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TRPG系実験室 3

1 :創る名無しに見る名無し:2022/01/10(月) 23:01:17.38 ID:bv8kkCon.net
TRPG関係であれば自由に使えるスレです
他の話で使用中であっても使えます。何企画同時進行になっても構いません
ここの企画から新スレとして独立するのも自由です
複数企画に参加する場合は企画ごとに別のトリップを使うことをお勧めします。
使用にあたっては混乱を避けるために名前欄の最初に【】でタイトルを付けてください

使用方法(例)
・超短編になりそうなTRPG
・始まるかも分からない実験的TRPG
・新スレを始めたいけどいきなり新スレ建てるのは敷居が高い場合
・SS投下(万が一誰かが乗ってきたらTRPG化するかも?)
・スレ原案だけ放置(誰かがその設定を使ってはじめるかも)
・キャラテンプレだけ放置(誰かに拾われるかも)

2 :創る名無しに見る名無し:2022/01/10(月) 23:04:35.08 ID:bv8kkCon.net
避難所用板

なな板TRPGよろず掲示板
ttp://jbbs.shitaraba.net/internet/9925/

TRPG系実験板
ttp://jbbs.shitaraba.net/internet/20240/

前スレ
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1536328567/

3 :エール :2022/01/10(月) 23:19:49.77 ID:bv8kkCon.net
なんか容量いっぱいになったみたいなので立てました。
前スレの383より進行中の企画が終わってないため引き続きお借りしますね!

前スレ>615
ありがとう。いつも好き放題やっちゃってごめんね。
これからの私の行動指針に関して、お姉ちゃんは避けて通れない道だから……。
なるべく早めに片付けるつもりだけどしばらくお付き合いください!


【企画:無限迷宮へようこそ(前回までのあらすじ)】

魔王が創ったという伝説のダンジョン『無限迷宮』へ足を踏み入れた銃士の少女、エール。
彼女はこの迷宮へ挑み行方不明となっていた姉カノンを探してやって来たのだ。

1階の草原エリアにて出会った迷宮育ちの冒険者、猫の獣人ダヤンと共に探索を続けていく。
紆余曲折を経て遂に姉がいるという9階に辿り着くが、果たして再会できるのか……!?
(※ちなみにいつでも新規参加者募集中です)

4 :創る名無しに見る名無し:2022/01/12(水) 02:15:45.39 ID:luadVkSY.net
大阪事件  
主犯格の三人ともう一人の仲間を連れ、大阪市中央区で無職の男性(当時二十六歳)を強盗目的で襲い拉致。

十九時間にわたって監禁・暴行を繰り返し、最後はベルトを使って絞殺した。

遺体にタバコの火を押し付けて死んだ事を確認した後、暴力団員に遺体の処分を相談。
結果、高知県安芸郡奈半利町の山中に遺棄した。

男性の遺体には凄まじい暴行の痕があり、鎖骨・肋骨三本の骨折、及び内臓破裂していた。  
木曽川リンチ事件
大阪での事件後、発覚を恐れて三人は地元の愛知県稲沢市に移動。

十月六日、不良仲間の家でシンナーを吸引していたところ、少年グループの一人である型枠大工の男性(当時二十二歳)が訪れた。

男性の彼女はKBに強姦されていたため、トラブルとなり喧嘩となる。

KBはKMやHGら仲間七人と共に、男性をビール瓶や鉄パイプなどで約八時間にわたって激しく暴行。

リンチはビール瓶などで殴打し、傷口をフォークで突き刺す・または面白半分で傷口にシンナーや醤油をかけて反応を笑うといった陰湿・凄惨なものだった事が判明している。

翌日未明には愛知県尾西市の木曽川河川敷で瀕死の男性を堤防から突き落とし、更に雑木林へ引きずりシンナーをかけた上で火をつけて殺害した。

遺体は十月十三日に同場所で発見されるが、火傷の痕はあまりにも痛々しいものであった。


長良川リンチ事件
十月七日の深夜、彼らは愛知県稲沢市のボウリング場の駐車場で物色しており、たまたま鉢合わせとなった二十歳の男性二人、十九歳の男性一人を襲って金品を奪った上に拉致する。

車の後部座席に押し込み連れ回し、現金11,000円を強取。

その後、岐阜県安八郡輪之内町の長良川河川敷で会社員の男性一人(当時二十歳)とアルバイトの男性(当時十九歳)の二人を鉄パイプなどで執拗に暴行・殺害した。

二人がぐったりするとやはりタバコの火を押しつけ死亡確認したが、その後も遺体に暴行を加え続けている。

一旦はその場を離れた少年たちだったが、「ツルハシでとどめを差しておけばよかった」と現場に戻っている。

遺体は翌日に同場所で発見されたが、両者の遺体は頭蓋骨や腕など全身骨折の上、身体の血管の大部分が損傷を受けて大量出血しているという無惨なものだったという。

身を守ろうとしたのか両腕の骨は砕けてボロボロになっていた。

その際、少年グループはもう一人の二十歳男性は解放している。

この男性の供述から犯行が明らかとなり、警察は少年グループを指名手配する。

このため、KMは十月十二日に出頭、十月十四日にKBも出頭した。

HGは逃亡したが、1995年一月十八日に大阪で逮捕され、他のメンバーも逮捕された。

5 :ダヤン:2022/01/13(木) 01:21:59.89 ID:IVK/iYQQ.net
ダヤンの案にエールも賛成し、サーカスを見に行く、
もといシュタインを探しにサーカスに行くことになった。
店の外に出ると、丁度ピエロがビラを配っていた。

>「10番区の広場で楽しいサーカスの公演が始まるヨー。
 子供も大人もご年配の方も、気軽にみんなよっといでなんだヨー」

>「広場でやってるんだ。よーし二人とも、サーカスまでレッツラゴーだよ!」

「よしいくぞう!」

これは多分最近流行っている掛け合いである。
仮にルシアが理解できなかったとしても、多分死語だからではなく、
高貴な身分なので俗な言葉が分からなかったためだ。
それはともかく、3人はサーカス会場までやってきた。

>「これじゃあ探すのも一苦労だね……とりあえずチケット買おっか」

列に並ぶこと1時間。
その間も、ダヤンが列に並んでおいてエールがルシアの知り合いを探したりもしたが、
さっぱり見つからなかった。

>「想像以上に人が多いね……ここは切り替えてサーカスを楽しもうよ!ねっ!」

>「すみません……エールさん、ダヤンさん。ご迷惑をお掛けしてしまって」

>「えへへっ、エールでいいよ。私達同い年なんだよ」

「オイラもダヤンでいいにゃ。
呼びにくかったらこっちもルシアにゃん……じゃなかった、ルシアって呼ぶにゃ!」

ちなみに、この”にゃん”とは、標準語で言うところの”さん”と”くん”と”ちゃん”を兼ねる猫種訛りにおける便利な敬称である。
そうして、ついにサーカスが始まった。

>「皆さんお待ちかねェェェッ!我らが『シルク・ド・エトワール』の公演を開始させて頂きますゥッ!
 夜空に煌めく星のような迫力のエンターテイメントをぜひ!ぜひ!最後まで刮目くださいィィィッ!!」

>「うわっうわっ。あんなに沢山大丈夫なのっ!?観てよダヤン、ルシア。凄いよ!」

「うにゃ!? 危にゃ……くにゃい、だと!?」

ダヤンもエール同様、サーカスに見入っていた。
ダヤンは猫でスカウトなので、どちらかというとサーカスっぽい技能を持っている方なのかもしれないが、
それだけに余計凄さが分かるのかもしれない。

>「えへへ〜。どの演目も凄かったね。すっかり楽しんじゃったよ」

>「はいっ、とても楽しかったです。空中ブランコにはドキドキしました!」

「にゃん!」

暫しサーカスの余韻にひたる三人。
そして我に返ってきたところで、本来の目的を思い出すのであった。

6 :ダヤン:2022/01/13(木) 01:23:15.15 ID:IVK/iYQQ.net
「……あ、知り合いを探さにゃいとね」

それから周囲を探し回ったが、見つからず。
サーカスの時とは打って変わって意気消沈する三人。

>「……ごめんルシア、力になれなくて。どこにいるんだろうね……」

>「あ……いえっ……いいんです。運が悪かったんだと思います……」

「今晩はオイラ達と一緒に泊まるといいにゃ」

そんな会話をしていると、タイミングを見計らったかのように魔導士風の長髪イケメンが現れる。

>「シュタイン……!今まで……どこにいたんですか?」

>「姫様、大変申し訳ございませんでした。
 よもや人混みに流されてしまうとは……このシュタイン一生の不覚です。
 広場に来てからの一部始終は把握しております。いつでも合流は出来たのですが……!」
>「……折角できたご友人との仲睦まじき交流を邪魔することは、私には不可能でした。
 どうかお許しください。姫様が望むならばどのような罰も喜んで受けましょう」

実際にタイミングを見計らっていた!
それはそうと、ルシアはやんごとなき身分のようである。

「にゃにゃ!?」

>「ルシア……姫様っていったい……?」

>「あっ……いえ、それはその……」

>「バレてしまいましたか……姫様は高貴な身分なのです。
 ですが、故あってそれを隠されています。どうかご内密に」

ダヤンは、そりゃバレるよ!と心の中でツッコんだ。
そして、マスターが”人助けはしておくもんだ、助けたのが実は超偉い人だったり
いいことがあるかもしれないぞ”みたいなことを言っていたなあ、と思う。
まさにその通りになってしまった。
(よく言われる“回り回って自分に帰ってくる”と言いたい事は大体一緒だが、言い方が妙に具体的で生々しい)

>「エール、ダヤン、今日は助けてくれてありがとうございました。
 この恩は忘れません。必ずお礼させてください」

>「そんな……大げさだよ。一緒にご飯食べてサーカスを楽しんだだけなのに。
 友達と遊んでるのと同じ感覚だったよ。姫様を友達扱いするのは、失礼かもしれないけれど……」

「ルシアはお姫様だったんにゃね……!」

>「……嬉しいです。私……はじめて友達ができました」

「にゃは。もしずっと友達でいてくれたらそれが最高のお礼にゃあ!」

>「うん。私もダヤンもルシアの友達だよ!私達、あと4日はこの階にいるよ。
 何かあれば『夜明けの鐘亭』を訪ねてみて。いつでも助けになるからね!」

>「ありがとう……エール、ダヤン。また会いましょう!」

7 :ダヤン:2022/01/13(木) 01:26:16.29 ID:IVK/iYQQ.net
帰っていくルシア達を、エールと一緒に手を振って見送る。
ルシア達が見えなくなると、宿に戻って夕飯の時間までくつろぐことにした。

「びっくりだったにゃね〜、まさかお姫様だったにゃんて」

そんな会話をしていると……

>「エール様、ダヤン様、人探しの件で冒険者の方から伝言を預かっております」

宿屋の店主がやってきた。

>「数日前に、探しているお姉様が城下町の外へ歩いていくのを見たと……」

>「本当ですかっ!?町の外に……!?」

>「え、えぇ……確かにそう仰っておりました」

明日の行動方針は決まった。

>「明日は城下町の外を探してみようよ。
 魔物と遭遇するかもしれないから、気をつけないとね」

「んにゃ。もし他の階に行こうとしてるんだったら行っちゃう前に捕まえないとにゃ!」

といっても目撃されたのは数日前とのことで、現実問題として、
もしもポータルに直行したのだとしたら今から行って追いつくのは厳しいのかもしれないが。
夕飯を食べつつ作戦会議に突入する。
地図によると、最も近いポータルは最寄りの農村のはずれのようだ。
転送されてくるなりあまりにのどかな風景に城下町エリアと分からず困惑する人が続出するらしい。
なんとなく掲示板を見ていると、ある掲示物が目についた。

「路線馬車路線図と時刻表……?」

どうやらこの街では、決まったコースを決められたタイムスケジュールに従って馬車が走っていて、誰でも格安で乗れるらしい。
路線馬車というそうだ。
街の中を移動するものが多くをしめるが、最寄りの農村に向かうものもあるようだ。

「そんなシステムがあるんだにゃ。都会は凄いにゃあ!」

とはいえ、カノンは街の外に出て行ったという目撃情報があるだけで
どこに向かったのかは分からず、実は城下町のすぐ近くを探索しているだけの可能性もある。

「うーん、どうするにゃ……?」

最寄りのポータルを目指すか、街の周囲を探索するか、あるいはその他か――
少なくともダヤンよりはカノンの行動パターンが予測できそうなエールに聞いてみた。

【祝! 新スレ突入!】

8 :エール :2022/01/15(土) 00:05:47.40 ID:psjd5saw.net
早々に平らげた皿を端において、エールとダヤンは明日の予定の話をしていた。
皿が運ばれてきた時にはパスタが乗っていたが、得意の早食いでもう片付けてしまった。
しばらくして、ダヤンが掲示板をまじまじ見つめてこう言った。

>「路線馬車路線図と時刻表……?」

「いわゆる乗合馬車ってやつじゃないかな……。
 都市部の間を行き来するのは駅馬車とかって言うよね」

『乗合馬車』とは不特定多数の客を乗せて、決まった路線を時刻表に従い走る公共交通機関のことである。
他にも道端で客を待って、客の指定した場所まで運ぶ『辻馬車』がある。
路線図を見る限り乗合馬車は城下町内だけでなく、街道を通じて農村まで運行しているらしい。

>「そんなシステムがあるんだにゃ。都会は凄いにゃあ!」

「こうもインフラが整ってると迷宮の中だってことを忘れそうになるね……。
 魔物に阻まれながらも9階を開拓してアクシズを興した人は凄いよ」

>「うーん、どうするにゃ……?」

馬車を使えば短時間で町から離れた農村まで探しに行ける。
あるいは馬車を使わずに城下町の周辺だけを探索するという案もある。
どちらを選ぶべきか。とはいえ妹のエールでもカノンの行動ばかりは読めない。
姉は気まぐれに吹く風のような人だ。今日は西でも明日は理由もなく南を目指すような人なのだ。

「折角だし馬車でポータルのある場所を潰していこうよ。
 町には張り紙を置いてるし、他の階に行ったかどうかだけは確かめるべきだよ。
 他の階へ移動してないならそれでいいし。移動しちゃってるのが最悪のケースだけど……」

他の階へ移動している可能性は考えたくなかった。話が全て振り出しに戻ってしまう。
というよりポータルを使われると、どこに転移したか分からないので追いかけようがない。
これ以上は考えても仕方ない。後は明日に備えて寝るだけだ。エールは部屋に戻って眠りに落ちる――。

次の日の朝。
朝食のフィッシュアンドチップスを食べていると思わぬ来訪者が現れた。
昨日出会い友人となった少女、ルシアだ。ワンピースを身に纏って、気恥ずかし気にこう話す。

「その……来ちゃいました。
 用は無かったのですが二人にまた会いたくて……」

そういえばルシアには姉探しで滞在していることを話してなかった。
友達なら特別な用が無くても会いに来ることぐらい、いくらでもあるだろう。
予定を急遽変更することもできるが、自分達の目的くらいは知ってもらっていい。

「どうしよう。私達、9階にいるお姉ちゃんを探してここまで来たんだ。
 今日はそのお姉ちゃんを探しに町の外に出るつもりだったの」

「そうだったんですか……!なら、私も微力ながらお手伝いします。
 昨日の恩を返したいです。何かできることはありませんか?」

そう言ってくれるなら、同行してもらってもいいかもしれない。
9階のポータル周辺で聞き込みを行うだけで、魔物が現れるような場所に赴くことはないはずだ。
いくら友達とはいえお忍びで外出中の姫様を危険な目には遭わせられない。

9 :エール :2022/01/15(土) 00:08:47.59 ID:l7LRQR5S.net
エールはルシアのお言葉に甘えて、一緒に行くことに決めた。

「ありがとうルシア。それじゃあ一緒にお姉ちゃんを探そう。
 準備するから外で待っててね、すぐ行くから!」

そう言い残して、部屋へ戻ると道具袋と魔導砲を用意して外へ。
忘れちゃいけないのが昼ご飯だ。さすがにルシアも持参していないだろう。

「ダヤン、ルシア、馬車に乗る前に昼ご飯だよっ。
 忘れたら非常食の乾パン食べるはめになるからね!」

エールも素人ながら冒険者なので携行食くらいは持ち歩いている。
とはいえ、今それを食う必要もあるまい。消費期限にはまだ余裕がある。
エールとルシアはパン屋でオススメのサンドイッチセットをそれぞれ買った。

「ダヤンは何にしたの?へぇ……結構美味しそう」

後ろからススッとやってきてダヤンが見ていた商品を一緒に眺める。
買うかどうかも分からないのに食い意地の張った発言だ。

そして準備を整え乗合馬車のある場所まで歩くと、程なくして馬車がやってくる。
町の外へ行く便だからなのかエール達以外の利用客はあまりいない。

城下町の門を潜って、馬車は外へと出ていく。
のどかな自然の風景が延々と広がる中を軽快に進む。

「……なんだかピクニックみたいですね。うきうきします!」

「そうだね。こんな平穏な冒険、無限迷宮に来てはじめてだよ!」

闇の欠片を持つ魔物とばかり遭遇していた今までが異常だったのかもしれない。
たまには友達と外へ出掛けるだけの気楽な日があってもいい。エールはそう思った。

「あ……エールは外の世界から来たんですか?」

「うん。地上の北方大陸からね。そこにはユールラズ王国っていうとっても大きな国があって……。
 そこが私の故郷なんだよ。北方大陸はいつも雪が降ってて……心まで凍えそうになる」

エールの脳裏によぎるのは分厚い氷と雪で覆われた故郷の情景。
生物を拒むような不毛の大地を思い出して、なんだか寒さまで蘇りそうだった。

「私……迷宮生まれなので、外の世界のことはよく知りません……。
 外は怖い世界……恐ろしい世界だと聞きます。人同士で無益な戦争を起こすこともあると」

「それは……なんていうか……きっと間違っていないけど、正解でもない……と思う」

エール達の住む世界は『多元世界』といって、様々な世界(宇宙)が集まって出来ている。
多元世界が内包する、あらゆる世界に通じる不文律は魔法と魔物が存在することだ。
それぞれの世界は古来より争いを生まないよう相互不干渉を徹底している。
他の世界の者と交流できる数少ない特異点がこの無限迷宮だ。

そして多元世界では、数千年に一度の周期でどこかの種族から『魔王』が誕生する。
――まるでそれが世界のシステムであるかのように。
この無限迷宮を生み出したのはおよそ1000年前にエールの住む世界から誕生した魔王。

10 :エール :2022/01/15(土) 00:11:02.10 ID:l7LRQR5S.net
無限迷宮を創りしその者の名を、魔王ルインという。神に等しき魔力を持つ人間の女性だ。
転じて、無限迷宮で生まれた者達は彼女の出身世界を特別に『地上』などと呼ぶ。
魔王ルインは多元世界を支配し、最後には神をも打倒し成り代わろうとしたという。

それを阻止したのが多元世界を観測し見守り続ける『そらの民』達である。
多元世界が混乱に満ちた時、全てを鎮め平和をもたらす存在――『勇者』を派遣するのが彼らの使命。
そらの民である勇者スピラと、各世界でそれぞれ仲間となった戦士、僧侶、魔法使い。
彼らは使命通りに魔王ルインを倒して、多元世界の歴史に新たな伝説を刻んだ。

だが本当の戦いはそれからだった。
多元世界から魔王の脅威が去って全て丸く収まったわけじゃない。
魔王が死んでも魔物は消えないし、国家間では火種が生まれて戦争を起こし始める始末。
貧困、飢饉、感染症のパンデミック。問題は矢継ぎ早に起きていく。

もし"各世界間は相互不干渉"という決まりがなければ、世界同士でも争いが生じただろう。
世界の負の側面を列挙すればきりがない。確かに世界が醜くなければ無限迷宮に定住する人もいないはずだ。

――迷宮の外に憧れるダヤンがいる一方で、迷宮の外を恐れるルシアがいる。
エールは地上出身者として、上手く言えるかは分からないが先入観だけでも取り除きたいと思った。

「……そうかもしれません……この無限迷宮にだって、怖いことはいっぱいありますよね。
 高階層へ行くほど魔物は強くなります。他の階へ移動するだけで、危険な階へ飛ぶ可能性だって」

「っそ……そーだよっ。そーなんだよルシアっ。地上にも良いところはあるよ。
 例えば……そうだなぁ……夜はお星さまが煌めいてすごく綺麗だよ!」

ルシアはエールの方を興味深そうに振り向いた。星。この無限迷宮にはないものだ。
夜の迷宮は月のような衛星がぽつんと浮かぶだけで無窮の暗闇が支配している。

「星は……話でしか聞いたことがありません。
 ここにはない綺麗なものも、外の世界にはたくさんあるんですね」

「うんっ。この迷宮を自由に出入りできたら、いつでも見れるのにね……」

話を続けているうちに、馬車の乗客が少しずつ減っていく。
そして遂に三人は終点のカーム村に到着した。この村の外れにポータルがあるらしい。
村では主に小麦などを育ているようだ。とはいえ収穫の時期ではないので殺風景なものである。

「すみません、この辺りでカノンという女性を見ませんでしたか?
 私にちょっと似てる……というか私のお姉ちゃんなんですけど……」

道行く農民の方に声をかける。が、冒険者が来た記憶はない、と一蹴されてしまった。
何度か聞き込みを続けるがどれも同じ返事で終わって正午を迎えることとなる。

「うーん。喜んでいいのかな……。
 今のところはまだこの階にいる可能性の方が高そうだけど……」

サンドイッチを頬張りながらエールは呟く。
9階の各ポータルに足を運ぶのは、カノンが他の階へ行ってないかの確認のためだ。
聞き込みで『見かけてない』と言われる方が喜ぶべきなのだが、ならどこにいるというのか。

11 :エール :2022/01/15(土) 00:15:20.33 ID:l7LRQR5S.net
雄大な自然に囲まれる中、三人で穏やかな昼食を摂っていた頃。
後ろの草むらが何やらガサガサと揺れ動き、エールは反射的に魔導砲を構えて筒先を向ける。

「――魔物ッ!?」

としか思えない。農村から程近いので現れないと高を括っていたが、出るときゃ出るらしい。
この9階で一番メジャーなのは突撃猪(タックルボア)で、人里離れているところに住んでいるという。
定期的に農村に現われては作物を荒らす面倒な魔物らしい。

角による突進しかしてこないが、その威力が脅威で鉄の盾もブチ抜く威力がある。
先手必勝か。相手が魔物なら待ってやる必要はない。エールは冷徹にトリガーに指を掛けて――。

「わ〜〜っ!?お待ちください!私ですっ、姫様の付き人シュタインです!」

がさがさっと茂みから飛び出してきたのは金髪を腰ほどまでに伸ばした優男であった。
シュタインだ。姫であるルシアの付き人がやにわに姿を現したのだ。

「……シュタイン!城で留守番をしているのでは無かったのですか……!?」

「姫様、それは方便です。このシュタイン影からずっと見守っておりました」

灰色の魔導衣に付着した葉っぱを払いながら、シュタインは平静にそう言い放った。
それより、と行方を捜している姉について言及する。

「エール様のお姉さまの件……私も心配しております。
 この9階にはポータルが5つあるそうですが、うち4つは農村などの近くにあります。
 最後の1つに関しては人里離れているので9階から他の階への移動に使うとは考えにくいですね」

そういえばそうだ。ポータル周辺で聞き込みを続けるとなるとあと3日くらいかかるだろう。
さいわい町の方は酒場の掲示板に懸賞金じみた似顔絵を張っているので問題ないはずだ。

「他の階へ行ってしまったか、まだ留まっているのか……。
 ……影ながら無事に会えることを祈っております。それでは失礼しました」

そう言ってシュタインはがさがさと茂みに消えていく。
こんな感じでルシアの行くところ行くところを見守っているのだろうか。

カノンが来ていないならこの農村にも用はない。
乗合馬車が来るのを待って、三人は城下町まで戻ることにする。
日が暮れるまで多少の時間があったので、その間は町を捜すことになった。

それでもカノンは見つからなかった。1日、また1日と時間が過ぎていく。
ルシアは毎日のように宿屋に訪れては捜索を手伝ってくれた。
そしてポータルストーン返却まで残り1日に迫った時のことだ。

「ああ、その人なら見たことがあるね。
 他の階へ行くみたいでさ。一人でポータルまで歩いていったよ」

よりにもよって最後に訪れた農村に住む青年の口から目撃したとの証言。
エールはがっくりした様子で、一言も喋らないまま帰りの乗合馬車に揺られていた。

12 :エール :2022/01/15(土) 00:19:52.76 ID:l7LRQR5S.net
ルシアも帰り、夕食も終え、部屋に戻ろうという時になって。
エールはようやくダヤンに向かって言葉を発した。

「……明日は5階に行こうよ。
 サイフォスさん達にポータルストーンを返さないと」

そして次の日、朝早くに宿屋を出るとポータルストーンを起動する。
足下に魔法陣が浮かぶと、浮遊感と共に周囲の景色が一瞬で変わる。
5階の拠点、鎮魂の町ネクログラードへと到着すると二人は教会へと向かう。

「はぁ〜いい天気だな。休みすぎて身体が鈍っちまったぜ!体操でもするかな、ははは!」

などと仲間に話しながら、教会の前ででかい図体をリズミカルに動かす男がいる。
彼こそが冒険者協会のサイフォスだ。どうやら完治したらしく、かなり元気そうである。

「サイフォスさん、お久しぶりです。怪我も治ったんですね……!」

「嬢ちゃんとダヤンじゃねーか。6階の依頼は無事に終わったのか?」

「はいっ……色々ありましたけど、皆で力を合わせてどうにか退治できました」

エールはマミーを操り拠点を襲っていたカースドファラオを倒し、先に9階へ行ったことを話した。
そして今日までカノンを探したものの、すでに9階を立ち去ってしまっていたと。

「そりゃ難儀な話だ。それでわざわざポータルストーンを返しに?」

「はい。それでその……あの時はすみませんでした。
 私を庇わなければサイフォスさん達が怪我をすることも無かったのに」

「俺達の力不足ってだけさ。気にすることじゃない。
 それよか6階の依頼をこなしてくれてありがとな。報酬は20万メロくらいでいいか?」

仲間の僧侶がどっちゃり金貨の入った袋を二つ差し出す。
10万メロずつということらしい。代わりにポータルストーンを返却する。
サイフォスはそれを握りしめて真面目な顔でエール達に話し始めた。

「話を戻していいか?9階にはいなくてもお姉さんはまだそう遠くに行ってないはずだ。
 聞いたことがないか、ポータルは近い階に繋がる確率の方が高いんだよ」

「それは……どこかで聞いた記憶がありますけど」

「これも何かの縁だ。金だけ渡してさよならってのも気が引けるしな。
 俺達も熾天使のカノンを捜すぜ。まだ近くの階にいるはずだ、なぁにすぐ見つかるよ!」

エールの顔がぱっと明るくなった。
冒険者協会は無限迷宮内に存在する冒険者のギルドを纏める存在。
その情報網を活かせば、きっとカノンを見つけ出すことも不可能ではない。

13 :エール :2022/01/15(土) 00:37:45.33 ID:l7LRQR5S.net
単純な人数で言っても、ベテランの冒険者数十人が捜索に協力してくれるのだ。
これほど心強いことはない。そんな調子で話が纏まると、教会から一人の男が姿を現す。
塵一つない清潔な白衣。顔の右半分を覆う仮面。冷徹さを感じさせる顔立ち。七賢者のアスクレピオスだ。

「熾天使のカノンが、君のお姉さん……だったな」

アスクレピオスはゆっくりとエールの下までやって来て、静かにそう尋ねた。
エールは肯定する。冒険者協会の面々を治療していたのだから、当然彼も教会にいるだろう。
以前話した時には自身も誰かを探していると言っていたが……。

「……そういえば君達の名をまだ聞いていなかったな」

「……そうでした。私はエールです。こっちの子はダヤンと言います」

意外な話だが、何度か会っているにも関わらず自己紹介すらしていなかった。
アスクレピオスは表情筋を動かすことなく話を続ける。

「あの時言いそびれたが……私の探している人は、君と同じだ。
 私も熾天使のカノンを探していたんだ」

「え……?」

魔物に闇の欠片を配り、時に回収する謎の集団、七賢者。
その一人であるアスクレピオスがカノンと何の関係があるというのか。
彼らについて、"無限迷宮の主"なる人物に仕えること以外は何も分かっていない。

「私も君のお姉さんの捜索に協力しよう。
 見つけた時には、彼女の力を少しだけ借りたい。構わないか?」

エールはその申し出に即答できなかった。
魔物に闇の欠片を配る集団に属する者を仲間に加えて良いのだろうか。
だが彼は無償でサイフォス達の治療を買って出るなど、悪人とは思えない行動もとっている。

「……お姉ちゃんの力を借りて……どうするんですか?」

「端的に話すが、闇の欠片の研究過程で精神を汚染された仲間達を救いたい。
 それが私の目的だ。それには君のお姉さんの……五聖剣に並ぶ強力な『浄化の力』が必要だ」

声色はいつもと変わらなかったが、どこか逼迫したような語調だ。
カノンは昔から不思議な能力を持っていた。動物や自然と言葉を交わすことができたり。
湧き出た瘴気を浄化してしまう特別な力を持っていた。

その力を必要とする人達がいる。それを妨げる理由などないだろう。
闇の欠片は持っているだけで精神を汚染するので、姉の強力な浄化の力は役に立つはず。
なぜ闇の欠片の研究していたのか、頭の良い人の考えることは分からない。
傍迷惑な話だが、もしかすると闇の欠片を魔物に配るのも正気を失った結果だったのかもしれない。

「分かりました。ぜひ協力お願いします……!」

「感謝する。私は転移魔法で9階より下を探そう。君達は上の階を頼む」

「了解した。お嬢ちゃん達は9階にいてくれ。見つけたら戻ってくるよ」

サイフォスも気さくに返事をする。
迷宮攻略を目指す冒険者協会も、七賢者について詳しくは知らないようだ。
おそらくエール達と同じ程度の知識量だろう。そして今のところ敵対している様子もない。

それでも迷宮の攻略者と迷宮の主に仕える者が組む機会は早々ないだろう。
姉を見つけるという目的で、今ここに異色のタッグが生まれたのだった。

14 :エール :2022/01/15(土) 00:39:58.31 ID:l7LRQR5S.net
エールとダヤンはサイフォス達に連れられて再度9階まで戻る。
それからは『夜明けの鐘亭』で過ごしながら、
城下町を散策したり時折やってくるルシアと遊ぶ日々だった。

――そして3日後のある日のこと。朝早くにサイフォスが宿屋までやってくる。
と、いってもご丁寧に扉をノックしてやって来たわけじゃない。
鍵のかかってない窓を開けてこっそりとダヤンのベッドまで近寄る。

「ダヤン、起きろ……嬢ちゃんは流石に寝てるな。
 うっかり物音立てて起こすなよ、静かに行動するんだ……」

まだ早朝だ。エールは自分の借りた部屋で寝ている。
だがあまり大声で話したりすると目が覚めて会話が漏れるかもしれない。
宿屋の壁は薄い。それはサイフォスの望むところではない。

「……熾天使のカノンが見つかった。
 話をつけて、今は嬢ちゃんを10階で待ってる」

紛れもない吉報だった。
エールが知れば一体どれほど喜ぶことだろうか。

「折角だしサプライズで驚かせたいと思ってな。先にお前さんにだけ伝えた。
 お嬢ちゃんがびっくりしそうなタイミングで教えて、こいつを渡してあげてくれ」

サイフォスは鉱物質の光る球を取り出してダヤンの手渡した。
ポータルストーンだ。これで10階の花畑エリアへも楽に行くことができるだろう。

「最初だけは姉妹水入らずで話す機会を作ってやりてぇな。
 俺達は後でアスクレピオスの転移魔法を使って10階へ行けばいい」

だが、とサイフォスは話を続ける。

「ただ……熾天使のカノンは誰かに追われてるみたいなんだ。
 それで人目を避けてたみたいでな。俺達が護衛するから問題無いって話したんだが……」

その人物が何者なのかは謎だ。
もしかしたらカノンの居場所を嗅ぎつけて10階に来るかもしれない。
そうなれば戦いは避けられないだろう。

「ま、その辺は気にするな。姉妹の再会は邪魔されないよう俺が手を回しておくよ。
 とにかくダヤンはサプライズ係を頼むぜ。俺は宿屋の外にいるからな、頼んだぞ!」

サイフォスは手を振って窓を飛び出すと、豪快に石畳へ着地して宿屋の外へ。
果たしてサプライズ作戦はダヤンの手に委ねられたのだった。


【カノン発見。エールに伝える役割はダヤンに託される】

15 :エール :2022/01/19(水) 18:31:36.06 ID:6VNFI8EU.net
これはただのセルフ反省会だから無視していいんだけど……。
6階編の序盤で『砂漠の狐』が拠点を守るのに三人程度で小隊を組んでるって記述したけれど
歩兵の小隊って編成が30〜50人なんだって最近知って「しまったぁ!」と思ったんだよね。

小隊より少ないのが分隊で10人程度だって(wikipedia知識)。知らなかった……そんなの……。
原因は軍事の知識とかないからモビルスーツとか戦車の小隊編成のイメージで書いちゃったせいなんだ。

『砂漠の狐』は冒険者のギルドだから雰囲気で小隊呼びしてたって苦しい言い訳はできるけど、
軍事に詳しい人が読んだら「?」になるなぁと思って。スリーマンセルとでも書いておけば良かったなぁ。
……私が気づいてないだけで他にもおかしな箇所はいっぱいありそうだけどね……失礼しました。

16 :ダヤン:2022/01/22(土) 00:07:21.03 ID:W06Md21g.net
>「その……来ちゃいました。
 用は無かったのですが二人にまた会いたくて……」

「また会えて嬉しいにゃー!」

>「どうしよう。私達、9階にいるお姉ちゃんを探してここまで来たんだ。
 今日はそのお姉ちゃんを探しに町の外に出るつもりだったの」

>「そうだったんですか……!なら、私も微力ながらお手伝いします。
 昨日の恩を返したいです。何かできることはありませんか?」

昨日は特別にお忍びでサーカスを見るために街に出ていたものかと思ったので
連日自由に出歩いて大丈夫なのだろうか、と一瞬思ったが、
来てくれて嬉しい気持ちが勝って細かいことは考えないことにした。

「じゃあ一緒に行ってもらおうにゃ!
道中は馬車で移動するし魔物に襲われることもにゃいと思うにゃ」

>「ありがとうルシア。それじゃあ一緒にお姉ちゃんを探そう。
 準備するから外で待っててね、すぐ行くから!」

トントン拍子で一緒に行くことになった。

>「ダヤン、ルシア、馬車に乗る前に昼ご飯だよっ。
 忘れたら非常食の乾パン食べるはめになるからね!」

「わーい! あ、あそこのベーカリーカフェのをテイクアウトするにゃ!」

>「ダヤンは何にしたの?へぇ……結構美味しそう」

ダヤンは猫っぽくアンチョビサンドを購入。
アンチョビを挟んだだけだと塩辛くなりそうだが、他にも色々はさんでお洒落に仕上がっている。
馬車に乗り、のどかな風景の中を進んでいく。

>「……なんだかピクニックみたいですね。うきうきします!」

>「そうだね。こんな平穏な冒険、無限迷宮に来てはじめてだよ!」

「本当だにゃ〜、ここはいいエリアだにゃ〜」

馬車に揺られながらとりとめのない会話などをし、話題は外の世界のことへ。

>「私……迷宮生まれなので、外の世界のことはよく知りません……。
 外は怖い世界……恐ろしい世界だと聞きます。人同士で無益な戦争を起こすこともあると」

「そうなんだにゃ!?
外は迷宮ほどモンスターがのさばってなくて、迷宮よりもエリア間の移動がずっとしやすいって聞いたにゃ〜。
どっちが本当なんだにゃ!?」

17 :ダヤン:2022/01/22(土) 00:08:43.13 ID:8tYh1+pw.net
閉ざされた世界の者が自由を夢見て外の世界を目指したはいいものの
そこには残酷な真実が広がっていて、壁の中こそが実は外よりずっとマシな楽園だった――
とは色んな御伽噺でよくあるパターンである。
かといって、この世界がそのパターンに当てはまるかというと多分そこまでではなく。
平和な地域は平和だがそうでない地域は迷宮以上の修羅場もある地上と、
全体的に魔物が跋扈し高階層になるほど危険度が増す迷宮。
単純には比べられないが平均すると割といい勝負かと思われる。
同じ迷宮生まれでもモンスターの脅威に直接は晒されることなく平和に暮らしているルシアと
物心ついたときから冒険者として生計を立てているダヤンでは感覚が違って当然だろう。

>「それは……なんていうか……きっと間違っていないけど、正解でもない……と思う」

>「……そうかもしれません……この無限迷宮にだって、怖いことはいっぱいありますよね。
 高階層へ行くほど魔物は強くなります。他の階へ移動するだけで、危険な階へ飛ぶ可能性だって」

平和に暮らしているルシアも、この迷宮の危険性を知識としては知っているようだ。

>「っそ……そーだよっ。そーなんだよルシアっ。地上にも良いところはあるよ。
 例えば……そうだなぁ……夜はお星さまが煌めいてすごく綺麗だよ!」

>「星は……話でしか聞いたことがありません。
 ここにはない綺麗なものも、外の世界にはたくさんあるんですね」

>「うんっ。この迷宮を自由に出入りできたら、いつでも見れるのにね……」

「入るのは簡単らしいけど、出るのは大変にゃんだよね……。
脱出を目指して旅立った人も大抵戻ってくるにゃ」

迷宮内に街が出来ているのは、地上にいられなくなったり嫌になって、という理由の他に
単純に入ったはいいものの出られなくなる人が多いから、という理由もあると思われる。
あるいは、なかなか出れない→地上もそんなにいいもんじゃないし別に出なくていいか というコンボによるものかもしれない。
エールは、自分が知っているこの迷宮についての情報を教えてくれた。
おそらく、エールの出身世界で語られている伝承なのだろう。

「あれ……?
エール、オイラ達が“地上”って呼んでてエールの出身世界でもある世界はたくさんある世界のうちの一つにゃんだよね?
迷宮から脱出できたとして、ちゃんとその世界に出られるんだにゃ!?」

脱出自体が難しいうえに、どの世界に出るかもランダムだったらどうしよう。
迷宮出身でそもそも外を知らないダヤンはともかく、”地上”出身のエールはそれでは困る。
“地上”は迷宮の創造主である魔王ルインの出身世界なので、脱出時はそこに出るようになっているのならいいのだが。

「まあ、今気にしても仕方にゃいか。まずはお姉ちゃんを見つけてからにゃ!」

馬車は終点のカーム村に到着した。

18 :ダヤン:2022/01/22(土) 00:10:35.86 ID:8tYh1+pw.net
>「すみません、この辺りでカノンという女性を見ませんでしたか?
 私にちょっと似てる……というか私のお姉ちゃんなんですけど……」

目撃情報が無いまま昼を迎えた。

>「うーん。喜んでいいのかな……。
 今のところはまだこの階にいる可能性の方が高そうだけど……」

「きっと喜んでいいにゃ! 単に町の外を探検したくなったんじゃにゃい?」

そんな感じで昼食をとっていると、後ろの草むらに何かいるようだ。

>「――魔物ッ!?」

>「わ〜〜っ!?お待ちください!私ですっ、姫様の付き人シュタインです!」

「にゃーんだ、びっくりした……って別の意味でびっくりだにゃ!」

>「エール様のお姉さまの件……私も心配しております。
 この9階にはポータルが5つあるそうですが、うち4つは農村などの近くにあります。
 最後の1つに関しては人里離れているので9階から他の階への移動に使うとは考えにくいですね」
>「他の階へ行ってしまったか、まだ留まっているのか……。
 ……影ながら無事に会えることを祈っております。それでは失礼しました」

シュタインは何気に役立つ情報を提示すると、当然のように茂みの中に消えていった。
普通に一緒に来ればいいんじゃね?とダヤンは心の中でツッコんだ。
それから毎日3人で近い農村から順に訪れてカノンを探した。
最後に訪れた農村(つまりポータルが近くにある4つの農村の中では一番遠い)でついに目撃証言を得た。

>「ああ、その人なら見たことがあるね。
 他の階へ行くみたいでさ。一人でポータルまで歩いていったよ」

アカン方の目撃証言だった。

「うーん、他の階に行くならにゃんで一番近いポータルから行かなかったんだにゃ……」

エールによるとカノンは結構気まぐれらしいので、ぼやいたところでしょうがない。
今更カノンが入ったであろうポータルに入ったところで、行先が変わってしまっているだろう。

>「……明日は5階に行こうよ。
 サイフォスさん達にポータルストーンを返さないと」

「……そうにゃね。
もし出来れば別れ際に頼んで8階か10階にでも送ってもらうにゃ?」

この時のエールはダヤンの言葉の意図がすぐには分からなかったようだが、とにかく5階に向かう二人。

>「はぁ〜いい天気だな。休みすぎて身体が鈍っちまったぜ!体操でもするかな、ははは!」

「サイフォスにゃん……! 元気になったんにゃね……!」

依頼を無事に達成した後にカノンを探していたことを報告し、一人10万メロずつの報酬をもらう。

19 :ダヤン:2022/01/22(土) 00:11:51.96 ID:8tYh1+pw.net
「にゃにゃ!? こんにゃにたくさん……!」

>「話を戻していいか?9階にはいなくてもお姉さんはまだそう遠くに行ってないはずだ。
 聞いたことがないか、ポータルは近い階に繋がる確率の方が高いんだよ」

>「それは……どこかで聞いた記憶がありますけど」

これは外から来た者にとっては都市伝説レベルの噂でも、迷宮暮らしが長い者にとっては、割と定説だったりする。
現にエール達も、1階→2階→4階→5階 と移動しており、偶然にしては出来過ぎているのだ。

「オイラもそう思ってたんだにゃ。後で9階の隣接階に送ってもらうことはできるにゃ?」

これは話が早い!とばかりに頼みを持ち掛けてみるダヤンだったが、
返ってきたのは期待を遥かに超える言葉だった。

>「これも何かの縁だ。金だけ渡してさよならってのも気が引けるしな。
 俺達も熾天使のカノンを捜すぜ。まだ近くの階にいるはずだ、なぁにすぐ見つかるよ!」

「サイフォスにゃん……。エール、良かったにゃね! きっとすぐ見つかるにゃ!」

いい感じで話がまとまったところで、教会からアスクレピオスが出てきた。

「あ、アスクレピオスにゃん。みんなを治してくれてありがとにゃ……!」

今更ながらに自己紹介する二人。
アスクレピオスは、自分もカノンを探していると告げた。
カノンの持つ浄化の力を借りたいという。

>「端的に話すが、闇の欠片の研究過程で精神を汚染された仲間達を救いたい。
 それが私の目的だ。それには君のお姉さんの……五聖剣に並ぶ強力な『浄化の力』が必要だ」

「五聖剣に並ぶ強力な浄化の力……!?」

何やらカノンは、凄い冒険者の上に、凄い力を持ってるらしい。

>「分かりました。ぜひ協力お願いします……!」

>「感謝する。私は転移魔法で9階より下を探そう。君達は上の階を頼む」

>「了解した。お嬢ちゃん達は9階にいてくれ。見つけたら戻ってくるよ」

「待ってるだけでいいのにゃ!? 果報は寝て待てにゃね!」

再度9階に戻り、ルシアと遊んだりしつつ平和に過ごした。
そして3日後の早朝。窓から侵入してくる者があった。
猫っぽく敏感に気配を察知し、目を覚ますダヤン。

(――泥棒にゃ!?)

>「ダヤン、起きろ……嬢ちゃんは流石に寝てるな。
 うっかり物音立てて起こすなよ、静かに行動するんだ……」

「にゃんだ〜、びっくりするにゃ〜……って何やってるにゃ」

泥棒では無かったが別の意味でびっくりした。

20 :ダヤン:2022/01/22(土) 00:12:50.74 ID:8tYh1+pw.net
「それににゃんで起こしたらいけないんだにゃ?」

もし同室で寝ていたら起きてしまったであろうと思われるが
幸い二人用の部屋が満室で、それぞれ一人用の部屋を取っていた。

>「……熾天使のカノンが見つかった。
 話をつけて、今は嬢ちゃんを10階で待ってる」
>「折角だしサプライズで驚かせたいと思ってな。先にお前さんにだけ伝えた。
 お嬢ちゃんがびっくりしそうなタイミングで教えて、こいつを渡してあげてくれ」

サイフォスはそう言って、ポータルストーンを渡してくれた。

「良かった、見つかったんにゃね……!」

>「最初だけはかのを作ってやりてぇな。
 俺達は後でアスクレピオスの転移魔法を使って10階へ行けばいい」

「んにゃ。まずはエール一人で行かせればいいにゃね」

>「ただ……熾天使のカノンは誰かに追われてるみたいなんだ。
 それで人目を避けてたみたいでな。俺達が護衛するから問題無いって話したんだが……」

「え、それ……大丈夫にゃ……!?」

>「ま、その辺は気にするな。姉妹の再会は邪魔されないよう俺が手を回しておくよ。
 とにかくダヤンはサプライズ係を頼むぜ。俺は宿屋の外にいるからな、頼んだぞ!」

「ちょっと待つにゃ……!」

何気に重要な情報をさらりと告げると、サイフォスは止める間もなく窓から飛び出していった。

「うーん、どうするにゃ……」

エールがびっくりしそうなタイミング、と言われても、
カノンに話を付けて待って貰っているのならあまり待たせるのも悪いし、
誰かに追われているというのも気になるところだ。
姉妹の再会が邪魔されないように手を回しておく、ということは
感動の再会の場を狙って襲撃してくる、ということもあり得る!?
手を回しておく、とは身代金受け渡し現場のように気付かれないように周囲に人員配置でもするのか……?
ならば、早いほうがいいとはいっても、その手配が済むぐらいまでの間はあったほうがいいのか。
まあ、サプライズの準備をしている間に自然にいい感じの頃合いになるだろう。
そんなことを考えながら、受付に行ってこの時間帯担当の店員に話しかける。

「ここの店員さんの制服を借りれるにゃ? 実は……」

21 :ダヤン:2022/01/22(土) 00:13:58.42 ID:8tYh1+pw.net
エールが起きた頃。
少し前に宿屋の店主が入ってきた時のように、宿屋の店員がやってきた。

「エール様、人探しの件で冒険者の方から伝言を預かっております」

「探しているお姉様を10階の花畑エリアで見たと……そこで貴女を待っていると」

「これを使って早く行ってあげてください。くれぐれも今度は逃がさないように」

店員はエールにポータルストーンを差し出した。

「わたくし達は後から行きますにゃ」

そう言い残して部屋を出て行った店員――に変装したダヤンは変装を解いて元の姿に戻ると、
宿屋の外で待っていたサイフォスと合流し、カノン発見を告げたことを報告する。

「渡したにゃ……!」

姉妹水入らずの時間を作るとはいっても、カノンが追われている以上、あまり時間を置くのも心配だ。

「アスクレピオスにゃんはどこにゃ?」

早く追いかけたいオーラを出すダヤンであった。

22 :ダヤンPL:2022/01/22(土) 00:24:37.99 ID:8tYh1+pw.net
>15
そうにゃんだ! 勉強になるにゃ〜
ミリタリー分野は全然なので全然気にせずにさらっと流してたにゃ
超強いキャラを表現するときに「一人で一個大隊に匹敵」ってよく言うけど
「一個小隊に匹敵」でも十分強いんにゃね!

23 :エール :2022/01/22(土) 15:34:28.56 ID:UCoZn7VU.net
朝だ。起床の時間である。夢見心地が半分残った状態で起き上がる。
エールは顔を洗って歯を磨くとパジャマを脱ぎ、いつもの隊服に着替える。

そろそろダヤンも起きている頃だろうか。
確認すべく彼の部屋へ行こうとして、不意の自室の扉からノックが響いた。
誰だろうと思って扉を開けると待ち受けていたのは宿屋の店員と同じ格好をしたダヤンだった。
――なんか6階でも似たようなことなかったっけ……。

>「エール様、人探しの件で冒険者の方から伝言を預かっております」

「え……?は、はいっ!」

意図は分からないがエールは空気を読んで気づいてないフリをした。
正直に言ってしまうと背格好と声でバレバレではあるのだが……。
無粋な真似をしてはせっかくのダヤンの気持ちを無駄にしてしまうではないか。

>「探しているお姉様を10階の花畑エリアで見たと……そこで貴女を待っていると」

そこでようやく何かのサプライズ的なヤツだと気づいたのだ。
カノンの居場所が判明したことで、エールは今にも飛び跳ねたい気持ちになった。
そしてダヤンからポータルストーンを手渡された。おそらく返却したものを再度渡してくれたのだろう。
と、いうことはサイフォスもこれに一枚噛んでるのか、とエールは思った。

>「わたくし達は後から行きますにゃ」

そうして店員の扮装をしたダヤンは去っていった。
サイフォスは宿屋の外で伸びをしながら待っているとダヤンが来るのが見えた。

>「渡したにゃ……!」

「どうだい?お嬢ちゃんは驚いてたかい?」

サイフォスは上手く気を回したな俺みたいな感じでどや顔をしていた。
だが、ダヤンはカノンを追う謎の人物のことが気掛かりらしい。

>「アスクレピオスにゃんはどこにゃ?」

「遅くても昼までには来るだろうな。お姉さんの心配をしてるのか?まぁ無理もないよな。
 でも大丈夫だ。10階は俺の仲間が見回りしてるから、変な奴が来たらすぐに分かるぜ」

そんな話をしていると、宿屋の窓がばん!と開け放たれるのが見えた。
エールである。自分の部屋の窓から顔を出して、ダヤンとサイフォスに向けて手を振った。

「やっぱりそこにいた!ダヤン、サイフォスさん、ありがとう!
 お姉ちゃんは10階にいるんだね。びっくりしたよー!私、先に行くね!」

サイフォスは手を振り返すと、エールは窓を閉めた。
すると窓越しにポータルストーンが起動した時の魔法陣の光が見えた。
アスクレピオスが現れて、ダヤンとサイフォスが10階へ転移したのはそれから30分後のことである。

24 :エール :2022/01/22(土) 15:37:17.44 ID:UCoZn7VU.net
身体がふわっと浮いたかと思うと目の前の景色が一瞬で変わり、緩やかに地面に着地する。
エールの眼前に広がっていたのは、見渡す限りどこまでも続いている花畑だった。
優しく風がさぁ……と吹いている。花畑の向こうには人影が見えた。

さく、さく、と地面を踏んでエールのもとに近づいてくる。
白を基調とした軍服風のジャケットを着た女性だった。
スカートの下にはすらっとした長い脚に似合うニーソックスとブーツを履いている。

花畑が風で揺れる中で、銀灰色の長髪が緩やかになびく。
色彩様々な花びらが空を舞い散る。エールはしばらく呆けた顔で女性を見つめていた。
長かったような。短かったような。それまでの時間で募った想い。
不思議なものだ。今までは懸命にその背中を追っていたのに、いざという瞬間には足が止まる。

「お姉ちゃん……」

エールはやっとの思いでそう呟いた。
花吹雪が降る中で、カノンは顔を綻ばせる。

「……エール。久しぶりだね」

ああ、これだとエールは思った。
カノンは前触れもなくこの無限迷宮に挑み失踪状態となっていた。
言葉では言い表せないくらい心配した。何度眠れない夜を過ごしたか分からない。

なのに、いつもと変わらない様子で今ここにいる。
本当にマイペースで気まぐれで、大好きなお姉ちゃんに間違いなかった。
実感は遅れてやってきた。エールは探し続けていた姉と遂に再開できたのだ。

「お姉ちゃん……お姉ちゃぁん!」

気がつけば花畑を駆けだしていた。
そしてカノンの胸の中へ飛び込んで、力いっぱいに抱きしめる。
マシュマロのように甘い匂いはどうしようもなく懐かしい感じがした。

「心配させたみたいだね。でも大丈夫。ほら、この通りさ」

「うん……心配したよ!いっぱい心配したからね……!」

カノン――姉はいつまで自分を離さないエールの頭を撫でた。
幼い頃はよくこうしてもらっていた。両親は出稼ぎで家を留守にすることが多かった。
そんな時、自然と両親の代わりをしてくれたのがカノンだった。
だからエールは父と母がいない時でも一度だって寂しいと思ったことはない。

「歩きながら話をしよう。エール……いいかな?」

「うん。私もいっぱい話したいことがあるもん!」

エールはようやくカノンから離れると、二人は花畑の中を歩きだす。

25 :エール :2022/01/22(土) 15:38:51.87 ID:UCoZn7VU.net
白、桃、紫、黄色。グラデーションを描く花畑の中を歩いていく。
今までの階層には弱いながらも魔物がいたが10階には例外的に存在しない。

この花畑エリアは他の階より狭く面積にして約100平方キロメートル。
歩けば森や川もあって、のどかな自然が広がり動物たちが穏やかに暮らしている。
無限迷宮の中でも数少ない休憩ポイントと呼べる場所だ。

「お姉ちゃん、何で突然この迷宮に挑戦しようと思ったの?」

カノンの横にひっついて歩きながら、エールは疑問を口にした。
と、いっても、それは明確な答えを求めたものではない。他愛ない雑談だ。

カノンはどうも気まぐれというか、常に自由を求めている。
だからその行動は無計画な事も多い。何も考えないことを楽しんでいるのだ。
何かの拍子に突発的にふらっと立ち寄っただけの可能性も高い。

「ある時思っただけさ。どこまで行けるのか……どこまで目指せるのか……。
 今までそんなことに興味はなかったけど……なんだか急に試したくなったんだよ」

「もうっ。この無限迷宮ならいつまでも上を目指して力を試せるだろうけど……。
 お姉ちゃんでも危ないよ。迷宮を脱出できないまま過ごす人だっているんだからね!」

「うん……そうだね。私も100階までは頑張ったけど、降りてきてしまったよ」

100階でもおそろしく遠い階層に感じるが、それはエールの感覚が人並み故か。
いったいどのような魔物が跳梁跋扈していたのか気になるところである……。

エールは魔物がそれほど強かったのか尋ねようとすると鳥のさえずり声が遮った。
空を飛んでいた小鳥が翼を羽ばたかせると、カノンの肩にちょこんと止まる。
小鳥はカノンの顔の方を向いて、話しかけるように可愛い鳴き声を響かせる。

「何て話してるの?」

昔からカノンには不思議な力があって、動物や自然の言葉が分かるらしい。
それは2階で出会ったドルイド僧のような自然との交感能力に似たものだろう。

「『何の遊びをしているの?』って聞いてるみたいだね」

カノンが小鳥に人差し指を伸ばすと指に乗って何度か鳴いた。
エールは膝に手をついて小鳥まで顔を近づける。

「ごめんね、お話ししてただけなの」

小鳥は首を傾げたようにエールを見ると鳴き声を響かせて、飛び去っていく。
動物に好かれる才能も健在だなぁ、と思いながら遠くへ消えていく小鳥を眺めた。

26 :エール :2022/01/22(土) 15:41:51.58 ID:UCoZn7VU.net
エールはそれからカノンとずっと話を続けた。その多くは今までの冒険のことだ。
1階でダヤンという獣人の少年と出会い、一緒にここまでやって来たということ。
二人で色々な階を巡って、色々な戦いをして、色々な体験をしてきたと。

「時間は短かったけど……たくさんのことがあったよ。でも良い人達と出会えたの。
 お姉ちゃんと無事に再会できたのも、きっとその人達のおかげなんだ」

万感の想いがこもる。カノンと元の世界へ戻ることがエールの目的だ。
けどもしかしたらその説得が一番難しいかもしれない。カノンは自由気ままを好む。
村へ帰って一緒に暮らしたいと提案しても首を縦に振らないかもしれない。

「お姉ちゃん、故郷に帰ろうよ。私……お姉ちゃんとずっと一緒がいい」

エールはカノンの手を取って静かに握りしめた。もう離したくなかったから。
カノンはちょっとの間を置いて、穏やかにこう返した。

「うん。そうしよう、エールが望むのなら」

エールの顔はぱっと明るくなってついつい口が軽くなる。
ずっと考えていた故郷に帰ってからの将来設計を語りはじめる。

「良かったぁ……!故郷に帰ったら、私は軍に復隊するよ。
 配属先は前と同じだろうから遠征が無いかぎりいつでも村に帰れるし……。
 お姉ちゃんは今のまま冒険者を続けるの。でもあんまり遠くにいっちゃだめだよ!」

「……そうだね。村にはよく魔物が出るから退治の仕事には困らない」

「あと、さっき話してた仲間のダヤンのことなんだけど……。
 その子は迷宮育ちで外の世界を知らないから、ちゃんと生活できるか心配だなぁ。
 なるべく手助けしてあげたいな。あとは脱出の問題だね。地道にポータルを転移し続けるしかないのかな」

「……外の世界に繋がるポータルは魔法陣が虹色に光ってるそうだよ。念じた世界に転移できる。
 でもエール……故郷へ帰るのはちょっとだけ待ってくれるかな。やらなきゃいけないことがあるんだ」

アスクレピオスの件もある。いずれにせよ当面は迷宮に留まることになるだろう。
何の用事か聞こうとすると、カノンは突然身体を仰向けにして花畑の中へ身を預けていた。
花びらがはらはらと舞いエールは驚いて駆け寄る。

どうして今まで姉の不調に気付けなかったのだろう。エールは自分の愚鈍さを呪った。
その姿は眠ったように穏やかで神秘性すら感じさせたが、よく触ってみるとほんのり発熱していた。
ただの熱なのだろうか。ともかく診療所の医者か教会の僧侶にでも診てもらうか、せめてどこかで休むべきだ。

「お嬢ちゃん、どうしたんだ……?大丈夫か!?」

そう思っていた矢先、大剣を背負った髭面の大男が花畑を分け入って近寄ってくる。
サイフォスの声だ。隣にはダヤンとアスクレピオスもいる。
姉妹水入らずの機会を作ってくれた者達がこのタイミングでやって来たのだ。

「そ、その……二人で話してたら急に倒れちゃったんです」

「大丈夫さ……ただの貧血だよ。最近よくこうなるんだ」

カノンは小さな声で呟くが、アスクレピオスが無言で容態を確認する。
倒れているカノンの手に触れて魔力を送り込むと、体内で循環させた後に回収する。
そうすることでアスクレピオスはバイタルサインをはじめとした生体情報を正確に把握できるのだ。

「……この10階には拠点があったな。私の転移魔法でそこまで運ぼう。
 誰か抱えてあげてくれないか。自力では立ち上がれないはずだ」

27 :エール :2022/01/22(土) 15:47:47.12 ID:UCoZn7VU.net
サイフォスがどたどたとカノンに近寄る。
運ぶならエールとダヤンよりも大柄な彼が適任であろう。

「失礼、お嬢さん。しばらく我慢してくれよ」

お姫様抱っこで抱えるのを確認したところで転移魔法が発動する。
周囲の景色が変わって到着したのは10階の拠点、開花の町プリマヴェーラだ。
花畑エリアの名に違わず、町にある家屋はどれも美しいガーデニングで彩られている。

ちょうど庭園の手入れをしていた庭師がいたので診療所の類はないのかと尋ねる。
この拠点では5階と同じく教会の僧侶が病人の面倒を見ているらしい。
教会へ足を運んで事情を説明すると、こころよくその一室を貸してくれた。
ベッドにカノンを寝かせたところでアスクレピオスが口を開く。

「……さきほど容態を確認したが、君が倒れた原因はただの貧血ではない。
 私がこれから話すことは君にも覚悟が必要だ。望むなら他の者は外で待たせるが……」

「大丈夫だよ。何となく……分かっていたんだ」

カノンの言葉を聞いて、アスクレピオスは小さく頷く。
動悸がする。エールは両手で胸の辺りをぎゅっと締めつけた。

「カノン、君は白血病だ。自然治癒力を促進させる通常の治癒魔法では治せない。
 今の多元世界の医療レベルで考えても……治すのは不可能だと断言する」

一般的な治癒魔法の原理は、生物が有する自然治癒力の促進・強化だと聞いたことがある。
風邪をはじめとする様々な病気に対しても、免疫を強化する形で対処するのだ。
それでも極めれば尻尾を失ったトカゲがまたその尾を生やすように、失った腕の再生すらできる。

――だが、その原理で癌細胞に対処することは難しい。
白血病とは血液中の白血球が癌になってしまう病気のことだ。
カノンのそれは急性骨髄性白血病だとアスクレピオスは診断した。

エールはショックで倒れそうになった。すぐ後ろに壁があったのは幸運だろう。
きっと無限迷宮に訪れたのは、自身の病になんとなく気づいたからに違いない。
腕試しで迷宮の高階層を目指したのも、元気な間にしかできないことだからだ。

「……だが、私ならば治せる。私の治癒魔法の原理は普通とは違っているからな。
 『構築』と『分解』と呼ぶべきか。自然治癒力を促進させているわけじゃないんだ」

「どういうことですか……?」

縋るようなエールの言葉を聞き、アスクレピオスは説明を続ける。
一般的な治癒魔法が使えないわけではないが、と前置きしてこう話した。

彼は物心ついた頃から二種類の魔法が使えたらしい。
魔力を素に幹細胞を創りあらゆる人体の部位を再生する『構築』の魔法と。
人体に侵入したウイルスや細菌に照射して破壊する『分解』の魔法をだ。

彼はこの二つを操ることで今まで様々な病気や負傷を癒してきた。
創造と破壊を司ると言い換えてもいい――天から賜った才能。
原理的には、カノンに対しても白血病細胞を『分解』することで治療できる。
そして再発を防ぐため造血幹細胞を新たに『構築』して完治させるのだ。

「生まれつき感覚的に使えるだけで、私自身、理論化も術式化もできていない。
 治癒魔法の使い手ならば誰もが修得できる魔法ではないが……」

「お姉ちゃんを……治せるんですね……!?」

アスクレピオスは肯定した。それがどれほどエールに安心感を与えたか。

28 :エール :2022/01/22(土) 15:51:58.76 ID:UCoZn7VU.net
当事者であるカノンは超然とした様子でこう話す。

「それはよかった。私もまだ死にたくないからね。
 ……それで先生、いつ頃までこの状態は続くのかな」

「すまないが最低で数週間はかかるだろう。それまでは絶対安静だ。
 白血病細胞を残してしまうと再発する。全て『分解』するのは時間を要する」

カノンは自身の病気以外にも気にすべき事柄があった。
自分を追う謎の存在。エールに語ったやらなきゃいけないこともそうだ。
その意図を全て汲んだうえでアスクレピオスはこう言った。

「何の心配もしなくていい。君はすでに私の患者なのだから」


――――――…………。

疑似太陽が沈み10階に夜が訪れる。
月に似た衛星がうっすらと暗闇を照らす時間がやってくる。

闇に紛れて、暗い花畑の中に漆黒の魔導衣を纏った男が姿を現す。
手品のように何の前触れもなく。おそらくは転移魔法によるものだろう。
つんつんの黒髪に、真紅の瞳。まだ20になって間もないくらいの若者だった。
男は童顔で遠目なら少年に間違えられたかもしれない。

男は花畑をゆっくりと進み、拠点を目指して歩いていく。
その途中、松明を持って見回りをしていた冒険者協会の人間に呼び止められる。

「そこのあんた、ちょっと止まりな。
 こいつカノンさんの命を狙ってるっていう怪しい奴に似てるぞ……!」

「特徴は一致してるぜ。悪いがここから先は通せないな。
 人違いだったら申し訳ないが通行止めだ。何しにこの階へ来たんだ?」

冒険者達は男を囲って質問を始めたが、男は無視して進もうとする。
慌てて道を阻もうとすると激しい閃光が迸って、冒険者の一人は気絶した。

「……話はそれだけか?先を急いでる。俺の邪魔をするな」

冒険者は確信した。この男がカノンを追う謎の人物だと。
覚悟を決めて飛びかかるが、暗闇の中で先程と同じ光が明滅するのみだった。

時を同じくして、10階拠点の教会。
アスクレピオスは早速カノンに対して白血病の治療を始めていた。
エール達は無力なもので、別室で待機してただ成功を祈ることしかできなかった。

今日の治療が終わったのか、アスクレピオスが部屋の扉を開ける音がした。
エールは別室から飛び出すと彼の下へと駆け寄る。

「今日の治療はもう終わりなんですか……?お姉ちゃんは?」

「寝ている。というより……治療のため魔法で眠らせた」

29 :エール :2022/01/22(土) 15:55:04.90 ID:UCoZn7VU.net
アスクレピオスは部屋の窓から外の様子を窺っているようだった。
そしてふいと視線をこちらへ移してエール達を見つめる。

「君のお姉さんを追う者が誰なのか……ようやく分かった。
 ……私の仲間だ。同じ七賢者の一人に違いない。この階に来ている」

「アスクレピオスさんがお姉ちゃんを探してたのって……その」

「ああ。闇の欠片の研究過程で、精神を汚染された仲間を……同じ七賢者を治すためだ。
 と言っても……分かりやすく人格が変異してるわけでも、かといって廃人なわけでもない」

エールが今まで見てきた精神汚染者は、どれも人格が明らかに変わっていた。
2階で出会ったドルイド僧アネモネや5階の死霊術師アクリーナなど。
変化球といえば4階の湖の乙女の人格が分裂していた例だ。
だがアスクレピオスの仲間である七賢者達はそれらと様子が違うらしい。

「人格は普段と変わらないが……何かに誘導されている気がするんだ。
 知らず知らずのうち……操り人形にされているような。あるいは私すらそうかもしれない。
 皆、特定の可能性や事実を無視して動く。私の弱い『浄化』では治せなかった」

カノンを狙うのも、その精神汚染が原因かもしれない、とアスクレピオスは話した。
ならば本来はカノン自身が出向いて『浄化の力』で精神を正常に戻せば済む問題である。
だが、その頼みの綱のカノンは病で絶対安静の状態だ。

「とりあえず、お姉さんに手出しさせるわけにはいかないな。
 恩があるのは承知の上で、先生の仲間は追い払わせてもらうぜ」

「戦力は多い方がいい。私も行く。話し合いで解決できればいいのだが」

サイフォスは大剣を背負うと仲間を引き連れて外へ出ていった。
それをしばし見つめて、アスクレピオスはその最後尾をついていく。

「私も行きます。なんでお姉ちゃんを狙うのか分からないけれど……!」

魔導砲を持ち出すとアスクレピオスの背中を追う。
教会を出て拠点の外へ行くと、そこには漆黒の魔導衣を纏った男がいた。
男はサイフォスをはじめとする冒険者協会のメンバーに包囲されている様子だった。
けれど数の不利に一切動じていない。真紅の瞳はゴミを見るような冷たさで冒険者達を見据えた。

「手厚い歓迎だな、だがお前達に用はない。この先に熾天使のカノンはいるのか?
 無駄かもしれんが忠告しておいてやる……黙って退け。痛い目を見ずに済むぞ」

「そいつぁありがとうよ。でもそうはいかない事情があるんだよ。
 カノンの姉さんは病気なんだ。怪しい奴を会わせるわけにはいかねぇな」

サイフォスが吐き捨てるように言葉を返す。相手が一人に対してこちらは数十人もいる。
大人気ないほどの過剰な戦力差――黒衣の男に対して人数が"少なすぎる"。

サイフォス率いる冒険者の全身には冷や汗が噴き出していた。
相対する彼が真紅の瞳に宿している、凍結しそうな殺気が肌に伝わってくるのだ。
腹に隠している暴発せんばかりの憎悪に、油断すると一瞬で焼き尽くされそうなのだ。

「……確かにそうらしいな。生体反応が微弱だったわけだ。
 だが安穏と死を待たせるつもりはない。奴は……俺が殺す。邪魔するな」

黒衣の男がゆっくりと近付いてくる。
冒険者達の危機察知能力が告げている。全力で戦わねばこちらが死ぬ。
後方のエールにもそれが伝わって本能的に魔導砲を構えて応戦しようとした瞬間。

30 :エール :2022/01/22(土) 15:58:11.21 ID:UCoZn7VU.net
緊張を破ったのは、進んで前に出たアスクレピオスだった。
男は歩みを止めると怪訝そうな表情で彼を見る。

「やはり君か……アレイスター。なぜ彼女を殺す気なんだ。
 話を聞かせてくれ。君のやろうとしていることは……果たして計画に必要な事なのか?」

「それはこちらの台詞だ。なぜお前がこの場所にいる。
 遊んでないで闇の欠片の回収を進めろ。回収が滞るほど計画に遅れが生じる」

両者はどこまでも一方的だった。アスクレピオスは何かを話そうとしたが、
アレイスターと呼ばれた黒衣の男のレスポンスの方が早かった。

「……さっき計画に必要かと聞いたな?答えてやる、必要だ。これで満足か。
 カノンという女は危険なんだよ。俺達の計画を壊しかねない……巨大な障害だ」

自分の姉が何か悪い存在であるかのような物言いに、エールは居ても立ってもいられなくなった。
魔導砲の引き金に掛けた指が震えている。それほどまでに恐ろしい相手なのだろう。
だが、勇気を振り絞ってエールは抗議の声を挙げた。

