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ロスト・スペラー 15

1 :創る名無しに見る名無し:2016/11/26(土) 18:12:27.38 ID:p2blf4eR.net
1日3レス3KB

過去スレ
ロスト・スペラー 14
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
ロスト・スペラー 13
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
ロスト・スペラー 12
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
ロスト・スペラー 11
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
ロスト・スペラー 10
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :創る名無しに見る名無し:2016/11/26(土) 18:13:32.30 ID:p2blf4eR.net
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :創る名無しに見る名無し:2016/11/26(土) 18:14:23.46 ID:p2blf4eR.net
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :創る名無しに見る名無し:2016/11/26(土) 18:14:58.89 ID:p2blf4eR.net
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
規制された時は裏2ちゃんねるで遊んでいるかも知れませんが、最近あっちは不安定なので、
どこか別の場所に移るかも知れません。
そろそろ仮の住まいではなく、自分の城を持とうかなと考える今日この頃。

5 :創る名無しに見る名無し:2016/11/27(日) 06:57:55.79 ID:7RAoP0+b.net
おおーっ、城に期待

6 :創る名無しに見る名無し:2016/11/27(日) 19:05:38.09 ID:QIJB1BYA.net
逆襲の外道魔法使い編


時は魔法暦520年。
共通魔法を中心とした現在の魔法秩序の破壊を目論む、外道魔法使いの集団が現れる。
その名は『反逆同盟<レバルズ・クラン>』。
種族流派門閥血統を問わず、共通魔法社会に反逆する者の集まり。
同盟を率いるは「マトラ」と名乗る謎の女。
彼女は再び魔法大戦を引き起こそうと言うのか……。
魔法秩序の番人である「魔導師会」、その最高指導者である「八導師」は反逆同盟の存在を、
早期に認知して、社会不安を抑える為、極秘裏に親衛隊に特命を下した。

 「反逆同盟を止めよ」

人知れず闇で繰り広げられる魔導師会と反逆同盟の戦い。
共通魔法使い側にも、外道魔法使い側にも、それぞれに敵、味方、そして中立の存在がある。
共通魔法使いでありながら、反逆同盟に加担する者があれば、その逆も亦然り。
斯くして戦乱の予感は益々深まるのであった。

7 :創る名無しに見る名無し:2016/11/27(日) 19:08:57.99 ID:QIJB1BYA.net
反逆同盟と戦う者は、3つに分けられる。
1つは、八導師親衛隊や執行者、処刑人、その他、魔導師会に所属する魔導師達。
もう1つは、魔導師会に協力する外道魔法使い達。
そして最後の1つは、魔導師会を頼らず、独自に戦う者達。

8 :創る名無しに見る名無し:2016/11/27(日) 19:10:56.37 ID:QIJB1BYA.net
旅商の男ワーロック・アイスロンと、その養娘リベラ・エルバ・アイスロンも、失踪した家族――
ワーロックの息子にして、リベラの義弟、ラントロック・アイスロンの行方を追う内に、
反逆同盟との戦いに巻き込まれて行く。

9 :創る名無しに見る名無し:2016/11/27(日) 19:18:15.32 ID:QIJB1BYA.net
反逆同盟のメンバー達


マトラ

『同盟<クラン>』の長。
黒髪を長く伸ばし、黒衣を纏った、青肌の女。
影を操る能力を持ち、影を捉えて人の動きを封じたり、影の魔物を生み出して従えたり出来る。
物理を無視して影から影へ移動し、更には夢の世界にも干渉が可能。
その正体は悪魔公爵ルヴィエラ・プリマヴェーラ。
同盟を軍隊の様に指揮する事はせず、同じ悪魔や自らが生み出した配下を除いた、
全てのメンバーを対等な存在として扱い、好き勝手に行動させている。
仲間を増やす事には熱心だが、統率しようと言う気は無いらしい。


ディスクリム

マトラによって生み出された、高度な知能を持つ影の魔物で、彼女の忠実な下僕。
実体を持たない影の塊で、性別も無い。
その能力はマトラの劣化でありながら、十分に強力。
マトラの指示には盲目的に服従する。
強い明かりが苦手だが、それだけで倒される程、弱くはない。

10 :創る名無しに見る名無し:2016/11/28(月) 20:10:47.68 ID:YUII5dLh.net
フェレトリ・カトー・プラーカ

青い短髪で、青白い肌の吸血鬼の女。
血液によって自らの肉体を維持している、悪魔伯爵。
自らの肉体を液化させたり、霧化させたり出来る。
血を奪った相手に変身する事も可能で、更には血液から従僕を生み出したりもする。
人間の血を好み、獣の血は「汚らわしい」と嫌う。
太陽に弱く、日中は外で活動出来ない。
月明かりや星明かりにも、少し弱い。
普段は地下室の棺に引き篭もっている。
性格も根暗で、悪魔以外の同盟のメンバーとは殆ど話さない。


サタナルキクリティア

金髪の小娘の姿をした、悪魔子爵。
マトラやフェレトリに比べると肌の色は明るく、一見人間らしい容貌だが、目だけは違う。
山羊の様な横長の瞳と、真っ黒な強膜を持つ。
階級を重視する悪魔には、珍しく小生意気な性格で、格上のフェレトリを揶揄ったり、
反発したりするばかりか、マトラにも甘えながら馴れ馴れしい口を利く。
基本的に誰に対しても、そんな感じで真面に経緯を払わない。
本性は残虐で、怒ると額から2本の角が生える。
普段は隠しているが、牙と爪を伸ばし、角と尻尾と翼を生やした、典型的な悪魔の姿をしている。
「サタン」+「アーク」+「クリティック」で、悪魔大審判の意。

11 :創る名無しに見る名無し:2016/11/28(月) 20:14:19.75 ID:YUII5dLh.net
アダマスゼロット

赤銀の肌を持つ、巨人魔法使いの巨漢。
旧世界の人類(巨人)の生き残りで、現人類に強い恨みを持つ。
衰えて尚強大な魔法資質で、力押しの戦いを得意とする。
同盟の中でも抜きん出た実力を持っており、己より劣る他の全て見下す。
孤独主義者でもあり、マトラを協力者とは認めているが、同盟自体に帰属意識は無く、
同盟のメンバーにも仲間意識は無い。
旧世界終焉の原因となった悪魔は本来嫌悪の対象である。

12 :創る名無しに見る名無し:2016/11/28(月) 20:19:37.31 ID:YUII5dLh.net
ニージェルクローム・カペロドラークォ

黒髪、赤眼、黒灰色の肌の暗黒魔法使いの若者。
己を旧暦の黒竜の生まれ変わりと信じており、暗黒儀式によって実際に竜を宿してしまった。
名前は当然偽名。
己の中に眠る強大な竜の力を引き出す為に、暗黒儀式の研究をしており、その結果、
自然と暗黒魔法に詳しくなった。
その為、暗黒魔法の知識には偏りがある。
主に「力の召喚」と「調和」の魔法を得意とする。
友達が欲しい。


ビュードリュオン・ブレクスグ・ウィギーブランゴ

若者の姿をした暗黒魔法使い。
灰色の髪と緑色の目を持ち、ニージェルクローム程は人間離れしていない。
純粋な知識欲で暗黒魔法を極める事を目的としており、共通魔法社会を疎ましく思っている物の、
積極的に攻撃する程の敵意は持っていない。
だからと言って、攻撃を躊躇いはせず、実験の名目で様々な悪事を働く。
独りで黙々と研究を続ける性質で、他の事に時間を割きたがらない。
人付き合いも苦手。
同じ暗黒魔法使いと言う事で、よく他者からニージェルクロームと二個一扱いされるのを、
不満に思っている。
実年齢は外貌より高いが、流石に百年単位の長生きはしておらず、達観していない。

13 :創る名無しに見る名無し:2016/11/28(月) 20:23:22.35 ID:YUII5dLh.net
バレネス・リタ

石化の魔眼を持つ、石の魔法使い。
石の性質を持ち、灰色の肌は冷たく硬い。
髪も瞳も石色。
基本的に不死で、肌を切られても流血せず、欠損を砂礫で補える。
石や砂、土から単純な働きをする人形を作る事も出来る。
子供好きだが、子供を産めない宿命にある。
その代替か、愛玩用の石人形を作って、可愛がる一面も。
魔眼を持つ為に人を避けるが、人間嫌いと言う訳ではなく、結構な世話焼き。
体重が重いのを気にしている。
水に沈む為に泳げないが、溺れないので余り関係無い。


チカ・キララ・リリン

数百年の時を生きる、奇跡の魔法使い。
赤い魔法色素を持ち、髪を長く伸ばしている。
元は外道魔法使い狩りの時代の人間で、迫害された過去から共通魔法使いに激しい憎しみを抱く。
母に連れられ、外道魔法使い狩りから逃れて、禁断の地で育った。
アラ・マハラータ・マハマハリトの弟子だったが、共通魔法使いに復讐する為に、禁断の地を出る。
その後は憎しみの儘に悪事を重ね、『解放者<リバレーター>』事件にも関与。
マトラに反逆同盟への参加を呼び掛けられた際には、躊躇い無く飛び付いた。
マトラに服従してはいないが、仲間意識が強く、同盟のメンバーを自主的に助けたりもする。
憎しみから邪精化が進行しており、愛鳥のチッチュを失って、愈々歯止めが効かなくなっている。


ジャヴァニ・ダールミカ

予言書マスター・ノートを持つ、朽葉色の髪の女。
予知魔法使いとして反逆同盟に加わった。
フェレトリと同じく引き篭もり勝ちで、滅多に人前に姿を現さない。
偶にマトラと連絡を取り合う程度。
身体能力は普通、魔法資質も然程ではなく、マスター・ノート以外の能力も不明。
謎の多い人物。

14 :創る名無しに見る名無し:2016/11/29(火) 19:42:40.79 ID:G0x2Bob0.net
ゲヴェールト・シュトルツ・ブルーティクライト

血の魔法使いの青年。
長身で痩躯、青い瞳を持つ。
自らの血を他者に与える事で、その者を操る事が出来る。
自身の内に偉大なる祖先、『大<グロス>』ブルーティクライトを宿しており、その傀儡として行動する。
二重人格とは異なり、魔法資質と魂が2人分ある。
大ブルーティクライトの魔法資質はゲヴェールトを大きく上回っており、両者の関係は一方的。
祖先の精神が表出している時、ゲヴェールトは負荷に耐え切れず、大抵気を失っている。
フリンク、アインファッハ、クルークと言う名の3匹の魔犬を従えている。
本人に野心は無いが、大ブルーティクライトの命令には逆らえない。
その目的は領地と領民を獲得して、自分が支配する「国」を作る事。


シュバト

呪詛魔法使いの男。
強い恨みに引き寄せられ、その恨みを晴らす為には、相手が誰でも協力する、最も危険な人物。
呪詛魔法使いとして「完成」する事を望んでいる。
それは呪詛を受容して、復讐を遂行する怨念の塊となる事。
旧い魔法使いにしては若いが、既に肉体、精神、生命への執着が希薄になっており、
魔法使いとしての完成形に近付いている。
その証拠に死や苦痛に対する恐怖が無く、寧ろ望む様ですらある。
魔法色素の黒化も著しく、丸で闇を纏う様。
シュバトは仮の名前で、自らの本名は疾うに捨てている。
実在さえも希薄化しており、神出鬼没。
仮に同盟のメンバーが死亡しても、彼が無念を受け継ぎ、恐るべき手段で代行するだろう。

15 :創る名無しに見る名無し:2016/11/30(水) 19:08:37.95 ID:jSzI7kIH.net
フェミサイド

元共通魔法使いの男。
普段は仮面で顔の鼻から上を隠している。
思春期に母の不実、父の失踪を経験し、反社会的性格に変貌した。
「信頼を裏切られた」と言う思いから、特に女性に対する恨みが強い。
あらゆる不貞を憎悪するだけでなく、子供を不幸にする者に対しては、男女に拘らず、
殺意を剥き出しにする。
特に自らの過去を思い出させる様な者には、容赦が無い。
魔法資質は高くも低くもない程度だったが、その憎悪が呪いの力を呼び寄せた。
しかし、呪詛魔法使いになれる程、純粋ではなく、彼は彼の意志で殺人を実行する。
共通魔法と呪詛魔法が混ざった、しかし、どちらの魔法とも付かない、独自色の強い奇妙な、
憎悪の魔法を使う。
己の魔法の本質に関しては無知で、興味も持たない。
相反する「魔法」の影響で、肌や髪は脱色して行くが、逆に魔法色素は呪詛で黒化して行く。


バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロック

禁断の地で生まれ育った、魅了の魔法使いの少年。
無能の父に反感を抱いており、母の死を切っ掛けに、独り実家を飛び出した。
父方の姓である「アイスロン」は頑なに名乗らない。
母から受け継いだ恐るべき魅了の魔法と、母よりは劣る物の十分な魔法資質を備えている。
マトラに依頼されてB3Fを率いる、同盟の中でも特殊な立場にある。
魔法色素は七色に変色し、容姿は平均的ながら、見る者の好みを反映して、
時々で別人の様に印象を変える。
母との絆である自らの能力を、「人を操る禁忌の魔法」として抑圧して来た父への恨みは深く、
それを共通魔法社会にも向ける。
しかし、大逸れた真似が出来る度胸は無く、同盟の仲間に言われるが儘の事が多い。
社会を恨んでいるが、進んで悪を為す事は出来ない、己の小心な気質を自覚して嫌っている。

16 :創る名無しに見る名無し:2016/11/30(水) 19:11:04.12 ID:jSzI7kIH.net
ネーラ

B3F(Beast, Bird, Bug and Fish)の「Fish」にしてリーダー。
巨大な怪魚の本性を持つ『人魚<プサリアントロポス>』の女。
魔法使いではなく、魔物に属する。
B3Fでは魔法資質が最も高く、霧を呼んだり、水を自在に操ったり、水から水へと瞬間移動したりと、
能力は応用が利き、魔法使いにも引けを取らない。
水中では無類の強さを誇るが、陸上活動は苦手。
リーダーだけあって、それなりに知恵も働くが、故に慎重で知識や理論が先行し勝ち。
その為、大人しく見えるが、本性は残虐。
獲物を水中に引き込み、溺死させて食べる。
人魚形態と怪魚形態が基本で、人の姿にも一応変身は出来るが、短い時間しか保てない。
歩行も苦手。
旧暦から生きており、魔法使いの知り合いも、それなりに居る。
当時の名はネーラ・リュマトーナ。
ラントロックに魅了されている。
卵胎生。


フテラ

B3Fの「Bird」にしてサブリーダー。
巨大な怪鳥の本性を持つ『鳥人<プリアントロポス>』の女。
彼女もネーラと同じく、魔物に属する。
屍食鳥の一が、魔性を得た物。
人間形態、半人半鳥形態、怪鳥形態の3形態があり、半人半鳥と怪鳥の姿では飛翔と飛行が可能。
呪いの声を持ち、金縛り、失声、失明、失聴と言った、重要器官の不調を引き起こす。
呪歌も得意で、声真似で魔法の詠唱もする。
猛禽の瞳にも魔性があり、精神の弱い者を失神させられる。
人肉、特に女を好んで食らっていた。
旧暦ではハルピュイア・エピレクティカと言う名で恐れられていた。
ネーラとは旧知だが、仲は余り良くない。
意地が悪く、野心的、挑発的な性格。
ネーラ以外のB3Fのメンバーを下に見ているが、そんなに頭が良い訳ではない。
今は人肉を食べられない呪いを掛けられており、捕食目的で人を襲う事は無い。
狭い所が嫌い。
ラントロックに魅了されている。
卵生。

17 :創る名無しに見る名無し:2016/11/30(水) 19:14:36.27 ID:jSzI7kIH.net
テリア

B3Fの「Beast」。
凶悪な猛獣の本性を持つ『獣人<シリアントロポス>』の女。
猫でも犬でもない奇怪な魔獣。
人間形態、獣人形態、魔獣形態の3形態があり、人の姿では思考能力が、獣の姿では身体能力が、
それぞれ向上する。
しかし、それでも余り頭は良くならない。
そもそも思索が苦手で、野性的な本能に従って行動するので、考えるより先に体が動く。
時々妙に勘を働かせる事も。
B3Fで最強の身体能力を持ち、腕力、脚力、どれを取っても負けない。
人間形態でも素手で人体を分解し、その咬合力は骨を砕く。
敏捷性は常人の目では追えない程。
更に、魅了や金縛りの効果がある、金に輝く魔性の瞳を持つ。
咆哮には精神恐慌を引き起こす力がある。
これだけの能力を持ちながら、空中戦を得意とするフテラに完封される。
頭が良くない事を自覚しているが、B3Fでは自分が最強だと思い込んでいる自惚れ屋。
ネーラやフテラにも、地上戦なら負けないと信じている。
趣味は狩りで、追跡が得意。
背を向けて逃げる物を追わずには居られない。
ラントロックに魅了されている。


スフィカ

B3Fの「Bug」。
巨大な蜂の本性を持つ、『昆虫人<エントマントロポス>』の女。
B3Fでは唯一、完全な人間の姿になれない。
人型形態、昆虫人形態、昆虫形態の3形態を持つ。
人型形態は「蛹」に近く、最も人間らしく見えるが、目は複眼で、触角や羽が生えている。
人の様な皮を被っている状態。
昆虫人形態では、尻尾(正確には腹部)が大きくなり、4本腕になると同時に、体節が露になる。
昆虫形態は狩人蜂の姿。
腹部の先端に麻痺の毒針を持つ他、牙にも同類の毒を持つ。
大顎を鳴らしたり、翅を振動させたりする事で、独自の魔法を使う。
小さな虫を操ったり、音波攻撃を仕掛けたりと、意外に多芸。
寡黙で余り自己主張しない為に目立たないが、実は頭が良くない。
趣味は土弄り。
程好く粘り気がある土を好み、棲む訳でもない家や、意味不明なオブジェを量産する。
ラントロックに魅了されている。

18 :創る名無しに見る名無し:2016/11/30(水) 19:19:47.88 ID:jSzI7kIH.net
ヘルザ・ティンバー

共通魔法使いの両親を持つ少女。
一般的な共通魔法使いの家に生まれるが、隔世遺伝により外道魔法の素質が目覚め掛けており、
その為に共通魔法社会とは相容れないと感じ始めていた。
そこでマトラに誘われ、同盟に加入する。
ラントロックに親近感を持ち、初めての共通魔法使いではない友達として、彼と接する。
ラントロックも年齢の近いヘルザに親しみを感じており、故に彼女はB3Fに密かに敵視されている。
共通魔法社会を嫌ってはいるが、「破壊したい」とまでは考えておらず、戦闘や工作には参加しない。
未だ自分の魔法が判明していない状態で、どんな魔法使いになるのか不安がっている。


他の人物は登場してから追記します。

19 :創る名無しに見る名無し:2016/12/01(木) 19:23:05.35 ID:k2miNyQS.net
葬儀屋


唯一大陸の「葬儀」


唯一大陸では葬儀は公的な支援を受けられる。
人の宿命として避け得ぬ生老病死は、共同で支えるべきと言う価値観である。
葬儀に参加する者は、これも結婚と同じく多ければ多い程、良とされ、大した義理や縁が無くとも、
取り敢えず通り掛かれば、一花を献じる物だ。
その礼として、団子や饅頭、麺麭、煎餅が配られるだろう。
それぞれ「葬式団子」や「葬式饅頭」等と呼ばれ、葬儀後に直ぐ食べてしまう物とされる。
長らく手元にあると、縁起が悪いそうだ。
唯一大陸には墓地が余り無い。
それは風葬や水葬が多い為である。
土葬の風習があったのは、ブリンガー地方とティナー地方、ボルガ地方のみ。
グラマー地方では焼却後に砂漠に遺灰を撒くか、焼かずに砂漠に放置して鳥葬にする。
エグゼラ地方では食べてしまうか、雪原に放置して獣の餌に。
カターナ地方では川や海に流す。
現在は衛生上、必ず「焼却」の過程を挟む。
共通魔法の発達で、灰も残さずに完全焼却する事も出来る様になった。
ブリンガー、ティナー、ボルガでは、火葬後に土葬するのが普通だが、墓を建てず、
焼却して灰を共同埋葬所に捨てたり、完全焼却する所も増えている。

20 :創る名無しに見る名無し:2016/12/01(木) 19:40:26.77 ID:k2miNyQS.net
人々の「死体」に対する関心が薄くなったのは、共通魔法が影響している。
大陸全体で魔法資質の優劣が、肉体の強弱より重要とされる向きがあり、
肉体と魂は別物と言う考えが強い。
「精神の保存」と言う共通魔法もあり、魂の宿らない死体は軽視されるのだ。
この「精神保存魔法」には、曰くがある。
精神保存魔法は死後に自分の意思を伝える為の、「遺言の魔法」が元になっている。
これが特定の条件で、精神保存魔法に変化する事が、魔法暦300年頃に判明した。
正式名称は「残留思念の働きで擬似霊体が発生する魔法」。
遺言の魔法を使った積もりが、精神保存魔法になって、死後も擬似霊体が残るのだ。
擬似霊体は家鳴りや悪寒と言った霊障を起こしたり、生きている人間に囁きや接触をする。
それまでは「幽霊」の仕業とされていた事に、説明が付いた瞬間であった。
遺言の魔法は、魔法に自分の意思を記録する事で、簡易な分身を生み出す。
この魔法が「偶然」、魔法生命体になる事で、分身が自我を持って動く。
変化する条件は明らかにされていない。
意図的に魔法生命体を造らせない為である。
噂や迷信の中に、それらしい物は見られるが、成功したと言う話は中々聞かない。
遺言の魔法は、遺族が内容を確認したら、消去する事になっている。
死者が何時までも生きていては、困る人が多いのだ。

21 :創る名無しに見る名無し:2016/12/01(木) 19:41:43.35 ID:k2miNyQS.net
葬儀に関する一連の様式は以下の通り。

1、医師や救急隊員、警察官等に、死亡が確認される。
  明らかに蘇生不能な状態(遺体が腐敗している、原型を留めていない等)を除き、
  素人判断で死亡を決め付けては行けない。
2、葬儀屋を呼ぶ。
  葬儀屋が最終的に死亡を確認する。
3、葬儀屋が遺体の保存と、遺言の確認を行う。
  祓い(後述)も葬儀屋が行う。
  但し、遺言の確認は葬儀屋が行うとは限らない。
  身内だけで済ませる場合や、代論士が仕切る場合もある。
4、葬儀屋と遺族で葬儀の様式や規模、段取りを決める。
  大抵は葬儀屋に一任される。
5、告別式。
  省略される場合もある。
  大抵は式場を借りるか、そうでなければ自宅で行う。
6、葬儀。
  遺体を処分する。
  殆どの場合、火葬場で遺体を灰化するまで完全に焼却する。
  その後に、埋葬したり、風葬したり、水葬したりするのが一般的。
  移動は葬儀屋の先導で葬列を組む。

22 :創る名無しに見る名無し:2016/12/02(金) 19:18:35.07 ID:xCo2r9YH.net
祓いとは、死者の未練や怨念を取り除く事である。
具体的には、遺言の魔法の消去や、自然発生してしまった擬似霊体の処分を指す。
葬儀屋の果たす役割は大きく、その性質上、特別な資格が要る。
祓いを実行出来るだけの魔法知識は勿論、遺言の有効無効を判断する法律知識に、
遺族と問題を起こさない様にする、更には遺族間の問題をも収められるコミュニケーション能力、
糅てて加えて数ある葬儀の知識も求められる。
一人が全ての能力を備えている必要は無いが、専門知識を有する集団でなければならない。
地味で暗いイメージとは裏腹に、葬儀屋の実態は高度な技能を持つエリートなのだ。
扱いは公務員に準じ、相応に給料も高い。

23 :創る名無しに見る名無し:2016/12/02(金) 19:20:06.22 ID:xCo2r9YH.net
葬儀の様式は地方で大きな差がある。
グラマー地方やブリンガー地方、エグゼラ地方では、静かに身内だけで済ませる事が多い。
逆に、ボルガ地方やカターナ地方では祝祭事の如く、大騒ぎをする。
ティナー地方は沁(し)めやかに行うか、賑やかに行うか、両極端である。
古くからの住民は賑やかに行うが、グラマー、ブリンガー、エグゼラからの移民は騒ぎ立てない。
余り喧しくしないのが上品と言われるが、一方で陰気で宜しくないと言う意見もあり、
多くの地方民が紛れて暮らす都市部では、これが諍いの元になったりする。
そこを取り纏めるのも、葬儀屋の仕事である。
稀ではあるが、旧暦の「死と終焉の神」であるアンティス、或いは類似した死の神を祀る地域もあり、
細かい様式まで全て知っている葬儀屋は少ない。

24 :創る名無しに見る名無し:2016/12/02(金) 19:23:56.91 ID:xCo2r9YH.net
葬儀屋は公的な職業として無くてはならない物だが、葬儀屋抜きでも葬儀は行える。
死亡に関して不審な所が無いと公に認められた上で、役所に死亡届を提出していれば、
遺体の処分方法は「違法でない限り」自由である。
不法な処分方法、例えば不法な遺棄、事件の証拠隠滅、売買は許されない。
「遺体を食べる」行為に就いても、都市法で禁じている所もある。
自由とは言っても、遺体には法的所有者があり、多くの都市法では遺族の物と決められているが、
だからと言って、遺族の自由に出来る物ではない。
尊重すべき人格や意思は死後も認められているのだ。
但し、現在では衛生上「遺体の焼却」は絶対条件に等しく、「火葬せずに土葬して欲しい」は、
先ず通じない。
どうしても焼却は嫌だと言うのであれば、滅菌処理後に風化の魔法で「燃やさず骨にする」。
勿論、費用は割高。
葬儀屋が関わると、高確率で「遺言による無理な要求」は棄却され、葬儀は無難な物になる。
その為、葬儀屋を利用しない者も少なからず居る。
葬儀屋を利用しない場合の欠点は、葬儀の費用が高くなり勝ちな所、葬儀に関する訴訟で、
不利になり易い所。
身元不明、或いは、葬儀を行う親族が居ない遺体は、葬儀屋が簡易な葬儀を行い、
遺体の処分を代行する。

25 :創る名無しに見る名無し:2016/12/02(金) 19:25:58.66 ID:xCo2r9YH.net
精神保存魔法に関する問題に就いて。
挙げれば限が無いが、代表的な物を言う。
先ず、当人が未だ生きているのに発動してしまう場合。
本人と分身が並ぶ様は、傍から見ると滑稽だが、笑い事では済まない。
強い無念や憎悪の所為で、悪霊化する場合もある。
人間は年を取ると思い込みが激しくなるので、誤解や擦れ違いから、一方的に恨まれる事も。
当人が家族に恨みを持っていなくとも、余所から悪感情を拾って来るかも知れない。
逆に、恨みを込めた筈が、善良な物になるかも知れないが……。
遺言の魔法が変質した精神保存魔法は、基本的に「失敗の産物」である。
狙い通りの性質を持った擬似霊体を生み出す事は、不可能と思って良い。
自我が目覚めると言っても、偶然に生まれた不完全な物では、思考も真面に出来ないのだ。
多くの物は同じ言葉や行動を繰り返し、無闇に暴れ回る。
単一の感情に囚われており、改心や更生を望んではならない。
間違えてはならないのは、どんなに生前の人格に酷似していても、擬似霊体は所詮「擬似」で、
本人ではない事。
消去を躊躇ってはならない。

26 :創る名無しに見る名無し:2016/12/02(金) 19:29:37.57 ID:xCo2r9YH.net
この擬似霊体の処分――「祓い」も、葬儀屋以外が実行する事がある。
祓いを行う闇業者を、「祓い師」、又は「祓い屋」と呼ぶ。
遺族が故人に恨まれていた場合、醜聞が広まる事を恐れて、闇業者を利用する場合がある。
しかし、これは間違った判断である。
葬儀屋は醜聞の類には慣れている。
守秘義務もあり、犯罪に関わっているのでなければ、他言される事は無い。
寧ろ、闇業者の方が守秘義務を守らない。
そればかりか、依頼者を脅迫する事もある。
精神保存魔法で生まれた擬似霊体が、本当の事を言うとは限らないと、葬儀屋ならば知っている。
闇業者を利用して費用が割高程度で済むなら良い方で、法外な金額を請求する悪質な物も多い。
態々闇業者を利用すると言う事は、後ろ暗い所があると白状しているも同然。
疚しい事が無ければ、素直に葬儀屋を呼ぼう。

27 :創る名無しに見る名無し:2016/12/03(土) 19:06:23.63 ID:Cz21m1r0.net
残酷な悪魔達の宴


ボルガ地方の小村ビショーにて


その日、ボルガ地方の小村に、村全体を丸々覆い尽くす巨城が忽然と出現した。
「アールチ・ヴェール」――悪魔公爵ルヴィエラ・プリマヴェーラが、母から受け継いだ魔城。
無限の魔力をデーモテールから供給する、不落の城である。
白昼堂々、唯一大陸を守護する共通魔法の結界も意に介さぬ、不敵な無法振り。
幾つもの尖塔が聳え立つ攻撃的な形状と、明滅を繰り返しながら不安定に変色する城壁は、
如何にも「異質」で「邪悪」。
魔城が放つ混沌の波動は、周辺の町村にも影響を及ぼし、住民の精神を不安定にした。
即刻、この状況は魔導師会の知る所となったが、果たして魔導師に解決出来る物だろうか?
これまでの共通魔法社会では全く考えられなかった怪事に、人々は唯々不安がり、怯えた。

28 :創る名無しに見る名無し:2016/12/03(土) 19:06:50.50 ID:Cz21m1r0.net
魔城の主ルヴィエラ・プリマヴェーラは、「マトラ」と言う名で『反逆同盟<レバルズ・クラン>』を創設した。
反逆同盟は、共通魔法社会に恨みを持つ者、共通魔法社会を破壊したい者の集まりである。
彼女は現状に不満を持つ者達の旗頭として立ったが、その真意は知れない……。

29 :創る名無しに見る名無し:2016/12/03(土) 19:09:08.41 ID:Cz21m1r0.net
マトラはファイセアルスに顕現した魔城に、同盟のメンバーを数名招いた。
悪魔伯爵の吸血鬼フェレトリ、悪魔子爵サタナルキクリティア、奇跡の魔法使いチカ、
血の魔法使いゲヴェールト、暗黒魔法使いニージェルクローム。

 「ようこそ我が魔城へ、同志諸君。
  気分は如何かな?」

マトラの問い掛けに、フェレトリとサタナルキクリティアは畏敬と感嘆の色を露にして、
好意的な返答をする。

 「力が漲る……。
  素晴らしい。
  久しく忘れていた感覚である。
  正に公爵級に相応しい『魔城』と言えよう」

 「とても良い気分。
  地上とは全然違う。
  公爵様様だね。
  ここを新しい拠点にするの?」

悪魔達には居心地の良い所なのだろう。
城を覆う結界が自然法則をも歪めている。
ここは地上の異界、魔法の世界。
陽光の代わりに、明るくも暗くも無い、混沌の光が満ちる。
懐かしいデーモテールの魔力に、2体は陶酔している。

30 :創る名無しに見る名無し:2016/12/03(土) 19:10:59.69 ID:Cz21m1r0.net
マトラはサタナルキクリティアへの回答を一先ず置いて、他のメンバーにも問い掛けた。

 「君達も今の気分を教えてくれないか?
  居心地は良い、それとも悪い?」

ゲヴェールトは城内を見回した後に答える。

 「懐かしいな。
  しかし、人間には居辛いだろう。
  私は何とか自我を保てるが……」

そう言いつつ、彼はチカとニージェルクロームを顧みた。
チカは強張った表情で、無言を貫いている。
それは体調面の不良と言うより、感情面の不良が原因に見える。
ニージェルクロームの方は呼吸を荒げて、頻繁に瞬きをし、時々胸を押さえている。
明らかに身体か精神、或いは両方に異常が起きている。
マトラは心配して声を掛けた。

 「ニージェルクローム、大丈夫か?」

 「竜が目覚める……。
  体が破裂しそうだ。
  ぐぐぐぐ……」

 「ここで暴れられても困るな。
  ディスクリム、来い」

混沌の波動を受けて、力を制御し切れなくなっているニージェルクロームを介抱させるべく、
彼女は下僕のディスクリムを召喚する。
マトラの足元から登場したディスクリムは、静かに彼女に対して頭を垂れた。

 「お呼びでしょうか?」

 「ニージェルクロームは気分が優れない様だ。
  地下で休ませてやってくれ」

 「承りました。
  皆様、失礼します。
  参りましょう、ニージェルクローム殿」

ディスクリムはニージェルクロームに近付くと、液体の様に彼に覆い被さり、その儘、床に溶け込んで、
諸共に姿を消した。

31 :創る名無しに見る名無し:2016/12/04(日) 18:13:15.53 ID:rOPwsHFQ.net
マトラは悩まし気に額を押さえる。

 「やはり、精神が人間に近い者には合わないか……。
  拠点にするには一工夫必要な様だ。
  チカ、君も苦しいなら素直に言ってくれ」

 「配慮は不要」

彼女は改めてチカの意見を伺ったが、返事は連れ無い物だった。

 「何とも無いなら良いが……」

マトラは小さく溜め息を吐いた後、メンバー全員に言う。

 「領内に取り込んだ村民の処遇は、君達に任せる。
  好きにし給え」

それを聞いて、先ずフェレトリが反応した。

 「丁度、血が欲しかった所である。
  村一つ分もあれば、当分は困るまい。
  クリティア、手伝え」

本来の力を取り戻したフェレトリは、好い気になってサタナルキクリティアに命じる。
伯爵級の彼女は、サタナルキクリティアが敵う相手ではない。

 「はいはい。
  ……ったく、調子付いて」

不満気にサタナルキクリティアは零した。
そこへゲヴェールトも割り込む。

 「フェレトリよ、全滅はさせてくれるな。
  私も人間の配下が欲しかった所だ。
  山分けと行こうではないか」

 「山分けかえ……?
  ムムー、それならば、若い人間は我が頂こう」

フェレトリは渋りつつも条件付きで応じたが、彼は満足しない。

 「老人ばかり寄越されても困る。
  働き盛りの者を残してくれ」

 「取り敢えず、現物を見て決めようではないか」

人を人と思わない悪魔の遣り取りに、チカは無言で険しい顔をしていた。

32 :創る名無しに見る名無し:2016/12/04(日) 18:17:08.44 ID:rOPwsHFQ.net
魔導師会が執行者を派遣したのは、魔城の出現から半角後。
直ぐに、先遣隊がビショー村を取り囲む城壁に到着し、調査を始めた。
混沌の波動が齎す強烈な不快感に耐えながら、執行者達は城壁を越える手段を探す。

 「これは厳しいだろうなぁ……」

隊員達から報告が上がる前から、先遣隊の隊長は調査が難航すると予想していた。
共通魔法の発動が阻害されている上に、不快感が尋常ではない。
脳内で雑音が響いて、集中力が続かない。
気を張っていないと全身から力が抜けてしまいそう。
余り長居していると、発狂し兼ねない。
精神を蝕む仕掛けがあると、隊長は考えていた。
その予想通り、数点後に隊員達が次々と撤退を訴え始める。

 「隊長、もう無理です。
  離脱の許可を」

 「こちら、救助を頼みます。
  2名が金縛り状態。
  自分も長くは持ちません」

成果らしい成果を殆ど上げられない儘、先遣隊は混沌の波動が弱まる距離まで、
退かなければならなかった。
ある程度、具体的には1通程の距離を取っても、城から放たれる混沌の波動は強く、
結界を張らなければ休息も儘ならない。

 「とにかく応援を呼ばなければ。
  これでは調査所の話ではない」

そう呟いた隊長の表情には、焦りが窺えた。
これは一地方魔導師会の手に負える現象なのだろうか?
少なくとも、ボルガ魔導師会だけでは解決は不可能な様に思えてならなかった。

33 :創る名無しに見る名無し:2016/12/04(日) 18:24:28.85 ID:rOPwsHFQ.net
漸く真面に動ける人員が揃って、再び調査が開始される。
魔法資質が高い者で幾つかの小班を編成し、結界を張りながら城壁に沿って移動。
城壁を突破する方法を探す。
城壁は高さ1巨程度で、飛翔すれば侵入出来そうだが、探知魔法が使えないので、
中の状況が分からない。
内部は更に強力に共通魔法の発動が阻害されるだろう。
強引に突入しても、脱出が出来なければ無意味だ。
抜け穴の様な物は無く、正面の扉も開かない。
破壊も試みたが、城壁も城門も堅固で、共通魔法では傷一つ付けられなかった。
大破壊力の魔導機も効果が無い。
その様子を見ていた観測手が、考察を述べる。

 「城全体が強固な魔力結界に守られている。
  防護魔法が何重にも……。
  水面に穴を掘る様(※)だ」

魔法だけでなく、物理的な破壊も通じず、全員途方に暮れる。
先ず防護魔法を解除しなければ城壁に攻撃が届かないが、何重にも仕掛けられている上に、
1枚1枚壊している間に内側から新しい結界が張られて行く。

 「しかし、誰かが魔法を掛け直している気配は無い……。
  自動的に結界を修復する仕組みでもあるのか?
  何れにせよ、もっと強力な攻撃手段が必要だろう。
  何重もの結界を一度に破って、更に城壁自体も破壊するとなると……。
  C級禁呪が必要かもな」

調査隊は城の傍に固定結界を張り、攻略の拠点とした。


※:際限が無い事を喩えた諺。
  「沼に穴を掘る」、「海に穴を掘る」、「砂漠に穴を掘る」等、類似の諺がある。

34 :創る名無しに見る名無し:2016/12/05(月) 19:34:28.79 ID:/uRyc/mL.net
魔城の出現の情報は魔導師会本部にも伝わり、全ての魔導師を震撼させた。
それは八導師も例外ではなかった。
八導師達は緊急集会を開き、対応を協議する。

 「あの城は何なのだ?」

 「明らかにファイセアルスの物ではない。
  禁断の地を経ずに、あの様な物が出現するとは……」

その場に八導師ではない者が1人、長老達の疑問に答える。

 「あれは『アールチ・ヴェール』……。
  悪魔公爵の『魔城<ディアボカストール>』だ。
  ルヴィエラの奴、巨人魔法使いが倒されて、愈々本気になったか?」

『小賢人<リトル・セージ>』、レノック・ダッバーディー。
魔導師会に協力する外道魔法使い。
何時もは少年の姿をしている彼だが、今日は珍しく青年の姿を取っていた。

 「魔城?」

 「ああ、只の城じゃない。
  その内部は異空と繋がって、無限の魔力を供給する。
  城主の強大さに比例して守りも堅くなる、無敵の要塞だ」

 「攻め落とす手段は?」

 「外から攻め入る事は不可能と言われている。
  幾重にも張られた結界を破った者は、旧暦にも居なかった。
  確か、秘密の抜け道があった筈だが……」

 「だが?」

 「今は塞がれているかも知れない。
  仮に抜け道の存在を見落としていたとしても、共通魔法使いには無理だ。
  魔城は異空の混沌に染まった魔力に守られている。
  強力な結界を張らなければ、城内に満ちた魔力の瘴気に耐えられないだろうが、結界を張れば、
  潜入を感付かれる」

彼の話を聞けば聞く程、状況は絶望的に思われる。

 「では、為す術は無いと言うのか!」

驚愕と絶望と憤怒の篭もった声が上がると、レノックは真剣な表情で答えた。

 「僕に考えがある。
  何、いざとなれば、僕自ら乗り込むさ」

35 :創る名無しに見る名無し:2016/12/05(月) 19:38:07.75 ID:/uRyc/mL.net
しかし、八導師の表情は険しい。
レノックは戯(おど)けて見せる。

 「おっとっと……。
  僕は信用ならない?」

 「そうではない。
  君達だけに任せて、我々魔導師会が何もしないのは、如何な物かと思ってな」

 「気にする必要は無いよ。
  気持ちは解るけどね」

八導師は互いに見合い、内1人が頷いて立ち上がった。

 「いや、魔導師会の長、八導師として、この凶事を見過ごす訳には行かない。
  反逆同盟が関わっているなら、尚更だ。
  及ばずながら、八導師第2位、このアドラート・アーティフィクトールが同行しよう」

髪を剃った巨躯の老翁が堂々と名乗る。
八導師が自ら動くと宣言した事に、レノックは慌てた。

 「あの、止した方が……。
  年寄りの冷や水になるからさぁ……」

 「それを言うなら、君も結構な年寄りだろう。
  『目覚めた者』に年齢は関係無い。
  人の歴史を守る者として、悪魔達の横暴を許す訳には行かん」

乗り気でないレノックを、他の八導師も説得する。

 「我々の代表として、アドラートを連れて行ってくれ。
  八導師第2位の権限は役に立つだろう」

同行者が居ない方が気楽で良いとレノックは思っていたが、ここで意固地に拒んで、
変に勘繰られるのも好ましくないと考えて、仕方無く了承した。

 「分かった。
  とにかく急ごう、村人が心配だ」

36 :創る名無しに見る名無し:2016/12/05(月) 19:49:15.57 ID:/uRyc/mL.net
レノックとアドラートは転移魔法でボルガ地方まで飛んだ。
空間操作系の転移魔法は、D級禁断共通魔法として、一般には公開されていない物。
「生身の人間を飛ばす」転移魔法は、未だ完成していない。
別の移動手段を考えていたレノックは、八導師の魔法に衝撃を受ける。
八導師はレノックの想像よりも、遙かに人間離れしていた。
転移先は第五魔法都市ボルガの中央区、ボルガ魔導師会本部の地下に、極秘裏に設置された、
転移魔法陣。
2人はボルガ市からビショー村へ早馬で向かう。
道中、同じ方角に進む若い女性を発見したレノックは、急に馬を止めて声を掛けた。

 「そこの君!
  あぁ、やっぱり来ていたか!」

振り返った女性に、彼は緩くりと馬を寄せる。
アドラートは馬を止め、レノックに問う。

 「どうした、知り合いなのか?
  悪いが、今は話し込んでいる場合では――」

そう言い掛けて、彼は少女の容姿の異様さに目を見開く。
輝く様に真っ白な髪と肌と瞳。

 「そ、その姿は……!」

レノックはアドラートに向き直って尋ねた。

 「君も『彼女』を知っているのか?」

驚愕を露にアドラートは言う。

 「神王ジャッジャス!?」

白い女性は魔法大戦の神聖魔法使いジャッジャスと、よく似ていた。
容姿も雰囲気も……。

37 :創る名無しに見る名無し:2016/12/06(火) 19:27:37.37 ID:G2/cQJT4.net
彼女は微笑を湛えて答える。

 「いいえ、私の名前はクロテアです。
  貴方々は丁度良い所に通り掛かって下さいました。
  私達の目的は同じ様ですね。
  どうか私も貴方々と御相伴させて下さい」

レノックは快諾した。

 「良いとも。
  僕の前に乗ると良い」

クロテアは彼の馬を優しく撫でると、身軽に乗り上がる。

 「急ごう」

レノックはアドラートを顧みて言うと、馬の腹を軽く蹴って発進した。
アドラートも慌てて馬を走らせ、レノックの馬と並進する。

 「一体どう言う事か、説明してくれ。
  彼女は何者なのか?」

疑問を打付ける彼に、レノックは困った人だとでも言う様に小さく笑った。

 「聖君が現れる理由は知っているだろう?」

 「彼女は神聖魔法使いなのか?」

再度の疑問に、クロテアが答える。

 「私は神の使いです。
  今日、私は母を守る為、ここに赴きました」

 「母?
  あぁ、母星(ははほし)か……。
  悪魔を止めてくれるのだな?」

嘗て、魔法大戦では共通魔法使いと敵対した者が、共通の敵を前に味方に付いてくれる。
それをアドラートは心強く思った。

38 :創る名無しに見る名無し:2016/12/06(火) 19:29:20.87 ID:G2/cQJT4.net
神の加護を得た神聖魔法使いは無敵である。
最後の聖君ジャッジャス・クロトクウォース・アルセアルは、人々の祈りを失って死した。
神は魔法大戦では、直接手を下さなかった。
それは人々の心が聖君から離れ始めていた為だ。
神聖魔法使いの本来の役割は、人を正しく導く事と、神の法を守る事である。
悪魔が徒に地上の法を脅かそうとしているなら、戦わない理由は無い。
だが、クロテアは否定した。

 「いいえ、私には何も出来ません」

アドラートは懍慄して、冷や汗を掻く。

 「何故?」

 「貴方が誰より知っている筈です。
  神の庇下を離れた者が、神の救済を期待するのですか?」

 「それは……。
  しかし、今は!」

 「神は貴方々の選択を尊重します。
  貴方々は再び神の庇下に入る積もりは無いのでしょう?」

共通魔法使いは聖君の奇跡や救済に頼らず、人間の知恵と勇気によって新たな時代を築くと、
決意した。
今更、神の救済を期待するのは間違いであると、アドラート自身も理解している。
都合の好い時だけ、神を求める事は出来ない。

39 :創る名無しに見る名無し:2016/12/06(火) 19:30:53.17 ID:G2/cQJT4.net
2人の間の重苦しい空気を厭い、レノックが話に割って入った。

 「彼女は最悪の時の保険だと思えば良い。
  『天は自ら助くる者を助く』と言うじゃないか?
  先ずは人事を尽くそう」

 「……ああ、分かっている」

アドラートは気を取り直して頷く。
神聖魔法使いの登場は、元々期待していた物ではなかった。
落胆する事ではない。
馬は疾く駆け、1角と僅かでビショー村へと続く道の途中にある、検問所に着いた。
当然、見張り番が止めに駆け付ける。

 「待て、ここから先は通行止めだ!」

アドラートは騎乗した儘、懐から八導師の徽章を取り出して名乗った。

 「私は八導師第2位アドラート・アーティフィクトール。
  通して貰いたい」

見張りの執行者達は俄かに畏まる。

 「ネク・アドラート!
  お話は伺っております!
  そちらの2人は?」

 「『協力者』だ。
  通してくれるな?」

 「少々お待ち下さい。
  ネク・アドラート、徽章を確認します」

執行者達は念には念を入れて、徽章が偽造でない事と、アドラートが本物である事を、
共通魔法で確かめた。

40 :創る名無しに見る名無し:2016/12/06(火) 20:01:46.36 ID:q3yRMYGu.net
あげ

41 :創る名無しに見る名無し:2016/12/06(火) 23:14:59.76 ID:ZlRZIYcs.net
あげ

42 :創る名無しに見る名無し:2016/12/07(水) 19:43:39.58 ID:Pj6dHTnG.net
アドラートと徽章が本物に違い無い事を認めると、見張りの執行者達は道を開ける。

 「どうぞ、お通り下さい。
  今は統轄局の者が現場を指揮しています。
  詰め所まで案内の者を付けます」

 「いや、大丈夫だ」

 「そう仰らずに」

執行者は遠慮したアドラートに構わず、強引に馬に乗った案内人を付けた。

 「皆さん、こちらです。
  どうしました?」

断る暇を与えず、案内人は先に進んで待っている。

 「済まないが、少し付き合ってくれ」

アドラートはレノックとクロテアに謝ると、案内人の後に続いた。
ノレックも馬を進めて、詰め所に向かう。
数点で詰め所に着いた一行は、統轄局の司法次官と面会した。

 「失礼します、次官。
  八導師が、お見えです」

 「どうぞ」

難しい顔で悩んでいた次官は、どうも案内人の言葉を真面に聞いていなかった様で、
アドラート等を見て訝しんだ。

 「……この方々は?」

アドラートは苦笑いする。

 「随分、お疲れの様だね。
  こんな状況では仕方が無いのかも知れないが……」

そう言いつつ、彼は徽章を取り出して名乗る。

 「八導師、アドラート・アーティフィクトールだ」

43 :創る名無しに見る名無し:2016/12/07(水) 19:47:25.84 ID:Pj6dHTnG.net
 「あっ」

司法次官は小さく声を上げ、慌てて起立した。

 「失礼しました。
  これ程早く、お越しになられるとは思わず……。
  君、下がって」

 「はい、失礼しました」

彼は案内人を退室させる。

 「そう恐縮しなくても良い。
  気にしてはいない。
  それより、状況は?」

アドラートの問い掛けを受けて、次官は襟を正し、改めて窮状を訴える。

 「ボルガ魔導師会だけでは、どうにもなりません。
  謎の城の周囲には異常な魔力場があり、共通魔法を阻害する上に、人間の精神をも蝕みます。
  先ず、真面に動ける魔導師が少ないのです。
  村民の救出は疎か、城内の情報を得る事すら困難な有様。
  直ちに本部――統合刑事部の出動を要請したのですが……」

彼は暗に何故八導師が来るのかと言いた気だった。
今必要なのは、指揮権を委ねられる強い組織で、魔導師会の最高指導者ではないのだ。

 「城の中の者から声明はあったか?」

 「いいえ、何も……。
  正体不明です」

ボルガ魔導師会は相手が反逆同盟だと言う事も知らない様子。
アドラートは大きく頷いた。

 「分かった。
  統合刑事部の到着には、最短でも3日は掛かる。
  それまで城内に捕らわれた村民が、無事とは限らない」

「3日」と聞いて、司法次官は表情を曇らせた。
少なくとも、その間はボルガ魔導師会だけで事に当たらなくてはならない。

44 :創る名無しに見る名無し:2016/12/07(水) 19:56:54.13 ID:Pj6dHTnG.net
アドラートは彼の不安を除くべく、力強く言う。

 「だが、安心しなさい。
  この事態に対応する為に、『専門家<スペシャリスト>』に来て貰った」

そして、レノックを指した。

 「『特別顧問<スペシャル・アドバイザー>』のレノック氏だ」

レノックは愛想笑いして、司法次官に一礼する。
司法次官は明らかに怪しんでいる。

 「顧問……?」

 「彼に城内を探って貰う」

 「えっ!?
  この方は何者なのですか?
  親衛隊?」

今のレノックは青年の姿ではあるが、どう見ても余り頼りにはなりそうにない若造で、
熟練の戦士と言う風ではない。
装備も普段着の様な軽装で、特別な用意がある様には見えない。
次官が動揺するのは当然。

 「だから特別顧問だと――」

 「外部の人間ですか?」

 「その通りだ。
  信用して貰いたい」

問答する時間を惜しんだアドラートは、敢えて婉曲な表現を避け、強気に依願した。

45 :創る名無しに見る名無し:2016/12/08(木) 11:13:01.15 ID:M0SeMB9+.net
あげ

46 :創る名無しに見る名無し:2016/12/08(木) 19:24:56.54 ID:4Xz5s0r1.net
如何に八導師の頼みとは言え、部外者を事件に介入させる等、次官には承服し難かった。
不服を顔に表す彼に、アドラートは言う。

 「『八導師の命令』が必要かな?」

それは即ち、『法の法による決定<デシジョン・バイ・ロー・オブ・ロー>』だ。
「『法の法による決定』によって、八導師は他の全ての魔導師に対し、服従義務のある命令を、
下す事が出来る」――次官は固唾を呑んで頷いた。
彼はアドラートに対して「法の法による決定」を発動せよと、意思表示したのだ。
そうでなければ、部外者の活動を許可出来ないと。
相手が八導師だからと言って、独断で特別に配慮する事は罷りならないのだ。

 「では、その様に。
  本件は他言無用とする。
  今後、他者に対して説明の義務が生じた場合は、八導師に照会を求めさせなさい」

アドラートは懐から白紙を取り出すと、「八導師の命により」と記入し、自らの名を書き加えた後に、
八導師の印を押した。
次官は「法の法による決定」を今まで直接下された事が無かったので、これが正しい様式なのか、
全く判らなかったが、取り敢えず、記名された紙を謹んで拝領した。
アドラートはレノックを顧みて、問い掛ける。

 「何か要求はあるかな?
  手伝いが要るとか」

 「いや、大丈夫。
  特に頼みたい事は無いよ。
  自由に行動させて貰えれば、それで構わない」

断言したレノックに、彼は改めて依頼した。

 「統合刑事部が到着するまでの3日間に、出来るだけ情報を集めて欲しい」

 「分かっているさ。
  所で、奴等を片付けてしまっても良いのかい?」

嫌に自信に満ちた様子でレノックが言うので、アドラートは眉を顰める。

 「討伐よりも、村民の安全確保を優先して貰いたい。
  優先順位は第一に情報収集、第二に村民の解放で、敵の討伐は重視しない」

レノックは明るく笑って頷いた。

 「ウム、ハハハ。
  君達の懸念が城内に取り込まれてしまった人達にある事は知っている。
  言ってみただけだよ」

本当に大丈夫なのかと、次官は疑いの眼差しをレノックに向けていた。

47 :創る名無しに見る名無し:2016/12/08(木) 19:32:57.86 ID:4Xz5s0r1.net
レノックは執行者に一々見咎められない様に、立入許可証を発行して貰い、城壁周辺を調査した。
音に関する魔法使いの彼は、反響を利用して、地面に偽装された隠し通路を発見する。

 (さて、大口を叩いた物の、ルヴィエラは僕の潜入に気付かない様な、間抜けではないだろう。
  僕は強過ぎるんだなぁ……。
  大立ち回りを演じても良いんだけど、中の人達を無事に助け出すとなると……。
  やはり『彼』の言う通り、待つしか無いのか……)

考えている間に城壁を一周したレノックは、魔城から離れて、検問所に向かう。
「彼」とは予知魔法使いノストラサッジオである。
レノックは魔城の出現を彼の予言で知っていたので、魔導師会本部に居たのだ。
そして、予言には重要な人物が、もう一人……。
執行者達が部外者の立ち入りを禁じている警戒線の外では、数十人が疎らに立ち呆けて、
巨大な魔城を眺めている。
只の見物人、新聞記者らしき者達、村民の親族。
それ等の中に、レノックの待ち人も居た。

 「ラヴィゾール!」

レノックに声を掛けられた中年の男は、身を竦めて振り返る。

 「ん、誰です……って、レノックさん!」

素敵魔法使いのワーロック・"ラヴィゾール"・アイスロン。
レノックとは数十年来の付き合いである。

 「今はワーロックだったね。
  まぁ、どっちでも良いよ。
  所で何しに来たんだい?」

レノックの質問をワーロックは辛辣だと感じた。

 「何って、ノストラサッジオさんに『ボルガ地方で事件が起きる』と言われたので――」

 「解決しに来たと!」

48 :創る名無しに見る名無し:2016/12/08(木) 19:35:35.87 ID:4Xz5s0r1.net
好意的な解釈をするレノックに、ワーロックは申し訳無さそうに苦笑いして言う。

 「ハハハ……僕の手で、どうにか出来る物なら良かったんですけど――」

彼は遠くに見える魔城に目を遣った。

 「一寸、いや、大分無理そうですよね……」

 「何とっ!?
  見物しに来ただけって言うのかい!」

態とらしく大袈裟に驚くレノックに、ワーロックは益々小さくなる。

 「特に知り合いが巻き込まれた訳でも無さそうですし……。
  あれって、反逆同盟絡みなんですか?」

城を指して問う彼に、レノックは頷いた。

 「そうだよ、反逆同盟の親玉の城さ。
  中には村人が捕らわれている」

 「それは……心配ですね」

 「嫌に冷淡だね、君。
  どうにか助けて上げたいとは思わないのかい?」

 「助けられる物なら、そうしたい所ですが……。
  見ず知らずの人の為に命を懸けられる程、私は立派な人間ではありませんよ」

気弱なワーロックに、レノックは大きな溜め息を吐いて、失望を露にする。
ワーロックは良心を痛めて俯いた。

49 :創る名無しに見る名無し:2016/12/09(金) 19:10:31.82 ID:wW1Rz2gf.net
レノックは彼を説得しに掛かる。

 「実は、君の協力が必要なんだ」

 「協力って?
  何をするんですか?」

 「あの城に潜入して、情報を掴んで来て欲しい」

 「えぇ……」

 「それで、まぁ、出来れば、中の人達を救助して欲しい」

 「私には荷が重過ぎますよ……」

至って真面目に依頼するレノックだったが、ワーロックは明らかに乗り気でなかった。

 「嫌に渋るね。
  人助けが、そんなに嫌かい?」

 「……城の中の敵勢力とか、判ります?」

 「判らない。
  だから、調べるんじゃないか」

 「そりゃ、そうでしょうけど……」

長考を始めたワーロックは、レノックが首から提げている許可証に気付いて、話題を変える。

 「そう言えば、レノックさん検問の内側から来ましたよね?
  執行者と協力してるんですか?」

 「ああ。
  正義を行うのに、共通魔法使いも外道魔法使いも無い」

先からレノックの言葉は、一々ワーロックの心に突き刺さる。
レノック自身、意図しているのだ。
善良なワーロックは、人道や正義を盾にされると弱い。

50 :創る名無しに見る名無し:2016/12/09(金) 19:20:43.02 ID:wW1Rz2gf.net
レノックは畳み掛けた。

 「3日後には本部の人間が来るらしい。
  それまで村人が無事か……。
  最悪、城諸共攻撃するかも知れない」

執行者には冷淡な部分がある。
反逆同盟の脅威を考えれば、数千人の村人と、共通魔法社会全体を秤に掛ける事もするだろう。

 「……何故、私でなければならないんですか?
  執行者の協力は得られているんでしょう?」

ワーロックは半分心を決めていたが、最後に理由を尋ねた。

 「君の低い魔法資質と、その特殊な魔法を見込んでの事だ。
  あの城は、悪魔の城。
  情報を読み取る際、人間が主に視覚に頼る様に、悪魔共は主に魔法資質に頼る。
  人間でも魔法資質が高い者は、魔力の流れに敏感に反応するだろう?
  それと同じ事で、魔力を纏わない物には警戒しないと言うか、注意を払わないと言うか、
  鈍感になるんだよ。
  ある程度の魔法資質がある僕や執行者では、『忍び込む』事が出来ない。
  だからと言って、そこらの民間人を徴用する訳にも行かない。
  君しか居ないんだ」

レノックの回答は理路整然とした物で、最早ワーロックの返事は一つしか無い。

 「私も民間人なんですが……。
  フーーーー、分かりました、やりますよ」

 「有り難う。
  君には、これを上げよう。
  僕の分身、『鳴石<サウンド・ストーン>』君だ」

レノックは懐から手の平に収まる位の小さな石を取り出し、ワーロックに渡した。

51 :創る名無しに見る名無し:2016/12/09(金) 19:25:28.95 ID:wW1Rz2gf.net
ワーロックが受け取ろうとすると、石はレノックと同じ声で喋り出す。

 「初めまして」

 「わっ、吃驚した」

思わず後退るワーロックを見て、レノックは苦笑した。

 「鳴石君は適切な『助言<アドバイス>』を送ってくれるだろう。
  危なくなったら、その辺に投げ捨てて、囮として使っても良い」

 「何で、『君』付けで呼ぶんですか?」

鳴石を人格を持つ個人の様に扱うレノックに、ワーロックは眉を顰める。

 「分身だからさ。
  鳴石君は通信機じゃなくて、意思を持って喋るんだ」

 「囮に使い難くなるから、そう言うのは止めて下さいよ……」

 「じゃ、今までのは嘘って事で――」

 「もう良いですよ」

好い加減なレノックに、ワーロックは呆れて話を打ち切った。
レノックは苦笑しながら言い添える。

 「鳴石君が隠し通路を知っているから、それに従って内部に潜入してくれ。
  僕は正面で陽動を仕掛ける」

彼は検問所の執行者達に許可証を提示して、ワーロックを警戒線の内に連れて入った。

52 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 12:40:25.77 ID:LNpUGTxa.net
あげ

53 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 17:58:56.59 ID:5H6Usxvu.net
ワーロックとレノックは魔城から2巨程度の所で立ち止まる。
高く聳える城壁と、その更に上から覗く尖塔を見上げ、ワーロックは圧倒されて嘆息した。

 「はぁ……」

 「どうだい、気分は?」

 「気乗りしませんけど……。
  どうだろうと、やるしか無いんでしょう?」

半ば自棄になっているワーロックを、レノックは激励する。

 「普通の共通魔法使いは、この城に近付いただけで、身動きが取れなくなるんだ。
  それ程、強い魔力場を形成しているんだよ。
  君は大した物だ」

それは低い魔法資質と引き換えの利点なので、ワーロックは素直に喜べなかった。

 「無理に褒めなくても良いですよ。
  あれでしょう、禁断の地と同じ」

 「そう、その通り。
  頼んだよ、新しい魔法使いワーロック」

2人は別れて、それぞれの役割を果たしに行く。
魔城の正門前で、レノックは『横笛<ファイフ>』を取り出し、独り演奏を始めた。
清らかな音色が響いて、混沌の波動を弱めて行く。
音が魔力を変質させているのだ。
何事かと、近くに居た執行者達が物見に集まる。
笛の音は城内にも届き、マトラが最初に反応した。

 「これは――『笛吹き<ファイファー>』の奴か……。
  共通魔法使い側に付いたのだな。
  城門を破ろうと言うのか?」

マトラは城の露台に出て、門を注視する。
ディスクリムがマトラの影から這い出た。

 「如何なさいますか?」

 「いや、どうもせずとも良い。
  好きにさせておけ。
  どう出るか、楽しみでもある」

 「そうですか……」

物言いた気なディスクリムの反応に、マトラは笑みを浮かべる。

 「不服そうだな。
  城門が破られると思っているのか?」

 「い、いえ、決して主の御力を疑っている訳では……」

 「フフン、迎え出たければ、出ても構わないぞ。
  お前に抑えられるとは思えぬがな」

レノックの実力を知るマトラは、ディスクリムを挑発して放置した。
これに反感を抱く程、ディスクリムは強い自我を持っていない。
創造主には逆らえない性質なのだ。

54 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 18:10:41.42 ID:5H6Usxvu.net
レノックは見物に執行者達が集まった所で、呼び掛けた。

 「どうだい、君達も一緒に演奏しないか?」

執行者達は困惑して顔を見合わせる。
レノックが「特別顧問」だと言う事は、既に現場の者には周知されており、彼から要請があれば、
出来るだけ協力しろとは指示されているが……。
要請と言うには弱く、協力して演奏した所で利点があるのかも、よく分からない。

 「何か意味があるんですか?」

 「音楽で城の周囲の魔力を弱めるのさ」

 「それで?」

 「ある程度、弱めれば……。
  共通魔法でも城門を打ち破る事が出来るんじゃないかな?」

ここで見張っているだけでは、物事は進展しない。
やってみる価値はあるかも知れないと、執行者達は思った。

 「しかし、演奏しようにも楽器が――」

 「何でも良いさ。
  そこらの物を叩くなり、手拍子でも口笛でも鼻歌でも。
  真の音楽は時と所を選ばない」
  
そして、奇妙な音楽会が始まる。
レノックの音楽魔法は徐々に強まって行くが、未だ魔城を脅かす程にはならない。
それでも混沌の波動が弱まった分、執行者達は気が楽になった。
レノックと共に演奏する執行者達を、呑気な連中だとマトラは嘲る。

 「そんな事で城門が開くとでも思っているのか……」

55 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 18:12:01.87 ID:5H6Usxvu.net
その裏で、ワーロックは上着のポケットに入れた鳴石の案内を頼りに、隠し通路を発見していた。

 「ワーロック、ここだよ。
  地面の下」

鳴石が示した場所をロッドで掘り返すと、直径半身程の大きな円形の鉄の蓋が現れる。
試しに叩いてみると、鈍い音が響く。
だが、蓋には取っ手が無い。
掴めそうな出っ張りも、物を差し込める様な隙間も無い。

 「これ、どうやって開けるんです?」

ワーロックは鳴石に問うた。
鳴石は呆れ声で答える。

 「君の魔法があるじゃないか」

 「通じると良いんですけど……」

ワーロックは扉に手を添え、暫しの間を置いて、彼の魔法を使う。

 「扉よ、開け。
  『夜明け<ドーン>』」

蓋の魔力の流れが微かに変わり、独りでに外側に開いた。
それは自らワーロックを迎え入れる様。
穴を覗くと、親切な事に下に降りる梯子が掛けてある。

 「早く、早く」

鳴石に急かされ、ワーロックは梯子を伝って降りた。

56 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 18:14:37.16 ID:5H6Usxvu.net
5身程度下りると、石造りの地下道に出る。
断面積は1身平方で、やや狭いと感じる。
地下道には一見した所、光源が無いのに、不思議と明るい。
これは混沌の魔力の煌きである。
壁や床は明るい黄から、暗い黄緑、薄い紫へ、往復しながら変色する。

 (気味の悪い所だな)

慣れない現象に、ワーロックは少し気分が悪くなった。
これが真面な魔法資質の持ち主なら、発狂しているだろう。
落ち着かない心持ちながら、ワーロックは先へと進む。
地下道は自分の足音が反響したり、しなかったり、不規則で恐ろしい。
後から誰か尾行していないか、彼は不安になって振り返った。

 「ワァッ!?!?」

途端、堪らず情け無い声を上げて、飛び退く。
何時の間にか、見知らぬ真っ白な女が、直ぐ後を付いて歩いていた。

 「だ、誰だ、君は!?」

ワーロックは声量を抑えて詰問する。
白い女は微笑むだけ。
鳴石が彼女に代わって、ワーロックの問いに答える。

 「彼女は神聖魔法使いのクロテアだ。
  少し、話をさせてくれ」

ワーロックは警戒しつつ、上着のポケットから鳴石を取り出して、白い女――クロテアに向けた。

57 :創る名無しに見る名無し:2016/12/10(土) 18:16:35.00 ID:5H6Usxvu.net
鳴石は彼女に話し掛ける。

 「どうして付いて来たんだ?
  何もしないんじゃなかったのか?」

事態を静観する構えだったクロテアが心変わりした理由を、鳴石は問うていた。
クロテアは真っ白な目を鳴石に向けている。

 「実に貴方々に都合好く駒が揃う物ですね」

彼女の言う「駒」が何か、ワーロックには分からなかったが、鳴石が反論する。

 「それは正しくない。
  僕達は『一つの物』じゃない。
  だから、『貴方々』なんて捉え方をすると間違えるぞ」

 「……新しい世界に、神は不要なのでしょうか?」

 「もう一つ、正しくない事がある。
  『都合が好い』んじゃない。
  そうなる様にして来たんだ」

 「神は――」

 「人の語る神は悪霊に過ぎない。
  神を語る前に、僕達には、やらなければならない事がある」

 「はい、貴方の言う通り……」

それっ切り、クロテアは沈黙してしまった。
鳴石はワーロックに呼び掛ける。

 「行こう、ワーロック」

 「え、ええ、はい」

彼女を置いた儘で良いのかなと心配しながらも、ワーロックは先に進む。

58 :創る名無しに見る名無し:2016/12/11(日) 09:28:47.12 ID:k7AJpDAG.net
あげ

59 :創る名無しに見る名無し:2016/12/11(日) 18:11:48.24 ID:F7Db5uJf.net
どう言う訳か、クロテアはワーロックの後ろを付いて来た。
ワーロックは一旦足を止めて、振り返る。

 「あの……付いて来るの?」

彼の問いに、クロテアは静かに頷いた。

 「私は貴方々の行いを見届けなければならないと思いました」

クロテアの真っ直ぐな瞳に、ワーロックは困惑を露に眉を顰めて、鳴石に相談した。

 「どうしましょう、レノックさん」

 「僕はレノックじゃなくて、鳴石だよ。
  間違えないで欲しい」

 「あ、済みません」

鳴石の声も態度もレノックその物なので、ワーロックは混同してしまった。
彼の謝罪を特に気に留めず、鳴石は答える。

 「彼女の事は、好きにさせとけば良いんじゃない?」

 「でも、潜入任務ですよ?」

 「祈りを失っても神聖魔法使いは聖君の雛、神の器。
  足手纏いにはならないだろうさ」

 「そうだと良いんですけど……」

ワーロックはクロテアを気にしながら、更に先へ進んだ。
やがて、小さな鉄扉に突き当たる。
耳を澄まし、物音がしない事を確認して、ワーロックは慎重に扉を開こうとした。
所が、鍵が掛かっているのか、押しても引いても閊える。
然りとて鍵穴や閂は見付からない。

60 :創る名無しに見る名無し:2016/12/11(日) 18:13:19.98 ID:F7Db5uJf.net
ワーロックは仕方無く、再度魔法を使った。
鉄扉に両手を添え、小声で呪文を呟く。

 「解けよ。
  扉よ、開け」

それに応じて、扉が徐々に開く。
彼の魔法を傍で見ていたクロテアは、感嘆の息を吐いた。

 「貴方の魔法は変わっていますね」

 「私は魔法資質が低いので……」

そう言い訳すると、ワーロックは人差し指を立て、彼女に黙っている様に促す。
彼は再度、物音がしない事を確認して、慎重に扉を手前に引いた。
扉の先は城の地下階だが、周囲の様子は地下道と殆ど変わらない。
移動した距離で、ワーロックは城の地下ではないかと当たりを付ける。
彼は忍び足で小走りし、壁に身を隠しながら移動した。
後ろを振り返ると、クロテアは堂々と歩いて、後を付いて来ている。
ワーロックは声を抑え、慌てて彼女に注意した。

 「少しは忍んで下さい!」

所が、クロテアは理解していない様子で、小首を傾げる。

 「潜入任務なんですよ?
  見付かったら不味いでしょう」

ワーロックの説明から一拍置いて、彼女は頷いた。
本当に分かったのかなと、ワーロックは半信半疑で先へ進む。

61 :創る名無しに見る名無し:2016/12/11(日) 18:15:27.11 ID:F7Db5uJf.net
彼は地下室を慎重に、一つ一つ覗いて回った。
その行動を鳴石は不思議がる。

 「どうしたんだい?」

 「いえ、誰か居ないかなと……」

 「村の様子を確かめるのが、先じゃないかな?」

 「ええ、でも、同盟の構成員も……どんな奴が居るか、知っておきたいじゃないですか」

ワーロックが潜入調査を請け負った理由の一つに、彼の息子ラントロックの事があった。
反逆同盟に加わった息子が、今回の事件に関与していないか、知りたかったのだ。
ある一室の前で、ワーロックは動きを止める。
中から低い呻き声がする。

 「誰か居るみたいです。
  苦しんでいる?」

 「余計な事はしない方が良いと思うけど」

鳴石の忠告を無視して、ワーロックは部屋の戸を軽く叩いた。

 「だ、誰だ?
  誰か居るのか?」

弱々しい若い男の声で反応がある。
ワーロックはラントロックの可能性を考えた。

 (ラントとは違うみたいだけど、健康な状態じゃないなら……。
  あいつ、声変わりは済んでたか?
  あぁ、考えれば考える程、分からない)

彼は少しだけ戸を開けて、中の人物を確認しようとする。
村人ならば助けなければならない。
敵だとしても、具合が悪そうだから、狭い隙間から覗くだけなら、気付かれないかも知れない……。

62 :創る名無しに見る名無し:2016/12/12(月) 19:16:01.57 ID:4XIZQYTx.net
ワーロックが数分の一節だけ扉を開けた所で、中の人物が更に呻き声を上げた。

 「う、うぅ、あ、開けるなっ……!
  封印が、がっ、ガ、グ、ググ、グワワ……」

危ない奴だと思ったワーロックは、直ぐに戸を閉めて、何も見なかった事にした。
部屋の中では、未だ男が呻いている。
一瞬の出来事ではあったが、中の人物が息子ではないと確信し、ワーロックは速やかに立ち去る。
彼は階段を駆け上がり、1つ上の階へ。
素早く物陰に隠れて、呼吸と動悸が落ち着くまで、暫し待った。
クロテアも少し遅れて付いて来る。
鳴石がワーロックに尋ねる。

 「今の、何だった?」

 「分かりません。
  同盟のメンバーでしょうか?
  とにかく、村人ではない様です」

この階は下より通路の幅が広く、天井も高いが、変わらず人の姿は見えない。
数点待って、ワーロックは城の探索を再開した。
どこも空々(がらがら)で、無闇に部屋数ばかり多い。
一通り見て回って判った事は、ここが地上階だと言う事だけ。
誰とも出会さなかったので、彼は鳴石と相談する。

 「誰も居ないみたいなんですけど、どう言う事だと思います?」

 「元々人員が少ないんじゃないか?」

 「ここが同盟の本拠地でしょう?」

 「城が出現したのは今日だ。
  本格的に拠点として運用するのは、先の事なのかも知れない」
  
鳴石の予想に、ワーロックは頷いた。
息子が居ないのであれば、懸念は一つ減る。

63 :創る名無しに見る名無し:2016/12/12(月) 19:17:46.86 ID:4XIZQYTx.net
同時に、未だ敵が少ないなら、村人を助けられるかも知れないと、彼は希望を持つ。

