽に変わった。何故に笑う?何故に泣く?この感情は何なのだ?

―――――あああああああああああああああああああ!!!!!
声を限りに叫んだ。堰を切って溢れ出した感情は止まらなかった。
彼は純血のエルフ。すべての感情を胸の中に押し殺してきた300年。一度も味わったことのないこの感情。
これを表す言葉が見つからない。人間であれば、「切ない」と表現するであろうその言葉が。

28 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/08(金) 05:50:00.48 ID:Qk6jaXPx.net
≪ドォォンッ!ドガァァァッ!≫

門を破る振動を感じ取り、我に返った。
忘れていた。自分が死んだら……マキアーチャはどうなる?たった一人でオークの襲撃を受けている彼女は!?
その時。

>君に力を貸すわけではない。上にいる娘を死なせたくないだけだ
>いいかね……敵を完全に撃退しろ。そして、あの娘を護れ。絶対に死なせるな

ワイズマンの言葉と共に、眼前にヒラリと何かが舞った。
護符だった。覚えのある紋様が描かれているそれを、そっと手に取る。
「おお……」
感動で声が震える。力を貸さないといいつつ貸してくれるという……賢者は……ツンデレだろうか?
それで……これはどうすれば?

>わたしの愛しい眠り姫の二の轍を踏ませてはならない

「え?」
ワイズマンの続けた言葉はシャドウに2度目の衝撃を与えた。研究棟のあるであろう結界の向こう側を見つめる。
イルマ……?……まさか……そこに居るのか……?
蘇生術は失敗した。自分が生きているからイルマが生きていないのは確実だ。
だが……半永久的に身体を保存する効力だけが……残されたとしたら……だから……眠っている……そうなのか?
ずっと今まで……一緒に居たのか……?賢者と……一緒に……?
嫉妬の炎がジリリと胸を焦がしたが、それがどちらに向けられるものか良く解らない。
そんなこんなでシャドウはワイズマンの話をほとんど聞いていなかった。
『丸めて飲み下せ』としか。

「ご厚情……有難く頂戴いたします」
言われた通り、護符を手に握りつぶり、一息に飲みこんだ。

――――――――――――――――――バヂ!!!!!

弾かれるように床に転がった。
あまりの激痛に声も出せずのたうち回る。身体からはゆらりと紫煙が立ち上り、食い縛る歯の間から鮮血が迸った。
それは身体の表と裏が逆転するかのような得体の知れない苦痛だった。
額にはうっすらと……やがてくっきりと賢者の魔紋が浮かぶ。
徐々に苦痛は去り、ようやく呼吸が落ち着いた彼は顔を上げた。
ほどけた髪を後ろに払い、ゆっくりと立ちあがった。身体が軽い。
『出ていくがいい』という賢者の言葉に一礼すると、一瞬でその場から退出した。

29 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/08(金) 05:52:43.78 ID:Qk6jaXPx.net
シャドウが出現したのは丁度マキアーチャが梯子を降りた、そのすぐ傍だった。
彼女の手にクロスボウがあるのを確認し、声をかける。
「援護を!」
門の方からは歓声を上げて向かい来るオーク達。逃げても仕方がない。ここで向かい討つ。
オーク達の姿が視界に入る。
不意に腹の底から沸き上がる魔力。身体中に漲(みなぎ)るこの力。これが……‘賢者’の力……!!
先頭の2匹がこちらに向かってきたが、彼女の援護がある。構わず彼等に向かって右手を伸ばす。

【天地(あめつち)の精霊よ 我が力の源(みなもと)を拠り所とし  大いなる雷(いかずち)を召喚せん】

おそらく火炎球の次にポピュラーな攻撃呪文、雷撃。
以前の彼なら出せる雷は1本。詠唱を延長したとしても2本。
雷鳴と共に出現したのは光の壁(カーテン)。いや、壁を思わせるほどの雷光の束だった。
雷光は外壁を内張りする陣形を取り地に降りると、20匹のオークを一瞬で灰塵と化した。
ついでに城壁を取り囲む外壁も木端微塵となる。

「!!?」
もっと力を抑える必要があると思ったその時、視界がぐらりと揺れた。魔力の消耗ではない、生命力の消費によるものだ。
賢者の言葉をまともに聞いていなかった彼は、魔力の源が自身の生命力であることを理解していない。
一方、仲間の死にオーク達は怯まない。残り10数匹が咆哮と共にこちらに向かってくる。

【雷(いかずち)よ!!】

呪文詠唱を最小限にとどめて放つ。2本の雷撃が8匹を消し炭に変える、残り5匹!
いきなり眼の前がブラックアウトした。冷たい土に手のひらが触れる感覚。
マキアーチャの手持ちの矢はあと何本か。確認したいがうまく口を利く事が出来ない。
5匹のオークがこちらに向かって来る気配。
その中に1匹、オークにしては知性を思わせる口ぶりの者が居る。何かしら指示を送り、それに呼応する声。
腕を掴まれた。振り払おうとしても身体が言う事を聞かない。鞭を取り上げられ手足に巻かれた。

『何をする気だ、何故殺さない!?』
必死で叫ぶが猿ぐつわを咬まされ獣のような声しか出ない。呪文を封じる気だ。オークの分際で頭が回る。
手足を一緒くたに棒のようなものに括る、通称「タヌキ縛り」にて担がれた。
彼女は?マキアーチャはどうなってる!?
首を巡らすと、棍棒で脅され、先を行くのがかろうじて見えた。縛られてはいない。向かっているのは地下のようだ。
なんとも情けない格好のまま、しかし思考を働かせ合点がいく。
彼等を突き動かす本能の一つ「食欲」が彼女を食料倉庫へと案内させているのだと。

30 :創る名無しに見る名無し:2016/04/08(金) 13:09:54.53 ID:HSSlJMgG.net
>>1
さすがベテラン!
復興に向けての一歩だな
乙!

31 :マキアーチャ ◆hsZ84b.sAE :2016/04/09(土) 01:09:50.22 ID:1HH+JpNt.net
「はぁ…はぁ…ぐぅっ…やはり、ただでは済まなかったか…」

キーンタプと名乗る、オークの族長…シャーマンが彼らの統率を取っていたらしい。
シャドウの奮戦により残り5匹まで減らすも、寸でのところでシャドウを幻影術のようなもので倒され、
マキアーチャは弓も壊れ止むを得ず棍棒で脅され、地下の食料庫へと案内されたのだ。

そこで5匹のオークは気絶したらしきシャドウを縛り、マキアーチャに食料を用意させた。
用意した食料は人間用にして50人分はあったはずだ。
しかし、それだけの大量の食料を用意したのが、仇となったのだ。

食欲を満たした彼らは、まず一人がマキアーチャに突然襲い掛かった。
「まずは、俺たちで2〜3回毒見してからに決まってンだろォ!?ブヒヒヒヒッ!」
「ブヒーッ!俺が一番な!」
「オ、オデも、メズと犯りだぁぁい゛!」

一人が上に圧し掛かろうとすると、次々と残りのオークもその後に続く。
キーンタプも止めようともしない。そこで一番前にいたオークの一匹がその舌でマキアーチャの体を嘗め回したところ、
思い切り傍にあった矢尻で突いてやった。

「うがあぁああああ!!!このメス!!!ゴロスゴロスゥゥ!!」
オークは舌から大量の血を撒き散らし、のたうち回りながら他のオークに呼びかけた。
そうなるともはやオークは手の付け所がない。あっという間に脱がされ、両手を縛られ、
気絶したシャドウと食料を未だに頬張るキーンタプの前で三匹のオークに代わる代わる犯された。

オークはまさに怪物だ。食欲もさることながら、性欲も留まるところを知らない。
―――

「ぐぁっ、くっ、もう…殺してくれ…頼む…ッ!」
既に三匹のオークの慰み者として一巡りしている。
ただ気持ち悪さと恐怖と痛みから逃れようと、マキアーチャは叫んだ。
もしかしたらシャドウがこれで目を覚ますかもしれないし、オークの族長の気が変わるかもしれないことにも賭けていたが、
あまりの恥辱と苦痛にオークにそう懇願する他なかった。

マキアーチャの苦痛の声がベスマ要塞の地下へと響きわたった。

32 :創る名無しに見る名無し:2016/04/09(土) 01:42:50.49 ID:RTkTCd+i.net
何これ
ここ全年齢板だよね?気持ち悪い

33 :創る名無しに見る名無し:2016/04/09(土) 08:09:17.11 ID:kQTcqvXl.net
夢落ちで

34 :創る名無しに見る名無し:2016/04/09(土) 14:52:01.88 ID:bnDPut+S.net
全く問題なし
むしろそういう表現はシャドウが多用してる

てかシャドウの書き込みだとしたらだが
その対応力のなさでよく10年プレーしてきたなと思うが

35 :創る名無しに見る名無し:2016/04/12(火) 00:14:47.93 ID:hvZ0zPu9.net
ここのシャドウってやつ
絶望的にTRPGに向かない
思い通りにならないとキレるやばいやつ

36 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/12(火) 17:38:42.38 ID:Wa/28K2/.net
>33
気が付くと馬上に居た。
疲れて眠ってしまったのだろうか……?
既に陽は落ちている。湿った土の匂い。遥か彼方から迫る軍勢の気配。ワーデルローの叫ぶ声が混じる。
人形使いの男がこちらに駆けてくる。身構えようと手綱を引き絞り……しかし男は踵を返し戻っていった。

≪望めば戻れる≫

何処からともなく響く声とともに、景色は変わった。
要塞の屋上にてうつ伏せに倒れる少女。燃える大木が赤々と彼女を照らす。
少女の身体から流れる血が雨水と共に足元に届く。駆け寄り……手を当てる。息はない。

≪分岐点はあまた存在する≫

再び場面が変わる。イルマが自分の腕に縋りついている。必死に何かを訴える燃えるような眼差し。

≪戻るか否か≫

声に問われ眼を閉じる。戻れるものなら戻りたい。いっそ……森で死と向かい合った……あの時に。
そう願った時、草の上に横たわっていた。
眼の前に揺れる白い花を手にとるが、感覚はすでにない。胸にあいた穴も裂かれた手足の傷の痛みも何も感じない。
薄れる意識。誰とも出会わず、何も感じず、ただ一人のエルフとして……森に還る。これ以上の幸せがあるだろうか。
……しかし……本当にそうだろうか?

過ぎ去った筈のシーンが浮かんでは消える。
賢者の護符。眠れる少女。銀の職台に揺れる炎。ワイングラスの触れ合う音。弓矢を手に笑うマキアーチャ。
これをすべて……無かった事にするだと……?――――――――――――莫迦な!

37 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/12(火) 17:39:35.08 ID:Wa/28K2/.net
マキアーチャの声が耳に届いた。
食糧倉庫の冷たい床を背に感じる。果物と焼けた肉の匂いが鼻をつき……そして得も言われぬ悪臭。
『オーク……!』
眼を開く。マキアーチャがオーク達の足元にぐったりと横たわっているのが見えた。
口から血を流したオークがマキアーチャめがけ棍棒を振り上げるが、制止の声がかかる。

声のした方向に眼を向けると、族長と思しきオークが安座していた。
まだ肉のついている骨を後ろに放り、立ち上がったその背丈は……7フィート(2m強)はあるだろうか。
オークにしてはまともな顔つき、堂々とした態度、手下どもとは明らかに格が違う。
筋肉質な身体の至る所に赤い線が無数に刻まれ、何かの刻印を象(かたど)っている。その形には覚えがあった。
『……キーンタプ』

奴の群れに襲われたエルフの数は三桁。人間の被害は……桁が二つ多いに違いない。
強さは無論、頭が良く狡猾でなかなか討伐隊の手に負えぬと聞く。
ギロリとオーク達を睨み、魔狼のような唸りを上げてマキアーチャに向かっていく。
非常にまずい状況だ。
4匹のオーク達は、ブヒブヒ云いながらこちらに向かってくる。
手首をねじり揺すってみたが、結わえつけられた木の棒がカラカラ音をたてただけだ。
気を失っていたせいか魔力だけは充分だった。あとは呪文さえ……と猿轡を噛んでみるが歯が立たない。
二人がかりで持ち上げられ、壁に叩きつけられた。
背骨が軋んだ音を立て、一瞬間息が止まる。棒が真二つに折れ、幸い足だけは自由になった。
馬乗りになろうとしたオークを反動をつけて蹴りあげる。
すかさず後ろから羽交い絞めにされるが、頭突きで回避。横合いからの蹴りを縛られたままの両腕で捉え、投げ返す。
はずみで両腕の戒めが解ける。
棍棒をつかむオークの手首を狙い蹴り飛ばすと、運よく棍棒が隣のオークの頭を直撃する。まずは1匹。
頭突きされたオークが仕返し、とばかりに正面から頭を打ち付けてきた。
すばやく回り込み、頭突きの勢いに自分の体重をのせる。たまたま後ろにいたオークの頭を直撃。残り1匹。
口を塞いでいた皮布を外し、呼吸を整え呪文を唱えようとした、その時。

「グワウゥゥ……」
キーンタプが唸り声を発した。怯えたように眼前のオークが硬直する。
地響きに似た音をたててやってきた族長は、仲間の頭を掴むとその指に力を込めた。骨が潰れる嫌な音。
骨付き肉を放るのと大した変わらぬ動作でそれを放る。散乱した皿が割れ、鶏骨の残骸が飛び散った。
黒い舌先が分厚い唇をベロリと舐める。

「エルフは打たれよわい。体力も無い。取り柄はその……見てくれだけ」

耳を疑った。その言葉は生前の陛下の言葉、そのままだった。何故……奴が……?

ヴクククと笑いながら灰色の牙を覗かせる。
「死ぬ間際にうわ言のように呟いていた。人間の王と言うから肉もさぞかし旨いかと思えば……エルフの方がまだマシだ」

怒りで我を忘れた。相手の首に足を回すようにして飛び乗った。左腕で眼を塞ぎ、脳天に短剣を……!
と思えば……ない!そういえば回廊に……!?
「くっ……!!」
足で首を挟んだまま弓なりになる。一回転して敵を床に叩きつけるつもりが、敵もさるもの。
無理に体勢を戻そうとせず、逆に後ろの壁に突っ込んだ。あわてて飛び下りるが、降りた瞬間の足を払われる。
転倒しながら相手の足を取り、固めようとして逆に固められた。膝の関節が軋む。
敵の膝に肘をうちつけ、怯んだところを身体を捻って外しざまに、顎を蹴りあげた。

ガッ!!

派手な音の割に……効いていないらしい。ニヤリと笑い、その足を取る。力任せに振り回され、床に叩きつけられた。
首を前に倒したため頭の強打は免れたが……身体の方がいってしまって仰向けのまま動けない。
首を掴まれ宙釣りにされた。

遠くなりかける意識を必死に引き留め……考える。どうすれば……勝てる……?
そう思った時、横で何かが動いた。

38 :創る名無しに見る名無し:2016/04/13(水) 19:53:06.00 ID:HRJT5QH/.net
終了

39 :創る名無しに見る名無し:2016/04/14(木) 00:36:12.83 ID:b2nXeyVZ.net
なぜだ

40 :創る名無しに見る名無し:2016/04/14(木) 12:57:42.38 ID:b2nXeyVZ.net
坊や(Bowyer)だからさ…

41 :創る名無しに見る名無し:2016/04/14(木) 14:29:31.17 ID:DJomProN.net
>>39-40
面白くない
-114514点

42 :創る名無しに見る名無し:2016/04/16(土) 17:12:31.79 ID:3i7jaRsQ.net
君たち、くっついちゃいなYO

43 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/18(月) 07:11:02.92 ID:6O/5NTof.net
―――――――――ガアアアアアアアア!!!!!!!

突然の咆哮。キーンタプが首を掴む嘗を放したため、床に投げ出された。
何事かと咳き込みつつ顔を上げると、さっき倒したはずのオーク達が族長の足に齧りついているのが見える。
灰色に濁る眼、ダラリと垂れた青黒い舌。
生ける屍(ゾンビ)だとすぐにわかった。見るに見かねた賢者が手を貸してくれたのだろうか。
とにかくこの機会を逃す手はない。

「マキアーチャ!!」
倉庫の隅で半裸のまま蹲るマキアーチャに駆けよった。肩を揺さぶるが、返事がない。
ほどけた髪、焦点の定まらぬ虚ろな眼差し。何事か呟いているが良く聞き取れない。
オークに何をされたのか、大体の察しはついた。こんな時、いったい何をどうすれば慰めになるのだろう……?
「……だいじょうぶ……か?」
傍らに落ちていた上着を着せながら、一応聞いてみる。
コクンと頷くが、そんなはずはない。
「いいか、あれは犬だ。野良犬に噛まれたと思えば何てことはない」
彼女の瞳にかすかな生気が宿る。ギュッと口の端を引き締めたと思ったら、いきなり頬を張られた。

「おそいぞ馬鹿!!!!」
「馬鹿バカ莫迦ばか馬鹿莫迦バカ莫迦!!!馬鹿ああああああ!!!!!!」

ずっと行き場のない怒りと戦っていたのだろう。
「……いいパンチだ」
殴るだけ殴って気が済んだのか、その場にペタンとすわり込む。
族長がゾンビ達を引きずりながらこちらに向かってくる。彼女の手を引いて立ち上がらせた。
「走れるか?」
マキアーチャが僅かに顔を赤らめ、パっと手を放した。
「……当たり前だ!子供じゃないぞ!?」
叫びながら先に立って上への階段を駆け上がる。急いで後に続いた。壁に掛かった長弓と矢を彼女に手渡しながら。

44 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/18(月) 07:11:57.98 ID:6O/5NTof.net
雨はだいぶ小降りになっていた。広い中庭に出ると、隅に見慣れたテントと見慣れた鉄人形が眼に止まる。
あの男はこの騒ぎに気づいていないのか、静観を決め込んでいるのか。……まあ……互いに不干渉なのはいつもの事だが。
中央の水時計を挟んで反対側、かつて外壁のあった場のすぐ傍には、ドュガーチ家の紋が刻まれた剣が突きたっている。
奴の墓代わりに立てたものだが……さすがに名家の剣。未だに錆びず、銀の刀身が雨に濡れギラリと光った。
奴は……どんな心境でこの様子を見ているのか。


族長が出口からその姿を現した。
身体を染める夥(おびただ)しいオークの血。何やら咀嚼する口からも紫色の血が溢れ出している。
まさか……ゾンビと化した仲間の肉を……?
身体が一回り、いやふた回りも大きくなっているようだ。

―――――ガアアアアァァアアアアアアアア!!!!!!!

再び族長が吠えた。同時にマキアーチャが矢を放つが、届く寸前で掴みとられる。
急ぎ召喚した雷撃も、再び発せられた族長の恫喝に消滅する。
【氷の鎚よ!】【風の刃よ!】【土蜘蛛よ!】
試しに凍気と風の精霊魔法も試してみるが、すべて同じ結果となった。
こんな力があるのだろうか……?賢者の手によるアンデッドを喰らったからだろうか……?
矢も魔法も通じず、肉弾戦で勝てるはずも無い。絶体絶命か……?しかしふと……思い立つ。

再度風の刃を召喚した。右手の先に生じた白刃を軽く……横に振る。
族長が吠える。刃はあさっての方角に飛び、隅に鎮座するテントを切り裂いた。
「う…うわああああああああああああああああああああ!!」
中から男が飛び出してきた。クレイトンだ。
巨大な鉄人形に興味を持ったのか、族長がクレイトンのテントに向かって歩き始める。
「何してんだおめえ!!」
クレイトンがこちらに向かって何事か叫んでいるが、知ったことではない。知らぬ振りする方が悪い。
「……ゴーレム……。魔力で動くものナド戦力になるモノか……」
キーンタプは知らない。
クレイトンの人形の動力が魔力では無いことを。しかも当時より数段パワーアップしている……に違いない。

45 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/04/18(月) 07:12:40.55 ID:6O/5NTof.net
「これでもくらえやおらぁああああああああああ!!」
「グルアアアアアアアア!!!!!!」

人形が鉄の腕を振り上げ、下ろした。
動きを止めぬ人形に族長が一瞬唖然とし、しかしすんでの処で横によけた。
拳が雨で濡れた地面にぶちあたり、小石や土を大量にまき散らす。これにはクレイトンも驚いたようだ。
小石や土とはいえ、後の世の散弾にも勝る威力。人形の操舵が不可能となったのか、巨体はそのまま動かない。
勿論、オークもそれをまともに浴びた。眼をこすり、口に入った泥を吐きだしている。チャンスは今しかない。
マキアーチャに、もう一度奴を射るよう合図する。
矢を番える彼女。それを見たクレイトンが慌てて距離を取る。
額の魔紋に意識を移す。再び……生命力を吸い取られる感覚。構わず炎のイメージを想起する。

【炎よ その矢に集え】

ほんの小さな炎を宿らせるつもりだった。
しかし放たれた矢は、以前イルマが使った火矢とほぼ同威力の矢となってキーンタプの背を直撃した。
「伏せろ!!」

―――――……ボゴォオオオオオオオオオ……ン!!!!!!


爆音が止んだ頃、雨も止んでいた。
3人それぞれ、ゆっくり身体を起こし……その惨状を見て唖然とする。
族長は影も形もなかった。それどころか要塞の城門から医務室に続く通路、屋上のある主塔が綺麗に吹き飛んでいる。
クレイトンは鉄の人形が盾となったのか無傷だった。だが……人形も粉々となっていた。
ゴトリっと手前に転がった黒い箱を手に取り……落胆するような怨むような眼でこちらを見ている。
まあ……全面的にこっちが悪い。
機械いじりは手伝えないが、夕食の差し入れくらいは出来るだろう。

マキアーチャは、と言えば……まだポカンとして中庭を見ていた。
私の顔とクレイトンとを交互に見、フッと笑った。
こちらもつられて笑い、手を差し出しだした処、ピシリと撥ねつけられた。……女は良く解らない。

「しばらくは城壁の再建に勤しむことになりそうだ。手伝ってくれないか?」
一応申し出てみる。
「半年……いや数年はかかるかも知れない。いやその……君さえ良ければ10年でも20年でも居てくれて構わない」
マキアーチャが、うん?という顔をして振り向く。
「私は凝った料理は得意だが、普段の……その……家庭料理の類は苦手だ」
「あと……破れた服を繕う、だとか……部屋の細かな装い、だとか……そういうのも得意じゃない」

彼女も子供じゃない。言いたいことは伝わる筈だ。まあ……言ってみるだけ 只(ただ)だ。

46 :創る名無しに見る名無し:2016/04/20(水) 16:35:44.45 ID:z/jqjgQY.net
突然マキアーチャは、意識を失った・・・

気がつくと病院のベッドの上・・・

若い22,3歳ぐらいの看護師が
「目が覚められましたか?」

マキアーチャは
「は・はい・・・」
薄っすらとだが記憶が蘇って来た。
”そうだ・・・僕は旅客機で東アジア共和国に向かう途中
旅客機が突然光に包まれて、その後・・・
不思議な体験をした・・・あれは夢だったのか?”

マキアーチャは看護師に聞く・・・
「すみません?今日は西暦何年の何月何日でしょうか?」

看護師は
「うふふふ・・・あの事故で少し混乱されているようですわねえ?
西暦・・・?って今は使われなくなった言葉ですわね?
今日は宇宙暦40,786宇宙年26月96日ですわ・・・
西暦換算では2403年ぐらいになるのかしら?」

マキアーチャは驚いて声を上げた・・・
「ええ?2403年?ということは、あれから400年も
経ったっていうのか?」

看護師は
「MR、マキアーチャ?まだ少し混乱されているようですわね?
MR、マキアーチャは、火星に向かう宇宙旅客機の中で突然
意識を失われ、この月面第2エリアのアームストロング病院へ
運ばれて来たんです?覚えてらっしゃいませんか?」

つづく・・・

47 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/04/22(金) 06:19:07.14 ID:FyKS05hk.net
北に連なるルーン山脈。頂と渓谷には雪が消えずに残っていて……とても美しいと思う。
霜降り山脈と呼ばれる所以だ、と父さんは言う。
あそこは元々ルーン帝国の領地だったそうだけど、今は森のエルフが住んでるんだそうだ。
東の向こうには同じエルフが守る深い森。
西はなだらかな丘陵地帯。農地と牧場と……たまに高い建物。教会と学校だろう。
南に見える景色はすべて……アルカナン王国の領地内だ。
ここからだと見えないけど、あの地平線の向こうに王都のアルカナンがあるって母さんが言ってた。
故郷らしいけど、ここに来てから一度も帰ってないってさ。

ここらへんは辺境もいいとこだ。特に帝国が崩壊してからは……誰も見向きしない全くの廃墟。
……だったんだけどな。
父さんがドワーフ達の手を借りて主塔その他を再建してから……やたらお客が増えた気がする。
一昨日は王都の神官が大勢「視察」に来たし、昨日は昨日でアルカナ騎士団の騎士がひとり。
ルーンの世継ぎが生きてるとか何とか、匿ってないかとかいちゃもんつけて……何だかんだで父さんが追い返したけど。


名前: ルーク・ヴェルハーレン
年齢: 17
性別: 男
身長: 179
体重: 71
種族:ハーフエルフ
職業:ハンター
性格:陽気 好奇心旺盛
長所:積極的
短所:水・氷系の魔法は使えない
特技:炎系の精霊魔法、弓矢
武器:二振りの短剣、弓矢
防具:なし
所持品:薬草
容姿の特徴・風貌:碧眼 無造作にカットした茶色の髪
簡単なキャラ解説:要塞を住処とし、ハンターをして生計を立てている。

48 :王国の騎士:2016/04/22(金) 15:22:38.60 ID:IXfhcd+q.net
王都まで出頭願おう

49 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/04/23(土) 17:11:20.11 ID:0TNaDdD/.net
金板を槌で叩くような、甲高い連続音。
あわててベッドから飛び起きた。
音は中庭からだ。窓から明るい光が差し込んでいる。軽く顔を洗い、外服に着替えて階段を駆け下りる。
中庭の真ん中に据えられた魔法仕掛けの水時計。水面が陽の光を受けキラキラ光っている。
その横で機械いじりに没頭する男が一人。
「クレイトンおじさん!」
さほど大柄でもないが、革の服の上からでもはっきり解る、逞しい体つき。
40を越してるはずだが、その仕草はどことなく若々しい。
クレイトン、と呼ばれた男は白眼勝ちの眼をギョロっと少年に向け、作業の手を止めた。

「おう、朝早えぇな、坊主」
「おじさんこそ」
トンッと男の傍に座り、その手に持つ歯車に視線を送る。
「それをつければ完成かい?」
「いんや、まだまだ」
男の前には高さ13フィート(約4m)はあるだろう、巨大な鉄人形の上半身が据えられていた。
「どうみても完成に見えるけど」
「細けえ調整がまだまだあんだよ、ここんとこも……そら、ぎこちねえだろ?」
人形の指を曲げたり伸ばしたりしながらニヤっと笑う。

上の方からカンカンとフライパンを叩く音。母さんが呼んでる。
「この匂いはシチューだな?おめえ、幸せもんだなあ」
「そう……かな……?」
そりゃあ毎日ご飯作る親がいて、柔らかいベットで寝られて……世間一般で言う幸せってこんなもん、なのかな?
でも……
「でも、なんだ?」
「俺は冒険がしたいんだよ、おじさん」

50 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/04/23(土) 17:13:04.29 ID:0TNaDdD/.net
青い眼を輝かせて自分を見つめる少年を、クレイトンが眩しそうに見返す。
「……気持ちは解るが、おめえにはまだ早えぇ」
「父さんも同じこと言うんだ」
「まともな親ならそう言うさ。あのエルフがまともかって聞かれたら、良くわかんねえけどな」
一瞬浮かんだ嫌悪の表情を、ルークは見逃さなかった。
「おじさんは……父さんの事、嫌いなの?」
「あ?」
「だってさ、いつもそんな言い方するだろ?『あのエルフ』って」
「ま、好き……ではねえな」
「なんで?前に人形を壊されたから?それとも……エルフだから?」
「どっちでもねえ。とにかく、冒険したけりゃ、もちっと腕磨け」

ルークは両膝に置いた手を握り締めると、軽い身のこなしでパッと立ち上がった。
「なんだよ!攻撃魔法は一通りマスターしたし、治癒も飛翔も使えるし、弓だって!」
言いながら手に弓を持ち、弦を引く動作をしてみせる。

「……そういうことじゃねぇ。もう少し大人になってからってこった」
はあーーと長い溜息をつき、ルークは意味もなく歩き回った。逸る気持ちを抑えられない。
「霜降り山脈に行くなってのは解る。遠いし、エルフもゴブリンもオークも居る。でも地下の探検くらいならいいだろ?」
クレイトンの顔がわずかに曇る。
「……やめとけ」
「何でさ。何でみんな地下にこだわるのさ。賢者の扉を開けてみたいって思うの、当然だろ?」
「……地下だけはやめとけ!」
歯車をカチリを嵌めこみながら、男が諭した。
「あれに触っちゃいけねえ。グーリン・マ・コールもそう言ってる」
クレイトンは別の歯車を手に取ると、指先でその歯車をクルクル回しはじめた。
「いつも思うんだけど……そのグーリン何とかって神様。教会の公認?」

男が何か言いかけようとしたその時、門を誰かが叩いた。

51 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/23(土) 17:14:20.69 ID:0TNaDdD/.net
同じころ、主塔の最上階、広い居間の一角で、一組の男女がテーブルについていた。
ドワーフの手で新しく再建された食堂兼居間は、重厚で落ち着いた造りに変わっていた。
暖炉の上には牡鹿のはく製が掛けられ、壁のレンガの赤茶色が自然なグラデーションを帯びている。
木製のテーブルに並べられたスープが、まだ湯気を立てている。

スープ皿の両脇に肘をつき、組んだ手に顎を乗せているのはルークの父親だ。
後ろに流した長い金色の髪。長い耳。エルフだ。
外見こそ若いが、不老不死のエルフ族が見た目通りでないのは周知の事実だ。現に300をとうに越している。
尖った耳がピクリと動く。彼には外の会話がすべて聞こえていた。
「どうした。またルークが何か?」
男のような口調だが、声の主はルークの母親だ。茶色の長い髪を編みこみ、上にまとめている。
「冒険したい、などと。マキアーチャ。君にはあれの気持ちが解るか?」
「まあな」
彼女はもと冒険者。一人息子の気持ちは痛いほど解る。
故に「可愛い息子に旅をさせたい派」、なのだが、慎重で真面目すぎるエルフの夫がなかなかそれを許そうとしない。
その夫が思いもかけぬ話題をもちかけた。
「ルークも17になった。冒険者ギルドが斡旋する場に……いい物件があった。奴には丁度いい」
「どういう風の吹きまわしだ?それは何処だ?いつの間に調べたんだ?」
矢継ぎ早に問いを繰り出すのは、彼女が射手(アーチャー)だからだろうといつも思う。
「私なりに考えていただけだ。地下研究棟に興味を持たれても困る、というのもある」


不意に、伝令魔法による聞きなれた声が響いた。賢者による来客の知らせだ。また王国からだろうか?
窓から外壁の向こうを見下ろすと、剣や槍が数多く突き立っているのが見える。微かに聞こえる馬の嘶き声……100以上。
「誰だ?」
険しい顔つきになった夫を心配気に見つめるマキアーチャ。
「いつかこの日が来ると思っていた。しばらく戻れぬかも知れん」
「え?」
額に描かれた魔紋が青い光を放ち、彼の身体が煙るようにかき消えた。
マキアーチャはそれを追いもせず、ただ彼の座っていた椅子の背をぐっと握り締めた。

52 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/04/23(土) 17:15:48.96 ID:0TNaDdD/.net
大勢の人間が発するどよめきの声とともに、門を叩く音が止んだ。
ルークは門へと進める足を止める。
どうやら父親が門の外に「降りた」ようだが……今日はやけに大勢だ。嫌な予感がする。

「王都まで出頭願おう」
相手の声がはっきりと聞こえた。ええっと……出頭って……何だっけ?
「容疑は?」
答える父親の声。容疑?っ…っ…ってことは……ええっーーー!!?

急いで閂(かんぬき)をはずし、通用門を押し開けた。
ずらりと並ぶ王国の騎士団。馬に跨る者は抜き身の剣を、地に立つ者は槍を高く掲げている。
左手の盾にはアルカナン王国の紋章と王家の紋が刻まれている。なんで王の親衛隊がこんなに……?
肩や胸につけた徽章をジャラジャラ言わせながら、親衛隊長らしき男が馬から降りた。
黒い髪と顎髭を蓄えた堂々たる体躯の騎士だ。
鋭い眼付きで眼の前のエルフを一瞥すると、巻かれていた紙を広げ、声高らかに読み上げる。

「王国への不法侵入容疑、間諜容疑、かの大戦における大量虐殺容疑」
罪状を聞き、納得したように頷く父親。
(いやいや、そこは反論するところだろ親父!)
何か言いたげなルークを後ろ手で制し、息子にしか聞こえぬ声で。
「私は大丈夫だ。ここをしばらく頼む」
そう囁いた父親の両の手にガチャリと鉄の輪が嵌められた。端正な顔が苦痛に歪む。
エルフは鉄にさわれない。もし持続的に触れることがあれば、苦痛のため集中を削がれ魔法が使えないと聞いた事がある。
下手をすれば精神崩壊しかねないとも。
他の騎士たちが虜囚となったエルフの腕を取り、強引に馬に乗せた。
隊長が、睨みつけるルークを肩越しに見やり……フンと鼻で笑った。黙っていられる人間が居るだろうか。

「待て!!」
矢筒から矢を抜こうとした手をクレイトンが止めた。構わず追おうとするが、腕を掴まれ動けない。
「わかんねぇのか!」
クレイトンがさらに力を込める。思わぬクレイトンの腕力に思わず呻くルーク。
「あいつは役目を果たしただけだ。この要塞の平穏を乱させねぇ、それがあいつの役目だ」
「わかってる!わかってるけど……」

ひと際大きく馬が嘶き、騎士たちが背を向けた。
蹄が地を蹴る地鳴りの音、もうもうと立つ砂埃。クレイトンが門を閉じ、閂をかけた。
地面に座りこむルークの肩に、ポンと手を置く。
「父さんは……どうなるの?」
「どうなるって……そりゃあよ?やった事はほんとだろうから……良くて火刑。悪くて……」
「悪くて?火炙りより悪いことってあるの?」
「そりゃあるだろよ。軍隊の拷問っつったらそら酷でえもんだって。エルフなら特に・」
ルークは肩に置かれた手を払い、クレイトンの胸元を掴んだ。
「何だよそれ!さらっと言うなよそんな事!!」
「おめえ、その体たらくで良く冒険してぇとかほざいたな。奴の息子ならもっと・」
ハッとして彼は手を離した。
「もっと?……父さんの事、嫌いじゃなかったの?」
「バカか」
クレイトンはゆっくりと作業場に向かい、腰をおろした。
「大人ってのはな。好きとか嫌いで動いてんじゃねえんだよ。ヒヨっ子の小僧っ子が」

「あああ!!もう!!!」
小さい金槌で、自分の肩を叩いているクレイトンをしばらく眺めていたルークは、意を決したように立ち上がった。
「どうする気だ?」
訝しげに聞くクレイトン。
「腹が減っては何とやら!朝飯を食う!」
言うなり最上階への階段を駆け上がっていくルーク。
その様子をニヤニヤしながら見やり、彼は金槌を作業箱に仕舞った。ポリポリと頭を掻く。
「……見どころが無(ね)えってわけじゃねぇんだけどなぁ」

53 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/23(土) 18:55:26.35 ID:0TNaDdD/.net
このままだとRPGじゃなく、ただの一人小説ですね。
敵味方問わず、同僚募集中です。

54 :創る名無しに見る名無し:2016/04/24(日) 10:24:00.61 ID:wIdcjS6p.net
名無しでなら協力できるぞ

55 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/24(日) 11:10:15.47 ID:YiF7RtZJ.net
それでもぜんっぜん有り難いです!!

56 :創る名無しに見る名無し:2016/04/24(日) 18:49:29.28 ID:RXgKzmYB.net
やってて空しくない?

57 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/25(月) 06:33:55.51 ID:BSsl2WHQ.net
やりたくてやってるので空しくはありませんが正直寂しいです

58 :創る名無しに見る名無し:2016/04/25(月) 10:24:12.66 ID:rfe+sBrn.net
もうやめようか

59 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/30(土) 17:10:51.82 ID:qMYhRPZQ.net
カツカツと小刻みに響く硬い靴音。
丁寧に磨かれたマーブル模様の白大理石の廊下を、白い装束の少年が一人、足早に歩いている。
目深に被るフードから銀色の髪がのぞいて揺れる。右手には背丈より長い錫杖。先端のルビーが唯一の彼の彩(いろどり)だ。
神経質そうな銀の眼が、突きあたりの白い扉を見上げた。
簡易の謁見室の扉は、他国の使者を通すそれに比べさほど豪奢ではない。
フードを降ろし、彼はドアを押しあけた。
若い外見とは裏腹の身分にある彼は、いつ何時であろうと勝手にこの部屋に入ることを許されている。

「陛下、何故(なにゆえ)このような……!」
入るなり咎める台詞を口にした少年に、部屋に居た人間達が一斉に視線を送った。
「遅かったなビショップ」
声をかけたのは王座に座る若い王だ。今年で38になる。
豊かな長い黒髪に優美な細い眉、深い湖の如き藍色の瞳。光沢のある白い衣を纏うなかなかの美女だ。
細い腰に金の帯、額と首元には豪奢な黄金のアミュレットが光っている。

御前に敷かれた緋色の絨毯に、王国親衛隊の騎士が10人ばかり、片膝を立て控えている。
先頭に立つのは親衛隊長と国家騎士団長を兼任するラファエル・ド・シュトルヒルム。
ビショップとは犬猿の仲……にあるラファエルは、フンと鼻を鳴らし視線を前に戻した。
ビショップもラファエルを一目睨むと、彼の横に引き据えられているエルフの傍に歩み寄った。
両手を繋ぐ鋼鉄の枷。声を上げまいと必死で苦痛に耐えるエルフの男。
しかして気の毒だとは微塵も感じなかったが……言っておく必要はあるだろう。
「エルフ評議会から抗議の知らせが入っています。
我が同族に虐待・凌辱等の行為を行った場合、即刻に各エルフ族の集落に働きかけ、資源の提供を取りやめると」
「ほう?」
揶揄するように返事を返したのはラファエルだ。自慢の黒い顎鬚を撫でつけ、頭二つ分は低い背丈のビショップを見下ろす。
「もう評議会の耳に入るとは……誰かが情報を流したのではあるまいな?」
「まさかとは思うが、貴公はわたくしを疑っておられる?」
「神官風情のやりそうな事だ」
「それが当方に如何なる利益をもたらすのか、無い頭を捻り考えられたらいかがか」

「やめよ」
言い争いを始める二人に、女王が割って入った。

60 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/30(土) 17:13:26.39 ID:qMYhRPZQ.net
「わらわが命じたのだ。心配せずとも丁重にもてなすつもりだが?」
「何を仰せか!こ奴は……!」
ラファエルがエルフの肩をつかんで乱暴に引き倒すと、右足で頭を踏みつけた。
彼は25年前の大戦を思い返していた。

友軍として駆け付けた彼らの前に現れたのは、たった一人の敵将だった。
軍団長の撤退を告げる声は、横合いからの大津波によってかき消された。
悪夢のような一瞬の出来事。
馬も人も大半が溺れ、運よく逃げた者は宙に舞う風の白刃で切り刻まれた。
まだ騎士として新米だったラファエルだけが生き延びたのだ。
咄嗟に軍団長である父親が彼に渡した魔法剣、アルカナ=ブレードの加護によって。
彼等の不覚は当然と言えた。
一度に大量の標的を仕留める魔法は存在しないとされてきたからだ。魔導師一人が持つ魔力量など限られている。
しかしその敵将はいとも簡単にやってのけた。
それは本国から供給される膨大な魔力に耐えられる器を持った……エルフだったからだと知ったのは最近の事。

そのエルフこそがこの男。シャドウ・ヴェルハーレン! まさか……生きていたとは!!
全体重を右足に乗せる。頭蓋骨がミシリと音を立てた。


「それで……? 気は晴れたかラファエルよ」
王が柔らかな物腰で席を立ち、玉座を降りはじめた。
騎士団長は慌てて足をどけた。やや後方に下がり、部下と同様片方の膝をつく。
ビショップも急ぎ同じ姿勢を取った。視線を、横たわったまま動かぬシャドウに注いだまま。
彼は彼で、手塩にかけ育てた神官達を殺された経緯があった。
たとえ死ぬまで鞭打ったとしても、全身の骨が砕けるまで鎚で打ち据えたとしても……その数に見合う報復とはなるまい。
「そう……。そんな事では気は晴れぬ」

それが自分に向けた言葉だと気づき、ビショップは顔を上げた。王が美しい眼で自分を見つめている。
ビショップは年甲斐もなくどぎまぎした。
彼は決して若くはない。先代の王の、そのまた先代の王の時代から王宮に仕えていた大神官長なのだ。
左手の平に埋め込んだ魔法石、エターナルストーンによってその外見を保っているに過ぎない。
実際の年齢は100を超えている。
余談だが、エターナルストーンは不老不死をもたらすものではない。せいぜい百年の寿命の延長であると言う。

61 : ◆ELFzN7l8oo :2016/04/30(土) 17:16:10.26 ID:qMYhRPZQ.net
「鉄の枷をはずしてやれ」
王の命に一同はざわめき立った。行動に移すものは居ない。
「どうした。この王城にて魔法は使えぬ」
「しかし王!この者は魔導師にして帝国の騎士。陛下の御前にて解く訳には」
ビショップの抗議に、王は意味深かげな微笑を返す。
「エルフに鉄枷は……『虐待』であろう?」
ラファエルが御意、とだけ答え腰に帯びる大剣を抜いた。彼だけは王の前での帯刀を許されている。
宙に閃く二つの銀の軌跡。少し遅れて鋼鉄の輪がスッパリ断たれ、転がった。
鋼鉄すらたやすく断ち切る国家の宝剣。威力を発揮できるのは彼だけだ。
身体を起こしたシャドウの両の手首には傷一つついていない。

「エルフどの。いや、ヴェルハーレン卿とお呼び致すがよろしいか?」
王の問いにシャドウは答えない。両手を床についたまま、黙って下を向いている。
音もたてず歩を進める王の足が、シャドウの眼前で止まった。王は素足だった。
「その魔紋。其方にとっては二つ目の紋であろう」
ハッとしたようにシャドウは顔を上げた。左の頬には靴の泥がこびりついている。
「二人の主人が偉大であったか……其方が尻軽なのか……どちらでも良い。わらわが欲しい情報はただひとつ」
「『死の賢者』とは……なにものか」
おそらく聞かれるだろうと危惧していた問いだった。
「何も知らぬ。聞くだけ無駄だ」
不遜な受け答えに騎士達が色めき立った。シャドウの首筋に抜き身の剣が押し当てられたが、王が『下げろ』と合図を送る。
しぶしぶ剣を鞘に納める騎士団長に、神官長が侮蔑の視線を送る。
物言わず火花を散らす二人。構わず王が続ける。

「答えたくなくば答えずとも良いが……未来永劫闇の中で後悔する事になるぞ?」
「知らぬものは知らぬ」
「では……その身体に聞こう」
王の右の手指がシャドウの額の紋に触れた。その指がズブリと中に潜る。魔法ではない、霊的な力。
他の心を読み、操るアルカナン国王に代々受け継がれてきた力。最高位のシャーマンの力だ。
シャドウの眼から朱色の血が幾筋も流れ落ちた。
何かに抗うように震える口が、言葉にならない声を上げる。

突如、王は手を離した。ドサリと倒れこむ男には眼もくれず、血に染まる指を舌でなぞる。
「連れて行け。次に目覚める事があれば……我が傀儡となっていよう」
誰もが戦慄するであろう王の行為は、その場の人間にさほどの衝撃を与えていない。みな見慣れているのだ。
ただビショップだけは只ならぬものを感じていた。
彼は誰にも聞こえぬ声で、ポツリと呟いた。

「あの魔紋……。陛下の御手に移ったかに見えたが……はて……?」

62 :創る名無しに見る名無し:2016/04/30(土) 23:21:12.24 ID:ore/uTZz.net
お前ユリウスかよお前よ

63 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/01(日) 06:46:38.42 ID:qKzR+SRK.net
――――――――――――ドンッ

強く肩を打ったルークはバランスを崩し蹈鞴(たたら)を踏んだ。雑多の中、ぶつかった相手を見やる。
相手も自分を見ていた。
目深なフードのせいで顔は良く見えないが、口を結んだままこちらに顔を向けている。
「すみません」
思わず謝った。ぼうっとしていた自分が悪いのだろう。
相手の男は何も言わず、ただルークの顔をじっと見ている。よほど気に障ったのだろうか。
「顔を見せろ」
高圧的な物言いだ。
「なんだよ、こっちは素直に謝ってるだろ」
ムッとしてルークが言い返すが……言ってしまってから「しまった」と後悔した。無視して素早く立ち去るべきだったと。
ここは城下町。
「ちょっとだけ買い物をしてくる」と出かけはしたが、聞き込みをするのが本来の目的なのだ。目立つべきではない。
買い物客がただならぬ様子の二人を遠巻きに眺め始めた。
装飾品を売る行商や果物売り、辻占い師たちがそそくさと店仕舞いを始める。

相手が舌うちする音がはっきり聞こえた。
ツカツカと歩み寄ると、ルークの腕をつかんだ。
「痛って!!」
たまらず悲鳴を上げた。先日クレイトンに掴まれた腕に出来た青痣。まさにそこを掴まれたのだ。
「……? 怪我でもしているのか?」
男はパッと手を離すが、今度はルークの後ろ襟首を掴んで引っ張っていく。
押し戻そうとする人間達の間を掻きわけ、しばらく行くと人気のない裏道に出た。
怪しげな店が立ち並ぶ裏の街道。その横道を曲がり……裏の裏のそのまた裏道へと足を運ぶ。
「ちょ……もういいから、離してくれない? 苦しいんだけど!」
「逃げぬと約束すれば離さぬでもない」
「ああもう! わかった! 約束する!」
ようやく男の手から解放され、ルークは大きく息を吐いた。首回りを撫でつけ、フードが外れているのに気づく。

「……エルフか……?」
ルークを見て男が呆気にとられた顔をするが、すぐに真顔になった。『音』を聞きつけたのだ。
その音にはルークも気づいていた。
人間ならざる物が発する足音と息遣い。生温かい風が微かな獣の匂いを運ぶ。
「白の番人だ。来い」
男が素早く近くの店の扉を開ける。
「何してる。 かみ殺されたいのか」
ルークは音の正体を見てみたいという欲求に駆られたが、素直に従うことにした。本来の目的を思い出したのだ。

そこは娼館を兼ねた酒場だった。

64 :創る名無しに見る名無し:2016/05/01(日) 21:36:44.88 ID:1demGLMt.net
こういうのって設定とか展開とかどれぐらい踏み込んでいいものなんだろうか
面白そうなんだけど思い付きで書き込んでも却って邪魔になりそうで

65 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/02(月) 06:14:29.39 ID:njJLq2Me.net
>64
その手の心配をされる、つまり名無しではなくキャラでの参加を御検討でしょうか。
設定も展開も、先に出したもん勝ちですので、相当の無茶ぶりでなければ遠慮は御無用かと。
ぶっちゃけ。
ど〜〜〜〜〜しても心配なときは、「やっちゃっていい?」と一言聞くのもありかと。避難所もありませんし。

66 :創る名無しに見る名無し:2016/05/03(火) 12:37:12.08 ID:rb9LinLi.net
了解、回答ありがとう
しばらくは定期参加できそうにないので過去ログ読んで流れの勉強しつつ名無しでネタ振りしようかと
プロットや設定を練ってある場合は他人からいじられるのを嫌がる人もいるので心配になって聞いてみました

67 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/06(金) 06:36:25.32 ID:J1Hyb9Qs.net
カウンター越しに座る身なりのいい初老の男、おそらくマスターだろう。
静まり返った店の中、暖炉の薪がパチパチとはぜている。
小奇麗な木製の床に壁。凝った彫り物が施された丸い木のテーブルが数台、ゆとりを持って並べられている。
「へえ……」
感心しながら部屋を見回すルークを連れが小突いた。マスターが胡散臭げな眼を向けている。

「お客様。CLOSEの文字をご覧になられましたか」
ルークが首を捻った。咄嗟に目に入った扉に、そんな表示は無かった。
確か扉には……二つ首の竜が月を囲むような……そんな模様が彫られていた気が……
一人考え込むルークを尻目に、迷いの無い足取りでカウンターに近づく連れの男。
懐から重そうな包みを取り出し、差し出す。中身を検(あらた)めたマスターの眼がスッと細まった。
「……失礼致しました。こちらへ」

連れの男が足を組んで椅子に腰かけ、慣れた仕草でテーブルに肘をついている。
ルークは座らない。粗末な身なりのくせにやたら金回りのいいこの男が不審に思えて仕方なかったのだ。
――盗賊団の一味なのかな。 金持ちの家襲うから付き合え! とか言われたりして。

「オーダーは」
「へ!?」
マスターの問いに頓狂な声で返したルークを無視し、男が麦酒(ビール)を二つ注文する。
「いや……その……」
口ごもるルークの前に、広口の大きな杯が置かれた。細かいクリーム状の泡が盛り上がっている。
指先で縁(ふち)をはじくと、泡が一筋、高山の泡雪のように流れ落ちた。
どうしたものかと考え込む。そろそろ帰らなきゃ母さんが心配するかも。
「どうした。飲まぬのか? 見かけどおりの歳じゃないのだろう?」
旨そうに杯を傾けながら男が言う。
「俺、行かなきゃ」
出口に向かおうとするルークの服を男が引っ張った。
「待て。付き合ってくれてもいいだろう」
「やっぱり」
「何がやっぱりなのだ」
「だから!ここに俺を連れてきた理由(わけ)だよ! 盗人(ぬすっと)野郎を手伝う腹なんかこれっぽっちも無いからな!」

68 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/06(金) 06:37:02.09 ID:J1Hyb9Qs.net
男がポカンと口を開ける。
「ちょっと待て。何か誤解がある。とりあえず落ち着け」
ルークの肩に手を置き、宥めるように座らせた男は被っていたフードを降ろした。
くせのある黒髪を後ろで束ねた精悍な男。その表情(かお)は若々しくも理知的だ。とても盗賊には見えないが……

「ライアンだ」
親指で自身を差し、男が名乗った。
ルークは一瞬押し黙るが、名乗られたら名乗り返せと父親が言っていたのを思い出す。
「……ルーク」
「ルーク? エルフらしくない名だな」
「あんたこそ。『小さき王』とかどんだけだよ」
「ほう……? やはり見かけどおりの歳じゃないのだな。100歳くらいか?」
「んなジジィじゃないって! 17になったばっかりだっつーの!」
マスターがコホン、と咳払いをしたので、ルークは黙って椅子に腰かけた。
「……で? 付き合えって何のことだよ」
「ん?」
「ん?じゃない。言ってたろ。『付き合ってくれてもいいだろう』って」
「ん」

ライアンがチラリとカウンターの横を眼で差した。いつの間にか、女の人達がこちらの様子をうかがっている。
背中と胸元がやけに開いた……色とりどりのイブニングドレスを身に付けた女性達。
――春先に庭の花に集まってくる蝶みたいだ。
――って事は……えーと……ここはそういう所……ですか?

「勘違いするな。情報収集だ」
ニッと笑うと、ライアンは明るい茶色の髪の、ややポッチャリ系の女の子の肩に手を回した。
桃色のイブニングドレス。小柄で……唇はピンクでちっちゃくて……茶色のフワフワの髪……クリクリの目……すっごく可愛い。
――って……いつの間に!!
「ここは王族、貴族が忍んで通う高級娼館。彼女らなら王の性癖から筆頭神官の懐具合まで知ってる」
「いや俺、協力するなんて言ってない」
手洗いにでも行く振りをして消えようかと算段するルークに、さらに声を潜めてライアンが囁いた。
「エルフなら知ってるだろ。今朝早くに親衛隊の奴らが捕縛してきたエルフの事を」
「……え!?」
「シッ!……彼について……何でもいい。聞いといてくれ」

「何であんたが」と言いかけたルークの声は、群がってきた「蝶たち」の嬌声にかき消された。

69 :創る名無しに見る名無し:2016/05/07(土) 18:09:19.79 ID:OJVzxNPI.net
エターナルストーンは賢者の石?

70 :創る名無しに見る名無し:2016/05/08(日) 02:39:51.63 ID:jA5WvRoo.net
頭おかしい

71 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/09(月) 06:09:02.58 ID:u3fyCFmZ.net
王の寝室に暖炉はない。事故があってはならない。職台もない。火は時にすべてを消し去る。
汗ばむ右手をゆっくり広げる。
これは鍵だ。
――我らを『賢者の石』へと導く――鍵。


名前: エスメライン・F・ファシリアーナ=アルカナン
年齢: 38
性別: 女
身長: 170
体重: 51
スリーサイズ:85 55 87 
種族:人間
職業:国家元首
性格:慈愛に満ちた為政者であり、反国勢力に対しては容赦ない
特技:他者の心を読み、操る能力を持つ(魔力を持つが魔法は使わない)
武器:なし
防具:なし
所持品:黄金のアミュレット各種を身につける
容姿の特徴・風貌:黒髪と黒い瞳、純白の絹のドレス(腰からスリットあり)、幅広の金帯、常に素手で素足。
簡単なキャラ解説:アルカナン王国の現国王。王家の悲願である『賢者の石』の探索に力を注ぐ。

72 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/09(月) 06:10:47.54 ID:u3fyCFmZ.net
こちらへと近づく靴音。ビショップのものだ。ドア向こうの衛兵が敬礼する金擦れの音。
扉を叩く音、2度。

「この夜更けに何用か」
「ご機嫌を伺いに参りました。何とぞ、お目通りを」

蝶番が軋む。
革の靴底が床石に触れ、カツンという音を立てる。乾いた小気味良い音が壁に、天井に反響する。
靴音が部屋の中央でピタリと止まった。ビショップがその場に膝まづく。白い長衣の裾がバサリと翻る。
「今宵はどうしても確認したき事がございます」
「ほう?」

ヒタリ……と歩を進める。石の床は冷たい。
かがみこみ、ビショップの左手を取る。彼の掌に埋まる青石が星屑を散らすように煌めく。
「エターナルストーン。先々代の世に当時の其方が持ち帰ったと聞く」
「は。『賢者の石』を精製した。その言葉を信じ、ベスマの地下へ赴いたは80年前」
「其方、いくつになる」
「140になります。見た目に反し、身体自体は衰え……もって後……半世紀かと」
王はしばらく少年にしか見えぬ神官長の顔を眺めていた。
「その石は其方に年若い外見とわずかな延命をもたらしたのみ。つまりは……賢者の石とは似て非なるもの」
「……左様にございます」
「して……其方の見極めたき事とは……これであろう?」

自分の右手をビショップの前に広げて見せた。
手の平に……滲むように浮かぶ紫色の小さな紋様。賢者の魔紋。
禍々しく紫色に煙る魔紋をまじかに見、ビショップの目が大きく見開かれた。頬を一滴の汗が伝う。
「奴の記憶を垣間見た。『死の賢者』の紋に相違ない」
「『死の賢者』。……死の壁を超えた者。……ならば『賢者の石』は……彼が……?」
軽い眩暈。違和感。異質感。これはみな……あのエルフから奪ったこれのせいなのだろう。

不意に肩を支えられ、我に返った。
「その魔紋、お身体に障ります。宜しければ、このわたくしが引き受けますが」
彼の手が魔紋に重なる。さざ波のように熱(ほとぼ)りが引いていく。癒しの石……エターナルストーン。
「其方には一刻も早く『賢者の石』を見つけてもらわねばならぬ。この紋は仕事に障ろう」
先代の、そのまた先代から王家に仕える大神官。その忠義に一片の曇りもない。
天蓋の下に腰かけ、退出を促す。

「我が手心に……入り込む者あり」
「……白の番人を放ちました。ご案じ召されますな」

柔らかな寝台に身を横たえる。天蓋に描かれた双頭の竜が揺らめき、その首をもたげたかに見えた。

73 :創る名無しに見る名無し:2016/05/10(火) 15:37:30.43 ID:mIV07Eo0.net
これはTRPGではない

74 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/10(火) 17:43:51.87 ID:xKZPD2+Z.net
>73
同意です。まさかここまでヒトが来ないとは。
放置は出来ないので続けますけどね?
いつかきっと誰か来てくれます。きっと。待ちますとも!容量完走するまで!

75 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/10(火) 17:45:50.38 ID:xKZPD2+Z.net
「エルフって初めて見ました!」
「あたしも。今夜はあたしを選んで?」
「やだ、あたくしよね?」

腕や肩を触ってくる女の子達にもみくちゃにされ、パニックになりかけた。とと兎に角いっぺんににしゃべらないで欲しい。
何言ってるか良く解んないし、これじゃ答えようにも……
「エルフって、あっちの方もすごいんでしょ?」
「やばっ! 引き締まったお尻! ハンターでもしてるの? 」
――ちょ・なんなの!? 変なとこ触んないで!

俺は隅のテーブルに腰かけていたライアンに視線を送った。
けどあいつ、あの女の子と話し込んで……こっちを見ようともしない。――薄情もん!

『選べばいいのよ。ただ、気に入った娘の手を握ればいいの』
声が聞こえた。
幾人もの女の声に混じる一人の女性の声。聞き取れたのは、それがエルフ語だったからだ。
『情報が欲しいのでしょう?『あのエルフ』の』
口笛と鼻歌を合わせたような言葉。他の子は言葉とすら思ってないだろう。

じっと俺を見つめるその女性。銀色のまっすぐな髪に、青い瞳。黒いドレスが良く似合う……大人びた女性。
『……どうしてそれを……?』
俺もエルフ語で返した。
『エルフがここに来る理由なんて、他にはないもの』
彼女が当然のように手を差し出してきた。思わずその手を取る。
他の娘達が、咎めるようながっかりしたような声を上げ、カウンターの向こうへ引き上げていった。
……ふーん、こういうもんなんだ。
チラリとライアンの方を見る。二人が手を取り合って立ち上がり、奥へと行きかけるのが見える。
「わたし達も、行きましょう?」
「えぇ? 何処へ?」
「二人だけで……話せるところ」
そっか。娼館だから、奥にそういう個室があるわけね。

まったく疑いもせず俺は彼女についていった。思えばこれが初めての冒険だった。

76 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/10(火) 17:46:29.92 ID:xKZPD2+Z.net
「そこに掛けて、くつろいで。ね?」

彼女が案内した部屋は、見たこともないくらい豪華な寝室だった。本で見た王侯貴族のそれに負けないくらい。
広い間取り、高い天井、天蓋付きの寝台に、細かい刺繍つきの寝具。
窓際に、石造りの大きな……盥(たらい)のような四角い物体。泡がたくさん……石鹸の香り? 
「浴槽……よ。裸になって、身体を洗うの」
「え!? 顔だけじゃなくて、身体も洗うの!?」
「ふふ……お客様には好評よ? とても気持ちがいいって。お互いの身体を泡で洗い合・」
「待った!」
どうしたの?という顔をして俺を見つめる彼女。
今すごい想像しちゃったんですけど。
そりゃ娼館ってことは……そういうことするトコ、なのかも知んないけど……そんなつもり、ぜんぜん無い。誓って無い。
「ふふ!初心なのね、可愛い!」
俺の胸元の紐を解きにかかる彼女の手をギュッとつかんだ。
「……お姉さん」
「エレンって呼んで」
「……エレン」
「はい」
「何か飲みたい」
エレンが急に心得顔になって部屋から出て行った。さっき麦酒を飲まずにいたのを見ていたのかも知れない。
とりあえずベットに腰かけた。
ふと……寝台の木製のノブに文字が刻まれているのに気づいた。ルーン文字だ。
このアルカナンがルーンの一部だった頃より……遥か昔の古代人が作った文字。なんて父さんが言ってたっけ。
よほどオタクな魔導師でなければ、読める人間は滅多に居ないとも。
オタクな父親に文字を習った俺には一応読める。
ア・ン・フィ・ス・バ・エ・ナ 。アンフィスバエナ。……読めるには読めるけど、……どんな意味だっけ?

ノックの音。エレンがグラスと瓶の乗ったトレイを手に入ってきた。
「はい」
差し出されたグラスを受け取る。薄い琥珀色の液体。底から細かい泡が上っては消える。……なんだろう?
不思議そうに眺める俺を見て、エレンがくすりと笑った。
「シャンパンよ」
「シャンパン……ってことは、酒?」ため息をついてグラスを突っ返した。
「赤ワインの方が良かったかしら?」
「ごめん。まだ17だから飲めないんだ」
「17ならいいじゃない。アルカナンの法律じゃ16からいいって・」
「ええ! そうなの!? 親父が25にならなきゃ駄目だって……」
エレンがニコリと笑ってグラスを差し出した。
「そう。随分と堅物のお父様なのね」
そうそう。いつも俺を子供扱いするんだ。冒険にも行かせてくれないし。

受け取ったシャンパンは、泡が少し減っていた。……酒は苦くて不味いって聞いてたけど……。
半ばヤケクソ気味に口に入れる。すっきりして甘くなくて……とても美味しい?
「うんと飲んでいいのよ? あちらのお客様がたくさん置いていって下さったから」
「ふーん……?」
あいつ(ライアン)、そう言えば情報収集とか言ってたっけ。
「それにしても貴方と……貴方のお父様。わたしの聞いたエルフとは随分感じが違うわ」
「え?」
「今は亡き帝国に、とっても好色なエルフが居たそうよ?」
「へえ」
「何でも城内の女侍従からお偉方の新妻にまで手を出したって。まさに『あのエルフ』当人のことよ」
「え?」
「エルフならもちろん知ってるわよね? シャドウ=ヴェルハーレン! 名前まで悪役よね!」

俺は飲みかけたシャンパンを、思い切り彼女に向かって吹いた。

77 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/05/12(木) 17:50:52.77 ID:ytqr0qCK.net
重い扉を閉める音が、石の床を介し振動となって身体に伝わった。
鎧靴が床に当たる甲高い足音とともに、鎧同士が擦れる不快な金属音が耳につく。……二人、いや三人居る。

「起きろ!」
怒声を浴びた。ちょうど起きた所だと言いたかったが口が開かない。目も開かない。
首を上げることも出来ず、床に投げ出された足の感覚は無く。
広げた両腕を壁に繋ぎとめる石の枷。
聴覚と、石枷がもたらす腕の重さ分の痛みだけが、自分がまだ生きていることを証明する唯一の感覚。

「隊長。よもや?」
「フン。この程度でくたばるタマか」

鳩尾に重い衝撃。ほとんど痛みは感じない。……が、徐々に感覚が戻る。
うっすらと目を開ける。見た顔がそこにあった。要塞に押し掛けた一群の将。
そして以前……殲滅せしめんと攻撃した敵軍の、唯一の生き残り。名は確かラファエル。

「どうだ。扉以外、鉄を一切使わぬ石牢。エルフには丁重なもてなしだろう」
「この国では壁に拘束することをもてなしと呼ぶのか」

男達が息をのんだ。同時にラファエルが剣の柄に手をかける。その剣にも覚えがあった。
謁見の間にて鉄の枷を断ち切った剣。
そして大戦にて……敵軍の将が年若いラファエルに手渡した魔法剣。大津波を引かせ、風の白刃をすべて霞と化した剣だ。
柄頭に竜の刻印が見える。アンフィスバエナ(=双頭の竜)はアルカナン王家の紋。王の所有である証。
「奴の額を確認しろ」
「……!しかし奴は……!」
「魔法は使えぬ。陛下の魔力結界はここ王城の地下はもとより、城下にまで及ぶのだ。無論……魔具の類は別だがな」
言うなり男は剣を引きぬき、切っ先をこちらにむけた。

騎士のひとりが眼の前にかがんだ。額を覆う金の髪を乱暴に掴み上げる。
「隊長。我が王の紋に違いありません」
「こ奴はエルフ。操舵の術が効かぬのでは?」
「ならば……試そう」

ラファエルが剣を正眼に構え、振り下ろした。冷気に似た風圧が身体を突き抜ける。意識が……揺さぶられる。
「答えよ。貴様の主(あるじ)の名は?」

「知れたこと。『……・――――……』」
……どうしたことか、言葉が……名が出てこない。我が自ら主と定めた……その人物は……?……姿は……?

「貴様の主は……『あの方』、であろう?」

……ゆっくりと首を……縦に振る。いかにも。……我が主は……あの……麗しき御方。

「王の命を伝える」
ラファエルが剣を軽く振る。手首を捉える石枷が斬られて落ちる。自由となった両の腕を床につけ、膝まづいた。
「なんなりと、ご命令を」
「ラファエル・ド・シュトルヒルムが配下となり、ベスマに赴け。『賢者の石』を我が元に届けよ」
「承知……致しました」

彼等に続き牢を出た。
……はて……。自分は何故……投獄されていたのだったか……?

