2ちゃんねる スマホ用 ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50    

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

今更劉禅無能論を覆してみたい

1 :奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM :2012/03/24(土) 22:14:57.88 .net
他力本願で頼みたいが、こういうテーマの記憶がオレにはない。

不安定な時代の地方政権の二代目が40年も帝位を保った事実。

どうせダメな者同士、相手を少しでも称える努力をしてみないか。

2 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/24(土) 22:25:15.26 .net
今までにもこういうスレあったな・・・
部下に任せる度量がある人、で大体結果が出ていたような?

3 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 06:07:55.65 .net
蜀は攻略価値が低いから放っておかれてた
そんな蜀を司馬昭があわてて攻めたのは、曹髦誅殺の余波が大きく身の危険が迫ってたため

4 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 21:36:05.83 .net
劉禅の良いところ

張嶷の別れの言葉に涙したところ

5 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 21:38:13.38 .net
別に無能じゃなくね

6 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 21:51:41.94 .net
無能には違いないが暴君ではない。
だから長持ちした。

7 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 22:05:10.76 .net
>>1まず無能だといわれてる部分を挙げれ

8 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 23:12:48.04 .net
正史には無能とは書かれてないよ
いろんな評価があるけど、実際仕えていて、
あまり褒めてもけなしてもいけない立場の陳寿の意見が一番信頼できるよ

9 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 23:25:26.59 .net
三戦版の「曹操は演技や吉川で典型的な悪役にされてる」
の72〜90で
劉禅有能vs劉禅無能
が激しく繰りひろがれてる。

よかったら見てください。

10 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 23:28:49.93 .net
悪くもなく、良くもないとしたら、どう評価すればいいのか・・・

11 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/25(日) 23:29:19.07 .net
>>8 >>9
賛同です。

12 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/26(月) 01:10:03.59 .net
劉禅が悪く言われている一番の要因は
結局のところ徹底抗戦せずに降伏した点にあると思うんだが
その劉禅に降伏を薦めたのが陳寿の師匠であるショウ周

陳寿の立場上、師匠の進言を受け入れた劉禅を悪く書けないと思うんだが

13 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/26(月) 01:20:46.43 .net
そこじゃなくね?

14 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/26(月) 01:27:05.22 .net
有能なイメージはもちろん無いが
そんなに無能なイメージも無い

15 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/26(月) 01:38:45.10 .net
けっして無能ではないが
並よりちょっと下なイメエジ

16 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/26(月) 13:15:10.44 .net
>>1
重複誘導

http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1217180351/

17 :無名武将@お腹せっぷく:2012/03/29(木) 12:58:40.33 .net
>>12
同じような状況だった劉璋は無能呼ばわりされてはいないけどな

18 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/19(木) 10:58:23.13 .net
ま、陳寿は
「あれほど出兵しながらも、みだりに恩赦などを行わなかった点は、なかなかに賢明である。
しかし、諸葛亮が死んだ後の事を考えれば、優劣は歴然としている」と評している
つまり結局は無能という評価

ついでに呉の薛珝という人物も
主君は暗愚にして己の過ちを知らず、臣下は保身に汲々として罪を逃れんとし、かの地の朝廷に
参内いたすも正論は聞かれず、かの地の村野を経過いたすも民衆は色を失っております。
軒先に住まう燕の親子が自分たちの安全を楽しんでおるところ、突然に棟木が燃えはじめても、燕は心浮かれたまま
災難の到来に気付かない、という話を聞きました。まさにこのことではないでしょうか!」
と評している

19 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/23(月) 00:22:14.37 .net
三国志12ではステどうなったのかな?
英雄として評価上がってないかな?

20 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/23(月) 00:55:14.39 .net
神輿の有能さを論じるのはあまり意味がない気がする

そもそも何もしてないんだから評価のしようがない
孫皓みたいに好き勝手やったのなら評価できるだろうがやったことといえば降伏ぐらい
優秀な臣下に丸投げっていうのも処世術としては賢いと言えまいか?
諸葛亮が死んだあとってのは要は姜維に歯止めかけれなかったってことを暗に言いたいんだろ?
それを無能評価の原因にするのは後付けって言われても仕方ない

21 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/25(水) 00:43:32.68 .net
>>20
劉禅は何もしなかった
何もしないというのは無能と同じこと

優秀な臣下に丸投げとはいうが、四相は劉備の代から仕えていたわけで
劉禅自ら人物を見極めて任せたわけじゃない
逆に劉禅自ら選んだ唯一の人物はあの黄皓だ
人を見る目は君主として重要だ、駄目な人物に権力を与えれば国がガタガタになるからな

22 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 18:34:49.37 .net
そもそも黄皓は董允の後継者である陳祗の推薦なんだが。(董允は遠ざけたがったが)
黄皓自体は政治に参加し始めて10年程度は大過なく治めていたし、陳祗亡き後に
政権を担える人材自体がもう他に残っていなかったんだから仕方ない。
その黄皓専権で一番悪い最後の5年間ですら反乱らしい反乱起きてないし。

人材については荊州失陥〜夷陵の戦いで失う必要のなかった大量の人材を失った劉備や、
街亭での無意味な大量処分や部下同士の対立をまったく調整せずに自身の
死後内乱に近い形で人材を失っていった諸葛亮よりよっぽどマシかと。