 「村の様子を見に行きましょう」

ワーロックとクロテアは城の外に出た。
内郭門は開け放たれており、城と村は自由に往き来が可能な状態。
空には燻んだ黄土色の不気味な雲が、低く低く垂れ込めている。
内郭門の前には、大勢の村人が集まっていた。
徒事ではない状況だと察したワーロックは、物陰に身を隠して近付き、様子を窺う。
集まった村人の前で、女が演説している。

 「そなた等は正に、屠所の羊である。
  死にたくなければ、己(おの)が子を差し出せ。
  出来ぬと言うならば、一人一人殺して行くぞよ」

吸血鬼フェレトリだ。
その後方で、若い男――血の魔法使いゲヴェールトが詰まらなそうに零す。

 「私の血を飲ませた方が早かろうに……」

 「そんなんじゃ、面白くないじゃない。
  苦悩するから良いんだよ。
  そうだろう、チカ?」

邪悪な笑みを浮かべる娘は、悪魔子爵サタナルキクリティア。
更に彼女の横では、奇跡の魔法使いチカが険しい表情で立ち尽くしている。

64 :創る名無しに見る名無し:2016/12/12(月) 19:21:19.86 ID:4XIZQYTx.net
チカの態度が気に掛かったサタナルキクリティアは、彼女を煽る。

 「共通魔法使いに復讐するんだろう?
  今が絶好の機会じゃないか……。
  これまでの恨みを込めて、甚振り殺してやりなよ。
  先ずは1人、見せしめにさ」

 「黙れ」

馴れ馴れしく擦り寄って囁き掛けて来るサタナルキクリティアを、チカは冷たく突き放した。
それでもサタナルキクリティアは怯まず、粘稠粘稠(ねちねち)と絡む。

 「どうした?
  愉しい愉しい、復讐の時間だぞ〜?」

チカは目を剥いて、サタナルキクリティアを睨み付けた。

 「復讐は愉しむ物ではない」

 「アハハ、復讐ってのは手前の恨みを晴らす、言わばストレス解消だろう?
  愉しまないで、どうするのさ?」

執拗なサタナルキクリティアに、利く口も持たないとチカは俯く。
サタナルキクリティアは益々調子に乗って、低い声で挑発する。

 「愛憎は表裏一体。
  人間は、『それ』を愛するからこそ、『それ』を奪った物を憎む。
  愛憎は比例し、愛が深ければ、憎しみも深まる。
  お前の『失われた物への愛』は、『奪った物への憎悪』は、その程度だったのか?」

 「悪魔風情が愛を語るな」

危うい雰囲気の2人の間に、ゲヴェールトが割って入った。
彼は呆れた風にサタナルキクリティアを咎める。

 「好い加減にしないか」

仲介が入って漸くサタナルキクリティアは煽りを止めた。

65 :創る名無しに見る名無し:2016/12/13(火) 19:27:38.62 ID:nKpUthl4.net
鳴石は声を潜めて、ワーロックに教える。

 「村人の前に居る4人……。
  あいつ等は、同盟のメンバーみたいだね」

 「強さ的には、どうなんです?
  危険な連中なんですか?」

 「そんなの聞かれても困るよ。
  戦闘能力を測る機能なんか無いんだから」

鳴石はレノックの知恵を、ワーロックに助言する事しか出来ない。
相手の実力が判るだけの魔法資質を持っていたら、潜入の役に立たないので、
それは仕方が無い事だ。
ワーロックは同盟の4人の内、1人に見覚えがあった。

 (あれはチカ・キララ・リリン……。
  師匠の、もう1人の弟子。
  そして私の姉弟子)

因縁のある者を前に、彼の表情は自然と険しくなる。

 「奴等は村人を集めて、何をする気なんでしょう?」

 「分からない。
  でも、碌でも無い事だけは確かだね」

村人が城壁の中でも正気を失わないのは、混沌の波動を弱める結界がある為だ。
元々村には共通魔法の結界があるが、それは然程強力な物ではない。
現在村を守っている結界は、村人を保護する目的で、態々マトラが張った物である。
ワーロックは静かに、事の成り行きを見守った。
4人の内、少女の姿をした物――サタナルキクリティアが、チカと何事か言い合った末に、
独り村の方へと歩き出す。

66 :創る名無しに見る名無し:2016/12/13(火) 19:33:14.34 ID:nKpUthl4.net
フェレトリは一向に動きの無い村人に苛立ったが、それを押し殺す様に深く笑った。

 「我が身可愛さに、子を差し出す者は居らぬか?
  見上げた精神であるなぁ……。
  それとも恐怖で何も出来ぬか?
  では、宣言通りに一人一人殺して行こう。
  残虐に、苦めるだけ苦しめてな!
  その内に心変わりするであろう。
  さぁて、最初の犠牲者は誰が良いか……」

彼女が村人を見回しながら、誰を選ぼうか迷っていると、サタナルキクリティアが村から戻って来て、
高い声を上げる。

 「フェレトリ、村の中に子供が一人隠れていたぞ!」

サタナルキクリティアは気絶した幼子を引き摺り、フェレトリに向かって放り投げた。
子を受け取ったフェレトリは、それを高く掲げ、村人達を睥睨する。

 「これは一体どうした事かや?
  我々は『全員』を呼び集めた筈であるが?
  この子の親は名乗り出よ!」

村人達は誰も彼も俯いて、沈黙している。
フェレトリは益々苛立ち、子の喉を絞め上げた。

 「然も無くば、子を縊り殺すぞぇ!!
  恥知らずにも、己が子を見捨てた親として、生き続けるが良い!」

彼女の非道に、ワーロックは堪らず、覚悟を決める。

 「もう見てられません。
  鳴石さん、後は頼みます」

67 :創る名無しに見る名無し:2016/12/13(火) 19:38:59.55 ID:nKpUthl4.net
鳴石は慌てて彼を止めた。

 「頼むって、どうするのさ?
  それに君、見ず知らずの人の為に、命は張れないんじゃなかった?」

 「今見た、今知った!
  それで十分でしょう!
  今ここで動けないなら、この先、誰も助けられない!」

ワーロックの心には息子ラントロックの事があった。
人の親として、それが他人の子であっても、子を見殺しにする事は出来ない。
何より、彼は息子を反逆同盟から引き離さなくてはならない。
ここで「恐ろしい物」に立ち向かえない様では、永遠に息子を救う事は不可能だと思ったのだ。

 「良し、よく言った!
  いよっ、熱血漢!」

鳴石はワーロックの覚悟を囃し立てる。
ワーロックは眉を顰めて、鳴石に言った。

 「茶化さないで下さい。
  鳴石さん、私は貴方を城壁の外に投げ出します。
  どうにか中の様子を他の人に伝えて下さい」

 「ウム、任された。
  一つだけ忠告しとくけど、『黒髪で青肌の女』が出て来たら、戦わずに逃げなよ。
  奴は強いなんて物じゃない」

 「はい」

次に彼はクロテアを顧みる。

 「貴女は?
  どうするんですか?」

 「私は貴方を見守ります」

見守るだけかとワーロックは嘆息したが、クロテアは真面目な顔。

 「危なくなったら、逃げるなり何なりして下さい」

彼女を戦力として期待していないワーロックは、そう言い置いて行動に出た。

68 :創る名無しに見る名無し:2016/12/14(水) 19:37:01.92 ID:7R7fBaSN.net
フェレトリが子供の首を締め上げると、彼女の前に1人の村女が進み出た。

 「お、お待ち下さい!
  何も殺す事は……」

 「無礼者めっ、頭が高い!」

フェレトリが一喝すると、村女は地面に這い蹲らされる。
彼女は続けて問うた。

 「そなたが、この子供の母親か?」

 「い、いいえ、違います」

恐縮して答える女を、フェレトリは見下して邪悪に笑む。

 「フム、他人の子の為に、この我に口答えしたのか……。
  身の程知らずの愚かな女よ、そなたの勇気に免じて、この子は見逃してやる。
  その代わり、そなたを八つ裂きにする。
  異論は無いな?」

横暴な発言に、堪らず村男達が立ち上がった。

 「巫山戯るな!
  悪魔だか何だか知らないが、これ以上、お前達の勝手にさせるか!」

 「ハッ、弱者の分際で粋がるか?
  口だけは達者な様であるな!」

将に衝突が起ころうとしている所で、ワーロックの登場が間に合う。

 「待てっ!!」

69 :創る名無しに見る名無し:2016/12/14(水) 19:41:16.90 ID:7R7fBaSN.net
一瞬、彼に皆の目が集まり、場が静まり返る。
フェレトリは子供を投げ捨てると、呆れた様に言った。

 「未だ隠れている者が居たのか……。
  我も侮られた物よ。
  全く、救えない連中であるなぁ」

彼女から放たれる重苦しい魔力の圧力が、村人達の動きを封じる。

 「もう良い。
  大人しく我等の言う事に従いておれば、生かしてやった物を……。
  皆殺しにする。
  ヴァールハイト、悪いな」

フェレトリはゲヴェールトに断りを入れ、徐々に圧力を強めて行った。
物理的な圧力ではない、只の魔力奔流なのだが、多くの村人は不快感に苦しむ。
眩暈と共に、視界の回転が起こり、吐き気と浮遊感に襲われる。
息が苦しくなり、立っている事は疎か、思考さえ儘ならない。
丸で脳を掻き回される様。
一切、外傷を与えられてないにも拘らず、村人達は瀕死の状態。
ゲヴェールトは冷淡に転がっている村人を見下す。

 「生命力の強い何人かは生き残るだろう。
  奴隷にするなら、体力のある者の方が良いしな」

眼前の惨状を、黙って見ているワーロックではない。
この場を収めるべく、彼は魔法を使う。

 「ライニング・コード、ミッセール」

忽ち、フェレトリの魔力の圧力は消失した。

70 :創る名無しに見る名無し:2016/12/14(水) 19:46:07.61 ID:7R7fBaSN.net
ゲヴェールトが先ず驚く。

 「どうした、フェレトリ?
  何故止めた?」

 「いや、我は何も……」

フェレトリは困惑する。
「何故か魔力の奔流を止めてしまった」と。
それがワーロックの魔法だとは気付きもしない。

 「ハッ!
  ……フンッ!」

フェレトリは気を張って、再び魔力の奔流を起こそうとしたが、少しも魔力は反応しない。
生まれて初めての体験に、彼女は焦りを露にした。

 「ど、どうした事であるか……?」

 「何やってんの?」

サタナルキクリティアも不思議そうにフェレトリを見詰める。
その間に、村人は散り散りに逃げて行く。
チカだけが、誰の仕業か看破していた。
彼女はワーロックに近付き、話し掛ける。

 「どこから入って来た?
  それとも最初から村に居たのか?」

 「答える必要は無い!」

ワーロックは警戒心を剥き出しにして、チカを睨んだ。

71 :創る名無しに見る名無し:2016/12/15(木) 19:23:51.49 ID:Fc7Dwk4f.net
チカは更に距離を詰めつつ、問い掛ける。

 「お前の仕業だろう?
  どんな魔法を使った?」

 「教えるとでも思っているのか!」

フェレトリは未だ混乱中。
ゲヴェールトは彼女を落ち着かせるべく、言葉を掛けている。
2人から離れていたサタナルキクリティアは、ワーロックとチカに目を付け、寄って来た。
それを確認して、ワーロックはロッドを静かに構える。

 「チカ、そいつは?」

声を掛けられ、チカの気が逸れた一瞬の隙を突き、ワーロックは再び魔法を使う。

 「フェイタル・ディフェクト!」

 「キラリラリン!」

しかし、彼女は気を緩めた訳ではなく、魔法は発動前に呪文で阻まれた。
互いに魔法は不発に終わる。
一連の流れで、サタナルキクリティアはワーロックが只の村人ではないと感付いた。
彼女は瞳孔を開いて、繁々とワーロックを観察する。

 「……何だ、こいつ?
  魔力の流れを感じないぞ?
  只の屑じゃないか」

だが、魔力の流れが読み取れず、サタナルキクリティアは唖然とする。
村人ではないかも知れないが、フェレトリの能力を封じる様な、大逸れた真似が出来るとも思えない。

72 :創る名無しに見る名無し:2016/12/15(木) 19:25:32.31 ID:Fc7Dwk4f.net
ワーロックは彼女を睨み付けた。
それを受けて、サタナルキクリティアは嫌らしく笑う。

 「怒ったのか?
  アハハ、お前みたいなのを、私達の世界では何と言うか教えてやる。
  『無能<ウェント>』だ。
  自らの事は何一つ儘ならず、強者に翻弄されるだけの滓だよ」

瞬間、フェレトリの圧力が復活。
チカやゲヴェールト、サタナルキクリティアまでもが震える程の、強烈な魔力奔流が発生した。
魔法資質が高い者達は、どうしてもフェレトリに注意が向き、一体何が起こったのかと、
状況を判断するのに数極を要する。
ワーロックが魔法を解いた事で、堰を切った様に魔力が荒れ狂ったのだ。
当のフェレトリは慌てて魔力を抑えた。

 「も、戻った……?
  一体何であったのか」

その間に、ワーロックは付近の民家に姿を隠す。
彼の姿が無い事に、チカは直ぐ気付いたが……。

 「くっ、どこへ行った……」

彼女は共通魔法使いではないので、魔法資質が低い者を探し出す事は困難。
サタナルキクリティアもワーロックが逃げた事に遅れて気付く。

 「おや、逃げたのか?」

 「早く探し出さなければ」

チカは焦るが、そんな彼女をサタナルキクリティアは笑う。

73 :創る名無しに見る名無し:2016/12/15(木) 19:28:22.96 ID:Fc7Dwk4f.net
 「何を焦ってるんだ?
  無能を恐れる理由は無かろうに」

呑気なサタナルキクリティアに、チカは向きになって言い返した。

 「違うっ!
  奴は無能ではない!」

 「分からないな。
  無能に意識を囚われ過ぎではー?
  私の考えでは、あいつは囮じゃないかって思うんだけど」

その可能性も無くは無いと思い、チカは唸る。

 「囮……」

常識で考えれば、魔法資質の低い者が、大きな魔法を使う事は出来ない。
共通魔法だろうが他の魔法だろうが、フェレトリの能力を封じると言った、大逸れた真似は不可能だ。
ワーロックに協力する何者かが、彼を表に立たせて、裏で魔法を使っていたとすれば……。
訳の解らない数々の魔法にも、一応の説明が付く。
確かに、マハマハリトの弟子と言うだけで、ワーロックを過大評価していたかも知れないと、
チカは反省した。
話し合っている2人に、フェレトリが声を掛ける。

 「そなた等、村民を集め直してくれぬか!」

サタナルキクリティアは露骨に嫌な顔をする。

 「一人一人、追い詰めて殺せば良いだろう?
  どうせ城からは出られないんだしぃ。
  ヴァールハイトと競争でもすれば?」

74 :創る名無しに見る名無し:2016/12/15(木) 19:31:14.27 ID:Fc7Dwk4f.net
彼女の提案に、フェレトリとゲヴェールトは見合った。

 「それも面白いかも知れぬな」

フェレトリは頷いたが、ゲヴェールトの方は乗りが悪い。

 「私は貴女の様に、身体を変化させられない。
  液体になって滑る事も、気体になって浮く事も出来ないのだ。
  不利な勝負に乗る気は無い」

 「詰まらぬ奴よ……」

 「それより、先の不調は何だったのだ?」

 「さて?」

彼はフェレトリが一時的に魔力を扱えなくなった理由を訊ねたが、当の彼女は全く気にしてない。

 「何者かの妨害があったのか?」

 「知らぬよ」

 「少しは気にしろ」

 「城内は我等が『長<マギステル>』、『公爵閣下<グロリアシシア・デュース>』の庇下であるぞ?
  脅威になる物が侵入したとあれば、マトラ公が動くであろう。
  我々は遊んでいれば良いのである」

どこまで本気で言っているのか、ゲヴェールトには判らない。
同盟の長であるマトラを全面的に信頼しているのか、それとも別の思惑があるのか……。

75 :創る名無しに見る名無し:2016/12/15(木) 19:34:16.06 ID:Fc7Dwk4f.net
誰も彼も乗りが悪いので、フェレトリは拗ねて、独りで村人を狩る事にした。

 「連れ無い奴等よのう……。
  お前達、姿を現せ」

彼女が身を震わせると、纏った甲冑やマントが、何匹もの魔獣に姿を変える。

 「可愛い我が下僕達、人間共を追い立てよ。
  最も上手く出来た物には、褒美を呉れてやるぞえ。
  さぁ、行け!」

魔獣に命令を下したフェレトリは、高みの見物を決め込んだ。

 「逃げ惑え、逃げ惑え。
  ククク……」

一方で、ゲヴェールトはチカやサタナルキクリティアと相談した。

 「フェレトリが一時とは言え魔法を使えなくなった事、君達も怪しいと思うだろう?」

 「ああ、どこかに魔法使いが潜んでいるね。
  それも共通魔法使いじゃない、結構な遣り手が」

サタナルキクリティアの言葉に、ゲヴェールトは安堵する。
フェレトリが余りにも我関せずの態度だったので、悪魔とは皆、彼女の様な物かと疑っていたのだ。
少なくともサタナルキクリティアは自分と同じ感性だと知ったゲヴェールトは、自ら提案する。

 「私は城の中を探してみる。
  序でに、マトラにも報告しよう。
  君達は村の中を探してくれ」

特に異論は無く、3人は頷き合って別れた。

76 :創る名無しに見る名無し:2016/12/16(金) 19:29:33.58 ID:Li38ISkw.net
チカとサタナルキクリティアは、それぞれ村の東側と西側を捜索する。
他に魔法使いが居るかも知れないと言われても、チカの第一の容疑はワーロックに向いていた。

 (あんな成り損ないの共通魔法使いに、何が出来ると言われても、答えられないが……。
  それでも、あの方が選んだ人間。
  どこかに見るべき部分がある筈)

悶々としながら村を歩き回る彼女に、ワーロックの声が届く。

 (貴女は罪の無い人々を苦しめて、平気なんですか?)

チカは身を竦め、声の主を探して、辺りを見回した。
しかし、人影は無い。

 「どこだ!?
  隠れていないで、出て来いっ!!」

声を張っても虚しいばかり。

 (もう一度訊きます。
  こんな事をして、良心は痛まないんですか?)

詰る様な再びの問い掛けに、チカは怒った。

 「良心だと!?
  共通魔法使いが、それを言うのか!
  これまで私達を迫害し、追い詰めて来た者が!」

そう言い放った直後、民家から人が飛び出す。
奇襲かと思い、チカは身構えた。

77 :創る名無しに見る名無し:2016/12/16(金) 19:31:09.69 ID:Li38ISkw.net
だが、家から飛び出したのは子を抱えた母だった。
その後をフェレトリの魔獣が追う。
チカは己が母親の事を思い出して、心を痛めた。
彼女は「当然の報いだ」と良心に蓋をし、強引に自分を納得させる。
共通魔法使いはチカの母親を禁断の地まで追い遣り、その命を奪った。
今度は共通魔法使いが、それを味わう番だと。
瞬間、チカの目の前で、魔獣が破裂する。

 「な、何が起こった?
  何者の仕業だ!?」

思い掛けない事に驚愕する彼女の頭の中に、再度ワーロックの声が響く。

 (貴女が為した事です)

 「私が!?」

 (貴女の良心が、あの母子を救った)

 「適当な事を言うなっ!
  そんな事がある物か!」

 (嘘ではありません。
  その証拠に、私の声が届いている……)

 「お前は何を言っている!?」

 (私は貴女の良心に働き掛けているんです)

 「巫山戯るなっ!!
  この詐欺師め!
  姿を現せ、卑怯者!!」

チカは彼の言う事を、真剣に受け止めなかった。
全て自分を惑わす為の、偽りの言葉だとしか思えなかった。

78 :創る名無しに見る名無し:2016/12/16(金) 19:33:19.05 ID:Li38ISkw.net
チカにはワーロックの魔法が何なのか、皆目見当が付かない。
未だに魔力の流れは感じない。
その意味不明さは、彼女の師アラ・ハマラータ・マハマハリトを思い出させるのだが、
断じて認める訳には行かなかった。
敬愛する師の高みに元共通魔法使いが近付く等、あってはならない、許し難い事であった。
苦し紛れに、チカはワーロックを挑発する。

 「隠れた儘なら、それも良いだろう!
  だが、それでは村民を救う事は出来ないぞ」

 (……その通り。
  私一人では厳しいでしょう)

素直に認める彼が、チカは不気味だった。

 「どうする積もりだ?」

 (助けてくれませんか?)

意外な嘆願に、チカは暫し言葉を失い、そして嘲笑った。

 「フフ、馬鹿め!
  敵の協力を期待するのか!」

 (人として『悪』を憎む本質があれば、共通魔法使いや外道魔法使いと言った区別は無意味な筈。
  誰が行おうとも非道は非道、許される道理はありません。
  未だ『悪』を憎む心があるなら――)

 「綺麗事だな!
  報いを受けろ、共通魔法使い!」

 (貴女は非道を見過ごすと言うんですか?)

 「私は同盟の一員で、共通魔法使いは倒すべき敵だ」

 (――ならば、容赦はしません)

話し合いは物別れに終わる。
ワーロックが仕掛けて来ると思ったチカは、身構えて攻撃を待ったが……何も起こらなかった。
足止めされたと彼女が気付くのは、数点後の事である。

79 :創る名無しに見る名無し:2016/12/17(土) 18:06:50.11 ID:ZWs4f07y.net
フェレトリの魔獣に追い立てられた村人達は、外郭門の前に集まっていた
そこではレノックの音楽魔法の結界が、城門を越えて張り出している。
フェレトリの魔獣は音楽結界の中で、動きが鈍る。
下僕の魔獣を通して、間接的に音楽結界の存在を感知したフェレトリは、霧化して城門前に移動した。

 「何だ、これは?
  音楽が聞こえる……。
  城の外か」

彼女はマトラに思念を送る。

 (マトラ公、結界が一部浸食されている様であるが?)

 (案ずるな、城門を破る程ではない)

マトラの返答を聞いたフェレトリは、自ら音楽結界の中に踏み入った。
彼女が侵入した事で、明らかに結界が弱まり、狭まる。
音楽が小さく、空気が重たくなって行く。

 「残念であったなぁ。
  最早、逃げ場は無いぞよ」

そこへ再びワーロックが現れる。

 「待てっ!」

 「はぁ、又そなたであるか……。
  先程と言い、一体何をしに来たのか?
  まあ良い、先ず、そなたを血祭りに上げてくれよう。
  お前達、掛かれ!」

フェレトリは小手調べに、ワーロックに対して3匹の魔獣を差し向けた。

80 :創る名無しに見る名無し:2016/12/17(土) 18:10:21.40 ID:ZWs4f07y.net
猟犬の様な魔獣達は、慎重な足運びでワーロックを取り囲む様に移動する。
ワーロックはロッドを構えて、内1匹に向かって走り出した。

 「鋭(えい)ッ!」

気合一閃、鋭い突きが魔獣に向かって伸びるが、後退して避けられる。
その隙に、後方から別の魔獣が襲い掛かる。

 「くっ!」

ワーロックは素早く反応し、ロッドを大きく振り回して、迎撃した。
ロッドの先端が見事に魔獣の顔を捉えるが、しかし、手応えは無い。
魔獣は水風船の様に破裂して飛び散り、少し離れた所で再び元の姿に戻る。
驚愕するワーロックを、フェレトリは嘲笑った。

 「ホホホ、我が下僕に、その様な原始的な攻撃は効かぬよ」

彼女は新たに魔獣を1匹呼び、足元に蹲らせ腰掛ける。

 「踊れや踊れ。
  優美に踊り切れたならば、見逃してやらぬ事も無いぞえ」

そして闘技場の観客の様に囃した。
所が、その余裕は長く続かない。
ワーロックのロッドを口中に食らった魔獣が飛び散る。
そこまでは先と何も変わらないのだが、驚いた事に魔獣は液化した状態から再生しない。

 「ム、どうした?」

フェレトリは自身の制御下にある不死身の魔獣が、復活出来なくなっている事に不安を感じた。

81 :創る名無しに見る名無し:2016/12/17(土) 18:13:49.70 ID:ZWs4f07y.net
 「又、能力の不調かぇ……。
  偶然ではない?」

ここで初めて、彼女はワーロックが何か仕掛けたのではないかと思う。
3匹居た魔獣は既に残り1匹。
主の動揺が伝わったのか、恐れと言う感情を知らない筈の魔獣が尻込みしている。
フェレトリは下僕の代わりに進み出た。

 「無能は芝居か、それとも……?
  フーム、解らぬ。
  どう見ても無能ではないか」

ワーロックは片手でロッドを回しながら、彼女に詰め寄る。

 「お前達の目的が何かは知らない。
  だが、悪事を見逃す訳には行かない」

 「悪?
  そなたは何を言っておる」

優位が揺らぎ始めていると言うのに、フェレトリは未だ余裕を崩さない。
ワーロックが自分に危害を加えられるとは、露程も思っていない様子。
魔法資質が全てだと信じて疑わないのだ。

 「一山幾らの有象無象共を、どう扱おうが我等の勝手ではないか……。
  そなた等とて雑草や虫螻の命を一々気には掛けまい」

フェレトリは無防備にワーロックに近付いた。

 「文句があるならば、力尽くで言う事を聞かせれば良かろう。
  『出来れば』の話ではあるが……。
  どうした?
  やってみせよ」

女の姿をした物を傷付けるのに、ワーロックは抵抗があったが、やらねばならぬと心を決めて、
雷火の如く素早くロッドを打ち下ろす。

82 :創る名無しに見る名無し:2016/12/17(土) 18:16:02.05 ID:ZWs4f07y.net
ロッドはフェレトリの体を袈裟懸けにするが、やはり手応えは無い。
立体映像の様に、実体が無いのだ。
彼女は地上に姿を投影しているに過ぎない。

 「ホホホ、無能らしく如何にも芸の無い事。
  ……ん?」

高笑いしたフェレトリは、少し経って異変に気付く。

 「血が、体が元に戻らぬ!?
  何故、何故っ!?」

彼女は体を霧化させたまでは良かったが、そこから再び固体に戻れなくなっていた。

 「魔法か、能力か、否、どうなっておる!?
  そなたの技か?
  違うな、そなたではない!
  では、誰ぞ!?」

 「お前には解らないだろう。
  大人しく帰れ」

ワーロックが冷たく言い放つと、フェレトリは激昂する。

 「無能がっ!
  そなたの能力ではあるまい!」

 「そうだな」

浅りと彼が肯定したので、フェレトリは益々驚くと同時に、怒りを深める。
だが、何も出来ないのだ。
「魔法資質が封じられている」――と言うと、語弊がある。
確りと魔力は感じられるのに、行使だけが出来ない。
意識はあるのに、体が動かない状態と似ている。

83 :創る名無しに見る名無し:2016/12/18(日) 19:31:54.28 ID:IFeUnofE.net
ワーロックはフェレトリを無視して、城門に向かって歩き出す。
フェレトリは屈辱を感じたが、今の彼女には為す術が無い。
助けを呼ぼうにも、思念が送れない。
素直に逃走すれば良いのだが、無能相手に退く事は恥だと言う思い込みがある。

 「な、何をする積もりであるか?
  ……正か、城門を?」

マトラの力を得た魔城は、人間如きに破れる物ではないと、フェレトリは信じている。
しかし、ワーロックに伴う不可解な現象が、城門に何らかの作用を及ぼす可能性は捨て切れない。
普通、魔法とは魔力を利用する物で、発動には必ず魔力が「動く」。
その魔力に変化が無いと言う事は、不可視の攻撃を受けるに等しい。
「魔法でない何か」としか思えないが、当然「物理現象」では有り得ない。
これは最早恐怖である。
ワーロックが城門前の村人達の間に分け入ろうとした時、サタナルキクリティアが上空から現れた。

 「フェレトリ、何を呆っと見てるんだ?
  人間から血を奪うんじゃなかったの?」

彼女は地上に降りて、フェレトリに尋ねる。
ワーロックは足を止めて振り返った。
2人目の悪魔の登場。
フェレトリは焦りを声に表してワーロックを指し、サタナルキクリティアに忠告する。

 「此奴(こやつ)は只者ではない!
  何か恐ろしい物が付いておる!」

 「此奴って、こいつ?」

サタナルキクリティアは今一度ワーロックを凝視した。

84 :創る名無しに見る名無し:2016/12/18(日) 19:41:31.11 ID:IFeUnofE.net
……やはり、何も変わった所は無い。

 「よく分からないな。
  加護がある様にも見えない。
  チカの奴も言っていたが、『これ』に何が出来るのか……」

彼女の態度は、少し前までのフェレトリと全く同じだ。
魔法資質が低く魔力を纏わないワーロックを、取るに足らない存在だと侮っている。
サタナルキクリティアは小首を傾げつつ、ワーロックや村人達の方へと歩を進める。
村人達は城門に押し掛ける様に逃げ固まり、ワーロックは逆に進み出てロッドを構えた。

 「一つ疑問がある。
  フェレトリを抑える程の能力があるなら、何故戦わないのか?
  不意打ちして、確実に戦力を削ぐ方が良いのでは?
  態々警戒されに、堂々と姿を現す理由とは?」

サタナルキクリティアは徐々に人外の本性を表す。
少女の体は忽ち大人と変わらない程に成長し、額からは捩れて反り返る3本の角が生え、
爪と歯は鋭く尖り、仙骨からは長く太い尻尾が伸びる。

 「その辺りに仕掛けがありそうだけど、どう思う?」

彼女はワーロックに直接尋ねた。
行き成りの事に彼は戸惑い、声を詰まらせる。

 「答える訳が無いか」

サタナルキクリティアは尻尾を鞭の様に撓らせて地面を数回叩くと、村人達の中から1人の子供を、
念力で引き寄せた。

85 :創る名無しに見る名無し:2016/12/18(日) 19:44:41.37 ID:IFeUnofE.net
あっと言う間に、彼女は子供を抱き寄せて拘束する。

 「あの時、抑えられたのはフェレトリだけ。
  そこで私は考える。
  こいつの能力は複数相手でも発動するのか?」

 「ミラクル・カッター!!」

サタナルキクリティアが言い終わるが早いか、ワーロックはロッドを繰り、不可視の魔法の刃で、
彼女の腕を切断した。
奇跡的に子供には傷一つ無く解放される。
刃の痕はサタナルキクリティアの腕に留まらず、胴体をも半分切り裂いている。
丸で子供だけを擦り抜けたかの様に。
普通の生物なら致命傷になる一撃だが、悪魔のサタナルキクリティアには余裕がある。

 「参ったね……。
  でも、弱点は見付かった」

落ちた腕は黒煙を上げ、彼女の傷痕に纏わり付いて、新しい腕となり再生する。

 「やはり、一度に抑えられるのは1人だけの様だな」

サタナルキクリティアは落とした子供の頭を鷲掴みにして持ち上げ、その首に鋭い爪を突き付けた。

 「妙な真似はするな。
  少し手元が狂えば、子供の首が飛ぶかも知れないぞ」

迂闊な行動を取る訳には行かず、ワーロックは歯を食い縛る。

86 :創る名無しに見る名無し:2016/12/18(日) 19:51:47.38 ID:IFeUnofE.net
子供は恐怖で声も出せない。
サタナルキクリティアは満足気に深く笑み、ワーロックに命じた。

 「先ずは、フェレトリの能力の封印を解いて貰おう。
  あれでも一応仲間だ」

ワーロックは動けない。
ここでフェレトリを解放したら、惨事になるのは目に見えている。

 「どうした、早くしろ。
  子供を見捨てるのか?
  それでも構わないぞ」

サタナルキクリティアは脅迫が言葉だけの物では無い事を示す為に、子供の腹に爪を突っ込んだ。
鮮血が滲み、地に滴る。

 「ギャァッ、ウゥ……」

子供は短い悲鳴を上げた後、震えながら呻き、痙攣する。

 「止めろ!!」

ワーロックは叫ぶが、サタナルキクリティアは聞く耳を持たない。
爪を更に深く刺し、内側から抉り始める。
小を殺して大を生かすべきか、他に良い知恵は無いのか、ワーロックは迷う。
そこにチカが到着し、状況は益々悪くなる。
サタナルキクリティアはチカに言った。

 「チカ、奴の奇妙な能力の『機巧<カラクリ>』が1つ判ったぞ。
  どうやら一度に1人分の能力しか封じられない様だ。
  中々面白い仕掛けだが、多対一では敵うまい」

話している間に、子供は失神し呻き声すら上げなくなる。
サタナルキクリティアは奇怪な魔法で、子供の意識を回復させた。

 「この程度で気絶して貰っては困るよ。
  命の限り、苦しみ、泣き叫べ。
  出来るだけ同情心を惹く様にな!」

子供は泣きながら咳き込んで、血の泡を吐き続ける。

87 :創る名無しに見る名無し:2016/12/19(月) 19:47:18.28 ID:X0i2MaNs.net
ワーロックは怒りよりも、恐怖を覚えた。
悪魔に対する恐怖ではなく、人の命が失われる事への恐怖。
この儘では、子供が死んでしまう。

 「や、止めろ!
  こんな事をして、何とも思わないのか!?」

 「思わない訳が無いだろう。
  ――フフッ、実に良い気分だ!
  人間と言う物は、面白い反応をするなぁ!」

 「悪魔めっ!」

 「そうさ、悪魔だとも。
  しかし、人間とは解らない。
  役立たずなんか見捨てれば良いのにね。
  子供1人死んだ所で、後で幾らでも生めるだろう?」

サタナルキクリティアは態と彼を挑発する。

 「命は1つ、それは皆同じだ!
  大人も子供も無い!」

 「馬鹿な奴だ。
  等価な命なんて、ある訳が無い。
  お前達だって、自分の命が可愛いだろう?
  私の要求に応じないのが、何よりの証拠だ」

ワーロックは怒りと焦りを露にし、フェレトリに掛けていた魔法を解いた。

 「これで良いだろう!?
  早く子供を解放しろ!!」

所が、サタナルキクリティアは子供を放したかと思うと、今度は足で踏み付ける。

 「本当に応じるとは思わなかった」

驚嘆しつつも、子供を甚振る事は止めない。

88 :創る名無しに見る名無し:2016/12/19(月) 19:49:01.61 ID:X0i2MaNs.net
彼女は村人達を一覧した。

 「こいつ等だって思ってる筈だ。
  子供の命なんか、どうだって良い。
  早く自分達を助けてくれと。
  口先では正義だ、愛だ、人情だと言っても、所詮その程度。
  性根は私達悪魔と何も変わらない」

侮辱の言葉に、村人達の内、血気盛んな幾人かが憤り、前に進み出る。

 「んな訳あるかっ!
  この外道が!」

 「黙っとれば、好き勝手言いくさって!」

 「田舎侍にも意地は有らぁ!
  武士道見さらせ!」

彼等は敵わないと知りながら、捨て鉢になって、サタナルキクリティアに向かって駆け出す。
しかし、フェレトリの不可視の力で直ぐに動きを止められてしまう。
サタナルキクリティアは嘲笑した。

 「滓が幾ら集まっても、私達には及ばない!
  強者には弱者を蹂躙する権利がある!」

 (愚かでも、正しい事の為に動ける者を見殺しにしては行けない。
  もし見過ごせば、人の心から『正しさ』は失われ、恐怖や欲望に容易く屈するであろう)

突如ワーロックの頭の中に、力強い言葉が浮かんで響く。
それは天啓か、それとも内なる良心の訴えか?
誰も死なせては行けないと言う思いが、彼の中で強くなる。

89 :創る名無しに見る名無し:2016/12/19(月) 20:01:54.71 ID:X0i2MaNs.net
だが、悪魔2体と魔法使い1人を相手にするのは困難だ。
2対1でも厳しいと言うのに……。

 (一人ではない)

弱気になるワーロックの頭の中に、又も言葉が浮かぶ。

 (一人ではない?
  確かに、村人も居る。
  だけど……)

村人達では悪魔に対抗出来ないと、彼は首を横に振った。
そして、チカを睨む。

 「くっ、貴女も奴と同じなのか!?
  弱き者を嘲笑い、踏み躙る事に喜びを見出すのか!!」

彼女は無表情の儘、顔を背けて、何も答えなかった。
多少は良心の呵責を感じているが、味方をする積もりは無いと言う事だ。
サタナルキクリティアは得意になって、劣勢のワーロックに言う。

 「ククク、強い者が弱い者を支配する、それは人間とて同じ事ではないか!
  いや、人間は疎か、動物や植物でさえも!
  猫が鳥や鼠を甚振る事を、咎められるか?
  出来はしまい!」

 「私達は人間だっ!!
  弱者を弄び、強者に媚びるだけの獣ではない!」

ワーロックは反論したが、悪魔には通じない。

 「人間が如何程の物だと言うのだ?
  下らない幻想は捨てろ。
  強者が世を支配し、弱者は隷従するか、隠れて生きる……それが真理!
  生きとし生ける物は皆、力の理論に仕える奴隷なのだ。
  恨むなら、己が無力を恨め。
  弱者が強者に歯向かう事は許されぬ。
  強者に諂い、心を委ねよ。
  お前達人間は、私達悪魔の家畜でおれば良い!」

それが彼女の本音だと言う事に、チカは内心で衝撃を受けた。
悪魔達は魔法使いの味方ではなく、地上を支配する為に降臨したのだ。

90 :創る名無しに見る名無し:2016/12/20(火) 19:47:55.87 ID:LNeSDAuR.net
フェレトリは冷たくも甘い、アイスト・ティーの様な声で囁く。

 「家畜には家畜の幸福があろう。
  我等とて従順な物を虐げる事はしない」

邪悪な誘惑に村民が流されない様に、ワーロックは即座に大声で掻き消した。

 「黙れっ!!」

力で全てを支配する事に、恥も躊躇いも無い物達を許してはならないと、彼は強く心に決めた。
己が力の奴隷ではないと、家畜ではないと言うならば、行動で示さなくてはならない。

 (立て、立ち上がるのだ)

内なる声が呼び掛ける儘に、ワーロックは立ち向かう。

 「お前の様な奴には負けん!!」

義憤を心を支える杖として、行かねばならぬと自らを奮い立たせる。
今こそ魔法を使う時だと。
ワーロックが立ち上がる事で、村人達は彼の勝利を願う。
人々の意識が1つの巨大な力になって、彼の魔法と調和する。

 「ソォーラー・ウィンングッ!!」

背中に負った魔力の翼は、人々の祈りを受ける『吸熱板<インヘイラー>』だ。

 「ヘイローサンバースト!」

翼が放つ眩い後光は祈りの輝き。

 「レェイディエェント・フラァーッシュ!!」

光の洪水が悪魔達を押し流す。
神が人の為に与えた力は、聖君でない物でも扱う事が出来る。
祈りを集める聖君でない物……――それは「偽聖君」と呼ばれる存在だ。
奇跡の光を浴びた2体の悪魔は焼け付く様な痛みを受け、逆に人間は傷が回復する。

 「い、痛いっ!?!?
  悪魔が痛みを感じさせられるなんて!
  な、何だ、この力は!?」

サタナルキクリティアは未知の力に驚愕した。
フェレトリも別の意味で驚愕する。

 「馬鹿なっ、この時代に聖君が!?
  奴が聖君だと!?」

2体の悪魔は強い力の光に曝され続け、終には呑み込まれて意識を失った。

91 :創る名無しに見る名無し:2016/12/20(火) 19:51:28.23 ID:LNeSDAuR.net
同時、御殿のバルコニーで城門周辺を見張っていたマトラも、聖なる輝きを見た。

 「あれは……。
  神聖魔法使いは絶滅した筈では?
  ヴァールハイト、後を頼む」

彼女はゲヴェールトに御殿の守りを任せ、事実を確かめに黒の翼を広げてバルコニーから飛ぶ。

 「お待ち下さい」

 「控えろ!」

ディスクリムが慌てて呼び止めるが、マトラは一喝して退ける。

 「あれが本当に聖君ならば、お前の敵う相手ではない」

そう言われては、ディスクリムには何も出来ない。
マトラは真っ直ぐ外郭門へと飛び立った。
眩い輝きを纏ったワーロックは、マトラの登場に目を剥く。
鳴石に忠告された、「黒髪で青肌の女」が現れたのだ。
しかし、ここで逃げる訳には行かない。
村人達を背に、彼の翼は一層激しく煌るく燃える。
地上に降りたマトラは翼を畳み、眩しそうに手を顔の前に翳すと、その目をワーロックから、
背後の村人達に移した。

 「どうやら招かれざる者が、城内に紛れ込んだ様だな」

そう彼女が言うと、村人達の間から、白い女が進み出る。
神聖魔法使いのクロテアだ。
何時の間に、村人達に紛れていたのかと、ワーロックも驚いた。
マトラはクロテアに向かって言う。

 「神の介入があるとは、思わなかった。
  人間を見捨てたのではなかったか?」

 「神は何時でも私達を気に掛けておられます」

対するクロテアの答は婉曲だ。
マトラは彼女から明確な言葉を引き出そうと、更に尋ねる。

 「どうして姿を隠していた?」

 「今は神の時代では無いのです」

 「しかし、結局こうして姿を現した」

マトラはワーロックの力がクロテアによって与えられた物だと予想していた。
それはチカも同じで、彼女は一切の奇妙な現象の正体が判明したと思い、安堵した。

92 :創る名無しに見る名無し:2016/12/20(火) 19:55:03.70 ID:LNeSDAuR.net
所が、クロテアは否定する。

 「いいえ、私も神も何もしていません。
  あの者達を止めたのは、人の心、人の意志。
  あの者達は、人間に屈したのです」

 「神の力ではないと?」

 「はい、貴女の言う通りです。
  そして、貴女も人の前に屈するでしょう。
  今日、私は良き物を見届けました。
  貴女の前に私が現れるのは、恐らく今日が最後」

クロテアの物言いに、悪魔公爵が侮られた物だと、マトラは気分を害した。

 「随分と人間を買い被って――」

この場で戦ってみるかと、彼女が少し向きになった瞬間の出来事である。
行き成り背後の本殿の一部が、轟音と共に崩壊した。
天地を裂く様な雷鳴の如き咆哮と共に、巨大な『黒竜<ブラック・ドラゴン>』が城の中から現れる。
黒竜は荒れ狂い、闇雲に暴れ回って、城を破壊して行く。

 「ニージェルクローム……?」

マトラは唖然として、崩れ落ちる己が城を見詰める。
数極して、正気に返った彼女は、クロテアを睨んだ。

 「あの、私の仕業ではありませんよ?」

クロテアは困惑して言い訳する。
マトラは苛立ち、吐き捨てる。

 「えぇい、黒竜を抑え切れなかったか……!
  ハァ、今日の所は試運転に過ぎぬ。
  何れ再び見えよう。
  皆の者、撤退するぞ」

彼女は辺りを黒い霧で包んだ。
フェレトリもサタナルキクリティアもチカも、霧の中に消えて行く。
村を囲んでいた城壁も、黒い霧へと気化して萎んで行く。
暫くして霧が晴れた後には、元通りに村だけが残った。

93 :創る名無しに見る名無し:2016/12/21(水) 08:15:38.40 ID:St7Hej6q.net
あげ

94 :創る名無しに見る名無し:2016/12/21(水) 19:39:53.04 ID:u2LTsfzz.net
城門を隔てて直ぐ近くに居た、村人達と執行者達が対面する。
執行者達は村人達に駆け寄り、先ず退避を促した。
魔城は消えたが、未だ何が起こるか分からない。
村人の中には安堵の余り、脱力したり、気絶したりする者も居る。
怪我人は保護され、全員で詰め所へ。
ワーロックは密かに集団から離れて、鳴石を回収しに向う。
祈りの翼は、魔城が消えて村人達の意識が散ったと同時に失われており、目立つ事は無かった。
彼の後を追って、レノックが声を掛ける。

 「待ってくれ、ワーロック!
  一体何が起きたんだ?」

 「私にも何が何だか……。
  よく解らない内に、撤退されてしまいました。
  でも、今日の所は試運転だとか……。
  次に現れる時は、より強力になって戻って来るんだと思います」

 「『試運転<テスト・オペレーション>』、成る程。
  所で、どこへ行こうとしてるんだ?」

 「鳴石さんを回収しに」

 「回収?
  持って行かなかったのかい?」

驚くレノックに、ワーロックは気不味そうに小声で答えた。

 「潜入が暴(ば)れてしまって、中の情報を先に皆さんに伝えなければと思い……」

95 :創る名無しに見る名無し:2016/12/21(水) 19:42:13.13 ID:u2LTsfzz.net
レノックは更に驚く。

 「暴れたのか!?
  よく無事だったなぁ」

 「ええ、まあ、色々あって……。
  神聖魔法使いの……誰でしたっけ?
  クロー……ディア……じゃなくて、クロ何とか?
  彼女に助けられました」

 「クロテア?」

 「ああ、そう、クロテアさんです。
  彼女が居なければ危ない所でした」

ワーロックは自分の活躍を伏せて、クロテアに全ての功績を押し付けた。
事実、彼女が居なければ、マトラは撤退を決断しなかったかも知れないので、嘘では無い。
しかし、レノックは素直に頷かず、疑問を呈する。

 「神が介入したのか?」

 「神がって言うか……。
  悪魔の非道を見兼ねて、助けてくれたんだと思いますよ。
  村人は勇敢でしたし、旧暦の聖君ってのは、人々の窮地に駆け付けるんでしょう?
  そんなに気になるなら、本人に聞けば良いのに」

 「聞けばって?」

 「村人の中に居た筈ですよ」

 「あー、そうなの?
  気付かなかったよ」

 「気付かなかったって……。
  何だかなぁ……っと、この辺りです」

話している内に、2人は鳴石が落ちた場所に着いた。

96 :創る名無しに見る名無し:2016/12/21(水) 19:44:43.64 ID:u2LTsfzz.net
早速、レノックは大声で呼び掛ける。

 「おーい、鳴石くーん!
  返事をしてくれー!」

 「ここだー、レノーック!!」

彼と同じ、しかし、少し慌てた声が、少し離れた草叢の中から聞こえた。
音の魔法を使うレノックは、一発で正確な位置を把握して、真っ直ぐ鳴石の元へ向かう。

 「レノーック、大変なんだー!
  早くしないと、ワーロックが殺される!」

 「はい、はい。
  その件は片付いたよ。
  ワーロックは無事だから安心しなって」

彼は鳴石を宥めながら拾い上げ、懐に仕舞った。
以降、鳴石は一声も上げない。
ワーロックは心配して、レノックに尋ねた。

 「鳴石さん、どうなったんです?」

 「鳴石君は僕の『分身』だ。
  元の一つに戻ったに過ぎない」

 「あぁ、本当に『分身』なんですか……」

 「何だと思ってたんだい?」

 「腹心や相棒の比喩だと」

 「君は人間だからね」

レノックは一息吐いて、改めて切り出す。

 「さて、一緒に詰め所まで行かないか?
  村を救った英雄様」

彼は鳴石の記憶を完全に引き継いでいた。

97 :創る名無しに見る名無し:2016/12/21(水) 20:19:05.16 ID:fJ7AcEEt.net
鳴石くんかわいいw

98 :創る名無しに見る名無し:2016/12/22(木) 19:30:45.99 ID:yOX/0uaG.net
ワーロックは困り顔で断る。

 「いえ、そう言うのは全部終わってからで良いでしょう。
  あれこれ説明するのは面倒臭いですし、拘束されたくないです」

 「その面倒臭いのを、僕に押し付けようってのかい?」

 「済みません」

レノックは大きな溜め息を吐いた。

 「表彰して貰えるかも知れないのに」

 「大して褒められる様な事はしていませんよ。
  潜入を引き受けたのも嫌々、仕方無しです。
  第一、表彰なんて堅苦しいだけでしょう」

ワーロックが頑なに魔導師会を遠ざけるのは、息子ラントロックの事がある為だ。
息子が反逆同盟の一員として、社会に迷惑を掛けているのだから、これを止めるのは当然である。
事の起こりが身内の問題なのだから、解決して称えられるのは自作自演の様な物だ。
そうした意識が彼に引け目を感じさせ、英雄として扱われる事を拒ませている。
素直に魔導師会と協力しないのも、息子を逮捕されるかも知れないと言う恐れから。
息子を前科者にしたくないと言う浅薄浅量な親心が、内々での解決を優先する姿勢に繋がっている。
ワーロックの本当の事情を知らないレノックは、呆れ顔で小さく唸った。

 「段々魔法使いらしくなって来たね」

 「止して下さい」

褒めるのでも貶すのでも無く、感慨深気に言われて、ワーロックは眉を顰めるのだった。

99 :創る名無しに見る名無し:2016/12/22(木) 19:37:35.68 ID:yOX/0uaG.net
他方、同盟の拠点に帰還したチカはマトラに尋ねる。

 「マトラ、貴女達の真の目的は、地上の支配なのか?」

 「真の目的?
  私はフェレトリやクリティアとは違う。
  人間を支配する事に、然程興味は無いよ」

マトラは鷹揚に笑って答えた。
チカが不信を露に睨み付けると、彼女は誤解の無い様に説明する。

 「もしかしたら、フェレトリやクリティアは地上を支配する事が目的なのかも知れない。
  しかし、それは私の本意では無い事を解って貰いたい。
  だからと言って、止めようとも思わないが」

その言い分は冷淡だ。
チカは物申さずには居られない。

 「貴女自身の目的は何だ?」

マトラはチカの目を真っ直ぐ見詰める。

 「貴女と同じく、共通魔法社会を打倒する事。
  魔導師会は強い。
  味方を選んでいる余裕は無いのだ」

 「打倒して、その後は?」

チカの疑問に、彼女は声を抑えて笑う。

 「何も考えて等いない。
  そう、貴女と同じく」

チカは馬鹿にされたと感じたが、反論は出来なかった。
事実、その通りだったのだ。

100 :創る名無しに見る名無し:2016/12/22(木) 19:40:21.52 ID:yOX/0uaG.net
彼女は憤りを隠して、マトラに告げる。

 「共通魔法使いは憎いが、人を残虐に甚振るだけの行為は好まない」

 「大虐殺を行った者の言葉とは思えないな」

マトラは大袈裟に驚いて揶揄った。
チカは怯まず淡々と言い返す。

 「皆殺しと、虐め殺す事は違う」

 「何が言いたいのだ?
  死んでしまえば、どちらも変わるまいに」

 「殺し方は殺す者によって変えるべきだ」

頭の狂(いか)れた発言に、マトラは堪らず噴き出して、大笑いした。

 「フフッ、ホッホッホッホッホッ……。
  自分が何を言っているのか、解っているのか?
  『苦しめずに殺してやれ』と宣うなら未だしも、『相手によって殺し方を選べ』と来たか!
  殺人趣味者かな?」

チカが怒りの篭もった目で鋭く睨んでも、彼女は構わず笑い倒(こ)ける。

 「殺人に妙な拘りを持つのは、生粋の人殺しだよ」

 「……どう思われても構わない。
  だが、これからも悪趣味な行いが目に余る様なら、私は同盟とは縁を切る」

強気なチカの宣言に、マトラは呆れた。

 「『好きにすれば良い』としか言えない。
  信念を持つのは勝手だが、私に言われても困る」

マトラはチカの離反をも許容する。
彼女の事を同盟として欠かせない戦力とは見ていないのだ。
チカは己の無力さを悔い、その場から無言で立ち去った。

101 :創る名無しに見る名無し:2016/12/23(金) 18:18:30.64 ID:5xXrDv5L.net
魔城事件の後、魔導師会は公式に声明を発表した。
「凶悪な外道魔法使いの集団が召喚術を試した」と。
同時に、その集団は過去の「解放者」に並ぶか、それ以上の脅威であると宣言。
魔城が突如出現した事は隠し通せる物ではなく、個人の仕業と片付ける事も出来なかったが故、
可能な限り「常識的な範囲」で説明したのだ。
しかし、そこまで認めていながら、「反逆同盟」の名は伏せられた。
巨人魔法使いが起こした、3つの重大事件との関連にも言及は無し。
事件が起きた原因を、魔導師会は「共通魔法結界が不十分だった為」と結論付けた。
ビショー村は都市部から離れており、魔法暦100年に地元魔導師会が簡易な結界を張ったのみで、
以降は結界を維持する程度に留まり、結界を新規に張り直したり、強化したりしなかった。
そこを狙われたと言うのだ。
何度か結界を一新する機会はあった物の、民家や重要施設、道路の配置を変更しなければ、
強力な結界は張れず、それを実行するには費用面の負担が大きいとして、何れも頓挫していた。
最初から共通魔法結界を意識して設計された、『計画都市<デザインド・シティ』とは違い、
既存の集落を後から共通魔法結界に合わせて改造する事は、困難な場合が多い。
だが、それでも長い年月で人の生活が変わらないと言う事は無い。
少しずつでも結界を強化していれば、事件自体は防げなくとも、この村が標的になる事は無かった。
共通魔法結界の改良を怠ったボルガ魔導師会には、幾らかの非があるとされた。

102 :創る名無しに見る名無し:2016/12/23(金) 18:20:48.14 ID:5xXrDv5L.net
魔導師会の発表以外からも、事件の真相を追究しようと言う動きが、ジャーナリスト達にあったが、
村人達の証言は余り本気にされなかった。
白昼に城が出現したのは、「召喚術の結果」。
それは良いとして、犯人に就いて村人達は口々に「悪魔」と言う表現を用いた。
「悪魔の様に冷酷な者」と言う比喩ではなく、その儘の意味で「悪魔」だと。
村人達が直接会ったのは、見た事も無い魔法を使う4人の女と1人の男。
男は背が高く痩せ型で、自ら村人達に危害を加える事はしなかった。
女の内1人は悪魔を名乗る少女で、化け物に変身し、村人を虫螻の様に扱った。
悪魔を名乗る女は2人居て、もう1人の彼女は奇怪な魔法を使い、村人を苦しめた。
残る2人の女は男と同じく、直接村人に危害を加えていない。
これをジャーナリスト達は、以下の様に解釈した。
見た事も無い魔法に就いては、「未知の外道魔法」と片付けられる。
姿が変わった事も、奇妙な生き物を使役していた事もだ。
自ら悪魔と名乗った事に関しては、「異常な信仰や妄想の為」と言える。
旧暦に居た悪魔崇拝者の様な物に違い無いと、一つ一つの情報を「常識」で片付け、
ジャーナリスト達は満足する。
面白半分で怪奇さを煽り、悪魔の出現だと騒ぎ立てるのは、低俗な雑誌記者の仕事だ。

103 :創る名無しに見る名無し:2016/12/23(金) 18:23:02.29 ID:5xXrDv5L.net
ジャーナリスト達は村民の内の数人から、「悪魔」以外にも俄かには信じ難い話を聞いた。
それは『救世主<サルヴァー>』である。
白い不気味な女と、余り印象に残らない中年の男。
悪魔達の暴虐から村を救った英雄。
悪魔達は白い女に対して、「神」が何の彼のと言っていたと、村人達は証言した。
神と悪魔とは、丸で旧暦の様な話。
ジャーナリスト達が魔導師会に2人の事を問い質すと、魔導師会の極秘任務の協力者だと言う、
回答が返って来た。
詳細は教えられないが、魔導師会は市民の安全確保の為に全力を尽くしていると。
この回答は様々な憶測を呼んだ。
魔導師会は外道魔法使いを味方に付けているのだろうか?
それとも禁呪に関連する者達だろうか?
情報を伏せられた儘では、魔導師会を完全に信用するのは難しい。
既に各地で外道魔法使いが事件を起こしており、市民に被害が発生している状況では特に……。
唯一大陸を何百年も支配して来た魔導師会の信頼は、少しずつ揺らぎつつあった。

104 :創る名無しに見る名無し:2016/12/24(土) 20:18:50.12 ID:hDHTyzyN.net
古代言語・古代エレム文字


現在ファイセアルスで使用されている文字の元となった物は、エレム語の文字であるエレム文字。
その元となった古代エレム文字は象形文字であり、文字の一つ一つに意味があった。
太古の正確な発音は不明だが、比較的新しい時代のエレム語に合わせて音が付けられている。
土地や人によって複数の発音があり、どれが元の音かは不明。

Δ  A(アッカ、アッツ) 炎の象形、「ア」の口の形=起こり、上昇、熱、最初、始め等の意味がある。
   精霊言語「△(火)」に対応。
W  B(ベル、ベート、ビー) 発芽の象形=生まれる、爆発、戦い等の意味がある。
   精霊言語「V(草、萌芽)」に対応。
   μの様な(筆記体の「u」にも似た)書き方もされる。
   草から植物、延いては森を表す事もある。
Ξ  U、H、S(ヒュー、スー) 風の象形=擦り抜ける、透明、軽い、飛ばす等の意味がある。
   精霊言語「=(風)」に対応。
F  H、F(フーテ、フティ) 羽・翼の象形=軽い、早い、飛ぶ、運ぶ、柔らかい等の意味がある。
   植物の葉や花弁の象形とも言われ、「Ξ(ヒュー)」の派生とされる。
   本来は角張っておらず、「ρ」の形に似る事もある。
H  I(イース、イーヨ) 笑顔の象形、「イ」の口の形=喜び、肯定、仲間、笑い等の意味がある。 
   精霊言語「Η(人和、握手の象形)」に対応。
Ο  O(オー、オール) 輪の象形、「オ」の口の形=丸い、大きい、包む等の意味がある。
   精霊言語「○(太陽、天体)」に対応していると思われる。
T  T(テュー、トール) 柱の象形=作る、人の手、人工の物、高い、蔓、伝う等の意味がある。
   精霊言語「エ(天地を繋ぐ物)」に対応。
×  M、N(ムン、ンン) 闇の象形=暗い、閉ざす、黙る、封じる、止める等の意味がある。
   閉ざした口の形とも言われ、「双」に似た「×」を2つ以上重ねる形もある。
   精霊言語「×(闇)」に対応。
从  Z(ザン、ズム) 牙の象形=痛い、鋭い、険しい、傷、尖った等の意味がある。
   「∧」を2つ繋げた形や、「M」に似た形もある。
〃  L(ルー、レイ) 水・川・雨の象形=冷たい、流れ、線、生命、下る等の意味がある。
   精霊言語「|||(水、川、雨)」に対応。
   斜線の記号「/」と区別する為に、「U」の様な形になった物もある。
・  E(エンテ、アンテ) 点の象形=「始まり」と「終わり」の相反する意味を持つ。
   そこから相反、曖昧、中間を意味する様にもなった。
   発音も曖昧。
   精霊言語「・(点、起源)」に対応。
□  K、Ck(カク、キン) 石の象形=固い、金属、角張っている、冷たい、弾く等の意味がある。
   精霊言語「□(土、石、岩)」に対応。
4  D、Zd(ドール、ズドゥ) 雷の象形=雷電、怒り、響く、激しい、割る等の意味がある。
   「Z」や「T」の様な書き方もされる。
Э  W、U(ウォー、ウー) 「ウ」の口の形=吠える、唸る、含む等の意味がある。
L  G(ガイ、ゲー、ジー) 壁の象形=支える、縋る、山、崖、頑丈、大きい、守る等の意味がある。
   異形に「├」、「─」、「┴」があり、元は大地の象形と思われる。
   「─」には押し黙る「グー」の意味もあり、閉じた口の象形とも言われる。
⌒  E(エー、ヘー) 蓋の象形、「エ」の口の形=嫌う、否定、笠、好ましくない等の意味がある。
   曲げる角度によって、嫌いの度合いを表現するとも言われ、「ヘ」の字形にもなる。
   形状から弧や屋根を表す事もある。

105 :創る名無しに見る名無し:2016/12/24(土) 20:29:57.27 ID:hDHTyzyN.net
≠  S、Sy、Sh(シュート、スー) 隙間を通る風の象形=鋭い、早い、擦る、吹く等の意味がある。
   「Ξ(ヒュー)」の派生。
c  C、Ch、Th、Q(チャット、クク) 小石の象形=小さい、細い、可愛い、弱い等の意味がある。
   文字も小さく、促音を表すのに使われる事もある。
   小動物の口を文字にしたとも言われる。
<  St(ストゥク、シュトゥ) 楔の象形=鋭い、刃物、突く、切る、分ける、向かう等の意味がある。
δ  P、Py、F(ピューク、フュー) 鳥の象形=騒ぐ、鳴く、煩い、喋る、吹く等の意味がある。
   「Ξ(ヒュー)」の派生と言われる。
   「d」の右上に嘴として小さな「>」を付けた、「♪」の様な形もある。
〜  M、N(ムー、ナー) 海、川面の象形=母、広い、生命、優しい、撓やか、静か等の意味がある。
   「L(ガイ)」の異形「─」の変形で、共に母を起源とする。
   「×(ムン)」の異形とも言われる。
Τ  Zg、Dz(ズガー、ズー) 「4(ドール)」の異形であり、意味も殆ど同じ。
   精霊言語「Τ(天から下りる物)」に対応していると思われる。
二  発音不明 天地の象形=分かれる、上下、切り離す等の意味がある。
   精霊言語「二(天と地)」に対応している。
φ  Ng、Nk(ウング、ウンク) 物が刺さった形=詰まる、留まる、呑み込む等の意味がある。
   元は狭い間隔の縦の2本線「||」の間に、「○」が挟まった形。
ひ  P、Pt(ポタ、プトー) 袋・壷の象形=置く、溜める、保つ等の意味がある。
   「U」に似た物もあれば、蹄型の物もある。
   形状から水滴を意味する事もある。
Ψ  Nt、Nd(アント、アンド) 手の象形=持つ、渡す、人、貰う、実行する等の意味がある。
   線を加えて、五本指の形にした字もある。
+  Kl、Cl(クルル) 輝きの象形=光る、裂ける、割れる、砕ける、閃く等の意味がある。
   「光を反射する綺麗な面」で、球、丸、曲面、鏡、滑らかの意味もある。
   形状から十字を表す事もある。
/ロ  Ts、C、Z(ツェツ、ツィク、ツォー) 物を叩く形=打つ、打ち合う、突く、弾く等の意味がある。
   左右反転したり、「□」の代わりに「○」や「c」が使われたりする。
   「c(チャット)」の派生と言われる。
卩  Ks(クスート) 斧・鉈・棍棒の象形=武器、強い、勝つ、守る、決める等の意味がある。
   「7」の様な形の物もある。
∵  J、Zy(ジュワイ、ジュジュ) 沸騰の象形=焼く、煮える、罰す、跳ねる、若い等の意味がある。
   本来は小さな丸が3つで、気泡が浮き出る様。
   「从(ザン)」の派生で、牙の痕を意味するとも言われる。

106 :創る名無しに見る名無し:2016/12/24(土) 20:31:46.02 ID:hDHTyzyN.net
÷  My(ミース、ミセール) 水面に映る物の形=真似る、似せる、謎、怪しい等の意味がある。
   「―」の上下は対称。
   「水」や「小」に似た形の物もあり、こちらは鏡の象形で、「|」の左右が対称。
   「〜(ムー)」の派生と思われる。
8  Gy(ギギ、ギュー) 物を絞る形=懲らしめる、搾取、奪う、締め付ける等の意味がある。
   本来は8ではなく、上に「`´」が飛び出している。
   「∞」の様になったり、8の上に「o」が追加されたりもする。
((|  V(ヴィーヴ、ヴィヴィ) 振動の象形=唸り、発声、脅威、脈動、震え等の意味がある。
   左右反転の「D」に「(」を足した物で、「(」は2つ以上足される事もある。
   反対向きにした「|))」もある。
し  Sw(スワー、スウィー) 杓子の象形=掬う、浚う、払う、片付ける等の意味がある。
   先端が「o」になって、二分音符を左右反転させた様な形の物もある。
∂  R(ロール、ルウォー) 巻物の象形=巻く、丸める、円、広がる、戻す等の意味がある。
   左右反転の「の」の様になる事もあれば、「e」の様になる事もある。
♯  Ss、Sh、Th(ススー、スシュー) 「≠(シュート)」の派生で、より狭い所を通る風の象形。
   細い、微かな、滑る等の意味がある。
大  M(モード、モンド、モール) 人体の象形=人間、動物、動く、生きる等の意味がある。
   厳密には「大」と異なり、横棒の両端が曲がって下がる。
   「大」の上に頭として「o」を乗せた形もある。
◇  Os、Us、O、On(オス、ウス、オ、オン) 菱形=主に名詞に付属して男性や雄を表す。
   角張った男性の体、或いは攻撃的な様子を表していると思われる。
∩  Es、As、A、I(エス、アス、エア、エイ) 竈の象形=主に名詞に付属して女性や雌を表す。
   こちらは料理をする、或いは家の中に居る女性が元と思われる。
)<  Ps、Fs(プスス、フスス) 空気が急速に抜ける様子の象形。
   抜け殻、空虚、病む、逃れる、抜ける、免れる、張り裂ける等の意味がある。
   逆に入り込む、注ぐ、与えるの意味もある。
   「♯(ススー)」や「≠(シュート)」の派生と思われる。
亅  Sk(スカード、スクアー) 傷の象形=棘、刺す、刻む、痛む、怪我、転がす等の意味がある。
   跳ねを大きくして「J」の様になったり、逆に跳ねて「レ」になったり、「メ」の様になったりする。
ロ<  Ph、Pf、Ff、Pw、Pf(プフール、フファー) 力を込めて物を押す象形。
   押す、引く、転がす、力を込める、持って行く等の意味がある。
   「□」が「○」になった物や、「<」が「←」や「∠」になった物もある。
   息を吐く様子を字にした物で、)<(プスス)の派生や異形であるとも言われる。

107 :創る名無しに見る名無し:2016/12/25(日) 18:23:05.80 ID:PjYKuK0P.net
cp  Hs、Fs(ハス、フス) 噴出する気体の象形=噴き出る、充満する、漂う等の意味がある。
   クローバー形や、左右対称の「3」を合わせた形もある。
丕  Ht、Ft(アフト) 物を押し上げる形=移す、持ち上げる、支える、運ぶ等の意味がある。
   「巫」の様な形や、「↑」の様な形もある。
ヤ  Kh、Kf、Ch、Cf(クフト、クヒト) 弓矢の象形=機械、弧、組む、横に飛ぶ等の意味がある。
   「4」に似ているので、横に飛ぶ雷の象形とも。
   本来は「ヤ」とは左右が逆。
Σ  Ms、Ns(ムスト、ムンス) 力む様子の象形=力強さ、躍動、前向き等の意味がある。
   発条(バネ)の象形とも。
   「Σ」の左右反転もあれば、互の様な形もある。
介  Sp(スパー) 飛散の象形=放射、拡散、飛び散る、広がる、切れる、鋭い等の意味がある。
   逆に収束や吸収の意味も持つ。
   向きによって、意味が大きく変わる。
_  「Ξ(ヒュー)」の派生。
=  Sh、Sf(スフール、シュファー) 層の象形=柔らかい、強風、重なる、切れる等の意味がある。
 ̄  「Ξ(ヒュー)」の派生。
-o  Sg(スグス) 移動する天体の象形=時間、短い、早い、抗い難い等の意味がある。
   「=(風)」と「○(太陽)」を合わせた物と思われる。
∴  Gs(グスト) 見えない物の象形=気体、幽霊、弱い物、不思議な力、愚か等の意味がある。
   「十」や「人」の交差している部分を無くした形の物もあり、こちらが元の形と思われる。
―  ^(エー) 長音符。
   長ければ長い程、長く伸ばす。
   読みは返事に困った時の「エー」、「アー」が元とされ、発音もアとエの中間。
   「・(エンテ)」、「⌒(エー)」の派生。

その他にもあるが省略する。

108 :創る名無しに見る名無し:2016/12/25(日) 18:29:27.15 ID:PjYKuK0P.net
古代エレム文字は基本的に、物や動作を絵にし、それ等に擬音語や擬態語を付けて作られる。
意味は「音から受ける印象」で決められる。
文字の中では、「風」と関連するS音とH音を含む物が最も多い。
これは音の属性が、風の領分だからと言われる。
古代エレム文字は、よく左右反転するが、これには明確な意味がある。
左が相手、右が自分であり、例えば「ロ<(プフール)」は「自分が押す」と言う意味。
逆の「>ロ」は「自分が押される」、「(自分以外の)誰かが押す」と言う意味になる。
状況によっては反転のみならず、横倒しになったりもするが、それにも意味がある。
残念な事に、時代が進むに連れて、本来の表意文字としての役割は薄れて行き、
次第に純粋な表音文字へと変化して行くと同時に、組み合わせ母音も使われなくなった。
これは単純に学習が面倒臭かったのと、他民族との交流による他言語の単語の流入で、
表意の意味合いが薄れた為と思われる。
異民族の侵略を受けた可能性もあるが、旧暦の事は定かでない。
古代エレム文字は、少なくとも3代聖君ディケンドロスの時代には、所謂「エレム語」に使われる、
「エレム文字」と殆ど同じ、「前エレム文字」になっている。
初代聖君の時代の書物は、古代エレム文字で描かれていたらしく、旧暦の学者でも、
解読には苦労したとある。
初代聖君時代の書物は、魔法暦以降は確認されていないので、どの程度「古代」なのかは不明。
文字が発明された時期も、同じく不明だが、前エレム文字からエレム文字への変遷は、
ある程度は明らかになっている。

109 :創る名無しに見る名無し:2016/12/25(日) 18:34:53.26 ID:PjYKuK0P.net
当時の歴史書(聖書)が正しければ、旧暦は戦争や災厄で何度も滅び掛けている。
3代聖君ディケンドロスの時代は人間同士の戦争、その後ディケンドロスが王となった後は大竜戦争、
4代聖君が竜との戦いを終わらせても、後の時代に新たな戦乱が起こる。
古い歴史書は殆ど残っておらず、魔法暦以降の人間は、比較的新しい時代の新訳版でしか、
旧暦の出来事を知れない。
文明ばかりか人類その物の存亡が危うかった時代も何度かあり、歴史の断絶は仕方無いが、
正確に翻訳されているか疑わしい上に、原本が失われて記憶のみを頼りに復元した物もある。
魔法大戦も又、数ある歴史の断絶の一である。
成果が見え難い、真相に辿り着けない、徒労である等の理由から、旧暦の研究は余り盛んでない。
先ず、考古学者を志す者が少ないのだ。
しかも、考古学者になったとしても、その活動は魔導師会の制限を受ける。
考古学者になろうと言う者は、禁呪の研究者になろうと言う者よりも、変人扱いされる場合がある。
周囲の声にも耳を貸さず、考古学者になった者は、故に意志が固い。
丸で選び抜かれた精鋭の様に、優秀な研究者が残る。

110 :創る名無しに見る名無し:2016/12/26(月) 20:25:11.15 ID:aBQYm9uX.net
3はファイセアルスでは困難の数字である。
1度目、2度目は容易くとも、3度目には困難が待ち受ける。
2人なら上手く行くが、3人だと問題が起こる。
2等分は簡単に出来ても、3等分は難しい。
2つ同時までは何とかなっても、3つ同時になると厳しい。
3は困難の数字である。

111 :創る名無しに見る名無し:2016/12/26(月) 20:26:09.17 ID:aBQYm9uX.net
巨人の最期


第四魔法都市ティナーと第三魔法都市エグゼラで起こった2つの巨人事件は共通魔法社会に、
重大な影響を与えた。
巨人魔法使いは魔法大戦で絶滅した筈の、代表的な外道魔法使いである。
市民は不安がり、中には世界の終末、第二の魔法戦争まで唱える者が現れる有様。
「魔法都市」が襲撃された事で、特に人口の多い都市部で動揺が大きかった。
外道魔法の排斥を訴えても、誰が外道魔法使いか分からない。
元々外道魔法使いの血筋だった者が、共通魔法社会に馴染んでいる事もある。
誰もが安心を得る為に、丸で戦地の様に敵と味方を区別したがった。
魔導師会はエグゼラの巨人事件で、市民の犠牲者が出ていない事を声高に主張し、
魔導師会が討たれようとも、市民の安全は必ず守ると宣言した。
しかし、エグゼラ魔導師会本部が襲われた事で、魔導師が標的になる可能性も排除出来ず、
市民は安心感を得る所か、逆に益々不安感を強めた。
流石に、魔導師を排斥する所まで暴走はしなかったが……。

