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【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ4

1 :創る名無しに見る名無し:2016/10/12(水) 09:31:13.50 ID:V3663qQl.net
 ロールプレイ(=想像上のある役柄を演じる事)によりストーリーを進める一種のリレー小説です。
(スレッドタイトルにTRPGとありますが、ダイスを振る本来のテーブルトークRPGとは異なります)
文章表現にはこだわりません。台本風(台詞とト書きによるもの)も可。重要なのは臨場感……かと。
なな板時代の過去スレが存在しますが、ここは創作板。なりきるのはストーリー内のみとします。
プレイヤー(=PL)はここが全年齢対象板であることを意識してください。過度な残虐表現も控えること。

過去スレ
【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ
http://tamae.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1454123717/

【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ2
http://tamae.2ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1457645564/

【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ3
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1460057791/

2 :創る名無しに見る名無し:2016/10/12(水) 09:32:01.29 ID:V3663qQl.net
新規参入者はここで参加の意志を伝え、投下順の指示を受けてからプロフ(以下参照)とロールを投下して下さい。
基本的にレス順を守ること。
○日ルール(※)は3日とします。
※レス順が回ってから連絡なく○日経過した場合、次のレス番に投下権利が移行すること。
(その場合一時的にNPC(他PLが動かすキャラクター)扱いとなる事もあります)
挨拶、連絡、相談事は【 】でくくること。


名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
長所:
短所:
武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


スレタイの通り、要塞を敵から守るという主旨のもと、ストーリーを展開していきます。
名無しの方の介入もありです。

3 :創る名無しに見る名無し:2016/10/12(水) 09:33:25.70 ID:V3663qQl.net
シャドウとルーク
http://img3.imepic.jp/image/20161004/532100.jpg?7a101db9a5ca067ae78daf34f9a4eaf5

ルカインとベリル
http://img3.imepic.jp/image/20161006/498510.jpg?2285f09ee7607acba9c4631346f139da

ラファエルとエスメライン
http://img3.imepic.jp/image/20161008/189040.jpg?c0f84bf6131b8bf7c405fbb70b6a4138

4 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/12(水) 17:17:55.55 ID:KtqJJZjX.net
立てて下さった方、ありがとうございます!
イメージ画像追加しました。既出分もサイズ縮小してアップし直しましたので、合わせて掲載します。
1部、2部を含めたダイジェスト作成中ですので、2日ほどお待ち下さい

大陸地図
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603900.jpg?9e07f66a690e8dce2bbacef206c7b2d5

ルーク&ライアン
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603910.jpg?1dc0e08f60da62f023733f1b40eceb7f

ベリル&ルカイン
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603930.jpg?dad717ba220bc443595591e77ccedd26

エスメライン&ラファエル
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603950.jpg?c0f84bf6131b8bf7c405fbb70b6a4138

イルマ&ワイズマン
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603960.jpg?f767573e83719a15235544c0b411c719

イルマ&マキアーチャ
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603980.jpg?7fbb517cf2022ab0252642133b8d2964

覇狼将軍フェリリル
http://img3.imepic.jp/image/20161012/604000.jpg?3d28b068a5604148bd88008c80320e55

5 :創る名無しに見る名無し:2016/10/12(水) 18:33:23.18 ID:/pB6pVoe.net
良いね!
こんだけ可愛いイルマが、ワーデルロー率いるアーマー兵を数百人射殺したり焼殺したりしたなんて、信じられんな!

6 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/13(木) 07:01:50.61 ID:F0e3q+5u.net
ダイジェストに手をつけたらやたらと長ったらしくなったので3行で纏めました。
次のレス順は◆khcIo66jeEさんですね! よろしくお願いします!



魔王従える八大魔将と勇者の一行が死闘を繰り広げる中、ついに五つの封印の内二つが完成した。
残る『封印の石』はあと三つ。ルーク達は封印を完成し、魔王を封じることが出来るのか。
そんな中、極北の大峡谷で巨大な氷の騎士――ブリザード=ナイトが目覚めた。対する皇竜将軍リヒトの反応や如何に。

7 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/10/13(木) 19:34:15.83 ID:/NXmkph4.net
ベルクの命令に応じ、その場にいた騎士たちが去ってゆく。
最後に残ったのは二名。ベルク本人と、その腹心とおぼしき魔導師のみ。
失敗したときを考えての予防策か。そう、心の中で思う。

>我等は魔族に非ず。故に魔族の王は頂けぬ。
>御せるか否かはすなわち我等次第。
>我等もいつか剣を捨て、共存の道を歩めれば、そう思う

ベルク自身と、そしてベルクが参謀と信を置く魔導師の言葉を、凝然とふたりの姿を見据えながら聞く。
リヒトはベルクらが答えを語り終え、口を噤んでからも依然として沈黙を貫いていたが、

「――そうか」

と、やや間を置いて静かに告げた。
が、またすぐにマントの内側から片手を出し、三本の指を立てる。

「ひとつ。おまえたちは大きな誤解をしている」
「我らが王は魔族の王に非ず。この世界すべての種族の王。人間の、エルフの、ドワーフの王」
「魔王とは、おまえたち地上の者が我が王を認識するために便宜上付けた呼称にすぎん。王は王でしかなく、それ以外の名に意味はない」
「おまえたちの崇める神が、我が王を地上に遣わした。ならば、神の意に沿うことがおまえたち、神に作られし者の義務ではないか」
「おまえも王なら、理解できるはずだ。世界をひとつに纏めるには、絶対的な君臨者が必要だということが」

赤眼の魔王。闇色の王。12枚羽根の堕天使。それらの呼び名は、地上の者たちが畏怖と憎悪とを込めて付けた徒名である。
魔王自身は自らを魔王と名乗ったことはない。魔王――否、リュシフェールはあくまでも神の使徒なのだ。
さらに、リヒトは続ける。

「ふたつ。おまえたちは、人であるがゆえに魔王を奉戴することはできぬ、と言った」
「それはつまり、人として我が王に抗うということ。人として我が王を拒むということだ。そうだな」
「――ならば。人として生き、人たらんとして戦うことが望みなら――」
「人ならぬ者の生み出した、人ならぬ巨人を用いんとするのは、道理に合わぬ」

ボウッ!!

そこまで言ったリヒトの全身から、おぞましい黒色の魔気が放たれる。瘴気にも似た力が、周囲を侵食してゆく。
リヒトは腰に佩いた剣、竜戦士の証たる竜剣ファフナーをずらりと抜き放つと、

「――おまえたちに、こんな玩具は必要ない」

そう言ってマントを翻し、徐にブリザード=ナイトへと身体を向けた。

8 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/10/13(木) 19:34:55.75 ID:/NXmkph4.net
リヒトの放つ魔気の影響を受けてか、ゴゴゴゴ……と峡谷が振動する。氷柱が、氷壁が落下し、大きな音を立てて砕ける。

「ふッ!」

全身鎧に身を固めているとは思えない身軽さで、リヒトが高く跳躍する。そして、屹立するブリザード=ナイトへと剣の一閃。
魔気を芬々と放つ竜剣が、ブリザード=ナイトの甲冑に覆われた額を捉える。

「目覚めろ、ファフナー!皇竜黄金剣――ゴルト・エクスプロジオン!!!」

カッ!!!

目も眩むばかりの、黄金色の閃光。そして爆発。突風が吹き荒れ、ベルクたちの髪を、マントを激しく嬲ってゆく。
そして、濛々と立ち込める爆煙がゆっくりと流れ、薄まり、再度周囲の状況が確認できるようになった頃。
ビッ、ビギギ、ビキキキキ――という澄んだ音と共にブリザード=ナイトの額に亀裂が入り、それは瞬く間に全身へと伝播していった。
崩壊は一瞬。まず首が転がり落ち、腕が形を失い、全身がガラガラと崩れてゆく。
轟音と共に滅びゆく氷の巨人を一瞥すらせず、リヒトは再びベルクたちに向き直った。
面頬の奥からベルクたちを射るように見据えながら、今一度口を開く。

「みっつ。平和の意味もわからぬまま、我が王に弓引き戦乱を引き起こそうというのか」
「花が剣に勝る世。それを作るために、我が王をこの世から消し去ろうというのか。我が王の統治では、その世界は作れないというのか」
「――本当に。できると思っているのか?」

ベルクへ向けて竜剣の切っ先を突き出し、リヒトは淡々と問いを重ねる。
だが、それは先程の問いとは違い、明確な答えを求めているものではない。それはベルクの覚悟を問う言葉。不退転の意志を確認する文言。
ベルクが沈黙していると、リヒトは突き出していた剣を降ろして鞘へと納めた。そして、

「――ならば、やってみせろ。勇者と力を合わせ、この世には我が王の支配など必要ないということを知らしめてみろ」

そう、荘重に告げた。

「世界の均衡は現在、我が王の側に傾いている。我が王は野望によって復活したのではない。『世界に望まれて』復活したのだ」
「2000年の間同族間で争いを繰り返し、領土の奪い合いに狂奔するおまえたちを。進歩と無縁の者たちを、支配によって律するために」
「王は不要と断じるならば、それは証拠を見せる以外にない。おまえたちが2000年前と比べ、進歩したという証を。自らの力のみで平和を築いていけるという証拠を――」
「さもなくば。オレはいつでもおまえたちを殺しに現れる」

ばさり、とマントを翻す。その姿の纏う黒い色彩が、急速に薄くなってゆく。

「オレは皇竜将軍、竜戦士リヒト。忘れるな――おまえたち地上の生物は今、裁きの間の只中に立っているということを」

最後にそう言葉を紡ぎ、原型を留めないほどに粉砕されただの氷の山と化したブリザード=ナイトの残骸を残して。
皇竜将軍リヒトは、ベルクたちの前から姿を消した。

9 : ◆khcIo66jeE :2016/10/13(木) 19:38:32.35 ID:/NXmkph4.net
【新スレおめでとうございます。今後ともよろしくお願いします】
【イラストも拝見させて頂きました。賢者に苦闘の痕跡が見られ微笑ましい限りです、ありがとうございます】
【イルマさんはかわいいですね。賢者が惚れるのも納得の愛らしさです、眼福でした】
【そしてまさかフェリリルまで描いて頂けるなんて。恐さと可愛さが同居した、素敵なイラストありがとうございます】
【このイラストのような魅力を出せるロールができるよう、頑張りたいと思います】

10 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/13(木) 20:32:19.63 ID:F0e3q+5u.net
>5
ありがとう御座います!
そうそう。可愛いのにやる時はやる子なんですね! きっと!

>7
……見抜かれてる!!
御明察の通り。賢者の正面姿描いたら幼稚園児泣きそうな絵になっちゃって……。妥協の結果です。
イルマ嬢は中の人の願望が少々。フェリリルはもうひとバージョンあってそっちが本命だったり。
時間があればリヒトを是非手掛けたいなーと思ってます。

11 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/15(土) 17:18:52.90 ID:9I5GzebJ.net
>――おまえたちに、こんな玩具は必要ない

静かに言い放ち、ブリザード=ナイトへと向き直るリヒト。

「……まさか――待て!!!!」
エミルが魔将へと右手を伸ばすが、その手をベルクが止めた。エミルが驚愕の眼を向ける。
あの巨人は我が子も同然なのだ。目覚めたばかりの子を、みすみす見殺しにせよと!?
「閣下! あれは我等が永き年月をかけ、ようやく復活に漕ぎつけた我等が騎士! 止めねばなりませぬ!!」
「ならぬ」

唇を噛みしめ首を横に振るベルク。エミルも頭では解っていた。あの魔気、ただの人間に手出し出来る存在ではない。
止めようと伸ばした手は小虫の如く払われよう。
臍をかむ思いで魔将を見上げ、燦然と降り注いだ閃光に右手を翳した。

「ああ……」
唖然とその様を眺めるエミル。
氷の瓦礫と化して行くブリザード=ナイト。力ある賢者の魔紋が光を失い、消えていく。
帝国崩壊後、ほどなくして手掛けた大仕事、それこそ20年近くかけ、ようやく成果となったそれが一瞬にして消えたのだ。
が、嘆いている暇は無かった。魔将が巨人の亡骸を背にし、こちらを見たからだ。
いよいよ我等の番かとエミルがベルクを庇うように前に出た。しかし魔将は静かに口を開いただけだった。
それは問いのようで、そうではない。謎をかけ、その答えを導くもの。あろうことか、勇者と力を合わせ魔王を倒して見せろとも。
まるで第3者の如き物言いに首を傾げるベルク。

>オレは皇竜将軍、竜戦士リヒト。忘れるな――おまえたち地上の生物は今、裁きの間の只中に立っているということを

最後にそう言い残し、魔将は消えた。


ベルクは肩を落とし放心していた参謀の肩をがしりと掴んだ。
「そう嘆くな。かつての敵を駒とせんとした、それ自体が誤りであったのだ」
「……」
「竜戦士」
「……は?」
「知っていよう。古よりこの地に棲まう竜の伝説を」
「ええ。魔術師であった祖母が、そのまた祖母から受け継いだと言う口伝にて」
「その口伝、いまここで申してみよ」
エミルは眼を閉じ深く息を吸い――ゆっくりと吐いた。

【地に宿りし5つの魂 ドラゴンの姿にて具現せしそれは大陸の意思なれば 棲まい治むるもの裁かんとす】

「解るか? 我等は今しがた、魔王より恐ろしき者と対峙していたのだ」
「魔王より……恐ろしいものとは?」
「あの魔将はこの『地』そのものだったという事よ。望みはある。急ぎ魔法騎士を集めベスマに飛べ。賢者には人の助けが要る」
「それはよう御座いますが、閣下はどうなさいます?」
「五の結界のひとつ。もとルーン王城謁見の間にて『賢者の石』の到着を待つ」

まさか一人で・とエミルが言いかけたが、意思強固な王だ。止めても覆すまい。

突如陽が差した。本物の陽光が氷粒となった巨人に降り注ぎ、虹色に峡谷を彩った。

12 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/10/15(土) 17:20:58.15 ID:9I5GzebJ.net
……ここ。何処だろう。
高い天井に異国情緒あふれた派手な模様。壁はレンガじゃない、木だか竹だかで出来た……うん。
アルカナンでもルーンでもない、外国には間違いない。水時計の音とリズムもちょっと違う。
天蓋付きのベットから下がる布の模様も変わってる。この字、なんて読むんだろう。どっかで見たことあるような……
そうそう! 俺の剣に刻まれてた文字と同じ! ってあれあれ!? 剣が無いじゃん! つか俺、何にも着てなーーーい!!

慌てて服と剣を探そうと降りかけた俺の手を、誰かが掴んだ。肩が変な方向に捻じれて……いたたたっ!
――いきなり引っ張るなよ! 脱臼するかと思った!

「時間はあるわ。もう一度楽しみましょ?」

……この声。振り向かなくても解る。さっき俺に無理矢理キス(しかもディープ)した張本人。
そういやドワーフの神殿で「ナバウル王城」って言ってたっけ。
って事はここ、ナバウル王城のどっかの部屋。やたら豪華だけど、まさか王様の部屋だったりしないよね?
「そうよ、ここ王様の部屋」
あはは、そうなんだ〜    なんて思ってる場合じゃない!!

「エレン! どういう事か説明してよ! なんで俺ハダカなのかも!」

振り向いた俺、軽くショック。
身体を起こしてこっちを見ているエレンは俺を同じく素っ裸。
いやいや、それもショックの一因だけど、そのエレンの後ろに転がってる血塗れの……死体。
エレンがニヤリと笑って手を離した。
「何を驚いてるの?」
「……それ……まさか……」
「ええ。ここにさっきまで居た王と妃。ちょっと気の毒よね。お楽しみの最中だったのに」
あくまで軽く、そして少し可愛らしい口調と正反対に、内容はかなり怖いものだった。
「殺したの? ナバウルの王様と……王妃様を?」

エレンがちょっと驚いた顔をした。何を言ってるの? って言う風に。
彼女がベットの後ろに手を回して拾い上げたそれは、血にまみれた抜き身の剣だった。……俺の……剣?
「え? ――え!?」
その時初めて、自分の手が血でどす黒く汚れているのに気がついた。
「覚えて……ないの?」
蒼い眼が俺の眼を射ぬく。――まさか……いやいや、まさか! まさか!

「貴方――凄かったわ。お城に居た人だけでなく、城下の人達もみんな、この剣と闇の魔法で皆殺し」
ペロリと唇を舐める舌が赤い。
「そして――静かになった城で……静かになったこの部屋で、貴方は私を犯すように抱いた」
「……うそ、だよね?」
嘘じゃないと証明するように、エレンが自分の身体のあちらこちらを眼で示す。
首、腕、足、至る所にくっきりと痣のように残る跡は……まさしく俺自身の手型。急に蘇る女の感触。
剣を振るった手応えと魔法を使った後の達成感、疲労感も。

エレンの腕が俺を仰向けに押し倒した。押しのけようとしたけど、腕に力が入らない。
「とても……良かったわ」
柔らかい唇の感触は何故だかとても心地よくて、されるがままに眼を閉じる。

――俺、どうなっちゃったんだろう。これも冒険? そうなの? 教えてよ、クレイトンおじさん……

13 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/17(月) 16:37:39.08 ID:ROs//Z38.net
手を加え過ぎたかも……の皇竜将軍リヒト

http://img3.imepic.jp/image/20161017/592520.jpg?e0e455cf3c256536498d23499db5e8a8

14 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/10/18(火) 17:55:58.51 ID:RwEV82Fv.net
手柄は我がものと勢い込んでナバウルに到着したフェリリルを待っていたのは、予想だにしない光景だった。

「……これは……」

驚きに目を見開く。側近の人狼たちも、一様に驚きを隠せない様子で呆然と立ち尽くしている。
眼前に広がっているのは、壊滅した王都。立ちのぼる黒煙と瓦礫、そして屍の山。
周囲に生存者の姿はない。まるで嵐のような、徹底的な破壊と殺戮の痕跡だけがある。
フェリリルは徐に歩を進めると、屍のいくつかに近寄り、屈み込んでその様子を仔細に観察した。

――凄まじい腕だ。一刀のもとに斬り捨てられている。
――こちらは魔法か……一瞬で消し炭だな。よほど高位の術者でなければ、この威力は出せぬ。
――陛下が他の魔将にナバウル攻撃の命を下されたのか?

「他の魔将がナバウルを攻めるという情報は?」

観察を終え、立ち上がって人狼に問う。情報将校を務める人狼はかぶりを振った。

――ならば、誰がやった?剣ならば皇竜将軍、魔法ならば無影将軍が考えられるが――。
――だが。我ら魔王軍は一芸特化だ、一流レベルの剣士と大魔道士レベルの術者を同時に擁する軍団などない。

いったい何者の仕業なのか。フェリリルは怪訝な表情を浮かべた。
皇竜将軍率いる竜帝兵団の仕業ならば、今頃この王都の上空をドラゴンが飛翔しているはずだ。
同様に無影将軍率いる降魔兵団がやったのなら、周囲にゴーレムやガーゴイルらがいるに違いない。

が、フェリリルは頭を振ると犯人捜しの思考を頭の中から締め出した。
大事なのは、誰がやったかではない。
自分が手に入れるはずであった手柄を何者かが横取りした、そのことが問題なのである。

「この様子では、勇者も生きてはいまいな……」

落胆を隠しきれない様子で呟く。
ここまで王都を徹底的に破壊した者が、勇者を見逃す――ないし勇者に敗れるとは考えづらい。
いかに勇者が強かろうと、ここまでの破壊を成せる者と戦っては勝ち目はあるまい。
戦いそびれてしまったな、と、フェリリルは師剣コンクルシオの柄頭を軽く撫でた。

しかし。

「……?このにおいは……」

廃墟に長居は無用と踵を返しかけたフェリリルであったが、ふと立ち止まって鼻をひくつかせる。
魔狼の長らしく、フェリリルも鼻が利く。その鋭敏な鼻が、つい先ほどまでここにいた者の微かな残り香を嗅ぎ当てたのだ。
そして、そのにおいには心当たりがあった。

「エレン?……エレンか?どうして、あいつがここに――」

つい先日魔将になったという同胞の姿を思い浮かべる。
が、おかしい。エレンは自分の軍団すら擁していないはずだ。こんな大破壊が単独でできるとは思えない。
けれど、紛れもなくこのにおいはエレンのもの。自分の嗅覚に絶対の自信を持っているフェリリルだ、間違うなどありえない。
においはナバウルの王城へと続いている。王城へ行けば、まだエレンがいるかもしれない。

――あいつめ!

フェリリルは舌打ちした。トンビに油揚げを攫われるとはこのことだ。
エレンのことは友人と思っているが、それと手柄の横取りは別である。

「王城へ向かう!ついてこい!」

恨み言のひとつも言ってやらねば気が済まぬとばかり、フェリリルは王城へと足を向けた。

15 : ◆khcIo66jeE :2016/10/18(火) 18:12:22.23 ID:RwEV82Fv.net
>>13
【ありがとうございます!わたしの脳内イメージ以上にかっこいいリヒトでした!】
【拝見した瞬間「これは強いわ……」と呟いてしまいました。本当に素敵な絵をありがとうございます】
【劇中でも高い評価をして頂いて恐縮です。魔王軍ではあるけれど、あくまでフラットな立場ということでやりたいと思っています】
【やっぱり絵があるとイメージを思い浮かべやすいですね。ご期待に沿えるようがんばります】

16 :エレンディエラ ◆ELFzN7l8oo :2016/10/21(金) 05:47:45.72 ID:pnCjFbGQ.net
安らかな寝息を立てるルークは、まだほんの子供のようだ。
17。
「アシュタロテ」の記憶が感情を揺さぶる。
――あの時、あの子がその力に目覚めたのも17だった。――魔王と同格の闇の力に。

『魔王に抗える力を手に入れたい』

そう賢者は言った。この石があれば、それが可能だと。
いつもなら冷たく払いのけるこの手を両の手で包み込み、紡がれた賢者の申し出。
理知の双眸がこちらを見つめ、石の飾る繊細な指先がこの身体に触れる。
今までの今まで峻拒を通し、我が想いに答えず。その賢者の、おそらくは精一杯の歩み寄りであろう行為。
諾(うべ)なわぬ訳はない。僅かな微笑みを湛え頷いて見せる。

賢者が闇色の箱に納まる「石」をそっと指先で摘まむ。
外見は河原で見かける小さな磨き石と変わらないが、内に秘めたる力は大陸をも滅ぼすだろう。
体内へと入って行くそれがもたらしたは数千年来、感じたことの無い快感。
「ああ!!!」
思わず叫ぶ。気を許し身を任せばこの身体ごと四散するだろう恐ろしい快感だった。
眼を閉じ、胎内へと達した石に意識を送る。背の翼が光の粒となって消え、同時に石が「瞬き」を開始する。

ただの赤子にしか見えぬそれが誕生するまで一時を待たず。
明るい茶色の髪をしたそれはどう見ても普通の人の子。泣いて乳をせがむ様子も。
「アウストラ・ヴィレン・デュセリウム」
思いつくままに名を口にし、赤子を賢者に差しだす。

「この子は貴方と私の子。特別な授けは必要ない。ただ、広く……人の世を見せてあげて。他との交わりが最たる糧」
「この子は『勇者』。『賢者』は貴方。『僧正』は私。残る要(かなめ)の『戦士』『魔法使い』も自然と集まりましょう」
「この子の鍵は『死別』。愛する者を失う哀しみが鍵となって『力』が覚醒する。でも――」

「真の勇者の力は『力』に非ず」

我が言葉を引き継いだ賢者が赤子を愛おしげに抱き上げた。泣くのをやめ、笑い声を立てる我が子。
予め携えた剣を一振り、その傍らに置く。
「遥か昔、大勢の人間の手で作られ、鍛えられた剣よ。今まで手にした人の想いが入ったあやかし。その日が来たら持たせて」



不意にその剣が腹に響く唸りを立て、我に返る。眠るルークをそのままに、扉を押しあける。
「負けないで。貴方は勇者なの。大事なのは自身を信じること」
言葉が聞こえたのかどうか。軽く伸びをし寝返りを打つルーク。我が記憶の主、アシュタロテの子。
この先、更なる残酷な試練が貴方を闇の底に叩き落とすだろう。
「大丈夫。貴方なら這い上がれる。決して折れない。それが――勇者だから」

扉が閉じる。

17 :エレンディエラ ◆ELFzN7l8oo :2016/10/21(金) 05:57:27.83 ID:pnCjFbGQ.net
城門前を埋め尽くす騎士達の遺体。どの顔も恐ろしげに眼を見開いたまま。
これほど多くの人間の「死」だ。アルカナン王城のリュシフェールにとっては相当の糧となったに違いない。
天界にて最も美しく輝いたかつての熾天使。
神は彼を遣わしたのではない。地に落としたのだ。神以上に美しく、神に並ぶ力を持つ者を、神が許すはずはなし。

死の海原を進むうち――ひと際高く突き立つ一本の杭が目に入る。
そこには男が磔にされていた。かつてホンダと呼ばれた勇者の血族。
両手首と足を鉄釘で留められた男は、とうにこと切れている。我等が到着した時はまだ生きていたのだが。

『……魔王に従うなど……人間のすべき所業ではない……!!』
ホンダが苦しげな息を絞り出し訴える。身体に刻まれた夥しい痣と鞭の跡、両脇腹の傷から沸き水の如く溢れ出る血。
声の主が祖父であると知ったルークが、騎士達を掻き分け処刑台の傍に駆け寄った。
「祖父ちゃん! なんでこんな事になってんの!!?」
「……ルーク?」
ホンダが驚きの眼をルークに向ける。
「……許してくれ。わしには……ここの王を説得させられなんだ……」
彼は深く永く苦しげに息を吐き、ガクリとその首を垂らす。
「祖父ちゃん!!」
ルークがもはや動かない祖父の足に縋りつく。

「貴様もこの『勇者』とやらの血筋か!」
騎士長らしき男がルークの肩を掴んだ。
「なんだよあんたら! 祖父ちゃんが何したってんだよ!!」
気色ばむ騎士達。あっと言う間に取り囲まれ、後ろ手に押さえつけられるルーク。その眼に溜まっていた涙が一筋、流れ落ちた。
「こ奴が何をしたかだと? 『石の封所を教えろ、さもなくば命を貰う』などと我等を脅したのだぞ?」
「うそだ! 祖父ちゃんがそんな脅迫するわけない! 『さもなくばみんな死ぬ』の間違いじゃねぇのか!?」
「同じことだ」
騎士長はルークが背負うの剣の柄に手をかけ、引き抜いた。美しい銀の波紋がギラリと輝く。
「魔王に歯向かうなど狂気の沙汰よ。『勇者』に付き合わされ死んでいった人間がどれほど居る?
アルカナンの城下とエレド・ブラウはほぼ壊滅したと聞く。頼みの綱であった北の巨人も先程『壊された』と知らせが入った」

ヒュッっと風が切れる音。騎士長が剣の切っ先をホンダの胸板に向けている。
「こ奴めの心臓を抉り出し、我等ナバウル助命嘆願の材料とする。良い考えだと思わぬか?」
「冗談だろ!? 俺ら人間が進んで魔王に従うって言うのかよ!!」
「たわけが! 命あっての物種よ! 魔王万歳!!」
騎士達もその唱えに習う。声をそろえ両手を揚げるその様は、人間ならざるこの眼で見ても異様だった。
「やめろ!!」
ルークの制止の声も空しく、剣の先が深々とホンダの左胸に突き刺さる。
そして……引き抜かれた刀身に串刺しとなった……いまだ拍動を続ける拳大の肉塊。

【ドクン】

拍動に合わせ、地が鳴動した。
騎士達がどよめく。勇者の心臓に秘められたこの世ならざる力だ。くたりと座り込む者も居る。

【ドクン】

次なる拍動に剣が答えた。
黒い闇の波動が触手となり、柄を掴む騎士の腕に這い上る。訳も解らず立ちすくむ男は、一瞬の間に霧散した。
ただの人間にこの剣の波動を受け止める許容量(キャパシティ)は無い。
赤く、黒く、白く明滅を繰り返す剣がフワリと浮き、ルークの眼前にて静止する。剣を掴むルークの顔に表情は無い。
暗い眼に射すくめられ、騎士達が手を放す。遠くから射かけられた矢は、何故か彼に届かない。
一言の呪文も紡がず、空いた左手が空を薙ぐ。
耳を劈く轟音が地と空を焼いた。かろうじて生き残った者たちが、よろりと立ち、膝を付く。
スイッと眼を細め、剣を振り上げるルーク。



彼は容赦しなかった。

18 :エレンディエラ ◆ELFzN7l8oo :2016/10/21(金) 05:59:44.30 ID:pnCjFbGQ.net
――――エレン!

ルークの声かと振り返るが、王城は静かにこちらを見下ろすのみ。
「エレン!」
もう一度呼ぶ声は、まったく逆の方角からしたらしい。横たわる騎士達の上を、軽い跳躍と共に駈ける黒い影の一団が見える。
物を見ることは出来る。音を聞く事も出来る。
しかし音が何処からするのか、誰の声か、聞き分ける事は出来ない。熱いと思う事もない。冬の寒さも、肌の温もりも……すべて。
一団の先頭を切るうら若い少女。否、彼女の年齢はこの自分にも良く解らない。
好戦的で考えるより先に身体が動く友人。魔族のくせに卑怯を嫌う、純真で潔い友人。その手に握られた師剣コンクルシオ。
なるほど、あの剣も認めるわけだ。

「……フェリリル。来る頃だと思っていたわ」
彼女に歩み寄ろうとして死体のひとつにつまずく。起き上がろうとして初めて、自分が裸であったのに気づく。
別に服など無くとも何とも思わないが、裸で居ると周りが騒ぐ。特に雄(オス)が。
フェリリルが怪訝な顔でこちらを見下ろしている。
この身体についた痣を見咎めたのだろうか。明らかに男の手と解る……血で汚れた各所の痣を。

「こんなナリで御免なさい。『勇者』が襲ってきて……無理矢理……」

まるで強姦されたとしか思えぬ格好と口調。実は本当だったりもするのだが、別に同情を期待している訳でも何でもない。
自分は人ではない。魔物だ。人形(にんぎょう)だ。生まれついて持つものはアシュタロテと同じ力と姿、記憶のみ。
実際、里の人形師達は自分を人形としてしか扱わず。
そんな時、自分に新たな感情を植え付けた存在が二つ。
一つはリヒト。同じ天使の気を与えられ、作られたという似通った境遇のもう一つの人形(ひとがた)。
二人が互いに義理の兄弟の如き親密なる感情を持ち合わせたは当然と言えるかも知れない。
もう一つは……今、自分の手を取り立たせてくれた――友人、フェリリル。彼女の魂はとても「熱い」。
王が率いる魔将の一人。同じ魔将となれたのは本当に嬉しい。感情が豊かになるとは、こういう事を言うのだろう。

「ありがとう」
心から礼を言う。この自分に「喜」の感情をくれた相手に対する礼だ。
しかしフェリリルの表情は険しい。その魔気もいつになく「毛羽立って」いる。
「どうしたの? 何を怒っているの?」
解らない事は素直に口にする。ルークが教えてくれた作法(?)の一つだ。

「何でも遠慮なく言って? 私と貴女の仲じゃない」

19 : ◆ELFzN7l8oo :2016/10/21(金) 06:00:32.03 ID:pnCjFbGQ.net
>15
【いやあの……違うんですよ? あの力強い文章があるからこそのイメ画なんですって!】
【反省点は魔気を足したせいで竜鎧ティアマットと竜剣ファフナーが目立たなくなっちゃった事】


左からベテルギウス、ミアプラキドス、ヴェルハルレン(もし兄弟仲が良かったらこんな感じ)

http://img3.imepic.jp/image/20161021/197140.jpg?c775875d5ef8fd3257b019472b0a1661

20 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/10/22(土) 17:33:48.91 ID:T6a59wzy.net
地獄を絵に描くとするなら、それはこんな風景であろうか。そんなことを考えてしまうほどの惨状。
死の坩堝と化したナバウル王都の目抜き通りを、ずかずかと大股で歩いてゆく。
死体を跨いで城下町を突っ切り、城門まで辿り着くと、フェリリルの視界に広場の中央に突き立つ一本の杭が映った。
そして、その傍らに立つ、一糸纏わぬあられもない姿の美女の姿も。

「エレン!」

吼えた。感情を隠しておけない性情である。

>……フェリリル。来る頃だと思っていたわ

まるでこのことを予見していたかのような口ぶり。
フェリリルは後続の人狼たちに待機を命じると、憤怒を全身に纏ったままでエレンへと近付く。

「なんて格好をしているんだ、おまえ。これはどういうことだ?なぜ、ナバウルが壊滅している?おまえがやったのか?」

>こんなナリで御免なさい。『勇者』が襲ってきて……無理矢理……

エレンの裸身を一瞥する。身体の各所に刻まれた痛々しい痣が、彼女の身に何が起こったのかを物語っている。

「まず何か着ろ、わたしの手下どもの目に毒だ。――勇者がおまえを辱めたというのか?」

フェリリルは人狼に近くの家から着るものを探してこいと命じた。
ほどなく人狼が簡素な灰色のドレスを見つけてくると、それを受け取ってエレンへと突き出す。
勇者ともあろう者が、非力な(かどうかは疑問だが)女を無理矢理手籠めにするとは、鬼畜の所業であろう。
フェリリルはしばらく難しい顔をして腕組みし、なにやら考え込んでいたが、

「では、これをやったのもおまえか?」

と、傍らの杭に磔刑の罪人よろしく打ちつけられているホンダの亡骸を指差した。
状況から判断した、フェリリルの推察はこうである。
・エレンは何らかの目論見があり、自分たちに先んじて勇者(ホンダ)と接触した。
・勇者(ホンダ)はエレンを腕ずくで組み伏せ、乱暴に犯した。
・怒ったエレンが勇者(ホンダ)を磔にし、殺した。勢い余ってナバウル国民も殺した。
何もかも間違っているが、フェリリルの視点からはそう見えている。

「よもや八大魔将のひとりを辱めようとはな。ふん、下衆め。因果応報というものだ、こんな輩が勇者とは――」

ホンダの外見年齢や、闘技場で会った際のホンダの言動から窺えるその性格などから、ホンダがそんなことをする筈はないのだが。
フェリリルにそこまでの熟慮はできない。ただ、見たままを受け取るだけである。
ともあれ、そういう理由ならエレンが凶行に走るのも止むを得ない。
フェリリルは得心した。

>何でも遠慮なく言って? 私と貴女の仲じゃない

「いや……。もういい。災難だったなエレン、狼に噛まれたと――じゃない、野良犬にでも噛まれたと思って早く忘れろ」
「おまえが先走って、わたしの手柄を横取りしたのなら許せんと思っていたんだが。そういうことなら仕方ないな、うん」
「女の敵は消滅すべきだ、跡形もなくな。おまえのしたことは正しい、元気出せ」

勝手に納得し、勝手に怒りを収めたと思ったら、今度は勝手に同情している。
フェリリルはポンポンとエレンの肩を叩いた。

「陛下にご報告しに戻るか?うん、それがいいな。そしたら、一緒に湯浴みしよう。穢れを落としてやる」
「あ、それと、魔将就任おめでとう!近々祝いの宴を開くぞ!今度里に来い、父上もきっとお喜びになる!」
「……ん?なんだ?何か言いたそうだな?」

完全に勘違いしたまま、フェリリルは小首をかしげた。
絶望的に察しの悪い娘である。

21 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/10/22(土) 17:38:00.76 ID:T6a59wzy.net
「なに?違う?勇者はこいつじゃないのか?」

エレンから説明を受けると、フェリリルはさっぱり理解できないという様子で眉間に皺を寄せた。
聞けば、自分を犯した「勇者」は他にいるという。
確かに勇者はひとりではない。2000年前に魔王を封印した勇者、その子孫は全員勇者の資格を持つのだ。
フェリリル自身、他の勇者を釣り上げるためにこの男(ホンダ)を泳がせていた。
ならば、この近くに本当の勇者がいるということなのだろうか?フェリリルはキョロキョロと周囲を見回した。
が、当然ここには自分たち以外に誰もいない。

「その勇者はどこにいる?まだのうのうと生き永らえているというのなら、わたしがこの手で引導を渡してくれる!」

フェリリルは気色ばんだ。
エレンが手に掛けていないのが不思議だったが、勇者がまだいるというのなら好都合である。
これで、手ぶらで戻ることなく勇者の首を土産にアルカナンへ帰還できる。手柄は依然、自分のものだ。
勇者の元へ案内しろ、とエレンへ詰め寄る。

「婦女子の貞操を無理矢理奪うなど、勇者の称号を持つ者とも思えぬ狼藉!わたしの手で首を刎ねてくれる!」
「義兄上……ではない、皇竜将軍もおまえの姿を見れば、怒髪天を衝くに違いあるまい!」
「だが案ずるな、おまえの仇はわたしが討つ!さあさあ、案内しろ!この師剣が勇者の血を吸いたいと唸っているぞ!」

一応ではあるが、魔狼族の族長の娘である。貞操観念はあるつもりだ。
ついでに、別の地で任務に就いているはずの皇竜将軍および師剣の気持ちまで勝手に代弁する。
エレン、フェリリル、リヒトの三人は単なる魔王軍所属の魔将という関係以外にも、密接な繋がりがある。
今から24年前、前無影将軍ベテルギウスは人工的に生み出した魔王と竜戦士のハイブリッド・リヒトを先代覇狼将軍リガトスに預けた。
リヒトを預かったリガトスはこの子供を次代の魔将として育成し、自らの持つ剣術や兵法の知識すべてを伝授した。
その後フェリリルが誕生し、数年の後にフェリリルとリヒトはエレンと巡り合った。
爾来、この三人はそれぞれ血の繋がりはないにせよ、兄妹のように過ごしてきたのだ。
そんな家族のような無二の友人が肉体を辱められたとあれば、我がことのように憤るのも道理である。

「勇者はこっちか!おまえの身体から漂う人間のにおいが、こっちに続いているぞ!」

待ちきれなくなったのか、結局フェリリルはエレンに案内をしてもらう前に嗅覚を頼り、王城へ足を向けた。
城門を開け放ち、内部へと踏み込む。
師剣コンクルシオが静かに音を立てたが、そんなことは関係ない。丸無視である。
とにかく、友を辱めた勇者をこの手で血祭りにあげ、手柄を立てて魔王の元へ凱旋する。今はそれしか頭にない。


「勇者の腹を裂き、ヤツ自身のはらわたで首を吊らせてやる!!」


牙を剥き出し、フェリリルは吼えた。
においの主の居るであろう部屋の扉をバァン!と両手で勢いよく開き、フェリリルはその中へと入っていった。

22 : ◆khcIo66jeE :2016/10/22(土) 19:21:11.78 ID:T6a59wzy.net
【もし仲がよかったら、こんな未来もあったかもしれないと思うと泣けますね……】
【あと、ベテルギウスが意外とイケメン。醜悪なイメージがあったんですが、素敵です】
【さっさと殺しちゃって失敗したかもしれません……】

23 :エレンディエラ ◆ELFzN7l8oo :2016/10/23(日) 07:09:35.48 ID:8+veZcWJ.net
「あ……ありがとう」
差し出されたナバウル風のドレスは質素で味気ないものではあったが、仕立てはまずまずだ。
裕福な家庭の子女の部屋着だろう。着てみるとサイズもぴったりだった。
イブニングドレス以上に身体の線を際立たせる独特なデザイン。右に深く入るスリットのお陰で歩きやすい。
フェリリルはと見ると、何やら難しい顔でホンダを指差した。

>これをやったものお前か?

「……え?」

>よもや八大魔将のひとりを辱めようとはな。ふん、下衆め。因果応報というものだ、こんな輩が勇者とは

何やら一人納得し頷く魔狼の娘。呆気に取られている自分に構わず先へ先へ――まくし立てる娘。
仕舞には「共に湯浴みしよう」「就任祝いの宴を開く」とまで言い出す。思わず苦笑してしまう。
「変わらないのね、フェル」
馴染みらしく、愛称で呼んでみる。
「あたしを犯したのはホンダじゃないわ。彼の子の……そのまた子。名前はルーク」
言いながら手を伸ばし、穿たれ、未だ血が伝い落ちるホンダの胸板にそっと触れた。
「ホンダはここの民に殺されたの。魔王に従うと決めたナバウルの王を無理に説得しようとして」
べっとりと血のついた指先をゆっくりと味わう。
「祖父の最期を目の当たりにしたルークは怒ったわ。怒りに任せ、燃やし、殺した。女も犯し殺した」

>その勇者はどこにいる?まだのうのうと生き永らえているというのなら、わたしがこの手で引導を渡してくれる!

詰め寄る娘。その怒りはこの自分を汚したであろう勇者に向けられた怒りだ。本当に……変わらない。
ルークはまだ王の寝台で眠っている。魔力の回復にはしばし掛かろう。フェリリルにとっては絶好の機会だ。
ルークがその程度の不運で死ぬというのなら、それも仕方の無いことだと思う。真の勇者では無かった。ただそれだけの事だ。
魔王と勇者。
どちらが勝ってもいい。勝つべき側が勝つのだ。勢力争い、頭を決める為に争うは生き物の本能なのだ。
血で染まる唇でニマリと笑う。この顔を見た人間は大概卒倒する。
「勇者は・」
ルークの居場所を言いかけたが、フェリリルは既に感付いたらしい。踵を返し、王城へと駈ける魔狼の娘を唖然と見送る。
「ふふ……。可愛い人」



躯が熱くなった気がして自身の胸に触れた。
フェリリルの熱い魂に触れたせいか、はたまた勇者の血を舐めたからか。それとも……ルークの?

この胸には人形である自分を動かす為の黒い箱が入っている。
黒い箱に納まる石は純度の高い宝石。2,000年前、この王城の封所にて役目を果たした『魔法使いの石』。
『賢者の石』同様、危険な波動を撒く石を、人形師達は鉛の箱に容れ持ち歩く。
石が疼く。

死者の他には誰も居ない焼け野原。じき陽が落ちる。湿気た風はいまだキナ臭い。

「もし貴方が生き残ることが出来たその時は――この石をあげるわ」
「魔王を封じる石を、元の場所に返してあげる。『魔法使いの血』も一緒に」

赤く焼けた西の空に、瞬かぬ星がひとつ。

「その時は……共に還りましょう? リュシフェール」


瞬かぬはずの宵の星がひとつ、瞬いた。

24 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/10/23(日) 07:15:00.09 ID:8+veZcWJ.net
――――バァン!!

いきなり開け放たれた寝室の扉。
「――え!? なになに!?」
びっくりして飛び起きた。音のした方に向かって反射的に身構える。――え?
ずかずかと中に入って来たのは……女の……子?
俺と対して変わらないように見える女の子が、胸を逸らしてベット脇に立った。キツ眼の眼をつり上げて睨んでる。
ええっと……すご〜く怒ってる? なんで? 俺なんかした? 
もしかしてエレンが説明してくれるかも、って期待して見回したら……ちょ! 居ないし!!

そんな俺に、長い剣の先を向けた彼女。
まんま狼の唸り声。その中から「お前が勇者か!」とか、「エレンの仇を取ってやる!」とかが辛うじて聞き取れた。
「エレンの仇?」
親の仇! とかなら解る。俺が殺っちゃったであろう誰かの家族だろうから。でも俺、エレンに何かしたっけ?
されたのはむしろ俺の方。
彼女の眼が俺の眼を捕え、その視線がちょい下に下がり……脇に逸れた。

――ってヤバっ! バッチリ立ってんじゃん! 

さっきより凄身のある唸り声を上げ、彼女が剣を抜く。
「違うんだって! 男ってのは起きた時たいていこうなんの!!」

ダメだ。俺の言葉なんかてんで耳に入ってない。
俺と彼女の間に横たわる王様の御遺体をぴょんと飛び越して来たもんだから、慌てて後ろ回転で距離を取り、寝台脇に降りる。
追って来る彼女。

ひとしお続いた俺と彼女の追いかけっこが唐突に止んだ。
彼女が床に転がっていた俺の剣に気付いたからだ。
「ダメだよ! それに触ったら危ないかもだよ!」
……って……、言っても聞かない性格なのかなあ。身軽な動作でひょいっと剣の柄を掴み取る。
――あれ? 何にも起きない?
彼女は不思議そうにまじまじと剣の刃を見て――

俺も落ち着いて彼女を観察した。『調査・観察を怠るな』ってのが親父の教訓だもんね。
まず匂い。まんま魔狼。娼館で襲われた時に覚えた匂いだから忘れない。
そして背格好。まだ大人に成りきらない……ベリル姐さんとは違う意味で露出度高めの女の子。(うっわフッサフサの尻尾! 触ってみたい!)
程良くついた筋肉と控えめの胸と腰。ほっそい手足は剥き出しで、肩と腰に申し訳程度の……鎧……みたいな防具。
そしてそして……あれはもしかしてっ!
首にかかるペンダントのトップの模様! 大円を囲む8つの小円って確か九曜紋! って事はこの子、魔将!?
って良く良く見ればあの剣は師剣コンクルシオ。ルカインを倒した魔将って……この子だったの!?

彼女が二振りの剣を向けながら近づいてきたんで、俺は壁に追いつめられる格好になった。
あはは……こんなナリでこんな(ピー)のまま俺、死ぬの?
父さん達が駈けつけて来て、マッパで死んでる俺と王様とお妃さま。変な誤解されそう。
なんて悠長な心配したり。そんな時……

――――――――キイン!!!

音は彼女が剣を振るった音じゃない。師剣の「声」だ。彼女を咎めるような……何て言ってるんだろう?
ルカインにしか解読出来ない師剣の声。彼女なら聞き取れる?

25 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/10/26(水) 18:58:47.12 ID:ljAEAsJo.net
「勇者はここかあッ!!!……くさっ!?臭い!ゲッホ!ゲェーッホ!!」

フェリリルはバァン!と両手で勢いよく扉を開けると、王の寝室へと怒鳴り込んだ。
……そして、盛大にむせた。
室内には血のにおいの他、濃い精臭――いわゆる栗の花のにおいが充満している。
狼の嗅覚は人間やエルフの数億倍。魔狼ともなれば、その感覚はさらに上である。
不用意に扉を開けた挙句、そんなにおいを鼻いっぱいに吸い込めば、むせるのもうべなるかな、といったところか。

「……ぐぬぬ……!お、おまえが勇者か……!?」

片手で鼻をつまみながら、フェリリルは寝室を見回した。
視界に入ったのは、ベッドの上で身構えているハーフエルフの青年が一人。
それなりに鍛えているようだが、戦士と言うにはほど遠い。顔もなんとなく覇気のなさそうな、気弱げな印象を受ける。
だが、先ほどエレンから漂っていたにおいは、間違いなくこの青年から発生している。

――こんなヤツが?勇者?

いやがるエレンを強引に組み伏せ犯した(?)ような手合いだ。
きっと筋骨隆々のむくつけき大男に違いないと思い込んでいたフェリリルは、拍子抜けした。
ともあれ、他に選択肢はない。怒気と共に、師剣の切っ先を青年へと突きつける。
……呼吸は口ですることにした。

「エレンを辱め、その上のうのうと惰眠をむさぼるなど!魔族の敵以前に女の敵よ!恥を知れ!」
「きさまに貞操を奪われ、尊厳を傷つけられた者の痛みがわかるか!エレンの仇をとってやる、覚悟!!」

怒りを露わにするフェリリルだが、一方の青年は何が何やらという様子でポカンとしている。
そんな反応が、一層フェリリルの怒りに油を注ぐ。
フェリリルは青年の瞳を睨みつけた。
そして、ふと視線を青年の下腹部あたりに遣る。――勃っている。
思わず、フェリリルは頬を赤くして視線を逸らした。残虐無道の覇狼将軍ではあるが、初心である。
こんな状況下でなお股ぐらをおっ勃てているとは、いったい何事か。莫迦にするにも程がある。

「この……痴れ者があああああ――――ッ!!」

激怒し、フェリリルは咆哮と共に王族の死体を飛び越え、剣をベッドへ突き刺した。
青年が身軽に飛び退く。フェリリルもそれを追う。自然、追いかけっこの形になる。
が、しばらくベッド(と王の死体)の周りを駆け回ると、不意に爪先にコツンと何かが当たった。
見てみれば、ひと振りの剣が落ちている。フェリリルはそれをひょいと拾い上げた。

>ダメだよ! それに触ったら危ないかもだよ!

青年が叫ぶ。だが、持ってみたところで何の変化もない。また剣自体も良い剣という以上の印象はない。
右手に師剣、左手にもう一本の剣を携え、フェリリルは青年を壁際まで追い詰める。

「これは、きさまの剣か?ふん……丁度いい。ならば、きさま自身の剣でその命を終わらせてやる!」

逃げ場はない。フェリリルは青年を膾に切り刻むべく、双剣を振り上げた。
……が。

――――――――キイン!!!

不意に、師剣が鳴った。

26 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/10/26(水) 19:05:03.79 ID:ljAEAsJo.net
「……なんだ……?」

フェリリルは怪訝に眉を顰めた。
鈴の音のように、小鳥のさえずりのように、師剣が鳴いている。
その言葉は、人間やエルフが使う物でも、まして魔族が使うものでもない、まったく未知のもの。
よって、『何を言っているのか』を理解することはできない。だが――
『何を言わんとしているのか』を理解することは、できる。
師剣は歌う。

その者こそ真の正統、アウストラ・ヴィレン・デュセリウムの血を引くまことの勇者。
汝が共に手を携え、背中を預け合い、共に魔王へと挑むべき者。そして……
汝の伴侶である。

「……は?」

フェリリルは一瞬呆気にとられたが、ややあって徐にお世辞にも豊かとは言えない胸を反らして笑い始めた。
目の前の覇気に欠ける男が真の勇者というだけでも信じられないというのに、その上共に魔王に挑むという。
これはもう、悪趣味な冗談以外の何物でもあるまい。

「ハ……、ははははッ、ははは、ははははははは……ッ!!」
「面白いぞ、師剣!冗句を抜かす剣とは、それだけで値千金の宝剣よな!」
「だが、きさまの洒落に付き合ってやる気などない。エレンのことを差し引いても、わたしは覇狼将軍としてこいつを殺すだけだ!」

フェリリルは何を思ったか、左手に持つ勇者の剣を手の中でくるりと反転させ逆手に持つと、床に突き立てた。
そして、自身は踵を返して青年に背を向ける。

「戦いの支度を整え、外に出ろ」
「裸、かつ無手の者を殺したところで我が誉れにはならぬ。全力を出した勇者を、その上で屠る!」
「互いに死力を尽くしての戦いでもぎ取った勝利こそ、我が武勲としてふさわしい。先に行っているぞ」

大きな尻尾を揺らしながら、かつかつと扉へ歩いてゆく。
両開きの扉の片方に手をかけ、外へと半身を乗り出す。そして最後に軽く振り向き、

「……逃げようなどとは考えるなよ」

そう釘を刺すと、フェリリルは青年を置き去りにしたまま寝室から出て行った。
衛兵たちの屍が転がる王城の廊下を歩きながら、フェリリルは顔をしかめる。

「ヤツのような軟弱そうな男が、真の勇者だと?あれならば、わたしが仕留めた師剣の主の方がまだしも勇者らしかった」
「お、お、おまけに……ヤツがわたしの伴侶?わ、わ、わたしの……つがいだと……?」
「だ、断じて認めん!認められん!わたしの伴侶はこう、もっと逞しくて、強くて、こう……!」

ぶつぶつと言っている。師剣に言われたことがよほどショックであったらしい。
勇者は自分の敵であり、不倶戴天の仇である。
が、なぜか師剣が言ったことを一笑に付すこともできない。
フェリリルは懊悩し、上の空で城門をくぐってエレンのいる広場まで戻ると、

「ぷぎゃん!」

広場に刺さった杭にしたたか鼻をぶつけた。

27 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/10/29(土) 06:12:05.25 ID:vgbm6z0m.net
ルカインの剣が泣いてる。……泣く? 鳴く? よく解らないけど、悲し気な声だ。
その声に合わせて部屋中の建具とか置物――ガーゴイルの彫刻とか陶器製のドアノブ、シャンデリアの脚が鳴りだした。
――すげぇ! 金物じゃなく石の共鳴! 
金属のそれと違って尖らない音だ。耳に障らない……まるで心の何処かが温まる……そんな音。
黙って耳を傾ける。意味はぜんぜん解んないけど。
音が――止む。

>……は?

間の抜けた声。これ以上開かないんじゃないかと思うくらい細い眼を大きく開けて、問い返す少女。
どうしたんだろう。師剣の奴、なんて言ったんだろう。
この子の反応からして、よっぽど変な事に違いない。案の定、大きく口を開けて笑いだす彼女。
獣じみた八重歯が意外に可愛いかったり。

>面白いぞ、師剣!冗句を抜かす剣とは、それだけで値千金の宝剣よな!

――そっか! 面白い冗談で彼女を彼女を思いとどまらせてくれたんだね!? (フトンがふっとんだとか)
師剣は勇者の剣だ。だから『勇者』、つまり俺を守ろうとしたんだ!

そこでふと疑問が沸く。師剣が何故魔将である筈の彼女の手に黙って握られてるのかってことに。
師剣が従うのは自分が主人(マスター)と認めた『勇者』だけのはず
つまり……彼女には勇者の素質があるってことだ。魔将が勇者ってのも……ありだよ。アシュタロテの件もあるし。 
なるほど納得! だから俺の剣――ウィクス=インベルも彼女を拒否しなかったんだ!
俺と彼女は勇者同士! 仲良く出来るってことだよね! 
頭に被ってるあの狼の皮、ちょっと取ってみてって言ってみたい! 下が、どうなってるのか見てみたい! やっぱ犬耳?

内心わくわくしながら彼女を見てた。
彼女がニコッと笑ってこっちに駈けて来る。両手を広げ、ギュッと俺を抱きしめてくれるんじゃないかって。

>きさまの洒落に付き合ってやる気などない。エレンのことを差し引いても、わたしは覇狼将軍としてこいつを殺すだけだ!

―――――――グサッ!!!!!!

彼女がグッサリ刺したのは木の床……だけじゃない。俺の心が……甘〜い妄想が…………痛てて。
勝手に突っ走っただけ……とは言え、う〜ん……今のは痛かった。もしライアンがここに居たら「女運悪い」とか言んだろなあ。
そういやライアン、どうしてるかな。

>戦いの支度を整え、外に出ろ

踵を返す彼女。やっぱそうなる? どうしても戦わなくちゃダメ?

>裸、かつ無手の者を殺したところで我が誉れにはならぬ。全力を出した勇者を、その上で屠る!

うん。正々堂々。その姿勢は好きだよ。魔族らしくないっちゃないけど。

>互いに死力を尽くしての戦いでもぎ取った勝利こそ、我が武勲としてふさわしい。先に行っているぞ

……武勲。
……だよね。
この子は魔王の腹心、八大魔将の一人なんだもの。俺と仲良くなる、なんて有り得ないよね。

扉へと向かう彼女。あ〜あ。あの揺れる尻尾。ギュッって握ってみたら「ふにゃん」って力抜けたりして。
前に仕留めた狼の毛皮はゴワゴワしてたけど、あの子の尻尾はフワフワだなあ。頬ずりしたらきっと……えへへへ……

>……逃げようなどとは考えるなよ

「あ、はいっ!」
思わず背筋伸ばして返事をした。

28 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/10/29(土) 06:17:23.82 ID:vgbm6z0m.net
>ヤツのような軟弱そうな男が、真の勇者だと?あれならば、わたしが仕留めた師剣の主の方がまだしも勇者らしかった

閉じたドアの向こう。遠ざかる足音と一緒に耳に入った彼女の呟き。
否定はしないけど、そうはっきり言われると……いくら俺でも傷つくなあ……。なんて思いながら股間に眼をやる。
――お前もそうしょげるなよ。俺は俺。そう。俺達は自分を信じるしか……

>お、お、おまけに……ヤツがわたしの伴侶?わ、わ、わたしの……つがいだと……?

また何か言ってるよ。どうせまた…………へっ?

>だ、断じて認めん!認められん!わたしの伴侶はこう、もっと逞しくて、強くて、こう……!

床に刺さるウィクス=インベルを引き抜きながらぶうたれてた俺。あまりの衝撃で頭の中が真っ白になる。
要塞出てから色々あった。でもこれが一番の衝撃。自分が勇者だって言われた事よりも、ナバウル城皆殺し事件よりも何よりも。

伴侶!? つがい!? 俺と――あの子が!!!!? さっき師剣、そんな事言ってたの!!?

さっきまでしょげかえってた息子がやおらいきり立った。(現金な奴!) 
伴侶。つがい。つまり俺の……お嫁さん。
鳴り響く教会の鐘。白の正装で檀上に居る俺。バージンロードで繋がれたドアから差す陽の光。
白いケープを目深に被る花嫁が一歩、また一歩と踏み出す。花嫁をエスコートしているのは真っ黒くてでっかい……
会場に響き渡る客達の悲鳴。立ちあがった父さんと母さんが花嫁とその連れを睨みつける。
そうそう。彼女、魔族なんだよ。父さんと母さんが絶対許してくれないって。
てかその前に肝心要の彼女の気持ちって奴が真逆みたいじゃん。ないない。絶対ない。
さっきから一喜一憂してる俺の息子をバシっと叩く。って痛って!!

『身を清め、服を着たまえ。娘が待っている』
「そうだった。人待たせてること、すっかり忘れてた」
何の疑いも無く言葉を返した俺。うん。解ってるよ。君も勇者の剣だもの。師剣みたいにしゃべっても全然おかしくない。
刀身に血がついたままの剣がリンリン鳴った。笑ってるのかも。
ごちゃごちゃと調度がとっ散らかった広い部屋をぐるりと見回す。――あった。窓際に置かれた……まだ湯気の立つ浴槽。
娼館のあの部屋に似てるからもしかして、って思ったけど、やっぱり!
迷わずザブンと飛び込んだ。

――いい気持ち! この薬草、何だろう? タイムでもセージでも無い。ちょっと変わった……でもいい匂い!

潜ったり泳いだりしながらはしゃいでたけど、またもや待ち人の存在を思い出した俺は適当に湯浴みを済ませた。
体力とか魔力が回復してる。この薬草、そういう効果があるみたい。
風と炎の呪文を唱える。瞬時に乾く髪と身体。
そういや父さんが俺にやってみせた時、部屋中のタオル焦がしちゃって母さんに怒られっけ。
風が熱くなり過ぎないように……なんて言って、父さん自身は炎のコントロールが全然苦手。
こればっかりは持って生まれた気質だって父さんは言う。
なんで? 息するより簡単じゃん? って最初は思ったけど、俺も水と冷却系は全然ダメだもんね。イメージ出来ない。

さっきまで着てた服はボロボロだったんで、他のを探した。
衝立の裏に掛けられてた異国情緒あふれる服の中から、なるべく派手じゃないのを選ぶ。
ちょいダブついた白っぽいズボンに灰色の長い上着。幅広の黒いベルト……つーか帯? これどうやって締めるの? こう?
流石は王様の服だ。地味だと思った服の布はたぶん絹。手触り抜群。
織り方も普通じゃない。同じ色の糸で色んな模様を編み込んだ(地紋のこと)……あれ? ここのマント、フードが付いてない。

手ばやく剣の手入れもする。
ライアンが「手荒に扱えばガタが来る」的なこと言ってたけど、振ってみても柄は緩んでいなかった。
ごめんインベル。落ち着いたら、ちゃんとした手入れ、するからね?

29 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/10/29(土) 06:20:18.54 ID:vgbm6z0m.net
廊下を走る。
重なり倒れる遺体。みんな一様に首筋を切られてる。手足が断たれたものは一つもない。微かに蘇る記憶。
全部俺がやった。あまり苦しまなかったに違いない――ハッと目を見開いたままの死に顔がせめてもの救い。
走りながら手を合わせる。
償いが出来るかどうか解らないけど……でも俺、前に進むよ。俺に出来る事を全力でやる。
魔王を倒したその後なら、煮るなり焼くなり好きにしていいから!


躍り出た広場に彼女は居た。
――あれ? 祖父ちゃんは?
彼女が背にしているのは大きな一本の杭。さっきまで祖父ちゃんが打ちつけられていた杭だ。
見回すと、遠巻きにする魔狼達の中にエレンが居て、祖父ちゃんはその腕に抱かれていた。彼女の眼が少し笑う。
俺の代わりに降ろしてくれたんだ。……ありがと。


ぐっと俺を見据える魔狼の娘(こ)。揺るぎの無い視線。師剣の柄を握り締める、迷いの無い右手。
解ったよ。差しの勝負、受けて立つよ。これでいい?

俺も腰に差した剣の柄を握った。高鳴る鼓動。心の拍動に合わせ、魔力の奔流が身体中を駈けめぐる。
彼女の右手が動く。
その手の甲に刻まれた九曜の紋が――赤く光ったように見えたのは気のせい……だろうか。





自分が剣を抜いた事に気付かなかった。それほどに彼女の「薙ぎ」は早かった。

「俺はルーク! ルーク・ヴェルハーレン! 君は!?」

答えてくれたらラッキーくらいの気持ちで聞く。刃と刃が擦れる音が、上へ、下へと折り返す。
ギリっと鳴る両者の剣。
師剣も、インベルも何もしゃべらない。でも解る。互いに鎬を削り合う勇者の剣が、本気を出してるのが。
彼女の吐息を頬に感じる。それほどに俺達の距離は近かった。剣を合わせてなかったら、キスでも出来そうな距離感。
でもこれは決闘だ。勇者と、その進行を阻む者の。

彼女の眼に朱が差す。瞬きを忘れた眼だ。解るよ。本気でやりあう時って――そうなるよね。
鼻も赤い。狼って……興奮するとそうなるんだ?
彼女の尻尾が激しく左右に振れた。……それ、どういう意味?

互いの命を賭けた決闘だけど、俺はさっき以上に彼女を近くに感じていた。心と心が繋がるような……そんな体感。

だから全力を出す。――君も遠慮しないで出しなよ! 全力って奴をさ!!

30 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/10/29(土) 06:26:28.10 ID:vgbm6z0m.net
要塞初期のキャラクター(賢者とイルマ嬢以外)を描いてみました。
ワーデルさんの剣はどう見ても長剣ですが、抜くときっとレイピアなんでしょう。

悪人面4人衆
http://img3.imepic.jp/image/20161029/229930.jpg?9ae46ec8d4ef89569a4a42413d25990c

31 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/01(火) 19:33:15.76 ID:TRUhPqMo.net
「逃げずに来たな。わたしを小娘と侮っているのか、それとも恐怖を知らぬのか――どちらでもよいが、来たことは褒めてやる」

城門の方角から、ルークが姿を現す。フェリリルは腕組みした姿で口の端を幽かに吊り上げた。
先程寝室で見かけたときと違い、その瞳には確かな決意が宿っている。腹は括ってきた、ということか。
ならば、こちらとしても思い切り戦えるというもの――。
ルークが視線をエレンの方へ動かすのに反応するように、こちらもホンダの亡骸を抱えているエレンを一瞥する。
エレンが微笑む。『思い切りやれ』と、その眼差しが言っている。

「――征くぞ!!」

瞬速で師剣を薙ぐ。並の剣士ならば、その一撃だけで真っ二つになっているだろう。
ルークが自らの剣でそれを受け止める。
さらに、二合三合と打ち合う。そのたびに互いの剣がただの激突音とは違う音色を響かせる。

――こいつ――。

めまぐるしい攻防を繰り返しながら、フェリリルは内心驚く。
存外、強い。
先程は覇気が足りない、闘技場で仕留めた相手には程遠いと思っていたのだが。
その防御は意外と手堅く、こちらの隙を縫って繰り出される攻撃の手は鋭い。

どうやら、相手を侮っていたのはわたしの方であったらしいな……。

胸中で、ルークに対する評価を改める。
なるほど、この強さならばエレンが組み伏せられたのも理解できようというものだ。
そこはいまだに一歩も譲らず勘違いしているフェリリルである。

>俺はルーク! ルーク・ヴェルハーレン! 君は!?

「わたしは狼王リガトスが嫡女、黒狼戦姫フェリリル!今は――魔王軍麾下の魔狼兵団を指揮する覇狼将軍フェリリルだッ!」

びゅん!と師剣を突き出しながら、名を名乗る。
師剣と勇者の剣が激突し、鍔迫り合いの体勢になる。お互いの顔と顔とが、これ以上ないほど近付く。
フェリリルは笑った。なるほどこの強さ、勇者と認めるに値する。
……だが、栄誉ある魔将の一角を崩すには遠い。
至近で輝く勇者の双眸が、全力を出せと語りかけている。
ならば、遠慮なく。こちらも本気を出すとしよう――フェリリルは一旦後方へ跳躍し、間合いを離した。
そして、吼える。

「きさまでは、わたしには勝てぬ!なぜならこの覇狼将軍の戦術は――きさまらの想像を遥かに超えたところにある!!」

言うが早いか、背中の鉈を抜いて左手に握る。右手に師剣、左手に鉈の二刀流だ。
ルカインを瞬く間に追い詰めた、緩急自在の闘法。これこそがフェリリル本来のスタイルである。
そして、ルカインを葬り去った奥の手も――。

「我が剣、我が肉、我が魂!すべては偉大なる王の御為に――!臓腑を晒して散るがいい、勇者!」

ばぎゅっ!!!

身を低く、地面すれすれに伏せての突進。一度開いた間合いが瞬く間に消滅し、互いの距離が近付く。

「一族に伝わりし魔狼の闘技!受けよ!!」

32 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/01(火) 19:35:52.91 ID:TRUhPqMo.net
「ウラララララララララララララ―――――――――――――ッ!!!」

ガギィンッ!
ガッ!ガギュッ!バギィッ!!

目にも止まらぬフェリリルの連撃が、ルークを襲う。
基本は隙の少ない師剣での攻撃。手数重視の突きや薙ぎ払いが、ルークを息つく暇もなく攻め立てる。
そして、ここぞというときの鉈の一撃。常識を外れた魔族の膂力によって振り下ろされる一撃は、防御の上から手を痺れさせる。
緩急と硬軟、強弱を巧みに使い分けての攻撃は、まさに変幻自在。
その攻撃が瞬く間にルークの四肢を、脇腹を、頬を斬り裂き傷つけてゆく。

「ハハハハハ―――ッ!どうしたどうした!真の勇者と言っても、所詮はこの程度か!」
「わたしの攻撃をここまで凌ぐのは、大したものと褒めてやってもいいが――それもいつまでもつかな!?」
「そらそらァ!ガードが下がり始めてきたぞ!?そろそろ剣ごと腕を叩き落としてやろうか!」

フェリリルのスタミナは驚異的である。大鉈と剣を両手に持って攻め立てているのに、息ひとつ乱れていない。
もともと狼とは持久力に秀でた生き物である。獲物を狩るためなら、一日中でも走っていられるのだ。
ハーフエルフのルークとどちらが長持ちするかと言えば、それはもう議論するまでもない。
フェリリルはもう、ほとんど勝利を確信している。自分はまだ、この調子で一時間は攻撃を繰り返せる。
が、勇者の体力はとてもそこまで持つまい。精根尽き果てるまで勇者を攻め、その後ゆっくりとどめを刺してやればいい。

――しかし。

(……おかしい……。なんだ、この気持ちは?)

ルークに間断なく得物を振り降ろしながら、フェリリルは顔を顰めた。
胸の奥が、ざわざわする。
最初は戦いの高揚かと思っていたが、そうではない。戦いの高揚は心をざわつかせ居ても立ってもいられなくするが、これは違う。
それは、むしろ心のやすらぎのようなもの。
目の前にいる勇者の心と自らの心が、引かれ合っているような。
互いを呼び合っているような。
寄り添うことを、望んでいるような――。

(バカな!!)

強く否定する。
自分にとって勇者とは敵。撃滅すべき対象。決して混じり合うことのない、水と油のようなもの。
戦う以外にないのだ。そして、それはフェリリル自身の望みでもある。

『見事その剣、魔の隷属と成してみせよ。勇者と一行の死を以てその徴を解く』

魔王はそう言った。ならば、いかなる犠牲を払ってでもその命を遂行するのが、魔将としての第一の義務であろう。
フェリリルは大きく息を吸い込んだ。

「勇者!きさまを……殺す!!!」

ゴアッ!!

咆哮と共にフェリリルの口から放たれる、圧縮された魔気。
『死の咆哮(モータル・ハウリング)』。
至近距離で放たれたそれを回避することは不可能。ルカインに直撃させたときのように、死の衝撃がルークを襲う。
互いの心と身体、両方の接近を拒むかのように。
フェリリルはルークを激しく吹き飛ばした。

33 : ◆khcIo66jeE :2016/11/01(火) 19:38:21.30 ID:TRUhPqMo.net
>>30
【それぞれ個性が出ていて素敵です。クレイトン氏が意外に悪そうで……】

34 :創る名無しに見る名無し:2016/11/01(火) 23:48:12.50 ID:1r8UN29n.net
>>30
いいね!
全員集合!的なのがあれば尚良し!

35 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/03(木) 07:43:27.64 ID:EnuAGfyA.net
>わたしは狼王リガトスが嫡女、黒狼戦姫フェリリル!今は――魔王軍麾下の魔狼兵団を指揮する覇狼将軍フェリリルだッ!

俺の名乗りにちゃんと答えてくれた彼女。答えながらも繰り出される熾烈の突き。
咄嗟に受け交わしながら、俺は彼女の言葉を反芻した。

――フェリリル! 素敵な名前! ……うーん……『将軍』より『戦姫』の方が似合うよ。戦う――お姫さま!

いつもの俺ならあっさりやられてただろう。
でも……何故だろ。俺の身体、すごく軽い。腕が勝手に動く。
不思議と剣筋が読める。――次は右上! ほらね! 左! また左!
散る火花がとっても綺麗。鍛冶場で祖父ちゃんが剣打つ時みたい。火花と……それと……その瞳も。澄んだ……翡翠。

師剣は封印の石――シールストーンで出来た剣。勇者の石。受けるのが普通の剣だったら、たぶん俺の腕ごと吹っ飛んでる。
インベルは軽い。たぶん師剣の半分も無い。
なのにどうして止められる? って聞かれたら……肚(はら)で受けてるから、とでも言う?
父さん曰く、「絶対やれる!」って思うことが大事なんだって。素手で板割る時の気持ちと一緒だね。
俺がこんな強気になれるのはこれが「勇者の剣」だって信じてるからだ。
軽い剣の強みは速さだ。シオに習った俺の剣は、速さが乗ってる分だけ重い。単純計算では師剣と同等の重さの筈なんだ。
それをあの重い剣で軽々受けたりして……凄いよね。女のくせに……すんげぇバカ力。うーん。腕相撲したら負けそう。

>きさまでは、わたしには勝てぬ!なぜならこの覇狼将軍の戦術は――きさまらの想像を遥かに超えたところにある!!

かなり離れた所に着地したフェリリルが左手で背の剣を抜いた。いやいや、良く見ると剣じゃない。
斧……とも違う。森で木の枝を払う時に使う鉈(なた)に似た……普通のより一回りの二回りもデカい鉈だ。
うそでしょ? 師剣よりさらに重そうなんですけどっ!!
『ロムルス』
インベルが囁いた何かの名。もしかして……あの鉈の名前?
『ロムルスとレムスは共に生まれ、共に鍛えられし魔性の武具。いわば兄弟』
良く見ると彼女の背にはもう一本武器があった。短い槍。たぶんあれがインベルの言う「レムス」。
きっと彼女、本来はあのレムスとロムルスの二刀流なんだ。今は師剣があるから、レムスはお預けってこと。
でもインベルが何を言いたいのか良く解らない。実は単なる蘊蓄の披露……じゃないよなあ。

>我が剣、我が肉、我が魂!すべては偉大なる王の御為に――!臓腑を晒して散るがいい、勇者!

フェリリルがぐぐっと身を低くタメた……と思った瞬間、眼の前に居た。まるで転移の魔法!

>一族に伝わりし魔狼の闘技!受けよ!!

うわおっ! これが一族伝来の闘技!!?
速い。とにかく速い二刀。師剣もロムルスも重いのに、速いから衝撃はさらに倍!
ルカインはこの闘技に負けたんだろうか? 
いやいや、彼ならこんなのたぶん何でもない。シオの二刀流を平気の平左で受け流してたもん。

『下手にぶったたけばガタが来るぞ』

ライアンの言葉が蘇る。
解ってるよ。受けないよ。俺、ルカインみたいな剣豪じゃない。
ガタもそうだけど、あれをまともに受けたら刃零れしちゃうよ。下手すりゃ折れる。祖父ちゃんの形見にそんな事出来ない。

俺は素早く背中の鞘を取り、刀身をそれに納めた。鞘付きのまま、右手で柄を、左手を刀身に添える。
もちろん、彼女はそんなことお構い無い。
しなやかな彼女の腕が、肩が、腰が、両の脚が、踊るように動く。翻る。俺はその一挙一動に全神経を集中する。

――見える。重い空気を突き刺すように向かい来る師剣の先。
――聞こえる。空気が裂ける音って、布を引き裂く音に似てるね。
――感じる。君の鼓動が、時々早鐘みたいに打ってるよ。どんな気持ち? 

俺、すっごく楽しいよ。強い奴と闘うのがこんなにワクワクするなんて、思ってもみなかった。君もそう? 

36 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/03(木) 07:44:32.98 ID:EnuAGfyA.net
俺の身体が少しずつ削られていく。時に舞う赤い飛沫。
一応全部、ギリギリよけてるんだよ?
でも彼女の剣、音速超えてんだ。刃が生み出した真空が俺を掠めるたんびに服ごと肌を切り裂く。わりと深い傷も。
……どうしよう。せっかく借りた王様の服。こんなになったら返せないじゃん。

>ハハハハハ―――ッ!どうしたどうした!真の勇者と言っても、所詮はこの程度か!

うん。まあ。

>わたしの攻撃をここまで凌ぐのは、大したものと褒めてやってもいいが――それもいつまでもつかな!?

うーん。もうちょっとは……持つかなあ。

>そらそらァ!ガードが下がり始めてきたぞ!?そろそろ剣ごと腕を叩き落としてやろうか!

それは勘弁。腕落とされたら治すの時間かかりそう。

正面から来た突きを後ろ回転で回避する。
彼女がジャンプして、右上から一閃。両手で持つインベルの柄を軽く当てて軸にして半回転、さり気に間合いを詰める。
退く彼女。
今度は右あいからの横薙ぎ。両手を地面につけて身体を下げ、彼女の軸足を払う。
跳躍でかわされる。
ちょっぴり地面から浮いた彼女の、脇下をすり抜け背後に回る。彼女は「宙に浮いたまま」剣先を地面に叩きつけて後方ジャンプ。
再び開く間合い。
だよね。これくらいの間合いが無いと、その闘法は意味がない。だから彼女は間合いを詰めさせない。
腕を、肩を掴もうとした右手が虚しく空を掴む。掴んだ銀の髪が2,3本、俺の手の中でクタリと折れた。
絹糸みたいに丈夫でキラキラした髪。捨てるのが勿体なくて、つい懐に仕舞ったり。

さっきまで赤かった西の空がすっかり暗くなっていた。雲ひとつない満天の星空の下。
俺達、いつまでこうしてるんだろう。チラリと見上げた南天、春の星座がもうあそこまで?
取り巻く魔狼の眼がギラギラしてるのも見える。まるで地平線をぐるっと囲む星の集団みたい。
彼女の眼も薄緑色に光ってる。夜目は利くのは俺も同じ。そして……昼間の色彩を欠くのは……彼女も同じ。
夜行性の狼にとっては好都合だろう。
視覚以外――嗅覚、聴覚は遥かに俺の上を行く。だから俺は眼を閉じた。耳と、皮膚の感覚を研ぎ澄ませるために。

ロムルスが空を裂く音と師剣のそれが全然違うことに気づく。
彼女が動くたびに、腰の鎧がカチャリと鳴る。ふーん。剣を振る直前って……必ず息を止めるんだ。

そんなこんなでさらに時間が過ぎていったけど、俺、ちょっとした変化に気付いた。
彼女が息を止めるタイミングと、剣先が俺を掠めるタイミングが……合わなくなってきてる。
なに? 焦り? 迷い? いきなり「女子の日」が来ちゃったとか?