23 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 19:59:24.74 .net
積極的に失わなかったが、抜擢も育成もできなかった人物を
失敗があっても、人材登用もでき、死語も人材を残した人物よりマシって言われてもなあ

司馬氏を登用して乗っ取られる原因を作った曹丕よりマシってなら分かるが

劉禅無能は反対するが、いくらなんでもそりゃ無理あるだろ

24 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 20:12:42.18 .net
神輿の有能さを論じるのはあまり意味がない気がする

そもそも何もしてないんだから評価のしようがない
孫皓みたいに好き勝手やったのなら評価できるだろうがやったことといえば降伏ぐらい
優秀な臣下に丸投げっていうのも処世術としては賢いと言えまいか?
諸葛亮が死んだあとってのは要は姜維に歯止めかけれなかったってことを暗に言いたいんだろ?
それを無能評価の原因にするのは後付けって言われても仕方ない

25 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 22:42:42.61 .net
孫皓のようなキチ○イな行動をしてない分まだマシだと思うんだけどな。

良い事をしなかった、悪い事をしなかったでは後者の方がマシなんだが・・・

26 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 22:54:29.96 .net
>>18
治世ならともかく乱世なのに戦争経験がまるでないのはなぁ…
そんな人間に諸葛亮の様な領土拡張政策とれというのは無理がある
何回か親政してれば感覚を掴めたのかも知れんが
諸葛亮も自分の死後も魏と戦うことを考えるなら、
劉禅を魏程の強敵ではないにしろ、異民族や反乱者相手に戦闘経験を詰ませておくべきだった

27 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 23:27:16.45 .net
>>23
将の将たる劉備に対して劉禅じゃあ足元にも及ばない。漢の始祖同様ありゃ転生のものだ。


ただ、人材面のみでいえば孔明は劉禅以下な気もしなくもない。
なにせ彼の抜擢した人材のやらかし具合半端ない。
費禕らに英雄と認めてもらえず彼らの死後まで兵権を自由にさせてもらえなかった姜維、
同僚と諍いを起こして罷免されていたのに孔明が取り立て、結局同じことして失脚した楊儀
劉備に重用するなといわれたのに重用して重要な場所で失敗した馬謖(しかも即処刑で成長の機会を失う)

それに清廉潔白信賞必罰の美談の裏返しで一度のミスでも事実上の追放、最悪処刑まで
するもんだから元々人材不足の蜀ではどんどん使える人材が枯渇していった。

28 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/29(日) 23:31:15.39 .net
なんだ。孔明アンチの曹操患者か。
相手して損した。

29 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/30(月) 03:14:47.82 .net
人を見る目についてはあんまないけど壊滅的に悪いわけじゃないと思う
黄皓重用しちゃったのはアウトだけど、人を見る目があったエピソードもある。

諸葛亮並の葬儀をした陳祗の息子である長男:陳粲と次男:陳裕のうち、
陳裕の方を重用し、晋で蜀の中から使える人材として選ばれたのは陳裕だったりする。

降伏及びその後に当たっても、姜維孫綽の主戦派より譙周郤正の降伏派の言を受け入れてる。
保身のためと言われるが、棺桶背負って出て行った以上、死は覚悟しての判断と思われる。

まあ本人はもっと早く郤正を取立てるべきだったと後悔して見る目のなさを嘆いてるけど。


30 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/30(月) 03:37:23.36 .net
孔明マンセーな風潮なんて日本くらいなんだから
アンチがいたほうがバランス取れていい

31 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/30(月) 13:12:44.15 .net
演義でマイナス補正MAXなのが劉禅なんだから、同様に演義でプラス補正MAXな
孔明のアンチが出てくるのは当然なこと。正史だと意外に孔明の失点は多いしね。

劉禅は255年頃に死んでりゃもっと評判は良かったろうに。
献帝が漢を崩壊させた霊帝より評価が下なのと同じで、最後の皇帝の評価は低くなる。


32 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/30(月) 21:18:58.64 .net
>>27
逆に諸葛亮に取り立てられた連中の活躍具合も半端ないんだが
どうして功績面は無視して数少ない失敗例を出すの?
あと楊儀の失脚理由は同僚との諍いではないよ
「皇帝の人事」に対して批判したからだよ

>>29
重用という程黄皓の活躍時期も長くないんだがな

目立つのが姜維が幾度かの敗戦を喫した後に権力奪取のためになのか
蜀の国情を慮ってなのかは知らないが姜維の引き落としを図ったことと
援軍要請を握り潰したことくらいで他は特に何もしてない

33 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/30(月) 21:24:21.39 .net
>>26
戦争経験がないわけではない
太子時代には反乱鎮圧で出陣も経験してる
15歳か16歳くらいの時にな

34 :無名武将@お腹せっぷく:2012/04/30(月) 21:55:05.62 .net
>>27は、もしかして・・・孔明は過大評価すぎスレの・・・?