78 :名無し募集中。。。:2016/05/17(火) 23:09:22.43 ID:Q+xLm34B.net
【キャラ考えてみたよん】

名前: シオ・ビクタス
年齢: 26
性別: 男
身長: 183
体重:76
スリーサイズ:
種族: 人間
職業: 剣士
性格: 意志が強い、頑固
特技: 双剣術
長所:義に厚いところ
短所:涙もろい、味覚オンチ
武器:双剣(片手で扱えるように軽い)、短剣
防具:胸当て、股間当て
所持品:わずかな金、簡易な寝具、師から授かった手紙
容姿の特徴・風貌: 黒髪の長髪ポニーテール、眉毛のキリッとした美男子、茶色の瞳、意志の固さを感じる口元、ヒゲは薄くほとんど生えない
簡単なキャラ解説:義侠心あふれる好青年
双子の妹がいる

79 :名無し募集中。。。:2016/05/18(水) 01:32:29.24 ID:6X68tPTU.net
「シオよ、アルカナン王国にいる鍛冶屋のホンダを訪ねよ委細は彼に聞け」

一ヶ月前にシオが受け取った手紙にはそれだけが書かれていた
「しかし唐突な…変わらぬ人だな」
つぶやくとシオは短くため息を吐いた
遠くには巨大な王都があるのが見えている
すでにアルカナンとは目と鼻の先に来ている
王都まであと半日の所にいるが着いたらまずは宿を探さねばならない
鍛冶屋のホンダをシオは知らない
広い王都を数ある鍛冶屋を探してホンダを見つけることを思ってシオの足どりは重くなった
「普通アルカナンの何処そこまでは書くものだがあの人には常識…」という所まで言ってシオは次の言葉を飲み込んだ
眼前に馬車があらわれたからだ
荷台にワラを積んでゴトゴトとこちらに向かってくる
手綱をもった老人は楽しそうに口笛を吹いていた
シオは歩みをとめ馬車道をよけて端によった
老人もシオに気づいて口笛を吹くのをやめた
この荷を背負い剣を腰の両側に差した若い旅人に老人は警戒したのかじっと観察するように見つめていたがシオの前にくると手綱を引いて馬を止めた
「お若いの、王都まで行くのかね?」
老人は手綱をもったまま声をかけた
「ええ」
シオは短く返事をした
老人は急に目を細めて
「お若いの、剣闘会に出るならもっと速く歩かねば日暮れには遅れるぞ」
「剣闘会?」
今度はシオの返事に思いがけなかったのか老人は目を見開いて
「王都で今度開かれる剣闘会に出るんじゃないのかね、そうかこれはすまなかった」
そう言うと老人は自分の勘違いを笑ってシオに軽く謝るように会釈をすると
そのまま馬に合図を送って荷馬車はゴトゴトと去っていってしまった
「剣闘会……」
シオはまた老人の言ったことをつぶやいてそうだ日暮れまでには王都に着かなければと歩きを速めた

80 :名無し募集中。。。:2016/05/18(水) 14:15:18.42 ID:5ixf9dUU.net
王都の入り口である門の前は夕暮れ近くになって行き交う人の群れでごった返していた
牛やロバの背に荷を乗せて運んでいる者や荷台に大きな樽をいくつも積んで馬車を走らせている者、風呂敷を背に重そうな足取りの行商らしい男、子供の手を連れてキョロキョロ周りの様子を伺いながら門に入ろうとする女
王都の門はいくつかあり最も大きな門は日が落ちれば閉じてしまう
夜は小門だけが出入りを許されるが入都は厳しく制限され手形がなければ入ることはまず許されない
他にも都に入る方法はあるがシオには元になるソレが無い
夕暮れに間に合ったのは良かった
シオは竜や獅子が彫られた立派な大門に目をやりながら安堵の息を吐いた
門を抜けると人の群れは思い思いの方へ拡散していきシオの眼前に王城にまっすぐと続く大通りが見えた
「あれがアルカナンの王城か」
雄壮な大城が道の先にそびえていた
その姿に目を見張ったものの王都へ来た目的が目下鍛冶屋を探すことであるシオには関係が無い
あそこに用は無い
シオはまず宿を探すため大通りを歩き始めた
ふと目をやると人だかりがあり覗くと豚の頭を店頭に並べた肉屋の主人が2本の包丁を擦り合わせて威勢よく啖呵を切っている
「うちの豚はそんじょそこらの豚とは違うよ東のナバウルに住むといわれる一角豚だよこの肉を食べたら健康長寿ときたもんだ」
その啖呵を聞いた子供が口を挟んだ
「角なんて生えてないじゃないか」
店主は子供を見てこれは一角豚のメスでメスには角が生えないんだよと説明すると
これを聞いていた周りから不審の声が上がった
するとわかったわかったと言って店主が奥に引っ込みこれがオスの一角豚だよと角の生えた豚の頭を出してきた
一角豚というものを初めて見た人達は驚きの声をあげて珍しいものを見たとささやきあった
そうしていると人だかりの中からその一角豚の肉をくれという者が出てその声に1人続き2人続きあれよあれよという間に店頭の豚肉はほとんど売れてしまった
店主は嬉しそうな顔をして今日はもうこれで終わり店じまいだと言って品物を片付け始めた
「一角豚とは初めて見たな、我が師アルシャインは東のナバウルへ剣術修行に出たことがあったはずだがそんな話は聞いたことがなかった」
シオも王都に来たのは初めてでは無いが都には常に新鮮な驚きがある
王都まで足取りの重かったシオも都の溌剌とした空気というものに気分をあらためた

81 :名無し募集中。。。:2016/05/18(水) 17:24:38.03 ID:5ixf9dUU.net
「モーラ悦びと痛みの店」
その文字の横に半裸の女性がこちらを誘うように人差し指を曲げている絵が描かれた看板に目をやった
「あれは宿……ではないよな」
シオは苦笑した
すでに小一時間宿を探して通りをうろついている
以前王都に来たときに使った宿は満室でありその宿から紹介された別の宿も満室であった
それではと目についた宿屋に飛び込んだがやはり満室で空きは無いという
「剣闘会…」
荷馬車の老人が言っていた剣闘会をどの宿の主人も使った
「今年は王都で10年振りに剣闘会が行われるんですアルカナンどころか大陸各地から見物客が集まって来ているんですよ」
それ故にどこの宿屋も客室は満杯だという

剣闘会は王都にある闘技場で行われる
アルカナンには3つの闘技場があるが王都の闘技場は一番大きく観客が20万人は入れるという規模である
剣闘会は剣だけではなく槍や弓あるいは魔法もその使用を許可されている
但し武器はもちろんのこと魔法も事前にどのような魔法を使うのかを申告しなくてはならない
大陸中で小規模の剣闘会は行われるがアルカナン、北方のアインランド、東のナバウルで行われる大剣闘会は三大剣闘会といわれ優勝者には大陸一の名声と莫大な賞金が支払われる
しかし大規模な剣闘会は持ち回りではなくその時の為政者が力を誇示するために開くもので大陸で数年に1度あるいは数十年に1度しか行われずアインランドではすでに30年の間大規模な剣闘会は開かれていない
今回アルカナン王都で行われる大剣闘会は大陸で行われる大規模な剣闘会として10年ぶりでありそれ故に大陸中からアルカナンに見物客が押し寄せてきている

すでに日が落ち始めている
泊まる宿が無ければこのまま都で野宿というのも仕方ないとシオは覚悟し始めている
しかし王都で野宿するのは王都の外で野宿するより危険であることがある
「獣より人のほうが怖い」
それがシオの生きてきた実感である
あるいはあの娼館に一夜だけでも泊まって明日にはホンダを見つけ出してその厄介になればいい
シオの足が娼館に向いた

82 :名無し募集中。。。:2016/05/18(水) 17:33:08.16 ID:5ixf9dUU.net
白の番人=人狼
人に化けてる
よし書こう

83 :名無し募集中。。。:2016/05/19(木) 03:04:04.79 ID:7CaP451p.net
「モーラ悦びと痛みの店」
その看板の文字の隣に描かれた女性は先ほどと変わらず人差し指を曲げてシオを誘っている
しかしこの前と違うのはシオは看板を見ただけでなく店の中に入った
店の中は薄暗くランプの数も大きさもそれ以上明かりを必要としないように計算されていた
カウンターがあり年配の女が声をかけてきた

「お客さん一晩は金貨1枚だよ」
シオは苦笑した
「あいにく銀貨しかもっていない」

ふんと鼻を鳴らした年配の女はカウンターを指で叩いて銀貨を置くように催促した
シオは懐から銀貨12枚を取りだしてカウンターに置いた
女の感じの悪さは商売が上手くいってないことを表している
剣闘会で大陸中から人が来ているのに何故かこの店は繁盛していない
年配の女がカウンターの奥へと引っ込み
しばらくすると少女がカウンターの奥から出てきた

「まさか君が?」

シオが驚くと少女はぶんぶんと首を振り部屋に案内するとだけ言って歩き始めた
シオはその少女について階段を上がり2階の廊下を進んで一番奥の部屋に案内された
部屋に入るとやはり暗い
少女は部屋の説明だけしてそそくさと戻っていった
何もない殺風景な部屋にひとり残されたシオは騙されたと思ったが文句を言いにいくほど怒りがこみ上げてこない
旅の疲れがそうさせているのか元よりそんな気もなかったからなのか
シオは旅装を解いてベッドに横たわった
良い匂いだ
枕は柔らかくシーツは洗濯されてしっかり太陽に干されている
ベッドに抱かれるだけで十分に気持ちよくそのままシオはうつらうつらとしていると扉を誰かがノックする音が聞こえた

84 :名無し募集中。。。:2016/05/19(木) 03:05:55.80 ID:7CaP451p.net
「誰だ?」

シオは目を覚まして扉の向こうに声をかけただが返事は無い
代わりに扉の向こうからすすり泣くような音だけは聞こえる
シオはベッドから起きて扉を開けると先ほど部屋を案内してくれた少女がそこに立っていた
少女の格好は生地の薄い白のワンピース姿で下着がはっきりと透けていた
シオは戸惑って言葉が出ない
少女は目をふせてすすり泣いている
その沈黙の状況が数秒続いたが
シオは状況を理解して少女に優しく声をかけた

「私は大丈夫だそういうのは必要ない君はそのまま戻るといい」

しかし少女は返事をせずまだすすり泣いている
シオはもう一度同じ事をさらに優しい口調で説いたがやはり少女は動かない
シオが表情に困惑の色を浮かべていると泣いていた少女が話し始めた
お客さんの所から戻るなと女主人に言われてきたから戻ることは出来ない
話している少女の目から涙がさらに溢れた
このまま少女が戻ればどうなるかをシオは容易に想像できた
少女のことを考えてシオは部屋に招き入れた
シオは椅子に座り少女をベッドに座らせた
少女はチラチラとシオの顔を見ては怯えている
シオはいきなり自分の故郷の話をし始めた
少女はキョトンとした顔でシオの顔を見つめる

「私の生まれた村は漁村で海がキレイでな魚が豊富に獲れるんだ」

シオは少女を和ませようと色んな話をした
少女は話を聞いている内に緊張がとけて時おり笑みを浮かべてシオの話に聞き入っていた

「知ってるか?東のナバウルには一角豚というのがいてな」

「それ…ウソ…」

少女がシオの話に突然入ってきた

「ウソ?」

シオが言葉を繰り返す
今度は少女が話し始めた
一角豚というのはウソで肉屋の店主が角に見えるように木を削って普通の豚の頭に指しているだけ
最初に店主に声をかける子供も一角豚の頭を見せたあとその豚肉をくれと一番先に叫ぶ人もグルだという
店主が作った一角豚の頭は店先にずっと置いておけば見破られしまうからしまって置かなければならない
店の奥から出してきた一角豚の頭は始めに注文をかけた男に渡してしまえばバレることはない
少女の説明にシオは目を丸くして驚いているとその顔に気付いたように少女は笑顔をシオに向けて言った

「お兄さんて面白い人」

85 :名無し募集中。。。:2016/05/19(木) 17:03:41.81 ID:7CaP451p.net
シオと少女の会話は夜半まで続いたが少女は泣きつかれたのか安堵したのかシオが話している間に気づくと寝てしまっていた
ベッドの上の無垢な少女の寝顔を見るとシオは深くため息をついた
少女の未来を思えば気分が暗くなる
だが自分にどうすることも出来ないことを分かっているそれが悲しいのだ
胸に重苦しさを感じながらシオは再び眠りにつこうと床に毛布をしいた
その時扉の向こうに人の気配を感じた
「誰だ?」
「お客さん娘がそこにお邪魔していませんか?」
女主人の声が廊下に響いた
「いや、ここには来ていない」
シオはウソをついた
シオの言葉に女主人の返事はなくわずかの間沈黙が流れた後ガチャガチャとドアノブを強引に回そうとする音が聞こえた
シオは棚に置いたベルトから2本の剣を抜いた
「何者だ!」
シオの怒声が部屋に鳴り響いた
その声に寝ていた少女が飛び起きた
目の覚めた少女は部屋の中に充満する異様な気配に怯え2本の剣を両手にしたシオの背中をじっと見つめている
扉の外にいるのは女主人ではないそれどころか人ですらない
シオの怒声にドアノブを回そうとする音が消えまた沈黙が流れた次の瞬間木製のドアを長い毛でビッシリと覆われた獣のような腕が貫いた
その光景に少女は悲鳴を上げる
シオは2本の剣を身構えた
貫かれたドアの穴から怪物がのぞきこみその眼がシオと少女を捉えた
「人狼か」

86 :名無し募集中。。。:2016/05/19(木) 17:04:49.01 ID:7CaP451p.net
シオはその怪物を知っている
奴らは昼間は人に化け、夜に狼となって人を襲う
山深い村々に時おり表れるというのを聞いたことがある
しかし王都にこんな怪物が住んでいるとはあるいは紛れ込んだか
シオは背後の少女を気にした
「ベッドの下に入れるか?」
少女は涙を浮かべて眼の前の恐怖に震えていたがシオの声にうなずきベッドの下に潜り込んだ
覚悟を決めたシオは大きく息を吸って吐くと双剣の柄を握り直した
人狼の不気味な眼が穴から離れたあとけたたましい音が共にドアが勢いよく弾けた
その木片が部屋に散らばると木片の上を怪物の足が踏みしめた
全身が茶褐色の毛に覆われ狼の頭を持った怪物が鋭い爪を立て牙を剥き出しにしてシオの前に立った
少女がベッドの下から人狼の足元を見ていた
人狼が息を吐くたびに剥き出しの牙を濡らしてヨダレが床に滴り落ちている
シオと対峙していた人狼が唸り声をあげた
その瞬間シオは右手の剣を一閃する
人狼は大きく後ろに飛んでその攻撃をかわした
反応が早い
距離を取った人狼が体勢を低くとったあと
床を蹴ってシオに飛び掛かった
人狼の爪がシオを捉えたかに見えたがシオはその鋭い爪をかわし人狼と体を入れ替えると同時に左手の剣を人狼の肩に突き刺した
すぐに人狼はシオに向き直って戦闘体勢を取るが刺された右肩からは血が流れ右の腕は上がらなかった
人狼は威嚇の表情とともに唸り声をあげるがシオはいささかも臆することなくさらに斬りかかる
人狼はその鋭い攻撃にたまらず退がると痛みに歪んだ顔を見せた
飛び退いた人狼が再びシオとの距離を取ると
シオもまた大きく息を吸って吐きゆっくりと双剣を人狼に向かって構え直した
その様子を人狼は忌々しく睨み付ける
シオと人狼の睨み合いが続いた
だが夜半の喧騒に辺りが騒がしくなってきた
人狼は耳を立てて周囲の様子をうかがったあと眉間にシワを寄せると小さく唸った
その直後勢いよく床を蹴った人狼は部屋の窓を突き破って外に逃げた
シオは警戒しつつ破れた窓に近づくと辺りを確認したあと剣をゆっくりと下ろした
「エルフ…」
シオはつぶやいた
そう聞こえた
人狼が逃げる前に放った小さな唸り声の中に確かにそう聞こえた
シオはベッドに振り返った
この部屋にいるのはシオともう1人しかいない
ベッドの下で恐怖に震えている1人の少女しか

87 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/20(金) 06:17:20.70 ID:+48eRWD4.net
投下、ありがとうございます! 思いつくまま自由に展開するストーリー、楽しく読ませて頂きました。
2点だけ、お願いがあります。
時間を空けて投下する時は、【つづく】と最後に表示してくれませんか? 入るタイミングが分からないので。
(長めのストーリーを投下する場合、1レス出来たその度に投下するのではなく、すべて書き切ってから一晩寝かせ、
少なくとも1回は推敲してからの投下をお勧めします)
もうひとつ。
遠慮せず絡んでください。
どうせ娼館に泊まるならルークと同じ館に泊まるとか、王城から出てくる騎士の一団を見かけるとか。
でないと唯のサイドストーリーになっちゃいます。
なかなかにアイディア豊富ですので、勿体ないと思い……偉そうにアドバイスさせて頂きました。

1日待って【つづき】がなければ明日にでも投下します。よろしくお願いします。

88 :創る名無しに見る名無し:2016/05/20(金) 07:29:21.99 ID:CASr2JPE.net
「ちょっといいかい?要塞の守り神さん」

「よければ私も仕事させてもらうよ」



名前: ベリル・メンヌハ
年齢: 23
性別: 女
身長: 186
体重: 74
種族:人間
職業:錬金術士
性格:自信満々で欲に忠実
長所:果敢
短所:性格に問題あり
特技:凍結系の魔法
武器:強力なとげ付のロッド
防具:ローブ
所持品:様々
容姿の特徴・風貌:紫色の髪で大柄、体の線が出る服  スリーサイズは104-68-99ぐらい
簡単なキャラ解説:秘宝を探している錬金術士。既に禁忌に触れた研究をしている。
酒と男が大好き。



【支援NPCです】

女は名前をベリルと名乗り、破格のじょうけんで雇われることを願い出た。

89 :名無し募集中。。。:2016/05/20(金) 16:48:23.82 ID:ZYD9T+0m.net
>>87
ご指摘ありがとうございます
よく分からなかったんで
展開とか設定とか何とかすれば回収できるように腐心してたんですけど限界来てましたwww
つづくのかどうかを書かなかったのはすみませんでした
様子を見て誰も書いてなかったら本編の外側をなぞるように書いていこうと思ってたので
今度から気を付けます
一応出した名称の簡単な説明だけ書いておきます

鍛冶屋のホンダ・・・王都で鍛冶屋を営む鼻の大きな中年男性で年齢は50代
あとは特に考えてません(笑)

アルシャイン・・・シオの師匠、10年前の大剣闘会の優勝者、剣の達人、白髪まじりの短髪に無精髭、弟子に対して勝手で無遠慮

アインランド・・・北方の領主達の連合国
アインランド人のイメージとしては身体の大きい北欧の白人

ナバウル・・・東方にある王国のことで草原や山岳の多い土地、人種はアジア系、カザフスタン人みたいなモンゴロイド系が多いイメージ

ハーフマンエルフの少女リリス・・・人とエルフの間の子供、年齢10歳、娼館にて産まれる、母親は5歳の時に病気で亡くなる

こんな感じです

90 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/21(土) 17:09:38.43 ID:rmtzOyiW.net
>88
NPCのキャラクターですね、ありがたく使わせて頂きます。
念のため確認しますが、NPC扱いで本当によろしいですか? ロール回し、やりません?

>89
なんと大陸の全貌が明らかに!
地図、書いてみたいですが何処にどうアップしていいものやら……もしご存知でしたら教えてください。
少女さんはハーフエルフなんですね。なるほど絡みやすい。
あ。遠慮なく絡む派&絡まれたい派ですので、度が過ぎるようでしたら言ってください。


>賢者のPL様
現在要塞から少々離れてますが……そのうちズバッと行くかも知れません。今明かされるワイズマンの過去!
『ワイズマン』って真の名も出自も、いつから要塞に居たのかもすべて謎なんですよね。
確かなのはもと人間だったって事だけ。
いやその……いくら『何されても文句言えないNPC』でも過去設定までいじられるのは気分いいものじゃありませんよね?
何処まで設定していいものか……正直悩みっぱなしです。
もしガチで放って置いて欲しい時は一言お願いします。
このままだとほんと遠慮なくバッサリやっちゃいますよ? 無論死なない程度にですが。

91 :創る名無しに見る名無し:2016/05/21(土) 18:14:03.61 ID:TCP/cQDK.net
>>90
>>88ですが、NPC扱いで結構です。
ロールによっては死亡しても構いません。

92 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/22(日) 11:11:24.93 ID:uuVOflz6.net
気まずい沈黙が部屋を満たした。エレンが驚いたような怒ったような顔でこっちを見ている。
「ごごごごめん!!」
慌ててテーブルに置いてあった布切れで彼女の顔を拭く。
「お酒はじめてなのよね? 仕方ないわ」
にっこり笑って俺から布を取り上げ、髪と服を拭き始めるエレン。
そうそう! シャンパンのシュワシュワが喉に引っかかったっていうか、そういう事にしといてくださいっ!

「そんなに慌てなくて大丈夫よ。どうせ脱ぐんだし?」
ちょっぴり挑発的な眼で俺を見つめ、彼女は両手でドレスの襟を横にずらす。
胸元の深い谷間を形成する二つの丸い御山。すっごく柔らかそう…………いやいやいやいや。
「待ったっ!」
彼女の手を掴んで止めた。その眺め。俺には刺激的過ぎるんでお願いだからやめて。
チラリと壁際の水時計を見る。――もうこんな時間?

「あのエルフを助けたいなら無駄……よ?」
「……えっ……?」
エレンがつまんなそうな顔をして椅子に腰かけた。
……どうして俺が考えてること、解るんだろう。読心術でも使えるんだろうか?
「解るわ。全部顔に書いてあるもの」
「……」
「ていうか、いま王都には腕に覚えのある剣士達が集まってるのよ? 人間だけじゃなく、エルフも、ドワーフも大勢。
わかる? 剣闘会に参加するフリして「囚われのエルフ」をこっそり助けようってエルフがたくさん居るの」

「……そうなの?」
「そうなの。だからお国からお達しが来てるわけ。エルフを見たら捕まえとけって」

急に頭がクラクラした。もしかして、さっきのお酒に何か入れられた……とか?
「入れたわ。強い眠り薬をね。でもあなたはほとんど飲まなかった」
エレンが濡れたドレスに眼をやりながら言う。
もしかして……ライアンもこいつらの仲間なんだろうか。初めからそうと知ってて……?

ゆっくりと……テラスに向かって後退した。
「無駄よ。外には……白の番人がたくさん居る。あのエルフもとっくに・」
「とっくに……なに?」
エレンが冷たい笑みを浮かべる。
――思い出した! アンフィスバエナは双頭の竜。ここ、王の息のかかった宿ってこと!?


ガシャアアアアンンン……!!!!!

窓を破って外に・と思ったその時、窓を突き破る音がした。外からだ。
テラスの窓にカギはかかっていなかった。開けて顔を出すと、通りを白い影が通り過ぎた。獣の匂いと血の匂いが入り混じる。
ヒラリと身を躍らせた。
トンッと石畳に足がつく、と同時に横合いから何者かに突き飛ばされた。
『敵……!?』
回転しつつ身を起こし、背の短剣を2本とも引き抜いた。

93 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/22(日) 11:12:19.60 ID:uuVOflz6.net
眼の前に黒髪の男が一人、背を向けて立っていた。男の前に牙を向く2匹の白い魔狼(ワーグ)。鋭い唸り声が耳に刺さる。
「ライアン!?」
彼の左手にはちょっと変わった刃形の短剣が一振り。
衝撃派を伴う咆哮と共に、魔狼が躍りかかってきた。大きい!!16フィート(約5m)はある!!
攻撃呪文が――間に合わない!!
ライアンが剣を両手に持ち替えて胸の前にかざした。いったい何を!?

≪ スリサズ = thurisaz ≫ 

ライアンが発したのはフサルク(ルーンのアルファベット)の一文字だった。魔狼が弾かれたように方向転換する。
そのまま走って行ってしまった魔狼を見やり、ライアンがニッと笑った。
「何か解ったか?」
「へ?」
「へ? ではない。あの女から何か聞き出せたか?」

冗談じゃない。いま間違いなく死ぬか生きるかの瀬戸際だった。それをまるで「飛んできた蚊を追い払った」後みたいに。
「おい。まさか……何も収穫がなかった。などと言うのではあるまいな?」
ライアンの顔は真剣そのものだ。
「収穫どことか……薬飲まされて捕まりそうになったんですけど」
一瞬、間を置いてライアンが笑いだした。 ――笑いごとか!?
「なるほど。それで奴らの狙いが大体解った。お前を選んだこの眼に狂いは無かった」
――――ぜんぜん解んないんだけど!!

「来い!!」
俺の腕(怪我していない方)をむんずと掴むライアン。……またこの展開?
「今度はどこ行くんだよ!?」
「決まってるだろう。剣闘会に参加する。闘技場なら遠慮なく魔剣が使えるからな」
状況説明もなしにこれ? とにかく聞きたい事が山ほどあった。さっきの不思議な技といい……白い魔狼といい……

「つかあんた何者? 目的は何?」
引っ張られながら夢中で聞いた。せめてそれだけでも教えてもらわないと困る!
しばらく俺を引っ張って走っていたライアンは、ふと足を止めた。じっと俺の眼を見つめ……口を開いた。
「我が名はオースティン・ライアン・オブ・ルーン。ルーンの復興に、ヴェルハーレン卿の助けが要る。それだけだ」
エルフ語で綴られた衝撃的な言葉に、一瞬凍りつく。
「すまん。初めからそう言っていたら……付いてきてくれたか? ルーク・ヴェルハーレン」

全部……知ってた……?
俺はヘナヘナとその場にヘタり込んだ。遠くで魔狼の吠え声がしていた。

94 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/22(日) 11:13:06.82 ID:uuVOflz6.net
名前: ライアン( オースティン・ライアン・オブ・ルーン)
年齢: 25
性別: 男
身長: 185
体重: 79
種族:人間
職業:剣士
性格:強引 物事に動じない 上から目線
長所:短剣の使い手、エルフ語を解す
短所:魔法自体は全く使えない
特技:複数の魔力剣による連続技  
武器:オリハルコン製の短剣を24本(それぞれにルーン文字が一文字ずつ刻まれている)
防具:なし
所持品:蝋燭、火打石など、野営に必要な小道具一式
容姿の特徴・風貌:瞳は黒。黒い巻き毛を後ろでまとめる。旅装、フード付きの外套
簡単なキャラ解説:亡きルーン帝国王の嫡子、各地を放浪していたが、ベスマ要塞の噂を聞き王国に潜入

95 :名無し募集中。。。:2016/05/23(月) 19:23:52.90 ID:ma4/qSZd.net
>>90
申し訳ない
地図をどこにアップしたらいいのかはちょっと分かりません
imgurに載っけて貼るとかじゃいけませんかね?
すいません適当ですwww

96 :シオ・ビクタス:2016/05/23(月) 19:24:31.50 ID:ma4/qSZd.net
「君はエルフか?」
シオの問いに少女は頷く
「半分だけ」
「ハーフエルフか」
人間とエルフのハーフは耳の形などでは年の幼い頃だと判別がつかないことがある
少女は恐怖に青ざめた顔をしてうつむいていた
シオは笑顔を作ると
「お互い自己紹介がまだだったな、私はシオ・ビクタスという者だ」
少女をなぐさめるように言葉をかけた
少女はシオの言葉に顔を上げる
「リリス・レニエ」
そのはっきりとした声の強さにリリスの意外な心の強さを感じるとシオはリリスに部屋にいるように言葉を残して一階へと下りていった
カウンターの奥に入ると女主人が叫ぶ間もなく喉を食いちぎられたのだろう
首からおびただしい量の血を流して死んでいた
シオはそのむごたらしい死体をわずかだけ観察すると一階の安全を一通り確認したあと2階の部屋に戻りリリスに一階の状況を伝えた
リリスは女主人の死を聞くとポロポロと涙をこぼした
「ここにいるのは危険だ、誰か他に頼る者はいないか?」
リリスは涙で濡れた顔を振って自分には他に身寄りはないことを表した
もうすぐ騒ぎを聞き付けた王都の衛兵がやってくるだろう
そうなればリリスはどうなるか
人間の孤児ならば王国が保護してくれるかも知れない
だがもしリリスがハーフマンエルフであることが知れたら容赦なく王都の路上に放り出すだろう
王国は例えまだ年端もいかぬ孤児の少女であろうとエルフの血が半分も流れていれば保護をしたりはしない
そうなればリリスはあの人狼の餌食になるだけだ
人狼は間違いなくエルフを狙っている
顔を手で覆って悲しみと不安にうちひしがれるリリスを見つめていたシオはそっと肩に手をかけた
「分かった、兎に角一緒にここから出よう後のことはそれから考えよう」
シオの言葉にリリスは顔を上げた
リリスは目にたまった涙を急いで指でぬぐうとシオの顔を見てまっすぐに頷いた
シオがリリスを連れて娼館を出ると騒ぎに起きた住民達が何事かと部屋の窓を開けて通りを見ていた
通りの向こうからは炬火をもった男数人と馬に乗った武人の集団が近づいてくるのが見える
王都の衛兵に見つかるのを避けるようにシオとリリスは通りを横切る路地の暗闇へと消えていった

97 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/24(火) 17:49:47.69 ID:HECQjwYA.net
>95
ありがとうございます。描いたらアップしてみます。
ロールですが、投下は明日になりそうです。よろしくお願いします。

98 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/25(水) 16:49:16.09 ID:VXoHyv0n.net
王城近くに建てられた聖アルカヌス闘技場は、直径328ヤード(約300m)の巨大な円形闘技場だ。
観客の収容人数はなんと20万人。各国のそれが通常5万人である事を考えれば、その規模の大きさが窺えよう。
一階の全面に設えられた丸い門(アーチ)は80箇所、うち王城側のアーチは王侯貴族専用の入り口となっている。
他はすべて観戦に訪れた市民のための門である。
ここでひとつ、疑問に思うかもしれない。剣闘に参加する者たちは――いったい何処から入るのか?

闘技場から100ヤードも離れていない場所に、高い外壁に囲まれた円形の街が存在する。
ときたま上空を旋回するグリフォンの背に乗れば、広場を中心にして同心円状に並ぶ家屋を見るだろう。
多くの者はこの街をこう呼ぶ。「剣闘士村」、或いはただ……「村」と。



「ここが剣闘士村だ。参加者は皆ここを通る」
「俺(エルフ)が入って……怪しまれない?」
「大丈夫だ。ここは 誰 で も 自由に入る事が出来る王国で唯一の場所なのだ」
「誰でも?」
「そうだ。エルフだろうが、罪人だろうが、誰でもだ」

眼の前に構える大きな門。門といっても扉は無い。両脇に背の高い門兵が二人、銀の槍を手に立っている。
ライアンと連れだって門をくぐると、上品そうな貴婦人とすれ違った。門兵に何か渡している。
「……あれ、何?」
「礼金だ。ここから出るには金貨30枚が要る」
「……持ってるの?」
「さっき使ったのが最後だ」
――冗談だろ!?

急いで引き返そうとした俺の前で、槍が2本交差した。刹那、銀に光る障壁が扉となって門を閉ざした。
「ちょ・……ええ!?」
ライアンが俺の肩を掴んで引き寄せる。
「あれに触れたら一瞬でお陀仏だ。私が居て良かったな」
「良くない! 自由に出入りできるってさっき・」
「何を聞いてた。自由に入れるとは言ったが、自由に出られるとは言ってない」
「……」
こういう時、なんと言ったらいいんだろう。
○×! ○×○! ○×&@!! ○○○○○!!!思いつく限りの罵倒の言葉を叫ぶ。もちろん……心の中で。

99 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/25(水) 16:50:10.30 ID:VXoHyv0n.net
「……お前。言いたいことが全部顔に書いてあるぞ」
思わずため息が出た。そういやエレンにもそんなこと言われたっけ。
仰ぎ見た夜空に煌めく満天の星。ついっと流れた星が目に染みた。――ま、いっか。これも冒険だと思えば。

街の中央に向かってまっすぐ進むと、すぐに石畳の広場に出た。人もいる。
剣を打ち合う者、それに喝を入れる男。倒れている者も数人。
真ん中には湯気の立つ大きめの噴水。数人の男が湯で身体を洗っている。胸や背中にひどい怪我をしている。
「村は剣闘士の養成所も兼ねている。これは傷を癒す湯殿だ」
ライアンが手の平で湯をすくった。
なるほど、湯は何かを癒す不思議な香りがした。熱くもなくぬるくもない。泳いだらさぞかし気持いいだろう……なんて。

ライアンの足が、頑丈そうなレンガ造りの小屋の前で止まった。
大きめの煙突、窓からのぞく鉄槌や鞴(ふいご)。鍛冶場だ。拳で数回、扉を叩く。
眠たそうな眼をした若い女性が扉を開けた。
「こんな夜中に、なんか用?」
珍しい紫色の長い髪、ライアンと並ぶくらい背が高い。女性は眼の前のライアンと後ろにいる俺の顔をぼんやり見つめた。
「ん……いい男」
訂正。眠そうなんじゃなく、酔っぱらってるんだ。息が……ハンパなく酒臭い。
「ライアンという者だが……ホンダはいるか?」

奥の方で答える声があった。
バタバタと走り寄る音。扉が大きく開き、立っていたのはやたらと鼻の大きな中年の男。
長くて黒い髭が顔の半分を覆っているが、頭には一本の毛も生えていない。クレイトンおじさんより……年上、かな?
「ライアン! でかくなったな! 10年ぶりか!」
男はごつい腕でいきなりライアンを抱きしめ、背中をバンバンと叩いた。
「親父さんも元気そうで何より。新しいお弟子さんかい?」
ドアに寄りかかって腕組みをするお姉さんが、ライアンに向かってパタパタと手を振った。
「ベリルってんだ! わしの練った鉄に惚れこんで弟子にしろって聞かねぇんだよ!」
「違うよおっさん。あたしは 錬 金 術 師。ここに居たくてちょっとやっかいになってるだけ」
ベリルは両手を腰に当て、大きすぎる胸を張った。……でかいなあ。いや、上背が。

「おや、このエルフは?」
……このエルフ。あんまいい響きじゃない。そういや父さんも「あの人間」とか「そこの人間」とか言ってたっけ。
「ルークだ。マキアーチャの子だよ」
驚いてライアンを見る。まさか母さんの名前が出てくるなんて思わなかった。
「ははは! あいつの坊主か! 言われてみりゃそっくりだっ!」
今度は俺の肩をバンバン叩きはじめるおっさん。――――痛いって! 
「平平凡凡な生活に嫌気がさしたっつって出てったがなぁ。エルフと所帯持つたぁ驚きだぁ!」
どうでもいいがおっさん。声でかいよ。みんなが見てるだろ。
「まさかこの村で孫に会えるたぁな! 今夜は飲みなおそうや!」
抱き寄せるようにして俺の肩をぎゅっと掴むおっさん。……ん。……孫?

100 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/25(水) 16:51:00.14 ID:VXoHyv0n.net
「あ」
ライアンがわざとらしくポンと手を打った。
「言い忘れていたが、このホンダはマキアーチャ殿の実の親父さんだ」
「……え?……じゃあ……おっさんって俺の……祖父ちゃん?」
「よせよぉ、ジイちゃん、だなんてくすぐったいわ」

ライアンから聞かされた2度目の衝撃的事実に、俺はさほど驚いていなかった。そんな自分に驚いてみたり。
『おめえ、その体たらくで良く冒険してぇとかほざいたな』
クレイトンおじさんの言ってた言葉。
うん。俺もう、たいがいの事じゃ驚かないよ。これが冒険ってやつなんだよね? おじさん。

「こんなとこで立ち話もなんだ。入んな」
おっさ・祖父ちゃんがぐいぐいと俺達を作業場に押し込めた。そこは真新しい鉄の匂いがした。


「あんたがアルシャインにくっついてここ出て行ったのが……10年前だったなぁ」
グビっと強そうな酒を喉に流し込み、祖父ちゃんが呟いた。
「師は優勝の賞金を、ここにいた私達を外に出す為に使ってしまった。……感謝してもしきれない」
ライアンが柄にもなく眼を潤ませている。もしかして……泣き上戸?
「そういや『シオの奴がそっちに行くから頼む』と伝言があった。そろそろ来る頃かもなぁ」
タンっと空の杯をテーブルに置き、立ち上がった祖父ちゃん。何をするかと思えば……傍らの酒樽のコックをひねった。
俺が見てるだけでも1ダースは空けてる。
その隣でもかぱかぱ杯を空けるベリルさん。見たとこまったく酔ってない。……父さんといい勝負かも。
俺はと言えば、寄越された麦酒の杯をチビチビやっていた。……苦くて飲めたもんじゃない。

「おい」
「え…!? なに?」
「お前、おっさんの孫だろ? もっと景気よくやんなよ」
そう言って俺の肩に手を回すベリルさん。ふうっと息を俺の耳に吹きかけたもんだから、思わずブルルっと身震いした。
「おおすげぇ! エルフの耳ってパタパタ動く!」
……そんな事で感動してもらえるなら、ええ……やりますとも。ちなみに後ろに伏せたりも出来ますよ? 
もっともこれ、警戒してる時ね。だからもっと離れてね、お姉さん。すっごい迫力なんで。
俺は何とか話を逸らそうと考えを巡らせた。
「ベリルさん、錬金術師なのに、何故ここにいるんです?」
何故か敬語だったり。
「ルーク君。錬金術師が求めるもの、な〜んだ」
指先でちょんと俺の鼻先をつつくベリル。絡み上戸だよこの人。
「……賢者の石、とか?」
何気なく言った俺の言葉に、その場の誰もが凍りついた。

「……賢者の……石」
「うむ。……賢者の石……」
何だよ、俺、まずいこと言った?
「あっはっは! あたしはそんな大それたもん、狙ってないよ! ぜんぜん狙ってない! ほんと!」
……そう念を押されるとかえって怪しいんですけど。
「ルーク君! 君、聖アルカヌス闘技場がどうしてあんなに大きいのか、疑問に思った事ない?」

101 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/25(水) 16:51:27.56 ID:VXoHyv0n.net
急に真面目な顔になってベリルが聞いた。
「え?」
「たいていの闘技場の規模はあ……せいぜい5万。多くて8万」
「その通りだ」
祖父ちゃんが割り込んできた。ライアンは……あ。寝てる。
「アルカヌスを真似て建造した施設はみな、何かのきっかけで崩壊した。物理的に無理があるのだ」
「そう! だからあたしは思ったわけ! アルカヌスはあ……骨格にオリハルコンを使ってるのかも!って」
「まさか!」
思わず反論した。
「そうだとしたら、その量ってハンパなくない? それこそ『賢者の石』でもなきゃ……」
「そうなのよ! だからなの! あたしは剣闘試合が開催されるその日を! 首を長〜くして待ってた!」
「……はあ」
「お願いルーク君。剣闘士の門(=グラディエーターズゲート)が開くチャンスは滅多にないのよ?」
「……つまり?」
「一緒にゲートを通りましょうってこと! 今回の剣闘会は5人ひと組の団体戦なのよ!」
「おう! お前らのために、とびきりのグラディウス(剣闘士用の剣)を打ってやるからな!」
「よっしゃあ! 飲み直すわよおっさん!」

カシャーンと景気のいい音を立て、二人が乾杯した。今夜はもう……この2人についていけそうも無い。

誰かがドアをノックしたのに気づいたのは俺だけだった。

102 :創る名無しに見る名無し:2016/05/25(水) 17:31:17.41 ID:8UQynMYg.net
シャドウってユリウスの弟子か何かなのか?
むしろユリウス派?

103 : ◆ELFzN7l8oo :2016/05/31(火) 17:42:54.24 ID:PtCMZAD5.net
『賢者の石を得る者、賢人として名を後世に残さん』
『或いは最高の知恵と栄華を得、体に宿せば不死となる』

伝承にはそうあるが、果たして真だろうか。
真ならば、滅びる国が絶えぬのは何故か。賢人の名が世に出ぬのは何故か。
古より魔術を競い、高めあったルーンは今や無く。我が王国も幾度となく滅亡の危機に晒された。
時に思う。
石など……永遠の栄華など端から存在せぬのではないか。


ビショップが去ってしばらくの間、王は眠れずに居た。
王家の悲願への迷いと疑いとが交互に押し寄せ、心が休まらない。
ビショップをしばし留めておけば良かったか。魔紋を彼に預ければ良かったか。
して遠くに聞こえるあの靴音は……ラファエルとその配下。客の多い夜だ。

「陛下、親衛隊長以下3名が謁見を申し出ておりますが、如何なされますか」

ビショップの声。退出せよとは言ったが、扉近くに控えていたようだ。

「良い。通せ」
一瞬の間を置き、扉が開いた。
ガチャガチャと騒々しい音を立てて入ってきたのは、ラファエルと親衛隊の副官、王国騎士団副師団長の3人。
後ろにあのエルフの男。王国の紋である『六芒星』が縫いとられた魔導師の服と黒いマントを羽織っている。
礼をして下がろうとした神官長にも同室を促す。

「夜分に失礼を。ベスマへと赴くその前にこのシャドウめが目通り願いたいなどと――」
「構わぬ。寝つけずにいたゆえ障りはない」

ビショップが不安気な目を向けるが、何も言わず目を反らした。
寝台から腰を上げると、シャドウが前に進み出て一礼した。
「この度は罪人である筈の私めに参謀なるお役目をお与え下さり……光栄の至り。是非にもご挨拶をと参上致しました」
こちらを見上げる眼に強い光。ただの人形にはならず……か。
「其方は帝国の任を果たしたのみなれば、不問に処すと考え直したまでの事」
「――は。この私めを拾って下さった御恩。命に替えてお返し致します」
微かな喜びの色を湛え、エルフが深く頭を下げる。

フン、と鼻を鳴らしラファエルがエルフを睨みつけた。この男は己の感情を素直に出す。
「陛下。我々は明日要塞に向かう身。これにて失礼致します」
「要塞行きはしばし見送る」
ラファエルが目を見開き振り返る。
「恐れながら。陛下御自身の御為にも、一刻を争うものと思っておりましたが」
「ルーンの世継ぎが村入りしたとしてもか」
「……なんと!?」
「違いない。『フサルク』の波動を感じ取った。ルーン王家直系の証よ」
ラファエルが明らかな動揺の色を浮かべる。副師団長達も戸惑いの色を隠せないでいる。
対して表情を変えないのがビショップとシャドウ。その重ねた齢ゆえか。

「陛下。では……?」
「左様。闘技場にて一計を案じねばなるまい。ラファエル。其方に任せるが良いか」
急な命に、しかしラファエルは動じず胸を張った。

「お任せあれ! 必ずや陛下のご期待に答えましょうぞ!」

104 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/05/31(火) 17:46:25.82 ID:PtCMZAD5.net
「祖父ちゃん。客だよ?」
テーブルに突っ伏するライアンの隣でハイになってる祖父とベリル。さらに続くノックの音。
……うーん。俺が出てもいいのかなあ……。

窓から外をうかがう。暗がりの中、背の黒髪の男と……小柄な……少女? が立っている。
男は腰に2振りの剣を差し、少女の肩を庇うように抱いている。

「夜分に失礼。ここに鍛冶屋のホンダがいると聞いてきた者だが」

外から呼びかける声。
そういえば父さんが言ってたっけ。見る前にまず「音」と「匂い」を分析しろと。
礼儀正しいその声は――張りのある若い男のもの。息遣いに乱れはなく、脈も整っている。
だけど……となりの少女の呼吸は速い。脈も早鐘みたいだ。怯え? 興奮? 怪我? その前に……人間?
血の匂いはしない。
てゆーか、人間の匂いもエルフの匂いも、ドワーフの匂いも興奮した時にする匂い(アドレナリンの事)も分かんない。
――ああもう! 酒臭いんだって!!
仕方なく、窓の脇に立てかけてあった剣を手に取る。用心に越したことはないよね?

パッとドアを開け、身構えた。ここで攻撃してきたら敵ってことで。
「まさか貴方が……ホンダ殿?」
相手は少しだけ驚いたようだが、攻撃はしてこない。
それでいて隙は無い。こちらが剣を抜けばいつでも打ちこんで来る。そんな感じ。
顔は……アポローンって名前が似合いそうなほどすごい美形。キリッとしてて正義感強そう。
……だからって敵じゃないとは限らないけど。

「おお! あんたがシオだな!?」
後ろから顔を出した祖父ちゃんが、俺を追い越してそいつの前に立った。
「わしがホンダだ! アルシャインから良〜く聞いてるぞ! 今しがたライアンも来たところだ!」

……なんだ。知り合い? つか気づくの遅いよ祖父ちゃん。
「おやこの子は?」
「リリスという。保護者が人狼に襲われた故、私が連れてきた。良ければ共にやっかいになりたいが」
このシオって言う人。堅苦しいしゃべり口調が父さんそっくり。一人称も「俺」じゃなく「私」だし。
なんてことを思いつつ……ん。この匂い……?
少女のそばにそっと近づき、腰をかがめる。
「俺はルーク。見ての通りハーフエルフ。君も……エルフと人とのハーフだね?」
少女が驚いて俺を見た。しばらく俺の顔……特に尖った耳のあたりに視線を彷徨わせ……コクンと頷く。
……良かった。鼓動が落ち着いてきてる。

「ルーク? 師の門弟ではないな。ホンダ殿の弟子だろうか?」
シオの顔に不審の色が浮かぶ。
ちょっと……答えあぐねた。まさか王宮に捕まってるエルフの息子ですなんて言えないし。
「ルークはわしの孫だ!」
……うん。間違ってない。
「お主たちと共に剣闘試合に出る子だよ!」

「「「え!?」」」

俺とシオ、そしてリリスの声がハモった。

105 :創る名無しに見る名無し:2016/06/03(金) 15:02:01.14 ID:ed07EzUy.net
終了

106 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/05(日) 10:37:15.22 ID:kyMDk/gW.net
この村に来てから3日が経った。俺達は日がな一日訓練に明け暮れていた。

「ルーク! 大丈夫!?」
「いててて……。折れたかも……な〜んてね」
立ち上がって両腕をヒラヒラさせてみせると、リリスが顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「もう! ルークの馬鹿!」
「ごめん。もう一回やってみて!」
コクンと頷き、彼女は俺から55ヤード(約50m)の距離を取った。こちらに右手をまっすぐ伸ばす。

【空と風の御使いよ その力を我に貸せ 旋風(つむじ)にて敵を屠れ!】

すかさず俺も左手を前に突き出した。
【空と風の御使いに命ずる 我が楯となり無へ帰せ】

彼女の技は圧縮した空気を弾のように飛ばす技。俺のそれは真空の楯。
両者が打ち合えば互いの威力を打ち消し合う。はずだった。
俺は再び宙を舞った。楯は弾の威力を相殺しきれず。直撃した左腕が熱い。この状態で攻撃されたら……アウト。
ザザァーー……!
受け身を取れず、顔から地面にスライディング。は……鼻が痛い……!

「ルーク君、大丈夫?」
ベリルが俺の手を取って起こしてくれた。
「まったくどっちが教えてんだか……」
うるさいな。わざとだよわざと。ま、手加減の「加減」間違えたんだよね。俺もまだまだ未熟者ってこと。

リリスの相手をベリルに任せ、噴水まで顔を洗いに行った。日に焼けたせいか、ヒリヒリする。
広場には剣闘士達が大勢打ち合っている。ライアンとシオもその中にいた。
息もつかせず激しく打ち合う2人だけど……俺には決まった型を演じてるようにも見える。門弟同士……だからかな?
お互い、相手の動きが全部読めるんだね、きっと。
そうこうしているうちライアンが剣を落とした。腕はシオが上? さすが兄弟子!
と思えばライアンがシオの足にタックルしてる。上に下になって取っ組み合う2人。
ライアン、関節決めるの上手い。シオも足技が……なんて眺めてたら、肩に手を置かれた。祖父ちゃんだ。

「……ルーク」
なんでだろ。いつもなら遠慮なくバンって叩くとこなのに。

107 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/05(日) 10:38:03.84 ID:kyMDk/gW.net
誰もいない作業場は静かだ。剣を合わせるキンキン音が壁を通して遠くから聞こえて来る。
珍しく火の入っていない炉。整然と片づけられた鍛冶道具。テーブルにずらりと並んだ――剣。

トン。
祖父ちゃんが俺の前に木の杯を置いた。琥珀色の液体が並々と注(つ)がれている。
強いアルコールの匂いが鼻をつく。
「祖父ちゃん、これ・」
「飲んどけ。酒は痛み止めになる」
「……知ってたんだ」
祖父ちゃんが俺の左腕の袖をぐいっとめくった。さっきまで痣だった所が黒く腫れてる。
「折れてるな。手ぇ握ってみせろ」
そんなの簡単……と思ったけど出来なかった。力を入れようとするだけで……マジで飛び上がるほど痛い。
なんでだろ。さっきまではこんな痛みなかったのに。
ぐいっと蒸留酒を飲み干した。焼けつくような液体がのどを通って胸へと流れていく。
「力抜け」
祖父ちゃん折れた手の手首をガシっと掴んだ。
「――何する気!?」
「ずれた骨はこうやって戻すんじゃ! 覚えとくのじゃ!」

そういや祖父ちゃん。『じゃ』って……なんでいきなりジジィ語?
って突っ込む前に、俺はたまらずのけ反った。痛て痛て痛て痛て痛てーーーー!!!!! まだ酒効いてないって!!!
 
音を立ててドアが開いた。

「ルーク! やっぱり!」
ドア口に立っていたのはリリスだった。後ろにベリル。ライアンとシオもいる。
「ごめんね? 気付かなかった」
半泣き状態のリリス。
祖父ちゃんが掴んでいた手を離した。リリスが駆け寄ってきて、おそるおそる俺の腕に手を置く。
「ルーク。【治癒】のスペル、教えて?」

「治癒は……想起(イメージ)が難しいよ?」
実は俺も【治癒】の会得に半年かかった。数冊の医学書を紐解く必要があるからだ。
怪我が治る過程、そもそも人間の体の仕組みを根本から知ってなきゃならない。解剖学とか、生理学とか、いろいろ。
いま教えろって言われても教えられるもんじゃない。
火とか水の精霊系が簡単って言われるのは、イメージしやすいからで――

「でもあるでしょ! 想起なしで発動させる方法!」
「……うん。呪文詠唱を長くすればいい。でもこの感じだと三日三晩かかるよ? そんなの無理だし」

「3日!? 初戦は明日なんだよ!?」
ベリル姐さんが拳で机を叩いた。置いてた空の杯が跳ね上がる。
「どうするつもりよ! 棄権!?」
「出ますって。……がっちりぐるぐる巻きにして吊ったら大丈夫ですって」
「……お前、分かってないな」
今度はライアンが机を叩いた。……腕に……響くってば。
「そんなでスペルに集中出来るのか? 援護も出来ず、かといって剣技は二流。役立たずで足手まといだ」
そ……そこまで言わなくても……

「じゃあおっさんが代わりに出る?」
「エントリーしちまったら変更は出来んのじゃよ」
「ああーー!! あたしのこの10年間は何だったのよ!」
うん……ごめん。
「……ルーク。俺達は何が何でも出場し、優勝しなければならない。そうだな?」
「そうよ! 優勝してあたし達の望みをきいてもらうんだから!」

108 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/05(日) 10:41:42.50 ID:kyMDk/gW.net
今回の剣闘会はいつもと違う。
5人ひと組ってのも異例だけど、優勝者には名声と賞金だけじゃない。それぞれの望みをひとつだけ叶えてくれると言う。
ま、国王も神様じゃないから限度があるだろうけど。

「ルークはシャドウ殿を帰してもらう、だろ?」

……そう。
この3日間、闘技場で公開処刑が行われたって情報はない。父さんが生きてるなら、母さんの為にも連れて帰らなきゃ。
「兄さんはどう思う?」
……兄さんってのはシオの事だ。
いつも強気で上から目線のライアンがシオにだけ低姿勢なんだ。門弟同士の上下関係って絶対らしい。

そのシオは……目を閉じて壁に寄りかかってた。窓から差し込む午後の光に照らされて……うーん。
……何を考えているんだろう。……棄権になっても構わないんじゃないかな。名声とか、お金とかにも興味なさそうだし。
そんな彼が、真摯な眼を俺に向けた。
「ルーク殿。彼女に呪文を教えてやってくれないか?」
「え?」
「私に願いは無い。無いが……リリスは怪我をさせた責任を感じている。彼女の為にも」
「でも」
「無論、彼女だけに負わせない。俺達全員で詠唱すれば三日もかからぬだろう」

そっか。そんな手もあったっけ。リリスが感激した眼でシオを見つめる。
「兄者の言うとおりだ。お前の怪我は俺達の怪我ってことだ」
ライアンも何だか嬉しそうだ。
「わしも協力するぞ」
「……ありがと。でも祖父ちゃんに発音出来るかなあ」

――ふっと意識が飛びかけ、あわてて米神を押さえた。何度か深く……息を吐く。

【天地(あめつち)の命 現(うつつ)と虚(うつろ)の命 しばしその断片をかの者に分け与えん】

エルフ語で綴られた俺の言葉にじっと耳を傾ける一同。しばしの沈黙。

「それだけ?」
「これだけ」
「それがエルフ語? 子守唄みたい」
ベリルが小さく笑う。
「この節を何度も何度も復誦するんだ。かかる時間は魔力次第。願う強さも魔力のうちだよ」

リリスが小声で詠唱を始めた。その声にライアンが合わせる。一人、二人と加わって……ちょっとしたコーラスになった。
じわりと傷に流れ込むスペルの奔流。思わず眼を閉じた。
とにかく熱かった。世界が回る。この米神を伝う汗は……さっきのアルコールのせいなんだろう。きっと。


夕陽がテーブルを赤く照らしてる。そのまま寝ちゃったんだ。
「ルーク君、おはよ」
テーブルの向い側にベリル姐さんが座っていた。赤い眼をこすりこすり……ん、おはよって……いま朝?
「ルーク。気分はどうじゃ?」
祖父ちゃんがうしろから背中を叩いた。その声に力がこもっていない。
「ルーク殿。手を握ってみてくれ」
シオも疲れた顔でこちらを見ている。俺の横にはリリスが眠っていた。
左腕をと言えば、ちっとも痛くないどころか、とても軽い。難なく動く。
「リリスを褒めてやってくれ。一晩中スペルを唱えてた」
「一晩中!?」

ライアンがふらりと椅子から腰を上げた。ポン、と俺の肩に手を置く。
「だから、今日はお前が朝飯当番な」

あはは……大丈夫かな。みんなの方がよっぽど調子悪そうなんだけど。

109 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/05(日) 10:42:28.55 ID:kyMDk/gW.net
受け取ったミスリルの鎧は思いのほか軽い。要所に刻まれた六芒星の印。対魔法処理を施された印だ。
代々受け継がれたシュトルヒルム家の宝。
それを……「貴公の武勲はその鎧のお陰だろう」などと。
だから神官は嫌いなのだ。魔法を使う魔導師も……何かしら信用出来ん。


名前: ラファエル・ド・シュトルヒルム
年齢: 45
性別: 男
身長: 195
体重: 105
種族:人間
職業:騎士
性格:豪胆、竹を割ったような性格だが、単細胞ではない。信心深い一面も。
長所:面倒見がいい
短所:融通性に欠ける
特技:怪力を生かした剣技(正統派)
武器:魔法剣アルカナ=ブレイド、背に二振りの短剣
防具:対魔法処理を施したミスリル製の重鎧
所持品: 父親の肖像画入りのロケットペンダント
容姿の特徴・風貌:短く切りそろえた黒髪と顎鬚、スカイブルーの瞳。鎧の上に緋色のマントを羽織る。
簡単なキャラ解説:王家の血を引く貴族の出。国家騎士団=アルカナ騎士団の団長と親衛隊長を兼任している。
25年前の大戦時に当時騎士団長だった父親をシャドウに殺されている。

110 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/05(日) 10:43:02.08 ID:kyMDk/gW.net
路上の民衆がそろって道をあけた。輿をかつぐ侍従たちを促すと、掛け布を手で払う陛下の御手が見えた。

「陛下。お気を付けを」
一応声をかけるが、陛下の物好きはいつものこと。道路脇に頭(こうべ)を垂れて立っている青年に声をかけている。
茶色の髪と青い眼をした美青年だ。物おじせずはっきりした口調で受け答える様子はなかなかに好印象だ。
……が……彼には気に入らなかった。
輿を担ぐ男たちもすべて若く美しい男。女王は大変な面食いであらせられる。
あのエルフを殺さずに生かし、軍参謀の地位までも与えたその理由(わけ)は……まさか……

輿を挟み反対側、輿に寄り添うようにして歩くエルフをちらりと見た。
黒服に身を包むその男は、おそらくはここに居る誰よりも美しい。
極上の絹糸のごとく伸びた金の髪が朝日を照り返し輝いている。だが端正であろう顔立ちは灰色の仮面で隠されていた。
知性と年齢を感じさせる切れ長の眼だけが、細く穿たれた隙間から覗いている。
古き時代より「妖精」と称されるエルフ族の一人。エルフはエルフらしく森の奥でひっそりと暮らせと言うのに。

「殿下。こ度のご挨拶、よろしくお願い申し上げます」
闘技場の支配人が声を掛けてきた。第4王位でもある彼を「殿下」と呼ぶ一人だ。
「任せておけ。まあ余興次第で進行は変わろうが」
「は? 余興とは?」
こんなところで長話も出来ない。不審顔の支配人には後々知ってもらう事になろう。

王侯貴族専用のアーチをくぐる。
「ここで良い」
王の声に周囲の足が止まる。
……王の御足はいつ見てもお美しい。たまには……靴をお履きになれば宜しいのに。
「ラファエルよ。機嫌が優れぬようだが如何した」
「……は! ……いえ!」
こちらを見て微笑む女王。
……誓います。一生を、命を賭し……貴女様をお守りすることを……!!

「……何を見ている。早く配置につけ!」
ニヤケ顔をこらえる部下たちを叱咤し、陛下の右脇に付く。反対側にビショップの奴がくっついている。
涼しげな銀の髪。相も変わらずの優男だ。……フン! 貴様など「ご老体」のくせに! 貴様も認めんぞ!!男などと!!

111 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/05(日) 10:44:35.24 ID:kyMDk/gW.net
観客席は満員だった。立ち見の者も大勢いる。
王席を囲む一帯だけは空いていた。王の入場を固唾を飲んで見守る観衆たち。

ファンファーレが高らかに吹き鳴らされた。大歓声とともにアルカナンの国王が姿を現す。
清楚な純白のドレスが陽光を照りかえし、虹色に光る。歓声に答え、ほほ笑み返す女王。増す歓声。すごい人気だ。
王の周囲をかためる騎士や神官の数も相当だ。
左右に神官長と騎士団長。神官長はまだ年若い少年に見える。騎士団長はまるで巨体を誇示するように肩で風を切っている。
あいつ……! 父さんを連れてった奴だ……!
無理やり父さんを馬に乗せ……俺を見て鼻で笑った! いつか! いつかあいつを……!
ライアンが俺の肩に手を置く。
「奴はラファエル。……相当手ごわいぞ? 魔剣アルカナ=ブレードの使い手だ」

ふと、影のように王に付き添っていた黒衣の男に眼がとまった。男は王の手を取り、王座へとエスコートしている。
胸に刺繍された六芒星の印は王宮付きの魔導師の証だ。尖った耳、風になびく金色の髪。エルフだ。
エルフをお抱え魔導師にする王様って多いんだなあ。父さんもそうだったって聞くし。

席の前に立った王が片手を揚げると、場内は静まり返った。王がゆったりと席に付く。

演台の横に立つラファエルが剣闘会の開催を宣言した。
「ここに集いし誇り高きアルカナンの国民達よ!熱き剣闘士達による命を賭けた死闘、とくとご覧あれ!」
「開催を祝し! いまより余興を執り行う!」
再び歓声が湧き上がった。

……余興? エキシビションマッチでもあるんだろうか?

と同時に轟く太鼓の音。
横のゲートが一つ開き、鎧を纏った兵士達に連れ出されたのは……1人の男。
すっぽりと被せられた鉄兜のせいで顔は解らないが、すらりとした肢体、兜から覗く金の髪。……まさか……?

騎士団長ラファエルがすっくと立ち上がった。
「この男は我が国に潜入した間諜である! 余興とはこの者の処刑なり!」
観衆がざわつき始めた。
両手を上げ、観衆を宥めるラファエル。ぐるりを見回し口を開く。
「ゲートを潜(くぐ)りし剣闘士達よ! 我こそと思う者は処刑人として進み出よ!」

オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!

さっきとは比べ物にならないくらいの、割れんばかりの歓声が沸いた。

112 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/08(水) 06:34:45.83 ID:o8w/2PhA.net
剣闘士による死刑の執行。観客にとっては最高の余興に違いない。
楕円形の場内のやや中央よりに立てられた、ひとかかえはありそうな太い鉄柱。
その柱に囚人を括りつけ、場内の周囲をぐるりと取り囲んだ兵士達。手に弓矢が握られている。

「あの囚人、シャドウ殿か?」
ライアンが耳打ちした。
うーん……。父さんと言われれば父さんにも見えるけど……純血のエルフってみんなあんな感じだからなあ。
「解らない。でももしそうなら……顔を隠す必要なくない?」
「そうだな。罠には違いない」
「じゃあ……とりあえず相手の出方を見る?」
「……ルーク。おまえ案外冷静だな」
「案外って何だよ」
「いや……お前が先走るのではないかと、それだけが心配だったからな」
……うん。だとすれば……ライアンのお陰だよ?
「いずれにせよ俺達がやる事はただひとつ」
「……観衆を味方につける、だろ?」
「そうだ。それさえ出来れば……後はどうとでもなる」


「どうした!! この者を葬る『勇者』はここには居ないか!!?」

「は! 抵抗も出来ぬ者を殺めるのが勇者だと!? ふざけるな!!」
びっくりして振り向いた。叫んだのは……シオ!? 彼は地面に唾を吐くと、上から下がる鉄鎖を引いた。
「待て兄さん!」
ライアンがシオの腕をつかんだ時は遅かった。ゲートの格子を繋ぐ留め金が外れ、鉄の格子がゆっくりと上昇する。
キリキリと歯車の回る音と、鉄の軋む音。


「おお!! 名乗り出たは――ヴァイス!!」
ヴァイス(白)ってのは俺達のチーム名みたいなもん。3日前エントリーした時に指定された色だ。
ラファエルが大げさな身振りで歓迎の意を示す。

「……忘れてた。兄者は『義侠』を踏みにじる行為が嫌いで……後先考えない時があるんだ」
「――そうなの!?」
ゆっくりと暗がりから進み出るシオ。ライアンがこれ以上無いってくらい渋い顔をする。
「まさか兄者が先走るとは…………」
俺は何だか笑ってしまった。リリスとベリル姐さんもクスクス笑ってる。

「いいじゃんいいじゃん。俺ああいうシオ、好きだよ?」
シオが歩き出すと、左手首に嵌められた白い腕輪が鈍く光った。俺もすぐにシオの後を追った。
ライアンがぶつぶつ呟いてたけど、それ以上は何も言わなかった。「ヴァイス・コール」が始まったからってのもある。

耳をつんざく筈の大音量は、何故か耳に入らなかった。足が地についているのかいないのかも解らない、そんな感じ。
歩きながらチラっと観客席を見た。……高いとこまで人がいっぱいで……眩暈がする。うーん……圧巻。
シオを真ん中にして、横一列に並ぶ。王座に向かって礼儀正しく……一礼。

「さてさて……ヴァイスの方々。手を下すは……どなたかな?」
立ち並ぶひとりひとりに眼を止め、……その眼が俺の前でヒタリと止まった。意地の悪い笑み。
――くそっ!! 明らかに俺を……挑発してる!
「まだ動くな」
「わかってる」

この3日間で彼が教えてくれたのは、剣技でも体術でも無い。感情の……コントロール。

113 :創る名無しに見る名無し:2016/06/09(木) 10:09:41.50 ID:yTZoMagj.net
剣闘士イベント用の支援キャラです。


名前: ルカイン・コンクルシオ
年齢: 21
性別: 男
身長: 171
体重: 57
種族:人間
職業:剣闘士
性格:単純そうに見えて、思慮深い一面も。女好きだが思いやりがある。
長所:とにかく優しい
短所:やや無責任な点がある
特技:テクニックを生かした最高峰の剣術
武器:師剣コンクルシオ
防具:ほぼ布の服である
所持品: 様々な地域の風土記
容姿の特徴・風貌:金髪で一見子供にも見える外見。しかし頭脳は予想以上に賢い。
簡単なキャラ解説:マキアーチャの兄の三男にあたる。オークランドを中心に活動し、
現在は囚人の身になってはいるが、持ち前の剣術で危機を脱する。多くの女性たちを虜にしており、各地に隠し子がおり
別名「オークランドの種馬」とも言われるが、誠実な部分もあり、後にベリル・メンヌハとの間に子供をもうけ、
その子供は伝説の勇者となる。

114 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/10(金) 06:15:06.13 ID:iOCG4eIn.net
支援、ありがとうございます
ホンダさん、孫だくさんだった訳ですね?
師剣とは何かとか、オークランド(国名?都市名?)の位置など設定済みでしたら教えてください。

115 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/10(金) 08:31:03.72 ID:iOCG4eIn.net
シオが一歩前に進み出た。両手に持つ剣を交差し、天高く掲げる。
このときの観衆の喜びようと言ったら! 囃し立てて手を叩くもの、指笛を鳴らすもの、すっかりお祭り騒ぎだ。
そんな中、最上階に陣取っていた数人が……勢い余ったのだろう。
下階の立ち見の者達を「軽く」押した。軽く押された者達は、さらに下階の人間を押し……見る間にドミノ倒しになった。
「危ないぞ!!」
闘技場の兵士達が叫ぶが、そう簡単は止まれない。
まるで土砂く崩れだ。
人間がひしめき合いながら階下に押し寄せ、逃げようとした人たちが遥か下の地面に落ちる……そんな光景が目に浮かぶ。
が、そうはならなかった。
焼き栗がはぜるような甲高い音が次々に発せられ、倒れ落ちる人間が次々に上に跳ねた。
彼らは座っている他の客の上に落ち、手足をジタバタさせている。誰かが魔法で弾いたのだろうか?

「このとおりご安心あれ! ここは皆を守る結界が張られている! 心行くまで楽しまれるよう!」
ラファエルの朗々たる声が響き渡る。おお……と驚いたような感心したようなどよめきの後、一斉に拍手が返された。

ライアンが前を向いたまま舌打ちした。
「客を守るってのは表向きの理由だ」
彼の視線の先には……格子の向こうからこちらを見つめる、出番待ちの剣闘士達。
「その真意とは……剣闘士を逃がさぬ為。俺達はここと「村」の地以外踏むことは出来ない」
ライアンの右手が一瞬、霞みのように消えた。
礫(つぶて)を放ったのだと後から解った。礫が遠い客席に届く寸前……小さな炎を揚げ燃え上がった。
騒ぎに夢中になっている客達は気づかない。
「これが証拠だ。内側から触れたら命は無い。俺達は王が戯れに飼う籠の鳥なのだ」
「剣闘士の門(グラディエーターズゲート)って……」

――剣闘士村の外れ、立派な屋根が設えられた地下道入口。それは剣闘会が開催される期間のみ開く扉だという。
カビ臭い石段を下りてしばらく歩き、たどり着いた場がいわゆる……控えの大間。
窓ひとつないその広い部屋の周囲には、扉のない暗い出口が数十か所。
そのうちの1つをくぐり、幾重にも折れ曲がる闇の通路を抜け、俺達はさっきのゲートにたどり着いた。
剣闘士以外は決して見ることも通ることも無いであろう通廊。それが……剣闘士の門――グラディエーターズゲート。


「では皆皆方、余興を再開いたそう!」
「……余興だと?」
またもやラファエルの言葉が気に障ったのか、シオがゾっとするほど低い声でつぶやいた。
彼は双剣を手にしたまま、力強く地を蹴った。高く跳び、柱を乗せる高台に着地する。
囚人がビクリと身体を震わせた。
何事か叫んでいる唸り声にしか聞こえず、腕の動きに合わせて鉄鎖がジャラジャラと鳴った。

「恐れながら申し上げる!!」
シオが王座に座る女王に向かって一礼する。何事かと身を乗り出す群衆。
「動けぬ者の命を奪うなど剣闘士の名折れ! これなる虜囚の戒めを解き、このシオ・ビクタスと決闘する機会を!」
場内が水を打ったように静まり返った。

「な……」
ラファエルが呆気に取られ、口を開くが言葉にならず。王が見かねて席を立った。
「シオとやら。其方の男気に免じ、その願いを聞き届けよう」
凛とした、良く通る王の声。
まあ……そう言うしかないだろうな。断る理由が何処にも見当たらないし、第一その方が観客に受けそうだ。
案の定、客の反応は上々だった。「女王万歳」の言葉が歓声に混じる。

ラファエルがしばらく苦虫を噛み潰していたが、兵士の一人に顎をしゃくった。
カチリ……と鉄兜と鉄鎖の鍵が外された。

116 :創る名無しに見る名無し:2016/06/10(金) 10:11:43.53 ID:uYmnYRWk.net
>>114
師剣コンクルシオ

「全ての剣の中の師」と言われる意思を持った剣。ルカインを継承者として選ぶ。
ルカインとのみ会話をすることが可能。剣自体が衝撃波を放ち遠距離攻撃もできる他、振った後も相手に合わせて切っ先を動かすことが可能。


オークランド

オークとは「樫」の意味で、巨大な樫の木が多く生い茂る森に囲まれた大きな街。
位置・所属国はご自由にどうぞ。

117 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/12(日) 07:18:45.62 ID:+CRy50Y7.net
囚人の戒めが解け、その素顔が露わになった。
金色の長い髪が風になびく。眩しいのだろう。片手を眼の上にかざし、目前のシオを見上げている。
シオと並んで初めて解った。彼が父さんよりだいぶ小柄だってことが。耳も尖ってない。エルフですらなかったんだ。
……………エルフと言えば……あそこに居る人も……エルフ。
王座の横に立つ黒衣の魔導師。こちらを見つめる灰色の仮面。まさか……ってまさかね。父さんが寝返るはず無いし。

「グラディウスと楯を!」
ラファエルの指示に答え、王座側のゲートがひとつ開いた。
そこから出てきたのは……祖父ちゃん……! 丈の長い余所行き。右手に鞘付きの剣、左手に丸い楯。
王座に向かって深々と一礼した祖父ちゃんが、ラファエルの合図に答えて勢いよく楯を放り投げた。
――あ・危ないなあ……。
結構な速度で向かってきたそれを、身を反転して掴み取る男。すごく手慣れた動作だ。ひょっとして彼も……剣闘士?
驚くのはまだ早かった。続けて投げられた剣が、明らかに不自然な孤を描いて囚人の手に納まったのだ。
思わず眼をこすった。
まるで剣が自分の意思で彼の手に戻った……ように見えたんだ。
剣と楯を受け取った男は、剣の腹に額を当て眼を閉じた。念じるように何事か呟いている。
シオは――眼を見開いてそれを見ていた。そりゃ驚くよね。

「宣誓せよ!」
二人がハッとしたように顔を揚げ、王座に向き直った。鞘付きの剣を頭上にかかげる。

――剣士なれば、たとえ死すとも何人も恨まず、死闘を全うすることと誓う……!
――我が師剣にかけ栄えある死を望まん、あの輝ける太陽に栄光あれ……!

二人が剣を交差させた。木製の鞘同士を打ちつけあう甲高い音が会場に響きわたる。
「へえー……」
思わずため息が出た。宣誓ってああやるんだ。俺にも出来るかなあ。

「師剣だと!?」……と・びっくりした。急に叫ばないでよライアン!
「シケン? ……なに?」
「すべての剣の上に立ち、剣を統べる剣のことだ。師剣とされる剣はこの世にただ一つ。コンクルシオのみ」
「……コンクル……シオ?」
「あれに認められし者は、剣の名を姓に頂くという」
「さっすが。何でも良く知ってるね」
俺の言葉を皮肉と受け取ったのか、横目で睨むライアン。……そんなつもりじゃあ……
「ならば……奴の名はルカイン。オークランドでその名を知らぬ者はいないと聞く。別名・」
「オークランドの種馬」 
「姐さんも知ってるの!?」
「名前だけね。でもシオは……もっと何か知ってるって顔だけど」

いきなり金物を叩きつける音がした。シオが右腕を庇うようにして後退している。
その右手が軽く痙攣してる。相当痛そうだ。何があったんだろう。
余裕のない表情(かお)で対戦相手をギリリと睨むシオ。手にした二振りのグラディウスをクルリと回して持ち直す。
あの剣は祖父ちゃんが造った奴だ。「軽く」って注文どおり、普通のそれの半分の重さだって話だ。
――材質? 厚さ? 形? ……何が違うのか俺には解んないけど。

「相変わらず軽いな、あんたの剣」
ルカインが口の端をギュッと釣り上げた。自信が全身に満ちているのが解る。さっきまで虜囚だった人なんて思えない。
「なあ。お師匠さんはお元気かい?」
「ああ」
シオの声が乾いている。
「あんたに受けた傷がもとで……戦士としては再起不能だがな」
「そりゃあ……お気の毒」
……どうやらこの2人、良くない因縁があるらしい。

「次はこっちから行かせてもらう」
ルカインが師剣コンクルシオの鞘をゆっくりと……静かな動作で引き抜いた。……まだ抜いてなかったんだ。
シオに向けられた銀色の切っ先が、陽光を浴びて煌々と輝いた。

118 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/16(木) 17:38:11.37 ID:feHg5jrT.net
「まずいな」
ライアンが唸る。
「兄者の剣、業物には違いないが、何も帯びぬ素の剣だ。分が悪過ぎる」
「シオは魔法、使えないんだっけ?」
「解らんが、使ったのを見たことが無い」

ルカインが師剣の切っ先をシオに向けた。
「師剣よ。奴は……斬るに足る相手か……?」

――剣が「鳴った」

この音、知ってる。置いといた剣が、震える音叉に共鳴するのを聞いたことがある。
けど1つの音じゃない。高くなったり低くなったり、を不定期に繰り返して……まるで……剣がしゃべってるみたいだ。
しばらく耳を傾けていたルカインが、ふっと笑った。楯を捨て、両手で剣の柄を握りなおす。


ルカインが地を蹴った。
「シオ!」
悲鳴に近いリリスの声。彼女が前に出ようとするのを急いで止めた。振り払おうとするリリスの眼が、強く何かを訴える。
ごめん。……俺達は……ここで見ているしか……

シオは避けない。それどころかルカインにも勝る速度で前に出た。双剣の刀身を眼前でクロスさせ、高くジャンプする。
空中で二人の姿が交差した。
「うっ……!」
ルカインが小さく呻く。

シャリン……という予想外の涼やかな音がして、二人が地に降り立った。ルカインがガクリと膝をつく。
「何が起こったの!?」
「兄者は師剣を受け止めず、絡め取ったのだ。斜め上から振り下ろされる師剣を、クロスした刀身でな」
ライアンの眉間に一筋の汗。
「え?」
この時初めて気がついた。膝をつくルカインの手に師剣がないことに。
剣は二人を挟んで向こう側、少し離れた場所にあった。まるで墓標のように地に突き立っている。
「あの速度と軌道を完璧に読まなきゃ……出来ない芸当よ」
ベリル姐さんがこっちを見て少し笑った。その顔が強張っている。
「それだけじゃない。兄者は陽の光を利用した。剣の腹で反射させ……奴の注意を逸らしたのだ」
まさかあの一瞬で!? ルカインが呻いたのはそのせい!?
「奴も奴だ。咄嗟に剣を離してなかったら、手首が折れていた」
……すごいなあ。剣を極めると、いざって時に時が止まって見えるのかも。


「剣を取れ」
シオがルカインを見下ろす目、尋常じゃない。さっき言ってたっけ。アルシャインを再起不能にしたとか何とか。
一方ルカインは軽く肩をすくめて、ニヤっと笑っただけ。
「何がおかしい」
「いや、さ」
ズボンの裾の埃を軽く払いながら立ち上がる。
「逆光を逆手に取る。やるじゃん。せっかくだし……とどめ刺せば?」
「私は……公平を望むだけだ」
「ふ〜ん……」
やれやれって感じに手を広げながら、のんびりと歩き出すルカイン。構えを崩さぬシオを一瞥し、突き立つ剣を引き抜いた。
「カッコつけてると――後悔するぜ?」
ルカインが俺の横に視線を送る。ゆっくりと首を横に振る……リリスに。

119 :創る名無しに見る名無し:2016/06/19(日) 22:35:31.49 ID:CrKTfsFh.net
誘う鳥が一つの形
よそう夜に一つの国
http://taropunko.blog.fc2.com

120 :創る名無しに見る名無し:2016/06/20(月) 01:05:41.70 ID:sx9+oWi/.net
>>119
消えろ糞マルチ荒らし

121 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/21(火) 17:12:05.70 ID:+Ljd/StX.net
――――――――キンッ! キキキキキキキキキキンッ!!!