ほんのちょっとの変化だけど、これ、チャンスかも。
ぜんぜん息が上がんない彼女に対する手札、今使わなきゃいつ使う? 俺……体力的にそろそろ限界だし。

なんて思った瞬間、彼女が吼えた。俺は大きく後ろに吹き飛ばされていた。

37 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/03(木) 07:45:01.94 ID:EnuAGfyA.net
>勇者!きさまを……殺す!!!

耳に、頭にわんわん響いた彼女の言葉。
「殺す」の前の少しの「間」に、言葉とは裏腹の意思を感じたのは気のせいだろうか。
受け身も取れずに硬い地面に激突し、気が遠くなりかける。ぐっとインベルを握り締め、何とか持ちこたえる。

……今の……なに? 魔法? 圧縮した気を相手にぶちかます……シルフの力を借りた精霊魔法?
彼女は魔族だ。呪文なしに魔法が使えても不思議じゃないけど……でも……
違う。
喰らった時のゾワっとした感じ。シルフじゃない。
エルフの神殿で同じようなゾワゾワ……大叔父さんが父さんの肩を傷つけたあれ……。つまりは「魔気」。
そっか。ルカインが剣技で遅れを取るなんておかしいって思ってたけど、きっとこれでやられたんだ。
魔狼達の獣の匂いと、匂いを嗅ぐ音、爪が地面を引っ掻く音が俺を取り囲む。

ジャリ……

こっちに近づく余裕たっぷりの足音。魔狼達がサッと離れる気配。
冷たい石畳から顔を離す。彼女の翡翠の眼がこっちを見てた。ランランと光る眼。
一度大きく息を吐いたフェリリルが、これで終わり、とばかりにロムルスを振り下ろす。

鉈が俺を真っ二つに断ち切る音は――しなかった。インベルが打ち返す金属音も。
俺が掲げた一本の短い槍。その槍との間、それこそ髪の毛一本入るか入らないかの距離でロムルスが静止していた。

彼女、気付いてたかな。一瞬だけ彼女の後ろを取ったあの時、俺がレムスを奪っていたこと。
ロムルスとレムスは兄弟。そうインベルは言った。
魔族の持つ魔性の武具。共に鍛えられた無二の親友――いや、双子同士のような絆がこの二者には存在するはず。
だから、ロムルスにレムスを傷つけることは出来ない。

俺の読み、当たった?

38 : ◆ELFzN7l8oo :2016/11/03(木) 07:45:42.20 ID:EnuAGfyA.net
>33
意図的に4人を悪っぽくしてみましたが、第2部では全然違う顔になってるはずです。シャドウもね。

>34
全員集合!? 御無体な!
登場人物、全部で23人くらい居るんですよ!? 使ってるスキャナー、A4までしか対応してませんし!
え? 初期キャラだけ? ならいけるかもですが。

シオとリリス
http://img3.imepic.jp/image/20161103/274340.jpg?7beafa7d46d6e3a5a9916848a9f49acf

39 :創る名無しに見る名無し:2016/11/04(金) 10:26:18.32 ID:3sRJKPPO.net
初期キャラオンリーでもいいのでタノムゥ(^∧^)

40 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/05(土) 10:06:00.19 ID:NyOh3GMm.net
『死の咆哮(モータル・ハウリング)』の直撃を受け、ルークの身体が大きく後方に吹き飛ぶ。
どうっ、と地面に落ち、ルークが苦しげに呻くのが見える。
即死は免れたようだが、胸を強く打っただろう。しばらくは動けまい。
つまり、もうルークに戦う力は残されていないということ。勝負はついた。

「殺(と)った!勇者、覚悟!」

フェリリルは地面に横たわるルークへ歩み寄ると、その首を刎ねるべく大鉈を振り下ろした。
――だが。
とどめの一撃が、ルークの寸前で止まる。

「……いつの間に……」

ギリ、と奥歯を噛む。
いつの間に奪ったものか、ルークの手には短槍レムスが握られている。
目の前に掲げられたそれが、毛筋一本の距離で死の斬撃を阻んでいた。
なんという早業か。フェリリルはレムスを抜き取られたことに欠片も気が付かなかった。
かつて、フェリリルはルカインとの戦いの最中、

《戦士にとって、武具は命。それを手放したということは、命を手放したということ》

と言った。
フェリリルにとって、敵に武具を奪われるということは死にも勝る屈辱である。
幼さの抜けきらない少女の顔が、みるみる憤怒に覆われてゆく。

「きッ……さまあああああああああ!!よくも……わたしのレムスを!!!」

ゴウッ!!

咆哮。フェリリルの全身から魔気が放たれ、突風となって吹き荒れる。
すかさず、フェリリルはルークを右脚で蹴り飛ばした。魔族の膂力で右脇腹をしたたか蹴りつけ、再度弾き飛ばす。
そして地面に右手をつき、頭を低く伏せる。その姿はまさに、獲物を狩らんとする狼さながら。

「この怒り、きさまを微塵に引きちぎらねば収まらぬ!きさま風情に使うも業腹だが、喰らって死ね!」

強く強く地面を蹴り、一気にルークへと突進する。が、それは今までの突進とは明らかに違う。
地面を蹴って跳びかかった瞬間、フェリリルの身体が七体に増えたのだ。
魔王やリヒトらと違い、フェリリルの魔気は弱く、ただ放出するだけでは周囲に影響を及ぼしたりはしない。
だが、『死の咆哮(モータル・ハウリング)』のように何らかの手を加えることで自らの戦術に組み込むことはできる。
フェリリルは魔気を身に纏うことで自らの幻像を造り出し、分身したのだ。

「これぞ『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』、そして――見よ!黒狼超闘技!!」

『渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)!!!』

――ギュガッ!!!

瞬速で突撃する七体のフェリリルが、群れで狩りをする狼の姿そのままにルークの全身を痛撃する。
目にも止まらぬ速度ですれ違いざまルークに斬撃を叩き込むと、フェリリルは身体を大きく仰け反らせて遠吠えをあげた。

41 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/05(土) 10:09:04.51 ID:NyOh3GMm.net
怒りのままルークへ必殺剣を叩き込み、フェリリルは大きく息を吐く。
この攻撃を喰らっては、もはや立ち上がれまい。むろん、先程のような小細工もできないだろう。
ルークの手からレムスが転がり落ちる。それを拾い上げ、背にしっかりとさし直す。
あとは、ルークの首を刎ねるだけだ。
――そう、思ったが。
キィィ―――ン……と師剣が鳴る。それはまるで、フェリリルの凶行を思い留まらせようという悲痛な叫びのよう。
耳障りなその音色に、フェリリルが顔を顰める。

「……ぐ……。いちいちやかましい奴だ、そんなに勇者を殺されたくないというのか……?」
「きさまはわたしの剣!わたしが主人だ!主人のすることに差し出口を挟むな!」

思わず怒鳴るも、師剣の囀りは止まない。それどころか、一層大きくなっているようですらある。
フェリリルは再度、ルークの傍らでロムルスを振り上げた。
しかし、高く掲げられたロムルスはその場にとどまったまま、一向に振り下ろされない。
あと一歩でルークを仕留められる状況にいながら、その一歩が踏み出せない。
フェリリルは懊悩した。

(なぜだ……?なぜ、こいつにとどめを刺せない?こいつは勇者、わたしにとって不倶戴天の敵だというのに!)
(師剣の戯言を、このわたしが真に受けているというのか?こいつと共に戦うと……?そんな運命があると?)

同じく勇者の血族であったルカインに対しては、フェリリルは一瞬の躊躇も逡巡もなくとどめを刺した。
だというのに、ルークに対してどうしてもそれが出来ないのはなぜなのだろう?
それは、師剣に突拍子もないことをそそのかされた――というだけではなく。
まるで、フェリリルの胸の奥に息衝く魂そのものが、その行為を拒絶しているような。そんな気さえする。
先程、戦いの最中。ルークの心と自分の心が惹かれ合ったように。

「……ぅ……、う、うぐ……ッぐ、ああ……ッ!!」

どくん。

突然、心臓を鷲掴みにされたかのような悪寒が走る。
そして、右手に焼けつくような痛み。見れば、手の甲に刻まれた九曜紋が紅く明滅している。
魔王の戒めが、フェリリルを監視している――。

《うぬが心に裏切りの兆しあらば……手……腕……肩……胸を伝い、ついには心の臓を喰らうであろう》

魔王の言葉が、まるで昨日のことのように鮮やかに脳裏に蘇る。

(バ、バカな……。わたしの心に、陛下の御心に背く意思が……?ありえぬ!)
(わたしは、魔王麾下の八大魔将……覇狼将軍フェリリル!勇者を葬り、その心臓を捧げるのが我が役目――!)

自らに言い聞かせるようにそう念じるものの、手の痛みは引かない。
やがてフェリリルは両手の得物を取り落とすと、右手首を左手で掴んで苦悶した。

「うぐッ、うああッ!あああああああああ―――――ッ!!!」

ぼう、と手の甲の九曜紋が輝き、そこから魔気が立ちのぼる。
それはフェリリル自身が放出し身に纏ったそれとは比べ物にならない、地獄の闇のように濃厚なもの。
心が。身体が。魂が。
なにもかもバラバラになってしまうのではないかとさえ思える痛みに、フェリリルは絶叫した。


奥義を放った後の咆哮とは違う、悲痛な叫びを。

42 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/07(月) 06:56:57.59 ID:0eCx+3x9.net
ギリッ……!
食い縛る奥歯が軋む音。

>きッ……さまあああああああああ!!よくも……わたしのレムスを!!!

ヤバいと思った時は遅かった。さっきの魔気と蹴りが同時に来た。叫ぶ間すら無い。
石畳の上をバウンドしつつ二、三転。柔らかい何か(たぶん取り巻いてた魔狼)にぶつかり、再び広場の真ん中に投げ返される。
右わき腹に猛烈な痛み。息を何度か吸ってみる。――あばら、折れてる。肺には……刺さってない。
地面に手をついて低く構えるフェリリルの姿が目に入る。寝てる場合じゃなさそうだ。インベルとレムスを杖代わりに身を起こす。

>この怒り、きさまを微塵に引きちぎらねば収まらぬ!きさま風情に使うも業腹だが、喰らって死ね!

遠吠えのような声を上げ、突進してくる彼女。
「すげぇ!!」
思わず叫んでた。分身するだけでも凄いのに、七つって……どんだけっ!?
しかも各個体の動きに乱れはない。スピードも、柔軟な身体の動きもそのまんま。俺の周りを瞬時に囲み、間合いを詰める。
インベルを抜いて光の力を開放する、または呪文を唱えて防御壁を張るなんてそんな余裕は無かった。
万事休す。一巻の終わり。
何故か悔しくは無かった。彼女の怒り、もっともだもん。
俺がやったのは小細工。ロムルスとレムスの感情を利用しようとした卑怯手だ。
正々堂々な彼女が怒って当たり前。俺を八つ裂きにしようと奥義をぶっ放すの、当然の権利じゃん?

剣を振り上げる七人の彼女。映像がまるでスローモーションのように眼に映る。
ふと、小さい頃の記憶がよみがえった。俺がまだ魔法を覚えたての頃。
父さんと二人で狩りに出かけ、鹿を追いかけてるうち……はぐれたんだよね。
疲れて脚が動かない、そう思った時、眼の前に狼の格好した女の子が居た。俺と同じくらいの歳の子だった。
銀色の髪がキラキラ光ってて、笑う口から八重歯を覗かせて……
時がたつのも忘れて彼女と遊んだ。木に登ったり、小川で泳いだり、洞窟を探検したり。まるで昔からの友達みたいに。
日が暮れて、そろそろ帰らなきゃって彼女が背中を向けたんで、俺、ちょっと悪戯したんだ。
もう会えないかも知れない彼女の、気を引きたいって思った。どんな反応するだろう? って。
ギュッと尻尾を掴まれた時の彼女の反応。怒ったのなんのって。怒った女の子がどんだけ怖いかって身を以て体験した……あの記憶。
今の今まで忘れてた……既視感にも似た記憶。もしかしてあの子、君だった?


成す術も無くまともに攻撃を受けた俺。立ってなんか居られない。ガクリと両膝が折れる。
左手に握るレムスがカラン……と音を立てて落ちる。
受けた傷は彼女の数と同じ、七箇所。背中と胸にふたつずつ、肩、腰、大腿にそれぞれひとつ。
でも彼女、「微塵に引きちぎらねば収まらない!」って言ってなかったっけ? なのに手足はちゃんとついてる。
ボロボロになって要塞に戻った俺を見て、魔狼に襲われたって泣きながら訴えた俺に向かって、父さんが、
『魔狼にやられて生きて帰る事はあり得ない』って言ってたっけ。
もしかして、手加減してくれたの? あの時みたいに。

『魔将と正面きって闘う? 馬鹿か?』
ごめんライアン。挑発に乗っちゃう癖、直らなかったよ。
『あきらめるな。探せば必ず勝機はある』
ごめん父さん。俺、真の勇者じゃなかったみたい。
真の勇者はたとえどんな事があっても折れないって……あはは、俺いま諦めちゃってるもん。
むしろ「嬉しい」なんて思ってるもん。強くて可愛くて誇り高い……彼女に引導渡してもらえるなんて幸せ、なんてさ。

フェリリルがロムルスを振り上げる。
俺は両手で掴むインベルを支えにしたまま、硬く目を瞑った。

43 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/07(月) 06:57:14.46 ID:0eCx+3x9.net
顎を伝って流れる血が、ピチャリと石畳に落ちる音。何度も。何度も。
眼を開けた。彼岸花みたいな血の模様。その数は過ぎた時間を正確に教えてくれた。
――おいおい、どうせなら早くやってよ。焦らすのが好きなの? 俺の意識、いつまで持つか解んないよ?
師剣の声が耳に障る。
彼女が何か叫んでる。誰かを咎める声。もしかして俺の事? それならもう解ったってば。
死人に鞭打つ真似なんかしなくても……(まだ死んでないけど)

>なぜだ……?なぜ、こいつにとどめを刺せない?こいつは勇者、わたしにとって不倶戴天の敵だというのに!

いきなり飛び込んできた彼女の――声――じゃない。直接頭に響く彼女の叫び。
耳から入る声はほとんど聞き取れないのに、何故かこれは意味がわかる。

>師剣の戯言を、このわたしが真に受けているというのか?こいつと共に戦うと……?そんな運命があると?

そういえば、「俺と彼女は結ばれる運命」なんて師剣が言ったとか言わなかったとか。
城を出てから俺、その事は考えないようにしてた。意識してたら思いっきり闘えないし。
当の彼女にそんな気がないと思ってたから、ってのもある。
でも……違うの? 君は……自分の本当の気持ちに気づいて無かっただけ。そうなの? 本当は心の底で俺のこと――

フェリリルが苦悶する唸り声が、俺の意識をクリアにした。魔狼達の息遣いが耳に届く。彼等の戸惑う気配も感じる。
小さな鳴動にも似た彼女の鼓動。
東の空に昇り始めた赤い月が、得物を振り上げたままの彼女をゆっくりと照らし出す。
俺は息をするのも忘れて彼女を見上げた。
彼女は明らかに苦しんでいた。役目と相反する気持ちと……闘ってるから?
「教えてインベル! 本当にそれだけ!? さっきから彼女の手に赤く光ってるあれは何!?」
インベルは答えない。代わりに俺の頭に入って来たのは――意味を成す言葉の羅列。

《うぬが心に裏切りの兆しあらば……手……腕……肩……胸を伝い、ついには心の臓を喰らうであろう》

鳥肌が立った。
この声、今まで聞いたことのある魔将の声とは全然違う。腹の底から響く……威厳――おそらくは魔王の声。
裏切れば殺す? 魔王は自分の部下に……そんな呪いを!?

>バ、バカな……。わたしの心に、陛下の御心に背く意思が……?ありえぬ!
>わたしは、魔王麾下の八大魔将……覇狼将軍フェリリル!勇者を葬り、その心臓を捧げるのが我が役目――!

頭に響くフェリリルの心の叫び。
好き。殺す。好き。でも殺さなきゃ。倒さなきゃ。でも好き。殺せない。どっちも彼女の本心。だから鬩(せめ)ぎ合う。


二振りの武具が石畳にぶつかり、乾いた金属音をたてた。哀し気なフェリリルの絶叫が胸を引き裂く。
右手の紋から立ち上る黒い魔気。このまま何もしなければ、彼女は死ぬ。そう。俺が手を下す必要なんてない。
ただ黙って見てればいい。俺は勇者。彼女の敵。彼女は魔将。俺の敵。

思うように動かない身体を叱咤し、何とか立ち上がる。
――カチン!
インベルの鍔を左の親指で押し上げる。
ズラリと抜いた刀の腹が、赤い月を照り返す。刀身から生み出されたいくつも蛍火がユラリと揺らぐ。

いま――終わらせてあげるよ、フェリリル。

44 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/07(月) 06:58:44.20 ID:0eCx+3x9.net
勇者としての俺が取るべき行動。
それはひと思いに彼女の首を刎ねること。彼女だって文句は言わないだろう。もともと命のやり取りだ。
勇者の石も取り戻せて、勇者側は俄然有利になる。
でも……そんな事出来る? 胸張って……あの世で待ってるルカインに会える? 
魔族だとか関係ない。苦しんでる人を見捨てて殺すとか、それでホントの勇者って言える?

握った彼女の手は熱かった。九曜紋が赤く光る――その手に抜き身のインベルの柄を握らせる。

「俺、君の事が好きだ」

苦痛に顔を歪ませていた彼女、ポカンと口を開ける。
インベルの切先を俺の左胸にあてがい、ひと思いに体重を乗せる。柄を握る彼女の意思とは関係なく、剣先が胸に食い込む。
経験した事のない痛みに、たまらず漏れる荒い息。突かれた心臓がビクンと波打つ。
震えるように鼓動を続ける心の臓。溢れ出し、流れる血が見る間に彼女の全身を染めていく。

≪ギオオオオオオオオオ!!!!!!≫

気味の悪い声。と思ったら、黒い魔気を纏った「何か」が彼女の身体から飛び出した。黒い尾を引く、人魂に似たでっかい鬼火。
屈強を絵に描いた魔狼達がキャンキャン叫んで飛び退いた。
赤く明滅を繰り返す鬼火が、怨嗟の声をまき散らしつつ宙を旋回する。
ぐるぐる回って……再び彼女に向かって急降下し始めた。んもう……往生際が悪いなあ。

「ウィクス=インベル!!!」
――……っ痛ってぇ……心臓に刃物刺さった時は叫んじゃダメだね。
俺の声に反応したインベルが真昼の光を放った。声も無く消滅する鬼火。しばらくの静寂。

フェリリルはさっきと同じ顔したまま、黙って俺を見つめてた。震える口が何か呟いたけど、良く聞こえない。
堰を切って溢れだした涙。

『……勘違いしないでよ? 俺、死ぬ気なんてさらさら無いから』
声を出す代わりに強く念じてみた。一度繋がった絆。聞こえるはず。
『呪いを解くには勇者の心臓の力が必要だって……何となく思っただけ』
『心臓刺したくらいで真の勇者がくたばるかっての! ――女は度胸! 男は根性! なんてフレーズ、知ってるでしょ?』

そう。俺、彼女の命を助ける為に自分の命を犠牲にする、なんて真似はしない。
残された方の気持ち、俺だって知ってるつもりだもん。
だから生きて見せる。
この心臓、この位置だと何処が切れて、何処の組織が損傷したか……解るよ。「治癒」習得に伊達に半年も費やしてない。
イメージは完璧。ぐっとインベルを引き抜きつつ……

【天地(あめつち)の命 現(うつつ)と虚(うつろ)の命 しばしその断片をかの者に分け与えん】

自分で自分に治癒を使うの、もしかしたら初めてかも。
傷をすべて治すのは無理。治すのは心臓だけ。
だからフェリリル、しばらく俺の身体を頼むよ。間違いなく貧血でぶっ倒れるから。

赤い月が霞んで見える。
ベスマ、ナバウル、アルカナン、ルーン、ドワーフとエルフの神殿、すべての結界同士を繋ぐ赤月だ。
それって……俺達に取って有利なんだろうか?
今ここで増援が来たら嬉しいような、そうでもないような。

俺の肩を引き寄せるように抱いたフェリリル。なんか……男と女の役が逆だなあ、なんて思いつつ。
『ごめん。今のうちに言っとく。生きて帰る保障、100パーじゃないからさ』
悪いと思ったら謝る。当然だよね。
『あの時はごめん。尻尾が急所だなんて知らなかったからさ』
え? って感じで目を見開く彼女。何かを思い出すように小首を傾げる。
『さっきもごめん。もう二度と君の大事な相棒を奪ったりしない』

もう限界。瞼が鉛のように重くて……俺はそっと目を閉じた。

45 : ◆ELFzN7l8oo :2016/11/07(月) 06:59:03.30 ID:0eCx+3x9.net
>39
了解です。デフォルメ版でも良ければ。

46 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/09(水) 13:07:06.90 ID:idAvySGc.net
幼いころから、お転婆な性格だった。
魔狼の仔とは概してやんちゃなものだが、フェリリルのそれは少々度が過ぎ、父リガトスをして「手に負えぬ」と言わしめた。
その遊び場は魔狼の本拠地である森の中に留まらず、遥か遠方の地にも及んだ。
幼少のフェリリルは散歩気分で、ときには数百キロの道のりをも踏破した。
そして、そんな遠征の折。
ベスマ要塞にほど近い森の中で、フェリリルはハーフエルフの少年に会ったのだ。

「……ぁ……?」

忘れていた、遠い昔の記憶が蘇る。フェリリルは大きな瞳を見開いた。
目の前にルークが立っている。無遠慮に、無防備に、無警戒に。フェリリルの間近に佇んでいる。
その胸には、勇者の剣。
『勇者の剣が』『勇者の胸に』『突き立っている』――。
ルークの胸から溢れ出る真紅の血潮が、フェリリルの全身を瞬く間に赤く染めてゆく。
その温かさ。噎せ返るようなにおい。
そして何よりルーク自身の取った行動に、フェリリルはただウィクス=インベルの柄を握ったまま凝固した。

>≪ギオオオオオオオオオ!!!!!!≫

おぞましい叫び声と共に、黒い何かが身体から飛び出してゆく。大きな脱力感に、膝が折れかかる――が、耐える。
それは魔王の呪いそのものであったに違いない。一旦フェリリルの中に戻ろうとしたそれは、しかし光によって掻き消された。

「…………」

ルークに対して何かを言おうと、唇がわななく。けれど頭の中は真っ白で、何も言うことができない。

>……勘違いしないでよ? 俺、死ぬ気なんてさらさら無いから
>呪いを解くには勇者の心臓の力が必要だって……何となく思っただけ

ルークの声が、耳ではなく心の中に響く。

>あの時はごめん。尻尾が急所だなんて知らなかったからさ

――ああ。
そうだ、また思い出した。
小さな頃、たった一日だけ共に遊んだ、名も知らぬハーフエルフの少年。
一緒に森の中を走り回ったり、川で泳いだり。
それまで眷属としか遊んだことのなかったフェリリルにとって、それは初めての異種族の友達だった。
そして。日が暮れて父に叱られることを恐れ、魔狼の森に帰ろうとしたフェリリルを、少年は引き止めたのだ。
魔狼にとって最大の弱点、尻尾をぎゅっと掴んで。

少年は同時に何かを言っていたが、果たしてなんと言っていただろうか。
そのときフェリリルは尻尾を掴まれるという恥辱と衝撃に激怒し、少年が何と言ったのかなどまるで気にもしなかった。
けれど。

それはきっと、とても大切なこと。
心の奥底に埋没してしまった、重要な言葉――

47 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/09(水) 13:10:00.29 ID:idAvySGc.net
>さっきもごめん。もう二度と君の大事な相棒を奪ったりしない

ルークの声が、頭の中に響く。
自ら心臓を突き、瀕死の状況だというのに、そんなことを謝罪するとはなんとお人好しなのだろう。
だが、それが不思議と心地いい。
敵であり、魔将である自分を助ける義理などないのに。見捨てるか、これ幸いと首を刎ねればいいだけなのに。
魔王に施された呪いを解くために自身の胸を突くなどと、正気の沙汰ではない。
だが。

――これが、勇者か。

幼いころ、父リガトスの膝の上で勇者の話を聞いた。
『勇者とは、自らの勇気に依って立つ者のことではない』と。
『他者のために勇気を示し、それを分け与えられる者のことを言うのだ』
父はそう言っていた。
つい今しがたまで命の取り合いをしていた敵を救うため、自らの命を危険に晒す。
魔族の価値観からすれば、それは笑止なことと言わざるを得ない。血迷った、バカげた行ないだと。
だが、それこそが。この世界に必要な、もっとも重要なこと。
そして――
幼いフェリリルは、そんな父の言葉を聞いて強烈に願ったのだ。

『わたしも勇者になりたい!』

と。
フェリリルが正々堂々、真っ向勝負を好むのは、尊敬する父がそれを尊ぶがゆえというだけではない。
フェリリル自身が、他者のために戦う誇り高い勇者の姿に憧れたからに他ならないのだ。
だが、長じるにつれそんな揺籃の憧憬は色彩を薄れさせてゆき、やがて記憶の海の中に沈殿してしまっていた。

「なんて……バカなことを……」

血まみれのまま、フェリリルは呟いた。大きな双眸から、ぽろぽろと涙が零れる。
ルークの身体が不意に弛緩し、重くなる。気を失ったのだろう。
治癒の魔法によって心臓は動いているが、いまだ胸の傷は開いている。このままでは、結局ルークは死ぬだろう。
フェリリルはルークの顔を見つめた。
助けてやる義理など微塵もない。元はと言えば殺し合っていたのだ、放っておくのが最善。それは間違いない。

しかし。

「……怪我の手当てをする」

そう配下の魔狼たちに言い放つと、フェリリルはルークを右肩に抱え上げた。
戸惑う魔狼たちを眼光ひとつで黙らせると、今度はエレンを見る。

「文句はないな、エレン?」

有無を言わせぬ口調である。
フェリリルはそのまま、手近な家屋の中に入った。

48 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/09(水) 13:13:53.82 ID:idAvySGc.net
寝室に入り、寝台にルークを寝かせると、フェリリルは手早く止血と応急処置を施した。
フェリリルに回復魔法は使えない。魔狼たちも同様である。代わりに、配下に薬草を集めさせる。
集めさせた薬草をフェリリルが自ら口に入れて咀嚼し、唾液と混ぜ合わせペースト状にして胸の傷口に塗る。
繃帯で傷口をきつく縛ると、ほどなく血は止まったが、それで失った血液と体力が戻ってくるわけではない。
大きな寝台に自らも乗り、ルークの傍らにぺたりと座り込むと、フェリリルは懸命に看病をした。

ルークが汗をかけば、額や身体に浮いたそれを丹念に濡れタオルで拭く。
繃帯をこまめに取り換え、その都度薬草を咀嚼して幹部に塗り直す。
栄養が行き渡らなくては、看病しても体力は回復しない。咀嚼した薬草や水を、口移しでルークに与える。
もちろん、下の世話もする。

――なぜ、わたしはこんなことをしているんだ?陛下の怨敵である勇者の看護など?
――これは紛れもない背信行為。もし万一陛下のお耳に入れば、ただでは済まぬ。
――それでなくとも、わたしの右手にはもう、陛下の徴はなくなってしまっているのだから……。

そう。
本来ならばフェリリルはいの一番にルークを殺し、その首をアルカナンへ持ち帰って魔王に報告しなければならないのだ。
実際にフェリリルは今もってそのつもりでいるし、魔王への忠誠心に揺らぎはない。
だが。
その上で、自分はこの青年を助けなければならないと。看病することこそが急務なのだと思わずにはいられなかった。
この結論がかつて憧れた勇者に対する敬意から来たものか、それとも他の理由があるのか。
それはフェリリル自身にも説明のできない事柄だったが、ともかくフェリリルは献身的に看病を続けた。

「……おまえたちは周囲の警戒だけをしていろ。部屋の中へは入ることまかりならん。報告も最低限だ」

魔狼にそう告げ、扉を閉める。
四日経っても、ルークは目を覚まさない。心臓に達した傷だ。即死しなかっただけでも奇跡と言う他ない。
繃帯に覆われていない肌に、もう何度拭き取ったかわからない汗が浮いている。
致命に近い外傷は発熱を伴う。ルークが苦しげに呻くのが聞こえ、フェリリルは眉尻を下げた。

パチリ。
パチ、カチッ――ガシャリ。

肩と腰の甲冑の留め金を外し、身軽になる。
かぶっている狼の皮を取って寝台脇のサイドボードに乗せ、チューブトップとショーツも脱いで、一糸纏わぬ姿になる。
裸になったフェリリルはそっと寝台に上がって横臥すると、ルークの身体に自らの身体を添わせた。
発汗は抑えてはならない。より汗をかかせることで、治癒と体力の回復は図られる。
そのためには、温かいものが傍にいる必要がある。フェリリルは迷わず自らの肉体を供ずることを選択した。

――これは、仕方なくやっていることなのだ。不測の事態によって水入りになった勝負に、決着をつけるために。
――勇者が回復したら、その上で今度こそ正々堂々戦い、首を刎ねてやる。これは、わたしの誇りの問題なのだ。
――そう。勇者とわたしは敵同士。きちんと決着をつけたい、ただそれだけのこと――

そう胸の中で自分に言い聞かせ、ルークに抱きついたフェリリルもまた眠りに落ちる。


心の中で呪文のように繰り返すそれが、偽りであること。
そんなことにはもう、とっくに気付いているのに。

49 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/09(水) 13:15:31.31 ID:idAvySGc.net
「――徴が、消えた」

アルカナンの王城、広大な謁見の間で、皇竜将軍リヒトが誰に聞かせるでもなく呟く。
徴とは何か。それは言うまでもなく、魔王本人がフェリリルに刻み付けた九曜紋のこと。
それが勇者の血によってフェリリルの元を離れ、消滅したのを、リヒトは確かに感知した。

「…………」

兜をかぶった頭を軽く巡らせ、玉座に座す魔王を見る。
リヒトが感知したということは、当たり前のように魔王もそれを知覚したということである。
そして、魔王の徴が消滅した――ということは。
とりもなおさず、覇狼将軍フェリリルの造反を意味していた。
かつて側近の叛逆によって手痛い敗北を喫した魔王は、背信行為に対して誰よりも過敏に反応する。
それゆえの徴だったのだが、それも恐らくは勇者によってまんまと消し去られた、というわけだ。
魔王の胸中はいかばかりか、察するに余りある。それでなくとも五体の一部を封印され、魔王の心には焦燥が高まりつつある。
その上腹心が叛逆したなどとなれば、並の怒りでは収まるまい。

「……陛下」

魔王の怒りの波動はアルカナン王城を震撼させるほど。そんな中、リヒトはゆっくりと歩を進め魔王と正対した。
そして、恭しく頭を下げる。

「覇狼将軍が造反、同じ八大魔将として許せるものではありませぬ。どうかこのリヒトに出撃の許可を」
「ただ覇狼将軍の命を奪うだけでは、造反の制裁には見合わぬかと。覇狼将軍がルーンストーンを得、勇者の一人となるのなら」
「――勇者となった覇狼将軍の、最高の嘆きを。絶望の力を、陛下に献上して御覧に入れる」

魔王からフェリリルへの制裁の許可を得ると、リヒトは血色のマントを翻してアルカナンを出た。
向かったのは、旧ルーン帝国領の南端。



魔狼の森。

50 : ◆ELFzN7l8oo :2016/11/12(土) 07:13:26.86 ID:AJhdUrU4.net
アルカナン王城謁見の間。リヒトに出撃を許し、送った魔王は、豪奢な王座より腰を上げた。
天井に刻まれた九曜の紋を仰ぎ見る。閉じた瞳に浮かぶは――遥かなる世の天上の世界。


万物の創造を司る唯一神の神殿の庭園。美しい薔薇の園の道を、美しい天使達が歩いている。
一対、或いは二対の白い翼を負い、書物や神器を手に連れ立つ天使達。
天使長たるリュシフェールに対し、すれ違いざまに恭しく頭を下げる彼等の真意は、おそらく全くの別物。
いままさに向かい来る黒髪の天使も。
「これはこれは……輝ける明けの明星殿。相も変わらず神々しく『あらせられる』なあ……?」
わざとらしく片手を広げ一礼し、しかしその顔には不敵な笑み。
左横に立つアシュタロテが何事か言いかけるが、何も云わず。ただ横に咲く白薔薇を手に取った。
「ベアル・ゼブル殿はいつもの如く強壮かつ雄々しい。口の悪さも」
「へっ!」
口の悪い天使が皮肉に笑い、リュシフェールの背に生える六対の白翼を無遠慮に眺めまわした。
「近々……明けの星が宵のものに変わるとか?」
リュシフェールの片眉がピクリと跳ね上がる。先刻彼は大神に地上への降臨を促されたばかりである。
『争いの絶えぬかの陸地には我慢がならぬ』
そう零した大神が下した命。すなわち――『大陸全土の王となり、すべての種を従えよ』

「これなる緩慢な天上世界に未練はなし。かの地上を我が生きる証としよう」
「本気か? 『堕天』すりゃあ……異形の魔物に変わっちまうんだぜ?」
「姿形などどうでも良い。我が望みは『変化』でもある」
「確かにここは……退屈かもなぁ……」
ポリポリ頭を掻き、庭石のひとつの腰かけるベアル・ゼブル。
「共に来ぬか? このアシュタロテも心は決まったと」
呆れた顔で二人の顔を交互に見返していた黒髪の天使は、しばらく考え込んでいたが……
リュシフェールが手にした深紅の薔薇に眼を止め、フッと笑った。自らは漆黒の薔薇を手折り……

「……陣取りゲームか。暇つぶしとしちゃぁ悪くねぇ」

51 : ◆ELFzN7l8oo :2016/11/12(土) 07:13:59.93 ID:AJhdUrU4.net
「昔のことでも思い出しているの?」

不意にした女の声に、赤眼の王は意識を「そこ」に戻した。いつの間にか、王座横にエレンディエラが立っている。
「アシュタロテ。人形(エレンディエラ)の振りはもういいだろう」
名を呼ばれた銀髪の女が哀しげに笑う。
「お気づきとは恐縮ですわ。もっとも……躯は本当の人形――ですのよ?」
2,000年の時を経、再び八大魔将となったエレン――アシュタロテが魔王の頭上に下がるビショップの遺体を見上げた。
「僧正の血統。一子のみを設け、継がれた魂は『アシュタロテ』そのもの。父様が死んでわたしの魂はすべてわたしに還った」
王が瞼を閉じ、王座に背を預ける。
「勇者も其方の血統であろう? ベルゼも其方も。『天使』の血を駒とし、我が力に抗う。そう決めたはあの時だが」
「うふっ……! でなければ地上の種が皆滅んでしまいますもの! 力のみの支配はやがて滅びの道を。何度も試しましたわ」

支配せんと力を示せば示すほどに抵抗する地上種。
大人しく従う種もあるが、必ずや抗う種がそれを上回る。個々の命は儚いが、子へと継がれる魂は衰えず。
幾度となく時を超え、復活し、打たれ、地に沈む。
大神が望む「太平の世」が実現するまでこの輪廻は続く。しかし彼等が彼を『魔王』と呼ぶ限り――実現するまい。

「まるで……『要塞』だな、アシュタロテ」
ポツリと呟く王の黒い手に、アシュタロテがそっと触れた。芯を冷やす冷気が肌を刺す。
「この大陸自体が彼奴等の要塞。難攻不落。流石は大神の創造された種、とでも云うか」
「神はご自分の創った種の力を試してる……とでも?」
「容易に傅くか否か。闘うか否か。勝つか、負けるか。血で血を洗う。その様をご覧になり、我が神は何をお思いか」
並ぶ死体の他、この謁見の間に居るのは魔王とエレンの二人のみ。
二人だけで交わされた『天使』の会話を見聞きし得る者は誰も居ない。
不意に魔王が笑った。高らかに。まるで憑き物が落ちたように。

「魔将エレンディエラ。覇狼が匿う勇者なる者、生かし我が前に引き据えよ。傷を癒し完全体となる」
「完全となった我に敵はない。賢者がベスマ地下にて守る我が『躯』を得、実体となろう。此度こそ――太平の世を」
頭を下げるエレンに向かい、更に一言。
「無論、命を聞くか否かは任せる。その胎内の石にて我を封ずるも選択のひとつなれば」
云うなり屈託なく笑ったリュシフェールを見返すエレンの眼は笑っていない。
エレンは常日頃思う。この愛すべき王に安息を与えたいと。しかし王はそれを望まぬと見える。ならば――

魔将の女は今一度深く頭を下げ、虚空へと消えた。

52 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/11/12(土) 07:15:22.57 ID:AJhdUrU4.net
気付いたら一人、湖畔に居た。
ぐっと身体を起こしてみる。夜露が濡らした魔導師服が、冷えた身体に張り付いている。
ドワーフ神殿にて、天上から崩れ落ちる巨大な瓦礫を眺めつつ唱えた転移の呪文。
詠唱のみでそれを成した為か魔力が少々不足気味だ。

――ルークは? 皇子達は?

見回すもそれらしき人影はない。赤い月が湖面に映り、ゆらめく。あの月が彼等を方々の結界に飛ばしたのかも知れない。
月と星の位置、今の月日から大体の座標を割り出す。
――ここは……アルカナンの領土よりやや北方。「魔狼の森」の外れのようだが……
ひとまず湖水で喉を潤し、取り囲む黒々とした森に分け入る。この森を抜ければかのベスマの要塞にたどり着く筈なのだ。
小さく硬い林檎の実や、回復効果のある薬草を見つけ、摘み、口に運ぶ。
エルフの森にてこの実を口にしたのはつい先日のことだが、ひどく懐かしい味がした。
歩を進めるうち、微かに狼の体臭が漂い出した。魔狼の森と呼ばれる所以だが、特段どうという事もない。
この匂いを避けて通れば済む話だ。あえて魔狼と相対する必要はまったく無い。

幾度か薬草を仕舞う際、ベルゼビュートから手渡された水晶球が懐から転がり出た。
慌てて拾い上げるがあまりの熱さに取り落とす。父のみ扱える玉だが、災いの知らせか何かか?
屈みこみ覗きこんだその中に、深い紫色の鎧を纏う騎士の姿が映り込む。

「これは……竜鎧ティアマット。この近くに……皇竜将軍が?」

魔将軍ともなれば、そのまき散らす魔気が嫌でもその存在を知らせるはず。
それを感じぬという事は、将軍が意図的に魔気を出さぬ……隠密行動でもしている……のだろうか?
実際、そこかしこに潜むはずの魔狼達が騒ぐ様子も無い。

ポキリ。

自らが踏む枝が鳴り、ハッとして脚を止めた。
何者かがこちらを向く気配。
その気配の先に――――闇の騎士が佇んでいた。魔気を放たぬまま、じっとこちらを見つめる騎士。
逃げも隠れも出来ぬなら、相手の動向を探るが最善の手。
そう思い、木陰からそっと抜け出す。

サラサラと岩を伝う小さな滝の傍。月明かりを照り返し美しく光る鎧。緋色のマント。これが……噂に聞く――

「皇竜将軍リヒト殿とお見受け致す。このような辺境の地にて……いったい何を?」

53 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/11/13(日) 21:55:56.25 ID:yt0zfn2F.net
>皇竜将軍リヒト殿とお見受け致す。このような辺境の地にて……いったい何を?

シャドウの問いに、リヒトは答えない。
が、考えてはいる。

――無影将軍の縁者か。

この場合の『無影将軍』が、果たして現在の無影将軍ミアプラキドスなのか、前無影将軍ベテルギウスなのか。
それは定かではないが、ともかくシャドウが無影将軍を歴任した兄弟の血縁ということは間違いない。
両者はしばらく無言で対峙していたが、ふとリヒトが踵を返した。そして、そのまま森の奥へと歩き出す。
言葉は、やはりない。しかし、かといって拒絶するふうでもない。
いや、むしろその様子は、

――知りたければ、ついてこい。

そうシャドウへ告げているようにさえ見えた。
リヒトは魔気を抑えたまま、森の深部へと歩いてゆく。
魔狼の森は、土地に詳しくない者が不用意に入れば遭難すること必至の迷いの森。
だというのに、リヒトの行歩はしっかりしており揺らぎがない。まるで、森の中を熟知しているかのようである。
それもそのはず、リヒトは幼少時をこの森で過ごした。リヒトにとって魔狼の森は文字通り自分の庭なのだ。

ガサリ。

前方の茂みが鳴る。かと思うと、そこから三頭ほどの魔狼が姿を現した。
牛ほどもあろうかという、巨大な魔狼だ。むろん、普通の狼とは比べ物にならない獰猛さと攻撃力を持っている。
リヒトはそんな魔狼に無造作に近付いてゆく。魔狼もリヒトへと歩を進める。
そして。

魔狼たちはリヒトの足許にぺたりと座り込んだかと思うと、甘えるように鼻声で鳴き始めた。

魔狼は警戒心が強く狷介な性分だが、同時に強い同族意識を持ち、自らの眷属に対しては強い絆を感じる。
シャドウの目の前で魔狼たちがリヒトに見せている姿は、まさに同族、家族に見せる姿に他ならない。
佇立するリヒトの腰あたりに、魔狼が自分の頭をこすりつける。親愛を示すときの仕草だ。
森に出没する魔物としての魔狼の姿しか知らない者にとって、その様子はまさに驚愕に値するものであろう。
魔狼たちはリヒトを前に、すっかり警戒を解いている。
リヒトはしばらく立ち尽くしてそんな魔狼たちを眺めていたが、ややあって徐に腰の竜剣ファフナーを抜くと、

ザンッ!!

近くでリヒトに甘えていた魔狼の一頭を、袈裟に斬った。
悲鳴を上げることさえできず、自らの身に何が起こったのかすら気付かぬまま、魔狼は絶命した。
残り二頭が信じられないといった様子で目を見開く。
リヒトはそんな二頭にも容赦なく剣を振り下ろし、一刀のもとに斬殺した。
どう……と重い音を立て、魔狼が横たわる。その躯体の下に、ゆっくりと血だまりができてゆく。
ファフナーを一度払って血振りをすると、リヒトは何事もなかったかのようにさらに森の奥へと向かった。

そこから先のことは、もはや惨劇と言う他に形容のしようがない。
やがて森が開け、村のような場所に到着した。――魔狼の集落であろう、先程のような魔狼の他、狼頭人身の人狼もいる。
リヒトの姿に気付き、「リヒト様!」と、人狼たちがその名を呼ぶ。
その抑揚には、先ほどの魔狼たちが見せたような親愛の情が籠っている。

しかし。

そのすべてに、リヒトは無言のまま無慈悲な刃を振り下ろした。
リヒトはまるで葦でも刈るかのように無造作に、躊躇なく、人狼を。魔狼を。手に掛けてゆく。
魔狼の集落は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

54 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/11/13(日) 21:59:20.57 ID:yt0zfn2F.net
噎せ返るような、血のにおい。
そして、そこかしこに転がる魔狼たちの死体。
それは時を経ずしてナバウル王都で他ならぬシャドウの息子、ルークが起こした殺戮劇によく似ていた。
老若男女の別なく、目につく生者をあらかた殺し尽くすと、リヒトは集落の奥にある大きな家屋に入っていった。
家屋の中はドーム状のひとつの部屋になっている。その中央には炉が切ってあり、火が赤々と燃えている。
そして、その炉の傍に、身長二メートルほどの大柄な人狼が座っていた。

「……来たか」

無遠慮に入ってきたリヒトの姿を一瞥すると、人狼は静かに口を開いた。
ゆったりとしたトーガ状の衣服を纏った、全身銀色の年老いた人狼である。右眼は大きな刀傷で潰れており、右耳も欠けている。
だが、老いてはいてもその隻眼が発する眼光は尋常でない輝きを放っている。

「あれはやはり、光に惹かれたか。やはり、持って生まれたさだめは覆せぬものよな」
「あれが生まれたとき、儂はあれの中に眩い光を見た。光は、光に寄り添うものであろう」

凝然と炉の火を眺めながら、老狼は言葉を紡ぐ。
抜き身のファフナーを携えたまま、リヒトもまた、無言のままでその声を聞く。

「……おまえもな。リヒト」

もう一度、老狼はリヒトを見る。
リヒトとは、古代魔法語で“光”を意味する。
闇色の鎧をまとい、魔王と同じ魔気を操る皇竜将軍が光とは、皮肉以外の何物でもないが――
しかし、老狼が冗談を言っているような様子はない。

「元魔王軍八大魔将、覇狼将軍リガトス」

リヒトが静かに口を開く。

「王命である。現覇狼将軍フェリリル叛逆の咎により、あなたを処刑する」

竜剣ファフナーの柄を両手で持ち、剣を大きく頭上に掲げる。
老狼――リガトスは抵抗しない。まんじりともせずに座したまま、静かに目を閉じると、

「息子よ。後は任せた」

と、言った。
リヒトがファフナーを振り下ろす。鮮血が飛び散り、飛沫が壁を汚す。
リガトスの巨体がゆっくりと傾き、倒れ伏す。
こと切れたリガトスの亡骸の前に屈み込むと、リヒトは牙を一本折った。
そして、それを一部始終を見届けたシャドウへと投げ渡す。

「……おまえは証人だ。ここで今起こったことを、勇者たちへ語り聞かせる伝令だ」
「誇張も虚偽もなく、見聞きした事実を正確に伝えろ」

リヒトはシャドウへ左腕を突き出した。途端、シャドウの足許に魔法陣が出現する。
転移の魔法陣だ。膨大な魔力が、有無を言わさずシャドウを転移させる。
移動先はナバウル、王城前広場。

転移の直前、リヒトがちらりとリガトスの亡骸を見遣り、

「……おやじ殿」

と呟いたのは、果たしてシャドウの耳に届いただろうか。

55 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/11/16(水) 19:28:38.54 ID:JPnruje1.net
バサリと緋のマントを翻し。無言のまま踵を返す魔将の背に思わず訝しの眼が向く。

口を訊かぬ者というのは厄介だ。
父も、妻も、里の者達も、こんな性質(たち)のものは居らず、むしろその逆。その口やかましさに閉口した事も。
じっと……ゆっくり歩を進める男の背を見つめる。
「構うな」とも「去れ」とも云わぬ。ならいっそ付いて行こうか。幸いあの背は拒んでいない。

暗い森の奥……そのまた奥へと進むほど「獣」の匂い――ことさら魔狼の――が濃くなっていく。
間違いなくこの一帯は魔狼の棲み処。
カサカサと足元を這う百足や鼠。枝葉の陰のフクロウや洞(うろ)に棲むリスがこちらを覗う。
大型の獣がつくる道は狭く、腰を屈めねば通れぬ藪もいくつかある。
小さな子供しか通れぬだろう藪のトンネルを、あの堂々たる魔将が如何にして潜るのか半ば興味を以て見ていたが。
なんたることか。
柔らかな葉擦れの音と共に茨や蔦が避けていく。まるで嬉々としてリヒトを迎えているようだ。
その茨達も、この自分が通ろうと近くへ寄ると元に戻るのが何とも癪。
仕方なく腰をかがめ、地に手を付きつつ後を行く。土の湿る匂いが鼻をつく。

場がやや開けた。
囲む茂みの向こうに漂う魔狼の気配。唸り声と共に躍り出るのを予測し身構える。
しかし、姿を見せた魔狼達がリヒトに首の鬣をすりつけ甘え始めたのには驚いた。
おそらくは只の知り合いではない。縁の深い者に対する情。誰がこの後の殺戮劇を予測し得ただろう。

名を呼び駈けて来る魔狼達の、その悉くがすべて一刀にて斬り伏せられてゆく。
血飛沫が下草を濡らす。
無感情としか思えぬ仕草にて振るわれる刃。一閃、二閃。己の死を受け止める間もなく倒れ伏す魔狼達。
なんと形容すべきか。こちらを信じ切り、親愛の情を露わにする者達をこうも容易く屠れるものか。

ひと際大きい、しかし簡素な家屋。その中にリガトスは居た。
もと八大魔将リガトス。
以前の勇壮なる外見は色を失うも、眼光だけは煌々。彼が淡々と紡ぐ言葉にて、ようやくリヒトの行動に合点が行く。
現覇狼将軍の造反。
裏切り者――traitor
二千年前の一魔将裏切りの件。我が叔父もまた裏切りの徒。この自分など一度二度では無い。
裏切りとは何なのだろう。
命が己が意思に反する故か? 我が真意に従う結果か? 裏切り者に生ける資格は無い。――本当にそうなのか。

何れにせよこのリヒトという魔将。
どうも誤解していたらしい。その聞かぬ口も。無慈悲としか映らぬ剣も、その通りでは決して無いと。
後を任すとリガトスは云った。
リヒトを「息子」とも。
血の繋がりがあろう筈も無い両者の間にどんな絆があるのかは知らぬ。
だが血以上の繋がりを私は見た。
今にして思えば、リヒトの剣も。苦痛も無く彼等を送る慈悲の剣であったとさえ思う。

皇竜将軍リヒト。
魔将である貴方の頼みなど聞く義理はないが、しかし忌憚なく伝えるとしよう。
空間を渡るまさにその瞬間に耳に届いた言葉。おやじ殿、というその言葉も。

56 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/11/16(水) 19:29:05.43 ID:JPnruje1.net
先程とは異なる生き物の血の匂い。
魔狼ではない。人間の血だ。まだ新しい。

視界が開け目に映ったのは、月に照らされた累々たる屍の海原だった。
叔父と同じ名の星が赤く輝く……位置からすればここは魔狼の森より相当に東。
人種の判別もつかぬ程に焼け焦げた遺体がほとんど。瞬間的に物質を燃やす火系の呪文の仕業だ。
その中に刃物にて急所を絶たれた遺体がいくつか。
肌の色と顔つきはやはり東方の民。城屋根の独創なる形と合わせ考えれば……ここはナバウル王城。
リヒトの仕業か? ……いや……この傷跡はファフナーによるものではない。剃刀の如く薄く切れ味の良い……
ルークの持つ剣なら或いは……。とすれば、この一帯の燃えた家屋や遺体も……ルークが?
あり得ぬことでない。
ルークは勇者の正統なのだ。何かのきっかけが闇の力を目ざめさせたとしても不思議はない。
もともとナバウル国民は魔王信者が多いと聞く。事情はルークに聞くとしよう。生きていれば……だが。

広場中央に立つ一本の杭。
杭周辺は遺体がどかれ、石畳に擦れた刃物や衣服の跡が見て取れる。
何者かがこの場にて交戦したのだ。この血の匂いは覚えがある。忘れはしない。我が息子――ルークのもの。
間違いなくここにルークが居た。いったい誰と?
見慣れぬ銀の毛髪。微かに香るこの匂いは……魔狼?

広場を囲む多勢の足跡と、残る黒い体毛。魔狼の群れがこの場を囲み、闘いを見守っていた証拠だ。
ならばルークの相手は……魔狼の将か。覇狼将軍となった……リガトスが娘フェリリル。

掠れ、残る血と足跡、手形などを辿るうち、大きな血溜まりがある場所にたどり着いた。
ルークの血液。明らかに急所を絶たれた跡だ。でなければこうまで大量の出血はするまい。
勝負はつき、しかしルークの遺体は無い。この場にて心の臓を取らず、死体ごと持ち去った……?

血溜まりから点々と続く血痕を追ううちに、木造の家屋に辿りついた。
明かりが灯り、煙突から白煙がのぼっている。人が居るのは違いないが、音はしない。眠っているのか?
家の主よりも先程から自分の後をつける者達の気配の方がよほど強い。
ドア前にて立ち止り、家屋を背に立つ。

「魔狼達よ。其方等の主人はここか? 目通り願いたいが?」

唸り声にて答えたのは一頭の大きな魔狼。
明らかに訝しの眼と声を向け、今にも飛びかからんと地に身を伏せる。
だが、すぐに「それ」に気がついたようだ。この手にある……一本の灰色の牙に。

57 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/11/16(水) 19:29:39.90 ID:JPnruje1.net
魔狼達は人払いでも命じられているのだろうか。
表の扉を開けてはくれたが、家の内の扉までは自分で行けと言う。
ギシリと鳴る木の廊下。靴の鳴る音を隠さずに中を行く。血の匂いは奥へと進むほどに濃い。
見るからに錠の無い扉。念の為、防御呪文を口早に唱えてから取っ手に手をかけそっと引いた。

果たしてそこに居たものは、およそ予想した通り。
狭い木製のベットに男女がひと組。男はルーク。予測に反し生きていた。
掛け布の上から、胸が微かに上下しているのが解る。青白い肌。米神に浮かぶ汗。意識は無いが、峠は越したように見える。
いま一人はルークと変わらぬ年端の娘。
さすがに魔狼は気配と音に敏(さと)い。
とっくに来訪者に気付いていたようだ。気付きながら、しかしルークの傍を離れず、じっとこちらを見つめている。
ベットの周囲に散在する包帯、汚れた布、その他。長い時間をかけた念いりなる看病の跡。
彼女がルークの看病を? その身体の温みを分け与えてまで? 何故?
事情を聴きたいは山々だが、リヒトの件を話すが先だろう。

「私はそこなルークの父。シャドウ・ヴェルハーレン。現覇狼将軍、フェリリル殿……だな?」

魔狼の娘が微かに頷く。身体を起こそうとはしない彼女にそっと近づき、リガトスの牙を差し出す。

「皇竜将軍リヒトが言伝を預かった。たった今、魔狼の森で起こりし事を具に伝えよと」

さすがに娘が上体を起こした。掛け布が落ち、その裸体が露わになる。
美しい娘だ。胸は小振りだが形良く。無駄な肉は一切なく。鍛えられた各所の筋肉の付きは良し。それでいて女の線も良し。
この私でなくとも見惚れよう。……いやいやつい無遠慮に眺めてしまった。おそらく怒っただろう。
壁にかかる外套を手渡すと、ひったくる様に受け取り、身体を覆う娘。本当の歳は解らぬが、ほぼ外見通りに違いない。


リヒトが云う通り、誇張なく、己の意見なく、ありのままを話した。
黙って耳を傾ける娘。彼女は泣くだろうか。取り乱すだろうか。

そして気付いただろうか。先程からずっと……扉向こうにてこちらの様子を覗う……一人の魔性の女に。

58 :創る名無しに見る名無し:2016/11/17(木) 16:18:57.28 ID:Z3mh20QF.net
リヒトっていう名前に集客力がないんだと思う

59 :創る名無しに見る名無し:2016/11/17(木) 19:36:22.74 ID:qPHD779y.net
>>58
なにをいきなり

60 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/19(土) 16:51:45.77 ID:kaPsqVtK.net
シャドウの口にする、衝撃的と言うにはあまりにも残酷、凄惨に過ぎる話の内容に、フェリリルは大きな双眸を一層見開いた。
魔狼の森が壊滅した。――しかも、本来味方であるはずの皇竜将軍の手によって。

「……そ……、んな……」

シャドウから手渡された灰色の牙を握り込んで、強く胸に抱き寄せる。
唇がわななく。嫌な汗が全身からどっとふき出す。
強く殴りつけられたかのように頭がぐらぐらし、寒気までする。
フェリリルは慄えた。

魔狼は強大な魔物である。成熟した個体は一頭であっても中級以上の冒険者パーティーを容易に屠り去る。
それが群れを成して一大コロニーを築いているのが、魔狼兵団の本拠地魔狼の森だ。大抵の敵など物の数ではない。
シャドウの言う魔王の手配が普通の魔物の軍団であったなら、そんなことは信じられぬと鼻で笑ったことだろう。
だが、シャドウの告げた刺客の名は皇竜将軍リヒト。
その強さ、恐ろしさは、骨身に沁みて知っている。
皇竜将軍なら、たったひとりでも魔狼の森を壊滅させられるであろうということも。
そして何より――
その手の中の一本の牙が、それが事実であるということを雄弁に物語っている。

「う……、うあああああああああああああああ……!!!」

フェリリルは慟哭した。たちまち瞳に涙が溢れ、目尻を伝ってぼろぼろと零れてゆく。

「ち……、父上……!父上、父上、ちちうえぇぇぇぇ……うあああああああ、あああああああああ……ッ!!!」
「どうして……!なぜ……!わたしは裏切ってなんていない!造反なんて!わたしは!わたしは……!!」
「ああああああああああああああああ―――――――ッ!!!!」

寝室の中に、フェリリルの辺り憚らぬ鳴き声が響く。
魔狼は仲間意識の強い生き物だ。例え血のつながりはなくとも、同族は家族同然、兄弟同然。
それを皆殺しにされた。その悲しみ、嘆きの力たるや、想像を絶する。
フェリリルの全身から、激しく魔気が迸る。――だが、それは攻撃的な意思を含むものではない。
絶望と落胆、悔恨。それらの負のエネルギーが、視認できるほどの力をもって荒れ狂っている。
それはきっと、魔王にとっては極上の甘露に他なるまい。

「父上は病だったのだ!もう、父上には余命いくばくもなかった!なのに……なのに!なのに殺したのか!父上を!」
「穏やかな日々を過ごされていた父上を!わたしの兄弟たちを……!」
「真実を知らず!事情を確かめさえせず!ただ疑わしいと!そんなくだらぬ理由だけで!」
「わたしの父上を!家族を!殺したのか!魔王おおおおおおおおおおおおお―――――――――――――――――――ッ!!!!」

砕けんばかりに牙を噛みしめ、フェリリルが吼える。
しばらくフェリリルは怒りと絶望に身を任せて泣き叫んでいたが、やがて扉の向こうの気配と匂いに気付くと、

「隠れてないで入ってこい……、エレン!」

そう怒号した。

「おまえ……知ってたのか!?義兄上(あにうえ)が魔狼の森を攻めたということ!魔王がわたしを造反者扱いしたということ!」
「だとしたら……、だとしたら、いくらおまえでも許さんぞ!!」

牙を剥き、まさしく魔狼さながらの形相で問い詰める。
むろん、エレンに落ち度はない。万一知っていたとして、それを言わなかったとしても、エレンに責められる謂れはない。
第一、仮にそれを告げたところで、フェリリルに一体どんな行為が取れただろうか。
フェリリルがすぐに魔狼の森へ行き、殺戮を阻止すべくリヒトと対峙したとしても、死体がひとつ増えるだけであろう。
そして、その事実はフェリリル自身も充分認識しているはずである。

だが。それでもフェリリルのエレンに向ける敵意は変わらない。
一瞬にして大切なものを奪われたフェリリルには、目の前のエレンに怒号を叩きつける以外、哀しみを紛らわせる方法がなかったのである。

61 :エレン ◆ELFzN7l8oo :2016/11/20(日) 07:27:05.22 ID:HHgXoLEb.net
再び訪れたナバウルの月は白かった。
十六夜月より数刻遅れ十六夜出る欠けた月。あれからもう数日経ったのか。
それでも――地上にて過ぎる時間は天上より遅い。忙しなく動き回る故か。画策する記憶が時を刻む故か。
今もまた。かの娘の慟哭が時を刻む。哀しみと悔恨と絶望の慟哭が、負の感情が我が身体を満たす。
同じ力、両の手が石と成った我が王に届いただろうか。
さらなる翼の糧となるに――もうひと押し。


>隠れてないで入ってこい……、エレン!

「そう。気付いてたのね? フェル」

≪カツン≫

靴音が、まるでそこが大きな空間でもあるかの如く木霊する。
寝台脇に立ち、こちらを見つめるフェリリル。
彼女の発する魔気が、彼女自身の銀髪とその横に静かに立つシャドウの金髪をユラユラと泳がせている。
それだけではない。部屋中のあらゆる物体がカタカタ揺れ、振動しざわめいている。
魔族の発する負の感情。人間やエルフの発するものとは比べるべくも無い。あまりの快感に思わず溜息が洩れる。
さすがに彼女の声が耳に届いたか。はたまた魔気に刺されたか。寝台にて眠っていたルークがうっすらと目を開けた。

>おまえ……知ってたのか!?義兄上(あにうえ)が魔狼の森を攻めたということ!魔王がわたしを造反者扱いしたということ!
>だとしたら……、だとしたら、いくらおまえでも許さんぞ!!

「許さない? ならどうすると言うの?」

ゆっくりと……魔狼の娘に近づく。
ベットから身を起こすルークの姿が目に入るが、放っておく。その身体ではどうせ何も出来まい。
こちらを睨むエルフの男には、流すような視線を送る。戸惑いがちに眼を逸らす男。
勇者、賢者、魔王。それ以外の男など我が敵とはならぬ。この眼に抗える男など。
しかし彼は駒だ。五要のひとつ。『魔王使いの石』に力を与え得るただ一人の男。故に手は下さぬ。「我が」手は。

フェリリルの敵意が心地よい。眼を閉じて両の手を広げ、その魔気を全身に浴びる。
「リガトス。我がもうひと方の父様。意外に呆気なかったわ! あの強かった父様が嘘のよう!!」

更なる負の魔気が部屋を揺らす。……もっとだ。更なる負の感情を我に! 我が王に!!

背に一種の解放感を感じた。開けた眼に映ったのは雪のように舞う白い羽毛。
三者の眼がこの背に注がれている。ただの人形である筈のこの身体に生えた、一対の白い翼に。

「ありがとう、フェル。貴方のお陰よ? その感情が――負の力が私と『王』に新たなる翼をくれた」
「私は見てみたい。地上の誰もが敵わぬ筈の『天使』に、貴方達が抗えるか否か」
「今度こそ、『封印』ではなく……『滅ぼす』ことが出来るかどうか」

翼を広げ、『力』を開放した。
部屋の中に存在するあらゆる調度、寝台、木製の棚、扉、壁、天井、そして家屋そのものが……黒い煙のように崩れていく。

「うそっ! これどういうこと!?」
足場を失ったルークが叫ぶ。足場を失ったのは彼だけではない。
この場に居る全員が、消えた床の遥か下に続く地の底へと落下した。暗い……地の底。シールストーンが納まる封所へと。

62 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/20(日) 07:28:54.60 ID:HHgXoLEb.net
「ここ……何処?」

真っ暗で何も見えない空間。父さんが俺をそっと地面に降ろす。
ヒンヤリした冷たい地面。まだ脚がふらつく。うまく立てないでいる俺の腕を父さんが掴む。
すごい深さだったなあ。父さんが【浮遊】の術で俺を抱えてなかったら、間違いなくペシャンコだよ。
父さんが歌うように唱えた【光球】の光が、ぼんやりと俺達の周りを照らし出した。

――うっわー!! 思ったより広いよここ!!
エルフの神殿の礼拝堂も広いと思ってたけど、ここはもっとかも! 
つるつるの敷石が敷き詰められた黒い床に壁、天井はすっぽ抜けてて何にもない。つか星綺麗。
柱とか飾りの石とか彫刻とかは何にもない。ただのだだっ広い四角い……棺(ひつぎ)。

いきなり後ろから獣の唸る声がしたんで、ぎょっとして振り向くと彼女が居た。
(あ! 「彼女」ってそういう意味じゃないからね!?)
何故か素っ裸のフェリリル。彼女が歯をむき出して睨むその先に、白い天使が立っていた。
壁の一角を背にして、腕をだらりと下げて立ってる天使――エレン。眼が青白く光ってる。……何か凄い迫力なんですが。

「フェル。貴方がすべてを失って得たもの。それを私は奪いに来た」

エレンの指がまっすぐに俺を差す。何が何だか良くわかんないけど、要するに俺を殺しに来たってことね?
前にも「次に会う時は敵」みたいなこと言ってたし。

「『王』は勇者の心臓を欲しているわ。完全体と成る為に。大陸すべてを統べる為に」

エレンが近づいてくる。足音すらしない。

「でも私は約束もした。もしそこの勇者が――ルークが生きながらえたその時は……この『魔法使いの石』を渡すと」

エレンが自分の胸に両手を当てる。ぼうと輝く青い光。……えっっと……そこに……「石」があるって事?

「選びなさい。魔王に抗うか否か。再び王に従うというのなら……私と共に来るのよ。勇者を捕え、我等が王に献上する」
エレンが俺に向けた眼を、今度は何故か父さんに向けた。
「もしそうで無いのなら……この男――勇者の父を殺しなさい」

――え?

「ここは封所。『魔法使いの石』は『魔法使い』の血を得て初めて覚醒する。魔王を封じるならこの男の血が必要なのだから」

――なにそれ! どっちに転んでも、俺か、父さんが死ぬってこと? そんなのってあり!?

63 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/20(日) 21:34:53.66 ID:rMcG1nQb.net
>許さない? ならどうすると言うの?
>リガトス。我がもうひと方の父様。意外に呆気なかったわ! あの強かった父様が嘘のよう!!

「き……さ……まァァァァァァ!!!」

悪びれもせず言い放つ、ふてぶてしいエレンの物言いに、フェリリルが吼える。
絶望の魔気に憤怒と憎悪が加わり、渦を巻くそれらがエレンの元へと集まってゆく。
負の感情が吸収されてゆく――。

>ありがとう、フェル。貴方のお陰よ? その感情が――負の力が私と『王』に新たなる翼をくれた

エレンの背に翼が生える。眩しいほどに輝く、晧白の翼。舞い散る羽根。
フェリリルにとって、エレンは親友である。同族を深く慈しむ魔狼の感覚で言えば、それは肉親に等しい。
今日この時まで、エレンのことを露とも疑ったことはなかった。ずっとずっと信じてきた。親愛の情を捧げてきた。
義兄と崇敬するリヒト同様、エレンのことを義姉と思ったこともある。
だが、それを裏切られた。義兄と慕った男は実父と一族を殺戮し、義姉と愛した女は自分を欺いた。
フェリリルの中で、何かがぷつん、と音を立てて切れた。

「グルルルルァァァァァァァ――――――ッ!!!」

牙を剥き出し、爪を振り上げて、裸身のままフェリリルはエレンへと跳びかかろうとした。
――しかし。

>うそっ! これどういうこと!?

目覚めたルークが叫ぶ。と同時、フェリリルの足場が消滅する。
一行はあっという間に奈落へと落下していった。
常人ならば墜落死は免れない深さであったが、魔族であるフェリリルには衝撃を殺して着地することなど造作もない。
全身を丸め、くるくると回転すると、音もなく最下層へと降り立つ。
すぐにエレンの姿を探す。――エレンは地上にいたときと依然変わらず、白い翼を広げて佇立している。

>フェル。貴方がすべてを失って得たもの。それを私は奪いに来た

「わたしに得たものなどない!わたしはすべてを失った、貴様らの手によって!もう……わたしの手には何も残されていない!」

怒号する。そう、フェリリルにとっては父と眷属、自らの一族。それがすべて。
それを皆殺しにされた今、フェリリルには何もない。
しかし、エレンはそんなフェリリルの言葉に対してかぶりを振ると、

>選びなさい。魔王に抗うか否か。再び王に従うというのなら……私と共に来るのよ。勇者を捕え、我等が王に献上する
>もしそうで無いのなら……この男――勇者の父を殺しなさい

そう、静かに告げた。
フェリリルは怪訝に眉を顰めた。エレンの言うことが、よく呑み込めない。
「魔王の完全復活のために勇者を捕えろ」、それはわかる。元々自分はそのために来たのだから。
しかし「ルークが生きながらえたその時は……この『魔法使いの石』を渡す」とは、いったいどういうことか?
そして、「今度こそ、『封印』ではなく……『滅ぼす』ことが出来るかどうか」という言葉の意味は?
それではまるで、エレンが魔王の死を願っているようではないか。

「……わたしは」

ギリ、と牙を噛みしめる。
いずれにせよ、この場で誰が生き、誰が死ぬのか。その決定権は自分にあるということだけは理解した。
勇者ルーク。勇者の父たる魔導師シャドウ。エレン。そして自分。
ここで死ぬのは、いったい誰か?

フェリリルは決断を迫られていた。

64 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/20(日) 21:39:41.94 ID:rMcG1nQb.net
エレンを間断なく睨み据えながらも、フェリリルは懊悩した。
魔王が造反を疑ったのは、自分がルークを助け、解放するなどという行動を取ってしまったがゆえだ。
そういう点では自分は疑われて当然と思うし、粛清されたのはフェリリル自身の責任というべきだろう。
理詰めで考えれば、ここは勇者を捕え、アルカナンの魔王に目通りし、身の潔白を証明するのが正しい。
しかし、ルークとの戦いの折、今までの生で感じたことのない充足感を覚えたのも確かだ。
勇者との戦いに魔王の徴なぞの茶々を入れられたくない、戦うなら正々堂々がいいと思ったことも。
師剣の言った「汝が共に手を携え、背中を預け合い、共に魔王へと挑むべき者」という言葉に、僅かに心が動かされたことも。
すべては、紛れもない真実――。

勇者は殺したくない。
といって、エレンとも敵対したくない。
怒りが、憎しみが、愛情が、心の中で決して混ざりあわない絵の具のようにぐるぐると螺旋を描く。
フェリリルは目を閉じた。

「――いいだろう」

どれほどの時間が経過しただろうか、ふつふつと煮え滾る怒りを無理矢理に鎮めると、フェリリルは静かに口を開いた。
そして、封所の片隅に転がっている師剣へ右手を突き出す。

「師剣よ、我が意に従え!」

師剣を呼ぶと同時、それがふわりと宙に浮きあがる。
剣はくるくると回転しながらフェリリルへ飛んでくると、その手の中へ納まった。
フェリリルはその切っ先をルークへ突きつける。

「わたしは覇狼将軍フェリリル――叛逆の嫌疑をかけられ、父を処刑されようと、それは変わらぬ」
「勇者ルーク・ヴェルハーレン。わたしと今一度戦え――今度は、魔王の徴などという下らぬものの邪魔は入らぬ」
「正々堂々の勝負だ。もとよりわたしは、おまえとちゃんとした決着をつけるためにおまえを介抱したのだから」

泣き叫び、怒り狂い、取り乱していた姿が嘘のように落ち着き払った様子で、フェリリルはルークに告げる。
腹芸などできない。他人を欺いたり、本音と裏腹の行動など取れるはずもない。

――だから。

フェリリルは今までと何ら変わらず、自らの心に従うことにした。
一番最初にやろうと思っていたこと。ルークとの決着をつける。

衣服と言うのも憚られるチューブトップとショーツを身に着け、鎧を纏い。
頭に狼の頭部をかぶり、身支度を整える。
が、ロムルスとレムスは持たない。手には、師剣コンクルシオただ一振り。

「――往くぞ!!」

ルークの支度が整うや否や、一直線に突っかける。師剣を力任せに振るい、ウィクス=インベルと激突させる。
ふたたび、勇者と魔将の戦いの火蓋が切って落とされる――
が。
しばしの攻防の後、ルークが剣を振り上げるのが見えた。普段ならば楽々と見切り防御することのできる一撃。
しかし、フェリリルはその斬撃を前に自らの剣を下すと、静かに目を閉じた。

勇者は、やはり殺せない。決着をつけよう、殺してしまおうと思うたび、心がその意思を激しく拒絶する。
その父親のことも、殺せない。父親を殺される哀しみと絶望を、フェリリルは今身をもって実感したばかりだ。
そして、エレンも殺せない。どんなにひどい仕打ちを受けたとしても、やはり。フェリリルの中でエレンは友だった。




封所にいる四人全員が生き残る、そんな選択肢が存在しないというのなら。
自分が死ぬ以外に、果たしてどんな道が選べるだろう?

65 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/21(月) 17:29:16.11 ID:hQSyXyL4.net
しばらく放心したように突っ立っていたフェリリルが、静かな眼で俺を見た。
腰の鎧に狼の兜。いつもの戦闘スタイル。
急いで俺も落ちてた服を拾う。ズボン履こうとして……膝の裂き穴に親指引っかけてビリっと裂けた。
(ああもうシリアスなシーンなのに!)

>――往くぞ!!

「フェリリル……本気?」
俺の問いに彼女は答えず、真っ向から向かって来た。
――ギィンッ……!!
彼女の剣を流さず受ける。凌ぐ刃と刃を挟んで彼女の眼と向き合う。獣の眼。翡翠の眼。敵と見れば容赦せず屠る……肉食の眼。
少なくともさっきはそうだった。それが今は違う。どこまでも静かな眼だ。
あの時見た湖と同じだ。要塞と魔狼の森の間にひっそり佇む……青く澄んだ湖。
何かをふっ切った眼。何を考えてるの? いったい何を……ふっ切ったって言うの?
何度か打ち合う。
激しいけど、どこか優しい彼女の剣。彼女の足運びに合わせて俺も動く。シオに習った……剣舞みたいに。

正直言って、彼女がどういうつもりなのかさっぱり解らなかった。何故彼女が本気で来ないのか。
エレンによれば、彼女が取るべき道は二つ。俺を殺すか、それとも父さんを殺すか。
彼女は剣を父さんじゃなく俺に向けた。つまり魔王に従う事にした筈なのに、それなのに……
魔法の光に照らされた彼女の眼がギラリと光る。何だか哀しい眼だ。胸が締め付けられるような……
フェリリル……? 君……! まさか……!?

俺の嫌な予感は当たった。
上段に振り上げた俺の剣を受け止めるはずのフェリリルの剣が――――降ろされたまま動かなかった。
彼女が眼を閉じるのが見えた時は遅かったんだ。

――止められない!!!

振り下ろした俺の剣がフェリリルの眉間を割り、彼女が血飛沫を上げて倒れる。

そんな姿が目に浮かび、たまらず眼をつむる。――って……あれ?