112 :創る名無しに見る名無し:2016/12/26(月) 20:27:52.87 ID:aBQYm9uX.net
当の魔導師会は、巨人の次の標的を絞りに掛かっていた。
ティナーでもエグゼラでも、巨人は共通魔法社会の象徴的な建物を狙っていた。
そうなると次に狙われるのは……第四、第三と来ているから、第二魔法都市ブリンガーだろうか?
ブリンガーにある象徴的な物と言えば、先ず考えられるのがブリンガー魔導師会本部。
農産物コンテスト、競馬のDTF、狙う所は幾らでもある。
ブリンガーだけに目を奪われていては行けない。
四、三と来て、次は二だと思うのは安直だ。
裏を掻いて、ボルガやカターナを狙うかも知れない。
エグゼラやティナーに再来しないとも限らない。
行き成りグラマーを攻撃する事だって有り得る。
相手が単なる地下組織や無法者なら、もっと話は単純で楽なのだ。
魔導師会は、その気になりさえすれば、大陸中の地下組織を壊滅させられる。
それは「魔法」と言う物がある為だ。
地下組織の構成員は数こそ多い物の、個々の能力は高くない。
連携も魔導師に比すれば未熟だ。
巨人は違う。
目立つ容姿ながら、神出鬼没の上に、魔導師が束になっても敵わない程の魔法資質を持つ。
責めて出現の予兆を掴めれば良いのだが、それが出来ないから苦労している。

113 :創る名無しに見る名無し:2016/12/26(月) 20:29:00.36 ID:aBQYm9uX.net
市民の間では、魔導師会に対抗する外道魔法使いの「同盟」の噂が広がっていた。
魔導師会は反逆同盟の存在を公式に認めていないが、第二の巨人事件の後から、
人々の口に上り始めた。
漏洩元はエグゼラの魔導師だったが、確信があっての物ではなく、そんな物があるかも知れない、
あっても不思議ではない程度の考えだった。
エグゼラ魔導師会は、当人を厳重注意とした。
不確実な情報で、市民に予断を与えてはならない。
只でさえ、外道魔法使いへの風当たりは強くなっているのに、これ以上差別的な考えが広まり、
市民による迫害が始まってはならない。
それでは外道魔法使い狩りの再来だ。
無実なのに迫害された外道魔法使いが、無理解な市民を恨んで、嘘から出た実になり兼ねない。
しかし、一度広まってしまった噂を収める手段は無い。
魔導師会が否定しても、疑いを持った市民は簡単には納得しないだろう。
巨人魔法使い相手に2度も苦杯を喫した魔導師会を、市民は信用しなくなって来ている。
世は悪い方向へ、悪い方向へと進んでいる様に思えてならなかった。
悪事を働く者は、法を無視して好き勝手に振る舞う。
規制が厳しくなろうとも、お構い無しだ。
苦しい思いをするのは、決まって真面目に生きている者達の方である。

114 :創る名無しに見る名無し:2016/12/27(火) 19:30:10.78 ID:tLvCHG4V.net
第四魔法都市ティナー 貧民街の廃ビルにて


魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーは、予知魔法使いのノストラサッジオを訪ねに来ていた。
地下組織マグマの顧問であるノストラサッジオは、少年の姿のレノックを迎えて言う。

 「私の能力が必要になったのだな」

 「心変わりしてくれたかい?」

旧知の間柄である2人は、以前にも反逆同盟に就いて、語り合った事がある。
共に反逆同盟と戦おうと誘い掛けるレノックに対して、ノストラサッジオは肯定的な返事をしなかった。
彼は予知を外してしまう事を恐れていた。
同じ魔法使いとして、それが致命的な事と知っていたレノックは、無理にとは言えなかった。
唯ノストラサッジオは一言、「それが運命ならば、気が変わる事もあるかも知れない」と、
将来に含みを持たせた。
――今が、その時なのだ。

 「何が知りたい?」

ノストラサッジオの問い掛けに、レノックは答える。

 「巨人魔法使いの次の出現場所」

ノストラサッジオはオラクル・カードを配る。
「落日」、「道」、「戦士」、「決闘」。

 「グラマー地方の大きな道……1番ハイウェイにて」

1番ハイウェイとはグラマー地方とティナー地方を結ぶ大街道だ。

115 :創る名無しに見る名無し:2016/12/27(火) 19:32:27.60 ID:tLvCHG4V.net
だが、ハイウェイは約4旅もある。
その全てを警戒するのは困難だ。

 「1番ハイウェイの……。
  具体的に、何時、どこで?」

レノックが尋ねると、ノストラサッジオはカードを片付け始めた。

 「知る必要は無い」

 「何故?」

妙に落ち着いている彼に、レノックは不信を募らせる。
カードを片付け終えたノストラサッジオは、新たに1枚をレノックに投げ遣した。

 「天文学者、占星術師?
  何の暗示なんだい?」

絵柄は望遠鏡で星空を見上げるローブ姿の男。
解釈を問うレノックに、ノストラサッジオは短く答える。

 「観測者、傍観者」

 「何もせずに、見てろって?」

 「そうだ」

重苦しい空気の中、暫し無言が続く。
ノストラサッジオは手持ち無沙汰にカードを切っている。

116 :創る名無しに見る名無し:2016/12/27(火) 19:33:47.75 ID:tLvCHG4V.net
先に口を開いたのは、ノストラサッジオだった。

 「悪い様にはならない。
  それとも、私の予知が信用ならないか?」

 「『悪い様には』が、どう言う意味なのか、それが解らない」

共通魔法使い側の事を無視した予知ではないかとの懸念を、レノックが抱いていると察した彼は、
的確に言い添える。

 「私達にとっても、共通魔法使いにとっても」

レノックは幾分表情を和らげ、改めて問うた。

 「何が起こるんだ?」

 「それは儀式だ。
  因縁に決着が付く」

 「因縁って、巨人魔法使いの?」

 「私達も共通魔法使いも、何もする必要は無い。
  因縁を持たぬ者は、その場には不要なのだ。
  魔導師会の連中にも、そう伝えてくれ」

 「僕が言っても聞かないだろうけど……。
  分かった、君の魔法を信じるよ」

ノストラサッジオの依頼に、レノックは苦笑いする。
魔導師会は唯一大陸の魔法秩序の番人だ。
部外者に何もしないで良いと言われて、素直に従える様な物ではない。

117 :創る名無しに見る名無し:2016/12/27(火) 19:38:56.30 ID:tLvCHG4V.net
所在地不明 反逆同盟の拠点にて


2つの大事件を起こした巨人魔法使いアダマスゼロットは、反逆同盟の一員としての役割を、
十分に果たした。
熟練の魔導師会の執行者でも、決して敵わない強大な能力の持ち主が居る事を公に知らしめ、
人々の魔導師会への信頼を揺らがし、更に魔導師が信じる共通魔法の全能をも脅かした。
しかし、アダマスゼロットは大役を果たしたにも拘らず、意気消沈していた。
同盟のメンバーの幾人かは彼を気に掛けた。
それは長であるマトラも例外ではなかった。
彼女は同盟の一員である予知魔法使いのジャヴァニ・ダールミカに尋ねる。

 「アダマスゼロットに就いて、マスター・ノートには何とある?」

 「死相が出ています。
  間も無く、その命を終えるでしょう」

淡々と答えるジャヴァニ。
マトラも心配そうな素振りを見せていた割には、大きな驚きを表さない。

 「分かった。
  ここまでだな」

彼女は同盟のメンバーにアダマスゼロットの事を尋ねられても、放置する様にと答えて、
特に手を打とうとはしなかった。
数日後に、アダマスゼロットは拠点から姿を消す。
元から単独行動の多かった彼だが――……。

118 :創る名無しに見る名無し:2016/12/27(火) 19:44:57.31 ID:tLvCHG4V.net
1番ハイウェイ グラマー地方側にて


始まりは執行者が通行人を呼び止めた事だった。
1番ハイウェイの歩道を傍若無人に闊歩する、暗い色のローブを着込んだ異様に目立つ巨漢に、
これは公開手配中の巨人魔法使いではないかとの疑いを持った2人の警邏の執行者が、
職務質問を行った。
巨漢は2人の執行者を殴り飛ばし、一撃で気絶させて、悠々とグラマーへと向かって移動を続ける。
悪い事に、執行者は応援を呼ぶ暇も無かった。
この執行者は通行人に介抱されて意識を取り戻すのだが、それは遅きに失した。
2人が意識を失っている間に、事件は始まった。
執行者を気絶させた巨漢は、更に己の存在を誇示する様に、大街道の真ん中を歩いた。
本来、道路の中央は人が歩くべき場所ではないが、馬車が左右を通り抜けるのも気にしない。
この様な奇行に走る者は稀に居り、大抵は通行人の通報から執行者が駆け付けて、お縄になる。
巨漢も通行人に通報され、先の執行者とは別の執行者が駆け付ける事となった。

119 :創る名無しに見る名無し:2016/12/27(火) 19:49:47.31 ID:tLvCHG4V.net
通行人からの通報を受けて駆け付けた新たな2人の執行者も、実際に巨漢を目にして、
公開手配中の巨人魔法使いではないかと疑った。
この執行者は慎重で、巨漢と接触する前に上司に連絡を入れ、指示を仰いだ。
結果、問題があれば直ちに道路を封鎖し、刑事部に出動を依頼する様に命じられた。
2人の執行者は小走りで巨漢に近付き、進路を塞ぐ様に立つと、威圧的な口調で彼を制する。

 「動くな、止まれ!!」

所が、巨漢は耳が聞こえていないかの様に、少しも反応しない。

 「聞こえないのか!?
  止まれと言っている!!」

執行者を居ない物の様に無視し、前進を止めない巨漢に対して、2人は実力行使に出る。

 「K56M17!!」

それと同時に、巨漢は口を開けて一喝した。

 「カァッ――!!」

然程大きな声ではなかったが、空気が激しく振動し、執行者の魔法を掻き消す。
「聞こえない咆哮」は、巨漢を中心に半径半通に広がり、その範囲内の物を震え上がらせた。
異様な圧迫感を受けた2人の執行者は、これが公開手配中の巨人魔法使いだと確信した。
2人は慌てて巨漢の進路から退き、上司に通報する。

 「緊急連絡、直ちに1番ハイウェイを封鎖して下さい!
  公開手配中の巨人魔法使いと思しき男が、グラマー方面に向かって進行中!
  繰り返します、1番ハイウェイを封鎖して下さい!
  公開手配中の巨人魔法使いと思しき男が、グラマー方面に向かって進行中!」

巨漢は執行者を相手にせず、直進を続ける。
何も障害は無いかの様に。

120 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 09:12:27.79 ID:9qo09pJE.net
あげ

121 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:18:41.61 ID:snWjg8iy.net
それから通行人が少しずつ減って行き、やがて巨漢は大街道に独りになった。
間も無く、重装備の執行者が到着するだろう。
しかし、それより早く、巨漢の前に同じく巨漢が立ち開(はだ)かった。
巨人魔法使いのビシャラバンガである。
巨漢は流石に足を止めた。

 「……丸で儂が来る事を見越していた様だな」

彼はローブのフードを剥いで、素顔を見せる。
その正体は、やはり巨人魔法使いのアダマスゼロット……なのだが、顔には細かい皺が寄り、
やや老いている様に見える。

 「第四、第三と来て、第二を選ぶ程、安直で間怠るい真似はしないと思った。
  これ以上、何をしようと言うのだ?」

ビシャラバンガの問い掛けに、彼は笑って答えた。

 「共通魔法使いが、真に父の愛を受けるに相応しい存在か否か、確かめるのだ」

 「その前に己が相手になる」

 「儂を止めようと言うのか?
  良かろう。
  貴様にも、その価値があるのか確かめてやらねばな」

滾る両者の闘気が、半径2通を包む。
激しい戦いを予期しているかの様に、大気も大地も小刻みに震える。

122 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:27:35.13 ID:snWjg8iy.net
両者共に力を開放する。
衝撃派が街道沿いの並木の葉を一斉に揺らした。
だが、示し合わせたかの様に、翼は広げない。
数極の間を置いて、度胸試しの様に、お互い殆ど同時に、構えもせず静かに歩き出した。
一歩踏み出す毎に、圧迫感が強くなり、互いの足は鈍くなる。
それでも意地を張り合って、歩く速度を緩めも速めもしない。
足を止めるのは恐怖に怯んだ証拠。
駆け出すのは恐怖から逃げ出そうとしている証拠。
手を伸ばせば届く距離まで近付くと、2人は緩やかに両手を突き出し、互いの右手には左手を、
左手には右手を合わせ、力比べをした。
舗装された道路に、2人の足が沈み込み、足型が付く。
押されているのはビシャラバンガ。
地に2本の線を引きながら、後退して行く。
アダマスゼロットは嘲笑した。

 「弱輩の分際で、馬鹿正直に正面から組みおって!
  学習能力が無いのか?」

ビシャラバンガは何も答えず、懸命に踏ん張る。
会話をする余裕も無い様だ。

 「あの時、儂を殺していれば、この様な労苦をせずに済んだ物を!
  尽く尽く甘い奴よ!」

アダマスゼロットは一層力を込めて、ビシャラバンガを上から押し潰そうとした。

 「……誰が殺したい等と言ったのか?」

ビシャラバンガは苦しい姿勢ながらも抗弁する。

123 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:30:54.19 ID:snWjg8iy.net
アダマスゼロットはビシャラバンガを睨んで問う。

 「何だと?」

 「殺すと言った憶えは無い」

 「フン、逃げ口上か!」

勢いの儘にビシャラバンガを圧殺しようとするアダマスゼロットだったが、中々止めを刺せない。
ビシャラバンガは奇妙に思ったが、誰よりアダマスゼロット自身が、その事実に驚いていた。

 「くっ、粘りおる……」

 「何故、こんな所で止まる?
  あの時の力は、もう無いのか?」

ビシャラバンガは反攻に出た。
押さえ付けに掛かっていたアダマスゼロットを、徐々に押し返し始める。

 「本当に、これが全力なのか?」

 「黙れっ!!」

再び互いの力が拮抗して、動きが止まった。
ビシャラバンガは冷酷にアダマスゼロットに告げた。

 「又、衰えたのか……?
  こんな状態では、共通魔法使いを試す等――」

 「黙れぇいっ!!」

死力を尽くし、抵抗するアダマスゼロットを見兼ねて、ビシャラバンガは目を伏せる。
先日の強大さ、勇壮さは見る影も無い。
力を振り絞れば、その分だけ疲れ、弱って行く。
瞬間的には大きい力を出せても、長続きしない。
余りに無様で、哀れな姿だった。

124 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:33:11.98 ID:snWjg8iy.net
枯れ果てる前に、散りに来たのだとビシャラバンガは悟った。
これ以上、アダマスゼロットを惨めにさせる事は躊躇われ、彼は口を閉ざす。
その代わりに両腕に力を込め、アダマスゼロットを宙に浮かせて投げ飛ばした。
疲労していたアダマスゼロットは、簡単に放り投げられ、数身後退する。
少しだけ力を抜く余裕が生まれるが、それはビシャラバンガの情けだ。
もうアダマスゼロットは、ビシャラバンガと組み合おうとは思わないだろう。
未だ勝ちの目を拾おうとするなら、一撃の勝負に賭けるしか無い。
ビシャラバンガは、これに正面から応じる積もりだった。

 「生意気な!!
  ウラァアアア!!」

 「来い!
  ……ウォオオオオ!!」

彼は最初から勝負を考えていない。
心は勝敗を超越した所にある。
己の命さえも勘定に無く、使命感と感傷に囚われている。
それは……、やはりアダマスゼロットが師と同じ「巨人」だからなのだろう。
衰弱死した師の姿を、アダマスゼロットと重ねずには居られない。
戦いに生きて来たと言うなら、満足するまで戦わせて死なせようと、ビシャラバンガは思った。
本当はアダマスゼロットと戦って勝てるとは、想像もしていなかった。
エグゼラでの戦いの様に、不思議な加護を期待したのでもない。
或いは、ビシャラバンガ自身も戦いの中で死にたかったのかも知れない。
敵わないと分かっていても、戦わなければならないと決めていた。
公の正義や道義の為ではない。
勿論、共通魔法使いの為でも。
「信念」と言える程、明確な物でも、立派な物でもない。
軟弱とも言い得る、極めて個人的な感傷が全てなのだ。

125 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:36:16.00 ID:snWjg8iy.net
アダマスゼロットとビシャラバンガは獣の様に吠え、渾身の力を込めて、正面から拳を打ち合う。
一撃一撃はアダマスゼロットの方が重い。
だが、やはり持続しない。
一発をビシャラバンガに受けられる度、そしてビシャラバンガから一発を浴びる度、力が抜けて行く。
不意に膝が折れ、地に跪きそうになる。

 「ムッ?!
  き、貴ぃ様如きぃにぃいいぃ!!
  ガァアアアアアアアア!!!!」

アダマスゼロットは崩れ落ちそうになるのを気力で堪えて、雄叫びを上げ、再度力を振り絞った。
多少勢いは盛り返すが、これも直ぐに弱まる。
手数もビシャラバンガの方が増え始める。
凹々に殴られながら、アダマスゼロットは血の悔し涙を流す。

 (儂が……、儂が負けるのか?
  巨人ですらない物に打ち負け、無様に、惨めに潰えると言うのか?
  父よ、父よ、儂は独り……)

意識が飛び始め、瞳は眼前の敵ではなく、天に高く輝く太陽を睨(うら)んだ。
ビシャラバンガは弱った彼にも容赦しない。
倒れるのを許さないかの様に、左右に体を揺さ振り、只管に打ち続ける。
アダマスゼロットには反撃する力も残されておらず、打ち伸めされるだけ……。

 (これが力を頼み、力を謳った者の末路……。
  儂は今、死――)

彼が気を失っても、ビシャラバンガの拳は未だ止まらない。
丸で、その巨体を摩滅させようとしているかの様に。
打つ度、打つ度、アダマスゼロットの体は、魂は、火花を散らして削れて行く。

126 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:38:19.56 ID:snWjg8iy.net
ビシャラバンガが攻撃を止めたのは、アダマスゼロットが失神しても保っていた構えが、
完全に打ち崩された後だった。
アダマスゼロットは襤褸の様に、垂直に崩れ落ちた後、その巨体を横倒えた。
勝負あった。
彼は完膚無く叩き伸され、指一本動かせない。
ビシャラバンガは大きく息を吸い込むと、緩やかに吐いた。
呼吸の乱れは殆ど無いが、動悸は激しい。
これで本当に終わったのかと疑っている。
ビシャラバンガは1歩、2歩と後退り、静かに様子を観察した。
岩石の様な彼の拳からは、血が滴り落ちる。
一滴たりとも彼の物ではなく、全てアダマスゼロットの物だ。
一切の力を使い果たしたアダマスゼロットは、徐々に錆びて行った。
赤銀の肌が黒褐色に腐敗し、音も立てずに毀れて行く。
暫し後、そこに残っていた物は、巨人だった原形を僅かも留めない赤い砂鉄だけ。
砂混じりの風に吹かれて、少しずつ散って行く。
ビシャラバンガの拳に付いた血も、直ぐに乾いて剥がれ落ちる。
「殺した」と言う感覚が、彼の中に残った。
達成感も清々しさも無い。
あるのは暗い鬱々とした感傷だけ。
それに反する様に、空だけが青く澄み渡っている。

 「愚かな……」

彼は小さく呟くと、当て所無くティナー方面に向けて1番ハイウェイを歩き始めた。

127 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:39:41.36 ID:snWjg8iy.net
途中、駆け付けた数人の執行者が、ビシャラバンガを呼び止める。

 「止まれ、お前が巨人魔法使いか!?」

 「そうだ」

ビシャラバンガは誤解される事を承知で、淡々と答えた。
執行者達は彼が魔力を纏っていない事を不審に思いながら、警告する。

 「大人しくしろ、お前は既に包囲されている!」

 「ああ」

ビシャラバンガは執行者の指示に従い、素直に動きを止めた。
戦いを終えた空虚さから抵抗する気力を失っていたのだ。
その儘、彼は執行者に連行されて、第一魔法都市グラマーの魔法刑務所に移送された。
誤認逮捕だと発覚するのは、翌日の事である。
ビシャラバンガは拘留中も、自ら進んで物を語る事をしなかった。
取り調べでも、頷くか、目を伏せるか、それしか反応を示さなかった。
1番ハイウェイに落ちていた赤錆びた砂鉄の山が、2つの重大事件を引き起こした、
巨人魔法使いの残骸だとは、誰も思わなかった。
逮捕が誤解に基づく物だと判明し、ビシャラバンガが解放された裏には、レノックの口利きがあった。
勿論、魔導師会も裏を取り、彼の無実を確認した上で釈放した。
同時にビシャラバンガが巨人を倒したらしいと分かると、魔導師会は彼を表彰しようとしたが、
当人は受け付けなかった。
如何なる形の謝礼も拒まれた。
ビシャラバンガは巨人を倒した事を、功績とは考えていなかった。
彼は弱い物を倒しただけなのだ。
滅ぶべく物が滅んだだけの事に、栄誉も褒称も無いと信じていた。

128 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:41:56.61 ID:snWjg8iy.net
赤錆びた砂鉄は全て魔導師会に回収され、封印塔の地下で、魔力分解魔法によって、
塵も残さず処分された。
それにビシャラバンガは立会い、只静かに見届けた。
アダマスゼロットは間違い無く、嘗ての彼その物だった。
己の負の分身を打ち破った彼は、過去を超克したかの様に思えるが……。
晴天の下、独り溜め息を吐いて街道を行くビシャラバンガに、レノックが声を掛ける。

 「元気が無いね、ビシャラバンガ」

ビシャラバンガは彼を一瞥しただけで、何も答えなかった。
レノックは改めて切り出す。

 「僕と一緒に来ないか?」

ビシャラバンガは未だ何も言わない。

 「今、僕達は反逆同盟と戦う仲間を探している。
  君が来てくれると心強い」

説得を続けるレノックを、彼は再び一瞥した後、小声で答えた。

 「己を必要としてくれるのは有り難いが、己は己の道を探さねばならぬ。
  己の道は己で決めねばならんのだ」

決意を口にしたビシャラバンガを、レノックは心配する。

 「大丈夫かい?
  君の心には、大きな穴が開いている。
  空虚さに支配されている様だ」

本来、こうした詮索をビシャラバンガは嫌うが、今日は違った。

 「あの男は己の分身だった。
  覇道を歩み続けた、もう一人の己。
  有り得た未来の己の姿、成れの果てだった」

129 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:45:34.15 ID:snWjg8iy.net
素直に心情を吐露され、レノックは驚く。
そこまで傷付いていたのかと。

 「悪かった」

ビシャラバンガには心を落ち着ける独りの時間が必要なのだ。
他者と繋がりを持つ事で、一時的に空虚さを埋める事は出来るかも知れない。
実際それを企図して、レノックはビシャラバンガを仲間に誘った。
しかし、そうして無理に塞いだ穴は、小さな切っ掛けで再び開き、より大きな虚しさに埋め尽くされて、
心を支配されてしまうだろう。
レノックが謝ったにも拘らず、ビシャラバンガは独白する様に続けた。

 「この感覚は師を失った時と似ている。
  師は己より強かったが、次第に衰えて逝った。
  結局、己は師を越えられたのか分からぬ。
  あの男、アダマスゼロットも勝手に衰えて逝った。
  己には奴を越えられたのかさえも分からぬ。
  不完全燃焼だ」

彼は何時に無く饒舌であった。

 「己は強くなる事しか学ばなかった。
  しかし、如何に強かろうと、無窮と言う事は無いのだな。
  師は正しかった。
  力よりも、強さよりも、求めるべき物がある……。
  それを探しに行かねばならぬ」

傷心ながらも決意は固く、一本芯が通っていた。
レノックは小さく頷く。

 「分かった、幸運を祈っている」

 「ああ」

2人は別れ、各々の道を行く。

130 :創る名無しに見る名無し:2016/12/28(水) 20:46:02.23 ID:snWjg8iy.net
年末年始は、お休みします。

131 :創る名無しに見る名無し:2017/01/06(金) 19:48:45.51 ID:NIpfuAxl.net
謹んで新年の喜びを申し上げます。

132 :創る名無しに見る名無し:2017/01/06(金) 19:50:50.39 ID:NIpfuAxl.net
祓い屋


ティナー地方モーン市エンドロール探偵事務所にて


この日、エンドロール探偵事務所に珍客が来訪した。
それはヨハドの知り合いの「悪徳」代論士。
彼は接客に出て来た事務員のソファーレに対して、単刀直入に所長を呼ぶ様に要求した。

 「所長、『代論士<ゴロス>』の方が、お見えです」

ソファーレに呼ばれた所長のヨハド・ブレッド・マレッド・ブルーターは、気が進まなかったが、
然りとて無視する訳にも行かず、重い腰を上げる。

 「よぅ、ヨハド」

代論士はソファーレが淹れた茶を片手に、待合席に座った儘、馴れ馴れしくヨハドに手を振る。

 「何の用だ?」

ヨハドは顰めっ面で代論士の対面に座った。
代論士は茶を脇に置いて、彼に尋ねる。

 「あんた、『祓い』って出来るか?」

ヨハドは益々顔を顰める。

 「葬儀屋に行け」

正論である。
「祓い」の専門家は探偵ではなく、葬儀屋だ。
ヨハドは「祓い」と言う単語が出た時点で、厄介事になるに違い無いと確信していた。

133 :創る名無しに見る名無し:2017/01/06(金) 19:54:53.98 ID:NIpfuAxl.net
代論士は苦笑いして言う。

 「まあ、話だけでも聞いてくれ。
  ある所で、お亡くなりになった方があってな。
  御家族が葬儀屋を呼びたくないってんで、私と『祓い屋』で内々に葬式を済ませる事にしたんだ。
  所が、この祓い屋が途んでも無い騙りで――」

 「失敗したと。
  その後始末をしろと」

ヨハドは先を読んで結論を出す。
代論士は何度も頷いた。

 「そうそう、話が早くて助かる」

 「葬儀屋に行け」

ヨハドは同じ言葉を繰り返すが、代論士は引き下がらない。

 「そう言わないでくれよ。
  お互い長い付き合いじゃないか……」

全く怯む様子が無い彼に、ヨハドは語気を強めた。

 「良いか?
  ここは探偵事務所だ。
  『何でも屋』じゃない。
  況して、祓い屋でもない」

 「まあまあ、落ち着いてくれ」

代論士は相変わらずの態度で、ヨハドを宥める。
どうあっても依頼を断らせない積もりの様だった。

134 :創る名無しに見る名無し:2017/01/06(金) 19:57:22.31 ID:NIpfuAxl.net
彼は自信を持って、ヨハドに囁き掛けた。

 「金の話なら、心配無い。
  何と――」

人差し指を真っ直ぐ立て、意味深に笑う。
100万MGかとヨハドは鼻で笑った。
成功報酬100万は多い方ではあるが、仕事内容を加味すると魅力的には思えない。
首を横に振ろうとするヨハドを、代論士は制する。

 「早まるな、1000万だ。
  必要経費は別でな。
  更に前金で50万」

雑用をしながら聞き耳を立てていたソファーレが、目を丸くした。
しかし、ヨハドは受けない。

 「益々引き受ける訳には行かん。
  それだけリスクがあるって事だろう」

葬式には葬儀屋を呼ぶ。
これが唯一大陸の常識だ。
葬儀屋を呼ばないと言う事は、その死に関して何か後ろ暗い所があると決まっている。
1000万と引き換えに、危ない橋は渡れない。
それがヨハドの結論だった。

 「いや、違うんだ。
  誓って、犯罪絡みではない。
  誤解しないでくれ」

尚も食い下がる代論士を、ヨハドは一蹴する。

 「信じられるか!」

 「確かにリスクはある。
  しかし、法に触れる類の物じゃない」

代論士の口調は終始冷静だ。
断られては困るが、焦れば交渉が不利になると知っている。

135 :創る名無しに見る名無し:2017/01/07(土) 19:28:50.43 ID:pVMHtL7+.net
ヨハドは苛立ちを露にして、代論士を詰った。

 「そんなに請けて欲しければ、知っている事を全部話せ」

それが失言だったと、彼は後で気付く事になる。
代論士は内心で喜んだが、そうと覚られない様に、淡々と答えた。

 「依頼主は、お嬢さんだ。
  亡くなられた方の孫に当たる」

 「堅気の人間じゃないだろう?」

 「……どちらとも言える。
  お嬢さん自身は堅気の人間だが、亡くなられた方が外道魔法使いだった」

ヨハドは眉を顰めた。
彼は外道魔法に良い覚えが無い。

 「誰か呪われでもしたか?」

依頼人に掛けられた呪詛を解いて欲しいと言う事なのかと、彼は想像する。
だが、代論士は首を横に振った。

 「呪いと言えば呪いだが、そう悪い物ではないと言うか……。
  亡くなられた方は子孫の為に遺産を残した。
  同時に、遺産を守る為に、守護霊を置いたのだ」

ヨハドは漸く納得し、頷いた。

 「その守護霊を何とかして欲しいと」

 「そう言う事だ」

代論士も頷き返す。

136 :創る名無しに見る名無し:2017/01/07(土) 19:32:21.17 ID:pVMHtL7+.net
少しの間を置いて、彼はヨハドの顔色を窺いながら答を求めた。

 「……悪い話じゃないだろう?」

 「どうだかな」

代論士の話通りなら、何も違法性は無い。
唯、守護霊が強力で厄介なだけだろう。
それでも完全に信用する訳には行かず、ヨハドは代論士に尋ねる。

 「何故、俺に『祓い』が出来ると思った?」

 「あんたは取立屋だった。
  それも優秀な」

取立屋と言う物は、債権回収の為には、どんな手段でも使う。
換金出来る物は全て金にする。
呪われた品だろうと何だろうと。
時には遺品を取り上げて、売り捌く事もあった。
取立屋時代の話をされ、ヨハドは険しい表情になった。
代論士は戯(おど)けて肩を竦める。

 「依頼人の事まで話したんだから、請けないって選択は無いだろう?」

ヨハドは溜め息を吐いて頷いた。
 
 「家も金に余裕がある訳じゃない」

飽くまで仕方無しだと、彼は断りを入れ、依頼を請けるのだった。

137 :創る名無しに見る名無し:2017/01/07(土) 19:35:09.91 ID:pVMHtL7+.net
代論士を通じて事務所に来る客は大抵、直接事務所を訪れ、「代論士の先生の紹介で……」と、
自分で事情を説明する。
代論士は仲介するのみで、顔を出さない。
それが何故、今日に限って代論士が直接事務所に来たのか?
依頼人である、「お嬢さん」とは何者なのか?
ヨハドは真剣に考えておくべきだった。

138 :創る名無しに見る名無し:2017/01/07(土) 19:38:13.23 ID:pVMHtL7+.net
依頼人の住所はモーン市外だった。
ヨハドは代論士と共に、モーン市からティナー市ミスト地区を通り抜け、ホルダー町へ馬で移動する。
ホルダー町は特徴の無い田舎町で、成る程、外道魔法使いが潜伏するには恰好の場所だと、
ヨハドは思った。
町内の小さな宿泊施設で、ヨハドは依頼人の少女と対面する。
彼女は『視線隠し<ブリンカー>』を掛けているヨハドを見るなり、代論士に囁く。

 「今度のは大丈夫なんだよね?」

未だ公学校上がり立ての様で、容姿も態度も大人びているとは言えない。
口の利き方も如何にも生意気盛りだが、代論士は気にしない。

 「ああ、心配無い。
  彼は『本職<プロ>』だから」

こんな小娘が、後に大金が手に入るからと言って、前金で50万MGも払う物だろうかと、
ヨハドは訝った。
もしかしたら、代論士が入れ知恵したのかも知れない。
何せ彼は「悪徳」だ。
社会経験の浅い若い娘を騙して、金を巻き上げようと画策しているとも考えられる。
代論士を睨んで沈黙しているヨハドに、少女が声を掛ける。

 「何、呆っとしてんの?」

ヨハドは少女に視線を戻したが、敢えて黙っていた。
普段、この年代の少女と接する機会が無いので、何を言ったら良いのか分らない部分もある。

 「本当に大丈夫?
  この木偶の坊」

代論士に尋ねる彼女を見て、軽々しく請けない方が良かったかなと後悔するヨハドだった。

139 :創る名無しに見る名無し:2017/01/08(日) 18:01:39.67 ID:J8L/dPB1.net
少女が去った後、ヨハドは呆れた様に息を吐いて、代論士に言う。

 「早く仕事を終わらせたいんだが」

代論士は苦笑いして答えた。

 「依頼主抜きで、勝手に事を進める訳には行かない」

ヨハドは本音では、無礼な小娘に付き合う気持ちになれなかった。
大金が手に入るとは言え、子供の機嫌取りとは情け無い。
視線隠しをしていても、不機嫌なのが丸分かりなヨハドを、代論士は慰める。

 「彼女との交渉は私が行う。
  あんたは余計な事は考えずに、仕事だけ熟せば良い。
  部屋を取ってあるから、そこで待機しててくれ」

彼から鍵を受け取ったヨハドは、宿の一室で一休みする事にした。
ヘッドで横になって、改めて考える。

 (簡単には終わりそうにないな……)

そう勘が告げていた。
旨い話には裏がある。
尤もヨハドは最初から、これを安易に旨い話だとは思っていなかった。
これまでの経験から、彼には疑り深さが根付いている。
代論士は何かを隠している。
巧妙な男なので、問い詰めても明かしはしないだろうが……。

140 :創る名無しに見る名無し:2017/01/08(日) 18:03:34.66 ID:J8L/dPB1.net
その日の夜になって、ヨハドは代論士に呼び出された。
これから依頼人の少女と共に、遺産の隠し場所へと向かうと言う。
何故夜なのかと、ヨハドは怪しまずには居られない。
遺産のある場所を、他人に知られると不味いのだろうか?
それをヨハドは代論士に問う。

 「こんな時間に行くのか?」

 「ああ」

代論士は頷くだけで、理由を言おうとはしない。

 「何故?」

更に問うと、少女が割って入る。

 「何だって良いじゃん。
  おっさんは黙って、言われた事だけやっててよ」

辛辣な物言いにヨハドは立腹したが、小娘相手に声を荒げるのも大人気無いと思い、
黙って過ごした。
少女は調子付いて、小言を零す。

 「金は出すって。
  前の奴は使い物にならなかったんだからさ」

ヨハドは益々嫌な予感がして来た。
乗り掛かった船から降りるなら、今だろうかと本気で悩む。
少女は物を軽く考えているが、代論士の方は違う。
態度で判る。
少女の目には険しさが無い一方で、代論士は表情を殺している。
内心、小娘が気に入らないだけでは無いだろう。
彼は先から考え事をしており、時折、瞳に不安さを覗かせる。

141 :創る名無しに見る名無し:2017/01/08(日) 18:06:22.60 ID:J8L/dPB1.net
宿を出た3人は、人通りの無い真っ暗な夜の田舎道を行く。
魔法の明かりで足元を照らし、先を行く少女は、民家が疎らになって来ると大きな道を外れて、
細い山道に入った。
普通、若い女の子は怖がらないのかと、ヨハドは疑念を抱く。
よく知らない大人の男と一緒に、人気の無い山道に入るのに、何の抵抗も無いのか?
ヨハドは代論士に問い掛けた。

 「あんた、あの娘と知り合いなのか?」

代論士は小声で答える。

 「まぁな」

 「何だ?
  姪っ子か?」

 「親戚ではないが、まぁ、そんな所だ」

妙に代論士と少女が親しそうだったので、裏がありそうだと言うヨハドの予想は当たった。
代論士が最初からヨハドに、少女と知り合いだと明かさなかったのは、身内の事だと判ると、
引き受けて貰えないと思ったのか……。
それとも、単に個人的な事を他人に知られたくなかったのか……。
何れにせよ、謎が一つ解け、ヨハドは少し気が晴れた。
少女がヨハドにだけ辛辣だったのも、見知らぬ人物を警戒していたのだと判れば、可愛い物だ。
一行は山道を約1針歩き、小さな洞窟に着いた。
少女は一度振り返り、代論士とヨハドが付いて来ている事を認めると、無言で洞窟に入って行く。
代論士とヨハドも後に続く。
洞窟の高さは、大人が少し屈まないと天井に頭を打つ位、横幅は何とか人が擦れ違える位。

142 :創る名無しに見る名無し:2017/01/09(月) 18:24:29.14 ID:dogtFn6F.net
あげ

143 :創る名無しに見る名無し:2017/01/09(月) 23:40:48.49 ID:7DIkhBBn.net
こんな所に遺産を隠すのかと、ヨハドは驚くと同時に怪しんだ。
少女は本当に遺産の正統な相続人なのだろうか?
偶々発見した、赤の他人の財産を横取りしようとしているのでは?
そんな考えがヨハドの脳裏を過ぎる。
大体、少女一人と言うのが奇怪しい。
本来ならば、少女の両親が出て来る所だろう。
……少女の両親が既に死去している可能性があるので、迂闊な事は言えないが……。
代論士も少女も明らかに詮索を嫌っている。
少女の口が悪く拗ねた性格なのも、もしかしたら事情があるかも知れない。
益体も無いと自覚しつつも、あれこれとヨハドが勘繰っていると、一行は開けた場所に出た。
そこは1身立方の小部屋の様な空間。
一向の正面には、重々しい黒い鉄扉が見える。
少女は扉の前に立ち、小声で呪文を唱え始めた。
それなりに共通魔法に詳しいヨハドだが、この呪文には聞き覚えが無い。
扉を開く為の、合言葉の様な物だろうかと予想する。
少女は呪文を唱え終えると、数歩後退した。
何か出て来るのだろうかと、ヨハドは身構える。
数点後、扉が開くかと思いきや、白い靄が扉を透り抜けて来た。
それは徐々に老翁の上半身に変化する。

 「よく来た、我が子孫よ」

144 :創る名無しに見る名無し:2017/01/09(月) 23:42:54.57 ID:7DIkhBBn.net
子孫とは少女の事だろうかと、ヨハドは彼女を顧みた。
少女は呆れ声で訴える。

 「祖父(じいじ)ぃ、好い加減、そこ退いてよ」

生意気な態度に似合わず、祖父を「じいじ」と呼ぶのかと、ヨハドは内心で微笑ましく思った。
同時に、その馴れ馴れしさから、「成り済まし」の心配も薄いのではないかと感じる。
老翁の形をした靄は、少女に言い返す。

 「我が子孫ならば、儂を退かす方法も知っとる筈じゃ」

 「分かんないって、そんなの!
  言い伝えも、遺言も、何にも残ってなかったよ!」

 「では、退く訳には行かん」

老翁と少女の会話から、よく出来た擬似霊体だなと、ヨハドは感心した。
外道魔法は共通魔法の劣化と言われるが、一部には長じている分野もある。
汎用性と利便性に沿って進化して来た物と、秘匿性と専用性の為に歪な進化を遂げた物。
共通魔法使いは自らの理解が及ばない外道魔法に、危機感と嫌悪感を覚える……。
それも一昔前の話。
積極的に外道魔法に興味を持つ人間こそ少ないが、殊に嫌がって遠ざける人間も少ない。
好奇心旺盛な若者には、外道魔法の持つ妖しい響きに惹かれる者もある。
この少女も、そうした今時の若者の一人なのだ。

145 :創る名無しに見る名無し:2017/01/09(月) 23:44:50.36 ID:7DIkhBBn.net
少女は老翁と押し問答した末に、ヨハドに言った。

 「……出番だよ、『祓い屋<ディスペラー>』」

 「え、良いのか?」

先まで親し気に会話していたのに、祓ってしまって良いのかと、ヨハドは確認する。

 「その為に呼んだんじゃん」

 「祖父さんが消えるんだぞ」

 「祖父(じいじ)っても、生きてる間に会った事無いし。
  別に、どうとも思ってないから。
  早くしてよ」

少女は中々行動に移らないヨハドに苛立っていた。
ヨハドは仕方無く、白い靄の前に立つ。
上手く解呪出来る自信は無い。
相手は外道魔法によって生み出された物、共通魔法を解くのとは訳が違う。
彼は淡々と老翁に言った。

 「恨むなら、薄情な自分の孫にしてくれよ」

 「ホゥ、懲りとらん様じゃな」

老翁は余裕綽々で靄から杖を生成し、振り回す。
前の祓い師も返り討ちにされたのだろう。

146 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 19:51:42.26 ID:CheSz9gd.net
ヨハドは戦いになる事を覚悟して、身構えつつ代論士に言う。

 「娘を下がらせろ」

 「はい、はい」

代論士はヨハドに背を向け、少女を通路に押し遣った。

 「ここは祓い屋に任せような」

少女は訝し気な顔付きで、無言の儘、後退する。
ヨハドが本当に老翁の霊を祓えるか、疑問に思っている様子。
信用されていない事に、ヨハドは虚しさを覚えたが、仕事で一々落胆はしていられない。
彼は靄の老翁を睨み、簡易発動呪文を唱えた。

 「――N4H16B4!」

 「フム、前のよりは出来る様だが、所詮こんな物か」

所が、老翁は少し体を揺らめかせただけで、消散しない。
魔法は確かに発動した。
老翁の本体は靄ではないと、ヨハドは直感する。
直ぐに小部屋の中に仕掛けが無いかと、周囲の観察を始めた彼を、老翁は称賛した。

 「鋭い。
  若造の割には中々」

ヨハドは意図を見抜かれた事に驚いたが、若造と呼ばれた事に苦笑した。
彼は既に死した老翁から見れば確かに若いだろうが、一般的には年寄り呼ばわりされても、
不思議ではない年齢だ。
しかし、笑っている場合ではない。
老翁が靄の杖を振るうと、小部屋の方々から白い煙が吹き上がる。
甘っ怠い匂いが喉に絡み、乾いた様に貼り付いて吐き気を催す。

 (毒ガスか!)

ヨハドは慌てて撤退した。
毒ガスの充満した部屋で戦う程、愚かではなかった。

147 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 19:56:20.93 ID:CheSz9gd.net
少女と代論士は洞窟の外で待っていた。
後から出て来たヨハドに、代論士は問い掛ける。

 「終わったのか?」

ヨハドは眉を顰めた。

 「……そう簡単には行かない。
  中に毒ガスを放出する仕掛けがあった。
  暫くは戻れないぞ」

それを聞いた少女が不満を打付ける。

 「一寸、どうなってんの?
  何の為の祓い屋よ?」

無神経な物言いに苛立ったヨハドは、彼女を睨み、静かな低い声で言った。

 「仕事は熟す。
  黙っていろ」

少女は威圧されて沈黙する。
大人気無いとは解っていても、ヨハドは小娘の小言を聞きたくなかった。
彼は黙って魔力石を持ち、洞窟の入り口で風の魔法を使って、中に充満した毒ガスを、
放散させて薄めようと試みた。
数極後に仄かに甘い匂いが、辺りに漂う。

 「何の匂い?」

少女が代論士に尋ねると、代論士はヨハドを見る。
ヨハドは彼に向けて答えた。

 「毒ガスだ。
  余り嗅ぐなよ、気分が悪くなるぞ」

少女も代論士も慌てて口元を覆い、息を潜める。

148 :創る名無しに見る名無し:2017/01/10(火) 20:00:04.50 ID:CheSz9gd.net
数点置いて、甘い匂いが殆どしなくなると、ヨハドは改めて洞窟に入った。
少女と代論士は付いて来ない。
再び小部屋に戻ると、未だ白い靄の老翁は引っ込んでいなかった。
老翁は愉悦の笑みを浮かべて言う。

 「恐れを成して逃げ出したのかと思ったが、中々骨のある奴よ」

 「どうやったら、あんたは退いてくれるんだ?」

話が通じそうだと感じたヨハドは、老翁に問い掛けた。
この霊は手強い。
強引に祓おうとして戦いになるより、要求に応えた方が早く済むのではと考えたのだ。

 「教えると思うのか?」

 「死後も財産に執着する強欲さが、あんたの様な悪霊を生み出したのか」

 「強欲だの悪霊だのと、失礼な奴じゃな」

老翁は拗ねた口調で返すが、激怒はしない。
それをヨハドは不審に思う。

 「あの娘が、あんたの本当の孫なら、遺産を渡さない理由は無いだろう?
  偽者なのか?
  それとも――」

 「ホッホッ、そんな事は別に、どうでも良いんじゃよ。
  儂は確かに妻との間に子を儲けたが、孫が居るか等、知らん。
  妻とは離別し、子供も妻に付いて行った。
  それから死ぬまで儂は独りじゃった」

 「だから、何だと言うんだ?」

老翁が何を言いたいか理解出来ず、ヨハドは結論を急かした。

149 :創る名無しに見る名無し:2017/01/11(水) 20:01:09.97 ID:JZc/LwOU.net
老翁は声を抑えて小さく笑うと、遠い目をして答える。

 「ある時、死期を悟った儂は、霊を残す事にした。
  もし儂の子孫が生きておれば、溜め込んだ財宝と、秘伝の魔法を授けようと……」

 「あの娘は違うのか?
  本物でも偽者でも、どうでも良いと言うなら、尚の事、通さない理由が解らない」

 「あれは儂の魔法を継いではくれんじゃろう」

 「そっちが主眼な訳か」

 「そう、魔法を継いでさえくれれば、偽者でも構わん。
  逆に言うなら、仮令本物でも魔法を継いでくれんのでは……」

ヨハドは不思議と老翁と打ち解けていた。
彼は老翁の口振りから、何と無く事情を察して尋ねた。

 「離婚の原因も『魔法』だったのか?」

 「……あぁ、そうじゃよ。
  やはり共通魔法使いと上手くやって行くのは難しかった」

 「あの娘には本当に見込みが無いのか?
  魔法の事を打ち明ければ、欲に目が眩んで、心変わりするかも知れないぞ」

 「所詮は一時的な変心に過ぎん。
  真の後継者に相応しいか否かは、儂が見極める」

老翁の話を聞いていると、少女には全く見込みが無い様に思われる。
だが、現実には老翁は少女を突き放そうとしない。
何故だろうと、ヨハドは引っ掛かりを覚えた。

150 :創る名無しに見る名無し:2017/01/11(水) 20:03:32.31 ID:JZc/LwOU.net
彼は少女や代論士が話したがらない事を、この老翁から知ろうと企む。

 「あんた、あの娘とは、どこで知り合ったんだ?」

 「あれの方から訪ねて来た。
  恐らく、偶然洞窟を発見したんじゃろう」

 「正か、『我が子孫』ってのは――」

 「出任せじゃよ。
  この洞窟に甚く興味を持った様じゃったんでな」

 「……あんたを呼び出した、合言葉みたいなのも?」

 「儂が教えた。
  本当は合言葉なんぞ要らんのじゃが、素直な娘じゃな」

苦笑する老翁に、ヨハドは呆れた。
詰まり、少女は老翁に弄ばれているのだ。
彼は大きく溜め息を吐き、老翁に告げた。

 「あの娘とて何時までも、あんたの遊びに付き合ってはくれないと思うぞ」

 「解っておるよ。
  しかし、あれが余りに寂しそうじゃったんでな」

洞窟で怪しい老人の誘いに乗る少女が、真面でない事はヨハドにも判る。
「悪徳」と言われる代論士を頼る所からも、家庭環境が良くないのか、当人に問題があるのか、
どちらかだろうと想像が付く。

151 :創る名無しに見る名無し:2017/01/11(水) 20:05:30.74 ID:JZc/LwOU.net
少女を憐れむ気持ちは解らないでも無いがと、眉を顰めるヨハドに、老翁は点(ぽつ)りと零した。

 「生前の寂しかった儂の気持ちが、この様な愚行をさせておるのか……。
  娘も……寂しい者同士、惹かれ合ったのかのう……」

やれやれとヨハドは再び溜め息を吐く。

 「俺は『仕事』をしない方が良いか?」

その問いに老翁は答えなかった。
沈黙を肯定と見做した彼は、黙って静かに立ち去った。
少女は外道魔法を継ぎたいとは思わないだろう。
老翁の願いは叶わない――が、それこそが本当の願いなのかも知れない。
既に死した者に、寂しいも何も無いだろうが……。
自分は本職の祓い屋ではないのだから、擬似霊体の戯言に惑わされるのも悪い事ではない。
そんな気分になっていた。
洞窟から出たヨハドに、代論士が尋ねる。

 「終わったのか?」

 「……あれだな、俺の手には負えない奴だ」

ヨハドは恥を承知で嘘を吐いた。
この時は視線隠しが有り難かった。
夜でも視線隠しを外さない理由。
しかし、代論士はヨハドを疑う。

 「本当か?」

 「買い被るなよ。
  だから言っただろう、『俺は葬儀屋じゃない』。
  大人しく本職を頼っとけ」

ヨハドは淡々と吐き捨てた。

 「あぁっ、言うなって!」

代論士は少女に、彼の事を本職だと紹介していたので、聞かれては不味いと俄かに焦る。

152 :創る名無しに見る名無し:2017/01/11(水) 20:08:08.19 ID:JZc/LwOU.net
少女も代論士も葬儀屋を頼りはしないだろう。
外道魔法が関わっているとなれば、魔導師会が動く。
序でに諸々の事が明るみに出て、他人の財産を横取りする計画は台無しだ。

 「あんた、嘘を吐いてたな。
  俺にも、あの娘にも。
  前金は口止め料として受け取っておく」

ヨハドが冷徹に告げると、代論士は慌てて彼に追い縋った。

 「お、おい、本当に、本当に駄目だったのか?」

 「ああ」

 「嫌に浅りと諦めるんだな……」

 「無駄な事はしない主義だ」

 「待て待て!
  あんたを紹介した俺の立場は、どうなる?」

 「知らん。
  見る目が無かったな」

 「あんたの信用も落ちるぞ」

 「言った筈だ、俺は『祓い屋』でも『何でも屋』でもない。
  探偵に祓い屋の真似事をさせる方が、どうかしてる」

 「もう仕事を回してやらんからな」

 「そりゃ結構、願ったり叶ったりだ。
  あんたの持って来る仕事は、どれも危なくて行けない」

脅し掛けても全く応えていないヨハドに、代論士は終に苛立ちを露にする。

 「口の減らない奴め!」

 「お互い様だろう、『悪徳屋<ヴァイル>』」

 「あんたを信用した私が馬鹿だった!」

 「心にも無い事を」

何年振りかの口論を懐かしみながら、ヨハドは去った。

153 :創る名無しに見る名無し:2017/01/11(水) 20:09:20.51 ID:JZc/LwOU.net
その後、少女と老翁が、どうなったのか……。
ヨハドは何も知らない。
「悪徳」代論士は相変わらず、危ない仕事を持って来る。

 「縁を切るんじゃなかったのか?」

 「そんな事、言ったか?」

ヨハドに皮肉られても、代論士は涼しい顔で受け流す。
腐れ縁は中々切れないから腐れ縁なのだ。

154 :創る名無しに見る名無し:2017/01/12(木) 20:09:04.60 ID:4sL3/m8y.net
邪聖を討つ


所在地不明 『反逆同盟<レバルズ・クラン>』の拠点にて


反逆同盟の長マトラは、神聖魔法使いの出現に頭を悩ませていた。
新たな神聖魔法使いは、共通魔法使い反逆同盟との戦いに介入する事は無いと断言したが、
それを安易に信じるマトラではなかった。
如何に共通魔法使いが魔法大戦の勝者と言っても、偉大なる魔導師亡き今、悪魔公爵である、
彼女を打倒出来る程の者は居ないだろう。
共通魔法使いにも実力者は居るだろうが、所詮は悪魔崩れ、肉体に囚われし物で、高が知れている。
『新人類<シーヒャント>』では伯爵級上位が精々。
侯爵級を隔てて、更に上位の公爵級には及ばない。
だが、神の加護を受けられる神聖魔法使いは別だ。
脅威は排除しなければならない。

155 :創る名無しに見る名無し:2017/01/12(木) 20:10:12.85 ID:4sL3/m8y.net
マトラは神聖魔法使いを倒す為に、2人の手を借りた。
1人は予知魔法使いのジャヴァニ。
マトラは彼女に尋ねる。

 「ジャヴァニ、神聖魔法使いを片付けたい。
  マスター・ノートには何とある?」

ジャヴァニはマスター・ノートの頁を捲りながら、淡々と答えた。

 「神の子を殺す事は出来ないでしょう。
  しかし、無力化するだけならば可能かも知れません」

 「成る程、具体的な手立ては?」

 「白は無垢の象徴で、穢れ無き者を意味します」

 「穢せば良いのだな」

それは神を人の身に堕すと言う事。
欲望や憎悪を呼び起こし、人並みに罪を負わせるのだ。

 「はい。
  妙案があります」

ジャヴァニの言う「案」に、マトラは興味を持った。

 「言ってみろ」

ジャヴァニは恭しく礼をして発言する。

 「確かに、神の子は無垢です……が、その生まれに関して瑕疵があります」

 「フフフ、分かった。
  有り難う、ジャヴァニ」

マトラは邪悪に笑って、ジャヴァニに謝辞を述べる。
ジャヴァニは微笑を浮かべ、無言で再び恭しく礼をし、それに応えた。

156 :創る名無しに見る名無し:2017/01/12(木) 20:11:32.90 ID:4sL3/m8y.net
マトラが頼った、もう1人の人物は呪詛魔法使いのシュバト。
彼女はシュバトに絡み付く様な声と態度で、依願する。

 「シュバト、お前の実力を見込んで、頼みがある。
  聖君を討って欲しい」

 「この時代に聖君が?」

 「嫌とは言うまい?」

シュバトは暫し沈黙した。
魔法大戦で聖君を倒したのは傀儡魔法使い、断罪のエニトリューグだった。
呪詛魔法使いのネサはエニトリューグを倒したが、聖君との戦いは避けた。

 「因縁の無い物を呪う事は出来ない」

 「臆したか?」

 「呪詛を掛けるだけの者に、恐れ等あろう筈も無い。
  罪無き者を呪う事は出来ない。
  それだけの事」

一々嘲る様な物言いをするマトラに、シュバトは事実だけを告げる。
呪詛魔法使いは自分から誰かを呪う事はしない。
他人の恨みが呪詛魔法を呼ぶのだ。

 「罪なら、あるぞ」

確信を持っているマトラの囁きは、シュバトの心を動かした。

 「どんな罪だ?」

 「無垢な女の容をしているが、生まれに禁忌がある」

彼は理解が早い。

 「親の因果が子に祟るか……。
  無垢ならば、故に崩せるやも知れぬと――」

残酷な言葉を吐きながら、その表情は苦渋に満ち満ちている。
丸で己が身を業火で焼かれている様に。
シュバトの気迫に圧されつつ、マトラは頷く。

 「ああ」

 「尽く尽く、人間とは因業の尽きぬ生き物だ」

恐るべきは呪詛魔法。
「今は」敵でない事実が有り難い。

157 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 19:09:59.28 ID:eYFoHhwz.net
新たな神聖魔法使いクロテアは、麦の種から生まれた娘。
嘗て聖君に仕えた祈り子が、怨念となって生き延び、聖胎の邪術を試した。
彼女は豊饒を司る麦の種を女の胎で孕ませ、「聖なる物」を精霊体として蘇らせようとした。
しかし、誕生したのは肉を持つ女児だった。
聖君を失った祈り子は、縋る物を求めていた。
女児の誕生は望んだ物ではなかったが、祈り子は生まれたばかりの赤子を捨て置けなかった。
偶然か、必然か、運命か、因業か、それは敬愛する聖君と同じ特徴を持っていた。
女児はクロテアと名付けられ、祈り子は彼女を己が愛娘の様に育てた。
祈り子の名はドミナ・ソレラステル。
最後の聖君に仕えた祈り子の一人である。

158 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 19:11:30.57 ID:eYFoHhwz.net
ブリンガー地方ディアス平原にて


神聖魔法使いクロテアはドミナを伴って、金の産地として知られるディアス平原を歩いていた。
黒いローブを纏ったドミナは息を切らしながら、黙々と進み続けるクロテアの後を追う。

 「どうしたの、クロテア?
  近頃の貴女は変よ。
  ボルガ地方で何があったの?」

 「私は初めて悪魔を見ました」

 「それは知ってるわ。
  悪魔の出現を知って、動かない訳には行かなかった。
  ……貴女は『聖なる物<ホリヨン>』ではないのに」

ドミナはクロテアを聖君にはしないと決めていた。
祈りを捧げる対象としながら、それを大多数の人間を救う様な「偉大な物」にする事を拒み、
祈りも救済も個人の物に留めて置きたかった。
クロテアはドミナの言葉に大きく頷く。

 「そう、貴女の言う通り、私は『聖なる物』ではありません。
  だからこそ、私は『人間』として動かなければならないと思ったのです」

 「そんな事はしなくて良いのよ。
  共通魔法使いの事なのだから、共通魔法使いに任せておけば良いの。
  誰が貴女に救済を願ったと言うの?
  誰か貴女に何とかしてくれと頼んだ?
  頼まれもしない事をして上げる義理は無いのよ」

それは懸命の訴えだった。
自分だけ良ければ良いと言う、浅ましさと醜さを隠しもせず。

159 :創る名無しに見る名無し:2017/01/13(金) 19:15:18.63 ID:eYFoHhwz.net
瞳を輝かせているクロテアが、ドミナには唯々恐ろしかった。
この頃、彼女は頻繁に悪夢を見る様になっていた。
クロテアが聖君へと変貌する影で、己は底無しの暗黒に沈んで行く夢。
500と数十の年を経て、死期を迎えつつあるのだと、ドミナは感じていた。
彼女の願いは一つ。
どうか最期まで、クロテアが自分だけの救いである様に……。
そうした浅ましさをクロテアが察していると、薄々理解していながらも、改心しようとはしない。
己の罪深さを自覚すると、ドミナは胸が苦しくなる。
以前から起こっていた事だが、最近は益々酷くなり、比喩ではなく、現実に痛みを感じる様になった。

 (神は我が罪をお許しにはならないのですね……)

ドミナは膝を突いて背を屈め、呻きながら祈る様な姿勢を取った。
そして、繰り返し念じる。

 (お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい……)

当然それで許される訳は無い。
只、痛みを罪として受容する事で、許されている様な気分になれるのだ。
何も知らないクロテアは、ドミナを心配して駆け寄る。

 「ここ数日の間、貴女は頓に具合が悪くなった様に、私には見えます」

 「ええ……」

ドミナは安堵してクロテアを見上げたが、瞬間息を呑んだ。
陽光の影になったクロテアの顔が、別人の物に見えたのだ。

 (お前が許しを請うべきは、神ではない!)

嫌に明確な幻聴を聞き、ドミナは顔面蒼白になって震えた。

160 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 19:43:10.55 ID:1UkjK3Gj.net
もう彼女にはクロテアの声は聞こえていない。
自らの罪の意識が生み出した暗黒に囚われている。
クロテアに似た顔の女が、ドミナを詰り続ける。

 「私の子供を返せ。
  私から奪った全てを返せ」

女は手を伸ばし、ドミナの首を絞める。
ドミナは唯々震えるばかりで、何の抵抗も出来ない。
罪悪感と恐怖に苛まれ、精神を支配されているのだ。

 「ゆ、許して……」

 「許さない」

女は一層、首を絞める手に力を込める。
ドミナは喉が詰まって、息が出来なくなって行く。
傍でドミナの様子を見ていたクロテアは焦った。
行き成りドミナが自らの首を自らの手で絞め出したのだ。

 「あ、貴女は何をしているのです!?」

止めさせようとしても、両腕は石の様に硬く、僅かも動かない。
やがてドミナは白目を剥き、倒れ込んだ。
それで漸く腕の力が緩む。
クロテアは急いで彼女を抱え、近くの町に移動した。

161 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 19:45:45.08 ID:1UkjK3Gj.net
ディアス市の片隅にある宿屋で、クロテアはドミナを休ませた。
部屋のベッドの上で意識を取り戻したドミナは、クロテアの顔を見るなり、又も恐怖で震える。
例の女の俤が散ら付いたのだ。

 「貴女が恐れる事は何もありません」

クロテアが優しく囁くと、ドミナは漸く現実に返り、落ち着きを取り戻した。
深呼吸をして力を抜き、全身の強張りを解す。

 「御免なさい、クロテア。
  ここは……どこ?」

徐に身を起こして尋ねる彼女に、クロテアは安堵して答える。

 「ディアス市の北東にある宿です。
  親切な市民が、私達を馬車に乗せて下さいました。
  彼に感謝しなければなりません」

 「そう……」

元気の無いドミナを見詰めて、クロテアは告げた。

 「そろそろ貴女には旅を続ける事が辛いのかも知れません。
  どこか貴女にとって安息の地があれば良いのですが……」

『旅人<ノーマッド>』は老いを自覚すると、旅が出来なくなる前に、終の棲家を探す物だ。

162 :創る名無しに見る名無し:2017/01/14(土) 19:46:40.86 ID:1UkjK3Gj.net
ドミナは慌てて否定した。

 「いいえ、少し疲れただけ。
  貴女が先を急がせるから……」

 「私の見た所では、どうも貴女の不調は、それだけが原因では無い様ですが?」

クロテアの目はドミナを真っ直ぐ捉えている。
ドミナは内心を見透かされる様で、恐ろしくなって目を逸らした。

 「私を置いて行かないで。
  私の安息の場所は、貴女の傍にしか無いの」

彼女は哀願して同情を誘う。
だが、クロテアの目は最早ドミナを見ていない。

 「私は貴女に恩があります。
  しかし、貴女に私の全てを捧げる事は出来ません。
  お互いの為に、私達は今の儘では良くないと思います」

ドミナは悪寒に身を震わせ、只管に憐れにクロテアに取り縋った。

 「何時か、そう遠くない内に、私は死ぬわ。
  だから、最期まで貴女の傍に居させて。
  それだけで良いの」

 「そんな事を言っては行けませんよ、貴女。
  『よく生きよ』との神の言葉を私に教えてくれたのは、他ならぬ貴女です。
  貴女は神の教えに背いてまで、自己の満足だけを求めるのですか?」

「教えに背いて」と聞いたドミナは、再び恐怖に襲われる。

163 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:44:08.30 ID:I2xoB3vS.net
彼女は既に取り返しの付かない所に居るのだ。
クロテアは存在その物が神の教えに反している。
そして、そんなクロテアを生み出したのは、ドミナ自身。
教えに背く背かないと言う程度の話ではなく、ドミナは紛れも無い背教の徒なのだ。
彼女は遂に禁句を口にした。

 「教えなんて、どうでも良い。
  私を嫌っても良い、蔑んでも良い!
  だけど、私から離れないで……」

ドミナはクロテアを聖女に仕立て上げた。
自身が信仰するに値する理想的な、清廉潔白にして至高の「現人神」。
その誕生は意図した物では無かったが、だからこそ運命を感じた。
ドミナはクロテアに仕える事で、精神の安寧を得られると信じた。
単なる「安らぎ」ではなく、人間として生きて行くのに必要な「心の支え」を。
彼女が求めている物は、飽くまで自己を支える精神的な拠り所。
然りとて、信仰心を完全に捨て去った訳ではない。
心の中には何時も、神を裏切った事に対する罪悪感がある。
本当に信仰心を捨てたならば、神の教えに背いた事に、何ら負い目は無い筈。
ドミナは神を信じていながら、その教えに背いてでも、自らの精神の安寧を求めたのである。
それは信徒として、神を信じない以上の、神の名を騙り悪事を働くのと同等の「罪悪」。
神罰を覚悟しながら、彼女は心弱き故に堕落した。
クロテアの目に軽蔑の色が浮かぶのを想像し、ドミナは堪らず面を伏せ、目を閉ざす。
クロテアは何も言わず、静かにドミナを引き剥がした。

 「私は少し外を散歩して来ます。
  私は必ず戻りますから、どうか貴女は、その間に冷静になって下さい」

ドミナが引き留める間も無く、クロテアは宿を出て行った。

164 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:46:26.85 ID:I2xoB3vS.net
残されたドミナは独り、クロテアを追うでも無く、ベッドの上で放心状態で呆然としていた。
冷たく突き放されたにも拘らず、不思議と心は痛まない。
寧ろ、当然の報いとして平静に受け止めている。

 (これで良いのですね……)

ドミナは再びベッドに横になり、瞑想した。
クロテアは自分の意思を持って、動き出している。
それは寂しい反面、喜ばしい事でもある。
ドミナはクロテアと共に過ごす内に、依存心と同時に親心も膨らませていた。
クロテアの存在はドミナの怨念を幾分か和らげた。
ここ数年で彼女が急激に衰えを感じる様になったのは、その所為である。
これまでは激しい後悔と無念だけが、ドミナを存えさせていた。
しかし、彼女はクロテアを通して、子を愛する心を知り、人を愛する心を思い出した。
己の最期をクロテアに看取って貰えない事は、とても悲しいし、残念である……が、
何も彼も望み通りと言うのは、虫が好過ぎるとも感じる。
今日まで神が自分を見過ごしてくれた事を有り難く思う程だ。

 (本当に、神は私を罰されないのだろうか……?)

不意にドミナは不安になって、目を覚ました。
クロテアが自分から離れて行くのは、必然である。
この儘、自分は安らかに死ねるのだろうか?
何か大きな罠が待ち構えている気がした。
己の罪の大きさに、罰が釣り合っていない。

165 :創る名無しに見る名無し:2017/01/15(日) 19:53:45.05 ID:I2xoB3vS.net
そんな彼女の心の迷いに呼応する様に、胸の痛みが蘇った。
心の底に溜まっている、黒い澱が形を持って這い出して来る。
ドミナの目の前には、例の女が居た。

 「私の子を返せ」

ドミナは恐怖に目を見開き、掠れ声で答える。

 「む、報いは受ける!
  だから、あの子は……、あの子だけは……」

 「許さない……」

似た様な夢は何度も見た。
この女が復讐に来る夢。
クロテアを連れ去ってしまう夢。
夢ではなく、実際に黒い影となって現れた事も、一度や二度ではない。
だが、今回は過去の何れとも違った。
それまでは追い返そうと思えば、追い返せる程度の物だった。
今回は確実に仕留めに来ていると感じる。
闇を祓う神聖魔法が使えない。
祓魔の祝文を唱えようとすると、胸に激痛が走り、言葉を紡げない。
ドミナは悟った。
ここが罪から逃れる旅路の終点なのだと。

 「あ、あの子は私の物……」

ドミナと女は同じ言葉を吐いていた。

166 :創る名無しに見る名無し:2017/01/16(月) 19:49:50.57 ID:bgwuapp8.net
一方、クロテアはディアス市の北東部を適当に散歩していた。
聖なる子として生まれた彼女には、三面性がある。
一面は慈愛と信仰心に溢れた、優しく、穏やかな女の顔。
一面は神に通じ、超越した態度を取る、どこか醒めた顔。
一面は神の様な何かを宿した、冷徹な顔。
神性を獲得する毎に、彼女は人間性を喪失して行き、それを喪失すれば穏やかな顔に戻る。
その神性は果たして、本当に「神」の物なのか……、クロテア自身にも分からない。
彼女は特に自身が内包する神性に悩んだりしない。
その場その場で、思う儘に振る舞う以外の事をしない。
全ては神の思し召しだと信じている為だ。
平時は無垢な女の顔で、天と地がある事に、呼吸と鼓動が続いている事に、極自然に存在している、
当たり前の事に感謝して生きている。
喜びと共にある人に会えば共に喜び、悲しみと共にある人に会えば小(ささ)やかな慰めとなり、
怒りと共にある人に会えば癒しとなった。
クロテアは春の微風であり、人を恨む事も、人に恨まれる事も無かった。
そう、今日までは……。

167 :創る名無しに見る名無し:2017/01/16(月) 19:52:53.67 ID:bgwuapp8.net
クロテアは散歩中、建物の陰から漏れる、女の啜り泣きを聞いた。
心優しいクロテアは、相手が誰だか知らないが、慰めなければならないと思った。
彼女は薄暗い建物の陰に入り、背を向けた状態で屈み込んで泣いている黒い髪の女に、
穏やかに声を掛ける。

 「貴女の心は深い悲しみの中にある様です。
  貴女の身に何が起こったのか、私に話しては頂けませんか?」

クロテアの声は直接心に沁み入る様な温かさを持っている。
女は背を向けた儘ではあるが、啜り泣きを止め、細々と語り始めた。

 「私の赤ちゃんが居なくなってしまったんです」

予想外に重たい事情に、クロテアは吃驚して少し怯む。

 「そ、それは……」

 「良いんです。
  こうして帰って来てくれたんですから」

そう言った女の声に、先までの悲壮感は無い。
言葉の意味が理解出来ず、クロテアは戸惑う。
こんな経験は初めてだった。
クロテアには不思議な能力があり、これまでは話している相手の心が自然に理解出来ていた。
所が、それが今は働かない。

168 :創る名無しに見る名無し:2017/01/16(月) 19:55:35.13 ID:bgwuapp8.net
女は徐に立ち上がり、クロテアと顔を合わせる。

 「お帰りなさい、私の赤ちゃん……」

慈しみに溢れた母の声に、クロテアは益々混乱した。
女の顔付きはクロテアに酷似していた。
髪や肌、瞳の色こそ違うが、それ以外は殆ど同じと言って良い。

 「わ、私が?
  貴女の?」

常人なら「違います」と否定出来る事が、クロテアには出来なかった。
彼女は無意識に理解しているのだ。
女の言葉に嘘は無いと言う事を……。
だが、それを自覚するには至らない。
無意識に理解している事を、意識的に理解する事を、無意識が拒んでいる。
直観的に真相を捉える能力と、災厄から身を守る能力、2つの加護が同時に働いているのだ。

 「探していたのよ」

女はクロテアを抱き締めようとしたが、クロテアは反射的に後退った。
女は俄かに怪訝な顔付きになる。

 「どうしたの?
  私の可愛い赤ちゃん……」

 「私は赤ちゃんではありません!」

クロテアは怪しい女に、そう言い返すのが精一杯だった。
彼女は恐ろしく不吉な物を感じていた。

169 :創る名無しに見る名無し:2017/01/17(火) 19:28:22.91 ID:NGj5ADx4.net
女は自らの腹を擦りながら、低い声で問わず語りを始める。

 「私は知らない間に、赤ちゃんを奪われてしまっていたの。
  大事に大事に育てていたのに。
  あの女が裏切った」

憎悪の増大に、クロテアは身震いする。
この女は生身ではない。
怨念の塊なのだ。

 「あの女は、貴女に何も話さなかったのね。
  私は貴女の本当の母親。
  貴女は私が産んだの」

「あの女」が誰か明確ではないが、クロテアにはドミナを指しているのだとしか思えなかった。
以前は深く考えなかった。
どうして自分には父親が居ないのか?
どうして自分の母親はドミナではないのか?
クロテアは過去に囚われず、常に未来だけを見て生きて来た。
「どうやって自分は生まれたのか?」と言う、最大の疑問に蓋をしていた。
それは神に愛されている自分には不要な物だから。

 「貴女は神の子である前に、私の子供なの。
  何度も何度も、私は貴女に会いに来た。
  でも、その度に追い『祓われた』わ。
  だけど、諦め切れずに、諦め切れずに……、漸く、漸く、こうして会えた。
  神様は確かに居るのね。
  邪悪が許されて良い訳が無いわ。
  貴女は私の元に帰るの。
  抱き締めさせて、可愛い赤ちゃん……」

女は恍惚の表情で、再びクロテアに迫る。

170 :創る名無しに見る名無し:2017/01/17(火) 19:34:34.23 ID:NGj5ADx4.net
クロテアは動揺し、何も行動を取れない儘、母の腕に抱かれて暗黒に沈んだ。
彼女を守る筈の加護は、先から全く機能していない。
温かい闇の中で、クロテアは独り時の旅に連れて行かれ、自己の誕生の真実を知らされる。
何処とも知れない、薄暗い静かな部屋の中。

 「さあ、始めましょう。
  力を抜いて」

ドミナはクロテアに似た若い女の胎に、「種」を植え付けていた。
ともすれば女同士の情事に見えなくも無い。
悦楽に顔を綻ばせる2人に、クロテアが受けた衝撃は大きい。
当人達は快楽を貪っているのではなく、飽くまで真面目に「神の胎孕」を悦んでいるのだ。
それが一層、恐ろしくてならなかった。
神聖魔法使いの信仰では、神とは人為的に生み出される物ではない。
勿論、神意の代行者たる聖君も同じである。
聖君は誰かによって決められるのではなく、唯(ただ)天によって選ばれるのだ。
聖君が持つ不思議な力は、純粋な心と勇気ある人間に宿る物、謂わば信仰心の結実である。
神を宿した聖君を生み出そうとするドミナは、神域を冒していた。
それは神に対する、そして何より信仰に対する冒涜であった。

171 :創る名無しに見る名無し:2017/01/17(火) 19:35:32.08 ID:NGj5ADx4.net
クロテアに似た女の胎は、あり得ない成長速度で膨らんで行った。
半月程で臨月並みになり、1月経つ頃には撥(は)ち切れんばかりになっていた。
ドミナもクロテアに似た女も、赤子の成長を喜び、誕生を待ち侘びていた。
そして、遂に時が来た。
赤子に人の産道は狭く、クロテアに似た女は産気付いても産めずに、酷く苦しんでいた。
ドミナは帝王切開に踏み切った。
しかし、それは到底真面とは言えない物だった。
ドミナは手術用ではなく、儀式用の短剣で、これに臨んだ。
狭い密室の手術室には細い蝋燭の明かりしか無く、手術台の周りには奇怪な魔法陣が描かれ、
更には意識を混濁させる麻酔香が焚かれた。
これは暗黒儀式以外の何物でもない。
ドミナは女に繰り返し囁いていた。

 「これは神を産む儀式」

 「何も心配は要らない」

 「貴女には神の加護がある」

安らかな微笑を浮かべて気を失った女が、目覚める事は二度と無かった。
ドミナは彼女の膨れた腹に短剣を突き立てる。
短剣は女の腹を大きく引き裂き、そして聖なる赤子が誕生した。

172 :創る名無しに見る名無し:2017/01/18(水) 19:32:52.45 ID:o/ZuAD6T.net
その子は赤子にしては異様に大きく、血に塗れていながら、全身の白さが際立っていた。
ドミナは子を取り上げるのを躊躇った。
生まれながらにして、赤子の髪は伸びており、歯は生え揃っており、大きく見開かれた白い両目は、
ドミナを睨んでいる様だった。
赤子は産声も上げず、瀕死の母の胎から這い出して、直立二足歩行を始め、ドミナに迫った。

 「汝、罪を負うべし。
  永久に許されざる咎を受けよ」

生まれたばかりだと言うのに、赤子は口を利いてドミナを詰った。
己の記憶に無い事に、クロテアは困惑する。
これが本当に自らの誕生なのか……。
ドミナは愕然として座り込み、平伏して赤子に許しを請う。

 「お許し下さい、お許し下さい、お許し下さい」

 「一切の容赦はならず。
  より深まれど、免れる事は能わず」

 (これが私?
  これが、神……?)

