槇原敬之のイメージ [633827841]

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損失年１兆円の「魔女の雑草」、退治へ日本から成果続く

科学の扉　「魔女の雑草」とたたかう
　農作物の根に寄生して養分や水分を奪い、「魔女の雑草」と呼ばれる雑草ストライガ。アフリカの半乾燥地帯でトウモロコシなどに甚大な被害を与えてきた。その防除について、日本から貴重な研究成果の発信が続いている。

ストライガはハマウツボ科の寄生植物。1株に数万個の種子ができ、こぼれた種子は寄生相手の農作物が近くに育つまで何年も待ち続ける。作物が土の中へ出す物質「ストリゴラクトン」を感知すると発芽し、すぐに根を伸ばして作物の根に取り付き、養分や水分を奪うようになる。
そして、1カ月余りで赤紫色の花を咲かせる。
寄生を逆手に、「自殺発芽誘導」作戦
アフリカのサブサハラ地帯では、このストライガが時に畑の収穫を皆無にするほどの被害を与える。暮らしを脅かされている人は3億人にも及び、毎年の損失額は1兆円とも見積もられる。米科学誌サイエンスが、世界の食料安全保障に対する七大脅威の一つとして注意喚起したこともある。
対策の一つに、「自殺発芽誘導」というだまし討ちのような手法がある。作物を育てる前の畑に発芽刺激物質として人工のストリゴラクトンをまき、寄生相手がいない状態でストライガの種子を発芽させ、枯らしてしまう。考案されたのは1976年。
以来、欧米ではストライガやその近縁種の被害に類似の対策をした例もあるが、アフリカでは被害の規模が大きくコストがかかりすぎるため、ほとんど適用されてこなかった。
だが、最近の研究で、植物がストリゴラクトンを認識する受容体の構造や、植物がストリゴラクトンを合成する経路がかなり分かってきた。より安く、ストライガの発芽を効率よく促す化学物質を作れるようになり、日本の研究者たちが開発をリードしている。
新開発の発芽物質、スーダンやケニアで試験中
スーダンのストライガ対策に自殺発芽誘導を組み込んだのは、神戸大農学研究科の杉本幸裕教授らのチームだ。国際協力機構（JICA）などによる国際科学技術協力プログラムの2014年度まで5年間の取り組みの中で、簡素な構造の人工ストリゴラクトン「T―010」を使った。
ポット試験では100%近くのストライガの種子を発芽させ、畑でも自殺発芽を促す効果があった。寄生が減り、主食用に栽培されるソルガムの収量（穂の重さ）が従来の約3倍まで増えたのも確かめた。杉本さんは「1年でやめては、畑に残ったストライガから種子が再生産される。
何年続けるべきか、今後の取り組みの中で調べていく」と語る。
発芽を促す活性がさらに高い物質を作ったのが、名古屋大トランスフォーマティブ生命分子研究所の土屋雄一朗特任准教授らのグループだ。「ストライガが持つストリゴラクトンの受容体に注目して研究を進め、効果と作りやすさのバランスが取れて
ストライガだけに作用するものを開発しよう」と考えた。
研究所が保管していた約1万2千点の化学物質を対象に、ストライガの発芽を促すかどうかを調べ、20点の候補を見つけた。その中から最も効果の高いものの構造を一部改良することで、優れた発芽刺激活性を持つ物質「SPL7」を作り出し、18年に発表した。
小さじ1杯（3グラム）を琵琶湖全体の水に溶かしたくらいの濃度で、ストライガを発芽させることができるという。
昨年からケニアの研究機関と協力し、トウモロコシ栽培の盛んな地域の畑で試験を始めた。実施を担う槇原大悟・名大農学国際教育研究センター准教授は「効果が目に見えれば、使いたいと思ってもらえる。現地の農家に届けるつもりで進めていく」と話す。
植物は大なり小なりストリゴラクトンを持っている。「魔女の雑草」を呼び寄せるようなやっかいな物質を、そもそも何のために作るのか。この謎が解けてきたのは、ここ10年余りのこと。
不足する栄養を補ってくれる土の中の菌根菌を呼び寄せる、枝分かれを抑える植物ホルモンとして働く、といった植物自身に役立つ機能を備えていた。ストライガやその仲間は、これを巧みに利用して寄生相手を見つけている。
ゲノム解読も日本が貢献
昨年には、ストライガの全ゲノム解読の成功が発表された。理化学研究所環境資源科学研究センターの白須賢グループディレクターを中心とする国際チームが、ストライガの中でもゲノムサイズが小さいアジアティカ種を調べ、遺伝子約3万5千個を見つけた。
進化の過程でゲノムが倍増する現象を繰り返し、寄生に必要な遺伝子を獲得したらしいことも分かった。ストリゴラクトン受容体の遺伝子は、実験でよく使われるモデル植物のシロイヌナズナは一つしかないが、ストライガでは21個も見つかった。