恐るべき速さで繰り出されるシオの打ち込み。それを師剣の腹で受けるルカイン。顔には余裕の笑み。
隙をついて攻撃に転じたりしてるけど、本気出してないのが俺でも解る。

「ぐっ!」
シオが膝をついた。息が荒い。
ルカインは止めを刺そうとしない。距離を取ってシオの様子を眺めている。
「後悔……しただろ?」

答える代わりに地を蹴るシオ。
彼の双剣、俺にはまったく見切れてない。上下左右、あらゆる方向から刃の軌跡が降ってくる。
それを……二刀ならまだしも、楯なしで防ぐなんて凄過ぎる。
「……手加減するな!」
「じゃ、遠慮なく」

何か光ったと思った瞬間、シオが岩盤にぶち当たるような音をたててふっ飛んだ。
――なに今の! ――剣の先から――衝撃派!?
砂塵の舞う地面に、うつ伏せに倒れているシオ。ピクリとも動かない。……まさか……

最初に駆け出したのはリリスだった。俺達も急いで後を追う。
「……シオ!」
リリスがシオの背中を懸命に揺するが返事はない。
ライアンがシオを仰向けに寝かせ、胸に耳をあてた。俺達も観衆も、息を殺してその様子を見守る。
「……どう?」
ライアンは少し答えるのをためらい……しかしゆっくりと首を横に振った。――うそだろ!!?

「勝者、ルカイン!!」

ワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!

観客が沸いた。――喜んでるの!? 人が一人死んだってのに!?
ライアンが俺を見て首を振る。……でも……こんなのって!!

リリスが泣きながらシオの亡骸にすがりついている。
「いい男だったのに……勿体ないわあ……」
軽口を叩くベリル姐さんだけど、その眼には涙が溜まっている。……そうだよね。たった3日だけど、寝食を共にした仲間だ。
……俺は……シオのそばに歩み寄った。

横たわってるシオの身体。軽い痣のほかは目立った傷がない。
そっと胸に手を当ててみた。
確かにはっきりした鼓動はない。ないけど……微かに……まるで痙攣してるような振動を感じる。
父さんが言ってた。
ある瞬間に衝撃を受けた心の臓は、うまく動かなくなる事があるんだって。そんな時は……確か……

「何をする気だ」
呪文を唱えようとした俺をライアンがとめた。

122 :シニョリッジ:2016/06/21(火) 19:27:00.94 ID:NwIF0+CI.net
新聞購読を止めて、月3000〜4000円、年間36000〜48000円の節約

その上消費税増税の世論工作の影響力が減って一石二鳥

これはもう新聞購読を止めるしかない

123 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/24(金) 06:38:31.52 ID:ayzKPZVe.net
「【雷撃】の呪文。軽く使えば、止まった心臓でも動くことがあるって……」
怖い眼で俺を睨むライアン。
「……今それを使おうとしたのか……?」
低い……凄身のある……ライアンってこんな声も出せるんだ。
「そうだよ」
ギリっと歯噛みしたライアンが俺の頬を思いっ切り殴った。
「ルーク、自分が何をしようとしたのか解ってるのか」

痛って……何も殴らなくても……

「答えろ! 解ってるのか解っていないのか!」
「……わかってる。雷撃呪文は許可されてない。たとえ試合じゃなくても、この場で使えば反則とみなされ即失格」
「そこまで解ってて何故……?」
「何故って? シオは俺の恩人だよ!? リリスの想いを受け止めて、みんなで治癒を唱えればいいって提案してくれて、
そのお陰で俺はこうしてここにいる! 見殺しになんか出来っこない!!」

ライアンが俺の胸倉を掴んだ。暗く冷たい眼だった。
「自分の望みが何か……忘れたのか?」
「シオの命より自分の目的の方が大事かよ?」

拳が飛んだ。間髪入れずに入る容赦のない蹴り。気がつけば熱い砂の地面に這いつくばっていた。
塩辛い砂が口の中でざらつく。でっかい羽虫が飛んでるみたいに唸る耳鳴り。
それに続いて鳩尾に引き攣るような痛みが走る。胸に熱いものが込み上げて来てたまらず吐いた。ってうわ……血? 

「やめて!」
「やりすぎよライアン!」

リリスと姐さんの叫び声がものすごく遠くの方から聞こえてくる。
客達がワアワア言ってる。どうせこんな俺達見て喜んでるんだろうなあ……。

砂を踏む音が近づいてくる。見上げると、それはルカインだった。
「な〜に熱くなってんの?」
あっけらかんとした声。なんの躊躇もなく俺達の中に割って入ると、師剣の先でシオを「軽く」つついた。
たったそれだけでも威力があるのだろう。弾かれたようにバウンドするシオの……遺体。
「やめろ!!」「やめて!!」
ライアンと俺、そしてリリスと姐さんの叫び声が重なった。

124 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/24(金) 06:42:15.23 ID:ayzKPZVe.net
「来ないで!」

リリスがシオの胸に覆いすがり、ルカインを睨んだ。その顔は、涙だか何だかでぐちゃぐちゃだ。
「シオは……わたしの大事な人! これ以上シオの身体を傷つけないで!」

解るよリリス。リリスも確か、シオに助けられたんだったね。
「こうなるって知ってたらシオの言うとおりにしなかった! エルフでも生きていけるからって……あの「村」に……」
彼女は砂まみれのシオの顔を両手で拭い……キスをした。

……リリス。こういう時って……普通は唇じゃなく額にするんじゃあ……
そこまで考えて俺は初めて気がついた。リリスが……シオの事好きだったんじゃないかってことに。
……なんだろ。今胸がズキっとした。まさか俺……?
いやいやまさか! リリスは7つも年下だよ? それに俺には心に決めた人が……

「ちっちゃくても……女だなあ」
ルカインが笑みを浮かべた。優しい笑みだった。
こうして見ると、ルカインって無邪気な子供みたいな顔してる。いったい幾つなんだろう。

「どういうつもり?」
今度はベリル姐さんがリリスとルカインの間に割って入った。
ルカインがその童顔を姐さんに向け……輝く太陽のような微笑みを返した。
「貴女の機嫌を損ねるつもりはありません、美しき紫の髪、丈高き麗しの方」

――いるよね。女の人相手だと、コロっと態度が変わる奴。

「オークランドのルカイン。いい噂は聞かないよ。そんなで女がみんな靡(なび)くと思ったら大間違い」
ぐっと腕を組む姐さん。ただでさえ豊満な胸が寄せて上がって……おお……すげえ。

……時間が止まった。おそらくはこの場にいる男達全員の視線がその場所に集中した。
すすすすごい! こんな状況だってのにすご過ぎる! 胸は剣より強し! おっぱい万歳!

しばらく姐さん(の胸)に見とれてたルカインが、今度は俺に視線を移した。ってこっち来んなよ。俺に何か用かよ。
ルカインはしゃがみこむと、俺の耳に口を近づけた。
「ルーク、とか言ったっけ。安心しな。シオは死んでない」

……いまこいつ……何て言った?

125 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/26(日) 18:10:09.49 ID:FC8QE+TD.net
「『スタン』モードだよ。とにかく詳しいことはあと。奴らに気づかれたら元も子もないんで」

祖父ちゃんに背負われて運ばれるシオを、俺はぼんやり眺めていた。
ラファエルや玉座に腰かける国王、貴族席の取り巻き達も、黙ってそれを見つめてる。
開催側はシオが本当に死んだと思ってるみたいだ。

もしかして……そうか!
もしあそこでシオを殺すふりをしてなかったら、宣誓を破ったろう! とか「いちゃもん」つけられたかも。
ラファエルの一声で、あの兵士達がこっちに矢を向ける。名目さえあれば簡単に俺達を消せるんだ。
つまり……ルカイン、俺達を助けるつもりで……でも――なんで?

「ご来場の方々、4名と相成った『ヴァイス』の奮闘ぶり、本戦にて心行くまで愉しまれるよう!」

場内をぐるりと取り囲むゲートの扉がすべて開いた。
割れるような歓声の中、エントリーしたチームがめいめいに進み出た。
ひい、ふう、みい……チーム数は……俺達を含め1ダース。

今回の剣闘試合、すべてのチームがこの場で同時に闘う方式を取る。
人数が半減した時点でその日は終わり。それを日々繰り返すってわけ。
シオが抜け、急遽リーダーとなったライアンが、思案気な眼を周囲に向けた。
俺達はいま会場のど真ん中に居る。数チームに囲まれたら圧倒的に不利な場所だ。
かと言って今さら隅には逃げられない。消極的な行動は観衆の反感を買うからだ。


開始を告げる角笛の音が鳴り響いた。


ライアンが、さっきまでルカインが繋がれていた円形の処刑台に飛び乗った。みんなにも「来い」と合図する。
さっすがライアン! 頭いい! 
リリスが少し助走をつけて、頭上の高台に片手をついてジャンプした。1回転してスタンと着地。
いいぞリリス! もともと身が軽いってのもあるけど、村での修行の成果が出てるみたい。
ベリル姐さんも台に手を付いて1回転。うわお! “2回ひねり”なんかしちゃって軽業師みたい! 
大柄でゴージャスでムフフな体型だから、目立つのなんの! これでヴァイス(白)チームの人気も上がるね!
じゃ俺も……と余裕の体(てい)でジャンプ! とたんにズキンと来た鳩尾の痛み。
付いた手がガクンと折れて、ビタンと台に無様に落下。――――――――――ああもう! 

「柱を背にしろ!」
ライアンの指示に従い、全員、祖父ちゃん手製のグラディウスを抜刀し、対面に構えた。
剣の形と大きさは各自の好みどおり。

……さっそく来たよ……記念すべき最初の対戦者。

126 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/06/27(月) 06:14:25.92 ID:/rF8C2hZ.net
この大陸で行われる剣闘会の共通ルール。
それは命のやり取りじゃないく、対戦相手の‘腕輪(ブレスレット)’を奪った方の勝ちだということ。
腕輪はすべすべの塗料でコーティングされた分厚い真鍮製だ。ちょっとやそっとじゃ壊れないし外れない。
けど落ち着いて良く見ると……小指の先ほどの丸い窪みがあって、そこを押すと簡単に外れる仕組みになっている。
実は爆発とかすんじゃないかって疑って調べてみたけど、ほんとただの腕輪みたい。
……で、実際に奪うとなると…………うーん。何とか本人を説得して外してもらう。って訳にはいかないか……

一人が使える武具と魔法は合わせて5つ。
普通の剣、弓、楯と鎧なんかの防具はそれぞれ1カウント。魔剣なんかのマジックアイテムだとそれだけで2カウント。
て、問題は魔法の制限。基本、二人以上に影響与える魔法は許可されないんだ。
そういう意味で雷撃や魔風みたいな【風系】は一切禁止。地ミミズ操るような【地系】もダメ。
津波起こしたり、大気中の水で相手を窒息させる……なんかの【水系】も却下。
あとは……【飛行】・【浮遊】は逃げるイメージがあるからダメとか、【召喚】【死霊術】は人数制限に引っ掛かるからダメだとか。
【精神系】はチート臭強過ぎ、【治癒】はキリが無くなるなんて理由で却下。
――限られすぎじゃね!? って最初は思ったけどこれ、剣闘会だもんね。魔法合戦じゃない。


俺達は処刑台に近づいてきたチームのメンバー達を見下ろした。
彼らの左手に嵌められた腕輪の色は、シュヴァルツ(黒)、ロート(赤)。総計10人。
4対10。これが平地ならヤバかったろう。
でもここは高さ5フィート(約1.5m)の高台だ。
飛び乗る瞬間に必ず隙が出来る。皆が皆見上げるだけで、上がろうとする奴はまず居ない。

127 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/27(月) 06:16:03.68 ID:/rF8C2hZ.net
【黒チーム、または赤チームをロールして下さる方を募集します】
【3日待って動きがなければ続行します】

128 :創る名無しに見る名無し:2016/06/27(月) 07:47:36.13 ID:DXWKF0Xd.net
黒チームで増援として参加したいんですが、
良いでしょうか?

129 :創る名無しに見る名無し:2016/06/27(月) 12:37:57.76 ID:srhjAMwi.net
期待

130 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/27(月) 17:45:49.00 ID:/rF8C2hZ.net
>128
チーム“シュバルツ”を歓迎します。

ルールですが、試合は勝敗がつこうがつくまいが3ターン以内で終了。
相手の書き込み秒数が「奇数」だった場合はブレスレットを1つ取られ、「偶数」だったら1つ奪うよう心掛ける。
決定リールあり、そして相手チームのメンバーをある程度NPC化して動かすのも可。
ただし死亡するかどうかだけは本人が決めると……こんな感じでいかがでしょう?

質問や提案、メンバーの簡単なプロフ(>89参照)があればどうぞ。
もちろんプロフは「試合を見てのお楽しみ」でもいいです。

131 :創る名無しに見る名無し:2016/06/27(月) 18:19:41.05 ID:PZzd61OT.net
>>130
そゆのは求めてないんでお断りします
単純にロールを楽しみたいのよ

132 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/27(月) 22:03:02.15 ID:/rF8C2hZ.net
128=131さん?
自由なロールをお望みなら、それでもぜんぜんいいですよ!

133 : ◆ELFzN7l8oo :2016/06/30(木) 05:35:08.17 ID:814u2rt2.net
>128
参加の件、どうされます?

134 :創る名無しに見る名無し:2016/07/04(月) 22:15:18.60 ID:5I6ix106.net
気にせず
次書いてくれ

135 :創る名無しに見る名無し:2016/07/05(火) 21:54:32.76 ID:U/qBpR4Q.net
ぶっちゃけ130のルールで参加しようと思う人なんていないと思う
どんなに頑張ってロールしても取られる可能性あるんだし

136 : ◆ELFzN7l8oo :2016/07/07(木) 06:27:57.71 ID:pIOpnQxT.net
シュヴァルツ(黒)のメンバーはその色の通り黒一色だった。
暑苦しいローブ。目深に被ったフード。鼻と口元を覆う覆面。……アサッシンか、邪教の集団みたい。
パッと見男女の区別はつかないけど、ローブから顔を出す手や腕は華奢だ。
武器は見当たらないけど……あのローブの中に隠してるのかも。

対照的なのがロート(赤)。
グロテスクな深海魚を模した兜に、腰を覆う皮鎧、編み上げのブーツ。
腰と背をクロスするごつい戦闘用ベルトに差した4本の重そうなグラディウス。手にした抜き身の剣がギラギラ光ってる。
これって………自分は魔法を使いませんってアピールしてるよね?
筋骨たくましい裸身を惜しみなく曝け出したその姿は、いかにも古代のグラディエーターって感じだ。
左手首に装着された緋色の腕輪が……何故か血を連想させた。

シュヴァルツ(黒)とロート(赤)は俺達を挟んで睨みあった。
ジリジリと太陽の光が照りつける中、両チームはまったく動かない。どんな顔してるのか、リーダーは誰か、まったく読めない。

そんな中、広場の各地では激しい打ち合いが始まった。
鋭い悲鳴が上がったと思ったら、血しぶきとともに倒れる人間の姿が視界の隅に入った。
倒れた男は動かない。広がる血だまり。

――待ってよ! これって……まじで殺し合いじゃん!
方々で起こる雄叫びと断末魔の悲鳴。寄せては返す観衆のざわめき。広場はすでに血臭で満ちていた。
右手で握った剣がカタカタ震える。意図せず早まる呼吸と鼓動。
「するの、初めて?」
ベリル姐さんの声は落ち着いていた。
『する』。殺し合いをするのは初めてかと彼女は聞いているのだ。
「……うん」
生唾を飲み込んだ喉がゴクリと鳴った。
要塞で父さんが敵を撃退するのは何度も見たけど、俺自身は安全な囲いの中だった。
死体なら見慣れてる。けど……見るのとするのとでは……ぜんぜん……

そう言えば、と思って左横を見ると、リリスがじっと前の敵を見据えてた。
俺より7つも年下のその少女の横顔は、あどけなさの中に覚悟を決めたような凛々しさが重なってまるで……
「ルーク?」
チラリとこちらを覗うリリスの顔をまともに見られず、目を逸らす。
いざとなると女は肝が据わってる、なんて父さんが言ってたっけ。
俺はぐっと剣を握り直した。

137 : ◆ELFzN7l8oo :2016/07/08(金) 08:34:28.02 ID:Bw6M0hFu.net
一体いつまでこうしていればいいんだろう。

背中に当たる鉄柱がやけに熱い。
腕を伝ってポタポタと手首から滴る汗が、白茶けた板に染みを作っては消えていく。
ふと思った。
こんな事してる間に、人数が半減したらどうなるんだろう。いま「今日はここまで」って言われたら……超ラッキーかも。

なんてことを考えていた俺は甘かった。
観衆達が腕を振り上げて何か叫ぶのが耳に入った。
ヴァイスを何とか……とか言いながら親指を下に向ける観衆達。それに応じて一斉に矢を向ける兵士達。
標的はもちろん俺達白チーム。空を裂く音が右の耳を掠めて鉄柱に突き刺さった。

激痛が頭の右半分を襲う。
耳はエルフに取って急所みたいなもんだ。少し傷ついただけでもその痛みで動けなくなることがある。
……リリスが小声で呪文を唱えるのが聞こえた。
【治癒】が使えない今回の剣闘会で、唯一使える攻撃系以外の呪文、【癒し】。いわゆる「痛み止め」。
俺とリリスが申請した魔法のひとつだ。魔法使いに取って傷の痛みは呪文詠唱の邪魔になるからだ。

……潮が引くように痛みが消えていった。

今の矢は牽制。
このまま動かなかったその時は……ってことだろう。お陰で目が覚めたよ。

「ルーク、炎の矢だ」
後ろのライアンがエルフ語で指示を出した。――うん。了解。
俺は剣を持たない左手で印を結びつつ、呪文をブツブツ唱え始めた。対戦相手の間に緊張が走る。

胸の前に、長さ3フィート(1m弱)の細い針=矢が1本出現した。
白い火の粉を散らして俺達の周囲を旋回し、止まる、かと思えば動き……まるで標的を誰にするか迷ってるかのよう……
にコントロールする。
それがうまい具合にロートの奴らの癇に障った。
2人が雄叫びを上げつつジャンプし、ライアンの眼の前に着地した。もちろんその隙を見逃すライアンじゃない。
1人が一刀のもとに斬り伏せられて台から落ち、もう1人は両の手足を切られて転がった。
すかさずリリスが腕輪を奪う。

―――――ジュッ!

不穏な音と気配。振り向くと一抱えほどもある火の球が目の前に迫っていた。

138 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 07:17:22.90 ID:XmPvXpZ2.net
旋回していた炎の矢がその火炎に呆気なく吸い込まれた。
太陽フレアさながらの爆発音を響かせ肉薄する灼熱の球。

「逃げるな! 受けろ!」
新手のロートと斬り結びつつ、ライアンが叫ぶ。

――――――――――――――んな無茶な!!!!

おそらくもっともポピュラーな攻撃呪文【火炎球】を侮ってはいけない。
もっともポピュラーという事は、もっとも使い勝手がいいという事、かつ有効なのだと……どっかで誰かが言ってたような。
けどライアンの指示ももっともだ。
俺達が今ここから飛び降りたら、間違いなくやられる。飛び降りる瞬間は飛び乗る瞬間と同じ隙が出来る。
じゃあ……どうする? 同じ威力の【火炎球】をぶっ放して押し返す? 
……いやいやパス! この距離で大爆発したら笑えない。
かといって俺に残された4つ目の呪文は……詠唱時間が長過ぎる。
結論。打つ手なし!

「ルーク! 攻撃しろ!」
――攻撃? だってさっき受けろって……

混乱する俺の眼の前で、炎の熱が瞬時に消滅した。振りかかったのはの粉じゃなく、冷たい氷の破片。
良く良く考えたら、さっきの指示は俺じゃなく姐さんに出したんだ。
俺、防御系の呪文申請しなかったし、姐さんのお得意は【凍結系】だもんね。
ベリルが使ったのが氷の防御壁なのか、同威力の【氷河弾】だったのか……後で姐さんに聞こう。

呪文を唱えるべく意を決して印を結んだ、時すでに遅し。
黒チームのメンバーのうち2人が両腕を突き出した。その手に握るは……光の……鞭。
合計4本のしなる鞭が俺の首と手足に巻きついた。
リリスが剣を振るうが、相手は実体の無い光の鞭だ。ただの剣じゃ切れず、そのくせ実威力はハンパない。
「……かはっ!」
首の輪が締まる。呪文どころか呼吸すら出来ない。ベリル姐さんは次々飛来する炎の矢を捌くので手一杯。

≪ ハガラズ = hagalaz ≫ 

首の輪が緩み、飛びかけた意識が戻る。そう言えば、前にもこんな風に助けられたっけ。

ライアンが振るうのは一本の短剣。もちろんただの剣じゃない。
「破壊」の力を持つフサルクのひとつ、≪ハガラズ≫(英字のH)の剣が、難なく光の束を断ち切っていく。


「それまで!」

ラファエルの「終わりを告げる声」が会場に響き渡った。

139 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:26:09.54 ID:XmPvXpZ2.net
名前: シャドウ・ヴェルハーレン(真の名はヴェルハルレン、後のルはエルフ流に舌を2度回して発音)
年齢: 332(外見年齢は25歳前後)
性別: 男
身長: 185
体重: 75
種族:エルフ
職業:魔導師
性格:計算高く疑り深い、敵には容赦しない
長所:常に冷静
短所:火炎系魔法の制御が出来ない
特技:上級魔法に加え、場に応じたオリジナルの魔法をその場で作成可能(ただし成功率5割)
武器:革製の鞭
防具:なし
所持品:魔法関連の薬草、短剣
容姿の特徴・風貌:金色の眼に腰まであるストレートの金髪。額にアンフィスバエナ(双頭の龍)の印。
            黒服に黒いマント(胸とマントの背に六芒星の金の刺繍)
簡単なキャラ解説:アルカナン国王の能力=魂の操舵(ソウル・ドライブ)により、彼女を主人と認めたエルフの魔導師。
            以前より老けたのは賢者の魔紋の影響か。ルークの実の父親。

140 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:29:48.77 ID:XmPvXpZ2.net
王はことのほかお疲れだ。
そう感じたのは晩餐の席についた時だ。
白い頬が見るからに青ざめ、僅かに上下する肩が苦しい息遣いを思わせる。
赤い葡萄酒を少量お召しになったのみで、席を立たれた王は今、御寝所にて休まれているのだろうか。

断片に分かたれた記憶が戻り始めたのはあれから間もなくだった。王はこの記憶を奪った訳ではない。
この額の徴も、この人格を変えるものではない。
今やすべての事象、事柄が明確に繋がっている。
強引にこの自分を手中としたアルカナンの王。しかしその王に対する思いは恐れでも怒りでも無い。思慕・敬愛の情。
――非常に不可思議だが……この気持ちはどうしようも無く、焼烙の如く胸を焼く。
経過はどうあれ、結果として裏切ってしまったルーンの帝王と……もう一人の主。賢者は今時分、何を……?

参謀の身に宛がわれた簡素な私室から、窓の外を垣間見る。
月が満ちるにあと少し。
赤みを帯びはじめた大きな月は、この王城を含むすべての世界をあまねく照らす。無論あの要塞も。

何者かが扉を叩く。
誰何の間もなく扉が音を立てて開いた。姿を見せたは王の側近、親衛隊長ラファエル。
薄いガウン姿の魔導師に一瞬目を瞬かせた彼は、すぐさま表情を硬くした。

「王がお呼びだ。夜着一枚で参るように」

昨夜も、一昨夜も同じ言伝を受け取った。ただしそれは一小姓か、一女官の口からだ。
「そのような御用向き、なにゆえ隊長殿が……?」
上官であるラファエルを気遣うはずの言葉は、冷たい睥睨となって返された。
ラファエルはその巨体をぬっと部屋に押し入れ、後ろ手で扉を閉めた。
見下ろす彼の貌にあったのは、侮蔑か……いや……
「……お前など……陛下の慰み者に過ぎん。過ぎんが……陛下を誑(たぶら)かすつもりが……? よもや傾国の……」
肩を掴んで壁際に押しやる両の手は熱気を帯びていた。
なるほど、と腑に落ちる。彼は王を慕っているのだ。部下として以上に、一人の男として。

突如として閃く殺気。彼の手がガウンの合わせを引き裂き、露わとなった首を掴む。喉笛に鉄の如く丈夫な指がギシリと食い込む。
無論、動けず。呪文も紡げず。
――が、出来たとしても抵抗はしない。帝国での王宮勤め、こんな夜は茶飯事だった。
殺すなら殺せ。犯すなら犯せ。汚れ役なら慣れている。
投げやりという訳ではないが、300を超えた辺りから、生への執着は薄れている。そんな自覚が常にあった。
目を閉じ……その時を待つ。

「ふん……」
獲物に興味を無くした狩人の如く、ラファエルがその身を離す。
「陛下は『賢者の魔紋』を宿されたその所為で衰弱しておられる。それを癒すが貴様の責務。汚れ仕事などと思うな」

思いもよらぬ上官の言葉に、言葉を失う。
今のは父親の仇を討つ絶好の機会でもあったはず。それを……?
この男は単純な朴念仁のようでそうではない。感情を隠さぬゆえそのように見えるだけ。いずれにせよ忠臣には違いない。

141 :ビショップ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:32:16.60 ID:XmPvXpZ2.net
王の身を案じていたのはシャドウとラファエルだけではなかった。
先代の女王より世話役として現女王の身を任された……ビショップが最もそれを気に病んでいたと言えよう。


名前: ビショップ
年齢: 140(外見は15歳そこそこ)
性別: 男
身長: 165
体重: 55
種族:人間
職業:神官長
性格:陰険で皮肉屋
長所:容姿端麗
短所:体術は苦手
特技:神聖・精霊魔法
武器:先端にルビーの魔法石を宿す錫杖
防具:左手の平に埋め込まれたサファイヤの魔法石(=エターナルストーン)
所持品:護符、薬草
容姿の特徴・風貌:銀の髪と瞳、半袖の白い上着の上から白いフード付きマントを羽織る
簡単なキャラ解説:アルカナン王宮付きの神官を束ねる神官長。軍人が嫌い。

142 :ビショップ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:35:17.36 ID:XmPvXpZ2.net
晩餐を退出する際に取った王の手の、なんと冷たかった事か。確実に王の御身は蝕まれている。

連日、彼はシャドウに王の伽を命じた。
エターナルストーンによる癒しは苦痛を押さえ込むのみ。
王の身に「魔力と生命力」を注ぎ込むには物理的な交わりが必要だ。適任はそう居ない。
ラファエルなら喜んでその命に応じようが……その力加減に信用が置けない。
この身は見かけに反して老い衰え、奴隷達には王に与えられるだけの生命力も魔力も無い。
奴はもと敵国の仇、しかも亡国での良い噂も聞かぬ。そんな者を陛下の御寝所に忍ばせるは文字通り忍びないが……

「神官長殿。どうされた?」
王の寝所に続く廊下の隅にて、ひとり思い悩み立ちつくすビショップを不審に思ったか。向かい来るシャドウが声をかけた。
嫌な相手だと密かに思うが顔には出さず。涼しげな目を彼に向ける。
「今夜こそは……命を全うするよう」
感情を込め表情とは裏腹な思いつめた声音。
実際ビショップは思いつめていた。陛下の魔力は衰える一方だ。
それはつまり……王がシャドウを受け入れぬか、シャドウが意図的に王を抱かぬか、どちらかを意味していた。

シャドウが何か言いたげに口を震わせ……しかし無言で頭を下げ横を過ぎた。
まさか……王はお気づきだろうか。
交わりは魔力の交換、ややもすれば賢者の魔紋がシャドウに戻る事もあり得ると。

振り返り、彼が王の寝所に入るのを見届けつつ……ふと思う。もし自分にアルカナン王家の力があったならと。
生けとし生きる者の魂を操舵し、操る力があったなら……あの二人を思いのまま操作する事が可能だ。
おそらくはその力、ルーンの嫡子も持っていよう。もともとアルカナンとルーンの王家はひとつだったのだから。

どうしようも無く歯がゆい思いを抱きつつ、今夜も彼はその場を動かなかった。
明日の試合、少し……ほんの少しだけラファエルに手を貸すことにしようか。
なに。誰かれの仕業とは悟られまい。
ほんの一瞬、「皇子」の心に「芽」を植え付ければいい。――不審という名の芽を――

143 :ライアン ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:43:42.51 ID:XmPvXpZ2.net
母親の顔を彼は知らない。

深い森の中に建てられた、一軒の粗末な家屋。夜はそこで眠り、毎日をほぼ森の中で過ごした。
小川のせせらぎと小鳥の囀り。そよぐ木の葉。キイキイ喚く子猿に甲高い鹿の声。
土と草の匂い、花の香り、洞窟の湿った匂い、岩肌の乾いた匂い、ヒースや柊(ひいらぎ)、多種にわたる……木の匂い。
すべてが彼の教師で、親だった。時たま訪れる客が手渡す高級品や装飾品に、興味は湧かなかった。
臣下と称する大人達がもたらす、都や城の土産話もつまらなかった。大人も、大人がくれる情報も……すべてが退屈だった。
ただ一人、「あの人」がもたらす技術と知識を除いては。
あの人は――エルフだった。

エルフはある時、毒のある薬草の匂いを嗅がせてくれた。
エルフはある時、馬の乗り方を教えてくれた。1頭の鹿を殺し、皮を剥いで見せた。
エルフはある時、轟音轟く滝壺に彼を投げ落とした。
エルフは突然……姿を見せなくなった。戦場で命を落としたと後から聞いた。
その時初めて知った。彼がくれたこの2年が、どれほど意味のあるものだったかを。

数カ月後、告げられたのは父王の死、祖国の壊滅。
息も絶え絶えの騎士達は……若干7つで野に放り出された彼を憐れみ、悲しんだ。
彼はそうは思わなかった。生まれて此のかた、ずっと一人で生きてきた。変わらぬ生活が続くだけだと。

彼はルーン王家の家宝、フサルクの剣の正当なる継承者。
ルーン文字を刻んだ24の剣を衣の中に覆い隠し、森、街、砂漠を渡り歩いた。
辛いと思った事は無かった。生きる術(すべ)はすべて教わっていた。夜盗や魔狼はフサルクの剣で回避出来た。

とある峡谷のふもとで、馬に乗った一団に出くわした。貫禄ある丈高き男に引き連れられた少年、青年達。
男は名のある剣士。弟子を引き連れ各国を旅しているのだという。
剣もまた身を守る術のひとつ。彼は迷わず弟子入りした。

大陸中の、あらゆる国を見て歩いた。街中では物乞いもした。盗賊団とも戦った。
裕福な商人に呼ばれ、園庭で演武を披露した。
王城での御前試合、指名されるのは決まって彼と、1つ年上の兄弟子だった。

ふとした経緯(いきさつ)で剣闘会に出ることとなった師と共に、彼はかつての敵国に入国した。
国境近くに建てられた巨大な要塞。
その歩哨の姿に彼は驚愕した。金の眼をしたエルフ。幼少時に彼を鍛えたかつての師。
この要塞にて戦死したはずエルフの額には、帝国の印とは違う紋が描かれていた。
15になった彼のことをエルフは良く覚えていたが、立ち入りは許されなかった。
噂にも宝にも興味は無かったが、積もる話がしたかった彼は、夜中こっそり引き返した。

彼が見たもの。
門前にて魔法の光を灯すひと組の親子。
息子は……6つか、7つか。エルフ族の血を引く耳を時折パタつかせ、父親の話を聞いている。
真剣な顔つきの息子に優しく語りかける父親。叱咤の声にすら、愛情が満ちている。
それは昔、自分に向けられてたものと同じもの。

激しい嫉妬と怒りが彼を動かした。闇から躍り出た敵を、エルフは容赦なく弾き飛ばした。
「何者だ」
彼は逃げた。生まれて初めて泣いた。ただならぬ様子で戻った彼に、師は何も聞かなかった。

剣闘士村での生活はその事を忘れさせるに十分だった。
腕の立つ剣士や魔導師との練習試合は、怪我も多いが有意義だった。
名工と謳われる鍛冶職人に、剣の打ち方も習った。剣闘会が終わるころには、自前の短剣が1本出来ていた。
剣闘会の最終日、師が優勝した。その日の夜、見納めにとグラディエーターズゲートをくぐった。

外では雨でも降り出したのだろうか。
壁と天井が濡れ、水が滴っている。歩を進めるたびに溜まり水が跳ねる。
控えの大間に着くはずが……行けども行けども……暗い闇の通路が続くだけ。
松明の火が激しく揺れた。隙間風が鳴らす笛の音は、聞こえようによっては死霊の発するおらびにも聞こえる。
気づけば広い空間にたどり着いていた。

144 :ライアン ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:46:31.46 ID:XmPvXpZ2.net
控えの大間では無い。
彼を取り囲むようにして張られた7つの……おそらく結界の類。淡い燐光に似た白紫の光が、静かに辺りを照らしている。
浮かび上がるは堅牢なる柱の数々、壁と天井に描かれし美しき絵紋様。

「ここは……?」

自らの発した声はしかし、地の底から湧き上がる「声」にかき消された。
一体何処から入ってきたのか、一刻も早く出ていくがいい。紛れもない、「魔物」の発する伝令の声。
魔界の入り口にでも迷い込んだのだろうと、彼は数ある短剣のひとつを掴んだ。
フサルクのひとつ、「ウルズ = uruz 」(英字のU)の文字が刻まれた剣。
それは真っ向から闘う意思の表明。

「……ふむ」
結界の向こう側。その声音は今や……人間らしき感情を伴っていた。
「……ルーンの正統よ。……取るべきは『ライド = raido 』(英字のR)の剣ではないのかね……?」

「……貴方は……賢人か!?」
一振りの剣を取り出した、ただそれだけでこの血筋を当て、おそらくは他に帯びる剣の特性を理解し得る。
賢者は一を見、百を知ると云う。
「我が名はライアン、御名をお聞かせ願いたい」

答えはない。名だたる賢者ともなると、気を許す相手にしか名乗らぬのだろう。
剣を替えようとローブを翻したその時、足元に短剣がひとつ、落ちているのに気づいた。
刀身に黒い汚れ。血の染みだろう。何気なく拾い、懐に仕舞う。

≪ ライド = raido ≫

移動と変化を象る剣が、その役目を果たした。

村の中央に位置する広場のざわめきが、さざ波となって耳に届く。
湯煙りの立つ噴水の湯面が、負傷者の血で真っ赤に染まっていた。西の空には気味の悪い赤い月が、ゆらりと沈む最中だった。

もしや……と彼は思う。
あの月が……鍵なのではと。
あのゲートとあの場所を繋ぐ……いや、そもそもこの大陸には何か……とてつもない秘密が隠されているのではないか。
各地を旅し、各国に置かれる巨大な建造物が……ひとつの結界となっていると聞いたのはいつだったか。
この闘技場と繋がるは何処なのか、それが祖国を復興する鍵とはならぬだろうか。

村を出てすぐに、師の一団と別れた。
各国の要所を訪ねるために。あの賢人の居場所が何処か……突き止めるために。

145 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/09(土) 14:57:58.23 ID:XmPvXpZ2.net
夕食を済ませた俺達は、思い思いの場所で休むことにした。
奥の間のベットに横たわるシオの隣りはリリスが占領。
ベリル姐さんはふらっと外に出かけ、その後をルカインがくっついて行った。――そう! 何故か居るんだよ奴が!
ま、それは置いといて、祖父ちゃんは作業場で一服。
俺は……噴水の縁に腰かけ、一人物思いにふけっていた。

久しぶりに静かな夜だった。
剣を打ち合う剣闘士達で賑わっていた広場も、今日はいつになくひっそりと静まり返っている。
噴水の水音が小さい滝みたいな水音を立てていて、それがかえって静けさを際立たせている、そんな感じ。
フクロウの鳴き声と狼の遠吠えを子守唄代わりに育った俺としては……ちょっと寂しい。物足りない。
時折水圧が上がるのか、跳ねる湯しぶきが顔にかかった。今日はいつもより熱めだ。
……そう言えば、王都に来てから一度も水を浴びてない。
要塞は近くに川が流れてて、水浴びには困らなかった。……誰もいないし……入っちゃおうかな。

革と金属製の重いベルトを外して、背中の剣を地面に置いた。この剣も、ぜんぜん使わなかったなあ。
脱いだズボンと上着を広げてみると、砂と血ですっかり汚れていた。――そうだ! これもついでに洗っちゃえ!

お湯の中で服をバチャバチャやりながら身体を泳がせていると、いきなり上から声を掛けられた。
「何やってる」
――おどろいた……居るなら居るって言ってよライアン!!

「いつから……居たの?」
「お前が脱ぎ出した時から」
うそ……もしかして……見た?
「お前……案外でかいな」
何が!? てか案外ってなに!? 父さんにしか見られたこと無いのに!!
お湯の中に顔を突っ込んで一人悶絶していると、ザブンと音がして水が揺れた。
「いい湯殿だ」
――おーい! 誰が一緒に入っていいって言った!?
俺の咎める視線などそっちのけ。頭と顔を何度も湯につけてバシャバシャやりだすライアン。
そういやライアンの裸って初めて見るけど、肩付きとか腹筋とか……とにかくすっごく鍛えられてて格好いい。
剣士って……

「なに見てる」
目だけを水から出して眺めてる俺の視線に気づいた彼が、疑惑の目を向けた。
「お前……その気があるのか?」
―――――――――――――――ぶはっ! ごぼごぼ!!!!!! 
「あわてるな。冗談だ」
……鼻に入った水が沁みる〜〜!! ……あんたが言うと冗談に聞こえないよ!!

苦しくなった俺はお湯から上がった。
呪文を唱える。吹き荒れる熱風が瞬く間に身体と衣服を乾かした。
「魔法って……便利だな」
ライアンもちゃっかり服を広げて俺の後ろで乾いてたり。そんな俺達、かな〜り無防備だったに違いない。

―――――キャアアアアアアア!!!!!!

絹を裂くよな女の悲鳴。俺は慌てて前と後ろを隠した。
声の主はというと……両手で顔を隠して……その隙間からしっかりお約束通り見てたり。
で?
――ええっと……君、誰だっけ?

146 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/13(水) 06:23:25.27 ID:LTGL5oEW.net
ざっと100人は収容可能であろう……白い大理石の壁が取り囲む王の寝室に窓は無い。
4隅に立つ衛兵はすべて女だ。チラとこちらを一瞥し、剣を手にしたまま動かない。
中央に設えられた天蓋付きの寝台にそっと近づく。
薄い天幕越しに眼を凝らすと、王が身体を起こす最中(さなか)だった。
天幕越しに伝わる微かな熱気。王の熱は引いていない。今夜も……まともにお相手すべきではあるまい。

寝台脇に膝をつき加減を覗う。
変わりはない、と返すその声音に患いの陰りを微塵も感じさせず。
招きに応じ、天幕の合わせ目をそっと開く。
艶のある美しい黒髪が静かに流れ、蒼く澄んだ瞳がこちらを見た。
手に取る王の手は熱い。唇に触れる手の甲も……じっとりと汗ばんでいる。
今夜も……差し障らぬ話で夜を明かすか。
しかし……今夜こそは命を全うするようにと。ラファエルも……王を癒すが貴様の責務だと。

意を決して天幕を潜(くぐ)った。
王の首元に手を伸ばすと、熱い吐息がその口から洩れる。
シルクの夜着の前合わせをほどき、そのほっそりとした白い肩と首筋に触れる。
細い腰は手を回しただけで折れてしまいそうだ。この王が……この大国を統べ、支えているのだ。
早鐘を打つ鼓動。
褥(しとね)を共にした相手は千を超える。だが……さすがに一国の王を相手にした事はない。

――さて……

147 :アルカナン国王 ◆ELFzN7l8oo :2016/07/13(水) 06:26:52.41 ID:LTGL5oEW.net
扉を開け、その身を滑らせるように入ってきた影。懲りずにビショップが寄越したか。
ヒタリとも音を立てず、ただ衣擦れの音のみを立て近づくのは誰か、見ずとも解る。
熱に浮かされた身体を起こし、そのままの姿勢でその人影を見やる。

「我が……愛しの女王。お加減はいかがか」

‘陛下’ではなく‘女王(クイーン)’。エルフ族の……人に傅かぬ性質(たち)ゆえか。
「気に病むな。変わりはない」
左腕をのばし、彼を招く。
膝をつきこちらを見上げる両の眼が、薄明かりの中で豹のごとく青白い光を放つ。
相も変わらず……恐ろしい眼よ。だが美しい。もと騎士とは思えぬ優雅な仕草で寝台に腰をかける男。
黄金の髪に縁取られた端正な顔立ち、均整の取れた肢体に薄物のみを纏った妖艶なるその姿。まことの……エルフよな。

差し出した手の甲に、そっと口づける手慣れた仕草。
ギシリと鳴る寝台の発条(ばね)。ハラリと敷き布に落ちる長い髪。フワリと舞う緑葉の芳香。
――ついにその気になったか……? ‘女’を知りつくしたその手連、今宵こそ見届けられようか。
男とは思えぬ繊細な指が、胸元の組紐にかかる。紐が絹独特の音を立てスルリとほどけ、徐々に前の合わせが解かれていく。
その隙間に差し入れる手指が、這うように脇を通り背に抜けた。
露わとなった両の肩、首元の窪みに触れる吐息と……唇の感触が、鳥肌が立つほどに心地よい。

廊下を行き交う靴音。
この部屋から人の気配が絶えることはない。
隅に立つ衛兵も、ドア向こうからこちらを覗うビショップも、その役目を怠ることはない。
わらわに……王たる我に私生活(プライバシー)など存在しない。

「何度目だ」
夜ごと口にする悪戯な問い。大概の男は口を濁す。しかしこの男は――
「千飛び九度目かと記憶致します」
思わず口元が綻(ほころ)ぶ。出鱈目か。本当に数え、覚えているのか。
「その相手、女だけか」
我ならずとも返すであろう。何処まで数に入れているのか疑いたくもなる。
現に男の喉笛に残る赤い痣。微かに香る香(こう)の残り香。我はこの匂いを知っている。
邪教とは言われながらも密かな信者も多い……あの礼拝堂にて炊きしめる香だ。
この王城で知られるその信者とは……かの親衛隊長ただ一人。

……心地よい風と体内を駆け抜ける命の奔流が身を襲う。
かと思えば……このまま夜を明かすつもりか……? 
なかなかに要所を攻めぬこの男。この身を鉄壁の要塞にでも身立てているのではあるまいか。
いい加減に来ぬのなら……こちらから出向くが……?

148 :ビショップ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/13(水) 06:30:13.70 ID:LTGL5oEW.net
夜が更けた。不寝番の兵士が欠伸を噛み殺している。
不意に、窓辺にて騒ぐ鴉が音を立てて飛び去った。ドア前に立つ兵士を押しやり、扉を叩く。返事はない。
良い具合にラファエルが通りかかった。……いやこのタイミングの良さ。もともと近くに居たのだろう。
胸騒ぎを覚えたのは彼も同じらしい。息を合わせ扉を押した。

開け放った扉の向こう、隅に立っていたはずの兵士はみな眠るように倒れている。
「陛下!!」
ラファエルの大いなる声量が天蓋の吊り糸を震わせた。物憂げに返事をする王の声。
胸を撫で下ろし寝台に近づく。
寝台の上には一糸纏わぬ王の姿。それを隠そうともせず天幕を横に引いた王の頬が上気している。

「済まぬが、これを運んでくれぬか」
王が目で指すその先には、これまた一糸纏わぬシャドウ。
命の限りを吸い尽くされたか……役目を果たしたその顔は安らかだ。僅かに胸が上下している。
無様とも取れる姿だが、これはこれでいつもの事。今まで差し向けた男はみな……気を失うか或いは――

ラファエルが腹を抱えて笑いだした。
その声に気づいたか、王の気に当てられ倒れていた兵士達が慌てふためいてその身を起こした。これもまたいつもの事。
「百戦錬磨のエルフをして玉砕せしめるとは流石は陛下!!」
未だ笑いを堪えながらも、ラファエルが軽々とシャドウを抱き、肩に担いだ。
流石にそのままでは気の毒だ。脱ぎ捨てられていたガウンを掛けてやる。

まずはこれで一つ。

王が手早く衣を身につけている。生命力が漲(みなぎ)る溌剌とした動作。お力が戻られた証拠だ。
「ビショップ。少し休め」
言われてみれば三日三晩寝ていない。この青い石の助力にも限度があろうことを、王は見抜いておられる。
「仰せのままに」
一礼し、ラファエルと共に部屋を出る。

「ラファエル。ヴァイス(白)のことだが……」
大股で歩くラファエルは何時になく機嫌がいい。首を巡らせ自分を見下ろす目がニッと笑う。
「ルークを攻めろ、であろう?」
「いや。ルーク(要塞)は後だ。キング(皇子)を動かす」
要領を得た、という顔で頷く親衛隊の隊長は、今度は声を上げて朗らかに笑った。
ビショップの私室の前で足を止め、扉を顎でさす。陛下の仰せどおり休めと言っているのだ。
王の身を案ずる者同士、初めて気が通じた。そんな思いが過(よぎ)る。
無骨な軍人、と今の今までまともに取り合わなかったが……この男。慕う部下も多いか……なるほど。

149 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/13(水) 06:32:00.38 ID:LTGL5oEW.net
「来ちゃった」

ペロっと舌を出して肩をすくめる大人びた女性。銀色の長い髪に青い瞳。……ええっと……
「エレン?」
何とか記憶を呼び覚ました俺に、エレンがガバっと抱きついた。
ちょちょちょちょちょっと!! どうしてここが!? つか俺いまハダカ!!

「ほお〜〜……隅に置けないな」
……いつの間にかしっかり服着たライアンが物知り顔で頷いた。
「違うよ。この人はほら……あの時の娼館で一緒に……」
「知ってる。お前の筆おろしを買って出た……お前に取っちゃ思い出の女(ひと)だろう」
「違う違う! な〜んにもしてない!」
何故に俺が童テーって知ってんの!? 筆(ピー)とか女の人の前で言う……?
「やらなかったのか?」
「やってない!」
「触っただけか」
「触ってない! 誓って指一本触れてない!」
ブンブン首を横に振る俺を、まるで別の生き物でも見る目で見るライアン。

「それ。この人に対する冒涜だぞ。有り金使い果たした私の身にもなってみろ」
「知らないよそんな事! だいたい父さんが酷い目に遭ってるかも知れないってのに、そんな気になれないよ!」
「そ〜かなあ。女ったらしのエルフって聞くわ。今頃若くて美しい女王様とよろしくやってるかも知れないわよ?」
「んな訳ないだろ! 軍隊の拷問ってそりゃもう酷いって……え?」
思わずエレンの顔を見た。――いつの間にか会話に参加してたその事より何より……
「エレン! どうして父さんのこと!?」
「やっぱりね。だと思ったわ」
……エレン。君……引っかけたね?
そういやこの人、俺に一服盛ったっけ。フツフツと沸く怒りを何とかこらえる。
そんな俺の二の腕をライアンが小突いた。
「お前、いい加減服着たら?」

―――――――――――――――――うわわわ忘れてた!!

150 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/15(金) 17:49:30.23 ID:WdfcAoJY.net
「もっと堂々としたらどうだ」
噴水の向こう側に回り込んでズボンを履きはじめた俺に、ライアンが声をかける。
「彼女はそんなもの、見慣れてるぞ。畑に群をなして立ち並ぶモロコシの穂先、くらいにしか思ってないぞ」
……なにそれ。いいからほっといてよ。
と……ん? ……あれ? 置いといた剣がない。
「お前の剣、凄いな」
「――ちょ…… 勝手に抜くなよ!」

近づこうとして足が止まった。ライアンが……剣の切っ先をこっちに向けていたからだ。
あの剣。実はそんじょそこらの剣じゃない。
一般に出回ってる――単純に型に流して作った剣とぜんぜん違う。何でもものすご〜〜〜〜く複雑な工程を……って……
説明の途中で頭が痛くなったんで最後まで聞かなかったけど。

――チャキ……! 

ライアンが腕を引いて柄を握り直した。
「気をつけろ。下手にぶっ叩けば……ここんとこにガタがくるぞ」
「……なんで?」
「柄の中で刀身が浮いてるからだ。それを支えるただ一本の釘が、緩むか折れるかしたらどうなるか、想像してみろ」
へえ……ふーん……。

風を切る音。
水平に振られた刀身が、流れ落ちる水を掠めて銀色の飛沫(しぶき)を放った。
「重心も切れ味も……俺達の剣とはまるで違う。何故ホンダは、これほどまでに扱い難いものをお前に……?」
「んー……‘形見’とか言ってたけど」
「そうか。それにしても……」

うっとりとした表情で剣の腹(正式にはシノギと言うらしい)を撫でてるライアン。
……放っておいたらヨダレ垂らして頬ずりしそう。もしかしてライアン。刃物マニア……てか……ふぇち?
でも本当に危ない人は他にいた。

「その……刀(かたな)……」

……魔女がほんとにいたらこんな声だろう。
ぞくっとして振り向いた。……エレン? 今の声、ほんとにエレン?

エレンの青い目が、ライアンの持つ剣だけを見つめていた。彼女の右手がピタリと剣を指す。
まるで金縛りにあったように動かないライアン。その手に握る柄の頭から……ポタリと落ちる血の雫(しずく)。
え?
目を凝らしても、ライアンが怪我を負ってる風はない。……その目が……空(くう)を見つめてる。
――どうしちゃったの? ライアン!

『その刃(やいば)は鏡。己の深淵を覗き見る深き淵……』
直接脳に語りかける……声? 言葉? 

『声でも言葉でもない。あたしの‘思念’』
エレン……きみ……って……

エレンがライアンの手から滑り落ちた剣を片手で受け止め、俺に差し出した。
ズシリとした手応え。……この剣、何だか前より……

『ふふ……』

青い眼がこっちを見た。人間の眼じゃなかった。

『あたしはアナタの……味方じゃない。次に遭うときは……本当の敵……』

風が吹いた。
ライアンの身体がグラリと傾く。遠くなる意識の中で、エレンの声だけがエコーのように響いていた。

151 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/15(金) 17:49:59.56 ID:WdfcAoJY.net
「ルーク君! ちょっと! ルーク君!!」

――――痛たたた!!! ……え? 
眼の前に紫の髪をした女性(おっぱいでっかい!)と……10歳くらいの超〜可愛い女の子。
――あれ?
ヒリヒリする顔を押さえながら……ぼんやりする頭で必死に考える。んと……ルーク……って俺のこと?

「いい加減、目ぇ覚ませ!!!!!」
「ぶはっ!! 冷たっ!!!! ……何すんだよ!!!」
ガラン……とバケツを放りだし、こっちを見下ろしてるのは……金色の髪をした……青年。
……ひどいなあ。頭から服からすっかりずぶ濡れだ。
「あんた達……誰? てかここ……どこ? 」

こっちを向く三人が、あんぐりと口を開けた。女の子が両手で口を押さえて涙ぐんだ。ポロっと零れる一粒の涙。
――え? ええ!? ……俺が……泣かした!? なんで!?
「しゃあねぇな。コンクルシオで一発ど突くか」

――ちょ・こっち向けんなよ!! 何だよそれ! ブンブン唸ってんじゃん!

「やめて! ライアンまでおかしくなっちゃったのに、ルークまで・」
「待った。ぜんっぜん状況わか・」
言いかける俺の手を男が引っ張った。

付いて行った先は誰かの家の軒先。木の長椅子の上に、黒髪の男性が横になっていた。
うっすら開く目の焦点は定まっていない。ブツブツ何か呟いてるけど、何言ってるかさっぱりだ。この人が……ライアン?
「やっぱりこの師剣で……」
「ルカイン! あんたは黙ってて!!」
ルカインと呼ばれた青年が、肩をすくめて剣を納めた。剣の唸りが止む。
「ルーク。あんたの【治癒】で何とかならない?」
はあ……とため息をつく。
「何処がどうなったのか見当もつかないのに、治せるかっての」

「ルーク!」
女の子が怖い眼でこっちを睨んだ。睨んだ顔も……可愛いなあ。
「な〜にヘラヘラしてんだこの役立たず!!」
「そうよ! 見損なったわ!」
「俺の従兄弟だっつーから、幾らかマシかと思ったけど……こりゃダメだな」
「――従兄弟!? あんたと俺が!?」
「その話は置いといて。とにかくライアンを何とかしなきゃ」
ルカインとかいう奴はともかく、この二人からは必死な思いがヒシヒシと伝わってきた。
良く分かんないけど……とりあえず。

俺は横たわる男の手に手を伸ばした。
パチっと軽く火花が散る。……え? 俺いま濡れてんのに、なんで静電気?
一息ついて、もう一度。
今度は……大丈夫。かと思ったら、さっき以上の衝撃が俺の脳天を貫いた。

倒れ込んだその瞬間――俺はすべてを思い出した。
ライアンが……ゆっくりと起き上がった。こちらに向けたその手の平には……五芒星の印が描かれていた。

152 :ラファエル ◆ELFzN7l8oo :2016/07/16(土) 16:59:02.92 ID:a/QsLJr5.net
ギイィィ……

扉を開けると、古い書物の匂いが鼻をついた。
軍参謀の私室は、小窓と石板のある箇所以外はすべて……書籍の棚で占められている。

シャドウを無造作に長椅子に放る。エルフは軽く呻き、しかし目を覚ます様子はない。
その口が何事か呟いた。息を殺し……その片言を聞き取る。
(……イルマ……? 女の名か……?)
(まさかこ奴。陛下を御前に……頭では他の女を抱いていたのではあるまいな?)

嫉妬を上回る激情。高鳴る血流がドクンと脈打つ。
――許せん! 折角に我が殺意を押しとどめ、陛下の御為ならばと送ってやったものを! 

先刻に自分がつけた、未だくっきりと赤痣の残る喉笛を掴む。エルフの首は女の如く滑らかで華奢。掛け値なしに美しい。
今さらながら、帝国宮廷における噂の如何。何故かは容易に想像がついた。
女にとっては「異種族の美しい男」という存在は、好奇・興味の対象以外の何物でもあるまい。男にとっても然り。
実際この身体を目の当たりにし、正気でいられる者が……?

妙な高揚と興奮を覚え、たまらずエルフの首を抱く。

――犯し、殺す。何をためらう。戦場にてその行為を止(と)めたことは無い。
しかもこ奴はかつての仇敵。悶え苦しむその顔は……想像するだに最高の見物よ!! 
むしろ感謝するがいい!! 時と場所が許すならば、逆さに吊り打ち据えた末八つ裂きにしている処だ!!!!

シャドウの眼が見開いた。その眼に驚愕の色を宿し……一度閉じられまた開く。

「……隊長殿……!?」

サッ! と手を離す。……いやいや、慌てる必要など!! 正当なる権利の元……いやいやその前に未遂なれば!
――落ち着け! ――とりあえず外気でも! 

窓際に足を運び、引き戸を押し上げる。
月明かりがスッと差し込んだ。夜の心地よい風が、部屋の空気を澄んだものに変えていく。

「その……なんだ。陛下の御寝室にて倒れたお前を、ここまで運んだだけだ」
「お手を煩わし申し訳ありません。ご厚情に心より感謝致します」

本当に感謝しているのかいないのか。慇懃無礼とも取れる言葉を吐いたエルフに、一応一言付け加える。

「安心しろ。何もしていない」
「……は?」

……窓から差し込む月明かりが、いつにも増して明るい。開いたまま机上に置かれた書物に眼が止まる。
シャドウが目を通していたものだろう。
古い日付順に並ぶ何かの記録。議事録……? いや……黙示録か? 仰々しくルーン文字なんぞで書かれているが……

本を手に取り、開かれた頁を手で指した。

「何が書かれている?」

153 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/16(土) 17:04:30.42 ID:a/QsLJr5.net
背に感じた衝撃が軽い覚醒を促すも、再び意識は闇に引き戻された。

明るい茶色の髪をした少女の髪が揺れている。
イルマだ。イルマが上に乗り息を切らしている。腕を伸ばし……首に手を回して抱き寄せる。
『……んっ……』
喘ぐ口を自分の口で塞ぐ。
――ああ! この時を……それは長いこと待っていた! ――イルマ! イルマ・ヴィレン! 
――その気丈! その強き魂! すべてをいま私のものに!!
この首に回された手にも力が籠もる。女のものとは思えぬ力。――ああ! 君になら殺されても構わない! 

そんな甘い夢から覚めた自分の眼に映ったもの。
それは、王でもイルマでも、ましてマキアーチャでもローザでもフィオナでもエレンでも(以下略)でも無く、
それどころか女ですら無い……むくつけき髭面の大男だった時の衝撃は凄まじかった。
それが自分の上官、ラファエル・ド・シュトルヒルムであると気づくのに一瞬の間を要した。

「……隊長殿……!?」

何故か顔を赤らめ、上官が身を引いた。
いきなり手を離されたため、後ろ頭をひどく打ち付ける。
いたむ頭をさすりさすり身を起こすと、窓際に向かう靴音がカツカツと響いた。
振り向きざまに経緯(いきさつ)を話す上官の声がどこか上ずっている。

とりあえず型通りの礼を言うと、何もしてないと念を押された。思わず聞き返すが、返事はない。
そのぎこちない仕草に、意図せず含み笑いが漏れた。なるほどこれが……部下に慕われる理由(わけ)……か。

ヒンヤリとした風が頬に当たる。見るとラファエルが、読みかけの書に見入っていた。

「何が書かれている?」

掛けられていたガウンを羽織り直し、上官に歩み寄った。

154 :ラファエル ◆ELFzN7l8oo :2016/07/16(土) 17:07:32.09 ID:a/QsLJr5.net
「今から105年前。大陸全土に及ぶ大戦が勃発しました。その書は神官長ご本人の手による、その後の重要な史実の記載です」
「あいつが書いた歴史書か」
「はい。神官長からは……良く目を通し、懸念があれば隊長殿に報告するようにと」
「ほう……?」
――ビショップが? この私を軽んじていると思っていたが……

内心、早まらず良かったと安堵する。

「現アルカナン女王がお生まれになった2年後、王子が誕生した事はご存知でしたか」
「無論。赤き眼を持つ不吉の子ゆえ、闇に葬られたと聞く」
「その5年後、ルシア・シューベルトが黒髪と赤い眼を持つ子供を拾い、養子とした事は……?」
「それも無論。忌み子を拾った名家の騎手、と当時は世が騒いだものだ」

フッと月明かりが消え、闇が部屋を満たした。書から目を離したシャドウが、飾りの無い石の天井を見上げる。
大きな羽ばたきの音と共に、黒い影がゆっくりと通り過ぎた。

「夜目の利くグリフォンだろう。続けろ」
頷いたシャドウが書を見ぬまま口を開いた。

「ほどなくして当主ルシアは事故で死亡。その子の所為だと忌み嫌われ……3年後、つまり8歳の時分ベスマ要塞に捨てられたと」
「……そうだったか」
「お気づきですか?」
「何がだ」

シャドウの眼がギラリと赤く光った。思わずゾクリとするが……あの赤い月を反射したのだ。脅かしてくれる。

安堵したのは束の間だった。

「王子と……その忌み子の誕生年、一致しております」

155 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/17(日) 06:43:15.03 ID:Bc1sVeN+.net
「では何か? その忌み子が実はアルカナンの王子だと?」
「そう仮定しても宜しいかと。赤き眼を持つ赤子などそうそう生まれるものではありません」
「だとしてだ。その王子はどうなった」

こちらをギロリと睨んだラファエルが、どっかりと長椅子に座りこむ。スプリングがギチリと耳触りな音を立てた。

「王子は……必死で剣と魔法を覚えたようです。正規軍と共に要塞を守る意思がおありでした」
「ほう?」
「しかしその3年後、80年にも及ぶ大戦が終結。要塞はその用途を問われ、さらに4年後……廃棄」

「大戦終結」のくだりで、僅かにラファエルの顔が曇る。
ラファエルの父の戦死がアルカナン撤退の引き金になったのだから当然だろう。しかも手を下したはこの自分。
またもや上官の癇に障るだろうかと顔色を覗うが、ラファエルは腕を組み黙っていた。
その上官が軽く顎をしゃくる。続けろという意味だ。

「廃棄となって数ヵ月後、地下研究棟に『賢者』を名乗る何者かが住み着いた、と記載にはあります」
「その話も聞いている。夜な夜な徘徊するアンデッドを生み出す……たかが死霊術師だろう。『賢者』などと片腹痛い」
「お言葉ですが隊長殿。その賢者は死の壁を越えた恐ろしき……そして尊き叡智の結晶に御座います」

ラファエルが明らかな憐れみの眼で自分を見ている。
だが、誰が何と言おうと……直に見(まみ)えたこの自分にしか言えぬ言葉だ。意見を曲げるつもりは無い。
開いた窓から外を眺め、誰も居ない事を確認してから引き戸を引き下ろす。

「賢者の話は後だ。とどのつまり、王子は御存命か否か」
「身罷られました。ドゥガーチ家率いる軍勢が要塞に攻め入ったその夜、何者かが放った間者の手によって」
「そう書かれているのか」
「いえ。その場に居合わせた私自身の覚えに御座います」

ラファエルが片眉をピクリと撥ねあげ……腰を上げた。
一歩、また一歩と思案気に歩きまわる上官は、もはや無骨な軍人には見えなかった。

「今夜は遅い。陛下へのご報告は明日だ」
そう言い残し部屋を出たラファエルの足音が、しばらくの間耳に届いた。

156 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/17(日) 06:49:42.02 ID:Bc1sVeN+.net
「ライ……アン……? その模様……どう……し……て……?」

思うように口が動かない。
星型の……五芒星の模様から眼が離せない。
また……あの耳鳴り…………じゃない。……ゼンマイ仕掛けの……時計の……音…………――――――

157 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/17(日) 06:50:16.33 ID:Bc1sVeN+.net
……父さん? 
そっか。今夜は魔法を教えてくれるって約束したもんね。
月が無い。空も地面も真っ黒だ。あの黒い森からフクロウの声がしてるよ。
――うわっ! これが魔法の光? ふわふわしてる。ろうそくの火と違う……すごく優しい光だ。
……ごめんなさい。
つい嬉しくて触っちゃんたんだ。消えちゃうなんて思わなかった。
うん。大丈夫だよ。
熱くも冷たくもなかったよ。魔法って不思議だね。……精霊……? 力を借りる……そうなんだ。

――誰? そこに誰か居るの?

父さん!!!!!!!

僕は何ともない。父さんこそ、いますごい音がしたけど大丈夫!?
びっくりした。
こんな夜にいきなり襲ってくる人も居るんだね。
――え?
何て叫んでたって……うーん……ハ……なんとか……って……――――――

158 :ルーク:2016/07/17(日) 07:32:50.22 ID:o/VumQnd.net
≪ ハガラズ ≫
 
自分の口から出た言葉が、まるで何かの呪文のように聞こえた。
ライアンが手を降ろしてこっちを見下ろしてる。
 
「ライアン。あの時のあの人、ライアンだったんだね?」
 
彼はどこか悲しげだった。何かを追い払うように首を振ると、後ろの長椅子に座って俯いた。
「教えてよ。ライアンの事。成り行きであんたに付いてきたけど、俺、あんたがルーンの皇子って事以外なんにも知らない」
 
ライアンは深く息を吐いた。
しばしの沈黙。
そして彼はゆっくりと……話し始めた。初めはたどたどしく……次第に雄弁に。
いつのまにか祖父ちゃんが後ろに立っていた。
俺達は初めて聞くライアンの身の上話にじっと聞き入った。
 
 
話も終わりに近づいたころ、ふと疑問が沸いた。
ずっと……それこそ20年以上も放っておかれた要塞に、どうしていきなり王国の人たちが偵察に?
なんか不自然だ。
 
「どうしていきなり父さんの存在がバレちゃったの?」
「それは……」
それまで滑らかだったライアンの口調が淀んだ。
 
「私が……リークしたからだ」

159 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/17(日) 16:28:53.28 ID:Bc1sVeN+.net
≪ ハガラズ ≫

自分の口から出た言葉が、まるで何かの呪文のように聞こえた。
ライアンが手を降ろしてこっちを見下ろしてる。

「ライアン。あの時のあの人、ライアンだったんだね?」

彼はどこか悲しげだった。何かを追い払うように首を振ると、後ろの長椅子に座って俯いた。
「教えてよ。ライアンの事。成り行きであんたに付いてきたけど、俺、あんたがルーンの皇子って事以外なんにも知らない」

ライアンは深く息を吐いた。
しばしの沈黙。
そして彼はゆっくりと……話し始めた。初めはたどたどしく……次第に雄弁に。
いつのまにか祖父ちゃんが後ろに立っていた。
俺達は初めて聞くライアンの身の上話にじっと聞き入った。


話も終わりに近づいたころ、ふと疑問が沸いた。
ずっと……それこそ20年以上も放っておかれた要塞に、どうしていきなり王国の人たちが偵察に?
なんか不自然だ。

「どうしていきなり父さんの存在がバレちゃったの?」
「それは……」
それまで滑らかだったライアンの口調が淀んだ。

「私が……リークしたからだ」

160 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/19(火) 06:12:58.18 ID:Gx+kZxXi.net
「……冗談だろ?」
ライアンはジッと俺達を見たまま答えない。
俺を含めた5人がみんな、鍛冶場を背にしたライアンと向かい合った。

「……訳を言えよ」
「……」
「俺、嬉しかったよ。俺には言いにくいこととか、いっぱいあったと思う」

誰も口を開かない。

「言えよ!!! やっと打ち解けてくれたと思ったら!! また隠しごとかよ!!?」

ザブザブ流れる噴水の音。ヒューヒュー風を切る……飛翔音?

「おい!!!」
ルカインが指差したその先、はるか上空の黒い影。
それがばかでっかいグリフォンだと気づいたのは、その羽ばたきが地の砂ほこりを巻きあげた時だった。
家屋の窓から顔を出した人達が、その正体に気づいて中に引っ込む。

「入れ!! 早く!!」

ルカインの呼びかけに一斉に走る俺達。滅多に人を襲わないグリフォンだけど、だからって餌にされないとは限らない。
最近は好物のゴブリンが減ったせいで、人を襲う事もあるって話だ。
ライアンだけは動かない。直立不動の姿勢のまま、じっと俺だけを見ている。

大鷲と鷹が一斉に鳴くような、恐ろしく良く通る甲高い咆哮が耳をつんざいた。
声の主が真っ直ぐに急降下……――――わわわ! ちょっと!!!

「危ないルーク君!!!」
まるで勇者みたに飛び出したベリル姐さんが、俺を庇って倒れ込む。

地上すれすれでホバリングするグリフォンが羽ばたくたびに、俺と姐さんの身体がグラリと揺れる。
巻きあげられた小石や木片がビシビシと頬にぶつかる。いてて……!!
なんとか薄く目を開ける。
ライアンが……巻き上がる渦の中に立っている。その手が……ゆっくりとこっちに向けられる!
「……つっ……!!」
ベリル姐さんの呻きの原因はたぶん俺と同じ。割れるように……頭が痛い。ライアン、また俺に……なんかした!?

――――――――バサッ!!!!

突風に晒され、俺と姐さんは木の葉のように吹き飛んだ。パリン……と空の結界が割られる音。

次に顔を上げたとき、ライアンの姿はなかった。

161 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/19(火) 06:19:52.13 ID:Gx+kZxXi.net
「ベリル!」
ルカインが走り寄ってきた。まだ立てずにいる……俺の手を取る。いやいや、俺じゃなく姐さんの手を取ってあげなよ。
「ああ! 女がこんなに傷こしらえて……」
だーかーら!!! 俺じゃなく姐さんに!!!

「ルーク! 怪我でもしたの!!?」
外に出てきたリリスが、ここから遠く離れた地面に倒れてる俺の身体に駆け寄った。倒れてる。俺の身体。
俺の……。ええ――――――――――!!?

「ルカイン。俺……誰に見える?」
「ベリル!! お前まで!!」
ルカインがガシッと抱きついてきた。
「可哀そうに!! さっきので混乱してるんだな!? 『一時的な記憶喪失』ってやつだな!? そうだな!?」
耳元ででかい声だすなよ! つか俺いま姐さんなの!? そうなの!?
どさくさに紛れて尖らせた口を近づけてきたルカインの顔面を手で押し返す。


「ぎいやああああああああああ!!!!!!!!」
紛れもない俺の声。見るとリリスの隣に座ってこっちを指差す「俺」がいた。
「……なんで!!? なんであたしがそこにいるのおおお!!!?」

いくらか事情が呑み込めたのか。ルカインとリリスが俺と、あっちの俺とを交互に見て首を振った。
けどその状況を噛みしめてる暇は俺達には無かった。

「ルーク・ヴェルハーレン!! 城まで御同行願おう!!」

いつの間に来たんだろう。
俺達は槍と楯を持った騎士達にぐるりと囲まれていた。

162 :マキアーチャ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/19(火) 17:39:26.23 ID:Gx+kZxXi.net
ピチャリと撥ねる水音に、ぞっとして振り向いた。薄暗い廊下が、遥か彼方に伸び……闇に溶けている。
所々に生えるヒカリゴケが、うっすらと乾いた天井や足元を照らしている。
不審に思いながらも先を急ぐ。

『姉さん……』

声がした。さっきより強い。

「何処だ!? そこに居るのか!?」

自身の声がエコーとなって耳にまとわりつく。後ろ……? 横……? 何処……何処にいる……!?