>>33
マジか!?知らなかった・・・

35 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/03(木) 04:10:17.74 .net
>>32
3人を数少ないと言えるほど「半端ない」のをたくさん取り立てたっけ?
はたして蒋琬・費禕・董允を孔明の手柄といえるかどうか。

孔明が悪いとかじゃなく、孔明の時代は官僚制に移行しつつあったために、
群雄割拠の時代ほど簡単に「取り立てる」事は出来なくなっていたはず。

36 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/03(木) 07:28:09.21 .net
>>32
将軍はいないね、文官ばかり。それも諸葛亮がゼロから抜擢したケースないんじゃないかな?
後期になって劉備が晩年抜擢した武将が頑張っていたのが蜀の問題だろうね。
まあそれ以外の人材がキョウイやカコウ覇になってしまうんだけど。。。
>>33
あれって確か出撃しようとして止められた話じゃなかったっけ?
どうせすぐに崩壊しますとかいわれて。
>>35
その三人は取り立てたのは劉備で、要職に就けたのが孔明じゃないかな?
ショウ苑は自業自得だけど一度失脚。ヒイと党員、あとカクユウシあたりは劉備が発掘でいいはず。
出師の表とかで書かれていたような?

37 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/03(木) 13:12:57.20 .net
>>35
北伐に関わった人々が諸葛亮に取り立てられた人だな
取り立てるってのは無位無官から任用するんではなく
組織内の低い地位から高い地位にすることも含むので
楊儀なんかも諸葛亮に取り立てられた人

38 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/03(木) 13:17:06.41 .net
>>36
親衛隊と一緒に出かけてる
鎮圧の指揮そのものは配下の将軍にやらせてるけど

39 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/03(木) 19:58:27.72 .net
楊儀そのものは劉備の時に尚書まで上っているから普通に高官。当時は諸葛亮以外の四相よりも普通に上。
降った時期を考えるとかなりの大抜擢だと思われる。
ただその後劉巴と喧嘩して飛ばされた。
その後北伐に必要という事で再抜擢されたケースだな。
その後今度は魏延と揉めている事を考えると、性格にかなり問題があるな。
(劉巴も魏延も性格がいいとはいわんけど)
能力は劉備にも諸葛亮にも認められているからあるんだろうけど。

40 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/04(金) 08:50:39.04 .net
会議中に刀抜いて怒鳴りつける方もあれだが
泣きわめいて助けを求めて死んだら首を踏み付ける方もあれだと思う
蜀の軍議って何なんだろうね
ジャイアンとのび太みたいな関係をそのまま持ち込んじゃったような感

41 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/04(金) 11:14:32.80 .net
楊儀って日本でいえば石田三成?
魏延は加藤清正か福島正則ってとこか

42 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/05(土) 23:47:28.14 .net
三成は「あのとき、降っていれば…」なんて言わないだろ

43 :無名武将@お腹せっぷく:2012/05/12(土) 07:50:45.29 .net
>>27
諸葛亮のミスといえば張裔もかな。具体的になにやったのかはわからないが、
後でなんかミスって楊共の助言どおり失敗したとという記述が残っている。
留府長史をやっていたので輸送をヘマしたんじゃないかなと。
彼にしても李厳にしても適さない人物を後方輸送の総責任者に任じて食料がなくなって撤退の流れだな。
蜀の桟道の厳しさもあるので全部が全部彼等の責任でもないと思うが。

44 :無名武将@お腹せっぷく:2013/01/01(火) 20:46:22.00 .net
なんやかんやで乱世を生き延びたヒト

45 :無名武将@お腹せっぷく:2013/05/06(月) 13:59:29.61 .net
昔からよく劉禅は叩かれるけど
凡君の器はあったと思う
西晋の恵帝の方がよほど暗君

46 :無名武将@お腹せっぷく:2013/05/06(月) 14:09:49.05 .net
蜀は劉備のカリスマ性と孔明の辣腕でなんとか保ってた国で、
これを魏相手に保持するのは二代目としたらあまりに条件が悪い。
しかし、親らの遺産を食いつぶした形になったとはいえ、40年も国を保持し、
しかも国を荒れさせることなく魏に降伏し、天寿を全うしたんだから、有能じゃないにしても無能でもない。
君主として中くらいのレベルを下回ることはないレベルだろ。

47 :無名武将@お腹せっぷく:2013/05/10(金) 01:23:56.37 .net
劉禅が優秀だとは思わないが、
歴代中国皇帝の大量の有害な君主どもみてたら
諸葛亮存命中は特に問題起こらなかっただけでもマシな方だと思う。

少なくとも霊廟を作るたびに人民にぶち壊されるほどひどかったとは思わん。

48 :無名武将@お腹せっぷく:2013/05/24(金) 21:03:06.99 .net
過小評価が過ぎて逆に過大評価になってる人物、それが劉禅。
何もしてないだけなのに→部下に任せる度量がある、みたいな超解釈されてる。

49 :無名武将@お腹せっぷく:2013/06/17(月) 20:37:04.94 .net
蜀の劉禅や陳の陳叔宝は暗君と言われているけど、
乱世において無事に天寿を全うしたという意味では勝ち組なのかもな。
つか劉禅は敢えて司馬昭の前で暗愚の振りをしているように思える。
逆に伏見城で家康に会った秀頼は「こいつは優秀だ」と思われてしまったがゆえに・・・

50 :無名武将@お腹せっぷく:2013/06/17(月) 22:16:07.81 .net
蜀に帰りたいとか言って、反乱を起こす気でもあるのか!?なんて警戒されても立場が悪くなるしな
暗愚の振りも大変だぜ・・・とか本音では思ってそう

51 :無名武将@お腹せっぷく:2013/06/17(月) 22:23:56.20 .net
或いは暗愚とか演技とか抜きで、ほんっきで蜀が嫌いだったのかも知れぬ

52 :無名武将@お腹せっぷく:2013/06/17(月) 23:49:38.75 .net
>>51
嫌いかどうかはおいといてもう60の爺さんが一回気概折られたらどうなるかってこともあるしな

53 :無名武将@お腹せっぷく:2013/06/18(火) 01:59:11.94 .net
>>49
このコピペ、ちょっとでも関係がありそうなスレには徹底的にばら撒かれてるな

54 :無名武将@お腹せっぷく:2013/11/18(月) 22:17:14.58 .net
保守ついでに言うけど俺は姜維が大好き!!