クロテアは初めて、己に宿った神を見た。
それは愛に溢れた優しい母性を持つ神ではなく、厳格で恐ろしい父性を持つ存在だった。
厳然とした神性を持つ存在を客観した時、クロテアも又、ドミナの様な恐怖と畏怖を感じた。
これまで自己の内にあり、一体であった物が、分離して登場したのだ。
クロテアの中の神性は、クロテア自身の禁忌をも責めている様だった。

173 :創る名無しに見る名無し:2017/01/18(水) 19:34:34.94 ID:o/ZuAD6T.net
己が禁忌の子であると知ったクロテアは、唯々震えて母に縋った。
母はクロテアを抱き止め、安心させるように囁いた。

 「大丈夫、貴女は私の赤ちゃん。
  何があっても放しはしない。
  何があっても、絶対に……」

それが邪悪な罠だと、クロテアは気付けない。
母が子を想う念は真実だが、これを利用している物がある。
だが、クロテアは失意の只中にある。
己が神に愛される資格は無いと感じてしまっている。
もう無邪気に神を盲信出来はしないのだ。
クロテアに信仰を教えたドミナの正体は、恐ろしい背教者だった。
最早、彼女は何を信じて良いのか分からない。
神の愛を感じる事も出来ない……。
唯々母の温もりに埋もれ、認め難い真実から目を背ける。
最後の神聖魔法使いクロテアは堕ちた。
彼女が神性を取り戻し、発揮する事は、二度と無いであろう。

174 :創る名無しに見る名無し:2017/01/18(水) 19:36:46.04 ID:o/ZuAD6T.net
クロテアは老衰したドミナの亡骸に抱かれて、建物の陰で眠っていた。
シュバトは2人を見下し、小さく息を吐く。

 「人に神を求める事が間違いだ。
  所詮、人は神には成れんのだ。
  聖なる物と化すには、人は余りに脆弱で、卑小で、煩悩が過ぎる」

彼の影からマトラが這い出て、口元に満足気な笑みを浮かべる。

 「よくやった、シュバト。
  この娘は私が預かろう」

マトラは既に死後硬直が始まっているドミナから、クロテアを引き剥がした。
シュバトは目を伏せ、低い声で問い掛ける。

 「未だ利用しようと言うのか」

 「使える物は使わなくては。
  勿体無いだろう?
  どうせ、この儘では生きられぬのだ」

無邪気なマトラの返しに、シュバトは数極の間を置いて、脅迫した。

 「何人たりとも呪詛から逃れる事は出来ない。
  貴女でさえも」

それは故あればマトラをも呪うと言う宣言だ。
空寒い物を感じて、マトラは一瞬手を止め、振り返る。

 「フフ、解っているよ。
  人間の言う『業』が、私に通じると良いな」

しかし、飽くまで強気に突っ撥ねた。
悪魔の彼女に果たして呪詛が通じる物か、シュバトにも判らない。

175 :創る名無しに見る名無し:2017/01/18(水) 19:41:03.32 ID:+RlnvypG.net
呪詛魔法強い……

176 :創る名無しに見る名無し:2017/01/18(水) 19:44:49.65 ID:o/ZuAD6T.net
マトラは黒衣にクロテアを包む。

 「愛(う)い寝顔よ。
  稚児(ややこ)の様だ」

その白い頬を撫でながら、マトラは目を細め、シュバトに見せ付けた。
シュバトは目を逸らし、彼女に問う。

 「どうする積もりだ?」

 「この娘には興味がある。
  神性との関わりに就いて実験してみたい。
  純粋な知的好奇心だよ」

悪意は無いとマトラは主張するが、それは決して安心出来る要素ではないとシュバトは理解していた。
これからクロテアは「実験」の名目で、酷い目に遭わされるだろう。
だからと言って、呪詛魔法使いの彼にマトラの凶行を止めさせる義理は無いのだが。

 「本当に神性は失われたのか?
  出来れば、『あれ』と話してみたいのだがなぁ……。
  傀儡にするだけでは面白くない」

クロテアの体を真面真面(まじまじ)と眺めて独り言を零すマトラを、シュバトは無視して影に沈んだ。
暗黒の中に救いは無い。
やがてマトラも去り、後に残ったのは、ドミナの着ていた黒いローブだけ。
怨念によって保たれていたドミナの体は、風化して塵に消えた。

 「あの子は私の物……」

黒いローブの下で再び怨念が渦巻く。
男の声が響く。

 「願え。
  そして、唱えよ。
  我が名はネサ・マキ・ワズロス・ジグ・トキド」

177 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 19:39:30.29 ID:Nc9Aeklh.net
惚れた腫れた


グラターナ街道にて


自称冒険者の精霊魔法使いの男コバルトゥス・ギーダフィは、義弟を探して一人旅をしている若い女、
リベラを守るべく、密かに彼女の後を尾行していた。
尾行と言っても、目視出来る距離から監視している訳ではない。
彼はリベラの魔力石に精霊を込め、精霊石にして渡した。
距離が離れていても、リベラが精霊石を持っていれば、位置と状況が判る。
これで普段は遠くから見守りつつ、危機があれば駆け付けるのだ。
ストーカー染みているが、当人は正しい事をしている積もりである。
事実、リベラの窮地を何度か助けているので、全く間違っている訳ではない。
今日も今日とて、それと無くリベラを気に掛けながら街を歩いていた所、彼は見覚えのある影が、
近くの小路に入ったのを捉えた。

 (今のは、ラント……?)

それはリベラの義弟ラントロックだった。
微かに視界の端に映っただけでも、コバルトゥスは高い魔法資質で人物が特定出来る。
直ぐリベラに知らせても良かったが、複雑な家庭事情を知っているコバルトゥスは、
先ず一対一で話をしようと考え、独りで追った。

178 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 19:40:46.11 ID:Nc9Aeklh.net
ラントロックは入り組んだ小路を歩き続け、袋小路で足を止める。
その様子を魔力探知で追っていたコバルトゥスは、疑問を感じないではなかった。

 (誘い込んでいる。
  何が目的だ?)

怪しいと思いつつも、他に警戒すべき気配は察知出来ない。
肝試しの気分で、彼はラントロックの前に姿を現す。
ラントロックは余裕を持って、コバルトゥスを待ち構えていた。

 「久し振り、小父さん」

 「何の用なんだ、ラント。
  お姉さんには会わなくて良いのか」

コバルトゥスは少し重目の牽制を入れる。
彼はラントロックが姉を意識していると知っていた。
ラントロックは僅かに眉を動かしたが、それだけで取り乱しはしない。

 「良いんだ。
  今日は小父さんに話がある」

 「俺に?」

 「小父さん、俺達の仲間にならないか?」

唐突な誘い掛けに、コバルトゥスは驚き、改めて周囲を確認した。
ラントロックが「俺達」と言ったので、誰か近くに潜んでいるのではと思ったのだ。

179 :創る名無しに見る名無し:2017/01/19(木) 19:42:42.06 ID:Nc9Aeklh.net
再度他に誰も居ない事を認めて、コバルトゥスはラントロックに尋ね返す。

 「何言ってんだ?」

 「小父さん、精霊魔法使いだったよね?
  共通魔法使い中心の社会には不満があるんじゃない?」

ラントロックの口振りから、コバルトゥスは不吉な物を感じ、突き放した態度を取った。

 「社会の勉強が足りないんじゃないか?
  共通魔法の元になったのは、精霊魔法だ。
  魔法大戦で多くの精霊魔法使いは中立を選んだ。
  今更、共通魔法使いと敵対して何になる」

ラントロックは変わらず、コバルトゥスを真っ直ぐ見詰めている。
本心を読もうとしているかの様に。

 「俺達は共通魔法社会を打っ壊す。
  500年続いて来た、奴等の天下も終わる」

 「馬鹿な。
  誰に、そんな事を吹き込まれたんだ?」

父親への反発にしては、余りに大逸れた野心だと、コバルトゥスは呆れる。
背後に不穏な存在がある事は明らかだった。

180 :創る名無しに見る名無し:2017/01/20(金) 19:29:46.08 ID:Bv3HHU57.net
ラントロックはコバルトゥスの反応を窺いつつ、彼の問いには答えずに尋ねた。

 「不可能だと、思ってる?」

 「ああ、全く馬鹿気ている。
  どこの誰が言ったんだ?
  あの時の奴か?」

ブリンガー地方でラントロックは、ある事件に関わっていた。
どうも良からぬ事を企む、得体の知れない魔法使い達と連んでいる様だ。
ラントロックはコバルトゥスに告げる。

 「俺と一緒に来れば分かるよ。
  俺達は共通魔法社会に反逆する。
  魔法を共通魔法使い達の支配から解放するんだ!」

血気に逸る彼とは異なり、大人のコバルトゥスは冷静だ。

 「そんな事をしても、徒に社会を乱すだけだぞ。
  少数の魔法使いが、多くの人々を支配する、旧暦に帰りたいのか?」

 「今だって変わらない!
  魔導師会が魔法秩序を支配しているじゃないか!」

 「君が魔導師会の代わりに、魔法秩序を安定させるのか?
  本当に、それが出来ると思っているのか?」

 「そうじゃない、魔法は平等であるべきなんだ!
  共通魔法しか認められない今は、間違っている!」

 「君の考えは、そうかも知れない。
  だが、他の連中も同じだと言えるのか?
  魔導師会に成り代わり、人々を支配しようと企んでいるんじゃないのか?」

疑い深いコバルトゥスに、ラントロックは眉を顰める。

181 :創る名無しに見る名無し:2017/01/20(金) 19:31:04.08 ID:Bv3HHU57.net
どうにかコバルトゥスを説得しようと、彼は言葉を尽くした。

 「小父さんは今の儘で良いの?
  共通魔法使いに紛れて、精霊魔法使いである事を隠しながら生きて行くなんて……」

コバルトゥスは小さく息を吐き、飄々と答える。

 「そう悪くないと思っている。
  共通魔法使いにも、理解してくれる人は居るからね。
  例えば……君の、お父さんの様に」

ラントロックの表情が俄かに険しくなった。
彼は共通魔法使いの父を快く思っていない。

 「親父が?」

 「お父さんは良い人だよ。
  魔法で人を差別したりしない」

 「嘘だ」

 「嘘じゃないさ。
  だから、君が生まれたんじゃないか」

ラントロックの魔法は母から受け継いだ物。
父が外道魔法を忌み嫌っていたならば、外道魔法使いの母と結婚する訳が無い。
生まれ育った家から離れて、禁断の地に住もうとは思わない。
それは解るが――、

 「だったら何で、親父は俺に魔法を使うなと言うんだ!」

本心では忌避感があるのではと、ラントロックは疑っている。
母と結婚したのは、容貌の美しさに惹かれただけで、魔法までは愛していなかったのではないかと。
事実、彼の父は母を魔法使いでなくさせようとしていた。

182 :創る名無しに見る名無し:2017/01/20(金) 19:35:08.74 ID:Bv3HHU57.net
コバルトゥスは静かに詰問する。

 「君が誰より解っているんじゃないのか?
  魅了の魔法を使って得た物は偽りだと」

 「えっ」

 「家出をしたのは、お父さんの事だけが理由じゃないだろう?
  ……お姉さんの事も、あるんだろう?
  ラント、言ってたよな。
  家では何でも、お父さんの物だって」

ラントロックは動揺して口を噤んだ。
コバルトゥスは少し間を置いて続ける。

 「お姉さんが、お父さんの物になるのが、堪えられなかったのか?」

長い沈黙。
ラントロックは何と答えれば良いのか、分からない風だった。
しかし、やがて小さく頷く。
何も彼も見透かされていると感じ、否定しても無駄だと見切ったのだ。

 「ああ。
  でも、それ以上に…………。
  姉さんが、自分の気持ちを押し殺しているのが辛かった。
  一所懸命、無かった事にしようとしているのが」

 「お姉さんが好きなんだな」

ラントロックは今度は大きく頷いた。

 「親父の下では皆、辛い思いをしなくちゃ行けない。
  我慢して、本当の自分を直隠して、『常識的』にならないと行けない。
  俺は母さんから受け継いだ魔法を使っちゃ行けないし、姉さんを好きになっても行けない。
  姉さんも親父を好きになっちゃ行けない」

漸く本心を聞けて、コバルトゥスは安堵した。
ラントロックは凶悪な妄想に取り憑かれている訳ではない。
彼が直面しているのは変わらず、誰もが経験する、自我を確立する過程での父性への反発だ。
それを別の大義と結び付けて、大きな事を言っているに過ぎない。

183 :創る名無しに見る名無し:2017/01/21(土) 19:58:52.48 ID:ZcR1Nmzh.net
我が強いのは決して悪い事ではないが、どんな時でも自分を通そうとすると疲れる。
周囲と上手くやって行くには、適度に相手に合わせなければならない。

 (難しい所だな。
  生き方に折り合いを付けるには、若過ぎるのか)

真面目に考え過ぎる辺り、父親に似たのだなと、コバルトゥスは内心で苦笑した。
負けず嫌いな所もあるのだろう。

 「……それで、どこまで本気なんだ?」

 「何が?」

唐突なコバルトゥスの問いに、ラントロックは吃驚して尋ね返した。
コバルトゥスは不思議な圧力の篭もった目で、ラントロックを見据える。

 「お姉さんの事だ」

 「……は?」

 「どうしても、お姉さんじゃないと駄目なのか?
  お父さんじゃなければ諦めが付くのか?」

ラントロックは理解が及ばない様子で、顔を顰めて首を横に振った。

 「……小父さん、何言ってんだよ」

 「お姉さんが好きなのは、魔法が通じないからじゃないのか?
  それとも、好きだから魔法を使いたくないのか?」

質問の連続にラントロックは閉口し、顰めっ面でコバルトゥスを睨む。

184 :創る名無しに見る名無し:2017/01/21(土) 20:01:03.54 ID:ZcR1Nmzh.net
魅了の魔法とは厄介な物だ。
何でも思う儘にしてしまうから、真に人の心を掴む事が出来ない。
魔法頼りで人の歓心を買う事に慣れ切って、自己を磨く事を怠り、魔法が失われると同時に、
手の平を返した様に失望される。
「魔法の鏡」、「悪魔の口紅」(※)等、この類の話は珍しくない。
魅了の魔法使いは、先天的に魔法を失う恐怖を知っている。
だから、真に心惹かれる者は、「魔法が通じない相手」になるのだ。
そうした宿業をラントロックが自覚しているのか、コバルトゥスは問うていた。
或いは、父親への反抗心から姉を奪おうとしているだけなのではないかと。

 「例えば、俺が……お姉さんを好きだと言ったら?
  俺と、お姉さんが付き合う事になったら?」

 「本気で?」

ラントロックは驚きと訝りを声に表した。

 「例えばの話だよ」

コバルトゥスは断じると、ラントロックは暫し思案する。
そして、出した答は……。

 「……小父さんに取られるなら、納得かも知れない」

 「その程度か」

 「違うよ、小父さんだから……」

彼はコバルトゥスの男性としての魅力を認めていた。


※:「魔法の鏡」は姿を自由に変えられる鏡、「悪魔の口紅」は使用者を魅力的に見せる口紅。
  どちらも美しさを題材にした昔話であり、話の作りが似ている。

185 :創る名無しに見る名無し:2017/01/21(土) 20:03:44.15 ID:ZcR1Nmzh.net
冴えない父と比較すれば、あらゆる面でコバルトゥスは男性的な魅力に溢れていた。
……少なくとも、そうラントロックの目には映っていた。
程好く高身長で、痩せ身ながら引き締まった体。
清涼な切れ長の目には、どこか危険な香りのする妖しさがある。
何より自信に満ちた、頼れる男の雰囲気がある。
彼になら姉を取られても仕方が無いと諦められると、ラントロックは思ったのだ。
真面目な顔のラントロックを見て、どうした物かとコバルトゥスは悩んだ。
評価されて悪い気はしないが、それが父への反発に由来する物であれば素直に喜べない。
彼は困り顔で、肩を竦めて見せた。

 「本気で女として愛しているなら、そんな風には言えない。
  少なくとも俺は、愛する女を他人に渡しはしない。
  誰であろうと、絶対に」

そう断言したコバルトゥスは、内心でラントロックの義姉リベラの事を想っていた。
もし彼女が他の男に靡いたら、自分は何を思い、何をするだろうか?
本当に絶対に渡さないと断言出来るだろうか?
迷いが無かった訳ではないが、ここは言葉に説得力を持たせる為に、敢えて疑問に蓋をした。

186 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 19:04:12.92 ID:I8arUaR8.net
ラントロックは本気で考え込み、然る後に礑と本来の目的を思い出した。

 「……小父さん、俺達の仲間になる積もりは無いんだね?」

 「ああ。
  精霊魔法使いは精霊と共に生きる者。
  精霊を理解しない者とは相容れない」

コバルトゥスは際(きっぱ)りと言い切った。
ラントロックは精霊魔法使いではないから、精霊が解らない。
それは反逆同盟の者達も同じだ。

 「外道魔法扱いされていると言うだけで、志が同じな訳でも無い者と共になる事は出来ない。
  精霊魔法には精霊あるのみ」

コバルトゥスの宣言はラントロックに、ある種の孤高さを感じさせた。

 「君は詰まらない事に囚われ過ぎだ。
  確かに、自分の魔法は大切だろう。
  だけど、本質を見誤っちゃいないか?
  俺は精霊達と話をするのに、誰の許可も求めないし、誰にも拘束されない。
  ラント、君は誰に認めて欲しがっている?」

ラントロックに難しい話は解らない。
彼は自分の行動が、承認欲求から来る物だと言う自覚さえ無い。

187 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 19:07:31.73 ID:I8arUaR8.net
しかし、コバルトゥスの言う事は何と無く正しいと感じられる。
よく解らないのに、否、よく解らないからこそ、コバルトゥスの持つ神秘さと迫力に気圧され、
正しいのではないかと思い込まされている。
若いラントロックは頼り無い直感こそが、真実に繋がっているかも知れないと考える。
そんな中で、僅かに残った理性と、同盟に対する義理が、盲従を思い止まらせる。

 「小父さんの言う事は解らないよ……」

 「理解しようとしなければ、何も解らないぞ」

 「小父さんは俺をどうしたいのさ?」

 「知らん。
  特に、どうこうしたいと言う気持ちは無い。
  人生の先輩として、そっちの道は危ないと忠告しているだけさ。
  力尽くで言う事を聞かせようとは思わない。
  君の人生だから、どう進むかは君が決めるべきだ」

突き放されたラントロックは不安になる。
この儘では言い包められると感じた彼は、勧誘は諦めて撤退する事にした。

 「……それでも、俺は帰らないよ」

コバルトゥスは頷く。

 「ああ、又な。
  お姉さんの事は心配するな」

再会を仄めかす言葉を投げ掛けて、彼は自らラントロックに背を向けた。

188 :創る名無しに見る名無し:2017/01/22(日) 19:08:30.67 ID:I8arUaR8.net
これで良いのかと迷いながら、独りになったラントロックは、その場から立ち去る。
コバルトゥスはリベラを呼びに行ったのではなく、本当に帰っただけだった。
行動を制限して支配下に置きたがる父とは違い、コバルトゥスの放任振りはラントロックにとって、
心地好い訳ではないが、新鮮な物で故に戸惑いもあった。
もしかしたらコバルトゥスと敵対する時が来るかも知れないと、彼は想像する。
その時に、コバルトゥスは何と言うだろうか?
怒るのか、叱るのか、それとも呆れるのか?
戦うのか、話し合ってくれるのか、それとも……?
コバルトゥスに尊敬の念を抱いているラントロックは、出来れば敵対したくないと思った。
共通魔法使いを敵と見做す反逆同盟と、何物にも縛られないコバルトゥスは相容れない。
ラントロックは両者を比較した時、どちらかと言えばコバルトゥスの立場に憧れた。
それを真似て実行に移せる力も度胸も、未だ無いが……。

189 :創る名無しに見る名無し:2017/01/23(月) 19:52:13.53 ID:z8Ziqrbc.net
増長の止む所


第三魔法都市エグゼラ中央区 エグゼラ魔導師会本部にて


エグゼラ魔導師会の執行者に、ヴァルスク・カイ・ナイヤンという男が居た。
この男、魔導師になれたのが不思議な程の、暴慢な男だった。
如何にエグゼラ地方が、こうした類の人物を「男らしい」と認めるとは言っても、度が過ぎた。
彼は生まれ付いて魔法資質が高く、体格にも恵まれており、若い頃から「魔導師になるべきだ」と、
活躍を嘱望されていた。
所が、周囲の期待はヴァルスクを誤った方向に導いた。
事ある毎に、彼は魔法資質と腕力で物事を解決して来た。
喧嘩は負け無し、大人でも恐れて引っ込む程で、ヴァルスクが暴威を散ら付かせれば、
道を譲らない者は無かった。
魔法学校の教師も、この様な態度を取るヴァルスクの制御に苦労した。
しかし、ヴァルスクの中の「己こそが正義の実行者である」と言う傲慢を利用する事で、
どうにか首輪を付けていた。
そう、ヴァルスクは己の能力の高さに、運命を感じていた。
自分こそが人々の為に正義を守る者だと。
彼は己の正義に殉じる覚悟を、若い内から持っていた。
若さ故の暴走とも言える。

190 :創る名無しに見る名無し:2017/01/23(月) 19:55:42.70 ID:z8Ziqrbc.net
だが、ヴァルスクの自意識は次第に歪んで行く。
彼の正義感は利己的な感情と同一化し、我が儘に振る舞う事が正義に適うと信じ始めた。
即ち、自身こそが正義であると認識する様になったのである。
悪い事にヴァルスクは周囲との衝突を繰り返す内に、若い真っ直ぐな正義を保てなくなり、
醜く歪んだ正義を受容して、恐ろしい怪物に変貌した。
彼は力こそが正義だと言う原始的な信仰に加えて、狡猾さを獲得し、弱者は力ある物に従い、
大なる物に隷属する事こそが利益になるのだと考えた。
歪んだ秩序意識は、ヴァルスクを「権威には従い、弱者には威張り散らす」と言う、
凡そ正義の味方とは掛け離れた存在にした。
こうしたヴァルスクの性質は、魔法学校の教師の目を上手く欺いた。
彼は教師と言う権力の前では従順だったが、同輩、後輩には服従を強いた。
単なる卑屈な人間と違う所は、規則に従わない者は先輩であっても噛み付いた所だ。
ヴァルスクは学校秩序に自らを組み込み、巧妙に批判を避けた。
彼の為に学校の秩序が保たれていた一面は、確かにあるだろう。
しかしながら、ヴァルスクの本性は「正義を盾に暴力を振るう狼藉者」だった。
彼は自身に対する周囲の評価に、大きな不満や怒りを抱えており、それを躊躇い無く打付けられる、
「犠牲者」を常に探していた。

191 :創る名無しに見る名無し:2017/01/23(月) 20:06:09.04 ID:z8Ziqrbc.net
ヴァルスクが魔法学校での「潜伏」期間を追えて魔導師となり、刑事執行者に採用された後に、
やはり問題が起こった。
彼は上司には従順だったが、犯罪者を必要以上に痛め付け、又、自分に従わない同輩や後輩を、
恫喝、脅迫した。
軽微な犯罪であっても、犯罪者には容赦せず、逮捕時の過剰防衛、暴行、暴言が取り上げられ、
度々謹慎処分を食らう。
問題の多いヴァルスクだったが、その実力は捨て置くには惜しく、どこか適所は無い物かと、
人事の都合で各部署を転々とさせられた。
権威に従順ながら、上司の監視が及ばない所では指示を聞かず、独自判断を優先するので、
通常業務は任せられない。
処刑人にするには我が強過ぎる。
僻地に飛ばすと、その野心から何をするか分からない。
お目付け役を置けば、多少は態度が改善するかと思われたが、自分より実力が劣る者には、
目上の人間でも平気で食って掛かった。
この煮ても焼いても食えない男に対し、法務執行部が下した判断は、「飼い殺し」だった。
時々通常業務を任せ、問題を起こしたら即懲罰。
これで態度が改善すれば良し、改善しない限りは下級職に止める。
最悪の場合は、「最終決断(※)」も辞さない。
保護観察処分の犯罪者と同等か、それ以下の扱いだった。
事実、権威主義と実力主義を拗らせたヴァルスクには、善意や良心と言う物が著しく欠如していた。
仕事仲間であっても、敵と味方を区切りたがり、自身に従順な者には優しい一面もあったが、
所詮それは自己利益の最大化の為の手段に過ぎなかった。


※:強制的な人格矯正

192 :創る名無しに見る名無し:2017/01/24(火) 19:36:26.18 ID:oXw5XEBv.net
何度も処分を食らう内に、ヴァルスクは次第に戦乱を望む様になった。
自分が冷遇されるのは、平和な時代が悪いのだ。
詰まらない犯罪者を相手にするには、自分の力は大き過ぎる。
強者絶対の乱世が訪れれば、自分の実力を十分に発揮出来る。
周囲の者共も己を称え、歓迎するだろう。
そんな誇大妄想を抱える様になっていた。
彼は己こそが正義に忠実な「正しい」魔導師だと自負していたし、魔法秩序維持の為には、
如何なる手段の実行も辞さない積もりだった。
そして、愈々ヴァルスクの望みが現実に近付いて来た。
各地で暗躍する外道魔法使いの噂、大都市ティナーを襲撃した巨人魔法使い。
世は大きな動乱を迎えようとしていると、ヴァルスクは強く感じていた。
その頃の彼は、刑事三課の待機係の身分で大人しくする事を学んでおり、滅多に謹慎処分を、
食らわなくなっていた。
より正確には、無気力になっていた。
戦乱の時代が訪れるまで、齷齪と働く事に意味を見出せなくなったのだ。
時が来れば、必ず自分は評価される。
その時は近い。
そんな確信の下、彼は退屈な日々を送っていた。
皮肉な事にヴァルスクの上司や同僚は、どの時点の彼よりも今の姿を望んでいた。
しかし、ヴァルスクは執念深い男で、大声で喚きこそしないが、待機係の身分に満足していなかった。

 「ヴァルスク、頼む」

同課の先輩執行者の呼び掛けに、ヴァルスクは憮然とした表情で、返事もせずに立ち上がる。
彼の主な役割は、力仕事の雑用と、偶に現れる厄介な犯罪者への対応。
今回は後者だった。

 「トリューベ川を挟んで、不良少年グループ同士が睨み合っているそうだ。
  一触即発状態らしい。
  都市警察だけじゃ手に負えんとさ」

先輩が事情を説明すると、ヴァルスクは大きな溜め息を吐いた。

193 :創る名無しに見る名無し:2017/01/24(火) 19:38:43.45 ID:oXw5XEBv.net
 「ガキの飯事か」

「子供の喧嘩如きで呼び出すな」と、ヴァルスクは不満を露にしたが、先輩は苦笑いして受け流す。

 「ガキでも徒党を組んで武器を持てば、凶悪な犯罪者と変わらん」

ヴァルスクは先輩と、それに馬車の運転が得意な後輩との3人で、現場に急行した。
トリューベ川に架かる大きな橋の上では、鉄棒や棍棒と言った武器を手に持った若者達が、
丁度橋の中央で2つの集団に別れて、対峙していた。
ヴァルスク等、執行者一行は、橋の袂で控えている都市警察と合流する。
先輩執行者は身分を示す手帳を見せて、都市警察の代表と話をした。

 「状況は?」

 「彼此1角近く、この儘です。
  下手に横槍を入れると、乱闘が始まりそうで。
  もしかしたら連中も既に戦う気は無くて、互いに引き際を探っているのかも知れません。
  こう言うのは面子の問題ですから」

勇ましく飛び出したは良いが、いざとなると躊躇いが生じ、引っ込みが付かなくなるのは、
情緒優先の未熟者には、よくある事だ。

 「馬鹿臭え」

ヴァルスクが小声で零すと、都市警察の面々は吃驚して沈黙した。
先輩執行者は何事も無かったかの様に、話を続ける。

 「それで都市警察としては、どうしたいんです?
  連中を解散させりゃ良いんですか?」

 「やや、そうじゃなくて……。
  これは又と無い機会ですから。
  でも、全員誘(しょっぴ)くのは骨なんで、首謀者と言うか、影響力のある幹部だけ、
  引っ張りたいんですよ」

都市警察は自分達に都合の好い、欲張った事を言う。

194 :創る名無しに見る名無し:2017/01/24(火) 19:43:15.93 ID:oXw5XEBv.net
如何に執行者と言えども、それは簡単な事ではない。
大人数を捕縛するには、相応の人数が必要だ。
平均的な能力の執行者では、何十人と言う集団を3人で抑えるのは困難だろう。
若年者でも数が居れば、中には高い魔法資質の持ち主や、優れた共通魔法の使い手もある。
そこで先輩はヴァルスクを一瞥した。

 「出来るか?」

 「誰に向かって聞いている?」

ヴァルスクは不機嫌に答えると、堂々と独り橋に向かって歩き始めた。
大量の魔力を纏い、恐ろしい威圧感を放つヴァルスクに、不良少年グループは戦慄する。
魔導師会の執行者の登場だ。
ヴァルスクが来る方向とは反対側に居たグループは、真っ先に逃げ出そうとした。

 「動くなーっ!!!!
  悪ガキ共がぁっ!!!!」

しかし、ヴァルスクの怒罵の声に怯み、動きを止める。
多くの者は彼を恐れて小さくなっているが、幾人かの生意気な者は反抗的な目付きで、
彼を睨み返している。
これがヴァルスクの癇に障った。

 「何だ、その目は?」

恫喝すると同時に手が出た。
睨む少年の鼻根に容赦無く拳を叩き込む。

195 :創る名無しに見る名無し:2017/01/25(水) 19:30:12.69 ID:SSqbGfDV.net
文字通り鼻っ柱を圧し折り、一撃で彼を気絶させたヴァルスクは、次の獲物を探した。

 「もっと殴られてえ奴は居ねえか、あぁ!?
  社会の屑共めぇ!!
  制裁だーっ!!!!」

目に付く者を片っ端から捕らえて、殴り付ける。
最早、目的は頭に無い。
暴走状態だ。

 「逃げるなーっ!!
  腰抜けの卑怯者がーっ!!」

逃げ出そうとする者には拘束魔法を掛けて、マジックキネシスで引き寄せ、これにも暴行を加えた。
その乱暴振りに、控えていた都市警察も後輩の執行者も、恐れを成している。
先輩執行者が慌てて後輩の肩を叩いた。

 「おっ、こりゃ不味い。
  止めに行くぞ」

後輩は嫌そうな顔をするが、それを先輩は窘める。

 「俺達は執行者だ。
  職務を果たせ。
  こんなので駭(びび)ってたら、もっと危(やば)いのが出て来た時、どうすんだ?」

そして、都市警察にも声を掛けた。

 「あんた等も。
  早い所、目星いのを押さえちまいな。
  あいつが全部打っ壊しちまうぞ」

196 :創る名無しに見る名無し:2017/01/25(水) 19:37:18.05 ID:SSqbGfDV.net
執行者の先輩後輩と都市警察の者は、同時に駆け出した。
先輩執行者は真っ直ぐ、他の者の盾になる様に、ヴァルスクへと向かう。

 「ヴァルスク、もう良い、よくやった」

ヴァルスクは狂気の目で、制止に掛かった彼を睨む。

 「『よくやった』だと!?
  誰に向かって口を利いている!!」

恫喝も先輩執行者には応えない。

 「落ち着いて、よく周りを見ろ」

口調は穏やかで、怒りに対して怒りで応える事もしない。
これぞ執行者の鑑。
今にも殴り掛からん勢いだったヴァルスクは、周囲を見回し、荒々しく息を吐いた。
そして腹癒せに、足元で丸くなって震えている少年を蹴り飛ばす。
嵐の様な暴虐は、漸く収まった。
独り馬車へ向かうヴァルスクの背を見送り、先輩執行者は眉を顰める。

 「ここ最近は、大人しくなったと思っていたんだがな……」

不良少年グループを一網打尽事には出来たが、懲罰を与えなければならないと彼は思った。
こんな調子では、とても大きな仕事は任せられない。
後輩執行者が先輩に声を掛ける。

 「あの人、何で首にならないんですか?」

 「あんなのを野放しにしたら、それこそ何が起こるか分からんだろう……」

帰りの馬車の中は気不味い物だった。

197 :創る名無しに見る名無し:2017/01/25(水) 19:47:34.05 ID:SSqbGfDV.net
ヴァルスクは不良少年グループの動きを止めた時点で、既に目的を果たしていた。
そこからの暴行は全て不当な行為。
威圧の為に1人か2人を見せしめにするなら未だしも、一方的に暴れ回った時点で擁護は不可能。
後日、監査官が複数でヴァルスクを迎えに来た。
ヴァルスクは通報者であろう先輩を恨みがましく睨みながら、懲罰房へ連行される。

 「好い加減、心根を入れ替えろ」

懲罰房に放り込まれ、去り際に一言放った監査官に、ヴァルスクは不気味な笑みを見せた。

 「お前達も何時か、俺に平伏(ひれふ)す時が来る」

 「来ねえよ、何言ってんだ」

当然相手にされなかったが、彼は奇妙な確信を持っていた。
単なる妄想と言ってしまえば、それまでだが……。
――そして、巨人魔法使いによるエグゼラ魔導師会本部襲撃事件が発生する。
それは奇しくも、ヴァルスクが懲罰房に打ち込まれた翌日の事。

 「緊急事態発生!
  敵襲、敵襲!
  戦闘員は直ちに迎撃に出動せよ!」

突然、警報と共に緊急放送が流れる。
ヴァルスクは懲罰房の中で、これが重大事件であってくれと願った。
直ぐに、刑務官が駆け付けて、懲罰房の鍵を開ける。

 「放送を聞いただろう。
  緊急事態だ。
  私に続いて、避難する様に」

落ち着いた口調で指示する刑務官に、ヴァルスクは尋ねた。

 「何が起こった?」

 「襲撃だ。
  例の巨人魔法使いが……って、何を!?
  待て!!」

一瞬の隙を突いて、彼は刑務官を押し退け、駆け出す。

198 :創る名無しに見る名無し:2017/01/26(木) 19:33:42.42 ID:QtmqOINO.net
刑務官が避難を指示した時点で、ヴァルスクは重大事件が起こったのだと理解した。
敵襲を呼び掛ける放送、懲罰房からの避難、そして巨人魔法使い……。
これ等が意味する事は一つ、魔導師が束になっても手に負えない様な「強敵」が現れたのだ。
退避する大勢の職員の流れに逆らい、ヴァルスクは「敵」を探す。

 (軟弱な奴等め!
  所詮は口先だけの雑魚共!
  貴様等では話にならんのだ!
  今こそ俺が!)

彼は巨人魔法使いがティナー市に現れたと聞いた時から、この時が来ると予想――否、
熱望していた。

 「総員、退避!
  総員、退避!」

放送内容は撤退を指示する物に変わっている。
迎撃に駆け付けるヴァルスクの顔は、間違い無く笑っていた。
彼は避難誘導している執行者を見付けると、行き成り掴み掛かって、脅迫する様に詰問した。

 「敵は、どこだ?」

 「ほ、本部だ。
  運営部本館……」

それを聞くと、ヴァルスクは法務執行部の本館を飛び出し、運営部の本館へと向かった。
本部の正面入り口付近は原形を留めない程に破壊されており、襲撃を受けた事が判り易い。
大きな戦闘があったのだろう。
先に迎撃に出た部隊は全滅したか、退却したか……。
そこにはヴァルスクよりも大柄な1人の男の姿しか無かった。

 (こいつだ!)

これが巨人魔法使いだと確信したヴァルスクは、無謀にも正面から挑み掛かった。
圧倒的な魔法資質の差も、全く気にならなかった。
自分は他の連中とは違うと言う、過剰な自信だけが彼を支えていた。
だが、巨人魔法使いから見れば、ヴァルスクも有象無象の一に過ぎなかった。
巨人魔法使いは造作も無く、マジックキネシスの一撃で、向かい来る「敵」を撥ね退けた。
巨人魔法使いのマジックキネシスは、周囲の物体も纏めて破壊し、ヴァルスクを瓦礫の下に埋める。
一瞬、意識を失ったヴァルスクだが、彼は直ぐに立ち上がる。

 (……強い!
  良いぞ!
  俺にしか止められない!)

戦意は欠片も挫けていない。
彼は完全に逆上せていた。

199 :創る名無しに見る名無し:2017/01/26(木) 19:38:46.53 ID:QtmqOINO.net
狂喜の笑みを浮かべて起き上がったヴァルスクを、巨人魔法使いは漸く一人として認めた。

 「笑うか、下等生物の分際で」

ヴァルスクから遅れて、新たに執行者達が駆け付ける。
指揮官が怒声を上げる。

 「ヴァルスク、邪魔だ!!
  下がっていろ!!」

この警告は彼の耳には届いていなかった。
巨人魔法使いは再びマジックキネシスを放つ。
空気の塊を押し出す様に、片腕を突き出すだけで、強力な衝撃波が発生し、ヴァルスクと執行者達、
序でに辺りの瓦礫の山まで纏めて吹き飛ばした。

 「儂の前に立とう等、千年早いわ」

ヴァルスクが優れていたのは、飽くまで共通魔法使いと言う括りの中で。
彼我の実力差も理解出来ない程、ヴァルスクは自惚れていた。

 「へっ、へへへ……」

血塗れになっても彼は立ち上がる。
他の誰よりも早く。
巨人魔法使いに勝利する見通しが、自身の中にも無いにも拘らず。
精神が肉体を超越している。
敗北を認められない……。
諦めが悪いのではない。
不屈の精神と言う訳でもない。
単純に、自らの不利を認識出来ないだけだ。

200 :創る名無しに見る名無し:2017/01/26(木) 19:46:51.63 ID:QtmqOINO.net
ヴァルスクは未だ笑っていた。
巨人魔法使いは眉を顰め、彼を凝視する。

 「肉体的な損傷は大きいが……。
  何故、立てる?
  生体兵器か?」

ヴァルスクは手足のみならず、胴にも深刻な損傷があるが、痛みを感じていない。
これを奇妙に感じた巨人魔法使いは、真面な生き物ではないのだと結論付けた。

 「詰まらぬ玩具だな」

彼はヴァルスクを破壊しに向かった。
一歩、一歩と死が近付いている。
それでもヴァルスクは笑っている。

 (来い、もっと近付け!)

彼は未だ戦える積もりだった。
先から自分は一度も攻撃していない。
激しい運動もしていないので、体力は有り余っていると思い込んでいる。
無防備に接近した巨人魔法使いに、手痛い一撃を食らわせる積もりだった。
だが、巨人魔法使いが眼前に迫った時、ヴァルスクは初めて自分が真面でない事に気付いた。

 (……どうした?
  何故、足が動かない?
  腕も動かない……)

迎撃したいのに、丸で手足が鉄塊の様に重い。
下手に動こうとすると、バランスを崩して倒れてしまいそうだ。
巨人魔法使いは動けないヴァルスクの頭を鷲掴みにする。

201 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 19:36:59.78 ID:2IrRS+i3.net
彼はヴァルスクの霊に魔力分解を仕掛けた。

 (どうなっている?
  動けっ、この儘では――)

ヴァルスクは自らの運命を悟りつつあった。
彼の意識は朦朧とし始める。
魔力分解で霊が弱っているのだ。

 (俺は死ぬのか!?
  こんな所で!?)

巨人魔法使いは、身動き出来ないヴァルスクの首を、片手で浅りと捩じ切った。
枯れ木の小枝を折る様に、甚(いと)も容易く。
同時に、ヴァルスクの霊は消滅する。
死の間際の一瞬だけ、彼は恐怖を思い出していた。
後悔するには余りに短過ぎる時間で、他に何を思う事も出来なかったが……。

202 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 19:41:30.80 ID:2IrRS+i3.net
巨人魔法使いを止められる者は無く、エグゼラ魔導師会本部は徹底的に破壊された。
その後、巨人と魔導師達との激しい戦闘で、ヴァルスクの死体は遠くに飛ばされた。
巨人魔法使いが去った後、魔導師会によって首の無いヴァルスクの死体が回収される。
彼の死を心から悲しむ者は少なかった。
過去の横暴を知る多くの者は、自業自得だと思っていた。
ヴァルスクの行動を勇猛だと称える者も無かった。
しかし、エグゼラ地方の風土故に、殊に貶められる事も無かった。
それはヴァルスクにとって幸いだった。
既に死した者に、幸も不幸も無かろうが……。
ヴァルスクは命令に背いてでも、強大な敵に立ち向かった。
そう言えば聞こえは良いが、本当は功を焦って自分も周囲も顧みなかっただけ。
当人が死亡した今となっては、その真実が明らかになる事は無い。
過去の言動を顧みれば、強敵に突撃して死んだなら、先に逃げ出して生き延びたより増しだ。
ある意味では、ヴァルスクは理想に殉じて死ねた幸福な者だったのかも知れない。
栄誉を得る事こそ叶わなかったが、望み通り社会を揺るがす程の強敵と出会えたのだ。
腐った儘で生き続けるのと、功績も無く簡単に殺されるのと、どちらが良かったか……。

203 :創る名無しに見る名無し:2017/01/27(金) 19:45:16.81 ID:2IrRS+i3.net
エグゼラ魔導師会本部が巨人魔法使いに襲撃された事件で、非業の死を遂げた者の名を、
エグゼラ魔導師会は碑に刻んで残した。
この忌まわしい事件を忘れない様に、懸命に戦った者を称える様に。
そこにはヴァルスクの名も刻まれている。

――敢え無く命を奪われた者達の無念を悼む。

新築されたエグゼラ魔導師会本部の側にある慰霊碑には、そう刻まれている。
数多の魔導師の名と共に。

204 :創る名無しに見る名無し:2017/01/28(土) 19:17:34.50 ID:ijyRdxy+.net
嫉妬の炎燃ゆ


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


魅了の魔法使いラントロックを慕う闇の子B3Fは、新しく同盟に加入したヘルザが疎ましかった。
B3Fは人外の魔物、ヘルザは人間で、どちらにラントロックが親しみを持つかは明白。
加えて、ヘルザには不思議と魅了の魔法の効果が薄く、それが一層B3Fを苛立たせた。
特にB3Fのフテラとテリアは、どうにかヘルザを排除出来ないかと、共謀し始めた。
先ず彼女等は揃って、ヘルザに警告をした。

 「あんた、最近調子乗ってんじゃないの?」

 「好い加減にしてよねー」

如何にも感じの悪い言い方に、ヘルザは困惑する。
彼女はラントロックに会いに行く所だった。

 「えっ、私、何かしましたか?」

惚ける彼女を、フテラは睨んで詰め寄る。

 「『何か』じゃなくってさぁ……。
  解ってんでしょう?」

フテラはヘルザを壁際に押し込み、囁いた。

 「トロウィヤウィッチの事だよ」

205 :創る名無しに見る名無し:2017/01/28(土) 19:18:51.13 ID:ijyRdxy+.net
ヘルザは未だ惚け続ける。

 「彼が……何か?」

今度はテリアが不機嫌な声を上げた。

 「『何か』じゃなくってさぁ……。
  解んないの?
  トロウィヤウィッチに付き纏うなって言ってんの!」

2体は揃ってヘルザを壁に押し付け、逃げ道を塞ぐ。
2体は共に、成人女性並みの体格だ。
威圧されたヘルザは身を竦め、小声で反論する。

 「付き纏うなんて……」

だが、テリアは全ての発言を許さなかった。

 「事実じゃん。
  粗(ほぼ)、毎日毎日。
  少しは迷惑を考えなよ」

ヘルザは傷付き、懸命に言い返す。

 「迷惑って……。
  彼が言ったんですか?」

知恵の足りないテリアは堂々と嘘を言えず、目を逸らした。

 「言っ……てないけど……」

206 :創る名無しに見る名無し:2017/01/28(土) 19:20:25.36 ID:ijyRdxy+.net
弱気になった彼女を見兼ね、フテラが代わりに論を張る。

 「自分の身に置き換えて考えて御覧よ。
  よく知りもしない男が、毎日毎日あんたの所に来て入り浸ろうとする。
  普通の神経してたら、鬱陶しいと思うよね?」

その通りかも知れないと、ヘルザは怯んだ。
フテラは勝ちを確信する。

 「私等も『来るな』とは言わないけど。
  少しは彼の都合も考えて上げたら?」

B3Fは常に誰かしらがラントロックの側に居るのだが、それは棚に上げた。
ヘルザは涙目になる。
彼女は反逆同盟の中で、ラントロック以外に親しく話せる人が居ない。
他の人物は誰も年齢が離れていたり、人外の存在だったりで、近寄り難いのだ。
ラントロックと引き離されると、孤立してしまう。

 「主等、何をやっておるのだ?」

そこへB3Fのネーラが通り掛かった。
彼女は宙に浮く不思議な水球に下半身を埋め、空中を移動して近付く。
フテラは面倒臭そうな顔をして、ネーラを追い払う仕草をする。

 「何でも無い。
  こっちの話だ」

ネーラは2体と1人の様子を見て、眉を顰めた。

 「主等、若い娘を虐めてやるな」

彼女はヘルザとフテラ、テリアの間に割って入る。

207 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 20:00:05.78 ID:BbN+uLLq.net
ネーラの行動に、フテラもテリアも嫌な顔をする。

 「何だよ、ネーラ。
  お前には関係無いよ」

抗議の声を上げたのはテリア。
ネーラは困り顔で2体を諭す。

 「主等の気持ちも解らんではないがな……。
  人間の娘を脅して、狭量な事とは思わんのか?」

色恋が絡んで、フテラとテリアは動物的な本能を露にしている。
将来の『番<パートナー>』を確保し、独占したい、競合相手となる者を排除したい。
そうした本能に振り回されている事を、ネーラは憐れんでいた。
本来は、フテラとテリアも競合する物同士だが、両者共お互いよりヘルザが脅威だと言う認識で、
一致している。
それだけヘルザがラントロックに近いのだ。

 「良い子振ってんじゃないよ」

フテラはネーラにも敵対的な言葉を掛けるが、威嚇だけに止まる。
ネーラは呆れた様に、小さく息を吐いた。

 「こんな事をしているとトロウィヤウィッチが知ったら、どう思うだろうな?」

 「告げ口するのか!」

 「主等の心掛け次第だよ」

ネーラとフテラは暫し睨み合う。

208 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 20:02:17.33 ID:BbN+uLLq.net
やがて、フテラが折れた。

 「テリア、行くよ」

そう言うと、彼女は背を向けて歩き去る。
テリアも慌てて、その後を追う。

 「えっ、フテラ!?
  待って!」

2体が去って安堵の息を吐いたヘルザだが、その顔は暗い。

 「大丈夫か?」

ネーラに気遣われた彼女は、気を取り直し、先ず礼を述べた。

 「は、はい。
  有り難う御座いました、ネーラさん」

頭を下げるヘルザに、ネーラは優しく言う。

 「そう畏まって、お礼を言わなくても良いよ。
  部下を制御するのは、リーダーの役目だから。
  仲間同士で争うのは好ましくない。
  それより、気を悪くしないでくれ。
  フテラもテリアもトロウィヤウィッチが好きなんだ」

 「『好き』って……」

 「子孫を残す為の番(つがい)として見ているって事。
  人間で言う所の『異性として愛している』と言う奴だよ」

それを聞いたヘルザは、複雑な面持ちで俯いた。

209 :創る名無しに見る名無し:2017/01/29(日) 20:04:23.17 ID:BbN+uLLq.net
ネーラは彼女の内心を慮りつつ尋ねる。

 「主は、どうなのだ?
  トロウィヤウィッチを愛しているのか?」

行き成り「愛しているのか」と問われて、ヘルザは吃驚した。

 「よ、よく分かりません……。
  ラントは普通に好き……好感は持ってますけど……。
  愛しているかって聞かれると……」

ネーラは頷く。

 「全ての物事を有り無しだけで表せる訳ではないからな。
  異性を愛する事にも程度や段階があるのだろう」

彼女が妙に親切なので、ヘルザは疑問に思って尋ねた。

 「……ネーラさんも、ラントを好き……いえ、愛しているんですか?」

 「ああ、愛しているよ」

ネーラに浅りと認められ、ヘルザは又も喫驚する。

 「ど、どの辺に惹かれたんですか?」

 「どの辺と言われても困るが……。
  若いし、魔法資質も高いし、こんな物は直感だよ。
  良いと思ったから良いのだ。
  他に理由は要るまい」

 「……それが魅了の魔法だとしても?」

 「私に魔法を掛けられる程、優れた魔法使いと言う事だろう?」

ヘルザは核心に迫る質問をした積もりだったが、これも浅りと答えられた。
色恋に悩まない性質なのは、人間とは感覚が違うからなのか……。

210 :創る名無しに見る名無し:2017/01/30(月) 19:50:09.32 ID:kaqXTIX7.net
そこで彼女は更に問う。

 「ネーラさんは、私とラントが仲良くしてても、何とも思わないんですか?」

 「そんな訳無いだろう。
  多少なりとも嫉妬はするよ。
  未だ産卵期が来ないから、激しく求めないだけだ」

 「産卵期が来たら……?」

 「そんなに長期間独占する訳ではない。
  精々一晩か二晩、彼を私に……。
  余り多くを語らせないでくれ」

ネーラは俄かに恥じらい、話を打ち切った。
ヘルザも察して、赤面し俯く。
ネーラは一つ咳払いして、ヘルザを見詰める。

 「しかし、もし主がトロウィヤウィッチを本気で愛し、独占しようと試みるなら、敵対するやも知れぬ」

それは彼女なりの牽制だった。
敵対者を増やしたくないヘルザは、ネーラの一言に怯み、気弱になる。
人間は愛を独占したがる生き物だと、彼女は知っていた。
ヘルザがラントロックを拘束したがるだけなら未だしも、トロウィヤウィッチがヘルザに心を寄せて、
忠実さを発揮し、彼女だけを愛する様になるのは都合が悪かった。

211 :創る名無しに見る名無し:2017/01/30(月) 19:52:30.34 ID:kaqXTIX7.net
一方でネーラに追い払われたフテラとテリアは、不満を溜め込んでいた。
フテラは忌々し気に吐き捨てる。

 「フン、ネーラの奴め!」

特に彼女にとってネーラは目の上の丹瘤(たんこぶ)。
フテラはB3Fのサブリーダーだが、ネーラはリーダー。
それに魔法資質もネーラの方が高く、彼女にしか使えない特殊能力もある。
更に、今回の事で弱味を握られた。
この儘、大人しく引き下がる物かと、フテラは逆襲を誓う……が、妙案がある訳ではない。
暫くは反省した様に振る舞うしか無い。
不機嫌な表情で黙り込んでいるフテラに、テリアは声を掛ける。

 「ね、フテラ」

 「何だ?」

上の空で反応する彼女に、テリアは拗ねた表情をしつつも言った。

 「ヘルザをトロウィヤウィッチから引き離す、良い考えがあるんだけど」

 「本当か?」

フテラは懐疑を露にする。
テリアは何度も頷き、真剣に答えた。

 「本当、本当」

212 :創る名無しに見る名無し:2017/01/30(月) 19:53:32.91 ID:kaqXTIX7.net
フテラはテリアを頭が悪い――もっと言ってしまえば、馬鹿だと認識している。
だから、本当に「良い考え」なのか疑いを持ったのだ。
しかし、自分に案が無い以上、聞きもせずに却下する訳には行かず、続きを促す。

 「何をするんだ?」

 「他の奴にヘルザを始末させるんだ。
  私達の代わりに」

 「え!?」

「始末」とは大胆な事を言うなと、フテラは驚いた。

 「な、何も殺さなくても。
  一応は仲間なんだし」

そこまでやる必要は無いだろうと主張する彼女に対し、テリアは冷淡だ。

 「知らないよ。
  やるのは私じゃないから、どうなっても私の責任じゃないしぃ」

どうやらテリアがヘルザに抱く敵対心は、フテラ以上の様。
フテラは空寒い物を感じながらも、具体的な手段を問うた。

 「誰か引き受けてくれそうな奴に、心当たりがあるのか?」

 「ああ、打って付けの奴が居る」

嫌に自信に満ちた回答に、フテラは気圧されて口を閉ざすのだった。

213 :創る名無しに見る名無し:2017/01/31(火) 19:57:05.92 ID:W6R9caCH.net
2体は拠点の地下に向かう。
テリアは吸血鬼フェレトリの部屋の前で立ち止まり、その戸を叩いた。

 「フェレトリ、話がある!」

所が、返事が無い。
昼間なので眠りに就いているのだろうとフテラは予想したが、テリアは考えが及ばない様子で、
執拗に戸を叩き続けた。

 「こら、居ないのか!?
  出て来い!」

バンバンと叩いている内に、彼女の怪力で戸が破壊される。
悪魔伯爵であるフェレトリの実力を知っているフテラは、途んでも無い事をしてくれたと、
兢々としているが、テリアは全く気にしていない。
躊躇い無く部屋に侵入し、フェレトリを呼ぶ。

 「フェレトリー、返事をしろー!
  本当に居ないのかー?」

テリアに続いて、フテラも恐る恐る中に侵入する。
部屋の中央には立派な棺があり、その上では胴の長い奇妙な猟犬が眠っている。
恐らく、棺の中にフェレトリが眠っているのだろう。
悪戯心を起こしたテリアは、忍び足で棺に近付き、一気に蓋を押し上げて猟犬を引っ繰り返した。

 「アウォワワワワワワワワウォ、ワン、ワン!」

猟犬は間抜けな叫び声を上げて、大いに慌てる。

214 :創る名無しに見る名無し:2017/01/31(火) 20:01:05.81 ID:W6R9caCH.net
それで漸くフェレトリが目覚めた。

 「ムム……、騒がしいぞえ……。
  何事である?」

寝起きの悪い彼女は欠伸を堪えながら口篭り、気怠そうな声を出して身を起こす。
騒ぎを起こした張本人のテリアは、怒った猟犬と格闘している。
仕方が無いので、フテラがフェレトリの問いに応じた。

 「睡眠中の所、申し訳無い。
  テリアが話があると言う物で」

そう言って彼女はテリアに目を遣る。
フェレトリも同じ方向を見て、小さな溜め息を吐き、猟犬に命じた。

 「キニー、止めろ」

猟犬が主人の命に従い動きを止めると、それに乗じてテリアは猟犬の上に乗って押さえ付ける。
フテラが慌てて彼女を制した。

 「テリア、お前も止めろ!
  フェレトリに話があるんじゃなかったのか?」

フテラの言葉で本来の目的を思い出したテリアは、フェレトリを見詰めた。

 「あぁ、そうだった!
  フェレトリ、良い話がある!」

 「その前にキニーを放せ、魔獣の娘」

フェレトリは無礼なテリアに苛立ちを露にする。

215 :創る名無しに見る名無し:2017/01/31(火) 20:03:02.79 ID:W6R9caCH.net
テリアは渋々フェレトリの猟犬を解放した。
猟犬は真っ直ぐ主人に駆け寄り、その横でテリアに向かって唸る。
それをフェレトリは優しく撫でて宥め、冷めた目でテリアを見据えた。

 「良い話とは?」

 「そう睨まないでよ。
  フェレトリ、お前、人間の血は欲しくないか?」

テリアの問いに、フェレトリは眉を顰める。

 「どこぞで人間を殺めでもしたのか?」

隠蔽工作をして欲しいと言う事かと問われ、テリアは首を横に振る。

 「お前の実力を見込んで、目障りな奴を始末して欲しいんだ」

 「そなた等では手に負えぬのか?
  そは誰ぞ?」

B3Fもフェレトリ程ではないが、戦闘能力は高い。
それでも片付けられない人間とは何者なのかと、フェレトリは興味を持つ。
テリアは真剣に告げた。

 「ヘルザだよ」

 「ヘルザ?
  あの小娘か?
  何故、始末せねばならぬ?」

フェレトリは驚きと訝りを同時に表す。

216 :創る名無しに見る名無し:2017/02/01(水) 19:45:04.79 ID:mpyeE+Bc.net
その疑問にテリアは答えない。

 「何だって良いだろう?
  人間の血が欲しくないのか?」

 「血は欲しいが……。
  いや、彼女も同盟の一員ではないか」

 「ハハッ、悪魔伯爵様が同盟に仲間意識を持っているとは知らなかった」

ヘルザ殺害を躊躇うフェレトリに、テリアは牙を剥いて嘲笑する。
普段は呆け呆けしている彼女の、鋭く狡猾な一面に、フェレトリもフテラも戸惑わずには居られない。
元々B3Fの結成は反逆同盟より早く、どちらにテリアが重きを置いているかは解るにしても……。

 「同盟なんて本気じゃないのは、皆知ってる事さ。
  お互い傷を舐め合う様な、巫山戯た関係でもない。
  小娘1人死んだ所で、誰が困るって言うんだ?」

テリアの指摘は正しい。
同盟のメンバーは本質的に誰も彼も身勝手で、他人の事を考えない。
日常の付き合いも無く、極めて個々の繋がりが薄い集団だと言える。
そんな中で能力が明らかでないヘルザは、余り利用価値が無い。
恐らくヘルザが明日姿を消しても、気に掛ける者は少ないだろう。
それでもフェレトリはマトラの顔を立てる為に、同盟の建て前は維持したいと考えていた。

 「気が乗らぬよ……。
  それ程までに目障りならば自分で殺れば良いであろう?」

渋るフェレトリに、テリアは苛立ちを露にする。

 「そうは行かないから、頼んでるんだよ!」

217 :創る名無しに見る名無し:2017/02/01(水) 19:46:00.90 ID:mpyeE+Bc.net
とても物を頼む態度ではないので、フェレトリは嫌味を言った。

 「しかし、我に利益が無い」

 「頭悪いの?
  利益ならあるじゃないか!
  私達にとって目障りな奴が消えて、お前は人間の血を得る。
  お互いの利益に適う、素晴らしい結果だ」

内心見下している相手に「頭悪い」と言われて、フェレトリは密かに立腹する。
彼女は声を荒げる代わりに、嘲笑し返す事で、テリアに酬(むく)いた。

 「では、そなたは我に何が出来る?」

 「私が?
  何で、お前の為に何かしてやらないと行けないんだ?」

本気で理解していない様子のテリアに、フェレトリは頭を悩ませる。

 「そなたの頼みを聞くのであるから……。
  我はヘルザに何も思う所は無い。
  あの娘を始末したいのは、そちらの都合であろう?
  どうしても殺って欲しいのならば、我が心を動かす程の物が無ければ」

テリアは黙り込んで、一度フテラに目を遣った。
フテラは慌てて首を横に振る。
自分はフェレトリに提供出来る物を持っていないと言う、意思表示だ。

218 :創る名無しに見る名無し:2017/02/01(水) 19:48:02.54 ID:mpyeE+Bc.net
テリアは役立たずを見る軽蔑の目をした後、小さく息を吐いて、フェレトリに向き直った。

 「お前が何を望んでいるのか、私には解らない。
  だから…………」

 「フムフム?」

何をしてくれるのかと、フェレトリは興味を持って耳を傾ける。
所が、テリアの口から飛び出したのは、途んでも無い言葉だった。

 「だから、もし引き受けないんだったら、お前の邪魔をする」

フテラもフェレトリも開いた口が塞がらない。

 「あらゆる手段を使って、お前を呪ってやる!
  覚悟しろ!」

 「そ、そう来るのか……」

フェレトリは面倒な事になったと思いながらも、少し感心していた。
彼女は長らく沈黙して思案する。
そして約1点後に、受諾の返事をした。

 「気乗りはせぬが……。
  そこまで言うのであれば、仕様が無い。
  我とて呪われとうはないわ」

 「本当か!?」

テリアは嬉しそうに高い声を上げる。

 「気紛れである。
  過度な期待はするでないぞ」

一言断りを入れるフェレトリだったが、テリアは構わず彼女に飛び付く。

 「やったー!!
  大好きっ!
  フェレトリ様、万歳!
  悪魔伯爵、万歳!」

感謝と言うよりは、歓喜を全身で表現している。
やれやれとフェレトリは大いに呆れるのだった。

219 :創る名無しに見る名無し:2017/02/02(木) 19:48:23.29 ID:5nAvcOMf.net
その日の深夜、フェレトリは地下室から出て、ヘルザの部屋に向かった。
都合の悪い事に月明かりが強く、明かりが苦手な彼女は活動し難かったが、先送りにすれば、
テリアに不満を言われるのは確実だったので、早々(さっさ)と片付けようと決めていた。
ヘルザの部屋は地上2階。
フェレトリは月明かりを避ける様に、影から影へと移動して、ヘルザに忍び込む。
戸に鍵が掛かっていようと関係無い。
彼女の体は血液で構成されている。
僅かな隙間さえあれば、霧化や液化で音も無く入り込める。
ヘルザはベッドの上で目を瞑って寝ている。
フェレトリが枕元に立つと、待ち構えていた様にヘルザの目が開いた。
彼女はフェレトリと目を合わせるが、特に驚きを表さない。

 「起こしてしまったか?」

フェレトリが尋ねると、ヘルザは首を横に振った。

 「月が眩しくて」

寝付けなかったのだと、ヘルザは上半身を起こす。

 「――何か御用ですか?」

彼女の問いに、フェレトリは少し困った顔をして、正直に用件を告げた。

 「そなたの血が欲しい」

220 :創る名無しに見る名無し:2017/02/02(木) 19:56:01.17 ID:5nAvcOMf.net
ヘルザは黙して暫しフェレトリを見詰めた後、小声で質問した。

 「吸血鬼……でしたっけ?」

 「そうであるよ。
  我は『吸血鬼<ニュクテリーダ>』フェレトリ・カトー・プラーカ」

改めてフェレトリが名乗ると、ヘルザも名乗る。

 「私はヘルザ・ティンバーです。
  どんな魔法が使えるか、未だ判っていないので、何の魔法使いとは言えませんが……」

 「知っておる」

そこで話が途切れ、奇妙な間が空いたので、フェレトリは再び宣言した。

 「とにかく、今日は、そなたの血を貰いに来た」

 「……えっと、良いですよ。
  1杯位なら」

彼女にとって予想外な事に、ヘルザは浅りと了承する。
そうすれば助かるとでも思っているのかと、フェレトリは憐れんだ。

 「違う、全て頂く」

フェレトリは魔力を纏い、恐ろしさを演出してヘルザを威圧する……が、何故か彼女には通じない。

 「それは困ります」

声こそ気弱だが、そこに恐怖は感じられない。

221 :創る名無しに見る名無し:2017/02/02(木) 19:56:45.54 ID:5nAvcOMf.net
どうした事かと、フェレトリは気味悪がった。
ヘルザが鈍いのか、それとも自分に威厳や貫禄が感じられないのか、彼女は悩み始める。

 「我が恐ろしくは無いのか?」

理由を直接ヘルザに尋ねると、歯切れの悪い答が返って来た。

 「……恐ろしそうだとは思います。
  でも、どこか……」

 「どこか?」

 「本気じゃない様な……?」

実は気が進まないのを見切られているのかと、フェレトリは驚嘆する。

 「判るのか?」

 「本気じゃないんですか?」

 「ム……」

先の問いは余計だったかとフェレトリは後悔した。
己の不手際で勝手に自爆した様な物だが、一杯食わされた屈辱感と不快感が残る。
だが、怒りよりも疑問が先に立つ。

 「そなたは不思議な娘よの。
  能力は未知であったか」

 「はい」

フェレトリはヘルザの能力が明らかになるまで、殺すのは止めておくべきだと考えた。
有用な能力であれば、今後、同盟の大きな助けになるかも知れない。

222 :創る名無しに見る名無し:2017/02/03(金) 19:28:38.18 ID:09jce9Mh.net
取り敢えず、今日の所は少量の血液を頂くだけにしようと、彼女は決める。

 「やはり一度に全部頂くのは止めておこう。
  そうであるな……今日から2日置きに、血を貰いたい。
  少しずつ、そなたが死なぬ程度に頂く。
  良いか?」

 「ええ」

 「では、見返りを与えよう。
  そなたの窮地には、我が動く。
  これで良いかな?」

取り引きに拘るのは、フェレトリが悪魔だから。
与えるだけ、奪うだけと言う事を、悪魔はしない。
何を与え、何を奪うかは、時々の気分次第だが……。

 「私の窮地……?」

小首を傾げるヘルザに、フェレトリは裏事情を明かす。

 「初め我は、そなたを殺す積もりであった。
  魔獣の娘の依頼でな」

 「えぇっ……」

動揺を顔に表したヘルザに、フェレトリは続けて告げる。

 「乗り気では無かった。
  我自身、そなたに恨みがある訳ではない。
  どうしてもと言われたので、渋々引き受けたに過ぎぬ」

 「魔獣の娘って……」

 「ああ、B3Fのテリアと言う奴である」

ヘルザはテリアの執念に背筋が凍る思いだった。

223 :創る名無しに見る名無し:2017/02/03(金) 19:32:12.38 ID:09jce9Mh.net
どうして、そこまで自分が嫌われなければならないのか?
恋敵と目されたにしても、余りに容赦が無い。

 「そんな……」

愕然とする彼女に、フェレトリは優しく囁いた。

 「安心せよ。
  血の契約がある限り、そなたには我が付いておる。
  悪魔貴族は交わした約束を違えぬ」

そう言うと、フェレトリはヘルザの手を取り、両目を金に輝かせた。
ヘルザは体が動かなくなる。
これはテリアの能力だ。
フェレトリは血を奪った相手の能力を、一部使う事が出来る。
霊に依拠する特殊な物は無理だが、身体に依拠する物は大凡再現が可能。
声も上げられず、瞳に困惑の色を浮かべるヘルザに、フェレトリは言う。

 「血を頂くだけである。
  一切、余計な事はせぬよ。
  但、抵抗されては困るのでな」

彼女はヘルザを抱き締め、尖った爪で首筋を浅く切った。
真っ赤な血が滲むと、そこに唇を添えて、少しずつ味わう。
ヘルザは身動きが取れないが、感覚だけは残っているので、擽ったくて堪らなかった。
擽映(こそば)ゆさは次第に、奇妙な快感へと変化して行く。
未だ少女であるヘルザは、これに大いに戸惑った。
怪しい魔法を使われているのかと思う。

224 :創る名無しに見る名無し:2017/02/03(金) 19:34:15.94 ID:09jce9Mh.net
その気がフェレトリに有るのか無いのか定かではないが、ヘルザは身を任せるより他に無い。
時間にして数点の出来事だったが、彼女には嫌に長く感じられた。
血が自然に止まると、フェレトリは唇を首筋から離す。

 「中々良かったよ」

艶っぽく微笑んで感想を述べた彼女は、呪縛を解いてヘルザを自由にした。
そして、体を霧に変え、掻き消える様に薄れて、退室する。
自由を取り戻しても、暫くヘルザは呆っとして、自らの鼓動に聞き入っていた。
徐にフェレトリが吸っていた首筋の傷を指先で擬(なぞ)ると、軽い痛みが走る。
先の快感の正体は何だったのかと、ヘルザは悶々としながらベッドに横になった。

 (魔法だったのかな……?
  痛みを紛らわす為の)

これからフェレトリは2日置きにヘルザの元へ吸血しに来る。
その度に、「あれ」が味わえるのだと思うと、体の芯が熱くなる様な甘い疼きを覚えた。
危険な快楽を覚えてしまったヘルザの運命や如何に……。

225 :創る名無しに見る名無し:2017/02/04(土) 19:37:26.10 ID:+3f2e9Nt.net
今後も繰り返されるであろう彼女等の密会の様子は扨措くとして、その翌日。
ヘルザは何時も通り、ラントロックの元を訪ねた。
テリアは不満を露に、フェレトリの部屋の戸を叩き、棺で眠っている彼女を叩き起こす。

 「起きろ、フェレトリ!!
  ヘルザの事は、どうなった!?」

又も猟犬の乗っている棺の蓋を、力任せに押し上げる。
普段は寝起きの悪いフェレトリだが、この日は速やかに反応した。
身を起こした所で、掴み掛かって来るテリアの首元に片手を当て、甚(いと)も軽く押し止める。

 「騒ぐでない」

フェレトリは昨日までとは全く違い、有無を言わさぬ迫力がある。
だが、大人しく退くテリアではない。
彼女は牙を剥いて、フェレトリに抗弁した。

 「ヘルザを始末する約束は、どうなった!?
  直ぐに殺らないなら、何度でも押し掛けるぞ!」

フェレトリは面倒そうな顔をして、深い溜め息を吐く。

 「その話は無しである。
  我はヘルザと血の契約を交わした」

 「何だと!?
  約束が違うじゃないか!
  悪魔貴族が約束を破るのか!」

 「喧しいぞぇ!」

激昂するテリアの口を残る片手で塞ぎ、フェレトリは怒鳴り返した。

226 :創る名無しに見る名無し:2017/02/04(土) 19:40:10.19 ID:+3f2e9Nt.net
彼女は射殺す様に、鋭くテリアを睨む。

 「悪魔の取り引きは公平な物である。
  そなたは我に何を差し出した?
  手前勝手に喚き散らし、害を為すと脅し掛けただけではないか!
  これは凡そ契約、約束事とは呼べぬ!」

フェレトリに喝破され、テリアは縮み上がった。
ヘルザの血を吸ったフェレトリは、別人の様に気力が漲っている。

 「文句があるならば、力で訴えるが良い。
  下等な魔獣め、悪魔伯爵との力の差を思い知らせてくれよう」

強気な彼女に威圧されて、テリアは悄々(すごすご)と引き下がった。
悪魔伯爵と正面から戦り合うのは、流石に分が悪い。

 「もう良い、お前には頼まない!」

捨て台詞を吐いて、テリアは逃げる様に退室する。
ヘルザはフェレトリと血の契約を結んだ。
最早、彼女を力尽くで排除するのは困難になっている。
テリアは新しい知恵を用意しなければならない。

227 :創る名無しに見る名無し:2017/02/04(土) 19:41:53.01 ID:+3f2e9Nt.net
悄気返って地上に戻ったテリアを、フテラが出迎えた。

 「失敗した様だな」

 「煩いよ」

テリアが拗ねて外方を向くと、フテラは更に煽る様に訊ねる。

 「それで、他に妙案は?」

聞かれても、そんな物は無い。
テリアは不機嫌に訊き返した。

 「そっちこそ、何か無いの?」

フテラは暫し考え込む仕草をし、やがて小さく息を吐く。

 「期を待つ……。
  長く付き合う事になれば、仲違いの1つや2つ、あるだろう。
  それまで下手に動くのは得策ではないと思う」

 「待つだけなんて、やってらんないね」

テリアは面白くなさそうに、フンと鼻を鳴らした。
辛抱強く待ち伏せするのは、彼女の性格ではない。
自ら獲物を追い詰め、捕らえるのが、本懐なのだ。
こうなったら他者の妨害よりも、積極的に本命に仕掛けて行くしか無いと、彼女は決意した。

228 :創る名無しに見る名無し:2017/02/05(日) 20:01:47.79 ID:lfQfJ0Iz.net
テリアは今まで以上にラントロックに付き纏った。
朝も昼も夜も、何時でも、どこでも、彼の都合には構わず。
執拗に愛撫を求め、体を擦り寄せ、体臭を嗅いだ。
他のB3Fの面々は先が読めていたので、厚囂(かま)しい彼女の行動を、黙って放置していた。
そして、遂に耐え兼ねたラントロックから苦情が出る。