ペタンと膝を折って俺を見上げてるフェリリル。そのちょっと手前でインベルが止まってた。
耳に入ったのはエルフ語の呪文(スペル)。父さんがこっちに向けて手を翳しているのが見えた。
――父さん! ナイスアシスト!!
柔らかく剣を受け止めてるこれ……たぶん圧縮した空気か何か。でも安心するのは早かった。彼女の様子がおかしい。
「フェリリル? 平気?」
言葉を返さない彼女。……眼を見開いたままぼんやりしてる。半ば開いた口が何事か呟いてる。
父さんが駆け寄ってきて、彼女の肩を揺さぶった。まるで人形のように首をガクガク揺らすフェリリル。
彼女の額に掌を当てた父さんが焦りの眼を俺に向けた。
「精神崩壊しかけている。危険な状態だ」
「え?」
いまだ視点の定まらない彼女。その口が、「二つの言葉」を繰り返している。
『裏切れない』 『殺せない』 『裏切れない』 『殺せない』……

俺のせいだと思った。フェリリルは迷った末にきっと結論を出したんだ。
勇者である俺を殺すくらいなら……そして父さんを殺して俺に自分と同じ哀しみを与えるくらいなら……自分が死ぬと。
たぶん血を吐く思いで取った決断。その決断さえもいま、止められたんだ。どれだけ苦しんだんだろう。
もし彼女の心が――魂が行き所を失って、宙を彷徨っているのだろしたら――

――もういい。もういいよ! もうやめよう! ――俺……――

「フェリリル!!」
剣を捨てた両の腕で彼女の肩を掴んだ。彼女が呟くのをやめて俺を見る。
「フェリリル! 俺、決めたから! 魔王を封印するの、止めるから!」
翡翠の眼が大きく見開かれた。父さんも驚いた顔を向ける。

「『封印』なんてまどろっこしい事、もう止める! 真っ向から闘って、正々堂々! 魔王を倒す!」

66 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/21(月) 17:39:13.32 ID:hQSyXyL4.net
父さんとフェリリルが細い目頭にギュッと皺を寄せて……なんと言うかゲンナリした表情で首を左右に振った。
んな二人して同じ顔しなくても……。

「ルーク。お前……魔王と直に相対して勝てるとでも?」
「そうだ。魔王を知らぬ故、そのような事が云えるのだ」
んもう! 
父さんもフェリリルも! 違うでしょ!? ここは「その手があったか!」って喜んで同意するトコでしょ!?
師剣とインベルまでもがカタカタと鍔を震わせて笑ってる。何だよ君たちまで!

呆れた顔してる二人に、俺はいつになく真面目な顔で向き直った。
「父さん。俺、ずっと前から引っかかってたんだ。魔王を封印するために作られた五つの石。
どうしてその石が血を必要とするのか。魔王を倒すために、一緒に闘う筈の仲間なのに、なんでその血を? ってさ」
「ルーク……お前……?」
「父さん。シールストーンは……誰が作ったの?」
父さんはハッとした顔を俺を見て……そして四角く穿たれた暗い穴倉を見回した。
「……石は……太古の昔から存在していた……そうとしか……」
「……そう素直に受け止めるのは父さんらしいけど、俺、ずっと疑ってたよ。石は魔王自身が作ったんじゃないかって」
「ルーク!?」
「だってそうじゃん! 死ぬほどの血を欲しがる石っておかしくない? まるで罠だよ! 賢者だってそんなの作る筈ない!」


しばらくの静寂を破ったのはエレンだった。
鈴の鳴るような笑い声を上げたエレンが、フッと口元を緩ませて俺を見た。
「面白いわ。仮にそうだとして、どうやって我が王を倒すのかしら? 魔将らが束になってさえ敵わぬ『魔王』よ?」
「それは……」
「それは?」
「きっとフェリリルが考えてくれるよ! ね!? フェリリル!」
急に振られたフェリリルがびっくりした顔で俺を見つめ、エレンと父さんの顔を交互に見て……自分の顔を人差し指で差した。
「そう。君だよ君。君は俺と一緒に魔王を倒すことにしたんでしょ?」
フェリリルは困った顔して黙ってる。
手をもじもじ組み合わせたり、ぶらぶらさせたり。そうしてるとちっちゃい頃の君みたい。
「まだ踏ん切りがつかないの?」
遊んでいた彼女の手を取り、グイッと引き寄せた。両手を背中に回して強く抱きしめる。

「フェリリル! 俺と一緒に来て! 俺の『戦士』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!」

いつの間にか昇りはじめた陽の光が、うっすらと穴の底に差し込んだ。
フェリリル、君の銀の髪、明るい陽のもとで見る方が数段綺麗だよ。
例えるなら小川の上流……岩場の隙間から流れ落ちる細くて長い……お日様の光でキラキラ光る白糸の滝。
君は闇より光が似合う。魔王軍よりぜったいいいって!

「お願い、『うん』と言って! 言うまで俺、離さないから!」

67 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/22(火) 19:46:50.79 ID:mKxqkEBd.net
>『封印』なんてまどろっこしい事、もう止める! 真っ向から闘って、正々堂々! 魔王を倒す!

すべてを失い、死ぬことさえできず。
壊れかかった心を現実へと引き戻したのは、ルークの叫びにも似た言葉だった。

――倒す?魔王を?
――あの、強大な堕天使を?そんなこと――

幾らなんでも大言に過ぎる。これはもはや荒唐無稽な戯言か、さもなくば世迷言の類であろう。
本当ならば、そんなことは無理に決まっていると一笑に付してしまう類の妄言。
だが、ルークの口から放たれたそれを、なぜか冗談と断じることができない。

>死ぬほどの血を欲しがる石っておかしくない? まるで罠だよ! 賢者だってそんなの作る筈ない!

確かに、そうだ。平和のために犠牲を強いるなど、本末転倒ではないのか?
とはいえ、魔王が本気でシールストーンを恐れていたのも事実だ。でなければ、そもそも自分の造反をそこまで危険視するまい。
なにも、魔王はかつてアシュタロテに裏切られたことを根に持っているがゆえ、魔将の叛逆に敏感なのではない。
シールストーンである師剣コンクルシオが主人と認めた、フェリリルそのものの叛逆を恐れたのだ。
自らを封印する、そんな天敵に等しいものを魔王が作り出すメリットが思いつかない。
が、そんな謎も、勇者がシールストーンの助けを借りずに戦うというのならば無意味なものになる。
シャドウが血を捧げることも、エレンが体内の石を抉り出す必要もなくなる。八方丸く収まるのである。
シールストーンなしで、勇者が魔王に勝てるのか――という問題を除いては。

>どうやって我が王を倒すのかしら? 魔将らが束になってさえ敵わぬ『魔王』よ?

エレンが笑う。その通りだ、魔王の恐ろしさは謁見した際に充分すぎるほど思い知った。
八大魔将はそれぞれが一騎当千の強さを誇る戦士揃いである。それぞれの種族の最強戦士が、軍団を率いていると言っていい。
最も新参で年少のフェリリルさえ、卓越した剣士であったルカインを手もなく葬り去った。他の魔将の強さたるや想像を絶する。
その魔将たちが全員で束になってかかったとしても、魔王に勝つのは恐らく不可能であろう。
もし、魔王を敵に回して勝てる者がいるとしたら、フェリリルの知る中でそれはひとりしかいない。
が、その『ひとり』は現在、魔王の側近としてアルカナンにいる。
とはいえ、倒すと宣言したからには、きっとルークには劣勢を巻き返す秘策があるのだろう。
ぺたりと床に座り込んだまま、フェリリルはルークの言葉を待った。
……が。

>きっとフェリリルが考えてくれるよ! ね!? フェリリル!

「……へっ?」

突然水を向けられ、一瞬目が点になった。

68 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/22(火) 19:50:28.15 ID:mKxqkEBd.net
>そう。君だよ君。君は俺と一緒に魔王を倒すことにしたんでしょ?

「……そ……、そんなこと言われても……」

もちろん、フェリリルに魔王を倒す策などない。
父を殺した魔王は許せない。だが、魔王を打倒するなどということは考えてもみなかった。
せいぜいがアルカナンの城へ乗り込み、あわよくば腕の一本も奪って玉砕できれば上等、くらいである。
答えに窮してもじもじしていると、今度は突然抱きしめられた。

>フェリリル! 俺と一緒に来て! 俺の『戦士』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!

さらに、ルークが追い打ちをかけてくる。息つく暇もない怒涛の攻勢だ。
剣を振りかざしての攻撃よりも、よっぽど頭の芯にガツンと来る。フェリリルは目を白黒させた。
外見通りの年齢である。おまけに今の今まで戦い三昧で、異性にこんなにストレートな好意を向けられたことはかつてない。

……いや。
本当にそうだろうか?

――違う。
頭の片隅で埃をかぶっていた記憶がにわかに色彩を取り戻し、鮮明に浮かび上がってくる。

>お願い、『うん』と言って! 言うまで俺、離さないから!

ルークが今一度言葉を重ねてくる。

――ああ……思い出した。この言葉……一語一句違わない、その口説き文句。
――わたしは、ずっと昔にも……これと同じことを、こいつに――。

それは、ふたりがまだ幼かったとき。
要塞にほど近い森の中で、互いの名前さえ知らずに遊んだ、あの日の夕暮れ。
魔狼の森へと帰ろうとする自分を、ルークは引き留めようとした。
魔狼最大の弱点である尻尾を、無遠慮にぎゅっと掴んで。
そして、こう言ったのだ。


『俺と一緒に来て! 俺の『お嫁さん』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!』
『お願い、『うん』と言って! 言うまで俺、離さないから!』


あのときは、尻尾を掴まれた衝撃と怒りに我を忘れ、ルークをこっぴどく痛めつけて逃げてしまった。
ルークの想いに応えなかった。向けられた気持ちは、すっかり忘却の波の中へ埋没していた。
けれど、今は――。
ルークの瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。自分の信念を疑いもしていない、澄んだ瞳。
この瞳を信じてもいいのだろうか。闇の中にいた自分が、光の下で生きるなどと。そんなことができるのだろうか。
でも。彼の言葉を聞いていると、それも不可能ではないのではないかと思えてくる。
……それなら。
フェリリルは僅かに頬を染めると、そっと頷いた。



「……うん」

69 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/23(水) 07:08:34.21 ID:axCfs8AB.net
フェリリルの返事を待つ間、心臓が胸の中でドクドクと音を立てて鳴った。
こんなにドキドキしたこと、今まであったっけ?
――ないない! エレンにちょっかい出された時も、剣闘会で闘った時も、ライアンに女にされた時も、ここまでじゃなかった!
冒険の中の冒険! バクバク言ってる俺の心臓、大丈夫かな?
こんなにくっついてたらドキドキが彼女に伝わっちゃうかも……
なんてこと意識したら……その……ギュッと密着してる胸(二つの膨らみ)をあらためて意識しちゃって……
ベリル姐さんよりかなり小さめだけと、その分張りがあるって言うか……服の上からでも形がはっきり解る……
例えれば、母さんの作るお椀型の丸いプディング?
……? ……気のせいかなあ。いまプディングのてっぺんに何かツンとした突起みたいなのが……

いやいや! こんな時に何てこと考えてんの俺!? 彼女、まだウンともスンとも言ってないじゃん!
股間のあたりがズキンときたんで慌てて身体を離した。
やっべ! 気付かれちゃったかな? そういやお城でバッチリ見られて怒られたっけ。まずいなあ……。嫌われた?

彼女はしばらく俺の眼をまっすぐ見てた。
時々記憶でも探るみたいに視線を彷徨わせて……そして……凄く小さな声で……でもはっきりと、「……うん」って言ったんだ!
小さく頷くのもちゃんと見えた。

マジで!? これ現実!? 夢じゃない!?

自分の頬をつねる代わりに彼女の桜色に染まった頬に触れてみる。
スベスベしてて、滑らかで……すごく……あったかい。夢じゃない。
『よっしゃああああああああ!!!!!!!!!!』
心の中で思いっきりガッツポーズ。


……で。この後、どうしたら?
上目づかいに俺を見る彼女の眼が……何かを訴えてる(ような気がする)。
急に強く差しこんだ光のせいで、キュッと収縮した彼女の瞳孔が……
澄んだ薄緑色の湖面(光彩)に浮かぶ瞳孔が、俺の視線をしっかりつかんで離さない。
その眼が……何故かうるうるしてる。(ほんとは眩しくて潤んだだけかもっていう考えはこの際置いておく)

これって……あれかな。チューして欲しいとか、そういうこと? 
いいのかな? 無理矢理そんな事して往復ビンタ喰らわない? 七つに分身した君のビンタ、半端なさそう。
――渦斬群狼平手打(プレデター・オーバーストロングバシバシ)!!! なんつって。

ボコられてボロ雑巾みたいに転がる自分の姿を想像して……竦む心を何とか……奮い立たせる。
そうだよ! そんなの怖くてキスが出来るかっての! 
平手打ちがなんぼのもんだよ! コンクルシオで真っ二つにされたって後悔するもんか!!

フェリリルと俺の上背の差。だいたい5インチ(約12cm)。
ちょい屈んで……彼女の顎にそっと手をかけて上向かせる。抵抗する素振りはない。――行ける!
ゆっくり……それこそハエでも止まるような速度で顔を近づける。
彼女の視線が俺の唇のあたりを彷徨い……その瞼が不意に閉じられた。正式なOKサイン! ありがとう!

このままだと鼻同士がぶつかりそうだなあなんで思ったんで、右に15度首を傾け――そして――――――

70 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/23(水) 07:09:11.72 ID:axCfs8AB.net
……
……ガチン

何かがぶつかる音がした。
音の正体は水晶球。父さんが硬い床に球を落としたんだ。ちょい気まずそうに水晶を拾う父さんの姿が目に入る。
まだ唇さえ触れ合わせて居なかった俺達は慌ててお互いから離れた。
そういや父さんとエレンの存在をすっかり忘れてた。流石に親の居る前じゃあ……なあ。
でもいいや! 彼女の気持ちは解ったし! いろいろあったモヤモヤも晴れた気もするし!

「ねえフェリリル。君のこと、フェルって呼んでもいいかな? 舌噛みそうなんだよね」

父さんが全く同じ理由でヴェルって呼ばれてること、知ってる? ……なんて、どうてもいいか。

気付くとエレンの姿は無かった。その代わりに、不意にした「何か」の気配。
全身が総毛立つ。
低い……フェルの唸り声。


陽の光が急に遮られた、そんな気がした。
たった今までエレンが居た筈の場所に立っていたのは真っ赤な血みたいな色のマントを羽織った黒騎士。
時々届く光を、渋い紫色に照り返す黒い鎧。

「皇竜将軍……」
「義兄上……」

父さんとフェルの押し殺す声。こいつが……この物凄い魔気を纏った黒い騎士が……長老の言ってた皇竜将軍リヒト!?

71 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/24(木) 17:09:20.74 ID:tQ0wZVfr.net
突如としてナバウルの封所に出現した、皇竜将軍リヒト。
エレンと入れ替わるように現れた新たな脅威に、ルーク、シャドウ、フェリリルの三人が身構える。
……しかし。

「……これは……」

異変を察知したフェリリルが、怪訝な表情を浮かべる。

「これは……本物じゃない。幻像だ」

そう。
三人が見ているリヒトは、この場所にいるのではない。
どこか遠方にいるリヒトの姿が、何らかの形でこの場所に遠隔投影されているのだ。
その証拠に、リヒトはどこかへ向かっているらしく悠然と歩んでいるというのに、その場所から一歩も進んでいない。
まるで影絵のような、蜃気楼のような――。
しかしながら、虚像だというのにまるでこの場にいるが如く魔気を感じさせるとは、まさに化け物と言うべきであろう。

フェリリルは食い入るようにその幻像を見た。
リヒトが歩いてゆく、その先に現れたのは、巨大なオーク。
銀灰色の毛並みを持ち、頭に王冠を戴いた規格外の大きさのオークが、移動可能な車輪つきの玉座に傲然と座している。
オークの帝王、百鬼将軍ボリガン。
リヒトはそんなボリガンの玉座の脇に、当然のように佇立した。

「義兄上……それに百鬼将軍……。何をしている?それに、ここはどこだ……?」

ボリガンの周囲を武装した無数のオークやゴブリン、オーガ達があわただしく行き交っている。
やってきたリヒトを一瞥し、ボリガンが何事かを言う。が、何を言っているのかまでは聞こえない。
こちらに届くのは映像だけだ。音声までは再現されない。
第一、これがどこで起こっている光景で、そもそもリアルタイムなのかどうかさえもわからない。
しかしながら、ここではないどこかで魔王軍が侵攻を開始している、それだけは理解できる。

リヒトが腕組みし、遥か前方を見遣る。
視界の先にあるのは――


ベスマ要塞。


「……ベスマ……要塞……」

そう。
魔王軍の八大魔将ボリガンが侵攻したのは、ベスマ要塞。
数万の妖鬼兵団によってぐるりと包囲された要塞から、無数の細い煙が上がっている。
妖鬼兵団ばかりではない。魔王軍の中にはガーゴイルやストーンゴーレムなど魔法生物の姿も見える。
ということは、ベスマにはボリガンの他に無影将軍も来ていると思って間違いないだろう。
そして、映像にある通り皇竜将軍リヒトも。

要塞は老朽化していながらもなお堅牢無比であり、容易く外敵を寄せつけない。
加えて、要塞の深部には賢者がいる。賢者の屍霊術は敵が多勢であればあるほど効果を発揮する、恐るべきものである。
しかし。そんな賢者の力も、八大魔将のうち三人を同時に相手をするとなれば、果たしてどうなるか――。

ベスマ要塞の中に、人間の姿がちらほらと見える。
どうやら、要塞で魔王軍と戦っているのは賢者だけではないらしい。
時折、要塞の城壁から外へ向かって青白い閃光が飛んでゆく。魔法の輝き――放っているのは、魔法騎士か。
要塞にはためく、極星を刺繍した軍旗はどこの軍のものだろう。
ともかく――

「……次に行くべき場所は、決まったな」

フェリリルは静かに言った。

72 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/24(木) 17:12:13.61 ID:tQ0wZVfr.net
封所から地上へと戻ると、配下の魔狼たちがフェリリルのもとへ集まってきた。

「姫さま!」
「姫さま、ご無事で……」

狼頭人身の人狼たちが、フェリリルの身を案じる。魔狼がフェリリルに寄り添い、気遣わしげに鼻を鳴らす。
そんな同胞たちの様子に、フェリリルは僅かに眉尻を下げて笑った。

「……そうだった。わたしはまだ、何もかもを失ったわけではなかったな……」

父をはじめとして、魔狼の森の同族たちはリヒトによって皆殺しの憂き目を見たが、魔狼が絶滅したわけではない。
フェリリルの率いてきた二百の魔狼が、まだ生き残っている。
他の地域に棲息している魔狼たちも合わせれば、まだまだ巻き返しを図ることは可能であろう。すべて手遅れになった訳ではない。
……ならば。

「みなに通達する。魔狼兵団はこれより魔王軍を脱退し、勇者の軍に加わる」
「覇狼将軍の名は返上だ。わたしは黒狼戦姫として魔王を打倒する、そして――父の仇を討つ!みな、我が意に従え!」
「死したはらからの鎮魂のために。我ら魔狼の誇りのために。魔王に死を!!」

フェリリルはそう言うと首から下げていた九曜のメダイを外し、宙に放り投げた。
そして、すぐに師剣コンクルシオの柄に手を添える。

ギュカッ!!

瞬速の抜刀。落ちてきたメダイが斬撃によって真っ二つになり、地面に転がる。
フェリリルは師剣を高々と掲げた。そして、

「――哭け!!」

と言った。
途端に、魔狼たちがそれぞれ思い思いに遠吠えを始める。
王を、親兄弟を失った魔狼たちの慟哭が、ナバウルの地にこだまする。
笛の音のようにも。歌声のようにも。嗚咽のようにも聴こえる、魔狼たちの遠吠え。
それは幾たびも繰り返され、しばらく途切れることはなかった。


「……さて」

魔狼たちのおらびを背に、フェリリルはルークへと振り返る。

「聞いての通りだ。わたしは約束は守る。おまえの戦士となると言ったからには、これよりは勇者の剣となろう」
「しかし、だ……約束とはどちらか片方が一方的に守るものではない。おまえにも当然約束は守ってもらう。いいな?」

ぴ、と右手の人差し指を立てる。

「魔王を倒す方法は、おまえが考えろ。わたしはおまえの決定に従い、おまえの言う通りに動く」
「わたしを生かすも殺すも、すべてはおまえ次第ということだ。勇者とは人々に勇気を与えるもの。勇気を人々のため使うもの」
「それを夢寐にも忘れるな。もし、おまえが勇者を名乗るにふさわしくない行動や言動をしたときには――」
「わたしはいつでも。おまえの喉笛を喰い破るぞ」

告げる言葉には凄味がある。もしもルークが自分を落胆させる行動に出たなら、フェリリルは躊躇いなくそれを実行するだろう。

「……それから。もうひとつの約束も忘れるなよ」
「ま……、魔狼の娘を嫁にするということはだ。他の女には目もくれず、一生一緒にいる……ということなんだからな」
「浮気なんて認めないからな。エレンにだって二度と触れさせんぞ。もし、それを破ったときは――」

そう言って、にっこりと笑う。まるで花の綻ぶような、愛らしい笑顔だ。
だが、そんな可憐な笑顔には満々と殺意が湛えられている。

黒狼戦姫フェリリル。やるときはやる娘だった。

73 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/11/24(木) 17:18:59.65 ID:tQ0wZVfr.net
ベスマ要塞の戦いを妖鬼兵団の本陣で眺めながら、リヒトは僅かに目を細めた。
魔王軍は妖鬼兵団と降魔兵団の混成軍、合わせて四万程度。
対して要塞側は三千程度と言ったところか。それは、ベルク・ビョルゴルフルの派遣した北星十字軍の軍勢だった。
数の面では要塞側が圧倒的に劣勢であったが、しかしながら現在戦況は膠着状態に陥っている。
その理由は、言うまでもなく賢者だ。
下手に魔王軍が要塞に吶喊すれば、死者が出る。死者は賢者によって即座に蘇り、要塞側の手駒となって行く手を遮る。
被害が出れば出るほど、死体が増えれば増えるほど切れを増してゆくのが、賢者の屍霊術である。
魔王軍の指揮官であるボリガンもそれを知悉しているがゆえ、おいそれと要塞に手出しができずにいる。
結局、命を持たず死ぬことがない降魔兵団のゴーレムなどを差し向け、散発的な戦闘に終始することになる。

「これでは埒が開かぬな」

玉座にゆったりと腰をおろし、肘掛けに右肘を立てて拳に顎を乗せたボリガンが、つまらなそうに呟く。
ボリガンの、否、妖鬼兵団の戦い方とはとにかく数を恃みの人海戦術である。
どれだけの被害を出そうと関係ない。とにかく押して押して押しまくる。そうして人の波で敵を揉みつぶす。
数とは暴力である。『多い』という絶対的優位の前には、多少の智慧などなんの役にも立たない。
が、今回に限ってはその理屈が通用しない。下手をすれば、こちらがあべこべに数に呑まれてしまう危険もある。

――せめて、一時的にも賢者の魔力を遮断することができればよいのだが……。

「無影将軍。エルフの長老たる智慧者のそなたなら、何か妙案があるのではないか?」

玉座の傍らに視線を向け、佇んでいるローブ姿の男にそんなことを言う。
が、フードで頭をすっぽりと覆った無影将軍は沈黙したまま、なにも喋らない。
アルカナンからベスマへ進軍し、今に至るまで、無影将軍は言葉をなにひとつ発していない。
魔王に「連れて行け」と言われたものの、これでは置物と変わらない。いったい、この傀儡がなんの役に立つというのか。

「……フン」

ボリガンは役に立たない無影将軍から視線を外し、忌々しそうに鼻を鳴らした。
と、そんなボリガンの不興に反応したかのように、それまで無影将軍と同じく沈黙していたリヒトが踵を返す。

「どこへゆく?皇竜将軍」

「アルカナンへ帰還する」

「……要塞攻めに参加するのではないのか?」

「偉大なオークの帝王。あなたの力があれば、オレの助力など必要ないだろう。それとも――」

「……よいわ。往け」

兜のスリットから覗く、リヒトの眼差し。鋭すぎるそれを厭うように、ボリガンは右手をひらりと振った。

74 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/11/24(木) 17:19:41.65 ID:tQ0wZVfr.net
ベスマ要塞に背を向け、リヒトは妖鬼兵団の本陣から離れた。
凛然と歩を進めながら、リヒトは考える。

――これで、勇者のもとには戦士と魔法使いが揃った。次は……僧正と賢者か。

勇者がベスマ要塞に現れ、ボリガン率いる魔王軍を退けるようなことがあれば、勇者のもとにすべての駒が揃う。
しかし、逆に魔王軍が勇者を仕留めるようなことがあれば、その時点で世界は闇に包まれるだろう。
いずれにしても、ベスマ要塞の戦いが大きく世界の趨勢を定めるに違いない。

――膳立てはした。あとは、勇者がどれだけの力を発揮できるのか……だ。

ベアル・ゼブルの子孫が信頼に足るかわからないと判断したリヒトは、勇者と強い絆で結ばれた戦士を秘密裏に選定した。
それがフェリリルだった。魔狼は約定を決して反故にしない。そして、フェリリルとルークは運命で結ばれている。
それを知ればこそ、リヒトは敢えて魔狼の森を襲撃し、魔王の命という大義名分のもとリガトスや同胞の魔狼たちを殺戮した。
親の代から続く、フェリリルと魔王との繋がりを断ち切るために。――そして、それは功を奏した。
フェリリルは光の下で生きることになるだろう。そして、魔王を。リヒトを憎み続けるだろう。

――これでいい。

リヒトは束の間歩を止め、目を閉じた。
すべては竜戦士としての宿命のため。この世界の裁定者としての役目のため。自分の判断と行いに後悔はない。
しかし。



その道行きに一抹の寂寥を感じるのは、いったいなぜなのだろう。

75 : ◆ELFzN7l8oo :2016/11/26(土) 18:24:41.41 ID:Q/QVYaJv.net
天より遣わされた今一人の堕天使ベアル・ゼブルとその末裔エスメライン、ライアンの動向はと言えば――
崩れ落ちるドワーフの神殿を逃れ、もとルーン王城謁見の間へと転移していた。

エルフやドワーフの神殿も顔負けの豪奢な謁見の間。
悠に3人は掛けられるであろう黄金の玉座に坐す片翼の魔物――ベアル・ゼブルの足元には赤髪赤髭の王ベルクが控えている。
北星十字軍の頭領であるはずのベルク王だが……その眼には光が無い。額には双頭の竜の刻印が刻まれている。
待機中のこの場に突如として現れた三名に呆気なく捕えられ、エスメラインの力で傀儡と化した徴だ。その指に王の指輪も無い。

「もういっぺん言ってみな。一体どっちが優勢だってんだ? えぇ?」

ベルゼビュートの野太い声はアルカナン女王エスメラインに向けられたものだ。彼女はしばし思案し、先程と同じ答えを返した。
「勇者側が優勢かと」

旧ルーンの皇子ライアンがフサルク――『アンスズ ansuz』の剣を、広間中央に描かれた魔法陣の中心に翳している。
Ansuzは「情報の授受」の力を持つ剣だ。
ライアンに答えた剣がルーンの魔法陣に力を貸し、広間に得るべき情報を順次に映し出していく。
先程まで映り込んでいた魔王の姿が消え、代わりに堅牢なる要塞が幻影となって浮かび上がり、一同は眼を細めた。

「【僧正】と【戦士】の石により魔王の両腕は黒石と化しました。未だ完全体でもなく……かつての力は出せませぬ」
「魔王リュシフェールの守護は現在『皇竜』のみ。ベスマは膠着状態。そこに来て『覇狼』の離反」

ふうっと息をついて、玉座にもたれかかるベアル・ゼブル。
「まさかミアプの奴が生きて、しかもあんな事になるとはねぇ。リヒトは侮れねぇよ」
黒い片翼をバサリを煽ぎ。
「そして更にまさかのまさかだ。奴の娘があんな小僧に『のされちまう』とはなぁ……」
「どうなさいます? このままでは勇者が勝ち、魔王は封印されましょう。勇者の世はすなわち『アシュタロテの世』」

エスメラインに問われ、黒い堕天使はしばらく押し黙っていたが――
「しゃあねぇな。いっときリュシフェールに肩入れするか。共倒れてもらわねぇと困る」

女王がひとつ頷き、足元に畏まるベルクの額に手を翳す。ビクリと身体を痙攣させ、ベルクが玉座を見上げた。

76 : ◆ELFzN7l8oo :2016/11/26(土) 18:25:56.01 ID:Q/QVYaJv.net
「てめぇには二つばかり持たせてやっからよ。いいか? 手ぇ出せ」

ベルクが虚ろな貌のまま、両の掌を天井に向け差し出す。
その右手の平にジリリと焼け付く音を立て浮かび上がったのは、彼の額に描かれた紋と同じもの。
そして左手の平にコロリと転がる小さな玉。
かの一夜、ベスマ要塞に攻め入ったワーデルローが隠し持っていた丸薬と同じ紋が描かれた丸薬である。
「落とすといけねぇ。仕舞っときな」
言われるままに丸薬を懐に仕舞い、ベルクが頭を垂れる。

ライアンが『アンスズ ansuz』を魔法陣に翳したままの姿勢で『ライド = raido(移動)』の剣を取り出した。
その切先を向けられたベルクの身体が光を帯びる。
そしてベルクを含む一同のその周囲に――まさに今現在のベスマ要塞が立体映像となって現れた。
視覚による「アナログ的な座標の特定」を行うためだ。


大概の魔導師は数値――デジタル的特定により【転移】を行っている。理由は単純。「簡単」だからだ。
起点と終点の座標を繋ぐという単純な想起で済み、一定量の魔力と詠唱、魔法陣があれば誰でも行使出来る。
しかし半面、建物、樹木等の内部に転移してしまうという「事故」も発生してしまう。
建物や木なら壊して脱出すればいいが、転移先が「生き物内部」であれば眼も当てられない。
だからわざと人気のない砂漠や海上、上空を選び転移する魔導師も少なくない。
もし仮に「いきなり背後に転移してその人を驚かせたい」などというサプライズがしたい場合は、
確実なアナログ特定をするアイテム(水晶球など)や現状を映し出す別スペルを併用する必要がある。
簡単なようで実は気を使う。それが【転移】の術。
賢者やシャドウ達がいとも容易くポンポン使っているが……実はいろいろと苦労している。はず。閑話休題。


ライアンの操舵に従い、半透明な建物や人間達が水平方向に移動していく。無論「虚像」である。触れる事は出来ない。
オークの波を進み……要塞の外壁近くに辿りつく。鎮座する巨大な王座には灰色の巨大なオーク。
その横にはひっそりとわだかまるようにして立つ黒い魔導師。

「それが『無影』だ。しくじるなよ? 」
ベアル・ゼブルの言葉を耳にしたベルクが静かに腰を上げ、立ち上がる。

「私も共にベスマへと赴く許可を」
おそらくはライアンが初めて訊いた口に、ベアル・ゼブルが眉を潜めた。
「なに考えてやがる。いまさら勇者に付くんじゃ――あるめぇな」
ライアンは答えず、じっと堕天使の眼を見つめたまま。

「てめぇも『不確定要素』のままか。まあいいや。好きにしな」

77 :無影将軍ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2016/11/26(土) 18:31:09.57 ID:Q/QVYaJv.net
男達の鬨の雄叫び。硬い、何かがぶつかる音。爆音。断末魔の苦鳴。火炎により焦げた生き物の匂い。そして……
間近にて悪臭とともに吐き出される吐息の風。

>これでは埒が開かぬな

声の主はブタだ。
父の代よりその在り様は聞く。臭く。醜く。そして魔法無くしては決して敵わぬ豪胆。百鬼の名を冠する魔将――ボリガン。

>無影将軍。エルフの長老たる智慧者のそなたなら、何か妙案があるのではないか?

何度(なんたび)かブタに同様の問いを掛けられただろう。
絶えずこの身へと宛がわれる魔王からの魔力。我が意に反し、その魔力をブーストし降魔兵団へと供する魔道衣。
その度に凍てつく魔気が肌を、肉を、骨を刺す。その痛みもさることながら、しかし真の痛みは別のもの。
そこな皇竜将軍の手で魔王の前に引きずり出され、強姦にも似た凌辱を強いられた。その屈辱たるや、肉体の苦痛を遥かに凌ぐ。
故に心を閉ざし、誰の問いかけにも答えず。
今はただ魔王の命に従うブタに――添うのみ。ただ一言、「殺してくれ」と云わんが為口を開くも、当の魔道衣が許さぬ。

――リヒトよ。何故貴方は……我に斯くなる仕打ちを? 斯く云うリヒトはアルカナンへと帰ると言う。
訊き咎めたボリガンとリヒトの対話に耳を傾け、踵を返し歩を進めるリヒトの姿をしばし見送る。
――?
数歩の足跡のみを残し消えたリヒトが居た筈の場に、赤髭の男が立っている。
音も無く出現した男に、周囲のオークは驚くどころか気付かない。その男がまったく「気の類」を発さぬ為か。
だが小石混じりの硬い土をザラリと踏みしめる足音に、ボリガンが気付いた。
まっすぐに玉座に向かう――否。目標はこの「私」か。
「ベルク――殿?」
無影となってから初めて発する我が言葉と、おそらくはその言葉の意味するものにボリガンの眼が見開く。
ボリガンが腰を上げる前に、男が右掌を向けた。
瞬時に脳天を貫く衝撃。
額が熱い。
ボリガンが何事か命じ、オーク達が男を取り押さえる様子が眼に映る。
その視界が暗く沈み―――――しばし闇の間を彷徨う。――ここは何処だ。――自分は――何者か。
一度沈んだ意識が俄然晴れた。ここは――ベスマ要塞。百鬼と共に賢者に挑む――この私は――
そうだ。我は魔将。無影将軍――ミアプラキドス。

「そこなベルク王の額を見よ。双頭の竜はアルカナン女王――即ちベルゼビュートが傀儡の徴。ときに捕縛は無用」
「ベルゼビュートは魔王への助力を望み、その男を寄越した由。この徴と共に我に伝えん」
目深に被るフードを引き上げて見せる。
「この額に刻まれしは双頭の竜――アンフィスバエナ。魔将ベアル・ゼブルの意のまま動く臣下の証なれど――危惧は無用」
「我が主ベアル・ゼブルが共闘を望む限り、我は要塞攻めに手を貸そう。異存はあるか、百鬼の将よ」

魔王の部下か、魔将の部下か。そんな事はどうでも良い。
重要なるはこの自我。闇を拒絶し、魔道衣に支配されしこの魂が、解き放たれたこと。
我は無影の将なれば、魔道衣はこれより我が意に従う。

「各個散漫なる攻めに興じる魂無きモノ共!」
「数機が群となり十字軍を打ち払うべし。賢者が傀儡と成り得ぬ其方等は我軍の強みなり!」

本来の我が性質(たち)は饒舌。言葉を発するに考える暇(いとま)は要さず。
我が命に従い群攻めを開始するゴーレムが、次々と騎士達を屠って行く。
「……ククク……」
まこと……良い眺めだ。
「オークども。賢者の力の及ばぬ場にて待て。新手の気配がする故、備えるが宜しい」
オークの首領が不快気に鼻を鳴らす。我が物言いが気に食わぬか。……御互い様……よな?

「これより深き地下の賢者を誘き出す。我が闇の魔気よ。すべての無機なる物体より『水物』を動員せよ」
「『水』にかの結界は効かぬ」
「『水』よ。我が意に従いその総てを賢者が棲み処に向けよ。地下深く。かの研究棟に眠る姫を襲え」

――賢者よ。『姫』を守る為に何を捨てる? ゾンビどもの支配、死霊術に要する魔力、何れも保つは難かろう?

78 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/11/26(土) 18:35:56.08 ID:Q/QVYaJv.net
>――哭け!!

一斉に鼻先を上に向けた狼たちの遠吠えが、青空いっぱいに響き渡った。
……なんだかすごいなあ。フェリリルってやっぱ、魔狼のリーダー、なんだなあ。

思わず腕組みして感心してる俺に、彼女が向き直る。そして言う。戦士となるからには約束は守ると。
だけど代わりに、「俺にも約束を守れ」と言う。魔王を倒す方法を俺が考えろ、って言うんだ。ヘマしたら喉を食い破るとも。

「あはは……」

額を伝って流れ落ちる冷た〜い汗。
1対1の勝負ならともかく、軍(群?)同士の闘いって……難しそう。いろいろ駆け引きとかしなきゃだし、裏切る奴居そうだし。ライアンみたいに。

フェリリルの腹に響く声が……ちょい途切れる。
一瞬俺から眼を逸らし、「もうひとつの約束」とやらの念を押す。つまり――浮気は認めないという。
ちょっと考える。
「浮気」ってなんだろう。
手を繋ぐことも入るのかな。「そういう眼」で見ただけでも駄目とか?
だとしても全然大丈夫! フェリリル以外の女子に気を向ける暇があったら戦術立てる練習しなきゃだもん。
とりあえず今は魔王退治に集中集中!! そうだ! 父さんに教えてもらったチェスとか……参考になるかも!!

そんな俺を見つめる彼女の笑顔に隠された……殺気? みたいな魔気。
オークやゴブリンも真っ青! な彼女の魔気も、俺にとっては最高の「愛の告白」に思えるのは何故だろう。

ググっと両手を握りしめてたら、ふと父さんと眼が合った。
さっきまで一心不乱に黒い粉(正体は聞かないで!)ででっかい魔法陣を描いてる……その手を休め、俺を見つめる父さん。
その口が何か言いかけて、すぐに閉じられた。

再び魔法陣――俺達を要塞近くに転送するための――の作成に没頭し始めた父さんを見ていて思った。
そう言えば父さん。魔狼将軍(だった)フェリリルを「お嫁にもらう」話にまったく関わってこなかった。
聞かなかった俺も俺だけど…………でも……父さん。どう思ってるのかな。反対しないのかな。

父親と言えばフェリリルの父さ・親父殿も。
リヒトがやったって言う「魔狼大量虐殺」の話を聞いた時、正直ショックだった。
でも俺なんかより、当のフェリリルがどんな気持ちだったかなんて俺には分からない。
もし父さんや母さんが死んだらなんて、本当にそうならないと解らないもの。
実を言うとちょっと心配してたんだ。
フェリリルとその……一緒になるって事はつまり――フェリリルのお父様に「お嫁にください!」って土下座して頼まなきゃって。
「一発殴らせろ」なんてホントに殴られたら一発であの世行きだなあなんて。
だからちょっと……ほんの少しホッとしたんだ。言わなくて済んだって。
……俺って…………マジ最低。


父さんが手招きしてる。魔法陣が完成したんだ。
画材の黒い粉はすっかり地面にしみ込んで、赤っぽい土と色が混ざって何だか……血で描いた絵みたいだ。
悠にうん百人は入れるくらいの巨大な円に、魔狼達も足を踏み入れた。ぎょっとなって立ち止る魔狼も居る。
うん。独特の「気」って言うのかな?
父さんの描く魔法陣はいつもこんな「気」を纏っている。魔に属する人達(?)に取ってはちょいイヤかも。

「フェル。頼みがあるんだけど」
「時間かけた魔法陣があるから大丈夫だとは思うけど、こんな数の集団転移、父さんも初めてだと思うんだ」
「要塞についたら父さんの周囲をお願い。父さんの魔力が回復するまで守って欲しい」

出来るだけ小さい声で囁く。父さんに聞かれたら……プライド傷つけちゃうだろうから。

79 :シャドウ:2016/11/26(土) 20:35:03.49 ID:64DkcM5m.net
【シャドウのロール未投下につきしばしお待ち下さい】

80 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/11/27(日) 07:08:48.04 ID:va+Fb/6P.net
立てられた杭を中心とした王城前の広場は相当に広い。
焼け焦げた遺体を広場の外へとどかす作業にとりかかる。魔狼達の手もあり、すぐにその仕事は済んだ。
以前は美しかったであろう石畳はそこかしこが砕け、人の灰、血、その他で見る影もない。
まだらの地面は魔法陣の描き出しに不向きだ。【砕】の呪文を行使し地表の構造そのものを細かく均一化、
赤砂の如き色合いの巨大な更地が出来あがる。

ルークがこれまでの経緯を細かに話す間、黒炭となっていた騎士達の残骸を集め、細かな黒粉とする作業に終始する。

マキアーチャの父ホンダの件。
Vicus=Imber(ウィクス=インベル)がホンダの心臓を喰らい、ルークに闇の力を覚醒させた。
たどたどしく、しかも断片化した記憶を再現するルークの話より、そのように受け取る。
ルークの貌が深い自責の念に囚われ、しかし「後にその罪は償う」と強い意思を示した。
あの時のアウストラに似ていると思った。
彼も同じ齢の時分に同じ力に目覚め、一魔将率いる群を都ごと壊滅させた。無論本意ではなく。
自身を責めつつ「前へ進む」と言い切った彼は、やるべき事をやり遂げた。残された人間がそれを知る由もなし。
「勇者アウストラ」が如何なる末路を辿ったか……ルークには言わずに置く。


黒い粉に【転着】効果を付与し、手の平に乗せ地に模様を描いていく。
数刻はかかるであろう作業。その間ルークには広場の隅で待つよう指示しておいた。
大人しく座り込む魔狼達に囲まれ、ルークと今一人――もと覇狼将軍フェリリルの話声が否応なく耳に届く。

>魔王を倒す方法は、おまえが考えろ。わたしはおまえの決定に従い、おまえの言う通りに動く

人差し指を立て、ピシリと言い放つ娘の言動が小気味よい。
たじろぎつつ、しかし首を横に振らぬ息子。尻に敷かれるというのもまた円満の秘訣に違いない。

>……それから。もうひとつの約束も忘れるなよ。ま……、魔狼の娘を嫁にするということはだ。

再度口を開いた娘。いま――「嫁」と云ったか?
止まる手をそのままに思考を巡らせる。
寝台での寝姿から「既にそういう仲」なのかと思ってはいたが、まさか所帯を持つつもりだと思ってもみなかった。

>他の女には目もくれず、一生一緒にいる……ということなんだからな。浮気なんて認めないからな。

――目もくれず、一生一緒?

人間の世界に飛び込み、いの一番に驚愕させられた仕来り、すなわち「汝姦淫すること無かれ」。
所帯を持つ持たぬに関わらず、無駄に「するな」という意味合いらしい。
エルフ族の風習はまるで違う。
永き時を生きる故か、一生を添い遂げる例は聞かず、むしろ男女ともに奔放に交わるが良しとされている。
誰の子かも特定せず、生まれた子は一族みなの息子、娘だ。慈しむ度合いも同じ。
人間はそうでは無いとルーンの大帝にきつく言われ、しかし宮中で無駄な姦淫とやらを幾度となく経験した。
人間は言う事成す事がまるで違う。
それはそれでまた良しかと思っていたが、魔狼の言葉は人間のそれとは違う重みがあった。
一生一緒。
破ったその時は――どうするというのだ魔狼の娘よ。喉笛を食い破る程度で済まぬ……とでも?

身震いがする。
ハーフエルフの寿命がどれほどのものかは定かでないが、少なくとも千年は生きよう。魔狼も然り。
千年の間、一人の……しかも初めての女に縛り付けられると言うのか? それでいいのかルーク?
我が心配をよそに、息子が決意の意を表明していた。やたらと嬉し気だが……解っているのだろうか。
チラリとこちらを見た息子に無言で愁傷の視線を返し、作業に戻る。
ルークが良ければ良し。
もし彼等に子が生まれたらさぞかし可愛かろうとも思う。果たしてどんな耳が生えるのか、尾はあるのか興味もある。

兎にも角にも祝福すべき事案だろう。
早く子を成すがいい。勇者の血を絶やしてはならぬ。

81 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/11/27(日) 07:11:40.63 ID:va+Fb/6P.net
完成した魔法陣の中へと彼等を招く。
我が【氷】の属性と賢者の魔紋が成す「気」が込められた結界を感じ取り、足を止める者。
済まぬが少々辛抱してもらわなければならない。

転移の呪文を紡ぐ。
二百あまりの人員なれど、相応の支度は出来ている。やれる筈だ。転移に失敗は許されない。
僅かな地面の歪みで生ずる術の「穴」は、この生命力で補わねばならぬが、死にはすまい。根拠はないが。

現在の座標は昨夜の星にて確認済み。要塞周辺の座標もすべて頭に入っている。
問題はその場に生命体があるか否かだが、幸い父の形見であるこの水晶球が映し出してくれている。
要塞を取り囲むオーク達の姿。
外壁そばに巨大な玉座。座り込むオークは魔将ボリガン。黒いローブ姿の魔導師と何やら言葉を交わしている。
魔導師のローブは叔父ベテルギウスのものに同じ。
やはり父は叔父に殺されたのだろう。
叔父のローブより這いだす魔気が、じわりと地に溶け込む様子が見て取れる。急がねばならない。

オークの集団よりやや外側の野原を選定し、転移先として特定する。
しかしあろうことか、呪文完成と同時にオーク達が要塞から離れる形で移動し始めた。非常にまずい。

急遽呪文を追加する。転移と同時に地表より数十ヤードの位置まで【飛翔】と。

周囲が虚空となり、すぐに明るみに出た。
ドカドカと地を蹴り、こちらへと突進する勢いのオーク達が眼に映る。
飛翔していなければ、追突により双方ともかなりの死傷者が出たに違いない。

天高く舞い上がり、遥か下の要塞を見下ろす。
巨岩の、或いは琥珀のゴーレム達が十字軍の騎士達を引き裂いている。旗が千切れ、細切れに散っている。
リヒトの姿はない。魔王のもとへと戻ったか。

ふわりと舞う感覚を残したまま、真っ逆さまに地表へと引き戻される感覚。
魔狼達は問題なく地に降り立つだろう。ルークも高所から落ちることに慣らしてある。
自分もと急ぎ【浮遊】の呪文を唱えるが発動せず。やはり魔力が尽きていたか。
ルークが手を伸ばすがあと少しの所で届かず。

済まぬルーク。どうやらここまでのようだ。

82 :百鬼将軍ボリガン ◆khcIo66jeE :2016/11/30(水) 16:35:03.60 ID:wTmUO8Zb.net
魔王軍の陣内に突如出現した、ベルク・ビョルゴルフル。
目下戦闘を繰り広げている北星十字軍の王の出現に、さしものボリガンも瞠目した。
が、様子がおかしい。当のベルクに何事かをされた無影将軍も同様。

>ベルゼビュートは魔王への助力を望み、その男を寄越した由。この徴と共に我に伝えん
>我が主ベアル・ゼブルが共闘を望む限り、我は要塞攻めに手を貸そう。異存はあるか、百鬼の将よ

今までの沈黙とは打ってかわって饒舌に喋り始めた無影将軍に、思わず眉を顰める。

「……ベルゼビュートめが……魔王に助力を申し入れたと?」

小さく唸る。どうやら、このごくごく短い間に無影将軍はベルゼビュートに鞍替えしたらしい。
だが、ボリガンにとってこの世でベルゼビュートほど信用のおけない相手はいない。
第一、魔王が無影将軍の変心を許すかどうか。元は光に属する者であったとしても、今はれっきとした八大魔将。
これは造反に等しかろう。――ならば。
ちら、と玉座の横を一瞥する。
脇に控えていたゴブリンが小さく頷き、猛烈なスピードでいずこかへ走り去る。
ゴブリンは伝令である。この状況をアルカナンにいる魔王へと伝えに行ったのだ。

>オークども。賢者の力の及ばぬ場にて待て。新手の気配がする故、備えるが宜しい

「フン……。だんまりを決め込まれるよりはマシよな」

傲然と頬杖をついたまま、ボリガンは小さく鼻を鳴らした。
魔王へと無影将軍の現状を伝えるべく伝令を走らせたものの、ボリガンにとってそれは些事に過ぎない。
無影将軍と同じく、ボリガンもまた魔王の部下か、魔将の部下かなどということは大したことではないと思っている。
あくまで、自分が重視すべきなのは一族の繁栄。オークやゴブリン、百鬼の軍団がどれほどの旨味を得られるか。
そういう点ではボリガンは悪ではない。他種族から見れば侵略者だが、一族の長としては紛れもない名君である。

「新手の気配と申したな、無影。ならば、それらは此方が受け持とう。――『バーバチカ』!」

「これに。我が王」

玉座の前に、銀色の全身鎧に身を包んだ重武装のオークが現れる。
ボリガン含め半裸が多い妖鬼兵団の中で、全身甲冑というのは珍しい。
また、体躯もボリガンほどではないが他のオークより大きい。オークの上位種『オーク・ウルクハイ』である。
ボリガンの副官バーバチカ。オーク語で『蝶』を意味する。
バーバチカは先端に棘付きの鉄球がついた長柄武器(モール)を手に、恭しくボリガンの前に跪く。

「新手が来るとの無影将軍の予言である。迎え撃て。一人たりとて生かすな」

「承知」

命令は手短であり、返答は一瞬である。
バーバチカは立ち上がると、すぐに王前を辞した。
新手が来るからと言って右顧左眄するのは指揮官として下の下である。
ボリガンはこのベスマ要塞攻略戦の全権限を掌握する者として、戦場全体を俯瞰していなければならない。
要塞に閉じこもったまま、いまだ何の動きも見せない賢者。必死の抵抗を見せる北星十字軍。
突如として共闘を要請してきたベルゼビュート。その下僕ベルク。
変心した無影将軍ミアプラキドス。その造反を知ったときの、魔王リュシフェールの感情。
この場へ現れるという新手。
それらすべてを把握し、対応し、制圧しなければならない。それがボリガンの役目だ。
だというのに、求められる仕事の何もかもを完璧にこなしたとしても、ボリガンの得られる理は少ない。

「……つまらぬ戦よ」

頬杖をついたまま、オークの帝王は深く息をついた。

83 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/11/30(水) 16:38:06.63 ID:wTmUO8Zb.net
シャドウの作った大規模な転移魔法陣に乗り、一瞬でナバウルからベスマへと転移する。
魔法と無縁の生活を送っている魔狼たちはおっかなびっくりだが、フェリリルはそんな中凛然と腕組みをしている。
ベスマは現在、魔王軍の侵攻を受けている。それを食い止めるのが自分たちの役目だ。
とすれば、おのずとフェリリル及び魔狼兵団は魔王軍と激突することになる。

――これで、名実ともにわたしは裏切り者というわけだ。

魔王を向こうに回して戦う。なんという無謀か。
魔王の膨大な魔気を直接至近で感じたことがあるからこそ、自分のやろうとしていることの愚かさが身に染みる。
だが、もはや後戻りはできまい。賽は投げられたのだ。
それに、先にフェリリルを裏切ったのは魔王の方だ。フェリリルは何も間違ったことはしていない。
例え矢尽き刀折れ、魔王に敵わず斃れることになろうとも。
自分の心に嘘をつくことだけはしたくない――そう決めたのである。

「……ぬっ……!」

突如として足場がなくなり、身体が自由落下を始める。
シャドウの作っていた足許の魔法陣が消滅したのだ。あとは自力でなんとかしろ、ということらしい。
ルークを見る。高所から墜落しているというのに、妙に落ち着いている。落下慣れしているということだろうか。
魔狼たちを見る。やはり平然としている。受け身程度取れないでは魔狼の名折れだ。当然であろう。
シャドウを見る。――何やら慌てている。
どうも、魔力が尽きて落下の衝撃に備えられないということのようだ。

――やれやれだ。

フェリリルは空中でくるりと一回転すると、近くにいた魔狼を足場にして一気に跳躍し、シャドウへ迫った。
そしてシャドウを横抱きにかかえると、そのまますとん、と衝撃を殺して軽々地面に着地する。

「……ここで義父上に墜死などされては困ります」

そんなことを言う。一応、ルークに対しての義理立ては欠かさない。目上と認識した相手には礼を尽くす性格である。
シャドウを下ろし、ベスマ要塞の方角に視線を向ける。
無数の足音と殺気。隠そうとさえしないそれが、こちらへ迫ってくる。

「同胞(はらから)たちよ、十頭で後方へ下がり、義父上をお護りしろ。後はわたしと共に来い」
「……ルー。一点突破で敵軍の中央を穿ち、ベスマ要塞の中に入るぞ。賢者の手助けをせねばならぬのだろう?」
「露払いは我ら魔狼兵団に任せろ。とにもかくにも、前へ進むのだ」
「細かい作戦を考えている暇はない!征くぞォォォォォッ!!」

自分の名を愛称で呼ぶルークに応じるように、こちらも勇者を愛称で呼ぶ。
そして、すぐに背のロムルスとレムスを抜く。
やがてオークの一団が前方に現れ、雄叫びをあげて突っ込んでくる。
それに応じるように先陣を切り、フェリリルもまた咆哮をあげて敵の只中へと躍り込む。
父を、仲間を殺された怒り。一度鎮めたそれに再び激しい炎を灯し、闘志へと変えて。
魔狼兵団と妖鬼兵団、かつて仲間であった軍勢同士の熾烈な戦いが始まった。

84 :赤眼の王 ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 10:00:41.84 ID:Y7GTkunt.net
赤い九曜の光にてほの暗く照らし出された謁見の間。
その扉を前触れも無く開けた者が居る。
蝶番の軋む音と共にカサコソと音をたて、眼も止まらぬ速さにて魔王坐す王座へと走る者。
見咎めたリヒトが腰の剣に右手を添えるが――

「良い。ボリガンの伝令らしき振る舞いよ」

もはや動かぬ両の腕をダラリと下げたまま、座を立つ。
重い羽ばたきの音。左右に広がる五対の翼が九曜の光を遮り、大理石の床に赤い翳を落とす。
小さき伝令者の言葉に耳を傾ける。背の羽根が一枚ハラリと落ち、ゴブリンの足元に落ちる。

「黒羽根の矢として用いるが良い。如何なる聖者、魔族問わず、速やかなる死を齎そう」

拾い上げたゴブリンは焦点の合わぬ眼をギョロリと動かし一礼すると、来た時同様速やかに退出した。

――ギリッ!!

足元に転がる鎖を踏みつける。
たった先程に、同じく伝令として立ち寄ったエレンディエラ=アシュタロテが置いて行った……二つに割れた小さなメダイ。

「覇狼に続き、無影もか」

思いもかけぬ造反――ではない。どちらもそうなるであろうと踏んでいた。

覇狼。
魔族で在りながら誇り高き「光」を内に秘める魔狼、その頭目たるリガトス。
二千年前、リガトスは勇者アウストラと対峙した。両者ともに存分に力を出し合い、数日に及ぶ闘いは周囲の街を巻き込み。
壊滅した街を目にしたアウストラが怯んだ――その一瞬間が唯一の隙であったと言うが……

「ついにリガトスはその隙に乗じず。我を取り戻したアウストラに手痛い一閃を浴びた」
「奴は潰れた右眼を隠しもせず、この膝もとに膝をつき言ったのだ」
「『この眼、陛下への御献上なれば』と」
「ただそう言い残し、退出したリガトスの背を見送った。あれが昨日のように思えてならぬ」

予見していたからこそ、フェリリルの右手に徴を刻みつけた。まさか勇者が命を賭け、その呪縛を解くとは。

そして無影。
あれは端から傀儡の将。我が魔気を固めた魔道衣こそが魔将なれば、天使達同様、忠誠など当てにしていない。
ベルゼビュートが共闘を持ちかける今はまだ――捨て置く。されどその後は――魔道衣が骨も残らず滅ぼすであろう。

五対の翼。
残る一対を取り戻し、完全体となった時――すなわちこの大陸を統べる存在となったその時――傍に残るは一体誰か。
覇狼は去り、無影はベルゼビュートが傀儡となり、エレンディエラは動きが読めぬ。
百鬼は魔族なれど、我が身が大事。主の繁栄に終始しよう。
残る二つの魔将――「海」と「空」は未だ姿を見せぬ。
過去に滅ぼされし彼奴等だが、しかし未だ身を隠し、何事か画策せぬという証左もない。

玉座横に控えるリヒト。この魔将は云わば「陸」。
陸地の守護者:五要の竜のみならず、齢を重ねent=エントとなった樹木たちも、この男には従うと言う。
まるで樹木の如く、大陸そのものの如く、ただ静かに佇立する魔将。

「礼を言う。肉親を失いし娘の悲嘆、まことに美味であった」
「我が、残る一対を得んが為、苦心してくれるな?」

我が気を受け、我が魔気を継ぐ我が息子よ。――この現世(うつしよ)に何を思う?

85 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 10:06:48.54 ID:Y7GTkunt.net
俺の予想、またまた当たった。当たっちゃったよ。――当たらなきゃ良かったのに!!

転送と同時に無理矢理上空に引き上げられた俺達。キーンと耳が鳴ったんで、ゴクンと唾を飲み込む。
反射的に唱えた【浮遊】の呪文が、俺の身体を宙に引きとめる。
魔狼達が宙で何度も体勢を変えたり、ムササビみたいに4つ足を広げて風を受けながら降りて行くのが見える。
――んでもって当たった予想ってのは――父さん! ジタバタしてらしくないっつーか、魔力尽きたの!? やっぱり!?

頭を下にして真っ逆さまに落ちていく父さんの手をつかもうとしたけど、あとちょっとで届かなかった。

【浮遊】を【飛翔】に切り替える。
ギュウンと風が唸り、耳元を過ぎる。すぐに父さんに追いついたけど、風の抵抗のせいか上手く腕を掴めない。
父さん! ちゃんと手を伸ばして! 助けたくても出来ないじゃん! 何でもう諦めた感じになってんの!?
「父さん! 眼を開けて!!」
叫んだ声にも反応しない。失神してる!? 生命力まで尽きちゃった!?

でも俺が焦る必要全然なかった。ちょい離れたとこに居た筈のフェルが、いつの間にか父さんの脇に居たんだ。
(たぶん落下途中の魔狼たちを踏みつけてジャンプしたんだと思う。ギャン! と鳴いた声を確かに聞いた)
父さんの身体を横にして抱きとめたフェルが、身軽にストンと地面に降り立った。
さっすが! 頼りになるなあ。

そんな矢先、降りようとした場所にオーク達が槍の先を向けて突っ立ってるのが見えた。
……危ない危ない。
【飛翔】をもっかい【浮遊】に切り替えて宙に浮いた俺。ちょい離れた場所にって・ちょ! 動きはやっ!!
鎧をつけたオークだった。
剣は抜かない。あんなゴツイ武器相手に出来ない。インベルはデリケートな剣だもん。
背の高いオーク達の振り下ろす棍棒だとか斧みたいな武器の間を避けたり、股下をくぐったり。
エリマキのついたトカゲみたいに走ったり這い回ったりしながら、俺なりに注意をまわりに向けてたら――「鳴き声」がした。
声のする方――でっかいオークの足元に……居た。俺とまったく同じ体勢で逃げ回るちっちゃい子犬。
「おいで!」
遠征途中で産まれちゃった魔狼の子、なのかなあ。
眼と耳が開いたばっかりって感じの小さな子狼が、キュンキュン鳴きながらこっちに来てしがみついた。
オスの子狼だ。踏みつぶされても何なんで、胸元に入れてやる。
と……ちょ・そんなとこチュッチュしないで! くすぐったいよ!

>同胞(はらから)たちよ、十頭で後方へ下がり、義父上をお護りしろ。後はわたしと共に来い

フェルの命令する声。ササッと命令に従って動く魔狼達。
フェルが俺の近くに走って来た。胸元に入ってた子狼がひょいと顔を出す。

>……ルー。一点突破で敵軍の中央を穿ち、ベスマ要塞の中に入るぞ。賢者の手助けをせねばならぬのだろう?

彼女の言ってることが呑み込めなくて口をつぐむ。
ルーって……ああ、もしかして俺のこと? 短すぎ・つか「ルーン」の国名と被って・いやマジ嬉しいです!
俺がフェルって呼んでもいいってことだね!? 父さんのことも「父上」とかチョイ照れくさいっていうか!

>露払いは我ら魔狼兵団に任せろ。とにもかくにも、前へ進むのだ
>細かい作戦を考えている暇はない!征くぞォォォォォッ!!

「応!!」と魔狼達に混ざって叫ぶ。分かりやすい作戦! 大歓迎!
作戦参謀的存在――父さんは今あんなだ。ほんっと肝心な時に――ま、いつもの事か。
仲間達の勇み声を聞いた子狼が飛び出して、俺の肩から頭に飛び移りながらキャンキャン鳴いた。
よしよし。いい子だから入っててね。
そうだ。コオオカミ君だと呼びにくいから、ロキって名前にしよう。いい? 気に入った? よせって! くすぐったいって!

鎧のオークに黒い魔狼が飛びかかるのが見えた。
その魔狼に棍棒を振り下ろすオーク。でもそれが届く前に体当たりを喰らい、倒れる。
似たような光景を前後左右に確認しながら、俺はしきりに感心していた。
初めて見た魔狼達の連携プレイ。まるで味方の動きが全部頭に入ってる動きだ。これが――狼。魔狼なんだ。

86 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 10:11:47.78 ID:Y7GTkunt.net
一瞬遠くなった意識が、地面に降りる僅かな衝撃とともに引き戻される。
この身を地に降ろし――救ってくれた者はなんと魔狼の娘だった。

>……ここで義父上に墜死などされては困ります

顔が火照るのが自分でも解った。
魔狼――魔族とは言え、彼女は息子と同じ年頃の女性。その華奢な細腕(見た目は)でこの身を軽々と……!
しかも私を「義父上」などと……!

こそばゆさとともに嬉しさも込み上げる。そんな悠長な場合では無いというのに。
左右から振り下ろされたオークの棍棒を、二頭の魔狼が口で受け止めた。有難い。とても避けられる身体ではない。
懐を探り、魔力回復の薬草を一つまみ口に含む。
体温、血圧、共に低下。脈拍も弱い。回復までしばしかかる。
こんな時、単純に生命力や魔力を回復させてくれる魔導師が他に居ればいいのだが……

先陣を切るフェリリルとルークの後を追うが、一歩、一歩と足を踏み出すのが精一杯。自然と遅れた。
鎧を纏う丈高のオーク達に囲まれ、ルーク達の姿を見失う。
唸り、睨みあうオークと魔狼。しばしの膠着。それは自分に取っては無駄とならぬ間だった。生命力と体力が補完されていく。

魔力が二割ほど回復した頃だろうか。

「この先、生きて通さぬ」

しゃがれた声に顔を向けると、道をあけたオーク達の中から進み出る人影があった。
無影将軍の魔道衣を身に付けた黒の魔導師だ。我が叔父――ベテルギウス。
魔将の身体から滲み出る黒い魔気が徐々に我等を取り囲み……怯えた数頭が尾を下げ毛を逆立てる。

「叔父上。父は――ミアプラキドスは如何なる最期を?」
一応聞いてみる。答えがあれば良し。時間を稼ぐも策のうち、とその顔を見据える。
ククッと喉の奥で嗤う魔導師。

「この顔を見忘れたか? ヴェルハルレン」

魔将が目深に被るフードを引き上げた。陽のもとに晒された魔将の顔は――忘れもせぬ、父ミアプラキドスのものだった。

「何を驚く。ベテルギウスはあの石を体内に容れたが為、水鏡に滅ぼされた。我が手を下す必要すら無く」
「されど我も右腕を失った。捕えられ、無影の魔将へと変貌させられたのだ。この心の軋みと痛み、お主には解るまい」

失った筈の右手の平をぐっとこちらに向け、その口を悪しき魔物さながらに歪める父。

「しかし父上! その額の竜は!?」
問われ、しばらく喉奥で嗤っていた父の、その眼がカッと見開く。

「この紋は私がベアル・ゼブル様の配下である徴よ! 我が痛みを消し去って下さった、我が主のな!」
「我は魔将! 無影将軍ミアプラキドス! 魔王の軍に与し、「勇者の魔法使い」である其を始末する!」

ユラリと魔道衣の裾が持ち上がる。その露わとなった手足首、胴、胸、首元には赤石の護符――タリスマンが光っている。

何やら複雑な事情と事態が父を変えた、それは解った。
問題は如何にして父を元に戻すか。戻せぬその時は――殺めるしか道は無いか?

「クッ……ククククク…………『殺めるしか』と、そう問うたか? ヴェルハルレン」
「違うであろう? 主(ぬし)が一考を要すべきは――『如何にして殺めるか』であろう?」

87 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 10:14:36.96 ID:Y7GTkunt.net
タリスマンが不気味に唸り、地が鳴動した。
無影の魔将と化した父の眼が赤く輝く。その口が紡ぐは古代エルフ語のスペル。
魔族は魔法の発動に長い呪文詠唱を要さない。一言呟くたびに、地面から生えた太い槍が我々を取り囲んで行く。
腹下から貫かれ、柱途中にてもがく魔狼も。
父が【水】以外の属性を用いるのを初めて見た。タリスマンの力だろうか。
檻にて飼われる狼の如く、残る魔狼達が囲い内を往復する。

「チェック(王手)だ。先刻、賢者が守る姫のもとへ「水」を動員させた。今頃地下は濁流の渦よ」
「姫を助けたくば、その『賢者の魔紋』を以て、その生命力のすべてを姫の為に使うが良い」

――なんと! イルマが!?
以前同じ岐路に立たされた、その記憶が蘇る。イルマか、自分か。どちらの命を優先すべきか。

「どうした。急がねば死ぬぞ? 愛しくはないのか? 己の勇者――イルマ・ヴィレンが」
否応なしに攻め立てる父。
賢者の魔紋に意識を容れかけ……しかしと思いとどまる。
イルマの傍には賢者が居るのだ。むざむざ彼女をやられはすまいと。

「――ほう?」
動かぬこちらを見、片眉を上げ、父が腕を組む。
「イルマの名に動じぬか。或るいは賢者を――信ずる……と?」
言葉攻めを続けつつ、しかし攻撃の手を緩めず。檻の輪が狭まり、魔狼達が命を散らしていく。
一息に止めを刺さぬのは……息子ゆえにと手加減しているからだろうか。

魔力さえ回復すればと唇を噛んだその時、右横にヒラリと飛び降りた男が居た。
見知った顔だ。以前、魔導師協会からの使いとしてルーンにも訪れた男。
北の峡谷に眠る巨人を復活させんと動いていたと聞くが――

「久しいなシャドウ殿!」
「エミル殿!?」
「北星十字軍指揮官を任された身であるが、王ベルク到着の由(よし)、貴殿の助太刀を致そう!」

言うが早いか【回復】の呪文を唱えるエミル。蒼く光るその右手をこちらに翳す。
「エミル殿。ブリザード=ナイトは?」
我が問いにエミルが首を横に振る。蘇生に失敗したか、倒されたか、ともかくも当てにはならぬ……か。

「ク……クククククク!!!」

エミルの加勢をみとめ、しかし嗤う父。背後に立っていたのは――赤髭の男。ベルク。その額には竜の徴。
「閣下!!?」
エミルの叫びにベルクは答えず、無言で魔将の傍に控えた。父が二言三言、指示を与えている。
恐るべき指示だ。
懐から小さな紙包みを取り出したベルク。虚ろな貌でそれを見つめ、中から黒い丸薬を取り出す。

「――閣下ーーーーーーー!!」

エミルの叫びも虚しく、ベルクは、一息にそれを飲み下した。
黒く、大きく変貌していく彼の姿を、我々は成す術も無く眺めるしか無かった。

88 :マキアーチャ ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 10:15:13.26 ID:Y7GTkunt.net
シャドウとルークが要塞を去ってから10日ほど経った頃だろうか。
黒山の蟻の如く、武装したオーク達が要塞周辺にぞくぞくと蝟集(いしゅう)し始めたのは。

王都の異変を感じてはいた。
父ホンダより受け継いだ勇者の血。
血筋のことは誰にも言うなと硬く念を押され、剣闘士の村を出た時からそれなりの覚悟はしていた。
思いがけぬ要塞での出会い、ルークを設け、育てた17年。悔いはない。

銃眼の狭間に差し入れた矢の先を、先頭に立つオークに向ける。
眉間に狙いを定め、弦を引き絞る。
つい先日に夫が作ってくれた弦は、切れず、緩まず。夫は弓の腕はいまいちだが、職人には向いていると思う。

空を裂く音がオークに届き、眉間を貫く。しかしただの一匹。一体何度やれば足しになるのか。
次の矢を番え、中庭にで蠢く生き物達に眼をやる。
いや生き物――ではない。人の手で作られ、人の力にて動く巨大な人形。
そしてこちらは人ならざる者の手で作られ、人ならざる者の魔力で動く獣、ゴーレム達。
双方が敵同士だ。人形に食らいつくゴーレムが、人形を手動で動かす男――クレイトンの指先ひとつで叩き落とされる。
振り向きざま、背後に迫るストーンゴーレムを叩きつぶす。
クレイトンの人形は17年前のそれより格段に進歩している。賢者が手を貸しとか貸さぬとか。
以前のように容易に壊れず、しかも再生能力を有するという――魔法や機械仕掛けに明るくは無いが、そのように聞いている。

――しかし押されている。
さきほどの……一種ゾワリとする……瘴気のような禍々しい気を感じた、それを機にゴーレム達の動きが一変した。
コンビネーション=プレイとでも言ったらいいのか。
数頭が束となり、防御と攻撃をスイッチしつつの攻撃。
十字軍の騎士達も応戦しているが、基本的に「死なぬ」敵だ。特にドラゴントゥース・ウォーリアーの剣技の手を焼いている。
半数も残っていまい。

オークや騎士達の死体を踏み越え、鎧に身を固めたオーク・ウルクハイの姿も見える。
ゴブリンにオーガにトロル。眼、口を狙い矢を打つも、まさに「蟻」の数だ。キリが無い。

矢が尽きた。
屋上目がけて走るが、その上空に飛翔するガーゴイル達の姿が見える。
屋上へは出られない。

≪ドガアアアアア!!!!!!!≫

轟音とともに来た道が崩れ、塞がれる。
トロル達の投石による攻撃だ。塔と塔の間の通路を狙い、次々に放たれる巨大な石。
壁にポッカリと空いた穴から顔を覗かせるが、すぐに矢の応酬を受けた。間一髪でかわしたから良かったが。
オークの中にも優れた射手がいるらしい。
クレイトンがこちらを見上げ、何事か叫んでいる。「逃げろ」と言ってるらしいが、逃げ場は無い。もはやこれまでか?

その時だ。
外壁の向こうで鬨の声が上がった。
ゴーレム達の注意が逸れ、その動きが鈍る。数頭の魔狼が外壁を飛び越え、うち一頭がこちらに向かって来た。
ガーゴイル達を振り払っている様子から察するに、味方だろうか?
魔狼が唸り、自身の背を仰ぎ見る。乗れと言っているようだ。迷う暇などない。鬣をつかみ、背に飛び乗った。

魔狼の動きは素早く、正確だった。
壊れた城壁やあろうことかゴーレム達までも足場にし、宙を地面を自在に飛び回る。
片手を伸ばし、地に落ちる矢(オーク達の矢も含む)を拾い、矢筒に納める。
狙うは投石に興じるトロルの額。面白いくらいに良く当たる。魔狼が背を貸してくれる為か。

「あうっ!」

一時の油断を狙った投擲が肩を直撃し、魔狼を掴む手が離れた。硬い地面に背を打ち付け、意識を失った。

89 : ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 10:18:56.38 ID:Y7GTkunt.net
【乱戦につき、動かすキャラ多すぎの事態が発生しております】
【ルークとシャドウ以外のキャラクターは「相当」に動かしてもらって構いませんので!】

90 : ◆ELFzN7l8oo :2016/12/03(土) 13:55:26.78 ID:Y7GTkunt.net
【ありゃりゃ……ミアプが無くしたのは右腕でなく左腕でした。大勢に影響は無い……か?】

91 :創る名無しに見る名無し:2016/12/06(火) 23:21:38.71 ID:ZlRZIYcs.net
あげ

92 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/12/07(水) 12:05:22.08 ID:bdFXYdDi.net
アルカナンへ戻ると、そこには既にエレンがおり魔王への報告を済ませた後だった。
入れ替わるようにエレンが王前を辞す。どこへ行くのかはわからないが、忙しないことだ。
尤も、自分もそう長くは王のそばに侍ることはできまい。八大魔将は既に崩壊した。
現在魔王が自由に使える駒には限りがある。

魔王の傍らに控え、仮面越しにその姿を見る。
魔王の腕は封印されたまま、ぴくりとも動かない。シールストーンの効果は抜群ということだ。
両腕を封印された状態で翼を取り戻したところで、魔王は十全な力を発揮することができるのだろうか?
そう疑問に思わないこともなかったが、魔王の言葉を聞くにそれは杞憂なのだろう。

あと、どれだけの嘆きと絶望を集めれば、残された魔王の翼を解き放つことができるのだろうか。
フェリリルの絶望が実証したとおり、もはや数ではなんの足しにもなるまい。必要なのは質だ。
ごく僅かでもいい、その代わり何にも勝る極上の絶望を魔王に献上する必要がある。
そうして真の力を取り戻した魔王と、勇者とを戦わせる。
生き残った方が地上の覇権を握る。それを見届けるのが、この大陸の意思。竜戦士たる自分の役目なのだ。

>我が、残る一対を得んが為、苦心してくれるな?

「――陛下の御心のまま」

ほどなく告げられた魔王の命。
ガシャリ、と鎧を鳴らすと、リヒトはそれに応じて謁見の間を離れた。
魔王の意により、皇竜将軍リヒトには極めて大きな権限が与えられている。
かつての手駒・ブリザード=ナイトや魔狼の王リガトスを粛清した際も、リヒトは何の咎めも受けなかった。
そして、今回も。魔王の力の復活のために、リヒトは何をしてもよい――との許可が下されている。
――ならば。

リヒトは転移の呪文を使い、一瞬でアルカナンから離れると、ベスマ要塞攻略戦の場へと戻った。

「なんだ。やはり戦さに加勢する気になったのか?」

玉座のボリガンが揶揄するが、取り合わない。そこから更に『飛翔』の魔法を使い、矢のようにベスマ要塞へと入る。
要塞の外壁を越え、内側に降り立つと、倒れている女を見かけた。
屈み込み、息を確かめる。――生きている。
無用の殺生はしない。流れ矢の飛んでこない安全な壁の陰に女を運び、壁に凭れて座らせた。

「……極上の絶望か」

女の顔を見下ろしながら、ぽつりと呟く。
もはや、魔王の最後の封を解くほどの絶望を得ようと欲するならば、それは勇者自身の絶望しかない。
どうすれば、勇者に絶望を味わわせることができるのか。
ホンダの死では不十分だった。ホンダの死は勇者の暗黒面を引き出すことには成功したが、絶望には成り得なかった。
いかに血縁とはいえ、僅かな間しか接点のなかった祖父の死を目の当たりにしたところで衝撃は少ないということか。
で、あれば。

勇者にはまだ、両親がいる。
父親は殺せない。勇者の父、シャドウ・ヴェルハーレンには勇者の魔導師として役目を果たしてもらわねばならない。
だが、母親は違う。

(勇者の母を、殺す――か)

腕組みし、冷然とそんなことを考える。
共に長い時を過ごしてきた実母が目の前で死ねば、その絶望は凄まじいものとなろう。
それを得てこそ、魔王の完全復活は成る。
まずは、勇者の母を見つけなければなるまい。そして、それを勇者が要塞に入った頃を見計らい、眼前で殺す。
リヒトは目の前に聳える古い要塞を見上げた。
この要塞のどこかに、勇者の母がいる。

自らが助け、介抱した女がそれであるという事実を、リヒトは知らない。

93 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/12/07(水) 12:08:44.82 ID:bdFXYdDi.net
「ウラララララララララ――――ッ!!!」

要塞を目指して、フェリリルの雄叫びが戦場に響き渡る。
魔狼たちが杉なりの陣形を取り、錐のように一直線に妖鬼兵団を切り裂いてゆく。
その様子はまるで、大海を真っ二つに裂いたという古の聖者のごとし。
群がるオークを蹴散らし、要塞の正門までの道筋ができると、フェリリルはルークを見た。

「ルー、急げ!正門を開けさせ、中にいる者どもに我らは味方であると伝えろ!誤射されてはかなわん!」

何といっても先日まで紛れもなく魔王軍だった一団である。敵と認識されても仕方ない。
まずはその誤解を解く必要がある。フェリリルは強くルークの背中を押した。
ルークが仔狼を拾ったことには気づいていない。

「莫迦めが!おのれらを要塞の中へは入れさせん!ここで残らず殲滅せよとの、帝王の仰せよ!」

ルークの行く手を大柄な重武装のオークが遮る。――ボリガンの副官バーバチカ。
唸り声と共に、バーバチカが手に持ったモールを振り上げる。
鎧の上からでも中身に致死的な衝撃を与える、強力な打撃武器だ。薄着のルークなど喰らえば一溜りもあるまい。
が、そんな一撃をフェリリルが頭上でロムルスとレムスをクロスさせて受け止める。

「行け、ルー!ここはわたしに任せろ!」

「貴様は……覇狼将軍フェリリル!?裏切ったという情報は本当だったか……!」

「誤った情報を鵜呑みにするな!『わたしが裏切った』のではない、『魔王が裏切った』のだ!」

一声叫び、魔族の膂力でモールを跳ねのける。
ルークを先に行かせ、フェリリルは改めてバーバチカと対峙した。

「どちらでも知ったことか。ともかく、帝王の敵は殺す!それだけよ!」

ガチン、と兜の庇を下ろし、完全武装のバーバチカが両手でモールを握り直す。
一方のフェリリルはといえば、鎧らしい鎧などほとんど身に着けていない。褐色の肌を惜しげもなく晒している。
というのに、フェリリルは不敵な笑みを口元に宿しまま、巨漢のオーク・ウルクハイにまるで怯んでいない。
それどころか、

「百鬼将軍に飼育されるうち、貴様らオークは野生の理さえ忘れ果てたと見える」
「狼はブタを捕らえ、喰らうもの。貴様らは――ただ死の恐怖に怯え、逃げ惑っているしかない!」

と、余裕の表情で言い放った。

「犬ころ風情が……我らをただのブタと侮る、それが貴様らの敗因よ!」

「ならば!試してみるか!!」

魔狼のリーダーとオークの副官、それぞれの陣営の指揮官が正門前で激突する。
ベスマ要塞攻防戦は、さらにその激しさを増していった。

94 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2016/12/07(水) 12:11:58.19 ID:bdFXYdDi.net
大理石の床を、つう……と水が伝う。
いくら地下にあるとはいえ、大水や雨への対処はできている。自然の働きでは、この研究棟に水が入るなどありえない。
その理由はとっくにわかっている。まったく騒がしいことになったものだ――と、ワイズマンは思う。

それまで向かっていた机を離れると、ワイズマンは自分愛用の安楽椅子へと歩いていった。
と言ってもここ十数年の間、ワイズマンは安楽椅子に座っていない。座り心地のいい椅子は、先客に占領されて久しかった。
安楽椅子にはひとりの少女が座り、眠るように眼を閉じている。
そっとその白磁のような頬を撫で、それから一房垂れた前髪をかき上げてやる。
かつてめぐり合ったときと同じ、狩人の装束に身を包んだ少女。
十数年の時を経ても変わらない、そのあどけない顔立ちを愛しげに見つめ、ワイズマンはゆっくりと口を開いた。


「新たな勇者が戻ってきたよ、イルマ」

95 :創る名無しに見る名無し:2016/12/08(木) 11:17:28.21 ID:WB5UPo1J.net
あげ

96 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/12/09(金) 17:37:28.18 ID:ObcL4DNp.net
>ルー、急げ!正門を開けさせ、中にいる者どもに我らは味方であると伝えろ!誤射されてはかなわん!