55 :無名武将@お腹せっぷく:2013/11/19(火) 18:38:20.15 .net
安楽公って名前がもう・・・・・・
何と言うか嫌みを感じる。

56 :無名武将@お腹せっぷく:2014/01/19(日) 09:16:08.57 .net
司馬昭「蜀を思い出されることでござろうな」
劉禅「ここの暮らしは楽しいので蜀を思い出すことはありませぬ」
司馬昭「・・・」

57 :無名武将@お腹せっぷく:2014/01/20(月) 13:55:39.30 .net
司馬昭「蜀を思い出されることでござろうな」
劉禅「ここの暮らしは楽しいので蜀を思い出すことはありませぬ」
司馬昭「・・・」
郤正「いやここは『蜀のことを思って涙しない日はありません』って言ったほうが好感度高いですよ(小声)」
劉禅「ショクノコトヲオモッテナミダシナイヒハアリマセン」
司馬昭「今隣の人が同じこと言わんかった?」

58 :無名武将@お腹せっぷく:2014/01/20(月) 15:35:45.83 .net
伯ヒみたいにこいつクズだから殺すか、ってなる可能性もあるのに、暗愚装うなんて事する筈ないだろう。
都合よく考えすぎ

59 :無名武将@お腹せっぷく:2014/01/20(月) 17:19:17.08 .net
無能の怠け者なら許容範囲で無能はルーチンワーク以外迂闊に働いてはいけませんw

60 :無名武将@お腹せっぷく:2014/01/20(月) 20:44:29.58 .net
ゼークトの組織論だな

・無能な働き者。これは処刑するしかない。

61 :無名武将@お腹せっぷく:2014/04/30(水) 23:52:16.67 .net
極端な無能説は、やっぱり劉備という物語の結末を委ねられ、それを民衆の理想通りに
帰結させられなかったからだろうな。
無為に犠牲を出さず降伏しても、その行為は後の評価に任せるしかない。
とにかく、劉備のアイデンティティーがあらゆる意味でデカ過ぎた。

62 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/01(木) 07:35:33.84 .net
最近だとふなっしーネタもあるね

63 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/02(金) 20:52:11.07 .net
劉禅何気にすごくね?
平時ならまだしも乱世において曲がりなりにも在位40年だぞ
万暦帝などとは訳が違う

64 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/02(金) 21:52:49.31 .net
                      _/\/\/\/|_
             _i⌒r-.、    \          /
           ,,-'´   ノ     <  チンポコポン!!! >
          ./     .l      /          \
          /       l       ̄|/\/\/\/ ̄
   ((  ◯  .l        l
      .ヽヽ、l  i      .l
       \ヽ l      l   ))        _/\/\/\/|_
      ,-'´ ̄`ゝ´ ̄`ヽ  ノl            \          /
     .,'    .,'   ◯ニ.ンl            <  チンポコポン!!! >
     i    i        .i            /          \
     ヽ、  丶      .ノ              ̄|/\/\/\/ ̄
      `'ー-.'´`'ー- ''´i .|
        凵      .凵

65 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/02(金) 22:08:56.57 .net
>>63
その安定政権を構築出来た理由は劉禅がすごいんじゃなくて
一見鬼畜なやり方でも劉封を殺して後に予想される禍根を潰し
諸葛亮にあえてとって変わっても構わんよと言い、その動向を牽制した劉備の判断力に依る部分が大きい

66 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/03(土) 06:20:25.47 .net
結局劉備が集めた人材が健在なうちはそれなりに保っていただけの話なんだよなぁ…

67 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/04(日) 01:59:59.40 .net
>>66
孔明ら荊州閥の面々が益州人材の登用を閉ざしていたから
新たな人材が集まりようがないがな
禅はそれを黙って見てただけだから何の言い訳にもならんが

68 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/11(日) 14:06:14.65 .net
『(劉備と諸葛亮)この二人の強力な指導者を失った後の蜀は、寄り合い所帯の内輪もめで、物事が思うように進まないというありさまだった。
しかし皇帝の劉禅にはそれを打開するだけの能力も気迫もない。彼は宦官の黄皓を寵愛したものの、呉の最後の君主、孫晧のような暴君にならなかったのは、
むしろ立派であるといってもよいが、しかし彼には暴君になるだけの気力すらなかったのであろう。宦官の黄皓も私利私欲をむさぼる小悪党に過ぎず、
政治への野心はなかった。要するに蜀の君臣はともにやる気を失い、座して滅亡を待つ状況へずるずると陥っていったのである。』
(講談社『中国の歴史4 後漢 三国時代 三国志の世界 / 金文京 著 より)

69 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/11(日) 14:43:37.57 .net
クマッタ蛆虫^^^

70 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/11(日) 19:52:23.39 .net
    _┴%
  γ´   `ヽ
  i.  ,_´ゞ`  i  
''∩.       |
 ヽ ───‐ν
 │廿 ∞   .|
 ├――――.|
  ヽ_:´`:._丿