「なんで……?お姉ちゃんは何も悪いことなんてしてないっ!」

「あいつは俺達の計画に重要な『闇の欠片』を破壊し続けてたんだよ。
 通常の手段では破壊できんが、五聖剣並みの『浄化の力』ならそれができる……できてしまう。
 そして、そんな芸当は普通の人間には不可能なんだ。分からないだろうな、俺の言葉の意味は……」

アレイスターはふっと自嘲気味に笑った。
たしかに意味が分からない。彼の言う計画のことも。
闇の欠片という危険なアイテムを壊すことがなぜ悪いのかも。

「名乗っておいてやる。俺は神殺しのアレイスター。そいつと同じ七賢者だ。
 無知蒙昧な冒険者に理解しろとは言わんが、アスクレピオス。お前には分かるはずだな?」

仲間のアスクレピオスにそこを退けと。そう言ったのだ。
しかし答えは――『否』だった。アスクレピオスは無言で片手を翳して臨戦態勢に入る。
強硬な姿勢を見せていたアレイスターも彼の態度に動揺せざるを得なかった。

「正気か……?奴は邪魔な存在だ。それぐらい理解できるだろ?
 綺麗事だけでは計画を成し遂げられん。俺達に必要なのは『覚悟』だ……違うか?」

「覚悟ならある。だが私達の計画には翳りが生じているんじゃないか。
 闇の欠片は……魔王の力の残滓。所持によって生じる精神汚染。導き出される答えは……」

「もういい。その話は聞き飽きた。証明のできない問題に付き合う気はない。
 俺達は全員一致でこの計画を始めることに決めたんだ。後戻りはできない……!」

アスクレピオスの目的を聞いた時、エールは単に精神汚染で苦しんでいる仲間を助けるだけだと思った。
だが、七賢者を取り巻く問題はもう少しばかり複雑で面倒な事態のようだ。

31 :エール :2022/01/22(土) 16:01:36.39 ID:UCoZn7VU.net
彼らが闇の欠片の研究を行っていたのは、ただの知的好奇心からではないらしい。
先程から頻繁に出る『計画』というワード。なにか明確な目的があって研究していたと推察できる。

「計画って……なんですか。どんな理由があってお姉ちゃんを殺そうっていうんですか」

「なんだ。アスクレピオスと一緒にいるのに知らないのか?
 教えてやれよ。この迷宮が直面している危機についてぐらいな」

アスクレピオスは手を翳して警戒を保ったまま、静かに口を開いた。

「私をはじめ七賢者は姫様……いや、当代の無限迷宮の主に仕え、そして守護する存在だ。
 この無限迷宮が誕生して1000年程度経つが……その主は代を変えながら密かに迷宮を管理してきた」

彼の口から語れたのは、無限迷宮を管理する者のみが知り得る事実。
次元の狭間に存在するこのダンジョンは、際限なく階層を増やして現代まで存在している。

ただ――始まりがあれば終わりもある。
多元世界に無数に存在する宇宙にも、いつか終焉が到来する。
それはこの無限迷宮だって例外ではないということ。

「……結論だけ言えば、この無限迷宮は10年以内に消滅する」

エールは耳を疑った。アスクレピオスはもう一度繰り返す。
後10年以内に、無限迷宮の存在する次元の狭間は収縮に転じて消滅する。そう言ったのだ。
この迷宮に流れ着き、生活を営む人々をも飲み込んで。このダンジョンは消えてなくなる。

「この無限迷宮に来る人間は、冒険者か外の世界に居場所がない連中だ。
 消滅する次元の狭間と運命を共にするしかない……そこで姫様と俺達はある計画を考えた」

アスクレピオスの話を引き継いだのはアレイスターだった。

「その計画に重要になってくるのが『闇の欠片』なんだよ。
 欠片は魔王ルインの力の残滓。魔王ルインは天地創造をも可能とする魔法を行使できた。
 俺達はこう考えたんだ。欠片を必要なだけ集めれば、その力を手に入れられるんじゃないかってな」

魔王ルインの強さは神にも等しい圧倒的な魔法の力だった。
それを可能とする能力こそ上位存在の記録に接触できる『アーカーシャの鍵』の力である。
宇宙の始まりから現在に至るまでの、あらゆる事象が記された記録にアクセスできる能力。

魔法とは『想い』の力。それを補強するのは確たる理論だ。
世界の法則を完璧に知り理解できれば、新たな世界だって生み出すことができる。
比喩表現なんかじゃない。言葉通り宇宙の創造から――ゼロから世界を思いのままに創れるのだ。

「……闇の欠片で魔王の力を手に入れ新世界を構築する……。
 それが俺達と姫様の考えた計画……『プロジェクト・ジェネシス』の概要だ」

ぐっと手を握りしめて、アレイスターは重い覚悟を秘めた目でそう言った。
たしかに、後10年でこの迷宮が消滅するなら、新たな居場所の確保は急務だろう。

この迷宮に生きる人々が何人いるかは分からないが――。
『難民』達を受け入れてくれる世界が果たして存在するのか。分からない。
たとえ許容されたとして、多くの問題を抱える多元世界で無事に暮らしていけるのだろうか。

32 :エール :2022/01/22(土) 16:04:41.11 ID:UCoZn7VU.net
迷宮が消滅するという事実。新たな世界を創造する途方もない大きな計画。
ただ自分の姉を守りたいだけなのに。ただ姉と故郷に帰って平和に暮らしたいだけなのに。
不意打ちでスケールの大きな話を聞かされたエールは眩暈を覚えた。

「……アレイスター、やはり私達の計画には修正が必要だ。
 闇の欠片を持つことで精神汚染が起きる原因は……まだ解明できていない。
 以前にも話しただろう。闇の欠片は魔王の力だけでなく、意識の残滓でもあると」

「意識の残滓でもある闇の欠片を集めてしまうと、魔王が復活しかねない……だったか。
 だが、お前の唱える可能性には証拠が足りないだろうが。俺達には時間がない」

「理解できないな。なぜ……君ほどの男がこの可能性を頑なに否定するんだ?
 私達は研究の時に全員、欠片に触れてしまっている。自分が正気だと……なぜ断言できる」

魔王ルインの力の残滓たる欠片を集めることで、新たな世界を生み出すのが七賢者の目的。
だが、それは魔王復活の可能性を孕んだ危険な行為。だからアスクレピオスは仲間を止めようとしている。
けれど他の七賢者たちは闇の欠片の影響なのか耳を貸してくれない。そういう状況のようだった。

「仮に君の意見が正しいとしよう。それでも今の君は間違っている。
 姫様は……計画に生じる犠牲を良しとしないはずだ。七賢者である私達は、
 自らの裁量で行動する権限はあれど……計画の犠牲者を生むことは許されていない」

「……違うな。敵の排除を『犠牲』とは言わない」

アスクレピオスは話し合いによる解決は不可能だと悟った。
止めるなら戦うしかない。そう思った瞬間、何かが飛来して体中に激痛が走った。
うつ伏せに倒れると、口から一筋の血液が零れ落ちる。アレイスターの先制攻撃を食らったのだ。

エールは攻撃の瞬間を見逃さなかった。敵は懐から無数の小さな鉄球を取り出し射出したのだ。
結果、放たれた鉄球は余すことなくアスクレピオスの身体を深く抉った。

「裏切者が……お前では俺に勝てん。得意の『浄化』は魔物以外の生物にとって殺傷性は皆無。
 『構築』と『分解』だったか……それも戦闘では隙が大きすぎて役に立つ代物ではない」

そして身体に埋まったいくつもの小さな鉄球は治癒魔法を阻害する。
異物が埋まった状態で治癒を開始すると体内にそれが残されてしまうからだ。
これでアスクレピオスの動きはしばらく封じた。

「話はなんとなく分かったが……それでも俺はお前さんを止めるぜ。
 この迷宮が消えるからって人を殺していい道理はねぇ。本気で戦わせてもらうぞ……!」

サイフォスは大剣を構えた。他の冒険者も各々武器を手にじりじりと接近する。
冒険者ならば時として人間に剣を向けねばならない時もある。
エールもまたそれに倣い魔導砲の筒先をアレイスターに向けた。

「それがどうかしたか。俺の標的は熾天使のカノンのみ……他の奴に用はない。
 これでも節度を守ってるつもりなんだ。この花畑を踏み荒らさないのと同じように」

瞬間、エールやサイフォス達の武器がアレイスターに引き寄せられた。
保持もままならない異常な力で手を離れ、無造作に彼の足元へ転がっていく。

「な……なに、何が起こったの……!?」

まるで強制的な武装解除。
エールは無防備を晒して驚くことしかできない。

33 :エール :2022/01/22(土) 16:07:42.63 ID:UCoZn7VU.net
倒れたままのアスクレピオスが声を振り絞って呟いた。

「気をつけるんだ……あれは『魔法体質』だ……!」

魔法体質。エールはそれを銃士になる前の訓練生時代に聞いたことがある。
この世には魔力保有者に1000万分の1の確率で、DNAに術式が刻まれた特異体質の持ち主が生まれる、と。
歴史も文明も違う多元世界の各地で稀に発見され、その起源には諸説あるという。
あるいは神の贈り物とも、原初の魔法使いが残した人体改造の名残とも言われている。

「彼は自由に磁場を発生させられる『磁力体質』なんだ……。
 金属製の武器は全てアレイスターに無意味。魔法か素手で挑むしかない……」

「そっ、そういうのはよぉ……事前に言ってくれよ先生……!」

情けない声を発しながらサイフォスはステゴロで構えた。
エールの魔導砲はその部品の多くが金属製だ。だから磁力で引き寄せられたのだろう。
ダヤンの使っているダガーが何製か知らないが、金属製なら同じく敵の足元に転がっているはずだ。

アスクレピオスを負傷に至らせた鉄球飛ばしの原理も磁力体質を利用したものである。
方法は単純で手の中に強い磁場を作って鉄球を加速・発射したのだ。
いわゆるコイルガンと同じ理屈だ。

「もういいだろ。実力差を認識したなら失せるんだな。
 お前達では俺に敵わない……天と地ほどまでに力の開きがあるんだ」

アレイスターは再びカノンのいる教会目指して歩きはじめた。
だがサイフォス率いる冒険者協会の面々はどこまでも愚直だった。

死をも覚悟して素手でアレイスターに突貫する。
勝算はゼロじゃない。服装から魔法使い型なのは容易に推察できる。
ならば一か八か、相手の魔法を潜り抜けて接近戦をしかければ制圧できるかもしれない。
魔法使いはおしなべて頭脳労働、後方支援担当で、直接の殴り合いは苦手とする。

「よほど痛い目を見たいらしいな……ならば望み通りにしてやるッ!!」

だがそれは魔法を凌ぐのがそもそも困難という話に目を瞑った、無謀な作戦だ。
七賢者たるアレイスターの実力は本物。しかも彼は戦闘能力を買われて七賢者になったのだ。
迫るサイフォス達に放たれたのは閃光――いや――『電撃』だった。激しい稲妻が冒険者を包む。

アレイスターはその威力を気絶で済む程度に抑えている。
宣言通り、殺すのはあくまで計画に邪魔なカノンだけなのだろう。

冒険者協会の仲間達が瞬く間に電撃の光を浴びて吹き飛んでいく。
その光は後方にいたエールとダヤンにも迫り、稲妻という名の牙が襲い掛かる。


【カノンと再会を果たすも病気が発覚する】
【七賢者の一人、アレイスターがカノンの命を狙ってやって来る】
【今回はイベント戦なので次のターンで終わります。本格的な戦闘は次ということで!】

34 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:14:27.74 ID:/pCWvVTp.net
>「どうだい?お嬢ちゃんは驚いてたかい?」

「んにゃ。驚いてたとおもうにゃ」

今回は変装とはいえ顔出しだったので、多分秒でバレていたと思うが。
(6階のときは顔まで包帯ぐるぐる巻きだったにも拘わらずすぐに分かっていた)
ダヤンの変装能力レベルでは、特定のコスチュームを纏うことで、
その集団の一員に見せかけるまでは出来るが
自分のことを良く知っている者の目を欺くのまでは難しいのかもしれない。
(もっとレベルが上がれば特殊メイクとか声真似で別人に変装も出来るのかも)

アスクレピオスは、まだ来ていないようだ。

>「遅くても昼までには来るだろうな。お姉さんの心配をしてるのか?まぁ無理もないよな。
 でも大丈夫だ。10階は俺の仲間が見回りしてるから、変な奴が来たらすぐに分かるぜ」

「それなら安心にゃね」

>「やっぱりそこにいた!ダヤン、サイフォスさん、ありがとう!
 お姉ちゃんは10階にいるんだね。びっくりしたよー!私、先に行くね!」

「また後でにゃー!」

満面の笑みで手を振り、一足先に10階に向かうエールを見送る。
それから30分ほど経ったころ、アスクレピオスが現れて、ダヤン達も10階に向かった。
転移した先は、花畑エリアの名に違わず、一面の花畑。

「綺麗なところにゃね〜……」

少し離れた場所では、カノンらしき女性とエールが、仲睦まじそうに話しているところだった。
邪魔しないように見守る一同。

「エール、良かったにゃね――にゃにゃ!?」

ほっこりしていたのも束の間、カノンは突然仰向けに倒れてしまった。

(魔法学校の朝礼で学園長先生のおはなしが長過ぎるとよくあんな感じで倒れる生徒が出るって聞いたことあるけど……
カノンにゃんは屈強な冒険者にゃよね!?)

大事でなければいいのだが、只事ではない予感がする。
サイフォス達と共に駆けつける。

>「お嬢ちゃん、どうしたんだ……?大丈夫か!?」

>「そ、その……二人で話してたら急に倒れちゃったんです」

>「大丈夫さ……ただの貧血だよ。最近よくこうなるんだ」

アスクレピオスがカノンの手に触れている。魔法的な手法で容態を確認しているのだろう。

「安心するにゃ。アスクレピオスにゃんはとっても凄い治癒魔術師なんだにゃ!」

>「……この10階には拠点があったな。私の転移魔法でそこまで運ぼう。
 誰か抱えてあげてくれないか。自力では立ち上がれないはずだ」

>「失礼、お嬢さん。しばらく我慢してくれよ」

サイフォスがカノンを抱きかかえると、一同はアスクレピオスの転移魔法で10階の拠点へ移動した。
教会の一室を貸してもらい、カノンをベッドに寝かせる。

35 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:16:21.40 ID:/pCWvVTp.net
>「……さきほど容態を確認したが、君が倒れた原因はただの貧血ではない。
 私がこれから話すことは君にも覚悟が必要だ。望むなら他の者は外で待たせるが……」

>「大丈夫だよ。何となく……分かっていたんだ」

(そんにゃに悪いのにゃ……!?)

まるで余命宣告でもされるかのような重々しい雰囲気に、息をのむ。

>「カノン、君は白血病だ。自然治癒力を促進させる通常の治癒魔法では治せない。
 今の多元世界の医療レベルで考えても……治すのは不可能だと断言する」

「そんにゃ……!?」
(よく分からないけど超ヤバイ呪いにゃ!? 大変にゃ……!)

ダヤンは治すのは不可能というフレーズに衝撃を受けつつ、
未開の地の原住民のような思考を繰り広げているが、無理もない。
迷宮の大部分の住人、はどうかは分からないが
少なくともダヤンのような低階層に留まっていた一般住人には、当然医学の知識なんてない。
病気は呪いやら祟りやら瘴気に当たったやらと理解されているし
あまり難しくない病気は、お祓いとか祈祷とか解呪と称する魔法で実際に治ったりする。
これはこの世界の魔法は、常人離れした思い込みパワーを持つ者の妄想力一本勝負とか
事実無根のトンデモ理論のゴリ押しでも発動してしまうためだと思われる。
もちろん実際に、医学的な系列の病気の他に、そっち系の系列の病気も存在するのかもしれないし、
もしかしたら同じ事象をどの側面から解釈するかの違いで、どっちも本当なのかもしれない。
少し話が逸れたが、エールやカノンは、告げられた病名を言葉としては知っている様子。
地上では、一般的に知られている病名なのだろうか。

>「……だが、私ならば治せる。私の治癒魔法の原理は普通とは違っているからな。
 『構築』と『分解』と呼ぶべきか。自然治癒力を促進させているわけじゃないんだ」

「それを早く言ってにゃ……!」

アスクレピオスは通常の治癒魔法とは違う原理の治癒魔法を使えるため、治せるらしい。
ダヤンは安堵のあまりずっこけそうになった。
ダヤンでそれなのだから、エールはその比ではないだろう。
“通常の治癒魔法では治せない””治すのは不可能”は”私ならば治せる”の盛大な前振りだったらしい。

>「お姉ちゃんを……治せるんですね……!?」

>「それはよかった。私もまだ死にたくないからね。
 ……それで先生、いつ頃までこの状態は続くのかな」

「ちょっと落ち着きすぎにゃ!」

エールとは対照的に超然としているカノンに思わずツッコんだ。

36 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:18:23.92 ID:/pCWvVTp.net
>「すまないが最低で数週間はかかるだろう。それまでは絶対安静だ。
 白血病細胞を残してしまうと再発する。全て『分解』するのは時間を要する」

「うまくいけば数週間でいいんにゃね……! 良かったにゃね!」

治せない、と思いきやどっこい治せるというここまでの流れによって、
数か月と言われたらまあそんなものだろうな、
数年かかると言われたら気の長い話になるな、という感覚になっていたので
数週間と聞いて喜んでいるのであった。
カノンの言っていた“やらなきゃいけないこと”によっては、数週間でも長いのかもしれないが……。

>「何の心配もしなくていい。君はすでに私の患者なのだから」

アスクレピオスは全てを察しているかのように、カノンに語り掛けるのであった。

――夜。早速アスクレピオスはカノンの治療を始めており、
エールはカノンに付き添うことすら許されずに別室で待機していた。
それぐらい集中を要する治療ということだろう。

(せめて付き添ってあげたいにゃろうに……)

ダヤンもまた、そんなエールと一緒にいることしかできなかった。
不意に、扉を開ける音がした。

>「今日の治療はもう終わりなんですか……?お姉ちゃんは?」

>「寝ている。というより……治療のため魔法で眠らせた」

アスクレピオスは、窓の外を伺っているようだ。

「どうしたにゃ……?」

>「君のお姉さんを追う者が誰なのか……ようやく分かった。
 ……私の仲間だ。同じ七賢者の一人に違いない。この階に来ている」

「にゃに!?」

>「アスクレピオスさんがお姉ちゃんを探してたのって……その」

>「ああ。闇の欠片の研究過程で、精神を汚染された仲間を……同じ七賢者を治すためだ。
 と言っても……分かりやすく人格が変異してるわけでも、かといって廃人なわけでもない」
>「人格は普段と変わらないが……何かに誘導されている気がするんだ。
 知らず知らずのうち……操り人形にされているような。あるいは私すらそうかもしれない。
 皆、特定の可能性や事実を無視して動く。私の弱い『浄化』では治せなかった」

「オイラ達が見てきた人たちは分かりやすく人格が変異してたにゃけど……
七賢者の人たちはちょっと違うのにゃ?
超高レベルの術士だと普通の人とは作用の仕方が変わってくるのかにゃ?」

37 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:19:17.53 ID:/pCWvVTp.net
>「とりあえず、お姉さんに手出しさせるわけにはいかないな。
 恩があるのは承知の上で、先生の仲間は追い払わせてもらうぜ」

>「戦力は多い方がいい。私も行く。話し合いで解決できればいいのだが」

>「私も行きます。なんでお姉ちゃんを狙うのか分からないけれど……!」

「んにゃ!」

というわけで大所帯で、カノンを追う七賢者の一人をお出迎えにいく。

>「手厚い歓迎だな、だがお前達に用はない。この先に熾天使のカノンはいるのか?」

「いにゃいからさっさと帰るにゃ!」

駄目元で言ってみるも、そもそもいると分かっているから来たと思われるので無理がある。

>「無駄かもしれんが忠告しておいてやる……黙って退け。痛い目を見ずに済むぞ」

>「そいつぁありがとうよ。でもそうはいかない事情があるんだよ。
 カノンの姉さんは病気なんだ。怪しい奴を会わせるわけにはいかねぇな」

一見すると一人に対してこちらは大勢、
だがサイフォスをはじめとするベテラン冒険者達に尋常ではない緊張感が漂っている。
ダヤンはぺーぺーすぎて彼らのように相手の実力を読むことすら出来ないが、
サイフォス達の様子を通してそれを間接的に理解した。

(もしかして結構ヤバいにゃ!? それもそうか、七賢者にゃしね……)

>「……確かにそうらしいな。生体反応が微弱だったわけだ。
 だが安穏と死を待たせるつもりはない。奴は……俺が殺す。邪魔するな」

どうやら生体反応を感知して追ってきたらしい。この態度、余程の恨みでもあるのか?
カノンがそれ程恨まれるようなことをするとはとても思えないが……。
そんなことを思いながら臨戦態勢に入ると、アスクレピオスが進み出る。

>「やはり君か……アレイスター。なぜ彼女を殺す気なんだ。
 話を聞かせてくれ。君のやろうとしていることは……果たして計画に必要な事なのか?」

>「それはこちらの台詞だ。なぜお前がこの場所にいる。
 遊んでないで闇の欠片の回収を進めろ。回収が滞るほど計画に遅れが生じる」
>「……さっき計画に必要かと聞いたな?答えてやる、必要だ。これで満足か。
 カノンという女は危険なんだよ。俺達の計画を壊しかねない……巨大な障害だ」

>「なんで……?お姉ちゃんは何も悪いことなんてしてないっ!」

>「あいつは俺達の計画に重要な『闇の欠片』を破壊し続けてたんだよ。
 通常の手段では破壊できんが、五聖剣並みの『浄化の力』ならそれができる……できてしまう。
 そして、そんな芸当は普通の人間には不可能なんだ。分からないだろうな、俺の言葉の意味は……」

彼の真意は分からないが、とりあえずカノンは普通の人間ではないらしい、ということは分かった。
が、彼女が持っているのが『浄化の力』なら、いい力なのではないだろうか。

38 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:20:26.17 ID:/pCWvVTp.net
>「名乗っておいてやる。俺は神殺しのアレイスター。そいつと同じ七賢者だ。
 無知蒙昧な冒険者に理解しろとは言わんが、アスクレピオス。お前には分かるはずだな?」

>「正気か……?奴は邪魔な存在だ。それぐらい理解できるだろ?
 綺麗事だけでは計画を成し遂げられん。俺達に必要なのは『覚悟』だ……違うか?」

「一体何の話にゃ……?」

>「計画って……なんですか。どんな理由があってお姉ちゃんを殺そうっていうんですか」

>「私をはじめ七賢者は姫様……いや、当代の無限迷宮の主に仕え、そして守護する存在だ。
 この無限迷宮が誕生して1000年程度経つが……その主は代を変えながら密かに迷宮を管理してきた」

「無限迷宮の主……!?」

迷宮を作り出したのは魔王とされるが、それが倒された後も
無限迷宮の主という管理者のような存在がいるということらしい。

>「……結論だけ言えば、この無限迷宮は10年以内に消滅する」

「にゃんだって!? そんなの困るにゃ!」

>「この無限迷宮に来る人間は、冒険者か外の世界に居場所がない連中だ。
 消滅する次元の狭間と運命を共にするしかない……そこで姫様と俺達はある計画を考えた」

そこでアレイスターが話を引き継ぐ。

>「その計画に重要になってくるのが『闇の欠片』なんだよ。
 欠片は魔王ルインの力の残滓。魔王ルインは天地創造をも可能とする魔法を行使できた。
 俺達はこう考えたんだ。欠片を必要なだけ集めれば、その力を手に入れられるんじゃないかってな」
>「……闇の欠片で魔王の力を手に入れ新世界を構築する……。
 それが俺達と姫様の考えた計画……『プロジェクト・ジェネシス』の概要だ」

魔王が復活する可能性を危惧し、計画の修正が必要とするアスクレピオスと、
もう一刻の猶予もないとして計画を強行しようとするアレイスター、という構図らしい。

「どっちが正解かは分からにゃいけど……どっちにしても殺す必要にゃい!
闇の欠片が迷宮の皆にとって重要なものかもしれないことを伝えて
壊すのをやめてもらえばいいだけにゃ!」

ダヤンは思わず叫ぶが、おそらくそれで解決するなら苦労はしないのだろう。
先ほどアレイスターは、『浄化の力』を持つカノンの存在自体が危険、という口ぶりだった。
アレイスターの先制攻撃を受け、アスクレピオスがあまりにもあっけなく倒れる。
対話の時間は終わり、ということらしい。

(アスクレピオスにゃん!? 今までの半端ない強キャラオーラはどこいったにゃ!?)

39 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:21:50.68 ID:/pCWvVTp.net
>「裏切者が……お前では俺に勝てん。得意の『浄化』は魔物以外の生物にとって殺傷性は皆無。
 『構築』と『分解』だったか……それも戦闘では隙が大きすぎて役に立つ代物ではない」

ダヤンの心の叫びに答えを提示するかのように、アレイスターが勝ち誇る。
魔物の制圧や重傷者の治療においては半端ないアスクレピオスだが、魔物以外相手の戦いはあまり得意ではないらしい。
それでもサイフォスは果敢に立ち向かおうとする。

>「話はなんとなく分かったが……それでも俺はお前さんを止めるぜ。
 この迷宮が消えるからって人を殺していい道理はねぇ。本気で戦わせてもらうぞ……!」

>「それがどうかしたか。俺の標的は熾天使のカノンのみ……他の奴に用はない。
 これでも節度を守ってるつもりなんだ。この花畑を踏み荒らさないのと同じように」

突然両手に持ったダガーが手からすっぽ抜け、アレイスターの足元に転がった。
見れば、エールやサイフォス達も同じような状況のようだ。
無事なのは、魔法使いの構える木製の杖だけ。

「どういうことにゃ……?」

>「気をつけるんだ……あれは『魔法体質』だ……!」
>「彼は自由に磁場を発生させられる『磁力体質』なんだ……。
 金属製の武器は全てアレイスターに無意味。魔法か素手で挑むしかない……」

クリスタル製やオリハルコン製という勇者様ご一行が持ってそうな素材の武器はおいといて、
一般に流通している接近戦系の武器は殆どが金属製。
よって、前衛職の大半が素手になってしまうわけである。
サイフォスとその仲間達も例外ではない。

>「もういいだろ。実力差を認識したなら失せるんだな。
 お前達では俺に敵わない……天と地ほどまでに力の開きがあるんだ」

わざわざご丁寧に忠告してくれるも、サイフォス達は、
ここで合理的に判断して被害を最小限に抑える選択が出来るほど利口なタイプではない。
無謀にも素手で立ち向かおうとする。

>「よほど痛い目を見たいらしいな……ならば望み通りにしてやるッ!!」

激しい稲妻が冒険者達を包み、気を失う。
さらに電撃は、後方にいるエールやダヤンにも襲い掛かる。

「大丈夫にゃあ!! 地面に足が付いていなければ電気が流れないから感電しにゃい!」

40 :ダヤン:2022/01/26(水) 23:22:44.25 ID:/pCWvVTp.net
ダヤンは襲い来る電撃を迎え撃つように、エールの前に躍り出るようにジャンプした。
襲い来る電撃にタイミングを合わせるのは至難の業だが、奇跡的に合っていた。そして……

「にぎゃああああああああ!!」

――普通に感電した。
「接地面が無ければ感電しない」というどこかで聞いた噂を間に受けてしまったようだが、
飛行系のモンスターにも雷の攻撃は効くので、これは単なる都市伝説であると思われる。
地面に叩きつけられ、ぐったりと倒れ伏すダヤン。
エールは、雷撃が貫通する仕様だったら普通に感電しているだろうし
前方で何かに当たったら止まる仕様ならもしかしたら難を逃れているかもしれない。

「まだ……にゃ!――スモークボム!」

煙幕がアレイスターの周囲に立ち込める。
気絶したかと思われたダヤンだったが、奇跡的にまだ意識があるようだ。
魔法が想いの力なら、魔法を受ける側の思い込みによってほんの少し威力が軽減されたりする事もあるのだろうか。
身体は感電して動かなくても魔法は使えるようで、
倒れたまま、少しでも足止めしようと悪足掻きを試みている。

「難しいことは分からにゃいけど……エールからカノンにゃんを奪うなんて絶対駄目にゃ!
エールはカノンにゃんを追いかけて危険な迷宮に飛び込んで……ずっと探してやっと会えたんだにゃ……!」

半ば懇願するように必死に訴える。

41 :エール :2022/01/29(土) 22:46:04.92 ID:GIULVyy1.net
襲い掛かる牙のごとき稲妻。エールはその光を見た瞬間、直撃を覚悟した。
だが神懸かり的なタイミングでダヤンが我が身を盾に目の前へ躍り出たのである。

>「大丈夫にゃあ!! 地面に足が付いていなければ電気が流れないから感電しにゃい!」

「はいぃ?」

エールは思わず頓狂な声を発してしまう。
たしかに、電気というのは普通、電気が通る状態でなければ感電しない、と聞いた記憶がある。
空気は電気を通さない絶縁体の一種らしいが、一方で地面は電気を通すという。
なので地面に触れてないなら感電せず負傷しないような気もする。

だが、落雷は絶縁体であるはずの空気中を通過して地面に落ちてくる。
これは絶縁破壊と言って、落雷の電場が強いために空気の絶縁が破れることで電気が流れるのだ。
アレイスターの放った電撃はご覧のように空気を通過する規模の威力である。

>「にぎゃああああああああ!!」

つまりジャンプして地面から離れていても普通に感電する。
幸運だったのはダヤンが壁になることでエールを守る役割は果たせたことだろう。

>「まだ……にゃ!――スモークボム!」

ダヤンは電撃を食らってなお意識を保ったまま魔法で煙幕を張る。
気絶する威力に調節したはずだが、獣人の耐久力を甘く見たか。それとも他に理由があるのか。
ともかく、アレイスターは心の中で自身の想定を超えたダヤンをむしろ評価した。

>「難しいことは分からにゃいけど……エールからカノンにゃんを奪うなんて絶対駄目にゃ!
>エールはカノンにゃんを追いかけて危険な迷宮に飛び込んで……ずっと探してやっと会えたんだにゃ……!」

「……そうか。お前は誰かのために命を懸けられるんだな。きっとお前達は良い奴らなんだろう。
 だが……計画の障害になるなら容赦する気はない。いくら懇願しても無意味だ」

アレイスターは視界不良にも関わらず余裕をもってダヤンの言葉に応じた。
隙だらけだ。エールは煙幕に紛れてアレイスターの後方へ移動し、側頭部目掛けて蹴りを放った。
武闘家ほどではないが銃士は体術も修めている。当たれば意識を刈り取る渾身のハイキックだ。
だが、その蹴りはアレイスターに命中せず『何か』に阻まれて弾かれた。

「くっ……魔法障壁っ!?」

エールは障壁に弾かれた勢いに乗ってバックステップで距離を取る。
蹴りを防いだそれの正体は魔法障壁の一種。物理攻撃も魔法攻撃も防ぐ電磁バリアだ。

「馬鹿が。何の対策もしてないと思ったか?全てお見通しだ」

エールはまだ煙幕が張られている内に全力でダッシュして電撃に備える。
機敏に動いて狙いをつけさせないようにするためだ。放たれた電撃はエールの手前に着弾する。
地面を抉る威力に吹き飛ばされて、ダヤンの横に転がり込みつつ着地した。

万事休すだ。実力が違い過ぎる。どうすれば倒せるのかまるで分からない。
魔導砲も使えない、体術も意味がない、話し合いでは到底解決できそうにない。どうすればいい。

42 :エール :2022/01/29(土) 22:49:01.70 ID:GIULVyy1.net
答えが出ないままエールは立ち尽くしていた。
しだいに煙幕が晴れていくと、アレイスターは冷たい瞳でエールとダヤンを見た。
その時だ。アレイスターが不意に上空を仰いだのは。

「……お姉……ちゃん……!?」

エールはうわ言のように思わず呟く。
青白い光の翼を広げて眼前に舞い降りたのは病に臥せていたはずのカノンだった。
カノンは周囲を確認する。冒険者協会の面々はアレイスターの電撃を浴びて、大半が気を失っているようだった。

「……ごめんね。眠っていたせいで気づくのが遅れたよ。
 守ってくれてありがとう。でもやっぱり……これは私の問題だから」

アレイスターは眉を寄せて、明確に憎悪と殺気を放った。
もしもエールがまともに浴びていたら身体が竦んでしまっただろう。
しかし目の前のカノンが盾となって受け流しているおかげで、平静を保っていられた。

「いい加減、私も覚悟を決めるよ。だから後は任せてほしい。
 闇の欠片の破壊と精神汚染の浄化は……やらなくちゃいけないことだから」

「はっ、殊勝だな。俺から逃げ続けていた奴の言葉とは思えん。
 悪いが計画を妨害するお前だけは始末させてもらう。抵抗する権利はくれてやる」

「うん……君達の目的は崇高だと思うよ。でも手段は考え直すべきかな。
 だから私は計画を止める。ここで……君の目だけでも覚まさせておくよ」

カノンの言葉を聞いてアレイスターは薄気味悪く笑う。
その時、彼の身体に流れる魔力が微妙に変化するのをアスクレピオスは感知していた。
――何かの魔法を発動したのだ。だが、負傷の身ゆえに忠告は間に合わなかった。

「思いあがった台詞だな。それが最期の言葉だ」

瞬間、まばゆい光の球体がカノンを包み込んだ。
明滅を続ける閃光と共に、火花が飛び散るような音が響く。
アレイスターがすかさず発動したのは雷系魔法のひとつ、パニッシュプリズンだ。

数億ボルトの雷の球体に対象を閉じ込めることで、敵を確実に感電死させる魔法。
発動の予兆が魔力の変化以外にないので回避も難しいのが大きな特徴だ。

まさしく雷の牢獄。数秒で原形も残らないほど炭化しているだろう。
そして10秒経ち、20秒経ち――やがてアレイスターは違和感を覚えた。

なぜ未だに雷の牢獄が発動し続けているのか。対象が死ねば自然と魔法は解ける。
つまりカノンはパニッシュプリズンの中で生きているということになる。

「ちっ、ならば出力を上げて……」

アレイスターは手を翳して雷の出力を更に上げようとする。
だが同時に、内側から光の翼が広がったかと思うと雷の牢獄が弾け飛んだ。
カノンは五体満足で変わらずそこにいた。優しく微笑んだまま微動だにしていない。

アレイスターの頭脳はすぐさまパニッシュプリズンを防御した方法を思いつく。
おそらく光の翼で殻のように自分を覆うことで、雷を全て防いだのだ。

「次は……私の番だね」

光の翼からいくつもの光の羽根が、矢のように飛来する。
アレイスターはその弾幕を咄嗟に電磁バリアで防いだ。

43 :エール :2022/01/29(土) 22:53:32.03 ID:GIULVyy1.net
飛行、防御、攻撃ができるカノンの光の翼は万能だ。
本人いわく余剰魔力が変形したものだそうだが、光の翼そのものは魔法ではない。
あれは、魔法の発動体と考えるべきだ。魔力そのもので術式を刻んだり魔法陣を作るのと同じ。

では何の魔法を発動しているのか。翼で空を飛ぶ以上は飛翔魔法だろうか。
ちなみに飛翔魔法は風を操って飛ぶ風系魔法の一種にカテゴライズされている。
だがそれでは防御と攻撃を行える説明がつかない。一体どのような原理を用いているというのか。

その答えは――斥力だ。翼から放出される魔力を斥力に変えて飛行している。
斥力とはつまり反発力のことで、磁石の同じ極同士を近づけた時に離れる力などが良い例である。
これで攻撃と防御の方法も説明できる。斥力を張れば攻撃も弾けるし、羽根から斥力を出して飛ばせば矢のようになる。

(磁力体質で魔導砲は封じているが……こんな攻撃手段まで残っているとはな)

羽根の雨を電磁バリアで凌ぎながら舌を巻く。厄介だが防げないわけではない。
それでもなお、カノンは羽根の弾幕を間断なく撃ち続けていた。
決め手を欠きながらも一歩、また一歩とアレイスターに近寄っていく。
羽根の弾幕も効かない以上カノンに残されているのは接近戦だけだ。

「弾幕を張れば俺が攻撃を緩めると思ったか!?甘いんだよ!」

アレイスターが手のひらを上げると雷鳴が響きカノン目掛けて落雷が迫る。
一発じゃない。何発も、断続的に雷が落ちてくる。これも雷系魔法のひとつ。
落雷を連続で浴びせるマーダーライトニングという魔法だ。

電磁バリアを張りながら攻撃魔法も使えるのは、アレイスターが高位の魔法使いである証左だ。
魔法とは『想い』の力であり、想像力と集中力を酷使する。複数の魔法を同時に扱うというのは、
たとえば右手と左手で別々の絵を描くようなものであり、高度な並列処理能力を要求される。

「馬鹿な……!?」

アレイスターは数歩後退して言葉を失った。
掠っただけでも即死する、必殺の落雷を全て避けられている。
狙いを定めて落雷を叩き込んだ瞬間に、カノンはすでにそこにいない。
攻撃のタイミングを先読みしているとしか思えない。

そしてカノンの手が届きそうな距離まで接近を許してようやく、
アレイスターは慌てて後方へ逃げた。距離を置いて仕切り直しを図る。

「……やはり、お前は危険な存在だ。強大な浄化の力に光の翼、そして類稀なる先読み能力……!
 俺は間違っていないかったんだ。お前は上位存在たる神々の使い……その転生者だな」

カノンはどこか困ったような表情をした。
構わずアレイスターが話を続ける。

「だがそれは新しく生まれる可能性を一つ潰したってことだ。
 お前は自分のために他人の命を犠牲にしたんだ。良心の呵責はないのか?」

「……自覚はしてるよ。昔のことは……朧気にしか思い出せないけれどね」

ぎり、と手を握りしめてアレイスターは空を飛んだ。
アレイスターは雷系魔法のエキスパートだが、他の魔法は基本しか習得していない。
特に風系魔法は苦手分野で、飛翔魔法も使えない。

44 :エール :2022/01/29(土) 22:56:34.88 ID:GIULVyy1.net
だが、アレイスターは雷系魔法を用いてイオン風を生成することで飛翔魔法なしで飛行できる。
いわゆるイオンクラフトの原理である。空高く上昇を続け、こう吐き捨てる。

「お前達はいつもそうだな……上から目線で好き勝手しやがる。
 下界で生きてる奴らには何やってもいいってのか……!?」

上昇するアレイスターの姿がどんどん小さくなっていく。
ある程度の高度まで飛び上がったところで静止すると、両手を頭上に掲げた。

「もういい。奴はこの魔法で……確実に殺す!俺の"神殺しの雷"でな……!」

アレイスターの頭上に真紅の雷球が形成されていく。
それはまるで夜空に浮かぶ赤い星のようにも思えた。
アスクレピオスは痛みを感じながらも驚きの声を出さずにはいられない。

「アレイスターのやつ……!私達をこの階ごと消し飛ばす気か……!」

エールは反射的に逃げることを考えた。
だが気絶している冒険者協会の人達やこの階で暮らす人々を避難させる時間はない。
ならば、最早残された選択肢は同じ魔法で相殺するか、さもなくばアレイスターを倒すしかない。

「でも……これだけ距離があれば磁力の影響は受けないね」

カノンの呟きでエールは今なら魔導砲が使えることに気がついた。
空中にいるアレイスターとはおそらく数百メートルくらい離れている。
いくら魔法体質といえど、それだけ距離があれば磁力の影響もないはずだ。

カノンは無言で手を虚空に翳すと、嵌めていた指輪が光を放つ。
空間魔法で指輪に格納していた魔導砲を取り出したのだ。

それはエールの使う魔導砲とまるで違っていた。
エールのものは臼砲にグリップがついたような外観をしているが、
カノンの魔導砲は巨大で砲身も長く、雪のように真っ白だった。
上空に目掛けて砲口を向けると、魔力の充填を開始する。

「今更何をしようと無駄だ……!諸共に消え失せろぉっ!!」

両手を振り下ろし、真紅の雷がカノン達へ降ってくる。魔法の名はクリムゾン・オールデリート。
『神性概念破壊魔法』とも呼ばれる、アレイスターが開発した神殺しの魔法だ。
『浄化』が魔物に特効なのと同じように、神や天使などの聖なる存在に特効を発揮する。

そして厄介なことに、この魔法は単純な破壊力においても普通の魔法とは一線を画している。
アレイスターはこの魔法で出身世界の管理機構たる神を殺し、『神殺し』の異名を得たのだ。
相対するカノンは充填を終えて神殺しの雷に狙いを定め、トリガーを引く。

「……――マーシフルストリームッ!!」

全ての魔力をつぎ込んで放った浄化の奔流が、一筋の光となって神殺しの雷を貫く。
アレイスターは自分の目を疑った。聖なる力を殺す最強魔法が、呆気なく敗れ去ったのだ。
神殺しの雷を霧散させてなお浄化の奔流は自身に迫ってくる。

「……くそっ!撤退する!!」

聖なる光を恐れたアレイスターは撤退を選択し、転移魔法を発動。
一瞬にしてその場から消え去り、間一髪で浄化の奔流は命中せずに天へ昇っていった。

45 :エール :2022/01/29(土) 23:01:55.61 ID:GIULVyy1.net
その日、10階で暮らす人々は見た。真っ暗な夜空に巨大な光の柱が立ったのを。
光の柱はやがてか細くなって消滅し、後に雪のような光が降り注いだ。
カノンは力尽きたように仰向けで花畑へ倒れ込むと、エールが急いで駆け寄る。

「はぁ……駄目だったよ。彼だけでも闇の欠片の影響を取り除こうと思ったけど……。
 今の私じゃこれが限界みたいだね。身体がいうことをきかないよ……」

「ごめんお姉ちゃん……!何もできなくって。結局お姉ちゃんに助けられちゃった。
 身体は大丈夫?病気なのに……!教会まで運ぶからじっとして――……」

言葉を言い終える前にカノンはエールの手を握りしめていた。
その手はうっすら透けていて、カノンの身体が光になって徐々に消滅していく。

「さっきの砲撃は本当に全力だったんだよ。これはその反動なんだ。
 だから……エール。悲しいけれどこれでお別れなんだよ。ごめん……」

悪戯をした子供が罰を悪くして謝るみたいな、そんな軽い言い方だ。
エールは怒ったり悲しんだりもせず、縋るようにカノンにしがみついた。

「そんなの……駄目。駄目っ!消えないで!消えちゃ駄目!私を……一人にしないで!」

「大丈夫だよ……エールなら一人でも上手くやっていけるよ。
 家にはお父さんもお母さんもいるじゃないか。エールは優しいからきっと……」

「私は別に優しくなんかない。私はお姉ちゃんの真似をしてただけだよ……!
 今までお姉ちゃんを探してたのだって本当は心配だったからじゃなくて……!
 お父さんとお母さんが流行り病で死んじゃったから……寂しかったから探してただけなの……!」

そうだったんだ、とカノンは言って、透けた指でエールの頬を伝う涙を拭った。

「……ね、エール。私は……本当のお姉ちゃんじゃないの。
 かつての私は自由が欲しかった。どこまでも広がるこの世界を好きに生きたかったの。
 エールの本当のお姉ちゃんは……そんな私の我儘を聞いてくれた。私に自由な人生を譲ってくれた」

カノンは告解するように話をした。

「だから……ずっとこう思ってた。本当のお姉ちゃんならこうするんだろうな……。
 本当のお姉ちゃんならエールに優しくしてあげたんだろうな……って」

それはカノンにとって罪滅ぼしのようなものだった。
だからといって、エールは自分が感じていた愛情まで嘘だと思えなかった。
もしカノンの言う通り、目の前のお姉ちゃんが本当の姉じゃなかったとしても。
今まで過ごしてきた日々までもが嘘だったわけじゃない。

「……そうなんだ。私には、二人お姉ちゃんがいたんだね。だから……お姉ちゃんは二倍優しかったんだ。
 お姉ちゃんがお姉ちゃんだってことに変わりはないよ……!私はお姉ちゃんに消えてほしくない……!」

「……ありがとう、エール。私なんかをお姉ちゃんだと言ってくれて。
 でも人生に別れはつきものだよ……だから。私で慣れておくんだよ……」

46 :エール :2022/01/29(土) 23:06:24.73 ID:GIULVyy1.net
カノンの身体が光になって消えていくと、それは集まって光の球体となった。
球体はエールの胸の中に飛び込むと吸い込まれるように溶けていく。

「お姉……ちゃん……行かないで……」

エールはふらふらと身体を揺らして、後ろに倒れた。
寸でのところで自己治癒を完了させたアスクレピオスが背を支える。
カノンの手を握っていたエールの手の中には、彼女の嵌めていた指輪が残されていた。

「……アレイスターはたしかに手加減していたようだな。
 皆、息がある……君も電撃を浴びていたが問題なさそうだ」

エールを抱き上げたアスクレピオスはダヤンの負傷の程度を見てそう言った。
電撃を食らって気を失っていたサイフォス達も意識を取り戻し、俄かに起き上がる。

「……どうなっちまったんだ?あの魔法使いは……追い払えたのか?」

現状を把握していないサイフォスはダヤン達にそう尋ねた。
即座に返事をしたのはアスクレピオスだった。

「カノン君自身が撃退した。だが……彼女は力を使い果たして消えてしまった。
 ……私は何も救えなかった。もう仲間を正気に戻すこともできない」

「……そうだったな。闇の欠片で新しい世界を創る計画だっけか。
 この迷宮もあと10年で消えちまう。身の振り方を決めねぇとな……俺達冒険者も」

サイフォスは蓄えた髭を撫でつけながら何やら考えていた。
そして一人で大きく頷いて、アスクレピオスとダヤンにこう話した。

「二人とも、行く当てがないなら一緒に20階の『城砦エリア』へ来ないか?
 そこには俺達冒険者協会の本拠地があるんだ。メシとベッドぐらいタダで提供するぜ」

それに、とサイフォスはつけ加える。

「会長なら……七賢者を正気に戻せる、そんな人物を知ってるかもしれん。
 あの人は若いけど顔が広いんだよ。エールの嬢ちゃんも気を失ってるみたいだし、面倒見るぜ」

「すまないがその厚意に甘えさせてもらおう。
 エール君の容態も私が診る。ダヤン君もそれで構わないな?」

話が纏まったところで、一同は散乱した武器を回収し、まだ倒れている仲間を起こす。
そうして準備を整えるとアスクレピオスの転移魔法を使って20階へと移動した。

転移すると一同は堅牢な城壁に囲まれた城砦の中にいた。
冒険者協会の者達にとっては本拠地のため、慣れた様子で城砦の中を進んでいく。

なぜ冒険者ギルドを束ねる組織の本拠地がこの階にあるのかというと、それは『篩』のためだ。
独力で20階まで来れる最低限の実力がなければ、仲間になる資格なしという無言の意思表示なのだ。
サイフォスはアスクレピオスとダヤン、気を失っているエールにそれぞれ空き部屋を貸した。

「……ダヤン君、きみはこれからどうするつもりなんだ?」

ベッドで眠るエールを看病しながらアスクレピオスはダヤンに問うた。
エールの姉を探して故郷に帰るという目的は破綻してしまった。
これからエールはどうするのだろうか。たった一人で地上に帰るのだろうか。

「……話した通り、この迷宮はじきに消滅する。
 身の安全を考えるなら外の世界へ逃げるのが賢明だ」

47 :エール :2022/01/29(土) 23:12:54.12 ID:GIULVyy1.net
この迷宮に根を張る者ほど、外の世界へ逃げるのをためらうだろう。
外の世界で居場所を失い、この迷宮まで流れ着いた者達はもちろん、
迷宮内に国を築いたり一定の地位を得た者は既得権益を捨てることに抵抗を覚えるはずだ。
七賢者たちの新世界を創る計画はその救済措置でもあるのだ。

だが、元々根無し草の冒険者ならばフットワークも軽い。
多くの冒険者は黙って迷宮からの脱出を考えるだろう。

「私の知る予定では計画がそろそろ次の段階に移行する。
 七賢者たちは外の世界に繋がる脱出ポータルを設置して『選別』を行うはずだ」

選別――すなわち外の世界へ逃げる者と、新世界へ行く同志を選り分ける。
その時に、七賢者は前者の人達のために脱出用のポータルを設置するらしい。
逃げるならそのタイミングだ。ダヤンの外の世界へ行くという目的にも合致している。

「……そうなんですか。地上にも帰れるんですね。
 でも私は……この迷宮に残って冒険者を続けます」

「……目が覚めたのか」

話の途中から目が覚めてエールにも聞こえていたらしい。
ベッドから身体を起こして、エールは話を続ける。
アスクレピオスは彼女の意思を確認するために黙って耳を傾けた。

「新しい世界を創るために闇の欠片を集めると、魔王が復活するかもしれないんですよね。
 お姉ちゃんはそれを止めようとしていました。でもお姉ちゃんは……いなくなってしまった」

握っていた手を広げると、そこにはカノンが嵌めていた指輪があった。
エールはそれを握り直して胸に手を当てる。

「もう……私の心の中にしかいない。だから私がお姉ちゃんのやり残したことをします。
 ……決めました。私は冒険者を続けて七賢者の計画を止める」

「エール君、それは簡単な問題じゃないんだ。ただ計画を止めれば、七賢者を倒せば済む話じゃない。
 計画を止めるということは、この迷宮で生活を営む人々の新たな居場所を奪うことにも繋がりかねない」

「きっと新しい世界を創る以外にも方法はあると思います。この迷宮自体が消滅するわけじゃない。
 たとえば次元の狭間ではないどこか……他の場所にこの迷宮を転移させるとか。別の解決策を探します」

アスクレピオスはしばし無言を貫いた。
喪失感から自棄になっているとか、軽い気持ちで言ったわけではない。
エールにはビジョンがある。意志もある。アスクレピオスにもそれが伝わった。

歴史が証明しているように、魔王ルインが復活すれば多元世界に恐ろしい災厄が降り注ぐだろう。
それだけは阻止しなければならない。そして最早、アスクレピオス一人で対処できる問題ではなかった。

「そうか。ならば……私も想いは同じだ。一緒に七賢者の計画を止めよう」

エールはベッドから抜け出して立ち上がる。そしてダヤンに頭を下げた。
今まで冒険に付き合ってくれた仲間に勝手なことを言わなければならないからだ。

「ダヤン……ごめん。私はまだしばらくこの迷宮にいるよ。
 一緒に外の世界へは行けない。今まで……付き合ってくれてありがとう」


【アレイスター撃退。カノンは力を使い果たして消滅する】
【20階の城砦エリアへ移動。エールは魔王復活の阻止を決意する】

48 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:33:23.46 ID:zMPeRsny.net
>「……そうか。お前は誰かのために命を懸けられるんだな。きっとお前達は良い奴らなんだろう。
 だが……計画の障害になるなら容赦する気はない。いくら懇願しても無意味だ」

「この迷宮の行く末のこと、カノンにゃんにちゃんと伝えたにゃ……?
一度だけでもちゃんと話し合ってほしいにゃ!」

この時はまだカノンの正体までは知る由もないダヤンは、
迷宮の行く末や七賢者の計画など知らずに単純に闇の欠片を危険なものだからと破壊して回るカノンと
それを計画の障害として問答無用で命を狙うアレイスターという構図だと思っていた。
実際にはカノンはもっと知った上で行動していたと思われるので、
話し合えと言ったところで的外れなのだが、会話を繋げておけば多少は気を引きつけることができる。
エールが煙幕に紛れてアレイスターの後方を取り、側頭部目掛けて強烈なハイキックを放った。
しかし、不可視の何かに弾き飛ばされる。

>「くっ……魔法障壁っ!?」

>「馬鹿が。何の対策もしてないと思ったか?全てお見通しだ」

電撃で迎え撃つアレイスター。
エールは直撃を避けるも、余波に吹き飛ばされてダヤンの横まで飛ばされてきた。
改めて実力の差を目の当たりにし、成す術もなく立ち尽くすエール。
煙幕が晴れ、アレイスターは冷たい目でこちらを見つめている。
とどめを刺しにくるか、それとも取るに足らないと放置して魔法で眠らされているカノンのもとへ行くか。
どちらにせよ万事休すだ。

(――いや、諦めたらそこで試合終了にゃ!
降参して道案内する振りをしてわざと道に迷って時間を稼いで
その間にエールがまたポータルストーンを拝借してカノンにゃんを連れて他の階に避難……
辿り着いた時にはもぬけの殻! 名付けて神隠し作戦!)

などと往生際悪くセコい悪足掻き案を脳内で繰り広げている間に、アレイスターの視線は空へ向かう。
その先には――アレイスターが命を狙うカノンその人がいた。
ご本人登場によって、セコい悪足掻き案は一瞬にしてボツになった。

>「……お姉……ちゃん……!?」

「出てきちゃ駄目にゃよ!? コイツはあなたを狙ってるんだにゃ!」

>「……ごめんね。眠っていたせいで気づくのが遅れたよ。
 守ってくれてありがとう。でもやっぱり……これは私の問題だから」

>「いい加減、私も覚悟を決めるよ。だから後は任せてほしい。
 闇の欠片の破壊と精神汚染の浄化は……やらなくちゃいけないことだから」

「駄目にゃ駄目にゃ、重病人に勝てる相手じゃないにゃー!」

自分は全く歯が立たなかったくせに何を言っているのかという感じだが、
この時のダヤンのカノンに対する認識はまだ、結構強くて特殊な能力を持つ冒険者、程度の認識である。
突然倒れるような重病では自分達以上に歯が立たないと思うのも無理はない。

49 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:34:26.34 ID:zMPeRsny.net
>「はっ、殊勝だな。俺から逃げ続けていた奴の言葉とは思えん。
 悪いが計画を妨害するお前だけは始末させてもらう。抵抗する権利はくれてやる」

>「うん……君達の目的は崇高だと思うよ。でも手段は考え直すべきかな。
 だから私は計画を止める。ここで……君の目だけでも覚まさせておくよ」

このやりとりから察するに、どうやらカノンは、
七賢者と同程度のことを知った上で、明確に計画を止めるという目的で闇の欠片を破壊して回っていたらしい。

(カノンにゃんはエールのお姉ちゃん……ってことは
いくら強いとはいえ、地上から迷宮を訪れた一介の冒険者にゃよね……?
なんでそんなことを知ってるんだにゃ……?)

そんなことを考えている間にも、目の前で、今までとは次元が違う戦いが繰り広げられる。
今までアレイスターは、幼子をあしらうかのごとく手加減していたのだ。
二人の力量はほぼ互角――いや、カノンの方が一枚上手か。
アレイスターはカノンを殺す気満々だが、カノンの方はそうは見えない。
アレイスターの一発一発が一撃必殺の攻撃を難なく凌ぎつつ、徐々に追い詰めていっているように見える。

>「……やはり、お前は危険な存在だ。強大な浄化の力に光の翼、そして類稀なる先読み能力……!
 俺は間違っていないかったんだ。お前は上位存在たる神々の使い……その転生者だな」
>「だがそれは新しく生まれる可能性を一つ潰したってことだ。
 お前は自分のために他人の命を犠牲にしたんだ。良心の呵責はないのか?」

>「……自覚はしてるよ。昔のことは……朧気にしか思い出せないけれどね」

>「お前達はいつもそうだな……上から目線で好き勝手しやがる。
 下界で生きてる奴らには何やってもいいってのか……!?」

(いきにゃり神々の戦いにっ!?
アレイスターにゃんは以前も神々の類と一悶着あったんだにゃ!?)

>「もういい。奴はこの魔法で……確実に殺す!俺の"神殺しの雷"でな……!」

「あれ……ヤバにゃい?」

>「アレイスターのやつ……!私達をこの階ごと消し飛ばす気か……!」

「にゃんだってぇえええええ!? いくらなんでもキレ過ぎにゃ!」

アレイスターはカノン以外は殺さないという方針をあっさりかなぐり捨て、この階にいる人々全員吹っ飛ばす気らしい。

>「でも……これだけ距離があれば磁力の影響は受けないね」

この状況においてもカノンは落ち着いた様子で、魔導砲の充填を開始する。

>「今更何をしようと無駄だ……!諸共に消え失せろぉっ!!」

>「……――マーシフルストリームッ!!」

神殺しの真紅の雷を、浄化の光の奔流が貫く。
カノンは、この階のすべての人々を守り抜いたのだ。
アレイスターは流石に敗北を悟り、撤退したようだった。
それを確認すると、力尽きたように倒れるカノン。

50 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:36:07.18 ID:zMPeRsny.net
>「はぁ……駄目だったよ。彼だけでも闇の欠片の影響を取り除こうと思ったけど……。
 今の私じゃこれが限界みたいだね。身体がいうことをきかないよ……」

>「ごめんお姉ちゃん……!何もできなくって。結局お姉ちゃんに助けられちゃった。
 身体は大丈夫?病気なのに……!教会まで運ぶからじっとして――……」

カノンの身体が光になって徐々に消滅していく。

(そんにゃ……っ!?)

>「さっきの砲撃は本当に全力だったんだよ。これはその反動なんだ。
 だから……エール。悲しいけれどこれでお別れなんだよ。ごめん……」

「……」

ダヤンは、二人のやりとりを無言で見つめていた。

>「お姉……ちゃん……行かないで……」

エールは姉を失った精神的ショックのためか、気を失ってしまった。
後ろに倒れたエールをアスクレピオスが抱きとめる。

>「……アレイスターはたしかに手加減していたようだな。
 皆、息がある……君も電撃を浴びていたが問題なさそうだ」

「そうかもしれにゃいけど……結局最後はこの階にいる人全員吹っ飛ばそうとしたにゃ!
そのせいでカノンにゃんは犠牲に……! こんなのないにゃ……! やっと……やっと会えたのに!」

ダヤンの当初の目的は単に地上に行くことだったが、
いつの間にかエールの姉を見つけてみんなで一緒に地上に行くこと、に成り代わっていた。
“姉を探して一緒に地上に帰る”というエールの目的がここで頓挫してしまったのと同様に、
ダヤンの目的も頓挫してしまったのだ。

>「……どうなっちまったんだ?あの魔法使いは……追い払えたのか?」

サイフォス達が意識を取り戻して起き上がる。

>「カノン君自身が撃退した。だが……彼女は力を使い果たして消えてしまった。
 ……私は何も救えなかった。もう仲間を正気に戻すこともできない」

>「……そうだったな。闇の欠片で新しい世界を創る計画だっけか。
 この迷宮もあと10年で消えちまう。身の振り方を決めねぇとな……俺達冒険者も」

激しく取り乱すダヤンとは対照的に、
サイフォスはとんでもない事実を突きつけられたにもかかわらず、少なくとも表面上は妙に落ち着いている。

>「二人とも、行く当てがないなら一緒に20階の『城砦エリア』へ来ないか?
 そこには俺達冒険者協会の本拠地があるんだ。メシとベッドぐらいタダで提供するぜ」

「ありがとにゃ、助かるにゃ……!」

カノンの死によっていきなり旅の目的を見失い、エールは気絶している状況だ。
断る理由が無い。そこでふと思うダヤン。

51 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:38:20.94 ID:zMPeRsny.net
(あれ? エールは気絶してるから……二人とものあと一人って誰にゃ?)

>「会長なら……七賢者を正気に戻せる、そんな人物を知ってるかもしれん。
 あの人は若いけど顔が広いんだよ。エールの嬢ちゃんも気を失ってるみたいだし、面倒見るぜ」

>「すまないがその厚意に甘えさせてもらおう。
 エール君の容態も私が診る。ダヤン君もそれで構わないな?」

「もちろんにゃ……! お願いしますにゃ」(あ、そうにゃよね……! 他にいにゃいし!)

普通にアスクレピオスだった。
他にいないので当然なのだが、七賢者といういかにも超越存在っぽいポジションの人が
冒険者協会の本拠地に招かれている構図が意外だったのである。
しかし考えてみれば、アスクレピオスは今回の件で完全にアレイスターの敵に回ったことになる。
そしてアスクレピオスの口ぶりからすると、ざっくり分けるとアスクレピオス以外の全員がアレイスター側の計画強行派っぽい。
つまり他の七賢者達から裏切者認定され、七賢者除名とか追われる立場になるかもしれないということだ。
確かに行く当てがなさそうだ……。
というわけで、20階の城塞エリアへ赴いた一同。
本拠地に到着すると、サイフォスは、3人にそれぞれ空き部屋を貸してくれた。

「エール……両親もお姉ちゃんもいなくなっちゃったにゃけど……立ち直れるのかにゃ……」

ダヤンはアスクレピオスの看病を受けるエールに付き添いながら、
戦いのときはとりあえず脇に置いていたことを、後から得た情報を踏まえて自分なりに整理する。
戦いのときはどっちが正しいかは置いといて、とにかくカノンを殺させるわけにはいかないという一心で戦っていたが、
今となってはやはりアスクレピオスの方に信憑性があるように思われる。

(カノンにゃんは神々の使いの転生者で……
そのカノンにゃんはアレイスターが闇の欠片の精神汚染を受けていることを確信してるみたいだったにゃ。
ということはやっぱりアレイスター達が精神汚染を受けててアスクレピオスにゃん一人が正気なんにゃね。
それに、闇の欠片は魔王の力の残滓らしいから、
魔王が自らが復活するために計画を強行させようとしている、と考えれば綺麗に筋も通るにゃ。
……当然にゃ! アレイスターはカノンにゃんの仇の悪い奴にゃし!
アスクレピオスにゃんはこんにゃにいい人にゃ!)

冷静に分析していると見せかけて結局決め手は感情論だった。

(それにしても……転生者ってどういう存在にゃ……?)

52 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:39:10.83 ID:zMPeRsny.net
“新しく生まれる可能性を一つ潰したってことだ” “お前は自分のために他人の命を犠牲にしたんだ”
“私は……本当のお姉ちゃんじゃないの”
“エールの本当のお姉ちゃんは……そんな私の我儘を聞いてくれた。私に自由な人生を譲ってくれた”

これらの言葉から推察する限り、一般的に言う転生とか生まれ変わり以上の意味を持つようだ。
一般的に言う生まれ変わりのイメージなら、たとえ神の生まれ変わりだろうが
今世でエールのお姉ちゃんとして生を受けたなら本当のエールのお姉ちゃんに違いはないはず。
増して”他人の命を犠牲にした”なんていう言い方にはならないはずだ。
これでは、まるで本当は存在するはずだった”エールの本当のお姉ちゃん”の肉体を譲り受けて成り代わったかのような……。

>「……ダヤン君、きみはこれからどうするつもりなんだ?」

アスクレピオスに問われ、現実に引き戻される。

「どうもこうも……」

>「……話した通り、この迷宮はじきに消滅する。
 身の安全を考えるなら外の世界へ逃げるのが賢明だ」

「そうにゃよね……」

カノンを連れて帰るのは叶わなくなったが、エールと一緒に脱出を目指すのが現実的だろう。
一介のペーペー冒険者が神々や魔王の思惑が絡む迷宮の行く末に思いを馳せたところで、どうしようもないのだ。

>「私の知る予定では計画がそろそろ次の段階に移行する。
 七賢者たちは外の世界に繋がる脱出ポータルを設置して『選別』を行うはずだ」

外の世界に憧れる者や、出たくても出られなくなっている者達にとっては、紛れもない朗報だろう。
しかし、ダヤンはあれほど地上にずっと憧れていたはずなのに、びっくりするほど心が弾まない。
冒険のゴールはソレジャナイ感が半端ない。
といっても気が乗っても乗らなくてももはや“脱出ポータルで脱出する”以外に選択肢はないと思われるのだが、ダヤンより先に、エールが答えた。

>「……そうなんですか。地上にも帰れるんですね。
 でも私は……この迷宮に残って冒険者を続けます」

>「……目が覚めたのか」

(あ、迷宮に残るんだ……んにゃ!!!???)

53 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:39:57.29 ID:zMPeRsny.net
>「新しい世界を創るために闇の欠片を集めると、魔王が復活するかもしれないんですよね。
 お姉ちゃんはそれを止めようとしていました。でもお姉ちゃんは……いなくなってしまった」
>「もう……私の心の中にしかいない。だから私がお姉ちゃんのやり残したことをします。
 ……決めました。私は冒険者を続けて七賢者の計画を止める」

(決めましたって……ちょっと待つにゃ!)

>「エール君、それは簡単な問題じゃないんだ。ただ計画を止めれば、七賢者を倒せば済む話じゃない。
 計画を止めるということは、この迷宮で生活を営む人々の新たな居場所を奪うことにも繋がりかねない」

エールが七賢者の計画を止めるというのを簡単には受け入れないアスクレピオス。
当然だ。転生者だったカノンとは違ってエールは一般人。
七賢者に名を連ねるアスクレピオスが協力者として認めるわけは……

>「きっと新しい世界を創る以外にも方法はあると思います。この迷宮自体が消滅するわけじゃない。
 たとえば次元の狭間ではないどこか……他の場所にこの迷宮を転移させるとか。別の解決策を探します」

そこで暫し無言になるアスクレピオス。そして。

>「そうか。ならば……私も想いは同じだ。一緒に七賢者の計画を止めよう」

(アスクレピオスにゃん!? あっさり認めちゃったにゃぁああああああ!?)

そしてエールは立ち上がり、ダヤンに頭を下げた。

>「ダヤン……ごめん。私はまだしばらくこの迷宮にいるよ。
 一緒に外の世界へは行けない。今まで……付き合ってくれてありがとう」

(何この置いていかれてる感……!)