全速で走る中、フェリリルの叫ぶ声が耳に届く。

「わかっ・げほ!!!」
俺の了解の言葉は彼女の手の平で物理的に遮られた。
つまり、背中を「ど突かれた」。
いやいや、彼女は「押した」つもりでも、俺に取っては背面からドロップキックを喰らったくらいの衝撃があった。
俺、オーガでもゴーレムでも無いんだよ! ちょい加減して!?
意図せず乗せらせた前方への余分な推進力を、足の回転数を上げることで消費。結果つんのめって転ぶのを回避する。
……危ない危ない。胸ん中で丸まってるロキがペシャンコになるかと思った……

>莫迦めが!おのれらを要塞の中へは入れさせん!ここで残らず殲滅せよとの、帝王の仰せよ!

やたらとごつい鎧を着たオークが俺達の前に立ち塞がった。
これまたでっかい金鎚のついた長い柄の武器(モールと言うらしい!)を振り上げ、打ちおろす。
だけどレムルスとロムスがモールの柄を受ける甲高い音が頭上で響いた。

>行け、ルー!ここはわたしに任せろ!

「ありがとう! フェル!」

正門を目指して走った。門の向こう側はそれこそ修羅場なんだろう。
人間だか何だか良く解らない生き物の叫び声と金属音、岩だか石だかがぶつかる音の集合。
その中から微かに懐かしい人の声が聞き取れた。クレイトンおじさんだ。
「クレイトンおじさーーーーーーん!!!!」
思い切り叫ぶ。何度も。
「坊主!!? 戻ったのか!!?」
ややあって答える声。
「そうだよ! 俺だよ! ルーク!!!」
通用門のあたりからガチャリと何かを外す音。扉が開いて、懐かしい顔がぬっと現れこっちを見た。
「ルーク! おめぇ……生きてたのか!!?」

クレイトンおじさんの背後には、これまた見慣れたでっかい人形。
あれ? 今勝手に動いた!? おじさんが見てないのに、ガーゴイル達と闘ってるけど……?
「へへっ! 凄いだろ!? 一度敵認識したら自動でもいける。しかも自己修復機能つき。――賢者様様だぜ?」

たった一騎であんな数のゴーレム相手に出来るなんて、やっぱクレイトンおじさんの人形はすごい! 
まさに鋼鉄の騎士だね!? これで下半身もあればもっと俺好み、なんだけど!
こんなじゃなければクレイトンおじさんと人形の外見について思い切り議論し合うとこだけど、んな余裕ない。
剣を向けてた十字軍の騎士達も、クレイトンおじさんの反応を見て、剣を降ろしたまま走り寄って来た。
みんながみんな満身創痍。傷だらけ。

「みんな! 良く聞いて! あの魔狼達は味方だから! 魔将の一人、覇狼将軍がこっちについたんだ!」

一斉に喜んでくれると期待した俺は甘かった。一瞬その眼を点にした騎士達。その眼に浮かぶ、疑いの眼差し。
もちろん――クレイトンおじさんも。

「……おめぇ、頭がどうかしちまったんじゃねぇのか? あん時、魔狼に半殺しにされた事忘れちまったのか?」
「一度魔王に忠誠を誓った魔狼の群が、離反などあり得ぬ! 勇者殿は騙されとられるのでは!?」
後ろから襲いかかって来たゴーレム達と斬り結びながら、騎士達は次々と疑いの言葉を投げつけてくる。
どうすりゃ解ってくれるの!? そうこうするうち……

キューン……

捨てられた犬みたいな声出してロキが顔を出した。
「こんな時に……! 危ないから引っ込んでて!!」
ペロペロ顎を舐めて来るロキを慌てて押し込める。
でもこれが良かった。ロキを目にした騎士達の眼の色が変わったんだ。

97 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2016/12/09(金) 17:39:18.43 ID:ObcL4DNp.net
「おいっ!? 今の、魔狼の子か?」
「……なんとっ! 人には懐かぬはずの魔狼が……?」
「ではまこと、魔狼の群が勇者殿に味方を!?」
騎士達がどよめく。その視線の先に、鎧のオークと剣を合わせるフェルの姿。
呆気に取られ見ていた騎士達が、互いの顔を見合わせ頷き合った。……んーー。納得してくれた!?

≪ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!≫

鬨の声が上がった。

≪天は我等に味方せり!!! 魔狼達に続け!!!≫
≪勇者の軍は健在なり!!! 勇者を!! 要塞を守り切れ!!!≫

勢いづいた騎士達が、でっかい斧やら棍棒やらを振り回して次々とゴーレム達を仕留めていく。
さすがは大柄の北方人。まあ……力任せではあるけど、意外にゴーレムには効いてるみたい。

「坊主! おめぇが説得したのか!? どんな手ぇ使ったんだ!?」

……そう言われても……思いつくままに行動して、思いの丈をぶつけてたら何となく――うわっとと……危ねっ!
いつの間に用意してたんだろう。破城鎚を抱えたオーク達が勢いぶつかってきたんで咄嗟に飛ぶ。
オークが狙ったのは正面の大きい扉だ。内側にかけられた太い閂が、いとも簡単にボキリと折れた。
あはは……そういや最近白アリの巣が出来てたっけ。

なだれ込むオークにトロール、ゴブリン達。
あわてて【飛翔】の呪文を詠唱。うまくコントロールして外壁の上あたりで静止。
トロール達が抱えて投げるでっかい岩が、俺の上を飛び越えて城壁にぶち当たる。やっばい!
こんな時、弓矢があったらなあ、なんて思ってたら、奴等の眼を射ぬいた奴が居る。
誰? と思って見回したら……あの魔狼の背中に乗って、矢を番えてるのって……母さん!?
その母さんが次々にオークやトロールの眉間を射ぬいて行く。――すげぇ! 実は腕が良かったんだね! 

喜んでる場合じゃなかった。トロールの投げた岩のひとつが母さんに直撃した。
急いで降りようとしたけど琥珀色のライオンが飛び出して来た。避けるのが精一杯。

「母さん!!!!!」

遥か下の地面に蹲ってる母さんに声をかけてみたけど、反応がない。
「母さん!!! 返事をして!!!」

そんな俺の眼の前を黒い何かが横切った。
降り立ったその姿は……魔将。ナバウルで見た幻影なんかじゃない。正真正銘、皇竜将軍リヒトその人。

――母さんが……殺される!!?

無我夢中で抜いた剣は、いつの間にか後ろに居た何者かに奪い取られた。

98 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2016/12/09(金) 17:42:35.33 ID:ObcL4DNp.net
体長、体格はベルゼビュートほど、いや、ベルゼビュートそのままの姿が具現したと言っていいだろう。
鎧の如く身体を覆う剛毛。誰しもが頭に浮かべるであろう地獄の悪鬼の姿だ。
バサリと羽ばたく一対の黒い翼。

「コノ場に降リルは二度メニナル」

悪魔が口を開く。
二度目……とは? よもやワーデルローの身体を乗っ取った悪魔と同一……か?

「賢者ハ何処か? 此度コソハ相見エタイモノヨ……」

キョロキョロと周囲を見渡す。その仕草は悪魔というより森に棲むクマに近かった。
動きは鈍く、攻撃する素振りもない。強大な力を持つ故の余裕か。
「ベルク王のなれの果てよ。己が力を以てすれば、こ奴等などひと捻りであろう?」
魔将と化した父が促す。
「賢者ト見エルが我ガ望ミヨ! 雑魚を潰シタ所で足シに為ラヌワ!」

……すぎに攻撃してこないのは有難いが、少々自尊心を傷つけられる言葉ではある。

「シャドウ殿、今のうちに攻撃しましょう!」
エミルが右掌を相手に向け、呪文詠唱の構えを取った。
「待たれよ。奴は魔将ベルゼビュートの具現体。危惧すべきはかの能力だが……」
「――魂の操舵(ソウル・ドライブ)は直接触れねば発動しない。危惧すべきは呪文無効化域の作成。それが成される前に――」
流石は魔導師協会が推薦するほどの実力者。知っていたか。
「いやその前に、『備え』を致そう」
腰に下げた鞭を取り出すのを見て、エミルがなるほどと頷く。

【雨と土の精霊よ 我が得物に宿りその力を行使せよ】
【炎と風の御霊 我が剣と共にあれ】

無効化領域内では呪文詠唱による魔法はすべて無効となる。
しかし、魔具が備える魔力の使用は可能。エンチャントされた物体も同様だ。干渉を受けるのはあくまで「詠唱」なのだ。
どれだけの魔具とエンチャント・アイテムを揃えているかが勝利の鍵を握るとも云える。

我等の呟く呪文を耳にした父が、ピクリと眉を動かす。
呪文詠唱が妨げられるのは父も同様だ。しかし動かぬ所を見れば、すでに何某かにエンチャント済みか。
それともあの両手両足に光るタリスマンが増幅装置以上の力を?

そして一番の問題は、どの範囲まで領域が作成されるかだ。
城内で闘う味方、特にルーク。あれから魔法を取ったら何も残らぬのではないか(言い過ぎか?)。

「二手に分かれ、小技にて反応を見よう」
エミルが頷く。
「私は無影の将を。エミル殿は――」
『ベルク王を』と云おうとして言葉につまる。元はベルク王だが、今はベルゼビュートの具現体。適切な呼名は?
「『閣下』の相手を、ですな?」
エミルはあれを「閣下」と呼んだ。何やら呼びづらいが、親しみも込めそれに習うとしよう。

我等が同時に先手を打った。
こちらは先程父が放った技の縮小版。人の背丈ほどの石の槍を父の足元数か所に「生やす」術。
エミルの技は詠唱内容から察するに火炎系。火炎球の変化形のようだ。

――キュウウウウウンンンン!!!!!!

呪文は双方、難なく発動した。つまり「閣下」はまだ仕掛けていない。

99 : ◆ELFzN7l8oo :2016/12/09(金) 17:46:24.48 ID:ObcL4DNp.net
【年賀状、大掃除、決算、と何かと忙しない師走】
【正月三が日までの期間、○日ルールを3日から7日に延長したいと思います。宜しくご了承の程】

100 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 13:14:48.97 ID:J8vT5+27.net
あげ

101 :創る名無しに見る名無し:2016/12/11(日) 09:52:08.33 ID:k7AJpDAG.net
あげ

102 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2016/12/11(日) 18:58:01.70 ID:FH0B9GtV.net
「行ったか……」

遠ざかってゆくルークの背を見送りながら、フェリリルはひとつ息をついた。
ルークを要塞内へ行かせたものの、自分を含めた魔狼兵団はその後を追わない。
魔狼の強さは機動力にある。要塞の中に入っては、自らの長所を殺すことになる。
ルークたちが要塞の中へと入った後は、魔狼兵団は城壁の外で遊撃部隊として働こうと思っている。
後は、ルークの父であるシャドウが要塞の中へ入れば一安心なのだが――

「他人の心配などしている場合か!?」

ボリガンの副官バーバチカがモールを軽々と取り回して攻撃してくる。
フェリリルは鋭い眼差しで鬱陶しそうにバーバチカを一瞥すると、ロムルスで重い一撃を受け流した。
ここでこんな雑魚に手間どっている暇はない。フェリリルのこの場での最終目標は、オークの首魁ボリガン以外にない。
ボリガンさえ討ち取れば、妖鬼兵団は瓦解する。どれだけ多くの兵も頭を失えば烏合の衆に過ぎないのだ。

「邪魔をするな、三下!」

一声高く吼えてから、反撃に移る。噛みつくような、舞うような、凶暴さと優雅さを兼ね備えた闘法。
まだ20歳にも満たぬ小娘の姿で、実際の年齢も外見通りなのだが、フェリリルは魔狼の中でも最強を誇る戦士である。
全盛期の父リガトスには遠く及ばないものの、この年齢でこの強さというのは天与の才を持ち合わせたと言うしかない。
フェリリルの大鉈が甲冑の上から衝撃をバーバチカの身体に伝播させ、短槍が鎧の隙間を狙って肉を穿つ。
数合打ち合ううち、バーバチカは瞬く間に血塗れになった。甲冑の僅かな空間から、鮮血が溢れ出す。

「ご……オ、オ……!これが、覇狼将軍の強さか……!」

「八大軍団は世界最強、そして八大魔将はその頂点。即ち――この世界で最強の八人!」

そう言い放つフェリリルの肉体から魔気が立ちのぼる。その輪郭が徐々にぼやけ、七人に増殖する。
『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』。魔気によって作り出される、質量をもったフェリリルの分身たち。
満身創痍ながらも闘志を失わないバーバチカが、最後のあがきとばかりに突進してくる。

「ゴオオオオッ!帝王ボリガンに栄光あれ――――ッ!!」

「……安心しろ、百鬼の従僕。貴様は弱くない、だが――」

ゴウッ!

七人のフェリリルが大地を強く蹴る。
獲物を集団で仕留める魔狼の習性そのまま、すれ違いざまにバーバチカの全身を七分割に切り刻む。
フェリリルの必殺技、黒狼超闘技『渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)』。

ギャギャギャギャギャッ!!!

バーバチカとすれ違った後で、つきすぎたスピードを両脚とロムスとで殺す。急制動の跡を地面に轍のように刻むと、

「――わたしのランキングが、きさまの位置の二ケタほど上というだけの話だ」

と、凶暴な笑みを浮かべて告げた。

103 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2016/12/11(日) 19:01:36.48 ID:FH0B9GtV.net
現れた新たな魔の気配に、リヒトは僅かに顔を顰めた。

――この気配、魔族か。

魔族と言えば間違いなく魔王の眷属だが、不思議と今感じる気配には不快なものを覚える。
同種のものでありながら、僅かに違う。混ざりあうようでいて、決して混ざりあうことのない違和感。
リヒトはベアル・ゼブルと直接会ったことはない。また、その魔気を感じたこともない。
よって、闖入した魔気が何者のものなのか判別することができなかった。
とはいえ、それの正体などは大した問題ではない。名あり(ネームド)でない中級魔族程度ならば、片手で捻ることができる。
気にかけるべきは、『それが何のためにこの戦場に現れたのか』であろう。
魔王の手ではあるまい。魔王なら、増援を差し向けるとリヒトの出立時に言うはずである。

――だとすれば。

魔王軍でない魔の眷属が、こちらに来ている。
魔族は城壁の外周部におり、動く気配がない。
その近くには、覚えのある気配がある。シャドウ・ヴェルハーレンのものか。
もし魔族がシャドウの命を狙っているとしたら、少々危うい。
さらに、無影将軍の気配まである。無影将軍が魔王に呪縛されたままだとすると、無影将軍もシャドウを狙うだろう。
まさに絶体絶命のピンチと言うべき状況だ。
ただし、ここはシャドウに独力で切り抜けてもらうしかない。

――それが適わぬようでは、魔王を倒すことなどできぬ。

リヒトは投げ捨てるように考えた。
魔王という規格外の相手に勝つには、挑む側も規格外でなければならない。
中級魔族ふぜいに遅れを取っているようでは、そんなことは夢のまた夢と言うしかない。
そして、呪縛された無影将軍を解き放つことが出来るのは、実子たるシャドウをおいて他にいないのだ。

>母さん!!! 返事をして!!!

僅かに思索に囚われていたところを、横合いから聞こえた声によって現実に引き戻された。
見れば、いつのまにか城壁の上に少年が浮かんでいる。
その姿は知っている。『勇者』だ。
予定よりも少々早い。本当は、これから勇者の母親を探そうと思っていたのだが――
しかし、どうやらその必要はないらしい。
勇者は明らかに、リヒトの介抱した女を見ている。そして『母さん』と。
ならば。

「……たっぷりと恨んでもらおう。オレのことを」

リヒトはゆっくりと腰の竜剣ファフナーを抜いた。途端、魔気が炎の燃え盛るように全身から放たれる。
ファフナーの禍々しい切っ先が、マキアーチャの首筋に添え当てられた。

104 : ◆khcIo66jeE :2016/12/11(日) 19:03:06.38 ID:FH0B9GtV.net
>>99
【了解しました】

105 : ◆ELFzN7l8oo :2016/12/18(日) 06:08:05.38 ID:ZlTtVyeV.net
【申し訳ない! どうにもこうにも身動きが取れず】
【最悪年明けの投稿になりそうです……】

106 :名無し募集中。。。:2016/12/18(日) 10:45:13.82 ID:dZm7/iCL.net
ベルクとエミルが意外に活躍してて胸熱

107 : ◆khcIo66jeE :2016/12/18(日) 17:37:25.02 ID:GbuBcBGY.net
>>105
【ご無理なさらず、では再開は年明けということで。来年の投稿をお待ちしています】

108 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/02(月) 07:06:04.57 ID:kc/VWLQL.net
【明けましておめでとう御座います】
【お待たせして申し訳ありません。5日までには投下出来そうです】

109 :シオ ◆ELFzN7l8oo :2017/01/05(木) 06:03:19.46 ID:+Avvv71+.net
魔狼達の襲撃により「剣闘士村」の機能は崩壊した。村を囲む結界もすべて解け、生き残った者達は方々に散った。
しばらくは鍛冶場にてホンダやルーク達の帰りを待っていたが、何やら不穏な物を感じ村を出た。
向かった先は当初の示し合わせ場――ベスマ。

要塞にはすでにオークの軍団が集結し、ゴーレム達が攻撃を仕掛ける最中だった。
「……すごい……数だわ」
要塞を囲む森の一角から見渡せるその数、おそらく10万は下らない。
城壁の各所に十字の旗が掲げられている。騎士達の雄叫びが幾重にもなって遠く耳に届く。
外壁の傍らに巨大な王座に座すオークの頭。その横に黒衣の魔導師。おそらくは魔王の配下、魔将の二名。
――参戦か。それとも逃走か。
剣技には自信がある。リリスも習い始めにしては魔法が使える方だと思う。
しかしそれが何だと言うのだ。あのオークの集団の、外側一角を崩すことすら出来るかどうか。
魔王に歯向かう「勇者の一員」として命を散らすは容易なことだが――

「シオ! あれ!」
リリスが指差す先。今居る場と要塞との丁度中ほど。見上げるほどに高い位置に突如として黒い集団が現れた。
魔狼の軍だ。村を襲った魔狼と同じ軍。ルカインを殺した魔将フェリリルの姿もある。
もはやこれまでと覚悟を決め、剣を抜いたこの手をリリスが掴んだ。
「ねぇ!! あの群れのまん中に居るの、ルークじゃない!?」

まさかと思い目を凝らす。地へと降り立つ魔狼達に紛れ確かに「人」が居る。
明るい茶色の髪に、独特の身のこなし。流石に顔の判別は出来かねるが、どこかとぼけた仕草がそれらしい。
「何故ルークが魔狼と……?」
ルークがフェリリルに話しかけている。頷き返す彼女の……その親しげな様子はどうした事か。
フェリリルの合図を受け、魔狼達はオークの軍を攻撃し始めた。魔狼が味方? ルークが説得した、とでも?
腕を掴むリリスの手が不意に熱くなり、見ると彼女が険しい顔で魔狼達を凝視していた。
「……金の眼をした……エルフ」
「え?」
「あの黒い服着たエルフの男よ。こっちを見た目がキラリと光った」
――エルフ? 男?
目を凝らせば、確かにもう一人、魔狼以外の者がいる。背が高く、金髪を靡かせている。
しかしあれがエルフなのか、まして眼の色がどうかなど……
「凄いな。どれだけ目がいいんだ、君は」
「ううん。そんな気がしただけかも」
リリスは泣きはらした後のような赤い眼をゴシゴシとこすり、力無く笑った。

魔狼達がオーク達を蹴散らし、作った城門への道をルークが行く。中の者と何事か交渉し、合流するのが見える。
魔狼は中に入らない。フェリリルが鎧姿のハイ・オークを相手に圧倒的な力――スピード、恐るべき分身の奥義を見せつける。
文字通り八つ裂きになったオークの前で、凶悪な笑みと咆哮を返すフェリリル。

一方で、黒衣の魔将とエルフの魔導師とが対峙していた。
魔狼達が魔法の石槍で突かれ、あわやという所で十字軍の魔導師らしき男が乱入。
十字軍の長らしき赤髪の男――おそらくはベルク王――も合流し参戦するもようだ。
三対一なら魔将相手でも何とかなろう、と胸を撫で下ろしたのも束の間だった。
あろうことかベルク王は魔将の傍らへ並び、大きく黒い獣のような魔物へと変貌し始めたのだから。
「……シオ!!」
この位置からでも、その魔物が異様な気を放つのが解る。――違う。どうこうして敵うような相手では無いと直感する。
リリスの髪の毛がザワリと逆立つのが解った。
彼女も同じものを感じたのだろう。一度ビクリと身体を震わせ、しかし逃げはしなかった。
むしろ彼等に向かって走り出した。急ぎ追い、その腕を掴む。
「君が行ってどうなる! オーク達に殺られるのがオチだぞ!?」
「殺されたっていい! あの人は私の・」
リリスの様子がどうもおかしい。あの人? あのエルフのことか?

矢が数本飛びこんできた。咄嗟に剣で払い、リリスを引き寄せる。
「気取られた! 行くぞ!」
「行くって……何処へ!?」
「あの『悪魔』を倒す術を見つけにだ!!」
半ばリリスを抱えるようにして要塞に背を向ける。リリスが納得したのかどうか解らないが、兎にも角にも付いて来た。

110 :リリス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/05(木) 06:08:06.90 ID:+Avvv71+.net
幅広の葉をつけた大きな木や灌木が、鬱蒼と茂る森の中。

生い茂る枝葉や小川の水音が遮断する筈の森外の音を、半エルフの耳が拾う。
兵士と魔物とがぶつかり合う……喧騒。思わず振りむき、先を行く男に声をかける。

「シオ。当てはあるの? 本当にあの悪魔が倒せるの?」
しばらく黙って歩を進めていたシオが足を止め、振り返った。

「どの道、今の私達が行った所で助けになどならない」
ポキリ! と踏みしめた枝が鳴った。飛び立つ鳥。あの鳥は何と言う名か。
そよぐ風が近くのせせらぎの匂いを運ぶ。水苔や虫、おそらくは水中を泳ぐ魚達の匂いがその中に混ざる。
どんな魚が泳いでいるのか。銀色に光っているのだろうか。そもそも「魚」とは、どんな形なのだろう。


娼館で生まれ育った自分は、外をほとんど見たことがない。
女主人に頼まれ、数件先の物売りの店へ使いに行く、その程度だ。
だから館を訪れる客と、娼婦たちの会話に進んで耳をそばだてたものだ。
外の話。男達は大概、政治や経済の話をした。
今の王は教会寄りで商売がやりにくいだとか、剣闘会でも開催されたら店の在庫を捌けるのだがとか、そんな話だ。
しかし自分がもっとも興味を惹かれたのは「エルフ」の話だった。
顔も、名も知らぬ父。ただ手掛かりが無くもなく。
蓮っ葉で滅多に娘の世話をしなかった母の記憶は朧げだが、死の床にてポツリとつぶやいた言葉は5年たった今も忘れない。
『あんたの父さんはエルフさ。探すんなら金の髪と眼をしたエルフを探しな』
帝国のエルフを親衛隊が捕縛したと聞いた時は、今度こそは父なのではと、居ても立っても居られなくなった。
そんな時だった。
「あんな剣士様の相手はあんたで十分さね」
まさかこの年で男の部屋に行かされるとは思ってもみなかった。かといって逃げる訳にも行かず……
その剣士がシオで本当に良かったと今にして思う。
そっと右耳の先端に触れる。最近、頓(とみ)に細く、尖って来たような気がする。父の……エルフの血を継ぐ証。

「シオ! 待って!」
気付くとシオの背は遠く、まるで彼が遠くへ行ってしまったような錯覚に身が竦んだ。
ルカインの計らいでシオの心臓が一度止まったのはほんの数日前のこと。本当に……完全に治っているのかと不安にもなる。
急ぎ駆け出し、道を横切るケモノの子を危く踏みそうになった。バランスを崩し、掴んだ枝の感触に思わず悲鳴を上げる。

「どうしたリリス!!」
シオが息を切らし戻って来た。
「なな・なんでもないわ! 蛇かと思ったの!!」
サラリと冷たく、更に言えばスベスベした感触に手を離したものの、眼の前にぶら下がるヒモは蛇などでは無い。
「……これは!?」
シオがその茶色のヒモ――明らかに人の手で編まれた組紐を手に取る。
それが扉を開くスイッチの役目を果たしていたのか、単に呼び鈴でも付いていたのか。
横合いに張り出た岩肌にぽっかりと四角い穴が開いた。

「おや、どなた……じゃったか……?」
不意に穴から姿を現したのは一人の老人。
シオが自分を庇うように間に割り込み、いつの間にか抜いていた剣を向ける。
老人は怯むどころかニヤリと口元を歪め、咳き込むかのような奇妙な笑い声をたてた。
「若いの。このわしが其方等をどうこう出来るように見えるかの?」

80をとうに越しているだろう。
昔は上背があったであろう腰は曲がり、両の手を置く木の杖に体重を乗せ、やっと立っているように見える。
猟師達が好んで着用する鹿革の衣服に身を包む――痩せた白髪、白髭の老人。
しかしシオを剣を下げなかった。
老人はその井手達に反する……並々ならぬ眼光を湛え、シオを見つめた。
「ほう? では……このわしが『何者』か知って来られた方か」
老人は得心顔で頷き、クルリと背を向け膝を折り座った。杖を両手で握ったまま膝に置く。

「ひと思いに送ってくれて構わんよ。わしは十分に生きた。あ奴等への手向けにもなろう」

111 :リリス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/05(木) 06:11:33.15 ID:+Avvv71+.net
「如何にも私は、貴方が何者か知っている。生きて会えたなら容赦はせぬと決めている」

シオの口調は乾いていた。眉間には深い溝が刻まれ、その眼に宿るは怒りか、怨嗟か。
こんなシオは初めてだった。優しく、義侠を重んじ、弱きを助ける。自分はそんなシオしか知らないのだから。

「シオ……この人は誰なの?」
聞いてみずにはいられなかった。だがすぐに後悔した。誰にだって、抱える秘密の一つ二つはあるだろうと。

シオがハッとしたようにこちらを見た。
しばらく剣と老人を見比べていたが、ゆっくりと剣を降ろし……しかし鞘には納めず。

「あの『悪魔』の弱点を知る……ただ一人の人間」

ためらいがちに答えたシオの言葉に、老人がピクリと眉を動かした。
「それを聞いてどうなさる」
「とぼけるな! 今要塞に『それ』が出現した事、気付いてないとは言わせぬ!!」
妙に落ち着いた物言いが、シオをいら立たせるのだろうか。剣闘会の時、ラファエルの挑発に乗ったシオを思い出す。
老人は坐したままシオに身体を向けた。
「其方が誰か敢えては聞かぬ。わしを恨むものは多いからの。じゃが……あれについて言及されたは初めてじゃ」
「やはり知っているのだな?」
老人は肯わず、ただ目を硬く閉じた。
「追手もあるのじゃろう? とりあえず入りなされ」
老人が例の組紐を引くと、再び岩肌に穴があいた。なるほど、外から扉を開く仕掛けだったらしい。

「……なに……ここ……」
思わず呟く。シオも立ち止り、そこかしこを見上げている。

そこは穴倉などでは無かった。細かな彫刻が施された高い天井に大理石の壁。
部屋のすみには魔法の明かりがゆらりと揺らめき、豪奢な細工を照らし出していた。
「驚いたかの? あの扉はわしの庵に繋がっておるでの」
「イオリ? 冗談でしょ? ここ、まるで絵本で見たお城の中みたいじゃない!」
老人がまたもや咳き込んだような笑い声を立てた。
「なかなかに物おじせぬお嬢さんじゃ。……じゃな。我が屋敷は……まるで大要塞のようだと、良く言われたものじゃ」
背筋を伸ばし、胸を張る老人は、もはや猟師などには見えない。まるで何処かの王族か大貴族のようだ。

「そんな眼で見んでくれお嬢さん」
老人がため息をつき首を振る。
「今のわしは見ての通りの身分じゃよ。屋敷も人手に渡っとる。この部屋は……とある魔導師の気紛れで手元に残っただけなんじゃ」

間仕切りの無いだだっ広い部屋の各所には、タンスやベッド、テーブル、椅子などの調度が置かれていた。
隅には暖炉もあり、その傍のテーブルには、何かがぐつぐつと煮込まれていた。
鼻をつく肉やスープの香りに、意図せず腹の虫が鳴る。
振り向いたシオが窘める視線を送ってよこすが、彼の腹のあたりからも魔狼の子が唸るような音が聞こえてきた。
老人がクックッっと声を殺して笑うのが解った。

「遠慮せずおあがりなされ。ちょうど『連れ』がウサギを獲って来たでの」

言うが早いか、先程の扉が音もせず開いた。ヒラリと身軽に飛び込んだ、その人物を見たシオがあっと声を上げた。

112 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/01/05(木) 06:18:35.34 ID:+Avvv71+.net
「相も変わらず隙だらけ。勇者である自覚はあるのか?」

聞きなれた懐かしい声。振り向かなくたって誰だか解る。
――ライアン。どうしていっつもイイとこで居なくなったり登場したりするの?

『いつから居たの?』ってお決まりのセリフを言う余裕なんか無かった。リヒトが腰の剣を抜いたからだ。
瞬間、リヒトの身体が燃え盛る炎に包まれる。……もちろん本物の炎なんかじゃない。
「マキアーチャ殿!!」
気付いた騎士が数人、リヒトと母さんに駆け寄った。
「その魔気に触れるなあ!!」
クレイトンおじさんがゴーレム達の相手をしながら騎士達を呼びとめる。けど遅かった。
火傷、なんて生易しいもんじゃない。赤くて黒いリヒトの魔気に焼かれた騎士達の身体が炭と化して砕けた。

「あああ…………」
屈強を誇る騎士達がヘナヘナと膝をつく。
無影将軍が動かす軍はすでにその数を減らし、「脅威」ではなくなっていた。
でも、あの魔将はゴーレム達全部足しても――いや、比べることなんか出来ないほど……

「ライアン! インベルを返して!」
リヒトが母さんの首筋に剣をあてがうのが見える。早くしないと――
「お前の母親がどうなろうと私には関係ない」
俺はこの時初めて振り向いた。
ライアンは……初めて会った時と同じ目をしていた。感情のこもらない……でも意思の強そうな目。
ルーンの再興が目的だって彼は言ってた。目的の為には手段を選ばないライアンのやり方は知ってる。
でもさ、その言い方はあんまりじゃない?

睨みつけた俺の顔を正面から見返したライアンが口を開く。
「私は母親の顔を知らん。私に取ってはそれが『当然』」
俺の眼をじっと見つめたまま。
「お前には『居て当然の母親』だが……その存在自体がお前の弱点なのだ」
「何だよそれ!! だから見殺しにしろって!!?」

もし母さんが殺されたらって一瞬思った。
祖父ちゃんがナバウルで殺された時、祖父ちゃんの心臓が抉られた時、俺はただ泣いた。
泣いて喚いて……そんな俺の気持ちに剣が答えてくれた。結果、居合わせた人達が死んでしまった。
敵味方を問わず殺しまくる狂戦士。もし俺がそうなったら、父さんやクレイトンおじさんまで――
そこまで考えて、俺はハッとしてライアンを見た。

――もしかしてライアン。そうなるのを止める為にインベルを?

そんな俺の顔を見て、ライアンがニッと笑う。
「リヒトは私に任せろ。お前はアルカナン王城で魔王を打て。奴が完全体となる前に」
「わか・え!!?」

俺が何か言いかける間もなく、ライアンがリヒトに向かってまっすぐ飛んだ。
右手に握るインベルの切先を天に向け、いつの間にか取り出したフサルクの剣を前方に翳す。

≪ ウンジョー = wunjo ≫ 

「wunjo」は確か光と喜びを意味するルーン文字。
ライアンの叫んだ独特の発音(俺には真似出来ない)に呼応して、インベルが眩い光を発した。
思わず眼を覆った。
おそらくはその場に居た全員が。

「キャン!!」
服の中で俺の胸にしがみついていたロキが鳴いた。

113 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/01/05(木) 06:21:43.76 ID:+Avvv71+.net
次々と地から突き出す石の槍を、父は難なく避けていく。
槍先に手を添えヒラリヒラリと、まるで馬から馬へ飛び移るように身を翻す。私などよりよほど身が軽い。
魔法で撃墜するに及ばず、というわけか。あのタリスマンの力と波動を読みたかったのだが。

エミルの放ったのは一見オーソドックスな炎の球。
人間一人なら易々呑みこむ大きさのそれを、「閣下」はただ眺めていた。
この距離からも熱さを感じ取れる灼熱の球。それを避けもせず、かと言って防ぐ素振りも無い。
嫌な予感がした。
「待たれよエミル殿!」
自分で言って馬鹿なことだと思った。一度放たれた火炎球は戻すことは出来ない。何処かに着弾するしか無いのだ。
しかしエミルは我が言葉に即座に対応した。球が閣下の眼前でピタリと止まったのだ。
「ほう……」
ゆるゆると弾道を変えた炎を眺め、父が感嘆の声を漏らす。
火炎球の弾道のコントロールの難しさを心得た者だからこそ、出る嘆息。火力の制御すら出来ぬ私には到底出来ぬ芸当。
「グウム……」
魔狼の如く唸った閣下が今度は「動いた」。
弾道を変えた筈の炎の球に向かい、手を差し伸べる。クイっと人差し指を曲げ、球を招く動作。

――ギュン!!!!!!!

球は再び閣下に襲いかかった。閣下の腹に着弾し、爆発――せず。そのまま消えるように呑みこまれる。
声も無く立ちすくむ我等に、まるで初めて興味を持ったとでも言うように一瞥をくれつつ……しかし一言。

「愚か者ドモ」

その言葉を合図にするかの如く。
閣下の身体が見る間に膨らみ、クレイトンの人形を凌ぐほどの大きさとなる。
と思いきや、その口から先程呑みこんだ火炎球が飛び出した。その数、ひとつ、ふたつでは無い。
直線の弾道にて前方より向かい来る球が三つ。弧を描き左右、後ろから攻める球が六……いや七つ。

炎には氷というのがセオリーだ。急ぎ唱えるエルフ語に、エミルも乗じた。

【清らかなる流れ 迸る清流よ 凍てつく弾となり 盛る炎を飲み込むべし】

要塞近くに流れる川より転送した水を用い、氷の球にて炎の熱を相殺する技だ。
虹色に光るシャボンの球を思わせる氷結弾、計10個。
まるで示し合わせたように、自分は前後、エミルは左右の球を狙い撃つ。
「……ほう」
またもや父が嘆息する。
そうなのだ。これも簡単に見えてそうではない。
炎の威力と寸分違わぬ威力の氷をぶつけなければ、どちらかの余波が我等を襲う。つまりは焼け死ぬか凍死か。

瞬時に氷が蒸発し、我等の周囲に薄雲が発生した。相当に悪い視界だが、この場に居る誰もが困るまい。
音と気配にて立ち位置は完璧に把握可能ゆえに。
だが私は相当困惑していた。
閣下は自ら攻撃したのではない。吸った息を吐くように、受けた攻撃をただ返しただけだ。
火炎であれ氷であれ、閣下に物理的な攻撃は効かぬのだろう。その閣下が本気を出せば、いったいどうなるか。

陰にこもる笑い声が、閣下の居るあたりからした。

「イイだろう。多少ノ相手も吝(やぶさ)かナラズ」

思わぬ我等の連携が、閣下の始動ボタンを押したのか。
左方と右方に突如として出現した黒い物体。球のように見えるが、どうも質量を感じない。
「闇の穴」だと直感的に判断する。
この世の「存在する力」と逆のベクトルを有する――存在を否定する力、とでも云おうか。

「マズいですぞシャドウ殿!」
エミルの声には相当の焦りが滲んでいた。

114 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/01/07(土) 19:29:58.46 ID:VcGe/ICN.net
圧倒的実力によってウルク・ハイのバーバチカを撃破したフェリリルが、戦場を駆ける。
その行き先はただひとつ――妖鬼兵団の本陣。
狙うはベスマ要塞攻略軍の総大将、百鬼将軍ボリガンの首。
群がるオークやトロール、ゴブリンたちを蹴散らし、その血腸にまみれながら、フェリリルは矢のような速度で本陣へと迫った。

そして。

「百鬼将軍!その首、頂きに来た!」

辿り着いた本陣でレムスを突き出し、そう声高に宣言する。
移動式の玉座に浅く腰掛け、頬杖をついた不遜な様子で、ボリガンは軽く目を細めた。
分厚い唇の端に不敵な笑みを浮かべ、ぐふっ、と嗤う。

「勇ましいな、覇狼。それにしても……よもや勇者に籠絡され、魔王を裏切るとは。まったく驚いたぞ」

「籠絡?違うな。魔王が勝手に疑心暗鬼に駆られ、魔狼との約定を一方的に破棄した。よって我々は同盟を離脱した、それだけだ」

「どちらでも同じことよ。しかし惜しい……余は、そなたを憎からず思っていたのだぞ?朋輩の愛娘ということもある」

常人なら卒倒するほどの殺気を向けられているというのに、ボリガンの声音に険はなく、王者の余裕に満ち溢れている。
まるで姪か何かにでも接するような物腰だが、フェリリルはそんなボリガンの言葉を一蹴した。

「抜け抜けと……。きさまは自分の種族のことしか考えていない、他の者に親愛を感じることなどないと父上から聞いたぞ」
「きさまにとっての大事とは、豚どもの繁栄。そのために魔王についているのだろう、わたしを憎からぬなどと、どの口が!」

「ブッフフフ……。だから、そう言っているではないか」
「覇狼将軍たるそなたの子袋に、余の種を仕込めば……果たして、どれほど強靭な仔が産まれるであろうか、となあ……!」

ボリガンがニイイ……と凶暴な笑みを浮かべる。他種族の女のことなど、生殖に必要な材料程度にしか思っていない物言いだ。
フェリリルの顔がみるみるうちに紅くなる。誇り高い魔狼にとって、いや女にとって、そのような扱いは侮辱以外の何物でもない。

「――殺す!!!」

言葉による辱めに激怒したフェリリルが突っかける。瞬足で玉座のボリガンへと飛びかかると、脳天めがけロムルスを振り下ろす。
いつのまに持っていたのか、ボリガンが巨大な棍棒『黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)』で鉈を受けとめる。

115 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/01/07(土) 19:30:18.18 ID:VcGe/ICN.net
「カアアアアアアッ!!!」

フェリリルが一気呵成に攻め立てる。が、その攻撃はボリガンにことごとく往なされてしまう。
玉座に腰をおろしたまま、片手でフェリリルの攻撃をすべて捌き切るなど、尋常な強さではない。

「鋭い太刀筋だ、よく鍛えてある。……バーバチカでは勝てぬ筈よな」

「きさまもすぐに臣下の後を追わせてやる!百鬼!」

「……できるかな?善い、やってみせよ」

ボリガンが余裕の笑みを漏らす。
現状を打開できる術があるとしたら、それはフェリリルの奥義である渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)しかない。
が、魔王やリヒトのように潤沢な魔気を持たないフェリリルは、奥義を連発することができない。
バーバチカに使用した分、今しばらく魔気をチャージする必要があった。
そして、ボリガンはそんなフェリリルの内情を見透かしている。

「く……!」

フェリリルはラッシュを中断すると一旦黒髑髏を蹴って後方に跳躍し、間合いを開いた。
身軽に着地し、ロムルスとレムスを構え直す。
が。

――なんて大きいんだ……。

玉座に座ったまま、片腕一本でフェリリルの全力攻撃を凌ぎ切ったオークの帝王が、やけに巨大に見える。
年齢や体格はもちろん、戦闘の経験も。知識も。相手の方が遥かに上。
果たして、こんな強大な将軍に勝てるものか……?そんな不安がむくむくと鎌首をもたげてくる。

「……安心するがよい、覇狼。そなたは弱くない、ただ――」

頬杖を突き、余裕の笑みを浮かべてボリガンが言う。

「――余のランキングが、そなたの位置の二ケタほど上というだけの話だ」



フェリリルは唇を噛みしめた。

116 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/01/07(土) 19:33:23.67 ID:VcGe/ICN.net
――ルーンの王子か。

戦いの場に闖入してきた青年を兜のスリットの奥から見遣りながら、リヒトは思った。
ベアル・ゼブルの眷属。当然その行動原理はベアル・ゼブルの意思であり、魔王とは相容れぬものと思っている。
従って、リヒトは勇者に力を貸す戦士の適合者としてフェリリルを選び、そのように取り計らった。
この場にやって来たのも、ベアル・ゼブルの命を受けたがゆえであろう。

>その魔気に触れるなあ!!

騎士たちがリヒトを取り囲むも、リヒトは彼らに対して一瞥さえしない。代わりに、漆黒の魔気を全身から放つ。
魔気に当てられた騎士たちは瞬く間に炭と化し、ボロボロと崩れて落ちた。

>ライアン! インベルを返して!
>お前の母親がどうなろうと私には関係ない

ルークとライアンの遣り取りを、マキアーチャの首筋にファフナーを添え当てたままで聞く。
一見酷薄な、突き放した物言いだが、しかしその語調には血気に逸るルークを嗜める響きがある。

――何を考えている?

ベアル・ゼブルにとっても、勇者は決して楽観視できる相手ではないはずだ。
ライアンの目的がベアル・ゼブルの世の到来だとするなら、今ここで殺しておくのが最善のはず。
まして、勇者の剣はライアンの手の中にある。

>リヒトは私に任せろ。お前はアルカナン王城で魔王を打て。奴が完全体となる前に

ライアンがそう促す。この戦場から離脱し、魔王を討つ……と?
そんなこと、出来るはずがない。
が、ライアンはお構いなしにこちらへ高速で接近してくると、フサルクの剣をかざした。

>ウンジョー = wunjo

途端、まばゆい光が周囲を包み込む。
どこかで魔狼の鳴き声が聞こえた。強烈な閃光は魔狼には有害であったのだろう。
だが、リヒトには通じない。閃光に乗じてライアンの振り下ろす剣を、ファフナーで危なげなく受けとめる。

「……自分が何を言っているのか、分かっているのか」

ライアンの身体を跳ねのけ、ファフナーを下ろして告げる。

「現状で勇者がアルカナンに行ったところで、魔王を倒すことはできん。――勇者にはまだ、足りないものがある」
「そして……。貴様も、オレに勝つことはできん」

ゴウッ!

リヒトの全身から魔気が迸る。
フェリリルと違い、魔王譲りのリヒトの魔気は無尽蔵。そして、その濃度もフェリリルのそれとは比較にならない。

「勇者の戦士は決まった。おまえは勇者の戦士になれなかった」
「おまえは用済みだ。――だが、おまえには最期に勇者の役に立ってもらう。おまえには――」
「母親の代わりに、死んでもらおう」

無情な死刑宣告。やると決めたなら、リヒトがその決定を覆すことはない。
魔王軍最強と謳われた、竜帝兵団の長。
この大陸そのものの意思である、伝説の竜戦士。この世に並ぶものなき魔気を与えられた、魔王の息子。

そのリヒトが、一歩。ライアンへと歩を進めた。

117 :リリス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/10(火) 16:46:31.17 ID:NHN0sfPJ.net
入るなり警戒の態勢を取った、細身で長身の――女性。
20は越してそうだ。猟師風の衣装に身を包み、長い黒髪をポニーテールにしている。
ぴったりした革のズボンにロングブーツ、長い袖の革服といった井手達だ。腰ベルトには一本の短剣、背には弓と矢筒。
シオが眼を見開き、彼女を凝視している。知り合いなのだろうか?
女性の方もシオを見ていた。涼し気な顔立ちを引き立てるキリッとした眉を僅かに寄せ、茶色の眼を瞬かせ――
見つめ合うシオと女性。長い沈黙。

「シオ! どうしてここへ!?」
「ミア! 生きてたのか!?」

「ミア」と呼ばれた黒髪の女性が、いきなりシオに向かってダッシュをかけた。
てっきり攻撃するのかと思ったが違った。彼女は迷わずシオの胸に飛び込んだのだ。
しっかりと抱き合う二人。シオが回す腕にギュッと力を込めている。
「……会いたかった!」「私もだ!」

自分の知らないシオがそこに居た。再会を喜び合う二人。どうみても恋人同士って感じだ。
『やめて!』
もう一人の自分が叫ぶ。胸がしめつけられる。目頭が熱い。
――うん。解ってるよ……十かそこらの女の子をシオが相手にしてくれる訳ないって。でも……

二人はしばらく再会を喜び合っていたが、ハッとした顔を自分と老人に向け身体を離した。

「ミアや。早いとこ、自己紹介した方が良さそうじゃよ。そこのお嬢さんが不貞腐れておるからの」
「え?」
慌てて首を横に振る。……そんなに態度に出ていただろうか。
ミアが頷き、こちらを見てにっこり笑った。
「ごめんなさい。10年ぶりの再会で、つい我を忘れちゃったの。私はミオ・ビクタス。シオは双子の兄なの」
「ええ!? そうなの!?」
「ホッホッ……良かったのお嬢ちゃん」
老人が相好を崩し、何度も頷いている。いつの間にか「お嬢さん」でなく「お嬢ちゃん」になっている。
この人も謎だ。いったい誰なんだろう。

「私は名をシオ・ビクタスと申します。剣を向けた無礼、お許しください」
シオが打って変わった慇懃な態度で老人に向き直った。納めた剣を床に置き、両手、両膝を床に付く。
「我が妹の仇、と聞き及んでおりました故」
「そういう事じゃったか。てっきりわしが昔蹴落とした貴族の子弟か何かじゃと」
「妹は10年前、貴方の屋敷にて剣舞を披露しに出かけ、そのまま戻らず。噂では奴隷となり殺されたと……」
「違うのよ兄さん! あたしが勝手にこの人に惚れちゃったの! 傍に置いてくれって頼んだのよ!」
――惚れたって……ええーーー!!?
あらためてミアと老人を見比べた。さすがにシオも驚いたようで、あんぐりと口を開けて二人を見ている。
どうみても……50は離れて見える。私とシオの歳の差なんて……全然じゃない!
「ホッホッホッ! 悪い噂ほど人の気を引くでな!」

「じゃあ何? 勝手に納得し合ってたってこと? 下手したらシオはあなたを……」
「……じゃな。端から言葉を交わしとれば良かったの」
老人が近くの椅子に腰かけ、息をついた。

暖炉の方から何かがシューシュー音を立て始めた。
「いけない! 吹きこぼれてるわ!」
ミアが駆け寄り、鍋を木のテーブルに降ろす様子を眺めていた老人は、ふとこちらに眼を向けた。
「そういえば、お嬢ちゃんの名を聞いて無かったの」
「相手の名前を聞きたかったら、まず名乗れって聞いたわ」
老人は目を細め、そして高らかに笑った。水色の、穏やかな眼をこちらに向け――

「失礼した。わしはフェルディナンド・ドゥガーチ。元帝国貴族の端くれじゃよ」

118 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/01/10(火) 16:51:21.93 ID:NHN0sfPJ.net
「ライアン! 本気!?」
アルカナンに飛ぶこと自体は難しくない。ベリル姐さんと一緒に、城の地下牢に連行されたのはつい最近のことだ。
あそこの座標は把握してる。薔薇園の、噴水の上に着地する事だって出来る。
ただ今の俺が魔王に勝てるとは思えない。何の作戦も立ててないし、だいたい頼みの綱――ウィクス=インベルはライアンが持ってるんだよ?

「一人でとか無謀過ぎるって!」
「誰も一人で行けとは言ってない! お前には戦士と魔法使いがついてるだろう!」
「戦士……」

ちょい複雑。最初にライアンに「戦士になってくれ」と頼んだのは俺だもの。
封印の石に血を与える云々で騒いでた頃――戦士の石は大量の戦士の血を必要とする、
そのせいで死ぬかもしれないって知った上で、ライアンは戦士になることを快く承諾してくれたんだ。
……何だか気のいい二人に二股かけちゃって、そのうち一人を捨てちゃったような……後ろめたい気分。

ライアン。敵だか味方だかいまだに良く解んないけど、俺あんたのこと好きだよ。
皇子らしくない所とか、やたら腕っぷしが強くて仲間(特に俺)にも容赦しない所とか、
何かと言えば強引にあちこち連れ回した揚句にさくっと裏切って逃げちゃう所とか。
……え? マイナス要素ばっかり? 
あはは、不思議だね。憎めないっつーか……そんなライアンの父さん――ルーンの帝王もこんな人だったのかな。
絶対に人間には傅かないはずのエルフ(父さん)を従わせちゃった人。
やっぱり高飛車で遠慮が無くてそれでいて人の心をぐいぐい掴んじゃうような、そんな人だったのかなあ。

胸元で鳴くロキを、服の上からしっかり抱いてやる。
――うわ! さっきより大きくなってる。魔狼って成長早い!?

「坊主! 後ろ!!」
クレイトンおじさんの声に反射的に振りむいた。
外壁の外からトロールが投げたんだろう。でっかい岩が俺の真後ろに迫っていた。
普通なら火炎球でもぶちかますとこなんだけど、俺は【飛翔】の行使中。そうもいかない。

だって……出来る?
【飛翔】のイメージを維持しつつ、空気中の物質を励起状態にして球にしてぶっ放す、そんなイメージの追加。
飛翔の魔法を使ったことある人なら解ると思うけど、「飛ばすイメージの追加」ってちょいヤバい。
「月の表面ってどんなだろう、行ってみたい」
なんて思いついた瞬間、術が暴走して大気圏外に……なんて間抜けな魔導師の話があるくらいだ。
じゃあ風の障壁でも張れば? って思うかもだけど、それも無理。
どっちもシルフの力を借りた精霊魔法。俺に手を貸してくれるシルフは一体だけ。

結局俺がくだした決断は――動かないこと。
俺はいま気流の壁を纏ってる。
もちろん防御目的の壁じゃない、ただ術者の身体を浮かせ、移動させるための空気の層。
熱やちょっとした物理的衝撃(矢とか)を遮断する事くらいしか出来ない……出来そこないの防御壁。
だから、でっかい岩なんかがぶつかってきたらどうなるか。
圧倒的に相手の質量が大きいから、間違いなく弾き飛ばされる。まるでボールに石をぶつけた時にみたいに。

岩が俺を囲む風の障壁に真正面からぶち当たる。
真正面。ここが重要。
正面から当たれば、少なくとも軌道は逸れない。予期せぬ方角に飛ばされることは無いってわけ。
そして動かない。これもっと重要。
みんなは何か乗り物(馬車とか)に乗って止まってた時、後ろから追突されたこと、ある?
そんな時はどうしたらいいか知ってる? そう。ブレーキを掛けるんだ。強く。絶対動かないように。

俺はただ動かなかった訳じゃない。飛翔の壁をこの場に「固定」したんだ。
結果、岩が硬いスポンジにでも当たったみたいに障壁にめり込んで(俺の鼻先ギリギリまで!)、そして――落下した。
……良かった〜……! 岩がもうちょいデカかったら、潰されてたかも。良い子のみんなは真似しないでね?

――ガキィン!!! 

重くて鋭い金属音。そうだった! ライアン!!

119 :ライアン ◆ELFzN7l8oo :2017/01/10(火) 16:54:13.12 ID:NHN0sfPJ.net
流石は魔将。流石はファフナー。易々と勇者の剣が弾かれ、この身ごと飛ばされる。
衝撃を吸収しきれなかった手首を激痛が襲う。宙をくるりと回り、距離を取る。
フサルクの光量はそのままだ。魔法の光球に似た光がリヒトに届き、後方に長い人影を作りだす。

>……自分が何を言っているのか、分かっているのか

淡々としたリヒトの口調。ダメージを受けた風は無い。フサルクの光が効かぬ魔族が……存在するとは。

>現状で勇者がアルカナンに行ったところで、魔王を倒すことはできん。――勇者にはまだ、足りないものがある

それは頷ける。
アンスズ(=ansuz)が傍受した情報によれば、祖父の死と心の臓が剣に力を与え――結果、ルークが闇の力に目覚めた。
あの力で魔王が倒せるかと問われたら、否と答えるべきだろう。
魔王は闇を喰らう。ルークの闇を糧とし、両腕の封を解いてしまうかも知れない。
だからルークは二度とあの状態になってはならないのだ。「闇」に対抗し得るはあくまでも「光」なのだ。

>貴様も、オレに勝つことはできん

それもその通りだろうが、端から勝とうとは思っていない。
我が目的は魔王を倒す術(すべ)を見出すこと。
魔将リヒト。最強の魔将と謳われ、その性質は魔王に同じ。リヒトに対抗し得る術、すなわち魔王を倒す鍵なのだ。

リヒトが放つ膨大なる魔気が、まるで黒い津波のごとく眼前に迫る。
対抗すべく、二振りの剣を前方に翳した。光と光の相乗作用か。何層にも重なる虹色の光が防御壁を作りだす。

>勇者の戦士は決まった。おまえは勇者の戦士になれなかった

「それはどうかな。戦士が一人だと誰が決めた」
魔気の奔流と光の壁とがぶつかり合った。熱い鉄板に降り注ぐ水のような音をたて、黒と白の霧が弾け飛ぶ。

>おまえは用済みだ。――だが、おまえには最期に勇者の役に立ってもらう。おまえには――
>母親の代わりに、死んでもらおう

「な……んだと……?」
こちらへと一歩踏み出す魔将。その言葉が意味するもの。
最後に勇者の役に立ってもらうなどと、まるで勇者側についたような物言いではないか。
かく云う自分はベアル・ゼブルの眷属。我が主の命に従い、勇者ルークに取り入り……ついに戦士に指名されるに至った。
しかし主は双方の出方を見、天秤にかける姿勢を崩さぬ。それでは埒が開かぬ。
故に決めたのだ。一度戦士に指名された身なれば、勇者の戦士として動く。
勇者の勝利はアルカナン、或いはルーンの再興に繋がろう。王族の存続すなわちベアル・ゼブルの世の存続。
まだ鈍痛の引かぬ手首を固定したまま、両の剣を僅かに下げる。ぐっと両足を踏みしめ――
「我が名はオースティン・ライアン・オブ・ルーン。今は亡きルーンの、帝国の遺志を継ぐものなり」
纏うローブを引き掴み、脱ぎ捨てた。
胴回りだけでなく、身体のあらゆる所に装備された短剣が、プラチナに似たオリハルコンの輝きを放つ。
その総数は25。ウンジョーの魔剣を手にしたまま、腕と右大腿から各一振りを抜き取った。

≪ エイワズ = eihwaz ≫! ≪ウルズ= uruz ≫!
エイワズは防御、ウルズは力。魔気の勢いを押しとどめていた虹の壁が、煌々たる輝きを増す。
「三本寄れば何とやら。互いに高め織り成す奥義の剣、味わってみるか?」
取り囲む魔気が弾け飛び霧散した。さらに溢れだす閃光が一本に集束し剣の形を象っていく。
「竜をも断つ! 烈光竜斬剣!! ……なんてな」
異様な光を発するそれは、ほとんど音を発しない。人の背丈ほどの光の剣が、向かい来るリヒト目掛け放たれた。
その光量はウンジョー一振りの三乗。リヒトの魔気の量が勝っていただけ、というのであれば、完全には防げぬはず。
して念には念を。使った剣を素早く仕舞い、新たな二振りを構える。

≪ イサ = isa ≫! ≪ ラグズ = laguz ≫! 

イサは氷。ラグズは水流。空気中の水が細かな氷の粒となり、周囲をドーム状に取り囲んだ。
たとえ光剣が弾かれたとしても、氷のレンズが光を弾き返すという寸法だ。

120 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/01/10(火) 16:55:59.73 ID:NHN0sfPJ.net
白くたゆたう靄の中、左右に出現した闇の球。その大きさはほんの小さな木の実ほど。
ゆっくりと、まるでスライムが移動するような速度で近づいてくる球の後ろに、通った軌跡がしばし残っている。

「我ガ生ミイ出シ虚ろノ球――虚無玉(キョムダマ)ナレバ、二体デ充分デアロウ」

閣下が含み笑いをし呟く。
我等を囲む、聳え立つ岩の槍。円形の結界のごとき、その半径は50ヤード(約45m)ほどか。
槍に貫かれた魔狼が数体、苦しい息をしつつ舌をだらりと垂らしている。
うち、何とか自力で脱出したのだろう魔狼が一体、唸りを上げ虚無玉の一つに飛びかかった。
はたと動きを止め、身体を震わす球。その動きはまるで意思を持つ生き物のようだ。
我等など一飲みにしてしまうだろう魔狼の口が大きく開き、黒い球をパクリと呑みこむ。

――が……
地響きと共に魔狼が倒れた。手足をバタバタと激しく動かし背を弓なりに逸らせ、しかし意識は無い。
あるはずがない。魔狼の口中より延髄に向かい、丸く穿たれた穴がポッカリと口を開けていたからだ。
球はさきほど浮かんでいた空間に、まったく位置を変えずそのままの姿で浮かんでいた。

なるほど。触れた物質を何処かへと消し去る――虚無の玉。

≪ヴ……ヴヴ……≫

不気味な音が耳に障る。耳先が意に反しパタつくのが自分でも解る。
「シャドウ殿はどう解釈される?」
「解釈、とは?」
エミルの問う意味が解らず問い返す。
「虚無などというものは、実際には存在せぬと聞き及びます故」

確かに、「虚無」とは単なる概念に過ぎない。ものの存在を打ち消すなど、神でも不可能だろう。
「以前、とある魔導師が似たような物体を生み出すのを見たことがある。色と形は違ったが」
「それは……目標を遠方へ飛ばす、【転移】の応用ですな?」
つくづく優秀なる魔導師だ。打てば響く。もっと早くに会いたかったものだ。
「例えばあの二つの球同士、触れ合えばどうなると?」
「それは……」

想像もつかない、とは言わないでおいた。
考えてから口を開けと、ルークに良く言い聞かせていた筈の自分がそでをせずどうする?
しばし考え、口を開く。
「おそらくは鏡合わせとなろう」
「なるほど! 無限に球同士が互いの転送を繰り返し……そのうちに魔力が枯渇し自己消滅、という訳ですな!」
「……そ……そこまでは解らぬが、少なくとも害は減るだろう」

糸口は見えた。そしてこの先の問題は――如何にして両者をぶつけ合うか。
触ること叶わず。物理的攻撃、魔法の威力、すべてを何処かへ転送する虚無の球をどうやって?

「シャドウ殿!」
巡らす思考は止むなく中断された。
エミルが閣下を指差す。いや、正確には閣下の傍ら。父ミアプラキドスの居たはずの場所を。

黒衣の魔将は忽然と姿を消していた。
囲いの外に目を向けると、やや離れた王座にて、オークの首領ボリガンがフェリリルと一戦交えていた。
恐るべき早さの剣を繰り出し、身軽に着地する魔狼の長フェリリル。
その様子から察するに、「意外にも」苦戦しているらしい。

してやはり……無影の将の姿はない。いったい何処へ?

121 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/10(火) 16:57:11.62 ID:NHN0sfPJ.net
要塞内部の……地下へと続く螺旋の道。…………深い……どこまでも深く続く階段は、広く穿たれた巨大通廊へと到達する。
そのまた奥。誰も足を踏み入れること叶わぬ、七つの結界にて封じられた地下研究棟。
およそ2,000年前、勇者達が魔王を封じ、その本体を封じた――その真上に設えられた研究棟。

その場にて、おそらくは遠視の術にて城外の出来事に眼を配っていたであろう……賢者は気付いただろうか。
いまだ眼を覚まさぬ……あどけなき少女の傍ら、水で濡れた床の一部が湧き水のごとく盛り上がったことに。
黒い水が人形(ひとがた)と成り……やがて黒衣の魔将の姿を取ったことに。
さらに……魔将の灰色にくすむ痩せた手指が――少女の白い喉にかけられたことに。

122 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:31:12.02 ID:k+cjtwSc.net
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123 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:31:33.41 ID:LtxjPmFD.net
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124 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:31:54.71 ID:1gBUlkwe.net
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125 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:32:13.45 ID:pCe/UOrU.net
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126 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:32:32.86 ID:Pm2MfFm6.net
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129 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:33:17.37 ID:JTws6tPA.net
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136 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:36:51.50 ID:KSyI1mwz.net
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138 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 17:37:52.22 ID:pu5Xx5r9.net
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139 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 00:29:43.89 ID:Df7XMasa.net
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140 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 00:34:28.74 ID:CltCEuOK.net
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143 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 08:40:38.32 ID:te3NFqaF.net
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146 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 23:37:06.89 ID:qPUxKk/R.net
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148 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 23:41:59.36 ID:W80MQPYM.net
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149 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 23:54:13.85 ID:9xEz3dPS.net
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150 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 00:34:31.19 ID:ui/NRuYU.net
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151 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 00:34:42.68 ID:RwQNvOBU.net
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152 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 00:34:52.43 ID:fRL3FKAS.net
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153 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 00:35:01.97 ID:RaoBQa6M.net
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154 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 01:03:56.23 ID:L7b8+9ZL.net
うめ

155 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/01/14(土) 08:04:49.61 ID:uyEU9OCK.net
>それはどうかな。戦士が一人だと誰が決めた

「戦士の石を受け継ぐ者は唯一人。そして、それはおまえではない」

時を経るにつれて色濃くなってゆく魔気を全身から発散しながら、淡々と告げる。
きっぱりとした否定の言葉だが、しかしリヒトは胸中でライアンの言葉に感心してもいた。

(……正統の戦士は唯一ではあるが、勇者に従う者は多くてもいい)

いわゆる勇者の戦士という存在はフェリリル以外に認めることはできないが、勇者の戦力と考えれば話は別だ。
フェリリル麾下の魔狼兵団も、ベスマ要塞に立てこもる騎士たちも、考えようによっては『勇者の戦士たち』と言えよう。

しかし。

「オレは、おまえを認めん」

さらなる否定と拒絶。ベアル・ゼブルは、そしてその眷属は、信頼に足らぬ。――よって、殲滅する。

>≪ エイワズ = eihwaz ≫! ≪ウルズ= uruz ≫
>三本寄れば何とやら。互いに高め織り成す奥義の剣、味わってみるか?

ライアンが全身に装着した短剣を解き放つ。眩い光が溢れ、リヒトの魔気が一旦圧される。
魔王より賜った魔気をアイテム頼みとはいえ圧倒するとは、大した男だ――だが。

「おまえはひとつ、大きな勘違いをしている」

兜の奥で軽く目を眇めながら、リヒトは言い放った。
ライアンの言う烈光竜斬剣が迫る。リヒトは今まで片手で振るっていたファフナーを両手で握り、正眼に構えを取った。

ゴウッ!

途端、リヒトの全身から膨大な量の波動が放たれる。
しかし、それは今まで放っていた漆黒の魔気とは違う。オリハルコンの輝きをも凌駕する、黄金の光。
すべてのドラゴンの始祖、エンシェント・ドラゴン――プロパトール直系のドラゴンのみが持つ波動、『竜気』。

「オレの戦法に対処することが叶うなら、魔王を打倒する糸口になるかもしれぬと思っているのだろうが――」
「……こと、現状に限るなら。オレは魔王より強い」

完全体の魔王ならばいざ知らず、現在の魔王は両腕を封印されている。その認識に間違いはない。
魔王と戦うために、魔王より強い者との戦いからヒントを得ようなどとは、なんと身の程知らずなことか。
リヒトはそんな僭越を決して許さない。そして、僭越の報いは死以外にない。

「――受けよ!!竜の咆吼(ドラゴン・ロア)―――――――ッ!!!!」

豁然と双眸を見開き、漲る竜気に指向性を持たせて一気に解き放つ。
膨大な黄金色の閃光が烈光竜斬剣を呑み込み、短剣によって生成されたドームを吹き飛ばし、地面を抉りながら一直線にライアンへと迫る。
闇に起因する魔気とはまるで異なる力。膨大な熱が、破壊の力が、ベスマ要塞を揺るがした。

156 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/01/14(土) 08:07:15.86 ID:uyEU9OCK.net
ガッ!

痩せ枯れた灰色の手指が少女の喉にかけられようとした刹那、ワイズマンの手がそれを制した。
魔将の手首をがっしと掴み、すんでのところで押しとどめる。

「……失せろ」

頭をすっぽりと覆い隠した頭陀袋から覗く炯々と輝く両眼が、一層強い光を放つ。
その途端、黒衣の魔将の姿は急速にその形を崩してゆき、ただの水へと戻った。

「小賢しい真似をしてくれる……。結界に阻まれる本体の代わりに、魔力で作った分身をここまで差し向けてくるとは」
「しかし……ミアプラキドス、強い精神力で魔王の支配を跳ね除けてくれるものと思ったが」

それは不可能であったか、と内心でほぞを噛む。
清廉かつ高潔なるエルフの長、ミアプラキドス。光に属するその魂も、魔王の――そしてベアル・ゼブルの支配には抗えなかったか。
げに恐るべきは堕天使どもの力、と言うべきであろう。

「こちらに近付いている……ならば、出迎えてやらねばなるまいね」

隠された地下研究棟に到達するには、五層の多重結界を抜けなければならない。
かつてシャドウはこの場所を漂う亡霊たちを従えて結界を破ったが、もうその手は使えない。
また、結界そのものの組成も組み替えてある。これを独力で破れる者がいるとすれば、それは魔王以外にはいない。
ミアプラキドスがいくらこの場を侵食したいと思ったところで、出来るのは精々今のように分身を差し向ける程度であろう。
ただ、だからといって放置するつもりはない。

ワイズマンは傍らに置いてあった身の丈ほどもある杖を手に取ると、軽く安楽椅子の方に目を向けた。そして、

「イルマ。少しだけ君の傍を離れることを許しておくれ。……なに、すぐに戻るよ」

そう言った。研究棟を出る用事があったときには、必ず告げる言葉だ。
軽く杖で床を叩くと、同時に複雑な魔術紋様の転移魔法陣が出現する。
音もなく研究棟から消えると、その姿は次の瞬間には広大な地下回廊に移動していた。

「――わたしもリヒトも、君の高潔な魂の輝きに期待していたのだが――」

地下回廊の高い天井に、ワイズマンの朗々たる声が響く。

「それは。見込み違いだったかな」

全身に万物を糜爛させる瘴気を纏いながら、ワイズマンは前方を見た。
回廊の中ほどに佇む、ローブを纏ったかつてのエルフの長老。魔王とベアル・ゼブルの痩躯となり果てた無影将軍の姿を。

「君を喪うのは、世界にとっても……そしてわたし個人にとっても大きな痛手だ。できるならば、君には支配からの脱却を望みたいが」

ゆらゆらと瘴気をたゆたわせ、賢者は告げる。

「それが成らぬというのなら。昔馴染みのよしみだ、わたしが――引導を渡すことにしよう」

ブアッ!!

迸る瘴気の奔流によって、周囲の空気が澱む。低級霊の魂魄が無数に飛翔する。
喪われた技術によって死を超越した、死霊術師の極致。
最上級アンデッドモンスター。死の顕形“リッチ”――。

その手が、ゆっくりと虚空に新たな魔術紋様を描いた。

157 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 08:44:26.77 ID:3j0i7oE7.net
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158 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 11:56:09.52 ID:bk+n8FCw.net
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159 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 12:46:57.95 ID:jhICEN+n.net
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160 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 22:21:53.12 ID:L8dnFEyf.net
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161 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 11:58:32.73 ID:nzSKW1+o.net
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162 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 11:58:57.38 ID:CC9kWgYY.net
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163 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 13:32:36.56 ID:SSDttvr/.net
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164 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:16:39.67 ID:nKrdifb0.net
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165 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:16:55.54 ID:nKrdifb0.net
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166 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:17:09.64 ID:nKrdifb0.net
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167 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:17:35.63 ID:0OKGJBOn.net
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168 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:18:00.06 ID:6EAtdTh8.net
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169 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:18:16.16 ID:6EAtdTh8.net
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170 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:18:31.93 ID:6EAtdTh8.net
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171 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:18:48.34 ID:6EAtdTh8.net
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172 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:23:42.95 ID:oDnZgUGE.net
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173 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:24:42.53 ID:oDnZgUGE.net
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174 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:25:01.03 ID:oDnZgUGE.net
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175 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 15:26:31.65 ID:oDnZgUGE.net
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176 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:10:50.31 ID:aWeqpg4N.net
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177 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:11:30.54 ID:aWeqpg4N.net
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178 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:34:22.84 ID:AQ8gJxjo.net
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179 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:36:41.28 ID:AQ8gJxjo.net
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180 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:37:41.19 ID:AQ8gJxjo.net
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181 :リリス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/17(火) 05:31:58.32 ID:Ep4Qg/GP.net
「フェルディナンド・ドゥガーチって……うそ!?」

その名はあまりに有名すぎた。娼館育ちの自分でも知っている。
ドゥガーチ家は以前ルーンの帝王に仕えていた大陸屈指の大貴族、名門中の名門だ。
もと帝国領土に割拠する領主達を「連合国」としてまとめ上げたのはベルクだが、それを陰ながら支持したのはドゥガーチ家とか。
そのドゥガーチ家が離散する羽目に陥ったのは二……いや三年前だったか。

「『悪魔』との契約……」
シオが漏らした言葉に、娼館を訪れた男達が口々に囁いていた言葉を思い出す。

『ドゥガーチ家の奴ら‘悪魔’との契約が発覚してお家断絶だとよ!』
『マジかよ! 悪魔なんてホントに居んのかよ!?』
『ここだけの話、俺ぁこの目で見たことあんだぜ。帝国の要塞攻めにバッタリ出くわしてなぁ……』
『あ? 何見たってんだ?』
『あん時の指揮官……当主の息子の……ワーデルロー……だったか。壊滅寸前って時に……でっけぇ化け物になりやがってよ』
『ほんとかよ……!? まさか密告した奴っておめぇ……』
『冗談じゃねぇ。王侯貴族の間じゃぁ……暗黙の了解だったって話だ』
『他の貴族のやっかみさね。当主フェルディナンドがおっ死んだのを幸いに、潰しにかかった。違ぇねぇ』

死んだ。客の男は確かにそう言った。
「そうよ! 当主フェルディナンドは確か……」
老人がニヤリと笑った。
「……じゃな。わしは死んだことになっとるの」
言いながらミアが用意してくれたテーブルにつき、皆にも座るように促す。椅子を勧める仕草が流石に堂に行っている。
「そろそろに隠遁生活もいいかと思っての。息子どもの居らぬ隙に死んでみたのじゃ。無論見せかけだがの」
突拍子もない話に一瞬目が点になる。
「どうして? 普通に『引退します』じゃダメなの?」
「わしら程の当主ともなると、身を引く事も許されん。こうでもせねば息子どもが『大人』になれんからのう」
「……はあ……」
納得が行くような行かないような。大貴族様の考えることは良く解らない。
「如何せん、それが裏目に出たのじゃな。今更ながらに契約の事を持ち出され、お家断絶の憂き目に遭うとは思いもせなんだ」

ゴトリ、とミアがテーブルの真ん中に果物の乗った大皿を置いた。
「おあがりなされ。腹が減っては倒せる敵も倒せぬからのう」

眼の前に置かれたパンとスープ。その横にまたもや新たな皿が置かれる。さっきのウサギを焼いたもの、らしい。
「どうしたのリリスちゃん。食べないの? 遠慮なんか要らないのよ?」
にっこり笑ったミアに、パタパタと手を振って見せる。
「あ……はいっ! いただきますっ!」
もう一度、出された品に眼を向ける。ごく普通の薄焼パンの隣に置かれた……スープ皿。
その皿になみなみと盛られた、乱雑に切り刻まれた野菜や肉らしきものが浮かぶ、灰色のドロリとした……物体。
これ、ほんとに食べられるんだろうか?
シオを見ると、さも美味しそうに飲んでいる。ミアさんもニコニコしながらスープの具を頬張っている。
仕方なくスプーンを口に運び……そして……盛大に噴いた。

「大丈夫かリリス!?」
「お腹が空いてたのね? 慌てて飲み込んじゃダメよ?」

二人とも「味」のせいで噴き出したなどと微塵も疑っていないらしい。
――もしかしてこの二人、オーク並の味オンチ……!?

「早速じゃが、『悪魔』の話をしようかの」

フェルディナンドがそっとこちらに水を差し出した。意味ありげなウィンクを一つ。
良く良くみれば、公はまだ皿に手をつけていない。……ず……ずるいっ!! 私が味見するの待ってたの!?