 「テリアさん、好い加減にしてくれよ。
  傍に居るだけなら何も言わないけど……。
  構え構えってさぁ……」

 「えっ、な、何で?
  トロウィヤウィッチは私の事が嫌いか?!」

 「嫌いって言うか……、流石に鬱陶しいよ」

テリアが本格的に付き纏う様になってから4日。
ラントロックは耐えた方だった。
心苦しくとも、言うべきは言わねばならぬと決断したのだ。

 「そ、そんな……」

熱情的な攻勢は全て裏目だった。
テリアは忽(すっか)り悄気返り、口を閉ざしてしまった。
これ以上嫌われてはならないと、ラントロックから少し距離を置くも、完全には離れられず、
目が届く位置で未練囂しく尾け回す。

229 :創る名無しに見る名無し:2017/02/05(日) 20:03:03.97 ID:lfQfJ0Iz.net
そんな彼女にフテラは呆れ返る。

 「何やってんの」

 「だって、トロウィヤウィッチが鬱陶しいって……」

 「自分を客観的に見れないのか?
  今も大概鬱陶しいぞ」

フテラはテリアを引っ張り出して、ラントロックの前に連れて行った。
テリアは無気力で抵抗もしない。

 「トロウィヤウィッチ、こいつに何とか言ってやってくれ」

 「何とかって……」

ラントロックが目を向けると、テリアは恥ずかしがって視線を逸らし、小さくなる。
元気が無いのは可哀想だとラントロックとて思うのだが、どう言えば良いのか分からない。
彼は考えながら言葉を紡ぎ出す。

 「テリアさん、別に傍に居ちゃ行けないって訳じゃないんだ。
  何事にも限度と言う物があるって事を解って貰いたい」

テリアは不信の眼差しで、ラントロックを見詰める。

 「何で、トロウィヤウィッチは私を抱いてくれないの?」

 「は?」

行き成りの問い掛けに、ラントロックは頓狂な声を上げた。

230 :創る名無しに見る名無し:2017/02/05(日) 20:04:47.83 ID:lfQfJ0Iz.net
透かさず、フテラがテリアの頭に拳骨を落とす。

 「何言ってんだ、この馬鹿!」

 「痛っ!!
  だってぇ……」

テリアは涙目になりながら、打(ぶ)たれた頭を抑えた。
そして、ラントロックに向かって言う。

 「だって、奇怪(おか)しいよ!
  人間は年中発情期なんだろう!?」

 「発情……?」

 「何で私に欲情しないの!?
  そんなに私、魅力が無い!?」

 「えぇ……」

明け透けな訴えに、ラントロックは身を引いた。
テリアは勢いに任せて詰め寄る。

 「それとも、やっぱり人間は人間同士が良いの!?」

 「え、ええぇ……?」

答え倦ねるラントロックを見たフテラは、テリアを引っ張って押さえ付け、自らも問う。

 「私も疑問だった。
  トロウィヤウィッチ、私達は人の姿になれるし、人間に近い積もりだ。
  特に、君が私達の上司になってからは、出来るだけ人間の様な振る舞いをしている。
  それでも、私達を性の対象として見る事は出来ないのか?」

2体に真剣に問われ、ラントロックは困惑の余り長らく沈黙した。

231 :創る名無しに見る名無し:2017/02/06(月) 19:38:36.66 ID:gCXWEtLW.net
彼は難しい顔をしつつ、説明する。

 「俺は魅了の魔法使いだから、ある程度は自分の精神状態を制御出来るんだ。
  魅了の魔法使いが魅了されるなんて、洒落にならないからね」

 「へー」

 「成る程、成る程」

テリアとフテラは揃って頷いた。
これで納得してくれないかとラントロックは期待していたが、フテラは追及を続ける。

 「――で、私達に魅力は感じるのか?」

ラントロックは苦笑しつつ、歯切れの悪い回答をした。

 「ん、そう……だね、見た目は良いと思う……」

テリアとフテラは共に肉感的だ。
どちらかと言えばフテラが細身で、テリアは彼女より少しだけ肉付きが良い。
多くの男性は彼女等を魅力的だと感じるだろう。
ラントロックは言外に、見た目以外に問題があると言っているのだが……。

 「やったー!」

素直に喜ぶテリアとは対照的に、フテラは鋭く疑惑の眼差しを向けている。

 「見た目は?」

232 :創る名無しに見る名無し:2017/02/06(月) 19:43:16.45 ID:gCXWEtLW.net
ラントロックは途切れ途切れに答えた。

 「見た目も大事な要素だけど、それだけじゃないから……」

 「人外は嫌か?」

フテラの一言で、テリアの笑みが消失した。
2体とも再びラントロックを凝視する。

 「少なくとも動物の姿は無理……」

 「人間の姿も?」

問いを重ねるフテラに、ラントロックは目を伏せて答えた。

 「……今は無理だよ。
  俺には他に好きな人が居る」

 「ヘルザか?」

テリアが脅す様な低い声で尋ねた。
ラントロックは首を横に振る。

 「違う。
  皆が知らない人だ」

その声は、どこか申し訳無さそうな響きで、2体は察してしまった。
それが誰かは知らないが、ラントロックは意中の者以外、他の何者の求愛にも応えないだろうと。
唖然とするテリアとは違い、フテラは更に読み取った事がある。

 「片想いなんだな?」

 「……ああ」

ラントロックは自嘲する様に悲し気な笑みを浮かべ、肯定した。

233 :創る名無しに見る名無し:2017/02/06(月) 19:47:41.31 ID:gCXWEtLW.net
それを聞いたテリアは、再び明るい表情を取り戻す。

 「なーんだ!
  それなら私達にも望みはあるじゃん!」

無邪気に喜ぶ彼女を、フテラは窘める。

 「あんた、彼の気持ちを考えなよ」

ラントロックが苦笑いしたのを見て、テリアは失言だったと気付いた。

 「い、いや、トロウィヤウィッチが振られるのを望んでる訳じゃ……無い事も無いけど……」

 「取り繕わなくても良い。
  必ず両想いになれるって訳じゃないのは、俺も解ってる」

寂しそうな目をした彼に、テリアは擦り寄る。

 「大丈夫だよ、トロウィヤウィッチには私――」

テリアが散らとフテラを一瞥すると、彼女が凄まじい目付きをしていたので、慌てて言い直す。

 「――私達が付いてるからさ」

もし振られても、自分達が居るから安心しろと。
フテラは呆れた顔でテリアを引き剥がした。

 「もう黙ってろ、馬鹿。
  何の慰めにもならないんだよ」

意中の人と両想いになれない苦しみは、「保険」の存在とは無関係だ。
直ぐに諦めて次に乗り換えられる位なら、元々本気ではない。
それに保険が本命になるには、少なくとも保険にも本命並みの好意を持っている必要がある。
単に「都合の好い存在」では、本命にはなれない。

234 :創る名無しに見る名無し:2017/02/07(火) 20:21:09.37 ID:hCgo/QdM.net
強引なテリアと違い、フテラはラントロックの心に優しく寄り添う。

 「君の想い、叶うと良いな」

同情を引くべく、少し悲しみを滲ませて言うと、その試み通りにラントロックは複雑な表情で俯いた。
敢えて身を引く事で、健気さを印象付けたのだ。
フテラの計算高さを理解出来ないテリアが、横から口を挟む。

 「何で、そんな余裕なんだよ?
  誰だか知らないけど、両想いになったら都合悪いだろう?」

 「あんたには解らない事だよ」

フテラは呆れて相手にしない。

 「ヘッ、馬鹿にして!」

テリアは剥れて外方を向いた。
彼女はフテラの余裕振りが気に入らない。
何か企みがあるに違い無いが、考える事が苦手なので、それを暴けない。
フテラに先を越された気分で、何か手を打たなければと、益々焦るのだった。

235 :創る名無しに見る名無し:2017/02/07(火) 20:22:13.05 ID:hCgo/QdM.net
そこでテリアは新たに誰かの手を借りようと考えた。
既に誰に協力して貰うかは決めている。
彼女はマトラに、その人物の居場所を尋ねた。

 「我等が主よ、お願いしたい事があります!」

 「どうした、テリアよ?」

謁見の間で跪くテリアを、マトラは巨大な玉座の上から見下ろす。

 「シュバトを呼んで下さい」

テリアが頼ろうとしたのは、呪詛魔法使いのシュバト。
呪詛で邪魔者を纏めて片付けようと言う訳だ。

 「彼に何用か?」

 「……お答えする程の事ではありません。
  私用です」

正か仲間を呪おうとしているとは言えず、テリアは詳細を答えなかった。
マトラは不審がるも、深く追究しない。

 「何でも良いが、後の面倒までは見ぬからな。
  問題が起きても、自らの手で片付けよ」

そう断りを入れると、彼女は指を鳴らして時空を歪ませ、シュバトを召喚した。

236 :創る名無しに見る名無し:2017/02/07(火) 20:23:00.86 ID:hCgo/QdM.net
時空の歪みから姿を現したシュバトは、マトラに問い掛ける。

 「何用か?」

 「いや、私ではない。
  其奴(そやつ)だ」

彼女がテリアを指すと、シュバトも同じ方向に顔を向けた。

 「何用だ?」

シュバトからは生気が感じられないので、テリアは本能的に恐怖を感じ、怯えた態度になる。

 「あ、あの……。
  こ、ここでは言い難いから、外で……」

そう提案しても、シュバトは反応しない。
死人の様な目でテリアを凝視するだけ。

 「な、何だよぉ……。
  何とか言えよぉ!
  怖いんだよ、お前ぇ……」

 「外に出るのだろう?
  早く行け」

 「うぅ……」

シュバトに冷淡に告げられ、テリアは彼を警戒しながら慎重に謁見の間から退出した。
シュバトは丸で影の様に、彼女の後に付き従う。
足音も気配もしないのが、余りに不気味。
幽霊に取り憑かれているかの如きで、テリアは堪らず身震いした。

237 :創る名無しに見る名無し:2017/02/08(水) 19:32:17.47 ID:gOtY9zq2.net
テリアはシュバトを人目に付かない砦の陰に誘い、早速本題に入る。

 「呪って欲しい奴が居るんだ」

しかし、シュバトは相変わらずテリアを見詰めるだけで、一言も発しもなければ、頷きもしない。

 「……だから、何とか言えったら!」

テリアが独り喚くと、彼は重く低い声で言う。

 「そこまで怨念は感じないが……」

呪詛魔法の源は強い怨恨の念である。
我が身を擲ち、命を薪にする位の覚悟が、呪詛魔法には必要なのだ。
それをテリアは理解していない。

 「どうだって良い!
  私の依頼を請けるのか、請けないのか!」

先から言葉遣いが荒いのは、シュバトを恐れている為だ。
彼の不気味さがテリアから余裕を奪っている。

 「どんな恨みで、誰を呪うのか、言ってみろ」

淡々と訊ねるシュバトに、テリアは躊躇いを見せつつも応じた。

 「……恋敵だ。
  呪うのはヘルザとネーラ、それとフテラ……」

彼女は大胆にも、ヘルザの序でにネーラとフテラも排除しようと試みた。

238 :創る名無しに見る名無し:2017/02/08(水) 19:33:53.62 ID:gOtY9zq2.net
敵の名を口にした事で、怨念が少し強くなる。

 「……スフィカの奴は別に良いや。
  3人、あ、いや、それとフェレトリも呪ってくれ!
  あいつ、向か付く。
  裏切りやがって。
  4人だ、4人!」

だが、テリアの恨みは余りに軽々しい。
シュバトは大きな溜め息を吐いた。

 「憎しみが足りない。
  4回分、死ぬ覚悟はあるか?」

 「死ぬ覚悟……?
  ある訳無いじゃん」

何も理解していないテリアは、浅りと言って退ける。
シュバトは彼女に忠告する。

 「相手に呪詛を掛ければ、相応の報いがある。
  呪いの為に、今後訪れるであろう全ての幸せを捨てられるか?
  呪った相手と共に永遠の苦しみを味わえるか?
  その覚悟が無い者に、呪詛魔法を使う資格は無い」

その言葉には抗弁を許さない凄味があり、テリアは沈黙した。

239 :創る名無しに見る名無し:2017/02/08(水) 19:41:20.17 ID:gOtY9zq2.net
だからと言って、簡単に引き下がる彼女ではない。
怖気付いた様に態度を軟化させながらも、必死に食い下がる。

 「そこまで大袈裟な物じゃなくて良いから……。
  苦しめて殺そうってんじゃないし。
  もっと軽い呪いは無いの?」

テリアはローリスク・ローリターンの呪いを掛けられないかと提案した。
獲物を追う執念深さは、狩猟者に不可欠な物だ。
それを聞いたシュバトは小声で零した。

 「無い事は無いが……」

 「だったら、それで!」

現金なテリアは喜び勇んで飛び付く。
依頼を請ける事になる前に、シュバトは確認を求めた。

 「呪いは4人分で良いんだな?
  返って来る時は4倍だが」

テリアは一瞬怯むも、構う物かと勢いで頷く。

 「あ、ああ、良いよ!
  どんと来いってんだ!」

こうして彼女はシュバトの協力を得て、3体と1人に呪詛を掛けたのだった。

240 :創る名無しに見る名無し:2017/02/09(木) 19:36:15.76 ID:2/B4VCSw.net
さて、翌日……。
ネーラとフテラが揃って体調不良で寝込んでいると、スフィカから聞かされたテリアは、
内心で大いに喜んだ。
呪いの効果は覿面だった。
この調子なら他の者にも効いているだろうとの予想通り、その日ヘルザは姿を現さなかった。
これでラントロックを独り占め出来ると思ったテリアだったが……。
当のラントロックはヘルザを心配して、見舞いに行くと言い出す。
それをテリアは引き止めた。

 「心配無いって、どうせ風邪でも引いて寝込んでるんだろうさ」

 「唯の風邪でも拗らせると良くない。
  ここじゃ薬は手に入らないんだ」

 「う、移ったら大変だよ?
  砦中に広まったら……」

 「構わない。
  そんなに心配なら、俺一人で行く。
  ネーラさんとフテラさんの様子も見て来るよ」

ラントロックの意志は固く、渋々テリアは彼に同行する事にする。

 「ま、待った!
  私も行く!」

 「私も」

序でにスフィカも付いて来ると言い出した。

 「お前もかよ」

 「何か不都合でも?」

 「い、いや、そんな事は……」

テリアは内心兢々としていた。

 (呪いだって判ったら困るけど……。
  あっ、でも、掛けたのが誰とまでは判らないか?
  それに直接やったのはシュバトだし)

暴(ば)れやしない、暴れやしないと、彼女は自らに暗示を掛ける様に、心の中で繰り返す。

241 :創る名無しに見る名無し:2017/02/09(木) 19:39:10.68 ID:2/B4VCSw.net
ラントロック等が訪ねると、ヘルザはベッドの上で横になっていた。

 「大丈夫、ヘルザ?」

 「少し、体が怠いだけ……」

そう言いながらも、ベッドに寝た儘で、起き上がろうとはしない。
余程、具合が悪いと見える。

 「風邪?」

ラントロックはベッドの傍に屈み込み、ヘルザの額に触れる。

 「熱は無いみたいだね……」

 「咳も洟(はな)も出ないから、多分風邪じゃなくて、本当に体が怠いだけなの」

彼はヘルザの自己判断を軽々には信用しない。
余り使いたくなかったが、念の為に共通魔法で診断する事にした。

 「魔力検査、試しても良いかな?」

その為にラントロックは許可を取る。
ヘルザは顔を赤らめ、小さく頷いた。

 「ラントなら良いよ」

魔力を用いて体を検査する事は、裸に引ん剥いて調べるのと変わらない。
内臓まで診れる分、検査方法としては優れているが、身体の秘密も知られてしまう。
唯一大陸の殆どの病院では、男女の医師を揃えて、診察への抵抗感を減らしている位だ。
2人の傍では、テリアとスフィカが面白くなさそうな顔をしている。

242 :創る名無しに見る名無し:2017/02/09(木) 19:41:31.51 ID:2/B4VCSw.net
ラントロックはヘルザの体の上に手を翳し、魔力の流れを診る。
異変は直ぐに判った。
目には見えない黒い靄の様な物が体内に巣食っており、魔力の流れを妨げているのだ。
丸で不調の正体を探らせまいとしている様に。
ラントロックは吃驚して、ヘルザに尋ねる。

 「……何か魔法を使ったりしてないよね?」

 「何も……。
  どうしたの?」

余り不安がらせる事になっては行けないと、彼は少し思案して応じた。

 「いや……、魔力検査が上手く行かなくて」

ヘルザが無意識に魔力の流れを妨害している可能性もあるが、それにしては違和感が強い。
黒い靄はヘルザ自身が生み出しているのではないと、ラントロックは確信した。

 (こんな病気は知らない……。
  体が怠いだけ?
  ――違うと思う。
  誰か他の人に診て貰うべきか?
  でも、医学知識のありそうな人は……)

難しい顔をする彼に、ヘルザは言う。

 「大丈夫、直ぐに良くなるよ」

それにテリアも同意した。

 「そうだよ、トロウィヤウィッチ。
  死ぬ様な事は無いさ」

 「ああ……」

ラントロックは未だ気懸かりで、生返事をする。
彼は弱ったヘルザの姿に、病床に伏せていた母親の姿を重ねていた。

243 :創る名無しに見る名無し:2017/02/10(金) 20:07:05.64 ID:tDXd5Ke+.net
ヘルザの部屋を後にしたラントロック等は、ネーラとフテラも見舞いに行く。
フテラの塒は砦の尖塔だ。
雨風が入り込まない尖塔の中に、枯れ枝と枯れ草と羽毛を敷いて、その上で寝ている。
晴れた日には巣を引っ張り出して、日干しするのだが、今日は鳥の姿で引き篭もっている。

 「フテラさん。
  具合は、どう?」

 「クワー……」

ラントロックが尋ねると、フテラは弱々しく鳴いた。
漆黒の猛禽の威厳は欠片も無い。

 「人間に化けるのも辛い?」

続く問いに、フテラは小さく頷く。
ヘルザより重症かなと、ラントロックは心配した。
何人もが同時に体調を崩すと言う事は、原因は同じなのかも知れないと彼は疑い、
フテラにも手を翳して魔力検査を試みる。

 「フテラさん、一寸失礼するよ」

ラントロックは魔力の流れを診ようとしたが、ヘルザの時と同様にフテラにも黒い靄が掛かっていた。
良くない事が起こっていると直感が告げている。

244 :創る名無しに見る名無し:2017/02/10(金) 20:08:12.00 ID:tDXd5Ke+.net
彼は表情を曇らせ、フテラの頭を優しく撫でた。

 「御飯は食べてる?」

口を利く気力も無いのか、フテラは緩(ゆっく)りと首を横に振る。

 (もしかしたら、ネーラさんも……)

これは早急に何とかしなければならないと、焦ったラントロックはスフィカに依頼する。

 「スフィカさん、フテラさんに御飯を食べさせて上げて。
  俺はネーラさんの所に行ってみる」

そう言うと彼は、早足でネーラの棲み処である砦の側の小さな池に向かった。

 「待ってよ、トロウィヤウィッチ!」

テリアは慌てて、その後を追う。
置いて行かれたスフィカは、フテラを見下ろして尋ねた。

 「肉団子、作ろうか?」

 「……まぁ、折角だから頂くよ」

フテラはラントロックの前では明から様に弱っていたが、スフィカと2体だけになると、
演技を止めて元気を取り戻す。
彼女は極端に弱った振りをして、ラントロックの気を惹こうとしていたのだ。
それに薄々気付いていたスフィカは、案の定だったと呆れた。

245 :創る名無しに見る名無し:2017/02/10(金) 20:23:39.38 ID:tDXd5Ke+.net
ラントロックは砦の側の池に着くと、ネーラを呼ぶ。

 「ネーラさーん!!」

数極の間を置いて、池から巨大な魚が顔を出した。
これが魚人ネーラの本性だ。
巨大な魚はラントロックの居る陸地に近寄った。
ラントロックは屈み込んで、彼女に尋ねる。

 「ネーラさん、体調不良の所、申し訳無いんだけど……。
  貴女の体を診させてくれ。
  気になる事があるんだ」

ネーラは返事の代わりに、巨体を水面に横倒えて、ラントロックに腹を向けた。
ラントロックは彼女にも魔力検査を試みる。
……やはり黒い靄が体内の所々に掛かっており、魔力の流れが掴めない。
複数の者に表れたと言う事は、感染する病気なのか、ラントロックは恐怖を感じる。
対処法の判らない病気程、恐ろしい物は無い。
だが、直ちに死に至る程、凶悪でない事は救いだ。
蒼い顔をしているラントロックに、ネーラが魚の口から尋ねる。

 「何が見えた?」

ラントロックは少し迷った後に、正直に答えた。

 「魔力の流れを遮る、黒い靄が……」

それを聞いたネーラは、大きな動揺も見せず、自らの予測を述べた。

 「やはりか……。
  恐らく、呪いだと思う」

246 :創る名無しに見る名無し:2017/02/11(土) 19:32:59.63 ID:cebathE9.net
 「呪い!?
  ……誰が、何の目的で!?」

ラントロックは驚愕する。
一方で、先から彼の隣に居たテリアは、不安を押し殺して、懸命に存在感を消していた。
その呪いを掛ける様に依頼したのは、彼女自身である。
ネーラはB3Fのリーダーで、知識、知能面での優秀さはテリアも認める所。
成るべく彼女に感情を読まれない様に、置き物の様になるしか無い。
心を静め、耳だけを澄まして、ラントロックとネーラの会話に集中する。
幸い、ネーラはラントロックの問いに答えられない。

 「分からない……。
  私に恨みを持つ誰か……」

 「心当たりは?」

 「多過ぎる」

人を食らう怪物である彼女は、誰に憎まれても不思議ではない。
ラントロックは推理の手助けの為に、一つの事実を告げた。

 「ヘルザとフテラさんにも、同じ呪いが掛かっているんだ」

 「ヘルザと……フテラにも?」

ネーラは感付いて、彼の横に居るテリアに目を遣る。

247 :創る名無しに見る名無し:2017/02/11(土) 19:34:57.01 ID:cebathE9.net
ヘルザが呪いの対象になっている時点で、それはB3Fに向けられた物ではないと判る。
ネーラとヘルザだけが呪われたなら、それは彼女等に恨みを持つ者。
ネーラが直近の出来事で思い当たるのは、フテラとテリアを諌めた時の事だ。
他にヘルザとの共通点が、彼女には思い浮かばない。
更に、ここでフテラまで呪われているとなれば……。

 「テリア、主は何とも無いのか?」

ネーラに呼びかけられたテリアは、感情を表すまいと抑揚を抑えた不自然な声で答えた。

 「ナントモナイヨー」

それだけで全部察したネーラは、テリアを責めるより問題の解決を優先する。

 「呪いと言えば、呪詛魔法使いのシュバトだ。
  彼に頼めば、何とかしてくれるだろう」

簡単に解決されては堪らないテリアは、聞き過ごす事が出来ず、慌てて話に割って入った。

 「あっ、シュバトは当てにならないよ!
  だって普段、どこに居るか判らないし……」

 「確かに、俺も砦の中では会った事が無い。
  部屋も分からないしなぁ……」

そこへ都合好く、何も知らないラントロックが同意してくれる。

248 :創る名無しに見る名無し:2017/02/11(土) 19:36:39.12 ID:cebathE9.net
ネーラは懸命なテリアが可笑しかったので、別の提案をして、更に困らせようと思った。

 「シュバトに頼らずとも、呪いを解く方法を知っている者は多いだろう。
  マトラ様、暗黒魔法使いの2人、石の魔法使い、誰でも良いから相談してみると良い。
  ……私は喋り疲れたよ」

言うだけ言って、彼女は水に沈む。
ラントロックはテリアを見詰めた。

 「どうしようか、テリアさん?」

 「そ、そうだね、誰が良いかなぁ……」

テリアは素っ惚けて悩む振り。
真面に考えている風ではないので、ラントロックは自分で結論を出した。

 「取り敢えず、ビュードリュオンさんに聞いてみよう」

テリアがフェレトリと一体化した時に、2体を分離させたのが、暗黒魔法使いのビュードリュオンだ。
儀式に詳しい彼なら、何とか出来るのではとラントロックは予想し、砦の地下に向かう。
所が、道中でテリアが足を止める。

 「待って、トロウィヤウィッチ!」

 「どうしたの、テリアさん?」

怪訝な顔をするラントロックに対し、テリアは俄かに腹を押さえて体調不良を訴えた。

 「わ、私も何だか気分が……」

少しでも時間を稼ごうと言う、姑息な作戦だ。

249 :創る名無しに見る名無し:2017/02/12(日) 19:17:46.30 ID:aBGCUgfO.net
しかし、魔力検査をすれば、直ぐに見破られてしまう。
そんな事も知らない彼女は、深刻そうに振る舞った。

 「ウゥ……」

蹲って呻き声を上げるテリアに、ラントロックは静かに歩み寄り、無言で魔力検査を試す。
ヘルザやフテラ、ネーラの時に見えた、黒い靄が無いと判って、彼は安堵した。

 「特に変な所は見当たらないよ。
  悪い物でも食べた?」

 「の、呪いかも知れない……」

 「黒い靄は見えなかった。
  多分、別の原因だよ」

お見通しなのかと、テリアは密かに悔しがる。

 「気分が悪くて動けない……」

 「休んでた方が良いね。
  スフィカさんを呼んで来るよ。
  少し待ってて」

そう言って、その場を離れようとするラントロックの服の裾を、彼女は引っ張って、引き留めた。

 「置いて行かないで、トロウィヤウィッチ」

 「……分かったよ。
  肩を貸そう」

情の深いラントロックは、憐れみを誘うテリアの哀願を断り切れず、仕方無く付き添って、
寝床まで送る事にした。

250 :創る名無しに見る名無し:2017/02/12(日) 19:19:20.16 ID:aBGCUgfO.net
テリアの寝床は砦の外壁に開いた穴の中だ。
そこへ移動している途中、ラントロックはテリアに謝った。

 「御免よ、テリアさん。
  もう少し俺に力があれば……。
  背負うとか、抱えるとか出来るんだけど」

 「い、いや、気にしなくて良いよ……」

テリアは苦笑いで応じる。
罪悪感を覚える程、高尚な精神は持ち合わせていない彼女だが、嘘だと判ってしまった時の事が、
気懸かりでならない。
寝床の穴の前まで来て、ラントロックはテリアに言う。

 「俺は穴の中には入れないから……。
  テリアさん、後は自力で」

所が、テリアは嫌々と首を横に振った。

 「トロウィヤウィッチ、傍に居て」

 「駄目だよ、テリアさん。
  早く横になって休むんだ」

 「それならトロウィヤウィッチも一緒に……」

駄々を捏ねる彼女に、ラントロックは困った顔をする。
穴は人の体には狭過ぎる。
テリアが獣の姿で、漸く入れる位だ。

251 :創る名無しに見る名無し:2017/02/12(日) 19:20:56.65 ID:aBGCUgfO.net
流石に付き合い切れないと、ラントロックは拒否感を露にした。

 「我が儘を言って、俺を困らせないでくれ。
  どうしても聞き分けてくれないなら……」

ラントロックはテリアの瞳を覗き込んだ。
魅了の魔法で、強引にでも従わせると言う脅しだ。
それに怯んだテリアは人の皮を破り捨て、そろそろと穴倉に引っ込む。
悪足掻きも、これで終わりだと覚悟したのだ。
穴の中で蹲った彼女は、今後訪れるであろう呪詛返しに震えた。

 (どうして、こうなってしまったんだ?
  私はトロウィヤウィッチに愛されたかっただけなのに……。
  シュバトの役立たず!)

心の中で後悔したかと思えば、八つ当たりの恨み言を念じて、テリアは不貞寝する。
数日は穴に引き篭もって、出て来ない積もりだった。
そうすればラントロックが心配してくれるだろうと言う、小賢しい計算もあった。

252 :創る名無しに見る名無し:2017/02/13(月) 19:39:11.28 ID:Tox26RrN.net
テリアと別れたラントロックは改めて、独りで地下のビュードリュオンの部屋に向かう。

 「ビュードリュオンさん!」

彼が戸を叩いてビュードリュオンの名を呼ぶと、気怠そうな声で返事があった。

 「何だ?」

遅れて戸が開き、黒衣を纏ったビュードリュオンが姿を見せる。
ラントロックは単刀直入に用件を言った。

 「呪いを解いて欲しいんだ」

 「呪い……?」

ビュードリュオンは訝し気な目付きでラントロックを凝視する。

 「いや、俺じゃなくて。
  3人程……」

 「3人も!?
  B3Fの連中か?」

 「はい。
  ネーラさんと、フテラさんと、後ヘルザが……。
  あ、ヘルザはB3Fじゃないんですけど」

 「何故、呪われたんだ?」

ビュードリュオンは益々怪訝な顔になり、ラントロックに尋ねた。
しかし、彼にも理由は分からない。

 「何故って……分からないけど、理由は別にして、呪いは解けないの?」

とにかく今は解呪を優先したいと伝える。

253 :創る名無しに見る名無し:2017/02/13(月) 19:45:22.29 ID:Tox26RrN.net
学者肌のビュードリュオンは呪いに興味があったので、ラントロックの依頼を請ける事にした。

 「実際に見てみない事には何とも言えない。
  取り敢えず、連れて来い」

 「それが呪いの所為で、大分具合が悪いみたいで……」

 「そこまで酷いのか?」

 「……何とか助けて欲しい」

自分の都合が第一のビュードリュオンは、自ら出向かなければならない事を億劫に感じていたが、
ラントロックが懸命に頼み込むので、仕方無く応じる。

 「分かった。
  だが、余り強力な呪いだと、私の手には負えないかも知れん。
  期待し過ぎるな」

一つ念を押して、彼はラントロックに同行した。
場所は移り、尖塔にあるフテラの塒。
ラントロックはビュードリュオンに、先ずフテラを見て貰う事にした。
最も具合悪そうだったのが、彼女だった為だ。

 「フテラさん!
  ビュードリュオンさんに診て貰ってくれ!」

行き成りラントロックが塒に駆け込んで来たので、半人半鳥の姿で呆っと寛いでいたフテラは、
慌てて羽毛の上に横になった。

 「ひ、一声掛けてくれないか!」

ラントロックは非難されて怯む。

 「あ、ああ、御免……。
  でも、具合が悪いの、治せるかも知れないんだ」

254 :創る名無しに見る名無し:2017/02/13(月) 19:48:02.27 ID:Tox26RrN.net
フテラは彼の後ろに控えるビュードリュオンに気付き、眉を顰める。

 「ビュードリュオン?」

 「そうだよ、彼に治して貰うんだ」

ラントロックが答えると、ビュードリュオンが前に進み出る。
フテラは警戒して身を引いた。

 「何だ、何をする?」

ビュードリュオンは面倒そうな顔で、彼女に言う。

 「お前は呪いを掛けられているそうだ」

 「何っ、呪い!?」

驚くフテラに、ラントロックが説明する。

 「貴女の体を診た時に、魔力の流れを遮る黒い靄があったんだ」

 「それが体調不良の原因だと?」

 「多分」

フテラはラントロックとビュードリュオンに、交互に目を遣り、暫し考え込んだ。
関係の浅いビュードリュオンに体を許したくはないが、呪いは解かなくてはならない。

255 :創る名無しに見る名無し:2017/02/14(火) 19:34:28.21 ID:tYvwp0c7.net
逡巡の末に、フテラは大人しく体を差し出す。
彼女はビュードリュオンを睨んで警告した。

 「……変な事はするなよ」

ビュードリュオンは呆れた笑みを漏らす。

 「生憎、鳥には興味が無い。
  私が興味を持っているのは、『呪い』の方だ」

そう言いながら、彼はフテラの体に手を翳し、魔力の流れを診る。
そして彼もラントロックと同じく、黒い靄を確認した。

 「……呪詛魔法の系統だと思う。
  余り強い呪いでは無さそうだ」

ビュードリュオンの見立てに、ラントロックとフテラは安堵した。
だが、ビュードリュオンの表情には険しさが残っている。

 「しかし、強引に解いて良い物か……。
  私は呪詛魔法の専門家ではないから、その辺りが分からない。
  無理に引き剥がして副作用があると、そちらとしても困るだろう」

 「シュバトさんを頼るしか無い?」

ラントロックが訊ねると、ビュードリュオンは頷いた。

 「あぁ、それが確実だな」

256 :創る名無しに見る名無し:2017/02/14(火) 19:36:18.86 ID:tYvwp0c7.net
そうするのが一番良いと解っているのだが、問題はシュバトの居場所が判らない事。

 「でも、どこにシュバトさんが居るか判らないんだ。
  ビュードリュオンさんは知ってる?」

 「……私の関知する所ではない――が、解呪には興味がある」

ビュードリュオンは暫し思案した後に、こう言った。

 「ニージェルクロームに聞いてみるか」

彼は独り言を零して決断し、ニージェルクロームを呼びに退出した。
数点後にビュードリュオンがニージェルクロームを連れて、戻って来る。
ニージェルクロームは妙に嬉しそうな笑顔でフテラに告げた。

 「呪いだって?
  封印の解除なら、俺に任せろ!」

自身の内に黒竜を宿している彼は、その力を引き出す為に日々実験を続けている。
封印や召喚に関する知識は、ビュードリュオンより豊富だ。
フテラは投げ遣りな態度で応じる。

 「何でも良いから、早くしてくれ」

ニージェルクロームも又、ラントロックやビュードリュオンの様に、フテラに手を翳して、
魔力の流れを診る。

257 :創る名無しに見る名無し:2017/02/14(火) 19:40:14.40 ID:tYvwp0c7.net
数十極の診断を終えた後、彼はビュードリュオンに言った。

 「これは……封印とは違うみたいだな。
  精神に軽い不調を引き起こす魔法だ。
  黒い靄は呪いを自力で解除されない様に、魔力の流れを乱して魔法を使わせないと同時に、
  他者の手でも解除が難しくなる様に、魔力の流れを覆い隠す効果がある。
  この靄を取り払うのと、本体の呪いを解除するのと、2段階の処置を行う必要がありそうだ」

ビュードリュオンは感心する。

 「靄で『見えない』のに、そこまで判るのか」

 「封印魔法には、もっと複雑な物が多い。
  譬えるなら、幾重にも拮(きつ)く紐を結ぶ様だ。
  だが、これは魔力量や症状の軽さからして、そこまで複雑な機構がある様には思えない。
  道理から言っても、軽い呪いに厳重な仕掛けを施すのは、労力に見合わない」

2人の話を聞いていたフテラは、結論を急かした。

 「それで、解けるのか、解けないのか」

ニージェルクロームは彼女に目を遣り、答える。

 「解こうと思えば、解けるんだが……。
  念には念を入れたい。
  仕掛けを隠している靄と、本体の呪いは連動している可能性がある。
  素直に靄を解いてから、呪いを解こうとすると、罠に嵌まるかも知れない。
  解呪が難しくなったり、症状が重くなったり……。
  そうさせない為に、速やかな処置が望ましい」

ラントロックが不安気に問うた。

 「具体的に、どうするの?」

258 :創る名無しに見る名無し:2017/02/15(水) 19:12:07.12 ID:bShfF8fK.net
ニージェルクロームは数極思案する。

 「……2つ、手段がある。
  1つは、2人が靄と呪いをそれぞれ取り除く方法。
  2人の連携で、素早く呪いを解く。
  もう1つは、強い力で靄と呪いを一気に引き剥がす方法。
  こちらは力業になるから術者にも被術者にも負担が大きい。
  俺としては2人での解呪を推奨するが……」

そう言った彼は、ビュードリュオンを見た。

 「出来るか?」

 「私は呪いには詳しくない」

自信の無さそうなビュードリュオンに、ニージェルクロームは更に尋ねる。

 「靄を晴らせるか?」

 「残念ながら、強引に解除する方法しか分からない」

 「では、私が靄を除こう。
  君は呪いを解いてくれ。
  多少乱暴でも構わない。
  彼女の生命力が勝るだろう」

 「分かった」

2人の会話を、フテラは兢々としながら聞いていた。
それは譬えるなら、手術方法を話し合う医者の話を病床で聞かされている気分である。

259 :創る名無しに見る名無し:2017/02/15(水) 19:14:38.58 ID:bShfF8fK.net
手順が決まった所で、ビュードリュオンは自らの利き腕に呪文を描き始めた。
呪文が完成すると、影が彼の腕に纏わり付く。
魔力で作られた「魔法の手」。
これで呪いを構成している魔力を剥ぎ取るのだ。
一方、ニージェルクロームはフテラの体に手を翳し続け、靄の解き方を考えている。
ラントロックとスフィカは大人しく成り行きを見守り、儀術の成功を願う事しか出来ない。
暫く後に、ニージェルクロームは塒の彼方此方に白墨で、魔法陣を描き始めた。
魔法陣が完成すると、漸く2人は解呪に取り掛かる。
彼等はフテラを魔法陣の中央に寝させ、その両脇に付く。
フテラは何をされるのかと言う不安から目を背ける様に、両目を閉じて大人しくしている。
ニージェルクロームはフテラに両手を翳し、旧い呪文を唱え始めた。

 「結(ゆい)を解(ほど)く物、鍵を開ける物、迷を晴らす物、固を溶かす物……。
  其の名は何かと問えば、答は『とき』なり。
  進め、『とき』よ、とく、とけよ」

彼の呪文でフテラの中の黒い靄が徐々に薄れて行く。
透かさず、ビュードリュオンが魔法の手をフテラの胸部に突っ込み、「呪い」の正体である、
黒い魔力の塊を引き抜いた。

 「ギャ、ギャァッ!」

フテラは自身の体の中で、何かが千切れる音を聞いた。
音ばかりでなく、引き千切られた感覚もある。
心臓を抜き出されたと思い、慌てて飛び起きた。

260 :創る名無しに見る名無し:2017/02/15(水) 19:15:57.23 ID:bShfF8fK.net
しかし、当然ながら外傷は無い。
それまで体を重くしていた不調は、嘘の様に治っており、フテラは驚くと同時に感心した。

 「おぉ、治った!」

フテラは復調振りを示す様に、怪鳥の姿に変化して、両翼を大きく広げる。

 「礼を言うぞ!
  ニージェルクローム、ビュードリュオン!
  有り難う!」

ビュードリュオンの魔法の手には、未だ黒い塊が握られている。
それは徐々に霧散して、消えて行った。
ニージェルクロームとビュードリュオンは互いの顔を見合うと、共に俯き加減でフッと小さく笑む。
ビュードリュオンは照れ隠しをする様に、ラントロックに向き直って言った。

 「さて、この調子で残りも片付けよう」

一行は揃って、ネーラが棲む池へと移動する。
フテラとスフィカも付いて来た。
ビュードリュオンとニージェルクロームは、フテラの時と同じ調子で、魚の姿のネーラを、
魔法陣を描いた陸に寝かせ、解呪した。
ネーラは人魚の姿になり、2人に謝辞を述べる。

 「弥々(いやいや)、助かったぞ。
  主等には何か礼をせねばなるまい」

ニージェルクロームは真面目な顔で答えた。

 「その話は後にしよう。
  今は何も思い付かないしな。
  それより未だ1人、残っている」

261 :創る名無しに見る名無し:2017/02/16(木) 19:58:17.74 ID:xry9ka4c.net
最後に残ったのはヘルザ。
新たにネーラを加えた一行は、彼女の部屋へと移動する。
解呪に入る前に、ラントロックはニージェルクロームに尋ねた。

 「ニージェルクロームさん、ヘルザの体は普通の女の子と変わらないんだけど……。
  フテラさんやネーラさんと同じ様な方法で大丈夫なのか?」

ニージェルクロームはビュードリュオンに話を振る。

 「どうなんだ?」

 「私が答えるのか?
  ……私見ではあるが、余程霊が脆弱でない限りは問題無いと思う。
  先の2人の時も、肉体に損傷は無かったので。
  仮に多少問題があったとしても、呪いを放置するよりは増しだろう。
  後の事は、後で解決すれば良い」

ラントロックは彼の話に納得して頷いた。
そんな話をしている内に、一行はヘルザの部屋の前に着く。
ラントロックの後から、ぞろぞろと続く2人と3体を見て、ヘルザは慌てて身を起こした。

 「えっ、何、何ですか?」

 「安心して。
  君の具合が悪いのを治して貰う為に来て貰ったんだ。
  こちら、ビュードリュオンさんとニージェルクロームさん」

ラントロックは彼女を宥めつつ、2人を紹介する。
しかし、ヘルザは困惑していた。

 「そ、そこまでしなくても……」

呪いの事を知らない彼女は、ラントロックを世話焼きだと勘違いする。

262 :創る名無しに見る名無し:2017/02/16(木) 19:59:33.17 ID:xry9ka4c.net
ラントロックは誤解を避ける為に、正直に呪いの事を話した。

 「実は、ヘルザは呪われているんだ」

 「の、呪い?」

 「そう、単に具合が悪いだけじゃないんだよ。
  放って置いても治らない。
  だから、この2人に何とかして貰おうと」

ヘルザは暫し、信じられない様な顔をしていたが、やがて事実を受け入れた。

 「分かった。
  ラントの言う事なら信じるよ」

そう言うと、彼女はビュードリュオンとニージェルクロームに向き直り、深く頭を下げる。

 「では……、お願いします」

2人は頷いて、ヘルザに応えた。
ニージェルクロームは魔法陣を描き、ビュードリュオンは魔法の手を作る。

 「それじゃ、魔法陣の真ん中で仰向けになって。
  君は何もする必要は無い。
  怖かったら目を閉じていても良い」

ニージェルクロームの指示に従い、ヘルザは魔法陣の中央で横になる。

263 :創る名無しに見る名無し:2017/02/16(木) 20:02:03.11 ID:xry9ka4c.net
特に問題は起こらず、儀術は速やかに終わった。
術後、ヘルザは自分の胸を何度も撫でる。
胴体に手を突っ込まれる感覚と言うのは、初めての経験で、違和感が強いのだ。
だが、具合が悪かったのが治っているのは事実。

 「あ、有り難う御座いました……」

彼女は改めて、ニージェルクロームとビュードリュオンに頭を下げる。
これにて一件落着……とは行かない。

 「しかし、誰が私達に呪いを?」

フテラの尤もな疑問に皆、考え込んだ。
唯一人、答を知っているネーラは澄ました顔。

 「誰でも良かろう。
  今頃は呪い返しに苦しんでいる筈」

解除された呪いは呪者に返る。
『人を呪わば穴二つ<ザ・カース・リターン・アポーン・ゼムセルブズ>』だ。

 「取り敢えず、今日の所は、これで良しとしよう。
  又、困った事があったら言ってくれ」

そう親切に言ってニージェルクロームが去ると、ビュードリュオンも彼に続く。

 「今回は勉強になった。
  新しい呪いに掛かったら、教えてくれ」

少々意地の悪い言い方で、皮肉な笑みを見せて。
2人が退室した後、ネーラはフテラに言った。

 「私達も帰ろう」

 「あ、待てよ、ネーラ!
  あんた、犯人を知ってるんじゃないのか?」

先に帰るネーラを、フテラは追って出て行く。
残ったのはラントロックとヘルザだけ。

264 :創る名無しに見る名無し:2017/02/17(金) 18:59:02.27 ID:8VXd71fv.net
2人は自然に見詰め合う。

 「もう何とも無い?」

 「ええ。
  有り難う、ラント」

行き成り礼を言われて、ラントロックは照れ臭くなった。

 「いや、俺は何も……。
  呪いを解いたのは、ビュードリュオンさんとニージェルクロームさんだよ」

謙遜する彼に、ヘルザは微笑む。

 「貴方が頑張ってくれた事、私は解ってるから」

ラントロックがビュードリュオンを呼び、ビュードリュオンがニージェルクロームを呼んだ。
最初に彼が動かなければ、この結果は無かった。
ラントロックは赤面して俯き、小さく頷いた。
彼にとって今のヘルザの言葉は特別だった。
媚びる様なB3Fの態度とは違い、美しい信頼がある。
どこかで覚えがある響きだったので、その正体をラントロックは記憶の中で探った。

 (……母さん……)

彼は思い出した。
それは母が父に言っていた事だと。

265 :創る名無しに見る名無し:2017/02/17(金) 19:00:34.47 ID:8VXd71fv.net
ラントロックの父は、母が病床に伏せると、治療法を探して旅に出る様になり、頻繁に家を空けた。
母は寂し気な顔をしていたと、ラントロックは記憶している。
結局、父は治療法を見付けられず、遂には根治を諦めて、死に行く母を傍で見ているだけだった。
ラントロックは父の無力を酷く恨んだ。
父は母に何度も謝っていた。
その度に、母も父に謝っていた。

 「貴方が頑張ってくれた事、私は解ってるから」

それは病床の母が、父を慰める為に使った言葉。
ラントロックは記憶の旅から戻り、申し訳無さを込めて、ヘルザに言う。

 「俺は何もしていないよ……」

今の彼は忌み嫌っていた父と同じなのだ。
故に、ヘルザの感謝の言葉は受け取れない。
呪いで弱っていたヘルザは、病床に伏せていた母。
何も出来なかった自分は、無力だった父。

 「御免、ヘルザ」

ヘルザに母を、己に父を重ねたラントロックは、悲しくなって早足で退室した。

266 :創る名無しに見る名無し:2017/02/17(金) 19:01:33.86 ID:8VXd71fv.net
これは親子の宿命なのか?
母の死から、己は無力な儘で良いのか?

 (親父に出来なかった事……。
  俺は……)

自問の末に、ラントロックは小さな決意をした。

 (医者になる。
  どんな病気も、呪いも治せる様に)

それまで砦で何をするでも無く、安穏と過ごしているだけだった彼は、新たな道を見付けた。
魅了の魔法では、どうにもならない事がある。
人の宿命である病。
これ以上、大切な者を失う訳には行かない。
その日から、ラントロックは医道を目指した。
今直ぐとは行かないが、知識と技術を蓄えて、何時か一人前の医者になる。
魅了の魔法とは別に、それが父を越える事にも繋がると信じた。

267 :創る名無しに見る名無し:2017/02/18(土) 19:19:02.86 ID:sVwKbp+0.net
他方、その頃のテリアは穴倉の中で、3人分の呪いに苦しめられていた。
体が重くて、指一本動かせない。
痛みこそ無いが、その代わりに耐え難い息苦しさがある。

 「ウ、ウー……」

思わず呻き声が漏れる。

 (やっぱり、こうなってしまうのか……。
  これ、何時まで続くんだ?
  もしかして永遠に解けないとか?
  い、嫌だぁ……)

泣き叫ぼうにも大きな声が出せない。
腹に力が入らないのだ。

 (私が出て来なければ、誰か心配して来てくれる……。
  いや、ネーラの奴は感付いてそうだった。
  も、もし、私が呪いを掛けたと、皆に知られていたら?
  助けに来ないかも……)

こんな事になるなら、呪いなんて掛けるんじゃなかったと、テリアは後悔したが、もう遅い。
先に立たないからこそ、後悔なのだ。

268 :創る名無しに見る名無し:2017/02/18(土) 19:20:26.06 ID:sVwKbp+0.net
翌日になってもテリアが姿を現さない事を、ラントロックや他のB3Fの面々は疑問に思っていた。

 「テリアさん、どうしたんだろう?」

ラントロックの疑問に、仲間内で誰より早く、真相に就いて確信を持っていたネーラが、
皮肉を込めて答える。

 「今頃、寝込んでいるんじゃないか?」

 「又、呪い?」

怪訝な顔になる彼に、フテラが意地悪く言う。

 「心配なら様子を見に行けば良いさ」

 「フテラさんは行かないのかい?」

 「態々見舞いに行ってやる義理は無い」

彼女も呪いを掛けた犯人が誰なのか、大凡見当が付いていた。
ラントロックは薄情な彼女等に懐疑の眼を向けつつ、出掛ける事にする。

 「……じゃあ、一寸見て来るよ」

唯スフィカだけが無言で彼に付き添った。

269 :創る名無しに見る名無し:2017/02/18(土) 19:26:29.45 ID:sVwKbp+0.net
ラントロックは穴倉の前に屈み込み、中に向かってテリアを呼ぶ。

 「おーい、テリアさーん!
  居るかーい?」

所が、幾ら待っても返事は無い。
ラントロックはスフィカと顔を見合わせた。

 「居ないのかな?
  独りで出掛けた?」

彼が尋ねると、今度はスフィカが穴の中に頭を突っ込んで、触角で魔力を探る。
数極後に、彼女は答えた。

 「魔力の流れを感じない。
  風も乱れていない」

 「……どこ行っちゃったんだろう?」

ラントロックとスフィカは諦めて穴倉から離れる。
しかし、テリアは確り中に居て、ラントロックの声も聞こえていた。
呪いの所為で返事も出来ないだけなのだ。
お負けに、この呪いはテリアの魔力を完全に封じていた。

 (ト、トロウィヤウィッチ!
  わ、私は、ここに、ここに居るのにぃ!!)

幾ら念じても、それが届く訳も無く……。

270 :創る名無しに見る名無し:2017/02/19(日) 19:10:10.30 ID:w3BAjFSy.net
三日三晩、テリアは3倍の呪い返しに苦しんだ。
暗い穴倉の中、日付の感覚は既に無く、苦しみは永遠に続く様に思われた。
自然に解除される気配は無く、余りの苦楚に遂に彼女は両目を瞑って赦しを願った。

 (だ、誰か……!
  誰でも良い、助けてくれ!
  私が悪かった!
  もう誰かを呪ったりしないから!)

必死に念じていると、呪詛魔法使いシュバトの声が聞こえる。

 「どうだ、呪詛魔法の効果は?」

テリアは目を開けて周囲を見るが、誰も居ないし、気配も感じない。
そもそも狭い地下の寝床に、人間が入れる訳が無いのだ。

 (シュ、シュバト!
  どこに居る!?
  いや、どこでも良い!
  何でも良いから、呪いを解いてくれ!)

 「満足か?」

 (あ、ああ、十分だ!
  苦しい、どうにかしてくれ!
  気が狂いそうだ!)

最早テリアは反抗の意思も無くしていた。
だが、シュバトは何も答えない。

 (お、おい、シュバト?
  聞いているのか!
  どこへ行った!?)

テリアは絶望して泣きそうになる。

271 :創る名無しに見る名無し:2017/02/19(日) 19:11:50.64 ID:w3BAjFSy.net
先から苦しみは一向に緩和されない。
寧ろ、増している様でさえある。

 (シュバトーーッ!!)

最後に彼女は恨みを込めて彼の名を念じ、気を失った。
テリアが呪い返しを受けてから4日目の朝、目覚めた彼女の体調は、先日までの苦しみが嘘の様に、
回復していた。
先ず空腹を感じた彼女は、穴倉から這い出して、朝日を浴びる。

 「眩し……」

獣の姿の彼女は、その儘でラントロックの部屋へ移動した。
何故、呪いが解けたのか、気にする事は無い。
時間経過で効果が切れたのだろうと、勝手に思い込んでいる。
ラントロックの部屋の前まで来た彼女は、戸を前足で引っ掻いた。
それに反応して、ラントロックが戸を開ける。
テリアを認めた彼は、驚いた様子で言う。

 「テリアさん、帰って来たんだね!
  暫く姿を見なかったから、心配していたんだよ。
  今まで、どこに?」

 「御飯……」

テリアは話を聞かず、食事を要求した。

272 :創る名無しに見る名無し:2017/02/19(日) 19:15:12.53 ID:w3BAjFSy.net
窶れて元気が無い彼女の様子に気付いたラントロックは、早速食事の準備に掛かる。

 「あぁ、お腹が空いているんだね?」

彼はテリアを部屋に迎え入れると、水を入れた皿と、大鼠の干し肉を用意した。
テリアは一心不乱に干し肉を貪る。
1枚を平らげた所で、少し力を取り戻した彼女は、半人半獣の姿になり、お代わりを要求した。

 「もっと無ぁい?」

 「あるよ。
  ……今まで何をしてたの?」

ラントロックが干し肉をテリアの鼻の先に振ら下げて尋ねると、彼女は困った顔をして、
少し思案した後に、こう答えた。

 「具合が悪くて寝込んでたんだ」

 「寝込んでた?
  あの穴の中で?
  ずっと?」

 「ああ」

 「もう良くなったのかい?」

 「だから、出て来たんだよ」

テリアは干し肉に食い付いてラントロックの手から奪うと、再び貪り始める。

273 :創る名無しに見る名無し:2017/02/19(日) 19:17:21.98 ID:w3BAjFSy.net
それから数針後に、ネーラ、フテラ、スフィカの3体がラントロックの部屋に集まる。
そこでテリアを目にしたネーラとフテラは、少し意外そうな顔をした後に、意地悪く笑った。

 「おお、元気だったか、テリア?」

フテラが尋ねると、テリアは気不味そうに力無く笑う。

 「えへへ、まぁ……」

透かさず、ネーラが釘を刺した。

 「もう馬鹿な事は考えるでないぞ」

 「な、何の事かなぁ……?」

テリアは惚けるも、ネーラとフテラの鋭い視線に怯んで、俯く。
これ以降B3Fの間では、呪いの話は無くなった。
ネーラとフテラはテリアの事を許し、テリアも気にしない事にした様である。
単なる仲間とも、友人とも違う、奇妙な距離感が彼女等の間にはあるのだ。

274 :創る名無しに見る名無し:2017/02/19(日) 19:17:52.79 ID:w3BAjFSy.net
「どうした、フェレトリ? 疲れた顔をして」

「それが俄かに酷い倦怠感に襲われ、3日も動けなかったのである」

「何か嫌な事でもあったか? それとも悪魔も風邪を引くのかな?」

「解らぬ……。何故であろうな? 治ったので、良かった物の……」

「不思議な事もある物だ」

「全くよ」

275 :創る名無しに見る名無し:2017/02/19(日) 19:18:42.13 ID:w3BAjFSy.net
「フェレトリさん、一昨日は来ませんでしたね」

「少し体調を崩しておってな。フフ、吸って欲しかったのかぇ?」

「そ、そんな事は……」

「言い訳せずとも良い。待ち遠しかったのであろう?」

「い、いいえ……」

「強情な悪い子には仕置きが必要か」

「ああっ」

「体は正直よのぅ。何ぞ、その軟弱な抵抗は? 嫌なら嫌と言え」

「……い、嫌……じゃ、ありません……」

「素直で宜しい」

276 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:10:38.10 ID:0Vlj5c6h.net
旅の友


唯一大陸での移動手段は馬が主である。
「旅の友」とは道路と馬を使う人々の為の集いで、交通安全協会の様な物だ。
馬車の運転免許の発行や、乗馬技術の級位認定も、ここが担っている。
馬に関しては免許が無くても騎乗出来るが、公道を走るには5級以上の実力が要求される。
騎乗せずに牽いて歩く場合は、この限りではない。
よって、乗馬技術検定試験を受けずとも、農作業に馬を使う事は出来る。
レースの騎手になると、2級以上でなくてはならない。
実際にレースに参加するには、級位認定と同時に、競馬協会が発行するライセンスが必要になる。
乗馬技術の最高位は1級で、悪路の走破だけでなく、馬医者並みの体調管理、健康診断知識の他、
幾らかの共通魔法の修得も要求される。
「旅の友」の会員になると、幾つかの宿泊施設や商店、貸し馬屋で割引を受けられる。
辻馬車や鉄道馬車に乗る時も、優遇がある。
会費は年1000MGだが、5年分前納すれば3000MGで済む。
会員資格は乗馬4級以上の成人である事。
乗馬技術検定試験を受けるには、会費とは別に、受験料2000MGが必要。
これは検定毎に必要になり、最低位は5級だが、初めての者でも3級から受ける事が出来る。
2級以上になると、1級下の検定に合格していなければならない。
よって1級に合格するには、最低でも6000MGが必要と言う事になる。
試験日は毎月10の倍数日と決まっているが、年末年始は休みになる。

277 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:11:13.15 ID:0Vlj5c6h.net
旅の友が扱う主要な資格は以下の通り。
乗馬技術検定5級:小型馬に騎乗して公道を走るのに必要。子供でも取れる。
乗馬技術検定4級:中型馬に騎乗して公道を走るのに必要。最も取得者が多い。
乗馬技術検定3級:全ての種類の馬に騎乗して公道を走るのに必要。取得者数は4級に次ぐ。
乗馬技術検定2級:競走馬の騎手になるのに必要。取得者数は余り多くない。
乗馬技術検定1級:過酷レースに参加するのに必要。取得者は少ない。
軽馬車運転免許:要乗馬4級以上。主に農作業用の馬車の運転に必要。
普通馬車運転免許:要乗馬4級以上。一般的な馬車の運転に必要。
重馬車運転免許:要乗馬3級以上。大型馬車の運転に必要。
特殊馬車運転免許:要乗馬2級以上。耕運馬車、馬橇等、特殊な馬車の運転に必要。
小型旅客馬車運転免許:要乗馬4級以上。4人以下の客を乗せて公道を走るのに必要。
中型旅客馬車運転免許:要乗馬3級以上。9人以下の客を乗せて公道を走るのに必要。
大型旅客馬車運転免許:要乗馬2級以上。10人以上の客を乗せて公道を走るのに必要。
鉄道馬車運転士資格:要乗馬2級以上。鉄道馬車の運転に必要。
高速鉄道馬車運転士資格:要乗馬2級以上。高速鉄道馬車や長距離鉄道馬車の運転に必要。
マスターライセンス:上記の資格全てを備えた証。

278 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:14:52.15 ID:0Vlj5c6h.net
旅の友は学校や会社の乗馬クラブに補助金を出しており、「競馬協会」や「僕の会」とも関連がある。
マスコット・キャラクターはカンパニエ(馬種)のカンパーくん(雄)と、パニアちゃん(雌)。
唯一大陸で生活していれば、自分で馬を買ったり借りたりしなくとも、例えば公共馬車や辻馬車、
路線馬車を利用する等、馬との関わりは自然と深くなる。
田舎以外では個人で馬を所有している者は珍しいが、大きな会社は必ず馬や馬車を持っている。
魔導師会も例外ではなく、例えば機動性が重視される法務執行部刑事部初動対応係では、
自らが騎乗する馬の管理も重要な仕事である。
「出世の友は馬とあり」と言われる程。
馬は自らをよく世話してくれる人に懐くので、他人に馬の世話を任せっ放しにしていると、
肝心な時に言う事を聞かなくなる。
馬に乗る者は馬の世話をするのが当然であり、これは特定の職業に限らない。
馬車の御者は、その馬の世話をしなければならない。
「馬番」、「馬係」、「馬子」は雑用のイメージが強いが、それは古い時代の話である。

279 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:19:55.86 ID:0Vlj5c6h.net
有名な教訓話に「馬の恩」がある。
ある所に立派な白馬を持っていた貴族が居り、彼は馬の世話を『馬丁<フットマン>』に任せていた。
この馬丁は甲斐甲斐しく馬の世話をし、馬も彼の言う事は素直に聞き、その様は兄弟の様であった。
馬丁は身分的に主の馬に乗る事は許されなかったが、ある日、放牧に連れて行った時に、
出来心で密かに馬に乗った。
馬も馬丁を振り落とす事はせず、寧ろ楽しそうに乗せていた。
所が、これを見咎めた領民が、領主である貴族に報告。
馬丁は解雇こそされなかった物の、以降、貴族に事ある毎に酷く詰られ、燻(いび)られる様になる。
その後、貴族が所用で乗馬して外出する事になった時、この馬丁が口取りを務めた。
この日は馬の機嫌が大変悪く、馬丁は馬の制御に苦労した。
これを貴族は手際が悪いと罵り、馬上から杖を振るって、馬丁を虐めた。
馬は我慢の限界とばかりに、街中で高く嘶き、貴族を振り落として逃走した。
衆人の前で落馬した貴族は笑い者となり、大層評判を落としたと言う。

280 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:22:09.37 ID:0Vlj5c6h.net
教訓は「大事な物は自分の手で世話をしろ」である。
「生みの親より育ての親」に似た使われ方をされる。
旧暦の社会常識では、この貴族に非は無いとされるが、今日まで語り継がれるからには、
恐らく大衆の心に響く幾らかの要素があり、端的に言えば貴族優位に対する庶民の鬱憤を、
晴らしたのではないかと推測される。
魔法暦以後では、この話は「動物にも意思や感情がある」事の代表としても扱われる。
「飼い犬に手を噛まれる」からには、それなりの理由があるとする見方だ。
この馬を飼っていたのは貴族であり、馬丁を雇っていたのも彼である。
当然、馬は貴族の所有物だし、馬丁を解雇するのも自由。
だが、馬の世話を馬丁に任せていれば、馬が馬丁に懐くのは当然。
金だけ出す、口だけ出すより、実際に親身になってくれる者の方が重要なのだ。
貴族が馬丁を責めるのは、お門違い。
こうした思想は法律にも影響を与えている。
即ち、金だけ、口だけの人間には、一定以上の権利は認められないと言う立場である。
「諸権利は実情に鑑み、金銭面の支援のみで、全権を主張する事は認められない」
例えば、起業の際に資金提供をしただけでは、事業に関する権利を主張する事は出来ない。
債権の回収を理由に、困難な要求を押し付ける事は出来ない。
子供を育てるのに、実際の育児は他者に任せて、金銭支援以外の諸責務を果たさない親に、
親権は与えられない。
浮気問題でも持ち出される事がある。

281 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:26:14.05 ID:0Vlj5c6h.net
馬の話に戻ろう。
唯一大陸では、馬は犬猫と並ぶか、それ以上に人間と密接な関係を持つ友である。
馬の使い魔を持つ者も珍しくはない。
体が大きく、世話が大変だが、馬の飼育を補助する施設も多くある。
街中にも一時的に馬を預けられる「預け場」があるし、馬の健康を診てくれる「馬医者」も多く居る。
これ等を有効に使えば、馬を飼う事自体は、そう難しくない。
老いた馬を引き取る「老馬園」もある。
但し、簡単に買ったり捨てたり出来ない様に、土地や財産の状況を調査される。
何も馬に限らず、他の動物でも同じで、軽い気持ちでは容易には入手出来ない。
所が、需要があるのに供給が制限されていると言う状況は、闇業者に付け入る隙を与える。
格安で資質を問わず、誰にでも動物を売り付ける不法業者は、どこにでもある。
こうした業者は商品の「質」も悪く、病気や故障持ちでも、平気で売り付ける。
だからと言って、一度引き取った物を捨てる事は許されない。
飼うなら責任を持って最後まで。

282 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:27:32.73 ID:0Vlj5c6h.net
明日から数日休むかも知れません。
休まないかも知れません。

283 :創る名無しに見る名無し:2017/02/20(月) 19:30:48.73 ID:mOWEfZFm.net
フェレトリとヘルザのやりとりが下半身にきます。

284 :創る名無しに見る名無し:2017/02/22(水) 20:17:25.47 ID:1l+InCtq.net
馬に跨る


ブリンガー地方セクトール市にて


セクトール市は大都会と言う程ではないが、田舎とは決して言えない、地方都市の代表の様な、
程々の規模の都市だ。
その街中で、暴走する馬と、それを追い駆ける男があった。

 「待てっ、待ってくれ!」

男は懸命に馬を追うが、競走で人が馬に敵う訳も無し。
徐々に引き離されて行く。

 「誰か、あの馬を止めてくれー!」

男は大声で周囲の人々に呼び掛けた。
しかし、暴走した馬を止めるのは、簡単な事ではない。
どうすれば良いのか分からず、誰も馬と男を見送るばかりだ。

 「待ってくれー!
  誰かー!」

男は尚も独り、大声で人々に呼び掛けながら、懸命に馬を追い駆ける。

285 :創る名無しに見る名無し:2017/02/22(水) 20:23:12.08 ID:1l+InCtq.net
彼の叫び声に、馬の行く先に居た1人の旅人風の男が反応した。
旅人風の男は暴走する馬に駆け寄ると、颯爽と手綱を握りつつ背に飛び乗る。
馬は必死に暴れて、旅人風の男を振り落とそうとしたが、彼は優れた乗馬技術で耐え続け、
十数極の後に遂に馬は抵抗を諦めて大人しくなった。
周囲から疎らに拍手が起こる。
後から追い着いた男が、息を切らしながら礼を言った。

 「ハァ、ハァ、あ、有り難う御座います……」

旅人風の男は馬から降り、手綱を渡す。

 「どう致しまして。
  この馬に乗るのは初めてですか?」

彼の問い掛けに、男は手綱を受け取ってから答えた。

 「ハァ、フー……、いえ、初めてと言う訳では無いんです。
  ハァ、この馬で街に出るのは初めてですが……」

旅人風の男は頷く。

 「この馬は人を乗せて街を歩いた経験が無いんでしょうな。
  体格からして、鉄道馬?」

 「ええ、その通りです」

物を牽く馬は、人を乗せ慣れない事が多い。
馬車馬に限らず、どんな馬でも言える事なのだが……。
乗馬用に売られる物は、熟練の騎手によって訓練されているが、それは個人に慣れただけで、
他人も同じ様に乗り熟せるとは限らない。
特に鉄道馬は、その性質上、知らない道を走りたがらない所もある。

286 :創る名無しに見る名無し:2017/02/22(水) 20:24:35.59 ID:1l+InCtq.net
旅人風の男は更に尋ねた。

 「失礼ですが、乗馬の技術は?」

馬の飼い主の男は眉を顰め、少し嫌な顔をした後に答える。

 「これでも3級です。
  結構な数の馬に乗って来たんですがね……」

 「――と言う事は、やはり馬の気性ですか……。
  それか相性が悪いかですね」

 「ははは……」

飼い主の男は苦笑いする。
馬と人にも相性がある。
一緒に歩くのは平気だが、背に乗せるのは嫌。
逆に乗せるのは良いが、一緒には歩きたくない。
馬の好みも、それぞれだ。

 「慣れさせるしか無いんでしょうな。
  頑張って下さい」

旅人風の男は、馬の飼い主を励まして、去って行った。

287 :創る名無しに見る名無し:2017/02/23(木) 19:32:41.30 ID:jkbURe/J.net
飼い主の男は馬の頬を撫でつつ、溜め息を吐く。

 「こうしている時は大人しいのになぁ……」

馬の暴走で器物の損壊や怪我人が出なかったのは、幸いだった。
馬が人の言う事を聞かないのは、そう珍しい事ではない。
都市部では週に数回の頻度で、何も乗せずに単独で走っている馬を見掛ける。
執行者の主な仕事に、迷い馬の回収がある程だ。
男は仕方無く、馬の口を取って、道の脇を歩いた。
これは傍目には間抜けに映る。
譬えるなら、自動二輪車を押して歩く様な物。
乗馬用の馬は一見して判るので、馬が立派であればある程、惨めさも増す。
馬が怪我でもしたのか、それとも上手く乗れないから歩いているのかと、擦れ違う人々の視線は、
好奇に満ちている……様に感じられる。
男は堪らず、一時歩みを止めて、馬の顔を見詰めた。

 「どうして嫌なんだ?」

そう尋ねても、馬に答えられる訳が無い。
この男は馬と未だ関係が浅く、仕草から心情まで読み取れない。
しかし、馬の方は男の感情が読める。
彼は不満を持って、自分を責めているのだと。
馬は視線を逸らして俯いてしまう。

288 :創る名無しに見る名無し:2017/02/23(木) 19:35:18.29 ID:jkbURe/J.net
そこへ老爺が通り掛かり、男に話し掛けた。

 「どうしました?」

男は吃驚し、気不味さから苦笑いしつつ答えた。

 「いえ、馬が言う事を聞かない物で……」

どこが悪いのかと、不思議そうな顔をする老爺に、男は放って置いて欲しいと思いながらも、
事情を説明する。

 「買ったばかりで、未だ馴れていない馬でして。
  私を乗せて走るのを嫌がるのです」

 「それは、それは……。
  お困りでしょう」

老爺は馬の頬を撫で、少しの間を置いて、男に尋ねた。

 「『ロールスの環』と呼ばれる魔法を知っていますか?」

 「い、いいえ……。
  何ですか、それは?」

聞いた事も無い魔法の名前に、男は戸惑う。

 「昔話ですよ。
  『ロールスの環』」

 「ああ、お伽噺の」

男は頷いた。
ロールスの環とは、ロールスと言う名の樹木の枝葉で作った環で、これを身に着けると、
動物と話が出来ると言う、『聞き耳頭巾』や『ソロモンの指輪』の様な話だ。

289 :創る名無しに見る名無し:2017/02/23(木) 19:41:51.88 ID:jkbURe/J.net
老爺は男に語る。

 「古い魔法ですが、昔――100年位前までは、獣医になるのに必須と言われていたんですよ」

 「100年?」

 「ええ、私が若い頃、参考にした本に書いてありました。
  今では必須と言う程でも無いらしいですが」

 「お爺さんは、獣医さん?」

 「……獣医を目指していた者です。
  残念ながら、勉強に付いて行けず、馬専門の――馬医者に転向しました。
  私の性質には、狭く深くが向いていた様で。
  もう引退しましたがね」

彼は話ながら馬の顔を見詰めていた。
そして、男に向き直って告げる。

 「ややストレスが溜まっている様です」

 「は、はぁ……。
  それで私の言う事を聞かなかった?」

 「そうでは無いでしょう。
  恐らく意思の疎通が上手く行っていないだけかと」

 「意思の疎通……ですか?」

 「はい。
  人の気持ちを馬に伝えるだけでなく、馬の気持ちを酌み取る事も考えなくては」

男は馬の顔を見詰めながら、その内心を察しようと試みたが、よく分からない。

 「馬の気持ち……。
  初めて通る道で、不安なんでしょうか?」

290 :創る名無しに見る名無し:2017/02/24(金) 19:28:32.54 ID:NzG+1F1f.net
老爺は目下の者に向ける、優しく呆れた様な笑みを見せる。

 「それもあるでしょうが、一番の問題は貴方の態度だと、この馬は訴えています」

 「私の何が悪いんでしょう?」

男は少し向かっとなって、語気を強めた。

 「大体にして、人間が動物に対する態度は傲慢です。
  大人が聞き分けの無い子供にする様に、とにかく黙って素直に言う事に従っていれば良いのだと、
  そんな考えで接する人が多いのです」

老爺に諭された男は眉を顰める。

 「馬は乗り物なんですから、人間が導いてやらねば」

老爺は一瞬だけ鋭い目付きを見せた。

 「『導く』と言うのは、あっちへ行け、こっちへ行けと命令する事ではありませんよ。
  馬は本来、群れを成す生き物です。
  飼い主は群れのリーダーの様な物です。
  リーダーには信頼が必要です。
  信頼出来ない相手の指示は聞けません。
  人間と同じ事。
  基本的に、売られている馬は人に従う様に教育されています。
  人に従っていれば間違いは無いと、教え込まれます。
  だから、指示を聞かないと言うのは、余程の事なのです。
  これまでの貴方の行いに、馬の信頼を失わせる様な物はありませんでしたか?」

その口調は男を詰る様。

291 :創る名無しに見る名無し:2017/02/24(金) 19:31:12.58 ID:NzG+1F1f.net
老爺の問いに、男は馬と出会ってからの短い過去を振り返った。
しかし、思い当たる事は無い。
試乗した時は、素直に乗せてくれていた。

 「……分かりません」

 「貴方に心当たりは無くても、馬は繊細な生き物です。
  普通なら気にも留めない様な、些細な事が切っ掛けかも知れません」

 「どうすれば、信頼を取り戻せますか?」

男は真面目な顔で尋ねる。
老爺も真面目に答えた。

 「暫くは貴方が先を歩いて、馬の範となれば良いでしょう。
  幸い、口を取られるのは嫌では無い様ですし」

 「……でも、それって信頼されるまで乗れないって事ですよね?
  そんな悠長な……。
  いや、待って下さい……」

もっと他に良い手は無い物かと思案していた男は、礑と思い出し、老爺に言う。

 「そうだ、『ロールスの環』の魔法があるじゃないですか!」

292 :創る名無しに見る名無し:2017/02/24(金) 19:33:00.23 ID:NzG+1F1f.net
動物と話せる「ロールスの環」さえあれば、信頼を取り戻すのに時間は掛からないだろうと、
男は考え付いたのだ。

 「お爺さん、『ロールスの環』の魔法を教えて下さい。
  後は私が馬と話を付けます」

老爺は困った顔をして、忠告する。

 「構いませんが……。
  『ロールスの環』でも実際に言葉を交わせる訳ではありませんよ。
  お互いの気持ちを通じさせるだけです。
  簡単な意思と感情の遣り取りで、相手の言いたい事を読み取るんです。
  その力が無ければ、良くない結果に終わるかも知れません」

 「良くない結果とは?」

 「貴方は、この馬と知り合って間も無いでしょう。
  信頼関係も無いのに、一方的に訴えるだけでは、何も変わりませんよ。
  ……まあ、やってみれば分かるでしょう」

老爺がロールスの環の魔法を教えてくれると言うので、男は忠告の内容に就いて、
深く思量しなかった。
ロールスの環が全てを解決してくれると、安易に思い込んでいたのだ。
老爺はロールスの環の呪文を、男に教える。
そう難しい魔法では無かったので、男は取り敢えず試しに、今直ぐ馬に使ってみる事にした。

293 :創る名無しに見る名無し:2017/02/25(土) 18:57:19.29 ID:/tug0XlB.net
男はロールスの環を、自分と馬に掛ける。
そして馬と見詰め合い、心を通わせようとした。

 (何を考えているんだ?)