54 :ダヤン:2022/02/01(火) 01:40:51.70 ID:zMPeRsny.net
ダヤンはあまりに急展開な話の流れについていけずに暫し呆然とした後。
残像が残るほど両手を上下にぶんぶんしながらマシンガントークする。

「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにを言ってるにゃ! そんなの駄目に決まってるにゃ!
見たにゃよね!? あの戦い!
そりゃあエールは凄い銃士にゃけど! あの次元から見れば一般ピープルにゃ!
あんなのに巻き込まれたら一瞬でケシズミにゃあよ!?」

更に、エールの助力の申し出をあっさり受け入れたアスクレピオスにもくってかかる。

「アスクレピオスにゃんもアスクレピオスにゃんにゃ!
エールは銃士だけど無鉄砲にゃよ!? 何かあったらどうしてくれるにゃ!」

“銃士だけど無鉄砲”とは、うまいこと言ったつもりなのだろうか。

「さては猫の手も借りたい状況にゃね?
仕方にゃい、エールが見境なく突撃しないように監視役が必要にゃ……」

現実問題として、もしエールが完全に足手まといにしかならないと思われるなら、
アスクレピオスもいくら猫の手も借りたい状況でも断っているはずだ。
賢者たるアスクレピオスがエールの助力を受け入れたということは、
一般人や一般猫でも何かの形で役に立つ見込みがあるということなのだろう。
そこでもう一度エールに向き直る。

「エール、今気付いたんにゃけどね。
地上に行きたいだけなら、今までいくらでもいた単純に脱出を目指す冒険者についていけばよかったんだにゃ。
オイラの目的はきっと最初から、エールの目的を一緒に果たして一緒に地上に行くことだったんだにゃ。
エールの目的は余儀なく変わっちゃったにゃけど……オイラの目的は変わらないにゃ!
ここでさよならなんて、そんなの駄目にゃよ」

ダヤンは、エールの指輪を握りしめている手を、小さな両手で精いっぱい包み込む。

「魔王の復活を阻止して、この迷宮も救って、一緒に地上に行こうにゃ……!」

55 :エール :2022/02/03(木) 19:42:10.95 ID:kh4OOsbk.net
エールは決意した。自分は勇者でもなければ伝説の冒険者でもない。
ただの銃士でしかないけれど。それでも魔王の復活を阻止してみせると。
冗談みたいな話だが、そう決めたのだ。

>「にゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにを言ってるにゃ! そんなの駄目に決まってるにゃ!
>見たにゃよね!? あの戦い!
>そりゃあエールは凄い銃士にゃけど! あの次元から見れば一般ピープルにゃ!
>あんなのに巻き込まれたら一瞬でケシズミにゃあよ!?」

手を高速で上下に振りながらダヤンは反対の姿勢を示した。
それが一般的な反応だろう。自分から死ににいくようなものだ。

「確かにお姉ちゃんの強さも、七賢者の強さも普通じゃないよ。
 でも……私にできることがあるなら、私は何かがしたい」

エール自身、カノンが戦っているところを生で見たのはあれがはじめてだ。
大国を滅ぼした魔物を討伐したとか、万を超える軍勢をたった一人で退けたとか。
そういう冒険者としての活躍や銃士時代の逸話を伝え聞いたことがある程度だった。
カノンは、『戦い』に関する事柄を自ら語ることを好まなかったのだ。

思えばそれはエールを危険から遠ざけるための、カノンなりの優しさだったかもしれない。
だが現実は真逆だ。エールは生きる道に銃士を選んだ。そして更なる危険に足を踏み入れようとしている。

>「アスクレピオスにゃんもアスクレピオスにゃんにゃ!
>エールは銃士だけど無鉄砲にゃよ!? 何かあったらどうしてくれるにゃ!」

ダヤンは批判の声をアスクレピオスにも向ける。
結果だけ見れば神々の使いたる天使の転生者のカノンさえ消滅したのだ。
七賢者に敵対する危険性は言うまでもないだろう。アスクレピオスには返す言葉もなかった。

>「さては猫の手も借りたい状況にゃね?
>仕方にゃい、エールが見境なく突撃しないように監視役が必要にゃ……」

しかし反対の姿勢を見せていたダヤンの雲行きが突然変わった。
喋ってるうちに一人で勝手に納得したらしく、エールに向き直る。

>「エール、今気付いたんにゃけどね。
>地上に行きたいだけなら、今までいくらでもいた単純に脱出を目指す冒険者についていけばよかったんだにゃ。
>オイラの目的はきっと最初から、エールの目的を一緒に果たして一緒に地上に行くことだったんだにゃ。
>エールの目的は余儀なく変わっちゃったにゃけど……オイラの目的は変わらないにゃ!
>ここでさよならなんて、そんなの駄目にゃよ」

エールの目的に付き合うなんて、ダヤンには何のメリットもないはずなのに。
それでも一緒に旅を続けてくれると言ってくれたのだ。
たぶん、二人は単純な利害を超えた仲間になっていたのだ。

>「魔王の復活を阻止して、この迷宮も救って、一緒に地上に行こうにゃ……!」

「ダヤン、ありがとう……これからも一緒に頑張ろう」

問題はこれからどうするか。具体的にどうやって計画を止めるかだ。
カノンが消滅したことで、七賢者の精神汚染を解き正気に戻せる者はいなくなった。
だが魔王復活だけは阻止せねばならない。ならば彼らと戦い、力ずくで止める以外の方法はない。

56 :エール :2022/02/03(木) 19:44:27.93 ID:kh4OOsbk.net
さらに消滅する次元の狭間から迷宮を救う方法も考えなくてはいけない。
今のところ迷宮を別の場所へ転移させるというエールの案があるだけで具体的には一切決まってない。
そんな大規模な転移自体が可能なのか、準備にどれだけの期間必要なのか、分からない。問題は山積みである。

「ダヤン君、エール君。君達は過酷な道を選択した。私は感謝しなければならないな。
 ……ありがとう。今後の方針は明日に話そうか。戦いの後で疲れも溜まっているだろう」

アスクレピオスがそう言って、一同はそれぞれの部屋に戻った。
そして朝を迎えると事態は急変を迎えることとなる。

「みんなっ、大変だ!空が……空が!いよいよ始まっちまった……!」

サイフォスが血相を変えて三人の部屋へ押しかけると外へと連れ出す。
空を見上げれば――その空一面は真っ暗に染まり、うっすらと人影が映っていた。
人影は玉座のようなものに腰かけている。輪郭から察するに少女のようにも見えた。

「……繰り返す。私はこの無限迷宮を管理する者である。全階層の者は傾聴せよ。
 この地に流れ着きし流浪の民よ。国を築きし王達よ。夢見て戦い続ける冒険者達よ」

人影は無限迷宮の生きる人々全てに告げる。

「……この無限迷宮の存在する次元の狭間は10年以内に消滅する。
 この迷宮に生きる者達は選択せよ。愚かな歴史を繰り返す外の世界へ逃げるか。
 あるいは……私とその配下たる七賢者によって生み出す、素晴らしき新世界についてくるか」

人影は鷹揚に両腕を広げる。

「敢えて腐敗した外の世界へ安寧を求める者は虹色のポータルを目指しなさい。
 迷宮と同じ暮らしを求め、私達の同志として新世界へ旅立つ者はここに残るのです。
 私はこの無限迷宮で生きる者を見捨てません。選択しなさい、私は全て受け入れましょう」

その言葉を最後に人影は消え、空はだんだんと明るくなっていった。
これがアスクレピオスの言っていた選別らしい。七賢者の計画は次の段階へ移行したのだ。

「……私の知っている予定より早いようだ。猶予は少ないらしい」

無限迷宮の全階層にこの迷宮が消滅する事実を公表する。
そして、その後に外の世界へ逃げるか、同志として新世界へ来るか選ばせる。
七賢者の計画――『プロジェクト・ジェネシス』は本格的に始動したというわけだ。

「先生、ダヤン、お嬢ちゃんも。一緒に来てくれ。
 冒険者協会の会長……俺達のボスが話をしたいんだってよ」

サイフォスの言葉のままに城砦の中へ戻ると、執務室へと通される。
そこにいたには車椅子に座った、若く精悍な男性だった。
男性が着席を促すとアスクレピオスもエールも無言でソファに座る。
サイフォスは車椅子を動かして男性を長机を挟んだ位置まで移動させた。

「はじめまして。俺が冒険者協会の会長、アーヴィングだ。いきなりですまないね」

「七賢者のアスクレピオスだ。いや……元をつけるべきかな。
 もうあそこに私の席はないと考えた方がいいだろう」

「私は銃士のエールです。昨日はお世話になりました。
 朝ごはんまで用意してくれて……ありがとうございます。美味しかったです」

57 :エール :2022/02/03(木) 19:47:25.51 ID:kh4OOsbk.net
会長のアーヴィングはにこやかに笑った。
目の前の青年は様々な冒険者ギルドを纏める偉い人のはずだ。
だが若いおかげなのかフレンドリーな人だ。威厳があるというよりはとっつきやすい。

「ははは、気に入ってくれてありがとう。俺が作ったわけじゃないけどね。
 君達の話はサイフォスから聞かせてもらったよ。大変なことになったな……」

アーヴィングは口調を真面目なものに戻して話を続ける。

「俺はオブラートに包んだ丁寧な話より、率直な方が好きだから本題に入るよ。
 ……冒険者協会は七賢者の計画を止めるために戦う。それが会長である俺の決定だ」

理由はアスクレピオスが懸念し語った通りだ。
闇の欠片は魔王の力と意識の残滓であり、集まれば魔王が復活するかもしれない。
冒険者としてそれを看過するわけにはいかないというのがアーヴィングの結論だった。

エールは心のどこかで安堵した。
ダヤンとアスクレピオス以外にも一緒に戦ってくれる味方ができたのだ。
それもサイフォスのような実力者達ともなれば大型補強が入った気分である。

「といっても協会傘下の皆に強制するわけじゃない。
 自分の意思で集まってくれた冒険者達を協会として支援するってだけだ。
 どれぐらいの仲間が集まるのか……俺自身も分からない。そればかりはなって感じだ」

「具体的にはどうするつもりだろうか。私から話した方がいいか?」

アスクレピオスは七賢者の一人のため、向こうの情報をたくさん握っている。
七賢者と戦うのに必要な戦力の見積もりや、迷宮を救う方法を考えるのにも一役買ってくれるだろう。

「そうだな。まずは俺の考えを話させてくれ。特に、無限迷宮の消滅についてだ。
 気づいてる人もいると思うが、新世界を創らずとも迷宮の居場所を転移させるだけでいいんじゃないか?」

「ああ。だが『新世界の創造』という結論に着地したのには私達の思想が関係している。
 姫様……無限迷宮の主も、私を含む七賢者も、今の多元世界を革新の必要な、腐敗した世界だと考えている」

なるほどな、とアーヴィングは言って頷いた。
アスクレピオスはいつものように表情筋を動かさない。

「七賢者という集団はそもそも出身世界でその改革に失敗し……。
 あるいは今の世界に倦み疲れた魔法使いの集まりなんだ……私もその一人だった」

アスクレピオスは右半分を覆っていた仮面を外した。
仮面で隠されていたもの。それは酷い拷問の痕だった。
右半分の生皮を剥がされ筋繊維は剥き出しとなり、目は抉り抜かれていた。

「ひぇぇっ……あ、アスクレピオスさん、それは……!?」

隣に座っていたエールは突然公開されたグロテスクな素顔に驚き、ソファの中で仰け反った。
しかし正面にいたアーヴィングは顔色を一切動かしていない。エールは失礼な反応をしてしまったと後悔する。
端正な左半分の顔からは想像もつかない右半分の真実だった。

「……これが七賢者のおおよその境遇だと思ってくれればいい。
 私は自戒を込めて……敢えてこの傷を治癒せずに残してあるんだ」

仮面をつけ直してアスクレピオスは言った。

58 :エール :2022/02/03(木) 19:50:39.88 ID:kh4OOsbk.net
アーヴィングが静かに口を開く。

「話は横道に逸れるが、よければ教えてくれないか。なぜその傷を負うに至ったのか。
 俺には君のように善良な人が拷問に遭う理由ってのが見つからなくてね」

「……想い一つで世界は変わる。これは原初の魔法使いの言葉だ。医者となった当時の私は傲慢で驕っていた。
 自分の考えは常に正しいと信じて疑わず、世界は自分の意思で動かせると思いこんでいたんだ」

程度の違いはあれどの世界でも言えるが、アスクレピオスの出身世界の医療は治癒魔法に依存していた。
『想い』の力によって様々な現象を引き起こす魔法は往々にして知識も理論も必要としない。
治癒魔法も同様で、誤った理論や迷信でも発動するし、それで治せてしまうからよしとする場合が多い。

だがそれは、正しい理論の普及による医学の発展を明確に阻害していたのだ。
未解明の病気や細菌、ウイルスの存在。治癒魔法が使えない医者による手術の進歩。列挙すればキリがない。
アスクレピオスには出身世界の医学に足りないものが全て分かっていて、それが我慢できなかった。

そこでアスクレピオスは停滞した医学を強制的に進歩させるため、魔法を捨てて真の医療に回帰すべきと提唱した。
すなわち、正しい医学や薬学を用いて、時にはメスを握り患者を救う。それこそが正しい在り方だと説いたのだ。
だが治癒魔法というぬるま湯に浸かった現在の状況に比べて、アスクレピオスの医療は苛烈過ぎた。

例えば、もしも外科治療を行えば必ず血が流れる。間違えば殺してしまうかもしれない。
メスによる『危険な施術』に比べれば、治癒魔法は医者にとっても患者にとっても安全な方法だった。
それでもアスクレピオスはメスで切った。切って切って切って切って切り続けた。
同時に研究も重ねた。彼の氷のように強硬な態度と合わさって、それは凄惨な人体実験のようだった。

いつしかアスクレピオスの医療行為は批判の的となった。
どれだけ理論が正しくても、知識があっても、誰にも理解されず否定された。
人を寄せ付けない性格もあって彼の味方は一人もいなかった。

孤立した彼はやがて異端審問を受けた。
それは悪評が災いした魔女狩りめいた拷問だった。
最後には自らの世界すらも追放され、彼はこの無限迷宮へと流れ着いたのだった。

「……この傷はその時のものだ。他者の理解失くしては何も始まらない。
 かつては世界を恨んだこともある。でも今は少し分かった気がするんだ……。
 私は独り善がりなだけだった……せめて世界に歩調を合わせていればと後悔している」

「君の信じた道も間違いじゃないと俺は思うよ。
 きっと……世界が追いつかない場合だってあるのさ。
 ……だから、今度は理想の新世界を創ることにしたのかい?」

アーヴィングの言葉にアスクレピオスは肯定した。

「私は追放された身分だ。もう元の世界でやり直すことはできない。
 だから理想の世界に……私の研究や知識が役に立つならと思って参加したんだ。
 しかし、危うく大きな過ちを犯すところだった」

「……話を戻そう。新しい世界を創れる奴は知らないが、転移魔法に詳しい奴なら知ってる。
 『そらの民』って知ってるか。多元世界が混乱に満ちた時、勇者を送り出す不思議な一族さ」

1000年前、この迷宮を生み出した魔王ルインを倒した勇者スピラも『そらの民』だったという。
相互不干渉を徹底する多元世界において、勇者は特別に世界間を渡り歩く権限をもっている。

「実は……こいつは噂だが、勇者スピラは生きてこの無限迷宮の中にいるって情報がある。
 正直、ほぼ伝説だな。だが見つければこの迷宮を次元の狭間以外の別世界に転移できるかもしれない」

59 :エール :2022/02/03(木) 19:53:48.32 ID:kh4OOsbk.net
目には目を、魔王には勇者をって感じだとエールは思った。
雲を掴むような話で現実味がない。だが、伝説の勇者ってどんな人なのだろう。
白馬の王子様みたいなかっこいい人なのかなぁなんて呑気に想いを馳せた。

「七賢者の計画阻止と並行して勇者スピラを探す。タイムリミットは10年だ。
 時間なら余裕である。その間にもっと良い案が見つかればそっちにシフトしてもいい」

無限迷宮を救う方法については一段落ついた。
そこでエールは七賢者のことに関して疑問を口にした。

「あの……七賢者や無限迷宮の主はどこにいるんですか?
 もっとずっと高い階層とかに……?」

「いや……実はこの迷宮の管理者にしか入れない階層が存在する。
 裏エリアとでも言えばいいか……私達は普段そこにいる」

通常の手段では行けないが、アスクレピオスは座標を知っているので
その気になれば転移魔法でいつでも乗り込めるらしい。
だがアスクレピオスの表情は暗かった。

闇の欠片の精神汚染で正常な判断がついていないとはいえ、
理想を追い求め新世界を創ること自体は『悪』だと切り捨てられない。
仲間だった者としては彼らを倒すことで計画を止めるのは気が進まなかった。

「アスクレピオス、俺達は戦う覚悟を決めるしかないよ。
 まぁ……単純に戦力を集めれば勝てるような、楽な相手でもなさそうだが」

アーヴィングは諭すような口ぶりでアスクレピオスに言った。

「……そうだな。それに希望も残されているかもしれない。
 エール君、昨日君は言ったな。カノン君は自分の心の中にしかいないと」

「はい……確かに言いましたけどそれが何か……?」

「看病の時、君の中に感じたんだ……浄化の力にも似た不思議な感覚を。
 それがどういうことか、確信できないが……君の言葉は本当なんじゃないかと思ってな」

アスクレピオスの意味深長な言葉にエールは理解が追いつかない。
頭に疑問符を浮かべたが、彼はただ「頭の隅に留めておいてほしい」と言った。

それから一週間ほど、エール達は20階に滞在し続けた。
アーヴィングたち冒険者とアスクレピオスの間で作戦会議が続いたためだ。
中には1階などに新しく設置された脱出ポータルで早速外へ逃げる者も少なくなかった。

「なんだか20階も寂しくなっちゃった。人がすごく減った気がする」

エールはと言えば、城砦の外で個人的な特訓を続けていた。
カノンが残した魔導砲を使いこなす練習である。台の上に乗せた空の酒瓶を狙い撃つだけだが。
姉の魔導砲はエールのものより巨大で、威力も射程も高いが、そのぶん反動もあり狙いがブレやすい。
それでも練習を重ねていくうちに慣れた。止まっている的ならもう百発百中だ。

さらに冒険者を続けるという意思表示のつもりで服も新調した。
以前は空色の隊服を着ていたが、今は純白の軍服風ジャケットにスカート姿だ。
魔法の糸で編んだ特別製でスカートの下はスパッツを履いているので激しい運動も大丈夫。
奇しくもカノンの服装を思わせる。

しかし一週間経ってもアスクレピオスの言葉の意味は分からないままだ。
自分の中に何かが眠っているなんて信じられない。

60 :エール :2022/02/03(木) 19:56:14.47 ID:kh4OOsbk.net
昼を過ぎたころ、練習を終えて城砦に戻ろうとした時だった。
城砦から黒煙がもうもうと上がっているのが見えた。

「な、なにが起こってるの……!?」

エールは魔導砲を担いだまま急いで城砦まで走った。
到着すると城門は半壊していた。協会所属の冒険者が何人も倒れている。
脈も息もある。外傷もない。眠っているだけのようだ。直後、城砦の一角が派手に爆発した。

「うわっ……!?」

状況がまるで理解できないが、ここはもう戦場と同じだと考えていいだろう。
担いでいた魔導砲を構えて周囲を警戒しながら城砦の中へ進んでいく。

「……なんだ。まだ冒険者がいたのかい。
 君にも奏でてあげよう……心を癒す穏やかなメロディーを」

そこにいたのはリュートを構えた美形の青年だった。
周囲には外で倒れていた冒険者と同じように人が眠っている。
もう一週間ここにいるが初めて見る顔だ。冒険者協会の人間じゃない。

「演奏の前に自己紹介を。僕は七賢者のオルフェウス。
 しがない吟遊詩人さ……それでは一曲お聴きください」

「な、七賢者……!?」

オルフェウスがリュートを爪弾くと心地よい音色が流れ、エールは途端に意識が薄れていくのを感じた。
――このままではまずい。直感を信じてすかさず魔導砲の筒先を向けてトリガーを引く。
特大のプラズマ弾がオルフェウスに迫るが、演奏を中断して軽やかに回避された。

「……気がつくのが早いね。そのまま聴いていれば眠りに落ちていたのに。
 僕は……争う気はないんだ。姫様にも殺しはするなと厳命されているからね」

「じゃあ何をしに来たっていうんですか……!
 七賢者にとっては城攻めなんて暇潰しみたいなものってこと……!?」

エールは声を荒げて魔導砲を構え直す。
カノン消滅の原因は七賢者の一人アレイスターとの戦闘だ。
エールはそれを忘れていない。七賢者と名乗ればエールの反応も穏やかではなくなる。

しかしオルフェウスは目を瞑ったままリュートを弾く姿勢を崩さなかった。
両者は緊張を保ったまま膠着していたが、その均衡は突如として破られた。

「オルフェウス、おぬしは馬鹿ほど真面目じゃのう。
 もっと効率的な手段を使えばいいだろうに。人は恐怖で簡単に支配できるぞ」

転移魔法でオルフェウスの隣に現れたのは真っ赤な着物を纏った少女だった。
金髪を伸ばして片手には水晶玉を浮かべている。まるで占い師のようだ。
外見年齢はダヤンとそう変わらないが、威圧感はアレイスターと同等かそれ以上だ。

「記念に覚えておけ下郎。私は七賢者のフィアンマじゃ。
 恐怖と苦痛を味わいたくないならそこでじーっとしておけ」

「なんで急に七賢者が次から次へと……!
 まさか私達が計画を止めようとしているのを知って潰しにきたの……!?」

「……あ?そんなこと考えておったのか。残念だがハズレじゃ。
 まぁ好きにせい。私達はアスクレピオスの奴を回収しに来ただけじゃからのう」

61 :エール :2022/02/03(木) 20:00:36.20 ID:kh4OOsbk.net
フィアンマは幼い顔を顰めてそう言った。
しまった。向こうは知らなかったのに余計なことを言ってしまった。
エールは自分の愚かさを呪わずにはいられなかった。

だが敵の目的も分かった。アスクレピオスはこちらの仲間だ。回収なんてさせてたまるか。
それに、向こうからすれば彼は裏切り者である。どんな酷い目に遭うか分からない。

「……だから二人で乗り込んで来たんだね!
 でもアスクレピオスさんは渡さない!もう私達の仲間だもん!」

「おーおー。気に入られてるのうあいつ。なんか羨ましいわ。
 でもまたハズレじゃ。おぬし勘が悪いなぁ……誰が二人だけだと言った?」

「え……!?」

他にも七賢者がこの城砦に来ているというのか。
今のエール達の力で勝てる相手でないのは分かっている。
なんとかアスクレピオスの回収を阻止して、一緒にこの階から逃げなければ。

一方、城砦内の会議室。
七賢者の襲撃はとても静かだった。はじめに、城砦中に音楽が静かに鳴り響いただけだった。
するとアーヴィング達や冒険者の大半は抵抗もままならず眠りに落ちてしまったのだ。
レジストに成功したアスクレピオスはそれが七賢者の仕業だと気づいたが、逃げずにアーヴィング達を起こそうとした。

「……それが間違いだったのよって感じ。
 狙いが自分自身だってことぐらい気がついたでしょうに。
 逃げられないのは性分なの。それとも馬鹿なの。あるいは……どっちもとか?」

縄のように太い蔓で身体を縛られ這い蹲るアスクレピオスを見て、女性は問いかけた。
会議室の長机に腰かけ、深緑の魔導衣から伸ばした手を遊ばせながら。

「まぁいいや。姫様は貴方を許すそうよ。でも回収はしろってさ。
 甘いよねぇ……まぁ何か企んでたみたいだし?アンタの身柄を確保すんのには同意だけど」

「なぁ……もういいだろマーリン。アスクレピオスはもう捕まえたじゃないか。
 さっさと帰らないか?王手をかけて調子に乗るって三下悪役のやることだと思わんかね……?」

「アグリッパはうるさいなぁ……姫様がいるとこいつに文句言えないでしょ……。
 迷惑してるんだよね。闇の欠片の回収もおっそいしさぁ……もしかしてわざとやってたの?」

青い魔導衣を纏った鷲鼻の大男は辟易した様子だった。
もう10分近く身動きの取れないアスクレピオスにネチネチ文句を垂れている。
アグリッパはいい加減、異常事態に気づいた冒険者が来たりしないだろうかと危惧していた。
冒険者だって馬鹿じゃないんだから。


【七賢者に城砦を襲撃される】
【エールは七賢者の占い師フィアンマと吟遊詩人オルフェウスに遭遇】
【アスクレピオスは七賢者のマーリンとアグリッパに遭遇し拘束されています】
【もしかしたらまだ他にも七賢者が来ているかも?】

62 :エール :2022/02/03(木) 20:07:32.39 ID:kh4OOsbk.net
ダヤンちょっといいかな。これから結構敵の強さがインフレしていきそうなんだ。
だからパワーアップ案があればどんどん盛って!私も強化イベントを挟む予定だよ。

でも今まで弱めのパワーバランスだったのに急にそんなこと言われても……って感じだよね。
だから今まで通り知恵とちょっとの勇気で立ち回りたい感じなら頑張って調整してみるよ。
そんな感じでよろしくね。

63 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:08:35.90 ID:wt65tjWd.net
>「ダヤン、ありがとう……これからも一緒に頑張ろう」

「礼には及ばないにゃ。
大体ここで離脱なんてこの先が気になりすぎて夜も眠れないにゃ。
それに地上に逃げたところで、魔王が復活したら全世界巻き込まれるにゃし」

エールが申し出を素直に受け入れてくれて、内心安堵するダヤン。
優しいエールのことだ。
ダヤンの身を案じ、一人で行くと言い張ったらどうしようかと思った。
ここまでの道中で、共に戦う仲間として認められたということなのだろう。

>「ダヤン君、エール君。君達は過酷な道を選択した。私は感謝しなければならないな。
 ……ありがとう。今後の方針は明日に話そうか。戦いの後で疲れも溜まっているだろう」

(不思議な感じにゃね〜。ついこの間まで敵か味方かも分からない超越ポジションだったにゃに……)

こうして寝て起きて朝を迎えると、事態は急展開を迎えた。

>「みんなっ、大変だ!空が……空が!いよいよ始まっちまった……!」

空にうっすらと玉座に腰かけた人影が見える。
その姿は判然としないが、シルエットから察するに女性――少女だろうか。

>「……繰り返す。私はこの無限迷宮を管理する者である。全階層の者は傾聴せよ。
 この地に流れ着きし流浪の民よ。国を築きし王達よ。夢見て戦い続ける冒険者達よ」
>「……この無限迷宮の存在する次元の狭間は10年以内に消滅する。
 この迷宮に生きる者達は選択せよ。愚かな歴史を繰り返す外の世界へ逃げるか。
 あるいは……私とその配下たる七賢者によって生み出す、素晴らしき新世界についてくるか」
>「敢えて腐敗した外の世界へ安寧を求める者は虹色のポータルを目指しなさい。
 迷宮と同じ暮らしを求め、私達の同志として新世界へ旅立つ者はここに残るのです。
 私はこの無限迷宮で生きる者を見捨てません。選択しなさい、私は全て受け入れましょう」

(そこまで堂々と外をディスれるほど迷宮内を治安維持できてにゃいような……)

と、ダヤンは心の中でツッコんだ。
別に声に出してツッコんでもよかったのだが
アスクレピオスが迷宮の管理人に完全に見切りを付けているかどうか分からないので一応。

>「……私の知っている予定より早いようだ。猶予は少ないらしい」

「こんな大胆な感じでやるんだにゃ!?
いきなりあんなこと言われたら迷宮内大混乱にゃよね!?」

>「先生、ダヤン、お嬢ちゃんも。一緒に来てくれ。
 冒険者協会の会長……俺達のボスが話をしたいんだってよ」

サイフォスに連れられ、会長の執務室に通される。
会長らしき人物は若く精悍な男性だが、車椅子に座っており、現在は一線で戦えそうにはない。
しかし会長になるからには実績はあるのだろう。
以前の任務で負傷したのだろうか、等と考えをめぐらすダヤン。

64 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:09:44.50 ID:wt65tjWd.net
>「はじめまして。俺が冒険者協会の会長、アーヴィングだ。いきなりですまないね」

>「七賢者のアスクレピオスだ。いや……元をつけるべきかな。
 もうあそこに私の席はないと考えた方がいいだろう」

>「私は銃士のエールです。昨日はお世話になりました。
 朝ごはんまで用意してくれて……ありがとうございます。美味しかったです」

(あれが会長!? 想像していたのと随分イメージが違うにゃね! おっと、オイラの番にゃ!?)

冒険者協会の会長と聞いて重々しい雰囲気のおっさんを勝手に想像していたダヤンであったが、
流れ的に自分の番だと気づき、流れに逆らわずにとりあえず自己紹介する。

「エールの相棒のダヤンですにゃ。朝ごはんごちそうさまでしたにゃ。
ちょっと前からサイフォスにゃん達に随分お世話になってますにゃ。
よろしくお願いしますにゃ」

皆に倣うならここは“スカウトのダヤン”だと思われるのだが
技能名であると同時にれっきとした職業でもあるエールの言う”銃士”とは違って、
ダヤンのスカウトは単なる技能名で、敢えて職業を言うなら今のところは単なるぺーぺー冒険者(実質町の自警団)なのである。
よってそう言うのは気が引けただけで、代わりにエールの相棒と言ったことに多分深い意味はない。

>「ははは、気に入ってくれてありがとう。俺が作ったわけじゃないけどね。
 君達の話はサイフォスから聞かせてもらったよ。大変なことになったな……」
>「俺はオブラートに包んだ丁寧な話より、率直な方が好きだから本題に入るよ。
 ……冒険者協会は七賢者の計画を止めるために戦う。それが会長である俺の決定だ」

(決断早ッ! めっちゃありがたいにゃけど!)

七賢者なる存在が何かを企んでいる、程度の情報は前から掴んでいたのかもしれないが
迷宮消滅の危機等の具体的なことを知ったのはサイフォスからの報告を受けた昨日のことだろう。
流石会長、決断力半端ない。

>「といっても協会傘下の皆に強制するわけじゃない。
 自分の意思で集まってくれた冒険者達を協会として支援するってだけだ。
 どれぐらいの仲間が集まるのか……俺自身も分からない。そればかりはなって感じだ」

>「具体的にはどうするつもりだろうか。私から話した方がいいか?」

>「そうだな。まずは俺の考えを話させてくれ。特に、無限迷宮の消滅についてだ。
 気づいてる人もいると思うが、新世界を創らずとも迷宮の居場所を転移させるだけでいいんじゃないか?」

(転移させる”だけ”って……! そんなお手軽なもんじゃないにゃよね!?)

何階層あるか分からず一つの世界とも言えるこの迷宮をそっくりそのまま転移させるのは
転移先の確保的な意味でも技術的な意味でも並大抵のことではないと思われる。
下手すると難易度は新世界を創るのといい勝負なのではないだろうか。
アスクレピオスもそれを指摘するものと思われたが……。

65 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:10:39.86 ID:wt65tjWd.net
>「ああ。だが『新世界の創造』という結論に着地したのには私達の思想が関係している。
 姫様……無限迷宮の主も、私を含む七賢者も、今の多元世界を革新の必要な、腐敗した世界だと考えている」
>「七賢者という集団はそもそも出身世界でその改革に失敗し……。
 あるいは今の世界に倦み疲れた魔法使いの集まりなんだ……私もその一人だった」

更に話は壮大な方向へ。

(そっち!? 多元世界の腐敗とか言われてもスケールが大きすぎてよく分からないにゃ!)

と置いていかれかけていたところ。アスクレピオスが突然、仮面を外した。

>「ひぇぇっ……あ、アスクレピオスさん、それは……!?」

「い、いきなりどうしたにゃ!?」

思わず驚きの声をあげるエールとダヤン。
アクリーナがアスクレピオスの素顔を見た時、驚いているように見えた意味を理解した。
アクリーナがあの程度で済んだのは、死霊術士として様々なものを見た経験があるからなのだろう。
アーヴィングはというと、あの時のアクリーナ以上に落ち着いていて、ポーカーフェイスを貫いている。
流石会長、肝の据わりっぷり半端ない。

>「……これが七賢者のおおよその境遇だと思ってくれればいい。
 私は自戒を込めて……敢えてこの傷を治癒せずに残してあるんだ」

>「話は横道に逸れるが、よければ教えてくれないか。なぜその傷を負うに至ったのか。
 俺には君のように善良な人が拷問に遭う理由ってのが見つからなくてね」

流れ的にそこ深める流れだけど本当に深めていいんだろうか!?
と凡人なら逡巡しそうなところを躊躇なくスパッと聞くアーヴィング。流石会長(ry

>「……想い一つで世界は変わる。これは原初の魔法使いの言葉だ。医者となった当時の私は傲慢で驕っていた。
 自分の考えは常に正しいと信じて疑わず、世界は自分の意思で動かせると思いこんでいたんだ」

アスクレピオスは、顔の半分に傷を負い最終的には自らの世界から追放され
無限迷宮に流れ着くことになった過程を語り始めた。

(事実に基づかない魔法に頼っているのではいつまで経っても治せない病気があるってことにゃ?
だけど、治癒魔法で治る時にも敢えて切るのは
将来たくさんの人を救うために、目の前の人を晒さなくてもいい危険に晒すってことにゃよね……。
それをするなら本人の同意は必要そうにゃけど……。
アスクレピオスにゃんに見捨てられたら死ぬ状況なら同意は簡単に取れてしまうだろうにゃ。
その状況でとった同意は同意と言えるのかにゃ……?
でも、アスクレピオスにゃんのことだから敢えて危なっかしい手段を使ったにせよ
結果的にはたくさんの人を救ってきたんだろうにゃ。
それならやっぱり、何の治療も受けられずに死ぬよりよっぽどいいにゃよね……)

66 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:11:37.33 ID:wt65tjWd.net
無い頭で考えてみるも、アスクレピオスが本当に間違っていたのかなど分かるはずもない。
きっと、そう簡単に答えが出る問題ではないのだろう。

>「……話を戻そう。新しい世界を創れる奴は知らないが、転移魔法に詳しい奴なら知ってる。
 『そらの民』って知ってるか。多元世界が混乱に満ちた時、勇者を送り出す不思議な一族さ」
>「実は……こいつは噂だが、勇者スピラは生きてこの無限迷宮の中にいるって情報がある。
 正直、ほぼ伝説だな。だが見つければこの迷宮を次元の狭間以外の別世界に転移できるかもしれない」

「にゃにゃ!? すごい情報網にゃ!」

ネコミミをキュッと器用に微妙に内側に寄せるダヤン。耳寄り情報と言いたいらしい。

>「七賢者の計画阻止と並行して勇者スピラを探す。タイムリミットは10年だ。
 時間なら余裕である。その間にもっと良い案が見つかればそっちにシフトしてもいい」

(勇者スピラ……イケメンっぽいにゃ〜!)

白馬の王子様を想像するエールと似たようなもので、勇者と聞いて勝手にイケメンを想像している。
スピラといえば中性的な名前なので、女性の可能性も普通にあるし
夢も希望も無いことを言えば、勇者だからといって容姿がイケてるとも限らないのだが。

>「あの……七賢者や無限迷宮の主はどこにいるんですか?
 もっとずっと高い階層とかに……?」

>「いや……実はこの迷宮の管理者にしか入れない階層が存在する。
 裏エリアとでも言えばいいか……私達は普段そこにいる」

転移魔法でいつでも乗り込める――いつでも(暫定)ラスボスに挑める仕様ということらしい。
が、アスクレピオスは気が進まなさそうだ。

>「アスクレピオス、俺達は戦う覚悟を決めるしかないよ。
 まぁ……単純に戦力を集めれば勝てるような、楽な相手でもなさそうだが」

アスクレピオスの気が進む進まないは脇に置いとくとしても。
そもそも今乗り込んだところで、迷宮を救う手段も無いし、レベルが足りな過ぎて一蹴されてしまうのがオチである。
格好よく表現すると、今はまだその時ではないということだ。

>「……そうだな。それに希望も残されているかもしれない。
 エール君、昨日君は言ったな。カノン君は自分の心の中にしかいないと」

>「はい……確かに言いましたけどそれが何か……?」

>「看病の時、君の中に感じたんだ……浄化の力にも似た不思議な感覚を。
 それがどういうことか、確信できないが……君の言葉は本当なんじゃないかと思ってな」

そう言われてもエールはピンとこないようだったが、
カノンが消える瞬間を端から見ていたダヤンがアスクレピオスに告げた。

「そういえば……カノンにゃん、光になってエールに吸い込まれたように見えたにゃ。
もしかして、カノンにゃんの力の一端を受け継いだんだにゃ……?」

67 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:12:54.36 ID:wt65tjWd.net
それから、エールとダヤンは、アーヴィングたちとアスクレピオスの作戦会議の間、20階に滞在することになった。

>「なんだか20階も寂しくなっちゃった。人がすごく減った気がする」

「そうにゃね……」

何日か経つと、人が目に見えて減っていた。
この迷宮に根付いていない冒険者達は、脱出用ポータルからさっさと脱出してしまったようだ。
そんな中、ダヤンは思わぬ人物と再会することになる。

「おお、ダヤン、久しぶりだな」

「マスター!? どうしてここに……」

ダヤンに宿を提供していた、1階の冒険者の店(宿屋兼酒場兼依頼あっせん所)のマスターが普通に来た。

「聞いて驚け! 実は私は冒険者ギルド所属のエヴァーグリーン駐在員だったんだ。
この度の非常事態に伴い急ぎ本部に馳せ参じた!」

「何そのいきなりな設定! 聞いてないにゃ!」

「言ってなかったからな。はっはっは! 私の正体を知っているのはごく一部の者だけだ」

まあ、1Fの拠点というのは何気に重要であることを考えれば、駐在員が置かれていてもおかしくはない。
地上から入ってきた人のかなりの割合が1Fスタートとなるので、地上からの新鮮な情報が真っ先に手に入るのだ。
そういえば、マスターは外から来たばかりの右も左も分からない冒険者に迷宮内の基本的なことをレクチャーしたり、
次のエリアに行ったところですぐに野垂れ死にそうな者は、さりげなく1Fの拠点に引き留めたりもしていた。
きっとそれも、駐在員の仕事の一貫ということだろう。
そこに、その日の鍛錬を終えたエールがやってくる。

「あ、エール。服変えたんにゃね! 似合ってるにゃ!」

エールはここ数日、カノンが残した魔導砲を使いこなす練習をしている。
その上達は著しく、止まっている的ならもう百発百中のようだ。
少しカノンに似たこの服装も、姉の意志を継ぐために冒険者を続ける決意表明なのだろう。

「エール嬢、頑張っているようだな」

「うにゃ。エールは凄い銃士なんだにゃ。
こんな数日で前より大型の銃を使いこなせるようになるなんて。
それに、すっごく勇敢で優しいんだにゃ。
そんなエールが、お姉ちゃんの意志を継いでこの迷宮を救う決意をしたからには放っとくわけにはいかないにゃ」

マスターは何かを決意したかのように、告げた。

「やはり……こうなったか。ダヤン――お前に渡す物がある。今晩部屋に持っていくよ」

(なんだにゃ? 勿体ぶって)

68 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:14:32.28 ID:wt65tjWd.net
その夜――ダヤンの部屋を訪れたマスターは、幾つかの品を机の上に並べた。
まずは、真っすぐな刀身のタイプの2本一組のダガー。特筆すべきはその素材だ。
何かの金属のようだが、表面が揺らめいて見える。
少なくとも一般には流通していない素材だ。
それから、一見すると棒のような形状のもの。
よく見ると、一枚の横長の紙を丸めたような形状の書物――巻物というらしい。

「これは……?」

「お前を拾う時に一緒に拾ったものだ。だから、きっとお前のものなんだろう。
それから、一緒に手紙もあったんだ」

「なんて書いてあったんだにゃ!?」

「それが……私には読めない文字で。しかも、すぐに消えてしまった」

「にゃんだそりゃ!」

ダヤンはずっこけた。一定時間で消えるハイテクなインクでも使っていたのだろうか。
考えられる可能性としては、何か重要な情報が書いてあって、
敵勢力に情報が漏れないようにするために消える仕様にしたはいいが、
残念ながら拾った人には読めなかったということだろうか。

「すまない。本当はお前が旅立つ時に渡すべきだったんだが。
渡してしまったら、お前がとんでもない戦いに巻き込まれるような気がして……渡せなかった。
冒険者ギルドは、前から迷宮内に不穏な動きがある気配は掴んでいたからな。
お前には、こんな戦いに巻き込まれることなく、無事に地上に脱出してほしかったんだ……」

「謝らないでほしいにゃ。
こっちこそ、せっかく心配してくれたのにこうなってごめんにゃ。
でも……オイラはあの町で、エールが迎えにくるのをずっと待ってたような気がするにゃ」

ダヤンはそう言って、ふわりと微笑んだ。

「勇者が迎えに来て旅立つ魔法使いならよく聞くが……銃士が迎えに来て旅立つスカウトか。こりゃ新しい!」

「にゃはは。もしかして史上初にゃ!?」

こうして、ダヤンもまた、新しい武器を使いこなすための特訓を積む。
といってもこの謎の素材、皆その正体について首を傾げたが、
今のところ軽くて使いやすいというだけで特筆すべき点は見つからない。
巻物の内容は、変わったスカウト魔法がいろいろ載っている魔導書のようだった。
不思議なことに、習ったことがないはずの言語で書かれているが、何故か読める。
といっても、急には習得できないので少しずつ習得していくことになるのだろう。
そしてまた数日経ったころ、事件は起こった。

「いけにゃい、寝ちゃってたにゃ!」

突っ伏して寝ている状態から、おもむろに起き上がるダヤン。
マスターから貰った巻物でスカウト魔法の勉強をしていたら寝てしまったようだ。
――いや、本当にそれだけか? ダヤンは僅かな違和感を感じた。
眠りに落ちる前の状況を思い起こす。

69 :ダヤン:2022/02/09(水) 02:15:35.97 ID:wt65tjWd.net
(確か綺麗な音楽が聞こえてきて……夢の中で爆発音が……爆発音!? まさか!)

本人は知る由はないのだが、エールの乱入によってオルフェウスの演奏が中断したため、
猫の敏感さを発揮していちはやく起きることが出来たのだった。
慌てて部屋の外に駆け出す。そこらじゅうに人が倒れている。

「敵襲……!? 敵はどこにゃ!?」

要人が集まって重要な話が繰り広げられている場所といえば……

「事件は会議室で起こってるにゃ!?」

ダヤンは会議室にダッシュする。
基本的に事件は会議室ではなく現場で起こっているものだが、今回は現場が会議室だった。
目に飛び込んできたのは、太い蔓に拘束され這い蹲っているアスクレピオス。
そして、敵らしきは、深緑の魔導衣と女性と青い魔導衣を纏った鷲鼻の大男。

「こらにゃー! アスクレピオスにゃんを離せにゃー!」

ダガーを抜き放ちアスクレピオスを拘束している蔓に斬りかかるも、太くて丈夫過ぎてびくともしない。

「うにゃあ!?」

別のところから伸びてきた蔓にぴしっと弾かれ、あっけなく吹っ飛んで壁に叩きつけられるダヤン。
青い魔導衣の男が「ほら言わんこっちゃない、アスクレピオス連れてさっさと帰るぞ」などと言っているのが聞こえた。

(連れて帰るって……アスクレピオスにゃんはもうオイラ達の仲間にゃよ!?)

向こう視点で言えば敵側に寝返った存在にも拘わらず”倒す”ではなく”連れて帰る”とはどういうことか。
裏切者として酷い罰を受けるか、そうでなければ洗脳再教育されるか――

「駄目にゃ……! アスクレピオスにゃんは渡さないにゃ!」

ダヤンはよろめきながらも立ち上がり、またしても蔓に斬りかかる。
その時不思議なことが起こった。ダガーの刀身に魔力が流れ込み、緋色に輝く。
なんだかよく分からないけど今度はいけそうな気がする!

「えいにゃああああああああ!!」

アスクレピオスを拘束している蔓をぶった切りにかかる!

70 :ダヤンPL:2022/02/09(水) 02:18:03.24 ID:wt65tjWd.net
>62
盛り上がってきたにゃね!
初期の雰囲気から、一般冒険者が地道にダンジョン攻略していく話かな〜と予測してたから
こんな壮大な話になってびっくりにゃけどむしろ大好物にゃバッチ来いにゃ!
もちろん今までの一般の冒険者が強いNPCの力を借りつつ……というのも新鮮で楽しかったにゃよ。
一般冒険者のダンジョンRPGのままなら使わないまま終わったであろう素性不明設定を使って
思わせぶりな感じにしてみたにゃけど結局素性不明のままで具体的な正体はまだ何も決まってないにゃ。

新しいダガーの素材は伝説の金属”ヒヒイロカネ”
ウィキペディア情報によると……
・太陽のように赤い金属とも、輝く金属とも言われる。
・驚異的な熱伝導性を誇る
この辺から連想して、魔力を通すと刀身が赤色に光って強力な魔法剣のような威力を発揮する設定にしてみたにゃ。
あと…… ・磁気を拒絶する これは是非採用にゃね!
パワーアップの方向性としては「魔法を使うスカウトって日本だったら忍者にゃ!?」ということで
適当に西洋ファンタジーナイズドされたなんちゃってNINJA路線を考えてるにゃ!

71 :創る名無しに見る名無し:2022/02/09(水) 07:50:47.10 ID:duah1DXy.net
なんか知らんが頑張れ
長文だるくて読んでないけど

72 :エール :2022/02/10(木) 20:08:23.00 ID:k3NoW12d.net
エールは心が折れそうになった。
ただでさえ強い七賢者がまだこの城砦のどこかにいるなんて。
フィアンマと名乗った少女は意地悪な笑みを浮かべていると、突如耳を手で押さえた。

「念信号じゃ。ちょっと待っとれ。ふんふん……なに?」

おそらく目の前の二人はアレイスターと同格。
不意打ちを仕掛けたところで勝てないのは彼との戦闘で証明されている。
エールは警戒したまま待つことしかできなかった。

「……誰からだったんだい。何か問題でも?」

「マーリンからじゃ。アスクレピオスを見つけたと報告がきた。
 この小娘と遊ぶのも終わりにしておこう。そろそろ行くぞ」

「まっ……待って!そんなことはさせない!」

魔導砲を構えた瞬間、フィアンマは虚空を手で薙いだ。
すると両者の間に炎の壁が生まれて、エールはその熱に思わず仰け反る。
炎が消えた時にはまやかしのように二人の七賢者は消えていた。おそらく転移魔法だ。

――時を少し巻き戻して、会議室では。
マーリンが執拗なほどアスクレピオスを批判していると、幼い猫の獣人が突っ込んできた。
仲間もいない。ああこいつ馬鹿なんだと思った。あまりに思慮が浅くてマーリンは鬱陶しそうに目を細める。

>「こらにゃー! アスクレピオスにゃんを離せにゃー!」

ダヤンはダガーを抜き放つとアスクレピオスを縛る蔓を切りにかかった。
身体だけでなく口にも蔓を噛まされ猿轡状態だ。太くて丈夫なため切断には時間を要するだろう。

「……ロープヴァイン」

マーリンがそう呟くと会議室の床から新たに太い蔓が伸びてきて、鞭の如くしなる。
蔓はダヤンを吹き飛ばし、風に飛ばされる木の葉のように壁に叩きつけた。

「ほら言わんこっちゃない。アスクレピオスを連れてさっさと帰るぞ」

青い魔導衣の男、アグリッパは終始呆れた様子だった。
マーリンは長机から降りると亜麻色の髪をかき上げながら言う。

「……そうね、反省するわ。私が悪かったみたいね」

「いやいや、理解してくれたならいいんだよ。急かして済まなかったな」

二人はさっきの一撃でダヤンの意識を奪ったつもりだった。
だが、獣人は総じて身体能力が高く人間より頑丈であることも多い。
死んだと思っていた蝉が突然動き出すみたいに、しぶとい生命力を発揮する。

>「駄目にゃ……! アスクレピオスにゃんは渡さないにゃ!」

よろめきながらも立ち上がり、短剣を構える。
マーリンもアグリッパも一流の魔法使いだ。相対すれば魔力の流れは容易に感知できる。
ダヤンの魔力が短剣に流れたかと思うと、刀身が緋色に変わる。

>「えいにゃああああああああ!!」

緋色に染まる短剣はアスクレピオスを縛る太い蔓を一太刀で切断する。
枷から解き放たれると即座に立ち上がって、マーリンとアグリッパに相対する。

「……助かった、ダヤン君。だが状況は依然悪いままだ」

73 :エール :2022/02/10(木) 20:11:49.11 ID:k3NoW12d.net
アグリッパは「わはは」とつい笑ってしまった。
この状況を打破するつもりなのが滑稽だったのだ。

「依然悪い?いやぁ……それは我々を敵対視しすぎだよアスクレピオス。
 私達は別にお前を始末しにきたわけじゃない。仲間として迎えにきてやっただけのことだよ」

「それにしては強引な手段だったと思うが。私はもう君達の下に戻るつもりはない。
 計画は歪んでしまった。同じ理想を掲げた者として、計画を止める。それが私の責任だ」

アスクレピオスは即座に言葉を返したがアグリッパは肩を竦めるだけだ。
手を翳すと虚空から木製の杖が現れる。マーリンはそれを掴んで緩く構えて言う。

「そういうとこがめんどいのよ。アンタ、頭カチカチに固いでしょ。
 言ったって聞かないじゃん?仲間なのに。私達と付き合うのはそんなに嫌だったの?」

「情に訴えかけても無駄だ。君達は精神汚染を受けている。
 程度の違いこそあれ、それは私も同じ。治すには強い『浄化の力』しかない」

どちらが正しいのか混乱しそうになるが、七賢者達は事実として精神汚染を受けている。
それは性格に影響が及ぶほどではない。だが思考を闇の欠片(魔王の意識の残滓)に誘導されている。
闇の欠片にとって都合の良い行動をするように。すなわち、知らず知らず魔王復活に加担するよう仕組まれている。

たとえその事実を告げても彼らが信じることはないだろう。
解決するには強い『浄化の力』で精神汚染を解く以外に方法はない。
弱いながらも浄化の力を行使できるアスクレピオスだけが、どうにかそれを認識できる。

「まぁいいや。話なら城に戻ってからゆっくりしましょうよ。
 もうアンタは『詰んで』いる。アスクレピオス、痛いのは覚悟しろって感じ」

マーリンが杖で床を突くと、微弱な魔力が杖を介して飛んだ。
それがアスクレピオスの身体の中に溶けたかと思うと――彼の身体を突き破って花が咲き誇った。
見たことのない、鮮やかで美しい花だった。不気味なほどに。それは内臓や血液を栄養に急激に生長していく。

突然の出来事にアスクレピオスは膝から崩れ落ちた。
瞬間、アグリッパが短距離転移を行ってアスクレピオスとダヤンの間に割って入る。
それだけではない。ダヤンの背後に二人の男女が現れたのだ。

一人は真っ赤な着物姿をした金髪の少女。
そしてもう一人は、リュートを携えた美形の青年だ。

「これは忠告だが、指一本動かさない方がいいと思うぞ。獣人の少年よ」

アグリッパは腕を組みながら軽い調子で言った。
だが真実だ。後ろの着物の少女は自分などより遥かに恐ろしい存在なのだから。
種族が人間でありながらどうやってか200年近くも生きている。不老に近い化け物である。

そしてもう一人も。非戦を好みながらその実、七賢者一の武闘派。
ひとたび戦いとなればリュートに仕込んだ剣で敵を粉々に切り刻む達人。
吟遊詩人の皮を着たおそろしい剣士なのだ。

「別に構わん。殺しはするなと言われているが、殺し以外なら何をしてもいいってことじゃ。
 これでも焼き加減の調節は得意でのう。後遺症と炎の恐怖が一生残る程度にしてやる」

「すまない。僕にはフィアンマを止める術がない。彼女は過激だからね。
 でも幼いがゆえに突飛なことをするかもしれない。ゆえに……ああ、僕にはどうしようもない」

この二人に比べれば、宮廷魔導士だった程度の自分など凡庸だとつくづく思った。
アグリッパは平穏にカタがつけばいいと考えるが、彼にできるのは少年を見張ることだけだ。

74 :エール :2022/02/10(木) 20:14:22.54 ID:k3NoW12d.net
膝から崩れ落ちたアスクレピオスは即座に治癒を開始していた。
『分解』で内側から生長する植物を除去し、『構築』で負傷を元通りに治す。

死にはしないが、裏を返せば治癒に集中する間は何もできないということだ。
それに理解できない。なぜ、魔力を飛ばしただけでこんな植物魔法を発動できたのか。

「……今日の昼ご飯は美味かった?
 さすがのアンタも常在戦場の心構えではないみたいね」

「……まさか」

昼食にマーリンが創った植物の『種』を仕込まれていたのだ。
そして飛ばされたマーリンの魔力波形に反応して一気に生長したらしい。
マーリンは倒れているアスクレピオスに近づくとその背に触れた。

「……確保したわ。任務完了って感じ」

すると、遅れてもう一人が転移魔法で到着した。ダヤンも見覚えのある人物だ。
漆黒の魔導衣に、毬栗のようなつんつん頭。冷たい真紅の瞳。
七賢者の一人。カノン消滅の原因を作ったアレイスターだ。

「……終わったのか。ただの回収任務にずいぶん手間取っていたようだが」

アレイスターは皮肉を言いながら七賢者三人に囲まれたダヤンを見る。
先日会ったカノンの妹はこの場にいないようだった。

「黙れガキ。不殺も守れない雑魚が粋がるな」

「まぁまぁ……そう怒るな。これで仕事は終わったんだから」

怒りを露にするマーリンをアグリッパが宥める。
アスクレピオスの顔に一筋の冷や汗が伝う。表情筋こそ動かさないが明確に焦っていた。
今、自分一人を連れ戻すために七賢者のうち五人がここに集まっているのだ。

しかし、それも無理のないことだった。
七賢者側からすれば敵となったアスクレピオスを放置しておくのは危険だ。
自分達の拠点である裏エリアへいつ攻め込まれてもおかしくない状況は嫌に決まっている。

「……ここにいたのっ!?ようやく見つけた……!」

そして最後に、エールが魔導砲を構えてやってくる。
しかし到着があまりに遅すぎた。全てはもう終わっていたのだ。
アスクレピオスもダヤンも身動きがとれない状況である。

「さっきの小娘か。用は済んだから私達は帰らせてもらうぞ」

「……待て。そいつも連れていく」

フィアンマは何気なくエールに別れの挨拶を言うも、アレイスターがそれを制した。
アレイスター以外の、この場にいる七賢者全員が怪訝な表情に変わる。

「ああん?なんでじゃ。命令とは関係ないであろう。相応の理由があるのだろうな」

「……熾天使のカノンと同じ力を感じるんだよ。以前会った時には感じなかったが……。
 放置しておくのは危険だ。闇の欠片を破壊されたらどうする。始末が無理なら拘束すべきだ」

「さすが神殺し、馬鹿馬鹿しい。アンタが個人的に神とか天使の類が嫌いなだけだろ。
 闇の欠片だってもう必要量の70%は集まってるし……やるなら勝手にやれ」

マーリンは吐き捨てるように言った。

75 :エール :2022/02/10(木) 20:19:48.27 ID:k3NoW12d.net
フィアンマも、オルフェウスも、アグリッパも。
他の七賢者もマーリンと同意見のようだった。もう与えられた命令自体は完了している。
彼らの使命は裏エリアにアクセスできるアスクレピオスの回収のみだ。

「まぁ……あれだな。夜までには帰ってこいよ。晩飯抜きになるぞ」

アグリッパは冗談めかしてそう言った。
藪をつついて蛇を出すようなことにならないのを祈りながら。

マーリンとアスクレピオスがまず消えると、次いで他の七賢者たちの姿も消えていく。
会議室に残っている七賢者はアレイスターだけ。相対するのはエールとダヤンだ。
アレイスターは未だ眠っている冒険者の一人を軽く蹴った。

「ここでやり合っても構わないが、邪魔な奴が多い。場所を移さないか?」

望むところだった。自分の姉が消滅した原因の相手。エールとて怒りを覚えている。
ただし、この会議室で魔導砲を全力でぶっ放したら甚大な被害が出るだろう。
エールもそれは困るので、無言で頷いた。

「この城砦の外なら心置きなく戦えるだろう。ついてこい」

そして、三人は場所を城砦の外に移す。
外は平原が広がっている。ここなら戦うのにも申し分ない。
エールは嵌めていた指輪の力で宝石内に魔導砲を格納するとひとつ質問した。

「……アスクレピオスさんを連れ戻してどうするつもりなんですか?」

「別にどうもしない。これは本当だ。姫様は奴の裏切りを許すと言っていた」

とはいえコソコソ計画の妨害をされるのは困る。だから行動の制限はする。
しばらくは裏エリアに軟禁という形になるだろうとも言った。

「……俺も別に制裁を加えたいわけじゃない。ただ分からないんだ。
 あれほど理想を語り合った仲間なのに、なぜ敵対する道を選んだのか……」

「それは貴方たちの計画が利用されているからだよ。闇の欠片に。
 欠片に残留している魔王の意識に操られてる。計画は中断するべきだと思う」

言うまでもないが、エールはアスクレピオスの話を信じている。
それは誰よりも信頼する姉のカノンがやろうとした事とも一致している。

「……証拠のない話は信じない。俺は正常だ。計画には何の問題もない」

……ひょっとしたら七賢者側にも一利あるかもしれない。確かに証拠のない話だ。
だが闇の欠片を集める以上、やはりその影響は受けざるを得ないだろう。
エールは何度か欠片に精神を汚染された者を見てきた。

彼らの人格は歪んで破滅や破壊を求めるようになっていた。
そして最後には自らをも滅ぼす道へ向かっていく。
七賢者は『闇の欠片』に利用されているだけなのだ。

ならば、恨むべきなのは『闇の欠片』そのものであって七賢者ではない。
そう考えていたら、エールの思考は徐々に冷静になっていった。
先程はアレイスターに怒りを覚えていたのになんだかもう吹っ切れてしまった。
元々、怒ったり憎んだりするのは得意じゃない。無理はするものではないのだろう。

救うだなんておこがましいことを言う気もない。
ただ、今は七賢者を止めるしかない。そのためには戦う道しかないのだ。
本来彼らが描いた夢はきっと一点の穢れもない優しい世界だっただろうから。

76 :エール :2022/02/10(木) 20:25:56.41 ID:k3NoW12d.net
――もし本当に自分の中にカノンが眠っているなら。
お姉ちゃん、ちょっとだけ力を貸してほしいと。そう願うばかりだ。

「戦いを始めよう、アレイスターさん……それが今できる唯一の方法だから!」

「いいだろう……手加減はしない。これから始まるのは一方的な蹂躙だ……!」

アレイスターはすかさず持ち前の『磁力体質』を利用して武装解除を狙った。
手を翳して磁力で武器を吸い寄せるのだ。だが、エールは魔導砲を収納して今は素手だ。
ダヤンの短剣は――素材が以前と違うのだろう。磁力が効かない。

「ならばこうするまで。マーダーライトニングッ!!」

雲一つない快晴の空が途端に曇り、暗雲が垂れ込める。
この魔法は以前見た。カノンは全て先読みで回避していたが、エールはどうか。
残念だがエールにそんな優れた力はない。だからエールは逃げた。とにかく距離を開けるためダッシュする。

アレイスターは電磁バリアを張ることができ、素手のエールでは決め手に欠ける。
有効打を与えるならやはり魔導砲しかない。そのためには磁力の有効射程外まで逃げる必要がある。

そして雷鳴が轟いたかと思うとさっき自分がいた場所に雷が落ちた。
危なかった。だが落雷はこれで終わりではない。この魔法は連続で雷を落とす。
一撃躱せばそれで終わりではない。足を止めたら終わりだ。エールは愚直に後退を続ける。

「そうはさせん。連続でいくぞ」

そして、再び雷鳴が響いた。今度はダヤン、エール両方を狙ったものだ。
雷が間断なく落ち続ける。遂に雷がエールを捉えて直撃した。

「うあぁぁぁぁっ!!!!」

地面に倒れ込んで、エールは激痛でのたうち回った。
だが生きている。本来なら掠っただけでも死ぬ威力のはず。
手加減はしないと言っていたが、殺しもしないということか。

――つけ入る隙があるなら、そこしかない。
なにせ相手は一流の魔法使いだ。エールは己を奮い立たせてなんとか立ち上がる。
魔法の糸で編まれた服のおかげで雷の威力を少し軽減できていたのだ。

「認めてやる。根性だけなら大したものだ」

だが落雷は止んでいない。アレイスターの意思ひとつで何回でも落とせる。そういう魔法なのだ。
もう一発、雷がエールに落ちた。倒れたエールはまたよろよろと立ち上がり、少しずつ後退する。

それを何度も繰り返す。やがてエールはようやく魔導砲を取り出した。
100メートルほど距離を開ければ磁力の影響も少ないだろう。
だがその頃には消耗しきっていた。片膝をつき、ボロボロの状態で虫の息。

「わ……私のことは気にしないで……私は大丈夫だから……」

「もう降参しろ。お前がどれほど苦しんでも俺の良心は痛まない」

アレイスターは無謀な戦いを続ける二人を冷たい目で見た。
しかしエールからの返事はない。意地でも戦いを続ける気らしい。
決着をつけるべく落雷の威力を再度調節して、二人に雷を落とした。



【奮闘虚しくアスクレピオスが拉致されてしまう】
【アレイスター再登場。エールも連れていくため戦闘開始】

77 :エール :2022/02/10(木) 20:57:10.06 ID:k3NoW12d.net
>>70
ありがとう!さっそくアレイスターとの戦闘に突入したから存分に暴れてねっ。
本当は地道に各階を冒険してちょっとずつインフレさせてくイメージだったんだけど……。

私の方のネタが尽きてきたから企画を畳む用のネタをスタートさせた感じ。
まぁそれもふわっと考えてたものだから、どうなるかは私にも分からない……!

一応、使うかもと思って11階〜19階の設定もある程度考えてたんだけどね……。
今は披露するチャンスがないけど、機会があればどっかで使いたいなぁ。

>>71
応援ありがとうございます!
そういえば私が一人でだらだらやってた時は1レス投下が多かったですね。
最近は話を大きく動かす機会が多くてレスが多めになってるなぁ……。
おかげでただでさえガバガバな展開がもっとガバってると思う……。

あと、今はリアル事情で時間に余裕があるんだよね。
だから無駄に早いしある程度量も書けちゃうんです。
そんなわけでダヤンは無理せずにゆっくり投下していいからね。

78 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:40:36.51 ID:ZHeO1oWe.net
アスクレピオスの拘束の解除に成功するダヤン。

>「……助かった、ダヤン君。だが状況は依然悪いままだ」

>「依然悪い?いやぁ……それは我々を敵対視しすぎだよアスクレピオス。
 私達は別にお前を始末しにきたわけじゃない。仲間として迎えにきてやっただけのことだよ」

(こっ、これは! ”俺達友達じゃないか(暗黒微笑)”と同じ香りを感じる……! 胡散臭ッ!にゃ!)

>「それにしては強引な手段だったと思うが。私はもう君達の下に戻るつもりはない。
 計画は歪んでしまった。同じ理想を掲げた者として、計画を止める。それが私の責任だ」

>「そういうとこがめんどいのよ。アンタ、頭カチカチに固いでしょ。
 言ったって聞かないじゃん?仲間なのに。私達と付き合うのはそんなに嫌だったの?」

“頭カチカチに固いでしょ。言ったって聞かないじゃん”はそのまま相手にブーメランとして投げ返してやりたい。
むしろ、長年心血を注いできた計画に狂いが生じたことに薄々気づいたとして、
皆が皆潔くそれまでの計画を変更できるわけではない。
狂いに気付かない振りをしたくなるのが人情というものだ。
その点、潔く計画の変更を主張できるアスクレピオスは柔軟性がある側で、
頭カチカチで一度決めたことを変えられないのは他の七賢者の方といえるだろう。

>「情に訴えかけても無駄だ。君達は精神汚染を受けている。
 程度の違いこそあれ、それは私も同じ。治すには強い『浄化の力』しかない」

>「まぁいいや。話なら城に戻ってからゆっくりしましょうよ。
 もうアンタは『詰んで』いる。アスクレピオス、痛いのは覚悟しろって感じ」

深緑の魔術師がアスクレピオスに魔力を飛ばしたかと思うと、彼の体を突き破って鮮やかで美しい花が咲いた。
無言で崩れ落ちたアスクレピオスの代わりにダヤンが悲鳴をあげた。

「にぎゃあああああ!?」

アスクレピオスを救出できればどうにかなるかも!?という希望的観測もあり
後先考えずに突入したものの、全くどうにもならなかった!

(しまった!アスクレピオスにゃん、「七賢者の中では最弱!」(まだ七人全員と会ってないけど多分)だった!)

というより、彼の本領は強力な浄化や回復であり、他の攻撃的な七賢者達と戦闘という土俵で比べるのがお門違いなのだろう。
そして、彼は強力な回復術を使えるので、回復する時間さえ稼いでやれば死ぬことはない。
しかし、この状況でどう時間を稼ぐと言うのか。

>「これは忠告だが、指一本動かさない方がいいと思うぞ。獣人の少年よ」

青い魔導衣の魔術師に立ちはだかられ、背後に何者かが現れる気配がした。

>「別に構わん。殺しはするなと言われているが、殺し以外なら何をしてもいいってことじゃ。
 これでも焼き加減の調節は得意でのう。後遺症と炎の恐怖が一生残る程度にしてやる」

>「すまない。僕にはフィアンマを止める術がない。彼女は過激だからね。
 でも幼いがゆえに突飛なことをするかもしれない。ゆえに……ああ、僕にはどうしようもない」

79 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:42:19.98 ID:ZHeO1oWe.net
(この人達、ヤバいにゃ……!)

まあ、こんな襲撃を仕掛けている時点で全員ヤバいのだが。
青い魔術師が、七賢者の中では相対的に常識人っぽくすら見えてきた。
声から推察して少女と青年か。いや、ロリババアと青年……!? 
声音こそ幼いものの、口調の端々にとてつもなく老獪な気配を感じる。
悔しいが青い魔術師の言葉のとおり、指一本動かさずに目線だけ動かす。
ダヤンが身動きできない間に、深緑の魔術師がアスクレピオスに近づく。

>「……今日の昼ご飯は美味かった?
 さすがのアンタも常在戦場の心構えではないみたいね」

>「……まさか」

まさか、昼食に何かを仕込んだというのか。
そうだとしたら、少なくとも今日のその時間帯にはこちらに潜入していたことになる。

>「……確保したわ。任務完了って感じ」

その時、もう一人到着する。

>「……終わったのか。ただの回収任務にずいぶん手間取っていたようだが」

カノンの仇である因縁の相手、アレイスターだ。
が、正直この詰んだ状況で敵が一人増えたところで、もう何も変わらないという感じだ。
終わった頃にノコノコやってきて何を偉そうなことを言っているのだろうか。
いわゆる、悪の組織にありがちな幹部間での無駄な煽りというやつだろう。
と、現実逃避した思考さえ思い浮かぶ。

>「黙れガキ。不殺も守れない雑魚が粋がるな」

>「まぁまぁ……そう怒るな。これで仕事は終わったんだから」

アレイスターの分かりやすい煽りに深緑の魔術師が分かりやすくキレ、青い魔術師が仲裁する。

>「……ここにいたのっ!?ようやく見つけた……!」

魔導砲を抱えたエールが突入してくるも、今更エールが来たところで、状況が好転するとも思えない。
それなら、心優しいエールにはせめて、アスクレピオスを目の前で攫われるという状況に陥ってほしくはなかった。
自分の手の届かぬところで攫われたのなら、まだ仕方なかったと思えるかもしれないから。

(エール! こにゃくてよかったのに……!)

>「さっきの小娘か。用は済んだから私達は帰らせてもらうぞ」

と、ここに現れる前にエールと遭遇していたらしいロリババア。
七賢者達はアスクレピオスを回収しにきていたのだから、目的を達して帰るのは当然だろう。
しかし、アレイスターが突然異を唱えた。

>「……待て。そいつも連れていく」

この唐突な発言には、もはや諦念に似た感情で七賢者達を見送ろうとしていたダヤンも怒りがわき上がる。

80 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:43:28.47 ID:ZHeO1oWe.net
(はあ!?
もともとそっち側だったアスクレピオスにゃんは百万歩譲って仕方にゃいとして……いやそれも駄目にゃけど!
その上エールまで連れて行くなんて何考えてるにゃ!?)

>「ああん?なんでじゃ。命令とは関係ないであろう。相応の理由があるのだろうな」

>「……熾天使のカノンと同じ力を感じるんだよ。以前会った時には感じなかったが……。
 放置しておくのは危険だ。闇の欠片を破壊されたらどうする。始末が無理なら拘束すべきだ」

>「さすが神殺し、馬鹿馬鹿しい。アンタが個人的に神とか天使の類が嫌いなだけだろ。
 闇の欠片だってもう必要量の70%は集まってるし……やるなら勝手にやれ」

緑の魔術師達が、捨て台詞を吐いて去っていく。

(なだめて連れて帰ってくれにゃいかにゃ……)

ダヤンは期待を込めて、暫定常識人ポジションの青い魔術師の方を見た。
アレイスターといえばつい先日、全く歯が立たなかった相手だ。
それから多少鍛錬したところで、どうにかなる相手とは思えない。

>「まぁ……あれだな。夜までには帰ってこいよ。晩飯抜きになるぞ」

ダヤンの淡い期待はあっさり打ち砕かれた!

>「ここでやり合っても構わないが、邪魔な奴が多い。場所を移さないか?」

その言葉に、無言で頷くエール。
まずい状況になったと焦るダヤンとは違い、エールはアレイスターとの再戦に、満更でもない様子。
それもそうかもしれない。彼は姉のカノンを実質殺したと言っていい仇なのだ。
感情的になるのも当然だ。

>「この城砦の外なら心置きなく戦えるだろう。ついてこい」

場所を外に移し、エールがアレイスターに問いかける。

>「……アスクレピオスさんを連れ戻してどうするつもりなんですか?」

>「別にどうもしない。これは本当だ。姫様は奴の裏切りを許すと言っていた」
>「……俺も別に制裁を加えたいわけじゃない。ただ分からないんだ。
 あれほど理想を語り合った仲間なのに、なぜ敵対する道を選んだのか……」

>「それは貴方たちの計画が利用されているからだよ。闇の欠片に。
 欠片に残留している魔王の意識に操られてる。計画は中断するべきだと思う」

>「……証拠のない話は信じない。俺は正常だ。計画には何の問題もない」

(正常じゃなくなった人ほど自分を正常と言い張るってどっかで聞いたことがあるようにゃ……!)

アスクレピオスが言っていたとおり、全く話が通じそうにない。
やはり、闇の欠片の影響下から脱しない限り、説得を試みるのは無駄なのだろう。

81 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:45:34.63 ID:ZHeO1oWe.net
>「戦いを始めよう、アレイスターさん……それが今できる唯一の方法だから!」

(アレイスター”さん”って……! そいつはカノンにゃんの仇にゃよ!?
どんだけ礼儀正しいんだにゃ! もしかして……そいつのこともう怒ってないのにゃ!?)

確かに、あれも闇の欠片に誘導された行動の結果だとしたら、
悪いのは闇の欠片つまり魔王であり、それに利用されて操られた者はむしろ被害者とも言える。
しかし、部外者はそう冷静に考えられても、エールはたった一人の肉親となった姉を殺された張本人なのだ。
憎んで恨んで当然だ。
ダヤンは、もしもエールがアレイスターへの復讐を誓って迷宮に残ると言ったとしても、それを否定することはできない。
そうはっきり言わないにしても、七賢者の計画を止める過程で機会があればそうしたい、
ぐらい内心思っていても何も不思議はない状況だ。
でも、エールはそうではないのだ。

(エール……君って人は……)

>「いいだろう……手加減はしない。これから始まるのは一方的な蹂躙だ……!」

「エールは渡さないにゃ!」
(カノンにゃん……どうかエールを守ってにゃ……!)