暖炉の向かい側、大きな壁画の間に設えられた柱時計が何某かの時を告げた。
多くの家で用いる水時計ではない、歴とした機械仕掛けの時計の音は、やけに耳に大きく響いた。

182 :リリス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/17(火) 05:35:59.60 ID:Ep4Qg/GP.net
「代々ドゥガーチ家は『悪魔』と契約しとった。戦場にて我が軍が窮地に陥った……その時の保険としてな」

シオがフォークをテーブルに置き、フェルディナンドの話に耳を傾ける。
「戦場へ赴く我が息子達にも持たせたものよ。腹に入れれば速やかに契約した悪魔の姿と力を得る……黒い秘薬をな」
「……自らが悪魔となる、ということですか?」
「そうじゃ。賢者でも手を焼くじゃろうて。物理攻撃のみならず、全ての魔法を無効とし、または跳ね返す無敵の魔物ゆえに」

つまり、打つ手は無いと言っているも同然だ。黙って見ているしか?

シオもしばし肩を落とし俯いていたが……ふと顔を上げた。
「質問をかえましょう。貴方は魔物と化した御子息らを見てきたはずだ。つまり……彼等の行く末を」
「無論、知っているとも」
「敵、味方問わず破壊の限りを尽くした魔物は事が済めば滅ぶのじゃ。発現の是非は契約主にかかっておるからの」
「契約主?」
「左様。それすなわち――堕天使ベアル・ゼブル」
「堕天使ベアル・ゼブル……?」
シオはその名を知っていたらしい。テーブルについた手がカタカタと震えている。
「御老。我等は……堕天使を相手にしていると?」
「おや、知ってると思っとったがの。魔王も、魔王従える二体の魔将も……、遥か昔に地へと堕とされた天使なのじゃ」

シオはしばらく口をきかなかった。魔王がもと天使であったことがよっぽどショックだったらしい。

「そう肩を落とされるな。魔王に相対すると決めたならば、腹を括られよ」
「ですが老。我々に出来ることがあるのでしょうか!?」
「可能かどうかは解らぬがの。あの魔物を倒すのであれば、やり様として二つ。すなわち――」
フェルディナンドがやおらフォークを振りかざし、スープ中に横たわる黒くて丸い物体(木の実か何か)を突き刺した。
勢いでスープと中味が飛び散り、皿の周囲を盛大に汚す。
「魔物と言えどあれの憑り代は生身の人間。頭部、または心の臓を射抜けば跡かたも無く滅する。無論――」
フェルディナンドがゆっくりと手首を回した。黒い実が空中で円を描く。
「当たれば、の話じゃ。憑り代の心が残っておれば、精神的な攻撃により何らかの隙が作れやも知れぬがの。机上の空論じゃよ」
「ではもうひとつの手段、とは? そちらの方が有効、とも受け取れますが」
「じゃな。もっと確実に仕留める方法があるのじゃ」

その場に居る誰もが息を呑んだ。
フェルディナンドが徐に……フォークに突き刺したものを口に含み、ゴクリと噛まずに呑みこんだ。
「元を断てば良い」
「元? つまり、ベアル・ゼブルを倒す、という意味でしょうか?」
「左様。ベアル・ゼブルを倒すのじゃよ」

聞かなければ良かったと思った。シオが椅子を蹴って立ち上がる。
「堕天使を倒す!? もと天の御使い。我々の手に負える存在では――」
「じゃの。其方等には手に負えぬじゃろうの」
フェルディナンドもニヤリと口元を歪めて立ち上がった。
その背がさっきより高くなったような気がするのは……気のせいだろうか。
「あ奴等は星幽界――アストラル・プレーンの住人。刀剣はおろか、生半可な魔法ですら効かぬ。
魔法など奴等に取っては息をするのと同じこと。闇の力を根源とする暗黒魔法、四大精霊を使役する精霊魔法、
いずれもすべて吹き消し、或いは返される。悪霊やゾンビ共を葬る浄化呪文も無効。もとが天使であるが故に」

「そこまで解ってて、何故大元を断つなどと!?」
「ワシは言うたぞ。『其方等には』とな」

先程まで背の曲がっていた筈の老人。その身体がいまやシオの背を越していた。
「ミアや。コノ場と、こノ方々を任せたぞ」
額や目尻に刻まれた皺が消え、口元の髭が見る間に黒く変色する。腕を剛毛が覆い、膨張する身体に耐えきれぬ服が弾け飛ぶ。
――唖然とその姿を見ていたが、ふと思い出す。先程フェルディナンドが口に入れた木の実、あれが「丸薬」だったのだと。

「もう遭う事も無かろう。ワシはあの御方ノ居らレル場へ――ルーン王城ヘト向かうデノ」

ミアに向けられた声音はすでに人のものでは無かった。

183 :ライアン ◆ELFzN7l8oo :2017/01/17(火) 05:40:58.72 ID:Ep4Qg/GP.net
向かい来るリヒトの後方。そう言えば先程までマキアーチャが倒れていた筈だが……何処へ?

要塞内にて原型を留めるゴーレムはすでに無く、後方に展開していた騎士達も撤退したようだ。
ルークの姿もない。我が言葉に従い、戦士と魔法使いを探しに行ったか。
戦士たるフェリリル、魔法使いたるシャドウ。双方ともに危い状態だ。ルークと上手く連携出来ると良いのだが。

>おまえはひとつ、大きな勘違いをしている

落ち着き払った低い声に目を向ける。リヒトが両手にて持ち替えたファフナーを正面に構えている。
魔将の身体より迸るのは明らかに魔気では無い。光の波動とでも言うべきか。魔剣の光を凌駕する金色(こんじき)の波動。
――そうか。これが音に聞く……竜気! なんて気だ! あの燦々たる太陽すら霞んで見える!

>オレの戦法に対処することが叶うなら、魔王を打倒する糸口になるかもしれぬと思っているのだろうが――
>……こと、現状に限るなら。オレは魔王より強い

――さすがはリヒト。読んでいたか。

≪スリサズ= thurisaz ≫ ≪アルジズ= algiz ≫ ≪ エイワズ = eihwaz ≫

危険回避、保護、防御を司る――すなわち防御に特化した三つの剣を左手に併せ持ち、自身の胸にピタリとつける。
右手にて高く掲げた勇者の剣が、さざ波の如き唸りをあげる。まるで何かを待ち受けでもするかのように。

――解るかウィクス=インベル。あれが魔将リヒト。元は人の子なれど、魔王とプロパトールそのままの気を併せ持つ魔将だ。
魔王をも凌駕するあれな気を感じるか? あれを受ける勇気はあるか?
お前の波動。古に数多の手で作られ、打たれ、磨かれ、希望と怨念をその身に投じられ――妖刀と恐れられたその波動。
村雨の異名を持つ妖しの剣。あれを受け、そして得るがいい。勇者に新たな力を与えるために。

地を穿ち、触れるすべてを焼きながら迫る竜の咆哮。それはこの大地の怒り、そのもの。
まともに受ければ瞬時に塵と化すだろう。

――それもいい。
幼きころ。物心つかぬ頃より父も母も知らず、エルフに言葉と魔法、そして人の世の理を習った。
自分は人の子と信じて疑わず、皇子として帰城し国のため挺身するのだと子供ながらに誓っていた。
しかし蓋を開けてみればどうだ。この自分が魔族の血を引くなどと。アルカナンの王族ともに堕天使の眷属だなどと。
総てを呪った。国が崩壊し、野に放たれた境遇にむしろ感謝した。このままのたれ死ぬも良し。魔族の血など滅ぶがいいと。
しかしこの力。魔族の力が災いし、多少の傷では死ねず、大概の攻撃は意に反し跳ね返す。
次第に望みは変わった。国を再興するのが役目ならば全うしようと。
そんな折、エルフの長を通じベアル・ゼブルの命が下った。要塞の現状――とりわけシャドウの存在をアルカナンにリークせよ。
主君の命は裏切れぬ。
仕方なくルークに接触し、裏で暗躍した。その事を咎められても、命は裏切っていないと突っぱねた。そんな事の繰り返し。
時に自分を見失い、絶望し。操舵し操舵され。さらに右往左往する主君の命。ほとほと愛想が尽きた。
最期の最期に莫迦になってもいい。ルーク、お前のように。

―――――――ゴウワアアアアアアアアアアンンンンン!!!!!!!

耳を劈き地を揺るがす竜の気。灼熱の気が大気を焦がした。
もし勇者の剣を翳さねば、「咆吼」の余波が外壁を突き破り、撤退していた騎士やオークもろとも消し去っていたに違いない。
しかし勇者の剣が竜気を「呼んだ」。前方に指向性を持つ光の波動を自ら呼び集め、その刀身に向け一点に集束させたのだ。
余すことなく波動を受け、その力をすべて吸い――インベルは光り輝いた。宙に浮き、不気味に唸りつつ。

防御の剣により、この身はかろうじて無事。しかしインベルを握るはずの右腕は肩口から消失していた。
――まだだ。まだ足りぬ。痛みが襲い、集中が妨げられるその前に、もう一度……!

 ≪カノ= kano ≫  ≪ゲーボ= gebo ≫  ≪ソウェイル= sowelu ≫ 

それぞれが情熱、愛情、太陽を意味するルーン。地上に生きる人間が持つべき正の属性の集合とも言えよう。
攻撃と称するには余りにも温かく、柔らかな波動が両者の周囲に展開し――星屑と成って降り注ぐ。
低級の魔族相手なら瞬く間に浄化されるであろう技。
魔気と竜気の両方を併せ持つリヒトの……「魔」の部分。すなわち魔王の魔気を中和し無と化す事が出来るかも知れない。

184 :無影将軍ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/17(火) 05:47:42.63 ID:Ep4Qg/GP.net
ク……ククククククク……!!

込み上げた嗤いが止まらぬ。歓喜に震える魔法の義手。蠢く魔気。自在に魔気を操るは……さも愉快なり。
ぞろり、と床一面に展開する黒い渦。沸き立つ泡。異臭放つ黒い霧。

>――わたしもリヒトも、君の高潔な魂の輝きに期待していたのだが――それは。見込み違いだったかな

ぞ……ぞ……ぞ……

粘り気を帯びたゲル状の物質――漆黒のスライムの如き水流がその言葉に反応し動いた。
「……高潔なる魂……か。ククッ……」
再び込み上げた喉奥の嗤い。たまらずカラカラと笑った。ずっと……そのように捉えていたのか? この……ミアプラキドスを。

>君を喪うのは、世界にとっても……そしてわたし個人にとっても大きな痛手だ。できるならば、君には支配からの脱却を望みたいが
>それが成らぬというのなら。昔馴染みのよしみだ、わたしが――引導を渡すことにしよう

飛び交う魂魄。たゆたう魔気と吹き付ける瘴気とが入り混じる異様な景色、臭気。
見るがいいアシュタロテ。其方も愛し、慈しんだ美しい回廊がまるで地獄の口のようではないか。

賢者が描き出した虚空の紋様に向け、左腕――義手の掌を翳した。
……軽く念じるだけで良かった。凍結のイメージを描き、魔気と共に紋様に送りつける。
濃い黒霧が張り詰め、耳鳴りに似た音が空を支配した。
魔術紋様自体は消せぬ。ただその効果を一時的に無効とする微々たる技だが、一時の会話を許すであろう。

「ワイズマン、などと名乗ったそうだな。馴染みの友よ?」
腕を下げぬままにて問いかける。
「我が他愛ない悪戯。昔は……より寛容であった気がするが……それほどまでにその娘を……?」
腹から滾(たぎ)る想いが形となって魔気に現れる。粘菌を思わせるおぞましい動きと形状――

「解るか賢者よ。このミアプラキドスは其が思うほどに清廉潔白でも無ければ清き魂も持たぬ」
「いまの我を突き動かすは『嫉妬』と『憤怒』。アシュタロテを其に奪われた我が魂の痛み」
「その激情を深く意識の底に仕舞い、忘れんともがき。役目に打ち込むこの年月……永かったぞ?」
「役目は解る。大陸の行く末を案じるが何にも増し大事。解る。解るがその情はついぞ消えること無く」
「リヒトの手で呼び覚まされたは――この負の感情の方であった! 魔王の魔道衣なれば当然か!」

模糊となった黒い水際。もし発せられた言葉が木霊となって跳ね返らずば、果ての見えぬ嵐の海原にでも見えただろう。

「故に再びこの地を踏んだ。賢者が守るは庵だけか? ――否よな?」
「そこな地下研究棟より遥か下方。あの時、勇者と賢者、ほか五要にて封じた魔王の本体」
「本体得た魔王が完全体となるは容易。朽ち果てぬその身にて、いつ訪れるとも知れぬ敵に備えるが賢者の役目」
「いつの日か研究棟が巨大な要塞の下となり、その存在も他愛無き噂に転じ、冒険者ギルドの斡旋場となるとは皮肉なことよ」
「ルーン大帝をして我が息子をここに送ったは、この地を一度揺り動かすため。魔王を目覚めさせんがため」
「眠る膿は出さねばならぬ。封ずるだけでは恒久の平和は望めぬ。そう思い仕向けた事。昔も同じ事で意見を違えたな?」

滾る想いが言葉となって止めどなく溢れ出た。許せ賢者。我が口は賢し過ぎる。其も良く云ったように。

「其が憎い! アシュタロテばかりか、その末裔――イルマ・ヴィレンまでも手中とした其が!!」
「存分にやり合うが我が望み!! ぶつかり合う魂の奔流が、地下にて眠る我が主君を目覚めさせようぞ!!」

魔気が弾け飛ぶ。黒い海蛇の群れが喜び勇んでうねくり、跳ねた。
ぐるりと賢者を取り囲み、その身体を締め上げんと巻くとぐろの径を狭め始める。

185 :創る名無しに見る名無し:2017/01/17(火) 06:54:41.43 ID:NMmtghTo.net
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186 :創る名無しに見る名無し:2017/01/17(火) 06:55:11.20 ID:inPmzxW0.net
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187 :創る名無しに見る名無し:2017/01/17(火) 10:11:47.18 ID:PtW4OTpr.net
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188 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/01/18(水) 19:25:46.42 ID:KjNCtZuZ.net
大地をどよもす轟音をあげながら、黄金色の竜気がライアンめがけて一直線に奔る。
その進路上にあるものは全て、崩壊と消滅から逃れられない。――まさに竜の咆吼、ドラゴン・ロア。
竜戦士のみが持ち得る、不破の必殺技のひとつ。
例えライアンが堕天使ベアル・ゼブルの血を引いているとはいえ、この閃光の前には一溜りもあるまい。

と、思ったが。

>≪スリサズ= thurisaz ≫ ≪アルジズ= algiz ≫ ≪ エイワズ = eihwaz ≫

ライアンが防御の構えを取ると同時、右腕に持ったウィクス=インベルを掲げるのが見える。
と同時、竜気があたかも吸い寄せられるかのように勇者の剣へと向かってゆく。
インベルの持つ波動が、竜気を喰らっているのだ。

――こいつ……。

黄金色の気を放ちながら、リヒトは僅かに目を眇めた。
無敵の竜気を吸収することで、インベルに新たなる属性を――魔王の魔気をも凌駕する竜の属性を付与させようとしているのか?
理論上は不可能ではない。インベルはただの剣ではない、ありとあらゆるものを吸収し、無限に強くなる剣。
だが、竜気とインベルを仲介するライアンはむろん、只では済むまい。
今はルーンの力によって何とか消滅を免れているが、そんなものがいつまでも持つとは思えない。
ライアンは今、巨大なドラゴンの吐息(ブレス)の前に肌身を晒しているも同然なのだ。

――覚悟だけはできていると見える。……ならば、跡形もなく消し飛ぶがいい!

そう考え、さらに竜気の出力を上げる。グオッ!と新たな咆哮にも似た爆音が轟き、大気が震撼する。
そんなとき。

「……?」

まるで淡雪のように、砂粒のように降り注ぐ光の粒子。無数の星屑に、リヒトは空を仰いだ。
強い聖属性の力を感じる。浄化の力――これもルーンの齎す力だろうか?
漆黒の鎧ティアマットに星屑が触れるたび、ジュゥ、という音が聞こえ、煙が立ち昇る。

「これは、まさか……」

降り注ぐ星屑が勢いを増す。それは言うなれば、光の瀑布。
リヒトの『竜の咆吼(ドラゴン・ロア)』が徐々に勢いを弱め、やがて途切れる。
星屑の放つ光に呑み込まれ、リヒトの姿がライアンの視界から消える。

そしてしばしの時間を置き、ルーンの効果が緩やかに消失した、その後。
そこには黄金色の鎧を纏って佇立するリヒトの姿があった。

見る角度によっては深紫色にも見えた、漆黒の竜鎧ティアマット。その色が輝く黄金の色に変わっている。
それは、今までリヒトが幾重にも纏っていた魔気がいっとき消滅したことを意味していた。
ただし、それはリヒトの弱体化や敗北を意味するものではない。単に魔王由来の力を使えなくなったというだけの話である。
その証拠に、浄化の光をまともに浴びたリヒトに衰弱した様子はない。
ガシャリ、と鎧を鳴らし、闇色の黒騎士から黄金の騎士へと変貌したリヒトが、ゆっくりとライアンへ歩み寄る。

「もう、戦う余力はあるまい。ルーンの皇子よ」

両手で握ったファフナーを大上段に掲げ、問う。

「さあ。聴かせてもらおう――」
「おまえの真意を。おまえの心はどこにある?勇者の許か――それともベアル・ゼブルの許か?」

これが竜戦士の武具としての本来の姿なのであろう、鎧と同じく黄金に変化したファフナーがぎらぎらと輝く。
処刑人の剣(エグゼキューショナーズ・ソード)をふりかぶった執行者のように、リヒトはライアンを見つめた。

189 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/01/18(水) 19:28:32.51 ID:KjNCtZuZ.net
漆黒のローブを纏う魔導師が二人、秘された太古の回廊で対峙する。
ひとりは芬々と漂う魔気を。もうひとりは、死霊と共にたゆとう瘴気を身に纏い――。
友誼を結んだ過去と決別し、敵同士として立っている。

>ワイズマン、などと名乗ったそうだな。馴染みの友よ?

ミアプラキドスが言う。そうだ、その名はあくまで仮のもの。本当の名ではない。
否、本当の名など、そもそも自分にはない。遥か昔には存在していたかもしれないが、とうに忘れてしまった。
そして、その名を知る者は誰もいない。この旧き友にも、自分はただ賢者とだけ呼ばれていた。

>解るか賢者よ。このミアプラキドスは其が思うほどに清廉潔白でも無ければ清き魂も持たぬ
>いまの我を突き動かすは『嫉妬』と『憤怒』。アシュタロテを其に奪われた我が魂の痛み
>リヒトの手で呼び覚まされたは――この負の感情の方であった! 魔王の魔道衣なれば当然か!

昏い情念に突き動かされるまま、ミアプラキドスが告げる。
それを、ワイズマンはただ黙然と聴いている。

>本体得た魔王が完全体となるは容易。朽ち果てぬその身にて、いつ訪れるとも知れぬ敵に備えるが賢者の役目
>眠る膿は出さねばならぬ。封ずるだけでは恒久の平和は望めぬ。そう思い仕向けた事。昔も同じ事で意見を違えたな?

――なるほど。そういうことか。

無影将軍の独白に得心する。確かに、魔王の封印に関しては古来より幾度となく議論を戦わせたが、平行線に終わった。
寝た子を起こす必要はない。寝所が静謐であるのなら、魔王は決して目覚めない。
ならば、自分が番人として永遠にそれを見張っていればいい。それで、世界は恒久の平和を享受できるのだ。
それがワイズマンの意見である。しかし、この旧き友の意見はそうではなかった。
たとえ深い眠りについていたとしても、魔王が存在する限り復活のリスクは常に付きまとう。
恒久の平和とは、すなわち魔王の根絶。魔王を滅ぼす以外にないと――
しかし。

「それは、本当に汝の脳髄が出した結論なるや?」

そう、静かに訊ねる。

「否……だ。君は主君の思考を自らの導き出した結論であると誤解しているに過ぎない。つまり、ベルゼビュートの……ね」
「魔王の根絶が平和に繋がる、それが君の意見であることは疑いの余地がない。しかし――」
「今、君が行なっている行動。それは君の意思ではない。それはリュシフェールを滅ぼしたいというベルゼビュートの願いに他ならない」
「その、魔王の魔導衣だけならば。君の精神力で呪縛から逃れることもできたのだろうが――」
「ベルゼビュートまでが介入してきたというのは、わたしにとってもリヒトにとっても予想外だったな……」

そこまで言って、小さく溜め息をつく。

>其が憎い! アシュタロテばかりか、その末裔――イルマ・ヴィレンまでも手中とした其が!!
>存分にやり合うが我が望み!! ぶつかり合う魂の奔流が、地下にて眠る我が主君を目覚めさせようぞ!!

「物事は、熟慮の末に口にすることだ。友よ……わたしがイルマを、アシュタロテを手にした?奇抜な冗句だが、今ひとつだ」
「だが……一旦こじれた恨みの結ぼれは、根から断たねばどうにもなるまい。善かろう――」

ミアプラキドスの魔気がうねり、のたうつ。
同時にワイズマンの身体から放たれる極寒の瘴気もまた勢いを増し、無影将軍の足許を泡を立てて侵し始める。

「存分に。やり合うとしよう」

ローブの袖から覗く、痩せ枯れた腕に。
無数の裂け目が生じ、口唇と化したそれらが一斉に異なる魔法の詠唱を始めた。

190 :ライアン ◆ELFzN7l8oo :2017/01/19(木) 17:27:08.88 ID:NspDwilj.net
凝集したルーンの光がその輝きを失い、チラつく雪となって消える頃……再びリヒトの姿が形となって現れた。
それは以前とは全く違う――黄金の輝きを持つ騎士の姿。
そこには禍々しい気配など微塵も無く。天使か、それ以上の神々しさを身に纏う――竜神。すなわち大陸の意思。大地の具現。
魔力、体力を使い切り、疲れ切ったはずの身体が何故か軽い。
聖なる竜の気のせいか、それとも驚きのあまり己の頭がどうかしてしまったのか。

>もう、戦う余力はあるまい。ルーンの皇子よ

その言葉と同時に力が抜けた。
視界に入っていた筈のリヒトが下方に下がり――いや、違う。自分が仰向けに倒れたのだ。
地上の喧騒などまったく意に介さず、とでも言っているのか。真っ青な空には綿のような真夏の雲がぽっかりと浮かぶのが見える。
忘れていた。空がこれほど青いことを。雲がこれほど白く……そして形を変えることを。

リヒトが歩みを進めるたびに、ガシャリと鳴る金擦れの音。
黄金の騎士が再び視界に入る。頭上に振りかざされた竜剣――ファフナーに反射した光の矢が眼を射った。

>聴かせてもらおう――おまえの真意を
>おまえの心はどこにある?勇者の許か――それともベアル・ゼブルの許か?

「真意……?」
思わず呟く。
『真意など聞いてどうする?』 いつもならそう問い返しただろう。
だが命の火は消えかかり、その命も今やリヒトの手の中にある。
まさにいま「死」と向き合っているのだ。素直に「己」と向き合うのもいいだろう。

「我が心はあの空に浮かぶ雲と同じだ。あちらこちらへと漂い、形を変え、消えたかと思えば現れる」
「所詮私は根なし草だ。勇者か主君かなど選ぶ権利など無い」
「しかし、今一度生まれ変わることが出来たなら――人として生まれ、人として生きたい」

竜気に当てられた右肩が今更ながらに痛みを伝えてきた。
不思議と不快ではなく、むしろ心地良い痛み。胸を伝い、全身を巡り、やがて心の臓を止めるべく奔走する竜気。
白く眩い視界。もはやそれしか眼に映らない。
かろうじて感覚の残る左手で地面をまさぐる。勇者の剣はそこにあった。

「この首などくれてやる。その代わり頼みを聞いて欲しい」
「……この剣を……どうかルークに――」

終いまで言葉は紡げず。しかしその真意は伝わっただろう。
胸元からカラリと音をたて、一振りの短剣が滑り落ちる。
ルーン文字の刻まれぬ25番目のフサルク。ブランク・ルーン。
その剣の刃先が、もはや動かぬ左手に硬く握られたウィクス・インベルの刃先に触れる。
インベルの刀身が光を失い……沈黙した。


【ライアン死亡】

191 :無影将軍ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/19(木) 17:29:33.46 ID:NspDwilj.net
賢者の――枯れ木を思わせる細腕に生じた無数の「口」。
若い男。年老いた女。張りのある野太い声。か細い震え声。エルフ語。ドワーフ語。古代語。
それぞれが異なる声音にて発するは暗黒、精霊、神聖呪文。
同時に異なる属性の魔法を一息に放つ賢者の秘められし奥義。端から全力。

……それでいい。

両の眼に力を込める。
辺りに渦巻く瘴気、魔気とが我が眼を映し、血色に光る。
それに呼応し、両腕、両足、胴に身につけるタリスマンが赤い光を帯びていく。のたうつ魔気が不意に静まり――宵闇の凪(なぎ)となる。

賢者よ。ともに鎬を削り合い、魔の知識を高め合ったかつての同胞よ。それら詠唱、この私も知るは当然。無論、想定済みよな?

赤い光が闇色に染まる回廊の景色を塗り替えた。
静かなる赤い空間。魔道衣だけが内からい出る魔気にて煽られ、はためく。
若い男。年老いた女。張りのある野太い声。か細い震え声。エルフ語。ドワーフ語。古代語。
賢者が放つ呪文と全く同じ声音にて、呪文を呟いたのは――全身に帯びる七つのタリスマン。

「我が弟ベテルギウスが魔道の限りを尽くしこしらえた魔具なれば、その効果も見知っていよう?」

それぞれが意思を持ち、相手の詠唱する呪文を聞き取り、「逆転」の呪文にて無と帰す。
この技、さきほどシャドウ達が火炎を相殺した時とはまるで違う。
炎に氷をぶつけ相殺するのでは無く、炎を起こす呪文そのものを起こさぬ方向へと塗り替えるのだ。
傍から見れば非常に地味に見えるかも知れない。
爆撃の音、灼熱の炎、極寒の凍気――すべてが発動前に消え失せる故に。

再び静寂が闇を満たした。
光を失い、沈黙したタリスマンを、黒い魔道衣が覆いかくす。

「賢者よ。如何なる最強の呪文を同時に出そうとも、我が魔具には通じぬ」

蠢く魔気が実体となり、賢者の足首に纏いつく。
微動だにせぬ賢者の……更に膝、胴へと這い上って行く。賢者の纏う瘴気と一部相殺し合いつつ。
しかしそれでも賢者は動かない。
こちらを見つめる静かな瞳。

『それは、本当に汝の脳髄が出した結論なるや?』
先程賢者はそう言った。そしてそれが『否』とも。
魔王が付与した闇の力、ベアル・ゼブルが解放したこの精神。
共に己のものとは別。たまたまここに来る目的が同じであったに過ぎない。それを賢者は見抜いている。

だが、だからと言って何だと言うのだ。
賢者の呪文はこのタリスマンが対処する。魔法の使えぬ賢者などエルフの小童に等しいものを。

ギリリと歯を噛みならし、賢者に纏わせた粘る魔気に力を込めた。

192 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/19(木) 17:30:45.67 ID:NspDwilj.net
皆は覚えているだろうか?
まだ要塞が比較的平穏であった頃。ドゥガーチの軍が要塞に奇襲を掛ける……そのほんの少し前に起こった出来事を。
要塞を守ると自らに誓い、その身を要塞に置いていたグレイヴがイルマに追われ、何者かが放つ間者に殺された。
その遺体を賢者が回収したこと。賢者が彼の遺体に屍術を施した際……右眼を水晶球と入れ替えたことを。

その右眼は一体どうなったのだろう?
当時の賢者は、まさか長らく要塞に居座っていたグレイヴがアルカナンの王子だなどと思いもよらず、
よって魔王の依と成り得る身体であることには思い至らなかった筈だ。

眼球はしばらく研究棟内に安置されていた。
破棄されなかったのは、賢者がそれに何らかの「違和感」を感じたからなのか、後で何かに利用つもりだったのかは解らない。
兎にも角にも眼球は朽ちず、腐らず。
遠き昔に魔王が仕掛けた「時の鍵」をじっくりと実らせ、ひたすらにその「時」を待っていた。
時――すなわち……賢者が塒を離れ、かつ魔王の波動が研究棟そのものを揺るがす――その時を。


ピシリ!


赤い右眼が音を立て爆ぜ割れた。

193 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 23:26:34.22 ID:GmAKLlnb.net
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194 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 23:26:59.42 ID:KdWIvkVF.net
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195 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 23:27:25.71 ID:iWvQEXuv.net
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196 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 23:27:44.41 ID:uV3jRzOE.net
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197 :創る名無しに見る名無し:2017/01/21(土) 21:03:56.62 ID:gyR9yrfg.net
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198 :創る名無しに見る名無し:2017/01/21(土) 21:04:16.25 ID:gyR9yrfg.net
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199 :創る名無しに見る名無し:2017/01/21(土) 21:04:34.87 ID:gyR9yrfg.net
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200 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 00:25:11.59 ID:ZcG26nzO.net
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201 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 00:25:51.52 ID:ZcG26nzO.net
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202 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 00:26:27.31 ID:ZcG26nzO.net
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203 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 00:26:59.89 ID:ZcG26nzO.net
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204 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 00:30:07.15 ID:ZcG26nzO.net
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210 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 00:51:24.21 ID:RUfuTQ+n.net
埋め

211 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/22(日) 07:43:10.28 ID:SnQiipyl.net
【連絡です。万一の時は以前使っていた避難所を間借りしたいと思いますが宜しいでしょうか?】

212 :創る名無しに見る名無し:2017/01/23(月) 04:21:05.15 ID:Da/h/JH4.net
良いのではないでしょうか

213 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/01/23(月) 18:04:23.65 ID:wdZMwlkz.net
突如として起こった、地下研究棟を――否、ベスマ要塞そのものを揺るがす鳴動に、ワイズマンは僅かに眉間に皺を寄せた。
凄まじいばかりの魔気を感じる。……が、それは目の前にいるかつての友、ミアプラキドスから感じるものではない。
地下だ。地の底と言ってもいいこの地下研究棟のさらに下、さらなる深淵より。
膨大な魔力が間欠泉のように噴き出しているのを感じる。
その正体が何なのか、今さら考えるまでもない。

「リュシフェール!……ミアプラキドス、君の狙いはこれか……!」

こと、愛する『姫』イルマに関わる物事に対しては、冷静さを欠くのがワイズマン唯一の弱点である。
イルマを侵食しようとし、ワイズマンの怒りを買うことで、場を戦いの空気に持って行った。
そして自らの魔気で地下研究棟を満たし、それをもって魔王の本体を目覚めさせる――
それが、ミアプラキドスの真の目的であったのだろう。

「愚かな……、こんなことをして、一体どうなるか分かっているのか!?」
「魔王の本体が目覚め、真なる復活を果たせば、もはや誰ひとりとして魔王に勝てる者は存在しない!」
「勇者はむろんのこと、『君であろうと勝てる見込みはない』のだぞ!?」
「理解しているのか――ベルゼビュート!」

魔気を纏って薄笑いを浮かべるミアプラキドスに向かい、声を荒らげる。――が、その対象は目の前の無影将軍ではない。
無影将軍はただの人形に過ぎない。無影将軍を通じてこの場を視ているであろう、黒幕ベアル・ゼブルへ向けて言っている。

「……く……!」

ねっとりと身体に纏わりついてくる魔気を瘴気によって払いのけ、ワイズマンは大きく右手の杖を振り上げた。
ミアプラキドスとじゃれ合っている暇はない。一刻も早く研究棟に戻り、魔王の復活を食い止めなければならないのだ。
掲げた杖の先端から禍々しい紫色の光が放たれ、回廊の床に巨大な魔法陣が出現する。
そして、その中から出現したのは――

夥しい量の死体をメチャクチャに繋ぎ合わせた、巨大な肉の塊『レギオン』。

攻撃魔法の類はすべてミアプラキドスのタリスマンに無効化されてしまうが、召喚術は別である。
回廊をほとんど埋め尽くすほどの巨大さのレギオンが、ワイズマンとミアプラキドスとを隔てる。
レギオンは巨大な質量を誇る肉の壁である。それ自体に大した攻撃力はないが、圧倒的な質量とはそれ自体が脅威であろう。
ミアプラキドスがこの回廊でまだ何かをしようと試みるなら、まずレギオンを排除しなければならない。
つまりは時間稼ぎだが、それこそが今の賢者にとっては最も重要なことである。

《天の聖櫃よ、至高の座よ!いにしえに聖別されし神鍵を用い、我ここに新たなる封を施さん――第十七封印術!》

研究棟に戻り、すぐさま術式を開始する。巨大な魔法陣の中央に立ち、大きく両腕を広げると、魔法陣が眩い光を放つ。
両腕に開いた十の口唇が、すべて一糸乱れぬ聖言を紡ぎ出す。
本来ならば司教クラスの高位聖職者が複数人で施す大封印、それを単身で行なおうとしている。
鳴動が大きくなる。魔王の本体が目覚めようとしている証だ。
しかし、それを指を銜えて見ているわけにはいかない。

《聖霊よ、降りよ!我祭壇に聖酒、聖塩、聖燭、聖土を捧ぐ、深淵より這い出んとする者に、今ひとたびの眠りを与えるべし!》

複雑に織り込まれた魔術紋様が、ワイズマンの詠唱に反応して激しく輝く。
鳴動が一層激しくなる。……しかし、それは魔王が目覚めかけているからではない。
ワイズマンの封印術式と魔王の魔気がせめぎあい、拮抗している証拠だった。
しかし、それも長くは持つまい。
この場で魔王の復活を食い止める方法は、ただひとつ。

魔王本体に魔気を供給している、無影将軍ミアプラキドスを食い止めること。
無影将軍の裏で暗躍している魔将ベアル・ゼブルを打倒すること。
ベアル・ゼブルが斃れる、もしくはミアプラキドスへの支配を途絶させれば、ミアプラキドスを弱体化させることが出来る。
そうなれば、魔王本体の復活を食い止めることもできるだろう。……一時的に、だが。そして、それが可能なのは――

――何をしている!?勇者!

魔法陣の中心で歯を食い縛りながら、ワイズマンは祈るように顔を上げた。

214 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/01/23(月) 18:06:59.74 ID:wdZMwlkz.net
「……なんだ、この魔気の増大は……?」

不意に大気を満たし始めた夥しい魔気に、フェリリルは束の間攻撃の手を休めて空を仰いだ。
多数の魔族が入り乱れて戦う戦場だ、これまでもずっと魔気を感じてはいたが、これほどの力を感知したのは初めてである。
生粋の魔であるフェリリルをして、怖気を揮うような濃厚な魔気。これは、まさか――

「魔王が目覚めようとしておるのよ」

依然玉座に座ったままの尊大な様子で、ボリガンが嗤う。
フェリリルはボリガンの顔を見た。

「魔王が……?どういうことだ!」

「そなたは、アルカナンで謁見した魔王が真なる魔王であると思っておったのか?ブフフ……リガトスめ、娘に真実を伝えなんだか」

「父上を愚弄するな!」

ギィンッ!

ロムルスと黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)とが激突し、火花を散らす。
ボリガンが分厚い唇をニィ……と歪める。

「アルカナンの魔王は、魔王の意識体に過ぎぬ。本体はこのベスマ要塞の地下に封印されておるのだ」

「……なん……だって……!?」

「我らがなにゆえ、この朽ち果てた城塞に侵攻するのか。人間どもがこの地を要衝と考えるのか――」
「簡単なことよ。それは、この地に魔王が封印されておるがゆえ。ここがこの大陸の『中心』であるがゆえよ」
「人間どもがこの地に要塞を、魔術の総本山を築いたのも、魔王の肉体から滲み出る魔気に惹かれてに他ならぬ」
「魔気は魔力に通ずる。この地に研究の場を設けたならば、さぞかし魔導の研究も捗ったであろう」

「そういうことか……」

ごくり、とフェリリルは生唾を飲み込んだ。
地の底深くに封印されているという魔王。
遠く距離を隔ててさえ、これほどの魔力を感じるのだ。それが万一復活し、直接それに相対するとなったら、一体どうなるか。
果たして、そんな強大な相手に対して、自分は抗うことができるのか。
目の前にいる、魔王のしもべさえ倒すことができずにいるのに。

「エルフの長老め、最初は物の役に立つかと怪しんでおったが、見事やり遂げたわ。褒めてやらねばなるまい」
「魔王の復活は目前。そなたに勝ちの目はないぞ……覇狼将軍?今ならば特別の慈悲をもって赦す、我が軍門に降るがよい」

ブフッ、とボリガンが笑みを浮かべながら投降を勧めてくる。
が、そんな言葉を聞き入れるわけがない。フェリリルはもう一度攻め手を再開した。

「ほざけ、下衆が!きさまをここで葬り去ること、それが勇者より任されたわたしの役目よ!」

「親父に似て、よくよく強情な娘よ。善い……ならばもう少し遊んでやろう。そして、じわじわとその心を折ってくれるわ!」

渾身の力を込めて、フェリリルはロムルスを振り下ろす。
しかし、戦況が不利なことに変わりはない。このまま魔王が復活すれば、まさにこちらの勝機はゼロになるだろう。

――ルー!頼む……!

心の中で、ルークの名を叫びながら。
絶望的な劣勢の中、フェリリルはなけなしの闘気を絞り出して前へ進んだ。

215 : ◆khcIo66jeE :2017/01/23(月) 22:56:23.43 ID:wdZMwlkz.net
>>211
【避難所を使うのは構いませんが、場所がわかりません……】

216 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 15:02:01.59 ID:pJBMDmB5.net
真上に輝く太陽が西へと動き、ステンドグラス越しにオレンジ色の光が差し込む――その頃合い。

ルーン王城の煌びやかなる謁見の間を支配していた静寂を何かが破った。
王座に座すベアル・ゼブルが見下ろすその先には、床一面に描かれた五芒星散る魔法陣。
その中央より出現したのは――ベアル・ゼブルそのものかと見紛う一体の黒き魔物。

「こんな時に……自分の具現体にでくわすなんて、なあ」

もと天使が自嘲気味に呟く。出現した「自身」の姿に、スイっと目を細めつつ。
「ホッホッ! モウ終わりニせぬカ? 黒き『天使』ドノ?」
見かけに合わぬ陽気な老人の声が、高い天井に木霊する。

「ドゥガーチのクソ爺ィ。まだあの玉ァ持ってやがったか」
億劫そうに立ち上がるベアル・ゼブルの片翼が、ズルリと垂れ下がり地に落ちた。翼は朱の光を照り返しつつ……床に溶け消える。
「命乞いなんかしねぇよ。この身体も限界だしな。あん時エレンに邪魔されなきゃぁ……勇者の心臓で一発逆転出来たんだが」
ポリポリと頭を掻き、どこかとぼけた口調で。
「まさかてめぇが……俺の為に人間どもの『気』を集めてくれるとも思えねぇしな」

ヒタリと踏み出す「もと貴族」の魔物の前に、エスメラインが両手を広げ立ち塞がった。
「やめとけ。おめぇ……まだ若ぇじゃねぇか。今のうちにアルカナンに帰んな。『娘』が待ってんぜ?」
「しかし陛下――」
「おめぇとあの娘が……俺の血を引く唯一の人間になっちまった……」
ポツリと呟き、歩を段下に進めつつ。
「俺は滅ぶがおめぇらは残る。リュシフェールと違って俺は血を残せるんだ。それも『勝利』の形のひとつだ。違ぇねぇ」
口を閉ざしたエスメラインが楚々と身を引き、魔法陣の外にて膝をついた。


向かい合う二体の魔物。
どちらも口を開かず。
「十二分に生きた」とも「悔いはない」とも言わず。
只どちらともなくゴフリと嗤い、そして――――

両者を囲む巨大な魔法陣、その複雑なる紋様を、黒い鮮血が隈なく満たした。

217 :無影将軍ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 15:20:44.26 ID:pJBMDmB5.net
>愚かな……、こんなことをして、一体どうなるか分かっているのか!?

賢者の声音は差し迫っていた。魔道衣の放つ魔気が、魔王の魔気と共鳴し歓喜の呻きを漏らす。
≪我が王の復活、成就せり≫
魔道衣が嗤う。
≪其は王の糧となれ。その命と力を総て捧げん≫
魔王の手により生み出された魔道衣は魔王の意思そのもの。我が身を喰らう魔王の気。ギチギチと音を立て浸食する凄まじい気。
魔法の義手が熱く唸り、左の肩を焼いていく。

>魔王の本体が目覚め、真なる復活を果たせば、もはや誰ひとりとして魔王に勝てる者は存在しない!
>勇者はむろんのこと、『君であろうと勝てる見込みはない』のだぞ!?
>理解しているのか――ベルゼビュート!

この身ではなく、ベルゼビュートに宛てられた言葉が脳内にて木霊する。
丁度その頃、ベアル・ゼブルが自ら滅びの道を選んだ――そんな時であったのだ。
スルリと何かの意思が自分から離れていく、そんな感覚が周囲の状況を改めて認識させた。
 
眼の前に賢者が居た。2,000年の時を経、今もなお変わらぬ姿と瘴気をその身に纏い。
「ああ許せ、かつての友よ」
呟く言葉は果たして賢者に届いたか。数多の屍体の融合体レギオンをその場に放ち、姿を消す賢者。おそらくは魔王の復活を阻止せんと「動いた」。

しかし時すでに遅し。いかな賢者とて半ば目覚めた魔王本体の魔気を封じ込めることなど不可能。もって一刻。
……まったくもって……何と言うことをしでかしたのだと自身を責める。
これでは我が息子を笑えぬ。
あの時、アルカナンの魔王を目覚めさせた不手際を責めたこの自分が――よもや本体復活に手を貸そうとは。
過去、魔王打倒を望み、本体復活を提案したのは事実。しかしそれは完璧なる手立て――五要を揃えた上でのこと。
いまここに誰がいる? 賢者ただ一人ではないか。
「賢者の石」でもあれば話は別だが、期待は出来ぬ。「あれ」がここにあるのなら、賢者があれほど慌てる訳が無い。

『俺、長老が僧正になってくれればいいな、って』
突如としてあの時、ルークが口にした言葉が浮かぶ。なるほど、一人より二人。そうだなルーク?
そんな資格があるのかと、嗤うベテルギウスが真前に立つ。
されど責は負わねばならぬ。大体にして、エルフの長たるこの私が諦めずしてどうする?

「勇者よ。その言葉、改めて受け取ろう」

魔道衣と義手が戸惑う気配。浸食の手がしばし緩む。
「力を貸せベテルギウス」
ベテルギウスが笑みを止め姿を消した。七つのタリスマンが点灯し、ゆらりと前に据えられたレギオンを赤々と照らし出す。

「七つの護符よ! 各個が有す『七つの大罪』を其が逆転の技にて書き換えよ!」
タリスマンが唸り、その輝きが更に増した。レギオンが照り返すその光色が、紫を経、青へと変わっていく。

「暴食は節制! 色欲は純潔! 強欲は救恤! 憤怒は慈悲! 怠惰は勤勉! 嫉妬は忍耐! して――傲慢は謙譲と!」

稲妻の光が魔道衣を打った。
一瞬間燃え上がり、焼け落ちるかと思われた魔道衣はやがて――素の姿を取り戻した。その色は汚れ無き純白。
回廊一帯に滞っていた黒い魔気は清き清流となり、やがて静かなる湖面となった。この身を中心に完璧なる真円の波紋を描く。
浄化の光と流れに触れたレギオンがざわりと崩れ落ち、宙を漂う死霊の群と同化する。

「賢者(友)よ! この場の結界を解くのだ! 防遏(ぼうあつ)の術に手を貸そう!」

答えは無い。魔力供給で手一杯か。或いは逡巡か。其方が他者を入れぬ訳は解らぬでもないが、しかし他に選択肢などない。
「じき勇者、戦士、魔法の使い手が――『五要』が集う!! その時まで持たせねばならぬ!!」
魔王の魔気に結界など通じぬ。現に今も、実体かと疑うほどに形を成した――血色の手がこの「水」を浸し始めている。
仮にイルマの躯が狙われたなら――魔王は新たな力を手に入れ兼ねないのだ。
すべてを、この世の災いを一身に背負う覚悟あればこそ、賢者は不死の選択をした。ならば――

「ならばこのミアプラキドスにも背負わせるが良し! 一度死んだも同然の身、何を惜しもうか!」

218 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 15:35:59.71 ID:pJBMDmB5.net
胸騒ぎがした。自身の鼓動がやおら耳に届く。焦燥の汗が手の平を湿らす。まさか父は、地下へ――

「シャドウ殿!」

突如向けられたエミルの声。気付けばあの虚無球が恐るべき早さでこちらに迫っていた。
高さ3フィート、1時の方角より一体、もう一体は同じ高さで7時。慌てて身を伏せる。
目標を失った球が互いにぶつかり合う……
かと思いきや、すんでの所で一方が右に逸れ、まるで互いの重力に惹かれあうようにグルリと回りつつ離れた。
どうもこの球、相当の突発的判断が可能。見た目は地味だがやっかいな相手だ。
ふと「閣下」を見やれば、グルルと喉奥で唸り何かに怯えた様子。
その身体を覆う鎧の剛毛が抜け落ち……その大きさも見る間に縮んでいく。何かがベアル・ゼブルの支配を断ち切ったとでも?
「閣下!!」
もとの姿を取り戻しつつあるベルク王に走り寄るエミル。
とすれば玉は消え――否。
虚無玉は俄然そこに存在していた。てっきり閣下が操作しているのかと思えば違ったようだ。
一度放てば放っておいても敵を追尾し殺す――自動追跡型の魔法玉。
ならばこの玉、如何にして攻撃対象を決めている? 先程まで蠅も止まる速度だった。それが何故に速度を上げ、しかも同時に?

>……なんだ、この魔気の増大は……?

野性的な唸りを帯びた少女の声が横合いからした。
声の主はフェリリルだ。震えの混じる声音。「閣下」といい、いったい何に怯えているのか。
その答えはすぐに出た。夥しい魔気――躯の芯に響くほどの魔気がこの身を襲ったからだ。
「……ぐっ!! シャドウ……殿……まさか……魔王が……!?」
ベルクを抱きかかえていたエミルが苦痛に顔を歪ませる。
「魔王!? この地深くに封印された……魔王の本体のことか!?」
頷く魔導師。苦しげに息を吐き、何とか苦痛に耐えている様子だ。無理も無い。ただの人間ならば直ちに卒倒するであろう魔気。
この自分が割合平気で居られるのは、額に賢者の魔紋を頂いているからに過ぎない。
虚無玉がやおらエミルを目標に定めた。勢い向かう球。まずい。あの様子では避けられまい。

【雨と雪の精霊よ 凍れる禊(みそぎ)の力もて 慈悲無き無音の刃を振り下ろさん】

エミルに向け右手を一閃。
少々手荒な技ではあるが、いま自分に思いつく唯一の呪文だ。
エミルとベルクを覆う四角い棺が出現した。中の者を凍てつかせること無く、外界との交わりを断つ氷の棺。
内部より魔法を使う事は出来ないが、外部からも攻撃は不可能。魔気も届かぬ。いや、あの虚無玉には効くまいが……
しかし球は彼等に向かう速度を落とし、フラフラと彷徨いだした。
よもやあの玉、生き物の体温、或いは呼気を頼りに攻撃を? 

>ほざけ、下衆が!きさまをここで葬り去ること、それが勇者より任されたわたしの役目よ!
>親父に似て、よくよく強情な娘よ。善い……ならばもう少し遊んでやろう。そして、じわじわとその心を折ってくれるわ!

フェリリルとボリガンの怒号が耳を突く。フェリリルがボリガンに向かい、必死に攻撃を仕掛けようと前進するのが見える。
勢いよく地を蹴った。この距離ならば彼女より一瞬早くボリガンに接触可能と踏んだからだ。
これはボリガンも予測できまい。走りつつ右手に握る鞭の柄を軽く振る。
幸い鞭には「雨」と「土」の魔力をエンチャント済み。土埃と水しぶきを飛び散らせる鞭の先がボリガンの頭部を狙う。
ただし真の狙いはそこではない。

「こんな場でまごまごしてなど居られぬぞ!」
フェリリルに向かい叫ぶ。
「手早く片づけ、一刻も早く賢者のもとへ!!」

巨大な体躯を誇るボリガンの呼吸量はおそらく我々より上。そして人外の多くの動物がそうであるように、おそらく体温も高い。
虚無の球がそれらを察知し攻撃するのであれば、この身よりボリガンを優先して襲うはずだ。

219 :エレンディエラ=アシュタロテ ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 15:50:59.28 ID:pJBMDmB5.net
アルカナン王城の主塔や城壁上に佇んでいた五体の竜が、一斉に高らかな雄叫びをあげた。
ベルゼの滅びを感じ取ったのだろう。それを端緒とし、真の天使が復活する時や近し。

園庭の薔薇が枯れていく。廊下を行き交う侍従達が瞬時に崩れ、灰と化していく。
新たな喜びに打ち震える城主の気にあてられたか。
「賢者の回廊もいまはこんなかしら?」
見る間に色を失っていく城内の通廊。賢者の回廊に規模は及ばぬものの、その豪奢な造りはそれを思わせるに充分だった。
壁に生けてある白薔薇が赤く変色し、ドロリを溶け……煙と化す。

――リュシフェール。貴方はこれで……良かったの?

すべての種を従えよなどと、大神が本気で命じるものか。
異形と化したその見た目だけで、地上種たちはおよその事を判断する。
悪魔。魔物。畏怖を込め魔王や堕天使と呼ぶ者こそあれ、我等を決して天の御使いとは認めない。

この自分とベルゼビュートはかろうじて人間に種や気を植え付け、血を忍ばせる事が出来た。
しかしリュシフェールは違う。あまりに強い彼の気は人間とは合わず。せいぜい我が血筋の者に憑依し具現するのみ。
すべてを凌駕する魔気に恐れをなし、地上種が傅くは一時(いっとき)に過ぎず。
必ず勇者を筆頭に立つ一団が現れるのだ。何時、何処で、誰が作ったかも知れぬ封印の石にて魔王を封じる為に。

『俺、ずっと疑ってたよ。石は魔王自身が作ったんじゃないかって』

そうルークは言った。疑うのも無理はない。戦士の石と魔法使いの石は確実に彼等の命を奪うのだ。
しかし違う。魔王自身触れる事も出来ぬ石を作れるものか。
おそらくあれは……大神が作ったのだ。魔気を持たぬ地上種でも魔王を封ずることが可能なように。
封印の石――シールストーン。
この石があるからこそ、魔王を封じ得る。だがこの石があるからこそ……永遠に魔王は存在し続けるとも言える。
そうだ。大神が我等天使を地上へと遣わした訳は、地上種の結束を深める為に他ならない。
シールストーンが血を欲する訳は、後の世に戦士と魔法使いの血を残さぬ為。過剰な力を与えぬ為の……大神自身の都合なのだ。
しかし今回に限り、大神は予想を裏切られたはずだ。勇者は「封印」ではなく「打倒」を選択したのだから。

「ふふ……魔王を倒すだなんて……ほんとに貴方は大それた人」

ある意味、大神の意思を裏切る行為だ。実に……小気味良い。

カツン。

謁見の間に踏み入れた靴音が高く、そして短く途切れた。
王座に凭(もた)れるは一人の若い王。白い衣に白い肌。豊かな黒髪。硬く閉じられた瞳。
意識はないが息はある。
天井より下げられていた筈のビショップ、ルカインの遺体はない。絨毯脇に倒れていた騎士達の遺体も。
「リュシフェール。みんな、持っていってしまったのね?」

再び竜達の咆哮が空高く響き渡り、その声が遠くベスマの方角へと消える。

「ルーク。その決意が揺らがねばいいわ。魔王の本体をその眼で見たその時に、揺らがねばいい」



陽は翳り始めていた。

220 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 15:53:42.38 ID:pJBMDmB5.net
「まさか母さんをお姫様だっこする日が来るなんてね!」

魔法の明かりなんか必要ないほど、びっしり生えてるヒカリゴケ。
長い廊下の――硬い石床を踏みしめる音が何度もエコーみたいに返ってくる、そんな中。
俺が笑いながら言った言葉に、母さんがそっぽを向いた。
「大丈夫大丈夫って言いながら、フラフラしてぜんぜん歩けないんだもの。それとも……おんぶの方が良かった?」
「莫迦言うな! もういいから離せ!」
俺の手をムリヤリ振りほどいた母さんが、ペタンと尻もちをついた。……ってほら、ダメじゃん。
笑いながら母さんを見下ろす。まあ戦況が気になるっちゃなるけど、とりあえず母さんを安全なとこに連れてかなくちゃ。

いやいや、母さん第一とか、母さん居ないと寂しいとか、そんなんじゃないから。
母さんは勇者の血筋。魔王に献上しようとして勇者の心臓狙う魔族がウヨウヨしてる。だからだから。
「にしても母さんって、思ったより軽いんだね」
「そんな事ない。お前が大きくなったんだ」
なんて他愛も無い会話しながら、例の地下へと続く賢者の扉を目指して歩くうちに、扉の絵が描いてある壁に突き当たった。

そう。ここが地下へと続く賢者の扉。ちっちゃい頃は良くここに遊びに来たんだ。扉の絵は俺が描いた。悪戯でね。
見つけるたびに父さんが俺を叱った。でも殴りつけたりはしなかった。絵を消したりも。
ま、「絵が描いてあろうがなかろうが扉としての機能は全く変わらない」って言ってたから、大勢に影響は無いって踏んだんだろう。

「ここなら安全だよね? 俺、水と包帯持ってくるから!」
「待て。お前は他にやらねばならぬ事があるだろう」
「……え? でもその怪我じゃしばらく歩けな」
俺は気付いた。母さんが泣いてることに。
「解ってるぞ。私はずっとこの要塞で待っていただけだが、何となく解る」
「え?」
「お前がこの10日間でどんな目に遭ってきたか。辛い事もあった。多くの死もその眼で見た。だろう?」
何故とは聞かなかった。何となく納得したんだ。母親ってそういうもんなんだって。
俺はただ頷いた。
まだ俺の顔をじっと見てる母さんの……辛そうな顔を見るのがどうにも我慢できなくて、だから俺は無理に笑顔を作った。
「でもさ、約束は守ったよ!? 父さんをちゃんと連れて帰るって! 要塞の外で今元気に闘ってる! たぶん!」
俺の言い方が可笑しかったんだろう。母さんが噴き出して笑った。
うん。母さんの父さん――ホンダの祖父ちゃんが死んだこと、今ここで言う必要ないよね? ルカインが殺されたことも。

「でさ。これだけは母さんに言わなきゃって事があるんだけど」
「ん?」
どうしようかな。やっぱ止めようかな。いやいや、これは今言わなきゃ! 俺だって生きて帰れるか解んないし!
俺は一度深〜く息を吸い込んで――吐いた。

「俺、お嫁さん貰ったから」

母さんは俺が思ってたとおりの反応をした。目をでっかく見開いて、怖いくらいの素早さで俺の傍に詰め寄った。
「安心して? とっても可愛くて素直な子で――」
「待て待て待て! 嫁!? 誰だ!? 私の知った娘か!? 名前は!? 父さん――シャドウは何と言ってる!?」
そういや父さん、『矢継ぎ早に問い詰めるのが母さんの必殺』なんて言ってたっけ。
肩を掴んでブンブン揺さぶる母さん。ちょ・そんな激しく揺さぶったら答えられるもんも答えられ――
俺の心の訴えが通じたのか、母さんがハッとした顔して手を離した。
何だかホッとした。父さんみたく冷静すぎる反応も、何か気にかけてもらってないみたいで寂しいもの。

「相手はほら……俺が小さい時、怪我して帰って来たことあったでしょ? 魔狼にやられたって。その娘(こ)だよ」
「……は?」
母さんの眼が点になる。
「名前はフェリリル。正式には黒狼戦姫フェリリル。覇狼将軍とも呼ばれてたっけ。彼女も要塞の外で闘ってる」
母さんは口をパクパクしたまま。
「父さんは知ってるよ。反対もしてないと思う。彼女と仲良く話してても何も言わなかったし、裸で一緒に寝てるとこも――」
「ヴルルルアアァァ……キャンキャンキャン!!!」
眠っていたロキまでが目を覚まして飛び出して――

タイミングいいんだか悪いんだか。俺は白眼むいて卒倒した母さんを急いで介抱しにかかった。

221 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 16:03:06.07 ID:pJBMDmB5.net
「母さん! しっかりして!」
必死に母さんの肩を揺すってみたけど、起きる気配が無い。何だか変だ。ぐったりして……これ、ただの気絶じゃないような。
母さんと俺の周りを鳴きながら走り回っていたロキが、キュンキュン鳴いて耳を後ろに伏せたその時だった。

――――――――――ドクン!!!!!!!!!!!!!

あまりの衝撃に、俺は自分の胸を押さえ込んだ。胸――心臓を誰かにグイ!っと掴まれた、そんな感じだった。
「……くっ!!」
息も出来ず、自分の身体をくの字に曲げる。

≪ソレを寄越せ≫

響き渡る誰かの声。

≪ソレをコチラに寄越せ≫

ヒカリゴケが静かに照らす賢者の扉。俺が小さい時にデタラメに描いた扉の絵が、音も無く開いた。
――って……え? 目の錯覚? ただの絵が開くわけ……でも……
すえた臭気が俺の鼻孔をくすぐった。頬に当たる冷たい風。そしてゾクリとする魔気。
ロキが唸りを上げて俺と扉の間に飛び出した。
小さな身体の毛を逆立てて――その身体が見る間に膨らみ、大人の魔狼と変わらない大きさになり――
そんなロキを、扉向こうから這い出てきた巨大な手(血……てか肉そのまんまの色してて気色悪い!)がむんずと掴んだ。
「グルルアアアアアアア!!!」
ロキが叫び、その「手」に噛みついた。でも全然歯が立たない。つか空気みたいにすり抜けてしまう。
なのに手の方からは掴めるってどういう事!? ロキがまともに投げつけられ、壁にぶち当たる。
明らかに手はこの世のものじゃない。魔法なんか効きっこない。でも俺は呪文を唱えた。
俺に取って一番詠唱時間が短くて済む――火炎の呪文。

薄暗い廊下がいきなりパっと明るくなった。冷え切った廊下の温度が急激に上がって行く。
人の大きさほどの火炎。一度出したら何処かに着弾しない限り、存在し続ける炎の球。
その球が俺のコントロールに従い、フッと扉向こうに消える。
そう。たぶんあの手に精霊魔法は効かない。
でもあれを召喚した術師には効くはずだ。術師が何処に居るかと言われたら、当然扉の向こうじゃん?

俺は待った。すごく待った。手の勢いは止まらなかった。俺は母さんを庇いながら手の攻撃を必死によけた。
ロキが立ち上がるのが見える。母さんが軽く呻き――思わず振り向いた俺は呆気なく手に捕まった。
直に魔気が流れ込み、俺は総毛立った。

≪賢者ノ石――ミツケタリ≫

要塞全体を揺るがすような声。
「え!? 賢者の石!!? どこ!!?」
俺は自分が掴まれているのも忘れて辺りを見回した。
んな場合じゃないって? 忘れた頃に必ず誰かが口にする超必見アイテムだよ? 俺じゃなくても気になるって!
でも何処にもそれらしきものなんかない。んもう! 期待させといてそりゃないよ!!

するりっと手が扉の中に引っ込んだ。もちろん俺を掴んだまま。
なす術もなく引きずられる俺。ふと思った。この手、もしかして魔王の魔気なんじゃないかって。

「ロキ! そこで母さんを守ってて!! 俺、必ず戻ってくるから!!」

必死にもがいてみたけど無駄だった。勇者の剣でもあれば対抗出来たのかも知れない。

俺は身体の力を抜いた。
深い……何処まで続くか解らない冷たい地底に引きずり込まれながら――俺は自分の意識を保つことだけを考えていた。

222 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/26(木) 16:03:43.74 ID:pJBMDmB5.net
>215
【避難所は例のあの場所です。以前シャドウと賢者が互いの感情をぶつけ合った……あそこですって】

ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1376804242/

223 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:23:24.63 ID:kxZkjfAy.net
埋め

224 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:25:23.95 ID:XCLN7AcS.net
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225 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:25:59.03 ID:XCLN7AcS.net
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226 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:26:31.85 ID:XCLN7AcS.net
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227 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:27:15.21 ID:XCLN7AcS.net
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228 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:27:51.37 ID:XCLN7AcS.net
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229 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:28:59.39 ID:XCLN7AcS.net
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230 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:29:51.20 ID:XCLN7AcS.net
ume

231 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:31:07.69 ID:XCLN7AcS.net
産め

232 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:32:03.06 ID:XCLN7AcS.net
生め

233 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:32:39.05 ID:XCLN7AcS.net
熱め

234 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:33:51.98 ID:XCLN7AcS.net
倦め

235 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:35:18.19 ID:XCLN7AcS.net
績め

236 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:36:40.42 ID:XCLN7AcS.net
膿め

237 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:37:27.71 ID:XCLN7AcS.net


238 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:43:11.41 ID:XCLN7AcS.net
梅酒

239 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:43:52.00 ID:XCLN7AcS.net
右馬

240 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:44:44.01 ID:Yof0Zxe+.net
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241 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:45:00.81 ID:Yof0Zxe+.net
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242 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 21:45:35.15 ID:Yof0Zxe+.net
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243 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 00:17:37.28 ID:oyk2+B//.net
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244 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 00:18:37.77 ID:oyk2+B//.net
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245 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 00:19:08.04 ID:oyk2+B//.net
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246 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 00:24:27.05 ID:Y8T0lHKN.net
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247 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 00:24:59.46 ID:Y8T0lHKN.net
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248 : ◆khcIo66jeE :2017/01/30(月) 20:13:35.49 ID:UK0KYOzT.net
>>222
【了解です。なお続きは当方やや多忙につき2月1日ないし2日の予定です、少々お待ち願えますか?】

249 : ◆ELFzN7l8oo :2017/01/31(火) 05:55:41.82 ID:lApGF2nV.net
【了解しました。どうかご自愛を!】

250 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/02/01(水) 20:39:14.14 ID:+FntxFM0.net
「ぐ、く……!やはり、無理か……!」

激しく輝く魔法陣の中央で、ワイズマンは苦悶に呻いた。
魔王の封印は特別なものであり、それを維持するには特別な儀式が不可欠である。
そして、かつてワイズマンはミアプラキドスやビショップの先祖らとそれを執り行った。
いかに膨大な知識と魔力を持つ賢者とは言え、魔王の再封印を独力で成し遂げることはできない。
単独で開封に抗うなど、焼け石に水。まもなく封印は解かれ、魔王はその真の姿を地上に顕現させるであろう――
そう、思ったが。

「……む……!?」

不意に覚えた違和感に、ワイズマンは思わず高い天井を仰いだ。
それまで地上に存在していた、ベアル・ゼブルの魔気が突如として消滅したのだ。
魔に属する者は、大なり小なり魔気を纏う。そして、存在が強大であればあるほどその総量も増大する。
どんな手練の者も、自らの魔気を完全に遮断することはできない。生物が呼吸せずには生存できないように。
そのベアル・ゼブルの魔気が、完全に途絶えた。それはつまり――

「滅びた?バカな、しかし……」

まったく状況が理解できないが、導き出せる結論はそれ以外にない。
そして、ワイズマンの推察を裏付ける変化がまたひとつ。

>賢者(友)よ! この場の結界を解くのだ! 防遏(ぼうあつ)の術に手を貸そう!

鼓膜ではなく、脳に直接響く言葉。
それは、確かに先程まで憎悪と殺気を漲らせていた無影将軍ミアプラキドスのもの。
ただしその言葉に険はない。ワイズマンのよく知る、盟友と認めた男のもの。
ワイズマンは束の間瞑目した。そして、いっときの熟慮の末に双眸を見開くと、

「……長い夢からやっと醒めてくれたかね。まったく寝穢い……ならば、大いに寝坊のツケを払ってもらうよ」

と、小さく笑った。
五層の結界が溶けるように形を失い、研究棟に続く最後の扉が開け放たれる。
2000年の間、イルマ以外の何者をも受け入れたことのなかった聖域が開いた。

《天上の聖門を開き、降魔の剣を召喚す!今ぞ時は来たれり、すべての邪悪よ退け!!》

カッ!!

ワイズマンの詠唱に、そして供給されるミアプラキドスの魔力に応じて、魔法陣が一層激しく輝く。
聖なる魔力によって発生した突風が、周囲を荒れ狂う。
それはやや離れた位置に置かれた安楽椅子で眠るイルマの髪を嬲り、さらに強くなってゆく。
独力のときとは比較にならない、強い封印の力。
が、それさえも魔王を完全に眠りの淵に押し戻すには至らない。

「いつか、こんな日が来ることは予測していたが――」
「それが今日だとは!せめて、一年ほど前から告知していてくれたならよかったのだがね……!」

膨大な魔力と魔王の魔気とがせめぎあい、ローブをはためかせる。
賢者、そしてエルフの長老。
光り輝く研究棟の中に、大陸最高の魔力の使い手ふたりの紡ぐ詠唱がこだました。

251 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/02/01(水) 20:47:42.89 ID:+FntxFM0.net
跳躍すると同時、シャドウがボリガンへと攻撃を繰り出したのが見えた。

「義父上!?」

>こんな場でまごまごしてなど居られぬぞ!
>手早く片づけ、一刻も早く賢者のもとへ!!

そう言いながら、シャドウがボリガンへ鞭を振るう。鞭から土埃と水飛沫が放たれ、豚の帝王の視界を覆う。

「ぬ、ぅ……!?」

デーモンの相手をしていたはずのシャドウの参戦は、ボリガンにとっても予想外であったらしい。
鞭から迸る土埃と水飛沫、泥濘状のそれを浴びせかけられ、咄嗟に目を瞑る。

そして。
それまで執拗にシャドウとエミルを狙っていた虚無の球が導かれるようにその軌道を変え、ボリガンへと突進してゆく。
目潰しを喰らったボリガンは、その動きに対応できない。

バヂィッ!!

電気の弾けるような音が周囲に鳴り響く。
虚無の球、その直撃を受ければ、いかなボリガンとて只では済むまい――。
そう、誰もが思ったが。

「……ブッフフフ……。珍味ではあるが、旨いモノではないな」

ボリガンが嗤う。
その口には、虚無の球が銜えられている。ボリガンは頑丈な歯列で虚無の球を事もなげに噛み砕き、咀嚼した。

「悪食と聞いてはいたが、想像以上だな……」

半ば呆然とした様子で、フェリリルが口を開く。
虚無の球を嚥下すると、ボリガンは太い指で自身の顎鬚を悠然としごいた。そしてニタリと口の端を吊り上げて嗤うと、

「そこなエルフよ。余を素早く片付けると申したか?このオークの帝王、3000年以上の時を生きる覇王ボリガンを」
「身の丈に合わぬ放言は身を滅ぼすぞ。余は下賤に寛大な方だが、それでも聞き流せぬことというものはある」
「しかし、善い。魔王が真なる目覚めを果たすとあらば、余も愚図愚図はしておれぬ」
「そなたらを『素早く片付け』、魔王の許に馳せ参じるとしようぞ。ブッフッフフフフ……!」

巨体を億劫そうに揺らし、ボリガンが移動式の玉座から立ち上がる。
『黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)』の先端が地面に触れ、ズズゥン……と重い音を立てる。
玉座に腰をおろしていたときから威圧感はあったが、立ち上がるとそのプレッシャーは倍以上に跳ね上がる。
勇者側はシャドウ、フェリリル、エミルの三人。
対してボリガンはひとり。周囲にはボリガンの配下の亜人が大量にいるが、ボリガンは手出しを禁じた。
数の点ではこちらが有利である。が、戦闘力そのものの差で考えればどうか。

「余に立ち上がる手間を強いたのだ。その代償は払って貰わねばな……!」

ボリガンが黒光りする棍棒を片手に、嗜虐的な笑みを浮かべる。

――勝てるのか?こんな強大な相手に……?

シャドウたちの助力を得、有利になったというのに、まるで勝てるビジョンが浮かばない。
身構えたまま、フェリリルは全身から冷たい汗が噴き出るのを止められなかった。

252 : ◆ELFzN7l8oo :2017/02/02(木) 05:56:04.30 ID:K96yCLXd.net
【確認ですが、リヒトのターンはありませんか? ライアンが倒れている周囲の状況を動かしたいのですが……】

253 :創る名無しに見る名無し:2017/02/02(木) 21:56:08.85 ID:s+1P1r0S.net
いじめ揉み消しの実態

http://blogs.yahoo.co.jp/sqjqs742/15340852.html

254 : ◆khcIo66jeE :2017/02/04(土) 02:46:35.90 ID:G44Yv/tD.net
>>252
【予想外のご質問にだいぶ色々考えましたが、何をやっても蛇足になるので申し訳ありませんが
先に進めてください】

255 : ◆ELFzN7l8oo :2017/02/04(土) 08:25:07.39 ID:xCCzL3VG.net
【困らせてしまいすみません。どうしても彼に活躍して欲しい一ファンの我侭と思いお聞き逃しください】
【投下は明日にでも】

256 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/02/04(土) 12:05:11.23 ID:VmVLxqYA.net
戦火の坩堝となった城塞の中で、リヒトは絶息したライアンの亡骸を凝然と見つめていた。

『所詮私は根なし草だ。勇者か主君かなど選ぶ権利など無い』
『しかし、今一度生まれ変わることが出来たなら――人として生まれ、人として生きたい』

死の間際、ライアンはそう言った。
ベアル・ゼブルの末裔として生まれ、復活した君主のために暗躍した。幾度となく勇者を、ルークを欺いた。
しかし。
彼がルークに対し告げてきた偽悪的な物言いは、果たして本心だったのか?
今わの際の言葉が、自らを根無し草だと言ったライアンの本当の心の在処を雄弁に物語っているのではないのか?
だとすれば。

『……この剣を……どうかルークに――』

ライアンの最期の言葉が、リヒトの耳の奥で木霊する。
リヒトはライアンの亡骸の傍らにゆっくり屈み込むと、その胸の上に左手を添え当てた。
手のひらに黄金色の輝きが宿る。リヒトはほんの一瞬だけ腕に力を込めると、

「ふんッ!」

ドンッ!!

手のひらに宿っていた黄金色の竜気を、ライアンの体内に押し込んだ。
竜気とは竜の持つ波動。この大陸の力そのもの。
その力は万象を滅ぼす破壊のエネルギーにも、生命を育む息吹にもなる。
ライアンの亡骸がびくん、と一度跳ねる。
止まったばかりの心臓に、この大地からなる膨大な生命の力が流れ込む――

「……オレは魔王の腹心、皇竜将軍。勇者に肩入れはしない」
「届け物があるのなら、自分で届けるがいい」

ガシャリ、と黄金の鎧を鳴らして立ち上がり、呟くように告げる。
この処置によってライアンが蘇るかどうかは、リヒト自身にもわからない。
たとえ生命エネルギーを与えても、本人に蘇る意思がなければ意味がないのだ。
そして、魔界や天界由来のものではない、地上の生命力たる竜気を注いだことで、ライアンの肉体は魔的要素を喪失した。
端的に言えば“人間になった”のだ。
万が一蘇生したとしても、以前のような力は使えないかもしれない。まして、片腕も失っている。
……それでも。

「おまえの主君はもういない。ならば、もういずれを選ぶか煩悶する必要もない」
「人として生きたいと願うなら。人としての義務を果たせ」

リヒトはそう言った。
一度は本気で葬ろうと思った相手だ。それを蘇生させるなど、非論理的な行いであろう。
が、ライアンのこんな言葉がリヒトの脳裏にはまだ残っている。

『戦士が一人だと誰が決めた』――

ならば。
ベアル・ゼブルは消滅した。それはリヒトも先ほど感知している。
そして、今まさに魔王が真の覚醒を遂げんとしているということも。

――終局は近い。

間を置かずして、この世界の未来が決まる。それは果たして魔王の世か、それとも地上に生きる者たちの世か。
いずれにせよ、自分は最後まで竜戦士としての役目を貫こう。
最後にライアンに一瞥を投げると、リヒトは踵を返してその場を去った。

257 : ◆khcIo66jeE :2017/02/04(土) 12:06:15.87 ID:VmVLxqYA.net
>>255
【蛇足ですが投下させて頂きました。おだてには弱いですw】

258 : ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:34:44.62 ID:Fu3mSFWm.net
【リヒト投下ありがとうございます! 言ってみるもんですね!】

259 :ライアン ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:38:03.90 ID:Fu3mSFWm.net
眼をあけた時、青かったはずの空は夕闇に呑まれていた。

静かだった。いや――静かすぎる。

「おいあんた!!」
自分を見下ろし何事か叫んでいる男は――リヒトではない。かつて帝国軍を退けたベスマ要塞三勇士の一人。
「……人形使いの……男……か」
自身の声を出しつつ、妙な違和感を覚える。その振動は感じるが、声が耳に届かないのだ。
「てっきり死んじまったかと思ったぜ。あの魔将のすげぇことと言っちゃあ、そりゃあもう……」
男がまくしたてている様子が目に映るが、やはり声は聞こえない。なるほどこの耳が……利かぬらしい。

小刻みに振動する地面。じわりと地より滲み出る魔気。人形使いが眉間に皺をよせ、うずくまる。
右肩の断面が突如痛んだ。焼き鏝でも押しつけられたように。
ついにベアル・ゼブルの思惑通りになったか。無影将軍を利用し、魔王本体を目覚めさせるという、かつての主君の思惑通り。
痛む身体に鞭を当て、何とか上体を起こすが……
「うっ!!」
身体の至る所に装備したフサルクの剣が唸りを上げた。

≪主を失ったお前に何が出来る。力のないただの人間に≫

「ただの……人間?」
剣が重い。幾重にも纏う鋼鉄の鎧のようだ。
いったい自分に何が起きたのかおぼろげに理解できた。
リヒトが私を殺した。そして――

カランと左の手に何かが触れる。勇者の剣 ウィクス=インベル。
手にするとそれは温かな何かで満ちていた。肩や身体の痛みが引いていく。
「ルーク……」
ゆっくりと立ち上がる。
胸に穴があいた気分だ。失った力。喪失感。しかし不思議と心は軽い。羽根が生えたようだ。
『届け物があるのなら、自分で届けるがいい』
剣がリヒトの声で語りかける。
『おまえの主君はもういない。ならば、もういずれを選ぶか煩悶する必要もない』
『人として生きたいと願うなら。人としての義務を果たせ』

――生かされた。ならば「人として」行くべき道はひとつ。


「ルークは何処へ?」
必死の形相にて苦悶する人形使いに聞いてみる。
男はストーンゴーレムでも持ち上げているのかと思うほどに震える腕を上げ、要塞内を指差した。
「すまぬ」
礼を云いつつ走り出す。
「ルーク! 精神体のみならば倒す見込みもあったものを!!」
走りながら、自分が笑っているのに気づいた。
この非常時に何を笑う? 主をなくし、自由の身になったからか? いや……

飛び込んだ要塞内。ブワリと向かい来る赤黒い魔気。その出所を頼りに進んでいく。
「あれは!?」
明らかに魔気はそこからふき出ていた。
倒れている人影はルークの母、マキアーチャ。ルークは居ない。傍に座る魔狼がこちらを向く。
「ルークにこれを返したい」
剣に覚えがあったのか。魔狼が相好を崩し、自身の背に鼻を向ける。乗れと言っているらしい。
ヒラリとその背に飛び乗ると、魔狼は一声長く啼き、闇の螺旋に飛び込んだ。何処までも続闇の中、再び笑いがこみ上げる。

そうだ。私は嬉しいのだ。生きて、人としてお前と共に進めることが。

260 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:38:56.05 ID:Fu3mSFWm.net
落ちる感覚がフワリと無くなった。上も下も、右も左も。何処までも続く赤くて黒い渦巻き。

≪ようやく来たね。僕のもとへ≫

若い男の人の声。この声……何処かで……

≪待ってたよ。君が来るのを。二千年も前から、ずっとね≫

二千年前? つまり、魔王が封印された……その時あたりからってことだ。待つにもほどがあるって言うか……
それにその声、誰かに似てる。父さん? ルカイン? いや……俺……自身の……

≪やっとわかった?≫

クスクス笑う声が上と下に、右に左にエコーになって渦巻いた。
渦巻きが消え――代わりに現れたのは青い空。漂う雲が足元を過ぎていく。
雲が晴れた眼の前に、明るい茶色の髪を揺らす青年が立っていた。身体は白く透けている。
顔は……鏡に写した俺の顔そっくりだ。
良く分からない。
つまりここは夢なの? 俺、落ちないように頑張ったけど、やっぱ寝ちゃった? あんたは夢の中の俺ってわけ?
夢の中の俺が笑う。さも可笑しそうに。

≪なんだ。全然じゃない。じゃあはっきり言うけど≫
≪僕は君の前世。名はアウストラ≫
≪そう。二千年前に『魔王として』封印された、アウストラ・ヴィレン・デュセリウムさ≫

261 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:41:09.14 ID:Fu3mSFWm.net
陽が翳る。

鳴動する地。鞭が起こす風にて発生したつむじの風が一巻き、砂塵を撒き散らしつつ消える。
西の空高く浮かぶ宵の明星が、じっとこちらを見つめている。瞬かず。煌々と。

「リュシフェール復活の時や近し、か」
以前に父は言っていた。いつの日か魔王を完全に目覚めさせ、打倒する日が来ようと。
あれは水鏡の予言だったのか。はたまた父本人の願望であったのか。

恐ろしいほどに静まり返った城壁が、黒々と聳え立つさまが異様に思えた。壁面や地面に数多の白い花弁がへばりついている。
春に植えたジャスミンだ。せめてもの色どり、白に赤、黄の花々を植わらせたあの庭は今や見る影もあるまい。

>余に立ち上がる手間を強いたのだ。その代償は払って貰わねばな……!