先ず彼は疑問の心を打ち付ける。
馬からの返事は、同じ疑問の心だった。

 (……どう言う事だ?
  私に不信感を持っているのか?
  それは何故なんだ?
  何が原因なんだ?)

男の疑問の連続に、馬は萎縮して恐れの心を持つ。
それは男にも伝わった。
馬は男から目を逸らし、コミュニケーションを拒絶しようとする。

 (いや、怖がる必要は無い。
  私は理由を知りたいだけなんだ)

真剣な訴えにも、馬は拒絶反応を繰り返すだけ。

 (こりゃ駄目だ)

男は参ってしまい、諦めの溜め息を吐いた。

294 :創る名無しに見る名無し:2017/02/25(土) 19:00:02.83 ID:/tug0XlB.net
1人と1頭の遣り取りを見た老爺は、横から怪訝な声で割り込む。

 「そんなに虐めては、馬が可哀想です」

 「なっ、何も虐めてなんかいませんよ!」

吃驚して無実を主張する男に、老爺は告げた。

 「馬に人間の様な思考は出来ません。
  幼い子供と同じだと思って下さい。
  強く問い詰めれば問い詰める程、子供は怖がって何も言わなくなるでしょう」

では、どうすれば良いのかと苛立つ男に、彼は助言をする。

 「何故、何故と理由を問う事は無意味です。
  唯一つの事実は、貴方が馬に余り信頼されていないと言う事だけ。
  先ず必要なのは、敵意や害意が無いと伝える事です」

 「ど、どうやって?」

 「優しい気持ちを持って下さい。
  心の中の怒りや苛立ちを抑えて、穏やかな心、慈しみの心で向き合うのです」

男は困惑しつつも、老爺の言う通り、幼い子供に接する様に、働き掛けてみた。

 (こ、怖がらなくて良いぞ……。
  怒ってないから、私の言う事を聞いてくれ)

295 :創る名無しに見る名無し:2017/02/25(土) 19:02:01.22 ID:/tug0XlB.net
しかし、未だ馬は怯えた様子。
男は徐々に苛々して来るも、それを懸命に抑える。

 (こっちを見てくれ、頼む)

老爺は呆れて中断させた。

 「止めなさい、止めなさい。
  やはりロールスの環は使わない方が良いみたいですね」

 「ど、どうしてですか!」

焦りを露に男が尋ねると、老爺は溜め息を吐いて答える。

 「ロールスの環は、お互いの意思や感情を伝える魔法。
  幾ら表面を取り繕っても、根底に不信や怒りがあっては無意味です」

 「私が馬を信じていない?」

 「貴方は馬が言う事を聞かないので、馬に腹を立て、不信感を持っています。
  それがロールスの環を通じて、馬に伝わってしまっているのです」

 「仕方が無いでしょう!
  本心は偽れないんですから!
  どうしろって言うんですか!」

遂に男は苛立ちを爆発させて、老爺に怒鳴ってしまった。
こんなにも馬に対して譲歩と忍耐を重ねているのに、どうして解って貰えないのかと。
彼の態度に、老爺は眉を顰めて言う。

 「それが良くないのです。
  自然体で馬と接する事が出来ていない。
  心の中に焦りがありますね?
  どこかへ急がなければならない用事でもあるのですか?」

296 :創る名無しに見る名無し:2017/02/26(日) 19:45:45.85 ID:kDFBkPq3.net
男は大きな溜め息を吐いて、老爺に告げた。

 「そりゃ急ぐに決まってるでしょう。
  何の為に馬に乗ると思ってるんですか?」

成る程、盲点だったと老爺は大きく頷く。

 「確かに。
  それは扨措き、どこへ行くのかは知りませんが、今日の所は諦めなさい」

 「んな簡単に……」

男は今日、新しい馬を走り慣らしに、市外まで遠出する計画だった。
その積もりで、店の予約もしてある。
予定を変更するのは構わないのだが、金銭の損失は痛いし、今後こんな事が起こらない様に、
少しでも乗り慣れておきたい。
馬と信頼を築く時間を、全くの無駄だとは思わないが、確実に「乗れる」と言う保証が、
彼は欲しいのだ。

 「当分乗れない様なら、こいつを手放して、新しい馬を買います」

男は薄情に思える決断を口にしたが、老爺は特に反対しなかった。

 「それも一つの手でしょうな。
  又、馬の機嫌を損ねれば、同じ様な事態に陥るでしょうが……」

その代わりに、厳しい忠告をする。
男は沈黙して考え込んだ。

297 :創る名無しに見る名無し:2017/02/26(日) 19:47:36.58 ID:kDFBkPq3.net
馬の買い換えは、別に珍しい事ではない。
相性の悪い馬を諦めるのは、馬と飼い主、双方の為になる。
良馬は美馬に非ず、早馬に非ず、馴馬なりと、昔から言う。
見目が美しい馬よりも、足の速い馬よりも、馴れた馬の方が良いのだ。
しかし、馬との相性は購入前の試乗で、大体判る。
この馬と男との相性は悪くなかった筈。
今回は偶々、購入後に悪い部分が露見したのだろうか?
それとも老爺の言う様に、男が気付かない内に過ちを犯してしまったのだろうか?
もし男の方に原因があるのだとしたら、男は自ら改善しなければならない。
馬の買い換えが余りに頻繁だと、要注意人物としてブラックリストに入り、馬を飼えなくなる。
そうなってからでは遅い。
悩む男に、老爺は新しい助言をした。

 「馬の『ロールスの環』を外しなさい。
  元々馬は人の感情を読む事に長けていますから、問題ありません」

 「は、はい」

男は意味を殆ど理解しない儘、老爺の指示通りに馬のロールスの環を解く。

 「貴方の失点は、馬に言う事を聞かせようと思ってしまった事です。
  唯、馬の気持ちを読み取る事だけを考えれば良いのです。
  これから馬に接する時、必ずロールスの環を掛ける様にして下さい。
  そうすれば、何が馬の機嫌を損ねるのか、どうすれば馬が喜ぶのか、自然と解る様になります。
  新しい馬を買うにしても、この馬と付き合い続けるにしても、ロールスの環は有用ですよ。
  では、失礼します」

老爺は一方的に話し、言いたい事を言い終えると、去ろうとする。

298 :創る名無しに見る名無し:2017/02/26(日) 20:01:29.71 ID:kDFBkPq3.net
男は思わず呼び止めた。

 「あっ、待って下さい!」

 「何か?」

特に用事がある訳ではないが、只、この儘では良くない気がしていた。

 「……もっと、はっきり教えて下さい。
  私の何が悪かったのか」

 「何度も言いましたよ。
  貴方は馬を思う儘にしようとし過ぎていると」

 「それの何が悪いんですか?
  皆、そうしているでしょう?」

 「……今時、人の心が解らない馬は、そうそう居ません。
  貴方も乗馬に関して、全くの素人と言う訳ではないでしょう。
  ならば、薄々解っている筈です。
  この馬は『貴方の気持ちを解っていながら、敢えて従わないのだ』と」

 「話が噛み合いませんね……。
  私は他の大勢と同じ事をしている積もりです。
  それで何故、私だけが責められなければならないのですか」

男の本性は、単なる負けず嫌いだった。
自分の非を認められず、問題は馬の方にあり、「自分が悪い」と言うのは撤回して貰いたいと、
詰まらない些事に拘っている。
器の小さい男だ。

299 :創る名無しに見る名無し:2017/02/27(月) 19:21:51.42 ID:OcIwKvqZ.net
そして、問題の所在に拘らず、それを一発で解決出来る「魔法の杖」を求めている。
老爺は漸く、その事に気付いて呆れ果てた。

 「あぁ、そう言う事でしたか……。
  多くの普通の人々と比較して、貴方が特別劣っているとか、問題があると言う訳ではありません。
  そんな風に受け取られたのなら、済みません」

形だけの謝罪をして、彼は続ける。

 「馬と心から解り合っている飼い主は、少ないでしょう。
  実際、そこまで解り合っていなくても、問題無く生活しています。
  馬も人間も、お互いに付き合い方を学習するのです。
  貴方は最初の段階で、少し躓いてしまっただけの事」

 「詰まり、運が悪かったと」

 「運と言うか、巡り合わせと言うか……。
  そう言う事になりますかな……」

男は漸く納得して、老爺の助言を真面に受ける気になった。
老爺は不安気な顔をして告げる。

 「その『躓いた時』の立ち直り方ですが……。
  馬は飼い主をリーダーと認めるとは言っても、犬とは違います。
  指示には従いますが、服従はしません。
  馬の群れは、明確な序列がある縦社会ではないのです」

 「はい、それで、どうすれば良いのですか?」

性急な男に、老爺は本当に理解する気があるのかと、眉を顰めた。

300 :創る名無しに見る名無し:2017/02/27(月) 19:24:35.79 ID:OcIwKvqZ.net
 「人間の友人と同じだと思って下さい。
  未だ余り深い関係でない友人と、少し仲違いをして、気不味くなってしまった。
  仲直りが必要ですね?」

そう言われた男は、改めて馬を見詰める。

 (友人か……)

 「馬と対等な関係が想像し難ければ、他人の子供でも、若い後輩でも、何でも構いません。
  とにかく貴方は未だ信頼を得ていない状態です」

 「そうではなくて、私が聞きたいのは、具体的な方法なのですが……」

先から老爺の話は回り諄くて敵わないと、男は思っていた。
彼が欲しいのは、今の問題を直接解決する方法で、仄めかしではないのだ。
老爺は不機嫌に咳払いをする。

 「誤解の無い様に、明確に申し上げますと、直ちに有効な方法はありません。
  失った信頼を取り戻すには、積み重ねが重要です。
  その時間が惜しいと思われるなら、新しい馬を買って、それの機嫌を損ねない様にして下さい」

決然と断言され、男は口を閉ざした。

 「馬は人間の乗り物ですが、部下でも下僕でも道具でもない事を、お忘れ無く」

最後に、そう告げた老爺は、憮然として去る。

301 :創る名無しに見る名無し:2017/02/27(月) 19:29:12.13 ID:OcIwKvqZ.net
男は呆然と立ち尽くし、その後に馬と見詰め合った。

 「友人って言われても……なぁ?」

男が話し掛けると、馬は目を逸らしたが、ロールスの環を通じて心が伝わって来る。
こんな所で立ち止まっているのには飽きた、早く行こうと訴え掛けていた。

 「お前の為に話していたのに……」

男が文句を言うと、又も馬の心が伝わって来る。
乗せてやるから、何時までも一箇所に留まっているなと。

 「えぇ……」

困惑する男に、馬は「乗らないなら先に行くぞ」と、右の前足の蹄で道路を掻いた。

 「おいおい、どこへ行こうって言うんだ……。
  乗るよ、乗るから」

男が騎乗すると、馬はカッポカッポと緩やかに歩き出す。
暴れる事も、逆らう事もしない。

 (手放すのは止めておこうか……。
  もう少し付き合ってからでも良いだろう)

彼は馬の背で揺られつつ、そう考えていた。

302 :創る名無しに見る名無し:2017/02/28(火) 19:08:44.11 ID:qbR0nBAe.net
各地方魔導師会本部に就いて


各地方の魔法都市の中央にある地方魔導師会本部には、各部署の本部機能が集中している。
基本的には運営部、法務執行部、魔法道具協会、魔法技術士会、共通魔法研究会、
魔導師会員会、魔法競技会の7機関の本館が揃って「本部」と呼ばれる。
これに加えて、グラマー市にある魔導師会本部には、魔法史料館がある。
「本部」だけあって、各地方魔導師会にとっては最も重要な施設であり、故に警備も厳重。
万が一、これが災害や襲撃等で機能不全に陥った際は、近隣の魔導師会支部が、
本部機能を代行する。
この場合、必ずしも全ての機関の本部機能が同一の支部に集中するとは限らない。
市内の別支部になるか、市外の別支部になるかも、それぞれ定まってはいない。
本部が機能不全に陥る事は、一応想定されてはいるが、現実に起こるとは考えられていないのだ。
そこには何百年も外敵の存在無く、魔法秩序の支配を続けて来た魔導師会の、油断、怠慢、
侮りがあった。

303 :創る名無しに見る名無し:2017/02/28(火) 19:10:20.97 ID:qbR0nBAe.net
よってエグゼラ魔導師会本部が壊滅した事は、大きな衝撃だった。
エグゼラ地方の魔導師会は、その象徴と権威を失ったのだ。
しかし、依然として魔法秩序の頂点は魔導師会である。
他に頼れる物を、唯一大陸に住む人々は知らない。
共通魔法が社会の基盤にある以上、魔導師会の代替となる存在が無い。
魔導師会以上に力を持つ存在は無い……。
都市行政も地下組織も、魔導師会には遠く及ばないのが現実。
エグゼラ魔導師会は、周辺の地区や市に本部機能を分散させ、今も尚存続している。
他地方の魔導師会の手を借りて、本部の復旧も急いでいるが、遺体や重要文書の回収が優先で、
中々進んでいない。

304 :創る名無しに見る名無し:2017/02/28(火) 19:14:18.03 ID:qbR0nBAe.net
魔導師の戦い


第四魔法都市ティナー 中央区にて


巨人魔法使いがティナー市を襲撃した事件から、市民の間で俄かに自己防衛論が広がった。
魔導師も魔導師会も信用ならない。
市民は一人一人、己の身を己で守れる様に、武装すべきであると言う主張である。
魔力石の所持数制限を取り払うべきだとか、護身目的での銃器類、魔導機の所持を認めろだとか、
主張は安定しないが、とにかく武装させろと言う要求が多くあった。
選挙時の票目当てに、これに賛同する政治団体も出現する始末。
自己防衛論者は市民団体を結成し、集団で行進して、武装の権利を訴えた。
しかし、一部の銃器は別にして、魔法に関する事柄、魔力石や魔導機の所持に関しては、
市政に決定権は無く、全て魔導師会の管轄である。
所謂、「魔法に関する法律」だ。
それも又、一魔導師会支部の勝手には出来ない。
魔導師会本部にて、妥当性と正当性が認められなければ、魔法に関する法律は変えられないのだ。
こうした権力の独占に対して、不安に陥った市民は反感を覚え始めていた。

305 :創る名無しに見る名無し:2017/03/01(水) 19:26:48.37 ID:oZvUo5Of.net
現状、魔導師会は民間人が武装する事を、治安維持の観点から好ましいと考えていなかった。
市民が個別に武装した所で、強大な魔法資質を持つ者に対しては殆ど無力であるし、
主張している「防衛」は、不安要因を排除する為の「攻撃性」の裏返しに過ぎない。
他者を攻撃する者は誰でも、潜在的、或いは顕在的に不安感を抱えている。
不安の原因を取り除けば、攻撃性は弱まる。
外道魔法使いによる襲撃が今後続かなければ、武装要求も解消されるだろう。
ティナー魔導師会は市民の武装を認めるより、執行者の巡邏を活発にする事が優先だと判断した。
市民を守る執行者の活動範囲を、時間的にも空間的にも拡げる事で、市民を安心させようと言う、
試みである。
だが、この理屈は市民が執行者を信頼していないと成り立たない。
寧ろ、どこにでも執行者が居るので、市民は抑圧されているとの認識を強めた。
市中に無闇に警官を配するのと同じである。
市民は本来であれば見過ごされる様な、些細な違反にさえ気を配らなくてはならない。
抑圧は反発を生み、より攻撃性を強めて行く……。

306 :創る名無しに見る名無し:2017/03/01(水) 19:30:09.27 ID:oZvUo5Of.net
エグゼラ魔導師会本部が襲撃された事で、市民が武装の権利を訴える声は一層大きくなった。
違法に銃器や魔導機を持つ者が現れ、逮捕者が増えると、市民の反発も大きくなると言う、
悪循環が始まる。
自己防衛論や武装論を唱える声は時と共に益々大きくなり、新聞にも取り上げられる様になる。
そして批判の矛先は、巨大な権力を占有しながら、事態を解決出来ない魔導師会に向いた。
市民同士の衝突も増え、些細な喧嘩や軽犯罪にも銃器や魔導機が持ち出されては、
重大事件に変貌した。
どこかで銃器や魔導機を違法に流通させている、個人、又は組織がある……。
魔導師会は、それ等の出所の調査を始めた。
特に魔導機の取扱が可能なのは、魔導師会の関連組織だけの筈である。
もし、身内に裏切り者が居るのだとしたら……。

307 :創る名無しに見る名無し:2017/03/01(水) 19:31:02.59 ID:oZvUo5Of.net
法務執行部は魔導機の密造、又は横流しを疑い、捜査を始めた。
押収された魔導機の内、数点は明らかに魔法道具協会が量産している物の模造だった。
作製元を示す刻印は無く、故に横流しの可能性は低いと思われているが、奇妙な事が幾つかある。
一つは、刻印が無い以外は、全く正規品と変わらない事。
刻印は部品製造の段階で、既に付いている物であり、後から取り外せば必ず痕跡が残る。
そうなる様に作ってある。
だから、横流しは出来ない筈なのだが……。
設計図が流出したとして、では、どこで密造すると言うのだろうか?
正規品と全く変わらない部品を作れるのか?
魔導機の正規品は、貴重な金属や、特殊な部品が使われている。
それ等の出元は全て魔導師会が押さえている筈なのだ。
どこかで正規品を入手し、分解して構造を把握したとしても、部品の量産は不可能。
所が、現実には多くの不正品が押収されている。

308 :創る名無しに見る名無し:2017/03/02(木) 19:23:42.30 ID:YaTpC0ff.net
魔導師会は治安を預かる者として、外道魔法使いに警戒すると同時に、共通魔法社会の混乱や、
不法にも対応しなければならなかった。
正しく内患外禍の様相。
ティナー魔導師会法務執行部は、魔導機の密造事件にまで多くの人員を割く余裕が無く、
外部からの応援を頼った。
グラマー地方にある魔導師会本部は、これに応えて統合刑事部を送り込む事を決定。
更に、八導師親衛隊の内部調査班から2名が派遣された。
第一班長のジラ・アルベラ・レバルトと、同班員のジュディクス・ウィートロンド。
親衛隊員は皆、仮の身分を持っており、ジラは相談室長、ジュディクスは魔法道具協会の連絡係。
2人は普段の所属こそ違う物の、同じ班のメンバーなので面識がある。
緊急時にはジラがジュディクスに指示をする立場だ。
ジュディクスは今回の件で班長が同行する事を、意外に思っていた。
ティナー地方へ向かう鉄道馬車の中で、彼女は問い掛ける。

 「班長にも派遣命令が?」

通常、事件に派遣される親衛隊員は1人だけである。
今回は法務執行部と魔法道具協会の、2つの組織を監視しなければならないので、
2人が派遣される事は不思議ではない。
しかし、班長が出向く事は滅多に無いのだ。

 「いいえ、自分から申し出たの。
  過去に類似した事件があってね」

そう答えるジラの目付きは険しかった。

309 :創る名無しに見る名無し:2017/03/02(木) 19:26:56.61 ID:YaTpC0ff.net
ジュディクスは驚きを露に尋ねる。

 「類似した事件とは……?」

 「魔法道具協会に行く貴女には、教えておく必要があるわね。
  これ、資料」

ジラは肩に掛けたバッグの中から分厚いファイルを取り出し、ジュディクスに渡した。

 「お、多いですね……」

戸惑う彼女に、ジラは告げる。

 「それ、部外秘だから。
  他人に見せたり、紛失したりしない様に」

 「は、はい……。
  で、でも、持ち出しちゃって良いんですか?
  部外秘なのに……」

ジュディクスは俄かに緊張を面(おもて)に表して、畏まった。

 「そうね、管理には十分気を付けて頂戴。
  全部に目を通して、どんな事件だったか、把握しておいて」

 「は、はぁ……」

上の空で、機密文書の重量に呆然としている彼女を、ジラは注意する。

 「呆っとしてないで。
  早く仕舞って。
  確認は人目に付かない所で」

 「あ、はい!」

責任の重さを痛感し、ジュディクスは兢々として、その日を過ごしたのだった。

310 :創る名無しに見る名無し:2017/03/02(木) 19:28:48.56 ID:YaTpC0ff.net
ファイルの表には何も書かれていなかったが、中表紙を捲ると贋金事件の見出しがあり、
その内容は以下の様な物だった。
12年前、本物と全く見分けの付かない偽造MGが流通している事実が発覚し、
魔導師会は威信を懸けて、全国規模の捜査を始めた。
MG貨幣は素材も製造方法も特殊であり、更に魔法暦500年を記念して新規流通MGは、
全て新しいデザインに切り替えられており、偽造不可能と思われていた。
所が、この新造MGが偽造された事で、魔導師会は情報漏洩を疑った。
そこで親衛隊の出番が来たのである。
親衛隊内部調査班は総掛かりで、MG貨幣偽造事件の解決に取り組んだ。
MGの製造を担っているのは、グラマー地方にある魔導師会本部の魔法道具協会造幣局である。
本格的な調査の結果、退職済みの元造幣局職員が製造方法を漏洩させていたと判明。
在職時に新デザイン貨幣の試作に関わっていた物の、試作の最終段階で退職していた為、
容疑者の候補から外れていた。
ここからティナー地方に拠点を持っていた、通貨偽造組織の存在が明らかになる。
この組織は、廃棄物回収業者を通して、MGの製造に必要な素材を集めていた。
贋金造りは砂金を掻き集めて、金塊を作るが如き地道さで、とても単体では利益にならない物だった。
本物に近い精巧な偽物を提示し、精度の低い偽物を混ぜて売り捌く事が、組織の真の目的。
長期的な利益を得る事は眼中に無く、別の不法組織に贋金を売り付けて、本体は雲隠れ。
勿論、精度の低い物は直ぐに見破られ、残った精巧な偽物だけが、流通し続けたと言うのが、
事件の真相だった。
しかし、偽造に関わっていた不法組織は解体済みで、元造幣局職員は行方不明。
魔導師会は元組織のメンバー数人を拘束して、事件の幕引きとする他に無かった。

311 :創る名無しに見る名無し:2017/03/03(金) 19:23:31.75 ID:PZ2jEZbL.net
ティナー魔法道具協会本館に着いたジュディクスは、表向きの身分――本部から派遣された、
「臨時調査員」を名乗って、魔法道具協会会長に面会した。
老婆の会長は意外そうな目で、彼女を見る。

 「グラマーの協会本部から……。
  貴女みたいな若い子が……」

 「そんなに若くも無いですけど」

ジュディクスが眉を顰めると、会長は小さく笑った。

 「あら、御免なさい。
  私の許可が欲しいんだったわね。
  はい、これ」

彼女は手早く1枚の紙に署名と捺印をし、ジュディクスに渡す。

 「有り難う御座います」

ジュディクスが丁重に受け取ると、会長は一言付け加えた。

 「私達は無実を信じているわ。
  どうか真相を解き明かして頂戴」

 「……はい」

会長の言葉の重味を犇々と感じ、ジュディクスは身が引き締まる思いだった。

312 :創る名無しに見る名無し:2017/03/03(金) 19:24:28.23 ID:PZ2jEZbL.net
早速、彼女は聞き込みを開始する。
先ずは物流管理部門から。
ジュディクスが訪ねると、今回の事件の対応担当者が応じた。

 「魔導機の売買記録に不審な点はありませんでしたか?」

 「特に見当たりませんでした」

 「遺失、紛失、盗難等の届出の記録は?」

 「こちらに纏めてあります。
  しかし、押収された物とは無関係でした」

 「廃棄物管理票は?」

 「問題が無い事は確認済みです。
  10年程前から厳しくしています」

 「他に何か……」

 「お疑いになるのでしたら、どうぞ御自分の目で御確認を。
  資料は揃えてありますので」

山と積まれた資料に、ジュディクスは閉口する。
これも仕事だと気合を入れ、一つ一つ確認したが、問題となる所は無い。
横流しの疑いは無さそうだった。

313 :創る名無しに見る名無し:2017/03/03(金) 19:25:49.83 ID:PZ2jEZbL.net
彼女は改めて、担当者に尋ねる。

 「ここ以外で問題があるとしたら、どこだと思いますか?」

 「どう言う意味ですか?」

担当者の目付きが険しくなった。
ジュディクスは誤解を避ける為、丁寧に説明し直す。

 「『ここでは』不正は無かった。
  でも、どこかに問題があるから、魔導機が密造されている。
  どこだと思いますか?
  貴方の推理を聞かせて下さい」

 「知りませんよ。
  そんなのは私の仕事ではありません」

連れ無く外方を向かれても、ジュディクスは黙って凝視し続けた。
約1点後、担当者は根負けした様に言う。

 「帳簿で判るのは、金と物の出入りだけです。
  末端の魔法道具店が、正当な取引と見せ掛けて、悪い商売をしていた可能性は否定出来ません。
  それでも執行者の追及から逃れられるとは思いませんが……」

その言い分に、ジュディクスは内心で同意した。
「正当な取引と見せ掛ける」とは、金と物の出入りは正しいが、売った相手が悪いと言う事だ。
だが、執行者に嘘や隠し事は通じない。

 「後は――」

 「後は?」

担当者が点(ぽつ)りと漏らした言葉を、ジュディクスは耳聡く拾った。

314 :創る名無しに見る名無し:2017/03/04(土) 20:50:55.78 ID:M8X34Xlj.net
担当者は参ったなと言う顔をして、自分の考えを述べる。

 「魔法技術士会……。
  魔導機の製造、開発の大元は、そこでしょう?
  私達(魔法道具協会)は、量産と売買を手掛けているに過ぎないので……」

 「技術士会ですか……。
  有り難う御座いました」

一つ手掛かりを得たジュディクスは、担当者に礼を言って、物流管理部門を後にした。
次に彼女が向かったのは、魔導機の量産を行っている生産工場。
ティナー市内には5つの魔導機の生産工場があり、ティナー魔法道具協会本館内に、
その1つがある。
ここでも執行者の調査に対応する担当者が置かれていた。
担当者はジュディクスを、不審の目で見る。

 「はぁ、本部からの人ですか……」

 「何か?」

 「いえ、何でも……。
  それで御用は?」

ジュディクスは不快感を隠して、用件を伝えた。

 「魔導機の製造現場を見学させて下さい」

 「……まあ、良いですけど」

先から担当者の態度は地味に反抗的だ。
物言いた気な素振りを見せては、思い止まり溜め息を吐く。

315 :創る名無しに見る名無し:2017/03/04(土) 20:52:46.72 ID:M8X34Xlj.net
執行者が訪れた時に、何かあったのだろうかと、ジュディクスは想像した。
担当者は部品の製造ラインに、彼女を通す。
溶けた鉄が型に流し込まれ、成型機で圧縮されると、一瞬の内に部品が完成して、ラインに並ぶ。
これは銃型魔導機の銃身成型機だ。
担当者は、その内の1つを手に取って、ジュディクスに見せた。

 「これ、よく見て下さい」

そう言って指差した所には、既に魔導師会の刻印がある。

 「押収された物には、刻印が無かったんでしたよね」

 「ええ」

 「――ってぇ事は、このラインで造られた物ではない訳です。
  他の生産工場でも同じです。
  後で削っても、魔法で調べれば判りますからね」

 「そうですね……」

ジュディクスは頷く事しか出来ない。

 「では、お引き取り下さい」

 「えっ、いや、待って下さい。
  未だ色々聞きたい事があるんですよ」

担当者が早々に話を打ち切ろうとしたので、彼女は慌てて食い下がる。

316 :創る名無しに見る名無し:2017/03/04(土) 20:54:19.63 ID:M8X34Xlj.net
担当者は如何にも面倒そうな顔で言った。

 「何ですか?」

その態度は、どうにかならない物かとジュディクスは眉を顰める。

 「……余り非協力的だと、その旨を報告しなければならなくなりますよ」

 「どこが非協力的だって言うんですか?
  こうして貴女の要求に応えているじゃありませんか」

確かに、担当者はジュディクスの依頼を断ったり、無視したりはしていない。
口の回る相手に、彼女は言い負かされて黙り込む。

 「言い掛かりは止して貰いたいですね。
  それで、聞きたい事と言うのは?」

嫌な奴だとジュディクスは内心で毒吐きながら、話を続けた。

 「ここでも他でも無いなら、どこで造られたと思いますか?」

 「そんな事、知りませんよ」

膠も無く言い切る担当者に、彼女は更に尋ねる。

 「全く想像も付きませんか?」

317 :創る名無しに見る名無し:2017/03/05(日) 19:28:21.75 ID:pYdbVx4y.net
暫しの沈黙後、担当者は視線を反らして零した。

 「技術士会……」

 「技術士会なら造れますか?」

 「刻印があるのは、大きな部品だけですから……。
  細かい部品とは別に、フレーム部分だけでも造れる技術があれば……」

物流管理部門の担当者も、技術士会に疑いを持っていた。
それは確信があっての事だろうか、それとも責任を他の部署に押し付けたいだけなのか?

 「本当に技術士会が怪しいと?」

 「そう言う訳では……。
  但、ここ以外で可能性があるなら、そこだろうと……」

ジュディクスは苦笑いする担当者の顔を見詰め、別の質問をする。

 「一般市民が自衛の為に魔導機を持つ事を、どう思いますか?」

 「えっ……?」

担当者の顔には動揺が表れていた。
魔導師に嘘は通じない。
誤魔化して逃げる事も出来ない。

 「答えて下さい」

ジュディクスの静かな気迫に圧され、担当者は小声で答える。

 「世情が世情ですから……、多少は認めても良いのではないかと」

318 :創る名無しに見る名無し:2017/03/05(日) 19:30:32.74 ID:pYdbVx4y.net
 「御協力、有り難う御座いました」

意味深な数極の間を置いて、彼女は礼を言った。
職員の思想は重要である。
市民に魔導機を持たせるべきか、そうでないか……。
自衛の為には魔導機を持つべきだと言う考えが、組織全体に蔓延しているとなれば、
それは由々しき事態。
魔導師会として決定権を持つのは、運営部のみなのだ。
今の所、八導師も運営委員会も、市民に無闇に魔導機を持たせるべきだとは考えていない。
魔導師会の制度上、改革には時間が掛かるので、今直ぐ市民に魔導機が行き渡る決定が、
下される事は無いと言って良いだろう。
自己防衛論者にとっては、その点が歯痒く、だからこそ魔導機の横流しが疑われる……。
各部門を回って情報収集したジュディクスは、再び会長室に戻った。

 「あら、未だ何か御用?」

会長に問われたジュディクスは、単刀直入に尋ねる。

 「はい、お尋ねしたい事があります。
  ティナーの魔法道具協会内で、自己防衛論に賛同している魔導師は、どの程度居るでしょうか?」

会長は目を見開いて、静かに驚いた。

 「……今回の事件と関係があるの?」

 「直接の関係は無いかも知れません。
  しかし、私の仕事には関係があります」

 「本部は組織内での自己防衛論の拡大を懸念しているのね?
  でも……御免なさい、分からないわ。
  身の回りで耳にした事は無いし、特に注意も宣伝もしていないから」

会長は神妙な面持ちで理解を示し、正直に告白する。

319 :創る名無しに見る名無し:2017/03/05(日) 19:31:47.37 ID:pYdbVx4y.net
幾ら「会長」と言っても、職員一人一人の思想までは把握していない。
魔法道具協会は、魔導師の心得や職務上の倫理規定以外に、思想教育は施していない。
職員の間で自己防衛論が拡がっていたとしても、それは個々人の思想で、咎められる物ではない。
だが、事件に関連しているとなれば、話は別だ。
金銭的な利益が無くとも、思想信条の為に、法を犯す事はあり得る。

 「アンケートで意識調査でもしようかしらね」

会長の独り言に、ジュディクスは暫し沈黙した。

 「……今直ぐ、アンケートをして良い物か……。
  先ず事件との関連を疑われますよね?
  その気が無い者にも自己防衛論を意識させる事になり、議論を呼ぶかも知れません。
  しかし、把握せずに過ごす訳にも行きませんし……。
  アンケートの件は『上』に掛け合うか、幹部会で相談するかした方が良いと思います」

親衛隊とは言え、一隊員に過ぎない彼女に、大きな決定を下す権限は無い。

 「ああ、貴女に言った訳じゃないから……」

ジュディクスが真剣に答えたので、会長は苦笑した。
ジュディクスは表向きは「本部から派遣された調査員」で、親衛隊員の身分は明かしていない。
出過ぎた真似をした事に、赤くなって俯くジュディクス。
会長は優しく気遣いの言葉を掛ける。

 「でも、意見は参考にさせて貰うわ。
  有り難う」

320 :創る名無しに見る名無し:2017/03/06(月) 19:35:56.50 ID:HFqEI2Ml.net
その日の夜、ティナー魔導師会本部の迎賓館の談話室で、ジュディクスは班長のジラと、
もう一人の親衛隊員ヴァリアンと3人で、それぞれの成果を報告し合った。
魔導師会本部の迎賓館は、本来外客を持て成す為の物だが、今回は特別に宿泊場所として、
指定されている。
魔導師会外からの賓客が滅多に居ないと言う事もあるが、何より親衛隊の任務の性質から、
機密保持を考えての事だ。
ヴァリアンはジュディクス達とは別班の男性親衛隊員である。
彼の任務は、自己防衛論者の監視。
一般人を装って内部に潜入し、その動向に怪しい所が無いか探っている。
最初にジラが刑事部の内情を報告した。

 「刑事部は自己防衛論者から、魔導機所持者への働き掛けがあったと考えているみたい。
  市民に魔導機を持たせ、武装の既成事実化を目論んでいると、睨んでいるらしいの。
  今の所、魔導師会内部に捜査の手を入れる積もりは無い様ね。
  勿論、想定はしているんだろうけれど、今は外部から証拠を押さえる事を優先している」

次に、ジュディクスが報告する。

 「魔法道具協会内から、魔導機が流出した可能性は低そうです。
  但し、末端の魔法道具店の不正までは把握し切れないとの事。
  それと魔導機の開発を行っている、技術士会を疑う声がありました。
  自己防衛論に関しては……。
  協会内では積極的な賛同は示さないまでも、幾らかの自衛は認めても良いと言った、
  控え目な容認の発言が聞かれました。
  だからと言って、魔導機を不法に売ったり、引き渡したりするとは思えませんが……」

321 :創る名無しに見る名無し:2017/03/06(月) 19:38:33.95 ID:HFqEI2Ml.net
最後に、ヴァリアンが報告する。

 「私達は自己防衛論者の中で、3人の要注意人物をマークしています。
  1人は政治活動の中心人物、ガーディアン・ファタード。
  市政党『防護壁<バリア・ウォール>』の党首です。
  もう1人は自己防衛論者の団体活動を支援をしている、アドマイアー・パリンジャー。
  元は投資家でしたが、中小企業を買収し、PGグループと言う小規模な財閥を結成しました。
  防護壁の党員ではありませんが、自己防衛論者を金銭・物資の両面で幅広く支援しています。
  市政に関しては、反魔導師会的、独裁的な思想の持ち主です」

似姿と資料を提示しながら話す彼に、ジラは一度口を挟んだ。

 「そのアドマイアーと言うのは、危険人物?」

 「ええ、30年程前からマークされています。
  若い頃から魔導師会の権限は、全て市政の下にあるべきだと言う主張を繰り返しています。
  市政から魔導師会の影響を切り離そうと言う、健全な独立精神ではなく……。
  より巨大な権限を求めています」

市政と魔導師会は別に機能するべきだと言う意見は、古くからある。
現状は魔導師が多く市議に選ばれているが、市民は魔導師でない者にも目を向けるべきだ。
市議が魔導師である以上、市政は魔導師会の意向に逆らえない。
そうした主張である。
魔導師会も独立的な意見を認めて、市政に関与するべきでないと言う立場を取っている。
それでも度々、特定の魔導師「個人」への賄賂や利益誘導が問題となり、糾弾される。
だが、魔導師会を市政の下に置こうと言う話は殆ど無い。
魔法に関する法律を市政の自由にして良い物か、そこまでの信頼は政治家には無いのだ。
アドマイアーの思想に賛同する者は、現状は少数と言える。
しかし、自己防衛論の拡大はアドマイアーにとって都合が好い。

322 :創る名無しに見る名無し:2017/03/06(月) 19:41:08.00 ID:HFqEI2Ml.net
ジラの問いに答えたヴァリアンは、報告を続ける。

 「最後の1人は、フィリオン・ワイダーミック・サーガシティス。
  ガーディアンとアドマイアー、それぞれに通じている人物です。
  職業不詳ですが、自己防衛論者の集会に頻繁に出入りしています。
  防護壁の党員でも、PGグループの役員でもありませんし、表舞台にも立ちません……が、
  不法行為に関わっているとなれば、こいつが一番怪しいと私達は睨んでいます」

ジラが又も口を挟んだ。

 「根拠は?」

 「どの組織にも属さず、社会的な地位も高くないのに、主要な2人との接触が多いのです。
  ガーディアンとアドマイアーの仲介者と言う風でもありません。
  自己防衛論を主張する市民団体のリーダーでもない……。
  役割が全く不明なのです。
  それなのに嫌にガーディアンとアドマイアーに重視されている。
  旧友だとか、恩人だとか、そんな情報もありません」

傍で話を聞いていたジュディクスは頷いた。

 「それは確かに、怪しいですね……」

ヴァリアンは神妙な声で、2人に言う。

 「自己防衛論の拡大には、魔導師会を転覆させようと言う、暗い執念を感じます。
  思想的にはアドマイアーの意に沿った物の様ですが……。
  多くの市民は、そこまで考えてはいないでしょう。
  ガーディアンもアドマイアーの思想とは一定の距離を置いています。
  こいつは市議に当選するのに必要な、票数目当ての小物に過ぎません。
  大した思想も信念も無く、その時々で威勢の良い事を言うだけの変節漢です」

323 :創る名無しに見る名無し:2017/03/07(火) 19:29:28.77 ID:WcL1jj1d.net
ジュディクスはヴァリアンの口振りに、疑問を抱いた。

 「ヴァリアンさんは、アドマイアーが主犯だと考えているんですか?」

彼は首を横に振る。

 「厳密には違います。
  アドマイアーは最終的には、魔導師会を市政の下に置く事を目指しています。
  しかし、ガーディアンにとって、アドマイアーは単なる支援者に過ぎません。
  ガーディアンを傀儡にしていると言える程、2人の間に明確な上下関係は無いのです。
  だから、幾らガーディアンが支持を集めても、アドマイアーの野望は達成し得ない。
  アドマイアーは孤独なのです。
  PGグループの中でも、心から彼の思想に賛同している人間は少ない。
  PGグループ自体、そう大きな権力や経済力を持っている訳ではありません。
  時期尚早と言うか……。
  アドマイアーは不相応に自己防衛論の拡大に、前倒(のめ)りになっていると感じます。
  その背を押しているのが――」

 「フィリオンだと?」

ジラの問い掛けに、ヴァリアンは頷いた。

 「はい。
  フィリオンはアドマイアーを焚き付け、ガーディアンに何事かを吹き込んで、
  混乱の拡大を狙っている……。
  現在唱えられている自己防衛論は、アドマイアーの思想の本質とは程遠い物です。
  魔導師会の弱体化には役立ちますが……。
  その先にアドマイアーの真の目的があるにしても、一度市民に武器が広まったら、
  益々彼の目指す『独裁』から遠ざかる事を、理解していないとは思えません」

自己防衛論を利用して、社会に混乱を齎そうとする者がある。
それがフィリオンで、ガーディアンもアドマイアーも彼に利用されているに過ぎないと、
ヴァリアンは考えていた。

324 :創る名無しに見る名無し:2017/03/07(火) 19:30:49.16 ID:WcL1jj1d.net
話から一拍置いて、ジラは鋭い目付きになり、ヴァリアンに尋ねる。

 「アドマイアーの思想に就いて、具体的に教えて貰える?」

彼は気圧された風に、少し吃音(ども)って答えた。

 「え、ええ……。
  アドマイアーの理想は、『帝王政治<インペリアリズム>』です。
  強大な指導力を持った人物が、政治、経済、文化、人民、全てを動かすべきだと言う……。
  しかし、アドマイアー自身が帝王になるのとは、又少し違う様です。
  どうも後の時代に生まれる帝王に相応しい人物の為の、下地作りと言うか……」

 「少なくとも、『今』、急ぐ必要は無さそうね。
  この混乱した情勢で、自分が帝王になる訳ではない、ガーディアンも帝王には相応しくない、
  他に帝王に成るべき人物が居る訳でもない……。
  帝王の居ない帝政なんて恐ろしいわ」

ジラの意見に、ヴァリアンは頷いて同意する。

 「そうなんですよ。
  但、アドマイアーは魔導師会を目障りだと思っているので……。
  彼の目指す帝政に、帝王に従わない組織は不要ですから。
  現状が完全に彼の意に沿わない形なのかと言うと、それも違います」

 「フィリオンの関与は確定しているの?」

 「いえ、そう言う訳ではありません。
  ガーディアンもアドマイアーも不法行為に手を染めている様子は無く、現時点で最も疑わしいのが、
  フィリオンと言うだけですので。
  容疑が明確なら、疾うに執行者が動いています」

 「それでも確信はあるのよね?」

 「はい。
  そう遠くない内に、尻尾を掴んで見せます」

ヴァリアンは固く決意を表明した。

325 :創る名無しに見る名無し:2017/03/07(火) 19:33:48.01 ID:WcL1jj1d.net
更に一拍置いて、ジラは問い掛ける。

 「自己防衛論者の集会に、他の魔導師が現れた事は?」

 「ありました。
  法務執行部の潜入調査員を除いて、臭いと感じたのが数名」

 「どんな様子だった?
  熱心な支持者だったりする?」

 「比較的主張の激しくない、幾つかの集団に現れ、フィリオンと接触していました。
  表向きは、『物見に来た』風を装っていましたが……」

 「それは誰?
  法務執行部も把握しているの?」

ヴァリアンは再び似姿と資料を提示する。

 「はい。
  魔導師会員会の者で、他部署と直接の関係はありませんが……。
  2名、ソルート・コンダック・ライヴァー・レッドバークとトリンカント・グラルド・ゴーバル」

 「有り難う。
  そちらから、私達に聞きたい事は?」

一通り話を聞いたジラは、今度はヴァリアンに聞きたい事が無いか尋ねた。
彼はジラとジュディクスを見詰めながら、暫し沈黙した後に言う。

 「……魔導機の製造に関わっていた者の、退職者は洗っていますか?」

視線を向けられ、ジュディクスが答える。

 「いいえ、未だ」

 「そうですか……。
  退職者の名簿を入手して貰えると有り難いです。
  それと技術士会の方も調べて下さい。
  後は……、ソルートとトリンカントに誰か接触していないか」

 「解りました」

ヴァリアンの依頼を、ジュディクスは緊張した面持ちで引き受けた。

326 :創る名無しに見る名無し:2017/03/08(水) 19:27:48.14 ID:cMYhMLBM.net
ジラは更にヴァリアンに尋ねる。

 「私の方(法務執行部)には?」

 「そうですね……。
  一応、備品管理に穴が無いか調べて下さい。
  有り得ないとは思いますが、ソルートとトリンカントが備品管理課の誰かと接触している可能性を、
  端(ハナ)から切って捨てる訳には行かないので……。
  この似姿を聞き込みに使って下さい。
  ガーディアンとアドマイアーとフィリオンのも一応」

彼はジラとジュディクスに、それぞれ5枚ずつ似姿を配った。

 「了解。
  ……ジュディクスも聞きたい事があったら」

最後にジラはジュディクスに話を振った。
数極思案して、特に思い付かなかったジュディクスは、首を横に振る。

 「今は、ありません」

 「では、これで終わりましょう」

ジラが話を締めると、ヴァリアンは深く礼をし、一足先に退出した。
長い話が終わり、ジュディクスは疲れから呆っとする。
ジラが彼女を気遣う。

 「大丈夫?」

 「え、ええ、はい。
  ……凄く濃い話を聞いてしまったので……」

反魔導師会的な人物の存在、それを取り巻く人々、そして社会の変化。
今までの生活とは掛け離れた話に、ジュディクスは眩暈を覚えた。

327 :創る名無しに見る名無し:2017/03/08(水) 19:29:16.41 ID:cMYhMLBM.net
その不安を彼女は正直に吐露する。

 「ジラさん、私、怖いです……。
  こんな時だからこそ皆で団結しないと行けないのに、他人の不幸を踏み台にして、
  伸し上がろうとしてる人達が居る……」

 「人間、そんな物よ。
  皆が清く正しく生きられるなら、執行者も親衛隊も要らないわ。
  魔導師会にだって、どんな悪人が潜んでいるか……」

ジラが真面目な顔で言うので、ジュディクスは益々恐ろしくなった。

 「お、脅さないで下さい」

 「私達は『内部調査班』。
  同じ魔導師、味方だからと言って、不正に目を瞑ったり、情に流されたりしない様に」

ジラの忠告に、ジュディクスは沈黙する。
これが初任務と言う訳ではないが、新人の彼女は自分の置かれた状況に震えた。
余りの不安感に吐き気が込み上げる。

 「……気分が悪いです」

口元を押さえたジュディクスを、ジラが気遣う。

 「無理に気負ったり、過剰に恐れたりする必要は無いわ。
  自分の仕事だけを考えていれば良い。
  何も死ぬ様な危険に晒される訳じゃないんだから。
  ヴァリアン君みたいに外部組織に潜入するのに比べたら安全よ」

328 :創る名無しに見る名無し:2017/03/08(水) 19:29:48.39 ID:cMYhMLBM.net
その口調は穏やかで優しく、諭す様であった。

 「済みません、腑甲斐無くて」

意識の甘さを認めて益々落ち込むジュディクスに、ジラは慰めの言葉を掛ける。

 「良いのよ、貴女は未だ若いんだから」

だが、三十路が近いのに「若い」と言われても、ジュディクスは納得し兼ねる。

 「若いって……」

若いと言う事は、即ち未熟と言う事。
「魔導師」に成り立ての20代前半なら彼女自身も肯けるが、自分は既に仕事に慣れた、
立派な社会人であると言う自負がある。
暗い顔をする彼女に、ジラは明るく言った。

 「30なんて若い若い。
  親衛隊に勧誘されるのは、早くて20半端から。
  40、50でも対象になるのよ。
  入って1、2年は誰でも新人!」

 「は、はい……」

元気の無い返事をするジュディクスを見て、ジラは少し声を落とす。

 「御免なさいね。
  時世が時世だから。
  こんなに外道魔法使いの動きが活発になったのは、初めての事。
  貴女にも早く、多くの経験を積んで欲しい」

 「御期待に副える様に頑張ります……」

しかし、期待は重圧となって、益々ジュディクスの気分を重くするのだった。

329 :創る名無しに見る名無し:2017/03/09(木) 20:01:36.55 ID:MdIO7OQM.net
その晩、ジュディクスは慣れない豪華な個室で、眠れぬ夜を過ごした。
幾ら考えたり悩んだりした所で、どう仕様も無い事は解っている。
それでも恐怖や不安が拭えない。
魔導師会を取り巻く状況は悪く、本当に打倒されてしまうのではと、嫌な想像が働く。
そうした想像が実際は、過剰な懸念である事を、彼女は理解していなかった。
ジラもヴァリアンも自己防衛論の拡大で魔導師会が倒されるとは、全く考えていない。
自己防衛論者は拡大しているが、大勢を占めるには程遠い。
順調に拡大を続けたとしても、全市民の2割に届くか届かないかと言う所だ。
市民が武器を持つ事で、より治安が悪化すれば、その要求は間違っていた事になる。
一部の人間の一時の僅かな安心の為に、社会全体の治安を悪化させてはならないと、
多くの魔導師や知識人は考えている。
仮に、自衛の為の魔導機が市民に広まった所で、魔導師会の影響力は落ちない。
魔導機の所持を認めるのも、「その後」を決めるのも魔導師会なのだから。
規制を緩和するも強化するも、全ては魔導師会次第。
市民に魔導機を持たせれば、逆に市政の権威が落ちる事まであり得る。
始まりが市民からの要求とは言え、魔導師会が市民の武装を認めた事で問題が起これば、
当然魔導師会も責任を追及されるだろう。
だが、その時は武装に賛成した委員の首を切れば良い。
全委員が市民の武装を認める事は、先ず無い。
その位の知恵を働かせる政治力は持っている。
だからこそ、ヴァリアンはアドマイアーの行動を「前倒り」と評したのだ。

330 :創る名無しに見る名無し:2017/03/09(木) 20:04:56.06 ID:MdIO7OQM.net
翌朝、ジュディクスは東南東の時まで寝過ごして、ジラに起こされた。

 「貴女が寝坊するとはね。
  もしかして、具合悪い?」

 「何だか不安で……」

 「病院行く?」

 「大丈夫です」

ジラに心配されたジュディクスは、気を張って答える。
本音では気乗りしなかったが、だからと言って休む事は許されない。
親衛隊としての使命があるのだ。
魔法道具協会本館に赴いたジュディクスは、総務課で魔導機の製造・修理に関わっていた人物の、
退職者名簿を入手。
更に各部署で、ソルートとトリンカントと交流のある人物を探した。
しかし、残念ながらと言うか、幸いと言うか、2人と面識のある人物こそ居た物の、深い関係には無く、
何かを預けたり渡したりと言った遣り取りも確認出来なかった。
上記の事を一通り終えると、時刻は既に西の時。
既に帰宅した者や、休みを取っている者には、翌日に聴取せざるを得ない。
夜勤の者への聞き込みは出来るので、彼女は西北西の時まで居残った。

331 :創る名無しに見る名無し:2017/03/09(木) 20:06:48.09 ID:MdIO7OQM.net
その夜、再びジラとジュディクスは迎賓館の談話室で、互いの情報を交換し合う。
今夜はヴァリアンは居なかった。

 「ヴァリアンさんは?」

ジュディクスの疑問に、ジラが答える。

 「彼は任務があるから。
  毎日顔を合わせる訳には行かないわ」

 「……名簿、どうしましょう?」

 「私から渡しとく」

 「分かりました、お願いします」

ジュディクスが退職者名簿を差し出すと、ジラは受け取りつつ尋ねる。

 「今日の調査で、何か分かった事は?」

 「いいえ、何も……。
  ソルートとトリンカントを知っている人は居ましたが、特に深い付き合いと言う訳では無く、
  最近会ったと言う事も無いと……」

困り顔で答えたジュディクスを、ジラは諭した。

 「関係無いと言う事が判ったのは、大きな収穫よ。
  内通者が居ないのなら、それに越した事は無いわ」

 「でも、犯人は……」

332 :創る名無しに見る名無し:2017/03/10(金) 19:41:00.30 ID:UyMvLAC0.net
抗弁するジュディクスに、ジラは告げる。

 「犯人逮捕は執行者の仕事。
  私達は組織内に不審な点が無いか調べるだけ」

それで良いのだろうかと、ジュディクスは晴れない気持ちで俯いた。
ジラの言い分は解るのだが、反魔導師会的な思想の持ち主が関与していると言う話を聞いた後では、
どうも落ち着かない。

 「未だ全員に話を聞いた訳ではないので、道具協会が完全に潔白か否かは判りません。
  明日は早朝から、残りの人に聞き込みをしたいと思います。
  それと、技術士会の方ですが……」

 「どうかした?」

 「いえ、私には調査権限が無いので……」

ジュディクスの表向きの身分は飽くまで、「魔法道具協会本部から派遣された臨時調査員」だ。
管轄の異なる組織である、共通魔法技術士会を調査する事は出来ない。

 「ああ、その件なら私に任せて。
  取り敢えず、魔法道具協会の方を片付けて頂戴」

 「はい」

 「私の方も、ソルートとトリンカントに接触した人物は無かったわ。
  執行者は密造魔導機の入手経路の特定に苦労しているみたい。
  キャトラスカルが絡んでいるって」

 「執行者でも解決出来ないんですか……?」

 「時間の問題だと思うけどね」

ジラが楽観的なので、ジュディクスは益々心配になる。
本当に、この事件は解決されるのだろうか……。

333 :創る名無しに見る名無し:2017/03/10(金) 19:43:06.85 ID:UyMvLAC0.net
調査3日目。
ジュディクスは東北東の時から、魔法道具協会本館で聞き込みを始めた。
しかし、相変わらず成果は無し。
誰も彼も影に迫る脅威も知らないで、淡々と日常の業務を熟している。

 (……魔法道具協会は潔白と言う事?
  本当に、そうなら良いけど)

彼女は自分の調査に疑いを持っていた。
密造への組織的な関与は考え難いが、個人の背任はあり得る。
地方協会本部を調べるだけでは、不十分なのではないか?
各地方支部の情報は、地方本部へと上がっている。
内部監査員や監査の方法、報告書等に不審な点は無かったが……。
では、他地方から情報が漏洩した可能性は無いのか?
模造品はティナー地方で発見されたが、他地方で密造されたかも知れない。
そうした点を本部が失念している事は無いだろう。
各地方にも監査の通達が出ているだろうし、膝下で事件が起きたティナーを第一に疑うのは、
何も間違ってはいない。
加えて、密造事件への関与が疑われている自己防衛論者は、ティナー市で最も活発なのだ。
地方本部の潔白が証明されなければ、その後の捜査も覚束無い。
ジュディクスは自分を納得させながら、迎賓館に戻った。

334 :創る名無しに見る名無し:2017/03/10(金) 19:48:31.42 ID:UyMvLAC0.net
その晩も、ジラとジュディクスは互いの情報を交換し合った。
お互いに成果無しと言う事で簡単に終わってしまったが……。
ジラはジュディクスに提案する。

 「明日は2人で技術士会に行ってみようか?
  ジュディの方は粗方調べ終わったんでしょう?」

 「ジラさんは良いんですか?」

執行者の捜査は未だ継続中である。
執行者が事件の捜査を終えるまで、ジラの仕事は終わらない。
途中で監査を外れて大丈夫なのかと、ジュディクスは疑問に思った。

 「私は技術士会の会長に挨拶だけして、戻るから。
  調査の方はジュディ、頑張って」

 「私が……1人で?」

不安がる彼女に、ジラは言う。

 「要領は道具協会と一緒だから。
  問題があったら、教えて頂戴。
  あ、それと魔法道具協会の調査報告書は作成してる?」

 「いえ、未だ……」

 「日々の調査の予定と結果は記録してるよね?」

 「はい」

 「毎日少しずつ、早い内に纏めといた方が楽だよ。
  じゃあ、明日は一緒に技術士会に行こう」

 「はい」

この時、ジュディクスは半ば呆っとしていた。
新たに共通魔法技術士会で単独調査を始めなければならない事、調査報告書の作成、
魔法道具協会で遣り残した事が無いか、仕事と懸念に苛まれ、精神的に参っていた。

335 :創る名無しに見る名無し:2017/03/11(土) 20:34:20.46 ID:+3dZdyBb.net
何故ジラはジュディクスに、道具協会だけでなく技術士会の調査まで任せるのだろうか?
調査箇所が増えれば、責任も増す。
未熟なジュディクスは、見落としや手抜かりが恐ろしい。
魔導師会の危機に、「何時もの様に」対応するだけで良いとは思えない。
心落ち着かない彼女は、意を決してジラの寝室を訪ね、相談する事にした。

 「ジラさん、お話があります」

 「は〜い、なぁに?」

ジュディクスのノックに、ジラは間の抜けた声で答える。
余裕があるなと感じたジュディクスは、呆れと尊敬と苛立ちの混ざった、複雑な感情を抱いた。
表情が暗い彼女に気付いたジラは、取り敢えず室内に招き入れる。
迎賓館の客室は、どこも違いは無い筈だが、ジラの部屋には妙な温か味がある。

 「ここに座って」

ジラはベッドの上を指したが、ジュディクスは遠慮する。

 「い、いいえ、椅子に……」

 「気にしないで。
  肩の力を抜いて」

ジラは女友達に接する様な態度だった。
上司の私的な一面を見た気がして、ジュディクスは気恥ずかしくなる。

336 :創る名無しに見る名無し:2017/03/11(土) 20:35:12.74 ID:+3dZdyBb.net
結局ジュディクスはベッドの上に座らされた。
当のジラは椅子に座って、彼女と向き合う。

 「それで、お話って?」

狎れた調子のジラに、ジュディクスは表情を引き締めて言う。

 「いえ、個人的な事ではなく、仕事の話です」

 「熱心だねぇ」

呆れた様な、感心した様な、どちらとも取れる反応を見せるジラ。
ジュディクスは努めて真剣に尋ねた。

 「……ジラさんは今回の事件に就いて、どう思っていますか?」

 「どうって?」

ジラの様子は一向に変わらない。
雑談をするかの如き対応だ。

 「内通、背任、看過、その他の不法行為が、魔導師会に『あった』と、お考えですか?」

 「予断を持つのは良くないよ」

澄まし顔で正論を返され、ジュディクスは口を噤む。
暫し沈黙して考えた彼女は、改めて尋ねた。

 「可能性は高いと、お考えですか?
  それとも低いと?」

 「疑う姿勢は大事だけど、疑い過ぎて、見えない物まで見出す様になったら、本末転倒だよ。
  気になったら調べる。
  その結果が白でも黒でも灰色でも、その通りに受け止める」

337 :創る名無しに見る名無し:2017/03/11(土) 20:37:22.84 ID:+3dZdyBb.net
ジュディクスはジラの言葉が理解出来ない訳ではなかったが、素直に頷けない。

 「では、危険性は如何程だと判断していますか?」

 「危険性って何の?」

ジラの言い方に、惚けているのかとジュディクスは語気を強めた。

 「この事件です!」

 「貴女が言いたい事、私には今一つ解らない。
  仮に魔導師会の内部に問題があったとしても、個人的な背任行為に過ぎないんだよね?
  貴女の報告を聞いた限りでは、そんな感じだけど」

 「そうですけど、私が言いたいのは――」

 「自己防衛論者の事?」

ジラは先を制して、ジュディクスの言葉を遮る。
そして、更に続けた。

 「ヴァリアン君の報告では、自己防衛論に深く関わっている可能性がある魔導師は2人。
  魔導師会員会所属で、特に大きな役職を持っている訳でもない、極普通の人」

 「しかし、その2人を通じて……。
  誰か良くない企み事を……」

 「ジュディ、貴女は何を心配しているの?」

不安ばかりを募らせ、思っている事を上手く言葉に出来ないジュディクスに、ジラは改めて問う。

338 :創る名無しに見る名無し:2017/03/12(日) 19:37:15.06 ID:LrUGRIBc.net
ジュディクスは答えられず、沈黙した。
ジラは半点程待ってみたが、一向に話が進まないので、自ら口を利いた。

 「貴女の身に危険が及ぶ訳じゃない。
  地方魔導師会の本部で暴走する人は居ないし、何か起きたら逃げれば良い。
  深追いはしないで」

 「それは……、そうですけど……。
  魔導師会は大丈夫なんでしょうか?」

 「魔導師会が倒されるかも知れないって事?
  それとも魔導師を信用出来ないって事?」

 「……どっちもです」

深刻そうな顔をするジュディクスに、ジラも真面目に応える。

 「取り敢えず、魔法道具協会に疑わしい所は無かったんだよね?」

 「はい」

 「私が調べた、法務執行部にも怪しい所は無かった。
  ……それでも安心出来ないと。
  法務執行部と道具協会は白。
  そこで技術士会『も』白だと思うか、技術士会『が』黒だと思うか……。
  どこかで情報が漏れたなら、一つの白が確定すると言う事は、余所の黒の疑いが、
  濃くなる事を意味する……。
  成る程、成る程。
  ジュディは技術士会が怪しいと思っているんだ?」

当たり前の推理を述べた後、ジラはジュディクスに尋ねた。

 「断定はしていませんけど!
  ……残っているのは、そこしか無いじゃないですか……」

ジュディクスは否定したかったが、否定し切れない。

339 :創る名無しに見る名無し:2017/03/12(日) 19:38:15.45 ID:LrUGRIBc.net
ジラは眉を顰め、数極の間、どう彼女を説得した物か考えた。

 「本部から、他の人を呼ぼうか?」

 「えっ」

ジュディクスは目を見開いて、驚愕を露にする。

 「ジュディは表向き、道具協会本部からの出向だし。
  多少手間だけど、どうしても嫌なら、技術士会の親衛隊員を呼ぶよ?」

役立たずの烙印を押されたのかと、彼女は焦った。

 「そ、その場合、私は?」

 「お役御免だね。
  一足先に本部に帰って、報告書を纏めてて」

不服そうな顔をするジュディクスに、ジラは告げる。

 「魔法道具協会の調査は終わったんだし、過剰に責任を感じる必要は無いんだよ」

 「いや、いや、そうじゃなくって……。
  私が言いたいのは……」

彼女は魔導師会を信じたいが信じ切れない、不安定な精神状態にある。
魔導師は志高く、高潔で、組織の理念と理想に対する忠誠心を以って、固く結束している。
それが崩れようとしているのだ。
ここで調査から外されても、ジュディクスの心が落ち着く事は無いだろう。

340 :創る名無しに見る名無し:2017/03/12(日) 19:39:02.65 ID:LrUGRIBc.net
彼女がジラに聞きたかったのは、この先が見えない事件に就いての、ジラなりの知見だ。
それが正確か否かは問題ではない。
もし厳しい見方をしているなら、問題意識を共有出来た。
逆に、楽観的であれば、自らも深刻に捉えない様にも出来た。
頼れる物も無く、自分で判断する事は、大きな負担となるのだ。

 「調査が嫌な訳じゃないんです。
  唯……、推察でも構わないので、ジラさんの意見を教えて貰えないでしょうか?」

 「何回も言ってるけど、予断を持たない方が良いよ。
  ……これが私の考え」

 「本当に?」

疑いの眼差しを向けるジュディクスに、ジラは困った顔をして見せた。

 「貴女は元々道具協会の所属だったね。
  割り切るのは難しいか……。
  内調じゃなくて、他の班に転向してみる?」

 「そ、そんなに私には任せられませんか?」

先から転属を勧めるジラに、ジュディクスは動揺する。

 「任せられないって言うか……、性格的に、余り内部調査には向いてないんじゃないかなって。
  もっと気楽に構えてて良いのに」

341 :創る名無しに見る名無し:2017/03/13(月) 20:00:15.08 ID:IaHstkdw.net
「気楽に」と言われたジュディクスは、困惑を露にジラに尋ねた。

 「えぇ……、そんな……。
  道具協会出身だからって……。
  そう言うジラさんは親衛隊に入る前は、どこの所属だったんですか?」

 「私は執行者」

 「そ、そうだったんですか……。
  道理で、捜査には慣れているんですね……」

 「――と言っても、刑事部じゃなくて、治安維持部の補導員だったんだけどね」

ジュディクスは脱力して肩を落とし、改めてジラに尋ねる。

 「私の何が内部調査に不向きなんでしょうか……」

 「昨日も言ったと思うけど、私達が事件を解決する必要は無いの。
  調査で注目すべきは、個人よりも組織内の体制や空気の方。
  今回は偶々ヴァリアン君に、お願いされた『追加依頼』があるけど……。
  本来は、制度に抜け穴が無いか、隠蔽体質が蔓延していないか、そう言うのを見ないと」

 「は、はい。
  それは、確かに……」

未だ不服そうなジュディクスに、ジラは強く言い切った。

 「自己防衛論者の思惑とか、魔導師会の危機とか、一旦全部忘れて頂戴。
  言い方は悪いけど、余計な事を考えないで」

 「余計……」

 「そう、余計!
  余り無気力なのも困るけど、貴女の場合は深刻に受け止め過ぎ!」

 「でも、事実深刻なんでしょう……?」

 「そこで割り切れないのが、良くないと言ってるのに!」

ジラは怒りと呆れ半々で、頬を膨らませる。
ジュディクスは唯々申し訳無く、頭を垂れるばかり。

342 :創る名無しに見る名無し:2017/03/13(月) 20:01:21.04 ID:IaHstkdw.net
少しの間を置いて、ジラはジュディクスに問うた。

 「調査を止めたいとか、外れたいと言う訳じゃないんだね?」

 「はい。
  こう、何と言うか、指針と言うか、安心と言うか、共感が欲しかったんです。
  ジラさんの意見を伺う事で」

 「私は貴女の望む答を用意出来なかったと」

 「『望む』なんて、そんな……」

恐縮するジュディクスに、ジラは告げる。

 「まあ、慣れない内は勝手が分からなくて難しいよね。
  貴女は真面目そうだし。
  どう言えば良いかなぁ……。
  お役所仕事的って言うか?
  入れ込み過ぎず、手抜き過ぎず、やる事やってれば良いの」

ジュディクスは既に何度か内調の仕事を熟している。
決して「慣れていない」訳ではない。
ジラの助言は有り難いが、頼り無い若手だと思われているのだろうと、彼女は気を落とした。

 「……分かりました。
  お話を聞いて下さって、有り難う御座いました」

343 :創る名無しに見る名無し:2017/03/13(月) 20:03:25.07 ID:IaHstkdw.net
ジュディクスは未だ晴れない気持ちを抱えている様だったので、ジラは心配する。

 「本当に分かった?
  大丈夫?」

 「ええ、幾分気が楽になりました。
  後は自分の中で片付けられそうです」

ジュディクスの言葉に嘘は無い。
弱音を吐くだけ吐いた事で、彼女の心は軽くなっていた。
自分で自分自身を納得させるには、今少し時間が必要だが、それは他者の手を借りて、
解決される物ではない。
自分の部屋に戻ったジュディクスは、物事を深刻に考え過ぎない様にと、自分自身に言い聞かせ、
眠りに就いた。
その晩、彼女は昨日より、よく眠れた。
そして翌朝、調査4日目、ジラとジュディクスは共通魔法技術士会に赴く。
先ず技術士会の会長に、2人は挨拶をしに行った。

 「フーム……密造事件の臨時調査ねぇ……。
  しかも、外部機関から?」

会長は外部から調査員が来る事に、今一納得が行かない様子。
ジラが提出した書類を難しい顔で睨んでいる。

 「正式な辞令が出ています」

ジラは任命書を見せるが、会長は中々頷かない。

 「でも、行き成りねぇ、そんな……。
  こちらにも受け入れ態勢がねぇ……」

344 :創る名無しに見る名無し:2017/03/14(火) 19:23:03.57 ID:cQLc6dhC.net
ジラは会長を説得すべく、論陣を張る。

 「何も特別な事をして頂く必要はありません。
  通常業務の合間に、聞き取り調査をするだけです」

 「そうは言ってもねぇ……」

 「元々予定に無かった調査で、急な訪問になった事は、お詫びします。
  しかしながら、事が事だけに是が非でも急がねばならないのです」

会長は溜め息を吐いて、不満気な声を出した。

 「私等は疑われてる訳?」

 「疑いを持たれない為にも、応じて頂きたく存じます。
  調査は、こちらの彼女――魔法道具協会本部のジュディクス・ウィートロンドが担当しますので」

ジラがジュディクスを紹介すると、会長の目が彼女に移る。

 「道具協会の?」

 「よ、宜しく、お願いします……」

ジュディクスは畏まって頭を下げた。
魔法道具協会と共通魔法技術士会は密接な関係にある。
運営部や法務執行部の人間が割り込むよりは、抵抗が少ない。
ジラは話を続ける。

 「調査対象は『主に』、魔導機開発担当部署と、その関連になります。
  全部署の一斉調査と言う訳ではありません。
  『必要な人に、必要な話を聞く』、許可を頂きたいのです」

会長は約10極間沈黙し、頷いた。

 「……フム、大体話は解ったよ。
  嫌と言って、断れる物じゃ無し。
  良う御座んす、良う御座んす」

彼は書類に署名すると、判子を取り出して捺印した。
これにて漸く、調査の許可が下りたのである。

345 :創る名無しに見る名無し:2017/03/14(火) 19:24:06.50 ID:cQLc6dhC.net
会長への挨拶が終わると、ジラはジュディクスと別れて、法務執行部に戻った。
ジュディクスは独り、殆ど知らない技術士会で調査を開始しなければならない。
第一の調査対象は、共通魔法を魔導回路に落とし込む技術を主に開発している、
「魔導機開発研究所」。
魔導機開発研究所では魔導機の試作や改良、性能試験も担当している。
魔導機としての機能は、殆ど魔導回路部で完成し、魔法道具協会にてデザインに手が加えられる。
魔導機開発研究所は全ての魔導機の開発を担当しているので、組織の構成が複雑だ。
同一組織内で、通常の魔導機を扱う部署と、禁呪の魔導機を扱う部署が完全に分かれている。
今回の魔導機密造事件では、禁呪の魔導機の模造品が発見されなかった為に、
ジュディクスは禁呪の魔導機を扱う部署に立ち入る事が出来ない。
禁呪関連の機密を知ってしまうと、面倒な事になるので、彼女自身も近寄ろうとは思わない。
魔導機開発研究所に着いたジュディクスは、最初に所長室へ挨拶をしに行く。
所長に自身が臨時調査員である事を告げると、意外に冷淡な反応が返って来た。

 「……あぁ、そう。
  密造事件でねェ……。
  会長の許可はあるんだ?
  それなら、どうぞ」

 「あの、許可証は……」

 「要るの?
  会長の許可があれば良んじゃない?
  誰も断らんでしょう。
  あ、立ち入り許可の事?」

 「はい」

 「総務に行ってよ。
  ああー、でも、こっちに確認が回ってくるか……。
  良いや、面倒臭いし、やっぱり総務に行って」

無気力な所長の指示で、ジュディクスは総務部に行き、立入許可証を貰う。

346 :創る名無しに見る名無し:2017/03/14(火) 19:25:23.32 ID:cQLc6dhC.net
研究所内では研究員達が忙しく働いている。
組織図では企画部の下に開発室があり、開発室は設計部、材料部、製造部、試験部に分かれ、
それぞれ役割が異なる。
企画部にて、「どんな魔導機を作るか」が決まり、そこから魔導機の種類毎に担当開発室が決まる。
そして、設計部で作られた設計図を基に、材料部が必要な素材や部品を作り、製造部で組み立て、
加工されて製品の形になる。
最後に試験部で実用に耐える物かを確かめるのだ。
開発室内は柔軟な横の繋がりを持ち、細かく連絡を取り合って、1つの製品を作り上げる。
ジュディクスが企画部を訪れ、調査の趣旨を説明すると、次の様に言われた。

 「それなら第2開発室へ行って下さい。
  模造されたのは、そっちの物(ブツ)なんで。
  他のは模造されてない筈……ですよね?」

 「そうなんですか?」

 「そうなんですよ。
  何日か前に、執行者が模造品を持って来てまして。
  そん時、こりゃ第2が担当した物だと言う事で。
  でも、家から漏洩は無いと思いますけどねェ……」

企画部の者の指示通り、ジュディクスは第2開発室へと向かう。

347 :創る名無しに見る名無し:2017/03/15(水) 19:22:26.76 ID:yLuWfoju.net
第2開発室の室長に会ったジュディクスは、そこでも調査の趣旨を説明した。
室長は驚いた顔で、彼女を見る。

 「疑われてるんですか?」

 「念の為です。
  どんなに小さくても、可能性は潰して行かないと……。
  それとは別に、確り規則が守られているか、弛みが無いかも見る必要があります」

そう言いながら、ジュディクスは2枚の似姿を差し出した。

 「所で、室長さん。
  この2人に見覚えはありませんか?」

室長は似姿を凝視し、首を捻る。

 「ムー、ある様な、無い様な?
  誰なんです?」

 「こちらはソルート、こちらはトレンカントと言う名ですが……」

 「聞いた事もありません。
  密造の容疑者なんですか?」

 「容疑者ではありません。
  御存知でないのであれば結構です」

ジュディクスはソルートとトレンカントに就いて、詳細を話さなかった。
彼女が言った通り、この2人は少なくとも現時点では容疑者ではない。
「怪しい人物」ではあるが、公的な捜査対象にはなっていない。
面識の有無を聞くのが精々で、それを勝手に容疑者扱いする訳には行かない。

348 :創る名無しに見る名無し:2017/03/15(水) 19:25:30.30 ID:yLuWfoju.net
ジュディクスは他の第2開発室の者にも、一人一人聞き込みをしたが、全員に知らないと言われた。
嘘を吐いている様子も、隠し事をしている様子も無い。
重要書類の保管状況や、廃棄物の処理に瑕疵が無いかも確かめたが、問題は見当たらない。

 (ここでも無いなら、一体どこから?)