71 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/12(月) 08:20:38.50 .net
『(蜀滅亡時)この時の情勢を客観的にみてみると、まず成都には当初、四万の守備兵がいた。そのうち諸葛瞻がどれほどの兵を引き連れて出征したかはわからないが、
半数としても、成都にはなお二万の兵がいたはずである。一方、トウ艾とともに山越えをした兵力は、当初の三万の一部であったはずであり、しかも兵糧をもっていない。
かつこの時、呉は蜀の援軍要請を受けて 寿春に兵を出していた。もし姜維が、兵糧不足に苦しみ、一度は撤退を考えた鍾会の本隊を剣閣でくいとめ、
成都の蜀軍が籠城をおこない持久戦にもちこめば、蜀にはまだ十分に勝ち目があったはずである。しかし蜀の君臣にはもうそれだけの気力が残っていなかったのであろう。
トウ艾の山越えの軍をすぐに攻撃せず躊躇して時期を失った諸葛瞻がよい例である。蜀は魏に破れたのではなく、自滅したのである。』
(講談社『中国の歴史4 後漢 三国時代 三国志の世界 / 金文京 著 より)

72 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/16(金) 23:27:44.88 .net
部下が清廉潔白だったので簒奪するようなことがなかった
偉大な先帝と諸葛武候の遺産のおかげ

73 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/22(木) 04:44:19.95 .net
40年の治世があの薄っぺらい劉禅伝ですか…
孔明がいる間は恩赦や改元をしなかったとか松の字も突っ込んでたけど陳寿が無理やり捻り出したお世辞にしか見えないんだよなぁ…

74 :無名武将@お腹せっぷく:2014/05/22(木) 20:25:19.24 .net
チンポコポン!!! 

75 :無名武将@お腹せっぷく:2014/10/21(火) 10:04:24.95 .net
ていうか、魏の実質的支配者で、
いつでも簒奪OKな司馬昭に

「蜀を思い出されることでござろうな」

と訊かれて劉禅は

「ここの暮らしは楽しいので蜀を思い出すことはありませぬ」

と答える胆力だけでも凄いのに、もしも

「はい、いつも思い出しております」

なんて答えたら、殺されているよ。

有能な者が朝廷に仕えれば、讒言で殺され、
仕えなかったら仕えなかったで、それを理由に殺された時代に。
狂人のフリをしたりしてまで生きなくてはならない時代に。
だから後に晋をダメにした「清談」が出来た理由の一つだし。
出仕して出世した人もいるけど。

76 :無名武将@お腹せっぷく:2014/10/23(木) 03:40:51.35 .net
劉璋とキャラ被る気がするとおもったけどwikiみたらそうでもなかった

77 :無名武将@お腹せっぷく:2014/10/24(金) 21:53:20.45 .net
もしかしたら、前漢の文帝や景帝みたいに「休息の時代」を作ろうとしたのかもね。

78 :無名武将@お腹せっぷく:2014/10/24(金) 23:11:16.73 .net
無能かどうかは分からんが、無気力な怠け者であることは確かだろう

79 :無名武将@お腹せっぷく:2014/10/24(金) 23:14:29.88 .net
無気力なナマケモノ>>>>>無能な働き者

80 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 08:56:05.31 .net
ていうか、三国時代って、
『三国志演義』で描かれているような、きらびやかな時代じゃないよ
知ってるだろうけど。

例えるならば、北斗の拳の世界観のように、下は暴力だけが支配するヒャッハーな世界で、
上も上で、謀殺するかされるかの陰謀しかない不毛な世界。
晋の天下統一が一瞬で終わり、結局唐代に至るまで安定しなかったのも当然なんだ。
そこまで徹底的に破壊し尽され、蹂躙し尽されたのが、世界の終りの三国時代。

前漢と呼ばれる大漢帝国が王莽にぶっ壊され、
後漢と呼ばれる勢力がどうにか踏ん張って安定を維持したけど、人口も財政も、最盛期でも前漢の三分の一、

そして後漢もとうとう轟音を巻き上げながらぶっ壊されたのが三国時代。
支配被支配の領土も滅茶苦茶なら、ヒャッハーで全人口も後漢最盛期の三分の一。

・・・ていうか、むしろ逆に、『北斗の拳』っていう古いマンガの方が
この三国時代をモチーフにしているっぽいから、
タマゴが先か、ニワトリが先かの話になっちゃうけど。

81 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 09:16:15.11 .net
ついで

数と範囲で言えば、実は三国時代よりも王莽の時代の方が酷かったりするよね。
期間も十数年と、例えじゃなくてマジで桁違いに短いから、
その破壊っぷりの凝縮されっぷりも半端じゃない。

三国時代だけでも、ようやく想像が追いつくか追いつかないかの、
悲惨なんてレベルじゃない世界なのに、それ以上の大破壊の百乗っぷりだったみたい。
前漢と後漢の間のこの時代、本当、何があったんだ?・・・って思うくらいしか出来ない。

本当にこの十数年は、前漢の領域全体で二千万から三千万ともいわれる人口が消滅している。
世界史レベルでここまで悲惨な十数年ってあったの?・・・って気がしてならないよ。
当然、全世界的モンゴル時代なんかも含めて。

ちなみに三国鼎立で、まあ、ヒャッハー程度で安定していた・・・
・・・ていうか、ヒャッハーする対象もいなくなった時代の魏・呉・蜀を合計した人口は八百万人ほど。
これじゃ呉も、外から人間補給しようと考え実行したりもするわな。

82 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 10:15:36.28 .net
>・・・ていうか、むしろ逆に、『北斗の拳』っていう古いマンガの方が
この三国時代をモチーフにしているっぽいから、

何その珍新説(´・ω・`)
マッドマックス2って三国時代がモチーフの世界観だったんだ

83 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 10:16:03.04 .net
>>80-81
で、話の結論は?
そういうヒャッハーな時代だったという前提を基に劉禅はどうだったと言いたいの?