のっそりとその腰を上げる巨大なオーク。
……信じられぬ化け物だ。
百鬼の魔将ボリガン。二人の魔導師がまったく太刀打ちできずにいたあの玉を、あっさりと消し去った。
しかも「噛み砕く」という手段によってだ。
その声音はドワーフ神殿にて聞いたあの時とまるで変わらない。
すなわち、あの虚無玉を喰らったにもかかわらず、口中、喉のいずれも無傷という事。
魔族の放った暗黒の魔法が効かぬのだ。ボリガンには魔法そのものが効かぬと言っても過言ではあるまい。
星幽界(アストラル・プレーン)と物質界(マテリアル・プレーン)の両方にまたがる暗黒魔法は最大の攻撃魔法でもある。
対マテリアルにとどまる精霊呪文など、いとも簡単にあの胆力で相殺するに違いない。
圧倒的な火力を持つ【火炎】なら或いはとも思うが、肝心の「火」の操者がここには居ない。

功を奏すは一体何か。暗黒、精霊どちらも無効なら、神聖魔法しか……
魔王復活が迫る今、魔力を温存出来、かつボリガンに有効な呪文(スペル)は?

ボリガンはいまだ攻撃を仕掛けようとはしない。
ドワーフ神殿にて奴が仕掛けた攻撃――rotten breath(勝手につけた)は解放空間ではさほど効かぬと踏んでいるのか。
迎撃にて倒すに十分と奢っているのか。
それとも……移動スピードではフェリリルに劣ると自覚しているのか。
そうなのだ。ボリガンに最も有効な攻撃手段とは、圧倒的スピードを伴った実剣による物理攻撃に他ならぬのだ。
しかし頼みの綱であるはずの彼女は――やや離れた位置に立ち、焦燥の眼でボリガンを見つめている。
褐色の頬を伝う汗。彼女とボリガンの決戦をつぶさに見ていたわけでは無いが、万策尽きた感が否めない。
魔狼には様々な必殺の奥義があると聞くが、それを使わぬ所を見れば魔気の不足……か?
只の魔力であれば回復呪文もあるが、流石に魔族の魔気を回復させる呪文はない。当然だ。神は魔族に手は貸さぬ。

「娘よ!! そこな勇者の剣を使うのだ!」

彼女の耳がピクリと震える。
フェリリルは何故かボリガン相手に師剣コンクルシオを使っていない。
己が得物に信頼を置く気持ちも解るが、コンクルシオは衝撃派による撹乱が可能だ。使わぬ手はない。

「致命傷などとは云わぬ! 「傷」を負わせてくれ!! どんな小さな傷でもいい!!」

両手指をオークに向け、呪文を呟く。
古代エルフ語にて紡がれるそのスペルは……神聖魔法のひとつ、【治癒】。ただし、ただの【治癒】ではない。

262 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:42:07.38 ID:Fu3mSFWm.net
治癒の過程は複雑だ。
創傷部周辺の止血過程もさることながら、欠損部を肉芽細胞で埋め、各器官に応じた細胞への分化を誘発させるその過程、
その際に必要な化学物質、神経細胞の再構築に至るまで数え上げたらきりがない。
無論、生き物(人間に限らない)の身体の構造や進化の過程をすべて把握することが前提となる――取得困難な魔法のひとつ。
これら一連の想起をひとつでも違えたらどうなるか。
術者が戦慄する結果となった例は数知れず。国によっては高位の神官以外の使用を禁じているほどなのだ。

そう。ボリガンに対する治癒の想起は、過程のひとつをオーバーロードさせている。
すなわち欠損部を埋めるべき肉芽を限りなく増殖させ、いずれ身体すべてを赤い肉塊へと置換する。

……我ながら陰湿かつ凄惨。「神聖魔法」の名を汚しそうだが、いまはこれしか思いつかぬ。

ボリガンが怪訝な眼をこちらに向けている。
当然だ。彼はおそらくエルフ語を知っている。知っているからこそ、術の中身が解るのだ。
何故に敵に治癒などと訝しまぬわけがない。その戸惑いも好都合。フェリリルへの注意が僅かでもそれればその分有利となろう。

ボリガン同様、フェリリルもいまだ動かない。何事か決めかねている様子だ。
「何をしている魔狼の娘よ!! 奴らが手出しを禁じられた今がチャンスなのだ!!」
なるほど。集団転移の際の……この無様な様を見たのだ。我が腕が信じられぬのだろう。

「頼むフェリリル! 我が娘よ! この私を信じ、奴に一太刀浴びせてくれ!!」



妙な動きをするゴブリンに気がついた。
たった今駆けつけたに違いない。キョロキョロと左右をねめつけ、ボリガンに近づこうとするのを仲間に止められている。
キイキイ喚く……その手に握られた黒い羽根。
鴉の羽根にしては大きすぎ、黒鳥のにしては太すぎる。先端が矢羽に似て二股に尖り、光の加減で血色に光る……あれは……
正体は知れぬが何故か気にかかる。
幼き頃父に聞いた話。祖父が魔王の「黒羽根の矢」に倒れた話が頭を過るが、急ぎ頭から追い払う。いまだ想起の途中なのだ。

263 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:45:06.52 ID:Fu3mSFWm.net
魔王として封印!? どういうこと!?

青年が首をかしげる。
≪……聞いてないんだ。魔王の封印には『賢者の石』が要るって≫
いや、知ってるよ。封印には五つの石が必要ってことくらい。
≪なんだ。やっぱり分かってないじゃない。……あ、そっか。みんなが君に話すはずない……か≫

ああもう! さっきからもったいぶり過ぎ!! だいたい何!!? 『賢者の石』ってなんなのさ!!

――――――――――――――――――ドクン!!!!!!!!

まただ……また……!!

左胸を押さえる俺をまっすぐ指差すアウストラ。いや、彼の差しているのは俺じゃない。俺の――心……臓……?
≪そうだよ。それが『賢者の石』≫
≪賢者は『賢者の石』が永遠ではない事を知っていた。それこそ100年、200年……1,000年経てば、ただの石さ。だから≫
≪賢者はその石で勇者を創った。世代を渡り、生まれ変わり……常に新たな『石』が真の勇者に受け継げられて来たって訳≫
にっこりと屈託なく笑うその眼が――赤い。
≪わかった? 勇者は『贄』なんだよ。魔王と同化し、その石の力で魔王を封印するための――≫

「嘘だ!!!!!!!!」

声に出して叫んだ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!!
じゃあなに? みんな……父さんもライアンも長老も……それを知ってて俺に黙ってた!!!!?
≪たぶんね。もし知ってたら君はここには来なかった。だろ?≫
かも知れないけど、でも何だか……酷過ぎる!!!!
≪そうだね。酷過ぎる。だから……僕と一緒になろう≫
……は? それどういう……
≪僕と……そしてリュシフェールと同化しようって言ってるんだよ≫

それってつまり……俺に魔王になれってこと!?

後ずさる俺。両手を広げ、ゆっくりと近づいてくる青年。……こ……怖すぎる!!

≪簡単だよ。僕に心を預ければいい。きっと楽しいよ。『賢者の石』を得るものは世界を統べる。あはははっ!!≫
――冗談でしょ!  騙されてたって分かったから――勇者の俺が魔王になる? いくら俺でもそこまで子供じゃないんで。
≪もしかして君、魔王は魔族の王、とでも思ってる?≫
――え?
≪違うよ。魔王の魔は魔法の魔。魔法の素、『魔素』を持つ者の意味なのさ≫
≪この地に降臨したリュシフェールが持っていた魔素。それが大陸全土に行き渡り……はじめて人は魔法が使えるようになった≫
――は? 話が良く……
≪魔王は倒さずに封印。なんて理屈にあってるよね。だって魔王を倒してしまったら、魔法そのものが使えなくなるんだからさ≫
――そうなの!?
≪魔王は全ての『魔』を統べる者! 魔王になれば、全ての命も思いのまま!!≫
――思いの……まま?
≪そう! 君の従兄弟のルカインも、死んだアルカナンの人間も、魔狼に殺された剣闘士村の人達も≫
――え?
≪もちろん君が殺した大勢のナバウル人も! 君の従兄弟のルカインも! みんな呼び戻せる!≫
――……ほんとに?

≪ほんとさ。だから――楽にして? 心を――落ちつけて≫

≪そう。その調子。あははっ! あはははははっ!!!≫

264 :ルーク(赤眼) ◆ELFzN7l8oo :2017/02/05(日) 06:45:31.00 ID:Fu3mSFWm.net
気づいたら俺は、賢者と長老が立つ地下研究棟の中に居た。

265 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/02/07(火) 18:51:02.26 ID:EqFQNsY1.net
「そなたら下賤がこのオークの帝王!ボリガンに弓引こうなどと考える――その僭越、罪深さを、たっぷり教えてくれよう!」

ゴガァッ!!

ボリガンが怒号と共に黒髑髏(チェルノタ・チェーリプ)を振りかざし、フェリリルめがけて叩きつけようとする。
身軽に後方へ跳躍し、フェリリルはそれを易々と回避してみせる。黒髑髏が激突した地面の土砂が、間欠泉のように爆裂する。
凄まじい膂力に裏打ちされた破壊力。頑丈な肉体を誇るフェリリルとて、直撃を受ければ只では済むまい。
そして、ボリガンは決して単なる力自慢の無能な怪物ではない。総勢数百万、数千万とも言われるオークを統べる、そのカリスマ。
永い時を生きるうちに培われた、戦略と戦術とを縦横に操る叡智。
『知』と『力』が極めて高いレベルで融和を果たしている。
先程フェリリルが屠ったウルク・ハイのバーバチカなど、ボリガンに比べれば翅をむしられた蝿のようなものであろう。
それを、一刻も早く倒さなければならない。

――しかし、今のわたしには――。

その難攻不落、さながら生きている要塞の如き威容を誇るボリガンを攻略する手段がない。
必殺技である『渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)』を放てるほど魔気が回復するには、まだ少々の時間がかかる。
が、それを待っている余裕などない。こうしている間にも、魔王の復活は迫っている。
といって、遮二無二攻めかかったところでボリガンの鉄壁の防御を崩すことはできない。
しかし、それは無理からぬことである。何故なら、フェリリルの太刀筋は『正直すぎる』。
迷いのない、まっすぐな、小細工など思いつきもしないというような正々堂々とした攻め。
フェリリル自身は己の癖に気付いていないが、老獪なボリガンはフェリリルの癖をすっかり見抜いてしまっている。
いくらフェリリルが通常の攻撃を繰り出したところで、それはボリガンに楽々往なされてしまうのだった。

「ブァッファッファファファ!どうした、覇狼!人間ども!余を片付けるのではなかったのか?」
「家臣に手出しはさせぬ、余は単独――しかしてそなたらは三人。余を討つにはまたとない好機であろう?ブフフフフ!」

三人へまるで爆撃のように巨大な黒い棍棒を振り下ろし、そのたび土砂を巻き上げながら、ボリガンが嗤う。
わかっているのだ。魔狼の、エルフの、人間の出せる力の限界というものを。
自分がどれほどの力を出せば、それを捻じ伏せられるのかという加減を。
棍棒の直撃はもちろん、爆裂する土砂を喰らっても大ダメージは免れない。

――く、クソッ!

胸中、フェリリルは毒づいた。
魔狼最強の戦士などと自負していたが、その実オークの首魁に手も足も出ない。
何が黒狼戦姫だ、字名ばかり勇ましく実がないとは、お笑い草だ。
そう、忸怩たる思いで唇を噛む。
そのとき。

>娘よ!! そこな勇者の剣を使うのだ!

シャドウの檄が飛ぶ。フェリリルの大きな獣耳が、ぴくりと動く。

>致命傷などとは云わぬ! 「傷」を負わせてくれ!! どんな小さな傷でもいい!!

フェリリルは戸惑いがちにシャドウを見た。
言うまでもなく、フェリリルは今までボリガンに致命傷を与えるべく戦闘を続けていた。
が、小さな傷を与えろとはどういうことか。
フェリリルに魔法の知識はない。従って、シャドウが何を狙っているのか知る由もない。

が。

>何をしている魔狼の娘よ!! 奴らが手出しを禁じられた今がチャンスなのだ!!

――…………。

ほとんど悲鳴にも近い、シャドウの叫び。
それを聞き、フェリリルはいっとき瞑目すると、両手に持っていた鉈と短槍を背の鞘に納めた。

266 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/02/07(火) 18:53:38.83 ID:EqFQNsY1.net
「……ぬ?」

ボリガンが怪訝な表情を見せる、その前で、フェリリルは徐にずっと背負ったままだった師剣コンクルシオに手を伸ばした。
一気に抜き放ち、柄を両手で握って真正面に構える。
今までフェリリルは師剣を手に入れたにも拘らず、それを殆ど使うことがなかった。
それはロムルスとレムスを使い慣れているということの他に、もうひとつ理由があった。

迷い。

――わたしは魔族だ。今まで無道な行いもしてきた。魔王の尖兵として、多くの人を殺した。嫌々ではない……喜々として。
――そんなわたしが、今さら勇者の戦士などと。地上の生物の平和のために戦うなどと、どの口が言う?
――わたしはただ、恨みを晴らしたいだけだ。父を、一族を殺された憎しみを魔王にぶつけたいだけなのだ。
――報復、それだけがわたしの願い。わたしは単に勇者の行いをダシにして、自分は正しいと思い込みたいだけなのだ。
――師剣はきっと、そんなわたしの心を見透かしているのだろう。わたしの、この浅ましい心のうちを……。

そんなことを、この短い戦いのうちにフェリリルは幾度となく考えてきた。
勇者と共に戦えとフェリリルに言ったのは師剣だ。当然、師剣はフェリリルの心情を理解した上で道を示唆したのだろう。
が、フェリリルの心の蟠りは消えない。そして師剣にこれ以上心を覗かれるのを恐れて、頑なにその使用を拒んできた。
だが、そんな沈殿する心の闇を、シャドウの言葉が束の間蹴散らした。

>頼むフェリリル! 我が娘よ! この私を信じ、奴に一太刀浴びせてくれ!!

我が娘。
実の父を喪って間もないフェリリルの心に、その言葉は驚くほどすんなりと沁み込んだ。

――ああ――
――そうだ。そう、だったな……。

敬愛する父が死んだ。
慈しんだ同胞たちが死んだ。
信頼していた義兄が、父と同胞とを殺した。
慕っていた義姉に欺かれた。

たった十数日の間に、多くのものを喪った。それは不可逆な、どれほど手を伸ばしてももう、決して取り戻せない喪失。
それまで所持していて当然と思っていたものが、たちまち手のひらの上から零れていく、その嘆き。哀しみ。
形容することさえできない絶望――

しかし。

『フェリリル! 俺と一緒に来て! 俺の『戦士』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!』
『頼むフェリリル! 我が娘よ!』

「……わたしは!まだ、何もかも失ったわけでは――ない!!」

豁然と双眸を見開き、そう言い放つと同時、師剣コンクルシオが眩い光を放つ。
それは魔気とも瘴気とも違う、白い光輝。この世界の『正』に属する力の顕現。
光はフェリリルの全身を包み込み、消耗した肉体に漲る力を注ぎ込んでゆく。

「……これは……。この、力は……」

キィィ―――――――ン……

師剣が歌う。
それは、師剣がフェリリルを真の主として認めた証。
師剣は知っていた。フェリリルの胸の中にある迷いを。魔王への憎悪と、勇者を利用して怨恨を晴らそうとしていた真意を。
そして、そんな数多の感情の奥底にある、正しい心を。

「百鬼を討ちます!……父上!」

真白い波動に包まれながら、フェリリルは高らかに宣言した。

267 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/02/07(火) 18:55:58.07 ID:EqFQNsY1.net
「余を討つだと……。分限に釣り合わぬ放言は身を滅ぼすと、忠告してやったばかりだというのに……」

ボリガンが不快そうに鼻を鳴らす。明らかに格下の相手が口にする大言に、気分を害したらしい。
しかし、フェリリルは斟酌しない。ぐるんと手首のスナップを利かせて一度師剣を回すと、ゆっくり間合いを詰めてゆく。

「わたしは魔王軍として、多くの人々を殺めてきた。武人として恥入る真似をしたとは思わぬが、それでも殺したことには変わりない」
「その罰は、すべてが終わった後でいかようにも受けよう。この命も捧げる――その代わり」
「きさまと魔王だけは!どうでも地獄へ墜ちてもらう!!」

「できるものかよ!!」

ゴガァッ!!

ボリガンが黒髑髏をフェリリルの脳天めがけて振り下ろす。
その一撃は強烈無比。当たればフェリリルの肉体は微塵に砕けるだろう。
……当たれば、の話だが。

「受けよ!黒狼超闘技!!」

ボリガンの棍棒が地面を抉ったそのとき、すでにフェリリルはボリガンの頭上への跳躍を完了していた。
そして、そのまま空中で大きく上体を捻る。
身に纏う光が強くなり、太陽のように周囲を照らす――。

「グッ!?」

強烈な輝きを直視し、ボリガンが一瞬片手を前方にかざして顔を顰める。
一瞬の隙。それをフェリリルは見逃さない。

「『絶天狼伐討牙(フェイタル・デストラクション)』!!!!」

――ギャオッ!!

「ぐ、ぐぬうううう……!?おのれ、魔狼風情がアアアア!!!」

光の矢となって突進するフェリリルを、ボリガンが黒髑髏で食い止める。
フェリリルの光の闘気と、ボリガンの黒い魔気とが衝突し、周囲に烈風が巻き起こる。
コンクルシオと黒髑髏が激突し、激しい火花を散らす――。

「はあああああああああああ―――――――ッ!!!!」
「グオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!」

ガゴオオオオオオンッ!!!!

両者の放つ力の衝突が臨界に達し、接触点を中心に同心円状の爆発を起こす。
吹き荒ぶ風と、飛び散る土砂。そこにいる全員の視界がいっとき遮られ、周囲の状況を把握することが困難になる。
……だが。

濛々と立ち込める土煙が徐々に薄らぎ、再び戦場の状況が理解できるようになったとき。
シャドウたちは目撃するだろう、師剣を携えたまま凛然と佇立する黒狼戦姫の姿と――

肘の先から右腕を失った、百鬼将軍の姿を。

268 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/02/07(火) 18:59:47.02 ID:EqFQNsY1.net
「……勇者……ではないね」

突如として研究棟に現れた青年を見て、ワイズマンは静かに言った。
その姿は紛れもなく勇者のもの。だが、纏っているその雰囲気が勇者とはまるで違う。
……いや、『当代の勇者とは違う』と言うべきだろうか?なぜなら、その気配には覚えがある。
すなわち先代の『正統なる勇者』、アウストラ・ヴィレン・デュセリウムの気配に。

「2000年ぶりか……。しかし、君には眠っていてほしかった。それがこの世界のためには最善の道なのだと、君もわかっていたはずだ」
「……長い眠りのうちに、忘却したかね?」

再封印の魔法陣は維持したままで、そう勇者へ告げる。
そうだ。2000年前の戦いでは、勇者はそう固く信じていた。
自らもろとも魔王を封印する。そうすることで世界は平和を享受できる。
……それが、たとえ束の間のことであったとしても。魔王に怯えることのない世界を作れるなら、この命を全て使っても本望。
アウストラはそう言っていた。
が、今のアウストラはそうではない。恐らく、眠りのうちに魔王との融合が図られたということなのだろう。
賢者の石は、持つ者に究極の力を与える。
が、同時に永い眠りをも与える。永い眠りとは、すなわち死である。
賢者の石を手に入れるということは、死ぬことに等しい。それが石の制作者であるワイズマンの定めた、絶対のルール。
……が、魔王はそのルールを破ろうとしている。膨大な自らの魔力で。
そうなってしまえば、もうこの世界に魔王を止められる者はいない。ワイズマン自身も膝を折るしかないだろう。

だが。

「……いや。まだだ」

ワイズマンは一度かぶりを振った。

「ルーク・ヴェルハーレン……わたしの声が聞こえるかね?君はまだ、完全に魔王に屈してはいない」
「魔王の誘惑に抗い、自らを取り戻すのだ。君が魔王に屈すれば、すべては水泡に帰す――何もかもが無に還ってしまう」
「さあ――ここが踏ん張りどころだ。魔王を拒絶したまえ、君が勇者だからではない……君が、君であり続けるために」
「君はアウストラではない。ましてリュシフェールでもない。ルークというひとつの人格なのだ、それを自覚するんだ!」
「……支配から脱し、魔王を!退けたまえ!!」

ギュオッ!!

ワイズマンが大きく杖を振りかざすと同時、研究棟が鳴動する。
地下に眠る魔王の本体が復活する兆しだ。もう、もうなってしまってはワイズマンとミアプラキドスの努力も無駄だろう。
ならば。
ここにいる者たちで、魔王を斃す以外には――ない。



ワイズマンは、魔法陣への魔力の供給を絶った。

269 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/09(木) 18:36:45.29 ID:MPYt/491.net
>百鬼を討ちます!……父上!

天使を見たと思った。見る者に希望と安らぎを与える――真の天使を。
光を背負う娘。
銀の髪が眩い光に溶け、虹色の輝きだけを光輪の中に躍らせる。

ボリガンはそんな娘の姿に心を打たれはしなかったらしい。
吐き捨てた声音に混じるは忠告に応じぬ娘への憐れみか。鼻音が意味するは諦めか。

>きさまと魔王だけは!どうでも地獄へ墜ちてもらう!!

>できるものかよ!!

双方の発した言葉が大気を震わせた。
前者には確たる自信、後者には僅かな焦りの色。
この差は何なのだろう。己自身を乗り越えた者と、上から見下ろすことしか出来ぬ者の差だろうか。
何れにしても勝負はついたと思った。
ボリガンが振り上げるチェルノタ・チェーリプの間合いの外に退避しつつ、次なる事態を予測する。
【治癒】の一連の想起は済んでいる。後はフェリリルの一撃により開始する術の発動を待つばかり。
ならばと新たな呪文詠唱に取りかかる。ボリガンを狙うものでは無い。

【柔らかなる旋風(つむじ)の風よ 我が意に従いかの小さき者より 黒羽の矢を奪い給え】

エルフ語を解するものに取っては非常に分かりやすい詠唱内容であったろう。
対象は我らを取り囲む亜人達のうちの一人。黒い羽根を手にしたゴブリンだ。
ボリガンが手出しを禁じている以上、我らも彼らに手出しをすることが出来ない。オークが相手だろうが倫理上当然のこと。
故に、ただ気流を用いその手にあるものを奪うことに限定する。
標的の右側に突如現れた小さな旋風。それが文字通りしなやかなる動きにて彼の手から漆黒の羽根を抜き取った。
ゴブリンは主の攻防に眼を奪われ、取られた事自体に気づいていない。

風が手渡した羽根は予想外の質量を持っていた。重金属、さもなくば石で造ったならかくあろうか。
しなる羽軸は十分の強度を持ち、羽柄も長く鋭い。これ自体を「矢」として使えるだろう。
触れる指先より力を奪われる錯覚。人の手によるものでは無い。魔物が造る……いや……よもやそれ自身の……?

閃光が目を焼いた。頭上高く舞い上がったフェリリルの一閃がボリガンの黒髑髏を直撃したのだ。
巻き起こる嵐の烈風。
間合い近くに陣取っていたゴブリン達が木の葉の如く巻き上がり、それを見たオーク達があわてふためき逃げ出した。
急ぎ彼らの後を追うように走り、落ちていた矢筒と弓を失敬する。オークのそれは我が趣向に甚だ合わぬが、贅沢は言えぬ。
羽根を矢筒に納め……ふと見たこの指先が……なんと黒く焼けただれている。

「シャドウ殿!!」
いつの間に我が氷の棺から脱出したのか、エミルが横に立っていた。
彼の身体が黄金に光っている。防御障壁か、或いは加護の神聖魔法か。魔王の気を中和するためのものだろう。
「魔王の復活は確定なれば、我が軍は玉砕覚悟で地下回廊へ――」
「駄目だ」
我が言葉を予測していたのか。エミルが動じぬ目でこちらを見た。
「『五要』以外は要塞地下に立ち入らぬが暗黙の確約。されど……浮かばれませぬ。死んでいった騎士たちが――」
沈黙する男。人の身で北の魔人を蘇生する力を持つ――大陸屈指の魔導師が肩を震わせむせび泣いている。
「気持は分かるが、その力は次なる代に必要だろう。ベルク王と共に撤退を」

撤退もまた死ぬ覚悟に等しかろう。その覚悟を決めたのか。無理とは思えぬ笑顔を向け、
「生きて、何処かでお会いしましょう」
言いながら腰の剣を差し出した。
「使えるのは一度のみなれば、ご注意を」

その眼がチラリと「それ」を見た。巨大な肉塊へと変貌を遂げた、百鬼魔将ボリガンを。

270 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/09(木) 18:48:16.19 ID:MPYt/491.net
エミル達が姿を消したのと、「それ」が咆哮をあげるのと、どちらが先だったろう。

――――ビタン!

かつてボリガンであった赤茶色の肉塊が「動き」を開始した。
手足はすでに無い。いったい何処が目で鼻であったのか、それすらも分からない。
原型を留めるとしたら……何とも妙。肉塊周囲に散らばる――手指の断片のみ。
大きな芋虫に似たそれらにしっかりと嵌められたままの指輪はまさしくボリガンのもの。

ただの物言わぬ肉塊と化す。そう信じていた考えは甘かったのだ。
ボリガン自身の魔気と意志によるものか、はたまたこの地に満ちる魔王の余波のせいか。
じくじくと光る油を滾(たぎ)らせ、方々から触手を伸ばしては近くに居合わせた生き物を取りこむ様は不快極まるものだった。
一度恐慌に陥ったはずの亜人達は逃げず……むしろ身を投じ始めた。なるほどボリガンは彼らにとっての神。挺身も当然か。
触手に絡めとられたオーク達がそれの口元(?)に運ばれ、呑みこまれていく。
その咀嚼音は樫の実を杵(きね)でつく音に似ていた。

見る間に容積を増していくオーク王。万を超す亜人をすべて呑みこむまで一刻もかかるまい。
触手を避けるフェリリルの――髪、尾の毛が逆立っている。
一閃、二閃と振るうコンクルシオに断たれた触手が、うぞうぞと地を這い主と癒合する。
勇者の剣を以てしても歯が立たぬ? まずい。そして思った以上に巨大化速度が――早い!!

彼女に向かい跳躍した。【飛翔】の呪文を唱え、彼女の腰に手を回し――飛んだ。

「すまぬ。我が術が更なる暴走を生んでしまった」
フェリリルの腰はすこぶる細く、引き締まっていた。風圧で嬲られた銀の髪が鼻をくすぐる。
左手に彼女、右手にエミルの剣を持ったまま、はるか下の惨状に眼を向ける。
要塞を取り囲むように広がって行く肉塊が、さらに周囲を取り囲む森にまで到達しようとしている。
森にあれが及べばどうなるか。
森に棲むあらゆる生き物が呑みこまれ、じき大陸がすべて……ある意味魔王の世よりも恐ろしいのではなかろうか。

「あれを滅するには火力を以てするしかないが……」

ハッとした顔でこちらを向いた彼女が、この右手の剣に視線を移した。
エミルの剣。そういえば、彼は言っていた。「一度しか使えない」と。
そうかと思いなおす。エミルがこの剣に「炎の魔力」をエンチャントしていた事を思い出したのだ。
彼女はそれを肌で感じ取ったに違いない。或いは匂いか? 流石は野生の能ある魔狼なる。
剣を逆手に持ち直す。下に向いた剣先が明るいオレンジ色の光を灯す。
蠢く肉塊に向け――パッと手を離した。

かつてボリガンであったそれが瞬く間に燃えあがった。轟音を伴い、大気を焦がし。
黒煙を避けるため退避した森の中は……すでに獣が逃げた後なのだろう。不気味な静寂。するは遠くの滝音のみ。
深く息を吸う。この森の匂い、音、すべての記憶を留めておこう。見納めには違いない。
ぐつぐつと煮え立つ油。燃え崩れる肉塊。地獄の釜中を思わせる光景を、フェリリルは物言わず見つめていた。
かつて仲間であった魔将、ボリガンの最期。彼女は如何なる思いなのか。

「行こうか。最終の――決戦の場へ」

銀の光輪を背負う魔狼の娘。その褐色の頬が、赤々とした炎に照らされていた。

271 :ルーク(赤眼) ◆ELFzN7l8oo :2017/02/09(木) 18:53:57.19 ID:MPYt/491.net
うーん……!! やっぱ羽根は12枚に限るね……!! この解放感、最高!!

>……勇者……ではないね

聞きなれた声だ。遥か昔に何度も耳にした――懐かしい賢者の声。

>2000年ぶりか……。しかし、君には眠っていてほしかった。それがこの世界のためには最善の道なのだと、君もわかっていたはずだ
>……長い眠りのうちに、忘却したかね?

眠り? 2,000年? あはっ! 僕が……この僕が……眠ってたって?
違うよ。僕は眠ってなんかいない。見ていたよ。ここから。君たちを。この大陸すべてをね。

>ルーク・ヴェルハーレン……わたしの声が聞こえるかね?君はまだ、完全に魔王に屈してはいない
>君はアウストラではない。ましてリュシフェールでもない。ルークというひとつの人格なのだ、それを自覚するんだ!
>……支配から脱し、魔王を!退けたまえ!!

ふーん。あなたは……この僕が「ルーク」を取りこんだって思ってるんだ? 違うよ。ぜんっぜん違う。
僕はルーク。全ての記憶をこの場に置いて、ルークとして転生したアウストラ・ヴィレンそのものさ。

あはっ! どうしたの? 僕の声聞こえてる? 杖を振り上げたりして! あ……そうなんだ。やめるんだ。そうだね。封じ込めはもう無駄。
さっすが。賢明なる『決断』だ。ね?
そうだよ。君たちは僕を――魔王を起こしちゃったんだ。すでに……僕の身体にはリュシフェールの魂が宿ってる。
うん。口調は違うかもだけど、僕はリュシフェール本人でもあるんだ。
2,000年前から分かり切ってたことじゃないか。
「リュシフェール」は完全なる精神体。いざとなったらアストラル方面に逃げられちゃう。
だから実体を与えてそれに封じ込めようって主張したのは賢者――あなただもの。
魔王に永遠なる眠りなんか与えられっこない、だから起こして倒しちゃおうって言いだしたのは……そこの……誰だっけ?
そうそう。ミアプのおじさん。
おじさんさあ……カッコイイこと言って、ホントは――魔王に殺された親父さんの無念を晴らしたいだけなんじゃないの?
あ? 図星だった? そんな顔しないでよ! 水も滴るいい男が台無しじゃん。

でさあ……ひい……ふう……ってふざけてる? ぜんぜん足りないじゃない。
僧正と賢者の二人だけで何が出来るのさ。足りないよ! 僕が暇つぶしに「遊んであげる」のにさあ!!!!

あ、ごめんね? せっかく造った水晶だまに魔法陣。集めまくった宝石に……長年かけて認(したた)めた書籍が台無し。
いやいや、知ってたでしょ。この大陸の物体なんて、僕の思うがままだって。
当然だよね。僕達は大神の使わした御遣い、天使なんだもの。
天使の手にかかれば原子単位で組成を変えられる。こんな風に塵と気体にとか……アシュタロテがやったの、見たこと無い?
そうそう。僕の後ろで眠ってるイルマ・ヴィレン。アシュタロテに良く似てるよね?
すっごく柔らかい髪だ。頬はすべすべ。
いいよね。17って。ほっそい首に、形のいい胸。腰。綺麗な足。うん。すごくしっとりしてて……ピタリと吸い付く。
このやわらか〜い肌もさ、僕がちょっとイメージを変えただけで……
……あ! しないよ! 彼女は「札」だもの! 僕の大切な切り札にそんな事しない!

どうだろう賢者様。
むか〜し昔からどんなに誘っても全然応じてくれなかった貴方だけど、今なら応じてくれるんじゃないかって期待してるんだ。

どう? 僕と一緒に世界を治めてみない? 僕が君主なら君は王付きの魔導師。
この魔力のお陰でみんなが魔法の恩恵に与(あずか)れるんだ。皆が傅くのは当然。もし刃向かう者が居たら……そうだなあ。
別の魂を容れたお人形にしちゃおうかな。
お城を守る人形の軍隊ってのもオツかもね。もちろん君の死霊術で蘇らせるのもアリだけど……

なにその怖い顔。
あははっ! もっと素直になってみたら? 
見たくないのかい? 眠りっぱなしだったお姫様がパッチリ目を開けるとこ。
若鮎みたいな身体を起こして……可憐な動作で椅子から降りる……上目遣いであんたを見上げる……そして言うんだ。
「あなたの事が――好き」

ってね……

272 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/02/14(火) 18:56:43.31 ID:6zWaVgT8.net
>ってね……

自らを魔王と名乗る、ルークの姿をしたアウストラ・ヴィレンの饒舌な言葉を、黙して聞く。
そして2000年前にも聞いた誘いの文言を耳にし、それが終わると、

「……ふ……。ふふふ……、ふははははッはははは……ははは、ははははははは……」

ワイズマンは静かに、しかし心の底から可笑しいと思っているであろうことが容易にわかる調子で、笑い始めた。

「明星の如く輝けるその姿。荘厳な六対の翼に、すべてを圧倒する魔気。まさに、わたしの知るリュシフェールだ」
「この地上に生きる万物を遥かに凌駕する高みに存在する、大神の最高傑作。至高の天使」
「そんな『いと高き者』である君が、そこまでわたしのことを買ってくれるとは――実に光栄な話だよ」

封印術式を中断し、杖を持っていた腕を下ろして、ワイズマンは笑う。

「だがね。『であるがゆえに』、わたしは君の誘いを受けることはできない」

長い爪の生えた、節くれだった右手を魔王へと伸ばす。

「君は『病巣』だ」
「大神が創造した、この世界を破壊するための腫瘍のようなモノ。それが君の正体なのだよ」

静寂の中、研究棟の中にワイズマンの声だけが響く。

「……ときに、大神にとって最も重要な『力の根源』とは、なんだと思うかね?」
「それは『信仰』だ。畏怖、尊崇と言ってもいい。この世界に生きる生物たちの、大神を信じる心。それが大神に万能の力を与える」
「裏を返せば、大神は信仰されなければ力を喪ってしまう。よって大神は常に自らの力を誇示し、万民に見せ続けなければならないのだ」
「大神が信仰心を集める、その最も効率的な方法が何か、リュシフェール……君は知っているかな?」

「――『信者たちに試練を与える』――。それにつきる」

ゴウッ、と音を立て、賢者の全身から瘴気が迸る。
濃紫色の風が賢者のローブの裾を、ミアプラキドスの魔導衣を、魔王の翼を嬲ってゆく。

「大神は地上に君を遣わし、君に地上の支配をさせることで、万民を恐怖に陥れた。不幸が、嘆きが、信者たちの祈りの声になるように」
「実際、その目論見はうまく行った。大神に刃向かった魔王が地上に墜ち、人々の命を刈り取って暗黒の時代を築く――」
「人々の慟哭は天に満ち、君に対する怨嗟はそのまま大神への救いの声となって、大神に充分以上の力を与えた」
「……君は気付いていたかどうかは知らんがね」

瘴気がワイズマンの足元に新たな魔法陣を描く。
だが、それは今まで構築していた封印の魔法陣とは違う。

「また、大神は人々が魔王を倒せるようにと手回しもしていた。魔王を長々のさばらせておいては、信仰する者が絶えてしまうからね」
「それがシールストーンだ。大神は地上のこれという者にシールストーンを与え、魔王の封印方法を授けた」
「大神への信仰が最大限に達し、これ以上人々に恐怖を味わわせる必要はないと思ったとき、魔王を封印できるように」

それが今だ、と言外に言っている。
魔法陣の中に複雑な文様が描かれていく。しかし、それはワイズマンの魔紋ではない。
エルフの長老ミアプラキドスなら、それが何なのかは容易に理解できることだろう。それは――


この世界を創造した『創造主』。
『大神』の聖紋だった。

273 :ワイズマン ◆YXzbg2XOTI :2017/02/14(火) 19:01:28.13 ID:6zWaVgT8.net
「リュシフェール、そして我が旧き友ミアプラキドス。わたしは、長いこと君たちを欺いていた」

大神の聖紋が描かれた法陣、聖法陣とでも言うべきか――の中で、ワイズマンが告げる。

「と言っても、わたし自身今の今まで忘れていたことだがね……。わたしはわたし自身の記憶を封じていたのだ」
「そして、リュシフェールの復活と共にそれを思い出すよう細工をしていた。自らが何者であるのか」

コツリ、と床を杖で叩く。
いつしか、ワイズマンの身体から噴き出る気が瘴気でなくなっている。
研究棟を埋め尽くす強烈な晧白色の光は、瘴気とはまったく属性を異にするもの。生命の、いやもっと神聖な――。

「大神の行いは、決して褒められたものではない。例えそれが自分の力の維持、存在の堅守に関わることであったとしても」
「よって、大神は自らを戒めた。自身もまたリュシフェールと同じく地上に降り、世界の成り行きを観察することにしたのだ」
「大神本来の記憶と力とを封じ、自らも地上に生きる――いや、“生きていた”者という体裁をとって、ね」

ワイズマンの纏うボロボロのローブが、急速に朽ちてゆく。光に変わってゆく。
常にすっぽりと被り、片時も外すことのなかった頭の頭陀袋が、端から崩れ落ちてゆく。

「……もう、理解できたかな?リュシフェール……わたしが誰であるのか。なぜ、わたしが君の宮廷魔導師になれないのか」

ローブや頭陀袋だけではない。ワイズマンの肉体そのものが、急速に光に変化する。
そして、その姿が溢れんばかりの光に呑み込まれ、消滅したとき。
研究錬の中は、すべての魔気を退ける正常な力に満ち溢れた。

ふわり、とリュシフェール――ルークの頬を、柔らかな風が撫でる。
その目の前に、光の粒子が形作ったワイズマンが立っている。
ワイズマンの傍らには、寄り添うように佇んで微笑むイルマの姿も。

《記憶を取り戻した以上、わたしは天へ還らなければならない。大神が地上の存在に直接手を下すことはできない》
《だが、ひとつだけ置き土産をしよう。勇者よ、これが最後だ。立ち上がれ、魔王の支配から逃れるのだ》
《わたしは君にそれができる性能を与えた。そして成し遂げるんだ……今こそウィクス=インベルを取り、魔王を倒すとき》
《地上を生きる者たち。そのすべての力を結集し、魔王に打ち克て。ルーク・ヴェルハーレン――君の望んだとおりに!》

ワイズマンが、否――大神がルークを叱咤する。
その言葉を最後にワイズマンであった者は消滅し、眩い輝きが急速に収まってゆく。

要塞の怪人、死霊術師にして究極のアンデッド、リッチであった『賢者』は消えた。
そこにはただ、ずっとイルマが座っていたからっぽの安楽椅子があるだけ――。

274 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2017/02/16(木) 05:36:41.72 ID:+Wcb5Tam.net
「賢者……貴方は……貴方様は……」

神が降臨した。いや、とうの昔から「していた」。
何処からともなく突如現れた稀代の天才魔導師。
人の世を離れ、魔王の封を守ることを選択した数多の霊従えし叡智の源。
生まれい出たその時にはすでに漆黒のローブで身を隠し、人目を避けていたかつての友。

腑に落ちた。
わが身を以て封と成すと宣したは奢りではなく。
おそらくは確たる自信があったからこそ。記憶なけれど、揺るぎなき自身があった。だからこそ。
いかにリッチであろうと、魔王本体の「上」に憤然と構えるは地上の身に不可能。「神」だからこそ出来た所業であったのだ。
『賢者の石』も。
神である身であればこそ。

大神は唯一神。この世界の創造主。

「神よ。我々へと課した試練――有り難く」

取り残された安楽椅子が遺品の如く横たわる。
ひたすらに赤い目をそれに向けていたアウストラがこちらを見た。その眼。光彩が碧く澄みわたり、数回瞬く。唇が戦慄いている。

「アウストラ! ルーク! 『戻った』か!? 」

一縷の望みをかけ、問う。いま地下研究棟には自分と彼しか居ないのだ。
神の叱咤によりルークがルークとなれば良し。でなければ……賢者不在の今――この命は――いや世界そのものが危うい。
答えを待つその「時」がなんと長く感じられたことか。



≪ク……クククククククク……≫

……この笑い声は……ルークの……?

275 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/16(木) 05:40:42.28 ID:+Wcb5Tam.net
転移の最中(さなか)、光が見えたと思った。
要塞全体を包む至高の光。人はおろか、この世に生を受けたすべての生命を凌駕する恐るべき光。
――焼け焦げた大地が瞬時に黄金の草原(くさはら)に変わったかに見えたが――いったい?
その訳を知るのは少し後になる。

転移先は要塞地下回廊内。
フワリと大理石の床に降り立つ。フェリリルと自分、二人分の影が足元にわだかまる。
普段の光景を知るであろう自分だからこそ感じる異様さだった。
「やたらと静まり返る」空間内に、響き渡る笑い声。
そう。静まり返っていたのだ。いつもは数多の霊が発するおらびが身を竦ませるはずの――回廊が。
静けさを更なる静けさと錯覚させる何者かの笑い声。声は扉が大きく開け放たれた研究棟からしていた。

『ようやく来たか、ヴェルハルレン』

脳内に響く声は我が父のもの。
まったく訳の分らぬこちらに、いきさつを告げる父の声は淡々としていた。そしてその事実はあまりにも――

「賢者が……居ない……?」
身体の力が抜けたと思った時は、床に膝がついていた。
度重なる父ミアプラキドスの転身、アウストラの復活、大神である記憶を取り戻し、この地を去った賢者。

「賢者! ただの一度で良かった。今一度貴方と会い、許しを乞いたかった!」
横に立つフェリリルはおそらく呆れ果てたに違いない。
魔王復活の定かも解らぬこの瞬間(とき)に、賢者不在、ただそのことだけを思い悩むとしたら、まさしく愚の骨頂。
しかしこの世の叡智を求め、その叡智を得ることだけが生きる目的だったこの私に取っては――
大陸すべてが滅んだと同じ衝撃であったのだ! 賢者よ! 貴方は行ってしまった! 

ポタリと落ちる雫が床を濡らす。これまで生きてきた中で二度目の涙だ。

『たわけが!! いまこの時に悩むべきは別であろう!!!』

叱咤する父の声は耳に入らず。しかし額の紋――賢者の魔紋が発した……片言の言葉がこの身を打った。
ほんの片言の言葉が、この身を我に返らせたのだ。

視界が晴れた。
賢者に取っては不甲斐ない、憐れなエルフにかけたただの一言に過ぎなかったのかも知れない。
だがそれは重大な意味と力を持つ言霊となってこの身を貫いたのだ。

『そうだ。賢者はいま「そこ」に居る』

父の声音はいつになく優しいものだった。そのとおりだ。賢者は――「ここ」に居る。
額が熱い。
あの時。賢者の加護を受けようと性懲りもなく現れたこの身に賢者が授けた魔紋の護符。
用がすんだら吐き出せとの忠告も聞かず、いつしかこの身体と同化し寿命を奪った賢者の魔紋。

276 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/16(木) 05:41:14.43 ID:+Wcb5Tam.net
声高く笑う声が止んだ時、すべてが消滅していた。
美しく設えられた回廊の柱、磨き上げられた大理石の床、魔法の陣散りばめられた研究棟、いやこの要塞そのものが。
真夏の夜の風はこれほど冷たかっただろうか。
満天の星空だった。
巨大な蟻地獄の穴の底でなくば、西に傾く宵の星がいつになく明るく輝くのが見えたかも知れない。






≪ツイニ……ここマデ来タカ≫


蘇った魔王の声が、蟻の地獄穴を震わせた。

277 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/02/17(金) 18:23:23.39 ID:Wa1bKbiq.net
神とは不遜で、一方的で、理不尽なものである。
一方で、神は地上の者に絶望だけを与えはしない。
神代の時代、幾多の災いが飛び出した箱の底にただひとつ、希望が残されていたように。
神はそれに打ち克てると思った者にしか試練を与えない。
試練とは人々を阻むものではない。人々に乗り越えられるためにあるのだから。

「……これは……いったい……」

シャドウと共に地下研究棟のある回廊へと転移した瞬間、膨大な波動がその場に満ちているのを感じる。
肌が粟立つ。産毛がピリピリと反応する。ふさふさの尻尾がそそけ立つ。
満ちる気配は、今まで感じたことのないもの。
が、決して不快ではない。むしろ心地よく、やすらぎのようなものさえ感じる。
まるで早朝の山頂で吸い込む空気のように、澄み切った清浄な波動。
形容するならば、それは神のように聖なる存在の――。

>賢者! ただの一度で良かった。今一度貴方と会い、許しを乞いたかった!

隣でシャドウが床に両膝を突き、慟哭している。
フェリリルはシャドウが嘆く理由を知らない。そも、このベスマ要塞を訪れるのは初めてだ。
ベスマ要塞の怪人――ワイズマンについても、父リガトスから軽く聞かされていた程度で、ほとんど知らない。
だが。

――大切なひとだったのだろうな。

そう察することはできた。
とはいえ、嘆くシャドウにいつまでもつきあっている時間の余裕はない。
周囲は清浄な気に満ちているが、同時に莫大な魔気も感じる。
魔王がいよいよ復活するという兆しであろう。だとしたら、一刻も早くルークと合流しなければならない。
それが、勇者の戦士である自分の役目。フェリリルは辺りを見回し、ルークの気配を探ろうとした。

けれど。

「……!?」

気付けば、周囲にあったすべてのものが消滅していた。
無窮の闇。その只中に、フェリリルとシャドウが立っている。
いや、フェリリル達だけではない。少し離れたところには、純白の魔導衣に身を包んだ長身のエルフもいる。
色はすっかり変わってしまっていたが、その魔導衣には見覚えがある。――無影将軍。
それを纏っているエルフはフェリリルの知っている者とは違ったが、フェリリルはそれに関してはさして疑問に思わなかった。
仔細に興味はない。きっと、自分のあずかり知らぬところで様々なことがあったのだろう。そう解釈する。
第一、今はそんなことよりも意識を向けるべきことが山積している。

「ルー!」

白いエルフからさらに離れた場所に、勇者が佇立しているのが見えた。思わず、その名前を呼ぶ。
が、返事はない。
フェリリルは衝動的にルークの許へ駆け寄ろうとした。

……ガシャリ……

不意に大きな獣耳に入ってきた、金属的な音。――鎧のこすれる音。
フェリリルは咄嗟に立ち止まり、音のした方を見た。

血色のマントと、目も眩むような黄金色の鎧。
無影将軍の魔導衣と同じく、すっかり色が変わってしまっているが……その造形を見間違うことなどない。
そして、その気配も。

「……義兄上……」

わななく唇で、フェリリルはようようそれだけを呟いた。

278 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/02/17(金) 18:26:12.46 ID:Wa1bKbiq.net
この大陸の意思、竜戦士。黄金の波動たる竜気を纏う、『ヒトの姿をしたドラゴン』。
そして――
魔王軍最強と謳われた……今となっては最後の魔将軍、皇竜将軍リヒト。
それが抜き身の竜剣ファフナーを携え、ルークへと駆け寄らんとしたフェリリルの進路を塞ぐように立っている。

フェリリルにとって、リヒトは魔狼の森で共に育った間柄だ。
父リガトスはリヒトを息子と呼び、実子のように扱ったし、自分もそうだった。
エレンと共に、三人は本当に兄妹のように過ごしてきたのだ。
が、今対峙するリヒトからは、そんな肉親同然の相手としてのいかなる感情も伝わってこない。
あくまで、魔将としての自分の役目を遂行する――ということだろうか?

「く……」

フェリリルは師剣の柄を強く握りしめたが、自分からは仕掛けない。
否、『仕掛けられない』。
彼我の実力差がありすぎる。フェリリルは魔狼の森時代幾度となくリヒトに勝負を挑んだが、ついに一度も勝つことができなかった。
いや、勝つどころではない。一太刀浴びせることさえ不可能だったのだ。それほど、リヒトの強さは圧倒的だった。
おまけに、義兄はそれさえ手加減していたのだろう。しかし今は違う。今は――本気だ。それが離れた場所からでも伝わってくる。

――この黒狼戦姫が、なんてザマだ……。勇者の戦士となると誓ったのは、空言か……!?

忸怩たる思いにかられ、きゅっと唇を噛みしめる。
とはいえ、迂闊な攻撃はなんの活路も開かない。すれ違いざま一刀を叩き込まれ、たちまち絶命するのがオチだろう。
そんなとき。

>≪ツイニ……ここマデ来タカ≫

巨大な奈落の底に、魔王の声が響く。
今までに聞いた魔王のものとはまるで違う、禍々しい声だ。
そして、かつてとは比較にならない魔気も――。アルカナン王城で謁見した際も恐ろしいと思ったが、今はレベルが違う。
元覇狼将軍のフェリリルでさえ、懸命に気を張っていなければ心神喪失してしまいそうなほどの濃密な魔気が漂っている。

とはいえ、だ。

まだ、何もかもが決着してしまったわけではない。
なぜなら、ここには魔王を倒すためのものが全て揃っている。

勇者ルークが。
戦士フェリリルが。
魔導師シャドウが。
僧正ミアプラキドスが。
賢者は天に還ったが、賢者の遺した力が――神気がこの場には満ちている。

――義兄上さえ何とかすれば、魔王は倒せるはず……!

その『リヒトを倒す』という行為が至難なのだが、それでもやらないわけにはいかない。
フェリリルはからからに乾いた喉を無理矢理唾液で潤すと、師剣の切っ先をリヒトへと向けた。

慕い、憧れ、愛した義兄を。
父を、仲間たちを斬殺した仇を。


魔王へ至る最後の障害を、殺すために。

279 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/02/20(月) 06:34:59.26 ID:dt2pE+TJ.net
巨大なすり鉢状の穴の底。ひんやりと流れ込む空気に混じる草原の匂い。
澄み切った夜空の星は、いつ降ってきてもおかしくないくらいキラキラ輝く星でいっぱいだ。

――あ! 流れ星! 

消える前に願う。贅沢は言わない。たったひとつだけ。

俺達を囲む……四方にゆるゆる広がる傾斜。何処かで……と思ったら思い出した。闘技場だ。
……あはは! 懐かしいなあ! ほんの数日前のことなのに!
客の居ない闘技場。聖アルカヌスを何十倍もでっかくしたような。

思えば俺。父さんを助けるためにここ飛び出して……けっこう冒険したよな。
初めて行ったアルカナンの城下で出会ったのがライアンだった。彼に連れられて、初めて行った娼館にエレンが居た。
二人とも俺の存在知ってて、俺が何処で何してるのかも全部お見通し、だったんだ。
殺ろうと思えばいつでも殺れた。でもしなかった。それは……なぜか。
剣闘会でも、ラファエル達にいいように踊らされたけど、でも奴らは結局俺達に――俺に手出しはしなかった。その理由。
冒険がしたい! って何度も何度も駄々こねて、結局一度も許してくれなかった父さん。その理由が、今だから解る。
俺がするべき冒険は――行くべき場所はあそこじゃなかったんだ。
俺は要塞を出ちゃいけなかった。
俺が死んだら……たぶんこの世界が終わってた。魔王を抑える事が出来るのは賢者と、賢者の作った石だけだから。
母さん。困らせてごめん。俺、後悔はしてないよ。外の世界は広かった。いろんな場所にいろんな人。
ドキドキしたし、ワクワクもした。人も大勢死んだし、殺した。何度も折れかけた。そのたびに誰かがこの背中を押したんだ。
あれ以上の冒険、あるのかな。もっといっぱい、ドキドキワクワクすること。きっとこの大陸を出れば――もっと!

俺に背中を向けてるリヒト。その背のマントがバサリと翻る。こっちに駆け寄ろうとしたフェルの足が止まる。
フェル。君は言ったね。魔王倒す方法は俺が考えろって。

だよね。封印するの止めて、ガチで倒すって決めたの、俺だもの。決断の責任、取らなきゃ。

280 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/02/20(月) 06:35:57.26 ID:dt2pE+TJ.net
足元が冷たい。胴体も、手足も、髪の毛も凍るくらい。

魔王と同化した俺だから解る。遥か昔。この地に降りた魔王には――身体が無かった。身体はあそこに置いてきたからさ。
降りて……その時思ったんだ。地上はなんて寒いとこだろうって。
ま……あれか。
降り立った衝撃で発生した黒雲のせいで例の氷河期に突入したわけだから、ガチで寒かったのかも知れないけど。
そうだ。この力を、「魔気」をこの地に与えよう。この地に住まう全ての種に潤いを。魔法の力を。
その時の魔王の魔気が、人間を人間以外の何者かに造りかえもした。エルフやドワーフ、オークにゴブリン。
いろんな種に派生した亜人達。より魔に近い属性を持つ者の中には、手下にしてくれって願い出る種族も現れた。
魔狼もそのひとつ。そうだよね? フェル。

もちろん魔王の支配を望まない種族もあった。それは人間。
エルフは争いを好まなかったし、ドワーフを地面掘ることしか興味がない。でも人間は違った。
この世の主が魔王であるのを良しとしない者が大勢いたんだ。
当然怒るよね。いったい誰のお陰でこの世界が潤った? 魔王のお陰で世の中が便利になったんだもの。
氾濫やまない大河を堰き止めたり、大火災を鎮めたり、瀕死の人を回復させたり。その恩恵に与ってるのは誰なんだって。
魔王は怒った。従えた手下を使って殺しまくった。
それが間違いだった。目には目を、力には力を。手向かう人間は後を絶たず。
何処からか現れた勇者と一行が、これまた何処からか仕入れた封石(シールストーン)を使って魔王を封じた。
でも二千年もすれば自然に魔王が蘇る。この繰り返し。それこそ幾万年――同じことの繰り返し。

いつ終わる? 終わらない? 永遠に? 

いつしか魔王は望んでた。終わらせる者の到来を。
凍える手足と身体しか持たない魔王。彼は再び天に戻ることは出来ない。赤い薔薇の花を摘むことも。
でも……それでも彼は――リュシフェールは願った。本体を取り戻し、完全なる復活を。
12枚の羽根を持つ輝ける天使。完全体となった魔王の封印は不可能。真っ向から倒すしか術(すべ)はない。
すべてを終わらせるにはそれしか無いと。

フェル。父さん。長老。俺の心の声、全部聞こえてるよね?
俺も願う。神様も背中を押してくれた、あの言葉。『立ち上がれ』。
魔王と同化し、その思いを知ってしまった俺だけど。つい共感して、人間達をどうかしてしまいそうになった俺だけど。

そう。俺の願いはたったひとつ。

お願い神様! 勇気をください!!! 彼と繋がった心を……絆を……断つ! そう決断する勇気を!!!

281 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/20(月) 06:36:27.50 ID:dt2pE+TJ.net
独白にも似たルークの言葉。その願いに、神が応えたのだろう。
ひと際大きな星がひとつ、ほうき星となって空を流れた。
虹色に輝く彗星、夜空一面を覆うほうきの尾。息を呑んだ。これほど美しく、壮大な光景をかつて見ただろうか。
前方に立ちはだかるリヒトまでもが、天を仰ぎ見入っている。
その彗星の流れる音が次第に高く、大きく――――

刹那、ルークの身体より赤く明滅する黒い魔気が立ち昇った。
グラリとよろめき、地に手をついたルークがそれを見上げる。見る間に形を成す魔王の気塊(きかい)を。
六対の黒い翼を広げた魔天使が立っていた。鮮明なる輪郭だが、中は黒き霞(かすみ)がただただ蠢く実体なき魔王の意思体。
灼熱の光が場を照らす。気を裂く衝撃。
誰もが気付いたはずだ。彗星がこの場に落ちると。だが誰もが動かず。ただ両の腕を天高くにさし延べる魔王に目を向けている。

星が落ちた。
大陸に風穴を開けかねぬ衝撃のはずが、我々に一切が届かない。神の加護か。魔王がすべて受け止めた故か。
フワリと立つは真白に輝く人影。光り輝く12枚の羽根。
落ちた星は西方に輝く宵の星だったかと今更に思い至る。本来の姿を得た魔王。神の如く光り輝く天使の長。

すべてに対し平等であろう神が、両者の願いを等しく叶えたのだ。
ルークの願いは魔王からの離脱。魔王の願いは本体の奪還。


≪褒めてやろう 無事我が元に馳せたこと 我を滅ぼさんと高め合いし其の力 存分に≫


その声音も口調もとてもでは無いが魔王のものではない。なるほどルークが迷うはずだ。
もと天使長リュシフェール。されど歴とした――魔王。

282 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/20(月) 06:36:59.66 ID:dt2pE+TJ.net
その場に立つ誰もが動揺と戸惑いの色を隠せずにいる。
当然だ。相対すべきは禍々しき気を持つ魔王であり、神々しく光り輝く天使ではないのだ。

呪文を唱えるべきか否か、しばし悩む。父はと見ると、魔王ではなくリヒトに目を向けている。
リヒト動かずして魔王動かず。そう読んでいるのか。

≪リヒトよ 其はいまだ――『魔将』か≫

魔王が問う。八大魔将が一人、リヒト。その姿がかつてとはまるで異なる故か。
魔王の魔気は消え失せ、肌に届くは竜そのものの気。大地の具現と言われる五の竜すべての結集。
おそらく魔王は聞いているのだ。
まだ自分に加担する気があるのかと。大地の竜は、大陸を統べるべき王を定めると聞く。果たしてリヒトの意向は?
こちらを阻む姿勢を見せるは本意なのか?

リヒトに師剣を向けるフェリリル。もの言わぬリヒト。このままでは――


「ねえリヒト。もう魔王に肩入れする必要なんか、ないんじゃない?」

なんと口を開いたのはリヒトの後ろで座ったまま頬杖をついているルークだった。

「あんたはもう魔王の部下でも何でもないじゃない。その気、本来のあんたの気だろ? そのカッコも」

魔王がすぐ傍に立つというのに、そしてリヒトが仲間と自分を隔てているというのに。
我が息子ながらなんたる不遜。ふざけた態度。あり得ぬ余裕。
いや……あれは既に息子ではないのか。アウストラ・ヴィレン。その記憶を全て得た勇者か。
うーんと唸り、膝の埃を払いつつ立ち上がった勇者。……ルーク?

「ルーク! 剣はどうした!?」

我が問いに勇者は軽く肩をすくめたのみ。状況が呑みこめているのだろうか。勇者の剣なしで魔王に勝てるとでも?
半ば衝動的に背の矢筒に手を伸ばした。
右手指に焼けつく痛み。ジリリと肉を焦がす音。
構わず番える。あの時ゴブリンから奪った黒い羽根を。

「退けリヒト! 退かずばこの矢、迷わず魔王の眉間を狙い、打つ!!」

「ヴェルハルレン! 何故其方が黒羽根の矢を……!?」

父の焦りの声が届く。
なるほどやはり――これは黒羽根の矢に違いなかった。我が祖父、すなわち父の実父を射殺した魔王の羽根。
人、魔族問わず、全てのものに等しき死を与えうる呪いの矢。
それが魔王自身を射抜けばどうなるか。リヒトは知っていよう。
本来ならばリヒトに向けるのが正しい選択かも知れぬ。だが――
あの時リヒトが呟いた言葉が耳から離れぬ。『親父殿』という言葉が。

「リヒト。一度貴方と話したかった。魔王と貴方を繋げるものは一体何か。何が貴方を縛っているのか」
「貴方に情熱というものはあるのか。何かを想い、身を焦がしたことは?」
「自分の信じる、または愛する何かの為に生きたいと感じたことは?」
「役目、役目と人は言う。我らは終始、それに従い生きる。だがそれに反するも一つの『道』ではないのか」

フェリリルの握る剣がピクリと震えるのが分かった。
ギリリと引き絞る矢筈(やはず)が冷たい。手の感覚が薄れ、何かが……おそらくは魔王の魔気が忍び寄る気配。
堪らず叫んだ問いは、はからずも魔王と同じものだった。

「答えてくれリヒト! 貴方はいまだ『魔将』なのか!!」

283 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/02/20(月) 22:19:31.09 ID:fECy1U8u.net
父親が、三人いる。

一人は元無影将軍ベテルギウス。
赤子であった自分を見出し、前皇竜将軍ドレイクの亡骸から長年かけてサイフォンのように抽出した竜気と――
魔王の羽根から抽出した魔気とを融合させ、身に付けさせた『生みの親』。

一人は魔王リュシフェール。
言わずと知れた、リヒトの魔気の源。万物万象の王たる『尊崇すべき親』。

一人は元覇狼将軍リガトス。
ベテルギウスから赤子のリヒトを託されたのち、幼いリヒトを保護し、育て、慈しみ。
剣術魔術その他あらゆる魔将としての技能を伝授した『育ての親』。

ふたりの魔将によって造られた、魔王軍の鬼札。
封印された魔王の復活に備え、魔王の剣、魔王の鎧、魔王の盾となるべく創造された『黒い竜戦士』。
生前、魔将であったふたりの父親は言った。

『おまえは陛下の駒として、陛下の望むことを成し、欲するものを得よ』
『陛下の御心に添い、その命に従うのだ。みずから考え、行動し、臣下として真に必要とされることを成せ』

と。
その教えの大半は幼いリヒトには理解できない類の忠告だったが、ただ、

――オレは魔王のために生まれた。

そのことだけは未成熟な心に強烈に焼き付いて残り、決して消えない痕になった。
物心ついたときには、既にリヒトは竜戦士としての己の宿命に気付いていた。
この大陸の意思の具現として、どうすれば大陸の平和を維持できるのか。最善の選択とは何か。
それを考え、行動することを迫られた。

先代の竜戦士ドレイクは、骨肉相食む人間たちの争いやいさかいに愛想を尽かし、魔王に与することを選んだという。
確かに、魔王が圧倒的な力で地上の生物たちを統べたなら、同族での争いはなくなる。
それはそれで、平和の形のひとつ――しかし。

――それではダメだ。

リヒトはそれをきっぱりと否定した。
魔王の支配によって統治された世界は、確かに平和であろう。
だが、魔王は天から墜ちてきたもの。この大陸、この世界、この地上が生み出したものではない。
地上の真の平和とは、地上に生まれ地上に生きる者たちによって成し遂げられなければならない。
それが、当代の竜戦士リヒトの出した結論だった。

――しかし、だ。

自分は竜戦士であると同時に、魔王の腹心として造られた存在である。
魔王に仕えることこそが存在意義であり、また何よりも優先すべき事柄なのだ。
そんな自分が、よもや復活した魔王の覇業を否とは言えない。
ならば、どうするか?
魔狼の森でフェリリルやエレンと生活しながら、リヒトは何年もの間自問自答を繰り返した。

284 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/02/20(月) 22:22:42.91 ID:fECy1U8u.net
しかし、かりそめの復活を果たした魔王の精神体に謁見した瞬間、長年抱いていた疑問は氷解した。

――そうか。

魔王が何を望んでいるのか。何を求めているのか。
真の願いとは、いったい何か――。

それを理解したリヒトは九曜のメダイを下賜され、正式に皇竜将軍を継ぐと同時に行動を開始した。
魔王の命令通りに、その真の力を解放するために。完全体としての復活を促すために。
すべては魔王の望みを叶えるため。魔王の欲するものを与えるため。

『おまえは陛下の駒として、陛下の望むことを成し、欲するものを得よ』
『陛下の御心に添い、その命に従うのだ。みずから考え、行動し、臣下として真に必要とされることを成せ』

ふたりの父に、そう言われたがゆえ。そう――

“魔王に真の滅びを与えるため”。

竜戦士の力は絶大であり、魔王にも匹敵する。
が、魔王を倒すのは自分ではない。あくまで魔王を倒すのは、魔王と対になる存在。勇者でなければならないのだ。
勇者は単体では魔王には勝てない。よってリヒトは残る四つの要、戦士、魔法使い、僧正、賢者を探した。
ベスマ要塞の賢者に接近し、自らの計画をすべて打ち明けて、助力を取りつけた。
義妹フェリリルを勇者の戦士にしようと決め、魔王との決別を図って養父リガトスを、魔狼たちを殺戮した。
魔狼の森でたまたま出会ったシャドウを殺さず、伝令として勇者ルークとの合流を促した。
ベテルギウスとの私闘によって傷つき、魔王の贄となりかかっていたミアプラキドスを救うため、無影将軍に仕立て上げた。
そして、その計画の数々は大方のところで成功を収めた。

かくして魔王は往古の力と姿を取り戻し、勇者のもとには四つの力が集った。
戦力としては、双方五分。――だが、まだ足りない。

“まだ、リヒト自身が勇者の強さを確認していない”。

最後の仕上げとして、リヒトと勇者とが戦う。
そしてリヒトを凌駕してこそ、勇者は真に大陸を平和に導く旗手としての資格を得るのだ。

>あんたはもう魔王の部下でも何でもないじゃない。その気、本来のあんたの気だろ? そのカッコも
>退けリヒト! 退かずばこの矢、迷わず魔王の眉間を狙い、打つ!!

勇者とシャドウが言う。が、リヒトは佇立したまま動かない。

>リヒト。一度貴方と話したかった。魔王と貴方を繋げるものは一体何か。何が貴方を縛っているのか
>貴方に情熱というものはあるのか。何かを想い、身を焦がしたことは?
>自分の信じる、または愛する何かの為に生きたいと感じたことは?
>役目、役目と人は言う。我らは終始、それに従い生きる。だがそれに反するも一つの『道』ではないのか

シャドウの説得が耳を打つ。
リヒトは兜の奥で束の間、瞑目した。

――縛るものなど、何もない。オレは一瞬たりと疑うことなく、オレの意思で行動してきた。
――何かを想う。そう、オレはオレの成すべきことのためにこの命を燃焼させる。オレの信じるもののために生きる。
――役目ではない。オレは――
――オレが生まれ、この地上に生きた証を残すため。オレの信念に基づいて行動するだけだ。

>リヒトよ 其はいまだ――『魔将』か
>答えてくれリヒト! 貴方はいまだ『魔将』なのか!!

魔王とシャドウの問いは、奇しくも同じもの。
その言葉に対し、リヒトは豁然と双眸を見開くと、静かに告げた。

「無論、――――――――死ぬまで」

285 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/02/20(月) 22:25:39.11 ID:fECy1U8u.net
ゴアッ!!!!

リヒトの全身から黄金色の闘気、竜気が放たれる。
しかし、それはライアンの命を救った生命の息吹たるエネルギーではない。すべてを薙ぎ払い吹き飛ばす、破壊の力。
膨大な黄金色の気が荒れ狂い、すり鉢状の一帯に吹き荒れる。

そして。

「――く!?」

フェリリルが驚嘆の声をあげる。
彼我の距離は相当あったはずなのだが、まばたきした瞬間にリヒトが目の前にいる。
竜剣ファフナーが煌めく。振り下ろされる必殺の刃を、フェリリルは危ういところで師剣によって受け止めた。

「は、速……」

「遅い」

無情な言葉。速さを身上とする魔狼のフェリリルが、リヒトの剣撃にほとんど対応できない。
ギリギリのところで致命傷こそ免れているものの、あっという間に五体を切り刻まれ、血まみれになってゆく。

「うああああッ!!!」

たまらず叫び声をあげるフェリリル。
リヒトは邪魔だとばかりにフェリリルの右頬をファフナーの柄で殴り飛ばすと、すぐさまシャドウへと向かう。
それもまた、まばたきの瞬間。心臓が一度鼓動を打つ時間に、リヒトは既に弓の射程範囲の内側に潜り込んでいる。

「説得は無意味だ。オレを殺せ、さもなくば――おまえたちが死ぬだけだ」

ズドッ!!

すれ違いざま囁くように告げ、同時にシャドウの鳩尾に左拳を叩き込む。
シャドウに一撃を見舞えば、今度はミアプラキドスへ。膨大な竜気を放出しながら、矢のように迫る。

「皇竜金朧銛――ゴルド・ハーケン……!」

ギュバッ!!!!

纏っている竜気が鋭利な黄金の銛と化し、流星のような尾を引いてミアプラキドスへと殺到する。
その数は三十本以上。岩の皮膚を持つトロールすらも一撃で貫通即死させる、ドラゴンの爪のような攻撃。
それがミアプラキドスの全身を穿たんと迫る。

自分が集結するようにしむけ、実際勇者のもとに集めた者たち。この世界の要の力を持つ者。
それを、自らの手で殺す。
一見矛盾した行為だが、それを勇者が阻止し、竜戦士を凌駕しなければ、魔王に永遠の滅びを与えるなど到底不可能であろう。
そうなれば、また集め直すだけである。次代の勇者を、戦士を、魔法使いを、僧正を。
この先何千年、何万年の歳月がかかろうとも。

しかし。

――おまえの代で――終わらせてみろ、勇者!!

リヒトはそう、胸中で祈るように叫んだ。

286 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/02/22(水) 19:06:48.94 ID:i+I1lu9q.net
>無論、――――――――死ぬまで

強い言葉だった。力だけじゃない。強い心。強い意思。吹き荒れる――黄金色のサイクロン。

「――フェル!! 父さん!!」

叫ばずには居られなかった。父さんの番えた矢、彼に取っては脅しにも何にもならない。
速すぎるんだ。
リヒトの剣を受けるフェルの全身から噴き出した血飛沫が赤い霞になり。
拳をもろに喰らった父さんが派手にふっとび。はずみで放り出された弓矢が宙を舞い。
それをフェルの血が赤く染める――その一連の動きが速すぎる。目で追えたのが奇跡なくらい。
父さんがうずくまるフェルにぶつかって地面を這う――その時にはもう、リヒトは長老に肉迫していた。

>皇竜金朧銛――ゴルド・ハーケン……!

流石の長老もなす術なし。そりゃそうだ。
魔導師も僧正も、準備(呪文とか魔法陣とか)がなきゃただの人だもの。
手を縛られて猿轡か何かかませられたら、この世でいっちゃん弱いかも。

俺は両手で耳を塞いだ。リヒトの放った金色の矢、キュンキュン唸るあの音があんまりヤな音だったから。
キラキラと光る何か目に映った。
なす術なし、なんて思ってたけど、長老はちゃんと準備してたみたい。ドーム状の防御壁が長老の前に出現してた。
――前言撤回! さっすが長老!
でも竜気の矢はいとも簡単に光の壁を通過してしまった。太さ、大きさは半分くらいになってるけど、その威力は――
めちゃくちゃに岩壁を叩きつける音がして、まるでボールでも蹴りあげた時みたいに長老が孤を描いて飛んだ。

ふと見上げると、魔王が立ったまま寝てた。
出たよ。余裕かましの瞑目って奴。知ってるよ。今のあんたが絶対に攻撃とかしないってこと。
その手を俺に伸ばして、ぎゅっと握ればそれで終わるのに。しない。どうして? って解るけどね。
魔王だもの。
神に次ぐ力。つまりはプライド。攻撃されたら仕方なく反撃するけど、いつでもやれるから今はやらないって奴。
かんっぜんに遊んでるよね。ホントどんだけ? こっちは死ぬほど必死なのに!

あ。俺も余裕かまして見えるかもだけど、違うから。さっきから俺、ぜんぜんしゃべってないの、気づいた?
ほんとだって。父さん達には念話――心の声で話しかけてたでしょ?
あの彗星が落ちる前から実は俺、ずっと準備してた。
息を鋭く吸ったり、噛んだ歯と歯の間から音をたてて吐いてみたり。口すぼませて音階刻んでみたり。
そう。古代エルフ語。知らない人が見たら……変な口遊びにしか見えない動作。
詠唱はちょうどリヒトがフェルのまん前に出た時に終了。俺の呪文――勇者だけが使える魔法って奴が発動したんだ。

猫みたいにクルッと回った長老が、ストンと地面に降りる。
フェルと父さんが何事もなかったように起き上がる。顔を見合わせて――面食らった顔してる。
そりゃそうだよね。リヒトの攻撃まともに食らって何ともない訳ない。

――フェル! 父さん! 遠慮なくやっちゃって!

フェルが剣を構えなおす。父さんが呪文を唱え始める。長老が両手で印を切る。
フェルはムチャクチャ血まみれだけど、大丈夫、思ったよりは浅いはず。ホントは傷すらつかないかと踏んでたんだけどね。
そうだよ。俺が使った呪文はあれ。仲間全員の身体を鉄の塊にする――勇者の魔法。
俺、リヒトが絶対に退かないって知ってたから。
リヒトがここに来て父さん達に向き合った、その時の彼の背中見て思ったんだ。
揺るがない人だって。そう言えばドレイクもそうだったなあって。
最初に俺を攻撃しなかったのは何故だろう。俺が魔王のすぐ傍に居たから? それとも――「剣」を持ってなかったから?
でも今度こそリヒトは俺を狙う。丸腰の俺、何処までやれるか解らないけど――大丈夫。俺、勇者だもの。

――みんな油断しないで! いまの呪文、二度は使えないから! 
――ついでにお願い! 死なないで! 魔王が控えてるの、忘れないで!