腑に落ちない気持ちで、彼女は第2開発室を後にした。
丁度そこへ、1人の男が声を掛けて来る。

 「君、ジュディ?
  こんな所で何やってんの?」

彼はジュディクスの魔法学校時代の同級生ヒュージだった。

 「あ、ヒュージ君。
  久し振り」

浮かない顔で返事をする彼女に、ヒュージは眉を顰める。

 「ジュディは道具協会に就職したんじゃなかったか?
  転籍?」

 「違うよ、密造事件の調査」

ジュディクスの答を聞いたヒュージは、大きく長い息を吐いて感心した。

 「へーー、調査……。
  1人で?
  凄いね、そんな大役を任せられる様になったんだ」

349 :創る名無しに見る名無し:2017/03/15(水) 19:26:56.84 ID:yLuWfoju.net
大役と言えば大役なのだが、特に地位が高くなった訳ではない。
ジュディクスは複雑な面持ちで応える。

 「未だ未だ下っ端だよ。
  使いっ走り」

 「……訛り減った?」

 「本部勤めだから」

 「あぁ、成る程ね。
  道理で……」

他愛も無い話の途中で、ジュディクスは俄かに思い付き、ヒュージに似姿を見せた。

 「ヒュージ君、この人達を知ってる?」

彼は似姿を真面真面(まじまじ)と見詰めつつ、ジュディクスに尋ねる。

 「何、この人達?」

 「知らないなら良いんだけど」

 「容疑者、関係者?」

 「微妙な所。
  少なくとも確定はしてない」

ヒュージは似姿から目を離さず、唸ってばかりだったが、やがて小声で零した。

 「こっちの男は、見た事があるかも知れない」

彼が指したのは、ソルートの方。

350 :創る名無しに見る名無し:2017/03/16(木) 20:18:54.46 ID:ubm7yiEC.net
ジュディクスは目を見開き、努めて興奮と声を抑え、ヒュージに尋ねる。

 「本真に?
  何時、どこで?」

 「塵(ごみ)置き場……。
  2箇月前、月初めだったかな……」

 「塵置き場って、ここの?」

 「そうだよ。
  廃棄物処理業者の格好をしていたけど……。
  んー、でも、人違いかもな……」

 「廃棄物処理!」

魔導師会ではなく、業者の方に潜んでいたのかと、ジュディクスは驚いた。
こうなったら技術士会の廃棄物管理票も洗う必要がある。

 「塵を捨てに行って偶々出会したんだけど、業者の人が何時もと違ってさ。
  見慣れない人だったんで、話し掛けたら、代理だとか何とか。
  今は元の人に戻ってるんだけど」

 「ちょ、一寸待って!
  大事な証言!」

ジュディクスは慌ててメモを取る。

 「業者の人が違って、それで?」

 「……この人に似てるかなって。
  いや、確証は無いから、余り本気にされても困るけど。
  それに業者自体が変わってた訳じゃないから」

 「分かった!
  有り難う、有り難う!」

新たな情報を得た彼女はヒュージに何度も礼を言い、研究所の総務部へ急いだ。

351 :創る名無しに見る名無し:2017/03/16(木) 20:20:25.77 ID:ubm7yiEC.net
ジュディクスは総務部にて、廃棄物回収業者を調べる。
契約書には処分業者はウィステリア環境、運搬業者はクリース建設となっている。
ジュディクスは担当者に尋ねた。

 「回収に来るのは、クリース建設?」

 「ええ、そうですね」

 「2箇月前、誰が回収に来ていたか、判りますか?」

 「誰……とは?」

 「個人名です」

担当者は困った顔をする。

 「そこまでは……。
  入り口の守衛に聞いて下さい。
  身分証の確認は、そこで行っている筈です」

 「分かりました。
  有り難う御座いました」

ジュディクスは早足で入り口の守衛所に向かった。

352 :創る名無しに見る名無し:2017/03/16(木) 20:23:20.90 ID:ubm7yiEC.net
守衛所では治安維持部警備課から派遣された執行者が、魔導機開発研究所に出入りする者を、
見張っている。
ジュディクスは守衛に話し掛け、ここ数月の廃棄物回収業者の出入りを確認した。
守衛は彼女に、入退所管理簿を見せて言う。

 「これが今期分(※)の外来者です」

管理簿には外来者の氏名と所属が書いてある。
中には氏名のみ、或いは所属のみと言う物もあった。
ここ2箇月の間には数箇所、「クリース建設」、「廃棄物回収」と書いてある項目があるが……。
氏名は「ヴァーナルド・リーフォール」のみ。
ジュディクスは守衛に確認を求めた。

 「このクリース建設、ヴァーナルド・リーフォールと言う人ですが――」

 「はい、どうかしましたか?」

 「他の人の名前が書いてないのは、何故ですか?」

守衛は思い出しながら答える。

 「ああ、それは……。
  この人が代理の新しい人だった為ですね」

 「ヴァーナルド・リーフォール?」

 「はい、社員証を提示して貰って、確かめました」

もしヴァーナルドの正体がソルートだったとしたら……。
これは会社包みの不正と言う事になる。


※:四半期(3箇月間)で1期。

353 :創る名無しに見る名無し:2017/03/17(金) 18:53:38.46 ID:/3IBn7JK.net
ジュディクスは更に詳細を聞き出そうとする。

 「社員証は本物でしたか?」

 「ええ、はい」

 「ヴァーナルドではない方、『何時もの人』は、何と言う名前でしょうか?」

 「フューリオス……『フューリオス・ラフェイヴ』です」

 「フューリオスやクリース建設の方から、代理の人が来ると、前以って知らされていましたか?」

 「いいえ、見慣れない顔だったので、少し呼び止めて話をしたんです。
  そうしたら、何時もの人の代理だと」

 「何か気付いた事は?」

 「気付いた事?」

 「どんな人だったとか、印象とか」

そう訊ねつつ、彼女はソルートの似姿を守衛に提示した。
守衛は似姿を見るなり、何度も頷く。

 「そうそう、こんな人でした。
  印象は……。
  最初は勝手が分からないのか、少し戸惑っていましたね。
  でも、特に怪しい所は無かったと思います。
  臨時の代理って言うのも、間々ある話でしょう?」

ヴァーナルドはソルートであると確信したジュディクスは、質問を続けた。

 「身分証の提示は求めましたか?」

ここで言う身分証とは、唯一大陸で「役所が存在を把握している」証明だ。
出生と同時に必ず交付される物で、住所氏名生年月日、その他の基本的な個人情報が記してある。

354 :創る名無しに見る名無し:2017/03/17(金) 18:54:41.28 ID:/3IBn7JK.net
守衛は首を横に振った。

 「いいえ。
  社員証があれば十分でしょう?
  その後も何事も無く経過しましたし。
  成り済ましだったら、会社と何かしら行き違いがある筈です」

 「確認しなかったんですね?」

念を押され、守衛は自信を喪失して怯む。

 「……はい。
  何か不味かったでしょうか?」

 「いいえ、大手柄かも知れません」

大きな収穫を得たジュディクスは、意味深な笑みを見せる。
何が手柄だったのだろうかと、守衛は不可解に思い、曖昧な笑みを返すのだった。
ジュディクスは廃棄物処理契約を確かめに、魔法道具協会へ戻った。
そこでも、やはりクリース建設が運搬業者に入っている。
しかし、ここではソルートを見掛けた人は居なかった。
この謎を解くべく、ジュディクスは魔法道具協会の守衛所を訪ねる。
本部の各施設には、それぞれ独立した守衛所がある。
施設から施設への移動には、必ず守衛所の前を通らなければならない。
1つの施設の侵入許可があれば、他の施設にも入れると言う訳ではない。
面倒な仕組みだが、安全を守る為には必要な措置だ。
これが今回は悪い方に働いたと見るべきだろう。

355 :創る名無しに見る名無し:2017/03/17(金) 18:58:19.50 ID:/3IBn7JK.net
それぞれが独立していると言う事は、横の繋がりが薄いと言う事。
廃棄物の処理、運搬も1つの業者と契約すれば済む所が、別々に契約している為に、
手間も金も余計に掛かる。
だが、これは仕方が無い。
全てを1つの業者に任せると、癒着や専横の元になる。
他部署と情報を突き合わせて、明らかになる事実もあるので、殊に否定される物ではない。
魔法道具協会の守衛所に着いたジュディクスは、入退館管理簿の提出を要求し、
ここ数月間の廃棄物処理業者の出入りを確認した。

 「今度は何なんです?」

一度調べに来たのにと、守衛は面倒臭そうな顔をする。
管理簿を受け取ったジュディクスは、廃棄物処理業者に関して、特に注記が無い事に就いて尋ねた。

 「廃棄物の搬出はクリース建設が行っているんですよね?」

 「ええ、はい。
  廃棄物回収、クリース建設と、そう書いてありますよ」

 「そのクリース建設から来る人は、何時も同じなんですか?」

 「そう……ですね」

 「何時もと違う人が来た時は、どうしていますか?」

 「えぇ……?
  いや、違う人が来た事なんて無いので……。
  少なくとも、私が受け持っている時間では無いです」

守衛は明らかに困惑していた。

356 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 18:58:57.72 ID:77i+gq4H.net
ここが狙い目だと、ジュディクスは深く追及する。

 「貴方は何時頃から、ここで守衛をしていますか?」

 「去年からです」

 「今まで休んだ事は?」

 「自慢ではありませんが、定休日の毎週末と祝祭日以外は皆勤です」

 「1日でも誰かと持ち場を換わった事は?」

 「いえ、ありません」

 「勤務時間は何時から何時まで?」

 「南東の時から、西の時まで」

 「お昼は?」

 「ここで食ってます。
  もう1人居るので、交替交替で」

 「業者が廃棄物を回収しに来る日時は、決まっていますか?」

 「ええ、決まっていますよ。
  毎週第4日の南南西の時です。
  日によっては、半角程度遅れたりしますが……。
  管理簿に書いてあるでしょう?」

 「何時も回収に来る人の名前は判りますか?」

 「ええ、トラン・ミッドリガンです」

守衛の話を総合すると、こちらには「何時もと違う人」は来ていない様である。
魔導機開発研究所だけに訪れたのは、怪しまれない為にだろうか?

357 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:00:03.89 ID:77i+gq4H.net
ジュディクスは改めて守衛に、ソルートとトレンカントの似姿を見せたが、知らないと言われた。
守衛所で待機している他の者に聞いても、答は同じだった。
その日の夜、迎賓館の談話室で、ジュディクスはジラに報告する。
ジュディクスは話をする前から明らかに興奮しており、蒼惶(そわそわ)として落ち着きが無く、
ジラは不審がった。

 「ジュディ、何か掴んだの?」

 「ええ、大きな手掛かりを得ました」

ジュディクスは内心でジラの洞察力に感服していたが、実際の所、そう観察眼が鋭い者でなくとも、
彼女が何か「良い成果」を得たのだろうと推測する事は、難しくない有様だった。

 「順を追って話しますね。
  技術士会で聞き込みをした所、ソルートに似た人物を見掛けたとの証言を得ました。
  廃棄物の回収業者の格好をしていたと言う事で……。
  調べた所、技術士会の廃棄物を搬出する業者は『クリース建設』で、そこの社員らしいのですが、
  不審な点がありました」

 「それは何?」

 「ソルートに似た人物は、クリース建設の『ヴァーナルド・リーフォール』と名乗り、
  社員証も持っていたと、守衛が証言しました。
  しかし、何時も廃棄物を回収に来る人物はヴァーナルドではなく、偶々数月間だけ、
  ヴァーナルドが『代理』として技術士会の塵を回収しに来ていたとの事です。
  現在は既にヴァーナルドではありません」

 「クリース建設は『代理』に就いて、何も言って来なかったの?」

 「はい。
  特に連絡や行き違いは無かった様です」

 「詰まり……、クリース建設も包(グル)だと」

 「その可能性はあると思います」

報告後、ジラとジュディクスは暫し無言で見詰め合う。

358 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:04:02.60 ID:77i+gq4H.net
やがて、ジラは大きく頷いた。

 「お手柄ね、ジュディ。
  クリース建設の事は、早速関係各所に伝えるわ。
  突けば何か出て来るでしょう。
  他には無かった?」

 「ええ、他には特に……」

そして新たに指示を出す。

 「引き続き、技術士会で調査を続けて。
  調べる事が無くなるまで。
  『詰め』は慎重にね」

 「はい」

 「こっちは未だ未だ時間が掛かりそう。
  何匹かキャトラスカルを捕まえたけど、そこから『先』に進めるかは分からないわ」

ジラの話を聞いたジュディクスは、引っ掛かりを覚えて尋ねた。

 「……あの、ジラさん。
  執行者は何の容疑でクリース建設の捜索に入るんでしょうか?
  ソルートとトリンカントは表向き容疑者ではないですし、ヴァーナルドとソルートを結び付ける物も、
  今の所は『容姿が似ている』程度なんですが……」

ジラは少し考えて答える。

 「先ずは、『ヴァーナルド・リーフォール』の身元確認と言う名目だと思うわ。
  身分詐称の疑いありとしてね。
  クリース建設自体を疑うんじゃなくて、『そちらに素性の不明な人が居ますよ』と。
  刑事部じゃなくて、治安維持部が担当する事になるかな。
  匿名の通報って形で、文書偽造の罪で。
  勿論、役所で身分証の裏を取ってからね」

彼女の語る手口は、嫌に具体的だ。
流石は元執行者だと、ジュディクスは舌を巻いた。

359 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:06:07.92 ID:77i+gq4H.net
驚いた顔のジュディクスを見て、ジラは照れ隠しをする様に、話を変えた。

 「その辺は執行者に任せておけば良いから。
  貴女は貴女の仕事を、確り果たして」

 「は、はい」

 「多分、貴女の仕事の方が先に片付くと思う。
  そうしたら、一足先に本部に帰ってて。
  こっちは捜査が完了するか、打ち切られるまで、終われないから」

そう言われたジュディクスは、控え目な声でジラに質問する。

 「密造事件、無事に解決されるでしょうか?」

 「やっぱり気になるんだ?」

 「はい」

 「貴女の情報があれば、多分ね。
  捜査が進展すれば、先ず間違い無くニュースになるから、信じて気長に待ってなさいな」

ジラに諭され、ジュディクスは小さく頷く。
残る幾つかの調査を終わらせれば、親衛隊員としてのジュディクスの役割は終わる。
しかし、彼女の功績が公に称えられる事は無い。
それは内部調査班の活動が極秘任務の為だ。
親衛隊内部でもジュディクスの功績を知るのは、彼女の上司であるジラと、その更に上の隊長、
副隊長のみとなる。
勿論、活躍に見合った報酬は与えられるが、口外してはならない。

360 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:07:19.58 ID:77i+gq4H.net
調査任務を終えて、ジラより一足早くグラマー地方に帰還したジュディクスは、
魔導師会が日々発行する会報を、何時もより深く読み込んだ。


廃棄物回収業者で身分詐称か

ティナー地方魔導師会本部のティナー共通魔法技術士会本部魔導機開発研究所に、
廃棄物運搬業者として出入りするクリース建設の社員に成り済まし、不法に侵入したとして、
魔導師会法務執行部統合刑事部は魔導師会員会所属の魔導師ソルート・レッドバークを、
重要指名手配容疑者に指定した。
ソルート容疑者は本来処理業者に引き渡すべき、約2箇月分の同魔導機開発研究所の廃棄物から、
魔導機の製造に用いられる素材や部品を横流ししていた疑いがある。
これが魔導機の密造に利用された可能性があるとして、統合刑事部は更に捜査を進める。
クリース建設は事件への関与を否定しているが、成り済まされた社員の所在は不明で、
そもそも当人が出勤した記録が無い幽霊社員状態だった。


クリース建設 謎の社員「ヴァーナルド」

ティナー魔導機開発研究所不法侵入事件で、クリース建設に新たな疑惑の目が向けられている。
これまでクリース建設は身分詐称に関しては被害者で、密造事件とは無関係だと主張して来たが、
「意図的な不作為」の可能性が高い。
ソルート・レッドバークが偽ったヴァーナルド・リーフォールの住所には別人が住んでおり、
行方は未だ知れず。
ヴァーナルドの親類も、彼とは10年近く連絡を取っておらず、絶縁状態だったと言う。
クリース建設の人事担当者は昨年2月3日にヴァーナルドを採用したと言うが、契約書の類は無く、
社員証の記録があるのみ。
採用に至った経緯は不明で、同社員ですら「姿を見た事が無い」、「何時採用されたのか」と、
疑問の声を上げる。
当時採用に関わっていた人物は退社済みで、現在は所在不明。
謎は深まるばかりだ。
魔導師会法務執行部統合刑事部は、クリース建設の強制捜査も辞さない構え。

361 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:09:06.12 ID:77i+gq4H.net
ティナー建設業界の闇 無戸籍者

ティナー魔導機開発研究所不法侵入事件で、クリース建設の社員名が利用されていた事に関し、
魔導師会法務執行部統合刑事部は遂に強制捜査に踏み切った。
その結果、驚愕の事実が明らかになった。
下請け大手のクリース建設は作業員として、無戸籍者を大量に採用していたのだ。
戸籍の偽装は常習的な物で、統合刑事部は直ちに都市警察に通報した。
無戸籍者を雇った理由として、クリース建設の人事担当者は「人手が欲しかった」と供述している。
無戸籍者の大半は貧民街の者で、これに会社は一時的な仮住所を与え、適当な氏名を名乗らせて、
社員証を与えていた。
更に驚くべき事に、こうした無戸籍者の採用は、ティナー地方の建設業界では珍しくないと言う。
問題の根本には、作業員の不足だけでなく、低賃金に見合わない過酷な労働環境がある。
他に、存在しない又は勤務実態が無い社員に、給与や社会保障費を支払った事にして、
課税を免れる悪質な脱税の目的もあると見て、都市警察も本格的な捜査に乗り出す構えだ。
ヴァーナルド・リーフォールに関しても脱税目的で、実質的な退職後も籍だけを置き続けていたと、
統合刑事部は見ている。
唐突に表れた「偽のヴァーナルド」を何の疑いも無く、廃棄物回収の実務に就かせていた事にも、
不自然な点があるとして追及を続ける方針だ。


偽ヴァーナルドは魔導師の紹介?

ティナー魔導機開発研究所不法侵入事件で、クリース建設から新たな証言が飛び出した。
偽のヴァーナルド・リーフォールは、魔導師の紹介で採用したと言うのだ。
その魔導師の名はトレンカント・ゴーバル。
ヴァーナルドに成り済ましたとして指名手配中のソルートと同じく、魔導師会員会の所属である。
彼等の知人によると、2人は自己防衛論に賛同していたと言う。
クリース建設の人事担当者は、トレンカントに「知人に数箇月の仕事を紹介して欲しい」と依頼され、
それに応じたに過ぎないと主張している。
何故ヴァーナルドの社員証を渡したのかに就いては、勤務実態を誤魔化したかった為で、
魔導機開発研究所の廃棄物回収の仕事を割り当てたのは、トレンカントの指示だったと言う。
クリース建設側は偽ヴァーナルドの正体を知らず、密造に関しても相変わらず無関係だと、
繰り返している。
統合刑事部はソルートと同時にトレンカントも重要指名手配容疑者に指定し、捜査を続ける。

362 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:11:22.70 ID:77i+gq4H.net
自己防衛論集団を摘発

魔導師会法務執行部統合刑事部は、魔導機の密造に関与していた疑いが強まったとして、
『剣士会<ローデレロス>』、『棘盾の会<スパイクシールズ>』、『帳幕の会<シュラウズ>』の、
3つの自己防衛論集団を摘発した。
この3つの集団は自己防衛論者の中でも、過激な主張をする派閥として知られている。
密造魔導機を自己防衛論者個人に売り捌いていた『猫悪党<キャトラスカル>』を追跡し、捕らえた所、
売却を指示していた人物が、それぞれの自己防衛論集団の幹部と判明した。
どこで密造魔導機を入手したか、或いは製造していたのか、解明が急がれる。


バルバングの廃工場地下で魔導機密造か

魔導師会法務執行部統合刑事部は、ティナー市バルバング地区の廃工場の地下に、
魔導機を製造する為の設備があったと発表した。
自己防衛論集団の幹部を聴取した結果、バルバング地区が浮上したので虱潰しに調査した所、
発見出来たと言う。
発見時には既に人の気配は無く、設備は埃を被っていたとの事で、密造が表沙汰になった直後から、
製造を停止して撤退した物と統合刑事部は見ている。
設備は運び込まれたのではなく、どこの製品と言う事も無い、地下で独自に製造された物と見られ、
優秀な技術士が関わっていると推測される。
統合刑事部は密造に関与した者と、計画の全体を主導した首謀者の特定を急ぐ。

363 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:13:43.25 ID:77i+gq4H.net
魔導機密造に魔導師の関与確定

魔導師会法務執行部統合刑事部は、先日発見されたティナー市バルバング地区の廃工場地下の、
魔導機密造施設にて、魔導機開発研究所の廃棄物が使用されていたと発表した。
魔法での追跡解析にて判明した。
これで魔導機密造事件と、ティナー魔導機開発研究所不法侵入事件の関連が明らかになり、
魔導師のソルート・レッドバークとトレンカント・ゴーバルの2名が密造に関与していたと確定。
統合刑事部は引き続き、事件の全容解明に尽力する。


ティナー地方魔導師会、ソルートとトレンカントを永久追放

ティナー地方魔導師会は、ソルート・レッドバークとトレンカント・ゴーバルの2名を魔導師会から、
永久に追放すると地方議会で宣言した。
通常の除名処分とは異なり、永久に魔導師の資格を失い、二度と復帰する事は出来ない。
議会で反対意見は無く、全会一致だった。
魔導師会本部は、これに意見を付けず、追認する見通し。


ティナー市内の廃品回収業者を強制捜査、元機械技術士を逮捕 魔導機密造施設の完成に関与

魔導師会法務執行部統合刑事部は、バルバング地区の魔導機密造施設の建設に加担したとして、
ティナー市内の廃棄物運搬業者グローヴ・クリーナー社の強制捜査に踏み切った。
同時に、廃棄物の成型機を違法に改造し、魔導機を製造する機械を完成させた疑いで、
元機械技術士でグローヴ・クリーナー社の社員ファロンズ・フロントを逮捕。
当人は違法改造こそ認めているが、魔導機の密造に使われるとは知らなかった、
魔導機の構造は既製品を分解して把握したと主張している。
密造魔導機は総計1000台弱と目され、統合刑事部は、その行方も追っている。

364 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:15:00.39 ID:77i+gq4H.net
複雑に絡み合う人物と組織 首謀者は誰?

魔導機密造事件は関係者の逮捕が相次ぎ、聴取が進んだ事により、その全貌を現しつつある。
一昨年2月〜12月に掛けて、ファロンズ・フロント等は自己防衛論者を名乗る何者かの依頼により、
ティナー市バルバング地区の廃工場地下で、魔導機の密造施設を建設。
去年の中頃から半年程前までは、ティナー市内の各所で屑鉄の盗難が相次いだ。
犯人は不明だが、これは魔導機密造施設の建設や、魔導機の作成に利用されたと見られている。
2箇月前、自己防衛論者である元魔導師が、身分を偽ってティナー魔導機開発研究所に侵入。
研究所の廃棄物から魔導機の製造に必要な素材や部品を抜き取る。
この時点で、魔導機の密造に必要な物が全て揃った。
ここからキャトラスカルが密造された魔導機を、個々の自己防衛論者に売り捌く。
自己防衛論者の暗躍が目立つが、統合刑事部は首謀者を掴む所までは行っていない。
過激な自己防衛論者の集いである『剣士会<ローデレロス>』、『棘盾の会<スパイクシールズ>』、
『帳幕の会<シュラウズ>』の幹部は首謀者と言うよりは、キャトラスカルを束ねるフィクサーの、
働き掛けに応じる形で売却行為を認めていた。
不法に流通させた約1000台と目される密造魔導機の内、900台以上は回収されたが、
元魔導師のソルート・レッドバークとトレンカント・ゴーバルは未だ行方知れず。
事件の「影」の部分が明らかになるには、時間が掛かりそうだ。


自己防衛論の拡大に翳り 魔導機密造事件が影響か

魔導機密造事件に自己防衛論者が関与していると明らかになってから、「自己防衛論」は、
急速に影響力を落とした。
ティナー市民新聞の調査では、自己防衛論に「賛同する」と答えた割合は、前回調査が行われた、
前月と比較して大幅減の2%(↓12)。
「賛同はしないが理解はする」と答えた人も10%(↓26)と大幅に減少した。
「どちらとも言えない」と答えた人も微減の21%(↓4)。
逆に、「否定的だ」と答えた人は60%(↑39)と大幅増。
加熱していた自己防衛論に関する議論も、今後は落ち着きそうだ。

365 :創る名無しに見る名無し:2017/03/18(土) 19:15:30.12 ID:77i+gq4H.net
「ジラさん、お帰りなさい。統合刑事部の捜査は終了したんですか?」

「ええ。完全に解決した訳じゃないけど、自己防衛論者に対する監視や世間の目も厳しくなったし、
 今後は『黒幕』も派手な行動は出来ないでしょう」

「歯痒いですね……」

「相手が用意周到だった。根元まで手が届かない様に、線を完璧に切っていた。
 ……所で、ジュディ」

「何でしょう?」

「ヴァリアン君、どう思った?」

「どう……とは?」

「今の任務から外した方が良いかなって」

「な、何故? 十分な働きをしていたと思いますけど……」

「詐欺師が騙される、医者の貰い風邪(※)。なーんか危ない感じがしたんだよねぇ……。
 アドマイアーに入れ込み過ぎって言うか?」

「ヴァリアンさんは余所の班ですよね? ジラさんに、そんな権限があるんですか?」

「無いけど、進言は出来るから」

「私には何とも言えません……」

「出世する積もりなら、色んな所に目を付けてないと駄目だよ」

「今の私には、そこまでは……」


※:「ミイラ取りがミイラになる」と同義。

366 :創る名無しに見る名無し:2017/03/19(日) 19:58:07.00 ID:o9MY2Ph2.net
新たな道


エグゼリング街道にて


若き旅商の女リベラ・エルバ・アイスロンは、この日エグゼリング街道をブリンガー地方方面へと、
南下していた。
そこで彼女は巨人魔法使いのビシャラバンガと出会う。

 「今日は、ビシャラバンガさん!」

リベラの呼び掛けに、ビシャラバンガは常の厳しさを失った、穏やかな声で応えた。

 「ああ、リベラ」

これまでとは様子の異なる彼に、リベラは違和感を抱いた。
ビシャラバンガは以前から迷いと苦悩のある顔をしていた。
彼自身は他人に弱味を見せない様に気を張って強がり、特に若輩のリベラの前では、
そうした内面を直隠しにしていた積もりだったのだが、元より細工の苦手な男だったので、
誤魔化し遂せる物では無かった。
その後、所謂「巨人事件」が起きると、ビシャラバンガの迷いは消えた様に思われた。
しかし、それは問題を解決したが故では無い。
迷いを別の感情で上書きし、「一時的に忘れ去った」に過ぎない。
人の心の機微に敏いリベラの目は、欺かれなかった。
所が、どうした事か、この日のビシャラバンガは静かな澄んだ目をしていた。

367 :創る名無しに見る名無し:2017/03/19(日) 20:01:21.70 ID:o9MY2Ph2.net
巨人事件が解決した事と関連があるのかと、リベラは推測した。
魔力ラジオウェーブ放送や新聞は、巨人事件の解決に魔導師会以外が関わっていたとは、
報じていないが……。
遂に、ビシャラバンガは歩むべき真の道を見付けたのだと、彼女は直感した。

 「良い顔してますね」

 「そうでも無いと思うが……」

 「迷いが無いと言うか、真っ直ぐ前を見ている感じがします」

 「そうでも無い」

だが、返って来るビシャラバンガの答は否定的だ。
無表情で不機嫌にも思える態度で物を言う。
これが実際に不機嫌なのではなく、愛想を知らない為なのだとリベラは判っている。
無闇に笑顔を作って応じる事は、媚びや諂いであるとビシャラバンガは考えているのだ。

 「でも、以前(まえ)とは違いますよ」

リベラが指摘すると、ビシャラバンガは少しだけ眉を動かした。

 「ウム、まぁ……な」

答は曖昧。
どうやら心境に変化があった事は確かで、それを彼自身も認めているらしい。

368 :創る名無しに見る名無し:2017/03/19(日) 20:04:08.90 ID:o9MY2Ph2.net
心変わりした裏事情か気になる物の、あれこれ詮索するのは失礼かなと葛藤するリベラに対して、
ビシャラバンガは不意に零した。

 「己も人を愛する事を学ぶべきかも知れん」

それが至極真面目な声だった物だから、リベラは大いに驚き、赤面する。

 「あ、愛!?」

思わず大き目の声が出て、彼女は慌てて口を噤んだ。
予想通り、ビシャラバンガは怪訝な顔をしている。

 「可笑しいか?」

どこまでも真剣な様子で、真っ直ぐ見詰めて来る物だから、リベラは慌てに慌てる。

 「い、いいえ!
  とても良い事だと思います……」

肯定はする物の内心は複雑だ。
彼女はビシャラバンガの「愛」が誰に向いているのか分からない。
自意識過剰だと思いつつも、愛の告白は自分に向けられた物ではないかと疑ってしまう。
そんなリベラに対し、ビシャラバンガは彼には似付かわしくない柔和な笑みを浮かべた。
彼女の内心を読み取っての反応か、真実は定かでない。
単純に、「良い事」と言われたのが、嬉しかったのかも知れない。

 「『愛する事』とは『敬い、慈しむ事』だと言う。
  素直な心で、『特定の誰か』ではなく、『人その物』を愛するのだと、ラヴィゾールは言っていた。
  時に、人は悪しく、醜けれど、それは我が身、我が心も同じ。
  故に、人は善良で、美しくもある。
  そして、世は未知で満ちている。
  己が無知を認めれば、先達や職人、他者を敬う気持ちが表れる。
  同時に、弱者や若者には、嘗ての己を重ねて慈しむ気持ちが表れるだろうと」

 「お養父さんが……?」

 「今の己には未だ理解し難い部分もある。
  だが、嘗ての様に、丸で解らぬ訳ではない。
  今になって、漸く解り始めて来た」

ビシャラバンガの目は相変わらず、リベラを正面に捉えている。

369 :創る名無しに見る名無し:2017/03/20(月) 19:32:53.57 ID:EEZyYeWs.net
ビシャラバンガの言う「愛」が、男女愛ではなく、人間愛とでも言うべき大きな物だと知り、
リベラは小さくなって恥じ入る気持ちになった。
どうも、この所の自分は恋愛を匂わせる言葉に過敏になっている。
それと言うのも、コバルトゥスやラントロックが誰を好きだの、惚れた腫れたの話をするからと、
彼女は心の中で誰にとも無く言い訳した。
ビシャラバンガは尚も続ける。

 「リベラよ、お前は人の愛し方を知っているのだな。
  少なくとも己よりは。
  そう言う意味では、お前は己にとって『敬うべき者』なのだろう。
  否、お前だけではない、道行く人々も全て、人の愛し方を知っている。
  人に会っては言葉を交わし、転んだ者には手を貸し、若輩や老人には道を譲る。
  唯、己だけが愛を知らなかったのだ。
  ……恥ずかしい事だ」

街道を行き交う人々に目を遣った彼は、俯いて自分を卑下する言葉を吐いた。
リベラは何とか慰めようとする。

 「気にする事は無いですよ!
  人と一緒に暮らしていれば、その内、嫌でも身に付きます!
  人に慣れて、人に倣えば、直ぐ直ぐです!」

ビシャラバンガはリベラに目を向けると、暫し無言で物言いた気な顔をしていた。
どうしたのかとリベラが尋ねようとすると、ビシャラバンガは決断して口を開く。

 「リベラ、己に人の愛し方を教えて欲しい」

リベラは再び浮上して来た「恋愛」や「色恋」を連想させる何や彼やを、懸命に思考から追い出した。

 (違う、違う、そう言う意味じゃないんだから!)

ビシャラバンガにとって失礼だろうと思ったのだ。
それは彼にとっては大変に勇気の要った言葉であろう。
少なくともリベラは、彼が斯様に畏まり、他人に教えを希(こいねが)う所を見た事が無かった。

370 :創る名無しに見る名無し:2017/03/20(月) 19:34:24.27 ID:EEZyYeWs.net
ビシャラバンガの変貌振りに、リベラが正気を失っていると、彼は申し訳無さそうな顔をする。

 「お前にも事情があろうと承知はしている。
  今は弟を探しているのだったな。
  代価と言っては何だが、己の力を貸そう」

 「……本当ですか!?」

思考を正常に戻し、少し遅れて反応するリベラ。

 「ああ、この力、己独りには過ぎた物。
  お前の良心に任せて使うが良い」

 「あ、有り難う御座います」

こうしてリベラは新たにビシャラバンガの協力を取り付けた。
極めて高い魔法資質と、常人外れた膂力を持つ、巨人魔法使いビシャラバンガ。
彼は外道魔法使い達の集団「反逆同盟」との戦いで、心強い味方となるだろう。

371 :創る名無しに見る名無し:2017/03/20(月) 19:41:32.88 ID:EEZyYeWs.net
「よう、ビシャラバンガ。こいつは一体どうした心変わりだ? 一匹狼が群れたがるとは」

「生き方を変えねばならぬと思った」

「生き方?」

「己も所詮人の身であり、独り永久に生き続ける事は敵わぬのだ」

「柄にも無い事を言うんだな。死ぬ様な目にでも遭って、怖気付いたか?」

「違う――……いや、或いは、そうかも知れん。己は己より遙かに強い者と出会った。
 しかし、その最期は虚しい物だった。幾ら力を蓄えた所で、己も何れは同じ道を辿ると思うと、
 無性に悲しくなったのだ」

「へっ、今更か」

「そう、今更だ。己は師を持ちながら、師の果(すえ)を間近で見届けながら、その事に気付くのが、
 余りにも遅かった。己は愚図であった」

「……卑屈になるなよ、気色悪いぜ」

「これより己は一から始めるのだ。この力以外、何も持たぬ所から」

「はぁ、そりゃ結構。精々頑張ってくれ」

「忝い」

「あのな、言っとくが、先(さっき)のは皮肉だぞ」

「解っている」

「だったら何で、そんな台詞が出て来るんだ?」

「何故だろうな? 今は少しだけ、人の心が解る。お前の心も」

「……巫山戯た野郎だ」

372 :創る名無しに見る名無し:2017/03/21(火) 19:26:47.56 ID:dET1cH2b.net
名付け親


異空デーモテールの小世界エティーにて


エティーでは新しく自我と高度な知能を持った命が生まれると、先ず名を付ける。
異空では「命」とは、雑草や孑孑の如く、勝手に湧いて来る物なので、親も子も無い。
敢えて親と呼べる物を言うならば、それは自らを形作った「世界」か、その世界を創った「王」である。
それとは別に、力の強い者が自らの分身や配下を、「必要として」生み出す事もある。
必要とされて生まれた物は、役割や使命を持っており、相応の力を与えられる。
故に、その事に大きな自負や誇りを持ち、自らを生み出した物に忠誠を誓う。
同時に名前も与えられる。
しかし、勝手に生まれた物に、役割や使命は無い。
青空に浮かぶ雲の様に、只何と無く存在している。
自我や知能を持たず、個体名を必要としない物もある。
エティーでは自我と高度な知能を持って生まれた物は、必ず個体名を持たなければならない。
自ら己に名を付ける事が難しい物は、他の物から名を貰う。
この時に、大きな制約がある。
それは「他と同じ名前」を付けては行けない事だ。
名前が同じと言う事は、混乱や諍いの元になる。

373 :創る名無しに見る名無し:2017/03/21(火) 19:28:32.51 ID:dET1cH2b.net
実の所、個体を区別するだけであれば、名前が同じであっても殆ど問題は無い。
容姿や性格の違いから、区別自体は容易である為だ。
では、どこで問題が生じるのかと言うと、エティーの外で生まれた物との間である。
異空とは退屈の世界であり、存在理由の不明な多くの命は、何時も暇潰しを求めている。
そこで一部の物は闘争を生き甲斐にした。
潰え行く弱者を観測する事で、己の生を実感しようと言う試み。
こうした物達は、何時も闘争の火種を探していて、しかも自分と同等以下の物としか戦わない。
一度目を付けられたら、逃走しようが降伏しようが無意味。
気が済むまで蹂躙される他に無い。
勿論、命の保証は無い。
この横暴から身を守る為の知恵が、「他とは違う名前」である。
異空では「同じ名前」は、排除の対象となり易い。
短い名前を付けると、他者の名前と被る確率が上がる。
だからエティーでは長い名前を付けて、重複を避ける。

374 :創る名無しに見る名無し:2017/03/21(火) 19:30:14.07 ID:dET1cH2b.net
そう言う事情もあって、とにかくエティーでは誰も「独自の名前」を求める。
本来ならば、エティーの中に限っては名前被りが大きな問題になる事は無いのだが、
文化や風土の様な物で、同じ名前は良くないと言う漠然とした空気がある。
多少長くて覚え難くても構わない。
その時は略称や渾名で呼べば良いのだ。
……しかし、エティーの中でも「名前被り」が無いかを確かめるのは難しい。
そこで頼られるのが、日記係のデラゼナバラドーテスだった。

375 :創る名無しに見る名無し:2017/03/22(水) 19:18:54.95 ID:8sZ6NGRG.net
エティーの中央にある日見(ひのみ)塔にて


日見塔とは、その名の通り太陽を見る為の塔である。
異空エティーの空には擬似太陽が浮かんでいて、地上を照らしている。
この擬似太陽は「赤く輝く高熱の球体」であり、その正体は古の精霊魔法使い「灼熱のセキエピ」が、
魔法大戦の後にエトヤヒヤに渡り、その分裂に際してエティーを守護する天となった物である。
日見塔はエティーの太陽となったセキエピに近付き、その孤独を癒す目的で建てられたのだが、
今となっては当初の目的を覚えている物は居ない。
しかし、セキエピの孤独は地上の有様を眺める事で癒された。
エティーがメトルラと合体して、その領地を広げると、セキエピは全土を照らす為に動く様になった。
これによって、エティーに完全な「1日」が誕生した。
それまではサティ・クゥワーヴァが雲を動かして太陽を隠し、夜を作らなければならなかった。
この日見塔に、日記係であるデラゼナバラドーテスは常駐している。
彼女(※)の仕事は、日時を定める大砂時計を返す事と、日記係の通りに日々の出来事を、
記録する事。


※:エティーの物には男性体と女性体があるが、しかし、これ等の差異は外貌の違いのみである。
  デラゼナバラドーテスは女性体だが、女性機能を持つ訳ではない。

376 :創る名無しに見る名無し:2017/03/22(水) 19:21:28.19 ID:8sZ6NGRG.net
日記係のデラゼナバラドーテスは、度々命名の相談を受ける。
この日も新たに生まれた平民級の物に、命名の相談を受けていた。

 「名前を決めないと行けないらしいのですが、どう付ければ良いんでしょうか?」

エティーで名前を持たなければならない程の命が誕生する割合は、2〜5日に一度。
そう頻繁ではないので、対応に苦労はしない。
エティーで生まれた命は、最初から一定の知能を持っている事が多い。
これ等の多くはファイセアルスに生まれ落ちた霊が、肉の死を迎えて帰って来た物だ。
本当はエティーに残留している霊の片割れが、ファイセアルスの霊の影響を受けた物なのだが、
詳細は割愛する。
ファイセアルスから帰還した霊を持つ命は、奇妙な存在だ。
生前の表層的な記憶や知識は失われている。
同時に、生物としての生理的な欲求も全て失われている。
その中間の残り滓の様な物が、「命」を構成しているのだ。
生前の欲求が大きかった「満たされない人間」程、エティーでは空疎な存在になると言う。
それはエティーでは「満たすべき欲求」が存在しない為だと言う。

377 :創る名無しに見る名無し:2017/03/22(水) 19:24:51.89 ID:8sZ6NGRG.net
小難しい話は横に置こう。
平民級の物に相談を受けたデラゼナバラドーテスは、名簿を持ち出した。

 「これは今エティーに現存する物の名簿です。
  ここに書かれていない名前なら、何でも良いですよ」

 「何でも良いと言われても……」

自分で自分の名前を決めるのは、エティーに生まれたばかりの物には難しい事だ。
デラゼナバラドーテスは助言する。

 「7音以上で余り意味を持たない、出来るだけ長い名前が良いです。
  他の物と被ると、面倒な事になりますから。
  それと、同じ音は連続3つまでにして下さい。
  覚えるのが難しくなってしまいます」

 「『アアアイイイア』とかでも良いんでしょうか?」

至極真面目に問い掛けて来た、未だ名の無い物に対して、デラゼナバラドーテスも真面目に答える。

 「それは発声が難しいので止めた方が良いと思います。
  『アーアイーイア』や『アアーイイーア』、『アーアイイーア』にしませんか?
  どれも過去に存在しましたが、今は誰も使っていないので、そう呼ばれたければ、どうぞ」

未だ名の無い物は決め兼ねて唸り始めた。

378 :創る名無しに見る名無し:2017/03/23(木) 19:40:23.87 ID:1T++243O.net
サラサラと砂時計の砂が落ちる音が響き渡る。
静寂の中で、デラゼナバラドーテスは特に急かしたりしない。

 「サラサラシャーシャ……」

未だ名の無い物は砂の音を口で真似したが、デラゼナバラドーテスが即座に否定する。

 「それは類似した発音が既に使われているので駄目です。
  サラ、ササラ、サハラ、サーラ、シャー、シャーラの組み合わせは諦めて下さい」

再び長い沈黙の時が訪れた。
未だ名の無い物は3日程、日見塔で名前を考えていた。
エティーに時間の概念は無いに等しい。
特に何も急ぐ事が無ければ、幾ら時間を掛けても良い。
名前を決めるのに時間を掛けるのは、ここでは有意義な方だ。
そして、4日目になって漸くデラゼナバラドーテスは、未だ名を決め兼ねている物に話し掛けた。

 「思い浮かばないのであれば、私が名付けましょうか?」

 「はい、お願いします」

未だ名を決め兼ねている物は、迷わず答えた。
デラゼナバラドーテスは名簿から「嘗て使われていたが、今は使われていない」名前を適当に選ぶ。

 「ママンナムイチェブジロで、どうでしょう?」

 「……何か違う気がします」

本来、エティーで生まれた物は名前に拘りは無い筈なのだが、微かに残る生前の感覚が、
耳慣れない響きに違和感を持たせているのか、素直に受容された例は少ない。

379 :創る名無しに見る名無し:2017/03/23(木) 19:42:49.37 ID:1T++243O.net
それから又数日を掛けて、未だ名を決め兼ねている物は、己に相応しい名前を考えた。
デラゼナバラドーテスは特に声を掛けたりせず、迷うだけ迷わせ、悩むだけ悩ませていた。
その間に、別の新しい命がデラゼナバラドーテスに挨拶に来た。

 「あの、名前を決めないと行けないらしいんですけど……」

 「ええ」

デラゼナバラドーテスは名簿を開いて言う。

 「他の物と被らなければ、どんな名前を名乗っても構いません。
  但し、7音以上にして下さい」

 「そうは言われても、直ぐには思い付きません……」

 「幾らでも時間を掛けて良いので、ここで名前を決めて下さい」

この物も又、自分では名前を決め兼ねて、この場で考え始めた。
後から来た名前を決め兼ねている物は、先に居た名前を決め兼ねている物に、挨拶をする。

 「貴方は、ここで何を?」

 「私は名前を考えているのです」

 「ああ、私と同じですね。
  何時から?」

 「……結構、長いです。
  何日も前から」

お互いに無感情で、驚きも何も無く話が進む。
この2体は呆然と、殆ど何も考えていないも同然の状態で、数日を過ごした。

380 :創る名無しに見る名無し:2017/03/23(木) 19:44:26.24 ID:1T++243O.net
そうこうしている内に、3体目の新しい命がデラゼナバラドーテスの元を訪れる。

 「名前を決めないと行けないんですけど!?」

新しい命とデラゼナバラドーテスは同じ遣り取りを繰り返し、これも又、名前を決め兼ねて、
ここに居着いて考える事にした。
3体目も前の2体に挨拶をする。

 「お2人は、何してるんですか?」

2体は揃って答える。

 「名前を考えているんです」

 「私も一緒に考えます!」

そうして3体は一緒に呆っとし始めた。
呆っとしているだけで名前が思い浮かぶ訳も無く、4体、5体と名前を決め兼ねている物が、
次々に溜まって行く。
デラゼナバラドーテスは相変わらず、注意も助言もしなかった。
10体程、日見塔で呆っとしている物が溜まった所で、これを奇妙に思ったエティーの管理主、
サティ・クゥワーヴァが怪訝な顔でデラゼナバラドーテスに尋ねる。

 「この人達は何?」

 「名前を決め兼ねているそうです」

 「放って置いたら、どんどん増えて行かない?」

それの何が悪いのかと、デラゼナバラドーテスは不思議そうな顔をする。

381 :創る名無しに見る名無し:2017/03/24(金) 20:03:45.32 ID:S2Yq9a71.net
その内、自分で名前を決めるだろうと、悠長に考えているのだ。
ここを溜まり場にして貰っても困ると思ったサティは、問題解決に動いた。

 「貴方達、名前を決められないの?」

彼女が呼び掛けると、一同は銘々に肯定の反応を示す。

 「では、私が名付け親になりましょう」

そう宣言したサティに、デラゼナバラドーテスは名簿を渡し、忠告した。

 「サティさん、現存する物と被っては行けませんよ。
  それと出来るだけ、『良い名前』を付けて上げて下さい」

 「はい、はい」

サティは名簿を受け取りながら頷き、全員に問い掛ける。

 「今、良い名前が思い浮かんでいる人は?」

しかし、反応する物は居ない。
サティは眉を顰め、一人一人の顔を見詰めた。
新しく生まれた命の容には、幾つかの定型がある。
先ず、明確に男性体と女性体が判別出来る物と、そうでない物。
前者は男らしい名前、女らしい名前を好むが、そうした拘りは後者には無い事が多い。
次に、顔付きや体付きが、ファイセアルスの地方人種に当て嵌まる物。
やはり、その地方に特有の名前を好んだりする。
これ等は生前の情報が反映されていると思われる。

382 :創る名無しに見る名無し:2017/03/24(金) 20:04:49.08 ID:S2Yq9a71.net
そんな話をサティはエティーの古老ウェイルから聞いていた。
彼女は先ず、グラマー地方出身者に似た風貌の物を指して呼ぶ。

 「そこの貴方と、貴方と、貴方。
  前に出なさい」

男性体が2体と、女性体が1体。
身体には緩いローブの様な物を纏っているが、これは異空の魔力で構成された身体の一部だ。
人間と同じ「肉体」は持っていない。
その内の女性体を選んで、サティは問い掛けた。

 「先ず、貴方から。
  ファイセアルスの文字は読める?」

そう言いつつ、彼女はファイセアルスの文字一覧が書かれた紙を取り出して見せた。
エティーに製紙工場は無いので、魔力で創った物だ。

 「はい」

女性体は頷く。
発声、文字、仕草は比較的残っている事が多い。
余り言葉を発しない、文字を読み書きしない生活を送っていたなら、忘れているかも知れない。
それなりの知能さえあれば、エティーで生まれた後でも後天的な学習が出来るので、
大きな問題にはならないのだが……。

383 :創る名無しに見る名無し:2017/03/24(金) 20:07:21.38 ID:S2Yq9a71.net
サティは女性体に言う。

 「好きな文字を選んで」

女性体は少しの間、指を迷わせていたが、一つ「N」音の文字を選んだ。

 「他には無い?
  好きなだけ選んで良いよ」

そう言われて、女性体は次々と選んで行く。
「A」音、「K」音、「L」音。

 「ナクル?」

サティが素直に読み上げると、女性体は続けて選んだ。
「T」音、「J」音、「Z」音。

 「トゥ……タ、ジャズ…?
  ナクルタジャズ?」

サティが繋げて読むと、女性体は首を傾げて、今一つ納得の行かない顔をする。

 「ナークルタジャーズ?
  ナクールタージャーズ?」

女性体は暫く不満気な顔をしていたが、やがて自分で名前を決めた。

 「ナークラタジャーナ」

サティは名簿を捲り、同じ名前が無い事を確認して頷く。

 「良いよ。
  今日から、貴方はナークラタジャーナ」

384 :創る名無しに見る名無し:2017/03/25(土) 21:38:24.99 ID:Fk3UhWiC.net
 「ナークラタジャーナ!」

名前が決まった女性体は嬉しそうな顔をして、日見塔の外に出て行った。
彼女の名前が決まるまでの流れを大人しく見ていた、他の名前を決め兼ねていた者達は、
挙ってサティに文字が書かれた紙を求める。

 「私にも、その紙を見せて下さい。
  良い名前が思い付きそうです」

 「私にも下さい」

 「私にも」

それで名前が決まるならと、サティは紙を複製して全員に配った。
以後は浅りと全員の名前が決まる。
サティが助言をする必要も無かった。
彼女は次々と日見塔を後にする物達を見送り、良かった良かったと安堵の息を吐く。

 「フー、終わったよ」

サティは名付けが終了した事をデラゼナバラドーテスに告げ、名簿を返す。

 「お見事です」

デラゼナバラドーテスは素直に感心を言葉に表したが、サティは眉を顰めた。

 「見事って言われても困るよ、ゼナ。
  私はファイセアルスの音表を皆に配っただけ。
  今後は、これを名付けに活用して頂戴」

サティは名付けに使った音表を、デラゼナバラドーテスに渡した。

 「承りました」

偶に現れる文字が読めない物以外は、これで名付けが早く済むだろうとサティは考える。

385 :創る名無しに見る名無し:2017/03/25(土) 21:39:51.45 ID:Fk3UhWiC.net
直後、彼女は引っ掛かりを覚えて、デラゼナバラドーテスに尋ねた。

 「所で、ゼナ」

 「はい、何でしょう?」

 「……その名簿や日記は誰が創ったの?」

異空で「物質を創造する」には、ある程度の魔力と知識が必要だ。
デラゼナバラドーテスが創った訳ではない。
可能性があるとすれば、ウェイルだろうかと彼女は予想する。

 「名簿はウェイルさんに創って貰いましたが、日記の方は分かりません」

予想外の返答に、サティは質問の仕方を変えた。

 「……貴方に日記を渡したのは誰?」

 「いえ、気付いた時から持っていました」

サティは困惑する。

 「えっ、どう言う事?
  どうして日記を付けようと思ったの?」

 「暇だったので、何と無く日々の出来事を記して残そうと思ったのです」

 「貴方を日記係に任命したのは?」

 「任命?」

 「ウェイルさんか誰かに任命されたんだよね?」

 「いえ、そう言う訳ではありません」

サティは唖然とした。
デラゼナバラドーテスは誰かに指示されたのではなく、趣味で日記を付けていたのだ。

386 :創る名無しに見る名無し:2017/03/25(土) 21:40:24.16 ID:Fk3UhWiC.net
歴史上で初めて歴史書を残した人物を、サティは思った。
デラゼナバラドーテスは、そうした役回りを持って生まれた存在なのではないかと。
もしかしたら、彼女が日記を付ける事は、「エティーの意志」なのかも知れない。
エティーの4つの果てを、それぞれ守る4体の守護者の様に。

 「私を『日記係』と初めて呼んだのはウェイルさんですが、その前から日記は付けていました」

 「そうだったんだ……」

 「残念ながら、エトヤヒヤの事や、バニェス大伯爵侵攻以前の事は分かりませんが……。
  私は私の知る限りのエティーを、書き残して行きたいと思っています」

志を語るデラゼナバラドーテスに、サティは感嘆の息を吐いて尋ねる。

 「大砂時計を引っ繰り返したり、名前を付けたり、仕事が多くて大変じゃない?
  私が言うのも何だけど……」

少なくとも「大砂時計を返す」仕事を与えたのは、サティである。
デラゼナバラドーテスは全く苦労を感じさせず、平然と答える。

 「『大変』と言うのが分かりません。
  忙しいと思った事は無いですよ。
  何もしないと日記に書く事が無くなるので、困ります」

エティーの物は何もしなくても生きて行けるので、基本的に暇を持て余している。
睡眠も食事も必要としないので、普段は空(うつ)いているが、心は「何か」を求めている。
異空で役割を持って生まれた物が他を見下すのは、明確な目的があり、それに従って生きる事が、
出来る為だ。
自ら意志や目的を持って動ける物は、異空では少ない……。

387 :創る名無しに見る名無し:2017/03/26(日) 19:58:44.85 ID:gpwsBtl+.net
姉弟弟子


エグゼラ地方南部 第三魔法都市エグゼラから第四魔法都市ティナーへと伸びる開拓街道3番にて


巨人魔法使いがエグゼラ魔導師会本部を襲撃した事件後、魔導師会の執行者に拘束された、
旅商の男ワーロック・アイスロンは、現役八導師の口利きで早く解放されはした物の、
長らくエグゼラ地方に留まる気にはなれず、ティナー地方へと移動するのだった。
その道中、彼は赤い髪の魔女に出会した。
魔女は大きなウィッチ・ハットにミニ・マント(ミニ・クローク)と言う目立つ服装だが、
街道を行く人々は誰も気に留めない。
丸で、存在を認知していないかの様に。
しかし、ワーロックの目には確りと彼女の姿が映っていた。
魔女はワーロックを正面から睨み付けていた。
この魔女が「反逆同盟」の一員だと、ワーロックは知っている。
名前までは知らないが、先の巨人事件で、巨人魔法使いと共に居た。
ワーロックが警戒して足を止めると、魔女は尊大さを以って厳かに話し掛ける。

 「ラヴィゾール……」

彼女はワーロックの「魔法名」を口にした。
ワーロックは身構えながら尋ねる。

 「お前は、あの時の!
  何が目的で、こんな所に現れた?」

388 :創る名無しに見る名無し:2017/03/26(日) 20:00:33.64 ID:gpwsBtl+.net
魔女は暫く何も答えずに立ち尽くしていたが、やがて口を利く。

 「私の名はチカ・キララ・リリン」

唐突な自己紹介に、ワーロックは意図が読めず困惑する。

 「師はアラ・マハラータ・マハマハリト」

続く一言に、彼は目を見張った。

 「師匠の!?」

 「私の事は聞いていないか?」

驚くワーロックを嘲笑する様に、チカと名乗った魔女は言う。

 「……いや、知らない。
  本当に師匠の……?」

そうワーロックが答えると、彼女は少し寂しそうな顔をした。

 「あの方は何も話さなかったか……。
  その様に判断されたのなら、仕方が無い。
  私は君の姉弟子に当たる存在だ」

嘘では無さそうだと認めたワーロックは、親近感を覚えると同時に、強い疑問を抱く。

 「それが何故、反逆同盟に!」

彼が威勢良く問い質すと、チカから彼に向けて鋭い殺気が飛ぶ。
体を貫く様な悪寒が走り、ワーロックは身震いした。

389 :創る名無しに見る名無し:2017/03/26(日) 20:03:34.80 ID:gpwsBtl+.net
だが、それは一瞬の事で、直ぐに殺気は収まる。
チカは淡々と答える。

 「語れば長くなる。
  共通魔法使いは私の両親の仇とだけ答えておこう」

 「共通魔法使いが、仇?
  誰の事です?
  魔導師ですか?」

個人の悪行を全体に転嫁する事は無いだろうと、ワーロックは言いたかった。
しかし、そんな理屈はチカには通じない。

 「誰と言う事は無い。
  『共通魔法社会』その物が、私の両親を死に追い遣ったのだ」

それが何百年も前の話だと、ワーロックには分からない。
そこまで非道な人間が、今の社会に存在するとは思えない。

 「どこの話なんですか?
  閉鎖的な小村?
  それとも逆に、人が多い都会?」

共通魔法使い全員を恨む様な事だろうかと、ワーロックは暗に訴えていた。

 「『どこ』だの、『誰』だのと、自分は関係無いとでも言いた気だな」

チカは軽蔑の言葉を吐く。
彼女にとっては、ワーロックも共通魔法使いの1人だ。
一方で、ワーロックにとっては知る由も無い遠い過去の話。
外道魔法使いが排斥された、開花期の盛りの……。

390 :創る名無しに見る名無し:2017/03/27(月) 19:40:38.66 ID:QIQJ9GqC.net
ワーロックは改めて問い掛ける。

 「何をしに来たんですか?
  ここで暴れる積もりでは――」

開拓街道は多くの者が利用する、主要な交通路の一。
ここで破壊の限りを尽くせば、共通魔法社会に与える動揺は大きい。

 「それも悪くは無いが……。
  お前と話をしてみたかった。
  同じ師を持つ者として」

彼女の口振りからは、師への尊敬が窺える。
「同じ師を持つ者として」、どうにか説得出来ない物かと、ワーロックは考えた。

 「復讐を師匠が肯定するとは思えません。
  どうしても、共通魔法使いが許せないんですか……?」

懸命に訴える彼に対して、チカは冷徹な眼差しを向ける。

 「お前如きが私を説き伏せよう等と思うな。
  言葉には気を付けろ。
  何時、心変わりするかも知れないぞ」

「今は」戦う積もりは無いが、周囲を巻き込む事に躊躇いは無いと宣言するチカ。
静かな殺気が込められた脅迫に、ワーロックは口を閉ざす他に無かった。

391 :創る名無しに見る名無し:2017/03/27(月) 19:42:15.04 ID:QIQJ9GqC.net
チカは詰まらない物を見る目で、ワーロックを貶す。

 「期待外れだな。
  何故あの方は、お前の様な者を選ばれたのか……」

チカはワーロックの「魔法」を試したかった。
自らの横暴を止める程度の力はあると、想像していたのだ。

 「あの時の魔法は、どうした?
  使わないのか?
  お前の魔法を見せてみろ」

初対面の時、ワーロックは強力な魔法でチカを撃退した。
同じ事が出来るなら、チカに言われるが儘、大人しくしている道理は無い。
特殊な条件や準備が必要だったのかと、彼女は予想する。
ワーロックは俯いて答える。

 「争いは好みません。
  共通魔法使いの全てが悪い訳ではないでしょう?
  共通魔法使いとて、貴女を外道魔法使いだと蔑み、嫌う者ばかりではありません……。
  貴女に同情する者もある筈です」

 「同情だと?
  誰が、そんな物を欲した?」

強い口調で応えたチカに、ワーロックは禁句を口にしたと直感する。

392 :創る名無しに見る名無し:2017/03/27(月) 19:46:12.35 ID:QIQJ9GqC.net
チカの目は徐々に釣り上がり、怒りを膨らませて行く。

 「全ての原因は共通魔法使いの、その傲慢にある。
  1つ1つは取るに足らない物の分際で、集れば勢い付き横暴になる。
  弱い物を虐げ、異質な物を排除する一方で、強い物を崇めて、同一になろうとする。
  そんな連中に、誰が同情を求める!」

ワーロックは何も言えなかった。
下手に取り繕おうとすれば、益々激昂させるだけだと感じた。
そんな彼に向かって、チカは尋ねる。

 「ラヴィゾール、お前は何故、共通魔法使いの側に付く?」

何故と問われても、理由を言葉にするのは難しい。
それが当然であるとワーロックは思っていた。
答え倦ねる彼に、チカは言う。

 「……共通魔法使いだからか?」

 「それもあると思います」

 「他に理由が?」

 「どんな理由があっても、平穏に暮らしている多くの人々の幸せを奪う事は無いでしょう……」

ワーロックは己が信じる正義を口にしたが、虎の尾を踏む行為であった。

 「それを共通魔法使いが言うのか!
  何の咎も無き多くの魔法使いを、外道と罵り葬って来た者共が!」

チカに怒鳴られ、ワーロックは又も口を噤む。
生まれ付いて外道と呼ばれる苦しみは、平々凡々に生まれ育った共通魔法使いには解らないのだ。

393 :創る名無しに見る名無し:2017/03/28(火) 19:42:25.06 ID:bGtnHJvg.net
それでもワーロックは何とか言葉を絞り出した。

 「貴女が、どんな辛い目に遭って来たのか、私には分かりません。
  そこまで人を恨む様な事をされたのでしょう。
  しかし、やはり悪事を見過ごす事は出来ません」

 「悪事だと?」

更なる怒りを買う覚悟で、彼は決意表明する。

 「現行法では外道魔法使いだからと言って、迫害する事は許されません。
  貴女が受けた損害は、正面から告発すべきです。
  私憤を晴らすだけの行動は認められません」

法治主義の観点から、ワーロックは正論を吐いた。
魔法に関する法律で制限を受けるのは、共通魔法使いも外道魔法使いも同じ。
それを受けて、チカは鼻で笑う。

 「『法』か……。
  支配者に都合の好い法を、私が受け入れる理由は何だ?」

 「法律は権力を固めるだけの物ではありません。
  弱い立場にある者を庇護し、公正公平な取り扱いを受けられる様にする意味もあります」

 「無駄だよ。
  私の怨恨の元は既に、お前達の法概念で言う『時効』を迎えている」

 「時効?
  貴女は一体、何時の……」

ワーロックは眉を顰めた。
チカの外見は多く見積もっても30代。
旧い魔法使い達は、外見通りの年齢をしていない事が多いが、どの程度昔の話なのだろうかと。
ワーロックの姉弟子と言う事は、50を過ぎているのか?
怨恨の元となった出来事は、20年、30年、それよりも前なのだろうか?
何十年前だろうが、迫害があった事実を明らかにする事は、社会的な意義がある。
仮令、法律では裁けなかったとしても。

394 :創る名無しに見る名無し:2017/03/28(火) 19:45:17.05 ID:bGtnHJvg.net
そうワーロックは思っていたが、チカは不気味な笑顔で答える。

 「もう年を数える事はしなくなったが、300は優に越えている」

300年と言う時間に、ワーロックは公学校の歴史の授業で習った『外道魔法使い狩り』が、
横行していた時代を想起した。
開花期の中頃から終わりに掛けての共通魔法社会の横暴は、今も語り継がれている。
それは二度と同じ過ちを繰り返させない為だ。

 「300年も……!」

驚愕するワーロックに、チカは憎悪の言葉を打付ける。

 「しかし、昨日の事の様に思い出せるよ。
  共通魔法使いの『悪事』をな!」

 「……当時は現代程、遵法意識や倫理観が発達しておらず……。
  共通魔法社会は未熟な過去を反省しています」

彼女は一切の言い訳を許さない。

 「それで?
  散々迫害した後で、『過去の事』と片付け、反省しているから許せと?
  私達から奪った物の上で、平然と胡坐を掻きながら」

過去に共通魔法社会が非道を働いた事は、否定したくても否定出来ない事実だ。
それも「過去の事として反省した」と言うだけであり、何等かの補償をした訳ではない。

395 :創る名無しに見る名無し:2017/03/28(火) 19:48:26.14 ID:bGtnHJvg.net
だからと言って、今更補償が出来る訳も無い。
多くの共通魔法使いにとって300年も昔の話は、本当に「遠い過去の出来事」であり、
恨み訴えた所で通じはしない。
ワーロック自身にも当事者意識は薄い。

 「……どうすれば許すと言うんですか……?」

チカは笑顔で答える。

 「気に病むな。
  元から許す気は無い。
  お前達は、これまでと変わらず、図々しく被害者面をして生きていれば良い。
  補償は疎か、反省も後悔も求めはしない。
  己を憐れみ、嘆きながら滅びよ!
  それが私の復讐……」

復讐に囚われた彼女は邪悪その物だった。

 「貴女は、そんな事の為に師匠に仕えて、魔法を習ったんですか……?」

しかし、ワーロックは彼女に対する怒りが湧かなかった。
寧ろ、憐れみを覚えていた。
共通魔法使いを許すに許せず、憎み切る為に悪に徹しようとする姿は、健気でさえあった。
チカは答に詰まり、唯ワーロックを睨んだ。
彼女にとって、師は特別な人物であり、故に自己の中の暗黒は隠し続けていた。

396 :創る名無しに見る名無し:2017/03/28(火) 19:51:13.48 ID:bGtnHJvg.net
それは未だチカが「復讐」を企む前の事。
拾われ子だった彼女は、師の下で素直に育っていた。
師と触れ合い、共に過ごした日々は、安らぎの中にあり、清き思い出として残っている。
共通魔法使いの悪事を知り、それが父母の命を奪ったと知ったチカは、憎しみに囚われた。
苦しむ彼女に、師は忘れる様に助言した。
誰も復讐を望んではいないと。
だが、チカは忘却する事が出来ず、復讐の為に師の下を去り、禁断の地を離れた。

 「お前には解るまい!
  共通魔法使いの、お前には……!」

そう吐き捨てると、彼女はマントを翻し、旋風の渦に身を消した。

 (……一体何だったんだ?
  宣戦布告?)

ワーロックは呆然と立ち尽くし、真剣に悩む。
周囲の者は誰も、チカとワーロックを気にしていなかった。

 (同じ師……。
  共通魔法使いに復讐……)

態々宣告に来たと言う事は、何かを期待されていたのではと、ワーロックは考える。
少なくとも、復讐をより味わい深い物にする為だとは思えなかった。

397 :創る名無しに見る名無し:2017/03/29(水) 19:36:31.51 ID:0Tf0CHle.net
吸血鬼を倒せ!


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の一員である魅了の魔法使いバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックは、
彼と親しい未知の魔法使いヘルザ・ティンバーが、この頃元気が無い事を心配していた。
何をする時も上の空で、疲れた様な顔で溜息ばかり吐いているのだ。
この日もヘルザは自らラントロックの部屋を訪ねながら、呆然と座っているだけの時間が長い。

 「ヘルザ?
  具合悪いの?」

 「んー、そう言う訳じゃ……。
  何でも無いよ」

誤魔化しの返事も気怠そうで、活力が感じられない。
そして又、溜息を吐く。

 「フー……」

その時、ラントロックは彼女の首筋に、薄桃色の細い一文字の傷跡がある事に気付いた。

 「あのさ、首の傷、どうしたの?」

 「な、何でも無いよ!」

指摘されたヘルザは傷跡を押さえて、赤くなって俯く。
彼女の反応を、ラントロックは怪しんだ。
ヘルザは散らと窓の外に目を遣り、太陽の傾き具合を確かめる。
太陽は西に大きく傾き、夕方が近い。

398 :創る名無しに見る名無し:2017/03/29(水) 19:38:24.07 ID:0Tf0CHle.net
彼女が数日に一度、嫌に時間の経過を気にする事を、ラントロックは奇妙に思っていた。

 「この後、用事でもある?」

ラントロックの問いに、ヘルザは喫驚して、吃音りながら応じる。

 「えっ、や……、まぁ、ん……」

かなり曖昧な返事に、ラントロックは益々怪しみ、眉を顰めた。

 「有る、無い?」

ヘルザは暫し沈黙し、然る後に言葉を濁して答える。

 「無い……訳じゃないけど……。
  未だ時間あるから、平気平気」

 「どんな用事?」

ラントロックの追及に、ヘルザは苦笑い。

 「どんなって……。
  大した事じゃないよ、ラントが心配しなくても」

 「心配するさ。
  この頃、君は変だよ」

そうラントロックが詰め寄ると、ヘルザは申し訳無さそうな顔をして、身を引いた。

 「そろそろ戻るね。
  私の事は大丈夫だよ、大丈夫……」

 「あっ、待って!」

ラントロックは呼び止めようとしたが、ヘルザは構わず退室して、自分の部屋に戻ってしまった。

399 :創る名無しに見る名無し:2017/03/29(水) 19:41:15.52 ID:0Tf0CHle.net
これは徒事ではないと、ラントロックは予感した。
そこへ丁度、頃合を見計らっていた様に、半人半鳥のフテラが窓を叩く。
ラントロックが窓を開けると、外側の窓台に止まっていたフテラは一旦離れてから入室した。

 「どうしたんだい、フテラさん?」

ラントロックが尋ねると、フテラは真面目な顔で言う。

 「ヘルザは何か隠し事をしているな」

 「見てたの?」

覗き見は良くないとラントロックは眉を顰めるが、フテラは気にしない。

 「まあね。
  あの様子だと……他に男でも出来たか」

 「男?」

そうだろうかとラントロックは訝る。
この砦にはヘルザを口説こうと言う男は居ない筈だ。
暗黒魔法使いのビュードリュオンは研究に没頭している。
巨人魔法使いアダマスゼロットは最近姿が見えない。
フェミサイドは名前の通り女嫌いだ。
ニージェルクロームもゲヴェールトも、年齢の離れた少女を相手にしそうには思えない。

 「気になるか?」

思案するラントロックに、フテラは囁き掛けた。
それは嫉妬を煽っている様で、ラントロックは困惑する。

 「気になるって言うか……、心配だよ」

 「私が様子を見に行ってやっても良いぞ」

彼女は好奇心でラントロックに提案した。

400 :創る名無しに見る名無し:2017/03/30(木) 20:13:35.33 ID:0Flrz59o.net
フテラは「本当に男が居たら面白い」位の考えに過ぎないのだが、ラントロックは真剣に悩む。
彼にとってヘルザに男が居る、居ないは大した問題ではない。
そもそも男が居るとは思っていない。
悩んでいるのは、年頃の少女のプライバシーに干渉して良いのかと言う点だ。
姉を持つラントロックは、その辺りに敏感だった。
赤の他人であれば気にしないが、顔見知りだと逆に気が引ける。
しかし、ここの所のヘルザの様子は尋常ではない。

 「それじゃあ、頼むよ」

迷った末にラントロックが応じると、フテラは嫌らしく笑った。

 「何が判っても後悔するなよ」

 「いや、構わないけど……?
  寧ろ、何か判らないと困るよ」

 「そうかな?
  では、行って来る」

フテラは窓に足を掛けると、怪鳥の姿に変じて飛び立った。
ラントロックは彼女を見送り、窓を閉める。

 (『男が居る』で済むなら良いんだけど)

ヘルザは未だ自分の魔法が判っておらず、自衛が難しい。
悪い企みに利用されていないか、それが彼には気懸かりだった。

401 :創る名無しに見る名無し:2017/03/30(木) 20:15:30.51 ID:0Flrz59o.net
ラントロックに依頼されたフテラは、ヘルザの部屋の窓から少し離れた大きな木の枝に止まり、
彼女を監視する。
拠点の部屋にはカーテン等と言う洒落た物は無い。
遠目が利くフテラは、数通離れていても、人の細かい動作まで判別出来る。
ヘルザは部屋のベッドの上で独り、寝たり起きたりを繰り返し、頻りに窓の外を気にした。

 (何だ?
  こちらに気付いている訳では無い様だが……)

フテラはヘルザが「太陽」を気にしているとまでは見抜けなかった。
何も起こらない儘、徒に時だけが過ぎ、やがて日が暮れ、夜になる。

 (……密会と言えば夜中よなぁ)

絶対に何かある筈だと、フテラは気を抜かず、ヘルザの部屋を監視し続ける。
夜中でもフテラは夜目が利くので、問題にしない。
ヘルザは早い時間からベッドで眠ったかと思いきや、真夜中になって目を覚ました。

 (こんな時間に?
  小水か?)

フテラが注視していると、部屋の中に赤黒い靄が掛かる。
それは徐々に人の形を取る。

 (フェレトリ!!)

ヘルザの部屋に現れたのは、吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカだった。

402 :創る名無しに見る名無し:2017/03/30(木) 20:16:53.45 ID:0Flrz59o.net
フテラはフェレトリが吸血をするのだと直感する。
ヘルザは恍惚の表情で、フェレトリを迎えている。
恐れる様子は微塵も無い。

 (魔法で精神をやられている?)

2人は何事か話し合っているが、そこまではフテラでも聞き取れない。
唯、フェレトリは妖艶な笑みを浮かべ、ヘルザは陶然として、淫靡な雰囲気である事だけは確り判る。
ヘルザは着衣を緩めて、歩み寄るフェレトリを迎え入れる。
フェレトリは鋭い爪の先で腕、脚、胸と、彼女の体の各所を浅く切っては、口付けて血を舐める。

 (そんなに『良い』物か……?)

