◇浦島太郎の真実
『群像』誌から『御伽草子』の特集をするので、『御伽草子』にインスパイアされた作品をなにか書いてほしいと言われた。
『御伽草子』に想を得たものは、太宰治作で有名な『お伽草紙』をはじめとしていくつもある（だろう）。ただまァ私としては、『御伽草子』を題材にして現代を諷刺するような作品を書いてもおもしろくなかろうと思っていて、今もまだ思っている。
そう思うのは、室町時代から江戸時代の初めにかけて出来上がった『御伽草子』自体が、「こんな話の進め方がよくも平気で出来るよなァ」と思われるメチャクチャさに満ちているからだ。
たとえば、「浦島太郎」に乙姫様は出て来ない。浦島太郎が玉手箱を開けても、ジーさんにはならない。
浦島太郎に釣り上げられ、獲物にもならないと思われて海へ返された亀が、恩返しのため――というか、浦島太郎に惚れてしまった結果、美女に化けて浦島太郎のところへやって来る。
その亀が、自分の住む龍宮城へ浦島太郎を連れて行く口説きのテクニックが、とても今風でおもしろい。
勝手に舟に乗って、流されて来たように装って、「私一人じゃ帰れないから、この舟漕いで送って来て」と迫る。自分を弱いもののように装って男に迫るというのは、古典としてはとても新鮮で、リアルに「今感」がある。
浦島太郎が「ちょっと家に帰りたい」と言って玉手箱を渡されるのは知られる通りだが、浦島太郎はその箱を開けるとジーさんにではなく、鶴になってしまう。
「鶴は千年、亀は万年」だから、万年の寿命を持つ亀は、愛する浦島太郎を千年の寿命を持つ鶴に変えて、ずっと一緒にいたかったらしいが、ということになると、亀は鶴が死んだ後の九千年も一人で生きなければならなくなる。
「どうすんだろ？ 千年ごとに新しい浦島太郎を探すんだろうか？」と思って、「そうか、万年だとすると、その亀は今もまだ生きて、どこかの浜辺でいい男が来るのを虎視眈々と待ち続けているのか」ということになってしまう。
下手に「浦島太郎」を現代化するより、原典そのものを甦らせてしまった方がおもしろい。（「浦島太郎」を題材にする作品は他の人が書くというので、私はやめてしまったが）
◇みんなブッ飛んでいる
戦国時代を挟んだ室町時代から江戸時代初期という間は、古い王朝文化が漸次崩れて、江戸時代という新しい形に再編成されて行く期間だから、この時代に生まれたものはみんなおかしい。社会が崩壊して、それでもまだ再編成されることを知っている。
崩壊の悲劇を知って、その後の再生も知っているから、妙にあっけらかんとしている。そのつもりで見ると、能は「孤独な幽霊が出て来て恨み言を述べる演劇」で、それと対をなすような狂言は、そんなものとは無関係に、ただ笑っている。
『御伽草子』の中には、鞍馬山を出て奥州に行った源義経が藤原秀衡から、「この北の海の先には平家を滅す秘法を書いた巻物を持つ人がいる」と言われて、それを取りに行く「御曹子島渡」という一篇がある。
陸奥の先の北の海にはまだ北海道がなく、「千島」と言われるように小さな島が一杯ある。そこを義経が巻物を取るために渡って歩くから「御曹子島渡」だが、その島が「馬人間の島」とか「裸人間の島」とかというへんな島ばかりで、その一々がおかしい。
とんだ『ガリバー旅行記』で、「『御伽草子』の特集をするので――」と言われる前に、私はそういう「へんな時代のあまり有名ではないへんな古典」にちょっとばかりはまっていたので、「そのままの現代語訳でもいいですか？」と
言って、『御伽草子』の中の「蛤の草紙」を選んで『はまぐりの草紙』として、ほぼ原文通りの現代語訳をしてしまった。
原典の「蛤の草紙」は、どうやら「親孝行な息子にご褒美を与えるため、観音様が美女をお使わしになる」という話らしいのだが、記述があまりにもシュールなので、その通りの話であるのかどうかは自信がない。
この話は、子供の時に『はまぐり姫』と題された講談社の絵本シリーズの1冊として読んだ記憶があるのだが、その時はこんなにへんなものだとは思わなかった。マジの大人のファンタジーは、とてもへんなので、その通りにした。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47098
つばきちゃん
舟盛りとかだと超怖い
大量の肉が出てきても怖いだろ