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https://digital.asahi.com/articles/DA3S12537206.html

１９４４年「国民酒場」開設癒やし求め行列、復興の活力

（昭和１９年）
朝日新聞社に残る１枚の写真がある。空襲を受けた東京・巣鴨。焼け跡のがれきに埋（うず）もれた半地下のような建物に、「国民酒場巣鴨支部」の看板がかかる。入り口には行列ができている。
紙面に掲載されたのは１９４５年７月１２日。終戦の約１カ月前だ。この時、人々は何を思って列に並び、どんな気持ちで酒を飲み干したのだろうか。
戦況が厳しさを増した４４年２月２５日、政府は「決戦非常措置要綱」を閣議決定する。「高級享楽追放」のかけ声のもと、一部の大衆食堂などを除き、高級酒場や料理店、カフェなどが閉鎖される。庶民的な店も、多くが物資不足で開店休業に追い込まれ、一方でヤミ営業の飲食店が横行するようになる。
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そんな中、公的な管理のもとで営業され、業務用に配給された酒を飲むことができる「国民酒場」が、同年５月に開設された。酒は一人１合、瓶ビールなら１本まで。「勤労者ののどをうるおし、六月現在で一二六カ所ができた。七月一日からは、さらに三二カ所の『ウイスキー酒場』もひらかれ、この酒場はしだいに全国的にひろがっていった」（「東京百年史」）
「産業戦士の慰安」を掲げたが、国民の「ガス抜き」の意図もあったのだろう。各酒場には、たちまち行列ができるようになった。作家の坂口安吾は、戦後発表した随筆にこう記した。「時々銀座へでると電通の裏のウヰスキーの国民酒場へ行列する。（中略）ところがこのウヰスキーといふ奴が、今だつたらとても飲める代物ではない。鼻をつまみ息を殺して一息でのむ。喉（のど）を焼く痛さ熱さ、そして臭さ。国民酒場の配給品だからともかく生命は大丈夫と我慢して酔ひたいまぎれに飲んではゐたが……」（「ちかごろの酒の話」）
国民酒場は配給統制が続く戦後しばらくは残った。
「イモチュー（芋の焼酎）を飲んだね。ほかに楽しみもなかったから」。東京都豊島区の三原純雄さん（９３）は、終戦翌年に中国から復員し、地元で就職して池袋駅近くの酒場に通った思い出を語った。まだ食料が不足していた時代、「つまみ？カエルの塩焼きとかだったかな」。立ち飲みの酒場には、やはり行列ができていたという。
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ヤミ市から大衆酒場の「原型」ともいえる店も生まれてきた。池袋の駅前にもヤミ市ができ、掘っ立て小屋の飲み屋が並んだ。やがてそれらが整理され、新しい街がつくられていく。「復興の勢いを感じた」と振り返る。
戦中から官主導の酒場は「勤労酒場」などとも呼ばれ各地に広がった。横浜では、以前から飲食店業界の組合で使われていた「市民酒場」の名を掲げ、１００軒以上を数えた時期もある。今ものれんに「市民酒場」の名を残す「常盤木（ときわぎ）」（同市西区）は、時の流れを受け入れてきた。
高度経済成長期。店は近くにあった三菱重工のドック従業員たちでにぎわった。８３年に街の再開発でドックが移転した後も、地元で愛され、支えられてきた。そしてここ数年、大衆酒場ブームから予約が必要なほど多くの人が訪れるようになった。店はテレビでも紹介され、一人で来る若い女性も増えたという。
父親からのれんを引き継いだ店主の荻原哲郎さん（６６）は「落ち着ける自分の居場所を見つけたい、という人が多いのかもしれませんね」。
巷（ちまた）では千円で酔える「せんべろ」や昼から飲む「昼べろ」という言葉も広まり、各地の立ち飲み酒場も盛況だ。
時代は変われど、人々は酒場に集う。ひとときの癒やしを求め、さまざまな思いを胸の奥に酒とともに流し込む。
（中島秀憲）
■鼓舞され解放される場所酒場詩人・吉田類さん（６７）
戦時中の国民酒場は、ひとつの癒やしやカンフル剤だったと思いますが、それだけではなかったはずです。古くから出立（しゅったつ）する別れの酒を指す「立ち酒」という言葉があります。この時期、明日はわからない、最期のお酒かもしれないという覚悟とともに、失った者への献杯の意味もあったのではないでしょうか。
戦後、地方から労働力として多くの人たちが単身で東京にやって来る。家に帰ってもお茶の間があるわけではなく、ご飯を食べるお店が必要になる。ヤミ市をひきずったところに大衆酒場という形のものができ、やはり東北など地方からの人が経営するケースが多かった。
そこに行けば古里の言葉が聞けたり食事ができたりするわけですよ。最初のころは高価な日本酒などは飲めなくて、焼酎を割ったハイボールとかなら安く飲める。酒場が心を鼓舞し、いろんな意味で自信をなくして疲弊していた人たちを元気づけた。だから、大衆酒場なしには日本の首都圏の復興はなかったでしょうね、きっと。

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