84 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 11:06:33.22 .net
大体において長文の成分の半分以上はオナニーで出来ているという良い例

85 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 13:15:02.53 .net
>・・・ていうか、むしろ逆に、『北斗の拳』っていう古いマンガの方が
この三国時代をモチーフにしているっぽいから、
タマゴが先か、ニワトリが先かの話になっちゃうけど。


クワトロ大尉「これが若さ(ゆとり)か・・・」

86 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/02(日) 13:16:27.26 .net
史実は小説とは異なるで始め、その史実の状況を、(よく知ってるわけでもなさそうな)漫画で例える。
そして、史実の状況と漫画を並べて、卵が先か鶏が先か。(しかも検討外れな推測によって)


クワトロ大尉「これが若さ(ゆとり)か・・・」

87 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/04(火) 14:54:27.27 .net
にょろたんのために

88 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/08(土) 07:55:22.80 .net
カサンドラの獄長が「劉家北斗神拳」って言ってるじゃん

89 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/08(土) 13:47:07.99 .net
ここが学問板(世界史板にあたるか?)なら、あんなに噛んで含めるような言い方はせんよ。今もな。
ここって光栄の三国志シリーズや無双シリーズなんかにロマンを感じて風流する好き者の板だろ?(それもまた良し、だけど)

でも敢えて訊く。史実の状況(>>86)って言うけど、どこまで知っているんだ?
いかに酸鼻を極める悲惨な時代だったかは知っているかもしれんが、魏呉蜀の合計人口なんて知っていたか?
三国鼎立が一時的に安定したのは、殺され尽して、戦争すらできないほど人間が減っていたからだと知っていたか?

とはいえ、たしかに長文は褒められたものではないな。今もな。
時代背景・・・その時代の社会がどんなものだったのかを書いたつもりだったが、2レス分はやりすぎた。
酔った勢いで書いたんだが、そこは素直に謝る。ごめんなさい。

話し戻すと、後主劉禅はそんな時代背景に護られたんだろうな。でもその間、魏も呉も内部的にメチャクチャだった。
司馬昭の一件を見ても、そう一筋縄にいく暗君じゃなかったと俺は思う。すごくご立派な暗君だったと俺は思う。

>>83
時代背景だよ。

>>85
だって、三国時代の背景の喩えに北斗の拳を用いたわけだが、
その北斗の拳が三国時代をモチーフにしていたら(後述)理屈が循環してしまうだろ?

 ※※※  面倒い人はここまで読めばいいよ、読むならね  ※※※

でも、周囲に流されて、意味も解らず、罵声だけを浴びせるのもまた、褒められたものではない。後述のとおり別にいいけど。
やりすぎた(やりすぎている)のは事実だが、それでも中身ではなく、単なる喩えに過ぎない北斗の拳にしか触れず、
その上この程度の長文で音を上げるようだと、よほど好きでもない限り、論文なんて読めんぞ(知識なんて後からついて来る)
ついでに言うと、俺は読みやすいよう、段落ごとに空行を入れている。

喩えの北斗の拳にしても、まあ、メインはカイオウ編だが、三国時代に関連付けられている。
でもその萌芽はラオウ編に既にある。ていうか、武論尊はそうしたかったんだろうなぁ・・・でもジャンプだからなぁ・・・

ちなみに三国志に憧れて東洋史学科なんて入ったら、すごくションボリするぞ。
三国時代は文献史学としては研究し尽されて、新しい考古資料でも発見されない限りは手詰まりなんだ。
だいぶ前の話だけど。

あ、ネットにソースなんてないよ。紙媒体の本で読んだんだから。
30冊くらいかな? そこには論文5〜6本も含む・・・あ、三国に限らないから・・・ああもう面倒臭えぇぇぇ

また叩かれるんだろうなぁ・・・別にいいけど。前のも今のもただのヒマ潰しだし。みんなだってそうだろ?
俺の顔が赤か橙か緑か青か藍か紫かはご想像にお任せします。基本は人種的に黄だけど。

90 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/09(日) 20:32:35.48 .net
>>89
>>86の「史実の状況」をそんなニュアンスに捉えたり、
言葉の使い方を間違えてるという指摘に対して、説明して余計におかしくしちゃうってのがまた凄いね
こっちは『鶏=史実、玉子=漫画』という表現だと捉えていたが
そっちの言う『鶏=自分が今しがた例えに使ったこと、玉子=もしモチーフだったら』でも
表現として充分におかしいやん、それ