『―――――姉さん!!!!』

ビクっと身体が跳ねた。ゆっくりと……前を向く。

「イルマ……」

ほんの数歩で手が届く位置に‘彼女’は居た。
ほっそりとした小柄な身体が透けている。革のミニのワンピースを着た愛らしい少女。家を出たあの時のままだ。

『やっと……私の声に気づいてくれたね。姉さん』

「探したんだよ。あんたがあの家を出てからずっと。今、何処に居る? その姿……もう生きてはいないのか?」

少女は悲しげな顔をし……すぐに首を横に振った。

『私にもわからない。眠ってるけど……目覚めてる。身体は動かないけど……自由に何処にでも行けるの』

ああ、この子はこの世に居ないのだ。天に還れず彷徨う……幽鬼なのだ。
そう思うと、どうしようもなく嗚咽が込み上げた。二つ下の可愛い妹。幼い頃は喧嘩もしたが、仲直りも早かった。
何処に行くにも一緒だった。あの頃のように……と手を伸ばし彼女に近づくが、何故か届かない。

『姉さんに伝えたい事があるの。聞いてくれる?』

声を出せば泣いてしまう。頷くのが精いっぱいだ。
やっと会えた愛しい妹。たとえそれが生身の人間ではなくとも可愛い妹には違いない。

『ルークは無事よ。きっと帰ってくる。姉さんの愛する人と一緒に』

もしかして……と思い当たる。毎晩のようにルークの夢に現れる「光の少女」とは、実はこの子のことではないだろうか。
『きっと未来のお嫁さんだよ!』
そう言って無邪気にはしゃぐ幼いルーク。
ただ笑ってみていたが……もしそうならあの子に取って辛いさだめとなるだろう。

『戻らなきゃ。あの人を独りにしたくないの』



幸せな笑顔を残し、彼女は扉を模した壁へと消えた。
そこは開けたが最後、螺旋の段が底へと誘(いざな)う地下研究棟への扉――――――

163 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/21(木) 07:10:50.46 ID:E9AS98xC.net
「えぇ!? 俺、なんかしたっけ!?」

騎士達が「なに言ってんだこいつ」って顔でこっちを見た。首をかしげる奴もいる。

――やべ! 俺いま姉さんだった!

徽章が皆よりいくらか多い、格上の騎士がニヤリと笑い進み出た。
「某(それがし)は親衛隊副長のミハエル。ベリル・メンヌハ殿。貴女も同行させよと神官長殿が仰せに御座います」
副長は仰々しく一礼し、近くの騎士に眼で合図を送った。

――いててて! 「ございます〜」なんて言ってる割に、扱い乱暴じゃね? 

「べリスから離れろ!!!」
群がる騎士達の向こう側。ルカインがコンクルシオを手に構えている。
すでに剣の餌食となった騎士達が、腕を押さえて呻いている。

「それを捨てろ」
副長が俺の喉に冷たい切っ先を押しあてた。
「もしそれ以上……その剣が彼等を傷つけたらどうなるか。……解るな?」
ルカインは肩で大きく息をしている。俺を見て、そしてベリル姐さんを見て、何か言おうと口を開け……ぐっと口を閉じた。
ガラン……と剣が落ちる音。
横目でそれを確認した副長が、ゆっくりと剣を降ろした。
「安心しろ。すぐに返してやる。洗いざらい吐いてくれればな」

――吐くって……何を? やっぱライアンのこと?

副長が俺の背を押しやり……思い出したようにルカインを振り返った。
「勇者の血筋、と持てはやされた貴様が落ちたものだ」

――勇者? そうなの?

その「勇者」はじっと俺達を睨んだまま立っていた。なま暖かい夜の風が、俺達の頬を撫でる。
こんな時……ライアンがよく助けてくれたよね? フサルクの剣の継承者。俺、てっきりライアンが勇者なのかと思ってたよ。


門の横で敬礼する番兵のそばを通り過ぎ、俺達二人は引きたてられていった。
王城に向かう石畳の大通りに人通りはなかった。

164 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/22(金) 17:15:33.78 ID:vvLJ2rDj.net
眼前に黒々と聳(そび)えるアルカナンの王城……
その迫力に足が止まる。大きな四角い建物のまわりを取り囲む高い塔が……天から俺達を見下ろしている。
「妙な気を起こすなよ……?」
後ろの騎士に背中を押される。先頭に立つミハエルが立ち止り、振り返った。
「……案ずるな。この一帯は陛下の魔力結界内。魔法など使いたくとも使えん」

……そうなんだ。
すぐ右横を歩いてるベリル姐さんと眼が合い……何処となく視線を彷徨わせ……どちらともなくため息が出た。
どっち道使えたとしてもこのザマじゃあ……と姐さんも思ったに違いない。
また歩き出して……ふと気付いた。姐さんの足運び。
モデル歩きっつーの? 歩くたんびにお尻が揺れて、お色気たっぷり。いいんだけどそれを俺の姿でやんないでよ……
そんな姐さんの咎める視線が俺に向いた。
もしかして……あはは。俺も人の事言えないね……? はい。内股で……女らしく……
「おいっ!」
足がもつれ、すっ転びそうになった俺の腕を騎士が掴んだ。うー……女って大変!

何とか女の歩き方(?)をマスターした頃、俺達は城の正門脇にたどり着いた。
示し合わせてあったのか、叩いてすぐに通用門の扉が開いた。幅の狭い門をくぐる。

「うわあ……」
そこは一面の薔薇園だった。
むせかえる薔薇の香りが、鉄の匂いと汗に塗(まみ)れた俺達一行を典雅に出迎えた。
幾重にも別れた園庭の小道を迷いもなく進んでいく俺達は……さながら巣に戻るアリの行列。
騎士達の鎧の先端が茂る葉に触れるたびに、パラパラと夜露が跳ねる。
さすがはあの綺麗な女王の城だなあ……。お城の中はきっともっと凄く……豪華で綺麗だろうなあ……

そんな俺はすぐに現実に引き戻された。地下の通路に続く暗い入り口が見えたからだ。
とたんにさっきのミハエルの言葉が蘇った。

――『すぐに返してやる。洗いざらい吐いてくれればな』

『洗いざらい』……って……やっぱ拷問とかされるのかな。
しゃべっちゃおうかな。ライアン、何で父さんの事チクッたのか教えてくれなかったし。
そうだよ! そうすりゃ万事解決! 明日には村に戻れるかも!――ただ……

俺、ライアンの過去を聞いちゃったんだよなあ。
あいつには2度も助けてもらったし……いろいろ大事なこと教えてもらったし。
……もしかして黙って逃げたのも、俺と姐さんにこんな事したのも……どうしようもない理由があったのかも。

165 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/22(金) 17:19:16.12 ID:vvLJ2rDj.net
階段を降り切ったその先は思った通りの牢獄だった。

まっすぐ続く道の両脇に、延々と続く格子の檻。
俺達に気づいて、立ち上がった人間の手が何本も格子から突き出ている。
壁に繋がれ、身体を痙攣させて呻く老人。
騎士に唾を吐きかける女。
俺を見て……からかうように口笛を鳴らす若い男衆。
そう言えば……とさりげなく金髪のエルフが居ないか確認する。
――父さん。
思えば父さんを探しにアルカナンに来たんだっけ。今の今まで忘れてた訳じゃない。ただ色んな事があり過ぎて……

突然あがる恐ろしい叫び声。見ると、吊るされた半裸の男に鞭を当てる拷問官の姿が目に入った。
くるりとこっちに向けたその顔が……囚人の返り血でまだらに染まっている。

――うわ……。しゃべんないと……俺もああなる訳?

しばらく歩いているうちに、鉄格子で区切られた広い区画に突き当たった。
竜の子供でも閉じ込めておくようなでかい檻だ。正面の格子戸を開けたミハエルが、俺と姐さんを乱暴に押し入れた。
「男の方は吊るせ。女は……縛って転がしておけ」

――ええ!? まだ言わないって決まったわけでもないのに!?

さっきの血だらけの男の姿が目に浮かび、俺は身震いした。こいつら、もしかして鬱憤晴らしにやってない?
騎士達が命じられた仕事を淡々とこなす間、ミハエルは俺を見てネチっとしたいやらしい笑いを浮かべている。
――やっぱそうだよ! あいつ、何か楽しそうだもん!!
俺の視線に気づいたミハエルが、フンと鼻を鳴らした。
「じき陛下がおいでになる。それまで頭の中をきっちり整理しておくのだな」



随分長いこと待った気がする。
後ろ手に縛られた手首から先の感覚がない。足もだ。姐さんの方を見上げると……あっちはもっと辛そうだった。
ぎゅっと瞑った目。結んだ口元。前髪が張り付く額に次々に浮かぶ玉の汗が、頬を伝って顎から滴り落ちている。
ごめん、姐さん。俺と関わったばっかりに……

166 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/22(金) 17:24:06.67 ID:vvLJ2rDj.net
ふと薔薇の香りがした。

よく見ると、来た道と反対側の壁に、人一人通れるくらいの通路がある。上へと続く階段だ。
そこからヒタヒタと降りてくる人の気配。
ふわりと妖精のように姿を現したのは……女王だ! 今朝、会場で客の視線を集めていた美しい女王!
騎士達が一斉にひざまずく。
さらにもう二人。一人はあの時女王の隣にいた少年。白い錫杖を右手に掲げ、格調高い白の神官服を着ている。
もう一人は奴だ。ラファエルだ。いまはあの派手な鎧をつけていない。

「ほう? 其方がシャドウの息子。ルーク――「要塞」とはまた……洒落た名を付けられたものよ」
ガチャリと格子の扉を開け、女王が中に入ってきた。すぐにラファエルと少年も後に続く。

「ビショップ。この女はもと部下であろう。其方の失態でもあるのだぞ?」
名を呼ばれた白い少年が、深々と頭を下げた。その顔はまるで鉄の仮面だ。何考えてるかまったく解らない。
「さて……」
女王が廊下に立つミハエルに視線を送る。
「何処まで聞き出せた」
「――はっ!? いえ!! 陛下のご到着をお待ちしておりました故……」
しどろもどろに言い訳するミハエル。米神に滲む汗。あらら……意外と彼、小心者?

「そうか」
ゆっくりと身を返した女王から……じわりと「気」が滲み出た。心の臓が締め付けられ……身がすくむ。

――そっか。ミハエルの気が小さいんじゃない。女王が凄いんだ。よく言うもんね。綺麗な薔薇にはトゲがあるって。
その王が横たわる俺の方を見た。凄い眼だった。奥が深すぎて……吸い込まれそう……
ビショップが俺の背後に回り込み、身体を起こして座らせた。
「ベリルとやら。皇子は今何処にいる」

――あのそれ……俺の方が聞きたいんですけど……

「ベリル。王は過去の素行、裏切りすべて反古にすると仰せだ」 なんてビショップが囁く。

――さては姐さん、過去いろいろやらかしたね? 協力してあげたいけど、ほんと何も知らないからなあ……

俺が答えに窮していると、突然ラファエルが腰の鞭を手に取り振りあげた。
石の床が鞭を受け、腹に響く音を立てる。床の一部がえぐり取られ、壁に当たってビシリと散った。
「答えねば……次は男を打つ」
ハッとして姐さんを見た。騎士が数人取り囲み、その上着を引き裂いている。
……お……俺の一張羅……なんて気にしてる場合じゃない! あの鞭、下手すりゃ首が飛んじゃうよ!
どうする? どうしたらいい? こんな時、父さんだったら? ライアンだったら……?
ラファエルが手にする鞭が、床の上で蛇のようにのたうっている。あの鞭、父さんのに似てるけど……まさか……

「待って」
俺の口が勝手に動いていた。そこにいる全員がこっちを見る。
「父さんを、シャドウ・ヴェルハーレンを返してくれたら教える! でなきゃ死んでも答えるもんか!」

こっちを見ていた全員が呆気に取られた顔をした。  ――――――しまった!! いま俺じゃなかったの忘れてた!!

167 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/22(金) 17:27:08.25 ID:vvLJ2rDj.net
一方のシャドウは私室にて読書に耽っていた。

厚ぼったい羊皮紙の頁をパラリとめくる。かなりの年数を経た書のようだが、ほとんど傷みがない。

『遥か昔。この大陸は魔族が支配していた。
オーク、ゴブリン、トロール、魔狼、それら「闇の種族」を従える魔族の王は、12枚の黒き翼を持つ赤眼の魔王。
人間やドワーフ、魔法種族のエルフすら、その威力に屈し、日々労働し、時に挺身を余儀なくされた』

誰もが幼少時、聞き入ったであろうおとぎ話だ。誰が記したか、この書はその詳細をルーン語にて綴っている。

『ある日、エルフの大神官が予言した。いつか勇者が現れ、大賢者と共に魔王を封じるであろう』

魔王と勇者と大賢者。
この手の英雄譚(サーガ)には、必ずと言っていいほど三者がセットで登場する。話の都合上、切っても切れない関係にあるのだ。
シャドウは今、1つの確信をもとに書を読み進めている。
この本に書かれている事柄はすべて……事実なのだと。
勇者とは一体誰か。大賢者とは何者か。魔王は何処に、どのようにして封印されたか。
すべてがこの書に記されている。しかも、非常に詳しく、曖昧な表現も無しにだ。
久方に探究心を刺激され、奥深くへと読み進む。机上には関連図書が山のように積み上げられていく。

『アルカナ歴○○○年(約2,000年前)。オークランドにて密かに魔道に通じ、その道を極めた者が現れた。
彼は自ら人との交わりを絶ち、ただひたすらに己の探究心に従った結果、不死の身を持つ賢者となった。
その姿はもはや人間ではなく、むしろ闇の眷属に等しく。
そんな彼に魔王が囁いた。自分と手を組み、「闇の賢者」となるよう説得した。
人の心を持つ賢者はこれを退けた。魔王を封じるため、賢者の石にて勇者を生み出し……ついに魔王を地下深くに封印した』

その先を読むシャドウの目が大きく見開かれた。
書には、勇者が魔王を封印した……その場所を具体的に示していた。すなわち……ベスマ地区と。
そしてさらなる最後の一文。

『2,000年に及ぶ「時」が封印を解き……魔王は人の子として蘇るであろう』


軽いノックの音がした。
振り向きざまにぶつかった書籍の塔がぐらりと傾き、バサバサと崩れ落ちた。
急ぎ止めようと支えるも間に合わず、衝撃で書籍の棚からも本が滑り落ちる。
数十を超える本の山の下敷きとなり、ようやく顔を出した時……アルカナ騎士団の副団長――ガブリエラと眼が合った。

「失礼致しましたわ。何度も扉を叩いたのですが」
「何事だ」
「陛下が、急ぎ地下の牢獄へ出向くようにと」

――地下? 北の塔だけでなく、地下にも牢があったのか。

理由(わけ)は聞かず、すぐに騎士達の案内に従った。
薔薇の園庭をのぞむテラスの……その一角に、地下へと続く通路はあった。
「先にお降りを。殿(しんがり)はわたくしが」

遥か下に続く螺旋の階段が、得体の知れぬ闇に呑まれている。まるで、あの地下回廊に続く道のようだと思う。
異臭漂う気の流れをその身に受けつつ、暗い階段を駆け降りた。

168 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/24(日) 09:09:13.54 ID:Nbalhk2P.net
「シャドウを連れてこい」
じっと俺を見据えたまま女王が指示する。
ポカンと口を開けていた騎士のうち数人が、慌てて階段を駆け上がっていく。

「眼を……逸らすな」
女王は手の平を俺に向けた。そこに描かれていたのは……双つの首を持ち上げる竜の紋。
「陛下? 賢者の魔紋が消え・」
俺の肩をつかんでいたビショップが何か言いかけたけど、王が睨むとすぐに黙りこんだ。
ゆっくりと近づく竜の紋。
グラリと揺れる視界。

――同じだ! 頭の中を探られるこの感じ! さっきライアンがやったのとまったく同じだ!!

「なるほど」
女王がスッと眼を細めた。
「ルーンの皇子め。周到なことだ」
「陛下……?」
「この二人、魂を互いに換えられている。我が力にて記憶を探られぬようにな」
ゆらりと立ちあがる王に、ラファエルが向き直った。どういう意味か全然解らないって顔だ。

「詳しき説明は……あ奴がしてくれよう?」
王の視線の先、あの階段を速足で駆け下りて来る……この……体重を感じさせない軽やかな足音には聞きおぼえがあった。

「ルーク!!!?」

――やっぱり父さん! え? その格好……? 

父さんが着ていたのは囚人服でもなんでもなかった。
黒の魔導師服。胸にはアンフィスバエナの刺繍。これって剣闘会の時女王をエスコートしてた魔導師の!?
よくよく見れば、額の魔紋がアンフィスバエナに変わってる!?

「来たかシャドウ」
確認した王の眼が艶めかしく光る。――うそでしょ!? 俺、父さんが寝返る訳ないって……

「父さん!!!!? どうして!!!!?」

169 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/24(日) 09:13:09.96 ID:Nbalhk2P.net
螺旋の階段をしばらく降りただろうか。
ちょっとした踊り場、そこに小さな鉄の扉があるのに気づいた。錆びついた……子ども一人通れるか否かといった大きさだ。
扉には食事を出し入れするための小窓がある。まるで小さな牢だ。
耳を澄ますと、何者かが敷き藁を踏み歩きまわる音がする。それに混じる微かな声。
『出して……お願い……』
うら若い女の声だ。
「参謀殿! お急ぎを!」
ガブリエラに急かされ再び足を運ぶが……後ろ髪を引かれる思いで振り返った。
一瞬だが確かに見た。
扉の小窓から……細く白い手が這い出るのを。長い爪がドアを引っ掻き、カリリと音を立てるのを。
「参謀殿!!」
気にかけている暇はない。急ぎその声に従った。


地下の監獄にはすでに大勢の騎士達が詰めかけていた。
よもやルーンの皇子が捕えられたかと歩を進め、目を疑った。
牢の中、天井から吊るされていたのは……

「ルーク!!!?」

おそらくこの王城に来て初めて上げた大声に、我ながら驚く。
――落ち着け。皇子と共に試合に出ていたのだ。こうなる事は予想していたではないか。
見れば、上着を剥ぎ取られている以外、特に何もされていない。
ラファエルが手首を軽く捻り、鞭の先を蛇のようにくねらせている。……まだ脅しの段階のようだ。

「来たかシャドウ」
そう言葉を発する陛下の前には、珍しい紫の髪を振り乱す……まずまず美しい女性がビショップに支えられ座っていた。
――名は確か……ベリル・メンヌハ。
腕ききの錬金術師と登録台帳に記載されていた……あの女だ。試合にてルークを良く助けていた記憶が新しい。
そのベリルの眼が大きく見開かれている。真っ直ぐにこちらを見……先ほどの自分が発した声に負けぬ大声で叫んだ。

「父さん!!!!? どうして!!!!?」

――――――――――――――――――――――父さん!?

ベリル・メンヌハ23歳。
23、いや4年前と言えば、大戦終結、皇子ライアンの世話役を仰せつかったあたりだ。
大勢の戦死者を出したが故、未亡人となった貴族の奥方達が毎日のように私室に押しかけた。数人同時に相手をした夜も。
その中に紫の髪をした女性が……3人居たな? 誰だ? 誰の子だ? いやその前にちゃんと手は打って…………

「シャドウ。何を考え込んでいる」
「……は?」
「……は? ではない。ルーンの皇子の仕業にてこの二人、魂を入れ替えられている」
「……そういう事でしたか」
「なにが『そういう事』なのだ」
「「――はっ!? いえ!! その……」

そういう事かとあらためてベリル・いやルークを見ると、これまた物凄い眼で睨む息子。
「ルーク、落ち着け。これには深い訳が……」

170 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/25(月) 06:57:41.54 ID:R4qJSORz.net
「理由(わけ)? 父さん言ってたよね。賢者を絶対に裏切らないって。いいよ。ちゃんとした訳があるなら聞いてやるよ」
「ルーク……」

言い淀む父さんがなに考えてるのか、何となく解った。
女ったらしで、宮廷では女と見れば手ぇ出しまくっててって言うエレンの言葉はたぶん本当なんだ。
さっきの、「女王とよろしくやってた」のも本当。つまりは女王の魅力に負けたってこと。
――なんで解るかって? そりゃわかるよ親子だもん。
父さんってさ。隠し事したりヤマしい事考える時、右の耳先がピクってなるよね。知ってた?

「……見損なったよ」
父さんは……何か言いたそうに口を開けたけど……しゃべらない。いやいや、言い訳でも何でもしてくれよ。
俺を納得させてくれよ!! ずっと理想の父さんだと思ってた! それも裏切るのかよ!!!
「母さんに何て言えばいいんだよ! 『父さんは女王様と仲良くなっちゃったから置いてきた』って!?」

立ち上がろうとした俺を、ビショップが後ろからタックルするみたいにして止めた。
胃のあたりが締め付けられて一瞬おえってなった。胸のあたりに妙な違和感。でも気にしてる場合じゃない。

父さんはそれこそ悲痛な面持ちで俺から眼を逸らし……その視線が彷徨い……俺の胸元でピタリと止まった。
――へぇー。こんな時に胸の谷間なんか見るんだ。確かに姐さん、でっかいけどさ、だからって・
「ルーク……」
――姐さんは口挟まないでくれる? これは俺と父さんの・
「胸、見えてる」
「……え?」
「胸、出てるってば!!」
――――――ちょ・うそーー!!さっきビショップがタックルしたせい!!?

「姐さん! 何でもっと早く言わないんだよ!!」
「だってぇー……なんだか言えないフンイキだったんだもん」
「だいたい姐さんも悪いよ!! こんなすぐポロっと行きそうな服着るから!!!」
「いいじゃない! ……胸はあたしの武器でもあるんだから!!」

父さんが……その場に居た全員が……気色悪そ〜〜な顔して天井から吊るされてる姐さん(身体は俺)を見た。
――姐さん。その口調……何とかならない?

「陛下のお力で何とかならんのですか!?」
姐さんの口調のことじゃない。俺と姐さんを元に戻せないかって言ってるんだ。ラファエルの問いに、女王がかぶりを振る。
「わらわはあのような衣服を身に付けたことが無い故、元に戻すは困難・」
「あ、いえ。服のことではなく」
「……あ? ああ」
――スッと立ちあがった女王。いま一瞬だけ赤くなった。ちょっと、可愛い?

「シャドウ、頼む」
牢を出る女王と入れ替わるようにして父さんが中に入ってきた。俺の前に膝をついて……
「安心しろルーク。すぐに戻してやる」
――さっすが父さん! いつもの訳分かんないやっつけ呪文で何とかしてくれるんだね?
何て胸を躍らせてたら、何の躊躇もなく胸を鷲掴みにしてグイグイ胸を胸当て(?)に押し込めた。
――いや……そっち?

171 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/26(火) 17:38:52.40 ID:C1/L0l9u.net
……その眼。
やはりこの葛藤を見抜いているな? 解っている。我が嘘が通じぬことは。
エルフの血を引く者の耳は大概……驚きに応じパタつき、恐怖に慄けば背後に伏せ、機嫌良き時ピンと立つ。
つくづく思う。エルフという種族は……人間社会にて生活を送るに難儀な生き物だと。
してお前の言わんとする事もわかる。すべてこの私の浅慮が招いたこと。
「大丈夫だ」などとその場しのぎの言葉を残し、お前を要塞に任せはしたが……まさか追ってくるとは!
何とかなると自分でも思っていた。最悪死ねば何とかなると。
それが……城に連行されたあの時。この美しい王にならこの身を委ねてもいいと……少しも思わなかったと言えば嘘になる。
そうだ! 王の傀儡と化したはこの私自身の望みでもあったのだ! 亡き帝王を忘れ! 偉大なる賢者を裏切り!
そしてお前の思いまで踏みにじった! 
私に父親である資格はない。だが父親をやめる事も出来ない。せめて…………せめてその胸だけは仕舞ってやろう。


ルークの後ろにいるビショップが鋭い眼でこちらを凝視している。
「シャドウ、戻せそうか?」
無論、ラファエルは胸のことを聞いているのでは無い。
彼の手が時折軽くしなり、そのたびに鞭がピシピシと床を叩いている。まるで……イラつく猫の尾のように。

少々落胆気味の息子の顔を両手で挟み、その額に自分の額を触れ合わせた。
――眼に浮かぶ……イメージ。
ルークの魂(こん)と……ベリルの魄(はく)とが断片に分かれモザイクの如く同居している。
異なる種の魂魄(こんぱく)。
この状態ならば、たとえ女王の能力を以てしても記憶は奪えまい。それはそれでいいのだが……
こうしている間にも、断片は更なる断片のモザイクへと姿を変えている。
……いずれはモザイクは坩堝(るつぼ)となるだろう。急がねば分離は不可能となる。
額を離す直前に、息子の頭に言葉(メッセージ)を一言。果たして訊いてくれるか否か。


牢の外から王の声がかかる。
ゆっくりと立ち上がり……滑るようにビショップの背後に回った。不審に思ったか、ビショップが右手に握る錫杖を握り直す。
「おそらくは皇子本人の手に依らずして直すは不可能かと」
「……皇子の行く先に当たりはあるか」
「御座います」
「それは……何処だ」
「それは……答えかねます」


場の空気が張り詰めた。
ラファエルが鞭を捨て魔剣を抜くその一瞬前。奪ったビショップの錫杖を、ラファエルの喉元に突きつけた。
足元では縛られた両手の間にビショップの首を挟み込むルーク。
ビショップがもがくが上手い具合に固められ、体格の差も相まって逃れられず。観念したのかじき動かなくなった。

172 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/26(火) 17:41:15.20 ID:C1/L0l9u.net
額に触れる父さんの額。首筋をくすぐる金色の髪。新緑の……いつもの父さんの匂いがした。
ずいぶんと長いことそうしていたと思う。きっと父さんには何かが見えているんだろう。
これ……治るのかなあ。

『私が動いたら動け』

唐突に響く声。父さんが両手を離して立ち上がる。……え? ……いまの……?

「どうだシャドウ」
女王が父さんに聞いてる。「診断結果」ってやつだろう。
父さんの答えは……うん。やっぱりね。ライアンがもし見つからなかったら……一生このまんま。
……どうしよう。息子がいきなり娘になって帰ってきたら、母さん、ショックで卒倒するかも。
いっそ「父さんの娘です!」ってのは……いやいや無し無し!! そっちのがショックだよ!!
――もう!! ライアンの馬鹿!! 高慢ちき!! 秘密主義!!

ここに居ない「もとチームメイト」の悪口を思いっきり心の中で叫んでたら、何だか落ち着いてきた。
そう言えばさっきの……動いたら動けって……どういう意味だろう。
女王がライアンの行き先を父さんに聞いてるけど……そんなの父さんに解るわけないじゃん。会ったの10年前って話だ。

それを父さん。「御座います」だなんて、ハッタリハッタリ! さっきから右耳ピクついてるし! 
なんて答えるつもりだろう。適当に答えて……追手に違うってバレたら今度こそ殺されちゃうよ? どうすんの?

「それは……」   ――――それは?

「答えかねます」

いきなりさっきの「動け」の意味に気づいた。父さんは無意味なやり取りをする人じゃない。
身体が勝手に動いていた。
鞭の柄が床に当たる音、剣の柄に手がかけられる音、錫杖がギリリと軋む音、3つの音が同時にした。
締め上げるビショップの首の骨が軋み、引きつった苦しげな声が吐息に混じる。
見上げると、父さんがラファエルの首に杖を突きつけている。ラファエルの手は柄にかかったままだ。

やった! 形勢逆転! これでやっとここから逃げられる! 

でも………どうやって? 魔法も使えないのに?

173 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/26(火) 17:43:56.93 ID:C1/L0l9u.net
突きつけた杖を動かさぬまま、ラファエルの手放した鞭を拾う。
捕われた際に奪われた我が愛用の鞭。鹿の脳組織にて丹念になめした滑らかな手触りは、鹿革以外には味わえぬ感がある。

「隊長殿。どうぞ女王(クイーン)のおそばへ」

眉と眉の間に深い皺を刻むラファエル。その視線が物言わぬビショップの上に落ちる。
「どうしました隊長殿? 神官長より……王の命が大事では?」
「ラファエル。シャドウが言うとおりにせよ」
「……しかし……!」
「ビショップは……命を惜しむ男ではない」
冷たい言葉ではあるが、王の顔は苦渋に満ちていた。選択を誤れば、もう一人の忠臣をも失うのだから当然だろう。
じりりと後退して牢を出たラファエルが、王を庇うようにして立った。


「……何が……望みだ?」
女王の声にはいつもの張りが無い。
「魔力結界の解除を。ほんの数秒で構いませぬ故」
「なっ!!?」
ラファエルが驚きの声を上げ、騎士達のどよめきがそれに続いた。

「…… ……なりませぬ陛下……!! あの結界は……我らが……大陸の……」
苦しげに声を絞り出すビショップに、女王は月光の如き微笑みを返した。
「案ずるな。数秒ならば『持つであろう』」
その言葉にハッと眼を見開いたラファエルが、脱兎のごとく駈けだした。つい先ほど自分が駈け下りてきた階段を駆け上がる。
「わ……わたくしなどお捨ておきを!! 皇子と! そして賢者の石を!!」
しかし王は首を横に振り……両手を横に広げはじめた。両手の平に描かれた竜が蒼く輝きだす。

ふっと身体が浮く感覚。急ぎ呪文を唱える。
「莫迦な……複数の【転移】など……不可・」
不可能と言いかけたビショップに驚愕の色が浮かぶ。
おそらくは見たのだろう。この額の竜が、賢者の魔紋に取って替わるのを。魔紋が青く輝き、同じ輝きが部屋全体を包むのを。


――景色が動いた。


鉄と血の入り混じる異臭は、新緑が囲む森の匂いへと変わった。
時折熟れる木イチゴの甘酸っぱい香りが風に乗って運ばれてくる。葉ずれの音も、遠くに聞こえる滝の轟音も、すべてが懐かしい。
最初に身を起こしたのはルークだった。
縛られていた両手の縄を解いてやると、眼を瞬かせて首をぶんぶん振っている。夢か現(うつつ)か試しているのか?
ベリルの縄も解いてやると、「うーん」と呻いて……しかしまだぼんやりしている。

「ここは?」
森を初めて見る幼子の如く辺りを見回す息子。
「要塞の屋上より……東方に見えていた青い山々を覚えているか?」
ルークが手首をさすりつつコクリと頷く。

「ここはエルフの守る蒼の山脈(エレド・ブラウ)。私の故郷だ」

174 :ビショップ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/27(水) 07:02:41.38 ID:ZFeTD+IL.net
――失態だ……!! 
皇子を攻めると決めた時、何故に即実行しなかったか!
先に白の番人でも仕向けていれば、少なくとも逃亡は防げたはず!

もうひとつ! シャドウが王に要求を突き付けた時、舌を噛み自決すべきだった! 
結界の解除など……2,000年もの間一瞬たりとも許されず……許すべくも無い愚行中の愚行!
この命を尊ぶなどと……陛下ともあろう方が……いや、やはりそれを読めぬこの身の責!


息子達の縄をほどくシャドウ。その足元に転がる錫杖にそっと手を伸ばす。

――――――ヒュッ!!!

風を切る何かが自分の胴体を締め上げた。鞭だ。ラファエルが手放したシャドウの得物。
瞬間、身体が宙を舞い叩きつけられた。幸い地面は苔で覆われ柔らかだった。でなければ失神していたに違いない。
すかさず呪文を唱えるも、詠唱途中で口に硬い何かが差し込まれ、それは喉の奥を突いた。おそらくは……錫杖の柄。

「動かぬが身のためかと。神官長殿?」

騒ぎに驚いたか。ベリルとルークがおぼつかぬ足取りで近づいてきた。
が、手出し無用とばかりにシャドウが首を振ってこちらを見た。月を映し光る眼が人に懐かぬリンクスのようだ。

「二、三、お聞きしたい。YESなら瞬きを二つ、NOなら一つ。宜しいな?」
有無を言わさぬ問いだ。何もせず睨み返していると、鞭が容赦なく締め上げてきた。生木の折れる鈍い音。

「折れた骨の先端が肺腑を抉ればどうなるかお分かりだろう。だがいまは死ねぬ。王の無事を確認するまでは」

口が利ければおそらく笑っていたに違いない。
じわりと相手を揺さぶり苛(さいな)むこの手管。拷問官であればさぞかし有能だろう。
――瞬きを……二つ。
頷いたシャドウが、杖の柄を倒し、顔を横に向かせた。喉に溜まっていた血混じりの唾液がゆっくりと流れ出る。

「‘グレイブ’の事、報告は受けられたか?」

少し間を置き……瞬きを二度返す。
実際、ラファエルからグレイヴの事を聞かされた時は陛下も自分も驚いた。
身まかられていたのは幸いだったが、一体何者が生まれた王子を助けたか? 
どうあっても死なぬ赤子を……あの時地下深くに埋葬した。……いったい誰が……掘り起こした?

「その後の記述。今から17年前に再び出生した赤眼の子。すなわち女王の第一子を地下深くに埋葬した。確かか?」
――瞬きは……ひとつ。NOだ。それを確認したシャドウの眼が見開いた。
「では埋葬せず……幽閉でも?」
――YES。
「よもや……その幽閉の場とは……あの地下牢に通ずる階段途中……小さき扉の牢か?」
――この男……そこまで……!?
「赤眼の王女がその牢に幽閉されている! そうなのか!?」
肋骨と二の腕の骨とが悲鳴を上げた。

――YESだ! YES YES YES YES YES YES YES YES YES YES YES!!!!

「瞬きは二度でいい」
シャドウの顔に安堵の色はない。当然だ。そうと知っていたら魔力結界の解除など頼まなかっただろう。
杖の柄が引き抜かれ、鞭がゆるむ。

「急ぎ城に帰るがいい。……間に合わぬかも知れぬが」

シャドウが示す座標をもとに、【転移】のスペルを唱えた。受け取った錫杖がいつもに増して重く感じた。

175 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/28(木) 06:39:03.89 ID:aAqMh/bX.net
「父さん!」

父さんは答えない。
さっきまでビショップが居たあたりの苔を鞭でピシピシ叩きながら、何事か考え込んでいる。耳がピクついたり伏せったり。
――もしかして、とんでもなくヤバい事になってる? グレイヴ? 赤眼の王女? 幽閉? 

「ルーク! うしろ!!」
姐さんの声。咄嗟に振り向いたけど間に合わなかった。右肩に一撃を受け、俺は斜面を転がった。

「ゴブリン!!?」
一見ちょっと大きめの毛の無い猿。こん棒を振り回しキイキイわめく集団が、じりじりとその輪を狭めてきた。
――2ダースくらいかなあ。……え? 木の上にも?
……あはは……5ダースは居そう。

父さんが鞭で何匹か弾き飛ばしてるのが見える。でも次々に上から下から飛びかかるゴブリン達に手を焼いている。
姐さんは……奪い取った2本のこん棒を上に横に振りまわして……
たしかゴブリンってあんま人襲わないんじゃ? 川で魚とったり木の実食べてるはずなのに……どうして?

一匹一匹はたいした事ない。けれど群れて来るこいつ等はかなり手ごわかった。
叩きつけた木の棒がぽっきり折れた。
振り下ろされたこん棒を両手で掴み、奪・・・・う〜〜こいつら握力つよ!! 離せって!!
結構鍛えてる姐さんだけど、やっぱり女は女だ。握力は負ける。
後ろの奴らが肩に飛び乗ってきて……うわっ! いて!! 噛みつくな!!

剣を持っていれば少しは違ってたんだろう。
試しに唱えたスペルは全部不発。やっぱ自分の身体じゃなきゃダメみたい。今回、俺と姐さんはまったくの役立たず。
頼りになるはずの父さんは……何故かまったく魔法を使わない。

……そっか。使わないんじゃない。使えないんだ。
【集団転移】がどれほども魔力を消費するか、一度父さんに聞いたことがあったっけ。
自分一人だと【火炎球】と同じくらい。
他一人を巻き込むと……その二乗。二人だと三乗。三人だと……
うっわ! 今気づいたけど、父さんはその魔力を引きだすのに賢者の魔紋を使ってた。
って事は父さん。立ってるのもやっとなんじゃ……

案の定、父さんがグラリとよろめいて膝をついた。肩で大きく息をしている。
姐さんは……どこ? もしかしてあのゴブリンの山の中に居たりする? 
数匹が飛びかかってきて仰向けに倒された。首筋に突きたてられる尖った牙。

ふと……すぐ横に女の子が立っていた。明るい茶色の髪を肩で結んだ俺と同じくらいの歳の女の子。
夢に良く見たあの子だとすぐに解った。
この話をするたびに父さんも母さんも笑ってたけど、この子は間違いなく運命の人だよ?
優しいし、落ち込んだ時は励ましてくれるし、すごく……可愛いし。

今わかった。君は天使だったんだ。俺を……迎えに来てくれたんだね? 
ゴブリン達が彼女を見て何かわめいてる。――え? もしかして、彼等にも見えてるの?

「イルマ!!?」

父さんが叫んだ声は、鷹と鷲が一斉に鳴く巨大な咆哮に掻き消された。

176 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/07/29(金) 20:42:13.95 ID:PhDE+DJT.net
――――ギャッ!!  ギャギャッ!ギャッ!!

ゴブリン達が警戒の叫び声を上げ、方々に散った。
月明かりが微かに差し込むだけの真っ暗な森の中。
見上げてもその姿は見えないけど……あの鳴き声! あの羽音! ライアンが乗ってったグリフォンに間違いない!
――グリフォンは他にもいるよ? 
なんて突っ込む人居るかもだけど、俺、微妙〜な音とか匂いの特徴掴むの得意だし、覚えたら絶対に忘れない!

「ライアーーーーン!!!!」

ありったけの声で叫んだ。
声が届いたんだろう。あの独特な咆哮が再び地を揺るがした。
でも……降りてこない。密集した木が邪魔……なのかな? しばらく旋回して……ちょっと! ……おーい……!

「あーあ……」
ペタンと尻もちを付く。
せっかく……「これ」を治してもらえると思ったんだけどな……。

「ルーク!!」
父さんが息を切らして駆け寄ってきた。と思ったら辺りをうろうろして……どうかした?
「さっきここに娘が居ただろう」
――そうそう! グリフォンの登場でうっかり忘れる所だったけど、いたいた! 俺の運命の子!
「……どっか行っちゃったみたい」
「まさか……いや……『彼女』がここに居るはずが……」
父さんの耳がすごい速さでピリピリしてる。こんな父さん初めてだ。
「『居るはずが』って? 彼女の事、知ってるの?」
「ああ。彼女こそ19年前、要塞にて帝国の軍勢を退けた三勇士の一人。名をイルマ・ヴィレン。賢者が守る……眠り姫だ」

三勇士の話なら知ってる。賢者、イルマ、クレイトンおじさんの3人の武勇伝。
どんないきさつで彼女が眠り姫になっちゃったのかって話はそれこそ耳にタコが出来るほど聞いた。
父さんが彼女に惚れちゃったのが原因だとか、いろいろ。

……うん。落ち着いて考えよう。
俺の運命の子。未来のお嫁さん。ずっとそう……信じてた。逢えるかどうかも解らないけど、いつか逢えたらって……
彼女が……イルマ? イルマは父さんの想い人で……って事は、俺と父さんって恋敵……って事でえーと……
あ、でも父さんは母さんともう結婚してるし、俺が取っちゃっても……いやいや、確か彼女、賢者の事好きだって……





「……ルーク?」
眼の前で手をパタパタ振ってる父さんに気づいたのは、かなり時間が経ってからだった。
いつの間にか姐さんがこっちを向いて座ってた。
「ルーク。聞きにくいのだが……まさか……お前…………」
「……そうだよ。彼女だよ。俺の夢に現れる……女の子」
父さんは何も言わない。事情を知らないはずの姐さんでさえ、何か察したのかギュッと膝をかかえる。

「父さん」
「……ん?」
「俺、失恋したみたい」

177 :ビショップ ◆ELFzN7l8oo :2016/07/31(日) 05:23:10.30 ID:JCDtfVat.net
地下牢一帯を埋め尽くす死体。「血の海」という言葉はこのために用意されたものに違いない。
人間か否かの別もつかぬほど細かに千切れ、引き裂かれた肉片が床、壁、天井に張り付いている。
――これが……魔王の性。
結界が解かれた一瞬の隙を逃さず復活したは明白。
――陛下は? ラファエルは? 騎士達は? 剣や鎧の欠片が見当たらぬ所を見れば……うまく地上に逃れたか?

階段を駆け上がり、たどり着いた城のテラス。そこから見える美しい薔薇園。
大理石の廊下、要所に立つ衛兵、忙しなく行き交う侍従達。――おかしい。以前と何も……変わらぬようだが……

意図せず足が早まった。
なりふり構わず全力で疾走する神官長に驚いた文官達が、驚いて道を開ける。

「陛下!!!」

開け放った謁見の間。
緋色の絨毯がいつにも増して眼に染みた。その両脇に立ち並ぶ騎士達。王座側にはガブリエラとミハエルの姿が見える。
王座には……ゆったりと膝を組み、腰かける、美しい王の姿も。流れる黒髪、しなやかな肢体は現女王そのもの。
「待ちかねたぞビショップ」
口調も、涼しげな微笑もいつもと変わらぬ陛下のようだが……。

モーゼの十戒さながらに騎士達が成す回廊を進み、王座近くにて膝をつく。
夜露で濡れた白い長衣は、翻ることなく重く垂れた。
フワリと腰を浮かせ、檀上より降りる王。ゆったり軽やかな足取りはやはり陛下。
そう言えば……と左右を見回す。

「陛下。ラファエルは何処へ?」

王の顔に浮かぶゾクリとする笑み。
突如、蒼い眼は血を湛える赤色へと変化し、汚れ無き純白の衣が、闇の色へと変わった。
向けられた手の平に描かれしは、黒い大円の周囲を九つの小円が囲む「九曜紋」。かの魔王が好んで用いたとされる紋。

「貴方は……第一王位……」

王の指が額に触れる。意識に入り込む瘴気の渦。

――させるものか……

何事か呟く自分の口。紡ぐは【破邪】の神聖魔法呪文。
「ほう? その体(てい)の抵抗……流石は「ビショップ」よな?」
王の手指が額に潜り、そのまま頭を差し貫いた。完成間近の詠唱は途切れた。

「その青い石、貰い受ける」

左手に何かが触れた。
「案ずるな。其方の「陛下」とラファエルもじき後を追おう」

――なんと!? 陛下は生きている? ラファエルも?

暗い闇と静寂が空を満たす。凍える身体。これが……死か。
――が……最後の第一王位いの言葉。まだ望みはある。次なる「ビショップ」が必ずや――――



【ビショップ死亡】

178 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/08/02(火) 06:34:08.33 ID:xsR02T7I.net
――僧正(ビショップ)は消したぞ賢者よ

我が復活に備えし‘五要’のひとつ。ビショップに子は無い。継ぐ者を探し出すは難かろう?


名前:リュシフェール(魔王、闇色の王、赤眼の王、12枚羽根の堕天使など、数々の異名あり)
年齢: 2万歳以上
性別:どちらでもない
身長:170
体重:0
質量:50
種族:天使
職業:魔王
性格:気長、わりと遊び感覚
長所:やる時はやる
短所:支配欲が強い
特技:遺伝子操作
武器:翼
防具:翼
所持品:数種の魔法石
容姿の特徴・風貌:実体がなく、見る者によって異なる容貌・形態を取る(ビショップにはエスメラインに見えた)。
赤い眼が特徴。完全体は背に6対の翼を持つ。
簡単なキャラ解説:地上の生き物達を「平和的に」治めるため降臨した天使の一人。‘魔王’は人間側が勝手につけた通り名。

179 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/08/02(火) 06:47:52.11 ID:xsR02T7I.net
「冷たく光る蒼い石。エターナルストーン。なるほど、不思議と安らぐ。癒しの石と呼ばれし所以か……?」

一人呟く赤眼の王。
謁見の間に響きわたる王の声に反応する者は居ない。騎士達はまるで意思を持たぬ人形だ。その眼は虚空を見つめている。
しかし王は満足気に頷き、青い石を額に「容れた」。まるで青い――第三の眼のように。

「蒼き石よ。我が糧となれ」 

ゆらりと青い炎が王を包み、王の背に一対の黒い翼が生えた。
バサリと翼を動かす。
緋の絨毯が大きく波打ち、小柄なビショップの亡骸がゆらりと揺らぐ。
手にしていた錫杖が硬い石床に落ち、カラカラと乾いた音をたてて転がった。先端のルビーがキラリと光る。

――美しい石には力が宿る。この赤い石も糧となろうか?
そう思い錫杖を拾った王の腕を、落雷の衝撃が襲った。
錫杖を手放したその手から、うっすらと立ち上る黒煙。

「ふふふふ……」
含む笑いは、次第にさも可笑しいと言った甲高い笑いとなった。
数度、その翼で空を薙いだ王がフワリと舞い、檀上の玉座に降り立った。

「羊の如く従順。かと思えば、密かに知識と力を蓄え……我が滅びを画策する儚くも逞しい人間ども」

「嘆け! そして喜ぶがいい! 我が君臨せし……残酷かつ平和なる世の再来を!!」

180 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/02(火) 17:26:19.00 ID:xsR02T7I.net
「ルーク」
しばらく黙って俺を見ていた父さんが、俺の肩にそっと手を置いた。
「……女は他にも沢山いるぞ?」
――なんか父さんが言うと、在り来たりの言葉が違う意味に聞こえるんだけど。

「女ってば『押し』に弱いのよ? 取っちゃえばいいじゃん!」
――姐さんも人ごとだと思って。なにその無責任な発言。押しまくってたルカインを蹴った人が言う?

でも俺は気づいてしまった。
二人とも俺より長く生きてる。実らない恋だってたくさんあったと思う。
そんな人たちが、たぶんすごく考えて……俺のために言葉を選んでくれて……要は言葉そのものの意味じゃなく……
……
……どうしたんだろ俺。なんだか……胸が張り裂けそうだ。

「泣くなルーク」
――んなこと言われても……これ、止まんないんだからしょうがない。
「今夜は一緒に眠ってやる」
ぎゅっと俺を抱きしめた父さんの言葉に、つい噴き出した。
「ガキじゃねぇし。父さんが『眠らない』ってのも知ってるし。つか俺、こんなだよ? 何もしない自信ある?」
大きめのメロンかな? ってくらいのでかい胸が二つ、抱擁の威力にも負けずにその張りを保っていた。胸筋鍛えてますね〜
「莫迦言うな。お前と知っててその気になるか」
なんて言ってるけど、その耳の動きでバレバレだから! いまちょっと腰引いたでしょ!

「うーん……傍から見れば絵になるんだけどな〜」
姐さんが俺達見てニコニコしてる。
「勿体ない話よね。早く元に戻って……こ〜んな綺麗な人のお相手してみたいわあ……」
――姐さん姐さん! 父さんの前で男好きをアピールしないでっ! 襲われたいの!?



「その話。混ぜてもらっても構わないか?」

いきなり背後からした聞き覚えのある声に、俺と姐さんが飛び上がった。
苔の絨毯からニョッキリ突き出た岩の上に腰かける黒髪の男。服も、腰や背中に差した剣も、別れたあの時のまんまだ。

「ライアン!!」
「いつからそこに!?」
ストンと身軽に着地したライアンが真面目くさった顔で一言。
「……失恋したかも、のあたりから」

――ライアン、あんたって人は……

「遅いご到着ですね? 皇子殿?」
父さんが厳しい顔をしてライアンに向き直った。足早に彼に近づいて……――え? なに? 
――まさか父さん!? 怒ってる!? 俺をこんなにされたから!?
「父さん! 待っ・」

でも俺の予想はあっさり裏切られた。
「久しいなヴェル」
「お懐かしい。最後にお会いしたのは10年前でしたか」
二人は固く手を握り合うと、しっかりと抱き合った。
……ヴェル? 
実は父さんの本当の名前はヴェルハルレン。「ヴェル」なんて愛称で呼ぶのは……ごくごく近しい人だけ。
母さんと……あと確かルーンの皇帝もそう呼んでたって聞いたことがある。

――ふーん。……なんだか……気に入らない。

181 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/02(火) 17:30:08.97 ID:xsR02T7I.net
「随分と逞しくおなりだ」
「あなたは何故か……老けたようだ」

……ずいぶん嬉しそうだね、父さん。

「良くここに来れたな」
「皇子こそ。あの時の約束を覚えておいでとは……」
――なんだよなんだよ。俺に黙って打ち合わせとかしてたの? つかあんたら。いつまで手ぇ握ってんの?

つい二人の仲に水を差したくなった俺は、さり気に二人の間に割って入った。

「父さん。『あの時の約束』って何さ」
「ん? ああ……」
父さんが、初めて俺に気づいたって顔でこっちを見た。
「20年も前になるか。もし何かあったら……ここで落ち合おうと約束した事があってな」
「何かって……なに?」
「具体的に決めたわけじゃない。不測の事態に備えただけだ」

――へえー。じゃああんた達、阿吽の呼吸? 暗黙の了解でここに来たってこと?

「相変わらず考えてる事が顔に出るな」
ライアンが俺の肩に手を置いた。カチンと来た俺はそれを乱暴にはね退ける。
片方の眉をピクっと撥ねあげて、ため息をつくライアン。
「まだまだガキだな。私に言わせれば……ヴェルの事を『父』と呼べるお前の方がよほど羨ましい」

――そう言えばライアン言ってたね。要塞の門前に居た俺達親子を見て、嫉妬から思わず攻撃しちゃったって。

「……ごめん」
「そんな所も相変わらずだ。とりあえず……すまん。お前をこんなにしてしまって」

――そうだった!

「早く戻してよライアン!」
「んもう! 待ちくたびれたわよ!」
姐さんと俺とに詰め寄られ、流石にライアンがたじろぐ様子を見せた。
「まあ待て。せっかく女になったんだ。勿体ないと思わないか?」
「は?」
ライアンがニヤリと笑って人差し指を立ててみせる。
「戻す前に一発やらせろ。これを機に童貞捨てるのも悪く・」


同時に決まった俺達二人の顔面蹴りがライアンを永久に黙らせた。

182 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/02(火) 17:32:59.38 ID:xsR02T7I.net
「やったー!! やっぱ自分の体が一番いいね!」
「あはははっ! 魔法も使えるし、最高!!!」

病気になって初めて健康のありがたみを知る……って誰かが言ってたけど、ほんと、そうだね!!
――へっ……くしょん!!!

「……ルーク君、風邪ひいた?」
「……じゃないと思う。俺、半身裸って慣れてなくて……っくしゅん!!」
夏なのに夜風さむっ!! この森の木のせいかなあ……

「おそらくは……地を覆いだした瘴気のせいだ」
父さんの言葉にライアンが頷いた。
「奴の復活には私も気付いた。おそらく王都は……魔王の支配下だろう」
「魔王? さっき幽閉されてたとか言ってた……『赤眼の王女』と関係ある?」
ライアンがくるりと振り向いて俺を見た。その顔にくっきり残る俺と姐さんの靴跡。
「そう。その王女は魔王の化身だったって訳だ。女王が解除した結界の……一瞬の隙をついて復活した」 

「……そうなんだ」
「驚かないのか」
「え? だって、驚いたからって魔王倒せるわけじゃないしっ……くしゅん!!!」
ズズっと鼻をすする俺の肩に、父さんがマントを脱いでかけてくれた。うーん。ちょっと…似合わないかも。

ライアンと父さんがゆっくりと顔を見合わせた。
「やはり……倒さねばならない……か」
「うむ。我等の明るい未来のためにも」
しばらくブツブツ呟いてた二人が、がしっと俺の肩を捕まえた。――え? なになに? どうしたの?

「ルーク! お前が魔王を倒せ!!」
「安心しろ! 私も協力してやる!」
「え?」
「ええーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」


俺の声、もしかしてあのグリフォンの咆哮よりでかかったかも。

183 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/04(木) 13:29:18.99 ID:qH+xYZ3Z.net
大きな声に驚いたんだろう。木にとまってた鳥が一斉に木から飛び立った。
ざわりと揺れる木々。落ちた木の葉がヒラヒラと舞い踊る。

「……なんで……俺?」
父さんとライアンが黙って俺を見ている。少し離れたとこからベリル姐さんが様子を覗っている。
「世の中にはさ、俺なんかより強くて凄い人、いっぱいいるじゃん。ライアンとか、それこそ、ルカインなんか・」
「ルーク。落ち着いて聞いてくれ」
「……うん」
「お前は『勇者』なのだ」
「……は?」

あははは……

気付いたら笑ってた。
そりゃまあ……父さんには一通り教わったよ? 魔法も、弓も、生き残るための方法も。でも実戦のジも知らない俺だよ?
なに? 勇者? 俺が? 初めての冒険が……勇者になって魔王退治?
「ライアンもそう思ってる?」
「……」
「俺、勇者ってガラ? いいよ。ズバっと言ってくれていいから」
ライアンが困ったように眼を閉じて……見開いた。
「剣は二流。ともすれば三流。魔法はそれなりだが特筆すべき点なし。ついでに言えば危なげでそそっかしい」

……前より評価下がってるのは置いといて……そうだよ。それが俺だよ。

「じゃあどうしてライアンまで俺にそんなの求めんだよ」
ライアンは……何も言わずに唇を噛みしめている。どうしたの? やたら深刻な顔して……なんなの? 本気?
「なんでライアンじゃダメなの!? 責任取りたくないとか!? またいざとなったら逃げるため!?」

いきなり父さんに平手打ちを食らった。
「皇子に謝れ」
「なんだよ! 間違った事言ったかよ!」
言い返した俺を、父さんは返す手で何度も打った。でも痛いとは思わなかった。
「……言う事聞かなきゃ力ずくってわけ? 俺、そこまでガキじゃねえ!!!!!」
「ルーク!! 聞け!!!」
「痛って!! 離せって!!」
「勇者には『勇者の資質』という物があるのだ! 強けりゃいいというものではない! さらに言えば、誰かが勝手に決める物でもない!」
「……え?」

父さんが腕の力を緩めた。その手が少し震えている。俺はそっと父さんの手を離した。
「……どういうこと?」
「お前は2千年前、魔王を封印したアウストラ・ヴィレン・デュセリウムの血を継ぐ者。正統なる勇者の継承者だ」
「……うそでしょ?」
「本当だ」
「……冗談だよね?」
「これが冗談を言ってる顔に見えるか」
「いや……父さんって、いつも真顔で冗談言うから……」

突然鳴き出したフクロウの声に、父さんの耳がピクリと反応した。
いつのまにか、月が西に傾いていた。戻ってきた鳥の羽音と、鹿の鳴き声とが木霊する。
なにかを懐かしむかのように眼を上に向け、父さんが口を開いた。
「真の勇者は……本能的にそれが‘魔王’であると見抜き、排除する。たとえそれが……親切で優し気な好青年であったとしても」
「何の事? 誰のこと言ってるの?」
「イルマだ。彼女は要塞にいたグレイヴという名の青年を、おそらくは自分でも訳も解らず攻撃した」

184 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/04(木) 17:28:36.33 ID:qH+xYZ3Z.net
「おそらくはグレイヴも魔王の化身。端で見ていた時は訳は解らなかったが、いま思えば納得だ」
「待って。イルマが……勇者?」
「そうだ」
「いつ解ったの? 彼女が勇者だって」
「アルカナンの文献から確信を得たことだ。しかし……そうか。私が彼女に惹かれたのも……そういう事なの……か……?」
ちょ・父さん。いきなりそこ一人で悩む……? ……ん? ……んんー? 待ってよ! つまり……

「父さん!」
しゃがみこんで頬づえをついていた父さんが、ビクッと身体を震わせて俺を見た。
「あのさ、彼女も勇者の血統ってことは……俺とイルマ、血ぃ繋がってるってこと!?」
「イルマは母さん――マキアーチャの妹だ。言ってなかったか」
「……い……妹……?」

俺は苔の絨毯に腰をおろして、そのまま大の字になった。
「ルーク……?」
「ちっきしょおおおおーーーー!!!」

またもや鳥が慌てて飛び立つ音。ライアンと姐さんが目をパチクリしてる。
「あーあ!!!! 初めっから叶わぬ恋だったんじゃーん!!!!」
父さんが哀しげな眼をして……フッと笑った。
「ルーク。初恋など実らぬ方がいいのだ」

……父さん。なにか良くない思い出でも?
俺は口を開きかけて……ふと……音に気付いた。父さんも耳をそばだてている。――なんだろう。敵?

――足音だ。
姐さんもその気配に気付いたのか、その方角を向いて立ちあがった。ライアンが腰の剣を抜く。

足音……と言っても人間のじゃない。キュッキュッっという……柔らかい苔と土を踏みしめる音。
初めは小さい点にしか見えなかったそれが、次第にはっきりした形を取りはじめた。
足の関節が鳴る音と、筋肉がブルッと震える音。カチャカチャ銜身(はみ)を噛む音。馬だ。4頭いる。
その背に跨っているのは――長く淡い色の髪をなびかせた……

「エルフ?」
姐さんの声に父さんが頷く。良かった。エルフなら……敵じゃないよね? 父さんの故郷って事は、知り合いだったり?
ライアンも、抜いた剣を注意深く鞘に戻している。

俺達から数ヤード離れたところで、馬の主達は足を止めた。
先頭に立つのは輝く美しい銀の髪をしたエルフ。綺麗な顔してるけど……眉太めだし……男……かな?
そのエルフが、しなやかな動作で馬から降りた。
まるで体重を感じさせない……地面に降りる時も足音がまるでない……ほんと……森の妖精。
他のエルフ達は降りない。冷たい眼で俺達を見下ろしている。なんか……威圧感……ハンパないんですけど……

父さんが一歩進み出た。うやうやしげに右手を胸に当て、深く一礼する。
「ご無沙汰しております。長老」

185 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/04(木) 17:34:27.12 ID:qH+xYZ3Z.net
「長老」と呼ばれたエルフは、感情の無い眼でしばらく俺とライアンと姐さんを順繰りに眺めてた。
なんだか……全部見透かされてるような……変な気分。
最後に鋭い目つきで父さんを睨みつけ……

「よくも……よくも災いの種を撒いてくれたな! ヴェルハルレン!」

仰天したのなんのって!
でも一番驚いたのはたぶん父さんだ。フラリとその場に座り込んだ父さんが、両手を地面について頭を下げた。
「もはやご存じとは!! まこと……申し開きの言葉も御座いません!!」
言いながら額を地面にこすりつけ始めた。

これ、俺的にすごいショック。
ついさっき父親面して俺の事引っぱたいてた父さんが平身低頭って……その……ギャップが……
でもこれがきっと……エルフの社会なんだ。「長老」を頂点にした完全な縦社会。
今回の魔王の復活、父さんだけのせいじゃない。むしろ俺のせい。
そう思ったら、俺も父さんの隣で土下座してた。

「すんません! 俺が悪いんです!! 俺が父さ・父の忠告無視して要塞を出なかったらこんな事には……!!」
そしたらライアンまでが……

「私もお詫び申し上げる。ルークを無駄に引っ張り回さねば、このような事態にはならなかった筈ゆえ」
「あの……何だか良くわかんないけど……ごめんなさい」

――あのーー、ライアンと姐さんは謝る必要なくない? 長老の部下でも何でもないんだし。つか姐さんマジ関係ない。



誰かが噴き出す音。続いてクックッと笑いだしたのは……長老!?
「はっはっは!! すまんすまん! つい驚かしたくなってな!!」

――え? ……あの……もしかして……怒ってない?

「さあさあ立ってくれヴェルも、他の客人も! いやいや、ついこ奴に対する昔の恨みが……」

――父さん。昔昔に何やってくれちゃったんですか!
でも良かった。罰としてマッパ逆さ吊り町内一周(殺されるよりイヤ!)とかやられたらどうしようかと思った。
見ると、他のエルフ達もニコニコしてる。ライアンと姐さんはジトーっとした眼でエルフ達を見てるけど、愛嬌愛嬌!
そう思ってホッとしたら、かなりの音量で腹の虫が鳴った。ずっと起きてたからなあ……

「これは気が利かなんだ! 積もる話は後にして、まずは腹ごしらえと致そう!」
「君達、私達の馬にお乗りなさい!」
「若い君は私の後ろにどうぞ!」

やたらテンションの高い長老とエルフ達の手で、彼等の馬に相乗りさせられた俺達。
馬が……ちょっと迷惑そうに歩きだした。

186 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/04(木) 17:35:39.93 ID:qH+xYZ3Z.net
名前:ミアプラキドス(Miaplacidus)
年齢: 2,120(外見は18歳前後)
性別: 男
身長: 181
体重: 70
種族:エルフ
職業:司教
性格:責任感が強く自尊心が高いが、実はかなり気さく
長所:物知り
短所:使える術は遠視と一部の水魔法のみであり、攻撃系の呪文はまったく持たない
特技:観想術
武器:なし
防具:なし
所持品:手の平サイズの7つの水晶球
容姿の特徴・風貌:長く伸ばしたプラチナブロンドにエメラルドの瞳、枝葉の冠、草色の上着に長衣、白い肩掛け式マント。
簡単なキャラ解説:エルフ族の長老であり、エルフ評議会の会長。魔族が支配していた大陸の暗黒時代を知る人物の一人。
            大陸東方に位置する山脈(エレド・ブラウ)に城塞都市を作り、中央に建造されたエルフの神殿に住む。
            大陸全土の監視役。7つの水晶球を介し、常に各国へ連絡・警告を発信している。

187 : ◆khcIo66jeE :2016/08/04(木) 17:57:43.68 ID:kAF4b02O.net
流れぶった切りですみません。
魔王側で参戦希望ですが、いかがでしょうか?

188 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/04(木) 18:21:24.14 ID:qH+xYZ3Z.net
歓迎します!
とりあえずプロフと導入をお願いします!

189 : ◆khcIo66jeE :2016/08/04(木) 19:22:06.48 ID:kAF4b02O.net
ありがとうございます。
では、よろしくお願いします。

190 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/04(木) 19:22:52.51 ID:kAF4b02O.net
名前:フェリリル・ガルルグルン
年齢: 外見17歳
性別: 女
身長: 167cm
体重: 56kg
スリーサイズ:84-63-89
種族:魔族(魔狼属)
職業:魔将軍(黒狼戦姫)
性格:誇り高く、正々堂々とした戦いを好む。猪突猛進型
長所:身内には優しい
短所:猜疑心が強い、受けた屈辱は忘れない
特技:獣(猪など)の高速解体、馬鹿力
武器:右手の鉈『ロムルス』と左手の短槍『レムス』
防具:魔狼の毛皮、部分鎧
所持品:八大魔将のひとりを示す魔紋のメダイ
容姿の特徴・風貌:
ややつり目がちな翠色の双眸、幼さの抜けきっていない顔立ち、八重歯
腰まである銀色の長い髪、ふさふさの大きな尻尾、しなやかな体躯(胸は控えめ)
兜代わりの黒い魔狼の頭部と毛皮、棘のついた禍々しい肩当てと腰鎧、チューブトップ
ローレグ気味のショーツ、サイハイソックス、ショートブーツ

簡単なキャラ解説:
かつて魔王が率いた八大軍団のひとつ『魔狼兵団』の軍団長にして族長の娘。
老齢で第一線を退いた父の代理として、魔王の矛となるべく参戦した。
2000年前の戦いで立てた父の手柄話を子守唄に聞いて育ち、自らも父のような英雄になるべく初陣に挑む。

191 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/04(木) 19:27:28.06 ID:kAF4b02O.net
王都アルカナン、王城内にある謁見の間。
そこに至る通廊を、異形の軍団が我が物顔で闊歩する。
それは、通常この王城内を警備している騎士や兵士たちではない。まして、侍女や文官たちでもない。
――そもそも、ヒトではない。
狼。それも、牛ほどもあろうかという巨大な体躯をした狼の群れだ。
中には人間のようなシルエットの者もいるが、それもやはり狼――狼頭人身の魔物、いわゆる人狼である。
二百頭ばかりもいようかという狼たち。むろん、これらは単なる狼ではない。
毛皮に地獄の瘴気を纏い、鋭く生え揃った牙は終末の訪れと共に世界を噛み砕くと言われる、魔狼の群れであった。

そして、その魔狼たちの最前列に在って獣たちを率いる、ひとりの少女。
少女は長い銀髪と同色の大きな尻尾を揺らしながら謁見の間の前までやってくると、扉の前に狼たちを控えさせた。
人狼のひとりにここで待つよう命じると、一瞬だけ緊張した面持ちをして、謁見の間へと入る。

「――魔王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

少女は堂々たる足取りで謁見の間の絨毯を踏みしめると、魔王の座す玉座のやや前方で恭しく跪いた。

「拝顔の栄に浴せしこと、光栄の極みに存じます。我が名は黒狼戦姫フェリリル――かつて陛下の幕下に属しておりました、覇狼将軍リガトスの娘にてございます」
「此度の陛下御復活は我ら魔族2000年の悲願、まことに祝着至極。つきましては陛下の御為、陛下の矛となり盾とならんが為、罷り越しましたる次第」
「本来であれば、リガトスが拝謁賜らねばならぬところ……、リガトスは老齢にて、かつてのような槍働きは困難でございますれば――」
「不肖このフェリリルが、リガトスの代行として馳せ参じましたる次第にございます。父に勝る働きをお約束致しますゆえ、何卒、わたくしめに地上侵攻の一番槍をお命じ下さいますよう――」

そう言って、首から提げていた鎖を外し、両手で魔王へと捧げる。
鎖についているのは、九曜を象ったメダイ。魔王を中心として八つの軍団をそれぞれ統べる、軍団長の証。
かつて魔王に従った、覇狼将軍の正式な代理であるということの証左。




――遥か昔。この大陸は魔族が支配していた。
オーク、ゴブリン、トロール、魔狼、それら「闇の種族」を従える魔族の王は、12枚の黒き翼を持つ赤眼の魔王。
人間やドワーフ、魔法種族のエルフすら、その威力に屈し、日々労働し、時に挺身を余儀なくされた――

子供の頃、誰もが聞いた御伽噺。
作り物だとぱかり思われていたそれは、何もかもが真実。
そして――

それを証明するべく、今。
御伽噺のひとつが、動き始めた。

192 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/08/06(土) 07:09:54.06 ID:J90sRQN2.net
――――クワァ! クワッ……

何処から入ってきたのか。
漆黒の羽根をバタつかせる鴉が一羽、玉座の手もたれにて遊ばせていた手指にとまった。
我が指を掴むその足先に温みはない。……各地より情報をもたらす闇鴉(やみがらす)。
絨毯脇に控える騎士達の眼がその姿を捉え、わずかに視線を向ける。

――クルルル……
小さなルビーの眼がキョロリと動き、甘え声を出す嘴の隙間から赤い舌がチロリと覗く。
鳥が眼と口にて訴えるは……
「……あ奴が……? 我が瘴気とこの意を汲むとは……しかし久方ぶりよ」
鴉を再び空へと放つ。ハラリと舞う闇色の羽根。
ネズミ一匹入る隙なき謁見の間をしばらく飛びまわり、闇の使い魔は何処かへと姿を消した。

≪――早速に馳せるは其元か。……嬉しいぞ……! ≫

扉向こうに足を止める者に念を投ずる。同時に開く謁見の扉。

>――魔王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう

臆せずこちらへと歩を進めるは……まだ年若い異形の娘。
遥か昔、共に闘い倒れた筈の盟友リガトス。娘の眼は彼奴の眼に生き写し、瘴気も等しく。
その口上も、礼を尊ぶ彼奴そのもの。
娘が掲げし九曜のメダイも、我が与えしものに相違ない。疑うべくもない、が――その‘力’や如何に?

「娘よ。リガトスが雄姿、今一度見たく思うが……もはや叶わぬと見える」

玉座より腰を上げ、畳む翼を左右に広げた。
色彩豊かな謁見の間がまたたく間に闇に呑まれ……天井に赤く光るは巨大な九曜紋。
娘のメダイが呼応し唸り、赤い光を放つ。
「其元が父から聞いていよう?――五要(ごよう)のひとつ、『勇者』」
「『賢者』が作りし『勇者』は他の三つの要(かなめ)を容易く揃え、再び我を封印せんと動くであろう」
「覇狼将軍フェリリルよ。即刻にアルカヌス闘技場へと向かえ。忌々しき『勇者』の血を絶やすが良い」


――まずは……勇者の芽を摘むが先決。
家畜どもは我等に取っての貴重なる糧。糧に……先導は要らぬ。

193 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/06(土) 07:10:46.75 ID:J90sRQN2.net
薄暗い森の道を、けたたましく鳴く鳥や獣が横切っては逃げていく。
ギラっと光る彼等の眼。振り向くエルフ達の眼も同じように光ってる。
そういや俺も、クレイトンおじさんに「気味悪い」って言われたこと、あったっけ。

けっこう歩いたと思う。
東の空から差す赤い陽が森の木を赤く染める頃、ようやく大きな門にたどり着いた。
門と言っても王都の城門みたいな門じゃない。
木の枝がいくつも曲がりくねって、自然に門の形になっちゃったような……それでいて綺麗な模様になってる……そんな門。
パット見、言われなきゃ気付かない扉だ。門兵はいない。

「友よ! 我等を受け入れ給え!」

長老がエルフ語で叫んだ。軋む音をたてて開く門。門の向こうは……うわあ…………


朝日が差し込んだその街は、俺達の言う街とは違ってた。まず「地面」がない。
太い幹の所々に、白い漆喰で固められた壁が大きな襞(ひだ)を作っている。
屋根付きの休憩所みたいな場所が木のあちこちにあって、エルフ達が笑いながら談笑しているのが見える。
エルフは眠らない。
きっと一晩中……会話を楽しんだり星を眺めて過ごすんだろうな。

ライアンと姐さんが、たぶん欠伸をこらえてるんだろう。口に手を当てて涙目になってる。
ふあ……俺も……ちょっと眠いかな。
父さんは眼を輝かせて……ほんと懐かしそうに木や家を見上げては感嘆の声を漏らしていた。

長老が馬から降りたんで、俺達もそれにならった。エルフ達が駆け寄ってきて、馬をどこかに連れてった。
俺達が歩いてるのは天然の木の幹が連なって出来た……道路と呼ぶにはあまりにも立体的で危なっかしい道。
歩くというより、飛び移るようにして移動しなきゃなんない。
こんな道通ったことない俺は、あっちこっち珍しい建物に気を取られてはバランス崩して……おっと!!
夜露で濡れた枝で足が滑る。危うく下に落ちそうになった俺の腕を父さんが掴んだ。
「ルーク、ちゃんと下も見て歩け」
……そんな事言われたの10年ぶりかなあ。
ライアンと姐さんはわりかし上手く歩いてる。エルフ達なんかヒョイヒョイっと……言っちゃなんだけど猿みたい。
ふと長老が立ち止ってこっちを睨んだ。
まさか……まさか今俺が「猿」って思ったの……聞こえた!? うそ!!

