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震災翌日、インターホンを鳴らした少年「電話を貸して」

あいつにもうすぐ後輩ができる。そんな想像を膨らませていた春先の午後だった。
東京・池袋のオフィスで、渡辺雅和さん（52）=東京都杉並区=は、ドンッという衝撃にパソコンを打つ手を止めた。机の下にもぐりこむと、キャスター付きのイスが傾いた床を滑っていくのが見えた。
次男の携帯を鳴らしたが、コール音さえ響かなかった。
「バドミントンで五輪に出る」。そう宣言し親元を離れた次男は、福島県富岡町の中学に通っていた。海まで1キロもない。テレビが映し出す日本地図は、
津波の警報で真っ赤に染まっていた。「迎えに行きます」。会社を飛び出そうとすると、上司に止められた。
翌3月12日、自宅リビング。渡辺さんは携帯を握りしめたまま、テレビを食い入るように見つめていた。午後になって、何十時間ぶりかに着信音が響いた。
「お父さん、安心して」
全身の力が抜けていくのがわかった。
同じころ、福島県川内村の男性は、隣町の施設にいる米寿の母の安否を心配していた。自宅から20キロ東には、東京電力福島第一原発があった。施設からは5キロも離れていなかった。
壁に亀裂が入った8畳間でテレビのニュースをみていると、インターホンが鳴った。こたつから腰を上げ、玄関の引き戸を開けると、2人の少年が立っていた。
「携帯が通じなくて。電話を貸してもらえませんか」
男性は台所から子機を持ち出した。
「好きなだけ使ってください」
夕方、こんどは別の少年たちがやってきた。「どうぞどうぞ」と子機を渡した。
ニュースが異変を伝えていた。原発が爆発した。14日も、15日も。家の電話はつながらなくなった。
「みなさん、お元気で」。その日午後、防災無線が全村避難を告げた。
「いつかお礼に行かないとね」。東京・杉並の渡辺さんは、妻とたびたび話してきた。17年8月、夫婦で川内村を訪ねた。役場で聞き、知人に尋ね、田んぼに囲まれた集落に、その家を見つけた。
インターホンを押す。反応がない。近所の人に尋ねると、出かけているのではないかということだった。感謝の言葉と電話番号を書いたメモを菓子折りに添え、その場を後にした。
しばらくしてかかってきた電話で、男性にお礼を伝えた。
「何人かに貸しましたから。その中の一人だったのでしょうね」。息子のことはあまり覚えていないようだった。男性もまた、6年の避難生活を終えたばかりだった。
渡辺さんから話を聞いた記者は今年1月、川内村を訪ねた。8畳間の壁は補修されていたが、家の前の電柱は傾いていた。
男性は、渡辺悦作（よしなり）さん（71）。体調が思わしくなく、長く続けてきた畑仕事も最近やめたという。しかし、あのときの少年の近況を記者が伝えると、笑みがこぼれた。
「あの震災以来、あまりいいことがなかった。生きる楽しみができました」

あの日、電話を借りた少年、渡辺勇大（ゆうた）さん（22）は、日本を代表するバドミントン選手になった。今年3月11日、英国で開かれた国際大会で勝利し、混合ダブルスでの東京五輪出場を確実にした。