なんで野良猫はそこら中にいて可愛いのに野良犬はいないの？？ [165614813]

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人間界離れた54日間、一変していた世界　角幡唯介さん

探検家・角幡唯介さん寄稿
　この冬のグリーンランド北部はじつによく冷えこんだ。近年は凍らないこともあるカナダ・エルズミア島との間の海峡は1月上旬の時点で結氷し、その後も氷点下30度以下の日がつづいた。海が凍ればそれだけ行動可能なエリアが広がるのが北極の旅の特徴である。

　今年はいける。いや、近年の海氷状況や44歳という年齢を考えると、今年が最後のチャンスかもしれない。犬橇（いぬぞり）でグリーンランド側を北上し、北緯80度以北のどこかで幅約30キロの
この地球最北の海峡をカナダ側にわたり、行けるところまで行く。この結氷状態なら北極海まで行けるのでは？　補給もなしにそこまでした犬橇単独行者は記録上はいない。嗚呼（ああ）そんな凄（すご）いことになったらどうしよう。

　ひそかに冒険史にのこるスケールの大旅行を夢想した私は、そわそわしたまま、1月中旬に最北の村シオラパルクに入った。

　12頭の犬と氷の無人境へ旅立ったのが3月19日だった。ところが村を出発して6日目、衛星電話で最初の連絡を日本の妻にいれたとき、予期せぬ知らせをうけた。

　「いい、聞いて、カナダから入国許可を取り消された。だからカナダに行けない」

　そんな理不尽な……。冒険史の旅がいきなりなくなり、私はがっくりと沈んだ。と同時に無性に腹が立った。入国不許可の理由はコロナ感染を防ぐためとのことだが、私が入域しようとしていたのは一部の軍事施設をのぞき、周囲700キロは人間など存在しない真の荒野だったからである。私がコロナに感染していたとしても、うつす相手のいない場所なのだ。
いや、もし私が感染者なら、白熊に2メートル以内に近づいて飛沫（ひまつ）感染させ、そしてその白熊が千キロ以上はなれた集落に行き、村人に感染させるかも。もしかしたらカナダ当局はそれを恐れたのか？　だが、そんな現実離れしたことが起きるわけがないではないか――。

　今ならわかるが、現実離れしていたのはカナダ当局ではなく、じつは私のほうだった。あのとき、私は完全に浮いていた。しかもその浮き方は「あの人、まわりから浮いているよね」といった用法で使われる通常の生半可な浮き方ではなく、世界でただ一人というレベルで浮いていたのだった。

　自覚はなかったが、犬橇行に出る前から、私は村のなかで浮いていたのではないかと思う。

　村でもしばしば「中国で病気が蔓延（まんえん）しているが、家族は大丈夫か？」と心配されたが、私は軽く受け流していた。なぜかというと、自分のところに情報が届いていなかったからである。テレビを見ても言葉がわからないし、ネット回線も知人宅で借りている身なので
気を遣ってメールのやり取りしかしていない。結果、私が入手しうるコロナ関連の情報は電話で聞く妻の愚痴のみ。娘の幼稚園が休園になるとか、便所の巻紙やマスクの買い占めが始まったといった心配事を聞く度に、たかが流行性の感冒で何故そんな大騒ぎになるのかと揶揄（やゆ）の言葉しか出てこなかった。

探検と、コロナ後の人々の心を結節させる言葉は
　3月に入ると、村でも話題はコロナ一色となった。世界中を混沌（こんとん）に陥れる燎原（りょうげん）の炎が、いよいよこの世界最北の地にも迫ってくるかもしれない。そんな不安が広がり、村人の話も、デンマークとの定期便が止まるぞ、お前はもう日本に帰国できないぞ、といった憂鬱（ゆううつ）なものに変わっていった。

　そして出発が3日後に迫った3月16日、ついにグリーンランドで感染者が発生する。国外との定期便の運休、外国人旅行者の早期帰国勧告、他の集落への訪問の禁止等の対策が発表され、村人は会見の模様を食いいるように見つめた。事ここにいたり
鈍感な私も何やらただならぬことが起きていると認識せざるをえなくなったが、もう出発は明後日に迫っているし、犬の状態も仕上がったし、雰囲気や気配を察してこの旅行を取りやめます、という選択などとりうるはずもない。そもそも私が行く場所は、病原体とは無縁の完全な荒野なのである。

　結局、私は事態の深刻さをよく理解しないまま人間界を離れたのだが、それが自分とも関係する出来事なのだと知ったのが、カナダの許可取り消しの一件だったのである。

　それにしてもカナダ当局は、なぜ感染の恐れのない私の入域を禁じたのだろう。私はそれを理不尽だと思ったが