「ルーク。あまり大声で考えるな。長老はお心の広い方だが……エルフを汚す言葉だけは……」
父さんが親指で喉下を横に切る動作をした。
――やっぱそうなんだ……。こわっ! ――いやあのっ! 俺お猿さん大好きなんですけどっ! 仕草とか可愛いし!
長老がまたまた振り向いて……今度はニコリと笑った。……つ……疲れる……。


「そこの人間」

――え? それってまさか……俺のこと?

194 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/06(土) 07:11:35.66 ID:J90sRQN2.net
声のした方を見上げると、高い木の幹にエルフが一人腰をかけていた。
緑を基調にしたピッタリとした衣服が、エルフらしい体型を際立たせている。
そういや俺、こんな近くでエルフの女の人見たことない。俺に向かって何か丸いものを放って寄越す。
赤い、見たことない木の実だ。――なに? これ食えって?
エルフが眼を細めて頷いたんで、一口齧ってみる。

――酸っぱ!!!

眼をつむって……いやいや、もうやっとの思いで飲み込んだ。
溢れる唾を飲み込んで……あ、でもこれ、後味がいい。眼が覚めて……しかも身体が軽くなったみたい!

そんな俺をじっと見ていた彼女。ストンと俺のまん前に飛び降りた。
「その実を初めて口にして吐き出さないなんて、やるね、あんた達」
彼女の悪戯な目がニッと笑う。俺と同じ青い眼だ。黄金の髪が風になびいて……天使がホントに居たらこんなかなあ……
「ベラトリクス!」
長老の呼ぶ声に彼女が身を翻す。枝葉の間を飛び移って行ってしまった彼女の姿を、しばらく追う。
――あたっ!
「なんだ。惚れたか彼女に」
「ライアン! 脇腹いきなり突っつくの止めない?」

見るとライアンも同じ実を頬張っていた。向こうの枝に腰かけた姐さんが、男のエルフと話しこんでいるのが見える。
別に広場でも何でもない、太い枝ばかりが張った大きな茂み。あちこちにエルフが腰かけて、珍しそうに俺達を見てる。
もしかしてここ、エルフの宴会場……みたいな場所なんだろうか。
下は……真っ暗で光が届かない……うん。見ないでおく。

真ん中あたりに長老が座ってる。隣に父さん。とさっきの……ベラトリクスって呼ばれてた女の子。
長老が父さんの肩に腕をまわして、囁いたり頬に何度もキスしたり……やたら親しげってか……出来てんじゃねえの? って感じ。
と思えばベラトリクスともベタベタして……。父さんが節操ないの解ってたけど、ちょっとやり過ぎじゃね?

「小僧。お前いくつだ? 名前は? 」
いきなり声を掛けてきたのはライアンより背の高い男のエルフ。
高圧的な物言いだけど、ライアンで慣れてる俺はそんなに悪い感じはしなかった。
「ルーク。17」
「フォーマルハウト。221」
わざとぶっきら棒に答えた俺に、おんなじように返す彼。――ああ、エルフって……こういう人達なんだ。
「お前、純血じゃないな。くせ毛だし、色も濃い」
彼が手を伸ばして俺の髪に触れ……そのまま肩に手を回して、頬に唇をくっつけた。
びっくりして身体を離した。見ると、ライアンも別のエルフと同じようにキスを交わしてる。
いやいや、こんな挨拶は人間同士でも普通だよ。やった事あるよ。
でもさ、こんな……父さんより綺麗な人達と良く平気で出来るよね。流石は……ライアン。

そんなどうでもいいような事で感心していた俺。
剣闘士村に居るはずのシオやリリス達の事をすっかり忘れてた。
王都は魔王の支配下。
祖父ちゃんもルカインも、俺と同じ勇者の血を持っていて、そのせいで命を狙われるかも知れないってことも――


「ルーク! こっちへ!」――父さん? なに?

195 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/08/06(土) 07:12:51.73 ID:J90sRQN2.net
懐かしい。ここを出た30年前のあの時と少しも変わっていない。
門の近くに作られた大きな馬屋も、星のように散りばめられた美しい東屋も。
ルークの奴め。慣れぬ道に苦戦しているな? じき慣れる。我らが誇るエルフの神殿まで……しばし。

神殿の遥か上空の一角で長老が足を止める。すでに大勢のエルフ達が我等の到着を待っていた。
古に禁断の実と呼ばれた事もある、赤い実をもぎ取る。小ぶりで硬く、滑らかな手触り。味覚を刺激する鮮烈な酸味。

「ヴェル。あれがお前の息子か」
「ルークと名付けました。未熟なれど、真っ直ぐな心根にて」
「なによりだ。『勇者』の資質。まさか我が孫に過酷なる荷を背負わせることになろうとは……」
澄んだエメラルドの眼に浮かぶ苦渋。
「……その額の印。不老不死のその身に限りある寿命をもたらそう。その覚悟は?」
「我が父、ミアプラキドス。これも天が使命。我が命を散らすも本望と」


鳥の囀りにも似たエルフ達のささやき声。
エルフ流の挨拶に驚いているのか、しどろもどろな息子。あれに伝えたくは無かった。お前が勇者だなどと。

「父よ。この下の神殿は、魔王を封印せし五要の結界のひとつ、と聞き及びました」
優美な眉と耳が物憂げに震える。
「それを何処で?」
「アルカナンの蔵書にて。ベスマを中心とし、各地に建造された封印の石を納めし場だと」
「左様。今現在は聖アルカヌス、ルーン帝国王城、ナバウル王城、ドワーフの神殿がその場となっておる」
「ならば……ルークとその連れにも知らせましょう。今宵の月がそれら結界の場を繋ぐ鍵となることも」



「ルーク! こっちへ!」

その天真なる顔が曇らねば良いのだが……

196 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/06(土) 12:39:09.30 ID:ksEb74yw.net
2000年前の戦いにおいて、魔王は八つの軍団から成る闇の軍勢を率いていた。
八つの軍団の頂点には、八人の軍団長。いずれも一騎当千の魔将軍ぞろいである。
しかし、地上を完全に掌握していた闇の軍勢は勇者によって首魁である魔王が討たれると同時に瓦解。
組織としての形を維持できなくなり、散り散りになった。

しかし、闇の軍勢は滅び去った訳ではなかった。
ある軍団は峻険な山脈の頂へ。ある軍団は広大な地下迷宮の奥へ。ある軍団は海底へ――
それぞれ落ちのびては雌伏の時を過ごし、いずれ訪れるであろう魔王復活のために牙を研いでいたのである。
魔狼兵団も例外でなく、人里から遠く離れた森に縄張を築き、そこで長い時を過ごしていた。
そして。今やっと、2000年前の復讐を果たすべき時期が到来したのだ。

「老いさらばえた姿を陛下にお見せするのは忍びない、と父は申しておりました」
「また、自分はかつての戦いにて陛下をお護りできなかった不忠者。合わせる顔などない、とも」
「よって――わたくしめが代理を。父の成し得なかったことは、このフェリリルが見事。成し遂げてご覧に入れましょう」

フェリリルは深々と頭を下げた。

>「覇狼将軍フェリリルよ。即刻にアルカヌス闘技場へと向かえ。忌々しき『勇者』の血を絶やすが良い」

魔王の命令に、ぞくり、と肌が粟立つ。
恐怖ではない。それは――歓喜。
黒狼戦姫フェリリルではなく、覇狼将軍フェリリル。その呼び名は、魔王が自分を正式に父の後継と見做したことの証。
その栄誉に対する歓喜の震えだった。

「有難き幸せ。覇狼将軍フェリリル、速やかに御意に沿いまする。――されば我が王、御前を辞すことをお許し下さい」

すくと立ち上がると、凛然たる様子で踵を返す。王の前を辞すと、フェリリルは謁見の間を出た。
と、魔狼たちを控えさせていた回廊で、何者かと行き会う。
それもまた、人間ではない。ひとりは、闇の中から浮かび上がってきたかのような漆黒の魔導師。
ひとり――いや一匹というべきだろうか?銀灰色の毛並みをした、3メートルほどの堂々たる体躯のオーク。
そして、角度によっては深紫色のようにも見える、禍々しい意匠の黒甲冑を纏った騎士。
フェリリルはその姿を視界に収めると、口角を僅かに歪めて笑った。

「無影将軍、百鬼将軍、皇竜将軍か……。遅かったな?残念だが卿らの出番はないぞ」
「この覇狼将軍が、陛下に一番槍を仰せつかったのでな……。わたしが武勲を立てるのを、指でも銜えて見ているがいい」

嘲りの眼差しで三人を一瞥すると、フェリリルは身の内から湧き出る興奮を抑えきれない様子で城を出た。

197 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/06(土) 12:49:47.52 ID:ksEb74yw.net
フェリリルは一軍を率いると、命令通り王城近くの聖アルカナン闘技場へと向かった。
現在引き連れている魔狼は200程だが、魔狼兵団の本拠地である南西部の迷いの森には、さらに多くの魔狼が棲息している。
あくまで、今回連れてきたのは軍団の一部に過ぎない。――が、闘技場を制圧するには充分であろう。
完全に成熟した魔狼の個体は野生下においては虎さえも喰い殺し、並の冒険者など一蹴する強さを有している。
中級以上の冒険者がパーティーを組み、総力を結集してやっと倒せるか否か、といったところであろうか。
人間レベルでは、いくら腕の立つ者であろうと独力で抗うのは不可能に近い。

「ここが聖アルカヌス闘技場か……。強い力を感じるな。人間どもにしては、だが」

引き締まった細い腰に左手を添え、フェリリルは闘技場を見上げた。
だが、今はこちらのコロッセオに用はない。用があるのは、闘技場の近くにある円形の街――
剣闘士村。

剣闘士村の大きな門の前にやってくると、二人の門兵がすぐに誰何してきた。が、答える義理などはない。
フェリリルが軽く顎をしゃくると同時、二頭の巨大な魔狼が門兵へと襲い掛かる。
門兵の悲鳴を背後に聞きながら、フェリリルは悠々と剣闘士村の門をくぐった。
フェリリルに倣い、魔狼たちも門をくぐって村内へと入る。

「行きはよいよい、帰りはこわい……か。なんとも我々に都合のいい仕組みだな、これで――」
「ここからは誰も出られない。この村は今この瞬間から、我々の手に落ちたわけだ」

にい……と八重歯を覗かせ、凶暴な笑みを浮かべながら、フェリリルは呟いた。

「――往け。適当に暴れてこい」

魔狼のうち、十頭ほどに指示を与える。即座に咆哮をあげ、魔狼たちが街の中に放たれた。
それまでいつも通りの日常を謳歌していた街の中が、瞬く間に阿鼻と叫喚の坩堝と化す。
魔物とは無縁の剣闘士村の中に、突然虎より巨大な狼が十頭も現れ、手当たり次第に暴れ始めたのだから無理もない。

男たちの怒声。女どもの悲鳴。子供の鳴き声。
それらを聞きながら、フェリリルは腕組みする。と同時に配下の人狼たちに村内の人間たちを広場へ集めるよう命じる。

「刃向かう者は殺していい。だが無抵抗の者、老人、女子供はなるべく傷つけるな」
「我らは知恵なき禽獣にあらず。魔王麾下の八大軍団が一翼、誇り高き魔狼兵団なのだから」

これが百鬼将軍の統べるゴブリン、オーク、オーガ等亜人の軍団であったなら、無差別の殺戮劇が繰り広げられていたことだろう。
だが、覇狼将軍はそれをよしとしない。ただ、魔王に命じられたことのみを完遂しようとしている。

198 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/06(土) 12:56:19.64 ID:ksEb74yw.net
「惰弱な人間ども。ただ安穏と平和を貪る、愚昧なる者どもよ――」
「我は魔王麾下にあって魔狼兵団を預かる者、覇狼将軍フェリリル!この街は我ら魔王軍が完全に制圧した!」
「無駄な抵抗はただ、自らの命を投げ捨てる愚行と知れ。我が要望に応えるならば、手荒な真似をしようとは思わぬ」

街の中央、広場の湯殿の前に立つと、フェリリルは朗々たる声音で言い放った。

「この場に、忌々しき勇者の血を引く者がいると魔王陛下が仰せだ。我と思わん者はこれへ」
「隠すと為にならぬ。なお密告もうけつけるぞ。この者は勇者の縁者だ、と心当たりのある者がいれば、わたしに言え」
「そうすれば、有益な情報を齎した者から優先的に命を助けてやる。だが、もし誰も名乗り出ぬ場合は――」
「一刻に10人のペースで、ランダムにここにいる者を殺す。どうせ街の外へは出られぬのだ、逃走は無意味と知れ」

厳然たる死刑宣告。剣闘士村の人々は慄いた。

「クク……。気に入らぬか?ならば、刃向かってもいいぞ。ここは腕に覚えのある者どもが集まる街なのであろう?」
「このわたしを倒せると。そう思う者がいるならば、前に出るがいい。相手をしてやる」
「むろん、一対一だ。配下どもに手出しはさせぬ……どうだ?この小娘を地べたに引きずり倒さんと思う者はおらぬのか?」

挑戦的な眼差しで、ぐるりと周囲をねめつける。
フェリリルは肩当てと腰鎧以外はまともな防具をつけていない。チューブトップとショーツだけで、あとは裸身が剥き出しだ。
身体つきも人間基準ではそれなりに鍛えているように見えるが、筋骨隆々というわけでもない。
むしろ、女性らしい体格と言うべきだろう。身長も筋肉量も、フェリリルを上回る剣闘士はいくらでもいる。

「どうした?剣闘士ども。力で全てを手に入れるのが、貴様らの流儀ではないのか?」
「ならば、わたしを捻じ伏せて自らの自由と正義を掴み取ってみせろ!勇者の血を引く者を守ってみるがいい!」
「出来るものならな――ハハハッ!アッハハハハハハハハッ!」

フェリリルの哄笑が、広場に響く。
魔狼兵団によって掌握された剣闘士村の中を、重苦しい沈黙が垂れ込めた。

199 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/07(日) 06:49:51.75 ID:Lv5FO4MB.net
「……子が宿っておる」
思いもかけない長老の言葉に、俺は飲んでた水を吹いた。まともに顔に受けたライアンが、ヒクヒクっと瞼を動かしている。
「ごめんライアン! だってこの人、姐さんの顔見ていきなり・」


父さんに呼ばれて長老の周りに集まった俺達。
他のエルフ抜きで……なんて言って、最下層のエルフの神殿に連れられて……
昔、魔王がどうやって封印されたかとか、五つの結界が何処で、納められてた筈の封印の石が今は無いだとか、
実はここの石も誰かに盗まれたとか延々と難しい話が続いて……ようやく水が運ばれてきて一息入れた、
そんな時の――長老の言葉。
長老もなんか……ぶしつけっていうか無遠慮っていうか……KY?
男好きを絵に描いたような姐さんがまあ……誰かの子を身ごもってたとしても俺は驚かない。
人の人生だし? 責める気だってさらさらない。
でもいきなり「お前妊娠してるぞ?」ってそりゃあんまりじゃね? 少しは遠慮ってか……

「ルーク」
ピタ! っと俺の顔に眼を止めた長老。思わず背筋が伸びる。
「はい! 何ですか長老!」
深〜いエメラルドの眼。怖いほど澄みきった眼。そんな眼をギラリと光らせた長老が近づいてきて……うわっ! 殴られる!?

ポン。

――え? 
俺の頭に軽く手を乗せた長老が愉快そうに笑う。
「お前の意見はもっともだ。だが決して私は……KYではないぞ?」
「――あははっ……やっぱ聞こえました?」
「責めてはいない。ルーク。其方に子は居まい?」
こりゃまた無遠慮な……はいはい。どうせ童貞ですよ。さすが、何でもお見通し。
「ルーク!」
「良い! ヴェル!」
俺を窘(たしな)めた父さんが、あべこべに窘められて引き下がる。

「これはとても重要なことだ。このベリルに宿るは……勇者の血ゆえ」
「なにっ!?」
「姐さん!? いつの間に!?」
俺とライアンに詰め寄られ、姐さんは「あははは」と笑った。
「良く分かんないけど、昨日の夜ルカインと……」

――姐さん、あんな事言っててホントはルカインのこと……? ……女って良く解んねぇ。

「評議長」
ライアンは長老のこと、評議長って呼ぶことにしたらしい。大陸すべてのエルフを統べる評議会の会長だから、だそうだ。
「いくらなんでも……早すぎなのでは?」
だよね。昨日の今日で、見立て早すぎ。
「父上」
父さんは父さんで、身内内ではこう呼ぶ。そう! この人! 実は俺のもう一人の祖父ちゃん!
ホンダの祖父ちゃんなら気軽にそう呼べるけど、なんて呼んだら……? おじいさま? じいちゃま? ジジ上なんて言葉ないし……
だいたいこの人。下手すりゃ俺より若く見える。
「長老で良い。ルークよ」
――そうなの?
「我が子は父と呼ぶも良いが、孫達はみなそう呼ぶ。その方が気楽だそうだ」
――確かに! 気ぃ使わないのが一番いいよ!
俺と長老が会話(?)してるのをじっと待っていた父さんだけど、口を出すのを諦めたみたい。何を言おうとしたんだろう。

「勇者の母ベリルよ。其方はこの神殿にとどまるが良い」
「え?」
「魔王とその配下が動き出した。勇者の血を絶やしてはならん」

200 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/07(日) 06:53:24.07 ID:Lv5FO4MB.net
広場での騒ぎが耳に届いたのだろう。軽く呻き、ベットから身を起こしたのはシオ・ビクタス。
ルカインが放つスタン・モードの師剣で気を失い、今の今まで昏睡状態だった彼だ。
身体がまだ思うように動かず、再びベットに倒れ込む。
「シオ!? 気がついたの!?」
ベット脇でうたた寝していたリリスが跳び起き、シオの上に屈みこんだ。
「気分はどう?」
「ここは……? みんなは……?」

泣きじゃくるリリスが事の次第を話す。――が、ひと際大きく響いた何者かの声。
窓の外に眼を向けたシオの眼が大きく見開く。それは剣士達の雄叫びではなく、まして戦勝の祝杯を上げる声でもない。

>この場に、忌々しき勇者の血を引く者がいると魔王陛下が仰せだ。我と思わん者はこれへ

若い女の……しかし獣じみた息の混じる声。「人狼」の声を何度も耳にしたシオは、すぐにその正体を知った。
「どういう事だ? 『魔王』が蘇ったとでも?」
「ま、そういう事かな」
問いに答えたのはルカインだった。暗い奥の間から姿を見せた彼は銀の軽鎧に身を包み、コンクルシオを腰に下げている。
「しばらく寝てりゃあ良かったな。抵抗さえしなきゃ殺さねってよ。なあ? 爺様」
「ああ」
ルカインの後ろに立っていたのはホンダだ。ルカインと同じ銀の鎧を纏い、右手には大振りのグラディウスを握っている。

「ホンダ殿!? ルカインも何故鎧など!?」
「聞いたろ? 勇者の血は名乗り出ろって」
「私も共に――」
立ち上がりかけたシオは口をつぐんだ。リリスがそっと腕にしがみついたからだ。
「当分ここに居な。そのうち日が差すこともあるさ」

扉を開けて出ていく二人を歯がゆい思いで見送り……ふと思い出す。
2年前のあの日――師がルカインの剣を受け深傷を負ったその時。うわ言のように呟いた言葉。
「結界」「封印の石」「師剣」
今まで気にも留めなかったこの言葉が、何故かいま意味のある言葉となって蘇った。
密かに奪われた力ある石が、姿を変え魔器として存在する。そんな言葉を耳にしたのはいつだったか。
あの師剣、まさか――

201 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/07(日) 06:56:34.42 ID:Lv5FO4MB.net
>どうした?剣闘士ども。力で全てを手に入れるのが、貴様らの流儀ではないのか?
>ならば、わたしを捻じ伏せて自らの自由と正義を掴み取ってみせろ!勇者の血を引く者を守ってみるがいい!
>出来るものならな――ハハハッ!アッハハハハハハハハッ!


勧告による重い沈黙を破ったのは、昼の対戦にて生き残ったグラディエーターだ。
「勇者を出せ……!? ふざけんな!!」
「居たって口割る奴ぁいねぇぜ! なあ!?」
手傷を負う者や憔悴の色濃い者も居るが、もとより戦う事をたつきの道とした戦士達。
一人の声に次々と賛同し、次第に誰もが声を大にして叫んでいる。
無論誰もが知っていた。勇者の血を引く者。大陸中で知らぬ者など居ない。
最前列の戦士達が剣を抜き、一斉に飛びかかろうとしたその時、何者かが人の波を掻き分け……進み出た。
この辺りでは珍しい金の髪を靡かせる青年と、禿げあがった頭に立派な黒髭を蓄えた中年の男。肩と胸、腰を覆う銀の鎧。

「ルカイン!? てめぇ……!!」
「何でさっさと逃げねぇんだ!? 勇者は俺らの希望だろうがよ!」
手首に赤い輪を嵌めた男が叫ぶ。トンっと剣を肩に置いたルカインが、両足を肩幅ほどに開いて立った。
「『勇者様』が仲間見殺しとか。ありえねぇ」
抜いた剣の鞘を横に放るルカイン。その肩を、ホンダが掴む。
「お前は将来ある身、まずわしが」
「あっ! 俺が負けるとでも思ってる?」
「……ルカイン!」
「……頼むよ爺様。あんたが死んだら誰がここで剣作んだよ?」

ぐっと肩を掴む手に力を入れ……ホンダが後ろへと下がった。
――俺が死んだら……みんなを頼むぜ。ただじゃあ……やられねぇがな。
ゆっくりと腕を伸ばし、切っ先を魔狼の娘に向ける。
「お望み通り、出て来てやったぜお嬢さん。将軍? そのなりで? 差しで勝負? ――はっ! 御大層なこった!」

不吉なる気を察知したか。師剣の刀身が金属的な唸りを上げている。
「ま、魔王の犬にしちゃあ上出来? 頭ん中の脳みそも、ゴブリンよりは御大層ってわけ? イヌだけに?」

ルカインの言葉が聞こえているのかいないのか。眉ひとつ動かさぬ魔狼の娘。
――ちっ! 挑発には乗らねぇってか。見かけ通りじゃ……無い。覇狼将軍フェリリル。その名前、覚えとくぜ。
剣の鳴りが唸りを増す。

「行くぜ……子犬ちゃん」
言うが早いか、剣先から重い衝撃派が放たれた。続き娘に迫るルカイン。当たると同時に決める気だ。

「――受けてみやがれっ! 左か! 右か! 見切った奴は誰も居ねえ!!」

202 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/07(日) 10:32:06.64 ID:I7AqIVtL.net
気色ばむ剣闘士たち。無遠慮に向けられるその敵意、怒気を微風のように受け流しながら、フェリリルが笑う。

「ほう。束になってかかってくるか?それでも構わぬぞ……手間が省ける。その方が貴様らに有利よな、配慮が足らなんだ」
「一対一とは、あくまで貴様ら剣闘士の誇りを尊重してのこと。しかし、群れで来ると言うのならそれも善し」
「とはいえ……貴様らに勝ちの目などないことには変わらぬがな」

にい、と八重歯を覗かせる。まさに一触即発といった雰囲気の中、

>「『勇者様』が仲間見殺しとか。ありえねぇ」

人波を掻き分け、金髪の青年と禿頭の中年が進み出る。
フェリリルは片目を眇めた。

>「お望み通り、出て来てやったぜお嬢さん。将軍? そのなりで? 差しで勝負? ――はっ! 御大層なこった!」
>「ま、魔王の犬にしちゃあ上出来? 頭ん中の脳みそも、ゴブリンよりは御大層ってわけ? イヌだけに?」

青年――ルカインが嘲るように言う。挑発であるのは明らかだ。
フェリリルは口許に浮かべていた笑みを消し、腕組みしたままその言葉を聞き流す。
青年から感じるのは、光の気配。成る程、魔王に確認を取るまでもない。『これ』だ。
さっさと姿を現してくれたのは都合がいい。弱い者を殺害するのは、魔狼の長の矜持に反する。
とはいえこの自称『勇者』も、自分にとっては弱者に変わりないのだが――。

青年が構える。だが、フェリリルは構えない。尊大に腕組みしたまま、背の得物も抜かない。

>「行くぜ……子犬ちゃん」

言うが早いか、ルカインの師剣コンクルシオから衝撃波が放たれる。ゴウッ!と音を立てて迫る、飛ぶ斬撃。
しかし。

「――――かッ!!!!」

衝撃波が直撃する寸前、フェリリルは大きく双眸を見開き、一声短く吼えた。
その瞬間、フェリリルを中心に発生した不可視の衝撃が同心円状に爆発する。バギィンッ!と甲高い音を立て、衝撃波が砕け散る。
迫るルカイン。衝撃波と同時に繰り出される斬撃は、彼の言う通り今まで多くの敵を屠ってきたのだろう。
必殺の剣撃を前に、フェリリルは僅かに笑みを深めると、

「不敗の剣技か。面白いな――しかし、よ」

腕組みを解き、僅かに目を細める。

「たった今から、不敗でなくなる」

203 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/07(日) 10:38:35.40 ID:I7AqIVtL.net
ガギィィィッ!!
硬いもの同士が激突する、甲高い音が響き渡る。
ルカインの剣は、フェリリルの右へ。右利きの者にとって、右側への攻撃とは受けづらいものである。
だが、それはあくまで相手が右利きであった場合だ。

「見切る必要などない。両方防げばよいのだからな」

フェリリルが笑う。繰り出された師剣の一撃は、いつの間にか抜いた鉈によって食い止められていた。
右手に肉厚の鉈。左手に柄の長さが70センチほどの短槍。
双方ともに、地獄の獄炎と冷気によって鍛えられた魔性の武具である。
仮にルカインが左側へ斬り込んでいたとしても、それは短槍によって受け止められていただろう。

「……児戯にも等しい、くだらぬ技よ。これが自慢の必殺剣か?勇者どの」
「だとすれば、音に聞こえた勇者とやらもたかが知れるというもの。魔王陛下に挑んだところで、億分の一の勝機もなかろうが――」
「これも御命である。貴様の命、覇狼将軍フェリリルが貰い受ける……この世の名残に、魔狼のおらびを聴け!!」

ガィンッ!と鉈を振って剣を弾き返すと、フェリリルは大きな尻尾を揺らして軽く間合いを取った。
にぃぃ……と闘争の喜悦を露にした笑みを浮かべ、ルカインを見る。

「さて、貴様の攻撃は防いだ。ならば、ならばよ――次はこちらの番、だな!」

狂的な笑みを満面に湛えたまま、フェリリルが迅る。
瞬間的にルカインへと間合いを詰めると、左手に持った短槍を目にも止まらぬ速度で突き出した。

「ウララララララララララララララララララララ――――――ッ!!!」

冷気を迸らせる穂先が幾重にも見える、光速の刺突。それがルカインの全身を狙う。
かと思えば、瞬間的に攻撃をスイッチして右手の鉈による重い一撃。鎧ごと骨をも両断する一撃が、ルカインの身体を掠める。
速度と手数を重視した短槍と、一撃の破壊力に重きを置いた鉈。
硬軟と剛柔とを織り交ぜた闘法が、ルカインを息つく暇もなく攻め立てる。
生身の人間ならば、こんな戦い方をしていてはすぐに息が上がってしまうだろう。
だが、フェリリルは人間ではない。
魔族の強靭な筋力に裏打ちされた膂力と、瞬発力。そして潤沢な持久力が、フェリリルの一見滅茶苦茶な闘法を支えている。
そして、フェリリルにはもうひとつ。

「アッハハハハハハッ!どうした勇者!わたしを犬と愚弄した、先程の威勢はどうした!」
「やはり、人間の勇者など取るに足らぬ!さっさと貴様の首級を挙げ、陛下の御前に献上してくれるわ!」

ルカインがフェリリルの振り下ろした鉈を受け止める。そのまま、ふたりは鍔迫り合いにもつれ込む。
フェリリルがルカインの至近で大きく口を開く。『かあッ!!!』と、再度の短い咆哮。
ルカインの身体が、まるで布切れのように後方へ吹き飛ぶ――。

『死の咆哮(モータル・ハウリング)』。上位の魔狼は己の咆哮に魔力を宿し、咆哮と共にそれを放射することができる。
あるときは衝撃に、またあるときは障壁に変わる、攻防自在の声。それがある限り、フェリリルが倒れることはない。

「貴様は人間の中でも、突出した剣士なのであろうな。太刀筋からも、それがよくわかる……貴様は強い」
「されど、されどよ――それはあくまで人間の強さ。人間としての強さの範疇を超えてはおらぬ」
「我ら魔族とは、根本的にものが違う……ということよ!」

傲然とそう言い放ち、短槍の穂先を突き出す。

「さあ――。死ぬ準備はいいか?」

204 :ルカイン ◆ELFzN7l8oo :2016/08/08(月) 06:22:39.38 ID:nIVMOkRM.net
>ガギィィィッ!!

――なにいっ! 受けたっ!?
右方より袈裟がけに振り下ろした剣が、何彼の武具にてガッチリと受け止められている。
――鉈か!? ……そんで左には槍!? 
左右どっちも……っていいように見えてそうじゃねぇ。片手だぜ? 
今までにも居たには居たが、トロルかオーガか、とにかく山みてぇなガタイの奴ばかりだ。
奴らでもまともに受けりゃあ腕ごと粉々。
それを易々! しかもこの余裕の笑み! 伊達に将軍(ジェネラル)の名をしょってねぇってか!

即座に弾かれ、将軍の間合い近くに着地。すかさず入る槍での応酬。
目視は不可。音速をも超えるかと思われる速さの突きだ。かわし、いなすが精一杯。
――うそだろ!? 攻めに転じる隙がねえっ! ……と思えば……
――――ザンッ!!!
思いがけぬ方角より入る鉈の一撃。
空が両断され、ヒヤリとした何かが耳元を掠める。その側に意識を向けていなければ、衝撃で鼓膜が破れていただろう。
斬られた金の髪が束になり、キラキラと宙を舞う。舞う髪をすべて射落とすかの如く繰り出される突き。
そして一撃。そして刺突。
――こいつっ! なんてぇスタミナだ! 
――特に右! 疲労でスピードが落ちかかる……その直前に左! 瞬く間の回復! 上手い事スイッチしやがる!

≪ガキッ!≫

――くっそ受け止めちまったっ! 

相手は諸手。早く押し返さねば右の突きが来る。
警戒し左に回り込むも意外、娘は槍を持ったままの右手を鉈の柄にかけ、ギリギリと迫った。
鉈は鍛えられし金属。対して師剣は磨かれし石。金と石とがこすれ、散る火花。匂い立つ異臭。

「ひとつ、聞いていいか?」
「魔王ってのはどんなんだ? やっぱ角があってでっけぇカニみてぇな手足なのか?」
「蝙蝠みてぇな羽根に熊みてぇな鉤爪。ぞっとすんなぁ……おい」

――押し合う力、そのものは互角。
相手の乗せる体重を上手く使えりゃ隙を作れる……などと思う矢先。
眼前に開かれた口。連なる尖った乱杭歯と血のように赤い口中が、見えたと思った瞬間身体が大きく飛んでいた。

群衆の頭上を飛び越え、二階建ての石壁に激突。ガラガラと崩れ落ちる割石と共に落下した。

205 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/08(月) 06:24:44.70 ID:nIVMOkRM.net
「ルカイン!」

建物近くに控えていたホンダが駆け寄った。鎧の胸部が大きくへこみ、圧迫している。急ぎ鎧の繋ぎを解いてやる。
「すまねぇ。爺様」
口端から一筋の血を流し、ルカインが起き上がる。肋骨が数本やられている。
「そのなりじゃ戦うのは無理じゃろ。やはりわしが・」

向かい来る娘の気配。急ぎ師剣を祖父に手渡す。

「たのむ爺様。この剣は『封印の石』のなれの果てだ」
「な……何と言った……!?」
「アルシャインのおっさんによりゃあ……聖アルカヌスから石が奪われた数日後、突如現れた師剣。自我を持つ石の剣だと」
「……ルカイン……」
「俺が時間を稼ぐ。もとの場所に返してやってくれ。地下を通りゃあすぐだろ?」



>さあ――。死ぬ準備はいいか?

固唾をのむ群衆が道をあけた。……魔狼の娘がこちらを見ている。向けられた槍の穂先。
「少しは……休ませてくれ将軍さんよぉ……」
傷む胸を庇いつつ立ち上がる。その手に武器はない。

「アルシャインって知ってっか? 10年前、あそこの闘技場で優勝かっさらったって伝説の剣士」
「そいつにだって負けたことがねぇ……そんな俺が初めて敵わなかった戦士があんたってわけ」
「力、スピード、スタミナ、どれもこれも完敗。流石は将軍。是非その将軍様のご慈悲にすがりてぇところだ」

ふらふらと娘に近づき、その前に膝まづく。
「ま、早い話。見逃してくれ」

じっとルカインの言葉に耳を傾けていた群衆が、にわかに色めき立った。
「血迷ってんじゃねぞコラ!」
「てめぇなんぞ勇者でも何でもねぇ!!」

罵る男達が我先にとルカインに掴みかかった。

206 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/08(月) 06:25:53.62 ID:nIVMOkRM.net
――赤い九曜の光が天井から差す謁見の間。

フェリリルが退出したあと、さらに三名の将軍が同時に拝謁を終え、扉へと引き返す……その途中。
緋の絨毯を踏む漆黒の魔導師がおやと首を傾げた。
立ち並ぶ騎士の向こう、絨毯より外れた冷たい床に転がるひとつの死体。
誰もが気にせぬ人間の死体。抵抗せぬ者には寛容だが、さもなくば容赦せぬ魔王の仕業か。
仰向けに倒れ、閉じた眼から血を流す15,6の少年。仕立ての良い白の神官服に、白い錫杖。おそらくはここの筆頭神官。
無論、死体に覚えはない。が、その脇の転がる錫杖。その先に嵌められた赤い石……この波動……よもや……?

「如何した無影の」
魔王が見咎め、声を掛けた。
「陛下。何故エルフ族が守る封印の石がここに?」
「……その経緯は知らぬが……我はそれに触れることが出来ぬ。其元が預かるか?」
先を行く将軍二人が只ならぬ形相にて振り返る。
「有難きお役目。是非に拝命いたします」

無造作にその柄を掴み取る。唸る波動を感じるが、特段どうということもない。
王が頷いている。
足を止めている二人を促し、扉へと向かう。

「ミアプラキドス。我が相手はお前のようだが……ククッ……不足はないぞ」
無影の将の呟きは、同格の将の険を一層濃いものとした。

207 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/08(月) 19:21:24.02 ID:0PeNEJcV.net
勝負はついた。
多少は腕に覚えのある剣士だったようだが、所詮は人間。圧倒的な身体能力を有する魔族に敵うべくもない。
フェリリルはルカインへとどめを刺すべく、一歩を踏み出そうとした。

「弱者をいたぶる趣味はない。一息に楽にしてやろう」

そう言い放った瞬間、何のつもりか無手のルカインがこちらへと近付いてくる。と思えば跪き、

>「ま、早い話。見逃してくれ」

などと言い出した。
恥も外聞もない命乞いに、戦いを見守っていた剣闘士たちが気色ばむ。
今まではルカインを応援していた者たちが、今やすっかり手のひらを返し、勇者を名乗った男へ罵声を浴びせている。
跪いていたルカインは、あっという間に剣闘士たちによって取り押さえられ、地面に顔を押しつけられた。
そんな人間同士の醜い遣り取りを、フェリリルは得物を両手に提げたままでじっと見つめていたが、

「フッ……、フハハハハハッ、アッハハハハハハハハハッ!!」

突然、声も憚らずに笑い始めた。

「本当に、人間という生き物は間抜け揃いだな。呆れてものも言えぬとはこのことよ!」
「そんな猿芝居でこの覇狼将軍を欺けると思っている勇者も、まんまと勇者の猿芝居に騙される貴様らもな……!」
「自らの誇りを捨て、卑怯者の謗りを受けても、他人のため時間を稼ごうという肚か。大した決意よな、勇者どの?」
「あの剣はどうした?あの衝撃波を飛ばす石の剣――あれはただの剣ではなかろう?凄まじい力を感じたぞ」
「戦士にとって、武具は命。それを手放したということは、命を手放したということ。つまり――」
「勇者よ。貴様はもう死ぬ、ということだ。とっくに覚悟はできているのであろう?」

ゆっくりと、フェリリルは右手の鉈を振り上げた。

「惜しいな。貴様がわたしの外見に惑わされず、最初から本気で来ていたならば。もう少しいい勝負ができたやもしれぬのに」
「とはいえ……わたしにはまだまだ奥の手がある。貴様がどう足掻いたとて、勝ち目などありはせぬがな」
「そして。勇者の血を絶やすのは我が意思でなく、魔王陛下の思し召しである。わたしの一存で助命はできぬ」
「さあ、もう善かろう。あとは冥府より、魔族が地上を蹂躙するさまを見届けるがいい」
「――さらば、だ」

そう言って僅かな憐憫を双眸に宿すと、フェリリルはルカインの首めがけて鉈を振り下ろした。

208 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/08(月) 19:27:25.74 ID:0PeNEJcV.net
「さて。この場所にはもうひとり、勇者の血を引く者がいたはずだ。勇者と共にいた、髭面の男。どこへ行った?」
「この街は自由に入ることはできても、出ることはかなわぬ。だというのに気配がない、ということは――」

フェリリルはそっと目を閉じた。

「ち……!抜け道か!勇者め、ひとりを逃がすために我が身を犠牲にしたというのか……!」

意識を集中し、気配を追う。――微弱な光の気がひとつ、ここから遠ざかってゆくのがわかる。
豁然と目を見開くと、フェリリルはすぐに残る勇者の血筋――ホンダを追跡しようとした。
しかし。

「おっと!そう簡単に後を追わせるとでも思ってるのか?」
「俺たちは剣闘士だ。手をこまねいているだけってのぁ、剣闘士のプライドが許さねえんだよ!」
「今度は俺たちと遊ぼうぜ、お嬢ちゃん!」

フェリリルの行く手を、手に手に武器を持った十数人の剣闘士たちが遮る。
それは先程ルカインのことを罵倒し、その身体を押さえつけていた者たちだ。
ルカインがホンダを、そしてここにいる者たちを救おうと芝居を打ったにも拘らず、それに気付かなかった者たち。
すべてが終わった今になって、やっと自分たちの犯した過ちに気付くとは。なんと愚かな者たちなのだろう?
――だが、その愚かさこそが偽らざる人間の性であろう。
剣闘士たちの様子に、フェリリルはニイ……と口の端を吊り上げて笑った。

「ほう。抵抗せねば殺さぬと温情をかけてやったにも拘らず、敢えて我が前に立ちはだかろうと言うのか?」
「それは。蛮勇か?功名心か?それとも――勇者に対する贖罪か?」
「いずれにしても、その意気や善し。決して勝てぬと分かっていながら、なおも抗わんとする貴様らの愚かさに敬意を表し――」
「みな、骨も残さず啖ってやろう。――遣れ」

得物を背に納め、フェリリルが右手を軽く振る。
その途端、フェリリルの背後に控えていた二十頭ばかりの魔狼が咆哮をあげて剣闘士たちへと襲い掛かった。
たちまち繰り広げられる、血みどろの殺戮。血と臓物の濃厚な匂いが辺りに立ち込める。
その様子を、フェリリルは目を細めて見守っていた。

209 : ◆khcIo66jeE :2016/08/08(月) 20:02:38.50 ID:0PeNEJcV.net
皇竜将軍リヒトは謁見の間を出ると、微かに甲冑の音を鳴らしながら回廊を歩いて城の外へ向かった。
魔王によれば、覇狼将軍は聖アルカヌス闘技場へ向かったという。剣闘士村にいる勇者の子孫を葬り去るためだ。
百鬼将軍はやや遠方の国を攻めに行くという。オークやゴブリンなど、亜人からなる無頼の集団である。
飛蝗のごとき貪婪ぶりで、おそらく見事に王の期待に沿うに違いない。

無影将軍は魔王軍でも最高の魔術の使い手。
人間の死体が持っていた石を得ると、エルフの長の名を呟いていた。恐らく、エルフを根絶やしにするつもりなのだろう。

アルカナンの王城を出ると、リヒトは空を見上げた。
灰色をした薄曇りの空を、赤、青、白、黒、緑の色をしたドラゴンが大きな翼を広げて悠々と飛翔している。
魔狼兵団の率いる魔狼、人狼の数は、およそ10000ほど。
百鬼将軍の束ねる妖鬼兵団のオークやトロール、ゴブリン等は4〜50万はいるだろうか。各地から掻き集めればもっとかもしれない。
魔力によってゴーレム等を創造する無影将軍の降魔兵団は、無尽蔵とも言える数を生み出せよう。
では、皇竜将軍の束ねる竜帝兵団どうか。
竜帝兵団の兵数は、五。
王都の空を舞う五匹のドラゴンが、竜帝兵団の戦力のすべてである。
だが、それで竜帝兵団が他の軍団に劣っているかというと、そうではない。
竜帝兵団のドラゴンたちは、それぞれが『エルダー』クラス。伝説級を除き、現在確認されている最強のドラゴンである。
むろん、人間にどうこうできる存在ではない。それが五匹――王都を。魔王の座す玉座に至る道を守護している。

現状、アルカナンに集った軍団は四。
残りの四軍団を統べる将軍の姿はない。――だが、これは無理からぬことと言えよう。
2000年前の戦いで、魔王軍は人間やエルフ、ドワーフといった地上に生きる者たちと戦い、壊滅した。
魔王は封印され、八大軍団の魔将軍たちもその大半が討たれ、戦死したのだ。
生存しているのは王の下に馳せ参じた無影将軍、百鬼将軍くらいのもの。
覇狼将軍は生きてこそいるものの、老齢によって娘に跡目を譲った。
残りの四軍団は将軍が戦没し、といって後継者もおらず、軍団として動くに動けない――といったところなのだろう。
最悪、魔王軍はかつての半分の軍勢で世界侵攻を進めなければならない。

しかし。
それは所詮、些事でしかない。
魔王は強大であり、人間どもは脆弱である。堕落しきった現在の人間には、かつてのように一致団結など出来はすまい。
まして、人間どもがこの王都アルカナンを奪還するなど――。
魔王軍にあって最強の誉れも高い竜帝兵団を統べる、皇竜将軍リヒトがいる限り。

210 : ◆khcIo66jeE :2016/08/08(月) 20:04:33.32 ID:0PeNEJcV.net
名前:リヒト・ヴァル・ロー
年齢: 外見24歳
性別: 男
身長: 181cm
体重: 79kg
種族:魔族
職業:魔将軍(皇竜将軍)
性格:無口かつ冷静
長所:義妹にだけは甘い
短所:口数が少ないため、よく人から誤解される
特技:強靭な胃袋で何を食べても死なない
武器:竜剣ファフナー
防具:竜鎧ティアマット
所持品:八大魔将のひとりを示す魔紋のメダイ
容姿の特徴・風貌:
精悍な顔立ち、額の右側から左頬へ抜ける刀傷、蒼い瞳、金色の髪
古竜の鱗で作られた漆黒(角度によって深紫に見える)の鎧を纏い、腰に竜戦士の証である剣を佩く
真紅のマント、平時は兜をかぶり顔を隠している

簡単なキャラ解説:
魔王麾下八大軍団の一角『竜帝兵団』の軍団長。
前大戦で戦没した先代皇竜将軍の代わりに軍団を継ぐも、先代との血のつながりはない。
八大軍団最強との呼び名も高い『竜帝兵団』を、五匹のエルダードラゴンすべてを捻じ伏せた後に継承した。
現魔王軍では主に王都の警護を受け持つが、有事の際には自ら出撃することも厭わない。

211 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/10(水) 06:21:33.20 ID:l1b7ctIe.net
「魔王とその配下が動き出した。勇者の血を絶やしてはならん」

長老が礼拝堂の檀下に置かれた巨大な水桶を手で差した。
ゆらりと澄んだ水を湛えた円形の縁を持つ磁器の水桶――水鏡(みずかがみ)。
俺らには何にも……見えないけど。

「1万年もの昔より、大陸全土を支配せし魔王。またの名を12枚羽根の堕天使。配下の八魔将が動くは当然か」
ライアンがお得意の蘊蓄を披露する。
「評議長、その水鏡にてすべてが確認可能だろうか?」
ライアンの問いに、長老が頷いて……だけどすぐに横に振った。
「これが映すは現在と近未来のランダムなる断片。すべてを映すがすべてを正確に把握は出来ぬ」
「では、今は何を?」
「魔狼の群が『村』を襲っている」眼を細め、鏡に眼を落とす長老。

「村!? それって剣闘士村のこと!?」
思わず叫んで、ハッとして父さんを見る。その眼が明らかに「黙れ」と言っている。長老が何も言わず俺を見て、そして続けた。
「金の髪の青年が対峙するは九曜のメダイを首に下げた魔狼の娘……」
「九曜のメダイ? つまり……八魔将の一人がルカインと?」

――た……たいへんじゃん! すぐにでも助けに行かないと・あ痛いてて!! ――父さん!! 耳はやめて耳は!!

「ルークよ。我々は他に成すべきことがある」
長老が俺を見てる。とても真剣な目だ。
「我々は『五要』と、そして結界に納める封印の石を見つけねばならぬ」
「ごよう……って……勇者、僧正、戦士……魔法使いに……あれ?」
首を捻った俺をライアンが小突く。
「賢者だ。一番大事なの忘れてるぞ」
「そっか。賢者はやっぱ……要塞の?」
「うむ。賢者と僧正は昔からそれと決まっているからな」
「戦士と魔法使いはライアンと父さんで決まりだね!」
ライアンと父さんが顔を見合わせる。
「もちろんいいぞ。お前がそう言うなら」「勇者の指名だ。謹んでお受けする」
――ん。俺いま……さらっと大事なこと決めちゃった?

「で……? 僧正は誰なの?」
「ビショップだ。2,000年前から続く神官の家柄だ」
「そのことなのだが……」
「……長老?」
「彼はもうこの世にいない。ついさきほど、魔王自らの手で惨殺された」
「なんと……!? それは真(まこと)ですか!?」
「すまん。言ってなかったか」

父さんがため息をついて座り込んだ。
「私が……あの時帰しさえしなければ……」
「気に病むでない。止めたとしても奴は戻った。魔王の復活も……結界解除をせまったお主のせいではない」
「……結界……」
ますます頭を抱え込む父さん。
「気に病むなと言っておろう。そもそもお主がここを出ずば……真の勇者であったイルマがああなったのも、すべてお前の……」
「ああああああああ!!!!!」 
――長老……もしかしてワザとやってる……?


ルカイン死亡の知らせが入ったのは、それからかなり後のことだった。

212 :ルカイン ◆ELFzN7l8oo :2016/08/10(水) 06:27:42.34 ID:l1b7ctIe.net
無抵抗なのをいいことに、男達は次々に殴りかかってくる。
羽交い締められ、顔を腹を殴りつけられ、ついには腕を後ろに回され、硬い地面にねじ伏せられた。
ギリギリと頭を踏みつける複数の足。冷たい敷石が頬に食い込む。
息が苦しい。吸う度に押し広げられる右胸の腔。吸った空気がすべて肺から洩れているのだ。

――ハァ、ハァ、……こんな風にフクロにされたの、何度めだっけな。
ガキの頃、チンピラの女に手ぇ出しちまって……三日三晩寝込んだっけか。
あん時も折れたアバラが肺に刺さっ……ハァ、……ははっ…………ありゃあマジで死ぬかと思ったぜ。

突然、ただ黙って眺めていた魔狼の娘が笑いだした。
剣闘士達が何事かと動きを止める。彼等の視線を受け止め、嘲るように、ゆっくりと語り出す娘。

>本当に、人間という生き物は間抜け揃いだな。呆れてものも言えぬとはこのことよ!
>そんな猿芝居でこの覇狼将軍を欺けると思っている勇者も、まんまと勇者の猿芝居に騙される貴様らもな……!
>自らの誇りを捨て、卑怯者の謗りを受けても、他人のため時間を稼ごうという肚か。大した決意よな、勇者どの?
>あの剣はどうした?あの衝撃波を飛ばす石の剣――あれはただの剣ではなかろう?凄まじい力を感じたぞ

聞いていた男達が、そそくさと……掴む手を、踏みつける足をどけていく。
「今の話、ほんとか?」
「そういやホンダのおっさんが居ねえ!」
「ルカインてめぇ! 水くせぇじゃねぇか!」
ややもすれば泣き出しそうな、情けない声を上げる屈強な男達にふと笑いが込み上げ……しかしせき込んだ呼気は、血の味がした。

じゃり……と石畳を踏む音が、すぐそばで止む。振り上げられた腕が、鉈が、赤い朝日を遮った。
翡翠の眼がこちらを見下ろしていた。その眼に……口元に狂気の笑みはない。そこにあったのは――

――気の毒だとか思ってんのか。だとしたら違うぜ。
――この俺が……いつだって剣に頼ってばかりだったこの俺様が……初めて挑んだ空手の勝負だ。
――勝敗は見えてねぇが……いい線いってんじゃねぇ? 爺様はとっくにあの場所に行ってらあ……

両の腕に懇親の力を込め、身体を起こす。

「言っとくがな、俺は全力だった。全力出して……正々堂々あんたに負けた。――悔いはねぇ!!」



鉈が振り下ろされた。
どおっと横のめりに倒れた地面は何故か温かかった。
――ルーク、後は頼んだぜ。頼りねぇが、それが逆にいいのかも知んねぇ。力押しじゃねぇ、お前の……


自分の名を呼ぶ男達の声は、ほどなくして途絶えた。

213 :ホンダ ◆ELFzN7l8oo :2016/08/10(水) 06:29:02.39 ID:l1b7ctIe.net
魔狼たちによる一方的な殺戮劇が繰り広げられる一方で、ホンダは暗い地下通路をひたすらに走っていた。

すでに追手が放たれたか。遠く、背後でする魔狼の吠え声に耳を傾けつつ、広い部屋に飛び込む。
剣闘士達が待機する控えの大間。ぐるりと囲む扉のないゲート。この部屋の何処かに……封印の石を納める場があるはず。
そう思い壁や床を手でまさぐるも、それらしい場所はない。
そんな折、沈黙を守っていたコンクルシオがいきなり甲高い音を発した。
「戻るべき場を教えているのじゃな?」

本来この剣は主であるルカインの意思にのみ従い、会話をする。
その剣がホンダの問いに答えた。上下する金属の振動が、意味のある言葉となって彼の心に降り注ぐ。
その中にはルカインの死の知らせも含まれていた。
ぐっと胸が締め付けられるも、もとより覚悟の上。今は死を悼むいとまは無い。
剣の指す場は、丸い大間の……中心。それらしき印も、剣を容れる窪みも無いが……? なにか鍵でもあるのか?

獣の走り来る気配が強まった。
耳をつんざく咆哮と共に躍り込んだのは一匹の狼型(ヴォルフタイプ)の魔狼。
頭を地面につくほどに低くし、じりじりと間合いをつめる魔狼に師剣を向ける。
ルカインならば衝撃派も放てようが、主でない彼には不可能。しかしそれなりの心得はある。
飛びかかる魔狼の下をかいくぐり、下から胸部を突き上げた。
末魔を突かれ苦しみ悶える魔狼から剣を抜き、その血しぶきを避けるように横に転がる。
魔狼が倒れ、その周囲に広がる血だまり。
そう言えば……聞いたことがある。封印の石はその主(マスター)の血に反応し、その力を示すと。

――今更に気づくとは!! やはりルカインをここに寄越すべきだったのだ!!

新手が迫る気配。今の魔狼とは比べるべくもない……凄まじい気。

214 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/08/10(水) 06:32:02.45 ID:l1b7ctIe.net
玉座にて頬づえを突く王が、ふと顔を顰(しか)めた。左腕を這う……チリリとした冷気。覚えのある波動。
かたく両の眼を閉じる。

――近い。……聖アルカヌス。
なるほど勇者め。我を封ずる魔石を手にしていたと見える。
良かろう? 多少の手応えもまた興のひとつ。この五体が石に変わるが先か、我が軍団が其方等を屠るが先か。

……が……其方等。未だ五つの要(かなめ)を揃えていまい。
して……その魔石。……己が五要の血にのみ応じ、その役目を果たすこと。果たして幾人が知る?


≪ フェリリル  アルカヌスの‘あの場’に石を与えるな  勇者の息の根を止めよ ≫

215 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/10(水) 06:33:14.14 ID:l1b7ctIe.net
「血?」
「左様」

長老がゆったりと近くの座石に腰かける。
封印の石は、ただその場に置けばいいってもんじゃないらしい。
石がその五要をマスターと認め、さらにその血を吸って初めて効果を発揮するって言うんだ。

――石見つけるだけでも大変なのに! 難易度たかっ!

「その『血』って……どれくらい必要なんですか?」
「2,000年前、『勇者の石』と『僧正の石』に与えられし血は、ただの一滴」
なんだ……心配して損した。
「しかし……死をもたらすほどの多量の血を必要とした石もある。『戦士の石』、『魔法使いの石』がそうだった」
「そうなの!!?」

ライアンと父さんの顔を交互に見た。二人とも、静かな眼で俺を見返す。
「ライアン……父さん……」
「そんな顔すんな。行くぞ」
踵を返す二人。二人とも、そのこと、知ってたの? そんな……そんな事って――


「待って!」
俺の声に、二人が振り返る。
「もしもだよ。もし魔王を倒す事をやめたら……どうなるの?」

二人とも何も言わない。黙ったまま座っている長老に眼を向けた。
長老が腕を組んで眼を閉じる。

「勇者が現れるその日まで、我々エルフの一族は魔王の支配を甘んじて受けていた。
人間も。ルーン、アルカナン、ナバウル、その他の小国それぞれが……互いに干渉せず、中立を保ち、ゆえに争うこともない」
「え……それってそんなに悪くないっていうか……」
「ルークよ」
長老がすっと立ち上がった。ゆっくりと……その眼を見開く。
「もし……――そうだな。もしお前の恋人を今差し出せと言われたら……何とする?」
「……え?」
「お前の母を、父を、子供達を、贄(にえ)として使いたいから、今すぐ差し出せと言われ……それに従えるか?」

俺は……何も言えなかった。

216 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/10(水) 14:14:22.24 ID:Hve4R5hi.net
「これが勇者か……。自らの命よりも、希望を明日へ繋ぐことを重視するとは……度し難い」
「とはいえ、その崇高な意思は称賛に値する。我らとは永遠に相容れぬものとはいえ……な」
「本来ならば、勇者の心の臓を啖って我が力とするところだが……時間がない。すぐにもうひとりを追わねばならぬ」

けしかけた魔狼たちが剣闘士をあらかた屠り終わると、フェリリルは軽く頤を上げ、鼻をひくつかせた。
周囲には、剣闘士たちの濃厚な血と臓物のにおいが漂っている。
が、犬の嗅覚は人間の一京倍。魔狼であるフェリリルも例に漏れず、鋭敏な嗅覚を有している。
例えどんな状況下にあっても、特定のにおいを突きとめるなど造作もない。

>フェリリル  アルカヌスの‘あの場’に石を与えるな  勇者の息の根を止めよ

頭の中に響き渡る魔王の声。伝声の魔法だろうか、それとも精神に直接干渉してきているのか。
いずれにせよ、やるべきことは決まっている。

「御意のままに!」

勇者の血筋、その放つにおいを辿れば、地下通路の場所を突きとめることは容易い。
主に先んじて、一頭の若い魔狼が飛び出してゆく。その後を追うように、フェリリルも地下通路へ向かった。

「クク……。八大軍団最速を誇る我ら魔狼兵団から逃れようなど、無駄なこと――!」

身をほとんど地面すれすれへ伏せ、矢のような速度でホンダを追跡する。獲物を追うのは狼の十八番だ。
やがて、暗い地下通路を抜けた先にあったのは、剣闘士が待機するためのものと思しき広間。
そこに立っている髭面の男と、血だまりの中に横たわる魔狼。

「リカスト……先走ったな」

哀れむように魔狼の死骸を一瞥する。それからホンダを見ると、

「追い詰めたぞ。勇者が命を懸けて貴様を逃した苦労も、これで水泡――というわけだ」

そう言って、つかつかと歩み寄る。

「我がはらからを殺したな。まだ、幼い仔だったというのに。わたしが狩りを教えてやった仔だというのに」
「我らが屠ったのは、貴様らの牡ばかりだというのに。――矜持も恥も知らぬと見えるわ、人間!」

ぐるる、と牙を剥き出しにして唸る。どちらかというと愛らしいと言ってもいい面貌に、憎悪の感情がへばりつく。
視認できるほどの殺気。それを全身から発散しながら、フェリリルはホンダとの間合いを詰めた。

217 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/10(水) 14:17:48.17 ID:Hve4R5hi.net
「グルルルルルァァァァァァッ!!!」

咆哮をあげ、フェリリルはホンダへと襲い掛かった。
ホンダが魔狼を撃退したときのように師剣コンクルシオを構えるものの、こちらの方が数段速い。
左腕を振るい、バヂンッ!とその手から師剣を弾くと、フェリリルはホンダを壁際まで弾き飛ばした。
ホンダが背中から壁に激突する。
カラカラと乾いた音を立て、師剣が床を滑る。

「フン……」

フェリリルは僅かに顔を顰めた。
左手の小指から、つ……と一筋の血が流れ、床に滴る。どうやら師剣を弾いた際、刃で指を切ったらしい。
だが、こんな傷は殺された仲間の痛み、苦しみに比べれば、何ほどのこともない。
フェリリルは壁に激突し、ずるずると床にくずおれたホンダへと歩いてゆくと、その胸倉を右腕一本で掴み上げた。

「このまま、首をへし折ってやろうか?それとも魔狼どもの餌にしてくれようか?」
「はらからを殺めた者。どれほど残酷な殺し方をしようと、まるで我が哀しみを癒すには足りぬ!」

ギリリ、と右手に力が籠る。このまま頸椎を折ることなど、フェリリルには造作もない。
――だが。
何を思ったのか、フェリリルはホンダの首を締め上げていた手を離すと、ホンダを解放した。

「しかし。しかし――よ」
「ここで貴様を殺せば、自らの命をなげうち、貴様を逃がそうとした勇者の行動が無駄になる」
「魔狼は高潔なる魂に共感する。誇り高き者の魂とは、種族の境を越えて価値あるものなるがゆえ――」
「――よって。今は殺しはせぬ……今は、な」

そう言って、ホンダから背を向ける。

「勇者の遺志を継がんとするならば、去れ。そして貴様のなすべきことをしろ」
「尤も……何をしたところで、我ら魔王軍の侵攻を阻むことなどできはすまいがな……!」

フェリリルはホンダから離れると、床に転がったままの師剣コンクルシオへ手を伸ばした。

「この剣はもらってゆくぞ。勇者が貴様に託した剣……これが陛下の仰っておられた『石』か?」
「勇者の剣だ。正体はわからぬが、陛下に上奏し戦利品として頂くのも悪くない……ふふ」

剣の柄を握り、持ち上げる。左手から流れるフェリリルの血が、コンクルシオの柄を伝う。
その途端、あたかも歌うような音色を立て始める師剣。
その様子はまるで、ルカインの手に在ったときのような――。

218 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/08/12(金) 05:42:43.53 ID:PkVePxON.net
闇鴉の報告にじっと耳を傾けていた王がつと立ち上がった。
芳(かんば)しくは無いその様子に驚いた鴉が急ぎ飛び立つ。
玉座の左右に生えるかのごとく広げられた闇の翼がひとつ羽ばたく。
しんがりの騎士がとつぜん喉を絞められる声を上げ胸を押さえた。
その場にて身悶えし、やがて血を吐き動かなくなる様子を眺めていた王が、扉の向こうへ声をかけた。

「如何した。入るがいい」

躊躇い勝ちに開かれた扉の向こう、立つは長い銀の髪を揺らす一人の娘。その手にあるは師剣。
絨毯を踏むその足取りに、先刻の勢いは無いのは何故か。
道を塞ぐ騎士の死体を、新たにしんがりとなった騎士が脇へとどける。
ゆっくりと時を刻む歩みを止め、膝まづく娘が口を開くその直前に王が口火を切った。

「詳細は良い。我が鴉が知らせを寄越したゆえ」
静かなる口調に滲むいら立ちの色。眼の奥をジリリと焼く黒炎。

「フェリリル。よくぞその師剣の主を仕留めた。褒めてやる。が――」
「なにゆえにいま一人を逃がした。息の根を止めよと……我が干渉、届いた筈だが――」
ヒタリ……
裸足にて段を降りる王の歩みは遅い。返答を待っているのだ。

「どうした。申してみよ。その師剣が新たなる主を得たは何故(なにゆえ)か。剣が認め得るは『勇者』のみ」
師剣が鳴く。魔王を前にし、敵意をむき出しにしているのだ。

「答えよフェリリル。封印の魔石――シールストーン、魔王が唯一の弱点と……知って手にしたか?」
「あの日。我が受けし屈辱が……離反せし八魔将のひとつが五要となったその所為と……知っていたか?」
「ならば……もしそうであれば――」
「皇竜が一翼の赤き竜、うぬが魔狼どもに差し向けるも躊躇わぬ。フェリリル。返答や如何に」

219 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/12(金) 05:58:26.72 ID:PkVePxON.net
しばらくの間、長老も、ベリル姐さんも、ライアンも父さんも……俺の顔を見ていた。
たぶん、答えを待っているんだろう。魔王を倒すか……倒さないかの。
俺の決断ひとつでこの大陸の命運が分けられる。まさかこんな局面に出くわすなんて思ってもみなかった。
でも……やるっきゃないよね。奥さんや子供差し出すような真似、みんなにさせられるかっての。

「正直言うとさ、ちょっと不安なんだよね」
軽いノリでしゃべりだした俺に、みんなが首をかしげる。
「ライアンは……いっつも秘密抱えてて、な〜んか俺に内緒で仕事しそうなんだよね。いきなり消えるし」
「父さんは父さんで、誰かさんの名前が出ると我を忘れてトリップするし、なんかって言うと魔力切れになる事多いし」

二人の顔が曇る。――違う。俺が言いたいのは――

「ライアンはいざって時にはいつも助けてくれる。フサルクの剣持ったライアンは最強の『戦士』だと思う」
「父さんも。どんなピンチもチャンスに変えるの得意だよね? 『魔法使い』としてこれ以上心強い味方いない」
「だから……」

俺はビッと背筋を伸ばすと、ペコリと頭を下げた。
「こんな俺ですが、命預けてください!! 一緒に魔王退治してください!!」

フッと顔を緩ませた二人。
「なにあらたまってんだ」「らしくないぞルーク」
ササッとこっちに歩いて来て、俺の背中を思いっきり叩いた。――っってぇ!!! 祖父ちゃんのより強烈!!

220 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/12(金) 06:00:50.59 ID:PkVePxON.net
「出発前に確認したいことあるんだけど」
「お? 急に勇者らしくなってきたな」

みんなの顔に悲愴感はない。むしろ生き生きしてる。だよね。いまは「死ぬ」とか考えないっ!!
――まずは装備。二人がローブを広げて中を見せる。

「私の武器はこの鞭と、懐の短剣だけだ。魔力回復の薬草は道すがら摘むことにする」
「私は25本のフサルクの剣と、ホンダから貰い受けたグラディウスが3本」
「俺は……そういや何にも……」
「だと思った」
ライアンがごそごそと長いローブの背中から、一振りの剣を取り出した。
「あ。祖父ちゃんが俺に寄越した奴!」
それを見た長老と父さんの眼の色が変わった。
「ルーク……なんだその剣」「妙な波動よな」

いかにも興味津津って感じでペタペタ剣に触ったり匂い嗅いだりし始めた二人。……ちょっと引いた俺。
「ここを見るのだ。名が彫ってある」「父上……これはなんと?」
「私にも解らん。ルーン文字でもない、おそらくはこの大陸以外の異国文字……」――なんなんですか、いったい。

一通り調べつくした二人が、グイっと俺に剣を押しつけた。
「ルーク。この剣を肌身離さず持ち歩け」
「決して無くしてはならぬぞ? それは師剣に並ぶ勇者の剣ゆえ」 

――ええ!? このなんだか異国情緒感あふれる妖しい剣が!?

「お前が本物の勇者ならば、そこに書いてある名が読めるはずだ」
真面目な顔して父さんが言うんで、目を凝らして見てみたけど……こんな変な文字。読めるわけ……
「ウィクス=インベル」
「ルーク?」
「今いきなり頭に浮かんだ……この剣の名前」
「ウィクス……」「インベル」
「響きは悪くない……どういう意味でしょう?」
長老が眼を閉じる。
「ウィクスは集落。インベルは雨。異国語を古代語に訳した言葉のようだな」

そう言って……ふと長老が水鏡の方を見た。どうしたんだろう。何かの知らせ?

221 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/12(金) 22:05:10.20 ID:SLzOW7vu.net
強い怒りの波動を感じる。
尻尾が総毛立ち、肌にピリピリと静電気のような刺激が伝わってくる。
アルカナン王城へと帰還したフェリリルは、王のいる謁見の間――その両開きの巨大な扉の前で、しばし立ち尽くした。
剣闘士村にいた二人の勇者の血筋のうち、ひとりは確かに討ち果たした。
だが、もうひとりはと言えば――。
そのことが、たちまち魔王の知るところとなったらしい。流石は魔王、まさに千里眼と言うべきか。

>如何した。入るがいい

謁見を促す声。フェリリルは意を決すると、ゆっくりと謁見の間へ足を踏み入れた。

>フェリリル。よくぞその師剣の主を仕留めた。褒めてやる。が――
>なにゆえにいま一人を逃がした。息の根を止めよと……我が干渉、届いた筈だが――

「は……」

魔王の押し殺したような声が、広間に響く。
本来ならば光栄なことであるはずの労いの言葉が、死刑宣告のように聞こえる。
フェリリルは跪いたまま、頭を一段階深く垂れた。
奪った師剣が、越の後ろで啼く。その敵意が伝わってくる。
この剣――、いったい?

「……確かに、勇者の血を引く者。ひとりを討ち果たし、もうひとりを逃がしました」
「されど……それは我が計。残る勇者の血筋をあぶり出し、纏めて葬り去るための方策なれば――」

視線を床に落としたまま、フェリリルは言葉を紡ぐ。

「既に、かの者の『匂い』は我が魔狼兵団に伝えてありますれば、追跡は至極容易」
「かの者は必ず、残る勇者の血筋の元へと行くでしょう。かの者が行かずとも、残る者どもが接触を図ることは必至」
「勇者とは。勇者の血筋とは、団結するもの――助け合い、補い合うもの。わたくしは、そう父より聞かされましたゆえ」
「ならば――かの者が他の勇者の血筋と合流したときこそが好機。残らず勇者どもを啖い尽くしてご覧に入れましょう」
「すでに追手は放っております。早晩、陛下に吉報をお届けできるかと……」

魔狼の狩りは周到である。
獲物一匹を仕留めただけでは、群れ全体の飢えを満たすことはできない。
よって、敢えて獲物を逃がし、より数の多い獲物の群れを発見してからそれを一網打尽にする。
魔王が魔狼の習性を知悉しているならば、それが決してこの場限りの言い逃れでないことが分かるだろう。

――が、死んだルカインの誇りに敬意を表し、敢えて見逃した――というのもまた事実。
ただ、フェリリルはそちらの事情を胸の内に深くしまい込み、欠片も表情に表さなかった。

222 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/12(金) 22:08:41.60 ID:SLzOW7vu.net
>その師剣が新たなる主を得たは何故(なにゆえ)か。剣が認め得るは『勇者』のみ

「……なんと?」

ホンダを逃がしたことに関してはうまく説明したつもりだったが、次の言葉はまったくの予想外だった。
魔王の言に、不敬と知りつつ思わず顔を上げる。

>答えよフェリリル。封印の魔石――シールストーン、魔王が唯一の弱点と……知って手にしたか?

「これが……陛下を2000年の間封印していた、シールストーン……。まさか、このわたしを主と?ばかな……」

魔王から石を“あの場”に与えるな、との命令を受けたのは覚えている。
だが、もちろんフェリリルはこの石の剣が封印の石シールストーンだった、などとは知る由もない。
まして、石が魔族である自分をルカインに代わる新たな主人と認めたなどと――。

>あの日。我が受けし屈辱が……離反せし八魔将のひとつが五要となったその所為と……知っていたか?

