「喫茶室ルノアール」のイメージ [173930249]

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「下級国民」どこでもホームレス卒業、64歳作家の目

「62歳、住所不定、無職」。そんな肩書で2年前に鮮烈な作家デビューを果たし、漫画喫茶で執筆をしてきた作家がいる。
赤松利市さん。
3月、『犬』（徳間書店）が優れたハードボイルド小説に贈られる大藪春彦賞を受賞した。これを機にアパートを借り、漫画喫茶での「住所不定」の生活にピリオドを打った。
年収2千万円の会社経営者から転落し、波乱の半生を送った。東日本大震災後は、宮城で土木作業員、福島で除染作業員としても働いた。異色の作家が、4年にも及んだ「漫喫暮らし」から見えた日本の風景とは。
見えたのは「日本の縮図」
小説を執筆する拠点だった東京・浅草の漫画喫茶での生活をやめたのは、今年2月上旬のことだ。
「初心を忘れないようにと思って、（作家デビュー後も）漫画喫茶にずっといました。でも、64歳になった。執筆途中で体がきつくなっても、体を横にするスペースがないから、うろつくしかない。だから、移ることにしました。書くためだけの理由です。書くしかないんです」
大藪賞の賞金300万円をあてにして、部屋を借りようとしていたが、賞金をもらう前に、一時、ホテルに「避難」した。理由は、新型コロナウイルスの感染拡大だ。
「漫喫は不特定多数の人物が出入りしますから、コロナウイルスが怖くなりました。何事にも初動が大事なことは、東北にいたから身についたこと。早め早めの行動をとった方がいいと思い、近くのホテルに移りました」
デビュー前の2年は、風俗店の呼び込みなどをしていた。浅草の隅田公園で野宿か、漫画喫茶で寝泊まりをした。デビュー後の2年も、月決めで漫画喫茶の生活を続けた。計4年もいた漫画喫茶を通して「日本の縮図を見た」という。
「五輪に向けてホテルがバンバン建っていた関係で、工事関係者が寝泊まりしていました。疲れ切った交通誘導員もよく、やってきました。1時間でも、涼や暖を求めてくるんです。
彼らはみんな高齢です。年をとっても働かないといけない。全然ひとごとじゃない。私も新人賞を受賞していなかったら、のたれ死んだかもしれない」
赤松さんは「いまの世の中はおかしい」と語り、自身のツイッターでも発信する。著名人が政治にからむ発言をすると、ハレーションが起きやすいが、赤松さんは政権への批判もいとわない。編集者にとがめられることもあるというが、言いたいことは言う。
「わたし、恐れるものないんです。そら、漫喫は離れますけど、最悪、路上に戻ればいいという気持ちは失っていないんです。（芥川賞作家の）西村賢太さんじゃないけど、『どうで死ぬ身の一踊り』（西村さんの小説タイトル）の64歳ですから」
新型コロナウイルスへの政府の対応についても、不信感を抱いている。
「コロナウイルスは、日本のゆがみを一気に表面化させたと思う。一斉休校の要請は、非正規雇用がこれだけ増えている中、子どものいる非正規の人はどうすればいいのか。『休みをとれ』というのは、酷じゃないでしょうか」
「下級国民」どこにでもいる
赤松さんは、起伏の激しい人生を送ってきた。作品は、自身の実体験や取材で聞いたことがベースになっているといい、私小説『ボダ子』（新潮社）や、初のエッセー『下級国民A』（CCCメディアハウス）で、その人生の一端をのぞかせる。
香川県出身。父は大学教授で、幼少期、米国で暮らした経験もある。関西大学卒業後、大手消費者金融に入った。会社を辞めた後は、ゴルフ場の芝生管理の仕事に就き、35歳で独立。年収は2千万円を超えた。妻子がいながら愛人にうつつを抜かした。しかし、やがて仕事も家庭も破綻（はたん）した。
東日本大震災後の「復興バブル」にひかれて、東北に移住した。宮城で土木作業員、福島で除染作業員をした。だが被災地の仕事も行き詰まり、東京に来た時の所持金はわずか5千円だった。作家の道はそこからの一念発起だった。
『下級国民A』は、東京で住所不定になるまでの被災地での経験を、昭和の日本と比較しながら書いた。
「私は高校生の時、高度成長期でした。全員が今日より、明日はよくなると思っていました。みんな顔が輝いていた。『一億総中流』と言われ、中間層が厚かった」
しかし、今は格差が広がったと実感している。
「それに気づいたのが、浅草に来てからですね。浅草寺でぼけっとしていると、中国人観光客がやってくる。どこかで見た顔だなと。いまの日本は、どうなんって気持ちがあった。（政府が掲げる）『一億総活躍社会』は、高齢者の負担を強いるだけですか。それで書きましたね」
各章には、昭和の歌謡曲を入れた。象徴的なのは、「♪貧しさに負けたいえ世間に負けた」で始まる、さくらと一郎のヒット曲「昭和枯れすすき」（1974年）だ。