戦いの火蓋は切って落とされた。
アレイスターは、まず磁力体質で武装解除を行おうとする。
しかし、ダヤンの持つダガーは磁力に引き寄せられることはなかった。
見る限り何かの金属のようだが、磁力の影響を受けない特殊な金属なのだろう。
が、磁力体質はアレイスターの脅威のほんの一端に過ぎない。

>「ならばこうするまで。マーダーライトニングッ!!」

続いて仕掛けてきたのは、カノンと戦う時にも使っていた、雷を連続で落とす恐るべき攻撃魔法だ。
おそらく彼の十八番なのだろう。
これに対し、エールは普通にダッシュして逃げるという対処に出た。
磁力が及ばないところまで後退して魔導砲を撃つつもりだろう。

(なら! オイラの役目はアレイスターをこの場に引き留めることにゃ!)

「シャドウアバター!!」

早速、新しく覚えた魔法を披露するダヤン。
呪文を唱えると、ダヤンとそっくりな分身が何十体と現れた。
訳すと影分身――自分の立体映像をたくさん作り出す魔法だ。
どれが本物か分からなくすることで、回避率を爆上げするのが王道の用途の一つ。
といっても、高位の術士であるアレイスターに通用する保証はどこにもなかったが……
分身に次々と雷がおちて消滅していく。

(やった! 通用してるにゃ!)

少なくともぱっと見では、どれが本物かは区別がつかないようだ。
じっくり見れば分かるのかもしれないが、それより片っ端から雷を落とした方が早いという判断なのかもしれない。

>「うあぁぁぁぁっ!!!!」

後方からエールの悲鳴が聞こえた。ついに落雷の餌食となったようだ。

82 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:47:24.11 ID:ZHeO1oWe.net
「エール!」

エールがなんとか立ち上がるのを見て、ひとまず胸をなでおろす。

>「認めてやる。根性だけなら大したものだ」

そういえば、アレイスターの目的はエールの始末ではなく拘束。
七賢者達の会話から、迷宮の主から殺しはしないよう厳命されていることが伺えたので、そのためだろう。
カノンは計画にとって特に障害になるので、特別に殺すことを許されていたのだろうか。
仮にそうだとしても、そのためにエリア丸ごと吹っ飛ばしたらタダでは済まなかったような……。
カノンが命と引き換えにそれを防いだおかげで、結果的にアレイスターにとって、
甚大な被害を出さずにカノンのみ仕留めることが出来たという最も好都合な結果となったわけか。

「オイラが相手にゃ!」

ダヤンはなんとかエールから気を逸らすため、通用しないと分かりつつも攻撃に転じる。

「スカーレットブラスター!」

緋色の刀身が更に赤く輝く。
ダヤンはその刃を両手に、目にもとまらぬ速さで斬りかかった。
刀身に炎属性の魔力を込めて連続攻撃を放つ、双剣使い用の技だ。
驚異的な魔力伝導性を持つという素材の特性により、その威力は通常の何倍にも跳ね上がることとなる。
普通のモンスターなら一撃で葬り去る斬撃の連続攻撃。
しかしその全てが、当然のごとく、電磁バリアで難なく弾かれていく。
それでもダヤンは攻撃の手を緩めない。最初から通用するとは思っていないからだ。
電磁バリアを張る方にリソースを消費させ、エールへの攻撃を少しでも緩めるのが目的だ。
ちなみに、分身たちは攻撃に転じた時に消えてしまっている。
アレイスターのような高位術士ならともかく、ダヤンには魔法を二つ同時に制御することなど出来ないのだ。

「無駄なことを!」

「にぎゃああああああああああ!?」

エールと同じく雷に打たれ、倒れるダヤン。
起き上がっては、性懲りもなく斬りかかりにいく。
自分が倒れていては、全ての攻撃がエールにいってしまう、その一心で。
どれぐらいの時間そうしていただろうか。エールはついに魔導砲を取り出した。
しかし、遠目にももう虫の息に見える。

「アレイスターにゃん、もうやめてにゃ! エールが死んじゃうにゃ……!」

やはり、勝ち目なんてなかったのだ――実力差がありすぎた。最初から分かっていたことだ。

「アレイスターにゃん、アスクレピオスにゃんと理想を語り合ったって言ったにゃよね?
あなたたちは……理想の世界を描いてるんにゃよね!?
だったら約束してにゃ……! エールを連れて行っても酷い事しないって!」

83 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:49:05.07 ID:ZHeO1oWe.net
>「わ……私のことは気にしないで……私は大丈夫だから……」

勝ち目はないと悟り命乞いを始めたダヤンだが、エールは意地でも戦いをやめる気はなさそうだ。
こうなったエールはきっと、誰が何を言っても聞かないのだ。腹を括るしかない。

(エール……エールが諦めてないのにオイラが勝手に諦めたらいけにゃいよね……)

>「もう降参しろ。お前がどれほど苦しんでも俺の良心は痛まない」

アレイスターは、呆れたような様子でもう一度雷を落とそうとする。
今度こそ決着をつけるために、今までより威力を上げてくるかもしれない。
まともに受ければ今度こそ終わりだろう。

(どうするにゃ……!? そうえいえば伏せると雷が落ちないってどこかで聞いたことが……)

ダヤンは、とっさに地面に腹ばいになった。

「うにゃあああああああああ!?」

そして、普通に雷に打たれた。
確かに、姿勢を低くすると雷が落ちにくくなるのは事実だが、これは対象を狙って落とす魔法なので意味が無いのだ。
(仮にそうでなくても、地面との接地面積が大きくなって危険なので典型的なアカン例とされている姿勢でもある)
ダヤンはあっけなく気を失った。
邪魔な取り巻きが気を失ったことで、アレイスターはようやく狙いであるエール一人に集中する。
といっても、そのエールも虫の息と思われる。
アレイスターはエールを確保すべく距離を詰めていくのであろうが、すでに勝利を確信した状態。
というよりすでに戦いは終わったと思っていると言った方が正確かもしれない。
よって、特に急いで距離を詰めることもないだろう。

(ワープステップ……!)

こっそり起き上がったダヤンは、数秒にしてエールの隣に移動していた。
ワープステップ、またの名を縮地――魔法的な走法により瞬時に相手との距離を詰める技だ。
攻撃に使われることが多いのだが、このように味方のもとへ駆けつけるのにも使える。
実は気を失った振りをしてチャンスを伺っていたのだ。
攻撃に行かずにエールのもとに駆け付けたのは、下手に接敵するとエールが魔導砲を撃つ邪魔になってしまうと考えたようだ。
ところで、雷に打たれて致命的になるのは、心臓などの急所を電流が通過したとき。
立っている状態で打たれると、必然的に通過することになる。
よってアレイスターも雷を「対象に落とす」制御はしていても、まさか「電流を急所を通過させる」ところまでは意識してはいまい。
何故なら通常そこまでする必要はないから。
ダヤンは今回腹ばいになった状態で打たれたため、運よく電流が急所ではないところをスパッと通過していったらしい。
とっさのガバガバ知識が一周して結果オーライとなったのであった。

84 :ダヤン:2022/02/12(土) 20:50:04.79 ID:ZHeO1oWe.net
「エール、勝手に諦めようとしてごめんにゃ……」

ダヤンはポケットに入れていたキュアハーブを一枚取り出し、エールの手を握った。
ハーブが光の粒となってエールに吸い込まれていく。
この手の薬草は通常食べないと効果を発揮しないが、これも新しく覚えた魔法を使っている。
今回は投げてないけど“アイテム投げ”――
通常食べないといけないアイテムも当てると効果を発揮する、という原理とか考えたら負けなやつだ。
そして、エールの元に来た目的はこれだけではない。

「オイラの魔力、使ってにゃ……!」

エールの砲術は、魔力を持つ者が共に魔力を注ぎ込むことによって威力を増幅することがきできる。
ダヤンはここまでの道中でそれを知っていた。

85 :ダヤンPL:2022/02/12(土) 21:08:56.08 ID:ZHeO1oWe.net
>77
アレイスターにゃんとの再戦は結構先かにゃ、磁力が効かないのはしばらくお蔵入り設定かにゃ?
とか思ってたらまさかもう使えるとはっ!
11階〜19階も考えてたんだにゃ!?
そうにゃね〜、披露するならこの長編が一段落したら階ごとに単発企画でやるとか……
もちろんここからラストまでの間にまだ行くこともあるかもしれにゃいし。
でもかなりインフレしたから今後の舞台は裏エリアとか表にしてももっと凄い超高階層にゃのかにゃ!?

早い投下、続きが早く読めて嬉しいにゃ!
時間的に余裕があるにしても毎回がっつり話を動かして凄いにゃ〜!

86 :エール :2022/02/14(月) 00:19:57.97 ID:wYPt9aua.net
もう何度目か。数えていないが落雷が降ってくる。
エールに躱すだけの体力は残っていなかった。そのまま落雷が直撃する。

>「うにゃあああああああああ!?」

腹這いになったダヤンにもそれは命中した。エールはさすがに死んだかもしれないと思った。
だがアレイスターの威力調節は絶妙なもので、辛うじて生きている。
構えた魔導砲も手放していない。震える手で狙いを定める。

アレイスターが再度距離を詰めるまでに、せめて一発。
逆転を賭けて特大の一発をお見舞いするのだ。

――何のために?
闇の欠片に利用されている七賢者を止めるために。
それはカノンがやろうとしたことでもある。

とはいえ、エールではカノンの代わりにはなれない。
訓練生時代の成績も真ん中だったし、特別な力も何もないと言える。
現実としてアレイスターが全力で殺しにかかっていたらもう死んでいるだろう。

姉の代わりなんて最初から務まるはずがない。
エールはしょせん、ダヤンが言う通りただの銃士。一般人だ。
ただの一般人が無理をしたって滑稽なだけだ。

……でも。
エールの脳裏に思い浮かぶ、数々の人達。
無限迷宮の中だけでもたくさんの人間と出会ってきた。
その人達が蘇った魔王のせいで苦しむ姿を想像すると、胸が苦しくなる。

それだけは止めなくちゃいけない。
一般人だからとか力が無いから諦めるとかじゃなく、自分の知る大切な人達を守りたい。
その大切な人達にもまた別の大切な人達がいて、そうやって人は繋がっている。

いったいどこまでその繋がりを守れるのか、守りたいのかはエール自身にも分からない。
だが人を守りたいと思うのはおかしな事なのか?きっと誰もが願うはずだ。

だからせめて自分のできることがしたい。
今、エールを立ちあがらせる気力は、それこそが原動力なのだ。
けれどその心に反して肉体は限界を迎えている。もう、立つこともままならない。

>「エール、勝手に諦めようとしてごめんにゃ……」

遂に崩れ落ちかけたその時、魔法で瞬時に後退したダヤンがエールの手を握る。
すると重く苦しかった身体が楽になって、手の震えも収まった。
どういうわけか口から摂取してないにも関わらずキュアハーブの効果が発動したのだ。

そうだ。エールには自分を支えてくれる仲間もいる。
決して一人じゃない。今までの冒険だってそうやって潜り抜けてきた。

>「オイラの魔力、使ってにゃ……!」

魔導砲にダヤンの魔力が充填されていく。その時エールは何かを感じた。
もう一人、エールを支えてくれる人がいるのを。

「諦めるのはやめたのか。獣人、約束してやる。お前の望み通り、拘束しても危害は加えん。
 そう言ってやっても……やはり無駄な苦しみを味わいたいのか?愚かだな……」

狙っているのはおそらく銃士共通の必殺技。
荷電粒子砲を放つハイペリオンバスターだろうと読んだ。
しかし、並みの魔力保有者二人分くらいの出力ではアレイスターを倒せない。

87 :エール :2022/02/14(月) 00:22:47.07 ID:wYPt9aua.net
実際、闇の欠片を五個所持するカースドファラオを倒すのに必要だった人員が二十人。
かつて戦ったアクリーナに言わせれば七賢者は闇の欠片十個でも勝てない相手だ。
ダヤンの魔力が数十人分を賄えるほど劇的に向上でもしていない限り、
充填量が二人分になったところで残念だが焼け石に水なのだ。

「……力量に開きのある戦いほど惨めなものはない。いい加減終わりにして……」

アレイスターは途中で口を閉じた。魔導砲に充填される魔力が途端に増したのだ。
量だけで言えば自身にも劣らない程の。そして見た。エールの背から青緑色に光る翼が広がるのを。
――まるで以前戦ったカノンの生き写しのように。

「お姉ちゃん……?」

魔導砲のグリップを持つ手をカノンが一緒に握ってくれているような。
今にも倒れそうな身体を後ろで支えてくれているような。
それはエールが一瞬そう感じただけの、気のせいなのかもしれない。

気がついた時にはエールは自身の魔力が高ぶるのを実感していた。
いつの間にか背中には姉と同じように光の翼が生えている。

アスクレピオスが言っていたのはこういうことだったのだ。
カノンの力は今もなおエールに受け継がれて生きている!

「覚醒したか……!やはりお前は無視できない危険な存在だ……!」

雷鳴が響き渡ると、何発もの雷が落ちてくる。
エールは無意識に防御を考え、光の翼はそれに応じてエールとダヤンを上から覆う。
魔力によって形成される光の翼は、大気に放出されていく魔力を斥力に変換している。

その斥力によって飛行はもちろんあらゆる攻撃を防ぐことが可能。
降り注いだ雷は全て光の翼が弾き、落雷は大気に拡散する。

アレイスターは舌打ちをした。このままではまずい。
あれほどの魔力を全て攻撃魔法に変換されたら防ぎ切れるか分からない。

「波状攻撃で畳み掛ける……!サンダータスクッ!!」

落雷に加えて自らも電撃を放つ。牙の如き電気がエール達を襲う。
翼が殻のように広がってエールとダヤンを包み込む。迫る電撃を防ぎ続ける。

「今なら……いけるっ!」

魔導砲への魔力充填が完了した。
放つのはカノンの必殺技。浄化の奔流を放出する究極の一撃。
翼の殻が開き、エールはトリガーを引いた。

「これが……お姉ちゃんから受け継いだ必殺の……!
 マーシフルストリームだぁぁぁぁぁーーーーっっっ!!!!」

魔導砲から放たれた浄化の光がアレイスターを捉える。
電磁バリアが即座に展開し、彼の身を守る。

『浄化の力』というものに本来殺傷性はない。
不浄なる存在である魔物やアンデッドには特効を発揮するが、生物を傷つける力ではないのだ。

どれだけ高純度だろうと浴びてもせいぜい気を失う程度だろう。
だが戦闘で気を失ったら事実上敗北だ。生殺与奪の権を奪われたに等しい。

88 :エール :2022/02/14(月) 00:27:36.19 ID:wYPt9aua.net
電磁バリアで防ぎきれず、浄化に流されてアレイスターの身体が徐々に後退する。
エールはその時、アレイスターの身体から黒い靄のようなものが立ち昇るのが視えた。

疑問符を浮かべると同時に、なぜか頭の中に解答が浮かぶ。
あの靄こそがアレイスターを操る闇の欠片の力なのだと。
このままマーシフルストリームを命中させれば精神汚染も解けるはず。

「くそっ、一度ならず二度までも……!撤退する!!」

だが半端にアレイスターの力量が高いばかりにそれは実現しなかった。
電磁バリアに全魔力を集中してマーシフルストリームの勢いを弱めた隙に転移魔法を発動。
アレイスターは以前と同じく逃げ去ってしまったのだ。

「お……追い返せたんだ……なんとか……」

魔導砲を指輪の中に格納しながらその場に崩れ落ちる。
背に生えた光の翼も羽根のような青緑の燐光を残して消滅していく。
ダヤンが回復を行い、一緒に魔導砲を支えてくれなければ撃てなかった。
無論、相手も不殺という制約の中で戦っていたので、それが有利に働いたのもある。

「ダヤンとお姉ちゃんのおかげだよ……ありがと……」

ボロボロの状態で平原に仰向けで寝そべり、エールは意識を手放した。
半壊した城砦の門から誰かが飛び出してくる。車椅子に乗ったアーヴィングとサイフォス達だ。
他の冒険者達も眠りから目が覚めたらしい。同伴の仲間が担架を持っている。

「すまない、俺としたことが……まさか睡眠魔法に引っかかるなんてな」

「しょうがないですよ、会長以外の皆もほとんど眠っちまってたし」

気を失ったエールを医務室に運ぶ傍らで、アーヴィングは申し訳なさそうに言った。
ベッドで穏やかに眠るエールがやがて目を覚ます。僧侶の治癒魔法のおかげで怪我も完治している。

「会長さん、アスクレピオスさんは……裏エリアまで攫われました。これからどうすれば……?」

「……そうだな。これで迷宮の主のいるエリアを直接攻めることもできなくなった。
 現状では、勇者を探しながら欠片の回収を地道に妨害するしかない」

エールは布団から右手を出すと、軽く念じた。青緑の光がぼんやりと手に浮かび上がる。
『浄化の力』だ。エールは銃士である。魔導砲こそ使えるが魔法は使えない。
それがアレイスターとの戦闘の土壇場でなぜか使えるようになった。

「……きっとこれはお姉ちゃんの力です。今の私なら、闇の欠片を『浄化』で破壊できます」

七賢者の会話によれば、彼らはすでに闇の欠片を必要量の70%は集めている。
闇の欠片の全体量がいくつあって、どれだけ壊せばいいのかはエールにも分からない。

しかし、地道に七賢者の妨害を続ければ計画を遅延させることぐらいはできるはず。
今なら彼らのいる裏エリアに乗り込む方法さえあれば、回収された闇の欠片だって破壊できる。

「……まだ希望は消えてないみたいだな。なら二人に頼みたいことがある。
 50階の財宝エリアへ行くんだ。そこに闇の欠片が集まってるって情報がある」

アーヴィングいわく、昔にパーティーを組んでいた仲間からの確かな情報らしい。
その仲間と合流して50階にある闇の欠片を『浄化』で全て破壊する。それがエール達の任務だ。

「ポータルストーンも渡しておく。200階までならそれで行ける。悪いが明日には向かってくれ。
 時間との勝負だからな……できるだけ七賢者の回収を阻止しなきゃならない」

89 :エール :2022/02/14(月) 00:30:37.95 ID:wYPt9aua.net
次の日、エールは準備を整えると城砦の外でポータルストーンを起動した。
魔法陣が足下に浮かび、景色が一瞬にして変わる。気がつけば、二人は寂れた町の前にいた。

50階の拠点――黄金の町エルドラード。
『黄金』と冠してはいるが黄金の要素はひとつも見当たらない。
これには理由があって、迷宮攻略初期においては本当に純金で覆われた町だったそうだ。

だが欲深い冒険者たちによって建物の黄金は全て剥がされてしまい、見る影もなくなったという。
そうして他の階の拠点と大差ない町だけが残されてしまったのだ。

「えへへっ。なんかこういうの久しぶりだね〜。最近はずっと20階にいたから」

アーヴィングの元仲間はユリーカという女性魔法使いらしい。
派手なマゼンタの髪で、顔は良いけど金の亡者(byアーヴィング)という悪口みたいな情報を貰っている。
冒険者を探すならまず酒場だ。エールは慣れた調子で酒場に入っていく。

昼間なのを考慮しても、酒場はがらがらで人が少なかった。
迷宮が消滅すると聞いてやはり冒険者の数も減っているのだ。

タイムリミットは10年以内だが、すでに色々な階に脱出ポータルが設けられている。
元の世界に帰りたいと思っていた者達にも朗報だろう。

女性の魔法使いが一番端のテーブル席に座っていた。
目深に被ったとんがり帽子に真っ黒なローブ。木製の杖。
典型的な魔法使いといった出で立ちだ。そして、髪色はマゼンタ。間違いない。

「あ、あの〜。冒険者協会のエールです。ユリーカさんですか……?」

おずおずと魔法使いの女性に近づいて問いかける。
ちなみに、七賢者の計画を止める一員としてエールもまた冒険者協会の所属になっている。
ユリーカは目を細めてエールとダヤンを見た。綺麗なお姉さんだなぁとエールはつい見惚れてしまう。

「そうよ、私はユリーカ。貴女たちがアーヴィングの使いっぱしりってことね。
 大変ねぇ……話は聞いてるわ。それじゃあ早速『闇の欠片』のあるところまで行きましょうか」

ユリーカは立ち上がると彼女の導かれるまま町の外へと向かう。
なぜか空っぽの大袋を持って。辿り着いたのは『抱擁する洞窟』と通称される場所だ。

「この階は迷宮に巡っている魔力を利用して、金銀財宝が無限に湧くエリアになってるのよ。
 魔物たちの仕事はその財宝を守ること。この洞窟の中にも財宝守りの竜が棲んでるわ」

竜。魔物の中でも最強と謳われる存在。
エールも軍属だった頃に部隊の一員として戦ったが恐ろしく強かった。

その時に感じたのは、とても少人数で敵う相手ではないということである。
竜鱗を貫けるハイペリオンバスターしか有効打にならず集団で何度も命中させてようやく倒した。
50階ともなれば生息する魔物の強さもかなり上昇しているということなのだろう。

「だけどこの洞窟に住む竜のファーブニルはある時、闇の欠片に魅了されたみたいでね。
 冒険者が偶然持っていた欠片を集めてもう20個近く溜め込んでる。もう50階相当の強さじゃないわ」

果たして倒せるかどうか。アレイスターも本来勝てない強敵だったが、手加減のおかげで撃退できた。
今回はそんな優しさを一片も持っていない魔物が相手だ。気を引き締める必要がある。

90 :エール :2022/02/14(月) 00:33:48.79 ID:wYPt9aua.net
そうして洞窟の中へと侵入すると、さっそく三体の魔物が現れた。全身が黄金でできた巨大なゴーレムだ。
全長五メートルはあるだろうか。洞窟の天井に頭がぶつかりそうなほど巨大だ。

「出たっ。金目の魔物よ!二人ともあの個体は"確実に"やっつけなさい!
 純金製ゴールデンゴーレムの残骸は高値で売れるわ!」

指差したのは真ん中の個体。ゴールデンゴーレムはその名の通り黄金で出来たゴーレムだ。
ただその純度は個体によってばらつきがあり、金の含有量の少ない個体から純金の個体まで様々である。
一番価値が高い純金製は当然ながら金と同じ価値をもつ。

本来なら倒した後に比重や試金石などで鑑定する必要があるが、ユリーカは経験則である程度見抜ける。
このゴーレムは、純度が高い個体ほど強い傾向にあるからだ。強さを見抜けない冒険者は早死にする。
若く見えて、ユリーカもまた熟練の冒険者のようだ。

なお、金はやわらかい貴金属のため純度が上がるほど弱いのではないか?と思うかもしれない。
だがこのゴーレムは魔法の被膜を纏っているので物質以上の硬度を保てているのだ。

話を戻す。二人に指示を飛ばすと先頭を切っていたユリーカはなぜか後退した。
エールは指輪に格納している魔導砲を取り出しながら質問する。

「ユリーカさんは戦わないんですか……?」

「あぁ言ってなかったっけ。アーヴィングの奴め、説明を端折ったわね。
 私、魔法使いだけどもう魔法が使えないの。ごめんだけど戦闘はお任せしていいかしら」

そういって空っぽの大袋を担ぎなおして、ユリーカはエールの背を押す。
お任せするって言われても。なぜ魔法が使えないのかが分からない。

「な……なんで使えないんですか?ユリーカさん凄い強そうなのに……」

「そうね。魔法においては天才だったと自負しているわ……誰が呼んだかカルデアの才媛とは私のことよ。
 けれどある時めっちゃ強い巨悪と戦った時に、私は魔力を一生分"前借り"したの。だからもう魔法は使えない」

そんなこともあるんですね。ところでめっちゃ強い巨悪ってなんですか……?
エールはそれが喉まで出かかったが、向かって右のゴールデンゴーレムが拳を振り下ろしてきたので慌てて飲み込んだ。
引き撃ちの姿勢で回避するとその拳は洞窟の地面を大きく抉る。危ない、食らえば致命傷だ。

「……隙ありだよっ!」

すかさずエールはトリガーを引いて魔法を投射する。
魔導砲の『弾』のひとつ、凍結弾だ。命中箇所を氷系魔法で凍らせる。
それはゴールデンゴーレムの振り下ろした腕に着弾して、腕と地面が纏めて凍結する。

「ちぃぃっ、そいつは純金製じゃない!」

「ひぇ、ご、ごめんなさい……」

ユリーカの眼力が金の含有量を見抜く。おおよそK10(純金42%、混合物58%)だ。
ともかくこれで一体の動きを封じた。そして洞窟という狭い場所がアドバンテージに繋がる。
動けないゴーレムが邪魔で他の二体も上手く動けずにいるのだ。
攻撃を加えるなら今が絶好のチャンスだ。


【新必殺技マーシフルストリームでアレイスターを撃退する】
【闇の欠片破壊のため行動を開始する。まずは50階へ向かう】
【魔法の使えない魔法使いユリーカと一緒に金銀財宝が無限湧きする洞窟へ】

91 :エール :2022/02/14(月) 00:35:02.35 ID:wYPt9aua.net
名前:エール・ミストルテイン
種族:人間
年齢:16
性別:女
身長:152
体重:49
性格:大らか。正義感は人並み
職業:銃士
目標:魔王の復活を阻止する
能力:
砲術B……砲や銃を操る能力。高いほど正確に狙える。
体術C……徒手空拳の能力。平均的軍人と同じ能力をもつ。
魔力C……潜在する魔力量。生まれつき人並みの魔力をもつ。
算盤D……お金を回す能力。無駄遣いはしないが根っからの貧乏。
覚醒A……姉から受け継いだ能力。発動中は全能力をAにして天使の聖なる力を使える。

装備:
携行魔導砲『ブリュンヒルド』
魔力をプラズマなどの攻撃魔法に変換する投射武器。
雪のように真っ白な外観で長砲身をしている。射程も威力も一線を画する性能。
オプションの指輪に空間魔法で格納できるので持ち運び便利。

容姿の特徴・風貌:
白金の髪で顔立ちにはまだ幼さが残る。
服装は純白の軍服風ジャケットとスカート。
スカートの下はスパッツのため激しい運動も大丈夫。

簡単なキャラ解説:
北方大陸出身の銃士。無限迷宮で失踪した姉を探してやってきた。
銃士になった理由は実家が貧乏のため、軍属なら食いっぱぐれないと思ったから。
雪国育ちで寒いのには慣れているが都会をよく知らない田舎者。
冒険者ギルドを束ねる冒険者協会に所属し、魔王復活を阻止すべく戦う。

92 :ダヤン:2022/02/20(日) 19:21:54.53 ID:yG0a58BN.net
さて、ダヤンの魔力が強くなったように見えるのは、
勇者様ご一行が持ってそうな素材の武器をたまたま手に入れてしまったからだ。
当然、本人自身の魔力が急に跳ね上がったわけではない。
もちろんそれは本人も分かっており、自分が魔力の充填に加わったところで焼石に水なのは承知だ。
だから、ダヤンはただ奇跡を願った。
それは想いが力を持ち魔法が実在するこの世界においては、きっと全くの無意味ではない。

(カノンにゃん、どうか……!)

その時、エールから凄まじい魔力を感じた。

>「お姉ちゃん……?」

エールの背からは、青緑色の光の翼が生えている。

「エール! アスクレピオスにゃんが言ってた通りにゃね!
カノンにゃんが吸い込まれたの、やっぱり気のせいじゃなかったんだにゃ!」

>「覚醒したか……!やはりお前は無視できない危険な存在だ……!」

エールの覚醒を危険視したアレイスターが何発もの雷を落としてくるが、光の翼が二人を包み込むように守る。
先ほどまでよりもずっと強力なはずの雷が、難なく弾かれる。

>「波状攻撃で畳み掛ける……!サンダータスクッ!!」

アレイスターは落雷による攻撃を継続しつつ、牙のような電撃を自ら放ってきた。
それもまた光の翼によって防がれる。

>「今なら……いけるっ!」

魔力の充填が完了した。この魔力の感じは、見たことがある技だ。
エリアごと吹っ飛ばそうとしたアレイスターの暴挙から、カノンがエリアを守り抜いた時の浄化の技――

>「これが……お姉ちゃんから受け継いだ必殺の……!
 マーシフルストリームだぁぁぁぁぁーーーーっっっ!!!!」
「マーシフルストリームにゃぁぁぁぁーーーーっっっ!!!!」

微力ながら魔力の充填に参加させてもらったのをいいことに、便乗して技名を叫ぶ。

「このまま押し切るにゃぁああああ!」

>「くそっ、一度ならず二度までも……!撤退する!!」

しかし生憎、七賢者は転移魔法というチート技持ちの集団だ。
惜しくも逃げられてしまった。

「逃げるにゃ卑怯者!! もう少しだったのに……っ!」

洗脳を解けるかもしれなかったチャンスを逃し、悔しがるダヤン。
最初は勝ち目がないから帰ってくれないかな、と思っていたくせにいざ勝てそうな状況になったら強気なものである。
しかし、撃退できただけでも万々歳なことには変わりはない。

93 :ダヤン:2022/02/20(日) 19:23:23.75 ID:yG0a58BN.net
>「お……追い返せたんだ……なんとか……」

エールのその言葉に我に返り、追い返せただけでも大金星なことを改めて認識する。

「あ……そうみたいにゃね……」

>「ダヤンとお姉ちゃんのおかげだよ……ありがと……」

「諦めなかったエールの勝利にゃ。
奇跡は最後まで諦めなかった者だけに与えられるんだにゃ……! にゃーんて……」

その何かの伝説から引用してきたような台詞をエールが最後まで聞いたかどうかは分からない。
言い終わる頃には気を失ってしまっていたからだ。

「エール!? しっかりにゃ……!」

身長の関係で引きずるようにはなってしまうが、頑張って本部まで連れて行こうか、などと考えていた時だった。
アーヴィングやサイフォス達が来てくれた。

>「すまない、俺としたことが……まさか睡眠魔法に引っかかるなんてな」

>「しょうがないですよ、会長以外の皆もほとんど眠っちまってたし」

ついでにマスターも来ていた。

「何を隠そう、私も爆睡していた!」

「ドヤ顔で言うことじゃにゃいにゃ!」

何はともあれ、エールは医務室に運ばれて治療され、ダヤンも怪我の治療を受ける。
エールは無事に目を覚ました。

>「会長さん、アスクレピオスさんは……裏エリアまで攫われました。これからどうすれば……?」

>「……そうだな。これで迷宮の主のいるエリアを直接攻めることもできなくなった。
 現状では、勇者を探しながら欠片の回収を地道に妨害するしかない」

エールは、青緑の光を手に浮かび上がらせて見せた。

「すごいにゃ! 普段から制御できるんにゃね……!」

>「……きっとこれはお姉ちゃんの力です。今の私なら、闇の欠片を『浄化』で破壊できます」

>「……まだ希望は消えてないみたいだな。なら二人に頼みたいことがある。
 50階の財宝エリアへ行くんだ。そこに闇の欠片が集まってるって情報がある」
>「ポータルストーンも渡しておく。200階までならそれで行ける。悪いが明日には向かってくれ。
 時間との勝負だからな……できるだけ七賢者の回収を阻止しなきゃならない」

「今日のうちに入念に準備をするにゃ」

94 :ダヤン:2022/02/20(日) 19:25:24.63 ID:yG0a58BN.net
ダヤンは50階行きに備え、アイテムショップに行って薬草を補充するのであった。
薬草の入った大きな袋を持って帰ってみると……マスターがこんなことを言い出した。
取りい出したるは、一見何の変哲もない二つの袋。

「私が冒険者時代に使っていたとっておきのこれをプレゼントしよう! 今流行りのエコバッグ!」

「一つでいいにゃよ?」

「甘―い! こっちが超軽量エコバッグとこっちが大容量エコバッグ!
二つ重ねて使うとあら不思議! 超軽量で大容量!」

通常一つ20000メロのところを今なら二つセットで20000メロ!
今から10分間受付を増員してお待ちしております! とか言い出しそうなノリだ。
ダヤンはとりあえず有難く貰っておいた。
アレイスターとの戦闘中に起こったことを話してみたところ、
謎の双剣の素材は、ヒヒイロカネという伝説の素材と特徴が一致するらしかった。

次の日、ポータルストーンで50階へと向かう。
黄金の町エルドラード、というらしいが、見た目は寂れた普通の町だった。

>「えへへっ。なんかこういうの久しぶりだね〜。最近はずっと20階にいたから」

「ここが黄金の町で合ってるにゃ……? にゃんだか地味にゃね!?」

これには理由があり、最初は本当に黄金で覆われていたが、引っぺがされて無くなってしまったそうだ。
早速、アーヴィングの元仲間を探す。

>「あ、あの〜。冒険者協会のエールです。ユリーカさんですか……?」

(美魔女……!)

多分これは単に美しい魔女という意味であり、それ以上の意味はない。
見た目は若いが冒険者協会のトップになるほどの実績を積んでいる者の元仲間という事実を考えると、
それ以上の意味にも取れてしまうかもしれないが。
とにかく、彼女は見るからに典型的な魔女で、そして美人だった。

>「そうよ、私はユリーカ。貴女たちがアーヴィングの使いっぱしりってことね。
 大変ねぇ……話は聞いてるわ。それじゃあ早速『闇の欠片』のあるところまで行きましょうか」

「冒険者協会所属の”魔法斥候(メイジスカウト)”のダヤンにゃ。よろしくお願いしますにゃ」

ドヤ顔で自己紹介するダヤン。
冒険者協会所属となったことで”冒険者という名の町の自警団員”から脱却し、肩書がついたのだった。
冒険者協会所属の冒険者は、冒険者としての特性を現すクラスが与えられるのだ。
メジャーどころでは戦士、魔法使い、斥候、司祭。更に、魔法戦士や魔法斥候といったその複合クラス。
エールの元々の職業と同じ名の、魔導砲や魔導銃を扱うクラスである”銃士”も存在するし、
変わり種では商人や羊飼いといった「それ本当に冒険者なのか!?」とツッコみたくなるようなものある。
閑話休題―― 一行はユリーカの案内で、『抱擁する洞窟』と呼ばれる場所にやってきた。

95 :ダヤン:2022/02/20(日) 19:26:52.92 ID:yG0a58BN.net
>「この階は迷宮に巡っている魔力を利用して、金銀財宝が無限に湧くエリアになってるのよ。」

「金銀財宝が無限に湧く……!? めっちゃいいにゃ」

目をキラキラさせるダヤン。
特に金の亡者ではなくとも、金銀財宝が無限に湧くと言われたら大体の者は心ときめくだろう。

>「魔物たちの仕事はその財宝を守ること。この洞窟の中にも財宝守りの竜が棲んでるわ」

「竜……世の中そんなに上手い話はないにゃね……」

急上昇したテンションが一気に急降下する。

>「だけどこの洞窟に住む竜のファーブニルはある時、闇の欠片に魅了されたみたいでね。
 冒険者が偶然持っていた欠片を集めてもう20個近く溜め込んでる。もう50階相当の強さじゃないわ」

(アーヴィングにゃん!? にゃぜ二人だけで来させた!?)

闇の欠片が集まっているここは、おそらく攻略すべき最重要ポイントの一つ。
最終的に闇の欠片を浄化するのはエールにしかできないにしても、重点的に人員を投入してもよかったはずだ。

(あっそうか……! ユリーカにゃん一人いれば百人力ってことにゃね!)

都合の良い希望的観測に着地した!
洞窟内へ侵入すると、全身が黄金でできた巨大なゴーレムが現れた。

>「出たっ。金目の魔物よ!二人ともあの個体は"確実に"やっつけなさい!
 純金製ゴールデンゴーレムの残骸は高値で売れるわ!」

「そっち!?」

ユリーカはとても死線に赴くとは思えない事を言っている。
純粋に目の前のゴーレムだけ見ても、値打ちよりもその巨大さや脅威に目が行くのが普通だろう。
ダヤンはこれを自信の表れだと解釈し、「ユリーカは超強い」という勘違いを更に強化していく。
ダヤンはキラキラした目で、ユリーカの魔法が炸裂するのを期待した。
しかし先ほどまで先陣を切っていた威勢はどこへやら、ササッと後退するユリーカ。

「えっ」

>「ユリーカさんは戦わないんですか……?」

>「あぁ言ってなかったっけ。アーヴィングの奴め、説明を端折ったわね。
 私、魔法使いだけどもう魔法が使えないの。ごめんだけど戦闘はお任せしていいかしら」

「にゃぁああああああああ!?」

場に衝撃が走った!

>「な……なんで使えないんですか?ユリーカさん凄い強そうなのに……」

>「そうね。魔法においては天才だったと自負しているわ……誰が呼んだかカルデアの才媛とは私のことよ。
 けれどある時めっちゃ強い巨悪と戦った時に、私は魔力を一生分"前借り"したの。だからもう魔法は使えない」

96 :ダヤン:2022/02/20(日) 19:27:58.32 ID:yG0a58BN.net
(えーと、じゃあその杖は……肉弾戦用もとい護身用……?)

ユリーカは超凄い魔法使いだった、ということと今はそれに期待できないということが同時に分かってしまった。
魔力を一生分前借り、という芸当自体、並の魔法使いに出来ることではないだろうから。
もしかしたらアーヴィングもその時に、車椅子になる原因となる怪我を負ったのだろうか。
色々と聞きたいことがあるが、今は戦闘中だ。

>「……隙ありだよっ!」

エールは凍結弾でゴールデンゴーレムの腕を地面に凍りつかせ、動きを拘束する。

>「ちぃぃっ、そいつは純金製じゃない!」

>「ひぇ、ご、ごめんなさい……」

ファインプレーのはずなのに何故か怒られている……。
それはさておき、でかいのは基本的には戦闘において有利だが、常にそうとは限らない。
一匹変な姿勢で地面に縫い留められて動けなくなったことで、他の二体も動きが著しく阻害されることになった。
巨大なゴーレムは身動きが出来ない状況でも、人間サイズのダヤンにとっては全くそんなことはない。

「スカーレット・ブラスター!」

碌に動けないゴーレム達の足元を走り回りながら、炎属性の魔力を込めての連続攻撃を放つ。
ダヤンの剣のほうが金よりも断然固い素材のため、ゴリゴリ削れていく。
そうしているとゴーレムの一匹が意外とあっさりと轟音を立てながら倒れ、金塊の山となった。
金の純度が低かったものと思われる。

「ええいっ、本命はもう一体のほうよ!」

またもユリーカの檄が飛ぶ。残る一体は純金製――そう簡単にはいかないだろう。

「エール! こいつ転ばせようにゃ!」

そこで、エールに持ち掛けた。
上半身がごつくて重心高めのゴーレムの体形から予測するに、転んだら起き上がるのは大変そうだ。
ゴーレムが巨大なので上の方を狙って撃てば、足元を走り回っているダヤンが巻き込まれることもない。
ダヤンは今までと同じように連続攻撃の素振りを見せた後、わざとゴーレムの足元で動きを止める。
案の定ゴーレムはダヤンを踏みつぶさんと足を振り上げてきた。

「今にゃ!」

足を振り上げた瞬間に上半身に砲撃をぶち当てれば転ぶのではないかという単純な作戦。
もちろん、仮にうまくいかなくても大人しく踏みつぶされる予定はない。
ぺしゃんこになる直前でその場から離脱するだけのことだ。

97 :ダヤン:2022/02/20(日) 23:16:56.98 ID:yG0a58BN.net
名前:ダヤン
種族:見る限り獣人族猫種
年齢:不詳、外見11歳程度
性別:男
身長:145
体重:45
性格:猫っぽい
職業:魔法斥候(メイジスカウト)
目標:魔王の復活を阻止する
能力:
短剣術C+α:ダガー二刀流で戦う。+αは装備品(後述)による補正分。
軽業C:猫なので。
魔力C:標準的な魔力を持っていると思われる。
スカウト魔法C+α:元々目くらまし、鍵開けなどの便利魔法を少々使えたが
          謎の巻物を手に入れたため、今後更に増えていくと思われる。
薬草使い:薬草を特産品とするエヴァーグリーンに育ち、大量の薬草を持ち歩いている。
     (所持さえすれば誰でも使えるのでランク対象外)

装備:
・緋色の双剣(正式名称は分からないが便宜上こう呼ぶ)
マスターがダヤンを拾った時に一緒に拾ったもの。
伝説の金属ヒヒイロカネで出来た双剣。とても軽くて硬く、磁気の影響を受けない。
強力な魔力伝導性を持ち、魔力を通すと刀身が赤く輝き強力な威力を発揮する。
特に炎属性と相性が良く、炎属性のエンチャントをかけると効果が何倍にも跳ね上がる。

・謎の巻物
マスターがダヤンを拾った時に一緒に拾ったもの。
色々なスカウト魔法が記された書物。謎の言語で記されているが、ダヤンは何故か読める。
ロールスクリーン状に両側で巻き取れるようになっており、
下部には場所の目安のページ番号のようなものも記され任意の場所が読めるようになっていて便利。
ダヤンは何日か読んだだけでいくつか魔法を習得していたが、詳細な習得条件は不明。

・超軽量エコバッグ&大容量エコバッグ
マスターから貰ったもの。二つ重ねて使うとあら不思議! 超軽量で大容量!
中には各種薬草がたくさん入っている。

容姿の特徴・風貌:
灰色の毛並みの猫耳猫尻尾、銀髪の少年。20階で微妙に装備更新。
頭:忍者ハチガネっぽいデザインのヘッドギア
上半身:シャツの上にショートジャケット
下半身:ジーパン(すぐダメージジーンズになる)
足:足音が少ない消音ブーツ

簡単なキャラ解説:
物心つく前に1Fの拠点エヴァーグリーンの冒険者の店のマスターに拾われ、
冒険者という名の町の自警団員として生計を立てていた。
そこにやってきたエールと出会い、何かを感じたらしく共に旅立つ。
最初は地上への漠然とした憧れから旅立ったが、あれよあれよという間に
魔王復活を阻止するための戦いに身を投じることになった。
マスターに拾われた時に一緒に手紙があったらしいが、謎の言語で書いてあり
読めないまま消えてしまったらしく、素性は謎に包まれている。

98 :エール :2022/02/25(金) 18:22:30.87 ID:F0+ZD3qZ.net
動きを制限されるなか、ダヤンが軽快に走り回りながら短剣で切り裂く。
新しい短剣はとてつもない切れ味のようで、ゴールデンゴーレムを容易に倒してしまう。
だが、その個体はユリーカが所望する純金製ではない。

>「エール! こいつ転ばせようにゃ!」

上半身を狙って攻撃すればバランスを崩して倒せそうだ。
しかもお誂え向きにゴーレムはストンピングでダヤンを踏み潰そうとしている。

転ばせるのに適切なのは『誘導弾』あたりだろう。
魔力を感知して自動追尾する爆裂魔法のことである。

爆発の衝撃があれば頑丈なゴールデンゴーレムだって転ぶはずだ。
ただ、今回は上半身に必ず命中してほしいので手動で狙うことになる。

「誘導オフ、距離算出、火力調整……よし、発射っ!」

魔導砲のトリガーを引くと緑の光が尾を引いてゴーレムに迫る。
そして、それは上半身に着弾して派手に爆発した。
ダメージは少ないようだがちょうど足を上げたタイミングだったので重心が後ろへ傾く。

「いよしっ! そのまま転んじゃえっ」

純金製ゴールデンゴーレムは派手に転倒した。思わずガッツポーズを決める。
倒れた震動で洞窟内に堆積していた土埃がぶわっと舞い上がる。

「もうちょっとスマートに戦えないの?服が汚れるじゃない」

ユリーカはそう愚痴りながらローブについた埃を払う。
動きを止めた今なら一気にとどめを刺せる。エールは心の中で強く念じた。

(お姉ちゃん……力を貸して!)

そう願うと、背中には青緑に輝く光の翼が生えた。
ユリーカはエールに内在する魔力の絶対量が一気に増したのを感知した。
そして眉を寄せる。これはきっと人間の力ではない。

「ちょっ……全部消し飛ばすとかはなしよ。
 なるべく原形を残して倒さないとお金にならないわ……!」

「分かってます。なるべく加減して倒しますから……!」

エールは姉の力を引き出した状態を『エタニティモード』と命名している。
何が永遠なのかは命名した本人もよく分からない。完全に語感でしかない。

ともあれ、浄化の力を放つべく魔導砲に魔力を充填していく。その時だった。
エールは激しい頭痛に襲われ、前後不覚に陥った。光の翼が羽根の燐光を残して消滅する。
魔導砲を地面に落とし、その場にうつ伏せで倒れる。

「うう……あぁぁぁぁ……!!痛い、痛いっ……!」

「大丈夫……!?ダヤンだったわね!そいつはあなただけで倒しなさい。
 あのアーヴィングが認めた、協会の冒険者ならそれぐらいできるでしょ!」

大袋を担いだままエールに駆け寄り、ユリーカはエールの容態を診る。
状態は魔法を酷使した時に近い。魔法というのは絶大な想像力と集中力を要する。
つまり、想像力を司る脳の前頭葉に著しい負荷がかかるのだ。

99 :エール :2022/02/25(金) 18:26:12.10 ID:F0+ZD3qZ.net
魔法の使い過ぎで魔法使いは時に動けなくなるほどの頭痛に襲われる。
最悪のケースでは負荷の影響で精神崩壊を引き起こすことすらあるのだ。

ともかくエールがこんなことになったのは、おそらく人間の身を超えた力を使おうとしたから。
以前この力を行使した時の疲労が抜けておらず、このタイミングで限界が来たということだろう。

だが、それが分かったからといってユリーカにできることはない。
彼女には魔力がないから魔法は使えない。いや――実を言うと使う方法はある。
だから杖を持っているのだが、僧侶ではないので治癒魔法の心得がない。

どっちにしても今ユリーカにできるのはエールを抱えて後退し、自然に回復するのを待つことだけ。
両足を持ってずるずる逃げていると、凍結弾で身動きを封じていたゴーレムが動き出した。
動く方の片腕で、凍結箇所を何度もぶん殴って氷をかち割ったらしい。

そして、純金製のゴールデンゴーレムも起き上がろうとゆっくり上半身を起こしている。
二対一の状況になったら強くなったダヤンでも少し面倒な事態になるだろう。

「あっ、気をつけて。動ける方のゴールデンゴーレムが何か仕掛けてくるわ!」

右腕を軽く引くと、前へと突きだす。
すると前腕が分離して大質量の右拳が"飛んだ"のだ。
それは足元をちょろちょろと動き回っているダヤンを正確に狙っていた。


【純金製ゴールデンゴーレム転倒。起き上がるのにしばらく時間がかかります】
【エール、光の翼を生やして『エタニティモード』になるもあまりの負荷に倒れる】
【凍結で動きが止まっていたゴーレムが動き出す。ロケットパンチでダヤンに攻撃】

100 :ダヤン:2022/02/27(日) 18:03:15.39 ID:0njeZJV/.net
>「誘導オフ、距離算出、火力調整……よし、発射っ!」

エールの魔導弾が見事にゴールデンゴーレムの上半身に着弾する。

>「いよしっ! そのまま転んじゃえっ」

狙い通り、純金製ゴールデンゴーレムはド派手に転倒した!

「やったにゃ……!」

>「もうちょっとスマートに戦えないの?服が汚れるじゃない」

(小姑かにゃ!?)

自分は戦わないのに文句だけ言っているユリーカに、
もしも口に出したら大変なことになりそうなツッコミを心の中で入れる。
このまま勝負をつけるつもりだろう、エールは光の翼をはやす。

>「ちょっ……全部消し飛ばすとかはなしよ。
 なるべく原形を残して倒さないとお金にならないわ……!」

>「分かってます。なるべく加減して倒しますから……!」

(律儀……!)

普通ならいやもうお金とか言ってる場合じゃないじゃん!と思いそうなところだが、流石エールだった!
もちろんそれは、今の自分なら加減して倒すという芸当が出来ると言う自信に裏打ちされたものなのだろう。
そう思い、エールが魔導砲を撃つ邪魔にならないように下がって見ていたダヤンだったが。

>「うう……あぁぁぁぁ……!!痛い、痛いっ……!」

エールは突然激しい頭痛に襲われたようで、前後不覚に陥りうつ伏せで倒れた。

「エール!?」

>「大丈夫……!?ダヤンだったわね!そいつはあなただけで倒しなさい。
 あのアーヴィングが認めた、協会の冒険者ならそれぐらいできるでしょ!」

魔力は魔法の威力の強弱などに関わってくる力だが、
どれぐらい魔法の使用に耐えうるか、というのは魔力とはまた独立した能力値だ。
魔法の連続使用に限界があるのは、医学的には魔法の使用は脳の前頭葉に著しい負荷がかかるためらしい。
もちろんダヤン含む医学の知識が無い大部分の人はそんな難しいメカニズムは知る由もないが、
経験的に、魔法がどれぐらい使えるかの許容量があること自体は一般に知られており
その要素を示す能力値の名称としては精神力(メンタルパワー)や精神点(メンタルポイント)、
あるいはどちらもひっくるめて略してMPなどと呼ばれている。
元気な状態の時の最大値を最大MP、現在の残量を現在MP、
ある魔法を使う時に必要なMPを消費MP、などと言ったりする。
そしてそれは、魔力とは独立した要素なので、相関関係はあるものの必ずしも比例しない。
魔力はバカでかいのにMPが雀の涙の一発屋とか、逆に魔力は米粒なのにMPは有り余る宝の持ち腐れも存在する。
前置きが長くなったが、エールの症状は、精神力は据え置きのまま、
転生者レベルの強力な技(強力な魔法は総じて前頭葉への負荷すなわち消費MPが高い)
を習得してしまったことによる弊害と思われた。

101 :ダヤン:2022/02/27(日) 18:05:20.26 ID:0njeZJV/.net
>「あっ、気をつけて。動ける方のゴールデンゴーレムが何か仕掛けてくるわ!」

右腕を軽く引いているが、おおかたパンチの予備動作だろう。
この距離なら楽勝で避けれる、とたかをくくっていたダヤンだが、
前へと突き出された瞬間に腕が胴体を離れ、ぶっ飛んできた。

(――そんなんアリ!?)

「にゃふっ!!」(フライアウェイディフェンス――!)

予想外の展開に回避は間に合わないと悟ったダヤンはとっさに、
衝撃を運動エネルギーに変換する特殊な受け身を取った。
分かりやすく言うと、ダメージを軽減する代償に派手に吹っ飛ばされる。
ところで、大きい括りで魔法と言われるものの中には、純然たる魔法と、
魔力と身体的技能の合わせ技が存在し、後者は魔技と呼ぶこともあるようだ。
ダヤンの場合、スモークボムやシャドウアバターが前者、
スカーレットブラスターや縮地、今回のフライアウェイディフェンスが後者にあたる。
ダヤンが魔法を連続使用しても割と平気そうなのは、魔技は純然たる魔法よりMP消費量が低い傾向があるためだろう。
あるいは、今のエールとは逆で魔力はさほどでもないが最大MP高めのタイプなのかもしれない。

「あいたたにゃ……にゃあああああああ!? それは駄目にゃ!」

話を元に戻すと、ダヤンはとっさの受け身により大ダメージは免れたものの、エール達より後ろまで吹っ飛んでしまった!
見れば動ける方のゴーレムが、残った左腕でエール達に襲い掛かろうとしているではないか。
しかし状況がよく見えるという点ではいったん後ろに飛ばされたのは悪い事ばかりではなく。
丁度純金のゴーレムが起き上がりかけていて、いい感じに純金じゃないゴーレムの上に登れそうな構図になっていた。

「させにゃいっ!」

縮地で距離を詰めつつ起き上がりかけている純金製ゴーレムを足場にし、右腕の無いゴーレムの肩の上に乗る。

102 :ダヤン:2022/02/27(日) 18:07:53.88 ID:0njeZJV/.net
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!」

そして顔を攻撃しまくった!
ゴールデンゴーレムの顔は魔力の光で目のような物が一応表現されているのだが、結局は全身金。
どこまで効果があるかは未知数だったが、しっかり嫌がってくれたようで、左腕でダヤンを振り払おうと奮闘する。
しかし悲しいかな、ゴーレムは文字通り体が硬いので、少し右の方に逃げられたら届かない!
相手の攻撃範囲外のいい立ち位置を見つけたダヤンは容赦なく連続攻撃を加えていく。
飛ばした右腕は時間が経てば再生するのかもしれないが、すぐにはしないということだろう。
こうして純金じゃない方のゴールデンゴーレムその2は珍妙な盆踊りをしている間にダメージが蓄積し、敢え無く金塊の山(※純金じゃない)と化した。
さて、残るは純金製だが――
当初ユリーカは純金製を倒す(倒させる)気満々だったが、状況が変わり、エールが戦闘不能になってしまった。
一方ゴーレム側から見ても、仲間二体がやられたので、これ以上積極的には襲ってこない可能性もある。
(仲間意識が強いと仇を討とうと凶暴化したり、あるいは知能が低いと特に何も考えずに襲ってくるパターンも普通にあるが)

(えーと、純金製……どうしようかにゃ)

ダヤンはちょっと一瞬純金製ゴーレムの出方を見てみることにした。

103 :エール :2022/02/28(月) 17:47:39.82 ID:RQjjXi7x.net
一般的に魔法は『想像力に反応する性質を持つ、魔力を自在に操る技術』と定義する。
どの世界の出身であれ、正規に魔法を習得した者ならおおよそ同じ教えを受ける。
そして高度な魔法ほど魔力はもちろん想像力と、それに伴う集中力を要求される。

そのため魔法の行使には想像力を司る脳の前頭葉に負荷がかかるのだ。
使い過ぎると時に頭痛という症状となって現れ、最悪のケースで精神を壊す。

本来なら測定困難な、知的生命に与えられた『想像力』という能力。
魔法使いを志す者は様々な手段を用いてこの想いの力を磨いていくわけである。

さて一部ではこの『脳への負荷にどれだけ耐えられるか』を数値化する集団もいるようだ。
星の数ほどの世界が存在する多元世界においては、そんな人もいるのだろう。

元々、魔法は理論に正解のない分野である。
それを免罪符に誤った考えで我が道を行く者もまた、星の数ほどいる。

その者達は負荷の許容量をメンタルポイント、メンタルパワー、略してMPなどと表現するそうだ。
少なくとも、エールのいた地上では耳にしない概念だった。
そもそも自身の能力を数値化するという考え方自体がない。

ともかく、その考えに従えばエールのメンタルポイントは一般人並み。
魔法使いに必要な平均的メンタルポイントから言えば低い方にあたる。
そんな人間が人の身を超えた魔法を使えてしまうのだ。その負荷は推して知るべしだ。

エールは脳が割れそうな頭痛に苦しんでいた。
ユリーカにも同様の経験はあったので、辛さはよく分かる。

>「あいたたにゃ……にゃあああああああ!? それは駄目にゃ!」

分離した腕に吹き飛ばされたダヤンはエールたちより遥か後方に着地する。
慌てて縮地で距離を詰めながら顔を攻撃し続けている。
やがて、ゴールデンゴーレムの二体目は力尽きて崩壊する。
残るは純金製のみ。

野生の魔物ならともかく、この階の魔物は財宝を守る役割が与えられている。
つまり、たとえ不利だろうが敵を倒すまで戦いを止めることはない。

「う……うぅ……」

エールは頭を抑えながら魔導砲を拾って立ち上がる。
霞む視界の中で、なんとか狙いを定めようとする。

「やめなさい。今のあなたじゃ役に立たないわ」

「ま……魔導砲を使うだけなら大丈夫です。負荷はかかりません」

と、言っても頑丈なゴーレムだ。プラズマ弾では致命打になるかどうか。
ここは竜鱗をも穿つ荷電粒子砲、ハイペリオンバスターしかあるまい。
だが今の状態だと外す可能性もあるし、使用後には魔力が尽きる。

「ったく、しょうがないわね……今から勿体ない使い方するわよ」

懐からオーブを取り出すと、杖の先端に設けられた穴に嵌め込む。
オーブには魔力が蓄積されている。金を払って他の魔法使いなどに魔力を分けてもらったのだ。
一個で平均的魔法使いと同じ魔力量を貯めている。

104 :エール :2022/02/28(月) 17:50:20.38 ID:RQjjXi7x.net
杖を構えて、ユリーカは一方的に宣言する。

「エール、あなたの寿命をちょっとだけ縮めるわよ」

「え……?」

杖に嵌めたオーブが光り輝くと、エールの身体に燐光が降り注ぐ。
すると頭痛は嘘みたいにすっかり消えて、ユリーカの杖に嵌ったオーブも光を失う。

「はぁ……疲れた。これであなたの脳にかかった負荷は自然回復したはずよ」

「すごい……治りました。ユリーカさん……治癒魔法が使えたんですか?」

「いんや。しいて言えば荒療治……ってとこね」

魔力が空になったオーブを捨てかけて、もったいないから懐にしまう。
魔法使いというのは想像力を鍛え、あるいは理論を構築する過程で必ず『偏り』が生じる。
その人物の性格、嗜好、考え方。様々な要素が折り重なって、習得する魔法に得手不得手ができてくる。
だから魔法使いはそれぞれ専門分野を見出して突き詰めていくことが多い。

「私の魔法は『時間』。あなたの身体の時間を加速させて自然治癒を早めたわ。
 だから治ったのよ。まぁ、寿命も数日くらい縮んだでしょうけど」

「な、なるほど……おかげで助かりました」

「私の魔法は負担が大きいうえに魔力の燃費が悪いからあんまり使わせないで。
 こんなことでいちいち時間魔法を使ってたらオーブのストックも切れちゃうでしょ」

「は、はい……ごめんなさい……」

しかし、そんな凄い魔法が使えるとは。ただものではない。
アーヴィングの元仲間は思っていた以上に能力の高い人物のようである。

「ともかく……これでいけるっ!」

純金製もいよいよ起き上がって戦闘態勢に入っている。
エールは再び光の翼を広げて、エタニティモードとなる。
しかし全力全開で力を使ったらすぐ脳に限界が訪れるだろう。

そこで最初にやろうとした通り、可能な限り力を抑えて浄化の力を放った。
放つのも膨大な浄化の光を放つマーシフルストリームではなく。
――もっと弱い『浄化弾』を。ゴーレムの頭に狙いを定めて発射する。

「……よしっ!絶妙な調整っ!」

たぶんこれなら脳への負荷も少ない。
そして、なるべく原形を残して倒すというオーダーも守れる。
浄化弾は純金製の頭を吹き飛ばし、首のない金塊となって沈んでいく。

「先が思いやられるわね。最深部の竜はこんなもんじゃないのに」

金塊と化したゴールデンゴーレムを眺めながらユリーカはエールの背中を叩く。
持参してきた大袋に詰め込むにはでかすぎる。後で要回収だ。
他の不純物の混じっている方とごっちゃにならないよう気をつけなければ。

「そうですよね……すみません」

考えが甘かった。アレイスターを追い払えるほどの力を手に入れて浮かれていたのかもしれない。
自分はまだまだ弱いのだ。姉から受け継いだ力に頼るばかりでは目的を果たせない。

105 :エール :2022/02/28(月) 17:52:15.63 ID:RQjjXi7x.net
そしてユリーカは再び先頭を切って洞窟の中へ進んでいく。
辿り着いたのは一際巨大な空間だった。小さいが青天井になっている箇所があり陽光が降り注いでいる。
そして、周囲には山のように金銀財宝や宝箱が散乱していた。

金の亡者であるユリーカとて財宝に目が眩んで迂闊に近寄ったりはしない。
なぜなら目の前に緋色の鱗をもった、巨大な竜が財宝の山の上に鎮座していたからだ。

「ユリーカ……また貴様か。ここは我が領域。何度も土足で踏み入るなコソ泥が」

威厳のある重たい声で竜は喋った。
ユリーカは罵倒も気にしない様子で啖呵を切った。

「闇の欠片に魅入られたトカゲ野郎が図に乗るんじゃないわよ。
 今日は財宝集めにきただけじゃないのよ。あなたを永遠に葬り去るためにきたんだから」

「……なんだと?冗談はやめろ小娘、魔力のない貴様に何ができる?」

財宝守りの竜、ファーブニルは琥珀のように透明な瞳でユリーカを睨みつける。
尋常ではない殺気。エールは魔導砲を指輪から召喚して臨戦態勢に入った。

「ふん、やるのは私じゃないわ。元仲間が見込んだこの二人が!あなたを滅ぼすのよ!」

ささっと後ろに後退しつつ、エールとダヤンの背中をバンッと押した。
ファーブニルはげらげらと笑いだして、その巨体とは相反する身軽な動きで財宝の山から降りた。

「はははは……!そんな幼い子供二人がか?冗談はやめろと言ったよな?」

「私、冗談とか好きじゃないから。本気も本気よ。さぁバトル開始よ、やってあげなさい!」

ぱんっ、と手を打ってユリーカは勝手に戦いのゴングを鳴らした。
闇の欠片を破壊するためにも、元から戦う以外の道はない。
エールは狙いを定めてプラズマ弾を連射するが、全て強靭な竜鱗に弾かれる。

「なんだそのくだらない雷魔法は!?それで俺に勝つ気か?片腹痛いわ!」

効くとは思っていない。
いくら威力の高いカノンの魔導砲でも、プラズマ弾程度ではびくともしないだろう。
エールは軍属時代に竜と戦った経験からそれが理解できていた。
これはダヤンが接近戦を仕掛けるための牽制になればと思って放ったものだ。

エタニティモード以外で有効打になるのはハイペリオンバスターくらいだろう。
エールは動き回りながらプラズマ弾を放っていく。そして、ことごとく鱗に弾き返された。

「もう少しやるかと思ったが……しょせん下等種だな。纏めて死ね……!」

ファーブニルは大きく息を吸い込んだ。まずい、とエールは反射的に後退する。
あれは竜の固有技、ドラゴンブレスの予備動作だ。おそらく辺り一面が火の海に包まれる。
5階において骨の竜と戦った時は疑似的なブレス(光線)を食らったが、本物はあんなもんじゃない。

しかも、今回の竜は闇の欠片を所持したより強力な個体なのだ。
――そして本物のドラゴンブレスが、容赦なく放たれる。
この広い空間を埋め尽くさんばかりに高熱の火炎が襲い掛かった。


【ユリーカの時間魔法でエール回復。純金製撃破】
【闇の欠片を20個所持した竜、ファーブニルと戦闘開始】

106 :エール :2022/02/28(月) 17:58:29.54 ID:RQjjXi7x.net
ダヤンに言いたいことがあります。

・魔導弾ってなに?

>>100で魔導弾って記述されてるけど私が使ったのは誘導弾なんだ。
ニュアンスでなんとなく分かるよ。でも魔導弾なんて弾は設定では撃てないんだ。

魔導砲は魔力を術式で魔法に変換して投射する武器だからね。
今まで使った弾はというと……。

プラズマ弾(雷系魔法)、火炎放射(炎系魔法)、誘導弾(追尾する爆裂魔法)、凍結弾(氷系魔法)だね。
で、必殺技が荷電粒子砲を放つハイペリオンバスターだよ。
今は浄化の光を放つマーシフルストリームと浄化弾もあるね。

なんでプラズマとか誘導弾とか荷電粒子砲とかファンタジーらしからぬ表現にしてるかというと、
私の出身世界はロボットものやSFのエッセンスが入ったファンタジー世界をイメージしてるから。
光の翼もその前提があるから出したりしたの。明言はしてこなかったけどずっとその想定でやってるよ。


・MPの是非について

能力値とか、MPとか、いきなりゲーム的な設定が飛び出て驚いたし、困惑しました。
でもその設定を提示すること自体が悪いわけではないよ。好みは人それぞれだから。

私の出身世界だって一般的なファンタジー世界とは違うからね。
そもそも銃士という設定もファンタジーに銃の概念を持ち込む、地雷に近いものだし。

だから外の世界は色々な世界が存在する『多元世界』という設定にしているの。
これは企画をスタートさせた段階からそうなんだ。
参加者の人が、気兼ねなく自分好みのファンタジー世界を創出できるように。

MPも自分の出身世界の概念で完結してる分には何の問題無いけど、今回はそうではないと感じました。
迷宮育ちで出生不明というダヤンの設定でそれをやるのは難しいとは思うけど、でも……。

MPという概念が普遍的に扱われているという書きっぷりに私は違和感を覚えました。
その気がなかったのならごめんね。でも私はそう感じたし、私の出身世界の想定からもかけ離れています。
この調子でステータスオープンとかされても困るので、少なくともエールの出身世界(地上)にはない概念とします。

これまでそういう話はしなかったので後出しで心苦しいですが、ご了承ください。

107 :ダヤン:2022/02/28(月) 20:53:40.24 ID:pM4UtbXf.net
>106
ありゃ、魔導砲と誘導弾がなんとなく混ざって間違えてた! ごめんにゃあ。

間違えておいて差し出がましいんだけど”魔導砲から発射される魔法そのもの”を指す言葉があったら便利だにゃあ、とちょっと思った。
普通の銃だったら弾丸が命中した!と言うけどこの”弾丸”の代わりに使える言葉にゃね。

……と言いながら思ったけどそもそもいつも実弾の代わりに魔法の塊っぽいものが発射されるわけでもにゃいのかにゃ?
魔導砲ってなんとなく普通の銃に準じて
実弾の代わりに“魔法の塊っぽいもの”が発射されて飛んでって当たる → 発動 みたいな絵を想像してたんだけど
もしや全部の技がそうとも限らにゃい? プラズマ弾とか誘導弾はそうみたいにゃけど。
氷結弾の”魔法を投射”って普通に魔法使いが魔法を使うのと同じような感じの演出なのかにゃ?

MPについても困惑させてごめんにゃさい!
ごく一部の異端の間のマイナー用語ってことで了解にゃよ!
実際に数値出してどうこうしようまでは決して思ってないんだけど
確かにMP(もろゲーム用語)とか精神”点”は危険な香りがするにゃね……!
ただ、これも”魔力”とか”筋力”と同じように”どれぐらい魔法使用に耐えれるか”
とか”その魔法を使ったらどれぐらい疲れるか”を指す言葉があったら便利だにゃあ、と思っただけにゃんだ。
“精神力”とか”想像力”でもいいけどそれはもっと広い一般的な言葉でもあるから
魔法使用に関することピンポイントで指す概念があればいいなあって。
普通に魔法使用耐久力、とかでもいいかもしれないにゃね。

今後こんなスットコドッコイが無いように気を付けるけど、もしまたあったら遠慮なく言ってにゃね。
(もちろん本編内で後手キャンセルして容赦なく無かったことにしてくれてもいいにゃ)
その時は「節子―! 魔導弾じゃなくて誘導弾やで!」ぐらいの適当なノリで言ってくれると嬉しいんだにゃ〜。
気が小さいから畏まられると逆に「ヤバイ!吊らなきゃ!」って思っちゃうにゃ。
もちろん気を使って丁寧な言葉で言ってくれたのは分かってるにゃよ!

それはそうと、エールの出身世界はSFファンタジーだったんにゃね〜!
確かにところどころ科学的だしSFっぽいと思ってたにゃ!荷電粒子砲とか!

108 :エール :2022/03/01(火) 01:18:10.07 ID:NRAQKIFZ.net
>>107
うーん、魔導砲に関しては私の説明不足だなー……。ごめん。

私の魔導砲から発射する魔法の演出に関して。
まずプラズマ弾は魔法的に分類するなら『雷系魔法』なんだけど……。
これはSFで言うところの『プラズマ砲』で考えてたかな。
まぁSF的要素を入れつつ別にSFに詳しいわけではないから、なんかおかしいかもしれないけど。

そして話を脱線させると、最初は魔導砲=プラズマだけ撃てる、という設定で行こうとしてた。
ただ話を進めるうえでネタがないから後付けで火炎放射!とか誘導弾!とか
どんどん撃てるモノが増えてきたんだよね……。

ついでにプラズマ砲も荷電粒子砲も似たようなもんだよね……。
うん、字面がかっこいいから荷電粒子砲の方を必殺技的に扱ってました。

話を戻すね。私の理解力が足りなくてダヤンがどうイメージしてるかよく分かってないけど
演出的に魔導砲の弾を分類するとこうなる……って書けばいいのかな?(あくまで私の脳内演出)

『発射した光的なものが着弾したら魔法が発動する系』→誘導弾、凍結弾
『発射時点で魔法の効果が発動してる系』→プラズマ弾、火炎放射、荷電粒子砲、浄化弾

魔導砲から発射する魔法の演出は一見単純に見えるけど複雑だぜ!!
なんか……ややこしいね。これは私が適当なせいです。

前者の演出における『発射した光的なもの』に何か用語が欲しいってことであってるのかな……?
うーん……なんだろうね。そもそもなんなんだこの光は?何も考えてなかったよ……。
今あえて設定するなら誘導弾や凍結弾は着弾時に魔法に変換されるので、発射時点ではただの魔力の塊とか……。
いいのかなそんなんで……。なんか怖いから今は深く突っ込まないでおこう……。

『弾丸』にあたる部分には『〇〇魔法』が命中した!かそのまま『〇〇弾』って表現するしかないかな……。


MPに関しては、私も一方的でした。ごめんなさい。
嗜好の問題でもあるからダヤンが悪いわけではないよ。私の我儘でもあるから。むしろ許容してくれてありがとう。
今までのように私も何か抜けてたり、間違えることもあると思うから、その時は容赦なく指摘してね。
私も気は小さいから震える手で対処するからね……。

ついでに言うと、身に余る魔法を使って苦しむのは私だけで十分かなと思う。
ダヤンが魔法を使う時に関しては「魔法を使いすぎると頭痛で苦しむ」なんてこと気にしなくていいよ。
私の能力に縛りをつけたかった、というのが意図だったから。拾ってくれるのはもちろん嬉しいけどね。

109 :ダヤン:2022/03/03(木) 23:47:39.37 ID:fT/EBV5H.net
仲間2体を倒されたゴールデンゴーレム(純金製)だが、怯む様子はない。
この階の魔物はたとえ不利でも財宝を守ろうとするかのように敵を倒すまで戦いを続けるそうだ。

「まずいにゃあ……とにかく攻撃にゃ! スカーレットブラスター!!」

相手が完全に戦闘態勢に入る前に少しでも削ろうと連続攻撃を仕掛けるも、
やはり相手は純金製、先ほどのように簡単にはいかない。
ゴールデンゴーレムはまだまだ元気そうなまま戦線復帰してしまった。
が、その間にエールも戦線復帰していた。

「いつの間にっ!?」

>「ともかく……これでいけるっ!」
>「……よしっ!絶妙な調整っ!」

エールは再び光の翼を顕現し、浄化弾を放つ。
頭を吹っ飛ばされたゴーレムはほぼ原形をとどめたまま金塊となって沈んでいく。

>「先が思いやられるわね。最深部の竜はこんなもんじゃないのに」

>「そうですよね……すみません」

「ユリーカにゃんがエールを治してくれたんだにゃ!?」

先ほどはユリーカがオーブを使って魔法を使い、エールを復活させたらしい。
魔力を蓄積させたオーブを使うことで魔法を使うことが出来るらしいが、
オーブは消耗品なので無駄遣いは出来ないそうだ。
そして、ユリーカが扱うのは時間に関する魔法らしく、
エールの時間を早めて自然治癒を早めることで治癒させたそうだ。

(すごいにゃあ……!)