2人の様子にフテラは首を傾げ、観察を続けた。
淫蕩に耽溺するヘルザの顔を見ていると、羨ましさよりも恐ろしさが込み上げる。
傷付けられ、血を奪われていると言うのに、ヘルザは抵抗する所か、喜んでいる。
少なくともフテラの目には、そう映った。
約1角もの長い時間を掛けて、フェレトリは熟(じっく)りとヘルザを甚振り、漸く満足したのか、
彼女から身を離す。
所が、ヘルザは未だ物惜しそうな顔をしている。
フェレトリはヘルザの衣服の乱れを直してやると、額に別れの口付けをし、その後、
窓の外に目を遣った。
フェレトリとフテラの視線が交錯する。

 (見付かった!?)

偶然ではなく、確かに意識して自分の方を見たと、フテラは本能的に知覚する。
フェレトリは観察されている事は承知で、ヘルザから吸血していたのだ。
正々(まざまざ)と見せ付ける様に……。
我に返ったフテラは、これは厄介な事になったと、その場から逃げる様に慌てて飛び去った。

403 :創る名無しに見る名無し:2017/03/31(金) 19:07:54.52 ID:uWsaXH0d.net
翌早朝、フテラはラントロックに昨晩の出来事を報告する。

 「トロウィヤウィッチ、残念な報告だ。
  ヘルザはフェレトリに寵(かこ)われている」

 「フェレトリさんが?
  ヘルザを……寵う?」

言葉の意味が解らない彼に、フテラは改めて言った。

 「ああ、吸血していた。
  ヘルザの様子が奇怪(おか)しかったのは、奴の所為だ」

 「吸血!?」

恐れていた事が起こったと、ラントロックは険しい表情になる。
自分の魔法を見付けておらず、身を守る術を持たないヘルザは、人間を餌とする物共の、
恰好の獲物なのだ。

 (味方に手を出すとは……)

それでも同盟の同志に手を付ける事はしないだろうと、彼は思っていたのだが、甘い考えだった。

 「フェレトリは強い力を持つ、『悪魔伯爵』だ。
  取り戻そう等と考えない方が良いと思うぞ」

フテラは諦める様に促したが、聞き入れるラントロックではない。

 「そうは行かない!
  フェレトリさんと話して来る!」

彼は部屋を飛び出し、フェレトリが居る地下に向かった。

404 :創る名無しに見る名無し:2017/03/31(金) 19:11:50.24 ID:uWsaXH0d.net
ラントロックは独りで砦の地下に行き、フェレトリの部屋の戸を叩く。

 「フェレトリさん!」

しかし、返事が無い。
夜行性の彼女は、昼間は棺の中で眠っているのだ。

 「失礼しますよ!」

それは想定通りなので、ラントロックは中の反応を待たず、戸を開けようとしたが、
押しても引いても怯(びく)ともしない。
一見した所は判らないが、他の部屋の戸と比較して、特別頑丈な造りになっている様だ。

 「フェレトリさん!
  ……フェレトリッ!!」

ラントロックは乱暴に呼び捨て、戸に体当たりをしたが、弾き返される。
力尽くでは開きそうに無いし、破壊も無理そう。

 (駄目かっ……!
  仕方無い、ヘルザに会いに行こう)

何も得る物が無い儘、彼は地上階へ引き返した。
そして、直接ヘルザの部屋に向かう。

405 :創る名無しに見る名無し:2017/03/31(金) 19:16:15.00 ID:uWsaXH0d.net
 「ヘルザ、居るかい?
  大事な話があるんだ!」

ラントロックがヘルザの部屋の戸を叩くと、中で物音がする。
未だ早い時間なので、ヘルザは眠っていたのかも知れない。
ラントロックの呼び掛けで目覚め、身嗜みを整えているのだろう。
焦った声が返って来る。

 「一寸待って!」

約1点後に、部屋の戸が開いて、ヘルザが姿を現した。

 「どうしたの?
  こんなに朝早く」

余程慌てていたのだろう、何時もは留められている彼女の上着の一番上の釦が、1つ外れている。
ラントロックは目を見張り、彼女の肩を掴んで詰め寄った。

 「ヘルザ、この傷は?」

彼の視線は、ヘルザの開(はだ)けた上着の隙間から除く、鎖骨の下辺りにある。
そこには赤味の濃い傷痕が残っていた。
首筋にも、昨日の物とは別の傷跡が残っている。
他にも、よく注意して見れば、既に消え掛けている古い傷跡があった。

 「どうしたら、こんな傷が付くんだ?」

問い詰める様なラントロックの口調に、ヘルザは気不味そうな顔をして俯いた。

406 :創る名無しに見る名無し:2017/04/01(土) 19:33:56.62 ID:OUtxBPK3.net
黙った儘の彼女に、ラントロックは怒りの篭もった鋭い目付きで言う。

 「フェレトリだな?
  あいつに、やられたんだろう?」

ヘルザは肯定も否定もせず、唯々俯いてばかり。
ラントロックは歯噛みして、フェレトリに敵意を抱いた。
未だ満足に魔法を使えない、可弱(かよわ)い女子を狙うとは、許し難い非道だと。
そんな彼をヘルザは宥めようとする。

 「あの、あのね、ラント……。
  私は大丈夫だから……」

 「何を言ってるんだ!
  どう見たって、大丈夫じゃないじゃないか!」

体中に傷を付けられて吸血されていると言うのに、大丈夫な訳が無いとラントロックは言い切った。
度々呆っとしていたのは、恐らく貧血が原因。
しかし、ヘルザは弱々しい声で抗弁する。

 「本当に、大丈夫……。
  私、フェレトリさんと契約したの」

 「契約だってェ!?」

ラントロックは驚愕の事実を知らされ、甲高い声を上げた。

 「どんな契約!?」

 「少しだけ、私の血を上げる代わりに、守って貰うの」

 「守るって、何から!?」

砦の外で同盟の一員として活動する訳でも無いのに、敵対する様な相手が居るのかと、
ラントロックは疑う。

407 :創る名無しに見る名無し:2017/04/01(土) 19:35:23.33 ID:OUtxBPK3.net
「何」と問われ、ヘルザは口篭もる。

 「……何だろう?
  でも、味方は多い方が良いよね」

曖昧に笑む彼女に、ラントロックは啖呵を切って見せた。

 「そんなに不安なら、俺が君を守る!
  だから、フェレトリとは縁を切るんだ!」

堂々とした宣言にヘルザは照れて赤面するも、素直に従いはしない。

 「気持ちは嬉しいんだけど……」

 「……俺じゃ頼り無いって言うのかい?」

ラントロックが怪訝な声で問うと、彼女は小さく首を横に振った。

 「そうじゃないけど……」

 「誤魔化さないで、言ってくれ」

明言を求めるラントロックに対して、ヘルザは逡巡した後に応じる。

 「……私はね、フェレトリさん、嫌いじゃないの」

 「好き嫌いの問題なのか!?」

訳が解らないと、ラントロックは驚きと呆れの混じった声を上げた。

408 :創る名無しに見る名無し:2017/04/01(土) 19:39:57.16 ID:OUtxBPK3.net
ヘルザはラントロックを真っ直ぐ見詰めて、その手を徐らに優しく取り、話し始める。

 「体に傷付けられて、血を吸われて……。
  痛くないか、嫌じゃないかって、ラントは心配してくれてるんだよね?」

彼女の言葉には不思議な迫力があり、ラントロックは気圧された。

 「でも、平気なの。
  痛くないし、嫌でもないの」

 「そんな……」

恍惚の表情で語るヘルザに、ラントロックは恐れを感じ、彼女の体の傷痕に目を遣った。
確かに、傷は浅く表層的な物に過ぎないが……。
懐疑の視線に気付いたヘルザは、頬を染めて告白する。

 「……全然痛くない訳じゃないけど……。
  気持ち良くなるの。
  血を吸われていると、小さな痛みが段々と……」

 「えっ……?」

何を言っているんだと、ラントロックは困惑の剰りに声を失う。
ヘルザは気恥ずかしさから、視線を逸らして続けた。

 「へ、変な事を言ってると思う……?
  変だよね……。
  でも、本当なの」

彼女は大胆にも、ラントロックの手を自らの胸の傷痕に当て、擬(なぞ)らせる。
薄い瘡蓋が出来ているだけで、未だ少し痛むのか、ヘルザは僅かに顔を顰めた。

 「小さな痛みが、段々……」

所が、面(おもて)に表れる苦悶の色は徐々に陶酔へと変わって行く。
彼女は正気ではないと、ラントロックは確信した。
この儘ではヘルザは遠からず廃人化する。

409 :創る名無しに見る名無し:2017/04/01(土) 19:41:25.06 ID:OUtxBPK3.net
ラントロックはヘルザの説得を諦め、フェレトリを打倒する決意をした。
とにかく吸血は直ちに止めさせなければならない。

 「フェレトリは今夜も来るのか?」

ラントロックが尋ねると、ヘルザは首を横に振る。

 「次は明後日の夜……」

 「明後日……」

険しい顔をする彼の内心を、どう誤解したのか、ヘルザは悪戯っぽく微笑んで言う。

 「……ラントも吸って貰う?」

 「冗談じゃない!」

 「気持ち良いのになぁ……」

丸で快楽依存症の様に、彼女は吸血「される」事の虜になっている。
ラントロックはヘルザの手を振り払い、自室に戻った。
彼は明後日の夜までに、吸血鬼の退治方法を考えなくてはならない。

410 :創る名無しに見る名無し:2017/04/02(日) 17:33:50.86 ID:JKwsuOUa.net
思い詰めた顔で戻って来たラントロックを、B3Fのフテラとテリアが心配する。
特に、事情を知らないテリアの方は、真っ先に駆け寄って御機嫌を伺った。

 「どうしたんだ、トロウィヤウィッチ?
  お腹痛い?」

 「違うよ……」

ラントロックは彼女の的外れな気遣いに苦笑しつつ、フテラに言う。

 「フテラさん、俺はフェレトリを倒す」

テリアは驚愕して目を見開いた。

 「正気か?
  悪魔伯爵に勝てるとでも――」

 「勿論、真正面から戦って勝てるとは思ってない。
  だから、知恵を貸して欲しい。
  フテラさんはフェレトリの弱点を知らない?」

ラントロックの問い掛けに、フテラは数極の間を置いて答える。

 「太陽に弱いと言う事は知っている」

 「奴が現れるのは夜中なんだ。
  他に、苦手な物とか……」

 「済まない、そこまで吸血鬼に関して詳しくはない。
  悪い事は言わない、フェレトリと敵対しようと思うな。
  私は君が心配だよ」

優しい声で忠告する彼女に、ラントロックは申し訳無いと思いながらも、志は変わらなかった。

411 :創る名無しに見る名無し:2017/04/02(日) 17:35:07.25 ID:JKwsuOUa.net
そこに横で話を聞いていたテリアが、割って入る。

 「フェレトリを殺(や)るのか?」

彼女は興味津々で、湧く湧くしながらラントロックに尋ねる。

 「ああ」

険しい顔でラントロックが頷くと、テリアは鼻息荒く応えた。

 「私で力になれるなら、何時でも協力するぞ!」

彼女は彼女でフェレトリに恨みがあるのだ。
その理由に心当たりがあるフテラは、小声でテリアに囁き掛ける。

 「良いのか?
  トロウィヤウィッチはヘルザの為に戦おうとしているんだぞ」

放って置けば、恋敵が1人減るのだから、関与しないのが得策ではないかと、フテラは言っていた。
それをテリアは理解していない。

 「何だって良いさ!
  前々から、あいつは好かなかったんだ」

短慮なテリアに、フテラは呆れて閉口した。
テリアはフテラからラントロックに視線を移して言う。

 「そうだ、トロウィヤウィッチ!
  フェレトリは鼠が嫌いだぞ!」

412 :創る名無しに見る名無し:2017/04/02(日) 17:37:02.88 ID:JKwsuOUa.net
テリアの発言にラントロックは興味を持った。
フェレトリはテリアの体を乗っ取った事があり、その時は鼠を顔に押し付けられて嫌がっていたが、
誰でも似た様な反応をするだろうと思い、余り気にしていなかった。

 「あの時の事か?
  嫌いって、どの位なんだ?」

 「どの位??」

 「『嫌い』にも程度があるだろう?
  単に苦手なだけなのか、触れないとか、見るのも嫌だとか、気絶する位とか……」

 「ムーーーー、気絶はしないかな。
  寝床を齧るから嫌だって言ってた」

撃退出来る程の弱点では無さそうなので、ラントロックは肩を落とす。

 「有り難う、テリアさん。
  他の人にも話を聞いてみるよ」

 「へへ、どう致しまして」

世辞を真に受けて胸を張るテリアに、フテラは馬鹿じゃないのと密かに溜め息を吐くのだった。

413 :創る名無しに見る名無し:2017/04/03(月) 19:26:05.10 ID:kyiqcN1G.net
ラントロックは先ず、知識が豊富そうな暗黒魔法使いのビュードリュオンを頼った。

 「ビュードリュオンさん!
  頼みがあるんだ!」

彼が部屋の戸を叩くと、倦んざりした顔のビュードリュオンが姿を現す。

 「又、お前か……。
  今度は何だ?」

 「吸血鬼の弱点を知らないか?」

出し抜けの問い掛けに、ビュードリュオンは眉を顰めた。

 「吸血鬼?
  フェレトリが何か?」

 「フェレトリを倒したい」

ラントロックは目的を隠さず明かす。
大逸れた事を言う物だと、ビュードリュオンは目を瞬かせる。

 「倒す?
  フェレトリも同盟の一員、仲間だろう」

 「先に手を出したのは、向こうだ」

敵意を露にするラントロックに、ビュードリュオンは本気なのかと戸惑った。

 「何をされた?
  打倒しなければならない程の事のか?」

414 :創る名無しに見る名無し:2017/04/03(月) 19:28:42.18 ID:kyiqcN1G.net
 「ヘルザが吸血された。
  許す訳には行かない」

強い口調で断言するラントロック。
ビュードリュオンは暫し沈黙して思案する。

 「……吸血か……」

同盟内では仲間同士で争うのは御法度で、問題が起こっても当事者間で解決する様にしている。
マトラの指示ではなく、誰が言い出した訳でも無く、自然に決まった事だ。
連帯して勢力を作ろう等と言うのは、以っての外。

 「大変だな」

ビュードリュオンは全くの他人事として切り捨てた。
淡白な反応にラントロックは憤る。

 「だから、吸血鬼の弱点を!」

 「それに関しては力になれそうに無い。
  妖鬼、妖魔、妖怪の類に関する伝承は数あれど、フェレトリとの関連は分からない。
  私が知る限り、彼女の弱点は『陽光を嫌う』と言う事だけだ」

 「他に対抗策は――」

執拗(しつこ)く尋ねて来るラントロック、ビュードリュオンは大きな溜息を吐いて呆れた。

 「無い!
  古より伝わる悪魔退治の方法は、結局の所、『神頼み』だ。
  お前は『神の奇跡』を信じるのか?」

415 :創る名無しに見る名無し:2017/04/03(月) 19:30:48.41 ID:kyiqcN1G.net
嘲笑されたラントロックは、怯みながらも食い下がる。

 「……協力してくれないのか?
  誰もがフェレトリに狙われる危険がある。
  対抗出来る下地作りは必要だ」

 「自分の身は自分で守る物だ。
  只でさえ、同盟は共通魔法使いに比べて、戦力で劣っている。
  内輪揉めをしている余裕は無い。
  能力が未知のヘルザは、戦力として数えられない。
  戦力にならない者が欠けた所で、損失とは言えない。
  他の者も同じ考えだろう」

冷徹に断じられ、ラントロックは激昂した。

 「弱い者は犠牲になっても仕方無いって言うのか!」

 「その通りだ。
  私にとっては、フェレトリと敵対する理由にならない」

ビュードリュオンは浅り肯定する。

 「……分かったよ」

ラントロックは説得は無理だと諦め、露骨に不満そうな返事をする。
彼には「最後の手段」がある。
もし、どう仕様も無くなったら、それを躊躇わず使う決意をしながら引き下がった。

416 :創る名無しに見る名無し:2017/04/04(火) 19:49:00.09 ID:JmI7c5G0.net
それからラントロックは、協力してくれそうな者には手当たり次第に声を掛けてみたが、
色好い返事は得られなかった。
皆、フェレトリを恐れているか、ヘルザに価値を見出していないか、或いは、その両方だった。
同盟の長のマトラも、「直々の介入は角が立つ」との理由で動かない。
「ヘルザ自身が助けを必要としてない」事も問題だった。
誰からも助力を得られない儘、ラントロックは2日後の夜を迎える。
唯一、彼の助けになってくれたのは、B3Fの獣人テリアのみ。
ラントロックは太陽が完全に西に沈んだのを見届け、テリアを連れてヘルザの部屋に向かう。
部屋の前まで来たラントロックは、テリアに依頼した。

 「テリアさんは、ここで待機していてくれ。
  先ずは、フェレトリと話をしてみる。
  駄目だったら、その時は……」

最後まで言わずとも、テリアは察して頷く。
ラントロックは意を決して、ヘルザの部屋の戸を叩いた。

 「はい」

中から細い声で返事がある。

 「ヘルザ、俺だ、ラントロック。
  入って良いかい?」

ラントロックが名乗って入室の許可を求めると、ヘルザは吃驚した様子だった。

 「ラント……?
  どうしたの?」

彼女は部屋の戸を開けて応対する。

417 :創る名無しに見る名無し:2017/04/04(火) 19:49:56.91 ID:JmI7c5G0.net
ラントロックはフェレトリが来るまで、ヘルザの部屋で待機していたい。
しかし、良い口実が浮かばなかった。
正直に「フェレトリを追い払いたい」と言って、今のヘルザが受け入れるとは思えない。
彼は誤魔化し誤魔化し、話を進める。

 「フェレトリさんと話をしたいと思ってさ……」

 「私との契約の事……?」

浅りと勘付かれ、ラントロックは焦った。

 「い、いや、その……」

肯定すべきか、否定すべきか、彼は迷う。
嘘と見抜かれると信用を失ってしまうが、嘘を吐かなければ断られる可能性が高い。
挙動不審なラントロックを、ヘルザは都合好く解釈した。

 「それとも吸血の事……かな?」

嫌らしく笑む彼女に、ラントロックは動揺する。
続いて彼女の口から出て来たのは、予想外の言葉。

 「ラントも吸血に興味があるんだ?」

 「えっ……?
  あ、あぁ……」

一瞬、何の事かラントロックは理解が及ばなかったが、「気持ち良い事」に興味があるのだと、
誤解されていると察して会話の流れに身を任せる。

418 :創る名無しに見る名無し:2017/04/04(火) 19:51:38.80 ID:JmI7c5G0.net
ヘルザは意地の悪い響きで、妖艶に囁く。

 「そうだよね、気になるよね〜」

 「……どんな物かと思って。
  一緒に待たせて貰っても良いかな?」

その気は全く無いラントロックだったが、とにかく、この場は話を合わせた。

 「良いよ、フフフ」

ヘルザは秘密を分かち合う友を得た気分で、快く受け入れる。
ラントロックとヘルザは2人切りで、フェレトリの登場を待った。
ヘルザは照れ臭そうに、ラントロックに話し掛ける。

 「未だフェレトリさんが来るには早いよ。
  少し、眠ってよう?」

眠っている間に何か起きては行けないと、ラントロックは断った。

 「寝過ごすと行けないから」

 「大丈夫、起こして上げるよ」

 「いや、起きてる。
  ヘルザこそ、眠たいなら寝てなよ。
  寝不足は良くないよ」

そう言われたヘルザは、暫し所在無気(なげ)にしていたが、その内ベッドに横になって、
静かに寝息を立て始めた。
吸血の所為で常に貧血気味で、疲れ易くなっているのだろうと、ラントロックは憐れむ。

419 :創る名無しに見る名無し:2017/04/05(水) 19:25:30.69 ID:SJH9241B.net
先にヘルザが眠った後、ラントロックは部屋の中の椅子に腰掛けながらも、気を張って起き続けた。
明かりは窓の外にしか無く、闇に目が慣れても部屋の中は未だ暗い。
月に照らされたヘルザの安らかな寝顔を見て、彼は更に意志を固くする。

 (絶対にヘルザを守ってみせる!)

それから約2角後に、ヘルザが目を覚ました。
彼女は覚醒状態か明確でない、眠そうな顔で呆っとしている。

 「ヘルザ?
  どうしたの?」

ラントロックが問い掛けても、返事をしない。
その代わりに、不気味な笑みを浮かべている。
十数極の間を置いて、ヘルザは不安がるラントロックに、穏やかな声で囁いた。

 「来るよ」

ラントロックは身震いした。
魔力に反応があり、空気が冷えて行くのを感じる。
強い魔法資質を持つ「魔性の物」が現れる前触れだ。
彼は立ち上がって身構える。
室内に徐々に赤い霧が充満して行き、闇が一層深まる。
そして、周囲を赤黒く染めた後、霧は徐々に薄まって一箇所に集まり、人の形を取る。
吸血鬼フェレトリの登場だ。

420 :創る名無しに見る名無し:2017/04/05(水) 19:28:21.98 ID:SJH9241B.net
フェレトリはラントロックを意外そうな目で見詰めて言った。

 「トロウィヤウィッチ、ヘルザの部屋で何をしておる?
  ……あれか?
  男女の営みか?
  そなた等の仲が好い事は知っておるが……」

 「違う!」

ラントロックが強い口調で否定すると、ヘルザが間を取り成す。

 「フェレトリさん、ラントも吸血して欲しいんだって。
  気持ち良くさせて上げて」

フェレトリは目を細めて、ラントロックに嫌らしい笑みを向けた。

 「フフフ、色に興味を持つ年頃かえ……。
  良いぞよ」

 「違う、今日は話があって来た!」

ラントロックは状況に流されず、明確に目的を告げる。

 「フェレトリ、ヘルザに付き纏うのは止めろ!」

だが、フェレトリもヘルザも虚(きょ)とんとしている。
全く何の事だか理解出来ないと言う風に。
予想外の反応に、ラントロックは動揺しながらも、強弁した。

 「ヘルザは普通じゃない!
  お前が何かしたんだろう、フェレトリ!」

421 :創る名無しに見る名無し:2017/04/05(水) 19:29:38.92 ID:SJH9241B.net
フェレトリは呆れて苦笑する。

 「誤解しないで貰おう。
  私は何も悪い事はしておらぬよ。
  ヘルザに害を加える積もりは微塵も無い」

そう言いながら彼女がヘルザに近寄るのを、ラントロックは割って入って制した。

 「積もりも何もあるか!
  現にヘルザは狂い始めてるんだよ!」

フェレトリは困り顔で言い訳をする。

 「吸血は健康を損ねぬ程度に、日を定め、毎回少量に留めておる。
  死んで貰うては困るのでな。
  ヘルザは貴重な血液の提供者である。
  無下に扱う訳が無かろう。
  当人が嫌がっておる訳でもあるまいに、何を理由に止めさせようと言うのか?」

彼女はラントロックを押し退け様としたが、ラントロックは踏み止まり、睨み付けた。

 「『嫌がらない』のが異常だろう!
  体は無事でも、精神は無事じゃない!
  丸で虜だ!」

フェレトリは意味深な笑みで応える。

 「痛いのは可哀想であろう?」

それは吸血の痛みを、「何か」で誤魔化していると白状したも同然だ。
その所為で、ヘルザの精神は異常を来たしている。
ラントロックは激昂して問い質した。

 「何をしたっ!?」

422 :創る名無しに見る名無し:2017/04/06(木) 19:10:49.85 ID:buysbdki.net
フェレトリは余裕の笑みを崩さない。

 「フフッ、気持ち良くさせてやったのであるよ。
  恐怖と快楽は表裏一体。
  人の心は、どちらにも振れる。
  脅し付けるより手懐け易い」

悪魔伯爵の自負と優れた魔法資質が、彼女を精神的優位に立たせている。
彼女は無防備にラントロックに近付いた。
止められる物なら止めてみろ、殴れる物なら殴ってみろと、挑発している。
ラントロックはフェレトリの目を見詰め、魔法での魅了を試みた。
相手は悪魔伯爵、通用しない可能性が高い事は承知していたが、何が何でも止める決意だった。
フェレトリは足を止め、真顔でラントロックの瞳を見詰め返す。
張り詰めた空気が場を支配する。
数極の後、フェレトリは柔らかい笑みを浮かべて、ラントロックに歩み寄った。

 「綺麗な目をしておるのぅ。
  精神(こころ)の美しきは見目にも映える物であろうか……」

彼女は陶然とした表情で、ラントロックの両頬に優しく手を添える。

 「そこまでヘルザを守りたければ、そなたが身代わりになるか?
  我としては人間の血が手に入れば、相手は誰でも構わぬのであるが」

フェレトリの提案が、果たして魅了が効いた結果なのかは不明だ。
彼女はラントロックの返事を待たず、自然な流れで吸血しようとする。

423 :創る名無しに見る名無し:2017/04/06(木) 19:15:19.55 ID:buysbdki.net
フェレトリはラントロックの唇を狙っていた。
口唇は表皮の中で最も薄く、敏感で出血し易い部位だ。
ラントロックは吸血を防ぐ為に、両腕を顔の前で交差させ、防御した。
フェレトリは構わず、ラントロックに噛り付く。

 「痛(つぅ)っ……」

口内に上下に生えた4本の鋭い牙が、左前腕部に食い込む。
ラントロックは痛みに顔を歪めながらも、フェレトリを睨んだ儘、静かに腕を下ろす。
フェレトリは咬合を緩めると、ラントロックの左腕を取り、身を屈めて傷口から伝う血を舐めた。
紳士が貴人の手に口付けするが如く。

 「愚かよのぅ……。
  大人しくしておれば、然程痛い目に遭わせず済ませてやる事も出来たのであるが?
  しかし、強く抵抗しない所からして、『上下』は解っておると見える」

意地の悪い物言いをしながら、彼女はラントロックの腕に縋り付く様にして、吸血を続ける。
傍から見れば、上下は全くの逆なのだが……。

 「あぁ、美味い、甘美なる。
  物が違うとでも言うのか」

フェレトリは次第に夢中になって、彼の腕に貪り付いた。
ラントロックは表情を変えず、冷淡な目付きでフェレトリを見下し、その額を右手で撫でる。

 「どっちが上だって?」

ラントロックの言葉に、フェレトリは反抗しない。
――恐怖と快楽は表裏一体。
美味の快楽の虜となったフェレトリは、最早これに逆らえないのだ。

424 :創る名無しに見る名無し:2017/04/06(木) 19:18:02.36 ID:buysbdki.net
しかし、ここでラントロックにとって計算外の事が起こった。
フェレトリが何時まで経っても、吸血を止めようとしないのだ。

 「あぁ、美味い、堪らぬ。
  欲しい、未だ欲しい」

彼女は美味の虜になって、自制が利かない暴走状態だった。

 「好い加減にしろ!」

ラントロックは恐怖を感じ、フェレトリを引き剥がそうとしたが、とても人の力で退けられる物ではない。
叩いても蹴っても、全く応えている様子が無い。
先からフェレトリは吸血だけに集中おり、他の事を一切意に介していない。
ヘルザから注意を逸らしたのは良いが、こうなるとはラントロックの想定外だった。
一方で、そのヘルザはフェレトリに近付き、彼女の体を揺さ振って、駄々っ子の様に言う。

 「フェレトリさん、そんなにラントが良いんですか?
  もう吸血してくれないんですか?」

ヘルザは次第に泣きそうな声になって行った。
ラントロックは慌てて怒鳴る。

 「何言ってんだ、ヘルザ!?」

フェレトリに完全に無視され、数極後に彼女は本当に泣き始める。
その場に座り込み、声を押し殺して潸々(さめざめ)と。
自分が怒鳴ったから泣かせてしまったのかと思い、ラントロックは焦った。
混沌とした状況に、彼は外で待機しているテリアに助けを求める。

 「テリアさん!!
  早く来てくれーーっ!」

425 :創る名無しに見る名無し:2017/04/07(金) 19:18:02.87 ID:6O6SaLQ+.net
テリアは即応し、数極と掛からず、ヘルザの部屋の戸を蹴破って室内に侵入した。

 「どうした!?
  ……って、フェレトリ!
  何してる!」

フェレトリがラントロックの腕を舐め回している様を見て、テリアは怒りを露に飛び掛かる。
テリアはフェレトリを横から突き飛ばす形になり、2体は共に転がって行く。
解放されたラントロックは安堵の息を吐いた。
所が、その後の取っ組み合いで、フェレトリがテリアを制してしまう。

 「好い所で邪魔をしてくれたな」

フェレトリは仰向けのテリアに跨り、その首を片手で押し潰す様に絞める。
テリアを救助すべく、ラントロックはフェレトリに攻撃を仕掛けた。
両手で巨大な球体を抱える動作で、場の魔力を掻き集め、圧縮させて1手弱の砲丸にし、
マジックキネシスとして打ち放つ。

 「止めろ、フェレトリ!」

ラントロックとしては「使いたくなかった」、父直伝の共通魔法の技だが……。
今は好き嫌いに拘っている場合では無かった。
だが、フェレトリは残る片手で甚(いと)も簡単に彼のマジックキネシスを弾き、無効化した。

 「その様な児戯が通用すると思うてか、トロウィヤウィッチ!」

フェレトリは室内の魔力を完全に支配し、その場の全員を金縛りにして動けなくさせる。

426 :創る名無しに見る名無し:2017/04/07(金) 19:26:58.21 ID:6O6SaLQ+.net
既に魅了の効果は切れており、絶体絶命の危機である。
この場の全員無事で済むと、ラントロックには思えない。
やはり悪魔伯爵は強大で、下手に挑み掛かるべきではなかったと、後悔もする。
然りとて、全く手が無い訳ではない。
フェレトリは太陽に弱い。
即座に殺されなければ、朝を迎えて生き延びられる。
金縛り状態でも、ラントロックはフェレトリに命じる。

 「テリアさんを放せ!
  彼女は俺の指示で動いたに過ぎない!」

 「――であるから許せと言うのか?」

フェレトリはテリアの胴に、貫手で鋭い一撃を打ち込み、その反動で立ち上がった。

 「グバァッ!!」

テリアは激痛に呻くも、体が動かないので、沼田(ぬた)打ち回る事も出来ない。
泡を吹きながら痙攣するだけ。

 「先ず、そなたは口の利き方がなっておらぬ。
  言う事を聞いて欲しければ、跪いて乞うべきであろう?」

フェレトリは相も変わらず、余裕を持ってラントロックを威圧する。
しかし、素直に従う彼ではない。
彼は体を押さえ付けている魔力を振り切って、無言で左腕を突き出し、噛まれた傷痕を見せ付ける。
身体を構成している全ての血液が沸き立つ様な、強烈な吸血衝動を自覚したフェレトリは、
吸血に夢中になる余り、形振り構わぬ痴態を晒した事を思い出し、顔を顰めて苦笑いした。

 「何を――」

 「跪け」

ラントロックの命令に、フェレトリの体は自然に従う。
魅了の効果は一度掛かれば、根本的な対策を講じない限り逃れられない。
何度でも掛け直せるし、その度に効果が大きくなる。
それが魅了の恐ろしさだ。

427 :創る名無しに見る名無し:2017/04/07(金) 19:31:29.58 ID:6O6SaLQ+.net
意思に反して体が動いた事に、彼女は驚愕した。

 「な、何故……」

 「良い子だ。
  御褒美をやらないとな」

ラントロックは徐にフェレトリに近付き、左腕を彼女の顔の前に持って行く。
目の前に差し出された「餌」に、フェレトリが飛び付こうとすると、ラントロックは強く睨み付け、
視線だけで制して命じる。

 「上品に舐めろ」

フェレトリは丸で主人の靴を舐める奴隷の様に、恐る恐るラントロックの腕に舌を這わせた。
屈辱だと感じる気持ちはあるのに、体が自然に動いている。
止めなければと思うが、従わずには居られない。
行けない、行けないと思っているのに、心の底では服従する快感がある。

 (これがトロウィヤウィッチの……、あの悪名高き『傾国』の魅了の魔法であると言うのか!?
  恐るべし、恐るべし……!)

ラントロックはフェレトリに言う。

 「肉を持つ者は、肉の定めには逆らえない。
  悪魔だろうが、肉を持てば同じ事だ。
  強欲が仇になったな!」

吸血の欲求、そして美味を求める心が、フェレトリをラントロックの隷下に置いていた。
フェレトリは衝撃を受けた。
純粋な魔法資質では、ラントロックよりフェレトリの方が強い。
悪魔の世界では、下位の物は上位の物には逆らえないし、逆らおうともしない。
彼女の常識では考えられない逆転現象だ。

428 :創る名無しに見る名無し:2017/04/08(土) 19:23:03.23 ID:J6SZWlgm.net
異空デーモテールの悪魔は、強者に隷従する性質を持っている。
強者絶対――それこそが多くの異なる常識を持つ異空に於いて、唯一共通の理である為だ。
例えば、フェレトリは同盟の長にして悪魔公爵であるマトラを余り好ましく思っていないが、
それは別として高い能力を持つ彼女に敬意を払う気持ちはある。
抗議や抗弁はしても、正面から衝突しようとは思わない。
悪魔子爵サタナルキクリティアとフェレトリの関係も、それに似ている。
サタナルキクリティアも又、フェレトリに素直に従いはしないが、衝突覚悟で歯向かう事もしない。
これは上位の物が下位の物の生殺与奪を握る、絶対的な力を持っている為だ。
気に入らない相手が格上なら、精々近寄らない事を心掛ける位しか出来ない。
所が、「トロウィヤウィッチ」は立ち向かって来た上に、見事に魅了の魔法を掛けた。
血液で肉体を構成しているフェレトリは、吸血の欲求こそ持っている物の、
人間より肉体と精神の結び付きが濃くない。
よって、魅了されても心酔するまでは行かないのだが、それが逆に彼女に畏怖の心を、
湧き起こらせた。
ラントロックは丸で傀儡師の様に、フェレトリの肉体を従えたのだから……。

429 :創る名無しに見る名無し:2017/04/08(土) 19:28:42.23 ID:J6SZWlgm.net
フェレトリは体を動かす事こそ出来ないが、意思までは縛られていないので、ラントロックに問う。

 「くっ、我をどうする積もりであるか、トロウィヤウィッチ!」

 「別に、どうもしない。
  ヘルザから手を引いてくれるだけで良い」

しかし、フェレトリは彼の案を呑めなかった。

 「それは出来ぬ相談よ。
  ヘルザが自ら『嫌』と言わねばな」

 「自分で嫌だと言えない様に仕向けた癖に!」

ラントロックが怒りを滲ませてフェレトリを詰ると、彼女は鼻で笑った。

 「フフン、そなたと違い、我は直接ヘルザの心や体を操っておる訳ではないぞよ。
  命令も強制もしておらぬ。
  ヘルザの方から快楽を求めて来たのであるから……。
  自制しようと思えば、幾らでも自制は効いた筈。
  自由意志で止めなかったのであるから、自己責任であろう?」

 「巫山戯るな!
  女の子を相手に、吸血と引き換えに快楽を与えるのが間違いだ!」

 「そうは言われても……。
  これは我とヘルザ、当人同士の契約であるからして。
  他人が勝手に破棄する事は出来ぬのであるよ」

白々しい台詞を吐くフェレトリだが、彼女の言葉に嘘は無い。
しかし、嘘ではないだけで、どこかに抜け道はあると、ラントロックは思案する。

430 :創る名無しに見る名無し:2017/04/08(土) 19:32:22.66 ID:J6SZWlgm.net
それならばと彼は思い付いた事を口にした。

 「『ヘルザに破棄させれば』良いんだな?」

ヘルザが依存症の様になっているなら、一時的に魅了の魔法で自由意志を奪い、
彼女自身に断らせれば良いと、ラントロックは考えた。
所が、フェレトリは頷かない。

 「否々(いやいや)、それは通らぬよ。
  飽くまで、当人の意思でなければ認められぬ。
  洗脳が罷り通るならば、こちらも再契約するが?」

一時的に引き離しても、再契約されたら無意味だ。
丸で悪質な詐欺師の様。
ラントロックは悪態を吐く。

 「子供を騙すのが、お前の遣り口か!」

 「ハハハ、悪魔には大人も子供も無い。
  肉体(からだ)にしても、精神(こころ)にしても、弱い者が悪いのである。
  言っておくが、これでも我は道理を弁えた『優しい』方であるよ」

力尽くで脅し、無理に言う事を聞かせる事も出来るのだが、それをしないだけでも有り難く思うべきと、
フェレトリは主張していた。

 「減らず口を!」

それにラントロックが同意する訳も無く、益々敵愾心を燃やす結果になるのだが……。

431 :創る名無しに見る名無し:2017/04/09(日) 19:45:52.44 ID:2YLmwZ4R.net
ラントロックは業を煮やして、再びフェレトリに腕の傷を見せ付けた。

 「だったら、『お前が』ヘルザとの契約を破棄するんだ、フェレトリ!」

フェレトリは呆れ笑う。

 「そなたの魔法では、我が身を操る事は出来ても、我が心までは御し切れぬよ。
  それに契約は双方の合意があっての物。
  一方的に破棄する事はならぬ。
  我とヘルザが同時に合意せねばな……。
  尤も、合意『させた』所で、それが本心からの物でなければ無意味であるが」

彼女は絶対に合意を破棄する積もりは無い様だった。
仮に合意を破棄させても、何だ彼だと理由を付けて、再契約するだろう。
ラントロックにはフェレトリを殺す積もりは無い。
魔法も不明なヘルザと悪魔伯爵のフェレトリでは、どちらが同盟にとって重要かは明白であり、
貴重な戦力であるフェレトリを失わせれば、同盟内でラントロックとヘルザの孤立は避けられない。
元より「殺し」が出来る程の度胸が彼には無い。
それをフェレトリも解っているので強気だ。
ラントロックは気が進まなかったが、ヘルザを助けるには他に手が無いと思い、自ら提案した。

 「……ヘルザとの契約を破棄するなら、代わりに俺の血をやる」

フェレトリの目が闇に爛と輝く。

 「身代わりになるのか?
  我は構わぬが……」

432 :創る名無しに見る名無し:2017/04/09(日) 19:48:16.54 ID:2YLmwZ4R.net
彼女は内心で出来るだけ有利な契約を結ぼうと、狡(こす)い計算をしていた。

 「ヘルザに手を出さないと言うなら」

渋々と言った様子のラントロックに、フェレトリは早速細かい条件を決めようと持ち掛ける。
交渉の類は迅速さが命だ。

 「吸血は2日に1回で良いかな?」

 「ヘルザは3日に1回だった筈だ」

 「それは彼女の生命を維持する為であるよ。
  そなたは男児(おのこ)であろう?
  体が大きい分、当然血液の量も多い。
  それに乗り換えるのだから、こちらに既存の契約より『得』が無くてはな」

 「……良いだろう」

ラントロックは迷いを見せが、直ぐに同意した。
フェレトリは牙を見せて笑う。

 「不満そうな顔をしておるな。
  では、特典を付けようか?
  そなたに万一の事があった場合、我が守ろう。
  或いは、そなたが何か行動を起こす時、後ろ盾になってやっても良いぞ」

彼女を信用していないラントロックは、懐疑の眼差しを向けた。

433 :創る名無しに見る名無し:2017/04/09(日) 19:57:25.44 ID:2YLmwZ4R.net
特典を受けるか受けないか悩んだ彼だったが、ここは父親譲りの慎重さを発揮して、
取り敢えず断る。

 「いや、そんな物は要らない。
  とにかくヘルザには二度と手を出すな。
  これだけは絶対に守れ」

フェレトリは明言を避けて、話を逸らそうとする。

 「良いのか?
  誰と敵対するにしても、誰を味方に付けるにしても、我の協力があって困る事は無かろうに」

 「そんな事は、どうでも良い!
  誓え、二度とヘルザに近付かないと!」

頑固なラントロックの主張にフェレトリは閉口した。

 「……そこまで言うならば、仕方あるまい」

 「『仕方無い』じゃなくて、言葉にして約束しろ」

彼はフェレトリの口から直接「ヘルザには手を出さない」と聞くまで、気を緩めない決心だった。
フェレトリは根負けして、降参する様に約束する。

 「分かった、分かった。
  『ヘルザには手を出さぬ』よ」

 「吸血しないな?」

 「ああ、『ヘルザからは吸血せぬ』」

 「二度とだ!」

 「……『二度とヘルザから吸血しない』。
  これで満足かぇ?」

諄く確認を求められ、フェレトリが仕方無く応じると、漸くラントロックは気を済ませて頷いた。

434 :創る名無しに見る名無し:2017/04/10(月) 20:22:14.25 ID:HqR0TrV7.net
フェレトリは間良くばヘルザとの契約を打ち切らず、ラントロックからも吸血しようと、
虫の好い事を考えていたが、その企みは見破られていた。
それを諦めた彼女は、早速新たな契約を実行しようと持ち掛ける。

 「では、吸血させて貰うぞよ」

安堵し掛かっていたラントロックは声を荒げた。

 「今先(いまさっき)、やったばかりじゃないか!」

 「あれは契約前なので無効である」

そう臆面も無く言い放って、フェレトリは肉体の支配を取り戻し、ラントロックに躙り寄る。

 「先は痛い思いをさせて、悪かったと思うておる。
  今度は『気持ち良く』させてやる故、共に愉しもうではないか……」

 「そう言う問題じゃないだろう!」

 「良いではないか、良いではないか」

 「待て……、待てって言ってんだろうが!」

ラントロックはフェレトリに主導権を握られるのを嫌がった。
彼は魅了の魔法使いの性質で、快楽への衝動や欲求に対する抵抗力こそある物の、
不感症の様に全く何も感じない訳ではない。
フェレトリを完全に魅了する事も出来ないので、邪心の有無を警戒しなければならない。
「実力」ではフェレトリが上なのだ。

435 :創る名無しに見る名無し:2017/04/10(月) 20:23:47.90 ID:HqR0TrV7.net
ラントロックはフェレトリの目を睨み、強気な声で再度彼女の肉体を支配した。

 「俺は俺の意思で、お前に『吸血を許す』んだ!
  お前の思い通りにはならないし、させない!」

フェレトリの動きは止まるも、彼は冷や汗を垂らす。
意識して相手を支配下に置く事を、初めてラントロックは「疲れる」と感じた。
それまで魅了して来た相手は、然程強く意識しなくとも、思う儘に操る事が出来た。
奴隷の様に、人形の様に……。
所が、フェレトリは魅了の掛かりが悪い。
強く意識して魅了を継続しても、体の動きを制御するので精一杯だ。
少し気を緩めれば、先の様に肉体の支配を取り戻す。
加えて、「魔法資質」を使う魔力を用いた技――例えば先の金縛りの様な物までは封じられない。
テリアとヘルザが未だに動かないのが、何よりの証拠。
「格上」を強制的に従える事は、想像以上に神経を使うのだと、彼は初めて知った。

 「そう邪険に扱わずとも良いではないか……」

ラントロックの焦燥を読み取ったのか、フェレトリの口調には余裕が戻っている。
高が1回の吸血位……と思える程、ラントロックは寛容ではない。
これは交渉の第1歩目。
度量を見せられる程、優位な状況でもないのに、ここで簡単に譲歩しては後々付け込まれる。

 「駄目だ!」

彼は頑として拒否した。

436 :創る名無しに見る名無し:2017/04/10(月) 20:36:23.26 ID:HqR0TrV7.net
ラントロックの双眸は鋭くフェレトリを睨み続けている。

 「今日は引け!
  吸血は明後日だ!」

「明日」にする事も出来たが、僅かな譲歩もする積もりは無かった。
フェレトリの表情から媚びが消え、不機嫌な顔になる。

 「頑なであるのぅ……。
  そちらが敵対的な態度を取るならば、こちらにも考えがあるぞぇ」

彼女はヘルザの呪縛を解いた。
体の自由を取り戻したヘルザは、浮ら浮らとフェレトリに近付く。

 「フェレトリさん、お願い……」

彼女は服を少し開(はだ)いて、吸血を請願(せが)んだ。

 「止めろっ!!」

ラントロックの命令はフェレトリではなく、ヘルザに向けられていた。
彼の声は強い魅了の効果を伴って、ヘルザの耳に入る。
忽ちヘルザは意識を失い、その場に倒れ込んだ。
魅了の魔法にも段階がある。
少し好意を抱かせる、恋心を抱かせる、完全に熱を上げさせる、有無を言わさず従える……。
相手に特定の行動を強制させる類の魅了は、普通の人間には精神的な負担が大きい。
ラントロックは出来る事なら、魅了の魔法をヘルザに掛けたくなかった。
ヘルザを魅了せざるを得なかった事に、彼は激怒する。

 「巫山戯た真似をしてくれたなっ!」

 「我が要求を呑まない方が悪いのであるよ。
  そなたが血を呉れぬのであれば、契約は成立せぬのであるからなぁ……」

悪怯れもせず言い切るフェレトリに、ラントロックは益々激昂した。

 「お前は許さん!!」

437 :創る名無しに見る名無し:2017/04/11(火) 19:12:11.82 ID:pOTMzgcc.net
 「どう許さないと言うのか……」

フェレトリは嫌味に笑った。
共通魔法も多少は使えるが、その技術は未熟で、魅了する事しか取り得の無いラントロックに、
自らを傷付ける事は不可能だと高を括っているのだ。
フェレトリの体は血液で構成された「容れ物」に過ぎず、本体は強大な魔法資質を持つ霊にある。
魔法資質で劣るラントロックにフェレトリの霊を害する事は出来ない。
ラントロックは覚悟を持って答えた。

 「朝まで、ここに居て貰う。
  いや、朝になっても、昼になっても、ずっとだ!」

それを聞いて、フェレトリはム(ぎょ)っとした。
太陽に照らされると、フェレトリの霊は弱体化する。
弱体化しても暗所に居れば元に戻るが、余りに長時間太陽に曝されると、復活にも時間が掛かる。
折角、迫々(こせこせ)と集めた「新鮮な血液」も、太陽に当たると劣化する。

 「そ、それは……」

テリアに突き飛ばされた所為で、フェレトリの今の立ち位置は窓の側だ。
日中は陽光を浴び続ける。
フェレトリが弱体化すれば、魅了の効果は益々強くなるだろう。
日の出までは未だ遠いが、ラントロックは自らの消耗を全く気にしていない。
フェレトリは譲歩せざるを得なかった。

 「ハァ、味方同士で争うのは止めにしよう。
  そなたの言う通りにするよ」

438 :創る名無しに見る名無し:2017/04/11(火) 19:13:56.55 ID:pOTMzgcc.net
ラントロックはフェレトリの言葉を信用出来ず、暫く睨んだ儘だった。

 「魅了を解いてくれ」

フェレトリの依願に、彼は首を横に振り、冷静に告げる。

 「それは出来ない。
  体を自由にする事は出来ても……」

何を言っているんだと、フェレトリは呆れた。

 「我が身を自由にしてくれと言うておるのであるが……?」

彼女が言い終わらない内に、ラントロックは俯いて視線を逸らす。
同時に、フェレトリは体の自由を取り戻した。
彼女は安堵の息を吐き、表情を緩める。

 「フー……。
  では、明日の夜――」

 「明後日の夜だ!」

隙有らば都合の好い約束を取り付けようとするフェレトリだが、ラントロックは見逃さない。

 「明後日の夜、そなたの部屋に伺うとしよう。
  楽しみにしておるぞよ」

フェレトリは妖艶に笑み、徐々に体を透き通らせ、姿を消した。
テリアは体が動くようになって、ラントロックに駆け寄る。

 「トロウィヤウィッチ、大丈夫か?
  凄いな、悪魔伯爵を追い払うなんて」

ラントロックは深い溜め息を吐くと、眩暈を覚えて浮ら付き、片膝を床に突く。

439 :創る名無しに見る名無し:2017/04/11(火) 19:15:10.38 ID:pOTMzgcc.net
 「トロウィヤウィッチ!」

テリアはラントロックの体を支えようとしたが、彼は拒否した。

 「俺の事は良いから、ヘルザをベッドの上に寝かせてくれ。
  大丈夫、少し疲れただけだ」

テリアは心配そうな顔をしていたが、ラントロックの指示を優先して、ヘルザをベッドに寝かす。
それを見届けたラントロックは、テリアに言った。

 「良し、帰ろう。
  もう夜も遅い。
  眠くなって来たよ」

彼は立とうとしたが、足が震えて力が入らず、やっと立ち上がっても、中々歩き出せない。
フェレトリとの睨み合いで、予想以上に体力と精神力を消耗していたのだ。
フェレトリが早目に退いてくれて良かったと思わずには居られない。
足取りの不安定なラントロックを見兼ねて、テリアが駆け寄り、彼の肩を支える。

 「……っと、済まない、テリアさん」

 「良いんだよ、トロウィヤウィッチ」

ラントロックはテリアに支えられ、どうにか意識を保った儘、自室に戻った。

440 :創る名無しに見る名無し:2017/04/12(水) 19:53:57.12 ID:mVs5mGWL.net
自室に着いた彼はベッドに直行すると、俯せに倒れ込んで目を閉じた。
明後日の夜には、フェレトリが来る。
魅了の効果が継続している確信は無いので、その対策を考えなければならないが、
今は安堵と疲労が勝っていた。
悩み事は明日に回して、とにかく今は休む事にする。
特に夢を見る事も無く、ラントロックは翌朝を迎える。
昇る朝陽の眩しさが、彼の意識を呼び覚ました。
隣に温もりを感じて目を遣ると、獣の姿のテリアが眠っていたので、彼女を起こさない様に、
注意して静かに布団から出る。
ラントロックが起きてから間も無く、フテラが部屋の戸を叩いた。

 「トロウィヤウィッチ、居るか?」

 「ああ、どうぞ。
  入って良いよ」

フテラは入室するなり、ラントロックに近寄る。

 「心配したぞ。
  無事で良かった」

そう言いつつ、彼の腕の傷痕を見て、怪訝な顔をした。

 「フェレトリに吸血されたのか?」

 「ああ。
  ヘルザの代わりに、俺が契約する事になった」

それを聞いて、フテラは目を剥く。

441 :創る名無しに見る名無し:2017/04/12(水) 19:55:51.93 ID:mVs5mGWL.net
 「何だって!?
  あんな小娘の為に……!」

彼女の反応が予想出来ないラントロックでは無かったが、ここは正直に事実を告げた。
フェレトリと相対する為に、B3Fの協力が必要だと思っていた為だ。

 「明後日の夜、この部屋にフェレトリが来る。
  勿論、吸血しに。
  少し血をやる位なら構わないんだが……。
  大人しく俺の言う事を聞かせられるか、自信が無い。
  そこで、B3Fの皆にも協力して欲しい」

フテラは驚いた表情の儘、暫し唖然としていたが、ラントロックの依願を受けて頷く。

 「……君は本気でフェレトリを制しようと言うのだな」

 「ああ。
  悪魔伯爵だろうが、侯爵だろうが、負ける訳には行かない」

彼の決意をフテラは頼もしく思った。
それはヘルザのみならず、B3Fの仲間が危機に陥っても、同様に戦ってくれると言う事なのだから。
フェミサイドと相対した時も、そうだった。
ラントロックが自分の事しか考えず、我が身可愛さに簡単に他者を切り捨てられる性格だったら、
恐らくB3Fの面々は今の様に彼に心酔してはいないだろう。
魅了の能力があったとしても……。

 「分かった。
  この身に代えても、君を守る」

 「有り難う、フテラさん」

明後日の夜、フェレトリの吸血を何事も無く終えて、漸くラントロックは真に心休まるのだ。

442 :創る名無しに見る名無し:2017/04/12(水) 19:57:18.75 ID:mVs5mGWL.net
その後、ラントロックはヘルザの元に向かった。
あれで本当にフェレトリが諦めたのか、ヘルザが正気に返ったのか、確認する為に。

 「ヘルザ、起きているかい?」

彼がヘルザの部屋の戸を叩くと、中で物音がする。

 「ちょ、一寸待って!」

慌てた声で返事があり、約1点後にヘルザが姿を現した。

 「お早う、ラント。
  どうしたの、こんなに朝早く」

服装は少し乱れているが、新たな傷は見当たらない。
昨晩、フェレトリは本当に大人しく帰ったのだろう。
ラントロックは安堵の息を吐いて、ヘルザに挨拶をする。

 「お早う、ヘルザ。
  ……昨日の夜の事、覚えてる?」

続けて彼は、気不味そうに問い掛けた。
ヘルザは両目を閉じ、懸命に昨夜の事を思い返す。

 「ラントが来て、フェレトリさんを待って一緒に夜まで……?
  んん〜??
  私だけ先に眠って……?
  フェレトリさん、来た?
  ラントは何時帰ったの?」

彼女は記憶が曖昧だった。
原因の1つはフェレトリが吸血する際に仕掛けた魔法の所為。
それとラントロックが強力な魅了で気絶させた事もあるだろう。

443 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:28:33.83 ID:n7FhuyDD.net
しかし、今のヘルザは意識が確りしており、目にも力が宿っている。
昨日までの熱に浮かされた様な感じではないので、この点でもラントロックは安堵した。

 「フェレトリは……、もう来ないってさ」

 「来ないの?」

ヘルザが意外そうな、少し残念そうな声を出したので、ラントロックは眉を顰める。

 「……残念かい?」

彼女は顔を赤くして、苦笑いする。
未だ快楽の味を完全に忘れた訳では無いのだ。

 「残念じゃないけど……。
  守って貰える契約だったのに……」

 「そんなの必要無いよ。
  俺が君を守る」

ラントロックの再度の宣言に、ヘルザは目を瞬かせ含羞(はにか)んだ。

 「それ、前にも聞いた気がする。
  何時だったかな……?」

唯(たった)3日前の事なのに、何月も前の事の様な口振り。
そうそう忘れる筈は無いのだが、やはり昨日までの彼女は正気では無かった。

 「俺の気持ちは変わってないよ。
  困った時は力になるって、最初から言ってたじゃないか」

444 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:29:46.42 ID:n7FhuyDD.net
ラントロックの力強い言葉に、ヘルザは俯き加減で答えた。

 「そう……だね。
  でも、ラントに守って貰ってばっかりじゃ行けないって思ってたの。
  何時も守られてばっかりじゃ悪いから、自分でも何とかしなきゃって」

 「それでフェレトリと契約したのかい?」

ラントロックが吃驚して目を見張ると、ヘルザは益々下を向く。

 「契約は成り行きだったんだけど。
  自分からは打ち切れなくて……。
  御免なさい」

 「いや、責めてる訳じゃないんだ」

脅されて契約したのかと思いきや、そんな考えがあったのかと、ラントロックは複雑な心持ちになる。
ヘルザの気持ちも分からないではない。
一方的な関係は苦しいのだ。
早目に彼女の魔法を見付けなければと、ラントロックは思った。
魔法が判明して、自分の物として振るう事が出来れば、それが自信にも繋がる。
だが、急かしてしまうと余計に意識する事になって、苦しくなるだろう。
どう言葉を掛けて良いか分からず、ラントロックには触れない様にしておく事しか出来ない。

 「とにかく、今後フェレトリには関わらない様にするんだ。
  相手は吸血鬼なんだから。
  自分を安売りするんじゃない。
  ヘルザの無事が一番だよ」

ラントロックに言い諭されたヘルザは小さく頷いて、唯々申し訳無さそうな顔をしていた。

445 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:32:02.31 ID:n7FhuyDD.net
それからラントロックは、ビュードリュオンに借りた医学書を読み漁り、血液を増やす方法を探した。

 (成る程、血を増やすには鉄分と卵白質が重要で、卵、肝臓、魚介類を摂取すれば良い訳だ……。
  卵……。
  いやいや、フテラさんは卵を産むのか分からないし、仮に産むとしても食べるのは気が引ける。
  テリアさんみたいに動物の内臓を生食いするのは怖いし……。
  魚釣りでも始めようかな……)

フェレトリの吸血に耐えられる様にする為だ。
血が足りないと、彼女が再びヘルザを襲うかも知れない。
ラントロックはフテラに頼み、近くに水場が無いか調べて貰う。
結果、浅い川と深い川の2つが見付かり、その内の浅い川でラントロックは魚取りをする事にした。
ラントロックはヘルザとB3Fを連れて、川に向かう。
魚取りの様子は別の機会に語るとして、その日から食卓には鼠に加えて、魚も並ぶ様になった。
――そして明後日――、フェレトリが吸血に来る夜を迎える。
ラントロックの部屋にはフテラ、テリア、スフィカの3体が待機している。
ネーラは水場が無いと本気を出せないので不参加。
ラントロックと3体は寝ずに、フェレトリが現れるのを待った。
北の時が迫ると、部屋に赤い靄が掛かる。
全員、フェレトリが現れるのだと悟って身構えた。

 「これは何とも歓迎されておるなぁ……」

フェレトリは部屋の中央で実体化しながら、呆れた声を上げる。
それにラントロックが答える。

 「一対一では何をされるか分からないからな。
  そちらが妙な真似をしなければ、こちらも何もしない」

警戒心を露にする彼に、フェレトリは肩を竦めて見せた。

 「血を吸わせて貰うだけであるよ。
  他には何もせぬ」

そう言いつつ、フェレトリはラントロックに歩み寄る。

446 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:33:12.88 ID:n7FhuyDD.net
ラントロックは盾になろうとするB3Fの3体を視線で制し、フェレトリを睨み付けながら自らも、
彼女に向かって進み出た。
そして、魅了の魔法を使い、宣言する。

 「俺は俺の意思で吸血を許す」

彼はフェレトリの目の前で、銀に輝くナイフを取り出すと、それで己の前腕部の外側を0.1節程度、
浅く切った。
傷口から血が滲み、溢れる。
フェレトリは堪らず跪いて乞うた。

 「早う、この通りである」

恭順の姿勢を示し、早く吸血させろと。
その態度に満足して、ラントロックは血の滴る腕を差し出す。

 「あぁ、あぁ……」

フェレトリは恥も外聞も無く、彼の腕に縋り付いて、吐息を漏らしつつ血を啜った。
吸血の様子は妖艶で、B3Fのテリアとスフィカはフェレトリを羨ましく思い、見蕩れていた。
唯、フテラだけは血を意識しない様に、口元を押さえて目を瞑っている。

447 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:34:08.60 ID:n7FhuyDD.net
約1針後、そろそろ良いだろうとラントロックは腕を引こうとしたが、フェレトリは離さない。

 「待て、待て。
  もう少し、もう少し」

ラントロックは溜め息を吐いて、切り捨てる。

 「駄目だ」

彼はB3Fの3体に目配せをして、フェレトリを包囲させた。
フェレトリは不機嫌な顔をして、ラントロックに訴える。

 「我を抑えようと言うのか?
  この程度の物共に御し切れると思われているとは、何とも情け無い」

自嘲した彼女は魔法資質を振るい、B3Fを威圧した。
それをラントロックが阻む。

 「止めろ」

彼が強く睨んで命じると、フェレトリの心は萎えて行く。
どうしても逆らえない訳ではないが、何と無く従おうと言う気になるのだ。

 「……ハァ、そうであるな。
  折角血を得たと言うのに、下らぬ争いで消耗するのは馬鹿らしい」

ここで暴れても疲れるだけだと、フェレトリは自らの心境の変化に後付けの理屈を与え、
ラントロックの腕を離した。
こうして自由意志を歪められて行く事が、真の魅了だと彼女は知らない。

448 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:34:28.41 ID:n7FhuyDD.net
フェレトリが大人しく帰ると、B3Fの3体はラントロックを見詰めた。

 「ああも容易くフェレトリが引き下がるとは……。
  あれが魅了の力なのか……?」

フテラの問いに、ラントロックは無言で頷く。

 (魅了の魔法は悪魔伯爵をも退けるのか……)

それを受けて、彼女は畏敬と恐怖を同時に感じた。
性別種族を問わず、格上にも通じる魅了は、頼もしくもあり、恐ろしくもある。
真顔で考え込むフテラとは違い、テリアは無邪気にラントロックに絡み付く。

 「ねェ〜、トロウィヤウィッチぃ〜、私も血が欲しいィ〜」

ラントロックは苦笑いしてテリアの目を見詰める。
それだけで意思が伝わり、彼女は渋々引き下がる。

 「キュー……、じょ、冗談だよぅ……。
  本気にしないで、怒らないで、ね?」

ラントロックは一連の事態に一つの区切りが付いた事に、安堵して小さく息を吐いた。
精神的な疲労は残っているが、血を餌にすればフェレトリを制御出来ると判った事は、大きな収穫。
今まで彼は「能力を鍛える」事等、全く頭に無かったのだが、その必要性を強く実感した。
取り敢えずは、集中力を長時間維持出来る様にしなければならない。
何時もB3Fが傍に居るとは限らないし、フェレトリが俄かに衝動的になり、変心を起こす可能性が、
無いとも言い切れない。
父や義姉とは無関係の所で、彼は新たな苦労を抱えるのだった。

449 :創る名無しに見る名無し:2017/04/13(木) 19:37:01.81 ID:n7FhuyDD.net
このスレで話を進めるのは、ここまでにしたいと思います。
以下は容量が埋まるまで適当に。

450 :創る名無しに見る名無し:2017/04/14(金) 18:59:42.39 ID:4hylrqlk.net
難読その他


所在無気(しょざいなげ)


ここでは「なげ」としていますが、近代成立した国語的に正しいのは「なさげ」の様な気がします。
同類には他に、「頼りなげ」「自信なげ」「事もなげ」「人もなげ」等があり、古い用法では「なげ」です。
この「なげ」「なさげ」問題は、「なそう」「なさそう」問題と直結しています。
これは単純に「そう」を「げ」に置き換えた物だからです。
「さ入れ」「さ抜き」等と言われ、基本的に動詞の否定に用いる場合は「さ抜き」になります。
例:「知らなそう」「動かなそう」「詰まらなそう」
そして、形容詞の否定の場合は「さ入れ」になります。
例:「楽しくなさそう」「面白くなさそう」「涼しくなさそう」
これ等は「ない」を「ぬ」に置換可能か否かで判別出来ます。
○「知らない」→「知らぬ」、「動かない」→「動かぬ」、「詰まらない」→「詰まらぬ」
×「楽しくない」→「楽しくぬ」、「面白くない」→「面白くぬ」、「涼しくない」→「涼しくぬ」
形容詞に付く「げ」だけに注目した場合、形容詞の語幹に「げ」を加える形になります。
例:「楽しげ」「面白げ」「涼しげ」。
但し、「よい」「ない」と言った2語の形容詞単独では「よさげ」「なさげ」となります。
上記から、「所在ない」は「所在」+「ない」の合成であり、「所在なさげ」が正用となります。

451 :創る名無しに見る名無し:2017/04/14(金) 19:01:52.69 ID:4hylrqlk.net
「所在ない」を「所在ない」で一体と取るか、「所在」+「ない」と取るかで、立場は変わります。
これを前者に取った場合は、「所在なげ」が通ります。
「事もなげ」も「事もない」で一体か、「事も」+「ない」か、どちらを取るかになりますが、
語源から言うなら「事」+「も」+「ない」なので、「事もなさげ」と言えそうです。
勿論、「危ない」「幼い」「儚い」は「危なげ」「幼げ」「儚げ」ですが……。
「儚い」だけは、語源が「果(はか)」+「ない」なので、「はかなさそう」になるのですが、
今は「儚い」で一体の形容詞とされているので、「はかなそう」「はかなげ」も通じるのでしょう。
しかし、「気分よさげ」「調子よさげ」を「気分よげ」「調子よげ」と言う人は中々見掛けません。
居ない訳ではないのですが……。
「潔い」の場合、語源が「勇(いさ)」+「清し」なので、本来は「潔さそう」ではなく「潔そう」になりますが、
こちらは逆に「潔そう」が少ないです。
動詞と形容詞で「なげ」と「なさげ」が違うのは、元からなのか、同じ物が分かれたのか、
どちらが正用なのかは不明です。
「さ抜き」が本来にしろ、「さ入れ」が本来にしろ、実際に口にした時のリズムの悪さから、
現在の形になったと思われます。
「なさげ」は若者言葉と思われ勝ちですが、関東・北陸の方言に「なさげ」があります。
関東方言「じゃん」の様に、方言だった物が若者言葉として広まったと考えた方が「良さそう」です。
先に、動詞の否定に用いる場合は「さ抜き」と言いましたが、近年「さ入れ」も広まりつつある様です。
こちらは西日本方言との関連がある様です。
例、「知らなさそう」「来なさそう」「見なさそう」「読まなさそう」。
「ない」が「なさそう」となる様に、こちらも「なさそう」が主流となるかも知れません。
混乱の元になるので、外国人向けの日本語教材では「なさそう」で統一されている様です。
因みに、「ある」の否定は「ない」なので、「あらなそう」とは「ならなそう」です。

452 :創る名無しに見る名無し:2017/04/14(金) 19:03:39.42 ID:4hylrqlk.net
請願(せが)む


当て字では「強請む」だそうですが、只でさえ「ねだる」、「せびる」、「ゆする」、「たかる」と、
複数の読みがあるのに、そこまで「強請」の字を当てるのは何故なのか……。
「ゆする」は「揺する」が語源で、個人的な感覚では「脅迫」をイメージします。
「せびる」は「脅迫」ではなく、「執拗に要求する」、「無心する」のイメージ。
これは「せぶる」が語源で、更に元は「臥(ふ)せる」の転で、「寝る」と言う意味です。
「宿を借りる」、「宿を取る」、「住み着く」と言う意味もあります。
ここから「宿る」、「寄宿する」に変化して、現在の「せびる=金品を要求する」になったと思われます。
元々「せぶる」は語源の通り「寝る」であり、悪い意味は無かったのですが、廃屋や洞穴で宿を取る
(野宿する)事から派生して、そうした場所に集団で住み着く野盗の類を「せぶり付き」と言ったり、
下宿人や居候を「せぶり」と言ったり、徐々に悪い言葉になりました。
当て字にするなら、「宿」の字を入れたい所です。
「たかる」は「集る」が語源で、「せびる」と同じく「無心する」、「物乞いをする」イメージ。
上記3つは悪いイメージが強いです(飽くまで個人的には)。
「せがむ」は執拗なイメージこそありますが、頼み込むと言う感じ。
そんな訳で音の近い「請願む」の字を当ててみました。
「責める」の意味もあるので、語源は「責(せ)む」、「せごす」でしょうか?
もしかしたら「勢子(せこ、せご)」(狩猟で獲物を追い立てる人)から来ているかも知れません。
「ねだる」は「強要」と言うよりは「我が儘を言う」、「甘える」って感じです。
子供が親に頼む様に、目下の弱い者や、庇護下にある者が、上の者に頼むイメージ。
「文句を言う」の意味もあるので、これに関連する言葉が語源だと思うのですが、詳細は不明です。
難しい事は考えず、安直に「根足る」(根を張る)で良いのかも知れません。

453 :創る名無しに見る名無し:2017/04/14(金) 19:05:34.90 ID:4hylrqlk.net
ム(ぎょ)


「ぎょっとする」の「ぎょ」は中国の「ギョ」と言う楽器に由来します。
虎(又は魚?)を模した置き物の様な形で、背の部分がギザギザになっていて、
そこを棒で擦って「ギョッ」と言う音を出します。
だから「ギョ」。
形は全然違いますが、構造的にはギロに近いと言えます。
漢字は偏に「吾」、旁に「攵」ですが、コードの関係で使えないので代わりに音が同じ「ム」を当てます。
「吾攵」の「ギョ」には止める、防ぐの意味があります。
ギョの背のギザギザの部分を「ソム(そご)」と言うので、そこから引用しました。
ソの字は金偏に「且」で、こちらもコードの関係で使えません。
「齟齬」と旁は同じで、「齟」は噛む事、「齬」は凸凹(でこぼこ)を表し、「噛み合わない」となります。
金偏の「ソム」にも同じく「合わない」の意味があり、「ソ」は刃物や鋤(すき)、「ム」は楽器を表します。
「鋤」の字は「金且力」で、「金且」の「ソ」が含まれています。
「ム」は「鉦ム(しょうご)」(鉦鼓、鉦吾、かねだいこ)に使われる字で、金属製の楽器です
(他に使われている例は知りません)。
「鉦(しょう、かね)」とは叩いて鳴らす円盤型の小型の金属製打楽器(仏具)の事です。
音が近い「驚(きょう)」の字を当てても良かったかも知れません。
平仮名か片仮名が無難でしょう。

454 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 15:24:37.74 ID:ewxFrRKA.net
怯(びく)/怯々(びくびく)


怯える様子の「びくびく」に、「怯」の字を当てている物があったので、そこから引用しました。
「吃驚(びっくり)」と同じく「驚」の字を当てても良いかも知れません。
魚篭とは関係がありません。


借り切り


「貸し切る」は貸す側で、借りる側は「借り切る」と言うそうです。





「龍」ではなく、「竜」で統一しています。
意味の違いも無いので、特に区別していません。
篭(籠)、滝(瀧)も同様。
襲や朧は「竜」の字が無いので、その儘です。

455 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 15:25:44.13 ID:ewxFrRKA.net
格好


見た目を言う時は「格好」、都合の好い事は「恰好」。
「恰好」が本来で、「格好」は当て字だそうですが、今更変えるのも面倒なので。


「良い」と「好い」と「よい」


使い分けは何と無くです。
「好都合」、「好調」の様に「好」が当てられる時は「都合が好い」、「調子が好い」にしています。
時々の気分で変わるので、「良い」で統一した方が良いかも知れません。
「頻繁」と言う意味の「よく」は平仮名にしています。


凝(じ)/凝乎(じっ)


「じっと見る」の「じ」。
凝視するの「凝」で、「目を凝らす」事。

456 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 15:26:50.23 ID:ewxFrRKA.net
倉皇/蒼惶/匆々/怱々(そわそわ)


心が落ち着かない状態、「そわそわする」の「そわそわ」
語源は「早」(そう、はや)でしょうか?
漢字は何れも「慌しい」の意。
倉皇、蒼惶は「そうこう」、「そそくさ」と読みます。
匆々、怱々は音読みで「そうそう」。
「怱」の字は「忽」とは違う事に注意。
「勿」の部分に「ヽ」が入っています。
「漫(そぞ/すず)ろ」と言う似た意味の言葉もあります。
完全に余談ですが、「いそいそ」は「忙」や「急」ではなく、「勇」や「勲」、「弥」の字が相応しい様です。

457 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 15:28:13.73 ID:ewxFrRKA.net
正(まさ)か


以前に解説した事の補足です。
名詞の「まさか」の語源は「目先/目前(まさき)」と言う説がある様です。
意味は字の通り、「目の先」、「目の前」。
元は「目先(めさき)」の意味で、そこから「今この時」、「ある事柄が目前に迫った時」となり、
「緊急事態」、「予想外」、「今将(いままさ)に」、「本当に」、「正に」へと派生し、「真逆」、
「正可」の字が当てられたそうです。
「まさかに」とも言います。
今日では「まさか知らないとは言えない」の様に、否定の強調にも使われます(「とても」と同義)。
他に、「まさか君じゃないだろうな?」の様に、疑惑の程度や可能性が低い疑問文を作ります
(「よもや」、「もしかして」と同義)。
又、疑問に対して「まさか」と答える事で、強い否定を表します。
こちらは「まさか(そんな事は無いだろう)」、「まさか(あり得ない)」の省略です。
これ等は元の「目先」の意味から離れ、「予想外」、「本当に」の意味が強くなっています。

458 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 15:51:21.87 ID:ewxFrRKA.net
度(ど)


程度が甚だしい事を表す「ド」です。
卑しめの言葉(卑俗語)でもあります。
「ドでかい」、「ド根性」、「ド豪い」、「ドつぼ」、「ド畜生」、「ド阿呆」、「ド下手」、「ド田舎」等々。
元は関西地方の言葉らしいのですが……。
この中で「ドつぼ」は「土壷」とも書き、肥溜めの事を言います。
一説には「野壷」の変化らしいのですが、「土壷」その儘でも通じます。
土人(どじん)、土民(どみん)、土方(どかた)、土百姓(どひゃくしょう)と、頭に「ド」が付く物は、
卑しめの意味合いが含まれてしまう様です。
語感が卑しめの「ド」を思わせるから忌避されるのかも知れません。
「奴隷」を思わせるからと言う説もあります。
「超弩級」の「弩」は「ドレッドノート」の略なので、これだけは語源が違います。

459 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 16:07:09.60 ID:ewxFrRKA.net
そろそろ容量が一杯になります。
未だ書き込めるかな?

460 :創る名無しに見る名無し:2017/04/15(土) 16:17:00.89 ID:ewxFrRKA.net
書き込めましたね。
最後を締める良い言葉が思い浮かばなくて困ります。
このスレの最初で言った自分の城は、その内作ります。
少し前から作る作ると言っていますが、今の所は無くても何とかなっているので……。
もしかしたら作る作る詐欺になってしまうかも知れません。

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