魔王の怒りの波動がダイレクトに伝わってくる。産毛がピリピリと反応する。
――そうだ。その話は、父からもううんざりするほど聞かされている。
栄光ある魔王の八大軍団、それを統べる八大魔将のひとりが裏切り、勇者側についたということ。
それが魔王軍の崩壊、ひいては敗戦のきっかけとなったのだということ。
今だに魔王軍の中では忌むべき存在となっている、その裏切り者の名を思い出すと、フェリリルは再び頭を垂れた。

>皇竜が一翼の赤き竜、うぬが魔狼どもに差し向けるも躊躇わぬ。フェリリル。返答や如何に

魔王が返答を求めている。
やると言ったら、魔王は本当にやるだろう。そして、竜帝兵団の五竜の強さならよく知っている。
業腹な話だが、魔狼兵団の全戦力をもってしても、五竜の一匹を仕留められるかさえ疑わしい。
――とはいえ、だ。
そんな可能性を考慮する必要はない。なぜなら、そんな事態に陥ることはありえないのだから。

223 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/12(金) 22:11:23.70 ID:SLzOW7vu.net
「偉大なる魔王の軍、そこからかつて唾棄すべき裏切り者が出たということは、まさしく痛恨の極み」
「さりながら。この覇狼将軍フェリリルに限っては、王陛下の御懸念は無用と断言申し上げます」

王の気配を感じ取りながら、フェリリルは朗々と言葉を紡ぐ。

「これなる封印の魔石が、なにゆえ魔の一翼たるわたくしを新たな主と認めたのか――それはわかりませぬが……」
「それならば好都合。それはつまり、王陛下の元に封印の石のひとつが在るということ。勇者の手元には、決して揃わぬということ」
「今は陛下に対し反抗的な態度を取っているこの剣も、いずれ我が魔狼の吐息にて陛下の忠実なる牙に変えて御覧に入れましょう」
「我が父、先代覇狼将軍リガトスの名に懸けて。――もし、我が誓いが信に値せぬと思し召しならば――」

そこまで言うと、フェリリルは腰の師剣をすらりと抜き、自らの首筋に添え当てた。

「――我が命。今すぐこの場にて陛下にお捧げ致します。陛下の信なくして、この世のどこに我が身の置き場がありましょう」

首筋に添えた師剣が、震えるように啼いている。
やめろ、と言っているのかもしれない。ことによれば、この短時間に主がふたりも代替わりしてしまうかもしれないのだ。
だが、フェリリルは躊躇しない。自害しろ、と魔王に言われたなら、即座に自らの首を斬り落とすだろう。
つつ……、と、首の薄皮が切れて一条の血が流れる。

フェリリルは顔を上げ、まっすぐに魔王を見た。
真紅の双眸だけがただ炯々と輝く、巨大な翼を持った真っ黒い人影――
魔王の姿は、フェリリルの目にはそう映った。

魔王は沈黙している。フェリリルも口を引き結んでいる。
広大な謁見の間の中で、他に誰もいないかのように。
ふたりは、束の間見つめ合った。

224 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/08/14(日) 07:03:19.14 ID:5HAtOn23.net
玉座の背もたれに舞い降りた闇の鴉が一声啼いた。
先に眼を逸らしたは――魔王。

「我が頼り無くば死ぬか。見上げた覚悟よ」

――この娘。まさしくリガトスの子。
あ奴もそうであった。
狡猾ならぬ聡明。高慢ならぬ高潔。魔に属する者でありながら、その魂は誇り高く、卑怯卑劣を許さぬ。
嫌いではない。
むしろその質(たち)が、我をして盟友と云わしめる由(よし)となったは明白。
一度だけ、リガトスが零したことがある。真の勇者の魂に触れ、その命を奪えようかと。
脆いのだ。他者の‘義’をも軽んじることが出来ぬその質、魔族にとっては命取りとなろう。

――その眼。その言葉。
おそらくはまことであろう。
――が……抗えるか? 剣が認めたその魂。勇者と同じ、「正」に属する魂に。

「魔将フェリリル。その身を我に捧ぐとあらば、いま一度我にその覚悟を見せよ」
「剣を置き、右手をこれへ」

握り込む鋭い爪の間から滴り落ちる黒い血液。
その血がフェリリルの突きだした右手拳の甲に……一滴。たちまち熱を持つ九曜の紋となり、娘の手に新たなる徴を刻む。

「その徴、我が念であり意思である。うぬが心に裏切りの兆しあらば……手……腕……肩……胸を伝い、ついには心の臓を喰らうであろう」

バサリと翼を翻し、背を向ける。

「見事その剣、魔の隷属と成してみせよ。勇者と一行の死を以てその徴を解く」

225 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/14(日) 07:05:21.73 ID:5HAtOn23.net
「ルカインが……殺された……」
ベリル姐さんの呟いた声が、遥か上の白い天井を映していた水鏡の水面に細かい波紋を作った。
ふと……上を見上げた。いま……誰かに見られてたような気が……

エルフ達の叡智を結集し作られた神殿は、森の最下層にあるとは思えないほど明るい。
採光と換気のための細い道が無数にあるからだ。
魔法種族と呼ばれるエルフ達は、何故かこの神殿に一切の魔法を使っていない。水鏡への干渉を避けるためだと言う。
伝令もそうだ。魔法ではなく、各部屋に回された伝声管が主な通信手段。
長老が祭壇わきにある伝声管の蓋をあけて何か言っている。
すぐに近くの扉がひらき、ベラトリクスとフォーマルハウトが一礼して入ってきた。

「このベリルを神殿の奥へ。ここももはや安全ではない」
ライアンと父さんの顔が緊張してる。やっぱさっきの気配、感じたの俺だけじゃなかったんだ。
姐さんがちょっと悲しい顔をした。そうだよね。突然の知らせ。突然の別れ。もしかしてこれが最後かも知れないんだ。
「じゃ、また」
姐さんが軽く笑って手を振った。俺も手を振り返す。笑おうとしたけど上手く出来なかった。

奥へと続く扉が閉じ、長老が重い口を開いた。
「師剣が彼等の手中に落ちた。事態はかなり深刻だ」
「勇者の……石が……」
俺達は長老から、知り得る限りでの石の形と在り処を聞いている。
ビショップの杖の赤い石がこの神殿の「僧正の石」で、その石も敵の手に渡ったってことも。
賢者の石はたぶん賢者が持ってるって言うからそれは良しとして……
残る二つの石の手掛かりはかなりヤバい。
ドワーフ神殿に納まるはずの「戦士の石」はアルカナン王家の魔剣の柄に嵌ってて、いま現在移動中らしい。
ナバウル王城の「魔法使いの石」は、これもまた誰かが身につけているのか、あちこちに現れては消える、を繰り返してる。
持ってる本人がその気で動いてればいいんだけど、じゃなきゃ一生つかまらないって事だ。

問題はまだある。

「長老。ビショップに代わる『僧正』は誰なんですか? それも俺が見つけるの?」
「五要を探すは勇者だけではない。シールストーン自身が認めた者も然り。候補も一人とは限らんという事だ」
「そうなんだ。俺、長老が僧正になってくれればいいな、って……」
長老が笑った。
「光栄なことだ。石に認められるよう努力するとしよう」


突然天井のステンドグラスが一斉に割れた。赤、緑、青色に光るガラスの破片が俺達の頭上に降り注いだ。

226 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/14(日) 17:54:12.27 ID:DKpBkdxV.net
>剣を置き、右手をこれへ

魔王に促されるまま、フェリリルは師剣を背に納めると甲を上にして右手を差し出した。
魔王の手から、どす黒い色をした血液が一滴。
それが手の甲に落ちると同時、熱とも疼痛ともつかぬ感覚と共に黒い九曜の紋が広がってゆく。

「――これは……」

>その徴、我が念であり意思である

魔王の言葉に、フェリリルは手を引っ込めるとまじまじとその紋様を見た。
魔王の紋章である九曜、その禍々しい刻印。
もし造反の意思を抱くならば、この紋章はたちまちフェリリルの身体を喰らい尽くすという。
つまり――これは狼の首に嵌められた首輪、ということか。
誇り高き魔狼に首輪は不要。とはいえ、敢えてそれを嵌めたということは、それだけこの師剣が恐るべきものということ。
いかな強大な力を持つ魔王とて、2000年前の二の轍は踏みたくないということなのだろう。

>見事その剣、魔の隷属と成してみせよ。勇者と一行の死を以てその徴を解く

「……御意。お任せあれ、我が王」

魔王の言葉に、今一度深々と頭を下げる。そして音もなく立ち上がると、フェリリルは謁見の間から去った。
逃がした男――ホンダの行動は完璧に追跡してある。魔狼の嗅覚は、50キロ離れた場所にいる者の居場所も突き止める。
ホンダが勇者と合流したときが、自分の動く時だ。
その時こそ勇者とその一行を根絶やしにし、見事王の期待に沿ってみせよう。

「このような呪縛など無くとも、我が忠義は普遍盤石のものだというのに――まあ善い」

回廊を大股で歩きながら、フェリリルはもう一度右手の甲に刻まれた魔紋を見た。
わずかな熱を持ち、九曜の魔紋がほのかに明滅している。
フェリリルはその魔紋に唇を近付けると、ちろりと舌先を覗かせてそれを舐めた。
くちづけのような仕草をしてから、おもむろに背の師剣コンクルシオに手を伸ばす。
ヒュン、と風を切る音を立てて剣を振ると、フェリリルは大きな目を細めた。

「さあ――剣よ。このわたしを主と認めし、封印の魔石よ……」
「これより共に、血と闘争に彩られし魔の時代を築いてゆこうぞ――!」

フェリリルの喜悦に満ちた言葉に反応するように。
師剣が、僅かに羽音のような音色を奏でた。

227 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/08/14(日) 17:59:03.07 ID:DKpBkdxV.net
(こちらはホンダの向かった先を襲撃するつもりです。それまで待機しますので、お話を先に進めてください)
(何か動きがありましたら、またレスさせていただきます)

228 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/14(日) 20:36:08.46 ID:5HAtOn23.net
【了解しました。王都はちょっと置いといて、エルフの森を無影の軍団が襲撃する流れにしようかと思っていました】
【無影将軍、演られませんか? 少しばかりいじってしまいましたが……】
【7日間お休み頂きますので、その間、御検討をお願いします】

229 : ◆khcIo66jeE :2016/08/16(火) 19:42:16.62 ID:s0IqVe1w.net
(承知しました。では軽く。)

230 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/16(火) 19:44:34.89 ID:s0IqVe1w.net
2000年前の戦いでは、勇者の率いる連合軍と魔王の率いる魔王軍とが熾烈な戦いを繰り広げた。
その戦いの際、魔王の腹心である八大魔将のひとりが魔王を裏切り、勇者の側についたという。
魔王軍の内情をよく知るその魔将の手引きもあり、勇者の軍は勝利の糸口を掴むに至った――と、古文献にはある。

しかし。

寝返ったのは、なにも魔王軍に属していた者だけではない。
本来連合軍に属しているはずが、魔王軍に走った――という者も。少なからず存在するのだ。

突然、天井のステンドグラスが粉々に砕け散る。色とりどりのガラス片が無惨に降り注ぐ。
そして、その途端にルークたちのいる場所に満ち満ちてゆく魔力。
禍々しい闇の魔力はすぐに神殿の出口の扉に集束してゆくと、その床に不吉な魔紋を描いた。
『転移』の魔法だ。魔法陣と化した魔紋の中央に、漆黒のローブを纏った魔導師が現れる。

「ク、ク……。やはり、ここに集まっておったか。おのれらの浅知恵など、半睡のうちにも察するは易い」

深くかぶったフードの作る影の中から、炯々と輝く双眸だけが見える。魔導師はカツリ、と杖で床を打った。
杖の先端には、光り輝く『僧正の石』――。
杖が床と接触する硬い音が響いた瞬間、魔導師の全身から膨大な闇の魔力が颶風となって迸る。

「勇者よ、そしてその郎党よ。お初にお目にかかる――。我が名は無影将軍ベテルギウス。偉大なる魔王が従僕のひとり」
「そして、魔王軍の精強なる八大軍団の一角、降魔兵団を預かる者なり。此度は、おのれらを残らず葬りに参った」

クク、と喉奥で嗤う。
ベテルギウスは軽く左手を持ち上げると、刺青のように魔紋の施された指でルークたち一行をぐるりと指した。

「“魔王蘇りしとき、勇者もまた蘇らん。闇に抗いしは強き光、光は束ねられ、大いなる希望とならん”……旧き予言よな」
「して……どれが当代の勇者か?どれもこれも、話にならぬ弱々しき光ばかり……藁をいくら束ねたとて、鋼に勝てる道理はなし」
「藁束は藁束らしく、我らのために糧となっておればよいものを。度し難い愚かさよ――」

ベスマ要塞の隠された地下回廊に漂う瘴気とよく似た、しかし明確に異なる闇の魔力が、神殿を侵食してゆく。

「まあ善い。いかにか細きとはいえ、光は光。いかなる可能性の芽も摘み取れとは、陛下の仰せよ」
「然れば、おのれらをここで葬る。五体を裂き、生皮を剥ぎ、地獄を現世に顕現させてみせようぞ」
「そして。勇者の血筋を根絶やしにした、一番最後――それが、汝の死ぬるときよ」

殺戮の喜悦を隠そうともせず、ベテルギウスは巡らせていた手指を長老のところで止めると、

「なあ……長老ミアプラキドス。いや……兄者と。そう呼んだ方がよいかな?ククク……ク、ククククククッ……!」

と、言った。

231 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/16(火) 19:45:22.21 ID:s0IqVe1w.net
名前:無影将軍ベテルギウス(Betelgeuse)
年齢:2045(外見は40歳前後)
性別:男
身長:169
体重:45
種族:エルフ(ダークエルフ)
職業:魔将軍(無影将軍)
性格:陰気、執念深い
長所:物知り
短所:エルフのこととなると我を忘れる
特技:呪術
武器:『僧正の石』が嵌った杖
防具:漆黒のフード付きローブ
所持品:手の平サイズの7つのタリスマン
容姿の特徴・風貌:
くすんだ金髪、灰色の肌、痩せこけた身体
普段は漆黒のフード付きローブで身体をすっぽり覆い隠しており、双眸だけが輝いている
右腕が肩から欠損しており、魔法の義手を装着している

簡単なキャラ解説:
魔王軍八大軍団のひとつ『降魔兵団』を統べる八大魔将のひとり『無影将軍』。
魔王軍における参謀のような役職を司る、魔王軍の知恵袋。
かつては『エレド・ブラウ』に住んでいたが、禁忌とされた呪術に魅入られ、外法に手を染めたため追放された。
右腕がないのはその際に斬り落とされたため。
自分を排斥し追放したエルフ、特にその指示を下した実兄ミアプラキドスに強い憎悪を抱いている。

232 :シオ ◆ELFzN7l8oo :2016/08/23(火) 16:19:47.23 ID:eZ8/zDKw.net
最後の一人が魔狼の手にかかり、殺戮劇は一応の幕を閉じた。

昇り始めた真夏の陽が、戦士達の無残な屍をギラギラと照らしている。
匂いを嗅ぎつけた食肉の類が嬉々として死肉を貪るその中で、湯殿の噴水だけが変わらぬ飛沫を上げていた。
あの近くにルカインの遺体がある筈だが、他の遺体や鴉達で覆い隠され良く見えない。
ホンダは――戻ってこない。「いざという時はベスマへ」という取り決め通り、あの要塞に向かったのかも知れない。

「シオ。あれ」
リリスが差したその向こう。いつからそこに居たのか、数匹の白い魔狼が四肢を地につけ立っていた。
黒き毛皮が主調の魔狼兵団にあるまじき純白の毛皮。
屍をひとつひとつ検(あらた)め……何かを探すその姿はひどく目立った。
「……白の番人!?」
思わずドアを開け飛び出す。リリスもすぐに追ってきた。
遺体を避け、または跨ぎつつ進む。鴉がギャアギャア喚いて飛び立ち、四つ足の食肉類が身を伏せ唸る。
広場をうろつく黒い魔狼達がこちらを向くが、襲ってくる様子はない。
死肉を喰らい満足したか、はたまた長フェリリルの命(めい)が無いためか。

ゆっくりと白狼達に近づいた。
グオルル……
振り向く魔狼。その腕に抱えられるのは……かっ切られた首筋を除き、ほぼ無傷なルカインの遺体。
「その手を離せ」
背の双剣を抜く。血に染まる牙をむき出しにし、唸る白狼達。
「せめて埋葬してやりたい。私を、私達の危機を救ってくれた勇者を」
魔狼達が身体をバネのごとく沈ませ、飛びかかろうとしたその時、何者かの制止の声がかかった。

声のした方角、広場の隅に二人の女が立っていた。
一人は狼頭の毛皮を被り、狼の尾を揺らす……銀髪の美しい娘。ルカインを手にかけた当の本人。覇狼将軍フェリリルだ。
そしていま一人。
何事かフェリリルと言葉を交わし、ほほ笑んだその女が、こちらへと足を向ける。
年の頃は20代半ばか。銀の髪に青い瞳。純白のイブニングドレス。およそこの場にそぐわぬ姿の……しかし常人の気配を持たぬ大人びた女性。
ルカインを抱える魔狼の横に楚々と立ち、美しい笑みを湛えこちらを見つめた。

「はじめまして。シオ・ビクタス……だったわね?」
青い……ガラス玉のような眼だった。その異様さに呑まれ、言葉が出ない。
「感動したわ。『動けぬ者の命を奪うなど剣闘士の名折れ!』なんて」
「あんた誰よ!!」
口を開いたのはリリスだった。敵意の色を露わにし睨みつける少女に、女は更なる笑みを返した。
「あら。居たのね? リリス・レニエとか言ったかしら。エルフが産ませた娼婦の娘」

「……何でも……知ってるんだな」

双剣の切っ先を女に向ける。笑みを次第に邪悪なものに変え……女が歩み寄った。
「無駄よ? せめて強い魔剣じゃなきゃ……この髪一本だって切れやしない」
ガラスの眼が青白く光り、それに応じた剣が砂となって流れて落ちた。柄を握る手がカタカタ震える。
「あなたは殺さない」
白い手がそっと頬にふれた。ぞっとするほど冷たい。

「ルークに伝えて。エレンが待ってるって」

血より赤い唇が意味ありげに笑う。呪文も、印を着る様子も一切なく――女は白狼と共に掻き消えた。

233 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/23(火) 16:22:00.14 ID:eZ8/zDKw.net
――敵だ! あの気配! 気のせいじゃなかったんだ! 

土砂降りの雨みたいに降ってくるガラス。
細かい破片とはいえ、あの高さから落ちてきたそれは雨とは違う。それなりの殺傷能力を備えた凶器だ。

「みな、我が背後へ」
長老が手招きする。
「大丈夫です長老! 俺も父さんも防御呪文持ってるし、ライアンだってフサルクの剣あるし!」
言った俺の腕を父さんが引っ張る。
「これは長老にお任せしよう。力は出来るだけ温存するのだ」
「そうだルーク。いざって時に魔力切れになっちまうぞ?」
――そっか。今まではそういう考え、無かったなあ。

水鏡を背にして腕を広げる長老。俺達はその後ろに回り込み、水鏡を囲むように立った。
長老が見ているのは上じゃない。前方だ。もしかして……敵がいるのそっち?
細い背中に華奢な腕。白いマントと長い上着の裾が……ぶわっと何かの力で持ちあがる。
2,000年以上も生きてるエルフの長。どんな凄い呪文持ってるんだろう。

【現を映す揺蕩いし水鏡よ 我が砦と化し楯と成り給え】

呪文詠唱終了と同時に、キン! と魔力が空に満ちる気配。
水鏡から勢いよく何かが飛び出して、俺達の周囲に光のドームを作りだした。光……いや、水?
落ちてきたガラスの雨がドームに弾かれ、シャラシャラと周りに滑り落ちる。
……と、ゆらりと景色が歪み、ドームが弾けた。
形を変えたその壁は、放物状の波形を描きつつ俺達の周りに展開し出す。
眼で見たそれは、無色透明の粘っこい何か。まるで意思を持った防御壁。

>ク、ク……。やはり、ここに集まっておったか。おのれらの浅知恵など、半睡のうちにも察するは易い

若くは無い、しかし老人でも無い男の声。
遥か前方の扉の前に……居た! 
黒いフードのせいで、顔とかぜんぜん見えないけど……二つの眼だけがこっちを見てるのが解る。
カツンと鳴らした杖の先に光る赤い石。なま暖かい嫌な風が吹きつける。あれ? あの杖……何処かで……

>勇者よ、そしてその郎党よ。お初にお目にかかる――。我が名は無影将軍ベテルギウス。偉大なる魔王が従僕のひとり
>そして、魔王軍の精強なる八大軍団の一角、降魔兵団を預かる者なり。此度は、おのれらを残らず葬りに参った

――出たー!! ライアンの言ってた八魔将!! 
ベテルギウス……って、昨日も夜中に赤く光ってた……いっちゃん明るい星の名前。
後ろから見る長老は何も言わず、動かない。でもその耳だけがピリピリしてる。

>“魔王蘇りしとき、勇者もまた蘇らん。闇に抗いしは強き光、光は束ねられ、大いなる希望とならん”

……そんなカッコイイ予言あったんだ。つか人の事指差すなよ! 失礼だろ!? 
どれが勇者かとか、ワラ束はワラ束らしくとか、喧嘩売ってんの? 勇者は俺! 俺俺!
そう思って一歩踏み出そうとした俺の足をライアンが踏んづけた。
『馬鹿か。自分から名乗ってどうする』
耳打ちするライアンの顔が呆れてる。……ごめん。つい挑発に……

そんな俺達の言葉が届いてるのかいないのか。
これまたねちっこくしゃべくりまくる黒いおっさん。
へいへい。どうせまだ若い芽ですよ。一応摘んどくとか、どんだけ余裕かましてんですか。
四対一だよ? 「八魔将! みんなでやれば怖くない!」 ね? 長老!

>なあ……長老ミアプラキドス。いや……兄者と。そう呼んだ方がよいかな?ククク……ク、ククククククッ……!

そうそう。笑っていられんのも今の内……って……は? 兄……者……? 長老の……弟――――――!!??

234 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/23(火) 16:27:45.11 ID:eZ8/zDKw.net
しばらくショックで頭が真っ白だった。
長老の弟ってことは、父さんの叔父さんで、俺の大叔父さん。うわバッチリ親戚じゃん!!
親戚のエルフの叔父さんが何で? 何で八大魔将とか! 魔王の手下とかやってんの!?

「おっさん! ちょっ・」
言いかけた俺の口を父さんが塞いだ。
「……お前、いま叔父上の事『おっさん』などと」
「ぬしも『叔父』と呼ぶでない。我が一族の恥晒し。裏切り者。同じエルフ族とも思わぬ」
いつもより低い長老の声。
「我等が誇る永遠の寿命と引き換えに闇に落ちた……愚か者。片腕などで済まさず、首も落とすべきであった」

――ここ怖いんですけど長老! 何があったか知らないけど、兄弟でしょ?
腕斬るとかそんなんじゃなくて、口で説得すべきじゃあ……
そんな俺の心の声が聞こえてるはずの長老は、何も言わずじっと前を睨み……いきなり声を上げて笑いだした。

「『僧正の石』とは、いかなる意図か。魔王封じの一助と成りに参ったか?」

指差す叔父さんに指を差し返す長老。叔父さんの持つ――ほんとだ! 確かにあれ! ビショップの杖だ! 
「叔父さんいい人だったんだ!? 封印に協力しに来るんなんて・痛てっ!!」
後ろ頭を思い切りライアンにど突かれた。
「んな訳あるか! あの殺気、本物だぞ。奴の言葉通りだ」
「左様。あ奴の目的は我等の殲滅以外にあり得ぬ」

俺達の周りで蠢いていた透明なネバネバがゆるゆると動き出した。散らばるガラス片を取りこんで次第に体積を増していく。

「其方等は隙を見、ここを去れ」
「――え?」
「評議長! お一人で八大魔将の相手を!?」
「無理、と申されるかルーンの嫡子よ」

長老が振り向いた。
「危惧せずとも、正面切っては戦わぬ。我が成すべきは『石』を奪い、これへ納める、それだけよ」
俺達と長老の間に据えられた水の器。さっきまで入ってた水が無くなって……暗い……まるで底なしの井戸みたい。
「しかし父上。ここは束になるが得策では?」
父さんの意見に、またまた長老が声を上げて笑った。
「手を出すなとは言わぬ。退路を得るには多少は必要なれば。――が、ぬしも言っていたな、魔力は温存すべしと。己にも役目があろう」
長老が視線を前に戻す。黒い魔導師の背後の、大きな両開きの扉。たぶんあれが唯一の出口。

床が、壁が、天井が、次第にその色を失っていく。何だかとても――寒い。

「ルークを頼んだぞ。勇者の心臓が奴等に渡ればどうなるか……わかるな?」
「――え?」

どういう意味かは聞けなかった。父さんとライアンが俺を思いっきり突き飛ばしたからだ。

235 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/23(火) 16:32:56.74 ID:eZ8/zDKw.net
赤眼の王は玉座にて暇を持て余していた。
そこかしこに耳を傾け、意識を向けはしているものの、彼にとっては何もしていないに等しい。
そんな王の退屈を紛らわすかの如く、それは突然現れた。

「無沙汰しております。古の……キング」

突如として扉前に出現した、白きドレスに身をつつむ銀髪の女と白い魔狼達。
転移の魔法特有の前触れどころか、微かな魔力が発動した風もない。
コツン……
何処か遠くで鳴る異様な靴音。
無造作に捨て置かれたビショップの遺体に気づき、その眼が一瞬間悲しげに臥せるも……すぐに玉座に向き直る。
かつてビショップが従えた白の番人の腕には、王も見知らぬ一体の死体。

「エレンディエラ。2,000年前と少しも変わらぬな。扉も叩かず何用だ」
「エレンとお呼びを。愛しき陛下」
鼻にかかる媚びた声に、魔王が立ち上がる。
「『人形』の分際で不遜にも程があろう。其処許が素体となった我が腹心の名、思い出すも不愉快だ」
「などと仰って、生き写しの人形を創らせてしまう所が……陛下らしいですわ」
「知った口を訊くな。何用かと聞いている」
「手土産を持参致しましたの。お気に召すと思いますわ」

女はにっこりと微笑んだ。白狼が手渡したルカインの遺体を軽々と横に抱き、王の御前近くに横たえる。
死してなお瑞々しい張りを保つ、力ある遺体。
金の髪は無残に斬られ見る影もないが、その安らかな死に顔は、無垢なる少年が眠っているようにも見える。

「――ほう? これは……」
一対の黒い翼がバサリと広がる。
「御察しの通り、覇狼将軍が手中とした師剣の持ち主ですわ」
「素晴らしい。感じるぞ……! 微かな鼓動を……!」

喜びで翼が戦慄いている。魔王がここまで感情を露わにするのは珍しい。女が心得顔で微笑んだ。
「覇狼将軍の手はつかぬままにて。ご堪能くだされば幸いですわ」
「――フェリリルが……手をつけぬと?」
高位の魔族であれば何にも増して欲するであろう勇者の心臓。ふと首を傾げるも、それ以上は考えず。
「貰い受けよう」
言うが早いか、魔王の手がルカインの胸に触れた。
まるで水中の魚でも掴み取る素早さで取り出されたそれは、未だ鼓動を続けていた。
魔王は生き血滴るその塊を乗せた手を、頭上高く掲げた。

「これなる勇者の心の臓! 我が更なる糧とならん!!」

謁見の間に轟く雷鳴と目を焼く稲妻。
生き物を焼く異臭が漂い、やがて靄の晴れたただ中に立っていたのは――三対の翼を持つ赤眼の王。

「ふははは!! 見よ!! あと三対! 完全なる躰(からだ)となれば、封じの石など恐るるに足らぬ!!」

いま一度満足気に高く笑い、魔王はゆっくりと王座前に立ちはだかった。
「望みを言え。多少の無理もきく」
エレンがその場に片膝をつき、面を上げた
「ならば将軍の地位を。『アシュタロテ』はその軍団と共に滅び去り、椅子がひとつ空いたはず」
「アシュタロテ。我が腹心にして妻。賢者などに現を抜かし、かの軍門に下った忌まわしき名よ」
六枚の羽根を広げ、腰を降ろした王に浮かぶ苦悶の貌。しばらくその赤い眼を閉じていた魔王がふと口を開いた。
「良かろう。彼奴が返還せし我がメダイ。持っていくがいい」
チャリン……と足元に落とされた九曜のメダイがキラリと光った。

「有難き幸せ。早速なれば、御命令を頂きたく」
深く下げたエレンの頭上から、厳粛なる声音が響く。

「もと八大魔将が一人、ベアル・ゼブルが動向を探れ。今や中立なる立場なれど、いつ何時に裏切らぬとも限らぬ」

236 : ◆ELFzN7l8oo :2016/08/23(火) 16:35:43.13 ID:eZ8/zDKw.net
名前:ベアル・ゼブル(ベルゼビュートとも)
年齢:2万歳以上(人間形態時の見た目は40前後)
性別:どちらでもない
身長:250(人間形態180)
体重:180(人間形態100)
種族:天使
職業:君主(現在は隠遁者)
性格:鷹揚
長所:万事に対し公平な目を持つ
短所:アシュタロテの名が出ると平静を失う
特技:魂の操舵、魔法を無効化する結界の作成が可能だったが、現在は不可能。趣味で雨乞いが出来る。
武器:なし
防具:なし
所持品:八大魔将のひとりを示す九曜のメダイ
容姿の特徴・風貌:片翼、捻じくれた2本の角、黒い毛で覆われた裸身。人間形態は体格のいいおっさん。
簡単なキャラ解説:リュシフェールに次ぐ君主として天から遣わされた天使。同族のアシュタロテ公爵と共に八大魔将として魔王に仕えていた。
            アシュタロテ離反の際魔王と言い争い片翼を失う。ルーン、アルカナン王家の始祖。
            リュシフェールに落とされた翼の傷が癒えておらず、衰弱し続けている。
            存在出来ているのはごくたまに黒い丸薬を飲み込んだ人間に憑依・具現し、敵側の人間を屠ることに依る。
            人間の味方という訳ではない。魔王とは別の方法で大陸を支配しようと目論んできた魔族の一人である。

237 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/23(火) 22:35:53.43 ID:ZSBCNHh+.net
エルフの評議長ミアプラキドスと、無影将軍ベテルギウスの兄弟が睨み合う。
一帯に、静かな緊張が走る。騒いでいるのはルークただひとり。
ベテルギウスはちらりと一行に、とりわけシャドウに視線を向けると、

「ヴェルハルレン……。おのれもここへ来ておったか。なんとも奇遇な邂逅よ」
「おのれだけは、我の研究を忌避はせなんだな……。どうだ?我が副官として働く気はないか?格別の待遇であろうよ」

と、嗤いながら言った。

>我等が誇る永遠の寿命と引き換えに闇に落ちた……愚か者。片腕などで済まさず、首も落とすべきであった

「愚かはどちらか?永遠の命を何ら有効活用することなく、ただ無為に自堕落な日常のみを繰り返す――」
「進歩から目を背け、緩々と安穏に浸る愚昧。それに比ぶれば、外法の研究にいかほどの咎があろう」
「首(こうべ)が落ちるはおのれよ、ミアプラキドス。おのれの首を干首にして、我が占術の触媒としてくれようぞ。ク、クク……!」

杖の先端で、カツリ、カツリと床を叩く。
精神が高揚している際に無意識に出る、無影将軍の癖である。と、不意に笑いだした長老へ不快げに片目を眇める。

>『僧正の石』とは、いかなる意図か。魔王封じの一助と成りに参ったか?

「おのれら勇者どもは、希望とかいう形なきものに縋って力を振り絞る。それが、我らには目障りゆえ――」
「それを、おのれらの目の前で摘んでやろうと思うてな。希望を絶望へと転じるには……それが一番効果的であろう?」

ク、ク、と喉奥で嗤う。ベテルギウスはゆっくりと左手を杖に嵌った『僧正の石』へ持って行った。

【地獄の領袖よ、死と無道と外法の頂に座す、いと貴き我が主よ――御照覧あれ、今ぞ我が身を封となし、光を闇の懐に抱かん――】

パキリ。
軽い音を立て、『僧正の石』が杖から外れる。
魔王にとっては触れることさえ叶わない封印の石も、エルフであるベテルギウスにとっては単なる魔力の石に過ぎない。
ベテルギウスは手中に『僧正の石』をおさめると、フードの奥でニタリと口角を歪めた。

「陛下を封ずる五つの魔石のひとつ……。おのれらにとっては、まさに希望の象徴よな?」
「おのれらはこれが欲しい。まさしく、喉から手が出るほど……。違うかな?ク、ククッ、クククク……!」
「だが。これなる魔石をおのれらが手に入れることは永劫ない。いくら喉から手が出るほどに欲しくともな!何故なら――」

そこまで言って、ルークたちへ見せつけるようにゆっくりと石を掲げる。
ベテルギウスが顔を上向かせる。
すっぽりと顔を覆い隠しているフードの作る黒い影が、不意に色濃くなったような気がした――次の瞬間。

ごくり。

静まり返った神殿内に、その音――嚥下の音は、やけに大きく響いた。

238 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/23(火) 22:39:36.15 ID:ZSBCNHh+.net
「ク、ククク、クク……!これにて、おのれらの行為もすべて水泡(みなわ)と消えたわ!快楽(けらく)、快楽……クク、ククク!」
「とはいえ、最初からおのれらには塵ほどの勝機もなかったがな。さりながら、嘆くことはないぞ?」
「世界は元に戻るだけなのだ。陛下が支配しておられた、真に正しい世界のありようへとな……!それこそ、我らが真なる理想!」
「この2000年、真なる主を欠いた世界のなんと歪み捻じ曲がりしことか。人間どもは相争い、親が子を、子が親を殺す修羅の巷よ」
「陛下の統治される世界では、すべてが平等。互いに争うこともなく、皆が等しく陛下を崇拝する――そのなんと平和なことか」

まるで神に仕える司祭のように、両手を広げたベテルギウスが朗々と告げる。

「おのれらは陛下の理想とされる平和を害さんとする害虫よ。勇者などという名は、陛下の世界に湧く虫ケラを指す名以外の何物でもないわ!」
「なれば。なれば――この魔王軍の参謀挌たる無影将軍が害虫を駆除するは当然の仕儀。緩々死ぬが善い、虫ども――!」

ゴッ!

ベテルギウスの身体から膨大な魔力が迸る。
闇の魔力は冷気を伴い、同時に周囲を侵食してゆく。あたかも夕刻、闇が周囲を音もなく覆いつくしてしまうように。
“The dusk”――
闇の魔法を得手とする魔族、それも上級魔族であるグレーターデーモン等が出現する際に起こる現象である。
闇の魔力は魔法としての形を成さずとも、その場にあるだけで生物の生命力を奪い、更には命まで奪う。
死者の纏う瘴気とよく似ているが、負のエネルギーである瘴気と違い闇の魔力はあくまで闇という属性のエネルギーであるというところに差異がある。
いずれにせよ、ミアプラキドスの作った光のドームから出れば只では済まない、というのは容易に想像できるだろう。

「ク、ククク……。あいも変わらず攻撃の手段を持っておらぬのか?であれば、勝敗など最初から決まっておったな……」
「我が闇の魔力を前に、いつまで持ち堪えることができるのか?存分に試してくれようぞ!カ、ハハハ――」

そう言って、義手に握った杖を突き出す。途端に周囲に蟠っていた闇の魔力が指向性を持ち、一行へ向かって突風となって吹き荒れる。

「ミアプラキドス以外に興味はない……。いともあっさり殺してやろうゆえ、抵抗せずに降(くだ)ることよ!」
「どうせこの神殿を出たとて、おのれらには死と破滅以外に歩む道などありはせぬのだからな――!!」

闇の颶風にローブを激しく嬲られながら、ベテルギウスは双眸を爛々と輝かせた。
そう、仮に首尾よくこの神殿から脱出できたとしても。
地上には、すでに八大軍団のひとつ降魔兵団が展開している。何も、ベテルギウスはこの場にひとりでやって来たわけではない。
降魔兵団はゴーレム、ドラゴントゥース・ウォーリアー、ガーゴイル等、魔力で動く無生物たちの軍団。
命なき魔物たちは、一切の慈悲なくエルフたちを殲滅することだろう。

『勇者の血を絶やせ』、それが魔王より与えられた至上の命令。
――ならば。
勇者とおぼしき者を生んだ、エルフという種族そのものを滅ぼすこともまた、王命の体現であろう。
エルフをこの地上からひとり残らず消す。
その目的のため、ベテルギウスは迸る魔力の勢いをさらに強めた。

239 :シャドウ ◆xGPJmmLbMQ :2016/08/25(木) 06:05:22.04 ID:Ru/pj+4p.net
叔父ベテルギウスが放つ闇のエネルギーの一部が、うねくる水壁の谷合を抜け音も無くルークに迫った。
彼は勇者の心臓云々に気を取られたか、その気配に気付かない。
『危ない!』
そう思ったのは皇子ライアンも同じだったようだ。両脇から同時に背を押され、たたらを踏む息子。
――ジャリッ
右肩を叩きつけられるかの衝撃。

「父さん!」
すぐにルークが近寄ってきた。
魔導師服の丈夫な麻生地が焼け焦げ、肩口が露わになっている。その肩も、何かに浸されじんわりと闇色に染まっていく。
凍傷とも火傷ともつかぬ傷み。
「これ、なんの傷!? 挫創!? 火傷!? ただの打撲!? 」
ルークが両の手を傷にかざす。【治癒】はスペルは大概同じだが、傷の種類により想起が異なる。
「闇のエネルギーに依る傷は重度の凍傷に似る。『光』のイメージを付与し、闇を中和する必要もあるだろう」
頷いたルークが治癒のスペルを唱え出す。
【治癒】は想起さえ正確ならば、魔力をほとんど消費しない。
事の次第を見たミアプラキドスが再び壁をドーム状に変えた。
すぐに傷は跡かたも無く消えた。しかし問題は……いかにして外に出るか。

漆黒の闇を纏う叔父の姿。初めて遭ったあの頃は、いくらかその色は褪せていた記憶がある。
叔父は……皆は『陰気』と評するが……なかなかに諧謔(かいぎゃく)に富み、かつ自身の研究に真摯な方だ。
たまたま迷った地下の洞窟にて、それと知らず魔道を習ったあの頃を……今でもはっきりと思いだす。

暗闇の奥のさらに奥、広く穿たれた洞窟の中に叔父は居た。
一面に青く光る水が張る……この世のものとは思えぬ美しい洞窟。水面より切り立つ島を背にした黒い魔導師。
フードを外しこちらを見たその姿は、異様ではあった。手招きするその左手指は灰色かつか細い。
叔父と過ごしたその時だけは時間を忘れた。純粋に己の知識を満たす喜びと、研究に没頭する楽しさを知った。
父の目を盗み数度、その場を訪れた。思えば叔父は、私が誰なのか知っていたに違いない。
ある時父の知るところとなり、酷く諌められた。同時に魔導師の正体を知ったが……訪問を諦めはしなかった。
叔父を好いていたから――だけではない。研究の中味が気になって仕方がなかったのだ。

『おのれだけは、我の研究を忌避はせなんだな』
さきほどの叔父の言葉。当然だ。当時叔父が没頭していた、その研究とは――

「息子よ! 奴に気を奪われるな!」
父の叱咤の声。無論、この心中の声を読んだのだろう。だが――止められようか!

「父上! 貴方は偉大すぎる! 常にこの大陸全土を見据え、同族ならざる者達の行く末をも案じられる方! 
私は貴方とは違う! むしろ我が性はあの叔父に同じく! 求めるは至上の叡智! 
父上は良く云われた! それは禁忌だ! 外法だと! 闇を見知り初めて得る叡智もこの世にはあるだろうに!」

「……ここを出たあの時と変わらぬな。今でも……我が跡目は継がぬと?」

ルークと皇子が驚いた眼で我々を見ていた。

240 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/25(木) 06:08:57.87 ID:Ru/pj+4p.net
――知らなかった。父さんがあんな考えを持ってたなんて。
俺には叔父さんなんて居ないから、父さんの気持ちが良く――あ、居るじゃん。クレイトンおじさん。
そっか。
あーしろこーしろって口うるさい親と、いろいろやらしてくれる叔父さん。
どっちと居るのが楽しい? って聞かれたら、当然叔父さんだよ。うん。なんか分かった。

長老がちょっと悲しい眼をして、また前を向いた。
「その話はしばし置こう。こともあろうに……僧正の石を体内に容れるとは……あ奴は死ぬ気か? 我等と共に?」

大叔父さんの光る目が長老に向けられている。ものすごい憎悪の目だ。
長老、あれもダメこれもダメって言い過ぎたんじゃない? あの目、よっぽどだよ?

吹きつける闇の冷気が更に強まった。
キラキラドームに当たって、消滅するにはするけどキリが無いって感じ。良く言う膠着状態。

「奴が狙うは我が命のみ。だがこれを打破せぬ限り、其方等を逃がす事も出来ぬ」
「あの……長老。こうなる事予想してなかった……とか?」
「うむ。あ奴が何か仕掛けてくるかと思ってな?」
困った笑顔で頭をかく長老。いやあの、長老ももしかして行き当たりばったり派……?

「叔父上!!」

いきなり叫んだ父さんが、俺達の……長老よりも一歩前に進み出た。
「この私を副官に取り立てて下さるというその言葉、まことならばしばしその耳をお貸しください!!」
「父さん!?」
「ヴェル!?」
父さんが両の手を横に広げた。魔法じゃない。父さんが誰かにものを頼むときに必ずする仕草だ。
「父はあの通り、曲がる事を知らぬ方ゆえ、恨みを抱くも致し方の無いこと!」
――父さん? 
「私は、わたくしは叔父上を敬愛しております! 是非にもそのお傍へ!」

大叔父さんは答えない。そりゃそうだよ。いきなりそんな事言われて信じるわけない。

「叔父上とわたくしが組めば、それなりの仕事が出来ましょう! 魔王などの下につく事もない! 何故なら……」
父さんが一呼吸置いた。
「わたくしは『賢者の石』の製法を知っております!」

長老とライアンが息をのんだ。賢者の石。そういや俺も、ベリル姐さんに軽い気持ちで聞いたことあったっけ。

「叔父上もお存じでしょう。『賢者の石』はただの封じの石にあらず。永き時を経ればただの鉛と化す、儚き魔石だと!」
「――そうなの!? 僧正の石とか、戦士の石と同じ種類の石じゃないの!? 」
それに答えてくれたのはライアンだった。
「聞いたことがある。魔王もエルフも存在しない遥か昔。人は賢者の石の精製を手掛けていたと」
「ふーん。とどのつまり、賢者の石って……何なの?」

≪賢者の石を手にする者、世界を支配せん≫

頭の中に直接言葉が響いた。誰? 誰でもいいや。昔の人達に出来て、なんで俺達に出来ないの?

≪出来ぬのではない。やれぬのだ。原石に触れる者、精製せんと近づく者すべてを……滅ぼす石ゆえに≫

ふと上を見た。そっか。この声、あのドーム……水鏡だ。父さんもしばらく耳を傾けてたけど、思いつめたように顔を上げた。

「叔父上! わたくしをお連れください!! 叔父上は怨恨の念にも勝る探究のお心がおありなのでは!?
あの時、叔父上がなさっていたのはまさしく賢者の石製法の探究! その答えをお知りになりたいのでは!?」


……俺には……父さんの言葉が本気なのかフェイクなのか分からなかった。

241 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/26(金) 06:22:31.19 ID:1DZKkXCq.net
生まれつき、好奇心の旺盛な性格だった。
幾度も幾度も、古老に昔話をねだった。神殿の古い文献を、文書を、巻物を片端から読み漁った。
どんなに些細なことでも、それが知識に繋がるならば貪欲に追い求めた。

仲間のエルフはと言えば、日がな一日草笛を吹いたり、空を眺めたり。
会話も今日はいい風が吹くだの、木々の囁きがどうだのと、益体ないものばかり。
それが、ベテルギウスには我慢ならなかった。
永遠にも等しい寿命を持ち、高い魔力と精神力、そして知能を有するエルフである自分が。
なにゆえ、こんな閉鎖された森の中で一生を過ごさなければならないのかと――そう、疑問に思った。

叡智を求めた。代々の戒律を遵守する兄に厳しく戒められたが、それでも湧き上がる探求心を押さえることなどできなかった。
人目を避けるように地下の洞窟に研究棟を作り、そこであるひとつの成果を目指して研究を続けた。
“賢者の石”――
かつて、人間だけがこの地上にいた時代。人間たちは究極の叡智を用いて、その石を精製したという。
世界を支配する力を与える、究極のアーティファクト。
それを持った人間が世界を統べるなら、人間よりも優れた種であるエルフがそれを手にしたならば、いったい何が起こるのか?
賢者の石を手にしたその身は、果たしてどこまで登るのか――?
情熱は激しく、そして執拗だった。

あるとき、研究棟に迷い込んだエルフの子に会った。
それが血族であるということはすぐにわかった。だが、何も言わなかった。
ただキラキラと目を輝かせて、研究機材を見つめるその子に。実験に歓声を上げるその子に。
不思議なほど、孤独な心が癒されたのを覚えている。

だが、人間界においては偉大なその研究も、エルフの世界においては禁忌以外の何物でもない。
忌まわしき外法に手を染めたこと。そして何より族長の子、次期族長候補にそれを伝授したという罪で、ベテルギウスは裁きを受けた。

『利き腕を切断されたうえでの放逐』――

エルフ族に死刑はない。悪意の根源といわれる右腕を断ち切ったあとは、森の外に放置して天意に審判を委ねるのだ。
天意がその者に死すべき時でないとの判断を下すのなら、その者は生き延びる。そうでなければ死ぬ。
だが、森には血臭を嗅ぎ付ける獣が無数にいる。右腕を失い、血を流す者が、果たして生き残れようか?
結局、エルフたちは自らの手を汚したくないだけなのだ。自分たちの手で同族を殺した、野蛮な行為をしたと思いたくないだけなのだ。
だが。
「一思いに息の根を止めて裁きを下す」のと、「瀕死にして放り出す」のと。
いったい、どちらが野蛮な行為だというのだろう?

追放されたベテルギウスは、森のはずれでひとりうつ伏せに倒れながら、夢寐に考える。
――生きるとは、進歩すること。変わってゆくこと。新たなものを吸収し、自ら変遷してゆくもの。
変化を恐れ、停滞を望み、ただ無為な日常の繰り返しと懐古に耽溺する種族に、存在価値などない。
ならば、滅ぼしてくれよう。生物として為すべき最低限の行ないすらも放棄した種族など、断絶されて然るべき――。

しかし、そうは思っても、そもそも自分自身が生き残れなければ意味がない。
肩から失った右腕の切断面から、滾々と血が溢れては地面を染めてゆく。
このままでは、まもなく自分は死ぬ。仮に出血で死なずとも、この濃厚なにおいは獣を引き寄せる。そうなれば……。
そう、思ったが。

ベテルギウスは死ななかった。ベテルギウスの元に現れたのは、死でも、獣でも、ましてエルフでもない。
――六対の翼を持つ、赤眼の影だった。

242 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/26(金) 06:25:50.05 ID:1DZKkXCq.net
「我はかつて言ったな……、研究とは熟慮と決断、その繰り返しであると」
「今の言、決断は及第点だが熟慮が足らぬ。勢いのみで物事を語るな、ヴェルハルレン……窮地を脱したいのはわかるがな」

闇の魔力を颶風と変えて叩きつけながら、ベテルギウスが嗤う。

「誘ったからには、迎え入れる準備があるが……しかし、我が副官になるということは、魔王陛下の使徒となるということ」
「つまり、そこにいる勇者どもの敵となるということよ。ヴェルハルレン……おのれにそこな者どもが殺せるか?」
「王陛下に拝謁を賜るがゆえ、そこな勇者の首を狩れと。我がそう言えば、おとなしく肯(うべな)うか?……できまいが」
「できぬことは言うものではないな……ク、ク、ククク……」

愚弄でなく、嘲罵でもなく、諭すかのような声。
ベテルギウスは僧正の石を外した杖で、もう一度カツリと床を叩いた。

>あの時、叔父上がなさっていたのはまさしく賢者の石製法の探究! その答えをお知りになりたいのでは!?

「賢者の石か……懐かしい。確かに、人類の叡智の極たるその魔具を手にしようと躍起になっていた時代もあったわ」
「しかし……今となっては、最早そんなものはどうでもよいのだ」
「我が主君と出会ったことで、我は思い知ったのだ。我に賢者の石を手に入れる資格などない。まして、世を統べる資格などないと」
「あの方は、王は『器が違いすぎる』。真なる王の資格を有するあの御方に比べて、我のなんと卑小なことか」
「今の我は、我が王に忠誠を誓う無影将軍。それさえ、過分なる栄誉と思うておる。何れにせよ、野望などとうに棄てたわ」
「おのれらを、勇者の血を絶やす。それが、我の今為すべき最優先事項よ!」

ゴウッ!

魔の風が勢いを増す。清廉で清浄な神殿が、みるみるうちに闇に侵食されてゆく。

「いざや、冥土へ旅立てい!勇者の心の臓は、我が王の聖餐に供じてくれようわ!カ、カカッ、カハハハ―――」

圧倒的な魔力の奔流。すべてを破滅させる烈風の渦。
このまま膠着状態が続けば、守り手のほうが先に力尽きることは明白。
――と、思われたが。

「……?これは、この気配は……」

不意に、ベテルギウスが頤を上げて周囲を見回す。
それは、ここではない遥か遠くから伝わってくる、ごく微弱な波動。
しかし――見逃すことなど決してない、確かな魔力の伝播。

「これはまさか……ベルゼビュートの気配?やつめ、隠遁したとばかり思っていたが……陛下の御復活に、再度動き出したか?」
「いかん。陛下はいまだ本調子ではあらせられぬ、放ってはおけぬ――」

魔王軍の参謀として、ベテルギウスは降魔兵団のみならず魔王軍全軍の動向に注視しなければならない。
ほんのいっとき、ベテルギウスの注意が目の前のルークたちから逸れる。魔力の風が弱まる。
またとない機会。脱出のチャンスがあるとするなら、それは今しかなかった。

243 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/27(土) 16:28:37.06 ID:VJs3LqiD.net
大叔父さん、父さんに何て答えるんだろう。俺だったら……受け入れるか、受け入れるフリをするかなあ。
「仲間にしてやるから、さっさとその三人を始末しろ」とか言っとけば、フェイクかどうかもはっきりするし。

しばらく黙りこんで……ようやく口を開いた大叔父さん。答えは俺の答えとまるで逆だった。
なんと彼は、父さんに言って聞かせたんだ。一時の感情に任せてそんな事決めちゃダメだって。
「勇者の首を狩れと云われて出来るか?」の件(くだり)はさすがに焦ったけど。
いきなり父さんがこっちを向いて、攻撃呪文かますんじゃないかって。
結局父さんは振り向かなかった。
ただ黙って話を聞いて――最後に首を横に振った。何度も、何度も。いつもは大きい父さんの背中が、なんだかとても……

杖が床を叩く音。勢いを増す闇の力。水の鏡がビリビリと振動する。

>賢者の石か……懐かしい――


――なんだか信じられなかった。
賢者の石。叡智の結晶。錬金術師や魔導師が精製したい石ナンバーワン。それを今はどうでもいいなんて。
それともそんな風に思えるくらい、魔王はすごい人なの? 器が違うって……どういう事? 心が広いって事?
魔王って、恐怖とか力とかで相手を抑えつけるのかと思ってた。人柄に惹かれて……部下になったりするものなの?

大叔父さん。俺にはなんだか――違う風にも聞こえるよ。
何故ここに来たのか、どうして俺達を殺さなきゃなんないのか、無理やりな理由つけて――自分に言い聞かせてるみたい。
ほんとにやりたいのは別の事なんじゃないの? だってさっき父さんに話しかけてた声――

急に風が強くなった。いや、風なんてもんじゃない。巨大ハリケーンがドームの外側からぶつかって来た感じ。
見る間に影で身を窶(やつ)す白い床。水壁が削られてキラキラしたガラスが飛び散る。
「長老! ヤバくないですか!? やっぱ俺達も加勢・」
長老が「待て」って風に後ろ手をかざした。――え? と思ったその時、フッと嵐がおさまった。

>これはまさか……ベルゼビュートの気配?やつめ、隠遁したとばかり思っていたが……

――大叔父さん? 急にどうしたの?

「あ奴は何者かの気に囚われておる。今しか機はあるまい」
長老の意図を察したのか、すぐに父さんが俺とライアンの傍に戻って来た。
「逃げるぞ」
「逃げるって……やっぱあそこから? あの扉?」
俺が眼で差したのは大叔父さんの肩越しに見える扉。父さんがコクリと頷く。

「いやいや、仮にあそこまで行けたとして、どうすんのさ。叔父さんにちょっとよけてって頼むの?」
「そうだ。お前が頼めばおそらく喜んでどいてくれるだろう」
「んな訳ないでしょ!!」
「そう怒るな。冗談だ」
父さんが腰の鞭を留めるベルトをギュッと締めながら笑う。

――がくっ……頼むからもう……真顔でそゆこと云わないで欲しい……

「案ずるな。しばらくは我が術が足止めとなろう」
長老が指差す先、黒い魔導師の足元が……水で濡れている。と思ったら、その足がずぶり……と床に沈み込んだ。

「これだけの間、手を拱(こまね)くとでも思ったか。床下一面に張り巡らせし排水、空調の管を伝い、水鏡を忍ばせるは容易いぞ?」

言いながらクックッと喉で笑う長老。その笑い方はあの大叔父さんとそっくりだった。

244 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/08/27(土) 16:33:28.98 ID:VJs3LqiD.net
「行くぞルーク!」

ライアンが『 ライド = raido 』の短剣を取り出した。移動に使う剣だ。
「長老! 死なないで下さいね!」
俺のちょっぴり無責任なお願いに、長老は何故か「ははは」と笑った。
「私がいつどこでどのような死を迎えるか。すべて水鏡が映している。少なくとも今は死なぬ」
「……ほんと?」
長老が笑いながら頷いた。

父さんが、いつのまに拾ったのか、ガラスの粉を使って魔法陣を足元に描いている。
これ描いとくと、【転移】の時魔力消費が少なくて済む。詠唱が要らないという利点もある。時間と画材が必要だけど。

それで、っと俺は……走る? 
扉まで、距離にして100ヤード(約90m)。全力でも12秒はかかる。
「こんなことなら【転移】覚えときゃ良かったなあ」
どうせ座標知らなきゃ使えないし、チートくさいし、なんて馬鹿にしてたんだよね。
【飛翔】で移動してもいいけど、あれ、意外に無防備なんだよね。飛び道具に弱い。
ライアンがトンっと肩を叩いた。
「何のための勇者の剣だ」
「え?」
言うなりライアンが ≪ライド = raido≫ と一声、その姿が消える。扉の前には……居ない! 扉の外にジャンプしたみたい。
父さんが頷いている。わかった。俺の番!

「ウィクス=インベル!」
さっそくその剣の柄を肩越しに掴んだ。何の抵抗もなくスラリと抜けた銀の刃。眩しい光が俺の身体を包み込む。
感動してる暇はない。思い切って光の壁から飛び出した。
――うわお! 黒い何かが自分から避(よ)ける! 風も感じない! 身体が軽い!
無我夢中で走った。振り返らなかった。
大叔父さんの横を走り抜けた時、叔父さんがチラっとこっちを見た。何か仕掛ける!? と思ったけど何も起きなかった。

すぐに父さんが追いついた。
一緒に押した――扉の向こう。そのあまりの惨状に、俺は思わず眼を背けた。

245 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2016/08/27(土) 16:47:48.65 ID:VJs3LqiD.net
今や転移せんと印を切る息子をしばし引きとめる。

「ルーンの大帝に頼み、其方を要塞に行かせたは私だ。訳を知りたくば生きて戻れ」
眼を見開く息子。その口元がフッと緩む。
「では、皇子ライアンに要塞の我が存在をリークさせた、その理由(わけ)もお聞かせ下さい」
「感付いておったか」
「父よ。どうか息災で」
右掌を左胸に当てて離す――エルフの別れの挨拶をした息子の姿が消える。

二人の手によって押し開かれた重い扉。垣間見えたは街を荒らす降魔の軍。その映しは扉が閉じた後もしばし眼に焼きついた。


神殿の間に闇と静寂が戻った。
眼前の影に眼を落とす。二つの眼が輝きを増している。――ようやく……二人になれたな。我が弟、ベテルギウス。

「動けぬ振りはもう良い」
軽く身じろぎ、何事も無かったかのごとく泥地から浮き出る魔導師。

「礼を言わねばなるまい。ぬしが諭さねば、あれは思い余りそちら側に付いたやも知れぬ」
「あれは昔からぬしを慕っておる。私が同じ事を云い諭したとして、はたして靡(なび)いたか否か」

吹き荒れる嵐の声。其方が生まれた時分も、こんな嵐の夜だった。

「学者膚(がくしゃはだ)、とでも言うか。我等の血族は代々その血を受け継いできた。其方は知らぬであろうな?」
「私とて……外なる術を知り、習得せんと欲していたことを。出来るなら其方に成り替わりたいと、密かに願っていたことを」

やること成すことすべてが決められていた。起床の時刻、衣服、食事、習得すべき学術、技術、そして魔術。
一族が掟。大陸が監視者となるが定めと決定せしめられ。無論反抗など許されず。

「勇者を助け、父が身罷った話は幾たびかしたやに思う。私がわずか75で跡目を継ぎ、その直後に其方が生まれたことも」

母を早くに亡くした弟を、賢母と名高い乳母に託した。
何にも興味を示す其方をわが身に重ね、自由にさせよと頼んだもしばしば。
貪欲に知識を我が身とし、研鑽する姿を見た長老達は、危惧したものだ。名高き賢人となれば良し、さもなくば脅威ならんと。
私は――見て見ぬふりをした。

「水鏡にて、其方の研究の対象が賢者の石であると知れた時……あの時の驚愕は今も忘れぬ」
「触れてはならぬ原石。あれほどならぬと諭した外法中の外法。それに我が息子までもが……」

エレド・ブラウ含む大陸のエルフのみならず、人間の王達に知れ渡るは時間の問題だった。
無造作に置かれた賢者の石が、周囲の水を汚し、動植物を蝕むという過去の事例が話題となり、
特殊な細工を施せば、火炎球など問題にならぬほどの火力、威力を有し、ただの数個で大陸が滅ぶと学者が吹聴した。
石をエルフが精製したと知れば人間はどう出るか。人間の数はエルフの十数倍。経済制裁のみならず、物理的制裁は必至。

「私はエレド・ブラウの長として、即ちすべてのエルフの長という立場にて審判を下さねばならなかった」
「エルフ社会における極刑は死にあらず。しかし私は訴えた。死刑を認めよ。半ば殺すは殺すに同じと」
「長達は笑った。ならば最長老息子の腕も落とすが宜しいかと……息子を楯に我が意見を退けたのだ」

言い訳だ。今更こんな事を言ったところで、笑い草にもならぬ。
だが……この場が「最期の場」となるならば、云っておかねばならぬ。

「死んでくれと願った。出来ることなら苦しまず……治癒の呪文を封じたはその為」
「しかし其方は生き、そして戻った。長老達がもっとも危惧した……脅威となり」

――恨むぞ? 其方の命を拾った諸悪の根源を!
其方の言う『陛下』が如何程のものか! どの甘言にて惑わしたかは知れぬが! 二度も実弟を殺さねばならぬ辛さは解るまい!

「知っていよう。いかに闇が強くとも、実体無き力にて水の鏡は割れぬ」
「この私が憎かろう? 兄の首、取りたくばその身を以てこの懐に入るが良い」

246 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/30(火) 20:22:01.05 ID:UIpYZTg6.net
>動けぬ振りはもう良い

長老の言葉に、ベテルギウスの身体がふわりと浮き上がる。『浮遊』の魔法だ。
ルークをはじめとした勇者の一行は、まんまと神殿から逃げ出した。残ったのは、ふたりのエルフ。血を分けた実の兄弟。

>私とて……外なる術を知り、習得せんと欲していたことを。出来るなら其方に成り替わりたいと、密かに願っていたことを

静寂の中、長老が語り出す。
それは、今まで知り得なかった真実、隠されていた事実。
――しかし。

「……ク……クククッ……。ククッ、ク……クハハハハハ……!」

長老がすべてを言い終わると、ベテルギウスはおもむろに嗤い始めた。

「堕ちたものよなあ……兄者よ。そのような話で、我が心が些かでもさざ波立つと思うたか?」
「我がその話に落涙し、首を垂れ――『然様な事情があったのか、赦せ兄者』と――そう悔悛することを期待しておるのか?」
「カ、ハハ――ハハハハハッ!ハハハハハハハハハハハハ!」
「……微温(ぬる)い、わ!」

すっぽりとかぶったフードの中から炯々と双眸を輝かせると、ベテルギウスはそう言い放った。
同時に、身に纏う闇の魔力が一層その濃度を増す。

「二千年!二千年の永きにわたり、ただおのれの首が胴より離るることのみを願って生きてきたのだ!」
「この怒りと憎しみの焔(ほむら)を――そんな戯言ごときで鎮められると思うてか!なれば、結果は狙いとは逆しまよ!」
「おのれの寝言で、我が焔はなお一層猛り狂うておるわ!されば――さればよ!望みどおりにしてくれよう!」

ずい、とベテルギウスが一歩を踏み出す。

「あわよくば、諸共に死して我が体内の石だけでも取り戻そう、と考えておるのだろうが――そうは行かぬぞ、兄者よ」
「二千年の間、この我が。魔王軍の知恵袋たる無影将軍が、ただおのれらエルフと同じように無為に時を食んでおったと思うのか?」
「我が闇は、二千年前に対峙したときとは比較にならぬ!此度はおのれの負けよ、ミアプラキドス――!」

ボアッ!

ベテルギウスの右手に炎が宿る。自らの胸のうちで燃え猛る憎悪そのもののような、黒く禍々しい炎。
それは闇であると同時、すべてを焼き尽くす獄炎でもある。地獄の業火が長老の水鏡と接触し、大きく揺らめく。
ずるり、とベテルギウスが水鏡の内へと入る。

「死ね、兄者!そして――幽界より我が業の行く末を見届けるがよい!」

ミアプラキドスが言ったように。
手ずからその因縁に決着をつけるべく、ベテルギウスは大きく右の義手を振りかぶった。

247 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/08/30(火) 20:24:22.68 ID:UIpYZTg6.net
神殿の外へ出たルークたちの目に飛び込んできたもの。
それは、死と破壊の光景だった。
身長5メートルはある、筋骨隆々の戦士をかたどった動く石の彫像――ストーンゴーレムが、当たるを幸い両腕を振り回して木々をなぎ倒す。
陽光を反射してきらきらと輝く、琥珀のライオン――アンバーゴーレムが、生き物のように駆けてはエルフたちを歯牙にかけてゆく。
空には翼を生やした悪魔のような異形、ガーゴイルが無数におり、逃げ惑うエルフを追っては引き裂いている。
一つ目の巨大な肉塊ビホルダーといった魔法生物の姿も見える。闇の魔法を力の源とする、魔導の軍団――降魔兵団。
無影将軍ベテルギウスが魔王より預かった八大軍団のひとつが、エレド・ブラウを蹂躙している。

エルフという種族の、徹底的な殲滅。
それがベテルギウスの目的である。そのため本来は参謀として魔王の傍に侍るべきものを、ここまで出向いてきたのだ。
降魔兵団は、そのすべてを首魁であるベテルギウスの魔力に依存している。
そして、ベテルギウスは魔王に臣従することで、常に魔王から魔力を供給されている。
つまり――降魔兵団は無尽蔵とも言える魔王の魔力によって維持されているということだ。
生物である魔狼兵団や百鬼兵団は、損耗すればその補充には少々の時間を割かなければならない。
が、降魔兵団にはそれがない。減れば即座に充填する。いくら倒そうとも、その数は尽きることがない。
ベテルギウスを、そして魔王を倒さない限りは。

《ゴオオオオオオアアアアアアッ!!!》

屈強な肉体に腰布だけを身に着けた意匠のストーンゴーレムが、巨腕を振り上げてルークたちへと襲い掛かる。
口の端に食い殺したエルフの肉片をぶら下げながら、アンバーゴーレムが次の獲物に狙いを定める。
ただし、ルークたちの存在に気が付いたのは一部の者だけだ。今なら、最低限の戦闘で突破することができるだろう。
だが、それは『自分たちだけが逃げる道を選ぶなら』の話だ。
エルフたちも弓などの武器を手に取り、懸命に抗戦しているが、圧倒的物量と強靭さを誇る無生物の軍団に押されている。
まして、相手は疲れることを知らない。手足が、頭が欠損しようと、粉々にでもならない限りは戦い続ける。
このまま有効な手だてがなければ、きっとエレド・ブラウは明日の日の出を待たずに滅びることだろう。

目の前には、ストーンゴーレムとアンバーゴーレムが一体ずつ。
これを退けることさえ可能なら、逃走はできる。
ルークも、シャドウも、神殿から出てきた一行は生き延びることができる。
だが、この森は滅ぶ。ひとりの例外もなく、エルフは死ぬ。
逆にもしルークたちがエルフを助ける道を選ぶなら、全員とは言わずとも幾人かのエルフを救うことはできるだろう。
ただし、そうなれば当然、ルークたちに生存の道はなくなる。

分岐はふたつ。進路はひとつ。



時間は、ない。

248 :創る名無しに見る名無し:2016/08/31(水) 01:13:20.96 ID:ArBfuWo6.net
☆ みな様、衆議院と参議院のそれぞれで、改憲議員が3分の2を超えました。☆
総務省の、『憲法改正国民投票法』、でググって見てください。日本国憲法改正の
国民投票実施のためにまず、『国会の発議』、を速やかに行いましょう。お願い致します。☆

249 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/01(木) 17:45:31.72 ID:BaEovWRc.net
酷い光景だった。何処を見ても――血だった。血に染まる木。引き裂かれたエルフ達。腕。足。首。その――血。
空を覆っていた筈の枝葉の街に、ぽっかり空いた幾つもの穴。そこを小型の竜みたいな何かが横切った。

「父さん!! これは!!?」
「敵から眼を逸らすな!!」――横に立つ父さんの視線の先に……何あれ!!?
琥珀色の透明な、ライオンの形をした獣。一種のゴーレム? 口にぶら下がっているのは、見ず知らずのエルフの首。

グアルルル……

軽く唸り、ポイっと首を放ったライオンはいきなり父さんに襲いかかった。
ヒラリと回転してその牙から逃れる父さん。上から突き出る太い幹に飛び移り、追うライオンの爪と牙を紙一重でかわしている。
呪文を使う様子はない。確かにゴーレムに【凍気】系は効かなそう……。そういや琥珀って燃えやすいんじゃなかったっけ。
そう思いついて呪文を唱え始めたけど……

「――よせ!! 街を焼く気か!!?」
「……えっ……だってこのままじゃあ……」

両者の一方的な戦いをしばらく眺めていた俺は、またもや誰かに突き飛ばされた。

「何してる!! 戦え!!」

ライアンだった。さっきまで俺が居た場所に、でっかい……とにかくでっかい岩の巨人――ストーンゴーレム。
振り下ろされた腕が神殿の石段を砕き、その破片が凄い速さで飛んできた。その数は……数えきれない! 避けるのはムリ!
こんな時は氷の障壁がいいんだけど、俺、水と氷は使えない。火と風はあんま障壁に向かない。残るは……
俺は後ろにジャンプしつつ、右腕を前へ突き出す。

【母なる大地よ! 育む力(パワー)をこれなる木へ! ――解き放て!】

エルフ語を解するライアンが急いで俺の横に並ぶ。
一瞬だった。
前後左右、すべての木から伸びた枝が、幾重にも折り重なった巨大な網になって岩の弾丸を受け止めた。
すぐに俺達を追ってきたゴーレムが、網に拳を叩きつける。枝がしなり、折れた小枝が霰のように降ってくる。
「網が壊れる! どうすればいい!? ストーンゴーレムに有効な呪文は!?」
「ない」
「え?」
「直接的に有効な呪文はない! とにかく逃げろ!!」

「――そんなあ!!!」

250 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2016/09/01(木) 17:46:36.47 ID:BaEovWRc.net
――我が言葉は届かず、むしろその憎悪を滾(たぎ)らせたのみ。

黒炎が水鏡を焼き、一種異様な音を立てた。
闇属性は受け入れぬ筈のドームを難なく崩し、ベテルギウスがこの内へと身を滑らせる。

――其方は云ったな。真なる王の資格を有するは魔王だと。器が違いすぎると。
当然であろう。魔王は王。天が地を治めんが為降り立った神の御使いなれば。
たしかに魔王の支配はささやかなる犠牲と引き換えに恒久の平和をもたらすかも知れぬ。
しかし。それは我等が万物の霊長の地位を降りることに他ならぬ。惜しむべくは命ではない。誇りなのだ。

冷たく光る瑠璃の瞳が、凍気の矢の如くこの眼を射る。

――何故ここに来た。
仮に私が魔将であれば、真に魔王の意に沿う気があれば――第一に魔石を何処かへ隠したであろう。
その上で長(おさ)を捕縛、或いは殺した上で、部族を投降せしむ。
人もエルフも貴重なる魔王の糧なれば、エルフを魔王が隷属と化すが至上の命題。
それをせず、同族に兵団を差し向け、あまつさえ封じの石を携え、我が目前にて飲み下す。
理に合わぬな? 是なり。其方は――――魔王に傅いてなどおらぬ。


右の足を後ろにずらした半身の状態にて、振り上げられた右腕を左手で掴んだ。焼け石に水を掛ける音と共に黒煙が上がる。
黒炎が掌から手首に燃え移り、見る間に腕を浸食していく。
この時、ベテルギウスは気付いただろうか。水鏡がその姿を蛇に変え、両の足に巻き付き蔓の如く這い上っていたことを。
ゆえに、苦痛の呻きを漏らしたのは兄だけでは無かった。
胸にまで達していた水の蛇が、万力にも勝る力でベテルギウスを締め付けたからだ。
ぬらりと透ける蛇が割れた舌を覗かせ、ついには首まで這いあがった。閉じた口を、食い縛る歯の間を無理矢理にこじ開ける。

「魔石がそれを呼んでおる。石は鍵。『僧正の石』の鍵穴は水鏡そのもの故に」

ミアプラキドスの腕を浸食する炎の勢いも止まらない。二の腕までもが侵され、ついには肩口までもが燃え、炭化する。

「知っていた筈だ。石を飲まずば……死なずに済んだやも知れぬことを」

ベテルギウスの身体がビクリと痙攣した。石を見つけた水鏡が――歓喜したのだ。
膨れ上がる光のエネルギーが「闇」を内側から食い破るまで、あと――僅か。

――ベテルギウスよ。業を背負い生まれたお前に何をしてやれた?
生まれついての性(しょう)。二千年の時を経ても変わることのない性。
もしあの時。水鏡が、近くのみならず遠い未来をも見通すことが出来ていたら、お前を……生まれ出たその時に殺せたか?
――否だ。業を背負うは私とて同じ。ならば――お前にしてやれる事はひとつよな? ベテルギウス。

黒炭と化した腕が肩口からはぜ割れた。黒い傷口には置き火の如く赤い光がチラつき、更なる浸食を試みている。

「この左腕は手向けだ。その腕を奪った私からの、せめてもの手向けよ」

風が、嵐がその勢いを弱めていく。

「どうした我が弟よ。言うべき事があるだろう。まだ口はきけるはず」

エルフが誇る大聖堂。闇に侵された壁、床が、天井が、徐々にその本来の色を取り戻していく。

「腕一本では不足か? ならば右の腕もくれてやる。両の眼も、足も、お前にやるなら惜しくは無い」
「首はやれぬがな。我が責務は大陸全土に生きる者すべての道標なること、そして勇者(希望)を繋ぐこと故に」

251 :無影将軍ベテルギウス ◆khcIo66jeE :2016/09/02(金) 21:55:30.65 ID:HivFtoOV.net
無影将軍ベテルギウスは、魔王軍でも随一の知恵者。
その叡智は天に届き、地を統べ、万理万象の真理に通ずる。
2000年前、魔王軍はベテルギウスの知謀によってその支配を盤石のものとし、ありとあらゆる生物は魔王の前に拝跪した。
魔将軍の造反という想定外の出来事さえなければ、無影将軍の知略は魔王に永遠の覇権を約束するはずであったのだ。

そんな無影将軍の頭脳は、2000年を経た今となっても聊かも衰えてはいない。――否、より一層鋭さを増している。
ただし、それは『エルフ』という種族がベテルギウスの視界に入っていない時の話だ。
エルフが関与した途端、この冷静沈着な参謀は普段の落ち着きをたちどころに失い、憎悪と殺戮の化身へと変貌する。

今回もそうだ。仮に殲滅対象がエルフでなかったなら、ベテルギウスはこんな行為はしなかっただろう。
長老の考える通り挑発に乗らず、魔石を隠蔽し、搦め手で勇者たちが破滅してゆくよう仕向けたに違いない。
もし他の魔将軍の誰かが今の自分のような行動をしていたなら、愚か者めと悪罵を投げていたはずである。

――しかし。

相手は恨み骨髄のエルフ。ましてその長は自らを否定し、利き腕を奪い、追放した実兄ミアプラキドス。
その事実が、2000年間身の内で燃やし滾らせていた憎しみの炎が、ベテルギウスに冷静な判断を失わせた。

「カ、ハハ、ハハハハ―――!燃えろ!我が憎悪の黒炎に、魂の一片さえ焼き尽くされて死ね!」
「――!?グ、ォ……?これは……」

見る間に黒く焼け爛れてゆく兄の左腕。肉の焼けるにおいを嗅いで喜悦を露にしたベテルギウスだが、すぐにその笑みが強張る。
自分の脚を伝い、這いあがってくる水蛇。その締め付けに、決して頑健とは言えない肉体がみしみしと軋む。

「ガ、ァ……ッ!お、のれ……ッ!小賢しい……真似を……ッ!」

ベテルギウスは対の手にも黒炎を宿し、水蛇を我が身から剥ぎ取ろうと試みたが、びくともしない。
それどころか蛇身はますます絡みつき、その力を増してゆく。
呑み下した魔石が体内で光を放っているのがわかる。膨大なはずの闇の力を退けているのがわかる。
ギリリ、と奥歯を噛みしめると、ベテルギウスは炯々と輝く双眸で兄の両眼に視線を合わせた。
その肉体は獄炎に炙られ、左腕が肩から崩れ落ちたというのに。身を焼かれる痛みは、この世のどんな苦痛にも勝るはずであるのに。
――なにゆえ、この男は今なおこれほど涼やかな眼差しをしていられるのか――?