ダヤンは、後で回収する気満々のように金塊を見ているユリーカの背中をキラキラした目で見ていた。
そして、再びユリーカの案内で洞窟内を進んでいく。
辿り着いた巨大な空間に待ち構えていたのは……巨大な竜。

>「ユリーカ……また貴様か。ここは我が領域。何度も土足で踏み入るなコソ泥が」

(もはや知り合い!? ……ってか喋ってる! しかも流暢!)

ユリーカは常連さんなのですっかり竜に覚えられているらしい。
流暢に喋るのは、それだけ高位のモンスターということだろう。

>「闇の欠片に魅入られたトカゲ野郎が図に乗るんじゃないわよ。
 今日は財宝集めにきただけじゃないのよ。あなたを永遠に葬り去るためにきたんだから」

>「……なんだと?冗談はやめろ小娘、魔力のない貴様に何ができる?」

>「ふん、やるのは私じゃないわ。元仲間が見込んだこの二人が!あなたを滅ぼすのよ!」

(戦うのは自分じゃない割にめちゃ強気……!)

>「はははは……!そんな幼い子供二人がか?冗談はやめろと言ったよな?」

>「私、冗談とか好きじゃないから。本気も本気よ。さぁバトル開始よ、やってあげなさい!」

110 :ダヤン:2022/03/03(木) 23:48:32.09 ID:fT/EBV5H.net
ユリーカと竜は二人で盛り上がって勝手に戦闘を開始した!
そもそもここに来た目的は別にお宝をゲットするためではなく、闇の欠片の浄化なので、元から戦うしかないのだが。
エールは動き回りながらプラズマ弾を放つ。

>「なんだそのくだらない雷魔法は!?それで俺に勝つ気か?片腹痛いわ!」

全て竜麟に弾かれているように見え、あまり効いている様子は無いが、
反応しているということは少しは気を取られているという解釈が出来なくもない。

「スカーレットブラスター!!」

ダヤンは、お決まりの炎属性の連続攻撃技を仕掛ける。
しかしやはり竜鱗に阻まれ、あまり有効打を与えられているとは思えなかった。

「固いにゃ……!」

>「もう少しやるかと思ったが……しょせん下等種だな。纏めて死ね……!」

ファーブニルは大きく息を吸い込む様子を見せる。

「ブレス!? にゃんかないにゃなんかにゃいにゃ!?」

エコバッグの中を探ってみるも、ほとんど薬草しか入っていない。

「エール! 魔導砲で突風放って火炎吹き飛ばす技とかにゃいのにゃ!?」

エールに声をかけるも、多分そんな都合のいい技はない。
5階で骨の竜のなんちゃってドラゴンブレスを食らった時は、
エールの魔導砲で対抗できていたが、今回はその比ではないだろう。
右往左往している間に、非情にも灼熱の火炎が放たれた。
最初から後ろの方にいたエールはもしかしたら効果範囲外に逃げられるかもしれないが、
前の方にいたダヤンは間に合わない。

「心頭を滅却すれば火もまた涼し……いわけないにゃあああああああああ!!」

ダヤンはあっという間に炎の海に飲まれたように見えた。

炎の勢いが収まった頃……辺りに散乱している宝箱のうちの一つがパカッと開き、ダヤンが這い出てきた。
見るからにヨレヨレで尻尾の毛並みなどところどころ焦げているが、とりあえず生きてはいる。

「し……死ぬかと思ったにゃ……」

戦闘域のところどころに散乱する宝箱の中には、一定割合ですでに開いている空の宝箱もある。
お宝目当てで訪れた冒険者がうまい具合に中身を掠め取って逃走に成功した痕跡だろう。
宝箱は大小様々だが、大きいものは丸まれば人が入れるぐらいの大きさがある。
ダヤンは猫が鍋に入るがごとく、完全に炎に飲み込まれる直前にそんな空の宝箱のうちの一つにとっさに入ったのだった。
幾度となく冒険者とのバトルが繰り広げられたであろうこの場にあって今まで燃えずに残っていることから、防火性能は予測ができた。
かといって中に入って蒸し焼きにならないかは賭けだったが、なんとか大丈夫だったようだ。
いくら箱は無事でも中に入っているものが燃えてしまうようでは宝箱としての用を成さないということだろう。

111 :ダヤン:2022/03/03(木) 23:53:28.88 ID:fT/EBV5H.net
「エール、無事にゃ!?」

退避に成功したか何かの方法で凌いだか、エールもなんとか生きているようだ。
しかし一つの攻撃からなんとか生き残ったというだけで、全く危機は去ってはいない。
次にドラゴンブレスを吐いてくるまでになんとかしなければ。
もしかしたらドラゴンブレスに次に吐けるようになるまでのチャージ時間なんて存在せず、
連続で吐けるなんていう可能性もあるのだが、もしそうだったら終了なのでそうでないことを願うしかない。
ダヤンは今まで闇の欠片によって強化されたモンスターと戦ってきた記憶を手繰りつつ、いったんエールのいるあたりまで退避する。
闇の欠片によって強化されたモンスターと戦う時の定石は、闇の欠片を奪取して弱体化させることだ。
ところがこのファーブニル、聞くところによると、闇の欠片を20個も所持しているようだが、ぱっと見見えない。
ではどこにあるのかというと、確証は無いが多分見た感じ、
他の財宝と同じように尻の下に敷いているのだろうと考えられる。
そうなると問題はどうやってファーブニルに定位置から動いて頂くかということだが、
お宝大好きな竜なのでちょっとやそっとの事では動いてくれないだろう。

「今までみたいに闇の欠片を奪取して弱体化させたいにゃね……。
あの鎮座してる財宝の山のなかにありそうにゃけど……。
竜には顎の下に逆鱗っていう弱点且つ超怒る場所があるって聞いたことがあるにゃ。
そこを攻撃すれば逆上して動いてくれるかもしれにゃい」

ダヤンは思い付いた作戦をエールに伝える。
とはいえダヤンの”聞いたことがある”は当てにならないので、ファーブニルに本当にそんな弱点が存在するのかは分からない。
仮に存在するとしても、攻撃して逆上させて気を引く担当と、その隙にお宝の山を漁って闇の欠片を掠め取る担当、
どっちがどっちの役回りをするにしてもどっちも滅茶苦茶危険なことには変わりはない作戦であった。

112 :ダヤン:2022/03/04(金) 00:14:36.45 ID:TxvbLdIg.net
>108
>『発射した光的なもの』
そう! それのこと!
魔導"砲"だから砲弾の代わりに光的なものが飛ぶイメージが強くてそんなことを思ったんだけど
そういえばよく考えると魔導砲だけじゃなく普通の魔法の演出でも
杖から光的なものが飛んだり飛ばなかったりするにゃね。
これって意外と考え始めると収拾がつかなくなるテーマかもしれにゃい……!

113 :エール :2022/03/08(火) 22:10:10.81 ID:vs4MvtR+.net
洞窟内部を覆わんばかりの、広範囲を舐める竜の火炎。
エールは我が身を焼く前にエタニティモードとなり光の翼を広げる。

「ユリーカさん、こっちです!」

ユリーカの手を引っ張って、翼で自身を包み込む。
光の翼は大気に放出されていく魔力を斥力に変換している。
その能力を全開にしてやれば、火炎なんて簡単に防げる。

炎が収まるとエタニティモードを解除して周囲を見渡す。
前衛のダヤンがどうやって凌いだのか気になる。消し炭になっていないといいのだが。

そして、問題は『残り時間』だ。防御に早速エタニティモードを発動してしまった。
おそらく現在のエールでは連続で2〜3分しか使えないだろう。

>「し……死ぬかと思ったにゃ……」

どうやら宝箱の中に身を隠すことで凌いだらしい。器用なものだ。
ファーブニルはイラついたのか空の宝箱を掴むと握力で粉々に握り潰した。

「ゴミが……調子に乗るなよ……!」

怒りながらもファーブニルはある一定の場所から動く気配がない。

>「今までみたいに闇の欠片を奪取して弱体化させたいにゃね……。
>あの鎮座してる財宝の山のなかにありそうにゃけど……。
>竜には顎の下に逆鱗っていう弱点且つ超怒る場所があるって聞いたことがあるにゃ。
>そこを攻撃すれば逆上して動いてくれるかもしれにゃい」

「私はいいけど……ダヤン、それってどういう意味か分かってるの?」

闇の欠片を壊せるのは現在エールだけだ。
ダヤンが闇の欠片を探したところで精神汚染の餌食になるだけである。
つまり、必然的に竜を怒らせる役はダヤン以外にいない。

「そんな危険な役割を任せるなんて……私……!」

いくら仲間とはいえ頼めない。
だが、ダヤンは今までも一緒に危ない橋を渡ってきた勇敢な仲間だ。
まさか何も考えずに喋っている訳もあるまい。きっと今回も重たい覚悟あってのことだ。
ならばそれを尊重するのは信頼関係ある仲間として当然のことではないのか?

「分かったよ……!ダヤン、怒らせる役は任せたよ……!」

「作戦会議は終わったか……!?俺はそれほど気長じゃないぞ!!」

もとより悠長にしている時間なんてない。
ファーブニルは口から炎の塊を砲弾のように放ってきた。
ドラゴンブレスほど広範囲ではないが、連続で発射できる強みがある。

「っ……凍結弾!!」

命中箇所を凍らせる凍結弾で相殺していくが、どこまで続くか。
作戦を考えればエールは怒らせるまでに接近しておかなくてはならない。
炎の塊を撃ち落としつつ、徐々に近づいていく。

114 :エール :2022/03/08(火) 22:14:08.09 ID:vs4MvtR+.net
そして接近を完了させると、エールはオーケーのハンドサインを出した。
ファーブニルがダヤンに炎の塊を吐きつつ、エールを爪で引き裂こうと両腕を振るう。

「はッ!!何を考えているか知らんが愚かだな!わざわざ死ににきたようなもんだ!」

ドラゴンとの交戦経験がここにきて活きてきた。
任務で戦った竜はファーブニルほど知性の高い個体ではなかったが戦法は似ている。
そのおかげで素のエールでも紙一重で攻撃を躱すことができたのだ。

「ったくも〜、あんな作戦で上手くいくのかしら……」

無謀な作戦を聞いて遥か後方へ避難したユリーカがやきもきしながら観戦している。
今にも致命的な一撃を食らって死にそうで、見ていてハラハラする。
あんなに足元でちょこまかしてたら作戦だってバレそうな気がするのだが。

「そうか、貴様……俺の闇の欠片を狙っているな!?そうはさせんぞ盗っ人がァ!!」

言わんこっちゃない。
エールが足下をうろうろするものだから闇の欠片を奪う意図に気づかれた。
だが"まだ"セーフだ。逆鱗に攻撃を加えてマジギレしたらそんなもの関係ない。

竜との交戦経験をもつエールは喉元に逆鱗という箇所があるのだって知っている。
たしかに弱点ではあるのだが、触れるだけで怒って見境なく暴れるためとても危険だ。
ゆえに、竜と戦うセオリーとして『逆鱗に攻撃を当ててはならない』と習った。
今回はダヤンの考えに従い、基本を無視して怒らせるわけだが、どうなることか。

「うぉぉぉぉぉらっ!!!!」

ファーブニルは怒号と共に財宝の山に手を埋めると、掬い取るような動きでそれを放った。
色とりどりの宝石、金貨、王冠、煌びやかな首飾り。財宝が大波のようにエールを襲う。

「うわぁぁぁぁ、避けられないよっ!?」

財宝の津波に飲まれてエールの姿が消失した。
遠目に観戦していたユリーカは手で口を抑えてこう言った。

「いやぁ〜なんて贅沢な死に方なんだろ。あの子大丈夫かしら……」

「だ、だいじょうぶで〜す。なんとか生きてます……」

財宝の下からエールの声が聴こえる。どうにか死んではいないらしい。
エールはこのまま財宝の中を潜って闇の欠片を探す。すぐに見つかるか分からないが。

「ちっ、しぶとい奴。まとめて終わりにしてやる……!!」

ファーブニルは息を大きく吸い込んだ。ドラゴンブレスの予備動作。
また炎か――と思われたが、違った。紫の気体が口から一気に解き放たれた。
『毒の気体』を放ったのだ。それは神経毒で、少しでも吸い込めば急速に身体が麻痺する。

「はーはははは……!動かなくなったところを食ってやるよ。
 獣人と人間の子どもなんて不味いだろうがな……」

にぃぃ、と邪悪に笑う姿はまさに性根が腐っていると言える。
竜の哄笑がどこまでも洞窟内に響いていた。


【エール財宝の山に埋もれる。そのまま闇の欠片を探す】
【ファーブニル、毒ブレス発射。少しでも吸ったら身体が麻痺します】

115 :ダヤン:2022/03/14(月) 22:40:28.63 ID:DSLdvraM.net
>「私はいいけど……ダヤン、それってどういう意味か分かってるの?」
>「そんな危険な役割を任せるなんて……私……!」

エールが難色を示すのも当然のこと。
一般的には、危険なので竜と戦う時には逆鱗に触れてはならないとされている。
特に、集団で統制をとって戦う軍などでは猶更だろう。
しかし、このままいっても順当に追い詰められて負けるだけなのも確かだ。

>「分かったよ……!ダヤン、怒らせる役は任せたよ……!」

>「作戦会議は終わったか……!?俺はそれほど気長じゃないぞ!!」

エールは、竜が放つ炎の塊を凍結弾で相殺しながら接近していく。

>「はッ!!何を考えているか知らんが愚かだな!わざわざ死ににきたようなもんだ!」

炎の塊は連続で襲い来るものの、一つ一つは巨大ではない。
ダヤンはそれらをサーカスの曲芸のように避けつつ、逆鱗を攻撃するチャンスを伺う。

>「そうか、貴様……俺の闇の欠片を狙っているな!?そうはさせんぞ盗っ人がァ!!」

流石知能が高いだけあって、作戦がバレてしまったようだ。
が、知能が高い相手だからこそ、試みる価値がある作戦ともいえる。
元々知能が低い竜を怒らせたところでただ凶暴化させるだけでデメリットしか無さそうだが、
知能が高い竜相手なら、凶暴化のデメリットと引き換えに冷静な判断力を失わせるというメリットも期待できるのだ。

>「うぉぉぉぉぉらっ!!!!」

財宝の津波でエールを生き埋めにせんとするファーヴニル。

>「だ、だいじょうぶで〜す。なんとか生きてます……」

>「ちっ、しぶとい奴。まとめて終わりにしてやる……!!」

ファーブニルが大きく息を吸い込む動作を見せる。
ドラゴンブレスの予備動作だと思われるが、せめてもの幸いはこの予備動作が割と長いこと。
大立ち回りな動作によって喉元が無防備になっており、逆鱗を狙うなら今だろう。

「ターゲットシュートッ!」

ダヤンは無我夢中で魔力を込めて双剣のうちの一本を投げた。
そして命中したかどうか確かめる暇もないまま、竜の足の方向に走りながら近くの空宝箱を探す。
足の方に走るのは、当然ブレスは口から発射されるので、その方が少しでも時間を稼げるからだ。
吐き出されたのは炎ではなく、紫の気体だった。
その詳細な効果までは分からないが、見るからに毒っぽく、吸い込んだらヤバそうなことは分かる。

>「はーはははは……!動かなくなったところを食ってやるよ。
 獣人と人間の子どもなんて不味いだろうがな……」

116 :ダヤン:2022/03/14(月) 22:53:53.51 ID:DSLdvraM.net
ファーヴニルは相変わらず余裕っぽく笑っている……。
ということは、残念ながら逆鱗を外してしまったのだろうか。
ダヤンからは位置的に見えなかったが、実はこの時逆鱗より微妙に上の位置に微妙に引っかかる程度に刺さっており。
それが剣の重さによって抜けて、逆鱗をこれまた微妙に掠めて落ちた。
そして――突然竜の哄笑がやんだ。触れるだけで怒る、それが逆鱗なのだ。

(え……なんだにゃ!?)

そして、分かりやすく前足を振り上げて叩き潰そうとしてくる。

(まさか――時間差ギレ!?)

いまいち状況が分かっていないながらも初撃を何とか避け、応戦しようとするが、突然足がもつれて転んだ。
毒の気体が拡散してきたのだ。

(しまった……! 麻痺毒にゃ!?)

必死でポケットの中に手を突っ込んでデトックスハーブ(毒消しの薬草)の効果を発動させる。
(よく使いそうな薬草は一通りすぐに使えるようにセットしてあるのだ)
毒の効果を完全に打ち消すには遠く及ばないものの、
全く動けなくなることだけは回避出来、連続で繰り出される猛攻を転んだままひたすら猫っぽく転がって避ける。
財宝の下に潜ったエールのことも気になるが、毒ガスが財宝の下までは浸透しないことを祈るしかない。

(ひえぇええええええええにゃ!!)

奇跡的に間一髪でかわし続ける。が、それもいつまでも続かない。
ファーヴニルの影が、自分に覆いかぶさってくるのがはっきりと分かる。
万事休すか――と思われたが。

(ん、影……?)

万事休す前にもう一つ悪足掻きが出来そうだ。影がはっきり見えるということは。
上が青天井になっており、陽光が差し込んでいる箇所に丁度来たのだった。

「シャドウ……スティッチ!!」

ダヤンは全力で双剣の片割れを地面――ファーヴニルの影に突き立てた。

117 :エール :2022/03/21(月) 20:44:44.49 ID:J1eRBjO3.net
財宝の山を掻き分けながら、闇の欠片を探すエール。
なにやらファーブニルが喋っているが、何か新たな攻撃を仕掛けたのだろうか。

さいわいにして財宝の山にはまだ麻痺毒は到達していなかった。
ブレスは紫に着色されているので視覚的にも分かりやすい。

「あいてっ?」

そのうち、頭の上から何かが落ちてきた。
それは闇色に輝く宝石のようなものだった。
『闇の欠片』である。ようやく20個あるうちのひとつを見つけた。

「よし……『浄化の力』全開っ!」

エールはそれを握りしめると青緑の光が欠片を包む。
すると、パキッと音がして欠片は跡形もなく砕け散った。

「やった。この調子でいくよ……!」

一方、ダヤンの方は影に短剣を突き立て、影縫いで動きを止める。
だが逆鱗に触れて怒ったファーブニルは力を全開にして暴れているのだ。
闇の欠片残り19個ぶんの力で。抵抗すれば外れる影縫いでは止めきれない。

シャドウ・スティッチの拘束を力任せに破ったファーブニルは息を大きく吸い込んだ。
ドラゴンブレスの予備動作。そして容赦なく火炎を吐く。

「あっぶな……」

ユリーカは命からがら炎の射程外に逃げることに成功。
財宝の山が眠る最深部の、ほとんど外側にいる。

大袋の中には抜け目なく盗んだ財宝が入っている。
道案内はしたし協力する約束は果たしたとも言える。
これはもう帰っていいんじゃないだろうかと、ユリーカの悪い心が囁く。

――駄目よユリーカ。あんな危なっかしい初心者二人を放って帰るの?
あの子達を見捨てるたら『あいつ』に顔向けできないわ。

良い心のユリーカが反対意見を囁く。たしかに……。
というわけで仕方ない。もう少し見守ってやるかと決心する。
すると、異変が起こった。この空間に突如として誰かが転移してきたのだ。

そいつは深緑の魔導衣に美しい亜麻色の髪を伸ばした女性だった。
自分ほどではないがまぁまぁ美人だ、とユリーカは評する。
現れた女性は七賢者の一人。植物魔法の使い手マーリンである。

「アンタがファーブニルね。私はマーリン。闇の欠片の回収にきたわ」

「ゴォォォォォォォッ!!!!」

威嚇のための咆哮を無表情で無視して、マーリンは話を続ける。

「あなたの溜め込んだ欠片、姫様に献上なさい」

暴走するファーブニルの返答は鋭い爪による攻撃だった。
マーリンは飛翔魔法で回避して溜息をつく。

「こいつを怒らせたのは誰なの?って感じ。いい迷惑だわ」

118 :エール :2022/03/21(月) 20:47:37.26 ID:J1eRBjO3.net
虚空から杖を取り出して頭上高く掲げた。
光が拡散し、それは巨大な丸太を構築していく。

「さぁ行け。竜をも屠る撃滅の破城槌」

そして丸太はファーブニルの頭へと高速で叩き落とされた。
脳震盪を起こした竜はがくりと地面に倒れ、幾分か正気を取り戻す。

「ぐっうっ……俺は何をしていたんだ……」

「さすがに竜鱗は丈夫だね。ある程度衝撃も吸収するんだ」

手加減したとはいえ半殺しにするぐらいのつもりで放ったのだが。
闇の欠片を所持していることで耐久力が想定以上に上昇していたということか。

「お……お前は……この迷宮の主に使えるという……あの」

「そうよ。私は七賢者のマーリン。黙って闇の欠片を渡せ、欲深で愚かな竜よ」

真顔でそう言い放つと、ファーブニルはくっくっくっと笑い始めた。
マーリンはもう一度破城槌を頭に落としてやろうかと思ったが、我慢した。

「何が面白い?」

「いやぁ……俺は今の迷宮の主が嫌いでな。あいつは偽善者だろ。
 自分の出自を理解してなお、良い人間でいたい本当に罪深い奴だよ……」

「あまり姫様を悪く言うなよ。私は七賢者の外様だけどさすがに頭に来る」

「俺もかつては人間だった……それも金に目が眩んだ欲深い騎士さ。
 魔物になったことに何の未練もない。生き物ってのは欲求に忠実でねぇとなぁ!」

マーリンはゆっくりと首を横に振った。あまりに愚かで話にならない。
この竜には理性と知性と品性が足りない。面倒だが財宝の山から自力で探すしかない。
さいわい、欠片の反応はおおよそ判っている。

「ん……?今反応が4つ消えた……?」

マーリンは首を傾げた。エールの仕業だ。
財宝の山の中から欠片を見つけ出し、4つほど消滅させた。
これで残り15個。だがエールはまだマーリンが現れたことに気づいてない。

「おい、そこの獣人!一時休戦だ。俺は七賢者に欠片を渡す気はない。
 あれは全部俺のだからな。まずはこいつをぶっ殺してからもう一度戦おうや」

ファーブニルは鈍感なのか闇の欠片が消滅していることに気づいていない。
これはダヤンにとって有利な状況だ。ファーブニルはマーリンに炎の塊を吐いた。

「愚かな竜……望むだけ調教してあげるって感じ」

大樹のような太い蔓が洞窟の地面から生えて、ファーブニルを拘束する。
ロープヴァイン。圧倒的魔力に裏打ちされた拘束力は影縫いの比ではない。
それは普通の植物以上の硬さとしなやかさを持っているのだ。
そして、蔓はファーブニルだけではなくダヤンにも襲い掛かっていた。


【七賢者のマーリン登場。しかしファーブニルは欠片を渡す気はない様子】
【蔓が地面から生えてきてダヤンを拘束しようと襲ってくる】

119 :エール :2022/03/22(火) 19:28:28.14 ID:7OoD7f6H.net
【……あ!ごめん、書き忘れたけどファーブニルがマーリンに吐いた炎は避けられたってことでよろしく!】

120 :ダヤン:2022/03/27(日) 20:42:36.57 ID:2k9sbXre.net
日が差し込んでいたのが幸いしてシャドウスティッチが功を奏し、ファーヴニルは動きを止めた。
一時的とはいえ効いたなら儲けものである。
ダヤンはその隙に、なんとか前足の射程範囲から離脱した。
ドラゴンブレスの予備動作に入るファーヴニル。
この至近距離では射程範囲外に逃れることはできない。
何の種類のドラゴンブレスかは分からないので賭けだったが、またも近くにあった宝箱に飛び込む。
新しいパターンじゃなくて幸いというべきか、ブレスの種類は最初と同じ炎だった。
とはいえ全く危機は去っておらず、奇跡的に首の皮一枚繋がっているだけで全く勝ち目は見えない。

(どうするにゃどうするにゃ……)

箱の中でガタガタ震えながら途方に暮れるダヤン。
しかし悪足掻きの時間稼ぎもやってみるもので、状況に変化が起こった。

>「アンタがファーブニルね。私はマーリン。闇の欠片の回収にきたわ」

>「ゴォォォォォォォッ!!!!」

「……?」

恐る恐る箱のふたを少し開けて、外の状況を覗き見る。
なんと、深緑のローブの七賢者、マーリンが登場しているではないか。

>「アンタがファーブニルね。私はマーリン。闇の欠片の回収にきたわ」

>「ゴォォォォォォォッ!!!!」

冷静に考えればヤバい人が現れたのだから状況はもっとヤバくなっている、とも言えるのだが、
これ以上悪くなりようがない状況においては、どんな形であれ状況に変化が起こるのは有難いのもまた事実。

>「こいつを怒らせたのは誰なの?って感じ。いい迷惑だわ」
>「さぁ行け。竜をも屠る撃滅の破城槌」

マーリンは竜の脳天に丸太を落とし、竜はその衝撃で正気を取り戻した。

121 :ダヤン:2022/03/27(日) 20:44:06.49 ID:2k9sbXre.net
>「お……お前は……この迷宮の主に使えるという……あの」

>「そうよ。私は七賢者のマーリン。黙って闇の欠片を渡せ、欲深で愚かな竜よ」

二人は会話を始めたので、ダヤンはその隙にデトックスハーブをむしゃむしゃ食べる。

>「何が面白い?」

>「いやぁ……俺は今の迷宮の主が嫌いでな。あいつは偽善者だろ。
 自分の出自を理解してなお、良い人間でいたい本当に罪深い奴だよ……」

ファーヴニルは、迷宮の主の出自なるものを知っているようだ。
魔王が作り上げた迷宮の管理人、ということは、やはり魔王に何かの形で縁があったりするのだろうか。

(偽善者だったらもっと全力でいい人っぽい演技をするようにゃ……)

“偽善者”というイメージとはちょっと違うな、と思うダヤン。
では本物の善人か分かりやすい悪人のどちらかと聞かれても、今のところは分からないとしか言いようがないのだが。
七賢者達に殺しは厳禁と命じていたり、迷宮から脱出したい人は脱出させてくれるあたり、少なくとも分かりやすい悪い奴ではない気がする。
かといって、黙認か公認かは分からないが殺し以外なら何でも認めているのは、善人とは言い難い。

>「あまり姫様を悪く言うなよ。私は七賢者の外様だけどさすがに頭に来る」

>「俺もかつては人間だった……それも金に目が眩んだ欲深い騎士さ。
 魔物になったことに何の未練もない。生き物ってのは欲求に忠実でねぇとなぁ!」

そんな会話をしていた二人だったが、マーリンは唐突に首を傾げた。

>「ん……?今反応が4つ消えた……?」

ファーヴニルはこの言葉を特に気に留めなかったようだが、ダヤンはピンときた。

(エール……! グッジョブ……! その調子で頼むにゃ……!)

>「おい、そこの獣人!一時休戦だ。俺は七賢者に欠片を渡す気はない。
 あれは全部俺のだからな。まずはこいつをぶっ殺してからもう一度戦おうや」

ファーヴニルは闇の欠片が破壊されつつあることに、気付いていないようだ。
ダヤンはラッキー!と思いつつ、箱から出つつ応えた。
二人が会話している間にハーブを食べ続けたおかげで、ほぼ動けるようにはなっている。
ダヤンは素早く、ファーヴニルを怒らせるために投げた方と、
シャドウスティッチで地面に突き立てた方、二本のダガーを回収した。

122 :ダヤン:2022/03/27(日) 20:47:05.71 ID:2k9sbXre.net
「その話乗ったにゃ! こっちも七賢者は宿敵だにゃ……!」

これでマーリンが倒れる頃にファーヴニルが存分に弱体化してくれれば、最高に好都合。
もちろんそんなに上手くいかないとは思われるが、三つ巴よりは遥かに良い。
ファーヴニルが吐いた炎の塊を難なく避けるマーリン。
魔術師とはいえ、攻撃を回避するための体術も怠っていないようだ。

>「愚かな竜……望むだけ調教してあげるって感じ」

大樹並みの蔓がファーヴニルを拘束し、更にダヤンにも襲い掛かってくる。
圧倒的魔力による拘束魔法。普通の刃物ではびくともしまい。
しかし、ダヤンはこの技を見たことがあった。
おそらく、アスクレピオスを拘束していたのと同じ技だ。ならば……炎の魔力付与の攻撃は特別によく効くはず。

「スカーレット・ブラスター!」

蔓が体に巻き付く前に切断し、拘束を免れる。
そして、ファーヴニルを拘束している蔓も切断にかかる。
ファーヴニルの方は時間を稼げばエールが弱体化してくれる状況なら、それまでの間にマーリンを弱らせてもらうのに協力してもらわねばなるまい。

「アイツの植物は普通の刃物では対抗できにゃいけど炎はよく効くにゃ……!」

植物は炎に弱い一方、竜の鱗は一般的に炎に強いとされている。
もしかしたら、ファーヴニル自ら自身は損傷を受けない程度の温度で蔓を焼き切ったりもできるかもしれない。
そして、果敢にマーリンに斬りかかろうとするダヤン。マーリンは物凄い勢いで蔓を襲い掛からせ迎え撃つ。

「馬鹿ね……届くわけないじゃない!」

案の定、かなり接近するところまではいったものの、それ以上近づけなくなり、膠着状態に陥った。
マーリンの地面からは無数の蔦が生えて、ダヤンを絡めとらんと蠢いている。

「俺を忘れて貰っちゃ困るぜ!」

そこに、ファーヴニルが炎の塊をぶちこんだ。攻撃自体は難なく避けられた初撃と同じものだ。
しかし今は、ダヤンを近づけないために周囲から無数の蔦が飛び出ている状況。
都合よく躓いてくれればそれでよし、多分そんなに間抜けではないと思われるが、
もしも運よく、炎を回避するためにいったん蔦を引っ込めるか脇に避けさせるかしてくれれば。
あるいは回避の方に気を取られて暫し蔦の制御を失念してくれれば。
その一瞬、ダヤンが一撃を加えるための隙が出来る、というところだ。

123 :エール :2022/04/03(日) 15:02:22.37 ID:JLwu5IId.net
無数の蔓がダヤンとファーブニルを絡めとろうと襲いかかる。
ダヤンは短剣で蔓を斬りながら接近を試みるが、中々近づけない。
そこでファーブニルが炎の塊を吐いた。空中のマーリンへと一直線に迫る。

「……その程度?」

マーリンは眉を寄せて魔法障壁を張った。
初歩的な物理攻撃を防ぐための透明な壁を発生させるタイプである。
炎は障壁に弾かれてチリチリと大気に拡散していく。

残念だがダヤンの攻撃する隙など生まれなかった。
その程度の実力の者でなぜ七賢者を名乗ることなどできようか。

「14、13……12。減ってるね。やっぱ」

闇の欠片の反応が次々と減っていることにマーリンは疑問を覚えている。
普通の手段では破壊できないはずなのだ。
『浄化の力』を持つアスクレピオスですら不可能だった。

破壊には計算上、少なくとも五聖剣並みの強い浄化の力がいる。
逃げ帰ってきたアレイスターの報告によれば、それができる人間が一人いる。
たしかエールという名前の冒険者だ。そいつが財宝の山の中に隠れているのだろう。

「この魔法で炙り出すか……深淵なる森よ、今ここに命を育みたまえ」

マーリンが杖を天高く掲げると、地面から大量の樹木が生えてきた。
洞窟内の地形が変化していく。財宝の山が溢れる広々とした空間が小規模な森へと変わる。
密かに闇の欠片を破壊していたエールも、気がついたら木々に絡めとられ樹上にいた。
ファーブニルは巨体すぎるので地面にいるが、木が邪魔で動き難そうだ。

マーリンが使ったのはディープフォレストという植物魔法だ。
草木を生やすだけの魔法だが、極めれば地形すら容易に変える。

「見つけた。そこにいたのね。エール……で良かったかしら」

「あわわっ……あなたは七賢者の……いつの間に……!?」

エールは魔導砲を構えるものの撃っても意味がないという威圧感がある。
亜麻色の髪をなびかせて巨木の一本に降り立つと、マーリンはこう言った。

「なるほど。その力で私たちの計画を邪魔するというわけ。
 アレイスターの考えも少しは理解できた……って感じ。アンタの存在は計画の遅延になる」

でも、とマーリンはかぶりを振って話を続ける。

「でもあくまで『遅延』よ。アンタじゃ私たちは止められない。私たちも……止まる気はない。
 もう諦めなさい。そうすれば生かしておいてあげる。自分の世界へ帰るといいわ」

杖の先端を突きつけてそう宣告する。
マーリンが秘めている膨大な魔力が、エールの肌をピリピリと刺激していた。
こいつはやばい、と本能が言う。アレイスターに勝ったのだってまぐれみたいなもの。
同じように戦って勝てるかどうか……。だがやるしかない。やるしかないのだ。

「そこまでよ。私の知り合いを虐めるのは止めてもらいましょーか」

ユリーカの声だ。握っている杖の先端には例のオーブが嵌っていた。
繁茂する草を踏みしめながらやって来る。
彼女のハイヒールが草に接触するたび一気に生長しては枯れていく。

124 :エール :2022/04/03(日) 15:05:46.61 ID:JLwu5IId.net
時間魔法で一気に生長し、そして寿命が尽きているのだ。
まるで命を自在に操っているかのような光景はいっそ幻想的ですらある。

「あなたは……まさか」

「おっと。何か知ってるなら言わないで欲しいわね。ほら私って美人じゃない?
 ファンが増えると冒険者としてやり難いから。ごめんね、七賢者さん」

「……邪魔するならアンタとだって戦うって感じ。そして……たぶん勝つのは私よ」

ユリーカは顎を撫でながら思案する。まったく自信家な女だと思った。
とはいえ魔法の使用に縛りのあるユリーカとエール、ダヤンでは負ける可能性があるのも確か。
ファーブニルを加えても勝つ確率は贔屓目で五分といったところか。

「ったく……悪いけどこっちにも退けない事情があんのよねぇ。
 魔王ルインを復活させるわけにはいかないの。どうしてもね……!」

ユリーカは杖を構えて臨戦態勢に入った。戦う気だ。
エールも魔導砲の狙いをマーリンに定める。その時だった。
大人しくしていたファーブニルがマーリンに奇襲を仕掛けたのだ。

「はははは、とったぞッ!死ねや七賢者ァ!!」

巨大な口を開けて噛み千切る気だ。
しかしマーリンが手を翳すと巨大な丸太が生成され、顔面に叩き落とされる。
墜落した竜は芋虫のように地面を這い回っていた。

「……姫様は魔物を殺すなとは言ってなかったわね。
 良い機会だから教えておきましょうか。身の程を弁えないとどうなるか……!」

マーリンは杖を高く掲げる。すると空中に魔力で魔法陣が描かれていく。
それはこの洞窟に差し込む太陽光を集めるための術式である。
マーリンは植物が光合成を行うように『光』を攻撃魔法に変換することができる。
植物魔法を極めた結果、光魔法を限定的に再現できるようになったのだ。

「――光に灼かれて滅びなさい。終焉の閃光ッ!」

極大のレーザーがファーブニルの真上から落ちてきた。
まばゆい光に飲み込まれた強欲な竜は跡形も無く消滅してしまう。
ソーラーレイと呼ばれる、太陽光を収束して極太のレーザーを放つ植物魔法だ。

「す、すごい……」

ハイペリオンバスターとは比べ物にならない威力。
あれを食らえば人間一人など影も形も残らないだろう。
そして、マーリンの時間稼ぎも終了した。

「クキキキキ……」

木々の間を縫って現れたのは小型のトレントだった。手には『闇の欠片』を抱えている。
ディープフォレストで地形を変えた時に魔法で一体生み出していたのだ。
ひい、ふう、みいと数えて12個あることを確認するとマーリンは「回収」と呟く。
マーリンの手の中に闇の欠片が吸い込まれてまやかしのように欠片は消えた。

「ちょっと少ないけどまぁいいでしょう。
 回収が完了した以上もう用は無いわ。ご機嫌よう」

そう言い残してマーリンの姿が消える。転移魔法を使ったのだ。

125 :エール :2022/04/03(日) 15:10:04.26 ID:JLwu5IId.net
ユリーカは欠片の破壊に失敗したことに大きく溜息をついた。

「まさかここまで妨害されるとはねー。まぁ向こうも集めてるし当然か」

エールは木から降りると、魔導砲を収納しつつユリーカに近寄る。
任務失敗だ。アーヴィングになんて報告すればいいのか分からない。
この調子で大丈夫なのだろうかとエールは溜息をついた。

「落ち込んでる暇はないわ。こうなった以上、あなたたちは64階へ行きなさい」

「え……64階って……」

「この階の欠片は全部破壊できなかったのだし、もう用は無いでしょ。
 総数は知らないけど64階の無法エリアにもかなりの『闇の欠片』があるって聞いてるわ」

ユリーカは財宝が詰め込まれた大袋を担いで洞窟の外へと歩いていく。
64階にもアーヴィングのかつての仲間、ソフィアという女性がいるらしい。
なんでも治癒魔法に長けた元僧侶で、今は64階で孤児院を経営しているそうだ。

「分かりました。それじゃあ64階に行ってみます」

「アーヴィングには適当に報告しとくわ。8個は破壊できたわけだし」

「ありがとうございます。失礼しましたっ!」

ポータルストーンを起動して、エールとダヤンはすぐさま64階へと向かった。
しかしユリーカは何者だったのだろうか。アーヴィングの仲間だそうだが。
魔力が無いかと思えば、やけに高度な魔法を使える。まったく謎の多い人物だった。
次に会うのもユリーカのような人なのだろうか。気になるところだ。

ふわっとした浮遊感とともに地面に着地して周囲を見渡す。
どうも湿度の高い、じめっとした雰囲気の漂う陰気な町が広がっていた。
どの路地も人一人がやっと通れそうな狭さで、迷路のように入り組んでいる。

「ここが64階の……無秩序の町ロウレスだね」

チンピラ、荒くれ、犯罪者、無法者、盗人、果てには殺人鬼まで。
ここはクズの吹き溜まり。誰もが等しく最底辺。それが64階の無法エリア。
同時に、訳ありで他の階を追放されたり迫害を受けた者の最後のセーフティネットでもある。

「おっと……ごめんよお姉さん」

孤児院を探そうと周囲をきょろきょろしていると、ドンッと少年が背中にぶつかった。
エールは「こちらこそごめんなさい」と言って少年の背中を見送る。
戦いの後で疲れていたのもあり、孤児院は明日探したいとダヤンに言った。
そして宿屋を見つけた時になって、エールはお金を入れた袋が無くなっていることに気づいた。

「あぁ!?もしかして……盗まれちゃったの!?」

さすが無秩序の町。"何でもあり"だ。
袋にはサイフォスから貰った報酬と、アーヴィングから貰った宿代が入っていたのに。
これではエールだけ野宿だ。恥ずかしいがダヤンに借りるしかない。
そう思った矢先にエールは人だかりができているのに気がついた。

「その盗んだお金を返しなさい、それは私たちのお金よ!」

「うるせーなぁ、何か証拠でもあんのかよ」

126 :エール :2022/04/03(日) 15:13:13.18 ID:JLwu5IId.net
さっきぶつかった少年と、赤毛を三つ編みに結んだ少女が言い争いをしている。
少女はエールより幼い。13歳くらいだろう。少女はさらに10にも満たない女の子を連れている。
どうやら少女はお金を盗まれたと主張しているらしい。
人だかりは助けるわけでもなく、にやにやと面白そうに見物と洒落込んでいる。

お金を巡った子どもの喧嘩だ。誰かが仲裁に入ったりしそうなものだが。
そんな気配は微塵もない。さすが無秩序の町。"何でもあり"だ。

「仮に俺が盗んだとしてよぉ、それは盗まれる間抜けが悪いんだろ!
 この町は弱ぇ奴が搾取される仕組みなんだよ!悔しかったら力ずくでやるか!あ!?」

赤毛の少女が連れている女の子は、少年の怒声で今にも泣きだしそうだった。
目に涙を浮かべて必死に耐えている。赤毛の少女は女の子の手を強く握りしめる。

エールはなんだか様子が気になって人混みの中に割って入る。
そして最前列まで乗り出すと、赤毛の女の子と少年で取っ組み合いの喧嘩になっていた。
一緒にいた女の子は端っこでわんわん泣いている。

「エール仲裁アターック!喧嘩はそこまでだよっ!」

エールは少女の髪を引っ張る少年の手を引き剥がすと、胸倉を掴んで放り投げた。
これが銃士の力。軍属特有のスパルタ教育で磨き抜かれた体術の能力だ。

「何すんだテメェ!」

「口喧嘩ならともかく暴力は良くないよ!
 この争いはもう終わりだから!はいはい散って散って!」

エールは手をパンパンと打って野次馬を解散させた。
人だかりが出来て見物されているから余計に引っ込みがつかないのだ。
ハンカチを取り出して赤毛の少女の汚れを拭う。よく見ると顔にアザができている。

「お姉さんありがとう。私は大丈夫……アルエットの方が泣いてて大変だよ」

「ダヤン、キュアハーブあげて。この子怪我してるの」

エールはそう言って泣いている女の子――アルエットに近寄りぎゅっと抱きしめた。
「もう大丈夫だよ」と言ってよしよしと頭を撫でてあげるとようやく泣き止む。

「私はフレイ。さっきの奴はよく人のものを盗むことで有名なの。
 晩ご飯の買い物に来たんだけどあいつにお金を盗まれちゃって……」

「ごめんなさい……私がお金を持ちたいって言ったから。
 フレイお姉ちゃんが持ってれば盗まれたりしなかったのに……」

そう言うとアルエットはまた泣きだしそうになった。
フレイが頭を撫でて気分を落ち着かせる。

「二人はどこから来たの?ちゃんとお家に帰れる?」

「私たちは孤児院から来たの。お姉さんたちは……?」

思いがけない偶然だった。これも何かの縁だ。
エールは冒険者協会の人間であることを名乗って、孤児院へ行くことにした。
迷路のような路地を進んで、到着したのはボロ板を張り合わせて作ったような家だった。
エールも貧乏には慣れているが、ここまで酷い実家ではない。

「ただいま。ソフィアお姉ちゃん、冒険者協会から人が来てるよ!」

フレイとアルエットが家の中に駆け込んでいく。

127 :エール :2022/04/03(日) 15:21:54.88 ID:JLwu5IId.net
ユリーカが言っていた元仲間のソフィアはそのボロ家の中にいた。
美しい水色の髪を腰ほどまでに伸ばし、眼鏡をかけている。
そして服装は素朴な縦セーターにエプロン。

アルエットが足にしがみつくと、姿勢を屈めてそっと抱き寄せる。
怜悧というよりはむしろ母性的で優しい印象を受けた。

「冒険者協会……ひょっとしてアーヴィングの知り合いですか?」

「はいっ。冒険者協会のエールです。『闇の欠片』を破壊するために来ました」

エールはそう自己紹介したが、フレイとアルエットが何かを話し始める。
ソフィアは二人がぼそぼそとお金を盗まれたことを告白するとうんうん頷く。

「そうなんだ。二人ともよく頑張ったね。ごめんね……」

二人の頭を撫でるとソフィアは顔を綻ばせる。

「じゃぁ私と一緒に買いに行こっか。ちょっと準備するから待っててね」

そう言うとフレイとアルエットは孤児院の外まで走っていった。
ソフィアは眼鏡をくいっとかけ直して、エールとダヤンに言う。

「宿屋に泊まるんですか?よろしければご一緒に夕食でも。
 ……ロウレスの宿屋はセキュリティが甘いので危ないですよ。
 あの辺りは治安もかなり悪いんです。冒険者すら野宿の方がよほど良いと言うほどです」

「えっ……そうなんですか?」

「ええ。こんなボロ家でよろしければ空き部屋を貸しましょう」

エールはお金も無いのでお言葉に甘えることにした。
いかに強くなったとはいえ、寝込みを襲われたら死ぬかもしれない。
何が起こるかも分からない無秩序の町。さいわい孤児院の周辺は治安が良いそうだ。
とはいえあくまで比較的な話ではあるが。

「ねー!お姉ちゃん、お歌のお兄ちゃんはー?」

「そういえばまだ来ないね、もうちょっと待っててあげて」

家事やら何やらしながら子供の相手をするのは大変そうだ。
ソフィアは外出の準備をすると、晩ご飯の食材を買いに出ていく。

「すみません、少し待っててください。すぐに帰ってきますから」

「いえいえお構いなく!いくらでも待てますよ!えへへ!」

そう言ってソフィアが消えると、階段からそろそろと子供たちが降りてくる。
エールとダヤンが気になっているのだ。エールは椅子にひとつに座って子供たちに話しかける。

「皆でお話しようよ。私たちでよければ……だけどね」

気がついたら、エールは子供たちに今までの冒険を語って聞かせていた。
1階のゴブリン退治や2階のドルイド僧の話。4階で巨大な魚の中を冒険した話を。

「お姉ちゃん、これ吹ける?」

男の子がすっとオカリナを差し出す。
懐かしい楽器だ。昔、カノンに吹き方を教わったことがある。
エールはちょっと拙い手つきで、オカリナを奏で始めた。

128 :エール :2022/04/03(日) 15:24:56.29 ID:JLwu5IId.net
エールの演奏が終わると子供たちが拍手してくれた。
簡単な曲だったがなんだか照れくさい。

「……良い曲だね。君の魂の音色を聴かせてもらった気がするよ」

いつの間にか子供に混じって、一人の青年が拍手していた。
エールはその顔を忘れることはないだろう。七賢者の一人、吟遊詩人のオルフェウスだ。
まったく気配が分からなかった。均整の取れた顔立ちは表情を動かさずにこう問いかけた。

「君たちがここにいるということは、『闇の欠片』の破壊に?」

「なんで……七賢者の一人がこんなところにっ!」

エールは険しい声で後ろに飛び退いて構えた。
魔導砲を取り出すわけにはいかない。こんなところで撃ったら家が吹き飛ぶ。

「君と同じ理由さ。いや……僕の音楽を求める声が聴こえたのかもしれないな」

だがオルフェウスはこの孤児院の子どもたちに受け入れられているらしい。
しかも人気のようだ。子どもたちが足にひっついたり、背中に飛び乗ったりしている。
オルフェウスは驚くほどの甘い声で、リュートを弾き音楽を奏で始めた。

やばい、とエールは以前のことを思い出して耳を塞ぐ。
彼の音楽を聴くと眠らされる。そうなったら抵抗の術がない。
だが子供たちは眠ることなく音楽に聴き入っているようだった。
今、奏でている音楽は完全に『無害』だ。それは人の心を癒す優しき旋律。

「この町を実質的に支配しているクライドという男がいる。
 そいつは『闇の欠片』を法外な値段で売り捌いているのさ。麻薬のようにね」

闇の欠片を所持する者はいずれ破滅の道を辿る。
精神汚染に耐え切れず発狂すると闇の欠片を回収してまた売り捌く。
そうしてこの階の力を求めるアウトローから金を搾取しているのだ。
つまり――無法エリアにある闇の欠片はかなりの複数人が分散して所持している。

「闇の欠片はこの階に合計で42個。一人一人回収するのは手間でね……。
 どうしようかと悩んでいたところさ。君たちが破壊したいなら止めはしないよ」

オルフェウスはそう言って、リュートを鳴らす手を止めた。演奏が終わったのだ。
どうも、彼からは殺気も威圧感も感じない。それは以前会った時からそうだ。
なんというか、端的に言ってしまえばやる気がない。

「僕は音楽を奏でるだけさ。暴力に訴えたくはない……争いも好きじゃない。
 だから。君たちが僕たちの計画を止めようとしても、何もしない。
 その程度では……残念だけど、動き出した歯車は止まらないんだよ……」

そう言って、オルフェウスはリュートをかき鳴らす。
哀しくも美しき旋律を。それはどこまでも子供たちを魅了した。


【50階の闇の欠片12個をマーリンが回収する。ファーブニル死亡】
【ユリーカのかつての仲間ソフィアを尋ねて64階・無法エリアの孤児院へ】
【孤児院に到着するがなぜか七賢者のオルフェウスとばったり遭遇する】

129 :ダヤン:2022/04/10(日) 23:16:39 ID:U2V/gNtT.net
マーリンはファーヴニルの炎を、涼しい顔であっさりと防いでみせた。
専門は植物とはいえ、七賢者なのだから魔法障壁といった王道魔法は当然使えるだろう。

(そりゃそうにゃよね……)

ダヤンは強さの相関を、マーリン>ファーヴニル と認識していたが、違ったようだ。
正しくはマーリン>(越えられない壁)>ファーヴニルだったようで、
手を組んだところで勝ち目など生まれなかったのである。

>「14、13……12。減ってるね。やっぱ」
>「この魔法で炙り出すか……深淵なる森よ、今ここに命を育みたまえ」

「にゃわ!?」

財宝の山は小規模な森と化し、財宝の中に潜っていたはずのエールは、あっという間に樹上の人に。

「エール、大丈夫にゃ!?」

幸い、枝に引っかかったりせずに上手い事持ち上げられたようで、大きな怪我はないようだ。

>「見つけた。そこにいたのね。エール……で良かったかしら」

>「あわわっ……あなたは七賢者の……いつの間に……!?」

>「なるほど。その力で私たちの計画を邪魔するというわけ。
 アレイスターの考えも少しは理解できた……って感じ。アンタの存在は計画の遅延になる」
>「でもあくまで『遅延』よ。アンタじゃ私たちは止められない。私たちも……止まる気はない。
 もう諦めなさい。そうすれば生かしておいてあげる。自分の世界へ帰るといいわ」

>「そこまでよ。私の知り合いを虐めるのは止めてもらいましょーか」

それまで静観していたユリーカが、足元の草を枯らしながら、歩み寄ってくる。
それを見たマーリンの顔色が変わった。
ダヤンやエールやファーヴニルに向けていたような、取るに足りない者を見る目ではない。

>「あなたは……まさか」

>「おっと。何か知ってるなら言わないで欲しいわね。ほら私って美人じゃない?
 ファンが増えると冒険者としてやり難いから。ごめんね、七賢者さん」

すでに只物じゃない感満載のユリーカだが、七賢者のマーリンにすら、只物ではないと認識されているらしい。

>「……邪魔するならアンタとだって戦うって感じ。そして……たぶん勝つのは私よ」

>「ったく……悪いけどこっちにも退けない事情があんのよねぇ。
 魔王ルインを復活させるわけにはいかないの。どうしてもね……!」

もしかしたら、ユリーカはダヤン達が知っている以上の何かを知っているのかもしれない。
しかし今は、そんなことを気にしている場合ではない。

130 :ダヤン:2022/04/10(日) 23:18:08 ID:U2V/gNtT.net
>「――光に灼かれて滅びなさい。終焉の閃光ッ!」

ファーヴニルがマーリンに奇襲を仕掛けたかと思うと、あっさりと返り討ちに合い、
大規模魔法によって一瞬で消滅させられた。
これ、本当に勝てるのか!?
と危機感が増すが、そもそもマーリンの方は戦う気も無かった……というより、
戦うまでもなくスマートに闇の欠片を回収されてしまった、と言った方が正しいか。

>「クキキキキ……」

「いつの間にっ!?」

気付いた時には闇の欠片は小型のトレントに回収されていた。

>「ちょっと少ないけどまぁいいでしょう。
 回収が完了した以上もう用は無いわ。ご機嫌よう」

マーリンはあっという間に姿を消してしまった。

>「まさかここまで妨害されるとはねー。まぁ向こうも集めてるし当然か」
>「落ち込んでる暇はないわ。こうなった以上、あなたたちは64階へ行きなさい」

呆然としている暇もなく、次なる行き先が言い渡される。

>「この階の欠片は全部破壊できなかったのだし、もう用は無いでしょ。
 総数は知らないけど64階の無法エリアにもかなりの『闇の欠片』があるって聞いてるわ」

>「ありがとうございます。失礼しましたっ!」

息つく間もなく、64階に向かうことに。
任務は失敗してしまったが、何もしなかったら七賢者側に全部回収されてしまったわけで、
8個破壊できただけでも来た意味はあるだろう。そう思うことにした。
それにしても……

“あなたは……まさか” 邪魔するならアンタ”とだって”戦う “たぶん”勝つのは私よ

マーリンにそこまで言わしめたユリーカは一体……。

「ユリーカにゃん、何者だったんだにゃ……?
あの七賢者ですら一目置いてたみたいだったにゃけど……」

すぐに64階に到着し、そんな考えても分からない疑問はいったん脇に置いておかれることになる。

>「ここが64階の……無秩序の町ロウレスだね」

>「おっと……ごめんよお姉さん」

エールが少年にぶつかられるが、大して気に留めずに宿屋に到着してみると。

>「あぁ!?もしかして……盗まれちゃったの!?」

「にゃにゃ!? まさかさっき!?
しまったにゃ……! もっと警戒してればよかったにゃ!」

ダヤンもスティール技能は保有しているが、飽くまでも戦闘中に武器等を掠め取る技能としての用途である。
それを街中で戦闘中でもない時に発動してくる輩がいるかもという目線で警戒はしていなかった。
無秩序の町を甘く見てはいけないらしい。

131 :ダヤン:2022/04/10(日) 23:19:30 ID:U2V/gNtT.net
「エール、まだオイラのがあるから心配しなくていいにゃよ。
こんな時のための財布が別々制度なんだにゃ」

もちろんダヤンはエールだけ野宿なんてさせる気は無いのは言うまでもなく、
貸すから後で返せと細かいことを言うつもりもない。
世の中には、会計係を決めて宿代やアイテム代等を一括管理している冒険者パーティもあるらしいが
もしもその一括会計の財布が盗まれてしまったらおおごとになるな、と思うダヤンであった。

「……にゃにゃ?」

何やらもめごとが起こっている。

>「その盗んだお金を返しなさい、それは私たちのお金よ!」

>「うるせーなぁ、何か証拠でもあんのかよ」

それは子どもの喧嘩、というには内容があまりにも物騒で。
しかしこの街では日常茶飯事なのかもしれない。

>「エール仲裁アターック!喧嘩はそこまでだよっ!」

>「何すんだテメェ!」

>「口喧嘩ならともかく暴力は良くないよ!
 この争いはもう終わりだから!はいはい散って散って!」

エールは取っ組み合いの喧嘩を素早く仲裁(物理)すると、見事な仕切りで野次馬を解散させた。

(す、すごいにゃ……ってお金盗まれたままでいいのにゃ!?)

取っ組み合いの喧嘩が仲裁されたのはいいものの、窃盗容疑の少年も野次馬に混じってしれっと帰ってしまった。
しかしダヤン達も現場を見たわけでもなく、お金に名前が書いてあるわけでもないので証拠が出てくるとも思えない。
そうなると勘違いや、穿った見方をすると少女達の側が言いがかりをつけている可能性も0ではないわけで。

(いや……これでいいんだにゃ)

いくら疑わしくても、決めつけるわけにはいかない以上、どうしようもない。
とっさに怪我人が出るのだけを阻止し、窃盗の方には踏み込まなかったエールの判断は見事なものだったのだ、という考えに行き付く。

>「お姉さんありがとう。私は大丈夫……アルエットの方が泣いてて大変だよ」

>「ダヤン、キュアハーブあげて。この子怪我してるの」

「痛いの痛いの飛んでけ〜にゃ!」

キュアハーブを、エールに抱きしめられているアルエットという少女の傷口に押し当て、
アイテム投げ(投げてない)の手品を披露する。

>「私はフレイ。さっきの奴はよく人のものを盗むことで有名なの。
 晩ご飯の買い物に来たんだけどあいつにお金を盗まれちゃって……」

>「ごめんなさい……私がお金を持ちたいって言ったから。
 フレイお姉ちゃんが持ってれば盗まれたりしなかったのに……」

132 :ダヤン:2022/04/10(日) 23:21:57 ID:U2V/gNtT.net
>「二人はどこから来たの?ちゃんとお家に帰れる?」

>「私たちは孤児院から来たの。お姉さんたちは……?」

「孤児院!? オイラ達、丁度そこに行こうと思ってたんだにゃ!」

思わず驚きの声をあげるダヤン。エールがかくかくしかじかと経緯を説明する。
少女達の案内で辿り着いた孤児院は、見事なまでのボロ家だった。

>「ただいま。ソフィアお姉ちゃん、冒険者協会から人が来てるよ!」

>「冒険者協会……ひょっとしてアーヴィングの知り合いですか?」

ソフィアお姉ちゃんと呼ばれたのは、一見元冒険者には見えない優し気な女性だった。
が、あのアーヴィングの仲間なのだから実力は相当なものなのだろう。

>「はいっ。冒険者協会のエールです。『闇の欠片』を破壊するために来ました」

>「宿屋に泊まるんですか?よろしければご一緒に夕食でも。
 ……ロウレスの宿屋はセキュリティが甘いので危ないですよ。
 あの辺りは治安もかなり悪いんです。冒険者すら野宿の方がよほど良いと言うほどです」

(野宿より危険な宿屋って一体……!)

幸い、空き部屋に泊めてもらえることになった。

>「ねー!お姉ちゃん、お歌のお兄ちゃんはー?」

>「そういえばまだ来ないね、もうちょっと待っててあげて」

“歌のお兄さん”と聞いて、童謡とかを歌って子ども達の相手をする爽やかなお兄さんがいるんにゃね〜、
と呑気な想像をしているダヤンであった。

>「皆でお話しようよ。私たちでよければ……だけどね」

>「お姉ちゃん、これ吹ける?」

子どもの無茶ぶりがエールに炸裂した。

(オカリナ!? そんないきなり無理にゃよね!?)

が、エールは多少心得があるらしく。
特に焦るでもなくオカリナを受け取ると、吹き始めた。
演奏が終わると、子ども達に交じって、拍手するダヤン。

「すごいにゃ〜!」

>「……良い曲だね。君の魂の音色を聴かせてもらった気がするよ」

「本当にそうにゃよね!」

>「君たちがここにいるということは、『闇の欠片』の破壊に?」

>「なんで……七賢者の一人がこんなところにっ!」

>「君と同じ理由さ。いや……僕の音楽を求める声が聴こえたのかもしれないな」

133 :ダヤン:2022/04/10(日) 23:23:24 ID:U2V/gNtT.net
危ない危ない。
ナチュラルに場に交ざりすぎて、エールが気付かなかったら普通に会話を続けていたかもしれない。

「……しれっと交ざってんじゃないにゃああああああ!!
“歌のお兄さん”ってお前かいにゃ!? 想像と違うにゃ!」

>「この町を実質的に支配しているクライドという男がいる。
 そいつは『闇の欠片』を法外な値段で売り捌いているのさ。麻薬のようにね」
>「闇の欠片はこの階に合計で42個。一人一人回収するのは手間でね……。
 どうしようかと悩んでいたところさ。君たちが破壊したいなら止めはしないよ」

「止めなくていいのにゃ!? それに敵にあっさりそんな重要な情報を与えていいのにゃ!?
いや有難いにゃけど!」

まるでこちらに闇の欠片を破壊してほしそうな物言いに、思わずツッコむダヤン。
真面目にやらなくて怒られたりしないのだろうか、と要らん心配をしてしまうのであった。

>「僕は音楽を奏でるだけさ。暴力に訴えたくはない……争いも好きじゃない。
 だから。君たちが僕たちの計画を止めようとしても、何もしない。
 その程度では……残念だけど、動き出した歯車は止まらないんだよ……」

争いが好きじゃない割には先日の襲撃では皆を眠らせるという一番重要ともいえるポジションを担っていたが……。
確かに彼自身がやっていたことは音楽を奏でていただけで、嘘ではないのかもしれない。
とにかく、彼が本当にこちらの邪魔をしないのなら、こちらにとっては好都合だ。
それに真意は分からないものの、彼が子ども達に慕われているのは確かなようだ。

「もしかして……本当に残念って思ってるんじゃにゃい?」

七賢者も一枚岩ではないのは、なんとなく分かっている。
もしかしたら彼は他の七賢者達のように計画を進める気満々なわけではなく、
それどころかどっちかというと反対だが、単に諦念の境地で、
表立っては上に逆らわずになんとなく表面上従っているだけなのでは……?
そんなことを思ってしまう。

「売り払われた闇の欠片を一個一個探すのは大変そうにゃよね……。
そうなると……総元締めのクライドにゃんとやらを攻めた方がいいのかにゃ?
回収して今から売り捌く予定のを何個か持ってるかもしれにゃい。
闇の欠片購入希望者のふりをして接触してみるのはどうかにゃ」

もしも何かの拍子に闇の欠片を手に入れたのがきっかけで精神汚染されてそんな商売を始めたのであれば
エールの力で精神汚染を解いてやれば、正気に戻って闇の欠片の売り払い先を教えてくれるかもしれない。

「オルフェウスにゃん、クライドにゃんがどこにいるかは知ってるにゃ?」

敵に聞いても普通は教えてくれるはずはないのだが、今までの調子でいけばポロっと言ってくれるかもしれない。
そう思い、駄目元で聞いてみるダヤンであった。

134 :エール :2022/04/17(日) 19:15:41.22 ID:4KGO2FN5.net
「むむむぅ……」

素晴らしい音楽に拍手しながら、エールはどう判断すべきか悩んだ。
彼自身はやる気がなさそうにしているが、実際問題として七賢者を止める必要はある。
かといって孤児院の子どもに慕われている姿を見ていると戦意が失せてしまった。

そんな優しい人とさあ戦おうとは言い出せない。
闇の欠片を回収するどころか、情報すら提供してくれているのに。
だが、もしかしたら何か裏があるかもしれない。
彼の見せる優しさとは別に何か駆け引きが始まっている気がしてならない。

>「もしかして……本当に残念って思ってるんじゃにゃい?」

子供と一緒に遊ぶオルフェウスを見ていると、確かにそう思えてくる。
腹の探り合いは得意じゃない。ダヤンのように素直に受け止めよう。
それに42個は結構な数だ。すぐクライドという男に関して情報収集をすべきだ。

>「売り払われた闇の欠片を一個一個探すのは大変そうにゃよね……。
>そうなると……総元締めのクライドにゃんとやらを攻めた方がいいのかにゃ?
>回収して今から売り捌く予定のを何個か持ってるかもしれにゃい。
>闇の欠片購入希望者のふりをして接触してみるのはどうかにゃ」

「それはいいけど売人はどうやって探すの?情報無しだよ」

聞き込みをして探りを入れるとしても、余所者がそんなことをしたら目立つ。
きっとすぐに怪しまれるが――戦いになっても勝つ自信はある。
こっちだってそれなりの戦いを経験してきた。人間相手ならなんとかなる。

>「オルフェウスにゃん、クライドにゃんがどこにいるかは知ってるにゃ?」

しかし、なんとダヤンはオルフェウスに質問した。
たしかにこの話を始めたのは彼なのだが一応敵対関係だ。
ある意味図々しい。だがまず誰に聞くべきかと言えば彼なのも事実。
果たしてオルフェウスの返答や如何に。

「そうだね。だが後は……君たちの目で確かめてくれ」

やはりそうなるだろう。タダで攻略情報を教えてくれる者はいない。
落胆しているとアルエットとフレイを連れてソフィアが戻ってきた。
オルフェウスはそれを確認すると立ち上がって孤児院を去っていく。

「あら……オルフェウスさん、もう帰られるんですか?」

「僕は孤独な浮雲……同じところには留まらない」

リュートをひとつ鳴らして、オルフェウスは姿を消した。
エールは一応外を確認したがもういなかった。転移魔法で帰ったのだろう。

「あの……ソフィアさん、さっきの人とは知り合いなんですか?」

「ええ。最近よく来る吟遊詩人の方なんです。とても人気があるんですよ」

どうやらソフィアは七賢者がどうたら、みたいな話は知らないようだ。
知っていれば真っ先にその話をしたはず。エールは一応確認するが、ソフィアは表情を曇らせた。
この無限迷宮の主に仕え、新たな世界を創ろうとしている七賢者の話をせざるを得なかった。

「そう……だったんですか。すみません……。
 孤児院の経営で頭がいっぱいで何も知りませんでした」

135 :エール :2022/04/17(日) 19:17:12.01 ID:4KGO2FN5.net
余計な話をしてしまった気がして、エールはばつが悪くなった。
知らずにいればただの優しい吟遊詩人でしかなかったのに。
本当は『闇の欠片』に狂わされた集団の一人なんて知る必要はなかった。

「あっ。いえいえ。いいんです。今は晩ごはんに集中しましょう」

孤児院の晩ご飯はビーフシチューだった。ソフィアが作ったのだろう。
料理上手だ。エールの料理の腕前は……いいところ中の下である。
夕食を終えて片付けを手伝っているとソフィアは不意にこんなことを話した。

「その……七賢者のことは知らないのですが、クライドについてはある程度話せます。
 彼はこの町で一番大きい屋敷に住んでいます。闇の欠片を売り捌いているとも」

オルフェウスから聞いた話と同じだ。しかも居場所の情報も手に入った。
明日にでも直接、乗り込むべきだ。闇の欠片を売り捌き、回収してまた売る。
このようなルーチンで荒稼ぎしているのなら、『顧客リスト』は必須のはずだ。

きっとクライドは『闇の欠片』を所有する者の情報を握っているはず。
適当に懲らしめて、それを手に入れればいい。後はリストを頼りに地道に回収する。

「……私の話は、お役に立てましたか?こんなことしか話せませんが」

「いえっ。おかげでなんとかなりそうです。ありがとうございます!」

食器を洗いながら、エールはダヤンにこんなことを語った。
オルフェウスのことだ。なぜ自分たちにクライドの話をしたのか。

「七賢者は目的が同じなだけでスタンスや行動はてんでバラバラだよね。
 アレイスターは私を危険視していたけれど、マーリンは全然そうじゃなかったもん」

マーリンは自分たちが計画を『遅延』させる障害にはなり得ると評した。
だが計画を止められるほどではないとも。油断とも取れるが、事実とも言える。
なぜなら、欠片回収の妨害という間接的な邪魔はできても直接的には叩けない。

彼らがいるという『裏エリア』は、迷宮の管理者しか入れないから。
もし直接叩ければ、彼らが回収した欠片を破壊できる可能性もあったのだが。

「きっとオルフェウスはこの階の『闇の欠片』を切り捨てたんだと思う。
 欠片が全部で何個あるか私たちは知らないし、計画に必要な数も分からない。
 だからロウレスで私たちがモタモタやってる間に他の欠片を回収する気なんじゃないかな……」

ちょうどいい具合にこの階の欠片は回収が面倒だ。
時間稼ぎにはちょうどいい。オルフェウスも戦う必要がない。
彼にとっていいことずくめだ。気づいたからと言って解決策はないのだが。

「だからなるべく急いで回収しよう。明日にでもクライドって人のところに乗り込むよ。
 多少強引だし戦うことになると思うけど……ダヤンもそのつもりでいて」

エールは軍属なので対人戦の訓練も受けている。
その気になれば『覚悟』はある。なるべく被害は抑えるつもりだが。
食器を洗い終えると、エールとダヤンはそれぞれ部屋を貸してもらった。
粗末なベッドとぼろい机、椅子があるだけだ。その夜、エールは眠れなかった。

エールは力不足を痛感していた。今のままでは七賢者に勝てない。
そう思うと居ても立ってもいられなくなって、部屋から飛び出していた。

136 :エール :2022/04/17(日) 19:18:09.79 ID:4KGO2FN5.net
孤児院を脱け出して、気がついたら広場のようなところに立っていた。

「お姉ちゃん……力を貸して」

エールが念じると、背中に青緑に輝く光の翼が出現した。
エタニティモード。対七賢者の切り札となる力だが、まだ安定して使えない。
この状態を維持できるのはせいぜい2〜3分程度だ。それ以上は脳の負担に限界が来る。

原因はなんとなく分かっている。力を全開にしすぎているのだ。
たとえば、マラソンでいきなり短距離走めいた全力疾走をしているのに近い。
エールはまだこの力の『制御』ができていないと言えるだろう。

「せめて……持続時間を増やさないと……!」

解決の方法はひとつ。力を抑え、必要な時に、必要な力のみを引き出す。
この湧き出る無限に近いエネルギーを操れるようにならなければいけない。

「あっ……もうだめ」

頭にずきん、と軽い痛みが走って、エールは地べたにへたり込んだ。
だいたい2分くらいだろうか。目標は4分だったがまだ全然駄目だ。

「2分32秒だね。お姉さん……なにしてるの?」

「あっ……フレイちゃん……」

気がついたら広場の隅にフレイがいた。
パジャマ姿で、特徴的な三つ編みは解いてある。
赤毛をいじりながらフレイはてくてくとエールに近づいた。

「さっきの……すごくきれいだったよ。天使みたいだった」

「……話すと長くなるけど、あの状態を長く維持する特訓をしてたんだ」

フレイは「へー」と言ってエールの隣に座る。そこでふとソフィアのことが気になった。
かつてアーヴィングやユリーカの仲間として冒険者をしていたそうだが、そうは見えない。
優しい保母さんといった印象の人だ。戦いも得意そうには見えなかった。

「ソフィアお姉ちゃんは昔、僧侶さんだったって言ってた。
 でもある時……『かみさま』が信じられなくなっちゃったんだって」

「……何があったの?」

「凄く悪い人と戦って、帰ってきたら大切な人が皆いなくなってたって。
 詳しいことは私も知らない。でもそのせいで魔法も使えなくなったらしいの」

凄く悪い人。ユリーカも似たようなことを言っていたが何者なのだろうか。
ともあれ冒険者を辞めた理由は分かった。魔法とは想いの力こそが原動力だ。
ソフィアの魔法は神への信仰という強力な想いを支えにしていた。
だからその信仰を失ったことで魔法が使えなくなり、冒険者を辞めたに違いない。

「当てもなく彷徨ってたらここに流れ着いて、子供の面倒を見るようになってたみたい。
 ここじゃあ子供を捨てるなんて日常茶飯事だからね。お姉ちゃんは見過ごせなかったんだと思う」

「ソフィアさんは優しい人なんだね……」

「うん。私の自慢のお姉ちゃん。私もお姉ちゃんみたいになれるかな……」

エールはきっとなれる、と言い切った。フレイは強い子だ。
盗人の少年にも果敢に立ち向かえる勇気がある。素質は十分だ。

137 :エール :2022/04/17(日) 19:20:03.41 ID:4KGO2FN5.net
フレイもいつかはソフィアのように他者に手を差し伸べる人間になるのだろう。
その時、ふっとカノンのことが頭を掠めて無性に寂しくなった。
エールはフレイを連れて、逃げるように孤児院へと戻った。

次の日、エールは装備を整えると、クライドの屋敷まで向かう。
柵で囲まれたでかい屋敷だ。エールは勝手に門を潜り抜けて入っていく。
すると当然のことだが、強面の荒くれが二人ほど屋敷から出てきた。

「何か用かな?ここは子供の来るところじゃないぜ」

「見かけない顔だな。ここは立ち入り禁止だよ。早く帰れ!」

エールは無言で指輪から魔導砲を取り出すと、それを屋敷にぶっ放した。
プラズマ弾は青白い光の尾を引いて屋根に命中する。
轟音を上げながらクライドの屋敷が半壊した。

「手荒でごめんなさい。でも逃げるなら今のうちだよ……!」

魔導砲の筒先を荒くれに向ける。目がマジだ。
荒くれは「ひぇっ」と怯えた様子で退散していった。
当たり前なのだが、魔物と戦うのに作られた魔導砲は人間相手には過剰戦力だ。
特に今使っているカノンの形見は大型で威力も高い。まともに浴びたら消し炭になる。

「さぁ行こう。早く済ませないとね……!」

屋敷に入ると、驚き慄いた人たちが外へと逃げていくのが見えた。
リビングに踏み入ると動じない様子で酒瓶を煽る男が一人いる。

「テメェか?ウチに魔法をぶっ放したのは」

「そうだよ。私は冒険者協会のエール、『闇の欠片』を破壊しに来たの」

ウイスキーをラッパ飲みして、空になった瓶を放り投げた。
そして男は立ち上がるとソファに立てかけていた剣と盾を手に取る。
剣の刀身に2個、盾にも装飾品として4個。闇の欠片がくっついている。

「そういうことか。俺がこの町のボス……クライドと知ってのことだろうな。
 屋敷を滅茶苦茶にした代償は高くつくぜ。命で支払ってもらおうか!」

「本気でやり合ったら後悔するのはそっちですよ……!
 闇の欠片と『顧客リスト』を渡してください。そうすれば何もしません」

「馬鹿野郎が、情をかけるのはこっちだ!くれてやるのは非情の方だがなぁ!!」

剣と盾で武装したクライドが斬りかかってくる。
エールは容赦なく狙いを定めてプラズマ弾を発射する。
死なないように威力は抑えてあるが、たぶん大怪我は避けれれない。

「ふん、小賢しいぞ銃士ごときがっ!!」

闇の欠片が飾られた盾からエネルギーが放出されてプラズマが防がれる。
どうやら欠片の力で魔法障壁を展開できるようだ。

クライドは防御を固めたままダヤンに狙いを定めたようだ。
剣で虚空を斬ると、闇の欠片からエネルギーが放出されていく。
そして黒い斬撃が飛んだ。これも剣についている『闇の欠片』の力だ。


【ソフィアからクライドの住む屋敷の場所を教えてもらう】
【顧客リストを手に入れるためカチコミをかける。クライドと戦闘開始】

138 :エール :2022/04/17(日) 19:25:06.29 ID:4KGO2FN5.net
>>131
あっ……わかりにくくてごめんね。
盗人少年と喧嘩で怪我したのはフレイの方だったんだよね(顔にアザができてる)。

アルエットは怖くて泣いてただけ……のつもりだった。
つまり治して欲しかったのはフレイの方ということ。
でも紛らわしい文章だったと思うから気にしないでね。

139 :ダヤン:2022/04/23(土) 19:49:12.96 ID:xjAgyRmM.net
【>138  ありゃ〜、本当にゃ! ごめんにゃ〜!】

>「そうだね。だが後は……君たちの目で確かめてくれ」

(そんなにうまくはいかにゃいか……!)