287 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2017/02/22(水) 19:07:25.67 ID:i+I1lu9q.net
忽然として現れた竜戦士。彼の意図やいかに?
ガシャリと鳴る金擦れ音に混じり、覚えのある「音」が耳をくすぐる。音の主は――ルーク。
なるほどアウストラ。其方がそうと見るならばこの私も迷うまい。すぐさま呪文の詠唱に入る。

――見ているかベテルギウス。
其方が敬い、傅きし魔王――天使の長がまさにいま其処に居る。其方に代わり見(まみ)え、この目に焼き付けてくれよう。
その姿と真の意思を。
リヒトのそれとおそらく変わらぬ――真の願いを。

両手足のタリスマンに意識を送り、術の強化をはかる。弟が創りし時は赤石であった護符の石が、青白く光り出す。
紡ぐ呪文は水と光の力を借りた防御呪文。
竜気の剣ならば数本同時に防ぐであろう防御壁だ。今少し時があれば、より強き楯が可能なのだが。

倒れた二人を後に、迫るリヒト。奥義の構え。放たれる竜気の矢、なんと三十強!
間一髪で完成した我が楯だが――なんとあの威力であの数か! 
しからば南無三! わが身に勇者の加護あらん!
 
全身の力を抜き、突き抜けた竜気の矢をすべて受ける。下手に動けば射抜かれる故に。
重力に逆らい飛翔する我が身体。当たる夜気が、不思議と心地よい。

地に落ちる寸前に回転し激突を逃れる。着地同時に軽い眩暈。脳の震盪を来たしたか。だが休む間はなし。
無理やりに手指を動かし術の前準備に取りかかる。
直接的な攻撃手段を持たぬ自分に出来得る技。ここには幸い我が古き友の置き土産がある。

「全能なる我らが神よ! ここな神気を一時(いっとき)お借り致す!!」

如何なる気体も、個体の如く集め、固め、鎧のごとく纏うことが可能。
神の気――神気の充満した気であれば、それなりの加護が望めるだろう。
勇者、戦士、魔法使い、僧正それぞれの身体の周囲が歪み、異様な光を発し始めた。神気の鎧による星光の反射、屈折。

この術の目的は、敵から身体を守るためにあらず。
攻撃魔法は威力が高いほど周囲に与える影響も多大なれば、魔王、リヒトを倒す術が味方を灰にする可能性もある。
この鎧はそれから身を守るもの。勇者や魔法使いが存分に魔力を発揮するためのものなのだ。

――今こそヴェルハルレン! 其方の出番だ!

288 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/22(水) 19:07:47.43 ID:i+I1lu9q.net
リヒトがフェリリルの眼前に居た、と思った時は彼女も自分も飛ばされていた。
これが呪文の力を一切借りぬ「戦士」のスピード。
手から離れた弓と矢が乾いた音を立てて転がる――その瞬きの間にリヒトは次なる攻撃を仕掛けていた。目標は……僧正!
あのモーション、奥義だ。速い。相手に呪文詠唱の隙を与えぬ速さ。
額の紋に意識を移し、何気なく腹に手を当て驚いた。損傷がまったくない。

>フェル! 父さん! 遠慮なくやっちゃって!

ルークの声を聞き始めて合点がいった。噂に聞く勇者の呪文。仲間の鋼鉄化。良く呪文を唱える暇があったものだ。
……にしても先入観とは恐ろしい。
鳩尾にリヒトの渾身の一撃を食らったのだ。骨も身も砕かれ、いやおそらく風穴でもと決めてかかっていたのだ。
胸部、頸部の脊柱、脊髄を破壊されたら動くは目、鼻、口のみ。力尽きるその前に、全生命力を魔力に変えたとしても、
呪文のあては? 腹筋が無いが故に限られた言葉にて紡げる呪文などたかが知れている、などとまで考えていたのだが。

立ち上がったフェリリルはしかしダメージが大きい。相当の深傷も多数。
流石はリヒト。鋼鉄をも断ち割る剣というわけか。普通ならば身体が四散していたに違いない。
ヒトの血液量は体重の13分の1。その半分も失えば命に関わる。
フェリリルの体重は先ほどの感覚では……67……いや鎧分を差し引いて57ほどか?
現在の出血量、推定2(L)。失血死ギリギリ。よく正気で居られる。

対ボリガンで使用した時と全く同じ呪文を詠唱。
二の腕、大腿に開いた――骨の見えるほどの傷が塞がるまでに数秒。許せ。しかる後にその場にだけ黒い毛が生えるやも知れん。
して……これも許してくれ。足りぬ血を補うにその銀髪を以てした。いやいや、短髪も良く似合っているぞ、本当だ。

父は見たところ全くの無傷、NOダメージ。すでに印を切り始めている。その呪文……なるほど、ならば!!

【暗黒の更なる淵より来たれ 闇の鎧纏いし黒き竜 深淵に住まいし汝が力 今ここに解き放て】

詠唱と同時に両手にて古代の紋を描く。
古。人がこの地に立つより更なる古に存在したとされる「闇の竜」を召喚する術式。
対魔王用にと温めし技。今使わずにいつ使う? リヒトは魔王と同格なのだ。
ただし召喚術の多聞にもれず、行使中は他の呪文が使えぬばかりかあらゆる攻撃に対し無防備となる。
「戦士」と「僧正」が居るからこそ可能な技。

【出でよ! ダークドラゴン!】

指差す方角――リヒトを挟み、魔王とは逆の方角――に闇の炎が具現した。音も無く舞い踊る炎の竜。
闇の竜に実体は無い。魔王と同じくアストラルプレーンに身を置くモンスターだ。

闇の奔流――ダークブレスが放たれた。リヒトに向けると見せかけたはブラフ。その砲火は魔王に直撃するだろう。
火力もさることながら、相手の精神を錯乱せしめる効果を有す、闇のブレス。
いかなリヒトとて、竜気にて竜のブレスを相殺出来ぬはず。

289 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/02/26(日) 19:29:20.14 ID:5o5AHmFR.net
味方を瞬時に鉄身と化し、脅威から守る勇者の魔法。
本来ならば一撃で悶死しているはずの勇者のパーティーが健在でいるのは、勇者の唱えたその呪文のお蔭だという。
リヒトは静かに佇立すると、自分の必殺の攻撃を受けてもなお存命している戦士、魔法使い、僧正を見た。

大陸最強の竜戦士の攻撃さえ凌ぐ魔法は絶大と言う他ないが、万能ではない。
弱点はふたつ。ひとつは、鉄身と化している者は無敵の防御力を得るが、攻撃もできないということ。
そしてもうひとつ――ひとたび使えば、時間を経ない限りもう一度使うことはできないということ。
少なくとも、現在の最終決戦で再度使用することはできまい。
となれば、攻勢を凌がれるのはこれが最後。もう一度リヒトが攻撃すれば、今度こそ勇者のパーティーは全滅する。

>――ついでにお願い! 死なないで! 魔王が控えてるの、忘れないで!

勇者の念話がリヒトの頭の中にも流れ込んでくる。

「……おまえたちは、何か勘違いしているようだ」
「オレに刃を届かせることさえできぬおまえたちに、陛下と戦うために力を温存して――などと考える余裕があるのか?」
「出し惜しみをするな。全力を出せ。真に――この世界に平和を齎したいと思うなら!このオレを殺して往け!!」

ゴウッ!!!

全身から再度、竜気が迸る。その場にいる全員の髪を、衣服を突風が激しく嬲ってゆく。

「ッだああああああありゃあああああああ―――――――――ッ!!!!」

リヒトの言葉に奮起したように、最初に飛び出したのはフェリリルだった。
師剣コンクルシオから得た、リヒトの竜気とよく似た白い闘気を全身に纏い、一気に躍りかかる。
七人に分裂したフェリリルが、リヒトの全身を打ち砕くべく突進する。

「渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)!!!」

フェリリルの必殺剣、黒狼超闘技。
魔族由来の魔気でなく、純白の闘気で形作る奥義。
が、リヒトは落ち着き払って竜剣ファフナーを大上段に構えると、それを猛烈な勢いで振り下ろした。

「竜の咆吼(ドラゴン・ロア)―――――――ッ!!!」

グオッ!!!

迸る黄金色の竜気が指向性を得、前方へと放たれる。
フェリリルの六人の分身はそれをまともに浴び、瞬時に消滅した。
そして、本人も莫大な竜気の奔流に呑まれ、

「ぁ……ぐぁ……ッ!!」

必殺の剣をリヒトへ到達させることもならず、どっと仰向けに倒れる。

>出でよ! ダークドラゴン!

背後で聞こえる、魔法使いの声。リヒトは軽く振り返った。
見れば、闇色をした炎の竜が陽炎のように身をくねらせ、今にも魔王へと吐息を放とうとしている。
このままでは炎は魔王を直撃するだろう。むろん、それで魔王が滅ぶことはないだろうが、それは重要ではない。
『自分が存在する前で、魔王が手傷を負う』。
そのこと自体が失態であり、許されざる行為に他ならないのだ。

しかし、リヒトは焦らない。魔王を守るために走るようなことさえしない。
なぜなら。

『魔王を守護する絶対兵力は、リヒトひとりではないから』である。

290 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/02/26(日) 19:31:12.86 ID:5o5AHmFR.net
グロロロロロロロオオオオオオオン!!!

咆哮。
くろぐろと開いた戦場に、巨大な叫び声が轟き渡る。
闇の竜が放った漆黒の吐息は、魔王には当たらない。
そのブレスは魔王を直撃する寸前、上空から降下してきた緑色の竜が身を挺することによって不発に終わった。

「物事には段階がある。今戦う相手を見誤るな」
「失策だな、魔法使い。素直にオレ一人を相手どっていれば、オレも奴らを召喚することはなかったというのに――」
「おまえたちは、自らを死地へ追い込んだに過ぎん」

バサッ、バサリ――頭上から大きな翼の羽ばたく音が聞こえてくる。
そこにいるのは、戦場の上空をぐるぐると円を描くように飛翔している、四頭のドラゴン。
皇竜将軍リヒトの率いる、魔王軍最強兵団――

赤、青、白、黒、緑。五色のドラゴンからなる『竜帝兵団』。

緑竜はダークドラゴンのブレスを我が身を犠牲にして受け、どっと倒れたが、死んだわけではない。
そして。

ゴアアアアアアアアアッ!!!!

赤、青、黒の三竜がダークドラゴンめがけて一斉にブレスを放つ。もはや闇竜が魔王へ攻撃することは叶うまい。
配下が規格外の戦闘を繰り広げるのを尻目に、リヒトはファフナーの切っ先を勇者へと向けた。

「立て、勇者。そしてオレと戦うがいい」
「さもなくば、仲間が死ぬ。オレはおまえの仲間たちを躊躇いなく、迷いなく、確実に殺す。おまえの目の前で」

兜の奥で炯々と双眸を輝かせながら、リヒトは断言した。
もしもルークがここで一騎打ちに応じないようであれば、リヒトは今度こそ仲間たちにとどめを刺し、息の根を止めるだろう。
己の信念のためなら、どれほど非道なことでも眉ひとつ動かさずしてのける。それが竜戦士。
自らの目的、こうして勇者と戦い、その力を見極めるという念願のために。
兄弟同然の魔狼たちを皆殺しにし、義理の父さえ手に掛けたリヒトなのだ。

――あとは、剣が来れば……。

勇者は無手だ。勇者の剣、ウィクス=インベルさえ届けば、すべての準備が整う。
ルーンの皇子は死んだのだろうか。蘇らせる手は打ったが、リヒトはライアンの蘇生を見届けてはいない。
もし、ルーンの皇子が生きることを諦めており、死したままであったなら。
ウィクス=インベルを勇者の手に届ける者はいない。力量を図るまでもなく、勇者は敗北するだろう。
勇者の手に勇者の剣があってこそ、魔王に真の滅びを齎す力は顕現するのだから。

長々と待っている時間はない。リヒトはガシャリ、と黄金色の鎧を鳴らすと、ルークへとゆっくり歩き始めた。
フェリリル、シャドウ、ミアプラキドスの前方は、赤、青、白、黒の四竜が塞いでいる。魔王は瞑目している。



勇者と竜戦士を阻む者は、誰もいない。

291 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/02/27(月) 17:37:20.31 ID:lED9uuaq.net
「なん……だとっ!!?」

ダークドラゴンが放ったブレスが直撃したのは魔王ではなかった。
地を揺るがし倒れたそれは……緑の竜。

>物事には段階がある。今戦う相手を見誤るな
>失策だな、魔法使い。素直にオレ一人を相手どっていれば、オレも奴らを召喚することはなかったというのに――
>おまえたちは、自らを死地へ追い込んだに過ぎん

リヒトの言うとおりだ。何という失策だろう。あの五体の竜の存在を今の今まですっかり忘れていたのだ。
しかも緑竜はブレスを受けてもなお「きっちり」生きている。
のたうつ尾の直撃をすんでの所で逃れた父が、飛ぶようにこちらに駆けてきた。
逃げてきた訳ではない。父は五体の竜に向き直り、我等を庇う様に両の腕を広げたのだから。

>ゴアアアアアアアアアッ!!!!

三体の竜の同時のブレス! それぞれ、赤、青、黒の色を帯びたそれが、依り合わさった螺旋の奔流となって放たれた。
ダークドラゴンを狙ったものだが、その軌道の延長に我々も居る。
仮にも神気を纏っているのだ。影響など無かろうとタカをくくっていたのだが、父はそう思わなかったらしい。

【大気よ! 水よ! 瞬く星の光よ! 我は其らと共に歩む者なり!!】

直撃を受けたダークドラゴンが引き絞るかの咆哮をあげた。
ドラゴンを突き抜けたブレスの余剰がこちらへ届く瞬間、父の詠唱したスペルが完成、発動した。
とりあえずこの場にあるものをかき集めたやっつけ感が無くも無いが、致し方あるまい。
そう言えばルークが我が魔法を「あり合わせ使ったやっつけ魔法」などと言った事がある。……血だろうか?
そしてフェリリル。
此処に来てまったく活躍らしき活躍をしていないが……それほどにリヒトの力が強大過ぎるということか?
まさか「味方になったとたんに弱くなる」の約束事を守ってるわけではあるまいな?

軽い衝撃。揺るぐ大気。
ブレスが父の創った防御壁の曲面に当たり、弾き返された。再び三本のブレスへと分かれつつ。
その時初めて気づいた。父は逃げる為でも、我等を守る為でも無い、あのブレスを攻撃に利用する為に動いたのだと。

グギャッ!!?

不意を突かれた竜達の声。まさか吐いたブレスが自分に返ってくると思ってなかったらしい。
赤いブレスは赤竜へ。青いブレスは青竜へ。黒いブレスは黒竜へ。
それぞれ驚き開かれた口へと瞬時に吸い込まれていく。

グロロロロロロロオオオアアアアアアアアアアア!!!!!!!!

ダークドラゴンが黒煙のごとく消え失せるのと、三体の竜が苦しげに吠えるのとは、ほぼ同時だった。

292 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/02/27(月) 17:44:03.20 ID:lED9uuaq.net
ああ……やっぱそうなるんだ……。

リヒトの鎧が鳴っている。規則正しいリズムを刻んでる。竜達と父さん達がやり合ってるけど……振り向きもしない。
ドレイクが言ってたっけ。
人間らのなす事やる事、すべてに愛想が尽きたって。だから魔王の方に付くって。
……解らなくもない。
あの時は何処に行っても戦争ばっかりやってた。俺の口からはとても言えない酷いこと、たくさん見た。聞いた。

あのさリヒト。
俺ほんとは今でも解らない。
ナバウルで魔王万歳って叫んでた人達もあながち間違ってないって思うんだ。
だってそうじゃん。人間って……自分勝手じゃん。自分だけ良ければいいって……楽しけりゃいいって奴いっぱい居るじゃん。
父さんも。
俺には何にも言わないけど……さっきちょっとだけ父さんの心の中……見ちゃったんだ。
(ワザとじゃないよ! あんまり無防備に心を開いてたから見えちゃったの!)
父さんがルーンの皇帝に拾われた後、騎士達が……人間達が父さんに何したか。
いくら新入りだからって、力が弱いからって、エルフだからって……やっていい事と悪い事あるよ。
良く父さん、廃人にならなかったって思うよ。皇帝がこっそり庇ってくれてなかったら……自分で自分殺してたよ。

俺、人間があまり好きじゃない。強欲で我侭。仕方なく戦争してるんじゃない。喜んでやってるんだ。
それが生き物の本能って言う人もいる。
確かに牛も豚も鶏も、集団だとみんな序列があって……弱い順に死ぬ。人間も同じだって。
でもそうかな。
人間はほんとに牛や豚や鶏と同じ?
違うでしょ? 牛と違って、人間には理性ってもんがあるでしょ? 理性でちゃんと止められるのに、なんで止めないの!?


リヒトがこっちを見てた。たぶん俺の心の声も聞こえてる。聞いてくれたと思う。
ごめん。俺、あんたにありのままの俺の気持ち、聞いて欲しかった。
父さんでも長老でもフェルでもない。
まったくの他人のあんたに。この世界の竜の化身。大地の具現に。そう、俺は――この大地に思いの丈をぶつけたかった!!


リヒトは気づくだろう。彼は当然エルフ語がわかる。
念話で話しかけながら、一方で俺が呪文口ずさむの、ちゃんと見てる。
だから解るよね? 怒りの感情はとても――炎に変換しやすい。俺は俺らしく戦う。俺はこの想いをまずぶつける。

【爆炎弾】

俺の前に大型の火炎球状の物体が五つ出現した。メラメラ燃える火炎球と似てるけど、少し違う。
爆発するのを我慢してる炎の塊。夜空に輝く赤色巨星――ベテルギウスをイメージしたエネルギーの球。
もちろんただぶつかって爆ぜる球じゃない。俺の意思でコントロール可能な球。

まっすぐリヒトを指差した。
球が五つ、気を引き裂く唸りを上げて飛んだ。

293 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/03/02(木) 07:59:27.73 ID:OoqKPFc4.net
勇者の感情が、言葉が、リヒトの心に流れ込んでくる。
配下の五竜と勇者のパーティーが戦闘を繰り広げる中、リヒトは抜き身のファフナーを提げたままで勇者と対峙した。

>俺ほんとは今でも解らない。
>俺、人間があまり好きじゃない。

逡巡と嫌悪。迷いと拒絶。
勇者がいまだ積極的に戦おうとしないのは、それが原因なのだろうか。
だとすれば笑止であろう。ここはすでに最終決戦の地。迷いなどはとうに捨てていて然るべきなのだ。
いかなる戦いにあっても、迷いは敗北につながる。まして竜戦士や魔王との戦いにおいては尚更であろう。
今の勇者を葬り去ることなど造作もない。“この勇者では無理だ”と判断したなら、リヒトは一刀のもとに勇者を斬殺するつもりだ。
そして、次の勇者を探す。例えそれが幾星霜の年月を必要とする行為であったとしても。
魔王を真に葬り去ることのできる勇者、それを見出すまで。

しかし。

――おまえはいったい、何のために戦っている?
――人類のためか?エルフのためか?それともそれ以外の獣たちのためか?

流れ込んでくる勇者の言葉に応じるように、リヒトもまた心の中で言葉を紡ぐ。

――うぬぼれるな。この地上に生きる者たちの命を背負って戦えるほど、おまえはまだ大きくも強くもない。
――戦うこととは、守ることだ。自らの持つモノを奪われないように、大切に育むためにすることだ。
――おまえはなにを守る?その小さな手で。戦士として恵まれているとは言えない身体で。何を育む?

ゴウッ!!

勇者の生み出した火球が迫る。リヒトはファフナーを両手で握り、身構えた。
真正面、至近距離まで迫っていた火球を縦に両断する。途端に火球が爆ぜ、爆風と業火とを撒き散らす。
リヒトの姿も一瞬のうちに炎に呑まれる。
黄金竜プロパトールの鱗から造られた竜鎧ティアマットは物理防御、魔法防御ともに最強のスペックを誇る。
だが、無傷ではいられない。膨大な熱波によって、リヒトの喉が焼けつく。皮膚が焦げる。
四つの火炎球が勇者に操作され、死角を狙って襲い掛かってくる。
リヒトは卓越した身体能力でそれを避けながら、ゆっくりと勇者へ迫る。

――重く受け止めるな。勇者の宿命など関係なく、おまえはおまえなのだ。
――ならば、おまえは今までの人生で得た経験で。尺度で。ものを語ればいい。
――おまえはなにを守る?なにを守りたいと願うがゆえに、魔王を倒そうとするのだ?
――おまえは。おまえの家族を、仲間を、決して壊されたくないものを――


――おまえの“要塞”を守りたいと願うがゆえ、魔王に抗うのではないのか?


「皇竜金朧銛――ゴルド・ハーケン!!!」

ギュバッ!!!

リヒトの全身から漲る竜気が無数の銛の形を成し、四つの火球に炸裂する。全ての火球が爆裂し、熱波が吹き荒れる。
そして、火球の巻き起こした熱波が収まるころ。
リヒトは高く跳躍し、上空から勇者へと襲い掛かっていた。

「皇竜黄金剣――ゴルド・エクスプロジオン!!!!」

かつてブリザード=ナイトを一撃のもとに葬り去った、竜戦士リヒトの最強技――ゴルド・エクスプロジオン。
大上段に構えたファフナーに集めた竜気を、一気に敵へと解放しながら斬断する奥義。
並の魔法で防御は不可能。もしこの技を防ぐ手段があるとすれば、それは竜気を吸収したウィクス=インベル以外ありえない。

勇者へ問いを向けたまま、リヒトは一切の躊躇なしにその頭上へと黄金の剣を振り下ろした。

294 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/03(金) 17:38:07.57 ID:qq0gRQlK.net
チェスって知ってる? キングを守るために駒を動かすゲーム。

まだ小さい頃、父さんが彫って作った石の駒で良く遊んだっけ。あ、遊ぶなんて言ったら怒られるかな。
お前も誰かと戦うことがあったら、きっと役に立つとか言われたから。
正直言ってあんま面白くも得意でも無かった。キングを守るために捨て駒になるナイトにビショップ。
クイーンより弱いくせにふんぞり返って威張ってるキング。
何て言うか、王を守るために犠牲になってく駒は……どこにいくの? 何てことばっかり考えたり。
ルーク……ルークかあ。俺もその駒みたいに、もっと強かったら良かったのになあ。
そんなんだから、良く怒られた。先を読めって。ヤミクモに動かしすぎだって。

俺が目一杯頑張ってコントロールする弾は、リヒトにはあんま効かなかった。
一発目はファフナーで正面からぶった切られたし、残りの四発は……って、ちょ……そんなのあり? って感じ。
いいなあ。生まれついての竜の気。
そりゃ頑張ったからそんな風にコントロール出来るのかもだけど、俺頑張ってもムリだから。
差し詰め、あんたはクイーンだね。どこにでも、どこまでも行ける、キングより強い最強の駒。いっそキングになっちゃえよって。
でもあんたは……キング――魔王にはならない。
魔王を守るクイーンであり続ける。それがあんただ。どこまでも捨て駒の精神。
悲しくない? ほんとに?
――俺? 
俺はせいぜい歩兵かなあ。1日1歩、3日って3歩。
うんうん、知ってる。地道に頑張ればビショップにもクイーンにもなれる駒だけど、そんな上手く行くことないから。

>――重く受け止めるな。勇者の宿命など関係なく、おまえはおまえなのだ。

そんなこと言われても、考えちゃうって。
俺、魔王軍と違うもの。魔王は自分守るために駒を捨てちゃうかもだけど、俺達は違う。
仲間が死ぬこと前提に戦うのって間違ってるって思うもの。

気づいたらリヒトは上に居た。振りかぶるファフナーと、彼の身体から立ち昇る竜気が眩しい。

>――おまえの“要塞”を守りたいと願うがゆえ、魔王に抗うのではないのか?

そうだよ。ホントにそうだ。
ホントは俺、知ってるんだ。自分が犠牲になればとりあえず終わるって。
真の勇者の心臓イコール賢者の石。俺が死んで初めて魔王の封印が完成するって。
父さんや長老、何よりフェルが死ぬの、見たくないから。だから……もういっそ――

目を閉じて、身体の力を抜いた。両手を広げて、ひと思いに、リヒトが一刀両断してくれるのを願って。

295 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/03(金) 17:40:14.25 ID:qq0gRQlK.net
全身を突き抜ける竜気と風圧。
あれ? 俺……まだ立ってる?

目を開けた俺の視界に入ったのは、リヒトの気と同じ色の気を迸らせた剣と、それを握る一人の男。
懐かしい後ろ姿。

「ライアン!!!?」

ギチギチと鳴るその剣はインベルだ。何だか……前より……

「ルーク。お前が今考えた事、ルカインに胸張って言えるか?」

振り向かないままライアンが言う。ズキンと痛む胸。俺……また……
ぶつかりあう気と気がまだ鬩ぎ合っている。ライアン、もういいよ、いいからもう逃げて!

「馬鹿か? と言いたいところだが、お前はやはり馬鹿でいい。馬鹿が悩んだ結果がそれなら、いっそ大馬鹿になれ」

ちょっとだけこっちを向いたライアンは笑っていた。
ボロボロになった服が崩れていく。剣を持つ腕も……その身体も…………ライアン! 待って!

≪いいのだ。私はこの為に生かされた。だから返す。お前にはこの剣を。リヒトにはこの命を≫

最期の言葉はライアンの「口」が紡いだ言葉じゃなかった。だって……彼の身体はもう……


インベルが宙に浮いたままリヒトの剣を受け止めていた。
俺は……さっきまでライアンだった黒い砂を踏みしめて……インベルの柄を握った。


「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


立っていたはずの地面の感触がない。
インベルを握るはずの手も、なんだかフワフワして変な感じ。頬を伝う涙の感触だけが、いつまでも止まらない。
身体が……熱い。そして……軽い? 俺、飛んでるんだろうか。でも目の前には確かにリヒトが居る。
兜のスリットから覗く眼が、俺に何か訴えてる気がした。

>――重く受け止めるな


解ったよ。解ったから。


俺は意識を剣に向けた。
頼むよ、インベル。俺を……俺達を守って!!! リヒトを! 魔王を「救って」!!!

インベルが――吠えた。

296 : ◆khcIo66jeE :2017/03/06(月) 23:52:25.93 ID:iMhg2VDV.net
【遅れて申し訳ありません。明日投下します】

297 : ◆ELFzN7l8oo :2017/03/07(火) 04:00:23.87 ID:feigjO+E.net
【了解です。二人しか居ませんし、○日ルールも気にせず行きましょう。もうひと踏ん張り!】

298 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/03/07(火) 18:26:14.29 ID:SNqc4sU+.net
竜戦士の最強技、ゴルド・エクスプロジオンを受け止めたのは、やはりウィクス=インベル。
しかし、勇者ではない。それを握るのは、要塞の地上部で対決したルーンの皇子ライアンだった。
自分が竜気を分け与え、つかの間の再生を施した男。
それが、ファフナーの刃を受け止めている。

>ライアン!!!?

勇者が叫ぶ。驚くのも無理はない。
しかし、ライアンは忖度しない。
ライアンの肉体が、膨大な黄金の闘気の直撃を受け朽ち果ててゆく。光に呑まれ、消えてゆく。
『竜の咆吼(ドラゴン・ロア)』を受けたときとは異なる、真の滅び。――逃れられない死。
それが、ライアンを彼方へ連れ去ろうとしている。
しかし、ライアンの表情に恐れや嘆きはない。それどころか――

>いいのだ。私はこの為に生かされた。だから返す。お前にはこの剣を。リヒトにはこの命を

――そうか。それが、おまえの選んださだめか。

あえて戦いを避け、勇者や魔王とは無関係な場所で生きていくこともできた。
ただウィクス=インベルの運搬者として勇者に剣を届け、あとは戦闘区域から離脱することもできた。
与えた竜気を無駄にせず、人間として残りの生をまっとうする道なら、いくらでもあったはずだ。
しかし、ライアンはそれを選ばなかった。あくまで勇者の捨石として、その歩むべき道を示すことを選んだ。
命を賭して。

――オレは、おまえを認めなかった。勇者の戦士はただひとり、それはフェリリル以外にはいない。
――と、思っていたが。
――おまえこそ、本当の意味での勇者の戦士だったのかもしれないな……。

勇者の戦士が一人と誰が決めた。以前ライアンの告げた言葉が、今は驚くほど腑に落ちる。
勇者に同調し、その力とならんとする者は、どれだけいてもいいのだ。
なぜなら、勇者とは勇気ある者であると同時、万人に勇気を与える存在であるのだから。

ライアンが黒い砂へと変わり、地面に落ちる。
それでも尚、ライアンの遺志を受け継ぐかのように空中に留まるファフナーから、リヒトは剣を引いて後退した。
勇者がウィクス=インベルの柄を握る。

ライアンは役目を果たした。勇者の剣は勇者の手にあり、すべての駒は揃った。
ならば。

「……勇者、勝負!」

勇者が眼前に迫る。驚くべきスピードだった。
それを迎え撃つべく、リヒトも上体を大きく捻って身構えた。マントが激しくなびき、全身から竜気が溢れる。
リヒトは光の矢となって、勇者へと渾身の突きを繰り出し――

>頼むよ、インベル。俺を……俺達を守って!!! リヒトを! 魔王を「救って」!!!

それと同時。勇者の言葉に応えるように、ウィクス=インベルが咆哮した。

299 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/03/07(火) 18:31:42.97 ID:SNqc4sU+.net
リヒトのゴルド・エクスプロジオン同様、ウィクス=インベルから黄金の波動が迸る。
それは竜気と変わらない――いや、竜気と同様の性質を持ちながら、それとは異なるもの。
竜気に加え、この場所に満ちる清浄な気の融合したもの――

――神気、か……!

神剣ウィクス=インベルは周囲の力を取り込み、無限に強くなってゆく剣。
賢者の残した神気を吸収し、さらなるパワーアップを図ったとしてもなんら不思議ではない。

リヒトの放った竜気と、勇者の剣が生み出した神竜気とでも言うべきものが激突し、激しくせめぎあう。
そして。

「ぐ、ぁ……!!」

膨大な神竜気の力がリヒトの竜気を上回り、黄金色の竜鎧ティアマットを包み込む。
その奔流の直撃を浴び、リヒトは大きく吹き飛ばされた。どう、と音を立てて地面に墜落し、濛々と土煙を上げる。
並の生物なら――むしろこの地上に生きる大抵の生物なら、跡形もなく消え去っていることだろう。
大陸最強の生物とされるドラゴンでさえ、今の一撃を喰らえば死は免れないはずである。
だが、竜戦士は死なない。徐々に晴れてゆく煙の中、ゆっくりと立ち上がっては剣を強く握る。
しかし。

ビッ、ビギッ、バキ――

硬い音と共に、ティアマットの兜に一条の亀裂が入る。兜が砕け、リヒトの素顔が露になる。
顔面に斜めに走った傷跡へ、真っ赤な血が滴る。
リヒトは束の間、信じられないといった様子で自らの額に触れ、手のひらに移った滴る真紅を見つめた。
そうされることを望んでいた。そうなることを願っていた。
だが、実際にそれを成し遂げられたときの衝撃は予想を上回った。よもや、この地上に竜戦士に傷をつけられる者がいるとは。

「…………」

衝撃は大きい。ただ、だからといって戦いをやめるつもりはない。勇者に、本当に竜戦士を葬るだけの力が備わったのかどうか。
それを確認すべく、リヒトはもう一度身構えた。
と、その瞬間。

《もう、いいのではないかな》

声が、リヒトの魂に直接響いた。
その声を忘れることなどありえない。リヒトは僅かに双眸を見開いた。

「……賢者……」
《勇者は覚醒を果たした。それは誰の目にも明らかだ、であれば――君がこれ以上命を賭けて確かめる必要はない》
「いや、まだだ……!まだ、オレは――」
《勇者に斬られることで、今までの償いをすると?使命のためと心を鬼にして、育ての親を。同胞を殺めた責任を取ると?》
「そうだ、オレは死なねばならない。それがオレの最後の役目だ。オレはオレの死をもって、オレの使命を完結させる!」
《それは君の自己満足に過ぎない。自分の使命と欲求とを取り違えるのはよすんだ》

賢者の――神の言葉が、リヒトの胸に深く食い込む。
リヒトは我知らず空を仰いだ。

「使命と……欲求……」
《今の君がすべきなのは、命を投げ捨てることではないよ。君は見届けなければならない、この戦いの行く末を》
《君が真の勇者と認めた彼が、これからどのように行動するのか。どうやってリュシフェールを救うのか――その顛末を》
《『この大地の平和のために生きる』……それが、始祖竜プロパトール……いいや、わたしが竜戦士に課した役目なのだから》
「………プロパトール………」

リヒトは静かに竜剣ファフナーを下ろすと、構えを解いた。

300 : ◆khcIo66jeE :2017/03/07(火) 18:35:19.68 ID:SNqc4sU+.net
リヒトが戦闘を放棄すると同時、それまでシャドウたちと戦っていた五竜が次々に空へと飛び立ってゆく。
主人が戦いをやめたのであれば、もう自分たちの戦うう理由もないということなのだろう。
これで、勇者のパーティーの前に魔王への道を阻むものはなくなった。
周囲に満ちる神気がルーク、シャドウ、ミアプラキドス、フェリリルの身体に浸透してゆく。

「これは、いったい……」

フェリリルの身体の傷跡も、短くなってしまった髪も、瞬く間に元に戻ってゆく。
魔法による治癒ではない。神気、すなわち神の奇跡による『再生』か。
傷が、疲労が、跡形もなく消滅する。力がみなぎる。
ルークの心のうちに、声が響く。

《さて。これでお膳立ては整った、あとは勇者……君が成し遂げるだけだ》
《今の君は、何でもできる。君の願うとおりのことを、望んだとおりのことをするといい。君の心の叫ぶままに》
《ただし……自らの死を望むようなことはしてはならないよ。君はリヒトとの戦いで、そんなことも考えたようだが――》
《真の『要塞』とは。大切なものそれ自体を指すのではない、大切なものを護る存在のことを言うのだから。つまり……》
《『要塞』とはルーク、君自身のことなのだから》

流れるように、賢者の言葉がルークの中へと入ってくる。

《自らを護れない者に、どうして大切なものが護れよう。自身をなげうつことは尊いかもしれないが、強い行為ではない》
《そして、君にはそれを選択する必要もない。なぜなら、今の君には自らを代償とするまでもない大きな力がもう、備わっている》
《さあ……最後の戦いだ。君のすべてをぶつけるといい、リュシフェールへ。そして――》



《――『要塞を守りきれ』――!》

301 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/10(金) 05:27:49.38 ID:HqevBAQP.net
インベルの放った光だか竜気だか良く解らない何かの――とにかく物凄い「気」の力はハンパじゃなかった。
重い鎧をつけたリヒトが地面に落ちた時も、凄い音がした。ズドンッ! て。

――うわやっちゃった? 
話が違うよインベル! 俺、「殺せ」なんて頼んでない!

でも、視界が晴れるか晴れないかって時に、リヒトが立ちあがるのが見えたんだ。
ホッとしたよ、心底。

――え? まだそんな事言ってるのかって? まあいいじゃん。硬いコト言いっこなし。 
ライアンは俺に「大馬鹿」になれっていった。状況的に倒さなきゃなんない相手だけど、だけど、
俺の中の何かが訴えてる。リヒトが死んだら駄目だって。

立ってるリヒトはまったくの無傷、に見えたけど違ったみたい。ティアマットの兜が、まるで焼き栗みたいに爆ぜ割れた。
リヒトの素顔は思ってたより若かった。でもその貌は……思ってたよりずっと歳とって見えた。
どんな苦労したらそんな貌になるんだろう。俺もあと五年もしたら……そんな風になれる? 

つうっと彼の額から斜めに走る、真っ赤な血。ほんと、赤い。リヒトが生身の人間である証拠だ。俺達と同じ。
え? っていう顔してそれを確かめるリヒトは、一瞬だけ子供みたいに見えた。
驚いて、そして何も言わずに……剣を構えなおした。

インベルの柄をぎゅっと握る。やる? もう一度?
でも――インベルは俺に答えなかった。


リヒトと「二人きり」で過ごす時間はとても長かった。
今でも俺達の横では竜達とフェリリル達が戦ってる。一刻も早く、リヒトを何とかしなきゃいけない、そんな状況。
リヒトは何かの声に耳を傾けてる。そんな風に見える。
うん。
きっと誰かが説得してくれてるんだ。もうやめろって。もう十分だからって。
俺なんかには出来ない説得。出来るのは絶対的な「何か」。リヒトをとめられるのは、その「誰か」。

さっきまで大気を揺るがしていた竜達の咆哮が突然止んだ。宙に漂う、音の余韻。
呪文を中断した父さんと長老がハッとした顔でこっちを見た。突進しかけてそれをやめたフェリリルも。

何故竜が攻撃をやめたのか。バサリと翼を持ちあげ、こちらを見たのか。
それはリヒトが……剣を降ろしたから。竜気を納めたから。
そう。
「誰か」の説得に応じて。

え? 誰かが誰かだって?


決まってるじゃん!  「神様」 さ !

302 :ミアプラキドス ◆ELFzN7l8oo :2017/03/10(金) 05:43:17.21 ID:HqevBAQP.net
自身のブレスを呑みこんだ竜達はブレスの能力をしばし失いはしたが、物理的な攻撃はむしろ増した。
我が「水」の防御呪文など紙きれほどの役にも立たぬ。尾の攻撃を避け切れず、弾き飛ばされる。
フェリリルはその驚異的なスピードとバネを以てあらゆる攻撃を避けてはいるが、優勢に転じられず。
ドラゴンの鱗が師剣の攻撃を受け付けぬ故、仕方ない。
目、口中を狙うが良しと思えばそうも行かぬ。
我ら以上に、彼等自身が己が弱点を知る故に、隙を見せぬのだ。
息子が背の矢(おそらくオークの)を射かけたが、空しく弾かれ、矢は尽きた。

ドラゴンは地の精。大地の権化。
一体ならまだしも、五体。赤、青、白、黒、して回復間近の緑。五体。すなわち大地の「五要」。
この大陸が生まれたその時より、すでにこの地には五つ星の紋があったと言う。
それぞれの星に付き、その属性を有し、守護するのが彼等だ。
先代らが建てた封所とは、其らの力を借り、その場に設けたものに過ぎない。
勝てるはずはない。いや、挑んではならぬと言い替えよう。
我々。母なる大地より生を受け、大地より芽生える生き物を糧とする我等。すなわち大地の子たる我らが。
「大地」とその「子」が戦う、その事自体が矛盾。

この地は住まう種を選ぶ。醜き争いを嫌う。
手を取り、共に互いを認め、尊重し、生きる種を選定する裁定者なる、それがドラゴン。
始祖竜プロパトールの思いを受け継ぐ者。それが竜戦士たるリヒト。
リヒトが何故に魔王の配下――魔将の位置に立ち、我らと相対するなどという選択を余儀なくされたか。
苦難の道を歩む結果となったか。
……ひとえに我が弟ベテルギウスと、フェリリルの父リガトスの所為であろう。
「人の子」
ただの人の子ではない、光を宿した勇者の血を色濃く宿す人間の子。
それを核とし竜戦士は同じ「人」の手で創られた。
さぞかし……己が存在を問うただろう。己が運命を呪い、懊悩したであろう。
ないはずがない。リヒトは人の子だ。大地の純粋なる精と違い――「心」を持つ人間なのだ。

物には心が無い。
しかし我らにはある。
例外的に意思を持つ――勇者の剣は、過去の勇者の心が宿ったに過ぎぬ。宿りは一時。じき消える。

魔王とは何か。
堕天使リュシフェールは神が作りし「天」の権化。
「地」は住まうもの。「天」は仰ぐもの。戦いを挑む対象とは成りえない。ならば――何故? 何故我らは戦う?

答えはひとつ。「天」と「地」。それぞれに「心」が宿った故。



さて――
答えは出たか勇者。どうやら「地」の方は、我が旧知の友であったあの方が収めたようだ。
如何にしてその「天」を動かす。
力を以て制するは叶わず、なれば如何にしてそれを倒す。
この2,000年、私がついぞ辿り着け得ずしたその答え、其方なら見つけられよう。
神も仰せだ。
其方は地上に生きるすべての生き物の希望であり、「砦」なのだと。

303 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/10(金) 05:48:00.59 ID:HqevBAQP.net
「神様、ありがとう」
飛び立つ竜達の背中に向けて、思わず呟く。これで心置きなく戦える。リヒトが剣を引いてくれたから、後は心置きなく……

≪心置きなく……どうすると言うのだ勇者よ≫

天と地を震わす声。
俺は見てしまった。ゆっくりと……硬く閉じた瞼を開く魔王の眼。血よりも赤い、二つの眼を。
迫力、なんて言葉で言い表せるレベルじゃない。
あの星のひとつが、ほんの気まぐれでこの星に降りてきて、人の形を取ったら……きっと――
見ただけで、身体が竦む。立ってる地面の感触がもう地面じゃない。ざわついて凍りつく……魔王の一部。まるで上に向けた手の平。

――こんなのと戦う? ――戦える!?

俺だけじゃない。フェルも、父さんも、長老も。何の予備動作も、呪文も、何もせずただ立ってた。魂を抜かれた人間達。

≪これだけ待たせたのだ。楽しませてくれるな?≫

フワリ と同心円状に黒い何かが広がった。
身体を突き抜けるゾワリとした衝撃。吹き飛ばされたりはしない、けど……とても重い……身体が重くて立って居られない!
誰かが言ってた。この大陸はあの星みたいに丸くて大きな球だって。
俺達を強い力で引っ張るからみんなが宇宙に放り出されることもない。それが重力なんだって。
これ、何なの? 魔王の力?
重力を操作したってこと? 慌てて眼を押さえた。目玉がスポンと抜けそうだ。
と思ったら身体が軽くなった。……ってうわわわ! 気球みたいに足が地面から離れていく! 
一生懸命手足を動かしてみたけど、【浮遊】と違ってコントロール出来ない!

ドサリと落ちた。
魔王が両手をダラリと下げて立っていた。白く輝く12枚の翼と、純白の衣が風も無いのにはためいてる。
俺……これを……倒すなんて言っちゃったんだ……
震えが止まらない。身体が戦うことを拒否してる。
でもそんな俺の胸に、さっき神様が言った言葉が響いた。

>《今の君は、何でもできる。君の願うとおりのことを、望んだとおりのことをするといい。君の心の叫ぶままに》

そうだ。
落ち着いて。もう一度よく、思い出して。魔王と同化した、あの時のこと。
自分の手足がこの大陸のすべてに行き渡ってて、じわじわと生き物たちの感情が伝わってきて、
その中には怖いとか悲しいとか切ないとか色々あって、それを感じて初めて自分が存在出来るような。
でもそんな負の感情には時々「毒」が混ざってて。それを取り込むと……とても――

「みんな聞いて! 魔王は『糧』が必要なんだ! 恐ろしい、敵わない、そんな風に思っちゃだめだ!」
「そうだよフェル! 笑うんだ! 心の底から! なんだ、大した事ないじゃんってさ! ――何故なら……」
「それが魔王にとっての『毒』なんだ!! 簡単だよ、笑えばいい。この最後の戦いを、思い切り楽しめばいい!!」

リュシフェールの羽根が、ブルッと震えた。魔気が――大地に満ちる冷たい魔気が、ほんの少し――

呪縛が解けた。
俺は急いで【炎球】の想起を開始した。フェルに向かって目配せする。彼女ならきっと解ってくれる。
長老のあの印はプロテクション。父さんが唱えてるスペルは凍属性のスペル。
俺はさっきリヒトに放った球を今度は1ダース作るつもりだ。
魔王の周りを取り囲んで、隙を見てぶつけるつもり。
魔王はどうやって防ぐだろう? 消すか、相殺するか、弾くか。出方次第で糸口、掴めるかもだよね?

――フェル! 俺と一緒に来て! その師剣とこのインベルで同時に攻撃しよう! 
――神様もついてる! 言ってくれたんだ! すべてをぶつけろって! この「要塞」を守り切れって!


【戦闘中は魔王をNPC化しません? 折角だし二人で動かしちゃいましょうよ!】

304 : ◆khcIo66jeE :2017/03/11(土) 19:38:46.02 ID:WhoiGPL2.net
>>303
>戦闘中は魔王をNPC化しません?

【了解です。投下は14日の予定です】

305 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/03/14(火) 19:03:07.70 ID:HZSxPJtl.net
≪リヒト。永の忠誠、大儀である≫

リヒトを一瞥し、魔王がその忠勤を慰労する。
が、その抑揚に心は籠っていない。ただただ淡々とした、通り一遍の文言。
だが、その言葉だけで報われるに余りある。リヒトは深々と一礼した。

≪其方が剣を引いたということは、認めたということなのであろう……この者たちが。魔王を滅ぼすに足る者だということを≫
≪されど。されど……よ。それは眼鏡違いというものだ。誰も魔王を葬ることはできぬ。魔王は滅びぬ、魔王は――≫
≪地に根を下ろし。天に翼を広げ。永劫の刻を歩み、すべてを虐げ滅するモノ――なのだからな!!≫

ゴアッ!!!

魔王の全身から放たれる、黒い波動。
この世界で唯一の存在であるがゆえに許された、重力をも自在に操る力。
それが、容赦なく勇者たちを襲う。

――こんな相手に、勝てるのか……?わたしは?

佇立する魔王を見ながら、フェリリルは慄えた。
幼いころから、一矢報いることさえできなかった義兄リヒト。
そのリヒトが主君と仰ぎ、絶対の忠誠を誓っていた魔王――リュシフェール。
その力は間違いなく、義兄よりも上。義兄にさえ勝てなかったフェリリルが勝てる相手ではない。
第一、その力の一端をフェリリルはアルカナンでの謁見の際に感じ取っているのだ。
ハーフエルフの勇者や、エルフの僧正、魔法使いは感じないかもしれない。しかし、自分は違う。
魔族であるがゆえに、フェリリルには魔王の力がいかに強大なのかが身に沁みて分かるのだ。
かちかちと歯が鳴る。手が震える。一瞬でも気を抜けば、そのまま腰が砕けそうになる。
身体が重い。魔王の呪縛だけではない、フェリリルの心に巣食った怯懦が肉体を侵している証拠だった。

――戦える……のか?わたしは……?

今一度、フェリリルは自問した。
答えなど、出せるはずがないのに。
だが、そんな委縮したフェリリルの心を叱咤したのは、勇者の言葉だった。

>みんな聞いて! 魔王は『糧』が必要なんだ! 恐ろしい、敵わない、そんな風に思っちゃだめだ!
>そうだよフェル! 笑うんだ! 心の底から! なんだ、大した事ないじゃんってさ! ――何故なら……
>それが魔王にとっての『毒』なんだ!! 簡単だよ、笑えばいい。この最後の戦いを、思い切り楽しめばいい!!

「……ルー……」

そんな無茶な、と思う。
が、ルークは出来ないことは言わない男だ。温室育ちのお坊ちゃんのように見えるが、今まで勇者として自分たちを牽引してきた。
一緒に戦ったのはごく短い間だったが、フェリリルはルークを。未来の夫を信じている。
束の間、フェリリルは目を閉じた。

魔狼の森を出、覇狼将軍として魔王軍に合流した。父の名跡を継ぎ、魔王のしもべとして戦うと誓った。
その忠誠を踏みにじられ、造反を余儀なくされた。今にして思えば、それは魔王との宿縁を断ち切るために必要なことだったのだろう。
義兄に、そして魔王に鏖殺の恨みを晴らすため、勇者の戦士となった。
例え敵わなかったとしても、一太刀浴びせることができれば本望と。誇り高い死を迎えられれば良いと。
そう、思っていた。――少し前まで。

306 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/03/14(火) 19:06:04.82 ID:HZSxPJtl.net
だが、今はどうか?魔王に毛筋ほどの傷をつけて、満足して死んでいけるか?
一片の悔いもないと言えるか?あの世で父や仲間たちに胸を張れるのか?
……そんなはずがない。
恨みはある。怒りもある。恐怖と絶望も、今なお胸の中に息衝いている。
しかし。
ルークの言葉によって、それらの感情はいっとき鳴りを潜め、心の奥底に埋没した。
代わりに、フェリリルの四肢の隅々にまで行き渡るのは――

「……ははは……、はっはははははは!あはははははははははっ!!!」

不意に、フェリリルは大笑した。大きく口を開け、背を反らせて笑う。

「この戦いを楽しめだと?負ければ死は確実、この大陸に生きる者たちも根こそぎ絶望するこの戦いで?バカも休み休み言え!」
「……だが、そのバカがいい。魔王を向こうに回して戦うなど、バカにしかできん!ルー、おまえはこの大陸で一番の大バカだ!」

そう言うと、フェリリルは右手に師剣、左手に魔槍レムスを握った。

「そして――大バカと!その大バカに惚れた者が――魔王を!斃す!!」

≪ほざくな!≫

魔王が双眸を見開き、怒号する。その途端、魔気とも殺気ともつかぬ波動がフェリリルへと驀進する。
それを身体を僅かに捻って避けると、フェリリルは強く地面を蹴って突進した。
身を低く、地面すれすれへと伏せながらの疾駆。大きなふさふさの尻尾が風になびき、充填された魔気が身体から迸る。

「征くぞ、ルー!合わせろ!!」

ルークと共に魔王へと躍りかかり、ウィクス=インベルと師剣コンクルシオで同時に斬りかかる。

≪小癪な……!そのような攻撃が通じると思うのか!≫
「試して見ねばわかるまい!試して無理なら、別の手を試す!いつか――きさまにこの刃が通るまで!何度でも試すだけだ!」

ガギィィィンッ!!!

魔王が頭上に闇色の障壁を発生させ、インベルとコンクルシオを受け止める。
しかし、攻撃を中断させはしない。そのまま至近距離で師剣と魔槍とを取り回し、嵐のような連撃を続けてゆく。

≪チ……≫

魔王が苛立たしげに舌打ちする。右手を軽くひらめかせ、突き出された魔槍を防御する。
そして、直後の波動。黒い奔流が魔王の翼から放たれると、フェリリルは大きく吹き飛ばされた。

「が、ぁ……!」

しかし、倒れはしない。空中でくるりと身体を一回転させると、音もなく着地した。そして、同時に魔気で六体の分身を造り出す。

「『渦斬硬骸弧砲(スプリット・プレデター)』!!!』

分身と共に斬りかかる『渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)』とは違う、魔気で造った分身を飛び道具として放つ黒狼超闘技。
だが、撃ち放った分身は魔王にまるで通じず、軽々と往なされてしまう。
ただ、それでいい。『渦斬硬骸弧砲(スプリット・プレデター)』はあくまで囮。一瞬でも魔王の気を逸らすことにある。

「おおおおおおおお!!黒狼超闘技――『絶天狼伐討牙(フェイタル・デストラクション)』!!!!」

ギュガッ!!!

矢継ぎ早の攻撃。光の矢と化して、一直線に魔王へと突き進む。
捻りを加え、高速で回転しながらに魔王を狙う。その攻撃を、魔王は左手を突き出して防ぐ。
両者が激突した際の余剰エネルギーが黒い雷光となって、周囲を焦がした。

307 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/03/14(火) 19:08:05.54 ID:HZSxPJtl.net
≪ぐ……、覇狼将軍……ごときが……!≫

「覇狼将軍ではない!我が名は黒狼戦姫フェリリル――勇者ルークの、戦士……だ!!」

顔を歪める魔王に対し、フェリリルは決然と言い放った。

≪なぜだ……、其方は我が力に怯えていたはずだ。勝てぬと分かっているはずだ!≫
≪だというのに……なぜ刃向かう?なぜ反旗を翻す?それがリガトスの遺志か?主従にして盟友であった者に弓を引くことが?≫

「わたしはきさまが憎い!きさまはわたしの大切なものを奪った!二度と手の届かないところに投げ捨ててしまった!」
「だが、父上はそうではない……!父上にとって、きさまは唯一の王!無二の友であったはずだ!そして、それは今も変わらぬ!」

≪ならば、なぜ――≫

「『友であるがゆえ』だ!!」

≪友――≫

魔王が瞠目する。

「今なら、父上の。そして義兄上の気持ちが分かる……。その命を懸けた、魂を振り絞るような苦渋の決断も――」

『絶天狼伐討牙(フェイタル・デストラクション)』を解除し、魔王の眼前でフェリリルが言う。

「そして、父上と義兄上はわたしに託したのだろう。わたしなら、きっと。勇者の力になれると、魔王を倒せると……」
「わたしはその心を受け継ぐ。役目を果たす!想いをつないで――きさまを!斃す!!!」

きっぱりと言い放つと、フェリリルは再び猛攻を開始した。
師剣コンクルシオによる重い一撃。魔槍レムスによる目にも止まらぬ刺突。
それを緩急織り交ぜ、巧みに死角を狙って繰り出してゆく。
魔王はそれを危なげなく捌いてゆく。が、その動きは精彩を欠く。フェリリルの言葉に、多少なりと心を揺り動かされたのか。

「かああッ!!」

フェリリルが『死の咆哮(モータル・ハウリング)』と共に単槍を放つ。衝撃が魔王の全身を貫き、穂先が右頬を捉える。
ばっ、と血がしぶいた。
魔王が目を細める。

≪……思い出す。其方の父、リガトスと共に戦場を馳駆した2000年前のこと――。其方の闘技は、あれに瓜二つよ……≫
「……楽しかったか?」

不意に、フェリリルが訊ねた。父と共にいた2000年前の日々はどうだったか、と。
魔王は予想外の問いに僅かに驚いたようだったが、

≪……ああ……。楽しかった、な――≫

そう、微笑を浮かべて告げた。
柔らかな笑顔だった。恐怖、哀惜、絶望――本来魔王の糧となるはずの、あらゆる負の感情とは無縁の微笑み。
その笑顔にほだされるように、フェリリルもまたにっこりと笑った。

「わたしも――。楽しいぞ!!」

ガギィィィィンッ!!!

フェリリルが渾身の力を込めて師剣を振り下ろす。魔王がそれを翼で受けとめる。
両者の動きが、束の間停まる。

「今だ!ルー!」

叫ぶ。一気に戦いの天秤をこちらの優位に傾かせる好機は、今をおいてない。

308 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/17(金) 05:49:31.59 ID:fDRp+2D9.net
>この戦いを楽しめだと?負ければ死は確実、この大陸に生きる者たちも根こそぎ絶望するこの戦いで?バカも休み休み言え!
>……だが、そのバカがいい。魔王を向こうに回して戦うなど、バカにしかできん!ルー、おまえはこの大陸で一番の大バカだ!

フェルが笑ってる。口を開けて。腹の底から。どう見てもこの俺を笑ってるみたいだけど、いい。何でもいい。
人が笑えば笑うほど魔王は弱くなる。力が出せなくなる。
大笑いしてるフェルを見た父さんと長老が、呆気に取られた顔を見合わせた。
ほらほら長老も父さんも見習って! あるでしょ!? 面白かったことのひとつやふたつ! 何の為に無駄に永く生きてんの!?
ブロックサインを送る。両手の人差し指でぐいっと口の端を持ち上げたり、一文字で「W」を作ったり。
俺の手ぶりに合わせて、旋回していた【炎球】がWの形に隊列を組む。
金縛りにあったみたく硬直する二人。……まいっか。あの人達、いかにも堅物だもんなあ。

>そして――大バカと!その大バカに惚れた者が――魔王を!斃す!!

――すげぇ! 正々堂々の宣戦布告!! さすがフェル!! 
フェリリルの銀髪がキラキラ靡いて、すごく綺麗だった。戦う神様が居たらこんなかな?
「惚れた」なんて言葉が俺にはちょっと刺激的で、こんな時だけどドキドキしたり。彼女、解って使ってるんだろか。

>征くぞ、ルー!合わせろ!!

「お……応(おう)!!」
あわてて俺も動いた。でも彼女の動きは早すぎて、俺は隙を見て打ち出すのが精いっぱい。
でもいいや。彼女、すごく楽しそう。さっきとはまるで別人みたい。何度防がれても、飛ばされても、その勢いは止まらない。
っと……! 彼女が何かを溜める気配を察した俺は、剣を引いて数歩下がった。

>『渦斬硬骸弧砲(スプリット・プレデター)』!!!

出た! フェルの第三の奥義! オーバーキルに似てるけど違う。
魔導師が繰り出す炎の矢とか氷の銃弾の、人間型バージョン、みたいなもんかな。
たぶんこれ牽制球。フェルはまだ何か仕掛けそうな感じで立ったままだもん。溜めて溜めて……来る来る……来たー!!

>絶天狼伐討牙(フェイタル・デストラクション)』!!!!

んもう! どうやったらそんなカッコいい名前考え付くの!!?
四番目の奥義はフェリリルが光り輝く独楽になって魔王にぶつかっていく技だった。
いやいや実際に当たってるのは彼女じゃなくて剣のはずだけど、もう早くて眩しくて見えないんだってば。
ちょ……! ぶつかるたんびに発生する稲妻をよけるのがもう……大変!

>≪ぐ……、覇狼将軍……ごときが……!≫
>覇狼将軍ではない!我が名は黒狼戦姫フェリリル――勇者ルークの、戦士……だ!!

いやあ、照れるなあ。だってそうでしょ? 「わたしはお前のモノだ!」なんて……え? 違う?
気づいたらフェルの身体が元に戻ってた。魔王は魔王で眼をカッと見開いて彼女を見下ろしてた。その頬には一筋の刀傷。

>……思い出す。其方の父、リガトスと共に戦場を馳駆した2000年前のこと――。其方の闘技は、あれに瓜二つよ……
>……楽しかったか?
>……ああ……。楽しかった、な――

え? どうして急に和んでんの? まさか二人で恋に落ちちゃった?
そう思えるほど魔王の笑顔は凄かった。すごく優しくて慈愛に満ちてて、こっちまでつられて笑顔になりそうな。
事実、フェルも太陽みたいな笑顔を返して――

>わたしも――。楽しいぞ!!

魔王がフェルの振り下ろした師剣を受け止める音が、俺を我に返らせた。

>今だ!ルー!

俺は走った。
俺が手出し出来る機会を作ろうと、懸命に攻撃を繰り出してくれたフェルの――その期待に答える為に。

309 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/17(金) 05:51:01.79 ID:fDRp+2D9.net
「うおおおおおおお!!!!!!!」

精いっぱいの気合いを入れて地を蹴った。
純粋な、【光】をイメージした勇者とインベルの一撃。
上で待機してた12発の炎球も唸りを上げて降りてきた。
「ううっ!!」
ひとつ、ふたつと炎の球がインベルに吸い込まれていく。結構な衝撃。インベルの「気」が膨らむのが解る。
輝き、熱くなったインベルの柄に負けじと握り返す。魔王の眼が更に見開く。

「喰らえ!!」

魔王が俺を見上げてる。フェルの師剣を翼で受け止めたまま。
大丈夫だよねフェル! 
この剣は炎の威力を持ってるけど、本質は光の剣だ。叩くのは純粋な闇だけ。光に属するものには何の影響も無いはず。
(ここで超カッコイイ名前でも思いついたら最高なんだけど!)

最後の球を吸収し、最高点に達したインベルを真っ直ぐに振り下ろした。負ける気がしなかった。
でもその瞬間、何かが俺の胸に突き刺さったんだ。物理的な何かじゃない。誰かの声だった。

≪チガう そうじゃナイ≫

――誰!? その声、エレン!?

戸惑う俺の意思とは関係なくインベルの衝撃を受けた魔王が爆発した。俺とフェルを巻き込んだ大爆発。
音と衝撃が俺から一切の感覚を奪った。
フェルと一緒に宙を飛んだのまでは覚えてる。でも……その後は……――――


気付いたら俺は要塞に居た。春の花が一斉に咲き乱れる要塞の中庭だ。
もうすぐ日が暮れる。遠くで鴉が鳴いてる。

奥の方で聞こえてた金鎚の音がやむ。そうだった。今日はクレイトンおじさんも一緒に夕飯、するんだった。
父さんがジャスミンを摘んでる。上で母さんが呼んでる。ウサギは獲れたのかって。
俺は右手に握ってたウサギの耳を持ち上げて見せた。塔にいる母さんに見えるように。
とたん、ウサギがバタバタ暴れだした。
――おかしいな。ちゃんと止め、刺したと思ったけど。っとと! わわ! 待って!!
追っかけ回す俺の背中を誰かが叩いた。
――あれ? ライアンも居たんだ? 
笑いながらライアンが指差したのは俺の右手。見るとウサギはちゃんとぶら下がってる。じゃあさっき逃げたのは……
『もうひとつの体さ。生き物には体が二つ、あるだろ?』
ライアンは足元に走ってきたさっきのウサギをひょいと抱いて、そして言った。
――ふたつ?
『そうだ。だからこのウサギはお前には触ることも、まして殺すことも出来ない』
――なに? ――なに言ってるの? 
俺の問いにライアンが応えない。ただ笑って首を振るだけ。その身体がだんだん透けて……見えなくなって――


「――ライアン!!!」
自分の声で眼が覚めた。身を起こすと、ちょうどフェルも眼が覚めたとこだったみたい。
「どうだ。気分は?」
父さんの声。
俺とフェルの傍に膝をついていた父さんがフーッと息を吐いた。
俺とフェルの服、ボロボロだ。でも身体はウソみたいに無傷だった。いや、きっと父さんが治してくれたんだろう。
「すまんが、身体は治せても『魔力』までは戻せん」
眉間に深い皺を寄せた父さんが、「そっち」に視線を移した。

俺は急いで立ちあがった。「そっち」――円形の穴の中央には……さっきと全く変わらない姿の魔王が立っていた。
いや、変わらなく……ない! さっきよりも輝いている!!

310 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/17(金) 05:51:55.67 ID:fDRp+2D9.net
「嘘でしょ!? あの渾身の一撃を!? 少しはダメージあるかと思ったのに!!」

父さんがまたまた首を振った。
「魔王は『天使』だ。物理的な攻撃も、魔法攻撃も、すべて無に帰し、または跳ね返す力を持っている」
「待ってよ! 【闇】に対抗出来るのは【光】なんじゃないの!?」
「違うのだルーク。真の光の力とは違うのだ。先程のはただの暴力。【光】を以てした力技に過ぎん」
「そうなの!? じゃあどうすればいいのさ!?」
「それは私にも解らん」
「――そんな!!」
俺は長老の意見も聞こうとして、【僧正】が近くに居ないことに気付いた。
仮にも五要の一人。さっきのであっさり爆死、なんてこと無いと思うけど……
もう一回見回して……居た! あんなところに!!
意外にも長老は魔王のすぐ目の前に居た。さっきは魔王が眩しすぎて見えなかったんだ。
微動だにしない魔王の前で、長老は何やら動きまわっていた。

「長老は、何してるの?」
俺の問いに、父さんが長い長い溜息をついた。
「見れば解るだろう。踊っているのだ」
「……え?」
「聞いたことくらいあるだろう。我らエルフ族に伝わる古の舞踊魔術。【不思議な踊り】のことを」

俺は眼を点にして長老を見た。
確かに踊ってる。摺り足で後ろに進んだり、手の平を下に向けて上下に動かしたり。
エルフは総じて見た目がいい。一人残らず美形。長い髪は金か銀。長身ですらっとしてて、スタイル抜群。
優雅で高貴な物腰。そんな彼等が使う魔法に【舞踊魔法】ってのがある。
相手に精神的ダメージを与える魔法なんで、遠い昔「禁呪」に指定されたらしい。
でも俺は知らなかった。その踊りがあんな踊りだったなんて。エルフだから当然優雅で高貴なダンス、或いは「舞い」。
そう信じてたのに。

腰を深めに落とした摺り足。
いやいや、古代の気功師が「気」を練ってるみたいな、あんなカッコいいもんでもないから!
腰を前後に振ったり片手でかざしてヒョイっと遠くをみたり。
誰がどう見てもヘンな踊り。
腰の動きにシンクロした手の動きがこれまた妙にオカシイ。手に持った見えない何かで地面の何かをすくう仕草も。

「基本の『型』は三つだ。一応説明しておく」
父さんがやれやれと言った仕草で長老を指差す。

「あの後方移動は【月面walk】。掌を上下してるアレは【mustache(口ひげ)ダンス】そして最後のあれは……」
「あれは……?」
「母なる大地の『英気』を頂く型。水鏡の主のみが継承し得る幻の型。土壌を救う! その名もYASUGI節!」
「つまり、ドジョウすくい?」
「言うな!」
「なんかあれだね。大陸中の人間が考えつくヘンテコな踊りを三つ集めただけって言うか」
「だまれ! 本式には手ぬぐいを被らねばならぬとか! 木の枝を鼻に引っかけねばならぬとか!」
「もしかして父さんが国を出たのって……それのせい?」

父さんは黙ったままそっぽを向いた。やっぱそうなんだ。大変だなあ、エルフの長ってのも。
「まあそれはともかくとして、魔王はダメージ受けてるっぽいじゃん」
さっきまで光り輝いていた魔王の「気」が明らかに薄らいでいる。翼がわなわな震えてる。立ってるのがやっとって感じ。
「確かにダメージはあるだろう。精神体ゆえ、尚更に」

魔王がついに膝をついた。頭をおさえ、肩を震わせている。

「あれ、違うよね!? 長老のダンスが可笑しくて笑ってる訳じゃないよね?」
「いや、実はそのとおりだ! 可笑しくて笑っているのだ!」

俺に答えたのは父さんじゃなく長老だった。

311 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/17(金) 05:53:01.37 ID:fDRp+2D9.net
こっちに向かってやたらキラキラ輝いた顔して見せた長老が、再び一歩、二歩とステップを踏み出した。
――お……お祖父さま……!?

「勇者よ! 私は今の今まで堪えていたのだ!」
「たえてたって……なにを……!?」
「『笑い』に関する全てをだ! 笑えば人は争いを忘れる! すべての負の感情を凌駕する感情! それが『喜』なり!」

長老の動きが早くなる。目まぐるしいけど、でも変な動き。

「礼を言おう勇者よ! この私に『笑』と言ってくれた其方に!」
「……へ?」
「言ってくれたであろう? 炎の文字で『W』と!」
「いや俺、笑えって言っただけで、『笑かせ』って言ったわけじゃあ……」
「いいのだ! これが答えなのだ! 笑いは人を幸福にする! それを与えるのが我が使命!」

良くわかんない。長老はみんなを笑かす芸人にでもなりたかったんだろうか?
……いや、深く考えるのはよそう。長老が楽しそうで、魔王がダメージ受けてて。それでいっか。

「見よ! 魔王が笑っている! 魔王に取っては笑いは正の感情! 恐るべきダメージなのだ!」
「そうなんだ! だったら俺達も一緒に踊ればいいんじゃ……」
「たわけ!!」

足を踏み出そうとした俺を長老が止めた。
「其方は『勇者』であろう? してそこに居るのは『戦士』と『魔導師』。それぞれ別の役目があるのだ」
「役目?」
「神も仰せであろう!? 勇気を以て事を成すのではない。勇気を与えるが勇者だと!」

父さんがやってきて、俺の肩にポンと手を置いた。
「ルーク。あれは云わば死のダンスなのだ」
「え?」
「あれはただ踊ってるだけではない。ひとつひとつの動き、あの視線にすら意味が込められている。消費魔力も相当だ」
「そのうち体力にも限界が来て……死んじゃうってこと?」
「そうだ。動きを止めれば魔王にやられる。後がないのだ」
「……そんな!」
「いいのだ。長老も本望だろう。芸人とは己の命を賭して他を笑わせる尊き存在。それが父の信条だった故」
……真面目だか何なんだか。でも時間が無いのだけはよく解った。

考えた。お世辞にもいいとは言えない頭をひねって。

魔法も剣も利かない。弱体化は出来ても、滅ぼすことは出来ない。何故なら魔王は――――二つの身体を持っているから?
――そうか。ライアンが言ったのはそういう意味だったんだ。
もうひとつの身体。たぶんアストラルプレーンに身を置く精神体か何か。
どっちにも決定的なダメージを与えなきゃなんないんだ。しかも同時に。
魔王の頬に傷がついてたってことは、フェルの攻撃は魔王の本体に有効ってことだ。
じゃあ精神体に効く攻撃は? 物理攻撃でも攻撃魔法でも無い……それは……

俺は自分自身の身体を見た。さっき父さんが治してくれた身体。
たぶん二目と見られなかったに違いないこの身体を、父さんは治してくれた。長老が魔王の気を引いているその間に。
うーん…………なんか解りかけてるんだけど……靄がかかったみたいに答えが出ない。

ねぇインベルは知ってる? どうしたら倒せる? ううん、どうやったら「救える」?
あの大いなる「悲しみ」を癒せる? 癒す……? 癒し…………もしかして……

そういやあのとき、賢者が言ってなかった? 魔王はこの大陸の病巣だ。腫瘍のようなモノだって!

「そうか! 解ったぞ! 魔王を滅ぼす――いや、救う道が!!」

≪答えは出たな。もう我が力は必要ない≫
そう言ったインベルがしばらく沈黙し――そして――甲高い乾いた音と同時に砕け散った。

312 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/17(金) 05:59:32.88 ID:fDRp+2D9.net
「ルーク!?」
父さんが眼を丸くして、柄だけになってしまったインベルを見つめた。

「いいんだ。もうこれは必要ないんだ」
「必要ないって……なにを馬鹿な・」
「そんなことより父さん! 遠くの人に言葉を伝える魔法、使えるよね?」
「――は?」

話を逸らした俺の言葉に、父さんが間の抜けた声を出す。
「当然だ。伝令魔王は駆けだしの魔導師でも使える初歩の初歩だからな」
「じゃあお願い。大陸中の、すべての人に俺達の存在を教えて! 協力してくれって伝えて!」
「……た……大陸中の!!? すべてだとっ!?」
「フェルはまだもうひとつくらい奥義あるよね? 今のうち魔力回復しといて。ちょい教えたい呪文、あるから」

何やら文句言いたそうな父さんは無視。
俺はフェルの耳元に口を近づけて、ゆっくりとスペルを紡いだ。

【天地(あめつち)の命 現(うつつ)と虚(うつろ)の命 しばしその断片をかの者に分け与えん】

「聞いた事、あるよね? あの時俺も唱えた治癒の呪文」
「神様は言った。リュシフェールはこの世界に取っては腫瘍と同じだって」
「みんなの……大陸全土の生き物の希望を吸い取って、絶望を糧とする悪性の癌細胞」
「だったら……みんなの力で……この世界を治せばいいんじゃない?」
「魔王が俺達みんなの『病巣』。だったらみんなで願えばいい。唱えればいい。何を? もちろん、【治癒】のスペルを」
「だって治癒は――魔王に取っては『滅び』と同じなんだから!」
「大丈夫! 『みんなで』唱えれば想起なんか必要ない!」

知ってるよ、俺。
この星よりも、ううん、銀河の、もっともっと広い――宇宙全体よりも広くて深いものがあるって。
それは心。
ひとりの人間の心は、宇宙よりも広くて深い。その心がひとつになれば、きっと――

エレンを見て思った。いくら魔王がこの星そのものだって言っても、魔王も俺達と同じ「心」を持った生き物だって。
どうして賢者の元に走ったアシュタロテを滅ぼしたりしたのか。
それは魔王が……心を持ったひとつの生き物だから。魔王だって恋をする。俺達と同じ。とっても脆くて――同じ心。

心は滅ぼすものじゃない。救うもの。あのウサギと同じように。


「あ。フェル、そこちょっと違う。もっと口をすぼめて……そうそう。舌を上の歯の裏にくっつけて……鋭く息を吐くんだ」
「そうそう! 上手いじゃない! もう一回!」

313 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/03/18(土) 23:18:07.89 ID:MqYVy5bJ.net
「ルー……おまえ、いったい何を考えてる?」

フェリリルは首を捻った。
魔王を滅ぼす。その事だけを考えて、この決戦の地に降り立った。
そして、その想いはこの場にいる魔王以外の全員が同じであったはずだ。
魔王の腹心、最後の魔将――義兄リヒトでさえも。
そういえば、しばらく姿が見えないエレンは今、何をしているのだろう。
エレンもまた魔将の称号とメダイを授かっていたはずだ。それなのに、この最終決戦の場に姿を見せないとはどういうことか。
だが、今はエレンよりも意識を向けるべきことがある。

>フェルはまだもうひとつくらい奥義あるよね? 今のうち魔力回復しといて。ちょい教えたい呪文、あるから

「あ、ああ……。だが、わたしもそろそろ限界だぞ……。おまえの策でいけるのだろうな?」

そんなことを戸惑いがちに訊ねる。
視界の先では、エルフの長老が何やら珍妙な踊りを踊っている。まるで酒の席で披露する隠し芸のようだ。
端的に言えば間抜けな踊りを、高潔なはずのエルフの長老が一心不乱に踊っている。

――エルフの文化はわからん……。

カルチャーショックである。フェリリルは面食らった。
が、驚くべきことに、その珍妙な踊りが功を奏している。
血で血を洗う決戦の場で素っ頓狂な踊りを披露し、魔王を笑わせることで力を削ぐとは、誰が想像し得たであろうか。
そんなエルフの血を引く若者とうっかり将来を誓ってしまったことに一抹の不安を感じたが、今さら悩んでも仕方ない。
ならば、勇者を信じて行きつくところまで行くだけである。

「……あ……、あめつちの、命……現とうつろの……命、しばしその断片を……かの者に分け与えん……」

ルークに言われるまま詠唱をしてみせる。が、フェリリルは今まで魔法など使用したことがない。
果たしてそんな自分が見よう見まねで魔法を使うことなどできるのか、甚だ疑問である。
とはいえ、それでもたどたどしく唱える。

>あ。フェル、そこちょっと違う。もっと口をすぼめて……そうそう。舌を上の歯の裏にくっつけて……鋭く息を吐くんだ

「う……うん」

こんな悠長なことをしている暇があったら、斬りかかるなり火球を飛ばすなりした方がいいのではないか、とも思う。
が、繰り返す。――物覚え自体は早い。何度か繰り返すうち、随分詠唱もうまくなってくる。
魔王とはこの世界を破壊せんとする腫瘍であると、神――賢者は言った。
腫瘍とは切除するものであろう。刃をもって患部を削ぎ落すことで、肉体の快癒を図る。
それが無理ならば、薬によってその活動を不活性にさせる。
先代の勇者たちがやってきたのがそれだ。剣を持って打倒し、それが無理と判断するや封印という薬を用いた。
しかし、それでは駄目なのだ。

病を根治するには、どうすればよいか?
2000年、いやもっと長い年月に渡り、誰も――神でさえも考えつかなかった方法で、ルークはその病を治そうとしている。
腫瘍が悪性のものであるのなら、良性へと変えてしまえばよい。

刃を用いて排除するのではなく。
薬を用いて誤魔化すのではなく。
この世界に生きる者たちの、すべての生命の、平和を求める心に訴えかけることで。
魔王の心を、救うことで。

「――――ッ」

フェリリルは大きく息を吐いた。もう、いつでも詠唱はできる。
あとは、タイミングを待つだけ。大きな眼でルークの顔を見遣ると、決意を湛えて一度頷く。

「いいぞ、ルー!おまえの心に従う……あとは!おまえが踏み出すだけだ!」

314 :皇竜将軍リヒト ◆khcIo66jeE :2017/03/18(土) 23:23:16.97 ID:MqYVy5bJ.net
≪させる……ものか!≫

ルークがフェリリルに治癒の詠唱を教えている、そのとき。
魔王はぎろりとその方向をねめつけると、六対の翼を一度大きく打った。
すぐさま烈風が迸り、一心不乱に舞踏していたミアプラキドスの全身を叩く。
さしもの魔王も舞いに見入ってしまい、一時的な行動不能に陥っていたが、いつまでもその呪縛が有効なわけではない。

≪弾け飛べ!何もかも――!!≫

ゴウッ!!!