「そ……の……、その目で我を見るな……!その目!その、哀れみの眼差しで……!我を!見ることは許さぬ……!!」
「石を奪還して……我に勝ったと思っておるのだろうが、そうは……行かぬわ……!」
「我が、魔石を呑み下した理由――ただ、おのれらの眼前にて絶望を味わわせるためだけの行為と思うたか……!?」
「カ、ハハハ……。甘い、甘いわ……!おのれらの絶望に沈む顔が見られるのなら、我が命など安いもの……」
「ならばよ、兄者……!一足先に……冥府で、待っておるぞ……!せいぜい、無窮の絶望に喘ぐが善いわ!カ、カハハ……!」

漆黒のローブの胸元が、闇の魔力を退けて眩く光り輝く。魔石がその縛鎖から解き放たれようとしている。
が、ベテルギウスは嗤う。兄とは真反対に、憎しみの真紅に燃え盛る双眸を爛々と輝かせて。

「偉大なる我が主君よ、全能全知の大君よ!無影将軍ベテルギウス、これにておいとま仕る!」
「さりながら、我が働きは不滅なれば――玉座にてご照覧あれ、我が最終最期の大魔法――!」

カッ!!!

ば、とベテルギウスが身体を大きく仰け反らせ、両手を天に掲げる。
と同時、ベテルギウスの肉体は内から迸る光によって爆ぜ、一片の肉塊さえも残さず四散した。
後に残ったのは、徐々に薄れてゆく闇の魔力の残滓と、中空に浮遊する僧正の石。

しかし。
美しく輝く魔石の下部に、ほんの……ほんの僅か。
ひとつの黒点が染みのようについていることに、果たして気付く者はいるだろうか。

252 : ◆khcIo66jeE :2016/09/02(金) 21:59:00.87 ID:HivFtoOV.net
ストーンゴーレムが腕を振りかぶり、力任せに地面を殴りつけるたび、爆発したように地面が隆起する。
地震さながらに周囲が鳴動し、木々が軋む。
ストーンゴーレムの攻撃方法とは『近寄って殴る』。ただこれだけである。
だが、それがめっぽう強い。生物ではないため四肢が欠損しても動き回るし、負傷して戦意を喪失することもない。
石の身体であるから魔法への耐性もあるし、もちろん刀剣の類にも強い。
有効な対策と言えば、ただひとつ『とにかく圧倒的な破壊力によって粉砕する』。これだけだ。
中級冒険者どころか、上級の冒険者パーティーさえ手を焼く難敵、それがストーンゴーレムである。
強いて弱点を挙げるとすれば『動きが鈍い』という点だが、それを降魔兵団は圧倒的物量で克服している。
アンバーゴーレムが素早い動きで獲物を追跡し、負傷させて機動力を奪い、ストーンゴーレムがとどめを刺す。
まさに、降魔兵団は疲労も死も知らぬ無敵の軍団と言ってよかった。

――が。

そんな無敵の軍団の動きが、突然鈍くなる。
ルークたちを追跡していたストーンゴーレムが、ギシギシと関節を軋ませては束の間、動きを止める。
ルークたちを狙っていた者だけではない。エレド・ブラウを襲撃中の魔物すべての動きが、一斉に緩慢になる。
ストーンゴーレムやアンバーゴーレムは、極端に鈍重になり。
ガーゴイルは空を飛ぶことが不可能になり、次々と墜落し。
異界から召喚された魔法生物たるビホルダーは、現界が困難になりその存在が希薄になりかけている。

降魔兵団は、その活動に必要な魔力のすべてを魔王に依存している。
そして、魔王の魔力は軍団長たるベテルギウスを介して各魔物へと供給されている。
魔王が、そして軍団長ベテルギウスが健在な限り、降魔兵団は常に最高のポテンシャルで活動し続けることができる。
しかし、それは裏を返せば、魔王かベテルギウスのいずれかに不測の事態が起こった場合、たちまち軍団は活動維持が困難になるということを意味している。
現在の降魔兵団の不具合は、まさにその不測の事態が起こったことの証左。
逃走を試みるのなら、それは今をおいて他にはないだろう。




ベテルギウスが最期に使用した魔法は、我が身に内包した闇の魔力によって魔石を汚染するというもの。
本来、完全に魔石を汚染するには長い時間を必要とするが、ベテルギウスはその時間を得る前に爆散してしまった。
が、ほんの一瞬だけでも魔石を体内に宿すことで、魔石にほんの一片闇を植えつけることには成功した。
それを浄化せぬ限りは、然るべき鍵穴に魔石を入れたとて、魔石は十全な効果を発揮はすまい。

無影将軍の死は、瞬く間に魔王へと伝わる。その最期の魔法の意味も。
魔王の座す玉座のある謁見の間には、次なる指令を待って覇狼将軍、皇竜将軍、百鬼将軍の三柱が控えている。

253 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:24:12.92 ID:PMQctDVg.net
「ライアン! フサルクの剣で何とかならないの!?」

ゴーレムが腕を打ちおろす度に足場の木が大きく撓(しな)る。――うわわっ……落ちるっ! 
「この剣ではパワー不足だ。あいつの魔力耐性を上回る魔力剣……アルカナ=ブレードか師剣クラスでないと・」
ボキリと太い幹が折れた。行き場を失ったライアンが咄嗟に近くの小枝を掴む。
その枝、俺がやっと立ってた木の枝の小枝だったから堪らない。
二人分の体重に耐えかねた枝が折れ、俺達は真っ逆さまに落ちた。すかさずさっきと同じ呪文を唱える。

「……便利なスペルだが……消費魔力はどのくらいだ?」
柔らかい枝葉のネットの上でバウンドしながらライアンが聞く。
「ほとんど無い。成長に必要なエネルギーは大地が受け持つからさ。俺はそのきっかけを与えるだけ」
「なるほど。使えるな」

父さんが息を切らしてこっちにやってきた。ぐるりと俺達の周囲を見渡す。
上にはさっきまで父さんを追っかけてた琥珀色のライオンが、蔦の網に捕獲されてぶら下がっている。
後ろのでかいゴーレムも。幾重にも折り重なる蔦の網が巨体を絡め取り、動きを封じていた。
うん。木の枝じゃなく、柔らかくてしかも丈夫な蔦を使ったのがポイント。……これが森以外でも使えたらなあ。

来る敵来る敵をネットで絡め取っているうちに、俺達の周囲に半径50ヤードほどの網のドームが出来上がっていた。
無事でいられたエルフは俺達も含めて20人程度。とりあえず敵はこれで侵入できない。
束の間の休息。
怪我をしたエルフ達が互いに【治癒】をかけ合っている。ライアンは……軽い擦り傷だから、まあいっか。
父さんは腕に深めの裂傷が3本。ちょうど良かった。聞いてみたいこと、あったんだ。

「父さんってさ、小さい時に大叔父さんの研究室に迷い込んだ事があったって?」
「そうだ。私が10の時……」
俺の治療を受けながら答えた父さんが、いきなり驚いた顔を俺に向けた。
「ルーク!? お前、あの時私が心中で叫んだ声が聞こえたのか!?」
「え?」
「他者の心を読む能力。歳を重ねたエルフのみが使える力だ」
「あ、いや。心読むって言うより、大声で思うとたまたま聞こえるっていうか……」
「十分だ。そうか。お前が……」
ちょっぴり深刻な顔して考え込む父さん。いやあの、そんな事はどうでも良くて、聞きたいのは……
「父さんって……ほんとは幾つなの?」
「……う? ぇ?」
呆気に取られた変な声。……そんなに驚く?
「だってさ。大叔父さんが魔将になっちゃったのが2,000年前なんでしょ?」
「……そう……だ」
「その事件に父さんも噛んでる。って事は……少なくとも父さん。2,000歳以上なんじゃあ……」
「ルーク」
すご〜く真面目な顔して正面に座り直した父さん。思わず俺も口元を引き締める。
「呼び出した水の精霊が、水時計に見とれて動いてくれないこと、あるよな」
「――。……え?」
「食糧倉庫のパン。上に持って上がったとたんにカビが生えることも」
「父さん。要塞のあるあるを披露して誤魔化してもダメだから」
「……」
ちょっと押し黙った父さんが腰を上げた。手をかざして上を覗っていたライアンがこっちを見る。
「私がルーンの大帝に拾われた話はしたな?」
「うん」
「騎士の叙任に先んじて提出する履歴書があってな」
「履歴……書」
「その年齢欄につい300と……見栄を張った。反省している」
「……あのさ。俺からすれば100超えた時点でみんなジジィだよ?」
「……ジジィ……」
ため息をついて肩を落とした父さんが、思い直したように背中を逸らした。
「そんな事はない。エルフ社会では1000越えでようやく大老扱い。せっかくの新天地。新たな自分でやり直しがしたかった!」

ああもう大げさにググっと手を握り締めたりして……別にいいけどさ。父さんが年のサバ読んだ所で迷惑する人誰も居ないし。
てかエルフって……ほんと長生きだね。2,000歳かあ……。

254 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:27:02.25 ID:PMQctDVg.net
ほんと、束の間の休息だった。
右肩をザワリとする何かが掠め、反射的に横に飛んだ。
父さんとライアンが俺を庇うようにして身構えたその先に、見たことも聞いたことも無いひとつ眼玉のモンスター。
手足はない。肉の塊みたいなまん丸い身体の上に、これまた眼玉がくっついた触手がいくつも生えている。
その眼がギョロっとこっちを見た。

――ヴヴヴヴ……ギチギチギチ……
何に例えたらいいか良くわからない……不気味な音。でっかい眼玉が時々バチンと瞬く。
「父さん! なにあれっ!!」
「○ホルダー。魔法生物の一種だ」
「なんか変な音してるけど!?」
「ビ○ルダーは異界の魔法生物。この次元に存在するための必要エネルギーの余剰分が、この世界の大気に触れ弾く音」
「そうなんだ! さっすが2,000超え!」
「……たぶん」
――おお憶測ですかいっ!

「で、どうすればいいの!? 弱点は!?」
「捕縛は出来ん。巨眼の視界内はすべての魔力が打ち消される。もっとも恐るべきは触手から放たれし怪光線」
エルフの一人の腕を光線が掠めた、と思ったら、その腕が瞬時に消えたっ! 分解っ!? なに!?
かと思えば別のエルフが足を押さえて……うわわわ! 足が石になってるっ!!?

「うそっ!? 超強敵じゃん!!」
「知能が高いゆえに闇雲に襲っては来るまいが……」
――いやいや、無茶苦茶打ちまくってますけどっ!! 後ろにいるエルフ達も避けるの精一杯・……ん?
なんで前にいる俺達より、背後に打つ光線の数が多いの? ……もしかして……
「父さん! まさかだけどあいつ、自分の光線まで巨眼の視界で打ち消しちゃったりするっ!?」
「……なるほど。そうかも知れん。こちらに光線を放つ際、あの眼を一瞬間閉じるのは……そのせいか」
「じゃあ閉じてる間に攻撃すればいいんだね!?」

それを聞いてたライアンが、懐からフサルクの剣を二本取り出した。

≪ ウンジョー=wunjo ≫ ≪ ハガラズ=hagalaz ≫

ウンジョーの意味は光。怪光線がうまく跳ね返されて、近くの木を石に変えた。
同時に閉じた眼に向かって投げつけられた‘破壊’の剣が、巨眼の瞼を縫いとめるように突きささる。

ヴヴヴヴヴヴヴアアアアア―――!!!!!

うわヤバっ!!
苦しい? のかどうか良く解んないけど、ヤバげな声を上げたビホ○ダーが、やたらめったらに怪光線を打ち出し始めた。
どういうこと!? 自分の眼が使えない分、逆に光線打ちやすくなってない? 
疑問! その巨眼、いったい何のために付いてるのーーーーーー!!?
今度は魔法効くから防御壁張ればいいって思うかもだけど、実際ムリ!! 数がハンパ無い!!

地面をゴロゴロ転がりながら、ふと気付いた。光線が……あいつの足元にだけ届いていない事に。
無我夢中だった。
「ルーク!?」
スライディングでビホル○ーの懐近くに飛び込み、背中の剣を抜いた。

「届けぇえええええ!!!!」

結局剣は届かなかった。届く寸前に……ビホルダ○の姿が消えたからだ。

255 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:28:34.32 ID:PMQctDVg.net
サラリ……

闇の残滓が砂となり、それも溶けるように消えた。中味の無い魔導師服が、クタリと床に畳まれる。
一瞬間人型を保っていた水鏡が、赤い魔石と共に器へと戻る。

「仕舞まで曲げず――か。見事な最期よ」

安堵し、刹那、左肩の痛みがぶり返す。見ると肩の浸食は未だ止まず、赤い光が明滅しつつ傷の上をぬらぬらと這っている。
あまりの痛みに【治癒】どころか【癒し】の想起も出来ず。ぼやける視界。首を振り、何とか意識を保つ。
――いま少しの辛抱だ。石に我が意思を伝え、結界を完成させねば……

「『僧正の石』よ! この身を主(マスター)と認めるか否か!」

しばしの沈黙ののち、石が微かな音で答えた。ならばとガラス片にて右手首に傷を付け、水面(みなも)に浮かぶ石にかざす。
ポタリ……
血に染まる石は……何も語らず。沈黙を保つのみ。
よもや血が足りぬかと数度試すも、結果は同じ。鍵と鍵穴が一体となる結界の様相を呈さず。微かな苦鳴。急ぎ魔石を手に取った。
「なんとっ!!?」
眼を凝らした……朱に透き通る石の中に、一片の黒点。黒い滲みがゆらりと揺らぎ、燃え盛る業火となる錯覚。
――あの眼よ! 死の間際、この眼を射ったあの眼に同じ!

「ベテルギウス!! 其方……そこまで……!!?」

たとえ一時の汚染でも、浄化に要する時間は計り知れない。
そっと……石を水鏡に置く。広がる波紋。鏡が石を癒す柔らかな光を宿す。それを助けるべく、呪文を紡ぐ。
――いつ終わるかも知れぬ仕事。果たしてこの命が……持つか……

水の器に添える手が力を失い、滑り落ちた。視界が闇と化し、音が消える。これは休息か……死か。

256 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:29:59.45 ID:PMQctDVg.net
――


『ミアプラキドス。じき生まれる弟を頼むぞ』
そう言い残し、眼を閉じた父。胸の上で組まれた手が、見る間に黒く変色していく。
父が勇者を説得し、魔王を倒すと決意させたはつい今朝方。
朝餉の刻に姿を見せぬ父を捜し、聖堂の水鏡の傍に倒れている父を見つけた。その肩に突き立つ黒羽根の矢。
おそらくは……堕天使の羽根。
逃げ遅れた間者は『僧正』の手で倒された。僧正と、急ぎ引き返した勇者と共に、父を回復させようと試みた。
しかし……何もかもが徒労に終わった。羽は抜けず、傷より広がる闇はやがてその心の臓を止めた。
『エルフのおじさん! 死なないで!』
そう叫び、父の手に己が手を重ねたのは……賢者が生み出しし勇者、アウストラ・ヴィレン。
癖のある茶色の髪に、青い眼。今年で17になるという。
魔法、剣術などで秀でる所がある訳ではないが、何故か他を惹きつける。
すでに各地を旅し、エルフ、ドワーフ双方に心を許した友があると言う。おそらくそれこそが……勇者の資質。
『魔王は僕が倒すから! 魔法使いと戦士もすぐに見つけるから! だから死なないで!!』
眼を開けぬ父、その腹の上で泣く勇者。
誰かに似ている、と思う。遥かなる未来、自分はもう一度この勇者に遭うだろう。そんな確たる思いが過ったは何の兆しか。




――カツン……

硬い床を踏む音が夢を現(うつつ)に戻す。
見上げたそこに、白い人影が立っていた。知った顔だった。

「アシュタロテ……?」
昔、まだ若き時分にこの心を奪いし愛しき女人。美しい銀の髪を揺らし、女がそっと膝をつく。
「忘れたの? アシュタロテは魔王自身の手で滅ぼされた」
そうだったと思い返す。この女は魔王が作りし人形。
空いた魔将の席を埋めんと……アシュタロテを素体として作られた人形だ。名は……エレンディエラ。
「其方は魂も自我も付与出来ず、それ故に『人形師の里』に捨てられたはず。いったい何が……?」
「……意識だけは……あったのよ。ずっと。陛下と貴方達の存在を感じてた。ただ動けなかっただけ。見えなかっただけ。想いを……伝えられなかっただけ」
ふと哀しい微笑みを浮かべたエレンディエラが、白い手をこの頬に伸ばした。
「つい最近なの。ほんの……80年前」
手がそっと頬を撫でる。
「父様があの里に来た。『特別に純度の高い石だ』と言って、黒い箱をこの胸に仕舞った」
「……父?」
「『私の石を分けてやろう』と言って、青い魔石をこの眼に入れた。お陰で……私は……」

女の白い手が喉輪にかかり、ゆっくりと締め付けるがしかし、ふとその手が緩む。

「やっぱりやめとくわ。『お使い』の途中だし……すぐに『新手』が来そうだもの」

――カツン……

遠ざかる靴音。再び……遠ざかる意識。

257 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:31:19.70 ID:PMQctDVg.net
【閑話休題、ややこしくなってきたストーリーを時系列にまとめました】
【もっと早くにやっていれば、シャドウの年齢詐称疑惑は無かったかも知れません。申し訳ありません】

258 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:43:52.56 ID:PMQctDVg.net
(?が付いているものは年代が不明記のもの)

10000年前?〜(以後「年前」を省略)
 闇の軍勢が大陸全土を支配し、人間、エルフ、ドワーフが魔王の望むままに糧と生贄を供給していた時代。

2120 エレド・ブラウのエルフの長に嫡子ミアプラキドス生まれる。
2075? オークランドの魔導師、魔道を極め『賢者』を名乗る不死者となる。以後、魔王が賢者を度々誘惑。
2062 賢者、『賢者の石』と魔道を用いて『勇者=アウストラ・ヴィレン・デュセリウム』を生み出す。
2045 ミアプラキドスの父、勇者(17)を説得し魔王退治を決意させるが、魔王の羽根を受け絶命。直後ベテルギウス誕生。
2015? ミアプラキドスに嫡子ヴェルハルレン(後のシャドウ)生まれる。
2005 ヴェルハルレン(10)、ベテルギウス(40)の研究棟に迷い込み、叔父と知らず接触。『賢者の石』に興味を持つ。
2004? ベテルギウス(41)、『賢者の石』探究の罪で右腕を落とされ放逐されるが、魔王に拾われ参謀格「無影将軍」となる。
2001? 八大魔将アシュタロテが五要となる。魔王、アシュタロテを素体とした人工生命体「エレンディエラ」作成。
2000? 結界が完成し魔王がベスマの地下に封印される。魔将らは散り散りに。
2000〜 ベアル・ゼブルが大陸支配を自分の子孫に託そうと目論み、ルーンの王女との間に子を作る。
1000〜 結界の石が姿を消し始める。魔族達が横行を開始。ルーン王家が分裂、ベスマ地区がアルカナンの領土となる。
110? アルカナン国王、ベスマ地下研究棟の地上部に巨大な要塞を建造する。
105 大陸全土を巻き込む大戦勃発。アルカナンも他国の友軍として参戦。
100? ベスマ要塞に英雄や将軍、魔導の碩学達が集結。大戦中ながら、地下の研究棟が王都をも凌ぐ魔道の総本山となる。
80 ビショップ(60)がベスマ要塞を訪問し、エターナルストーンを得る。
67 帝国貴族フェルディナンド・ヴエル・アウラ・ドゥガーチの第21子、ワーデルロー・デル・パウロ・ドゥガーチ生まれる。
45 アルカナン王族の血を引く貴族の家にラファエル生まれる
38 アルカナン国王第一子エスメライン誕生。同時にホンダの長女マキアーチャ誕生。
36 ホンダに次女イルマ誕生。アルカナン国王の第2子(後のグレイブ)誕生。その皇子は忌み子として埋葬されるが、人知れず何者かに掘り起こされる。
30 ルシア・シューベルトがグレイブを拾う。この出来事が世間を騒がせたとのこと。ルシアは間もなく事故で死亡。
29 瀕死のヴェルハルレン、ルーンの第290代帝国皇帝に拾われ、シャドウを名乗る帝国の魔導騎士となる。
28 グレイブ(8)要塞に捨てられる。
26 シオ誕生。
25 ルーン大帝の嫡子ライアン誕生。大戦の最中であり、森の奥に匿われる。同年、シャドウが帝国軍を撃退。ラファエル(20)の父戦死。
24 大戦終了。シャドウ、ライアン(1)の世話役となる。
23 ベスマ要塞に駐屯していた正規軍が撤収、王国に委託された傭兵団が防衛を受け持つ。ベリル誕生。
22 ベスマ要塞に委託された傭兵団の人員削減。
21 ベスマ要塞の廃棄が決定。グレイブ(15)。数カ月後には賢者を名乗る死霊術師が住み着く(と歴史書に記載)。ルカイン誕生。
19 ミアプラキドス、ルーンの大帝にベスマ要塞を襲撃するよう仕向ける。グレイブ、何者かに暗殺される。
  ワーデルロー(48)率いる帝国軍がシャドウと共に要塞を攻撃するが、ワイズマンとイルマ(17)、クレイトン(22)の3名が帝国軍を撃退。
  数ヵ月後、ルーン帝国崩壊。ライアン(7)、シャドウ戦死の知らせを受ける。まもなくルーン帝国崩壊、その領土はアインランド連合国となる。
  ルーンの帝王、逃亡先にてキーンタプに襲われ死亡。
18 キーンタプ率いるオークの氏族が要塞を攻撃。シャドウ、マキアーチャ(20)とクレイトン(23)、賢者と協力し撃退。
17 ルーク誕生。同時にエスメラインに第一子が誕生するが、赤眼であった為地下牢に幽閉される。
15? ライアン、アルシャインに弟子入り。
10 アルカナンで剣闘会開催。ライアン(15)、ベスマ要塞にてシャドウとその息子、ルーク(7)に出会う。ライアン、アルシャインの一団から離れる。リリス誕生。
2? ルカイン(19)とアルシャインが決闘、アルシャインが深傷を負う
0 ミアプラキドスの指示でライアン(25)がアルカナンに情報をリーク、シャドウが王国軍に捕縛。10年ぶりの剣闘会が聖アルカヌス闘技場で開催。

259 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/05(月) 17:44:16.60 ID:PMQctDVg.net
【魔王のロールが残っています。投下は明日になる予定ですので、よろしくお願いします】

260 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/09/06(火) 07:03:55.80 ID:5LVPC7Vd.net
座していた赤眼の王が不意に腰を上げた。
赤い双眸をギリリと遠くの騎士に向け、広げた三対の羽根を戦慄かせる。同時に上がる、断末魔の叫び声。

「よもや攻めの一手も持たぬ坊主に我が愛しき部下が……」
誰にともなく言い放った魔王の呟き。
誰が、誰にどうされたとも言わぬ片言の言葉。しかし、間に控える魔将らが正しく理解するには充分な言葉だった。
彼等の顔に明らかな動揺が走る。
もとエルフとは言え、無影将軍は八大魔将の一人。魔力、智謀、どれを取っても太刀打ち出来得る者など居ないはず。
無論――元から魔族であるこの魔将らを除いては……であるが。

「己が恨みに耐えかねたか? いや……その恨みこそが……彼奴を魔将に仕立てた素因よな」

――あの時。並々ならぬ怨嗟の念を感じ取り、エレド・ブラウの外れへと飛んだ。
そこで見たもの。右肩より溢れる血をそのままに、ただただ身体を地に横たえるエルフ。
死から逃れようとも見えず。
『滅ぼしてくれよう』
同族を滅ぼさんとするその恨みの念。何よりも、眼(まなこ)に宿る強き意思。捨て置くには惜しい。
「決めよ。今死ぬか、この先、我が命(めい)を帯び死ぬか」

未だ完全体では無かったこの身が、彼奴にどう映ったかは知れぬ。
しかし魔族の王であると見て取ったのだろう。眼に宿す感情の色が変わる。返答を待つに……しばしの間。
「……命を……帯びたく存じます」
苦し気な息の下より紡がれし言葉。自ら闇に落ちんと欲する者の言葉は……いつ何時に聞くも良いものよ。
彼奴が賢者にも劣らぬ智略を以て八大魔将の座を得るに、いくばくの時も要さず。

「最も静なる魔将が……感情に溺れん。心の髄なる地への帰還を許した我が責であろう」

訝し気な眼を王へと向ける魔将達。
ベテルギウスが封印の石を携えエルフの神殿に向かった事を、彼等は知っていた。
その敗北は封印の完成、つまりは魔王の五体の何れかが石となる事を意味していた。
しかし――王の身体に変化は見られず。むしろ魔力は増している。殺された多くのエルフ達から奪いし糧の所為か。

「覇狼、皇竜、百鬼」
王の声に無言で答える三体の魔将。

「鞘に納まりし『僧正の石』にもはや手出しは出来ぬ。――が、無影は最期の力を以て「僧正の石」に闇を宿した」
「水鏡が石を浄化するまでしばし。今宵の『赤月(せきげつ)』を待たずして結界の成就はあり得ぬであろう」
最も月が満ちる満月の中でも、10年に一度訪れるという「赤月」。
何某かの影が月に赤い影を落とすその月は、ベスマを中心とした五つの結界同士を繋げ、行き来を可能とすると言う。

「覇狼は引き続き勇者を追え。我は勇者を含む五要を糧とし得るが、それと察する事は出来ぬ」
「ベスマへと赴くも良かろうな。賢者が守りし娘の噂、まことならば――」
そこで言葉を切り、フェリリルが答えを待つ魔王。
覇狼将軍の口上に満足気に頷いた王は、他の魔将二人に眼を向けた。

「ゆけ。エレド・ブラウが神殿にて、エルフが長ミアプラキドスを捕えよ」
「殺すも構わぬが出来れば生かし、贄として持ち帰れ。無影が連れし降魔兵団の回収も忘れるな」
「いまひと方はドワーフが神殿へ向かえ。そこへ向かう二つの点は封印の石を携えしベルゼビュートが子ら」
「敵に回るならば殺せ。奴の血は糧とならん。石はおそらく『戦士の石』。壊せぬゆえ……奪い、もしくは隠せ」

「どちらがその役目を負うも構わぬが――くれぐれも……石に魅入られるな。2,000年前と同じ轍を踏むにあらず」

魔王が玉座へと戻った。もはや言うべきことは無い、と言っているのだ。

261 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/09/06(火) 07:05:09.20 ID:5LVPC7Vd.net
ルークが手にした剣の先が空しく空を薙いだ。
主である叔父の身に何かあったのだろう。魔力の供給が途切れ、異界へと戻らざるを得ず、と言ったところか。
見るとゴーレム達も動きを止めている。
ポカンと抜いた剣を見つめるルーク。その剣が活躍するはまだ先となろう。

「ヴェル。逃げるなら今だ。何処へむかう? ドワーフか? ナバウルか?」
しばし思案する。
ドワーフの神殿に納めるべし『戦士の石』はラファエルが持っていると言う。
彼が敵か味方か解らぬところが……行く先を迷わせる理由。ここは手堅くナバウルかとも思うが、石の在り処が定かでない。
ここは……ルークの勘に任せるか。

「ルーク。戦士と魔法使い、どちらの場が先だと思う」

「じゃあ戦士! 父さんが迷うくらいなら、どっちでも同じじゃん?」
屈託なく笑う息子。エルフの神殿に戻る、とは言わぬのだな。父上の言った言葉を信じているのか。
しばし……神殿に残る父と、叔父を思う。
「愛と憎しみは同じもの」
「なに? 父さん?」
「いや、何でもない」

皇子が鳴らす指笛が遠くの空へと届き、大鷲の如き鳴き声が答える。
こちらへと降下したグリフォンが軽々と蔦の網を裂き、我々のすぐ前にその身を降ろした。

262 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/09/08(木) 00:12:31.58 ID:jyhLT+T/.net
ルークたちがグリフォンに乗り、エレド・ブラウを離れてから数時間後。
一旦戦いを終えたエレド・ブラウに、再び暗黒の魔気が漂い始める。
先の戦闘で生き残ったエルフたちが警戒して得物を構える中、森の入口に現れたのは――
漆黒の鎧兜と血色のマントに身を包んだ騎士。
その素顔は仮面に覆われ、目許以外を窺うことはできない。
黒騎士は視認できるほどにうねり、のたうつ暗黒の波動を纏いながら、無造作に森の中へと足を踏み入れる。
エルフたちがすぐさま弓を射かける。が、黒騎士には当たらない。放たれた矢はすべて黒騎士の暗黒の波動によって腐食し、消滅した。

皇竜将軍リヒト。竜帝兵団の軍団長にして八大魔将の一翼、そして赤眼の魔王リュシフェールの側近。

本来、リヒトは魔王の傍らに侍り、その身を魔王の拠点から移動させることは殆どない。
が、今回ばかりは別である。無影将軍ベテルギウスが死した今、エレド・ブラウの攻略には万全を期さねばならない。
兵団の五竜は王都にあって現在も玉座の防衛に就いており、現在リヒトは単騎で行動している。
だが、それになんの問題もない。
リヒトは決死の覚悟で行く手を遮るエルフたちを鎧袖一触、マントの一振りから生まれた颶風で蹴散らすと、無人の野を征くがごとく森の中を進む。
視界のそこかしこには、ただの彫像と化したストーンゴーレムやアンバーゴーレム、ガーゴイルなどが無数に転がっている。
それを一瞥すると、リヒトはばさり、と大きくマントを翻し、自らの身体の周りに蟠る魔気を一気に解き放った。

ブアッ!!

黒い烈風が吹き荒れ、エレド・ブラウ全域を覆ってゆく。
その途端、無影将軍の死によって魔力切れを起こしていた降魔兵団の目に光が宿る。関節を軋ませ、彫像たちがふたたび動き始める。
降魔兵団は魔王の魔力を供給源としており、それが断たれてしまえばとたんに活動できなくなる。
しかし、リヒトはそんな降魔兵団を自らの放つ闇の波動のみで再起動させた。
ここにもし、僅かなりとも魔王の力を感じたことのあるエルフがいたとしたら、きっとこう言ったであろう。
黒騎士の放つ波動は、魔王のものとまったく同じであった、と――。

再起動した降魔兵団が、リヒトの指示を待つ。
しかしリヒトは破壊活動を再開させるでもなく、ゴーレムたちを置き去りにして森の奥へと歩いていった。
しばしの間を置いて神殿に到達すると、水鏡の前に倒れ伏すひとりのエルフを確認する。

「……」

闇の波動を弱めて歩み寄り、抱き起こす。――この顔、エルフの長老ミアプラキドスに間違いない。
幾度か揺すぶってみるも、反応はない。が、生きてはいる。
ここで長老の首を刎ねれば、勇者にとって必要不可欠な協力者をひとり始末したことになる。
魔王とて、その選択を咎めはすまい。そも、事前に殺してもよいとの言質は取ってある。
だが。

リヒトはそれをしなかった。ただ、長老の身体を横抱きに抱き上げる。

「……貴方には、まだ働いてもらわなければならない」

小さくそう告げると、リヒトは長老もろとも神殿から消えた。同時に、森の中の降魔兵団も一体残らず消滅する。アルカナンへ帰還したのだ。
後に残されたのは、魔石を納めた水鏡。
そして、かつて無影将軍ベテルギウスのものであった、黒い魔導衣だけ――。

263 :ラファエル ◆ELFzN7l8oo :2016/09/09(金) 01:48:57.66 ID:BJwyETyV.net
正面から照りつける灼熱の陽。口の端より泡を飛ばし、疾走する馬の息が荒い。如何に陛下の魔力を受けようと、そろそろ限界か。
「どうどう!」
優しく手綱を引くと、馬が速度を緩め静止した。並走していた王が見咎め、20ヤードほど先にて馬を止める。
「陛下! 馬を替えましょう!」
替え馬がある訳ではない。王の馬と自分の馬を交換するのだ。魔剣の重さは相当な上、この体重は王の倍以上。当然負担は大きい。
フワリと身軽な動作で地に降りた王が、美しい栗毛の馬を引いてきた。王の馬にさほど疲れは見られない。
そして王は……相も変わらず素足であらせられる。

「少し、休まぬか?」
汗で濡れた黒髪が頬に張りつき、いつもの微笑みを一層妖艶に見せる王。
そうとは見せぬが、おそらくは相当にお疲れだろう。王都を出てから半日近く走り通しゆえ。
陽はまだ高い。しばし休憩と行きたいが、そうもいくまい。
左手の広大な湿地には葦が茂り、絶えずピチャリと撥ねる水音がする。大型の爬虫類が尾で水面を叩く音だろう。
右手は鬱蒼とした古い森。こちらも得体の知れぬ生き物の気配がする。木の巨人族が棲むとも聞く。留まるに物騒な場には違いない。

ブルルル……
馬が水をねだる。赤茶色の湿地の水はお世辞にも綺麗とは云えぬ。
「陛下、いっそ古森を通りましょう。街道もこの先安全とは云えませぬ」
「わらわも同じことを思った。ここを抜けるが近かろう」
仰せのとおりだ。街道は相当な遠回り。森さえ抜ければドワーフが築く地下都市まであと幾ばくも無いのだ。
起伏が激しく、とても馬では進めぬが。

突然、馬が嘶き棒立ちになった。見ると――後ろ脚に矢が突き立っている。黒羽の矢。魔王の手のものだ。
「陛下! お早く!!」
剣を抜き、森の柔らかな地面に足を踏み入れる。王も頷き、後に続く。
茨の茂みをくぐり、枝を払いつつ奥へと分け入る。振り向いた王の肩越しに見えたは……数百を超すかと思われるオークの群れ。
その先頭に立つ灰色の巨体がオーク語で何事か吠えている。

「陛下!! 失礼つかまつる!!」
王の手を引き、横抱きにした。驚いた風もなく、されるがままに首に腕を回す王。
薔薇の香りが鼻をくすぐる。しかも……

――陛下! お顔が……近う御座います!! まさしく薔薇の顔(かんばせ)!!

こんな時に何とも不謹慎だと自分でも思うが、もう死んでも悔いはないと思ったも事実。それは冗談としても。
眼の前に突如現れた瀑布。後ろはオーク。王を抱えたまま、ヒラリと身を躍らせた。

264 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2016/09/09(金) 01:49:45.47 ID:BJwyETyV.net
硬質の物体が軋み、擦れ合うかの音。――この音は何だ。金属では無く石でも無い。琥珀か、大海亀の甲か。
不思議と左肩の痛みは無い。
背と膝裏をがっしりとした硬い何かに掴まれている。どうやら鎧を着込んだ何者かの腕に抱(いだ)かれているようだ。
規則正しく上下するその度に、掴まれた箇所がギリリと痛む。鎧の繋ぎに尖りでもあるのか。
自らの発する呻き声が、騎士の身体から発せられる瘴気の渦に吸い込まれていく。
一体誰だ。この瘴気には覚えがある。酷く懐かしく、しかし恐ろしい記憶を呼び起こす瘴気。
ここは何処だ。立ち込める濃い瘴気と、血の匂い。少なくともエルフの神殿では無い。

突如鎧の主が足を止めた。
「――陛下」

深く張りのある男の声が感覚を呼び醒ました。視界に入ったは黒い兜に鎧の騎士。緋のマント。蒼の双眸。
時折鈍く深紫に光る……なるほど、古竜(エンシェント・ドラゴン)の鎧、ティアマット。他に纏う者など無い。
姫君でもあるまいに、大人しく抱かれる道理は無し、と身じろぎするがびくともせず。
八大魔将の一人、リヒト・ヴァル・ロー。単なる腕力の差ではあるまい。
リヒトが見上げる先にはアルカナン国王の玉座に座す――黒い影。すくと立ち上がり、緋の段を降りるその姿は……

『父上……!』
とうの昔に死んだ筈の父が、冷酷な笑みを浮かべ見下ろしていた。その背には三対の黒き翼。
――おのれ魔王。我が実弟を惑わしたのみならず、父までも愚弄するか……! 
その姿でこの身に止めを刺すか。この情までも糧とするか……!

「よくぞ帰還した。単騎の身にて、速やかかつ的確なる遂行。流石は『皇竜』よ」
魔将リヒトが深く頭を下げ、腰を降ろした。
そっと緋の絨毯に降ろされるが身の自由は利かず、精々が体勢をうつ伏せにかえ、魔王をぐっと睨み上げるのみ。
その魔王のさらに上、目に飛び込んだ光景に、思わず驚愕の声が漏れる。
赤い九曜の紋が象られた天井に、ぶらりと下がる二つの遺体。すなわち――ビショップとルカイン。
我が視線に気づいた魔王が、天井を見上げる。

「流石は五要……であろう? 死してなお……巷の血数千に勝る血よ」
天井の二人を見上げ、生前の父そのままの姿にて口元を緩ませる魔王。
逆さにつられ、米神に穿たれた穴から伝い出でる血液が、時を刻む雫となって魔王を染めていく。
瞬時に赤い蒸気となる血。歓喜に震える三対の翼。増す瘴気。――忘れはしない。我が父を死に至らしめた瘴気そのもの。
そして今更ながら気付く。この瘴気が先程リヒトより感じたそれと全く同質であることに。
――いったい何故? まさか魔王の血を分けた――

「可愛い部下を葬ってくれた、その礼はしてくれるな?」
両腕を広げたそのままの姿勢にてこちらを見下ろす父。両の眼だけが血より赤い。
「エルフの長ミアプラキドス。永き時を経てなお朽ち果てぬエルフの血。魔石が認めしその五要の血。如何にして我に捧げん」
ビショップであれば、破邪の呪文にてそれなりの攻撃が出来たであろう。
ルカインであれば、勇者の剣にて多少の打撃を与えられたであろう。
しかしこの身は――直接なる攻撃手段を持たぬ。せめて――

「哀れなり、堕天使リュシフェール」
その場に居合わせたもの、すべての者が動揺の色を露わにする。王の名を口にすることは魔族にとっては禁忌。
「生けとし生きる者の気を喰らわねば存在すら出来ぬ。実に脆く、危く、儚ない。蝋燭の炎にも等しきなり」
魔王はじっとこの言葉に耳を傾け、そして高らかに笑った。
「言葉攻めか。それこそ儚き脆いエルフならではの抵抗よ。のう? リヒト」
黙って頭を下げたままの黒騎士。魔王が踵を返す。バサリと翼が翻る音。
「こ奴の処遇、其処許に任せる」
黒騎士が僅かに顔を上げた。
「この場にて首を刎ねるも良し。生きたまま吊るすも良し。公開処刑と称し、闘技場にて逆さ十字にかけるも良し」



闇の鴉が一声。
ゆるりと玉座につく魔王。

265 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/09(金) 17:20:47.70 ID:BJwyETyV.net
訂正です。
>>264のレス内の「瘴気」を「闇の波動」或いは「魔気」に適当に置き換えてください。

瘴気=死者の纏う負のエネルギー
闇の魔力(魔気)=闇属性のエネルギー(>>238参照)

266 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/10(土) 08:54:08.52 ID:JNpI3IC0.net
オークとは、貪婪、強欲、残忍を絵に描いたような種族である。
エルフやドワーフのような他の亜人種のように、作物を栽培したり鍛冶技術を発展させたりという生産的行為は一切しない。
欲しいものは奪う。略奪、強奪、収奪――それがオークにとって唯一と言ってもいい掟である。
その掟はしばしば同族であるオーク間でも適用され、同胞同士の血で血を洗う殺戮劇が起こる。
えてしてこのような種族は繁栄などしないものであるが、しかしオークは厳然とこの世界に存在しており、その数が減ることはない。
それは、いったいなぜか。

答えは、このオークという種族の頂点に、絶対的な王権を有する支配者が存在しているから――。
百鬼将軍ボリガン。齢3000歳を超える、オークの伝説的な大酋長(グランチーフ)である。
豚面の魔神オルクスを起源とするオークの中でも、始祖たる魔神の直系と言われる、オークの帝王。
この規格外のオークがすべてのオークを支配し、統率し、導いているがゆえ、オークは滅びを知らないのだ。

オーク族は、元々魔王の軍には属していなかった。同じ闇の属性を持つとはいえ、オークはあくまで独立した一種族であった。
が、ボリガンが魔王との戦いに敗れその配下となったがゆえ、支配下にある一族も併せて魔王軍に組み込まれたのである。
とはいえ、一敗地にまみれ魔将の地位に甘んじても、オークの王たるボリガンの威厳は些かも輝きを喪失してはいない。
――いや、それどころか増してさえいる。
眷属であるオーク(豚頭鬼)の他、魔王より与えられた『食人鬼(オーガ)』『小鬼(ゴブリン)』『獣鬼(トロール)』の戦力。
この世に蔓延る鬼たちを統べる、百鬼将軍として。

そんな百鬼将軍ボリガンが、自ら一軍を率いてエスメラインとラファエルを追跡している。
いかにも鈍重そうな外見だが、しかし意外とその行歩は速い。悪路を走破する方法を熟知しているがゆえだ。
すでに、獲物は視界に捉えている。逃がしはしない。

「そろそろドワーフの穴ぐらに到着するか……」

地響きを立て、地面に大きな足跡を刻みながら、ボリガンは片手で顎鬚をしごいた。
ドワーフ。2000年前には魔王の勅使として思う様に蹂躙し、凌辱し、殺戮してやった相手である。
魔王が封印されてからは自らも軍属の戒めを解かれたため、表だってことを構えることはしなかったが、2000年間小競り合いは続いている。
魔王が復活したならば、以前のように蹂躙する以外にはない。ボリガンの意識はもう、戦いが終わった後の饗宴に向いている。

――男は奴隷として魔王にくれてやればよい。だが、女はもらう。全員、我が眷属の孕み腹にしてくれよう。

そんなことを考える。オークを統べる大酋長として、優先すべきは一族の反映。それしかない。
オークに雌はいない。生まれる仔はすべて雄であり、オークは他種族の雌を孕ませることで殖える。
母体の種族を問わず、オークの種は絶対にオークになる。いかなる種族を母体にしても増殖する、それがオークの強みだ。

ゴブリンの斥候が、獲物が古森に入ったと報告してくる。
ボリガンも率先して森に入る。前方に、人間の小さな姿が見える。

《捕えよ!!》

唸り声のようにも聞こえるオーク語で命令する。オークたちが途端に嘶きながら、エスメラインとラファエルへ駆け出してゆく。
が。
追い詰められた獲物は何を思ったか、前方の滝へと身を躍らせた。
自殺にも等しい行為だが、といって安心してもいられない。せめて死体は確認すべきだろう。
それに、ここまで軍団を率いてわざわざやって来ておきながら、こんな結末ではお粗末に過ぎる。
軍を統率するに最も必要な要素とは、『旨味を与えること』――これにつきる。

「……フン」

ボリガンは滝壺を覗き込み、一度鼻を鳴らすと、すぐに踵を返した。

《穴ぐらへ向かうぞ。全軍に伝えよ、今のうち腹を減らしておけ……とな!》

267 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/10(土) 08:56:16.99 ID:JNpI3IC0.net
名前:百鬼将軍ボリガン
年齢:不明(少なくとも3000歳以上)
性別:男
身長:320cm
体重:780kg
種族:オーク
職業:魔将軍(百鬼将軍)
性格:一見粗野だが、その実計算高く知恵が回る
長所:鷹揚、王の威厳を持つ
短所:オーク至上主義、息がくさい
特技:性豪、絶倫
武器:無数の髑髏が埋まった巨大な棍棒『黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)』
防具:なし 
所持品:八大魔将のひとりを示す九曜のメダイ
容姿の特徴・風貌:
銀灰色の巨躯、張り詰めた固太りの丸い腹、丸太のような双腕と安定感のある短い脚
首や両腕、十指にこれ見よがしに煌びやかな装飾品をつけ、虎皮でできた脛丈の腰布を巻く
右腕から右胸にかけてトライバル模様の刺青あり。頭にオークの王を示す小さな王冠
ブタそのものの顔つきだが、ブタにしては精悍。長い顎鬚。下顎から一対の長大な牙が生えているが、右の牙は半ばから折れている

簡単なキャラ解説:
魔王軍八大軍団のひとつ『妖鬼兵団』を統べる八大魔将のひとり『百鬼将軍』。
オーク族の伝説的な大酋長(グランチーフ)であり、元々はオークを束ねる王として西域に君臨していた。
2000年前、魔王との戦いに敗れその軍門に下る。
表向き臣従しているが、忠誠心といったものはさらさらなく、魔王のことは同盟相手程度にしか思っていない。

268 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/09/10(土) 09:00:53.87 ID:JNpI3IC0.net
>こ奴の処遇、其処許に任せる

魔王がそう告げ、玉座に腰を下ろす。
ルカインにそうしたように心臓を抉り出し、糧とするかとも思ったが。意外な判断にリヒトは一度目を瞬かせた。
しかし、それならそれで一向に構わない。リヒトは一度恭しく礼をすると、

「――弟の不始末の責任は、兄に取らせるが筋」

と、静かな声で言った。
立ち上がり、うつ伏せになっているミアプラキドスを見下ろすと、リヒトは血色のマントをばさり、と翻した。
途端にぶわり、と漆黒の波動が溢れ、のたうち、強い風となって謁見の間に吹き荒れる。
が、それもほんの短い間のこと。無軌道に荒れ狂っていた波動はやがてリヒトの眼前で凝縮され、虚空に穴を穿った。
リヒトはためらいもなく穴の中に右腕を入れる。そして、引き抜いた腕が掴んでいたものは――

ベテルギウスが纏っていた黒い魔導衣と、魔法の義手。

左腕をミアプラキドスへと翳す。ふわり、とエルフの長老の身体が宙に浮かぶ。
右手に持っている魔法の義手を、ミアプラキドスの左肩に押し当てる。ジュウウ、と肉の焼ける不快な臭い。
ミアプラキドスが呻く。が、斟酌しない。
魔法の作用か魔気の働きか、ベテルギウスが身に着けていたときには右腕であった義手が、瞬く間に左腕へと変化する。
さらに、リヒトは漆黒の魔導衣をミアプラキドスに着せる。フードが長老の頭を目深に覆い、顔を濃い闇で隠してしまう。

義手と魔導衣には、魔王の闇の波動がたっぷりと染み込んでいる。ベテルギウスを魔将たらしめていたのは、このふたつの働きが大きい。
一介のエルフにすら、高位魔族なみの力を与える魔導具――。
今後はこれらがミアプラキドスの肉体を通して降魔兵団へ魔力を供給することになる。
ミアプラキドスにとっては、着用しているだけでも想像を絶するほどの苦痛を伴うであろう。
だが、死ぬことはできない。魔導衣がミアプラキドスを拘束、支配しようとすると同時、生命維持の役割も果たすからである。

義手の部位が左右逆であることを除けば、無影将軍に瓜二つな姿へミアプラキドスを変貌させると、リヒトは再び魔王に一礼した。
そして、自らの居場所――魔王の玉座の傍らに控える。

――エルフの長老ミアプラキドス。貴方が真にこの世界のことを憂うならば、この呪詛に打ち克ってみせるがいい。
――呪詛に屈し、新たな無影将軍として魔に服するならばそれまで。勇者の血は絶え、世界は闇に覆われよう。
――だが。もしも光によって呪詛を退け、希望を未来に繋げることができるなら……。

禍々しい兜の奥から静かにミアプラキドスの姿を見つめ、リヒトは考える。
魔王への造反を意図しているわけではない。自分は皇竜将軍であり、魔王の側近。魔王への忠誠が揺らぐことはない。
だが、リヒトには八大魔将とは別の。もうひとつの役目がある。



『裁定者』としての役目が。

269 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/13(火) 06:26:47.31 ID:22CVRzhj.net
苦痛のあまり床を這い、時折獣のような唸り声を上げるエルフの長。彼の中で【光】と【闇】とが鬩(せめ)ぎ合っているのだ。

魔王は2,000年前、ベテルギウスに同じ処置を行っている。
すでに闇を宿していたベテルギウスはこれほどに苦しまず、あっさりと魔王の魔気を受け入れた。
しかしその兄は違う。実弟を手にかけた僅かな曇りはあるものの、その魂は清らかなる清流の如し。
闇に侵される苦痛は比較にならぬ程に絶大だった。
次第に美しい銀髪が白髪となり、魔道衣から除く手指の爪が鋭く伸びた。白い肌は灰の色に染まっていく。

「リヒト。恐ろしい男よ。この者にとっては……今この場にて処断されるが幾許か楽であろうものを」

半ば独り言のように呟き、王座に背を預ける魔王。
無論、心中は言葉通りでは無い。むしろ赤い眼は爛々と輝き、背の翼は至上の喜びに打ち震え、口元は愉悦に歪む。
完全な精神体である魔王が糧とするのは、何も血や心臓に限ったことではない。
生けとし生きる者が発する負の感情――負のエネルギー。
悲嘆にくれる者や肉体的苦痛を受ける者、そして死への恐怖に慄く者の苦鳴、絶叫もまた、美味なる糧のひとつ。
特にその贄が聡明で気高く、かつ美しい者であれば尚更だ。
ミアプラキドスは1,000年の月日を経た大老クラスのエルフ。一部の者にハイ=エルフと云わしめ、かつその血筋は高貴。
今まさに闇に落ちんとするその様相は、古に魔と契約しダーク=エルフとなった者達と良く似ていた。

リヒトはただ合理的かつ理知的なる判断を以て、ミアプラキドスにベテルギウスの荷を負わせたのだろう。
或いは別の……とある意図を以て事を運んだだけかも知れない。
しかし、玉座前にて繰り広げられるそれは、王の征服欲・支配欲を満たすに十分な光景であった。
それが勇者の心臓に匹敵するエネルギーと成る得ると、誰が予想しただろう。

恐ろしい咆哮が謁見の間を揺るがした。
漆黒の濃い霧が空を満たす。
王と同じ魔気を持つリヒトには見えただろうか。王の背に――四対目の翼が生えていたのを。

270 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/13(火) 06:27:39.32 ID:22CVRzhj.net
「陛下!! そろそろ宜しいかと!!」

ラファエルが滝の轟音に負けぬ声で叫ぶ。
両の手で彼の腰にしがみついていた王が手を離し、突き出た岩の端にストンと降りた。
ラファエルもそれに習い、飛び降りる。引き抜いた魔剣の柄が、リンと鳴る。
飛び降りる振りをして岩壁に剣を付き立てやり過ごす。良くある手だが、急な角度が幸いしオークの眼に止まらずに済んだようだ。
眼前に広がる光景を改めて眺める。
滝の幅は650ヤード(約600m)はあるだろう。その高さも、遥か下方を流れる川の幅も相当だ。
おそらくは大陸で最も大規模の瀑布。いかに強靭な足腰を持つオーク達も、道を回るに時間を要するに違いない。
崖からは枯れかけた木の幹や根がいくつも顔を覗かせていた。王がその幹へと狙いをすまし、身を躍らせる。
純白の衣を翻し、ヒラリヒラリと飛び移る様はまるで……天女。
などと放心する彼の頭上から、パラパラと振りかかる石砂。見上げた先にはこちらを見下ろす数匹のオーク。
見張りとして残したのだろうが、その突き出た腹が邪魔なのか足腰に自信がないのか、下に降りてはこない。
しかし目撃されたのは事実。急がねばならない。

「陛下ーー!! こちらです!!!」
腹の底から発した声に、女王が呆れ顔で振り向く。
「そこまで大声でなくとも聞こえる」
世にも珍しい王のぼやき。
一見ただの切り立った岩壁に、アルカナ=ブレードの柄頭をかざす。この石が元へ帰る意思があるのなら、鍵は開くはず。
ややあって人一人通れる幅の穴が開いた。

何処までも続く闇の洞窟。否、人工の通廊は、滝の下を潜り、ドワーフの地下神殿へと続く最短の道だった。
速足で駈けていく二人。
おそらくはルーク達と同じか、遅れても少々と云った所だろう。

271 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/13(火) 06:29:05.59 ID:22CVRzhj.net
――グリフォンってこんなに高く飛ぶんだ!! 凄いなあ!!
でっかい大河に青い山脈、どっかの古い街並。とにかく絶景!!

俺達三人がしがみついてるグリフォンが、それに答えて雄叫びを上げる。――いやいや、その声だけは勘弁して!!
と思ってったとたんに急降下。……また降りる?  山のてっぺんで休むの、これで10回目だよ。
文句を言うのもグリフォンに悪いんで、俺はその度にライアンや父さんを質問攻めにしていた。
こんな時じゃないと聞けない事、いっぱいあったからさ。

「父さん。あのでっかいゴーレムに弱点はあるの?」
少し考えて父さんが口を開く。
「ルーク。ストーンゴーレムにあって、我々に無いものは何だ?」
「……桁違いの腕力、かな」
「では彼に無く、我々にあるものは?」
「呪文……とか?」
父さんがニヤリと笑う。
「それはそうだが、奴等は魔力耐性があるからな。一番の違いはスピードだ。奴等は我等より『遅い』」
「逃げたり避けたり出来るってこと? でもそれじゃ結局勝てないよね」
「最強の盾と矛の話を知ってるか?」
――そりゃあちっちゃい頃父さんが聞かせてくれた子守話だからね。え? それがヒント?

グリフォンが翼を広げたんで、慌てて首にしがみつく。再び空高く舞い上がった俺達。チラリと見えた大滝の音が耳に届く。
「すごい!! あの滝のそば、通ってみたい!!」
「アホか。物見遊山じゃないんだぞ」
答えたライアンの顔が強張った。――なに? 何か居るの?
彼の視線を追って、目を凝らした。大滝の向こう側にプディングみたいに形のいい岩山がひとつ。
その山に城壁が張り付いている。良く天然の谷合とか山を掘って要塞にするって聞くけど、あれもそうなのかな。

「ライアン! もしかしてあれ、ドワーフの!?」
「そうだ! 地下都市の入り口だ! あれを見ろ!」
指差されたその先。城壁に向かってぞろぞろ動く何かの……大群?
「あの旗印、魔王の軍だ。……約50(万)。やけに多いが……古竜でも相手にするつもりか?」
「あの刺青は百鬼将軍ボリガンに違いない。オークにゴブリン、オーガにトロール。化け物のオンパレードだ」
……ライアンも父さんも、どんだけ目がいいんだよ。俺には黒っぽい点にしか見えないよ。

その黒点が大小様々の人の形を取り始めたその時、城門の扉がゆっくりと開いた。
野太い雄叫びを上げてどっと溢れだしたのは、鎧に身を固めたドワーフ達。こっちもなかなかの数。
子馬に跨り、でかい斧を振り上げたドワーフが一人、何か叫んでる。
ドワーフ語は良く解らないけど、あの感じだと、ここは通さん! とか、返り打ちにしてやる! とか言ってるんだろう。
着込んでるのはラファエルみたいな派手な銀ピカの鎧。王様なのかな? 
両軍を分けるように一文字に駆け抜ける王様。それに答え、盾を壁にしたドワーフ達が横一列の陣形を取りはじめる。

「降りるぞ」
父さんがいきなり俺の背中を押した。え? と思った時には、俺は開いた城門目がけて逆さまに落ちていた。
――うーん久しぶり! 父さんってば、主塔のてっぺんから良くこうやって俺を突き落としてくれたよね? 
あの遊び、こういう時の為だったんだ! 

地面すれすれで唱えた【浮遊】の呪文。フワリと浮く感覚。浴びる怒号。――え?
俺に気づいたドワーフ達が、斧を構えて襲いかかって来た。そりゃまあ……怪しいの極致かもだけど、いきなりは無いんじゃない?
「待って! 俺の話をうわああああ!!」
俺は振り下ろされた斧をすんでの所でかわし、開いた城門から中に飛び込んだ。

「ちょ・何だよ! ドワーフって気ぃ短過ぎ!!」
さらに外へと流れる大量のドワーフ達を飛び越え、誰かの兜の上に着地、そのままジャンプを繰り返す。
頭を踏まれたドワーフが怒って腕を振り上げている。――ごめん! 丈夫そうだったんで……

そうこうしてる内にドワーフの波が引いた。俺のまん前に立ってたのは、神官服を着込んだ白髭のドワーフ。
「貴方が……ルーク殿じゃな?」
いつの間にか、俺の両脇に父さんとライアンが立っていた。
「話は聞いとりますじゃ。こちらへ」

272 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/09/13(火) 06:32:00.50 ID:22CVRzhj.net
エルフに負けぬ……いやそれ以上の見事な彫刻が施された石壁、柱。
エルフのそれは白と銀を基調とする。対し、ドワーフの神殿は集茶と金だ。素晴らしく重厚かつ絢爛。
松明の明かりで照らされた広い空間はまるで大伽藍の内部のようだ。そんな空間を幾つも抜け、通廊はやや狭く、下りとなる。

「そう言えば父さん、あの人達を放っといて良かったの?」
「ワシらを……案じられとるのかの? 勇者どの」
白髭の老神官が振り返る。
「加勢は無用じゃ。昔からの因縁、我々ドワーフの戦でもあるのじゃ。王も望むまいて」
「でもさ、魔王軍の数、ハンパ無かったじゃん! 王様死んじゃうよ!?」
「ご案じ召さるな。我等が王も歴戦の勇者。そう簡単にはやられぬじゃろう」

いったい何処まで続くのかと思われた通廊が途切れた。
ひと際広い……神聖なる大聖堂。
祭壇に置かれた石の棺。『戦士の石』を納める棺に違いない。

カツン……

祭壇の後ろの扉が不意に開き、現れた人影はやはり……
「ラファエル! ……と綺麗な女王様!」
――ルーク。思った事をすぐに口にするその癖、直さねばな?

「シャドウ。何故貴様らがここに?」
小馬鹿にした体で我等を見下ろす、もと上官。その横に立つ美貌の王。今更敵に回るとは思えぬが……
「『戦士の石』をお渡し願いたい。魔王を封ずる結界のひとつ、願いは同じ筈だが?」
「さて……どうしたものか……」
ラファエルと一戦交えるのは御免だ。あの鎧はミスリル。対抗出来得るは圧倒的な破壊力を持つストーンゴーレムか或いは……

しばし睨みあう。
突如響く轟音。やはり来たか。予想より遥かに早い。
「……でか……!」
ルークの呟きが聖堂内を木霊した。身の丈は我等の倍を超すだろう、灰色の巨体がこちらを見て笑った。

273 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/15(木) 22:23:11.15 ID:4mezei/r.net
ルークたち一行とアルカナンの女王エスメライン、そしてラファエル。
ドワーフの神殿の中で邂逅した者たちの視線、その先に。
両開きの重厚な扉を黒光りする棍棒の一撃で蝶番ごと吹き飛ばし、巨大な銀灰色のオークが現れる。

「2000年前の戦いでは、徹底的に破壊してやったものだが……。よくもここまで復興させたものよ」
「善い。なれば、今一度灰燼に帰せしめようぞ。我が妖鬼兵団の力でな……ブッフフフフフッ」

片牙の生えた分厚い唇を笑みに歪め、巨大なオーク――百鬼将軍ボリガンが嗤う。
その背後から、バラバラと配下のオークやトロールたちが現れては、神殿を我が物顔で占拠し一行を取り囲む。
ボリガンは感慨深げに猪首を巡らせ、ドワーフの神殿を眺め回していたが、ゆるりとルークたちに視線を向けると、

「ベルゼビュートの落とし種を狩りに来て、勇者と鉢合わせるとは。これは僥倖……太祖オルクスの加護は今も余にあると見ゆる」

そう、愉快げに言った。

「やりたいことは色々あるが、先ずは魔王との約定を果たさねばなるまい。――ベルゼビュートの落とし種よ、『戦士の石』を渡してもらおう」
「肯(うべな)うならばよし、格別の慈悲をもってその方らの命は助けよう。しかし……」
「非と返すならば、殺す。我が眷属に命じ、ありとあらゆる阿鼻と叫喚を交え、その方らにこの世に地獄を味わわせてくれようぞ」

ルークの腕より太い指をエスメラインへと向け、王者の風格さえ漂わせて、ボリガンが告げる。
兵団のオークやオーガ、ゴブリンたちが下卑た笑みを漏らす。
それは一見提案のように聞こえはするものの、恫喝以外の何物でもない。
エスメラインが石の譲渡を拒絶するのなら、ボリガンは躊躇いなく言った通りの行動に移るだろう。
降魔兵団のストーンゴーレムなどと比べ、妖鬼兵団の個々の戦力は決して高くはない。
が、だからといって妖鬼兵団が降魔兵団に劣っているということは決してない。
第一に、その活動するために必要なエネルギーのすべてを魔王からの魔力供給に頼っている降魔兵団と違い、妖鬼兵団は独立独歩の兵団である。
第二に、ただ個々で暴れるだけの降魔兵団と違って、妖鬼兵団は隊伍を組み組織的な軍事行動を取ることができる。
第三に、これが妖鬼兵団の最大の強みなのだが――妖鬼兵団は『多い』。
その数は魔王軍にあっても最多。ボリガンがドワーフ攻略に用いたこの50万さえ、妖鬼兵団の一部に過ぎない。
例え仲間が殺されても、屍を乗り越えて続々と押し寄せる。人海戦術ですべてを押し潰す。
その戦い方で、2000年前もボリガンらはこの世界で猛威を振るったのである。

「で……。その方らが無影将軍を葬った勇者の一行か。このような輩に遅れを取るとは、知恵袋などと言っても所詮エルフよな」
「まあ善い。その方らも後で相手をしてやろうゆえ、隅で控えておれ。石を得たのち、腕前を検分して遣ろう」
「この、オークの帝王ボリガンがな――!!」

けばけばしい、とも言える五指の指輪をこれ見よがしに突き出し、オークの支配者が荘重な様子で言葉を紡ぐ。
外では血で血を洗う戦いが繰り広げられている。神殿は魔王軍が包囲している。
選択肢は、ふたつにひとつ。



石を渡して傅くか――死ぬか。

274 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/17(土) 17:05:45.28 ID:m3zUtfFq.net
「あれは……」

壊した扉から中に入って来た……灰色に光る……
「トロール?」
「顔つきを良く見ろ。オークだ」
――うそ! あれがオーク!? 腕なんか俺の胴回りより太いんですけど!
「もしかしてあいつが百鬼将軍!?」
「そうだ。あのボリガンこそ、かつて大陸の西域を支配していたオークの親玉だ」
ボリガンがギラッと眼を光らせてこっちを見た。
ごわごわっとしたオスの山羊みたいな顎髭に、ちっさいトゲトゲの王冠。いかにも大自然の酋長って感じ。
どうして長ネギ咥えてるんだろうって思って良く見たら、はみ出した白い牙だった。右の牙は誰かに折られたのかな?
胸から肩にかけて走る、ぐるぐる巻きの変な模様の刺青はちょっとカッコよかったり。

「ルーク。見とれてる場合か……?」
いつの間にか俺達をズラリと囲んでいた下っぱのオーク達をぐるりと見回し、ライアンがグラディウスを抜く。
一匹一匹はたいした事なさそうだけど、その数が凄い。倒してもキリ無さそう。

>2000年前の戦いでは、徹底的に破壊してやったものだが――

ボリガンが悠々と話し出したんで、俺はちょっぴり拍子抜けした。
だってオークって、知能低そうじゃん? (オークの読者が居たらごめん! あくまで俺個人の見解だから!)
話合いとかするイメージ無い。だいたい公用語、しかもあんな古めかしい言葉話す威厳たっぷりのオーク。……なんか凄い。
そのボリガンが、棺の前に立つ女王をピタリと指差した。

>ベルゼビュートの落とし種よ、『戦士の石』を渡してもらおう
>肯(うべな)うならばよし、格別の慈悲をもってその方らの命は助けよう――非と返すならば――殺す。

高らかに笑う声が女王の答えを遮った。ラファエルだ。
ガチャリ……と鎧の音を立てながら、落ち着いた足取りで女王の前に進み出る。

「笑わせるな。薄汚い豚の分際で我等と交渉など――億万光年早いわ!」

ズラリっと腰の大剣――アルカナ=ブレードを抜いて、切っ先をボリガンの眉間に合わせるラファエル。

――うわお! とっても解りやすい宣戦布告!

プッと噴き出した父さんとライアン。女王とドワーフの神官までもがゲラゲラ笑いだした。
バツが悪そうに俺達を見つめるラファエル。
ごめんごめん、若輩の俺だって笑っちゃったよ。あんまり真っ直ぐでさ。
偽物渡して誤魔化すとか、相手の弱みに付け込むとか、そういうのしないんだ。いいじゃん! 真っ向対決! 
そう思ったら、急に腹の底が熱くなってきた。
ボリガンに「隅にひかえてろ」なんて言われても構うもんか。徹底的に援護するよ! ラファエル!

父さんがジリリと後退し、棺の横に屈みこんだ。ブツブツ呟く声。……このスペル……【解錠(アンロック)】?
何度か違うスペルを試してるとこ見ると、この棺には複雑な魔法の【錠】が掛ってるみたい。
つまり、鍵を解かない限り、父さんは戦闘に参加出来ない。魔法使えるの、俺だけって事だ。良し!