まあ、あれだ。こちらも敢えて言うけど、そちらの意図を要約すれば
「ぼくちんはゆとりじゃないし。チミたちよりも頭いいんだぞ」って言いたいってのはよく分かるけど
三国志に憧れて東洋史学科に入ったが落胆したとか、論文含んで30冊くらい本を読んだとか
唐突に自分語りを始められてもキモいだけだし
あ、もしかしてメンヘラなのかな、この子、と思うしかありまへんな〜

91 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/09(日) 20:34:22.58 .net
武論尊インタビュー
覇ーLORDーに関係し三国志について語る
http://www.manga-gai.net/column/mangamichi/11/02.html

まあ人間、信じたいものを信じるがよろし

92 :これが本当の長文だ:2014/11/09(日) 22:27:42.57 .net
>>90
・・・きみ、叩くにしても、品格なさすぎ。
どこぞで聞いたことがあるが、これが火病というものなのか?
自分語りなど、ネットにソースがない理由を伝えるため以外には一切していないし、東洋史学など専攻もしていない。
頭がいいって言われても・・・好きなら色々調べたり本を読んだりすれば知識なんてもんは自然と身に付くって言ったろうが・・・
好きなら本の20冊や30冊なんて、あっという間に読破できちゃうよ? 俺は三国以降も気になったからそこも読んだ。

まさかとは思うが、ゲームだけの世界にどっぷり浸かり、ゲームの知識だけで語り、武将の数値化だけで満足してないよな?
いや、してそう(反語) そしてこういう手合いは何か間違いを指摘されると荒らしに大変身するんだよなぁ・・・
俺も荒らしていないのかと問われれば、十分に荒していますと胸を張って言えるけど、長文ってだけで荒らしってのもなぁ・・・
だいたいきみ、三国時代の話なんて全然していないどころか、する意図すらないじゃん。これは面白いことになりそう。
正直、きみだけは軽蔑しているんだよ? それすらも読み取れなかった? そういう奴、嫌いじゃないぜ。面白いから。

喩えはあくまで喩え。それ以上でも以下でもない。んな所を突っつくしかできないのか? 面白い奴だ。
  悲惨な三国時代の話 → 北斗の拳の悲惨な舞台を使った喩え → モチーフが悲惨な三国時代 → 北斗の拳の悲(ry
喩えが喩えじゃなくなっているだろ? もう存分に循環しているだろ? まさに卵と鶏の関係じゃん。面白い奴だ。
クワトロ大尉とかどこから出て来たんだよ? これ、俺以上にワケの解からない喩えだって気付いてる? 面白い奴だ。
劉禅とクワトロ大尉の関連性などというブッ飛んだ説なんて、とてもこの世の物とは思えない。面白い奴だ。
きっと劉禅って、きみとは真逆の、誰にどう諫言されても、
飄々と暗君っぷりを発揮して、のらりくらりと避けていたのかもね。あの司馬昭に対してすらアレだもん。

今さらかもしれないけど、日本語そのものはともかく、日本語文章は読める? 機能的文盲?
キモいだのメンヘラだのぼくちんだの、いくら悪口掲示板とはいえ、せめてもう少しウィットのある罵倒を見せてくれよ。
本当に噛んで含めるような長文書かないと・・・いや、長文書いても何一つ解ってない。解ろうともしない。救えない。
さて、きみの中では俺の顔は何色なのかね? 
真っ赤じゃ陳寿・・・じゃなくて陳腐でつまらんから、せめてずんぶ色程度の面白い叩きを期待しているよ。きみならできる!
>>90はあまりにつまらないがゆえに面白すぎて、ついつい長文化しちゃったじゃないか。賠償(面白いレス)を要求する。
あ、文法の細かい粗探しは面倒臭いだけだし、面白くもなんともないよ。

>>91
武論尊ってやっぱり三国志(三国志演義じゃなくて三国志)が好きなんだ。
しかも史実に反逆することを旨としているのか・・・かなりのお歳なのに、凄い作家魂だな・・・

学問自体が、様々な説から自分の見識で『信じるに値する説』を選んで、信じて研究し、時には論争するものだからね。
今の日本では、学界から総スカンを喰らうことはあっても、政府や自治体に弾圧されることはないんだから。
根拠や論拠さえあれば天皇の正統性さえ否定できるし、政府や憲法の正当性さえ否定できる。
せいぜい学界に受け入れられるかどうかってところだけ。戦後ちょい後の「騎馬民族征服説」なんて戦前なら逮捕されてるよ。
あ、前は「歴史的背景」について意見を述べたけど、この段では「学問の在り方」について意見を述べているだけだから、誤解なきよう。

俺の見識の深さ、あるいは浅さは・・・まあ、キャスバル兄さん(>>90)よりはマシとだけ言うに留めておくよ。

93 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/09(日) 23:11:49.83 .net
>>92
う〜ん、なんかガチでかわいそうな子だね

ふーん、実体験でもないのに、すごくションボリするぞ、って言い切っちゃうんだ

まあ、武論尊については、俺はリンク先からわざわざ重要なとこを抜き出す程、親切ではないので
君はそうやって死ぬまで北斗の拳という古いマンガが
三国志がモチーフなんだろうと思っておけばいいと思うよ

一つ一つ説明するの面倒くさいけど
クワトロ大尉が出てきた理由が分からないなら
自分が書いた文章をもう一度よく読んでごらん
ヒントはちょっとこのレスに入れておいたから