案の定、ダヤンの質問は華麗にかわされてしまった。
が、得られた情報は0ではない。
この口ぶりだと、オルフェウスはクライドの居場所を知っているようだ。
いや、知らないけど思わせぶりな事を言っているだけかもしれないわけで、やっぱり何も分からないか。

>「あら……オルフェウスさん、もう帰られるんですか?」

>「僕は孤独な浮雲……同じところには留まらない」

突如姿を消したオルフェウス。
それだけで只物ではないことは感じられそうだが、ソフィアは彼を警戒している様子は全くない。

>「あの……ソフィアさん、さっきの人とは知り合いなんですか?」

>「ええ。最近よく来る吟遊詩人の方なんです。とても人気があるんですよ」

オルフェウスの正体を話すエール。
ソフィアにとっては全くの想定外のことで、驚いた様子。

>「あっ。いえいえ。いいんです。今は晩ごはんに集中しましょう」

「……そうにゃね! ビーフシチュー美味しいにゃ」

夕食を終えると、ソフィアはクライドについて話してくれた。

>「その……七賢者のことは知らないのですが、クライドについてはある程度話せます。
 彼はこの町で一番大きい屋敷に住んでいます。闇の欠片を売り捌いているとも」
>「……私の話は、お役に立てましたか?こんなことしか話せませんが」

「すごく助かるにゃ〜!」

皿洗いをしながら、七賢者についての話をする。

>「七賢者は目的が同じなだけでスタンスや行動はてんでバラバラだよね。
 アレイスターは私を危険視していたけれど、マーリンは全然そうじゃなかったもん」

「確かに……!
アレイスターはエールにある意味一目置いてたけどマーリンにとっては有象無象の一人みたいな扱いだったにゃね」

>「きっとオルフェウスはこの階の『闇の欠片』を切り捨てたんだと思う。
 欠片が全部で何個あるか私たちは知らないし、計画に必要な数も分からない。
 だからロウレスで私たちがモタモタやってる間に他の欠片を回収する気なんじゃないかな……」

オルフェウスによると、闇の欠片は42個。
切り捨てるには少し多い気もするが、エールの言う通り、欠片が全部で何個あるかは分からない。
全体の数がすごく多いとすれば、十分有り得る話だ。
かといって、自分達はここの闇の欠片を諦めるわけにもいかないので、やることは変わらない。

140 :ダヤン:2022/04/23(土) 19:52:12.38 ID:xjAgyRmM.net
>「だからなるべく急いで回収しよう。明日にでもクライドって人のところに乗り込むよ。
 多少強引だし戦うことになると思うけど……ダヤンもそのつもりでいて」

「もちろんそのつもりだにゃ……!」

とはいったものの、この時のダヤンはエールの言った意味を完全には理解していなかったのかもしれない。
今までにも、闇の欠片に精神汚染された人と戦ったことはある。
が、そのいずれも森に籠っていたり地下に籠っていたりそもそも七賢者だったりしたので、
一応表面上町で普通に生活している人の家に突撃するのはこれが初めてなのだ。

次の日。屋敷に突入しようとすると、荒くれ二人がお出迎えしてくれた。

>「何か用かな?ここは子供の来るところじゃないぜ」

>「見かけない顔だな。ここは立ち入り禁止だよ。早く帰れ!」

彼らが見た目通りの単なる荒くれなら、今や正式な冒険者の二人にとっては軽くのすぐらいは訳ないだろう。
戦闘態勢に入るダヤン。その横でエールは、魔導砲を取り出すとぶっ放した。
プラズマ弾は屋根に命中し、屋敷が半壊する……。
これには、荒くれ達もダヤンも驚いた。

「にゃあああああああああああ!?」

>「手荒でごめんなさい。でも逃げるなら今のうちだよ……!」

一目散に逃げている荒くれ達。

>「さぁ行こう。早く済ませないとね……!」

「そ、そうにゃね……!」

それ以後は何の邪魔も入らず、あっさりとクライドの元に辿り着いた。
何故かというとみんなビビって逃げて行ったからだ。
もしもエールが魔導砲をぶっぱなさなかったら、襲い掛かってくる有象無象を逐一のさなければならなかったかもしれない。

>「テメェか?ウチに魔法をぶっ放したのは」

>「そうだよ。私は冒険者協会のエール、『闇の欠片』を破壊しに来たの」

(この人、自分ちが半壊してるのに動じてないにゃ……!)

とりあえず只物ではないことは間違いない。
男は、剣と盾を手に取った。闇の欠片が合計6個付いている。

(6個……! でも6個ならなんとか……)

6個でもかなりの強化に違いないのだが、前の階の数が凄かったので、もはや感覚が麻痺していた。

>「そういうことか。俺がこの町のボス……クライドと知ってのことだろうな。
 屋敷を滅茶苦茶にした代償は高くつくぜ。命で支払ってもらおうか!」

>「本気でやり合ったら後悔するのはそっちですよ……!
 闇の欠片と『顧客リスト』を渡してください。そうすれば何もしません」

141 :ダヤン:2022/04/23(土) 19:53:52.24 ID:xjAgyRmM.net
>「ふん、小賢しいぞ銃士ごときがっ!!」

襲い掛かってくるクライドに向かって、エールはプラズマ弾を発射した。
人間相手とはいえ、相手は闇の欠片で強化されている。
当たれば下手をすれば大怪我をするかもしれないが、本気でいくしかないだろう。

>「馬鹿野郎が、情をかけるのはこっちだ!くれてやるのは非情の方だがなぁ!!」

実際には相手が大怪我するのではないかなんていう心配は全く必要なく、
盾から展開された魔力の障壁によって、エールの攻撃は防がれた。

「魔法障壁……!?」

クライドは、剣で虚空を斬る。すると斬撃が黒く形を成したようなものが飛んできた。

「にゃ!?」

遠距離攻撃が飛んでくるとは思っておらず一瞬反応が遅れたダヤンだが、
横にジャンプして間一髪で避け、その勢いで地面を転がる。

「あいたたたにゃ……」

避けられたかと思ったが、腕を掠って血が出ていた。
直撃したらえらいことになるかもしれない。

「闇の欠片ってそんなことも出来るのかにゃ……!」

素早く起き上がり、体勢を立て直す。戦闘域は普通に家具などもある室内。
これは一般的なパワー系の戦士にとっては不利になるが、小回りが利くスカウトのダヤンにとっては有利に働く。
部屋中を飛び回って、飛んでくる斬撃を避けまくりつつ、挟み撃ちの構図になるようにさりげなくエールと反対側に移動する。
相手が人間である以上、前後の相手を同時に視認するのは不可能。
たとえ器用に両方の相手をしているように見えても、必ずどちらかが見えていない瞬間は出来る。

(人型にとって頭上は割と死角……!)

エールがプラズマ弾を発射した瞬間、ダヤンは机を足場に天井近くまで飛び上がった。

「シャドウスティッチ! からのドロップキ――――ック」

ダガーをクライドの足元の床に突き立つように投げつけ、
シャドウスティッチが効いていることを願って続けて渾身の両足ドロップキックを相手の脳天めがけて放つ。

142 :エール :2022/04/30(土) 18:28:37.48 ID:jcvDFknb.net
飛来する黒き斬撃は真っ直ぐにダヤンへと飛んでいく。
腕を掠めて背後の壁に直撃すると、壁を深く切り裂いた。
もし命中していればきっと真っ二つに切断していたことだろう。

>「あいたたたにゃ……」

「ふん、すばしっこい野郎だ……まるでゴキブリだな」

斬撃を避けられるなら当たるまで連発するだけのこと。
そのために必要な力は、剣に埋め込まれた闇の欠片が供給してくれる。
この湧き出る圧倒的なパワー。誰にも止められない!

飛来する黒い斬撃を何回も飛ばすが、中々当たらない。
エールのいる位置とは反対方向に移動したダヤンは机を足場に高く跳躍する。

その時、エールの援護射撃が火を吹いた。
殺傷力を抑えたプラズマ弾を放ち、クライドは反射的に盾でガード。
展開される魔法障壁によって弾かれて電気がバチバチと空中でスパークする。

>「シャドウスティッチ! からのドロップキ――――ック」

その隙に、ダヤンは影縫いで動きを止めて脳天にドロップキック。
頭へ見事に命中してクライドはよろよろっと体勢を崩す。

「やったっ、当たった!」

エールが喜んだのは束の間、クライドは床に剣を突き立てる。
すると黒い衝撃波が広範囲かつとてつもないスピードで迫った。
ここは室内であり閉所。避ける場所がない。

「うわぁぁっ!!?」

エールは衝撃波をモロに浴びて吹っ飛び、壁面を突き破って倒れる。
その様子を見届けたクライドがゴキゴキッと首を鳴らして吐き捨てるように言う。

「ふんっ、俺を舐めるからこうなるんだ。まだ死んじゃいないだろうがな」

そうしてダヤンの方向へ振り向くと、クライドは少しふらついていた。
145センチ45キロ。あまりに小柄な体格ゆえにドロップキックでは倒せなかった。
だが、無防備な頭に命中しただけあって軽い脳震盪を起こしている。
つまり――クライドは少し追い込まれている。

「俺はこの程度じゃやられないぜ。見るがいい、鍛え続けたこの身体をッ!」

服を脱ぎ捨てて半裸となったクライドの身体は、まさに精緻な彫像のように美しい。
お前の攻撃なんて効きやしない、というパフォーマンスに違いない。
実際には前述の通り一定の効果はある。

「テメェには剣よりこっちの方が向いてるか……すばしっこいからな」

クライドは剣を鞘に収めると新たな武器を取り出した。
魔導砲を対人戦闘用に落としこんだ、魔法を投射する武器『魔導銃』だ。
エールが使っている魔導砲より威力こそ低いものの人間を殺すには十分な威力がある。

143 :エール :2022/04/30(土) 18:30:50.33 ID:jcvDFknb.net
そして魔導銃にも『闇の欠片』が1個埋め込まれている。
ちなみにこのモデルは散弾銃型であり、土系魔法で魔力をたくさんの鉄球に変換する。
加速して撃ち込まれた弾丸は命中したら最後、容赦なくダヤンを破壊することだろう。

さらに『闇の欠片』によってさらなる威力と規模のブーストを発揮する。
クライドが製作した自慢の逸品なのだ。

「さて……これでテメェを……!?」

その時、背後から光の塊が飛んできた。
クライドは半身になって盾から展開した魔法障壁でガードする。
だが、その光の塊が命中した瞬間、ピキッという音が響き渡る。

盾に埋め込まれている4個の『闇の欠片』が粉々に砕け散ったのだ。
クライドが驚いた様子で盾を捨てつつ剣を引き抜いた。

「何をしやがった!?闇の欠片は普通破壊できないはず……!」

「えへへ……『浄化弾』……だよ……」

体中に走る激痛を堪えてエールが魔導砲から放ったのだ。
できた。エタニティモードにならなくても少しだけならカノンの力が使える。
うっかりしていると、すぐエタニティモードが発動しそうになるが……。
これなら脳への負担も少ない。

「ちっ、お前らタダモンじゃねぇな! だがこれで終わりだ!!」

エールはしばらく行動不能と見て、クライドは標的をダヤンに定めた。
魔導銃の引き金をひくと空間を埋め尽くすほど大量の小さな鉄塊が発射される。
まるで破壊の驟雨だ。その鉄の弾丸の雨を避ける術などあるだろうか?
室内における戦いということもあって、逃げ場はほとんどない。

だが、この攻撃を凌ぎ切ればチャンスはある。
なぜならクライドにはドロップキックのダメージが残っているからだ。
軽いとはいえ脳震盪はしばらく続く。そんな状態で接近戦はできないだろう。

「ここが運命の分かれ目……勝つか負けるかはその一瞬にかかっている……」

半壊したクライド邸の屋根に座り、オルフェウスは独り呟いた。
見下ろす先には我先にと屋敷から逃げていくクライドに雇われた荒くれたち。
オルフェウスにできることはただひとつ。リュートを鳴らし音楽を奏でることだけ。


【クライドにドロップキック命中。軽い脳震盪により戦闘力ダウン】
【エールはクライドの放った攻撃を避けられずに食らって行動不能になる】
【クライドの魔導銃から発射された大量の散弾がダヤンに襲いかかる】

144 :エール :2022/04/30(土) 18:34:02.45 ID:jcvDFknb.net
>>141
まずはじめに、最近注文ばっかりでごめんなさい。
私もごちゃごちゃ言ってばかりじゃ楽しく遊べないのは分かってるんだけど……。
でも一応色々な意味で気になったのも事実なので、ちょっと書くね。

>エールがプラズマ弾を発射した瞬間、ダヤンは机を足場に天井近くまで飛び上がった。

このくだりなんだけど、私が勝手に動いてるなーと思って。
NPCの操作は基本的に自由にしていいんだけど(死んだお姉ちゃんとルシア以外は)
私(エール)に関しては私だけが動かしてOKなキャラ……でいいよね?

大したことじゃないから今回はダヤンの描写に合わせて書いたけれど、
今後、もし私を動かしたいのであれば一言相談してほしいかな。
私の行動を挟んだ方が良いっていう場合もあるかもしれないし。

とはいえ、私も結構適当に書いてるから今まで似たようなことをしてしまったかもしれない。
もしそうだったらごめんね。これからはお互い気をつけていこう。

ロールの練習だと思って始めた企画だから一応書きました。
ダヤンも何かあれば遠慮なく言ってね。そういうわけでよろしくお願いします!

145 :ダヤン:2022/05/07(土) 20:34:02.94 ID:NyjWfWdq.net
【>144 おっと、いけにゃい! 次からもし似たような局面があったら相談するにゃね】

>「やったっ、当たった!」

ドロップキックは命中した。
が、相手を行動不能にするには至らず、クライドはすぐさま剣を床に突き立て、黒い衝撃派が走る。

>「うわぁぁっ!!?」

「うにゃああ!?」

エールは衝撃派をまともにくらい、壁面に叩きつけられて突き破って倒れてしまった。
ダヤンも衝撃派をくらったところまでは一緒。
が、吹っ飛ばされている最中にとっさに姿勢を変え、ソファに着地することに成功。
受けるダメージを最小限に抑えることができた。

「エール……!」

>「ふんっ、俺を舐めるからこうなるんだ。まだ死んじゃいないだろうがな」

エールに駆け寄って様子を見たいところだが、今はそんな暇はなさそうだ。
クライドは服を脱ぎ捨て半裸となり、自らの肉体を誇示する。

>「俺はこの程度じゃやられないぜ。見るがいい、鍛え続けたこの身体をッ!」

(にゃぜに脱いだ……!?)

ダヤンは心の中でツッコんだ。
普通脱いだからといって有利になるなんてことはなく、むしろ防御的な面では不利になりそうだが
おそらくこちらを圧倒して怯ませるためだと思われる。
そして、鍛え上げられた身体で格闘戦でも仕掛けてくるのだろうか、と思ったが、実際は逆だった。

>「テメェには剣よりこっちの方が向いてるか……すばしっこいからな」

「魔導銃……!? 受けて立つにゃ!」

魔法障壁が展開できる盾を持ったまま銃撃を始められたら、こちらに勝ち目はない。
にも拘わらずダヤンが強気な態度なのは、理由がある。
先ほど派手に壁を突き破って倒れたため、ノーマークになっていたエールが、クライドの背後から狙いを定めている。

>「さて……これでテメェを……!?」

背後から飛んできた浄化弾により、盾の闇の欠片は粉々に破壊されることとなった。

>「何をしやがった!?闇の欠片は普通破壊できないはず……!」

>「えへへ……『浄化弾』……だよ……」

エールは再び立ち上がったとはいえ、あれだけ派手に壁に突っ込んだのだ。
怪我は相当なものだろう。魔導銃で狙われようものなら凌げないだろう。

>「ちっ、お前らタダモンじゃねぇな! だがこれで終わりだ!!」

146 :ダヤン:2022/05/07(土) 20:37:59.19 ID:NyjWfWdq.net
ラッキーと言うべきなのか、エールはもう行動不能とみなしたのであろうクライドはダヤンを狙ってきた。
かといって、まだエールよりは比較的元気なダヤンなら凌げるのかというとそうでもない。
どういったタイプの魔導銃なのかも、相手が撃ってくるまでは分からないのだ。

(とにかく壁を作るにゃっ!)

クライドが引き金を引くのとほぼ同時、反射的に机を蹴り上げ、その後ろに身を隠した。
直後、激しい銃撃が猛威を振るう。魔導銃は、おそらく土系魔法か。
大量の小さな鉄球が発射されるという、一見少し物理攻撃寄りのタイプ。
机に無数の鉄球がめりこむ凄まじい音が響く。
もしも物理的バリケードお構いなしのタイプの魔導銃だったら一貫の終わりだったが、幸いそうではなかった。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。

(ここからどうするにゃ……!?)

このままでは遠からず机が破壊されてしまう。そうなれば今度こそ終わりだ。
相手が闇の欠片持ちでなければ魔力切れに望みを賭けるという選択肢もあるかもしれないが、
闇の欠片を使っている以上、無尽蔵かもしれない。

(武器を銃に切り替えてきたということは……接近戦したくにゃいってことにゃね。
平気な振りしてるけどあれだけドロップキックをまともに食らえばフラフラしてるはず……。
もう魔法障壁も出来にゃいから体当たりとかしてやれば意外と……)

そこでダヤンはあることを閃いた。

(でもそんなに上手くいくにゃ? ……いや、迷ってる暇はないにゃ!)

時間が経てば経つほど机の耐久度が下がってしまうということで、即行動に移した。
何を思ったか、机の脚を持ってバリケード状態のまま少し持ち上げる。
小柄といえど獣人。その辺の一般人よりは膂力はあるのだ。

「うにゃあああああああああああ!!」

そして、そのまま雄たけびを上げながらクライドに突撃した。シールドアタックならぬ机アタックである。

147 :エール :2022/05/11(水) 01:40:56.58 ID:wI7N/A22.net
おびただしい数の鉄球が、破壊の塊がダヤンに襲いかかる。
クライドの魔導銃は『闇の欠片』を埋め込んで殺傷範囲を拡張した特別製。
その威力は、魔力量にもよるが煉瓦を容易く割る威力がある。

命中すれば人体なんて簡単に挽き肉にできる。
ダヤンはとっさにテーブルを盾にする選択に出たようだ。
ただの魔導銃なら防げる可能性もあるが、何せ『闇の欠片』が付いている。
本来なら薄い木製のテーブルごとき余裕で貫通できる破壊力のはずだが……。

「ちっ」

破壊できない。テーブルに弾丸がめり込むだけで届かない。
ダヤンは偶然盾に選んだのだろうがクライドはそれをよく理解していた。
あのテーブルはこの迷宮内で採れる聖樹を加工して作ったもの。

その冒涜的な由来が気に入って揃えたのだが、問題は聖樹の特性。
時には儀礼用の武器などにも用いられるほどで、鋼鉄にも比肩する強度だという。
ゆえに、闇の欠片で強化された魔導銃を防ぐことができたのだ。

これが魔導砲のプラズマ弾だったら丸ごと消し炭になっていたはずだ。
とはいえ、ダヤンの予想通りいつまでも持つわけではない。

>「うにゃあああああああああああ!!」

クライドが第二射を放とうとした瞬間、ダヤンが動いた。
雄叫びを上げながら机を盾にしたまま突撃したのだ。

「なにっ」

虚を衝かれたクライドは剣で斬るか魔導銃で撃つか一瞬悩んだ。
その隙が仇となって、テーブルアタックがモロに命中する。
頭をしたたかに床にぶつけて彼の意識は完全に飛んだ。

「ダヤン、倒したんだね……クライドさん思ってたより強かったね……」

ただのチンピラなら普通に制圧できると思っていたのだが、
クライドが想定よりガチガチに『闇の欠片』で武装していたので苦戦した。
直接的に欠片を所持せず武器に埋め込んでいるのは、精神汚染を軽減させる目的があるのだろう。

普通に身に着けていると常態的に精神汚染を受けるが、
武器につけておくことで精神汚染の悪影響を戦闘時だけに抑えられる。

「あいったたた……ほ……骨が折れちゃってるよ……ダヤンは大丈夫?」

何本折れてるか不明だが肋骨がすごく痛い。
とっさに衝撃波から自分を庇った左腕も綺麗に折れている。
これが純人間(素のエール)の限界だ。エタニティモードになっとけばよかった。
そうすれば身体能力も向上してダメージを相当に軽減できていたはず。

ダヤンも剣の衝撃波は浴びていたが比較的マシなソファに着地していたし、
元来獣人というのは人間に比べて頑丈で身体能力が高いので、大した怪我ではないのだろう。

骨が折れてるからと言ってサボる訳にはいかない。
魔導銃を掴むと『浄化』の力を込めて『闇の欠片』を1個砕く。
そして最後に気絶するクライドから剣を取り上げ残りの2個を破壊。
42から7を引いて、残り35個。この階に流通しているのはその35個ということだ。

148 :エール :2022/05/11(水) 01:43:16.99 ID:wI7N/A22.net
エールは持ってきていた縄でクライドを縛り付けると『顧客リスト』を求めて屋敷内を探す。
肝心のクライドが完全に気絶しているのでどこにあるのか全然分からない。
たぶん彼にとっては商売に関する重要な書類のはずなので、
金庫か何かに保管しているはず……とエールは考えている。

「あっ……なんか白い粉がいっぱい出てきたよ……なんだろ……」

その辺に置いてあったトランクケースから大量の白い粉入りの小袋が見つかった。
どう考えても麻薬である。さすが無法の町だ。こんなものまで流通している。
クライドは悪事という悪事を端から端まで行っているらしい。

「クライドさんが町で経営してるカジノの帳簿を見つけたよ!
 でもなんか二冊見つかったけど……どっちが本物なんだろう……」

いわゆる二重帳簿だ。クライドは経営者であるのをいいことに
カジノの売り上げの一部を誰にもバレないよう自分の懐に入れているらしい。

「うわうわうわ!変な石がいっぱい見つかったよ!」

倉庫らしき場所で『闇の欠片』によく似た漆黒の石を見つけた。
だが、闇の欠片独特の妖しげな力を一切感じない。
『浄化』の力も反応しないのがその証拠だ。なぜこんなものが。

「それは『闇の欠片』を複製しようとして作ったパチモンだ……。
 たまに売りに流すがさすがに顧客にもバレててな。全然売れずに残ってる」

エールは慌ててバッと振り返るとそこにはクライドがいた。
意識を取り戻したらしい。両手と両足をガチガチに縛ってるのでなんか間抜けだ。
よくその状態でここまで歩いて来れたと思う。

「顧客リストが欲しいんだろ……案内してやる。だからもう俺の屋敷を荒らすなっ」

そういってクライドは縄で縛られたまま、ぴょんぴょんとうさぎ跳びで移動する。
足も縛ってあるのでそうじゃないと動けないのだ。可哀想に。
辿り着いたのは書斎のようだ。インテリっぽい一面があるのか難しい本が並んでいる。

「クライドさんって読書家なんですね……」

「フェイクに決まってんだろ。お勉強に興味はねぇよ。
 ここの本棚をスライドさせると隠し金庫があるって寸法だよ」

整然と並べられた本棚のひとつが横にスライドする。
あらわになったのは巨大な金庫だ。まさに鋼鉄の塊。
それほど重要な情報ということだろう。めちゃくちゃ仰々しい。

「『闇の欠片』の売買は俺の大事なシノギだ。
 あれを1個持つだけで誰でもインスタントに強大な力を手にできる。
 分かるか?あれを売買できる俺はパワーバランスを容易に操ることができるんだよ」

この町には胡散臭いチンピラの集団がたくさんいる。
彼らは常に小競り合いをしていて、誰にも負けたくないと思ってる。
冒険者だったクライドはそこに目をつけ、闇の欠片を集めて商売をはじめた。

149 :エール :2022/05/11(水) 01:46:39.53 ID:wI7N/A22.net
彼らは破滅を知ってなお力を求めた。
クライドから大金を支払い闇の欠片を手に入れて存分に力を奮った。
その金でカジノの経営や麻薬にも手を染めて、クライドは巨万の富でこの階を支配した。

「番号は……えーと……ちょっと待ってろ……」

「もしかして……忘れちゃったんですか?」

「しょうがねぇだろ……クソガキが俺の頭を蹴りやがるから……」

「分かりました。マスターキーを使います!」

エールは指輪から魔導砲を取り出して狙いを定める。
プラズマ弾ならこんな金庫一発で吹き飛ばせるだろう。中身ごと。
慌てたクライドはぴょんっと飛び跳ねて金庫の肉盾となる。

「わーっ、馬鹿やめろ!ただのジョークだ!!番号は忘れてねぇよ!
 『顧客リスト』以外にも俺の大事な私物(金塊とか)が入ってんだよ!危ねぇ真似すんな!!」

何はともあれ、顧客リストを手に入れるとエールはそれを読んだ。
どうやら個人よりも特定の集団と取引していることが多いようだ。
それも『パワーバランスを操る』というクライドの作戦の一環なのだろう。

『闇の欠片』を7個持つクライドには絶対に勝てないよう巧妙に取引相手を選んでいる。
もし自分に戦いを挑んできても必ず返り討ちにできるように仕組んでいるのだ。

「もう行け。結果的にはお前らに負けて良かったと思ってるぜ……。
 うわさになってるからな……『七賢者』って奴らが欠片を集めてるって。
 俺の商売はもう潮時だ。十分に稼いだんでな、カタギに戻って元の世界に引っ込むさ」

たしかに、金庫の中は顧客リスト以外は黄金や財宝で溢れている。
まるで大富豪のようだ。これだけあれば外の世界でも生きていくのに困らない。

「あの……もしかして報復とか考えてないですよね……一応確認です」

「テメェ、でかい武器持ってるのに脅しが下手だな。
 お前のバック次第だ……俺も舐められっぱなしは嫌だからな。
 魔が差すかもしれん。今のうちにせいぜい俺を怖がらせてみろ」

縄で縛られた半裸のおっさんに脅せと言われてもどうすればよいのか……。
はっきり言ってエールにはSMの趣味はない。だから思うがままに喋る。

「あの……もし狙うなら私たちだけにしてください」

「へぇ。この階に知り合いでもいるのか。
 このままじゃすぐに調べて手下にぶっ殺させるかもしれねぇなぁ。
 俺はいたぶる趣味なんて無いがな。手下にはそういうクズがわんさかいる」

「っ……バレた……孤児院を経営してるソフィアさんは、冒険者協会の身内みたいなもの!
 会長のアーヴィングさんの知り合いだから……絶対に何もしないでっ!」

そこでクライドは書斎の椅子に座り込んで諸手を上げた。
間違いなく降参のポーズを取っていたのだ。

150 :エール :2022/05/11(水) 01:50:07.42 ID:wI7N/A22.net
クライドは苦虫を噛み潰したような顔で語りはじめる。

「あいつは強すぎる。誰も手が出せん……この階における治外法権だ。
 無法の中のルールブックである俺にすら従わない。まさに化け物さ……」

こんな危ない階で女性のソフィアが孤児院を経営できるのはその武力が背景にあるからこそ。
クライドもかつては遊び半分でちょっかいをかけたがその時は屋敷が解体された。
ソフィアが素手でやったのだ。誇張抜きでたった一人にボコボコにされた。
以来、ロウレスの悪党は彼女のシマに一切手出しができなくなった。

「『闇の欠片』が何個あってもあいつには勝てない気さえする。
 幸運なことにソフィアはここを自治したいわけじゃなかったらしい……」

当時、ボコられて瀕死の重傷を負ったクライドは彼女の台詞が頭から未だに離れない。
『もう神は信じていない。だから清濁併せ呑む』と。ソフィアはそう言っていた。
人は必ず罪を犯す。このような掃き溜めは絶対に存在することになる。
ゆえに、ソフィアはクライドを裁くでもなく殺すでもなく生かす選択をした。

「あいつは魔法体質のひとつである『超力体質』なんだとよ……。
 生まれつき人間の身体能力の1000倍のスペックを持ってる、異常者なんだよ」

エールはフレイから魔法が使えなくなったと聞いていたが、
魔法体質に関しては変わらず行使できるらしい。

「というわけで、俺はお前らには報復せん。その後の方が怖いからな。
 ソフィアを怒らせたら今度こそ死ぬかもしれねぇ。それだけは……嫌だ」

カタカタと身体を震わせるその姿が印象に残っている。
この階層には秩序も良心もないゆえに、彼をこれ以上裁く方法はない。
だって、この無限迷宮で罪を犯した連中の集まる場所がこの階なのだから。
エールはそのまま顧客リストを持ってズタボロの状態で孤児院まで帰ることになった。

「ご無事で何よりです。クライドとの戦いは無事に終わりましたか?」

帰りを待っていたソフィアはまるで分かっていたように手当てをしてくれた。
かつては使えたらしい治癒魔法を使えば、本当はすぐに治せたようだが。
エールの怪我は全治二か月だ。しばらくは戦えそうにもない。

「すみません……やっぱり私も手伝った方が良かったでしょうか。
 ユリーカからは『アーヴィングの仲間に任せとけ』と言われてつい甘えてしまい……」

「いえ……おかげで良い修行になりました。私ってまだまだなんだなって……」

結果的に言えばソフィアが手伝えばそりゃスピード解決だっただろうが……。
彼女はあくまで情報提供者であって冒険者ではない。無償で手伝わせるのは酷だろう。
かつては神を信じ法を守る僧侶だったかもしれないが、今は孤児院を経営する一般人にすぎない。
孤児院の子供の中にはまだ赤ん坊だっている。子供の面倒の方がそりゃ最優先だ。

顧客リストを読んでみると、この階の闇の欠片の持ち主は多岐にわたっている。
町を探しながら回収するとしても結構時間がかかりそうだ。もちろんメロで返金はする。
顧客リストを読む限りメロで取引していたようなのでそこに問題はない。

その金は冒険者協会が出すという形になるだろう。
一度、協会のある20階の城砦エリアまで戻る必要がありそうだ。

151 :エール :2022/05/11(水) 01:52:48.97 ID:wI7N/A22.net
報告は怪我の治療ついでにエールが行くことにした。
戻ってアーヴィングにそのことを伝えるとすぐに金を用意してくれた。気前がいい。
怪我も協会所属の僧侶による治癒魔法で一気に治してもらった。

それからは64階で地道に『闇の欠片』を回収する日々が続く。
返金すると言っているのに抵抗する者が多くて戦いに発展することが多い。
だが、エールもダヤンもそれなりに修羅場を潜り抜けてきた。
孤児院を拠点に、なんとか闇の欠片の破壊を続けて一か月を過ぎたある日。

「……5分6秒!最長記録だよ!」

「や、やった……これでなんとか使い物になる……」

頭痛を堪えながら、エールは四足で地面に倒れ込んだ。
だが時間を測っていたフレイにエールはにこりと笑って親指を立てる。
エタニティモードを維持する特訓を地道に続けて、ようやくコントロールできるようになってきた。

約5分間。それがエールの全力を出し切れる現在の限界時間だ。
ずっと孤児院の前で練習している関係で最近はこの階で
「光の翼を生やした変なヤツがいる」とうわさになっている。

「ふむ……回収の進捗はどうかな。順調かい?」

リュートを鳴らして、いつの間にかオルフェウスが後ろに立っていた。
エールは慌てて立ち上がると警戒心をあらわにする。

「……今日ようやく終わったところだけど、それが何か……!」

「そうか。腕前も上がっているようだ。少しずつ……着実に強くなっているね」

オルフェウスは羽根飾りのついた帽子をくいっと上げて軽く目を細める。
常にマイペースで穏やかな彼の様子が、今日は少し違っている気がした。
どことなく余裕がない。そわそわとして落ち着きが感じられない。

「人生相談だ。聞いてくれるかな……僕の悩みを。
 正しい判断か仲間を信じるか、君ならどっちを選ぶ……?」

「なんでそんな急に二択を……私なら……その……!」

口をぱくぱくとさせてエールは黙り込んでしまった。
意図は一切不明だが、どっちも大事な気がする。だから選べない。
それに対して良い理由を見出して答えを探すことが、エールにはできなかった。

『正しい判断』を選んだ結果、大切なものが傷ついたらどうする。
『仲間を信じる』を選んだ結果、正しい判断で無かったらどうする。
そんな可能性がつい頭を過ってしまってエールもまた悩むはめになってしまう。

「大事な悩みなんだ。もう時間が少ない……選択すべき時が迫っている。
 そして正しい判断をしたとして、それを実行し得る『力』があるのかも……」

「……何が言いたいんですか?」

「つまるところ簡単な話さ。僕と君たちは戦う運命にある……。
 本心を話せば戦いなんて望まないけれど、こればかりは仕方がない……」

152 :エール :2022/05/11(水) 01:56:22.53 ID:wI7N/A22.net
オルフェウスがリュートを弾き始めると、子供たちが孤児院から出てきた。
外で演奏していたせいもあってか人だかりが出来はじめて、瞬く間に群衆が集まった。

彼の音楽には人を惹きつける魔力がある。それは時に人の心すら操る。
時には心を癒し、時には眠りに誘い、時には精神汚染すら緩和させる。

「僕には『闇の欠片』の精神汚染の影響が薄いようだね。アスクレピオスのように。
 だけど、僕ってやつは駄目な人間なんだ。嫌なことからはすぐに……逃げたくなってしまう」

オルフェウスの隣で黙って立っていたエールは、彼の呟きをしっかりと聞いた。
それは演奏と演奏の合間のちょっとした小休止の時だった。

「悩んでいるだけで何もしない……何もできない。いつもそうさ。
 吟遊詩人にできることなんて音楽を奏でることだけ。でもそうはいかないらしい」

ダヤンはかつて計画が進むことに関して『オルフェウスは本当に残念だと思っている』と言った。
それは事実かもしれない、とエールは今なら素直に思えるようになった。
だからこそ、正しい判断を選ぶか、仲間を信じるかで悩んでいるのだろう。

すなわち。アスクレピオスのように精神汚染の影響を認め、計画を止めるため動くか。
それともアレイスターやマーリンのようにそれでもなお計画を遂行するため動くか。

「この階での演奏は今日が最後だ。明日の朝、町の広場に来てくれ。
 君たちと僕、二対一の決闘を申し込む。七賢者の首を獲るチャンスはそうないよ」

演奏を終えたオルフェウスは、万雷の拍手の中でエールにそう告げた。
戦い以外に道はない。逃げることに意味はない。
なぜなら、彼らの計画を止める以上はいずれ戦うしかないのだから。

「君たちが計画の歯車を狂わせる存在か……そこで見極める」

それだけを言い残してオルフェウスは煙のようにふっと姿を消した。
その夜、エールは孤児院で眠りに就き、戦いに備えた。

今持てる力を全て出し切って七賢者に勝てるかどうか……。
アレイスターはなんとか撃退できたがマーリンは歯牙にもかけなかった。
正直なところ不安を隠せないのが本音だが、やるしかない。

朝になって、エールは装備を整えてもう見慣れた孤児院をそろそろと出ていく。
町の広場に着くとそこにはオルフェウスが待っていて、ソフィアとフレイもいる。

「ごめん……お姉ちゃん……何だか気になって……」

「オルフェウスさんと戦うんですよね。最後まで見守らせてください」

「分かりました。でも危ないからもっと離れてください。私たちも本気で戦うので……!」

オルフェウスの気配がいつもと違う。やる気のない、穏やかな彼はどこにもいない。
羽根飾りのついた帽子の下から覗かせる顔は殺気が滲み出ている。
まるで効率的に人を殺すために存在するかのように、どこまでも酷薄で冷徹。

153 :エール :2022/05/11(水) 02:04:44.70 ID:wI7N/A22.net
エールは指輪に格納した魔導砲を取り出して構えた。
対するオルフェウスはいつも持っているリュートを左手に持つと、
背中に回してリュートのヘッドに位置する部分を右手で掴む。
そこはちょうど剣で言う柄と同じ構造になっていて、持ちやすくなっている。

「リュートで戦うんですか……?吟遊詩人は音楽の魔法を使うんですね」

「否定はしないが……君は何か勘違いしているようだね。
 まぁ……いざという時になればリュートは使わせてもらうさ」

エールはその言葉の意味が理解できていなかった。
この戦いに試合開始のゴングはない。決闘と言ってもルールなしだ。
オルフェウスはあの体勢こそが迎え撃つ構えのようであり、ならばエールも容赦しない。

魔力を充填して渾身のプラズマ弾を放つ。
巨大な青白い光が尾を引いてオルフェウスに迫った。
瞬間、キィン!という耳障りな音と共にプラズマは真っ二つに裂けた。
分裂したプラズマは彼の遥か後方で四散した。オルフェウスの美男には傷一つついてない。

「え……!?どういうこと……!?そんな馬鹿な……!」

「君も知っているだろう。魔法は魔法で相殺できる。
 君の雷系魔法は僕の魔法よりも数段劣っていたということさ」

その異常な防御手段の正体をエールは理解できない。
答えを知るには、何度か見て判断するしかない。
エールはそのままトリガーを引きプラズマ弾を連射した。

「手が一瞬だけブレてる……!?まさか……斬ってるの!?」

「気づいたようだね。これが僕の『魔法』であり『戦闘スタイル』だ」

エールは銃士だけあって視力には自信がある。
しかしそのエールですら手がブレただけにしか見えない超高速の――剣術だ。
オルフェウスはリュートのヘッドの柄を少しズラして、その刀身を見せつける。

リュートに仕込んだ剣でプラズマ弾を叩き斬ったのだ。
しかも、発言から察するに剣には何らかの魔法が付与されている。

「ひょっとして、あれって居合い……!?」

何かのうわさで聞いたことがある。
納刀状態で放つ超高速の剣技がこの世には存在すると。
エールは銃士ゆえに詳しく知らないが、きっとオルフェウスの剣術がそれだ。

そこまで判明したのはいいが、魔法の正体が掴めない。
斬撃時に鳴るあの音――音楽――振動?まさか。

「『音』……を操ってる。まさか。超音波振動……!」

刀身から発する超音波の魔法がプラズマ弾に干渉して斬っていたのだ。
おそらくその魔法によって剣の切れ味は極限まで上昇しているはず。
オルフェウスはリュートを構えたまま静かに答えた。

「正解だよ。中々察しがいいね……ならついでに言っておこう。
 音は空気の振動だ。つまり、僕は風を自在に操って戦う……こうやってね」

154 :エール :2022/05/11(水) 02:07:05.13 ID:wI7N/A22.net
瞬間、エール、ダヤン、オルフェウスの三人を囲むように旋風が巻き起こった。
まるで風の牢獄だ。飲み込まれたら遥か上空にかち上げられて一巻の終わりだろう。

「大した魔法じゃない。風系魔法……ストームプリズンさ。君たちはどう対処する?」

風の牢獄は少しずつその範囲が狭くなってきている。
今は距離があるものの、しばらくしたら強制的にオルフェウスの射程距離に入る。
もしそうなれば超高速の剣術で一刀両断にされてあえなく死亡の未来が待っている。


【クライド撃破。顧客リストをもとに時間をかけて64階の闇の欠片を回収・破壊する】
【オルフェウスに決闘を申し込まれて戦闘することになる。能力は『風』と『居合い』】

155 :エール :2022/05/11(水) 02:11:06.15 ID:wI7N/A22.net
ああ~やっちゃった。改稿前の奴を投下しちゃった。>>153

>エールはそのままトリガーを引きプラズマ弾を連射した。

の後に

『その全てはさっきと同じくすべて斬り飛ばされていく。だが視えた。』

みたいな感じの一文があると思って!すみません!

156 :創る名無しに見る名無し:2022/05/17(火) 10:35:45.99 ID:dbBRz4mu.net
https://i.imgur.com/J3nwW5C.jpg
https://i.imgur.com/70XW1S1.jpg
https://i.imgur.com/0JAunj4.jpg
https://i.imgur.com/RtVJL48.jpg
https://i.imgur.com/4vDBvez.jpg
https://i.imgur.com/YEG5GWG.jpg

157 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:46:16.20 ID:mgF1vjmu.net
テーブルアタックは見事命中し、クライドは床に頭をぶつけて気絶した。

>「ダヤン、倒したんだね……クライドさん思ってたより強かったね……」

「あ、危なかったにゃ〜……。あ! エール、怪我大丈夫にゃ!?」

>「あいったたた……ほ……骨が折れちゃってるよ……ダヤンは大丈夫?」

「にゃんてこった……! オイラは大丈夫だからエールは安静にしとくにゃ……!」

焼石に水とは分かりながらも、とりあえず薬草をエールの左腕に何枚か巻き付ける。
ダヤンもいくらか外傷はあるものの、エール程の大怪我ではない。

「……とは言ったものの欠片の浄化はエールしか出来ないにゃね……。頑張れるにゃ?」

エールはダヤンに言われるまでもなく、剣と銃の闇の欠片を破壊。
そしてクライドを縛ると、顧客リストを探すべく屋敷内を物色する。

>「あっ……なんか白い粉がいっぱい出てきたよ……なんだろ……」

>「クライドさんが町で経営してるカジノの帳簿を見つけたよ!
 でもなんか二冊見つかったけど……どっちが本物なんだろう……」

>「うわうわうわ!変な石がいっぱい見つかったよ!」

「怪し気なものが続々出てきたにゃ……!」

>「顧客リストが欲しいんだろ……案内してやる。だからもう俺の屋敷を荒らすなっ」

と、両手両足を縛られてすっかりしおらしくなったクライド。
これ以上色んな怪しげなものを発掘されては敵わないと思ったのであろう。
本棚をスライドさせると、巨大な金庫が現れた。

>「『闇の欠片』の売買は俺の大事なシノギだ。
 あれを1個持つだけで誰でもインスタントに強大な力を手にできる。
 分かるか?あれを売買できる俺はパワーバランスを容易に操ることができるんだよ」

クライドは金庫を開ける番号を思い出すのに手間取っているようだ。
もしくは、最後の悪足掻きとして手間取っている振りをしているのかもしれない。
そこでエールのもう一押し。

>「分かりました。マスターキーを使います!」

(マスターキー(物理)!?)

あるいは魔導砲なので、マスターキー(魔法)かもしれない。
どっちにしろ、効果はてきめんだった。

>「わーっ、馬鹿やめろ!ただのジョークだ!!番号は忘れてねぇよ!
 『顧客リスト』以外にも俺の大事な私物(金塊とか)が入ってんだよ!危ねぇ真似すんな!!」

こうして、エール達は顧客リストを手に入れた。

158 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:47:24.12 ID:mgF1vjmu.net
>「もう行け。結果的にはお前らに負けて良かったと思ってるぜ……。
 うわさになってるからな……『七賢者』って奴らが欠片を集めてるって。
 俺の商売はもう潮時だ。十分に稼いだんでな、カタギに戻って元の世界に引っ込むさ」

「やっぱり結構噂になってるんだにゃ?
まあ……七賢者相手じゃあ勝てる見込みはないにゃあね」

クライドはもうかなり毒気を抜かれた様子だが、報復などをしないようにエールが一応念押しする。

>「っ……バレた……孤児院を経営してるソフィアさんは、冒険者協会の身内みたいなもの!
 会長のアーヴィングさんの知り合いだから……絶対に何もしないでっ!」

この言葉でクライドは完全に降参した様子。

>「あいつは強すぎる。誰も手が出せん……この階における治外法権だ。
 無法の中のルールブックである俺にすら従わない。まさに化け物さ……」

(アーヴィングさん、やっぱり強いんにゃね。……ん? “この階における”治外法権?)

アーヴィングが常駐しているのはこの階ではない。ということは……

>「『闇の欠片』が何個あってもあいつには勝てない気さえする。
 幸運なことにソフィアはここを自治したいわけじゃなかったらしい……」

「にゃぁあああああ!? ソフィアにゃんってそんなに強いんだにゃ!?」

>「あいつは魔法体質のひとつである『超力体質』なんだとよ……。
 生まれつき人間の身体能力の1000倍のスペックを持ってる、異常者なんだよ」
>「というわけで、俺はお前らには報復せん。その後の方が怖いからな。
 ソフィアを怒らせたら今度こそ死ぬかもしれねぇ。それだけは……嫌だ」

「け、賢明な判断だにゃ……」

こうして意外なオチが付いて、クライド邸での戦いは幕を閉じた。
大怪我のエールを気遣いながら、孤児院まで帰る。
出発前と何も変わらない物腰柔らかなソフィアが出迎えてくれる。
が、若干出発前とは違って見えるかもしれない。

(こう見えて普通の人間の1000倍……!)

>「ご無事で何よりです。クライドとの戦いは無事に終わりましたか?」

「あんまり無事じゃないにゃあよ!? 主にエールが!」

ソフィアはすぐに二人の手当てをしてくれた。

>「すみません……やっぱり私も手伝った方が良かったでしょうか。
 ユリーカからは『アーヴィングの仲間に任せとけ』と言われてつい甘えてしまい……」

>「いえ……おかげで良い修行になりました。私ってまだまだなんだなって……」

159 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:51:00.48 ID:mgF1vjmu.net
エールは、報告と怪我の治療を兼ねて城砦エリアに行くことになった。
それから割とすぐに帰ってきて、それからは顧客リストを元に、闇の欠片を回収する日々が続く。
エールは、エタニティモードを維持できる時間を延ばす特訓をしているようだった。
ダヤンはというと、シャドウアバターの実用化に目を付けた。
アレイスター戦の時に初撃を凌ぐのにはかなり役立ったが、他の技を発動すると消えてしまうようでは用途が狭い。
そこで、他の技を発動しても維持できるように練習していた。
最近、成功率100%まではいかないものの出来るようになってきた。

>「……5分6秒!最長記録だよ!」

>「や、やった……これでなんとか使い物になる……」

エールの方は、ついにエタニティモードを維持できる時間が5分を超えたようだ。

>「ふむ……回収の進捗はどうかな。順調かい?」

地面に寝転がるエールの背後に、突然オルフェウスが現れた。
それに気づいて慌てて駆け寄るダヤン。

「気安く背後に立つんじゃないにゃ! 一応敵にゃんだから!」

>「……今日ようやく終わったところだけど、それが何か……!」

警戒しつつも律儀に相手をするエール。

>「人生相談だ。聞いてくれるかな……僕の悩みを。
 正しい判断か仲間を信じるか、君ならどっちを選ぶ……?」

「急に何を言ってるんだにゃ……」

と、最初は取り合わなかったダヤンだが。

>「大事な悩みなんだ。もう時間が少ない……選択すべき時が迫っている。
 そして正しい判断をしたとして、それを実行し得る『力』があるのかも……」

合理的に考えて正しい可能性が高いと思われる選択肢があって、
しかし仲間はそれとは違う方向を向いていて、全体の流れはすでにそちらに傾いているという状況だろうか。
正しい可能性が高い方を選んだ方がいいと言ってしまえばそれまでだが、それは生半可な覚悟では出来ないことだろう。
流れに抗える保証も無ければ、万が一仲間達の方が正しかったら、取り返しがつかないのだ。

(似たような状況、どこかで聞いたことがあるような……。あ、アスクレピオスにゃん!?
やる気無さげだったけどやっぱり実は内心アスクレピオスにゃん派なのかにゃ!?)

>「つまるところ簡単な話さ。僕と君たちは戦う運命にある……。
 本心を話せば戦いなんて望まないけれど、こればかりは仕方がない……」

160 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:52:03.52 ID:mgF1vjmu.net
(だったらなんで戦う必要性があるんだにゃ!)

>「僕には『闇の欠片』の精神汚染の影響が薄いようだね。アスクレピオスのように。
 だけど、僕ってやつは駄目な人間なんだ。嫌なことからはすぐに……逃げたくなってしまう」
>「悩んでいるだけで何もしない……何もできない。いつもそうさ。
 吟遊詩人にできることなんて音楽を奏でることだけ。でもそうはいかないらしい」

>「この階での演奏は今日が最後だ。明日の朝、町の広場に来てくれ。
 君たちと僕、二対一の決闘を申し込む。七賢者の首を獲るチャンスはそうないよ」
>「君たちが計画の歯車を狂わせる存在か……そこで見極める」

オルフェウスは一方的に言い渡して姿を消し、ダヤンは呆然と呟いた。

「にゃんてこった……」

どうやらオルフェウスは身の振り方を決めかねており、エール達が計画の歯車を狂わせる存在になり得るか否かによって、
アスクレピオス派に転向するかを決めようとしているようだ。
七賢者の強さにもバラつきはあるようだが、どう転んでも強敵であるのは間違いない。
しかし、応じるしかない。せっかく身の振り方を迷っている様子なのだ。
ここで逃げれば、エール達が取るに足らない存在だったとしてこちら側に転向する気がなくなってしまうだろう。
逆にもしもうまくいって味方に引き入れることが出来れば、かなり状況が変わるのだ。

次の朝、エールとダヤンはオルフェウスに言われたとおり、広場へと向かう。
オルフェウスは、リュートを普通に弾くのではない不思議な構え方をしていた。

>「リュートで戦うんですか……?吟遊詩人は音楽の魔法を使うんですね」

>「否定はしないが……君は何か勘違いしているようだね。
 まぁ……いざという時になればリュートは使わせてもらうさ」

その言葉の真意は分からないながらも、エールは渾身のプラズマ弾を放つ。
プラズマは真っ二つに裂けて後方で四散する。
連射するうちに、エールはその絡繰りに気付いたようだった。

>「手が一瞬だけブレてる……!?まさか……斬ってるの!?」

「プラズマ弾を斬ったにゃ!? そんな馬鹿にゃ……」

>「気づいたようだね。これが僕の『魔法』であり『戦闘スタイル』だ」

>「ひょっとして、あれって居合い……!?」
>「『音』……を操ってる。まさか。超音波振動……!」

>「正解だよ。中々察しがいいね……ならついでに言っておこう。
 音は空気の振動だ。つまり、僕は風を自在に操って戦う……こうやってね」

3人を囲むような旋風が巻き起こった。
逃げ出したり他から邪魔が入ったりしないような状況を作り出すための魔法だろうか。
かと思いきや、そんな甘いものではなかった。

161 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:53:28.85 ID:mgF1vjmu.net
>「大した魔法じゃない。風系魔法……ストームプリズンさ。君たちはどう対処する?」

旋風で囲まれた範囲が少しずつ狭まってきている……。

「いや、大した魔法にゃよ!?」

迫ってくる風の壁に当たればどこか遠くに吹っ飛ばされて少なくとも戦線離脱は確定。
かといってやむを得ずオルフェウスに近づけば一瞬にして超高速の剣術の餌食だ。

(八方ふさがりにゃ……。どうするにゃどうするにゃ!?
……集中を削いで射程範囲に入る前にやめさせるしかないにゃ!!)

「スモーク・ボム!」

煙幕に紛れて背後へ。
居合の対応可能角度はかなり広いと思われるが、それでも360度同時には対応できないだろう。
そう思うことにする。

「シャドウアバター!」

影分身の魔法で、ダミーの的とするための幻影を作り出す。
アレイスター戦のときは、相手は瞬時に本物を見抜くことまでは出来ずに分身に雷撃を落としていた。
もちろん、七賢者の強さが皆同じでもなければ、得意分野も様々だ。
今回もうまくいく保証はどこにもない。

「スカーレットブラスター!!」

双剣に炎の魔力を込めての連続攻撃。
普通に近付けばすぐに一刀両断にされて終わりだが、シャドウアバターで作り出した分身達も一斉に突撃する。
技量が上がれば分身達に色んな動きをさせることも出来るのかもしれないが、
今のところは分身も全て本体と同じ動きをするようだ。
そして実際に斬りかかっているのは本体だけなので、普通に本人に斬りかかってはすぐにバレる。

162 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:54:14.49 ID:mgF1vjmu.net
(リュートの弦を狙うにゃ……!)

今は使っていないが、後に本来の用途でリュートを使った魔法も使用してくるだろう。
もしも弦を傷つけることが出来れば、後の展開が有利になりそうだ。
刃が弦にほんの少し掠り、音が鳴る。やはりそう簡単には切れないようだ。
もしもほんの少しでも弦が傷ついていれば儲けものなのだが。
そして当然のごとく本体を見破られた。

「――そこだ!」

間一髪で飛び退るダヤン。
それはいいのだが、勢い余ってストームプリズンの風の壁に突っ込んでしまった。

(しまった……!)

あっという間に上空に吹き上げられる。
その中で、ありったけの魔力を込めてダガーをオルフェウスの足元に投げつけた。
直前までスカーレットブラスターを使っていた流れで、シャドウスティッチの亜種を放つ。

(スカーレット・シャドウスティッチ!!)

通常の動きを止める効果に加えて、拘束中炎属性の攻撃が入る魔法だ。

(エール、勝ってにゃ……!)

技が発動したのかを確かめる暇もあるわけもなく。
ダヤンはどこかに飛ばされて姿が見えなくなってしまった。

163 :ダヤン:2022/05/18(水) 21:55:11.42 ID:mgF1vjmu.net
【突然ごめんにゃ
急なリアル事情で継続が難しくなったのでシーンから離脱させたにゃ
このまま行方不明で話からフェードアウトを想定してるけど
NPC化したりもしくはPCとして使いたい人がいれば使ってもらうのは一向に構わないにゃ
2人しかいないのに大変申し訳にゃい
今までありがとう、楽しかったにゃ。誰か新しい参加者が来てくれることを願ってるにゃ】

164 :エール@携帯:2022/05/18(水) 22:39:41.16 ID:touZCwtO.net
えっ!本当に!?残念……
でも多分新しい参加者は来ないと思うからこれで終わりかな
今まで一緒に遊んでくれてありがとう、私も楽しかったよ

七賢者に関して、もっとやりたいことがあったからそれが心残りだなぁ
でも今なら小説投稿サイトがあるしそっちで消化するかもしれない
だからTRPGとしてのエールの物語はこれで終わりにします

実を言うと、姉との再会っていう一番やりたいイベントは消化したから
エールの話としてはもう終わってるようなものだったんです

この企画でなな板TRPGやるのは最後だろうなーって思ってたから
私も消えるね。さようなら。いつまでもこの遊びが続きますように

165 :創る名無しに見る名無し:2022/05/20(金) 11:08:03.07 ID:fP+lstMa.net
昔さ、フレグランス系統エロダンジョンスレがあったけど
タカハシレベルの女でさえも、フレグランスの系譜を引くしっかりエロスが書ける雄野郎じゃないと相手にされてなくてワロタな

逆にフレグランス系のが来るとヨガり狂うのな
あれは良かった

166 :創る名無しに見る名無し:2022/05/25(水) 12:25:15.47 ID:2CBpipqw.net
>>165
神ですから

167 :エール :2022/06/24(金) 23:05:14.56 ID:pY0OFWXw.net
お久しぶりです~。一ヶ月ぶりくらいかな?
唐突に現れて何の用だよ?って感じですが……。

未完で終わった関係で構想全てを描けなかったのが結構心残りで……。
私の中で、大きな宿題として残っている感じなんです。
こうなったらと思ってこのたび企画を小説としてリメイクすることにしました。

https://ncode.syosetu.com/n9628hr/

と、言っても参加してくれたダヤンさんと二人で築いてきた物語。
一人で書く小説にする以上はそのままという訳にはいきません。
ストーリーはもちろん、世界観も一新しています。
登場人物だけ引き継ぎ(エール、カノン、ルシア、七賢者のみ)と言えば分かりやすいでしょうか。

TRPGとして終わらせられればベストだったのですが、
実力不足もありそれは叶わなかったのでこういう形になりました。
不定期更新ではありますが興味がありましたらご一読ください。失礼しました。

168 :創る名無しに見る名無し:2022/06/25(土) 13:06:10.16 ID:azMNU7sb.net
おー頑張って
応援してまふ

169 :創る名無しに見る名無し:2022/07/20(水) 05:28:50.96 ID:9nhNzwZK.net
応援されてる訳ねーだろ

170 :創る名無しに見る名無し:2022/07/21(木) 12:23:21 ID:y6AewALu.net
いや応援しとるわ

171 :創る名無しに見る名無し:2022/07/22(金) 12:59:32.34 ID:k+NIU3ut.net
お前だけだろ本人

172 :創る名無しに見る名無し:2022/07/22(金) 20:41:24.12 ID:uCLWAZbP.net
と、いうことにしたい

173 :創る名無しに見る名無し:2022/07/26(火) 18:07:50.59 ID:rkbxRPFU.net
ここ出身の天才の一人 エロダンジョンのフレグランス様
【フレグランス様】エロダンジョン【巨乳大歓迎】
https://yuzuru.5ch.net/test/read.cgi/charaneta2/1267092739/

174 :創る名無しに見る名無し:2022/08/24(水) 16:31:01.12 ID:7HoeF1Sk.net
まだ舞える

175 :創る名無しに見る名無し:2022/11/18(金) 15:57:39.54 ID:knKpuGjo.net
雑談所すら消滅したし今あるスレが終わったら全部終わりか

176 :創る名無しに見る名無し:2022/11/18(金) 17:59:16.87 ID:IKSNzEEA.net
ブレモンしかなくね?

177 :創る名無しに見る名無し:2022/11/19(土) 19:35:57.84 ID:/IWsPkNU.net
そのブレモンも終盤ですね
誰も新スレを建てないし語る人もいないという…

178 :創る名無しに見る名無し:2022/11/20(日) 05:00:07.01 ID:p6kWnECv.net
しょーがないよ
にちゃんじたいかそってるし

179 :創る名無しに見る名無し:2022/11/22(火) 17:45:01.82 ID:n3k7HiYX.net
ここ雑談スレにしていいなら語るのもよいかな

180 :創る名無しに見る名無し:2022/11/22(火) 18:38:02.71 ID:Rrlg0FVK.net
フレグランス様がどうたら言い出さなきゃ何してもいいよ

181 :創る名無しに見る名無し:2022/11/22(火) 21:53:34.45 ID:Go/J4xuS.net
ブレモン
上位存在に対する解釈が参加者ごとにバラついてる印象ある

182 :創る名無しに見る名無し:2022/12/22(木) 21:33:01.28 ID:C90kbk1D.net
語らんでいいよ
場外乱闘会場は不要

183 :創る名無しに見る名無し:2023/03/04(土) 19:27:03.86 ID:PDFWkKaY.net
誰か新スレとか立てる人おらんのん?

184 :創る名無しに見る名無し:2023/03/05(日) 11:29:28.72 ID:aClJLMOJ.net
ネタがないよネタが

185 :創る名無しに見る名無し:2023/03/26(日) 11:23:47.25 ID:hOLEe8JU.net
立てても人がおらへんねん
ここにおるんはおっちゃんとぼんだけや

186 :創る名無しに見る名無し:2023/03/26(日) 17:55:18.46 ID:HS8ntOAz.net
なんかネタだそか?

187 :創る名無しに見る名無し:2023/03/27(月) 03:51:42.35 ID:lj5jfgQq.net
じゃあトビウオ握ってよ

188 :創る名無しに見る名無し:2023/04/01(土) 20:22:39.15 ID:qUrPSlOm.net
トビウオジャパンは7月だよ

189 :創る名無しに見る名無し:2023/04/02(日) 10:35:17.76 ID:oo8iIvTY.net
じゃあジャムバターでいいよ

190 :創る名無しに見る名無し:2023/04/02(日) 19:40:52.65 ID:uHL0Vzk9.net
ジャムバターコーンでもいいなら在庫あるよ

191 :創る名無しに見る名無し:2023/04/16(日) 20:57:19.76 ID:MOLkDKkR.net
ここで前にやってたネタを別人がやってもいいのかな
廃墟探索ってやつやってみたいけど

192 :創る名無しに見る名無し:2023/04/17(月) 10:18:27.42 ID:T0jftYZy.net
おーいいね
期待

193 :創る名無しに見る名無し:2023/04/17(月) 20:38:22.58 ID:h/VI3ZE+.net
昔の参加者のキャラ設定とシナリオパクるとかしない限りはいいんじゃないだろうか
あくまで同企画ってことで

194 :創る名無しに見る名無し:2023/04/17(月) 21:54:08.60 ID:h/VI3ZE+.net
始動するなら参加します

195 ::2023/04/17(月) 22:59:47.89 ID:/nwzS9lJ.net
かつて地球上に存在し、人類の歴史上最も繁栄した時代。
その終わりは終末兵器と呼ばれる物が世界中に放たれたことによって、あっけなく訪れた。
世界中に広がった人類たちも、今ではわずかに残る汚染されていない区域に残るシェルターを
中心に街を築き、そこで細々と暮らしているだけだ。

だが、人類は過去の栄華を求めている。
食料の自動生産、重力の制御、人工的な超能力。暴走した無人兵器が闊歩し、除染不可能な毒物に塗れた廃墟の中に全てが眠っているのだ。
そして再び人類の手にこれらを取り戻すために、命知らずの探索者たちはわずかな武器と解毒剤を心の支えに廃墟へと潜る。

ジャンル:SF廃墟探索
コンセプト:ポストアポカリプス+ダンジョンアタック
期間(目安):特になし
GM:なし
決定リール:他PCに影響を与えるようなら相談を
○日ルール:一週間(延長可)
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし

名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
種族:
職業:
性格:
能力:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:

取り急ぎテンプレを貼っておきます
先達にならってテーマを一つ決めておくのでキャラメイクの参考にしてください。
テーマは「そこそこの探索者」

196 ::2023/04/17(月) 23:25:59.62 ID:h/VI3ZE+.net
ちょうど考えてました。こんな感じでもいいですかい?
「そこそこ」の加減を間違えてるかもしれないので必要あれば直します。


名前:ヘンゼル・アーキバスター
年齢:25
性別:男
身長:186
体重:75
種族:適応種(汚染に一定の耐性を持つ)
職業:探索者
性格:三枚目で金に目が無い
能力:クソデカ銃を振り回すだけの腕力。それ以外は並みの探索者レベル。
所持品:
・マルチプルランチャー(ML-06ver.H)
『石ころからミサイルまで』がキャッチフレーズの何でも撃ち出せる便利なライフル。ただしクソデカ重い。
金銭的事情により基本は石か空気を弾として活用している(それでも対人戦闘では十分な威力を持つ)
その気になれば荷電粒子砲だって撃ってやる、とヘンゼルは豪語するが完全にハッタリである。

・サバイバルキット
いざという時の備え。一週間分の凝縮食料や医薬品が入っている。

・サングラス
どこにでもありそうな黒サングラス。照準がマルチプルランチャーと連動しており、射撃を補助する。
他にも熱源探知など簡易的なレーダーの役割も果たす。

容姿の特徴・風貌:
黒いロングコート、黒サングラス、背中に自分の身ほどもある巨大な銃。
簡単なキャラ解説:
元は妹とスラムで暮らす孤児だったが、《魔女》と呼ばれる武器商人に拾われ探索者となる。
《魔女》は数年に渡ってヘンゼルと妹を育て、戦闘技術を叩きこんだが、それは先行投資に過ぎなかった。

ある日、《魔女》は成長した彼に法外な金銭を要求する。
払わなければ自分の命より重い妹の明日は無いと脅されて。
それ以来、ヘンゼルは献身的なまでに総額の分からない借金を払い続けている。

妹は一般人として平穏に過ごしており、近々結婚する予定。
ヘンゼルは妹が結婚式の資金に難渋しているのを知っており、今、是が非でも金が欲しい。

197 :創る名無しに見る名無し:2023/04/18(火) 01:37:28.09 ID:V6q18HMW.net
面白そうな企画始まった

198 ::2023/04/18(火) 20:27:26.35 ID:rj14sS+l.net
名前:ジャスミン・ダンバー
年齢:19
性別:女
身長:161
体重:59
種族:サイボーグ
職業:探索者兼エンジニア
性格:好奇心の赴くままに
能力:エンジニアとしての知識・機械的に強化された骨格及び神経
所持品:
・大型多目的機械腕「アトラスアームmk-2」
たまたま廃墟の工場で見つけたものを改造して装備している。
その最大出力は瞬間的には中型無人兵器にも勝り、精密さはピコメートル単位で調整できるほど。
機械化された肉体が扱うことでその性能を存分に発揮することができる。

容姿の特徴・風貌:
黒のインナースーツの上にオレンジの作業用ジャケット、下は白か黒のカーゴパンツ。
「これしか持ってねえよ、ファッションなんてどうでもいいだろ?」とは本人の弁。
そのため休日でも靴は安全靴。

簡単なキャラ解説:
探索者向けの修理工場を営む両親の元に生まれ、幼い頃に重い障害を負う。
町医者では治しようのないほどの障害だったがシェルターの支援によってサイボーグとなり、
その代償として探索者となる。今では最初の探索で拾った大型多目的機械腕を相棒としているが、戦闘では自動機械を解体できないスクラップにしてしまうことが多い。

他にも来られる方がもしかしたらいるかもなので、1週間ほど待ってみますね!