【熱き炎の精霊よ いまここに集い火を灯せ 矢となりて敵を撹乱せん】

俺お得意の炎の矢。あのオーク達が近づかないように火矢を周りに旋回させるつもり。20本くらいで足りるかな。
パチンと指を鳴らすと同時に光る矢が出現。それを見たラファエルとライアンがボリガン目がけて走りだした。

「覚悟しろ! 陛下には指一本触れさせぬ!!」

ラファエルが吠える。剣を上段に構え高く跳躍し、ボリガンの眉間目がけて振り下ろす。
ライアンは低い姿勢のままボリガンの横に回った。むき出しの膝下を狙い、剣を横に薙いだ。

275 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/18(日) 18:43:13.66 ID:Vmkhxtc8.net
「ほう……。慈悲などいらぬと申すか。かつての同胞(はらから)の裔(すえ)と思い、情けをかけたつもりだが」
「善い。ならば、こちらも遠慮なく――我ら本来の流儀にて、罷り通るだけのことよ」

血気盛んなラファエルの挑発に、ボリガンがニタリ……と分厚い唇をの端を吊り上げて笑う。
剣を抜き放ち、一気に駆け出してくるラファエルとライアン。その鋭利な切っ先が、ボリガンを狙う。
――が、ボリガンは身構えることさえしない。長い顎鬚をしごき、悠然と嗤っている。
ラファエルのアルカナ=ブレードが、ボリガンの眉間めがけて振り下ろされる――

しかし。

「陛下には指一本触れさせねエ――サルどもが!その言葉、そっくりそのまま返してやるぜェ!」

アルカナ=ブレードの刀身が、ラファエルとボリガンの間に割って入ったオークの胸板を深く斬り裂く。
血飛沫を撒き、どう、と倒れるオークの尖兵。同様にライアンの膝下狙いの一撃も、他のオークによって阻まれてしまう。
幾度やっても、結果は同じ。ただ、増えるのはラファエルたちの前方に積み上がってゆく、オークの死骸のみ。
文字通り身を捨てて主君の盾となり、死んでゆくオークたちの姿を一瞥し、ボリガンが嗤う。

「善い。善いぞ、忠勇なる我がしもべたちよ。その方らの忠義満足である、後は安らかに太祖オルクスの懐に抱かれるが善い」

帝王の言葉に呼応するかのように、新たなオークたちがわらわらとラファエル、ライアンの行く手を遮る。
ボリガンは何も、恐怖や暴力によって無理矢理一族を支配しているわけではない。
オークは『迷信深い』。
一族の祖、神話の魔神オルクスの目がいつでも自分たちを見ていると疑わず、その加護を望み、祟りを畏れる。
そして、オルクス直系を公言し、3000年の時を生きる規格外のオーク――ボリガンの存在は、そんなオークたちの目にはまさにオルクスそのもののように映るのである。
よって、ボリガンの盾となって死ぬことさえ厭わない。
ボリガンの、そしてオルクスの為に死ぬことは誉れであり、オークにとっては喜びですらあるのだ。
なお、名誉の死を遂げたオークはオルクスの膝元である冥界で美女(ブタ)に囲まれ、酒池肉林の毎日を過ごせるという。

「ブフフフフ……どうした?我が家臣はまだまだおるぞ、いつになったら余に覚悟とやらをさせるつもりか?」
「その方らの刃は、余には届かぬ。しかし我が威光は遍く世を照らし、新たなる妖鬼の世界を形作る礎となる――」
「まずは。我が吐息にて、この穴居人どもの神殿から糜爛させてくれようぞ!」

多勢に無勢。人海戦術で自らの前に分厚い肉の壁を形成すると、ボリガンは徐に得物の棍棒を掲げた。

276 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/18(日) 18:49:37.60 ID:Vmkhxtc8.net
「此れぞオークの至宝、『黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)』。今ぞ、その力の一端を開帳せん!」

ボリガンが右手に携えた巨大な棍棒を大きく掲げる。
棍棒は全長2.5メートルはあろうか。太さはルークが両腕で抱えても手が回りきらないほどに太い。
てらてらと黒光りするその胴部には、口を大きく開いた無数の髑髏が埋め込まれており、よりその禍々しさに拍車をかけている。
そんな巨大な棍棒を頭上で一度回転させると、何を思ったかボリガンは得物の柄尻を口に銜えた。
そして一気に、

「ブフゥ――――――――――――――――――ッ!!!」

と、まるで喇叭でも吹くかのように自らの息を吹き出した。
その途端、『黒髑髏』に埋め込まれた無数の髑髏の開いた口から、茶色の突風が凄まじいばかりの勢いで放出される。
それはボリガンが放った吐息だった。『黒髑髏』を通して拡散された吐息が、瞬く間に神殿を満たしてゆく。

ボリガンの息は『臭い』。
そのにおいは尋常ではなく、飛ぶ鳥を落とし、生きとし生けるものを悶絶させる。
『臭い』ということは、脅威である。
度を越した悪臭は催涙効果を及ぼし、嘔吐を誘発し、呼吸困難、混乱、盲目、麻痺、毒など複数のステータス異常を同時に発症させる。
そして、最終的には死に至る。それはドラゴンの炎の息、氷の息などブレス攻撃と比べてもまったく遜色がない、否――より厄介ですらある。
そして、同族であるオークはボリガンのブレスを嗅いでも活動に支障をきたさない。
つまり――
オークはこの神殿内においては、くさいいきに苦しむルークたちをペナルティなしで攻撃できる、ということである。
仮に風の魔法を用いて拭き散らそうと試みても、ここは屋内である。においは撹拌されるばかりで消えはすまい。
また、このブレスはボリガンの体内で生成された腐敗ガスが主成分の為『燃える』。
ブレスとルークの炎の矢が接触すれば、その瞬間に爆発するであろう。

「ふん……。2000年のうちに、我が恐怖の伝説を知る者も死に絶えたか。余のことを知悉さば、提案を断るなどという選択肢はそもそも出ぬであろうにな」
「まあ善い。余は約定は守る。ベルゼビュートの落とし種よ、それではありとあらゆる阿鼻と叫喚を交え、その方らにこの世の地獄を味わわせて呉れようぞ」
「此れよりが、地獄の旅の一里塚。もはや、その方らの進退窮まったわ!」

筆舌に尽くしがたい悪臭の芬々と漂う神殿内で、オークの帝王が嗤う。
ラファエルへ、ライアンへ、オークが――ゴブリンが、オーガが、トロールが――妖鬼兵団の軍勢が雪崩を打って襲いかかる。

重厚かつ剛健な、黄金の神殿の中。
醜悪な鬼たちのおらびが、幾重にもこだまして聞こえた。

277 :創る名無しに見る名無し:2016/09/19(月) 21:47:40.48 ID:EdUL1/YM.net
ルカインとベリルの子はどうなったん?

278 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/21(水) 17:50:16.66 ID:UwS5r674.net
【遅れていて申し訳ありません。投下は明日になります】

279 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/09/22(木) 05:57:32.32 ID:eLjYJXqi.net
二つの剣が肉を裂き骨を絶つ。上がる血飛沫。――しかし……

「なんとっ!!?」「なにっ!?」

驚愕と失望の入り混じる声。ボリガンが防いだのでは無い。手下のオークが肉の壁となったのだ。
二人共に生粋の剣士。スピードも呼吸も一流だ。それを――止める? 自身の肉体を盾としただと?
彼等とボリガンの間隙に割って入る素早さもさることながら、真に驚くべきは「何故にそのような行動を起こしたのか」だ。
オークとはこれほど忠義に厚い生き物だったか? 

>――その方らの忠義満足である、後は安らかに太祖オルクスの懐に抱かれるが善い

――なるほどオルクス。直系を名乗るボリガンに真祖オルクスを見ているのか。
して彼が為に死してこそ抱かれるその懐は……相当に魅惑の地であるのだろう。でなけでば合点がいかぬ。
次々とその身を晒し、剣を受け息絶えるその姿に何故に悲愴の色が無いのか。むしろ嬉々としているのは何故なのか。
本当に楽園があると信じ、殉ずるオークとは……なんと一途な生き物だろう。
桃源郷というものが本当にあるならば、是非にも行ってみたいものだ。美しい池、花。其処此処に侍る美しい女人達(エルフ)。

「シャドウ。鍵は開かぬか」

女王の声で我に帰る。つい思考が脇道に逸れるは悪い癖だ。
呪文を唱えつつ、チラリと棺脇に座るドワーフの神官を見やる。黒く長い眉が目元を覆い、表情が見て取れぬ。
本来であれば棺の鍵を開ける役目は彼のはず。施錠の手段が魔法なら、それを解くスペルか魔道具を持って然るべきだが……何故?
ドワーフがこの視線に気づき暗い笑みを浮かべた。黒い髪がザワリと波打つ。
――? この神官、先程まで白髪ではなかったか? 

そう思った矢先、ボリガンが手にした棍棒を翳すのが見えた。
桁外れに巨大な武器、表面にあしらわれた骸骨がいくつも口を開ける――あれは噂に聞く『黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)!
そのあまりの様相に集中を削がれたか、ルークの放つ火矢がすべてあらぬ方角へと飛び、消える。
――しかしそれは幸いだったのだ。奴の吐息は――

「ルーク! 息を止めろ!!」
呪文を中断し叫ぶ。喧騒の中、この声が届くかルーク!!

280 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/22(木) 05:58:52.82 ID:eLjYJXqi.net
俺の放った炎矢はオークやトロール達を十分過ぎるほど牽制していた。
矢の操作って簡単そうに見えるけど、20本ともなると結構大変。敵の眼の前で行ったり来たり。旋回してみたり。
もちろん味方に当たらないように気を使う。――ほらほら、どう? 凄いでしょ! 触ったら火傷じゃ済まないよ?
魔術オタクの父さんをして「真似出来ない」と言わしめた俺の技! 俺の「唯一」の自慢!!

――ザシュっ!!(×2)

よっしゃ! 二人の剣が同時に肉を斬る音に、思わずガッツポーズをした俺。
でも良く見たら倒れてるのは別のオークだった。ボリガンにはかすり傷ひとつ付いて無い。
うそでしょ!? オークって……自己犠牲の精神とかあるの!?
自分とボスの価値の差だとか、この状況じゃあそれが一番いい方法だって事とか、考えてやったにしても凄いけど、
そもそも異様なのはその光景。飛びだしたオーク達が何故かとっても嬉しそうに斬られてる。なんで? オークって……マゾ?

>ブフフフフ……どうした?我が家臣はまだまだおるぞ、いつになったら余に覚悟とやらをさせるつもりか?

あいつの言うとおりだった。
斬っても斬っても出て来るったら。見る間に築かれるオークの山。息を切らし、悔しそうに山を見上げるラファエルとライアン。
矢のコントロールが乱れてきたんで、そっちの方に頭を戻す。
だけどボリガンが見せつけた武器は俺の眼を釘付けにした。

――なにあれっ! 
あれをもし棍棒と言い張るなら、俺達の使う棍棒はホットミルクのかき混ぜ棒だよ!!
しかも「しゃれこうべ」とかいっぱい付いててまじキモ……!!!!!
コントロールを失った炎の矢があらぬ方向へと飛び去り、床に、壁に当たっては消える。

「ルーク! 息を止めろ!!」
「え?」

暴走する矢をハラハラしながら見ていた俺。父さんの言葉がすぐに理解出来なかった。
ボリガンの棍棒から放たれた「それ」を思い切り吸いこんでしまったのは言うまでもない。

っ……!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ガーンと鼻と頭を殴られたようなショック。
救急箱の中に入ってるアンモニア水に鼻近づけた事ある人なら、俺の気持ちが少しは解るかも。
父さんは良くあれを気付け代わりに使ってたけど、これはそんなもんじゃない! 殺人ガスだ!
のたうち回らずには居られない! 涙も止まんないし、頭ん中ガンガンでもう何が何だか!! 

オーク達がわらわら集まってのしかかったんで、俺は潰れたカエルみたいに床にへばりついた。
ラファエルとライアンのくぐもった叫び声。たぶん俺と似たような状況なんだろう。
臭いし苦しいしもう最悪!
うう〜〜〜……『勇者とその一行、オークに乗られ圧死』なんて歴史書に載ったら嫌だなあ……
毒素の中和のスペルもあったと思うけど、肝心の毒の種類は? 塩素系? 硫黄系? ……データ不足。

『ルーク! そのままで火を起こせ! 空中でだ!』
父さんの声が頭に直接届いた。
『何で!?』
『ガスの組成が複雑過ぎて中和は困難だ! 燃やすが手っ取り早い!』

そっか! なるほど!
迷わず炎の精霊に力を借りる呪文を口ずさむ。呪文って言ってもただの点火だ。軽い想起と【起炎】の一言でそれは発動した。

281 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/09/22(木) 06:03:50.83 ID:eLjYJXqi.net
小刻みに振動する床。
上に乗るオーク達に遮られ、爆音も熱もほとんど伝わってはこない。
しばしの――静寂。

動かなくなったオーク達の下から何とか這い出る。
微かな硫黄の匂いは残るものの、先程の強烈なガスはほぼ消え去っていた。天井の吸気口がもたらす空気が芳しい。
あの吐息、口元で火を近づければ炎のブレスとなると聞く。
ここは閉鎖した空間だ。空気と吐息(毒ガス)が良い比率で存在し、そこに点火すると……こうなる。
大半のオーク達は方々に飛ばされ、壁に、床に、天井に紫色の染みを作っている。
生きている者も居るが、爆風の衝撃で平衡感覚を失ったのだろう。フラリとよろめいては座り込んでいる。
扉付近に築かれたオークの死骸が、上手い具合に外からの侵入を防いでいる。好都合だ。
オークの山のひとつがぐらりと傾き、崩れる。難なく脱出したのは、輝く魔剣を手にしたラファエル。
その前に静かに佇む……魔将ボリガン。吹き飛ばされた王冠と焼かれた髭以外は、先程となんら変わっていない。

ルークと皇子の無事も確認したいが、石棺の解除が先だ。ラファエルがボリガンに挑む様を尻目に、再び呪文を口ずさむ。
女王とドワーフが棺の陰からそっと身を起こすのが視界に入る。

『カチリ』

時を知らせる柱時計に似た音と共に、石棺の蓋が青白く光る。女王とドワーフの神官が満足気に頷き、こちらを見た。
三人の力でどうにか石の板を横にずらす。てっきり空だと思っていた石棺だったが――
横たわるは40がらみの男。かたく閉じられた眼に被さる野太い眉に、野性的な黒い髭。無造作に伸びる黒髪。
胸の上で組まれた両の手も、堂々たる裸身も、人狼と見紛える剛毛に覆われている。
この男は一体誰か。はたとその正体に思い当たり、身体が強張る。
「まさか……」
「そうよ。このお方こそ、我等王族の始祖」
女王が愛おしげに中を覗きこみ、頭を下げた。

「堕天使にして八大魔将が一人、ベアル……ゼブル……!」

282 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/09/22(木) 06:15:32.08 ID:eLjYJXqi.net
その名を口にすべきでは無かったのだ。
ニヤリと笑ったドワーフの姿が不意に霞となり、棺の男の身体に吸い込まれた。
カッ! と見開く黒い双眸。不意に突き出た剛腕が、この喉笛をガシリと掴む。

「……名を呼んでくれてありがとよ、賢者の魔法使い」

声を聞いたラファエルが剣を振るう手を止め、ボリガンから距離を取った。
ガラリと石蓋をどかし、身体を起こした――八大魔将、ベアル・ゼブル。
ベルゼビュートとも呼ばれるこの魔将、種族は『天使』。それ故か覇狼や百鬼などの名を冠さぬ魔将だ。異名も多い。
恐るべきはその能力だ。
「魂の操舵」と「魔力無効化域の作成」。ルーンとアルカナンの王族に受け継がれた二つの力。
無論その規模は王族の比ではないのだろうが……今は使えぬのだろう。でなければ魔導師の首を押さえる真似はするまい。

「まだ殺さねぇから安心しな。『賢者の石』の作り方を教えてもらわねぇとなぁ」
よっこらせ、とベアル・ゼブルが石棺の縁に腰かける。その膝上に頭だけ乗せられ身体が弓なりになる。
「くっ!」
首にかけられた手を掴んでみたがビクともしない。もがく程に軋む頸椎。
首を掴む手や身体が見る間に大きくなって行くのが解る。剛毛もより多く多層化し、鎧の如く身体を覆った。
女王がその横に立ち、この額に掌を翳すが、黒い手が遮った。
「やめとけ。俺の血を引いちゃあいるが、お前さんは所詮人間だ。賢者の魔紋は毒だろうがよ」

「ヴェル!」「父さん!」
いつの間にか脱出した皇子とルークがこちらの異変に気付いたようだ。
無論近づきはしない。人質を取られているのだ。ボリガンも動かず、じっとこちらに眼を向けている。
ベアル・ゼブルはしばらく自分の頭に生えた巨大な角を叩いたり撫でたりしていたが――

「ようボリガン。なんで今頃……って顔してんなぁ」
バサリと何かを翻す音。見るとその背に巨大な翼が生えている。片翼のみの翼からハラリと落ちる黒い羽根。
「2,000年前とちっとも変わっちゃいねぇ……あ? ちっとは老けたか?」
答えぬボリガン。睨みつけるその眼には何故か殺気が宿っている。

「そう凄むなよ。あん時は悪かったよ。なあ? 手を組まねぇか? 早い話、リュシフェールの封印に協力しろってこった」
「ま、アシュタロテを滅ぼされた時点で……俺の肚(はら)ぁ決まってたんだがなぁ」

283 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/22(木) 06:20:48.28 ID:eLjYJXqi.net
>277
【どうしましょう。正直、まだ何も考えてません】
【容量オーバーして次スレ……なんて事になったら活躍の機会があるかもですが】

284 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/24(土) 10:52:12.45 ID:yRKDKRfI.net
「……ぬうん……」

ボリガンは地の底から響くような低い声音で唸った。
よもや勇者達がブレスを爆発させ、それを妖鬼兵団のオークたちを盾にしてやりすごすとは。
物量作戦で兵を神殿内に入れすぎたのが災いした。これは失策というべきであろう。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。もっと憂慮すべき事態は、別にある。
ボリガンは歯を食いしばり、怒りのこもった眼差しで前方を見た。
石棺の中から姿を現した、ひとりの男――かつての同胞、元八大魔将の一翼ベアル・ゼブル。

>ようボリガン。なんで今頃……って顔してんなぁ

「ここへ来るまでの間、ずっと感じていたその方の気配……そこな落とし種のものかと思っていたが、その方自身のものであったとは」
「余の鼻も鈍ったものよ……まったく、面倒な者が出てきおったわ」
「まさか、穴居人どもがその方を匿っておったとはな。ベルゼビュート……!」

ギリリ、と奥歯が軋む。巨体から殺気が漲る。
爆発の衝撃からいまだ抜けきらないながらも、生き残ったオークたちが新たな盾にならんとボリガンの前方に展開する。

>そう凄むなよ。あん時は悪かったよ。なあ? 手を組まねぇか? 早い話、リュシフェールの封印に協力しろってこった

飄々とした様子のベアル・ゼブル。その人を食ったような物言いに、一度鼻を鳴らす。

「目覚めて早々、抜け抜けと言いおるわ。余に魔王を裏切れと申すか?あいも変わらず人を喰った男よ」
「確かに、余は魔王に対して恩義もなければ、忠誠もない。単に、魔王につくが得策と思うがゆえに与しておるだけのこと」
「相応の『旨味』があれば、魔王と袂を分かつのもやぶさかではない……が――」

にい、とボリガンが嗤う。
が、それも一瞬のこと。すぐにオークの帝王は憤怒を満面に湛えると、野太い指でベアル・ゼブルを指した。

「しかし。その上で、その方と手を組むという選択肢はない」
「2000年前、その方が余と我が眷属にしたこと。そのような軽い謝罪ひとつで許すつもりなどないし、また許されもせぬ」
「この片牙の恨みと、同胞数万の怨嗟の声は、2000年の時を経てなお余の腹中にてとぐろを巻いておるわ!!」

ゴアッ!

ボリガンの怒声と共に、全身から魔気が迸る。
ボリガンもまたオークの神祖の直系ということで、れっきとした魔の眷属である。
魔王やリヒトのものには遠く及ばないが、その放つ怒りを宿した魔気は常人を昏倒させるに充分な威力を持っている。

>ま、アシュタロテを滅ぼされた時点で……俺の肚(はら)ぁ決まってたんだがなぁ

「2000年の時が過ぎようとも、口を開けば出てくる名はあの売女か……。まったく、度し難き愚かしさよな」

ベアル・ゼブルの独語に近い呟きを聞き、ボリガンが侮蔑を多分に含んだ表情を浮かべる。

「思えばあの売女がすべてのきっかけであったな。あの女さえ余計なことを考えなければ、すべてがうまく行っていた」
「魔王の統治のもと、我らオークも存分にその恩恵に浴していたというに。あの女がそれをすべて台無しにしたのだ」
「その方も、魔王も、皆そうだ。誰も彼もがあの売女に狂っておった。そして、肝心の世界の歯車までもが狂ってしまった」
「余には皆目わからぬ。あの女のどこがよかったのだ?容姿か?声か?まさか内面などと言うのではあるまいな?」
「……まあ……確かに、見目はよかったがな」

285 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/24(土) 10:53:55.04 ID:yRKDKRfI.net
「それにしても……余に離反をほのめかすということは、完全に魔王とは敵対する肚と。そう思ってよいのだな?」
「かつて全力を出してさえ無理だったものに、衰弱した今の有様で勝とうとは。冗談としても度が過ぎるわ、ベルゼビュート!」
「――嗤え!!」

ボリガンが左腕を挙げて号令すると、取り巻きのオークやゴブリンたちが一斉に嘲笑する。

「さて……魔王は敵対者を決して許さぬ。まして、腹心たる魔将の叛逆ともなればな……。わかっておろう?」
「とはいえ、だ。いかに衰弱しておるとは言え、この場でその方を仕留めようとするならば、我が軍もただでは済むまい」
「それは余の望むところではない。余の第一はあくまで、一族の繁栄なるがゆえ」
「まずは、魔王に報告するとしようぞ。面倒な者が目を醒ました……とな」
「今回のところは退く。しかし、また遠からぬ未来にまみえるとしようぞ。その時を楽しみにしているがいい」

ズン、と地響きを立て、ボリガンがゆっくりと踵を返す。
オークたちも、警戒しながら退却を始める。
死体を蹴散らし、ボリガンの巨体が神殿から出てゆく。が、ふと何を思ったのか、ボリガンは不意に振り返ると、

「そう――勇者たちよ、そしてベルゼビュートの裔(すえ)よ。老婆心ながら、一言忠告しておいてやろう」

と、嗤いながら告げた。

「そ奴はその方らの味方などにはならぬぞ。そ奴は自分自身のことしか考えぬ。『自分にとって具合がいいか悪いか』そ奴の価値観とはそれだけよ」
「よしや協力を得たとしても、それは『ていよく使われているだけ』に過ぎぬ。敵の敵は味方などと、安易には考えぬことだ」
「もし万が一、そ奴が魔王を封じたとしても。魔王の代わりにそ奴が世界を支配するだけのことなのだからな――!」

眷属のオークや他の鬼たちを引き連れ、帝王ボリガンがドワーフの神殿から撤退してゆく。
血と臓物と汚物の臭気と、夥しい数の死体。
それらを置き去りにしたままで、妖鬼兵団は姿を消した。

286 :創る名無しに見る名無し:2016/09/26(月) 08:53:18.80 ID:ttn46jqZ.net
どこかで打ち合わせでもしてるのか?
悪い意味じゃなく、やたら相手の設定に踏み込んでるし、しかもそれがうまく噛み合ってる気がしてな

287 :創る名無しに見る名無し:2016/09/26(月) 22:12:37.25 ID:3Axurg81.net
名前:ベルク・ビョルゴルフル
年齢: 42
性別: 男
身長: 198cm
体重: 130kg
スリーサイズ: 130 110 130
種族: 人間
職業: 王
性格: 雄壮であり気宇壮大
特技: 騎馬
長所: 誇り高く勇気があり恐れを知らない
短所: 挫折を知らない所
武器: 巨大な槍
防具: 鎧
所持品: 北方の王だけが付けることを許される王の指輪
容姿の特徴・風貌: 赤い髪、赤いヒゲを生やす、目はタカのように鋭い、筋骨隆々の大男
簡単なキャラ解説: 北方の領主連合の王として君臨する赤髪の偉丈夫
北方の王は世襲ではなくその力を領主達に認められることで合議で決まる
王としての素質を持ちその決断力は素早く揺るがない
そして決して力だけに頼ることをせずしっかり戦略を画き行動する
右腕であり優秀な参謀であるエミル・オグムンドゥルを信頼している
魔王の復活を知り対抗するためにアインランド連合軍【北星十字軍】を組織する
さらにかつて北の大地を荒らしまわった極北の大峡谷に封印されている氷の巨人を復活させて切り札として魔王を倒そうと計画している

288 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/27(火) 06:41:12.61 ID:jH2mjrls.net
口元に風を感じた。床を伝って入ってくる新鮮な空気。
ガンガンしてた頭の痛みが嘘のように引いて行く。鼻の奥のヒリヒリも。
上に乗るオークの体臭が鼻をついたけど、あのガスに比べりゃ屁みたいなもん。って……あれ? 
首を動かして横を見ると、さっきまで俺に乗っかって威嚇してたオークが白眼剥いて泡を吹いていた。鼓動も弱い。
――なんで気絶してんの? さっき地面が揺れたのと関係ある? そういや上の人数、ちょっと減った?

軽くなったオークの山から何とか抜けだした俺の眼に映ったのは、紫の血と肉片で汚れた壁と天井。
フラフラよろめくオークにオーガ、目と耳を押さえて呻くトロール。
そっか、ただ燃えたんじゃない。爆発したんだ。ある種のガスは、空気中に1割ある時が一番爆発しやすいって……

扉付近はオークの死体でいっぱいだったけど、ボリガンは普通に立ってた。全然ダメージなさそう。
その向こう側に、青く光る剣を握ったラファエル。
ライアンが死体の山から出て、ふらりと立ちあがるのが見える。良かった。二人とも無事で。
でも様子が変だ。ラファエル、どうして戦わないの? ボリガンもラファエルも、俺の後ろの何かを見てる。
ライアンもそれに気付いたみたい。嫌な予感。そっと……振り向く。

――――――――誰!!?

棺の蓋が外され、その縁に見知らぬ何かが座ってた。
初めでっかいクマかと思ったけど違う。ぐねぐねした角があるし、黒い羽根も生えてる。右の羽根は無い。
もしかして……魔王? 
いやいや、こんなトコに居るはずない。魔王は絶対に王の間を出ないって長老も言ってたもの。
じゃあ誰? 羽根……角……魔王と同じ堕天使って確か……ベ……ベ……誰だっけ?
そうそう! ボリガンがさっき「ベルゼビュートの落とし種」って女王に向かって言って……え?
って事は女王様はベルゼの子供? だからあいつの横にピッタリくっついてんの? まんま美女と野獣みたい!
そういや父さんは? って良く見ると、ベルゼの膝の上に――

「父さん!」「ヴェル!」
俺が叫んだのと同時にライアンも叫ぶ。
奴の体毛(だか鱗だか)に埋もれて、しかも色も似てて今まで気付かなかったんだ。
首を掴まれてぐったりしてる父さん。ピクリともしないけど――もしかして……死んじゃった!?
棺の鍵を開けたのはたぶん父さん。――そっか!
フタ開けてみてあんなのが入ってたらそりゃびっくりするよね! んでもって腰抜かしたとこをやられちゃったんだ!!

『腰を抜かすは余計だルーク!』

――あ。生きてた。

『奴の狙いは賢者の石だ!』
『賢者の石!?』

またまた出てきたよ賢者の石! もうどんだけ重要アイテムですか!?
どうしよう。父さんを助けたいのは山々だけど、どうすりゃいいの? 確か女王様、魔力無効化の結界張れるよね?

俺がどうすることも出来ずにまごついてると、ベルゼの奴、ボリガンに手と組もうなんて言い出した。
リュシフェール、つまり魔王を一緒に封印しようねとか。で魔王に盾突く理由がどうも、「アシュタロテ」をやられた腹いせみたい。
な〜んだ。天使とか魔将って偉そうに言ってても、頭ん中は俺達と変わんないだね。

――で? 肝心のボリガンの答えは? ワクワクして待ってたら、「NO!」だって。
ちょっと意外だった。オークってなんか義理がたいイメージないし、自分さえよけりゃいい生き物なのかな〜って思ってたから。
その疑問の答えはすぐに返って来た。魔力の突風がダイレクトに俺にぶつかってきたからだ。

――怒ってる怒ってる! あいつ、ボリガン達によっぽどの事したんだ! あの牙もあいつのせい! そりゃ断るって!

289 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/27(火) 06:41:47.28 ID:jH2mjrls.net
ボリガンが退いた。
「当てが外れたなぁ。あいつが居りゃあちっとはマシな戦力になったんだが」
ぽりぽりと頭をかくベルゼ。
俺はボリガンが残した言葉の意味を考えていた。
アシュタロテ。彼女を知る奴はほとんどがその虜になったって……どんなヒトだったんだろ。
清楚で笑顔が素敵で家事とか得意で、困った時に助けてくれたり耳かきしてくれる女神系?
綺麗だけど相手の弱点突いてきて、困ったフリして無心したりいざって時は身体使って男を誘惑する悪魔系?

『おそらくは前者だ。水鏡の横で父と話す彼女は、女神そのものにしか見えなかった』
……こんな時にこんな話に乗ってくる父さんって、ホント女好き。首絞められてるくせに、良くそんな余裕あるよね。
『性分だ。仕方ない』
……開き直ったし。でどうすんの? あいつ(ボリガン)、ベルゼは味方にならないって……
『ルーク!!』
いたた……いきなり大声で・
ビクリと身体が硬直した。首の後ろにヒヤリと冷たいものが触ったからだ。鋭く硬い……振り向かなくても解る――剣の先。
「……ライアン…………どうして?」
答える代わりのように、切っ先が強く押しつけられた。ゴクリと喉が鳴る。

「すまねぇなあ。ボリガンの言ったとおり、俺達ぁ『勇者』の味方じゃねぇんだ」
ベルゼビュートがこっちを見てニヤリと笑う。
「そ……それはまあ解るっちゃあ解るけど、なんでライアンまで?」
ライアンがどんな顔してるのか確かめたかったけど、首を動かせない。
「ライアン! 俺のこと何度も助けてくれたのは何だったの!? 戦士になるって言ってくれた時だって――」

「お人好しは転生しても変わんねぇなあ。アウストラ・ヴィレン。いや、今は『ルーク』か」
「――はっ? ――えっ!?」
ラファエルが大股で近づいてきて俺を見た。
「小僧。ルーンとアルカナンはもともと同じ血だ。我等が始祖、ベアル・ゼブル様の血を引く末裔よ」
「――そうなの!?」
「少しは考えろ。魂の操作や交換などと言う技が、魔族以外に使えるかどうかをな」
「そう言われれば、人間にしちゃあ変な力使うなあって……」
力だけじゃない。ライアンの行動はいつだっておかしかった。裏切られたの、何度めだろう。
でも今度こそは信じようって思ったんだ。それなのに……
「ライアン! 何か言ってよ! 魔族だろうが何だろうが関係ない! あんたは俺の選んだ戦士だろ!?」
ライアンは相変わらず黙ったままだ。
「何度聞いても無駄だ」
ラファエルが俺の眉間にピタリと剣先を合わせた。とたんに頭の中がま真っさらになる。
――口が……利けない。魔剣の力? それとも……同じ血をもつ……ラファエル自身の力?
「我等は2,000年も前から我等が君主の為に動いてきたのだ。『賢者の石』を得んが為、エルフの長ミアプラキドスとも結託した」
ミア・ええーー!!?
「嘘だ!! 長老が魔将なんかと手を組むはずない!」

「だから……お人好しだっつってんだよ」
ベルゼが右手で胸元をまさぐっている。ゴワゴワびっしり生えた剛毛の中から取り出したのは、手の平サイズの水晶球。

「奴がくれた情報は……実に役に立ったぜぇ?」

290 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/09/27(火) 06:42:17.80 ID:jH2mjrls.net
ベアル・ゼブルが手にした水晶球は、確かに父ミアプラキドスのもの。
そう言えば父は言っていた。要塞を攻撃させたのも、皇子に要塞の情報をリークさせたのも、すべて自分だと。
今も何かを映しているのかと注視するが……球は曇った灰色の空を映すのみ。まさか――父はすでに――
「ほう? 解るかい」
こちらを見下ろし、皮肉な笑みを浮かべる魔将。
「奴の形見にくれてやらぁ。もはや『主を失いし只の鉛玉』だがな」
無造作に放られた球を両手で掴む。酷く冷たい。やはり父は……死んだのか。やはり叔父上が? 封印はどうなった?
「奴の「気」が消えたとたんにこれだ。参ったぜ。情報が入らねぇってのは……不便なもんでなぁ」
「――で、早ぇとこ『勇者を連れて来い』と命じたわけよ。とりあえずこの傷が癒えりゃあ怖いもんは無ぇ」
ポタリと床に落ちる水音。
おそらくは奴の背、リュシフェールにもぎ取られた翼の傷から滴る血液だろう。
「解るよなぁ? 魔王が与えし傷を癒すは勇者の心臓だけだ」
その言葉は命となって部下に届いたようだ。ラファエルが剣を構え直し、切っ先をルークの左胸に向けるのが見える。
『逃げろルーク!』
懸命に思念を送るが、ルークは棒立ちのまま動かない。否、動けないのだ。
後ろのライアンの剣と、アルカナ=ブレードを介したラファエルの力が、彼の身体を縛っているのだろう。
「勇者ルーク! 我が主の完全なる復活の為、その心の臓を貰い受ける!」

――万事休すか!? ――ルーク!!!

魔剣が胸を抉る音はせず。代わりにしたのは微かな芳香。いつの間にか、ルークとラファエルの間に何者かが立っていた。
純白のドレスを纏う――銀髪の女性。ラファエルがぎょっとして後ろに下がる。
「だめよ? 彼の心臓は陛下のものだもの」
鈴の鳴る声。
「エレンディエラか。てめぇも『今頃』だなぁ。そのメダイ、どうやって取り入った?」
特に驚いた様子も無く、悠々と話しかけるベアル・ゼブル。
「……そうねぇ。覇狼のお零れに与ったってとこかしら?」
首に下げた金鎖を指に絡め、九曜のメダイに愛おしげに口づけするエレン。

内心驚く。実は彼女と会ったことがあるのだ。
10年以上も前のこと。ルークに魔法を教えるか否かでマキアーチャと口論になり、勢い要塞を飛びだした。
城下の下町で巡回中の白狼に襲われ、良く良く考えれば魔法は使えず、逃げ回った末に飛び込んだ娼館に彼女は居た。
金貨の持ち合わせが無いところを彼女に呼び止められ、「お代は持つから」と言われ止むを得ず一夜を共にした。
彼女が……魔族? しかも八大魔将だと!?

「考え直さねぇか? リュシフェールに与した所でうま味はねぇぜ?」
「そうねぇ……。貴方もとっても魅力的だけど……」
エレンがルークの首に腕を回し、ラファエルと皇子ライアンを交互に見つめた。躊躇い勝ちに剣を引く二人の男。
――そう。この女の眼に捕えられ、逆らえる男など存在しない。「抱いて」と言われて躊躇なく抱いたはあの眼のせいだ。
決して望んだわけではない! 本当だマキアーチャ! ――うっ! 誓う月が今は見えない!
ふっと笑ってこちらを見たエレン。
「ねぇ。その人も離してあげたら? アルカナンの女王を前にして、一体何が出来ると言うの?」

「ふん。そんなとこがアシュタロテとそっくりだぜ」
「当然よ。私は彼女のすべてを受け継いだ。記憶も――すべて」
しばらく顎髭を撫でながら考え込んでいたベルゼが左手を離した。半ば潰れていた喉が開き、冷えた空気が肺と気管を刺激する。
たまらず出た激しい咳がなかなか止まらない。
「ただの『人形』だったてめぇを動ける魔物にしたのはビショップだ。悔しくねぇのか? ビショップを殺ったのは魔王だろ」
「哀しいわ。とても」
「なら・」

やおらエレンがルークの首に回す手をマントの下に差し入れた。
眼を丸くしたルークが身じろぐが、上手く身体を動かせないでいる。彼は素肌に直接マントを羽織っている。
彼女の手がルークの首や胸元をいやらしく愛撫する様子が見て取れた。その手がさらに下へと下がり……
「ちょっと……エレン! やめ・」
ルークの言葉をエレンの口づけが遮った。ふと「初めてでは?」と思ったが気にしている場合ではない。
しかし――
「……っ!」
声にならぬ声を上げ身を引いたのはエレン。彼女の口から赤い血が滴っている。赤い唇の端がニマリと吊り上がった。

291 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/09/27(火) 06:42:42.47 ID:jH2mjrls.net
「――ほら、ね?」
エレンが肩をすくめてみせる。
「てめぇの言ってる事もやってる事もさっぱり解んねぇんだが……?」
――同感だよ! ベリル姐さんも「良く解んない」って思った事あったけど、この人は更に倍だよ!? いきなり舌入れる!?
エレンが煙るような青い眼をこっちに向けた。
「この眼。その気になった私の眼から逃れられた者は、魔王と勇者と――賢者だけだった。こう言えば解る?」
――いや余計……不可解です! 「天使系」じゃないのだけは解ったけど!

エレンの眼が青く光った。ガチリと剣の落ちる音。
「すべての男は我が虜にならねばならぬ」
「ふん。百鬼の野郎はあいつの事、『売女』って言ってたぜ」
「……そう。オークは魔族でも人間でもない、亜人とも呼べない……ただのブタ。あのブタが好きなのは雌ブタのみ」
――いやいや、ブタってそりゃそうかもだけど、ものには言い方ってものが……

コツン……とこの世のものとは思えない靴音を立てて、エレンが立ちすくむラファエルに歩み寄った。
「脱げ」
彼女を潤んだ眼で見つめたまま、徐(おもむろ)に鎧の留め金を外し始めるラファエル。
彼女の手が魔剣を拾う。――まさか……!?

止める暇も無かった。くぐもった苦鳴。
エレンが抜いた剣が不気味に唸り、ラファエルの胸から吹き出した血を、吸い上げている。
まだなんだかぼうっとしたまま、ラファエルが床に倒れた。剣の唸りが止む。
「『戦士の石』よ、元が場に戻るが良い」
剣から緑色に光る玉が飛び出す。
――うひゃっ! ヤな音!! 
ビュンビュン飛びまわる光る玉。ベルゼや父さんが石の棺から飛び退くのが見える。
――あれ? いつから居たんだろう。黒いカラスが一羽、ギャアギャア喚いて飛んでいた。
自分から玉にぶつかって……黒い煙を上げながら床に落ちた。なに? 誰か召喚した?

しばらく嬉しそうに(?)跳ねていた緑の玉が鬨(とき)の声を上げたかと思うと、空の棺に勢いよく飛び込んだ。

――――――――イイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!

揺れる地面。ビシリと壁や天井に亀裂が走る。降り注ぐ砂埃。
「逃げろ!」
父さんの声が遠くで聞こえる。エレンが駆け寄り、俺の手をしっかり掴んだ。
「次なる場は――ナバウル王城」
呟くエレンの声がはっきり聞こえた。


後から知った。エルフの神殿でもまったく同じ事が起こっていた事。

292 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/27(火) 06:43:13.13 ID:jH2mjrls.net
謁見の間に響き渡る魔王の絶叫。
絨毯脇に控えるすべての騎士が、もがき、倒れる。

≪ おのれ……!!!≫

黒く変色した両腕を戦慄かせ、さらに魔王が咆哮する。
脇に控える魔将リヒトが顔を上げる。……と今一人、無影将軍と成り果てたミアプラキドスに感情の色はない。
王座の前に立つ魔王が、やや下方にて傅く魔将に眼を向ける。

「百鬼よ。如何なる事だ? ベアル・ゼブルを見逃し退くが良策と……?」
「オークの行く末などこの先どうとでもなろう。おのが成すべきは彼奴を葬り、石を奪う事であったはず」
魔王の声にいつもの余裕も落ち着きも無い。
「さらなる不可解。奴の動向を探らせしエレンディエラが姿を見せぬ。我が『眼』も――戻らぬ」
苦痛の声を漏らしつつ、王座へと腰かける魔王。


「百鬼将軍ボリガン。無影と共にベスマの地下回廊に向かえ。『賢者』もろとも、ベスマそのものを消し去るのだ」
「リヒト。済まぬが北へ向かってくれぬか? 不穏な『気』がある。ここはエルダーの竜どもに任せて良い」

293 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/27(火) 06:46:12.76 ID:jH2mjrls.net
>286
【打ち合わせはしたいけどしない。ってのがここの方針です。ネタも出したもん勝ち。こんなんで終われるかな? ちょい不安】

>287
【このタイミングで入るなんて奇特な方ですね! 嬉しい悲鳴!】
【順番は◆khcIo66jeEさんの後でお願いしたい所ですが、どうでしょう?】
【終盤ですし、こればっかりは打ち合わせ必要かと思いますが】

294 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/09/27(火) 21:13:15.98 ID:wZSDX2Pw.net
魔王の両腕が、みるみるうちに黒く変色してゆく。
それを、百鬼将軍ボリガンはただ黙して見つめている。

>オークの行く末などこの先どうとでもなろう。おのが成すべきは彼奴を葬り、石を奪う事であったはず

焦燥と憤怒に満ち満ちた魔王の言葉。
それを聞くと、ボリガンはブフッ、と一度鼻を鳴らした。

「魔王よ、心得違いを起こしてもらっては困る。余の大事はあくまで、我が一族の繁栄」
「いかな手負いとはいえ、そなたに匹敵する力を持つベルゼビュートを仕留めようとすれば、我が方の被害は甚大」
「それは余にとって不利益と思っただけのこと。――それに余がそなたならば、ここはこう申すところぞ」
「『よくぞ彼奴の誘いを跳ね除け、報告に戻ってきてくれた。褒めて遣わす』とな――」

命令無視を悪びれもせず、そんなことを言う。
そこには、魔王軍の尖兵の中でも最大の数を誇る軍団の支配者という絶対の自負がある。
ベルゼビュートの言うとおり、もしもボリガンが寝返っていたならば、それは魔王にとっても脅威であっただろう。
それを知っているがゆえ、こうまで尊大な態度が取れるのだ。

(あたら臣下の命を浪費するわけにはいかん。黙っていればまた生えると、藁のように扱われては堪ったものではないわ)

>百鬼将軍ボリガン。無影と共にベスマの地下回廊に向かえ。『賢者』もろとも、ベスマそのものを消し去るのだ

「ベスマか……。狭苦しい穴倉よりは、要塞の方が拓けていて我が軍も暴れやすい。が――」
「問題は賢者の魔法だ。彼奴は多勢を屠る手段に長けている。こちらの軍勢をゾンビにされてはかなわぬぞ」
「その新たな『無影将軍』――、使えるのであろうな?」

ボリガンは胡乱な眼差しでミアプラキドスを一瞥した。
エルフの長、その力ならば知っている。攻撃手段こそ持ち得ないが、防御においては大陸一だと。
ただ、先日まで敵であった人物である。いかな魔王の支配下にあるとはいえ、手を噛まれはしないものか?
――だが、魔王が連れて行けと言ったのだ。そこには自身の支配力への絶対の自信があるのだろう。
でなければ、石が所定の場所へ納まり、余裕がなくなった今、敢えて無影将軍を伴えとは言うまい。
まして、ベスマ要塞は要衝の地。魔王にとって賢者は何にも勝る撃滅対象であろう。

「フン」

ボリガンは巨体を揺らして立ち上がると、魔王を見た。

「善かろう、ならば無影と共にベスマを攻める。さっそく出立しようぞ」
「案ずるな、造反はせぬ。我らは2000年来の付き合いであろう?ならば、余の性情を知らぬそなたではない筈――」
「闇には、闇の救い主が必要だ。余はそなたがそれであると思う。ゆえに、そなたを裏切ることはない」
「では、な――そなたはベルゼビュートに注意しておれ。彼奴はまこと、喰えぬ奴よ。悪食の余をもってしてもな……」

ズシン、と地響きを立て、巨大な黒光りする棍棒を携え。
無言で佇立する無影将軍ミアプラキドスを伴い、オークの帝王は王城を出た。

295 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/09/27(火) 21:17:46.04 ID:wZSDX2Pw.net
この大陸には、いくつかの伝説がある。
赤眼の魔王の伝説。北方に眠る氷の巨人の伝説。どれも恐るべき伝承であり、人々の間で連綿と語り継がれている神話である。
そんな伝説のひとつに『竜戦士の伝説』というものがある。
竜戦士とは、神代の昔にドラゴンの祖、エンシェント・ドラゴンたる黄金竜プロパトールが自らの眷属として生み出した者。
ドラゴンの力と魔力、生命力を有する『人のかたちをしたドラゴン』である。
竜戦士は黄金竜の仔、エルダードラゴンの鱗や牙を用いて作られた武具を携え、万物を破壊する力を有するという。

そんな竜戦士の職能とは『裁定者』。

世界規模の大きな戦いが起こるとき、竜戦士は姿を現す。
そして戦う者たちを見定め、どちらか正しいと思った側にその力を貸す。
2000年前の戦いでは、先代の竜戦士ドレイクは魔王リュシフェールに共鳴し、皇竜将軍として人間やエルフたちを攻撃した。
ドレイクは恐怖で世を統べんとする魔王よりも、人間たちの方を撃滅すべき『悪』と判断したのである。
が、そんなドレイクも先の大戦で勇者たちに敗北し、戦死。
主を欠いた竜帝兵団も、瓦解したかに見えた。

が、今から24年前、魔王復活と魔王軍の再編成に血道をあげる前無影将軍ベテルギウスが、とある実験をした。
それは『竜戦士の複製』。
攫ってきた人間の赤子にドレイクの亡骸から抽出した『竜の因子』を移植し、プロパトールを介さずに竜戦士を生み出すという計画。
さらに、ベテルギウスは赤子に魔王リュシフェールの抜け落ちた羽根を用い、魔王同様の魔気をも宿らせることに成功した。
そうして誕生した、竜戦士と魔王両方の力を持つ新たな手駒。それが現在の皇竜将軍リヒトである。

>リヒト。済まぬが北へ向かってくれぬか? 不穏な『気』がある。ここはエルダーの竜どもに任せて良い

魔王の勅命が下る。リヒトは軽く一礼すると、すぐに踵を返して謁見の間から出た。
リヒトにとって、魔気を授かった魔王は肉親にも等しい存在である。その忠誠心に揺らぎはない。
ただ、同時に裁定者として戦いの趨勢を見届けるという役目もある。

――もしも、人間たちが光を求め、よりよい世界の構築のために尽力するというのなら――

内心で、リヒトはそんなことを考えている。そして実際、人間たちに期待をかける行為をしてもいる。
ミアプラキドスがそうだ。賢人であると評価するがゆえ、敢えて首を刎ねず呪縛を与えた。
この呪縛を乗り越え、魔王のもたらす恐怖の介在しない真の平和へと至る道筋を模索してくれるのなら……と。

ともあれ、今の自分は魔将の一角。魔王の望みを叶えることこそが第一。
リヒトは兜の奥で軽く転移の呪文を唱えると、瞬く間に姿を消した。
供を連れずに単身向かった先は、北方アインランド。
魔王の言う「不穏な気」が竜戦士、裁定者としての自分の眼鏡に適うならよし、適わなければ――




――潰す。

296 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/09/27(火) 21:21:48.49 ID:wZSDX2Pw.net
「ぅ〜……う、……ん」

帷幕の中で身を丸めた白狼に凭れ、毛皮にくるまって眠っていたフェリリルは、小さく呻くとうっすら目を覚ました。
アルカナンからやや離れた森に位置する、魔狼兵団の陣。
そこで百頭ほどの魔狼たちに囲まれ、フェリリルはここしばらくの時間じっと待機していた。
その任務は、勇者の追跡。より具体的に言えば、聖アルカヌス闘技場から逃げ出したホンダの追跡である。
ホンダのにおいは分かっている。現在は、斥候の魔狼がホンダの行く先を確認しているところであろう。
そして、ホンダが他の勇者たちと合流したのを確認してから強襲し、一網打尽とするのがフェリリルの狙いである。
が、そのためにはとにかくホンダという餌に勇者たちが喰いつくのをじっと待たなければならない。
フェリリルは自分自身でも驚嘆するような忍耐力を発揮し、とにかくその機を待った。

人狼のひとりが、状況の定期報告にやってくる。無影将軍の死と代替わりや、ベアル・ゼブルの復活、等々。
――が、フェリリルは寝ぼけ眼をこすると、

「どうでもいい」

と、その報告を跳ね除けた。基本、戦って勝利する以外に興味のない娘である。
寝台代わりに使っていた白狼が大欠伸をすると、フェリリルもつられるように欠伸をした。ついでに伸びもする。
姫さま、と他の人狼が嗜めるような声を出しても、フェリリルは一向に取り合わない。逆に退屈そうに胡坐をかくと、

「そういう報告はおまえたちが把握しておればよい。わたしが知りたいのは、今が戦うべき時なのかどうかだけだ」
「ふん……こんなことなら、陛下の仰られたとおりベスマ要塞に行っていればよかったか……?」
「いや。頭でっかちの賢者など相手にしても面白くない。わたしはあくまで、この爪と牙で戦える相手と戦いたいのだ」

くふっ、と目を細めて笑う。つりがちの大きな瞳が印象的な、幼さの抜けきらない少女の顔が、やけに獰猛に見える。
フェリリルは傍らに置いてある師剣に手を伸ばすと、それを軽く掲げてみせた。

「そう……この、わたしの新しい牙を存分に振るえる相手とな……!」

漲る闘気を隠そうともしないフェリリルの様子に、取り巻きの魔狼たちさえもが慄く。
と、そこで帷幕の中へ新たな魔狼が入ってくる。至急の報告だという。
フェリリルはまた報告か、とうんざりしたような表情を浮かべたが、ホンダがナバウルに向かっていると聞くや否や、

「ナバウルか!東方の王国、そこに勇者も現れるはず……ということでよいな!?」

と、身を乗り出して言った。

「待ちかねたぞ、その報を!みな支度せよ、すぐにナバウルへ向かう!」
「話では、エレンが八大魔将のひとりになったということだったな?丁度いい、寿いでやろう……あれはわたしの友達だ」
「ナバウルで勇者どもを血祭りにあげることでな!アッハハ……アハハハハハハハハッ!!」

一頻り愉しげな哄笑を響かせると、フェリリルは勢いよく立ち上がり、師剣コンクルシオを虚空に突き出した。
身に纏っていた毛皮が、立ち上がった拍子にはらりと足許へ落ちる。

「ゆくぞ!魔王軍第一の武功をあげるのは、この魔狼兵団!覇狼将軍フェリリルよ!!」

が、雄々しく吼えたフェリリルを、取り巻きの人狼が引き止める。

「ひ、姫さま!」

「なんだ!」

「まずはお召し物を……!」

「……んっ?」

覇狼将軍フェリリル。睡眠は裸で取るタイプである。

297 : ◆khcIo66jeE :2016/09/27(火) 21:24:08.91 ID:wZSDX2Pw.net
>>293

>終盤ですし

まだ中盤くらいかと思っていました……。

298 : ◆ELFzN7l8oo :2016/09/28(水) 06:02:26.86 ID:9/1kqxXw.net
>>297
中盤!? マジですか!!

ではあの時のプロポーズを受けて下さる、と勝手に解釈致します。行くとこまで行くという事で。

299 :創る名無しに見る名無し:2016/09/29(木) 13:07:31.07 ID:pFdR3Fgv.net
もう終盤ってことでいいんじゃね?
長引いてても観客がついてこんよ

300 :創る名無しに見る名無し:2016/09/29(木) 17:01:42.65 ID:wnjpSztC.net
だな
次スレ立てるのは仕方ないにしてもこれ以上話広げるのは勘弁

301 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/04(火) 14:55:25.89 ID:nuANlkWj.net
>287
もしかして、ですが……新規参入希望でなくNPCキャラの御提供でした?
だとしたら申し訳ない! 勘違いで1週間も放置してしまいました!
レスは明後日にでも。

↓待機中に描いた挿絵です(提示期間は30日)。◆khcIo66jeEさんもリクエスト等あればどうぞ。

http://img3.imepic.jp/image/20161004/532100.jpg?7a101db9a5ca067ae78daf34f9a4eaf5

302 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/05(水) 17:27:18.43 ID:QYB3UrYB.net
大陸の北方に位置するアインランド連合国の、さらなる北。
季節を問わず猛烈な吹雪が見舞うこの地に足を踏み入れる者は滅多にない。
切り立つ岸壁は氷河が覆い、冷たい潮風が流れ出でる大河を瞬く間に凍らせる極寒の地だ。
大河を挟むように聳え立つのは鋭い頂きを備えた二峰の山。この山に名こそ無いが……この峡谷を知らぬ者は居ない。
かつて北の大地を荒らし、蹂躙した氷の巨人が眠る死の峡谷を。


「閣下! 御覚悟は宜しゅう御座いますか!?」

馬から降り、吹き荒れるブリザードに負けじと声を張り上げたのは王の側近――エミル・オグムンドゥル。
如何にも魔導師然とした、黒地に銀刺繍のかっちりとした衣服を着こなした背の高い男だ。
エミルの声に答え、深く頷いたのは、見事な黒鹿毛の馬に跨る堂々とした赤髪の偉丈夫。
鷹の如き鋭い眼に王の風格を備えた男、名をベルク・ビョルゴルフル。
もとルーン帝国領であった北方の大地に秩序なく散在する小国を「力ある国家」として纏めた当の本人だ。
領主達に当然のごとく「北の代表」として選出された彼は、この地におけるあらゆる事案を行使する権限を持っている。
「北方の王」としてアルカナンやナバウル、エルフやドワーフの王達と懇意となり、外交を行ってきた彼である。
魔王の復活。
2,000年来の大事に成すべきは何か。

「賽は投げられた。勇者達の助けとなろう」

対する応(いら)えか、ベルクの馬が高く嘶き、前足にて凍てつく大地をガリリと掻いた。
背に星の十字を背負う騎士達がぐっと手綱を握り締め、峨々と聳え立つ岩山を仰ぎ見る。
未だその輪郭をうっすらと留めるかつての宿敵。透き通る氷の鎧を纏う氷の騎士。彫刻ならばこれほど美しい作品もあるまい。
その大きさも――かの無影の魔将が動かすストーンゴーレムの十数倍はあろう。

騎士達の表情は硬い。実を言えばこの巨人、魔王が腹心――無影将軍が動かす手駒のひとつ。
賢者の手で「主」との繋がりを絶たれ、動かぬ巨像となっては居るが――その脅威は世代を超え語り継がれて来たのだ。
果たしてこの巨人を起こして良いものか? 再びこの地を踏み、荒らすのではないか?
類稀なる召喚術師、エミルを信じぬ訳ではないが、今一つ釈然としないのが実情だ。
――が……魔王目覚めた今、彼等が頼れるものはこの巨人のみ。王の決断に縋るより他は無い。
エミルの両の足がザリっと氷地を踏みしめる。

【――出でよ!!】 

エミルが、交差させた両の拳をゆっくりと広げると、掌に刻まれた十字の印が輝きだした。
それに呼応するかのように、巨人の鎧に描かれたルーン文字や幾何学図形、絵紋様が青白く浮かび上がる。
賢者の魔紋を見知る者が見たならば、絵文様の多くがその特徴を備える事に気付いただろう。

【凍てつく大地が生み出だしし古の精霊よ いま一度その器に聖なる魂を宿せ 誇り高き魔人よ いま一度この地を踏まん】

303 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/05(水) 17:35:24.74 ID:QYB3UrYB.net
ブリザードが唸りを増した。対し、巨人はしばしの沈黙。
ピシリと岩肌に亀裂が走った。轟く轟音。雪と氷が崩れ、巻きあげられ、一帯が雪の煙にて模糊(もこ)となる。
ズシリと響く重い音。何者かが地を揺るがす音。
馬達が銘々に嘶き、上体を逸らした。歯を剥き出し耳を伏せ、まるで幽鬼でも見たように怯えている。回頭する馬も多数。
「どうどう!」
慌てて馬を諌めはじめた騎士達を、突如眩い光が照らした。雲間から差した陽光か――否。彫像自身から発せられる光だ。
「おお……!!」
畏怖の象徴である筈の氷の彫像。その神々しい姿に己が存在すら忘れ放心する騎士達。
彼等を正気に戻したのは魔導師エミルの紡ぐ呪文の詠唱だった。

【凍れる騎士――ブリザード=ナイトに告ぐ 我等と共に魔を滅ぼす矛とならん】

――――巨人が吼えた。
峡谷が振動し、鎧の奥の眼が理知の光を宿す。
ベルクその他の騎士達を順繰りに見渡した騎士ブリザード=ナイトが、手にした巨大な剣を胸前にかざす。

「閣下。この『ナイト』は我が命令より閣下の命を優先し実行致します。何なりとご命令を」
ベルクが見上げるブリザード=ナイトの眼に敵意は無い。

「良くやったエミル。流石は我が参謀よ。其方を推したエルフ評議長に感謝せねばな」
微笑むベルクの顔を眩しげに見上げたエミルの顔が強張った。ベルクが察したように頷く。

「気付いたか。先程から我等を監視する御仁がおられる事を」
王の視線の先を追った騎士達が半ば即座に剣を抜いた。

急峻な岩肌の、ほんの握りこぶし程度の出っ張りに足を乗せ立っていたのは、漆黒の鎧と緋のマントを纏う一人の騎士。
今まで気付かなかったのは、彼がまったく「生命」の気を持たず、岩山に同化していたからだろうか。
敵か否かは問わずとも明白。首元の九曜のメダイが、彼が魔王直属の部下である事を物語っている。
だがベルクはいきなりブリザード=ナイトをけしかけたりはしない。たとえ魔族であろうと、問答無しで闘う相手とは限らない。
彼は右手に握る手綱を引き、馬を回頭した。他の騎士もそれに習う。

「我が名はベルク。北方の王を任されし者。魔王に似た黒き御仁よ。まずは御用向きをお尋ねしよう」

304 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/06(木) 13:54:59.19 ID:Vo60VRjW.net
ベリルを口説くルカイン

http://img3.imepic.jp/image/20161006/498510.jpg?2285f09ee7607acba9c4631346f139da

305 :創る名無しに見る名無し:2016/10/07(金) 09:45:58.95 ID:2v9ZGHQT.net
普通に上手いね

初期にいたイルマとかも描いてほしい

306 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/10/07(金) 21:20:04.34 ID:acCSLJtc.net
ベルク・ビョルゴルフル率いる一団が封印された氷の巨人を蘇らせるのを、皇竜将軍リヒトは凝然と見下ろしていた。
氷の巨人のことなら、知っている。伝承としても、そして無影将軍の創造した駒としての役目も。
前無影将軍ベテルギウスの手によって生み出された、魔王の兵器。
そういう点では、氷の巨人とリヒトは兄弟と言えるかもしれない。

>【凍れる騎士――ブリザード=ナイトに告ぐ 我等と共に魔を滅ぼす矛とならん】

―――オオオオォォォォォ……ンンンンン……

男の詠唱に応じ、氷の巨人が永きに渡る眠りから目を醒ます。
その咆哮が極北の峡谷に響き渡る。
巨人――ブリザード=ナイトの力は強大無比。勇者側の持ち駒には、これほどの巨躯と膂力を持つ存在はふたつとあるまい。
これが真に勇者側に与すれば、魔王軍にとっては看過できない脅威となるはずだが、リヒトは動かない。
ただじっと、兜の面貌の奥から覗く双眸で一部始終を見届けるのみである。

>「我が名はベルク。北方の王を任されし者。魔王に似た黒き御仁よ。まずは御用向きをお尋ねしよう」

しばらく様子を見ていると、不意に声をかけられた。
リヒトは足場としていた場所からふわりと飛び降りると、全身鎧を身に着けているとは思えない軽やかさで着地する。
血色のマントを翻すと、ちゃり、と胸元のメダイが鎧に触れて澄んだ音を立てる。
視認できるほどに濃い漆黒の魔気を芬々と漂わせ、リヒトはベルクと対峙してなお沈黙していたが、

「――三つ問う」

すい、と流れるような仕草でベルクへと左手を突き出すと、親指と人差し指、中指を立てて告げた。

「ひとつ。なぜ我が王の奉戴を拒む?」
「ふたつ。“それ”は元々我が王の手駒。知った上で御せると思ったか?」
「みっつ。『平和』とは、一体なんだ?」

まるで、神話にある人面の獅子の謎かけのようにも聞こえるそれ。
それをベルクへ向けて言い放つと、リヒトは左手をマントの内側へと降ろした。
むろん、単なる問いかけではない。ベルクがこれから告げるであろう答えによっては、リヒトはこの場の全員を殺す気でいる。
殺戮は速やかに、一方的に、容赦なく遂行されるであろう。

裁定者として、リヒトには戦う両者を見定める必要がある。
どちらの言い分により正当性があるのか。どちらの方が、世界にとって有用な存在であるのか。
消えるべきは魔王か、それとも勇者か――。

307 : ◆khcIo66jeE :2016/10/07(金) 21:24:12.21 ID:acCSLJtc.net
>>301>>304
素敵な絵ですね。初期の富士見ドラゴンブックス関連の書籍の挿絵を思い出しました。
ルークくんのそこはかとない頼りなさや、ベリル女史の女傑ぶりが遺憾なく表現されていると思います。
リクエストということでしたら、わたしも>>305さんに同意です。
彼女の存在あってこその要塞と思いますので……。

308 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/08(土) 05:25:40.14 ID:PcnIYFOo.net
イルマ嬢かあ……
「イルマは賢者とセット」で行きたいと思ってましたが、肝心の賢者のイメージがなかなか湧かなくて困ってました。
頑張って描いてみます。


とりあえず既に手をつけていたラファエルとエスメラインの2ショットをば
http://img3.imepic.jp/image/20161008/189040.jpg?c0f84bf6131b8bf7c405fbb70b6a4138

(ソードワ○ルドとか超懐かしいんですけど!)

309 :創る名無しに見る名無し:2016/10/08(土) 11:41:43.24 ID:fhVCjlAB.net
>>308
良いね!イルマ&ワイズマン、超〜期待してます!

310 : ◆YXzbg2XOTI :2016/10/08(土) 18:48:54.33 ID:IDn3UwQJ.net
>>308

>賢者のイメージがなかなか湧かなくて

わたしにもよくわかってないので無理もありません
イルマさんのピンでよいのでは……

強いて言えば、宝石やら何やらでゴテゴテに飾り立てた魔導師が紙袋かぶって顔をすっぽり隠してるイメージです

311 :創る名無しに見る名無し:2016/10/09(日) 01:35:08.71 ID:8CINZfZn.net
>>310
イルマのピンでも充分です!
是非是非!

312 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/10(月) 07:23:31.86 ID:uh2oHuRJ.net
フワリと降り立つ漆黒の騎士にたじろぐ騎士達。底の知れぬ魔気を肌に感じ、馬も人も総毛立った。
名乗りを返さず、用向きも伝えぬ沈黙の魔将。その視線を受け、ベルクも負けじと静かなる視線を返す。

魔狼、豚人族等の魔族を目にする事はあったが、このタイプの魔族、それも魔将クラスと見(まみ)えるのは初めてである。
角度によっては深い紫色に光る重鎧。古竜の鱗か。佩く剣も竜を象る重厚なる品。智慧の光を宿す澄んだ瞳。
大陸中何処を探しても、これほどの存在感を持ち合わせるものなど居まい。
ただ一点だけ、何処となく合点が行かぬような……漠とした不安。
蒼い眼が湛える捕え所の無い光。
――以前、これと同じ眼を見たことがある。女だ。抗いがたき光を宿すあの女の眼に同じ。この魔将――いったい?

不気味に沈黙を続ける魔将。こちらから切り出すべきかと思案し始めた矢先、低い、錆を含む声がした。

>――三つ問う

立てられた3本の指。必要最小限の言葉で綴られる三つの『問い』。
交渉などでは無い、一方的な……まるで天上の神が人を推す、そんな問いだ。この魔将、自らを‘神’と?

エミルが唇を噛み、こちらを見上げる。攻撃するか否か指示を仰いでいるのだ。他の騎士達も焦燥なる視線を送ってくる。
魔将の問いに答えるは容易だが、何故そんな問いするのかが解らぬ。答えが気に入れば良し。さもなくば殺すと?
左腕を降ろし、再びじっと沈黙する魔将。どこまでも口数の少ない男だ。取りつく島も無い。
これでは隙を見つける事も出来ぬ。しゃべればしゃべる程にボロを出す……各国の王族達のようには行かぬ……か?

ベルクはしばし思案した。
魔族は人に非ず。魔将ともなれば無論、我々人間が力で敵う相手では無い事は承知。
北の十字を背負う騎士達が命を惜しむとも思えぬが、犬死にはさせられぬ。

揚げた右手を後方へと下げた。退けという合図である。騎士達がどよめき、互いに顔を見合う。
「なりませぬ閣下! 我等はともに闘い、死ぬ誓いを立てた者!」
銘々頷き、剣を掲げる騎士達。
しかし振り向いたベルクの眼に確乎たる意思を見、皆押し黙った。一人、二人と剣を納め、手綱を取りはじめる。
騎士達の後退を確認し、ベルクはヒラリと馬から降りた。面綱を解き、首筋をポンと叩く。
「其方も行くがいい。いつかの日、共に野を駈けようぞ!」
一声嘶き、駈け出す黒鹿毛の馬。

彼等の姿が遥か彼方の平原へと消える頃、ようやくベルクは口を開いた。付き従うは参謀の魔導師エミル、ただ一人。


「お待たせ致した。古の黒き竜を象る御仁よ。早速に我が答えを示そう」

313 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/10(月) 07:25:51.70 ID:uh2oHuRJ.net
「ひとつ。何故魔王の奉戴を拒むか」
ぐっと魔将の眼を見据え、バサリとマントを翻す。
「我等は魔族に非ず。故に魔族の王は頂けぬ。他に理由が?」
問いを返すもその答えを期待しては居ない。眼を逸らさずに次を続ける。

「ふたつ。巨人が魔王の駒と知った上で、御せると思うか」
ベルクは眼を硬く閉じ、胸前で腕を組んだ。
「その答えは……彼に任せるとしよう」
ベルクの言う「彼」が自分のことだと気付き、エミルが咎める視線を王に送った。
当の主人は腕を組み、眼も閉じたまま。一度発した言葉を決して覆さぬベルクである。

深くため息をついたエミルは背後に膝をつく巨大な氷の像を仰ぎ見た。

「我が王に代わり、お答え致す。ブリザード=ナイトの纏う鎧に刻まれた魔紋を御存ならば、自ずと答えはあろうかと」

ブリザードの再来を告げる突風が、細かな氷の粒を逆しまに巻きあげた。
陰りはじめた陽光に照らされ、美しいダイヤモンド・ダストの如き景観がブリザード=ナイトを包みこむ。

「あの魔紋は賢者の魔紋。エルフの長と共に、古よりこの大陸の行く末を見守る賢者を知らぬ貴方ではありますまい」
「ただの無機に命を吹き込む技、そして他者がかけた術を封じ、我がものをする技。いずれも賢者に及ぶ者は在らず」

相も変わらず勿体ぶった言い方だとベルクが眉を顰めるが、口は出さず。
研究一辺倒の学者連中にはこういった者が多いのだ。エミルの口上は続く。

「賢者はあの魔紋にて無影の魔将による支配を完全に解かれた」
「さらに魔紋の上下左右に散りばめられしルーン文字。それは賢者自身の手によるもの」
「御せるか否かはすなわち我等次第。我等の意思が賢者の意に適えば良し。さもなくば我等人の棲み処を滅ぼさん――と」

とどのつまり、賢者の眼鏡次第ということかとベルク自身納得する。実を言えば良く知らなかったとは言えない。
エミルが口を閉じるのを見計らい、ベルクが組む腕を解いた。

「最後の問いの答え。『平和』とは何か」

懐に手を差し入れ、剣を取り出す仕草をした王に驚いたエミルがハッとして身構えた。
しかし王が取り出したのは一輪の白い花だった。
「残念ながら、その答えは未だ解らぬ」
「解らぬが……思う世はある」
「この花が剣に勝る世。剣を持たずとも渡れる世。鍛冶達が鍬と鋤の鍛えに励み、子供らが医術や建築に憧れる、そんな世だ」
「我等もいつか剣を捨て、共存の道を歩めれば、そう思う」

舞い散る雪が、結晶が、シャリンと音を立てる。
ベルクが手にした花が硬く凍りつき、凍てつく風がその花弁を吹き散らした。

314 :創る名無しに見る名無し:2023/05/29(月) 05:49:04.40 ID:+3kGbqViK
少孑化対策た゛のと憲法の下の平等を無視した世代による公平性すらない私利私欲に滿ちた税金泥棒利権に反対しよう!
金持ちは現在て゛も莫大な財産を相続するための後継者を作ってるし,虐待だのいじめた゛のとは無縁の富裕層向け私立校に行かせてるわけだが
こいつら税金泥棒と゛もか゛やろうとしているのは,歴史的バ力の黒田東彦によって1兆円にも達した資本家階級か゛.いくら金があろうと対価に
て゛きなければたた゛の紙切れだからどうにかしろと、莫大な資産を末代まて゛盤石なものとするための要求を資本家階級から受けたことだからな
要するに、資本家階級からの要求によって女性を家畜化して儲けてきた結果、少孑化が進んだ現状に対して、また白々しいこと始めたわけよ
賄賂癒着してる資本家階級の莫大な資産に切り込むとか.と゛の党もー言も語らないあたり金まみれ世界最惡腐敗國家ぷりが分かりやすいだろ
末代まで家畜であるお前ら労働者階級同士て゛税金やら融通し合うことて゛未来の不幸な家畜を増殖させようというのが少孑化対策の本質な
資本家階級は分離課税で所得税なと゛払っていないか゛、労働者階級か゛払う所得税ってのは正式名成り上がり防止格差固定目的税というからな

創価学會員は,何百萬人も殺傷して損害を与えて私腹を肥やし続けて逮捕者まで出てる世界最悪の殺人腐敗組織公明党を
池田センセ‐か゛囗をきけて容認するとか本気で思ってるとしたら侮辱にもほどがあるそ゛!
hТΤps://i、imgur.сοm/hnli1ga.jpeg

315 :創る名無しに見る名無し:2023/08/14(月) 13:47:36.14 ID:Xy4GkQ0eP
ク゛テーレス國連事務総長か゛世界最惡殺人テ□組織公明党國土破壊省斉藤鉄夫や岸田異次元増税憲法ガン無視地球破壊帝国主義文雄の行為を氣候
変動による殺戮と明言したな.税金て゛地球破壞支援して世界最惡の脱炭素拒否テ口国家に送られる化石賞連続受賞して.世界中から非難されて
いなか゛ら,カによる─方的な現状変更によって滑走路にクソ航空機にと倍増させて都心まて゛数珠つなぎて゛鉄道のЗ○倍以上もの莫大な温室効果
カ゛スまき散らして氣候変動させて海水温上昇させてかつてない量の水蒸気を曰本列島に供給させて土砂崩れ、洪水、暴風.突風,灼熱地獄にと
住民の生命と財産を徹底的に破壞してるテ口政府をいまた゛に打ち倒さないとか北朝鮮人民までト゛ン引きのマソ゛国民だな,観光というテロ行為か゛
経済にプラスとかいうプ囗パカ゛ンダを信し゛てるバカが多いのかな,騒音にコ囗ナに温室効果ガスにとまき散らして、官民ともにシステム障害に
情報漏洩にと連発.□ケットは爆発、知的産業か゛根底から壞滅し尽くされた現実はネット上に日本語の技術情報が消滅したことからも技術者は
実感してるた゛ろ,大量破壞兵器クソ航空機を使わない程度の観光なら地球も怒り狂うことはないた゛ろうに.国連はテ囗國家曰本に制裁かけろよ

創価学会員ってもはや宗教的に信し゛てるのは教養のない年寄りバハ゛ァくらいて゛、公明党を通じて他人の権利を強奪したり
税金泥棒するための利権組織ってのか゛実態だそうだな.他人の人生を破壞することて゛私腹を肥やしてる現実に恥を知れよ
https://i.imgur.com/hnli1ga.jpeg

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