ところで火病って何? どういう意味?
おたくの国の言葉か何か?
学問のあり方の次はその火病とやらについて語ってみてよ

94 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/09(日) 23:29:43.77 .net
『この行動・衝動の出所はどこから来るのか?
劉禅が無能ではなかったことを証明したかったからなのか、
それともただ何かを語ることで己が無能ではないことを確認したかったのか……』

↑これが、鶏が先か卵が先か

95 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/10(月) 05:06:38.74 .net
なんでこんな時間に目が覚めるんだよ・・・ガチでかわいそうだよ、俺www
>>93
いんや、実体験といっちゃ実体験だよ。東洋中世史の講義を選択したからな。
んで、講義内容のメインは南北朝(主に北魏)から隋だったんだけど、
何回も講義後にその先生と色々と話をしていて、その中で聞いたのが、「三国時代の研究は手詰まり」って話なわけ。
お、誘導されたとは言え、自分語りであるな。
一応解説のつもりだが、所詮きみには自分語りにしか見えないんだろう?
「社会史」という言葉すら知らないで『北斗の拳』だけで粗探し&特攻して来るくらいだからな。あと、なんかゲハ臭いぞ、きみ。

クワトロ大尉が出てきた理由なんざ、スレ違い過ぎてどーでもいい。
きみが攻めたててきてる『北斗の拳』よりも、さらに1パーセクほど遠いこと、理解してます?w
こっちは一応根拠を示しているんだし。(>>88
ゲームで英雄気取りばかりしてないで、少しは鏡でも見てみたら?
劉禅どころか、中国史の『ち』の字にさえ触れてねーし。

あと、うん、おれも一つ一つ説明するの面倒くさい。初めていいこと言ったな、きみ。
そして37点。もっとがんばりましょう。

>>94
>劉禅が無能ではなかったことを証明したかった

どちらかというと、これかな。己の無能は元から骨身に沁みて知っているから。
何回か言ったけど、致命的な人間不足(人材不足じゃなく人間不足)で三国鼎立という現象となったとの説を俺は支持している。
その虚しい安定期でさえ、魏は簒奪寸前で司馬氏の実績作りのための戦争ばかり、呉は碌な皇帝が出ず荒廃に荒廃を重ねるばかり、
それぞれ政権内部が最悪の様相を呈していった。
一方蜀は、劉禅が暗君の鑑のような行動ばかりしていたけど、そして内訌もあったけど、比較的安定していた。
魏のように簒奪する勢力もなかったし(簒奪する魅力もなかったのかもしれないけど)、呉のように自らの国を自ら荒廃させることもなかった。
かなり飛ばし過ぎな意見(説じゃない)だけど、あえて暗君となって臣を引き締めた可能性もあるんじゃないかな?

むしろ司馬昭の子で、魏の簒奪を実行した晋(西晋)の司馬炎(武帝)のほうがよっぽどひどい。
天下統一した途端、後宮一万人と無駄に充実させ(羊に乗って羊任せに行く先を決めた。水商売の入り口に塩を盛る風習の基)、
挙句の果てには皇太子以外の皇族にも強大な権力を持たせ、贅沢生活にしか興味のない皇帝の、
権力にしか興味のない皇后が窓口となって、皇族の賄賂で滅茶苦茶な待遇と配置をし、八王の乱のトリガーとなった。
つまり結果的には積極的に西晋の滅亡の原因を作ったんだから。

まあ、皇族に強い権力を与えたのは、魏が皇族間の紛争を防ぐために、皇帝や皇太子後続をひたすら冷遇して、
結局は力を持たない皇族の救援など期待するべくもなく、容易に簒奪を許したこと反面教師にしたんだけど。
ちょっとズレたけど、三国時代から地続きの歴史だから、どうかお目こぼしを。
なお、劉禅は武帝司馬炎在位中に天寿を全うした。

96 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/10(月) 07:43:07.70 .net
>>95
ああ、なるほど、これが火病か
教えてくれてありがとう

そんな火が点いたように語る病気だってことを説明する為に
『西晋の武帝 司馬炎』とか読めば誰にでもすぐに分かるようなことを
ダラダラ語ってくれて、どうも

北斗の拳、鶏と卵、クワトロ大尉については君がもういいならやめるよ
どうでもいいなら最初から言わなきゃいいのに
ああ、この支離滅裂さも含めて火病の症状ってことを教えてくれたってことなのかな?

うーん、『劉禅はあえて暗君となり』、ですか
うん、うん、それは飛ばしすぎだよ流石に。自分でも分かっているようだけど
司馬昭とのやり取りを『暗君を装った』と結論付けて、そこからの逆算でイメージを膨らませてる

ところでゲハって何? どういう意味?
おたくの国の言葉か何か?
火病の次はそのゲハとやらについて語ってみてよ

97 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/10(月) 08:11:08.28 .net
>>96
きみ、本当に知性ってもんがあるの?
なんかマジで疑わしくなってきた。

98 :無名武将@お腹せっぷく:2014/11/10(月) 08:37:11.49 .net
>>97
ふーん、それがゲハなの?
火病の短いバージョンかな?

99 :無名武将@お腹せっぷく:2015/02/28(土) 01:16:29.77 .net
『西晋の武帝 司馬炎』←これは良書

100 :無名武将@お腹せっぷく:2015/08/07(金) 22:41:08.44 .net
>>99
鍾会ありがとう
なんちて

総レス数 100
40 KB
掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50
read.cgi ver 2014.07.20.01.SC 2014/07/20 D ★