199 ::2023/04/18(火) 23:25:52.73 ID:r0BdXdXB.net
了解です。自分はいつでも行けますのでのんびり待ちます。

200 ::2023/04/25(火) 19:43:31.91 ID:N4himfL9.net
来られないようなのでとりあえず二人で書き出し考えますねー

201 ::2023/04/25(火) 22:22:59.41 ID:G5dw+wzL.net
対面進行ですね。お手柔らかにお願い致します!

202 :ジャスミン :2023/04/25(火) 22:50:01.71 ID:N4himfL9.net
かつて、世界を巻き込んだ戦争があった。
誰が勝利したのか定かではないままそれは終わり、今では生き残ったわずかな人間と放たれた自動機械たちがあるのみ。

「さってと……今日は三日ぶりに潜ってみるかぁ?」

自動機械が彷徨う都市の廃墟から離れた場所、人間だけに強い毒性を持つ霧の影響を受けない場所。
戦前に山をくり抜いて作られた巨大シェルターと、それにすがるように作られた建造物たち。
早朝、ひときわ大きな建物の前で、赤毛の女性が軽くストレッチをしながらつぶやく。

「この前は空っぽだったから今回は稼がないとな、人数集まればいい場所があるんだけ――どっ!」

ぐるっと身体を左右に捻って深呼吸。それでストレッチを終わらせてひと息つき、
情報端末をカーゴパンツのポケットから取り出し、探索支援センターへの申請を送信する。

「旧都市部工業区画、座標D-7周辺の探索申請。最近のスキャナーじゃデカブツは出てきてないから安心だぜ」

そう言ってひときわ大きな建物、通称「ダンバー総合修理工場」に赤毛の女性が入っていく。
内部にあるのは探索者の装備を修理する様々な設備。戦前の技術を用いた全自動フレキシブル・ロボットアームから、
錆が浮きつつも使い込まれた万力台まで、どれも彼女が幼い頃から親しんできたものだ。
だが、彼女はここで働くことを許されない。障害を治すためにサイボーグとなった彼女の道は、探索者として潜り続けることだけ。

「あの区画なら、まだいいもんあるかもなあ……こいつみたいに!」

彼女が工場の奥にある二つの鉄塊に腕を通したかと思えば、まるで重さを感じないように軽々と腕に装備する。
最初の探索で拾った大型多目的機械腕は、今や彼女の相棒だ。
それを身につけたままで器用に大型パックパックを背負い、探索支援センターへと歩いていく。

センターにたどり着いたとき、彼女の情報端末には一人の探索者とのマッチング決定が連絡されているだろう。

【それでは改めてよろしくお願いします】
【何か質問などありましたら遠慮なくどうぞ】

203 :創る名無しに見る名無し:2023/04/26(水) 04:09:07.81 ID:3G0w4sco.net
「なんだい、ここも過疎ってるじゃないか。仕方がないなぁ」
そう言うとスネ夫は肩にぶら下げた鞄から珠を取り出した。拳大の金色の珠である。
それを見たハッケヨイは驚き、
「それをこんなスレで使うのでゴワスか?」
と訝しむ。
「まあ、ちょっともったいないけど、ここで使わないと、このスレが滅びちゃうからね」

204 :創る名無しに見る名無し:2023/04/26(水) 04:36:51.00 ID:/AioA/sC.net
ハッケヨイ「ダメでゴワス!それはあの裏山に住む龍神の宝珠!返さなければ…」
スネ夫「ビビってんじゃねえよ、まあ見てなって」

205 :ヘンゼル :2023/04/26(水) 23:09:15.94 ID:pueNTnPh.net
 薄暗いしみったれた空を何度仰いだことだろうか。
 数日間の空腹を満たすだけの食料はすでに無く、隣では瘦せこけた妹がすやすやと寝息を立てている。
 何度神に祈ったことだろうか。この祈りが通じないのは、あの雲が太陽を覆っているせいなのか。

 汚染された環境に、人を効率的に殺戮する機械が跋扈するこの世界で、ここまでなんとか生きてこれた。
 でも『ここまで』なんだ。それはいい。だけどせめて。せめて妹だけは。妹だけは、生きて欲しい。
 それだけが俺の願いであり、祈りだった。

「……――慈悲を乞うがいい」

 かくして祈りは通じた。だが、通じたのは神にではなかったらしい。
 通じたのはギラギラに真っ黒なサングラスをかけた、肥え太った中年のクソババアだった。
 この辺のスラムにいる人間じゃないのは一目瞭然だ。だが、たとえ悪魔だったとしても、今は縋るしかない。

 俺は《魔女》と出会い、それから探索者となって借金苦に喘ぐ日々を送ることになる。
 《魔女》のやつは自称武器商人だ。恐ろしく強欲で、人でなしで、冷酷だが、彼女の持つ『力』だけは確かだった。
 俺は《魔女》の下で必死に戦う技術を磨き、なんとか探索者として生きる能力を手に入れることができた。

 妹を養うだけの力が俺にはある。それは幸福な事実だった。
 スラムで生きていた俺と妹が、今や真っ当にシェルター近くの街で暮らせるようになったのだ。
 注釈をつけ加えるなら、《魔女》からお前たちを育てるのにかかった養育費を払えと脅されていることだが――。
 総額も分からん莫大な借金を、俺はどうやって支払えばいいのか、とんと見当がついていない。

 ともかく、金がいる。こんな救いのない世界でも、金ってのは大事なものらしい。
 妹にはそんな思いをさせたくないと俺は常々考えているが、現実はそんなに甘いもんじゃない。

 探索者の収入は、おおよそ自動機械などを倒した時の討伐報酬の他に、倒した討伐対象そのものの買い取り額で決まる。
 危険で恐ろしい自動機械も、今の人間にとってはかつて栄華を誇った人類の、まぁ英知の結晶みてーなもんだからな。
 歩く殺人兵器に使われてる技術の価値は俺もよう知らんが、ともかく金になるのだけは確かだ。

 何が言いたいかっていうと、俺の収入はその日に遭遇する敵によって左右され、時には赤字に終わることもあるってことだ。
 不安定なんだ。俺の稼ぎは。しかもなけなしの収入の大半は借金を返すのに溶けてなくなる。

 養育費の借金に利息がついてるなんて意味不明な事実なんだが、《魔女》に抗議したって睨まれて終わりだ。
 あいつのやることに道理なんてない。ほとんど裏社会の人間だからな。あれは。

 話を戻す。俺の妹、グレーテルは近々結婚する予定である。でも困ったことに、結婚式を開く金に困っているという。
 もちろんグレーテルからそんな話、一言だって聞いてない。これはグレーテルの結婚相手がうっかり漏らした話だ。

 結婚式は開かずに役所に結婚届だけ出せばいいと思うかもしれんが、そういう問題じゃない。
 だってそうだろう。結婚式ってのは誰の人生においても重要なイベントだ。
 幸福の、幸福の、幸福の絶頂と言ってもいい。みんなに祝福されて、新たな人生を送るターニングポイント。

 それを役所の手続きだけで「はい終わり」だと? そんなの許されるはずがない。
 俺は誓った。是が非でも妹には結婚式をやってもらう。みんなに祝福されて、幸福の中にいてもらう。
 どんな困難が待ち受けていてもその金を手に入れてやる。だから待ってろ、結婚式。

206 :ヘンゼル :2023/04/26(水) 23:16:58.73 ID:pueNTnPh.net
 ともかく、今はどうにか金を捻出せねばならなかった。金がどうしても要る。
 ボロい自分の部屋を漁り回って予備の銃の弾丸やら、何に使われていたのかもよく分からん
部品の残骸をスクラップバザーで売り払ってみたが、到底足りない。

 こうなれば探索者らしく廃墟を探索し、自動機械をぶちのめして報酬を頂くしかない。
 さいわい、《魔女》には今月の利息分を払い終えている。追加で仕事をこなす分には文句などないだろう。

 探索支援センターのオートマッチングを使えば仲間探しも簡単だ。
 俺は特定の仲間を持たない。その昔、駆け出しの頃には仲間もいた。
 同じスラム出身の連中でチームを組んで探索に挑んだものだが、生き残ったのは俺だけだった。

 それ以来、俺はなんとなく人の輪に入ったり、仲間を作ることが怖くなった。
 人と手を繋ぐ。新しい繋がりを手に入れてもまた壊されてしまう。それが何より恐ろしかったのだ。
 それならいっそ、孤独な方がいい。だから俺は仲間がどうしても必要な時だけセンターのマッチングを頼ることにしている。

 今回、マッチングを頼んだ理由は単純に、金になりそうなものを全部売っちまったせいで俺の武器の弾がほとんどない。
 具体的には5発分くらいしか、ない。実弾が無くても俺の武器は使いものになるのだが、その性能をフルに発揮できない。
 不測の事態を考慮すればやはり協力してくれる仲間は必要となるだろう。生存率を上げるためにも。

 ちなみにこのセンターのマッチングにはある有名な逸話がある。伝聞なのでどこで誰に起きた話かまでは知らないのだが、
マッチングを使った探索者4名が自動機械ハイランダーに強襲されながらも、これを破壊したという逸話だ。
 うち一人は正規の探索者ではなかったという話もあるが詳細は知らない。本当にちらっと聞いただけだ。

 これを武勇伝と考えるか、不運な話と考えるかは個人の自由だ。だが俺は後者の考え方をしている。
 オートマッチングを使ったら、似たような目に遭うんじゃないか? そんな気がしてならないのだ、俺は。
 だけど今は不運に怯えている余裕が無い。とにかく金が要るので久々にマッチングに頼った。

 端末に回ってきた内容はこうだ。
 旧都市部工業区画、座標D-7周辺の探索申請。申請者はジャスミン・ダンバーとある。
 ダンバーっていうのはあの『ダンバー総合修理工場』のダンバーのことなのか。
 俺も自分の武器のメンテで何度か頼ったことがある。俺の武器は若干普通とは違うからな。

 気になるところではあるが、今は余計なことを考えないでおこう。
 マッチングの決定に従い、武器と荷物を担いで探索支援センターへと走った。

 センターのミーティングルームのひとつに予約を取っており、待ち合わせ場所はそこに指定されている。
 探索の打ち合わせがあればその部屋でスムーズに出来るってセンターの計らいだな。
 どうやら相手の方が先に到着しているらしい。部屋の扉を開けると、軽く挨拶をする。

「……遅れちまったかな。端末に情報は届いてると思うが、俺がヘンゼルだ。まぁ……よろしく頼む」

 ほぼ作業着姿であるジャスミン・ダンバーを見て、俺は工場の作業現場に来てしまったのかなという錯覚に陥った。
 何より特徴的なのは腕がごつい機械だったことだ。たぶん彼女はサイボーグなんだろうな。が、問題はそこじゃない。
 あえてオブラートに包まずに言うと、彼女にはおおよそ「女性らしさ」というものが欠落している。

 この事実を俺は彼女に決して告げないだろう。これからの仕事が円滑に行えなくなる可能性がある。
 サングラスに隠された目つきから、俺の思考を悟られる前に自己紹介を畳みかける。

「あー……そうだ。おたく、あの修理工場のお嬢なのか? 苗字が同じだから気になってたんだ。
 飴ちゃんいるか? お近づきの印にでも。好きなのをとっていいぜ。ほら遠慮せずに」

 ロングコートの懐をまさぐると驚くべきことにオレンジ、りんご、ぶどうの三種の飴を発掘できた。俺は甘党なのだ。
 これは幼い頃の反動ってやつだな。配給の食事に甘いお菓子やデザートなんて無かったから。
 金に余裕はないが、これだけが俺の荒んだ心を癒してくれる。

「それで……本題に入るが、今回の探索で何か目当てはあるのか? いや無くてもいいんだが、俺は今、金が入り用でな。
 出来れば小銭じゃなくてドカッと大金を稼ぎたい。多少危険でも金が稼げるなら付き合う覚悟はある」

 そうは言ったものの、今回の探索の申請者は俺じゃない。基本的には彼女の方針に従うとしよう。

207 :ヘンゼル :2023/04/26(水) 23:20:53.32 ID:pueNTnPh.net
【いよいよスタートですね!大阪のおばちゃん的な導入になりましたがよろしくお願いします!】
【ちなみにヘンゼルが金を稼げないような探索(シナリオ)になったとしても特に問題ないです!】

208 :創る名無しに見る名無し:2023/04/27(木) 01:43:31.80 ID:8L3wxuHb.net
スネ夫は宝珠を空に翳し呪文を唱えた。
「なんじゃもんじゃちんころころり・・・キェ〜ッ!」
ハッケヨイ「あわわ、どうなっても知らないでゴワス」

209 :創る名無しに見る名無し:2023/04/28(金) 02:37:02.14 ID:khdat1uD.net
>>205

210 :ジャスミン :2023/04/28(金) 20:06:30.01 ID:w7VwOz3O.net
ミーティングルームと言っても、簡素なプレハブを簡易なキャットウォーク型通路で繋いだだけのもの。
とはいえ部屋がなければ儲け話もやりづらく、少々の不便さを耐えて探索者たちはセンターから用意された場所に歩いていく。
早めに到着したジャスミンは端末を起動し、ディスプレイを網膜投影してマッチングした相手の情報を確認していた。

「ヘンゼル・アーキバスター、適応種で特徴は腕力、強みはマルチプルランチャーで型番はML-06……
 工業区画なら弾はその辺に転がってるし、力持ちが増える分には困らねえ。
 これならあそこに行けるか……?」

そう呟いて、端末をカーゴパンツにしまったまま無線接続を切断する。
今回は工業区画に残された部品や工具の回収が目的だが、本人の希望次第ではさらに奥まで潜り込めるはず。
ヘンゼルが来るまでの間、しばらく工業区画の地図データと彼女は顔を突き合わせていた。

そうしてドアが再び開いたとき、そこにいたのは黒ずくめの男。
地図データに囲まれていた彼女は視線をそちらにやると、さっとデータ群をまとめて最小化する。

「よろしく、あたしはジャスミン。あんたの予想通りでダンバー修理工場の一人娘。
 そんで飴はオレンジをもらっとく。本物の『オレンジ』なんてもう存在しないのにそんな名前ついてるなんて変だよな」

大型機械腕が二本の指を動かし、オレンジ味の飴を粉砕することなくつまみ上げる。
つまんだままひょいと飴を放り投げたかと思うと、彼女の口内へするりと入り込み、バリボリとかみ砕く音が部屋に響いた。

「ん、美味しいなこれ。シェルターの放出品?」

あらゆる需要と供給が自己完結しているシェルターにおいて余剰品は本来発生しないが、
時折余剰品と称した嗜好品や娯楽用の物品が配られることがある。
そういったものを受け取れる地位にある人間と近いのか?そういう意味を含めた質問だった。
とはいえそんなことより、今は探索について話す方が先とばかりにヘンゼルに応じた。

「まぁそんなことより、大金稼ぐなら大当たりだね。あたしが狙ってるのは大金どころか一獲千金、
 上手くいけばシェルター入りできるかもってぐらいの奴さ。」

ニヤリと笑って彼の情報端末にデータを送る。
内容は工業区画D-7に何があるのかが示されたシンプルなものだ。
あらゆる人体に害を及ぼす毒性を分解、中和するナノマシン製造機の設計図。

「あたしが最初に潜った工場にあったんだよ、その設計図が収められた部屋が。
 あの時はセキュリティをハックできるような技術はなかったし、戦前のセキュリティが起動したらひとたまりもなかった。
 けど覗いたデータベースではっきりと見たんだ、『学習型毒性分解ナノマシン研究区画』って」

もしそれを持ち帰れば、遅々として進まない霧の解毒が進み、より人類の領域を広げることができる。
今の人類が恐れるのは自動機械だけになるのだ。

「この情報は誰にも漏らしちゃいないし、センターにも伝えてない。
 あたしの頭ん中だけさ。シェルターでメンテする時は外部記憶に移してるからバレる心配はない。
 あんたが今すぐバラしちまったらおしまいだけど……そんなことしないだろ?」

【本物ならめちゃくちゃ稼げるし歴史に名が残るし将来はバラ色だぜ!!!】
【展開次第ではヘンゼル君がホントに稼げるかもしれません…!】

211 :創る名無しに見る名無し:2023/04/28(金) 21:09:58.27 ID:khdat1uD.net
宝珠は光輝き青白いオーラを放ち始めた。
ハッケヨイ「せ、世界が終わるでゴワス」
スネ夫「何を言ってんだい、これから僕は神になるんだぞ!世界が何だっていうんだよ」

212 :ヘンゼル :2023/04/30(日) 19:50:58.44 ID:qGud60dQ.net
 驚くべきことにジャスミンは本当に修理工場のお嬢だった。
 修理工場という立派な実家を持ちながらなぜ探索者という危険極まりない仕事をするのか。
 彼女がサイボーグってところに理由が――いや、余計な詮索は無用か。俺も借金があるしな。
 人にはそれぞれ、事情というものがある。それは気安く突っついていいものではないだろう。

>「ん、美味しいなこれ。シェルターの放出品?」

「ああ……元を辿ればそうなるんだろうな。それは『お菓子の家』で見つけたのさ」

 《魔女》のコネは広い。シェルターで暮らすカーストの高い人間とも仲が良いって話だ。
 俺は奴の商会へ利息を支払いに赴く度に、来客向けに置いてあるお菓子を内緒でくすねている。
 盗みの技術はスラムで暮らしていた幼年期に磨いたものだ。これで《魔女》への溜飲を下げている感は否めない。

 まぁそんな余談はさておき、ジャスミンは俺の問いに自信あり気な笑みで返して端末に情報を送る。
 工業区画D-7の位置にアイコンが現れると『ナノマシン製造機の設計図』とハッキリ書かれていた。

>「あたしが最初に潜った工場にあったんだよ、その設計図が収められた部屋が。
> あの時はセキュリティをハックできるような技術はなかったし、戦前のセキュリティが起動したらひとたまりもなかった。
> けど覗いたデータベースではっきりと見たんだ、『学習型毒性分解ナノマシン研究区画』って」

 大当たりだ。まさか彼女がこんなとんでもない情報を握っていたなんて想像していなかった。
 それが事実なら持ち帰ってシェルターに売れば一体どれほどの金額になるのか。俺にも想像がつかない。

>「この情報は誰にも漏らしちゃいないし、センターにも伝えてない。
> あたしの頭ん中だけさ。シェルターでメンテする時は外部記憶に移してるからバレる心配はない。
> あんたが今すぐバラしちまったらおしまいだけど……そんなことしないだろ?」

「もちろんだ、お嬢。上手くいけば本当に二人だけで一攫千金じゃねーか……!」

 俺は汚染に対する耐性を手に入れた適応種と言われる人間だが、それにも限界はある。
 重度の汚染区域では流石に耐えきれず毒に汚染されてしまうし、そうなれば他の探索者と同じく解毒薬が必須。
 だがナノマシンの設計図がもし本物で、実用化されれば人類の脅威がひとつ無くなるだろう。

 無論、懸念はある。工業区画というは概して探索者にとって『分かりやすい』探索場所なのだ。
 名称から戦前の技術が眠っているというのは誰にだって分かるからな。安易に一度は足を踏み入れようと考える。
 でもそれが未だに手つかずで残っている理由。それだけ探索の障害も多いということなのだ。

 徘徊している自動機械の存在はもちろん、ジャスミンの言う戦前のセキュリティ。
 これほど重要な研究ならば、工場に侵入する無法者を排除するシステムは当然幾つもある。
 だとしても今はジャスミンの情報に飛びつくしかない。俺には金が必要なのだ。

「確認しておくが取り分は山分けでいいよな……!?」

 これは重要な確認事項だ。後で取り分が変わって揉めると面倒だからな。
 もっと言うと後から人が増えるケースもある。先程述べた設計図までの障害を、二人で攻略出来なくなった場合だ。
 そうなれば一度撤退して人を集め直し、再度挑戦という形になるだろう。だがまずは二人だけで挑みたい。
 理由は単純でその方が俺の懐に入ってくる金が多いからである。ジャスミン自身、それで行けるという見込みがあるのだろう。

「お嬢、解毒薬の準備はできてるかい? 早速D-7に行ってみようぜ。善は急げ……ってやつだ」

 久々に探索欲を刺激された俺は、ミーティングルームの薄汚れたパイプ椅子から勢いよく立ち上がった。

213 :ヘンゼル:2023/04/30(日) 19:58:06.84 ID:qGud60dQ.net
 工業区画D-7。一帯はどす黒い霧に覆われ、視界良好とは言い難い。
 情報端末を兼ねたサングラスに汚染のレベルである「6」が表示されていた。適応種なら、解毒薬無しでも耐えられるレベルだ。
 戦前にはフル稼働していた数々の工場も今はその大半が機能を停止し、ゆっくりと老朽化が進んでいる地帯。

 しかし中には未だ稼働を続けている工場もあるらしい――俺はそれを眉唾だと思っているが――。
 飛んで火にいる夏の虫とばかりに、探索者を狙って徘徊する自動機械も多い。
 俺はサングラスに投影されているレーダーの情報を注意深く確認しながら、愛用の武器を構えて進んだ。

 愛用の武器とは、脇に抱えたこの俺の身の丈もあるほどの長砲身の銃。
 マルチプルランチャーと呼ばれる、多目的弾頭発射装置である。

「お嬢、気をつけろ。レーダーに反応があった……自動機械が来てるぜ……!」

 俺のサングラスの簡易レーダーが捕捉したってことは、逆に相手はとっくに俺たちを捕捉してるってことだ。
 自動機械は人を殺戮することにおいて執念深いとさえ言えるほどしつこい。逃げるより、倒した方が早いな。
 それに俺のレーダーでも捕捉できるということは、ハイランダーのような強い兵器ではないだろう。

「霧で分かりにくいがありゃ『アヴェンジャー』だな……お嬢、あいつと戦った経験は?」

 黒い霧の中から一筋のサーチライトが現れ、獲物を探すかのように左右に揺れている。
 その光源は『アヴェンジャー』の頭部モノアイから照射されているものだろう。

 奴がこちらへ接近するにつれ、輪郭が露になっていく。艶消しのグレーの装甲で覆われた3メートルジャストの人型兵器。
 右腕には人間を殺傷するには過剰と言うしかない仰々しいガトリング砲が接続されている。
 真正面から蜂の巣にされることを恐れた俺は、慌ててすぐ近くの路地へと飛びこんだ。

「この辺じゃあまり見ないが……つーかまだいたのかって感じだ。お嬢も知ってるかもしれないが、
 奴には明確な攻略法がある。『背後を取る』んだ。問題はどうやって背後を取るかなんだがな……」

 奴のガトリング砲は人間の右腕と同じ角度にしか可動しない。
 銃弾を寄せ付けない頑丈な装甲は前面だけで、背面になら普通の銃弾も通用する。
 ゆえに『アヴェンジャーと出会ったら後ろを取れ』が定石のひとつとなっている。

「よし……俺が囮になるから、お嬢は奴にアタックを仕掛けてくれるか。上手く倒してくれよ!」

 背後を取るも良し、自信があるなら、定石無視でそのまま倒しても良しだ。
 言うが早いか、俺は路地から飛び出し、奴の真正面に躍り出た。
 右膝を地面につき、しゃがんだ姿勢でマルチプルランチャーの銃身を斜め上へ向ける。

 アヴェンジャーが俺に狙いを定め、ガトリング砲がその殺傷能力を発揮するより速く――。
 ――俺のマルチプルランチャーから連続で弾丸が発射された。

 それを弾丸と言っていいのだろうか。なぜなら今、マルチプルランチャーには何も装填していないからだ。
 発射したのはどこにでもあるもの。『空気』だ。圧縮空気をアヴェンジャーのガトリング砲の底面へと集中砲火。
 衝撃でガトリング砲が勢いよく跳ね上がり、その弾は誰もいない上空へ飛んでいく。俺には掠りもしていない。

 圧縮空気でアヴェンジャーの前面装甲をぶち抜いて破壊することは不可能だ。
 しかし、狙いの付け所を少し考えて撃てば、奴のアクションを妨害することはできる。

「慈悲を乞うがいい」

 俺はそう呟いて立ち上がり、マルチプルランチャーの銃身をアヴェンジャーのモノアイへ向けた。
 自動機械の単純思考にそんな高度な機能が無いのは知ってる。今のは《魔女》の口癖だ。俺はこう考えている。
 インプットされたままに理由も分からず、ただ人を殺戮する哀れで罪深い兵器に情けがあるとするなら、それは。

「――くれてやるのは『圧縮空気(こいつ)』だけどなッ!!」

 その機能を停止させる一発の銃弾に他ならない。
 次の瞬間、アヴェンジャーの視界(カメラ)は完全に破壊された。
 探索者を見つけるには、お世辞にも高性能とは言えないレーダーに託されたというわけだ。

214 :ヘンゼル :2023/04/30(日) 19:59:21.65 ID:qGud60dQ.net
【早速工業区画D-7へ。人型兵器『アヴェンジャー』と遭遇。捕捉され戦闘になる】
【アヴェンジャーは雑魚敵として適当に出したので1ターンキルしていただいて大丈夫です!】

215 :創る名無しに見る名無し:2023/04/30(日) 20:50:41.13 ID:wZlhU8eU.net
スネ夫「そんなもの僕には通じないよ。ねえママ」

216 :ジャスミン :2023/05/03(水) 21:37:31.97 ID:QK//GzzX.net
報酬は等分だと決まるのはあまりにも早かった。なぜなら工業区画の危険性を二人とも分かっていたからだ。
決して自分一人で乗り込んで帰ってこられるような場所ではない。

こうして二人が工業区画に侵入したとき、霧は相変わらずどろりと淀んでいた。
汚染レベルは6、つまり警戒するべきだが乗り込めないほどではない。

「あたしのセンサーもアヴェンジャーだと判断した。
 何回かやりあったけど火力だけだね、設計がこの霧に対応してないから目がいつも悪いんだ」

そんな中で遭遇したのはアヴェンジャー。全身を装甲で覆った人型兵器で、今回はミニガンの弾倉を背中に背負って大型装甲を前面に取り付けた分隊支援タイプだ。
自動機械の中ではハイランダーよりも動きは鈍く、索敵能力も低い。
だが積載量は人型サイズの中では最も優れ、複数の武装を同時に搭載することもできる厄介な兵器。

自動機械は基本的に群れで動くが、ジャスミンのセンサーには他の自動機械が見当たらない。
ヘンゼルの提案に乗ったとばかりに、同時に動いた。

「出来上がったばかりで悪いけどさっ!」

ジャスミンの全身を巡る強化神経と人工筋肉がフル稼働し、物陰からアヴェンジャーに飛びついたかと思えば
前面の装甲を足掛かりに彼女が飛び上がり、アトラス・アームが唸りを上げて振り下ろされる。
何人もの探索者を仕留めるはずだったアヴェンジャーの上半身が、掠れた金属音と共に押し潰された。

「スクラップに戻っちまったなァ!
 ……あ、こいつの部品は好きに取ってもいいよ。あたしは工場内部の工具をついでに持ってくつもりだから」

そう彼女は軽く話すが、高価な電子機器を内蔵した上半身は鉄くずと同義語となり、センサー類を満載した最も高額な頭部は
アトラス・アームによって鉄板と同じ厚さにまで圧縮され、もはや装甲の方が売れるだろうと思わせる有様だ。
売り物になりそうなガトリング砲は持ち帰るには重く、背中に搭載した大型弾倉は取り外すには時間がかかるだろう。

「さって……ホントにこいつだけみたいだね、1体で何してたんだろ?」

217 :ジャスミン :2023/05/03(水) 21:38:31.64 ID:QK//GzzX.net
念のために周囲を指向性センサーで確認しても、何も反応はない。
自動機械が単独で動く理由を探ろうとして、すぐさまジャスミンは気が付いた。

「こいつの前面装甲、銃弾を受けてるね。何発か貰ってる…?」

アヴェンジャーに貼り付いたままの前面装甲をよく観察してみれば、そこには銃痕がいくつもあった。
口径は自動機械が使うものより小さく、探索者が使う一般的な銃器に近い。
つまりこれは、自分たち以外に探索者がいることを示している。

「……これは急いだ方がいいかもね。もしかしたらあの工場、他の奴に気づかれたかも」

ヘンゼルの端末に素早く工場への最短ルート情報を送信し、まっすぐに彼女は走り出す。
重苦しい稼働音がどこからか響く、薄暗い霧の中へ。


ジャスミンがかつてたどり着いた工場は、今もそこにあった。
かつては動き回っていた作業用自動機械が敷地内に佇み、不思議と色あせない白一色の角ばった外観には大きく社名を示すプレートが掲げられていた。

「ジャイアント・カンパニーの総合精密微小機械製造プラント。戦前はナノマシンで有名だったらしいね。
 今じゃナノマシンだって働いちゃいないけど」

破壊されて大きく隙間が空いた外壁から入り込み、何も写さなくなった監視カメラがジャスミンを写す。
セキュリティが動いていないことを確認したジャスミンは、ヘンゼルに手を振って安全を示した。

「設計図の入った部屋は地下にある。今建物のデータを送るから、見終わったら言って」

ヘンゼルがデータを確認すれば、地下に行くには非常階段を通るしかないことがわかるはずだ。
いくつかあるエレベーターは電源が止まっているため動かず、他の階段はシャッターが下ろされ通れない。
戦前に作られた警備用自動機械(人型)が屋内をランダムに動き回っているが、装備はワイヤー射出型スタンガンしかない。
だが大音量で警報を発するため、自動機械を呼び寄せる危険性あり……など、他にもジャスミンが確認したいくつもの細かい情報が記録されている。

【急いで工場へ突入】
【質問などあれば遠慮なく】

218 :ヘンゼル :2023/05/04(木) 23:37:03.51 ID:TYI3hhzB.net
ではではちょっと質問です!
ジャイアント・カンパニーの工場の地下は何階くらいまであるんでしょう?
地下1階だけですか?

それと地下が1階以上ある場合、設計図がどの階にあるかは不明という認識でいいでしょうかっ!?

219 :ジャスミン :2023/05/05(金) 00:02:19.03 ID:Bvj3KnP4.net
>>218
地下は二階まであり、設計図は二階にあることが辛うじて確認できています。
一階は警備用自動機械の格納庫と整備室(全自動)そして職員の休憩室。
二階は様々な研究を行う実験区画となっているので、設計図以外にも色々見つかるかもしれません…

220 :ヘンゼル :2023/05/06(土) 00:37:15.14 ID:UEE7cXJH.net
 アヴェンジャーのモノアイを圧縮空気弾で潰しながら、俺は頭の中で皮算用をはじめていた。
 カメラだけを狙ってぶっ潰したのは、奴の頭部がセンサー類が集約された部位であり、高額で売れるからだ。
 それだけじゃない。上半身は高価な電子機器を内蔵していてそれも売れば金になる。
 ガトリング砲は――まぁ金になるが、重すぎて持って帰るのが面倒だな。

 荷車でもあるなら話は別だが、俺は生憎サバイバルキットの入ったバッグしか持ってきてない。
 こういう持って帰るのに難儀して捨てて行く部品は、だいたいスカベンジャーの餌となる。勿体ないが仕方ない。
 それでもアヴェンジャーの頭部を収納するくらいの余裕が俺のバッグにはあるのだ。
 次の瞬間、ジャスミンがご自慢の機械の腕でアヴェンジャーの上半身をグチャグチャに潰したことで俺の計算は吹き飛んだ。

「……な」

 言葉が出てこない。俺はこれまで色々な探索者と仕事をしてきたが、こんなケースは初めてだ。
 それは単純に彼女の武器である機械腕のパワーもそうだが、遭遇した自動機械を鉄屑レベルにまで破壊する思考もだ。
 一言で表現するなら、ジャスミンはやりすぎだった。ゴリラパワーキンジラレタチカラ。

>「スクラップに戻っちまったなァ!
> ……あ、こいつの部品は好きに取ってもいいよ。あたしは工場内部の工具をついでに持ってくつもりだから」

「なにやってんだお嬢〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!?」

 ようやく言葉が気持ちに追いついた。部品を好きに取っていいだと。どの口が言うかどの口がっ。
 アヴェンジャーの頭部がプレス機で潰されたみてーにうっすうすになってるじゃねーかっ。
 あんなのを持って帰っても誰も買い取りはしないだろう。電子機器を収めた上半身も全部駄目になってしまっている。

「いかんいかん、驚き過ぎてついデカい声を出しちまった。自動機械に聞こえたら面倒なことになる……。
 まぁ、その、なんだ。無事倒せたんだから良しとするか。命あっての物種だしな……うん、ホント、そうだよな、な?」

 独白に近い言葉を吐いて自分に言い聞かせていた。その間、俺の手が自然とアヴェンジャーへと伸びる。
 我が手はガトリング砲と背中の弾倉を繋ぐベルトリンクから弾丸を何発か拝借して、無造作にロングコートのポケットに突っ込んだ。

>「さって……ホントにこいつだけみたいだね、1体で何してたんだろ?」

「さあな。迷子にでもなってたんじゃねーのか。たまにいるだろ、はぐれ自動機械みたいなの。
 何かちょっとした切っ掛けで、巡回パターンが変わって群れから別れる個体がいる。あれだよあれ」

 俺はそんなこと大して問題にしていなかったのだが、ジャスミンの洞察は存外深い部分を見ていたらしい。
 その瞳はアヴェンジャーの前面装甲に向いており、よく見ると幾つもの弾痕が見受けられた。
 今回の戦闘では一発も実弾を用いられてはいないことから、この戦闘でついた傷でないのは明らかだ。

 それが意味するところは、他の同業者がすでにこの工業区画の探索をしている、という可能性だ。
 なぜならこういう推測が成り立つ。こいつは元々群れで行動していたが、他の探索者を発見、戦闘になった。
 他の自動機械は探索者に破壊されてしまったが、運よくこいつだけは生き残り、単独で行動していた――そういう推測だ。

>「……これは急いだ方がいいかもね。もしかしたらあの工場、他の奴に気づかれたかも」

「そうだな。他の探索者に先を越されて手ぶらになるのはゴメンだ。最悪、人間同士で命のやり取りをすることになる」

 ジャスミンから送信された工場への最短ルートを頼りに、俺はジャスミンを追いかけた。
 辿り着いたのは白一色の味気ない外観をしている癖に社名とロゴだけはデカデカと表示された工場だった。
 ――ジャイアント・カンパニー。戦前はナノマシンの開発で有名だったようだが、今はその工場にのみ面影を感じることが出来る。
 ジャイアントなんて名前の癖にやってることがミクロの世界の研究なのは何かの皮肉か?

221 :ヘンゼル :2023/05/06(土) 00:42:25.41 ID:UEE7cXJH.net
 誰が、どうやってそんなことをしたのか、知る由もないが、外壁の一部が破壊されており、そこから内部に侵入できそうだ。
 一度この工場に入った経験のあるジャスミンは勝手知ったる他人の家とばかりにその隙間から中へ入る。
 しばらくして、セキュリティが動いていないことを確認したジャスミンが俺に手を振ってきた。
 俺は手を振り返すと、端末のサングラスに情報が投影される。

>「設計図の入った部屋は地下にある。今建物のデータを送るから、見終わったら言って」

 地下は1階と2階に別れているようだ。お目当ての設計図は、実験区画である2階にあるらしい。
 解毒用ナノマシンの開発以外にも、色々研究してるみたいだな。
 時間があれば他にも高く売れそうな技術が見つけられるかもしれない。

「警備用自動機械がネックだな。簡易レーダーを起動させるがどこまで上手くやり過ごせるか、正直微妙だ」

 大音量の警報に気づいた他の自動機械が群れで襲ってくる。これが一番嫌なパターンだ。
 もし設計図を見つけられたとしても、街まで帰れないんじゃあ意味がない。
 かといって上手く警備用自動機械から隠れる道具なんて都合の良いものは持っていない。
 もし警報が鳴っちまったらお手上げだ。神にでも祈るしかないな。

「……確認オーケーだ。とりあえず進もう。お嬢、案内頼む」

 サングラスに投影されるレーダーには幾つかの赤い点が浮かんでいた。
 この赤い点が基本的に警備用自動機械だと考えていい。
 ジャスミンが送ってくれた1階の地図と照らし合わせることで、正確な位置を割り出すことができた。
 設計図のある地下2階までは非常階段を使うしかない、というのは事前に送られてきたデータで分かっている。

「やべぇ……後ろから警備用の自動機械が来るっ。見つかったら面倒だ、走るぞっ!!」

 小声で叫ぶと言う器用な真似をしながら、俺は全力でダッシュした。次の角を右に曲がれば非常階段だ。
 さいわい、後ろの警備用自動機械に追いつかれず、俺たちは非常階段に滑り込むことができた。
 ほっとしたのも束の間。非常用階段を降り始めると、赤い点が新たに浮かび上がる。俺はまた小声で叫ぶことになった。

「嘘……だろっ!? 赤い点が非常階段にもいるぞっ!」

 足音が聞こえる。機械独特の駆動音を鳴らしながら、地下1階から1階までのぼろうとしている。
 その正体は警備用自動機械に他ならない。かといって回れ右して戻るわけにもいかない。
 そっちはそっちで、さきほど逃げてきた警備用の自動機械が待ち構えているのだ。
 どうすればいいか、一瞬の逡巡の後、俺は決断した。回答はこれしかねぇ!

「お嬢、警備用自動機械は俺たちを発見しなきゃ警報を鳴らさないんだよな?」

 俺はマルチプルランチャーを構え、『弾丸』を装填した。弾丸というには幾分奇妙な形状をしていたが。
 それは球体で、レンズのようなものがついており、野球ボールぐらいのサイズをしていた。
 前方の壁へ向けて発射すると、それは壁面に激突し、ぽん、と跳ねて階段に着地した。
 すると再びぽん、と跳ねて階段を一段、一段と降りていくのだ。

「『反跳爆撃』……って知ってるか。投下した爆弾を水面で跳ねさせて相手に当てるんだぜ。
 今撃ったのはそれが地上でも出来る特殊な弾丸だ……俺は『ホッピング弾』って呼んでる」

 レーダーで捕捉した対象に向けて跳ねながら接近し、射程圏に入ると爆発する。
 俺が最初に持ってきた5発の弾丸のひとつ。使い道が限定的過ぎてスクラップバザーでも売れなかったのだ。
 ホッピング弾は階段をバウンドしながら降りて行き、やがて地下1階の警備用自動機械と激突――爆発した。

 下から響いてきた爆発音と、レーダー上から赤い点が消滅したことで破壊を確認。
 俺たちは遭遇せずして警備用自動機械の排除に成功したのだ。

「さて、後ろの奴が追いつく前に地下2階へ行くとしようぜ。見つかると面倒だからな」

 俺の眼前にある地下2階への扉は、それまでとは違う物々しさを秘めているように感じられた。
 なにせ重要な研究が行われている区画だ。ここから先は特別なエリアということなのだろう。

222 :ヘンゼル :2023/05/06(土) 00:45:05.11 ID:UEE7cXJH.net
【工場内部へと侵入。警備用自動機械に見つかりそうになるが排除する】
【非常階段を降りて地下2階へ続く扉の前まで到着する】

223 :ジャスミン :2023/05/08(月) 20:53:16.63 ID:ZQJwJpZI.net
戦前の警備用自動機械には複数の種類があるが、この工場を徘徊しているのは
もっとも安上がりなタイプである『アラームウォーカー』と呼ばれるもの。
頭部カメラと連動した照準システムとスタンガン、画像認識で設定されたもの以外を侵入者とみなして警報を鳴らすシンプルな構造だ。
自動機械の中では極めて弱い部類に入るが、その警報は自動機械をおびき寄せることから危険性は高い。

「敷地内をランダムで動くパターンになってる……!?」

以前に来たときは互いの監視ルートが重ならないように通路を歩くだけの単純なものだった。
だが今、レーダーで確認する限り個体どうしの監視ルートが重なることも気にせず工場内部を動き回っている。
なぜそうなったのか考える暇もなく、ヘンゼルと共に非常階段に駆け込んだ直後。
本来アラームウォーカーには歩くことが許可されないはずの場所に、そいつがいた。

「あいつのカメラにさえ映らなきゃ他の個体は歩いてこないけど……何それ?」

階段の踊り場でどうするか悩んでいたところに飛んできた質問に答えながら、ヘンゼルが装填した奇妙な球体に視線が行く。
弾丸というより、シェルター生まれの知り合いが教えてくれた野球と呼ばれる遊びに使われるボールのようだ。
一体どうするつもりかと思えば、階段の踊り場に向けて放たれたそれが飛び跳ねながら階段を下りていき、
スタンガンを構えながら階段をゆっくりと上がるアラームウォーカーに直撃する。

「……やるね。人間や機械なら認識するけど、ただのボールなんてあいつらの画像認識ライブラリには存在しない。
 音響センサーもないから他の連中が気づくこともない。」

彼女は大型機械腕を動かし、握りこぶしからグッと親指を立ててヘンゼルに感謝を示した後、
地下2階まで駆け下りていく。ヘンゼルの分け前を少しだけ増やしてもいいかもね、と思いつつ。


非常階段を下りきったところにあるのは、『これより先、機密区画』と書かれた注意書きと、大型の両開き自動ドアだ。
その横にはカードキーを差し込む端末、そしてパスワードを入力するキーパッド。
だがどちらもジャスミンがあらかじめハッキングしたのか、認証済みを示す緑のLEDランプを表示したまま。

「あいつらはここまで来ない……と言いたいけど行動パターンが変わってる。
 レーダーの確認はしておいて。あたしも自前のやつで警戒しておくから」

音もなく自動ドアが開き、二人が進んだ先にあるのは奇妙な光景だった。
大量の砂粒が強化ガラスの筒の中でいくつもの形に変化したかと思えば、力尽きたように底で固まって山となる。
戦前の兵器が一瞬で分解され、組み立てられていく。
ロボットアームから投げ込まれた金属球が水槽に入った瞬間消え去り、またロボットアームが金属球を投げ込む。
それらを研究する者はもはやいないが、ただ研究成果だけがなぜか動き続けている。

「下手に手を出さない方がいいよ。あたしたちの目的は一番奥の研究区画だから。
 動き回ってるやつに手を突っ込んだらどうなるかあたしにも分からない」

二人が歩き続けるうち、明かりがない真っ暗な区画にたどり着く。
彼女はそこにまとめられた大量の金属箱、工具箱、戦前の強化ダンボール箱を背中のバックパックにありったけ詰め込んでいく。

「ヘンゼル、あんたも好きなやつ持っていきなよ。安心しな、ここには誰も来てない。
 けど警備のパターンが変わるなんて明らかにおかしいし、ここはもう諦めるつもりだから。
 前に来た時に詰め込んだから、整理なんてしてないけど」

停電した区画は、この研究区画において唯一の安全地帯だ。
万が一設計図が手に入らなかった時に備えて、彼女はここで荷物を一旦まとめるつもりらしい。

【研究区画のセーフゾーンでいったん荷物の整理】

224 :ヘンゼル :2023/05/09(火) 22:50:41.90 ID:8jITQnTQ.net
すみません、自分の読解力不足により確認しておきたいのですが、
ジャスミンちゃんの「ここはもう諦めるつもりだから」ってどういう意味合いなのでしょう。
『(工場の様子もおかしいし)ここ(設計図探し)はもう諦めるつもりだから』ってニュアンスですか?

225 :ジャスミン :2023/05/10(水) 00:00:53.94 ID:OSyC0sh6.net
>>224
【短くまとめすぎました……ここ(この工場)の探索は今回で切り上げるという意味です】
【本来ならジャスミンは何回かに分けてまとめた物資を回収するつもりでしたが、急に工場の様子がおかしくなったので持ちきれない分は諦めるつもりなのです】

226 :ヘンゼル :2023/05/11(木) 23:30:16.17 ID:SIPW9boW.net
 地下2階の実験区画へと続く大型の自動ドアが俺の目の前に鎮座している。
 見たところ、ドアの横にはカードキーを読み込む端末とキーパッドがある。これはあれか。
 俺が肩に担いでるマルチプルランチャー(マスターキー)の出番か。
 威力の高い弾丸を使えばこんなドア簡単にぶっ壊せる。

 でも自動ドアを開けるために使うのもちょっともったいない気がするな……。
 なんて思っていると、音もなく自動ドアが開いた。どうやらとっくにセキュリティは解除されていたらしい。
 ジャスミンの仕業なのだろうが、かなり手際が良いな。思えば端末に送られてきたデータもかなり詳細だった。
 前回、彼女がここへ探索に来た時は一人だったのか、仲間がいたのかは知らないが、ともかく入念としか言いようがない。

 実験区画の中で見たものは、残念ながら俺の知能では理解できるものではなかった。
 その行為に何の意味があるのか、ひょっとして意味なんてないのか?

>「下手に手を出さない方がいいよ。あたしたちの目的は一番奥の研究区画だから。
> 動き回ってるやつに手を突っ込んだらどうなるかあたしにも分からない」

「わ、分かってるさ。そんな子供じゃないんだから危なそーなもんは触らないよ。俺は正規の探索者だぜ?」

 本当はちょっと触りたくなってたとは言わない。でも触ったら絶対何かの事故が起きそうなのは分かってる。
 ジャスミンはそういったよく分からない実験区画をスルーし続け、辿り着いたのは明かりのない真っ暗な空間だった。
 バッグからライトを取り出して周辺を照らすと、そこには金属の箱や工具箱、ダンボール箱が積まれて山となっていた。
 とても一人じゃ全部持って帰れないほどの量がある。探索者が見たら誰もが喜んで持っていくことだろう。

>「ヘンゼル、あんたも好きなやつ持っていきなよ。安心しな、ここには誰も来てない。
> けど警備のパターンが変わるなんて明らかにおかしいし、ここはもう諦めるつもりだから。
> 前に来た時に詰め込んだから、整理なんてしてないけど」

「前に来た時って……なんつーか、あれだな。首尾よく物資を集められるのもかえって問題なんだな。
 かなりもったいない話だ……おこぼれをもらって悪いが、俺も手ぶらじゃ帰れない。ありがたく受け取るぜ」

 箱の中は何かの電子部品やら、戦前に使われていた高価な精密工具が雑多に詰め込まれていた。
 これでもし設計図が手に入らなくても、幾許かの金銭は手に入る。結婚式の費用に手が届くかは分からないが。
 とにもかくにも自分の発見した物資を気前よく分けてくれたジャスミンには感謝するしかない。

 俺はバッグの中に詰め込めるだけそれらを詰め込んだ。サバイバルキットが無ければもっと詰め込める。
 この工場は道さえ分かっていれば日帰りで行ける距離だ。非常食とかは必要ない。

「お嬢、腹減ってないか。これでも食べろよ。そんなに美味しくないけど、ほら……あれだよあれ。
 『腹が減っては戦は出来ぬ』ってやつ。廃墟の探索はハードだからな……荷物の整理もいいが休憩も大切だ」

 俺はサバイバルキットの非常食のひとつをジャスミンに投げ渡した。
 そのまま捨てるのはもったいないから、ここである程度平らげておこうってわけだ。
 バッグの空きを作りたいだけじゃない。お返しにはならないが、俺も何かしておきたかったのだ。

 汚染区域の探索において最もやりたくない行動は、廃墟で一夜を明かすことだ。
 寝るにせよ飯を食うにせよ、セーフルーム以外の汚染区域内じゃあまともにそんなことは出来ない。
 解毒薬も二、三日しか役に立たないしな。その制限時間も探索者の神経を削る要因となる。

 だが時として探索者は日を跨いだ行動をせねばならず、汚染された環境の中で飲食を迫られる。
 その過程において、探索者たちの非常食も進化してきた。いかに食料の汚染を避け、効率的に栄養を摂取できるか?
 なんだかもったいぶった前置きになってしまったが、俺がジャスミンに渡したのはゼリー状の栄養食である。
 容器のパックから口で飲むだけなので汚染の心配も無い。味の話はするな。

「ああ……それともこっちの方がいいか。凝縮食料だ。熱を加えるとパンになる。後はステーキ味の固形食とか……」

 などと、俺は自分の非常食を披露しながら、荷物の整理を終えた。
 元々コンパクトに収めてあったので早めに片付いたのだ。

227 :ヘンゼル :2023/05/11(木) 23:33:59.64 ID:SIPW9boW.net
 それにしても気になるのは、ジャスミンの反応と言動からしてこの工場の様子がおかしいってことだ。
 どうも警備用自動機械――アラームウォーカーの行動パターンが変わっているらしい。
 さっきまでは逃げるのに必死で気にしなかったが、よくよく考えれば警戒に値する不可解な現象である。

 ジャスミンが工場の探索を今回限りにしてしまうのも頷ける。
 手を引っ込めるタイミングを見誤ると簡単に死ぬのが探索者という職業だ。

「あるといいな……設計図。俺の妹さ、結婚するんだよ。結婚式をしたいんだけど金に困ってるんだ。
 ほら、式場とか、ドレスとか、料理とか、ウェディングケーキとか。金がかかることばかりだからさ。
 宗教はよく知らんけど神父だか牧師だかに誓いの言葉も言ってもらって……。
 とにかく、新しい人生が始まるんだぞっていう良い思い出にしてやりたいんだよな」

 若干、暇を持て余した俺は気がついたら自分の身の上話を語っていた。
 ジャスミンにとってはどうでもいい話かも知れないが、この真っ暗な安全地帯を沈黙が支配するのは耐えられない。

 こいつは余談になるが、妹のグレーテルは孤児院で働いている。
 スラム出身で親に捨てられた身分だからこそ、今度は自分のような子供を助けたいって気持ちがあったみたいだな。
 結婚相手は街の病院の内科医だ。見た目は軟弱そうだが善良な奴で、彼になら妹を任せられる。

「もし無事に結婚式が開けたら、お嬢も来るか。ご祝儀たらふく払ってくれ」

 ジャスミンは良い奴だ。相棒ってほどじゃないが、この僅かな時間で俺は彼女を信頼し始めていた。
 もっとも、自動機械を平気でスクラップにするあの暴力性を除いてはだが……。


【物資のおこぼれを貰う。非常食をプレゼントしつつ身の上話をする】

228 :ジャスミン :2023/05/13(土) 21:39:21.19 ID:yJEv3075.net
投げ渡された非常食を大型機械腕の親指と人差し指にあたる部位でつかみ取り、
口を開けてひと息にパックから飲み込んでいく。
機械化された肉体と言ってもある程度の臓器は残され、飲食はエネルギー補給に必要なままだ。

「ん――これ、コーヒー味?チョコレート味だったら投げ捨てたよ、ありがと。
 にしても凝縮食料まで持ち込むなんて用心深いね、用意しないよりはよっぽどいいけどさ」

金を稼ぎたいだけの探索者は山ほどいる。
そこから一歩進んで用意周到な探索者になるものは少ないが、ヘンゼルはその少ないうちに入るだろうと彼女は認識した。
だからなのか、普段は探索中に身の上話なんてしないはずなのに、彼の語りに乗っていく。

「こんな時代に結婚式、それも戦前のやり方なんて。
 シェルターの連中ならやってそうだけど、あたしら探索者にはずいぶん遠い世界さ。
 ……とはいえ、例の設計図が見つかればシェルターで結婚式ぐらい要求してもいいんじゃない?」

あたしは結婚式、行かないけどね。そう彼女は付け加えて、ふと目に入った小さな箱を彼に渡した。
他の工具や電子部品とは違う、金の装飾が曲線状に描かれた小箱だ。
彼が中身を覗けば、そこにあるのはナノサイズで加工された数センチのダイヤの彫像であることが分かるだろう。

「欲しいならご祝儀も払っとく。そんなもん、あたしはいらないから」

本来ならそれなりの金額がつくが、エンジニア兼業の彼女からしてみれば工業製品に転用できない物資は優先順位がどうしても下がるのだ。
ここに放っておくぐらいなら、贈り物として彼の妹に渡された方がよっぽどマシという思考。

やがて荷物をまとめ終わった二人は研究区画の最奥、二重のセキュリティゲートに塞がれたデータサーバー室へと向かう。
そこは今までとは異なり、カードキーもキーパッドもない。
二つの透明な強化防弾ガラスとそれに挟まれた100mほどの通路の向こうに、この会社の研究成果が詰め込まれたサーバー群があるだけだ。

「それだけなら、ぶっ壊せばよかったんだけどね……ドアの衝撃センサーに引っかかると即座に通路にある軍用タレットが起動する。
 この工場の端末に残ってたデータが合ってるなら弾薬は大型機関銃と同じ12.7㎜、数は4つ。ミサイルでもなきゃ壊れないくらい頑丈。
 自動機械でもスクラップだし、あたしも同じ。そもそもどうやって開けるのかもわからない」

いっそタレットの弾薬が尽きるまで適当なものを投げ込むか、あるいは壊れている可能性に賭けて突撃するか。
ひとしきり悩んでいたところで、柔らかな女性の声が二人の耳に響いた。

『そこのお二人、ゲートを開くのでどうかこちらに来ていただけませんか?
 私はここから動くことができないのです、タレットは全て止めています』

聞く者に安心感を与えるような声だが、彼女はそれを聞いて機械腕を戦闘出力に切り替えた。
こんな状況でそのような誘いに乗る奴がいれば、それはバカだと言わんばかりに。
二つのセキュリティゲートが音もなく開いても、それは変わらないようだ。

「まずあんたは誰?あとタレットが動かない保証は?」

『私は合成人格29号、スタッフからはマリーゴールドと呼ばれていました。
 この工場の総合管理業務を担当していたのですが、ある時スタッフの方々が来なくなってしまい、
 さらには工場のネットワークと寸断されてしまったのです、私はこのサーバー室とタレットしか動かすことができません』

「……あたしの勘はこいつを信じろと言ってる。
 あんたはどう、ヘンゼル」

戦前から稼働していたAIなら、戦前の法や倫理に従って行動する。
つまりそれは、こちらの常識を突然超えてくるかもしれないということだ。
通路を歩いている最中に突然危険人物と判断されるかもしれないし、アラームウォーカーがどこからともなく大量にやってくるかもしれない。
それでもなお信じられるか。彼女はそう問うていた。

【ストーリー分岐ってやつです】

229 :ヘンゼル :2023/05/14(日) 22:54:29.51 ID:amb7sk9q.net
 ご祝儀の話は軽い冗談を飛ばしだけのたつもりだったのだが、なんとジャスミンは俺に小さな箱を手渡してくれた。
 箱の中身は数センチほどの小さなダイヤの彫像だった。いくらなんでも気前が良すぎやしないか?

>「欲しいならご祝儀も払っとく。そんなもん、あたしはいらないから」

「あ、いや、その……いいのか? 俺、金に意地汚いから本当に貰っちまうけど……」

 うーん。修理工場のお嬢様の考えは分からん。まぁかさばるもんでもないし、貰えるなら貰っておこう。
 バッグの中に放り込むと荷物も纏め終え、探索が再開されることとなった。
 研究区画の一番奥に設計図があると聞かされていたが、確かにこのエリアだけ少し雰囲気が違うな。

 二重のセキュリティゲートには地下2階を出入りするドアのようにカードキーもキーパッドもない。
 見た感じ、開いているわけでもなさそうだ。おいおい。戦前の人間はどうやってここに出入りしてたんだよ。
 「アリババと40人の盗賊」だったか。扉の前で呪文でも唱えれば開くってのか。そんなわけないよな。

「ここは声紋認証式か何かなのか? どうやってロックを解除すればいいんだ。いっそ……」

 このドアを壊してしまうか、と俺は安易な思考に傾きかけたが、ジャスミンの言葉がそれを制した。

>「それだけなら、ぶっ壊せばよかったんだけどね……ドアの衝撃センサーに引っかかると即座に通路にある軍用タレットが起動する。
> この工場の端末に残ってたデータが合ってるなら弾薬は大型機関銃と同じ12.7o、数は4つ。ミサイルでもなきゃ壊れないくらい頑丈。
> 自動機械でもスクラップだし、あたしも同じ。そもそもどうやって開けるのかもわからない」

「えらく物騒な仕掛けだな……一体どんな心配をすりゃあそういうセキュリティを用意するって話になるんだ」

 この工場について一番調べているだろうジャスミンが分からないんじゃあ、誰にも分からないな。
 だが希望はあるはずだ。戦前の人間が出入りしてたんだから、何かしらの侵入方法があるはずだろう。
 幸いにして時間にはまだ猶予がある。何処かにヒントが隠されてるかもしれない。

>『そこのお二人、ゲートを開くのでどうかこちらに来ていただけませんか?
> 私はここから動くことができないのです、タレットは全て止めています』

 目的地に着く寸前で足止めを食らっていた俺たちだったが、突然、柔和な女性の声が響いた。
 人間、ではないだろうな。隣のジャスミンがすかさず機械腕を構えている。当然の反応だ。
 俺も咄嗟に腰だめの位置でマルチプルランチャーの筒先を前に向けていた。
 少し間があって、奥へと続く二つのドアが静かに開く。何が起きてるって言うんだ。

>「まずあんたは誰?あとタレットが動かない保証は?」

 ジャスミンが警戒を保ったまま鋭く質問すると女性の声が再び響いてくる。

>『私は合成人格29号、スタッフからはマリーゴールドと呼ばれていました。
> この工場の総合管理業務を担当していたのですが、ある時スタッフの方々が来なくなってしまい、
> さらには工場のネットワークと寸断されてしまったのです、私はこのサーバー室とタレットしか動かすことができません』

 なるほど。謎が解けた。ここはAIに管理されている。だからセキュリティを解除するシステムが無いのだ。
 セキュリティを管理するAIが人間を判別して扉を開ける仕組みになっている、ってことなんだ。
 開いたセキュリティゲートの向こう側にタレットが四つ見える。止まってるか動いてるか、目視じゃ分からん。

「なるほど、おたくの事情は把握した。それが何故俺たちを招待してくれるって話になったんだ? 目的は何だ?
 黒ずくめのイケメンお兄さんと作業着姿のお姉ちゃんがここのスタッフに見えたってか? ヘイッ、質問してんだぜ、早く答えろよ」

 声の主が戦前のAIで、この奥のサーバー室と軍用タレットを管理しているという事は分かった。
 逆に言えばそれぐらいしか分かっていない。正直、このAIを信用するには情報が足りなさすぎる。
 工場の管理をする戦前のAIからすれば、俺たちは盗人同然。ただの侵入者だ。中へ案内する方がおかしい。
 と、なればこれは罠か、さもなきゃ何かの裏があるのかと疑ってしまうのが人間の心理なのだ。

230 :ヘンゼル :2023/05/14(日) 22:57:12.87 ID:amb7sk9q.net
 当然、ジャスミンだってそうだろう。そもそもタレットが動かない保証に関してこのAIは何も答えてない。
 つまり通路に入った瞬間、ハチの巣になる可能性の方が高いってわけだ。見えてる地雷だ、これは。

>「……あたしの勘はこいつを信じろと言ってる。
> あんたはどう、ヘンゼル」

「そうだよな。信じるわけが……いぃぃぃぃぃ〜っ!? 信じちゃうのっ!!!?」

 俺の考えは間違っていた。ジャスミンはどういう風の吹き回しかこのAIを信じることにしたらしい。
 どういう発想なのか分からん……女の勘、いや、修理工場のエンジニアとしての勘なのか。
 だがまぁ、このAIを疑って後はどうするのか、という話でもある。大人しく帰るのか。それはあり得ない。
 となれば危険を承知で信じるしかないのか。とても覚悟の必要な話だ。

「……お嬢。俺は最初に言ったよな。『多少危険でも金が稼げるなら付き合う覚悟はある』って。
 信じてみるぜ、その勘。俺はお嬢を信用してる。お嬢がそう言うなら、俺も腹を括ることにする」

 俺は持っていたマルチプルランチャーを背負うと、開いているドアの前へ進み出た。
 信じるとは言っても、最悪のケースは常に想定しなくてはならない。

「俺が通路を先に歩く。俺がタレットに撃たれず無事だったらお嬢も来てくれ」

 何も二人一緒にタレットの餌食になることは無いだろう。
 他にも色々、可能性はあるかもしれんが目下危険視すべきなのは通路のタレットだ。
 俺だけが先に歩いて、生きているのを確かめてからお嬢も通れば犠牲者は少なくて済む。
 しかし、この通路。なんでこんなに長いんだ。100メートルくらいはあるんじゃないか。


【正直信用出来ないけどジャスミンを信じてるので信じることに】
【先に通路を歩いてタレットに撃たれないかどうか確認する】

231 :ジャスミン :2023/05/16(火) 21:02:51.29 ID:VHyO8F42.net
マリーゴールドと名乗るAIは通路を歩き始めたヘンゼルの質問によどみなく回答する。
まるで二人の不審者を警戒していないかのように、その声色は優しげなままだ。

『本来ならばあなた方は不法侵入及び備品窃盗の現行犯として私に逮捕・拘禁する権限があります。
 しかし、私がネットワークから寸断されてからあまりにも時間が経過しており、法律などの変更がなされた可能性があるのです。
 本社のAIに判断を仰ぐこともできないため、現在の社会がどうなっているかあなた方に聞くほかないのです』

その発言を証明するように、全てのタレットが銃身を下ろし、壁や床に溶け込むように収納されていく。

『この通路はあなた方をスキャニングする検査装置としても機能します。
 検査結果から考えると、軍隊もしくは傭兵に類する職業の方でしょうか?
 とすると、当社は戦争に参加しているのでしょうか?』

「……ヘンゼル、勘が当たったよ。こいつはマジで何も知らないんだ。
 もしネットワークに繋がったままなら、戦争が終わる前に誰かのクラッキングで滅茶苦茶にされてるはずさ。
 事情を説明するよ、ヘンゼル。あんたも協力して。まずは自己紹介から始めよう――」

呆れたようにジャスミンが頭を振り、機械腕の出力を平常時に戻して通路を歩く。
やがてサーバー室にたどり着くころには、一通りの事情を理解したマリーゴールドは悲しそうな声色で二人に語り掛けていた。

『ジャスミンさん、ヘンゼルさん。お二人の言うことは真実なのでしょう。
 虚偽感知プログラムにも反応せず、精神状態も正常であると判断できる以上……私は、取り残されてしまった。
 ただ、まだ人類の皆さまが生き残っているというのならば、私はそのお手伝いをしたいのです』

スラム街のアパートが丸ごと入りそうなほど広く大きなサーバー室は面積に反して小さなデスクトップ型端末と、大きなモニターがあるのみ。
一体どこに大量のサーバーがあるのかと二人が見回せば、真下からいくつもの唸るような音が聞こえてくるのが分かるだろう。
半透明の床の下にあるのは、いくつもの作業用自動機械が通路を動き回るサーバーの群れだ。
そして、黒一色の画面に光が灯る。真っ白な空間が映し出されたかと思えば、そこに漂う粒子が一人の女性を作り出す。

『ここにあるのはジャイアント・カンパニーが研究していたものと、するはずだったデータの塊です。
 ぜひあなた方に持ち帰っていただきたく思います。きっとそれは、私だけではなくスタッフの方々の願いでもありましょう』

鮮やかな黄色を基調に、白を差し色として染め上げられたロングドレスを身に纏い、
輝かんばかりの金の長髪をなびかせた女性がそこにいた。

「うわ、すっごい綺麗。ダサいスーツ着たシェルターの管理AIとは大違い」

思わず目を瞬かせてマリーゴールドの服装をしばし眺めた後、ヘンゼルの方に向き直る。
それは当初の目的である、学習型毒性分解ナノマシンの設計図を入手するということを改めて思い出すためだ。

「例の設計図以外も色々あるみたいだよ、ただ持ってきた携帯型メモリには全部入れられない。
 あたしはこの簡易ナノマシン修理槽が欲しいけど……あんたは他に欲しいのある?」

【報酬選びタイム!よっぽど世界観壊すようなものじゃなければ1個だけ好きなもの選んでもらってOKです】

232 :ヘンゼル :2023/05/20(土) 00:22:47.08 ID:4rrMSQY3.net
 かっこつけたのは良かったんだが、この一歩を踏み出すのには相当な勇気がいるな。
 とはいえこれまでにも危険なヤマはいくらかあった。それを思えばこれぐらいのこと。なんてことはないさ。
 俺がゆっくりと通路を歩き始めると、優し気な女性型AIの声――マリーゴールドだったか。の声が響いてくる。

>『本来ならばあなた方は不法侵入及び備品窃盗の現行犯として私に逮捕・拘禁する権限があります。
> しかし、私がネットワークから寸断されてからあまりにも時間が経過しており、法律などの変更がなされた可能性があるのです。
> 本社のAIに判断を仰ぐこともできないため、現在の社会がどうなっているかあなた方に聞くほかないのです』

 タレットの銃身が垂れ下がり、通路の壁や床に収納されていく。どうやらジャスミンの勘は当たっていたらしい。
 その事実に安堵するばかりだ。しかもこのAIは戦前の、それも自動機械のように人間を殺すための思考ルーチンを持っていない。

>『この通路はあなた方をスキャニングする検査装置としても機能します。
> 検査結果から考えると、軍隊もしくは傭兵に類する職業の方でしょうか?
> とすると、当社は戦争に参加しているのでしょうか?』

「え? いやぁ、俺たちはそんな物騒な連中じゃない。
 ただちょっと……過去の技術と物資を漁って日銭を稼いでるだけだ。
 君の視点からじゃあ泥棒に見えるかも知れないけど、現代ではこれがカタギの仕事なんだ」

 反射的に俺が答えると、ジャスミンが驚嘆しながら言った。

>「……ヘンゼル、勘が当たったよ。こいつはマジで何も知らないんだ。
> もしネットワークに繋がったままなら、戦争が終わる前に誰かのクラッキングで滅茶苦茶にされてるはずさ。
> 事情を説明するよ、ヘンゼル。あんたも協力して。まずは自己紹介から始めよう――」

「自己紹介って言ったって……あー……そうだな。俺はヘンゼル・アーキバスター。探索者をしてる。
 マリーゴールド、さっきも言ったけど探索者ってのは……そうだったまずは現代じゃ文明が崩壊してるって話をしないと……」

 俺だけでは説明の要領が得られなかっただろう。ジャスミンがいて本当に助かった。
 人類が滅びかかってる現状は今や常識だが、誰かに説明する機会はほとんどない。
 通路は100メートルもある。マリーゴールドに現状を理解させるには十分な時間があった。
 話が終わるとマリーゴールドは悲嘆に暮れた様子でこう語った。

>『ジャスミンさん、ヘンゼルさん。お二人の言うことは真実なのでしょう。
> 虚偽感知プログラムにも反応せず、精神状態も正常であると判断できる以上……私は、取り残されてしまった。
> ただ、まだ人類の皆さまが生き残っているというのならば、私はそのお手伝いをしたいのです』

 通路の先にあるサーバー室はだだっ広い割には端末とモニターが一つポンと置いてあるだけだ。
 サーバー自体はどこにあるかというと、半透明な床の下に大量に収まっており、作業用の自動機械が忙しなく動き回っている。
 視線を戻すと、黒一色だったモニターの画面に映し出されたのは煌びやかなドレスを纏った女性の姿だった。

>『ここにあるのはジャイアント・カンパニーが研究していたものと、するはずだったデータの塊です。
> ぜひあなた方に持ち帰っていただきたく思います。きっとそれは、私だけではなくスタッフの方々の願いでもありましょう』

「そうだな。ここで研究していた技術は、もう今じゃ失われた技術だった。
 それが取り戻せたってことは、現代の生活がひとつ豊かになるってことになる。それはきっと良いことだ」

 俺は設計図さえ手に入ればいいと思っていたが、ジャスミンが持ってきている携帯型のメモリにはまだ空きがあるらしい。
 ひとつぐらいなら、俺の希望で例の設計図以外にも何か持って帰れそうだ。

233 :ヘンゼル :2023/05/20(土) 00:25:55.50 ID:4rrMSQY3.net
>「例の設計図以外も色々あるみたいだよ、ただ持ってきた携帯型メモリには全部入れられない。
> あたしはこの簡易ナノマシン修理槽が欲しいけど……あんたは他に欲しいのある?」

「そう言われると難しいな……本音を言うと一番金になりそうなのが良いんだが……。
 ナノマシン技術って多様過ぎてピンと来ないんだよな……あんまり見る機会も無いし……」

 もっとも、少ないながらも冒険者の中にはナノマシン技術を使って戦う者もいる。
 俺自身出会ったことはないが、きっとかなりの実力者なのだろう。

「……そうだな。この工場、ナノマシン医療に関する技術の研究はしてたのか? あればそのデータを頼む。
 戦前の医療の技術が少しでも手に入れば、世の中の役に立つだろ。まぁ金にもなるだろうし……二倍得したわけだ」

 医療の分野に関心を示してしまったのは、たぶんグレーテルや結婚相手の影響だろうな。
 なんつーか、俺は昔から自分と妹、後はせいぜい知り合いが平穏無事ならそれで良いと思ってたんだが、
 人を救いたいとか、誰かの役に立ちたいとか、そういったことを臆面も無く言える人種と関わってると影響を受けてくる。
 他人のことなんて関係無いと思いつつも、たまーに、突発的にだが、魔が差すようになっちまった。今回もそうだ。

 と、言ってもナノマシンの設計図が手に入ったところで、ただちに普及するわけではないだろうが……。
 文明崩壊以前の技術というのは、往々にしてロストテクノロジーだ。
 現物があるならともかく、データや設計図のみとなれば今の技術で再現するには途方も無い努力が要る。
 だからたとえシェルターが高額で買い取ってくれても、すぐさまその技術の恩恵に与れるわけでないのは、俺にも分かっていた。


【ヘンゼルの希望:ナノマシン医療に関するデータがあれば欲しい】
【無ければなんかお金になりそうなナノマシンアイテムのデータを貰ったってことにしといてください】

234 :ジャスミン :2023/05/21(日) 21:27:51.31 ID:NMhHdGS0.net
ヘンゼルの要望に応えるように、マリーゴールドはすぐさま目的のデータをモニターに表示した。
とは言っても専門用語がずらりと並ぶ中身までは、ジャスミンには理解しきれなかったが。

『医療用ナノマシンを用いた高血圧の治療プロセス、このデータが適切だと思われます』

「……あーあたしにはよく分からないけど、ヘンゼルはこれでいい?
 容量は問題ないみたいだから気にしなくていいけどさ、あたし医者じゃないから」

見た目からは想像もできないが、もしかして医者なのだろうか。白衣ではなく黒ずくめなのは何か理由があるのか。
それならわざわざ医療関係のデータを求める理由も分かる……と彼女は考えつつ、携帯型メモリを端末に接続する。
戦前の技術を受け継ぐシェルター製だけあって、値段は高いがデータの通信速度は速い上に頑丈だ。
とはいえ二人が選んだデータを保存し終わるにはそれなりの時間が必要なため、ジャスミンは暇つぶしに質問をしてみることにした。

「ねえマリーゴールド、ネットワークから切られたって言ってたけど、それはハードの問題?それともソフト?」

『ハードの問題であると認識しています、通信ケーブルが研究区画で物理的に切断されているようです。
 ソフトの問題であるなら72時間以内に解消できたのですが』

それを聞いたジャスミンは自信たっぷりに微笑むと、機械腕をわきわきと動かしてヘンゼルに振り向いた。

「それなら、あたしたちになんとかできるかもね。
 上手くいけば帰り道はお出迎え付きだよ」

研究区画に再び戻った二人は、マリーゴールドと携帯端末を接続していた。
彼女の内部に残っていた研究区画のマップデータから倉庫を見つけ、通信ケーブルの予備を探し当てる。
そうなれば後は、ジャスミンが繋ぎ直すだけ。

『ああ……ありがとうございます……!また、このプラントを管理できるなんて……
 アラームウォーカーたちも、随分と壊れてしまいましたが……修理用の設備も残ってくれていました』

プログラムで疑似的に再現された感情とはいえ、目を潤ませながら時折声を詰まらせて感謝する姿は、人間よりも人間らしい。
モニター越しとはいえその姿を見ると、いざとなれば工場ごと吹き飛ばそうと思っていたジャスミンに罪悪感が芽生えてくる。

「高性能爆薬、持ってこなくてよかった……」

そう呟いたところで、ふと疑問がまた浮かんでくる。アラームウォーカーたちの移動パターンはなぜ変わったのか?
マリーゴールドがネットワークに接続できていないなら、誰が変えたというのか?