颶風がミアプラキドスを殴りつける。エルフの長老はまるで苧殻のように吹き飛ばされた。
邪魔な僧正を片付けると、すぐさま魔王はルークとフェリリルを排除すべく翼を広げ、前のめりになってふたりへ肉薄しようとした。

≪このリュシフェールを排除することなど……誰にもできぬ!≫

地面を低く滑空しながら、魔王は瞬く間にルークとフェリリルへ距離を詰めた。
そして、そのまま右手に長剣のような魔気を宿し、ふたりへ斬りかかろうとした――が。

ガギィィィィンッ!!!

その魔王の攻撃を、進路上に立ちはだかったリヒトが阻止した。
魔王の作り出した闇色の剣と、リヒトの竜剣ファフナーが鎬を削り、鍔迫り合いの形になる。

≪……なぜだ……なぜ、我が征く手を遮る?リヒト――≫

さすがに予想外であったらしく、魔王が紅色の双眸を見開く。
ギリギリと音を立て、リヒトは渾身の力を込めて魔王の剣を押し返す。
リヒトは魔王の問いかけにもしばし無言を貫いていたが、魔王がもう一度、

≪――リヒト!答えよ!≫

と言うと、その瞳をまっすぐに魔王へと向け、

「……御身のためを、思えばこそ」

そう、ぽつりと言った。
魔王に真の安息を齎す、それこそが竜戦士の――否、リヒト・ヴァル・ローの望み。
そして、今。その望みは叶えられつつある。
ここで勇者に死なれ、魔王の安息を数千年、数万年後に先延ばしにすることだけはできない。
今日、ここで。勇者ルークの手で、全てを終わらせる。そのためなら――

≪裏切り者め!!≫

魔王が怒号する。魔気で作った闇色の剣を一旦引き、目にも止まらぬ速度で突き出す。
世界最高の硬度を誇る竜鎧ティアマットの胸部に、鋭利な切っ先が潜り込む。
闇の刃がリヒトの胸を貫通し、背中まで突き抜ける。

「ご、ふ……!」

ごぷり、とリヒトが血を吐く。魔気を纏っていた頃ならば中和できた攻撃だが、今のリヒトに魔気はない。
魔王の剣から放たれる魔気が、リヒトの心臓をみるみる冒してゆく。
が、リヒトは倒れない。それどころかファフナーを手放して両手を伸ばし、魔王の右腕をがっしと掴んだ。

≪は……、離せ!≫

魔王は唸ったが、リヒトは魔王の身体を拘束したままびくともしない。
リヒトは歯を食いしばりながら、勇者が全ての段取りを整え終わるのを待った。
これが償いだと。義父を殺し、同胞を殺し、義妹を欺き。
罪の上に罪を重ねてきた自分が、最期にする贖いだと――そう知らしめるかのように。

315 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/03/21(火) 06:04:31.95 ID:JvqnOxdV.net
なんと息子は全世界の生き物をして【治癒】を唱えさせよと言う。簡単なことではない。渾身の攻撃呪文を行使するよりもよほど大仕事だ。

伝令のレンジは半径1ヤード(約1.6km)。
タリスマンやら魔法陣やらで強化をはかったとしてせいぜい1リーグ(約4.8km)。
ここベスマは大陸(※)の中心。半径にして200リーグ(約1,000km)。遠い所で400はある。
(※オーストラリア大陸程度の大きさ)
少なくとも複数の発信元が必要だ。
……腹を決めねばなるまい。父の体力もそろそろ限界に近い。

穿たれた大穴の縁にてこちらを眺めている五体の竜を仰ぎ見る。彼等であれば瞬時に各地に飛び、呼びかけるも容易だろう。
だが竜は大陸の守護神に等しい存在であり、当然気位が高い。
人間やエルフなど、チョロチョロ動き回る子猿かネズミ、程度にしか認識していまい。素直に頼みを聞いてくれるだろうか。

「ゴリュゴリュンォゴゴ!! グルワグワ! (大地の守護者たる竜達よ! ひとつ、頼まれてもらいたい!)」

自分でも驚くほど正確な発声と発音。遥か昔、興味本位で覚えたドラゴン語――Dragonish(ドラゴニッシュ)だ。
長い時を生きるドラゴンは当然人語、エルフ語を解する。エルフ語で話しかけても通じよう。
しかし自分は所詮一介のエルフ。彼等に取っては「耳の長い方のネズミ」。
そのネズミが「頼む」と叫んだ所で見向きもするまい。下手をすれば怒りに触れブレスを浴びかねない。
だがドラゴンの言葉でなら少しは違うかも知れない。
基本、「ガ行」で成り立つ彼等の言語。人間には難解かつ発音自体が無理な言語。
幸いこの自分は、幼い頃より妙な発音が得意だった。アヒルの真似など父をしてアヒルそのものと言わしめた。
少しは心を動かしてくれるに違いない。まさかドラゴン語を正確に理解し発音するネズミがいようとは。
五体が一斉にこちらを向き、口を開いた。

(以後、副音声でお送りします)

≪ナぁドゴのコドバしゃべっちゅう? (お前は何処の国の言葉をしゃべっているのだ?)≫

――!???
竜が何と言っているのか理解できなかった。そんなはずはない。その昔、この私に指南した竜は王族の末裔だと自称していた。
正確な発音と正確な文法。教科書通りのはずなのだ。しばし竜と対峙する。

>≪弾け飛べ!何もかも――!!≫

突然の魔王の怒号と共に何かが降ってきた。反射的に身を翻す。

「のぐわっ!」

落ちてきたのは父だった。
なんと言うことか。魔王は我らが「死の舞踊」の呪縛を解き、踊りの最中に攻撃してきたのだ。
見事に顔面から激突した父がむっくりと上体を起こし、右腕を振り上げた。さも悔しげに拳を地に叩きつける。
……気持ちは解る。自分を捨て、身体を張った攻撃がかわされたのだ。
「おのれっ! いま少し趣向が足りなんだか! 付け髭にコイン、長楊枝などの用意があればこんな事には!!」
「父上! 悔しがっている場合ではありません! 勇者は【治癒】にて魔王を打倒すると!」
「なんとその手があったか!!」
我が父ながら、頭の切り替えも飲み込みも早い。
即座に立ちあがり、血で顔面を染めたままの井手達にて五体の竜を眺め回した。

「さてはヴェルハルレン! 竜に言伝を頼んだか!?」
「何故それを!?」
「そしてその際――正当なる言語“King's Dragonish(キングズ・ドラゴニッシュ)”を用いたのではあるまいな!?」
「何故そこまでお分かりに!?」
「即座に状況を見極め、先を読むが水鏡の主たる証ぞ! 場の空気を読むなど朝餉前!」

……などと言っているが、さすがにそれはあるまい。踊りながらこちらに意識を向けていたのだろう。
「竜との会話はまかせよ! 其方は急ぎ魔法陣を描き、大陸中の者にビジョンを送れ! 我らが様を見せるのだ!」

ぐいっと、童児のように袖で鼻血を拭いた父が背筋を伸ばし、ドラゴンに向き直った。

316 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/03/21(火) 06:07:08.31 ID:JvqnOxdV.net
≪お願(ねげ)えだガら、ワだぢ(我々)の頼み、聞いでくれねべガ!!≫

父の話す竜の言葉は、良く良く耳を傾ければ理解可能だった。なるほど。訛りだ。 
正確に言えば大陸北端の訛りと、西方、南方のイントネーションが少々。
さすがはエルフの長老。竜語の北方訛りまで会得しているとは。

≪ワイハぁ(何と)!? ワンドノ(我々の)言葉バ(を)!!?≫

ドラゴンの態度が一変した。いきなり和気あいあいとしゃべくり出した父と竜達。ここは任せて良さそうだ。
ゆっくりと息を吐き――自分の意識を静かに保つ。
目を閉じ、地の呼吸を感じ取る。星の揺らぎを。風のそよぎを。遠くの森の水のせせらぎを。

≪せやな! 頼まれてみっぺ。リヒトもそう思うっぺよ?≫
≪やっぺやっぺ!≫

否応なく耳から侵入する竜達の会話。ここで心に波風を起こしてはならない。

≪オイどんも賛成じゃキ! 面白か踊りっこも見してもらったバイ≫
≪んだばオレも手こ貸すっしょ?≫
≪んだんだ!≫

静かなる……新円の月が映り込む湖面を思い浮かべつつ――
右手首に短剣の切っ先を向け、一息に動脈を切断する。静かなる魂にて描く血の魔法陣は、他のあらゆる画材に勝る。

>≪このリュシフェールを排除することなど……誰にもできぬ!≫
>ガギィィィィンッ!!!

横合いではなんと魔王の攻撃を止めるリヒトの姿。

>≪……なぜだ……なぜ、我が征く手を遮る?リヒト――≫
>≪――リヒト!答えよ!≫
>「……御身のためを、思えばこそ」
>≪裏切り者め!!≫

ちょうど魔法陣が完成した、その時だった。魔王の闇の剣がリヒトの胸を刺し貫いたのは。

「リヒト!!?」
鼓動が跳ねた。瞬時に沸き立つ血流が右手首から迸り、完成間近の魔術紋様を汚す――それを阻止したのは父だった。
「たわけ者が!!」
体当たりにてこの身体を突き飛ばし、宙に舞っていたこの血液を自らの身体で受け止める。
「おのれは……いまだ頑健なる心を持ち合わせておらなんだか!!」

竜達が翼を広げ、ひと際高く咆哮した。胸を貫かれてなお魔王の身体をいだき、拘束するリヒトをじっと見おろしたまま。
リヒトの僕、リヒトの言葉のみを命とし動く竜達は、一度だけ父に目を向けると――飛んだ。
主であるリヒトに背を向け飛び去ったのだ。

「見よ。ドラゴンは心得ておる。リヒトが如何なる想いを抱くか。げに成すべきは何かと」

ごふりと血を吐くリヒトの壮絶な姿。
フェリリルの父親を殺し、血族を殺し、次は我が身をも殺さんとする男の姿だ。

【天地に棲まう数多の精霊よ! いまここに集い、汝らが力を示せ!】
【水よ! 風よ! 火よ! 地よ! 我らが姿! 映すべき“珠”をいまここに!】

以前の私ならリヒトを助ける呪文を唱えたかも知れない。
魔気を弾き、侵されたリヒトの身体を修復する、そんなスペルの応酬をしようと苦心したかも知れない。
しかしリヒトはそれを望まない。だからこそ竜は去った。

――承知したぞリヒト。その姿、永久にこの目に焼き付けよう。

317 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/03/21(火) 06:09:08.35 ID:JvqnOxdV.net
魔法陣のすぐ上に、巨大な宝珠(オーブ)が出現した。
宙に浮く水滴を集めたオーブだ。風の力にて浮き、大地の重力にて完全なる球体と成し、炎の力で赤々と照らしだされるオーブ。
地水火風それぞれの精霊達は、この場にて我らの行動を見、記憶している。

【水よ! 其処らに宿るすべての「水」を通じ、我らが様を映し出せ!】
【風よ! 其が大元は流れ! 気流! 水が映しし“映像”を蠢く“動画”と成せ!】
【地よ! この地は音と想いを伝える媒体なり! “音声”を須(すべから)く伝播、伝達せよ!】

ひとつ、ひとつは単純で容易な仕事。
しかし精霊を三つ同時に動かすは非常に困難。想起は出来、オーブまでは作れても……あとひとつ。
発動に至るまでは大いなるブーストが必要だ。

「父よ! そのタリスマンの力、お貸し願いたい!」
「承知!」

父はとうに用意をしていたらしい。はためき翻る白い魔道衣のその下に、チャージし終えた七つの青光。
青白い光がオーブを包む。
珠の中心に立つ白い天使と、相対する勇者の一行。しかし――

「遅い! 遅すぎて何をしているのかさっぱり解らん! 何故に“火”を使わぬ!」

確かにそうだ。これでは閲覧者が見終えるに一日かかる。火の力が必要だ。
火とは熱。あらゆる分子の運動速度を上げる単純な作用によるものだ。“風”を烈風と化すためにはどうしても……しかし……
「ヴェルハルレン! 何故に其方が“火”を苦手とするか解らぬ! 火は“凍気”の想起と同様であろう!?」
「同様ですと!?」
「左様! どちらも粒子の動きを制御するもの! 速めるか遅らせるかの違いなり! 其はまこと幼い頃より――」

父がくどくどと昔の話などし出したので、耳に入れずにおく。
なるほど。火は凍気に同じか。
いつも暴走させてしまうのは、ブレーキの掛け方を知らなかったからなのだ。引けばいい。頃合いを見て引けばいいのだ。

【火よ! これな“映し”に其が魂を込めよ!!】

火の精霊はこの時を待っていたに違いない。一瞬にして大気の温度が上昇し、映像も一転してリズミカルなものとなった。
大地は小刻みに律動し、風の余波が大気を震わせる。宝珠が煌めきを増す。稀に見る四大精霊の連携。
その消費魔力は当然大きい。

「ヴェルハルレン! いま一度耐えよ!」

父はすでにこの魔力が尽きたことを見抜いている。そして父も――

「父上こそ! いま気を抜けば、制御を失いし精霊が何をしでかすか解りませぬ故!」

いま少し! みなに届くまで、あと少し!! 

術者の命そのものを魔力へと変換する賢者の魔紋がいま、この額を焼いていた。
ゆらめく父の銀髪が白髪と化している。おそらくこの自分も同様。両者の――命の蝋燭が消えていく。


何か聞こえた気がした。何者かが呼ぶ声だ。
「シャドウどのーーー!!! 皆皆様―――!! ご無事かーーー!!?」
身を乗り出し、姿を見せたあの声は、エミルだ。ベルク王にマキアーチャの姿も見える。その横に、魔狼が一匹。

大気に満ちていた緊張が解けた。地の律動が止む。
役目を終えたオーブが蒸発し、消えたその場を一陣の風が吹き抜けた。

318 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/21(火) 06:10:09.07 ID:JvqnOxdV.net
≪天地(あめつち)の命 現(うつつ)と虚(うつろ)の命 しばしその断片をかの者に分け与えん≫

さざ波のように聞こえてきたのは呪文だった。集まったみんなが口ずさんでる、治癒のスペル。
あの時を思い出す。剣闘士村で、腕折った俺をみんなが治してくれた時の事。
シオとリリスと、ライアンと祖父ちゃん、ベリル姉さんが一晩中それを唱えてくれた時のこと。
あの時は5人だったけど、今度は大陸のみんなが唱えるんだ。これって――すごくない?

何度も何度も合わせる声は、次第に「旋律」を持ちはじめた。
なんだろう、子守唄? それとも家帰る途中父さんが歌ってくれたあの歌?
店仕舞いする店主たちが何となく口ずさんでたあの歌にも聞こえる。
何かこう……安らぐ歌だ。まさに大地を癒す、そんな調べ。懐かしい歌。鎮魂の歌。

俺達を囲む合唱の輪は広がっていった。
ベスマだけじゃない。各地に散ったドラゴン達が作った輪も。――いつしか大陸全土に。何百、何千、何万、何億。


アルカナンの謁見の間で、女王と王女が手を取り合ってるのが見える。
もとルーンの王城に集まった兵士達が歌ってるのも。
ドワーフの神殿で生き残ったドワーフ達が口を張り上げてる。
エレド・ブラウの水鏡の横で、こっちを見上げるベリル姉さんと二人のエルフ。
どこかの貴族のお屋敷に佇んでるシオとリリス。
名も知らない小さな漁村、その砂浜に立っている子供達も。魔狼の森の魔狼も、その他多くの生き物達も。
人間もドワーフも、エルフも、今までいがみ合ってたかも知れないみんなが、声を揃えて歌ってる。


涙が止まらなかった。フェリリルも、父さんも。たぶんあそこに居る、みんなも。
「天」が震えるのが解る。「地」が本来の活力を取り戻すのが解る。漲る力。音量はさらに大きく――強く――!

リュシフェールは何も言わずに立っていた。
閉じた翼。輝く身体。目を閉じて。手を広げて。まるで歌の旋律を身体で受け止めてるみたい。



「いくよ、フェリリル」

俺は刀身の無くなったインベルの柄を、魔王に向かい高く掲げた。

319 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/03/25(土) 17:03:07.91 ID:g+lfIMSk.net
歌が、聴こえる。

それは母親がいとし子を胸に抱くような、心の一切の結ぼれを解きほぐすかのような、優しい旋律。
癒しの詠唱(スペル)。
戦いの場だ。刃に傷つき、魔力に冒された肉体を回復させるための呪文が聴こえるのは何も不自然ではない。
……が、違う。
その詠唱は、勇者のパーティーを蘇生させるために紡がれているのではない。
魔王を。この世界に根付く病巣を癒すために唱えられている。

――なるほど、オレたちでは為し遂げられんわけだ。

なおも魔王の前に立ちはだかりながら、リヒトは思った。
リヒトはずっと、剣を――武力をもって魔王を滅せる者を探してきた。
魔王をも凌駕する武を。戦う力を有する者に、魔王を打倒することを期待してきた。
しかし、ことここに至り、それが根本的な間違いであったことに気が付いた。
まさか魔王を戦闘で根絶しようとするのではなく、癒そうと考えるとは。
先代勇者アウストラでさえも考えつかなかった発想であろう。――だが、今は。それこそが正解であると、はっきり理解できる。

人間だけではない。エルフが、ドワーフが。言葉を持たぬ獣や魔物の類までが歌っている。
無数の歌声が大きなうねりとなって、世界に満ちていくのが分かる。
この力ならば、きっと――



「……義兄上……笑っている……」

フェリリルは眼を見開いた。
魔狼の森で共に生活していた頃から、滅多に笑うことのなかった義兄が、微笑を浮かべている。
憑き物が落ちたかのような、柔らかな表情だった。
魔将として一軍を率いて以降、フェリリルはリヒトの険しい表情しか目にしていない。
だが、今はどうだ。まるで昔の、なんのしがらみもなく平穏に生活していた頃のような……。

「義兄上!!」

思わず叫ぶ。
胸に抱いていた大義と真意を理解はしても、父を、同胞を殺されたことをなかったことにはできない。
恨みは晴れないと。死による贖いもやむなしと思っていたが。
しかし、それでも。魔王に心の臓を貫かれ、血を吐くその姿を見ると、案ぜずにはいられない。
人の形を取ったドラゴン、竜戦士とはいえ、素体は人間。心臓を抉られては生きてはゆけまい。
フェリリルは衝動的に駆け寄ろうとしたが、それをリヒトの視線が留めた。

「……あに……ぅぇ……」

歌声が大きくなってゆく。輪唱のような、讃美歌のような、幾千万幾億の声。
リヒトはその声に従えと言っている。
この世界を長年の呪縛から、病巣から解き放ち、未来へ歩めと。

>いくよ、フェリリル

ルークが告げる。これが正真、最後となるだろう。
魔王におびやかされる世の終焉。新たな世の幕開け。
その一歩を今、踏み出す。

「―――――往こう」

フェリリルはルークの隣に立つと、掲げられたインベル同様師剣を掲げた。
もし、インベルに今なお刀身があったのなら。互いの刃が交差するように。

320 : ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:14:10.54 ID:/fCGF5ZY.net
【このまま倒しちゃっても味気ないので、魔王ロール挟みます】

321 :リュシフェール ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:20:22.07 ID:/fCGF5ZY.net
初めてこの地に降りた時、雪が降っていた。

凍てつく大地、突き刺す冷気
静かだがしかし「ヒト」の気はそれぞれに滾っていた。
方々にて戦の気配。
それぞれの長を立て、他を侵食せんと画策する人間の浅ましき感情が色濃く沁み渡る。
なるほど原因は「飢え」であろう。
大地が万年の雪を抱き、ごく短い春のみが生活の支えとなる以上、争いは止まぬ。奪わねば死ぬのだ。
ならば大神よ、我はこの「気」を以て人の心に糧を与え、争い無き世としよう。豊かとなれば人は争わぬ。

≪すべての者に、糧を与えん≫

我が言葉はただの言の葉にあらず。
ひとたび口にすれば、魂宿る理(ことわり)と化す。
大地がこの「魔気」を取り込み、その力にて生き物に活力を与え始めた。木に、森に、ヒトを含むすべての生き物に。
雪は止み、陽が燦然と輝いた。地は氷を割り、豊かな土が顔を出す。
草木は茂り、眠っていた生き物達が喜び勇み駆けまわる。生気を取り戻した美しい森、大地。
文明は栄え、地上種は豊かな暮らしを得た。

≪これでいい。ヒトはもはや争わぬであろう≫

魔気はまた、生き物の形質を定める遺伝の根源を変えた。
変わり種が生まれ、いつしかエルフ、ドワーフ、オーク、魔狼の形質が主たる「種と」して固定した。
そこここに満ちる魔気を用い、魔法として発現させ得る者も現れた。この我を神同様崇める者達も。

争いは身を潜めた。
だが束の間の安息だった。
豊かになればヒトは増える。増えればその分飢える。そして戦は起きた。
おそらくは今までにない壮絶なる戦い。魔法の力を駆使する戦士達は、より多くの生き物を殺し、森を焼いた。
戦にて国が滅び、不毛の地が増えていく。それだけは避けねばならぬ。すべての種を従えんが大神の命なれば。


初めてヒトの前に姿を見せた。
思いだすも愉快なり。「これ」をひと目見た人間は、顔を引き攣らせ腰を抜かした。叫びを残し逃げ去る者も。
どうもこの姿、人には恐るべき異形と映るらしい。
不意に身体が打ち震えるのを感じた。悔恨ではない。喜びでだ。なるほど、我が糧とは「これ」か。
堕天使たる我らの糧は、恐怖なる感情なり。

≪そうだ! 呼ぶがいい! 魔王と!!≫

再び満ちた我が魔気が大地に「根」を生やした。
隈なく、あまねく張り巡らす我が魔気の根。生き物の魂に服従を強要するため、彼奴らに恐怖の念を植え付けんがため。
うぬらは我が糧。互いに争ってはならぬ。殺してはならぬ。「調整」はこの魔王がしよう。
……そうだな。
今宵は……100もあればこと足りる。女がいい。生娘ならばなお良し。
は……はははは! ははははは!!!
そうだ! 嘆け! 喚け! その情たるや美味!!
我は「恐怖」にてこの地を支配するとしよう。大いなる魔気と恐怖を与える、「魔王」として君臨しよう。

それが我が定め。大神が命。

322 :リュシフェール ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:22:15.32 ID:/fCGF5ZY.net
勇者の一行が現れた。

勇ましき者。賢き者。武具の扱いに長けた者。魔気を操り、それを攻撃へと転じる者。または防御と癒しに徹する者。
彼等は自らを五要と名乗った。

五つの要(かなめ)とは良く言ったもの。
この地に設えられし五つの場、竜が守りし結界に己が身をなぞらえるとは。

勇者達は実に脆かった。玉座より腰を上げる必要すらないほどに。
脆いが諦めは悪かった。死して尚その意思を引き継ぐ者が現れた。
ついに彼等が携えたは「封印の石」。
その効力には驚愕せざるを得ず。これ、まさしく「神」の所業なれば。

初めてあの暗い地底深くに封じられし時、我は問うた。神の真意は何処か。あの命は偽りかと。
無論、答える声は無し。


遥か地下は冷たい無音の暗がり。果ての無い闇の中、虎視眈眈と己れの復活を画策する日々もまた良し。
されどそれも最初の一、二度。三度目ともなるとさすがに飽きた。変わり映えもせぬ封印の儀式にも。
とある虫は、一生を土の中で過ごすと言う。
幾年かの年月を耐え忍び、ようやく地上へと飛び立つがその命は儚く、七日に満たぬ個体も多いのだとか。
このリュシフェールも同じではないか。
長き封印の勤めを終え、地上へ顔を出すも束の間。

天上にてベアル・ゼブルに吐いた我が言葉。
「この地に我が存在意義を見出そう」
これが果たして意義か? 帰納的推論により片がつく、この事象に如何なる意味が? 
その問いにアシュタロテが出した答え。それは大神自身の存在が為。
魔王の存在が大神の存在を強固にする為だと。人間の信仰心を利用する目論みなのだと。

ならば良しとも思う。大神の真意に触れるなど恐れ多きこと。
この身は大神の御為にこそあれ。我はただその命に従うのみ。

ただ……ひたすらに虚しい。子を成し、種を育む地上種達を少なからず羨む。

323 :リュシフェール ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:23:23.77 ID:/fCGF5ZY.net
つい先日、一味違う「儀式」を見た。

四肢の封印は同様。しかしまさか、勇者自ら体内に賢者の石を携えるとは。より強固なる結界を成す為か。

「僕と一緒に行こう」

今でも忘れぬ。
我が軍の猛者、リガトスとドレイクをも叩きのめした勇者の軍。その先導たる勇者の言葉とは思えぬ言葉。

「地の底って、きっと暗くて寒くて寂しい所なんでしょ? だから一緒に行ってあげるよ」

アシュタロテに裏切られたこの傷心を知った上か。
もはや抵抗出来ぬ事を知った上での慢心か。
正面からこの「魔王」を胸に抱く、この男は一体?

「僕の名はアウストラ。君を地の底に封印する役目を仰せつかった勇者さ」

胸に触れる「賢者の石」の感触は往年のもの。
冷たい石と化すこの身を抱く、勇者の身体だけが妙に温かい。

「2,000年って長い? 短い?」
気軽に言葉を紡ぐ勇者。絶望を知らぬ声音。

「『魔王』ってさ、うん万年も前から居るんだっけ? 聞かせてよ、いろいろ。2,000年ぽっちじゃ足りない? あはは!」

勇者は解っているのだろうか。これは自身の死をも意味することを。
大いに恐れ、悲しんでしかるべき事態だということを。
しかし彼は笑っている。

何故?

324 :リュシフェール ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:28:47.00 ID:/fCGF5ZY.net
アウストラの肉体が朽ちたその後も魂はここにあった。互いに言葉を交わした。幾度となく。
二千の年月とはこれほどに短かったろうか。


無事復活を果たした我が前に現れたは、手足となるべく八体の魔将。否。今や四体。
うち二体は身知った顔。
ほか二体は知らぬ顔。
無影は相も変わらず陰気、百鬼は蛮族の王者なる風格そのまま。
リガトスが娘、フェリリルは父親に良く似ていた。光を軸とした勇なる者の面影も。
もうひと方は……
その鎧と帯びる剣は確かにティアマトにファフナー。されどドレイクではない。あるはずがない。

リヒトと名乗り、ただ「御許に馳せ参じた」とだけ、それだけを言い、我が傍へと控えた魔将。
違う。純然たる竜気を纏うドレイクとは違う。
無影が話す経緯を聞き、合点が行く。
身体は……人間。してその気はプロパトールが竜気、そしてこの魔王の魔気。
無影が作り、覇狼が育てた我が魔気を持つ皇竜の魔将。すなわち、我が「息子」だと。

長き時間を旅し、初めて出来た息子という存在は、この身に思いもよらぬ感慨と感情をもたらした。
一種の『こそばゆさ』とともに。

≪リヒトよ。いかなる時も我が命に従うか。我が命を裏切らぬか≫

魔将は確かに頷いた。

325 :リュシフェール ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:31:13.67 ID:/fCGF5ZY.net
≪裏切り者め!!≫

いつか同じ言葉を、「彼女」に向けた。

>……御身のためを、思えばこそ

その「彼女」も同じ言葉を。

リヒトが胸を押さえ、膝をついている。我が魔気にて貫かれた心の臓。長くは持つまい。
そうだ。二千年前と同じ。彼女――アシュタロテを葬ったあの時と。
頼りを置く愛しき同胞、身内である筈の者に裏切られた、その憎さは百倍。
何故裏切る? 何故奴らに加担する? その答えが――この身を思えばこそだと!?
身を呈し、この魔王を止めんとするならばその願い、叶えてやろう。
叶えてやるがリヒトよ。我が願いも聞いてもらう。それすなわち――

リヒトにかけんとした言葉は凄まじき力にて押しとどめられた。
大いなる力だ。
それが何かは見当もつかぬが、「負」とは逆の力であることは確か。
恐るべきことにこの「魔王」の本体、すなわち星幽界に存在する大元を侵食している。
蝕み、吹き散らす正なる感情の渦。

目の前に新たな勇者が立っていた。アウストラと同じ眼。同じ姿。
フェリリルと共に、真っ直ぐな眼をこちらに向けている。
彼等が掲げるは勇者の剣。刃を無くした勇者の剣と、戦士の掲げる勇者の剣とが触れ合い、耳にて聞こえぬ音を出す。
この勇者の狙いはとんと解らぬ。
石を集めたかと思えば志半ばにてあっさりと諦める。この娘を助けんが為と、手前勝手な理由にて。
正気とは思えぬ。石の助けを借りずにこの「魔王」を打とうとは。

アウストラよ。其方はいまや「そこ」に居るのだな?
其方も変わっていたが、この勇者も相当に変わっているぞ。
何より「道筋」というものを持っておらぬ。計略や謀略の類ではない。「道筋」よ。
確固たる道筋を思い描くは常套であろう? だがそれが端から無い。その場その場で行く先を決める。
先程も。
娘と共に剣を向け、それが敵わぬと見るや手段を変えた。その手段たるや見るがいい。
この地にはこれほどの生き物が居たのだと思い知らされる。
地に生やす我が「根」を断つ壮大なる「祈り」。この身体を、本体を滅ぼす聖なる力。それがこれほどに――心地よいとは!

リガトス、其方も言っていたな。勇なる者が勇者ではない。他の勇を呼び覚ますが真の勇者だと。


「名を……聞こう」

勇者が名乗ったその名は、いみじくもこの要塞を意味する言葉であった。

326 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:32:36.16 ID:/fCGF5ZY.net
たぶんこれが最後の最後。
落ち着いて……心を落ち着けなきゃ。
魔王に何だか優しい顔で「名前は?」なんて聞かれた時は心臓が飛び出るかと思ったけど、もう大丈夫。
そう。最後の最後でしくじったら元も子もないもの。

「……準備はいい?」

一応聞いてみる。だって、最後に言い残すこととか、あるかもだから。

≪何の……準備だ≫

「決まってるじゃん! 心の準備!」

ちょいすっとぼけた感じで聞き返した魔王様に、一応答えを返す。
いいよいいよ。まさか魔王様も「ピクニックに行く為のお弁当の準備」とか思ってるわけないし。

≪この魔王を……ついに滅ぼすのだな。其方なら可能であろうな。我が本体の大元は風前の灯ゆえ≫

折りたたまれていた六対の羽根が、純白の光を放ちながら広がっていく。
すごく……綺麗だった。ホントのホントに……天使なんだなあ。

≪ひとつ、頼まれてくれぬか?≫

「……なに? この期に及んで『助けてくれ』ってのは無しだからね」

魔王がニィっと口を歪めて笑った。一応皮肉は通じるみたい。

≪我が息子リヒトに「滅ぶな」と伝えてくれ≫

「――え?」

俺は思わず、すぐ後ろに倒れてるリヒトを見た。
胸から流れる血がぐっしょりとマントを濡らしてた。血は止まってない。俺でも解る。あれは致命傷。たぶん……もう……

≪アウストラは言っていた。人間たるもの。根性さえあれば転生など容易いと≫

「へ? そうなの?」

なんか子供みたいな顔して俺を見てる魔王。
うーん、何だかアウストラなら言いそうだし、やっちゃいそうだなあ。現に俺がそうだし。
つかそんなこと、リヒトに面と向かって言えばいいのに。
魔王でも気恥しいの? うっかり刺しちゃった実の息子にゴメンって謝る勇気、ない? 

≪ない≫

「わかった。ちゃんと伝えとく」

魔王が少し笑い――赤い眼を閉じた。

327 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/03/28(火) 17:33:45.31 ID:/fCGF5ZY.net
大地の律動が止む。
大気がピーンと張りつめてる。フェリリル、俺の鼓動を聞いて。俺の魔力、感じとって。
そうだよ。君も俺と同じ光と闇を持ってるから、解るよね?
ううん。君と俺だけじゃない。この世に生まれたすべての生き物は、光と闇を同じくらい持ってるんだ。
俺、ナバウルの人達を殺したよ。何百、何千。そして君も。
けどさ、それと吊り合う分の光も持ってるんだ。じゃないと生き物はどっちかに偏って壊れちゃう。
魔王だって同じさ。
闇の大きさと同じ大きさの光も持ち合わせてる。

ひとつになろう。みんな、ひとつに。
光も、闇も。ほんとはみんな同じなんだよ。だから――

インベルの柄に新たが光の刃が輝いた。俺の命の具現。本当の――ウィクス・インベルの刀身。

フェル、ひとつお願いしてもいい?
このインベルと師剣の同時攻撃に、名前つけてくれないかな? 俺、そういうの苦手なんだ。
……そんな必要ある? って顔してるけど、必要だよ。
だって名前は呪文と同じだもの。言葉って大事だよ。言葉が俺達に、力と勇気をくれるんだもの!!

魔王のそばに突然人影が現れた。ひとつ、ふたつ。いやみっつ。
白く輝いてて良く見えないけど、でも誰だか解った。ルカインにビショップに、エレン。
いやいや、良く良くみると……いっぱい居た!

たぶん俺やフェルに殺された人達だ。もしかして魔王軍に殺された人達も。
てっきり怖い顔で睨まれるかと思ってたら、違った。みんな笑ってた。
ルカインもビショップも笑ってる。
エレンだけが、ちょっと悲しい顔して――一対の白い翼をバサリと広げて――そっと魔王の傍に降りた。


俺はフェリリルの呼吸を読んだ。
彼女と同じ速さで、同じ動作で――光り輝くインベルを振り下ろした。

328 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/04/01(土) 19:13:24.88 ID:4wJuH76T.net
巨木の洞を利用して造られた館の中、中央に切られた炉の前に、年老いた人狼が胡坐をかいて座っている。
その胡坐の上には年端もゆかない少女がおり、大きな瞳を輝かせて年老いた人狼の顔を見上げている。

「――そうして、陛下は勇者アウストラと共に眠りについた。今から2000年前の話じゃ」

そう言って、人狼――老狼リガトスは膝上の愛娘フェリリルの豊かな髪をいとおしげに撫でた。
フェリリルは物心つく前から、父から魔王に関する様々な話を聞かされて育った。
魔王が天から降臨した話。魔王軍を率い、地上を侵攻した話。世界を支配した話。
フェリリルはそれらの話を父に幾度となくねだり、ほとんど諳んじることができるほどになった。
歴史の生き証人リガトスの騙る、ほとんど伝説、伝承と言ってもいい昔の出来事。
魔王に関する話は数多くあったが、中でもフェリリルが最も好んだのは、魔王が勇者によって2000年の眠りについた話。
魔王リュシフェールに関する、最後の物語だった。

実際に従軍し、勇者に敗れたリガトスにとって、実の娘にその話を語って聴かせるのは苦渋と悔恨に満ちたものであっただろう。
が、同時に希望に満ち溢れたものであったに違いない。リガトスはこの話を締めくくるその都度、

「おまえは儂の轍を踏んではならぬ。必ずや、陛下の望みを叶えて差し上げるのだ」

と、判で捺したように言い聞かせた。

「はい!わかっています、父上!陛下御復活の暁には、このフェリリルが見事陛下のお心に沿ってご覧に入れましょう!」

幼いフェリリルは無邪気にそう言い返し、頭を撫でる父の優しい手を感じて嬉しそうに笑った。
そう。
フェリリルはずっと、魔王の望みとは世界の制覇。この大陸に覇を唱え、永劫の魔族の世を作るのが目的と思っていた。
確かに、それは魔王の『目的』ではあったのだろう。魔王の力を知らしめ、生きとし生けるものに恐怖を与える。
恐怖は大神へと救済を求める祈りとなり、信仰心となり、大神の力となる。
だが、それは魔王の望みではない。

魔王の望みとは、心よりの願いとは――






――今、やっとわかった。
――力で捻じ伏せるのではない。それでは、武力をもって版図を広げようと戦争を繰り返していた人間たちと同じだ。

最終決戦の場。輝く師剣コンクルシオを掲げたまま、フェリリルは目を閉じた。

――魔王を真に倒すのに、力は不要。魔王をこの世界から消したいと。そう思うなら――
――『魔王がおらずとも、この世界は正常にやっていける』という証を立てればよい――!

魔王という共通の敵の出現によって、相争っていた者たちは皆魔王へ矛先を向け、束の間戦いをやめて団結した。
しかし、もはや共通の敵はいらない。魔王がいなくなっても、もう地上の者たちは争うことはすまい。
なぜなら。今この場に――いいや、大陸全体に満ちる癒しのスペルが。
確かに、手と手を取り合う未来の姿を示しているのだから。

幼いころ、父の話を聞いたフェリリルが魔王に対して抱いていたのは、憧憬と崇敬の念であった。
父を、同胞を殺された後に抱いたのは、どろどろと泥濘のようにうねる憎悪と憤怒の気持ちだった。
しかし、今のフェリリルが抱いている想いはそのいずれとも違う。
今のフェリリルの胸中にある、魔王への感情。

――陛下、おいたわしい。

それは憐憫だった。

329 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/04/01(土) 19:14:53.79 ID:4wJuH76T.net
ルークの心臓の鼓動が聴こえる。
その鼓動と自分の鼓動が同調し、ひとつに融け合う。
身体の中に息衝く魔気が。聖なる力が。互いに引き寄せ合い、より大きな力となって膨れ上がってゆくのが分かる。
ひとりだけでは、とてもここまでの力を得ることは不可能であっただろう。

>ひとつになろう。みんな、ひとつに。
>光も、闇も。ほんとはみんな同じなんだよ。だから――

――ああ。わかるよ、わかる。
――万物には光と闇がある。その均衡が崩れれば、そこから不幸が。争いやいさかい、戦争が生まれる。
――わたしたちは、それを忘れてはならない。そして……この一撃によって今までの一切に終止符を打ち、新たな未来を作り出すのだ。
――戦いのない、新しい未来を。絶対悪の存在などおらずとも、皆が皆力を合わせ。協調していける世界を……。

>フェル、ひとつお願いしてもいい?

「……なんだ?」

目を開き、ルークを見る。

>このインベルと師剣の同時攻撃に、名前つけてくれないかな? 俺、そういうの苦手なんだ。

「な……!?そ、そんなこと、急に言われても困るぞ……!」

突拍子もない頼みにぎょっとしたが、言葉は大事だと言われると反論できない。眉間に皺を寄せながらも、こくりと頷いた。
リュシフェールのすぐ傍らに、いつの間にか佇む人影がある。
知っているものもあれば、知らない顔もある。
だが、そのすべてが穏やかな顔をしている。これからルークとフェリリルが放つ一撃を待っている、受け入れる、そんな表情。

「エレン……おまえも、そっちへ行くのか」

魔王の傍らに寄り添うエレンを見つめて、そう呟く。
共に育った、姉にも等しい者。愛しい家族。魔王軍として出陣してからは色々あったが、それでも愛情が失せることはなかった。
叶うなら、もっと一緒にいたかった。ずっと、義理とはいえ姉妹仲良く過ごしたかった。未来を歩んでいきたかった。
しかし。それがもう、叶わぬ夢であることもわかっている。
……ならば。
フェリリルはぐっとコンクルシオの柄を強く握った。

「これが最後だ。――だが、これは攻撃ではない。何かを打倒するための技ではない」
「わたしたちは未来を切り開くため、この一撃を繰り出す。――天よ、地よ、御覧じろ!これが――新しい未来を掴み取る一撃!」

ルークが完全に呼吸を読んでいるのが分かる。フェリリルにもルークの呼吸が分かる。
そして。

「悠久浄化……エターナル・プリフィケ―――――――ション!!!!」


ふたりの振り下ろした刀身から、かつてない強烈な閃光が迸り――戦場を白一色に染め上げた。

330 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/04/03(月) 06:04:38.93 ID:MYUV4u4U.net
>悠久浄化……エターナル・プリフィケ―――――――ション!!!!


音の無い光が俺達を包みこんだ。真っ白な光だ。
眩しくない。……何て言うかこう……霧? ううん。もっと優しい何か。フェルがつけてくれた言葉通り、「浄化」の波。
不思議だ。
ただここに立ってるだけなのに、光が大陸全体を包みこんでるのが解るんだ。
胸があったかい。立ってる地面も。初めてだ。この大地が生きてるって実感したの。

グッと親指を立てて俺を見たルカインが光の粒になった。
お互いに肩を組んでたナバウルの騎士達も。
大勢の、たぶんこの場を彷徨っていた行き場の無い霊達も。
人間だけじゃない。
手下に囲まれた灰色のでっかいオークはボリガンだ。満足げに顎の髭を扱いてる。その上げた口の端から長い牙が覗く。
大勢のドワーフ達が、ドワーフ語で何か言ってる。
エレド・ブラウのエルフ達も。
金ぴかの鎧をつけた大貴族っぽい騎士も居て、その肩に手を置いてるのはやたらと貫録のある白髪の老人。
エレンと何か囁き合ってたビショップが、こっちに向かって軽く頷く。
その横にはラファエルとライアン。冗談っぽく右手で剣を打ち合わせるような動作をしたりして……え?
ライアンの後ろに立ってるのって……リヒト……?

急に胸が締めつけられて振り向いた。
リヒト。父さんと長老がその胸に両手を翳してる。青い光がその身体を包みこんでる。
たぶん治癒と浄化、両方の効果。
リヒトは瞼を閉じたまま。
なんで? 傷はもう塞がってるはずだよ? なんたって『僧正』と『魔法使い』の手当だよ!?
こっちを見た父さんが、何か言いかけて――首をゆっくりと横に振った。そんな……!!

俺はもう一度魔王を見た。
さっきまで閉じていた眼が開いていた。その色は赤じゃなかった。エレンと同じ、リヒトと同じ――青い色。
魔王が何か言ってるけど聞こえない。
何か言って、斜め後ろで佇んでるリヒトを手で招いて……額にそっと口付けした。

≪案ずるな。熱き魂、必ずや生に転じよう≫

誰に言ってるの? リヒト? それとも俺?

消えていく魔王を、みんなを見送りながら、自分がいつのまにか歌を口ずさんでるのに気づいた。
子守唄だ。
フェルの手をぎゅっと握る。その手はとても熱かった。

331 : ◆ELFzN7l8oo :2017/04/03(月) 06:14:47.08 ID:MYUV4u4U.net
【そろそろエンドロールと行きますか!】
【余った容量について何か案あります? (無くてもこちらで責任持って埋めますが……)】

332 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/04/06(木) 19:51:19.62 ID:yQVvuD7T.net
戦いは終わり、魔王の脅威は去った。

魔王軍を構成していた魔物たちは指揮官を失って散り散りになり、完全に消滅した。
ただし、世界を脅かしていた魔王という存在がいなくなったということは、そのまま平和の到来を意味はしない。
魔王がいなくなっても、魔王の残した爪痕はいまだに色濃くこの大地に残っている。
多くの生命が喪われ、幾つもの街が、国が滅んだ。人々はまだその衝撃から立ち直っておらず、今後もその後遺症は続くだろう。
大陸に生きるすべての人々が、動物たちが、真の平和を享受できるようになるには、まだ暫しの刻が必要である。

だが、それは決して悲観すべき事柄ではない。
例えどれだけの被害が出、生命が死に追いやられたとしても。
どん底から這い上がり、手に手を取って立ち上がる術を、人々は知っている。
種族間の垣根を越え、平穏や幸福に向かって絆を結ぶ方法を知っている。
この大陸に棲む者たちは、そうやって。あの魔王をも癒し、浄化したのだから。


「やれやれ、まだまだ再建には時間がかかりそうだな」

羊皮紙に描かれた図面に目を通しながら、フェリリルは眉間に皺を寄せた。
魔王を最後の戦いから一年が過ぎ、現在は人間たちの主導でエルフ、ドワーフたち各種族が力を合わせ、被災地の復興に乗り出している。
フェリリルの担当地域はこのベスマ要塞だ。
ただでさえ老朽化していたものが、魔王との激戦ですっかりボロボロになってしまった要塞。それを再建しようとしている。
もっとも、もう既にこの要塞には賢者もいないし、地下深くに封印されていた魔王の本体もない。
国境の線引きも随分変わってしまい、戦略的な重要度も皆無となった。
名実ともにこの古びた要塞は『無用のもの』となったのだ。――しかし、フェリリルはこの要塞の廃棄を良しとしなかった。
ここが、すべての始まり。そして全ての終焉の地。……ならば。

――この場を手厚く保護し、戒めとするが、我らの務めだ。

フェリリルはそう信じて疑わなかった。
本体はなくなっても。実質的に無価値な存在になってしまったとしても。
ここには今なお、魔王の想いがある。そう感じるのだ。

「姫さま、左官頭が謁見を願い出ておりますが」

「待たせておけ。わたしは詣でてくる」

「……は」

副官に図面を手渡すと、フェリリルはいまだ補修中の城壁に造られた門をくぐり、要塞の内部に入った。
城壁が完璧に補修されるまでには、まだまだ時が必要だろう。――だが、要塞内部はほぼ修繕が完了している。
それを手がけたのはシャドウたちだ。その姿はかつて栄華を誇ったころ、この場所が魔術の総本山であった頃と寸分も違うまい。
……しかし、そんな要塞の中で、ただ一箇所だけ。
フェリリルの希望で、それまでとは違い手を入れた場所があった。

フェリリルは要塞の中へ入ると、隠し扉をくぐって長い螺旋階段を下りていく。
そこは、かつて賢者が住んでいた場所。秘密の地下研究棟へと通じる回廊。
やがて白い柱の等間隔に立った通廊へとさしかかると、フェリリルは天井の高いその場所を一度見回した。
昔ここには多重の結界が張り巡らされており、研究棟へと立ち入らんとする者を固く戒めたのだという。
だが、今はもう結界は存在しない。聞けば、要塞の補修を始めるにあたって真っ先にこの場所が直されたらしい。
フェリリルがたっての頼みで改築してもらった場所も、ここにある。
通廊の目立たない片隅に作られた、それ。


……それは、リュシフェールを祀る小さな廟だった。

333 :黒狼戦姫フェリリル ◆khcIo66jeE :2017/04/06(木) 19:54:18.16 ID:yQVvuD7T.net
廟の中には祭壇があり、小さな木像が安置されている。
十二枚の翼をもつ大天使と、それに寄り添うように佇む女性の像だ。

祭壇の前に跪き、フェリリルは瞑目して祈りを捧げる。
かつての主君の魂が、安らかな眠りにつけるように。義姉エレンが主君の傍にずっと侍っていられるように。
ふたりが睦まじくあるように――。

――向後のことは、我らにお任せを。きっと、争いのない平和な世の中を。この大地に顕現させてご覧に入れましょう。

魔王の脅威がなくなり、すべての種族が手に手を取り合うことを知ったとは言っても、それは必ずしも恒久的平和には直結しない。
世界には善人もいれば、悪人もいる。自らの欲のために他者を貶めることをよしとする者も。
そして、仮に善人同士であったとしても。そこに思想の違い、信念の違いがあれば、必然的に争いが生まれる。
今は魔王の記憶が新しいため、皆大人しくしているが、いずれはまた戦いも勃発することだろう。
しかし、それさえも。きっと乗り越えてみせるとフェリリルは思う。
そのために残された命を使うのが、魔狼の新王にしてかつて魔王軍の魔将であった自分の使命だと、フェリリルは信じて疑わなかった。

「あーっ!ひめさま、ここにいたー!」

祈りを終え、ゆっくりと立ち上がると同時、背後でそんな声がした。
振り返ってみれば、十人ほどの子供たちが通廊まで下りてきている。かつては侵入禁止の聖域だったが、今はそんな縛りはない。
フェリリルの姿を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる子供たちを、微笑みながら両手を広げて抱きとめる。

「ねーねー、ひめさまー!またおはなししてー!ゆうしゃさまと、まおうさまのおはなしー!」
「やれやれ……またか?もう何回目かな、よく飽きないものだな……」

子供たちは要塞の近隣の村の子や、要塞復興のためにやって来ている国の子らだ。
フェリリルは暇を見てそんな子供たちの相手をしてやっていたが、今日もそんな按配で物語をねだられている。
そういえば、自分も幼いころ、父の膝の上でよく昔ばなしを聴かせて貰っていた。それを想えば、とても無碍にはできない。
フェリリルは子供が好きである。子供こそ、未来へ繋がる大切な宝だと思っている。
良人との間にまだその兆しはないが、それも。ゆくゆくは叶うことだろう。

「あたしは、りゅうせんしさまのおはなしがききたーい」

おさげ髪の女の子がそう言ってくる。フェリリルは目を細めると、女の子の頭に手を伸ばして優しく撫でた。
魔王に祝福された竜戦士リヒトは一命を取り留め、貫かれた心臓の傷もすぐに癒えた。
しかし、昔のように暮らすことを切望するフェリリルの願いには応えず、ほどなくして忽然と姿を消してしまった。
恐らく今は大陸を旅し、平和を乱さんとする者を討伐でもしているのだろう。
竜戦士としての宿命のまま。そして、魔王との約定を果たすために。
最後の魔将として――たった、ひとりで。

――義兄上……。

フェリリルは束の間、義兄を想った。
いつか、遠い未来に。もう一度会うことは叶うだろうか?
そのときは、どうか。また兄妹として接することができたらいい。
血は繋がっていなくても。生きる道は別々でも。
ふたりは、紛れもない兄と妹なのだから。

「……ひめさま?」

「あ、ああ、すまない。行こうか……また、勇者の話を聞かせてやらないとな」

「うん!」

子供たちと手を繋ぎながら、フェリリルは回廊を後にした。
後に残ったのは静寂と、魔法によって造られたほのかな白い灯りのみ。
耳が痛くなるような静けさの中で――

廟の中のリュシフェールとエレンディエラ、いや。アシュタロテのふたりが。
微笑みながら見つめ合っている。

334 : ◆khcIo66jeE :2017/04/06(木) 20:00:19.89 ID:yQVvuD7T.net
【私のレスはこれにて終了です。あとはそちらにお任せ致しますので、エンディングを宜しくお願い致します】
【容量については、恐らくそちらがエンディングを書いたら丁度くらいでは?と思います。もし余りができたときの処遇はお任せ致します】

【長らくのお相手、ありがとうございました。とても楽しかったです。最初は要塞を守るだけの戦いだったはずなのに、気付けば凄い長編に……】
【でも、それも良かったと思います。こちらは大変伸び伸びやらせて頂きました】
【拙いレスでしたが、お相手して頂いたすべての方々に感謝を――】
【それでは。名残は尽きませんが、これにて失礼致します。お疲れさまでした】

335 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/04/09(日) 07:05:14.74 ID:Un2YQ17Q.net
フェリリルと父さんが要塞の再建に勤しむ頃、俺はナバウルに居た。

「そこぉ!!! モタモタすんなぁ!!!」
「いって! あ、いやすんませんっ!!」

ヒリヒリする足をさすりながら、怖い顔して睨む棟梁の脇を走り抜ける。積まれてた角材持ち上げようとして……痛てて……腰が……
すぐそばを、ガタイのいい人間の男達が早足で追い越していく。
みんな軽々とでっかい木だの石だのを肩に担いでる。……みんな……すごいなあ……
「てめぇ! クソ勇者! やる気ねぇんならおうちに帰んな!」
「御免なさいぃ!!」
また鞭(馬用の!)が振り上げられたんで、慌てて資材を抱え込んだ。
そう。俺は俺で城前の広場の再建を手伝っていた。ここを焼け野原にしちゃったの、俺だもんね。

来た時はもうなんか凄かったなあ。
石投げられるわ矢は射かけられるわ。挙句に問答無用でフクロにされて磔にされそうになるわ。
そりゃもう手ぇついて謝って頼んだよ。
釜茹ででも火炙りでも何でもいい、罰は存分に受けるから、その前に働かしてくれって。供養も兼ねてって。
俺なりに頑張ったつもりだけど、ヘマをしてもしなくても容赦なくぶっ叩かれた。魔王戦よりよっぽどキツかった。
子供が俺見て石投げなくなったの、ひと月くらい経った頃だっけ。
塗り薬の軟膏とか、焼き菓子の差し入れが届くようになったのも。

今日は……照り返しがきついなあ。この東屋も早く完成させないとね。

「ルーク! ちょっと来い!」
親方に呼ばれて行ってみると、そこに座れって言う。また何か怒られるんだろうか?
「おめぇ、今すぐベスマに帰んな」
「ええ!? そんな俺、確かに役立たずで足手まといかもしんないけど、でも」
「なぁに勘違いしてやがる。知ってるぞ? 夜中こっそり起きて、他の野郎ども道具の手入れしてただろ」
「え?」
「暗いうちから起き出して、炊き出し手伝ってんのもな」

……親方、見てたんだ。じゃあ火ぃ起こすのに竹筒でフーフーやってんのも見られた?
腹這いになって、顔真っ黒にして火起こししてるとこ。あの時ここ一面を火で焼いた、俺がだよ?
あれってホント大変。魔法が使えなくなるって、こんな大変なことだったんだ。

「あ、でもじゃあ……なんで? どうして今すぐ帰れなんて・」
思わず腰を上げた俺の眼に、積み上げられた材木の影に座ってる魔狼の姿が映った。
「ロキ!」
「そうだ。いつもの手紙だ」
親方が筒状に巻かれた羊皮紙を差し出した。ひと目で解る、ベスマからの手紙。
まず親方が受け取って、目を通してから俺に渡ることになっている。
また父さんからかな?
ひと月に一度、必ずロキが運んでくる手紙。内容は大抵……再建中の要塞の進捗状況とか、みんなの様子とかだけど。
親方の様子がいつもと違う。なんでそんな深刻な顔してるの? まさか……

「魔王がまた復活したとか……!?」

親方が笑って首を横に振った。
……だよね。もしそうなら、魔気――みんなの魔力が復活してるはず。手紙でなく伝令魔法か何かで知らせるはずだももんね。
じゃあなんだろ。もしかしてフェルか父さんの身に何か……

巻いてた紙を広げてみて……俺は予想が半分当たったことを知った。
それは父さんの危篤の知らせだった。

336 : ◆ELFzN7l8oo :2017/04/09(日) 07:06:47.75 ID:Un2YQ17Q.net
【こちらこそ、本当にありがどうございました!】
【『賢者』が来てくれたお陰で、毎回ドキドキワクワクしてました。レスポンスが貰えるってホント、幸せだなあって】
【エンディングはちょっと時間かかりそうなので、何回かに分けて投下します】
【もし余った時は感想その他で埋めるつもりです。初期参加の方や名無しの方も、いろいろと書いて下さって構いませんので!】

337 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/04/10(月) 06:03:58.47 ID:qkducYBY.net
完成した大回廊は見事な出来栄えだった。
石造りの壁、天井、柱、丁寧に磨かれた大理石の白い床が、淡い光に照らされぼんやりと光っている。
おそらくこの大陸で唯一存在する魔法の光だ。
大神の残した神気と、リュシフェールの残した僅かな魔気が、この回廊にだけは残っているのだ。

「賢者よ。貴方はここには……居ないのだな」

小さく独りごちた声の木霊が、一瞬にしてあの時の音を呼び覚ます。
賢者が放った魔法の槍が虚空を切り裂く音。傷ついたイルマが賢明に訴える声。祈りの声。
その余韻に身を委ねつつ、柱の細かな凹凸に指を触れる。
その紋様は以前と全く同じではない。エルフやドワーフ神殿のそれを多少なりとも模してしまっている。
再建に手を貸してくれた彼等の、それぞれの思いがここには刻まれている。

フェリリルが設えてくれた廟(びょう)に軽く目礼し、研究棟へと足を向ける。
握る杖に体を預け慎重に進むうち、開かれた扉から覗く幾何学文様が目に入る。一歩、二歩と足を踏み入れる。
アルカナンの女王に頼みこみ、借りた図面に従って拵えた円形の棟内は真新しい匂いがする。
床一面は回廊と同様に白く、磨かれている。紋様の類が一切ないのは、新たな魔法陣を描く為だろう。
ここで貴方は、日々を研究に費やしていたのか。幾千年の時を、たった一人で。

「ここに居たかヴェルハルレン。大人しく休んでいればいいものを」

扉を背にし、父が立っている。白い肩掛け式のマントに、若草色の長衣姿。
「その井手達。やはり立たれるのですね?」
「はははは! つい長居が過ぎた!」
笑いながら後ろに手を組み、しかし父は中には入らない。じっとこちらを見つめ、この足元を指で差した。
「丁度そこに、彼女の眠る椅子があった」
思わず足をどける。この場所に……イルマが……?
初めて彼女に遭った時のことが、まるで昨日の事のように思い起こされた。


踏みつけたイルマの肩口は細かった。
人間の、しかも小娘の分際で味方の軍勢を恐慌に陥れた。あの若者を追い出さんと、あの森に火を向けたのも貴様だな?
刺さる矢が彼女の骨を擦る音が心地よい。森に火など言語道断。――この――人間め。小娘め。
『何故に命を賭して戦う。何故屍術師などと行動を共にする。この惨状は望んだものか』
彼女に向けた問いは責めの言葉。足裏に込めたは本物の憎しみ。
かようなか細い肩など、砕けてしまえ。地底の誰かを探る手段などいくらでもある。生かし、吐かせる必要など!
そう思い、踏みぬかんとした足を止めたもの。
それは熱い眼差し。三つの矢に射抜かれているというのに。夥しい血がその身を濡らしているというのに。
何がさせる? 金か? 大いなる宝を欲す、その思いだけでそんな眼が出来るものか?
『ワイズマンは、優しい…から…! だから…誰であっても、何人殺して、でも…戦う…!っ…』
言葉にならぬ言葉を紡ぎ、ついに気を失った娘。その心の臓がすでに射抜かれていたと知ったときの衝撃。
落雷により燃え上がる傍らの大木の炎が、ゆらりと照らす彼女の頬。
強い意思を秘めた顔だった。確かに聞いた。誰かのためなら「死ねる」ではなく、「殺せる」。
……ここにも居たのだ。自分と同じ人間が。
射抜かれた心臓を復元する想起は、正直簡単ではなかった。戦場にてすべき事でも無かった。
何故あの時彼女を助けたのか、もし皇帝が生きておられたら何と言い訳しただろう。そう思うと自然に口元がほころぶ。


いずれにせよ、『賢者』を選んだ彼女の目は確かだった。
今頃どうしているだろう。
人の身で天に昇り、おそらくは伴侶となったその傍らに佇む姿を思うたび、胸に何かがチクリと刺さる。

「恋というものはやっかいです。齢二千を経たエルフですらその痛みを消せぬのですから」

黙したまま、目を閉じた父が頷いた。

338 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/04/11(火) 06:17:36.78 ID:Qw6O6Iil.net
要塞の外壁はほとんど出来あがっていた。
ほとんど。
そう。正門を除いて。つかこれ、作るつもりも無いのかな? 資材とか綺麗に片付いてるし。

「ありがとうロキ!」
ロキが、背中から降りた俺の顔をペロペロ舐めた。そのままノロノロ歩いて中庭に。たぶん噴水の水を飲むつもりだろう。
だよね。さすがに三日三晩も誰かを乗せて走ったら、いくら魔狼でもくたびれるよね。
その中庭からは、賑やかな子供達の声と、駆け回る音。
「おうルーク! 帰ったか!」
塀から顔を覗かせたのはクレイトンおじさん。
「ただいま! すごいね、ほとんど完成じゃん!」
足を踏み入れた俺の眼に飛び込んだのは、ハーブの花が咲き乱れる花壇と庭を取り囲む城壁。蔦のくっついてない赤茶色のレンガ。
「流石はフェルだね。ドワーフやエルフも手伝ってくれたって?」
「おうよ。これも役に立ったぜぇ?」
おじさんが横眼で見上げる人形が、朝日を浴びてキラキラ黒く光ってる。確かに土方仕事に最適かも。
でっかいし、怪力だし、動きは精密だし。

子供達がはしゃぐ声がやんだ。遠巻きに俺を見つめて……噴水の影からひょいっと出てきたフェルの後ろに隠れた。
「ひめさま! あのおじちゃん……誰?」
「お……おじちゃん!? 俺まだ18……」
そんなやり取りを見たフェルが腹かかえて笑いだしんで、仕方なく俺も笑った。
良く見たら俺、髭も髪もボッサボサ。剥き出しの手足は泥だか何だかで汚れてて、服と言えるものは褌と破れた袖無しの上着。
あはは……せめて髭剃って、さっぱりした服に着替えてから来ればよかったなあ。
……ってそんな事より。

「フェル! 父さんは!?」
フェルが笑うのをやめた。不思議な顔して俺達の顔見比べてる子供達の頭を撫でながら、主塔の方を目で差した。
「間にあって良かったな、ルーク」
フェルが哀しげに笑い、手で自分の胸元をつまんで見せる。着替えて行けってことだろう。
俺は何も言わずに頷いて……主塔に足を向けた。

「……るーく!?」
「え!? じゃああのおじちゃんが、ゆうしゃなの!?」
「ひめさまのゆってたゆうしゃさま!?」

後ろから子供達の声が追いかけてきた。俺は軽く手を振って……入口の扉を押し開けた。
一年ぶりの要塞の扉はとても――重かった。

339 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/04/11(火) 16:16:38.86 ID:Qw6O6Iil.net
かのベスマにおける一夜の出来事、復活せし魔王の事、亜人達の末路に至るまではすべて詳細にしたためた。
しかる後、ベルクらが王立図書館に保管するだろう。

ベリルとルカインの子が生まれたとの知らせを受け、父ミアプラキドスはエレド・ブラウへと帰還した。
魔王が滅び、魔法そのものが消滅した今、勇者の血は貴重なれば、その育成も務めだと。
いずれこの要塞に向かわせると言っていた。ルークとフェリリルが良い父親、母親となろう。
魔王は消えたが脅威が消えた訳ではないのだ。未だ姿を見せぬ冥界の王について口にする者は居ない。


ひとつだけ、腑に落ちぬことがある。
イルマに蘇生魔法を使い、この生命を使い果たした筈の自分が何故……あの扉の前で目を覚ましたのか。
賢者に問う機会はすでに無し。
ならば推して知るしかあるまい。この身体――肉体に宿る魂、つまり魄(はく)はすでに失われているのだと。
魄を失った身体は長くは持たぬ。ゆえに賢者がこの肉体に仮初の術を施した。すなわち自らにかけた術と同じ術――死霊術を。
彷徨うこの魂(こん)がたまたま同じ身体に宿り、今の今までこの身体を動かした。この地に満ちる、魔王の魔気の力に依り。
魔王消えた今、我が身体も朽ち果てる。衰え行く我が生命も、色褪せたままの毛髪も、そう考えれば説明もつく。

思えば豊かなる人生だった。
ルーン大帝に拾われ、従騎士となった当時は屈強なる騎士達に力ずくで叩きのめされ、犯されたもの。
そんな日々がこのエルフを「斟酌」なる言葉を知らぬ帝国騎士へと変えた。淡々と命をこなす非情の人形へと。
その人形をイルマがヒトへと戻した。賢者が飽くなき探求心を奮い起させた。

家族というものを知った。
共に学び、闘う喜びを知った。
色褪せぬ記憶。これ以上の人生があるだろうか。

340 :シャドウ ◆ELFzN7l8oo :2017/04/11(火) 16:24:54.24 ID:Qw6O6Iil.net
鮮明なる記憶の糸を手繰るうち、不意に扉を叩く音。
こちらの返答も待たず、ガチャリとドアが開く。そこには小ざっぱりとした格好のルーク。

「帰ったのか。そうか、長老が気を利かせたな?」
「うん。ほんとはもう少し居たかったんだけど」

息子の行動力にはほとほと驚かされる。八つ裂きにされる覚悟あり、その上でナバウル再建に手を貸したいなどと。
そのあたり、マキアーチャに似たのだろう。

「あ、いいって! 起き上がったりしなくても! てか大丈夫なの?」
駆け寄る息子を手で制す。
「天井ばかり見るのもつまらぬ。それにこうすると、庭が良く見えるのだ。今日は随分と賑やかだな」
「うん。フェルとクレイトンおじさん、子供にすごい人気なんだ」
引き戸を押し上げるルークの腕が逞しい。随分と日に焼けている。
「ナバウルの広場もほとんど出来あがったよ。夏の火祭りに間に合いそうだって」
「そう、か」

小窓から差し込む日差しがあたたかい。植わっているであろうハーブらの強く、甘い香り。
「パセリ、セージ、ローズマリーにタイム」
「父さん? いま何て?」
「何でもない。母さんはどうしてる」
「いまシチュー作ってる。ウサギの。パセリ散らしたやつ。父さんの好物だったよね?」
遠くでマキアーチャの呼ぶ声がする。
「スープが冷めないうちに来いだって。皿を取ってくる」
扉へと向き直る息子の腕を咄嗟に掴む。
「カインだ」
「――え? カイン? なに?」
「ルカインの子の名だ。フェリリルと協力し、剣と魔法を教えてやってくれ。勇者とは何か、平和とは何なのかも。」
「どうしたの、急に」
「約束してくれ。彼が来たら、快く迎えると」
「……え……もちろんいいけど」

怪訝な顔で頷きつつも、彼はにっこりと微笑した。相も変わらず、笑顔が母親に似ている。
「じゃあ! 急いで取ってくるね!」
せかせかと部屋を出る際に、服の袖をドアに引っかける様も変わらない。そそっかしい奴だ。折角ここまで来たというのに。

フェリリルが呼んでいる。カモミールが綺麗に咲いたと。見に来ないかと。
その声が次第に遠のき、視界が薄れていく。薄れる意識の中、動かぬ舌で言葉を返す。
「解った。今は行けぬがいずれ来よう。要塞がその用途を忘れ、いずれ遺跡として残ったその後も」

春の訪れとともに咲くハーブの花は、何度見てもいい。
ここは私にとってはいつでも還るべき、そして守るべき「要塞」なのだ。そう……――永遠に。

341 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/04/11(火) 16:45:36.81 ID:Qw6O6Iil.net
父さんがこの世を去ってから、あっと言う間に17年の月日がたった。

俺は相変らす要塞に居た。薬草を育てたり、狩りをしたり。たまに街に出かけて毛皮を服や食料に替える毎日。
え? あれから変わりは無かったかって? あったよ! すごくたくさん!

激しく剣を打ち合わせる音が、中庭いっぱいに響いてる。
フェルが両手に持つ二振りの武具と、カインの手にするコンクルシオが打ち合う音。
「母さん! もっと遠慮してよ!」
「何を言う! それでは冥王に勝てぬぞ!?」

そう。この少年はカイン。ルカインとベリル姐さんの子で、ここに来てから15年にもなる。
森や街でやたらと疫病が流行って、大陸中の生き物がたくさん死にだした、そんな頃。
長老が連れて来たんだよね。勇者として育ててくれって。
最初は面食らった。父さんとの約束、すっかり忘れてたからさ。
でも父さんの墓標代わりに植えた楡(ニレ)の木を見て思い出した。ああ、あの時のって。

長老が言った。この疫病はどうも冥王の仕業らしい。
前みたく何人かメンバー揃えて、冥界に討って出なきゃならない。じゃないとみんな死んじゃうって。

一難去ってまた一難。
とりあえず頑張ろうって事になって、俺とフェルはカインを引き取った。
あはは……! この子がなかなか手強くてさ!
もう手こずったの何のって。カインが俺達の事を父さん、母さんと呼んでくれるようになったのはごく最近の話。



「そおらまだまだぁあああ!!!!!」

フェルはホント容赦ないから、カインは生傷が絶えない。
ここんとこ彼はずいぶん腕が上がった。そこそこフェルと渡り合えるほど。
ハンパなく強情だけど、何でもとことん自分のものにする意欲って言うの? その意味ではとっても優秀な生徒だ。
ただ、たまに来る長老が教えてくれる変な踊りとか、納得行かない〜なんつって俺に食ってかかるんだ。
……俺に言われても。ねぇ?
あ、俺もちゃんと教えてるよ。エルフ語と、魔法のスペルを一通り。魔法陣の描き方に、印の切り方も。
そんなの役に立つかって言われたら、そりゃこの世界じゃ立たないよ。この世界、ではね。

――あ! すごい! あのフェルの武器を弾き飛ばした!? さっすがルカインの息子!

「次は私の相手をしてみろ! 休む暇はないぞ!?」
ロムルスを拾いに行ったフェルと交代したのはシオ。正統派の剣に慣れてないのか、カインは押されまくり。
それをクスリと笑いながら見てるリリス。
二人が居るのはたまたま。今朝、胸騒ぎがするから〜なんて言いいながら突然やってきた。
なんだろ。
リリスに父さんの居所を聞かれたんで、この楡の下だよって教えたら……何故かそこから離れない。
よっぽど楡の木が好きなんだろう。


雲ひとつない、まっさらな空。突き抜けるような、あの青い空の彼方に神様が居るんだよね。
今でも俺達のこと、見てくれてるのかな。
リュシフェールとエレンも。滅んだとは言ってもその魂は何処かに居るはず。今頃どこでどうしてるんだろう。

342 :ルーク ◆ELFzN7l8oo :2017/04/11(火) 16:50:30.70 ID:Qw6O6Iil.net
いきなり空が暗くなって、あれれ? なんて思ってたらドッカーンとすごい音がしてふっ飛ばされた。
どうも庭の真ん中に稲妻が落ちたらしい。黒い煙がもうもうと立ち込めている。

「なんだよこれ!? 冥王の戦士でも攻めてきたのか!?」
大急ぎでコンクルシオを構えるカイン。でもフェルがその正体を見て相好を崩した。
……ってことは……やっぱり。

「リヒト! 何で普通に門から入ってこないんだよ!!」

俺の抗議なんかなんのその。
煙が晴れたその場所に、金色キラッキラの重騎士が立っていた。緋色のマント。装飾ビカビカのでっかい剣。
討伐の帰りにこの要塞に立ちよってくれるのはいいんだけど、いっつもこの調子。

「もう! 何回この水時計、直したと思ってんの!?」

リヒトはじっくりと俺達と……特にカインの方を眺めると、ゆっくりと頷いた。
うん。いつも何も言わずに一人で納得するその姿勢は変わんない。
そんな彼が珍しく口を開いた。ひっさびさに聞く、渋〜い声で、たった一言。

「頃合いだ」

ポカンと口を開けてるカインをじっと見据えたまま、リヒトが片手を斜めに翳す。音もなく、虚空に黒くて丸い穴が出現する。

「兄上! まさか、今ですか!?」

フェルの問いに答え、リヒトが頷く。
ついに来たんだ、この時が。
人一人がやっと通れるか通れないかの大きさの穴を、俺達は順繰りにくぐった。星幽界(アストラルプレーン)へと続く扉だ。
冥界は死者の魂が棲まう世界。星幽界の一部。ほとんどが魔気で構成される、精神世界。
これからが本当の修行。カインに、魔気を使った魔法ってものを覚えてもらう番。
強くイメージした具体的な想起が実際に発動する世界。そこで俺達は戦う。一緒に戦ってくれる仲間を集める。

で、冥界へと足を踏み入れた俺達だけど、その行く手に立ち塞がったのは――懐かしい……俺も良く見知った顔だった。

え? それは誰かって?
う〜ん残念! 「要塞」の話はここでお終いなんだ。
きっと他の誰か、俺達の子孫か、そのまた子孫が教えてくれる、また別のおとぎ話。


俺は徐に「彼」の形見の剣――ブランクルーン(brank rune)の短剣を引き抜いた。




【防衛】要塞を守り切れ!ファンタジーTRPG   THE END

343 : ◆ELFzN7l8oo :2017/04/12(水) 05:54:23.22 ID:3cJOWct5.net
長らくご愛読くださった方々、支援してくださった方々、ありがとう御座いました。
まだ容量残ってますので、いろいろ思うところを。

【ルカイン(ルカイン・コンクルシオ)】
読者様のご提供支援NPC。
ラファエルが仕組んだであろうルーク達を嵌める罠!
刑場に引き出された囚われの金髪の男――シャドウかと思わせ実は鉄仮面を外してみてびっくり――って……誰?
てな感じで登場。
男の名はルカイン。師剣コンクルシオの所有者として世間を騒がせていた剣闘士。コンクルシオの姓を頂く剣豪。
プロフ、うまくマキアーチャと絡めて来ましたよね。
女好きで隠し子多数。とにかく強いがとにかく優しい。意外に思慮深い。やや無責任な点あり。
自分的には掴みにくいキャラでしたが、シオの相手をさせているうちに掴めてきました。
女好きは本能に正直が故。他人を本気で案じられる性格は……勇者の血統だから(「子供は伝説の勇者になる」の記載より)。
冒険譚には勇者の存在が不可欠。ちょうど賢者もいる事だし、ここはいっちょコテコテの王道ファンタジーにしてしまおう。
そうです。魔王を倒す5人の冒険譚はルカインのプロフから思いついたんです。
勇者に賢者、僧侶に戦士、魔法使い。他はキリが無いので5人に絞り、五つの要(かなめ)という意味で勝手に「五要」と名付け。
(ほんとの五要はもっと生物学的・観念的意味のある言葉)
じゃあ魔王は? いきなりどっかから出現させる?
そう思いつつ過去スレ読み返して、そういや居るじゃないですか。イルマ嬢が訳もなく攻撃したあの青年が。
イルマが「あの人、目がやばかった」と賢者に零す。赤眼=ヤバい=魔王の化身
ってわけで、勝手にグレイヴを魔王筋にしてしまいました。
そんなこんなで……考えてそうで全然考えてないシャドウのミスのせいで魔王(精神体)復活。
つられて復活した八大魔将の一人フェリリルと期せずしてタイマン張ることになったルカインであります。
ルカインに成り切るのは案外楽しかったですね。人間には絶対に敵わないはずのフェリリルに啖呵切っての先制攻撃。
世知辛い世を思いのまま生きたであろう彼ならそうすると思いました。祖父ホンダに師剣を託し、自らは道化を演じ命を落とす。
それも勇者の血筋故。他キャラを死なせるのはちょっと胸が痛みましたが――生かしきれたかな? 

【ベリル(ベリル・メンヌハ)】
こちらも読者様提供NPC。無類の男好き。酒も好きな錬金術師。身長186cmのナイスバディ。胸はなんとFカップ(推定)。
「ロールによっては死亡しても構いません」なんて言ってくれてましたが……出来ませんて。女は殴れねぇ!
当初は五要の一人、「魔法使い」にしようと目論んでたんですが、ルカインと一子もうける事になり止むなく戦線離脱。
とにかく彼女にはお世話になりました。女っけの無い要塞の華となってくれました。それなのに。
ミアプラキドスに「子が宿ってる」だの、ルークの「こんなポロっと行きそうな服着て!」だの……
すみません。デリカシーの無い男どもで。第3章があれば準主役の位置に居たことでしょう。

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