「ヘンゼル、ちょっと気になることが――」

その疑問をかき消すような爆発音が、サーバー室に響く。
明らかに自然なものではない、破壊するための重低音が何度も二人の耳に聞こえてくる。

『これは……あなた方のような、探索者でしょうか?
 武装した人間が14名、装甲を貼り付けたトラック型車両が1台。正門を破壊して乗り込んできたようです』

マリーゴールドが稼働している監視カメラの映像を、モニターに表示する。
そこにいたのは、真っ赤なガスマスクが特徴のハゲタカと呼ばれるスカベンジャーの集団だった。
彼らは戦前のガスマスクによって解毒剤なしに霧の中を行動し、自動機械どころか探索者も襲撃していく殺戮者だ。
被害報告は少ないものの、シェルター側の悩みの種となりつつある。

「……さっきの質問後にする。こいつらをどうにかしよう」

【データ回収と思いきや突然の襲撃】

235 :ヘンゼル :2023/05/25(木) 23:34:31.14 ID:DqZvKH5+.net
>『医療用ナノマシンを用いた高血圧の治療プロセス、このデータが適切だと思われます』

 言ってみるもんだな。学習型毒性分解ナノマシンなんてものを作ってるならもしやと思っただけなのだが。
 本当に医療用のナノマシンの研究までしてるとは思わなかった。しかし高血圧の治療か……。
 運動不足、酒の飲みすぎ、煙草の吸い過ぎとは縁がない。甘い物の食べ過ぎで将来、糖尿病にはなるかもしれん。
 まぁ俺には直接関係ないことだけど、人類の役には立つんじゃないか。たぶん。

>「……あーあたしにはよく分からないけど、ヘンゼルはこれでいい?
> 容量は問題ないみたいだから気にしなくていいけどさ、あたし医者じゃないから」

「ああ、すまん。それでいい。何か話すことがあるなら構わず続けてくれ」

 ジャスミンの持ってきた携帯型メモリにデータを移している間、しばしマリーゴールドとジャスミンは会話をしていた。
 二人の会話を聞いていると、どうもマリーゴールドのネットワークが切れているのは物理的な原因にあるようだ。
 通信ケーブルがぶちっと切れちまってるみたいだな……ひょっとしたら予備さえあれば直せるのかもしれない。
 と思っていたらジャスミンが嬉しそうに機械腕を動かしている。修理工場の娘の血が騒いだのか?

>「それなら、あたしたちになんとかできるかもね。
> 上手くいけば帰り道はお出迎え付きだよ」

 研究区画の倉庫で通信ケーブルの予備を探し当てたジャスミンは、
 驚くほど要領よく回線の復旧を成功させた。エンジニアとしての知識もちゃんと持ってるんだな。
 さすがは、修理工場のお嬢さんだ。俺だけでは何もできなかった。マリーゴールドを助けたのは彼女の功績だ。

>『ああ……ありがとうございます……!また、このプラントを管理できるなんて……
> アラームウォーカーたちも、随分と壊れてしまいましたが……修理用の設備も残ってくれていました』

 えらく人間らしい振る舞いだ。ともかくこれで工場の守護者が完全に復活したわけだ。
 しかし、いずれは第二、第三の探索者が再びここを訪れることになるのだろう。

 アヴェンジャーとの遭遇時に俺たちは何者か、他の探索者らしき存在が戦った痕跡を見つけた。
 たとえ俺たちがこの工場の情報を隠したとしても、近い将来、ここにはまた誰かが訪れる可能性が高い。
 その時、マリーゴールドがどのような対応をするのか、そいつらがどう行動するのか。誰にも分からないことだ。

>「高性能爆薬、持ってこなくてよかった……」

 今ジャスミンが非常に恐ろしい考えを口走ったが、まぁそういう荒っぽいことをする連中も少なくなかろう。
 ひょっとしたら悪い結末が待ってるんじゃないかって不安もある、が、そこまで深入りするつもりはない。
 ただマリーゴールドは悪い奴ではないし、むしろデータを提供してくれた恩がある。
 この工場とそれを守るAIに不幸がないことを祈るばかりだ。

>「ヘンゼル、ちょっと気になることが――」

 異変は突如として起こった。ジャスミンが俺に何かを聞こうとした瞬間、派手な爆発音が響いてきたのだ。
 一度ではない。何度も似たようなやかましい音がこのサーバー室に届いてくる。これは何かを壊そうとしているのか。

236 :ヘンゼル :2023/05/25(木) 23:40:36.70 ID:DqZvKH5+.net
>『これは……あなた方のような、探索者でしょうか?
> 武装した人間が14名、装甲を貼り付けたトラック型車両が1台。正門を破壊して乗り込んできたようです』

「俺は紳士的だから否定したいけどお嬢という悪例もある。何とも言えないな」

 なんでもぶっ壊して解決したがるパワータイプの探索者が隣にいるので、俺はそう言わざるを得なかった。
 モニターに監視カメラの映像が映し出されると、揃って赤いガスマスクを着けた愉快な連中が現れた。
 まさか、こいつらが、俺たち以外にこの辺を探索してた連中の正体なのか。

 うわさに聞いたことがある。最近、解毒剤も持たずガスマスクを着けて汚染区域を荒らし回る厄介なグループがいるという話。
 『ハゲタカ』――そういう通称で呼ばれている。分類としてはスカベンジャーなのだろうが、やり口はかなり悪辣だ。
 何せ奴らはただ探索者のお零れを漁るだけでなく、探索者を襲い、時には殺し、戦利品を横取りするという。

 人間が人間を殺す。それは戦前よりもっと昔から決まっている、越えてはいけない一線だ。
 奴らはそれを易々と踏み越える。ハゲタカの蛮行にはシェルターも頭を悩ませているって話らしい。

>「……さっきの質問後にする。こいつらをどうにかしよう」

「オーケーだ。乱暴なスカベンジャーが工場をふらついてちゃあ安全に帰れないからな……。
 せっかくお宝を見つけたのに、横取りされた上に死ぬなんてまっぴらごめんだ。でも14対2だぜ。何か作戦とかあるのか」

 監視カメラで確認した限り、正門を突破したハゲタカは屋内をうろついているみたいだ。
 警戒心はしっかり持ち合わせているのか、何組かに別れるということもなく、一丸となって行動している。
 その方が安全なのは確かだ。戦力を分散させると強い自動機械と遭遇した時、各個撃破される危険性がある。

 いや待てよ。俺がそう思った時にはもう手遅れだった。
 1階から正門を破壊した時とはまた異なる、けたたましい音が鳴り響く。
 これは警報だな。たぶん。巡回中だったアラームウォーカーと遭遇したんだろう。何も考えずに固まって行動するから……。
 このままだと他所から他の自動機械まで呼びこんじまって余計混沌とした状況になりかねない。

「すまん、マリーゴールド。しばらく警報を止めてくれないか。上の連中は厳密には探索者じゃない。
 現代の法で言えばかなりの無法者の部類に入る。いや、あいつらは俺たちで対処するからそんなに気にしなくていい」

 ハゲタカとアラームウォーカーの遭遇は俺たちにとって幸運な出来事だった。
 警報の危険性に気づいたハゲタカたちは何組かの少人数に別れて行動することにしたらしい。
 少人数の方が身を隠しやすくなり、警報を鳴らされる心配も戦う心配もしなくていいからな。
 外から他の自動機械が来る恐怖を考えれば当然だが、数の有利を捨ててくれたのは嬉しい誤算だ。楽に勝ちを拾える。

「特別な作戦は必要無さそうだな。お嬢、別れた各グループを確実に潰していくぞ。
 3〜4人くらいなら一度に相手できる許容範囲内だ……2人がかりで挑めば何とかなるだろ」

 マルチプルランチャーを肩に担ぎ、俺はいつでも行けるという態度を示した。


【ハゲタカ、巡回中のアラームウォーカーと遭遇。数の有利を捨てて何組かに別れて行動を始める】
【別れた各グループを各個撃破していこうぜ】

237 :ジャスミン :2023/05/28(日) 20:43:34.56 ID:C0M/MEHu.net
『分かりました、ヘンゼル様。アラームウォーカーは収納しておきましょう。
 セキュリティシステムは全て復旧致しましたので、随時彼らの位置をお知らせいたします。
 ……彼らもあなた方と同じようであったなら、よかったのですが』

機械腕を戦闘出力に引き上げ、マリーゴールドから送信されるハゲタカたちのデータを網膜に投影する。
ハゲタカの武装は探索者が持つアサルトライフルを改造したものが主だが、
リーダーらしき人物は武装トラックに据え付けられたグレネードランチャーの銃座から動こうとはしない。
また、防護スーツらしきものを着込んでおり、物理的衝撃に強いと予測が出ている。

「よし、大体わかった。あとは『暴力的な悪例』らしく暴れるとしようか、ヘンゼル?
 生け捕りにすればシェルターから報酬がもらえるって話だけど、上半身が残ってれば大丈夫でしょ」

とはいえ、二つの大腕でいくつもの自動機械を粉砕してきたジャスミンにとって恐れる相手ではない。
後ろは任せたというように、モニター室を飛び出していく。それに合わせるように、ヘンゼルもついてくるかもしれない。


『その十字路の右に3人、さらにその奥の生産ライン監視室に3人います。
 監視室は一時的にロックしておきます』

実際、恐れることはなかった。隔壁がランダムに閉鎖されて迷路と化した工場内部に小銃を弾き飛ばす機械腕が飛び出てきたと思えば、ヘンゼルのランチャーが爆音と爆風でかき回す。
機械化されていない生身では飛び込んでくるジャスミンに反応できず、ハゲタカたちは殴り倒されていく。

そうして12人ほど殴って縛り、吹っ飛ばして縛りを繰り返していると、マリーゴールドから報告が届いた。

『ジャスミン様、ヘンゼル様。残りは3人となりましたが、彼らは全員トラック型車両に逃げ込んだ模様です。
 必要であれば車止めを起動して閉じ込めることも可能ですが、いかがいたしますか?』

「そうだね……余裕はまだまだあるけど、リーダーを相手にするのは危険かもしれない。
 ヘンゼル、あんたはどう思う?」

【ちょっと短めになっちゃいましたが雑魚相手に長々やるのもなあと思いまして】
【またまた分岐です】

238 :ヘンゼル :2023/06/04(日) 01:14:25.37 ID:/RsEAJiq.net
>『分かりました、ヘンゼル様。アラームウォーカーは収納しておきましょう。
> セキュリティシステムは全て復旧致しましたので、随時彼らの位置をお知らせいたします。
> ……彼らもあなた方と同じようであったなら、よかったのですが』

「俺もそう思うよ。だがまぁ、ああいう連中がいるのも仕方ない時代だ……。
 世界は荒廃してる。生きるのに精いっぱいで善悪に構ってられない連中もいるんだ」

 まぁハゲタカのやり方はスカベンジャーだとしてもあまりにやり過ぎだし、殺されても仕方ない連中だがな。
 それでも俺は奴らを率先して殺すつもりはないけど。人殺しは極力しないって決めてるんだ。
 探索者の仕事はあくまで今を生きる人々の糧となるものを探し出し、持ち帰ることだからな。

 情報端末を兼ねるサングラスにデータが送信された。マリーゴールドによるものだ。
 監視カメラの画像から得た奴らの情報だ。基本武装は探索者が使うアサルトライフルの改造品。
 おそらく探索者から奪ったものなのだろう。でなくては、非正規の彼らが持っている理由に説明がつかない。
 リーダーは安全な武装トラックから離れようとせず、防護スーツを着込んでいるとのこと。

>「よし、大体わかった。あとは『暴力的な悪例』らしく暴れるとしようか、ヘンゼル?
> 生け捕りにすればシェルターから報酬がもらえるって話だけど、上半身が残ってれば大丈夫でしょ」

「お嬢の生け捕りの解釈が物騒すぎて足が震えてきた。勘弁してくれ」

 だが生け捕りにすればシェルターから報酬がもらえるのは悪い話じゃないな。俺も殺すつもりはないし。
 さいわい、マルチプルランチャーの圧縮空気弾なら殺すこともないだろう。骨折くらいはするかもしれないが。
 ジャスミンが部屋を飛び出すと、俺も自分の得物を担いだまま後ろをついていく。

>『その十字路の右に3人、さらにその奥の生産ライン監視室に3人います。
> 監視室は一時的にロックしておきます』

「サポート助かる、マリーゴールド。おたくがここまで協力してくれるのは予想外だ。ありがたいぜ」

 サイボーグであるジャスミンにとってハゲタカなどものの敵ではなかった。
 機械腕は小銃の弾丸を易々とはじき返し、ハゲタカたちは次々と殴り倒され制圧されていく。
 俺は圧縮空気弾の威力を調整して援護に徹し、爆風で攪乱・威嚇を行い、時に足や手を撃って動きを奪う。
 倒したハゲタカを手早く縛り上げていると一人があまりに抵抗するので、俺はガスマスクに触れて警告した。

「そんなに暴れるなよ……生殺与奪の権は俺たちが握ってるんだぜ。抵抗したらおたくのガスマスクを剥ぐ。
 死にたくなかったら余計な真似はするな……いいか、それだけは頭に刻み込んでおけ。どっちが『上』かってことをな」

 12人ほど拘束に成功したところで、マリーゴールドから通信が飛んできた。

>『ジャスミン様、ヘンゼル様。残りは3人となりましたが、彼らは全員トラック型車両に逃げ込んだ模様です。
> 必要であれば車止めを起動して閉じ込めることも可能ですが、いかがいたしますか?』

「そのトラック、グレネードランチャーもついてるんだろ。閉じ込めても籠城戦になったら面倒だな」

>「そうだね……余裕はまだまだあるけど、リーダーを相手にするのは危険かもしれない。
> ヘンゼル、あんたはどう思う?」

 一番楽なのは、もちろん、相手にしないことだ。逃げたいなら逃がしてやればいい。
 でも。あいつらは逃げた後、性懲りも無く悪事を働くんだろうな。つまり犠牲者が増え続けることになる。
 それが俺の知っている人たちだと思うと、途端に嫌な気持ちになった。そうだな。無視することなんてできない。
 誰かがやらなくちゃいけないことなら、俺たちがやってもいいだろ。生け捕りにすれば金になるんだし。

「……そうだな。俺はこのまま戦うのに1票だ。車止めを使えばトラックはもう動かせないんだろ?
 それでもトラックに籠城して戦う気なら『こいつ』で丸ごと吹っ飛ばす。
 懸念はリーダーの強さだが、そればかりは戦わないと分からん」

 俺が取り出したのは普通の銃弾より遥かに巨大な弾頭だった。当然だ。
 こいつは120mmもある、かつて戦車に使われていた砲弾なのだから。
 5発持ってきた弾のひとつで、「使える奴がいない」とのことで売れ残ってしまったのだ。

239 :ヘンゼル :2023/06/04(日) 01:16:51.36 ID:/RsEAJiq.net
【期限ギリギリになってしまって申し訳ないです(汗)】
【このまま戦うのに1票。逃げ込んだトラックに籠城する気なら戦車の砲弾で吹っ飛ばす】

240 :ジャスミン :2023/06/11(日) 01:24:34.39 ID:Dt0ff5aX.net
その砲弾は戦前で使われていたもの。トラック程度なら容易く吹き飛ばしてしまうだろう。
ハゲタカのリーダーが防護スーツを身に纏っているとはいえ、その衝撃は骨の一本や二本ではすまないはずだ。

「いいね、そいつなら脅しにも使えそうだ。
 できるなら諦めてくれるのが一番なんだけど……あの様子じゃ、無理そうだね」

マリーゴールドが二人の端末に監視カメラの映像を繋いでくれる。
そこに写されていたのは、トラック型車両が装甲を展開して簡易的な陣地を作り上げる様だった。
防護スーツを着用したリーダーらしき男が銃座に陣取り、監視カメラに向けて何事か叫んでいる。

「てめえら!俺の手下どもを返しやがれ!でなけりゃありったけの弾薬を撃ち込んでぶっ壊してやるぞ!
 戦前のAIなんかに味方しやがって恥ずかしくねえのか!そいつもシェルターと同じでお前らを利用することしか考えてねえんだ!」

『お二人を利用、とはどういう意味でしょうか?人間は資源でも家畜でもありませんが……』

疑問符を頭に浮かべて、首をかしげるマリーゴールド。それに答えるジャスミンが手を振った。

「バカの言うことなんて真面目に考えるだけ無駄だよ、とっとと吹き飛ばそう。
 あの装甲車で帰りたかったけど、そうもいかないね」

ちょっとした陣地と化したトラック型車両は、グレネードランチャーのみならず重機関銃や小型のミサイル迎撃システムまで展開している。
このまま時間を稼ぐだけでは、説得に応じることはなさそうだ。
120㎜砲弾でぶち抜いてもらおうと、ジャスミンが口を開きかけた時だった。

『……この状況は企業と協力者への武装を用いた脅迫及びAIに対する侮辱とみなされ、これに対する自己防衛は戦前でも合法です。
 よってわが社の警備システムではなく、防衛システムを起動します』

そうマリーゴールドが告げると同時に、二人がいた警備室の近くから何かが展開される音がする。
ぎょっとして通路に出てみれば、そこにいるのはハイランダーによく似た人型自動機械。
都市迷彩のように灰色と水色が入り混じった装甲を身に纏い、2mほどの高さで二人を見下ろしていた。
ハイランダーと違う点は装甲が分厚く、ステルス性など考えない頑強さを見せつけるような角ばったデザインであること。
さらに装甲の隙間を隠すように流体金属が蠢いており、それが鎖帷子のようにも見える。

『グラディウス、お二人に協力しなさい』

『御意。ジャスミン、ヘンゼル。あなた方を護衛し、あの車両を排除します』

男性よりの低い合成音声が頭部から発せられたと思えば、自分のいた格納庫のレバーを勢いよく下に引く。
すると武器庫が近くに展開されて、小型ミサイルと大型アサルトライフル、そして名前の由来となったであろう幅広で分厚い単分子剣をグラディウスは淀みなく装備した。
そして二人の命令を待つように、微動だにせず待機している。

「……こいついたら、あたしたちいらないんじゃない?」

【厄介な相手に頼れる味方、いざ戦闘へ!】
【書いてたのを貼り忘れてました…】

241 :創る名無しに見る名無し:2023/06/16(金) 08:31:38.16 ID:xvFf7DkG.net
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242 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/06/18(日) 22:59:29.53 ID:XUL6kl0E.net
>「いいね、そいつなら脅しにも使えそうだ。
> できるなら諦めてくれるのが一番なんだけど……あの様子じゃ、無理そうだね」

 正直自分でもちょっと物騒すぎるかなと思ったのだが、ジャスミンなら気に入ってくれそうだとも思っていた。
 一方、防護スーツを着用したリーダーの男は監視カメラめがけて何かを叫び散らかしている。

>「てめえら!俺の手下どもを返しやがれ!でなけりゃありったけの弾薬を撃ち込んでぶっ壊してやるぞ!
> 戦前のAIなんかに味方しやがって恥ずかしくねえのか!そいつもシェルターと同じでお前らを利用することしか考えてねえんだ!」

 一瞬、俺はドキッとした。俺を利用する手合いのことなんて心当たりがありすぎる。
 もっともそれはシェルターではなく、俺に冒険者のいろはを叩きこんだ《魔女》のことである。
 奴は妹のグレーテルの命を盾にして金を要求するとんでもない悪党であり、武器商人でもある。
 悪辣な《魔女》に比べればシェルターなど生易しい。というより俺には幾分と善良な連中に見える。

 とはいえそんなことはジャスミンにもマリーゴールドにも話していないので、誰も知らないはずだ。
 だから俺はマルチプルランチャーの銃口をトラックに向けたままこう返した。

「おたくの理屈がよう分からん……俺たちは自分の身を守ってるだけだ」

>『お二人を利用、とはどういう意味でしょうか?人間は資源でも家畜でもありませんが……』

 マリーゴールドの疑問形にジャスミンがこう答える。

>「バカの言うことなんて真面目に考えるだけ無駄だよ、とっとと吹き飛ばそう。
> あの装甲車で帰りたかったけど、そうもいかないね」

 あのトラックも戦利品にしようと考えてたのか。まったく、ジャスミンは根っからの探索者だな。
 と思っていたらトラックはグレネードランチャーどころか重機関銃や小型ミサイルまで展開した。
 流石にやべぇ。これは先手必勝だ。戦車の砲弾を発射して、ただちに無力化しなければこっちがやられる。
 ジャスミンもそう考えたのか、俺の方に顔を向けた。その時である。

>『……この状況は企業と協力者への武装を用いた脅迫及びAIに対する侮辱とみなされ、これに対する自己防衛は戦前でも合法です。
> よってわが社の警備システムではなく、防衛システムを起動します』

「ん? マリーゴールド、そりゃどういう意味……」

 何か音がしたと思って通路に出てみると、そこには2メートル程度の人型自動機械があった。
 分厚い装甲は雄々しく、頑丈な印象を与える。実際、相当頑丈のはずだ。

>『グラディウス、お二人に協力しなさい』

 マリーゴールドの命令に従うように、目の前の自動機械、グラディウスが古めかしい口調で答える。

>『御意。ジャスミン、ヘンゼル。あなた方を護衛し、あの車両を排除します』

 こんな隠し玉があったのか。俺は少なくとも物資やデータを惜しみなく提供してくれたマリーゴールドへの駄賃に、
 荒らし屋のハゲタカからこの工場を守る気概で戦ったわけだが、こんなものがあるなら余計なお節介だったかもしれん。

>「……こいついたら、あたしたちいらないんじゃない?」

「ああ。マリーゴールドには驚かされるばかりだ。もし敵対的な行動をとってたら俺たちは死んでたかもな……。
 ともかく、グラディウスがいるならちょっと作戦を変更するか。今は砲弾を使うのは止めにして、こいつを使う。
 ジャスミンはグラディウスを盾替わりにして突っ込んでくれ。それなら目は潰れない。グラディウス、前衛は頼めるか?」

 砲弾を仕舞って代わりに取り出したのは『閃光弾』だ。これも持ってきた5発の弾のうちにひとつ。
 強力なフラッシュで相手の目を潰せばトラックの仰々しい武器も一瞬、使い物にならない。

 そして2メートルもあるグラディウスに隠れて突っ込めば、接近戦の得意なジャスミンは目を潰さず肉薄できる。
 しかも、グラディウス自身は自動機械だから閃光弾でカメラが一瞬潰れてもレーダーなどで問題無く戦えると思われる。
 この作戦が二人に了承されれば、援護担当の俺は二人が突っ込むタイミングで『閃光弾』を発射するだろう。

243 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/06/18(日) 23:00:27.44 ID:XUL6kl0E.net
【お待たせしました。グラディウスを先頭にして突っ込もう。ヘンゼルは援護で閃光弾を使い、敵の目を眩ませます】
【閃光弾を使うタイミングはジャスミンさんで自由に描写して頂いてOKです】

244 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/06/22(木) 16:13:18.93 ID:23J0GwwT.net
ヘンゼルの質問にグラディウスは小さく頷く。
自動機械らしさを感じさせない自然な動きから、戦前AIの高度さが感じられるだろう。

『肯定します、ヘンゼル。彼らの装備では重機関銃以外、当機の正面装甲は貫けないでしょう。
 小型ミサイルは直撃すれば危険ですが、迎撃の可能性は87%です。
 遮光ゴーグルを展開しますので、そちらのタイミングで閃光弾を射出していただければと思います』

人間でいう額にあたる部分からサングラスのようなバイザーが下り、グラディウスの頭部センサー群を覆う。
そうして各々の準備が整ったところで、ジャスミンが機械腕を唸らせてこう告げた。

「あたしたちが飛び込むと同時に閃光弾をトラック正面で起爆。
 後は手下を黙らせてグラディウスにボスを拘束してもらう。生け捕りがダメそうならヘンゼル、あんたの判断で砲弾をぶちかまして」

二人と一機でお互いに頷き、持ち場に散開する。
ジャスミンとグラディウスはトラックの真正面、フォークリフトや使われないままの資材が乱雑に置かれた資材搬入口。
ヘンゼルは射線と周囲の警戒がしやすい場所に。

「お前ら!またシェルターに働かされたいのか!あいつらの奴隷になるのは嫌だって言ったのはお前たちだろうが!」

相変わらずわめき続けるハゲタカのリーダーを無視しつつ、ジャスミンが合図を出す。

「3……2……1……行くよっ!」

グラディウスが資材搬入口のシャッターを開けたかと思えば、重量を感じさせないなめらかな動きでトラックへと向かう。
その斜め後ろ、トラックの重機関銃の射線が通らない位置にジャスミンが続き、閃光弾が完璧なタイミングで爆発した。

「うおっ…!くそっ!てめえら気合入れろ!あるもん全部ぶっ放せ!」

視界を潰されたとしても、その火力は探索者二人を殺すには十分なもの。
小型ミサイルが熱探知によってグラディウスに誘導され、グレネードランチャーはその爆発で工場を片っ端から破壊しようと射出される。
さらにハゲタカのリーダーは防護スーツである程度閃光弾を遮光できたのか、すぐさまグラディウスへと重機関銃を構えた。

『迎撃モードに移行。マリーゴールドと計算連携』

だが、小型ミサイルはグラディウスのアサルトライフルによってあっさりと迎撃される。
重機関銃の斉射もグラディウスが素早く近くのフォークリフトに隠れ、ジャスミンはその間に回り込む。

『ヘンゼル聞こえる!?ミサイルは潰せたけどグレネードランチャーがそろそろこっちを見る!』

見れば展開された小型隔壁の向こうに、ようやく視界を取り戻したハゲタカの一人がグレネードランチャーをジャスミンたちに向けようとしている瞬間だった。

【というわけで戦闘開始】
【開幕で閃光弾使わせていただきました】

245 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/06/25(日) 23:27:39.91 ID:c+n3rpdh.net
>『肯定します、ヘンゼル。彼らの装備では重機関銃以外、当機の正面装甲は貫けないでしょう。
> 小型ミサイルは直撃すれば危険ですが、迎撃の可能性は87%です。
> 遮光ゴーグルを展開しますので、そちらのタイミングで閃光弾を射出していただければと思います』

「グッドな回答だ。遮光ゴーグルまで装備してるとは。よく出来てるな、本当に」

  グラディウスの回答に親指を立てると、ジャスミンが口を開く。

>「あたしたちが飛び込むと同時に閃光弾をトラック正面で起爆。
> 後は手下を黙らせてグラディウスにボスを拘束してもらう。生け捕りがダメそうならヘンゼル、あんたの判断で砲弾をぶちかまして」

「了解した。まぁ、正直なところ砲弾は極力使いたくないけどな。
 帰りに自動機械と遭遇して、使う必要が生じるかもしれん。奥の手はとっておきたいのが探索者の心理ってもんだろ?」

 俺とジャスミンだけなら使う機会もあるかもしれないが、今はグラディウスがいるからな。
 この高性能な自動機械がいれば戦車の砲弾は温存できるというのが俺の見立てなのだ。
 まぁ当然ながら、いざという時に出し惜しみする気はないけど。

 持ち場に散開した俺たちは三方向に別れて強襲する機会を窺う。
 ジャスミンとグラディウスは資材搬入口に陣取っている。俺はそれよりやや後方の物陰に隠れた。
 ここなら身を隠せるし、身を乗り出せばすぐにトラックを狙えるポイントとなる。他のハゲタカが狙ってきてもすぐに分かるしな。

>「3……2……1……行くよっ!」

 ジャスミンの合図とともに構えていたマルチプルランチャーから閃光弾を発射した。
 放たれた閃光弾はトラックの正面で炸裂し、ハゲタカたちの視界を奪おうと眩い光を発する。

>「うおっ…!くそっ!てめえら気合入れろ!あるもん全部ぶっ放せ!」

 ちっ。これだから馬鹿は困る。視界が潰されてもヤケクソで撃ち回る気だな。
 下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるってやつだ。しかも、ハゲタカのリーダーは閃光弾の効きが薄いようだ。
 防護スーツの機能か? 重機関銃の銃口をピタリと正確にグラディウスへと向けている。

 具合の悪いことにミサイルも飛んできた。が、グラディウスはアサルトライフルで正確に迎撃している。
 リーダーが撃ってきた重機関銃はフォークリフトに隠れることで対処したようだ。グラディウスは無事。
 しかも、その攻防の間にジャスミンが抜け目なくトラックへ回り込んでいる。

>『ヘンゼル聞こえる!?ミサイルは潰せたけどグレネードランチャーがそろそろこっちを見る!』

 トラックが展開した隔壁の向こうにいるハゲタカの一人が、グレネードランチャーをジャスミンたちに向けている。
 隔壁に隠れているハゲタカを撃ち落とすのは難しい。単純に考えて、隔壁をぶち抜ける銃弾がいる。
 だがそれが出来るのは俺の手持ちの弾じゃあ戦車の砲弾以外にないだろう。

 少し発想を変えよう。隔壁で防御していても狙えるものがあるとすればどうだ。
 考えてもみろ。防御しながら敵を狙い撃つのだから、グレネードランチャーの銃口は剥き出しだ。
 狙うなら、そいつだ。俺が狙うのグレネードランチャーの銃口。針の穴を通す精密な射撃でグレネードランチャーを潰す。

 俺のサングラスはレーダーを兼ねた端末であり、マルチプルランチャーの照準とも連動している。
 この機能によって射撃を補助することで常人では不可能な精密射撃も可能となる。
 物陰から移動して狙える位置へ動く。使う弾はアヴェンジャーから何発かくすねておいた機関銃の弾丸だ。
 ロングコートのポケットに入っている。今回は1発あれば十分だろう。

「慈悲を乞うがいい」

 誰に言うでもなく、俺は呟いた。

「くれてやるのは『機関銃の弾丸(こいつ)』だけどなッ!!」

 発射された1発の弾丸はグレネードランチャーの銃口に吸い込まれるように侵入する。
 そして、内部で弾丸とグレネードが激突したことによりハゲタカの手元で爆発した。

246 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/06/25(日) 23:28:32.04 ID:c+n3rpdh.net
【精密射撃でグレネードランチャー自体を狙い撃ち、破壊する】

247 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/07/01(土) 14:11:13.67 ID:XHgD8i/s.net
ただ一発の弾丸がグレネードランチャーを完璧に破壊し、爆発した衝撃でハゲタカが隔壁の向こうに叩きつけられる。
他のハゲタカがそちらに注意を向けている隙を見逃すことなくグラディウスとジャスミンはミサイル発射器に飛び込み、ハゲタカを殴り倒して無力化した。

「まずは一人!」

一度内部に飛び込んでしまえば、隔壁も兵器も意味をなさない。爆発のショックでうめいていたハゲタカをあっさりと拘束してしまえば、残るはリーダーのみ。
小型の陣地と化したトラックの奥でリーダーは困惑を隠せないように銃座から離れていた。

「う、うう……この役立たず共!誰が助けてやったと思ってる!自動機械や同業者から身を守る術を教えてやったのは誰だ!
 シェルターの手下二人と一機のポンコツ相手にいいようにされやがって……!」

銃座に飛び込んだ一人と一機を前にわめきちらし、大口径の拳銃を何度も発砲する。
だがジャスミンには機械腕で防がれ、グラディウスに至っては関節部の液体金属すら貫けない。
間近でジャスミンが解析すると、防護スーツの詳細な情報があっさりと流れ込んできた。

「核汚染、生物汚染、化学汚染、ナノ汚染の完全防護……これも戦前の遺産?
 ヘンゼル、こりゃ当たりだよ。トラックよりよっぽど儲かったかもね」

相互通信で伝えながら、未だに拳銃を振り回すハゲタカのリーダーを殴りつけて黙らせる。
万が一にでも暴れられないようにグラディウスが首筋に名前の由来となった単分子剣を突きつけていて、少しでも怪しい素振りを見せれば首が飛ぶだろう。

「どこでそんなものを拾ったのか、工場をどうやって見つけたのか。色々聞きたいことはあるけどさ……
 まずはそのスーツ、脱いでくれないかい?あんたごとスクラップにしたら、掃除が面倒なんだ」

リーダーが取り落とした拳銃を拾い、機械腕の出力を上げて思い切り握りこむ。
それだけで頑丈な造りのはずの拳銃が鈍い金属音と共にねじれ、潰れていく。

機械腕を開き、男の目の前に突き出された拳銃は、ただのスクラップと化してしまっていた。

「ヘンゼル、あんたも何か聞きたいことある?喋らなかったりしたら脚から順番に潰していくつもりだから、何でもこいつに質問していいよ」

【防衛戦終了、報酬漁り&質問タイム】

248 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/07/08(土) 23:13:16.91 ID:JEMCzd+J.net
 流石はジャスミンと言うべきか、グラディウスとの連携は完璧だ。
 機械腕が届く近距離戦闘に持ち込めればサイボーグである彼女に敵う人間はほぼ、いない。
 トラックが展開する隔壁の内側に侵入した彼女は瞬く間に敵を制圧していった。

>「う、うう……この役立たず共!誰が助けてやったと思ってる!自動機械や同業者から身を守る術を教えてやったのは誰だ!
> シェルターの手下二人と一機のポンコツ相手にいいようにされやがって……!」

 ハゲタカのリーダーは大口径の拳銃を発砲しながら抵抗しているようだが、あまりに虚しい。
 ジャスミンもグラディウスも意に返さないほど、それは無意味な行為だった。

>「核汚染、生物汚染、化学汚染、ナノ汚染の完全防護……これも戦前の遺産?
> ヘンゼル、こりゃ当たりだよ。トラックよりよっぽど儲かったかもね」

「なに? そんな貴重なものをどこで手に入れたんだ……」

 なんて俺が呑気に言っている間に、ハゲタカのリーダーがジャスミンにぶん殴られる。
 死んだんじゃなかろうな。あっ。さすがにジャスミンも手加減してくれているようだ。まだ生きている。
 もっともその首筋にはグラディウスの単分子剣が突きつけられている。この勝負、完全に俺たちの勝ちだな。

>「どこでそんなものを拾ったのか、工場をどうやって見つけたのか。色々聞きたいことはあるけどさ……
> まずはそのスーツ、脱いでくれないかい?あんたごとスクラップにしたら、掃除が面倒なんだ」

 ふむ。確かにただのスカベンジャーにしては、装備が良すぎるな。
 このトラックにしても、防護スーツにしても。どこで手に入れたのか気になるところだ。
 スカベンジャーは基本的に、探索者のおこぼれを拾って生きているわけで、まぁこいつらに関しては探索者を襲ったりしているわけだけども、普通の手段でこれだけ充実した装備を揃えられるとは思えない。

>「ヘンゼル、あんたも何か聞きたいことある?喋らなかったりしたら脚から順番に潰していくつもりだから、何でもこいつに質問していいよ」

 ひいいいい。この子怖いことを平然と口にする。そんなことまで俺は考えてませんよ。
 とはいえ、俺たちの身の安全を守るために確認しておかなければならないことがある。

「じゃあ聞く。ハゲタカ、お前らはこの工場に来たメンバーが全員でいいのか?
 これは大事な質問だから正直に答えろ。俺たちが帰るときに襲われたらたまらんからな」

 そう言いながら、俺はリーダーの防護スーツをぺたぺたと触った。通信機の類がないか確認したのだ。
 もし他にも仲間がいて、しかもリーダーが探索者に捕まったと知られたら面倒ではないか。

 探索者稼業で気をつけるべきなのは、行きより帰りだ。
 行きは体力も十分にあり、装備も整っており、万全の準備ができている。

 しかし、帰りは戦いの後で疲労しており、集中力も散漫で、弾薬などの装備も不十分だ。
 加えて探索で手に入れた戦利品を抱えており、まさにハゲタカのような危険な連中に狙われる可能性まである。
 だから聞いておいた。まだ他にも仲間がいるなら最悪、先手必勝で潰しておく必要すらある。
【質問:ハゲタカはこの工場に乗り込んできたメンバーが全員という認識でいいのかな?】

249 :創る名無しに見る名無し:2023/07/09(日) 22:35:20.43 ID:EcB5usBVr
毎年毎年懲りもせす゛テ□リストJAL墜落事件か゛どうたらお祭りみたいなことして何が目的なんた゛ろうな
騒音に温室効果ガスにコ□ナにとまき散らさせて,氣候変動させて海水温上昇させてかつてない量の水蒸気を発生させて.
土砂崩れに洪水、暴風,猛暑.大雪にと災害連発させてるテ囗リス├に.核兵器反対みたいな、クソ航空機反対すら主張しないあたり.
巻き添え根性丸出して゛人が死ぬのを望んて゛るのか、テ□リス├JÅLに薄汚い見舞いの品でも出させたいのか,
いす゛れせよバカ晒してるだけのキモチワルヰお話だよな
もしかしてクソ航空機か゛ケ━ザイにとって必要なことだとか勘違いしてたりするのかな
曰本におけるケ一ザイってのは,ー部の賄賂癒着害蟲が地球破壞して災害連発させて國土破壞して人殺して私腹を肥やすことをいうわけだか゛
そんなケ−サ゛ヰとやらか゛マトモなことた゛とか本氣で思ってるとしたら,救いようのないクソガイジ丸出しだそ゛

創価学会員は.何百万人も殺傷して損害を与えて私腹を肥やし続けて逮捕者まで出てる世界最惡の殺人腐敗組織公明党を
池田センセ━が□をきけて容認するとか本氣て゛思ってるとしたら侮辱にもほと゛があるぞ!
https://i.imgur.com/hnli1ga.jpeg

250 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/07/14(金) 19:38:53.55 ID:wO4SliIR.net
ヘンゼルの質問に合わせるようにジャスミンがリーダーの足先に手をかける。
舐めた態度をとればすぐさま機械腕が足と防護スーツをまとめて圧着してしまうだろう。
リーダーは身をよじって反射的に逃げようとしたが、グラディウスは無言で単分子剣を首に押し当てた。

「ぜ、全員だ!全員だよ!拠点に誰か残せば物資をちょろまかす奴がいるかもしれない、
 だから俺が拠点から動くときはいつも全員で動くんだ!」

「そいつはありがたいことだね。通信機もヘルメットだけ?あと防護スーツとトラックの出所もお願い。
 防護スーツはもう脱がなくていいよ、そんなに頑丈じゃないって分かった」

ぎち、と防護スーツの上から締め上げるような音が響く。
感触に悲痛な声をあげたリーダーはさらに情報を吐き出していった。

「そうだ!通信機は他にない!防護スーツもトラックも壊れたシェルターから掘り出してきたんだ……
 だから指を離してくれ!」

『私からも聞きたいことがあります。なぜここを襲撃すると決めたのですか?』

「偵察させた連中が警備の甘い工場が残ってるって言ったからだ。
 アヴェンジャー1体がうろついてるだけのちょろい区画だって……戦前AIがいるなんて知らなかった」

他にも拠点の座標や残った物資など、聞き出せるだけの情報を聞いたところで防護スーツを脱がせる。
いざ下着一枚の姿となってみれば、そこにいるのは無精ひげを生やしたどこにでもいるような中年男性だった。
彼をそのまま縛り上げ、同じようにした手下どもを合わせてトラック前に運んでいく。

「さーて……トラックはまだ運転できるし、後はこいつらまとめて運ぶだけだね。ヘンゼルも手伝って。
 それとマリーゴールド、本当にありがとね」

『こちらこそ、工場を守っていただきありがとうございました。
 本来であれば感謝状と粗品を贈呈するのですが、その余裕もなく……』

もらったデータだけで十分ありがたいよとジャスミンが謙遜しつつ、トラックを動かす。
武器を片付けてスペースを開けた荷台に、機械腕を稼働させてハゲタカたちを放り込んでいく。

「燃料はまだあるし、シェルターに帰るまでは持つ。
 あと何かやり残したこと、ある?」

ジャスミンが汗臭い運転席からヘンゼルに通信を送る。
帰り道は順調になるはずだが、この工場に戻る暇があるほどではない。
少しでもリスクを減らすなら、ここでやるべきことは終わらせておくべきだろう。

【回答:全員で乗り込んでくるタイプだったので奇襲もなく安全に帰れます】

251 :へんぜる:2023/07/21(金) 20:12:16.97 ID:O5f7AxXB.net
すみません、投下期限を明日に延長させてください!
ちょっと予定が立て込んでたのでまだ一文字も書けて無いのです(汗)
本当に申し訳ないです……。

252 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/07/21(金) 23:19:31.08 ID:ODqmWQ4P.net
【了解しました リアル優先で大丈夫ですよー!】

253 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/07/22(土) 22:15:10.06 ID:lbDvuS6S.net
>「ぜ、全員だ!全員だよ!拠点に誰か残せば物資をちょろまかす奴がいるかもしれない、
> だから俺が拠点から動くときはいつも全員で動くんだ!」

「なるほど。いい返事をありがとう。これで俺の心配事はなくなったぜ」

>「そいつはありがたいことだね。通信機もヘルメットだけ?あと防護スーツとトラックの出所もお願い。
> 防護スーツはもう脱がなくていいよ、そんなに頑丈じゃないって分かった」

 ハゲタカのリーダーが悲鳴に近い叫び声を上げた。まるで俺たちが悪い奴みたいだな。
 まぁやり方がヤクザ染みてるからしょうがないんだけど。

>「そうだ!通信機は他にない!防護スーツもトラックも壊れたシェルターから掘り出してきたんだ……
> だから指を離してくれ!」

 戦ってる時の威勢はどこにいったのか、思った以上にペラペラ喋ってくれている。

>『私からも聞きたいことがあります。なぜここを襲撃すると決めたのですか?』

 マリーゴールドも便乗して質問をぶつけた。ハゲタカのリーダーはやはり素直に答えてくれた。

>「偵察させた連中が警備の甘い工場が残ってるって言ったからだ。
> アヴェンジャー1体がうろついてるだけのちょろい区画だって……戦前AIがいるなんて知らなかった」

 その後、ハゲタカのリーダーは身ぐるみを剥がされ、拘束されたうえで下着一枚の姿になっていた。
 無精髭を生やした普通のおっさんである。悪辣で危険なハゲタカも中身はどこにでもいそうな人だったというオチだ。
 汚染区域内で防護スーツも何もないのに大丈夫なのは、このおっさんだけ解毒剤を飲んでいたためである。

>「さーて……トラックはまだ運転できるし、後はこいつらまとめて運ぶだけだね。ヘンゼルも手伝って。
> それとマリーゴールド、本当にありがとね」

「オーケーオーケー。こいつらは大事な報酬の引換券だからな。任せておきな」

 ハゲタカたちは存外大人しかった。暴れたり抵抗する様子もなく素直にトラックへと放り込まれていく。
 こいつらの収容が終わったところで、ジャスミンから通信が入った。

>「燃料はまだあるし、シェルターに帰るまでは持つ。
> あと何かやり残したこと、ある?」

「いや……やり残したことは特にないが……こんだけあれば結婚式もなんとかなりそうだし……。
 あ……そうだ。ひとつ忘れてたことがあったような気がするな。ほら、あれだよあれ」

 上手く口から言葉が出てこない……ハゲタカが乱入してきたせいですっかり忘れていたが、
 マリーゴールドのいるサーバー室で、ジャスミンが確か何か言いかけていた。「ちょっと気になることが――」って。
 もう工場から立ち去るので関係ないかもしれないが、気になることってのは結局何だったんだ。
 俺はトラックに乗り込みながら、そのことをジャスミンに聞いてみた。

「なあ、お嬢、サーバー室で言いかけてたことは何だったんだ?
 この工場のことなのか? もしそうなら、もう帰っちまうから真相は闇の中だな……。
 まぁそのことを調べても藪蛇かもしれん。気にしなくていいのなら、俺はそのことは忘れるよ」


【お待たせしました(汗)期限延長ありがとうございました!】

254 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/07/27(木) 19:56:42.97 ID:BxX+VTJn.net
ヘンゼルの問いに、ジャスミンも運転席に座りながら思い出す。
あの時は言いそびれてしまったが、事が全て終わった今ならその話もできるはずだ。

「マリーゴールドがサーバー室に閉じ込められてる間、アラームウォーカーの移動パターンを誰が変えたかって話よ。
 あいつらは自律型の思考はできないはずだから、マリーゴールドみたいな自分で考えられるやつが指示しないとそのままのはずなのに」

『それでしたら、アラームウォーカーたちに再接続した際にすぐ分かりました』

二人で頭をひねって考えていたところに、マリーゴールドがすっと回答してくれる。
積み込みの手伝いをしてくれていたグラディウスが回答に合わせるように動きを止めて、こちらに向き直った。

『グラディウスが警備パターンをいくつか構築し、事前条件を付けてあらかじめアラームウォーカーにダウンロードしてくれていたのです』

『当機の目的はこの工場を防衛することです。何らかの形で当機が工場を防衛できなくなっても、最大限の防御を構築できるようにするためでした』

二人のAIがよどみなく答えてくれたことで謎は全て解けた。
だが、ジャスミンはさらに生まれた謎を問いかけてみる。

「あの警備パターンって、どういう条件?たぶん工場を漁ってたのは私だけなんだけど」

好奇心と興味と一抹の不安が混ざった疑問に、グラディウスはやはり躊躇いなく答えてくれる。

『はい、暴力的かつ遵法意識に欠けた人間が工場に押し入ってきた場合のパターンです。
 ジャスミン、あなたの行動は事前条件を87%満たしていました』

「…………ヘンゼル、帰ろうか。もうやることないし」

運転席の背後に置かれた機械腕を見つめて、悲しみを込めた声でジャスミンは呟く。
助手席にヘンゼルが座ってしばらく経ってからも、まだ彼女は機械腕を見つめ続けていた。
人間に言われたなら反論のしようがあったかもしれないが、合理的判断しかしない軍事AIにそう告げられては何も言い返せないのだ。

(次からは機械腕以外の装備も使おう……)

哀愁すら漂う雰囲気になりかけたが、マリーゴールドがその雰囲気をほぐすように話してくれた。

『結果としてお二人が工場を守っていただいたことに、私たちは強く感謝しています。
 どうかお二人が無事に帰還し、人類復興の一助とならんことを。さようなら、ジャスミンさん、ヘンゼルさん』

その明るい声に、ジャスミンはかすかな笑みを浮かべて応える。
車のエンジンが始動し、振動が車全体に響いた。

「うん、さようならマリーゴールド。また会いたいね」

【というわけで無事帰還】
【ここからちょっとだけ続きます】

255 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/08/04(金) 19:43:35.65 ID:5C7P4IR+.net
【ゲェェェーッ日付の確認を間違ってました。金曜期限だと思ってました、すみません!】
【すぐ書いて夜中には投下するのでお許しを……!】

256 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/08/04(金) 20:15:00.09 ID:quQFVZ9t.net
【あらら…でもそういうことはよくありますからお気になさらず】

257 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/08/04(金) 22:23:37.65 ID:5C7P4IR+.net
>「マリーゴールドがサーバー室に閉じ込められてる間、アラームウォーカーの移動パターンを誰が変えたかって話よ。
> あいつらは自律型の思考はできないはずだから、マリーゴールドみたいな自分で考えられるやつが指示しないとそのままのはずなのに」

「ああ、そんなこともあったな。完全に忘れてたぜ……」

 休憩中にそんなことを俺も考えていた気がするが、結局答えの出ないままここまで来てしまった。
 今ならマリーゴールドに聞けば何か分かるのかもしれないな。まさか他にもAIがいるなんてことはないよな。

>『それでしたら、アラームウォーカーたちに再接続した際にすぐ分かりました』

「ほう。俺はそんな利口な方じゃない。種明かしを教えてくれよ。つまり、どういうことだったんだ?」

>『グラディウスが警備パターンをいくつか構築し、事前条件を付けてあらかじめアラームウォーカーにダウンロードしてくれていたのです』

「……それはグラディウスが移動パターンを変えたってことか。グラディウス、おたく、戦う以外もできるんだな……」

 冷静に考えてみれば、マリーゴールド以外にもAIはいた。グラディウスがそうなのだ。
 俺はてっきりグラディウスは戦闘を専門にしていると思い込んでいたので、その可能性は考えてなかった。

>『当機の目的はこの工場を防衛することです。何らかの形で当機が工場を防衛できなくなっても、最大限の防御を構築できるようにするためでした』

「なるほどなぁ。言われてみれば分からんでもない理屈だな」

 俺がそんな風に相槌を打つと、ジャスミンが更なる疑問をぶつけた。

>「あの警備パターンって、どういう条件?たぶん工場を漁ってたのは私だけなんだけど」

 次のグラディウスの回答で俺は思わず噴き出しそうになった。

>『はい、暴力的かつ遵法意識に欠けた人間が工場に押し入ってきた場合のパターンです。
> ジャスミン、あなたの行動は事前条件を87%満たしていました』

「……まぁ、なんだ。気にしすぎるなよ。お嬢は確かに荒っぽいところもあるが、それだけじゃないだろ。
 困ってたマリーゴールドにあれだけ親切にしてあげてたじゃないか。そういう優しい面もあるってこと、俺は知ってる。
 誰にでもできることじゃないさ。暴力的な優しさというか……どういう意味かは俺も分からんが……まぁ、気にしすぎるなよ」

 なんとかフォローしようと試みたが、思い返すほどジャスミンの荒っぽい光景ばかりが思い浮かんでしまう。
 でもジャスミンが根本的には、気前のよい優しい奴だってのは、俺の本心でもある。
 当の本人は少しショックを受けているようだが、まぁ慎みを覚えるのもいいんじゃないか。たぶん。

>「…………ヘンゼル、帰ろうか。もうやることないし」

「そうだな。マリーゴールド、最後まで世話になった。また金に困ったら訪ねてきていいか。
 ……冗談だよ。街に戻ってもこの工場が不利になるようなことは極力しないでおくから、安心してくれ」

>『結果としてお二人が工場を守っていただいたことに、私たちは強く感謝しています。
> どうかお二人が無事に帰還し、人類復興の一助とならんことを。さようなら、ジャスミンさん、ヘンゼルさん』

 結果だけ見れば予想以上だ。これならグレーテルの結婚式が本当に実現できそうだ。
 俺の脳裏に笑顔でウェディングドレスを着て、新婦と共にいる妹の姿が思い浮かぶ。
 そうだ。これからきっと、グレーテルは幸せの中を歩いていく。それだけが俺の望みのすべてだった。


【無事帰還できて何よりです。まさかの投下期限勘違い、重ね重ね申し訳ないです!】

258 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/08/10(木) 19:51:43.02 ID:riOGl8f2.net
センターに戻った二人を出迎えたのは、センターに登録されていないトラックを警戒する防衛部隊が突きつける銃口だった。
ジャスミンが運転席から身を乗り出して怒鳴り散らせば誤解は解けたものの、機械腕を起動する一歩手前まで怒りに溢れていたのは間違いないだろう。
それからすぐ、戦利品を探索者支援センターに持ち込んで換金を依頼したときのことだ。
わざわざジャスミンとヘンゼルが狭い別室に通され、鑑定結果を記した書類を職員から丁重に渡される。
合計金額に目を通してすぐ、部屋全体に響く怒声をジャスミンが叫んだ。

「あんだけ苦労したナノマシンの設計図が一切の報酬なしってどういうこと!?
 ハゲタカ共の賞金がいまいち少ないのはいいけどさ、こっちは戦前の本物、魔法みたいな代物なのに!」

「ですから……先程も説明した通り、内部に敵対的なデータが入っている可能性を考慮し、
 シェルターの技術班によって隔離エリアでの研究がされた後、改めて評価いたしますので、現時点では探索者としての評価を上乗せするということでご理解いただきたいのです……」

戦前の部品は高く買い取られたものの、ハゲタカは揃って捕まえたせいか逆に脅威を排除したとみなされず小型自動機械レベルの賞金、
学習型毒性分解ナノマシンの設計図はデータの解析中で評価不能。
機械腕の修理や点検の費用を差し引けば、儲けは微々たるものだ。

「嘘でしょ、これじゃナノマシンの修理槽なんて作れない……また修理屋やるしかないってこと?
 マリーゴールドがウイルスなんて仕込むわけがないってのに……」

「ヘンゼルさん、あなたにもご理解いただければと……探索者としての評価は、大幅に上乗せされますし……ご家族にシェルターの施設を利用する権利も与えられますので……」

職員がハンカチで額に浮いた汗を拭きながら、心底申し訳なさそうにヘンゼルへ深く頭を下げる。
おそらくは、この職員も報酬の算出方法に納得していないのだろう。

【いざ凱旋、と思いきや……けれどもシェルター内部は広いので、大抵の施設があるのです】

259 :ヘンゼル ◆.lZxadOr.I :2023/08/18(金) 00:31:27.98 ID:8bSw9D7B.net
>「あんだけ苦労したナノマシンの設計図が一切の報酬なしってどういうこと!?
> ハゲタカ共の賞金がいまいち少ないのはいいけどさ、こっちは戦前の本物、魔法みたいな代物なのに!」

 ジャスミンの怒号が狭い部屋に響いた。さっきからずっとそうだ……。まぁ俺も理性が無ければそうしていたかもしれない。
 ただ、俺はもういい大人なので、納得がいかないことでもそう声を荒げずにいられたってだけだ。

>「ですから……先程も説明した通り、内部に敵対的なデータが入っている可能性を考慮し、
> シェルターの技術班によって隔離エリアでの研究がされた後、改めて評価いたしますので、現時点では探索者としての評価を上乗せするということでご理解いただきたいのです……」

「それはいつ頃になるんだ。十年後とか二十年後じゃねーだろうな……そんな先まで俺が生きてる保証はないぞ」

 探索者というのは命懸けの仕事だ。いつポックリ逝くかなんて誰も予想できない。
 どれだけ万全の準備を整えて注意を払っていたとしても、不測の事態であっさり死ぬ。そういう世界だ。

>「ヘンゼルさん、あなたにもご理解いただければと……探索者としての評価は、大幅に上乗せされますし……ご家族にシェルターの>施設を利用する権利も与えられますので……」

「理解はしてるさ。納得できるかは別問題だけどな……」

 俺の頭の中で占められていたのは、妹グレーテルの結婚式のことだけだ。
 本当はもっとゴネたいところなのだが、昔に散々ゴネた結果、探索者としての評価がかえって下がったことがある。
 ようするにシェルターの決定は絶対なのだ。いち探索者がどう逆らってもいいことは何もない。

 それに俺にとっての問題は結局のところ、報酬額の低さよりも、妹が無事に結婚式を開けるか、幸せに生きていけるか。
 たったそれだけのことなのだ。心の中で反芻すると、それは驚くほどシンプルだった。だから怒りもそれほどではない。

「なぁ、俺や俺の家族はシェルターの施設が利用できるんだったな。俺はシェルターの中のことをよく知らん。あまり育ちの良い方じゃなかったからな。だから噂でしか知らないんだが、シェルターの中には『教会』があるってのは本当なのか?」

 戦前の宗教文化というのは、今の世の中ではほとんど失われている、と言われている。
 だがシェルターの中には実に多様な施設があり、体裁だけではあるが教会もあると聞く。

「いや別に宗教に熱心なわけじゃないんだ……ただ、教会でやることってのは何も祈るばかりじゃないだろ。
 教会で結婚式を開きたい。俺の妹の。それがたったひとつの望みなんだ。金はなんとかする」

 なんとかするって簡単に言っちまった。でも当てがないわけじゃない。
 最悪……《魔女》のやつに頼めば、なんとかなるかもしれない。出来るならやりたくないけど。
 借りたらたぶん俺は理由をつけられて一生奴の奴隷になることだろう。まぁ、妹のためならそれも悪くない。


【厳密には期限超過したことをここにお詫び致します】
【ついでに>>257で新婦と書きましたが正しくは新郎ですね。失礼しました】

260 :ジャスミン ◆26mbO0iBgc :2023/08/24(木) 16:15:41.08 ID:GPRaVfy8.net
ヘンゼルの質問に、職員は壁に取り付けられた本棚からパンフレットを取り出して二人に渡す。
『シェルターに奉仕し、戦前の施設を楽しもう!』と書かれたそれは、シェルターに居住していない探索者や一般人向けに作られたものだ。

「え、ええ……宗教施設は戦前にあったものはそろっておりまして、シェルターに一定の金額を納付するか、
 大いに役立つと判断された物品を持ち帰るなどすれば、シェルター外の人間であっても施設を利用することができます」

「金持ち連中だけが使ってるような制度だけど、今回持ってきた設計図なら十分OKなんじゃない?
 敵対的データが入ってる可能性なんて、探索者が持ち帰ったもの全部にありえる話だし」

パンフレットを読み流したジャスミンが職員に質問してみると、その回答は二人にとって理想的なものだった。

「はい、汚染除去のために消毒と検査を受けていただく必要はございますが、
 結婚式であれば十分可能な利用範囲です。シェルター内部でも利用されている方は多いですし、
 参加者は30人程度が限界ですが、お二人の功績であれば金銭の納付は必要ないと思われます」

ようやく報酬の折り合いがつけられると思っているのか、職員の表情もどことなく柔らかい。
ジャスミンはパンフレットにあった元素変換システムの細かい項目を読み込んでおり、彼女が受け取る報酬については不満がありつつも納得しているようだ。

「あたしはゴネ終わったけど、ヘンゼルはどう?
 タダで、シェルターで、結婚式。なかなか拍が付きそうなもんじゃない?」

「必要な準備や費用についてもセンター側で負担させていただきますし、
 どうか納得していただければと……」

【最近じゃ珍しくないもんな……と思っていました>新婦】
【そしてなんとかできそうな結婚式!】

261 :ヘンゼル :2023/08/31(木) 23:30:33.57 ID:DdBrOKef.net
 神ってやつがいるのなら、俺は今日ジャスミンと出会い、一緒に仕事が出来たことを感謝する他ないだろう。
 オートマッチングを不運の象徴のように考えていたのだが、その認識は改めた方が良さそうだ。
 まさか、無料で、それもシェルターで妹の結婚式ができる。一時はどうなるかと思ったが、俺の想像以上の結果となった。

 報酬の話が終わった後、俺は早速シェルター内の教会へ行ってグレーテルと一緒に下見をした。
 シェルターの中にある施設だけあって良い雰囲気だ。煌びやかなステンドグラスや、厳かな祭壇があって、まさしく結婚式に相応しい。
 職員の情報通り定員三十名のため教会の中は少し窮屈な気もするが、それでも十分だろう。

 妹のグレーテルは結婚式が本当に実現できるとなって、俺に悪いとかなんとか、余所余所しいことを言っていた。
 交際相手も「お兄さんには頭が上がりません」と恐縮していたが、結局二人とも楽しそうに結婚式の準備をしている。

「ここがバージンロードかぁ。新郎新婦でもないのに歩いちまってなんか悪い気がするなぁ」

 下見の時に俺は何気なくそう言ったのだが、グレーテルはちょっと怒った様子でこう言った。

「お兄ちゃん、何言ってるの。お兄ちゃんも歩くんだよ。お父さんがいないんだから当然じゃない」
「はぁ……? すまん、どういうことだ?」

 当人でもないのに渇望していた結婚式だったが、式の流れまでは俺も完璧に把握して無かった。
 言われてみればそうなのだが、新婦は入場する時、父親とバージンロードを歩くものなのだ。
 そして新郎にバトンタッチして、神に祈ったり誓いの言葉を言ったりするのだ。

 でも俺たち兄妹には両親がいない。孤児だったからだ。
 だから、グレーテルは入場の時、俺に一緒に歩いてほしいってことのようだ。嬉しかったが、反面恥ずかしかった。
 そんなの俺の柄じゃない、隅っこに座っておくよと最初は言ったのだが、グレーテルが途端に寂しい顔をしたのに負けてしまった。
 戦前の結婚式ならこういう時、誰が父親役をするとか決まりがあるのかも知れんが、俺たちの場合はそういう話で落ち着いた。

「アンタ、えらく頑張ったみたいじゃない。シェルターの中で結婚式をやるなんてさ。中々出来ることじゃないよ」

 結婚式の前日、突然姿を現わした《魔女》がそんなことを俺に言った。

「馬鹿言うな。いつも頑張ってるよ。おたくへの借金返済だってすごく頑張ってるだろうが」
「確かに頑張ってるねぇ。でもアンタを育てた先行投資の額にはまだ届いてない」
「いつになったら完済できるんだ? 総額を教えろよ」
「世の中には知らない方がいいこともあるんだよ」

 それで納得できると思ってるのか、と俺は怒りそうになったが、ぐっと怒りを抑え込んだ。
 《魔女》の両隣にいる二人の側近が俺を睨んでいたからだ。
 いずれも手練れで、この二人と殺し合いになったら俺も無傷では済まない。

「妹が結婚して落ち着いたのは良いけどね。私との関係は切れたわけじゃない。まだまだ働いてもらうよ」

 ようは忠告に来たのだ。《魔女》は。重要なイベントが控えてるのに来るんじゃねぇ、シッシッ。
 俺は家から《魔女》を追い払い、そして今日はシェルターの中へと向かっている。
 服装はいつもの黒いロングコートとサングラスではなく、スーツ姿だ。

 これでグレーテルも新たな人生を歩むことになるんだな。もう俺もお役御免ってわけだ。
 肩の荷が降りた気分だが、一方で寂しい気持ちがあるのも否定はできない。
 これからは……俺は俺のことを考えて生きていくんだ。

 ある意味、妹離れをしなきゃいけないってわけだ。まずは借金を返すことを考えるか。
 《魔女》の頭に銃弾をぶち込んでやった方が早い気もするが、しばらくは我慢しておこう。
 それよりもっと楽しいことを考えるべきだな。次はどこを探索しようか。
 またオートマッチングに頼ってみるのもいい。今度はどんな奴に会えるのか、少し楽しみだ。


【ちょうどキリのいいところだったので畳ませていただきました。ヘンゼルの物語はこれで終わりです】
【最終的に《魔女》に歯向かって射殺されるエンドを想定してましたがよもやよもやのハッピーエンドです】
【まだ続いて自分のレスが必要とかだったら全然お付き合い出来ますのでよろしくです】

262 :ジャスミン :2023/09/02(土) 14:29:35.85 ID:Sp8Vvqpk.net
シェルターに貢献した探索者が内部で結婚式を開く、このニュースはシェルターによって大きく広められた。
実際の負担はほぼシェルター側が持つとはいえ、探索者がそれだけの稼ぎを得られるのだと宣伝するためだった。

「あいつ、スーツまで用意してたのかい。あのロングコートかっこよかったのに」

探索者が持ち込んだショットガンの修理をする合間、支援センターから送られるニュースを携帯端末で眺めながらジャスミンはつぶやく。
戦前の風習にさっぱり興味のない彼女が考える結婚式は、自分が考える最高にイカした服装で行くものなのだ。
そうして、銃身の手入れがされていないことに小さく舌打ちしながら、携帯端末を横に置いて修理を再開する。

「ま、あいつのおかげで探索者が増えりゃ、こっちも仕事が増えてありがたいってもんだ。
 センターには銃器の手入れでも教えてほしいもんだけどね」

シェルターで始まった結婚式は、やがてシェルター外部の人間による施設の積極的な利用、一時的な探索者の増加へと繋がっていく。
もちろんそれは恒久的なものではない。けれども兄妹の夢は、この地域に住む人間にとってわずかな希望へとつながったのだ。

『お前さんこのシェルターに来たばかりか?手っ取り早く金を稼ぎたい?そりゃもちろん探索者だ。
 稼ぎさえすれば、シェルターの豪華で綺麗な施設を使いたい放題、汚染に怯えなくてすむ生活がお前さんを待ってるよ』

そんな謳い文句がシェルター外の酒場やスラム街で流行り出すのは、しばらくしてのことだった。

【こちらもちょっと短めですが〆です】
【射殺されなくてよかった……ヘンゼルさんが思ったより話の通じる常識人でよかったですね】
【廃墟探索はこれで終わりとさせていただきます、お付き合いいただきありがとうございました】

263 :創る名無しに見る名無し:2023/11/24(金) 02:08:12.45 ID:1FRkAHV1.net
アーカイブ/創作対面人狼3
『Zoomハゲ人狼 NoHairWolfGame. 13人村』
□11/23, 20:35~22:58 放送

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